提督「放置してみる」艦娘「放置された」back

提督「放置してみる」艦娘「放置された」


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1:
放置ボイスから妄想を繰り広げていくスタイル
地の文注意
ほのぼの日常主体で糖度は微糖の予定です
2:
Верныйを放置
3:
ヴェル「────────♪」
提督「………………」
 
 わずかに開いたドアから覗き込む。
 『少し席を外すけど、執務はそのまま頼む』と言って部屋を後にしたはずだった。その時はまだ、秘書であるВерныйは書類と睨めっこをしていた。
 が、戻ってみるとこれだ。本来は提督である俺が座るはずの椅子は彼女に占領され、おまけに執務は放棄しているように見える。
 なんとも愉快な様子で両足を前後に動かしている姿は、今にも鼻歌が聞こえてきそうだった。
提督「……何をしてるのかな」
ヴェル「あ、し、司令官!?」
ヴェル「これはその…………」
提督「そんなに椅子が心地良かったか?」
ヴェル「……頼まれたことを放棄してしまってすまない」
提督「……まあ、ぶっちゃけ言うと俺もよくサボるし気にしてないけどな」
ヴェル「……………………え?」
 よくサボる身として、艦娘が執務を怠けることにとやかく言えるような筋合いはない。
 むしろこちらとしてはご機嫌なВерныйをしばらく眺めていたいようなそんな気もしたが、それだと用事に遅れてしまうのだ。
 それにこれ以上突っ込まれると都合が悪かった。
 驚いたような目をしている彼女を遮るように、急用で外出することを伝える。
提督「────てなわけで、しばらくの間は留守を頼めるかな?」
ヴェル「私でいいのかい?」
提督「『信頼できる』からな」
ヴェル「そこまで言ってくれるなら……引き受けよう」
提督「ありがとう。一人で大丈夫か?」
ヴェル「大丈夫だよ。私は一人でも」
提督「そうか」
 『私は一人でも』という言葉が、なぜかいつもより明るく耳に残る。思えば着任したときに比べると随分と明るくなったものだ。表情がわかりにくい子ではあるが、そんな中でも感情がわかるようになった。長い付き合いだからだろうか?
 
 そんな思考を巡らせながら、見送られて執務室を後にする。
ヴェル「大丈夫だよ。私は一人でも」
ヴェル「……今はもう、『独り』じゃないから」
ヴェル「ね?司令官……♪」
4:
川内を放置
6:
 
 昼下がり、執務室。夜は騒がしい軽巡と二人、暇を持て余している。
 こちらは書類がすべて片付き、向こうは夜戦がないと聞き今日のやるべきことを終えた様子だ。というより、川内のほうから昼間の出撃を願い下げされたというべきか。
 机に突っ伏してボーっとする俺と、窓際で腕を組んで、同じくボーっとして遠くを見つめている川内……傍から見たって明らかに暇だということは一目瞭然だろう。
川内「…………提督?」
提督「ん」
川内「何かやることないの?」
提督「何かって……そのやることを願い下げてきたのはどっちだ」
提督「それともなんだ、退屈なのか?」
川内「ん……べ、別に退屈とかしてないし……」
 窓際で腕を組む川内はどことなく落ち着かない様子に見えた。
 彼女が落ち着かない時というのはパターンがある。夜戦のときと、図星を指された時だ。今は間違いなく後者だろう。
 つまるところ退屈しているのだ。『退屈とかしていない』と強がるわりに、きっとものすごく退屈しているに違いない。
 腕を組んだまま崩さず時々足首を曲げてみたり、指でよくわからないリズムを取ってみたり……。多種多様な落ち着きのなさは、見ている側としてはなかなかに面白いものだった。
 
 そんな落ち着きのない退屈そうにしている────本人は違うと言い張るが退屈そうにしている────様子を眺めていると、ふと笑みが零れてしまう。
川内「……してないんだから!本当よ?」
提督「誰も疑っちゃいないぞ」
川内「でも提督、いま少し笑ったでしょ?」
提督「気のせい気のせい」
 不機嫌そうな様子で窓際に居座るが、相変わらず落ち着きは取り戻せていない。しかめっ面をしては時折こちらを見たり、再び遠くを見つめてみたり、そんなことを繰り返している。
 いつも元気な笑顔でいるイメージが強いが、そんな川内のしかめっ面というのも見ていて飽きないものだった。
川内「ねえ、提督?」
提督「今度はなんだ」
川内「提督は退屈じゃないの?」
提督「……………………」
川内「…………提督?」
提督「…………ふふっ」
川内「──────────!?」
 こんなにも変化に富んだ空間にいるのに、退屈などするはずもないのだ。それを提供してくれている川内に聞かれたものだから思わず笑ってしまった。
 
 向こうはというと案の定笑った理由が分からずに何やら騒ぎ立てているが、その姿さえこちらに楽しい時間を提供している。
 それを知る由もない彼女はこの後どんな表情を見せてくれるのかと想像を働かせると、きっとまた顔が綻んでしまうのだろう。
7:
谷風を放置
8:
谷風「ふぁ?あ?あ?あっ……んー…………」
谷風「あー、暇すぎて死にそうだよー……」
提督「そんな理由で死んでたまるかっての」
 今日の出撃を終えた谷風は休息中。いつか設置したソファの上に寝転がって天井を見上げていた。
 部屋は他の陽炎型に占領されていて、とてもじゃないが寛ぐことができないというので暫定的にここにいる。だがここも一際静かというわけではない。
 時々誰かがやってきては報告をしたり、はたまた単に遊びにきたり……。彼女にとってはここが適している場所なのだろうか?
谷風「かぁ?っ!なんか退屈ー……」
谷風「どっかに夜戦にでも行こうよぉ……」
提督「お前は川内か」
谷風「早く夜戦ー!夜戦夜戦夜戦夜戦ー!!」
提督「……第一次サーモン沖海戦」
谷風「……遠慮しときます」
 泣く子も黙る海域、通称「5-3」
 初戦からいきなりカットインの雨あられ、そこを抜けても戦艦の攻撃……。最近ではボスは制空が取れずに連撃のオンパレードと聞くから地獄だ。行けば最後、川内ですら涙目になって大破状態で帰ってくる。
 そんなところに送り込まれて堪るかと思ったのか、元気な谷風ですら丁重に断る始末。一気に部屋が静かになった気がしたが、これは間違いなく彼女が黙ったからであろう。
谷風「じゃあさ提督。少し条件を変えてみようか」
谷風「…………なんか暇つぶしになることってない?」
提督「随分と要求範囲が広がったな」
谷風「そこは気にしなーい」
 『何か暇つぶし』と言われてもそう簡単に出てくるものではない。ふと思いつくことなら多々あるのだが、暇つぶしをわざわざ考えるというのも新鮮だ。
 例えばトランプ。ババ抜きを筆頭に大富豪、スピードなど種類も豊富。これならいい暇つぶしにもなるだろう。
 しかし谷風はルールを知っているのかわからない。そもそもここにトランプなんてあっただろうか?何よりも在り来たりすぎる…………
 そうして次の案に思考を移したあたりで、背中に唐突な重みと衝撃が走る。
谷風「はい、時間切れ?」
提督「……とりあえず背中から降りてくれ」
谷風「どうかなぁ……そいつは無理なお話だね」
谷風「谷風さんは提督と戯れて、暇をつぶすことにしたからね」
提督「…………はい?」
 背中を取られた時点で負けだった。忘れていたが背中のくすぐりに弱いのだ。それを知ってか知らずか、谷風は容赦なくくすぐってくる。
 いくらやめろと言っても、笑いと重なって震えたような声では全く説得力がないだろう。完全に谷風の思う壺というわけだ。
 「もう勘弁してくれ」と懇願する笑い声、「嫌なこった!」と言わんばかりの甲高い笑い声。
 執務室にはしばらくの間、この二人の笑い声が響き渡っていた。
29:
扶桑を放置
30:
 
 今日は天気が良い。せっかくなので今日の秘書である扶桑と外に出てきてみたが、暖かくて居心地がいいものだった。
 扶桑は何やら弁当まで用意してくれたようで、満面の笑みで勧めてくれるのだ。
 そんなものを断るようなはずもなく、俺はその手作りの弁当を扶桑に食べさせてもら──────────
扶桑「あのー……提督?聞こえないのかしら?」
扶桑「困ったわね…………」
 ────という夢だった。実に幸せな夢だった。
 陽気な日なのは間違いないし、今日の秘書は扶桑である。しかし、どう考えても外なんかではなく、ここは執務室。いつもの机だ。
扶桑「提督?ていとくー?」
提督「……あ、ごめん返事を忘れてた」
扶桑「あら、起きていらしたのね。良かった」
扶桑「提督?仕事中に転寝は厳禁ですよ?」
提督「仰る通りです……」
扶桑「はぁ……。今日の秘書として、提督が寝ないように監視しますね」
 扶桑とピクニックの夢は消え去った。
 それと同時に彼女は机の前へ回り込み、そこへ腰を下ろす。ちょうど向かい合うような形だった。
扶桑「扶桑、ここに待機しています」
提督「待機というか監視というか」
扶桑「……とりあえずここに居ます」
 転寝するのは仕方ない。眠いからだ。
 このような考えをしているうちは、これはきっと直らないのだろう。監視されるのも仕方ないことだった。
 扶桑はというと、相変わらず目の前で頬杖をついている。
 
扶桑「どうかしましたか?手が止まっているようですけど……」
提督「いや、その…………」
提督「……なんでもない」
扶桑「あら、そうですか?変な提督ですね、ふふっ」
 相変わらず目の前で頬杖をついている。そして俺が寝ないか監視しているのだ。
 
 しかしこんなにも笑顔で監視されると、転寝はおろか執務にすら身が入らない。
 そんな困惑した俺ですら、扶桑はじっと笑顔で監視しているのだった。
31:
時雨を放置
32:
時雨「──────雨、なかなか止まないね」
提督「んー…………」
 昼下がり。
 久々に時雨と散歩に出てきたわけだが、生憎の雨。天気予報が嘘をついた。完全に晴れだと慢心して出てきたので二人とも傘など持ち合わせているはずもなく、こうして木の下で雨を凌いでいる。
 助かったのはこの雨がそこまで強いものではなく、パラパラと降る通り雨のようなもの……つまり『時雨』であることだろうか。
時雨「提督、ごめんね?僕が雨女だから……」
提督「俺は雨だけは避けやすい男だが、時雨の雨女のほうが強かったみたいだなぁ」
時雨「……つまり僕が提督に勝ったってこと?」
提督「ある意味ではそうなるんじゃないか?」
時雨「やったね。えへへっ♪」
 他愛もない会話をしながら雨が過ぎるのを待つが、相変わらず止むような気配はない。強いわけではないが止む気配が感じられない雨というのも鬱陶しいものだ。
 時雨は濡れないギリギリの場所に佇んでいる。もしかしたら少しくらいはかかってしまっているような位置だった。
時雨「提督、寒くない?」
提督「俺は寒くないよ」
時雨「……そっか。僕は少し寒いかな」
提督「言わんこっちゃない。そんなとこに立ってるからだぞ、もっとこっちに来たほうがいい」
時雨「え、いいの?」
 なぜ聞き返されたかわからなかったが、間もなくしてその意味を知ることとなる。
 彼女はこちらのほうへ歩み寄ると、ほとんどなんの躊躇いもなく体を密着させてきたのだ。たしかにこれをやるとしたら、俺でも聞き返す自信がある。
 やがて頭を預けてきて、より一層にお互いの呼吸が早く、体温が高くなっていくのが感じられた。そんな時間が恐らく30分は続いただろうか。
時雨「……僕はまだ、ここにいても大丈夫なのかな」
提督「……寄りかかってることなら平気だ」
時雨「提督は優しいね……ありがとう」
提督「それより寒いのは大丈夫か?」
時雨「うん。こうしてくっつくと暖かいね」
提督「そうか」
提督「…………俺も暖かいから一石二鳥だな」
時雨「提督ってば、やっぱり寒かったのかい?ふふっ……」
 特別寒いというわけではないのだが、くっついてからはさらに暖かくなった。雨は依然として降り続き、それが外の温度を下げていることでさらに暖かく感じる。
時雨「雨、止まないね」
提督「そうだな」
時雨「でも、このまま暫くの間は降ってくれてもいいかな」
提督「…………そうだな」
時雨「……うん!」
 冷たいはずの雨ですら心地良い……。こんなにも止まなくていいと思った雨はきっと初めてだろう。
 昼下がり。
 静かに降る『時雨』は、一向に止む気配がない。
37:
暁を放置
38:
暁「そわそわ、そわそわ……」
提督「それは口に出して言うことじゃないぞ」
暁「わ、わかってるってば!」
 今日は暁の要望で映画を観に来ている。『レディっぽさを出したい』ということらしいが、見たい映画というのが子供向けのアニメ。実に暁らしい。
 どうやら時間を見間違えたようで、かなり早くから来てしまった。
暁「ねえ、まだなの?」
提督「まだだろ。こんなに早く来ちゃったんだし」
暁「司令官は暇じゃないの?」
提督「暇ではあるけど」
暁「そうよね!やっぱりそうよね!」
 共感を得られたことで喜んでいるのか、無駄にはしゃぎ回る。きっとこうしているうちに時間というのは流れて、まだかまだかと言ってる間に始まってしまうのだろう。
 そして何気に周囲の視線がこちらに突き刺さる。まるで親子のように見えているのだろうか?
 
提督「こら暁」
暁「なによ!」
提督「一人前のレディは、そんなことで騒ぎ立てないぞ」
暁「うぐ…………」
暁「……わかってるわよ」
 「一人前のレディ」という単語に敏感な暁は、案外簡単に静かになる。しかし表情は不満気味で、相変わらず落ち着かない様子だ。
提督「さすがレディだな。待ってられるか?」
暁「何時間でも待っていられるんだから!」
暁「それより司令官、あとでポップコーンとか買ってもいい?」
提督「欲しいのか?」
暁「映画といえば、ポップコーンを食べながら優雅に見るに決まってるじゃない!」
提督「優雅に?……………………ふふっ」
 アニメを見ながら優雅にポップコーンを頬張る暁……。
 レディなのか子供なのかまったくわからないその光景を想像したら、思わず笑ってしまった。それを見た暁は何がおかしいのかわかっていないようで、ポカポカと叩いてくる。
 
 しかし一人前のレディとやらに関する知識だけは誰よりも多いのかもしれない。ここまで意識しているということはそういうことだろう。
 大人になればきっと、立派なレディになるはずだ。
 
 そんなことを考えつつ、今はこの背伸びをする暁を見るべく、ポップコーンを買ってしまう自分がいたのだった。
41:
叢雲のデレ
42:
叢雲「艦隊が帰投したわ」
提督「お疲れさん。戦果はどうだった?」
叢雲「最近の敵にしてはよく反抗してきたほうじゃない?」
 およそ特型駆逐艦とは思えないような近代的な艤装を身に着ける艦娘、叢雲。今日は旗艦として出撃してもらったのだった。
 敵が手強かったことは、彼女の服装が物語っている。
 お腹のあたりの服が大きく破れ、頭上に浮いているユニットは折れて配線がむき出しだ。恐らく中破といったところだろうか?
叢雲「戦果は上々よ。敵を叩きのめしてやったわ」
叢雲「そして何より、このアタシがMVPを連発したことも大きいんじゃないかしら?」
提督「お、叢雲がMVPか!さすがだな」
叢雲「ま、当然の結果よね」
 今日の編成は戦艦や空母といった大型の主力も交えていたので、正直なところ駆逐艦である叢雲がMVPを獲得するのは予想外であった。
 いつもの台詞も、今日に限っては少し誇らしく聞こえる。
 これならいつもできないようなことも────
提督「よく頑張ったな、ありがとう」
叢雲「ん…………」
叢雲「って!なに勝手に頭撫でてるのよ!」
提督「はは、やっぱり叢雲はダメだったか。他の駆逐艦の子はだいたい喜んでくれるんだけどなぁ」
叢雲「当たり前でしょ!?酸素魚雷を食らいたいなら、続けるといいわ」
 やはりできないものはいくらやってもダメなようである。叢雲のデレというのが見られるのはいつになるのだろうか……。
叢雲「そんなことよりドックの空きはあるかしら?」
提督「ん……ああ、中破してるもんな。一つ空いてるぞ」
叢雲「そう。じゃあ使わせてもらうわ」
 そう言って部屋を後にする叢雲。心なしか、いつもより名残惜しそうに出て行った気がする。
 しかしそれは気のせいだろう。そう簡単に心を許してくれる子なら、ここまでの苦労はしていないはずなのだから。
叢雲(私が他の駆逐艦と同じ?冗談じゃないわ)
叢雲(どうせなら私にだけ違う褒め方でも…………)
叢雲(って、なんでこんな考えになってるの!?)
53:
榛名を放置
54:
榛名「わぁ……………………!」
榛名「提督、街っていろんなものがあるんですね!」
提督「ここは意外に大きいからな。品揃えもいいはずだ」
 金剛型戦艦三番艦、榛名。他でもなくこの鎮守府で最初に着任した戦艦だ。今日はその榛名と買出しに来ている。
 付き合いは長いのだが、考えてみれば榛名とこうして買出しに来るのは今日が初めてかもしれない。初めて見るであろう街の光景に興味津々で、見回しては新たな発見をして喜んでいる。
 
榛名「あ、提督!あのお店ではないですか?」
提督「ん……あれは少し違うな。似たようなのがたぶんある」
榛名「あんな大きなお店がまだあるのですか!?」
提督「あのレベルならけっこうゴロゴロあると思うぞ」
榛名「そうなんですかぁ…………!」
 起こること、聞くこと、見ることのすべてが初めてという榛名には、教えているこちらも楽しいものだった。こんな嬉しそうな顔を見たのもだいぶ久しぶりな気がする。
 街行く人々の服装にも興味があるようで、色とりどりの光景に見とれているようだ。
榛名「あの……提督?」
榛名「できればでいいのですが、帰り際に洋服店に寄ってもいいでしょうか……?」
提督「……まあ、艦娘も年頃の女の子だしな。それくらいは構わないよ」
榛名「本当ですか!?ありがとうございます!」
提督「ん、自販機だ。喉乾いたな……」
榛名「じはん、き……?ああ、自動販売機のことなのですね」
提督「ちょっと買ってくるから、ここで待ってもらってて大丈夫?」
榛名「え…………あ…………」
榛名「はい。榛名、待機命令、了解です……」
 その一瞬だけの出来事だった。どういうわけだか榛名の顔が一気に曇ってしまったのだ。さっきまではあんなに楽しそうにしていたのが、今では寂しそうな愛想笑いに変わっている。
 相変わらず街の雰囲気に見とれてはいるものの、それさえも少し寂しそうに見えた。
 もしかしたら榛名も────────
提督「────榛名も一緒に来るか?」
榛名「……………………!」
榛名「はい!」
 やはり榛名も喉が渇いていたのだろう。頼んでくれればついでに買ってきたのに、榛名の性格では言い出せなかったのだろう。
 しかしそれだけでこんな笑顔に戻るものなのか。もっと別の理由なのだろうか?
 もしかしたらただ単に……………………
 
 しかしもう、この笑顔が戻ったのなら理由なんて何でもよかったのだった。
55:
瑞鳳を放置
56:
瑞鳳「近海の索敵や輸送船団の護衛も、大事よねぇ」
提督「そうだなぁ」
瑞鳳「うん…………」
瑞鳳「で、提督?」
提督「んー?」
瑞鳳「この状況は……?」
提督「休憩」
 床の上、提督と背中合わせで座り込んでいる。もともとは私が座ったからそれに提督がつられた感じではあるが、それはまた別の話。
瑞鳳「いつから仕事再開するの?」
提督「そのうちなー」
瑞鳳「……再開する気ないでしょ?」
提督「さすがは瑞鳳、よくお分かりで」
 この鎮守府に来てから短くはないので、それなりに秘書官なども任されたことは多い。それ故に、この提督という人物がわかってきたのだった。
 仕事をする時はすぐにするし、やらない時はとことんやらない。
 メリハリがあると言えば聞こえはいいが、果たしてこれはいいのだろうか……。
 しかし、そんな提督も受け入れてしまっている自分が少し怖い。
瑞鳳「って!提督ー……」
瑞鳳「仕事、しようよぉ……」
提督「満更でもないくせに」
瑞鳳「………………」
提督「ふふ、図星だな」
 そうだ。私が提督との付き合いも長いということは、提督も私のことをだいぶわかっているのだ。
 まず、図星を指されたとき私は黙るらしい。提督が最初に見つけたという私のクセだった。
瑞鳳「もう!これは終わってからでもできるでしょ?」
提督「でもそれじゃあ遅いと」
瑞鳳「うぅ………………」
提督「お前はわかりやすいなぁ」
提督「もう少しこのままでいるか」
瑞鳳「…………うん」
 どうしていつもこうなってしまうのか。自分でもわかる程度には押しに弱い。
 そして同時にこんな私を受け入れてくれる提督と、何より受け入れてしまった自分が、相当に怖かった。
66:
千歳を放置
67:
 
 昼になるとみんな帰ってきて、艦隊が束の間の休憩に入る。
 戦場で昼も夜もないというのはもっともであるが、腹が減っては戦ができぬという言葉もあるのだ。食事は大事。
 間もなくして、秘書である千歳も執務室に姿を現した。
千歳「航空母艦千歳、ただいま帰投しました」
提督「お疲れさん。朝から悪いね」
千歳「いえ、任務ですから。私がやらなきゃ始まりませんよ」
提督「それより何か食べたか?」
千歳「はい、もう頂きました」
提督「それならよかった」
 面倒見の良い千歳は、時々自分より他人を優先することがある。この前も「秘書だから」と言って飯も食わずにやってきたのは記憶に新しい。
 そんな彼女だからこそ、無理をさせないようにしなくてはいけないのだ。
千歳「少し艦隊行動もお休みですね。その間に私、いろいろ片付けておきますね」
提督「いやいや、千歳も少し休みな」
千歳「いいんですよ、このくらい」
千歳「提督はお酒でも飲んで、ゆっくりなさっていてください」
提督「………………」
 また負けた。いつもこの気遣いに負けてしまうのだ。
 返事をする間も与えずに整理を始める千歳。少し散らかった机の上の物も、雑にまとめられた書類の山も、手慣れた様子で瞬く間に整理されていく様子は圧巻だった。
 しかしこのままだといつもと同じく、見ている間に終わってしまうだろう。そして「お酒でも飲んでゆっくり」していないことを指摘され、また気を遣わせてしまうのが目に見えている。
 そう考えると居ても立ってもいられなかった。
提督「千歳」
千歳「あ、提督はお休みになって──────」
提督「いや、見てるだけってのも悪いからな。手伝わせてくれ」
千歳「お気持ちは嬉しいんですけど……その…………」
提督「……………………あ」
 向かい合った形。
 何か温かいものに触れていると思ったら、それは書類の山を抱える彼女の手だったのだ。これは不味いことをしてしまった……。
 ひたすらに謝り、急いで手を退かそうとする。
千歳「あ、待ってください!」
提督「え、でも…………」
千歳「いま動くと、この山が崩れるかもしれません」
千歳「だから今は、この状態のまま運びましょう?」
 書類の山の向こう側、千歳は何もないかのような涼しい顔をしている。一方の俺はというと、もうあがってしまって大変だ。今はとにかく転ばないように気を付けよう。
 手にも体温が伝わってしまったようで、だいぶ熱くなっている。完全に動揺は伝わってしまっただろう。
千歳(この書類、どこに置こうかしら)
千歳(…………………………)
千歳(でももう少し、このままでもいいわよね)
71:
千代田を放置
72:
千代田「…………ぃとく!提督!」
提督「…………んぁ?」
 叩き起こされるように呼ばれる朝方。視界はまだ定まらずに随分とぼやけている。
 寝過ごしたかと思い目をこするが、時計の示す時間は4時。何か予定でもあっただろうか?
 
 声の主である千代田はもう着替えていて、少なくとも寝起きという感じではなさそうだった。
 
提督「どうした千代田、こんな朝から……」
千代田「ねえ提督!千歳お姉見なかった?」
提督「………………はい?」
千代田「だから!千歳お姉、見なかった?」
提督「……見るはずないだろう。今の今まで寝てたんだぞ?」
 何事かと思えばこれだ。姉妹の仲がいいのは微笑ましいものの、こんな朝方からこれだと気が滅入ってしまう。
 そして俺はこの事件によって、完全に目が覚めてしまったのだ。とてもいい目覚めとは言えない。
千代田「あー、そう……」
千代田「もう、なんか退屈かもっ!」
提督「睡眠時間を返してくれ」
千代田「……じゃあ私はこれで戻るから!」
提督「おい」
 ……行ってしまった。叩き起こして睡眠時間を奪ったまま、千代田は部屋に戻ってしまった。今日はあまりいい予感がしない。
 とにかくもう一度寝よう。そう思って布団に入り直したときだ。
千代田「…………提督」
提督「あれ、戻ったんじゃないのか?」
千代田「戻ったんだけど……やっぱりお姉がいないと退屈だなぁって」
千代田「だからお姉が戻るまでここに居てあげるわ!提督も退屈そうだし」
提督「……………………」
 訂正。今日は良い一日になりそうだ。
 入ってくるなり真横に陣取って座る千代田と他愛もないような会話を繰り広げているとき、俺はそう確信したのだった。
101:
初潮を放置(完全に番外)
102:
初潮「司令、暇なんだけど」
提督「まあ待て。退屈するのはまだ早いだろ」
初潮「はぁ…………」
 執務室の窓を開けて顔を乗り出すのは、朝潮型の11番艦だと名乗る駆逐艦娘。どうやらこの鎮守府にしかいないらしい。
 肩あたりまで伸びた茶髪気味の髪、何よりも朝潮型の制服を着ているのだが、どんな元帥に聞いても「そんな子は見たことない」と言われる。
 そして名前を言うと苦笑いされるのだ。『それはお前の妄想だ』と。
初潮「ねえ、ほんとに今日来るの?」
提督「今日来るって言われたんだ、間違いない」
初潮「ふーん……」
 
 今日来る、というのは新艦娘のこと。どうやら潜水艦の子が来るらしいが、海外で生まれ日本で育ったというのだ。このパターンは某戦艦で見た気もする。
 とにかく今はこの初潮という駆逐艦娘と、その潜水艦を待っているのだった。
 しかし一向に現れる気配がないことから彼女は退屈している。
 
初潮「まだ来ないの?」
提督「そんなの俺に聞かれても……」
初潮「司令はいつ来るのか知ってるでしょ?」
提督「知るわけあるか!」
提督「……ひたすら待つしかない」
初潮「…………はぁ」
 冬の昼間。
 一人の駆逐艦娘と待ち続けるが、やはり現れない。しかしこの誰も知らないような子と過ごしていると考えると、それだけでも何故か優越感に浸れるのだった。
108:
朝潮を放置
109:
提督「──────ということなんだ、ごめんな朝潮」
朝潮「い、いえ……。朝潮は大丈夫、ですから…………」
 予てから用が入っていたその日は、朝潮が秘書として気合を入れていた日でもあった。
 しかしあろうことかそれを言い忘れた挙句、直前になって突然言うような形になってしまったのだ。
朝潮「司令官がいない間も秘書として、しっかり任務を全うします!」
提督「いや、その必要はない」
朝潮「でも任務が…………!」
提督「お前は少し真面目すぎるんだ。俺がいない時くらい休め」
朝潮「で、でも…………」
提督「これは命令な」
朝潮「……わかりました」
 彼女は恐ろしく真面目で、唐突な出来事にも対応できてしまう。が、時にはそれが裏目に出ることもあるのだ。以前も働きづめで倒れかけたことがある。
 一部の艦娘は不真面目すぎて扱いに困ることが多いが、朝潮のように真面目すぎるのも困りものである。
 しかし彼女の場合、命令だと言えば大抵のことは聞き入れてくれるので、その点は非常に助かっているのも事実だった。
提督「じゃあ留守番は頼んだぞ」
朝潮「司令官が待てというなら、この朝潮、ここでいつまででも待つ覚悟です!」
提督「それは頼もしいな」
朝潮「……………………」
 部屋を出る直前、見送りに来てくれた朝潮の頭を軽く撫でる。これが朝潮に対する労いになるのだというから欠かすことなど許されないのだ。朝潮はいつものように心地良さそうな顔をしている。
 そんな表情に見送られて出かけようとしたとき────────
朝潮「あ、あの、司令官!」
朝潮「なるべく早く帰ってきていただけると…………
朝潮「嬉しい、です!」
 ────────なるべく、いや、絶対に早く帰ってこようと心に決めたのだった。
114:
大淀を放置
115:
大淀「ええっと、これで…………」
大淀「よし、改修成功です!」
 急ぎ執務室へと向かう。大方の場合、提督がそこにいるからだ。任務娘として長らくやっている私であるが、艦娘として改装を受けることも大好きだった。
 今回は近代化改修による整備という週一回の任務が終わったので、その旨を提督に伝えに行くのだ。
 もっとも今回の対象が私であったため、すべての改修が上限に到達したことを報告するのが先なのは言うまでもない。
大淀「提督、大淀です」
大淀「提督?」
 何度かノックしたが返事がない。席を外しているのだろうか?ドアの隙間からは明かりが漏れていて、電気がついていることが伺える。
 もしかすると居留守?いや、そんなことをする理由はないはずだ。
 なんとなくノブに手をかけると、施錠がされていないことに気が付いた。悪いとは思いつつも、提督がいることを期待して回してしまう。
大淀「提督!改装された大淀、どうですか?」
大淀「どうですかって聞いてるのに、もう…………」
 入っていきなり問いかけるが返事はない。そこに提督の姿はなく、やはり用事で席を外しているのだろう。提督がいないいつもの机というのは実に殺風景なものだ。
 それを知って後で出直そうと部屋を出た直後、聞き慣れた声に呼び止められた。
提督「──────大淀?」
大淀「………………!提督!」
大淀「もう、どこ行ってたんですか!探したんですよ?」
提督「あー、ごめんごめん。廊下で金剛たちに捕まってな」
大淀「そうですか……。まあそれはもういいです」
大淀「提督!私、ついに改装が終わったんですよ?どうですか?」
提督「なるほど、なんか嬉しそうだと思ったらそういうことか」
 嬉しそう。嬉しそうではなく、現に嬉しかった。改装が終わったことはもちろん、一番最初に提督に見てもらえたことも全てだ。
 それがきっと口調や表情にも表れていたのだろう。
大淀「あ、それと任務の報告書です。資材の受け取りもお忘れなく」
提督「おいおい、まるで取って付けたみたいな言い方だな」
 そう聞こえるのも仕方ない。優先順位が報告書よりも提督になってしまったのだから。
 ただの任務娘ではなく、貴方の艦娘になったのだから。
116:
秋月を放置
117:
秋月「長10?よし、高射装置よし、酸素魚雷……よし」
秋月「よし、万全ね。大丈夫!」
秋月「えっと、あとは…………」
 廊下を歩きながら点検をするなど、本来はしないようなことだ。しかし突然呼ばれたので無理もない。
 
 別にこれから出撃するわけではないが、執務室に呼ばれるということは司令の前に出るということ。少しの不備もないようにしなければ気が済まないのだ。
 そんな私に対して、司令は『堅苦しい』と言った。しかし同時に、それが長所でもあると言ってくれた。
 その期待を裏切らないように、常に整備は怠りたくない。
 もしかするとこのあたりが『堅苦しい』所以なのかもしれないが……。
秋月「秋月型一番艦、秋月。参りました」
提督「来たか。入ってきていいぞ」
 いつも通りのこの展開。私が呼ばれるときは、いつもこのやり取りをしている。
 そしていつものように深呼吸をし、髪を少し整えてから入るのだ。
秋月「失礼します──────」
 目の前に現れる執務室の光景。いつも通りのその光景はなぜだか落ち着くのだ。私はこの雰囲気が好きだった。
秋月「司令、秋月に何かご用でしょうか?」
提督「それだ。明日護衛する予定の子なんだけど……」
提督「ちょっと待て秋月。魚雷の向き、いつもと逆」
秋月「……………………え!?」
 さっき念入りに確認したはずなのに、今日に限ってどうしてしまったのだろう。
 必死に直そうとするが、なぜかどうしても手が届かない。
提督「秋月、こっち来てみな」
秋月「え、あ……すみません…………」
 
 司令の前に出るからと整備してきたものが、司令に直してもらう始末。まさに本末転倒だった。心なしか長10?砲ちゃんにも笑われている気がする。
 とにかく恥ずかしかった。早くこの場から逃げ出したかった。その反面どこかで、この時間が続けばいいと思っている自分もいた。
提督「ん……よし。直ったぞ」
秋月「あ、ありがとうございます!」
提督「待った、高射装置も曲がってる」
秋月「ああっ……すみません……」
 まさか今日に限ってここまで整備不良など見つかるものなのだろうか?申し訳ない気持ちで一杯だ。
 しかしそんな状況でさえ、長く続けばいいと思ってしまう自分が憎い。
 『何か』を期待して、太ももに巻き付けられた替えの砲身の位置をわざとずらしてみるのだった。
提督「…………わざとやってないか?」
秋月「ま、まさか!」
120:
鳳翔を放置
121:
鳳翔「ふぅ……。これで洗い物も片付きましたね」
提督「いつもすみません」
鳳翔「あら提督、いいんですよ?私にできることはこれが精一杯ですから……」
 軽空母鳳翔。いつもみんなの世話をしてくれている、まさにお母さん的存在の艦娘だ。こちらとしては頭の上がらない数少ない艦娘でもある。
 
 できることはこれは精一杯と言うものの、いざ実戦に出るとその技量は底知れず。他にどんな空母がいてもMVPを引っ提げて帰投する。
 比較的に小柄ではあるが、それでも大きな戦力なのだ。
 そんなことも含めて、未だに俺の敬語が消えない理由でもあった。
鳳翔「提督、何かやることはありますか?」
提督「ここまでしてもらってやることなんて……」
鳳翔「遠慮しなくてもいいんですよ?」
提督「本当にないんです」
鳳翔「そうですか……」
鳳翔「では提督。私ここに控えていますので、ご用があればいつでも仰ってくださいね」
 
 そう言って床に正座する鳳翔。毎度のことながら絵に描いたように綺麗な姿勢は、思わず目を奪われるものがある。
 カチコチと時計が進む音、外から微かに聞こえる波の音。そんな音が混ざる静かな空間で、鳳翔は凛としていた。
鳳翔「あの……何かご用がおありでしょうか?」
提督「…………え?」
 そう言われたとき、ずっと彼女のほうへと目が行っていることに初めて気づく。なぜこんな状況になってしまったのか……。自分でもよくわからなかった。
 鳳翔はというと特に気を立てるような様子もなく、キョトンとした表情で首を傾げている。
提督「あー、すみません。本当に用事とかはないんです」
提督「どういうわけだか目が行ってしまって…………」
鳳翔「──────ふふ、変な提督ですね」
 クスっと笑う鳳翔の表情は随分と久しぶりに見た気もする。もしかすると初めてかもしれない。
 その後数分の間、俺は『変な提督』として笑われたが、どういうわけか悪いような気はこれっぽっちもしなかったのだった。
 
 真昼間の執務室。
 時計の音も波の音も、慎ましい笑い声によって掻き消されていく様子が心地良い。
128:
春雨を放置
129:
提督『春雨、明日の遠征頼めるか?』
春雨『輸送任務ですね。もちろんです!』
提督『ありがとう。いつもごめんな』
春雨『い、いえ!じゃあ行く前に報告に来ますね』
───
──────
─────────
────────────
春雨「司令官?あ、あの、司令官?」
 遠征任務の前後は司令官に報告するというのがこの鎮守府の決まりだった。同じような遠征に艦隊を費やすことや、艦娘同士の混乱を避けるためだ。
 そして今は、昨日頼まれた遠征任務に行くための報告に来たのだが…………
春雨「電話、してるのかな?」
提督「…………で…………はい、ありがとうござ…………」
春雨「……忙しいのかしら」
 司令官が鎮守府で敬語を使う相手というと、明石さんや鳳翔さんなど一部の艦娘。しかし二人ともさっき見かけたので、鎮守府内の相手ではないだろう。
 電話をしていると考えるのが妥当だった。
 しかしそれが終わるのを待っていては、きっと時間に間に合わない。それは司令官が一番危惧していることでもあった。
 この状況で報告できないというのは、仕方ない部分も大きかった。
春雨「司令官、忙しい……のね。う、うん…………」
春雨「よし、私も頑張ろう!」
 ドアの前で軽く挨拶をしてから遠征へと向かう。もちろんこれは見えていないのだが、そうしないと何故だか気が済まなかった。
 少し罪悪感も残ったが、帰投したときに説明すればわかってもらえるはず……。
 
 それとも叱られるだろうか?その時は色んな思考が駆け巡った。
提督(あー、長電話で対応してやれなかった…………)
提督(悪いことしたな。帰ってきたらいつも以上に褒めてあげよう)
 ────────もっとも私の悪い思考は、帰投したときに全てなくなったのは言うまでもない。
131:
曙を放置
132:
提督『あー、曙?少し席を外すけど大丈夫か?』
曙『あっそ。勝手にすれば?』
提督『相変わらずだな。じゃあ少し待っててくれるとありがたい』
曙『ふん!────────』
 
 ────────執務室に曙が一人。用を済ませて戻ってみると、相変わらず不機嫌そうに居座っていた。
 いつもはなんの躊躇いもなく入っていくのだが、今日は少し様子を見てみようと思う。
 悪いとは思いつつも好奇心が勝ってしまった形だ。何も期待はしていない。何も……。
曙「あーあ、この部屋もクソ提督さえいなければ居心地いいものね」
曙「ほんと、一人だと清々するわ!私は一人のほうが好きなんだから」
 どうやら俺がいないこの部屋を満喫している様子。可愛いもので、机の上に陣取って天井を見上げている。
 行儀が悪いと言えばそれまでだが、それも含めて『曙らしさ』が滲み出ていた。
 しかし俺は覚えてしまったのだ。
 一人のほうが好きと豪語した直後の、曙の「うん……」という寂しそうな呟きと表情の素晴らしさを…………
提督「────ただいま」
曙「……あらクソ提督。戻ってたの?」
提督「少し前にな」
曙「……………………な、何よ?」
提督「別に?」
曙「……………………っ!なんなのよ!?」
 部屋に入った瞬間、少し固まってからいつもの不機嫌そうな表情に戻るまでの短い間。その間にほんの少し見えた気がする嬉しそうな表情に、いつになく癒される。
 もう一度見れないものかと期待をしつつ、彼女の表情に注目してしまうのだった。そしてその表情があることを思うと──────
曙「こっち見んな!このクソ提督!!」
 ──────貶されているように聞こえるこの台詞も、どういうわけか愛らしく聞こえてしまうのだ。
146:
比叡を放置
147:
比叡「主砲、斉射、始めっ!」
比叡「んー…………おっかしいなぁ……」
 連装砲の砲声が響き、ほどなくして静まり返る演習場。そこには金剛型二番艦の比叡が佇んでいた。
 標的からだいぶ離れて着弾した砲弾を見て首を傾げている。
提督「…………比叡、大丈夫か?」
比叡「わっ!し、司令!?」
提督「おっと、驚かせちゃったか。かなり練度も高いお前が外すとは思わなくてな」
比叡「お恥ずかしい……」
提督「まあ俺も指導できる立場じゃないし、大きいことは言えないんだけどね」
 俺はあくまで提督。艦娘ではないので、砲撃や雷撃の要領は全くと言っていいほどわからないのだ。それ故に、戦闘で悩んでいる艦娘に対して下手にアドバイスもできない。
比叡「あの、もしよければ近くで見てていただけます?」
提督「いいけど、俺はなんもわからないぞ?」
比叡「いいんです!何か変わるかもしれませんし」
比叡「では……。気合!入れて!──────」
 ドドーンと響く砲声、漂う硝煙。しかし標的は相変わらず、元居た場所に居座っている。
 砲弾はまたも大きく外れたようで、的のだいぶ横に着弾していた。
 そして彼女の顔は随分と疲れ切ったような表情をしていることに気づく。少し考えてみると、ここ最近の比叡はずっと演習場にいると言っても過言ではない。
 もしかすると『疲労状態』というものになってしまったのだろうか?
比叡「いるんだけどなぁ……。あれー?あれぇ?」
提督「あー……比叡?」
比叡「何かお気づきになりました?」
提督「うん、まあ気づいたというか……。あんまり根を詰めすぎるんじゃないぞ」
提督「たまには間宮さんの所でも行って、美味いもんでも食ってこいよ」
 よくわかっていない様子の比叡に間宮の食券を持たせ、ひとまずはその場を離れる。提督という立場でできるのは、これが精一杯だったのだ。
 その日を境にしてやけにキラキラした比叡が出撃する度にMVPを持ってくるので、他の艦娘たちに『事情を説明しろ』と迫られたのは別の話。
148:
舞風を放置
149:
舞風「────────、──────♪」
 陽炎型駆逐艦18番艦、舞風。
 とにかく踊ることが大好きで、音楽などを聞いた時には場所を選ばずに踊りだす勢いだ。鎮守府内でなら微笑ましいものだが、街中に連れて行ったりしても踊りだすのは少し困る。
 そして俺は休憩中、イヤホンで音楽を聴くということをする。しかし生憎イヤホンが壊れたようで、今は普通に音楽を流している始末だった。
 そこにちょうど良く舞風が報告にやってきたわけだが、そんな時に作られる状況はただ一つ。
 休憩中に舞風が踊りだすことだけだ。
舞風「ねぇー、踊らないの提督ぅ??」
提督「踊らない、てか踊れない」
舞風「えー、とりあえずやってみようよー!舞風がエスコートするからさっ!」
提督「それもそれで恥ずかしいだろう……」
舞風「むぅ…………」
 彼女は毎回、意地でも俺を引き込もうとする。俺は踊りなどできないので毎回それを受け流している。野分の話によると、このやり取りが楽しくて引き込もうとするらしい。
 だが俺は単に舞風の踊りが好きだったのだ。楽しそうに踊る姿は、見ているだけで癒されるものだ。
 しかしそんな癒しの時間も、業務再開とともに終わりを迎える。
舞風「あれ、音楽止めちゃうの?」
提督「そろそろ休憩も終わるしな。お前ももう戻れよ?」
 そうして立ち上がろうと床に手をついた時────────
舞風「ダーイブッ!」
提督「っ!?」
 胡坐を組んでいた足の間へ舞風が飛び込む。
 踊るだけでなく、時々このように不意打ちもしてくる子だということを忘れていた。完全に慢心だ……。
舞風「ごめんねー、ちょっと踊り疲れちゃった」
提督「それこそ自業自得ってやつだろ……」
舞風「まあまあ……。それで少し休みたいんだけど、今からここで休憩時間」
舞風「…………ダメですか?」
提督「……………………」
 たまに敬語になるのがズルい。このギャップで「ダメ」なんて言えたものではない。
 それと同時に『少しだぞ』と釘を刺してから、今度は舞風と一緒に休憩時間に入ってしまう自分がいた。
150:
朧を放置
151:
提督「のどかだなぁ……………………」
朧「そうですね……………………」
 いつものように艤装からカニをのぞかせている朧と二人、浜辺に押し寄せる波を見ていた。とてもここで戦闘が起きているとは思えないくらい平和に見える。
提督「たまにはこういうのもいいな」
朧「朧もこういうの、嫌い……じゃないです」
提督「そうか、それはよかった」
朧「…………うん」
 口数が少ないために、最初の頃は嫌われてるのではないかと思ったこともあった。
 しかし今は違う。口数が少ないのは彼女の特徴であり、別に嫌われているのではないと分かったからだ。それにこの会話の雰囲気も好きだった。
 そんな朧はただ、いつもの海を見つめている。
提督「こんな時に敵が来たら木端微塵にされそうだな」
朧「……提督。朧、ここに待機しています」
提督「ん?」
朧「待機しています、よ!…………はい」
 すぐ横に来て存在をアピールしてくる朧。一瞬どうしたのか戸惑ったが、自らの発言を遡ってみるとわかった。
提督「……訂正しよう。朧がいるから敵が来ても平気だな」
朧「提督は、朧が護衛してますから。だから安心して」
提督「朧…………。ありがとう」
朧「がんばる」
 護衛してくれると言われただけでも心強かった。
 もちろん駆逐艦には変わりないので、恐らく戦艦や空母級が来たら木端微塵になるだろう。それは朧もわかっているはずだ。
 
 依然として海を見つめる朧。見つめるというよりは少し睨んでいただろうか?
 そんな姿を見て、俺は確信したのだ。
 きっと彼女は誰にも負けないだろう。
156:
春雨を放置(続き)
157:
春雨「──────ほ、ほんとにいいんですか?」
提督「それはこっちが聞きたいくらいだ……」
春雨「私はこれがいい……です!」
 右手を枕に天井を見上げて横になる。横に突き出された右腕には、遠征から帰投して間もない春雨が頭を預けている。
 
 遠征に出ていくときに俺がタイミング悪く長電話をしていたために報告できなかったことを、春雨はずっと気にしていたようだ。しかし同様に、無視するような形になってしまったことを俺も後悔していた。
 お詫びになるかわからないが、できる限り要望に応えてあげたい……。それを伝えたとき、「叱られる」ということしか考えてなかったらしい彼女は目を丸くした。
 そんななか飛び出てきた言葉が『添い寝をしてほしい』だった。
 
 そしてその要望に応えた形で、現在の格好に至るわけである。
春雨「ここ、落ち着きますね」
提督「そうなのか?」
春雨「はい!司令官は温かいですから」
春雨「これなら本当に眠くなりそう…………」
 左に向きを変え、体を丸くして寄ってくる春雨。彼女は『司令官は温かい』と言ったが、そういう自分も温かいことに気づいていないのだろうか?
 そもそも俺が温かくなってしまった理由というのは間違いなく春雨がくっついてくることにあり、何よりも腕の付近に柔らかい感触が────────
春雨「あ、あの、司令官?」
提督「ん…………あ、どうした?」
春雨「今日って私、このあと出撃とか遠征とか予定ありますか?」
提督「春雨は…………たしか無いな。お疲れさん」
春雨「あ、じゃあこのまま寝ちゃっても大丈夫ですね!」
提督「あれ、もう眠くなったのか」
春雨「んん……………………へへっ……♪」
 眠くなったのか聞いた時には、すでに眠りについている始末。遠征中も気を張ってくれてたようなので仕方ないと言えばそうだった。これも一つの『要望』なのだとしたら応えることは容易い。
 静かに寝息を立てながら眠りにつく春雨の呼吸が腕から伝わってくる。
提督「あー、俺も眠くなってきた」
提督「…………今日ってもう予定ないよな?」
 そしてその呼吸を感じ取りつつ微睡に落ちるまで、ほとんど時間は要さなかったのだった。
158:
曙を放置(続き)
159:
提督「なぁ曙」
曙「なに?」
提督「お前って、一人のほうが好きなんだよな?」
曙「何よいまさら。当たり前でしょ?」
提督「じゃあなんで最近こう、執務室に居ることが多いんだ?」
 執務室。
 いつもの机と椅子は曙のものとなってしまい、俺は床に押しやられていた。今日は行儀良く椅子に座り本を読んでいる曙は相変わらずの仏頂面である。
曙「悪いの?」
提督「いや、一人のほうが好きとか言って他人の部屋に居座るとかおかしいだろ」
曙「うるさいわね、この部屋の雰囲気は好きなの!」
提督「なんだそりゃ……」
 短い会話を単発的に繰り返すような空間だったが、不思議と退屈はしなかった。換気のために開けていた窓から入ってくる風と波の音が心地良い。
 そして時折吹き込む強めの風になびく彼女の長髪を見ているだけでも、どういうわけだか癒されるのだ。
 そんなことを考えて少し目を瞑った瞬間、背中に衝撃が走る。
 何事かと思い目を開けてみると、椅子に座っていた曙の姿がない。
提督「どうした、お前と背中合わせで座るとか予想外すぎるんだが」
曙「…………寒かっただけよ。こうすれば少しは凌げるし」
曙「それよりクソ提督。何か飲み物持ってきて」
提督「何がいい」
曙「ジュース」
提督「へいへい。じゃあ少し立ち上がるから気を付けろよ?」
曙「……やっぱりいらないわ。寒くなるし」
 取り付く島もなかった。完全に遊ばれているようにしか思えない。
 そんな様子を知ってか知らずか、曙の肩が小刻みに震えている。寒いというよりは、明らかに笑っているだろう。
 しかし何故か悪い気がしないあたり、俺も完全におかしくなっていると思う。
提督「なぁ曙」
曙「今度はなに?」
提督「お前って、俺のこと嫌いって言ってたよな?」
曙「……………………さあね」
167:
五月雨を放置
168:
五月雨「もうすぐ夜になりますね」
提督「ん、そうだな。今日は秘書ありがとう」
五月雨「もう、まだ終わってませんよ?」
提督「まあそうだけど」
 時刻は午後6時。夏ならまだ明るい時間であるが、冬ともなると随分と暗い時間である。
 今日の秘書は五月雨なのだが、早起きが苦手というのに朝早くから頑張ってくれたおかげで、いつもより少し早めに仕事を終えることができたのだ。
 もっともその間にもいくつかドジっ子エピソードがあるが、そこも含めて五月雨というものだろう。
 今は仕事も片付いたので二人で向かい合って座り、他愛もないような雑談に花を咲かせていた。
五月雨「提督は、夜はお好きですか?」
提督「夜?夜なぁ……。嫌いではないかな」
五月雨「そうですか……」
提督「苦手なのか?」
五月雨「い、いえ!苦手というか、その…………」
 『夜は好きか』などと聞いてくるのは川内くらいかと思っていたが、そのあたりは突っ込まないでおこう。夜に向かう時間なのだからありえない質問ではなかった。
 五月雨は目線を少し下げて、何かを必死に思い出そうとするような素振りで考え込んでいる。
五月雨「夜になると時々思うんです。『比叡さんごめんなさい』って」
五月雨「でも、よーく思い出せなくって……。なんだっけかなぁ…………」
五月雨「もう少しで…………」
提督「……………………」
 夜、五月雨、比叡。そして『比叡さんごめんなさい』
 思い当たるものはほとんど一つに絞られた。彼女がドジっ子と言われる理由の一つ、比叡に対する誤射事件だろう。
 しかし五月雨はどうしても思い出せずにいるらしく、随分と頭を捻っている様子だ。
提督「む、無理に思い出さなくてもいいんじゃないかな?」
五月雨「でもそれだとなんかモヤモヤします……」
五月雨「あれぇ?なんだっけなー……んーと…………」
 余計に考え込む五月雨。余計なことを言ってしまっただろうか……。
 そんな様子を見て、俺は苦笑いする以外になす術がなかったのだった。
176:
皐月と日常
177:
皐月「司令官、皐月だよ!」
提督「ん、早いな」
皐月「いつも通りじゃない?」
提督「まあ、お前はいつもこれくらいだもんな」
 皐月を秘書に指名すると、彼女は他の艦娘より少し早く来てくれる。もちろん彼女なりの理由があるわけだが──────
提督「今日もいつものか?」
皐月「それ以外にボクが早く来る理由なんてないよ!」
提督「単純だこと……」
提督「それで、今日は5分早く来たと。いつもよりは少し遅いな」
皐月「はははー……ちょっと遅れちゃった」
 椅子を降りて床に足を伸ばして座る。するとすかさず皐月が飛び乗る。そして俺は左手を皐月のお腹のあたりへ回し、右手は頭の上。
 
 最初に秘書をお願いしたとき、彼女は張り切ってか随分と早く来てくれたのだ。そのとき時間がだいぶ余りそうだったので今と同じような格好をしてのんびりしていたところ、これを相当に気に入ったらしい。
 それ以来皐月に秘書を頼むと少し早く来てくれて、早く来た分だけこんな格好で時間になるまで過ごすようになったわけである。
 ちなみにポイントは『右手を置くだけ』というところにあると言う。
皐月「ふあ?……司令官の手は安心だね。眠くなっちゃいそうだよ」
提督「寝たら本末転倒だろうに」
皐月「大丈夫、ボクは寝ないよ!寝たらもう秘書を頼まれなくなっちゃうでしょ?」
提督「…………秘書ってかこれ目当てで来てないか?」
皐月「…………ばれちゃってた?」
 これは少しばかりお仕置きが必要だろう。
 たしなめの意味を込めて、いつもは置くだけの右手をくすぐるように動かす。響く笑い声、「くすぐったい」と体を震わせる皐月。
 あくまでたしなめているのだ、決して遊んでいるわけではない。決して。
 そうして5分という時間はあっという間に過ぎ去り、秘書の仕事が始まる。
皐月「あー、マジで笑い死ぬかと思ったぁ……」
提督「少しは反省しなさい」
皐月「はーい」
提督「よし、じゃあ今日も始めますかね」
皐月「まっかせてよ、司令官!」
 こんなことをせがんでくる割に、秘書の仕事は本当に頑張ってくれるから憎めない。早く来た分だけ早く始めればきっと仕事も早く終わるのだろう。
 しかし実のところこちらとしてもこの執務前の短い時間が密かな楽しみだったりするのは、本人にも他の艦娘にも秘密。
皐月「司令官、早く終わればまた時間が余るよね?」
提督「……早く終われば、な」
皐月「いつもよりもっと張り切っちゃうからねっ!」
181:
Bismarckを放置
182:
ビス「もう……っ!この私を放置するなんて、貴方も相当偉くなったものね!出撃とか演習とか付き合ってあげたっていいのよ!?」
提督「だから、自分の状態を見てから言えと……」
ビス「大破がなんだっていうのよ!」
 服も艤装もボロボロのままソファに座り出撃をせがんでいるのはビスマルク。先ほどの出撃で派手に大破させられたのだ。
 帰ってくるなり同じようなやり取りしかしていないが、ドックが空いていない時は日常茶飯事である。
提督「大破したまま出撃したらどうなるか」
ビス「関係ないわ、駆逐艦くらい沈められるもの!」
提督「そういう問題じゃないだろ……。その前にビスマルクが沈みかねないって」
ビス「っ…………!」
ビス「…………じゃあせめて、放置だけはやめて」
 しかし日常では出ない言葉が飛び出ると戸惑ってしまうのも無理はない。俺は今まさにその状況に置かれたのだ。
 上目遣いで寂しそうな目をする彼女の服は、所々というか大部分が破けている。一つ言えるのは絵面的に完全にアウトであり、誰か入ってきたら間違いなく誤解されるということだ。
 そもそもどうしろと言うのか。それなりに雑談はしていたし、距離も離れていたわけではない。また別のことに現を抜かしていたわけでもない。
 残るはスキンシップというところだが、この状況でそれをすると色々と問題があるだろう。
 悶々とした時間を過ごしていると腕を引かれてビスマルクの隣へ引き寄せられ、彼女はぐいとこちらへ近づいてきた。
提督「……近くないですかねビスマルクさん?」
ビス「あら、そう?」
ビス「もしそう感じるなら、私を放置した罰ね。しっかりと受けなさい」
提督「……………………」
ビス「それで、今はどんなお話の途中だったかしら?」
提督「……出撃だの演習だの連れていけみたいな」
ビス「ああ、そうだったわね。でももう平気よ、放置されてないし」
ビス「このままドックが空くまで、こうして雑談しましょう?」
 言葉を発する度に息がかかるような距離。
 早くドックが空いてくれないと持たない。でも空いてしまうのも名残惜しい。真逆の感情が混同している。
 そしてドックが空くまでの間、雑談はおろか動くことすらできない程度に気圧されていたのは言うまでもなかった。
186:
吹雪を放置
187:
吹雪「…………………………」
提督「…………………………」
 冬というものは寒いわけだが、窓さえ開けなければ日が出ている時間の室内は暖かい。そんな暖かい昼間の執務室、司令官はいつものように黙々と、そして時々暇そうにあくびをしながら執務をしていた。
 暇そうにあくびをしたいのは私のほうである。
 だがそんなことをできるわけもなく、ただただ無造作に設置された椅子に座るだけという状況に置かれている。
吹雪(今のうちに少し点検でもしておこうかな…………)
吹雪「主砲、よし。魚雷発射管、よし。機関……大丈夫!ふぅ……あとは…………」
提督「偉いな吹雪。装備の確認か」
吹雪「あ、はい司令官!いつでも出撃できますよ」
提督「はは、頼もしいな」
 長らく沈黙の時間が続いていたが、その均衡を私が破ったために束の間の会話が生まれる。そこまで長いわけでもないが、正直なとこ退屈だった私には十分であった。
 何か音らしい音もなく、耳を澄ませばペンの走る音しか聞こえてこないようなこの空間。おまけに冬の日差しで暖かいこの部屋においてはとても眠くなる。
 なのでとにかく、短くてもいいから会話を繋げたいのだ。
吹雪「ああ、そうだ。あの辺も確認しておこう。えっと………」
 しかしなんとか会話を繋げたいのはいいが、あろうことか点検する予定もないのにこんなことを口走ってしまうのは心外だった。
 そんな時に限って司令官は不思議そうな顔をしている。嫌な予感しかしない……。
提督「まだ点検漏れあったか?あの辺とか言ってたけど」
吹雪「ああ、えっと……その…………」
提督「────────まあ俺は艦娘じゃないし、吹雪なりの考えもあるか」
吹雪「うぅ…………はい…………」
 司令官は見透かしたように心配していたことを聞いてくるので本当に困る。勘がいいと言えばその通りだが、こちらとしては堪ったものじゃない。
 そうして無意識に、少し重みのある左手を見つめていた。
提督「ああ、高射装置か。お前も対空戦闘は得意になったもんな」
吹雪「え?…………あ、ああ!そうなんですよ!この装置、本当に助かるんですよねー」
提督「そんな装置が『あの辺』に含まれてしまうのか」
吹雪「うっ………………」
提督「…………冗談だって。慣れない装置だもんな、仕方ないさ」
 自分の気づかないところでフォローされ、それに便乗するとまたツッコミを入れられる。本当に散々な日だ。
 司令官は何も知らずに執務へ戻る。私は恥ずかしさで完全に縮こまっているに違いない。
 
 ふと窓の外を見上げると、赤い帯を一本だけマークされた零戦が一機。きっと演習か何かだろう。
 私もあのように、大空を悠々と飛んで逃げ出したいような気分だった。
189:
天津風を放置
190:
 
 工廠という場所は常に誰かしらがいる場所であり、装備の開発や新しい艦娘の出迎えなどをしている。と言ってもほとんどが明石や夕張なのだが……。
 しかし今日たまたま工廠に立ち寄ってみると、ここではあまり見かけない艦娘がいた。
 長く綺麗な髪を下ろし、膝を抱えて座り込んでいる。
提督「珍しいな天津風」
天津風「っ!?びっくりした、脅かさないでよ」
提督「おっと、ごめんごめん」
天津風「あなたもここに来るのは珍しいんじゃない?」
 実際ここに俺が来ることも珍しいのは間違いない。なんとなく気が向いたので来てみたものの、普段は新たな艦娘や装備ができたと報告がない限り来ることはない。
 彼女がどういう経緯でここに居るかはわからない。が、膝を抱えたまま座り込んでボーっとしているあたり、俺と同じく『なんとなく』と言ったところだろうか?
 ちなみに天津風は俺のことを「あなた」と呼ぶ。「提督」「司令官」などと呼ばれることが多い身としてはどこか新鮮なものだった。
提督「退屈そうだな。なんでここに?」
天津風「えっ!?私、退屈なんかしてないわ。新型缶データを取ったり色々と大変なんだから!」
提督「…………新型缶?」
天津風「ほ、ほんとよ!?」
 そう言うとどこからか缶の計画書らしきものを引っ張り出してきて、その『すごーい性能』を熱心に説明し始める天津風。正直なとこ難しすぎてよくわからないというのが本音ではあったが、何やら凄いものだというのは伝わってくる。
 それを物語るように、手に持たれている図面には『新型すごーい』『もっとすごーーーい』など随分とストレートに書き込まれていた。
天津風「わかったでしょ?」
提督「とりあえずお前も忙しいってことはよくわかった。疑ってごめんな」
提督「まあでも根を詰めすぎるのも良くないし、たまには休めよ?」
天津風「…………わかってるわよ」
 そんなやり取りを交わし、気づいたころには夜へと向かっている時間。来たのは夕方頃だったので不思議ではない。
 天津風は徐に立ち上がると一回だけ伸びをして、次は缶のテストがあるから移動すると言っている。休めと言った直後ではあるが、それなりの事情もあるのだろう。
 彼女は新装備のテストのことになると目の色を変えるのだ。
 別れ際、一瞬だけこちらを振り向いて立ち止まる天津風。
天津風「私はこれでもう行くけど…………」
天津風「あなたもちゃんと休むのよ?」
提督「…………ありがとう」
 そういうと彼女は走り去ってしまった。最後に気を利かせてくれたのだろう。
 日が沈むころの工廠に一人。ふと、同じように膝を抱えて座っていたことに気づく。簡単に言うと取り残されたわけだが、この場を動く気は当分起きないだろう。
 しばらくの間、いつもは感じない『あなた』呼びの、新妻に呼ばれるような新鮮さに浸っていたかったのだった。
196:
野分を放置
197:
野分「舞風どうしてるかなぁ……。元気、かな……」
提督「寂しいか?部屋に戻ってもいいけど」
 和室に備えられた炬燵に二人。俺は寝転がり、野分は隣で足だけ入れて座っている。
 外では少し強めの雨が降り、音を立てて縁側を叩いていた。
 彼女の言う舞風は部屋で出撃待機中。と言っても野分も待機中ではあるが、今日は秘書でもあるので、俺の横で待機しているのだった。
野分「あ、司令!大丈夫。野分、いま待機中ですし」
提督「そのことなんだけどさ…………」
 ふと外へ目をやると、案の定の雨が降り続いている。俺の視線の先を追っていた野分も察したようだった。
野分「……雨が強いから待機解除と。随分と適当じゃないですか?」
提督「まあまあ、そんなに雨の中出撃したかったら行ってもいいぞ」
野分「………………はぁ……」
野分「それで、野分はどうすればいいですか?」
提督「ん、特にすることないしなぁ。部屋に戻ってもいいし、ここでぬくぬく暖まってもいいし、つまり自由ってとこかな」
野分「実に司令らしいですね……」
 そう言って前に倒れこみ頭を台に付ける姿は、まるで学生が居眠りしているかのような格好だ。実に彼女らしくなかった。
 炬燵にかかれば野分ですらダメ人間にしてしまうので怖い。何もかも、炬燵が暖かいのが悪いのだ。
 
 そんな野分を横目にし、待機解除で自由時間というのを舞風に伝えるため立ち上がろうとしたときのこと──────
野分「ふっ……あ?…………」
提督「っと、いきなり寝転がるか」
野分「あ、すみません!つい…………」
提督「いや、自由だし何しても構わないんだけどな」
野分「…………何をしても、ですか?」
 突然横に寝転んできた野分に遮られどうにも立ち上がれない。おまけに「何しても構わない」と聞いた途端、どういうわけかくっついてくるので動けない。くっついてくるどころか服をつかんでくるので尚更に動けない。
 あろうことかこの短時間に早くも3回ほど不意打ちをされた形だ。
 倒れこんできた野分はこんなに甘えてくるような子ではないが、今日ばかりは違う様子。少し笑みを浮かべて嬉しそうにしている。
野分「司令を舞風だと思って代わりにしても大丈夫ですよね?」
提督「いや、今は舞風に知らせに行かないと……」
野分「ん……暖かいですね……。このまま寝てしまいそうです…………」
提督「あ、あの」
198:
舞風「提督ー、まだ待機して──────」
提督「あっ」
野分「ま、舞風!?」
舞風「あれ、野分も待機中じゃないの?」
野分「あ……えっと…………」
舞風「まぁいっかー」
 4度目の不意打ちは舞風。唐突に現れたかと思うと有無を問わずに部屋へ入ってきて、「お邪魔しまーす」と野分のように隣へ寝転がってきた。
 野分は普段しないような甘え方をしていて恥ずかしかったのか、赤くした顔を埋めている。が、埋めているのもまた服の中というのは無意識なのだろう。
舞風「それで、出撃待機はどうなってんのー?」
提督「それのことだけど、解除して自由時間だって伝えに行こうとしたらこの状態になったわけで」
提督「まあお前から来てくれて助かったよ」
舞風「へぇ…………」
 質問はするものの、どうやら回答は聞いていないようである。
 右隣にはうずくまる野分、左にはそれを見て冷やかしにかかる舞風。炬燵に三人で入っているのでかなり狭いが、それすらも気にならないものだ。
提督「舞風が元気そうで良かったな、野分」
野分「……何のことですか」
提督「心配してたのはどこの誰だ」
野分「……………………」
 そうして雨が止むまでの間、野分と舞風に挟まれて寝転んでいるのだった。うるさく感じていた雨の音は、舞風の冷やかしと野分の反論で掻き消されている。
 両手に花というべきこの状況はとても微笑ましく、適度に会話があって騒がしく、なにより心地良い。
 炬燵とは違う『暖かさ』に浸りながら、二人のやり取りを聞いていた。
199:
提督「てか俺って舞風の代わりなのに、舞風が来ても結局くっついてるんだな」
 
野分「っ!……知りません、もう!」
202:
大鯨を放置
203:
大鯨「て・い・と・く?」
大鯨「提督!」
提督「うおっ!?ど、どうした急に?」
 用事を済ませて部屋に戻る途中、廊下でいきなり呼び止められたかと思うと、次の瞬間には背中あたりに重みを感じた。
 首から回されてきた衣服の袖を見ると白い点線が一本。そして時々こんなことをしてくる艦娘と言えば、潜水母艦である大鯨に絞られるだろう。
大鯨「あ、あの、潜水艦作戦は……」
提督「当分はないかなぁ。休みだ休み」
大鯨「あ、しばらくお休み……そ、そうですか…………」
提督「あれ、今日はあっさり引き下がるんだな。何かあったか?」
大鯨「いえ、なんでもないんです、はい…………」
 声が小さくなると共に回された腕も解かれ、やがて彼女は床に立つ。いつもならもう少し粘っているのだが、今日は引き下がるのが早いようだ。
 もう少しだけ粘られる延長戦というのを密かに楽しんでいた部分もあったので残念ではある。
大鯨「提督最近、私たち潜水艦隊を放置しすぎじゃないですか?」
提督「いや、そんなことはないはずだ。むしろ向こうから絡んできてくれるし」
大鯨「…………じゃあ提督は、私を放置しすぎですよ?」
提督「そうか?」
大鯨「そうなんです!」
 そう言いながら腕に顔を擦り付けてくる大鯨。その様子はまるで猫のようにも見えた。そこまで意識したことはなかったのだが、言われてみれば最近はあまり話していなかったかもしれない。
 それにしても凄いギャップである。
 どこか母性的なものを感じる彼女は、「潜水母艦」という名前とも相まって潜水艦娘たちに頼りにされている。そして大鯨も潜水艦娘のことを常に気にかけていて、まさに母親のような存在なのだ。
 しかしそれも『存在である』だけ。こうして二人になると意外にも甘えてくるのだった。
大鯨「あ、そういえばここって廊下ですよね……」
提督「わかっててやってたんじゃないのかよ」
大鯨「まあそうなんですけど……誰か来たら少し恥ずかしいかなって…………」
大鯨「なので執務室に移動しましょう?提督のお手伝いをいたしますね!」
 「ありがとう」と返事をする前から行動に移しているのでどうしようもない。半ば強引に腕を引かれ部屋に入るといつもの椅子の上……ではなく、どういうわけだかソファに座らされた。
 よくわからないまま立ち上がり、とりあえず椅子に戻ろうとしたのだが────────
大鯨「て・い・と・く!まだ戻っちゃダメですよ」
提督「いや、俺の手伝いをしてくれるんだろ?」
大鯨「そうですけど……。それはもう少し甘えてからでも大丈夫ですよね?」
 動くようなこともできずに引き戻され、再び猫のように擦り寄ってくる大鯨。その表情は潜水艦娘たちと接しているときの顔ではなく、完全に蕩けていた。そんな顔を見せられてしまった以上は離れるなんてできたものではない。
 なす術もなく小一時間ほど、彼女の思うままにされてしまうのであった。
211:
大鳳を放置
212:
大鳳「──────提督!」
提督「ごめんなさい…………」
 時刻はマルゴーサンマル、午前5時30分。今日のスタートは5時から大鳳とランニングをすることだった。
 早起きというのは少しばかり苦手なのだが、遅れて待たせるわけにもいかないのでどうにかして起きる…………
 起きるところまでは良かった。早く起きすぎたのだ。
 完全に慢心しきってデイリー任務の整理を始め、気づいたころには5時30分。慢心はダメ、ゼッタイ。ある艦娘の台詞が重くのしかかる。
 
大鳳「この大鳳を待たせるなんて……」
提督「ほんっとうに、申し訳ないです…………」
大鳳「……なんて言わないわ。デイリー任務の確認をしていたのでしょう?」
提督「え、あ、まあそうだけど……。遅れたのは完全に俺の非だ」
大鳳「いいえ、訓練や戦略は大事。十分に準備してから出撃しましょ?」
提督「…………怒ってないのか?」
大鳳「この程度……この大鳳はビクともしないわ」
 怒っているかと思いきや、唐突に小破時の台詞を織り交ぜる程度には余裕がある。
 だがこの時間、この港には冷たい海風が吹き抜けるのだ。こんな状況で待たせてしまったことにかなり罪悪感が残っていた。
提督「でもこの寒いのに待たせてしまった。すまない……」
大鳳「ビクともしない、って言ったでしょう?」
提督「しかし…………」
大鳳「提督」
 頬に例の海風が強く吹き付ける。それと同時に、目の前に立っている彼女はゆっくりと手を伸ばす。伸ばされた先は、風が吹き付けている俺の頬だった。
 優しく包み込むように添えられた右手は思いの外暖かい。
大鳳「提督が……貴方がいるから、今の私は安心してます」
大鳳「だからこれくらい大丈夫、気にしないで?貴方のことはいつまででも待ってるわ」
 そうして添えた右手を静かに動かすものなので少々くすぐったい。しかしそれも、きっと撫でている張本人は気づいていないだろう。
 目は真っ直ぐとこちらを見つめ、表情はいつになく幸せそうなものだった。そんな状況に直面してしまった俺は唖然として立ち尽くし、彼女の行動を受け入れる以外に術がない。
 それが数分は続いただろうか?
 触れられた手の親指が偶然唇に触れる。こちらもだいぶ驚いたが彼女はもっと驚いてしまったらしい。やがてハッとした表情で手が降ろされ、悶々とした時間に終止符が打たれた。
大鳳「す、すみません!私ったら…………」
提督「……随分と大胆な言動をするんだな」
大鳳「お願い、忘れてください…………」
提督「いやーどうかなぁ、インパクトがなぁ」
大鳳「……走りましょう!走れば忘れます。というより、走るのが本来の目的ですし!」
 そう言って今度は手を掴んで強引に走り出す大鳳。
 
絶対に覚えててやる。そう心に決めて転ぶ直前で立て直し、約束のランニングを始めるのだった。
213:
提督「ああー、疲れた…………」
大鳳「お疲れさま。忘れてくれた?」
提督「バッチリ覚えてますね」
大鳳「………………提督。今日の秘書って決まってますか?」
提督「いや、今日のは決まってないな」
大鳳「じゃあ私がやります!」
大鳳「もうこうなったら逆に、絶対忘れないくらいに──────────」
 その日大鳳が秘書になって何があったか……。それは間違っても誰にも言えないような、二人だけの秘密である。
218:
如月を放置
219:
提督「──────さて、と。今日も乗り切ったか」
 いつも通りに起き、いつも通りに指示を出し、いつも通りに執務をし、そしていつも通り艦娘たちとスキンシップを取る。
 そんな一日が今日も終わろうとしていた。
 
 入浴も済ませあとは寝るだけ……。身体が温かいうちに布団に入るとよく眠れるのだった。
提督「ふぅ、今日は早く寝よう」
如月「お帰りなさい、司令官」
提督「おう、ただいまー」
提督「……………………え?」
 冷えないうちに寝ようと足早に執務室へ戻ると、遠征に行ってくれていた如月が一人で座っている。しかしここまでなら、彼女にしては珍しいことではない。
 問題はその次。なぜ今日は椅子ではなく、布団を敷いた上に座っているのか────────
 綺麗に正座をし不思議そうに首を傾げている彼女の服装は、どこから見ても完全に寝る時のものであった。
提督「あー、如月。とりあえずお帰り。遠征お疲れさん」
如月「司令官のためだもの。でも、たまには出撃もさせてね?」
提督「それはわかってる。で、本題に入るわけだが…………」
如月「どうして布団を敷いたのか、でしょう?」
提督「…………その通りだな」
 『考えていることはお見通し』とでも言うかのように微笑んだかと思うと、徐に立ち上がって執務机に備え付けられた椅子に座る如月。これが如月が居る時のいつものパターンというやつである。
 そうして彼女は「んっ……」と色っぽい声を発しつつ、大きく一回だけ伸びをして見せた。
如月「如月、お役に立てること、ないかしら?」
提督「今日はもうやることは全部終わったな。ありがとう」
如月「……じゃああとは寝るだけよね?」
提督「そうだな」
如月「…………そういうこと、ね?」
提督「…………ん?さっぱりわからん……」
如月「もう……。司令官が寝るお布団、敷いてあげたの」
 ふと視線を落とすと、入ってきたとき見たように俺の布団が綺麗に敷かれている。中央付近───如月が座っていた付近───は少しだけしわが寄り凹んでいた。
 掛布団が掛けやすいように少し捲るようなことも施されていたが、きっとこれも如月が気を利かせてくれたのだろう。
如月「これですぐに寝られるでしょう?」
提督「わざわざありがとうな。遠征から帰ってすぐで疲れてるだろうに」
如月「いいのいいの。如月、お役に立てたかしら?」
提督「…………十分すぎるくらいには」
如月「ふふっ♪如月が用意した布団で……おやすみなさい、司令官」
 そう言うと如月は満面の笑みで、こちらが挨拶を交わす前に戻ってしまった。結局のところ意図が読めないが、それもそれで如月らしい。彼女は時折唐突な行動をするのだ。
 しかしせっかく用意してくれたのに寝ない手はない。今は部屋にいない如月に「おやすみなさい」と挨拶をして布団へと入る。幸いなことに入浴後の体温はまだ残っていたので、消灯してから微睡に落ちるまで時間はかからないだろう。
 今日の布団は少しだけいい匂いがした……気がする。
220:
如月(少しだけお布団を借りて横になったこと…………気づかれないかしら?)
如月(まあ、気付かれても仕方ないわね。けっこう寝返りとか打ったし…………)
如月「ふふふっ♪」
224:
浜風を放置
225:
 
 陽気な昼下がり、部屋に二人。俺は午前中に終わらせた任務の確認をするため、机に向かって報告書に目を通す。対する浜風は、少し後方に設置された小さめのソファに座っている。
 秘書の役を任せたのだが、今は演習から帰った直後なので休ませているのだった。
浜風「て、提督……?」
提督「ん」
浜風「あ、あの…………」
浜風「…………なんでもない、です」
提督「変なやつだな」
 この後は出撃の予定もないため艤装を外した浜風は、部屋に来て少し経ったあたりからずっとこの調子。何か言いたげではあるものの、結局は自分で遮ることを繰り返していた。
 浜風の性格を考えると言い出せないこともあるかもしれない。しかしどうにも気になるうえに埒が明かないので、思い切ってこちらから仕掛けてみる────
提督「さっきからこのやり取りしかしてない気がするんだが」
浜風「えっと…………」
提督「気になるから言ってくれると嬉しい。本当に何でもないならいいけどさ」
 少しばかりの沈黙の時間、聞こえるのは無機質な秒針の音のみ。
 浜風は視線を落として大きくため息を吐いてから、再びこちらへと視線を戻した。
浜風「あの……!」
浜風「あの……。次の作戦は、まだですか」
 そうしてようやく吐き出された言葉は次の作戦のこと。言い出しにくいことなのかと身構えていたが拍子抜けしてしまった。生真面目なあたり彼女らしいと言えばそれまでではあるが……。
 「それくらいはいつでも聞いてくれ」と念を押してから、出撃予定が書いてある書類に目を落とす。
提督「浜風は…………ん、明日のデイリー任務で第一艦隊に編入されてるな。十七駆全員だ」
浜風「ああ、そ、そう……ですか…………」
提督「嫌だったか?」
浜風「い、いえ!決してそういうわけでは……」
 
 慌ててフォローを入れるあたり浜風らしい。しかし嫌というはずはないだろう。口癖のように「十七駆は大切な仲間」と言っている彼女のことだ。
 ともあれこれで浜風の言いたいことはわかった。ゆっくりと背を向け、書類の確認に戻る。
 が、戻る途中で異変に気付く。
 浜風が未だに浮かない顔をしているのだ。他にも何かあるのだろうか?
 そしてもう一つ、いつもは中央付近に陣取るはずの彼女が、どういうわけか右端に寄って座っているのである。やがて来る誰かを待つかのようにぽっかりと空いたスペースを見つめているが、もちろんここに追加で来る予定の艦娘はいない。
 時間だけが過ぎて行き、彼女の表情がだんだんと曇っていく。
 どうしたものか……思考を巡らせているうちに、思い出したことがあった。
提督「──────少し疲れた。浜風、隣に失礼してもいいかな」
浜風「──────っ!」
浜風「………………ふふっ、仕方ないですね。どうぞ」
 隣に座った途端、明るい顔で右端からこちら側に寄ってくる浜風。彼女は意外にも寂しがりなのだ。
228:
伊19を放置
229:
提督「戻ったぞー」
イク「遅いのね!」
提督「ごめんごめん」
イク「謝って済んだら憲兵はいらない、の!」
 部屋を留守にして約30分。新しい装備ができたと聞いて工廠へ行っていたのだが、思いのほか長引いてしまった。
 出ていくときから不服そうな顔をしていたイクは、戻るとさらに不機嫌そうにしている。
イク「提督にはすこ?し、お仕置きが必要なのね」
提督「魚雷持ったままその台詞とか明らかに俺が轟沈しそうなんだが」
イク「提督の弱点、イクには全てお見通しなの!」
 そう言うと相変わらずの不機嫌な顔のまま目の前へ来て、魚雷を置いて顔を近づけたかと思うとやがて不敵な笑みを浮かべた。
 恐らく死ぬようなことはないだろう。が…………
提督「……何の真似かな」
イク「いひひー……もちろん、提督の弱点を的確に攻撃するのね」
提督(嫌な予感しかしない)
 身の危険を察知して身構えたが時すでに遅し。
 無駄のない動作で脇の下に手を潜り込ませた瞬間にはイクの攻撃が始まっていて、俺は体を捩じらせることで精一杯な状態。
 「これはお仕置きというか拷問だ」と言おうとするも、言葉になる前に笑いで遮られる。
 その後十数分に渡り、不敵な笑みを浮かべながらくすぐられ続けるという生き地獄に晒されるのだった────────
230:
────────────
─────────
──────
───
イク「提督ー!」
提督「………………んぁ?」
 体の重みと大声に目を覚ます。覚えているのはソファで少し横になったこと……。
 それだけのはずなのだが、いつの間にか寝てしまったらしい。そしてどういうわけかイクが上に跨っていた。
提督「…………状況が読めない。説明頼む」
イク「なーんにも覚えてないのー!?」
提督「さっぱり」
イク「むぅ……まずイクがこの部屋に報告に来たのね」
イク「それで提督ー提督ーって呼んでも返事がないから、勝手に入ってきたの」
イク「そしたら提督がソファで寝てたのね!」
提督「なるほど、それは理解できた」
 説明を終えて腕を組み、誇らしげに背筋を伸ばすイク。少し前傾姿勢だったので体重移動をしたわけだが、乗られてる側としてはだいぶ苦しい。
 
イク「それより、イクを待たせるってどういう了見なの!またお仕置き、されたいのー!?」
 再び前傾姿勢に戻った彼女だが、今度は近い。何が近いって、もう色々と近い。
 
 イクのお仕置きというのは先日受けている。全く同じような理由ではあるが、まさに生き地獄というべきだろう。先ほどまでは夢にまで出ていた気もする。
 とにかく二度と受けたくはないようなものであることは明確だった。
 しかしそれを彼女がわかっているようなことはないというのも明確だったのだ。
イク「覚悟するのね。今日はイクが有利なポジション……丁字有利、なのね!」
提督「落ち着こうイク。俺は寝てて気づかなかっただけで、決して放置してたわけでは……」
イク「言い訳はいらないの!いつもより厳しいお仕置き、お見舞いするのね!」
 これ以上に厳しいとなると想像もしたくないが、マウントポジションを取られた以上抵抗できる術もない。どれほど続くかもわからないが、彼女のオモチャにされてしまうのは容易に想像がついていた。
231:
イク「提督ー?」
イク「提督!」
イク「…………気絶しちゃった……の?」
イク「……………………」
イク「それも追加でオシオキなのね!」
235:
大和を放置
236:
提督「大和ー、悪いけど少し手伝ってくれないか?」
大和「あ……すみません。いまそちらへ行きますね」
 艦娘の仕事と言えば海上に繰り出して敵を殲滅すること。提督の仕事はというと、主に任務の確認など執務室で済ませることが多いだろう。そして秘書官というとその補佐に就くことも任されていた。
 今日はその秘書官の役。ここに来てから長くはなく、これが初めてだった。
大和「すみません提督、まだよくわからなくて……」
提督「いや、まあ最初はこんなもんだろ。大和は来てから前線に出ずっぱりだったしな」
大和「そのおかげで早くも最高練度目前ですね」
提督「はははは…………」
 笑って誤魔化す提督ではあるが、ここに来てからというもの本当に出ずっぱりである。
 着任して間もなく、改造前だというのに難関海域に送り出されたりもした。もちろん並の戦艦とは違うし、この大和がそう簡単に沈むようなことはない。
 しっかりと活躍する自信はあった。もちろんあったのだが────────
提督「おっと……。その主砲は本当に頼もしいなぁ」
大和「ん……あ、提督ごめんなさい。主砲、ちょっと邪魔ですか?」
提督「いや、大丈夫だ。それは戦艦大和の象徴だしな」
大和「で、でも執務中は…………」
提督「艤装外す子は多いけど、別に強制してるわけじゃない」
大和「…………では私の意思ということで外してきます」
 海上では火を噴くこの主砲も、鎮守府内の部屋では無用の長物。重いうえ邪魔になるだけだった。
 そして何よりも距離ができてしまうのだ。かなり大きいものなので、当たってしまわないかと気を遣うと距離ができてしまう。
 私と提督がお互いによく知らないでいるまま練度だけが上がってしまったのは、迂闊に近づくこともできなかったからかもしれない。
大和「お待たせしました」
提督「おお、一気に印象変わるもんだな」
大和「そ、そうでしょうか?やっぱり外さないほうが…………」
提督「あーいや、良いほうに変わっただけだからそのままで頼む」
 言われて初めて気づいたが、自分で見ても随分と小ぢんまりした印象を受けてしまう。このまま出撃などしたら、きっと何もできずに終わるだろう。
 が、室内という状況ではむしろ好都合だった。
大和(こんなに近づいたのって初めてかも……)
提督「ん、具合でも悪いのか?」
大和「えっ?」
提督「なんかボーっとしてるからさ」
大和「き、気のせいですよ提督」
提督「そうか、それならいいけど」
 この提督というのは意外にも艦娘をよく見ているのだろうか?迂闊に考え事もできない。
 もしここで恥ずかしがるようなことをすればどうなるか…………容易に想像がつく。しかしきっとこの人は"気づかない"だろう。
提督「なんか顔も赤くなってないか?」
大和「っ……!気のせいですから!提督は大和ではなく書類に向いていてください!」
提督「お、おう……?」
 幸か不幸か、やはりこの人はさり気なく手を重ねていることは気にも留めなかったようである。
270:
榛名とバレンタイン
271:
榛名「もうすっかり夜になってしまいましたね」
提督「遅くまでごめんな」
榛名「いえ!榛名、久しぶりの秘書の仕事、楽しかったです」
 朝から榛名が秘書として手伝ってくれた今日も、気づけば完全に夜。古参である彼女の手際はかなりいいのだが、今日は雑談を多く交えたために遅くなってしまったのだ。
提督「今日はありがとう。戻ってゆっくり休んでくれ」
榛名「…………もう少しだけよろしいでしょうか?」
提督「いいけど、どうかした?」
榛名「い、いえ!榛名、提督の執務室からの夜景が大好きなんです。だからもう少しだけ眺めていたいなーって……」
提督「ああ、そういうことか。なら別に構わないさ」
榛名「…………はい!」
 執務室からの夜景と言っても、見えるものはドックの微かな光と海。街の明かりのような豪華さはないが、このような落ち着いた夜景はこちらとしても大好きだった。
 窓から乗り出すように外を見つめている榛名は、手で何かを必死で隠しているようにも見える。
 
榛名「──────提督!」
提督「ん、どうした」
榛名「あの……えっと…………」
 何かを決心したように振り向いた榛名の手には、ピンクでハート形をした小さな箱。小さいながらも丁寧にリボンで結ばれている。
榛名「もしよかったら…………」
榛名「この榛名のチョコレート、貰っていただけますか?」
提督「チョコレート……え、もしかして手作り?」
榛名「はい!榛名、提督のためにちょっと頑張りました」
提督「榛名…………。わざわざありがとう」
 手渡された小さな箱を開けてみると、チョコにしては大きめの、箱と同じくハート形のチョコレートがひとつ入っていた。
 まだ口にしてはいないが、チョコレート独特の香りで「美味しい」ということは明確である。
272:
提督「もう食べてみてもいいかな?」
榛名「あ……少し榛名に貸していただけますか?」
提督「ん、おう」
 チョコを口に運ぶ前にストップをかける榛名。意図がよくわからない。
 言われたとおりに渡すとそれを片手に目を瞑っている。
 そうしてひとつ、大きく息を吐いた。
榛名「提督、口を開けてください」
提督「…………えっ」
榛名「……………………」
提督「……………………」
 戸惑いつつも口を開いてしまうあたり、きっと榛名の思う壺なのだろう。開くと同時に手に持たれている甘いものが入れられるのだった。遠回りであるが食べさせてもらった形だ。
 甘い味が口に広がり、甘い香りが鼻腔をくすぐってくる甘さしか感じないようなチョコレートだった。
提督「甘い。そして美味い」
榛名「ほ、本当ですか!?嬉しいです!」
榛名「もっとたくさん作ってくれば良かったでしょうか……?」
提督「いや、まあ食べすぎも良くないって言うしな。一つでも十分だ」
榛名「来年はもっとたくさん作りますね」
 なぜ一つで十分なのか?止まらなくなりそうだからだ。
 これを二つも食べたら間違いなく追加で要求したくなるだろう。むしろ一つだけの今ですらだいぶ危ない。
273:
榛名「そういえば、榛名は味見をしてませんでした…………」
提督「そうなのか?美味かったし大丈夫だけど」
榛名「で、でもその……味見してみたいじゃないですか」
提督「でももうチョコは残ってないはずだが」
榛名「一つだけ、残っている場所があるんですよ?」
提督「…………場所?」
榛名「ちょっとだけ、提督に残ってます」
提督「…………それって──────」
榛名「ん──────────」
提督「!?──────────」
榛名「んっ………………ふふっ♪」
榛名「大成功です♪」
277:
敷波を放置
278:
敷波「──────司令官も忙しいんだね」
提督「そりゃまあ、それなりに」
敷波「ふーん…………」
 暇だから遊びに来たという敷波は少し離れた場所で壁に寄りかかっている。
 特にアクションを起こすような様子もない彼女を横目に、いつも通り報告書を持ってくる艦娘や任務書類の整理に追われていた。
提督「えーっと、次は……………………」
提督「ん、ここ少し違うか。まずはこっちを直して…………」
敷波「…………ふんっ、敷波のことなんか、どうせ忘れてるよね」
 後ろで腕を組んで目を逸らす敷波。俺が紙の山ばかりに向き合っていたので不貞腐れてしまったようだった。
 壁に寄りかかって後ろで腕を組み、つま先を立てて足首を回している。
 彼女がこんな仕草をした場合、思いとは裏腹の言葉を発するのが常である。しかしそれをわかっていても、仕草が可愛くてつい便乗してしまうのだ。
敷波「ま、いいけどさ…………」
提督「忙しいからなー仕方ないな」
敷波「……………………よくない」
提督「ん、なんか言ったか?」
敷波「っ!は、早く仕事終わらせなよ」
提督「終わらせたいんだけどな、少し量が多くて」
敷波「…………………………」
 それを聞いた彼女は少し考えている。
 やがて背中を反らせて戻す反動で壁から離れると、仕方なさそうにこちらへ歩み寄ってきた。依然として腕は組まれたままである。
提督「お、手伝ってくれるのか?」
敷波「べっ、べつに……。遊びに来ただけなんだし、手伝うとかサービスなんだからね」
敷波「だからその…………あとで何か奢ってくれたりしてもいいし、さ…………」
敷波「な、何もないってならそれでもいいけど…………」
提督「はは、何か考えておくよ」
敷波「……………………ん」
 小さく呟いた短い音だが心なしか嬉しそうに聞こえる。
 そうして一度髪を結び直し手伝ってくれる敷波のすぐ横で、今度は二人で書類に向き合うのだった。
提督「そんな近くに居て、作業しにくいんじゃないか?」
敷波「いいんだよー、ここが字とか見やすいんだしさ」
敷波「ここなら忘れられないし…………」
提督「え?」
敷波「な、なんでもないっ!あたしを巻き込んだんだから、あんま長引かせないでよね」
282:
夕張を放置
283:
夕張「────────平賀さんの才能って、ほんと素敵よね……」
 惚れ惚れとした口調でそう発しながら自らの艤装を撫でている、緑色のリボンを付けた艦娘が一人。用があって部屋の前まで来たわけだが偶然ドアが開いていたのだった。
 彼女の言う平賀さんとは平賀譲氏のこと。
 古鷹型・妙高型重巡、川内型軽巡や夕張などを設計した人物だ。小柄な夕張の船体に5500トン級と同じような武装を施した張本人でもある。
提督「何かと警戒されたしな」
夕張「ほんとほんと…………」
夕張「……って、あ、あれ?提督いたの!?」
提督「このくらいの時間に来るからって伝えただろ」
夕張「時間って…………あ、もうこんな時間なんですね」
 思い出したように時計を見上げ、ようやく時間に気づいた様子の夕張。わかってはいるが、彼女は一度自分の世界に入ると自力ではなかなか抜け出すことができない性格なのだ。
提督「少しは時間も気にしなさい」
夕張「はーい」
 適当に返事を済ませると徐に立ち上がり、またも艤装に触れ始めてチェックをしているようだった。
 さすがは兵装フェチ、抜かりない。各部を呟きながら指差し確認をする程度には凝っている。
 
 また始まった……そう思いながらしばらく眺めていると、それが伝わったのか思い出したようにこちらへ振り向いた。
夕張「あ、それで提督、なんのご用ですか?」
提督「秘書やってみたいとか言ってたからお願いしようと思ったんだが」
夕張「え、いいんですか!?」
提督「お前がいいって言うなら大歓迎だ」
夕張「行きます行きます!」
 ここに来た理由は数日前、夕張が秘書をやりたいと言っていたからに他ならない。
 なぜ突然言い出したのかはわからないが、考えてみると彼女にお願いしたことはなかったかもしれない。自然と言えば自然なのだろう。
提督「ところで、なんで急に秘書やりたいとか思ったんだ?」
夕張「この前執務室から駆逐艦の子が出てきたときに、なんかすごく楽しそうな顔してて……」
夕張「だから楽しいのかなーって」
提督「…………それたぶんやたらと甘えてくる子たち」
夕張「あ、秘書ってそういうことできるんですか?」
提督「いや、ちゃんと仕事しような?」
夕張「仕事終わればいいんですね!」
 一度入ったスイッチは長い間切れることはない。集中してるときは大いに結構ではあるが、このような時も同じのようである。こちらとしてもまだ夕張のことをわかっていない節もあるのだろう。
 言葉を借りるなら、秘書をお願いしている間に『データをとる』ことを決意するのだった。
 しかしそれは、どうやら彼女も同じ考えだったようである。
287:
武蔵を放置
288:
 
 夜。
 カタカタとキーボードを叩く無機質な音が部屋いっぱいに広がる中、大和型二番艦の武蔵は艤装を付けたまま、穏やかな表情でこちらを向いている。
武蔵「提督よ」
 相変わらず左手の指に徹甲弾を挟みながら歩み寄ると、机を挟んだすぐ向こうで立ち止まった。
武蔵「忙しいなら、ブラウザを閉じるのもまた……提督のあり方だ」
提督「残念ながらブラウザは開いていない。明石と夕張が取ってくれたデータで戦略を立ててるだけだ」
武蔵「なに?次の戦略を考えているだと?」
提督「まあそういうこと」
 
 それを聞くと感心したような様子で「それはすまなかった」と告げ、ゆっくりと歩き椅子に近づく。
 腰を下ろそうとしたらしいが、すぐに艤装を付けたままのことに気づき外しにかかっている。
 慣れた手つきでそれを外し床に置くと、漸く彼女は椅子に腰を下ろすことができた。
武蔵「しかし、秘書であるこの武蔵に頼らぬとはどういう了見だ提督よ?」
提督「お前がパソコンいじれるなら頼んでるよ」
武蔵「…………書類くらいは片付けてやってもいいぞ」
提督「この間自分で書いた字を読めなくなって大和に聞いてたのは誰だ?」
武蔵「…………達筆すぎるから仕方ない、と大和に言われたな」
提督「間違っちゃいないけどなぁ…………」
提督「で、大和は読めたのか?」
武蔵「解読不能と言っていた」
提督「………………ふふっ」
武蔵「………………笑うな」
 そうして実に下らないやり取りをしているうちに、ついには日付が変わるような時間になっていた。
 それに気づいた武蔵は静かに立ち上がると、今度は机近くの椅子に腰を下ろす。
武蔵「この武蔵が深夜零時をお知らせする」
提督「遅くまで付き合わせて悪いな。もう戻ってもいいぞ」
武蔵「まだ仕事は残っているのだろう?秘書として居残るのは当然だ」
提督「でも頼むようなことはもう残ってないが……」
武蔵「では話し相手になってやる。退屈だろう?」
 すぐ隣に椅子を移動させる武蔵は不敵な笑みでニヤッと笑う。対する俺は本心を言い当てられて動きが止まる。
 どうやら全てを見透かされているようなそんな錯覚に陥ったとき、無意識にも彼女が入れるようなスペースを作るために椅子を寄せてしまう自分がいた。
提督「物好きな奴だ」
武蔵「…………ああそうだ、私は物好きだな」
武蔵「しかし、今の言葉をそっくりそのまま返そうか。ふふっ…………」
提督「………………笑うな」
301:
望月を放置
302:
望月「んー、たまには縁側で日向ぼっこもいいねぇ」
提督「ほう?連れてきたときはあんなかったるい感じだったのに凄い変わりようだな」
望月「…………司令官に付き合ったげてるだけってのは変わんないって」
 部屋に籠って出ようとしない望月を半ば強引に引っ張り出してきてから、早くも休憩時間が終わる時間になろうとしていた。
 相変わらず気怠そうにしてはいるものの、どこか楽しそう……に見える気がする。
提督「じゃ、付き合わせても悪いし戻るかな。そろそろ休憩も終わりだ」
望月「………………ん」
 そうして立ち上がろうとしたとき、軽く服の裾を引っ張られるような感覚のせいで立ち止まった。引っ張るというよりは立ち上がるのを拒むといった感じだろうか?
 この場所には今二人だけ──────
 もちろん犯人は一人だけ。
提督「……望月」
望月「まだ早いって。焦らない焦らない」
 そう言って成り行きで元の場所へ座らされてしまった。
 誰も仕事を好き好んでしたいわけではない。仕方のないことだろう。結局のとこ、もっと休憩したいと思っていたわけである。
望月「まぁいいんだよ、動くとしんどいから」
提督「戻るのが面倒なだけだろうが」
望月「そんなこと言って、司令官も残るってことは同じっしょ」
提督「…………なんでそういう時は勘が冴えてるんだよ」
望月「いいじゃんいいじゃん。ぼーっとしてよ?」
提督「はぁ…………お前ってやつは……」
 いつの間にか裸足になっては両足を前後に振っている。その彼女が作り出す振動が縁側を通して伝わってくる。
 いつも気怠そうにしている望月と同じ人物とは思えないくらいにご機嫌な様子で、呑気な鼻歌まで聞こえてくる有様だ。
 そうしてしばらく、言うとおりにぼーっとしている時間が過ぎ去っていく。不意に例の振動が途切れたかと思うと、すかさず肩にふわりとした重みを受けた。
望月「いい枕があるじゃん。少し寝ちゃうかねー」
提督「本格的に戻れなくなるから……」
望月「んー、いいって。平気平気、なんとかなるって」
提督「…………ほどほどにしろよ?」
望月「はい、オッケーもらいましたー」
 すぐさま目を閉じて睡眠姿勢に入っている。さすがは望月、休むことに関しては手慣れているようだった。この調子では『ほどほど』では済まず、それなりに長い時間寝ているのだろう。
 まあいっか……────────
 そんな思考が脳裏を掠めた。
 
 春のような陽気な日差しの下。寄りかかる望月と過ごすうちに、想像以上に感化されてしまったようである。
313:
山城を放置
314:
山城「なに……?姉さまと山城が出る海域は、もう無いというの……!?」
 震えたような声に振り向くと、椅子に座る山城。先ほどまでは机に伏せて寝ていたと思うのだが起きたようだった。姉と比べて短めの黒髪が若干乱れているのは、恐らく寝起き特有のものだろう。
提督「山城?」
山城「どういうことなの……?不幸だわ…………そもそも……!」
提督「…………山城、大丈夫か?」
 こちらの声はまったく聞こえていないという風に言葉を続けるが、その全ての音が震えている。普通に聞けば恐怖すら覚えそうな雰囲気を醸し出していた。
 彼女に限らず、艦娘というのは艦艇だったときの記憶が時折頭を過ることがあるという。
 それはもはや提督という立場ではどうしようもないことではあるが、落ち着くまでの手助けくらいはできる。その方法は千差万別であり、文字通り人それぞれであった。
山城「…………すみません。少し夢見が悪かったので」
提督「あるある」
山城「扶桑姉さまはどこですか?」
提督「扶桑?たしか今は入渠中だが、少し長くなるとか言ってたな」
山城「そう、ですか…………」
 諦めた様子で椅子に座り直し下を向き、まだ収まることのない動揺を必死で抑えようとしているように見える。
 が、間もなくしてそれも諦めたらしく大きく溜め息を吐くと、不意に立ち上がってこちらへと歩み寄ってきた。
山城「どうしてもダメなので姉さまの代わりをお願いしたいんですけど」
提督「扶桑の代わり?務まるかなぁ……」
山城「いいんです。提督ならきっと大丈夫ですから」
提督「ところで何をすればいいんだ?」
山城「それは……その────────」
315:
提督「落ち着いたか?」
山城「……………………意外と」
提督「扶桑にはいつもこうしてもらってるのか」
山城「これが落ち着くので」
 今でこそぶっきらぼうに答えているが、扶桑の代わりを頼み込んできた山城の口から出てきた言葉は『抱きしめてほしい』
 思わず聞き返してしまった。何しろ近づくだけで扶桑と勘違いされ、俺だとわかるとあからさまに肩を落とすあの山城だ。
 麗しい黒色をした短めの髪からの仄かな甘い香りが鼻腔をくすぐり、それを感じる度にこちらの庇護欲をそそる。そのあまり締め方が強すぎないか……それだけが心配だった。
 当初は衣服を挟んでも伝わって来た彼女の鼓動は、今やだいぶ落ち着いている。
山城「…………ありがとうございました。もう落ち着きましたよ」
提督「ん、良かった」
 そうして離れようと試みたとき、強めに抱き寄せられることによって行動を阻まれた。
山城「でもまだですよ提督」
山城「まだ、余韻に浸ってませんから」
提督「余韻って……」
山城「嫌、ですか?」
提督「…………そうは言ってない」
 一度は離れて様子を窺っていたが、返答を聞くなり今度は胸に顔を埋めてくる。それによって目の前へとやって来た例の黒髪に、思わず手を伸ばさずにはいられなかった。
山城「んっ……………………」
提督「あ、ごめん」
山城「少し驚いただけです……。続けてもらっていいですよ」
提督「え、怒らないのか?」
山城「…………姉さまと提督限定ですからね?」
 いつの間に扶桑と並んで追加されたのか……。
 そんなことも考えてはみたものの心当たりはなく、結局はわからず終いのまま再び手を伸ばしていた。
 軽くクセのある山城の髪が指の間を流れていく。梳くごとに心地良さそうな、しかしどこか艶やかな声が漏れてくる。その反応が面白くて何度も繰り返してしまう。
 極めつけには先程と立場が逆転し、抱きつかれているようなこの状況。鼓動が早くなっていることは間違いなく彼女にも伝わてしまっているだろう。
316:
山城「提督」
提督「ん」
山城「また姉さまが入渠中の時にこうなったときは…………」
山城「お願いしてもいいですか」
提督「…………ご自由に」
山城「…………わかりました」
山城「『自由に』させてもらいます」
山城「ふふ…………♪」
321:
蒼龍とほのぼの
322:
蒼龍「──────♪」
提督「………………蒼龍」
蒼龍「はい、なんですか?」
提督「ちょっと狭い、いやだいぶ狭い」
蒼龍「いいじゃないですか、減るもんじゃなし」
 減るものじゃないとは言うものの、こちらのスペースが明らかに減っていることには気づいていない。
 冬の昼間、外は雪。
 蒼龍と二人で炬燵に並んで腰掛けていた。『暖かくなるから』と言ってはぴったりと密着してくるために、本来確保されたであろうスペースは半分程度に減っているのだった。
蒼龍「得たものも大きいんじゃないですか?例えば暖かさとか!」
提督「さっきからそれしか聞いてないが暑いくらいだよ」
蒼龍「あ、酷いなぁもう」
 少し不服そうな顔をして不貞腐れたかと思うと、どうやら見当違いもいいところだったらしい。
 下から覗き込むようにニヤリと笑うと同時に、今度は足を絡ませて来たのだ。足の自由が利くので気に入っていた掘り炬燵という素晴らしい発明も、今回ばかりは憎く感じる。
提督「実はお前も暑いんじゃないか?」
蒼龍「え?私は平気ですよ。自分で絡めておいてそんなはずないじゃないですか」
提督「…………随分と顔がのぼせてるようだが」
蒼龍「う…………………」
 結局のとこ暑かったのか、顔を紅潮させる蒼龍。はしゃいで密着していた先ほどまでとは打って変わり、バツが悪そうに目を伏せて下を向いている。
 そうしてじりじりと離れていき、やがて絡まっていた足も解かれた。にもかかわらず、彼女の顔は相変わらず真っ赤にのぼせあがっている。
提督「…………まさかとは思うが、自分で絡ませてきて照れてんのか?」
蒼龍「…………そのまさかだったらどうするんですか」
提督「…………おい図星かよ」
蒼龍「わっ、笑わないでくださいよ!」
 突然背中側から反転して後ろを向いたかと思うと、次の瞬間にはうつ伏せに倒れこみ、座っていた座布団に顔を埋めてしまった。
 最初からやらなければ済む話だが、よほど恥ずかしかったのだろう。
提督「可愛い奴め」
蒼龍「うぅ………………」
 昼下がり。足元に違和感を覚えたあたりから蒼龍の姿が見当たらない。
提督「潜ると本当に暑いだろ……」
蒼龍「もう、知りませんっ!」
327:
磯風を放置
328:
 
 出撃を終え、旗艦である私は一番活躍した──MVPというやつを獲得した──浜風と共に、執務室へと続く廊下を歩いていた。他でもなく報告をするためである。
 結果は完全勝利。十七駆で出撃したがこちらの損害は皆無だ。非常に誇らしい。
 しかし浜風はというと、MVPを獲ったにも関わらずいつも通り冷静でいる。もう少し喜んでもいいものだろうとは思うが、そこが浜風らしいと言えよう。
磯風「司令、磯風だ。報告に来た」
提督「ん、帰ったか。お疲れさん、入っていいぞ」
 返事を聞いてから浜風と並んで部屋へと入る。浜風は相変わらず引き締まった顔をしていた。
磯風「第十七駆逐隊、近海の敵に対し完全勝利だ。こちらの損傷はない」
提督「それは素晴らしい。よくやってくれたな」
磯風「いや……。この程度の働きではなんの意味もない。今日の立役者は浜風だからな」
提督「ほう、浜風がMVPか」
 その場で姿勢を正し、敬礼して報告をする浜風。我ながら本当にできた妹を持ったものである。
 消耗もなし、疲労もなし。疲労に至ってはむしろ戦意が高揚しているくらいだった。これならまた、いつでも皆で海へ出られるだろう。
磯風「ふふっ……。司令、第十七駆逐隊、いつでも出撃可能だ。疲労も損傷もしていない」
磯風「可能だぞ。なぁ浜風──────浜風?」
 ふと隣にいるはずの浜風へ目をやると、どういうわけか姿がない。まさか部屋に戻ったなんてことはあり得ないだろう。が、ほんの少し見渡すと彼女はすぐに見つかった。
提督「浜風、よく頑張ったな」
浜風「ん…………ふふっ……♪ありがとうございます」
提督「あれ、勝利に浮かれるほど素人ではないとか言ってなかったか?」
浜風「……浮かれてません」
提督「顔が浮かれてる。完全に」
浜風「……じゃあそれはこの状況に──────」
 いつの間にか司令の傍へ行っていた浜風は、さっきまでは想像もできないような満面の笑みで、ほんの少し頬を紅潮させていた。
 いつも手入れは欠かすことのない綺麗なねずみ色をした髪は、いまや司令の大きな手のひらへと完全に預けている。
提督「お前はMVP持ってくるといつもこれだよな」
浜風「いけませんか?」
提督「いや、このくらいなら安いもんだけど」
浜風「…………これがないとMVPなんて獲りませんから」
提督「はは、そいつは大変だ」
 どうやら活躍した後の褒美を受けているらしい。私はここに来て日も浅く、MVPというものを獲った経験がないのだ。
 浜風はとても気持ちよさそうに頭を預けている。そんなに良いものなのだろうか?ひたすらに想像してみるが、どうにも上手くいかない。その時はただ、二人の様子を眺めることしかできなかった。
329:
◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇
磯風「司令、磯風だ」
提督「おう、入っていいぞ」
 声に反応すると、ドアからは磯風が一人。出撃から帰投の報告だろう。
提督「旗艦の磯風だけか。てことはMVPも……」
磯風「そうだ、この磯風だ」
提督「おお!初めてじゃないか?」
磯風「なに、容易いことだ」
 前へと歩いてきては机の前で立ち止まり、的確に報告をする磯風。駆逐艦娘とは思えないような風格がある。風格だけなら戦艦を彷彿とさせかねない勢いだった。
磯風「──────報告は以上だ」
提督「ん、ありがとう。それでだ」
提督「ここではMVPを獲ると、軽い要望なら俺が聞くことになってるんだ。何かあるか?」
磯風「要望、か…………そうだな」
提督「あ、高いものは勘弁な」
磯風「安心してくれ、何も奢らせるつもりはない」
 少し考え込んでから下を向くが、やがて決心がついたようで顔を上げる。そうかと思うとカツカツと靴を鳴らし、すぐ傍へと移動してきた。
 べつにその場で言ってくれてもいいのだが彼女なりの考えもあるのだろう。
磯風「ではお願いしよう」
提督「そんな硬くなるなって。言いにくいことじゃないだろ?」
磯風「…………浜風と同じで頼む」
提督「…………えっ」
磯風「どうした、浜風にはできて私にはできぬと言うのか」
提督「いや、そうじゃないけど……意外だなぁって」
 浜風と同じ……。つまりそれは、ただ単に褒めながら頭を撫でてあげること。いたって単純であった。しかし磯風がそれを頼んでくるのが頭にないと言うのは、当たり前の感情だと思いたい。
330:
磯風「ではその……よろしく頼む」
提督「身構えるようなことじゃないだろ」
磯風「…………うるさい」
 少し無愛想な、突き放したような言い方だが、頭だけはちゃっかりこちらへ持ってきている。ほんのりと赤くした顔だけ横を向いて目を伏せた彼女は、その時を待ちわびている様子だ。
 浜風とはまるで違う黒髪に手を置くと、開けていた目が閉じられる。くすぐったいというような態度だった。
提督「磯風、今日はよく頑張ってくれてありがとうな」
磯風「この程度の働きではなんの意味もない」
提督「でも今日はお前の活躍で勝ったようなもんだぞ?意味あるだろ」
磯風「…………まあ、そう思うならそれでもいい」
 素直じゃない。そう思ったが、戦歴を考えれば妥当なのかもしれない。
 
 そうしてゆっくりと手を動かそうとしたとき、小さく華奢な手によって待ったをかけられた。白い手袋を越して温かめの体温が伝わってくる。
提督「嫌だったか?」
磯風「…………少し恥ずかしい」
提督「そうか。まあ今日はこの辺にしておくかね。とにかくMVPおめでとう」
磯風「…………お安い御用だ」
 綺麗な髪を傷めないようそっと手を退かすと、どこか名残惜しそうにその場に居残る磯風。「戻っていいぞ」と声をかけた途端、いま気づいたようにハッとしてドアの前まで早足で歩いた。
 回れ右でこちらへ向き直り一言挨拶をしてから、また反転しノブを回しにかかる。浜風のことを礼儀正しいと言っていたが、それはきっと磯風の影響も大きいだろう。
磯風「──────司令」
提督「ん、どうした?」
磯風「私は次もきっと、一番戦果を挙げてみせる」
提督「おう、期待して待ってるぞ」
磯風「だからその……なんだ…………」
磯風「次は途中で止めなくてもいいようにしようと思う」
提督「……それも期待してるかな。無理して沈むようなことはするなよ?」
磯風「当たり前だ。褒美も受けられなくなる」
 短い会話を交わすと、彼女は「失礼した」と言って部屋へと戻っていった。褒美を気にするような余裕が出たというのはある意味で喜ばしい。
 
 帰り際、終始硬かった彼女の表情が少し緩んでいた気がする。それを見られただけでもこちらとしては大きな収穫だった。手にはまだ、彼女の体温が淡く残っていた。
◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆
336:
秋月を放置(続き)
337:
提督「…………わざとやってないか?」
秋月「ま、まさか!」
提督「……………………」
秋月「……………………」
提督「………………まあいっか」
 少しばかり疑いの意味を込めて秋月の目を見ていると、やがて彼女はバツの悪そうな引きつった苦笑いを浮かべた。間違いなくわざとやっている。
 しかしそれはそれで可愛らしいものである。
提督「さすがに太ももの砲身を直すのは色々とアウトだろ……。自分でできるか?」
秋月「え、あ、その…………」
秋月「…………い、いつもの位置ってどこらへんでしたっけ?」
提督「真面目だから無理に嘘をつくとすぐバレるのな」
秋月「────────!?」
 ぎこちなく聞いてくるが彼女が忘れるはずもない。大方のところ甘えてきていると言ったところだろうか?顔から火が出そうなほどに赤面しながらも、恥ずかしげに「お願いします」と言ってくるあたり秋月らしい。
 肌には触れてしまわぬように砲身へ手を伸ばし、見慣れた位置に戻すだけの簡単な作業。ほんの数秒で終わるはずだが、どういうわけか遥かに長く感じられた。
 そうしてなんとか戻した後、気を抜いてしまったところで指先に柔らかく、そしてスベスベとした感触が走る。
秋月「ひゃっ!?」
提督「あ、ごめん」
秋月「も、もう!びっくりするじゃないですか」
提督「偶然だ、ごめんな。わざとじゃないから…………」
秋月「あ……いえ!こちらからお願いしましたから…………」
 咄嗟に手を退けて立ち尽くす俺。
 触れてしまったところに軽く手を当て、目を伏せて立ち尽くす秋月。
 何か言い出さないといけない。でも何も言い出せない。お互いに沈黙している時間が流れ、しばらくしてから秋月が口を開いた。
秋月「あ、あの…………整備ありがとうございました」
提督「お、おう。気を付けろよ?」
秋月「はい、すみません……」
 目は伏せたまま素早く振り返って瞬く間にドアの前まで戻り、勢いよく開け放つ。いつもは欠かすことのない挨拶がないあたり、相当に焦っているのを物語っている。
秋月「司令」
秋月「──────また不備があったら……整備、お願いします」
提督「………………えっ」
 それだけ言い残すと、まともな返事をする暇も与えずに彼女はそそくさと戻って行った。不備があっては困るが、それを整備しないのはもっと困る。意図せず触れてしまって不満だろうに、なぜ頼んできたのだろう?
 それよりここに呼んだ目的を果たせずに帰られてしまったというほうが大きい。もう一度呼び出すにも、この状況では少し気が引ける。
 
 どうしたものか……。
 触れてしまった指先と見比べ、頭を抱えてしまうのだった。
340:
春雨を放置(続きの続き)
341:
提督「───────なんか起きてしまった」
 3時間近く寝てしまっただろうか?不意に目が覚めると、未だにアンバランスな視界が捉えたものは天井。当たり前の光景だろう。
 右腕ではまだ春雨が静かに寝息を立てている。
提督「そろそろ始めないと任務が終わらないなぁ……」
提督「これは仕方ない、うん」
 まだ寝かせてあげたい。でもそれだと任務が終わらない。少しばかり心を鬼にして起き上がろう────
 そもそも3時間も寝ているのだ、もし起こしてしまっても十分に寝たはず。
 そう言い聞かせ、なるべくなら起こさないようにそっと肘を抜きにかかる。
春雨「………………んん……」
提督(起こしちゃったか?)
春雨「しれー、かん…………?」
提督「お、おう?」
春雨「ふふっ…………♪」
提督「……………………」
 起こしてしまったかと思えば寝言。どんな夢を見ているのだろうか……。
 気づくと笑い声とほぼ同時に小さな手によって腕は固定され、いつの間にか退けることさえままならない状況になっていた。無意識ではあろうが、まるで猫のように頬を擦り付けてくる。
提督「春雨ー?はるさめー?」
春雨「────────♪」
提督「…………ダメだこりゃ」
 やがて気に入ったらしい位置で止まると、再び夢の中へと落ちていく春雨。先ほどより若干こちらへ寄って来たような位置だ。
 そこで心地良さげな顔をされてはもはやなす術がない。
 退かしかけた肘を戻し「はぁ……」とため息を吐く。
 まだ当分は寝ているであろう彼女の目が覚めるまで、天井を見上げながら枕として過ごすのだった。
春雨「しれーかんっ♪」
提督「ん、起きたかな?」
春雨「…………すぅ…………すぅ………………」
提督「………………まあいっか」
365:
金剛を放置
366:
金剛「……んん…………」
 静かな室内。聞こえてくるのは自らが発している紙の擦れる音と、微かではあるが金剛の寝息。どうも昨日は寝られなかったらしく暫定的にここで寝かせているのだ。
 
 「目を離しちゃNO、デスヨ?」とは言われたものの寝てしまっては見えないはず。そっと抜け出して任務書類に目を通していた。
金剛「……………………あ!」
提督「あ、起こしちゃったか」
金剛「目を離さないでって言ったのにー!提督、何してるデース!?」
提督「いや、寝ちゃったから作業の続きをやろうかなーと……」
金剛「だからって私を放置するなんて酷いネー!」
提督「寝てたんだから大目に見てくれよ」
金剛「………………起きてたんですヨ?」
提督「………………えっ」
 一瞬狼狽えた隙に、ここぞとばかりに攻めてくるのは戦場と変わらないようだ。言葉に押され結局のところ書類を持って元居た場所へ戻るのだった。
金剛「これなら作業もできて、顔も見れて、一石二鳥ってやつネ」
提督「はぁ……。まあいいけど。ちゃんと寝ろよ?」
金剛「もちろんデース!」
 先ほど寝付いた時のようなトロンとした目で再び眠りに就こうとする金剛。閉じかけた目は真っ直ぐとこちらへ向いている。若干不満気だろうか?
提督「……どうした、不満そうな目をして」
金剛「紙を顔の前で読まれるとよく見えないネー……」
提督「仕方ないだろ、読みやすいんだから」
金剛「────────ちょっと貸して!」
 かなり強引に書類を奪うと、それを手に取って捲りだす。同じように一枚、また一枚と指を進めるごとに音が響いた。
 しかし視線は明らかに書類ではなくなぜだかこちらへと送られている。眠気はどこかへ飛んだのか、今度ははっきりとした目である。
提督「代わりにやってくれるのは非常にありがたいんだが…………お前それ見てないよな?」
金剛「NO!右目は提督を見てるケド、左目はちゃんと書類を見てマース!」
提督「んなわけあるか!正直に言いなさい」
金剛「……しっかりと両目で見てますヨ?──────」
金剛「──────提督を」
提督「ダメじゃねーか」
 もはや取り返す気すら起きない。眠気とともに、「ちゃんと寝る」という約束すらもどこかへ行ってしまったようだ。そしてこの部屋の静粛も、転げ回って面白がる金剛の笑い声によって完全にどこかへ行ってしまった。
 そんな中でも書類だけは綺麗に保っているあたり金剛らしい。長女なだけあって意外としっかりしているのだから侮れない。
金剛「Oh no!こんなことして転げてる場合じゃないネ!」
提督「だろうな。早く戻りなさい」
金剛「もちろん!転げてたら、提督がよく見えないデース♪」
371:
朝潮を放置(続き)
372:
朝潮「────────司令官!」
 だいぶ遅刻をして部屋へと入ると、寂しそうな面持ちをした黒髪の少女が椅子に腰かけている。彼女はこちらに気づくと一瞬で顔を明るくし、勢いよく飛びついて来た。
提督「ごめんな、結局遅くなって……。しっかり休んだか?」
朝潮「えっと…………」
提督「………………朝潮?」
朝潮「す、すみません!命令だったのについ……」
 口ごもる朝潮の後ろには、几帳面に整理された部屋の光景が広がっている。きっと休むことなく片付けてくれていたのだろう。
 命令とあらば守るのが朝潮という子ではあるが、何かしら動いていないと気が済まないのもまた、朝潮という子の特徴だ。
提督「朝潮」
朝潮「…………はい」
提督「…………ありがとう」
 怯えたような、申し訳なさそうな目をして身構える姿は無視して艶のある黒髪に手を置くと、予想通りの驚いたような反応をする朝潮。「休め」という言い付けに違反はしたが、さすがに怒る気にはなれなかった。
 それを知るはずもない小さな頭の上で前後に手を動かすと、動きに合わせて身体を揺らしている。
 やがてこちらに叱る気がないと分かったようで、抱きついたまま心地良さげに顔を擦り付ける。しっかり者の長女であるが、姉妹もいない二人の時は兜の緒を緩めるようだ。
提督「そろそろいいかな」
朝潮「も、もう少しだけ……」
提督「妹が来ても知らないぞ?」
朝潮「大丈夫です!みんなまだ遠征中ですから」
提督「あれ、俺は行かせてないが……」
朝潮「……………………」
 無言で例の行為を続ける彼女は顔を上げようとしない。提督代行は頼んだ覚えがないのだが…………
 それらしい理由を付けて遠征へ行ってもらったと言うが、資源には特に困っていない。彼女は何を意図したのか……。
 
 それはとりあえずいいとして、そろそろ遠征から帰投する時間ということに気づいているのだろうか?
373:
荒潮「報告書を持って来ました?……って」
朝潮「あ、荒潮!?」
荒潮「………………あらあら、意外と侮れないのね」
朝潮「────────っ!」
朝潮「みんなには内緒で…………」
荒潮「さあ??」
荒潮「あらー、埋めたら恥ずかしがってる顔が見えないじゃない」
朝潮「???????っ!!」
荒潮「うふふふふふ♪」
荒潮(あとで青葉さんにでもリークしようかしら)
376:
五月雨とほのぼの
377:
五月雨「えっと……提督?本当にこれで休憩できるんですか?逆に疲れたりしそうな…………」
提督「十分休憩できるし癒されるから問題ない」
五月雨「は、はぁ…………」
 目と鼻の先には海のように青く長い髪。ほんのりと甘い良い香りが目の前にだけ広がっている。
 椅子に腰かけて足を大きめに広げ、そこにできた隙間にちょこんと座る五月雨。ほんの出来心でお願いしてみたのだが、これが予想以上に効果抜群。いつもの休憩よりも癒されていた。
 両腕を腹部へと回して軽く手を組むと、逃げられないことを悟ったのか諦めた様子でこちらに身を任せたようである。いくらか長めの足を床に届きそうで届かないような位置で遊ばせている。
五月雨「休憩が終わるまでですからね?」
提督「わかってるって。無理言ってるんだからそこは守るさ」
五月雨「む、無理なんてしてないです!」
提督「でも若干嫌がってなかったか?」
五月雨「嫌っていうかその、恥ずかしかったというか……」
提督「過去形だったら問題ないな」
五月雨「え、あ……もちろん今もですよ!?」
 必死に弁明を続ける彼女を尻目に前で組んだ両手を少しこちらへ引き寄せると、意外にも素直に寄ってくる。まあその場に止まっていても苦しくなるだけなのだが。
 そうして限界まで引き寄せ、先ほどより幾分か強めに抱きしめてみる。
五月雨「ふあっ…………」
提督「ごめん苦しかった?」
五月雨「ん…………大丈夫、です……♪」
提督「…………なんか楽しそうだな」
 段々と苦しくはない程度に強くしていくと、その度になぜか心地良さそうな声が漏れる。抱きしめられるのが好きなのだろうか?強くするごとに引き寄せられてくる彼女の体躯は、今ではかなり密着できる位置にまで迫っていた。いったいどこまでいけるのだろう?
 興味本位で限界点を探ろうと続けていた時、無情にも休憩が終わる時間になってしまった。
提督「付き合わせて悪かった。離すぞ」
 続きはまた今度にしよう……。そう考えて大人しく組まれた手を離そうとするが、どうにも上手く離れない。温かみのある小さな手によって阻まれていたのだ。
提督「五月雨?休憩は終わるが……」
五月雨「も、もう少しだけ……。休憩が終わるまでっていうのは撤回で!」
五月雨「ダメですか…………?」
 頭だけゆっくりと後ろへ倒すと、完全に上を向いた状態の彼女は俺の顔の前で純粋な目をしてそう発した。
 目の前のつぶらな瞳は『続けろ』と訴えかける。時間ばかりが『仕事しろ』と訴えかけてくる。
 どちらを優先するかなど考えるまでもなかった。
提督「で、今度はいつまでで?」
五月雨「提督が止めるまでです」
提督「じゃあずっとだな」
五月雨「はい!」
提督「……本当に当分止めないからな?」
382:
時津風を放置
383:
時津風「しれぇー」
時津風「……しれぇーーー!」
時津風「しれぇーってばー!ねー!」
 手伝うという名目で遊びに来た時津風は最初からこの調子。反応すれば遊んで遊んでと急かされるだけの未来が見え透いている。
時津風「おーい聞こえてないの??」
時津風「……ぅおーい!!」
提督「わかったから……。耳元で叫ばないでくれ」
時津風「むぅ……なんで無視するのさ!」
提督「用件が目に見えてるから」
時津風「今日は違うかもじゃん?じゃん??」
提督「…………じゃあ言ってみなさい」
 隣というポジションから少しばかり離れて考え込む小動物的な少女。用件というのは今考えるものじゃないだろ、とツッコミを入れたくもなる。
 考え込むときに「んーと」「えーと」などと声に出しながら頬に指を当てがう仕草は、彼女のトレードマークとも言えるものだった。
時津風「ん、よし!しれぇ、雪風っていま出撃してるでしょ?」
提督「してるな」
時津風「だから、あたしと遊べないでしょ?」
提督「……そうだな」
時津風「じゃあ司令でもいいかもね!いいかも!」
提督「よくないから……。てか結局いつもと同じという」
時津風「んー、今日はちょこっと違うかなー」
 大回りをして右側へと回り込んでは動きの止まっていた右手を引きずり下ろし、自らがしゃがみこんでそれを頭に置く。撫でてほしいとでも言うのだろうか?
 しばらくの間空いた左手で頬杖をついて様子を眺めていると、やがて彼女は持った手を両方の手で固定したまま、自分の頭を動かし始めた。
時津風「これなら司令はお仕事できるし、あたしは遊べる!」
提督「いや、仕事できないから。俺は右利きだから」
 なるほど、と初めて気づいたような顔をする時津風。もちろん初めて気づいたなどというはずはない。意地でも遊んでもらおうと邪魔をするとき、彼女は決まって右手を封鎖するのだ。
 
 用無しになったらしい右手を投げるように放すと素早く後ろから回り込み、今度は頬杖をついている左手を引きずり下ろす。施されることは右手のそれと大差ない。
時津風「左手ならいいでしょー」
提督「紙を抑えるのに使うんだが」
時津風「……いいのいいの!文句言わない!」
 手伝うという名目はどこへ消えたのか問い詰めたい。小一時間問い詰めたい。しかし彼女の「手伝う」という名目がこうなることももはや日常茶飯事なのだ、今さら咎めても遅すぎるだろう。
 端的に言うと持たれてるだけだから左手くらいならなんとかなるはず……。プラス思考へと転じるのだが────────
時津風「しれぇ、やっぱり自分で動かすの疲れたー」
 ────────時津風にかかればそう上手くいくはずもないのであった。
389:
比叡を放置(続き)
390:
提督「…………なぁ比叡」
比叡「はい、なんですか?」
提督「本当にこんなんでいいのか?俺としては楽だし助かるんだけども」
比叡「私はこれがいいからお願いしてるんです!」
 相変わらずキラキラと戦意高揚を示す状態な比叡は今日もMVP。これで実に出撃10回のうち7回も手中に収めている。間宮アイス恐るべしと言いたいところだが、キラキラを維持できているのは少なからず彼女の頑張りのおかげもある。
 そんな比叡の「MVP獲得の特権」とも言える要望、もといご褒美タイムというのは極めて簡単。「一緒にゴロゴロして過ごす」というだけのものだった。
 
 今日も勢いよく入っては来たが、几帳面な彼女は毎回忘れずにしっかりと閉めてくれる。今は二人でうつ伏せになり肘を畳につきながら、特に意味もなく並んでテレビを見ていた。
提督「それにしても艦娘って凄いよな。戦っても戦ってもMVPさえ獲れば戦意高揚を維持できるとか」
比叡「そりゃそうですよ、だって戦果を挙げて帰投するんですよ?」
提督「まあ確かに誇らしいだろうけどさ。でも疲れとかもあるだろうに」
比叡「…………これは私の場合ですけど」
 意味ありげな言葉を発してから、持参したらしいスナック菓子を開封する比叡の手がなぜか止まった。体勢的に開け辛かったのか膝立ちになり、また少し考えてから難なく開封するとやがて元へ戻る。
比叡「私は、もっと別の理由があるんですよね」
提督「別の理由?」
比叡「たぶん他の子も同じ理由だったりするんじゃないかなぁ」
比叡「…………あ、どんな理由かは秘密ですよ?」
提督「そこ一番知りたいところ」
比叡「ダメですダメです!プライバシーに関わりますから!」
提督「そんな大層なことなのか……」
 そう言って菓子を口へと放り込む様子は、喉元まで来ている言葉を抑え込むように見えなくもない。
 あまり急いで時折喉に詰まらせて咳き込むものなので、無意識に背中へと手が伸びてしまうのだった。
提督「そんな急いで食べなくてもお菓子は逃げないから。大丈夫か?」
比叡「あ…………はいっ……!」
提督「…………ん、ごめん無意識にさすってた」
比叡「は、はい!比叡は大丈夫、ですっ」
 なるほど大丈夫ではなさそうだ、意識せず妹の口調になっている。
 ゆっくりと手を離して例の体勢に戻り、極力何もなかったように振る舞っては彼女の様子を見ていた。懲りずに貪るようにしてスナック菓子を放り込む姿が目に映る。さっきより勢いが増しただろうか?
 付けっぱなしのテレビから流れる音とスナックをかじる音が生み出す絶妙な不協和音は、微妙に開いたドアの隙間を通してきっと外へと漏れ出してしまっているのだろう。
391:
提督「で、結局何が理由なんだ?」
比叡「言えるわけないじゃないですか」
提督「ぶれないなぁ」
比叡「当たり前です!司令とこうして過ごしたいがために頑張ってるなんて口が裂けても──────」
提督「…………お?」
比叡「無し無し!今のは違いますってばー!」
金剛(…………………………)
榛名(…………………………)
霧島(…………………………)
(((なるほど)))
395:
舞風を放置(続き)
396:
提督「──────舞風、さすがに長い」
舞風「えー?もう少しくらい大丈夫だって」
提督「かれこれ一時間経ってるんだが」
舞風「……まあなんとかなるでしょうっ!」
 組んだ足に舞風が飛び込み休憩を始めてから一時間。彼女はまだ動こうとしない。
提督「そんな疲れたのか?」
舞風「うん、まあ…………うん」
提督「はぁ……。じゃあお前はもう少し休んでていいから」
舞風「ほんとに!?ありがとうございまーす!」
提督「だからせめて立ち上がらせてくれ」
舞風「…………しょうがないなー」
 どっちの台詞だ
 言う前に彼女は立ち退いた。実に仕方なさそうなのはご愛嬌。やけにニコニコしている彼女の横を通って作業へと戻る。
 そこで一度伸びをして椅子を引き、腰を下ろそうとしたときだった。
舞風「じゃ、休憩再開しまーすっ」
 机との間に隙間があるうちに、と言わんばかりの勢いで再び膝へと舞い戻る。本当に油断ができない。
 
 それどころか今回は向かい合うような形になっている。誰か入って来ようものなら間違いなく誤解される体勢だろう。絵面的にまずい、その他諸々非常にまずい。
提督「……舞風、仕事できない」
舞風「こうしないと私は休憩できない」
提督「他にも何か方法はあるだろ」
舞風「ない!」
提督「………………」
 堂々巡り、どうしようもない。無理に下ろすのも可哀想で気が引けてしまう。
 それを見て勝利を確信したのか、リラックスした舞風は顔を完全に埋めて心地良さげな態度をとっている。
 少しくらい強気に言わないと聞いてくれないだろう。それを実行しようとするのだが──────
舞風「提督暖かいねー」
提督「埋まったまま喋るのやめてくれ、くすぐったい」
提督「てかもう少し他の方法を見出そうとしてくれよ」
舞風「だってこれが一番楽なんだもん!だからもう少しだけここで休憩…………」
舞風「…………いいですか?」
 ──────やはりこのギャップにはどうにも勝てそうにない。
405:
榛名を放置(続き)
406:
提督「今日は色々付き合わせてごめんな」
榛名「そんな、榛名も楽しかったです!」
提督「それなら良かったけど」
 買出しでの帰り道。
 日が暮れ始めているような時間まで付き合わせてしまった。特有の風が露出した箇所に吹き付け肌寒い。
提督「てか飲み物の容器捨てなくていいのか?邪魔になるだけだろうに」
榛名「提督が買ってくれたんですよ?もちろん取っておきます!」
提督「なんだそりゃ」
榛名「ふふ♪あ、でも…………」
榛名「できれば温かいものが良かったですね」
提督「あー……この時間は寒くなるしな。悪かった」
 軽く苦笑いを浮かべる榛名の手には、さっきまでは俺も握っていたサイダーの容器。貼られたラベルには青い淵に囲まれて白抜きになっている「つめたい」の文字。中身は飲み干されている。
 特に意識もせずに自分と同じものを買ってしまったが本人の意見を聞くことを忘れていた。
 それでも文句ひとつ言わずに嬉しそうに受け取っていたものの、今考えるとあれこそ榛名の性格そのものだっただろう。
提督「なんならあそこで温かいもの買うか?」
榛名「そ、そんな……。いいのでしょうか……」
提督「いいのいいの、こっちのミスで買い急いだんだし。何か飲みたいものある?」
榛名「…………ホットカルピスってありますか?」
提督「んー……コンビニならあるかな。見てくるよ」
 あまり待たせぬよう、冷え込まないうちにと歩を進めだす。そう遠い位置ではなかった。
榛名「──────提督!」
提督「っと、どうした?」
 左の袖を引かれるような感覚に立ち止まると、その先にあったのは長く綺麗な指。寒さからか震えている。袖を掴んだまま、彼女は顔を真っ赤にして下を向く。
榛名「寒いのは少し苦手です……」
提督「…………じゃあ一緒に行くか」
榛名「…………!はい!」
 返事と同時に腕同士が絡み合い、体同士が密着される。歩きにくいというのは否めないが悪い気はしない。
 再び遠くはない目的地へと歩を進めるのだった。
407:
提督「ところでホットカルピスとかよく知ってるんだな」
榛名「以前頂いた提督のホットカルピスが美味しかったのでつい……」
提督「あー、そういえば作ったっけ」
榛名「でも、市販の物より提督が作る方が榛名は好きです」
提督「あれならいつでも作ってあげるさ」
榛名「約束ですよ?」
416:
北上を放置
417:
提督「………………北上」
北上「どうしたのー?」
提督「何をしてる」
北上「んー、あすなろ抱き?」
 風呂上がりの北上は袖にフリルの付いた薄いピンク色のパジャマに着替えて後ろから抱きついている。
 首に回された両手の袖をたくしあげているが故に露呈している手首には、仄かに甘い香りの漂うヘアゴム。きっといつもの三つ編みではなく、意外に長い髪を下ろしているのだろう。振り向くことができないのが惜しい。
提督「それはわかるんだよ。動機がわからん」
北上「動機ねぇ……。なんかこう、肩が凝るよねー肩が。まだあたし若いんだけどねぇ」
提督「それとこれは関係があるのか?」
北上「この体勢が楽なんだよねー」
北上「そんな時に床にちょうどいい提督が転がってるとかさ、もう覆いかぶさるしかないわけじゃん?」
 ちょうどいい提督とは何か。ちょうど良くない提督もいるのだろうか?
 しかし考えるだけ無駄だ。彼女は突飛な言動を取ることもあるが、それは総じて自分の世界に入っている時に起こる。本人以外に理解できないような、それこそ大井ですら憶測の域を抜けないらしい世界だ、俺がわかるはずもない。
 畳の上に胡坐を組んだ、『ちょうどいい提督』に抱きついた北上はどういうわけかご機嫌だ。
 縦、横、斜めと縦横無尽に揺さぶってみたり、大きく円を描くように揺すってみたり、頬を背中に擦り付けてみたり……。
 なされるがまま、とはこの状況を言うのだろう。
北上「でもなんでこんなに凝るんだろうねー?やっぱ魚雷がちょっと重いんかねぇ」
提督「いや、俺に相談されても重さがわからないし」
北上「むぅ……背負ってみる?」
提督「…………やめときます」
北上「まあー提督は今あたしを背負ってるみたいなもんだしねー」
提督「背負わせたのは誰だよ」
北上「ふふーん♪誰でしょう」
 明らかにわざとらしい口調で棒読みしたかと思えば右に体重移動を始め、容易にバランスを崩した俺と二人そろって綺麗に畳へとなだれ込む。
北上「いいねぇ、痺れるねぇ」
提督「俺はお前の抱き枕じゃないぞ」
北上「まあまあ、いいじゃないですか。こうするとなんか安心する」
提督「抱き枕でも買いなさい」
北上「もう、わかってないなー」
北上「わざわざ『ちょうどいい提督が?』って言ったのに、抱き枕じゃ意味ないっていうか?」
 腕の位置を少し下げたうえにそこで締めを強くし、さらに足も絡ませてきては固定されてしまった。反撃しようにも背後を取られているのではどうしようもない。
 万事休す、どうやら選択肢はひとつしかないようである。
提督「…………好きにしろ」
北上「はい、待ってましたー♪」
423:
大和を放置(続き)
424:
 
 何気なく置いた左手の上には、色白で可憐な右手。
 少々熱を帯びているようにすら感じるその右手は早い鼓動で脈打っている。
大和「あの……お気づきになりませんか?」
提督「気づくというと?」
大和「その…………」
 視線は一切動かすことなく口ごもるが、机に置いた左手はキュッと握られた。ふと見上げてみると何かを訴えるような目をして口を真一文字に結んだ大和の顔がある。
提督「手のことならさすがに気づいてるが」
大和「じ、じゃあ何か反応してください!」
提督「いや、左手だったから邪魔にはならないしいいかなって」
大和「お邪魔をするのは気が引けたので……」
提督「はは、実にお前らしいな」
 それを聞くと軽く不機嫌そうな口調で「もうっ」とだけ答え頬をわざとらしく膨らせる大和。戦艦娘らしからぬあどけなさである。
 それが終わると再び手を握る動作に入るが、今度は少し違うようだ。
 親指と人差し指を巧みに使って、こちらの小指と薬指の間に隙間を作る。するとすかさず彼女の人差し指が潜り込んでくる。そんなことを地道に全ての指に施し、気づいた時には上から手が組まれているような状態。
 僅かに手を浮かせると潜り込ませた指はそのまま机と手の間に折り曲げ、そこで初めて手が握られた。
大和「提督、何かお手伝いできることはありませんか?」
提督「そうだなぁ……」
大和「あ、このままでもできる範囲でお願いしますね?」
提督「………………おい」
 この状態のままできることなど本当に限られてしまう。移動可能な範囲が狭すぎるのだ。
 しかしそれでも何かないかと考え込んでしまう自分もいる。とても本人には言えないが、この状況が続いてほしかったのだった。
提督「じゃあ書いた書類の確認でもお願いしようか」
大和「あら、本当にこの範囲でもできるのですね。私は動いてもいいんですよ?」
大和「────────移動する場合は、手を繋いだまま提督も移動しますけど」
提督「…………このままで頼みます」
大和「わかりました。ふふっ……♪」
 ひとつ大きく深呼吸をすると、丁寧に作業にかかり始める彼女の左手。手つきが慣れないのは利き手ではないからか、または秘書という仕事に慣れていないからというのもあるだろう。
 そんな左手はそっちのけで時折強く握り返してくる右手はというと、先ほどよりもバクバクと脈打っている。
 この鼓動は大和か俺か、はたまた両方か────────
 この謎が解ける時は恐らく来ないのだろう。
428:
夕雲を放置
429:
夕雲「──────あ、お帰りなさい」
提督「ん…………ただいま」
 部屋に入ったとき目に飛び込んできたのは、本棚の前で振り返って笑顔で挨拶をする夕雲。出る時にはなかった姿だ。
夕雲「あら?今日は『なんでいるんだ』とか言わないんですか?」
提督「そう言われてもな……。気分的にってか」
夕雲「…………提督、お疲れなの?」
提督「…………まあ少し」
夕雲「やっぱり。夕雲は心配だわ……」
 なぜか納得している様子の彼女の横を素通りし、崩れるようにソファへと腰を掛けるとそれに続いて彼女も隣へ腰掛けた。
 いつものような緑色の長い髪を前へ持ってきて指で弄りながら、顔は真っ直ぐと、心配そうな眼差しでこちらへと向いている。
夕雲「大丈夫ですか?」
提督「ありがとう。でもそんな大した疲れじゃないしな」
夕雲「でも…………」
夕雲「…………!」
 何か思いついたのかパチンと一回手を叩き、急に立ち上がると布団のある方向へと移動を始めた。間違いなく布団を敷く流れだろう。
提督「布団敷く程度の元気はあるから大丈夫だぞ」
夕雲「まあまあ、提督はもう少しだけそこでお休みになって?」
 せっせと持ってきたかと思えば瞬く間に綺麗に敷かれ、その上に夕雲は迷わず膝を折って座る。長い髪を巻き込まぬように正座した夕雲は微笑みながら両膝をポンポンと叩いている。そうして誘導するように、自らの膝と俺の顔を交互に見ることを繰り返していた。
 ……どうやらただ布団を敷いてくれただけではなさそうだ。
夕雲「提督?こちらへ移動できますか?」
提督「いや、でも」
夕雲「できなくても夕雲がお連れしますね」
 まさか駆逐艦娘に膝枕をしてもらうなど────────
 
 そんな後ろめたい気持ちも、吸い込まれるようにして頭を預けた程よく柔らかい感触によって、跡形もなく消え去っていった。
430:
夕雲「少しは疲れが取れましたか?」
提督「少しどころか全部どっか飛んでった」
夕雲「まあ、大袈裟ですね。ふふっ……」
 硬すぎず柔らかすぎず……。
 どこに顔を転がしてもそんな感触が吸い付いてくるこの膝、というよりは太ももにおいては決して大袈裟ではない。本当に疲れなどどこかへ行ってしまったのだ。
 そっと置かれた彼女の手が、頭で万遍なく動かされるのも心地いい。
夕雲「提督もたまにはこうしてお休みになってくださいね?」
提督「さすがにこんなこと頻繁にしてられないわな」
夕雲「あら、私ならいつでも大丈夫ですよ?」
提督「そんなことできるわけ────」
夕雲「提督」
 そう何度も膝枕をしてもらうなど面映ゆいったらありゃしない。
 そんな言葉を遮るかのように、夕雲は息がかかる程の距離まで顔を近づけて前のめりになっている。
夕雲「私にならもっと甘えてくれても──────」
夕雲「いいんですよ?」
 疲れ、プライド、理性
 
 耳元で囁かれた声によって、その全てが完膚無きまでに消え去っていった。
439:
望月を放置(続き)
440:
望月「…………っあぁ?」
提督「おはよう」
 俺の肩を枕代わりに微睡に落ちていた望月が目を擦る。相変わらずの包み込むような柔らかい日差しが縁側に差し込んでは暖め、寝るには申し分ない環境を演出している。
 そんな環境でぐっすりと寝入った彼女は長い時間そのままかと思ったが、案外早いお目覚めのようだった。
望月「ん……ああ司令官。ずっとそうしてたわけ?」
提督「言う通りボーっとしてただけだ」
望月「べつに、真に受けなくていいのに」
提督「…………動いたらお前が起きそうだったしな」
望月「あ、気にしてくれた?へぇ……」
提督「反応に困る反応だな」
望月「まあいいじゃん」
 寝て起きたら適当な性格が直っていた……なんて上手い話はない。彼女の場合はこれでいい気もするが──────
 まだ幼く、投げ出しても地面に到達することのない両足に反動をつけて跳ね上げ、宙に上がっている間に起用に腰を回転させて両足を上へと移動する。なぜこんなにも疲れそうな行為は自ら選択するのだろう?
 首はこちらに預けたままのその様子を眺めながら考えてみたが結論はひとつ。『望月という子はこういう性格』というところに辿り着く以外なかった。
望月「なんかこう、結局は起きちゃったわけだけどさ」
望月「まだ眠いわけじゃん?」
提督「まだ眠いのかよ」
望月「うん、まあね」
 肩で頭を左右にゴロゴロと往復させながら転がされる感覚がくすぐったい。ふと頭が離れたかと思えば、突然立ち上がって歩き出した彼女はどこか嬉しそうにしている。何かを探している様子で部屋を行き来して、やがて手に細い棒状のものを持って戻って来た。そうしてさも当たり前とでも言うように膝へと雪崩れ込んで来ている。
提督「これは?」
望月「そりゃまあ、耳かきっしょ」
 手渡された耳かき
 膝の上で顔を横に向けている姿勢
 考え得る状況は絞られるだろう。
望月「いやー、面倒臭くて最近やってなくてさ」
望月「でも今は寝たいじゃん?でも耳かきもまあしたいわけで」
望月「しかし!あたしは寝ながら耳かきもできる方法が──────」
望月「あるよね?」
 少しニヤッとしてから目を伏せる望月。間違いない、絶対にこのまま寝るつもりだ。俺に耳かきをさせている間に自分は寝てしまおうという魂胆だろう。どうにかしてこれを回避できないものか……。
 
 膝の上では「早く早く」と急かす声。
 それに負けて、軽く溜め息を吐いてから彼女の望み通りの状況を作り出してしまうのだった。
445:
天津風を放置(続き)
446:
提督「あれ、開いてる……?」
 気まぐれで向かった工廠から戻ってくると、すっかり夜と呼べる午後7時。閉めたはずのドアから明かりが漏れているかと思えば開いていて、敷いた覚えのない布団が部屋のほぼど真ん中に敷かれていた。
 さらにその布団の真ん中には丸く縮こまって寝ている少女。恐らく駆逐艦娘だろう。
 すらっと長い脚には赤を基調とした長い靴下、そして白色をした綺麗なロングヘアには赤と白の吹流し──────
 紛れもなく先程まで話していた天津風だ。
提督「しかしなぜここに」
提督「…………あまり深く考えるのはやめよう」
 寒いのでドアを閉めてから彼女の様子を窺う。完全に夢の中のようだった。 
提督「天津風も疲れてるんだろうな」
提督「かと言ってここで寝られるのも良くない。しかし起こしてまで連れ戻すのも気が引ける」
提督「陽炎あたりに頼んで……ってあいつ平気で起こしそうだしなぁ」
提督「島風も起こす未来しか見えないし……」
 寝ている他人を起こさずにその場から移動させるというのはなかなかに大変なことだ。天津風も決して小さいわけではない。
 どうしたものかと考え込むこちらの姿は露知らず、彼女はすやすやと寝息を立てている。これを聞かされてしまうと『動かすなど愚行だ』と責め立てられているような錯覚に陥ってしまう。
 どうにかしていい案が降ってはこないかと思考を張り巡らせていると、不意に寝返りを打って真上を向き、顔の前で組まれていた手を宙へと伸ばす彼女の姿が目に入った。
天津風「……あなた、どこ…………?」
提督「いったいどんな夢なんだ……」
 天津風の『あなた』というのは大抵の場合俺のこと。つい数分前まではこの独特な雰囲気に浸っていたので間違いはない。顔をしかめては不安げな表情で手を動かし何度も呼ぶものなので、つい落ち着きのない両手の間に自分の手を持って行ってしまった。
 そうして手を掴んだ天津風は形を確かめるように撫でたり押したりし、やがて俺のものだと確信をしたのか表情が綻んだ。実は起きてると言われても驚かないような、むしろ寝ながらにしては少し不気味ともいえるような行為である。
天津風「ふふ…………よかった……ぁ♪」
 小さな両の手と共にゆっくりと胸のほうへと引き寄せられた掴まれた右手は、再び寝返って横を向いた天津風の動きと同時に顔の前へと移動する。
 それと同時に自然の理に任せて隣へと寝転がる。簡単に言うと引っ張られているのできっとごく自然なことだろう。
提督「なんか知らないけど良かった良かった」
提督「でもこれ動けないよなぁ……」
天津風「……………………♪」
 言葉を言い終わったあたりで握り方を強くする天津風。やはり起きてるのではないだろうか?だがそれを否定するかのような静かな寝息も同時に聞こえてくる。
 動けないのか、動かないのか
 聞かれると自信をもって答えられる気がしない。ただ一つ言えることは──────
天津風「データを取ったり色々と……大変なんだ……か、ら…………」
 ここから動かそうなどという考えは微塵もなくなったということだろう。
454:
U-511を放置
455:
ユー「あ、あの……!これ……」
提督「ん、もうできたのか?早いな」
 彼女は潜水艦娘U-511
 比較的最近に着任してきた子であり、まだ練度は高くない。そしてもちろん秘書というのも初めてである。
 任せた書類はついさっき頼んだように思うのだが仕上げるのがかなり早い。恐る恐るという言葉がぴったりな手からそれを受け取ると、丁寧な文字が綺麗に羅列していた。
 あとになって直すのが面倒というのもあったので見落としの無いようにと確認をしていると、その顔が少し怖かったのだろうか?目の前の少女の口が不安げに言葉を発する。
ユー「ユー、なんか間違えたかな……大丈夫かな……」
提督「どっか違ってても怒らないさ。秘書なんて初めてなんだし」
ユー「でも間違ってたら直すの大変だって、でちの子から教わった」
提督「でちの子って……ゴーヤのことか?」
提督「まあ今ここで気づけば大事にはならないし、そんな心配しなくて大丈夫」
ユー「…………わかった」
 言葉とは裏腹に目を伏せてしまうあたりよっぽどの心配性なのだろう。加えて執拗に時計を見てみたり、手を組ませては離してみたりと落ち着かない様子も垣間見える。
 そうこうしているうちに確認も終了。ここまで読みやすいと非常に助かるものだ。プレッシャーを与えるようなことをいきなり吹き込んだゴーヤに見習ってもらいたい。
提督「ユー、ちょっとおいで」
 いきなり名前を呼ばれたものだから驚いたのか、一瞬だけ肩から上が震えたように見える。一拍おいてから、やはり恐る恐るという感じで歩き出し、そこまで距離はないのだがすぐ隣まで来て立ち止まった。やけに書類を気にする仕草をするあたり間違いがあったかと心配でもしているのだろう。
ユー「不安……。ちゃんとできてる、かな……」
ユー「────────ひゃっ!?」
 確認の結果ミスは皆無。労いの意味でまだ俯いている頭に手を置いてみたのだが驚かれてしまった。
提督「ごめんごめん、頑張ってくれたから褒めようと思ったんだ」
ユー「どこも間違ってなかった?」
提督「完璧だったな。ありがとう」
 そこでやっと安心したのか今日初めて表情を緩ませている。いくらかこちらに近寄っただろうか?いまだ硬さの残るような子なので、今度は少々驚かされる側になってしまった。
ユー「あの……撫でられるの少し痛い、かもです」
提督「ん、少し強かったか。ごめん」
ユー「あ、止めないで!」
ユー「優しくならたぶん気持ちいい…………」
ユー「へへ…………♪」
459:
漣を放置
460:
漣「…………………………」
提督「んで、次はこっちか。えっと……………………」
漣「………………ご主人様?」
 開け放たれた窓から吹き込むのは心地良い風
 鼻をつくのは塩辛い海のにおい
 聞こえてくるのはペンと紙の擦れる音──────
 漣と二人で過ごしているこの空間。凭れ掛かっていたソファから体を離し、変にニコニコしながら歩み寄って来た。真後ろまで来たが特にアクションを起こすようなこともして来ないために平静を保っていたのだが、彼女の顔が左の肩へ乗せられたことによってそれが崩れ去る。
漣「漣、ちょっと暇かも……。構ってもいいよ??」
漣「って、無視かよ!」
提督「待て待て、無視も何も反応する時間をくれよ」
漣「は、恥ずかしいんですよ!」
提督「じゃあ無理にそんなことしなくても……」
 少し手を休めて返答しようと思ったものの後の祭り、間髪を入れずに『無視された』と判断したらしい。しかも間を置かなかった理由が『恥ずかしいから』
 おまけに恥ずかしいとは言うが漣が顔を隠しているのは他でもなく俺の背中だ。なんたる矛盾
漣「…………ご主人様、少し休憩しません?」
提督「お前はさっきから休みっぱなしだろ」
漣「し、失礼な!漣がせっかくご主人様の疲れを見抜いて休もうって言ってあげてるのにー」
提督「…………そっちサイドに引き込みたいだけだろ」
漣「ギクッ」
提督「声に出てるぞ」
提督「はぁ……まあいいや、残り少ないし」
 背中にくっついたまま何か小さく呟くと、勢いよく飛び出していき再びソファに腰掛けている。とんでもない早業だ。
 ここに座れ、というようにソファを叩く右手。それに従うと待ちかねたように左肩にまたも重みが圧し掛かる。
 
 圧し掛かった小さな頭はやがてゆっくりと動き出し、すりすりと擦り付けるような動作をしだす。
 「構う」と言ってもこちらは特にすることはなく、本当にただ座っているだけ。あとは彼女のいいようにされるというのがお決まりだった。その行動は日によって気まぐれだが、どうやら今日は甘えたいだけのようだ。
提督「この時だけは猫みたいだよな」
漣「はにゃ?」
提督「…………ほんと猫にしか思えないからやめてくれ」
漣「猫になればこうしてていいんですか?じゃあもう猫でいいです」
 突然肩から滑らせて膝のほうへと移動すると、そこでまた猫の如く例によって動き出す。『猫だから許される』などと意味の分からないことを呪文のように連呼しながら擦り付けてくる。彼女のルーティンワークにもう一つ、行動パターンが追加された瞬間だった。
漣「猫だから許される、猫だから許される…………にゃ」
提督「最後のは色々とアウト」
漣「あ、この語尾はダメ?あぁ、そう……」
464:
雷を放置
465:
雷「司令官、お疲れさま!」
提督「ん、ありがとう」
雷「ちゃんと休むのよ?」
提督「今日はもう終わったから休もうと思ってるよ」
雷「そう。じゃあよかった!」
 その日の予定をこなし寛いでいると秘書の雷が労いにやってきてくれた。本人も多少なりとも疲れているはずなのだが、元気で健気な姿を見るだけでもう癒されてしまう。
提督「今日はありがとな。もう戻っていいぞ」
雷「えっと、特にやることはないの?」
提督「ああ、雷が頑張ってくれたからな」
雷「そ、そう?司令官のためだからね」
 なぜか腑に落ちないような態度を取る雷。
 ブツブツと言いながら考え事をしているようで、あちらこちらへと歩き回っている。
提督「雷?もう戻っても大丈夫だぞ」
雷「んー…………もっと私に頼っていいのよ?」
提督「気持ちはありがたいけど、もう今日はやることないわけで」
雷「じゃあ司令官のお世話するわ!喉は乾いてない?」
提督「さっきお茶をもらったばっかりだろ」
雷「あ、それもそうね……」
 机にはつい先ほど持ってきてくれたお茶の入っていたコップが無造作に置かれている。こんな具合で二時間おきくらいに何かしらを持ってきてくれたものなので、そうそう喉が渇くということは起きるはずもない。面倒見のいい雷からすれば当たり前すぎて忘れていたのだろうか?
 持ってきたそれを回収する彼女の表情は、いまだ腑に落ちていない様子だ。
 手に持ったコップと俺の顔を交互に見比べては首を傾げ、何かやることはないかと案を並べそれを自ら掻き消すことを繰り返している。
 果たして何が原因なのか…………。遡ってみるとある可能性に行き着く。
提督「そうだ雷、お願いがあるんだけど」
雷「やっぱり何かあったのね?」
提督「まあ今すぐやることじゃないんだけどな」
提督「明日も秘書官、頼めるか?」
雷「────────っ!」
雷「当ったり前じゃないっ♪」
 特に楽というわけではないこの任、なぜか彼女は好んでこなしてくれる。ついでに好きなだけだはなく手際もいいのでとても助かっているものである。
 やっと腑に落ちたらしい雷は反転し、鼻歌を歌いながら部屋を後にした。しかし数時間後、彼女はまた機嫌よく舞い戻ってくるのだと考えると、どうしてか待ちきれなくなってしまうのだった。
483:
三隈を放置
484:
提督「ちょっと間宮さんとこ行ってくるけど、なんか欲しいものあるか?」
三隈「間宮さんですか?」
三隈「提督は何をお求めになるの?」
提督「ん、俺は甘いもの食べたいから羊羹を」
三隈「羊羹、ですか……」
三隈「じゃあ私は────────」
485:
三隈「少し遅いのではなくて?」
 ふと時計を見ると部屋を後にしてから約15分。留守番をしていた三隈は首を長くして待っていたようだ。
提督「そうか?普通くらいだと思うけど」
三隈「提督ったら……三隈、忘れられたかと思いましたわ」
提督「…………さすがに大袈裟だろ」
三隈「…………少し大袈裟に言ってみました」
 少し舌を出しておどけて見せるこの姿は、着任したての改造前では見られなかったものだろう。彼女の改造前というと最上にベッタリであり、まさか自分からこの部屋へ訪れるなどというのはなかったことだ。もっとも理由という理由はなく、他の艦娘と同じで「遊びに来ただけ」というのが大半のことなのではあるが……。
 ふと本来の目的である羊羹を紙袋から取り出すと、彼女の目はこちらの手にあるそれへと釘付けになった。
三隈「まあ、美味しそうな羊羹。間宮さんの羊羹は私も大好きですわ」
提督「美味しそうってか本当に美味しいからな」
提督「てか俺と全く同じもので良かったのか?」
三隈「もちろん、提督と同じものを食べるんですから」
提督「……変な奴だな」
三隈「それは褒め言葉ということでよろしくって?」
提督「なぜそうなる」
 弄んでいるかのようにクスッと笑い、一直線に俺の椅子へと向かうと迷うこともなくその椅子へと腰を下ろす。座る場所を失った身として仕方なく別の椅子に腰掛けようとすると、椅子を占領した三隈が無言で手招いている。
 負けてたまるか。
 
 謎の対抗意識に燃やされた俺は終始無言で移動し、手招く隣で立ち止まった。すると招くのを止め満面の笑みで差し出す行為に変わる三隈の手──────
 勝手に繰り広げていた心理戦は完全に彼女の思う壺。見事に上手を取られてしまった。
提督「お目当てはこれかな」
三隈「もちろんです!忘れたまま座ろうなんて許しませんわ」
 いつの間にか両手に切り替わっていた差し出す手に羊羹を置いた途端、恍惚として見入る有様。三隈の羊羹好きは鎮守府随一なのかもしれない。
 そんな姿を座ることも忘れて眺めていると、開封の動作に入っていた手が止まり、なぜか再び何かを求める手に変わった。
提督「おいおい、まさか俺のも食べる気か?」
三隈「ち、違います!そんなはしたないこと致しませんわ」
三隈「提督の羊羹、貸していただけますか?」
提督「いいけど……」
三隈「こうして…………はい!」
三隈「こうすれば後でまた食べられます」
 渡した羊羹は綺麗に二つに分けられている。半分ずつ二回に分けて食べれば、量は変わらずに二度味わえるという考えだ。本当に羊羹には目がないとみる。
 しかしそれと同時に「なるほど」と感嘆してしまうあたり、自分もきっと大概なのだろう。
486:
提督「やっぱ間宮さんの羊羹は相変わらず美味いなぁ」
三隈「そうですね、提督と一緒だと尚更ですわ」
提督「そうやってまた大袈裟に」
三隈「あら、今度は大袈裟ではありませんよ?」
三隈「ふふっ──────♪」
491:
熊野を放置
492:
熊野「ん……んぁ…………んんぅ……ふぁ、あぁぁ…………」
熊野「私……ちょっと、眠くなってきましたわ……」
 黙々と秘書の仕事をこなしていた熊野が不意に口を開いた。ぶっ通しの作業はさすがに疲れるのも無理はない。
 真昼の日差しのみが注ぎ込む陽気な室内、おまけに昨夜は鈴谷に付き合わされて性に合わない夜更かしというものをしてしまったというのだから殊更に眠いだろう。事実俺も全く眠くないというと嘘になってしまう。
提督「夜更かしなんて無理するからだぞ?倒れても仕方ないから軽く寝てきな」
熊野「そうさせていただきますわ。お昼寝なんていつ以来かしら……」
提督「部屋まで戻るのにそんな千鳥足で大丈夫かよ……」
熊野「私、寝具には拘りがありますの。いつもの自分の枕でないと安心して眠れませんわ」
熊野「ということですので、少しお部屋に戻らせていただきます」
提督「それはいいんだが……ついてかなくて平気か?」
熊野「お気持ちだけ受け取らせていただきますわ」
熊野「それでは私は」
熊野「──────あっ」
 ゆっくりとドアの前まで歩いては行くが、その足取りはふらふらとしていてどうも覚束ない。しかし「大丈夫か」と聞いても「大丈夫だ」としか返ってこないので致し方もない。
 そんな彼女がノブに手をかけたとき、急に何かを思い出したように声をあげその場に立ち止まった。今にも倒れそうである。
熊野「そういえば鈴谷が私のお布団と枕でお昼寝をすると言っていたような……」
提督「そっかあいつも夜更かし組か。てか鈴谷が元凶だ」
熊野「あのセットでないと私…………」
 そこまで言ったところで力尽きたように倒れ込んでしまった熊野。念のため近くまで来ていたことが功を奏した。
熊野「あら提督……申し訳ありません…………」
提督「まだ鈴谷が寝てるとは限らないし、部屋まで送るか?」
熊野「んー…………」
 うつらうつらとしながら少し考えてソファを指差すと、彼女は腕の中で寝てしまった。さすがに拘るのを諦めたのだろう。
 後ろから倒れ込んだ姿勢のまま移動するのは無理があったので、反転させ膝裏へと手をやってから抱き上げる。俗に言う『お姫様抱っこ』というものに当たるだろうか。
 
 移動そのものは難なくできた。が、問題はここからだ。
 座らせた熊野がこちらへと寄りかかってきたのである。なるべく起こさぬよう、衝撃を与えないようにと講じた「ひとまず座らせる。話はそれから」という策が仇となってしまった形だ。
 今動けば熊野は起きる。動かなければ起きないが仕事も進まない。唐突に突きつけられた難題は相当にタチが悪い。
熊野「やっぱりこの枕でないと……私…………」
提督「俺の肩をいつもの枕と勘違いしてるのか?どんだけ硬い枕なんだよ……」
 そもそも座った姿勢のまま枕を使うなどなかなかやらないはずだ。そのはずなのだが、すっかり寝てしまった彼女は横になっているとでも錯覚したのだろう。今や『いつもの枕』と勘違いされたらしい肩でだらしない顔を晒してしまっている。
 あのお嬢様な熊野が寝る時はこうなるというのは誰が知っているだろうか?知っていても同室の鈴谷くらいだ。普段ならまず見ない表情、崩すなどということは許されない。崩したくない。
 
 タチの悪い難題の選択肢は二つ。動くか、動かないか────
 この状況に置かれて前者を選ぶ者はいないと思う。
495:
磯風を放置(続き)
496:
磯風「し、司令!ちょっと待ってくれ、まだ心の準備が……」
 以前磯風が武勲を立てたときに交わした「次にMVPを獲ったら……」という約束、その時は案外早く訪れた。ほとんど日を空けず再び武勲を引っ提げて帰投した彼女は、部屋に入るなり報告を手早く済ませ、待ちかねたように頭を差し出す。
 
 今日はいけるのかもしれない……。
 そう思ったが当て外れ。置くまではいいのだが、今日も今日とて華奢な手によって動きかけた手に待ったをかけられてしまった。
磯風「すまない、やはり少し恥ずかしい……」
提督「途中までは大丈夫なのに?」
磯風「自分で手入れをするとき以外は弄らぬのだ」
磯風「もちろん他人に触らせるなど司令が初めてだな」
提督「なのに浜風と張り合って撫でてくれなんて言ってきたのか」
磯風「…………言うな」
 反撃するように睨みを利かせる彼女ではあったが、一瞬だけ目が合ったときにこれも恥ずかしくなったのか下を向いてしまった。
 そのまま互いに行動を起こすこともなく、というよりは起こせなかったというべきだろうか?時間だけが刻一刻と流れていく。置いた手からは高まる鼓動と体温を頭越しに感じられる。
 そんな自身の状態に気づいたのか、大きく息を吐き、素早く顔を上げた磯風がこの状況を打破すべく口火を切った。
磯風「司令…………。頼む」
 短い一言の他にアイコンタクトを投げかけられる。何かを決意したような目だ。
 賽は投げられた────────
 そこにはもう阻むような手はなく徐々に力を失っている。そしてその手が弱々しく下へ垂れたとき、待機していた俺の手をゆっくりと動かし始めた。
磯風「んっ………………ふあっ……」
磯風「も、もう少しゆっくり…………」
提督「これよりゆっくりとか止まってるのと変わらなそう」
磯風「む……ではそのままでいい」
 意地を張っているにも似たような態度を取る磯風。しかし先ほどのような可愛い反応を見せられてしまうと病み付きになってしまうのだ。撫でる手の早さを段階的に上げていく。
磯風「あ、あぅ…………」
磯風「司令!少し強くなってはいないか……っ?」
 作戦は成功、案の定な反応が返ってきた。
 艶のある黒髪が乱れるようなことにはなっていないか。そこだけ気を付けて続けていると見る見るうちに意地を張った表情が緩んでいく。
 そうして強弱を付けたような撫で方をしばらく続け五分弱、俺は漸く手を離した。離したのだが──────
磯風「ん…………終わりか?」
提督「そろそろな」
磯風「………………司令、忘れたか?今日の立役者はこの磯風だぞ」
 最初に同じくまたも白手袋によって確保される手。だが今回は動きを阻むものではないようで、徐に"所定の位置"へと乗せられた。彼女はそのままこちらを睨みつけるような視線で急かしている。
 
 やれやれ、と言いつつも磯風の気が済むまで望み通りに行動してしまう自分がいる。鋭い視線に気圧されてしまったのだ。
 そう言い聞かせていたが、手を動かし始めて視線を感じなくなっても続けてしまっているということは、こんな言い訳など通用するはずもない。
501:
鈴谷を放置
502:
鈴谷「あがー」
提督「…………何やってんだ?」
鈴谷「見ての通りゴロゴロしてるしかないじゃん?」
 そう言われてしまうと仕方がない。鈴谷は見たまんまベッドの上で寛いでいた。
 
 
 連日の出撃でさすがに疲れたのか休暇を求めてきたので、それに応えて今日一日は休暇を与え、好きなところで好きなことをしてもいいと言った結果がこれだ。
 無防備な姿をさらけて自室のベッドでのんびりと過ごすこと…………
 べつにそれ自体はおかしくもないし素晴らしいことだとは思うのだが、暇つぶしの話し相手ということでなぜか俺も連れ出されてきていた。
鈴谷「てぇーとくぅー、なーんかマジ退屈なんだけどぉ……」
提督「どこ行っても咎めないんだから遊びに出ればいいだろう」
鈴谷「そうなんだけどさぁ……」
鈴谷「そもそも提督って話し相手ってことで連れて来たんじゃん、なんか話題ないのー」
提督「わりと無理があるよなそれ」
 連れてこられたのであって、特に話題があるわけではない。
 それは恐らく鈴谷も理解はしている筈なのだがどうも気に入らないらしく、ふくれっ面で時には右へ、時には左へと忙しなく転がっている。
鈴谷「じゃあ出撃しないのー?しゅーつーげーきー!」
提督「………………顔、近い」
鈴谷「………………えっ!?」
 まさか自分からベッドを降りてぐっと接近してきたことに気が付いていないとでも言うのだろうか?それとも無意識だったなどと言うのだろうか?
 何はともあれ現在の鈴谷はベッドから少し距離を置いて床に座っている俺に対し、息もかかるような間近まで接近しては出撃をせがんでいる。出撃に疲れたから休暇を求めてきたのは誰だ──────
 そんな在り来たりな感想すら述べられない程にこちらとしても気が動転してしまった。
 だがそれは当の本人も大差ないようで、遠のくことも忘れてその場で真っ赤に染めあがり、ブツブツと独り言を言いながら慌てふためいている様子だった。
提督「とりあえず落ち着け」
鈴谷「無理無理無理無理!この状況で落ち着けとか無理難題だってば!」
提督「きっかけ作って引き金も引いた本人が何を言ってんだ……」
鈴谷「だってぇ…………」
提督「────────鈴谷」
鈴谷「ひ、ひゃいっ!?」
 返事をしているようなしていないような、どっちともつかずな変な声で反応してくれた鈴谷だが、俺が起こしたアクションはいたって単純。
 とりあえず動きを止めようと彼女の両肩を掴んだだけ。
 それがどういうわけか逆効果になってしまったらしく、一瞬動きを止めた鈴谷が逆上せあがって再び慌てふためくまでそこまで時間は要さなかった。
鈴谷「もう、なんなの今日は…………」
 突然飛び出して元居たベッドの上に舞い戻る鈴谷。状況が掴めずに戸惑う俺。
 どうやら今日は一日中、背中を向けて頭から布団を被ってしまった彼女を眺めるだけの日になりそうだ。しかしそれも悪くない──────
 時折振り返っては顔を覗かせる鈴谷を見るたびにそう思ってしまうのだった。
530:
初風とホワイトデー
531:
提督「──────初風。ちょうど良かった」
 廊下を歩いていると後ろから呼び止める声。いつも聞いている、もう聞き慣れた声だった。
 反応して振り返ると予想通り提督が突っ立っている。そして何故だか小さな箱を両手で大事そうに抱えている。
初風「あら提督。提督が私に用なんて珍しいのね」
提督「いや、ひと月前のお返しをしようと思って」
初風「…………ひと月前?」
 今日は3月の14日。ひと月前というと丁度2月14日だろうか?その日は紛れもなくバレンタインデー。
 他の艦娘が直接手渡しで、十人十色の台詞を言いながらも渡すなか、私はというとなんだか恥ずかしくなってただ机に置いただけ。それと近くに名前だけ書いた紙を置き、ものすごく間接的に渡したことが記憶に新しい。一応手作りではあるのだが……
 あの日からもう一ヶ月が経ったというのだから早いものである。
 ふと回想に耽っている間目を離していた提督の方へ向き直ると、両手に抱えた箱をこちらへ向けて差し出しているようだった。
初風「なーに?これを私に?」
提督「今日はそういう日だしな」
初風「そういう日…………」
初風「あっ──────」
 今日は3月14日。バレンタインからちょうどひと月が経ったこの日はホワイトデーだ、すっかり忘れていた。まさかお返しをもらえるなんて思ってもいなかった。
 状況からして提督の手に抱えられているそれは紛れもなく私へのお返しと言ったところだろう。ましてや差し出されてまでいるのだから。
初風(でもバレンタインは他にもたくさんの艦娘がいたから、その分お返しも……)
提督「初風?」
初風「でも……提督はこれを、何人にあげているのかしら?」
 返答に詰まっているあたり読み通り。提督は恐らくチョコを貰った艦娘全員にこのお返しをしている筈だ。私の提督というのはそういう人物だった。
 わざとらしくジトっとした目で睨みを利かせただけで後ずさりしそうな提督。実に単純だ。
 それでもなお差し出すことをやめようとしない彼の手を見て、私もぶっきらぼうに手を差し出す。
初風「…………いいけど。早く寄越しなさいよ」
提督「お、おう……。受け取ってくれるのか?」
初風「まあ、別に何人目だって私の分には変わりないわ」
提督「……実はまだ他にあげた子はいないんだ。予定は随分とあるが」
初風「……つまり、どういうこと?」
提督「要はお前に一番最初に渡しに来たっていうか」
 ……きっと今私は睨むような視線は送っていないだろう。いや、むしろ目元も口元も緩んでしまっていると思う。一番最初に私のところへ来てくれた────
 理由はそれだけ、実に単純だ。ただの偶然かもしれない。むしろその可能性のほうが高い。
 ついさっき提督のことを「単純だ」と思ったはずだった。が、それは自分も同じ。もしかしたら提督よりも重症なのかもしれない。
 なぜ笑っているのか怪しまれる…………
 そう考えて無理にでも目元口元を直そうとするのだが、提督と同じと思うだけでもっと緩んでしまうので収拾がつかないのだ。
532:
初風(そういえばこれ市販の物……よね、たぶん)
初風(でもこれは特別。だって)
初風(──────私のためにわざわざ買ってくれたんだし)
初風「提督。今年は直で渡せなかったけど……来年は手渡ししてあげる」
初風「それも絶対に一番乗りするから!」
初風「覚悟して待ってること、ね…………♪」
539:
三日月と日常
540:
三日月「遅れてすみません司令官!」
 時刻は午前6時。
 勢いよく開け放たれたドアから姿を現したのは、今日の秘書をお願いした三日月だった。
提督「遅れたって、三日月はいつもかなり早く来てくれるからな」
三日月「すみません……」
提督「いや、お前がいつも早いからこの時間は遅れたうちに入らないと思うぞ」
提督「一応聞くけど原因は?」
三日月「…………寝坊、です」
 そう呟いた彼女は申し訳なさそうに目を逸らす。
 寝坊というと三日月にしては非常に珍しいことなのだが、べつにそれを責めようとも思わない。遅れた時間としては『三日月がいつも来る時間』から1時間。だが『既定の時間』でいうとぴったりの時間だ、まさにドンピシャだろう。
 生真面目な彼女はそれに気づいていないのかいまだ自分を責めているようだが、そのままいても埒が明かないのでひとまず呼び寄せると意外とすんなり従った。
提督「まあそんな考え込むな。遅れたもんはしゃーない」
三日月「そう……ですよね」
提督「そうそう、じゃあ今日も始めますか」
三日月「……頑張りますっ!」
 気合を入れ直して机を挟んだ向こう側で作業を始めた三日月の髪が揺らめく。彼女の黒髪はいつも「髪の乱れは心の乱れ」という言葉通りに整えられていた。
 そのはずが、間近に来てようやく予てから覚えていた違和感に気づいた。
 …………上下に不規則に渦を巻く、もみあげ付近の横髪。
 わざわざセットしたとは思えないそれは明らかに寝癖。入ってきたときからの様子を考えると、恐らく寝坊したと焦って手が回らなかったのだろう。
三日月「あの、司令官……?さっきから私のほう見てますけど、どうかされましたか?」
提督「え……あ、ごめん特にないんだ」
三日月「そうですか……。ならいいですけど」
 どうやら本人は寝癖に気が付いていない。教えてあげるか否か──────
 本能が咄嗟に「もっと眺めていたい」との判断を下した瞬間である。
 眺めているうちに連想は膨らみ、ふと寝坊したと焦る三日月のことを考えてみたとき、ギャップもあるはずなのにそれを感じさせないような三日月の慌てっぷりが目に浮かんだ。
 
 今現在の彼女は黙々と作業中。
 しかし数分前の彼女は寝坊に焦って右往左往としていたはず…………
提督「……………………ふっ」
三日月「や、やっぱり何かあるのですか!?」
 意識せずに零れてしまった笑みに反応する三日月。他から見ればなぜ笑ったのかわからずに不気味に思われるかもしれない、というか思われるだろう。
 それでも三日月は不気味に思う前にその理由を知りたいらしく執拗に聞いてくる。
 想像に過ぎなかった取り乱す姿が目の前に──────
 その姿と想像のなかの寝坊に焦る姿を重ねてみたところ、またも無意識に笑ってしまうのだった。今度の想像はより鮮明に映し出されていく。
三日月「さっきからなんなんですか、教えてください!顔とかどこかおかしいのですか?」
提督「いや、顔じゃなくてさ、その………………ふふっ」
三日月「──────!?」
三日月「もうっ!」
543:
北上を放置(続き)
544:
提督「………………北上」
北上「今度はなにさ」
提督「そろそろ離れてくれ」
北上「好きにしろって言ったのは提督じゃん」
提督「いやまあそうだけどさ……」
 北上に抱き枕にされてから早くも30分。ちらほらと睡眠を取る艦娘も出てくる時間に差し掛かっていた。
 
 それもお構いなしに北上による『好き放題』は依然として続いていて、スキンシップだと称してはやけにくっ付いたり擦り寄ってきたりする。スキンシップにしては度が過ぎているような気がしないでもない……
提督「そろそろ戻らないと寝れないぞ。てか大井が心配した挙句俺が疑われるから……」
北上「平気平気、あたしが風呂出てから遅いってことは大井っちもよーく知ってるし」
北上「そ・れ・に!戻らなくたって寝れるし?」
提督「…………何が言いたい」
北上「…………ご想像にお任せしまーす」
 バツの悪そうな、妙に空いた間隔ののちそう答えると、彼女はより一層猫のように擦り付いてくる。
 ご想像に任せるも何も、北上の考えそうなことなど見当はついている。きっと彼女はここで寝るとか言い出すに違いないだろう。
 それを裏付けるかのように、背後の彼女からは一向に動くような気配を感じ取ることができない。それどころか完全に顔を埋めてしまい電気の明かりが目に入らないようにしているあたり、すでに睡眠体制に入っているとも取れるのだ。
提督「お前なぁ……。風邪引くから部屋に戻って寝なさい」
北上「大丈夫だって、こうしてりゃ暖かいんだし」
提督「この前布団も掛けずに寝て思いっきり体調崩してたのを忘れたのか」
北上「え、あ、あれは…………………」
北上「はぁ……。わかりましたよー」
提督「わかればよし。素直で助かる」
 案外やかに離れていくものである。
 ようやく解放された自分の身体を確かめるように立ち上がって伸びをし、布団を敷くべく準備に取り掛かった。
 北上はというとやたらゆっくりではあるがドアのほうへと歩き出している。きっとそのまま部屋へと戻るはずだ。
北上「よっ、と」
 思わぬ奇襲を受けたのはそんな彼女から目を離したまま布団を敷き終わったときだった。
 ドア付近で不敵な笑みを浮かべ急に反転した北上は敷いた布団に潜り込み、俺よりも早くに掛布団を被ってしまった。
提督「おい、わかったって何だったんだ」
北上「わかってるって、布団を掛ければいいよね?」
 …………してやられた。北上は部屋には戻る気はなさそうだ。彼女の言う「わかった」とは、あくまで「布団を掛けなかった」ことに対してだったというのだろう。
 出し抜かれた俺とは対照的に、一本取った北上はさっきよりも機嫌がいい。
 
 寝床を作り終わったところを見計らって横取りするとは卑怯な──────
北上「あ、もちろん提督も一緒だよ?そっちのが暖かいし」
北上「さあさ、早く寝ないと風邪ひきますよー」
 そんな反撃の言葉も、北上の前ではどうしてか喉まで来ては引っ込んでしまうのだった。
547:
如月を放置(続き)
548:
 
 この時期にしては暑いくらいの感覚で目が覚めた。見れば朝特有の光が頬に照り付け熱を放射している。
 昨夜は如月が敷いてくれた布団で寝たわけだがさすがにその面影は残っておらず、彼女の残したしわのような窪みも一晩のうちに俺が掻き消してしまった。当たり前と言えばそれはもっともではある。が、それでもどこか名残惜しい。
如月「司令官、起きてる?」
 叩かれたドアの向こうからはよく聞き慣れている声。四回もノックする子が多い鎮守府において、軽く三回のノックということも相まってすぐに如月だと見当を付けられた。
 
 「いま起きたばかりだ」と返事をすると、ドアの外の手はノブに手をかけ何の躊躇いもなくそれを回す。突然のことに急いで飛び起きるこの光景、きっと如月が見たら笑われることだろう。
 そうして開けられた廊下との間に隔たる板の向こうから、やはり昨晩も見たような姿が目に飛び込んできた。
如月「おはようございます、司令官」
提督「おはよう。随分と早いけど何か用か?」
如月「用というか……ちゃんと寝られたかなーって、聞きに来たの」
提督「それなら平気だ、よく眠れたよ。ありがとうな」
如月「そう……。安心したわ」
 微かな笑みを浮かべてそう呟き、見慣れたはずの室内を見渡している。もう用件は済んだので部屋に戻るんじゃないのか────
 そうも思ったが、考えてみれば如月が「ちゃんと寝られたか」を聞くためだけにここに来るなどあり得ないのだ。
 次に起こすアクションに注意しつつ昨晩の如月と同様にして布団の上に正座をすると、それを見るなりゆっくりと歩み寄ってきて、さも当然かのように隣へふわりと腰が下りる。
如月「このお布団、何か変わったことはあった?」
提督「変わったこと?特にはないけど」
提督「…………強いて言えばなんかいい匂いがした」
如月「…………いい匂い、ね」
如月「それってなんの匂いかわかるかしら?」
提督「さあ?見当も付かん」
如月「それは困ったわね……」
 やれやれ、というような態度の意図がわからない。
 わからないまま、力が抜けたように横に倒れた如月の頭が膝へと飛び込む。いつの間に横たわる体勢になったのか……。
 ただその後は何か行動を起こすでもなく動きもないまま時間が過ぎていく。朝の日差しは次第に強くなり、さらに強烈に頬を照り付けてくる。
 そんな時、不意に彼女が口を開いた。
如月「でも大丈夫、如月が教えてあげるわ」
如月「──────ただ単に少しお布団を借りただけ」
如月「だから、ここにもちゃんと残さないと……ねっ♪」
 飛び出した言葉はまさかのカミングアウト。
 加えて匂いを練り込むかのように頭を、顔を動かすのでもうどうしようもない。きっと今は謎の罪悪感や恥ずかしさに動揺を隠しきれていないだろう。
 そんな俺を横目に、如月は静かに笑った。
552:
飛龍とほのぼの
553:
提督「春だなぁ」
飛龍「春ですねー」
 和室の縁側、足を放り出して座ると視界に飛び込むのは梅の花。つい数日前までは吹くことのなかった生暖かい風が肌を掠めていく。
飛龍「提督って、よく私を使ってくれるよね」
提督「それがどうかしたか?」
飛龍「……やっぱり、改二になったから?」
 自分で言うのもなんだがおかしな気分になるが改二になってからというもの全空母中最高の回避、そして何よりも火力を手に入れた私は、攻撃というものにおいて絶対の自信を感じるようになった。それに伴ってか提督はよく難関な海域でも私に任せてくれることが増えたのだ。
 提督はしばらく無言のまま、穏やかな表情で小さく咲き誇る梅の花を見つめている。
提督「──────レベリングって、した覚えある?」
飛龍「…………え?」
 少し意外な返答をした提督が発した言葉は、レベリングの覚えがあるかというもの。特にそういうことをした覚えはない。
 
 改二になった日のことはよく覚えている。
 突然提督がよくわからない紙を持って飛んできて、状況を把握できないまま工廠へ連れていかれ、気が付いたらこの姿。それが意味することは『練度が十分に足りていた』ということ────────
 そこでやっと気が付いた私に、提督が静かに微笑みかける。
飛龍「改二の前から使ってくれてたっけ。でもどうして強くもない私を?」
提督「そうだなぁ…………」
提督「別に弱いとは思ってなかったし」
飛龍「…………そっか」
提督「…………率直に言うと気に入ったから」
飛龍「…………ふふっ」
 気に入った
 人として、艦娘として、そもそも艦艇として、または──────
 その言葉が意味するところはわからない。でも悪い気はしない。むしろ嬉しい部分が大きいだろう。
 立ち上がってその大きな背中をわざと強めに叩くと、彼は振り返って目を丸くしている。
飛龍「お茶とか持ってきてあげよっか?」
提督「どういう風の吹き回しだ、春になるってのに雪でも降らせる気か?」
飛龍「今日はそういう気分なの!」
 確かにいつもは持ってきてもらうほうの立場であることは事実だ。提督を使ってしまうことが多々あるのも否定するつもりはない。
 提督は「気に入った」と言ってくれた。そして私も同様に、提督を「気に入っている」からつい使ってしまうのだ。私の「気に入った」は、決して上官としてだけではない。
飛龍「たまにはいつもの恩返し、させてよね」
提督「……じゃあお言葉に甘えて」
飛龍「それでよしっ」
569:
瑞鳳を放置(続き)
570:
提督「お疲れさま。今日は多くて疲れただろ?」
瑞鳳「ほんとほんと、もっと早く始めればこんな時間にならなかったのに」
 言葉に黙り込んでしまう提督。
 時間は既に日付が変わったことを表している。いくら仕事量が多かったとはいえ、この時間まで長引いてしまうのはほとんどなかったことだ。それもこれも長いこと背中合わせで座り込んで怠けていたこと無しには語れないだろう。今になって「もっと強く言って動いていれば」と後悔するが、それこそ後の祭りというものだ。
 
 もっともきっかけを作ってしまったのは私であるが
提督「もう遅いし、早いとこ戻って寝るといい」
瑞鳳「そうさせてもらうね」
瑞鳳「でもこの床も卑怯よね……」
提督「何が?」
瑞鳳「だって、こんなに座り込みたくなる床なんだもん」
 桜の季節だからというだけの理由でいつものフローリングに花弁をばら撒いただけの単純な床。ただそれだけの床なのだが、個人的にこれがとても気に入っているのだ。落ちている桜を屈んで手に取って眺めているうちにいつの間にか座ってしまう。
 そして今この瞬間も相変わらず、再び私に腰を下ろさせている。
提督「なるほど、よくわかった」
 そう声が聞こえた後、反応するような間もなくして昼と同程度の重みが背中へ掛かる。今の今まで私の様子を眺めていた提督は目の前にはいない。
瑞鳳「またそうやって寄り掛かる!」
提督「瑞鳳の背中見てるとこうしたくなるから仕方ない」
瑞鳳「うぅ…………」
 全く理解不能な理由の典型だ。しかしここで反論しても押し通すことはできない。客観的に見ると『座り込みたくなる床』というのもだいぶ理由になっていないのだから。
 それに正直に言ってしまえばこの状況は嫌いじゃない。
提督「でもまた変に長引いても寝れないし、今はやめておくか」
瑞鳳「────────だめ」
 …………もう少し正直に言うとむしろ好きな部類に入ると思う。立ち上がろうとした提督の袖を、無意識に掴んでは引き留めてしまった自分が怖い。
提督「床に散らばった花弁で夜桜見物とは斬新だな」
瑞鳳「いいんじゃない?外は寒いし」
提督「それもそうか」
瑞鳳「うん。それに私はこっちのほうが好きかな」
瑞鳳「………………状況的にもね」
575:
朧を放置 2
576:
朧「…………提督」
 視線を動かすことなくこちらの様子を眺めていた朧が不意に動く。様子と言っても特に面白いようなことはなく、ただいつも通りに執務をしていただけである。
 体は動くのだが視線はじっと動かず、相変わらずこちらへと真っ直ぐ向けられたまま、彼女は迷いもなくすぐ隣へと小さな体躯を落ち着かせた。
朧「朧、ここに待機しています」
提督「お、おう?」
朧「だからその…………」
 ふと視線を落とした朧。
 待機しているなどということは言われなくてもわかっているのだが、敢えて言葉にするということは何か言いたかったのだろうか?
 その時は口ごもる朧を気にすることもなく再び机上へと視線を移した。
朧「──────提督!」
 移したのだが、今度は机を叩く手の音と強めの口調によってまたも呼び止められたのだ。体を乗り出している朧の表情は少し怒っているようにも見える。
提督「どうした?」
朧「待機しています、よ?…………はい」
 一転、言葉を発するごとに先細っていく口調。やはり何かを伝えたいのだろう。
 少し手を止め考えてはみるが見当も付かず。何かヒントはないものかと隣に待機する秘書へ視線をやると、どこかもどかしそうに山積みの書類を見つめていた。
 もしかすると────────
提督「そうだなぁ、じゃあ秘書の朧に手伝いを頼みたい」
朧「………………!」
提督「頼まれてくれるか?」
朧「がんばる……!」
 その一言で顔に活気が戻る。やはり朧はこうあるべきだと思った瞬間である。人一倍に責任感の強い秘書と共に行う作業は実に捗るものだった。
提督「でもいいのか?」
朧「朧、今日は秘書ですから」
朧「提督の秘書、そんなには嫌いじゃない……です」
578:
朧を放置 3
577:
提督「…………誰だ?」
 閉ざされた個室に外の光が差し込む。
朧「……提督が体調崩したって」
提督「朧か。ただ風邪引いただけだ、それよりうつるぞ」
朧「平気。それよりも提督が心配」
提督「寝てりゃほっといても治るさ」
朧「看病すれば、もっと早く治るもん」
 気怠さを感じ体温を測ったら微熱と言ったところ。それでも大事を取って、主に明石の勧めでこうして休んでしまっている。鎮守府内の情報網というのも恐ろしいものだ。
 咎めるこちらには見向きもせずにそそくさと替えのタオルを持って来たり、食べやすいようにと粥を持って来たり、何か飲み物はいらないかと聞いて来たり……。すべて数えていたら頭がパンクしそうなほど。至れり尽くせりという言葉がぴったりだろう
 が、その間であっても真面目な表情は一切崩さずにいるあたり朧らしい。もはや罪悪感を感じるほどだ。
提督「ごめんな……」
朧「あたしが自分でやってるから、謝らなくていい」
提督「でも……。もう戻るといい」
朧「………………」
 どういうわけかムッとした目でいる朧と、無言のまま距離が縮まっていく。俺が寝るベッドの淵まで来たところでそこに腰を下ろし、布団の中に手を入れては何かを探すように弄っている。
 やがて背中を向けたまま彼女は小さく呟いた。
朧「提督。朧、ここに待機しています。待機しています、よ?」
朧「…………はい」
提督「いや、無理しなくても」
朧「もし『待機していたい』って言っても、ダメですか?」
 探し物を弄っていた手がその在処に辿り着いたとき、同時に口から出たのは『待機していたい』というもの。色々と心配は残ったが拒否することもできない。
 
 隠れていた俺の右手は、潜り込ませた朧の右手によってしっかりと捕捉されていた。
提督「ところでさ、なんで絆創膏持ってるんだ?」
朧「提督が風邪引いたって言うから持ってきた」
提督「…………なかなか面白い発想をするのな」
朧「いいの!」
朧「…………間違っただけだけど、提督が笑ってくれたからそれでいい」
585:
大井を放置
586:
大井「北上さん、大丈夫かなぁ」
 険しい顔で頬杖をついて呟く大井。止まることを知らない秒針と睨めっこしていた。
大井「私がいないと心配だなぁ……うん……心配…………」
大井「きっと、そう。何か起きてる……!」
大井「私、行かなきゃ!」
提督「北上なら部屋で漫画読んでるって言ってたから安心しろ」
大井「で、でも」
提督「…………秘書艦」
大井「…………なんて狡い単語」
提督「秘書なんだから仕方ないだろう」
 深いところでの根っこは真面目な彼女は「はいはい」と仕方なく返事をしてから作業に戻る。真剣な面持ちで黙々と打ち込む姿は、北上を執拗に心配するさっきの大井とは別人にすら見えるものだ。
 一つ一つ小さく声に出して確実に、手際良くこなしていく様はまるで主婦のように目に映った。
 そんなことを考えながら眺めていると、ふとあることを思い出す──────
提督「そういえばさ」
 一旦作業の手を止め振り返る。そして不思議そうに俺の言葉を待っている。
提督「最近『提督も愛してます』とか聞かなくなったな」
大井「それが、どうかしました?」
提督「いや、どうしてかなーって」
大井「まさか本気にしたんですか?冗談なんだけど」
提督「冗談なんてわかってるよ、気になっただけ」
大井「……気にしなくていいですから。それより提督も作業手伝ってくださいね」
 特に理由を答えることもなく持ち場へ就いた大井を見て、心残りではあるが極力気にしないように自分も戻っていく。思えば大井のことだ、その『冗談』を言うことに飽きただけというのが落としどころだろう。
 そのまま特に雑談をするようなこともなく、必要最低限の会話だけで時間が過ぎていく。耳に入るのは時計の針が回る音、書類を整理する音、そして継続される彼女の小さな声出し確認。先ほど比べて少しだけテンポが悪くなっただろうか?
 次の作業に取り掛かるべく大井が目の前を横切ったとき、わずかに顔を上げたところでちらっと視線が交差する。
大井「……………………」
大井「えーっと、次は…………」
 それに気づくや否や慌てて目を逸らすような動作で回避してしまうのはお互い様。このような状況だと仕方のないことだと思いたい。
 一瞬だけ見ることのできた頬は淡い紅色に染め上がり、その表情はどこはかとなく恥じらっているようである。
 果たしてどこにそんな要素があっただろう、と覗きこんで考察するのだが──────
大井「あ、あの、顔に何か付いてますか?」
 どうしてかやけにタイミング良く遮られてしまうのであった。
587:
加賀を放置
58

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