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ことり「バレンタインは土曜日だから」
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1:
今日は――2月14日、バレンタインデーです♡
やっぱり今日も窓辺の小鳥さん達の目覚ましで、本物の目覚ましが鳴るよりちょっぴり早く起きたことりですが、今日のことりは一味違うのです♪
どうしてかっていうと――今日はことりにとって、とっても大切な勝負の日だからです。
だから、いっつもならここでお布団にくるまってしばらくゴロゴロすることりですが……ちゃんと起きます!
2:
♢♢♢♢♢♢♢♢
今日着ていくお洋服を考えるのに小一時間を費やし……今は姿見の前で身だしなみをチェック中♪
うん♪ お洋服はばっちり決まってる!
でも結局荷物をたくさん詰めてくから、バッグはどうしても大きいものになっちゃうなぁ……。
おしゃれに我慢はつきものですが、今日はお泊まりの予定なので、逆におしゃれを我慢することになりそうかも。
えっ、どこに行くかって?
それはもちろん――海未ちゃんのお家です♡
3:
机の上にちょこんと座っている"マケミちゃん"に微笑んでみたりして。
気がついたら、海未ちゃんに夢中だったんだもん。
しょうがないよ。
例え女の子同士であっても――例え海未ちゃんがことりのことを気持ち悪く思っても――伝えたいんです。
伝えなきゃ、もう想いがバクハツしちゃいそうでどうにかなっちゃいそうで……。
もちろんちょっぴり怖いけど、恋する乙女は強いんです!
それに、海未ちゃんなら返事がどうであれちゃんと受け止めてくれると、ことりは分かっています。
4:
♢♢♢♢♢♢♢♢
海未ちゃんのお家までの道のり。
重い荷物をさげつつも、海未ちゃんに逢えると思えばなんのこれしき!
時折、ぴゅうっと吹きつけてくる冷たい二月の風で、髪の形が崩れそうになるけど……。
住宅街の静かな道を歩きながら、海未ちゃんのことを想像します♡
いつ、海未ちゃんのことを好きになったんだっけ?
そう自問自答してみても、実はことり、きちんと覚えていません……。
でも、多分高校生になってからかな……?
弓道場で弓を射る海未ちゃんの凛々しさだったり、穂乃果ちゃんの部屋で一人こっそりラブアローシュートを放ったりしちゃう可愛さだったり。
μ'sの音楽の歌詞を通して見える海未ちゃんの世界観だったり。
何年も幼馴染をやっていても、知っているようで知らなかった海未ちゃんの姿がどんどん見えてきて――気づいたら、好きになっていたって感じだから。
5:
実はことり、今までに結構いろんな人から告白されたりもしました。
中学生の時もだし、今でも他の学校の男の子からときどきそういうことがあったり。
でも、恋愛感情で人を好きになるってことが今までわからなかったから全部断ってきて……。
つまり、海未ちゃんがことりの初恋の人……なのかな?
ここまで言っておいてなんですが、海未ちゃんはことりの気持ちには全く気づいていません!
海未ちゃんって鈍いし……でも、そこがいいところでもあります♪
7:
そうこう考えている間に、海未ちゃんのお家の前まで来てしまいました。
道場もあって、立派な門構えの純和風なお家です。
門をくぐって、飛び石の上を歩いて玄関まで。
その間の道から見えるお庭は、まさしく日本庭園っていう感じで――池もあったりして、実は真姫ちゃんのお家に対抗できるくらいの豪邸です!
チャイムを鳴らした途端、ドキドキし始めちゃうんだからもうどうしようもないよね。えへへ……。
とっても和風なお家から出てきた海未ちゃんもとっても和風……ではありません!
至って普通な部屋着の、普段の海未ちゃん、なのに可愛いんだからズルいよね?
「あら、ことりではないですか!どうされました?」
……。
あっ……。
9:
海未ちゃんに連絡するの、忘れてました♪
いやっ、「♪」なんて使ってる場合じゃないよ――。
「ぁー……う、海未ちゃん」
「はい?」
「今日、ことりを泊めてくださいっ!!!」
「……え?」
10:
♢♢♢♢♢♢♢♢
「……それで、ことりはすっかり私の家に泊まるつもりで来たわけですか」
海未ちゃんの部屋で正座になってうつむくことり。
「はいぃ……面目ありません……」
完全に迷惑な人になっちゃいました。
出鼻をくじかれるどころの騒ぎじゃありませんよ!
12:
「ことりのお母様は?」
「え、うん?」
「ですから、ことりのお母様は、ことりが私の家に泊まることについて良いと仰っているのですか?」
「そりゃあ、もちろんそうだけど――」
厳しい表情の海未ちゃんは、いきなりふっと優しい表情に変わって――。
「ふふ、ならいいですよ。こんな家で宜しければ、どうぞ泊まっていってください」
「ええっ!? 本当!?」
「ええ。本当です!」
思わず海未ちゃんに飛びついてしまいました♡
14:
「わっ!? こ、ことりぃっ……穂乃果じゃないんですから!」
海未ちゃんの匂いがします♪
それはとってもいい匂いで――シャンプーかな?それとも柔軟剤?なんて思っていろんなドラッグストアを練り歩いてみたこともあったけど、見つからなくて。
やっぱり海未ちゃん自身の香りなんだろうなぁ。
「あはっ♡ ごめんね?」
名残惜しいけど、海未ちゃんから離れます。
「い、いえいえ……ふふっ」
「あははっ」
なぜだか自然と笑いがこみ上げてきます♪
特になにかがあるわけでもないけど、やっぱり一緒にいると楽しいなぁ……なんて思ったり。
とんだ押しかけ女房なことりですが、最高の役得ですねっ。
15:
「ねえねえ、今日はなにしよっか?」
「そうですねえ……ことりは何かやりたいこと、ありますか?」
やりたいこと、と言われると、やっぱり今日来た一番の目的があるんだけど……やっぱりそれは一番最後にとっておきたい。
それまでにこつこつ海未ちゃんポイントを稼がなきゃ!
あっ、海未ちゃんポイント――通称U.P.は、海未ちゃんに対してことりが与えた好感度を数値化したものです!
学校の日は一日20U.P.を目安に頑張りました♪
ちなみに、U.P.を導出するための式は……海未ちゃんに与えた好感度をp、ことりの自画自賛度合いをqとおいて――やっぱりやめとこ。
数学は得意な方ではないです……微分積分いい気分、じゃないよ!
16:
さてさて、お話を本題に戻して。
「う?ん、海未ちゃんのやりたいことがことりのやりたいことかな?」
「ふふっ、そういうのが一番困ってしまうんですよね」
「でしょ?」
「む、確信犯ですか?」
「さあね?」
17:
「もう……ああ、なら少し買いものにお付き合いいただけませんか?」
「うん、いいよ♪」
「それでは着替えますから、少し廊下で待っていていただけますか?」
「え?」
「え?」
ことりの「え?」に「え?」で返す海未ちゃん。
むむ……まだ心の壁は厚いようです……!
19:
♢♢♢♢♢♢♢♢
外は海未ちゃんのお家の廊下よりももっと寒くて――。
「わっ、結構冷えますね」
「ことりは平気だよ。海未ちゃん大丈夫?」
「はい、私も寒さには慣れていますから」
二人並んで、てくてくてくてく♡
この辺りの道は歩道もないし、車通りもほとんどないから、道のど真ん中を二人して占領中。
20:
これって、海未ちゃんとデートしてることになるのかな?
だとしたら大変かも……。だって、海未ちゃんを独り占めしてるわけだし……♪
海未ちゃんのファンが見たら羨ましいだろうなぁ……これも押しかけ女房の役得?
スクールアイドルだってアイドルの端くれ。
恋愛はご法度だってにこちゃんは言うけれど、恋する乙女は可愛くなるんです!
恋愛も捉えようによってはプラスになりますよね?
こうやって、海未ちゃんと公然デートできちゃうのも、ことりが女の子だったからなのかも。
ことりがもし男の子だったら、大スクープだよね。
フラ○デーにフ○イデーされて、「ラブライブ優勝スクールアイドル、バレンタインの逢瀬――!」なんて見出しで……オソロシヤ。
23:
「ところで、何を買いにいくの?」
「ちょっと参考書を……あと、少し普通にショッピングなんかも……よろしいですか?」
「もちろん♪」
ことりが思っている以上にデートらしいデートになりそうな予感です!
こうやってお出かけする可能性も考えて、海未ちゃんのお家にまで持っていった大きなバッグの中に、小さなハンドバッグも入れておきました。
ことりって意外と計算高いかも……?でも悪事には使ってないからセーフですよね♪
まだお昼も回っていなくて、お昼ごはんは当然外で食べるだろうし、このまま外泊でも――なんて♡
冗談ですよ?
40:
♢♢♢♢♢♢♢♢
電車に揺られ、少し都心の方へ。
最近リニューアルされたショッピングモールに立ち寄ります♪
「かなり混んでいますね……」
それもそのはず。
新装開店のセール中&土曜日&バレンタインデーのトリプルコンボだもん。
やっぱりカップルさん達は多めかも?
41:
「はぐれたらいけませんし、手を繋ぎましょう」
ことりの返事も待たずに、ことりの手を取る海未ちゃん。
「――!」
跳ね上がる心拍数。
海未ちゃんは突然こういうことをしてきちゃうから、意外と強敵なんです。
思わずぴくっと体が動いてしまって。
「あっ、すみません……。嫌でしたよね」
42:
「あっ、ううん!そんなことない!」
海未ちゃんの離れていく手を、ことりの手が追いかけて、捕まえ……た♡
お互いに厚めの手袋をしているはずなのに、やたら手が温かく感じるのは海未ちゃんの不思議な力のせいかな?
――それともただ単純にことりが照れているだけ?
このショッピングモールは、アパレルショップ以外にも、食べ物屋さん、そしてもちろん本屋さんも階やブロックごとに分けられて入っています。
ことり達がしたいこと、もしかしたら全部ここで済ませられちゃうんじゃないかな。
海未ちゃんに手を引かれて、ことりがぷわぷわしている間に、気付けば本屋さんの参考書コーナーにいました。
43:
「……」
真剣に日本史の問題集を眺める海未ちゃん。
その目つきは、さながら戦国時代の武将みたいな……って言いすぎかな?
でも、集中し過ぎてことりの視線に気づいていないみたい♪
35、36、37、38……わっ本当に気づかないや。もう40秒。
今ならじっくり海未ちゃんの横顔が見ていられるっていう神様からのプレゼントですね!
「……!」
「なっ、なんですか?」
44:
じっくり見られるぞ!って思った矢先に気づかれるなんて……。
「ううん?可愛いなって♡」
「ええっ!?なっ、な、な、何を言っているのですか!ことりは!」
背筋が急にシャキッと伸びて、顔を少し赤くしながら抗議する海未ちゃん。
そうそう、そういうところが可愛いんだよ♪
さっきの急な手つなぎのお返しなんだから!
45:
♢♢♢♢♢♢♢♢
ことりがからかったせいか、海未ちゃんはそそくさと参考書を買ってしまいました。
もうちょっと吟味してくれていても良かったんだけどな――。
「さ、行きましょう」
「う、うん」
また!
さも自然にことりに手を差し出してきました。
なるほどこれは海未ちゃんのファンが急増するのも納得できちゃいます……。
でも、一番のファンのポジションを譲る気はありませんけどね♪
46:
一際賑やかな特設会場には、『St Valentine's Day』とプリントされた看板が天井から吊り下がっていて、たくさんのチョコ屋さんがひしめきあっていました。
「ああ、そういえば、今日はバレンタインデーでしたね」
「そうだねっ」
「いつもは……その、あまりにも沢山頂いてしまうので、処理に困ってしまうのですが、今日が土曜日で良かったです。もちろんお気持ちはとても嬉しいのですが……」
海未ちゃんは毎年のように山盛りのチョコレートを貰ってきます。
あまりの量に、ことりや穂乃果ちゃんで持ち帰るのを手伝ったり――。
すごいのは、スクールアイドルを始めてからで、バレンタインデーじゃないのにいろんなプレゼントを貰っちゃうんです、海未ちゃん!
その人気っぷりは、実はことりも羨ましかったり。
47:
「実はね――海未ちゃんにバレンタインチョコ作ってきたんだ♡ 迷惑だったかな?」
「迷惑だなんてとんでもない――ふふっ、嬉しいです。ありがとうございます、ことり」
「んー♪まあ、海未ちゃんのお家にあるんだけどね」
「ならば、早く帰らないといけませんね?」
「ええっ、まったりショッピングでもいいよ?チョコは消えたりしないから♪」
このバレンタインデーに、ことりが――本命を相手にして、チョコレートを作っていないわけがないんです!
今日はとびきりの告白日和、なんです♡
実は、海未ちゃんに対してバレンタインデーにチョコをあげるのは初めてなんです!
というのも、チョコをたっぷり貰っちゃう海未ちゃんにはいつもマカロンをプレゼントしていたからで――。
もちろんマカロンだってとびっきり甘くしてあるから、チョコレートもあいまってあまあま地獄になってしまうわけですが……。
それでもやっぱり、バレンタインデーになにもあげないのは、親友としてちょっぴり寂しいかなって。
太らせちゃってたらごめんね、海未ちゃん♪
48:
♢♢♢♢♢♢♢♢
海未ちゃんと一緒にウィンドウショッピング♪
有名なアパレルブランド、高級そうなセレクトショップ……アクセサリーも綺麗でかわいいし、見てるだけでも楽しいな♪
海未ちゃんもキラキラした目でそれらを眺めています!
やっぱりこういうの、好きだよね。海未ちゃん。
ことりが腕によりをかけて作った衣装を渡したとき、恥ずかしいだなんて言いながらも、ニヤニヤが隠しきれてない海未ちゃんをことりは見逃したりしませんよ?
49:
「ことりはどういう感じで自分の服を選んでいるのですか?」
「んーとね、そうだなぁ。理屈で考えちゃうよりは、これだっ!って思ったものを買っちゃうかな」
「ふむ……。私は頭で考えてしまい過ぎるせいか、ついつい堅い服装になってしまいがちなんです」
「そうかな?今日の海未ちゃんのファッション、とっても可愛いと思うよ♪」
「ことりのお墨付きなら、間違いありませんね――。ことりもとっても、その、可愛いです」
「ほんとっ!?嬉しい♡♡」
小一時間悩みに悩んだ甲斐がありました♪
ふらりふらりと歩きまわって、まだまだウィンドウショッピングは続きます。
ear○h、BE○MS、H○ney Bunch……有名どころもマイナーどころもちょうどいいバランスで混ぜこぜ。
50:
あっ――ランジェリーショップ。
男子禁制の世界の中には、乙女の秘密がたっぷり詰まっています♪
大人でセクシーなものから、ピンクでかわいい系まで……海未ちゃんはどんなの履いてるのかなあ?
普段はカタブツそうな海未ちゃんも、一枚はいだら――例えばあの、パステルピンクの生地に黒のドット模様で、さらにフリルをたっぷりあしらったセットだったり。
やぁん――♡
それともあのヒモ――、わひゃぁ……これじゃあまるで、変態さんだよ!
ことりにこんな妄想をさせちゃうくらいに、海未ちゃんの魅力はすごいってこと……ですよね♪
51:
「ことりは普段どういうアクセサリーをつけますか?」
アクセサリー専門のお店の前に立ち止まって、棚を眺めながらそういう海未ちゃん。
「うーんと……基本的にこれはつけないっていうものはないかな?よくつけるものでいえば、例えば髪の毛を束ねるためのヘアゴムだったりリボンだったりシュシュだったり……あとは手軽にブレスレットなんかも多いかな?」
「なるほど……参考になります」
「海未ちゃんはあんまりつけないもんね」
「そうですね。興味が無いわけでは無いのですが」
「ふーん……じゃ、ことりが選んであげよっか♪」
こうして、ことりの海未ちゃんアクセサリー選び大作戦が開始しました♪
52:
「どれも可愛いね♡」
海未ちゃんのキャラクターや嗜好を考えると――あんまり華美なものや、かわいすぎるものは遠慮しちゃいそうだよね。
とすると、お上品で、ワンポイント可愛いところがあるような、そんな感じ。
あと、海未ちゃんはあんまり普段髪を束ねたりしないから、ヘアアクセサリーも候補から外して。
大まかな狙いを定めて、ショーケースとにらめっこ。
その中で、ことりのお眼鏡にかなったのは――この銀のブレスレット。
「ねえねえ、海未ちゃん、これはどう?」
ことりの指さすほうに目を向けた海未ちゃんの反応は――。
53:
「わぁっ……すごく、いいです、可愛いです!」
「本当?」
「ええ、ちょうど私の趣味に合うような……流石ことりです!」
「えへへ、良かった♡」
全体的に細身でジャラジャラしてないし――むしろ質素なんだけれど、ところどころに星形のチャームが入っているのがいいかなって♪
店員さんを呼んだ海未ちゃんがショーケースを指さして。
「すみません。これを2つ、お願いできますか?」
「はい、2点ですね」
54:
「え、2つ?」
「その――ことりにプレゼントしようかと」
♡♡♡♡♡♡♡。
やっぱり海未ちゃんって最高なんです。
「バレンタインチョコを作って頂いているというのに、私からお返しができそうにないので……これで、お揃いで……あっ、違うのが良かったら言ってくださいね?」
「ううん――それがいいな♪」
ことりと、海未ちゃんと、お揃い♡
多分毎日……寝るときでもつけちゃうかも!
海未ちゃんはことりをどんどん魅了していっちゃうんです。
それも無自覚のうちに……もしかしたら、ことりはとんでもない相手に勝負を挑んでいるのかもしれません。
62:
♢♢♢♢♢♢♢♢
それから、海未ちゃんとお昼を済ませて、お家に戻ることに。
よくよく考えてみると、この辺りってあんまり来ないから景色が新鮮です。
「それにしても、さっきの海未ちゃん可愛かったなぁ♡」
「も、もう!私がどれだけ恥ずかしかったか分かりますか!?」
お昼のデザートに注文したパンケーキを、海未ちゃんに"あ?ん"しました♪
最初はためらっていた海未ちゃんですが、最終的にはことりのフォークに乗っかったパンケーキをぱくり。
お返しに海未ちゃんがことりに"あ?ん"してくれるのをひそかに期待していたのに、なかなかしてくれなくて。
結局ことりが海未ちゃんにせがんじゃいました――。
63:
「すみませんすみませーん!!」
「ふぇっ――!?」
道路沿いに植えられた木々の影から飛び出してきたのは、音ノ木坂の制服の上にオーバーサイズなコートをはおった怪しげな三人組――。
この人達はもしや……。
「音ノ木坂新聞部、ゴシップ部門です!」
出たっ!悪名高い、音ノ木坂新聞部ゴシップ部門。
神出鬼没に、生徒達のスクープを狙うっていう……。
μ'sをはじめて、校内だとちょっぴり有名人になっちゃったみたいだから、いつかことり達のところにも来るのかなあ――なんて思っていたけど。
64:
「なんです?貴方たちは」
「単刀直入に質問致しますが、お二人は付き合っているのでしょうか?」
テンションの高い声で質問してくる新聞部の子。
突然の質問に、ドキドキ胸が高鳴っちゃう。
クスクス――"まだ"付き合ってないよ、なんてね♡
「なっ、そんなわけないでしょう?」
65:
「またまたぁ?、お揃いのブレスレットを買ったり、衆人環視の中食べさせあいをしたのに?」
「な……つけていたのですか!?」
そうそう……。
本職のゴシップ誌ぐらい際どい取材もしちゃうとかなんとか。
音ノ木坂新聞の一角を飾るゴシップ部門の記事は、結構人気もあって――まあ、そういうお年頃なんだろうけどけどね♪
「大体、そんなにムキになるのも、なんだか怪しいですよねえ??」
66:
ああ、これは海未ちゃんが好きそうじゃないタイプだな、なんて思いつつ。
そろそろ助け舟を出そうかな――。
「あのね、ことり達は――」
「違うとさっきから言っているではありませんか!!」
あっ……もしかして海未ちゃん、怒ってる……?
67:
「私のことなら何とでも言ってもらって構いませんが、ことりをそんな目で見ないでください!!!失礼過ぎます――!」
「そもそも!私には心に決めた方がいますから、誰かとそういう関係になるだとか――――」
ええっ――?
海未ちゃん、今なんて言ったの……?
もちろん、今の海未ちゃんは怒ってて周りがきちんと見えていないんだろうけど、何気なく放たれた海未ちゃんの言葉は、思った以上にことりにダメージを与えました。
そりゃあ――そうだよね。
テンション上がってことり、勝手に彼女面してて……。
考えてもみなかった現実がことりの目の前に現れたのです。
でもまさか海未ちゃんが……。現実は小説よりも奇なりって、こういうことをいうんですか?
68:
「――り、ことり!」
「……はっ」
ついつい、ぼーっとしちゃってた。
視界がぼやけていたのが、スッと戻って、もう新聞部の子達はいなくなっていて。
海未ちゃんが追い払ってくれたんだよね、多分。
「大丈夫ですか?心ここにあらずという感じでしたが」
「や、だ、大丈夫だよ!ごめんね!」
69:
でも……やっぱり、諦めちゃダメだ。
こういうときこそ、穂乃果ちゃんみたいな不屈の精神で――これからどんどん海未ちゃんポイントも稼いでいって……。
気持ちだけは、伝えるって決めたんだから!
「今日が楽しみだったから、昨日寝不足で……えへへ」
気を取り直します♪
大丈夫、今日のことりは一味違うの――!
70:
「もう……」
眉をハの字にして苦笑いの海未ちゃん。
ことりはこういう海未ちゃんの表情が大好きなんです!
海未ちゃんの困り顔は、口に出さずとも、「もう、しょうがないですね」って言ってるみたいな雰囲気を持つとっても優しい表情で――ことりが告白しても、同じ顔をみせてくれるのかな?
それとも同じ困り顔でも、本当に困った顔になっちゃうの?
「そういうのは、あんまり見たくないかも……」
「え?なんですか?」
「わっ、なっ、なんでもないよ!」
あっ、いけないいけない!言葉に出ちゃってた……。
気を抜いたらダークネスことりになっちゃいそう……ここが踏ん張りどきよ、ことりっ!!
72:
♢♢♢♢♢♢♢♢
「いらっしゃいませー」
気だるそうなコンビニの店員さんの声を背中に、お菓子コーナーを物色中です♪
隣に海未ちゃんはいません。
今晩のパジャマパーティーに備えて、海未ちゃんと二人で話して、お互いに別々のお店でお菓子を買ってくる……ということになりました。
最近ことり達の間ではやっていて、特別なことはなんにもないんだけど……それで同じものを買ったりしてたら盛り上がったりして。
海未ちゃんが穂むらまんじゅう以外で好きそうなものってなんだと思いますか?
ことりが作ったお菓子ならよく部活中に食べたりもするけれど、なんでも美味しそうに食べてくれるから、本当の好みがよくわからないんです。
穂むらまんじゅうと同じ系統で攻めると、和菓子かなあ……でも、海未ちゃんのお家ならいっつも和菓子があっても不思議じゃないし……。
73:
「うーん……」
かれこれ10分くらいお菓子コーナーを行ったり来たり……店員さんごめんなさい。
海未ちゃんとの待ち合わせ時間も刻一刻と迫ってきています。
でもっ、海未ちゃんを喜ばせるチョイスをするために妥協は許されません――。
「よしっ!……あれ?」
迷った挙句ことりのカゴに入っているのはポッキーと、ラミーと、ピュアチーズケーキと……ほとんどことりの趣味になっちゃった。
しょうがないのでレジ横のみたらし団子を追加しました。
レジのそばに置いてあるものって、ついつい買っちゃうんですよね……。
75:
♧
近くの広場の噴水で、なかなか戻ってこない海未ちゃんを待ちぼうけ。
腕時計の長い針が、数字を二つ越えました。
ちょっと電話してみようかな?なんて思って携帯をつけてみると――海未ちゃんからの連絡が届いていて。
『すみませんことり!コンビニから戻る途中で、お婆さんが重そうな荷物を運んでいたので、駅まで荷物をお持ちすることにしました。』
『終わり次第すぐに戻りますので、そこで待っていていただけますか?』
最後に付け加えられた海未ちゃんらしからぬ黄色い顔の絵文字にほっこり。
こういうときに率先して行動できる海未ちゃんは本当にカッコイイです♪
こうやって海未ちゃんに思いをはせていれば、待っている時間もなかなか楽しいものだったりします。
すかさず『いいよ♡(●・ 8 ・●)』と返信して。
きっと今、ことりにやにやしちゃってるんだろうなぁ――♡
「にゃにゃにゃっ!?」
79:
「ことりちゃんじゃないかニャ!?」
「あれっ、凛ちゃん!こんなところで会うなんて偶然だね♪」
ことりを見るなり駆け寄ってくる凛ちゃん。
凛ちゃんったら、最近すっかりスカート姿がサマになってきて、ますます女の子らしくなってきています!
でも丈が短いワンピースで黒のニーソックスなのに元気に走り回るのはなんだかちょっぴり危なっかしいなぁ、なんて♪
「いやー、ことりちゃんがいてくれて助かったニャ!」
「どうかしたの?」
「実はね……凛、迷子になっちゃって――テヘヘ」
舌をぺろりと出して、自分の髪をわしゃわしゃする凛ちゃん。
こういうポーズは凛ちゃんが一番似合うかも――うーん、でも穂乃果ちゃんも似合うかも。
80:
「それでねっ、携帯の充電も切れちゃって、かよちんと真姫ちゃんにも連絡がとれないし……悪いんだけど、二人に連絡してくれないかニャ?」
「うんっ、もちろんいいよ♪」
花陽ちゃん真姫ちゃんに場所をきくと、結構この場所から離れているみたいで――。
「その……もしよかったらなんだけど、凛、このあたりの道がわからないからことりちゃんついてきてくれたり……」
ここで凛ちゃんと一緒に行けば時間差で海未ちゃんを待たせてしまうかも――。
でも、ちょっぴり申し訳なさそうにしている凛ちゃんのお願いを、断るなんてできません!
81:
というわけで、携帯のマップを片手に凛ちゃんとしばらくの間おしゃべりタイムになりました♪
凛ちゃんとことりの組み合わせって、普段あんまりないから、ここだけのお話ができたらいいかなぁなんて思ったりもします。
「そういえば、どうしてことりちゃんはこんなところにいるの?」
「海未ちゃんとお買いものしてたんだよー?」
「あれれっ……でも海未ちゃんいなかったよ?あっ、というか、凛お邪魔しちゃったかニャ!?」
「海未ちゃんはお取り込み中でことりもしばらく待たなきゃいけなかったから、凛ちゃんは全然お邪魔なんかじゃないよ!」
「そう??なら気兼ねなくことりちゃんのお世話になれるニャ☆」
82:
凛ちゃんって本当に人なつっこくて、でもときどき気まぐれで、その語尾のとおりネコちゃんみたい!
もしことりが男の子で、凛ちゃんみたいな女の子が近くにいたら、なんだか勘違いしてしまいそうです。
「凛ちゃんって、ネコちゃんみたいだよね♪」
「えーっ、ことりちゃんもそういうの?それって、ほとんど凛の口癖のせいじゃないかニャ?なんて凛は思うんだけど――」
「えっ、それって口癖だったの?」
「そうだよ!出さないようにしようと思えばできるんだけど――でもやっぱり出すときは出さないとムズムズしちゃうっていうか」
「ううん、いいよ?似合ってるから凛ちゃんにはどんどん”ニャ”を使って欲しいな!」
「ニャっ!了解っ!」
ピシっと、敬礼のポーズ。
83:
そうこうしているうちに、花陽ちゃんと真姫ちゃんがいるカフェまでたどりついてしまいました。
「ことりちゃんほんっとうにありがとね!もしよかったらなにかお礼におごるけど――」
「い、いやぁ、流石に後輩におごらせられないよ……」
腕時計を確認――まあ、ちょっとくらいなら、大丈夫だよね。
海未ちゃんはことりを待たせたんです!ちょっぴりくらい、ことりが海未ちゃんを待たせても……ね?
凛ちゃんのお誘いに乗っかってお店の中に入ると、凛ちゃんは二人の方へとすぐにダッシュして行ってしまいました。
84:
「かよちん!真姫ちゃん!」
「もう!勝手に行動しないでって言ったでしょ?」
「戻ってこれて良かったね、凛ちゃん!」
「二人ともっ、こんにちは♪」
「あっ、ことり……!わざわざありがとね、このネコを送ってもらって」
「ネコって――えへへ」
一年生組のお茶会に、こっそりことりも参加です♪
おしゃれな音楽とコーヒーの香りが漂う店内は、人のおしゃべりと、カップとソーサーが当たるようなカツン、という音がときどき響いてきて――でもうるさくないっていう、そんな不思議な落ち着ける感じ。
85:
「今日はね、チョコレートを買いにきたの!」
凛ちゃんがそういって、ようやく三人がいろんなお店の袋を持っていることに気づきました。
「これからお家に帰って三人で手作りチョコを作るんです」
「もうバレンタインデー当日なのにね、クスッ」
白や黄色のお店の袋から中身が少し透けて、溶かして使う板チョコだったり、ラッピング用の袋やリボンが見えます。
「ええ?っ、楽しそう♡ みんなそれぞれ誰にあげるの?」
「……」
「……」
……?
86:
「それが……みんなあげる相手に関してはナイショなんです」
そういう花陽ちゃんの顔はちょっぴり頬が赤くなってて。
「でもでも――みんな本命チョコなんだニャ」
みんな相手を隠して、協力してチョコ作りだなんて――なんだかとってもキュンキュンします!
そしてなによりも楽しそう♪
三人の相手は誰なんだろう……男の子? それとも――――なんて、みんながみんなことりみたいな感じじゃあるまいし、えへへ。
こんな乙女の空間に放り出されて、食いつかずにはいられないのが、これまた乙女の性なんです。
頭の中からどんどん時間の感覚が消えていくことをことりは気付けませんでした。
93:
「ことりは誰かにバレンタインチョコをあげたりしたの?」
「えっとね、一応作ってはいるんだけど……まだ渡してなくて」
「えーっ!誰誰?誰に渡すのっ?」
テーブルに身を乗りだして目をキラキラさせる凛ちゃん。
でも残念っ、そうやすやすと教えてあげるわけにはいきません――。
「ごめんね♡ ことりもそれは秘密かな♪」
94:
「えー……でもまあ凛たちも秘密にしてるからしょうがないかニャ……」
「ことりちゃんは、そのお相手の方とはもう恋人同士の関係なの?」
「ううん。実はね――今日告白しようと思ってるの」
「ぶふぇっ――!」
窓の外をクールに流し目で見ながらブラックコーヒーをすすっていた真姫ちゃんは吹き出して、ことりの方に向きなおします。
「そ、それって本当――?」
95:
「ひぇえええ!!すごいこと聞いちゃったニャ!」
「はぁーっ、いいなぁ……♡ 頑張ってね、ことりちゃん!」
どっ、と賑やかになって――落ち着いたカフェにはちょっぴり似合わないことり達のトーン。
どうして告白することをみんなに言っちゃったのかっていうと、きっとことり、人にしゃべってすこしラクになりたかったんだと思います。
今まで人に相談したりすることもなかったし、そうそうできるような内容でもなくて――。
でもこうして、ことりと同じ、恋のまっただ中にいる女の子が三人もいるんだもん……ついついお口のチャックがゆるくなったりもしちゃうんです♪
そして、いつもよりちょっぴりテンションの高い真姫ちゃんが、ふと気づいたように。
「って、そんな大事なときに私達と喋ってても平気なの?」
96:
「――あっ!!」
まずいっ。
お店のレモンティーのおいしさと、一年生の三人とのおしゃべりが楽しすぎて――すっかり海未ちゃんを待たせてることを忘れてた……!
腕時計を確認すると、もうかなり時間が経っていて……。
「わっ、大変っ――!ごっ、ごめんね、ことりもう行かなきゃ!」
「う、うん!頑張ってね、ことりちゃんっ……!」
グッとガッツポーズでエールを送ってくれる花陽ちゃん。
そして、それとは対照的に、なにやら神妙な顔で考えごとをしている凛ちゃん。
97:
すると凛ちゃんが耳うちで――。
「ねえねえ、ことりちゃんが好きな人ってもしかして、う――」
「――! めっ♡」
人差し指で凛ちゃんのお口をふさぎます。
そっか――凛ちゃんはことりが海未ちゃんと一緒にいることを知ってたから、それを推理できてもおかしくなかったね。
「ふーん……♪ ファイトっ!ことりちゃんっ!」
最後に凛ちゃんからもエールをいただきました♪
そうして、一年生のみんなと別れて、街の風をきって海未ちゃんのもとへ向かいます――!
101:
♢♢♢♢♢♢♢♢
やんやんっ、遅れそうです――!
海未ちゃん――怒ったりしてないかな?
全部ことりのせいだけど、不安な気持ちが止まりません。
道をまっすぐ進んで、曲がって、またまっすぐ進んで。
102:
一年生の三人に話して、改めて実感したんだけど――今日、ことりは告白しちゃうんだよね。
なんて言おうかな……?ことりの人生初めての告白。
海未ちゃんの歌詞みたいに、ロマンチックな言葉を並べられるほどことりは器用じゃありません……。
海未ちゃんって恋愛経験ゼロだなんて思えないほど本当に恋愛の歌詞を書くのが上手で。
μ'sのみんなで歌ったものの録音なんかを聞いてると、たまに、つーっと、気づかないうちに涙がこぼれたりしてるんです。
すごい才能だよね――天は二物を与えず、なんていうけど、海未ちゃんにはあてはまらないと思うんです。
だって、海未ちゃんって歌詞はもちろん、日舞や弓道、その他もろもろなんでもそつなくこなしちゃうんだもん。
海未ちゃんって本当に白馬の王子様みたいで。
あ、でも海未ちゃんがお馬さんに乗ったら、王子様というよりは、武士……?なんてね♪
103:
今まで何回もシミュレートした告白のシーン。
なのに、いざ目の前に迫ってくると、なにが正解なのかわからなくなっちゃうんだね。
――って。
「あれ……?」
この道、さっきも通ったような……。
むむ――たしかに、このあたりの道はおぼつかなかったし、似たようなビルやお店もたくさんあって――。
104:
しょうがないかぁ……また地図のお世話になろう。
なんて、携帯を取り出してホームボタンをポチリ。
「えっ!?」
真っ黒な画面のまま、うんともすんともいわないことりの携帯。
そして表示されるすっからかんなバッテリーの絵――。
まさかの、電池切れ……どうしよう!!
傾いて、街をオレンジ色に照らす夕日が、地面にあたふたしていることりの影を長く描きだしました――。
108:
♢♢♢♢♢♢♢♢
「ええ……?」
完全に凛ちゃんの二の舞になってしまったことり。
向かってくる人の波の間をすり抜けても、結局行きつく場所は知らない場所で――。
ふと後ろを振りむくと、楽しそうにおしゃべりして、繋いだ手を揺らしているカップルがいて。
お日様はもう、地面の下にもぐりこんでしまいました。
そんな風景を見てたら、なんだか急に寂しくなって――。
109:
ふと、お昼の海未ちゃんの言葉が頭に浮かんできて。
『そもそも!私には心に決めた方がいますから――』
そんな言葉が、頭のなかをずっとぐるぐるぐるぐる繰り返し反響して。
海未ちゃんには、きっと素敵な片思いの相手がいるんだよね。
……なら、ことりがしようとしていることって、なんなの?
ふっ、と、吹いてきた冷たい向かい風に足を押し戻されて、ことりの動きはストップしました。
110:
ただ、気持ちを伝える、なんていってたけど……それでもことりは海未ちゃんと結ばれることを期待してる。
ことりがしようとしているのは、今まで通りのことりと海未ちゃんのささいな平和を壊すことなのかな?
ことりがこの想いを告げてしまったら――海未ちゃんは優しいから、きっとことりを傷つけないような言い方で、断るんだと思う。
それでも、海未ちゃんはその海未ちゃんの好きな人との恋愛を、ことりの想いを無碍にした、なんていって、自分を責めるような気持ちの上に成り立たせてしまうかも……。
そして、もう一つ。
ことりが、"好き"の、たった二文字を告げただけで――とっても長い時間をかけて成長させたことりと海未ちゃんの絆のカタチは、きっと変わってしまう。
普段の会話が、遠慮なく話し合える親友との会話から、どことなくお互いに気をつかってしまうような、そんな微妙な距離感のある会話になってしまう。
111:
もちろん、ことりは海未ちゃんと恋人の関係になれたらいいなって思ってた。
けどそれは、全部ことりの普通じゃない――異常な、自分勝手な気持ち。
大きな広場の真ん中で、周りには枯れたけやきの木が、虚しく空に向かってのびていて。
今、こうして、海未ちゃんが隣にいない。
それがこんなに苦しいなんて……ただ、ことりは海未ちゃんのことを隣で見て、海未ちゃんの声を隣で聞いて、それだけで十分なんだよね。きっとそう。
ことりのわがままで、海未ちゃんが離れていってしまう可能性があるのなら――。
112:
手のひらを強くにぎりしめると、この日のために用意したネイルが食い込んでチクッとしました。
――もう、海未ちゃんのことは諦めよう。
♧
113:
「……っ」
あれ――おかしいなぁ、なんでこんなに涙がでてくるんだろう?
「ぅ……!」
やだ、やだ……!
止まってよ、こんなもの!
本当に悲しくなっちゃうから、お願いだから、いうことを聞いてよ!
114:
グーにしたままの手のひらで顔をこすると、遠くの街灯の明かりを反射してることりの涙がべっとりついてて。
バレンタインの夜に、街の中一人で泣いていることりの姿を自分で想像したら、ちょっと哀れで笑えてきちゃって。
「ふふっ……うぇ、うっ……んっ」
それでも涙は止まりません。
笑ったり、泣いたり、忙しいよ。
115:
あとで海未ちゃんに会ったとき、泣いてしまわないように、今は泣いてもいいですか?
あとで海未ちゃんに会ったとき、冗談まじりに謝るような、そんな今までのことりでいられるように。
街のざわざわが、ことりの泣き声をかきけしてくれるなら、涙と一緒にこんな気持ち、全部捨ててしまいたいよって、そんなことを思っちゃうことりは悪い子ですか――?
「……ことり……?」
優しい声が、ことりの耳へ入ってきて。
「――! ことりっ!!!」
「ぅ、海未ちゃん……」
116:
タイミング、悪すぎだよ――海未ちゃん。
こんなことりの顔は見せられないから、うつむいて顔を隠して。
そしたら、体があったかいなにかに包まれて――海未ちゃんに、抱きしめられていることに気づいたのです。
「心配、しました……!」
びっくりしちゃって、上を向いたら。
海未ちゃんの顔がすっごく近くて――澄んだ海未ちゃんの瞳から、涙があふれていて。
そっか……ことり、とんでもないお馬鹿さんだよ――。
海未ちゃんをこんなに心配させて、それなのに自分のことばっかり考えて。
117:
「――ごめんっ、ごめんねぇ……ぐすっ」
「……私は大丈夫ですよ。ことりは何ともない……訳ないですよね」
「ううんっ、なんでもないの……ことりは平気だよ!」
「いいえ」
ぎゅっ、と。
もっと強く抱きしめられて――海未ちゃんのコートに顔をうずめて。
こんなにも近くに海未ちゃんがいるなんて――また泣けてきちゃいそうで。
「うぅ……」
118:
海未ちゃんの手が、優しくことりの頭をなでました。
「何があったのですか……?話せば楽になることって結構あると思うんです。私でよければ、何でも言ってください」
あくまで、優しい海未ちゃんの声色。
ダメだよ、海未ちゃん――、そんなこと言われたら、ことり……。
海未ちゃんの優しさにかこつけて、海未ちゃんを困らせちゃう。
119:
そしたら――ふっと頬をなでる冷たいものが。
見上げると、真っ黒で、吸いこまれてしまいそうな空から純白の粉雪がふわふわと、風にあおられながら静かに地面に落ちてゆきます。
そして、まるでタイミングを計らったみたいに――。
「……!」
けやきの木々に巻きつけられた白と青のイルミネーションが、虚しい枝々の隙間を埋めていくように、鮮やかに輝きはじめて――。
「綺麗……だね」
「そうですね……」
120:
海未ちゃんの体から離れて、まっすぐ、海未ちゃんの大きな、黒目がちでブラウンの目を見つめます。
ごめんね海未ちゃん。ごめんなさい。
「ねえ、海未ちゃん……一つ、ことりのお話を聞いてもらえるかな」
「はいっ」
気持ちを捨てきれない、悪いことりを――どうか許してください。
121:
「ことりね……実は、好きな人がいたんだ」
「その人はとっても優しくて、かっこよくて……気づいたときにはもう、いっつもその人のことを考えてたの」
「そうなんですか……」
まだ気づいていない様子の海未ちゃん。
海未ちゃんのことだから、ことりが失恋したんだと思ってそうだね――。
「それでね、いろんなことがあってね、その人に気持ちを告げるのを諦めたの」
「あら……」
「でもね、諦めきれなくて……ぇ」
あ――また、ちょっぴり涙が出てきちゃった。
上を向いて、こぼれないようにして……それからまた海未ちゃんに向きなおします。
123:
「その、ことりの好きな人はね……」
「――ぁ」
ダメ……声がでないよ。
どうして……?
声をだそうと思っても、口だけがパクパク動いて、海未ちゃんに伝えられない。
あはは――今まで気づかなかったけど、ことりの心臓、今大変なことになってるみたい。
今日一日、いろんな感情があふれすぎて、もう頭が麻痺しちゃったのかな――緊張を感じないの。
なのに、膝は震えるし、喉は働いてくれないし、胸が張り裂けそうなくらいドキドキしてる。
「っ……」
自分の不甲斐なさに、また泣いちゃって……。
えへへ、もう体の水分、全部無くなっちゃうよ……。
「大丈夫です、大丈夫ですよ、ことり……」
そういって、ことりの手を取る海未ちゃん。
海未ちゃんの手のひらの熱が伝わって、凍ったことりの喉をとかしてくれるんです。
124:
「海未ちゃん――です」
「……?」
「はい、海未ですよ」
そういってにこっとする海未ちゃん。
違うよ――ばか海未ちゃん。
126:
そうじゃなくて――。
「ことりのね、好きな人……は、海未ちゃんなの」
「え――」
びくっと震える海未ちゃんの体。
ことりの手を包んでいた海未ちゃんの手は離れて――。
やっぱり、気持ち悪いよね……こんなの。
127:
「ま、待って……整理させてください……。こ、ことりの、好きな人は」
「うん、海未ちゃん」
「き、気づくとその人のことしか考えられなくなっていたというのは」
「海未ちゃん」
黙りこむ海未ちゃん。
ことりもなにもいうことがなくて――ただ風の音だけが聞こえます。
そんな状態で、1分くらい時間をあけて、
「――!!!???」
バクハツ寸前の爆弾みたいに、真っ赤な顔になる海未ちゃん。
129:
「え、え……まさか、そんな」
海未ちゃんが、今まで見たことないような顔をしています。
「ごめんね、海未ちゃん、ただ想いを伝えたかっただけなの!うん、本当それだけ!!あっ、あと、ことりのこと探させちゃってごめんね、本当心配かけてごめんね!そ、それじゃっ!!!」
海未ちゃんの答えを聞くのが怖くて、反応をこれ以上見ているのが辛くて、いてもたってもいられず、その場から小走りで逃げ出してしまいました。
やっぱり、海未ちゃん困ってた。
あはは……もう後戻りはできないのに、悲しいのに、なんだか心は軽くなって。
後ろは振り返りません――。
130:
「――待って!」
海未ちゃんとの距離を、結構広げたつもりだったのに、簡単に追いつかれて、手を捕まえられました。
「待って……ください」
「いいよ……無理しないで、ことりは、普通じゃないの!――海未ちゃんは、もっと素敵な人と一緒になったほうがいいの!」
「……なら、どうして私に想いを打ち明けたのですか……!」
「それは……ことりのわがまま。ごめんなさい」
そういって、力いっぱい手を振って、海未ちゃんの手を振り切ろうとしたのに……海未ちゃんの手はことりの手を固くつかんで離してくれなくて。
131:
「言い逃げなんて、ズルいですよ……。そう簡単に逃がす訳にはいきません」
「……正直、驚きました。ことりが私に対してそういう気持ちを持っているということ」
「しかしながら、ことりのその瞳からは、真剣さが伝わってきました」
「お恥ずかしい話ですが、私は今まで恋愛というものをしてきたことがありません。今まで書いてきた恋愛の歌詞も、全ては書物の受け売りで――ある書物には、恋をすると胸が苦しくなると記されていました」
「そして、ことりの言葉を聞いたとき――私の胸は、きゅうっと締め付けられるように苦しくなったのです」
132:
海未ちゃんは、すーっと息を整えて、ことりの目をまっすぐ見つめながら――。
「私も――あなたのことを、好きになってしまったようです」
その瞬間、まるで世界のすべてが止まってしまったみたいに、音が消えて――。
その代わりに、ことりの胸の鼓動がどんどん大きくなっていって、頭もふわふわして、現実なのか夢なのかまったくわからなくなって。
133:
「ま、待って……でも、海未ちゃんには好きな人がいるんじゃ……」
「はい……?何のことですか?」
「や……だって、お昼に、新聞部の子達に」
「あ、ああっ!ち、違いますよ!あれは嘘です!」
「え、ウソ……?」
「ええ。誤解を解くために、少し強引な発言でしたが……嘘も方便と言いますし」
134:
「――は、はは……」
ウソって――。
急に体の力が抜けて、そのまま地面にへたりこんでしまいました。
ウソって……ええ……、今までのことりの心配はなんだったの――!?
「だっ、大丈夫ですか!?」
でも、これで……海未ちゃんとことりは……♡
不安になった分だけ、幸せで満たされていきました。
そして全身の力をつかって、勢いよく海未ちゃんに抱きついて――。
「海未ちゃんっっ!大好き♡」
おしまい
135:
乙!
あなたは最高です!
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