食物と酒、嗜好品の歴史@日本史板back

食物と酒、嗜好品の歴史@日本史板


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1:
日本の食文化の歴史全般について語りましょう。
転載元:http://awabi.2ch.net/test/read.cgi/history/1322991797/
江戸時代の物価表おもしれえええええwww
http://blog.livedoor.jp/nwknews/archives/4320732.html
10:
東日本や北日本で異常に甘辛い塩辛い、強烈な味付けの料理が多いのは、ちょっとの量でご飯をかっ込む必要と厳しい寒さに対応しているからだと聞いた。
そーなん?
12:
保存だけじゃなく、塩で血圧を上げて体を温めるんだよ。
13:
毛利興元や上杉謙信は血圧とストレスですな
17:
東北よりも寒い地帯に住んでいたアイヌの伝統食は、塩っ気の殆ど無いものだがね。
そのかわり、脂っこい。
18:
そもそも、製塩技術はあったの?
19:
アイヌに製塩技術は無かった。
塩を手に入れるには、和人と交易するしかなかった。
しかし同じように交易でのみ入手できる米や日本酒、煙草に比べて
塩は重きを置かれていないようだ。
20:
味噌 醤油 納豆 豆腐などの大豆加工食品が江戸の食生活を支え
庶民や僧侶の蛋白源になっていた。
21:
動物性タンパク質の決定的な欠乏を植物性タンパク質のみによって補うことは不可能
23:
>>21
なので、昆虫食で補っていました。
24:
そうそう、イナゴとか蜂の子とかw
27:
江戸時代は遊郭で遊んだ後は納豆汁を食べてたと。
豆腐&納豆&味噌で、ジェットストリームタンパク質補給をしてた。
動物でも鳥はOKだったでしょ。
身近ではウサギとかカモとかスズメとか。ドジョウも。
京都のハモ料理は、夏場に明石から運ばれる魚が腐るから、ハモが皮膚呼吸で輸送ストレスにも耐える為に、生まれた食文化と聞いた。
28:
>動物でも鳥はOKだったでしょ。
>身近ではウサギとかカモとかスズメとか。ドジョウも。
ある程度の生活レベルの人はね。
29:
江戸の庶民や下級武士は魚を1月に1度ぐらいしか、食べれずに基本的に菜食
と言った状態だった。
30:
永山久夫の本読んでると、玄米と大豆で栄養ばっちりみたいなことばっかり書いてるけど、
本当は田圃にいる雑多な貝類、甲殻類、昆虫などいろいろ食べていたんだよね。
37:
精進料理に乳製品を使えるか。
これ、坊様によって意見が違うようだ。「動物性だからNG」「動物の命を奪わないから辛うじて許される」「当のお釈迦様な悟りを助けたのがスジャータの布施した牛乳だから何の問題も無い」など。
肉や魚は我慢できても、料理の味わいを大きく左右する乳製品くらいは採りたいものだね。
53:
>>37
奈良時代には乳製品食べてたんだよね。
食べなくなったのは平安時代なんだろうか。
そういえば、あれだけ何でも食材にする中華料理でも、
伝統的な品では乳製品て使わないよね。
(上の、奈良時代の乳製品摂取って、おそらく大陸渡来の食文化だとは思うんだけど、それもいつの間にか廃れたってことだろうか)
19世紀以降、西洋諸国の船が来航する地域の料理で、
やっと牛乳が使われだしたんだっけ。
まあ、今じゃ中華料理文化圏の人たちも、
ごく普通にチーズバーガー食べる時代になってるな。
しかし、チーズを漢民族が一般的に食べるようになったのって、
ほんとにここ数十年、ごく最近の現象なんだとか・・・。
38:
徳川家茂は甘党で虫歯だらけだったって本当すか?
家定が作ったカステラも食ったのかな?
41:
>>38
発掘調査で明らかになった徳川家茂の遺骨は享年21歳にして虫歯だらけだったのは事実。
甘党だったのも事実のようで、家茂が上洛して江戸城を開けている際には、夫婦仲の良かった御台所の和宮が
旅の途中の家茂に何度も江戸城から「菓子」を送り届けていることが「徳川実紀」に書かれてある。
ただし、このとき和宮が家茂に送った菓子が何であったのかは不明。
家茂が徳川家定の養子になったときすでに家定は死の間際で病床にあり(家定が死ぬ16日前に養子縁組)、
家茂は家定が没した後で江戸城に入っているため、家定の作ったカステラを食べた可能性はなさそう。
39:
フィリピン人の先生に英会話習ってるんだけどさ。
この前「『世界のケーキ』ってテレビで見たよ。日本にもカステラってケーキあるんだね。美味しいの?」と訊かれて、そう言えばあれもケーキだなと気づいた。
因みに航空便で送って試食してもらったら「すごく美味しいね」と喜ばれた。
フィリピン人の口に合うようだから海外進出検討しても良いかもね。
43:
カステラはフィリピン経由ででんらいしてんじゃないのか 
44:
>>43
自分も「スペイン由来ですよ!?」と先生に話したんだけど、フィリピンには似たようなお菓子は無いらしい。
スペインから直に伝わったか、フィリピンでは廃れてしまったかではないかな。
全くの余談だけど、高山右近の話をしたら、先生凄く喜んでた。
47:
今の日本のカステラは日本で独自進化したのではないか。
安土桃山時代は湯に浸したり大根おろしをかけて食べていたらしいから
スペインの昔のあれはもっと硬くて日持ちするようなものだったのではないか。
48:
当時のカステラは現代のような甘?いお菓子ではないだろうねw
49:
卵焼きに大根おろしを添えるから、
その感覚だろう。
50:
桃山時代には砂糖は無かったので
カステラとは塩味であった可能性が高い
51:
>>50
南蛮貿易で桃山時代に砂糖は日本に入ってきていたよ。
金平糖などが桃山時代にあったから。
逆に、江戸時代初期に鎖国をしてからは砂糖が輸入されなくなった。
しかし、島津の琉球支配とともに沖縄産の砂糖が江戸中期から流通し始める。
8代将軍吉宗は砂糖栽培を推奨しており、
この時代には砂糖を使った饅頭や生菓子などこんにちの和菓子が作られるようになった。
822:
>>51
麹を使ってデンプンからつくる甘酒や飴はあっただろうね
飴売りって江戸時代にもあったんじゃない?
54:
握り寿司が確立したのって文政時代あたりだな。
そうすると食文化年表を書いた時
寿司とカレーの時間差って60年ぐらいしかない。
寿司って伝統を誇るもんではないな。
出自は所詮ファーストフードだし。
56:
>>54
その寿司の伝統と言うのは、握りだけでなくそれ以前の押し寿司なども
含めれば,明治に国内に入ってきたカレーよりは歴史があるということに
なる。
57:
>>56
要するに「国内のものを継承した場合は『伝統的』と見なされるが、外国から来たものを発展させた場合はなかなか伝統的とは見なされない」ということかな。
60:
江戸時代 食事とか平安時代 食事とかで検索するといろいろ出てくるな
江戸時代の平均的な大名の夕食は、今の一般人よりカロリー低かったのが
わかる、おかずも3種類ぐらいだしで、
63:
江戸時代のカステラっておつゆの具にもなってたんだよな。
65:
>>63
甘くないカステラを具にしたとして、どんな感じの吸い物だろう?
オニオングラタンスープみたいなものかな?
67:
>>65
甘くなかったわけではないみたいだよ。
だけどかなり固くて日持ちのするものではあったようだ。
74:
http://www.kabuki-za.com/syoku/2/no76.html
江戸時代後期のおせち
>天保7年(1836)刊の『日用惣菜俎(にちようそうざいまないた)』
>には、年始重詰として「初重かずのこ、二重ごまあへたたき牛蒡、
>三重鮒昆布巻、四重黒煮豆またはてりごまめ」とあります。
>現在にくらべ、江戸のおせちは質素でした。
数の子 ごま和え たたき牛蒡 昆布巻き 黒豆しかなかったわけか。
伊達巻や金団は大名クラスじゃないと食べれなかったんだろうね。
しかし、江戸時代後期は砂糖を国内生産できるようになったんだから
金団のように砂糖使った食品も身近になったのでは?
77:
出島から砂糖輸入してたんだけどな。
長崎街道沿いに菓子文化
78:
>>77
徳川吉宗がさとうきび栽培を奨励し国産化を進めるが、この時期の国産砂糖は
黒糖が大半で明治以降外国から白砂糖が入ってくる。
しかし、江戸時代では白砂糖を国内で大量生産できなかったのか?
79:
>>78
和三盆は白砂糖じゃないの?
80:
>>79
和三盆は、江戸の庶民には高価で口にできなかったのでは?
昔の庶民にとって砂糖とは黒糖を指している。
81:
徳川吉宗のさとうきび栽培奨励によって
徳島藩や香川藩で砂糖が作られるようになり日本産の意味で
和三盆と呼ばれるようになった。
こんにちの和菓子に多用される牛皮(ぎゅうひ)はここから
作られるようになった。
江戸時代の庶民が和三盆に限らず砂糖を口にできたかというと疑問。
饅頭屋など庶民的な和菓子屋も城下町などにしかなく富豪はともかく
農村に生きる一般庶民が口にできるものではなかっただろう。
84:
砂糖黍栽培は土壌の地力を劣化させ、砂糖の精製は多くの人手がいるから
植民地のある西欧の方が大量生産しやすかった。
85:
砂糖が入手しにくい時代の日本では水飴や甘づらが甘味料だったが
栄養学的に見れば、砂糖よりもこっちのほうがいいわけで。
87:
出島での貿易の最盛期は元禄時代で、日本の銀、金、銅などが輸出され、生糸や砂糖、薬品、香料などが輸入されていたそうで。
輸入品のなかで代表的なものの一つが砂糖。出島は別名「砂糖島」といわれるほど輸入した砂糖で溢れていたのだとか。
この砂糖は主にインドネシアのジャワ島の砂糖農園で作られたもので、計量の後に取引され、その一部は江戸参府の際の贈答品などとして将軍や幕府の役人へ贈られたり、道中お世話になった人々へのお礼、また、長崎でも役人への贈り物とされたのだらしいです。
高価で珍重されていたため、長崎に古くから伝わる伝統料理は甘めなのが特徴。裕福だった証。
それでなくても、長崎奉行赴任は憧れ職だったとかで。
最近では、観光か学術か知りませんが、長崎街道を‘シュガーロード’という言い方をしてるみたいですね。
95:
江戸時代は、とうもろこしとサツマイモ、ジャガイモをなんでもっと
作らなかったのだろう
そうすれば餓死することはなかったのに
97:
>>95
米本位経済で、米を機軸通貨の代わりとして扱っていたから。しかし江戸時代も
ある程度すぎ実質的に貨幣経済になっていたが、幕府が相変わらず米本位経済を
推し薦めた。
98:
武士が農民から米を年貢として徴収し、換金する経済体制だったから
東北のように当時としては米ができにくい地域でも無理やり米作りをさせ
飢饉を招いた。
99:
そうか、勉強になった
113:
さて、俺は今、金団を食べてるが江戸時代には大名じゃないと口にできない
高級食品だったわけだが、今では年末に誰でも買える値段で売っている。
現在日本の2万円クラスの御節料理をタイムマシンで江戸時代に持って行き
将軍に見せたら度肝ぬかしそうだな。とおもうのは俺だけ?
114:
逆に向うで二束三文の天然物の魚介類が、
こっちで何万円もすると思うぜ。
115:
たたみいわしは今は、高級食材扱いだな。
今の御節は、少量の何品もの料理を集めて、重箱に詰めたスタイルだが
こういうのって、戦後になってきてから出てきたんだろう。
かまぼこ、伊達巻 金団 今じゃ誰でも買えるような物も江戸の庶民じゃ
数年に一度、正月時に食えるような高級品だったのでは?
116:
江戸時代は、富裕層以外砂糖をふんだんに使えるわけじゃなかったから
御節も全体的に甘さがくどくなかったと思われ。
今の御節は砂糖多すぎだな。
118:
落語「貧乏長屋」じゃカマボコの代わりに大根のしんこってネタがある
小金があればめでたい日にはごちそうとして食べれるって感じかね
まったく手がとどかないほどのもんじゃない
121:
お正月は貧乏な長屋の住人達が大家や地主や町役人
仕事の親方の家などを年始回りしてご馳走にありつく日だったらしいから
自分の家の料理は質素に済ませたと思われ
122:
>>121
貧乏長屋と言うが、江戸時代の江戸を始めとする都市部中流層の平均だったのでは?
それとも、当時の長屋住人は、今で言う負け組みみたいな感覚を持っていたとか?
123:
>>122
確かにそうだな訂正^^;
いわゆる庶民達は。。。だな
141:
江戸時代にこっそり肉食べてた人はどう料理して食べてたの?
143:
>>141
焼く。or 鍋
当時の料理書は膾なんて記述もあるが獣肉の膾はちょっと。。。
142:
戦後食糧不足のとき奈良の鹿は激減した
食べたらしい
151:
今読んでる時代小説で江戸時代に刺身に鮭がでてくる描写があった。
鮭生で食うのはノルウェーなどの完全管理養殖モノが輸入されるように
なった近年のことと思った。
逆に江戸時代は寄生虫などを認識できず
鮭生食タブーにはなってなかったの?
それとも小説が真剣に時代考証してないだけかな?
153:
>>151
時代小説 だからでしょ?
あんなのめちゃくちゃよ?
ただたんに江戸時代を舞台にしているけど時代考証なんかしてませんし。
156:
>>151
おっしゃる通り鮭の生食は極最近、ぶっちゃけ21世紀に入ってからと言ってもいいくらい最近。
江戸時代なら塩鮭だろうけど、これも結構な高級品だったはず。
157:
寄生虫にもよる(例えばエキノコックスは冷凍庫程度じゃ死なない)けど
鮭のアニサキスなら確かに低温で全滅する
日本じゃないがエスキモーもセイウチの肉に限っては
狩りたてを生で食べることはせずしばらく凍らせることで寄生虫を殺してから食べるらしい
>>156
俺は20世紀にも何度か食べた覚えがあるがひょっとしたら地域差があるのかもしれない
158:
>>157
冷凍技術さえあれば可能だから。
20世紀末にも食べてたでしょうね。
152:
江戸時代ではなく古代の話だが便所代わりに使ってた場所の土を調べたら
猪や鮒の寄生虫に感染してた形跡が見つかったなんて話は聞いたことがある
154:
鮭と言えば鮭とばはアイヌの保存食が起源だとか
155:
あとルイベね。
凍らして食べれば寄生虫の卵もしぬよね
159:
へぇ
セイウチにはエスキモーもおそれるような寄生虫がいるのか。。
でもアザラシにはいないってのがふしぎだよね。
162:
>>159
植村直己さんが知らずに食べたら吐かされたらしい
その植村さんと一緒に北極へ行って最終的に今も住み着てる大島育雄さんは
興味本位で食べてみたら体調を崩して2?3週間寝込むハメになった
と日本が関係する話に無理矢理戻してみる
205:
>>159
原因は旋毛虫らしいね
肉食獣が感染してることが多いみたい
日本でも熊の刺身や冷凍不充分な熊ルイベで感染することがあるとか
ふと思ったがイスラムで肉食獣の肉がタブーなのはこのせい?
165:
そうめんって奈良時代に日本に伝わったと言うが
一方で琉球ではそーみんちゃんぷるというそうめんを使った独自の料理がある
琉球へはいつ伝わったんだろ?
168:
>>165
そうめんは日本から沖縄に伝わったらしいよ
沖縄は琉球王国が成立する以前から日本本土と文化交流があった
沖縄では漢字のほかに日本から伝わったひらがなも使われていたからね
鹿児島には沖縄のそーみんちゃんぷるに似た油そーめんという料理がある
日本文化の影響らしい
169:
ゴーヤが本土へ本格的に伝わったのは平成になってから
以前はウリミバエという害虫がいたため
蔓延させないよう本土へ出荷できなかった
ウリミバエの雄に放射線を当てて
生殖能力を失わせて放つことで絶滅させることに成功したので
本土へ出荷できるようになった
171:
>>169
ゴーヤーの栽培そのものは内地でも問題無くできるんだけどね。本格化したのは沖縄から美味なゴーヤーが入荷するようになってからかな。
休耕田にゴーヤー植えてみたら大豊作で市場で良い値段がついたw
173:
新潟在住ですが、年寄りが「ゴーヤは戦前から有ったよ、昔はレイシって呼んでたよ」とのこと。調べたら「ツルレイシ」って言うんですね、
174:
ツルレイシが正式な名前でゴーヤは沖縄で使われる呼び名
南九州でも古くから栽培されており平成になるまで本土になかったわけではない
現在日本国内で流通するゴーヤの約3割が沖縄産
沖縄産ゴーヤが本土に出荷されるようになったのは1900年ごろで戦前
232:
小泉武夫先生が古文書のとおりに日本酒を作ったら、
糖分4倍アルコール5%程度の水飴一歩手前のようなものができたとか。
アルコールより糖で保存してたようなもんだな。
238:
>>232
その古文書っていつの時代?
239:
>>238
平安とか、口噛み酒なんかはもっと古い時代と思いますが、
所持してる先生の著書を調べてみますね。
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