鹿賀りん「ダイキチが悪いんだよ?」河地大吉「ああ……俺が悪い」back

鹿賀りん「ダイキチが悪いんだよ?」河地大吉「ああ……俺が悪い」


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「手、繋がないと危ないんだよ?」
「……あい。すんません」
女の子が思った以上に強くて、そして時々弱いという当たり前の事実を、俺は自分の祖父の忘形見である鹿賀りんと同居するようになって初めて知った。
「りん、俺ちょっと買うものあるから……」
その日、電車を乗り継いで大型ショッピング・モールを訪れていた俺は、連れてきたりんと別行動を取るべく待ち合わせ場所を決めようとしたのだが。
「あっ! い、居ない……?」
繋がないと危ないと言われて繋いでいた小さな手がいつのまにか解けて、りんの姿が見当たらないことに気づき、青ざめる。
「りーん! りん、どこだぁー!?」
人混みで大声を張り上げる三十路の中年男性に周囲の視線が刺さるが、知ったことか。
今の自分はあの小さな少女の保護者であり、その身を守る義務がある。故に叫び続ける。
「りーん! 返事しろー! りーん!!」
「お店の中で叫んだらいけないんだよ?」
「りんっ!?」
振り返ると、そこには探し求めたりんが居て、さっきまで繋いでいたその手には何故か紐が上に向かって伸びていて、真っ赤な風船に繋がっていた。たまらず、問い詰める。
「どこに行ってたんだ!? ていうか、その風船はどうした!? 誰から貰った!?」
「あそこに居るくまさんがくれたー」
りんの指差す方向を見るとたしかに熊が居て、着ぐるみの手には沢山の風船が握られており、どうやらあのくまの着ぐるみから風船を貰ってきたらしい。存外、近くに居た。
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2: 以下、
「りん……俺から離れる時は声をかけて」
「うん。わかった」
どっと疲労感が押し寄せてくるも、せっかくのお出かけである。ともあれ怒りを鎮める。
そもそもこれから別行動する算段なのだ。
「りん、どこか見たいお店はあるか?」
「んーわかんない」
それはそうだろう。この店は広すぎる。
どこかに子供の興味を引くような専門店がないかと探すも、まるで見当がつかない。
「あっ。ダイキチ、こっち」
そこで不意に、りんが俺の手を引いて歩きだし、ついていくとそこには様々な調理器具と雑貨が並んでいて、興味津々な様子。
「こういうお店、好きなの?」
「うん。見てて飽きない」
目を輝かせて、俺の30年の人生において一度も使ったことのない調理器具や雑貨を品定めするりんはやはり女の子であり、男の自分とは違った感性を持っていることを実感した。
「しばらくこの店で待ってられるか?」
「ダイキチ、どっか行っちゃうの?」
てこでも動きそうにないほど熱心に商品を眺めるりんに少し待つように言うと、不安げな視線を向けられて、慌てて付け加える。
「ちょっと買いたいものがあるから少しだけ離れるけど、30分したら戻ってくるから」
「さんじっぷんて、長い?」
「長くないよ。この雑貨屋をぐるっと見て回ったら、すぐに30分は過ぎるくらい短い」
そう諭すと、りんは頷いて手を離した。
「わかった。待ってるから行っておいで」
「……あい、すんません。行ってきます」
やれやれ。これではりんが俺の保護者だ。
3: 以下、
「あれ……? りん? どこだ……?」
なるべく、急いで戻ったつもりだった。
しかし、りんの姿が見当たらない。
風船を配るくまはまだ近くに居た。
しかし、りんが居なくなっていた。
「りん! おーい、りーん!!」
「あの、どうかしましたか……?」
雑貨屋で大声を張り上げていると、その様子を不審に思ったらしき店員を声をかけられて、これ幸いとばかりに事情を説明する。
「子供とはぐれたんです! 女の子です!」
「このお店ではぐれたんですか?」
「はい! 見ませんでしたか?」
「さあ……女の子ひとりなら目立つ筈ですが、そのようなお客様は残念ながら……」
そんな馬鹿な。りんはかわいい女の子だ。
保護者目線の贔屓目かも知れないが、それでもあんなに熱心に商品を眺めていたのだ。
店員からしたら間違いなく印象に残る筈。
にも関わらず、見覚えすらないなんて。
「そ、そうだ! 風船!」
「はい?」
「あそこに居るくまから赤い風船を貰って、それを手に持っていた筈なんです!」
風船を配るくまを指差して特徴を伝えるも、店員はますます困った顔をして。
「それなら気がつかない筈はないのですが……お力になれず、申し訳ありません」
「そう……ですか」
がっくりと肩を落とすも、そんな場合ではない。完全に行方不明だ。いや、事件かも。
誘拐でもされたのではないかと不安になる。
4: 以下、
「りん! 返事してくれ! りーん!!」
「お、お客様、落ち着いて……!」
半ば発狂したように叫ぶと、店員に宥められて、なんとか我に返る。頭を冷やさねば。
足りない頭を必死に働かせて、閃いた。
「そ、そうだ! 迷子センター! どこ!?」
「す、すぐにインフォメーション・センターに確認しますので落ち着いてください!」
ほとんど胸ぐらを掴むような勢いで店員を詰め寄ると、確認を取ってくれるらしく、店の奥へと入っていった。そわそわ報告を待つ。
「ん?」
そこでふと、商品のラインナップが入店した時と違っていることに気づいた。おかしい。
なにぶんあまり興味がないので記憶が定かではないがもっと調理器具がメインだった筈。
しかし、この雑貨屋は雑貨の方が多かった。
さっと顔が青ざめたその時、店員が戻り。
「すみません。赤い風船を持った迷子は保護されていないようでして……」
そこで、ピンポンパンポーンとチャイムが。
『迷子のお知らせです。河地大吉さん。お連れ様がお待ちですので、至急……』
「あ、はい……俺です」
「お、お客様……?」
「本当に……すんません」
迷子は……俺だった。
迷子のお知らせで呼び出されたことを察した店員はそれ以上追求しないでくれた。
フラフラ店を出ると、同じ雑貨屋でも全く違う店であることをようやく理解出来た。
ちょうど風船を持ったくまの着ぐるみも他の場所へと向かうらしく、そりゃ一箇所に留まって風船を配っているわけないよなと、遅ればせながら気づき、自らの勘違いを恥じた。
5: 以下、
「ダイキチ! 遅い! どこに行ってたの!?」
「……すんません」
本日何度目の謝罪だろうか。それでも、だ。
「りん……会えて良かった」
りんが迷子になっていなくて、良かった。
「りんのおかげで助かったよ」
「もう……ダイキチのばか」
なるべく申し訳なさそうに笑ってみせると、ふにゃっと怒ったりんの表情も崩れて、そのまま無理に笑おうとして、失敗したらしく。
「お、置いていかれたかと、思って……」
女の子は、思っていたよりも、ずっと強い。
「そんなことしないよ」
「ダイキチにも、捨てられちゃうんじゃないかって、こ、怖くて……うぇえええんっ!」
だけどときどき、弱い。子供だから当然だ。
「いい子にするからぁ! だから、どこにも行かないでぇ!! うぇええええええんっ!!」
なるべく優しく、りんを抱きしめる。
大切に、慎重に、壊れてしまわないように。
どれだけりんを大事に思っているか、捨てるなんて微塵も考えていないことが伝わるように。
「ふぐっ……ひっく」
「りん、もう平気か?」
「ひっく……お腹すいたぁ」
泣いたぶんだけ、お腹が空く。
きっと自分もそうだったのだろう。
甘くて美味しいものを食べさせてあげよう。
6: 以下、
「ダイキチ、それなーに?」
「これか?」
クレープと、ドーナツと、塩豆大福をパクつきながら、りんが俺の荷物に気づいた。
傍らに抱えた大きな紙袋をりんに手渡す。
「本当は家に帰ってからのお楽しみだったんだけどな……特別に開けてみてもいいぞ」
「いいの?」
「ああ。大福の粉をくっつけないようにな」
りんは大福を急いで食べて終えてから、ハンカチを取り出し手を拭き、紙袋を開けた。
「わっ! おっきい、くまさん!」
なんとなく気恥ずかしくてわざわざ別行動をしてまで買ったぬいぐるみだったのだが、今回はそれが裏目に出てりんとはぐれてしまった。そのことを察したりんは怒った口調で。
「いらない!」
「えぇ……せっかく買ったのに」
「くまさんには気をつけないとダメなんだよ? ダイキチ、森のくまさんって知ってる?」
なんとなく、聞き覚えはある。
しかし、あれは結局誤解だった筈だ。
くまさんが悪いわけではなく悪いのは俺だ。
「くまさんに罪はない。貰ってやってくれ」
「えーやだー」
「くまさんが居れば、夜中に怖い夢を見ても平気だろ? そのために買ってきたんだよ」
りんはこの頃、悪夢にうなされている。
怖い夢を見ると決まって俺の布団に入ってきて、そしておねしょをしてしまう。
どうも育ての親である俺の爺さんを奪った"死"に、りんは怯えているらしいのだ。
「くまは強いから、りんを守ってくれるよ」
それを克服するための強い味方として、巨大なくまのぬいぐるみを俺は用意した。
7: 以下、
「ねえ、ダイキチ」
「ん? なんだ?」
くまのぬいぐるみと俺を交互に見比べてから、りんはこんなことを尋ねてきた。
「このくまさんはダイキチよりも強い?」
予想外の質問だった。反射的に口を開く。
「お、俺のほうが強いに決まってる!」
「じゃあ、やっぱりいらなーい」
丁寧に包装し直して、りんに返却される。
「ちゃんとお店の人に謝って返すんだよ?」
「あい……すんません」
がっくり肩を落とすも、落ち込んでいない。
それだけ、頼りにされているということだ。
仕方なく、りんの手を引いて返しに行った。
「本当に返しちゃって良かったのか?」
「うん! ダイキチさえ居れば、へーき!」
帰り道、りんはご機嫌だった。
嬉しそうに繋いだ手を振っている。
少しだけ、強く握って、嬉しさを伝えた。
8: 以下、
その日の晩。
「ん……? りん、大丈夫か?」
「ううっ……ダイキチ、どこ……? 怖いよ」
りんはまた悪夢にうなされていた。
どうやら夢の中で俺とはぐれたらしい。
俺のせいだ。俺がりんとはぐれたから。
「りん、こっちだ。こっちに来い」
「ん……ダイキチ……どこ?」
「ここだ。すぐ傍に居るよ」
寝ぼけたりんに声をかける。
目は開いていないが、伝わっている。
りんは膝立ちになって、近づいてきた。
「ダイキチ、ここ……?」
「ああ。ここに居る」
りんが俺の上に乗って抱きついてきた。
たしかな重みと、子供の高い体温。
腹を圧迫されて少々息苦しいが、構わない。
これでりんが安心するならば、本望だ。
「りん、安心して寝ろ」
「ダイキチ……もう迷子にならない?」
「ああ。今日のことは本当に悪かった」
素直に謝罪すると、りんが少し微笑んだ。
「本当に反省してる?」
ん? なんだ、この質問は。違和感を覚える。
「あ、ああ。海より深く反省してる」
「私ね、すっごく怖かったんだよ?」
「わ、悪かった。本当にごめんなさい」
「悪い子には、お仕置きしないとね?」
「りん……? お前、起きてるのか……?」
疑念が確信に変わり焦燥感を抱く。マズい。
「ううん。ちゃんと寝てるよ」
「りん、悪かった。もう許してくれ!?」
「お仕置きしたあとに、許してあげる」
「りん、頼むから……この体勢はマズい!」
「お仕置きだから、我慢して」
俺の上に乗ったりんが身震いして、悟った。
ぬいぐるみを返したのはこのためだったのだと。最初からりんは俺に寝小便を引っかけるつもりだったのだと。俺の罪は、重かった。
9: 以下、
「……わかった。好きにしろ」
「ダイキチが悪いんだよ?」
「ああ……俺が悪い」
一応、これでも大人だ。全てを受け入れる。
「今日は寝る前におトイレ行かなかったの」
「りん、お前……」
「だから、きっといっぱい出るよ」
女の子は俺が思っているもずっとずっとしたたかで、そして怖い。恐怖に顔が引きつる。
そう、俺は怖いのだ。怯えている筈なのに。
「ダイキチ、何でそんなに嬉しそうなの?」
「え?」
言われて気づく。たしかに俺は悦んでいた。
「俺は……お前の保護者だから。だからたぶん、りんの世話が出来て、嬉しいんだよ」
「ダイキチ……嬉しい」
俺の嬉しさが、りんの嬉しさに繋がる。
育児とはなんと素晴らしいのだろうか。
そう、これは慈愛であり愉悦などでは。
「でも、嘘ついちゃいけないんだよ?」
見透かされていた。俺も知らない俺の闇を。
「ダイキチの本心を見せて」
「お、俺は本気でりんのことを……」
「おし○こをかけたら、見せてくれる?」
ダメだ。やめてくれ。違う。俺の、本性は。
「ま、待て、りん……は、話し合おう」
「ずっと待ってたのにダイキチ来なかった」
「その件については謝るから……!」
「だから、これはお仕置きなの」
ちょろっと。聖水が罪深い俺に降り注いだ。
10: 以下、
「フハッ!」
ああ、なんと情けない。保護者失格である。
ちょろろろろろろろろろろろろろろろんっ!
「フハハハハハハハハハハハハッ!!!!」
まさしく、全て洗い流される気分だった。
自分の罪と、業の深さを自覚する。最低だ。
保護者にあるまじき醜態。自分が嫌になる。
しかし、俺はりんの親ではない。
親の代わりを務めているわけでもない。
俺は俺のやり方で、りんを育ててみせる。
反面教師という言葉がある。
そう、それだ。それを目指そう。
こんな大人になっちゃいけませんよ、的な。
おし○こをかけたられて愉悦を抱き、高らかに哄笑してはいけないという、教訓である。
「くそっ……んなわけ、あるかよ」
アホか……俺は。恥ずかしい。俺は迷子だ。
「ダイキチ……泣かないで」
「りん……ごめん。俺はダメな大人だ」
「うん。知ってる。でも、いいんだよ?」
ダメな俺を慈しむように、りんは諭した。
「一緒に大人になろ?」
「りん……りぃーんっ!」
ピンポンパンポーンと、呼び出しがかかる。
迷子の俺はそうして保護者の元へと帰った。
俺はりんの保護者で、りんは俺の保護者だ。
今のところは、それでいいと、俺は思った。
【おし○こドロップ】
FIN
11: 以下、

うさぎドロップとは懐かしい
元スレ
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