【ミリマス】白石紬「東京にいる」back

【ミリマス】白石紬「東京にいる」


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1:
『続いて天気予報です。記録的寒波の影響で、東京は今夜から明日にかけて雪が多く降るでしょう―』
2:
 何気なくつけていたテレビからお天気キャスターの声がする。キャスターの言う通り、窓の外を見ると雪がハラハラと降り始めていた。
 既に路面は白い絨毯が敷かれ始めている。まだ一部はコンクリートが顔をのぞかせる、踏めば剥がせそうなほどに薄いカーペットだが、このまま降り続ければ明日の朝には数センチメートル程度は積もっているだろう。
3:
 ふと思い立ち、部屋の電気を消した。テレビも電源を落とした。窓に差し込む月明かりと街灯の光が今もなお、降り落ちる雪をよりいっそう輝かせた。
4:
明日の朝はどうなるのだろうか。テレビでは記録的な大雪になるといっていた。交通機関はおそらく全滅だろう。そういえばプロデューサーを名乗る彼は今日は事務所に泊まり込みだと言っていた。
雪国出身の自分からすれば大したことがない雪かもしれないが、ここでは違う。少し雪が積もれば電車はストップ。帰宅難民が溢れかえり雪かき道具が飛ぶように売れる。新幹線で2時間程度、それくらいしか離れていない場所がたった数センチ程度の積雪で大混乱に陥る様を見ると、異国に来てしまったかのような感覚を覚える。
5:
 そう、自分は一人この地にいる。そしてこの降り続ける雪が唯一故郷とのつながりを思い出させてくれる。
 降り続ける雪を窓越しにぼんやりと眺めながら、白石紬は感傷に浸っていた。
 そう思うとこの部屋がかなり広く感じる。こちらに来てそれなりの時間が経ち、やっと住み慣れてきた六畳一間だが、今の紬には心にぽっかりと空いた穴のように広く感じた。
6:
 雪は好きだ。雪かきは大変だし、外出もままらななくなるのは不便だが、冬を感じられる。子どものころは冬になると雪が降るのを今か今かと待ち構えていた。
 でも今は嫌いだ。こうして故郷のことを嫌でも思い出させられる。
 あの男の誘いに乗って、幼いころの他愛もない夢と共に勢いに任せて故郷を飛び出してきた。家族や親しかった友人は誰もいない、この地にいるのは自分ただ一人。どれだけ忘れようとしても、故郷の情景と匂いをいっぱいに詰めこんだ手紙を載せたこの雪が、思い出させに来る。
7:
 突然、暗闇の中に光が生まれた。
 ベットの上に無造作に置かれていたスマホが光り、周辺をほんのりと明るくしていた。
 突然現れた光源を手繰り寄せる。手にとってみると、ブルブルと震えているのが分かった。そういえばマナーモードにしたままだった。
 ブルーライトに目が眩みながらかけてきた相手を確認する。プロデューサーだった。
8:
 
「もしもし」
『あっ!よかった繋がった。雪、大丈夫か?』
 電話に出るなり、心配そうな声がスマホから聞こえた。泊まり込みと言っていたプロデューサーだが、今も劇場にいるのだろうか。
9:
 
『どんどん降ってくるな。こりゃあ、明日はダメだな』
 
 なんだかおかしかった。こちらの話も聞かずに勝手に話し続けるのだから。それほど焦っていたのだろうか。でも、少し温かかった。
10:
「別に、金沢に比べたらこれくらいの雪などどうということはありません。もしかして、あなたは私が1人じゃ何もできない女だとお思いなのですか……?」
『い、いや。そうじゃなくてだな……。大切なアイドルに万が一のことがあってからじゃ遅いだろ?』
 プロデューサーは慌てて釈明をした。その慌て具合も、暗い闇の中スマホに耳を当てている紬にとっては愛おしかった。だが、回答としては50点だ。
 
11:
 
「大切なアイドル、それだけなのですか?」
 雪にあてられたせいだろうか。普段ならまず言わないような言葉が口からこぼれた。
『……珍しいな。紬がそんなに素直に言ってくるなんて』
「……あなたは、私がいつも捻くれた言動しかしないと?」
『そ、そんなことは思ってないぞ』
「……今、この雪を見て家のことを思い出していました」
12:
『…………』
「この雪が、まるで金沢から届いたようで、そう考えると今ここにいる自分が寂しく思えたのです」
 やっぱり今日は、雪にあてられておかしくなっているのかもしれない。普段の彼女なら、ここまで素直に彼に自分の心境は話さないだろう。
13:
『……そんなことないぞ、紬には劇場のみんながいる。そして何より、俺がいる』
「…………ふふっ。ご自分でそんなことを言って、恥ずかしくないのですか?」
 自信満々にそう言い切ったプロデューサーがなんだかおかしかった。でも、それ以上に安心した。
14:
『あー……なんか恥ずかしいな。ま、とりあえず明日は電車も動かないだろうし家で大人しくしててくれ』
「はい。では、おやすみなさい。プロデューサー」
『ああ、おやすみ』
 そこで電話は途切れた。おそらく、この後は地方から出てきているほかのアイドルにも同じような確認の電話をかけるのだろう。
15:
 
 そうだ、1人じゃない。たった数分間のやりとりだったが、紬は心にぽっかりとあいた穴に熱がこもるのを感じた。
 さて、明日はともかく明後日はまず劇場の雪かきからだろうか。年少組はきっと大はしゃぎだろう。
 とりあえず明日は何もできないのだから、プロデューサーの言う通り大人しておこう。アパートの前の雪かきをするのもいいかもしれない。確かスコップは置いてあったはずだ。
16:
 スマホを机に置いた紬は、部屋の電気をもう一度つけた。外は完全に白い絨毯で覆われていた。
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