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【モバマス】Scarlet Days【前半】


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1:
これはモバマスssです
胸糞要素を含み、とても人を選ぶと内容かと思います
2:
ピピピピッ、ピピピピッ
朝、目覚ましの音で目を覚ます。
今日は月曜天気は晴れ、嫌になる程空は明るい。
ここ数日で一気に蒸し暑くなった梅雨突入前の空気が、身体を起こすのを躊躇わせる。
P「……っし!気合い入れるか!」
仕事があるのだからこんな悠長にしている時間が勿体無い。
さっさと身体を起こして歯を洗い、ヒゲを剃って色々と整える。
丁度炊けた炊飯器の音が少し気分を良くしてくれた。
P「適当なもんで良いかな」
小鍋を火にかけお湯を沸かし、味噌汁の準備をしつつシャケを焼く。
冷蔵庫から昨夜の残りを引っ張って、ちょっとだけ豪華に見せてみたり。
さて……と。
そろそろ、起きてくる頃かな。
美穂「……ふぁぁ……おはようございます……」
P「おはよう美穂、そろそろ出来るから座って待ってろ」
美穂「うぅん……良い匂いが……」
寝ボケた美穂が、パジャマの袖で目を擦りつつ椅子に着く。
二十歳になった今でも可愛さは衰える事を知らず、追加で綺麗・美しいステータスもどんどん上がっていた。
アイドルを引退したのが二十歳の誕生日で半年前だから、だとするともう半年後にはどうなってしまうのだろう。
楽しみは尽きないが、それは置いといて然るべき事を叱らなければならない。
3:
P「今日は一限からだろ?」
美穂「自主休講……しませんよっ?しませんからねっ?!」
P「先週の月曜一限サボっただろ?」
美穂「ち、遅刻で済んだもんっ!」
P「やっぱり遅刻はしたんだな」
美穂「……卑怯です!誘導尋問なんてっ!」
自爆しただけじゃないだろうか。
それはそれとして、今日はお互い普通に間に合いそうだ。
まぁ先週は前日の夜に……ゴホンッ!
同棲生活を始めて約半年、俺たちの関係は山あり谷ありだが概ね良好と言えた。
喧嘩の理由なんて、大体俺が仕事で帰りが遅くなった時くらいだし。
最初は価値観や生活感等々を寄せ合うので大変だったが、今ではこうして……
美穂「あれ?七味切れてませんか?」
P「……悪い、一昨日ブチまけて失くなってから補充してない」
美穂「……買う時間が無かったんですか?」
P「……忘れていただけです」
美穂「買って下さい」
P「はい」
……最高の同棲生活を送れている。
あ、ゴメンほんとすまん帰りに必ず買ってくるから。
美穂「……それと……朝ご飯、いつもありがとうございます」
P「良いって別に、その分夜は任せちゃってるし」
朝弱い美穂を起こすのに、味噌汁の香りは適任だし。
夜遅くなる事が多い俺を、夕飯準備して待っててくれてる訳だし。
P「それじゃ、いただきます」
美穂「いただきます」
4:
美穂「あれっ?わたし昨日定期何処に置いたっけ……」
P「いつもはテレビの前にあるだろ」
美穂「無いんです!」
P「じゃあ洗面台」
美穂「そこにもありませんでした!」
P「スマホカバーの裏は?」
美穂「……ありました」
こうして慌ただしい朝を何度過ごして来ただろう。
高頻度でどちらかが何かしらを紛失し、もう片方が場所を当てる。
これも同棲の醍醐味……なのか?
P「よし、行くぞー」
美穂「あ、ちょっと待って下さい!何か、忘れてませんか?」
目を瞑って、此方に顔を向けてくる美穂。
P「忘れる訳無いだろ」
ちゅっ、っと。
軽く唇を重ねる。
美穂「……えへへ、行って来ますっ!」
P「おう、俺も行って来ますだ」
鍵を掛け、二人並んで最寄りへと歩く。
既に引退したとは言え美穂の人気は凄いもので、今でも変装を怠るとファンから声を掛けられる。
だから今は帽子を被っている訳だが、うん、とても可愛い。
どのくらい可愛いかと言うと、昨日の美穂の二倍くらい可愛い。
毎日指数的に可愛くなってゆく同居人の隣に立っているのが俺で良いのか、当然何度も自問した。
美穂「……不満ですか?」
P「不安なんだよ」
美穂「もう……何度も言ったじゃないですか。わたしが、貴方を選んだんです……から…………」
後半は尻すぼみになっていったが、美穂の言葉はちゃんと届いてる。
照れた美穂がとんでもなく可愛いし、良いか。
うん、俺ももう少しオシャレとかに気を使ってみよう。
スーツだからどうしようもない部分もあるが。
5:
P「放課後の予定は?」
美穂「李衣菜ちゃんとお酒ツアーです!Pさんも帰って来ませんよね?」
P「いや帰っては来るよ?遅くなるだけで。ってか明日も大学あるんだから程々にな」
美穂「あ、明日は休講が重なってお休みです。それと、わたし達も誘ってくれれば良かったのに……」
P「すまんって、智絵里が二人きりで落ち着いて飲みたいって言ってたからさ」
美穂「……むー……」
P「ごめんごめん。今月のどっかで全員で集まれる様セッディングするから」
美穂「絶対ですよ?わたしだって智絵里ちゃんに会いたいんですから」
P「おう、未来の旦那さんを信じろ」
美穂「はいっ!旦那さんっ!」
P「…………」
美穂「…………」
P「……最近、暑くなってきたよな」
美穂「……ですね……え、えへへ……」
勢いで小っ恥ずかしい事を口走ってしまった。
いやまぁ、いずれは現実となる訳だが。
今はまだ仕事が落ち着かなかったり美穂が学生だったりと、タイミング的にはここでは無いから。
P「それじゃ、俺こっちだから」
美穂「はいっ!行ってらっしゃい、旦那さんっ!」
美穂が笑顔で改札を抜けて行った。
……あぁ、もう。
最後にとんでもない爆弾を残して行きやがったな。
これから俺は、不審者だと思われない様に真顔耐久レースをしなければいけなくなったじゃないか。
6:
ちひろ「おはようございます、プロデューサーさん。今日も随分と顔色が良いですね」
P「おはようございますちひろさん。今日も一段とお若いですね」
ちひろ「あらあら、美穂ちゃん程じゃありませんよ」
P「……いや、あの……他意があったり皮肉を言った訳じゃ無いんで……」
ちひろさんと朝の挨拶を交わしながら、仲良く会話する。
ちひろさん、今何歳だ?
確か二十八だっけかな……そうは思えないくらい若く見えるのは本当だ。
ちひろ「美穂ちゃんとはどうですか?最近は」
P「どうって……良好だと思いますよ」
ちひろ「犬も食わない喧嘩をしたりは?」
P「一応まだ夫婦では無いので……」
ちひろ「時間の問題ですよねー」
P「案外問題は山積みですよ」
今は以前から住んでた俺のアパートで暮らしているが、これから先を見据えるなら引っ越しも視野に入ってくる。
それから美穂がどんな将来を選ぶのか等々。
ちひろ「うぅ……幸せ者のオーラが独り身に染みますね……眩しい……苦しい……」
P「はいはい、コーヒー買ってきたんで今日も頑張りましょ」
ちひろ「今は無糖な気分なのでそっちを貰っても良いですか?」
P「まぁ構いませんが……」
カシュッっと心地良い音、それからほんのりとコーヒーの香り。
さて、今日も一日頑張るか。
これが終わったらお酒が待っている。
7:
まゆ「うふふ、何やら楽しそうですねぇ」
P「ん、おはようまゆ。随分早いな」
まゆ「早起きは三文の得と言いますから」
P「で、何か良い事はあったか?」
まゆ「電車がいつもより少し混んでました……」
しょぼーんオーラを全身から滲ませるまゆ。
十九歳になったまゆは、容姿もだが演技力や歌唱力にも磨きがかかっていて。
さっきまでは現役アイドルの権化の様な美人だったのに、今では自転車の鍵を川に落としたおばさんの様になっている。
凄い、なんかこう、演技から凄みを感じた。
まゆ「そう言えば、今日は智絵里ちゃんの誕生日ですねぇ」
P「あぁ、二十歳だな。成人祝いにお酒に付き合う予定なんだ」
まゆ「むむ……二人きりですかぁ?嫉妬しちゃいますねぇ」
P「まゆはまだ十九歳だからな。二十歳になったら連れてってやるよ」
まゆ「うふふ、期待しちゃいますっ!」
ちひろ「智絵里ちゃん、引退してからあんまり事務所に顔出してくれないので近況を把握出来て無いんですが……どうなんですか?」
P「前に会った時は普通の女子大生やってましたね。とは言え学校ではかなりの人気で色々大変だーって笑ってた」
まゆ「ちょっと人気な普通の女の子、エンジョイ出来てるんですね」
P「あぁ。李衣菜もそんな感じだ」
まゆ「李衣菜ちゃんとはまゆもよく連絡取ってます。美穂ちゃんと飲みに付き合うと翌日自主休講本気で検討するから気を付けないとって笑ってました」
美穂……そういや今日飲むって言ってたけど、李衣菜は明日休講なのか?
李衣菜はそこらへんソツなく上手く真面目にこなす人だから大丈夫だろうけど。
8:
ちひろ「プロデューサーさん。智絵里ちゃんと会うなら写真とか持って行きますか?」
P「そうですね。まぁ半年前とは言え色々ありましたし、のんびり振り返りながら話すのも良いかもしれません」
ちひろさんから、Masque:Radeの全員が映った写真を何枚か受け取った。
うっわみんな若……俺もまだ若いなぁ。
これ何年前だ……?
……三年以上前……マジで……?
加蓮「おっはよー。今日蒸し暑くない?」
P「おはよう加蓮、除湿は付けてあるぞ」
加蓮も今では十九歳で、見た目の美人感は更に磨きが掛かっていた。
加蓮「暑い、温度下げて」
P「少しすれば涼しくなるだろ」
加蓮「待てないんだけど。時間進めてくれたりしない?」
P「出来る訳無いし、もし出来るんだとしたらそんな超人にそんな雑に頼むな」
加蓮「分かってるって。うっわー今日夜雨降るじゃん」
まゆ「加蓮ちゃんは歳を取っても相変わらずいつも通りですねぇ」
加蓮「いきなり何?あ、結成したての頃の写真じゃん!」
ちひろ「ふふっ、まだまだありますよ」
引き出しからアルバムを取り出すちひろさん。
おぉ……懐かしい……
9:
まゆ「……三年以上前ですか……未だにこうして加蓮ちゃんと活動を続けてるって考えると、なんだか不思議な気分になりますねぇ」
加蓮「ねー、最初は即解散すると思ってた」
まゆ「奇遇ですねぇ、まゆもです」
笑いながらいがみ合う二人は、なんだかんだ相性は良い。
でなければ、二人になってもMasque:Radeとしての活動を続けたいだなんて言わないだろうし。
ちひろ「あ、一応言っておきますけど……この写真、他の方には見せないで下さいね?事務所として撮ったものなので」
P「分かってますって。肝に命じておきます」
加蓮「肝!分かってる?!肝!!」
まゆ「……何を言ってるんですかぁ?」
加蓮「肝に命じてるんだけど?」
まゆ「加蓮ちゃんは本当に変わりませんねぇ……」
加蓮「成長はしてるよ?こことか」
まゆ「指差しをしなくても伝わると思われてるあたりイラつきますねぇ」
加蓮「えっ?私何処とも言ってないけど?」
まゆ「素知らぬ顔がまた実に加蓮ちゃんです」
加蓮「どういう意味?!」
まゆ「ウザいって意味ですよぉ。辞書でウザいの項目を引けば加蓮ちゃんの名前が顔写真付きで載ってると思います」
加蓮「あーもーそういう事言う人にはポテトのクーポン分けてあーげない!」
まゆ「いえそれは本当に結構ですが……」
P「……ははっ」
ちひろ「……ふふっ」
仲、良いなぁ。
この二人を見ていると色々と安心する。
美穂が引退する事に不安が無かった訳ではないし、次いで智絵里と李衣菜の引退で俺も精神が不安定になりかけたりもしたが。
なんだかんだ、助けられてるんだと実感する。
ちひろ「まゆちゃんは週刊ファラデーの撮影、加蓮ちゃんはドラマの撮影ですよね?そろそろ向かった方が良いんじゃないですか?」
まゆ「あら、とてつもなく無駄な会話で時間を浪費してしまいましたねぇ」
加蓮「まゆの時間に無駄じゃないのってあるの?」
まゆ「……言い返しませんよ?まゆももういい大人なので」
加蓮「は?私が子供みたいな言い方やめてくれる?!私の方が誕生日早いんだけど!!」
まゆ「……そう言う所ですよぉ……」
加蓮「まゆ自分の事まゆ呼びじゃん!子供じゃん!」
まゆ「……そうですねぇ、まゆですねぇ」
加蓮「相手にしてよ!!」
楽しそうに会話しながら部屋を出て行く二人。
さて、それじゃ。
六月十一日、いつも通りの業務の始まりだ。
10:
P「っふー……終わり!」
ちひろ「お疲れ様です、プロデューサーさん」
P「そっちはどうですか?」
ちひろ「私も後十五分くらいで終わりそうですが……待たなくても大丈夫ですよ?智絵里ちゃんのと約束があるんですよね?」
P「はい。それじゃ、お言葉に甘えさせて頂きます」
パソコンの電源を切って、荷物を片付け事務所を出る。
加蓮もまゆも既に帰宅済み。
美穂からは画像が……李衣菜、強く生きろ。
さて、んじゃ俺も約束の駅に向かうとしよう。
夜は雨って加蓮が言ってたけど、まだそんなに曇ってないし大丈夫だろう。
地下鉄に乗って、智絵里と約束した駅に向かう。
がたん、ごとん。
電車に揺られながら、俺はユニット結成当時の事を思い返していた。
最初の頃は加蓮とまゆがよくいがみ合って……今もか。
五人でドームを熱狂の渦に巻き込んで。
それぞれ個人での活躍も凄いもので、沢山の番組に出演して。
今朝ちひろさんから渡された写真で、色々あったんだなぁと再認識して。
後でそれを眺めながら智絵里と飲むお酒が、凄く楽しみで。
気付けばあっという間に目的の駅に到着していた。
P「ん……少し早かったかな」
スマホで時間を確認すれば十九時半。
約束の時間までまだ後十五分はある。
近くの喫茶店でコーヒーでも飲んでるか……?
11:
智絵里「あっ……お、お久し振りです……!」
P「ん、おぉ。もう来てたのか。久し振り、智絵里」
どうやら、智絵里も早くに着いてしまっていた様だ。
かつてのトレードマークであるツインテールは降ろされているが、可愛さは全く衰えていない。
にこにこと微笑みながら此方へ近寄ってくる智絵里は、こりゃ大学でも言い寄ってくる男子もさぞかし多い事だろうと思わされる。
智絵里「えへへ……その、楽しみだったから……」
P「うん、まぁ予約取ったのが二十時だから入れるか分からないんだけどな」
智絵里「それでも、久し振りだから遅れたくなくって……」
P「そっか。ありがと、智絵里」
取り敢えずお店の方に早くに入れないか連絡を掛けてみる。
P「……あ、では今から向かいます。っと、もう入れるってさ」
智絵里「良かった……今日はありがとうございます。二人っきりでってワガママ、聞いて貰っちゃって……」
P「良いって良いって。あ、でも今月空いてたら美穂とも飲んでやってくれよ。あいつも会いたがってたから」
智絵里「……はい。もちろんです」
のんびり、並んで歩きながら会話して。
……あ、そうだ。
最初に言うべきだったな。
P「智絵里。誕生日、成人おめでとう」
智絵里「ふふっ、ありがとうございます。とっても……楽しみでした……!」
天使の様な笑顔を浮かべる智絵里と、予約していた店に入る。
直前、なんとなく見上げた空は、分厚い雲に覆われていた。
12:
P「改めて……おめでとう。乾杯っ!」
智絵里「えへへ、ありがとうございます……っ」
カンッ
小気味良い音が響き、グラスが打つかる。
こじんまりとした半個室の卓上にチップスとソーセージ。
飲んでるのは日本酒でもビールでもなく果実酒。
智絵里「あ……これ、とっても飲みやすいです」
P「お、良かった良かった。メニューのこの辺りのは飲みやすいと思うから、気になるのあったら注文しちゃって」
全てのドリンクメニューに丁寧に説明と写真が添えてある。
これなら多分智絵里が大外れを引き当てる事はないだろう。
智絵里「それなら次は……カルーアミルク?にしてみます」
P「はいよ。すみませーん!」
ドリンクとフードを少しずつ注文する。
あ、ここギネスあるのか次頼もう。
P「さて……うーん……えっと、最近どうだ?」
智絵里「……ふふっ。おじさんみたいですよ、Pさん」
P「む……辛いな。うん、辛い」
智絵里「わたしは……うーん、とっても楽しいです。大学の友達と遊びに行ったり、遠くに出掛けたりして」
P「そっか、良かった。たまには、気が向いた時にでも事務所に顔出してくれても良いんだぞ?」
智絵里「……そうですね。あんまり伺えて無かった気もします……」
P「まぁそれだけ毎日が充実してるって事か」
智絵里「……Pさんは、どう……ですか……?」
P「ん?Masque:Radeは二人になったけど、それでも上手くやってけてるよ」
五人の時ほどの活気は無いけどな。
そう笑いながら、俺は写真を取り出した。
P「懐かしいだろ?」
智絵里「わぁ……若い……」
P「智絵里は今でも十分若いだろ」
智絵里「それじゃ、えっと……幼い……?」
P「それはそれでどうなんだ」
ちひろさんから受け取った写真を、グラスを片手に眺めてゆく。
智絵里「懐かしいなぁ……」
P「なー、ほんと。みんな頑張ってたよ」
智絵里「加蓮ちゃんとまゆちゃん、今もよく喧嘩してるんですか?」
P「うん、あの頃と変わらず」
智絵里「ふふっ、想像がつきます」
13:
笑いながら、グラスを傾けながら。
様々なお酒に挑戦しつつ、過去の思い出に浸る智絵里。
……今からでも、智絵里が戻ろうと思えば戻れる。
けれど、そんな未来が選ばれる事は無いだろう。
俺だって無理に引き戻そうとは思わない。
その辺りの話は一通り終えたし、智絵里の芯の強さは俺も理解している。
P「……ん、もう飲み物無くなってんな。次は何飲む?」
智絵里「……それじゃ、このブルーマルガリータでお願いします」
P「それ結構アルコール強いけど……まぁ飲めなかったら俺が飲むし良いか」
注文を終え、再び写真に目を戻す。
……本当に、懐かしいな。
この中の一人と付き合って同棲を始める事になるだなんて、当時は微塵も思っていなかった。
智絵里「……ところで……美穂ちゃんとは……?」
P「良い感じかな。喧嘩少なめ甘さ増し増しだと思いたい」
智絵里「へぇ…………楽しそうですね」
P「幸せもんだよ俺は」
あんな優しい美人と、一緒に暮らせているんだから。
智絵里「……そうですか……」
P「大丈夫か?気分悪い?」
智絵里「あっ、いえ。大丈夫です」
二十歳なりたてだから心配になる。
初めてなのに飲ませ過ぎてしまっただろうか?
まあ酔っ払ってる感じでは無さそうだし大丈夫だろう。
P「悪い、ちょっとお手洗い行ってくる。フード足りなかったら何か頼んでて」
智絵里「あっ、はい」
席を立ち、お手洗いついでに美穂からの連絡チェック。
また画像が送られて来ていた。
……頑張れ、李衣菜。
にしても……智絵里、ほんと綺麗になったな。
二十歳か……お酒飲めるじゃん。
……さては俺、少し酔ってるのでは?
鏡の前で顔をピシャッと叩いてお手洗いを出る。
14:
智絵里「うぅ……ちょっとお口に合いませんでした……」
ブルーマルガリータのグラスがこちらに押された。
P「あーうん。いいよいいよ別の頼んじゃいな」
案の定と言うか、そんな気はしてたというか。
まぁ二十歳になりたてで飲むような物じゃ無いのは確かだな。
智絵里「ごめんなさい……」
P「良いって。一応度数表示されてるから低めの物にしとこうな」
この歳で間接キスなんて気にする必要も無いだろう。
青いグラスをグイッと煽る。
……あ、強い。げ、25%とか書いてある。
智絵里「……えへへ、ありがとうございます」
P「うん、思ったより強かった」
智絵里「もう……格好付きませんね」
ニコニコと笑う智絵里。
あぁ、可愛い。
P「そういえば、智絵里って大学で恋人とか出来たのか?」
智絵里「……デリカシー、無さすぎませんか……?」
P「……彼氏出来た?」
智絵里「言い方じゃなくって……いませんけど……」
P「アイドルだった間は恋愛とか出来なかったから、どうなんだろうなーって思って……すまん、流石に無遠慮過ぎたな」
ちょっと拗ねた様な表情も、かつての子供っぽいものとは異なって。
仕草や表情の一つ一つから、もう二十歳の大人なんだなぁと思い知らされる。
P「ん、ところで時間は大丈夫か?」
もうすぐ二十二半時になろうとしているが、終電は大丈夫だろうか。
智絵里「あ、わたしの家そんなに遠くないから……」
逃しても大丈夫、という意味だろうか。
だとしたら明日の大学に差し支えない程度までは付き合おう。
俺もまぁ、最悪タクシー使えば良いし。
美穂はまだまだ飲んでるだろうし。
一応ラインをチェックする。
……うちで飲んでんのか。
逆に帰りたく無いな。
智絵里「……Pさんは大丈夫ですか?」
P「あぁ……まだまだ飲める……」
……ん、急にさっきのが回って来たかな。
酔いと同時に眠気までやってきた。
智絵里「…………大丈夫ですか?」
P「ん……ちょっと……、まず……」
智絵里「……時間は大丈夫ですから。気にしないで下さい」
まさか、成人祝いに付き合ったら俺の方がこんな事になるなんて……
……しこうまでおぼつかなくなってきた……
ねそう……ねむ……
智絵里「……おやすみなさい、Pさん」
15:
P「……っ!」
智絵里「あ……おはようございます、Pさん」
目が覚め頭を起こすと、目の前に智絵里が居た。
周りを見れば見慣れた寝室ではなく、事務所のデスクでもなく……
P「……あっ、すまん智絵里」
そうだ、智絵里の成人祝いに来ていたんだった。
だというのに、俺は眠ってしまって……
まだ妙に頭が重いな。
智絵里「いえ、大丈夫です。とってもお疲れだったんですよね……?なのにわたしが無理言って付き合って貰っちゃって……」
P「いや、俺が調子乗って自分のペースで飲まなかったから」
スマホを開けば二十四時を回っている。
どうやら一時間と少し眠ってしまっていた様だ。
P「……終電、無いな」
智絵里「わたしもです……あ、でもわたしは歩いて帰れる距離だから……」
閉店作業をしていた店員さんに謝って支払いを済ます。
優しい店員さんで良かった、次もまた来たいものだ。
P「……うっわ……」
智絵里「うわぁ……」
ザァァァァァッ!
外は迫真の大雨だった。
折りたたみは持ってないし、近くのコンビニに着くまでに濡れ鼠になるだろう。
P「送ってくよ。タクシー使うか」
智絵里「あ、わたし折りたたみ持って来てますから」
P「タクシー代も俺が持つから気にしなくていいんだぞ?」
智絵里「いえ……その、少し酔い覚ましに歩きたい気分だから……」
P「……それじゃ、悪いけどそこのコンビニまで入れて貰えるか?」
智絵里「えへへ、もちろんです」
小さな傘にお邪魔して、少し先のコンビニに向かう。
傘と……水も一応買ってくか。
P「んじゃ改めて、送らせて貰うよ」
智絵里「ふふっ、送り狼ですか?」
P「同棲してるのにそんな勇気は無いな」
他愛の無い会話をしながら、雨の中を歩く。
風も冷たいし、良い酔い覚ましになるな。
まぁ当然と言えば当然だが、傘程度じゃ雨は防ぎ切れずズボンの裾と靴はびっちゃびちゃになっていた。
帰り、どうするかな……
これなら近場の漫画喫茶でも探した方が楽な気がする。
16:
智絵里「……もうすぐです」
P「ほんとに近くだったんだな。ならまた次もあの店で飲むか」
智絵里「お誘い、お待ちしてますね……?」
P「あぁ、暇が出来たら連絡くれれば」
角を曲がって、智絵里が指差す先には小綺麗なアパート。
そういえば今は一人暮らしをしてるんだったか。
かんかんかん
階段を上って、廊下を歩いて。
『緒方』と書かれた表札の部屋の前へと到着。
P「それじゃ、お疲れ様。またな」
さて、帰るか。
智絵里「……あ、あのっ!」
そう言って廊下を戻ろうとした俺のスーツの裾を。
智絵里が、ぎゅっと握りしめてきた。
智絵里「えっ、っと……その……Pさんも濡れちゃってますから、シャワーだけでも浴びて行きませんか……?」
P「いや、悪いし良いよ。近くの漫画喫茶でシャワー借りるし」
智絵里「……この辺り、そういった施設が充実していませんから……」
P「……とは言えなぁ……それならタクシーでも拾って……」
智絵里「……もう少しだけ、Pさんとお話してたいんです……誕生日プレゼントだと思って……ダメ、かな……」
……一人暮らし、だもんなぁ。
折角の誕生日、一人きりというのは確かに寂しいかもしれない。
それなら、話し相手になるくらいなら。
うん、まだ俺も話し足りないし。
P「……それじゃ、お言葉に甘えさせて貰うよ」
智絵里「……えへへっ。どうぞ、いらっしゃいませ」
P「あぁ、お邪魔します」
濡れた靴を脱ぎ、タオルで足を拭いて智絵里の部屋に上がる。
女性の一人暮らしは、思ったより普通だった。
もっと部屋が散らかってたり、逆にとても綺麗に整頓されてたり。
そんな予想は遠く外れ、物が少なくなんだか寂しいと感じる部屋で。
17:
智絵里「……そんなにジロジロ見るのは、その……」
P「あぁ、すまん。デリカシー不足だったな」
智絵里「……それで……どうですか?」
P「どう、って……部屋の感想か?」
智絵里「…………はい」
P「……物が少ないな、って感じた」
あまりにも、生活感が薄い。
洗面台に化粧品が少ない。
キッチンに器具や調味料が少ない。
クローゼットや棚も、見るからにすっからかんで。
部屋の隅に置かれた段ボールは、埃を被っていた。
智絵里「……居心地、悪いですか……?」
P「いや、別にそういう訳じゃないよ」
智絵里「ほっ……良かった……」
ついついそこらへんを観察してしまったのは、美穂と比較して随分異なる部分が多いなと思ったから。
あいつはきちんと整理整頓はするが、そもそも物が多くて所々ゴチャゴチャしてるし。
智絵里「あ、お湯沸かしてますから……お先にどうぞ?」
P「いや、家主より先に入るのは悪いし良いよ」
智絵里「いえいえ、Pさんこそ先に……」
あ、これ平行線になるやつだ。
P「……それじゃ、お言葉に甘えさせて貰うよ」
智絵里「はい、バスタオルは出しておきましたから。着替えは……ズボン乾かしておきますから、ハンガーに掛けておいて下さい」
P「何から何までありがとな、智絵里」
智絵里「わたしのワガママに付き合って貰っちゃってますから」
仕事柄帰れなくなる事が多いから、肌着と靴下は持ち歩いてて良かった。
お言葉に甘えて先に浴室に向かう。
服を脱いでズボンを言われた通りハンガーに掛け、シャワーを浴びた。
うん、サッパリする。
……さて、と。
どのタイミングで帰ろうか。
あがって即お邪魔しましたは申し訳なさ過ぎるし、かと言って朝まで居座るのも智絵里に悪いしな……
あ、それに美穂に連絡してない。
あがったら今日は帰らないってだけでも伝えておかないと。
李衣菜と飲んでたから、もう寝てそうではあるけど。
18:
コンコン
智絵里「失礼します。ズボン、アイロン掛けておきましたから」
P「すまん、ありがとな」
それにしても……あまりにも不用心だったかもしれない。
一人暮らしの女性の部屋に上がり込むなんて。
それ程智絵里は俺の事を信頼してくれているんだろうが、有難いとは言え不安になる。
貞操観念が薄い……って訳じゃ無い……よな?
浴室から出てパパッと身体を拭き、服を着つつドライヤーを掛ける。
……うん、やっぱり。
美穂と比べて、物が少ない。
女性の洗面台ってもっと名前も分からない美容品で溢れかえってるものだと思ってたが、一般的にはそうでもないんだろうか。
P「……お先頂きましたーっと」
智絵里「手持ち無沙汰だったら、冷蔵庫にリンゴが切ってありますから」
P「あぁいや、大丈夫。次どうぞ」
智絵里が浴室へと向かって行った。
……テレビも無いんだな。
本人が居るところではアレだったから改めて部屋を見回す。
……あぁ、成る程。
この部屋、写真や置物が無いんだ。
部屋を装飾する物が殆ど無いんだ。
あんまり新しい暮らしに馴染めてないんだろうか。
P「おっと、美穂にラインを…………ん?」
美穂とのトーク欄を開けば、連絡が来ていた。
美穂『ふーんだ……分かりました、風邪はひかないように気を付けて下さいね?』
……何が分かりましたなんだ?
少し上にスクロールする。
P『すまん、終電逃しそうでさ。今日は適当な漫画喫茶にでも泊まるから』
P「……あれ?」
二十三時頃、俺の方から送信されている。
俺、美穂にこんなライン送っただろうか?
全く覚えてないが……そうとう酔ってたのかな。
寝ぼけながらも、きちんと連絡は取らなきゃと考えたのかもしれない。
それはそれとして美穂に改めて連絡する必要は無さそうだ。
浴室の方から聞こえてくるシャワーの音と、窓の外から響く雨の音。
それ以外、何も聞こえて来ない。
こんな部屋で、智絵里はいつも一人で生活しているんだな。
一枚くらい、Masque:Radeの五人が映った写真を渡しても……
いや、ダメか。
そうちひろさんに言われてたな。
のんびり近場の泊まれそうな施設を探しつつ、始発を調べる。
あ、二つ隣の駅にあるっちゃあるな……
19:
智絵里「……あの……あがりました……」
P「おう。んじゃ……っ?!」
見れば、智絵里は薄手のシャツしか身にまとっていなかった。
いや、多分見えてないだけで下着は着けているんだろうが。
智絵里「えっ?あっ……その、いつもは一人だから……」
そう言いながら、俺の隣に腰を下ろす智絵里。
ほんわりと柔らかな良い香りが漂ってくる。
何故こうも同じシャンプーを使わせて貰った筈なのに、女の子は良い香りがするんだろう。
P「いやいや、気を付けろよ。まぁ部屋に男性がいるなんてあんまり無かったからなのかもしれないけどさ」
智絵里「……大丈夫、です」
こてん、と。
俺の肩に、智絵里の頭が乗せられた。
P「大丈夫って……」
智絵里「わたしは……Pさんなら……」
P「……まぁ俺はそんなつもりは無いから大丈夫だけどさ……」
智絵里「……それは……わたしにとっては、大丈夫じゃないです……」
P「にしても、ちょっと近くないか?」
そう言って、智絵里の方に目を向けると。
智絵里の肩は、小さく震えていた。
P「……寒いのか?今になって酔いがきたか?」
智絵里「……そうじゃ無いんです……っ!誰かと一緒に居るのが……久し振りだったから……!」
ぎゅっ、っと。
俺のシャツが握られた。
智絵里「こうやって、誰かが近くに居てくれて……一緒にお喋りしてくれて……安心出来るのが……とっても嬉しくって……っ!」
シャツに、涙のシミを作る智絵里。
……大学生活、上手くいって無かったんだろうか。
俺に心配を掛けまいと、嘘を吐いてたんだろうか。
智絵里「お友達がいない訳じゃ無いけど……どうしても、あんまり落ち着けなくって……やっぱり、わたしにはPさんしかいないから……!」
ぎゅぅぅっ、っと。
強く、俺に抱き付いて来た。
当然胸が密着するが、変な気を起こす訳にもいかない。
背中に手を回し、軽くさすりつつ抱き締め返した。
智絵里「……Pさん……どうして……」
智絵里の声は、涙に震えていて。
20:
智絵里「どうして……美穂ちゃんなんですか……?」
智絵里の言葉に、心臓がドクンと跳ねた。
P「えっ?それは、どういう……」
智絵里「どうして、Pさんは……美穂ちゃんを選んだんですか……?」
それは、美穂が俺の事を想ってくれていて。
俺もまた、美穂の事が好きだったから。
それに関しては、何度か伝えた気もするが。
智絵里が、それを問い掛けてくるという事は……
智絵里「……わたしも……!Pさんの事が大好きだったのに……!!」
涙を流しながら、智絵里はそう想いを口にした。
P「……そう、だったのか……」
考えた事も無かった。
俺たちの事を、智絵里は祝福してくれていて。
おめでとう、って、そう言ってくれたのに。
それなのに、本当はそんな気持ちだったなんて。
それをずっと、隠し続けていただなんて。
P「……ごめん……」
謝る事しか出来ない。
智絵里「……ごめんなさい……突然こんな事言われても、迷惑ですよね……」
P「……ごめん……」
他に、なんて言えば良いのか分からないから。
そんな俺に向けて。
智絵里「…………ねぇ、Pさん……」
上目遣いで。
涙に濡れた瞳を上げて。
智絵里は、呟いた。
21:
智絵里「……わたしの事…………抱いてくれませんか……?」
P「…………えっ?」
抱いて、だと?
智絵里が、そう言ったのか?
脳の処理度が間に合わずオーバーヒートしそうだ。
智絵里「……一度だけで良いですから……」
P「……そういう訳には……俺には美穂がいるから……」
智絵里「お願いします……っ!それで、きちんと諦めるから……」
P「いや……でも……」
智絵里「もう……寂しいのはイヤなんです……ずっとPさんの事を想って暮らすのは辛いから……っ!」
涙で顔を濡らして、懇願する様に言葉を続ける智絵里。
智絵里「ずっと大好きだったのに……それでも諦めようって思って、でも諦められなくて……!お願いだから……一度だけ……わたしを……!」
抱き付く力を強くする智絵里。
智絵里「お酒のせいにして良いですから……っ!忘れても良いから……無かった事にしても良いですから……っ!」
こんなにも、強く想ってくれていて。
そのせいで、辛く寂しい思いを。
俺が……俺のせいで……
智絵里「……お願いです、Pさん……わたしを!大人にして下さい……!」
子供のままでい続けたく無いから、と。
そう呟く智絵里に。
もうこれ以上、智絵里に辛い思いをさせたくなかったから。
智絵里の苦しそうな表情を見たくなかったから。
誕生日を、成人した日を悲しい思い出にさせたくなかったから。
P「…………あぁ、分かった……良いんだな……?」
俺は、そう言ってしまった。
智絵里「……ううぅぅぅぅっ!Pさん……っ!」
更に強く抱き締められて。
次いで、唇が重ねられた。
智絵里「ちゅっ……んぅ、ちゅっ……っん、っちゅぅ……っ」
そのままお互い、ひたすらに唇を貪る。
智絵里は、寂しさで塗れた心を埋める様に。
俺は、頭から美穂の事をしばらくの間だけ忘れる為に。
智絵里「……っふぁぅ……ありがとう……ございます……っ」
頬を赤く染めてはにかむ智絵里。
そんな智絵里を、ゆっくりと布団に押し倒して。
六月十一日の深夜二十六時。
このシンデレラの魔法は、すぐに解けると分かっていながらも。
いや、既に解けていたのかもしれないが。
一度きりと決めた過ちを、お酒と誕生日のせいにして。
俺は、智絵里が心身共に大人へと成長する瞬間を。
一番近くで、誰よりもそばで祝う事になった。
25:
ピピピピッ、ピピピピッ
繰り返し機能により平日は全て同じ時間にセットされたアラームで、俺は目を覚ました。
頭がまだ微妙に重いのは、まだ昨晩のお酒が残っているからか。
うるさいアラームを止めようとスマホに手を伸ばしたところで、誰かが俺に抱き付いている事に気付いた。
P「美穂……?」
智絵里「んぅ……ぅうん……」
P「…………え……?」
智絵里が、一糸纏わぬ姿で俺に抱き付いていた。
改めて見れば俺も何も着ていない。
不味い、状況が全く把握出来ない。
なんで俺たちは裸で抱き合って……
P「……あ……」
昨晩の事を、全て思い出した。
思い出してしまった。
智絵里「あ……おはようございます、Pさん……」
智絵里はまだ寝ぼけている。
取り敢えず身体を起こして、智絵里に布団を掛けつつ服を着た。
美穂からの連絡は……無し、と。
良かった、今はあまりやりとりをしたくない。
後ろめたさと罪悪感で押し潰されてしまうから。
智絵里「朝ご飯、食べて行きませんか?わたしが振る舞いますから」
P「ん?良いのか……?」
智絵里「はい……えっ?あっ、きゃっ……!」
ようやく自分が何も身に纏っていない事に気付いたらしい。
智絵里「あっ……あぁぁっ!っうぅぅ……」
ぷしゅーっと効果音が出そうなくらい顔を真っ赤にして、智絵里は布団の中に潜って行った。
なんだか微笑ましい。
確か美穂との初めての翌朝も同じ感じだった気が……
美穂の事を思い出して、改めて苦しくなった。
……いや、今回だけだ。
この一度だけ、もう絶対にしない。
26:
智絵里「……あぅ……ふふ……えへへ……」
智絵里の微笑む声が聞こえてくる。
というか布団の隙間から、両手で頬を抑えているのが見えてる。
……智絵里も、もうこれで色々と吹っ切れてくれただろう。
これで良かったんだと、自分に何度も言い聞かせた。
智絵里「……あ、時間は大丈夫ですか?」
P「多分。こっからだと……あ、微妙だな」
智絵里「だったら、お味噌汁だけでも……インスタントですけど……」
そそくさと服を着て、お湯を沸かす智絵里。
寝起きでもこんなに可愛いんだから、きっと化粧もそんなに必要無いんだろうな。
P「智絵里は?一限はあるのか?」
智絵里「いえ、今日は三限からだから大丈夫です」
P「そっか、なら良かった」
そんな会話をしながら、インスタント味噌汁を作る。
お酒飲んだ次の日の味噌汁って凄く魅力的に見えるな。
智絵里「はい、どうぞ」
P「ありがと。頂きます」
うん、美味しい。
空腹に味噌汁の優しさが染み渡る。
ピロンッ
P「ん……?」
美穂からラインが来た。
美穂『おはようございます。今日は帰ってきますか?帰ってこないんですか?』
若干棘があるな……
P『きちんと帰るよ。夕飯、お願いして良いか?』
美穂『Pさんの態度次第です』
P『お土産に甘いものを買わせて頂きます』
美穂『七味も忘れずに、ですよ』
P『はい、必ず買って帰ります』
美穂『よろしいでしょう。待ってますからねっ!』
智絵里「……美穂ちゃん……ですか……?」
P「ん?あ、あぁ……」
少し寂しそうな智絵里の声。
目の前でするべき事では無かったな。
智絵里「……ふふっ。お幸せにね?Pさん」
P「……あぁ。ありがとう」
そう、微笑んで言ってくれた。
だから、きっとこれは間違いじゃ無かったんだ。
27:
P「それじゃ、お邪魔しました」
智絵里「行ってきます、でも良いんですよ……?」
P「またいずれ飲みに行こうな。今度はみんなも一緒に」
智絵里「……はい。是非、声を掛けて下さいね?」
あ、そうだ。
一枚くらいなら、きっと大丈夫だろう。
P「はい、Masque:Radeの写真。良かったら飾ってみてくれ」
五人並んで写った写真を、智絵里に手渡した。
部屋に写真無かったし、あった方が良いかなと思ったから。
智絵里「……はい!ありがとうございます……!」
P「じゃ、またな」
智絵里「またね、Pさん」
そう言って、俺は智絵里の部屋を後にする。
空は、まだ曇っていた。
28:
P「おはようございます、ちひろさん」
ちひろ「おはようございます、プロデューサーさん」
事務所に入ると、既にちひろさんが居た。
コーヒーを片手に書類とにらめっこしている。
ちひろ「智絵里ちゃん、どうでしたか?」
P「えっと……まぁ、楽しそうでした。また飲みに行きたいって言ってくれたんで」
ちひろ「ふふっ、それは良かったですね」
P「はい。あ、それで……その、一枚だけ写真を渡しちゃったんですけど……」
ちひろ「あ、智絵里ちゃんになら問題ありませんよ?本人ですから」
P「良かった……」
ちひろ「よっぽど過去話で盛り上がったんですね」
P「今度、ちひろさんも一緒にどうですか?」
ちひろ「あら、良いんですか?」
P「美穂や李衣菜も誘って、みんなで飲みに行きましょう」
まゆ「まゆも誘って下さいよぉ……」
P「うぉっ?!」
突然、まゆが会話に混ざって来た。
いつのまに来てたんだ……
まゆ「最初から居ましたよぉ……はい、コーヒーです」
P「ありがとう、まゆ」
まゆ「ところで…………昨日はどれくらい飲んだんですか?」
P「んー、まぁそこそこ。色々あるお店でついつい沢山飲んじゃったよ。俺もしかして酒臭い……?」
まゆ「あ、それは大丈夫です。お酒の匂いは、全くしませんから。気になるならファブリースしときますか?」
P「良かった……そうだな、一応使っとくか」
まゆ「二人とも、終電は間に合ったんですか?」
バクン、と心臓が跳ねる。
いや、大丈夫だ。
下手な事を言わなければバレる筈がない。
美穂とまゆはよく連絡を取ってるし、下手な嘘は吐けないから……
29:
P「間に合わなかったから、智絵里を家の近くまで送った後に漫画喫茶に泊まったよ」
これなら大丈夫だろう。
ちひろ「領収書はありますか?」
P「あっ、貰い損ねた……出た感じですかね?」
ちひろ「そういう訳ではありませんけどね」
P「なら良いか」
ちひろ「貰っておかないと後々後悔するかもしれませんよ?」
P「今後は気を付けます……」
まゆ「羨ましいですねぇ……九月が待ち遠しいです」
P「そう言えば、加蓮は今日は現場に直接向かうんでしたっけ?」
ちひろ「そうですね。そのまま直帰になってます」
まゆ「これはもうまゆと二人きりでランチするしかありませんねぇ!」
P「あ、悪い。俺千葉の方行かなきゃいけないから」
まゆ「うぅぅぅぅ……っ、ビェェェェッ!!」
P「人気女優の迫真の泣き喚く演技を間近で見れるなんてこっわめっちゃ怖」
あまりにも迫真過ぎる。
ちょっと引く。
まゆ「ふぅ、このくらいお手の物です」
P「じゃ、俺行って来ますね」
ちひろ「車ですか?」
P「電車で行きます」
まゆ「ストップストップはーふみにっつうぇいと!うぇい!うぇいっ!」
P「……うぇーい」
まゆ「いえ、ウェイでは無くですね……明日、ランチご一緒しませんか?」
P「明日は……あ、大丈夫そうだな。どっか行きたい店とかあるか?」
まゆ「近くに、前から気になってた喫茶店があるんです」
P「おっけー、ちひろさんはどうですか?」
まゆ「分かってますよねぇ?!」
ちひろ「……お二人でぞうぞ」
まゆ「それでは行ってらっしゃい、プロデューサーさん」
P「あぁ、行って来ます」
30:
P「っふぅ……」
夜、玄関前で大きく深呼吸。
片手に鞄、もう片手にお土産。
取り敢えずもう一度深呼吸する。
思い切り吸い込み過ぎてむせそうになった。
P「…………よし」
ガチャ
P「ただいまー」
どたどたどた
リビングから此方へ向かう足音が聞こえて。
美穂「おかえりなさいっ!Pさんっ!!」
ギュゥゥッ、っと抱き締められた。
P「おう、昨日は帰って来れなくてごめんな」
美穂「いえ、李衣菜ちゃんもわたしもかなり酔ってたから帰って来なくて正解だったかもしれません」
P「……あいつは大学間に合ったのか?」
美穂「今朝、この世の終わりみたいな顔で出て行きました」
P「……ほんと、ほどほどにな」
荷物を片手に纏めて、美穂を軽く抱き寄せる。
美穂「さ、ただいまのお約束は……?」
P「おう。ただいま、美穂」
ちゅ、っと軽く唇を重ねる。
美穂「はいっ!おかえりなさい、Pさんっ!」
P「お土産買ってきたぞ。今日は千葉行ってたから落花生。梨はこの時期はまだみたいだ」
美穂「七味はちゃんと買ってきましたか?」
P「もちろん、流石に何度もは忘れないよ」
美穂といつも通りの会話をしながらリビングへ向かう。
いつも通りに振る舞えるか不安だったが、大丈夫そうだ。
卓上には既に夕飯が用意されていて、そのどれもがまだ温かそうで。
丁度俺が帰ってくる時間を見計らって作ってくれたんだなと思うと、苦しくなる。
31:
美穂「さ、いただきます」
P「いただきます」
うん、美味しい。
美穂「七味があると美味しいですねっ!」
P「うんごめんって、今度から必ず次の日には買うようにするから……」
美穂「あ、智絵里ちゃんどうでしたか?」
P「えっ、どうって……」
一瞬ドキッとする。
美穂「えっと、どのくらいお酒飲めましたか?って意味です」
P「あー、うーん……まぁ苦手では無さそうだったな」
だよな、大丈夫だとわかっていてもバレてないか不安になる。
後ろめたい事があるとどうにも挙動不審になりそうなのはどうにかならないものか。
美穂「今度、わたしが一緒に飲みたいって言ってたって伝えてくれましたか?」
P「うん、んで暇があったら連絡くれよって頼んどいた」
美穂「ありがとうございます。智絵里ちゃん、あんまりライン確認しないみたいでなかなか連絡取れないんですよね……」
寂しそうに呟く美穂。
そうなのか……?
俺のラインは遅くても半日後には返信来るけど。
美穂「あ、昨日シャワーは浴びられましたか?」
P「あぁ、最近の漫画喫茶はサービスが豊富でありがたいな」
美穂「……えっと……わたしなら、もっと豊富なサービスを提供出来ますけど……」
顔を赤らめ、少し目を逸らす美穂。
美穂「……昨日は狭い場所で疲れが取れなかったと思うから……今日は、わたしが身体を流してあげますっ!」
P「……ありがとう、美穂」
女性と二人きりで飲んでその晩帰って来なかったのに、一切そういった疑いを向けて来ない美穂に申し訳無くて。
そんな彼女を一度だけとはいえ裏切ってしまった事が苦しくて。
P「せっかくだし温泉の素でも使うか」
美穂「はいっ!一緒に気持ち良くなりましょうっ!」
言って、即また顔を真っ赤にする美穂。
そんな同居人が可愛過ぎて、今すぐにでもキスしたくなる。
やっぱり俺は、美穂を選んで正解だった。
美穂と一緒になる道を選んで良かった。
P「んじゃ、洗い物は俺がやるよ」
美穂「はいっ、その間にわたしは洗濯物を畳んじゃいますから」
いつも通りの日常に戻るのは、なんてことなかった。
二人で過ごす時間は幸せで、当たり前が嬉しくて。
……それなのに。
昨夜の出来事は、心にこびり付いたままだった。
32:
P「すみません、サンドイッチセット二つとポテトじゃがいもポティトゥセットを一つで」
まゆ「まゆはブレンドで」
P「あ、じゃあ俺も同じので」
六月十三日、水曜日の昼下がり。
俺たちは事務所近くの喫茶店に来ていた。
落ち着いた雰囲気とお洒落な店内BGMが心地良く。
なんだかワンランク上の昼を過ごせている様な気分になる。
まゆ「……で、ですよ?」
P「なんだ……いや、まぁ、うん。分かってる」
加蓮「なになに?私分かんないんだけど。ツーカーとかズルくない?あ、私オレンジジュースで」
まゆ「なんで加蓮ちゃんが居るんですか?って事ですよぉ!」
まゆと二人と言う約束だったのだが、何故か加蓮がいた。
加蓮「別に良いじゃん、撮影午前中で終わって暇してたんだし」
まゆ「しかも何ですか、せっかくお洒落な喫茶店に来たのに変なランチセット注文して……」
加蓮「文句なら店に言いなよ!気になるんだからしょうがないじゃん!!」
まゆ「店員さん『えっ?これ注文する奴いんの?!』みたいな顔してましたよぉ……」
P「まぁまぁ、良いだろたまには三人でも」
まゆ「たまには?本当にたまにはだと思ってるんですか?」
加蓮「違うの?」
まゆ「まゆとプロデューサーさんが二人きりでランチの約束をした時は毎っ回加蓮ちゃんが居るんですよぉ!!」
加蓮「あ、プロデューサー塩取って」
P「はいよ」
まゆ「プロデューサーさん?」
P「いや……だって事務所で暇そうにしてたから……」
加蓮「優しいね、プロデューサーは。まゆはその優しさを否定するの?」
まゆ「加蓮ちゃんに対してのみは否定しても良いんじゃないかと最近本気で検討してます」
美味しいコーヒーを傾けながら、二人の会話を見守る。
時間は……まだかなり余裕あるな。
33:
まゆ「ふぅ……まあ良いです。そのうちディナーにでも連れてって貰います」
加蓮「あ、プロデューサー。こないだのお店まゆも連れてってあげたら?」
まゆ「良くなさそうです。えっ、二人は結構お食事してるんですか?」
加蓮「あれ?まゆは違うの?」
まゆ「……プロデューサーざぁん……」
P「いや、だってまゆは夕飯は誘って来ないから……」
まゆ「美穂ちゃんに気を遣ってるんですよぉ……」
そっか、そこまで考えてくれてたんだな。
P「でもまぁ金曜は結構空いてるぞ。美穂が大学の友達と飲みに行く事多いから」
次の日玄関やリビングのソファでぐでーっと寝てる事多いけど。
まゆ「ふむふむ……覚えておきます」
「お待たせしましたー」
サンドイッチとポテトじゃがいもポティトゥが運ばれて来た。
……うっわ……
加蓮「……ごめん、ちょっと食べ切れる気がしないから手伝ってくれない?」
まゆ「仕方ありませんねぇ……」
P「凄いボリュームだな……」
山盛りになった多種多様なポテトがとんでもない存在感を放っている。
明らかに成人男性が一日に必要なカロリーを超えてそうだ。
加蓮「あ、でも美味しい」
まゆ「……むむ、美味しいです」
P「美味しいな。これぱくぱく食べられちゃうわ」
まゆ「いやぁん、まゆも食べられちゃうっ!」
加蓮「は?」
P「えぇ……」
まゆ「……ごほんっ!ごっほんっ!ゴッッホンッ!!」
加蓮「水飲む?」
まゆ「いえ、むせてる訳では無いので……水に流して下さい」
それにしても、ここのサンドイッチも美味しいな。
34:
ピロンッ
加蓮「あ、李衣菜からライン来た。なんだろ?」
李衣菜か……
そういえば、美穂と李衣菜はよく会ってるが俺は会ってないな。
そのうち智絵里も誘って食事にでも行くか。
加蓮「あっやばっ。カラオケ行く約束してたんだった」
まゆ「しっしっ!さっさと退場して下さい」
加蓮「言われなくたって行くし!じゃあね、カラオケエンジョイしてくる!!」
キレ気味に加蓮が出て行った。
……ポテトと支払い、押し付けられた。
まぁ元より俺が持つつもりではあったが。
まゆ「……嵐の様でしたねぇ」
P「元気だなぁ、この歳になると羨ましくなってくるよ」
まゆ「うふふ、プロデューサーさんもまだ十分若いと思いますっ」
P「現役アイドルにそう言って頂き光栄の至りだよ」
のんびり、ポテトをつまみながらコーヒーを飲む。
驚くほど合わない。
まゆ「……ところで、プロデューサーさん」
少し。
まゆの声のトーンが下がった気がした。
まゆ「……美穂ちゃんとは、最近上手くいってるんですか?」
P「んっ?あぁ、もちろん」
まゆ「浮気とかしてませんか?他の女の子に目移りしちゃったりとか」
P「何言ってんだ、する訳ないだろ。俺は美穂一筋だよ」
脳裏をよぎるのはほんの数日前の夜の事。
けれどそれを、誰かに知られる訳にはいかない。
P「突然どうしたんだよ。今撮影してるドラマってそんなドロドロした内容なのか?」
まゆ「いえ……先日智絵里ちゃんと二人で飲んだって言ってたから、もしかしてそんな禁断の関係が、なんて妄想しちゃいまして」
うふふ、と笑うまゆ。
……大丈夫だ、バレてる訳じゃない。
所詮はまゆの妄想だ、そんな証拠はどこにも無い。
35:
まゆ「まぁプロデューサーさんに限って浮気なんてあり得ませんでしたねぇ、失礼しました。あんなに可愛い女の子と同棲してるんですから」
P「おう、すっごく可愛いぞ。俺には勿体無いくらい……って言ったら美穂に怒られちゃうな」
まゆ「うふふ、ですよねぇ。プロデューサーさんは優しいですから」
P「優しいとかの問題じゃ無いだろ、浮気は」
まゆ「でも、そんな優しいプロデューサーさんは……智絵里ちゃんに一度きりで良いですからって泣き付かれたら、断れないんじゃないかなぁなんて思っちゃったんです」
一気に、脳が真っ白になった様な感覚に陥った。
俺は今、きちんと呼吸出来ているだろうか。
心臓の音がまゆまで聞こえてしまっていないだろうか。
コーヒーカップを落とさなかったのは奇跡と言えるレベルだ。
P「……こ、断るに決まってるだろ。美穂を裏切る様な事はしたくないからな」
まゆ「うふふ、ごめんなさい。お年頃な女の子ですから、そう言った事がついつい気になってしまうんです」
P「まったく……やめてくれよ?」
まゆ「ごめんなさい。まゆも、美穂ちゃんとプロデューサーさんの幸せを願っていますからっ!」
少しずつ、ようやく頭が落ち着いてきた。
大丈夫だ、大丈夫だから。
まゆに揶揄われているだけだから。
まゆ「でも、気を付けて下さいねぇ?女の子っていうのは弱いけれど強かな生き物なんです」
P「気を付ける、って……まぁ覚えておくよ」
ブーン、ブーン
P「ん、先方さんから連絡だ。悪いけど代金置いとくから支払い任せていいか?」
まゆ「はい、貴方のまゆにお任せ下さいっ!」
財布からお札を数枚出し、鞄を持って席を立つ。
まゆ「……一度きりだなんて……それで済むはずが……」
最後にまゆが言っていた言葉は、よく聞き取れなかった。
37:
美穂「Pさん」
P「はい」
金曜日、朝。
朝食を食べている最中、美穂からなんかお叱りを受けた。
美穂「智絵里ちゃんとの連絡、本当に取ってくれてるんですか?」
P「一昨日に今月どっか空いてる日無いか?ってラインを送ってそれっきり既読も付いていません」
美穂「わたしもです!!」
なんかハイテンションで怒られてる。
美穂「忙しいのは分かるけど……うん、忙しいならしょうがないよね」
納得して頂けた様だ。
なら俺怒られ損ではないだろうか。
美穂「もーっ!わたしも久し振りに智絵里ちゃんと飲みたいのーっ!!」
お前智絵里と飲んだ事無いだろ。
駄々っ子モードの美穂に言っても多分聞かないだろうから黙っておくが。
美穂「わたしもよく送ってるんです。金曜日ならわたしもPさんも空いてますよーって」
P「返信は?」
美穂「なるほど、みたいなスタンプが一つだけ……」
P「とても雑」
美穂「もう良いですっ!今夜は久し振りに李衣菜ちゃん呼んで飲みますっ!!」
お前今週頭もあいつと飲んでたよな。
美穂「あ、Pさんも来ますか?」
P「今日何時になるか分からないしな……まぁ俺がいるとしづらい話もあるだろうし遠慮しとくよ」
美穂「ふーんだっ!Pさんへの愚痴に付き合ってもらうもんっ!!」
P「…………」
美穂「あっ、あの……えっとっ!ありませんよ?!わたし、本当にPさんの事が大好きだから……今のはその、勢いと言いますか……」
焦る美穂が可愛い。
全く、それくらい分かってるのに。
P「大丈夫だって、俺も美穂の事大好きだから」
美穂「むぅ……嬉しいんですけど、なんだか掌の上みたいな感じですね……」
P「ほら、そろそろご馳走さましないと遅れちゃうぞ」
美穂「話し掛け方までなんだか幼い子向けになってませんか?!」
P「すまんって、なんだか可愛くてさ」
美穂「……素直に喜べない……でも嬉しい……うーん……」
38:
P「洗っちゃうから食器運んでくれー」
美穂「幼くないもん。わたし幼くないもん!もう二十歳だもん!!」
幼い、とても幼い。
二十歳とは思えない。
いやまぁお酒入るとこんな感じだけど。
美穂「……Pさんは……幼い子は嫌いですか?」
P「いや、大好きだよ」
美穂「……ロリコン……?」
P「美穂が好きって意味だよ……」
美穂「……わたし、言外に幼いって言われてません?」
P「割とストレートに言ってるつもりだけど。っていうかじゃあさっきの質問は何だったんだよ」
美穂「そ、それはっ!え、えーっと!そのっ!い、いつかそういう日が来る事を望んでくれてるかなーなんて…………えへへ……」
……それは……子供って意味だろうか。
P「……あ、朝からする話じゃないな……」
美穂「あ、照れてまふか?」
P「噛んでるぞ」
美穂「わ、わたしだって焦ってるし恥ずかしかったんですから!!」
P「ま、そうだな……美穂が大学を卒業して、その先の事が全部決まったら……」
美穂「…………うぅ……はい……」
顔を真っ赤にして俯く美穂。
本っっ当に可愛いな……
可愛さの奔流で世界のどこかで竜巻が起きる。
美穂「あっ、一限のレポート授業開始前に提出でした……!」
P「あー……片付けやっとくから、行ってらっしゃい」
美穂「朝の約束!」
P「ばっちうぇるかむ!」
ちゅっ、っと。
唇を重ねて、美穂を見送る。
美穂「行ってきまーす!」
P「行ってらっしゃい」
ドタドタと階段を降りて行く音がした。
さて、それじゃ俺も食器洗って出る準備しないと。
39:
ちひろ「これが終われば金曜日……これが終われば金曜日です……!」
P「いやもう金曜日ではありますからね?」
ちひろ「だーらっしゃい!同棲野郎は毎日花金みたいなものじゃないですか!」
いや、別にそんな訳無いが……
ちひろ「毎晩帰ると恋人が待っててくれて、お酌までしてくれるんですよね?!あー!羨ましいです!!」
P「……ちひろさん、なんか今日荒ぶってないか?」
加蓮「昨日高校の友達の結婚式に出て心に重傷を負ったんだって」
ちひろ「はぁ……何処かに良い人落ちてませんかー……」
P「落ちてる物を食うなんて……」
ちひろ「いえ、食べはしませんよ?あ、でも結局食べる事に……ってなんて事言わせるんですか!」
加蓮「今日はまゆが居ないから落ち着けると思ったらコレだよ。分かる?朝事務所来たら熱帯低気圧に出迎えられた私の気分」
P「すまんって、いやでも俺別に遅刻した訳じゃ無いし……」
加蓮「ちょっと早起きしてみようかなーなんて思ったら……もう二度と起きない」
P「死んでる死んでる。早起きはしなくて良いからせめて起きて」
にしても、結婚式か……
美穂、大泣きするんだろうな。
ウェディングドレスと白無垢、どっちが似合うかな……
あーやばい、迷うぞ……この際どっちも着せたいな。
人生で一度きりなんだし、悔いは残したくない。
加蓮「うげー……プロデューサーも頭に台風わいてる?」
P「フルスロットルで回転させて美穂にどっちが似合うか考えてる」
ちひろ「えっ?!もうそのご予定が?!」
P「いずれ、ですけどね」
ちひろ「うぅ……あんなに若かった美穂ちゃんも、今では結婚を視野に入れて同棲生活……それに比べて私は……」
P「……お酒、飲みに行きます?」
ちひろ「プロデューサーさんと飲んだってお持ち帰りは発生しないじゃないですか……」
P「それ目当てで飲むのか……」
加蓮「……こうはなりたくないかな……」
40:
ピロンッ
加蓮「あ、プロデューサーライン来てるよ」
P「誰だろ……ん、智絵里だ」
智絵里『突然でごめんなさい。気になるお店を見つけたんですけど、今夜空いてたりしませんか……?』
P「お、ちひろさん。今夜智絵里空いてるみたいなんですけど一緒に飲みに行きませんか?」
ちひろ「あ、是非是非。久し振りに智絵里ちゃんと会って、尚且つ飲めるなんて素敵なプレミアムフライデーになりそうですね」
P「ついでに美穂と李衣菜にも声かけとくかな」
加蓮「良いなー」
P「加蓮もいずれな」
P『もちろん大丈夫だぞ。ちひろさんとか美穂とかにも声掛けて大丈夫か?』
智絵里『あ、その……先日の事をきちんと謝りたいから、二人っきりが良いです。ダメですか……?』
……先日の事……か。
P『おっけ、分かった。二十時で大丈夫か?』
智絵里『はい。お願いします』
P『店のリンクだけ後で貼っといてくれ』
P「すみませんちひろさん、無理になりました」
ちひろ「はー何がプレミアムフライデーですか。金曜日なんてなくなっちゃえば良いんです」
P「なんか今このタイミングで智絵里に用事が入っちゃったみたいで」
加蓮「ふーん……タイミングわっる。あーでも私を除け者にしようとした罰かもね」
ケラケラと笑う加蓮。
世界の法則の乱れを願うちひろさん。
そんな中、俺はと言えば。
P「……はぁ……」
ちひろ「残念でしたね、プロデューサーさん。あっ、そう言えば今日会社で飲み会やるって言ってた気がしますけどどうですか?」
P「あぁいや、大丈夫です。美穂達の方混ぜてもらうんで」
智絵里からの、謝罪という文面で。
先日の事を思い出して、心が重くなっていた。
42:
P「それじゃ、お疲れ様でした」
ちひろ「お疲れ様です、プロデューサーさん」
会社の飲み会に参加が決まって気分が良さそうなちひろさんと別れ、駅へと向かう。
こんなに参加表明が遅くても大丈夫なのかと思ったが、どうやら事務所の近くの居酒屋を貸し切る為どのタイミングからでも自由参加出来るらしい。
すごい、この事務所凄い。
まぁそれは置いといて、智絵里から送られて来た店を調べて最寄りへ向かう電車に乗る。
見たところ前回飲んだバーと似た様なお店だ。
気に入ってくれたんだとしたら嬉しい限りだな。
それに、智絵里から誘ってくれるなんて。
昔の自分に『智絵里からお酒誘われる日が来るぞ』なんて言っても信じないだろうな。
智絵里「あっ……お疲れ様です、Pさん」
約束の駅へ着くと、既に智絵里は待っていた。
P「おう、お疲れ智絵里。待たせて悪かったな」
智絵里「ふふ、わたしも今丁度着いたところですから。それと……来てくれてありがとうございました」
P「智絵里の方から誘ってくれるなんてな」
智絵里「驚きましたか?」
P「そこそこ……って言い方は失礼か」
智絵里「Pさん、金曜日は空いてる日が多いって聞いてたから……」
P「まぁな。それと、美穂からのラインも返信してやってくれよ?」
智絵里「……そうですね。ここ何日かレポートに追われてて、誰かからライン来ても大体スタンプで返しちゃってたから……」
あー、それはしょうがないな。
P「それじゃ店向かうか。この近くだよな?」
智絵里「はい。わたしが案内してあげます……!」
43:
P「さて……ほんの数日ぶりだけど。乾杯」
智絵里「乾杯っ!」
カンッ!
心地良い音が響き、一気にジョッキを傾ける。
お洒落なお店だが、俺が注文したのは生だった。
金曜日の一杯目はやっぱりこれが飲みたかったから。
智絵里「わあ……凄い飲みっぷりですね」
P「うん、美味い!智絵里は何頼んだんだっけ?」
智絵里「レモンサワーです。最初のうちはコレを頼んでおけば間違いないって誰かが言ってたから……」
とても分かりみが深い。
飲める様になって最初の頃はずっと柑橘類のサワー系飲んでた気がする。
少しずつグラスを傾ける智絵里は、相変わらず小動物っぽさがあって可愛いな。
智絵里「そう言えば、Pさんってタバコ吸って無かったでしたっけ……?」
P「ん、あー。美穂と同棲始めてからキッパリやめたよ」
苦手かどうかは分からないけど、その方が良いと思ったから。
美穂の性格的に思ってても言うかどうか分からなかったし、なら自主的にやめておくのが正しい判断と言えるだろう。
智絵里「そっか……わたしは好きだったから……」
P「タバコの匂いが?」
智絵里「えっと、タバコを吸ってるPさんがです。その後の匂いもだけど、吸ってるのカッコいいなって思ってたから……」
P「智絵里は匂いそんな気にならなかったんだな。まぁ最初の頃に李衣菜や加蓮に臭いって言われてから、かなり気を使うようにはしてたつもりだけど」
智絵里「はい……あ、わたしと飲む時は吸っても大丈夫ですよ?」
P「もう買ってないし、一本吸ったらもう一本ってなっちゃいそうで怖いからやめとくよ」
智絵里「そっか……そうだよね……」
残念そうな表情をする智絵里。
まぁでも、またやめられなくなって美穂に迷惑掛けたくないし。
P「智絵里は興味あるのか?」
智絵里「いえ、自分で吸うつもりは……健康が一番ですから」
P「正しい、うん。吸わないのが一番だよ」
元アイドルだけあって、その辺の意識はきちっとしてるんだな。
そして元喫煙者が何を言ってるんだってなるが、タバコは吸わない方がいい。
健康と肺活量とお金がゴリゴリ削れてく。
44:
智絵里「あ、こないだ頂いた写真、部屋に飾らせてもらいました」
P「それは良かった。なんならちひろさんに頼めば何十枚何百枚と貰えるけどどうする?」
智絵里「……いえ、一枚の方がより大切に出来るから……」
P「……そっか。ならま、気が向いたり欲しくなった時にでも連絡くれればデータ送るから」
智絵里「はい、ありがとうございます」
それからしばらく色々と飲んで。
腹が八分目くらいまで埋まって来た頃。
P「そういえば、智絵里はお酒が気に入ったみたいだな」
智絵里「これでも好奇心はありますから。こないだ気になってたけど飲めなかったお酒、今度挑戦したいなって思ってて」
P「んで、お店探したんだな」
智絵里「はい。あ、それで……その……」
智絵里の声のトーンが、少し下がった。
……あんまり俺も話したく無い話題だから、そのまま避け続けてくれても良かったんだけどな。
智絵里「……こないだは……本当にごめんなさい……!」
目に涙を浮かべて、そう口にする智絵里。
智絵里「わたし、とってもワガママで、ズルくて……Pさんを困らせちゃって……!」
P「……それは……」
智絵里「美穂ちゃんを裏切る様な事をさせちゃって、本当に酷い事しちゃったんだって……!Pさんは優しいから、美穂ちゃんと会う時とっても苦しかったと思うから……!」
それは……その通りだ。
だからこそ、あんまり掘り返して欲しく無かった。
智絵里「それと……実はこっそり、Pさんが寝てる間にPさんのスマホで美穂ちゃんにライン送っちゃったんです……」
P「……あぁ、だから……」
送った覚えが無いと思っていたが、本当に俺は送ってなかったんだな。
指紋認証なんて、相手が寝てれば指を乗せるだけで簡単に解除出来るし。
45:
智絵里「終電逃しちゃう時間になっても、Pさん気持ち良さそうに寝てて……起こすのは可哀想だったのと、美穂ちゃんに連絡しないのも可哀想だったから……」
P「そっか……それはうん、俺が悪いな。それと、他には何もしてないよな?」
智絵里「はい……それだけです」
P「なら、まぁ…………次からはやめてくれよ?無理やり起こしてもいいから」
智絵里「はい、約束します……」
P「……その時から、もう全部決まってたのか?」
智絵里「……ごめんなさい……!Pさんが寝ちゃった時、きっとこれが最後のチャンスだって……そんな事を考えちゃって……!」
P「あぁいや責めてる訳じゃ無いっていうか……そんな泣いて謝らなくても良いから……」
智絵里の涙は、見たくない。
智絵里「わたしが……わたしが、弱かったから……!」
P「……ちゃんと謝れるだけ、強いさ」
智絵里「でも……わたし、次会う時美穂ちゃんにどんな顔して会えばいいのか……」
P「……大丈夫だよ、俺たちが言わなければ気付かれないんだから。言ったら美穂も傷付くだろうし、俺たちも辛いし。黙ってるのがお互いの為だ」
智絵里「そう……ですよね……」
P「さ、この話はおしまい。飲んでさっさと忘れるのが一番だ」
智絵里「……はい」
下がった気分を無理やり上げるべく、追加で少し強めのお酒を注文する。
智絵里の表情は、なかなか明るくならなかった。
46:
P「さて、そろそろ出るか」
智絵里「はい……あ、わたしが誘ったから……」
P「良いって良いって、このくらい払わせてくれよ」
時刻は二十三時を回った頃。
そろそろ店を出てのんびり歩いて駅へと向かっても、終電には余裕で間に合うだろう。
智絵里「なら……はい、ご馳走さまでした」
未だに、智絵里の表情は暗いままで。
なんとなく居心地が悪くて、こんな時こそタバコが吸いたくなった。
吸わないが。
美穂を裏切る様な真似なんてしたくないから。
P「来週は美穂にも声掛けてやってくれよ?」
智絵里「はい……空いてたら、そうします……」
P「……気分、悪いのか?」
智絵里「そういう訳じゃ無いけど……」
どうにも歯切れが悪い。
水でも買って渡すべきだろうか。
そんなこんなで駅へと着く。
既に人通りは少なく、ちらほら見える人は大体酔っ払いか中々解散しない大学生グループかキャッチだった。
梅雨前の夜風は冷たく、路上を転がるビニール袋が寒さを一層引き立てる。
P「それじゃ、智絵里……」
智絵里「……あっ……えっ、っと……!」
またな、と。
そう言おうとした時だった。
47:
智絵里「……まだ……別れたく無いです……」
智絵里が、抱き付いて来た。
触れ合う部分から伝わる温もりは、お酒も相まってかなり熱い。
P「お、おい……」
智絵里「……Pさんは忘れられるかもだけど……わたしは……忘れられないんです……!」
ぎゅぅぅぅ、っと。
抱き付く力が強くなる。
智絵里「忘れようとしても、あの時の幸せが……Pさんの温もりが忘れられなくって……!」
P「智絵里……」
智絵里「あれからずっと、Pさんの事しか考えられなくなっちゃって……!諦めるって、決めたのに……!もっと好きになっちゃって!」
ぼろぼろと涙を溢す智絵里。
そんな彼女を見るのが辛くて、俺は背中に腕を回し抱き寄せた。
P「……ごめん……」
智絵里「……ねぇ……Pさん……」
P「……それは……ダメだ」
その先の言葉は、何となく予想がついてしまった。
けれど、それに頷く訳にはいかない。
もうこれ以上、美穂を裏切る様な事はしたくない……
智絵里「……今度こそ、絶対最後にしますから……!」
P「……なあ、智絵里。最後とかそう言う問題じゃ……」
智絵里「お願いです……!お願いだから……!」
P「……ダメだ」
智絵里「……わたし……美穂ちゃんに送りたくないから……」
P「えっ……?」
48:
涙を流しながらも、スマホの画面をこちらへ向ける智絵里。
そこに写っているのは、一糸纏わぬ姿で抱き締めあっている俺と智絵里だった。
P「おい……」
不用心だったのは、俺の方だった。
智絵里ならそんな事はしないと思っていたのに……
智絵里「……ワザとじゃ無いんです……Pさんの寝顔だけ撮れれば良かったのに、わたしまで写っちゃって……」
確かに智絵里自身は画面端にチラッと写っているくらいだが。
それでも見る人が見れば、これは智絵里だと断定出来てしまう。
智絵里「ごめんなさい……今夜、してくれたら……必ず消しますから……」
P「…………」
智絵里「……家にパソコンはありません……Pさんが、自分で消して良いですから……!」
智絵里の家に、見た感じパソコンは無かったけど。
それを完全に信頼出来るかと言われれば否定するし、かと言って今否定したら全てが終わる。
智絵里「お願いです……!わたし、美穂ちゃんと……また、笑顔で会いたいから……!」
P「…………智絵里……」
智絵里「わたし、二人の事を心から祝福したいから……!だから……今度こそ、最後だから……!」
どの道、俺に断るなんて選択肢は残されて無かったが。
それでも、智絵里がそこまで言ってくれたなら……
P「……あぁ、分かった……」
智絵里「……っ!ありがとうございます……!」
P「だけど、一つ約束してくれ。事が終わったら、俺にスマホを確認させてくれよ……?」
智絵里「はい……約束します……!」
それなら、今度こそこれで最後に。
もう絶対に、美穂を裏切らないと誓って。
俺と智絵里は並んでホテルへと歩いた。
49:
一週間に二度も自宅の扉が重く感じる日が来るなんて、思いもしなかった。
大丈夫だ、土曜日のこの時間なら美穂はいつも寝てる。
その間にもう一度シャワーを浴びて、服を洗濯機に突っ込めば何も残らない。
智絵里のスマホはチェックさせてもらって、写真もきちんと消した。
笑顔で別れ、来週金曜日は美穂と一緒に食事したいって言ってたし。
誤魔化せる、智絵里の話になっても逸らす事が出来る。
ゆっくりと、俺は扉を開いた。
P「……ただいまー……」
小さな声で、玄関へ入って。
美穂「おかえりなさい、Pさん。随分早いお帰りですね」
居た。
目の前に立って居た。
不機嫌の権化が目の前でおたま片手に立って居た。
P「た、ただいま……すまん、連絡忘れてて」
美穂「……なーんて、ビックリしましたか?大丈夫です、怒ってませんからっ!」
……なんだ……良かった……
P「悪いな、会社の飲み会で終電逃しちゃってさ」
美穂「智絵里ちゃんと飲んで、近くのビジネスホテルに泊まってたんですよねっ?!」
俺たちの声が重なった。
P・美穂「えっ……?」
……待て待て待て、なんで知ってるんだ……?
美穂「あ、あれ……?智絵里ちゃんからそうライン来てたけど……」
智絵里が送ったのか……
いや、でもそれも美穂を心配させない為に送ったのかもしれない。
どうやら終電を逃してビジホに泊まったと伝えられている様だし。
P「ん、あぁそうだ。会社の飲み会は先週だったな……すまん、まだ若干酔ってんのかな……」
美穂「……えっ、っと……随分沢山飲んだみたいですね。お味噌汁作っておきましたからっ!」
P「ありがとう、美穂」
50:
最悪だ。
ここまで露骨な失態を晒しておきながら、それでも美穂は俺の事を信じてくれていて。
俺は、誤魔化そうとしていて。
俺の事を気遣って、休みの日なのに朝早くからお味噌汁を作ってくれていて。
そんな美穂に対して、なんでもう起きてるんだなんて思ってしまった事が。
本当に俺は、最低な男だった。
今だって、味噌汁の匂いなんて分からず。
自分の服から智絵里の匂いがしないかを心配してる。
そういえば最初の時は大丈夫だっただろうかなんて不安になっている。
美穂「えっと……お味噌汁食べたら、少し休みますか?」
P「あー……そうしようかな。どっか行きたい場所とかあったか?」
美穂「いえ、Pさんがお疲れみたいなので明日で大丈夫ですっ!」
P「そっか……悪いな、美穂」
美穂「気遣いの出来る妻になりたいですからっ!」
P「…………」
美穂「……え、えへへ……ちょっと気が早かったですか……?」
P「……いや、そんな事は……照れてて可愛いなーって思ってた」
このまま美穂と会話していると、罪悪感で押し潰されそうだ。
本当に申し訳ないが、一回シャワー浴びて休もう。
P「悪いな、色々と」
美穂「いえ……あっ、感謝の証に何かプレゼントとか、後は、その……夜とか……期待しちゃうかなー……なんて……」
P「……あぁ、そうだな」
美穂「っ!は、早く休んで下さいっ!体力回復に努めましょうっ!!」
51:
ぶーん、ぶーん
ぶーん、ぶーん
P「……ん……」
スマホのバイブレーションで起こされた。
P「……加蓮か……」
面倒くさい。
今日はお互いオフな筈だし、仕事に関する電話って事は無いだろう。
ラインは……来てない、と。
なら、後でこっちからかけ直せば良いか。
美穂「あ、起きたんですね。おはようございます」
P「おはよう美穂」
時計を見ればもう十五時を回っていた。
うん、起きれて良かったかもしれない。
今朝に比べて、心も体も割と軽くなったし。
美穂「誰からのお電話だったんですか?」
P「加蓮から。せっかく寝てたのに……」
ぶーん、ぶーん
ぶーん、ぶーん
再び加蓮から電話が掛かって来た。
P「……あとで出ればいいや」
美穂「お仕事の連絡じゃ……」
P「いや、多分違う筈。だとしたらラインも入れてくるし」
美穂「あ、この後お買い物に付き合って貰えませんか?」
P「もちろん。荷物持ちは任せてくれ」
ぶーん、ぶーん
ぶーん、ぶーん
美穂「……加蓮ちゃん、すっごく鬼電ですね……」
P「流石に出るか……」
52:
ピッ
加蓮『おっそい!ワンコールで出てよ!!』
P「寝てたんだからしょうがないだろ…………なんだ?」
加蓮『あ、今家?』
P「あぁ、今から美穂の買い物に付き合おうとしてたとこ」
美穂「おはようございます、加蓮ちゃんっ!」
加蓮『あ、美穂の声聞こえた。ハロー美穂、元気してた?』
P「……で、要件はなんだ?」
加蓮『あ、そうそう。この後空いてたりしない?』
P「ねぇ俺の話聞いてた?美穂と買い物に行くって言っただろ」
加蓮『ちょっと……その、さ。相談したい事があって』
少し、声のトーンが下がる。
P「……通話やライン……じゃない方が良さそうな感じだな」
加蓮『うん、出来れば会って話したいから』
P「今じゃなきゃダメか?」
加蓮『……うん』
そうか……美穂の方に視線を送る。
美穂「……大丈夫です、Pさん」
P「……分かった。何処に行けば良い?」
加蓮『ありがと、プロデューサー。えっと、〇〇って駅で良い?』
P「ん……っ?え、あ、あぁ……」
一瞬ドキッとした。
その駅は、俺が今朝まで居た場所だったから。
加蓮『じゃ、十七時に駅前で待ってるから』
P「あぁ、分かった」
ぴっ、っと通話を切る。
P「……すまん、美穂。多分そんなに遅くはならないと思うから」
美穂「ふーんだ……って怒りたいところですけど、加蓮ちゃんだし良いかな」
P「にしても何の相談なんだろうな……仕事じゃ無さそうだけど」
美穂「まさか……恋?加蓮ちゃんに好きな人が出来ちゃったとかですか?!」
P「無いだろ……とは言い切れないけど、それは大丈夫だと思うんだけどな」
のんびり着替えて準備する。
はぁ……今日は美穂と二人きりでのんびりしたかったんだがな。
P「ほんと、悪いな美穂……」
美穂「わ、わたしは大丈夫ですから。加蓮ちゃんの相談、ちゃんと聞いてあげて下さいねっ?!」
P「あぁ……ありがと。出来るだけ早く帰ってくるから」
美穂「は、はいっ!楽しみにお待ちしております!!」
そうだ。早く終えて、美穂と二人で夕飯を食べて。
今夜は、美穂と愛を確かめ合いたいから。
P「んじゃ、行ってくる」
美穂「はい、行ってらっしゃい!」
キスをして、俺は駅へと向かった。
今朝と、同じ道を辿る様に。
53:
P「で、話ってなんだ?」
加蓮「まぁまぁ、それはご飯食べてからでも遅くないんじゃない?」
P「いや遅いよ。家に美穂待たせてるんだから」
わざわざ呼び出されて来てみれば、そのままファミレスまで拉致られてポテトなう。
十九歳の現役アイドルがこんなにもカロリーを気にせずポテト食ってるなんてファンが知ったら卒倒するんじゃないだろうか。
いや知ってるか、こいつよくSNSで写真付きで呟いてるし。
店内には人が少ない。
昨日も思ったが、もともとこの辺りは人が少ないんだろうか。
加蓮「すいませーん、山盛りポテト一つ追加で」
P「お前食い切れんのか?」
加蓮「プロデューサーも食べるでしょ?」
P「だから食べないって。家で美穂が夕飯作って」
加蓮「くれてるんだよね?ラブラブだねー、羨ましくなっちゃう」
揶揄うようにケラケラと笑う加蓮。
ところで揶揄うって漢字難しいよな。
多分書けない。
P「……なんも用事が無いなら帰るぞ。なんか真面目な相談があるって言ってたから買い物に付き合うの断って来たのに……」
加蓮「……美穂、悲しんじゃってた?」
P「多分、自惚れでなければ」
加蓮「うーん、それは良くないね。私も少し反省しないと」
P「珍しいな、加蓮が反省だなんて」
加蓮「喧嘩売ってる?ポテトなら買うけど」
P「一人で話題完結させるのやめない?」
加蓮「で、話を戻すけど……プロデューサーは美穂を悲しませたくは無いんだよね?」
P「当たり前だろ……」
望んで美穂を悲しませるだなんて、そんな事は天地がひっくり返ってもありえない。
性格がひっくり返ったらあり得るが。
加蓮「ふーん、じゃ……さ」
54:
そう、冷たく呟いて。
加蓮は、スマホの画面を此方へ向けて来た。
加蓮「……これ、何?」
P「…………なん、で……」
それは、一枚の写真だった。
なんの変哲もない、一組の男女の後ろ姿。
仲睦まじく歩く二人は、何も知らない人が見たらカップルだと思うだろう。
加蓮「……プロデューサーと、智絵里だよね?」
P「………………」
加蓮「これさ、ラブホテルの入り口でしょ?」
P「……………………」
加蓮「なんであんた、こんな場所に智絵里と入ろうとしてんの?」
P「それは……」
加蓮「美穂を困らせたく無いんでしょ?裏切らないんでしょ?じゃあこれは何?!」
あまりにも不用心すぎた。
既に智絵里はアイドルを引退しているから、と余りにも周りに目を向けなさすぎた。
美穂は家に居るから、と。
視線を気にしなさ過ぎた。
加蓮「たまたまコンビニにお菓子買いがてら駅まで散歩してたら、あんた達二人を見つけてさ……」
P「……この辺り、だったのか……」
たまり加蓮を家まで送る時は車だったから、近くの駅なんて把握していなかった。
ナビ使う時はいつも加蓮が入力してたし。
加蓮「…………なんでこんな事してんの?」
P「それは……その……」
智絵里に誘われて、と言うのは簡単だ。
けれど、それを断り切れなかったのは俺だし。
なにより、智絵里に責任転嫁をするのは嫌だった。
P「……お酒の勢いで……」
加蓮「……へー……プロデューサー、お酒の勢いでそういう事する人だったんだ」
幻滅した、と言うかの様に蔑みの視線を向けてくる。
加蓮「まあプロデューサーの事だから、智絵里に誘われて断り切れなかったとかそんな理由なんじゃない?」
P「ち、違う!そういう訳じゃ……」
55:
加蓮「泣かれたんでしょ?」
P「…………」
加蓮「これ何回目?」
P「……一回だけだ」
加蓮「それも嘘だよね。でもま、多分二回だと思うけど」
P「……なんで……」
なんで、そこまでバレてるんだろう。
加蓮「……分かりやすっ。そんなに誤魔化すの下手だと美穂にバレ……るかな、どうだろ?美穂ってプロデューサーの事全面的に信頼してるし」
そう、なんだよな。
自分で言うのは難だが、俺は嘘が上手い方じゃない。
なのにバレていないのは、美穂が俺の事を信頼してくれているからだ。
詮索も疑いもせず、俺を信じてくれて……
それなのに、俺は二度も……
P「……でも、もう終わりって智絵里と約束を」
加蓮「したらもう無いって、本気で思ってるの?」
P「…………」
加蓮「どうせ一回だけって事で抱いて、なのに二度目とかなんでしょ?」
P「…………あぁ、加蓮の言う通りだ」
加蓮「昨日は予定無くなったとか言ってたけど、あれ分かりやす過ぎるからね?智絵里から二人っきりが良いって言われたんでしょ?」
そこまで、俺は誤魔化すのが下手だったのか。
加蓮「……いつまで続ける気?」
P「さっきも言ったが、もう今後は無い」
加蓮「…………ふーん」
P「……なんだよ」
加蓮「この写真、美穂に送って良い?」
P「……すまん……やめてくれ……」
それだけは、やめて欲しい。
俺が一番守りたいものが。
俺の一番の幸せが。
それだけで、失われてしまうから。
56:
加蓮「じゃ、私の事抱いてよ」
P「…………は?」
加蓮「って言ったら、プロデューサー断れないでしょ?」
……冗談か。
P「……なんだよ……驚かせるなって。冗談にしてはタチが悪過ぎるぞ」
加蓮「そんな風にさ、一回で済む訳が無いんだから。ちゃんと後々の事も考えた方が良いよ」
P「あぁ、ご忠告痛み入るよ」
そう、だよな。
あまりにも、思慮が浅過ぎた。
考えるべきだった。
信じているとかの問題ではなく、その可能性を考えるべきだった。
だから俺は、智絵里と二度も……
加蓮「……嫌な予感はしてたんだ、智絵里の成人祝いに二人きりで飲むって聞いた時から。智絵里ってさ、昔からプロデューサーの事好きだったから」
P「……知ってたのか……」
加蓮「うん。だから、そんな風になっちゃうんじゃ無いかなーって気はしてた」
P「……言ってくれれば」
加蓮「どうなってた?智絵里とは飲まないってなってた?」
……ならないだろうな。
冗談だろ、と笑い飛ばしていた筈だ。
そうでなくとも、俺には美穂がいるからそんな事態にはならないよ、と言っていただろう。
加蓮「……で、なんだけどさ……」
P「……なんだ?」
57:
加蓮「……実は私も、プロデューサーの事が好きだって言ったら…………抱いてくれる?」
…………は?
あまりにも前提条件からしておかしい。
加蓮が?俺の事を?
加蓮「……もうこの際だから言うけどさ。私はプロデューサーの事が好きだった。美穂と結ばれてからも、プロデューサーと一緒に過ごしたくてアイドル続けてた」
P「……そう、だったんだな……」
加蓮「もちろんそれだけじゃ無いからね?アイドルとしての活動だって大好きだし、宝物だし。まゆとだってそれなりに仲良くやってるつもり」
その言葉は、出来れば今じゃ無い時に聞きたかった。
加蓮「諦められなかったって訳じゃないの。ちゃんと線引きはしたし、納得もしたし、その上でプロデューサーと離れたくなかったから」
P「……なら……」
加蓮「でもさ……こんな分かりやすいチャンスを手に入れちゃったら棄てられる訳無いじゃん……」
そう呟く加蓮の瞳は、涙に潤んでいて。
加蓮「ずっと……好きだったんだから……」
加蓮の想いがどれだけ本気だったか、嫌という程伝わって来た。
加蓮「でも…………うん。ねえ、プロデューサー」
P「…………なんだ?」
加蓮「ちゃんと、確認しててね」
そう言って、加蓮はスマホの画面を此方へ向けて来て。
俺と智絵里の写った画像を、消去した。
加蓮「……ちゃんと、消したから。プロデューサーと美穂の仲を裂きたい訳じゃないって……分かってくれた……?」
P「……あぁ、ありがとう」
加蓮「だから、さ…………お願いだから……一度だけで良いから。私を……」
一度で済む訳が無い。
画像は既に消去されている。
当然、断るべきだ。
加蓮「お願い……私、これからも今まで通りでいたいから……一度だけで良いから、夢を見させて……!」
ポロポロと、涙を溢す加蓮。
ずっと一緒に頑張って来た担当アイドルの涙を、見たくなかったから。
加蓮と、これからも頑張りたかったから。
P「……良いんだな……?」
加蓮「…………うん……ありがと、プロデューサー……」
そう言って、にこりと笑ってくれた。
そうして、俺は。
また、美穂を裏切る事になった。
58:
美穂「Pさん」
P「……はい……」
日曜日、朝。
俺は、玄関で正座させられていた。
今朝加蓮と別れて家に着けば、玄関前に美穂が箒とちりとりを構えてスタンバっていて。
一応お土産にと買ってきたプリンで一瞬喜んでくれたが、直ぐ怒りを思い出して今とてもおかんむりで。
美穂「……二日も連続で、パートナーが帰って来なかった時の女の子の気持ちを求めて下さい」
P「……ごめんなさい……」
そして、こんな事があっても。
未だに一切浮気を疑って来ないのが、とても辛くて。
こうして、美穂の目を見れずに俯き続けていた。
美穂「なお、二日目に至っては二人で夜を過ごす約束があったものとします」
P「……本当にごめん……」
美穂「……まあ、連絡があったから少しは安心出来ましたけど……」
一応、急遽事務所に呼び出されて帰れなくなったとはラインを送ったが、既読無視を食らってた。
美穂「……今日こそ、二人でのんびりしてくれますよね?」
寂しい思いをさせてしまって……それでも。
P「あぁ、もちろん……美穂がそう言ってくれるなら」
美穂「わたしだって怒りたくて怒ってる訳じゃありませんっ!お仕事だし仕方ないって事も分かってますっ!」
実際、美穂がアイドルをやっていた頃は帰れないなんてざらだったからなぁ。
美穂「でも!分かりますかっ?!夜!約束!してたんですよっ?!?!」
あぁ……そっち……
P「今夜は……?」
美穂「明日は月曜日です」
P「……いや、朝までしなければ良いんじゃ……」
美穂「……Pさんはそれで満足かもしれませんが?わ、わたしは……その……」
P「……」
かといって、日中からというのも如何なものでしょう。
それに、今日こそデートに行きたいですし。
美穂が言ってるのは大体こんな感じだろう。
P「……んじゃ、今日は夕方くらいには帰ってくるか」
美穂「で、ですねっ!Pさんがそこまで言うなら、わたしもお付き合いしますっ!」
眠気は無いし、このまま朝食を食べて出掛けても良いだろう。
美穂「朝ご飯、作っておきました。運ぶの手伝って貰って良いですか?」
P「……あぁ、ありがとな」
優しさで泣きそうになる。罪悪感で息が苦しくなる。
それでも、気付かれてしまえばもっと美穂に辛い思いをさせてしまうから。
P「うん、美味い!ありがとな、美穂!」
美穂「えへへ、そう言って貰えると作りがいがありますっ!」
あまりにも眩し過ぎる笑顔を、優し過ぎる目を。
また、直視出来るようになる為に。
全力で、加蓮との件を頭から消そうとしていた。
59:
美穂「わぁぁ……」
P「おぉぉ……」
壁一面に埋め込まれたアクリルガラスの向こうには、水の世界が広がっている。
人類では呼吸すらままならない空間に、色とりどりの魚が泳いでいて。
群れて、散って、また集まって。
まるでその集団が一つの生き物かの様に、大量の魚が水槽いっぱいを飛び交っていた。
美穂「水族館に来るの、とっても久し振りですけど……凄いですね」
P「な……凄い迫力だ」
電車を乗り継いで水族館まで来たが、ここまで楽しい場所だとは思わなかった。
最後に美穂と来たのはいつだっただろう。
恐らく撮影の付き添いだから、三年前とかなんじゃないだろうか。
その時は仕事だったから、のんびり眺める様な時間は無かったし。
美穂「あっ、ペンギンのショーもやってるみたいですっ!」
P「お、丁度そろそろ始まる時間らしいな。そっちに向かうか」
手を繋いで、ペンギンのブースへ向かう。
こうして、恋人となった美穂と二人で。
こんな風にのんびりと二人きりの時間を送れるだなんて。
本当に、俺は幸せだ。
ペンギンのショーは既に沢山の人が囲んでいるため、少し離れて上の方から眺める事になった。
美穂「人、多いですね……」
P「…………だな……」
かつてこの何倍ものファンを相手に一人で盛り上げていた美穂は、今は普通の女の子だった。
こうして、客の一人としてショーを眺める美穂は。
美穂「わぁっ!泳ぐのいんですねっ!!」
水中を想像以上に高で泳ぐペンギンを前に、とても楽しそうな笑顔を浮かべて。
そんな美穂が可愛くて、俺は握る手を強くした。
60:
美穂「……どうかしたんですか?」
P「……あぁ、いや。良いなぁって思って」
美穂「ペンギンのショーが、ですか?」
P「ペンギンのショーにはしゃぐ美穂が、だよ」
美穂「……もう少し大人っぽく落ち着いた方が良かったかな……」
P「俺は楽しそうにしてる美穂が一番好きだな」
美穂「…………もう」
頬を染めて、視線をペンギンの方へと戻してしまう美穂。
……今は、十分だ。
楽しそうな、その横顔だけで。
美穂「あ、その……そろそろお昼ご飯にしませんか?」
P「ん、そうだな。結構良い時間だし」
既に時刻は十四時少し過ぎ。
のんびり眺めていたら、かなり時間が経ってしまっていた様だ。
そろそろお昼を食べておかないと、夕飯が入らなくなってしまう。
むしろいっそ昼夜兼にしてしまうか?
P「美穂は食べたいものとかあるか?」
美穂「…………」
P「おいこら美穂、お前今何処に視線向けてた?」
明らかに視線が下がっていた気がする。
美穂「……あっ、えっ?え、えへへー……仕方ないじゃないですか!今週まだしてませんし、昨晩なんて約束があったのになんですよ?!」
逆ギレされた。
それに関しては本当に申し訳ないが、今逆ギレされるのはなんか違わないだろうか?
P「で、何食べる?」
美穂「無視ですか、へー……Pさんは最愛の恋人のお誘いを断っちゃう人なんですねー……」
P「いや、なぁ?」
美穂「…………最愛の恋人じゃ無いって事ですか……?」
分かってる、そういう演技だって事くらい。
涙目になったところで流石に昼間っからはどうかと思うぞ?
P「……愛してるよ。昼ご飯食べたらな」
美穂「最愛の恋人、ですよね?」
P「……最愛の恋人だよ」
美穂「……えへへ、ありがとうございますっ!」
あぁ、もう。
うん、可愛いから良いか。
61:
水族館と同じ建物内に用意されたレストランで定食を注文する。
こういった場所の料理は少し少な目だが、ガッツリ食べるとあれだしこのくらいで良いだろう。
おい美穂、ビールはダメだぞ。
美穂「分かってますよーだ」
P「じゃあなんで注文しようとした……」
美穂「ところでPさん、わたしと最後に二人で飲んだのっていつだか覚えてますか?」
P「ごめんって……夜な?軽くなら付き合うから」
美穂「よろしいです」
こうやってのんびり会話しながら食べてはいるが、この後久しぶりに美穂と……と考えると。
なんだか、少し苦しかった。
本来ならとても嬉しくて気分が上がった筈なのに。
今朝まで加蓮としていたせいで、心は辛かった。
美穂「…………あの……本当は嫌でしたか……?まだ疲れてたり……」
P「いや、そういう訳じゃ無いから大丈夫。明日はもう月曜日なんだなーって思うとな」
美穂「土日って早いですよね……」
P「……ちゃんと一限遅刻しない様に起きろよ?」
美穂「わ、分かってるもんっ!」
ぶーん、ぶーん。
突然、俺のスマホが震えた。
美穂「……二人っきりの時なんだから……この後は、通知切って下さいね?」
P「すまん、気をつける……ん、ちひろさんだ」
今日はあの人休みだった筈だけど、何かあったんだろうか。
P「ちょっと出てくる」
美穂「帰ってくるまでマグロカツが残ってると思わないで下さい」
そう言って俺の皿からおかずを奪う美穂を尻目に、俺はレストランから出た。
62:
P「もしもしおはようございます。ちひろさんですか?」
ちひろ『はい、おはようございますプロデューサーさん。今お時間ありますか?』
P「えっと、今ちょっと美穂と出掛けてる所なんですが……」
ちひろ『……この後、至急事務所に来て下さい』
P「えっ?いや……今ちひろさんも事務所ですか?」
ちひろ『はい。それとプロデューサーさんは断れると思わないで下さい』
P「仕事ですか?」
ちひろ『はい、とても重要な案件です。プロデューサーさんに心当たりはありませんか?』
ばくんっ!と、心臓が跳ねた。
一瞬頭が真っ白になって、直後吐き気が襲って来る。
……無い訳が無い。
担当アイドルである北条加蓮と、俺は一線を超えてしまったのだから。
けれど、それがバレてるとも思えない。
加蓮はきちんと変装していたし、それに昨日の今日の話だ。
もし既にすっぱ抜かれているのだとしたら、こんな風にちひろさんからの連絡だけで済む筈も無い。
P「それは……その…………」
ちひろ『……加蓮ちゃんの件です。心当たり、ありますよね?』
P「…………はい。すみません、すぐに向かいます」
63:
通話を切って、大きく息を吐いた。
何度も何度も深呼吸しても、一向に頭に酸素が回っている気はしない。
意識が飛びそうなくらいに焦りは増し、スマホをポケットにしまう手は震える。
P「……なんで……」
焦り、後悔、不安、怒りがごちゃまぜになって頭を埋める。
何をすれば良いのか分からなくなるくらい、全くもって思考が働いてくれない。
P「……落ち着かないと……」
全力で太ももを抓り、痛みで無理矢理心を戻す。
まずは……美穂に、この後の事を断らないと……
お手洗いに走り、顔を洗って。
それからゆっくりと、美穂の元へと戻った。
平らな筈な通路が、やけに歪んでいる様に感じる。
今俺は真っ直ぐ歩けているだろうか。
きちんと呼吸している筈なのに、酸欠になりそうなのは何故だ。
……ダメだ、気合い入れろ俺。
美穂にだけは、いつも通りに振る舞え。
大丈夫だ、智絵里との朝も今朝も、いつも通りに出来たじゃないか。
美穂「お帰りなさい。えっ、っと…………大丈夫ですか?」
P「ん、すまん。ちょっと仕事でミスっちゃったみたいで、叱られてショック受けてた」
美穂「それは……そう、ですか……」
P「…………美穂?」
美穂「……事務所に来い、って……言われちゃったんですよね……?」
P「……あぁ……ごめん……」
美穂「……わたしは大丈夫ですからっ!でも、今夜こそ早く帰って来て下さいねっ?!」
そう、気を回してくれて。
優しい笑顔と、うるむ瞳が。
今の俺には、直視出来なくて。
P「……すまん。出来るだけ早く済ませて帰るから」
さっさと荷物をまとめ、鞄を持って席を立つ。
一秒でも早く、美穂の前から離れたかったから。
64:
ちひろ「…………はぁ」
大きく溜息を吐くちひろさん。
ソファに座ってはいるが、気が気ではない俺。
隣には、涙目で俯く加蓮。
そして真ん中に置かれたテーブルに乗せられたパソコンには、一枚の画像が写っていた。
ちひろ「…………驚きました。まさか仕事用とは言え私のアドレスにこんな画像が送られて来るなんて」
ちひろさんのアドレスに、この画像が送られて来たらしい。
送信元は不明、適当なフリーメール。
今朝なんとなく確認して発見し、即事務所へ来た、と。
ちひろ「……日曜日に来る羽目になった事はこの際どうでも良いんです。問題は……」
この画像が、真実なのかどうか。
まあ、もう俺と加蓮の反応で分かり切ってはいるのだろうが。
……捏造だったら、どれほど良かったか。
こちらに向けられた画像は、確かに昨晩の俺と加蓮の後ろ姿だった。
加蓮は変装しているから、誤魔化そうと思えばいくらでも誤魔化しが効く。
隣の男性が俺だって事も、俺か俺を知っている人物でもないと分からないだろう。
問題はそこではない。
この画像自体は、最悪ばら撒かれても潰せる。
ちひろ「……プロデューサーさん、貴方……美穂ちゃんがいますよね?」
P「…………はい……本当に、その……」
加蓮「違うの、ちひろさんっ!あのね?昨日は、私が…………」
ちひろ「加蓮ちゃんから誘ったのだとしても、です。プロデューサーさんが断らなかった事に変わりはありませんよね?」
その通りだ。
俺と智絵里の画像だって消されていた。
断ろうと思えば断れたし、実際そうすべきだった。
大人である俺が、きちんと加蓮を諭すべきだった。
それをしなかったのだから、非は完全にこちらにある。
65:
P「…………申し訳ありません……」
ちひろ「……それを言うべき相手が違うと思いませんか?」
P「…………はい……」
ちひろ「……加蓮ちゃんと関係を持ってしまった事も、事務所としては大問題です。どちらから誘ったのかだなんて、それは些末な事です」
加蓮「…………ごめん、なさい…………」
ちひろ「……変装だけはしっかりとしてくれていて助かりました。アイドル活動に関しては、おそらく問題無く続けられるでしょう」
加蓮「……はい……」
ちひろ「……今後もプロデューサーさんと続けられるかどうかは別問題ですが」
加蓮「…………いや……私は……」
ちひろ「……私はこの画像を何処かに出すつもりはありません。これが別の場所に流れてしまった時は、私も責任を取るつもりです」
P「……本当に、すみません……」
事務所の誰かに同じ画像が届けば、おそらく俺と加蓮という事がバレるだろう。
そうなった場合に、ちひろさんまで……
ちひろ「ですが…………加蓮ちゃん。どうして、今だったんですか?」
加蓮「え……っ?今、って……それは……」
ちひろ「加蓮ちゃんがプロデューサーさん相手にそう言った感情を抱いていたのだとして……それでも今まで、そんな事をしようとはしませんでしたよね?」
加蓮「…………」
ちひろ「…………プロデューサーさんはご存じですか?」
P「…………分かりません……」
言える訳がない。
智絵里との画像を撮られたから、だなんて。
加蓮「ごめんなさい……全部私が……」
ちひろ「……加蓮ちゃんを強く責めるつもりはありません。少し、席を外してもらえますか?」
加蓮「…………はい……ごめんなさい、ちひろさん、プロデューサー……」
そう言って、加蓮は部屋を出て行った。
66:
ちひろ「…………ふー……」
加蓮が部屋から出て行った事を確認して。
ちひろさんは、大きく深呼吸をし……
ちひろ「馬っ鹿じゃないですか?!貴方、自分が何したか分かってるんですか!!」
怒号が飛び出した。
ちひろ「担当アイドルに手を出してしまった事も!美穂ちゃんを裏切ったという事も!!」
P「本当に……すみません……」
ちひろ「美穂ちゃんがどれだけ貴方の事を慕って、信頼しているか……!貴方が一番良く分かっていますよね?!」
P「…………はい……」
ちひろ「なんで誘いに乗ってしまったのかは、もういいです。事務員としてではなく、一人の女性として……今、私は本気で怒っています!」
ここまで怒っているちひろさんは見た事がなかった。
いつもは笑顔で圧力を掛けてくる人が。
今、こうして感情を露わにして怒っていて。
その怒りの勢いで美穂に画像を送ったりはしない事を祈るしか、俺は出来なかった。
ちひろ「彼女がどれ程の覚悟で、貴方と二人で暮らす道を選んだと思ってるんですか!そんな覚悟を貴方は踏みにじったんですよ?!」
P「本当に、俺は最低な事をしたと思ってます……」
ちひろ「…………先ほども言いましたが、私はこの写真をどうこうするつもりはありません。美穂ちゃんに教えるつもりもありません」
P「…………ありがとうございます……」
良かった……心の中で安堵する。
本当に良かった。
一番避けたかった事態は回避出来て。
ちひろ「……ですから……貴方が自分で、きちんとこの件の話を美穂ちゃんにして下さい」
P「それは……」
……言える訳がない。
俺だって、今は色々と心の整理がついていないのだから。
それを読み取ったか、ちひろさんは一回深呼吸して。
ちひろ「……今すぐで無くとも良いと思います。ですが、必ず……彼女に謝罪して下さい」
P「…………はい、約束します。必ず……」
ちひろ「今後は絶対に、彼女を裏切らないであげてください……」
P「……そのつもりです。もう二度と、美穂を裏切ったりはしません」
67:
P「…………」
ちひろさんが帰宅した後。
俺と加蓮は、事務所のソファに沈み込んでいた。
いや、正確には俺はだいぶ前から帰ろうとしていたのだが。
美穂との約束もあるし。
加蓮「……ごめん……ほんとに、ごめん……!私が……っ!」
隣で涙を流しながら謝り続ける加蓮に、ずっと服を握られ続けていた。
P「……良いって。加蓮が気にする事じゃない」
加蓮「でも……私、あまりにも身勝手過ぎてたよね……」
意思が弱かった俺が悪い。
あの時、無理やりにでも加蓮からの誘いを断っていれば……
加蓮「……美穂の事を裏切らせて、私一人だけ願いを叶えようとしちゃってさ」
美穂の事を裏切った。
そう言われて、その事実が強く心を締め付ける。
出来れば、言わないで欲しい。
出来るだけ考えない様にしたいのだから。
加蓮「……プロデューサーなら、きっと私の想いを受け入れてくれる、って……甘えてたんだ……」
P「…………俺も、加蓮の願いを叶えてやりたかったから……」
加蓮「……うん……だからね?私の気持ちを無下にしない様にって
思ってくれて……嬉しかった。そんな風に思っちゃった」
とても辛そうに、言葉を続ける加蓮。
加蓮「私、美穂の事もプロデューサーの事も大好きなのに……自分だけ良い思いしようなんて……二人の事を考えない様にして……!」
P「……もう、良いんだ。美穂とは、俺がいずれ上手く話を付けるから」
加蓮「……そうやって……また、プロデューサーだけが辛い思いをするんじゃん!悪いのは私なんだよ?!」
P「大丈夫だ、加蓮は悪くない」
加蓮「なんで?なんでそんなに優しいの?!」
……違う、優しいんじゃない。
俺は弱いだけだ。
加蓮がそうやって自分の事を貶める様な言葉を続けるのが、耐えられないだけだ。
無理やりにでも話を切るため、いつになるか分からない美穂への謝罪を引き合いに出してるだけだ。
今こうして加蓮の背中をさすっているのも、俺が弱いからだ。
68:
加蓮「もっと怒ってよ!お前が余計な事しなければ、くらい言ってくれれば良かったのに!!」
P「……そんな事言うなよ……俺が言えた事じゃ無いのは分かってる。それでも、自分の気持ちを否定する様な事は……」
言わないで欲しい。
これ以上、自分を苦しめようとしないで欲しい。
俺が、そんな加蓮を見たく無いから。
加蓮「……そうやって、優しい言葉を掛けるから…………」
ぎゅぅっ、っと。
横から抱き付いて来る加蓮。
加蓮「……そんなんじゃ……諦められないじゃん……っ!」
声は涙に震え、消えてしまいそうな程弱々しく。
それでも、加蓮は続けた。
加蓮「怒って欲しかったのに!諦めたかったのに!自分がワガママ言ってるって分かってる!自分だけじゃ諦め切れなかったからプロデューサーに酷いこと言って欲しいだなんて、一番酷いのは私だって事くらい分かってるよ?!」
でもね、と。
涙を溢れさせながらも。
加蓮「……好きだったんだから……っ!ずっと大好きだったから……!!」
加蓮「今日、すっごく不安だった!プロデューサーと一緒に居られなくなっちゃうんじゃないか、って!離れた方がお互いの為って分かってても……それでもね?!怖かったの!!」
加蓮「私……全然覚悟出来てなかった!なんにも分かってなくって!ちひろさんにも、全然相手にされなくて!自分が子供なんだって改めて思わされて!!それでも!!」
加蓮「……私は!Pさんの事が大好きだから……!!」
69:
突然、加蓮が俺の顔を横へ向けさせて。
加蓮「んっ……っちゅっ……」
そのまま、唇を重ねて来た。
突然の事過ぎて、全く反応出来なかった。
加蓮「っちゅ……んっ、っちぅ……んぅっ……っ!」
覚束ないけれど、それでも必死に俺を求めるように。
不安を?き消す様に、強く抱き着き舌を絡めて。
突き放すのは簡単だ。
けれど、それをすれば加蓮は絶対に泣いてしまう。
それは、嫌だったから。
俺のせいで、加蓮の涙を見る事になるのは嫌だったから。
俺もまた、加蓮の不安を拭い取る為に……
加蓮「っふぅ……ごめん、いきなり……」
P「……いや、まぁ……」
驚きはしたが。
それで、加蓮の気分が良くなるなら。
加蓮「…………ありがと、プロデューサー……私の事、突き飛ばさないでくれて」
P「そんな事、俺がする訳ないだろ……」
加蓮「……ねぇ、プロデューサー。もう一回、良い?」
……この後がどんな流れになってしまうかなんて、もう分かってる。
きっとまた俺は、過ちを犯す。
けれど……
P「……あぁ」
こんなに優しくて、一途な想いを否定する勇気が無かったから。
必ず、今日中には家に帰ると誓って。
事務所の部屋の、鍵を閉めた。
70:
P「……ただいまー……」
夜、家の戸を開ける。
結局、殆ど日付が変わるくらいの時間の帰宅になってしまった。
家の電気は消えていて、もう既に美穂が寝ている事は分かってる。
その方が気分的にも助かるが。
けれど、どんなに遅くても、朝早くても。
それでも出迎えてくれた美穂が、今日は寝てしまっている。
それはなんだか、少し寂しかった。
玄関の電気を点けて、静かにリビングへ向かう。
適当に何か腹に入れて、シャワー浴びて寝よう。
そう思い、リビングの電気を点けた。
美穂「……んぅ…………んん……」
リビングのテーブルに突っ伏して、美穂が眠っていた。
起こさない様に慌ててリビングの電気を消す。
それからしばらくして、ようやく目が慣れてきて。
71:
P「……美穂……」
テーブルに、食事が並んでいた。
ラップの掛かったサラダに、逆さに置かれたグラス。
ネットが掛けられた冷奴や焼き魚。
キッチンの方からは味噌汁の香りがする。
そして、美穂の手元に置かれた紙には『帰って来たら起こして下さい』の文字。
美穂「……あ……おはようございます、Pさん……ふぁぁ……」
P「…………美穂……」
美穂「……あ、お帰りなさいでしたね。えへへ、ちょっと寝ぼけてたみたいで……きゃっ!」
堪らず、俺は美穂に抱き付いた。
美穂「えっ?あの……Pさん……?」
P「ごめん、美穂……ほんとにごめん……!」
愚か過ぎる自分と、優し過ぎる美穂に。
俺の視界は歪み、心は耐えられず。
溢れる涙を止めることが出来なかった。
美穂「えっ?あ、あの……わたしは、怒ってませんから……」
P「ほんとに……俺は……!」
美穂「…………今日は、お疲れ様です。大丈夫です、Pさん。わたしはPさんの味方ですからっ!」
そう言って、俺の背中をさすってくれて。
こんな俺を、抱き締め返してくれて。
それからしばらく、俺の涙は止まる事なく流れ続けた。
72:
六月二十五日、月曜日。
アラームの音で目を覚まし身体を起こす。
P「……んんー……」
あと一時間くらい寝ていたいが、きっと一時間後も同じ事を言ってるだろうし起きよう。
美穂「あ、おはようございます!Pさんっ!」
P「おはよう、美穂」
既に朝食の準備をしてくれている美穂に挨拶してから洗面所へ向かう。
鏡に映るのは、少なくとも先週・先々週よりは顔色がよくなった自分の顔。
色々な事が積み重なって美穂に泣き付いてしまったあの日から、また以前と同じ生活を取り戻した。
加蓮は、また以前と同じ距離感に戻った。
ちひろさんも、本当に写真の件を誰にも離さないでくれている。
金曜日は、美穂と智絵里と三人で飲みに行って。
美穂「あ、今夜も李衣菜ちゃんと飲みに行く予定なんです。Pさんも来ますか?」
P「そうだな……まあ、遅くなるかもしれないけど」
美穂「だったらうちで飲んでますからっ!」
美穂を四回も裏切る事になった一週間は、夢だったのではないか。
そう感じてしまうほど、遠い事のような気がしていた。
美穂「智絵里ちゃん、楽しそうでしたね」
P「だな、大学の友達とも飲みに行ってるみたいだし」
美穂「目移りしちゃいましたか……?」
P「そんな訳無いだろ。俺は美穂一筋だよ」
そんな会話をしながら、朝食を済ます。
先週から、美穂も偶に早起きして朝ご飯を作ってくれる様になった。
早起きなんて珍しいな、と聞いてみたところちょっと不機嫌そうな顔をされたけど。
流石に失礼だっただろうか。
73:
P「ところで、美穂と李衣菜は明日休みなのか?」
美穂「ちゃんと起きるので大丈夫ですっ!」
P「いや、李衣菜……」
美穂「きっと大丈夫ですっ!」
……まぁ、良いか。
李衣菜なら大丈夫だろう。
P「あ、時間大丈夫か?遅れそうなら俺が洗っとくけど」
美穂「……知ってましたか、Pさん?」
P「何がだ?」
美穂「講義って、十分までなら遅刻にならないんです」
P「はよ行け」
美穂「だって……もうちょっとだけ、Pさんと一緒に居たいんだもん……」
P「……遅刻するぞ」
美穂「しょぼーん……」
P「自分で言うのか……ほら、行ってこい」
軽く抱き寄せて、キスをする。
美穂「んっ……ちゅっ……」
最近、行ってきますとお帰りのキスが少し長くなった。
何故だろう。
欲求不満なのだろうか。
美穂「っふぅ……行ってきます、Pさんっ!」
P「おう、行ってらっしゃい」
美穂を見送り、電車の遅延情報をチェックしつつ準備を整える。
P「…………あ……」
美穂が使う電車は、十五分遅延していた。
74:
P「おはようございまーす」
ちひろ「おはようございます、プロデューサーさん」
まゆ「おはようございまぁぁぁぁす!!」
なんかハイテンションなまゆが居た。
P「…………なんか良い事あったのか、まゆ」
まゆ「うふふ、なんと今日の恋愛運が絶好調だったんですっ!」
P「ちひろさんって朝の占いとか見ます?」
ちひろ「ニュースつけてて流れてきた時に、程度ですね」
まゆ「あの、尋ねたのなら聞きませんか?」
P「いや、だって……」
担当アイドルの恋愛運が絶好調とか言われても、ねぇ。
されても困るし、かと言ってまゆ相手に恋愛禁止だぞとか今更言う必要も無いだろうし。
ちひろ「プロデューサーさん、今夜のご予定は?」
P「あ、何か仕事増えた感じですか?」
ちひろ「いえ、そう言う訳ではありません。美穂ちゃんとイチャラブ出来ているのかなーなんて気になっただけです」
P「もちろんです」
まゆ「うふふ、妬いちゃいますねぇ」
P「今夜は美穂と李衣菜が飲むみたいで、多分家で三人で飲む事になるかと」
ちひろ「……美穂ちゃん、プロデューサーさんの話を聞く限りいつも飲んでませんか?」
P「…………まぁ、以前から殆ど毎晩500缶開けてましたから」
まゆ「未成年のまゆでもヤバいと分かる飲酒量ですねぇ……」
美穂、強いんだよな。
それでいて好きだから、付き合わされる身としては少し苦しい時もあったり無かったり。
酔い潰されると大体翌日は記憶無いし全裸にされてる。
まゆ「そういえば、智絵里ちゃんはどうですかぁ?」
P「先週の金曜に三人で飲みに行ったよ」
美穂と昔話に花を咲かせて、若干居心地が悪かった。
ガールズトークに年上の男性は混ざるものではない。
……智絵里も、もう完全に諦めてくれたみたいだし。
目があっても、何かを訴えてくるでもなく微笑んでくれたし。
別れ際に美穂と次は二人で飲もうね、と約束してるのを見て微笑ましくなった。
ちひろ「……私も一緒に飲みたいって言った気がするんですけどねー?」
P「まあまあ、今度行きましょう」
機会はこれから幾らでもあるだろう。
75:
バタンッ!
加蓮「おっはよー!」
まゆ「うげぇ」
加蓮「は?」
P「……おはよう、加蓮」
ちひろ「……おはようございます、加蓮ちゃん」
加蓮「なんでそんなに皆んな引いてるの……?」
まゆ「加蓮ちゃんがハイテンションな時のめんどくささを良くご存知だからですよぉ」
加蓮「は?私の何処がめんどくさいの?純粋さと手のかからなさが美人に宿ってお洒落な服着た様な人間だよ?!」
P「……なんかあったのか?」
加蓮「なんだと思う?逆に聞くけど、なんで今私がこんなに気分良さそうに話してるんだと思うの?!」
キレてる。
なんか逆ギレしてる。
加蓮「ま、今朝の星座占いで恋愛運が絶好調だったからなんだけどね」
P「下らな……」
まゆ「あのぉ……」
あ、すまんまゆ。
加蓮「あ、まゆは最下位だったよ」
まゆ「同じ星座なのにそんな事あると思ってんですか?」
加蓮「え、同じ星座なの?」
まゆ「既に色々な矛盾が生じてる事を理解出来てますか?」
加蓮「じゃあ私矛やるからまゆ盾持って」
朝から元気だなぁ。
加蓮「それといつも思うけど、最強の盾とかワザワザ真正面から挑むのアホらしいよね」
まゆ「それに関してはとても同感ですねぇ」
ちひろ「ふふ、楽しそうですね」
P「混ざりたくは無いですけどね」
さて、それじゃ。
まずは月曜日、頑張って乗り越えるとしよう。
76:
ちひろ「……ふぅ……」
P「…………ふぅ……」
ちひろさんと同時に本日の業務を終え、大きく息を吐く。
P「お疲れ様です、ちひろさん。コーヒーでも飲みますか?」
ちひろ「あ、私が買って来ますよ?」
P「いえいえ、任せて下さい」
ちひろ「自動販売機の場所は分かりますか?大丈夫?迷子になりませんか?」
P「失礼過ぎません?」
ちひろ「知らない人について行っちゃダメですからね?」
P「ここ事務所内なんですが」
ちひろ「加蓮ちゃんに誘われてホイホイついて行った人が何を言ってるんですか」
P「……いや、その…………すみません……」
とんでもなく言葉に棘がある。
ちひろ「……すみません、私も色々と不安になっていたので……」
P「不安、ですか?」
ちひろ「いつあの写真が何処かに流出してしまわないか、と」
P「……あぁ……すみません、本当に……」
ちひろさんは、俺と加蓮の写真の件を黙ってくれていた。
それはイコールで、流出してしまった時にちひろさんも責任を取らされる可能性があるという事で。
……それは確かに、不安にもなる。
俺だって最初の数日は全く寝付けなかったのだから。
P「でも、実際そうならなくて良かったです」
このまま何事も起こらず、俺たちも忘れてしまえば。
以前と全く変わらないのと同義である。
ちひろ「……おかしいと思いませんか?」
P「……おかしい、ですか?」
ちひろ「未だにどこにも流出せず、かと言って何も要求が無い事がです」
P「…………そうですね……」
なんとなく、心の何処かに引っかかっていた。
あの画像が流出すれば、揉消すことは出来るにしても俺や加蓮がどうなってしまうか分からない。
だと言うのに、何も起きていないのだ。
何かしらの要求、脅迫、例えば加蓮にスキャンダル騒ぎを起こすとか。
男性側の身元を特定して嫌がらせやそういったアクションを起こすでもなく。
何も、起きていないのだから。
ただ単純に、あの写真がちひろさんの元に送られて来ただけなのだから。
77:
ちひろ「私のメールアドレスが何処かしらで漏れた……その可能性は低いですが、それは一旦置いといて、です」
P「……撮った人からの、警告だったんでしょうか?」
ちひろ「あまりにも良心的過ぎるファンの方ですね」
P「無いよな、流石に……」
じゃあなんでだ?
何の目的で、あの写真を送ってきたんだ?
ちひろ「私には分かりません。ですが、このまま何も起こらないだろうなんて楽観的でもいられません」
P「……フリーメールアドレスって、特定出来ましたっけ?」
ちひろ「……知り合いに頼んでみます。偽装されていなければおそらく……ごほんっ!少し、私も動いてみますから」
そこから先は、多分聞かない方がいいだろう。
現状俺に出来る事は殆ど無いのだから、ちひろさんに任せよう。
ちひろ「……ところで、プロデューサーさん」
ガチャ
加蓮「ふぅ……お疲れ様」
P「おつかれ、加蓮」
ちひろ「お疲れ様です、加蓮ちゃん」
加蓮「あっ……プロデューサー、まだ居たんだ」
なんとも酷い言い草だ。
まぁ、確かにいつもはもう帰ってる時間だしな。
加蓮「まぁ良いや、私はもう帰るから。じゃあね」
P「ん、もう帰るのか。久々のダンスレッスンで疲れただろうし、少しゆっくり休んでけば」
加蓮「大丈夫だから、また明日ね」
バタンッ
P「…………」
……突然嫌われた訳じゃ無い、よな?
とてもふあん。
ちひろ「……喧嘩してるんですか?」
P「朝以降ずっと会ってないのに喧嘩出来ると思います?」
ちひろ「……ですよね」
P「まぁ、加蓮って時々機嫌悪いですからね。俺が居ないと思ってたのに居て不機嫌なんでしょう」
ちひろ「あまりにも情緒が不安定過ぎませんか?」
P「嫌われたとか考えたくないんです……」
ちひろ「反抗期の娘を持った父親ですか……」
78:
ガチャ
P「お、おかえり加蓮!」
まゆ「……まゆですよぉ?」
P「……おかえり加蓮!」
まゆ「ま、まゆですよぉ?あれ?まゆですよねぇ?」
P「まゆか」
まゆ「あんまりにも失礼ですよぉ……」
加蓮が戻って来てくれたのかなーなんて思ってたけどまゆだった。
あまりにも俺女々しいし失礼だな?
P「お疲れ様、まゆ」
まゆ「はい、久し振りの加蓮ちゃんとのダンスだったので張り切っちゃいました」
それでもあまり疲れている様には見えないまゆ。
もうすぐ二十歳がみえてくるというのに、だいぶ体力もあるんだなぁ。
それもそうか、ずっと現役アイドルなんだし。
俺なんて高校卒業してからどんどん衰えて……今は関係無いな。
ちひろ「ねえまゆちゃん。加蓮ちゃん、レッスン中に何かありましたか?」
まゆ「随分とアバウトな質問ですが……そうですねぇ、うーん……うーん……あっ!」
P「何かあったのか?!」
まゆ「ポテトの割引クーポンが届いて喜んでました!」
あぁ、うん。
とても容易に想像出来るけど、今欲しい情報はポテトには無い。
……無いよな?
出荷量が減って市販のジャガイモが値上がりしたとか、そういうのでもしょげそうだからな……
79:
まゆ「……それと……」
少し、真面目な表情になるまゆ。
声のトーンから、悪ふざけはお終いという事が分かる。
まゆ「そのあと、どなたかからのラインが届いたみたいで……それ以降、加蓮ちゃんが全然レッスンに身が入っていませんでした」
ちひろ「だれかからの……」
まゆ「まゆとのレッスンだと言うのに、まったくもって失礼ですよねぇ……お二人は何か心当たりがあるんですかぁ?」
ちひろ「……いえ……流石に、それは加蓮ちゃんのラインを見た訳ではないので……」
P「……そのラインの内容が、加蓮にとって良くないものだったのは確かだな……」
けれど俺も、その内容は分からない。
誰からのラインだったのかも分からない。
にしても、加蓮……何かあったらのなら相談してくれれば良かったのに。
いや、相談しづらい内容だったと考えるべきかもしれない。
……さっきの加蓮の口ぶりからするに、俺には聞かれたくない内容だったのだろうか。
ちひろさんの方が女性同士で話し易かったが、俺が居たせいで相談できなかった、とか……
まゆ「……大丈夫ですか、プロデューサーさん」
P「あぁいや、ちょっと自分の存在に疑問を覚えてた」
ちひろ「悩み過ぎです、プロデューサーさん」
まゆ「……加蓮ちゃんと、何かあったみたいですねぇ」
ちひろ「先程加蓮ちゃんが来たんですが、直ぐに帰ってしまったんです」
P「俺は……邪魔な存在……?」
まゆ「むむむ……プロデューサーさんがお悩みモードに入ってしまうのはまゆとしても苦しい事なので、なので!なので?っ?!」
P「あ、そろそろ俺帰りますね」
ちひろ「コーヒー買ってきてくれるんじゃないんですか?」
まゆ「聞いて下さいよぉ!!」
P「あーすまん。なんかノリが、こう……」
まゆ「めんどうだなんて言わないで下さいよぉ……」
P「まだ言ってないぞ」
まゆ「これから言うつもりだったんですねぇ?!」
P「すまんて……」
とても、めんどうくさい。
まゆ「ごほんっ!ですから、まゆが加蓮ちゃんに事情を聞いてみます。同じユニットの仲間として、出来る事なら相談に乗ってあげたいですから」
ちひろ「助かります、まゆちゃん」
まゆ「うふふ、まゆにお任せ下さい」
P「頼んだぞ、まゆ」
まゆ「お礼は3倍返しを期待しちゃいますっ」
P「コーヒー三本で良いか?」
まゆ「300円っておつかいのお駄賃並みですよぉ……」
80:
美穂「れでぃーすえーんっ?!」
李衣菜「ジェントルメーンッ!!」
……帰りたい。
今とてつもなく家に帰りたい。
あ、ここ俺の家だ。
本当か?実は隣の部屋と間違えてたりしない?
美穂「おかえりなさい、Pさんっ!」
李衣菜「お疲れ様&お邪魔してますー。あ、荷物持ちますよ?」
美穂「さ、Pさん!新郎新婦の誓いのキス改めおかえりのちゅーをどうぞ!」
李衣菜「ヒューヒューッ!いぇーい、めっちゃ誓い!」
荷物片手に自宅のドアを開けた俺を出迎えてくれたのは、既にできあがった美穂と李衣菜だった。
奥のテーブルには沢山の缶が転がっている。
そして目の前には目を瞑ってキスをねだる美穂とゲラゲラ笑い転げる李衣菜。
改めて、帰りたい。
美穂「……ちゅーしてくれないと、寂しいです……」
李衣菜「泣かせたー!うっわー美穂ちゃん泣かせるとかクズ男ですよ!」
P「……するよ……」
美穂の背中に腕を回し、抱き寄せてキスをする。
……お酒の匂いがした。
81:
美穂「えっへへへ……もっとしませんかっ?!」
李衣菜「あっはははっ!バカップルですね!!」
P「……シャワー浴びて良いか?」
美穂「ご一緒しますっ!」
李衣菜「ソープだー!」
美穂「もちろん無料ですよっ!」
李衣菜「はい指名料は私が頂きまーす!!」
美穂「ずるいです李衣菜ちゃん!私も欲しいもん!」
李衣菜「半々で分けよ?」
美穂「よくよく考えれば李衣菜ちゃん何もしてないよね?」
李衣菜「じゃあ私もサービスしちゃう?」
美穂「だ、ダメッ!」
李衣菜「じゃあ私が半分貰うで良いよね?」
美穂「仕方ありません……」
P「いや払わねぇよ」
酔っ払い二人を引き剥がしてリビングに押し戻し、グラスにビールを注いであげる。
二人がそれを傾けてるあいだに、さっさとシャワーを浴びるとしよう。
蒸し暑くなってきたこの頃、冷水を頭から浴びて身体を洗う。
ふぅ……冷たい水がとても心地良い。
リビングの方から、大ボリュームの二人の会話が聞こえてきた。
李衣菜「あっ美穂ちゃん!それ私のエイヒレ!」
美穂「名前書いてない方が悪いと思いますっ!!」
李衣菜「じゃあ美穂ちゃんのビールに私の名前書く!」
美穂「だめっ!それはPさんの分ですっ!」
李衣菜「じゃあ美穂ちゃんに李衣菜って書いとくから!」
美穂「それもダメですっ!わたしはPさんのものだもんっ!」
李衣菜「うっひょぉぉおっ!ビールが美味い!!」
美穂「きゃーっ!恥ずかしいです!はい!ビールがおいしい!」
李衣菜「美穂ちゃんそのビールPさんの分って言ってたよね?!」
美穂「バレなければセーフです!」
……あれに混ざりたくない。
二人が寝落ちするまで浴室で待とうか、少し本気で検討した。
82:
李衣菜「ささっ、Pさんどうぞどうぞ」
P「あっ、どうも」
美穂「へー。Pさん、わたし以外がお酌したお酒を飲んじゃうんですねー……」
P「……えぇ……」
李衣菜「飲まないんですかー?」
P「飲むけど……」
美穂「ダメですっ!それはわたしが飲みます!」
グラスを引ったくられて、俺のビールは美穂のものとなった。
こいつらかなり酔ってるけど、明日朝本当に大丈夫なんだろうか。
平日だぞ?美穂お前一限あるよな?
P「李衣菜は大丈夫なのか?明日講義は」
李衣菜「うっへっへー、講義が怖くて美穂ちゃんと飲めるかってんですよ!」
P「……うん、そっか」
色々と、ごめん。
美穂「あっ、李衣菜ちゃんとPさんの分のビールがもうありませんっ!」
李衣菜「あれ?そっちにまだ缶何本かあるよね?」
美穂「これはわたしの分だもんっ!」
P「……いいよ、お茶飲むから」
美穂「わたしのお酒が飲めないって言うれすか?!」
P「……飲むよ」
美穂「だめですっ!わらしのだもんっ!」
どうしろと。
いやほんと、どうしろと。
P「んじゃ、後で俺が買ってくるよ」
李衣菜「あ、私もお供しますよ」
美穂「あーデートだー!浮気!浮気ですPしゃん!!」
P「……しないぞ?」
一瞬ドキッとしたのは内緒にしておこう。
にしても美穂、めっちゃ酔ってるな。
俺と飲む時はもっと強かった筈だけど、李衣菜と飲むといつも以上にテンション上がって飲みすぎるんだろうか。
李衣菜「ふぅ……私もそろそろ酔い覚まし始めないと、終電逃しちゃいそうですね」
P「時間は大丈夫か?」
李衣菜「今は……21時過ぎですね。まだまだ大丈夫ですっ!最悪タクシー使いますから!」
P「そん時は俺が出すよ」
李衣菜「それじゃ美穂ちゃん、私とPさんでコンビニ行くけど何か欲しいものある?」
美穂「Pしゃんのおち」
李衣菜「さっ、行きますよPさん!」
P「おう、ほんと色々ごめん」
美穂は明日少しお説教な。
83:
李衣菜「ふぅ……最近、だいぶ暑くなってきましたよねー」
P「だな。夜風が涼しいわ」
李衣菜と並んでコンビニまで歩く。
家が暑過ぎたからだろうか、夜の風はとても心地よかった。
李衣菜「冷房つけようとしたら、美穂ちゃんに『節電ですっ!』って扇風機しか使わせて貰えなくて……」
P「はは、美穂らしいな」
李衣菜「羨ましいくらいのイチャイチャカップルですね」
P「可愛いだろ、うちの美穂は」
李衣菜「私、美穂ちゃんとアイドルユニット組んでた事あるんですよ。羨ましいですか?」
P「実は俺、そのユニットのプロデューサーだったんだ」
李衣菜「うっひょー!凄い縁ですね!!」
P「……酔ってるなぁ」
李衣菜「……ちょっと恥ずかしいですね。私も、あの頃ほど若くは無いですから」
P「そんな事無いさ。いやまぁ、成長してないって意味じゃないぞ?」
二十歳を超えた李衣菜は、それはもう大人っぽくなっていた。
ユニット結成当初はもっと幼かった気がするんだけどなぁ。
今ではもう立派なレディと呼んでも差し支えないくらい。
李衣菜「へへ、どうですか?中身は兎も角、見た目は結構大人っぽくなったと思うんですよ」
P「うん、凄く綺麗だと思う」
李衣菜「いやっほーう!今の言葉、後で美穂ちゃんに自慢しちゃいますからね!」
P「やめて、マジで。お前さては酔ってるな?」
李衣菜「酔い覚ましも兼ねてコンビニまで歩いてるんでーす」
それにしても、本当に美穂と李衣菜は仲が良いな。
大学違うのに、殆ど毎週の様に飲んでるだろ。
李衣菜「ズッ友ですからね!」
P「んふっ」
李衣菜「美穂ちゃんに」
P「ごめんて」
84:
李衣菜「ふぅ……最近、だいぶ暑くなってきましたよねー」
P「だな。夜風が涼しいわ」
李衣菜と並んでコンビニまで歩く。
家が暑過ぎたからだろうか、夜の風はとても心地よかった。
李衣菜「冷房つけようとしたら、美穂ちゃんに『節電ですっ!』って扇風機しか使わせて貰えなくて……」
P「はは、美穂らしいな」
李衣菜「羨ましいくらいのイチャイチャカップルですね」
P「可愛いだろ、うちの美穂は」
李衣菜「私、美穂ちゃんとアイドルユニット組んでた事あるんですよ。羨ましいですか?」
P「実は俺、そのユニットのプロデューサーだったんだ」
李衣菜「うっひょー!凄い縁ですね!!」
P「……酔ってるなぁ」
李衣菜「……ちょっと恥ずかしいですね。私も、あの頃ほど若くは無いですから」
P「そんな事無いさ。いやまぁ、成長してないって意味じゃないぞ?」
二十歳を超えた李衣菜は、それはもう大人っぽくなっていた。
ユニット結成当初はもっと幼かった気がするんだけどなぁ。
今ではもう立派なレディと呼んでも差し支えないくらい。
李衣菜「へへ、どうですか?中身は兎も角、見た目は結構大人っぽくなったと思うんですよ」
P「うん、凄く綺麗だと思う」
李衣菜「いやっほーう!今の言葉、後で美穂ちゃんに自慢しちゃいますからね!」
P「やめて、マジで。お前さては酔ってるな?」
李衣菜「酔い覚ましも兼ねてコンビニまで歩いてるんでーす」
それにしても、本当に美穂と李衣菜は仲が良いな。
大学違うのに、殆ど毎週の様に飲んでるだろ。
李衣菜「ズッ友ですからね!」
P「んふっ」
李衣菜「美穂ちゃんに」
P「ごめんて」
85:
うぃーん
コンビニに入る。
とても涼しい。
ここに住みたくなった。
李衣菜「Pさんはビールで良いですかー?」
P「おう。あ、カゴは俺が持つよ」
李衣菜「お願いしまーす」
P「美穂の分は……ストロングO飲ませてさっさと寝かせるか」
李衣菜「まさか、そのまま襲ったり……」
P「しないよ。怒られるし」
李衣菜「…………既にやった事あるみたいな言い方ですね」
P「…………ノーコメントで」
いやだって、普段は逆だし。
一度だけ美穂が先に潰れた時、ちょっと魔が差したと言うか……
P「つまみはどうする?」
李衣菜「浅漬けとかで良いんじゃないですか?」
P「だな、あと枝豆とキムチでも買ってくか」
李衣菜「シャボン玉とか買って行きませんか?」
P「ベランダでやってくれよ」
李衣菜「コロッケとか食べたくなりません?」
P「後で李衣菜を駅に送るから、そん時にしないか?」
李衣菜「りょーかいでーす!」
なんやかんや、カゴがだいぶ埋まってしまった。
お酒はまぁ、買い過ぎてもそのうち美穂が飲むだろう。
ぶーん、ぶーん
李衣菜「あ、すいませんちょっと電話です」
P「おっけ、支払い済ませとくから外で待っててくれ」
李衣菜がコンビニの外へ出て行った。
俺はそのままレジの列にならぶ。
あ、ポイントカード忘れた。
なんだかとても損した気分になる。
店員「ポイントカードはお持ちですか?」
P「あ、ポイントカード無いです」
無いんじゃない、忘れただけだ。
なんて屈辱的な気持ちだろう。
家にあるのに無いと言わなければならないなんて。
店員「あざっしたー」
86:
うぃーん
とても微妙な気分でコンビニを出る。
P「……あれ?李衣菜?」
見れば、李衣菜はまだ電話していた。
李衣菜「……落ち着いて?ゆっくりでいいから、うん。大丈夫大丈夫」
大学のお友達だろうか。
李衣菜「……ん、今?美穂ちゃん達と飲んでて、今Pさんとコンビニに買い出しに来てたとこ」
P「……加蓮か?まゆ?智絵里?」
李衣菜「加蓮ちゃんです。なんだか相談したい事があるみたいで……あーごめんごめん。それで……?」
加蓮からの連絡か。
相談と言っていたが、夕方ごろ話してた件の事だろうか。
李衣菜「えっ?うん、今となりにPさんが……あっ、ちょっ!加蓮ちゃん?!」
P「ん、どうかしたのか?」
李衣菜「……切られちゃいました」
李衣菜が此方へ向ける画面には、加蓮ちゃん、そして通話終了の文字。
李衣菜「Pさんが何かしたんですか……?」
P「……いや、分からん……」
李衣菜「加蓮ちゃん、泣いてたんです。どうしよう、助けて李衣菜、って……」
加蓮が、そんなに悩んで……
李衣菜「すっごく追い詰められた感じの声でした。仕事の方で何かあったんですか?」
P「……それも分からない」
李衣菜「写真が、とか。美穂に、とか。そんな事を言ってたんですけど……」
P「っ、それは…………どういう事なんだろうな……」
心地よかった筈の夜道が、一瞬にして重苦しくなった。
背筋が冷え、身体中から汗が吹き出る。
……心当たりは、当然あった。
焦る加蓮、連絡、写真、美穂。
ちひろさんとの会話を思い返す。
加蓮が俺に対して相談しなかった事を思い出す。
バラバラだった点が、一本の線で繋がってしまった。
87:
李衣菜「……話辛い事みたいですね」
P「いや、えっと……」
まゆは確か、加蓮にラインが届いたと言っていた。
であれば、件の写真を送ってきたのは加蓮のラインを知っていた事になる。
あぁ、そして、それなら。
ちひろさんの仕事用のメールアドレスを知っていても、おかしくない。
……いや、これはまだ憶測の域を出ない。
まだ結論を出すには早過ぎる。
きちんと、加蓮から話を聞くべきだ。
ぶーん、ぶーん
今度は、俺のスマホが震えた。
P「……ちひろさんか。すまん、李衣菜。荷物は俺が持ってくから先に帰っててくれ」
李衣菜「……はい」
李衣菜が角を曲がったのを確認した後、通話を開始する。
P「もしもし、おはようございますちひろさん」
ちひろ『……おはようございます、プロデューサーさん。今、時間の方は大丈夫ですよね?』
P「はい……何かありましたか?」
ちひろ『IPアドレスの解……ごほんっ、メールの送信元が分かりました』
P「……それは……」
ちひろ『…………それが、その……信じ難いとは思いますが……』
あぁ、なんだろう。
嫌な予感だけが、次々と当たってしまう様な感覚。
きっとこれは、外れてくれない。
P「……俺の知ってる人だったんですか?」
ちひろ『はい、それで……落ち着いて聞いて下さい』
P「……はい」
88:
すーっ、っと。
ちひろさんは、大きく息を吸って。
ちひろ『……緒方、智絵里です。同姓同名と言う可能性に賭けてみますか?』
P「…………」
信じたく無かった。
けれど、智絵里なら可能だという事も分かっていた。
加蓮のラインを知っていて、ちひろさんの仕事用アドレスを知っていて。
そういえば、俺と智絵里の事がばれて加蓮に呼び出されたが。
そもそも、加蓮の家の近くの店を指定してきたのは、智絵里の方だった。
ちひろ『何故智絵里ちゃんが写真を撮ったのかも、こんな事をしたのかも全く分かりません。ですが……』
P「……すみません。落ち着く時間を頂けますか?」
ちひろ『あっ、すみません……流石にショックですよね……』
P「……すみません。すぐ、掛け直します」
ぴっ
一旦通話を切って、俺は路上に崩れ落ちた。
膝に力が入らない。
飲んでもいないのに吐き気がこみ上げる。
最悪だ。
終わりじゃ、無かった。
あの一週間で終わるだなんて、そんな考えは甘かった。
視界が歪む、地面が傾いてる気がする。
加蓮は何を悩んでいる?
李衣菜経由であやふや過ぎる情報だが、加蓮は『美穂に』と言っていたらしい。
智絵里は加蓮に対して何を言った?
そもそも、なんで。
智絵里は、なんでちひろさんだけに写真を送った?
加蓮から話を聞かなければならない。
話してくれるか分からないが、それでも何か情報を……
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