ある門番たちの日常のようです【後半】back

ある門番たちの日常のようです【後半】


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5:
『『────!!!』』
「残念、通さないわよ!!」
叢雲はそのまま左手から、急降下してきた【Ball】のを迎撃する。機銃掃射と高角砲によって進路を遮られた編隊は一機が機銃の餌食となり、他の機体も突貫適わず忌々しげに上空で反転し離れた位置で隊列を立て直しにかかる。
「今よ、行って!!」
「援護感謝します、っと!!」
なおもしつこく弾幕で追いかけて【Ball】たちの牽制を続ける叢雲の後ろを青葉が駆け抜ける。艤装を身につけているとは思えない軽やかな足取りでカモシカのように肉薄する彼女に正面の艦隊から今度は機銃掃射が降り注ぐが、度は微塵も落ちない。
『グォオオオオオオッ!!』
「─────せいやぁっ!!!」
flagshipを守ろうとでもしたのか、前に進み出たホ級通常種が小柄な力士ほどもある拳を振り下ろす。それを、青葉は鋭い呼気を吐き出しながら裏拳でそれを左に受け流した。
『ギッ…………!?』
食らったホ級の拳は“流される”どころではない。ゴキリとイヤな音がして、ホ級の手首があらぬ方向にねじれ、手の甲からは皮膚を突き破って白い骨の破片のようなものが露わになる。
苦悶の声を漏らして蹌踉めいたホ級の懐に、青葉が飛び込む。
246:
「えいやっ!!」
気合いと共に手刀が一閃される。
声だけを聞けば、空手部辺りで稽古に精を出す年頃の少女のように爽やかで可憐なものだ。きっと朝方に街角で耳にしたなら、微笑ましい心地になれることだろう。
『ギィイイイイイイイイッ!!!!?』
尤も、声の主が作り出した光景には微笑ましさなど微塵も存在しない。
青葉の手刀を受けたホ級の腹部がバックリと割れて、体液がぼたぼたと滝のように傷口から流れ出す。悲鳴と共に腹を抑えて前のめりに身体を曲げたホ級に対し、青葉は既に次のアクションに移っていた。
「そいっ!!」
『グカッ』
頭上辺りまで降りてきたホ級の顔面に、上段蹴りが炸裂する。先程の殴打を受け流したときと同じ様な音がして、ホ級の頭部がぐるりと後ろ向きになるまで回転した。
『『ォアァアアアアアアアッ!!!!!』』
「ほっ………と!!」
通常種とはいえ瞬く間に1隻を、それも艤装を使わず素手で撃沈した青葉が脅威と見られるのは当然の帰結だ。ホ級flagshipとト級が後退しながらありったけの武装で弾幕を放つ。
艦種としては格下ながら流石にflagshipのフルバーストとなれば青葉でも勝手が違う。先程倒したホ級の屍体で射線の一部を遮りつつ、後ろへ跳んで躱す。
『ゴォアッ!!!!』
そこに、待っていましたとばかりに巨大な黒い塊が突っ込んでいく。
体長5メートル、体重800kgを誇るイ級が、青葉の身体をはね飛ばそうと勢いよく頭部を振り上げる。
(#ФωФ)「────斎藤!!」
(#・∀ ・)「あらほらさっさ!!」
『グギィイイイイッ!!?』
その寸前、眼球と腹部に二本の剣が突き刺さった。
247:
(#ФωФ)「ふんっ!!」
『グギギィキイイイイッ!!!!!?』
グチュリとあえて音を立てるようにして、束の辺りまで埋まったブレードを捻る。
眼球を捏ねくり回されるという、人間がやられたなら痛みでショック死してもおかしくない行為。痛覚がある様子の深海棲艦としてもそれは耐えがたい激痛らしく、一際耳障りな絶叫が上がった。
『ア゛ア゛ア゛ア゛っ!!?』
( ФωФ)「下がれ!!」
(・∀ ・)「ほいほいっと!!」
大きなダメージではあっても致命傷には程遠く、膂力の差は歴然なのでちょっとした身動きでも此方にとっては命取りになる。手負いのイ級が本格的に暴れ出す寸前に刃を抜き取り、そのまま奴の身体を蹴って背後に転がる。
「РПГ!!」
間を置かずにグルージズェの指示が飛び、4人が背負っていた対戦車砲───RPG-16を構えて放つ。四発のPG-16V HEAT弾が、今し方我が輩と斎藤によって穿たれたイ級の傷跡付近に次々と着弾した。
『ガッ、ギィイイイイイイッ!!!?』
「Огонь!Огонь!」
傷口に塩どころか成形炸薬弾を撃ち込まれたイ級は、砕けた甲殻と噴き出る体液をそこら中に撒き散らして激しく頭を振る。二本の貧弱な足では当然まともにそんな激しい運動を続けられるはずもなく、二度目の砲撃で横合いから殴りつけられたイ級は更に大きな悲鳴を上げながら横転する。
(#ФωФ)「青葉はそのままホ級flagshipを追撃、ただし敵戦艦隊の砲撃もある以上深追いはするな!」
「了解です!!」
(#ФωФ)「5人白兵装備で続け、一気にイ級の息の根を止める!!椎名以下残りの部隊は広場突入と同時に右手警戒、グルージズェは椎名を援護するのである!!」
(*゚ー゚)「了解!」
「Да-с!!」
指示を受けた青葉が此方へ軽い敬礼を残して更に前へと駆けていき、その後を追うような形で我が輩もまた走り出した。
目指す先には、横倒しになった駆逐イ級。
248:
一歩踏み出した瞬間、計ったように港の方から砲弾が飛来した。ほんの3メートルほど横で火柱と土煙が上がり、“海軍”の兵士が1人吹き飛ばされて目の前を横切っていく。
上半身と下半身が引き千切れ臓物や肉片を飛散させる“それ”が通過する間際だけは、誰かがAV機器の0.1倍ボタンを押したかのようにゆっくりと周辺の光景が流れていった。頬を掠める幾つかの石礫も、吹き飛ばされた兵士の生気がない虚ろな眼も、立ち上がろうと正面路地の中程で悶えるイ級のひび割れた身体も、新たに飛んできた敵艦の砲弾も、全てがはっきりと我が輩には見えていた。
(#ФωФ)「怯むな!!」
二歩目を踏み出した足が地に着いた瞬間に時の流れは戻り、口の中に飛び込んできた砂利を吐き出すことすらせず我が輩は叫ぶ。もう一つの砲撃で飛来した瓦礫を身をかがめて避け、右手に装備した白兵用ブレードを構えて今まさに起き上がりつつあったイ級の横っ面に飛びかかる。
(#ФωФ)「ふんっ!!」
『グガァッ!!?』
登山家がツルハシを岩壁に打ち込むような要領で、刃を再び奴の巨体に捻り込む。狙う余裕がなかったため先程のように急所への一撃とはならなかったが、それでも新たに穿たれた傷でイ級の体躯がびくりと震えた。
「Attack!!」
川 ゚々゚)「キヒヒッ!!」
『グゲッ、ゴァアアッ!!?』
我が輩が跳び下がってから間を置かずに、更に二度、三度と斬撃や刺突が叩き込まれ苦痛に呻く声が後に続く。特に三番目に突っ込んだ女───クルエラ=レイトストの斬撃は一際深く的確にイ級の甲殻を抉り、露出した肉繊維からは青い血がジュクジュクと滲み出ている。
『ガァアアア………ッ!』
それでも、艦娘よりは遙かに貧弱な人間の攻撃ではよほど連続的に急所に攻撃を集中できない限り絶命させるのは難しい。
目の前のイ級も、だいぶ弱々しいながらも威嚇の唸り声を上げながら起き上がっていた。此方から距離を取るようにじりじりと後退しているが、逃げる様子も無い。仕留めるどころか、まだ戦う力すら残っているようだ。
249:
だが、後退させた時点で既に此方は十分に目的を果たしている。
『ォオオアアアアアアアッ!!!』
(*#゚ー゚)「ト級以下敵艦隊後続接近!撃て、撃て、撃て!」
「奴等の足を止めろ!РПГ!!」
『アァオオッ!!?』
『ガァッ!?』
先行したイ級が青葉への強襲に失敗した上に我々に絡まれたことで、混乱からか動きが止まっていた軽巡ト級ら後続3隻。奴等が立ち直る前に、イ級が追いやられたことで空いたスペースに椎名らとグルージズェ達が飛び込んで一瞬で隊列を組み得物を構えた。
RPG-16が火を噴き、HEAT弾を右頭部に食らったト級の身体が衝撃で揺らぐ。アサルトライフルとサブマシンガン併せて40挺近くが火を噴き、両脇のイ級二体が弾幕の圧力に前進を阻害される。
(*#゚ー゚)「グルージズェさん、アサルトライフルによる射撃は向かって左手のイ級に集中を!AK-12でも眼を狙えばイ級の前進を十分食い止められるはずです!!」
「Да-с.!」
(*#゚ー゚)「“海軍”兵各位、白兵戦闘用意!私が右手イ級の眼を潰します、怯んだ隙にト級を牽制しつつ近接戦闘で一気に勝負を付けて!!」
「「「Yes?mom!!」」」
(*#゚ー゚)「Shoot!!」
指示を出し終えるや、椎名は右手に括り付けられた対深海棲艦用のクロスボウを構える。ぴゅんっと軽い風切り音を残して漆黒の矢が放たれ、銃火が飛び交い爆風が逆巻く中をポインターの赤い軌道に導かれるようにして飛翔する。
『ギッィイイイイイイイイッ!!!!?』
『オァアアアッ……ゲァッ!?』
寸分違わぬ狙いで眼球に突き刺さる矢。腕がないため抑えることも適わず、巨躯を振り乱して周囲の倉庫や家屋の残骸を踏みつぶし吹き飛ばしながらのたうち回るイ級。
ト級の方にもロシア兵からの砲撃が突き刺さり、連携で建て直す間を与えない。
(*#゚ー゚)「Attack!!」
号令一過。6人の“海軍”兵が剣を構え、射線を遮らないように姿勢を低く低く保ちながらのたうつイ級に突進する。
さながらその姿は、大型の草食獣に襲いかかる腹を空かせた獰猛なオオカミの群れ。
251:
「───ッ……」
(*;゚ー゚)「っ!?」
直上から放たれた銃火。群れの先頭でオオカミの内一頭が振りかざした牙は届くことなく、足下にできた紅い水溜まりに穴だらけになった身体が倒れ込む。
「なっ────がッ!?」
「Shit……!!」
更に1人が、胸から頭に掛けて何十という風穴を穿たれ斃れた。残る兵士達も進路を掃射に遮られ、慣性に逆らった無理な姿勢での停止を強いられる。
『─────ガァアッ!!!!』
「…畜しょ」
生まれた一瞬の隙、それが致命的だった。
苦痛を堪え、なんとか体勢を立て直したイ級が咆哮と共に砲弾を吐き出す。残りほんの10Mもない距離まで肉薄していた突撃隊は、ソレが仇となり、回避も防御も許されない。
肉の一片も悪態の一つすらこの世に残すことを許されず、彼らは一瞬でその場から掻き消された。
「上空に敵機!また【Ball】だクソッタレ!!」
(;ФωФ)「来るぞ、散開せよ!!」
『『『────!!!』』』
オオカミの群れを仕留めた、球状に白色という奇天烈な形状をした忌々しい鷹共が空を飛ぶ。零式艦上戦闘機の「栄」に非常によく似ているとされるエンジン音を鳴き声の代わりに空へ響かせつつ、20機ほどの【Ball】からなる編隊は今度は最初のイ級を包囲している我が輩たちへと突撃してきた。
《ロマさん、申し訳ありません!其方に敵の航空隊が……!》
(;ФωФ)「っ、たった今会敵したばかりである!」
機銃掃射を横っ飛びで躱したところに、青葉からの通信が入る。真っ先に謝罪の言葉が飛んできたが、【Ball】の機動力を考えれば敵の援護砲撃も飛んでくる中で乱戦の真っ最中である彼女が食い止められた可能性はほぼない。
久し振りに、“悔しさ”という感情がわいて出る。恐らくあのホ級2隻の後退は、この空襲を我が輩たちに確実に差し向けるために青葉をあえてより深い位置まで踏み込ませるための餌。
裏をかかれたワケだ、深海の化け物共如きに、我が輩が。
252:
(;ФωФ)「【Ghost】叢雲!此方に対空砲火は回せるか!?」
《そっちにもう40機ほどたこ焼き野郎が増えてもいいならやって差し上げるけど!?》
《予め申し上げますと青葉もしばらく後戻りは難しいです!地下から更に3体のハ級が出現、全てelite!
流石にこの数に群がられると全部処理するのは時間が少々かかるかと!》
叢雲達の側にも敵の増強が来ている。艦娘と我が輩たち人間部隊の引き離すための策は万全というわけだ。
『───!!』
『…! ──……!!!』
(;ФωФ)「散開せよ!!」
「ぐぁっ」
自身の迂闊さに歯噛みする間もなく、今度は散開した【Ball】が四方八方様々な角度から地表の我が輩たちに向かって弾丸を浴びせてくる。複雑に絡み合う火線は此方に思うように回避させる間を与えず、1人が短い呻き声を残して地に伏した。
『ギィアアアッ!!!』
「Ahhhhhhhhh!!!!?」
必然、包囲が解けて眼前のイ級は自由を取り戻す。【Ball】の火線を飛んで避けた兵士の1人が着地際に奴の顎に捉えられた。
いかに傷を負っていようとも、生ける軍艦と人間とではあまりにも膂力に差がありすぎる。顎に少しだけ力が込められると、ザクロが握りつぶされるような音を立てて右半身が食いちぎられる。
『ウォアッ!!』
(;・∀ ・)「うぜぇぞこの深海魚野郎!!」
上げていた悲鳴をピタリととめたその白人兵の屍を放り捨て、イ級は続けて斎藤に狙いを定める。斎藤は流石の反射神経でこれを躱すどころか斬撃すら加えたが、立て続けに激しい運動を強いられて力が入らなかったか薄く甲殻を削るだけに終わった。
(;ФωФ)「おのれ───ぬぅっ!」
『──────』
此方に向けられた横っ面に飛びつくべく突貫するが、足下にめり込んだ銃火がそれを阻んだ。10mもない高度を飛び過ぎながら【Ball】によって放たれた数百発の弾丸が、眼前でアスファルトを砕きながら駆け抜ける。
『ゴォアッ!!!』
急停止で崩れた態勢。そこに突っ込んできた黒く巨大な塊に、咄嗟に反応することができなかった。
(; ω )・∴゚「ガフッ……」
振りかぶられた頭部が、我が輩の身体を吹き飛ばす。
254:
咄嗟にクロスした両腕に、序で全身の骨に、内蔵にと巡に衝撃が伝播していく。それらの痛みを脳が知覚する前に、二度目の衝撃が今度は背中から襲ってきた。
(メ; ω )「ゴホッ……ガフッ……」
酸素を求めて肺が激しく収縮運動を繰り返し、全身の血液が早鐘のように鼓動する心臓によって凄まじい度で駆け巡る。チカチカと頭の中で星が飛んでいるような感覚と最早痛みを通り越してただの熱としか感じられない激痛が、本来手放されるはずだった我が輩の意識を繋ぎ止めた。
『 !! !!!』
(#・∀ ・)「 !」
川*メ゚々゚)「 ッ」
いきり立つイ級と立ち上がれずにいる我が輩の間に、斎藤とクルエラが立ち塞がってブレードを振るう。耳は一時的に機能を失っており、イ級の叫び声すら全く聞こえない。ただその中にあっても、クルエラが頬の傷口から血が流れているのすら構わず狂気じみた笑みを浮かべているのが薄らと見える。
(;メ ω )(なるほど、椎名と同類の人種であるか………)
脳の、妙に冷めた箇所がそんな場違いな分析を呟く。もう一人の狂人枠の方を見ることは未だ身体ダメージ的に適わないが、おそらく歓喜に濡れた笑顔を浮かべて敵艦隊と対峙していると容易に想像が付いた。
(メメ ω )(しかし、本当に腹立たしいな)
思考はそのまま、今我が輩自身が置かれている危機的状況のことに移ろう。
全く、今の自分には嫌悪と怒りしかわいてこない。敵が【Ball】主体の航空隊に切り替えて港湾部の空襲を行ってきたという戦況の変化に対応しきれず、“海軍”の精鋭艦娘でも捉えきれない高機動攻撃に苦戦している中でも敵の眼を此方に引きつけるための正面攻勢に固執し、挙げ句あからさまな釣り手に引っかかって指揮官自身が動けなくなる────現場主義が聞いて呆れる、味方の足を引っ張る無能の極み。
255:
(メ# ωФ)(………)
我が輩にもし作戦指揮官としての立場がなければ、自由を取り戻した瞬間に自らののど笛を掻き破り絶命していたかも知れない。この作戦の成功と、そしてその先にある目的のためにここで死ぬわけにはいかないが、その寸前まで追い詰められたことへの怒りはなかなか治まらない。
(メメ ωФ)「………フンッ」
この期に及んで、胸に沸いたのは“我が輩自身”に対する反省や後悔ばかり。作戦ミスのせいで不必要に死んだかも知れない部下達への悔恨や懺悔が小指の先程も浮かばない自身の心情への嘲りも含めて、思わず笑いが漏れた。
嗚呼。何と弱い“人間”の身よ。この様なときばかりは、やはり心底羨ましくなる。
(#T)「ぶちかませコブラァアアアアッ!!!!!」
この男の、あらゆる意味での“強さ”が。
(メメФωФ)「………オエッ」
やっぱ無しで。
259:
よく勘違いされがちだが、第二次世界大戦期に量産された大口径の対空砲────所謂「高射砲」、或いは「高角砲」と呼ばれる類いの兵器は航空機へ直撃させることを目的には設計されていない。あれらの砲が期待されたのは爆発時に撒き散らされる破片で敵機に損傷を与えて飛行を阻害することであり、言ってしまえば対空の榴弾。直撃撃墜の例もある程度存在はするが、全体から見ればやはり少数派となる。
確かに命中した場合“スーパーフォートレス”と謳われたB-29すら粉砕するほどの威力であったが、どんなに遅いものでも時数百キロ前後で高高度を飛行する機体に狙って砲弾をぶち当てろなどどだい無理な話だ。ましてや爆撃機や雷撃機を遙かに上回る旋回性能で飛び交う戦闘機を“狙って”撃墜するなど、本来なら夢物語に他ならない。
故に、我が輩は興味がある。
『『『─────!!!?』』』
ランダムに散開飛行する【Ball】の機影が同一射線上にたまたま重なった一瞬を“狙って”放たれたたった一発の砲弾によって、内半数が撃墜された艦載機共の母艦の心境に。
「───第2射行くよ!地上部隊、衝撃と墜落機に注意!!」
青葉型重巡洋艦2番艦・衣笠。所謂【改ニ】改装を完了している彼女の左手に装備される艤装は、“海軍”技研が(あの間抜け極まりない刻印が為された手榴弾と共に)開発した最新鋭装備である20.3cm連装砲の3号型。
史実においても高射砲としての役割を兼任できるように最大仰角を通常型から大幅に上げられた経緯があり、技研の話に寄れば実際従来の20.3cm砲と比較して実に25%の対空能力向上を果たしたという。
「そぉ???れいっ!!!」
まぁ我が輩が記憶する限り、マッドサイエンティストの集まりである技研もこの新型砲の弾を“敵の戦闘機に狙って直撃させる”使い方は説明していなかったと思うが。
『『『!!!?!?!?』』』
衣笠改ニの砲撃が再び空を駆ける。統率する母艦が混乱していたらしい【Ball】は、愚かにも丁度残余機隊が衣笠へ攻撃を掛けるべく空中での集結を完了していた。
「ストライクってね!!いや、二回撃ったしスペアかな?」
たった二発の砲撃で、我が輩たちの頭上から敵の機影が消え去った。
260:
(#T)「よくやったぞコブラぁ!」
「だから衣笠って言ってんじゃん!!」
白い球体から火の玉へと姿を変えてちりぢりに落ちていく【Ball】の残骸を眺めながら仁王立ちする衣笠の上を飛び越えて、新たな人影が───忌々しい「昔馴染み」が円形となっているこの広場に踏み込む。身長196cm、体重118kgの化け物じみた体格を誇るそいつは、自身の巨躯すら上回る巨大な棒状の何かを掲げて斎藤たちと対峙するイ級めがけて疾走する。
『!? ゴァアアアアアアアアッ!!!!!』
(#T)「Muscle!!!!!!!!」
急に現れた新たな敵を認識し、其方を向いて威嚇の咆哮を上げるイ級。奴は耳をつんざくどころか物理的な衝撃すら与えてくるその大音声を、ムカつくほど完璧な発音の叫び声で掻き消し得物を右手で力一杯振るった。
『ギッ』
(メ・∀ ・)「えっ」
川メ゚々゚)「あひょ?」
何が起きたのか解らず、斎藤も、クルエラも、固まる。
“縦に”両断されたイ級の全身が、綺麗に二等分に分かれて砂煙を上げながら地面に斃れた。
(#T)「次ィいいっ!!!」
(*メ;゚ー゚)そ「えっ、あれ!?マッさん!!?」
筋肉野郎は止まらない。完全に人間やめてる声量で咆哮しながら総崩れ寸前だった椎名達の戦列も通り抜け、此方へ迫るト級ら敵艦隊に真っ正面から突撃する。
『『『グゴァアアアアッ!!!』』』
一瞬戸惑うように揺れたト級達の艦列は、直ぐに建て直されて機銃掃射が放たれた。
奴等からすれば、“人間ただ一人”の自殺行為に等しい突撃。面食らったが対処は易いという判断なのだろう、迎撃するにあたって策を弄する様子は無く、ただ力任せに銃火を奴の進路上にばらまいた。
( T)「ハッ」
無策ながらも濃密な弾幕。だが奴は、迫ってきたそれを鼻で笑う。
我が輩はよく知っている。それはト級達にとって考え得る限り最悪の選択肢であると。
あの筋肉モンスターと邂逅した時点で、奴等には全力での逃走以外の選択肢は残されていなかったのだ。
262:
地を削り、アスファルトを砕いて迫る何条もの火線。奴に対して致命傷になるかどうかは定かでない──軍艦の機銃掃射が致命傷じゃないかも知れない時点でおかしいのだが──にしても、直撃すればただではすまないだろう。
そう、それはあくまでも「直撃すれば」の話。
(#T)「────うぉらぁっ!!!」
『ガァッ!!?』
だが、銃火が奴の位置まで届いた時には既にその姿が路上にない。
自らが愛用する白兵装備を地面に渾身の力で叩きつけた奴の身体は、長柄武器である“それ”を起点に棒高跳びの要領で空中へと身を躍らせる。“筋肉モリモリマッチョマンの変態”を地で行く体格の大男がディズニー映画の一コマのような動きで飛翔する様はなかなかにシュールな絵面だが、ト級達は完全に不意を突かれた形となる。
『ギィッ………!!』
跳び上がりつつ地面から得物の刃を抜き、宙を舞いながら構え直し、一回転して着地する変態筋肉野郎。
その眼前、奴の間合いに三つの“艦影”がある。ト級達は間合いを取ろうと慌てて下がり始めるが、その動きは遅きに失している。
『ギグァッ……』
一閃。向かって左手、イ級の頭部が斬り落とされる。
『カッ』
二閃。横薙ぎに刃が振られ、ト級の三つ首はのど笛を裂かれて同時に青い血を噴出する。
(#T)「うぉらぁあっ!!!」
『ギィッ!!?』
三閃。凄まじい度で突き出された一撃はイ級の装甲を側面から粉砕し、その下に隠されていた肉を深々と突き破り身体の反対側まで一息に刺し貫く。
(#T)「ふんぬっ!!!」
『ギァ………アァ……』
そのまま刃を引き抜く。支えを失ったイ級は、最期に弱々しく一声鳴いた後横倒しになって絶命した。
(メメФωФ)「……相変わらず人間やめておるな、彼奴は」
「ええ、全くです」
(メ;ФωФ)そ「ぬぉっ!?」
ようやっと身体を起こしながらぼやいていると、誰かの手が我が輩の首根っこを掴んで立ち上がらせる。
助け起こして貰った身でなんだが、ゴミ箱を漁っていて近所の主婦につまみ出されるどら猫のような扱いには眉を顰めざるを得ない。
どうしても顔に浮かぶ不機嫌さを隠せずに振り向くと、肩の辺りで煌めくは超弩級戦艦クラスの眼光。
264:
その少女───陽炎型2番艦・不知火は、駆逐艦娘であるという点もあって決して背は大きくない。
頭頂部が丁度我が輩の肩口に来る程度。小学校最終学年女子の平均身長より幾らか小さいだろうか、少なくとも150cmは恐らく越えていまい。
体付きについても所謂「第六駆逐隊」や睦月型の大半(並びに軽空母約2隻)ほど極端に幼いわけでもないが、まぁ外見上での年相応といったところ。きっちりと胸元で結ばれたリボンに新品みたいに糊が利いた純白の手袋、若干桃色がかった頭髪は後ろで綺麗に束ねられ、服装にも乱れが小指の先程も見られない。我が輩を引っ張り起こした後は直立不動となった姿勢とそれらを重ね合わせると、さながら文武両道の生真面目な女学生のようだ。
「…………」
(メメФωФ)「………」
「…………」
(メ?ФωФ)「…………」
………んで、眼力がもの凄い。細められた両眼の奥で煌めく光はよく研がれた日本刀のそれで、見られていると自然と身体の芯が震えてくる。
目を反らしたくても反らす勇気が沸かない。頬に冷や汗を伝わせながら、我が輩は戦場のど真ん中であるにも関わらずたっぷり3秒間動きを完全に停止させてしまった。
この光景を見て我が輩の姿を嘲笑う者もいるかも知れないが、その権利がある人間は冬眠直前で空腹の極みにあるヒグマを前にしても平常心を保てる人間に限定されるとだけ言っておく。
「…………不知火に何か落ち度でも?」
(メメФωФ)「助け起こしていただき誠にありがとうございます」
ヤバい、眼だけで敵を殺せるタイプの奴だコレ。
「それで、准将。不知火達の司令官はあの通りですが、貴方はさほど戦闘能力が高いわけではありません。
“海軍”の兵力不足は十分理解しておりますが、作戦の全体的な指揮官であることを考慮すればやはり准将は前線に出るべきではないかと思いますが」
(メメФωФ)「…………遠回しに足手纏いと言われておるな、これは」
「はい、その通りです」
(メメФωФ)「言い切りおってからに」
艦娘達の直属の上司は各艦隊の提督だが、その更に上位指揮が我が輩にあたる。一応“海軍”内における階級も彼奴より我が輩の方が高い。いわば「上官の上官」にこうも歯に衣着せない物言いができるのは、やはりあのバカの教育の賜物であるな。
無論、別に褒めてはいない。
265:
ド正論の極みな上に、不知火はこの指摘を純粋な気遣いとして口にしているので別段腹は立たない。……例え事実でも真っ向から足手纏いと言われて効く部分は多少あるが。
( T)「要約すると数が多いだけのクソ雑魚ナメクジにすら苦戦しちゃうようなイボ痔マンは邪魔なんで机に座ってて下さいってことだな」
(メメФωФ)「要約しなくていいのである死ね」
( T)「てめえが死ね」
因みにこやつの場合純度100%の悪意でぶち込んできているので普通に腹立たしい。
その巨体で音もなく戻ってきてんじゃねえよ、縮地法でも会得してんのか。
(メメФωФ)(こいつの場合会得してても全然不思議じゃないのが恐いな)
( T)「え、何見つめてんの。やだ気持ち悪い死んで」
(メメФωФ)「ストレートに聞くけどお前バカか?」
( T)「金剛扱いとはいい度胸だな工廠裏こいや」
(メメФωФ)「お前んとこの金剛多分出るとこ出たら勝てるぞ」
一応10年近い付き合いとなるわけだが、こやつの真っ正面に立つことだけは未だにもう一つ慣れることができない。
我が輩の身長は178cm。日本人の平均的な数値から考えれば決して低い方ではない。しかしながら2mに届こうかというこやつと相対するとどうしても見上げる形になる。
所謂「うどの大木」ならデカ物でも気圧されることはないのだが、海自にいた頃から「最早マゾヒストの域に達している」と評判になるほど訓練外の時間もトレーニングに明け暮れていたこのバカは全身をくまなく鍛え上げている。0.1tオーバーの体重は大凡が筋肉によるもので、ただでさえ無駄にデカイ身体はそれによって2倍にも3倍にも巨大に感じられた。
(メメФωФ)「貴様、また白兵装備は“それ”か」
( T)「俺に取っちゃ一番使いやすいからな」
この時点でもう十二分な威圧感を更に増幅させているのが、こいつが肩に担ぐ得物である。
一言で言えば、それは馬鹿でかい矛だ。
長さは凡そ5M程で、その1/4近くを占める少し反り返った刃の部分は太く鋭い。日本の刀のように“斬る”ことに特化した芸術的な美しさがある造形とは言い難いが、代わりにあらゆるものを断ち、貫き、砕いてくれるような無骨な頼もしさが備わっていた。
もしもキングダムを知っている人間がそれを見たならば、直ぐにピンとくるものがあるだろう。
王騎の矛。
それを2倍ほど長くし、真っ黒に染め上げたかのような代物を奴は肩に軽々と担いでいる。“海軍”提督専用の少し古めかしいデザインの軍服や奴が顔に付けている専用マスクも相まって、戦隊ヒーローの必殺技を一発耐える系怪人にしか見えない。
(メメФωФ)(そういやキングダム48巻そろそろ発売するのに47巻もまだ買えてねえ)
48巻は10/19発売予定、47巻はコンビニ・書店などで好評発売中だ。中華統一にいよいよ動き出す秦の動きを見逃さないためにも、女房を質に入れてでも買わなければならない。
( T)「何ノルマ達成してんの?」
(メメФωФ)「何言ってんのお前」
267:
「…………最前線のど真ん中でいつものノリ出してないで戦闘に集中して下さい」
(メメФωФ)「マジごめんなさい」
( T)「命だけは助けて下さい」
眼だけで敵を殺せるタイプの奴だコレ。
あと、「さっきお前も直接的には関係薄い話振ってきたじゃん」って言ったらしこたま蹴飛ばされるタイプでもある。
(メメФωФ)「各位、被害状況を」
(・∀ ・メ)「ウチら突撃隊は2名減ってるっすね。生き残ったのは准将の他に俺とクルエラ、後松野っす」
(*メ゚ー゚)「私達の方は突貫した6名が全滅、正面艦隊の砲撃で更に1人やられました」
「ロシア軍も3名の死者を出しています。他に負傷者数名」
(メメФωФ)「なかなか逝ったな」
とはいえ、【Ball】による大規模空襲からここまで時間にして15分。損害が“この程度で済んだ”のなら御の字だ。
(メメФωФ)「Caesarより統合管制機、港湾部全体での戦力の損失は?」
('、`*川《空域突入直後に敵対空砲火によって撃墜された分も含めて、陸戦隊の損害は約30%です。艦娘の轟沈・中大破は未だ無し、航空隊についても被撃墜は3機で収まっています》
《ロシア軍主力部隊は市街地各所に降下、随時展開中。機甲師団の投入も間もなく開始。
また、敵艦載機部隊は航空隊の迎撃により完全に進軍停止》
(メメФωФ)「市街地南方・中央から接近してきていた敵の挟撃艦隊はどうなっておる?」
('、`*川《現状“海軍”の別働隊が完璧に封じています。ロシア連邦軍の一部部隊も転進して加わっており防衛線は盤石です》
(メメФωФ)「ふむ………」
ロシア軍主力の降下展開開始。この報が入ってきた瞬間、我が輩は港湾部の防衛ライン崩壊がほぼ有り得なくなったと確信した。
深海棲艦に対する空路輸送は、高で大量の戦力を投入できる反面輸送隊が迎撃されれば一気に大損害を被ることになる諸刃の剣だ。深海棲艦側もそれはよく理解しており、特にオスプレイや大型輸送機は艦娘より優先して攻撃されることも少なくない。
そして、最も大きな損害が出やすい着陸間際の安全を確保できたことは此方にとってこの上ない僥倖だ。
(・∀ ・)「んで、作戦進捗としてはどうなんだよ准将さん」
(メメФωФ)「多少は狂ったが結果はこちらの希望通りであるな」
( T)「あぁ、イボ痔クソ雑魚禿げの作戦総指揮官殿が死にかけたこと以外はな」
(メメФωФ)「黙れ」
268:
“海軍”は所属する艦娘も人間も飛び抜けた精鋭揃いだが、組織の性質上その前には常に“少数”の2文字が付きまとう。今回の作戦に関しても、投入できた兵力は“海軍”にしては上出来だが潤沢には程遠い。
深海棲艦との圧倒的な物量差を踏まえれば、コラ湾の封鎖によって敵艦隊の浸透をある程度抑えられたとしてもどこかで限界は来る。故にムルマンスク防衛の最大の鍵は、投入されるロシア軍の主力部隊をいかに少ない損害で合流させるかにかかっていた。
('、`*川《ロシア輸送機隊、2S25 スプルートSDの投下を開始。落下傘開きます》
《敵艦載機隊、未だ航空隊の波状攻撃と戦艦部隊による三式弾の壁を突破できず。空挺戦車、全て順調に降下中》
(メメФωФ)「機甲部隊に関しては特に手出しさせてはならん、各位【Ball】の動きにも気を配るのである!最悪温存している空母艦載機を投入しても構わん!」
今、その最大目標はほぼ達成された。コラ湾のパラオ鎮守府艦隊も未だ敵増援の侵入を食い止めており、少なくとも現在のムルマンスクに殺到している敵戦力を封じ込めながら押し返すには十分な兵力が揃いつつある。
(メメФωФ)「【Ghost】叢雲、其方の状況は?」
《【Ball】の奴等は追い返したわ、此方の損害は軽微!》
(メメФωФ)「ご苦労、間もなく前進する故合流せよ」
《叢雲、了解!》
(メメФωФ)「【Fighter】青葉、其方の────っ」
無線機越しに聞こえてきたのは、砂漠に吹き荒れる砂嵐を彷彿とさせる耳障りな雑音。もう一度呼びかけてみた物の、同じ様な音が延々と流れるだけで青葉の声は一向に返ってこない。
「………准将、どうかしましたか?」
(メメФωФ)「貴様らのところの青葉と通信が繋がらん」
( T)「あん?んなわけな………うおっ、マジだ」
不知火の問いかけに応えながら隣の筋肉に無線を投げ渡す。筋肉野郎はマスク越しでも解るぐらいはっきりと顔を歪めたあと、再び無線機を此方に投げ返してきた。
( T)「向こうの故障か?まーた技研が遊んだのかよ」
(メメФωФ)「流石に命綱の通信機器で“実験的な試み”をしている余裕はないのである、当然しっかりと信頼の置ける物だ。ましてや砲雷撃戦にも耐えられる“艦娘仕様”だぞ?」
269:
敵中での完全な孤立は艦娘、人間を問わず最も命取りになりかねない行為だ。当然猛者揃いの“海軍”でもそこは変わらず、万一起こってしまったときの命綱である通信関連機器は精度・強度何れにおいても何重もの品質チェックと利用テストが入ってようやく実装される。
勿論100%故障が有り得ないと断言をするつもりはないが、艦娘仕様の無線となると今述べた通り尚更考えづらい。
(メ*゚ー゚)「となると、青葉ちゃん自身に何かあった可能性は………」
(メメФωФ)「…………」
( T)「…………」
「…………」
(*メ;゚ー゚)「ごめんなさい、あまりにも非現実的なことを言ってしまいました」
(メメФωФ)「何、気にするでない」
( T)「誰にでも失敗はあるさ」
「落ち度のない人間なんていませんので」
いつもなら絶対にしないであろうレベルの世迷い言を口走ってしまった椎名が悄気返り、それを我が輩、筋肉野郎、不知火が慰める。
ただでさえ演習で戦った相手の大半にトラウマを植え付ける強さを持った艦娘が勢揃いする筋肉野郎の鎮守府の中でも、あの青葉の戦闘能力は頭一つどころではなく抜けている。無論完全無敵というわけではないし中大破経験もしばしばあるのだが、それでも彼女をよく知る我が輩たちの想像力では「何かがあった青葉」を思い浮かべることができなかった。
ああいや、一応浮かびはしたな。ただ、ル級の生首を高々と掲げる青葉とかイ級を蹴り砕く青葉とか敵艦隊の屍が周囲に山と転がる中で微笑み佇む青葉とか、厳密に言うと“敵に何かをしている青葉”の姿だっただけで。
(メメФωФ)「………」
思い返してみたが、そもそもあまりにも日常的だから「何かある」に含めるべきでもないな。
まさに今日も目にしてるしそんな光景。
( T)「……やっぱ、ねえな」
(メメФωФ)「うむ、絶対無い」
もう一つ状況証拠的な点を上げると、青葉の身に本当に“何か”が起きていればそもそも我が輩たちはこんなに暢気な会話をする暇が無いはずだ。仮に通信すらできないほどの致命的な状況なら青葉を潰した深海棲艦が大挙して雪崩れ込んでくることになるため、この広場は今なお激戦地帯────もとい、筋肉無双劇場公演会場となっていたに違いない。
270:
(メメФωФ)「統合管制機、ベルゲンより出撃した敵の大規模航空隊は今どの位置まで迫っている?」
('、`;川《管制機よりCaesar、たった今大本営より連絡がありました》
心配するだけ無駄なキチガi………ゴホン、最上の信頼を置ける艦娘についてこれ以上考えても仕方ないと、通信を今度は管制機に繋げる。
応えたオペレーターの声は冷静ながら張り詰めた空気が感じられ、あまり芳しくない報せであることが直ぐに察せられた。
('、`;川《よくない状況です。ロシア空軍による迎撃作戦がフィンランド上空にて敢行されましたが、失敗。敵艦載機群は空域を突破、あと15分ほどでムルマンスク上空に差し掛かるとのことです》
(メメФωФ)「敵の損害状況については入ってきているか?」
('、`;川《ロシア空軍は“イツクシマ式”の迎撃で敵機多数を撃墜した模様ですが…………ベルゲンからの増援が迎撃中にも途切れることなく投入され続け、最終的には出撃当初より“増えた”可能性が高い、と》
(メメФωФ)「マジか」
敵の天文学的な物量を考えれば突破されること自体は不思議では無かったのでその点は予想通りではある。
だが、流石に「予定より戦力が増強された」というのは少々聞き捨てならない。
('、`;川《ロシア空軍の迎撃部隊は途中で【Black?Bird】による攻撃を受けたようです。敵航空隊に損害を思うように与えられなかったのはこれが原因かと。
なお、【Black?Bird】は航空隊の退却を見届けた後全機がベルゲンへと帰還したとのこと》
(メメФωФ)「合点がいったのである………クソッタレめ」
【Black?Bird】───ルール地方上空で、深海棲艦の“泊地”攻撃を狙った米軍航空隊を一方的に殲滅した深海棲艦の新型航空機。第4世代戦闘機に十分ついて行ける機動力と高い旋回能力を併せ持ち、北欧やフランス上空の制空権を瞬く間に奪い去った黒い悪魔。
なるほど、こいつが出てきたというのなら話は大きく変わる。実際我が輩たちが市街地に突入する際にもF-35がこやつらと戦闘し追い払っているのだから、向こうでも出てきてもおかしくは全くない。
寧ろ、その新手がこちらまで進出してこなかったのは不幸中の幸いと言えよう。
271:
市街地の各所からは艦娘と深海棲艦双方が撃ち鳴らす艦砲射撃の轟音に混じり、時折それより遙かに軽い戦車の砲声が聞こえてくるようになった。しかもそれは時を追うごとに数を増やし、鳴り響く間隔は短くなっていく。
それらの音源がおそらくは、空挺戦車2S25 スプルートSD。小規模の艦娘戦力しか持たないロシア連邦軍が沿岸部機動防御の切り札として開発した最新鋭兵器である。配備開始は今年の春からで生産台数は決して多くないはずだが、砲火の量からして投入された数はおそらく50は下るまい。
空母艦娘が未だに配備されない中での敵航空隊迎撃に、精鋭部隊と新兵器の惜しげも無い投入。ムルマンスク死守に掛けるロシアの本気度が伺えた。
('、`;川《ロシア政府より大本営に入電。連邦三軍は現状で投入可能な全ての戦力を使い果たした、もうこれ以上の戦力は動かせないという内容です》
(メメФωФ)「現状ロシアは内政不安と広大な沿岸防衛の問題を抱えている、これだけ支援を捻出してくれただけでも十分である」
かつてナチス・ドイツやアメリカ合衆国と世界の覇権を争った大国は、その責務を充分に果たしている。ただし故に、彼らは「見合った結果」が得られなければ我が輩たちへの不信感を募らせることだろう。
“海軍”側としても資金面や人員面でロシア連邦と軋轢を生むことは避けたい。それに事実上日米が実権を握っている現状から“海軍”に批判的な中国がロシアの不満につけ込んで手を組む可能性があり、そうなれば先日締結されたばかりの三国協定崩壊や最悪“海軍”の弱体化にも繋がる。
国家間において、愛から来る無償の奉仕や友情が為す永久の協力は幻想である。全くの皆無とはいわないが、国と国が手を取り合うには基本的にgive-and-takeが無ければ成り立たない。
ヨーロッパにおける“愚かな失態”を繰り返さないようにするためにも、我が輩たちは“海軍”の国際的な価値を今一度示す必要がある。
(メメФωФ)「【Fighter】、瑞鶴に準備させろ」
( T)「【Muscle】」
(メメФωФ)「しつこすぎるのである死ね」
( T)「てめーが死ね」
ロシアからの「Give」に対して、どれほどの「Take」を示せるのか。
コレは、元よりそういう性質の戦いだ。
273:
後方で補給を終えたらしき4機のF-35が、猛然と頭上を飛び去っていく。彼らが低空から上昇しつつミサイルを放つと、4発の銀槍は巨大な雷雲のように渦巻く敵艦載機の群に突き刺さり爆炎を上げる。
……持ち堪えてはいるが、此方の航空隊の弾薬補給が追いつかず徐々に波状攻撃の間隔が間延びしつつある。正面を食い止める火炎の壁についても、あと五分と撃ち続ければ三式弾は切れるはずだ。
ここにベルゲンからの臓増強部隊が到着すれば、間違いなく押し切られるな。
(メメФωФ)「【Caesar】より各艦隊提督に通達、空母艦娘総員の全航空隊発艦を許可。
まず空襲をかけてきている【Ball】の編隊を殲滅、しかる後上空の群体に突入しこれを撃破。その後、そのまま此方に向かってきたベルゲン発の増援部隊を迎撃する」
( T)「瑞鶴、聞き及んだ通りだ。存分に暴れろ」
他の提督達も隣の筋肉同様配下の艦娘達に指示を下していき、しばしその様子が無線で混ざり合って聞こえる。
そして我が輩の耳は、爆発的な歓声によって一瞬機能を失った。
《【Fighter】瑞鶴、了っっっっっ解!五航戦の本気、見せて上げるわ!!》
《【Ghost】加賀、命令を受諾。────鎧袖一触よ、心配しないで》
《同艦隊龍驤、いっくでぇえええ!!艦載機の皆、ぶちかましたれぇ!!!》
《【はうんどどっぐ】鳳翔、出撃致します。実戦ですか………よい風ですね!!》
《ひゃっはーーーーー!!!パーーーっと行こうぜ、パーーーっとなぁ!!!》
(メメФωФ)「最後せめて名乗れよ」
戦力温存のため、そして敵航空隊を最大限引きずり出すために最前線に配置されながら雌伏の時を強いられた空母艦隊。ようやくその枷から解き放たれた彼女達は、文字通り「引き絞られた矢」であった艦載機を一斉に空へと撃ち上げる。
274:
狩りが、始まった。
『─────!!!?』
『『!??!?』』
『『『─────………』』』
本来空対空戦闘に優れるはずの【Ball】達は、我が輩たちへの対地襲撃に夢中になった結果自然と低空を飛び回る形に“誘導”されていた。掃射時間を長くしてより大きな被害を我が輩たちに与えるため軌道も平坦となっていた奴等を捕捉することは、百戦錬磨の此方の艦載機隊からすれば造作も無い。
エンジンが吠え、翼が翻り、火線が空を焦がす。白い玉がそこかしこで火の玉に変わり、本体から取れた線香花火を思わせる動きでふらふらと市街地に転落していく。
《【Ghost】加賀よりCaesar、市街地低空の【Ball】を殲滅。制空権を確保》
加賀からその報告が届くまで、時間にして1分かかったかどうか。
とにかく60秒に満たない時間で、鬱陶しく陸戦隊への空襲を繰り返していた白玉の群れは一つ残らず殲滅された。
《【Fighter】瑞鶴、敵主力群体への一番槍は貰ったわよ!全機、上がって!!》
《負けませんよ。鳳翔航空隊、【ふぁいたぁ】瑞鶴さんに続いて下さい!!》
攻撃は終わらない。零戦の【栄】発動機が、紫電改の【誉】が、96式艦戦の【寿】が、主人達の声色と同じぐらい歓喜に満ちた唸りを上げて機体を空へと駆け上がらせる。
『『『!!!!!???』』』
夜空に混じりてなお黒い敵艦載機の群体に、真下から火線が突き刺さる。翼の日の丸を爆光の中で輝かせつつ、艦載機隊は巨大な黒雲の只中へと斬り込んでいった。
(;・∀ ・)「…………すっげ」
内側から食い破られて、群体が一瞬で霧散する。なおも四方からのミサイルとバルカン弾に殴打されながら壮絶なまでの度で小さくなっていく敵群体の有様に、斎藤が頬に汗を垂らしながらぽつりとこぼす。
(;・∀ ・)「何度か見たことあっけど、やっぱ尋常じゃねえわ」
276:
三式弾と空対空ミサイルによる十字砲火で大きなダメージを負っていたとはいえ、未だ此方を遙かに上回る規模を保っていた敵の艦載機群。それを、かつて中国や太平洋の大空を舞ったレシプロ機が尋常ならざる数的不利を物ともせずに食いちぎり蹂躙する。
四分五裂した敵群体はムルマンスクの空から逃れようと試みた。F-35やA-10は友軍相撃を避けるため攻撃を停止して包囲網を解いており、三式弾も一時的に打ち止めとなっている。空間は広く空き、離脱軌道を取ることは難しくない。
が、ゼロ戦を始めとした帝国海軍が誇る名機達はそれを許さない。
背後から食らいつき、下から突き上げ、友軍機と共に挟撃し、正面から堂々と打ち掛かり、まるで太った鳩を撃ち落とすみたいに容易く敵機を狩っていく。
確かに、圧巻の光景だ。同じ“海軍”に所属する身として彼女らの練度をよく知り、斎藤のように幾度か似たような光景に居合わせている者さえそれに目を奪われる程度には。
ましてやロシア軍兵士各位は初見である。ただでさえ「巨大な怪物を笑顔で蹴り砕く重巡艦娘」やら「非ヒト型とはいえ深海棲艦を白兵戦で殺戮する人間の部隊」やら「ドデカイ矛をぶん回して生ける軍艦を三枚卸にする変態筋肉塊」やらを見せられ続けている彼らはとうとう理解力が擦り切れてしまったらしく、今にも「君はドッグファイトが得意なフレンズなんだね!」とでも言い出しかねない表情で誰もが空を見上げていた。
(メメФωФ)「Caesarより提督各位、“本番”はこの後である。
ベルゲンより進撃中の敵増援艦載機群到達まで一〇分を切った、やかに“狩り”を中断し戦闘態勢を取れ。燃料や弾薬の残が怪しい機の補給も忘れるな」
《《《了解》》》
無論、肝心の瑞鶴達は“手慣れたもの”でこそあれ油断はない。此方から指示が飛ぶや【Helm】達を追い回していた艦載機達は殆どがその動きをピタリと止め、上空で編隊を組み直し更なる敵の襲来に備えていく。
277:
………百数十メートル彼方の唇の動きを読める程度には我が輩は自分の視力に自信があるが、流石に“海軍”側の航空隊の損害の有無は目測で判断することは難しい。
しかしながら逆説的にいえば、“仮に出ていたとしても目算では気づけないレベルの損害”しか受けていないとも言える。
(メメФωФ)(僥倖であるな)
いつの時代も、寡兵が大軍を粉砕するという戦果はセンセーショナルだ。欧州とロシア連邦の命運がかかった戦いでその戦果が上がったという事実は、ロシア連邦や他の“海軍”の存在を知る国々にもこの上ないアピールとなるだろう。
無論、間もなくムルマンスクへ到達するベルゲンからの大規模な敵増援を跳ね返せなければその衝撃度は半減を免れない。だが、逆に其方にも痛撃を与えて制空権を維持することができたなら“海軍”として上げた戦果に更なる付加価値を付けることもできる。
そして慢心・油断ができるような彼我戦力差ではないが、空母艦娘達の平均的な練度や各提督達の指揮能力を考慮すれば全く絶望的な差というわけでもない。“付加価値”を得られる可能性は低くないはずだ。
思わぬ苦戦を強いられ死にかけはしたが、今ではそれすら“付加価値”を高める一因となりつつある。敗色濃厚の戦況を僅かな航空機で一挙に跳ね返した空母艦娘達という箔がついたことを考えれば、あの死を覚悟した数十秒も決して無駄ではなかったといえる。
( T)「クソみてえなこと考えてるときのツラだな」
ふと、首筋のあたりに冷気を感じる。無線越しの指示を終えて振り返れば、“昔馴染み”が酷く冷たい視線を我が輩に向けていた。
口元を真一文字に結び巨矛を肩に担いだまま仁王立ちになる様は、?形像のような迫力に満ちていた。
279:
(メメФωФ)「クソとは心外である。我が輩は“海軍”准将としての職務を全うしているに過ぎん」
( T)「あぁそうだろうな准将殿」
ぴくりと、奴が担いでいる矛が揺れた気がした。
もしかしたら我が輩に突きつける一歩手前で堪えたのかも知れない。
( T)「でも職務だろうがなんだろうが、自分の立てた作戦で死んだ奴使って損得勘定の算盤はじくのが悪趣味なクソ行為であることは変わんねえぞ」
(メメФωФ)「………筋肉は本当に万能であるらしい。まさかとうとうテレパスまで取得とは」
( T)「筋肉が万能なのは当たり前だろ。キン肉マン五千兆回読め。で、だ」
益々、突き刺さる視線が厳しくなる。顔全体をマスクで覆っているにもかかわらずそれが解るのは奴が強い感情を込めて睨んできているからか、或いは単に──双方不本意ながら──昔馴染み故の機微か。
( T)「今はクソ雑魚深海ウジ虫の殲滅が先だから深くはツッコまねえがな。一応、何かの間違いで、マッスル神の嫌がらせによって、この上なく不快なことに、俺はお前と顔見知りのような何かだ」
(メメФωФ)「どんだけ我が輩とのつながり否定したいんだよ流石に少し傷つくぞ」
( T)「映画【モンスター・トーナメント】の存在ぐらい否定したい。
……一応顔見知りのよしみってことで一つ忠告する。もう少してめえは周りに頭のレベルを合わせろ」
(メメФωФ)「………」
他人の鼓膜を破壊するために声を上げているのではと訝しみたくなるこの男が、周りに聞こえぬように配慮しながら囁く姿を我が輩は初めて見た。
( T)「てめえはウチの鎮守府の連中すらドン引きする“冷血非道ロマさん”だが」
(メメФωФ)「お前ボケないと死ぬ病か何か?」
( T)「俺はお前が、河了貂萌えのド変態ではあっても意味も無くゲスな考えする奴じゃないと思ってるつもりだ」
(メメФωФ)「前半のくだり間違いなくいらねえのである殺すぞ」
281:
( T)「杉浦六真は常に先を見据えて、二手三手どころじゃなく一仕事が“終わった後”やら“その次の仕事”のことまで考えながら動く。俺含め脊髄で目の前の敵ぶっ倒してるだけの下っ端組なんかとは比べものにならないぐらい広い視野で判断を下す人間だ。
でもな、その“視野”から見える景色はお前にしか解らねえんだよ」
我が輩の肩に、奴の左手がぽんっと軽く置かれる。
火傷の跡だらけの、酷くゴツゴツした一握りの岩のような手だった。
( T)「将棋と同じだ。プロ棋士にとっちゃ何十手も先を見据えて打った効果的な手でも、ド素人や初心者には解説されない限りその意図は解らない。独りよがりにお前にとっての最善手を打ち続けても、理解できないなら誰もついて行きようがない。
何もかも噛み砕いて教えてくれとは言わんが、せめて大まかな脳内ぐらい共有しろ。下手したらお前自身も気づかない内に道踏み外すぞ────あぁ、もう一つおまけで付け加えるけどな」
(メメФωФ)「………っ」
囁き声が、低く唸る猛獣のような調子に変貌した。
肩の骨が、軋む。僅かに奴の手に力がこもり、爪が、指が、肉に食い込み血管を圧迫する。神経が擦れるような痛みを脳が感知し、咄嗟に歯を食いしばって最後の意地で痛みの声を上げることだけは避ける。
( T)「今し方俺は“知り合い”としての義理は果たしたから、お前がこの後どんな選択をしようが口は挟まない。アドバイスを無視するなり弁えるなりお前に任せる。
───だけど、どんな理由があっても。どんな言い訳を並べ立てても」
肩を掴んでいた左手が離れ、直後に一閃される。
一陣の風が吹き、我が輩の右頬に新たな傷が薄らと口を開く。
青葉に勝るとも劣らない度の、手刀だった。
( T)「さっきみたいな表情で弾かれた算盤の珠に、もしウチの鎮守府の奴等が含まれたら────俺は間違いなくお前をムカデ人間より酷い目に遭わせる。それだけは覚えておけ」
(メメФωФ)「……怖いと言えば怖いが、どうにもしまらんなその脅しは」
言うだけのことを言って踵を返したデカイ背中に向かって、我が輩はそういって肩を竦めて見せる。
冷汗は出ず、代わりに真新しい傷口から赤い血の筋が頬を伝わり落ちていく。
282:
それにしても、随分と自分の部下となった艦娘達に入れあげたものだ。奴が“海軍”に入ることになったいきさつを知る身としては、その事には少し驚きざるを得ない。
否、寧ろ“だからこそ”なのか。………まぁ、考察の意義は大いにありそうだが今すべきことではないので後回しにする。
(メメФωФ)(………)
不知火と衣笠の元へと、戻っていく奴の背中を見ながら、“アドバイス”の内容を思い出す。
思わず、苦笑いが口元に零れた。
(メメФωФ)(すまんが、言われたのが少し遅かったようだな。もう我が輩は“戻れん”のである)
道など、疾うの昔に踏み外している。
“海軍”准将として、我が輩はあまりに多くを知りすぎた。共通の敵の出現による全人類の共和など夢のまた夢で、単に引き金を引いていないだけで未だ各国は机を中央に囲んで互いに銃口を突きつけ合っている。机の上に置かれたパイには“艦娘”という文字が刻まれ、机上の戦争である“国際政治”の勝者にはそのパイがより大きく切り分けられる。
(*゚ー゚)「ロマさん、マッさんと何を話していたんですか?」
(メメФωФ)「うむ、少しな。彼奴よりによってキングダムの発売日を忘れたらしいのでそれについて雑談をしていた」
(*;゚ー゚)「キングダム………あぁ、私あの絵の感じ苦手で」
(メメФωФ)「それ間違えても彼奴の前で言うでないぞ」
“机上の戦争”に勝つために。
深海棲艦と国際社会の外圧、二つの脅威から日本という国を守るために。
我が輩は、“蛇の道”に足を踏み入れることにした。
283:
後世に世界が、そして日本という国が残っていたとして、歴史家達が“海軍”という組織について紐解いた時我が輩の諸行を見てなんと言うだろうか。程度の差はあれ、碌な評価ではないことはおそらく間違いあるまい。
「【Ghost】叢雲、到着したわ!損傷は軽微、まだまだ戦えるわよ!」
(メメФωФ)「よし!各位再度の進撃用意!椎名、白兵装備の点検を全員にもう一度徹底させろ!」
(*メ゚ー゚)「了解です!」
だが、我が輩が死した後の世界で我が輩について何をどう言われようが知ったことではない。そもそも語られる世が残されなければ何の意味も無いのだから。
“海軍”として、あらゆる手段を用いて深海棲艦を駆逐する。
自衛隊として、いかなる手段も辞さず日本国を守る。
職務を果たし、存在意義を満たすために、我が輩は例えその先に断崖絶壁が広がっていようとも今の道を歩む。
他者を足蹴にし、部下を捨て駒にし、人命を損得で勘定し、上に昇り詰めるために策を講じ、時に味方をだまし、悪友さえ利用する。
それらこそが、今の我が輩が歩む道。
(・∀ ・メ)「准将殿、部隊再編完全に完了だ!」
(*メ゚ー゚)「市内各地の艦隊、陸戦隊も体勢立て直しました!ロシア軍主力部隊も機甲師団を中核として深海棲艦と戦闘中!」
(メメФωФ)「────攻勢再開!!ムルマンスクを何としても死守せよ!!」
それらこそが、今の我が輩の“日常”である。
284:
2017?4/23
基礎訓練期間を終えて、今日から私も正式に海上自衛隊付の「艦娘」として大洗鎮守府に着任することになった。基本は警備府での哨戒任務からと聞いていたのだが、私は成績が優秀だったそうでいきなり通常規模の鎮守府勤務だ。
誇らしい限りなので、この気持ちを日記に付けておきたいと思う。
2017?4/26
着任から三日が経過した。今日は演習に参加。
提督はとてもいい人で、所属する艦隊も旗艦である山城を中心に非常に練度が高い。
特に山城は本当に並外れた戦闘能力を持っている。聞けば、所謂「ヒトケタ組」なのだそうだ。
なるほど、道理で。
私も早く彼女のように縦横無尽な活躍を見せたいものだ。
2017/5/10
赴任からそろそろ一ヶ月となる今日、遂に海上での初任務に就いた。巡視船【しきしま】と共に近隣海域の哨戒を行う。
深海棲艦の駆逐が日本近海ではほぼ完全に終わっていることもあり、敵との遭遇はなかった。
………平和は良いことなのだが、正直少し残念だ。
あ、いやいや。いかんいかん……
285:
2017/5/18
近隣の警備府に用事があり早朝哨戒の帰り際に立ち寄ったのだが、門番が所謂“双子”で少し面食らった。
アレほどそっくりな兄弟というのはなかなかお目にかかれない、雷と電も真っ青だろう。
少し立ち話をしてみたが、なかなか愉快な奴等だった。今度酒でも酌み交わしてみたいものだ。
2017/5/19
明日は例の学園艦とか言う超巨大船の帰港時護衛ということで、入念な事前会議が行われた。
提督からは近隣の警備府も支援につくし日本近海なのでそこまで緊張しなくて良いと言われたが、やはり気を引き締めるに越したことはない。
2017/5/20
大洗女子学園の護衛はつつがなく完了した。自衛隊が使っている方の【かが】まで導入した大がかりな護衛だったが、天気明朗にして波低しで若干大袈裟だったように思う。とはいえ、深海棲艦相手に“過ぎたるは及ばざるが如し”はないので仕方ない面もあるが。
それにしても、これほど巨大な艦を教育の場として海に浮かべられるほど日本が発展してくれていたことは嬉しい限りだ。
今夜はあの巨大な艦影を肴に飲もう。
286:
2017/6/3
訓練をサボった望月を探しに行ったら、奴は部屋でテレビを見ていた。あにめいしょんという奴で、何かクラゲみたいなキャラクター(( ^^ω)←絵にするとこんな感じ)が少年と交流する話らしい。
望月を叱るつもりで部屋に突入した私は、うっかりこのあにめいしょんを一緒に見入ってしまった。
結果、私も一緒に提督に怒られる。
一生の不覚だ……
2017/6/11
アメリカ合衆国の空軍が海上で捕捉した深海棲艦を数隻撃沈したらしい。
かの国は艦娘がアイオワとサラトガの二種だけなのだが、質と量を兼ね揃えた圧倒的な軍事力で深海棲艦との戦いも優位に進めていると聞く。
あんな馬鹿げた力の持ち主と戦争していたのかと思うと背筋が寒くなる。
2017/6/15
鎮守府の食堂テレビを眺めていたら、大洗女子学園とは別の学園艦が創立記念日を迎えたとかでニュースになっていた。何でも創立90年目の節目の年であるそうだ。
………私が進水した年と同じじゃないか、何か照れくさいな。
よし、今夜はあの巨大な姉妹と夜空を通じて酒を酌み交わすことにしようかな。
287:
2017/6/16
おかしい。
私が記憶する限り、大日本帝国の軍艦として戦っていた時分にあんな巨大な船は見たことがない。
昨日はついつい流してしまったが、進水年まで同じなら流石に覚えているはずだ。
それとも、“軍艦”としての記憶の残り方には個人差があるのだろうか?
或いは、広い広い海原でたまたま会っていないだけなのか。
2017/6/22
どうしても学園艦のことが気になってしまい、提督に他の学園艦はどれくらい前からあるのか聞いてみた。彼は少し驚いたように目を丸くした後、創立30年もたってないものから100年以上の歴史があるものまで様々だと答えてくれた。
有り得ない。あんなものが近海に複数浮いていたのに、軍艦だった頃の私が気づかない可能性があるだろうか。
それとも艦娘化に伴う記憶障害のような副作用?
あぁ、頭が痛い。飲まないとやっていられない。
2017/6/28
ここ何日か任務中や休憩中に同僚達に“学園艦”について聞いているが、どうも要領を得ない。
それは何かを隠しているとかそういった類いではない。この件については“話が通じない”のだ。
彼女達は皆学園艦を認識している、なのに学園艦の話題、特にある特定の内容に触れると彼女達は皆口を揃えてこう言う。
「ごめん、今何て言ったの?」
彼女達の、心底不思議そうな表情が恐ろしい。
288:
2017/7/4
在日米軍、海上自衛隊、そして横須賀や呉の“司令府”所属艦娘達による大規模訓練が行われたとニュースでやっていた。
……ここに来た頃の私なら、自分も一刻も早くこんな場に参加できるよう研磨を積まなければと決意を新たにしたことだろう。
でも、今の私は胸に渦巻く疑問に悶え、とても士気を奮い立たせる気にならない。
いったい、私はどうなってしまったんだろう。
2017/7/10
オランダ領キュラソー島近海にル級を旗艦とした深海棲艦が出現。アメリカ、オランダ、ベネズエラの海軍がこれを迎撃し殲滅に成功したらしい。
……深海棲艦の活動は再び活発になりつつあるのに、私はなにをやっているのか。
2017/7/20
私は未だに信じられない。
今朝やっていたニュース、アレが本当ならば、私が“可能性の一つ”として考えていた選択肢の中で、最も有り得ない物が真実だったと言うことになる。
何故、あんな物があそこにある。
何故、かの船が未だに残っている。
この“日本”は、私の
289:
《眼が覚めたようだね、製造No.83。
あぁ、安心してくれ。ご覧の通り我々は君に危害を加えるつもりはない。拘束も加えていなければ周りに武器を持った人影もないだろう?》
《ただ、部屋に関しては戦車道にも使われる特殊カーボンを何十層にも渡って重ねた強固な壁を用意させて貰った。艤装を使えるならいざ知らず、君達の腕力を持ってしても破壊は困難なので悪しからず》
《……回りくどく話を続けてもこんがらがるだけだ。単刀直入に行こう。
君の書いていた日記は押収し、我々の方で読ませて貰った。乙女に対する仕打ちではないことを重々承知しているが、我々人類にはそういったものに配慮をする余裕が現在なくなりつつある。
そして少なくともこの二、三ヶ月で完全に無くなる可能性が極めて高い───我々はそう予測している》
《我々が非人道的な手法で君を連れ去る直前、最後に日記に書かれていたであろう内容………これは正しい。艦娘にも一般にも公にされていないが、君は真実に辿り着いた。───本来艦娘の諸君には辿り着けない、辿り着いてはいけない“真実”に》
《フィクションの世界なら君はこのままひっそりと消されるところだな、ハハハ………うむ、笑えない話だったな、すまない。話しにくいのでカメラを悪鬼羅刹の形相で睨むのをやめてくれ》
《さて、ここから先の話だが、まず君には“全ての真実”を包み隠さず伝えよう。だが一方で、君に“今後に関する選択肢”は現時点では存在しない。
なので、最初にしておかなければならない挨拶をすませておくよ》
(`・ι・´)《私はアルタイム=スモールウッド。この“艦隊”の総提督を担っている。
“海軍”へようこそ》
290:
少女の足が一閃される。短い呻き声を残して、ホ級flagshipの頭部がすっ飛んでいく。青い血が断裂面から噴水のように噴き出して、周囲の倒壊した家屋の瓦礫を染め上げた。
「おっ………と」
絶命し斃れ行く20メートル越えの巨躯に潰されぬよう、少女─────重巡洋艦娘・青葉は適度な高さまで地面が迫ったところで軽やかにホ級の肩から飛び降りた。トンッと響いた小さな足音は、直後にズンッという背後のバカでかい死骸の転倒音で掻き消される。濛々と舞い上がった雪煙を吸い込んでしまい、青葉は思わず数度咳き込んだ。
「ふっ────と!」
視界が奪われ続けるのを嫌い、彼女は即座に雪煙の中から転がり出て構えを取る。………が、半径百メートル以内に転がるのは瓦礫と屍体の山ばかりで動くものなど一体たりともいやしない。
291:
「…………うーん」
一度構えを解いて、青葉は足下に転がっていたイ級だかハ級だかの下顎を拾い上げてみる。これでもかと言うほど意味の無い行為なのだが、どうにも拍子抜けしてしまった彼女は次の行動への思考を取り戻すのに若干のタイムラグを要している。
「まさか、本当に一発の弾丸も使わずに済んでしまうとは思いませんでしたねぇ………」
下顎を手の中で玩びながら、誰にともなく呟く。彼女の口調は例えば期待外れな大作映画を見終わった後のような、緊張感が微塵も感じられない場違いなものだった。
改めて、青葉は周囲の屍体の山を眺めてみる。優に30を越えるそれらは全て非ヒト型で、艦種も死に様もバリエーション豊かだ。
ただ、ほぼ一撃から、多くても三撃以内に絶命しているという点は悉く共通している。
「手応えがなさ過ぎるなぁ、幾ら非ヒト型だからってさ」
本来喜ばしいことであるその感想を、青葉は心底不満げに口にする。それがタチの悪い冗談ではない証拠に、彼女の口元はへの字に曲がり眼の奥にはいっそ怒りに近い光が宿っていた。
292:
しばしその表情のまま腰に手を当てて固まっていた青葉は、彼方で炸裂した爆発音でようやく我に返る。
『ウォオオアアアアアアアアアアアッ!!!!?』
視線を其方に向ければ、丁度flagshipと思われる大型のト級が吹き飛ばされた左頭から煙を上げながら斃れていくところだった。
舎弟である──尤も青葉個人としては決して本意の関係ではない──武蔵の砲撃かとも思ったが、直ぐに違うと思い直す。彼女は衣笠と並ぶ艦隊屈指の砲撃戦の達人だ。あんなデカい的の即死させることができない部位を砲撃するなんて有り得ない。
ともあれ、自身の周りが静かなだけで戦闘はまだ続いている。青葉は杉浦や彼女の提督に繋げるべく無線のスイッチを入れた。
「【Fighter】青葉よりロマさん、聞こえ────ひゃあっ!?」
ザリザリザリと、爪で粗い岩の表面を掻き毟っているような不愉快な雑音が鼓膜を揺さぶる。提督や時雨、衣笠あたりに聞かれれば向こう三年はからかわれそうな情けない声が口から飛び出し、青葉は赤面しつつ自身が1人であることに感謝した。
「………あー、司令官?司令官?聞こえますか?ワレアオバ、ワレアオバ─────ダメみたいですね」
続けて彼女の提督にも通信を試みたが、彼女の表情が雑音の不快感に歪むだけの結果に終わる。立て続けに統合管制機、他の艦隊の提督、“海軍”航空隊といった具合に無線のチャンネルをまわしていくが、結果は変わらない。
「………最前線単身で通信手段喪失は、流石にちょっと不味いかな?」
少しだけ、青葉の表情が曇る。自身の実力を客観的かつ正確(よりやや控えめ)に見積もっても、この戦場に集う並みの深海棲艦を相手取って不覚を取る可能性は低い。ただし“低い”とはつまり“皆無”ではなく、流石に友軍の援護も全く得られず“不覚を取った”場合のサポートが受けられない現状は青葉と言えどなるべく続けたくは無かった。
293:
「…………」
ふと、青葉は気づいた。ここまで考てようやく違和感にたどり着いた自分へ若干の苛立ちを感じつつ、彼女は周囲の様子に全神経を集中しながら再び構える。
「静かすぎる、よね」
独りでに、言葉が漏れた。
ムルマンスク全体では未だに激しい戦闘が続いているのに、彼女の元には眼前の敵艦隊を殲滅した後は砲弾一発さえ飛んでこない。【Helm】一機すら現れない。
杉浦から言われた、「深追いはするな」という指示が今更ながら脳裏に蘇る。
(ああ、青葉の悪い癖だよこれ)
例え思い直せば歯応えの欠片もない敵に対しても、「戦闘」というだけで理性が飛んでしまう。
おびき寄せられ、戦場の外れで孤立した─────自身の状況を、青葉が正確に理解したその瞬間。
「────っ!」
一発の砲弾が、彼女の横を掠めて駆け抜けていく。
294:
艤装内の装置が起動し、周囲に船体殻が展開する。まともに命中すれば青葉の左半身ぐらいは吹き飛ばしていたであろう砲弾は、不可視の防壁の上を滑り逸れていく。
軌道が変わった砲弾は後ろでイ級の残骸に直撃し、弾薬に誘爆したのか巨大な火柱が上がった。
更に二発、三発、四発と砲弾が向かってくる。回避進路も同時に塞ぎながらの見事な射撃だが、青葉の飛び抜けた動体視力はこの内直撃コースにある砲弾が高角砲クラスの小口径弾であることを見抜く。
「せや!!!」
一歩も動かず、右腕を横に振る。信管が作動しなかった砲弾は弾かれてくるくると回転しながらあらぬ方向へ飛んでいき、20m程向こう側で改めて破裂した。
「───もうっ!」
息継ぐ間もない。両側で主砲弾二発が轟音を奏でるのと同時に、姿勢を可能な限り前傾にして駆け出す。
五発目、六発目の砲弾が低い弾道で相次いで頭上を通過。六発目の砲弾は船体殻の上部スレスレを削り、微かに火花を散らした。
「っ」
ほんの3Mほど背後から、熱と突風が爆発音に併せて吹き付けてくる。青葉はその場で跳び、あえて風に身を任せて宙に身を躍らせた。
「くぅっ………?!」
後押しされた身体はしかし、先程倒したばかりのホ級flagshipの屍に衝突して直ぐに止まる。肉体部分に当たるよう姿勢は制御したが、それでも衝撃に一瞬息が詰まる。
「うぇ………」
あと、ぶよぶよした腐敗臭が凄まじい肉塊に正面から飛び込んでいった結果肉片や体液を全身に浴び、腐った魚をすり潰した汁を頭から被ったような気持ちを味わう羽目になった。
二度とやるものかと、青葉は固く心に誓う。
295:
ともあれ、爆風を利用して一気に移動距離は稼げている。
青葉はホ級flagshipの影に隠れながら、この日初めて起動した20.3cm連装砲と15.5cm単装砲に弾薬を装填した。
「索敵も砲撃も雷撃も────青葉にお任せ!!!」
『ッ!』
路上に飛び出しながら立て続けに二発、主砲を放つ。距離にして直線100mほどの位置に立っていた“人影”が横に跳び、砲弾を躱す。
「追加取材入りまーす!!」
『────!!』
間髪を入れず、着地際に併せて副砲も射撃。第4世代戦車でも一撃で吹き飛ばせる威力を誇るその砲弾に向かって、“人影”は起き上がり様に勢いよく拳を振り上げる。
天高く打ち上げられた砲弾は、更に50m程先まで飛んだ後ようやく地面に突き刺さって火柱を上げた。
『♪』
「わわっ、とと!?」
“人影”の手元で銃火が瞬いた。機銃弾が雨霰と飛来し、ホ級の屍と地面を削ってあたりに肉片や石片を撒き散らす。
「っくぅ!?」
塞がれた視界、そこに紛れてすかさず飛んできた砲弾を、ボクサーのダッキングのような動きで辛うじて躱す。
1分に満たない僅かな攻防で、青葉は痛感した。
今までの深海棲艦と、この個体は格が違うと。
296:
「このっ!」
15.5cm単装砲が二度続けて火を噴いた。砲弾はしかし彼我の距離を考慮してもあまりに低く、案の定二発とも“敵艦”の遙か手前で地面に突き刺さる。
だが、命中はせずともその爆発は視界を、射線を奪うには十分な大きさだ。先程向こうがやってきた機銃掃射など比べものにならない量の土埃が火柱と共に舞い上がり、“人影”の周囲を覆う。
はずだった。
『────ッ!』
向こうはそれを読んでいたのだろう。砲撃が炸裂した瞬間にその身が凄いさで横へ跳ぶ。地面を一回転して態勢を素早く立て直した“人影”は、そのまま両手の艤装を青葉に向けた。
「よーく、見えますねっと!!」
尤も、当の青葉はその時既に主砲を放っていたのだが。
『────ッ!!!?』
“彼女”は心底面食らった様子で眼を見開きながら、青葉に照準した艤装を咄嗟に足下に向ける。
「───なっ!?」
『…………ッ!!!』
迷わずの発砲。今度は青葉の眼が見開かれた。至近距離で炸裂させた自身の砲撃の爆発によって身体を後方に吹き飛ばし、直撃弾となるはずだった青葉の砲弾四発は“人影”が一瞬前まで立っていた位置に着弾し次々と巨大な火柱を上げる。
「まずったなぁ………!」
奇しくも自らの目眩ましを敵に提供してしまう形となり、舌打ちと共に艤装を構えながらバックステップでその場から下がった。
じっとしているという選択肢は案の定悪手だったようで、一秒と経たずに粉塵を切り裂いて飛来した砲弾がそこに突き刺さる。
「わわわ!?」
直撃したわけではないのでダメージはほぼなかったが、咄嗟の後退だったため姿勢は不安定。爆風に押されて青葉の身体は仰向けに地面に倒れる。
「…………ちぃっ!!」
更に、追撃の砲声が二つ三つとあたりに響く。咄嗟に地面を転がり再びホ級の屍の影に隠れた青葉の身体に、頭からぱらぱらと大量の砂粒が降り注いだ。
「うわぁっ!!?」
四発目の砲弾は、絶命したホ級の艤装部分にめり込む。
目の前を光が覆い、鼓膜を轟音が揺らす。
今度は自身の意志とは関係無しに、青葉の身体が熱を感じつつ宙に浮いた。
298:
艦娘の艤装は、現代科学の粋を集めて作られたスーパーテクノロジーの塊だ。
“海軍”印の艤装となれば(謎の大爆発を起こす可能性がある点を除けば)世界最高水準の装備であり、例えば高所からの落下時や大口径砲の使用時に受ける衝撃の吸収機能などは一般的な艤装のそれを大きく上回る。
とはいえ、それでも吸収できる衝撃には“限度”というものがある。
軽巡洋艦とはいえ軍艦1隻分の弾薬が至近距離で爆発したことによって吹き飛ばされ、凄まじい度で地面に叩きつけられた際の衝撃は当然限界値を大きく上回っていた。
「─────っあぐ!?」
空中で態勢を整え、何とか足から着地する。が、全身に走った激痛は艤装が軽減してなお並みの物では無く、意識が飛びかけて青葉の視界がぐらりと歪む。
『────………!!』
その様子を見てトドメを刺す好機と捉えたか、青葉が着地すると同時に爆煙の向こう側から敵は猛然と突撃を開始する。
実際、本来ならこれは英断だ。常人どころか、並みの練度なら艦娘ですら耐えることはできなかったであろうダメージ。奇跡的に意識を失わずとも、しばらくはまともに動くことすら困難になる。
「…………このっ、程度でぇ!!!!」
故に、意識を保つだけにとどまらず反撃に移れた、この青葉が規格外なのだ。
「ぐぅっ………!!」
『─────ッッッッ!!!?』
主砲撃によってただでさえ不安定だった姿勢は崩れ、青葉の身体は子供のでんぐり返りのように後ろへと一回転した。しかし突進してきていた敵影の方も今度こそ避けきれず、爆風と直撃弾の衝撃によって壁に当たったゴムボールのように来た道を跳ね返される。
再び、彼我の間に距離が開く。
ただしそれでも、交戦開始直後は150Mはあった間合いは、今や20Mほどまで詰められていた。
299:
バチ、バチ。
短く二回、自身を覆う船体殻が艤装が上げた火花に合わせて明滅する。
本来無色不可視の防壁が、僅かに黄色くなっているのを青葉は視認する。
(………小破、ですか)
損傷としてはさして大きな物では無いが、それでも艤装の稼働率に僅かながら支障を来す。当然、決して喜ばしいことではない。
嗚呼、なのに。
(─────青葉、なんで満面の笑みなんて浮かべちゃってるんでしょうねぇ)
別に、今まで小破どころか中破・大破も経験しなかったわけじゃない。“海軍”設立間もない頃は物量差に加えて此方が押し込まれていたことも手伝って、遙かに危機的な状態を迎えたことも数え切れないほどある。
だが、それらはあくまでも“物量に押されて”のこと。押し寄せ群がる、一向に減らない深海棲艦の大艦隊にダメージを蓄積させていった結果だ。
では一体一体の手応えはというと、特にあの筋肉ムキムキの変態に鍛え上げられて以降はまるで感じたことはない。姫や鬼なら多少手こずるかといった程度で、基本的には(あくまでも彼女を筆頭とする“海軍”水準で)凄まじい数量以外の面で深海棲艦が脅威となることはなかった。
いつ以来だろう。【単艦同士の攻防】で自身が明確な損害を受けたのは。
何ヶ月、否、何年ぶりだろう。これほど心の底から高揚できる、命をかけていると実感できる戦いは。
「いや、ホント─────司令官の悪いところばっかり似ちゃいましたね。青葉って」
全身を震わせるほどの、青葉の歓喜に応えるように。
『──────♪♪』
紅い瞳を爛と光らせて、“彼女”も………【重巡リ級elite】もまた、歯を剥き出しにして笑った。
301:
しばしの間、両者は沈黙のまま視線を交わしていた。
まるで何年も愛し合っていた恋人同士のように見つめ合いながら、
まるで何年も互いの命をかけて戦ってきた仇敵同士のようににらみ合いながら、
青葉と重巡リ級eliteは、廃墟と化した街の一角に佇む。
「『─────………!!!』」
動いたのは、同時。
獲物を見定めた肉食獣のように獰猛な視線で相手を見据える。
森の中を駆けるカモシカのように軽やかな足取りで距離を詰め。
2人は全く同時に、眼前の“敵”めがけて互いの拳を突き出した。
302:
限界まで積み荷を載せたダンプカー同士が最高で正面衝突したような轟音が辺りに鳴り響く。
突風が逆巻き、砂煙が舞い上がる。大和の46cm砲の炸裂と見紛うばかりの衝撃。
その中心で、この光景を生み出したのが身長160cmに満たない二つの人影の交錯だと、誰が信じられようか。
『………ッ』
「───っふぅ!」
青葉とリ級eliteは、拳を突き出した体勢のまま衝突した独楽のように互いを弾き合う。着地した二人の足が地面を削り、がりがりと耳障りな音を立てて10Mあまりの距離を滑走する。
『──────キヒッ♪』
「……………アハッ♪」
、、、
嗤った。
二人の少女が。
2隻の重巡洋艦が。
2匹の怪物が。
互いに見交わし、眼を見開き、白い歯をこぼし。
抑え切れぬ狂喜を、狂気を滲ませて、再び嗤った。
「あはははっ!!」
『ギヒィッ!!』
嗤いながら、両者は同時に右腕の主砲を放つ。20mもない空間の中心で互いの砲弾が交錯し、それぞれ相手めがけて飛んでいく。
爆発音は聞こえず、代わりにキンッと甲高い金属音が鳴った。
両者の足下に、手刀で両断された砲弾が力なく転がる。
303:
攻防は止まらない。既に砲弾の残骸が地面に到達したときには両者ともその場におらず、再び0距離で構えを取っていた。
リ級が裏拳を放ち、青葉がそれを上からはたき落とす。
すかさず顎に向かって掌底を放てば、これをリ級が肘打ちでそらす。
突き出される手刀。身体を捻り躱す。
そのまま足を伸ばして蹴り。膝で受け止められる。
弾かれ様に腹打ちの拳。両手の平で受け止める。
そのまま投げの体勢へ移行。身を捻ってリ級は見事に足から着地した。
手をふりほどかれその勢いを駆っての回し蹴り。ダッキングで躱す。
そのままボディブロー……は、跳び下がって避けられた。
追撃で踏み込んだところにかかと落としが降ってきた。咄嗟に横に転がって免れる。地面が鈍い音を立てて10数センチも陥没する。
飛び起きながら顔面にパンチ。向こうの左手に受け止められる。
リ級から渾身の右フック。此方も受け止める。
『───ッ!』
「───ッ!」
両手が塞がった状態で、2人は勢いよく互いに頭を振りかぶる。
骨と骨がぶつかる鈍い音。2人の額から青と赤、2種類の色の血が流れ出て、ぽたぽたと足下に落ちていく。
304:
「………やっぱり、貴女“あの”リ級ですね?」
互いの額がピタリとくっつき、ルビーのように紅い二つの瞳がまさに“目の前”で踊る中、青葉は歯の隙間から絞り出すような──はっきり言って外見美少女が出すものとしてはあまりにも相応しくない──声でリ級に語りかける。
「大本営から聞いてますよ。リスボン沖事変、そしてベルリンの戦いに現れた、異様に高い戦闘能力と明らかに他の深海棲艦と比較して豊かな情緒を併せ持った特殊個体の話。
断片的な話しか聞いてませんが、それでもすぐに解りましたよ。青葉達の“同類”の1人だってね」
青葉は、また嗤っている。額から流れてくる血に顔面を染め上げながら、心底愉快そうに、心底愛おしげに嗤っている。
「行動パターンを見る限りどうも“お気に召した”方がいるかなと思ってたんですが………まさかはるばるロシアまで来るとは。お気に入りさんが諸事情で出てこなくて、ちょっとした暇つぶしにでも来たんですか?」
『──────キヒッ』
リ級もまた、笑い声を漏らす。言葉での返答はなかったが、その表情が何よりも雄弁に問いの答えを示していた。
「ええ、ええ。青葉達は幸運ですねぇ。お互い、思わぬ“お楽しみ”に出会えました………さぁ」
もう一度、2人は頭を振りかぶる。
激突した額の皮膚が更に深く裂け、2色の相反する色の血が混ざり合いながらあたりに飛び散る。
東の空が微かに白み始める中、ムルマンスクの街に佇む2匹の血濡れの化け物は笑みかわす。
「──────この世界の“はぐれ者”同士、仲良く殺し合いましょう。
ねぇ?“バグ”さん?」
307:
扉を開けた瞬間、入り口僅か数センチのところを弾丸が一発掠めていく。
舞い上がった雪混じりの粉塵が地面に落ちきる間もなく、何十挺という数のAK-12が下手くそな学生コーラスのように一斉にがなり立てた。5.45x39mm弾が嵐のように扉前の空間を駆け抜け、正面のシャッターも弾雨に撃たれて甲高い金属音を途切れることなく鳴らし続けている。
(,,゚Д゚)「そりゃあおいそれと出しちゃくれないわな」
「こんなところに逃げ込んだら当たり前でしょ」
単に“扉の前”に敵がいなかっただけで、俺達の籠もる倉庫自体は守備隊側にきっちり包囲されているらしい。まぁ、2番艦が後ろで愚痴るとおりわざわざ逃げ道皆無のどん詰まりに飛び込んだ敵を捨て置くのはバカの諸行だ。罠でも警戒したのか、数や火力に任せて踏み込んでこなかったあたり敵は寧ろ慎重に過ぎるとさえ言える。
………勿論、目論見がなきゃ俺だってこんな間抜けな場所に転がり込んだりはしない。
(,,#゚Д゚)「衝撃注意!!!」
倉庫全体に聞こえるよう叫びながら、俺はあの不愉快な絵が描かれた手榴弾をピンを抜いて放り投げる。ファルロがすぐさま俺の警告をロシア語に言い直し、突撃体勢を作っていた全員が床に身を伏せる。
コロコロと床を転がる色々とふざけた手榴弾は、倉庫前面のシャッターの前で回転を止めた。
(,,; Д )「ぬぉっ……!」
巨大な光が、炸裂した。
308:
ズンッ!!!とヘソのあたりが冷えるような音が響き、身体の下で地面が激しく揺れる。
手榴弾一個から放たれたとは到底思えない“爆発”。至近距離から諸に受けた前面シャッターは、当然の帰結として規格外の爆発エネルギーによって無数の破片に姿を変えながら“外側”に向けて飛び散った。
「paaaa!?』
「ложись!!』
「Болеть……Болеть……』
「Санитар!!』
鉄の散弾は、狙い通り敵の築いた包囲網に殺到する。ガラスが割れる音や敵兵の絶叫と悲鳴が響き、たちまち血の臭いが此方まで漂ってくる。
(,,;゚Д゚)(マジで技術部何造ってんだよ)
ホ級が(文字通り)木っ端微塵になった時は内部弾薬に誘爆したせいもあったのかと思っていたが、この惨状を見る限り手榴弾それ自体の威力もやはり常軌を逸していたようだ。
……というか、投げる位置を心持ち遠めにしておいて本当によかった。倉庫の前面部分はほぼ7割方消し飛んで天井まで吹き飛ばされており、少しずつ白み始めた夜空がぽっかりと空いた穴から暢気に俺達を見下ろしている。
309:
技術部のイカレぶりには一言どころではなく文句があるものの、ともあれ敵の包囲部隊は突如として発生した大損害に著しく混乱している。
飛び交う悲鳴と怒号に統率は感じられず、濃密だった弾幕は今やバラバラと申し訳程度に飛んでくるだけ。
────畳み掛けない手は、ない。
(,,#゚Д゚)「突撃!!」
(#゚∋゚)「Guys,Go!!」
(# ̄⊥ ̄)「давай! давай! давай!!」
三つの国の、同じ意味を持った叫びが飛ぶ。生ける軍艦三名を含んだ3ダースの軍人達が、一斉に武器を構えて立ち上がる。
(,,#゚Д゚)「ゴルァッ!!」
外へと身を投げるように転がり出た瞬間、頬と足下を掠めて立て続けに二発の弾丸が飛んでいった。間髪を入れず姿勢を正しながら反射的に撃ち返すと、膝立ち姿勢でAK-12を構えていた敵兵が1人100mほど先でもんどり打って地面に斃れる。
(,,#゚Д゚)「正面の敵はまだ抵抗力を有している、確実に始末しながら前進しろ!」
「ウゥアッ……』
後続に叫びながらもう一つ連射。負傷した味方を引き連れて物陰に隠れようとしていた奴を撃ち倒す。
引き摺られていた方も腰に手を伸ばしたが、これは直ぐ後ろに着いたファルロが鉛弾で黙らせた。
310:
(,,゚Д゚)「あんな甘えたことほざいてた奴が元同僚や元部下に銃口向けられるかどうか心配してたんだがな!」
( ̄⊥ ̄)「なめて貰っちゃ困る、提督になる前は“Frogmen”の候補だったんだ!」
「カッハ………』
ファルロのAK-12が再び火を噴く。右肩にシャッターの破片を突き刺しながらも銃口を向けようとしていた敵兵が、喉から噴き出る血を抑えながら崩れ落ちた。
( ̄⊥ ̄)「Гангутの安否が解らず動転していたのは事実だが、祖国のために全てを尽くす覚悟は軍に志願した頃からすませているさ!」
(,,゚Д゚)「そりゃ頼もしいお言葉だ!」
地面にめり込んで屹立したやや大きなシャッターの残骸の裏側に滑り込み、それを盾としながら射撃。鉄骨が突き刺さっているBRDM-1の影から撃ってこようとした敵兵の頭蓋骨が弾けて、頭を無くした胴体がビクビクと気味悪く痙攣しながら車体に寄りかかって踊る。
(,,゚Д゚)「……しかしよくもあんな骨董品がこの最前線に残ってんな、あの偵察車ソ連の頃の採用じゃなかったか?」
( ̄⊥ ̄)「この国のただっ広い沿岸部を守り抜くには四の五の言っていられなくてね、基地によってはKV-2を現役に復帰させたところもあるぐらいだぞ」
(,,゚Д゚)「プラウダ学園生が泣いて喜びそうだな。装甲車はだいたいが潰れてるがまだ盾としては十分役割を果たしてる!注意しろ!!」
「了解!!」
“海軍”の1人が、返事と共に手榴弾のピンを抜き放り投げる。
装甲車の残骸の下に潜り込んだそれは、BRDM-1一台とその周囲にいた人影8人ほどを纏めてこの世から跡形もなく消し去った。
311:
俺達が籠もっていた倉庫は、半円形に展開した80人ほどの部隊によって包囲されていた。ソヴィエト連邦時代からの骨董品とはいえ機関銃付の装甲車も所持していた事を考慮すると、【艦娘】の3人以外には突破がかなり辛い相手だったに違いない。
(,,#゚Д゚)「押し込むぞ、動く奴は片端から撃ち殺せ!」
(#゚∋゚)「俺達は前段部隊を左翼から突破する!
Follow me!!」
だが、初っ端の“奇襲”で敵包囲部隊は早々に1/3近い戦力を失っている。間を置かず全戦力で畳み掛けた結果、俺達は主導権を早々に握った上で攻勢に出ることに成功した。
(# ̄⊥ ̄)「奴等は同胞ではない、祖国を脅かす反乱者だ!銃口を鈍らすな、皆殺しにしろ!!
шагом-МАРШ!!」
「「「ypaaaaaaaa!!!」」」
ことに、ファルロたち密造酒マフィa……ロシア軍残党部隊の攻めの苛烈さは尋常ではない。鬼気迫る表情で銃を構え、弾丸一発一発に気迫を込めるようにして放ちながらかつての同僚を、仲間を殺す様には正直背筋に走る震えを抑えることができない。
散発的とはいえ反撃の銃火は敵側も上がっていくのだが、足下や頬を火線が掠めても眉一つ動かさない。怒りに燃える眼で前方だけを見据え、雄叫びを上げながらファルロ達は“反乱者”を粛正していく。
「отступать!!』
銃撃戦開始から五分と経たず、相手の指揮官と思わしき男が掠れた声で叫んだ。
既に残り半数を切っていた敵兵は、近くの負傷者を抱え起こしながら転げるようにして退却を開始する。
312:
「包囲部隊、退却を開始!」
(,,#゚Д゚)「次が来るぞ、遮蔽物の確保急げ!」
動向自体には注意を払いつつも、一先ず包囲網に関しては元々崩せさえすれば殲滅の必要性はない。目に付いた敵2、3人を射殺した後は、倉庫からふっ飛んできたと思われる鉄の柱が突き刺さって横転しているBRDM-1の内一台の影に隠れる。
江風と村田、それからロシア兵と“海軍”兵がそれぞれ1人ずつ俺の後に着いてきた。
(,,;゚Д゚)「合図があるまでは動くな!それと残弾の管理はしっかりと……うおっ!?」
野外に展開していた敵は、包囲部隊だけではない。その更に100M程向こう側────ついさっき俺達が鎮守府本舎からの攻撃を受けたバリケードのあたりに、もう一段敵の防御陣地が待ち構えている。
そこから、何十条という火線が此方に向かって延びてきた。俺達が隠れた装甲車にも次々と銃弾が突き刺さり、甲高い金属音と共に連続的な火花を上げる。
主力部隊はおそらくこちらなのだろう。兵力規模は少なく見積もっても前段の包囲部隊と比較して3倍から4倍はある。中にはRPG-16と思われる筒を担いでいる人影も幾つかあり、装甲車の数は優に10台越えの充実ぶりだ。
巨大な戦力を誇る敵主力部隊は、しかしながら数に飽かせて突撃してくるような真似はしない。後退していく包囲部隊の存在を考慮してか幾らか控えめではある物の、それでも豊富な火力投射によって俺達の進軍を妨げることに注力している。
「……こりゃ凄いですね。まさに弾幕ですよ」
(,,゚Д゚)「全くだ」
反撃しようにも、手や頭を出せば途端にミンチのできあがり。とてもじゃないが動けたもんじゃない。
装甲車の影で縮こまる俺の耳に、インカムから女の声が飛び込んできたのはその時だ。
313:
('、`*川《統合管制機よりWild-Cat以下第1波空挺団各位に通達、今より120分後に“海軍”航空隊とアメリカ空軍によるトゥロマ川流域全体への大規模空爆が敢行されます。
特に港湾施設への攻撃は重点的に行われるため、鎮守府付近で活動中の部隊は十分な注意を払ってください》
(,,゚Д゚)「…………Wild-Catより統合管制機、それは作戦指揮官の【Caesar】も了承済の内容か?」
('、`*川《当然。寧ろ准将が大本営に具申し許可が出た形です。ロシア連邦政府も、日本政府の脅はk……要請を快諾しました》
あのインテリイボ痔野郎。
(,,゚Д゚)「Wild-Catより統合管制機、イボ痔糞准将に至急伝言を頼みたいんだが」
('、`*川《作戦参加者の中にコールサイン【イボ痔糞准将】なる部隊・人員は存在しないため却下します。アウト》
解ってて言ってるだろこのアマ……!あ、本当に切りやがった!
( ̄⊥ ̄;)「ヨシフル少尉、どうしたんだ!?」
(,,#゚Д゚)「あと2時間後にムルマンスク全域を対象とした大規模な空爆が始まる!鎮守府奪還を急いだ方が良さそうだ!」
「は?あのイボ痔糞眼鏡野郎何言ってんの?絶対膝小僧の皿蹴り割ってやるからね」
(,,#゚Д゚)「あぁ無事帰れたら是非とも盛大にやってくれ!!」
2番艦の愚痴に思わず八つ当たり気味な返答をしてしまいながらも、無線のチャンネルを別の場所に合わせる。
元々ここからは短期決戦を強いるつもりだったのである意味では予定通りなのだが、想定外の事態が起こった場合に軌道修正の方向性が残り時間によって大きく制限されるのが痛い。
ここからはノンストップで一気に行く。
(,,#゚Д゚)「村田、発煙筒に点火しろ!!」
「了解!点火します!!」
314:
村田が点火した20cm程の筒から、深緑色の煙が濛々と吹き出して天へと昇っていく。こっちが目眩ましをするつもりだとでも思ったのか、包囲部隊が退却し終えたことも手伝って敵の銃火が更に激しさを増す。
だが、俺達はこの煙を“使って”何かをするつもりは毛頭無い。煙を“上げる”ことそれ自体が目的だ。
(,,゚Д゚)「Wild-CatよりRabbit、緑色の煙が見えるか!?」
《此方Rabbit、よく見えるぞWild-Cat。
それと付け加えるが、目標地点の制圧を完了している。我々は配置についた、いつでも撃てるぞ!》
(,,#゚Д゚)「よし!」
待ち望んでいた答え。思わず身体の前で強く拳を握り締める。
(,,#゚Д゚)「支援砲撃、煙の噴出地点から西100M地点に要請!
鎮守府本舎には当てるな、確実にその“手前”を狙ってくれ!」
《承った───卯月、派手にかませ!!》
《りょーかい!うーちゃんに、お任せだっぴょん!!》
ドンッ、ドンッ、ドンッ。
間隔を置かず、渾身の力で撃ち鳴らされた太鼓のような音が無線から三度響く。束の間の静寂の後、今度は力なく吹かれる笛の音を思わせる風切り音が彼方より聞こえてきた。
「──────В укрытие!!!?』
「Нет!Нет!』
「отступ
奴等がその音の正体に気づいたときには、既に遅い。
睦月型駆逐艦4番艦・卯月による三発の艦砲射撃が、緩慢な動作で散開を計った敵部隊のど真ん中で炸裂した。
315:
旧式艦艇である睦月型駆逐艦の能力は、はっきり言ってしまうと極めて低い。取り柄と言えば燃費だけで最前線や中枢部隊に配備するメリットは殆ど無く、実際自衛隊所属の睦月型に一線級艦隊で活躍する個体はほぼ存在しない。
酷な話をすると無保有国に対する艦娘のレンドリースが可能となった際に、最も“国防に対する影響が少ない”睦月型を優先するという旨が既に自衛隊並びに内閣で決まっているらしい。
あくまでロマさんからの受け売りではあるが、感情論を度外視した場合理に適った内容のためおそらく真実だろう。
───だが、それはあくまでも対深海棲艦戦力として、艦娘の中で強弱を語った場合の話だ。
《【Rabbit】うーちゃんより【わいるどきゃっと】、艦砲射撃の効果を教えるっぴょん!》
(,,゚Д゚)「Wild-CatよりRabbit、敵陸戦隊損害甚大!砲撃を続行されたし、オーバー!」
《りょうかーい!睦月型の本当のチカラぁ!》
旧式だろうが、艦娘の中では貧弱な性能だろうが、彼女達もまた“軍艦”だ。装備が12cm単装砲であっても歩兵が扱う携行火器とは比べものにならない威力を誇り、射程距離も多くの陸戦兵器を凌駕する。
つまり対人間ならば、例え睦月型であろうとも一隻、二隻で十二分に脅威となり得る。
《撃ぅてぇ?、撃ぅ?てぇ?い!》
第2波艦砲射撃は、七発。炸裂する砲弾に装甲車が燃え上がり、四肢を吹き飛ばされた兵士達が地面に転がる。俺達に向けられていた火線は砲弾が炸裂する度に10個単位で纏めて途切れ、悲鳴と断末魔、呻き声が変わってあたりを満たす。
「うひょっ!?」
指示を出そうとした指揮官の1人の真後ろで、砲弾が炸裂する。ねじ切れた首が此方まで飛来して装甲車の屋根でバウンドし、驚いた江風が素っ頓狂な声を俺の後ろで上げる。
316:
「おい【Rabbit】卯月、少し派手にやり過ぎじゃねえか?!こっちのトラウマが増えたらどうしてくれンだよ!」
《ダウトもいいとこだっぴょん!地獄の血みどろなんちゃら鎮守府の奴等が最も“とらうま”なんて言葉から縁遠い存在であることは周知の事実だっぴょん!》
(,,゚Д゚)「いや、それは違うぞ。確かにこいつらは概ね樹齢うん千年の大木より図太い神経の持ち主だがトラウマが全くないわけじゃない」
《……意外だっぴょん》
(,,゚Д゚)「時間が無いから割愛するがな」
具体的に言うとお前の先輩にあたるあっちの鎮守府の卯月はトラウマ抱えてる筆頭格だぞ。因みに「ウン○マン事件」の報告書を読んだロマさんは笑いすぎて吐いたらしい。
ともあれ、10発目の砲弾が着弾した頃には敵部隊からの火線は完全に止まり、隊列は建て直しようが最早ないほどに崩壊していた。人肉の破片や千切れ飛んだ四肢、黒焦げになった生首などが至る所に転がり、兵力がバリケードや装甲車の周囲に密集していたことも災いしてまともに動ける状態の兵士は1割もいない。
実に効率的な殺戮だ。最弱艦種とはいえ“海軍”所属の艦娘、仕事のやり方はきっちりと心得ている。
敵兵力が強大な状態のままであれば、時雨や江風、Верныйに関しても乱戦に持ち込まれることで起きる多対一の攻防下での“事故”の危険性を拭いきれなかった。だが、ここまで痛めつければ何かが起こることは有り得ない。
(,,#゚Д゚)「時雨、江風、正面敵部隊の残りカスを掃討しろ!行け!」
「「了解!!」」
嬉々とした笑顔を浮かべて、悪魔2匹が装甲車の影から飛び出し駆けていく。
317:
残存戦力は1割程度とはいえ、元の母数から考えれば例え1割でもそれなりの数にはなる。
卯月の砲撃から生存した敵主力部隊の1割、凡そ30名。荒い息の中で立ち上がったそいつらは、向かってくる時雨と江風に銃口を────否、その先に装着された“銃剣”を構えた。
「давай!!!』
「「「ypaaaaaaaaaa!!!』』』
30名が、指揮官の号令一過突撃してきた時雨と江風に四方から飛びかかる。狙うは言うまでもなく“白兵戦”。
歩兵の自動小銃程度では、それこそ極めて貧弱な睦月型の船体殻にすら碌なダメージを与えられない。その点で考えれば、確かに急所に攻撃できれば一撃必殺が見込める白兵突撃によって一縷の望みを繋ぐやり方は間違いではない。
加えて、満身創痍とはいえ向こうはよく訓練された正規軍人の集団。一般人や訓練不足のゲリラ兵が刃物を持っているのとはワケが違う。“一縷の望み”どころか、向こうはおそらく本気で時雨と江風を殺すつもりだったのだろう。
「五月蠅い」
「クァッ』
尤も、最初に交戦した1人の上半身が時雨の振り下ろした拳で“潰れた”瞬間に、それがいかに無謀な試みかを奴等は思い知っただろうが。
「江風、今度は僕の方に多くちょうだい」
「約束はできねえな時雨姉貴。さっきも言ったけど、早いもん勝ちだ!」
「もうちょっと姉を敬いな───よっと!!」
腹から上が肉と骨と血液がぐちゃぐちゃに混じった塊に変わり、腸を垂れ流しながらビクビクと痙攣する下半身。その足首辺りを掴んだ時雨は、眼前の光景に固まってしまった別の兵士めがけて叩きつける。
「』
悲鳴すら、上げる間もない。乾いた破砕音と共に横合いから打撃を食らった兵士の身体が鋭角に折れ曲がる。肋骨や背骨、腰骨が立て続けに肉を裂いて体内から飛び出し、外れた何本かが地面に落下してカランカランといやに軽い音を奏でた。
319:
白兵戦闘が深海棲艦や艦娘に対して一定の効果を発揮する理由は、奴等が“軍艦である”という点に集約される。大半の陸戦兵器を凌駕蹂躙し得る火力も、鼻先まで肉薄されてしまえば自身を巻き添えにする可能性が跳ね上がりおいそれとは使えない。無論艦砲射撃の衝撃に耐えうる強靱な身体の持ち主を相手にするわけだから接近してからも油断はできないが、肉体部分に刃さえ通すことができれば銃弾や砲弾を湯水のように使って船体殻や甲殻を削るよりも遙かに効率的に奴等を殺すことができる。
とはいえ、では肉弾突撃が無敵の必殺技かというと残念ながらそうはならない。要は“通常兵器に比べると”急所を一撃で突ける分まだ勝ち目があるというだけで、成功させるには相応の作戦と彼我の状況の的確な分析、そして何より実行する部隊の高い練度が必要になる。例えばフランス陸軍がやらかしたパリでのアレは、教科書に載せたいぐらい典型的な“最悪の白兵戦”だ。
いかに深海棲艦が砲雷撃戦を前提としていて殆どの個体が白兵戦を想定していないとはいえ、なんの策もなくまっ正面から突撃すればある程度は対処できる。というかそれ以前に近づく前に圧倒的な弾幕に大半は接近できず薙ぎ払われることになるため、まぁ言ってしまうなら集団自殺と何一つ変わらない。
さて、では何とか四苦八苦して敵との距離を詰めることができたとして、もしそいつが“白兵戦の心得もあった場合”はどうなるのか?
「ふぅっ───」
その答えが、今この瞬間俺の目の前で作り出されている光景だ。
「ほっ!」
「グァッ………ァアアアアアアアアアッ!!!!!?』
時雨は軽い調子で息を吐き、軽い調子でそのロシア兵に足払いをかけた。次の瞬間その兵士の両足は膝から下が千切れて吹き飛び、仰向けに地面に転がることになったそいつが絶望的な表情で叫び出す。
「アァアアッ、ウァア゛ッ……』
「耳障りだから静かにして」
断末魔は、そいつの頭部が踏み砕かれたところで止まった。その両側から、銃剣を構えたガタイのよい2人が勢いよく時雨めがけて突進する。
320:
ほんの5メートルもない距離からの突撃。全くの同時にタイミングを合わせることができたなら、或いは微かに勝機を見いだせたかも知れない。
だが、一方的は虐殺劇に対する焦りと動揺がそうさせたのか、兵士二人の動きは一見機敏でもただ飛びかかっただけだった。
「ypaaa────アッ!?』
右手から飛びかかった大柄な兵士の銃剣をつかみ、引き寄せる。驚いて眼を見開いたそいつの顔面に向かって、突き出されたのは時雨の肘。
「ブッ』
「よいしょ」
「???ッッッ!!?』
破裂音がして、顔面のど真ん中に大きな穴が開く。がくりと力が抜けた身体からAK-12を奪い、慌てて停止しようとしたもう一人の喉元めがけてもう一度突き。
「プァッ』
「ギッ……!!?』
吹き出した血には目もくれずに、屍の肩口を蹴って銃剣から外すとそのままAK-12を別の敵に投げつける。北の大地の二刀流投手も裸足で逃げ出す剛球を叩き込まれたそいつは、デパートに売っている昆虫採集の標本のように横倒しになったトラックに縫い付けられた。
「────!』
その背後から、飛びかかる人影。この部隊の中でも手練れに位置する兵士なのか、今までに比べて鋭い動きだ。
尤も、時雨からすれば誤差に過ぎないが。
「惜しい惜しい」
「чёрт………!』
首だけ動かし、突き出された銃剣を躱す。そのまま振り向いた時雨が胸に掌を添え、自身の運命を悟ったその兵士は悪態をつく。
「覇!」
肋骨を粉砕し、筋肉を断裂し、時雨の掌底がそいつの背中からとび出した。
321:
ファルロの“元”同僚共は、人類全体の命運を握る重要拠点の守備隊だっただけあってその練度は決して低くはない。そりゃあ俺達“海軍”程とは言わないが、動きは艦砲射撃から辛うじて生き延びた直後であることを考慮すると寧ろよくこれだけまだ鋭く動けると感心する。
並みの────白兵戦を不得手とする“普通の”艦娘や深海棲艦のヒト型相手なら、殺れていた可能性も充分にありそうだ。
(,,゚Д゚)(残念ながら相手が悪いどころの話じゃなかったが)
( ̄⊥ ̄;)「………С ума сошёл」
ワンカップ酒の一つもあればいいお供になったんだがと悔やむ俺の後ろで、ファルロが冷や汗を浮かべながら呟く。……まぁ、この光景を初めて見る人間からしたらわりかし刺激が強すぎるわな。
“人類の味方”だと言われる存在が、反乱者とはいえその人類を危機として殺して回っている姿なんて。
「イヒッ……!」
満面の笑みで江風が漆黒の手斧を振るう。袈裟懸けかから斬撃を受けた敵は文字通り身体を“切り裂かれ”、断面図に沿って上半身が滑り落ちる。両断された屍体を飛び越えて別の獲物へと向かう直前、頬に飛んだ返り血は江風の舌になめ取られた。
「八人めぇ!時雨姉貴、そっちは何人やれたよ!」
「11人目。悪いけど、今度は僕の方が勝つね」
「はっ、まだまだ勝負はこれからってね!
──────うおりゃあっ、9人めぇ!!!」
「12っ、と」
江風の斧が生首を天高くに跳ね上げ、時雨の投げたトランプのスペードマークを思わせる黒い刃───言うなれば忍者の「くない」が脳天を貫通する。
残りは10人ほど。頃合いだ。
322:
(,,゚Д゚)「Wild-CatよりCoyote、近接航空支援行けるか?!」
《CoyoteよりWild-Cat、ウチのお嬢さんはその指示を待ちくたびれていたぞ!
───鎮守府で交戦中のチームより航空支援要請が来た!全機上げろ!》
本当に、“それ”を飛ばす瞬間を待ち望んでいたのだろう。2kmに満たない距離だったとはいえ、通信からほんの数秒と経たずにその機影は現れた。
スリムなボディを持つ物が多い大日本帝国の名機達の中でも、そのフォルムはとりわけ鋭敏だった。ダーツの矢のようにほっそりとした造りの機体の先端には三枚羽のプロペラが一つ付き、アツタ発動機の力で猛烈に回転している。下部に伸びる二本の着水用フロートがその機体のシルエットを独特のものにし、俺にはまるで今まさに獲物に襲いかかろうとしている猛禽類のように見えた。
緑色を基調とした機体色と、翼に燦然と輝く紅い日の丸。70年前にこの機体で太平洋の空を駆っていたパイロット達の中に、自分たちの相棒が小型化した挙げ句ロシアの空を再び舞うことになるなんて想像できた奴が1人でもいただろうか。
「Обнаружен самолет противника!!』
「Огонь! Огонь!』
窓という窓から一斉に放たれた弾丸の雨の中を平然と擦り抜けて、三つの機影────多用途水上機【晴嵐】が鎮守府本舎に肉薄する。
計六門の機銃が火を噴いた。鉛弾が窓を割って壁を貫き、その裏側にいた人体を粉砕して物言わぬ肉片へと変えていく。
下から上へと、ビルに沿うようにして行われた機銃掃射の時間は凡そ10秒程度だろうか。
その10秒で、本舎からの射撃は完全に沈黙した。
《────【Coyote】伊-401よりWild-Cat、第一次近接航空支援を完了!効果の程を報告されたし!》
(,,゚Д゚)「Wild-CatよりCoyote、効果は絶大だ!反転して目標に再度の攻撃を要請したい!」
《了解!──さぁー…伊400型の戦い、始めるよ!!》
323:
輸送機・輸送ヘリによる最前線や作戦海域への空輸は艦種を問わず全ての艦娘が可能だが、ウイングスーツや落下傘を用いた“空挺”となると投入できる戦力は駆逐艦と軽巡洋艦に事実上限定される。
一応戦艦や重巡洋艦、空母の艦娘が空挺をできないわけではない。ただ重量の関係から装備できる艤装が小口径の単装・連装砲か機銃・高角砲程度に限定されるため、前線火力を低下させてまで彼女達を投入する意味合いは自然薄くなる。空挺作戦は基本的に“対人戦”が主となる区域で行われるため、駆逐艦や軽巡でも船体殻と最低限の艤装を活かせば充分に制圧し得るというのも重火力の大型艦を“空挺”から遠ざける要因だ。
ことに空母艦娘は艦載機運用のために膨大な艤装を装備する必要があり、戦艦や重巡以上にハードルが高い。着艦用の飛行甲板、補給用の燃料に弾薬、自衛用の対空火器も皆無だと厳しく、加賀や赤城のような矢変化型の艦娘なら艦載機の弓矢も必要になる。
艦娘が操る艦載機戦力の“空挺による前線運用”───必須ではないにしろ魅力的な案だが実現は当分できないと誰もが、ロマさんでさえ思っていた。
潜水空母、伊-401が実装配備されるまでは。
《此方Sparta Team、鎮守府敷地内に突入したが敵多数に包囲されている!航空支援は寄越せるか?!》
《【Coyote】伊-401よりSparta、安心して!そっちにも別途三機送ったよ!》
《OK、機影確認!感謝する!》
“パナマ運河を爆撃し米海軍の太平洋への戦力投射を阻害する”という、壮大な(そして血迷っているとしか言いようがない)作戦を実行するために設計された水上戦闘機【晴嵐】と、その母艦の内の1隻である伊-401。当初大本営が描いた青写真からは大きく外れたものの太平洋の海原で猛威を振るった武勲艦とその艦載機だが、現代に転生した結果その特色が最大限に活かされた舞台はまさかの地上戦だ。
大がかりな着艦艤装も艦載機展開用の特殊艤装も必要とせず、発艦用のカタパルトは9mm機関拳銃とほぼ同じ大きさ。運用可能な艦載機である晴嵐は数こそ最大6機と少ないが、組み立て式でパーツも発艦するまではポケットサイズのため此方の運搬も容易いと来ている。
対深海棲艦としては数があまりにも少なすぎるが、例えば今回のように“人類”を相手にした戦闘ではかなり頼れる戦力になる。
324:
(,,゚Д゚)「Wild-CatよりSparta、状況を報告せよ!」
《こちらSparta、民兵に囲まれていたが晴嵐の爆撃で向こうの包囲網が崩れた!現在態勢を立て直して応戦中!》
《ChaserよりCoyote、こっちも民兵に群がられている!航空支援を頼む!》
《【Coyote】伊-401、要請受諾!Spartaの方から1機そっちに回すね!》
深海棲艦にも共通することだが、運用される艦載機は小型でこそあれ火力や機動力は現実に第二次大戦で運用されていた“それ”とほぼ遜色がない。
対策が取れていたり対抗運用できる空母艦娘や艦載機が存在するなら話は別だが、そうでない場合攻撃を受けた側にとって響き渡るレシプロエンジンの音は悪魔の高笑いと何一つ変わらないだろう。
(,,゚Д゚)「Wild-Catより【Coyote】伊-401、もう一度だけ本舎に掃射を頼みたい!今度は裏手側に2機回してくれ、それが終わり次第補給に戻るんだ!」
《了解!じゃっ、いっくよーーー!!!》
3機の晴嵐が急上昇し、鎮守府本舎の200mほど上空まで舞い上がる。2機が錐揉みしながら裏手へ、1機が宙返りをして再び表側へと機首を向けてそれぞれ猛然と急降下を開始する。
《がん、がん、がーーーーんっ!!!》
ややはしゃぎ気味のハイテンションな声で覚えたての符号を叫ぶ“しおい”の意志を反映してか、機銃の火線は両側から挟み込むような形で本舎に突き刺さりその表面を蹂躙した。
応射は幾らかあったが、まさに空を“舞う”ように飛び回る晴嵐には全く当たらない。軽やかに貪欲に反復攻撃を繰り返し、凡そ30秒にわたって本舎を徹底的に嬲り続ける。
《───支援完了!Wild-Cat方面の晴嵐、全機帰投します!》
三つの機影が俺達の頭上から去ったときには、本舎はエメンタールチーズのように穴だらけになっていた。
(,,#゚Д゚)「総員、出ろ!鎮守府本舎に突入する!!」
328:
周りの奴等に呼びかけ、俺自身AK-47を構えつつ物陰から立ち上がる。あちらこちらから黒い煙をブスブスと吹いている正面本舎に銃口を向けて警戒してみるが、此方に弾丸が飛んでくる様子はない。
窓際に展開していた奴等は殲滅したか奥に引っ込めさせることに成功したようだ。とはいえ敵の総兵力的に抵抗がコレで打ち止めの筈がないし、“海軍”航空隊と米軍による爆撃の件もある。
時間は有限だ、急ごう。
(,,゚Д゚)「Ostrich、手筈通り裏手に回れ!」
( ゚∋゚)「了解した。総員続け!
Go go go!!」
( ̄⊥ ̄)「Верный、ウチの奴等を半分率いて“海軍”の別働隊を援護しろ!」
「承ったよ、司令官。
……Вперёд!!」
Ostrich率いる別働隊が、右手に分かれて鎮守府本舎を迂回するような形で移動を開始。直ぐ後にはВерныйとロシア兵が続く。
(,,゚Д゚)「艦娘が人間に指示を出すのか」
( ̄⊥ ̄)「彼女は頭の回転がいし、兵士達からも慕われている。何より、この鎮守府で一番強い。何か問題があるか?」
(,,゚Д゚)「いや、ただ驚いただけさ」
そも、提督や将軍階級の人間まで最前線で銃器構えてドンパチやってるブラック軍隊がとやかく言える立場ではない。
(,,゚Д゚)σ「寧ろ羨ましい限りだよ。“海軍”の艦娘はハチャメチャな強さとひき替えに脳味噌どっかに忘れてきた奴ばっかりだからな」
大理石でできた太い柱に支えられた、玄関口の屋根の部分に到達したところでその「脳味噌を忘れてきた連中」にハンドサインを出す。既に迎撃部隊の殲滅を終えていた時雨と江風が、本舎の窓を油断無く睨みつつ俺達の元へ駆けてくる。
329:
(,,゚Д゚)「窓に新手の敵影は!?」
「無い。奥の方で人が動いているようにも見えなかった」
( ゚∋゚)《Wild-Cat、此方Ostrich。裏手に着いた、敵影無し》
( ̄⊥ ̄)「Верныйも問題なく後続している、向こうも準備が整ったようだ!」
(,,#゚Д゚)「よし!江風、派手にぶちかませ!!」
「あいよぉっ!!」
合図を受けた江風が十メートルほどその場から下がり、走る。助走を付けて跳躍すると、その勢いのまま鎮守府本舎の扉に向かって右足を突き出した。
「江風キーーーーーーック!!!」
これまた「どこの重要文化財ですか?」と聞きたくなるような、荘厳な造りの巨大な扉。パッと見た限りは木製かと思われたそれは、跳び蹴りが直撃した際の音から察するに表面部分だけで内部は分厚い鉄板でできていたらしい。
戦車砲さえ防がれそうな堅牢な防御力も、艦娘が放つ渾身の一撃の前にはベニヤ板と変わらない。打撃点を中心にぐしゃりと中折れしながら、両開きの扉が内側にゆっくりと倒れていく。粉砕された蝶番の残骸が、俺達のところまで飛んできてコンクリート製の床を転がっていく。
「────штурм!!』
「「「ypaaaaaa!!!』』』
瞬間、扉の内側で待ち伏せていた反乱軍の奴等が一斉に飛び出してきた。20人ほどの伏兵部隊は誰1人銃を持たず、全員がコンバットナイフを構えてラグビーのスクラムのようにデカい図体を連ねて着地した直後の江風に殺到した。
(,,#゚Д゚)「ゴルァッ!!」
「ガッ………!?』
俺達全員が後に続いて飛び込んだのとほぼ同時だったため、その刃は一つとして届かなかったが。
330:
爪が食い込むほど強い力で喉を鷲掴みにされて、お伽話に出てくるドワーフのようなちりちり髭が生えたツラが苦痛に歪む。微かに漏れる呻き声は、こめかみにナイフをぶち込むとピタリと止んだ。
(,,#゚Д゚)「せいっ!」
「ウオッ!?』
白目をむいて崩れ落ちた敵の向こう側から、ナイフを抜く間もなく伸びてきたデカイ掌。撥ねのけて、毛がやたらと濃く触り心地が不快な腕を取り、捻り上げながら足を払う。
投げ飛ばされた2メートル近い巨躯がぐるりと一回転し、地面に叩きつけられた。後頭部をしたたかに打ってビクビクと震えるそいつの喉に、さっきの屍体から抜いたナイフを突きたてる。
肉繊維に、自分が掛ける力に従ってずぶりと刃物が沈んでいく感触が手に伝わる。刺された側は目に灯っていた蒼い殺意に僅かに恐怖が混じり、しばしの身悶えがを経て光そのものが失われた。
(,,゚Д゚)「……!」
一瞬止まった動作。背後で気配。振り向くと、そこには左手に握った銀色の刃を俺に向かって今まさに突き出してくる人影。
「よっと」
その頭部が、脳漿と骨片と肉塊を撒き散らしながら砕ける。時雨は足先にこびりついた眼球をハイキックの延長の動きで振り落とすと、そのまま“くない”を熟練のショートストップのように軽やかに投擲した。
「ズァッ』
右手から突進してきていた敵の眉間を、黒い塊がドデカイ穴を空けながら貫通する。
331:
時雨の“くない”は目標を貫いてからも10m程飛翔した後、重力に従って落下し床で一度カツンと乾いた音を鳴らしてバウンドする。それを合図にしたように撃ち抜かれた敵が前後の穴から血を吹き出して倒れ込み、撥ねた赤い飛沫が鎮守府内の白い壁に染みを作った。
「───Clear」
足下に転がる20と幾つかの“人間だったもの”が身じろぎ一つしないことを確認して、“海軍”兵の1人がナイフに付着した脂をウィングスーツで拭いながら告げる。
……噎せ返る血の臭いに壁に張り付いた脳漿や眼球の残骸、千切れた腕やら足やらが正面の階段にまで吹っ飛んでいる様を「綺麗」と表することに疑問を抱かないでもないが、軍隊用語なのでそこは仕方が無い。
(; ̄⊥ ̄)「………仮にも北欧防衛の任に選ばれた精鋭部隊の強襲を、よくもこうまで一方的にあしらえるものだな」
(,,゚Д゚)「なんならお宅も自ら武器持って深海棲艦とステゴロ繰り広げてみるか?ル級の生首掲げて高笑いするキチガイの後ろ2ヵ月もついて回りゃ世の中のだいたいが大したことないように思えてくるぞ」
( ̄⊥ ̄)「……遠慮するよ」
(,,゚Д゚)「そりゃ残念だ」
半ば本気の感想だが、ファルロの人柄を考えるとそれは正しい選択でもあると思う。
今回のような裏切り者ならともかく、まともな部下や同僚が目の前で7割方死に絶える戦場の存在なんて知らない方が幸せだ。
尤も、間もなくそれが再び世界中で当たり前の光景になるかも知れないわけだが。
332:
(,,゚Д゚)「それでファルロ、ガングートが反乱軍に拘束されているとして監禁できそうな場所は?」
( ̄⊥ ̄)「………真っ先に浮かぶのは地下独房だ。機関艤装を外した状態の艦娘なら戦艦でも壊せないよう、戦車道の戦車に用いる特殊カーボンを加工した金属で作られた格子がある。
提督としての執務室も最上階だが司令室はまた地下だ。此方は部屋自体の造りは牢屋以上に頑丈でもある、可能性としてはこの二部屋が最も高いな」
(,,゚Д゚)「地上階で可能性のあるフロアは?」
( ̄⊥ ̄)「本舎ではないな。……ガングートは正直なところ火力、馬力などのスペック面では日本やドイツで運用される主力艦に比べるとかなり劣るが、それでも“戦艦”だ。拘束具も拘束部屋も、並みのスペックなら容易く粉砕して脱出できる」
(,,゚Д゚)「………なるほどね」
となると、考えられる可能性は三つ。
一つ、ファルロが今上げた通りの部屋に拘束されている。
一つ、ここ以外の区画で適当な拘束施設がある場所に移動されている。
一つ────既に殺害されたか裏切ったか、どちらかの形で拘束する必要がなくなっている。
できれば三つ目の可能性はあまり考えたくないが、“最悪”は既に想定するべきだ。
(,,゚Д゚)「もう一つ聞きたい。地下司令室と独房は近いか?」
( ̄⊥ ̄)「距離は離してある。それにフロアも違うな、独房は地下三階、司令室は地下二階にある。
とはいえあくまで本舎と面積は大して変わらない、せいぜい五分程度の移動で行き来できるな」
335:
地下……か。高度数千メートルの上空から地面の下までとは、世界中で活動する俺達“海軍”の仕事場は縦向きに対しても際限がないらしい。マントルと宇宙空間に行く機会がありゃ地球上の完全制覇達成だ。
(,,゚Д゚)「……って、宇宙は地球上には含まれないわ」
( ̄⊥ ̄)「?」
(,,゚Д゚)「いや、こっちの話だ」
アホな自己問答は置いといて、ガングートが地下にいるならそれが拘束であれ寝返りであれ周囲に護衛の兵力も付いている。当然そいつらは今の伊-401による空襲から逃れているので、相応の戦力が俺達の足の下に隠れていることになる。
加えて、軍事基地の中枢部ならたとえ地下であっても防御機構も充実しているだろう。幸いにして「案内役」がいるため幾らか脅威は減る……と思いたいが、攻略に手間がかかるのは想像に難くない。
なかなか骨が折れそうな案件に、思わず顔が渋くなる。だが、やらないわけにも行かないのが努め人として辛いところだ。
336:
(,,゚Д゚)「Ostrich、裏口の制圧はどうなっている?」
( ゚∋゚)《OstrichよりWild-Cat、既に突入・制圧に成功した。Верный以下ロシア兵にも欠員無しだ》
(,,゚Д゚)「OK、そっちももう話を聞いてるかも知れんが敵は未だ地下に戦力を温存している可能性が高い。更にГангутが囚われていた場合こっちもかなりの確率で地下に拘束されている。
そっちに地下への入り口はあるか?」
俺達の正面には【風と共に去りぬ】のスカーレット=オハラが澄まし顔で降りてきそうな雰囲気の螺旋階段が(幾らか内蔵と肉塊をぶちまけられた状態で)上下に伸び、階段両脇の柱にはエントランスの古風な情景を破壊しないよう気を遣われた趣向でエレベーターが備え付けられている。裏口が同じ形で下に降りられるかどうかは不明だが、二手から攻め立てられるならそれに越したことはない。
………しかし艦娘が“古めかしい建物を好む”ってのは確かだが幾ら何でもこの内装は古すぎやしないかね。学のない俺でも18世紀とかそこらに流行ったデザインだってなんとなく解るぞ。
( ゚∋゚)《あぁ、こっちには地下へと続く螺旋階段がある。特に破壊されてもいない、突入は可能だ》
(,,゚Д゚)「ファルロ、表と裏以外に地下階段やエレベーターはあるか?」
( ̄⊥ ̄)「ない、この2箇所だけだ」
(,,゚Д゚)「よし」
なら、ガングートや敵の残党を逃がす心配も無い。後は幾らか準備を整えて踏み込むだけだ。
(,,゚Д゚)「Wild-CatよりSparta、そっちの戦況はどうだ!」
337:
無線自体は直ぐに繋がったが、そこからしばらく耳に届いてくるのは銃声や爆発音、そして人の叫び声ばかり。一向に返答はないまま、たっぷり20秒ほどの時間が過ぎる。
《此方Sparta、鎮守府南部区画より突入したがさっきも言ったとおり敵多数に囲まれている!》
そろそろ焦れてきた頃に飛び込んできた返事は、まるで1キロも向こうから声を届かせようとしているかのような叫び声。鼓膜がびりびりと痛むほど震え、思わず一瞬無線から耳を離した。
《戦力比は当方22名に対し敵は少なく見積もっても600?700!
B級のゾンビ映画みたいな光景だ、お宅の筋肉質な顔馴染みならさぞや大喜びだったろうな!
まぁ、俺の好みはラブロマンスなワケだが!》
ジョークを交える程度にはまだ余裕があるらしいが、BGMの戦闘音は全く収まる気配がない。
【晴嵐】に近接航空支援の要請をした際に妙に慌てた声だったため気になっていたが、本当に人間“嫌な予感”というのはとても良く当たる。
(,,゚Д゚)「Wild-CatよりSparta、敵部隊の内訳を知らせろ。それとそっちに着いてる艦娘の兵装残弾は?」
《基地内から出てきたロシア軍の軍服を着込んだ奴等が30程度施設内から撃ってきてる、後のは鎮守府の外からだ!
ほとんどは元ムルマンスク市民と思われる、服装にも武装にも統一感がない。銃器すら装備してない奴も向かってくるぞ!》
《【Sparta】長良よりWild-Cat、装備の25mm連装機銃は残弾4割ほど!まだ戦えるけどそろそろ厳しいよ!
Chaser、そっちの状況も教えて!》
《【Chaser】川内よりWild-CatそれからSparta、こっちも多数の民兵に囲まれた!
14cm連装砲もそろそろ弾切れになる。敵は10人倒すと15人追加される有様だ、とても間に合わない!》
《あー、RabbitよりWild-Cat並びにSparta、割り込みになるがいいか?》
(,,゚Д゚)「……どうぞ」
Rabbitの指揮官とは、国籍が違うが顔馴染みだ。表向きの顔が在日米軍の軍曹であるそいつとは、合同訓練の際にたまたま近くに配属された時二回ほど他愛のない雑談を交わしている。
軽口の多い男だが、根は真面目で任務にも忠実だ。こいつが味方との通信を遮ってまで話に割って入るなんてことは、滅多にない。
それがよほど重要な報せで無い限り、そして───
《制圧した大学の屋上より市街地の大通りを鎮守府へ進軍する“市民”を多数確認した。
………数え切れないがまぁ3000は越えてそうだな。スクラム組んで道を埋め尽くしながら進んでいくぞ。
度から逆算して、あと10分ほどで鎮守府に侵入する》
────よほど悪い報せで無い限り。
338:
( ゚∋゚)《……急に沸いてきたな》
(,,゚Д゚)「大方待ち伏せだろうよ、引きつけて鎮守府ごと包囲して殲滅って寸法だ。……元からか即席かは解らんが」
ムルマンスクの総人口に対する兵力として考えると少なすぎるが、俺達空挺部隊にとっては悪夢のような物量だ。
ある意味、今までで一番厄介な戦法を取られていると言っても過言ではない。まともに戦えば艦娘の戦闘能力を持ってしても押し切られる。
(,,゚Д゚)「Wild-Catより統合管制機、此方に航空支援は回せるか?」
('、`*川《此方管制機、空母艦隊の奮戦でムルマンスクの制空権を一時的に確保。長い時間ではありませんが偵察ヘリを何機か南に回せます》
俺達が向こうに合わせてまともにやってやる必要など皆無だが。
(,,゚Д゚)「出せるだけ出してくれ。三分で良い、指定の区域に全火力の投射を」
('、`*川《受諾しました。後方待機中のMH-6【リトルバード】が90秒後に掃射を開始します》
(,,゚Д゚)「Coyote、SpartaとChaserに【晴嵐】による航空支援を。Rabbit、大通りの民兵に【リトルバード】の空襲に併せて艦砲射撃をぶち込め。残弾は考えなくていい、壊滅するまで撃ちまくれ」
《【Rabbit】卯月より【わいるどきゃっと】、それ大丈夫かぴょん?大通りを進んでる民兵集団、銃火器を装備してる奴等が少ない上女の人や子供もたくさん居るみたいだけど》
(,,゚Д゚)「あぁ、だがそいつらは全て“敵”だ」
《了解だっぴょん》
卯月の方も、今の問いかけにはあくまで確認の意味は無かったのだろう。あっさりとした口調で引き下がり、1秒後には艤装に弾薬を装填したらしき金属音が響く。
339:
殲滅は無理だろうが、“敵”が前時代の市民革命のような密集陣形で進んでくるなら艦砲射撃と【リトルバード】による空爆で相当な打撃は与えられる。鎮守府到達までの遅延・時間稼ぎは十分にできるはずだ。
その間に、俺達で地下を一気に制圧する。
( ̄⊥ ̄)「………」
(,,゚Д゚)「提督、何かご意見や注文があれば聞きますが」
( ̄⊥ ̄)「………いや、何でも無い」
此方を見てくるファルロに話を振ると、向こうはなんとも複雑な表情を浮かべつつもそれ以上は何も言わず引き下がった。
通信が全て明確に聞こえたとは思えないが、俺の言っていた内容さえ解れば“海軍”が何をしようとしているのか推測するのは容易いはずだ。密造酒に手を出すほどこの街の住人に愛着を持っているファルロからすると、民兵への攻撃は“元同僚”に対する時ほど割り切れるものではないらしい。
(,,゚Д゚)「ファルロ、俺とお前で先行だ。道案内は頼むぞ、特にトラップや防御システムの無力化はお前らにかかっている」
( ̄⊥ ̄)「…………。解っているさ、解っているとも」
そんな葛藤は俺の知ったこっちゃないが。
(,,゚Д゚)「Ostrich、突入を開始しろ!」
( ゚∋゚)《了解!》
(,,#゚Д゚)「Breaching!!」
階段を一段降りる。大理石の階段を軍靴が踏みしめる音が響く。
《Seeker-01より地上部隊各位、指定ポイントに到着。
間もなく攻撃を開始する、付近部隊は衝撃に備えろ》
本舎の上空を、何機かのヘリコプターのローター音が通過していった。
340:
鎮守府の電源は生きているはずなのだが、地下への階段を照らすのは緑色の非常灯だけ。お世辞にも十分な光量とは言い難く、踊り場の所だけがストリップ・ショウの舞台上のように照らし出されている。
(,,゚Д゚)「ライト点けろ!」
( ̄⊥ ̄)「暗がりはなるべく作るな!とにかく広い範囲をくまなく照らせ!」
俺自身特別仕様の軍用懐中電灯をAK-47の下部に装着し、スイッチを入れながら後ろの奴等に向かって叫ぶ。ファルロ達ロシア軍もちゃんと装備していたようで、18個の白く丸い光が途端に地下行き階段のあちこちへと伸びる。
(,,゚Д゚)「Clear!」
( ̄⊥ ̄)「そのまま降りろ!行け行け行け!」
踊り場まで何事もなく辿り着いたところで、そのままライトを下へ向ける。映し出されたのは階段の終わりに立ち塞がる鉄製の扉で、右側の壁には新築マンションのオートロックを思わせる機械のプレートが埋め込まれていた。
扉の前や周囲には人影が無く、階段から扉までは5メートルにも満たない細い一本道で隠れるような場所もない。俺とファルロはハンドサインで江風達に着いてくるよう合図を出しながら、一息に残りの階段を駆け下りて扉にピタリと身を寄せる。
(,,゚Д゚)「扉を開ける方法は?」
( ̄⊥ ̄)「カードキーとパスワードだ。キーは当然私が持っている」
そういってファルロは胸元から銀色の薄いプラスチック製の板を取り出す。小さな長方形のそれが、早い話この扉を開けるカードキーなのだろう。
( ̄⊥ ̄)「パスワードの方も、変えられるのは艦娘提督である私だけだから問題なく開けることができるが………どうする?」
(,,゚Д゚)「どうするもクソもないさ」
扉に窓はなく、中の様子を伺うことはできない。時雨や江風に破壊させてもいいが、かなりの厚さを持つそれは艦娘の力でも正直破壊できるか微妙なところだ。下手に曲がるだけになって開けられなくなれば、それこそ突入にいらない時間を食う。
入り口での待ち伏せという不安要素に目をつぶっても、ここはファルロに開けて貰うしかない。
(,,゚Д゚)「時雨、江風、正面に立って警戒。西井、ランディ、二人を援護できるよう一段上で射撃体勢」
「りょーかい」
「あいよ!」
「了解です」
「Yes sir」
4人分の返事がこだまし、それぞれが配置についたのを見届けて合図を出す。ファルロは頷くと、手元のカードキーをプレートに当てて表面に現れた数字パネルを手早く操作していく。
341:
数秒間、沈黙の中にパネル操作の電子音だけが響く。それは一際高い沸騰したやかんみたいな音を残して終わりを告げ、開く扉の隙間から空気が逃げる「プシューーッ」という間の抜けた音が後に続いた。
そして扉の中から漂ってきて頬を撫でたのは、背筋が思わず震えるような外と遜色ない温度の“冷気”。
「Clear!」
「異常なし!敵影無し!」
(,,;゚Д゚)「………」
(; ̄⊥ ̄)「………」
中を覗いた時雨達が異口同音に叫ぶが、俺とファルロは扉を挟んで浮かぬ表情で顔を見合わせる。
(,,;゚Д゚)(………室内で空調が効いてない?)
(; ̄⊥ ̄)(階段もそうだが、電力が生きているのに何故……)
あぁクソ。この手の不吉な予感は基本的に当たると相場が決まっている。
だが、突入せず退却という選択肢は残念ながら皆無だ。
(,,#゚Д゚)「行くぞ!突入!!」
(# ̄⊥ ̄)「Вперёд!」
柄にもなく胸の内に沸いた不安を押し潰すように、ファルロと共に入り口を跨いで地下へ踏み込む。
電灯一つまともに点いていない廊下が、冷たい風を吹かせて俺達を出迎える。
342:
銃口とライトを、次々と辺りに向けていく。俺と時雨、江風、そしてファルロの四つの白い光が廊下を行き来するが、閉じた鉄製の扉が並ぶだけで人影や気になるものはない。
………強いて一点挙げるなら、足下でぴしゃぴしゃと音を立てる水溜まりだろうか。
(,,゚Д゚)「こんなところまで雨漏りとは、建て直しをオススメするよ提督殿」
( ̄⊥ ̄)「ご意見ありがたく頂戴しよう、なんとか軍の上層部から予算を勝ち取らなければいかんな」
冗談めかしてそんな台詞を交わしてみるが、不穏な空気は益々重く俺達の肩にのしかかる。
“海軍”として初めての作戦に参加したときだって、それに六年前だってこんな気持ちにはこれっぽっちもならなかった。
(,,゚Д゚)「地下二階へは?」
( ̄⊥ ̄)「直進400M、突き当たりを左折して300Mで入り口だ。開ける方法は地下一階と同じ。
途中にセンサー式の機関銃や催涙ガスの噴出口があるが……この調子だとおそらく機能していないぞ」
「そりゃまたグッドニュースだね。うれしさのあまり泣けてくるよ」
直ぐ後ろで時雨がうんざりとした様子の声を上げる。こいつもどうやら経験則から地下の状態が碌なものじゃないと悟ったらしい。これから降りかかってくるであろう「厄介ごと」に、早嫌悪感丸出しだ。
「ところで、廊下の両側にある幾つかの扉は?まさかターミネーターでも極秘裏に開発して格納しているとか?」
( ̄⊥ ̄)「いや………衛兵の詰め所と武器庫、それから監視所だな。
因みにこれらの扉も戦車道で使われる特殊カーボン製だ。かなり分厚く造られている、艦娘とはいえ駆逐艦の攻撃じゃ例え砲撃でも破壊は難しい」
「……ご丁寧にどうも」
(,,゚Д゚)「部屋の数は?この両側の4部屋だけか?」
( ̄⊥ ̄)「この階にはここだけだが地下二階にも同じ形で4部屋と非常用の食料庫、資料庫が一つずつ。それから最下層には詰め所が四つある。
収容人数は司令室や独房も含めれば200と少し詰め込める」
(,,゚Д゚)「……Ostrichが突入した側も?」
( ̄⊥ ̄)「構造はほぼ同様だ」
最大総兵力は400人前後。他区画や本舎地上階にいた戦力を差し引けばこの半分から1/3程度といったところか。
骨は折れるが、対処できない人数差じゃない。
343:
(,,゚Д゚)「各位、部屋と上階からの物音に警戒しつつ進軍しろ!村田、直井、このまま入り口を確保しておいてくれ!異常があれば直ぐに無線で連絡を!」
「「了解!」」
「ギコさン、扉は開けて中も確認するかい?」
(,,゚Д゚)「藪蛇って言葉もある、入り口にブービートラップだけしかけて無視しろ」
ハンドサインを何人かの兵士に向けると、彼らは頷いて一斉に扉の前へ散る。普通に出てくれば足首がある場所に、ワイヤーやロープを用いた簡単な引っかけが施される。
( ̄⊥ ̄)「……行け」
ファルロも顎で指して味方に指示を出す。先程“海軍”の兵士達が仕掛けたトラップに、ロシア兵が手榴弾を添えて引っかかった瞬間ピンが外れて爆発するように一手間を加えた。
……もしも俺達だけだったらこの仕掛けは作れなかったので、思わぬ形でファルロ達の存在に感謝する。技研が造ったあの狂気の沙汰の塊で同じ罠を作れれば、下手をすると俺達が1人残らず生き埋めだ。
(,,゚Д゚)「………行け!」
罠が誤作動しないこと、そして扉が開かないことを確認し、村田達二人を残して歩を進める。
ぴしゃぴしゃと、足下では相変わらず不快な水音が小さなしぶきと共に鳴り続ける。
「……まさか水没しないだろうね、この地下施設」
( ̄⊥ ̄)「この建物は海に直接繋がっていないからほぼ有り得ないが………何故だ?」
「だって、妙に磯臭いよ?この水」
(,,゚Д゚)「………」
時雨に言われて、犬のように自身の鼻をひくつかせ、初めて気づく。
確かに、これは紛れもなく嗅ぎ慣れた“海の臭い”だ。
それも外から漂ってきたとかそんなレベルの生ぬるいものではない。明らかに、足下や周囲から直接俺達の鼻に届いている。
344:
重苦しく、不気味さを増していく辺りの空気とは裏腹に何事もなく5分弱の進軍が終わる。ロシア国旗が描かれた壁がライトに現れたところで素早く辺りを見回し、人影が無いことを確認。
俺と時雨が先行し、曲がり角の壁に身を寄せてゆっくりと覗き込む。そのまま飛び出して廊下の先までライトで照らすが、300M向こうの扉に至るまで人影はやはり皆無だ。
( ゚∋゚)《此方Ostrich、地下二階へと続く階段を視認。人影は無い》
(,,゚Д゚)「こちらWild-Cat、同じく。村田、其方に異常は?」
《ありません。部屋、上階どちらにも新たな動きは見られず。強いていうなら外で【リトルバード】による空襲が行われているぐらいです》
(,,゚Д゚)「OK。
Ostrich、突入しろ。俺達もかちこむ」
( ゚∋゚)《了解。Good luck》
(,,゚Д゚)σ「其方こそな」
( ̄⊥ ̄) ))
時雨と江風を直ぐに援護できるよう位置に着かせて、俺とファルロでさっきと同じように扉に張りつく。……更に強くなった磯の香りに、思わず同時に顔が歪んだ。
( ̄⊥ ̄)「……いいか?」
(,,゚Д゚)「いつでも」
俺が頷いたのを見て、ファルロが再びカードキーを取り出して手元の電子プレートに近づけ────
(,,;゚Д゚)「「…………っ!!?」」( ̄⊥ ̄;)
操作をするよりも先に、凄まじい潮の香りを冷気と共に吐き出しながら扉が勢いよく開いた。
345:
.
『─────キャハハハ、キャハハハハハハハ!!!!』
.
346:
………最初に外でその声を聞いて以来、俺はずっと“幻聴”だと思っていた。だが、どうやら間違った認識だったらしい。
玩具で遊ぶ赤ん坊を思わせる、甲高くて無邪気で、しかしどこか神経を逆なでする笑い声。【Helm】から逃げる際に俺の耳に微かに届いたそれと寸分違わぬものが、よりはっきりと暗い廊下に木霊する。
「……!」
「いっ!?な、なんだよこの声!」
場違いなその声を聞いて反応したのは、今度は俺だけではなかった。時雨の表情が一瞬で真剣なものに代わり、江風はびくりと身を震わせ首を竦める。二人を含めた全員が、一斉にアサルトライフルを構えて声が聞こえてきた方向───扉の向こう側に銃口とライトを突きつけた。
「ウァッ…………』
「撃て!!!」
地下二階へと続く階段の手前に立っていたそいつは、ファルロ達と同じロシア軍の服装に身を包みながら武器を持っていなかった。攻撃せずにただ立っていただけのそいつに、しかし時雨の号令の下全員が同時に引き金を引く。
俺とファルロの間を、熱と火花を撒き散らしながら弾丸の雨が駆け抜ける。肉を無数の鉄塊が貫き断裂する音が直ぐ後ろで途切れることなく鳴り続ける。
ぼとり。
俺の足下に何かが転がり落ち、視線を向けるとそれは人の右手だった。
(,,;゚Д゚)「……クソッ」
悪態が、喉の奥から零れた。別段この程度のグロ画像は見慣れて久しいし、それこそ地下に踏み込む直前エントランスでぶちまけられた肉片と内蔵の山の方がよほど光景としてはよほど凄まじい。
そう、別段今の悪態は目の前の光景に漏らしたもんじゃない。微かに聞こえてくる「音」に対するものだ。
「ウァ……アァ……』
………嗚呼畜生。ふざけんな、あり得ねえだろ!
なんだってこの銃声の中で、弾雨の中で、それを食らってる奴の足音と声が聞こえてくるんだよ!!!
349:
(,,;゚Д゚)「野郎!」
「ヴァッ……』
出口に差し掛かった“そいつ”の顔に肘打ちをぶち込んで押し返し、身体を反転させAK-47の銃口を向ける。扉を挟んだ反対側でファルロも同じ動きをするのが視界の端に写り、更に二つの火線が蹈鞴を踏んで後退した奴の両肩に突き刺さる。
断裂音がして、左手も肘の下から先が消えた。吹っ飛んだ腕はぼんっ、ぼんっと体育館の床に弾むバスケットボールのような音を残して階段の下へと転がり落ちていく。
「こいつ……なンで……!!」
当然の話だが、人間の身体は18挺のアサルトライフルから放たれる弾丸に身体中を穴だらけにされて生きていられるほど丈夫ではない。だが、弾雨の只中に立つその男………“男のようなもの”は、まだ動いている。
「なっ……ンで!死なねえンだよ!!!!」
肉片が削られて四肢のあちこちから骨が垣間見え、両腕が欠損し脳漿が頭からこぼれ落ちて行く中でも未だに声を放ち前進を続ける。最早人間としての原型すら徐々に崩壊しつつあるその物体の姿を目の当たりにして、江風が叫んだ。
その声が震えていた理由は、おそらく通路に充満する冷気のせいではない。
350:
ファルロがほとんどただの赤い塊と化した上半身から射線を下にずらし、“男”の膝に向かって弾丸を放つ。5.45x39mm弾が膝関節の骨と筋肉を粉砕し、欠落した左足が血の噴水に押し出されて左腕同様階段を滑り落ちた。
「アッ………アッ………』
(; ̄⊥ ̄) 「……いったい何だこいつは!」
膝から下が消え去って太腿が地面に着き、それでも“男”は血の跡を残しながら失われた腕を伸ばして此方に向かってくる。額に汗を浮かべながら張り上げるファルロの問いかけに応えられる者はおらず、銃弾を撃つ手は止めないまま全員がじりじりと“男”の歩みに追い立てられるようにして少しずつ廊下を後退していく。
「イギッ』
(,,;゚Д゚)そ「ぬおっ!?」
「ひぃっ!?」
「っ……っ………!」
“男のようななにか”が、二階への入り口から3メートルほども進み出た頃だったろうか。
突然、上半身が内側から破裂した。ピンクと白が混じった脂肪の塊が此方に飛んできてピチャピチャと顔や腕に張りつき、江風は更なる悲鳴を残して尻餅をつく。
時雨は辛うじて悲鳴を漏らすことは避けたようだが、寸前までは行ったようで噛みしめられた唇からは一筋の赤い血が流れ出ている。
『キャハハハハハハハハハハハハハハハハハハッ!!!!!』
次の瞬間、聞こえてきたのはあの“笑い声”。
『キャハハ、キャハハ、キャハハハハハハハハ!!!!』
肉塊の下から現れたのは、一人の赤ん坊だった。
352:
赤ん坊………ああそうさ。こいつは間違いなく赤ん坊だ。
0.5mあるかも怪しい小さな身体に、明らかに関節がしっかりとしていないバタバタと動かされる手足。全体的に丸っこい体型、無邪気に上がる笑い声。全て間違いなく赤ん坊のそれさ。
『キャッキャッキャッ、キャハハハハハ!!!』
そいつが笑っている場所が、内蔵が撒き散らされてぽたぽたと足下に血だまりを作り続けている屍の上でなければ。
そいつの笑い声が、どこか“奴等”の典型的な鳴き声に類似した特徴を持っていなければ。
そいつの首から上が、立派な顎と角を持った胴体と同じぐらいの大きさの物体────よりはっきり言えば、深海棲艦の非ヒト型を小型化させてそのままひっつけたような形状でなければ。
或いは、俺も人並みにその存在を“可愛らしい”と思う余地があったのかも知れない。
「──────Fuck!! Fuck!! Fuuuck!!!!」
『キャッ、キャッ、キャッ♪』
“海軍”兵の一人が、半狂乱で叫びながらAK-47の引き金を再度押し込む。だが放たれた弾幕は、肉塊のベッドの上ではしゃぐ赤ん坊には一発たりとも届かない。ほんの鼻先数センチで不可視の“殻”に弾かれて火花を散らす銃弾を見て、赤ん坊はいないいないばあでもされたみたいに手を叩いてはしゃぎだした。
「Son of a bitch……!」
その様子を見て、更に別の兵士が懐から黒いナイフを取り出す。深海棲艦との白兵戦用に造られたそれを逆手に構えたそいつは、血走った眼で赤ん坊に飛びかかる。
『───イヒヒヒヒヒッ!!!』
その瞬間、一際大きな笑い声を上げて赤ん坊の頭部が肥大化した。
バグン。
そんな、形容しがたい“咀嚼音”を最後に、飛びかかった兵士の身体は足首だけを残して消滅する。
353:
『アンム、アンム、アンム………』
人一人を丸呑みにするため2m四方まで脹れあがった赤ん坊の───深海棲艦の頭部は、口の中でしばらく獲物をもごもごと遊ばせた後に大きく喉を鳴らして嚥下した。口の端からはみ出ていた腕が噛み千切られてこぼれ落ち、水溜まりに音を立てて落下する。
『キュヒィイイイイ………』
頭部の肥大化は例えば、ナマズが餌を食うために大口を開けたような一時的なものではないらしい。ゲップと思わしき生臭い息を吐いた奴の頭部は一向に縮まる気配がなく、それどころか胴体も間を置かず頭部に続いて膨張を開始した。
『ギッ、ギギギィッッッッ…………』
人間には「成長痛」なんてものがあるが、深海棲艦にも共通するのだろうか。既に“赤ん坊”からほど遠い存在に変貌しているその生物は、胴が変態しだすと同時に激痛を堪えるかのごとく食いしばった顎の隙間から歯ぎしりのような摩擦音を漏らす。
『グッ………アァアアッ!!!!』
それは“成長”であり、“退化”でもあった。
丸太のように図太くなった胴体は、残っていた寄生主の下半身を押し潰してズンッと床を揺らす。そこに先程まで生えていた手足はなく、俺達のライトを反射してヌラヌラと不気味な光沢を放つ青白い皮膚が存在するだけだ。
ビシャリ、ビシャリ。
目の前の生物がのたうつ度に、水音がして磯臭い液体が壁や俺達の身体にかかる。元よりあった分より明らかに嵩が増したそれを見て、俺はようやく廊下に撒き散らされていたそれらが“そいつ”の身体から分泌されているのだと理解した。
『─────ォギァアアアアアアアッ!!!!!』
355:
外観こそ歪なオタマジャクシだが、大きさは今や胴体と頭部を含めて5,6Mは越えた化け物。
神話に出てくる怪物蛇の幼体だと言っても信じてしまいそうなそいつの、強大極まりない肺活量を一杯に利用した咆哮が廊下に木霊する。物理的な衝撃すら感じる大音声を間近に聞き、鼓膜が痛みを伴いながら破れる寸前まで震動し、口から新たに撒き散らされた潮の臭いがする水分を全身に浴び────間抜けなことに、ここまでされて俺達はようやく我に返る。
『マァアアアアアアアッ!!!!』
(,,;゚Д゚)そ「跳べぇえーーーーーーーーっ!!!!!」
「っ、うわっ!?」
廊下を巨頭で埋め尽くし、壁を粉砕しながら此方へ飛びかかってくる化け物。俺達は一斉に後ろへ跳び退がる……が、粘液に足を取られた一人が転倒しあろうことか化け物の進路上に身を投げ出す形になった。
「ひっ」
悲鳴を上げる間もない。助けを求めてこちらに伸びた手は虚しく宙を掴み、そのまま残った手首が床を転がる。
「飯島がやられました!」
(,,;゚Д゚)「撃て、撃て、撃て!!!」
(; ̄⊥ ̄)「Огонь!!」
床から飛び起きた俺とファルロが声を限りに叫び、残り17挺となったアサルトライフルが一斉に火を噴く。
356:
廊下をほぼ隙間無く埋めるほどデカイ相手に対して、5メートルと離れていない位置からの銃撃。きっとチンパンジーだって外さないに違いない。
『キィアアアアアアアアアッ!!!!!』
頭部を覆う真っ黒い表皮の上で銃火が爆ぜて廊下を照らす。案の定とでも言うべきか効果は無く、満腹からは程遠いらしい化け物は蛇の如く床を這って俺達へと躙り寄る。
狭い廊下で蠢くせいで、壁や天井が突き崩されて廊下が上下左右に広がっていく。
「どいて!!!」
(,,;゚Д゚)「っ」
(; ̄⊥ ̄)「うわっ…!?」
後ろで時雨が叫ぶ。壁に身を寄せて道を空ければ、AK-47の火線が犬のション便に見えてしまうような強烈な掃射が重厚な発射音と共に駆け抜けていった。
「くっ、たっ、ばっ、れっ!!!」
『ギィイイイッ!!?』
時雨の25mm連装機銃のフルオート射撃を浴び、化け物の進撃が止まる。艤装といっても機銃、それも対戦闘機用じゃ威力不足だろうが、流石に超至近距離からとなると幾らか効果はあるようだ。
『ギィッ、グゥウウウウッ!』
小さな呻き声を漏らしてガチガチと歯を鳴らすが、通常兵器とは桁違いの圧力の前に進むことはできない。弾丸に砕かれた甲殻の破片が、パラパラと床に散らばった。
358:
(;゚∋゚)《Wild-Cat、こちらOstrichだ!裏口で新型の深海棲艦と交戦中!》
(,,;゚Д゚)「奇遇だな、こっちも同じ状況だ!敵の形状は!?」
(;゚∋゚)《地下二階への突入口に立っていたロシア軍兵士1名の“内部”から乳幼児型の幼体が出現、その後交戦中に肥大化!現在は蛇、或いはオタマジャクシのような形状の非ヒト型深海棲艦になりこちらに攻撃を仕掛けてきている!》
(,,;゚Д゚)「こっちと同型か!」
記憶する限り、過去に深海棲艦の幼体が確認されたという話は聞かない。オマケにそこから成長した姿も完全に新型個体だ。
つまり俺達とOstrichは、10分と経たない間に世界中の研究者とカンザス州のマッド共が涎を垂らして羨む大発見を二つも体験したことになる。
………別に喜ばしくもなければ、これっぽっちも望んじゃいなかった体験だが。
(;゚∋゚)《どうする?一度退くか!?》
(,,#゚Д゚)「いや、なおのことガングートの安否確認を急ぐ必要がある!押し通るぞ!!」
(#゚∋゚)《Alright!!》
幸いにして、時雨の機銃が直撃しているということは船体殻は機能していない。つまり見た目通りの下級種の可能性が高く、それなら知能も大したことはないはずだ。
やりようを工夫すれば幾らでも手玉に取れる。
(,,#゚Д゚)「白兵戦闘、用意!!」
指示を飛ばしつつ、俺自身ベルトにさしていた白兵戦闘用のブレードを抜いて柄に着いたトリガーを押す。
(; ̄⊥ ̄)そ「おおっ!?」
せいぜい20cm程だった刃渡りがビデオで早送りされたタケノコの生長のように伸びる。一瞬で三倍近い長さまで達したそれを見て、ファルロが驚きの声を上げた。
玉石混交を地で行く技研の数々の開発装備だが、少なくともコレに関しては俺は大いに気に入っている。勿論短い状態のままでも対人や対ヒト型では致命傷を与え得るので、ここより更に狭い通路や室内でも取り回しが利くのが大きい。
(,,#゚Д゚)「江風、白兵装備で後続!時雨、奴を大きく怯ませて隙を作れ!!」
「りょーかい!」
「しくじらないでよ!」
359:
憎まれ口を叩きつつも、時雨の行動は迅だった。25mm連装機銃を素早く構え直し、動きの激しさに反して眠たげに半開きにされていた奴の眼球へと銃火を叩き込む。
『ギュエアッ!!!!?』
悲鳴を上げて奴が頭を跳ね上げる。天井にドデカイ穴が開いて頭部の上半分が埋まり、青白く光る胴体が剥き出しになった。
どうも地上階まで貫通したらしく、調度品だったと思われるどこぞの偉人の胸像やら格調高い意匠の家具やらが降ってきて地面に叩きつけられていく。それらの合間を縫って、俺はブレードを、江風は手斧を構え奴の胴めがけて飛び込む。
(,,#゚Д゚)「ゴルァアッ!!」
革袋いっぱいに詰め込まれた腐肉に刃を突きたてている気分になる、あの不快な感触が手先から伝わってくる。こみ上げてくる不快な感情を努めて抑え付けながら、相撲の力士を二人ぐらい纏めて飲み込めそうな図太い胴に刃を横断させた。
『  !!!?』
真下で聞く羽目になった奴の悲鳴は、世界中の文豪を束にしてもきっと文字で表現することはできまい。とにかくおぞましい、この世のものとは思えない“音”だったとだけ聞いておく。
あんな気持ちになったのは非番の日に双子共と提督についてカラオケに行き、そこで兄の方の歌声を聞いたとき以来だ。
あの時俺と提督はよく生き延びられたと思う。
「そぉおおいっ!!!!」
『グケッ』
がくんと姿勢が崩れ、天井から抜け落ちてきた奴の頭部。目元辺りの高さに差し掛かった奴の頭部めがけて江風が手斧を振り下ろすと、締め上げられた鶏みたいな声を最後に化け物の悲鳴が途絶える。序でにいうとその声も、勢いよく頭部が壁に叩きつけられた轟音のせいで本当に辛うじて聞こえたのだが。
360:
濛々と舞い上がり辺りに充満した土煙は、廊下の湿った空気と上に口を開けたデカイ換気口のおかげで幸いにも直ぐに収まる。天井から入ってくる地上階のライトが、事切れた化け物を照らし出した。
(,,;゚Д゚)「……」
手斧による裂傷が右側頭部の中心にざっくりと刻まれ、傷口を境として頭部全体がダンプカーに全力で衝突されたかのようにへし折れ拉げている。左側は壁に完全にめり込み、殴打されたときの衝撃で飛び出した眼球が真下に転がっていた。
何というか……“斬撃”を受けた屍には逆立ちしたって見えっこない。
(,,;゚Д゚)「……その白兵武器、ハンマーだったか?」
「は?いや、斧だけど?」
俺の疑問に、江風は心底不思議そうな表情を浮かべて右手に持った得物を掲げる。天井からの照明に照らされたそれは確かに紛うことなく斧であり、黒い刃が鈍く光っている。幾らか分厚いことは事実だが、それでもあくまで想定されている用途は明らかに“切断”だ。
少なくとも、夢の国で電飾を発光させてエレクトリカルパレードに参加していそうな造形のデカ物を“叩き潰す”ようには、設計されていない。
「なぁギコさン、これがどうしたンだい?」
(,,゚Д゚)「………いや、何でも無い。すまんな、変なことを聞いた」
「疲れてんのかい?しっかりしてくれよな」
(,,゚Д゚)「あぁ、気を引き締めておくよ」
深く考えるのはやめよう。非常識が服と筋肉を纏っているような指揮官の下にいるこいつらを、常識で語るのがそもそも間違っている。
361:
ブレイドを振り上げ、一度潰れた頭部の鼻先辺りを斬りつける。ついで目元と胴にも一撃ずつ加え、身動き一つないか、微かな息づかいでも聞こえないか全神経を集中して探る。
本当はこの僅かな時間でも切り上げて地下二階へ踏み込みたいところだが、相手は深海棲艦だ。一秒の油断が原因で部隊が全滅したっておかしくない。
(,,゚Д゚)「こっちの“新型”は江風が撃破した!Ostrich、そっちは!?」
( ゚∋゚)《Верныйが無事始末してくれた!流石は元とはいえ“海軍”出身者だな、あっという間に沈めやがった!
────Ups……》
賞賛の声が、無線の向こうであっという間に悪態混じりの呻き声に変わる。
理由は聞くまでもない。………たった今、俺もその「原因」に直面したのだから。
(,,゚Д゚)「…………クソッタレ」
下から、地下二階から迫る足音。50、いや、100は越えるだろうか。猛然と、俺達の方へ駆け上がってくる。
『『『キェアアアアアアアアアアアアッ!!!!!』』』
極上の玩具を見つけたとびきりしつけの悪いガキで構成された集団が声を限りに上げているような、不快なわめき声を伴って。
(,,#゚Д゚)「くるz『ギィヤァアアアアアアアアアアッ!!!!』
他の奴等に叫ぶより前に、先陣を切って地下通路から勢いよく飛び出した“人影”。頭の左半分が破裂していたそいつは、傷口から生えた黒い頭部と青白く粘着質な光を放つ胴体を持った何かを勢いよく俺に伸ばしてきた。
『キィアアアアアッ───ア゛ッ』
(,,#゚Д゚)「まだ来るぞ!」
ブレイドを翻して、歯をかちかちと鳴らしながら迫ってきた“何か”の首を切り落とすと、青い液が噴き出して床や壁を塗らす。間を置かず、階段口で倒れ込んだそいつの胴を踏み散らして互いに押し合いひしめき合いながら更なる群れが廊下へと溢れ出る。
あぁ畜生、ジョージ=A=ロメロはもうあの世に逝ったはずだろ!
今更ゾンビとエイリアンの夢のコラボだなんて勘弁してくれや!!
362:
(; ̄⊥ ̄)「Огонь!Огонь!Огонь!!!」
『『『キャアアアアハアアアハハハハッ!!!』』』
床に伏せた俺と江風の上を、ファルロ達ロシア兵と“海軍”兵の一斉射が飛び過ぎる。腐りかけの人体が銃火の雨で弾け飛ぶ音が頭上から降ってくるが………足音は押しとどめられつつも止まる気配は全くない。
『ジャギャアッ!!!』
「ウァッ……」
“奴等”の内の一体が胸元を破裂させ、そこから凄まじい度で伸びていったエイリアンもどきがロシア兵の一人に食いつく。喉元を食いつぶされたそいつは呻き声すらまともに上げられず、そのまま頭部を引き千切られ血潮を天井めがけて噴き上げた。
『ギイィッ!!!』
(,,;゚Д゚)「っの野郎!」
別のエイリアンもどきが、今度は再び俺に狙いを定めて首を突き出してくる。咄嗟に床を蹴って仰向けに転がり狙いを外すと、上半身だけ起こして刃を力一杯横に振る。ブツリ、と断裂音がして、切断された頭部だけ残して白い胴体が制御できなくなった消防車のホースのように体液を撒き散らしてすっ飛んでいく。
『ギィアッ!!!』
「おりゃぁっしょいっ!!!」
江風の方に襲いかかった首も、手斧で頭部を唐竹割りにされて絶命する。立て続けに2体がやられて流石に少し怯んだのか化け物共の攻勢が緩んだ隙に、俺と江風は床から起き上がってファルロと時雨達の下まで一度後退する。
『ギッ、ギッ……』
『ギァアアア………』
ファルロ達の猛射によって群れを構成する個体の大半が人体部分に大きな欠損が発生しているものの、奴等それ自体がダメージを受けた様子は無く胸や腹、うなじ、肩口など様々な場所から生える何十という寄生体はウネウネと元気かつ不気味に蠢いている。
ただし、“生長”を始める個体は今のところ見られない。まぁ、向こうもこれだけ密集していると流石に全個体が一斉にあの巨大な姿へ生長というのは難しいのだろう。
364:
そして俺達としても、例えデカかろうが翻弄した上で各個撃破できる一体一体よりも数に任せて押し寄せられるこのやり口の方が遙かに厄介だ。
幸いなことに耐久力・生命力はこの形態だと非ヒト型の深海棲艦と比較しても大きく劣るようだが、こっちの銃撃がほとんど役に立たないことには変わりが無い。必然、火力が不足している俺達は白兵戦闘を強いられるわけだがそうなると数的不利の影響が諸に出る。
最悪、乱戦の最中時雨や江風に“事故”が起きないとも限らない。
『『『ギイイイイイイッ!!!』』』
(,,#゚Д゚)「ゴォルアッ!!」
「いただき………おわっ!」
「っ、気色悪い上に鬱陶しいね!!」
一気に六体、襲いかかってきた寄生体。弾幕射撃とブレイドで何体かを跳ね返すが、時雨や江風の追撃は他の個体に邪魔されて届かない。いやらしくタイミングをずらしての攻撃で一気に弾くこともできず、みすみす無傷での撤退を許す羽目になった。
やはり、複数体が一度にまとまってこられると一気に対処が辛くなる。
「少尉、このままでは危険です!既に鎮守府内に侵入しているSpartaチームに援軍の要請を!」
(,,;゚Д゚)「んな余裕が向こうにあると思うか!」
「っ、そういえば通信で民兵の包囲下に……!」
声を掛けてきたそいつは小さく呻いて唇を噛むが、残念ながらその答えは50点。
まだ“民兵による人海戦術”だけで済んでいるなら、どれだけ幸いか。
365:
そして、人生ってのは“希望的観測”はほとんど当たらないくせに“悪い予感”は概ね現実になる、クソゲーオブザイヤーも真っ青の超絶鬼畜仕様だ。
《Spartaチームより空挺部隊各位、応答を願う!》
程なくして無線から聞こえてきた叫び声によって、俺が想像した“最悪”は既に現実になっていたことを知る。
《当方を包囲していた民兵集団より多数が深海棲艦に類似した生物へ変態、攻撃を受けている!!もう6人やられた、至急増援を頼みたい!!》
《ChaserよりSparta、こちらも同様の状態だ!周囲に“新型”の深海棲艦が少なくとも20体前後、三名が死亡!》
《Coyoteより各部隊、伊-401中破!艦載機の発艦困難!》
《こちらRabbit、“大物”が複数体俺達の方に向かってきている。拠点の維持は困難、悪いが離脱する》
《対空砲火が激しすぎる、そこら中に敵艦が沸いて出やがった!航空支援の継続が困難、Seeker全機やかに後退しろ!》
(,,;゚Д゚)「……ド畜生!!!」
無線機を地面に叩きつける代わりに、全力でブレイドを振り下ろす。唐竹割りにされた寄生体の屍が、床に落下してビクビクと跳ね回る。
「…っ!なぁギコさン、今の通信ってヤバくねえか?!」
(,,#゚Д゚)「ああとんでもなく激ヤバだ!てめえの上司の映画趣味並みにな!!」
「それホンッッットにヤバいね。どうすんのさ」
(,,;゚Д゚)「どうするってもなぁ……」
はっきり言ってしまうなら、“どうしようもない”。その気になればル級までは縊り殺せるあの筋肉野郎ほどの武力も、十の戦力で万の敵を翻弄し選るロマさんほどの知力も俺には無い。逆に時雨と江風に、“あの”青葉のように単騎で云十体の深海棲艦を薙ぎ払える力量は流石に備わっていない。
366:
────あぁ、本当に。自身の置かれた状況が、ロクでもなさ過ぎて笑えてくる。
(,,#゚Д゚)「ファルロ、一つだけ朗報だ!!」
(; ̄⊥ ̄)「この状況のどこが!?」
(,,#゚Д゚)「ムルマンスクの民間人もてめえの同僚も、とりあえず大半は本意で“反逆者”になったわけじゃねえってことが解った!!」
どうやっての部分は不明だが、ともかくこの街にいた人間の大半は“深海棲艦”と化した。元々圧倒的だった物量に「質」が加わり、街の至る所で分断包囲されている俺達には増援の見込みもなく、機甲戦力は皆無で艦娘戦力も乏しい。
そしてこれほど危機的な状況であっても───寧ろ危機的な状況であるからこそ、俺達のやらなければいけないことは変わらない。
今の目的は一つ。ロシア軍の新鋭艦娘【Гангут】の迅な救出と鎮守府施設の奪還。しかもさっきまでと違い、身体に化け物を寄生させたゾンビの群れを薙ぎ倒しながら爆撃が始まる前に完遂するという条件付き。
困難なんてもんじゃない。孤立無援、四面楚歌、最低最悪にも程がある任務。
だからどうしたって話だ。
「この状況で何笑ってんのさ、気色悪いなぁ」
(,,゚Д゚)「ただの苦笑いだ、他意は無いさ」
地獄の底よりよっぽど酷い戦場も。
ジェームズ=ボンドが音を上げてもなんの不思議もない、絶望的な難易度の任務も。
クソッタレた、B級映画モンスターの出来損ないみたいな奴等との戦争も。
今に始まったことじゃあない。
(,,#゚Д゚)「総員、構え!!!」
全てが、俺にとっては“日常”の一部だ。
367:
.
(,,#゚Д゚)「────突撃だゴルァッ!!!」
.
368:
彡(゚)(゚)《イスラームの奴等が絡んでましたわ》
(゚、゚;トソン「…………」
日本国内閣総理大臣・南慈英からアポイントも無しに突然かかってきた電話。ワケもわからずに取ったトソン=カーヴィルに叩きつけられた、第一声がこれだった。
二重三重の衝撃に、最早自分が何に驚いて黙ってしまったのかすら把握できていない。何の事前連絡も無しに突然電話を掛けてきたこの島国の長の傍若無人さに対してか、突然飛び出してきた“イスラーム”という単語に対してか、或いはそれらに何一つ反応を返せずフリーズしてしまった自分自身に対してか。
彡(゚)(゚)《おーい、寝とらんやろなpresident》
Σ(゚、゚;トソン「はっ…?」
呆けて現実から離れかけた彼女の意識を、耳元でがなり立てる彼独特のイントネーションを持つ英語が繋ぎ止める。……危ないところだった、首脳会談中に意識を失い返事できずとなれば口うるさいマスコミ共が嬉々として健康不安説を書き立てるところだったろう。
(゚、゚;トソン「失礼、Mr.MINANI。それで、イスラームが絡んでいたというのは今回のムルマンスクの件で間違いありませんか?」
彡(゚)(゚)《当たり前やんけ。ワイらが情報せなあかんこの手の話題なんて今はこれくらいしかないやろ》
なるべく丁寧に話そうと心がけるトソンに対し、南の口調はよく言えば砕けた、率直に言えば品位の欠片もない喋りでズケズケと会話を進めていく。
舌が錐でできている、などと他国のメディアでも取り上げられることがしばしばあるが、会話の主導権を握る機会がなかなか得られないため特にトソンは彼のしゃべり方を苦手としていた。
370:
いけない、いけない。
トソンは胸の内で自分自身に冷静になるよう言い聞かせる。
(-、-トソン(彼のペースに引っ張られてはいけません。いい加減、こちらも慣れなければ)
かれこれ八年になる付き合いの中で解ってきたことだが、ヨシヒデ=ミナミの粗暴極まる言動の数々は半分は素だがもう半分は彼の意図的な演技だ。相手が呆気にとられているうちに話を進めてしまう、こいつは何をしでかすか解らないと警戒させる、怒り狂えばつけ込んで自分が主導権を握れるように誘導する等、相手の反応に併せてカメレオンのように対応を変化させていく。
相手の力量や状態を見極めて交渉を優位に進められるだけではなく、国内に対しては“世界に物を言える首相”をアピールして相当数の固定支持層を──激烈なアンチと共に──生み出すことに成功している。
特に若年層の支持や注目を引きつけて政治的関心を高め、日本全体の選挙投票率を20%も跳ね上げたのは彼の隠れた功績だ。
味方にするとこちらの胃を締め上げつつも頼もしい存在になってくれるが、敵になるとこれほどやりにくい人物は今の国際社会にはいない。そして、真の意味での「味方」など国際外交においては存在しない。
長年の同盟国である日本でもそこは変わらない。そも、無二の友邦であるこの東洋の島国とアメリカはつい70年前まで太平洋の海原で殺し合いをしていたのだ。
電話の向こうに聞こえないよう鋭く小さく息を吐く。この男は今は敵でもあり味方でもある、気を抜かずに当たらなければ。
(゚、゚トソン「随分と報告が早いですね。まだムルマンスクは戦闘中だというのに」
彡(゚)(゚)《スギウラ准将からリアルタイムでの報告があったんでな。“海軍”最高司令官殿に共有をってワケや》
その名を聞いて、脳裏に浮かぶのは日本軍から“海軍”に派遣されている将校の顔。
あぁ、あの国は厳密には“自衛隊”だったか。准将への任命ということで一度顔合わせはしたが、眼鏡の奥で常に不機嫌そうな目付を光らせていて雰囲気に隙が無い男だった。ミナミとはまた別ベクトルで苦手な印象を持ったことを覚えている。
371:
それにしても、“最高司令官殿”か。
先程冷静になるよう自らに言い聞かせたばかりにもかかわらず、トソンは思わず不快げに眉を顰める。
 _,
(゚、゚トソン(どの口が言いますか)
“海軍”の存在を知る国家の間では、この組織はアメリカ合衆国が日本を“追従させて”作った超法規的なものだと認識されている。実際最高指揮権は合衆国大統領である自分に帰属しているし、No.3に当たる総提督もアメリカ海軍のアルタイム大将の兼任だ。上層部の凡そ7割強もアメリカからの人員提供であり、軍内での権限は極めて大きい。
あくまでも、“名目上”は。
(゚、゚トソン「……お気遣い感謝致します。“海軍”最高司令補佐官殿」
彡(゚)(゚)《“部下”として当然の役割や、礼なんていらんやで》
……嗚呼、奴の薄ら笑いが目に浮かぶ。噛みしめられた奥歯の音が向こうに届いていないことを願わなければ。
“海軍”は実質的に、国際社会の一部に黙認させた上で日本からアメリカへと行われる艦娘という【兵器】のレンドリースだ。一方で日本側も事実上アメリカ合衆国の兵器・人員の一部をある程度自国の裁定で動かせるようになっているため、Win-Winどころか日本の方が“海軍”によって得ている利益は寧ろ大きい。
さらに日本は、戦後復興時など比べものにならないほどの支援をもアメリカから勝ち取っている。それは確かに法外極まる額の“見返り”だが、合衆国単体で深海棲艦の圧倒的物量に対応する際に要する戦費よりは遙かにマシという絶妙な額でもあった。結論アメリカとしては、“安い買い物”と割り切ってこの要求を飲みざるを得ない。
加えて言えば、“海軍”それ自体で振るわれる権限も実質的には日本の方が大きい。
確かに上層部の人員供給はアメリカが大半を占めるが、彼らは殆どが日本側からの強力な推薦があって着任している。これがまた在日米軍の元指揮官に日系三世、親族に親日的な人物が多い家系の生まれ、単純に日本文化贔屓など「よくもこれだけ探したな」とトソン達が感心してしまうほどの所謂知日派揃い。
おまけに実績・実力も相応と「推薦」を突っぱねる隙は1セント硬貨の厚みほども見当たらず、彼女達は上層部の編成を日本側の案に委ねざるを得なかった。
372:
現場レベルの提督達に至ってはほぼ全員が日本人であり、戦場における艦娘運用のノウハウをアメリカの人材に学ばせる機会も限られている。技研での新兵器開発や艤装改良も本部こそアメリカに置かれているが主導は日本企業と日本側の技術者達で、寧ろアメリカはわざわざ資金を提供して日本の研究を支援しているような立ち位置という有様だ。
結論として、日本とアメリカ合衆国の“艦娘格差”を減少させるために“海軍”が発足されて以降も、その差は全く縮まっていない。どころか、艤装改良や戦術面で寧ろ更に広がりつつある。
太平洋戦争後70年、事実上属国同然であった島国が超大国たるアメリカに肩を並べ、どころか越えるというのか。
(゚、゚トソン(忌々しい)
トソン=カーヴィルは決して悪辣な人間ではない。魑魅魍魎が跋扈する政治の世界においては寧ろ善良で純粋な人間性を持ち、少なくともドイツへの核兵器投射に憂いを浮かべられる程度には“正義感”も備わっている。
だが、彼女もまた人間である前に“政治家”であり何よりも「アメリカ合衆国大統領」である。彼女にとっての「正義」とは第1に祖国アメリカの国益であり、その他のありとあらゆる事柄は瑣事にあたる。祖国の権益に傷を付け名誉と覇権を脅かす存在があれば、それはトソンからすればどのような経緯があろうとも紛れもない悪徳だ。
彼女にとって、今の日本は同盟国でも友邦でもない。潜在的な敵性国家であり、アメリカ合衆国の国益を損なう「悪」に他ならない。
鉄槌を下す必要がある。少なくとも、彼女達合衆国にとって「悪」とはならない程度の存在になって貰わなければ。
373:
………とはいえ、それは“今”ではない。
(゚、゚トソン(今は、日本を排除することで失われる“国益”の方が日本自体に侵されるそれよりも遙かに大きい)
【深海棲艦】という人類共通の敵がアメリカにとっても重大な脅威である限り、其方への対処を優先する。
敵の敵は味方、だ。日本との「水面下での戦争」は、深海棲艦の脅威が縮小されるか───かの島国が深海棲艦を上回る脅威となり得るまではお預けだ。
(゚、゚トソン「それで、ミナミ首相。イスラームの介入規模は?」
彡(゚)(゚)《入ってきた情報を聞く限りせいぜい4?500人程度ってところやな。練度は極めて低いらしいから有名所でもない》
ミナミにとってもそれは同じなのだろう。最高司令官補佐の役割という名目で主要な“海軍”関連の情報を一手に握る権限を持ちながらアメリカへの情報共有を怠ったこともないし、“海軍”の権益も独占するような真似はせずアメリカや協力国に一定以上の見返りが出るよう気を配ってはいる(その気配りがまたトソンからすれば小賢しいのだが)。
トソン=カーヴィルもヨシヒデ=ミナミも、幸いなことに今戦うべき相手を冷静に見極められる程度には優れた政治家だった。
彡(゚)(゚)《大方独仏のいざこざでロシアが動いたことに対する威力偵察の一環やろ。ロマ助は首謀者の確保を潜入部隊に命じたらしいがおそらくほぼ意味は無いで》
(゚、゚トソン「捨て駒にされるような下部組織なら自分たちが誰に依頼されたのかすら知らないでしょうからね。そもそもその500人が一つの組織なのかすら怪しいです」
ヨーロッパ方面からの避難民受け入れの影響などで周辺国の混乱が激しかったとはいえ、500人規模の危険思想を持った集団だ。そんなものが一時に動くならロシアや日本の情諜報機関か、アメリカのCIAが爪の先程の兆候でも事前に察知して報告を上げていたはずだ。
優秀な組織なら或いはそれだけ大規模に動いても捕捉されない可能性もあるが、前線から届いた直々の報せによってその可能性も潰えた。
374:
(゚、゚トソン「より小さな泡沫組織がバラバラに国境を越え、ムルマンスクに各自の方法で辿り着いた………これなら我々が初動を捕捉できなかった理由も、練度の極端な低さも説明が付きます。
それでも、あのロシアが最重要防護拠点までみすみす侵入を許してしまったことは信じられませんが」
彡(゚)(゚)《そら、協力者が現地以外にもおったんやろ。大手のイスラーム組織は特に艦娘保有国にとっては最重要監視対象、指示を出すだけならともかく支援だけでも足が着きかねん。間違いなく、かなり強力な外部の援護があったはずや》
(゚、゚トソン「……それ、下手したら国家単位で我々の側に内通者がいたことになりますよ。洒落になりません」
彡(゚)(゚)《ワイら日米ですら裏じゃ利権争いの真っ最中やぞ。今更やんけ》
(゚、゚;トソン「………」
本当にこの男は、言いにくいことをズケズケズケズケ。
彡(゚)(゚)《おっ、大丈夫か大丈夫か?》
(-、-;トソン「ええ、ええ、お陰様で健康ですよMr.Minami。
……しかし妙ですね。外部協力者がいたにしろ、やはりムルマンスクがあれほどあっさり陥落した理由が解せません。内部協力者と言っても、まさか街中の人間が一人残らずロシアに反旗を翻したというのはあまりに非現実的すぎて────」
彡(゚)(゚)《……その事ですが、President.》
この男にしては丁寧な、そして深刻な響きの声が受話器から聞こえてくる。
その事に、トソンが訝りを覚える間すらなく。
375:
彡(゚)(゚)《前線から報告がありました。“海軍”部隊と交戦中のロシア兵反乱部隊並びに民兵が多数、深海棲艦に変態したそうです》
(゚、゚トソン
(゚、゚トソン「は?」
ヨシヒデ=ミナミの口から、ツァーリ・ボンバをも凌駕する爆弾が放たれた。
376:
間抜けな、呆けたような声が出たきり自分の口は動かない。何か言葉を返すべきなのかも知れないが、肝心の言葉が喉まで上がってこない。
脳内はまるで、ホワイトハウスの壁のように真っ白だ。
辛うじて機能を保っている耳に、ミナミの声が淡々と響く。
彡(゚)(゚)《まず言っておきますが、これは完全なオフレコですわ。ロシア連邦と日本、そして今し方のお宅らアメリカ合衆国。この三国の政府関係者しか知らん。現場レベルからの報告はこの三国以外には絶対に流さないようアルタイム総提督に厳命してある。いつまで保つかは解らんがしばらくは漏れんと思います》
(゚、゚;トソン「っ……ハァッ!ハァッ……ハァッ……」
ようやく呼吸が回復したが、朝の日課であるランニングをした直後よりも息が上がっている。落ち着くためにコーヒーを流し込もうとカップを手に持ったが、ぶるぶると震えて中身は一滴残らず机の上に飛び散った。
(゚、゚;トソン「………そんな、バカな」
ようやっと絞り出せた声は、我ながら情けなくなるほどにか細く何の意味も無い呟きだ。手の震えを抑えようと握り拳を握ってみたが、爪が掌に食い込むほど強く力を込めても止まらない。
(゚、゚;トソン「幾ら何でも馬鹿げています、手垢が付いたB級モンスター映画の設定じゃあるまいし。人間が深海棲艦に?たしかに奴等の個体の中には【ヒト型】もいますが、明らかに馬鹿げた話です」
彡(゚)(゚)《ワイもそう思ってましたしそう願ってました。だから現場から訂正が入るか完全に裏が取れるまで、この事について触れもしなかったし口止めも徹底した。
が、訂正どころか現地の統合管制機から映像付で全く同様の報告がアルタイム総提督に入ったそうです。確定ですわ》
(゚、゚;トソン「………そんな」
378:
ようやく動悸や震えは治まってきたが、思考はまとまらないどころか益々混乱が酷くなる。
ミナミはオフレコだと言うが、そんなもの当然だ。この情報が事前の十分な対策もなく民間に漏れれば、凄まじい混乱が巻き起こる。
特に混乱の最中にある欧州でこの情報がリークされれば、恐慌に駆られた国民によって早晩国家規模の大暴動へと発展してもおかしくない。東西両方面の戦線は、確実に瓦解するだろう。
彡(゚)(゚)《ワイ自身はまだ映像を直に見たわけやないが、どうも【非ヒト型】の完全な新型らしいですわ。正確な数は不明も、“発症者”は膨大で投入された空挺部隊は全滅の危機。現地部隊はロシア軍にも協力を得てヘリ部隊による航空支援も試みているものの、対空砲火が激しく進捗は芳しいと言い難いとのこと》
(ノ、-;トソン「………」
最早真偽を問う声すら上げる力も無く、顔を右手で覆ってトソンは項垂れる。
アメリカ代表の戦車道チームが親善試合で何の手違いかウガンダにボコボコにされたときも、最初に深海棲艦が出現したときも、贔屓チームであるボルティモア・オリオールズが27点差で負けたときだってこれほどの脱力感と絶望を感じはしなかった。
彡(゚)(゚)《一つだけよかったことがあるとすれば、ムルマンスクが陥落した何よりの理由が見付かったことです》
(-、-;トソン「はっきり言って未だに信じられませんし信じたくもない理由ですがね……」
街中の人間が狂って三流テ口リストに全住人を上げて加担したのは身体の中に深海棲艦の幼体が潜んでいたからで、テ口リスト殲滅後はその怪物共の襲撃をうけて世界最強の精鋭部隊が全滅の危機に陥る………さっきは「B級モンスター映画の設定」何て言ったが、大幅に訂正だ。B級映画だって今時こんなばかばかしい脚本は没になる。
(゚、゚トソン「まぁ現実に起きてしまったことだから受け入れざるを得ないとして、今度はまた別の問題が出てきますよ。
まず、深海棲艦はどうやってムルマンスクの人々の大半に“幼体”を植え付けたのか。
次いで、イスラームの武装勢力を手引きした“外部”の人間達はムルマンスクの状況について事前に知っていたのか。どちらも、誇張表現無しに人類全体の存亡に関わる極めて深刻な疑問です」
379:
前者については説明するまでもない。ムルマンスクの惨劇が東京やニューヨーク、モスクワなど大都市圏で再現されれば起きる被害は計り知れない。寄生体の侵入経路をやかに調べ上げ、何としても再発を防止する必要がある。
そして、後者の問題。
それは最早、外交戦だの人類同士の啀み合いだのといったものを超越している。明確な、深海棲艦に対する利敵行為に他ならない。
(゚、゚トソン「何れの問題も、“海軍”は勿論のこと民間に露見する危険性がない範囲内であらゆる国の諜報機関と連携していく必要性があります。
とはいえ、何の手がかりもない中で突き止めなければならないのは至難の業ですが……」
彡(゚)(゚)《その事ですが大統領、もう一つの朗報があります。生研が、面白い情報を上げてきました》
(゚、゚トソン「生研………ですか」
トソンの表情が、再び不快さで微かに歪む。生研────深海棲艦生態研究所は、技研の本部同様アメリカに本拠地が置かれている機関だ。確かに主導はやはり日本企業と日本の研究チームだが、何故自国内に施設がある機関の報告を太平洋を挟んだ海の向こうから電話を通して又聞きしなければならないのだろうか。
本当は嫌味の一つも言ってやりたいが、事態が事態だ。トソンは不満をぐっと呑み込むと、沈黙を以てミナミに続きを促す。
彡(゚)(゚)《大統領は、“異常甲殻生物”による鎮守府の襲撃事件を覚えてますか?》
383:
(゚、゚トソン「忘れるはずがないじゃないですか。あれほどの事件なのに」
これもまた、ある種のB級映画臭がする事件の一つだ。
去年の夏頃、ルソン島に建設されていたアメリカ海軍所属の警備府が壊滅したのを皮切りにアジア各国の軍事施設や鎮守府が連続的に襲撃されるという大事件が発生した。目撃証言や僅かに回収された映像の解析などから襲撃者が深海棲艦ではない可能性が指摘され東南アジア諸国はパニックになり、一時はベトナムやミャンマー、インドシナが情報開示を求める国民の大規模な暴動によってあわや内戦状態に陥りかけるという事態に発展している。
当然公表されていないが“海軍”の鎮守府も複数が破壊されていたためアメリカ軍内でも警戒を促す声が強く、ある事情から動かせる戦力が大きく限られていたこともあって形振り構わず中国に掃海を要請する案まで出たほどだ。
敵の正体は不明、目的も不明という緊迫した状況は、一ヶ月ほどで唐突に終わりを告げる。日本に差し掛かった際、最初に“餌場”として選んだ場所が海軍内で知らぬ者はいないと言われるほど(悪)名高いある鎮守府だったところで襲撃者達の運は尽きた。
(゚、゚;トソン「あの鎮守府もう少し手綱をどうにかできないんですか?国際問題一歩手前でしたよアレは」
彡;(゚)(゚)《………まぁ、その辺りはワイもロマ助に任してあるんで》
連続的かつ周期的だった襲撃があまりにも唐突に止んだため、不審に思った“海軍”の某准将は次の襲撃を予想されていた地点の近隣に陸海問わず調査の手を伸ばした。程なくして件の鎮守府でその襲撃者達────エビ目(十脚目)・ザリガニ下目・アカザエビ科(ネフロプス科)・ロブスター属、所謂【オマール海老】を元気に胃袋に詰め込んでいる提督と指揮下艦娘達の姿が発見され事件は間抜けな幕引きを迎える。
384:
トソンの言う国際問題一歩手前とは、“海軍”制度の関与国に解決に至る経緯を報告したところ「馬鹿げた作り話をした挙げ句今回の事件の全容を日米が隠蔽しようとしている」とドイツや中国を中心に非難が沸き上がったことだ。
いやまぁ実際真実を包み隠さず言っていたので非難されてもこちらとしてはどうしようもないことだったのだが、もしトソン自身が向こうの立場だったなら同じ反応を返していただろう。
さぁ想像してみよう。何処かの国の外交使節が秘密裏にやって来て、深刻な表情で以下の報告を口にする。
連続襲撃事件の犯人は異常発生・異常成長した甲殻類、もといオマール海老でその犯人は所属鎮守府で極秘裏に殲滅された後そこの提督と艦娘達に喰われました、と。
(゚、゚トソン(胸ぐら掴んで顔面に全力で平手打ちぶち込みますね)
ハイスクール時代にソフトボールとカラテで鍛え上げた身体を存分に活かすときが訪れることだろう。
(゚、゚トソン「しかし、あの事件に関連した報告ってあまりにも遅すぎませんか?もう一年以上経ってるんですよ?」
彡(゚)(゚)《この件については解決した時点で優先順位は圧倒的に低くなっていたのが一番の原因ですわ。生研はあくまで深海棲艦の生態研究が本分、幾ら関連が深そうな存在とはいえ海老やザリガニは本職やない。
それに、あの時は“マレー沖”の直前でしたから》
(゚、゚トソン「……そういえばそうでしたね」
当時、東南アジアのマレー半島近海では輸送型の深海棲艦が数体から十数体の規模で航行している姿がたびたび目撃されていた。事態を重く見た各国は日本、アメリカ、オーストラリア、インドの4カ国と艦娘部隊を中心に連合艦隊を編成しつつ当海域の警戒を優先しており、“海軍”の戦力も其方の方面に若干偏重した編成を行っている。
385:
連続襲撃が起きた海域で“海軍”鎮守府まで大きな損害を受けたり各国の対応が後手に回ったのも、確実視されていたマレー半島方面での深海棲艦による大規模襲撃に備えて戦力を移動させていたことが大きい。生研もその頃は過去の戦闘データから深海棲艦側の主力艦隊出現地点を可能な限り正確に割り出すことに全勢力を注ぎ込んでいたはずだ。
事件の発生によってマレー沖のそれらが陽動ではないかという見方もでて来るほどだったので、襲撃者判明後も当然関連性自体は疑われている。だが、そもそも深海棲艦の出現前後は周辺海域で魚介類の取れ高が爆発的に上昇するという元々の傾向や米海軍が自分たちの基地を「たかだかデカくなった甲殻類の群れ」に蹂躙されたという事実を公にしたがらなかったという政治的な理由、そして何より事件解決の直後から懸念されていた深海棲艦の大規模攻勢の開始など様々な事象が重なって“海軍”を含めて人類はこの事件を本格的に追究する機会を逸した。
そして海戦────約70年前、同海域でプリンス・オブ・ウェールズが水底に沈むこととなった戦いに準えて【第二次マレー沖海戦】と公称された戦闘での連合艦隊側の歴史的な勝利に世間が沸き立つ裏で、この“異常甲殻類事件”は今まで誰も掘り下げずに放置されていたというわけか。
(゚、゚トソン「………なんとも締まらない経緯ですが、まぁ状況が状況でしたしよしとしましょう」
これほど重大な事柄を“お蔵入り”寸前まで放置してしまっていた生研に言いたいことは山ほどあるが、続報がなかなか入らないことに訝しみつつ確認を疎かにしていた自分にも非はある、とトソンは息をつく。それに生研の夜を日に継ぐ解析のおかげで、イ級一匹すら近隣に上陸させることなく深海棲艦主力部隊を殲滅できたのだ。
(゚、゚トソン「しかし、去年の事件を今更蒸し返して解ったこととは何ですか?しかも今回の“人間の深海棲艦への変態”に関連して。
そもそも深海棲艦が関与しているのは確定として、こいつらが何故鎮守府を襲ったのかも──────」
386:
彡(゚)(゚)《あんたの考えてるとおりですわ、President》
三度の沈黙が意味するところを、ミナミは直ぐに理解した。
彡(゚)(゚)《奴等が何故鎮守府を襲ったのか……この疑問は厳密に言うと正しくない、んなもん深海棲艦が関与したからってのはアホでも解る。核となる問題は何故“あんな場所の”鎮守府を襲ったのか?何故“あのタイミングで”襲ったのか?》
襲撃された鎮守府や基地は、何れもフィリピン海側に点在している。別段、それらが目標になったこと自体は不思議では無い。何れも人類にとって十分重要な拠点であったし、“海軍”所属の精鋭部隊や艦娘にも犠牲が出た。被った損害は甚大極まりない。
奇妙なのは、これらの攻撃を【第二次マレー沖海戦】と連動しているものとして見た場合だ。
彡(゚)(゚)《もしもマレー沖海戦に対してフィリピン海の連続襲撃が陽動なのだとしたら、遅すぎる。
逆だとしたら、多すぎる》
前者を目的とする場合、必要なのは動きを読ませず人類側の戦力を分散させることだ。甲殻類たちの襲撃が本格化した時点では人類側は既にマレー沖方面での大規模海戦を“確定事項”として読み切っており、其方側への戦力の結集は疾うの昔に完遂している。あの時点で再びフィリピン側へ戦力を動かすことは“したくてもできない”段階ですらあり、最大の目的を達成することは完全に不可能になっていた。
では後者はどうか。オマール海老たちの襲撃経路がマレー沖の“陽動”に対するものだとすれば、それは確かに動きとしては成功したといえる。
しかしながら、囮であるはずのマレー沖で払った深海棲艦側の代償がミナミの言うとおりあまりにも多すぎる。いかに深海棲艦の無尽蔵な物量を持ってしても、500隻規模の大艦隊で編成の半分近くがeliteかflagship、何より実に20体近い姫級という膨大な戦力はおいそれと捨て駒として使えるような代物ではないはずだ。
388:
彡(゚)(゚)《一応、二正面作戦────両方が本命だったという考え方もまぁできなくも無い。せやけど今度は、向こうの戦力編成が歪です。
デカ物が一匹混じっていたとはいえ所詮甲殻類。戦力が乏しかった東南アジアならいざ知らず、たかだかザリガニの群れが日本近海に突入したところで“あの鎮守府”でなくとも遅かれ早かれ殲滅できた筈や。二正面と言うには片方の本気度が低すぎる》
疑問はあとからあとから沸いてくる。
何故、深海棲艦は数ある水生生物の中からわざわざオマール海老を選んだのか。
何故、ヨーロッパでそうしたように奇襲成功後電撃的に内陸まで浸透しなかったのか。
何故、深海棲艦は大量のオマール海老を操ることができたのか。
では逆に深海棲艦と何の関係もないのではないかと問われると、今度は最も巨大で困難な問題が残る。
何故このオマール海老たちは、わざわざ鎮守府を餌場にしようとしたのか。
だが、そもそも深海棲艦側もオマール海老たちの存在を感知していなかったが、“異常甲殻類”の出現自体には深海棲艦が関わっていたとすればどうだろうか。
彡(゚)(゚)《こいつらと深海棲艦は関係あるのか、ないのか。この二択で考えていたからワイらはい段階で答えに辿り着くことができなかった。
“関係はあったが関連はしていなかった”─────だからこそ、あの襲撃事件は誰も予想ができない形で発生したんですわ》
もしも、“そう”ならば。確かに疑問の全てに合理的な説明を付けることができる。
だが同時にそれは、人類側の対深海棲艦戦略を根本から崩壊に追いやりかねない。
389:
彡(゚)(゚)《あのザリガニ共は別に操られてなんかいなかった。明確に自分らの意志でフィリピン沖の軍事施設を襲撃したんです。
では何故そんな意志を奴等が持ったのか────思えば簡単な話や。この世界で、わざわざ鎮守府を狙って襲撃する“水生生物”なんて現状この世に1種類しかおらへん》
受話器を握りしめて戦慄するトソンを尻目に、ミナミは淡々と説明を続ける。
だが、彼女がもし冷静なら途中で気づくことができたかも知れない。
彼の声も、僅かに震えていたことに。
彡(゚)(゚)《厳密に言うと、ムルマンスクの新型は寄生体なので必ずしも直接の繋がりがあるとは言えん。だが、間違いなくメカニズムを説き明かす大きな手助けにはなる筈や……一刻も早く、なってもらわな困る》
《生研による“異常甲殻類”の解剖結果や。
保管されている個体の内大凡六割前後で、甲殻の構成物質が駆逐イ級のそれと酷似した物に変容していることが判明した。
寄生どころやない、奴等自体が【深海棲艦化】しとったんや》
393:
伸びてきた顎を身を捩って躱す。サーカスの曲芸師か新体操のオリンピック選手かといった姿勢から足を振り上げ、寄生体の胴に蹴りを打ち込む。
無論、奴等にそれが効くなんて端から期待してはいない。目的は蹴りの勢いを利用して、より早く床に倒れ込むこと。
(,,; Д゚)「ぐっ………!?」
後頭部はなるべく打ち付けないよう尽力したが、それでも転倒によるダメージを皆無にはできない。一瞬背中に走った強い衝撃で呼吸が詰まった。
僅かコンマ一秒前に俺の身体があった位置を、黒い顎と白く長い胴がもう一つ駆け抜けていく。頭上40cmほどで鳴った「ガチン」という牙の噛み合わせ音に、流石に少し背筋が寒くなる。
(,,;゚Д゚)「っふ!!」
『ギュエッ……?!』
そのまま下側にある寄生体の胴を両足で挟み込み、腹筋懸垂の要領で上半身を跳ね上げる。心底から不快なぬめぬめとした感触と魚の腐敗臭に酷似した臭いに耐えながら蛇のように身体を巻き付けブレイドを振り下ろすと、苦悶の声を残して頭部がぽとりと床に落ちた。
(,,#゚Д゚)「ゴルァアッ!!!」
『ギィッ!!?』
くたりと力が抜けた胴体を離して床に着地し、すぐさま伸び上がってもう一閃。今度は頭部を斜め後ろから直接斬り払うと、前半分を失った寄生体は一つ短い断末魔を残して永久に沈黙する。
394:
『シァッ!!!』
「少尉!!」
(,,;゚Д゚)「っ」
風切り音。迫ってきた3体目に対して反応が遅れる。咄嗟にブレイドを上段に構えて軌道を遮るが、襲いかかってきた個体は火花を散らして一瞬逸れただけ。奴はそのまま黒い刃に胴を巻き付けてこちらの動きを封じると、俺の頭を噛み砕こうと大口を開けた。
「頭下げて」
(,,;゚Д゚)そ「ぬわーーーーーーーーーっち!!!!?」
後ろから声と共に飛来した“何か”が頭頂を掠めた。じんじんとしびれるような痛みと微かな熱が感じられ、目の前を散った髪の毛が数本焦げ臭さを漂わせながらひらひらと落ちていく。
『グギュアッ……?!』
投擲された“くない”は、寄生体の喉奥に飛び込んでそのまま胴を貫通する。奇しくも本職の忍者がかつて使っていたものと同様の色合いになっているそれは、天井に勢いよく突き刺さってコンクリート片を撒き散らした。
「ワザマエッてね!」
『『ギャァッ!?!』』
『シューー………』
自分で言うのかとツッコむ間もなく、更に三つのくないが投擲される。天井を這うようにして向かってきた寄生体の内2体が縫い止められるような形で頭を撃ち抜かれ、躱した残りの1体も蛇の威嚇音に酷似した音を残して宿主の元へ戻っていく。
………まぁ、助かったのはともかくとして、だ。
(,,#゚Д゚)「────殺す気かクォラァッ!!」
「なんだい?礼はいらないよ」
(,,#゚Д゚)「ベイズ=マルバスかてめぇは!!!」
そういやスターウォーズ史上最高傑作との声も多い【ローグ・ワン STAR WARS STORY】のDVD/Blu-rayは書店からコンビニまで全世界で発売中だったな!ここから生きて帰ったら内臓を質に入れてでも買うぞゴルァッ!!
395:
「時雨姉貴、ギコさン、喧嘩は後回しにしてくンな!まだ来るぜ!!!」
「うぇえ……」
(,,;゚Д゚)「ちぃいっ!!」
間抜けな内容で無駄な体力を消耗してしまったことに舌打ちを漏らしつつ、力が抜けた蜷局からブレイドを引き抜く。
(,,#゚Д゚)「ふんっ!!!」
『ギッ………ジャア゛ア゛ア゛!!?』
フェンシングの要領で放った突きに、寄生体の頭部が刺さる。刃を口の中にねじ込みながら回転させてやると苦悶の声が漏れ、勢いよく突き通した後刀身を跳ね上げたところで頭部の上半分が断裂してその声も止まった。
『『ギャアッ!!!』』
そこに、次の襲撃。俺の首元と股ぐらを食いちぎろうと、2体の寄生体共が上下に分かれて俺へと狙いを定めてきた。
(# ̄⊥ ̄)「ヨシフル、屈め!!
Огонь!」
(,,゚Д゚)「おっと!」
時雨よりも遙かに良心的な注意喚起に膝を折りつつ、上から全体重を掛けて足下を狙った方の頭に刃を押し当てる。さくり、とまるでたくあんに包丁を入れたかのような手応えを残して両断された頭部が床に横たわる。
『ギッ………ギゥッ………!!』
“上”を担当した方も、開かれていた口にファルロ達が弾幕を集中したおかげで文字通り弾幕を腹一杯“食らう”ことになってしまった。幼体故の脆さもあるのか致命的には到底ならないにしろ幾らかダメージも受けたようで、一瞬空中で動きを止めた後突撃を中断して離脱を謀る。
「でいりゃあっ!!!」
『ギッ!!?』
無論、その隙を改白露型駆逐艦は見逃さない。壁を利用して跳び上がり、寄生体の喉元を鷲掴みにして斧を振るう。
乾いた炸裂音と共に、その個体の頭部が破裂した。
396:
幾らかの攻勢を捌き、僅かに敵から繰り出される攻め手の間隔が空いた。機を逃すわけにはいかない。
(,,#゚Д゚)「Go!!」
「了解!!」
「Yes sir!!」
俺と江風を追い抜いて、“海軍”兵士が二人更に前へと出る。片方が構えているのは俺の持って居るものと同じ伸縮式のブレイドで、もう一人は左手の下側にレーザーポインター付属の小型ボウガンを装着している。
「Shoot!!」
『ギィイイイッ!!?』
ボウガンが起動され、黒い矢が一本風を捲いて飛翔する。100M程向こうで通路を埋め尽くしながらイソギンチャクのように蠢いていた寄生体が、1体頭を射抜かれて床に落ちる。
「シッ!!」
暗闇に紛れて横合いから攻撃を謀った1体は、ブレイド持ちの方が振り下ろした斬撃によって首を落とされて絶命する。
「よっ、お見事!」
江風が、その兵士の手捌きに感嘆の声を上げた。実際まだ年若い──おそらく俺や美子よりも年下の──そいつの斬撃は美しさすら感じられ、俺も正直危うく見とれて動きを止めかけたほどだ。
「お兄さンやるねぇ!今度手合わせしてぇや!名前はなンてぇンだい!?」
「艦娘のお嬢さんにお褒めにあずかれるとは光栄ですな!」
江風の喝采にやや頬を染めつつも、そいつは“次”に備えて構えを崩さぬまま声を張り上げる。
( #・ω・)「カラマロス=オオヨド!以後お見知りおきの程を!!」
397:
(,,#゚Д゚)「ぬぁっ!」
若い兵士───カラマロスの真横に踏み込みながら、襲撃を試みた寄生体を斬り付ける。怯ませ跳ね返すことには成功したが薄皮を裂いただけで殺すことはできず、さっきの鮮やかな技の直後ということもあり小さな舌打ちが漏れてしまう。
( ;・ω・)「すみません少尉、私何か粗相を……?」
(,,;゚Д゚)「あぁいや、単に自分の不甲斐なさに吐き気がしただけだ」
不安そうに眉を顰めたカラマロスに「心配すんな」と手を振ってみせる。
(,,゚Д゚)「にしてもカラマロス、ねぇ。日本人としてはなかなか珍しい名前だな」
(  ・ω・)「父は日本人、母はアメリカ人と日本人のハーフですから。所謂クォーターという奴ですよ」
そう言われて横目で改めて容姿を軽く観察したが、確かによく見ると顔立ちは若干掘りが深く眼が僅かに青みがかっていて日本人離れしている部分がある。もう一つ特徴としてはどこか表情に「しまり」がなく、軍人というよりはどこかの街角でパン屋でも営んでいる方がよほど様になりそうだ。
(  ・ω・)「生まれは日本ですが親の都合で深海棲艦出現前に渡米して国籍もアメリカですからね!海兵隊からスカウトされました!」
しかも現場からの叩き上げかよ、益々見えねえな。
( #・ω・)「はぁっ!!」
(,,#゚Д゚)「オラァッ!!!」
腹でも食い破ろうとしたのだろう。俺とカラマロスに、同時に微妙な高さで向かってきた2体の寄生体。
二人で刃を振るうと、同時に二本の胴が千切れとんだ。
398:
足下でビクビクと痙攣する死骸二つを蹴散らして、俺とカラマロスは同時に前へ踏み込む。俺は上へ、カラマロスは下へとそれぞれブレイドを一閃させた。
ぶちゅんっ、ぶちゅん。生々しい切断音が連続して鳴る。斬って落とした頭が床や壁に着くより早くもう一度、今度は横向きに刃を薙ぐ。
突進してきた勢いそのままに胴の中程まで真っ二つに裂かれながら進んだあと、手元の寄生体の胴からぐたりと力が抜け廊下の向こうで宿主も膝から崩れ落ち前のめりに倒れ込んだ。
「Enemy coming!!」
ボウガンを構えた奴が大きな声でそう叫び、同時に廊下の向こう側で大量の「気配」が蠢くのを感じた。
『『『キィヤァアアアアアアアアアアアッ!!!!』』』
「うっわぁ……」
「グロっ」
100は確実に越える犠牲を経て、ようやくチェストバスターの出来損ないたちは俺達が無力無抵抗な餌ではないと自覚したのだろう。癇癪を起こした子供の金切り声のような声を何十と合唱させ、宿主であるロシア兵の肉体が崩壊していくのも構わず廊下を比喩表現ではなく端から端まで埋め尽くしながら一斉にこちらへと向かってくる。
(,,#゚Д゚)「ファルロ、時雨、江風!!」
(; ̄⊥ ̄)「Да-с!!」
「了ッ解!!」
「これで機銃はカンバンだよ、無駄撃ちにさせないでよ!!」
残ったロシア兵のアサルトライフルと、二丁の25mm連装機銃が咆哮する。無数のマズルフラッシュが瞬いて身を伏せた俺達三人の頭上を熱風が駆け抜けていき、嵐のような銃火は迫り来る「壁」に真っ向から衝突した。
399:
AK-12や25mmが吐き出す空薬莢が床で跳ね、甲高い金属音を幾つも奏でる。幼体とあってどうやら奴等は艤装がまだ発達していないらしく、数の力で強引に弾幕を突破しようとするのみで反撃の砲火は一向に見られない。
『ギッ……ガッ……!』
『キィイイッ、キィイイッ!』
各個撃破される攻撃法を改めただけ非ヒト型としては上出来なオツムだが、奴等は廊下で互いに胴が絡みついてしまうほどの密度でひしめき合いながら向かってきた。
そうなると、こちらは別に寄生体全体に満遍なく攻撃をする必要は無い。口を開けている、他と比べて突出しているなどして怯ませやすい個体に火線を集中すれば、必然的に残りの個体も動きが阻害され群体全ての進撃が止まる。
「25mm機銃、撃ち止めまであと40秒!」
「我々のAK-47も同じく!」
(; ̄⊥ ̄)「AK-12はまだそれなりに余裕があるが、そもそもの数が少ない!我々だけでは押しとどめられないぞ!」
とはいえ、例え幼体でも深海棲艦を怯ませるのだから並大抵の火力集中では到底それは適わない。既にこの場に到着するまでに結構な量を消費していた俺達の弾薬は、極限まで上げざるを得なくなった射撃ペースによってほぼ完全に底を尽きつつあった。
400:
ゴクリと俺の喉が唾を飲み下す。
弾幕射撃の終わりが近づくにつれて、流石に胸の鼓動が早くなる。
(,,゚Д゚)「……いいか、絶対にタイミングはずらすなよ」
(? ・ω・)「Yes?sir」
一応カラマロスに言った体を取っているが、それは半ば自分に向かっての言葉だった。
一瞬の、それこそ刹那の遅れが全てを台無しにしかねない。全神経を集中し、「その時」に備える。
「あと十秒!!!」
江風が銃声と奴等の苛立ちの声が入り交じる中で声を張り上げる。“何が”とは言うまでもないことだ。
手が震えそうになるのを、皮膚が破れるほど強く拳を握って押さえつける。完璧なタイミングで動くことができるよう、全身の感覚を研ぎ澄ませる。
五秒前。
4、3、2、1─────
0。
「…………っ!」
時雨が息を呑む音が伝わり、銃火がピタリと止む。
最後の一つとなった空薬莢が、チャリンと床で弾む。
401:
瞬間。
全身の関節とバネを稼働させ、伏せていた床から跳ね上がる。
号令なんて掛けない。その「瞬間」すら無駄な時間だ。
叫び声など上げない。肺一杯に溜め込んだ空気は、全て前へと進むために使う。
顔など上げない。上げた分だけ体面積が増えて、コンマ一秒でも空気抵抗による遅れが出る恐れがある。
距離にしてたった5メートル。その5メートルを詰める時間を極限まで短縮するため、体の全ての機能を「前進」のために稼働させる。
2歩。奴等との距離を零にするまでに要した、俺たちの歩数だ。それは走ると言うよりは、いっそ「跳ぶ」と表現した方が良いかもしれない。
(,,# Д )「 !!!」
( # ω )「──────」
声を出さずに、しかし俺達は雄叫びを上げて、各々の得物を振り上げる。
そうして俺達“海軍”兵は、俺とカラマロスを先頭に寄生体共の群体の只中へと斬り込んだ。
403:
そこから先のことは、丸ごとごっそり記憶にない。なにせ印象としては廊下が丸ごと敵になっていた状態に近いので、いちいち“思考”それ自体を挟んでいる暇が無かった。
幾つの寄生体を殺したのかも、どれだけ“元”ロシア兵の屍を踏み越えたのかも、何リットル頭から奴等の体液を浴びたのかも解らないまま、ただひたすら目の前で動く物に対してブレイドを振るい続ける。
「──────Stop!!」
多分この先一生忘れることはできないほど手に刻み込まれた、寄生体のぶよぶよした胴を斬る感触からはかけ離れた「手応え」。聞き覚えがある英語での叫び声に、ようやく俺は我に返る。
(;゚∋゚)「………ジャパンがサムライ・カントリーだったのは確か3世紀近く前の話じゃなかったか?未だにTUZIGIRIだかBUREIUTHIだかが横行してるなんて知らなかったぜ」
(,,;゚Д゚)「…………Ostrich?」
(;゚∋゚)「ああ、紛れもなくな。無我夢中だったのは解るが敵と味方の区別ぐらいは流石に付けながら暴れてくれ」
筋骨隆々のダチョウ野郎はそう言って、熊手のような見た目の自分の白兵装備から俺のブレイドを外す。
そして、辺りを見回すと低い声でこう言った。
( ゚∋゚)「All clear」
404:
異常なし。そう告げるOstrichの言葉に、俺はようやく辺りを見回
(,,; Д )「ゴホッ、ヴォエエエエエエエエッ!!?」
「おわぁっ!?」
「汚っ!?」
……す前に、身体をくの字に曲げて胃からせり上がってきたモノを口から勢いよく吐き出す。たっぷりバケツ一杯分にはなりそうな吐瀉物が床にぶちまけられ、近くまで駆け寄ってこようとした時雨と江風が寄生体に襲われていたときよりも更に機敏な動作で跳び下がる。
( ゚∋゚)「……激しい運動は苦手だったのか、知らなかった」
(,,;-Д-)「喧しい……オォエエッ……」
どうにも倉庫で食らわせた肘打ちを根に持っているらしいOstrichがあからさまな皮肉を飛ばしてくるが、立て続けに襲ってくる嘔吐きのせいで反撃もままならない。忌ま忌ましさに目を眇めて睨み付けてみるが、あちらはどこ吹く風でそっぽを向きやがった。
それにしても、ノンストップで戦闘行動を続けた結果の疲労もそうだが何よりも臭いによる嘔吐感の後押しがあまりにもキツい。傷みきったくさやを周囲に吊されているような感覚には併行する。
「なぁ、大丈夫かギコさン?拭くものならあるぜ?」
(,,;゚Д゚)「……あぁ。すまん、助かる」
最初こそ逃げたものの、直ぐに戻ってきた江風が僅かに小首を傾げてハンカチを俺に渡してくる。おいおい天使かよ。
「靴にかかった」
(,,;゚Д゚)そ「いっつ!?いっっっつ!!?」
最初こそ逃げたものの、直ぐに戻ってきた時雨が脹ら脛に蹴りを入れながらさりげなく吐瀉物の飛沫を俺に擦り付けてくる。なんだこの邪神の申し子。
406:
執拗に脹ら脛の破壊を目論む白露型駆逐艦2番艦の喉に親指をぶち込んで黙らせる。邪神(駆)は激しく咳をしながら「美少女にしていい仕打ちじゃない……」だのなんだのほざいていたが知ったことではない。
拳じゃないだけありがたいと思え。
(,,゚Д゚)「………しかしまぁ、アレだ。派手にやったもんだな我ながら」
ようやく呼吸が落ち着いてきたので、壁に寄りかかりながら今度こそ周囲を見回す。
例によって「Clear」な景色かどうかは置いとくとして、とりあえず寄生体の殲滅に成功したのだけは間違いないようだった。無論、撃ち漏らしや新手の襲撃に備えて気配や物音には可能な限り注意を払っているが、今のところその兆候はない。
(,,゚Д゚)「………」
廊下には、まるで悪趣味な絨毯のように寄生体とその“宿主”の死骸が折り重なり転がっている。奴等を殺害した際に撒き散らされた膨大な量の青い体液は床に溜まりすぎて大凡1cm前後の「深み」が生まれ、歩く度にパシャパシャと先程までより大きい水音がするようになっていた。
(,,゚Д゚)「こっち見んな」
仰向けになって虚ろな眼で俺を見上げていた“宿主”を足で蹴り転がす。死者への冒涜?ただのたんぱく質と脂質とカルシウムの塊に冒涜もクソもあるか。
「………」
「………どうしたン時雨姉貴」
「いや、ちょっと指先が寒くてね」
いやに静かなので奇襲でも企てているのかと時雨の方を見やると、地下道全域にくまなく転がる死体の山を見てやや挙動不審になりながら江風のスカートの端を摘まんでいた。強がりを口にしてはいるが、若干顔色が悪い。目線が警戒心とは別の色を浮かべてきょどきょどと足下の屍体を行き来している。
というか、割とはっきり怖がってないかアレ。
(,,゚Д゚)(………そういやホラーには別に耐性ないッつってたなあの人)
あまりにも“らしくない”怯えように面食らったが、直ぐに邪神の親だm……こいつの保護者の言葉を思い出して納得する。
寄生体もグロテスクさは折り紙付きだが、その寄生体に食い尽くされた屍体はバリエーション豊富な上にほとんどが戦場ではお目にかかれないようなおどろおどろしい外見に変形してしまっていた。ただの戦死体ならいざ知らず、映画に出てくるゾンビを数倍酷くしたような損壊具合のものに四方八方を囲まれると流石に穏やかではいられないらしい。
407:
一瞬今日一日の仕打ちに対する仕返しでもしてやろうかと暗い感情が胸の内を過ぎるが、直ぐに却下する。
まず時間の無駄だし、助けて貰った数も多いのだからフェアではないし、何よりその後何百倍で返されるか。ハイリスクローリターンというより遠回しな自殺にしかならない。
(,,゚Д゚)「Ostrich、外の状況は?」
( ゚∋゚)「Coyote、Sparta、Chaserは相変わらずの状況だ。かなりの寄生体並びに新型を撃破したが、どの部隊も同行している艦娘は小破か中破の損傷を受けている。Rabbitは乱戦圏外に離脱して支援砲撃に移ったが、残弾少なく火力も不足とあり戦果は殆ど上げられていない」
(,,゚Д゚)「市街地北部はどうだ?」
( ゚∋゚)「【Caesar】指揮下の主力部隊は上陸を試みていた深海棲艦主力部隊を約7割撃沈・撃破。ロシア軍増援部隊と合力し港湾部をほぼ完全に制圧し俺達の方に幾らか人数を回してくれるらしい」
………腕時計を見やると、俺達が地下施設へ突入を開始してからだいたい30分程度が経過していた。
っかしーな、30分前までの通信思い返すと北の部隊も比較的一進一退の戦況だった筈だが。キングクリムゾンか?スタンド攻撃なのか?
( ゚∋゚)「一方で、コラ湾を封鎖していた艦隊はロシア海軍の主力部隊帰還まで耐えきれなかった、相当な損害は与えたらしいが敵艦隊に突破を許し、トゥロマ川に多数の新手が侵入・南下中。
迎撃態勢構築の都合から、こちらに向ける戦力は“少数精鋭”でいくとのことだ」
(,,゚Д゚)「少数精鋭………あっ(察し)」
街を埋め尽くす寄生体並びに新型の運命が今この瞬間に決まった。まぁ十字架は切ってやらないし哀悼の意も捧げないが。
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