【艦これSS】神通「カリブの、海賊?」【前半】back

【艦これSS】神通「カリブの、海賊?」【前半】


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1:
日本近海//
水平線に日が落ちるとともに、海は沖の方からゆっくりとかすみ始めた。
輸送艦の艦長を任されていた男は、ちらりと外を見ると、部下に船を上げるよう促した。
艦長「これは急いでもかなり遅い時間になりそうだな」
彼は規律と時間に厳しい、模範的な帝国軍人であった。
そんな彼にとって、自分の輸送船が遅れるというのはプライドが許さなかったのだろう。
艦長の男は焦るように、軽く歯噛みする。
部下「とはいえ艦長、これは仕方のないことです。なにせ海の機嫌が悪かったんですから」
艦長「ううむ……」
上官の苦悩を宥めるように、部下の男が軽口でフォローした。
とはいえそのフォローはただの慰めではなく、正しい見解だったといえよう。
事実、今日この船はどうも海に嫌われていた。出航して1時間程度経った頃だろうか。
湾を出た頃は全くの快晴であったにも関わらず、次第に波が高くなり、空も淀み始めた。
雨こそ降らなかったものの、風も強く、荒れた海模様に見舞われたのである。
そんな海を半日、歯を食いしばりながら耐え、ようやく穏やかな海になったのがついさっきのことだ。
2:
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*注意書き
「パイレーツ・オブ・カリビアン」と「艦隊これくしょん」のクロス。
構成はパイレーツ・オブ・カリビアンの感じをベースに。
文字数は約17万4000字。文字で見れば、ノベライズ版のパイレーツ換算で、
最長の「ワールド・エンド」の1.3倍くらい。一貫完結の「生命の泉」、「呪われた海賊たち」の2倍程度。
大体平均的な文庫本2冊分くらいになるので、お時間のある方はお付き合いください。
時間軸は「生命の泉」終了時点から数か月後。
後、ネタバレにならないであろう程度には、最新作の要素が出てきます。ご注意ください。
艦これ側は特に準拠する設定はありません。
ただ、神通のキャラが若干二水戦仕様になっております。違和感があるかもしれません。重ねてご注意ください。
日にちをかけての不定期更新になるかと思います。
後、検索すると、他にもパイレーツSSがあったので大丈夫だと思いますが、
原作が原作なので、万が一掲示板に警告が来ようものなら問答無用で停止・削除していただいて結構です。
では、長くなりましたが、前置きは以上。よろしくお願いします。
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93:
ごめんなさい、前書きに入れ忘れてましたが、
A・C・クリスピン『パイレーツ・オブ・カリビアン 自由の代償』
のネタおよび微ネタバレが多数あります。
映画シリーズの前日譚に当たり、東インド貿易会社に雇われていた
キャプテン・ジャック・スパロウが海賊の焼印を押されてブラック・パール号
の船長となる過程を描いた作品です。
あれ? こんな設定&つながりあった? みたいなのは
大体この小説が元ネタです。勿論読んでなくてもSS内で説明するので大丈夫かと思います。
でも面白いので、是非ご購入ください。竹書房文庫より販売されております。
3:
部下「あの海を切り抜けただけでも勲章ものですよ。事情を説明すれば、遅刻を責められるどころか、
 寧ろ『よくぞ荷と船を守った!』って賞賛されますって」
そんなポジティブな部下の言葉にほぐれたのか、艦長の眉間が柔らかくなる。
艦長「……そうだな。私も焦りすぎていた。どうもあの頃の記憶が抜けないようだ」
部下「あぁ、深海棲艦の?」
艦長「あの頃は輸送船がこうして海を往くだけで自殺行為だったからな。どうしても、
 一秒でも早く陸につきたいと思ったものだ」
部下「あはは、でもまぁ、今はそれも過去の話ですよね」
艦長「そうだな。戦線を拡大し、制海権の多くを取り戻した我々にとって、こんな日本海近海は
 舗装道路と変わらん。……よし、通信で多少遅れると内地に伝えろ」
部下「了解」
そういうと部下の男は無線で連絡を取り始めた。艦長が再び外を見る。通り過ぎてきた海の空は
まだ鉛色の雲で覆われ、既に雨まで降りだしていた。対してこちらの海は実に静かであった。
部下「? あれ?」
静かすぎるほどに。
4:
艦長「どうした?」
部下「いえ、何やら……、どうしてでしょう。通信がつながりません」
艦長「なに? こんな穏やかな天気で、本土の近い所でか?」
部下「うーん……」
近年の通信設備は優秀だ。たしかに距離は近すぎるほど近いわけではないが、ここら一帯の島には
日本軍がこしらえた電波中継の塔がいくつもある。つながらない道理はない。
部下「とすると、故障でしょうか?」
艦長「だとすると厄介だな、うーむ……」
今度は艦長が唸る番であった。
と、その時である。
5:
轟音。同時に、船全体が衝撃で包まれる!
部下「うわああっ!!?」
艦長「なんだ!?」
船体が不自然に揺れる。まるで飛ばしていた車が急停止したかのように。
「何かにぶつかったか!?」と外が慌ただしくなる。艦長も急いで甲板に出た。
すると……、
艦長「な、なぁっ……」
部下「艦長! どうし……ひぃっ!?」
そこにあったのは白い腕だった。
海の底から巨大な白い腕が船体をつかんでいた。
部下「な、こ、これは……、」
艦長「落ち着け! レーダーには何が映っている!?」
部下「れ、レーダーには、……。なんだこれ……」
部下の男の視線の先には、ノイズでホワイトアウトしたレーダー画面が表示されていた。
艦長「こ、これは……、一体!?」
慌てふためく船長。対してその部下は、死を前に現実感が喪失したのか、
場違いな程に静かに語り始めた。
部下「俺、聞いたことがあります。ウチの島の住民たちが畏れ敬う海域があるって。
 ……この辺りの海域には、出るそうなんですよ」
艦長「何……?」
6:
虚ろな目で抵抗を止める部下に気づき、叱咤しようと肩をゆする。
同乗している船員たちが小銃で応戦するも、効果はない。
艦長「おい! しっかりしろ! 何が出るというのだ!
 幽霊か! ゲリラか! どれも敵ではないわ!」
部下「違います。違うんですよ、艦長。それは、」
外を見ると、船員たちが敵の姿を確認するため、ライトを当てていた。
するとその光に誘われるように、轟音を上げ、海から現れた。
部下「それは、」
それは、巨大な口。
真っ黒で無骨な外殻を持ち、鋭利な歯が何本も並んでいる。
顎は大きく開かれ、人のそれとは違い、顔の形状は口が前方に長く伸びている。
艦長「ひっ」
『ウ゛ゥゥヴウ゛ゥウゥウ゛ウ……』
響くような、唸り声。
そう、海から突き出たその姿はまさしく、
部下「――ドラゴン」
『ア゛アアア゛アァアア゛アァァ゛ァァア゛アァ!!!』
咆哮と共に、その輸送艦は爆炎に包まれた。
7:
後に残されたのは、戦闘などまるで無かったかのような、
ただ、嘘の様に静かな海だけであった――。
8:
9:
とある海岸//
穏やかな稜線に豊かな草。そんな自然のキャンパスにぽつぽつと浮かぶように描かれた人とヤギたち。
清涼な青空と、美しい自然の台地は見るものの目を奪う。そんな陸地から少し目をよそに向けると、
目の前にはこれまた美しいエメラルドブルーの海が広がっていた。これもやはり見るものの目を引く。
だがそれ以上に、多くの人の目は彼らに釘付けになるだろう。
???「nasse z uuy tieuo yz nai! bira kubo ut?eriap……、ukas?nisias……」
潮風にくたびれたボロ纏ったその男は、顔や体にあちこち奇妙奇天烈なペイントを施し、
ドルイド教やブードゥ教の司祭を誤って融合させてしまったような出で立ちだった。
???「…………」
そんな気が違っているような男の傍で、ヘトヘトになりながらラッパを吹いている毛むくじゃらの男がもう一人。
うつろな目で音階の合わないラッパをならしつづけていた。
???「……、おい、ほらもっと元気な音を出せ」
???「…………」
パーッ! と大きな音を出すと、それに合わせて、また司祭の男が呪文を唱えだす。
10:
???「enatt!! akisohna??! bedottom?an?atotusebazire???!!!」
知らぬ間に神でも降したのか、臭い口からよだれをまき散らしながら、一層激しく、祈りをささげる。
アテン神教の如く両手を開き、仏教の如く手を合わせ、キリスト教のように手を握りしめ、
忙しく色々な動作を繰り返している。素人が見れば一見、奇抜ながらも意味のある行動に思えるが、
少しでも宗教を知る者からすれば、あまりにデタラメで意味のない行動であるとすぐにわかる。
???「!? あぁぁあ! 神よ!! あなたが神なのですね!!」
???「はぁ……」
そしてまた、この似非宗教者のような男の人となりを、少しでも知る者からすれば、
この男がいかにデタラメで、意味のない行動をとっているかすぐにわかる。
???「おいジャック」
???「神よ! ははぁ、立派な御髪で。実はですね、ここに救いを求める敬虔な信者が――」
???「おいジャーック!!! ジャック・スパロウ!! 聞いてんのか!?」
ラッパを吹いていた男に怒鳴られたジャック・スパロウは、珍妙な呪文と踊りを取りやめる。
痛んだドレッドの黒髪は肩までかかり、無精ヒゲを生やしているが、鋭い眼差しと精悍な顔立ち
がはっきり見て取れる。ジャックは気分を害されたと言うようにいかにも大げさに肩を落とすと
ラッパの男に向き直った。
ジャック「ギブス! ジョシャミー・ギブス! このブヨブヨした醜い猫背のブタ野郎め!
  何度言わせればわかる!? 俺は"キャプテン"だ! "キャプテン"ジャック・スパロウ! お分かり?」
11:
そこまで一息で言うと、ジャックは頭から被っていた呪術師まがいのフードを鬱陶しそうに海に放り投げ、
木の傍においていた海賊帽を丁寧に被った。
ギブス「お、おぅすまねえ。……だがようキャプテン。この儀式はいつまで続けりゃいいんだ?
 俺は後何時間ラッパを吹いてりゃいい?」
そういってギブスはラッパを前に突き出す。熊の様な風体をした灰色のヒゲの男とラッパの組み合わせは
実にミスマッチで、いまさらながらジャックは内心で笑いそうになる。
ジャック「そりゃお前……、そらお前、……それはお前」
ギブス「……なぁジャック。わかっちゃいたが、やっぱこれデタラメだな?」
ジャック「なんのことでござぁましょう」
ギブス「ジャック、お前ぇ」
ギブスが立腹し、ジャックに掴み掛る。
12:
ジャック「おぅちょ待て待て! 別に嘘を言ったわけじゃない! あの時はそうかもしれないと思ったんだ! ホントに!」
ギブス「ホントに……?」
ジャック「ホントに。……ホントホント」
ギブス「……ジャックの話を真に受けるんじゃなかったぜ」
ジャック「ちょいとギブス君。そりゃ酷いんじゃないの?」
ギブス「5時間も意味不明の儀式で、吹けもしないラッパ吹かされた俺の身にもなってみろ!」
ジャック「いいじゃないか。音楽家、似合ってるぞ。手に職だな」
ギブス「あの生贄用のヤギ3頭買った金も無駄になった!」
ジャック「海の男がみみっちいこというな。食えば旨そうだ」
ギブス「ジャック。本当にブラック・パール号を元に戻せるんだろうな!?」
13:
そういうとギブスは砂浜に指した。先ほどまで儀式の中心だったビン。
そのビンには船が入っており、いわゆるボトルシップというやつであった。
ただこのボトルシップが尋常のものではない。
普通のボトルシップはビンの中に模型の船が入った工芸品だが、
このボトルシップの中に入っている船は、この海最と謳われた、
彼らの愛船、ブラック・パール号。その本物が入っていたのだった。
ジャック「戻せる戻せる!」
ギブス「じゃあホントに、頼むぜキャプテン。こいつがなきゃ俺たちの冒険は立ちいかねえ」
ジャック「……。船のない海賊、ってのもユニークで斬新じゃ――」
ギブス「あ゛ぁ?」
ジャック「いやぁ、なんでもない」
ギブスに気圧されるようにして、ジャックはそのビンを受け取らされる。ビンの中に入ったブラックパール。
海で聞いた財宝伝説にありがちなパターンとして、財宝は堅固に守られている、というのがあるなとジャックは思った。
狂暴な怪物、凶悪な罠、強固な壁。人が語る財宝伝説にはいつだってそんな「邪魔者」が居た。
今のジャックにとって、至高の黒真珠を得る為の「邪魔者」は、まさにこのビンであった。
14:
そもそもなぜこのようなことになったのか?
詳細に起こすと長くなるが、要するに、船を奪われ、ビンに閉じ込められたのだ。かつて、といってもつい最近まで、
この海で悪名を誇った"黒ひげ"エドワード・ティーチが、当時のブラックパール号船長であったバルボッサを倒し、船を接収。
不思議な魔術を使い、ボトルシップのコレクションに加えたのだ。このビンは、その一つだった。
ジャック「黒ひげめ……。余計なことしやがって」
ギブス「なんか言ったか?」
ジャック「いやなにも」
ともかく、ジャックスパロウは今後も自由な海賊を続けていくつもりだ。
そしてその為には、彼の代名詞でもあり、彼の自由の象徴でもあるブラックパール号が不可欠であった。
ジャック「ふむ、少し考えを変えてみよう」
ギブス「というと?」
ジャック「俺たちは問題を難しく考えすぎてたんだ。答えはきっと、もっと簡単だった」
15:
そういうとジャックは脇に避けてあった麻袋から別のビンを取り出す。
それは先述した黒ひげの帆船コレクションの一つであり、こちらも中に船が封じ込められている。
ジャック「ビンが俺たちの邪魔をしているなら、そのビンを壊しちまう。これが最適解さ」
ギブスは一瞬目から鱗がとれたようにジャックを見たが、その鱗の下の目は疑惑の色に満ちていた。
ここまで数時間騙されてきたことや、ジャックがインチキな人間であることも理由ではあったが、
何より、あの魔人・黒ひげの呪術がそんなことで破れるとは到底思わなかったからだ。
だがジャックは朗々と続ける。
ジャック「いいかいギブス君? 簡単な推理だよ。黒ひげは恐ろしい海賊だったが、でも所詮は海賊だ。
  西インド会社の碩学様なんかじゃない。複雑な仕掛けを施すような頭を持っているとは思わない」
ギブス「ううん……」
唸るギブスにジャックは続ける。
ジャック「それに考えてもみろ。きっと黒ひげだってこれらを趣味で集めてたわけじゃない。
  こんだけの艦隊コレクションだ。世界の海を支配できる。黒ひげも機を見て使おうとしたはずだ。
  だとすれば! 黒ひげは気軽に、簡単な方法で解除できたはずだ! 儀式に5時間も使ったりしない!」
ギブス「まぁ、確かにそうかもな」
ジャック「だろう?」
ギブス「でぇ、ビンを割るってか」
ジャック「そういうことだ。まぁみてろ……」
16:
そういうとジャックは浜に置いていたカットラスを抜き、船を避けるようにしてビンのショルダーを思い切り斬りつける!
するといとも簡単にビンはキレイに真っ二つになり、中からもくもくと煙がでてきた。
ギブス「! これはいけるんじゃないか!? いけるんじゃないか!?」
ジャック「それみたことか!」
ここにきて展開が急に動き始め盛り上がる二人。
煙が徐々に収束していき、中から船のこすれるような異音がし始めた。
ギブス「来い!」
ジャック「来いっ!」
が、中から出てきたのは少量の水と小さな木くずだった。
ジャック「……」
ギブス「えぇ……」
正確に言えば、それは小さな船の残骸だった。例えではなく、本当にボトルシップの中身を
壊してしまった状態であり、当然、人が乗るスケールではなく、贔屓目に見ても失敗といえた。
17:
ギブス「それみたことか!」
ジャック「お前だって乗り気だったろう!!」
ギブス「いーや俺は反対したね! 何が簡単な推理だ!
 絶対に手順が違うんだ! もっと鍵の様なものが必要なんだ!!」
ジャック「だったらお前はどうすんだ!」
互いに溜まった鬱憤が爆発し、醜く砂浜で男二人が言い争う。
長い付き合いなので手は出なかったが、流石に限界が来たようだ。
ジャック「邪魔だこんなもん!!」
ジャックはやけくそとばかりに、手の中の残骸を海に放り投げた。
ギブス「まずは今をどうするか考えようぜ。この近辺じゃ顔見知りはいねえが造船所がある。
 とりあえずボトルシップの珍品としていくらか売って金にして、まず船を買おう!」
ジャック「売るって!? お前これがどんな価値のもんかわかってないな!?」
ギブス「んなことは分かってる! その辺のお宝より何百倍も値打ちがある! 
 だが今は仕方ないだろう! お前が陸で生きられるタマかよ!」
ジャック「ギブス! 俺は海でも陸でもタマなしじゃない!」
ギブス「そうじゃなくて――」
18:
ザパン! と、急に海から大きな音がした。
何事かと二人して振り返ると、そこには、先ほどの残骸となった船舶が浮かんでいた。
もちろん依然として残骸のままだったが、その大きさは、正しく多くの船員を乗せた在りし日の船の大きさそのままであった。
ギブス「……、成功? したのか?」
ジャック「いや、残骸は残骸のままだが……」
ギブス「水に漬けたら大きくなったってわけか」
ジャック「そっちは多分そうだろうな」
ギブス「だが海にこんなゴミを増やしても仕方ねえだろ」
ジャック「いや待てギブス」
ジャックは真剣な顔でギブスを制止した。
ギブス「なんだよ」
ジャック「あれ、海賊船に見えるか?」
ギブス「んん? ……、あぁ確かにありゃ多分商船だな。それがどうした?」
19:
ジャック「黒ひげはナッソーやカロライナで死ぬほど略奪を繰り返した。
  そりゃとんでもない財産だったはずだ。しかし俺が乗った奴の船には、そんな量の宝はどこにもなかった」
ギブス「そりゃどっかの拠点にため込んでんだろ」
ジャック「普通ならそうさ。でも考えてみろ? 莫大な宝の守りを誰かに任せるのは勇気がいることだ。
  それも世界中の海軍から狙われて、本人も人どころか娘すら信じられない疑い深い奴ならなおさらな」
ギブス「?」
ジャック「そんな奴の手元に、船ごとまるっと身近に置いておける便利な金庫があったら、……どうすると思う?」
ギブス「そりゃ……、!」
ハッとしてジャックを見る。そうなのだ。そんな黒ひげならば、商船を丸ごとビンにしておいたはずだ。
当然、中身の荷物ごとだ。二人して海の方を見やる。船としては藻屑であるが、船と同じようにして、
中身も元の大きさになっているならば……、そうなれば、藻屑が一気に宝の山になる。
ジャック「なぁに、簡単な推理だよ、ギブス君」
上着を脱いで二人して海へ急ぐ。
ビンから船を解放する方法はまだわかっていないし、この儀式のために必死で集めた材料や、
5時間にも及ぶラッパと呪文の祈祷は、全くの無意味となったわけだが、二人はそんなどうでもいい過去は忘れ、
海賊らしく、目の前のお宝のを心から喜んだ。
ヤギ「メヘェー」
ヤギたちはそんな光景を眺めながら、潮風にさらされた草を黙々と食んでいた。
20:
21:
横須賀鎮守府 提督執務室//
天龍「――はぁ?」
多少は我慢しようと思っていた天龍だったが、流石にうんざりした。
漣「おおっと、も、もう一度おっしゃっていただけますか?」
神通「……」
提督「だから遠征任務だ。捜索の」
天龍「またか」
提督「まただ」
天龍がガックリと肩を落とす。日頃軍務に忠実な神通でさえ、多少気落ちしていた。
漣「七連荘で捜索任務キタコレっ! うがー!」
漣は持ち前のテンションで誤魔化そうとしたが、彼女もまたうんざりした様子だった。
提督「君たちにはほんっとーにすまないと思っている。だが人手が足りないんだ。
 それに君たちは経験豊富だ。やってくれるね?」
漣「おうふ、ご主人様マジ鬼畜。……いや、割とリアルガチで」
そういうと漣も肩を落とす。
22:
天龍「なぁ提督、オレも軍人として命令には従うけどよ、……さすがに休暇がほしいぞ」
提督「勿論だ。この2週間の捜索任務が終われば、君たちに休暇を与える」
漣「それ先週の今日にも同じこと言いましたけどねっ!!!」
ふてくされる漣に同意するように、うんうんと天龍が頷く。神通は何とも言えない表情でと提督を見ている。
提督も彼女たちの気持ちは分かっていたが、捜索任務は一分一秒が乗員の命につながる。早期発見の為には
即座に動くことが重要である。
本来、こうした探索任務は神経を使い何日も洋上を駆ける任務であるため、
もっと大人数のローテーションで回すべきだが、ここ最近の急な戦線拡大によって猫の手も借りたい今、
手練れは全員鎮守府を離れており、捜索任務には手透きの彼女たちに頼るしかなかった。
よってここで一日休憩をとらせるわけにはいかなかったのである。
漣「いやぁ、それは知ってますけどぉー……」
提督が何度目かになるこの説明をすると、漣は観念したようにもろ手を挙げた。
23:
天龍「それで、今度はどこの何なんだ?」
早く終わらせてくれ、とばかりに天龍が先を促すと、提督は真面目な表情でコホンと改めた。
提督「今回の、……というより今回も。場所は南方海域から鎮守府正面海域。艦種は帝国海軍の輸送艦。
 石油等の輸送任務に就いていたそうだが、またしても出航してからしばらくして連絡がつかなくなったそうだ」
全員「…………」
まただ。ここにいる全員がそう思った。
この数か月の間に連続で起きた、七件の失踪事件。
ことの始まりは、本州での会議に向かうため出航した、グアム警備府の司令長官以下要職たちを乗せた通常軍艦
が全くの行方知れずになってしまったことにある。
ちなみに通常軍艦とは艦娘に搭載されている妖精技術を使っていない船を指す。
機動力に欠けているため戦線では使われないが、内側であれば人間や人間用の物資を運ぶために今でも使われている。
この事件はは戦線から遠く離れた領域での出来事であったことと、
深海棲艦に反応する帝国製のソノブイに反応履歴がなかったことから、事故による沈没ということで片が付いた。
24:
しかしその後、民間の漁船や帝国の艦に至るまで、通常艦が次々と姿を消していった。
艦種、乗組員の熟練度、航行目的。7件は全て様々な面で差異があるが、
全く同じなのが「失踪場所が南方海域から鎮守府正面海域であること」。
そして「出航後しばらくして連絡がつかなくなったこと」である。
神通「……」
神通は考え込む。帝国海軍の練度は世界でもトップクラスだ。
民間の漁船はさておき、まさか偶然の事故がここまで立て続けに起こるだろうか。
当日は綺麗な快晴だったと言われている。嵐の予兆もない。物資不足からの慢性的な整備不良で、
一斉にエンジントラブルなどが起きていると仮定しても、全ての艦に通信障害が起こるとは考えがたかった。
提督「というわけでお前たちに託す。……やってくれるな天龍?」
天龍「まぁ、それは分かるんだけどよ……」
煮え切らない表情をする天龍に、提督は優しく続ける。
提督「彼らを救えるのはお前しかいないんだ。やってくれるか?」
提督が天龍の頭にポンと手を置くと、天龍は決意の籠った目で「しゃーねぇな!」と快諾した。
提督「よし、じゃあ頼む。下がっていいぞ」
期待されたら応えたくなる天龍。そんな手を使って話を終わらせたからか、
それとも別の理由からか、漣は「ズルい!」と抗議の声を上げたのだった。
25:
26:
酒場//
ルンペンじみた男がマンドーラを弾き終えると、店の中では喝采が響いた。
酒場は所狭しとならず者でごった返し、汗や酒や煙草のツンとした匂いが立ち込めていた。
だがそんな匂いも、海賊であるジャックたちにとってみればなつかしい匂いであり、
お貴族様がおつけるお上品なお香りよりも、ずっと落ち着ける匂いであった。
そんな喧しい酒場の奥を陣取ったジャックはギブスに見せつけるように、手持ちのビンをテーブルに置いた。
ジャック「みたまえギブス君。これが、今の我らの財産だ」
ジャックが大きな麻袋から取り出したそのビンの中には、先ほどのブラックパール号の様に、本物の船が
ボトルシップの如く封印されていた。
ギブス「伝説の海賊黒ひげがその生涯をかけて集めたコレクションだ。この価値は図り知れない!」
麻袋の中にはそうした計り知れない財宝がいくつも入っていた。ギブスとジャックは中の品を漁り始める。
27:
ジャック「こっちのビンはポルトガルの軍艦だな。でかそうな船だ」
ギブス「こっちはイギリスの軍艦だ。名前は……、えーっと、ス、スカーボロー号か?」
ジャック「おいおい、ギブス、見てみろよ! 初期のガレオン船だぜ。こりゃ随分な骨董品だな」
ギブス「他には、どれどれ……、! お、おい見ろよジャック!!」
ジャック「ん? ……うおっ!?」
ジャックは驚き、ガタンと大きな音を立てて椅子から立ち上がる。
騒がしい酒場の店内だったが、あまりの様子に少なくない目がジャックたちに注目した。
それに気づいたギブスは「なんでもねえ」と周りの視線を散らし、椅子に座って再びその船を眺めた。
ギブス「こいつぁすげえぞ。スペインの戦列艦だ!」
ジャック「大砲はーひぃふぅみぃ……、……あぁまだるっこしい!」
ギブス「まぁパッとみた限りでも、こいつは一等艦でまちがいねえだろ」
ジャック「あぁ違いない!」
戦列艦というのはこの時代における最新鋭の軍艦である。
大量の大砲を積み込み、単縦陣で敵船を塵にする、というオーバーキルを特徴としていた。
中でも一等艦とは、3層の砲列に100門以上の砲を搭載した最大級の戦列艦で、
多くは本国近海の最重要ラインにおける旗艦として用いられた当時の究極兵器であった。
28:
ジャック「こっちにゃイギリスの戦列艦もあるぜ。二等艦か三等艦だが、それでも十分すぎる」
ギブス「黒ひげの野郎、どこでこんな大量の船を……」
ジャック「恐らく最近の戦争でこっちに来てた船だろう。『ジェンキンスの耳の戦争』か、『ハプスブルクのお家騒動』か。
  どっちにしろ、哀れにもこのカリブの海に足を踏み入れた船を黒ひげが奪ったんだろうよ」
ギブス「……今さらながら、黒ひげってぇのは恐ろしい海賊だなぁ……」
ジャック「だがもう死んだ」
そういうとジャックは少しぬるくなったエールを飲み干す。
ジャック「この船は俺たちのもんだ」
ギブスはその言葉を聞くと、顔に悪い笑みを浮かべた。
ギブス「それもそうだな」
ジャック「そうに決まってるさ」
29:
ギブス「あぁ、だがその為には船員がいる。この大艦隊を動かせる大人数の部下たちが」
ジャック「その通り。だがまずは欲張るな。まずはさっき買った船を動かせるだけの人数が必要だ」
ギブス「おぉそうだったそうだった。焦りすぎてたぜ」
ジャック「落ち着けギブス君。慌てなくても船は逃げやしない」
ジャックはボトルシップをフラフラと揺らして見せた。相変わらず囚われの哀れな船はビンの中だ。
ジャック「よし、じゃあいってくる」
ギブス「じゃあ頼んだぜ、キャプテン」
そういうとギブスはビンを麻袋に詰め治す。
ジャックは酒場のど真ん中に、フラフラとした仕草で歩き出した。
別に酔っているわけではない。これが彼の普段の歩き方なのだ。
そんな彼を周りの客が何事かと睨み付ける中、
ジャックはピタリと立ち止まり、ざわめきを掻き消す音量で叫んだ。
ジャック「ちゅうもぉーく!!」
しん。あれほど騒がしかった酒場が一瞬で静まり返る。
ジャックはふてぶてしく続ける。
30:
ジャック「おめえらよぉく聞け! 酒場で飲んだくれてやがるクソッたれのならず者ども!
  ただ生きてるだけしかできない穀潰しども! てめえらタマナシにこの俺が本物の海を見せてやる!」
「だれだてめへは!?」
前歯の欠けた年寄りがジャックに向かって叫ぶ。それを聞くと、ジャックは待ってましたとばかりに老人の方へ向き直った。
ジャック「俺を知らない? 馬鹿言うな。この辺りで俺をしらないなんて、さてはお前モグリだろう」
芝居がかった大げさな口調で続ける。さながら舞台劇の役者である。
ジャック「なら聞かせてやる。俺の名前はジャック・スパロウ! カリブ最の船、ブラック・パール号の船長を務める、
  泣く子も黙る"キャプテン"ジャック・スパロウ様だ!!」
その一言に酒場の空気は一気に緊張が走る。目の前にいるのは伝説の大海賊。
そんな人間がこんな場末の酒場のど真ん中で快弁をふるっているのだ。
自分たちは何か気を悪くすることでもしただろうか? 皆そう考えて震えた。
そんな空気をみて、ジャックは今この瞬間、完全にこの場を支配していることを確信すると、言葉をつづけた。
ジャック「俺は別にお前たちをどうこうしようなんて思っちゃいないさ。むしろ逆だ、お前たちが気に入った」
ジャックが高く手を挙げる。
ジャック「よく聞け! ならず者ども! この伝説の大海賊、ジャック・スパロウの船に乗せてやる栄誉をてめえらにくれてやる!」
瞬間、一気に酒場が沸騰する。横から来たギブスが間に入り、これから一人一人を面接していくわけだが、
面接希望者だけは良く集まりそうだ。ジャックは満足そうに、髭先を指でつまんだ。
31:
32:
横須賀鎮守府 詰所//
鎮守府本部から出て少し歩く。
工廠を挟んでやや海沿いの場所に、第七駆逐隊の詰所はあった。
コンクリートブロックと鉄板で構築された、こじんまりとしたその詰所はまるでトーチカで、
やや瀟洒な風情を持った本部に比べ、まさに軍事用の建造物といった様子だ。
鎮守府は現代において重要軍事拠点である。
よって警備を万全とするために、艦娘たちはこうして
鎮守府内の各地に点々と隊ごとにまとめられている。
より重要度の高い艦は本部に近く、そして逆に低いものは、
こうして遠くの粗末な拠点に置かれるのだ。差別的な意味ではなく、
単純に軍として効率を求めた結果である。
だがこれにより、自分たちがいかに軽んじられているかというのも一目で
分かってしまうのもまた事実であった。
33:
天龍「ただいm……うわ、あっつぅ」
漣「せ、扇風機扇風機!」
詰所の扉を開けるや否や、漣がへこたれる。
夏真っ盛りの今、ずっと閉じっぱなしだった部屋は
まさに蒸し風呂だった。特に窓も閉じたままの、分厚いコンクリートの建物の中ならなおさらだ。
天龍「あ゛あぁー。扇風機の風すら暑い?」
漣「大気圏突入ができるビームシールドでさえこのざまですよ、ええ!」
風が無いよりはマシだが、つけたならそれはそれで暑いようだ。
漣は自前の連装砲を盾にして遊んでいたが、本当に暑すぎたのか、すぐさま放り出して寝ころんだ。
漣「クラウン……、漣には大気圏を突破する性能はない……。ばたっ」
天龍「ほんと、クーラーがほしいなー」
漣「それな」
天龍「なぁー、神通も提督に直訴しようぜー。これじゃあ怪我が悪化しちまうってな」
34:
天龍が寝転がりながら神通に目を向けると、
神通は自前の三角巾とはたきで、一週間のうちに溜まった部屋の埃を払っていた。
天龍「何してんだ?」
神通「ほこりが溜まっていたので、掃除を……」
天龍「いやいや、放っといて寝ろよ。すぐにまた遠征任務なんだし」
神通「でしたら、なおさらお掃除しておかないと汚れる一方では?」
漣「でも捜索遠征出たらどうせまたまともに寝れない1週間なわけですし、半日とはいっても、
 たまの休みくらい布団で寝た方がいいですよー、ホントに」
神通「そうですが……」
二人「ですが?」
神通「やはり、部屋は大事にしておかないと……」
それを聞いた二人は「かぁー」と唸る。
漣「神通先輩は意識高いっすねー!」
天龍「まぁオレ達が意識低いだけだろうけどな」
漣「それな!」
天龍をビシッと指差した漣は、満足そうにして再び寝ころぶ。
手伝う気はまるでないようだ。
神通はそんな漣をみて、同類になりたくないのか、しばらく掃除を続けていたが、
蓄積した疲労には勝てず、途中で眠りに落ちていった。
35:
36:
???//
川内「やばい! 舵効かない!」
焦りと恐怖と興奮が限界に達したのか、笑顔にも見える壮絶な表情で川内が叫んだ。
舵が故障し、敵機から爆撃を受け、なおも敵爆撃機集団の第三波を待つだけの状況。
川内の命運は尽きようとしていた。
那珂「……っ」
神通「姉さん! 捕まってください! 曳航します! まだ、まだだいじょうぶだから……!」
川内「ごめんね、二人とも」
神通「うぅ……っ!」
37:
ソロモン諸島群、コロンバンガラ島沖海戦。
敵味方入り乱れての大混戦の結果、深海棲艦を多数の大破・沈没させる大戦果を得た。
半世紀以上前に終わった、彼女たちの前世ともいえる第二次世界大戦の戦いでは、
大戦果と引き換えに神通が沈没を遂げた戦いである。
艦娘は過去の死に引っ張られる。必ずしもそうであるとは言えないが、これは世界中の艦娘たちの
共通認識でもあった。故に、死に場所となった海戦では、より一層の注意と、戦力増強を以て挑むのが常となっていた。
この戦いもそうだった。駆逐艦や軽巡も増やし、神通も沈没原因となった
夜戦でのサーチライトによる照射射撃を行わないようにした。
だが、変わったのは相手も同じだった。深海棲艦も戦力を増強し、終いには、決死の夜間空爆を行ってきた。
これにより戦況は激化。幸運が重なり、日本側は沈没はこの時点でゼロだったが、皆傷を負い、夜明けを迎える頃には
広い海をバラバラに散ってしまっていた。
史実にはありえなかった、コロンバンガラ島沖・撤退戦。その悪夢の顛末がここから始まった。
38:
神通たちは当初、はぐれた味方を集結させようと川内・那珂を含めた7人で海を走り回っていた。
が、敵はここで更に艦爆を投入してきた。海軍本部肝いりの第十一号作戦により、セイロン島攻略のため、
インド方面のカレー洋に戦力が集結してしまっている。敵空母たちは悠々とその隙をついた形になる。
夜も明け、敵の駆逐や軽巡といった戦力も合流した。戦力の逐次投入というよりも、潤沢な戦力からなる
波状攻撃といった方が正しかったかもしれない。少なくとも、この増援により、日本側の戦意は折れた。
制空権を完全に取られ、海上でも包囲・追跡が始まった。史実では神通が時間を稼いでいたがそれもなかったので、
頼みの魚雷も投射済み。再装填されていないままであった。
後は的として、いかに当たらないかを願うだけの逃走劇となる。
第一波で神通たちは難なくよけ切るも、随伴していた駆逐達は燃料切れで捕まり、沈められた。
夜戦で縦横無尽に活躍したことが仇となった。
第二波では合流を目指していた味方艦隊が壊滅。
そして姉の川内も度重なる無茶な機動とダメージにより舵を故障。
走行負荷となる絶望的な状況に陥る。
39:
そして、あと10分もすれば第三波が来るだろう。見捨てなければ、全滅する。
川内は、悲痛な顔で説得する神通から目をそらし、那珂に視線を向ける。
那珂は短く瞼を閉じる。そして決意を込めた表情で川内から顔をそらし、
神通の手を勢いよく引っ張っていった。
神通「いや! 那珂! 離して!」
那珂「ごめん! ごめん!! 川内ちゃん! 神通ちゃん! ごめんっ!!」
悲鳴のような謝罪の言葉が水平線に消えていく頃には、反対側から爆撃機のエンジン音が近づいてきた。
川内「あぁ、せめて夜のうちに死なせてほしかったなぁ……」
夜戦に生きた川内は、ついに夜を無敵のまま生き抜き、真昼の太陽に見降ろされたまま逝った。
40:
残すは那珂と神通だけになった日本帝国海軍。
第四波が殲滅を試みようと迫ってくる。
燃料も、砲弾も、気力すら残っていなかった。
空を覆う夥しい爆撃機の影。爆弾の風切り音が死を告げる。
死んだ。
神通がそう思った時、
那珂「神通ちゃん……」
神通「えっ……?」
直前に、那珂は神通に覆いかぶさった。渾身の力で抱きしめられ、
妹にこんなに力があったのかと、危機を前にして的外れなどうでもいい感想が芽生えた。
そして、憎たらしいほどに精密な空爆が直撃する。
鼓膜が破れ、壊れたノイズの様な音が脳を刺激する。思考が覚束ない中で、
手足の感覚がないことに気づいた。背骨真っ二つに折れてしまっているかもしれない。
目だけを横に向けると、那珂が仰向けに沈んでいくところであった。
起きてと声を振り絞ろうとしたが、波に転がされた彼女には、ごっそりと背中がなかった。
後頭部も消え失せており、明らかな即死であった。
神通「…………」
短時間のうちに、自分をかばって死んでいった姉と妹の死にざまを見て、
膨大な感情が去来し、神通の思考は完全に失せてしまった。
神通も真っ二つ寸前ともいえる重体であった。このまま逝けば自分も同じ場所に行けるかもしれない。
41:
しかし。
吹雪「神通さんっ!!」
神通「ぁ……」
開戦から数日を経て、海軍史に刻まられるコロンバンガラ島沖・反撃戦が始まる。
撤退戦で日本海軍を殲滅しにきた空母や無数の敵艦隊を、日本軍南方戦線の残存兵力が
殲滅し返したという戦い。敵味方問わず夥しい死傷者を出したが、結果としては、
日本軍は多数の駆逐・軽巡を失った代わりに、その数倍の敵駆逐・軽巡を、そして
多数の空母級を大破・轟沈させた、熾烈極まる戦いとなった。
42:
鎮守府・詰所//
神通「は、っ………!」
気が付くと、そこは鎮守府の詰所であった。
夢を見ていたのだろう。時計の針は既に6時間も経っていた。
詰め所の蒸し暑さのせいか、半袖でも身体は汗だくになり、呼吸も浅くなっていた。
天龍「ぐぅ、ぐぅ」
漣「くー……」
同僚二人も寝苦しそうにしているが、疲れからかばっちり熟睡しているようだった。
穏やかそうな寝姿に、コロンバンガラ島沖の忌まわしき記憶が多少和らぐ。
神通「うぇ……」
それでも悪夢がもたらした後遺症はつらく、少しだけ吐き気がこみ上げ、
ぎゅっ、と敷布団に爪を立てる。
コロンバンガラ島沖・反撃戦。
神通はこの際、南方基地から駆け付けた援軍によって救助。
随伴艦や姉妹艦の仇はすべて援軍が壊滅させた。
救助された神通は一時危篤状態に陥るも、本土の提督の判断により、
竜骨を交換する長時間の修理が行われ、なんとか一命をとりとめた。
神通「…………」
皮肉なことに。
史実において唯一の犠牲者となった神通は、
コロンバンガラ島沖海戦における、緒戦からの唯一の生存者となった。
43:
44:
カリブ近海 海上//
カリブ海を離れ、島々が遠ざかり、大西洋に入る。波穏やかで、順風。空はこの上ない快晴。
そんな絶好の船出日和だというのに、ジャックの顔は優れなかった。
ギブス「おいテメーら! モタモタしてんじゃねえ! 船を沈めたいのか!?」
ギブスが厳しく叱咤するが、船員の士気は上がらない。多くの船員がヘバっており、
一部では船酔いしている者も散見される。ギブスは大分マシな者を選んだつもりだったが
それにしても不甲斐ない。
「しかたあるめへ、こいつらは海に慣れてねへんだ」
酒場で乗せたうちの一人である、前歯のない老人はそういった。今この船で彼は数少ない
まともに立っていられる男の一人であった。
「背伸びしたかったならずもんってやつだ」
ニカリと笑う老人の顔はどこか間抜けだ。だがそんな老人がまだマトモな部類のこの船は、
もっと間抜けなのだろう。ギブスはため息をつく。
ギブス「こいつぁマトモになるまでには随分かかるぜ船長」
ジャック「想像以上にタマナシの集まりだなおい」
呆れたように肩を落とすジャック。かつての船員たちは嵐の海どころか、世界の果てにすら挑んだ
船乗りの中の船乗りたちであった。そんな彼らと比べるのは些か厳しすぎたが、それにしても……、
とジャックは前の船員たちを渇望した。数年前に、黒ひげに壊滅させられたブラックパールの船員は、
全員、離散してしまったと聞く。多くは死に、多くは命からがら逃げだした。
45:
ギブス「とはいえ、まぁ天下のブラックパールに乗れるって聞いて来たら冴えない二流帆船だったんだ。
 士気が下がるのも当然だぜ」
ジャック「仕方ないだろう。いいのがこれくらいしかなかったんだ」
ジャックの駆るその真っ黒の船は、その代名詞ともいえるブラックパールではなく、色だけ似た
買ったばかりの中古帆船だった。一応どこぞの海軍で使われていたもののレストア品ということだが、
見てくれも性能も、良くも悪くもない一品であった。
色が似ているのは、せめて見た目だけでもとコールタールを塗りたくったためであり、
その結果として、まだ船内は独特の刺激臭が残っている。
ジャック「金がない時は、こういう女も味があるってもんだ……」
差し当たって、ジャックはこの船に「フーチー号」という名をつけていた。
フーチーは英語で「化粧の濃い女」「軽い女」「安っぽい女」という意味で、言ってみれば「あばずれ号」といった所だ。
名前の由来は、フーチー号購入のお釣りをたかる為に、噂を聞きつけた安い商売女共が押し寄せてきたから、という適当な
ものであったが、事実、ダサい船体を濃いコールタールの化粧で誤魔化した、軽装備の安っぽい船で、しかも散々使い回された中古。
黒い宝石を抱く前の、短い一夜の間の女に付ける名前としては意外にもピッタリだった。
ギブス「で、船員たちはどうするキャプテン?」
46:
ジャック「まぁいいさ。どっかに着くころには統制もとれるだろ」
ギブス「随分気が長いな」
ジャック「当たり前だ。別に急ぐ理由もない。航海はいつだって自由が一番だ」
そうやって昼寝に入ろうと目をつむる。
だが彼は気づいていなかった。すぐそこに急ぐ理由が迫っていた。
47:
大西洋 海上//
あれほど飛んでいたカモメもいなくなり、ようやく大西洋の大海に入ったと確信する一同。
帆は風をとらえて順調に進む。そんな様子を見て、多少まとまりを覚えてきた船員たちは
どっと腰を下ろす。
ギブス「よぉし! 全員休憩だ! しっかりメシくっとけよ!」
ギブスの声に船員たちは緊張を解く。ジャックは未だに眠りの中だった。
フーチー女史は現在休暇満喫中。だからだろう。その船の接近にしばらく誰も気づかなかった。
のんびりと海原を行くフーチー号に凄まじい勢いで近づく船。
焼け焦げた肉のような色をした船体だが、すみずみまで凝った装飾が施された
その船は、一見にして尋常ならざる船だとわかる。
「て、敵だあぁあああ!!!!」
そんな恐ろしい船の接近にようやく気付いた船員が大声を上げ、フーチー号は
上を下への大騒ぎ。そんな様子を見て、片足の男が笑った。
???「撃て」
48:
ドォン! と大きな音を立てて一発の鉄球がフーチー近くの海面に叩き込まれる。
大きな水柱をあげられ、ようやくジャックが飛び起きる。
ジャック「!? なん、なんだ!? どうした!?」
???「ようジャックぅ。ご機嫌はいかがかな?」
男は義足の先を甲板に踏むようにして叩きつける。
ジャックは驚いた眼を向けた。その音にではなく、その顔にだ。
ジャック「どっちかというと最悪。何しに来たヘクター」
バルボッサ「何しに来ただと? 釣れないことを言うな。俺とお前の仲だろう?」
ジャック「あぁ、そう」
49:
バルボッサ「今生では永遠の別れだと思っていた俺のパールに会いに来たんだ。
  まさか邪魔はしないよなぁ?」
ジャック「そりゃパールも喜ぶだろうな。だけど一つ訂正。『俺の船』。お前んじゃない」
そんな会話をしながら、ジャックの船は徐々に離れ、バルボッサの船は徐々に近づいて行った。
二人は白々しく笑いあう。すぐに逃走指示に入りたいジャックだったが、かなりの者が怯え竦んでいる。
練度が低いこともあるが、なにより目の前にあるのは、暴君・黒ひげの旗艦「クイーン・アンズ・リベンジ」。
その知名度が中途半端に海賊なならずものどもを縛った。
50:
ジャック「昔の恋人に会いに来るのはいいが、今の嫁さんを大事にしろよ? アン女王が悲しむぞ」
バルボッサ「イギリスの女王なんぞ、俺様にとっちゃその辺の娼婦と同じよ」
ジャック「よう、イギリス海軍さんよ!」
バルボッサ「今は海賊だ!」
ジャック「イギリスに戻ればまた栄華な暮らしができるぞヘクター」
バルボッサ「ふざけろ。そんなもの、サメにでも食わせてしまえ。そんなものより、俺は海の男として、
  奴への復讐をとったのだ!」
ほんの少し前まで、バルボッサはイギリス海軍に服従し、私掠海賊となっていた。それは栄誉や金の為ではなく、
イギリス海軍の力を利用し、宿敵黒ひげを殺すためであった。不器用な男である。
バルボッサ「これは奴から奪った復讐完了の証。
  いわば今この船の名は『キャプテン・ヘクターズ・リベンジ』! ヘクター提督の復讐号だ!」
バルボッサは剣を抜く。剣先は折れていたが、刀身は通常の倍はある、
紅い宝石の付いたナックルガードが特徴の、重く鋭い剣だった。
51:
ジャック「あそ。良い名前だ。……黒ひげへの復讐を済ませたことだし、ピッタリの名前だ、うん」
バルボッサ「そう。……だが! まだ足りん。まだ復讐する相手がいる」
バルボッサはおべっかを使ってきたジャックを一蹴する。
バルボッサ「お前だよ、ジャック。見事、俺を殺してくれた我が怨敵、ジャック・スパロウよ!!」
復讐号の装填が完了する。
ジャック「面舵いっぱぁーーい!!!!」
バルボッサ「撃ぅてぇええ!!!!」
52:
フーチー号の周囲に鉄の砲弾が殺到する。ジャックの船員たちはその攻撃に目もくれず風に乗って離脱する。
見事、すんでのところで、アウトレンジから放たれた初手の攻撃をよけきって見せた。
バルボッサ「追えぇええ!! 絶対に逃がすなぁ!」
ジャック「絶対に捕まるなぁ! ゾンビにされたくなかったらな!!」
二人の名船長による苛烈な逃走劇。フーチー号は名船とはいいがたかったが、身軽なため、
バルボッサの駆る重装備の名船リベンジ号から辛くも逃げ続けていた。
が、徐々に、徐々にバルボッサの復讐号が差を詰める。船員の差があまりにも大きかった。
ギブス「船長! これじゃあ追いつかれちまうよ!!」
ジャック「わーってる! 良いから全力で走れってんだ!!」
そして、復讐号がフーチー号の目と鼻の先に近づいたころ。状況が一変する。
53:
全員が神経をとがらせて敵に集中していたからだろう。その異変に気付くのが遅れた。
鼻に水滴が当たり、ジャックが空を見上げる。深く暗い雨雲が覆っていた。先ほどまでの快晴が嘘のように。
突如、海が荒れ始めた。
ジャック「うぉっ!?」
ギブス「ぐえっ!」
突風にあおられ、フーチーの動きが止まる。復讐号も波に煽られ、フーチー号と接触してしまう。
当然、船は大きく揺れた。船員たちは動揺し始める。気づけば周りは嵐の只中の様に荒れていた。
ジャック「野郎ども! 剣をとれ! うちのアバズレを汚い男に触らせるな」
真っ先に動いたのはジャック。敵味方問わず、雨と高波で火薬が濡れてマトモに機能しない今、
必要なのは剣。そして先手を打つこと。
バルボッサ「船員を皆殺しにしろ! 船は奪って艦隊に加える! 極力傷つけるな!」
バルボッサも遅れて指示を出す。
黒ひげが作った屈強なゾンビ兵を先頭に、船員たちがフーチー号に殺到する。
だが先に陣地を構えたフーチー号の船員たちが徒党を組んでそれを阻む。
幸いにも、水夫としてのならず者らは素人同然だが、兵士としての腕前はなかなかのものだった。
バルボッサ「チィッ!」
業を煮やしたバルボッサは、味方の死体を盾に自らフーチー号に乗り込んだ。
54:
フーチーのならず者たち数名が、ひとり乗り込んできたバルボッサに駆け寄る。だが、力の差は歴然。
バルボッサならず者たちをたちどころに切り伏せると、辺りを見渡し、突き進む。赤いバンダナが目立つ、
ジャック・スパロウへと切りかかった。
直前、ジャックはバルボッサに気づき、何とか剣で受け止めた。
ジャック「不意打ちかよ! 卑怯者!」
バルボッサ「お前にそう呼ばれる筋合いはないっ!」
剣の重さを活かし、上段できりかかってくるバルボッサ。その懐に入りに逆手に取ろうとするジャック。
並みならぬ剣の腕を持つ二人は十数合ほど打ち合い、再び距離をとる。だがこの距離はジャックにとって
不利になるばかりだった。
バルボッサは途切れた呼吸のまま笑みを浮かべると、折れた剣先をジャックに向ける。
そして、つい、とタクトの様に振るう。するとフーチー号がきしんだ音を立て始めた。
不味いと思ったジャックはバルボッサに接近するが、船のロープが触手の様に唸りジャックを鞭打つ。
ジャック「っぐぁ!」
ジャックはその衝撃に剣を落としてしまう。
ボルボッサが黒ひげより奪った『トリトンの剣』によってバルボッサは、船のすべてを操ることができるのだ。
55:
バルボッサ「どうだジャック? これがこの剣の力だ!」
ジャック「そりゃまぁ、お花の都で人気のヴォードヴィリアンになれそうだ」
バルボッサ「パリの酒は好かん。……あばよ、ジャック」
ギブス「バルボッサァ!!」
突如乱入したギブスは、手に持っていたナイフをバルボッサに向かって思い切り投擲する。
一瞬虚を突かれたバルボッサだったが、冷静にロープを操り、それを受け止める。
バルボッサ「ギぃブス! お前も死にたいか!?」
ジャック「お前はどうなんだ?」
一瞬の隙をついて、ジャックはピストルをバルボッサに向けた。
バルボッサ「……猪口才。ずぶ濡れの銃がこの雨で打てるか?」
ジャック「試してみるか? また俺に撃ち殺されるかもな」
バルボッサ「乾く暇があればな」
互いが互いに殺せる武器を持っている。二人は相手の出方をうかがうように静止した。
緊張。それが最高潮に達した時、バルボッサが動いた――
56:
ギブス「ジャック!!!」
突然、指を差し大声を上げるギブス。釣られて二人は指の先を見る。
バルボッサ「おい……」
ジャック「嘘だろ」
真っ黒な竜巻が、今にもフーチー号全体を飲み込もうと迫っていた。
ジャック「あ、こりゃマズい――」
言うが早いか、ジャックたちは竜巻に飲み込まれて、視界を失った。
57:
58:
太平洋 海上//
フィリピン海と西太平洋の境界線。
フィリピン沖で成果のなかった一同は、拠点をグアム・マリアナ諸島側に移した。
焼かれるような暑さに耐えながら、海上をひた走る。
当然見落としのないように三人とも注意を払ってはいるが、
水平線遠くまで見渡せるこの海では、船がないこともすぐにわかってしまい、
その何もない景色が、よけいに気力を奪う。
天龍「あ゛ぁーー!! くそーーー! せめてボートでもなんでもいいから居ろよ!!」
天龍の叫びが呼んだのか、パシャリと水面から大きめの魚が跳ねる。
漣「魚がいましたねぇー」
天龍「いたなぁー」
漣「正直むっちゃミラクルでワロタ」
娯楽のない海上だからか、暑さで消耗しながらも無駄口で煽る漣。
天龍も慣れたもので、怒るでもなくそれに合わせている。
神通だけはその軽口に参加せず、海上を見渡している。
ただ、真面目に取り組んでいるというよりも、その瞳はどこか虚ろげだ。
59:
漣「おや?」
ミラクルを笑っている途中で、漣が何かに気づいたように見やる。
天龍たちも何事かと漣の視線の先に目を向けると、確かになにか見える。
先ほどまでは何もなかったように思えた水平線の先に、いつのまにか
不審な影が見える。
船であろうか? しかし高さはあるが、全長があまりにも短くみえる。
天龍「漁船、か?」
神通「それにしては……」
軍艦ではない。しかし漁船にすれば無駄に大きすぎる。
どこかの国の特務艦だろうか? そうすると声をかけていいのかと迷ってしまう。
天龍「ま、行ってみよーぜ。遠巻きに見て、ヤバそうなら通り過ぎりゃいい」
漣「さんせー」
神通「まぁそれならば……」
三人は不審船に近づくために、少しだけ加した。
60:
フーチー号 甲板//
フーチー号は穏やかな波に揺られていた。
快晴だというのにその船はまるで嵐にでもあったかのようにズブ濡れであった。
甲板には打ち上げられたかのように何匹か魚が飛び跳ね、弱っている。
そんな中、その生き物は魚たちとは違い甲板を自由に動き回っていた。
気づけば見知らぬ船に打ち上げられてしまった。あの竜巻に飲まれたからだろう。
そう思いながら、気ままに歩いていると、不意に目の前に巨大な顔を見つけた。
驚いたその生き物は自らの武器を以って力いっぱい挟んだ。
ジャック「!? いででででで!!」
唇を力いっぱい蟹に挟まれたジャックは意識を取り戻す。力づくでその蟹の爪をこじ開けると、
怒りのままに放り投げた。投げられた蟹は樽にぶつかるが、硬い甲羅で覆われているためか
まるで効かないとばかりに、再び気ままな横歩きを始めた。
ジャック「このクソ蟹めっ!」
そう言った直後、ジャックは自分の境遇を思い出す。そうだ、こんな蟹に構っている暇はない。
今はバルボッサと海戦の最中なのだ! そのことを思い出したジャックは腰から剣を抜き、
辺りを見渡す。が、そこには誰もいなかった。ジャックの船員たちも、あのゾンビ兵も、
バルボッサの「復讐号」でさえ。
ジャック「おい! 誰か返事しろ! ギブス! いるか!?」
61:
その声に応える者は誰もいない。船も、海域も、いたって静かなままであった。
そんな状況であったからだろう。ジャックはようやく周囲にまで気を配り、気づいた。
ジャック「……ここはどこだ?」
ジャックの頬を汗が伝う。冷や汗ではない。暑いのだ。夏はもうとっくに過ぎたはずだ。
秋となり、気温も随分下がっていたと思うのだが、ここはありえないほど暑かった。
とりあえず剣をしまい、汗をぬぐう。
こんな猛暑の中、甲板で寝ていたからだろう。
酷く喉が渇いていたジャックは、とりあえず船内に入ろうとした。
……その時である。
ジャック「!?」
ガタン、と散乱した樽の一角から崩れるような音。
ジャックは目を凝らす。カニなどではない、生きた人影。そして、義足。
ジャックはすぐさま剣を抜き低い体勢で迫る。樽の山の中の人物はようやくジャックに
気づき、慌てて剣を振るうが、重いその剣は小回りが利かない。
先に剣を突きつけたのはジャックだった。
62:
バルボッサ「不意打ちとは卑怯者め!」
ジャック「お前にいわれたかないね!」
奇しくも先ほどと真逆の構図になってしまった。千載一遇の機会が、無情にも嵐によって逆転されてしまった
バルボッサは悔しそうにジャックを睨み付ける。
ジャック「さぁ、ヘクター。剣を置け。今なら孤島に島流しで許してやる」
バルボッサ「フン、俺を侮るなよ?」
クイ、とバルボッサは静かに剣を揺らす。すると少しずつ、船のロープがジャックに迫ってきた。
ジャック「やめとけ、殺されたいのか」
バルボッサ「だったら刺してみろ。その瞬間に貴様を縛り上げてやる」
バルボッサの言うことは正しかった。彼はジャックが攻撃に移る隙に操ったロープを叩きつけることができた。
また、ロープ操作を遮ろうと剣を奪い取ろうとすれば、これもその隙をついて、剣でジャックを切り裂けた。
63:
ジャック「……チッ」
バルボッサ「ははは! どうだ、実に便利な代物だろう?」
ギブス「あぁ全くだ」
バルボッサ「なっ!?」
後ろからこっそりと、障害物の陰に隠れて近づいていたギブスがバルボッサを抑え込む。
二人「ギブス!」
ジャック「よくやった!」
バルボッサ「貴様っ!!」
ギブス「へへぇ、良い剣だ」
ジャックと拮抗していたバルボッサにとって、不意打ち気味で現れたギブスをはねのける術はなく、
いとも簡単に自慢の剣を奪われてしまう。
バルボッサ「くそっ!」
ジャック「いい気味だなヘクター。ギブスくん、彼を丁重にふんじばって差し上げて」
ギブス「アイ! キャプテン! それっ!」
バシィン! と強烈な音を立てて戦闘で千切れた縄梯子が樽山を吹き飛ばす。
バルボッサのように剣を振るったが、予想外の挙動をしてしまう。
ジャック「誰がシュラウド暴れさせろって言った!」
ギブス「あ、あれ? これ難しいなオイ」
バルボッサ「はっ、お前と俺とでは頭の出来が違うのよ」
渋々ロープを持ってきてバルボッサを縛り上げたギブス。
バルボッサは大人しく縛られたが、内心では眈々と抜け出す機会をうかがっていた。
64:
65:
大西洋 海上//
神通「……漁船ではありませんね」
船の形をきちんと視認できる距離までたどり着くと、三人はその船の異様さに言葉を失っていた。
漣「特務艦、……てか特殊艦?」
天龍「もう不審船でいいだろ。わかりやすいし」
漣「いやいや、あれそんな言葉で片づけていいんですか? いうなればあれでしょ、ほら、」
天龍「んー」
漣「……海賊船?」
66:
三人が見ていたのは、なんというか「海賊船」と形容できるような船であった。
海賊船といってもソマリアや東南アジアの要所で幅を利かせた反社会的勢力の様なものではなく、
一言で言えば、映画や漫画の、古い海賊をテーマにした作品に出てきそうな船であった。
天龍「んんーー……」
漣「あれですかね? 船のコスプレ? 的な?」
なにかのイベントにしたって、こんな島から離れたところの、しかも行方不明が多数出ている海域で
何をしているのかという話である。
色々と不審な所がありすぎる船であったが、見ているだけではなにも終わらない。
天龍「とりあえず、接弦してみるか。念のため、各艦、近接戦闘用意」
そういうと、天龍は腰に差した刀を抜く。三人の中で旗艦を務めている天龍の指示に従い、
漣と神通も近接武器を手にする。漣は制圧に特化した警棒で、神通は天龍と同じく刀型の装備である。
天龍「各艦、突入」
三人は勢いをつけて海上を滑る。
67:
フーチー号 甲板//
ギブス「船長! こりゃもう無理であります!」
ジャック「泣き言を言うなぁ! 口ではなく、知恵と身体と心を動かせっ!」
怒鳴りながら大きく剣を振るうと、また意味もなく縄梯子がひとりでに振り回される。
ジャック「こんのクソ剣め!」
ギブス「ジャック! どうすんだ!」
ジャック「キャプテンだ!」
ギブス「キャプテン・ジャーック!」
ジャック「黙ってろ船員ギブス!」
ギブス「アイ・アイ・キャプテン!」
ギブスは軽く舌打ちすると船内に戻る。
68:
バルボッサ「船長をお探しかな? スパロウ君?」
ふてぶてしく笑うバルボッサ。
ジャック「いいや。ヘクター航海士君。立場をわきまえたまえよ」
バルボッサ「はっ、航海士! 船一つ満足に動かせない無能な船長の下につく酔狂はいまい」
ジャック「あ、そう。なら僕ちゃん無能だから、大事な大事な捕虜を海に放り投げちゃうことだってあるかも」
バルボッサ「やってみるがいいさ。だがそうすれば最後、貴様らも終わりだ」
ここにきて、二人は奇妙な拮抗状態にあった。
ギブスを従え、戦力的には一手多いジャック。本来ならば、宿敵バルボッサを殺してしまうチャンスであったが、
今この船には、彼ら3人しかいなかったのである。どういう原理か、あの嵐のあと、敵味方問わず船員たちはみな
忽然と消えてしまった。これが陸ならまだいいが、ここは海上のど真ん中である。たった2?3人では、まともに
船を動かすことすらできない。遭難まっしぐらである。
69:
バルボッサ「ほら、さっさと俺にその剣を返せ。なぁに悪いようにはしないさ」
悔しいことに、解決できるのはこの男しかいない。何度目かの説明になるが、黒ひげから奪ったこの件には
船を操る力がある。そしてそれは本来、縄梯子だけではなく、船全体をたった一人で前進させられるほどの
力をもっているのである。この場で頼りになるのはこの男しかいなかった。だが、この男は賢く、残忍だ。
魔剣を奪い返せば、そのまま船を乗っ取り、今度は自分たちがいつ放り投げられるか分かったもんじゃない。
ジャック「やだね。お前にだけは船長の座はくれてやらない」
バルボッサ「まぁ気が変わるのを待ってやる。だが早くしろよ? 俺は気が短いんだ」
ジャック「だーったらご自分のご自慢のお船にお戻れ」
バルボッサ「今はこの『パールもどき』で満足してやる」
ジャック「パールもどきとは失敬な。この船にはフーチー号って名前がある」
バルボッサ「フーチーねぇ……。お前のお古のアバズレを抱くのは、まぁ、我慢してやる」
ジャック「なんだ? 名前が気に食わないか? だったらお前好みにソフィーって名前にでもしてやろうか?」
バルボッサ「ぬかせ。後、どの辺がソフィー(智慧)だ。」
とりあえずバルボッサを解き放つのは無しとして、なにか他の策はないかと智慧を絞るジャック。
逆境やアクシデントには慣れっこである。今回も鼻歌交じりに解決して見せよう。
70:
そんな思索に耽っていると、海の方から、妙な音がした。
ジャックの知っている音の中ではうまく言い表せる言葉は無いが、それは人間や、船や、
海の生き物が出す音ではないと思った。強いて言えば、アクシデントをもたらす類の音だ。
バルボッサ「おい、この音はなんだ!」
ジャック「知らんよ。……何もいませんように」
ジャックは一瞬目を瞑り、祈る。
が、その祈りもむなしく、目を開けた先には、
海を滑るようにして動く、小さな女の様な生き物が走り回っていた。
71:
バルボッサ「ジャーック! 何がいる!?」
ジャック「分からん! 人魚、じゃないな。海を立ったまま滑ってる!
  見た目は一人バンシーみたいなのがいる! とにかく化物どもだ!」
バンシーとはアイルランドにいる、長い黒髪を持つ女の妖精であり、死を予告する者である。
ジャック「冗談きついぜ……」
複数のバンシーが来るのは勇敢な人物の死を告げる時だったか、とぼんやりした知識で思い出す。
どっちにしろ、現地人のもとにしか来ないはずであるが、来てしまったものは仕方ない。
バルボッサ「取りつかれたら終いだぞ! 解け!」
ジャック「乗せやしねえよ!」
ジャックは剣を抜き、構える。
ここにきて、ようやく相手も武器を持っていることに気づく。
一層気を引き締め、切り結びの瞬間に致命傷を負わせるつもりでいた。
72:
バンシーたちは加のパワーを生かして、そのまま跳躍。
甲板に勢いよく乗り込んで来る。
剣の達人であるジャックは着地の一瞬を見計らって心臓を突き刺す。
眼帯のバンシーが無防備になった瞬間を突き刺したその一撃は、
絶対不可避の必殺技ともいえる一撃であった。
が、
天龍「っ、なんだこいつら!?」
ジャック「!?」
ジャックの一撃は逸れてしまった。
いや、逸れたというよりも、刺さり切らず刃が表皮を滑って行ってしまったように見えた。
この怪物は剣が効かない。そう気づいて戦法を変えようとしたときには、後ろから突っ込んできた長髪のバンシーに
剣の峰打ちをたたきつけられ、ジャックは意識を失った。
73:
74:
フーチー号 前方甲板//
天龍「サンキュー、神通」
神通「いえ」
いの一番に切りかかってきた男を制圧すると、三人は船に乗り込んだ。
一瞬の剣術では完全にこの男に後れを取ったが、そもそも人間の剣では艦娘に傷などつけられない。
やぶれかぶれの一撃というわけでもなかった。一体何がしたかったのだろうか。
天龍は不思議に思ったが、一応ここが敵陣であることを思い出し、気を元に戻す。
漣「あれ? ほかに乗員いないんですか?」
先ほどの男に手錠を掛け、身動きを抑えた漣が寄ってきた。
この男意外に誰も出てこないがどうなっているのだろう? ほとんど人の気配がしない。
たった一人で船を動かしていたわけではないだろうし……。
そう思って甲板を歩くと、中央で柱に括り付けられている男がいた。
75:
天龍は二人にアイコンタクトを取ると軽く警戒しながら近づく。
捕虜を囮にワッと敵が殺到するか、それともこの囮自体が敵か。
神通は周囲を警戒し、漣は懐から本を取り出し、待機。
天龍が男に話しかけた。
天龍「あー、ヘイ、ミスター!」
日本語発音だがはっきり聞き取れそうな英語で話しかける。
すると
バルボッサ「Oh, Banshees! I owe you my life!」
髭の男がにこやかこちらに話しかけてくる。敵意はないかもしれない。
とりあえず天龍は剣呑な雰囲気を解く。それと同時に漣が本を持ってくる。
76:
漣「普通に英語ですね。ちょっと待ってくだっさい」
漣がその本を開くと、ページの中の「英語」という項目が光っている。
指でそれに触れると、一瞬本全体が光に包まれ、複数の妖精たちが漣たちの傍による。
漣「これでよし、と。ちなみにさっきのは『おぉバンシー諸君! 君らは私の命の恩人だ!』ですって。
 やっぱり捕虜かなんかですかね? てかバンシーってなんぞ?」
漣が手にしていたのは意思伝達用装備「外国語通訳妖精一型」。
各国間での円滑な意思疎通を行うための初期の翻訳ツールであり、
相手が一言目にしゃべった言語に合わせて、妖精が常時日本語で聞き取り、
話せるようにしてくれる補正してくれる便利な品物である。
但し、仕様上、一言目だけは事後対応での翻訳となる為、
最初の一文のみ、本に文字として浮かび上がるようになっている。
ちなみに前線で使われてい二型は、一人ひとり設定していく必要はなく、タブレットが、相手の情報を読み取り、
勝手に最適な通訳をしてくれるという。便利なものだ。
バルボッサ「バンシーとはヨーロッパの妖精のことだが、君たちはそうでないようだ」
漣「妖精! 妖精ですってよ! 漣が、漣たちが、妖精だ!」
妖精と呼ばれて悪い気はしない漣。
77:
天龍「で、オッサンはなにもんだ?」
バルボッサ「……、悪いが、素性もわからない相手には名乗れない。
  君たちが妖精ではないのなら、名前を知ったものを海に引きずり込む怪物かもしれないからな」
漣「怪物!?」
怪物と呼ばれてショックを受ける漣。
漣「漣は……、妖精になれない……!」
天龍「漣うるっせえ。……怪物なんてそんな大層なもんじゃねえよ。
 オレは日本帝国海軍所属の艦娘、横須賀鎮守府の軽巡・天龍だ。後ろの二人もそう。漣と神通だ」
バルボッサ「……」
会釈する二人を見て、少し考えこんだ後、バルボッサは口を開く。
バルボッサ「私はヘクター・バルボッサ。プロヴィデンス号の指揮を任されたイギリス海軍提督だ」
バルボッサはとっさに嘘をついた。天龍の言っていることは半分以上分からなかったが、
とにかくどこかの国の軍属であることは分かった。ならば名乗るべきは海賊ではなく天下のイギリス海軍である。
78:
天龍は目をむいた。嘘か真かわからないが、事実だとすれば大ごとである。
神通「イギリス海軍、ですか?」
天龍「失礼ですが、なにかご身分を証明できるものは?」
バルボッサ「義足の中に国王直筆の公文書がある。取り出すので縄をほどいてくれないか?」
天龍は刀を抜き、縄を切る。
すると、時を同じくして後ろから怒り交じりの叫び声が聞こえてきた。
ギブス「Hey! Jack! "CAPTAIN"Jack Sparrow!!!」
不審者の仲間と思しき男の声に漣は手元の本に目をやる。
自動通訳が始まり、一言目の文字が浮かび上がる。
『キャプテン』ジャック・スパロウ。
恐らくはこの船の船長だろうか。
船室から大柄で白髪の髭を蓄えた男がやってくると、
三人は武器を構える。刺さるようなプレッシャーを感じたギブスは、不味いと思ったのか剣を抜こうとする。
が、操舵のために駆け回っていたせいで、邪魔な剣はどこかに置いてきてしまったようだった。
しかたなくギブスは両手を上げる。
79:
バルボッサ「ジョシャミー・ギブス。彼もまた英国海軍出身だ。下っ端だがな」
意外にも、ここで助け舟をだしたのはバルボッサであった。嘘はついていない。事実ギブスは元イギリス海軍出身で
現海賊という経歴の男だ。しかしバルボッサに助けられる義理もないのに、とギブスは不思議そうな目でバルボッサをみる。
バルボッサ「ギブス君! 見張りの敵は彼女たちが倒してくれたらしい! これで我々は安全に帰れるぞ!」
バルボッサとしては、気絶していて、既に彼女らと敵対行動をしたジャックは無視でよかった。
だがギブスは放っておけば海賊であることを包み隠さずばらされるかもしれない。
ジャック同様に、この男との付き合いは長いのだ。
なので早急に抱え込んで、余計なことを言わせないようにする。これがバルボッサの機転だった。
ギブスもまた、いつもジャックの傍にいるせいか、こういう機転への対応は優れている。
バルボッサの意図を素早く察知すると、あたかも囚われのイギリス海軍兵士のようにふるまった。
80:
ギブス「はっ! 私はジョシャミー・ギブスと言いまして、かの名高き英国海軍の末席を賜っております!」
バルボッサ「そしてこれが英国王ジョージ2世から賜った王命。その命令書と私掠船許可証だ!」
バルボッサは義足の奥から折りたたんだ命令書をだした。
黒髭の船を奪った後、高揚する気分に任せて提督任命書を破り捨てたが、
冷静になってハッタリか何かに使えるかと思い、他の証書を一応保管していたのが幸いした。
天龍「確かに。……英国王ジョージ2世か。今のイギリスのトップってこんな名前だったのか」
ここに現代イギリス人か、そうでなくてもイギリスを知るものが居れば、この命令書がいかなるものかわかってしまったのだろうが、
幸か不幸か、ここにいる誰もが、現在のイギリス王の名前など知る由もなかった。
天龍「さて、後はそいつか。神通、叩き起こしてやってくれ」
神通「わかりました」
バルボッサ「そいつはジャック・スパロウ。奴はイギリス海軍ではないので、尋問もお好きなだけどうぞ」
81:
神通は指示を受けると、甲板にのびているジャック・スパロウの額を、刀の鞘でかるく小突いた。
ジャック「……!」
何度か繰り返しているとジャック・スパロウという男が目を覚ます。
反射で戦闘を続行しようとするが、自分の手に手錠がかけられていることに気づき、大人しくなる。
通訳装備をもった漣が近くに寄ってきたので、神通はマニュアル通りに話しかける。
神通「Who are you?」
お前は何者だ、と。
男の目を鋭く見つめ、比較的優れた発音の英語で質問をする。
82:
ジャック「…………」
それを聞かれたジャック・スパロウは少し考えた後、
不敵な笑みを湛えて、こう言った。
ジャック「 Pirates of the Caribbean 」
返答は英語。自動通訳により、言葉が日本語にして浮かび上がった。
その意味は――。
83:
神通「カリブの、海賊?」
ジャック「そう、お分かり?」
84:
85:
86:
87:
95:
グアム諸島警備府 港//
ジャックたちの乗る海賊船は、無線で呼ばれた駆逐級の通常艦によって、
天龍率いる捜索隊の現拠点地であるここ、グアム基地まで曳航されてきた。
帝国海軍の軍事拠点として使用されているこのアプラ・ハーバーは、
南側のオロテ半島を天然の要害とした入り江に作られており、北側には
サンゴ礁を利用して防波堤が築かれている。
大戦中期は、戦線を広げた帝国占領下で「大宮島」という名で呼称されていたが、
世界的な対深海棲艦の連合戦争が始まるとともに、対外戦略の一環として、
占領地の名前を元の「グアム」に戻したという経緯がある。
かつては南方戦線に置ける要地の一つであったが、
戦線が広がるとその重要性は薄れ、現在はメラネシアと共に
主戦場であるポリネシア戦線の補給経由地点として活用されている。
とはいえオーストラリアがほぼ奪還されつつある今、
フィリピン?ニューギニア?オーストラリアのルートが確立されており、
比較的海面と拠点にするには小さい島々が多いこのミクロネシア海域の戦略的重要性はやや落ち着きつつある。
要するに、現状、この基地は戦争の波の及ばない、内側にある基地だということだ。
96:
ジャック「なんだこりゃ……」
マストに簀巻きで吊るされたジャックが、船の上からその基地を見て驚く。
無理もない。彼らの居た時代の基地とは、比ぶべくもないほど立派な威容だ。
やや僻地となりつつあるとはいえ、やはり元要地。
帝国海軍の警備府が建設されたこの地は、海の王者たる英国の、一級基地に勝るものだった。
赤レンガで建築された本部は、いくつかの建物で囲われ、その多くに金属が使われている。
半島と防波堤に備え付けられた内外交互に並んだ砲は、カルバリン砲がつまようじに見える大きさだ。
そして極めつけは、船。木ではない、鉄か何かで作られた、巨大な船。あれにはどんな大砲も聞かないし、
近寄れば簡単に藻屑と化すだろう。それが6隻もある。ジャックは内心冷や汗をかいた。
自分はとんでもない連中に捕まってしまったのではないか。ちらりと下を見ると、バルボッサやギブスも、
表情だけは冷静だが、目が明らかに動揺していた。
実際、この船というのはただの輸送艦であるのだが、そんな事実を彼らは知らない。
97:
そんな生きた心地のしないクルージングを終え、フーチー号と海賊3人が港に着く。
曳航してきた船員達に天龍は敬礼をし、不審者たちの引継ぎを行う。
風と波に揺られて、振り子のようになるジャック。
その様子と、船の異様さのせいで、軍務についていた港の軍人たちは騒然とし、
その多くが好奇の目を向ける。ジャックは男に注目されても嬉しかない、とばかりに嫌そうな顔をした。
近代的な軍艦が居並ぶ中で、圧倒的に違和感のある、余りに時代錯誤な黒塗りの帆船。
ここグアムで初めて乗り込んできた帆船が、1521年の冒険家マゼランのものだとするならば、
恐らく今日ここに乗り込んできたジャックらのフーチー号は、最後の帆船となるだろう。
そんな招かれざる客たちの元に、話し終えた艦娘たちが寄ってきた。
98:
天龍「さってと、じゃあバルボッサ提督殿、ギブス一等兵殿。
 グアム警備府の司令官の元にご案内致しますので、こちらへ」
バルボッサ「了解した、行くぞギブス君」
ギブス「お、おう」
ギブスはバツの悪そうに、目だけでジャックを見る。
ジャックは目ざとくその視線に気づき、口を大きく開けて威嚇する。
「この裏切り者!」と言われている気がしたが、よくよく考えれば
自分もこれ以上のことをよくされているなと思い、ギブスはバルボッサに着いていった。
99:
一人残されるジャック。いや、それを下から見上げている神通もいた。
ジャック「お嬢さーん、いつまでも俺をこんな市場の鶏肉みたい吊るさないでくれ。
  チキンだと思われちまう」
神通「……早く降りてきてください」
ジャック「それはいい考えだ。だけど見てくれほら! この哀れな姿を!
  解いてくれなきゃ無理だ」
神通「御託はいいです。早く降りてきなさい」
ジャック「なら手伝ってくれ」
神通「……、腕ごと斬り落としたら……、そうですね謝ります」
100:
冷たい目で近接装備である刀を抜く。ジャックはそれをみて、これは通じないと判断し、
後ろ手で持っていたロープの切り目を放す。ジャックは簀巻きから解放され、
器用に甲板に着地する。と同時に、袖からカミソリが一枚落ちた。
ジャック「気づいてたなら先に言え。無駄な時間だった!」
神通「あなたのせいでしょう? それに、逃げようとしたって無理ですよ。
 どうせ貴方は私に勝てないんですから」
ジャック「あ、そう。でもそれは……、傲慢というものだ、お嬢さん!」
ジャックは手にしていたロープを投げる。さっきまで自分が捕まっていたロープだ。
首は無理だろう。だが胴や、腕の一本でも捕まえられば御の字だ。
それは首輪に繋がるリードの様になって、相手の動きをコントロールできる。
そうなれば後はジャックのペースだ。かつてのコロッセオのレティアリイの様に、
限られた武器とスペースで相手を翻弄し、無力化できる。
ジャック「……よぉし、捕まえた」
神通「……」
101:
だが、ジャックの思惑は外れる。ロープが神通の腕に絡まったところまでは良かった。
しかしジャックがそれを引っ張って体勢を崩そうとしたところで、まったく動じない。
それどころか神通が軽く腕を引くと、ジャック手から恐ろしい勢いでロープが引き抜かれる。
余りの勢いに、ジャックが手に摩擦熱を感じるころにはロープは完全に神通のものとなっていた。
戦況は逆転。ジャックは両手の拳を握りしめ、慣れない徒手空拳で神通に向かう。
それをみて神通は、ロープを持つ両手の拳を握りしめ、それを引きちぎった。
ジャックの両手の拳は開かれ、それらを上げて降参した。
ジャックはロープの張力など知らないが、怪力自慢の大の男でさえ、それを引きちぎるのは難しいと知っている。
それをこんな細腕の女が、とさすがのジャックも絶句する。
102:
神通「では、ついてきてください」
ジャックは勢いよく何度も頷いた。
神通「あ、それとロープが切れましたので、これでいいですね?」
曳航してきた駆逐艦から引っ張り出してきた長尺の鎖で、ジャックの腕全体をグルグルに巻き付ける。
そうして船から降り、引っ張られていくジャックを兵士たちは敬礼で見送った。
その敬礼は、一糸乱れぬ揃い方をしている。よく訓練されていると思った。
ジャック「どこの国も、兵隊ってのは気が真面目過ぎるな」
神通「気が違いすぎているあなたよりマシかと」
ジャックはそのまま神通に連行されていった。
103:
グアム諸島警備府 港・資材倉庫の傍//
天龍「暑っついなぁ……」
漣「それにキッツイです……」
神通がジャックを連行している頃、
天龍と漣は少し離れた資材倉庫の日陰で一息ついていた。
戦闘など無いに等しかったが、炎天下の中の長時間探索で彼女たちの体力はかなり奪われていた。
この後の予定は、本格的に気温の上がる午後一番を2時間ほど休憩し、再び日が落ちるまでの間、再捜索である。
一時休憩が入るとはいえ、成果のない遠征を繰り返すのは精神的にも肉体的にもキツかった。
104:
漣「まぁでも今日は成果なしってわけでもなかったじゃないですか」
天龍「んー、あれは成果って言っていいのか?」
漣「いいんですよ。そういうことにしとけば恩賞で休みが貰えるかも」
天龍「お前はいっつも休むことばかりだな」
漣「当たぼうですよ。こんな激しく厳しい世の中だからこそそういうの大事ですよ!
 天龍さん、前線の時のハードワーカー思考が戻ってきてますよ?」
天龍「あぁー、ブラックだなー」
漣「私服もね」
天龍「るせい」
漣「オシャレしましょうよ、オサレ。女子なんすから」
貴重な休憩時間を、そんなおしゃべりに費やす女子二人に、
もう一人の女子が近づいてくる。
天龍「お!」
漣「吹雪ちゃん、チッス」
105:
挨拶をされて寄ってきたのは黒髪をうなじで一本結びにした、制服姿の少女。
名前を吹雪といい、漣と同じ、帝国海軍所属の駆逐艦娘であった。
吹雪「お疲れ様です、天龍さん、漣さん。
 なんだか凄いことになってますね」
天龍「なー、オレも流石にビビったわ」
言うまでもなく、それはあの時代錯誤の海賊船の話である。
吹雪「あんなの少尉の研究資料でしか見たことないですよ」
漣「漣は漫画でしかみたことないです」
天龍「てか、あの短髪の少尉さん、そんな研究してんのか?」
吹雪「民俗学をよく勉強されてますよ。民話がメインで、海賊の資料はその一環だとか」
漣「民俗学ってよく知らないですけど、海賊と関係あるんですかねぇ?」
吹雪「少尉は各方面に勉強熱心ですからね」
106:
理解はしたようだが、その表情は尚も冴えない。
この様子をみて天龍が首をかしげていると、吹雪が決心したような目で口を開いた。
吹雪「神通さんは、その、どうでしょうか?」
天龍「?」
吹雪「その、大丈夫でしょうか、なんて」
要領を得ない天龍に、漣小さな声で補足する。
漣「ほら、吹雪ちゃんは新人時代に神通さんたちのお世話になってるんですよ。
 それに、こないだ救助したのもこの子です」
それを聞いて、天龍は得心する。
こういう時、情報通の漣は役に立つ。
107:
吹雪「……」
不安そうに天龍を見る吹雪。実際、神通の予後は良好かどうか怪しい。
肉体面で言えば、奇跡的にも上手くいった。限られた物資の中で、竜骨交換、
人間でいう背骨を新しいものに交換するという超難手術を行って成功させた工兵たちの腕の賜物である。
精神面で言っても、たかが数か月で戦闘に参加できるほど回復して見せたのは凄い。
文字通り血反吐を吐くリハビリを行っているさまは、鬼気迫るほどだと評判であったし、
事実天龍もそれを一度見たことがある。
そういう意味では、帝国軍人の見本になるほど、立派な生きざまであると言える。
天龍「……」
が、天龍から見ればあまりそれを良いものと思ってはいなかった。
元々の性格もあるのだろうが、あまりに笑わない。公私問わず会話にも参加しない。
任務中でもいまいちぼんやりしていることがある。しかし、リハビリの戦闘訓練や、
激戦区の情報を聞くと、刺すような恐ろしい目をする。恨みかと思えば、そうでもないらしい。
天龍はこれを、あまり褒められた状態ではないと思っていた。
108:
吹雪「……、あの?」
天龍「……ま! 神通はピンピンしてるよ。さっきも鎮圧の際にあいつに助けられたしな!」
吹雪「そう、ですか」
吹雪を不安にさせるわけにもいかないので、天龍は元気づけようとそう答える。
それにこういうのは時間経過が大事だ。必ず改善させる自信がないならば、
しばらく下手に触らないで置いておく方が断然ましだ。
実際に戦闘や長期探索任務にもへこたれないほどピンピンしているのは確かなのだ。
だが、吹雪の声色は優れない。
聡い子なのだろう。もしくは自分で事前に神通の情報を仕入れていたか、その両方か。
吹雪「ありがとうございます。……皆さん、お疲れでしょう。
 工作部に仮設ドックを手配しておりますので、ごゆっくりしていってください」
吹雪はそういって頭を下げると、忙しそうに去っていった。
相次ぐ遭難で、ただでさえ人材が少ない後方地帯には人手が不足しているのだろう。
吹雪はこの警備府の運営の多くに携わっているようだ。
109:
漣「ちょっとちょっと、今サラッと凄いこと言ってましたよ彼女!」
ウキウキした様子で話しかける漣。
漣「こんな所で補給・休憩カッコカリ出来ると思いませんでしたよ」
ここグアム基地は、正式にはグアム諸島警備府と呼ばれる。
警備府とは、簡単に説明すれば、規模の小さい鎮守府といった所である。
基本的に機能としてはほぼ鎮守府と同様の機構で、現在では重要区域の各地に根拠地として設置されている。
ただ、規模が小さいためいくつか機能縮小がされている。例えば、鎮守府と違い艦娘が何人もいないこと。
ここでは艦娘は吹雪がいるだけで、島の治安は海兵団が行い、輸送も通常艦が行っている。
基本的に深海棲艦が駆逐された地域では、この程度の戦力でなにも問題ない。
110:
だが、一つだけ問題があるとすれば、それは整備組織であるドックがないことだ。
工作部という科はあるのだが、艦娘の気力体力を回復させるだけの設備はない。
鎮守府がホテルや旅館だとすれば、ここはカプセルホテルであった。
吹雪はそのカプセルホテルに、彼女たちが休めるだけの設備を仮設したのである。
漣「警備府は工廠がないからその辺諦めてましたけど、仮設ドックとは吹雪ちゃん気が利きますねぇー」
天龍「気ぃ使わせたかねぇ」
漣「お、天使か?」
天龍「んじゃま、神通戻ってきてないけど、とりあえず休憩しますか」
漣「うっす!」
111:
グアム諸島警備府 営倉//
ジャック「待て待て、そう引っ張るな! 腕が折れちまう!」
ジャラジャラと過剰なまでに鎖で腕をまかれたジャックが、神通に引っ張られている。
なんとかついて行っているが、足の神通に対し、ジャックは前のめりだ。
神通「この程度で折れたりしません」
ジャック「まさか! ロープを引きちぎるような女が何言ってる!」
神通「……、折れませんよ。試してみますか?」
そういうと神通はグイっと鎖を引っ張る。たまらずジャックは体勢を崩し地面に激突する。
倒されたというよりも、振り回されたようだった。事実、彼は一瞬宙に浮いていた。
112:
ジャック「ぐえ!」
神通「ほら。折れてないでしょう?」
ジャック「……あ、ほんと。……でもほら、心が折れた」
そういってヘラヘラ笑うジャックを、神通は片手で立たせる。
神通「なら好都合ですね。シャキシャキ歩いてください」
ジャック「アイ、アイ」
そういわれてわざとらしくシャキシャキ歩き出すジャックだったが、
直ぐに元のヨレヨレの歩き方に戻ってしまう。
神通が振り向いてにらみつけても、目を大きく開け、あたかも「なぜ睨まれたのか不思議だ」と
言うような表情をしていた。
この状況で、この男は何を煽ってきているのか。呆れた神通は無視して歩き出す。
113:
ジャック「おいお嬢さん。俺を助けてくれ。ほら、見方によれば、俺は哀れな漂流者さ」
神通「私たちは自国の活動水域での調査任務中でした。その私たちに剣を向けた時点で
 あなたは我が国の法律に違反しております。その時点で漂流者ではなく、犯罪者です」
ジャック「そうだ剣といえば! あの眼帯の女にはなんで俺の剣が効かなかった?」
神通「はい?」
ジャック「結構業物だったんだが……」
神通「私たちの身体にそんなもの効くわけないでしょう?」
神通は、こいつは何を言っているのだろう、という目でジャックを見た。
何度も繰り返すが、上陸地点の地形を変えてしまう艦砲射撃を受けても
戦闘続行できる艦娘に、あの様な鉄片が通ると本気で思っていたのだろうか?
時代錯誤の珍妙な格好といい、この男、まさかタイムスリップでもしてきたのではないか?
神通「……」
114:
と、そこまで考えて頭を振る。いくら何でもそれはない。
どうせどこかの異常者の類だろう。悲しいことだが、長い戦火に晒され、耐えて耐えてを繰り返してきた
人々の中には、たまにこうして精神を病んでしまう人間がいるのだ。
そう思うと、多少の同情もわくというものだが、度重なるこの男の不遜な態度のせいで苛立ちの方が勝った。
そうやって考え事をしている神通にジャックは何度も話しかける。
例えば、「主は言いました。人を許しなさい、怒りから解放されたとき、貴方はヴァルハラに旅立つのです」
と教義をごちゃまぜにした宗教的な説得を。
例えば、「これは何かの間違いなんだ。勘違いで君たちに食って掛かったが、傷つけたりもしなかったろう!?」
と冤罪だという主張。
例えば、「分かってるか? お前が敵に回したのが誰か。あの最悪の海賊、キャプテン・ジャック・スパロウだぞ?」
と脅しをかけた。
しかし、基本的にどこかズレた説得が神通の心に届くはずもなく、ついに牢屋の前まで来てしまった。
115:
ジャック「わかった。降参だ。俺の集めた金銀財宝をくれてやろう」
文無しのジャックに払える財宝などなかったが、これが精一杯だった。
だがやはり神通は気にせず、牢屋の戸を開ける。
ジャック「わかったわかった、何が欲しい?」
もうどうしようもないとばかりに白紙委任状を出すジャックに、
神通は一瞥してこう答えた。
神通「ほしいものなんてないですよ」
ジャック「……へぇ、」
ここにきて、ジャックの雰囲気が変わった。
さっきまで慌ただしく許しを乞うてきただけの男が、急に薄気味悪く口元を歪ませた。
116:
神通「……なんですか?」
ジャック「欲しいものがない、ね。確かに真面目を気取っちゃいるが、
  俺の経験上、そんな奴は心に何かを隠し持ってる。……実際に、」
ジャックはグイ、と神通に顔を近づける。
ジャック「お前のその死んだような目の奥には、激しい炎の光が宿っている。
  ドス黒く、薄暗く。自分で気づいてないかもしれないが、お前は何かを欲してる」
分かったように、と黙らせることはできたかもしれない。
しかし神通はなぜかこの男の語りに飲まれた。図星だったからかは自分でもわからない。
自分でも、今の自分が何を欲しているかわかっていない節がある。
神通は、ジャックの言葉から意識を外せないでいた。
ジャック「それが何かは俺にも分からん。だが、それを知る手助けはしてやる」
そういうと、両手が塞がれたまま器用に身を揺する。すると懐から何かが地面に落ちた。
ジャックに促されて拾うと、それはコンパスであった。
117:
ジャック「ただのコンパスじゃない。そいつは北を指さない。しかし、持ち主の真に求めるナニか、
  その方角を示してくれる……」
自分たちが使う羅針盤も、妖精が動かすデタラメなものであったが、このコンパスは更にデタラメだ。
そんなことがあるのか? しかし、どこかの国が、そういうデタラメなものを作ってしまったのかもしれない。
現実に開発できたなら、それはオカルトではなく、最先端技術と呼ぶのだ。
神通は恐る恐るコンパスを握りしめ、強く願う。
すると、カリ、と針が勝手に動く音がした! ジャックが満足そうに笑う。
神通は慌ててコンパスを見た。
118:
神通「……」
ジャック「?」
神通「これはなんです?」
ジャック「見せてみろ……、ん、あれ?」
針はどこを指すでもなく、グルグルと回っていた。
自分の欲しいものは周囲を高回転しているのだろうか。そんなハズはない。
論理的に考えて正しい回答は、この男が嘘をついていたということだろう。
神通「返します」
神通は牢屋の中にコンパスを放る。そのコンパスはジャックにとっても大事なものだったので慌てて拾いに行く。
ジャック「そんな馬鹿な!」
ジャックは手錠のつながった手でコンパスを拾う。
すると回転していた針は止まり、針は北を指した。
神通「馬鹿話は聞き飽きました。二度とよしてください。もう会うこともないでしょうが」
そういって神通は牢屋の扉を閉め、鍵をかける。
去っていく神通に向かって、ジャックはいくらかの希う言葉を叫んだが、頑として振り返らなかったため、
終いには罵詈雑言が、牢屋全体に反響していた。
119:
グアム諸島警備府 応接室//
ギブスとバルボッサが海兵に案内された場所は、基地の応接室だった。
来客を通す場所である為綺麗な部屋だが、絢爛というほどではない。
少なくとも、バルボッサはイギリスの提督時代、もっと豪華絢爛な部屋を多々見てきた。
だが二人は、熱い視線で部屋全体を見る。調度品にはさして興味もなかったが、
透き通るようなガラス窓や、松明とは比べものにならないほど明るい照明、
そして極めつけは、部屋に入ると同時に驚いたが、室内を冷気で満たすエアコン。
それ以外にも、この部屋に来るまでに、とにかくよくわからないものが沢山あった。
奇妙な世界に誘い込まれた二人は、先導してきた水兵が退室した後、
ひたすらに辺りのものを探りまわっていた。
吹雪「……何をしていらっしゃるんですか?」
吹雪が入ってきたのは、ギブスの剣がエアコンの吹き出し口に差し込まれようとしている所だった。
ギブスとバルボッサは中に何が入っているのかを興味津々で調べていたが、吹雪が入ってきて、
不味いところを見られたと思ったのか、勢いでごまかそうと、勢いよく吹雪に近づいた。
120:
バルボッサ「やぁやぁ、侍女の方。私はプロヴィデンス号の指揮を任されたイギリス海軍提督だ」
ギブス「俺はギブスです! 同船の一等航海士をしております!」
ギブスの自己紹介にバルボッサが憎々し気に目を開く。下士官だと何かと不利になると思ったのか、
彼は自分の身分を高く偽るつもりだ。とはいえここにいるのは皆海賊であったし、
バルボッサも下手に反論して自分の立場を危うくするわけにもいかないので、
怒りを飲み込み、したり顔のギブスに笑顔で反応する。
吹雪「我が国の軽巡である天龍から、事の経緯は聞き及んでおります。
 そして申し訳ないのですが、身分を示すものを、再度拝見してもよろしいでしょうか?」
バルボッサ「あぁ、構わないとも」
バルボッサは懐に入れなおしておいた命令書を吹雪に手渡す。
受け取った吹雪は、一瞬で表情を変える。
121:
ありていに言って、その書類はおかしかった。
偽造だとかそういうレベルではない。あの海賊船を形容する言葉を借りるならば、
とにかく時代錯誤だ。まず紙質からして羊皮紙だし、文法もいささか古い。
だがそんなことは重要でない。なによりもあり得ないことが一点ある。
吹雪「あの……」
バルボッサ「すまないね! 長旅が続いて紙がくたびれてしまっているだろう?
  一度祖国イギリスに帰れば新調してもらえるかもしれん」
バルボッサはそんな吹雪の様子を見て、内心焦りを覚える。
この書類は紛れもなく本物だが、プロヴィデンス号はとっくにホワイトキャップ湾で人魚たちに沈められ、
提督業は一度失効している。なにより最終的には、イギリスを裏切り、気ままな海賊家業に戻っている。
ここがどこだかわからないが、そういう情報が知られているとまずい。特におそらくこの侍女はアジア人だ。
アジア人はとにかく情報通が多い。商人として、労働者、下男下女として、奴隷として、あちこちに散らばっているからこそ、
それだけの数の情報網があるからだ。
しかも、この侍女がどれだけ重用されているかは分からないが、応接間に通した客に一番最初に
挨拶に来た辺り、そこそこ腕利きの侍女なのだろう。下手なことを告げられると非常にまずい。
122:
吹雪「あの! そうではなく、この署名なんですけど……」
バルボッサ「なにかね? あぁ、ジョージ2世国王がどうかされたかね?
  あぁ国王陛下のことを知りたいか? 国王は、そうだな。甘いものが好きだ。なぁギブス君?」
ギブス「あ、あぁ! そうだな。あとはあれが好きだ。水とか!」
バルボッサ「ハハハ、ギブス君!」
バルボッサは吹雪から見えない角度でギブスを「沈黙するか死ぬか選べ」と口の動きだけで脅した。
言うまでもなく、生命の泉関連の話は、バルボッサの嘘がばれるとっかかりになりかねないので、
余計なことを言わせるくらいなら、ただ頷くだけにさせるほうが何倍もマシであった。
だがそんなやり取りも吹雪には関係ない。問題はそこではなかった。
123:
吹雪「あの、ジョージ2世、ってあのジョージ2世ですか? ハノーヴァー朝の第二代国王の?」
バルボッサ「あ、あぁ。そうだが?」
一応、偽とはいえイギリス提督の前で国王を呼び捨てにするこの侍女には一瞬驚いたが、
教養のなさゆえの無礼かと納得しかける。
吹雪「あの、それはどういう意図でおっしゃられているんでしょうか?」
しかし、そうではない。理由は分からないが、なぜかこの侍女は突っかかってくる。
バルボッサこそ、吹雪の意図が分からず困っていると、吹雪は続けた。
吹雪「ハノーヴァー朝といえば、イギリスが海を制し、覇権国家として君臨した時代の王朝で、
 ジョージ2世はその時の国王です」
バルボッサ「君臨、した?」
124:
その説明的な口調と、過去形の言い回しに混乱始めるバルボッサ。
ギブスはとうに混乱している最中だ。革命でも起こったのか?
吹雪はそんな二人に止めをさした。
吹雪「えぇ。彼は今から250年近く前に君臨し、生涯を終えた歴史上の人物です」
そうですよね? とそれが共通認識とばかりに聞き返してくる吹雪。
しかしバルボッサはそれに言葉を失う。
ギブス「ま、待ってくれ。なん、どういうことだ?」
その狼狽具合に、ついに不信感が弾けそうになる吹雪。
吹雪の目が険しくなる。
125:
そんな空気の中、部屋に白い制服と軍帽を着けた男が入ってきた。
吹雪「少尉!」
少尉「彼らがそうかね?」
吹雪はその少尉と呼んだ黒髪の男に駆け寄ると、焦った様子で小さく耳打ちをする。
しかしその男は「大丈夫だ」と一言だけ告げ、バルボッサとギブスの前に立つ。
吹雪はその横に立って説明し始めた。
吹雪「とりあえず聞きたいことは色々ありますが、一先ず置いておきます」
ギブス「……なぁ、そいつが責任者なのか?」
吹雪「……、えぇ、現在、当鎮守府は前任の司令官が事故で行方不明になり、
 現在は臨時で、前任の推薦と基地内の支持によって、少尉が司令官代行を務めております」
本当にイギリス海軍の提督であれば、話を円滑に進めるため、こうした説明も必要だったろうが、
この時代錯誤の仲間たちにこんな説明をしてもまともにわかるのだろうか?
そう思った吹雪だったが、男たちを見ると、神妙に聞き入っていた。
126:
少尉「もう大丈夫だ。吹雪君、退席してくれて構わない」
吹雪「えぇ!? で、ですが……」
「危険です」と小さく耳打ちする吹雪。
どこの誰とも知れない、見た目海賊の様な大男と二人と、比較して小柄な少尉を同じ部屋に
放置するなど、殺されるのではないかと恐ろしくてできない。
少尉「大丈夫だ。ここで私を殺すことでどういうことになるか、彼らとて分からないわけではあるまいよ」
吹雪「しかし……」
少尉「大丈夫だ、安心しなさい吹雪君」
吹雪「うぅ、く……んむ」
127:
小さく唸って悩む吹雪だったが、少尉の意思を変えられないと悟ったのか、
肩を落とし、退室していった。
残されたのは、男3人。
バルボッサ「…………」
ギブス「…………」
少尉「では、諸君。少し話をするとしよう」
128:
グアム諸島警備府 廊下//
吹雪「うぅん……」
余りに怪しい二人組と少尉を同じ部屋に置いてきてしまった吹雪は、
未だに後ろ髪をひかれながら、うつむき、唸っていた。
少尉が良いと言ったからといって本当に行ってしまってよかったのだろうか。
あの人は人手不足のこの基地にあって期待のホープとして扱われている人だ。
ただでさえ前任の責任者を海難事故で失っているグアム基地において、
ここで少尉があの不審者に怪我をさせられるようなことがあれば一大事だ。
戻るべきだろうか、いやしかし。
そんな風にうんうん唸って注意が散漫になっていたからだろう。
角から出てきた人影を見落とし、吹雪は軽くぶつかってしまった。
吹雪「あ、っと、ごめんなさい」
神通「いえこちらこそ、……」
129:
一瞬、空気が凍る。吹雪は急に現れた神通を見て極度に緊張し、なんとも言えない表情をする。
神通も神通で、なんとでも読み取れるような微妙な表情で吹雪を見た。
沈黙。
せめて何か言ってくれれば吹雪も返せるものの、こうなってしまってはなんと声をかけていいかわからない。
神通「…………」
吹雪「……あの!」
耐えきれずに言葉を発したのは吹雪。だが勢いで口を突いただけで、
何を話すかはなにも考えていない。狼狽した表情で場を取り繕おうとして、
必死で言葉を絞り出した。
吹雪「え、と、……、……身体! ……、お身体は、大丈夫、です、か?」
それは吹雪が本心で気にしていたことではあったが、
余り触れるべきではないような重い会話をしてしまい、言ってから頭を抱えたくなった。
130:
神通「私は、……大丈夫ですよ」
吹雪「あ、あはは、よかった、です」
神通の言葉は、暗に他の姉妹や随伴艦は大丈夫ではなかったことをさしているのか。
それとも何の意図もなく「私は」と言っただけなのか。吹雪の知る神通はそんな重々しい皮肉の
ようなことを言う人ではないので無意識のうちからでた言葉なのだと知っているが、
無意識だからこそ、そういう意図を胸に押しとどめているのが発露したのではないかと不安になる。
吹雪「それでも、神通さんが大丈夫なら、それだけでも良かったです」
吹雪の一言は、どちらの意図であっても通じる言葉だった。
どんな意味があったとしても、神通だけでも生きてくれたことは喜ぶべきことだったのだから。
吹雪は、川内や那珂とも親しかった。特に川内とは師弟の様な関係であり、神通もそれをよく知っていた。
だからこそ、あの海戦での悲劇は吹雪を大いに悲しませた。
それでも、あんな戦争の中、神通だけでも生きていてくれたことが、何よりもうれしかったのだ。
それは吹雪の偽らざる本心であった。
131:
神通「そうですね……、」
神通がぼんやりした目で続ける。
神通「私だけが、二人を置いて、生き残ってしまった……」
吹雪「ぁ……っ」
ついに、吹雪の表情が完全に固まる。
穏やかそうに話していた顔は、冷や汗を垂らし、徐々に沈痛な面持ちに代わっていく。
その様子に、自分が何を言ったのかようやく認識した神通は、
ハッとした表情に戻る。
神通「あ、ご、ごめん、なさい……」
流石に神通もこんなことまで言うつもりではなかったのか、すぐさま謝罪する。
しかし、そうやって口をついて出るほど、それが本音であったのだとわかり、
吹雪の心は更に追いつめられる。
漣「ふっぶきちゃーん!」
132:
消えてなくなりたくなるような陰鬱な雰囲気を霧散させるようにして、陽気100%の漣の声が割って入る。
工作部の倉庫に仮設した風呂から上がったところらしい天龍・漣が吹雪を見つけて声をかけた。
漣「仮設ドック超よかったですよ! 庭に置くプールみたいなアレ」
天龍「そんな小さくないだろ」
漣「訂正、アメリカ人が庭に置く200ドルくらいのでっかいプールみたいなアレ」
久しぶりの安らぎを経てテンションの上がる二人だが、
神通を見つけ、やってしまったという顔になる。
天龍「あー、っと……」
沈鬱たる空気が4人を纏いだす。
133:
さすがにどうにかしなければと思ったのだろう。
やや強引だが、吹雪は神通に「そういえば」と言って慌てて仮設ドックを進める。
神通は黙って頷くと、そのまま行ってしまった。
残されたのは、気まずそうにする3人。
吹雪「あ、あはは、すみません。ちょっと仕事が残っているので、
 ちょっと、戻りますね。ごめんなさい!」
天龍「あ、ちょっと」
吹雪「ごめんなさい」
言い留める暇もなく、吹雪は去っていった。
天龍「あー……」
漣「……、まぁなんていうか、……あーこれはキツイキツイ」
事情をある程度察することができるからこそ、
彼女たちはどうしていいかわからなかった。
134:
135:
グアム諸島警備府 営倉//
営倉に閉じ込められていたジャックは、
牢屋で何とか脱出しようと手始めに手錠の解除を試みていた。
ここの牢屋は自分がいつも閉じ込められるところとは違い、
ご丁寧に水場とベッドまでついていた。水場など、恐るべきことに、
取っ手を動かすと透き通った新鮮な水が出てくるのだ。
しかし、一方で脱出に役立ちそうなものは何一つなかった。
壁も継ぎ目一つない石でできており、鉄の柵も錆び一つなかった。
そんな整った牢屋の中、しばらく手錠と格闘したジャックだったが、
一向に外れる気配がしなかった。少し休憩を取ろう。
牢屋の暑さと疲労でダウンしたジャックは、水を飲もうと取っ手をひねる。
するとザザーと勢いよく水が流れだす。直接口をつけるのは難しかったので、手ですくって飲んだ。
ジャック「うん、美味い」
清潔な水なのだろう。透き通るようなそれはトルトゥーガの泥水とは違う。
意外とここの牢屋は貴族高官用なのかもしれない。そう思うと悪い気はしないジャックだった。
ジャック「ウチにもこういう水飲み場が欲しいな」
持って帰れないだろうが、せめてこの名前だけでも憶えておこうと全体を見回す。
すると簡単に名前が見つかった。
ジャック「TOTO、……トト、か。エジプトの神だな。つまりこいつはエジプト製か」
蓋を閉じ、ジャックは忘れないようにと記憶にとどめておいた。
136:
そんな牢屋生活を満喫しているジャックのもとに複数の足音が迫ってきた。
ジャックは気を取り直して入口付近を見つめる。
入口の扉が開くと、男は部下を外に待機させ、一人、牢屋の前に立った。
少尉「変わった不審者がいると聞いて、どんな顔をしているかと見に来たが……、」
柵を隔てて見下ろしているのその男は、ジャックより一回り小柄であった。
黒の短髪で少し焼けた肌。歳は決して若くなく、その振る舞いはどこか威厳がある。
少尉「着ている服が流行遅れだな、海賊?」
137:
牢屋の薄暗さと、一見した見た目では全く気付かなかったが、青い目と、
その隠しきれない嫌味な声に、ジャックは驚きを通り越し、笑ってしまった。
ジャック「お偉いさんが、まるで一兵卒の様な恰好をしていかがなされたんです?」
少尉「まるでもなにも、本当に一兵卒のようなものだ。ただの勘定係だよ」
ジャック「なんだ、特赦でも出してもらおうとおもったんだが」
少尉「君に? 私が? 冗談を言え。君が私に何をしたか思い出してみたまえ」
138:
ジャック「一生懸命働きましたとも」
少尉「一生懸命、宝を隠蔽し、積み荷を逃がし、船を奪って逃走した」
ジャック「古い記憶だ。酒飲んでわすれちまった」
少尉「そしてなにより、」
ガチャン、と格子の鍵が開く音がした。
少尉「私を殺した」
139:
鍵を開けたのはもちろん短髪の男。
だが手枷までは外そうとはせず、依然として見下すように立っている。
ジャックは見上げながら、この男がウィッグを外したところは久しぶりに見たと
どうでもいい感想を抱いていた。
少尉「立ちたまえ。ついてこい」
ジャック「俺は部下じゃない。命令するな」
少尉「部下さ。さもなくば犯罪者だ。ここから生きては返さん」
140:
ジャック「ケツでも差し出せばよろしいので?」
少尉「ツケを差し出せばよろしい。私に対する数々の負債のな」
ジャック「パールを燃やすのはナシだぜ、卿?」
少尉「卿はやめろ。もう昔の私ではない」
ジャック「じゃあ今日からなんて呼べばいいので?」 
ベケット「カトラー・ベケット少尉と呼べ。ここでの私の呼び名はそれだ」
141:
144:
少し、世情の話になる。
世界規模で展開した深海棲艦との大戦争は、人類から多くの命と生活を奪った。
戦争初期は未知の敵に対するまともな戦略が練られず、制海権、制空権と奪われていき、
人類は生きる余裕を完全に奪われてしまった。
戦争中期には、人類が艦娘という対抗策を生み出し、苛烈な戦闘の中、
多くの英雄と、多くの死亡者と、多くの損失を生み出し、多くの勝利を重ねた。
そして、人類がようやく優位にたった現在、戦争後期たる今は、殲滅戦の名のもと、
広い戦線で最終戦争が行われている。
そうやって失い続けて勝利した人類に今立ちはだかる問題は人的資源の圧倒的不足である。
戦線から離れた、内地と呼ばれる戦争のないテリトリーに回せる人材が世界的に足りなかった。
そんな状態で意外にもいち早く譲歩したのが海軍である。自国の軍は自国の人間で構成することが
当然であったが、世界連合戦の様相で、各国の人間や艦娘が入り混じって力を合わせて戦ったこともあり、
世界的に海軍の多国籍化が進んだ。特に、地域防衛の際、現地で有能な人間を軍に入れることは
少なからずあることだった。
そんな状況で、ベケットは一気に実力で少尉まで上り詰めた。
145:
もともと、父と反目して家出し、大した後ろ盾もなく入った東インド貿易会社で
一躍幹部に躍り出、最後は英国貴族となり、会社重役として、国王代理に任命され、
東インド貿易会社大艦隊の総督となった男だ。
そんなベケットからしてみれば、こんな非戦闘区域の島の、主計科の少尉など、
さしたるものでもなかったはずだ。
現代知識が欠けているという不利があったが、記憶喪失を装い、
短期間で周りが違和感を抱かない程度の常識を身に着け、
数年たった今では、一角の知識人の様な扱いを受けている。
昔、東インド会社の時代に、3年間、日本の江戸支社で働いた経験も生きた。
一時代で頭角を現した人間というのは、どの時代でもそれなりにやっていけるようだ。
146:
グアム諸島警備府 外国人士官区//
ベケット「と、まぁ、かいつまんで言えば、このようなものだ」
手にしていたティーカップを音を立てずに置くと、ベケットは一息をついた。
カップは決して安物には見えず、部屋の造りからも、ベケットが地位以上尊重されていることが分かる。
ギブス「それで、俺たちはどうすればいいんです? ベケット少尉」
ギブスも似合わない紅茶を一飲みし、カップを置く。
バルボッサ「とりあえず俺たちは、いまいち状況が呑み込めていないのだよ、ベケット少尉」
バルボッサも紅茶を瀟洒なソーサーに置く。意外と様になっている。
ジャック「同感だ。……、あと俺も飲みたい、ベケット少尉」
ジャックの両手は依然手枷がはめられていて、目の前に置かれた菓子と紅茶にありつけないでいる。
甘いものが好きというわけではないが、一人だけお預けというのが気に食わなかった。
147:
ベケット「別にどうもしなくていい。ただ質問に答え、必要な時に力を貸してくれればいいだけだ」
ジャック「おいおい、この泣く子も黙るキャプテン・ジャック・スパロウ様を捕まえて
  ただグータラしてろって命令は良き上官とはいえないぜ、ベケット少尉」
ベケット「逆に、貴様らがこの海域で何ができるのかという話だ。言っておくが、ここは貴様らがいた
  カリブの海とはまるで違う」
バルボッサ「だろうな。ここはどこだ? 中国か?」
ベケット「東アジアの、グアム諸島だ。現在の支配国は日本という国になる」
ギブス「ニホン、ねぇ聞いたことのない国だ」
ベケット「船乗りならば、長崎か江戸という名なら聞いたことはないか?」
あぁ、と納得する一同。
ベケット「ここはその日本だ。そして時代は200年以上後の異なる未来だ」
一気に納得から遠ざかる一同。
148:
ギブス「まるで意味が分からねえ……」
ベケット「そうかね? 目が覚めたら見知らぬ土地にいた、目が覚めたらありえない時間が経っていた。
  そうした話は神話・民話・逸話・噂話として、いくらでもあるだろう?」
ギブス「だけど所詮ホラ話だ!」
ベケット「だがそういう中にこそ真実がある。現に私たちはこうして時間を飛んできた。
  例えばニューネーデルラントの民話などにもあったろう。リップ・ヴァン・ウィンクルという男が……、
  いや、失礼。あれは十九世紀の話だった」
ギブス「十九世紀!」
ギブスが手をたたく。十八世紀に生きた彼にしてみれば、一世紀先の未来の話が当たり前に出てくる
今の会話にどうしようもない滑稽さを覚えたのだ。
バルボッサ「その程度で驚くな。ベケット卿の、いや失礼。ベケット少尉の話なら、いまは21世紀だ」
ベケット「そうとも。今は21世紀。2017年、8月だ」
ギブス「2017年!」
ギブスが再び手をたたく。もうおかしくてたまらないといった様子だ。
バルボッサは静かにギブスをにらみつけた後、ベケットに言った。
149:
バルボッサ「重要なことはここがどこで、今がいつか、ということではない。世界の果てでなければな。
  問題は、なぜ、そしてどうやって俺たちがここに来たのか、どうやって帰れるのか、だ」
バルボッサの真剣な発言に流石のギブスも笑いが引っ込んだ。
特に「どうやって帰れるのか」というのはかなりの死活問題だ。視線がベケットに集中する。
ベケット「……、ふむ、」
少し悩んだしぐさをして、ベケットは続けた。
ベケット「どうやって帰れるのかは知らん。が、見当はつく。それはなぜ、どうやって来たかという質問につながる話だ」
意外にも、ベケットはその問いに対する答えめいたものをもっていたようだ。
バルボッサ「続けろ」
ベケット「NOだ。Can'tといっていい。推測は立つが、決定的な証拠を見つけていない」
150:
ギブス「それでもいいじゃねえか」
ベケット「残念だがギブス君。私はこの日本という国で、あやふやなことは明言しないという術を身に着けたのでね」
ギブス「坊ちゃん役人みたいなことを言いやがる! ジャック! お前もなんとか言ってやれ!」
ジャック「熱っっつ!!」
会話に参加せず、手枷のついた両腕で器用に紅茶を飲んでいたジャックは、驚いた拍子に
カップの中身をを自身にぶちまけてしまったようだ。
ギブス「ジャック! お前はずっと何やってんだ!」
ジャック「ギブス! お前は急に何すんだ!」
ベケット「では、反論はなしということで」
バルボッサ「…………」
ベケット「まぁ安心したまえ。何も君たちを帰さないと言っているわけじゃない。
  時が来れば帰れるのを手伝うし、手伝ってもらうことになるだろう。
  こちらとしても国籍不明の海賊に居座れていては都合が悪い」
151:
ベケットはこの件はこれ以上喋れないと言わんばかりに口を閉じた。
だが決して答えないというよりは、本当に答えられないといった様子だった。
バルボッサ「では質問を変えよう。民話や逸話には俺たちの様に、異なる世界、異なる時間を
  飛んできた人間がいたということだが……、この辺りでもそういった伝説があると思っていいのかね?」
ベケット「まさに君たちや、私がそうだな」
ギブス「そういえば、アンタも俺たちみたいに船で飛ばされたのか?」
ジャック「ギブス君、よしてやれ。少尉がそんな便利なもんに乗ってたわけないだろう?」
バルボッサ「あぁそうだ、砲撃で木っ端みじんになったのだからな」
ベケット「なった、のではなく、させたのだろう君たちが。木っ端みじんに」
それを聞いて、海賊3人は不謹慎に笑った。ベケットは冷静に努めようと一度深く呼吸し、切り替える。
ベケット「私は、君たちに船を挟撃された。そのエンデヴァー号が轟沈し、私自身も海底に沈んでいくだけだった。
  だがあるところで急に反転したのだ」
ジャック「反転?」
ベケットが語りだしたのは、世界を超えてきたときの話。
三人が身を乗り出す。気が付けば別世界にいた彼らにとっては貴重な証言だ。
152:
ベケット「そうだ。なんといえばいいのか。重力……、海そのものがひっくり返るような感覚だ。
  その感覚に身を任せていると、大海原に出て、そこを偶然遠征に通りかかった吹雪君に助けられた。
  ほら、ちょうど先ほど君たち二人と話していた娘だよ」
ギブス「まて、助けられたってえと、まさかアイツも海を滑れるのか?」
ベケット「あぁ、彼女も滑れるぞ。彼女や、それから君たちをここに連行してきた三人も、
  艦娘と呼ばれる、船の魂を宿した現在最強の兵器たちだ」
懇切丁寧な説明だが、海賊3人はほとんど話に追いついていない。
この短時間の間に、ここは別世界の未来だの、女の形をした兵器だの、理解しがたいことが沢山あったからだ。
海賊たちの時代では、女を船に乗せるのは危険だと言われていたが、まさか女が船を乗せる時代が来るとは。
ベケット「分からずとも良い。要するに、彼女たちは君たちよりずっと強いと考えておけばいい。
  そして私はその彼女たちを指揮する立場にある。状況を、分かってくれたかね?」
153:
3人の中でも、ひときわジャックは思い切り頷く。彼も話を半分ほどしか理解できていなかったが、
少なくとも、剣も通らず、圧倒的な怪力をもつあの女共が、普通の人間である方が驚きだった。
よく分からないが、ユダヤ教のゴーレムみたいなものだろうか。
ベケット「詳しくは手記に記載してある。その本棚の左上だ。
  君たちが現状を知りたいのなら、取って読みたまえ。
  どうせしばらくは何もできることはない」
立ち上がり、本棚からいくつか本を斜め読みするバルボッサ。
きちんとした背表紙の本もあれば、明らかに個人の手で纏められた資料集などもあり、
製作年もバラバラであった。
ベケット「貴重な資料だ。汚すなよ」
ギブス「これ全部が別世界に転移した逸話の記録なのか?」
ベケット「いや、それは全体の1割だ。それ以外にも、さっき言ったような、
  各地の神話や民話、このあたりの伝説が主だ。あとは海賊の記録とかな」
154:
ギブス「またそれは、何のために?」
ベケット「4年前に私がこの世界に飛ばされた理由を知りたくてね。
  まぁ、そういった方面から読み解くアプローチを試みていたわけだ。
  事実、私がこの世界が別世界だと気づいたのは、海賊の資料からだった。
  この世界の歴史には、我々の記録はない。あれほどの大規模な戦争も、語られてはいない」
歴史書がすべてをカバーすることはないにしろ、ここにいる4人は、いずれも世界の岐路となる、
大きな戦いを経験した者たちだ。ギブスは置いておくとしても、最悪の海賊と言われたジャックも、
東インド会社のトップになったベケットも、イギリス公認の私掠船船長となったバルボッサの記述も、
どんな小さな情報一つものこっていないとなれば、それは過去に存在しなかったということ。
つまり、それが存在した世界ではないということだ。
ジャック「なるほどねぇ。猶更この世界とやらに愛着がなくなった。
  お前が研究を始めたのも、こっから帰る方法を探してのことか?」
ジャックのその一言に、ベケットは向き直る。
ベケット「いや、最初はそうしようと色々方策を探して、そういう伝説を聞き集めた。
  だが、戻っても死ぬだけだと思い、帰るのは辞めた。今ではライフワークの一つだ」
バルボッサ「そして過去の遺物を掘り漁る、ホラ話の研究家になったわけだ」
155:
バルボッサからしてみれば、こんなわけの分からない世界に飛ばされて、
まず初めにやることが資料でコツコツと研究などという遠回りな手を使うことが信じられなかった。
彼は決して猪突猛進な方ではないが、そんなことをして何の意味があると思った。
所詮は碩学を集める東インド会社のお坊ちゃんかと嘲笑した。
しかしベケットもそんな反応には無表情で返す。
ベケット「フッ、どんなに偽物らしいホラ話でも、中には真実が混じっているものだ。
  大体そういう伝説上の体験を君たちは何度もしているはずだろう?
  例えば、金貨に呪われて無限の空腹と渇きを味わったりな」
痛いところを突かれ、バルボッサの笑い声が止む。
そもそもベケットは自分が古代アステカの金貨に呪われたことをどこで知ったのだろうか。
バルボッサの視線が少し鋭くなる。
ベケット「呪いなど信じていなかったか?
  だがいかなる偽物の中にも、必ず本物が隠れてる
  それを見抜けなかったな。過去の遺物くん」
バルボッサ「何だと?」
ベケット「違うかね? ここは2017年だ。君は既に過去の遺物だ」
156:
気が付けば一触即発の空気。
そんな緊張を打ち払うように、タイミング良くドアがノックされ、
吹雪が入ってくる。
吹雪「あの、一応命令通りお部屋は準備しましたけど……」
ベケット「よし、彼らを案内してくれたまえ」
吹雪「はぁ……」
吹雪は非常に胡散臭そうな目でジャックらを見る。
海賊たちはそういう視線に慣れているのかどこ吹く風だ。
ベケット「まぁ、時が来るまでは部屋で待機しておけ。
  君たちには、いずれその船を貸してもらう」
その言葉に、ジャックが椅子から飛び跳ねた。
ジャック「やっぱり船を盗るんじゃないか!」
157:
ベケットは静かに首を振る。
ベケット「違う。君が動かすんだ。
  君の操舵する船に、ほんの少しの間私を乗せてほしい。これだけだ」
今度は、ジャックがベケットを胡散臭そうな目で見る。
その視線の気づいた吹雪は、ベケットをかばうようにして立つ。
ジャック「ほんの少し、はどれくらいだ?」
ベケット「機が来れば、恐らく半日もあるまい」
ジャック「……」
ベケット「君は反抗できる立場でもあるまい」
ジャックはフンと息を漏らし、部屋を出る。
ジャック「まぁ、いい。船に入れば、俺の指示に従え。わかったな。
  おい、案内してくれ」
そのままズンズンと歩いていくので、吹雪は慌てて先導した。
158:
グアム諸島警備府 廊下//
案内途中、吹雪はジャックに部屋に水飲み場があるかを聞かれた。
よほど気に入っているらしい。
吹雪は水飲み場と聞いて、洗面所のことかと思っていたが、
ジャックは地面に備え付けられているものだという。
それでも首をかしげる吹雪に、ジャックは名称を思い出して伝えた。
ジャック「あれだほら、エジプト製の、TOTOって書かれたやつだ」
吹雪「……え?」
吹雪は躊躇いがちにそれが何かをジャックに伝えた。
牢屋で、ジャックは水飲み場のことを忘れないようにと記憶にとどめておいたが、
今では記憶から全て抹消しようと、必死でトイレに吐き出した。
159:
160:
それから。
吹雪の警戒とは裏腹に、海賊たちは暴れまわることも脱走騒ぎを起こすこともなく、
与えられた個室で三者三様にくつろいでいた。
それでも吹雪は万が一はあってはならないと思い、
念のため深夜でも様子を見に来たりしていた。
どうにも少尉はこの海賊たちと面識があるようだ。
もし、恨みか何かで寝所に暗殺に来るかもしれないと恐々としていたからだ。
だが、彼らはもう全くと言っていいほど敵愾心がない。
この世の天国とばかりにクーラーの利いた個室でのんべんだらりとしていた。
余りの独り相撲ぶりに、吹雪は空しさすら覚えた。
海賊なんだから少しは無法を働けと理不尽な気持ちすら抱いた。
そんな吹雪の気が気ではない時間がしばらく続き、
身元不明の海賊たちが滞在して、今日で3日目を迎えた。
161:
グアム諸島警備府 外国人士官区・休憩広間//
天龍「…………」
昼休憩のため、人の少ない外国人士官区の広間で涼んでいた天龍は、
興味深そうにギブスを見ていた。
ギブス「? なんだ、髭以外になんかついてるか?」
天龍「うんにゃ、何も」
先日、この海賊たちが、いわゆるタイムスリップをしてきた存在だという説明を受けた。
正直半信半疑もいいとこだったが、逆にそうであればピンとくる点も多くあり、
とりあえず信じることにしていた。
天龍「オレの知ってる海賊とは違うなぁ、とおもってな」
そういわれて、ギブスはクッキーを食べる手を止め、いい顔で向き直る。
162:
ギブス「そりゃあそうよ! 俺はなんといっても、あの最悪の大海賊、
 伝説のジャック・スパロウの船の副船長なんだからな!」
誇り一杯に胸を叩くギブスを見て横にいた漣はウゲーと嫌な顔をした。
漣「天龍さん、関わっちゃだめですよ。これがいわゆる虎の威を借る狐、
 牛の背中に乗っかる鼠って奴です」
天龍「牛の背の鼠は意味が違うんじゃないか? ことわざでもないし」
漣「人の力を我が物様にする点では同じでしょう?」
そこまで言われてようやくギブスがカチンときた表情をしていた。
翻訳は常時変換されているとはいえ、ことわざの意味までは通じなかったのだろう。
ましてや干支の文化もない西洋人である。知る由もない。
ギブス「俺がそんな鼠野郎だってのか!」
163:
漣「そーですよー、鼠っていっても絵本のネズミじゃなくて、
 あの船にも出てくるガチの鼠です。あの薄汚れてる害獣使用の鼠です!
 あ、天龍さん、これネズミ上陸させてもらえるんじゃないですか!?」
ギブス「俺が薄汚れてるだと!?」
漣「そうですよ薄汚れた海賊! 薄汚れてるでしょう物理的に! 服を洗え!」
そう言って、漣は天龍の後ろにひょいっと隠れる。
漣「大体、出てくるにしたって、もっとワンピースみたいな人畜無害なやつ出してくださいよ。
 冒険、勝利、肉! みたいな。なんでこんなリアルガチ使用の海賊の中の海賊みたいな
 奴らが居座ってんですかもぉー!」
ギブス「お、おう。そ、そうか?」
漣「ふえーん、なにこの反応……」
どういう翻訳で伝わったかは知らないが、恐らく「彼こそ真の海賊である」みたいな
形で伝わっている。実に不本意だった。
164:
不本意だったのは吹雪も一緒である。
神通がグアム基地に任務に来て数日、未だに顔を合わせるたび微妙な緊張が走るし、
会話もポツポツと短文で、当たり障りのないことをいうだけ。
今も、一人離れた席に座る神通に果敢に話しかけはしたものの、
互いに気まずい空気になり、一先ず退散した。
こうして、神通とのコミュニケーションの時間がみるみる減っていった。
逆に、みるみるコミュニケーションの時間が増えているのがこの海賊たちである。
バルボッサ「アッサムティーとスライスのリンゴを持ってこい」
ジャック「俺は次はこのコーヒーをくれ」
もはやそのくつろぎ様たるや貴族か喫茶店の客である。
吹雪は彼らの侍女のように扱われ、もう既に「お前」などの主語すら消えている。
彼女が当たり前に対応すると思われているのだ。
165:
吹雪「…………」
吹雪は、ふつふつとしたものを心に溜めながら、コーヒーメーカーを沸々とさせた。
普通普通とよく周りに言われる程度にはアクの少ない彼女は、昔からこういう損な役回りをうけることが多い。
だがそんな役目を不屈不屈とした精神で耐え抜いて来たのだ。こんな海賊の小さな横暴など、なんのその。
吹雪は頭にうっすらとした怒りマークをつけながら、
顔だけは笑顔で彼らに対応する。
離れた席で彼女の後姿を見ていた天龍と漣は、その姿に一人前の社会人のなにかを見た。
漣「しかも見てください、あれ」
吹雪は、ジャンピングティーポットにアッサムとスライスしたリンゴをいれると、
誰に言われるでもなく余ったリンゴを皿に置いて出した。
漣「しかもわざわざウサギさんリンゴですよ」
頼まれたわけでもないのに、手間をかけてウサギ型にリンゴをカットした。
嫌々やっているのはオーラで分かるが、それでも言われたこと以上に
全力やってしまうのが吹雪の常だ。
天龍「なんつーか、難儀な性格だなぁ」
166:
そう、難儀な性格なのだ。
だからこそ、戦力としてはいまいちでも、この警備府司令官付きの秘書官をやらされているのである。
こんな部下が居れば何事も捗って仕方ないだろう。どこかで爆発しなければ。
バルボッサ「ほほう」
バルボッサは初めて見たウサギさんリンゴを興味深そうに見つめている。
リンゴは彼の大好物だが、こんな形のものは初めてだった。
彼は銀色のナイフとフォークを手にすると、慣れた手つきでウサギを口に運ぶ。
バルボッサ「ふむ、悪くない」
吹雪「それはようございました」
167:
吹雪の返事が投げやりになってくる。
そのやり取りを見ながら、一つ隣の机のジャックがコーヒーカップで
コンコンと軽く机をたたく。
ジャック「俺のコーヒーはまだ来ないのか?」
吹雪「……」
吹雪は無言でゆっくりとジャックの方を向く。
顔には笑顔が張り付いている。
ジャック「……、おかわりぃ?」
吹雪「はいよろこんでー」
168:
吹雪の投げやりさが頂点に達する。
もう完全な侍女扱いだ。連日の警戒による寝不足も重なってそろそろ限界だった。
漣「あ、これアカンやつや」
天龍「ちょっと海賊を止めに行こうか」
漣「え? 海賊に止めを刺しに行く?」
天龍「我慢だ我慢、ステイッ!」
この様にして、日常の中に17世紀の海賊という特級の異物が混じってはいたが、
予想を超えるような反発も抵抗もなく、案外その生活に溶け込んだ。
彼らはいつまでいるのだろうか。
その時まで吹雪の胃は持つのだろうか。
そんな軽い疑問は、その翌朝には全て吹き飛んでしまった。
169:
グアム諸島警備府 居住区西館//
さて、今日も一日くつろいでみるか。
快適な基地内で、そんな海賊らしからぬことを思うジャックたちを驚かすように、
基地全体に大きな警告音が響き渡った。
ジャック「な、なんだ!?」
部屋から廊下の様子をちらりとみると、廊下を慌ただしく走る兵士たちが見えた。
ジャック「……」
兵士たちが通り過ぎると、ジャックは剣を取り部屋から出る。ちょうど同じタイミングで、
両隣の扉も開いた。バルボッサとギブスである。
170:
バルボッサ「敵襲だな」
バルボッサもまた、完全武装で部屋から出てきた。
ギブス「だろうな」
ギブスもその辺りは抜かりない。いつでも戦える準備をしていた。
ジャック「んじゃま、状況確認といこう」
海賊たちは三人同時に歩き出す。
もはやくつろいでいた面影はなく、その顔は、歴戦の海賊のものだった。
171:
グアム諸島警備府 外国人士官区//
あちこちで兵士たちが走り回る中、
ジャックらが真っすぐ向かったのが、ベケットのいる部屋だ。
現状の基地責任者である彼の下が一番情報が集まると思ったからだ。
ジャック「失礼しまーす」
ジャックが中の様子を伺いながらゆっくりドアを開けると、
中ではベケットと艦娘たちが集まって、なにやら機械の周りを囲んでいた。
ドアが開く音で一瞬視線がジャックらに向けられたが、
それどころではないのか、すぐに全員の視線が機械の方に戻る。
とりあえずジャックたちは空いている席に、全員我が物顔で座った。
流石にコーヒーと紅茶は出てこないので我慢した。
172:
吹雪「か、解析完了しました!」
ジャックたちが席に座って5分も立っていないだろう、
機械の画面と真正面に向かって座っていた吹雪が声を上げた。
その声は焦りと、どこか悲痛な音が混じっていた。
ベケット「敵の数は?」
ベケットの質問に追従するように、天龍たちの視線も吹雪に集まる。
吹雪は、乾いた喉をなんとかするため一度唾を飲み込み、その結果を読み上げた。
吹雪「て、敵艦隊、およそ30隻!」
漣「30っ!?」
吹雪「内訳は、ソイブイの波形から、おそらく軽巡が5、駆逐が20、
 そ、それから、……空母が5です!」
事実だとすれば、敵艦の一大攻勢である。
一つの戦場で空母含む敵艦隊30に囲まれれば、島に籠城しても1日と持たないだろう。
173:
あまりの情報にベケットや艦娘は表情を凍らせた。
漣「え、いや、ありえないですよ。誤報では……?」
ようやく口を開くことのできた漣が口を開く。
その言葉に吹雪も同調したいと思った。
ここグアム島は最戦線よりも少し内側にある。
ハワイ、マーシャル諸島、ソロモン諸島、オーストラリア東部を一直線に貫くように四重の防衛線が敷かれ、
そこには大戦を生き延びた一級の艦娘たちが任務に就いている。
前線壊滅の報は聞いていない。昔と違い、ソイブイや高性能ソナーを用いた哨戒もあり、
戦線より後ろに小型級一体でも忍び込む隙間はない。
事実、こうした防衛ドクトリンを実施して現在に至るまで、10年間、一度として一体の敵にさえ抜かれたことはないのだ。
だというのに、敵襲の報。しかも進路は北から。すなわち祖国、日本の方角からの攻撃である。
絶対安全圏ともいえる本土方面から敵が来た等、冷静に考えてあり得る話ではなかった。
174:
漣「だってそうでしょう!? もしホントならテレポートですよ! 瞬間移動ですよ! ドラえもんかっての!!!」
信じたくないとばかりに力説する漣。彼女の実力では、おそらくこんな大規模の敵艦隊と接触すれば10分ともたない。
笑い話であってくれと願うあまり、無意識に口元が緩んでしまっていた。
天龍「なぁ、漣」
漣は縋るような視線を天龍に向ける。二人は短くない間本土でコンビを組み、いくつもの地道な任務をこなしてきた仲だ。
関係も良好で、漣にとっては、数少ない本音で話し合える相手だった。きっと自分の味方をしてくれる。
そう思って振り返った。しかし、
天龍「でもよぉ、この海賊のオッサン達は、文字通りそのテレポートしてきたんじゃねーのか……?」
漣が固まる。動きも表情も、思考さえ止まった。いつもの頭の回転の早い漣らしからぬ拙い推理力だった。
現に、ここにその実例がいたのだ。原理は不明でも、そういうオカルティックな可能性だってあり得るのだ。
175:
漣「そんな……」
天龍「大丈夫だ、お前はオレが死なせねえよ」
そういって、怯える漣の手を取る。
この辺りは、二人の経験の差が出た。基本、軍歴を戦線の内側で過ごした漣と、今でこそ内勤とはいえ、
片目を失って本土に退くまでは最前線で刀を振るっていた天龍の差だ。
天龍「よし。じゃあまず、オレと神通と砲台で湾内の防衛線を……、あれ、神通は?」
出撃用意の為に振り返ると、そこに神通はいなかった。
気が動転していたのと、もともとあまり会話に入ってこない性格もあって、
居なくなっていたことに気づかなかった。
ジャック「長髪の女なら大分前に出て行ったぞ」
その言葉に、ギブスとバルボッサが頷く。
176:
ベケット「貴様ら気づいていてなぜ言わなかった?」
ジャック「ケージュンだの、クチックだの何言ってっかいまいちよく分からなかったからであります、少尉」
この緊急事態にも、基本守るもののない部外者3人はリラックスしていた。
天龍「いつ! どこに行った!?」
ギブス「女なら、ホラ、あそこだ」
詰め寄る天龍に、窓の外を指さす。一同が視線を向けると、港に向かって走っていく神通が見えた。
天龍「アイツ……!」
ジャック「早くいった方がいいんじゃないのか?」
天龍「んなことはわかって――」
突如、遮るようにして基地内にさらに大音量の警戒音が鳴る。
177:
天龍「今度はなんだよ!!」
振り向くと、血相を変えて、ベケットと吹雪が窓の外を凝視していた。
ベケット「吹雪君、放送室へ。第一種戦闘配備を指示しろ」
吹雪「は、はいっ!」
ベケット「お二方も戦闘に出てくれ。指揮系統は違うが、緊急事態だ。手を貸してくれ」
短くそう告げると吹雪は走って出ていく。
ただならぬ様子に、天龍と漣は窓の外を見る。
先ほどまで晴れていたはずの空が真っ黒な雲に覆われつつあった。
そして、先ほどまで何もいなかったはずの海に、7体の敵軽巡艦と空母1体の姿があった。
ベケット「緊急時の警備府司令長官不在における規定に従い、
  基地責任者代理の私が司令官代行として艦隊の指揮を執る。湾内で止めるぞ!」
178:
漣「なんでもうこんなところに……!?」
天龍「深く考えるな! 居るもんは居るんだ!」
天龍に叱咤された漣が、腕を引っ張られて出ていく。
ジャック「お前も早く行った方が良いんじゃないか?」
ベケット「……」
ベケットはジャックたちをジ口リと睨む。
ベケット「……、まぁ身を守っていたまえ。逃げるなよ。これは忠告だ」
そういうとベケットは足早に出ていった。
179:
バタン、と扉が閉まると、ジャックはベケットが手を付けずに机に置いていた紅茶を飲み干す。
バルボッサ「さて。ではこんな所、さっさと出ていくか」
それを聞いて二人は頷く。ベケットの忠告も、一切の躊躇なく無視した。
ギブス「そうだな。俺たちも、早く行った方が良いんじゃないか?」
バルボッサ「船の位置は分かっている。さっさと行くぞ」
ジャック「もちろん。だがその前に……、と」
ベケットの机の中を開けると、鍵束が入っていた。ジャックはそれを掴んで見せつけると、
ニヤリと笑ってこう言った。
ジャック「略奪しよう」
180:
グアム諸島警備府 港・海上//
だれよりも早く港へ駆けつけた神通は、艤装の動力をフル回転させ、
初からトップギアで距離を詰める。
湾内の南北には囲うようにして砲台が設置されているが、
余りに突然の出現のせいか、その砲撃は未だ散発的だ。
敵の深海棲艦はそれをいいことに、基地や砲台に砲撃を仕掛け、
敵空母級からは対地攻撃用の爆撃機が放たれる。
神通「っ……」
飛行機は神通など意にも介さず、島全体を四方に飛んでいく。
あちこちに爆炎と轟音が上がる。敵の軽巡艦が神通に主砲を向ける。
空母級の攻撃は来ない。あれは基地攻撃に全てのリソースを割くようだ。
181:
あの空母は自分には一機も差し向けるつもりはない。
そう考えて、一瞬神通の頭が熱を帯び、怒り狂った表情になる。
が、手のひらを握りしめ、ひとたび落ち着く。
神通「――だ、まだよ。きっとここじゃない」
神通はブツブツと呟く。まるで自分に何かを言い聞かせるように。
目は落ち着きを取り戻し、しかしぼんやりとした視線になる。
神通「これだけじゃ、足りない」
この戦力差では、神通は苦戦を強いられるのは確実。
しかし、どういうわけか神通はそんな一言を放つと、
主砲に装填し、刀を装備した。
182:
グアム諸島警備府 工作部・格納庫//
ジャック「おじゃましまーす」
ジャックたちがカギを開け、侵入したのは、
いくつか建っている中で、唯一兵士が誰も居なかった倉庫だ。
格納庫には、定期整備のためか武器がびっしりと並んでいた。
海賊たちは用途すら不明の品がいくつもあったが、その中で、
彼ら自身も分かりやすい兵器を見つけた。
ギブス「おい! あったぞ! これなんてどうだ!」
それは在庫として保管してあった機関銃で、
10丁近い数が木箱に入れてある。
ギブス「これぁライフル銃だろう? なら持っていこうぜ!」
ジャック「それはいい考えだ」
183:
ジャックはそういうと、机に置かれていた9mm拳銃を手にする。
それは兵士たちの一般的な装備品の一つであったが、
この突発的な急襲に慌てて置き忘れられたもので、幸運にもマガジンが入ったままだ。
ジャックは9mm拳銃をまじまじと見る。
弾が入っているとはいえ、銃そのものは彼らの時代と大きく異なる。
引き金を引くだけでは何の反応もない。どう使ったものだろうとあちこち動かして
試行錯誤していると、銃の上部がスライドできた。カチッと何かがハマるような感触がする。
ビンゴ、どうやらそれらしい。ジャックは銃口を高い天井に向けると、引き金を引いた。
ギブス「うぉぉ!?」
ジャック「ハッハッハ!」
184:
銃声は誰もいない倉庫に響き渡る。突然の発砲音と、敵に見つかるかもしれない状況から
ギブスは大いに驚いたが、兵士たちは外での戦争に忙しいのかだれも気付いてすらいなかった。
窓から外を見ると、物陰から軍人らしき男たちが、開けた道を決死の表情で走り抜けていた。
しかしすぐに敵の航空兵器に見つかり、機銃で撃たれハチの巣にされる。応戦を嫌った空母級が、
第二陣として放った兵士殺戮用の対地機銃のついた攻撃機だ。
ジャックとギブスは、その戦場を恐ろしげに凝視していた。
飛び交う銃弾は恐ろしく早く、精確で、間断なく連射されている。
空で炸裂する砲弾も、ジャックたちのいたどの砲撃よりも恐ろしいものだ。
だがあんな空飛ぶ兵器があれば、どれも意味がない。そこから降ってくる射撃や砲撃は、
全ての抵抗を届かせずに、一方的に殲滅するだろう。
彼ら海賊たちの居た時間とは、数百年も離れた未来。
それも世界大戦という戦争におけるパラダイムシフト期を経たこの時代、
もはや戦争の情景は彼らの知るものとは遠くかけ離れている。
185:
そしてその中でも、もっともかけ離れていると断言できるものが、
今、海の上で戦っている神通と深海棲艦だろう。船の攻撃力と耐久性を
人間の女性に詰め込んだ存在。理屈は分からないが、その戦闘風景は
まさしく船同士の戦いであった。
ジャック「あんなのに巻き込まれるくらいなら、鮫に頭からかじられる方がまだ生きられそうだ」
ギブス「間違いねえ。早く逃げようぜ!」
ジャック「あぁ。ところであの髭親父はどこ行った?」
何度も言うが、バルボッサなしでは船が動かない。
置いていきたいのは山々だが、それが出来ないことにジャックは歯噛みする。
ジャックが辺りを見渡す。すると倉庫の一角にある部屋のシャッターが開いていた。
早くにげだしたいジャックは縛り付けてでも連れて行こうとその後を追う。
186:
シャッターの内側に入ると、中には同じ兵器がビッシリと並んでいた。
ジャックはそれがどんな兵器かは知らなかったが、見覚えがないわけではなかった。
それは全て艤装だった。
バルボッサ「一人の人間が海上で船と渡り合う力を得る兵器だ。
  まるで魔法の産物だな」
奥から出てきたバルボッサ。彼も先ほどの戦闘を見ていたのだろう。
この装置の有用性に気づいて探していたようだ。
ジャックも奥に入り、中を覗く。
そこにはやはり艤装があったが、その中にひと際大きいものを見つけた。
ジャックはそれを興味深そうに調べるが、バルボッサは無関心だった。
187:
バルボッサ「巨大で、一点ものであることを考えれば、これが一番強いのだろうが、
  見ろ。薄く埃被っている。使われていない証拠だ」
ジャック「持って帰ろうにもこの人数じゃ無理か」
バルボッサ「その通りだ。俺は別の戦利品がある。お前はこれを持て」
そういって、バルボッサはどこで手に入れたのか食器を入れた箱を手にする。
中身のものは、この時代ではそれこそスーパーにでも行けば置いてあるようなものだったが、
彼らの時代で考えれば、真っ白の白磁の食器やカップは高価なものであった。
一方で、ジャックに持たせるために選んだのは、艤装の中でも最も小さい12cm単装砲であった。
小さいとはいえと呼ばれるそれは複雑な機構を備えた鉄の塊であるため、
当然重く、ジャックに持たせるつもりでここで待っていたらしい。
バルボッサ「何も持っていないのだから構うまい?」
ジャックは渋々といった面でそれを持ち上げる。
とはいえ彼もそれには興味があったので、文句の一つも言わなかった。
188:
グアム諸島警備府 港・海上//
空爆や対地砲撃は平和であったグアム基地を脅かすには十分すぎた。
あちこちの施設を破壊し、走り回る水兵たちを殺した。空母一隻でこれだ。
敵本隊が合流すればもはや勝ち目はないだろう。
この基地の戦力では、30艦からなる敵の攻勢を支えられまい。
しかし比較的本土に近く、前線の裏側にあるここ奪われれば、
日本の柔らかい脇腹に刺さった短剣となりうる。
天龍「なんでもいい! 軽巡共を抜いて、空母の首を墜とすぞ!」
漣「――っ! 分かりましたよっ! 援護します!」
天龍「無茶すんなよ!」
漣「できればね!!」
軽巡級3体が、空母との間を阻むようにして並んでいる。
天龍達は手法を装填し、一気に距離を詰める。敵は数の利を生かして
3対2で包囲してくる。
189:
天龍「漣、動けるか?」
漣「こ、こんくらいなら、演習で経験してますからヨユーヨユー……」
漣は涙声だ。支援砲撃の為や前線への輸送任務で敵と戦ったことはあるが、
不利な戦場は未だ経験したことがなかったのだ。
天龍「なら大丈夫だ。帝国海軍の演習はその辺の前線よりきついからな」
そういって漣を元気づけると、敵の一角を近接攻撃で切り崩しにかかる。
漣は砲撃で牽制し、度で攪乱した。切り札の雷撃を使うタイミングを狙う。
一方で湾内に一人ぽつんと取り残された空母ヲ級は攻撃態勢の整った対地爆撃機を再び発艦させる。
淡々と続く苛烈な空爆に、グアム基地の誇る対艦砲群は機能を喪失していた。
また、ドックで修理していた通常重巡艦が、スクランブルできるほど整備されていなかったので、
せめて的にされるだけならと、だめもと陸地から砲台として応戦した。
その砲撃は運よく敵軽巡を一体仕留めるも、そこが運の尽き。結局爆撃機に破壊された。
190:
装填の済んだ砲門が神通に向けられる。
しかし神通は逃げることなく、徐々に増しながら、敵軍めがけて懐に飛び込むよう変針する。
予想外の動きに一瞬ためらった深海棲艦だが、すぐに容赦ない砲撃と爆撃が一斉に神通を襲う。
だが神通は躊躇なく、最大戦を維持つつ艤装内部の舵機構を一杯に切り、一挙に急転舵し敵の後ろに回り込む。
見事全弾を回避して見せ、そのまま神通は一直線に敵空母へ向かう。
神通「那珂、ありがとう」
このよけ方は、かつて妹であった那珂が編み出した機動で、彼女はこれにより必殺の間合いで放たれた
爆撃を何度も華麗に避けていた。自分の命は、今でも姉妹たちによって助けられてばかりいるのだと感じた。
だが、今はそんな思い出に浸っている場合ではない。涙が出そうに眼を拭い、獣の様な目つきに変え、
空母をに睨む。
敵は射程圏。なんとしても、あの空母どもを鎮めなければ。
191:
太平洋 海上//
港に繋がれていたフーチー号を、戦いの隙をついて奪い、海に出たジャック一行。
激戦中であるからか、皆が目の前の敵に集中しており、
一度兵士に見つかってしまったが、そのまま見なかったことにされ、
湾の半島スレスレを気づかれないようゆっくりと船を動かして逃げ出せた。
皆それどころではなかったのだろうか。
ジャック「ともかく、自由だ。諸君」
ジャックは基地から盗んできた酒をあおる。
バルボッサとギブスは机に戦利品を並べていた。
もってきた木箱の中には、価値のありそうな光物。それから、酒、食料。
それから多数の銃器がいれてあった。
ギブス「さっき外の兵隊が応戦に使ってた銃だ。引き金を押せば、この通り!」
ダダダダダダ、と発砲音が海上に連発する。制限点射されないフルオートの連射は、
初めて目にしたジャックらを驚かせた。ギブスは快感とばかりに打ちつつづけている。
未知の連射に一瞬でトリガーハッピーと化していた。
ジャックやバルボッサもそれを見て、楽しそうに連射した。
海の上で男たちの粗野な笑い声が響く。
192:
ジャック「で、こいつはどうなんだ?」
ジャックが足で艤装を小突く。
ギブス「これが背負えば船と同じ力をもつことのできる武器か」
ジャック「その通り。威力はご覧になった通りだ」
バルボッサ「よし、ものは試しだ。ギブス。背負ってみろ」
三人の中で立場の弱いギブスが実験台にされる。
正直二人としても、好奇心はあるが、こんなわけのわからないものを背負うのはゴメンだった。
恐る恐るギブスが艤装を背負う。鉄製のそれは当然とても重いが、
大の男であるギブスが背負えない程ではなく、なんとか立ち上がった。
193:
ジャック「どうだ?」
バルボッサ「力が湧いてくるか?」
興味深々な顔を向けるジャックとバルボッサ。
しかし当のギブスは困惑した顔だ。ただ重いものを背負っている以上の感覚はない。
バルボッサ「仕方ない。とりあえず海に飛び込ませよう」
ギブス「待て待て待て! 万が一動かなかった俺は溺れ死んじまう!」
ジャック「ならロープを腰に括り付けてから飛びゃあいい。なぁに、この海は穏やかで――」
そう言いながら海を見る。すると船の後方で、大きく黒い何かが一瞬見えた。
ギブス「なんだありゃ、サメ、いやクジラか?」
クジラと呼ばれたそれは徐々に度を上げながら、
目を青色に発光させ、大きく牙をむいて、フーチー号に向かってくる。
それは駆逐イ級と呼ばれる、深海棲艦の仲間であった。
194:
バルボッサ「あれは化物だ!」
ジャック「嘘だろおい戦闘準備!」
ギブス「あ、アイ! 船長!」
ギブスは走って後方甲板にたどり着くと、備え付けてあった大砲を放つ。
わざわざ造船所が取り付けた逸品らしいが、直撃したのにまるで効かない。
お返しとばかりにイ級も砲撃を放つ。クジラが大砲を撃ってくるなど思ってもみなかったろう。
海賊たちは目を見開き、身をかがめる。
幸いにも小さい船なので当たらず掠めただけだが、水面は大きく揺れ、水柱が上がった。
弾も威力も違いすぎた。これが敵の親玉だろうとジャックは思った。
195:
ギブス「この野郎!」
砲撃を何度か命中させるも、敵は傷を負うどころか、ひるみすらしない。
どうにかならないかとギブスは先ほど手に入れた戦利品の機関銃を放った。
しかしやはりこれも効かない。
ギブス「畜生!」
イ級はクジラの様な巨体を生かし、突撃してくる。バルボッサの剣の魔力とジャックの奇跡的な操舵と、
ギブスの応戦で何とか持っているが、時期に追いつかれるだろう。
ジャック「ギブス! さっきの! 俺の戦利品を使え!!」
ジャックが言っているのは、ギブスが今なお律儀に背負っている艤装のことだろう。
確かに、あの砲撃が出来れば、この怪物も倒せるかもしれない。
ギブス「ようし……!」
意気込むギブス。が、引き金や火縄、レバーなど、発射に必要そうな機構は何もない。
身体をゆすってみるも変化はない。
196:
バルボッサ「ギィブスー!! 何をやってる気合を入れろぉ!」
ギブス「うおぉ! 動けぇ!!」
彼らは知らないが、この装置を使えるのは艦娘だけで、
これを動かすのは妖精というオカルティックな要素が必要なのだ。
ギブスは必死に動かそうとするが、動かない。
ギブス「ジャーック! 無理だぁーー!!」
ジャック「却下だぁー! それさえ当たればなんとかなるはずだー! ギーブス!」
背中から降ろし、どこかに取っ手でもないか、必死で動かそうとするギブスだが、
まるで見当たらない。うんともすんとも言わない。
イ級「ゴアアァ!!」
そんな隙に、イ級が大きな口を開けて迫ってくる。
もう無理だ! そう思ったギブスはやぶれかぶれに、艤装をイ級の口に放り投げた。
だが当然、それは簡単に噛み砕かれてしまう。
197:
ギブス「あぁっ!」
バルボッサ「この馬鹿者めがっ!」
ジャック「いや、……待て! 伏せろ!」
イ級の噛み砕いた艤装は、どこかの機構に当たったのか、艤装が口の中で小さな火花を起こす。
それが燃料に引火し、炎上。同時に、12cm単装砲に組み込まれていた砲弾の火薬に着火。
さらに爆発が起き、イ級の口の中で、弾頭が四方に飛び散った!
イ級「ゴギャアァァァ!!」
ジャックらの砲弾が効かない程強力な外殻を持つイ級とはいえ、
流石に口の中から、口蓋や内臓に向かって飛び散る現代の砲弾に耐えることはできない。
イ級そのまま口から煙を上げて、大きな体を海の底に沈ませていった。
198:
爆音と、敵の轟沈を見て、ジャックらはつい動きを止めてその姿を見つめた。
バルボッサ「やったか……?」
その言葉に、三人そろって持ち場を離れ、船から水面を見下ろす。
海は青く深い色をしており、その中はうかがい知れない。
恐らくは倒したのだろう。しかし確証がないため、緊張がいまだ解けないでいる。
あの敵が不死身の逸話を持つ怪物ならば、また息を吹き返し襲ってくるかもしれない。
また、他にも似た敵がいれば包囲されるかもしれない。
歴戦の三人は、常に最悪を考えて海に立っている。
緊張が高じてか、ギブスは意味もなく剣を抜く。
効く筈もないが、持っているだけで安心できる気がした。
とりあえずこうしているわけにもいかない。
三人は、だれが言うでもなく、もう一度元の持ち場につこうとした。
199:
その時である。
ベケット『聞こえるかね? スパロウ君!』
ジャック「うぉあああ!!?」
緊張した空気を割くように、ベケットの声が船上に響く。
ベケットの命令を無視し逃げたこと、武器や食料・貴重品を奪って逃げたこと等、多数の負い目と、
そして何より、陣頭指揮を執っているはずのベケットの声が聞こえたことで、ジャックは腰を抜かした。
バルボッサも、声は上げていないが、流石に固まっていた。
ベケット『死んではいないだろうな。それは構わんが、手順が一つ増えるからよしてくれ』
聞きなれた冷酷な声に、ジャックとバルボッサは剣を抜きながら声のする方へと寄る。
しばらく探し回った結果、積み上げているロープの山に取り付けられるようにして、黒く固い箱がついていた。
ジャックは恐る恐る剣でそれをつつくが、何も起こらない。
200:
ジャック「なんだこりゃ」
ベケット『無線だ。覚えておかなくてもいい。とりあえず遠隔で会話できるものだと思え』
それはアンテナを経由して、リアルタイムで双方向的会話ができるタイプの無線であった。
イメージとしては携帯電話に近い。
が、18世紀の海賊である彼らにはそんなことは分からず、ただ物珍しそうに頷いていた。
ベケット『まぁ逃げるとは思っていたよ。構わないがな』
バルボッサ「これはこれは、追跡部隊でも派遣してくれたかな?」
ベケット『迎えは用意した。今から私もそちらに向かう』
バルボッサ「随分と俺たちに執着するな、ベケット卿」
ベケット『正直、私の目的のためには、君たちは最重要ではない』
バルボッサ「では逃がしてくれるかね?」
ベケット『死ぬのは構わないが、逃げるのはよしてくれ。この近海でなければ、引き上げるのが大変だ』
201:
すみません、訂正。 18世紀→17世紀。
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ジャック「なんだこりゃ」
ベケット『無線だ。覚えておかなくてもいい。とりあえず遠隔で会話できるものだと思え』
それはアンテナを経由して、リアルタイムで双方向的会話ができるタイプの無線であった。
イメージとしては携帯電話に近い。
が、17世紀の海賊である彼らにはそんなことは分からず、ただ物珍しそうに頷いていた。
ベケット『まぁ逃げるとは思っていたよ。構わないがな』
バルボッサ「これはこれは、追跡部隊でも派遣してくれたかな?」
ベケット『迎えは用意した。今から私もそちらに向かう』
バルボッサ「随分と俺たちに執着するな、ベケット卿」
ベケット『正直、私の目的のためには、君たちは最重要ではない』
バルボッサ「では逃がしてくれるかね?」
ベケット『死ぬのは構わないが、逃げるのはよしてくれ。この近海でなければ、引き上げるのが大変だ』
202:
無線から聞こえてくる声色は慌ただしさを思わせない。向こうの一次戦闘も終わったのだろう。
ガヤガヤと背景の音が混じって聞こえるが、脱出前にあちこちでなっていた爆音などは聞こえなかった。
バルボッサ「引き上げるとは、まさか死後の弔いでもしてくれるのではあるまいね?」
ベケット『笑わせるな。命があれば楽だが、とりあえずスパロウのコンパスだけ拾えればいい』
ジャック「まーた俺のコンパスが欲しいのか」
以前、デイヴィ・ジョーンズを操る為、心臓を手に入れようとジャック・スパロウの持つ
「望むものの場所示すコンパス」を求め、ウィル・ターナーを派遣したことがある。
コンパスは、ジャックの持ち物の中でも屈指の価値を持つ。奪われまいとの思いで、
彼はそれを握りしめた。
ベケット『正確には、コンパスと、元の時代に帰りたいと思う人間が欲しいのだよ。
  君でも、バルボッサでも、ギブスでも誰でもいい』
ジャック「何かを探させる気か」
203:
バルボッサ「とはいえ、三人死んでしまえば水の泡だ。死ぬ気はないが、
  これで奴が俺たちを船ごと殺せないことが分かった。さぁ逃げるぞ」
バルボッサは剣を振り上げる。船がゆっくりと動き出す。
ベケット『最悪、君たちが死んでいてもいいさ。それを使役してやる』
バルボッサ「はっ、死ねば海の亡者になるだけだ。誰も使うことなどできん」
ベケット『できるさ』
無線の向こうで、かすかに兵士たちの声が聞こえる。
その声色には、これから圧倒的戦力差の敵を迎える怯えや興奮といった温度がなかった。
バルボッサはふと思った。このベケットの余裕は何だ。詳細は不明だが、逃走前、
基地全体が慌ただしく動揺するほど、彼我の戦力差があったはず。
指揮官である彼が無駄話をしている暇などどこにもないだろう。
なのに、ここまで落ち着き払っている理由はなんだ?
そもそも、戦闘中に指揮官自らここまで来ることなど可能なのか?
この短い間に、それをひっくり返す何があった?
204:
ジャックを見ると、彼も同じ考えに至ったのか、髭を触りながら思案していた。
ジャック「戻ったところで、俺たちも戦争に巻き込まれるんじゃないか?」
ベケット『安心しろ、後続にいた敵主力は壊滅した。……いや、消滅したといえるか』
バルボッサ「消滅?」
ベケット『探し始めてから2年。ようやく奴を視界にとらえた』
バルボッサ「何の話をしている……?」
205:
ベケット『では、部下たちよ。私からの最初の命令だ。
  死んでも奴を連れてこい』
ヘクター・ベケット少尉は、書類上部下預かりにしていたジャックらに告げた。
ベケット『安心しろ。死んだら今度は、奴が連れてきてくれるさ』
ブツッ、と無線が途切れる。
意味深なベケットの言葉の意味を考えるより先に、ギブスが走ってくる音が聞こえた。
ギブス「ジャーーック!!! 不味い! 逃げろ!!!」
207:
引き攣った声で叫ぶギブスに、二人は何事かと船後方を見る。
気づけば巨大な船が後方から、もの凄い勢いで追いかけてきた。
ジャック「嘘だろ……」
バルボッサ「島を探せぇ!」
バルボッサは誰よりも早く動き出し、船を走らせる。ジャックやギブスも慌てて操船に従事する。
軽装備で足のいフーチー号。魔船クイーン・アンズ・リベンジからしばらく逃げ切ったその力は、
トリトンの剣の魔力と、歴戦の海賊三人によって最大限に活かされようとしていた。
距離も十分あった。向かい風であったことも幸いした。
向かい風であれば、追う側で、しかも巨大な船であればその風のあおりを大いに受ける。
条件からいえば、フーチー号に勝機があった。
だが、その船は、そんなものを無視して、恐ろしい度で進んできた。
その船は、向かい風を、最で突っ切ってきたのだ。
208:
逃走むなしく、船が接弦する。
???「諸君! 生きることの痛みにしがみつき! 死を恐れている諸君!!」
ガン、と甲板に足を叩きつけ船に乗り込んで来る男が一人。
彼もまた、この時代の者ではない、海賊のような風体。
だがここにいる誰とも違い、男の外見は尋常ではなかった。
触手の様な右腕。左腕はカニの鋏。全身にフジツボがまとわりつき、
顔はタコの触手のようなあごひげに覆われていた。
???「死の彼岸を遠ざけたいのなら、お前たちに選ばせてやろう!」
その男は、ジャックやバルボッサと並ぶ、悪名高き伝説の男。
船長の意思に従い自由自在に動く船。向かい風で最を誇る船。
歴史上最も有名な、伝説の幽霊船、フライング・ダッチマン号。
それを駆る、伝説の海賊。その名は、
ジャック「デイヴィ・ジョーンズ……!」
ジョーンズ「死にたくなくば、向こう100年、俺に仕えろぉ!」
ジャックの仇敵、デイヴィ・ジョーンズであった。
209:
214:
ブラック・パール号 甲板//
ジャック・スパロウの人生を語るうえで、幾らか欠かせない人物がいる。
その一人は間違いなくデイヴィ・ジョーンズであろう。
彼は、かつてジャックと無人島で出会い、焼け焦げて沈んでしまった
ウィキッド・ウェンチ号を引き上げ、ジャックをその船長にさせた。
その船は「ブラック・パール号」と名を改められ、世界を震撼させる最の海賊船となった。
そしてその時、船長として13年間楽しんだ後は、100年間ダッチマンの船員として
働くことを約束。しかし13年後のジャックはこれを無視。
結果として、ジャックは彼との壮大な戦いを経て決着をつける羽目になるが、
それはもう過去の話。
決着は、ジャックの勝利だった。
デイヴィ・ジョーンズは死んだはずだ。
ジョーンズ「お前も来たのか、クハハハ!!」
愉快、というには余りに極悪なその表情と掠れた声。
二度と見たくなったその表情を見て、ジャックは顔を引き攣らせる。
ジョーンズ「この時代に来てから、長く奇異なものばかりが目についたが……、
  なるほど、お前らが一番違和感があり、目に馴染む!」
215:
言葉から察するに、彼が来たのは昨日今日ではないらしい。
ジャックとバルボッサは、自分たちの知るジョーンズとの
微かな差異が気になっていた。
バルボッサ「お前、デイヴィ・ジョーンズか?」
弛んだタコの皮膚の間から、爛々とした目がバルボッサに向けられる。
ジョーンズ「誰だ貴様は。スパロウの腰ぎんちゃくか?」
彼が過去にジョーンズと会ったときと変わらぬ、海の底に引きずり込まれるような
強いプレッシャーを感じる。あぁ、間違いなくこの怪人はデイヴィ・ジョーンズに相違ない。
バルボッサ「忘れたか。俺はお前と会っているぞ。貴様の最期を飾った海戦で。
  評議会の代表として、あの砂浜でな。お前は水桶に立っていた」
大海戦前の最後のパーレイに従い、評議会と東インド会社がそれぞれ3名の代表を出し、
小さな無人島の白い砂浜で話し合いをした。その時に、陸に上がれないジョーンズは、
海水を張った水桶に立たされていた。
216:
ジョーンズ「ああ! そういえば、ジャックの横にターナーの女と、
  猿を肩にのせた道化師が居たな。あれが貴様か!?」
余り格好の付く姿でなかった時の話をされ、ジョーンズはお返しとばかりに口にする。
ジョーンズ「あの海賊長のお猿さんは? 森に帰ったかな?
  船長を追いかけずこんなとこで何をやってるんだ腰ぎんちゃくめ」
バルボッサは冷静に努めて、口に笑みを湛えて聞き流す、つもりでいたが、
顔も覚えられていない木っ端扱いされたことで少し頭に来ていた。
バルボッサ「ぬかせ。俺様が船長だ。海賊長に選ばれた証である八レアル銀貨を手に、
  ブラック・パールの船長を務めたのはこの俺だ」
ジャック「待て待て! そいつはただの航海士だ」
バルボッサ「しつこいぞ」
ジャック「どっちが!」
ジョーンズ「まぁどちらでもいい」
そういって、ジョーンズが一歩踏み出す。
喧嘩をしていても警戒は怠っていなかったのか、その踏み出した一瞬に遅れず、
ジャック、バルボッサ、ギブスの三人はジョーンズに剣を向けた。
217:
ジョーンズはさして驚く様子もなく立っている。
ギブスが汗ばむ手で柄をぎゅっと握りしめると、それを怠そうな目で見た。
ジョーンズ「で、こいつは誰だ?」
ギブス「お、俺は……」
長く共にいたジャックも世界有数の知名度をもつ海賊だが、
目の前の怪物はそれを遥かに上回る伝説の海賊。
船乗りならば名を知らぬ者はいない、海の死神。
ギブスはかつてジャックと共に彼と何度か敵対しているが、
こんな距離でまともに面と向かったのは初めてである。
思いがけず、身体が芯から震えた。
そうして答えられずにいるギブスに業を煮やしたのか、
バルボッサが口を挟む。
バルボッサ「そいつはギブス。ジャックの腰ぎんちゃくだ」
ギブス「おい!」
ギブスが何か反論しようとしていたが、それを睨み一つでやめさせる。
今、そんな雑談は不要なのだ。
218:
ジャック「ところで、魚顔のお仲間は?」
バルボッサは内心で頷く。そう、今聞くべきはそういうこと。
簡単に手の内をばらしはしないだろうが、表情から敵の戦力を読むつもりでいた。
ジョーンズ「さあな、どこかに落っことしてきたか」
が、意外にもジョーンズはあっさりと答える。
彼は船に一人きりといった。考えられないことではない。
元々のジョーンズの部下たちは、彼の死後、ウィル・ターナーの部下となった。
更に、このダッチマンは船長の意思に従って自由に動く船なのだ。
最悪動かす船員は船長以外必要ない。事実、接弦しているダッチマンから
誰かが潜むような気配はない。
ジャック「あぁ、そう。あるある」
ジョーンズ「そうだろう?」
ジャック「じゃ、も一個質問。……足、どうした?」
219:
ジャックが指さしたのは、ジョーンズの右足。
彼は、カニの様な左腕と共に、同じくカニの甲殻で出来た右足を持っていた。
バルボッサもそれを聞いてハッとする。何か覚えていた微妙な違和感。
そう、ジョーンズも今の自分と同じく義足の様な右足だったはずだ。
直接見た回数が少なかったことと、数年前の話なので朧気であったが、
ようやく思い出せた。
ジョーンズ「……さぁなぁ。どっかで拾ってきたか」
こちらは説明してくれる気はなさそうである。
ジョーンズ「では、お前らをダッチマンの船員にする。
  期間は俺の目的達成までの間、最大100年間。異存はないな?」
その言葉にジャックは顔色を変えた。異存しかない。
バルボッサもそれは同じで、そうなるくらいならばと戦ってケリをつけるため剣を向ける。
ジョーンズがそれをみて静かに笑う。
戦いは避けられないか。そう思った時、ギブスが待ってくれと声を上げた。
ギブス「俺たちは今、海軍の部下について任務を行ってる!
 俺たちを死なせれば、お前にとってもよくないことが起きるぞ」
ジョーンズ「海軍だとぉ?」
220:
猜疑に満ちた目を向けるが、事実である。
ジャックとバルボッサが頷く。
ジョーンズ「お前らも随分波乱に満ちてるな……」
ジョーンズもこの世界の不条理さに慣れているのか、
それに納得してくれた。
ジョーンズ「で、お前らの上司とやらはどこの誰だ?」
その質問に、ジャックとバルボッサが目を合わせた。
ジャック「ベケットだ、カトラー・ベケット」
バルボッサ「お前の元上司でもある」
その説明に、ジョーンズがニヤリと笑った。
221:
ジョーンズ「ホォ、ハハハハハッ」
意味深に笑い声をあげる。
ジョーンズ「奴はどこにいる?」
とりあえず、有無を言わさず船に奴隷として繋がれることは回避できたようだ。
ジャックは笑顔のまま、内心でホッと安堵した。
222:
グアム諸島警備府 工作部//
神通「っ!」
神通が突き飛ばされ、工作部に倒れこむ。
そんな彼女を、天龍は冷たい目で見降ろしていた。
天龍「指示を無視して、陣形を捨てた単騎特攻。
 命令無視がどういう罪に問われるか知らねえわけねえよな?」
その言葉に、神通は感情の籠らないぼんやりとした目で見返す。
天龍「挙句、空母を討とうとして後ろから軽巡に撃たれて中破。
 単艦で戦争やってんじゃねえぞ。あぁ?」
吹雪「やめてください! 神通さんは怪我して、」
漣「吹雪ちゃん、ちょっとストップ」
天龍「だからこそだろうがよ。万全を期しての特攻なら許す。
 だがあんなのは博打ですらない無謀だ。撃たれて当然だ。
 オレより最前線の長かったお前が分からないわけだろ、神通」
223:
天龍の怒りは、静かに、しかし燃えていた。
彼女は戦いを多く経験している。そんな天龍だからこそ、この神通が
今どれほど愚かなことをしているかわかっている。
戦略や戦術の話ではない。それよりもっと前の話。
天龍「なぁ?」
神通「…………」
天龍「……チッ」
神通は押し黙ったままだ。
反省をしているというより、返す気がないようだ。
打っても全く響かない、暖簾に腕押しな問答に、天龍が先に限界が来た。
天龍「もういい、来い。営倉にぶち込んでやる」
天龍は、命令違反を理由に、神通を引きずって営倉まで連れていく。
神通は全く抵抗せず後に続いた。
吹雪と漣が残される。
224:
吹雪「…………」
漣「顔、暗いよ。スマイルスマイル!」
吹雪は、暗い顔のままだ。
それも当然だろう。長らく心配していた神通と、この島で再開して以来
まともに元気な姿を見たことがないどころか、今にも崩壊しそうな精神になっている。
吹雪が落ち込むのも当然だ。
しかしこういう空気が好きではない漣。何とかしなくては。
そんな思いで、額にかかる髪の一部を、左手で上に引っ張った。
突然の奇行を不思議そうな目で見つめる吹雪に、漣は笑って言った。
漣「基地周りの市民居住区でこんなのあったでしょ? 名前忘れちゃったけど」
吹雪「あ、ボージョボー人形ですか?」
漣「そうそれ!」
名前を思い出した漣は、その特徴的な音が気に入ったのか「ボージョボー」と
嬉しそうに口に出す。
225:
吹雪「頭の紐に左腕を巻き付けるのは、幸運をもたらすおまじないですね」
漣「そそ。お土産探しに余念のない漣さんは、とっくにチェック済みなのです」
今まで大慌てで気づかなかったが、漣の持つ連装砲に、ウサギの人形と並ぶようにして
数体のボージョボー人形が仲良くくっ付いていた。
あれだけ戦闘に狼狽えていた漣の艤装がとても賑やかであったため、吹雪は苦笑する。
漣「はい、一個あげる」
吹雪「あ、えと、はい。ありがとうございます」
吹雪は、グアムが勤務地の為、この人形は自室に大量にある。
漣のそれは京都在住の人に八ツ橋を渡すかの如き行いであったが、吹雪は笑顔で受け取った。
渡されたボージョボー人形は、やはり幸運上昇の結び方をされていた。
226:
漣「でろでろでろでろでろでろでろでろ、でんでろでん!
 吹雪ちゃんの運が5上がった!」
吹雪「? なんですかそれ?」
漣「その装備は呪われている」
吹雪「えぇ!? 返します!」
漣「それをかえすなんてとんでもない!」
吹雪「な、何で?」
漣「もれなく漣が悲しみます、くすん」
吹雪は人形をポケットに入れた。
漣は満足そうに頷いている。
227:
漣「それに運って外れるものじゃないですしね」
吹雪「そもそも運って呪いじゃないですけど……」
漣「そうですか? 幸運っていいことばかりじゃない気もしますよー。
 神通さんだって、運が良くて一人生き残ったことを悔やんでますしね」
漣の一言にハッとする吹雪。これが漣の本題なのだろう。
漣「ですが! はいそこすぐ暗くならない。ですが! ですよ!
 彼女が生き残ったことで、今日救われた命もあるわけです」
基地への攻撃は、苛烈なものだった。
結果として基地の設備の多くが破壊されてしまった。
だが、早期に敵を全滅させたおかげで、一般市民の住むエリアにまでは
被害を広げてはいなかった。
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