里志「え? 奉太郎が部活?」back ▼
里志「え? 奉太郎が部活?」
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1:
夕闇迫る放課後の教室。中学時代からの友人、折木奉太郎からいきなりの告白をされた。
「どうしたんだい急に? 高校デビューってやつかい?」
「そんなんじゃなくって…ちがくて…」
奉太郎は顔を赤らめてかぶりを振る。その仕草はちょっと…かわいかった。
「うんうん」
僕は、頷いて続きを待つ。
「お姉ちゃんがどうしても入れっていったから、かな」
思わず頬が緩む。なるほどそういうことだったのか。あまり積極的に人と交わろうとせず
しおらしい性格をしたホータローが部活なんて。どうもおかしいと思ったんだ。
まさかお姉さんに命令されたとはね。
はっきり言ってしまうと、ホータローはお姉さんが大好きなんだ。それゆえ、お姉さんには逆らえない。
と、一応念のために言っておくと変な意味ではない。誤解を招くかもしれないので念のため。
「笑いごとじゃないと、思うよ」
そう抗議してきたものの、これもまた遠慮がちだった。
もっと自信もって言ったほうがいいとおもうけどなあ。
2:
僕は改めて目の前の友人を見る。
ゆるくパーマのかかった黒髪。長い睫にぱっちりとした瞳、薄い唇が中性的な雰囲気を醸し出している。
女子の一部には、ホータローのことを気になっている子がいることを僕は知っている。
クラスの女子からも時折話しかけられているけれど、ホータローは照れくさそうに相槌を打つだけで、会話は成立しているとは言い難い。
曰く「女の子と話すのは慣れてない」だそうだ。
それがまた、かわいい、と評判になったりするんだけど。
3:
ホータローは窓の外を見ていた。夕暮れ時の陽に照らされて、表情が憂いをおびている。
三年後に地球が終わることを知っている人達の小説に出てきそうなシーンだ、と僕は思った。
「じゃあ、今日は一緒に帰れないね」
「うん。そう、かな」
ちょっとホータローには酷な場面かもしれない。けど仕方ない。
「僕も今日は手芸部に行くから。ホータローも頑張んなよ。部活」
「うん。頑張ろう、かな」
僕はホータローの肩を軽く叩いて、教室を去る。
一緒に帰れないのは正直さみしい。けれど。
これがいい結果をもたらすことになれば嬉しい。たとえば、ホータローが部活に打ち込んで
物おじせずに他人と交わることができるようになる、とか。
なんて。それは余計なお世話だね。ホータローだって好きで今の性格になったわけじゃないんだし。
それを責めたり、変化を求めるのは傲慢というものだ。
4:
「里志っ」
教室の戸に手をかけた時、そんな声が聞こえた。声のした方を振り返ると
申し訳なさそうに、ひらひらと動かして、手招きをしている。
「なんだい」
「あ、あのね」
「うん」
「里志も、入らない? 部活」
僕は意味をくみ取るため、しばしの逡巡をする。
「ホータローが入る部活に僕も入らないかってこと?」
「そうそう」
うーん。そうか。そう来たか。
5:
僕はたくさんのことを楽しみたいと思っている。それが今のところの人生観。
だからホータローの誘いを断る道理は全くない。
「どうしようかなあ。ぼく総務委員だってあるんだよね」
二つ返事で承諾しては面白くない。ここは少し意地悪してやろうかな。
「そう、なんだ。そうだよね」
俯いて、自分に言い聞かせるようにそう呟いた。かわいい。
6:
でもまあ、面白そうだし入るよ、と言おうとして止めた。一つ大事なことを聞き忘れている。
「ホータロー、ちなみにどんな部活に入ろうとしているんだい? 吹奏楽部かな?」
見かけどおりに、というか、彼はピアノが上手い。
昔はコンクールにも出場していたらしいけど大観衆の前で演奏するプレッシャーに勝てずにやめちゃったらしい。
「違う、よ」
両手をぶんぶんと振って否定する。
「違うんだ。ならどんな部活だい?」
「古典部、っていうんだけど」
「コテンブ?」
聞いたことがない。が、あるのだろう。文化系部活動が盛んな神山高校だ。
生徒ですら知らない部活動があったってなんら不思議ではない。
7:
「活動内容は知ってる?」
ホータローは困ったように笑う。
「
知らないのかい…」
そう聞くと、ホータローは、片目をつむった。
かわい…違う。そんなこと今はどうでもいい。入部する部の活動内容を知らないってどういうことだ?
「お姉さんは教えてくれなかったのかい?」
「行ってみればわかるよ、って言ってた、かな」
「なるほどね。お姉さんらしいや」
11:
正体不明の部活動。活動内容は行ってみてのお楽しみってわけかい。なるほど。
ぼく好みのいい部活動じゃないか。すばらしい。ますます入りたくなってきたぞ。
「里志、あの、じゃあ僕、部活行くから。」
言いながらおずおずと席を立つ。
「ああ、そうだね。 入部と行こうじゃないか。そして古典部の秘密を暴いてみせる」
ホータローに向かって、犯人を指す探偵よろしく、人差し指を勢いよく向ける。
予想通り、彼は呆けた顔を傾けた。
12:
教室を後に、地学講義室のある特別棟へと向かう。
吹奏楽部が吹いているのか、ラピュタの劇中曲が微かに聞こえる。僕にとってはなかなかの腕前だと思う。
けれど、夕暮れの陽が差す校舎にはちょっと不釣り合いかな。
特別棟への渡り廊下まで来て、足を止める。
僕の少し後ろを歩いていたホータローが、困ったように僕を覗き込んだ。
「ホータロー、僕ら、鍵とるの忘れてるよ…職員室でさ」
「鍵…開いてるんじゃない、かな?」
「ほう。その心は?」
「だって、古典部の部室だって地学の先生は知ってる、と思うよ。 わざわざ閉めたりしない、って思うな」
13:
僕は深く頷いた。その可能性もある。ただ、頭から信じることはできまい。
ようし。ここはすこし、退屈な日常にスパイスを加えてやろう。
僕はホータローを誘い、廊下の中央から端に寄る。
部活動の盛んさを象徴するように、時折、生徒が談笑しながら一般棟から特別棟へと吸い込まれていく。
中央で立ち話をしていては、他の生徒の通行の邪魔になってしまうのだ。
14:
僕は囁くように言ってやる。
「ちょっとしたゲームをしよう」
「ゲーム?」
「そう。部室の鍵が開いているか、開いていないか。賭けるゲーム」
女の子みたいに色白の顔がひきつった。
「ダメだって、思うな。賭け事なんて」
「まあ聞きなって。いいかい」
15:
人差し指を立てる。
「ホータローは開いているといったけど、僕としては職員室に戻って確認するべきだと思うんだ」
そう言うと、大きく目を見開いた。対立を嫌う彼にとって、人と意見が別れたことは一大事なのだろう。
「じゃあ戻ろ? きっと里志の方が正しいよ」
「待って。落ち着いて聞いて」
手を小さな肩に回し、ぽんぽんと叩く。
16:
「そこでギャンブルさ。とりあえず今は部室へ向かおう。もし開いていたらホータローの勝ち。閉まっていたら僕の勝ち」
「僕が負けたらどうなるの?」
「その時はホータローが鍵をとってくる。職員室までレッツエンドゴーってわけさ」
ホータローの顔が少しずつ青ざめていく。小心者の彼。簡単に勝負に乗るはずがない、か。
「ただし」僕は強く発音する。
17:
「ホータローの勝ちならハンバーガーを奢る。今日の帰りにでもね」
依然、ホータローの表情から不安は消えない。もうひと押しか。
「不満ならハンバーガーにポテトをつけてもいい」
「ほんとに?」
「ああ。もちろんだよ」
どうしようかな、と言いながら、視線は中空を舞っていた。もうひと押しっ!
「飲み物もつけていい。シェイク、コーラ、なんでもこいさ」
しばらく経ってから、じゃあ、乗ってみよう、かな。 と呟き、頬を赤らめて笑った。かわいかった。
21:
他の生徒に混じって特別棟に入った僕らは、四階にある地学講義室目指し階段をのぼる。
妙に騒がしいなと、思っていると、途中、用務員らしき人が、いろんな教室に出入りしていた。
おそらく何かのメンテナンスだろう。
最上階の四階までのぼり切った僕らは、一旦、足を止めた。
呼吸を整えるため、というのもあるけれど、心の準備、っていう理由もある。
22:
前方を視認すると地学講義室のプレートがぶら下がっているのが見えている。
あの一番奥の教室にギャンブルの答えがある。古典部の活動内容も。
横に並んだホータロを見ると彼もこちらを見ていたらしく、顔を見合わせる形になった。
「お先にいかが?」
僕は貴婦人のように声を高くする。
「いえいえ」ホータローが女性のように澄んだ声で言った
「いやいや。どうぞどうぞ」
某お笑いトリオのような譲り合いが続き、結局ホータローが先に行くことになった。
23:
汗で滲んだ掌をズボンで吹きながら、ホータローの後に続いた。
彼の足はわずかに震えているのがわかる。それを見て、僕の加えたスパイスは当たりだった、とほくそ笑んだ。
「じゃあ、あけるよ」
地学講義室の前まで来た。ホータローが、ゆっくりと横開きのドアを引っ張るがドアはびくともしない。
もう一度。今度は腕だけなく、全体重をかけるようにしてドアを引く。ドアは、頑として動かなかった
やったー、と僕は心の内でガッツポーズを決める。
もちろん外面はセレスさんを見習って無表情。
24:
ホータローは、しばらく恨めしそうにドアを見つめていたかと思うと
靴の先で小突くようにドアを蹴飛ばしていた。ギャンブルは性格をも変えてしまう。
「これって、鍵じゃなくってつっかえ棒が掛かってたらどうなるの?」
……。意外とめげない子だった。
「それならホータローの勝ちでいいよ。 でもありえないね。なんでつっかえ棒を仕掛ける必要があるのさ」
僕の言葉に、ため息をつく。
25:
「…じゃあ行ってくるね」
苦笑いをうかべながら、小さく僕に手を振った。
僕も応じようと手を挙げたその時、あら、と声がした。甲高い女の子の声。
それは、鍵が閉まっていて誰もいないはずの地学講義室から聞こえた。
空耳だろうかと思ったが違うようだ。
隣にいるホータローも、奇怪なものをみた、と言いたげに目を見開いている、
ドアの向こうから乱暴なノック音が聞こえ、僕は、はっと我に返る。
「ホータロー、鍵を」
「う、うん」
ホータローはワンテンポ遅れて頷き、小走りで職員室へと向かって行った。
34:
「今、鍵を取りいったから。 ちょっと待っててね」
ドアの向こうに向かって声を張る。はい、と消え入るような声が聞こえた。
僕はホータローのショルダーバッグを拾い上げ、ドアに寄りかかった。
なぜか煮え切らない。この状況に微かな違和感を感じる。どうして彼女は自分で鍵を開けないのだろう。
考えてすぐ、僕のデータベースは答えをはじき出した。
35:
神山高校の教室は、生徒がオイタをしないよう、内側から鍵はかけられない仕組みになっている。
中にいたまま鍵の開け閉めをするのは不可能なのだ。となると。
僕は軽くドアをノックした。
「はい?」
返事はすぐに帰ってきた。彼女もドアの近くに佇んでいるのかもしれない。
「少し聞いていいかい?」
「はい。構いませんが」
36:
「そこにいるのは君一人かい?」
「ええ。 来るときも一人でした」
「鍵は?」
「開いていました。地学の担当の先生に授業が終わっても閉めないよう、あらかじめお願いしていましたから」
なんと。ホータローの推理は正解だったらしい。この突発的な事故がなければだけど。
質問を続けようとすると、階段を駆け上る音が微かに聞こえる。その音は少しずつ鮮明になっていく。
37:
小走りに駆け寄ってきたホータローから鍵を受け取る。
ずっと握りしめていたらしいキーが汗で濡れていた。
「お疲れ様、」
僕はほほ笑む。わずかに呼吸を乱していたホータローも同じように破顔した。
「じゃあ今開けるね」
鍵を差し込み、施錠をといた。
ドアを勢いよく開けてすぐ、女子生徒と視線が合致する。
38:
彼女はゆったりと立ち上がった。
「開けてくれて、ありがとうございます」
淑やかに頭を下げる。僕はそんな態度に驚嘆した。
閉じ込められていたというのに、こんなにも落ち着いていられるなんて。
顔を上げた彼女を冷静に観察した。
体はすらりとしていて、丸みをおびた輪郭と大きな瞳は、どこか温かみが感じられる。
黒髪は背中まで伸びていて、清流のようだ。
39:
「あなたも古典部だったんですね 折木さん」
「ホータロー、知り合いなのかい?」
当の本人は呆けた顔を傾けている。そんな彼に彼女は続ける。
「あなたは確かA組でしたよね? わたしはB組の千反田です。千反田えるです。んー。覚えていませんか?」
千反田さんは、口元に笑みを浮かべながら言った。しばらくぼんやりとしていたホータローだったが、顔色をうかがうように口を開いた。
40:
「音楽の、選択授業、かな?」
「はい」
ぱぁあ、と満面の笑みを浮かべた。さて。僕も。
福部里志、と名乗った後、ホータローを待っている間に抱いた疑問を二人に話した。
中から鍵がかけられないのなら、なぜ僕らが来る前に施錠されていたのか。
千反田さんが中にいるのなら、鍵は開いていないとおかしいのだと。
41:
千反田さんは僕の話を聞き終わると、そうでした、と興奮した様子で言った。
ホータローはそんな千反田さんを見て、
何か不吉な予感でも感じ取ったのか(ホータローはこう見えて勘が良いところがある)
みるみるうちに顔が青ざめていった。
「あの、一応用は済んだし、僕は帰っても、いい、のかな?」
「ダメです」
柔らかにほほ笑み、即答する。
「だって」
「ダメです。さあそのショルダーバッグを置きましょう」
ホータローがこちらをじっと見つめてくるが僕はあえてそっぽを向いた。
なぜならば。おもわず頬が緩む。
謎以外にも面白いものが見られそうだったから。
42:
「考えてみようよ。ホータロー」
「うん」
渋々と言った様子で頷く。
「何か気付いたこととか、思い出したこととかあったら、ホータローに教えてあげて」
「んー。それでしたら」
千反田さんがつま先で床を打つ。
「何か音が聞こえます。下の教室から」
そうだろうか。僕には何も聞こえないけれど。床に耳を押し付けるようにしてみた。
やはり何も聞こえない。
43:
「ホータローはどうだい?」
「僕にも聞こえない、かな」
「私、耳はいいほうなんですよ」
不思議とそれは自慢には聞こえなかった。
まあ、ここで彼女が嘘を言う理由はない。耳が良いのは確かなんだろう。
けれど下の教室の音云々は有益な情報じゃなさそうだ。が、ホータローの様子が違った。
何かを言いたそうにしてちらちらと視線を送っている。
44:
僕が小さく手招きをすると、ホータローは、はにかんだ。
どうかした、と聞くと一泊おいて話し始めた。
「里志、用務員さんとすれ違ったよね? ここに来る前にさ」
ホータローが囁くように言う。
「そうだね。あ、」
僕は気が付く。床下の音の正体に。
「たぶん、用務員さんが教室で何か作業してる、と思うよ」
45:
それでね、と彼は続けた。
「さっき鍵とってくるときに見たんだけど、マスターキーを持ってるんだよね」
「ああ。そういうことか」
「たぶん、ね」
照れくさそうに言う。用務員は各教室を回り、すべての教室の作業が終わってから鍵を閉め始める。
つまり千反田さんは作業が終わった鍵の開いている教室に入り、その後に用務員が鍵を閉めてしまった。
そういうカラクリだったのだ。
46:
「えっとじゃあ里志…」
「ああ。昇降口で待ってなよ」
ホータローはバッグを担ぐと、足早に教室を出て行った。
「折木さんっ」
僕は取り乱す千反田さんを制して、笑顔で言う。
「僕が説明するよ。千反田さん。照れ屋の探偵に代わってさ」
47:
ホータローは自らの口では真相を喋らない。
自分が分かっていても、そっとヒントを与えるだけにとどめる。
もったいつけているのではなく、注目を浴びるのが苦手なのだ。
ぼくはそんなホータローの生き方を、もったいないと感じることもある。
とはいっても。彼に対して、変わることを強要しない。してはいけない。
けれど変わってほしいと願う自分もいる。
48:
その後のことを少しだけ。
賭けの敗者であるホータローに落とし前をつけさせてもらうべく
千反田さんと別れた後、僕らはハンバーガーショップに立ち寄った。
入ってすぐ、ホータローはなぜか注文を取らず、席に座って本を読み始めた。
聞くと、懐具合が僕に奢るだけで精いっぱいだと言う。
僕だけ食べるのも居心地が悪いのでポテトを譲ってやった。
こちらの顔色をうかがいながらポテトを頬張るホータローは、その…ちょっとかわいかった。
54:
古典部に入部してから約一か月が過ぎた。
お姉ちゃんが最後まで言わなかった活動内容は、気がむいたら部室に行って下校時刻まで時間を潰すというもの。
つまりなんでもありってことだった。千反田さんは、文化祭に向けて文集をつくりましょう、と鼻息荒く話していたけれど
取り掛かりがいつになるのかは不明だそうだ。
僕はそんな古典部のおおらかな活動スタンスをを案外気に入っている。
55:
そして今日。なんとなく気が進まないので部室には向かわず、図書室に行くことにした。
「あら、ほーちゃん、久しぶり」
図書室に入ると、伊原摩耶花が片手をあげて微笑んだ。
「うん。久しぶり。摩耶花」
ぼくは、小さく手を振る。
栗色のショートカット。目は少し吊り上ってきつめの顔だちをしている、
けどその凛々しさが一部の男子に人気がある。
凜として説教、なんてあだ名が付けられていること、摩耶花は知っているだろうか。
56:
「そうだ」
摩耶花がポンと軽く手を叩いた。
「ほーちゃん。 ちょっと頭の体操でもしてみない?」
悪戯をたくらんでいるみたいに、口の端を吊り上る。小悪魔的だ。
僕は片目をつむり、人差し指をそっと唇に当てた。ちょっと声が大きすぎる。かな。
摩耶花は苦笑して顔の前で手を合わせた。
そのキュートな仕草にドキリとする。
57:
「それで、あの頭の体操って」
千反田さんとのファーストコンタクトで似たようなことを言われた気が。まあ摩耶花だし大丈夫だろう。
「ちょと待っててね。ん。じゃあ、あそこ座ってて」
僕は頷いて、摩耶花の指差した席へ座った。
一番奥の六人掛けの机は、図書館内全体が見渡せる。
今日は生徒の入りはまばらなようで僕と摩耶花を除けば三人しかいない。
58:
「お待たせ」
摩耶花は、本を抱えてやってきた。
小説のハードカバーよりも大きく、辞書より分厚い。百科事典か何かだろうか。少しほこりでくすんでいるせいで、タイトルが読みにくい。
「この本なんだけどね」
「なんの本なの?」
「神山高校学校史って本。いや問題はそれじゃないのよ」
僕は頷いて続きを促す。
59:
「毎週金曜になるとね、この本が返却されてくるのよ。もう五週連続よ」
「日本史とかで使ってるんじゃない、かな?」
「私もそう思ってね、先輩に聞いてみたんだけど、そんな授業ないんだって」
「へえ」
ねえ、何かない? と口調こそ平淡だったものの、瞳はらんらんと輝いている。
千反田さんほどではないにしろ、摩耶花も好奇心旺盛だ。
「えっと」
僕は貸出カードを確認してみた。借りたのは今日を入れて五人。
彼女の言うとおり、毎週金曜に返却されている。貸出も金曜だ。
60:
「摩耶花、図書館って何時くらいに開けるの?」
分からない、という風に首を振る。
「あ。でも」
表情がぱっと明るくなる。人差し指を立て、
「この前、一限目の休み時間に使ったことがあるわ」
僕は頷く。だったら。
「貸出カードを見ると、昼休みに借りて放課後に返してるね」
「うんうん」
「借りてるのはみんな二年生の女子だ。これやっぱり授業で使ってるんだよ」
「それは違うって言ったじゃない」
61:
摩耶花の声が静謐な教養の聖域に響いた。授業は授業でも日本史じゃない。
「週に一度しかない授業だよ。 きっとその授業、だと思うよ」
「週一度の授業…」
顎に手を当てて、そう呟いている。摩耶花ならすぐ気付くだろう。
僕よりも二年生と接する機会は多いのだから。
「選択授業…?」
「たぶん」
「まあ、それで説明できないこともないけど…何の授業?」
む。僕は言葉に詰まる。問題はそこなのだ。この分厚い巨大な本を何の授業で使うのか。
ゆっくりと首を横に振ると、摩耶花はクスリと笑った。
62:
そのうち下校時刻となり、僕らは成り行きで一緒に下校することになった。
春の終わりを感じさせるかのように、まだ日は沈んでおらず蒸し暑い。
僕らは知っている限りの同級生の近況を教え合った。
「まあ、いつでも図書館においでよ。待ってくるからさ」
別れ際、摩耶花がそんなことを言った。
63:
「あ、あのね摩耶花。僕部活入ったんだ」
「え? ほーちゃんが部活?」
「えへへ」
「なんで照れるのよ…で、何部?」
古典部、と言った後部活に入るきっかけから今の状態を説明した。
ふーん、と言ったきりしばらく沈黙し、こう言った。
「わたしも入ろうかしら」
なんと。それは。僕は精いっぱいの笑顔を浮かべて言った。
「うん。大歓迎だよ」
摩耶花のほほ笑みは、真夏の太陽に負けないぐらい、きらびやかに輝いていた。
彼女が冗談で言ったのか、僕にはわからない。けれど
本当だと嬉しい、かな。
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