佐々木「僕は僕さ」back

佐々木「僕は僕さ」


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1:
「面白くない」
病室のベッドでぼそりとつぶやくが、
返ってくるのは窓外でさえずる小鳥の声だけだ。
その言葉が一人でいる時の僕の口癖になってしまったのはおよそ二年前、
光陽園女子に入学してからのことだ。
元々男性と会話するほうが気楽さを感じる僕にとって女子校は
内心的敵地といっても過言ではなかった。
もちろん、表には出さないんだけれどね。
けれどもまじっか感情をごまかすのが得意なのが災いしてしまい、
ストレスを溜め続け、ついに先日倒れてしまった。
それは立派な胃潰瘍だと担当医に言われた。
普通ならばここまで悪化する前に倒れるそうだが、僕の痛覚は鈍感らしい。
12:
こんな笑い話を中学時代の友人ならばどう聞いてくれるだろうかね?
恐らくあの理屈っぽい顔を見せて、
「やれやれ、そういう事は手遅れになる前に相談してくれよな。
万が一の時に寝付きが悪くてしょうがない」
とでも言ってくれるだろう。
中学時代は楽しかった。
どこで選択を誤ったのだろうね。
またいつの日か、いやできれば近いうちに彼と話したいものだ。
僕は見舞いのためにノックされることのないドアを見つつくつくつと声を立てる。
しかし、同級生の一人も来てくれないというのは
いくらストレスの元だとはいえさすがに寂しいものだ。
僕の思っていたことに気づいていたんだろうか。
「面白くない」
もっと……いや、もう少しでいいから、楽しいことが起きるものだと思っていた。
何でもいいんだけれど、それこそにわかには信じられないような現実離れした
ことでも起きてはくれないものだろうか。
16:
コンコン
「はい、どうぞ」
ガチャッ
どうせ看護師が点滴を交換しにきたんだろう――
そう思っていたが入ってきたのは光陽園の制服を着た生徒だった。
誰だろう、知らない人だ。
彼女は僕のベッドの前までやってくるとニッコリと口元を緩めた。
「はじめまして佐々木さん」
清楚な花が慎ましやかに咲くような笑顔だ。
「はじめまして」
「入院しているっていうから来たけど、元気そうで安心したわ」
「それはありがとう。でも私はあなたのことを知りませんよ」
彼女は顔の前で両手をぽんと合わせる。
「自己紹介がまだだったね。私は朝倉涼子。
佐々木さんと同じクラスに転入してきたの」
20:
「転入? こんな時期に珍しいですね」
「父の仕事の都合でカナダにいたの。急遽の帰国だったから私も驚いているわ」
「なるほど。どうして私の見舞いにきてくれたんです?」
「佐々木さんにだけ挨拶ができていなかったからね。
クラスの子に聞いたら入院しているって言うものだから
思い切って訪ねてみたの。迷惑だったらごめんね」
ぺろっと舌を見せて謝る朝倉さん。
「迷惑だなんてとんでもない。話し相手がいるだけで嬉しいですよ」
「そう? 私でよければいつでも話し相手になるよ」
それから朝倉さんは毎日のように僕の病室を訪ねてくれるようになった。
22:
彼女は絵に描いたような人当たりの良い美人で、女性との会話に息苦しさを
感じることがある僕でさえ一切の苦痛を感じなかった。
不思議と女性と話しているという意識を感じさせないのだ。
仮に女性にランクがあるのならば最も高いものか、その次辺りには位置づけられるだろうね。
ま、そんなことをするのは女性ばかりを追いかけ回しているくせに、
肝心の女性には興味をもたれないタイプの男性だろうけど。
「そういえば佐々木さん、橘さんって知ってる?」
リンゴをむきながら朝倉さんが話しかけてくる。
「タチバナ?」
「あなたのことを探していたようだけど、知らないなら追い返しておくわよ」
「私を探しているなんて奇特な人もいるもんだね。
用件次第だけど、朝倉さんにお任せするよ」
切り揃ったりんごの一つを爪楊枝で刺して僕に食べさせてくれる。
シャリシャリという音と共に口内に広がる甘酸っぱさが心地よい。
「美味しいね」
彼女もりんごを口に放り込む。
「わかったわ。万事任せておいて」
23:
驚くことに朝倉さんは北高にいたことがあるらしい。
「キョン君? 同じクラスだったわよ」
クラス委員長をやっていたそうだが、わずか数ヶ月でカナダに引っ越したらしい。
そして数ヶ月後に急遽帰国……彼女にとって激動の一年だろうね。
「私はキョンと同じ学習塾だったんだ。それからの付き合いになるね」
「そうなんだ? すごい偶然もあるものね」
朝倉さんがいたずらっぽく笑う。
両手を胸の前で合わせる。
「そうだわ、北高に今でも連絡とっている友人がいるの。
佐々木さんが退院したらキョン君もまじえて遊びましょう」
「それは妙案だね。楽しみにしているよ」
25:
その後、僕と朝倉さんはキョンの話題に花を咲かせた。
どうやら彼は今、SOS団とかいうへんてこな名前の同好会に籍を置いているらしい。
団長の名前は――
『涼宮ハルヒ』
何度か耳にしたことがあった。
すこぶるネガティブな意味合いで、だったけど。
その有名人がキョンと行動を共にしている姿はとてもじゃないけど、想像できなかった。
僕の知るキョンはそういう厄介な人間を好まない――
そう思っていたんだけどね。
まあ、いずれ本人に聞いてみることにしようか、くつくつ。
30:
退院した僕は早朝倉さんに約束をとりつけてもらった。
ただし、例の同好会の人たちも一緒らしい。
ま、それは些細なことだけどね。
当日の楽しみにとっておきたいからあえて連絡はしないようにする、とキョンは言ったそうだ。
相変わらずの調子でほっとした。
朝倉さんの家は駅近の分譲マンションだった。
こんな大きなマンションに暮らしているなんて、相当裕福な育ちなんだろう。
僕のような平々凡々有象無象の人間とは違うようで、
彼女の振る舞いを目の当たりにしてる身としては変に納得してしまう。
マンション入り口にあるインターホンで彼女を呼び出して開けてもらう。
エレベーターに乗って7階へ。
708号室の前へ。
表札……ないけどここ?
首を傾げつつ呼び鈴を鳴らす。
「待っていたわ佐々木さん。あがって」
休日にも関わらず制服姿の朝倉さんが現れた。
31:
「お邪魔します」
室内に通された僕は思わず目を丸くした。
何もないじゃないか。
部屋の中央にこたつだけ。
そこには高価すぎて誰も触れない置物のように
微動だにしない女の子がちょこんと座って読書にふけっている。
「彼女は長門有希さん。実はここ、長門さんの部屋なの」
北高の制服を着た小柄な女生徒の肩をぽんぽんと叩きながら朝倉さんが笑う。
ぴくり、とゼンマイを巻かれたブリキ人形みたいに顔をあげて僕を見る。
33:
「座って」
僕は微苦笑を浮かべたまま長門さんの正面に座った。
「はじめまして。今日はお招きいただき感謝しています」
コクン
「広い部屋に住んでいるんですね。驚きました」
コクン
……話しにくい。
「長門さん、無口だから。悪気はないのよ」
微妙なニュアンスの笑いを返すしかできなかった。
「彼が来るまで少し時間がある。あなたに話すことがある」
「私に?」
「そう」
長門さんはハードカバーをパタンと閉じて脇に置いた。
「わたしたちのこと。あなた自身のこと」
34:
「――彼にも、わたしたちにも直接関わる問題」
……頭が痛くなってきた。
割とSFについて研鑽は深いほうだと自負していたが、そんな僕ですら
ちんぷんかんぷんの単語がコンビニの冷蔵庫のジュースみたく並べられていた。
情報統合思念体?
随分とアクティブなアカシックレコードだね。
対有機生命体コンタクト用ヒューマノイド・インターフェース?
メイドイン宇宙のアンドロイド?
僕の前にいるこの二人が?
そしてこれからやってくるSOS団の他のメンバーは、未来人と超能力者?
「キョンは?」
「彼は正真正銘普通の人間。涼宮ハルヒも同様」
思わず吹き出しそうになるがこらえる。
友よ、君はこんなに愉快な人たちに囲まれていても一般人なのか。
35:
「面白いね」
「いきなり信じろっていうのも無理があると思うけど、
残念ながら事実なの」
「じゃあカナダにいっていたっていうのは嘘?」
「ええ。本当は長門さんに消滅させられて、
つい最近再構築……いえ、正確には再々構築されたの。
人使いが荒いんだから本当に困っちゃうわ」
ニコニコしながら口にしているが、内容は過激だ。
長門さんは僕の顔をじっと眺めていただけだったけど。
どうもこの二人の前で取り繕うのは無意味なようだ。
逆に調子が狂ってしまう。
「うん、これは穴に落ちた先がトランプの国だったような衝撃だね。
まあ、面白いからちょっと信じてみようかな。
でもさ、僕がどう関係するっていうのかな?」
「あなたには――」
そこまで言って長門さんは朝倉さんを見る。
続きを朝倉さんが話し出す。
「佐々木さん。あなたは『こんなことがあればいいなあ』と思っていたことが
現実のものとなってしまった、そんな経験がないかしら?」
38:
「そりゃね……でも偶然に決まっている」
「果たして本当にそう思っている?」
「もちろん。願望を実現するために努力はするが、
その結果たまたま自分にとって都合が良い方向に転がるだけだよ。
思ったことが現実になってしまうなんて面白くもなんともないね。
そんなものは最終戦争を収めるメシア様にでも渡して好きにさせてあげればいいんだ」
くすくすと朝倉さんが声を殺しながら笑う。
「そうね、堅実な考えで安心するわ。
けれども佐々木さん、聡明なあなたは気づいているんじゃないかしら?」
ぴく、と思わず顔がひきつってしまった。
思い当たるふしが全くない、といえば嘘になってしまう。
相対的な確率でいっても、僕が願ったことが現実のものになる可能性は高い。
正確な日時は覚えていないが、三年ほど前を境としてそう思うようになった。
40:
僕が、気の合う異性の友人がいれば、と願ってからすぐにキョンが僕の隣になった。
あの時の塾のクラス替えは……今思えば不自然極まりないタイミング。
偶然、にしてはできすぎた偶然だと当時も感じていた。
だけど……どんな僥倖だろうと偶然は偶然、たまたま運良くやってきたに過ぎない。
過ぎないはず、だよね?
「例えば――病室にいたころ何か願わなかったかしら?」
朝倉さんがぽつり、とささやく。
その言葉が水面に落ちた水滴のように波紋を広げ、
言葉のさざ波を打ち寄せてくる。
『またいつの日か、いやできれば近いうちに彼と話したいものだ』
『しかし、同級生の一人も来てくれないというのはさすがに寂しいものだ』
『何でもいいんだけれど、それこそにわかには信じられないような現実離れした
ことでも起きてはくれないものだろうか』
全て、今、ここに……
「……嘘、だよね?」
「嘘かどうかは佐々木さんが一番わかっているはずよ」
目の前にするすると緞帳が下りていく。
46:
「それぞれの花は一緒に作られたとしても、
それぞれの意思を持つ。それは統合思念体をもってしても
不可解な生命の謎だけれども、けして避けられないことなの。
私はその見分けのつかない花だったけど、
いえ、そうだったからこそ、今は意思の存在に大きな
可能性を感じているし、個という枠組みを尊重したいの」
それぞれの花。
それは、彼女たちを指しているのだろうか。
「……ん。僕は元々の朝倉さんを知らないから推測になってしまうが、
元は他のインターフェイスと意識を共有していたが、
現在では一つの独立した意思を持つ個体として、別の個体に触れることに強い
関心を抱いている、そんなところだろうか?」
「さすが佐々木さんね。私が見込んだだけあるわ」
「やめてくれたまえ。褒められるのはむず痒いよ」
本当に背中がむずむずとしてくるので、僕は慌てて布団から立ち上がる。
「さあ、皆が待っているんだろう? 早く行こうじゃないか」
朝倉さんはいつもの表情で返してくれた。
僕を安心させてくれる、最高の微笑で。
42:
「あ、起きた?」
朝倉さんの透明な声が降ってきた。
視界いっぱいに広がるは紛うことなき美人の微笑。
僕は布団で眠っていた、つまり本当にショックで気を失っていたらしい。
「ごめん。割と精神は強いと自負していたのだが、
どうやらまだ本調子に戻っていないようだね」
「仕方ないわ。普通の人間が耐えられるような現実ではないし。
でも佐々木さんなら大丈夫だと思ったの」
僕は肩をすくめる。
あるものはある。しょうがないね。
うまく制御して平穏に生きられればそれでいいさ。
幸いなことに僕は、あらゆる欲望に頓着がない。
「他の人たちは……もう来ているようだね」
ふすまの向こうでは談笑の声が花を咲かせている。
稲妻のようにけたたましい女の人の声と、それを諫めるキョンの声。
45:
「佐々木さん、向こうに行く前に少し話しておきたかったの」
「何だろう?」
「まずは注意してほしいんだけれど、
涼宮さんには私たちのことは一切言っていないの。
だから内緒にしていてほしいの」
「お安いご用だよ」
「じゃあ、本当に話したかったことに移るわ。
私は有り体にいえばあなたを監視する立場なの。
今後もあなたの近くにいて行動を共にすることになるわ」
僕は黙ってうなずく。
「気を悪くしたならごめんなさい。
けれどもあなたに出会ったのは私にとって大きなプラスになっているわ。
自分自身の意思でね、あなたの友人でいたいと思っているし、
あなたのバックアップをしたいと望んでいるの」
「それはまた心強いね。けれどもどうして?」
朝倉さんは少しだけ曖昧な様子を浮かべ、
それからすぐにそれを打ち消すいつもの笑顔を浮かべた。
50:
「うるさいわね。置物に降格されたくなければ古泉くんのせめて半分
くらいはSOS団に貢献しなさいよ」
「今日の仕事は我ながらポイントが高いと思っていたんだがな、
部下の評価をきちんとしない上司を持つと苦労するな、やれやれ」
「ふん、今日のは有希と朝倉のファインプレーよ。
あんたはせいぜい話ができあがってから尻を乗せただけでしょう?」
「それで合っているわよ、涼宮さん」
僕の背後からひょっこりと朝倉さんが現れる。
涼宮さんの大きな目がいっそうくるりと丸くなる。
足早に朝倉さんの前に移動する。
「朝倉、久しぶりね! いつの間に戻ってきたのどうして北高に
戻ってこないの何でいきなり引っ越したのどうやってこんなマンション
に住めるようになるのああそうだわあなたの今回のがんばりに免じて
SOS団光陽園女子支部設立を許可するわ二人でぜひSOS団の功績を
世に広めてちょうだい!」
射砲も舌を巻く勢いで一息に言ってしまうと両手を腰にあてて、
誇らしげに胸をそらした。
49:
部屋から出た瞬間、そこにいた全員の目が一斉に僕に向けられた。
栗毛のロングヘアーの美少女に絡みついていた、
いかにも健康そうな女の子が大股で僕に歩み寄ってきた。
「あなたが佐々木さん?」
「はい」
「涼宮ハルヒ。キョンから聞いているわ、よろしくね」
「どう紹介されたやら戦々恐々ですが、よろしく」
「そっちの可愛いのがみくるちゃんで、あっちのセーラー制服が有希。
こっちが古泉くんで、ご存じあの置物がキョン」
人差し指で次々に指していく。
みくるちゃんと呼ばれた美少女はあたふたしながら頭を下げる。
先ほど挨拶した長門さんは読書にふけっている。
古泉くんと呼ばれた爽やか系美形男子は執事のような慇懃さで挨拶する。
「おい、置物とは何だ自称団長」
そしてキョンは小言を言い出す。
51:
「ええ、喜んで拝命するわ。ね、佐々木さん?」
「うん、そうだね楽しそうだ」
僕はくつくつと笑いながらメンバーの顔を順番に一瞥する。
みくるちゃんが未来人で、古泉くんが超能力者か。
「しっかし佐々木さん、美人ね羨ましいわ!」
「いやいや、私は普通ですよ。ミジンコの次くらいに普通です」
そう言う涼宮さんのほうが間違いなく顔が整っている。
イヤミはないんだろうけど、自覚はありそうな振る舞いだ。
「そうね、普通に美人なのよ、普通に。
もうちょっとパンチが効いていないとSOS団には相応しくないわ」
ぶつぶつとつぶやき、続いて口に手を当ててじっと僕を見据える。
「そうだわ。口調を変えましょう!
ギャップ萌えを狙うのよ時代はそういうものを求めているわ!」
「ギャップ萌え?」
52:
「何がいいかしらね? 俺? わらわ? 儂? いや、違うわね……。
う?んそうね、佐々木さんは『わっち』ね!」
「わ、わっち?」
サラサラ
涼宮さんがパンツのポケットからメモを取り出した。
楽しげに何やら書いている。
「ちょっとこれ読んでみて」
「はい?」
「いいから」
グイ
「わっちはぬしと旅がした。ダメかや?」
「次これね」
「優しくしてくりゃれ?」
「はい最後はこれ」
「わっちのやけどを冷たい雨で冷やしんす」
53:
「……想像以上にいいわ! マーベラス! エクセレント!
佐々木さん、あなたこれからわっちで活動することね」
「ちょっとキョン、助け船をよこしてくれないか」
「すまん佐々木。俺もちょっといいと思ってしまった」
「誰か……」
「未認識の言語形態。ユニーク」
「わっちさん可愛いと思いますよぉ」
「では役者も揃ったことですし、
そろそろ鍋の準備に取りかかるとしましょう」
古泉くんが薄情なほどにこやかに告げた。
ちなみにこの後、わっちは全力で阻止し、元通り
僕と名乗ることとなった。
九死に一生とはまさにこのことだね、くつくつ。
54:
グツグツグツ
「やあキョン、久しぶり」
「ああ、久しぶり」
「元気そうでなにより。半年ぶりくらいだろうか?」
「もうちょっとかな。ちくわ食うか?」
「隣の大根をとってくれないか」
「ほい」
「ありがとう。しかし半年以上音沙汰なしとは幾分薄情だとは思わないかい?」
ハフハフ
「お互い様だ、と言いたいところだがぶっ倒れていたとはな。
そういう事は手遅れになる前に相談してくれよ、万が一の時に
寝付きが悪くてしょうがない」
どこかで聞いたせりふが脳裏をよぎり、消えていった。
56:
「アチチ……ん、そんなこと考える間もなかったよ。
今後はそうすることにする」
「他には何かいるか?」
「厚揚げをいただきたい」
「ほい」
「しかし、今日は驚きの連続だよ。僕の一生分の驚きを
今日一日に詰め込んだと言われてもおかしくないくらいだね。
金輪際僕には刺激的な出来事が起きないんじゃないか」
「まあ……」
キョンは涼宮さんの様子をちらと確認する。
彼女はちくわをしげしげと眺めている長門さんに
蘊蓄をたれていた。
「変なジョブをもった奴らばっかりだけど、
悪い奴じゃないのは俺が保証する。ああただし、
ハルヒと朝倉は保証適用外だ」
57:
ハフハフ
「涼宮さんはパワフルだね。
もっと屈折した人間だと思っていたがそうでもない。
常識と非常識の絶妙のバランスに上に成り立っているのが面白い。
朝倉さんについては聞き捨てならないね。
僕の一番の理解者だというのに」
涼宮さんは続いてつくねをしげしげと眺めている長門さんに
蘊蓄を披露しはじめた。
「俺にとっては良い思い出が一つもないんだ。
今にも懐からナイフを取り出して営業スマイル全開のまま
襲いかかってきそうだ、っていう印象しか持てない」
「悪いことでもしたんじゃないか?」
「むしろ委員長様のために最善を尽くしたつもりだったんだがな」
58:
「くつくつ。冗談だ、気を悪くしないでくれ。
キョンがそう言うくらいだから色々とあったんだろうね。
悪いが僕はその部分を知らないため首肯しかねるが、
キミの言っている印象も嘘だとは思わないよ」
さらに涼宮さんは鱈の切り身をしげしげと眺めていた長門さんに
蘊蓄を披露していた。
「うむ、佐々木は我らが団長様と違って話が早くて助かる」
「今日はよく褒められる日だね、実に気持ち悪いよ。
ま、これから再び接する機会も激増しそうだし、
ここは一つよろしく頼むと言っておくよ。『友人』」
「ああ、こちらこそよろしく」
59:
「面白くない」
そう最後につぶやいたのはいつだろう?
二年生になった僕は学校の外側に楽しみを見つけていた。
SOS団。
僕の生活はSOS団の出会いによって大幅に変化した。
いや、変化ではなく充実しはじめた。
どれほど充実していたかというと、
母がどさりと渡してくれた学習塾のパンフレットに目を通すこともなく
部屋の隅に積んでいるだけというくらい充実していた。
要は成績さえ維持していれば文句は言わせない。
簡単なことだろう?
活動自体は他愛もないものだったが、絶対権力者の
突飛な発想に振り回されるのは存外楽しいものだった。
さすがに無茶くちゃなことを言ったときには僕がそっと
願望実現能力を作動させて事なきを得るわけだが、
これもベクトルが他人の幸せに向いているのならば
何てことない仕事だ。
60:
そういえば、古泉くんに教えてもらったんだが、この能力で
異次元空間を作り出すことができる。
古泉くんたちは閉鎖空間とよんでいるそうだ。
彼の超能力も閉鎖空間内でしか発動しないものらしい。
「そこまで解析されているってことは、以前に何かあったということだよね」
「ご明察。閉鎖空間は『気紛れ』でしてね。大半は自然発生します。
危険を伴いはしますがなかなか面白い光景が見られますよ。
巨大化したカマドウマが襲いかかってきたり、ね」
僕の作る閉鎖空間は全体的にモノトーンで、しんと静まりかえっている。
完璧な無音で、完璧な安定感で、空間としてたゆたうこともなく、
ただ単に在るだけの無味乾燥な場所だった。
「しかし、面白くも何ともないね僕の空間は」
「それだけ佐々木さんの内心が安定している証拠です。
望ましい限りではありませんか、実に模範的です」
何でも閉鎖空間は作成者の心中を表すものらしいが、
改めて僕っていう人間は凡庸な生き物なのだなと認識した。
この力も、僕には無用の長物だ。
61:
チュンチュンチュン
「平和だね。平和が一番だよ」
空を眺めながらぽつりと言う。
「そうね。昔は目的のない安定ほど嫌いなものは
なかったけれども、今はこういうのも悪くないと思うわ」
「涼子は与えられた義務じゃないの?」
彼女は膝の上に乗っている僕の顔をのぞき込み、微笑む。
「それが半分。自分が楽しんでいるのが半分、よ」
くつくつと自然に笑いがこぼれてしまう。
「僕が願えばいつまでもこの平穏が続くだろうかね。
もしそうであればいくらだってお願いするんだけど」
僕は願って、今の楽しさを手にした。
キョンと出会ったこと。
朝倉涼子と出会ったこと。
長門有希、朝比奈みくる、古泉一樹、涼宮ハルヒと出会ったこと。
全ては僕が思い描いた楽しさそのものだ。
62:
だが、時折何かが引っかかる。
現状に満足している反動としての無意味な焦燥なのだろうか、
心のどこかにもやが広がっている気がする。
これは何だろう?
説明のつかない不明瞭は苦手だ。
「うーん、いつまでとか、絶対とは断言できないわ。
あまりにね、個人だけで動かすには要素が多すぎるもの、
この時空っていうものは」
「僕のやっていることも、僕だけの意思とは限らないわけだね。
敵対したりぶつかりあったり、欲深いね思考生物は。
煩悩がたったの108だなんて信じられないくらい強欲だ」
「耳が痛い話ね。ま、でも100%には近づけれるわよ。
やらない後悔より、やって後悔するほうがマシだと思わない?
私だったらいくらでも一緒に願ってあげるわよ、佐々木さんの願望ならね」
絶対とは言わない。
でもできることはやると言う。
だから彼女は信用できる。
64:
ある日の不思議探索で珍しく朝比奈先輩と二人になった。
先輩というにはあまりにコンパクトかつキュートにまとまった我が団の
マスコットは、普段話さない僕と並んで歩くことに緊張を隠そうともせず、
ブリキ兵隊の行進みたいにギクシャクと足を運んでいる。
「あ、朝比奈先輩?」
「ひゃい!?」
直進しすぎて危うく小学校に突入しそうになるのを慌てて止める。
彼女ならば小学生でも……いや、ボリューム的に無理がある。
「ご、ごめんなさい緊張しちゃって」
「僕は下級生なんですから先輩のペースで構いませんよ」
聞いているのかいないのか、ぺこぺこと頭を下げる。
目的の公園に向かって歩いていく。
「そういえばSOS団は新入生、入ったんですか?」
「う?んと……入団希望者は結構いたんですが
涼宮さんが全員不採用にしちゃいました」
「涼宮さんらしいですね」
65:
「あっ、でも一人だけ採用寸前までいった人がいたんだけどな……
何て名前だったかな……スモウ? ズボン? 粗相?」
「…………」
「あっ、スオウ。周防さんっていう人です」
「どうしてその人は採用に至らなかったんですか?」
「それが……珍しく長門さんが大反対したんです。
『彼女を入団させるならわたしはコンピ研の部長になり、
あらゆる内部的外部的ツールを駆使して文芸部室の機能を
悉く排斥する』とまで言い切って拒絶しちゃったの」
「へえ。どんな人でした?」
「う、う?ん……長門さんより無表情な人、かなあ?
涼宮さんがいうには『この子の目力は熊でも倒せるはずだわ!』って」
長門さんより無表情なんてものを人間が作り出せると思わなかった。
もしかすると、追い返したのはそれ以上の意図が渦巻いていたのでは
なかろうか。
66:
涼子にしろ長門さんにしろ、もしかすると古泉くんも僕の見えないところで
僕の知らないものを相手に戦っているのかもしれない。
朝比奈さんは……未来人だというけど。
このそこはかとない頼りなさは未来のトレンドなのだろうか。
「佐々木さんは変わった方ですね」
「どうだろう? すこぶる凡人だと思うんですが」
「ううん、悪い意味じゃないんです。皆、わたしが時間遡行してきた
と知ると、未来の様子を聞きたがるのに佐々木さんはそんな素振りもないです。
未来の話になると禁則が多すぎて皆に不満を抱かせちゃうから、
こうやって他愛もない話ができることにほっとしています」
「未来なんて知っても面白くないから聞かないだけですよ。
自分の今日、明日を歩いていくのが精一杯なんです」
朝比奈さんは可愛さが飽和して破裂してしまいそうな笑みを浮かべる。
「キョン君が言いそうですねそれ。
そういう考え方、わたしは好きですよお」
それから、ほんの少しだけ表情に陰を落とす。
「でも佐々木さん、一つだけ知っていてほしいんです。
災厄はいつだって未来からやってくるものなんですよ」
67:
予言者朝比奈の言葉に一握の不安を覚えつつも、
毎日は変わらずにやってくる。
毎日が変わらずにやってくるというのは、平和の裏返しであって、
決して悪いことではない。
ある退屈な休みの日、読書に対する衝動を抑えきれなくなった僕は
駅周辺の巨大ショッピングセンターにある大きな本屋に出かけていた。
一時間ほど内容を吟味し、さらにアルバイトを行っていない高校生の拙い財布の
中身と徹底的な検証を重ね数冊の本を購入する。
小腹が空いていたのでクレープでも食べようと思い立つ。
家族連れやカップルで賑わうセンター内をうろつく。
チリンチリンチリン
「五等当選おめでとうございます?!!」
くじ引きだろう、列が目についた。
中年のおじさんが手に持ったチューブラーベルを鳴らしている。
「さあ特賞はあたしのものよ覚悟しなさい!!」
……涼宮さんだ。
70:
「頑張ってください!」
「任せといて!」
涼宮さんは友達らしい女の子に黄色い声援を受けて腕をぐるぐる回している。
髪型はツインテールで、にこやかな表情は可愛げの成分がたっぷりと振りかけられている。
僕は足を止めて遠目に眺める。
「ははは、お嬢さん元気がいいね。でもさっきはじまったばかりだから
そんな簡単に特賞は出ないと思うよ」
「やってみなきゃわからないわ。外す奴は2分の1でも外す、
当てる奴は1万分の1でも当てる、あたしは当てる奴なのよ」
ガラガラ
「残念、外れだね」
「あと3回あるわ」
ガラガラ
ガラガラ
「はい、ポケットティッシュ2つ」
71:
「あーもう!! こうなったら最後の一回に全身全霊を込めてやるわ。
みんな、離れたほうがいいわよ」
ガラガラガラガラ
「うおぉおおりゃあああああ!!!!」
ガラガラガラガラガラガラガラ...
腕かくじ引きの台のどちらかが吹っ飛んでいきそうな勢いで機械を回転させまくる。
背後の女の子は両手を握りしめて「ファイトー!」だとか言っている。
運勝負のくじ引きにファイトもマイトもないと思うけど。
……コロン
「…………………!!」
「と……特賞、特賞おめでとうござぁああああああいますうう!!!!」
「やったー!!!」
「すごいです涼宮さん!!」
特賞は……国内リゾート地として人気急上昇中の離島に最大10名様まで招待、か。
しかし、すごい偶然だなあ。
さ……クレープクレープ。
88:
平穏なる時は流れ気づけば夏休みとなっていた。
SOS団の夏休みイベントとしていつぞや涼宮さんが懸賞で当てた
離島に合宿にいくというものが企画されていた。
「んふ。去年は突然のことで散々でしたが、今年は機関も本腰を入れ
一年がかりの大計画を組んでいます。ご安心を」
触れ込みとしては、夏期限定で開放されるリゾート地。
近隣の県から夏休み期間中だけ出稼ぎの人が集まり、
観光客を募って町の賑わいを見せるそうだ。
「僕は初参加だから別段マイナスイメージは持っていないよ」
「これは失礼」
古泉くんは横目で涼宮さんの様子を見る。
遠くで携帯電話で楽しげに会話していた。
「しかし、普通のリゾート地なんだよね?
よく先方が首を縦に振ったものだと思うが」
「スポンサーがいましてね、根回しはお手の物なんです」
「へえ、いいね後ろ盾があるっていうのは」
98:
「それに今回は統合思念体側にも協力を確約されています。
まさに鬼に金棒というやつですよ。
自意識過剰のように聞こえるかもしれませんが僕たちを
快く思わない輩が付けいる隙は今回に限っては皆無です」
そういえば長門さんと涼子の姿が見えない。
どこかで解読不可能な協議を行っているんだろうけど。
「それに、あなたもいるでしょう?」
地方紙のモデルをしていても違和感のない美形男子の笑顔を見せる。
「買いかぶりすぎだよ。僕はせいぜい『明日天気になれ』
程度の願望しか持っていない。闘争や大局的な事柄に関しては
存外関心がなくてね、力になれる自信はない」
「平和結構ではないですか。僕たちにとってあなたは最強の良心ですよ。
それだけでいる意味があります。
……実のところを言ってしまいますと、僕は当初あなたを
引き込むことに痛烈な拒絶感がありまして」
99:
「有事を知らないからね僕は。
戦争反対を誰よりも声高に叫ぶ二歳児のようなものさ」
「違いますよ。自身の能力を知って精神が異常をきたす、
そう結論づけていたからです。
大半の人間があなたと同等の能力をもてば、
善し悪し関わらず様々な願望を闇雲に試したくなるでしょう。
それは言うまでもなく、あらゆるもののバランスを崩壊させる序章となります」
「そんなものかね。自分の努力なしに叶うのはつまらないだけだが」
「そう、あなたは本心からそういえる稀な人種です。
だからこそ長門さんから僕たちに打診があったんです」
彼の話を聞いていると、どうも涼子に会う以前から僕を知っていたようだ。
『機関』というくらいなんだから、随分といかがわしい情報網を使って
異能者を吟味していたのだろう。
100:
「それでも渋っていた僕を説得したのは朝倉さんですよ。
彼女があれほど他者というものに入れ込む方だとは知りませんでしたが、
ともかく僕を納得させるほどの勢いがありました」
古泉君は前髪をぴん、と指ではじく。
イスに腰掛け大きないびきをかいて寝ているキョンに流し目を送る。
「あなたと彼は実に似ている。長門さんが彼を信じているように、
朝倉さんはあなたを信じている。宇宙から遣わされた使者と人間の
信頼関係、羨ましいばかりですよ」
「くつくつ。涼子は僕の親友だからね。
彼女が倦んでしまわない限り手放すつもりなんてないさ。
手垢をつけるのはやめてくれたまえ」
「おやおや、両想いですか。それでは付けいる隙がありませんね」
両手を海外俳優のように大げさに広げてかぶりを振る。
どことなく楽しげな表情で。
101:
島の歓迎ムードは凄まじい、という一言につきた。
僕たちのようなどこの馬の骨、いや馬の糞かわからないような一介の高校生一団を
まるで天空から舞い降りた神様よろしく満場の拍手で迎えてくれた。
人の数は30……いや、ヘタをすると50人近かった。
これが全員古泉くんのいう機関とやらの人間だというのだから恐れ入る。
「外国の要人になったみたいね!」
得意げに涼宮さんが言う。
確かにこれは悪くない気分だ。
「新川さん、森さん、今年もよろしくお願いします」
執事のような紳士的な男性と、
藍色の着物がひどく似合う女性を先頭に旅館へと移動する。
ロビーで僕たちを迎えてくれたのは
明るい調子の着物姿の同年代くらいの女性だった。
「喜緑さん……何やってるんですか、こんなところで」
「アルバイトです」
北高の先輩で、宇宙人らしい。
102:
「部屋割りは男二人以外はくじ引きで決めるわよ!」
と、いうことで以下のようになった。
301:涼宮ハルヒ 佐々木
302:長門有希 朝倉涼子
303:キョン 古泉一樹
305:朝比奈みくる
「スペシャルルームは朝比奈さんになりましたか」
「スペシャルルーム?」
朝比奈先輩が小首をかしげる。
104:
「んふ、森園生女将プレゼンツのVIPルームですよ。
82型ワイドテレビにイタリア製のオーダーメイド家具一式、
個室のジャグジーつき風呂がついています。
さらには森女将のスペシャルサービスが受けられる至福の一室です」
「すごいですけど、スペシャルサービスって何でしょう?」
「この世のものとは思えぬサービスです。
詳しくはそのときのお楽しみというやつです」
「ふええ……何だかちょっと怖いですぅ……」
「僕は涼宮さんと一緒だね。
そういえばちゃんと話したことってあまりないね、よろしく」
「ええ。今夜は寝かさないわよ。
体力に自信がないなら栄養ドリンクを買いだめしとくことね」
「くつくつ、お手柔らかにお願いするよ」
かくしてSOS団夏合宿がはじまった。
105:
「佐々木さんって朝倉と仲良いよね」
「うん、親友だね」
部屋に荷物をおいてしばしの休憩時間。
涼宮さんは荷物をほどきながら運動量の豊富な口を動かす。
「即答できちゃうとか羨ましいわね。
あたし、一年の当初朝倉のこと苦手だったのよね。
呼ばれても無視してたくらい」
「それはまたどうしてだい?」
「裏がありそうだったからかな。優等生でコミュ力抜群、
でもどことなく猫をかぶっているように見えて薄気味悪かったの。
それにある日いきなり引っ越します、だからね。
そんじょそこらの占い師よりもうさん臭かったわ」
「今もそれは変わっていない?」
「それがね、戻ってきてからはそう感じなくなったの。
あいつを見た瞬間、ああ、こいつお人好しなんだなあって」
106:
「そう、今悪く思っていないならいいんじゃないかな。
だがね涼宮さん、涼子はああ見えて子供っぽいところも多いんだよ。
例えばね、僕がキョンと親しく話していると時折拗ねたような
顔をしていることがある。そしてその夜は間違いなくメールが飛んでくる。
姉に遊んでもらえなかった愛くるしい小さな妹のようなメールがね。
可愛いもんだろう? 今度、こっそり見ていてくれたまえ」
「朝倉がねえ……想像できないわ」
「恐らく僕にしか見せない一面だろうね。今では立派な朝倉涼子研究家だよ」
「そういえば、キョンとも親しいのよね?」
「キョンは中学の時分に親しかったね。
付き合いの長さはブランクがあるしさほど変わらないよ。
キョンとはそうだね、思考ロジックが近いというか、気が合うんだ」
「国木田が二人は付き合っていたと思うって言ってたわよ。
自転車をよく2ケツしていたとかなんとか」
「僕とキョンが?」
コクコク
111:
「それはそれは……とんだ濡れ衣だね。
魔女狩りにあった冤罪の英雄の気分だよ。
二人乗りはしたけど、あれは同性でもするだろう?
少なくとも僕はそういう認識だったね。
恋愛なんぞに興味はないね。あんなものは精神病の一種だと思っているよ」
「あ」
「ん?」
「いや、あたしと同じ考えの人はじめて見たわ」
「恋愛について?」
「そうそう、その通りよ!
恋愛なんて心の弱い奴らが傷をなめ合うためにやってる飯事だわ!!」
僕の肩を豪快に叩きながら涼宮さんが嬉しそうに言う。
真夏の太陽を溶かしてしまいそうな笑顔には妙な説得力がある。
112:
でも、驚いたな。
涼宮さんはキョンのことが好きなのだとばかり思っていた。
これが本音なら僕の観察眼もまだまだだね。
「ん?佐々木さんは話していて気持ちの良い人ね。
キョンと親しいっていうからどんなに性格がねじ曲がった子かと思ってたけど、
この補強は大正解だったわ」
「大げさだけれど認められるのは嬉しいね、ありがとう」
「あ?もう、ホントにどうして北高にこなかったのよ?
他校に置くには惜しすぎる人材だわ!」
ぴしり――
脳髄の辺りに強い電流が走り過ぎていくような感覚に襲われた。
閃いたというよりは、ひびが入ったかのごとき不快感。
そうだ。
僕はどうして北高にいかなかったんだ?
118:
少なくとも教師のなすがまま光陽園女子に行くよりは
現実的かつ簡易な選択肢であったと理解していたはず。
キョンと話すことが数少ない楽しみで、彼が北高を受験すると
知っていたはずなのに。
願えば叶ったはずなのに。
いや、むしろ。
願っていたはずだ。
願っていないわけがない。
それにも関わらず、いつしか光陽園女子を
受験し、合格し、通学するようになった。
どうしてなんだろうか?
それは僕の意思だったのか?
123:
どうして、その願いだけが握りつぶされてしまったんだろうか?
思考が直接、心の奥部でもやとなっていた部分と溶け合っていく。
「佐々木さん?」
「ん、失礼。尿意が限界なので手洗いにいってくるよ」
僕は立ち上がってふらふらとした足取りで部屋を出た。
動揺あるいは焦燥。
この揺るがしがたい情念は一体どのような警鐘を僕に
鳴らしているというのだろうか。
落ち着こう。
水でももらおう。
地に足がついていないような錯覚さえ感じながら階段を下る。
ロビーを過ぎて厨房の方へと歩を進める。
ガラガラ
「すいませ――」
厨房に繋がる横引きの扉を開けた瞬間、言葉を失ってしまった。
124:
板前の休憩室だろうか、さほど広くない和室で
僕と涼宮さんを除く全員が真剣な表情で何かを話し合っていた。
それはもう――
意図的に僕たちを外した上での何らかの協議、としか見えない光景だった。
「佐々木さん……どうしたの?」
いち早く涼子が立ち上がって僕の元に駆け寄ってくる。
「水をもらおうと思ったんだ。
邪魔したようならごめん、出て行くよ」
「すぐとってくる。待っててくれ」
キョンが厨房のほうへと姿を消す。
「佐々木さん、ちょっと出よっか」
有無も言わさぬ度で涼子に手をつかまれ、廊下へと移動する。
129:
「ごめんなさい、嫌なところ見られちゃったわね」
「何していたの、と質問しても教えてくれないだろうね。
少なくとも催し物を画策していたようには見えない」
僕についてのこと。
それ以外の可能性を考慮するほうが難しいくらい決定的だ。
無理やり涼宮さんについてのことだと思い込むしかないだろうが、
自由奔放な我が団長は紛う事なき一般人なのだ。
「……そうね、ごめんなさい」
申し訳なさそうに頭を垂れ、視線だけを僕に向ける。
「顔色が悪いけど、どうかしたの?」
言うべきか、言わざるべきか、迷った。
だがこの状況で言うべきではないような気がした。
「何のことだろうかね? ご覧の通り喉が渇いたので水をいただきにきただけだよ」
「強がりはやめて。私にわからないはずないじゃない。
佐々木さんが取り乱すなんてよほどのことよ」
僕は自嘲気味に笑みをこぼしながらかぶりを振った。
130:
「気にしないでくれたまえ。うむ、たまには僕が拗ねるのもありだろう?」
「もう! そんな冗談言っている場合じゃないんでしょ?」
「単なるレディスデーさ。涼子が気に病むことじゃない。
そんなことよりレディスデーで思い出したけど、涼子はいつも制服だよね?
今度僕が服を見立ててあげようと思うんだがどうだろう?」
「佐々木さんっ!」
ガラッ
扉が開いてコップをもったキョンが出てきた。
「……すまん」
「何で二人とも謝るんだろうね、くつくつ。
気にせずいつも通り接してくれたまえ」
コップを受け取り、水を一口飲んだ。
冷たさが脳の中心にキンキンと広がっていく。
きびすを返してその場を去った。
少しだけ、足が震えていた。
131:
夕食となった。
豪勢な海の幸を前に箸が進む、と言いたいところだったが、
僕は何ともいえない鬱屈を抱えたまま末席でカニの身を
ほじくりだす作業に精を出していた。
「さ、佐々木さぁん、それ食べないんですかぁ……?」
取り皿に山盛りになった身を見ながら朝比奈先輩が聞いてきた。
「食べていいですよ」
「え、遠慮しておきますぅ……」
「そんなこと言わずにどうぞ。食欲があまりないんです」
「ふぇえ、こんな食べられませぇん」
「あらじゃあ私が頂こうかしら」
皿と箸を手にした涼子がにやにや笑いを浮かべている。
133:
「おや、キミはさっきエビを貪っていたというのに僕のカニまで
奪い取るつもりかい? 食欲旺盛なことだ」
「育ち盛りですからね。
それにそんな湿った顔をしているんだし、食欲がないんでしょ?
暗いのは苦手なの。だから私が手伝ってあげるわ、任せなさい」
どことなく誇らしげに胸を張る。
キミは立派な女優になれるよ、全く。
僕は苦笑混じりにカニの身を彼女の取り皿にわけてやる。
食べはじめる。
「そうだわ佐々木さん」
「何だい?」
「服選び、絶対にいきましょうね」
134:
涼子の口からはじめて絶対という単語を聞いた。
これは嬉しいね。素直に嬉しいことだ。
「いいのかい、僕の独断で選んでしまうよ」
「うん、それが望みですもの。
信頼しているから、佐々木さんのこと」
「ちょっとみんな、聞いてくれる!?」
そんな僕たちの会話を一瞬でかき消す音量で涼宮さんが叫んだ。
「夕食後に肝試しするわよ!!
名付けて涼宮ハルヒ杯第一回チキチキSOS団肝試しレース!!
ポロリもあるかもヨ!!?」
そこはかとなく拝借した昭和風味かつナンセンスな名前の横断幕がバサッと降りてきた。
喜緑さんと新川さんが無表情で花吹雪をぱらぱらと撒いていた。
135:
涼宮さんはあらかじめ肝試しの企画を準備していたようだ。
涼宮さんが自信たっぷりの笑顔でコースを描いた地図を配っていく。
「やっぱり合宿なんだからこういう楽しみもなきゃね。
あたしが綿密に組み立て島民に協力を得たこの企画に戦慄するといいわ!
向こう二ヶ月は眠れなくなるのを覚悟しなさいよ!」
相変わらず羨ましいばかりのバイタリティだと思う。
さて、肝心の内容はというと、
『某有名製薬会社の研究所があるこの島。
そこでは生体実験が行われており、クリーチャーたちが造られ続けている。
暴走し研究所職員を惨殺したクリーチャーたちが島を阿鼻叫喚の地獄絵図に変えていく。
島に取り残されたあなたたち二人は迫り来る数々の化物たちに打ち克ち、
無事生還することができるだろうか!? coming soon...』
どこかで聞いたことがあるね。
うん、間違いなく聞き覚えがある。
「有名広告代理店も真っ青の触れ込みだと思わないみくるちゃん!?」
「は、はえっ? え、ええ、とっても怖そうですよぉ」
「でしょでしょ?」
機関の方々もこれを再現するのは大変だろうね。
137:
くじ引きの結果、僕とキョンが一組目に選ばれた。
「あたしはゴール地点であんたたちを迎えるレスキュー隊員だから。
十時になったら携帯に連絡いれて。それをスタートの合図にするわ」
涼宮さんはSTATIC-XのNo Submissionを口ずさみながら闇の中に消えていった。
SAWか。
138:
十時五分前になった。
ドーコーマーデモーツーヅークーコーノーミーチノサーキニー♪
ピッ
「ん、何だまだ十時前だぞ?」
「待ちくたびれたわよバカキョン!!!
とっとと来なさいこっちは寒いのよ! へっくしゅ!!」
なぜか怒鳴られていた。
139:
夜道を懐中電灯で照らしながら歩いていく。
街灯はあるのだが電気は点っていない。何とも手がこんでいるね。
しかも、ホラー映画さながらのアイテムがそこかしこに飾られている。
串刺しにされたニワトリの死骸や解体されてハエがたかっている犬の死骸、
殺害された胴体だけの人間。
「ち……ちょっと気合い入りすぎじゃないかこれ?」
「ああ、この気合いは有料アトラクションも見習っていただきたいね」
道中に配置された化物のメイクは機関の専門の人が施したらしく、
なかなかにグロテスクだった。
「うわ、うわあああ走るぞ佐々木!」
「くつくつくつ」
三本足で走り回る、顔面が身体に埋め込まれた人間とか、
頭が倍ほどに膨張して片腕が異様に発達した筋肉ダルマなんて、
どうやったら作れるんだろうか。
140:
「こうしてキミと並んで歩くのも久しいね」
ようやく道中の催し物が落ち着きをみせたところで、
肩で激しく息を切っているキョンに話しかける。
ゼエゼエ
「あ、ああ……もうちょっと平和で静かなら
塾の帰り道を思い出すんだが……」
「あのときキミはいつも自転車を押していたね」
「……そりゃな。夜道を二人乗りで進むのは危険だし、話すのが楽しかったからな」
「くつくつ、なかなか嬉しいことを言ってくれるじゃないか。
僕としてもあの一時は充実の時間だったと返答しておこう。
キミとはやはり気が合うようだね、安心したよ」
夜空を見上げるといっぱいに星が広がっていた。
141:
「なあ、佐々木」
「うん?」
「言いたいことがあるなら、ため込む前に言えよ。
朝倉より俺に言いやすいことだってあるだろ?」
「なんだい不躾に。嫉妬かい?
涼子は僕と違って可愛いからね、唾をつけたくなる気持ちもわかるが、
僕がいる以上そうはさせないよ」
「何で俺が女同士の友情に嫉妬せにゃならんのだ。
突飛なことを言ってごまかそうとするのはお前の悪いクセだと思うぞ」
「本音も三割くらいは含有しているがね。
実際彼女がいなくなると僕は生活の潤いの半分を失ってしまうだろう」
「佐々木、はぐらかすなよ」
「はぐらかさざるを得ないくらい内心では動揺しているんだ、わかってくれたまえ」
142:
沈黙。
「悪い。無神経だった」
「……僕は問題があるとどうしても答えを見つけたがる、
というのはキミも知ってのことだと思う。
だが今、どうしても答えの出ない問題に直面して混乱を来している」
キョンは懐中電灯で足下を照らしたまま、じっと前を見つめている。
「北高……」
「北高?」
「どうして僕は北高にいけなかったんだい、キョン?
僕は北高に行きたかったんだ。願っていたんだ」
145:
「それは……、佐々木が願望よりも自力によって
道を選択することを選んでいるからじゃないか?
そちらの意思が勝れば願望実現能力は発動しないはずだ」
「今までその一度を除いて失敗した覚えがないっていうのにかい?
僕はキミというかけがいのない友人と共に切磋琢磨することを望んでいたんだよ。
教師や親にもかけあった、つまり努力もしている。
それなのに僕はキミから全くかすりもしないような女子校に進学した。
これは大いなる矛盾だよ、キョン」
「それはもっともだが。やはり失敗することもあると思うぞ俺は」
「僕は本当に願望実現能力を持っているのだろうかね?」
僕はキョンの顔をのぞき込むようにして睥睨する。
彼は真っ直ぐに僕をにらみ返してきた。
146:
「疑問が飛躍しすぎだそれは。
佐々木が俺や朝倉、ハルヒたちを望んだからここにいる、じゃあ満足しないか?
それならば試しにこの道に桜が咲くか、願ってみればいい。
咲けば本物、咲かなければ偽物だ。偽物だって主張するなら何でも答えてやる」
「くつくつ……そうだね、僕は何を聞いているんだろう。忘れてくれたまえ」
何を知りたがっているんだろうね僕は。
これじゃあただの八つ当たりみたいじゃないか、僕としたことが情けない限りだね。
僕が笑うとキョンは後頭部をぽりぽりとかいてからいつもの口癖を用いる。
「やれやれ、お前は正真正銘願望実現能力の持ち主で、俺の友達だ。
普通の人間である俺のお墨付きだ、だから自信を持て」
「頼りないことこの上なしだね」
「うっせ」
149:
迫り来る醜悪な怪物たちを無視したり無視したり無視したりしながら進む。
僕の隣の男子は叫んだり喚いたりエモーショナルにスクリームしながら進む。
寂れたプレハブ小屋が道の中央に置かれている。
小屋の入り口に張り紙があった。
『小屋に入って同時にボタンを押せば鍵が開きます
ただし……』
「……だとさ」
「押した瞬間どちらかにタライが落ちてくる手はずだったりしてね」
「やれやれ。痛いのは事務所を通してもらわないと困るな」
「芸人は身体を張ってナンボというではないか。
さくさくと片付けていこうか」
150:
ガラガラガラ
錆びた鉄の臭いが鼻をつく。
白熱灯が頼りなさげに揺れている小屋には左右に二つの小部屋があった。
小部屋を抜けて直進すると扉がある。あれが施錠されているのだろう。
予想通り、部屋に一つずつボタンが配置されている。
「それじゃあ俺が右に行く、佐々木は左を頼む」
「わかった」
コツコツ
白熱灯の光がわずかにしか届かない薄暗い部屋は今にも暗闇から
化物が飛び出してきそうな陰鬱な雰囲気があった。
惜しむべくは僕があらゆる恐怖耐性の塊だということか。
「それじゃあ、321で押すぞ」
キョンが声を張り上げた声が隣室から響いてくる。
「お願いする」
152:
「3」
「2」
「1」
バンッ!



ワンテンポ、ツーテンポ遅れてからカチャリ、と鍵が開く音が聞こえた。
バタン!!
同時に小部屋の入り口だった場所のドアが勢いよく閉まった。
「わっ!」
予想通りキョンが驚きの声をあげる。
ドンドンドン!!!
そしてドアをエキストラの人が激しく叩き出す。
ゾンビのようなくぐもったうめき声つきで。
「うわあああああ!!!!」
これは面白い。
通路側に脱兎の如く逃げ出したキョンは
とんでもない表情で僕を手招いている。
153:
「驚きすぎだよ。容易に予想できるだろうあんな仕掛け」
「佐々木が根性ありすぎなんだよ……くそ、まだドキドキしてる。
ハルヒの奴覚えてろよ……」
くつくつ、ここでどうして涼宮さんのせいにするんだろう。
キョンと涼宮さんは何だかんだでお似合いだと思うんだがね。
「何笑ってんだ」
「さあてね」
さて、扉の前にやってくる。
キョンが手をかける。
154:
「ねえキョン、開けるといきなり化物が襲いかかってきたりね」
明らかに手が止まる。
「からかってる?」
「からかってる」
彼は生唾を飲み込んで、二度三度深呼吸する。
「ええい、ままよ!!」
ガラガラ
外に出る。
「ほ、ほら何にもいなかったじゃない――」
「待って……何だか変だよ」
157:
出る――とそこはまるで物理法則を無視したかのような空間だった。
床には白と黒のタイルが交互に張り巡らされている。
一つ目人間のイス、クモのように手足が何本もある人間、
何人かの人間が胴体で結合されたもの。
生理的不快感を催すオブジェが置かれていた。
空中には一メートルほどの真っ白な球体や立方体、円錐が浮かんでいる。
それらには大きな眼球がついており、僕たちをじっと見つめている。
部屋の中央には二人の女性。
一人は光陽園女子の制服を着ている。
わずかに微笑む彼女は、いつかショッピングセンターで
涼宮さんと一緒にいた可愛らしい女の子だった。
もう一人は北高の制服。
腰まで伸びたボリュームのある黒髪と、オブジェの無機質さすらいとおしく
なってしまうほどの虚無的な顔つき。
158:
「お待ちしていましたよお二人さん。
私は橘京子といいます。そちらの彼とはほんの少しだけお会いしたことがありますよね?」
「我らがアイドルを誘拐した犯人の顔を忘れるはずないな。
それよりもどうしてお前らがここにいるかを説明してもらいたいね」
橘……どこかで聞いたような。
「苦労したんですよ? 疑り深い涼宮さんに取り入るには周防さんのような
エキセントリックな子の方が手早いと思ったのは正解でしたけどね。
長門さんや古泉さんの強烈な監視がありますから、そこからは本当に大変。
語るも聞くも涙の奮闘記ですよ。
あ、でも有志のフリをしてこの島に潜り込むのは簡単でした。
言っときますけどこの肝試し、発案者は私なんですからね」
「やれやれ、そういうことか……」
甲板の上で電話していたときの涼宮さんの笑顔が浮かんだ。
相手は彼女だったのだろうか。
161:
もっさりとしたロングヘアーの女子をちらと見やる。
あれがウワサの周防さんか……。
なるほど長門さんが拒絶を示したわけがわかった気がする。
「――――――九曜の――――――――――お部屋」
「は?」
周防さんが僕に焦点を合わせた。
突き刺すように鋭いのに離すことのできない強烈な視線。
「あなたは――――――朝倉涼子と―――――――似た瞳ね―」
一寸たりとも無表情を崩すことなく、
唇だけをわずかに動作させ川のせせらぎのように声を出す。
どういうことだろう?
「会いたかったわ佐々木さん」
「僕に会いたがるなんて奇特な人だね」
163:
「あ、そうそう。朝倉涼子に聞いたわ、そう言われたって。
奇特な人には合わせられないって追い返されちゃったんですよ」
思い出した。
僕が入院中のことだ。
僕を訪ねてきたと涼子が言っていた人物が橘だったはず。
「ちょうどいいじゃないか、数ヶ月越しの邂逅となったんだ。
何の用件だったのか今聞こうじゃないか」
「あの時は神様探しですよ。
今はね、もっと重要な別件です」
キョンが半歩前に出て僕を手で制した。
(佐々木、長門たちが感知するはずだから能力を使うんだ)
聞こえるか否かのぎりぎりの声量でささやく。
(わかったよ)
164:
「とっとと出してくれ。のんびりしてると団長様に怒られちまうんだ。
お前たちだって雷を落とされるのはイヤだろ?」
橘さんがわずかに首を傾ける。
一つ目のオブジェから光線が発射される。
「――――!!」
目にも止まらぬ度で僕たちの間を通過していく。
ぶつかった壁がドロドロに溶けていく。
「―――――――願望実現能力の発露―――確認」
「力を振り回すのは流儀ではありませんが対応次第ではこうなりますよ?
佐々木さんも能力を使うのは控えてください」
キョンが小さく舌打ちする。
「柔和に言っている割に暴君丸出しだな」
「安心してください、基本的には話し合いをしにきただけですから。
さてさて佐々木さん、私たちの組織はあなたを神聖視していました。
あなたの持つ能力によって私たちは力を付与された、ってね」
165:
「不躾だね。僕は神聖どころか凡庸の塊なんだ。
崇めるならもっと由緒正しい神様にしてくれたまえ」
「あなたの持つ願望実現能力は神の持つべき力よ。
あなたは当然知らないでしょうけど、私は去年幾度となくあなたに接触を試みたんですよ。
そしてそれは悉く能力者とTFEI端末によって阻止されました」
「キミみたいに初対面から馴れ馴れしい人物は訝しがられやすいだろうね」
図星、という顔をしている。
彼女はあらゆる場面で前に立って空回っていそうだ。
『真面目だし悪い人じゃないんだけど……』と苦笑混じりに言われるタイプだ。
「……それは余計だわ。
ともかく、私たちは祭り上げるべき御輿にさえ便宜を計ることができず、
軌道修正を余儀なくされました。
ですが、検証を重ねていくうちに面白い事実に巡り会ったんです。
有り体にいうと、本物の神様を見つけてしまった、というべきでしょうか」
167:
体中の機能が停止してしまったかのような感覚に襲われた。
心臓の音がやおら早鐘を鳴らしはじめる。
不安の根と糸を結び合い、あっけなく僕の血流を循環不良に陥れていく。
「本物の、神様?」
「佐々木、出任せだ真に受けるな」
「あら、そう、なるほど言っていなかったんですね。
どうりで涼宮さんと佐々木さんが仲むつまじく話しているわけだ……」
どうして涼宮さんの名前が出てくるんだ?
「あなたたちって割と残酷なんですね。このまま事実を告げず、
永劫を過ごせるとでも思っていたならば愚かとしか言いようがありませんが」
橘さんは見下すような眼差しでキョンを見る。
苦虫を噛み潰したような表情を浮かべているだけだった。
「ま、話を続けましょう。そう、私たちは、能力の及ぼす範囲、内容、
どれをとっても佐々木さんより優れている人を見つけたんです。
当初は性格に難有りだとされていましたが、考え直せば神話の時代から神は
気紛れに人間を弄び、振り回し、祭り上げられようやく恩恵を与えるものです。
佐々木さんのような人格者である方が不自然だったんです」
171:
「おい、いい加減にしろよ狂信者。
そんなにすがるものがなけりゃ生きてもいけないってのかよ!」
「―――――――――警告―――――」
四人の人間が結合したオブジェの口から無数の長い舌が飛び出す。
キョンに絡みついて身体をしたたかに締めつけていく。
「――――話すと――――――――――骨折―――絶命」
気紛れで。
僕たちを振り回し。
見えないところで祭り上げられ、時折恩恵を与える。
僕の中で一人の人間が形成されていく。
どう考えても、一人だけしか該当する人間がいない。
そう、それはこの島に来るきっかけとなったくじを奇跡としかいえない
確率で引き当てた張本人。
僕たちがここにいる。
それは彼女が願ったから、なのか。
172:
「私たちの真の神様はあなたたちSOS団の団長、涼宮ハルヒ。
そして佐々木さん、あなたは四年前に涼宮ハルヒの一部分が分裂して
生み出された予備的な人格」
視界がぼやけた。
「わかりやすくいえば、上位存在を補完するためのバックアップ」
173:
至極簡単なことだったじゃないか。
僕が北高に行けなかったのは、僕の能力が失敗したわけでも、
努力が足りなかったわけでもない。
僕は願った。
でも、涼宮さんも同様の願望があったのだ。
想像だが……僕に会う以前に涼宮さんはキョンは既知の関係だった。
些細な事件で接触しただけかもしれないし、そのときには名前も
知らなかったかもしれないが、ともかくキョンという存在を知っていた。
そして、再会を願っていた。
可能な限りお互いが自然なタイミングで出会えるように。
僕の願いはもろくも涼宮さんの強大な力によって
飲み込まれ、砂塵と化したということだ。
我ながら素晴らしい説だと思わないかい……くつくつ……。
177:
身体に力が入らず膝を折って床にへばりついた僕に
まだなお橘さんが話しかけてくる。
「佐々木さん、あなたは涼宮ハルヒに戻るべきなんです。
あなたと涼宮さんは在る部分では完璧なのに、もう一方では
決定的に何かが欠落しています。それもこれも、二人が元通りに
なればパズルのピースが埋め合わさって完璧な絵画に戻ります」
思えば、キョンをはじめSOS団の面々が普通であるはずの涼宮さんの
下に集まったと考えるほうが無理がある。
彼らもまた涼宮さんが望んだから集まった。
古泉くんがいつか口にしていた『気紛れ』な閉鎖空間……あれもきっと
涼宮さんの不安定な心情が作り出したものなんだ。
キョンや涼子もわかっていて、僕を涼宮さんに近づけたのだろうか?
僕が、いずれ涼宮さんを補完するようになるのを望んでいたのだろうか。
そうかもしれない。
そうなんだろう。
でも、信じたくなかった。
178:
「冷静であり情熱家、大人も真っ青の論理と子供のような支離滅裂さ、
謙虚に内面を見つめる心とにじみ出るほどの尊大さ。
神話にも登場しないような完璧な神の誕生ですよ、ふふ。
私たちの組織は、その後に恒久的な世界が待っているのだと
信じてやみません」
「非常に―――――――――興味深い―――――」
「佐々木さん。私たちと一緒に涼宮さんのところに行きましょう。
そこで私たちの言葉に嘘偽りがなかったことを証明します。
彼らのような熱意と理想論だけで物事を語りたがる人間には何もなすことなどできません。
理知的なあなたならば理解していただけるでしょう?
今こそ全てを明らかにして、正しき道標を打ち立てる絶好の機会なのです」
慈悲深き聖女のような笑顔とともに手を差し出してくる。
それはまるでカンダタに差し出された蜘蛛の糸のように。
「さ、さき、だめだ……」
キョンが苦悶に呻きながら声を絞り出す。
「キョン……」
「――――――来ないと――――――――――彼、死ぬ―――――」
「周防さん、だめよそれは最終手段なんですよ。
ま、どっちにしろ首を横に振り続けるならばそういうことになりますが」
179:
「周防さん、だめよそれは最終手段なんですよ。
ま、どっちにしろ首を横に振り続けるならばそういうことになりますが」
「ちょっと、は……俺……を、しん、じろ……」
「五月蠅い―――――」
僕の耳にまで届くほど、キョンの首に巻き付いている舌が締め上げられる。
キョンの表情がみるみる間に蒼白に染め上げられていく。
本当に、殺されてしまう。
「や、やめて! わかったよ、行くからもうやめてくれたまえ!」
180:
周防さんが一瞬、がらんどうの眼を僕に向けた。
キョンに巻き付いている舌が緩まっていく。
激しくむせ返りながら床にへたりこむ。
「理解してもらったようでありがたいわ」
橘さんが僕の手を取る。
「行きましょう、涼宮さんのところに」
「佐々木!」
さようならキョン。
涼子、服を買いに行く約束守れなかったね。
SOS団の皆。
割と、面白かったよ。
182:
「ええ、行きましょう」
覚束ない足取りで空間の出口へと進んで――
行こうとした僕たちの目に人影が留まった。
「機関も見くびられたものです、
厳戒態勢を敷いているに決まっているでしょう。
しかし橘さん、そんな可愛らしい顔して随分とどぎついことをするのですね」
古泉くんが、いつもの微笑を浮かべて立っていた。
183:
「古泉一樹!? うそっ!?」
「……遅いぞ、古泉」
まだ咳き込みながらキョンが口にする。
「申し訳ありません。ヒーローは遅れてやってくるとは定説ですが、
まさか本当にぎりぎりになってしまうとは。
これも誰かさんのいたずら心でしょうか。
あ、そうです。足下注意ですよ」
僕以外の三人がちらと足下に注目した。
ドサッ!
次の瞬間、二人は上空を切り裂いて現れた長門さんと涼子によって押さえ込まれていた。
何て単純なんだろう……というかキョン……。
「情報閉鎖の残滓を発見するのに時間を要した、遅れてごめんなさい」
周防さんが片方の腕を長門さんに向けてかざす。
「周防九曜。あなたは既に無力化された。情報結合は解除しない。
天蓋領域の実体サンプルとして、因子レベルに分解される」
相変わらずの無表情と無機質な言葉だったにも関わらず、
その一文字ずつに突き刺すような怒りが垣間見えるような気がした。
しかし因子レベルって……。
185:
「ねえ古泉くん。この人出荷できる状態におろしていい?」
ペチペチ
「ひぃっ!」
涼子は橘さんの首筋に軍隊で使うような大型のナイフをあてがっている。
たまにナイフの腹で頬を叩いている。
「だめです」
「じゃあ模型として人体の不思議展に飾れるようにしていい?」
「だめです」
「けち。妥協して左右真っ二つでいいわよ」
ペチペチ
「いやぁあああああ!!」
186:
「それもだめですよ。佐々木さんと彼の前でB級スプラッターを上映して
どうするおつもりですかあなたは」
古泉くんが優雅な足取りで歩み寄ってくる。
橘さんを見下ろしながら鼻先で笑った。
「機関の地下研究所で人体実験をしておりまして、ちょうど生きた人間のサンプルが
必要だったのです。数ヶ月後には立派なキメラとなって戦地に赴いていることでしょう」
「らめぇぇえええええええええ!!!!」
この世の終わりが三度やってきたかのような奇声を残して橘さんは気絶した。
「ま、もちろん冗談ですが。処置は森さんと新川さんに一任します」
空間がひび割れて崩れていく。
あっという間に元通りの山道となった。
周囲には化物の格好をした機関の人たちの姿が見受けられた。
188:
「後は然るべき人に任せましょう」
「ああ、そうだな」
古泉くんとキョンが橘さんを抱える。
長門さんは周防さんの襟首をつかんでひょいと持ち上げる。
「佐々木さん、あなたにはお詫びの言葉さえ見つかりません。
結果的に僕たち全員があなたを騙し続けていたのは事実です。
一つだけ言い訳をしておきますと、言うには時期尚早だと判断していたのです。
こうなった以上は、その判断が間違っていたと認めるしかありません」
「俺からもいいか。橘の発言には100%間違っているところがある。
俺たちは理想論者じゃない。常に最善の手段を選択した結果が、
たまたま理想を大きく逸脱してないだけだ。
それに、もっと大事なのは、ハルヒもお前も御輿じゃない。
一方はわがまま放題の超団長様で、一方は俺と気の合う変な女だ」
「すまんな、佐々木。
身勝手だろうが、これでも俺たちはお前と共にいられることを望んでいるんだ
SOS団のメンバーとして、友人の一人としてな」
僕は茫然自失の体でキョンの履いている靴を見ることしかできなかった。
反応すらできなかった。
長門さんが周防さんを引きずりながら近づいてくる。
僕の前にしゃがむ。
「聞いてほしい」
190:
「涼宮ハルヒは願望実現能力を所持している。あなたの持つそれは
二次的なもので涼宮ハルヒの能力とは比較にならないほど微少。
彼女の能力は地球や宇宙を含めたあらゆる空間を全て改変出来うるほど甚大」
「あなたが涼宮ハルヒの乖離した一部であるのは確定ではないが、
95%以上の確率で事実。
それに気づいた統合思念体は涼宮ハルヒをあるべき姿に戻すため、
同時に天蓋領域に対し先手を打つため朝倉涼子を再々構築した」
「わたしでさえ戸惑いがあった。涼宮ハルヒはわたしたちと
過ごした年月を経て変化している。わたしもそう。
抵抗なく同じ容れ物の別人を受け入れるのは難解」
「さらに、朝倉涼子には独断専行の悪癖を持つ。
あなたを気に入ってしまった。
あなたが退院する直前、統合思念体に対して計画変更を申し入れていた」
「あなたと涼宮ハルヒを分裂した一つの容れ物としてではなく、
共に個体として認めた上での自立進化の可能性を探る。
独断専行は批難されべき事柄、
だけどわたしたちに反対する理由は存在しなかった」
191:
「あなたに言えなかったのは、どちらかが過剰に意識することによって
予期せぬ事態を引き起こす可能性が多分にあったから。
閉鎖空間同士の衝突、時空が断裂し、あらゆる空間が消滅してしまう危険性。
膨大な可能性を慎重に実験し、検証する必要性があった」
「あなたたちが遠い学校に進学したのは、涼宮ハルヒに内在する
無意識なのかもしれない。
本当の偶然があるとすれば……あなたが願った中で、
朝倉涼子があなたの下を訪れたこと、それだけなのかもしれない」
「わたしたちは涼宮ハルヒを見守ることを望んでいる。
涼宮ハルヒではない涼宮ハルヒがいれば彼らは悲しむ。
わたしも、悲しむのかもしれない。
同様のことがあなたにも言える。あなたの存在は大きい」
「これが全部。できれば信じてほしい」
立ち上がって地面を滑るように歩いていく。
棒立ちになっている涼子の背中を押して僕の前に連れてきた。
「あとは朝倉涼子に任せる。
彼女の努力がなければ、あなたはいなかった」
「……あなたと涼宮ハルヒには、このまま居続けてほしい。
わたしという個体も、そう望んでいる」
194:
台風のごとき勢いで言葉を吐き出すと、
周防さんを使い古しの人形みたいに引きずりながら歩き去ってしまった。
同様に古泉くんとキョンも橘さんを担いだまま機関の人たちと去っていく。
結果、僕たちだけがその場に残された。
「長門さんにおいしいところほとんど持って行かれちゃったわ。
こういうときだけ饒舌になるんだから、ずるいと思わない?」
僕は弱々しく笑顔を浮かべて応える。
「な?によ、ほらそんな暗い顔しないで!
とりあえず佐々木さんは困ったらくつくつ笑って!」
「……くつくつ。傷心の人間に随分と横暴なことを言うものだね」
「もう全部片付いたんだし、私は前に謝ったんだからもう謝らないわ。
早く私に似合う服を考えてもらわないとね。
落ち込んでいる暇なんて与えないわよ」
「ん……ありがとう」
196:
僕はすっと立ち上がり、自分より一回り大きな親友の身体を抱きしめる。
あ、う、と一瞬戸惑ったように声がもれたが、すぐに涼子も僕の背中に手を回す。
「ちょっとだけ、甘ったれたことを言っていいかい?」
「うん」
「泣いてしまうかもしれないが構わないかい?」
「……うん」
彼女の身体に顔を埋める。
同じ女性なのに信じられないくらい柔らかくて、温かい。
「僕はこれまで、自分はどのような欲望にも心を乱されないと思っていた。
でも……今は、怖い……日々自分が遠くなっていくようで怖くて仕方ないんだ。
こんな能力はもう嫌なんだ、僕は普通に生きて、普通に死にたいんだ。
どれだけ僕は自分を殺さなければ普通を手に入れられないんだい?」
堰を切ったように大きな粒の涙がこぼれだしてきた。
どう我慢しても、もう止まりそうになかった。
「自分が消えてしまいそうな気がするんだ」
197:
僕を握りしめる力が痛いくらいに強くなる。
僕の力ごときでは絶対にほどけないほど強くなる。
「佐々木さんが恐怖を感じたなら、いつでもすぐに飛んでいくわ。
いくらでも泣いてくれていいし、小さな不安でもぶつけてくれていいわ。
だから……だから、消えてしまいそうなんてやめてよ。
あなたがいなくなったら私、身体の半分を無くしたようなものよ」
彼女の声も明らかに震えている。
「やっといつ消滅するかもしれないっていう恐怖から解放されたのに、
また寂しい思いをするのは嫌よ。もう嫌なのよ」
そうか……恐怖や不安を感じていたのは朝倉涼子だって一緒なんだ。
199:
『それぞれの花は一緒に作られたとしても、
それぞれの意思を持つ』
私はその見分けのつかない花だったけど、
いえ、そうだったからこそ、今は意思の存在に大きな
可能性を感じているし、個という枠組みを尊重したいの』
いつ、どのような事態が起きてバックアップが回収されるかわからない。
いつ不要になるかだってわからない。
所詮、後援であり、予備用の複製でしかない。
主体を前にして、リミット不明の時限爆弾を抱えているようなものなのだ。
ずっと、僕たちはその不安定の内側で生きていたんだろう。
僕も無意識的にそれらを感じ取り、
理由のつけられない焦燥の中に身を宿してしまっていたのだろう。
だが、それは裏側から見れば生きていること自体が奇跡とはいえないだろうか。
時を噛みしめ、空間を認識し、意識を操り、欲望を制御する。
少なくとも僕はそれに誇りを持つべきなんだ。
もし――もし、何かが起きたとしても、その瞬間まではこの意識は僕なのだから。
200:
喉元に力を込めて台風後の河川みたく迫り来る涙を押し戻す。
黙っていると震えあがってくる手足に抗えるだけの力を込める。
彼女に寄りかかっていた身体を解いて、表情が確認できる距離をとる。
僕よりもずっと不安そうで、弱々しい朝倉涼子がいた。
多分これが本来の彼女の内心を投影した表彰なんだろう、
そう思うと自分自身がいかに脆弱であるかが如実となるようで、
ひどく恥ずかしかった。
「佐々木さん……?」
自己を律するべし。
僕は他人との争いには皆目興味がないが、僕にだけは敗北したくないね。
この親友のためならばもっと強くなれるはずだよ、僕は。
「大丈夫、もう大丈夫だよ涼子」
ん……と彼女はなお不安そうに唇をへの字に結んで僕を見つめている。
自分よりも身長が高いはずなのに小さく見えた。
僕は、彼女がいつも自分にしてくれるように微笑みを浮かべて見せた。
できれば、この人の不安が全て消え去りますように、という願いを込めて。
「僕は、僕さ」
203:
「ちょっと、遅いわ、遅すぎるわよ佐々木さん!」
ゴール地点についた僕たちはレスキュー隊員の格好をした
涼宮さんに案の定怒鳴りつけられた。
もう他の団員はゴールしたことになっており、一番最初に出たはずの
僕が一人迷子になったということで落としどころがついたらしい。
涼宮さんが不服この上なしという表情で思い切りにらんでくる。
気弱なカタツムリくらいならば心臓マヒを起こしてしまいそうな迫力だ。
キョンがやれやれ、と苦笑している。
古泉くんがその隣でかぶりを振っている。
長門さんがじっと見つめている。
大丈夫。
彼女は僕たちの愛すべき団長。
ただちょっと、厄介な能力を持ち合わせているだけさ。
「ごめん。好奇心旺盛なものでね。恐がりのキョンを放置してうろうろ
していたら知らない場所に迷い込んでしまったんだ」
「全く心配したんだから……って、んん?」
涼宮さんは僕の顔を懐中電灯で照らしながら怪訝そうに目を細める。
「目、真っ赤よ?」
204:
ああそうだ。大泣きしたんだ。
「好奇心旺盛とかなんとか言っちゃって、佐々木さんったら
私が見つけた時にはめそめそ泣いてたじゃない。
りょーこーりょーこーって抱きついてくる姿、可愛かったわ」
「ほ?……肝っ玉が据わっていると思ったら案外
女の子らしい一面もあるのね佐々木さん。
不覚にもキュンキュンしたわ」
僕は肩をすくめる。
ま、それでいいさ。
「さあ、それじゃあ皆揃ったことだし戻りましょう――」
「待って」
皆がその場を立ち去ろうと一歩を進めた瞬間、長門さんが声をあげた。
パブロフの犬さながら、彼女の放つ音声に一様に反応するSOS団メンバー。
ゆるやかに流れていた空間に微かな緊張が走る。
長門さんは全員の表情を一瞥してから、小さな口を開いた。
「朝比奈みくるをスタート地点に置いてきた」
205:
【スタート地点】
「ひえぇ……ここどこですか、何であたし取り残されてるんですか、
何で、すスタート地点に誰もいないんですか、」
ガサガサ
「ぴぃいっ!! ししし茂みが動いたぁ!!」
「……何やっているの朝比奈さん」
「あぅ、も、森さん?」
「皆とっくにゴール地点よ」
ガサガサ
「ふえ、枝が当たって痛いですぅ」
206:
あと5レスほどで終了です。
長々と申し訳ない。
「あらごめんなさい。あ、そういえば朝比奈さん、スペシャルルームよね?」
「ははい、そうですけど」
「ふふ、じゃあ森園生プレゼンツのスペシャルサービスを施してあげないと、ね?」
「め、目が据わってます森さん」
ガサガサガサ!!
「ふふ、因果律の極北に眠る虚無……それは貴女を新たな領域導くための刹那の背徳……。
さあ部屋に逝くわよ、よいしゃおらー!!」
ダキッ!
ガサガサガサガサ!!!
「ひぃいいいえええええお助けぇええええええええ!!!」
208:
さて、朝比奈先輩が原因不明の腰痛によってリタイアするというアクシデントを
除いて合宿は大きな滞りもなく終了した。
涼子の私服を買いに行く、というささやかな約束はついうっかり口を滑らせた
彼女自身から涼宮さんの耳へと入り、またたく間にSOS団のイベントへと
飛躍を遂げていた。
ショッピングセンターのベンチの上に立って涼宮さんが声を張り上げる。
「さー今日は朝倉涼子劇的ビフォーアフターよ!
スポンサーから助成金が出たからね、一万円以内で
あなたたちの好きなように朝倉をコーディネイトしなさい」
全員に福沢諭吉先生を配っていく。
この不況下とんだブルジョワジーなスポンサーがいるもんだ。
「ただし、誰がどの服を選んだかは内緒にすること。
で、本人に順位を決めてもらうわ。優勝者には朝倉を一日デートに連れ回す
権利を贈呈するから張り切りなさい!」
「またエラくベタだな」
「興味深いではありませんか。彼女たちの実態を知るチャンスです、んっふ」
「ちょ、ちょっと涼宮さんそんなの聞いてないわよ!」
211:
「当然よ、つい13秒ほど前に思いついたんだから。
いいじゃないの一日くらい。案外新たなロマンスが芽生えるかもしれないわよ。
古泉くんもキョンもこんな美女たちを前に甲斐性がないんだから」
「おいおい自分のことを棚にあげてそりゃねーだろ」
「うっさいバカキョン!
あんたののっぺりした顔なんてもう見飽きたのよ!!
悔しければ魅惑のジェネラルパーソンくらいの源氏名もらってくることね!」
「意味わからん。あのなあ――」
痴話喧嘩が始まりそうだったので割り込む。
「女の子が優勝したらどうするんだい?」
「二人でお菓子でも作って皆に配ってくれればいいわ。
それとも佐々木さんは、やっぱり朝倉とデートがご希望かしら?」
「くつくつ。むしろキミたちにその独占権利を渡すまいとするナイトの心境さ」
涼宮さんと僕はいつの間にか良い意味でのライバルみたいな関係になっていた。
日ごろ他人との競争事に無頓着な僕だが、彼女に対してだけは対抗心があった。
それもきっと、元々は同じ存在だったということに由来しているのだろう。
212:
「殊勝な心がけね、そうこなくっちゃ。
けれどもあたしも団長の面子にかけて負けていられないわ!
さあ、それじゃあスタート!!」
自分でかけ声をかけるとベンチから颯爽と飛び降り、猛ダッシュしていく。
団員一同も嘆息混じりだったり楽しそうだったりしながら各々のペースで
センターへと姿を消していく。
僕と涼子、そして長門さんがその場に残された。
長門さんは興味皆無という体でベンチに腰を下ろし、読書を開始する。
「まったく……涼宮さんの気紛れも困ったものだわ。
私の人権をなんだと思っているのかしらね」
発言内容の割には涼子も楽しそうに笑っている。
213:
僕たちはこうして涼宮さんの思いつきに振り回されている。
彼女は相変わらず山の天気のように気紛れで、タンクローリーのように突進力があり、
地獄の釜に人間を放り込む魔王のようにわがままで、無邪気な子供のように優しい。
一歩選択を間違えれば古泉くんがバイトに駆り出され、
さらに一歩間違えれば僕たちが終わらない季節に閉じ込められ、
究極的に間違えればキョンが閉鎖空間に閉じ込められる。
僕たちはその間、戦々恐々としながら世界の終焉を
迎えないようお祈りをするしかなくなってしまう。
超能力者がいても、宇宙人がいても、
未来人がいても、一般人がいても。
たった一人の涼宮ハルヒという人物さえ押さえ込むことができない有様だ。
それでも僕たちが飽きることもなくここにいるのは、
皆、ここにいることが楽しいからなんだろう、僕はそう推測する。
214:
いつの日か、僕は涼宮ハルヒという神の一部分に還っていくのかもしれない。
あるいは、このまま生を全うするのかもしれない。
正直なところ、あのとき僕の心に根付いた
『自分が消滅してしまうかもしれない』という強迫観念は今以て消えていない。
一睡もできずに朝を迎える日だってある。
でももう、そんなことに怯え、惑わされ続けることはないだろう。
学校に行けば、あるいは電話をかければすぐそこに惑わされるような
暇を与えてくれない最高の親友がいるのだからね。
216:
「要は僕が優勝すれば何も問題はないだろう?
僕の選んだ服を涼子が当てる。
そんなの僕たちの間柄を鑑みればご飯を茶碗によそうよりも簡単なことじゃないかね」
彼女に背を向けて意気揚々と、歩き出す。
「うん、絶対勝ちましょうね佐々木さん!」
振り向いて、笑う。
いつしか伝染した、彼女と同じ最高の微笑みを浮かべて。
根拠はないけど――。
いつの日か涼宮ハルヒを前にし、胸を張って本当のことを言えるような気がする。
涼宮ハルヒが驚愕しているのを、目の当たりにできるような気がするんだ。
だって、そのほうが面白いだろう?
僕たちはきっと、涼宮ハルヒの顔を見ながら
今みたいに笑っているに違いない。
ようやくあなたと対等になれましたね、とね。

217:

218:
おつぅぅうう!
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