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【艦これ】球磨「お姉ちゃんの損な役回り」


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1:
はじめに:球磨型は球磨しか出ません、出てもチョイ役かな。主人公は磯風。
提督、神通など一部キャラは下の過去作と共通。ただストーリー的繋がりは無いため未読で全く問題ありません。
私が書く上で過去作を意識しているという程度です。続編の川内編はまた次の機会に・・・。
【艦これ】神通「私と提督の、恋」
2:
神通「そこです、砲雷撃戦用意」
磯風「こちらもだ、砲雷撃戦用意―――撃て」
浜風「了解です」
嚮導艦の神通と私の指示のもと、演習場に魚雷のアーチが出来る。
神通「天津風、時津風・・・直撃コースですから避けて!」
天津風「分かっているわ・・・でも無理っ。はやっ!?」
時津風「うわわっ、こっちも・・・無理無理―!」
よし、これで神通の部隊・・・駆逐2隻はもらった。
こちらの部隊はというと・・・。
3:
磯風「浜風、浦風の方へ魚雷が来ている」
浦風「分かっとる、分かっとる」
浜風「度、精度ともに不十分。回避できますね」
よし、こちらの部隊は無傷。この時点で演習の勝利は確定だ。
ズドン、と大きな水柱が、私と隣の浜風の間に生まれる。
磯風「む!?」
浜風「神通さんですね、かえってこちらの隊列が崩れてしまいました」
磯風「練度不足の新参部隊を率いてなお、崩壊しないか・・・」
4:
神通「敵の隊列を乱しました。この隙に撤退します」
神通「天津風、時津風は後ろを見ずに撤退ポイントまで」
天津風「うぅ・・・悔しいわ」
時津風「了解りょーかいっ」
神通「他の皆さんは私とともに、二人を守りながら撤退です」
神通「初風、雪風、黒潮・・・複縦陣を構成。出来ますね?」
3人の艦娘の返事がこちらまで聞こえてくる。
半壊しかけていた敵部隊が一瞬で秩序を取り戻していくのを見て、私はこれが二水戦旗艦の実力か、と心の中で独りごちる。
5:
浦風「流石じゃね、どうするん?」
あとの判断はこちらの旗艦である私に委ねられる。
さて、どうするか。このまま敵部隊を見送れば・・・それはこの演習の終了を意味する。
こちらは無傷なのに対して向こうは大破判定艦が2隻。B勝利というところだ。
神通という大物・・・主力艦を逃がしたままの、消極的な勝利。
磯風「ふん、性に合わないな」
答えはもちろん・・・。
磯風「追撃にうつる。残敵を掃射するぞ」
浜風「追撃、ですか」
浦風「追撃でいいんじゃね?」
何を今更、ここで引くなんて考えられないじゃないか。
6:
磯風「追撃だ。朝潮、満潮、大潮もいいな、行くぞ」
朝潮「命令とあらば」
満潮「フン、とっとと行くわよ」
大潮「突撃ですね、お任せ下さい!」
磯風「よし・・・各艦両舷全、敵を追撃する。磯風に続け」
神通「・・・・・・・・・追撃戦の選択、ですか」
こうして演習は第二ラウンドに入った。
7:
神通「旗艦磯風、以下五名の戦闘結果は・・・A勝利です」
おお、と私の部隊が歓声をあげる。
旗下の部隊が天津風や時津風などの新人だけとはいえ・・・あの神通に勝ったのだから。
当然、私も心の中は嬉しさでいっぱいなのだが・・・口ではこう言ってしまう。
磯風「この程度の武勲、何の意味もないさ」
浦風「またまた、本当は嬉しいくせに!」
浜風「磯風は素直じゃありませんから」
多少、私たちが浮かれていても仕方ないと思うのだが・・・神通は違ったようだ。
8:
神通「では、今日の反省についてです」
こういう時、神通は自分から話さない。
何が悪かったのか・・・私たち自身に考えさせるのだ。
・・・・・・・・・とはいえ。
磯風「今日の演習、何か問題はあっただろうか?」
磯風「私の指揮には問題が無かったと思うが・・・。なあ、浜風?」
浜風「・・・・・・・・・」
浜風も黙して語らない。彼女はあまり私に対して反対をしないのだ。
9:
神通「今日の演習の背景を覚えていますか、浜風」
浜風「はい。『船団護衛中、鎮守府遠海にて敵部隊と遭遇。戦闘へ入った場合を想定』した演習です」
これには頷いて、さらに続ける神通。
神通「今日の、戦果は?」
磯風「さっき貴女が言っただろう、私たちのA勝利だと」
せっかくの勝利に水を差されて、ややぶっきらぼうな言い方になってしまった。
10:
神通「その、中身の話です」
磯風「神通を無傷で逃がしてしまったのは残念だが。他の艦娘たちは大破か撃沈判定まで追い込んでいる」
磯風「砲雷撃戦で2隻、航行不能まで追い込んだのが大きかったと思う」
神通「それから?」
まだ神通の求める答えは出ていないらしい。
私はふと自分の部隊を見回す。
磯風「私と浜風は無傷、浦風小破、朝潮、満潮、大潮は大破判定だな」
朝潮「はい・・・まだ精進が足りませんでした」
満潮「悔しいわ・・・まあ、勝てたからいいけれど」
神通「はい、ですから・・・もしも私があなただったら。磯風」
神通「追撃はしなかったでしょう」
11:
私の指揮を根本から否定する神通の意見に、それでも不思議と腹が立たなかった。
神通ともあろうものが、ほどほどの勝利で満足するのだろうという疑問が強かったから。
この時はそんなことしか考えなかった。だから、神通の言葉にはこう返した。
磯風「ふむ・・・次の参考にさせてもらおう」
神通「・・・・・・・・・」
そしてそれ以上、神通は私に語らなかった。
12:
神通「では・・・これで演習は終了しますが・・・」
時津風「はぁ、疲れた疲れた」
天津風「服が汚れちゃったわ・・・お風呂入らないと」
初風「ふん、まあまあ疲れたわ」
各々鎮守府へと帰るばかり、といった様子で話し始める。
それを見て私は少し、新参組がかわいそうになった。
浜風「あぁ、私たちにもそういう時期がありましたね」
浦風「そうじゃねえ」
磯風「すぐにわかるようになるさ、文字通り肌でな」
そういって私たちは神通と・・・新参駆逐組を見やる。
13:
神通「?」
神通「何をしているんですか、天津風たち」
天津風「えっ。何って鎮守府にかえ―――」
神通「演習は終わりと言いましたが、訓練は終わりとは言ってません」
時津風「えっ」
神通「むしろ、負けたのですから訓練はいつもの倍・・・4セットは最低、やらなければ」
初風「そんな・・・演習だけでも結構疲れたのに!」
神通「当たり前です、疲れなければ演習になりません」
初風「」
14:
神通「さあ、行きますよ・・・ほら。立ち上がって下さい」
自分も新人の頃は神通の容赦の無さに辟易したものだ。
普段優しくて、弱気で、司令の前では顔を赤くするばかりのくせに。
二水戦の神通は、人が変わったように鬼となるのだ。
磯風「かわいそうに」
浜風「勝てて良かったです、勝てて」
浦風「そうじゃね、早く帰ってお風呂にでも―――」
神通「磯風たちは勝ったのでいつも通り、2セットだけでいいですよ」
磯風「」
浜風「」
浦風「」
善意100%の、花のような微笑み。
こんな顔されては、文句の一つも言い様がない。
15:
この鎮守府に来て、そろそろ3ヶ月が経とうとしている。
これまでは神通のもとで訓練、訓練、そして演習ばかりの日々。
真面目にやらない訳ではないが、そろそろ実戦に出たいと思う。
『磯風』の名に恥じぬよう、数々の武勲を立ててやるのだ。
鎮守府の廊下で、私は陽炎たちとすれ違う。
陽炎「あら、磯風じゃない。演習帰り?」
磯風「ああ、そうだ。そっちは」
陽炎「ああ?、出撃よ、出撃。疲れたわ?」
不知火「陽炎、みっともないです。私たちのネームシップなのですから」
16:
目下のところ、私がライバル視しているのは・・・陽炎。
私たちのネームシップにして、先輩格。鎮守府の駆逐の中ではエース級の存在。
でも私だって、司令に”期待している”と言われているんだ。
陽炎だって、少なからず私を意識しているはず。そう思ったから、言ってやった。
磯風「今日の演習で神通の部隊に勝ったぞ、A勝利だ」
陽炎「へぇ、凄いじゃない」
不知火「大分鎮守府にも慣れて来たようですね」
む、なんだ。思ったより大した反応じゃないな。
もしかして陽炎には私など眼中にないのだろうか。悔しい。
17:
磯風「私も早く戦場に出て、お前たちのように活躍して見せるぞ」
そう息巻く私に、陽炎も不知火もキョトンとして。
陽炎「うーん、活躍・・・活躍かあ」
磯風「なんだ、私が活躍出来ないとでもいうのか」
陽炎「いや、そういう訳じゃなくってさ」
不知火「あまり自分の活躍、というのを意識したことはありませんね」
磯風「ふむ、そうなのか。目標は高くもった方が良いと思うが」
エース級のこの二人にしては幾分、弱気な考えではないかと。
この時の私はそう思いながら、陽炎たちに別れを告げたのだった。
18:
神通「磯風をどう思うか、ですか」
鎮守府の中・・・執務室で、私は提督の質問に答えます。
神通「駆逐艦としての素質、向上心・・・は文句の付けようがありません」
神通「将来的には、あの陽炎の様にリーダーシップの取れる艦娘になるでしょう」
自らの教え子の最高傑作である陽炎を引き合いに出します。
神通「陽炎に対する不知火のような・・・浜風という補佐役にも恵まれています」
神通「ですけれど・・・まだまだです。段階を踏んで少しずつ実戦に」
最後まで言えずに、私は口を噤んでしまいました。
提督の穏やかな目が、静かに私を見つめていたからです。
19:
神通「提督・・・何をお考えですか?」
いつもならドキドキしちゃって何も言えなくなる私ですが、この時ばかりは違いました。
提督のいつもと違う・・・”提督としての”雰囲気に、完全に呑まれてしまっていたのです。
提督「俺は言ったよな、神通。磯風には期待していると」
提督「叢雲や陽炎、不知火、夕立に時雨・・・鎮守府の初期からいて、信頼が置ける駆逐はたくさんいる。みんな優秀だ」
提督「でもそろそろ、彼女たちの後を担う新しい戦力も必要だと思うんだ」
20:
神通「まさかもう、実戦に投入するお考えですか!?」
提督「本人はその気でいるぞ。今日の演習、お前に勝ったんだってな」
神通「本人や・・・周りの艦娘は、それで自信をつけたみたいです、提督」
提督「その自信・・・君から見て正しいと思うのかい、神通」
神通「・・・・・・・・・」
提督の問いに、私は何も答えられません。
何故ならつい先ほど・・・私自身がそう、磯風に問いかけたからです。
”反省すべきところはありませんか”と。
そして・・・それに思い至らないところがまた、彼女の未熟さを表しています。
21:
提督「このまま君というぬるま湯に浸からせておくのが、本当に彼女のためになるだろうか?」
提督「俺はそうは思わない。思わないんだ、神通」
神通「十分、過酷な訓練を積ませているはずです、提督」
珍しく提督に反抗している私がいます。
ぬるま湯、という表現が心に引っかかったからでしょうか。
何故そう言われたのかも分かっているくせに、私は。
そして、提督はそんな私の言い訳を・・・きちんと粉砕してしまうのです。
22:
提督「君がやったのは、”訓練”なんだろう?」
提督「よくやってくれたな、ありがとう」
その一言で、くだらない私の言い訳に終止符を打ちます。
その一言で、私は救われてしまいます。
ああ、本当に優しくて、優しくて、そして。
・・・・・・・・・ずるい人。
23:
提督「磯風は一先ず・・・アイツの下につけようと思う」
神通「誰の下に、でしょうか?」
話の流れからして、私の下にではないでしょう。川内姉さんでもなさそうです。
陽炎、不知火、曙、潮・・・すでに私たちの旗下はこの娘たちでほぼ固定ですから。
では初めての実戦ということで、天龍さんあたり?
見た目と反して意外に世話焼きで、仲間思いの彼女なら。
そう、期待の新鋭駆逐の実戦デビューには一番妥当に思えます。
24:
提督「実は執務室に来るように言ってある」
神通「分かりました、挨拶だけでもしていきます」
しかし、予想に反して・・・執務室のドアをガチャリと開けて私の視界に入ったのは。
球磨「提督、呼んだクマ?」
およそ新人駆逐艦を導くには、あまりにもイメージが遠すぎる彼女の姿でした。
29:
神通「球磨さん・・・」
球磨「球磨さん言うなクマー!クマさんみたいで嫌クマ」
あまり笑えない冗談です。
神通「球磨さんのもとに磯風をつけるのですか?」
提督「そうだよ」
球磨「ん、何の話だクマ?」
お前のもとに磯風をつける、と提督が話した途端・・・球磨さんは不機嫌になります。
30:
球磨「まーた球磨が憎まれ役かクマ?損な役割クマ」
提督「すまないが、お前しか適任がいないんだ」
例え任務でも”お前しかいない”と言われるクマさんに、軽い嫉妬を覚えます。
・・・まったく、なんという我儘でしょう、私ったら。
球磨「神通じゃ駄目クマ?」
提督「彼女じゃ甘すぎる」
球磨「神通の訓練見てて言ってる?」
提督「訓練はな、厳しいな」
それで彼女も全てを察したようです。
31:
球磨「あー、なるほどクマ。やっぱり球磨しかいないかクマ」
心底うんざり、といった口調で球磨さん。
提督「すまないな、俺も泥を被るから」
球磨「馬鹿かクマ。神輿が汚れてどうするクマ」
話がまとまりかけたところで、再び執務室に客人が現れました。
件の磯風が、長い長い黒髪を棚びかせて、幾分緊張した面持ちで入室して来ます。
32:
よく分からないメンツだな、と・・・執務室に入った私は思った。
司令と神通と私と・・・そしてこの人はあまり話したことがない。
球磨「コイツかクマ?」
磯風「む」
いきなりのコイツ呼ばわり。上官とはいえ失礼ではないか。
浜風ほどではないが固い性格を自覚している私は、幾分ムっとした。
そんな最中、目の前の執務机ごしに司令から声をかけられる。
33:
提督「磯風」
磯風「なんだ、司令」
提督「戦場に出たいか」
来た、と思った。
磯風「この名に恥じぬ活躍をすると誓おう」
だから、自信満々にこう答えた。
34:
提督「よし・・・お前を軽巡:球磨の旗下におこう。次回から戦場に出す」
磯風「分かった、貴方に勝利を捧げよう」
提督「お前には期待している・・・くじけずに頑張って欲しい」
磯風「私はそんなにヤワじゃないさ」
球磨「ふん、せいぜい足を引っ張らないようにだけ注意するクマ」
司令に期待されている、と言われて幾分良い気分になったところに水を差されて、私はますます球磨に対して反抗心を覚えた。
35:
磯風「なんだ、私のことが気に入らないのか?」
球磨「よく分かっているじゃねーか、クマ」
磯風「心配いらない。私とて今日まで神通のもとで厳しい訓練に明け暮れてきた」
球磨「ああ、さっき演習の報告みたクマ」
報告を見た上であの態度・・・とはどういうことだろう?
神通相手にA勝利、というのは中々の成果だと思うのだが。
球磨「お前、本当に真面目にやってるのかクマ?」
そんな中、上官から放たれた言葉は私にとって信じがたいものだった。
36:
磯風「・・・・・・・・・なんだと」
底冷えする声が私の腹の底から出てくるのが分かる。
『磯風』の名に恥じぬ戦い。
ずっと、それを思い描いてこの3ヶ月・・・訓練に明け暮れてきた。
それが真っ向から否定されて。
磯風「私が気に入らないならそれは構わない。だが出した結果に対しては正当な評価をして欲しい」
球磨「あー、分かったクマ。今の一言で」
わざとらしく肩をすくめて、ウンザリといった口調で。
球磨「要するに自分は出来ると思い込んでる甘ちゃんだクマ。よーく分かったクマ」
37:
磯風「なっ・・・」
あまりのことに言葉が出てこない。
何故こんな高圧的な人を私の上官につけるのか、抗議の視線を司令に送る。
提督「球磨のもとで学ぶことは多いだろう、しっかりやれよ」
だが司令は球磨を嗜めるでもなく、私にそう言った。
それは私に対する球磨の評価を肯定されたようで・・・カァっと身体が熱くなった。
司令に格好悪いところを見られたと思うと、何故だか無性にそれが我慢ならない。
38:
磯風「何故だ、私が至らないところはまだまだある・・・それは認めよう」
磯風「実戦に出ればそう、及ばないところはあるだろう。それも認めよう」
磯風「だが今まで頑張ってきたことを否定されるのは我慢ならない。今日は神通に勝つことも出来た」
磯風「それを何故、あんなにも言われなくてはならない!?」
神通「磯風・・・あのっ」
提督「お前は黙っていろ、神通」
提督「既に磯風は球磨の指揮下に入っている。余計な口出しは許さない」
神通「・・・はい」
ピシャリ、と何か言いかけた神通を黙らせて・・・提督が続ける。
39:
提督「磯風・・・訓練と実戦は違うと思うかい?」
対して私には、優しく諭すような言い方。
それがむしろ子供扱いされているようで面白くない。
磯風「無論、違うだろう――実戦の厳しさを味わっていないだが、覚悟は出来ている」
まるで朝潮の様な優等生じみた私の意気込みに、しかし司令は。
提督「そうだな、確かに違う面もたくさんあるだろう・・・だが俺は」
提督「実戦も訓練も、ある意味同じだと思うんだよ」
謎めいた答えを口にした。
44:
浜風「そうですか、そんなことが」
磯風「名前しか聞いたことがなかったが、あんな人だとは思わなかった」
午後。
執務室で辞令を受けたあと私は浜風と一緒に【間宮】で昼食をとっていた。
話題に上がるのはもちろん、明日の私の実戦デビューと先ほどの球磨の態度。
浜風「しかし意外ですね、後輩思いの面倒見の良い方だと聞いていたのですが」
ふむ、あれがか・・・人の噂もあてにならないという事だろうか。
45:
磯風「まあいい。実力で認めさせてやるさ」
そう私が意気込んでいると。
球磨「ふん、その気持ちだけは買ってやるクマ」
背後からあまり聞きたくない声が聞こえてきた。
木曽「ほう・・・お前が新しくオレたちの下につく駆逐か」
木曽「木曽だ、よろしく頼むぜ」
球磨「球磨が面倒みるから、お前は余計なことしないで良いクマ」
木曽「はいはい」
流石に座ったままだと失礼なので、立ち上がって挨拶をする。
木曽も私が配属される球磨の部隊にいるので、直接の上官ということになる。
46:
球磨「お前らこれから暇か、クマ?」
磯風「特に用事はないが・・・」
浜風「はい」
球磨「神通たちがこれから午後の演習をするクマ、見に行くクマ」
木曽「色々ためになるんじゃねーかと思ってな」
どうやら面倒見が良いというのは本当らしい。わざわざ誘いに来てくれたのか。
磯風「いいだろう、ついて行こう」
これからの実戦のために、少しでも出来ることをしておきたい。
47:
私たちが着いた時、演習場の雰囲気は既に最高潮に達していた。
陽炎「隊列立て直してっ、しばらく撃たなくてもいいから!」
川内「打ち方やめ、陽炎のもとに集まって。隊列立て直すよ」
神通「こちらも一度陣形の乱れを直します、不知火」
不知火「潮、暁、雷・・・いったん引きなさい」
潮「ふぇぇ・・・暁ちゃん、雷ちゃん着いて来て!」
陽炎と神通・・・それぞれの指示のもと、散らばっていた部隊が整い出す。
48:
球磨「神通と陽炎が旗艦・・・ほぼ互角といったところクマー?」
木曽「川内がフォローしているとはいえ、陽炎もやるじゃないか」
午前に私が神通とやった演習と同じ様な演習だ。
ただし神通を相手取り旗艦役を勤める陽炎もその他の艦娘たちも、私より練度が高いのは認めねばならない。
今回は神通が新参部隊を率いている訳ではなく、戦力はお互い均等・・・つまりハンデは無し。
49:
浜風「陽炎・・・やはり駆逐のエースと言われるだけあります」
磯風「隊列の整理を優先して、部隊を集結させる際も味方に無駄玉を打たせなかった」
磯風「ああいう咄嗟の判断が出来なければならない・・・見習わなくてはな」
球磨「そんな小手先の所だけ見ててもしょうがないクマー」
一々横槍を入れてくる球磨にムっとする。
じゃあどこを見習えというのかと言うと。
球磨「そんなことは自分で見つけるクマー」
そんな姉艦に苦笑しつつ、木曽が口を開く。
50:
木曽「浜風・・・演習要項読んでくれ。今日のお題は何だ?」
浜風「『遠海にて敵部隊と遭遇、これを殲滅せよ』ですね」
磯風「?」
助け舟を出してくれるかと思ったが違うようだ。
面倒は自分が見るという球磨の言に従うのだろうか?
見ると球磨が不機嫌そうに木曽の腹をつついていて、木曽がすまなそうに謝っている。
何が何だか分からない、そんなことよりも陽炎の指揮ぶりの方が気になる。
浜風「・・・・・・・・・」
51:
戦いは一度仕切り直しとなり、各部隊が調整を始めている。
川内「陽炎、すぐに味方の状態を確認して・・・早く!」
陽炎「はいっ・・・曙、響、電。大破はいる!?」
曙「問題ないわ」
響「悔しいな、中破だよ」
電「ごめんなさいなのです、中破してしまったのです・・・」
遠目にでも分かる。一瞬、陽炎が判断に迷ったのが。
52:
陽炎「もうひと勝負・・・いやここは?」
川内「撤退を進言します、旗艦。駆逐2隻を抱えたまま神通を抑えるのはしんどい」
陽炎「でもそれは敵艦隊の状態にもよるんじゃ―――」
川内「把握している?今、この時点で」
陽炎「・・・・・・・・・っ、撤退します。曙は響と電を曳航」
曙「ぐっ・・・はい」
川内「モタモタしないっ、神通の追撃は甘くないよ!」
神通「その通りです、不知火・・・暁と雷の指揮は任せます。潮は私と突撃を」
不知火「了解」
潮「はっ、はい!」
53:
陽炎が手間取った旗下と敵部隊の状況の把握を一瞬で終わらせていて・・・。
既に神通は追撃戦へと舵を切っていた。早い、とにかく早い。
陽炎「川内さんと私で応射!曙早く撤退して・・・早く!」
後手に回る陽炎艦隊は、川内のフォローでかろうじて陣形を保っていた。
途中まではほぼ互角に見えた戦闘も、気が付けば神通側の圧倒的有利に傾いている。
陽炎の指揮がマズかったのだろうか?今の私よりも何枚も上手の指揮だったのに。
結果的に、彼女たちの部隊が撤退ポイントまで着く頃には。
陽炎、川内以下部隊の全員が大破判定を受けていた。
54:
演習が終わって、陽炎や神通たちは全員で感想戦に入っているようだった。
それを真似する訳ではないが、思いついたことを言ってみる。
私の意見を球磨がどう解釈するか、試してみたかったからだ。
球磨「浜風、どう思うクマ?」
しかし彼女は浜風に話を振る。
浜風もまさか自分に矛先が向かうとは思っていなかったようで、完全に動揺している。
浜風「えっ、私・・・ですか!?」
55:
球磨「全く、もう一度言われなきゃ分かんないクマ?浜風、どう思う」
浜風「えっと、あの。私は・・・・・・」
浜風らしくない、歯切れの悪い口調。
どうした、球磨の高圧的な態度に臆している訳でも無さそうだが。
球磨「そこが、さっき副艦・・・補佐役やってた川内や不知火とおめーの違いクマ」
球磨「よく覚えておくといいクマ」
浜風「・・・・・・・・・っ、はい」
浜風と視線を合わせようともせず、前を向いたまま球磨が言い放つ。
浜風も浜風で、言い返すこともせずそれを受け入れているのが面白くない。
56:
磯風「球磨、浜風は良くやってくれている。言い過ぎではないか?」
球磨「今までずっと、浜風が補佐役だったクマ?」
磯風「そうだ」
球磨「不満はなかったクマ?」
ふざけるな。
磯風「あるわけがないだろう!」
この時の私は、やはり球磨は酷い奴だと思った。嫌いだと思った。
愚かにも浜風が侮辱されたと思ったからだ・・・なんという未熟。
57:
球磨「お前もか、浜風」
浜風「・・・・・・・・・はい」
キっと、できる限りの鋭い視線を球磨に向けて睨みつけてやる。
奴はきっと、意地悪そうな目をしていると思ったから。
球磨「不満がない、か。そうだろうな」
球磨「そう言うと思った・・・クマ」
でも奴は・・・球磨はやれやれと物分りの悪い新人をみる目つきで。
さてこれからどうしよう、とでも言いたげな顔つきをしていたのだった。
59:
球磨「木曽・・・艦隊の指揮でおねーちゃんに不満、あるクマ?」
木曽「ありまくりだ、馬鹿」
噛み付くように自分に反抗する木曽。
その反応に球磨は怒るでもなく、おかしそうにクックックと笑って。
球磨「まあ、そういうことクマ」
司令と同じく、謎めいた言葉を口にして去っていった。
60:
球磨「明日は一緒に出撃だクマ。ま、せいぜい考えて、悩むんだなクマ」
磯風「あ、ああ・・・」
球磨「それにしても木曽、あそこは嘘でも不満はないって言うところクマ」
木曽「嘘でも言うか馬鹿っ、この前もオレを散々こき使った癖に!」
呆然と立ち尽くす私の耳に、去りゆく軽巡洋艦の声だけがこだましていた。
61:
私たちの部屋まで帰る途中に、浜風に声をかけた。
球磨の一言で落ち込んでいるのではないかと思ったから。
磯風「安心しろ、浜風。私はお前を信頼している、不満なんてないさ」
それでいくらか安心してくれると思ったのだ。
・・・でも、浜風の反応は私の予想とは全然ちがったものだった。
62:
浜風「磯風、球磨さんは・・・正しいです」
磯風「どういうことだ、浜風。私は不満などないと言っている。大丈夫だ」
浜風「正しいんです、あの人は。神通さんよりもよっぽど、よっぽど厳しくてそして」
浜風「面倒見の良い方です」
白手袋で覆われた拳をぎゅ、っと握って、悔しそうに唇を引き結んで。
それきり浜風は何も喋らなかった。
司令に球磨・・・そして。
浜風、お前まで私を混乱させるのか?
67:
朝の洋上は雲一つない晴天のもと、どこまでも澄み渡っていた。
その碧い海を球磨率いる水雷戦隊が駆ける。私のデビュー戦、それは・・・。
磯風「船団護衛任務、か」
球磨「まさか不満だとか言う気じゃないクマ?」
磯風「資源を守るのも大切な任務だ」
本音を言えば最前線の海域攻略任務に当てられるものと思い込んでいたが。
船団護衛だって大事な任務。そう思っていることに変わりはない。
68:
球磨「よろしいクマ」
磯風「うわっ・・・あまり頭を撫でるな、私は子供ではない」
長い髪をクシャクシャと撫でられるのはあまりいい気はしない。
こんな乱暴な・・・司令ならもう少し優しく・・・。
球磨「提督なら良かったクマ?」
心の中を読まれたようで、慌てて弁解するように口を開く。
69:
磯風「ち、違う。司令はこんな乱暴に撫でたりはしない」
球磨「ほほう、撫でてもらったことはあるみたいクマ。しかも優しく?」
磯風「なっ・・・」
球磨「ふふふ?ん、磯風は結構乙女さんみたいクマ」
顔を赤くする私をイタズラっぽい目で見て、球磨は勝手に持ち場へ帰っていく。
言うだけ言って弁解はさせない。やはりコイツは・・・嫌いだ。
70:
さて、今日の任務である船団護衛・・・これは半日がかりの任務となる。
出発地点である港から目的地の港へ比較的深海棲艦たちに遭遇しない進路をとり、護衛することが主たる任務だ。
もちろん、敵を蹴散らすことができるのならそうしてしまっても構わないだろうが。
私は自分がどう実力を発揮して球磨を見返すか・・・そんなことしか考えてなかった。
港から無事船が出航し・・・それを囲むように複縦陣を形成する。
先頭の両翼に球磨と木曾が位置取り、どちらの方向にも対応できる陣形。
71:
左舷は前から球磨、私、時雨。右舷は木曾、夕立、叢雲の順で進む。
私を真ん中に置くのは、何かあった時に前後からフォローするためだろう。
心遣いはありがたいが・・・同時に評価されていないのだと悔しく感じてしまう。
夕立「新人さんが来たってことは・・・夕立先輩っぽい!偉くなったっぽい!」
球磨「ほほーう、ならこの前の話もしちゃっていいクマ?」
夕立「球磨さん、それは駄目っぽい!絶対駄目っぽい!」
球磨が夕立をからかって、艦隊に笑いが起こる。
72:
磯風「ふむ」
自分には厳しい言葉を向けるが、部下たちには好かれているらしい。
本当は優しい人なのだろうか、自分もさっきからかられたが。
時雨「厳しくて、優しい人だよ」
磯風「えっ」
時雨「球磨さんのことを考えてたでしょ、違う?」
急に隊内無線の・・・私個人宛で声をかけられて驚いてしまう。
咄嗟に時雨がいる後ろを向くと、前を見なよと手ぶりで窘められて余計恥ずかしい。
進撃中に後ろを向いてどうするのか。新人以前の問題だ。
73:
磯風「自分は気に入られていないのかと思った」
時雨「そんなことをする人じゃないさ」
磯風「何となく、それは分かってきた。先程も声をかけてくれたしな」
あれは新参の自分が固くならないようにという配慮なのだろう。
・・・・・・話題の選び方が全然、嬉しくなかったが。
磯風「だからやはり、何か言われるのは私が未熟なのだからだろう」
時雨に答えながら、これは自分の心の中に問いかけているのだと私は気づく。
一体私に何が足りないのか。いや、足りないものはいっぱいある・・・その中で。
時雨「そうだね、そうだと思うよ」
74:
時雨の直接的な返答に、ちょっと意外だと思った。
柔らかい物腰から、あまり強い言葉を使う艦娘ではないと思っていたから。
慌てたような口ぶりで、すぐに言葉が付け足される。
時雨「ごめんね、気を悪くしたかい?」
磯風「いや、少し意外だったから。時雨はあまり喋らないタイプかと思っていた」
時雨「そうだね、そうなんだけれど」
時雨「君を見ていると、新人だったころのボクを思い出したから・・・つい」
75:
聞いたことがある。
磯風「確か時雨も・・・最初の上官は」
時雨「うん、球磨さんだったよ。夕立と一緒にね」
時雨、夕立はいきなり前線へ抜擢された駆逐で、その時の上官も球磨。
同じ境遇の私も、時雨並みの期待を寄せられている感じがして嬉しかったのだ。
76:
時雨「あの頃は大変だったよ」
磯風「やはり時雨も厳しいことを言われたのだろうか」
自分から見れば完璧に見える時雨でも、昔は未熟だったのだろう。
そんな当たり前なことを思った。
時雨「当然さ・・・そして今も、足りないものだらけだけれどね」
クスリと控えめに、けれども可愛く笑う彼女を見て。
自分もこういう風になりたいなと思った。
77:
磯風「だが・・・私に足りないものとは何だ?」
磯風「訓練も演習も・・・神通のもとで一生懸命やってきた。手を抜いたことはない」
―――お前、本当に真面目にやってるのかクマ?
昨日の球磨の台詞を思い出す・・・私の演習結果を見たあとの言葉だ。
あれは意地悪ではなく、先輩としての意見だったということ。ならば、何が?
78:
時雨「ああ、球磨さんの気持ちが分かるなあ」
磯風「どういう意味だ?」
時雨「もどかしいってこと。昔の自分を見ているようで」
言葉は優しいが、苛立ちを含んだ幾分冷たい口調が私の背筋を伸ばさせる。
時雨「足りていないことに気づいていない・・・それが一番未熟ってことさ」
磯風はさ、と一度間を置いて、時雨。
時雨「本当に足りていないって思ってる?」
79:
その言葉は今度こそ、私の一番深いところへと突き刺さった。
至らない、未熟は覚悟している―――自分は何度その言葉を口にしてきた?
だけど具体的に何が足りていないか・・・意識したことはないのではないか。
時雨「”何が”足りていないか、分かっているのかな?」
心の奥底では反発していたのだ。
一生懸命やっている自分の、どこに落ち度がある?と。
80:
時雨「ごめんね、自分がそうだったから。キツイこと言っちゃった」
磯風「いや・・・ありがたい意見だ。ありがとう」
無線を切る前にかろうじてそう言ってのけたのは、残った微かなプライドをかき集めたから。
自分は今日、目を背けていた”足りないもの”を突きつけられるのではないか。
そんな冷えた予感を抱きながら、私は船団護衛の任務へと意識を戻していく。
81:
夕立「右弦敵艦発見っぽい!」
敵は突然現れた。
深海棲艦の出現には決まったパターンがない。
海の底から、霧のなかから、そして何もないところから突然・・・奴らは現れる。
今回は船団を挟んで私と反対側に敵が出たため、どんな方法で現れたかは知る由もない。
球磨「叢雲」
叢雲「背後敵影なし、右弦に敵軽巡2、駆逐3・・・夕立の援護にまわるわ」
82:
早い。呼ばれた時点で叢雲はそこまで把握していて、指示される前に動いている。
球磨から追加の指示が無かったところを見ると、彼女からみても叢雲も動きは完璧なのだろう。
対して私はというと、球磨からどんな指示が来るのか想像も出来ずに待ちの姿勢。
球磨「木曾はそのまま迎撃、夕立叢雲は前で迎撃、時雨磯風は左弦。戦闘開始クマ」
磯風「なっ・・・」
神通の指揮とはまるで違う。
あの人は旗下の艦娘の誰が何をするか、もっと具体的に知らせてくれた。
83:
絶句している私をよそに、状況はどんどん進んでいく。
護衛している船団の向こう側で、駆逐艦の主砲の音が鳴り響きだした。
球磨「ボサっとしてる暇はないクマ」
時雨「磯風、ボクと一緒に左弦警戒だ」
またしても隊内無線、今度は全員のチャンネルだ。
球磨「慌てるなクマ。右弦はそう簡単に崩壊しないクマ。じゃあ左弦の球磨たちがやることは?」
もちろん新たな敵艦隊が来ないかの確認。
演習で何度だってやってきたのに、それが出てこなかった。
84:
磯風「すまない・・・」
球磨「謝るのはあとクマ」
球磨「新人がすぐに動けるなんて思ってない。その為の球磨と時雨クマ」
叱責されると思ったが、意外にも優しい言葉遣い。
時雨「早ボクたちの出番だ」
時雨「左弦後方から新手、ボクと磯風で受けます」
球磨「時雨」
球磨「頼むクマ」
何をだろう、なんて思う暇は私には無かった。
85:
時雨「磯風、敵勢力の報告は?」
磯風「・・・っ、駆逐3だ。時雨と迎撃に向かう」
時雨「イ級が2隻、一番端がロ級であれが旗艦だろうね」
何から何まで指示されたあとの行動。
だけれども嘆くのは後だ。まずは敵を蹴散らしてから。
磯風「時雨、私が前に出る。援護をしてくれ」
時雨「え・・・ちょ、磯風!?」
球磨「ふん、想定通りクマ。時雨はフォロークマ」
時雨「もう、ホントに昔のボクみたいだ!」
86:
敵の方が数が多い・・・特にこちらが単艦の場合。
駆逐艦がやるべきことは一つ、とにかく動くこと。
動いて動いて敵を翻弄して、隙が出来た瞬間に主砲の一撃を叩き込む。
何度も何度も、文字通り血反吐を吐きながら練習した動きに歪みはない。
前後左右に細かな動きを繰り返していくうちに、敵艦が苛立つのが分かる。
磯風「そうだ、もっと・・・もっと焦れるんだ」
87:
そして好機は来た。
真ん中の敵駆逐イ級が膠着状態に耐えかねたのか、単騎で突出してくる。
思い通りの状況に、胸の内でほくそ笑む。
磯風「甘いな、その程度の突撃では磯風は捕まらない」
流れるような動作で後退、敵の突撃を空振りに終わらせて―――。
磯風「撃って撃って撃ちまくる!」
ドドド、ドドドドッ。
隙だらけの巨体に主砲を食らわせてやった。
駆逐イ級はおぞましい悲鳴をあげながら大破状態となり、半身を水に浸からせる。
あと数撃・・・もしくは魚雷の一本でも当たれば撃沈というところで。
88:
時雨「磯風、キミも前に出すぎだ。援護するから一度下がったほうがいい」
磯風「しかし――」
まだやれる、そう言おうとしたまさにその時。
おそらく味方をやられたからだろう。
敵旗艦である駆逐ロ級がグオオオオ、と雄叫びをあげて私のもとへ突っ込んできた。
磯風「ふん、次はお前か」
素早く脳内でこのあとの戦闘の計算を立てる。
大破したイ級を救うためにロ級は囮となって突っ込んで、その隙にもう片方の、無事な方のイ級が沈みかけた味方を回収する・・・そんなところだろう。
演習で何度も同じパターンをやった。それを忠実に実行するだけ。
89:
磯風「それならば対処の仕方は簡単だ。時雨、援護を」
磯風「大破した奴の回収などさせない、このまま誘い出して攻撃だ」
時雨「磯風・・・何を言って!?」
そう言って大破した敵の身体を回り込んで突撃してくるであろう駆逐ロ級に備えていた私は次の瞬間、度肝を抜かれる。
磯風「えっ!?」
ギアアアアア、と断末魔の叫びを洋上に響かせて。
大破状態だった駆逐イ級が”何か”に押しつぶされて沈んでいく。
90:
磯風「そんな・・・まさか」
信じがたい光景に私は棒立ちとなって、意味のない言葉ばかりが迷い出る。
磯風「味方を・・・犠牲にして?」
敵旗艦―――駆逐ロ級は沈みゆく味方―――駆逐イ級の背に乗ってこちらを睨む。
はじめからコイツは仲間の生死など眼中になく、ひたすら私を沈めることだけを考えていたのだ。
艦娘同士の演習ではありえない行動。思いつくことすらない選択肢。
全く頭になかった行動をとられた私に成す術などなく、その場で硬直する。
91:
時雨「くっ・・・ここからじゃ、撃てない!」
時雨と駆逐ロ級の丁度射線上に私が立っているため、彼女からの援護も期待できない。
ああ、終わった―――。
磯風「すまない、浜風」
今度は私が先に逝くようだ―――そう思った刹那。
球磨「舐めるなクマーーーー!」
間の抜けた語尾とともに思いきり振りかぶった彼女の拳が、駆逐ロ級を吹き飛ばした。
95:
球磨「ボサっとするな!」
磯風「なっ・・・あっ・・・」
球磨の叱責で私は我に返るが・・・すぐには動けない。
その間に最後の駆逐イ級が私のもとへ迫る、迫る、迫る―――!
球磨「チッ!」
球磨「時雨!」
時雨「くっ・・・了解」
ギャアアアアアア、と世界への怒りを滲ませて、駆逐イ級の主砲が私たちに照準を合わせたのと同時。
時雨がなんとか敵へ主砲をぶち当てて、奴の狙いをずらした。
96:
ズドン。
敵の一撃は私と球磨の数メートル手前に着弾。
磯風「・・・!」
球磨「捕まるクマ!」
球磨に抱きしめられながら、衝撃で吹っ飛ばされる。
磯風「ぐっ」
球磨「いっつ・・・木曾!」
木曾「了解、分かってるって」
木曾「人使いの荒いお姉さまだぜ・・・ったく」
側面から回り込んだ木曾によって攻撃される駆逐イ級は、弱々しい悲鳴とともに逃げていく。
98:
見れば、右舷を襲ってきた敵も・・・軽巡一隻、駆逐三隻がそのまま同じ方向へ去っていく。
いずれも夕立と叢雲によって手痛い反撃を被ったのが遠目にも分かった。
球磨「戦闘終了、いったんみんな集まるクマ」
球磨「船団にはすまないけれど・・・」
叢雲「しばらく停船してもらえるよう、頼んでおいたわ」
球磨「クマ」
99:
艦隊で唯一、手傷を負った私を囲むようにしてみんなが集まる。
不甲斐なかった。情けなかった。だから下を向いて何も言えなかった。
この時の私は・・・それでもまだそんな傲慢な落ち込み方をしていたのだ。
球磨「取り敢えず、磯風以外は?」
木曾「全員無傷、周りに追加の敵影もないから大丈夫だ」
流れるような木曾の返答に、球磨は再び満足の声をあげて。
100:
木曾「念のため時雨、夕立は電探を見ていろ」
時雨「でも」
木曾「聞こえなかったか?」
時雨「・・・・・・・・・了解」
夕立「ぽい」
独走した新人に文句の一つでも言いたかっただろう、特に援護を押し付けられた時雨は。
木曾がそれを許さなかったのが、私にも分かった。
それは旗艦の・・・球磨の仕事だからだ。
初日の言いつけを木曾はこれ以上ないくらいに忠実に守っている。それが、分かった。
101:
球磨「まずは身体のほう・・・大丈夫かクマ?」
磯風「・・・・・・・・・ああ、中破だが・・・問題はない」
拳を握り締める。昨日の浜風よりも強く、骨が軋むほどに。
球磨「さて・・・独断専行して勝手にピンチに陥って」
球磨「色々と言うことはあるクマ」
磯風「・・・・・・・・・はい」
球磨「まあそこら辺は帰ってミッチリと絞ってやるクマ」
球磨「んで、上達したら延々と笑い話にしてやるクマ」
球磨「ふふふーん、覚悟するクマ」
初めて会った時の気だるそうな表情ではなく。
出撃前の、私をからかうようなイタズラっぽい笑顔で、彼女は言う。
102:
頭をくしゃくしゃと撫でられる。ぎゅっと抱き寄せられる。
ああ、自分は・・・見返そうと思った相手に。
・・・・・・・・・慰められている。
叱責されるよりも、詰られるよりも・・・そのことがいっそう、私をみじめにさせた。
見返そう、見返そうなどと思って意気込んでいたのは私だけで。
球磨は最初から、私がミスすることを織り込んで行動していたのだ。
103:
私のことを馬鹿にしていたからではない。
新人がミスをするのは当然で、それをフォローするのも上官として当然という考えで。
おまけに私が周囲から責められないよう、自分で自分を責めないよう、冗談を口にしながら。
器の違いを見せつけられて、そんなことでショックを受けて。
だから、くだらない考えが浮かんできた。
戦闘前に感じた嫌な予感が今、的中する。
104:
磯風「そうだ、残りの敵の艦隊は?」
球磨「・・・・・・・・・」
球磨「心配いらんクマ。損傷与えたら逃げていったクマ」
何かを察したのか、木曽が私の肩に手を寄せるが私は止まらなかった。
ずっと下を向いたままだった私は気づきもしなかったので、後から聞いた話だと。
この時点で球磨の笑顔が固まったのを見てヤバイ、と思ったらしい。
「あれはなあ・・・ビビるぜ?」
のちに笑いながら木曾が語った感想だった。
あの制裁をこの身に受けた者としては・・・同意見だ。
105:
磯風「追撃戦に移行しよう」
磯風「敵艦隊は損傷を受けて逃げ帰っている。対してこちらの損傷は私のみ」
それは、少しでも失点を取り返そうという浅ましい考えから浮かんだもの。
だから、取り繕った・・・進言を取り上げてもらうだけの、泥にまみれた美しい詭弁を。
磯風「この間の演習の神通のように・・・破竹の勢いで攻め立てれば勝利は間違いない」
磯風「どうだろうか、艦隊旗艦?」
言い切るでもなく、最後の判断は旗艦任せ。
軽蔑されてそのまま置いていかれても仕方なかったものだと思う。
106:
わしわしと私の頭を撫でていた手が、ピタリと止まる。
そのことが、もう取り返しのつかないことだと私は気づけない。
球磨「本気で言っているクマ?」
磯風「ああ」
球磨「今回の任務で、敵が襲ってきた。追い返した。これで十分とは思わないクマ?」
磯風「ああ」
球磨「お前、中破だろクマ。それでもここで追撃と言うクマ?」
磯風「ああ」
球磨「もう一度、聞く。取り消すつもりはないか?」
107:
意地になっていた。一刻も早く汚名を雪ぐ・・・そればかりに囚われた私は。
球磨の語尾が変わったことにも気づかずに、最後の返事を口にした。
磯風「ああ、取り消すつもりは、ない。追撃――」
最後まで言えなかった。
優しげな愛撫ではなく、窘めるような張り手でもなく。
球磨「ふざけんじゃねーぞ、お前」
先ほど敵の駆逐を吹っ飛ばした時と同じ、全力の拳が私を襲った。
112:
突き抜けるような晴天の、少し暑い日です。
胸元が空くのが嫌な私は、いつも艤装のボタンをきっちりと上まで閉めていますから、こんな日は気が滅入ります。
鎮守府で男性と言えば提督だけで、提督は私など眼中にないと思うのですが。
それでも、だらしない女だと思われるのは・・・そう、嫌・・・です。
浜風「はぁ・・・」
思わず溜息が出ます。
今日は磯風とはじめて別々の任務となりました。
そんな日は提督のことを考えても、気が塞ぐばかりです。
113:
い、いえ。間違えました。
いつもだったら気分が高揚するとか、ドキドキするとか・・・そういうことではないのです。
上官に対してそういう思いを抱くのは・・・不純です。
浜風「はぁ」
溜息が止まりません。
この間の球磨さんの言葉が胸に突き刺さったまま、離れないからです。
114:
―――そこが、さっき副艦・・・補佐役やってた川内や不知火とおめーの違いクマ
今日は午前に簡単な任務があっただけで、午後はフリーなのが救いです。
この状態のままでは、どんなミスをするか分かりませんから。
そうやってあてもなくブラブラと鎮守府を歩いているところへ。
川内「何してるの、浜風。夜戦?」
意外な人物に声をかけられました。
115:
川内「あの時あの人は・・・こうやって私たちを見渡してたんだなあ」
浜風「は?」
演習場を見渡せるふ頭に立つと、川内さんが呟きました。
川内「何でもない、忘れて」
浜風「はあ」
大好きな夜に馴染む漆黒の髪が、風に揺られてサラサラと靡きます。
髪と同じ深い色の瞳がこちらを見つめると、同性だというのに思わずドキリとしました。
今更ながら、川内さんがどんなに綺麗な人かを意識してしまいます。
116:
川内「磯風は今日から実戦みたいね」
川内「提督も期待しているみたいだし、頑張ってもらわなきゃ」
浜風「彼女なら大丈夫でしょう」
そう言いつつも磯風の事が褒められて、私は口元が綻ぶのが分かります。
川内「そういえば、この前の・・・神通に勝った演習結果見たんだけどさあ」
自然な話の運びぶりに、私は何も警戒することがありませんでした。
117:
川内「まあ、頑張っているよね。あの時の副艦は誰?」
浜風「磯風の副艦は私です」
だから、何気なく・・・口に出しました。
まるで女優のような演技にほだされて。
川内「へえ、いつもあなたが?それとも浦風と交代?」
浜風「いつも私です」
川内「そうなんだ、読んだだけじゃ分からなかったよ」
世間話でもするように、あっさりと。
川内「だって”何もしてなかった”からさー」
118:
驚いて顔を見上げて・・・思わず彼女と顔を見合わせます。
先ほどと同じ様な気さくな笑み、こちらを射抜く漆黒の瞳―――。
見誤った。
それは私に対する親しみの表情などではなく。
川内「浜風、あなた・・・磯風の副艦ですって言えるだけのことしてる?」
湧き上がる怒りを貼り付けた微笑みによってかろうじて抑えている。
そんな表情だったのですから。
119:
川内「今日・・・今日何も起きなかったら明日・・・いずれ遠くない日に」
川内「磯風は失敗するよ、しない訳が無い。旗艦が球磨じゃなくてもぶん殴られる」
川内「今日の任務は『船団護衛』・・・わぁ、逆に旗艦が球磨で良かったじゃん!」
私の不安をじわじわと煽るような、楽しげな声。
優しい先輩だと思っていました。
夜戦好きの一風変わった、でもどんなことでも声を荒げることのない、そんな人。
神通さんの副艦を務め、時には代わって水雷戦隊旗艦の任につき。
提督が最も信頼を置く艦娘の一人が、そんな甘い人物なわけがない。
120:
川内「私か神通の時に『船団護衛』でやらかしたら・・・うんうん、殴るだけじゃすまないや」
川内「そして・・・磯風が失敗するのは浜風。あんたのせいだ」
浜風「・・・・・・・・・」
川内「何を言われているか、分かるわよね?」
浜風「・・・・・・・・・」
川内さんの叱責に私は何も言えず、ただただ俯いているだけでした。
121:
球磨「もう一度、聞こう」
球磨「おめー、真面目にやってるのか?」
磯風「ぐっ・・・うぅ」
球磨「答えろよ」
頬を思い切り殴り飛ばされて跪く私だが、球磨は容赦しない。
それでも、精一杯の虚勢を張って、私は答える。
122:
磯風「真面目に・・・やっている」
球磨「嘘だな」
球磨「おめーは一度として、真面目にやってなんかいないよ」
球磨「今日だけじゃない、訓練の時から数えてだ」
また、昨日の執務室での会話が持ち出される。
私が気付いていない、私の未熟さの話。
磯風「何だと?」
球磨「神通に勝った、敵を追撃して殲滅した、だから何だ?」
自分で答えを出せない甘ちゃんに叩きつけられる現実。
123:
球磨「もう一度任務の内容、言ってみろ」
磯風「あ・・・」
船団護衛。
今日の任務も、神通に勝った演習のときも・・・課せられた使命はそれ。
港から港へ、物資を無事に送り届けること。それが何よりも大切な、為すべき事。
敵を倒せ、などという事は一言も命じられていない。
それを私だけが、理解していなかった。
球磨「顔をあげろ」
跪いたそのままの姿勢で、私の前に仁王立ちする球磨を見上げる。
私とそう変わらない、その小さな身体を・・・初めてこわい、と思った。
124:
球磨「二つ、間違いを犯した。分かるか?」
怒鳴って終わりにはしない。この人は正しさを叩きつけてそれで良し、としない。
あくまでも自分で答えを出させる・・・そんな、そんなどこまでも厳しい人。
磯風「己の功績に囚われて・・・任務の内容を履き違えた」
今回も、演習の時もそうだ。
守るべき船団を襲撃してきた敵を追い返した、それで任務は成功なのだ。
125:
浜風「追撃、ですか」
浦風「追撃でいいんじゃね?」
神通「はい、ですから・・・もしも私があなただったら。磯風」
神通「追撃はしなかったでしょう」
追撃を選択した私への、彼女たちの言葉が蘇る。
みんな、自分以外は任務の内容を正しく理解していたのだ。
神通に勝つ、それだけに囚われていた私と違って。
126:
あの日、執務室で。
埃だらけの名誉を着飾って、成果を認めて欲しいだのと言った私は。
司令や神通、球磨たちにさぞ滑稽に見えただろう。
提督「磯風・・・訓練と実戦は違うと思うかい?」
やっと、司令の言葉の意味が分かった。
実戦のつもりで、訓練にも望んでいるつもりだった・・・”つもり”だったのだ、私は。
守るべき船団を置き去りにして無意味な追撃をして。
消耗した部隊で無事に船団を護衛できる保証なんてどこにもない。
127:
今日だってそうだ。戦いを思い返してみると、思い至るところばかり。
夕立も叢雲も木曾も私よりも優秀なのに、右弦で倒した敵艦は少なかった。
そしてその分、船団から攻撃を逸らすことを重視して動いたのだろう。
彼女らは理解していたからだ、任務の達成に必要なものとそうでないものを。
気づける要素はどこにでもあった。みんながそれとなく提示していた。
演習要項を浜風に読ませたのも、さりげない木曾からの助言だったのだ。
時雨「”何が”足りていないか、分かっているのかな?」
ついさっき時雨に言われたことば。
分かっていなかった、自分の武勲しか見ていなかった私は。だからこんな無様な真似をした。それを今、思い知らされる。
128:
球磨「そうだな、おめーの活躍なんか、襲われる船団からすればどーでもいい」
球磨「あそこに乗ってる人たちはただ、無事に目的地まで行きたいだけ」
球磨「敵を殲滅しました、S勝利です。でも船団は守れませんでした・・・話にならない」
磯風「・・・・・・・・・」
もう、ただただ頷くしかない。口に出来る言葉を持ち合わせていない。
球磨「まあそれは球磨たちがさせないし、今回もフォローする自信があったから」
球磨「だからお前に気づかせるためにやらせた。任務は成功させる、心配すんな」
球磨「だからあと、もう一つ・・・こっちの方が重要」
129:
まだ、何かあるというのか?
任務の内容を理解しておらず、みんなの足を引っ張ったことよりも重い失敗・・・?
分からない、もう分からない。
どうしようもないほどの重みに心が耐えかねて、上げていた顔がまた下を向く。
すっと、視界の端に動くものを見る。
それは先ほど私の頬をぶん殴った、球磨の右手。
また殴られる―――それだけの事を私はしてしまたのだ―――そう思ってぎゅっと目をつむる。
130:
身構えた私に、すぐにでも来ると思っていた衝撃は訪れなくて。
磯風「え・・・あっ」
代わりにやって来たのは・・・柔らかく私の頭を撫でる、球磨の優しい手の感触。
球磨「こんなボロボロな状態で追撃して、もし沈んだらどうする?」
球磨「お前が・・・大切な仲間が沈んじゃったら。お姉ちゃん悲しい・・・・・・クマ」
磯風「あ・・・あぁ・・・」
泣くまいと思っていた。
己の失態で迷惑をかけて、泣き散らすなど無恥もいいところだと。
131:
磯風「ごめ・・・なさい、ごめんなさい・・・っ!」
でも、無理だった。
間違った私を諭して、こんなにも気遣ってもらえて。
申し訳なさでいっぱいだったのに、今は嬉しくて・・・気持ちが、溢れてしまう。
磯風「う・・・あぁ・・・うわあああああああ!」
球磨「ちょ、抱きつくなクマ。暑いしうっとーしいクマー!」
緊張した空気が緩んで、周りのみんなも私たちを囲んで喋りだす。
132:
時雨「やれやれ、やっぱりこうなった」
夕立「時雨の時といっしょっぽい!」
叢雲「あー、あの時もメンドクサかったわ。ねえ、木曾?」
木曾「だな、思い出しちまうぜ」
時雨「ちょっと、今更言わないでよ、恥ずかしいな」
他人事のように笑い出すみんなに、球磨が耐えかねて。
133:
球磨「お、お前ら見てないで助けるクマ」
磯風「うっ・・・ぐ。お姉ちゃん、ごめんなさい・・・」
時雨「いやあ、邪魔は出来ないよ。”お姉ちゃん”?」
球磨「お、覚えてろクマー!?」
磯風「ごめんなさい、ごめんなさい・・・お姉ちゃん・・・ぐすっ」
球磨「あ?、分かったからお前も泣き止むクマー!」
大泣きする私を、球磨以外は笑いながら見守るのだった。
141:
川内「提督はね、すっごい優しい人だよ。みんなにみんなに、優しい人」
川内「私だけに優しくてもいいのに・・・なーんてね?」
浜風「・・・・・・・・・」
何も答えられない私に放たれた冗談は、かえって虚しさを増すだけ。
提督が優しい・・・あまり接点がない私でも、それは分かります。
余所の鎮守府では艦娘を兵器としか見ていないところもある・・・そんな話も聞きますから。
142:
川内「提督はね、すっごい優しい人だよ。みんなにみんなに、優しい人」
川内「私だけに優しくてもいいのに・・・なーんてね?」
浜風「・・・・・・・・・」
何も答えられない私に放たれた冗談は、かえって虚しさを増すだけ。
提督が優しい・・・あまり接点がない私でも、それは分かります。
余所の鎮守府では艦娘を兵器としか見ていないところもある・・・そんな話も聞きますから。
143:
川内「磯風や浦風と一緒の部屋が割り振られているのも・・・訓練で同じ部隊なのも」
川内「全部あの人の厚意だからね、息が合った娘同士の方が良いだろうって」
それは知りませんでした。下っ端の駆逐にそこまで気をかけて下さっていたなんて。
川内「でもね、優しいだけじゃない人なの。とっても優しくて・・・でも意地悪」
浜風「いじ・・・わる?」
この場に似合わない子供っぽい表現。
144:
川内「そんなあの人が、磯風だけ前線に置いて・・・あなたを呼ばなかった」
川内「その意味、もっと良く考えなよ」
浜風「それは・・・磯風の方が優秀、だから・・・」
川内「なに、言い訳?いいよ、夜戦まで暇だからずっと付き合うよ?」
とびっきりの作り笑顔で、バッサリと切られます。
初めてこの先輩がこわいと思いました。
言い訳を、逃げを許さない厳しさは一体、どこで身につけたのでしょうか?
145:
川内「自分の口で言えないなら私が言ってあげる」
川内「何で、追撃しようとする磯風を止めなかったの?」
ああ。
川内「敵と味方の損害状況の確認・・・これは曙にも言ったんだけれど、何で副艦が把握して報告してないの?」
川内「気づいてたよね、任務の趣旨。気づいてたよね、磯風がそれに気づいていないことに」
正論は何よりも私を追い詰める矛となります。
何も言い返せません・・・その全てが正しいと、誰よりも私が分かっているから。
川内「何で言えなかったのか、当ててあげようか」
浜風「えっ」
いくらなんでも、そこまで。
146:
川内「嫌われるのが、怖かったんでしょ?」
浜風「何でそこまで、分かるのですか・・・」
磯風のリーダーシップは見事です。煌く才能の片鱗も、私には眩しいもの。
今は及ばなくても、いずれは陽炎に劣らぬ駆逐のエースになってくれる。
贔屓目に見なくっても、私はそう信じています。
そんな磯風の隣に、私はいたい。そう思った。
それと同時に、思ってしまった・・・あの娘に嫌われるのがこわい、と。
結果、彼女が下す判断に真っ向から意見出来ず・・・私は彼女の指揮に黙って従うだけ。
いつしか私は、彼女の指揮に従うだけの兵器へとなり下げっていたのです。
147:
川内「間違いを指摘してくれるはずのパートナーがそれじゃ、さみしいよ」
先ほどの厳しさがなりを潜め、かわって本当にさみしげに、川内さんが呟きます。
川内「間違いに気付けなかった磯風はきっと、失敗してくる」
川内「旗艦は球磨だからね、間違いに気づかせた上で無事に帰ってくるよ」
それは馴れ合いになってしまった私と磯風には無い、信頼という名の絆。
148:
浜風「今からでも」
川内「ん?」
浜風「今からでも、遅く・・・ないでしょうか?」
震える私をそっと抱き寄せて、川内さんが言います。
川内「遅いなんて・・・そんなわけないじゃない」
川内「これからよ、これからどう頑張るか。見てて上げるわ、浜風」
浜風「はい」
149:
しばらくそうして抱き合って。
ふいに川内さんが、私の耳元で呟きます。
川内「私もね、そうだったの」
口調が柔らかく・・・いえ、柔らかくでは適当ではありません、なんでしょうか。
とにかく口調が変わったことに驚いて、私は続く言葉に釘付けになります。
川内「つらいことがあって、妹が落ち込んで。でも私は何も出来なかった」
川内「自分が傷つくのも、妹を傷つけるのも怖くて。逃げてたの」
それは、今の私と磯風よりもはるかに重い状況だったのでしょう。
150:
川内「で、提督に怒られて、助けられちゃった」
大切なものを包むように、胸の前でぎゅっと手を握って。
演技ではないその微笑みに、私は見蕩れてしまいます。
それは厳しい上官としての表情でも、優しい先輩としてのものでもなく。
―――恋する乙女のもの。
川内「だから、今度は私が怒る番!ってね」
川内「頑張りなよ」
浜風「はい」
最後にニヤっと、イタズラっぽく笑って。
去ってゆく川内さんの姿が見えなくなるまで、私はその背中をずっと見つめていました。
159:
泣きはらした目を赤くして。
それでも私は最後まで任務をこなして、鎮守府へと帰還する。
時雨「ほら、磯風。旗艦への報告頼んだよ」
磯風「うむ。球磨、周囲に敵影なし。無事鎮守府へ帰還だ」
木曾「お姉ちゃん、じゃないのか?」
夕立「お姉ちゃんって呼ばないっぽい?」
磯風「う、うるさい。忘れろ!」
球磨「妹が増えたと思ったのに、姉ちゃん悲しいクマー」
艦隊にドッと笑いが起こって、私は目ばかりか顔まで赤くして縮こまる。
くぅ、一生の恥だ。
160:
球磨「帰ったら提督に頭撫でて慰めてもらうクマー」
それとも、と嫌味ったらしく間を置いて。
球磨「お姉ちゃんのナデナデの方が良いクマ?」
磯風「もうカンベンしてくれ・・・」
再び沸き起こる笑いに私はなすすべが無かった。
きっとみんな、私が落ち込まないように盛り上げてくれている。
・・・その方法は全く嬉しくないのだが。
161:
球磨「疲れたクマー」
磯風「艦隊、帰投だな」
たかが任務を一つ、こなしただけ。
乱暴に言ってしまえばそうだ。海域攻略だとか大規模作戦に参加したでもない。
でも今日、この任務に出て良かった。
・・・叱られて良かったと、心からそう思う。
浜風「その顔を見るに・・・無事、やらかした様ですね」
帰投を待っていたのか、浜風が陸に上がった私に声をかけてくる。
162:
磯風「随分な言われようだが、その通りだ」
磯風「まるで私が失敗するのが分かっていた様な言い草じゃないか」
自分が何を仕出かしたか、聞いて欲しかった。
これからの自分の鍛え方・・・その考えまで含めて、今日は付き合ってもらう気でいた。
だがそんなことはこちらから頼むまでもなく、浜風の方から切り出してきた。
今までの浜風からは想像もつかない、意外なやり方で。
163:
浜風「磯風・・・」
磯風「ん、なんだ」
浜風がすぅ、っと思い切り息を吸うのをただ見つめる。
ただでさえ大きな胸が強調されて、なんだか負けたような気になる。
そんな邪なことを考えていた私を睨みつけて、大きく一声。
浜風「当たり前です!」
磯風「・・・・・・・・・は?」
木曾「ほう?」
球磨「クマ??」
164:
また面白いものが始まったと見るや、球磨たちが遠巻きに私たちを見物仕出す。
なんだ、どうしたらいい。ええぃ、見てないで助ける・・・・・・わけがないか。
磯風「ど、どういうことだ、浜風?」
浜風「そもそも、私無しであなたが前線に出ること自体が間違っていたんです」
浜風「そんなの失敗するに決まっています」
磯風「し、失礼な―――」
浜風「大方血気に流行って突っ込んでしっぺ返しをくらった・・・そういうところでしょう」
まさにその通りの間違いを犯した私はぐうの音も出ない。
まさかの浜風のお説教に、ただただ耳を傾けるばかりである。
165:
浜風「全くあなたは、口を開けば進もうだの突撃だの、前しか見ていない」
浜風「この前の演習だってそうです、考えなしに神通さんを追撃して」
磯風「それについては反省している、だから・・・」
浜風「だから!」
私の発言を、またしても大きな声で上書きして。
これまでの勢いはどうしたのか、浜風が不安げな表情を作る。
あれ、こいつ。今まで意識したことはなかったけれど。
ほんの少し、目線が自分よりも下なのだ。
だから今、浜風は瞳をうるうると滲ませて、私を上目遣いで見上げている。
166:
そして浜風は、まるで主に対して許しを乞う子犬の様にこう言うのだった。
浜風「だから私が!・・・私が・・・これからも副艦として・・・補佐してあげ・・・ます・・・」
さっきまでの威勢は何処へやら、もしも断られたらどうしようなどと不安げに。
・・・まったく、馬鹿な奴だ。私が断る理由など無いではないか。
磯風「浜風」
浜風「は、はい・・・」
磯風「私は馬鹿なんだ」
浜風「はい・・・は?」
何を言い出すんだコイツは、といった顔で見てくる浜風。
本当に失礼な奴だな。
167:
磯風「お前の言う通り、一人で考えるとどうも前しか見えん。突撃突撃、それだけだ」
磯風「もう一度、訓練に立ち戻って自分を鍛え直すが・・・一人だとどうも不安だ」
磯風「だから・・・その、私が暴走した時に止めてくれる補佐役が、どうしてもいるんだ」
ええい、今日は何故こうも恥ずかしい事を何度も言わねばならん日なのか。
磯風「だから・・・だからその。これからも・・・私の隣にいて欲しい」
磯風「駄目かな、浜風」
浜風「はい、喜んで」
まるで姫君に忠誠を誓う騎士のように、浜風が差し出した私の手を取る。
そして。
168:
浜風「そうと決まれば、善は急げです」
磯風「え、何っ・・・!?」
私の手をとったまま・・・片手だけ繋いで、駆け出した。
そうなると、突然見世物が終わって驚いた連中が慌て出す。
球磨「あっ、お前らどこ行くクマー!?任務後の事後処理がまだクマ!」
磯風「し、知らん、浜風に聞いてくれ!」
浜風「すみません、少し磯風をお借りします」
球磨「どこ行くクマ!?」
浜風「決まっています、執務室です」
待つクマー、と叫ぶ球磨たちを置き去りにして。
片手だけ繋いだままの私は、どんどん浜風に連れられていく。
170:
そして。
浜風「失礼します」
挨拶もそこそこに、執務室のドアを開けた浜風は私とともに入室する。
提督「浜風に・・・磯風じゃないか」
神通「無事帰投したみたいですね、良かった」
川内「で、何しに来たの・・・夜戦?」
執務室にいたのは司令と、川内型の二姉妹。
海域の地図を広げていたところを見ると、何かの会議中だったらしい。
171:
私たちが切り出すよりも先に、司令から声がかけられる。
提督「初陣はどうだった」
磯風「散々だったさ、球磨に殴られた」
ハハハ、そうだろうなと・・・憎たらしくも司令は爽やかに笑う。
やはりそうだ、この人は・・・。
磯風「こうなると分かっていて・・・いや、最初からこれを狙っていたな?」
提督「聞き分けの良い素直な娘には見えなかったのでね」
ニヤっと笑ってそんな事を言う。
球磨たちをはじめ、先輩艦娘たちがみなイタズラ好きなのはこの人のせいではないか?
ふと、そんな事を思った。
172:
浜風「実は折り入ってお願いが―――」
意気込んで口を開いた浜風を手で制して、私が言葉を続ける。
磯風「私が甘かった。もう一度鍛え直したい、訓練組に入れ直してくれ」
提督「そうか」
別段驚いた様子はないところを見ると、ここまで織り込み済みだったらしい。
少し前ならそれを悔しくも感じただろうが、今はそんな事はない。
だって、本当に実力が足りていないんだから。背伸びしても仕方ない。
173:
提督「なんだ、怖気付いたか?」
浜風「提督っ・・・!」
磯風「ああ、そうだ」
浜風「磯風!?」
だから、司令の意地悪な質問にも、素直にこう答えてやれた。
この答えは予想していなかったのか、司令は意外そうに目を見開いてフっと笑う。
磯風「実戦の怖さ、自分の未熟さ・・・思い知った。思い知った上でまた、一から始めたい」
磯風「今度は私だけでなく・・・浜風たちと一緒に、だ」
神通「磯風・・・」
それを受けてか、浜風がすっと一歩前に出て。
174:
浜風「私からもお願いします、提督」
浜風「そもそも磯風を私の目の届くところから離すとはどういうお考えですか?」
浜風「今回の磯風の失敗、元をたどれば提督であるあなたの責任です。」
浜風「それが分かったら、即刻責任を取ってもとに戻して下さい」
そこまで言って大丈夫なものか・・・というか、浜風に一体何があったんだ!?
ここまで言いたいことを言う性格ではなかったハズなのに・・・。
まあ大方犯人は・・・司令の後ろで笑いをこらえている、あの夜戦馬鹿だろうが。
川内「浜風、あんた面白すぎ!」
ついに我慢しきれなくなって、大声で笑い出す・・・まったく、昼でもうるさい奴だ。
175:
提督「二人共、言うようになったじゃないか」
磯風「あっ」
浜風「えっ、あ・・・あうぅ・・・」
司令が両手で私たちの頭を撫でる。
球磨とは違った大きな手。男の人の手。
球磨に感じた安心感とは違った・・・もっと熱のこもった、経験したことのない感情が私の中に湧き上がる。
なんだこれは、なんだこれは、浜風!?
176:
浜風「・・・・・・・・・」
司令相手に啖呵をきった先ほどの威勢はどこへやら・・・見れば浜風は顔を真っ赤にして、声もなく俯いている。
行き場のない手を、スカートの裾をいじりながらもじもじとして。
腰が引けて困ったようにしているのに、決して嫌ですとは言わないのだ。
だから私も、そのまま司令に撫でられることにした。
提督「お前たちの進言通り、磯風は前線から外そう。一昨日の配属に戻る事になる」
だって私も、何故だか分からないが・・・浜風と同じ様に顔を真っ赤にして、司令のことを見られずにいるのだから。
浜風がやめろと言わないのなら良いじゃないか。なあ、浜風。
177:
提督「磯風に浜風・・・お前たちは期待の新鋭駆逐艦だ。これからの活躍に期待しているぞ」
きゅん、と胸が切なくなって、目をつむる。
どうしていいか分からない胸の高鳴りを、同じように隣で浜風も感じている・・・根拠もなく、そう思った。
そんな感情の奔流は。
川内「まーたあなたは、罪もない無垢な駆逐艦を困らせて」
神通「提督・・・それ以上は・・・セクハラと捉えます」
提督「な、何故だ・・・ただ褒めただけなのに・・・」
司令の手が余計な横槍で私の頭から離れたとたん、ピタリと収まった。
ドキドキとする心臓の音だけを残して。
178:
川内「これ以上ハーレム増やしてどうすんの、バカ」
神通「浮気は・・・許されません」
提督「ハーレムってお前、人聞きの悪い・・・」
軽巡二人に詰め寄られて困った顔をしている司令を見て一段落・・・。
球磨「や???っと、追いついたクマ」
するはずもなく、今度は置いてけぼりにした旗艦さまが恨めしげな声で追いついて来た。
179:
磯風「球磨、すまない。事後処理はどうした?」
球磨「ぜ?んぶ、木曾に押し付けて来たクマ」
磯風「おいおい・・・」
最初に抜け出した私が言えることではないが、それは酷すぎないかというと。
球磨は球磨で「お姉ちゃん特権クマ」何て言い出すのだから、似たようなものだ。
提督「ご苦労だった、球磨。お前のおかげで無事解決だ」
球磨「・・・なんか言いように使われたみたいで面白くないクマ」
提督「そんな事はないさ・・・なあ、磯風」
180:
司令の一言に背中を押されて気が付く。
そうだった、私はこの人にまだ何も言っていない。
勢いに任せて泣きついただけだ。
ちゃんとしたごめんなさいも、ありがとうも、まだ何も。
球磨「あ?、いいクマ。それ以上喋るなクマ」
磯風「な、まだ何も言っていないだろう!?」
空気を感じ取ったのか、球磨が先手を打って私の口を塞ぐ。
最初にここで会った時と同じ、ウンザリとした口調で。
181:
球磨「大体何言い出すか予想つくし、お前にそんな事言われたら身体中がかゆくなるクマ」
磯風「し、失礼だな。人がせっかく礼を言おうとしたのに、もう言わないぞ」
球磨「だから、いらんと言っているクマ」
もう頭にきた。かしこまった私が馬鹿だった。
一言言ってやらねば気がすまない!
川内「ねえねえ、また暴走するけど・・・止めなくていいの?」
浜風「はい、あれは大丈夫なやつです」
川内「良く分かってるじゃん」
隣で川内と浜風が何か言っているが、今の私の耳には入らない。
182:
磯風「やっぱりお前はいけ好かない上官だ、見ているがいい!」
磯風「浜風と・・・そして浦風と・・・訓練に戻って自分を鍛え直して・・・」
磯風「いずれ、お前を顎で使うような・・・陽炎を超える艦隊旗艦になってやる!」
そう、思わず言い放ってしまった。
瞬間、馬鹿にされると思ったけれど・・・球磨はしばらくぼうっとした後、目をパチクリと瞬かせて。
球磨「その言葉だけ貰っておくクマ」
にっこりと、満面の笑みを浮かべてそう言った。
それを見て、私は心の中で呟いたのだ。
ああ。でもやっぱりしばらくは、かないそうもないな。
お姉ちゃん、と。
183:
提督「ところで、球磨にもお礼をしなくちゃならないな」
球磨「ふふ?ん、何かくれるクマ?」
・・・まったく、綺麗に締めたのに。
どうもこの二人がいると真面目には終わらない。
提督「ほら、存分に味わえ」
球磨「なっ・・・提督、やめるクマ?!」
司令のあの大きな手が伸びる。球磨の癖のある髪を押さえつけて、頭を撫で出す。
わしわし、わしわしと乱暴にやる様は多分・・・いや確実にふざけている。
184:
球磨「なでなでしないで欲しいクマ、子供扱いは嫌クマ?」
途端に騒ぎ出すのは軽巡組。
川内「あんのバカ・・・まーたちょっかい出して。これもセクハラでしょ」
神通「姉さん・・・はっきりと本人が喜んでいる場合はセクハラじゃ・・・ないです・・・」
川内「あ、あんですって?!?」
球磨「や、やめるクマ?。後で覚えてろクマ!?」
185:
そんな川内姉妹の声が聞こえてきて、私はあっと声をあげる。
見れば口では嫌がっている球磨も、頭を撫でる提督の手を振り払おうとはしていない。
困ったような嬉しいような・・・そんな中途半端な態度しか取らずに提督に翻弄されている。
頬も微かに・・・ほんの微かにだが、桜色に染めていて。
この二日間で私が見たこともない表情を浮かべていた。
磯風「なんだ」
浜風「どうしました、磯風」
磯風「いや、一緒じゃないかと思ってな。私たちと」
186:
最初は、嫌な奴だと思った。
次は、とてもこわい上官だと。
その後すぐに、優しいお姉ちゃんなのだと思い直した。
そして今は。
あいつも、艦娘である前に・・・軽巡洋艦:球磨である前に。
私たちと同じ、女の子なのだと。
そんな当たり前のことに私は、今更気付いたのだった。
球磨「お姉ちゃんの損な役回り」

(*本編ここで終了、後日談有。書き上がり次第そのまま投下します)
 (*まずは後書きから書くかもです)
【艦これ】磯風「磯風水雷戦隊」陽炎「陽炎水雷戦隊」 磯風・陽炎「突撃する!」
2:
【プロローグ】 師匠たちの下馬評
木曾「おお、やってるやってる」
球磨「遅いクマー」
木曾しゃーねーだろ、任務帰りなんだから」
神通「丁度、始まったところです」
川内「さてさて、どう転ぶかねえ?」
木曾「で、どっちが勝ちそうなんだ?」
球磨「もちろん磯風の方クマ」
神通「陽炎ですね」
川内「あーあ、二人共ひいきしちゃってさ」
3:
木曾「どれどれ・・・演習の設定ももってこいじゃねーか」
『遠海にて敵部隊と遭遇、これを殲滅せよ』
木曾「いいねえ、こりゃあどっちが勝つか・・・見当もつかないや」
球磨「磯風クマ」
神通「陽炎です」
川内「親バカ・・・」
4:
【第一章】 磯風の秘策
今日の演習場の空気はピリリと辛い。
少なくとも私たち・・・磯風の部隊はそうだ。陽炎に勝つ、それだけを目的として来た。
磯風「浜風、浦風。直撃は避けろよ」
浜風「承知です」
浦風「分かっとる、とにかく回避に集中じゃけんね」
磯風「不知火は天津風のフォローを頼む」
不知火「了解です、さあ天津風。あのお調子者に一泡吹かせましょう」
天津風「ちょ・・・ついて行くだけで精一杯なんだから勘弁してよね!」
5:
訓練組に戻ってから初の、陽炎との直接対決。
今日の演習はただただ相手の殲滅のみが目的、何も遠慮するものはない。
全力をただ、ぶつけるだけ。だからこそ、燃える。
浜風「磯風、来ます!」
磯風「散開して躱せ!」
敵の一斉斉射をいち早く察知した浜風のおかげで、余裕を持って回避運動を行える。
・・・・・・・・・まだ練度の低い天津風以外は、だが。
天津風「わわっ・・・不知火助けてよっ」
不知火「気合で躱して下さい」
天津風「ちょっとぉ!?」
天津風に若干の不安は残るものの、敵艦隊にも同練度の時津風がいる。
要はそういった仲間をどうやって上手く使うかだ。
6:
磯風「斉射がやんだぞ、隊列を整えろ」
浜風「磯風、天津風が小破、他はみな無事です」
浦風「敵艦隊も一度引いてくね」
旗艦である私に、副艦・・・補佐役の浜風から即座に情報がもたらされる。
幾度となく練習した連携に歪みはない・・・どころか、どんどん精度が増している。
一方、正面で相対している少女からは舌打ち混じりの感想が漏れる。
7:
陽炎「あ、あんですって?!?」
陽炎「何よ、あれだけ撃って直撃なし!?」
曙「黙って引きなさい、先に隊列整えるのはあっちよ」
陽炎「ぶー・・・分かってるわ、曙お願いね」
声は聞こえないが、遠目に見るだけでもどんなやり取りをしているかは察しがつく。
目つきのきつい、小柄な少女が中心となって陽炎を盛り立てている。
どうやらこちらにいる不知火への対抗心が彼女を奮い立たせているらしい。
陽炎の副艦は私だ、という声が聞こえてくるようだ。
8:
曙「潮、時津風をフォローしていったん引かせて」
潮「は、はいっ」
叢雲「とはいえ、天津風が小破にこちらは無傷」
曙「この調子で少しずつ、押していくのが一番ね」
陽炎「ええ、その方向で・・」
曙「旗艦、隊列整ったわ」
陽炎「よーし・・・もうひとあて、行きましょう!」
叢雲「慎重に、そして確実に・・・ね」
陽炎「モチのロン、よ!」
叢雲「その返し死ぬほどダサいからやめて頂戴」
9:
磯風「想定していたより、部隊の展開が早いっ・・・!」
浜風「慌てないで、こちらも陣形は整えています」
磯風「うむ、二度目のぶつかり合いだな・・・かかれ!」
流石に現駆逐エース。あの神通に揉まれただけのことはある。
私たちが想定したよりも圧倒的に早いタイミングで攻めを継続してくる。
いつまでも守勢にまわっていれば、削られていくのはこちらだけ。
じりじりと形勢が傾いていくのだけは阻止しなければならない。
10:
浜風「焦らないで、磯風」
浜風「正面きっての対決では、陽炎には適いません」
私の不安を察してか、敵の弾幕を避けながら浜風が言う。
副艦のその声に、何よりもまず私は落ち着きを取り戻すが・・・。
磯風「中々はっきりと言ってくれるじゃないか、浜風」
浜風「事実の指摘です」
不知火「一朝一夕に追いつけるほど、陽炎の実力は甘くありません」
浦風「アンタ・・・今はこっちの部隊じゃきんね?」
不知火「ですが・・・」
普段は無口な不知火にしては、珍しくこんなことを言った。
11:
不知火「磯風の指揮も中々です。偶然にも勝ってしまっても・・・不思議はありません」
磯風「そうか、なら今日は・・・その偶然を、起こしてやろう」
この日のためだけに考えてきた秘策を使って。
浜風「やりますか」
浦風「ちぃと卑怯だけど・・・勝つにはあれしかないけんね」
天津風「ちょっと・・・あの作戦、本当にやる気なの!?」
天津風「あんなの深海棲艦相手には通用しないじゃない!」
12:
天津風の慌てぶりに、私たちは降り注ぐ弾幕を躱しながらニヤっと笑って。
磯風「おいおい、今相手をしているのは陽炎たち・・・艦娘だぞ?」
磯風「なら、艦娘に勝てるような戦い方をするのは当然だろう」
浜風「相手によって戦い方を変える・・・当然ですね」
浜風までもがシレっとのたまったのを見て、天津風が肩を落とす。
天津風「あー、もう。やってやるわよ付き合ってあげる!もう知らないから!」
かくして私たちの・・・一度きりの禁じ手を使う時が来た。
13:
幕間 似た者同士
川内「あれ・・・磯風たち、なんか押され出したね」
神通「陽炎たちの艦隊が攻め続けています、けど」
木曾「磯風にはまだ荷が重かったのかな?」
神通「いえ・・・それにしては、磯風の艦隊も損傷は少ないです」
木曾「決定打が出る前に撤退ポイントまで退却する気かもしれんぞ?」
球磨「いや・・・あれは」
神通「ええ、おそらく」
木曾「ん、なんだ?」
球磨「磯風のやつ、何か企んでいるクマ」
川内「こりゃ、どうなるか分かんないね」
14:
神通「陽炎に小細工など通用しません」
球磨「小細工じゃないクマ、きっと立派な作戦クマ」
神通「何ですか」
球磨「クマ??」
川内「あははー。うちの妹がご迷惑をおかけします」
木曾「ふん、それを言うならうちの姉もな」
川内「まあ、勝つのは陽炎だけどね」
木曾「磯風の間違いだろう?」
川内「ん?」
木曾「は?」
球磨「おめーらも結局、似たもの同士クマ」
15:
第二章 エースの逡巡
曙「陽炎、チャンスよ!」
曙の声に、でも私はすぐに決断を下さない。
突撃の指示は出さずに、今までと同じ中距離からの主砲の斉射を続けさせて様子を見る。
曙の報告どおり、磯風の率いる敵艦隊が後退をはじめていった。
何かあったらいつでも退却できるという距離感を保つためだろうか。
さっきから攻めているのはこちらなんだから、向こうが守りに入るのは仕方ない、でも。
陽炎「少し、潔すぎじゃないかしら?」
日頃の・・・そして今日の磯風たちの気合の入れようからは想像出来ない慎重な動き。
言ってみれば消極的過ぎるのだ、全てが。
こっちは開幕から突撃してくるんじゃないかと身構えていたっていうのに。
16:
曙「ふん、こっちの攻めが凄すぎてビビってるんじゃないの?」
そう言う曙も、どこかで疑っているらしい。
愛想の無い目つきは絶えず敵艦隊の方へ向けられている。
私に悟られまいと不安を押し隠しているのがバレバレだ。
叢雲「潮、今のうちに時津風を落ち着かせてあげて」
叢雲「アンタが黙って動くことで、陽炎と曙の負担を少しでも減らすの」
潮「はいっ・・・分かりました」
経験豊富な叢雲がいるのがありがたい、言われなくても旗艦のして欲しいことをしてくれる。
この娘なら相手の動きに何か勘付いているだろうか?
17:
判断に迷う局面だけれど・・・でも。叢雲はどう思う、なんて私は聞かない。
叢雲だって聞いても答えてはくれないだろう、副艦は曙よ、なんて言って。
この一戦に並々ならぬ気合を入れているのは何も向こうさんだけじゃない。
不知火が敵にまわった穴を埋めようと、相棒が必死で頑張っているのを私は知っている。
だから、今日の副艦は最後まで曙だ。私が頼るとしたらこの娘・・・そう、決めた。
陽炎「ねえ、十中八九・・・磯風たちは何か企んでる」
曙「そうね・・・このまま終わるなんて思えない」
陽炎「あら、気が合うじゃない」
バカじゃないの、なんて曙の憎まれ口も慣れたもので、安心さえしてしまう。
・・・・・・・・・やだ、私って実はマゾ?
18:
陽炎「だからってさ、ここで引くのは駆逐のエースとしてどうよ?」
曙「磯風にエースの座、譲ったほうが良いんじゃない?」
陽炎「そうよね」
怖気付くのは性に合わない・・・・・・・・・なら。
相手の策も全て受け止めて、叩き潰す。それが神通一番弟子の戦い方。
・・・本人が聞いたら絶対、否定するだろうけれど。
方針は決まった、だから。
陽炎「何かあったら、頼んだ」
曙「ん」
相棒の短い返事に、全幅の信頼を置いて。
陽炎「陽炎艦隊、これより敵艦隊の殲滅を開始します」
高らかにそう、宣言した。
19:
第三章 磯風水雷戦隊
磯風「敵艦隊が距離を詰めてきたぞ、撤退ポイントを目指しながら応戦」
天津風「難しいこと言ってくれちゃうじゃないの」
不知火「ほら、陣形がおろそかになっています、天津風」
浦風「思ったより接近してこんね」
浜風「もっと素早く突撃してくるかと思いましたが」
口々に陽炎艦隊の攻めへの感想を呟く。
これは・・・思ったよりも警戒されているのだろうか?
20:
磯風「まあ当然か、撤退する気などさらさら無いからな」
浜風「こちらの損害もまだ軽微です、仕方ありません」
降り注ぐ弾幕を、天津風含めみな良く回避していた。
その出来過ぎなくらいの成果が返って敵を慎重にさせてしまっている。
そんな中、転機は突然に訪れた。
21:
天津風「きゃぁ・・・ごめんなさい」
浜風「天津風被弾、中破です」
磯風「でかしたぞ、天津風!」
天津風「ひどい!」
これで敵艦隊が追撃をかけるきっかけが生まれた。陽炎はここで怖気づく様な女ではない。
私たちの中で一番練度が低い天津風が被弾したのを機に、相手の艦隊が前のめりになる。
そして一度乗ってしまった勢いは止められない、陽炎を筆頭に突撃してくるだろう。
22:
天津風には悪いが・・・これで無事、作戦通りにことを運べる。
私が”撤退を決断しても不自然ではない状況”が出来上がったのだから。
磯風「浜風・・・艦隊の損害状況を”正確に”知らせろ」
浜風「!」
あらかじめ決めてあったキーワードを命令に込める。
同時についに来たか、と艦隊のみなに緊張が走る。
この日のために作り上げた秘策を実行する時が。
23:
浜風「浦風、天津風が中破、私が小破」
磯風「撤退戦に移行する、”練習した通りに”だ」
隊内無線は無事、きちんと盗み聞きされているだろうか?
でないと、少々盛った損害状況を報告させた意味が無い。
万一のために天津風と・・・浦風を牽引するフリをして後退をはじめる。
敵艦隊が、自分たちが有利な追撃戦に移行したのだと錯覚させられるように。
24:
陽炎が、高らかに掲げた右手を振り下ろす。
彼女が突撃を命じる際にやる、お決まりの動作。
格好いい。あの仕草を見るたびに何度そう思って、何度憧れたことか。
背の低い自分には似合わないから、やらない。いや・・・そうじゃなくても、やらない。
あの格好良さは、陽炎だけのもの。
やっぱり自分の中でも、駆逐の一番は陽炎なのだ。不動のエース。
だけれども私は、その一番を・・・。
磯風「超えたい」
浜風「あなたなら、出来ます。あなたと、私なら」
隣にいる浜風が、静かに・・・しかし強い口調で断言する。
25:
磯風「ああ」
浦風「うちは仲間はずれ?」
天津風「私もいるんだけど!」
不知火「私も入れて下さい」
都合よく乗っかってくる旗下の駆逐たちに苦笑する。
26:
磯風「というか、不知火はいいのか。陽炎の副艦だろう?」
不知火「今は、あなたの旗下です。それに」
不知火「負けて悔しがる陽炎も、見てみたい」
珍しい不知火の軽口にみんな、不敵にフっと笑って。
磯風「いいだろう、陽炎の泣き顔を拝みに行くとしようか」
磯風「磯風水雷戦隊、これより敵艦隊の殲滅を開始する」
応、という掛け声のもと・・・温めていた作戦を実行にうつしていく。
30:
第四章 陽炎水雷戦隊
やっぱりおかしいな、と私は思った。
磯風たちの艦隊は後退を続けているものの・・・ゴールである撤退ポイントを意識しているとは思えない。
ならば突撃して来るかというとそれも違う。
私たちの突撃を誘うかのように・・・ゆっくりと後退していくだけ。
罠に嵌ったら曙が何とかしてくれる・・・そう思ったら、踏ん切りがついた。
それに、磯風は何を仕掛けてくるんだろう・・・そう思ったら、すっごくワクワクする。
31:
第四章 陽炎水雷戦隊
やっぱりおかしいな、と私は思った。
磯風たちの艦隊は後退を続けているものの・・・ゴールである撤退ポイントを意識しているとは思えない。
ならば突撃して来るかというとそれも違う。
私たちの突撃を誘うかのように・・・ゆっくりと後退していくだけ。
罠に嵌ったら曙が何とかしてくれる・・・そう思ったら、踏ん切りがついた。
それに、磯風は何を仕掛けてくるんだろう・・・そう思ったら、すっごくワクワクする。
32:
潮が放った砲撃が天津風に直撃する。中破はかたい。
それに釣られて自然と、自分の艦隊が前のめりになっていくのを感じて。
陽炎「・・・・・・・・・」
曙「・・・・・・・・・」
曙と目が合ったけれど。艦隊はあえて止めない、この流れに任せることにした。
いいじゃない、それじゃあ・・・お望み通り仕掛けたげる!
33:
陽炎「陽炎水雷戦隊・・・」
右手を天に突き上げて、高らかに宣言する。
陽炎「突撃開始!」
振り下ろした手の先にある獲物を目指して、艦隊が一つの獣になってゆく。
34:
私の命令とともに、旗下の艦娘たちが磯風たちに突撃してゆく。
無駄玉は撃たせない。その分を度に還元して、一秒でも早く肉薄する。
単縦陣の先頭を切って。足元の主機をフル回転させながら左に舵を切る。
磯風たちから見て、右舷を囲い込んだ丁字有利の状況を作り出せるように。
後ろは振り向かない。曙が上手く纏めてくれているはずだから。
だから、私は前を見据える。敵艦隊の守りをこじ開ける突破口を作るのは私の役目だ。
陽炎「よし、まずはこのまま追いついて・・・」
陽炎「え!?」
35:
磯風たちの行動に、思わず驚きの声が出る。
撤退ポイントを目指してひたすらに駆けるはずの磯風たちが突然反転、こちらを向いたのだ。
磯風が何かを叫ぶ。小さな身体のくせに見惚れてしまうほど、凛々しい姿で。
瞬間。
私たちの足元に雨のような射撃が降り注ぐ。
ドカン、ドカンと水柱が立って、海水が跳ね上がる。
曙「もう、何も見えないじゃない!」
止まない射撃に水柱が次から次へと出現して、私たちの視界を奪った。
36:
曙「陽炎、直撃はないわ・・・損害無し!」
陽炎「分かったわ、狙い撃ちされるから足を止めないで」
陽炎「そのまま進撃よ」
一度引くべきか・・・迷ったけれどそれは口にしない。
旗艦の迷いはそのまま他の艦娘たちの動揺につながるから。それに・・・。
私たちの後退は磯風の撤退を認めるということで、それは演習の終わりを意味する。
例え磯風たちの撤退がかたちだけのものでも、そうなってしまう。
それじゃ駄目だ。まだ磯風の真価を、全力を見せてもらってない。
37:
距離が近づいたせいか、微かに磯風が指示を出す声が聞こえてくる。
浜風が復唱する声も。
磯風「敵の進撃が鈍った、魚雷発射」
浜風「各艦、魚雷発射」
シュウウウウ、という主砲とは違った音が、水底を駆け抜けてくる。
これが、これだけが磯風たちの作戦だとしたら。
陽炎「大したこと無かった・・・?」
曙「回避行動にうつるわ!」
相変わらず足元には主砲を打ち込まれ、立ち上る水柱に視界を奪われている。
38:
磯風「主砲も撃ち続けろ、撃って撃って撃ちまくれ!」
浜風「主砲斉射、撃ちまくって!」
だけれども、こんなあからさまに魚雷を撃ったって当たるわけがない。
たとえこれだけ視界が悪くても、だ。
そもそも魚雷を当てたいのなら、タイミングが悪い。
主砲の発砲音か海面への着弾に紛れて撃たないと、今みたいにどうしても存在がバレる。
デカイ図体を持った深海棲艦じゃないのだ、艦娘なら回避だって容易に出来る。
そんなの磯風だって気が付くはず・・・そうだよね、磯風?
39:
シュウウウ。
襲い来る魚雷は私とすぐ後ろの曙の間を次々と通過していく。もちろん直撃はない。
水柱の向こう側で、敵艦隊が同じ指示を出し続けているのが分かる。
浜風「狙いが逸れました、もう一度・・・魚雷発射」
浦風「主砲も・・・弾幕、途切れさせないで!」
私と曙、二人の間にかなりの距離が開いて、その間に次々と水柱が立ち上るけれど。
問題ない。もうじき弾切れをおこしてこの砲撃も止むだろう。
そうなった時に合流、一斉攻撃のチャンスだ。
40:
浜風「磯風、もうじき弾丸が切れます」
浦風「魚雷もじゃ、どうする?」
浜風「・・・・・・分かりました、各自弾を撃ち尽くすまで発砲」
浜風「その後、全力で撤退ポイントまで引き上げます!」
どういうこと?
当たればラッキー、当たらなければ撤退してお茶を濁そうっていうの?
それは・・・あまりに呆気ない幕切れ、粗末な指揮。これでは落胆を禁じ得ない。
がっかりだわ、磯風。あなたの全力はこんなものだったの?
最後まで油断をするつもりはないものの、少しの苛立ちとともに混乱する。
41:
正面から仕掛けてくるでもない。
撤退したかと思えば急な反転、当たることのない出鱈目な砲撃。
成果と言えば私と後方の艦隊を一時的に分断しただけの、当てる気があるのかと聞きたくなる魚雷と水柱。
陽炎「あれ・・・?」
心の中で、なにかが引っ掛かる。
当てる気がない・・・?
42:
陽炎「あっ!」
そして、今更ながらに気づく。
浜風「残弾あと少しで”撃ち尽くします”」
浜風「”各自安全圏まで撤退を”」
浦風「”了解、武運を祈る”」
旗艦であるはずの磯風が、指示を出していないことに。
43:
陽炎「曙!」
重なる主砲の発砲音で、その声が相棒に届いたのかどうか分からない。
けれども、もう一度叫んでいる余裕はないはずだ、おそらく。
私の勘が正しければ・・・。
だってほら、敵艦隊から主砲の発砲音が止んで。
それに一拍遅れて、最後に上がった水柱を突き抜けてくるのは・・・ああ、やっぱり。
完全に裏をかかれたというのに、嬉しくて口元が綻んでいるのが分かる。
どうしよう・・・私ってマゾなんだわ。
44:
磯風「もらったあああああ!」
水しぶきを浴びて煌く長い長い黒髪を、翼のようにはためかせて。
至近距離から狙いを定めた主砲を、磯風がまっすぐに私に向けて構えた。
45:
第五章 勝負の行方
磯風「もらったあああああ!」
浜風たちが作った、一瞬の隙・・・作戦は功を奏した。
視界を水柱で遮り、魚雷によって部隊を分断。
攻撃が失敗したと見せて撤退するフリをしながらの、私の単艦突撃による奇襲。
全てはこの一撃で、敵旗艦である陽炎を討ち取らんがため。
46:
悔しいが、旗艦としての能力はまだまだ陽炎に及ばない。踏んだ場数が違うのだ。
正面から撃ち合ったら必ず負ける。演習なのだからいくらでも負けて、いくらでも学べばいい。
だけれども、その最初くらい。最初くらいは・・・。
磯風「勝たせてもらう!」
必中を確信するこの距離で、私は主砲をぶっぱなす。
その瞬間、突然陽炎が尻餅をついて倒れこんで、私の攻撃を躱した。
47:
磯風「なっ・・・!?」
陽炎「ぐっ・・・」
陽炎「簡単に取られてたまるものですか!」
彼女を貫くはずの弾丸は肩を掠め、そのまま海を穿って消えた。
足元の主機を片足だけまわして、わざと体勢を崩したのだろう。
一発大破を免れるための咄嗟の判断・・・天才的な反応に背筋が凍る。
私は今改めて、陽炎が駆逐のエースだと言われる所以を肌で感じた。
48:
陽炎「返り討ちよ」
磯風「そうはいかん」
曙たち陽炎の僚艦には浜風たちが突撃を敢行して時間を稼いでいるはず。
邪魔する者が現れるはずもなく、戦いは旗艦同士の一騎打ちに突入した。
普段なら陽炎に分があるが、先ほどの自分の弾丸で小破判定を受けたのか、彼女の動きは幾らか鈍い。
私にも勝機は十分にあると見た。
この一騎打ちで、最低でも陽炎との相打ちに持ち込む。もちろん、気合で。
49:
そうなれば各艦隊の旗艦は残された浜風、曙となり仕切り直しになる。
おそらく叢雲は最後まで曙のフォローに徹するはず。アイツはそう言う奴だ。
それならばこちらも不知火が浜風を助けてくれる。状況は今よりも良くなるだろう。
陽炎を旗艦にして相手にするよりも、そちらの方が勝利への希望が持てる。
そこまでして、冷徹なまでに自分と陽炎の実力差を理解しての作戦。
ただただ、陽炎に勝つため・・・憧れの存在に近づくため。
磯風「今度こそっ!」
主砲を構え直す。
小破判定を受けている上に陽炎だけが体勢を崩している分、次の動きも私に分がある。
50:
磯風「もらった・・・がっ!」
尻餅をついたそのままの体勢で私に足払いをかけた陽炎が、そのまま腹へと拳を突き出す。
磯風「ぐぅ・・・だが、まだだ・・・てぇぇぇー!」
陽炎「きゃっ」
ズドン。
苦し紛れに放った弾丸が、それでも陽炎の主砲を一つ吹き飛ばす。
衝撃で陽炎が吹っ飛ばされて再び倒れこむ・・・これで中破まで追い込んだ。
あと一撃。
51:
磯風「はぁ・・・はぁ、艦娘なら・・・拳じゃなく砲で勝負したらどうだ?」
陽炎「ハン、あんたの師匠に言いなさい・・・ぐぅ」
磯風「ふん、違いない」
戦いの最中・・・敵同士だというのに、一瞬だけ、お互い笑い合って。
ゼロ距離からの砲撃で中破状態の陽炎に止めを刺すべく、突進する。
52:
外し様がない至近距離を確保して。
磯風「今度こそ、止めだ!」
陽炎「・・・・・・・・・っ!」
必殺の一撃を叩き込んだ。
そう、浜風たちの足止めを振り切って。
私と陽炎の間に入り込んできた・・・目つきの悪い敵の副艦へと。
53:
曙「あんた、あの出鱈目な攻撃は」
磯風「ああ、私が陽炎へ突撃するための時間稼ぎだ」
曙「へぇ・・・やるじゃない」
磯風「お前もな・・・正直、浜風たちを突破して来るとは思わなかった」
だが・・・曙はこれで戦闘不能。
中破状態の陽炎を守るものは、今度こそいない。
他の艦娘たちは浜風率いる私たちの艦隊が足止めしているはずだからだ。
54:
磯風「今度こそ、陽炎・・・これで終わりだ!」
四度、私の主砲が陽炎を捉えて。今回もまた、駆逐のエースを屠ることはなかった。
曙「そう・・・でも、その作戦。利用させてもらったから」
ズドン、と・・・さっきまで誰もいなかった、いないはずだった右側面から発砲音がして。
磯風「なん・・・だと・・・」
曙と同じく一発大破の判定を受けた私は、散りゆく意識の中で辛うじて・・・私を討ち取った艦娘の声を聞くのだった。
叢雲「まったく・・・旗艦に似て人遣いの荒い副艦さまだこと!感謝なさいよね!」
55:
エピローグ 冷めやらぬ感動
演習後の感想戦もとっくに終わって、間宮へと場所も移ったというのに。
それでも私たちの感情はまだ波打っていて、とどまる事を知らなかった。
磯風「まったく、あそこで叢雲が来るとは思いもしなかった」
先ほど何度話し合った分からないネタを、それでも振ってしまう。
浜風や浦風もまたか・・・などという顔をするはずもなく、同じ様な発言を繰り返す。
浜風「あれは・・・仕方ありません。曙の判断が良かったのですから」
浦風「うちらの作戦に最初から気づいていたとは・・・適わんね」
二人共言葉は素直だが、そこに浮かぶ表情は悔しそうだ。当然それは私も同じだが。
56:
偽装撤退していた私たちの艦隊が反転して、主砲を打ち出したあの時・・・。
陽炎と一時的に連絡が取れず嫌な予感がした、という曙は独断で艦隊の指揮をとったようだ。
すなわち・・・艦隊の最後尾にいた叢雲を後ろから大きく迂回させて陽炎のもとへ。
この判断が功を奏して、叢雲は浜風たちによる足止めを受けることなく行動出来た。
私たちが突撃をかけるために稼いだ時間は、皮肉にも叢雲の陽炎救援と私への奇襲を成功させることになってしまったのだから、勝負とはままならないものだ。
もちろん・・・咄嗟の命令が受けやすい艦隊最後尾に叢雲がいたのは、偶然ではない。
司令が彼女を秘書艦にして離さないのも頷ける・・・私たちの完敗だ。
57:
磯風「あそこで単艦突撃ではなく、私も含めて正面切って戦っていれば」
部隊から抜けた叢雲、陽炎・・・最も厄介な二人がいない分、有利に殴り合いが出来ただろう。
浜風「磯風、それだと作戦の前提が崩れてしまいます」
磯風「まあ、分かってはいるが」
浜風「陽炎・・・磯風のことを認めてくれたんですよね、多分」
磯風「ああ」
きっと、そうだと思う。
敵味方を交えて意見を交換し合う感想戦でも、陽炎とは話した。
最高にワクワクしたわ、という陽炎の一言。
私にとってそれは千の言葉を費やされる賛辞よりもなお、価値のある言だった。
58:
そうやっていつまでも余韻冷めやらぬ私たちに、刺々しい声がかけられる。
曙「アンタたちまだ演習のこと話してるの、飽きないわね」
小馬鹿にしたような物言いは、勝って天狗になっているからではない。
あの機転を褒められすぎて照れているのだ、それが分かりすぎるほどに良く分かる・・・だから。
思い切りからかってやることにする。
59:
磯風「仕方あるまい、あれだけ見事な指揮をされたんだ」
浜風「ええ、副艦として・・・見習いたいほどです」
曙「な、ななっ、うるさいわね、もうやめなさいよ!」
曙「あ、アンタたちが弱すぎただけなんじゃない!?」
面白いように顔が赤くなる曙。ムキになっているのがまた、手に取るように分かる。
60:
磯風「ほう・・・そうか、そうだよな」
笑いをかみ殺して、出来るだけ暗い表情を作ってみる。
磯風「私たちなりに勝とうと頑張ったんだが・・・曙にはそう思われたか」
浜風「ざっ・・・残念です」
浦風「あ、あはは・・・」
おい浜風、口元がひくついているぞ?
演技が下手な奴だ・・・もしかして不器用なのか?
そんな大根役者ぶりにもすっかり騙されて、曙が慌て出す。
61:
曙「べ、別にそこまで言ってないじゃない。手応えが無かったわけじゃないって言うか」
曙「もう少しでアイツもやられるところだったし、結構危なかったし・・・」
磯風「ほほう、そうだな。やはり曙はご機嫌らしいぞ?」
曙「なっ!?」
磯風「愛しの王子様を助けられたしな」
浦風「まあ、あれは格好良かったけぇね」
曙「ななな、なんっ・・・なな」
62:
私たちよりも着任時期は圧倒的に曙が早くて、実力でも先輩なのに。
何故、こうも手玉に取りやすいのか。不意打ちに弱すぎるぞ?
今なら艦娘をからかう司令の気持ちがわかる気がする。
曙「な、なによそれ。い、愛しの・・・」
磯風「王子様、か?」
曙「べっ、別に陽炎は王子様なんかじゃ・・・そもそも女だし」
浜風「ぷっ・・・ククク」
曙「こ、今度は何よ」
もうニヤニヤが止まらない。
浜風なんかはこらえきれずに声を立てているし、浦風もすまなそうに笑ってる。
63:
曙「だから何が可笑しいのよ!?」
オロオロする曙はまだ、自分の致命的な失態に気がついていない。
それを今、親切にも気付かせてやることにする。
磯風「なあ、曙」
曙「な、何よ」
事実の指摘は、何よりも強力なトドメとなるのだ。
磯風「誰も王子様が陽炎のことだなんて言ってないのだが?」
真っ赤にした顔を更に赤く染め上げて。
声にならない悲鳴をあげながら、曙は【間宮】を去っていった。
64:
曙をからかうさまを、どこかで見ていたらしい。
現れた彼女は開口一番、くせっ毛を揺らしながらこう言った。
球磨「まったく・・・エゲツナイことするクマ」
磯風「あなたに言われたくはないぞ、お姉ちゃん」
球磨「ちっ・・・昔はあんなに照れていたのに、可愛くないクマー」
本当は今だってそう呼ぶのが照れくさいのだが・・・それを知られると面倒くさいので教えてやらない。
65:
球磨「それにさっきの演習だクマ」
私と同じくらいの小さな身体を精一杯大きく見せて。
球磨は偉そうにお説教をするのだった。
球磨「なんだ、あの作戦はクマ。深海棲艦相手には通用しないクマ」
磯風「奴らには使わないさ。だが今日の相手は陽炎・・・艦娘、だろう?」
磯風「状況に合わせて戦い方を変える・・・生き残るための、鉄則だ」
球磨「むぅ・・・言うようになったクマ」
あの日の失敗から学んだことの一つ。
それを掴んだことを今日、この癖のある姉に示せたと思う。
66:
磯風「今日・・・私はまた一つ、強くなった」
球磨「うん」
磯風「でも、まだ。陽炎にまだ及ばない。まだ足りないものがたくさんある」
球磨「うん」
磯風「これからだ。一つ一つ、学んでいって・・・陽炎を超える」
球磨「うん」
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