貴音「まんまるお月様」back

貴音「まんまるお月様」


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3:
朝方に降り出した雨は、朝日が照らしかけた町並みを瞬く間に濃い色に変えていきました。
765のテープが張られた事務所の窓も、例外なく雨に叩かれています。
夏が過ぎたばかりというのに気温は低く。
落ちる水は冷たく、人の体を震えさせるのには十分。
小鳥嬢とプロデューサー、そしてわたくしは控えめの暖房に吹かれながら事務所の外を見ているのでした。
「雪歩ちゃんもいませんし、私コーヒーのお湯、コンロにかけてきますね」
「お願いします、小鳥さん」
じとっとした空気を買えるためか、小鳥嬢が席を立しました。
4:
「それにしても面妖な…予報では今日は晴れと申しておりましたのに」
傘を持っていなかったために、事務所の服掛には普段わたくしの使っているコートが水を滴らせています。
床が濡れないようにとバケツをコートの下に置いてあるため、一定時間でぴちょん、という音が聞こえてきます

「まぁこの時期の天気は変わりやすいみたいだし、仕方ない。天気予報も外すことだってある。ほら言うだろ、
女心と秋の空ってさ」
「今宵は十五夜でありますのに…。それまでには晴れますでしょうか?」
腰まで届く長い髪を丁寧にタオルで拭きながら尋ねました。
6:
「これだけ気温が急に下がったんだ、きっと通り雨だよ」
「それにしても、貴音は今日外で撮影だっただろ。まず月よりそっちの心配じゃないか?」
「まぁまぁプロデューサーさん、今日はせっかくの十五夜ですもの。日本人なら月のことも考えるでしょう、ね
、貴音ちゃん?」
小鳥嬢が給湯室から戻ってきたようですね。
わたくしに話しかけつつ席につき、ハンケチで手を拭いております。
7:
「えぇ、やはり月は古来よりわたくし達日本人の心でありますので」
「…変わり易い女心」
「あなた様!」
「プロデューサーさん、こういうときに茶々をいれたらダメですよ」
「はは、ごめんごめん」
9:
どうしてでしょう。
あの日思いを伝えてから、あなた様と互いの気持を確かめ合ってから。
あなた様はわたくしに対し少々厳しいような気がします。
厳しい、というのは少し違いますね。
なんと言えばよいか。
子供のような揚げ足取りをしたり、おひゃらかしたりすること。
わたくしはまだこの行為を表す言葉を持ち合わせていないようですね…。
10:
「お、ちょっと雨弱まってきたんじゃないか?」
確かに窓から望む限り、雨は先ほどより幾分弱くなっているようで。
時折雲の切れ目から日差しが見えるようになりました。
「あら、本当ですね。これは今夜は765プロの皆でお月見ですかねぇ」
「お、小鳥さんにしてはいい考えですね」
「む、失礼ですよプロデューサーさん!」
「ははは」
765ぷろの皆で、ですか。
あいどるの仲間は皆好きです、しかし、それでもわたくしは…。
12:
「あの…、あなた様少しよろしいでしょうか?」
「ん?どうした貴音」
「本日は夕方より、わたくしもあなた様も予定がないと記憶しております」
「あぁ、そうだな」
「あなた様のお時間をわたくしにくださいませんか?」
「………」
13:
「都合が悪いでしょうか…」
「いや、構わないぞ。そうかぁ、貴音から誘われちゃったか」
「…それでは!」
「いやさ、ホントは俺も同じこと言うつもりだったんだ。俺から誘いたかったんだけどな、先に言われちゃった
なぁ」
「あらあら、ここには私もいるんですよ。ふふ」
プロデューサーが顔を赤らめ頭を掻く、その様子がとても可愛らしくて…。
給湯室のやかんがぴぃと音を立てました。
14:
雨に濡れた路面を走る車。
幸い仕事に向かう前に雨は止み、撮影は予定通り行われるみたいですね。
ただ、プロデューサーに聞いたところによると撮影場所に若干の変更があるようで。
助手席から街を覗くと半そでの人間はやはり少なく感じられました。
「しかし、先ほどは皆で月見と言っておりましたのに、よろしいのですか?」
「言ってみただけだよ、いや多分残った皆でするんだろうけど」
15:
雨上がりの街は人がまばらで、いつもの喧騒はありません。
「あなた様」
「どうした?スタッフとの集合場所ならもうすぐ着くけど」
「いえ、そうではないのです。あなた様は今宵わたくしを誘ってくださるつもりだったのですよね?」
「…改まって確認されると何か恥ずかしいな」
赤信号、車が静かに止まり、プロデューサーが息をひとつ吐きました。
「どこへ連れて行って下さるおつもりだったのですか?」
「トップシークレットだ」
「…いけずです」
17:
横に並んでいた車が動き出しました、信号が青に変わったようですね。
「逆に貴音は、俺を何処へ連れていってくれるんだ?」
「とっぷしぃくれっとですよ、あなた様」
「知ってた」
「やっぱりあなた様はいけずです…」
18:
撮影は特に問題もなく進行いたしました。
気になったものといえば湿度の高さくらいでしょうか。
湿気と相まってセットしにくい長い髪のせいで、スタイリストに迷惑をかけてしまったのは言うまでもありませ
ん。
真に申し訳なく思います…。
現在時刻は午後三時を少し回ったところ。
19:
「あなた様、これからどうされますか?」
「そうだな、さっきクライアントから一本、番組の出演要請があったからそれのスケジュール調整のために一旦
事務所に帰ろうと思う。貴音も事務所に帰るだろ?」
「いえ、わたくしはここで一度自宅のほうへ帰らせて頂きたいのですが」
「ん、そうか。なら近くまで送るよ」
「ありがとうございます、あなた様」
21:
朝方はあんなにも冷えていたというのに。
高く上った太陽は地表をじりじりと照らし雨を蒸気へと変え。
不快な残暑に顔をしかめ、文句のひとつでも言いたくなります。
しかしながら、逆にそれが嬉しくもありました。
この調子なら夜にはからっとした空気の中、美しい月が見られそうですね。
あなた様と見る月を思い浮かべ、わたくしは笑ってしまうのでした。
22:
夢を、見ていました。
夢の中でわたくしは船になっていました。
ただ広い海の中に浮かんでいるだけの一隻の船。
わたくしだけではどうすることもできません。
辺りは闇で覆われ、波の音が喧しく聞こえてくるのみです。
そこへ、何処からでしょうか、優しく、そして力強い風が吹いてきたのです。
わたくしはその風を帆に受けて少しずつ、少しずつではありましたが前へと進みだしました。
23:
風は、明確な意思を持ってわたくしを導いてくれているようでした。
その心地よさに身を委ね、わたくしは導かれるべき方向へと舵を取りました。
どれほどそうしていたでしょうか。
やがてうっすらと彼方に地平線が見えてきました。
同時に、地平線を浮かび上がらせる太陽も顔を出し始めたようです。
25:
風が勢いを増し、わたくしの度もぐんぐんとくなります。
波は黄金色に光り、闇はわたくしの後ろへ逃げ帰るよう。
ここまでくれば風がどなたかははっきりと分かりました。
海にたゆたうわたくしと、その思い。
それをここまで連れてくださったのは、あぁ…。
「…あなた様」
26:
時刻は午後八時過ぎ。
近くまでわたくしを迎えに来てくださったプロデューサーの車に乗り込みました。
「ゆっくり休めたか、貴音?」
「えぇ、すこし寝てしまいました」
「いいことだ、寝られるときは寝るに限る。とくに俺みたいな仕事してればなおさらさ」
「いつもありがとうございます、あなた様がいたからこそわたくしは…」
「あぁ、いや、いいんだいいんだ。別に今のは恩着せがましく言いたかったわけじゃない。ところで貴音」
「はい、なんでしょうか?」
「その荷物は?」
「これは…」
「またトップシークレットか?」
「ふふふ、着けば自ずとわかりましょう」
27:
昼間の陽気のおかげでしょうか、空気は湿りすぎず渇き過ぎず。
かと言って気温は暑すぎず、涼し過ぎず。
月だけは爛々と美しすぎました。
「そういえば、貴音の向かいたい場所を聞くのを忘れてたな、何処に行きたいんだ?」
「あなた様は、わたくしが『風花』のぴぃぶいを撮影した場所を覚えていますでしょうか?」
「覚えてるけど…ここから車だと三時間ちょっとかかるぞ」
「そこへ連れて行って頂きたいのです」
「…よし、わかった。明日は幸い午後出勤だしいくらでも付き合ってやるさ」
29:
そう言うとプロデューサーは今までよりも強く踏み込み、車を加させました。
「あ、あなた様!急に度を上げられては」
「悪いな、今夜の俺はアウトローなんだ」
あうとろぅ…ういろうのような食べ物でしょうか…?
30:
車は街を抜け、峠を越え、やがて民家もまばらになる静かな土地へと侵入しました。
「もう少しで着くからな、酔ったりしてないか?」
「わたくしは大丈夫です、それよりあなた様も運転でお疲れではないでしょうか?」
「なんのことはないよ、貴音が隣にいてくれるんだ。それだけで疲れなんて吹っ飛ぶ」
「…あ、あなた様は恥ずかしいことを平然と言ってのけるのですね」
「本音を言ってるだけさ」
31:
前を見据える凛々しき横顔、わたくしの愛する人。
傍から見ているだけでなんと幸せな気分になれましょうか。
あなた様はきっとこう答えるのでしょう。
わたくしが「月が綺麗ですね」と問えば「貴音のほうが綺麗だよ」と。
自惚れと言われればそうだと言えましょう。
けれどわたくしはあなた様からこそ、「月が綺麗だね」と言って欲しいのです。
これは過ぎた望みでしょうか。
33:
「よし、着いたぞ」
車は小高い岡の斜面の下で停車しました。
辺りに街灯はなく、月の光だけがわたくし達を照らしています。
プロデューサーと手を取り、二人で歩幅を合わせ斜面を登ると『風花』の撮影場所へと辿りつきました。
以前のように花が咲き誇っているということはありませんが、代りに芒が生い茂っています。
「さて、貴音そろそろその荷の正体を教えてくれないか?」
「そこに腰を下ろしていただけますでしょうか、あなた様」
「ん?こうか?」
わたくしの言葉に従いプロデューサーが胡坐をかいて座りました。
34:
「では、これを」
私が風呂敷から取り出したものは、そう、酒坏でした。
「おいおい、酒か。いくら明日が午後からとはいえ…」
とくとくとく……
わたくしはプロデューサーの言葉を流し、酒坏に日本酒を注ぎました。
「ま、いいか」
36:
そしてわたくし自らの分も注ぎます。
「貴音…今日だけだからな」
プロデューサーの言わんとすることは分かります、当然わたくしは未成年。
この国ではまだ飲酒することができません。
でも、今宵だけは…。
37:
「あなた様、酒坏をゆっくりと覗いてみてください」
「…随分と可愛らしい」
「古来より日本の貴族は月を直接見ることをせず、このように杯や水面に写る月を愛でたと言います」
「貴族達は何を思い、この小さな月を見ていたのでしょうか」
「わたくしは…あなた様を思いつつこのたゆたう月を見ております」
「あなた様は一体何を思われているのでしょうね」
38:
羽虫の音と、蛙の微かな声。
静かでした、この世の何処よりも。
「…月が綺麗だ」
「貴音、月が綺麗だなぁ…」
あぁ、あなた様。
ふと、目頭が熱くなるのを感じました。
「呑もう、貴音」
「…はい、あなた様」
銀の光が二人の影を落とす。
どうしようもなく、途方もなく美しい。
芒の葉がこそりと揺れた。
39:
終了です、では
40:
乙!!
42:
いい話だ、ありがとう
4

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