妹「兄さんって呼ばせて下さい」back

妹「兄さんって呼ばせて下さい」


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1:
男「ええと……」
男性「こんなことになって、君には申し訳ないと思っている」
男「ちょっと待ってください。そ、それじゃ……」
男性「…………」
男「あいつがいなくなって、あの子は……」
男性「他に頼める人間がいないんだ、君以外には」
男「…………」
男性「やってくれるか?」
男「……分かりました」
男「僕が、彼女の兄になります」
元スレ
妹「兄さんって呼ばせて下さい」
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5:
──自宅
男「……もしもし、母さん?」
男「うん、うん」
男「そうなんだ。仕事がやっと決まった」
男「はは、やっぱり、母さんの言った通りだったね」
男「うん……あ、でも、それは……」
男「ごめんね、こっちが落ち着くまでは戻れそうもないんだ……」
男「……うん」
男「分かったよ、頑張る」
男「母さんも元気でね? また時間できたら、すぐに向かうから」
男「うん、じゃあ、バイバイ」
男「…………」
9:
コンコン。
男「失礼しまーす」
ガラガラガラ……。
妹「……え?」
男「よっ! どう、元気にしてたか?」
妹「……す、すみません……ええと」
男「ん? どうかしたか?」
妹「その……わたし」
男「?」
妹「…………」
男「もしかして、俺のこと、覚えてない?」
妹「……すみません」
12:
男「そうか……そうだなぁ」
妹「…………」
男「こういう場合、どう言っていいのか、分かんないな」
妹「はぁ……」
男「この際、しょうがない。単刀直入に言うね」
男「実は俺、君の兄なんだ」
妹「……え?」
男「覚えてない? 顔とか、声とか」
妹「……え、す、すみません」
男「……そうか、覚えてないかぁ」
妹「…………」
男「あっ、そんなに落ち込まないで」
14:
妹「わたし……昔のこと、全然覚えてなくて」
男「…………」
妹「気がついたときには、このベットで横になってて」
男「うん」
妹「何にも分かんないです……どうなったのかも、自分のことも」
男「……うん」
妹「悪気があるわけじゃなくて」
妹「……いや、すみません。これは、ただの言い訳ですよね……」
男「いいんだ。気にしなくていいよ」
妹「……はい」
男「…………」
男「ちょっと疲れさしちゃったみたいだね」
男「……うん、日を改めて、また来るから」
15:
──病室前
男「…………」
男性「どうだった?」
男「全く、気づいた様子ではないです」
男性「それは良かった」
男「でも、いいんですか?」
男性「何が?」
男「こんな偽るような真似して、後で問題になりませんか?」
男性「親の私がいいと言ってるんだ。その責任は、私が負う」
男「でも……」
男性「君が、そんなに難しく考えることはない」
男性「ただ、言われた通りにあの子の兄代わりをして欲しい」
男「…………」
19:
男性「君も、あの子の手首を見ただろう?」
男「それは……」
男性「大惨事だったんだ」
男性「風呂場が血の海で、それを見た妻は失神してしまった」
男「…………」
男性「これ以上、もう誰も失いたくない。分かってくれるか?」
男「はい……」
男性「良かった。それに、これは君にも利がある話なんだ」
男性「だからくれぐれも、良心の呵責に耐えきれなくなって」
男性「あの子に打ち明けるなんてことは、ないようにしてくれ」
男「……分かりました」
男性「よし。なら、会社に行っていいぞ」
男「はい、社長」
22:
──会社
ドサッ。
男「……え?」
上司「この仕事、明日までに終わらせておくように」
男「ちょ、ちょっと待ってください」
上司「ん?」
男「こんな量……ただでさえ、入ったばかりですし……」
上司「そんなの言い訳になるか?」
男「……いえ、失言でした」
上司「徹夜してでも終わらせろ。いいな?」
男「はい……」
上司「あ? なんだよ、その不服そうな返事は」
男「…………」
26:
上司「フン、いいよなー?」
上司「こんな不景気でもコネがあるお坊ちゃん様はさー」
男「…………」
上司「中途採用のお前を入れるために、こっちは仲間を一人左遷してるんだ」
上司「加えて、新しく入った奴は即戦力にもならないと来てる」
上司「どれだけ皆の仕事が増えたと思ってるんだ?」
男「申し訳ない……です」
上司「そんなのデスクワークなんだから、さっさと済ませろ」
上司「慣れたらすぐに、外出てもらうからな?」
男「……はい」
上司「ほんと、上の奴は何考えてるか、分かんないわ」
上司「この糞忙しい時に、新卒より使えないボンクラ入れやがって……」
男「…………」
29:
──自宅
男「……ただいまー」
男「…………」
男「はは、空しいな」
男「返事がないの分かってるのに、慣れでいつも言っちゃう……」
男「……ふぅー」
男「さて、明日の出勤まで、残り二時間」
男「……これじゃあ、眠れないなぁ……」
男「…………」
男「……俺が、兄……か」
男「…………」
男「なぁ、親友」
男「なんで、お前……死んじゃったんだ……?」
33:
──病院
コンコン。
ガラガラ……。
妹「……あ」
男「うん、また来た」
妹「お、兄さん……?」
男「もしかして、思い出した?」
妹「いや、違うんです。ただ、前にそう言ってたから……」
男「あーそうか……ごめん」
妹「いえ……」
男「え、ええとさっ」
妹「は、はい」
男「……どう? 体の調子とか」
44:
妹「体はもう回復してるみたいですけど……」
妹「お医者さんの話だと、まだ安静が必要だって」
男「そうか」
妹「呼び方は、『兄さん』……でいいですよね?」
男「あー……」
妹「えっと、前は違いました……?」
男「……そうだなぁー、昔は──『お兄ちゃん』だったなぁ」
妹「『お兄ちゃん』?」
男「うん、小さい頃からずっと、そう呼ばれてた」
男「自分で言うのもなんだけど、本当に仲の良い兄妹だったんだぞ?」
妹「そうだったんですか……すみません、思い出せなくて」
45:
男「いいんだ、焦る必要なんてないから」
妹「はい……」
男「うん」
男「……『兄さん』……ね」
妹「…………」
妹「……あの、『お兄ちゃん』?」
男「ん?」
妹「仲が良かった昔の話……聞かせてもらえないですか?」
男「…………」
妹「それを聞いたら、わたし、もしかしたら……」
男「……そうだなー」
男「あれは、まだ俺が小学生で」
男「近所にいる仲のいい友達といつものように遊んでたんだ」
……………。
………。
47:
男『おーい、こっちだ!』
親友『悪い悪い、遅くなって』
男『約束の時間から、もう一時間も経ってるぞ?』
親友『実はさ……その』
?『…………』
男『ん?』
親友『ええと、なんだろ、俺の妹?』
男『妹? お前に妹なんて、いたっけ?』
妹『うぅ……』
親友『すごく人見知りする奴でさ……ほら、挨拶しろって』
妹『そ、その……はじ、初めまして……』
男『う、うん……』
48:
親友『遊びに行くっつったら、今日は「私もついてく」って言うんだ』
親友『だからさ……』
妹『……うぅ』
男『……別にいいよ』
親友『本当か? ごめん……ありがとう』
男『気にすんなって! よし!』
妹『……ん?』
男『今日から、お前は、俺の妹になるっ!』
妹『ふへぇ……?』
親友『は……?』
49:
男『親友の妹なら、それこそ、俺の妹でもあるわけだろ?』
妹『お、お兄ちゃん……』
親友『いや、えっと……』
男『ん? 親友のことは『お兄ちゃん』って呼んでるのか』
妹『あ、うん……』
男『なら、俺のことは……』
男『──『兄さん』にしようっ!』
54:
──社長室
男「……失礼します」
ガチャ。
男性「おー、来てくれたかっ」
男「はい……それで、ご用件は……」
男性「もちろん、あの子のことだよ」
男性「最近、余り時間が取れなくてな……病院に行けてないんだ」
男「そうですか……」
男性「どうだ? 彼女の様子は?」
男「日が経つにつれて、元気を取り戻してるように見えます」
男性「うん、うん。それは良かった」
男「はい……」
55:
男性「……ん? 浮かない様子のようだな?」
男「え……」
男性「もしかして、会社内のことか?」
男性「確かに、無理やり入れこんだ感があるから」
男性「初めのうちは、君も苦労することだろう。しかし……」
男「……いや、そのことではなくて」
男性「ん?」
男「彼女のことです」
男性「私の娘の話か?」
男「はい」
男性「……どうした? 何が問題だ」
男「これは……いつまで続ければいいんでしょうか?」
男性「…………」
56:
男「今はまだいいです。彼女が思い出さないうちは、まだ」
男性「けれど?」
男「僕には分からないんです。この仕事の、終わりが」
男性「終わり……か」
男「何をもって達成とするんですか?」
男「彼女が事実を一人で、受け止められるようになってから?」
男性「……それは、恐らくない」
男「…………」
男性「事実がばれたら、そこで全て終わりだよ」
男性「私はまた大事なものを失う。それだけは避けたい」
男「……だから、永遠に隠し通せと?」
男性「いいか。そう難しく考えることなんかじゃないんだ」
男「…………」
57:
男性「君は死んだ私の息子の代わりをする」
男性「自責の念にかられている娘の兄となる」
男「……はい」
男性「幸いにも、生前の息子と私の関係は良好なものではなかった」
男性「会社の人間で、成人した彼の顔を知っているものはいない」
男性「それに……今、この会社には不穏な空気がたちこもっているからな」
男「……というと?」
男性「時期が来たら、また知らせる」
男性「どう転んでも、君には悪い話ではない。だから、心配するな」
男「……はい」
男性「あと、そうだな」
男性「そろそろ、機会を設けるから、私の妻にも会って欲しいな」
男「……分かりました」
男性「よし、話は以上だ。職務に戻って欲しい」
59:
──病院
妹「……お兄ちゃん?」
男「あ、うん?」
妹「すごい思い詰める顔してましたよ?」
男「そうだったか……いや、最近、少し仕事で疲れててね」
妹「大丈夫ですか?」
男「はは、病人のお前に心配されるなんてな」
妹「ふふ、そうだ。お話でもしませんか?」
男「話?」
妹「そうそう、両親のこと聞かせてください」
男「ええと……」
妹「ん?」
男「それは、お前の父親と母親の話か?」
妹「もちろん、そうですけど……」
60:
男「あっ、うんとな……」
男「父さんは……その、ちょっと強面の人だったろ?」
妹「あ……はい」
男「初めて見た時、どう思った?」
妹「その……正直な感想言っていいですか?」
男「うん。親父には内緒にしとくよ」
妹「……実は、結構、怖かったんです……」
男「はは」
妹「だから、その父に「明日、お前の兄が見舞いに来るぞ」って言われた時」
妹「どんな怖い男の人がくるのかと、心配でした」
男「ほほう、それで」
妹「でも、実際の兄はとっても優しそうな方で」
61:
妹「だから初めて会った時、兄じゃない人だと思ってました」
男「……うん」
妹「……その……ええと」
男「ん?」
妹「もしかしたら、わたしのこ、恋人だったり……したらなーみたいな……」
男「『恋人』……か」
妹「いやっ、そのもちろん……違ったわけですけど……」
男「昔のお前には恋人はいたのかなぁ……」
妹「その辺、お兄ちゃんも知らないですか?」
男「プライベートについては、あまり話さなかったしなぁ」
妹「……私って、今」
男「うん、大学生」
妹「だったら、恋人の一人や二人くらい、いてもおかしくないですよね……」
62:
男「二人いたら困るけど、まあ、そういう年頃だよな」
妹「もしかして……わたしって、ブスだったりします……?」
男「……は?」
妹「その……恋人みたいな人が来ることもないですし」
妹「今は、自分の顔を見ても、なんだか自分のじゃない気がして」
男「…………」
妹「お兄ちゃんから見て、わたしってどうですか?」
男「……ええと」
63:
妹「正直に言ってください。気を使ったりは、絶対しないで」
男「…………」
男「……綺麗だよ。普通に」
妹「ほんとに?」
男「ああ、もしも、俺が兄じゃなかったら……」
男「お前を好きになってたかもしれないな」
……………。
………。
64:
なんかせつねえ
65:
敬語妹に萌えに来たがシリアスだった
だが好きだ
67:
これはすごくいいな
おもしろくなりそうだ
完結するまで飯食わない
69:
親友『おらー、当たれっ!』
妹『きゃっ!』
ビューン……。
親友『あっ、やちった』
男『おいおい、どこ投げてんだよ。草むらのほうに行っちゃったぞ?』
親友『くそぉ……なんで、お前、当たんないんだよ』
妹『お兄ちゃんこそ、本気で妹に当てにいくなんて、たち悪いよ……』
男『いいから、取ってこいって。多分、川までには行ってないと思うから』
親友『うー、めんどくせぇなぁ』
男『はやくっ』
親友『分かったよ……でも、今度こそ、お前に当ててやるからな!』
男『はいはい』
たたたたっ……。
72:
男『やっと行ったな』
妹『だね』
男『しかし、こんな遊びに参加しなくてもいいんだぞ?』
妹『うーん……』
男『玉当たると、痛いぞ?』
妹『でも……外で見るだけじゃ、つまんないし』
男『いいんだよ、女の子はそれで』
男『学年も全然違うんだし、無理するなよ』
妹『……うぅ』
男『怪我したらどうすんだ。俺の母さんがいつも言ってるんだ』
妹『なんて?』
男『『女の子への傷は一生もんだから』ってさ』
74:
妹『ええと……意味わかんないかも』
男『実は俺も分かってない』
妹『なにそれ、ふふっ』
男『ははっ』
妹『あっ、兄さん』
男『ん?』
妹『ここほら、血が出てる』
男『あーほんとだ……でも、これぐらいの傷……』
妹『駄目だよっ! ばい菌が入っちゃったらどうするのっ!』
男『えっでも、いつもはこんなの……』
妹『ほら、こっち来て』
男『お、おう……』
75:
ガサガサ……。
妹『確かここに、キティーちゃんのバンドエイドがあったはず』
男『お、おい……?』
妹『うん、あった!』
男『やっ、やめろって、そんな女っぽいやつ』
妹『いいから、じっとしてて』
男『…………』
妹『消毒して……貼って……これで、よしっと』
男『……あ、ありがと』
76:
妹『ううん、いつも兄さんには優しくしてもらってるし』
妹『それに……やっぱり、使う時に使わないとね』
男『?』
親友『おーいっ! ボール見つかったぞっ!』
妹『あっ、お兄ちゃん戻ってきた』
男『…………』
妹『ほら、兄さんっ! 行こっ!』
男『う、うん』
77:
──会社
男「ふぅ……終わった」
上司「ん?」
がたっ。
上司「どうした? 俺はもう帰るぞ?」
男「頼まれていた仕事、とりあえず、全て終わりました」
上司「ほう……」
男「慣れるまで時間がかかってしまい、申し訳ないです」
男「いままでパソコンを使った作業をしてこなかったもので」
男「本当にご迷惑をおかけしました」
上司「……ふむ」
男「それで、追加のお仕事があれば早……」
上司「いや」
78:
男「え?」
上司「今日はもう帰りなさい。今まで毎日、残業だっただろ?」
男「ですが……」
上司「いいんだ。警備の人からも話は聞いてる」
男「ええと」
上司「毎日、夜遅くまで、時には明け方まで……本当に頑張ったな」
男「…………」
上司「初めは全てにおいて鈍臭いし、やることは不慣れだし」
上司「本当に困ったやつを部下にさせられたものだと憤慨した」
男「……申し訳ないです」
上司「だが、人一倍の根性は持ってるみたいだ」
男「え?」
79:
上司「そういう奴は大成する」
上司「文句も言わずに、仕事を黙々とこなす奴を俺はもう貶さない」
男「……あの」
上司「四ヶ月、本当に大変だったな」
上司「明日からはもう新入りみたいな仕事はしなくていい」
男「…………」
上司「俺が進めている新規の顧客との会談に付いてこい」
上司「少なからず、得るものはあるはずだと思うぞ?」
男「……はいっ」
男「よろしくお願いしますっ!」
82:
──自宅
男「……ふぅ……」
男「今日も一日が終わった……っと」
男「よし、母さんに電話しようか」
ピッ……ピピッ。
男「……もしもし」
男「あっ、うん。夜遅くごめんね」
男「もう時間過ぎてる? あーそうか、でも電話、大丈夫?」
男「うん……あ、うん」
男「いや、こっちの仕事がうまくいきそうなんだ」
男「ん……ははっ、やっぱり、声が違う?」
83:
男「うん……頑張るよ」
男「みんなに認められるように……失敗はしちゃいけないよね」
男「うん、それは分かってる」
男「……そうだね」
男「俺も戻りたいんだけど……まだ、ちょっと難しそう」
男「うん……」
男「土日はいつも用事が入っててさ……」
男「もう少しすれば、こっちも落ち着けると思う」
男「うん……だから、その時にね」
男「ん、じゃあ、また」
102:
──病院
妹「ちょっと質問してもいいですか?」
男「ん? なに?」
妹「お兄ちゃんは……お父さんの会社で働いてるんですよね?」
男「あ、うん」
妹「いつぐらいから?」
男「そうだな……ぶっちゃけの話でもいいか?」
妹「はい」
男「実は、今年に入ってからなんだ」
妹「ええと……じゃあ、その前は」
男「んと……まあ、フリーターみたいなことをしてた」
妹「じゃあ、どうしてまた急に?」
男「やっぱり、今のままじゃ駄目かなって」
103:
男「長い目で、将来のことも考えて……でも、そうだな」
男「自分の限界を知ったというか、ある意味、逃げてきたのかもしれない」
男「うん……そんなところだ」
妹「その実は……」
男「ん?」
妹「昨日、初めてお母さんに会ったんです」
男「あ、うん」
妹「その、今までは記憶を失ってるわたしと会う覚悟がなくて」
妹「でも、勇気を振り絞って会いにきたって、そう正直に話してくれました」
男「……そうか」
妹「嬉しかったです」
妹「優しそうな方で、どことなく顔立ちも自分と似てて」
104:
妹「本当にわたしはこの方の娘なんだなって……そう実感できました」
男「それは良かった」
妹「それで、その時にこれ……」
男「なんだろ? ええと……写真?」
妹「はい」
男「映ってるのはお前だな。大学の入学式か?」
妹「そうです。お兄ちゃんも覚えてます?」
男「……ああ」
妹「お母さんは、他にもいっぱい思い出の写真を持ってきてくれたんですけど」
妹「これだけは唯一、ちょっと違って」
男「どういうことだ?」
105:
妹「……お兄ちゃんが」
男「俺が?」
妹「撮ってくれたんですよね」
男「…………」
妹「お母さんが言ってました」
妹「『お兄ちゃんは写真家を目指してた』って」
男「……それは」
妹「そう言った後、お母さんは……」
妹「少し、まずいこと言ってしまったような顔をしてました」
男「……そうか」
妹「目指してたんですよね、写真家」
男「うん」
妹「でも、どうしてやめちゃったんですか……?」
男「…………」
106:
妹「すみません、人の傷口をえぐるみたいな真似をして」
妹「でも、その話を聞いた時に何か胸の奥で、ひっかかるものがあって」
妹「きっとそれは、自分の記憶を取り戻すきっかけになるんじゃないかなって」
妹「本当に、ごめんなさい……でも、無理なら」
男「……そうだな」
妹「お兄ちゃん?」
男「俺は小さい頃から、写真の魅力に取り付かれてた」
男「人の一瞬、物事の一瞬」
男「その場面で一番最高な瞬間を、写真という形で後世に残す」
男「そんな仕事をする写真家に、憧れていたんだ」
……………。
………。
112:
親友『…………』
男『あーつまんねーな……』
親友『そういえば、もうすぐ小学生卒業だな』
男『うん、あっという間だった』
親友『中学生かー』
男『正直、心配だよな』
親友『何が?』
男『ほら、お前の妹』
親友『ああ……』
男『俺たちがいなくなっても、ちゃんとやってけるかな』
親友『大丈夫だろ? 見てくれはいい方だしさ』
113:
男『どうすんだよ、逆に好きで意地悪するみたいな男子がいたら』
親友『はは、お前、そんなこと心配してんのか』
男『……ちょっとだけね』
親友『大丈夫。もし、そんなことがあったら』
男『どうする?』
親友『妹が必ず、俺たちに相談してくるはずだから』
男『つまり、その時に──』
男・親友『『そいつをボッコボッコにしてやろうっ!』』
男『ぷっ』
親友『くっ』
男・親友『『はははっ!』』
114:
男『やっぱり、お前とは気が合うよっ』
親友『俺も今、同じこと考えてた』
男『このまま、二人で仲良くやっていければいいよな』
親友『それこそ、妹もいれて三人でな』
男『ああ……』
親友『なんだ? どうかしたか?』
男『いや、もしあいつが男の子だったらなって思ってさ』
親友『ああ、そしたらもっと楽しかっただろうな』
男『うん……余計なこと考えなくても済むし』
親友『……余計なこと?』
男『……察してくれ』
親友『まあ、もう少ししたら俺たちからは離れていくかもな』
115:
男『四年違いか』
親友『そういうこと』
男『……で、さっきからお前、何見てんだ』
親友『これのこと?』
男『うん』
親友『いや、世界を旅してる写真家の本』
男『そんな本見て、楽しいか?』
親友『めっちゃ楽しい』
男『ふーん……それはよく分かんないわ、俺』
親友『すごいんだけどなぁ……』
116:
──親友宅
女性「今日は、よく来てくださいました」
男「いえ、こちらこそ……」
男「本来なら、もっと早く、お伺いすべきでした」
女性「いいですよ。その辺の事情は聞いていますから」
男「申し訳ありません……」
女性「どうぞ、線香をあげていって下さい」
女性「きっと、あの子も」
女性「長いこと、あなたに会いたがっていたはずですから」
男「…………」
118:
女性「久しぶりに親友同士が対面するんですね」
女性「きっと話したいこと、考えたいことがあると思いますので」
女性「私はリビングの方で待っております」
女性「全てが終わったら……そちらの方で、お話しましょうね」
男「ご配慮ありがとうございます」
女性「気を使わず、ゆっくりとなさっていって下さい」
女性「こうやって遺灰をまだお墓に入れないのも、あなたのためでしたので」
男「…………」
女性「では、また」
ガチャ……。
120:
男「…………」
男「…………」
男「……っ」
男「……は、はは……」
男「久しぶりに会ったと思ったら……」
男「こんな小さな壷に入っちゃうって……」
男「……何してんだよ……お前」
男「どうしてこんなことに……なっちゃったんだよ……」
男「ああ……」
男「…………」
男「……昔のこと、お前は覚えてるか?」
男「確か、あれは俺たちが中学生だった頃」
121:
男「漫画の巻頭グラビアにあるアイドルに俺が目を離せなくて」
男「そんで、お前にも共感して欲しくて見せたらさ」
男「いちいち、アイドルのポーズについての批判しまっくって」
男「そんなの誰も聞いてないって言うんだっ」
男「そんで、俺が言った」
男「『だったら、お前の言う最高のポーズはどれだよ』って」
男「そしたらお前、嬉しそうに鞄からどこぞの写真集持ち出してきてさ」
男「『このシーンはここが凄い』『このアングルはこの場面だから生きる』とかさ」
男「でも俺からすれば、その写真は全部、白黒だったから」
男「はっきり言って、微妙だったんだよ」
男「そしたら、そんな俺を見かねて、お前はこう言ったよな」
122:
男「『なら、この本の中でお前が一番好きな写真はなんだ?』ってさ」
男「…………」
男「分かったよ、もちろん、分かってる」
男「本当、お前ってやつはさ……死んでもなお、厄介な奴だ……」
男「でも……今は無理なんだよ」
男「それよりも、大切なことがある」
男「お前なら、全て成し遂げろって言うと思うけど」
男「不器用な俺は、どうやったって器用にはできないんだ」
男「結局、何かを為すためには、何かを犠牲にしなきゃいけない」
123:
男「だから、分かってくれ」
男「お前の気持ちは分かる……でも、それでも」
男「本当に……ごめんな……」
男「……要するに、俺は──」
男「敗者になっちまったんだよ……」
126:
──病院
男「……結局、あいつの形見を渡されちゃったな」
男「カメラ……」
男「……まだこれ、使ってたのか……」
男「…………」
男「よし、切り替えないと」
男「ふー……」
コンコン。
ガラガラ……。
妹「あっ、お兄ちゃん」
男「よっ!」
妹「今日も、来てくれたんですね」
127:
男「そりゃ、愛しの妹のためだからな」
妹「ふふ。今日は一段と機嫌がいいみたい」
妹「何か、良いことでもありました?」
男「そうだなぁ……」
男「……久しぶりに、大切な人に会えたかな」
妹「……大切な人、ですか」
男「深い意味はないよ。ただ、懐かしかったんだ」
妹「懐かしい?」
男「今まで、無駄に逃げ回ってたんだけど」
男「会ってみると意外と気楽に話ができた」
妹「……いいですね、そういうの」
男「もっと早く、それこそな……」
128:
男「色々、話さなきゃいけないことがあったはずなんだ」
男「はは。俺は、やっぱり、どうしても駄目人間だよ」
妹「でも、お兄ちゃん」
男「ん?」
妹「これからがあるじゃないですか」
男「…………」
妹「やっと、その人と仲直りできたのなら」
妹「これからの関係を大切に。幾ら、過去を悔やんでも仕方ないんですから」
男「……ああ」
妹「今度、また会ったら、色々話し合ってくださいね」
妹「そうすれば、今までのわだかまりもきっと……」
妹「いつかは時が解決してくれるはずですから」
男「…………」
129:
男「……そう、だな」
男「また会ってみるよ」
妹「はいっ」
男「それこそ、かなり時間がかかっちゃうかもしれないけど」
男「いつか、きっと。また、会える日が来るはずだからさ」
妹「……?」
男「気付かせてくれて、ありがとう」
妹「……あの」
男「ん?」
妹「わたし、もしかして、見当違いなこと言っちゃいました?」
男「そんなことないって」
130:
妹「……でも」
男「それよりっ」
妹「え?」
男「ほら、これ」
妹「……あっ、カメラ?」
男「今から撮るぞ? 最高の表情してくれよ?」
妹「え、ええとっ、そんな急に……っ」
男「ハイチーズ」
妹「あっ……」
……………。
………。
188:
パシャ!
男『なっ……』
妹『もう不意打ちやめてよ、お兄ちゃんっ!』
親友『はは、ごめんごめん』
男『ったく、このカメラ好きめ……』
親友『でも、我ながら、今のはいい感じに撮れた』
妹『ほんとに?』
親友『ああ。いつに増して、可愛く写ってる』
妹『ふふ、ならいいや』
男『そうやってすぐに甘やかすなよ。だから、調子に乗るんだぞ?』
189:
妹『でも、兄さんとツーショットだったよ?』
男『いや……まあ、うん』
妹『あとで、焼き増し貰おうね』
男『……お、おう』
親友『はは、いつもお前は妹に弱いな』
男『うるさい。いいから、お前も宿題手伝え』
親友『だから、俺の答えを見せてやってるじゃん』
男『時間がないんだって。書き写し手伝ってくれよ』
親友『そこまでは面倒見切れないって。頑張れ』
男『……はぁー』
190:
妹『兄さん』
男『……ん?』
妹『わたしは手伝ってるから、えらいよね』
男『ほんと、お前は兄と違って優しいやつだなぁ』
妹『いいのいいの。困ったときはお互い様』
親友『……ほー、お前もそんな言葉知るようになったのか』
妹『まあね』
男『四歳も年下には見えないな。えらいえらい』
妹『へへへ』
191:
親友『…………』
親友『よし』
パシャッ!
男『あっ、お前っ!』
妹『あれ? 今、もしかして、お兄ちゃん撮った?』
男『フィルムをかせーっ!』
親友『やなこった!』
男『ま、まてっ! 逃げるなぁ!』
だだだだだっ……。
195:
──親友宅
男性「わざわざ、来てもらってすまない」
男「いえ」
男性「今後について、改めて、話し合う必要が出てきた」
女性「…………」
男「それは……」
男性「母さん」
女性「実は、あの子の退院が昨日、決まったんです」
男「……退院ですか」
男性「もちろん、私は反対したよ」
男性「ずっと病院にいてくれたほうが、安心だからだ」
男性「……だが」
女性「それじゃあ、あの子が可哀想だと思いまして」
196:
女性「私がこの人を説得したんです」
男「……その、記憶の方は?」
男性「まだ戻ってない」
男「……はい」
男性「だからこそ、形としては自宅療養となると思う」
男性「医者は前の環境に合わせたほうが、記憶の戻りの促進に繋がると言っている」
男性「いや……本当は、思い出してなど欲しくないのだがな」
女性「…………」
男性「私たちからすれば、今のままの彼女でいい」
男性「確かに、思い出を共有できないという悲しさはあるが」
男性「……あの子の命には替えられないからな」
197:
男「じゃあ……大学は?」
女性「そのことなんですが、実は、学長さんに休学願いを提出しました」
男「そうですか……」
女性「記憶がないあの子からしたら、見る人会う人が初対面のはずですし」
女性「下手に仲良かった人たちと出会ったら、逆に混乱しちゃうと思うんです」
男「…………」
男性「……君が言いたいことは分かる」
男性「だが、私たちにはもう他に選択肢がない」
男「はい……」
男性「分かってくれ……親の私たちでさえ本当は辛いんだ」
女性「…………」
男「…………」
男性「……そこで、君に折り入って話がある」
204:
男「……話?」
男性「いや、ここからが今日の本題だと言ってもいい」
男「……どういった話でしょうか?」
女性「その前にまずは謝らせて下さい」
男「謝るって……」
女性「あなた」
男性「ああ……」
男性「子供たちと昔からの付き合いだった君に」
女性「死んだ息子の代わりになってくれ、なんて残酷な真似をしてしまい」
男性「本当に、申し訳ないことをした……」
女性「この通り、申し訳ありません」
205:
男「そ、そんなっ、いいから、顔を上げて下さいっ」
男性「にもかからずっ」
男「……えっ?」
ダンッ!
男「……立ち上がって、一体、何を……」
女性「……ごめんなさい」
男「……あ……」
ドン……ドン……。
男「…………」
男「……あ」
男「ああ」
男性「…………」
女性「…………」
206:
男「──僕に土下座なんてやめて下さいっ!」
男性「頼むっ! この通りだっ!」
男「いいからっ、早く立って……」
男性「あの子が退院しても、彼女の兄を演じ続けてくれ!」
男性「この家に住んで、この家で、あの子を支えてやってくれっ!」
女性「一生のお願いです……っ」
男「……そんなこと、言われなくても……っ」
男「……って」
207:
男「……あれ?」
男性「……いいのか?」
男「え?」
男性「文字通り、始めたら最後……」
男性「君は息子の代わりをするだけじゃなくなるぞ」
男「……それは……」
男性「端から見れば、君は私たちの息子となる」
男「……俺が……?」
男「……息子……」
………。
……………。
208:
親友『なあ、知ってるか?』
男『ん?』
親友『世の中には、「弱肉強食」って言葉があるだろ?』
男『ええと、弱いものは強いものに食われるってことだっけ?』
親友『そうそう、もっと具体的に言うとさ』
親友『この社会は弱い奴の犠牲によって栄えてるってこと』
男『……う、ん』
親友『お前はそれ、どう思う?』
男『つまり、強者と敗者がいるってことだよな』
親友『そうそう。んで、敗者は要は社会の犠牲者みたいな感じかな』
男『……んーなんだろうな』
210:
親友『結局、勝者ってのは、自分の思い通りになんでも出来る訳』
親友『でも、みんなが思い通りに行動をしてたら、社会が回らなくなる』
男『それは俺でも分かるよ』
親友『じゃあ、我慢してるのは?』
男『敗者?』
親友『そういうこと』
男『……うわぁ……大人になりたくねぇな……』
親友『もし仮にさ、将来、俺たちが勝者じゃなくて敗者になっちまった時』
親友『どうすれば、そこから抜け出せられると思う?』
男『いや、もう無理なんじゃない?』
男『貧乏くじ引いてる時点で、もう泥沼じゃん』
親友『うん……そう普通は思うよな』
211:
親友『でも俺、気づいちゃったんだよ』
男『何を?』
親友『とっておきの、抜け出し方法』
男『……え?』
親友『実は、すごい簡単な事なんだ。なんで、みんな知らないのってぐらい』
男『教えてくれよっ』
親友『仕方ないなぁ。本当は誰にも言いたくないんだけどな』
親友『……お前だけは特別だ』
男『さすがっ!』
親友『方法は簡単さ。よく聞いとけよ?』
親友『それは──』
……………。
………。
212:
男性「……断るのなら、この瞬間にして欲しい」
男性「始めてしまったから、辞めたいと言われても困るんだ」
男「…………」
男性「前に君は私に聞いた。『終わりはいつですか』と」
男性「分かるだろ? 終わりがあるとしたら、今だ」
男「……はい」
男性「……終わりにしてくれてもいい」
男性「だが、今のあの子は、君をこの世界で一番頼りにしている」
男性「本当の兄じゃないと疑うことも知らずに、信じきっている」
男「…………」
男性「実の兄が、自分のせいで死んでしまい」
男性「ついには自責と後悔の念に耐えきれず」
男性「自分が自殺未遂を謀ったということも知らない」
男「……っ」
213:
男性「残念ながら、彼女に必要なのは私たちじゃないんだ」
男性「私たちが代わりをやれるなら、何を捨ててでも成し遂げる」
男性「けれど、現実は不条理だな」
男性「あの子が、この世界で、唯一必要としているもの……」
男性「皮肉にも、それは君なんだ」
男「……それは」
男性「止めてくれても、一向に構わないぞ」
男性「けれど、君には捨てられるのか?」
男性「あの子を……──見殺しに出来るか?」
男「…………」
217:
──病院
パーンっ!
妹「きゃっ」
男「退院おめでとうっ!」
妹「お兄ちゃん……もう、びっくりしました……」
男「はは、それは良かった」
妹「もう、病院でクラッカーなんて迷惑ですよ?」
男「妹の新たな門出なんだ。せめて盛大にと思ってな」
220:
妹「めっ、ですよ」
男「なんだそれ」
妹「あれ、わたし、なんか変なこと言いました……?」
男「言っただろ。『めっ』て」
男「俺をやんちゃな子供だと思って、言ったのか?」
妹「いや、その……なんか、不意に」
妹「ていうか、そもそも、お兄ちゃんが悪いんですから」
妹「もっとすまなさそうにしないと、駄目です」
男「まあ、確かにそうだな」
妹「ニヤニヤしないっ!」
男「無意識なんだから、許して」
妹「だーめーですー」
221:
男「ならこの顔は?」
妹「どことなく小馬鹿にされてるみたいです」
男「……んー、ならこれ」
妹「……今度は、イヤらしいですね」
男「なら……んっ、よしこれでイケメンになったろ?」
妹「……はぁ」
妹「今日はいつになく、テンション高いですね」
妹「でも、そんなことしてると、彼女さんに嫌われますよ?」
男「そう思うだろ?」
妹「……えっ」
男「こう見えてもな、俺の学生時代はなー」
妹「は、はい」
男「…………」
222:
男「やっぱり、モテなかった」
妹「……ですよね」
男「同意しないでくれない? ちょっと悲しいよ?」
妹「そう言われても……」
男「しかし、最近のお前って、毒舌じゃないか?」
男「ほんと、初めのしおらしい子が嘘のようだ」
妹「それはわたしが言いたいです」
男「なんで?」
妹「お兄ちゃんも、前はもっと丁寧なしゃべり方でした」
男「そうか?」
妹「覚えてないんですか? 例えば……」
223:
妹「『いいんだ。気にしなくていいよ』」
妹「『ちょっと疲れさしちゃったみたいだね』」
妹「『……うん、日を改めて、また来るから』」
男「……確かに」
妹「少女漫画に出てくる好青年みたいでした」
男「いいんだ。今の方が本来の俺に近いし」
妹「ちょっとげんなりですね」
男「それより……そろそろ、家に向かうか」
妹「あっ、はい」
男「病院の横に車を止めてあるんだ。急ごう」
293:
――車内
男「そうだ、少し言い忘れたことがあった」
妹「何ですか?」
男「ほら、父さんと母さんの二人、今日、病院に来なかっただろ?」
妹「……あ、はい」
男「ちゃんとした理由があるんだ。話してもいいか?」
妹「別に……特に何とも思ってませんよ」
男「いや、聞いてくれ。二人とも本当は来たがっていたんだけど」
妹「…………」
男「親父は取引先との急な仕事が入って、休日出勤」
男「お袋は、親戚の方が突然倒れたっていうんで、急いで病院に行ったんだ」
妹「……そうですか」
294:
男「二人とも悪気があったわけじゃない」
男「お前の病院に行こうとするのを、俺が何とか食い止めて」
男「だからさ、今日は俺だけだったけど、許してくれよ?」
妹「……ふふ」
男「へ?」
妹「もうそんな必死にならなくてもいいですよ」
妹「今日、お兄ちゃんが異様にテンションが高い理由も分かりましたから」
妹「本当は、わたしに気を遣ってくれたんですよね?」
男「……いや、それはだな……」
妹「それに、思うんです」
男「ん?」
295:
妹「逆に、お兄ちゃんだけでよかったなって」
男「…………」
妹「もし二人がいたら、なんだか、緊張してしまって」
妹「気まずい空気が流れてたかもしれません」
男「……そんなこと」
妹「本当は、もっと自然に振る舞えればいいんですけど」
妹「やっぱり、親と子の関係って、そう簡単にはいきませんね」
男「なら、兄妹は?」
妹「『友達』……みたいな感じかな?」
男「…………」
妹「どうかしました?」
男「いや、気にしなくていい」
男「それより、もうそろそろ、家に着くぞ」
妹「は、はい」
296:
男「緊張してる?」
妹「……ええと」
男「…………」
妹「…………」
男「……不安か?」
妹「え……?」
男「知っているはずの家に戻るはずなのに」
男「何の感慨も覚えない自分が怖い?」
妹「……それは」
男「大丈夫、焦る必要はないから」
男「仮に今後、過去を思い出さなかったとしても」
男「あの二人はきっとお前を温かく迎えてくれるはずだ」
妹「…………」
297:
男「もちろん、俺も含めてね」
妹「……うん」
男「よし、なら安心だな」
妹「お兄ちゃん……ありがと」
男「はは、感謝されて嫌な奴はいないよなぁ」
妹「……ふふ」
男「……さて」
キキッ……。
男「我が家への到着です」
妹「……うん」
男「ちょっと待ってろ。エスコートする」
妹「え?」
バンッ……トコトコ……。
……ガチャ。
298:
男「さて、どうぞ」
妹「……意外と紳士なんですね」
男「だろ?」
妹「ふふっ」
男「ほら見ろよ。豪華な周りの家々に引けを取らないぐらい」
男「我が家も、捨てたもんじゃないだろ?」
妹「……うん」
男「早、入ろうか?」
妹「ちょっと待って」
妹「もしかしたら……何か……」
299:
男「……ん」
妹「……いや」
妹「だめ……みたいですね」
男「無理するなよ?」
妹「……分かってはいるんですけど、やっぱり……」
男「家にも思い出の品は一杯あるからさ」
妹「うん……」
男「開けるぞ?」
ガチャリ……。
妹「…………」
妹「……え?」
300:
パンッ、パーンッ!
男性・女性「「退院おめでとうーっ!!」」
妹「う、うそ……だっ、だって……」
男「はははっ」
妹「まさか……」
男「簡単な騙しのテクニックだよ」
男「一度、小さなサプライズをやって、油断させる」
男「そして、そこから……」
妹「お、お兄ちゃんっ」
男「どうだ? 最高だったろ?」
妹「もうっ! 本当にびっくりしたんだから……」
男「お叱りは後で聞くよ、今は……」
妹「あっ……」
301:
女性「本当におめでとう……こっちに来て頂戴」
妹「は、はい」
ギュッ……。
妹「お、お母さん?」
女性「…………」
妹「あの……」
男性「お前が、どんなことになろうとも」
男性「決して、私たちの絆が切れることはない」
妹「…………」
男性「安心しろ」
男性「ここが、お前の居場所だから」
男性「家族四人で乗り切ろうな……」
妹「……っ」
妹「……は、はい……」
男「…………」
302:
──リビング
女性「さーて、準備は整ったかしら」
男性「おー、今日はいつに増して豪華な夕飯だなっ」
女性「お祝いの日だからね。かなり奮発しました」
男「確かに、これはご馳走だなぁ」
妹「食べきれるかなぁ……」
男「なんだ? みんなの分も全部、食うつもりか?」
妹「は……?」
男「こりゃまた、凄い食欲だな」
妹「ち、違いますっ!」
男性「確かに、昔から食いっぷりは良かった」
妹「お、お父さんまで!」
303:
男「はは、やっぱりそうじゃん」
妹「お兄ちゃんっ!」
女性「そろそろ、可愛い妹弄りはその辺にしときなさい」
女性「ほら、温かいうちに食べましょ?」
女性「お父さん、いつものお願いしますね」
男性「分かった」
男性「じゃあ、みんな、手を合わせて」
男「よし」
妹「は、はい」
男性「頂きます」
男・妹「「いただきまーすっ」」
……………。
304:
男「いやぁ……食った食った……」
妹「もう何も食べられないです……」
女性「ありがとうね。綺麗に完食してくれて」
男性「ふぅー、やっぱり母さんの作る飯はうまいな」
男性「さて……食後の一服を」
女性「お父さん、煙草はベランダで吸って下さい」
男性「まあ、そう堅い事は言わずにな」
男性「どうだ、お前も吸うか?」
男「……ええと、止めとくよ」
女性「あら? いつ頃から吸うの止め……」
男性「母さん」
女性「……あっ」
妹「?」
305:
女性「で、でも、いい傾向ですよ」
女性「やっぱり、このご時世、煙草を吸う男性はだめよね?」
妹「え? いや、どうでしょうか……」
男「最近は、嫌いな人多いからね」
男「父さんも早くやめないと、秘書の人たちに嫌われるよ?」
男性「今更止めたところで、好感度は上がらないさ」
男「はは、そりゃそうか」
妹「あの、昔は、お兄ちゃんも吸ってたんですか?」
男「……うん、そこそこね」
妹「へー意外」
男「そうか?」
妹「なんか、そういうの吸う感じの人には見えないですね」
女性「顔が童顔だからね」
306:
妹「ふふ、分かります。少し、男らしさには欠けてるかも」
男「止めてくれよ、気にしてるんだから」
妹「今日の意地悪のお返しですよーだっ」
男「根に持つ奴だなぁ……」
男性「…………」
男性「……本当に仲がいいな」
女性「そうですね」
妹「え?」
女性「こんなこと言うと、あなたは傷つくかもしれないけど」
女性「記憶を失ったとは、到底、思えないぐらい」
妹「そ、そう見えますか……?」
男「…………」
男性「……ああ」
307:
男性「かつての頃のままだ……」
男性「何もかも……」
女性「…………」
妹「……ええと」
男「…………」
男「……つまり、だ」
妹「え?」
男「俺たち兄妹には、次元を超えた見えない絆があるわけさっ」
ぎゅっ。
妹「ちょ、ちょっと兄さんっ!?」
男「過去なんて関係ないぞーっ」
男「昔から大好きだー、妹よっ!」
妹「抱きつくの、止めてっ。禁止ーっ!」
308:
男「はは、顔真っ赤にしてやんの」
妹「はぁー……はぁー……」
妹「もう急になんてことするんですか……心臓に悪いです……」
男「心の準備が必要だったか?」
妹「そうです。これから、抱きつく時には事前に言って下さいよ」
男「いや、兄妹で抱きつくシーンなんてそうそうないから」
妹「あっ……そうでした」
男「でも、お前が良いっていうなら──」
妹「へ?」
ぎゅうっ!
男「何度だって抱きしめてやるぞーっ!」
妹「ちょっ、心臓がっ! 事前にっ! 約束違うーっ!」
309:
──親友の部屋
男「…………」
男「……今日は、疲れたな」
バタン……。
男「はー……」
男「いいのかな……」
男「……本当にこれで間違ってないんだろうか……」
男「…………」
男「……ええと、カメラはどこに……」
男「ん、あった」
男「……よし、これで」
男「…………」
男「……なあ、親友」
311:
男「もしかしたら、俺は、最低なことをしてるのかもしれない」
男「アイツを騙して、お前に成り代わって」
男「……うん」
男「やっぱり、俺は最低だよ」
男「…………」
男「……お前の両親に頼まれた時な」
男「正直、本当は困った」
男「だって、ずっと前から、早くこの関係が終わればいいと思ってたから」
男「他人だったお前を演じるのは、難しいし」
男「それに……お前との友情を踏みにじってる気がするから」
男「なぁ……?」
男「お前……怒ってないか?」
男「本来なら、この日常は、決して俺のもの何かじゃない」
313:
男「お前は死んじまったけど、俺が成り代わっていいものじゃないはずだ」
男「結局、俺はさ……」
男「土下座して頼み込んだ二人の願いを渋々聞いてやって」
男「妹のためだから、見殺しにはできないから、なんて理由つけて」
男「そんな体裁を守れないと、踏み出せないちっぽけな人間なんだ……」
男「……多分、お前は言うと思う……」
男「『やるなら、やりきれ』『迷うな』って」
男「……でも、俺は」
男「こうしている間も、この行動の善悪を決めかねてる」
男「ぐだぐだと、正解のない問いを悩み続けてる」
男「……そのくせ」
314:
男「俺が、とうの昔に失った……」
男「家族っていう幸せの形を、楽しんでる……」
男「……どうだ? 最低だろ?」
男「……なあ、親友」
男「……頼むからさ……」
男「返事してくれよ……」
男「……俺を……罵ってくれよ……」
男「…………」
男「……はぁ」
男「…………」
男「ん?」
315:
ピピピピッ……。
男「……え? 電話?」
男「ええと……このタイミング……」
男「いや、違う。そんなことある訳がない……」
男「……母さんだ」
男「そういえば、最近電話してなかったからなぁ……」
ピピピピピッ……。
男「…………」
男「…………」
ピピピピピピッ……。
男「…………」
316:
ピピッ……ピッ……。
男「…………」
…………。
男「……ふぅ……」
男「…………」
男「……出れるわけ、ないよな……」
……………。
………。
324:
男『…………』
男『……すぅ……すぅ……』
──■■□ッ!
男『……ん?』
男『あれ……今、なんか音がしたような……』
男『……一階?』
男『…………』
男『まだ父さんと母さん、起きてるのかな……?』
ガバッ……。
男『……行ってみよう』
トコトコ……ガチャ。
……………。
325:
トコトコトコ……。
男『…………』
男『……ん?』
男『…………』
男『……あっ』
?『一体、こ……から……のよっ!』
?『まだ家の……も、あなたっ……分……てるの!?』
男「これは……』
男『……母さんの声……?』
男『もしかして……』
326:
父親『うるせぇっ! 言われなくてもそんなこと分かってる!』
母親『だったらどうして!?』
父親『仕方ねぇだろ、クビになっちまったんだからさっ』
母親『いい加減にしてよっ! また酔って帰ってきたと思ったら』
母親『急に、会社を辞めさせられたじゃ、こっちも納得できないわっ!』
父親『何を聞きたいんだっ』
母親『辞めさせられた理由よっ!』
父親『……それは』
母親『いいから言って! あなた、一体、何したっていうのっ!?』
父親『……った』
母親『聞こえないわっ。もっと大きな声で言って!』
父親『あーもうっ! 殴ったんだよっ!』
327:
母親『……殴った? だ、誰を?』
父親『前から言ってた、いけ好かない上司だよ……』
母親『……どこで』
父親『昼間、会社の中でだ』
母親『……そ、そんな……』
父親『腹が立ったんだ。いつも俺に雑用ばっかり押し付けて』
父親『その割に、何かあると責任は俺にあるとほざく』
母親『…………』
父親『それでも、俺は我慢した方だ』
父親『けど、結局、こうなる運命だったんだよ』
母親『……ああ……』
母親『…………』
父親『ふんっ……』
328:
母親『…………』
母親『……ねぇ』
父親『あっ? まだ、文句あんのか?』
母親『……もしかして、あなた』
父親『何だよ』
母親『そのときも、酔ってたんじゃないでしょうね?』
父親『…………』
母親『質問に答えて』
父親『……だからさ』
母親『アルコール中毒のあなただけど』
母親『会社に酒を持ち込んでたりしないわよね?』
父親『…………』
329:
母親『……なんで、黙ってるの?』
母親『何か、言ってよ』
父親『……それは……』
母親『なに?』
父親『……つい、な……』
母親『……なっ……』
父親『…………』
母親『最低よっ! あなたは本当に人間の屑っ!』
父親『……そこまで──』
ガシャーンっ!
父親『いてっ……』
332:
母親『こんな時ぐらい、酒を飲むのはやめなさいっ!』
父親『な、なにすんだっ!』
母親『毎日、帰ってくるのは深夜をとうに回って』
母親『時には、女の香水つけた背広で機嫌良く帰ってくる』
母親『暇さえあれば、酒は飲むわ、煙草は吸うわ』
母親『あなたは夫としても、父親としても、失格よっ!』
父親『……っ』
ガタンッ……。
母親『な、何をっ……』
333:
バチッ!
母親『きゃっ……』
父親『言いたいことを言わせておけばっ!』
父親『くそっ! なんで、お前に、そこまで言われなきゃいけない!』
母親『……叩いたわね……』
父親『あっ?』
母親『……もう嫌……もう、いやよ……』
母親『これ以上は耐えられない……』
父親『何だと?』
母親『……私と、別れて下さい』
父親『……あ?』
母親『お願いですから……もう、別れて下さい』
父親『なっ……』
父親『こ、この……糞女が……』
334:
母親『……お願いです……』
父親『うるせぇっ!』
バンッ!
母親『……うっ』
父親『別れないぞっ! 絶対に別れてやるもんかっ!』
バゴッ!
母親『……くふっ……』
父親『お前だけいい思いをするなんて、そんなこと……』
たたたたたっ!
父親『あ……』
男『やめてっ!』
ガバッ……。
母親『……男……?』
335:
男『もう母さんに乱暴するなっ!』
父親『ち、違うんだ……』
男『殴るなら俺を殴れっ。それで気が済むなら、我慢するからっ!』
父親『……あ、ああ……』
男『母さん……母さん……』
母親『……う……うぅ……』
男『もう大丈夫だから……大丈夫だからさ』
母親『……うぅ……ああ……うあああ……』
男『うん……僕が、母さんを守るよ……』
父親『…………』
父親『……俺は』
336:
父親『な、なんてことを……』
父親『………ああ』
父親『…………』
父親『……手が震える』
父親『……駄目だ……』
父親『……もう……』
父親『俺は……』
父親『…………』
342:
……………。
………。
男「…………」
……ン……ン。
男「…………」
コンコンっ!
男「あっ……」
……ガチャ。
妹「……お兄ちゃん?」
男「な、何だ……?」
妹「結構、扉をノックしたんですよ」
男「あ、ああ……気づかなかったみたいだ……」
343:
妹「その、大丈夫……?」
男「……何がだ?」
妹「顔、真っ青です……」
男「……え」
妹「体調が悪いなら、また明日にしますよ?」
男「いや、いいんだ……」
妹「で、でも……」
男「ほら、入って入って」
妹「……お兄ちゃんがそう言うなら」
男「よし」
男「でも……ちょっとだけ、時間くれ」
妹「はい……」
344:
男「…………」
妹「…………」
男「……ふぅー……」
妹「お兄ちゃん……?」
男「いや、少し嫌な記憶を思い出してな」
妹「嫌な記憶?」
男「まぁ、なんていうか……」
男「思い出したくない過去って、誰にも一つや二つあるだろ?」
妹「……その」
男「ん?」
妹「わたしは昔のこと覚えてないので……」
男「……あっ、ごめん……」
345:
妹「いや、いいんです」
男「くそっ……何やってんだ俺」
妹「余り気にしないで下さいね?」
男「本当に悪い……まだ頭がうまく切り替わってないみたいだ」
妹「……あの──」
妹「聞いてもいいですか?」
男「ん? 今、思い出した過去をか?」
妹「そうじゃなくて……その」
男「うん」
妹「昔の記憶があるって、どんな感じなんですか?」
男「……それは」
妹「やっぱり、唐突にぱっと思い浮かんだりするんですか?」
男「……たまにだけどね」
346:
妹「それは楽しかった記憶も?」
男「もちろんだ……というより」
男「嫌な記憶を思い出すなんてことはめったにない」
妹「でも、時にはある……」
男「……稀にだけど」
妹「そういう時、お兄ちゃんはどうしてます?」
男「どうするっていうのは?」
妹「辛くて苦しくて、とっても悲しいような、嫌な思い出が沸き起こった時」
妹「お兄ちゃんは、それをどうやって対処してるんですか?」
男「……そうだな」
妹「…………」
347:
男「受け入れる」
妹「『受け入れる』?」
男「……どう足掻いたって、過去は変えられない」
妹「……はい」
男「どんなにやるせなくて、なんとかしたくても」
男「過ぎてしまった日々は、もうやり直すことは出来ないんだ」
妹「…………」
男「だから、受け入れる」
男「前へと進む」
妹「……ん」
男「そうしないといけない」
男「いや、そうするしか方法がない」
348:
妹「……そうですか」
男「俺もさ、昔やったヘマを今でも思い出す」
男「何で、あの時、ああしてなかったんだろうって」
男「悔しくて、でも、どうしようもなくて」
妹「…………」
男「苦しいし、もがき続けてしまうこともあるよ」
男「でも、それに意味はないんだ」
妹「本当に?」
男「うん」
男「後悔をし続けても、その先には何もない」
男「終わり無き道が永遠と続いているだけなんだ」
妹「…………」
男「だからこそ、時には振り返ってしまうかもしれないけど」
男「ひたすらに、必死に、前へと足を進める」
349:
男「結局、それが一番なんだ」
妹「……凄いですね」
男「……そう思うか?」
妹「はい、凄く強いと思います」
男「……強くなんかないよ」
妹「でも、そうやって過去を乗り越えられるって」
妹「そう容易くできない気がするんです」
男「……俺は、ただ」
男「『今』に必死なんだと思う」
妹「……今……」
男「だから、後ろを振り返る余裕がないだけなんだ」
男「強くなんかないし、凄いわけでもない」
男「ただ、がむしゃらに生きてるだけ」
350:
妹「……それでも」
妹「わたしは、お兄ちゃんを立派だと思いますよ」
男「…………」
妹「いつか、わたしも」
男「……ん?」
妹「これから、仮に記憶が戻ったとしても」
妹「そうやって、前へと進むような強い意志があるといいです」
男「…………」
妹「わたしが記憶を失った理由。自らで、自分の命を断とうと思った訳」
妹「お兄ちゃんは事情を知っていると思いますが」
妹「それを、わたしは何ひとつ知りません」
男「……うん」
妹「相当、辛い過去なんだと思います」
351:
妹「だからこそ、今のような自分になったんだと思います」
男「……それは」
妹「お兄ちゃんのような、強い意志」
妹「躊躇わず、今を生きようとするその覚悟」
男「…………」
妹「わたしに、その時が来ても」
妹「どうか、授かっていますように」
男「……妹」
妹「もし、それでも──」
352:
妹「わたし一人じゃ、どうにもならない程のものだったとしたら」
妹「お兄ちゃん……」
男「……ああ」
妹「わたしの側にいて……」
妹「一緒に、背負ってくれますか? 助けてくれますか?」
男「…………」
男「……もちろん」
男「──そのつもりだよ」
……………。
………。
357:
男『今度こそ、負けないからなっ』
親友『倒せるもんなら倒してみろよ』
男『ちっ、いい気になりやがって』
親友『そりゃ、今まで全勝だから、いい気分ではあるね』
男『くそっ……絶対に倒してやる』
妹『頑張れーっ!』
親友『……おい』
妹『もぐもぐ……ん? わたし?』
親友『菓子食ってばかりいる、そこのお前だよ』
妹『なによ、お兄ちゃん』
親友『そうだ、お前は俺の妹だろ?』
妹『だから?』
358:
親友『応援するのは、俺にしろって』
妹『んー……』
妹『やっぱ、兄さんを応援する』
親友『なっ……』
男『残念だったな。この子は優しい『兄さん』がいいみたいだ』
なでなで。
妹『ふふっ』
親友『ちっ……今に見てろよ』
男『はは、燃えてきたじゃねぇかっ』
……………。
359:
男『よっしゃーっ!』
妹『やったね! 兄さんっ!』
親友『……まぐれだ……絶対、まぐれだ……』
男『うおおおっ! 勝利の雄叫びっ!』
妹『ひゃあほおおおっ!』
ぎゅっ。
男『この可愛いやつめっ!』
妹『うわっ、に、兄さん……』
男『あ……ご、ごめん』
妹『……え、ええと』
男『その……感極まってさ……本当に悪い……』
妹『い、いや、別に……』
360:
親友『…………』
親友『おーい、そこのお二人さん』
男・妹『は、はいっ!?』
親友『キリもいいし、そろそろゲームを止めよう』
男『ん? いいのか、俺の勝ちで終わりで』
親友『ふんっ、たかが一勝で何言ってんだよ』
男『……まあ、そうりゃそうだけど』
妹『良かったね、兄さん。勝ち逃げだよ』
男『お、おう』
親友『そんなことより──』
親友『じゃーん、これはなんでしょう?』
男『ん? ビデオ?』
妹『あっ!』
361:
親友『実は、こないだ借りてきた映画があるんだ』
妹『……それは……』
男『?』
親友『他の奴は全部二人で見たんだが』
親友『この一本だけは、未だに見る事ができない』
妹『お兄ちゃん……やめようよ……』
男『どういうことだ?』
親友『見てみろ』
男『……ん……』
男『……ホラー映画か?』
親友『正解』
妹『……うぅ……』
男『ああ、だから嫌がってたわけか』
362:
親友『そこで、今日こそは、これを見ようと思う』
妹『お兄ちゃん……やめようよ……』
親友『何だよ、お前、約束しただろ?』
親友『『兄さんも入れて、三人なら見る』ってさ』
妹『言ったけど……』
男『…………』
親友『てなわけで、鑑賞タイムだ』
親友『部屋も暗くして、雰囲気も出そう』
……………。
363:
──ぎゃあああああああっ!
妹『きゃああああああっ!』
ぎゅっ!
男『……あっ……』
妹『やだやだっ! もういやっ!』
親友『うわぁ……想像以上にグロいな……』
妹『兄さん兄さんっ』
男『……な、なんだよ』
妹『もう……怖いシーン終わった?』
親友『終わったぞ』
──うぎゃあああああああっ!
妹『嘘つきっ!』
親友『はははっ、騙されるほうが悪いんだぞ』
364:
妹『もうやだよぉ……やめようよぉ……』
ぎゅっ!!
男『……お、おう』
親友『本当に、妹は怖い系、苦手だよなぁ』
親友『あー、部屋からカメラもってくれば良かった』
親友『今なら妹のベストショット撮れたのになぁ』
男『おい、タチが悪いぞ』
妹『そうだよ、お兄ちゃんっ!』
親友『分かってるって。撮らないからさ』
妹『……兄さん、終わった?』
男『……うん、大丈夫』
365:
妹『はぁ……やっと見れるよ……』
男『…………』
妹『ねぇ、兄さん』
男『ん?』
妹『終わるまで、手握っててもいい?』
男『……え』
妹『だ、駄目かな?』
男『……い、いいよ』
妹『ありがと、兄さん』
男『…………』
370:
──会社
男「……あの」
上司「ああ、来てくれたか」
男「その、何か、ミスでもしましたでしょうか?」
上司「いや……お前は、ここ最近、よくやってくれている」
男「そうですか……でも、何の用件で?」
上司「聞いたぞ」
男「……は?」
上司「なぜ、もっと早く言わなかった」
男「すみません……その何の話か……」
上司「なかなか、隙を見せない奴だな」
上司「……いや、流石といったところか」
男「……はい?」
371:
上司「お前、社長の息子なんだろ?」
男「……え」
上司「さきほど呼び出されたよ」
上司「『いままで黙っていたが、実は……』とな」
男「社長からですか……?」
上司「ああ、全く気がつかなかった」
男「……その」
上司「別に隠していたことを怒っている訳じゃない」
上司「ただ、そんな重大なことに気づけなかった自分を恥じると同時に」
上司「驕りや高慢な態度をとらないお前を凄いなと思ってな」
男「……いや」
上司「正直に言おうか」
上司「ただただ、感心したよ。降参だ」
372:
男「……いや、そんなことは全くありません」
上司「それだっ!」
男「へ?」
上司「その低姿勢が君の魅力なんだ」
上司「身分が判明したというのに」
上司「まだ続けようとする、根っからの素直さ」
男「…………」
上司「今まで、なぜかと疑問に思っていたんだが」
上司「やっとしっくりとくる理由が分かった」
男「……疑問ですか?」
上司「ほら、そのだな、初めのうちは君に厳しく当たっただろ?」
男「いえ、それは僕に必要なことでした」
373:
上司「君はそう言ってくれるが、やはり私怨がなかったとは言い切れない」
上司「かわいがっていた部下が飛ばされて、確かに、君へ当たった」
男「そんなことは──」
上司「いや、そこは謝らせて欲しい。申し訳なかった」
男「そんな、頭を上げて下さい……」
上司「けれどだ。君をいつの間にか、慕っている自分に気がついた」
上司「初めは無能な部下……いや、これまた、すまん」
上司「その、新入りを俺が鍛えてやろうという気持ちだと思っていたんだが」
上司「無駄に、私の仕事に連れて行きたくなり」
上司「多少のミスも何故だか、自然と許せるようになっていた」
男「……そうだったんですか?」
上司「それが、君の魅力だよ」
374:
上司「上の身分の者が醸し出す、独特な高圧感が君にはない」
男「……はぁ」
上司「本当に、今まで、その才能を持っていたというのに」
上司「どこで胡座をかいていたというんだ」
男「……その」
上司「……まあ、そんなことはどうでもいい」
上司「ただ、少しだけ忠告をしておこうと思ってな」
男「忠告ですか?」
上司「というより、だてに長く生きていない年配者の知恵というか、だな」
上司「それを君に授けたい」
男「あ、ありがとうございます……?」
上司「どうせ私は後数年経ったら、定年の身分だ」
上司「出世が遅くてね。もうこれ以上、上にはいけないだろう」
男「いや、そんなことは……」
375:
上司「でも、君は違う」
男「…………」
上司「創業者である社長の息子だ」
上司「今しばらくは下っ端で経験させているだろうが」
上司「もう少し経てば、自ずと上の役に就くだろう」
男「……それは」
上司「今ではもう若くない社長も」
上司「ゆくゆくは、会社を息子に継がせたいと思っているはずだ」
上司「君が今後、幾ら無能だったとしても」
上司「自然と重役となり、ひいては、社の長となるだろう」
男「…………」
上司「だが、それでは、部下はついてこないぞ?」
上司「馬鹿な上司だと思われて、身内は敵ばかりとなる」
男「……はい」
376:
上司「だからこそ、今の君の魅力を将来にも生かすんだ」
上司「加えて、実績も出せば、誰一人文句を言わないはずだ」
上司「例えそれが、コネでのし上がった若者であっても、な」
男「……あ」
上司「分かっただろ?」
上司「少しでも私の想いが伝わればいいと思っている」
上司「しかし、本当に、君は恵まれているな」
男「……そうでしょうか?」
上司「何を言ってるんだ。もっと親に感謝しなさい」
男「親に……」
上司「君をこの世界に誕生させ、ここまで育ててくれたんだ」
上司「その魅力ある性格も加えてだ」
男「……そう、ですね」
上司「ああ」
377:
男「そうだ……」
男「……そうだよ……」
上司「ん?」
男「今の自分がいるのは……親のおかげ……」
男「だからこそ、俺は……」
上司「お、おい、どうした?」
男「なんで、こんな大事なこと……」
男「……でも」
男「どうすればいい……?」
男「俺は……一体……」
男「…………」
男「やっぱり……駄目だ」
男「……この世界からは、もう抜け出せない……」
男「母さん……」
男「……ごめんね……」
384:
──車内
妹「わたしに、月に一度の検査って、なんか不思議ですよね」
男「どうしてだ?」
妹「だって、病院に行ったところで、記憶が戻るわけないじゃないですか」
男「それはそうだが……」
妹「家に戻ってから数ヶ月」
妹「けれど、一向に過去を思い出す気配もないんですから」
男「……それでも」
男「やっぱり、お医者さんに見てもらうのは大事だよ」
妹「……分かってはいるんですが」
妹「どうも駄目ですね。最近、ネガティブな思考ばっかりです」
男「…………」
385:
妹「お兄ちゃんはなんでだと思いますか?」
男「ん?」
妹「わたしの記憶が未だに戻らない理由」
男「それは……」
妹「お兄ちゃんが、どう考えているのか、聞きたいです」
男「……いや、俺は専門家じゃないから分からないよ」
妹「お願いします」
男「…………」
妹「…………」
男「……はぁ」
男「こんなことは言いたくないんだが……」
男「昔の生活をなぞっているのに、過去を思い出せないってことは」
男「それが今の日々に必要ないってことなんじゃないか」
386:
妹「……必要ない?」
男「もしかしたら、記憶があること自体、問題なのかもしれない」
男「思い出すことによって、今に支障をきたすからこそ」
男「身体が無意識のうちにそうさせているんだと思う」
妹「……自殺未遂するほどですからね」
男「もう、やめよう……」
男「これが建設的な会話だとは、俺には思えない」
妹「でも、お兄ちゃんの意見はすごく参考になりました」
妹「何となく、わたしもそんな気がします」
男「…………」
妹「最近、わたし、思うんです」
男「……さっきの話の続きか?」
妹「はい」
388:
男「なら、今は聞きたくないな」
男「病院に着いて、検査を受け終わってからにしよう」
妹「……これで最後にします」
男「……ふぅ」
男「分かったよ……」
妹「……ありがとう」
男「…………」
妹「その、わたしが記憶が戻らないのには多分大きな訳があるんです」
男「……どうして、そう思う?」
妹「調べたんですが、大抵の記憶喪失はすぐに治るみたいです」
妹「それは今までの生活をなぞったりすれば、次第に気づくから」
男「……ああ、だから、今もそうしてるだろ?」
389:
妹「本当ですか?」
男「どういうことだ……?」
妹「なにか、欠けてるんじゃないんですか?」
男「……は?」
妹「実のところ、わたしも全く思い出せないという訳じゃないんです」
男「……そ、それは本当に?」
妹「はい。誰にも言いませんでしたけど、事実です」
男「いや、待てっ。それは、かなり重要なことなんじゃないか?」
妹「でも、結果的に駄目なんですから意味はないですよ」
男「それでも……」
妹「問題は、思い出そうとする瞬間」
妹「何かが、わたしの記憶が蘇るのを遮ることです」
390:
男「……遮る?」
妹「それが何なのか、前までは分からなかったんですけど」
妹「最近、違和感が」
男「……なんだ?」
妹「昔通りと言っている生活に、何か、不自然さを感じるんです」
男「……それは」
男「昔のように、大学に行ってなかったりするからだろ?」
妹「そんな些細なことじゃなくて、もっと根本的な……」
妹「前提をひっくり返すような、そんな感覚です」
男「…………」
妹「お兄ちゃんは、見当つかないですか?」
男「……いや」
391:
男「俺には、分からないよ」
妹「……そうですか」
男「すまん……」
妹「いや、お兄ちゃんがそう言ってるなら、わたしの勘違いなんでしょうね……」
妹「でも……何かが、おかしいんですよ……」
男「…………」
男「……少し、焦りが出てきてるみたいだな」
妹「え?」
男「過去を取り戻せない自分に、憤りを感じているんだろ?」
妹「…………」
男「よし、そうだ。今度、時間を作って、どこか──」
392:
妹「『前に進みたい』」
男「……え?」
妹「わたしも、前に進みたいんです」
男「…………」
妹「今のままじゃなくて、わたしもお兄ちゃんみたいに」
妹「辛い過去を乗り切って、今を生きたい」
男「……それは……」
妹「ねぇ、お兄ちゃん」
男「……ん?」
妹「最近、見るからにお兄ちゃん、疲れてますよ?」
男「俺が?」
妹「顔も窶れてるし、最近はふざけるのも少なくなりました」
394:
男「は、はは……それは、構って欲しいのか?」
妹「はぐらかさないで」
男「…………」
妹「一体、どうしたんですか?」
男「……別に、なんでもないよ」
妹「仕事のこと?」
男「…………」
妹「それとも、人間関係がうまくいってない?」
男「…………」
妹「或いは……」
妹「わたしのことで……」
395:
男「――違う」
妹「それは、本当に断言できますか……?」
男「違う、お前のことじゃない」
妹「……でも、なら」
男「…………」
男「あまり、人には話したくはないことだ」
妹「…………」
男「でも、強いて言うなら……」
男「自分自身の存在意義に、疑問を感じてる……ってとこだ」
……………。
………。
399:
担任『よし、配り終わったな』
担任『では、志望先を記入しておいてくれよ』
担任『書き終わったら、委員長に渡すか』
担任『それが嫌なら、職員室の私のところまで自分で持ってくるように』
キーンコーンカーンコーン。
担任『……チャイムが鳴ったな』
担任『くれぐれも、適当に書くことはないように』
担任『分かったな?』
担任『では、また明日』
……………。
400:
男『んー』
親友『どうした? もう書けたか?』
男『今のところ、普通に進学するつもりなんだけど』
男『どこの高校にしようかなって思ってさ』
親友『何だよ、俺と一緒じゃないのか?』
男『だって、お前、頭いいだろ? 俺は入れそうもないよ』
親友『何言ってんだ。今まで通り二人三脚で助けるぞ?』
男『それはありがたいが……』
男『いつまでも、お前の足を引っ張ってばかりじゃなあ……』
親友『そんなこと言わず、これからも仲良くやろうぜ』
親友『俺はお前と同じ高校いけるなら、少しぐらい苦労構わないさ』
男『……本当か?』
親友『もちろん』
401:
男『申し訳ないな……いつも、迷惑かけて』
親友『いいよ、気にすんな』
男『はは、持つべきものはやっぱり友だ』
親友『だなっ』
男『そうだ、この後どうする?』
親友『ん? どっか遊びにでも行くか?』
男『隣街のゲーセン行ってみないか? 新型色々入ってるらしいぞ』
親友『ただ、今月厳しいからなぁ』
男『それだと、無理そうだな……』
親友『……そうだ』
男『ん?』
親友『久しぶりに俺ん家来ないか?』
402:
男『……お前ん家?』
親友『ああ、そこなら金もかからないし』
親友『古いゲームしかないけど、昔みたいに盛り上がろうぜ』
男『あ、うん……』
親友『それにさ……』
親友『妹のやつも、最近、お前と会ってないし』
親友『この前、『兄さんはもう家来ないの……?』って、半泣きだったぞ?』
男『……いや』
親友『どうしたんだ? 何が問題だ?』
男『別に、何かあるってわけじゃないんだが……』
親友『なら、いいだろ?』
男『……気乗りしない』
親友『…………』
男『やっぱり、今日はやめとこう』
403:
男『俺も、家でやることあるしな』
親友『……なぁ』
男『ん?』
親友『お前、避けてるだろ?』
男『……何の話だ』
親友『しらばっくれるなよ。こっちは分かってんだぞ?』
男『聞きたくないな、その話は』
トコトコトコ……。
親友『お、おいっ』
男『じゃあな、また明日』
親友『…………』
親友『……何でなんだよ』
親友「何で……』
親友『…………』
412:
──リビング
男性「ふぅ、今日も疲れた」
女性「いつもご苦労様です。仕事の方は順調?」
男性「ああ、今のところはな」
女性「そう、それは良かったですね」
男性「ふむ。で、どうだ。最近、お前の方は」
男「…………」
男性「……ん?」
男「…………」
妹「……お兄ちゃん」
ゆさゆさ……。
男「あっ……な、なに?」
413:
男性「いや、最近どうだと聞こうと思ったんだが……」
男性「どうした? 疲れてるのか?」
男「いや、大丈夫だよ。ちょっと……考え事を、ね」
女性「……ご飯もまだ全然食べてない」
女性「もしかして、口に合わなかったかしら?」
男「……違うんだ。いつも通り、おいしいから安心して」
妹「…………」
男「もぐもぐ……うん、やっぱり、母さんは料理上手だな」
男性「はは、そりゃそうだ」
男性「私が何度も何度も、アタックしたというのに」
男性「そうそう首を縦に振らなかったからなあ」
414:
女性「だって、あの頃のあなたは、今みたいにお金なかったじゃないですか」
女性「やはり、家庭を築くなら、少ないよりあったほうがいいですし」
男性「でも、結局は、貧乏な私と結婚してくれたんだぞ?」
女性「あまりにもしつこいから、仕方なしです」
男性「はは、そりゃ困ったなぁ」
妹「仲いいんですね」
男性「ん?」
妹「両親が二人とも仲いいって、見てて幸せになります」
女性「そ、そう?」
妹「はい。ねっ、お兄ちゃん」
男「…………」
415:
妹「……お兄ちゃん?」
男「……聞いてるよ。いいなぁ、仲良くて」
妹「う、うん……」
男「妹がそう言う訳も分かるよ」
男「家庭の幸せってこういうものなんだなって、つくづく実感する」
女性「あら、お父さん。息子が嬉しいこと言ってくれますね」
男性「……あ、ああ……」
男「もし仮に、ここに不幸な家庭しか見てこなかった子供がいたとしたら」
男「羨ましく……いや、妬ましく思う程、幸せな光景だよね」
女性「……え?」
男性「……ちょっと、席を外すぞ」
ガタン……。
416:
男「大丈夫だよ、お父さん。僕は、正気だから」
男性「本当か? やれるのか?」
男「心配しないで。これでも、人一倍の親思いなんですから」
男「今までの人生をかけてきた、実績もありますよ」
男性「…………」
妹「……え、ちょっと、どういう……」
男「いいから、お父さん、座って下さい」
女性「あ、ええと……」
男性「……駄目だな……こっちに来──」
男「どうしたんですか? 何か、問題でも?」
男性「自分でも分からないのか?」
男「何がです?」
男「……これはもう無理だな」
女性「…………」
417:
男性「すまんな……気づけなかった私が悪い」
男「ちょっと待って下さい。みんなも、何か変だと思いますか?」
男性「……………」
女性「……え、えっと」
妹「お、お兄ちゃん……」
男「どうしたんだよ、妹」
男「そんな、異常者を見るような目つきで……もう困るなぁ」
妹「……うぅ」
男「お父さん、いい加減にして下さい」
男「冗談だと言っても、からかわれ続けるのはいい気分がしません」
男性「……………」
妹「……く、口調」
418:
男「ん?」
妹「お、お兄ちゃん……喋り方が……」
男「なに? 喋り方?」
妹「……お父さんに、敬語使ってますよ……?」
男「は、はは……そんなことない──」
男「です、よね……お父さん?」
419:
男性「…………」
男「……っ」
男「ごめん、席を外す」
ガタン……。
男性「すまん、仕事で疲れていたみたいだ」
男性「会社での会話が、こっちまで入りこんでしまったんだろう」
男性「気にせず、食事を続けてくれ。なっ?」
女性「は、はい……」
妹「……お兄ちゃん……」
妹「……一体……」
420:
──親友の部屋
男「……くそっ!」
男「なんて失態だっ! 何をやってるっ!」
男「馬鹿なことを一人で考えてるから……」
男「……こんな些細なミスを置かすんだっ!」
男「……くっ……」
バタッ!
男「……何が、何が不満なんだ……?」
男「いや……」
男「……俺は、一体、何を恐れてる?」
男「…………」
男「……あ……」
421:
男「カメラ……」
男「……あいつの、大好きだった写真撮影」
男「でも……」
男「別に……好きじゃない……」
男「……親友……」
男「ああ……」
男「俺は……」
男「──一体、誰、なんだ……?」
男「…………」
423:
男「……は、はは……」
男「なんてことだ……」
男「……そんな、自分を見失うなんて……」
男「……親友を演じる事で……自分が分からなくなるなんて……」
男「……はは、はははっ」
男「……うぅ」
男「なんて……滑稽なんだ……」
男「……幸せな家庭」
男「違う、違うっ」
男「俺の家には……そんなものはなかった……」
男「……なら、今は?」
男「今は……」
男「…………」
424:
男「分からない……」
男「駄目だ……自分が自分でないようで」
男「頭がおかしくなりそうだ……」
男「……助けてくれ」
男「おい、親友……」
男「……近くにいるなら、狂った俺を助けてくれよ」
男「もう、俺は……」
男「壊れかけているみたいんだ……」
男「…………」
男「…………」
男「……母さん」
425:
男「母さんしか、いない……」
男「今の俺を……正気に戻してくれるのは……」
男「……俺の、たった一人の母さんしかっ──」
……ピピピピピッ!
男「……へ?」
男「か、母さん……?」
……ガバッ!
男「…………」
男「……違う」
男「……何だ? 知らない番号?」
……………。
………。
426:
親友『少し話がある』
男『なんだよ、朝っぱらから』
親友『……重要な話だ。来てくれ』
男『ここじゃ、出来ない話なのか?』
親友『ああ……ここじゃ無理だ』
男『……分かったよ』
男『お前に付いて行けばいいんだろ?』
親友『助かるな……』
男『いいさ、まだ朝礼までには時間がある』
親友『ああ、それまでには終わらせるよ』
男『…………』
……………。
427:
男『……さて』
親友『…………』
男『まさか、屋上が開いてるなんてな』
男『確かに、内密な話をするには絶好の場所だが……』
男『お前、このためだけに錠を壊しただなんて言うなよ?』
親友『……だったらどうする?』
男『……え?』
親友『話をしよう』
男『ちょっと待てって』
男『本当にお前が……』
親友『今は、そんなことどうだっていいさ』
男『……でも』
親友『お前に、聞きたいことがあるんだ』
428:
男『……何だよ』
親友『俺の……妹のことだ』
男『…………』
親友『こないだは、うまく逃げられたからな』
男『今日だって、走って逃げるかもしれないぞ?』
親友『残念だったな。扉に近いのは俺の方だ』
親友『そこまで話したくないっていうなら』
親友『俺を殴り倒していけよ』
男『……そんなことするわけないじゃないか』
親友『そうか? よっぽど、話したくないことだと俺は考えてるけどな』
男『…………』
親友『どうして、あいつを避ける』
430:
男『……避けてないさ』
親友『分かりきった嘘をつくなよ』
男『嘘じゃない。ただ、巡り合わせが悪いだけだ』
親友『違うな。あまりにも、不自然さが臭う』
男『……お前がそう思ってるだけだろ?』
親友『待て。そう、過剰に反発しないでくれ』
親友『ただ、俺は理由を聞いてるだけだ』
男『別に……怒ってないさ……』
親友『そうか? 俺には凄く、感情的に見えるが』
男『いいから、早く聞けよ』
親友『だから、避けている理由を聞いてるんだ』
親友『はぐらかしたら、また同じ質問を繰り返すからな?』
男『……ちっ』
431:
男『……簡単だよ』
親友『ん?』
男『もう、幼い女の子と遊ぶ気になれないんだよ』
男『ああ……そういうことだ』
親友『……あんなにアイツに優しかったお前がか?』
男『人は変わるよ』
親友『……違うな』
男『違わない』
親友『いいか、小さい頃からの友達だった俺に嘘をつくな』
男『……別に嘘なんて……』
親友『なら、はっきりと言ってやろうか?』
男『……何を』
432:
親友『お前が、妹を避けるようになった理由だよ』
男『なっ……』
親友『俺が分からないとでも、思ったか?』
親友『そうだったとしたら、お前は、相当な大バカ者だ』
男『……くっ』
親友『いいか、お前は……』
男『や、やめろっ!』
親友『妹のことが好──』
男『……ッ』
434:
バゴッ!!
親友『……くっ』
男『それ以上、言うなっ』
男『分かっていても、言うんじゃないっ!』
親友『……何でだよ……何が問題……なんだ?』
男『いいから、止めろ』
男『頼むから、やめてくれよ……』
親友『……お前……』
男『……っ』
たったったった……。
親友『…………』
441:
──書斎
ドンドンドンッ!!
男性「……な」
ガチャ……。
男「…………」
男性「……君か……」
男「…………」
男性「ど、どうした? まだ、気分が悪いのか?」
男性「もしそうなら、数日間、仕事を休んでも──」
男「……終わら、せましょう……」
男性「……は?」
男「……もう、こんな芝居」
男「……やめてしまいましょうよ……」
男性「ま、まて……」
442:
男性「……君には言ったはずだと思うが」
男性「今のあの子には、君という兄が必要で……」
男性「それに、途中でやめる事は……」
男「……昔」
男性「……ん?」
男「……酒を飲んでは溺れて」
男「暇さえあれば、煙草を吸っているような男がいましてね……」
男性「……な、何の話だ?」
男「ヘビースモーカーっていうんですか……?」
男「僕は煙草を吸わない事にしてるんで、よく分かりませんが」
男「そんな骨の髄まで腐り切った、駄目人間がいたわけですよ……」
男性「……男君」
男性「もしかしたら、私が思っている以上に、君は……」
443:
男「でも、父親だったんです……」
男性「……え?」
男「そんな駄目人間でしたけど、間違いなく、僕の父でした」
男「……愛すべき、家族だったんです」
男性「…………」
男「でも、そんな男ですから、家庭に幸せは訪れなくて……」
男「気がついた時には、遅かったんです……」
男「……既に、何もかも歯車が狂い始めていて……」
男「不思議に思いませんでしたか……?」
男性「……何を?」
男「どうして、僕が……この街に再びやってきたのか……」
男性「それは、知らない……」
男「実はですね……」
男「……仕事のあてを探しにきたんです」
444:
男「それも、ある程度、お金になる仕事をね……」
男性「……どういうことだ?」
男「最後に頼むのは、親友っていうでしょ?」
男「だから、何年も訪れていないこの街に……」
男「……かつての友人を頼ってきたわけです……」
男性「…………」
男「そしたらびっくり……まさか、ソイツが死んじまってて……」
男「……妹は、記憶喪失……」
男「……は、ははっ……」
男「笑っちゃいますよね……どんなタイミングだよって……」
男性「……っ」
男「でも、あなたは僕に提案した」
445:
男「……『息子の代わりをしてくれ』と」
男「『妹の兄になってくれ』と」
男「この際だから、はっきり言いますね……」
男「……そんな大役、僕に務まるわけないんです」
男「一人でさえ精一杯になのに……どうして、そんな余裕が?」
男性「……けれど、君は承諾したぞ」
男「……その通りです」
男「……だって、仕事が貰えたから」
男「かなりの金が入る仕事が、得られたから……」
男性「いったい……どういう……」
男「僕にはいるんですよ、お金が」
男「……それも少しじゃなくて、大量に」
446:
男性「……何のために?」
男「……手術費用です……」
男性「手術費用……?」
男「……父の話はしましたよね?」
男「ヘビースモーカーの、煙草吸ってばかりの父がいたって話」
男「それが、最悪なことに、母の病気を生みまして……」
男「医者の話によると、副流煙は非常に身体に悪いそうです……」
男「……で、それを大量に吸っていた母は……」
男「──肺ガンになった」
男性「……そうだった、のか……」
男「まあ、月々の医療費ぐらいならなんとかなったんですが」
男「……有名どころの先生に手術を頼むとなると、相当かかるらしくて……」
男「でも、母さんの残された命は僅かで……」
447:
男「……たった一人の守るべき家族なんです」
男「かつて、僕は誓いました……けど、その母を救うことができない……」
男「……そんな時に舞い込んできた、不幸の中の幸運だったからこそ」
男「かつての……友人、妹のためになるという頼みだったから」
男「今まで、精一杯、頑張れた……」
男「……自分には不可能だと思える事も、やり通せた」
男性「……なら、これからも……」
男「でも、もう意味ないんです……」
男性「……どうしてだ?」
男「……さきほど電話がかかってきました」
男「母が……」
男「──死んだそうです」
448:
男性「…………」
男性「……なっ……」
男「もう……僕には無理ですよ……」
男「こんな……自分の生きる方向性を見失った人間に……」
男「守ると約束した人を救えない、裏切り者に……」
男「……親友を演じて、その妹を救うなんて……」
男「そんな、大役……無理なんです……」
男性「…………」
449:
男「そもそも、これからの人生……」
男「一体、どうしていいのか……」
男「……でも、まずは」
男性「帰るのか?」
男性「母親のいる故郷の病院に帰るんだな?」
男「…………」
男「……はいっ」
男「……ごめん……なさい……」
男性「…………」
453:
──路上
ザーザーザーッ……。
男「……雨、か……」
男「日中はあんなに晴れてたのになぁ……」
男「……ここから、何時間かかるんだっけ……」
男「ええと……」
男「まあいいや……」
男「とりあえず、車に乗らないと……」
男「…………」
男「『時間がかかってもいいから、落ち着いたら戻ってきて欲しい』か……」
男「は、はは……」
男「こんな自分を、まだ必要としてくれてるんだな……」
男「…………」
男「母さんに会いに……行こう」
男「…………」
454:
──『お兄ちゃんっ……』
男「……え?」
男「嘘だろ……だって……」
455:
妹「!!」
男「……あっ……」
男「あいつの部屋は……そうか、道路沿いか……」
男「……やっぱり、一言ぐらいかけたほうが……」
男「…………」
男「……おーい、聞こえるかっ!」
ザーザーザーッ……。
ザーザーザーッ……。
妹「?」
男「……だめ、か……」
男「そうだよな……」
男「雨降ってるもんな……これじゃあ、向こうに届かない……」
妹「…………」
男「…………」
456:
男「……なぁ」
男「本当のことを言うとな」
男「実は、俺……」
男「……お前の兄じゃないんだよ……」
ザーザーザーッ……。
ザーザーザーッ……。
男「昔、別れも言わずに消えた……ただの知り合いなんだ」
男「お前にとってみれば、冷たくされた相手かもしれないな……」
男「この前に、約束したよな」
ザーザーザーッ……。
ザーザーザーッ……。
男「……そばにいるって」
男「助けてやるって」
男「でも……ごめん」
458:
男「……もう、俺には出来そうもないんだ……」
男「今のおれじゃ……お前に勘づかれちまう……」
男「足引っ張っちゃうだけ……になるんだ……」
ザーザーザーッ……。
ザーザーザーッ……。
男「だから……」
男「また、別れを言わなかった俺を」
男「……恨まないでくれよ……」
男「…………」
男「じゃあな……」
男「──さよなら……」
ガチャ……。
……………。
………。
461:
なんなの……なんなのこれ……
どうしてくれるのよ……
466:
男『…………』
男『……朝か……』
ガバッ……。
男『昨日は、母さんと父さん、喧嘩してたけど』
男『……でも、大丈夫だろ』
男『一日経てば、二人とも冷静になれると思うし』
男『……最後、父さん……自分のやったこと、後悔してるもんな』
男『うん……きっと大丈夫』
男『何事もなく、うまくいくはずだ』
男『……やっぱり、家族は仲良しが一番だ』
男『これを機に、父さん、変わってくれないかなぁ……』
トコトコトコ……。
男『でも、会社をクビか……』
467:
男『……厳しいんだな、大人の世界は』
男『腹が立っても、殴れない、か……』
男『そんなこと言ったら、こないだ、親友を殴った俺は』
男『学校をやめなきゃいけなくなるな……』
トコトコトコ……。
男『うん……今日、謝ろう』
男『やっぱり、殴った俺が悪い』
男『それに……このままだと変な空気がずっと続きそうだからな』
男『大切な友達を、そんなことで失ったらもったいない』
男『……それに妹のことだって……』
トコトコトコ……。
男『でも……どうしような……』
男『もし仮に、あいつがあの子に言ったりしたら……』
468:
男『……気持ち悪がらないかな? 今までみたいに遊んでくれるかな?』
男『あーわかんねぇっ、恋人いたことねぇからなー』
男『それに……あの三人の関係を壊していいのか……』
男『『兄さん』が『妹』を好きになったなんて……』
トコトコトコ……。
男『……ふぅー』
男『とりあえず、その件はひとまず置こう』
男『まずは、親友と……』
男『………ん?』
男『なんだろ、この臭い……』
トコトコトコ……。
男『リビングからかな? もしかして、誰か起きてる?』
469:
ガチャ……。
男『…………』
男『……え』
父親『…………』
男『……首を……』
男『…………』
男『……うっ!』
……ぐええええぇぇっ!!
470:
男『はぁ……はぁ……はぁ……』
男『いいか、落ち着け、落ち着くんだ……』
男『……今、この家に男は俺しかいない』
男『だから、俺がしっかりしないと……』
男『そうだっ、まずは母さんをここに入れちゃいけないっ』
男『こんな父さんの姿は……見せちゃいけない……っ』
男『ことがすむまでは……絶対に……』
男『…………』
男『……父さん』
男『今、降ろして上げるからね』
男『ちょっと待っててよ……今、椅子と鋏を』
ががっ……。
男『……よし』
471:
父親『…………』
男『…………』
男『……うぅ……くっ……』
男『駄目だっ……泣くな……男は泣くなっ!』
男『全てが終わったら……一人で泣くんだっ』
男『……父さん』
男『約束する……』
男『俺……絶対に強い男になるから』
男『母さんを守るから』
男『俺が……必ず……』
472:
男『……ん』
男『……今、降ろすね』
男『少し乱暴になるかもしれないけど、許して』
男『父さんの身体を支えられるだけの力はないんだ』
男『……だから、地面に落ちる時、少し痛いかもしれない』
父親『…………』
男『うん、じゃあ切るよ』
男『……よし』
男『せいのっ……』
……バタンッ!
475:
──病院 霊安室
看護婦「……お母様のご遺体はこちらに」
男「…………」
看護婦「……その」
男「……はい」
看護婦「お母様、癌の病にしては、とても安らかに亡くなられました」
男「…………」
看護婦「それに……」
看護婦「いつも、自慢の息子がいるのだと、誇らしげに言っておられまして」
看護婦「亡くなられる直前も、あなたの自慢話を聞かせて頂きました」
男「……そうですか」
看護婦「……はい」
476:
男「すみません……」
男「少しの間だけ……母と二人だけにして頂けますか?」
看護婦「……もちろんです、失礼します」
男「……本当に申し訳ないです」
ガチャン……。
男「…………」
男「……やあ、母さん」
男「半年ぶりかな? それとも、それ以上、経ったっけ?」
男「ここ最近忙しくてさ、あんまり時間の感覚が分からないんだ」
男「……うん」
男「そうか、死んじゃったんだね」
男「せっかく、この業界で有名なお医者さんに手術を頼もうと思ったんだけど」
男「間に合わなかったみたいだ」
477:
男「……結局、俺、何も出来なかった」
男「こんなことになるならさ……」
男「前の街になんか戻らずに、母さんの側にいれば良かった」
男「前の仕事だと給料は安かったけど、結構、時間は取れたからね」
男「もっと病院へ通って、母さんと話が出来たはずだ」
男「……ごめん……本当にごめん……」
男「電話も何度もしてくれたのに、それも出なくて……」
男「……本当に、俺は親不孝者だよ」
男「役立たずにも程があるよ……」
男「……父さんが死んだ前の夜、結局、俺は止められなかった」
男「いつもと様子が違ったのに……気づけなかったんだ」
男「……あの時から、何も変わってない」
478:
男「身体は大きくなったけど、中身は成長できていないんだ」
男「いつもそうなんだよな……」
男「俺って不器用だからさ、どうあがいても器用にはいかない」
男「大事なところで、肝心な場面で」
男「……ミスをおかす」
男「ただただ、運命に翻弄され続けてる」
男「…………」
男「ごめん……母さん……」
男「……本当に……」
男「……父さんと約束したはずのに……」
男「守るって……言ったのに……」
男「……うぅ……くっ……」
男「……で、でもっ」
479:
男「今は、涙をこらえるよ……」
男「母親の前で、大きなった息子が泣くなんて」
男「あまりにも、みっともなさすぎるからね……」
男「……だけどね、母さん」
男「……俺さ」
男「正直、これからどうしたらいいか、分からないんだ」
男「……もう、何もかも、失った気がするんだ……」
男「……俺は……」
男「一体……どうすればいいんだろう……?」
男「…………」
……………。
………。
486:
親友『……大変なことになったな』
男『ああ……』
親友『明日、引っ越すんだろ?』
男『うん』
親友『……遠いな、自転車じゃ行けないぐらい、遠いよ』
男『……ああ』
親友『高校はどうするつもりだ?』
男『向こうで、働く予定』
親友『……そう、か』
男『それよりさ……』
親友『ん?』
男『悪いな、妹に黙っててもらって』
487:
親友『ああ、気にすんな……こうなったら、仕方ない』
男『うん……』
親友『……でもさ』
親友『ほんと、こういう時って、何て言っていいのか、分かんないな』
親友『何言っても、下手な同情みたいだし』
親友『俺たちの間に、そんな感情があったら駄目だし』
男『……ありがとうな』
親友『……なあ、男』
男『ん?』
親友『「頑張れ」なんて有り触れた言葉は言わない。てか、言えない』
親友『でもな、これだけは分かってて欲しいんだ』
男『……何だ?』
488:
親友『どこに行ったとしても、お前には、俺がついてるから』
親友『どんなに辛くても、苦しくても……』
親友『悲しい時は、一緒に悲しんでやる』
親友『泣きたい時は、一緒に泣いてやる』
親友『それで……時間が経ってな』
親友『大丈夫って、胸を張って言えるようになったらさ』
男『…………』
親友『そん時は……』
親友『一緒になって、笑ってやろうぜ』
……………。
………。
494:
男「……ああ……」
男「……一緒になって……か……」
男「はは……」
男「……懐かしい、な……」
男「……でもよ……」
男「お前も……もう、死んじまったじゃないか……」
男「……何で……」
男「何で、俺の大事な人たちはみんな……」
男「……俺だけを残して、死んじまうんだ……」
男「……うぅ……」
男「くっ……うっ……うぁっ……」
男「……何でだっ」
男「どうして、こんなにうまくいかないっ……」
495:
男「これ以上、俺に……」
男「俺に……どうしろって言うんだ……よ……」
──『先に、■きになったのは■■じゃないから』
男「……あ」
男「違う……」
男「まだだ……」
男「……まだ、俺には……」
男「……そうだよ」
496:
男「……アイツがいるんだ……」
男「俺のことを必要としてくれる……あの子が……」
男「俺はっ!」
──……さんっ……さんっ
男「……ん?」
男「あっ……もしかして……」
男「……これは夢だったのか……?」
……………。
………。
497:
──待合室
ゆさゆさっ!
看護婦「男さん、男さんっ!」
男「……えっ?」
……ピピピピピッ!
男「電話……?」
看護婦「さっきから、男さんの携帯が鳴ってますよ?」
男「ええと、う、うん……」
看護婦「大丈夫ですか? 目覚めてますか?」
男「あ、うん。もう、大丈夫」
ピピピピピッ……。
看護婦「なら、そろそろ電話出てあげたほうがいいですよ」
看護婦「この時間です。きっと緊急の用のはずですから」
男「ありがとう……出るよ」
看護婦「はい」
498:
ピッ。
男「もしもし……」
父親『男君かっ……!?』
男「は、はい……一体どうしたんですか?」
父親『今、君は母親の元に行ってるんだよなっ?』
男「そうですが……その」
男「多分、今週中には戻れると思います」
父親『……そ、そうなのか?』
男「……はい」
男「恥ずかしいことですけど」
男「一度回りきって……やっと大事なことに気づけたみたいです」
父親『そ、そうか……それは良かった』
男「で……あの、どうかしたんですか?」
499:
父親『いや、そのだな……実に言いにくいことなんだが』
男「はい?」
父親『……今の君に聞かせるのは、正直、心許ない……』
父親『だが、覚悟を決めてくれたのなら』
父親『今はもう、家族の一員である君に伝えるほかない』
男「……ええと」
父親『……実はだな』
父親『君がいなくなった後……妹が────────」
男「…………」
501:
ぽとっ……。
『男君……? 聞いてるのか、男君っ……!?』
看護婦「あ、あの……」
男「……ん?」
看護婦「その……ええと、携帯」
男「ああ」
看護婦「いいんですか? 床に落ちちゃって……」
看護婦「……その、相手先の方はまだ、お話が」
男「気にしなくていいよ」
看護婦「で、でも」
男「いいんだ。もう終わったからさ」
看護婦「……それなら、私は別にいいですけど」
男「それより、少し話を聞いてくれないか?」
503:
看護婦「は、はい」
男「雨だったんだ」
看護婦「え?」
男「もっと早くに気づくべきだったよ」
男「俺とした事が、やっぱり、ミスをしてた」
看護婦「そ、その……一体……」
男「彼女の俺を呼ぶ声が聞こえた」
男「つまりいえば、彼女の声は俺に届いてた」
男「雨だったけどね」
看護婦「…………」
504:
男「ってことはだよ? 逆もしかりと言える」
男「俺の言葉は……その実、全部向こうに伝わってた」
看護婦「……あの」
男「やっちまったなぁ」
男「せっかく、思い出せたっていうのにさ」
男「本当に自分がやらなきゃいけないこと」
男「大切にしなければいけなかったこと」
男「それが全部、さっき、分かったはずだったんだ」
看護婦「…………」
男「でも、また、駄目だった」
男「失敗した。間に合わなかった」
男「また失った。無くした」
看護婦「……男さん?」
505:
男「今度こそ、綺麗さっぱり、俺は失った」
男「俺の生きる意味はもう……」
男「──ない」
看護婦「…………」
男「……はは、はは」
男「笑える。最高に笑えるよっ!」
男「なんて滑稽なんだっ!」
看護婦「これは……もしかして……」
男「く、くははっ」
男「くはは、ははははっ!」
男「ははははははははははははっ!」
看護婦「……だ、誰かっ!」
看護婦「誰か来てっ! こちらの方が──」
……………。
506:
──ふあふあする
──全ての枷が取り除かれたように……
 あたかも、風船のように空に飛んで行けるような、
 そんな気持ち
──世界は歪んでいき、滲んでいき……
 滲む? もしかして、俺は泣いてるのかな?
──でも、いいんだ
──だって、もう、終わりだから
──これで終わり
──何も出来ずにおしまい
──…………
──……なあ、親友
──また、俺たち二人が笑え合える日って、くるのかなぁ……
……………。
………。
508:
親友『そん時は……』
親友『一緒になって、笑ってやろうぜ』
男『……お前』
親友『俺だけじゃない。俺の妹も……』
男『…………』
親友『癪だから、お前には絶対言いたくなかったけどさ』
男『……ん?』
親友『先に、好きになったのはお前じゃないから』
男『……は?』
509:
親友『お前と初めて出会った時』
親友『悔しいけど、その時から、アイツはお前に惚れてんだよ』
男『そ、そんな……』
親友『…………』
男『……嘘だろ……』
親友『……本気で言ってんのか?』
男『…………』
親友『妹と仲良しの『お兄ちゃん』が言ってるんだぞ?』
親友『いいか、どうせ、お前はさ……』
親友『別れるって分かってるなら──』
親友『アイツに会っても意味はないって、思ってるんだろ?』
男『…………』
親友『でも、忘れないでくよ』
511:
親友『アイツは……今も昔も……』
親友『──『兄さん』のことが、大好きなんだから』
男『……っ』
親友『そう遠くない未来、戻ってこい』
親友『そして、想いをアイツにぶつけてやれ……』
男『……ああ』
男『……約束する……』
親友『よし、なら、もう俺から言う事はない』
親友『でも、早くしないと、他の誰かに奪われちまうかも知れんぞ?』
男『はは……よく言うよ』
親友『どうしてだ?』
男『お前なら、きっと覚えてるはずだ』
親友『……ん?』
512:
男『「どうすんだよ、逆に好きで意地悪するみたいな男子がいたら」』
親友『……あ』
男「頼むぜ、俺は信じてるからな?』
親友『……ふん……』
男『……言うぞ……』
男『……ふぅー……』
男『どうするんだよ、俺のいない間にアイツに寄ってくる男がいたら』
親友『…………』
親友『大丈夫。もし、そんなことがあったら』
男『どうする?』
親友『妹が必ず、俺に相談してくるはずだから』
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