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ひき娘「け、ケーサツ呼びますよっ」【後編】
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0:
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三十四日目 ひき娘の部屋
男「では、今日の授業はここまでにしましょう」
ひき娘「はいぃ〜。
お疲れ様でした」よろよろ、へこっ
男「お疲れ様でした。
それでは、失礼しますね」がさがさ
ひき娘「え、あの……」
男「はい?」
ひき娘「あ、あの……
もしかして今日は、
何か急ぎの用事があったり、
するんですか?」
元スレ
ひき娘「け、ケーサツ呼びますよっ」
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421:
男「いえ、そのような事はありません。
何かありましたか?」
ひき娘「……その、
いつもなら、少しお話したり、
してくれるから……」ちらっ
ひき娘(もうちょっと、
先生と一緒にいたい……
特に、今日は)
男「…………そうですね」
ひき娘「あ、あの」
男「はい」
ひき娘「その、先生は……」
男「……」
ひき娘「自分がここにいていいのか、
いない方がいいんじゃないかって、
思った事はありますか?」
422:
男「何か、ありましたか?」
ひき娘「少しだけ」
男「……」
ひき娘「……」
男「事情は、話してくれないようですね」苦笑
ひき娘「ごめんなさい」
男「では、観念的になりますが――
わたしにもやはり、
自分がここにいていいのかと悩む時はあります」
ひき娘「……」
423:
男「自分がここにいてよいかという、
存在とその価値とは、
人にとってどのようなものか。
マズローいわく、
欲求には五つの階層があります。
重要度が高い順に、
『生理的欲求』『安全欲求』
『愛情欲求』 『尊敬欲求』
『自己実現欲求』
となります。
後者三つが、存在とその価値についての考えですね。
欲求というのは、
その生命と精神の存続に、
必要となる要素を欲することです。
必要以上を欲するのが、欲望です。
つまり人間にとって、
食べる事や安全である事についで、
誰かに愛されること、
誰かに価値を認められる事は、
その精神に必要なことなのです」
ひき娘「必要、なんですか」
424:
男「おそらく人の心にとって、
誰かに認められたいと願う心は、
喉が渇いているから、
水が飲みたいと願うようなものなのでしょう」
ひき娘「それなら、
先生はどうして、
自分が必要か悩むんですか?
学校とか塾が有って、
恋人さんとかも、いるんですよね?」
ひき娘 つくん
男「学校や塾といった、
社会的な場はありますが、
恋人はいませんよ」苦笑
ひき娘 つくん
425:
男「もちろん何人か、
お付き合いした経験もありますが、
どちらからともなく別れてしまうのが、
今までの常ですねぇ……」苦笑
ひき娘「……」
男「話がそれましたね。
様々な事情はありましたが、
わたしが学校を辞めたのは、
自分が教師として必要だと思った、
その考えを否定された事が理由です。
わたしは本当に生きる価値があるか、
教師として生きて良いのか。
教師を辞めた際に、
恋人とも破局しましてね。
お酒に浸って現実を忘れようとしたりもしました」
426:
ひき娘「それでも、
先生は、先生なんですね」
男「当時の自分からすれば、
今の自分がいることも、
想像の埒外ですけどね」苦笑
ひき娘「でも、先生が先生で、
良かったです。
こうして、出会えたから」
男「……ありがとうございます」にこっ
ひき娘「それで……その、
たとえ話なんですけど」
男「はい」
ひき娘「もし先生が、
先生がいることが、
誰かを苦しめたりする時、
先生は、どうしますか?」
427:
男「難しい質問ですね。
それが自分にとって、
どうでも良い集団からの場合、
その集団を離れて、
新しい集団を作れば話は済みますが……
しかし、そうでないなら。
自分にとって大切な相手や集団で、
他に替えが無いと思うなら……」
ひき娘「そんな時は」
男「…………わかりません。
そもそもこうした、
観念的な話というのは、
物事を抽象化し、
その要素をパターンかする事で、
解放を導く手段です。
しかし、この件に関しては、
パターン化できるほど単純ではありませんからね」
428:
ひき娘「……そうですよね」
男「お役に立てなくて申し訳ありません」
ひき娘「いえ」
男「ただし」
ひき娘「はい?」
男「私や黒髪さんは、
どんな状況であれ、
ひき娘さんを大切にしたいと、
そう思っていますよ」
ひき娘「……っ」
429:
ひき娘(何か聞いたのかな?
聞かないよね。
……言えないよね)
男「ひき娘さんが何を悩み、
どう思っているのか、
どんな答えを出すかは、
今の段階ではわかりません。
しかし、私も黒髪さんも、
ひき娘さんのことが大好きです。
だから、
わたし達の事は、信じてください」
ひき娘「ぁ……ぅ…………」ぐすっ
430:
男(肩を落として、
ぎゅっと手を握って耐える姿は、
なんと小さい……)
男(そんな小さな体で、
また何を背負い込もうとしているのでしょうか)
ひき娘「…………その、ありがとうございます」
男(夕暮れの明かりの中で、
目元が涙で少し光って……)
男 すっ
ひき娘「……っ」
男 なで、なで
431:
ひき娘「いやぁっ!」 ぱしんッッ!
ひき娘「あっ……」ぷるぷる
男「っ、すみません、
つい、その……」
ひき娘「い、いえ。
ご、ごめんなさい」ぷるぷる
男(頭を撫でた瞬間、
ひどく怯えた表情で、
手を弾き飛ばされた……)
432:
ひき娘「そ、そそ、その、
ホントに、ごめんなさい」ぶるぶる
男「いえ、悪いのは、コチラです」
男(歯の根が合わないほど震えて、
指先の色が抜けるほど強く、
手を握ってこらえている)
ひき娘 はぁ……はぁ……
男「すみません」
ひき娘「きょ、今日は」ぷるぷる
男「わかりました。
また明後日に来ます」
ひき娘「……すみません」
男 ぐっ……とことこ
ぱたん
433:
ひき娘 がたがた、ぶるぶる
ひき娘 ぎゅぅ……
ひき娘 がたがたがたがた
ひき娘「思い出したく、ない」
ひき娘「あんなこと」
茶髪『おい、見てみろよ、
コイツ怯えてるぜ?』
ピアス『はは、お前が殴りすぎたんだろ?』
刺青『お前らだって殴っただろ。
まあ、コレでやっと、
自分の立場がわかったろ? けけっ』
434:
茶髪『ほれ、教師が来る前に、
やっちまおうぜ』
ピアス『大丈夫だっての。
ウチの親が教育委員会だからよ、
教員なんざ、見たって何もいわねえよ』
茶髪『ひひ、お陰でやりたい事ができるぜ』
刺青『どうでもいいだろ、んなこと。
おいひき娘、面倒だからお前、
自分から服脱げよ。
どうせ他の奴にも股開いてんだろ?』
435:
ピアス『え、脱がすの?
どうせだし服破ってやろーぜ』
茶髪『なんだよ、ピアスそーゆー趣味?
ま、彼女あいてじゃできねえし、
俺もさんせー』
刺青『んじゃ、やっぱいいわ』チキッ
刺青『ナイフ、見えるよな?
刺されたくなけりゃ、
せいぜい大人しくして、犯されろ』
ひき娘『い、いや……っ』
ピアス『イヤ、じゃねーの』げしっ
436:
?『君たち、何をしてる!』
ピアス『げ、よりにもよってアイツかよ』
茶髪『ひひ、ママの七光りはどうしたよ』
ピアス『知ってるだろ、
アイツそういうの気にしねえって。
くそっ、とりあえず行こうぜ』
刺青『ちっ、せっかく盛り上がってきたのによ。
顔見られる前に、行くぞ』だだっ
?『くっ、待てっ!
キミ、彼女を保健室へ。
わたしはアイツラを――』
437:
ひき娘「いや……」がくがく
ひき娘「痛いのは……」
ひき娘「殴らないで」
ひき娘「髪の毛、ちぎらないで」
ひき娘「蹴らないで」
ひき娘 がくがく……
ひき娘「う、……ぅく」ぽろぽろ
ひき娘「もう、ずっと前……
ずっと前だから、
もう大丈夫、大丈夫……」がくがく
438:
ひき娘「…………………………」
ひき娘「………………」
ひき娘「……ふ……ぅ」
ひき娘「はぅ……」
ひき娘(目の前に、
大きな手が来て、視界がふさがったら……)
茶髪『コイツ面白いぜー。
頭殴るとよ、足元ふらつかせんの。
せーぶつの実験、ってな!
俺らすっげー真面目な学生だよな、くくっ。
おい、歩けよっ!』
ひき娘「…………っ」
439:
ひき娘「過去だから……」
ひき娘「もう、思い出さない……」
ひき娘(急に、あの時の事が、
一気に思い出されて……)
ひき娘「もう、やだよ……」
ひき娘「…………もう」
ひき娘「なんで、私が……」
ひき娘「……ぐすっ」
440:
----------------------------------
三十四日目 教員室
男「……」かきかきかきかき
男「…………」かきかきかき
男「………………はぁ」
男「いけませんね、こんな調子では」
黒髪「そうよー。
先生らしくないじゃない」ひょこっ
441:
男「おや、黒髪さん。
いつの間にコチラへ?」
黒髪「さっきからいたわよ。
話しかけても応えないから、
いっそ面白くなって見てたけど」
男「趣味が良くないですね」
黒髪「態度が良くないよりはマシじゃない?」
男「……私の態度は良くなかったですか?」
黒髪「授業中に突然考えこんだり、ね」
男「授業に私事を持ち込むなんて、
申し訳ない……」
442:
黒髪「私は逆に安心したけどね。
ああ、この人も人間なんだって」
男「それはどういう意味ですか」苦笑
黒髪「そのままよ」にやっ
男「……それで、どうしましたか?
質問にいらしたんですよね」
黒髪「質問があるとしたら、
今日の先生はどうしたんですか、
といったところよ」
男「…………」
黒髪「答えたくないのかしら?」
443:
男「いえ。実は今日、
ひき娘さんをおびえさせてしまったようでして」
黒髪「……何かしたの?」
男「詳しくはわかりませんが、
少し何かに悩んでいるようだったので、
励ますつもりで頭を撫でると、
急に怯えだして……」
黒髪「それだけ?」
男「誓って」
黒髪「…………となると、
どういうものかはわからないけど、
それが鍵になって、
いじめられた事を強く思い出したのかしら」
男「恐らく、そうでしょう」
444:
黒髪「あれから二年も経ったのに、
ひき娘の中では、
まだ終わってないのね」
男「……焦ってはいけない。
それは誰より私が判っていたのに、
どうにも……」
黒髪「やりきれないわね。
……そうね、それなら一つ提案があるわ」
男「はい?」
黒髪「よかったら、
週末に時間もらえないかしら?」にやっ
445:
----------------------------------
三十九日目 駅前広場
黒髪「ないわー」
男「……遅れてやってきて、
第一声がそれですか」
黒髪「だって、ねえ。
せっかくの土曜日!
週末に二人っきりで外出よ?
いわばデート!
それなのに、その格好って……」
男「普段どおりですが、なにか」
黒髪「……普段からそのスーツなの?」
男「そうですが」
446:
黒髪「……せっかく人が、
こうやってオシャレしてきたっていうのに」ぶつぶつ
男「どうかしましたか?」
黒髪「何でもないわよ」
男「……とりあえず、
黒髪さんはお昼はどうしましたか?」
黒髪「軽くつまんできたわ。
何か食べても大丈夫だし、
食べなくても平気な程度に」
447:
男「私もです。
では、ランチは考えず、目的を果たしましょうか」
黒髪「そうね。
そういえば、アレからどうなの?
ひき娘との関係は」
男「悪くはありません。
ただ、最近は落ち着いていましたが、
先日の一件以来、
ある距離から近づくと、
目に見えて緊張するようになりましたね……」
黒髪「やっぱり、簡単にムリね。
……例の作戦を実行しましょう。
名づけて――
『ひき娘にプレゼントで仲直り作戦!』」ビシッ
448:
男(どこかの名探偵みたいな、
妙にキマッたポーズ……
練習でもしたんでしょうか?)
男「……やはり、考えたのですが、
そんな問題ではないと思いますよ。
第一、私たちは不仲になったわけでもありませんから」
黒髪「一見すれば、ね。
嫌われたなら仲直りしやすいけど、
ひき娘は先生を嫌ってない。
ただ、先生に対して、
過去の幻影を重ねてるだけ」
男「それが判っていて、プレゼントで仲直りですか」
黒髪「そんな疲れた顔しないでよ。
別に根拠なく機嫌を取っておこうみたいなノリじゃないから」
男「そうなんですか?」
449:
黒髪「要するに、
今のひき娘って、
先生に対して過去の恐怖を重ねているじゃない?」
男「恐らくは」
黒髪「つまり、今のひき娘にとって、
先生が恐怖の象徴なのよね」
男「……身もフタもない分析ですね」
黒髪「こういう分析に、
私情は何の意味も無いわ。
むしろ正確な分析をして、
現状からの打開策を探す原動力に、
その私情を燃やすべきじゃない?」
男「もっともです。
……ふむ、云いたい事はおおよそわかりました」
450:
黒髪「さすが先生。
そう、先生自身が過去の恐怖なら、
その恐怖を無価値にするような、
好意の感情で、
改めてその過去の感情を塗り替えればいいのよ」
男「そう簡単な話ではないですが、
無意味でも無いでしょうね」
黒髪「無意味でないなら良いじゃない。
ぶっちゃけて云えば、
今までひき娘の内面に有って、
手の出しようが無かったものに、
何かできるかもしれないって事でしょ」
男「肯定的に考えるなら、
そのような考え方もできますね」
451:
黒髪「否定的な考えなんて、
取れる手段が一つも無くなって、
希望が見えなくなってからすればいいじゃない」
男「……いけませんね。
今日の私はどうやら、
黒髪さんに面倒をかけ通しです」苦笑
黒髪「たまにはいいじゃない。
ひき娘の事についてとか、
私だって先生に迷惑かけたもの。
この件だって元をたどれば、
私がひき娘を紹介したからよ。
私ができない事を手伝ってもらう。
手伝ってくれる先生に、
私が私の出来る事をする。
そこには共栄関係は有っても、
問題はないと思うわよ」
452:
男「……本当に、
今日はかなわないようです」苦笑
黒髪(そりゃそうよ。
このデートのお誘いをしてから、
何回も何回も、
頭の中で考えたんだもん。
先生の口にしそうな言葉とか、
考えそうなこととか)
黒髪「ふふっ、
それじゃ、行きましょ。
ひき娘の気に入ってくれるもの、
がんばって探さないと」
男「はい」
453:
----------------------------------
三十九日目 アーケード
とことこ
黒髪「それで、
先生は何をプレゼントするつもり?」
男「そうですね。
ひき娘さんが喜ぶもの……
アクセサリなどは、
たぶん喜ばないでしょうね。
服はサイズがわかりませんし……」
黒髪「サイズは判るわよ。
ただ、どうかしら。
下手するとイヤミになるわよ」
男「イヤミ、ですか?」
454:
黒髪「一緒に選びに来たなら、
また話は変わるけど……
ひき娘は自分の服、
子供っぽいって自覚があるから――
中学生の頃の服の着まわしだから、
しかたないんだけど、
そういう場合は逆効果だと思うわ」
男「云われてみればそうですね」
黒髪「……そうね。
個人的には、
少し上等な文具一式、とかが良いと思うわ」
男「文具ですか」
455:
黒髪「教師と生徒って関係からも、
文具のプレゼントなら、
いろいろ言い訳も立つでしょ。
気付いてたみたいだけど、
ひき娘の使ってる文具って、
今は中学生の頃のだから、
デザインとか機能に不満があるみたいだし」
男「……よく考えてますね」
黒髪「ひき娘の事だから、当然でしょ」
友『黒髪ちゃんはひき娘ちゃんに対して、
強い劣等感と、恩義を感じてるんだ』
男「…………」
黒髪「先生?」ずいっ
男「――っ、黒髪さん、近いですよ」
黒髪「……ドキドキしました?」にやっ
456:
男「そうですね、
お化け屋敷に入ったときくらいには」
黒髪「私は貞子じゃありませんよ」むぅ
男「お化け屋敷で、
女の子に手を握られた時くらい、
という意味だったのですが」
黒髪「……っ。
か、からかわないでよっ」(////
男「わたしだけ許されないというは、
幾分か不条理な気がしますね」
黒髪「たしかにそうだけど……」
457:
男「この文具店なら、
どうですかね?」しれっ
黒髪「無視しないで、
って言いたいけど、
たしかに良さそうね。
男「では、入りましょうか」そっ
黒髪「ぇ……」(さりげなく、
私の手をとってくれて)
からーん♪
458:
とことこ
男「一口に文具と言っても、
いくつもありますが……」
黒髪「……」
男「どうしましょうかね?」
黒髪「……」
男「黒髪さん?」
黒髪「っ、え、はい?」
男「大丈夫ですか?」
黒髪「……大丈夫よ」
459:
男「……とりあえず、
私だったらこのあたりの物を、
選ぼうと思うのですが」
黒髪「…………とりあえず、
笑った方がいいかしら?」
男「なぜ笑いますか」
黒髪「だって、ねえ。
プリキュアのシャーペンなんて、
今時もらって喜ぶの、
小学生でもいないわよ」
男「しかし、
ひき娘さんは毎週プリキュアを見るファンですよ」
黒髪「それとコレとは別。
第一、先生はひき娘の趣味しらないでしょ」
男「そこは、黒髪さんに聞いたと云う事で」
黒髪「いやよ!
それじゃこの選択、私のセンスみたいじゃない」
男「……そんなにダメですかね?」
460:
黒髪「とりあえず、
こういう時は相手の趣味最優先より、
無難に長く使えるものでしょ。
だいいち、こんな安い作りのペン、
すぐに壊れて使えなくなるわよ」
男「壊れるというのは、
どうかと思いますが……
良く見れば使い勝手も良くなさそうです。
早まるところでしたね」
黒髪「……実は先生って」
男「はい?」
黒髪「プレゼントのセンスが無いって、
よく言われない?」
男「……否定はしません」
黒髪 あちゃー
461:
黒髪「……とりあえず、あれね」
男「あれ、とは」
黒髪「私がすべて選ぶわ」
男「は?」
黒髪「だって、
この調子で先生と相談してたら、
日が暮れても終わらないわよ」
男「すみません」
黒髪(普段のソツのないところから、
まさかこんな、
低レベルな欠点があるなんて)あいたたた
462:
黒髪「まったく、しょうがないわね」
男「面目ない……」
黒髪(ま、本当に何でもできる人よりは、
可愛げがあるかもしれないわね……ふふ)
男「む、こちらには、
まどか☆マギカのペンケースが」
黒髪「いいから、
そういうのはやめておきなさい!」
463:
----------------------------------
三十九日目 洋菓子喫茶ミンドロウ
黒髪「まったく、
こんなに時間がかかるなんて思わなかったわ……」
男「ですからこうして、
お詫びに、友から教えてもらった、
美味しいケーキ屋に来ているわけで……」
黒髪「……メイド喫茶?」
メイド にこっ
メイド かちゃ、かちゃ
メイド「どうぞ、ごゆっくりお楽しみくださいませ」へこっ
男「二年前はたしか、
普通のケーキ屋だったんですが……」
464:
黒髪「もしかしてお店間違えてない?
……あら、結構おいしい」まぐまぐ
男「間違えてませんよ。
確かにこの名前でしたからね」
黒髪 まぐまぐまぐまぐ
男「……気に入ってくれたようでなによりです」
黒髪 まぐ……(////
黒髪「意地悪いわね」
男「理不尽ですね」苦笑
465:
黒髪「とりあえず、
ひき娘へのプレゼントも買えたし、
今日の目的は達成ね」
男「かなり無難になってしまいましたが」
黒髪「こんなところに、
独創性もアニメ成分も要らないのよ」
男「喜ぶと思いますがね、アニメ」
黒髪「……云うまいと思ってたけど」
男「はい?」
466:
黒髪「先生って先日、
ひき娘に消しゴムあげたのよね?」
男「はい。コンビニで売っていた、
シャルロッテの消しゴムですね」
黒髪「シャルロッテ?
まあ、なんでもいいけど、
その安っぽい小さい消しゴムをね、
あの子ったら、
爪の先くらいになるまで、
後生大事に使ってたのよ」
男「……あといくつか、
買っていくべきだったでしょうか」
黒髪「違うわよ。
まあ、数がないって点では、
間違ってないけど。
それ以上に、
先生がくれたって事が、
あの子にとってそれだけ大きかったのよ」
467:
男「……」
黒髪「言ってしまえば、
たかが消しゴムの一個よ。
でも、あの子にとっては……っ」
男(うつむいて、どうしたのでしょうか)
男「黒髪さん?」
黒髪「あの子にとっては、
大好きな先生からもらった、
大切なものだったのよ」ひっく
男「……」
468:
友『だが、あの黒髪ちゃんって子は、
ひき娘ちゃんが相手なら、
戦おうとすらしないだろうぜ』
男「まさか――」
黒髪「まさかじゃないわよ!」
男「あ、いえ、それでは」
黒髪「あの子はね!」ぐいっ
黒髪 がっ
黒髪「先生が、だいすき、な」
黒髪 ぼろぼろ
469:
黒髪 ぐしぐしっ
男「黒髪、さん」
黒髪「先生が、だい、すき、なの……よ」ぼろぼろ
男「…………」
黒髪 ぱっ
黒髪「だから。
もっと良く考えて、
ずっとずっと、大人になっても、
一生使えるものを、贈ってあげてよ」
男「……黒髪さん」
黒髪「ね」
男「……」
470:
男「すみません」
黒髪「……なんで謝るのよ」
男「……いろいろです」
黒髪「そう」
男「……」
黒髪「……それなら」
男「はい」
黒髪「今度はお詫びに、
またどこか、連れていってよ」
男「……はい」
471:
黒髪「…………お化粧、
直してくるわね」
とことこ
男「………………」
男 がりがりがり
男「なんだって、こう――」
男「わたしは、
この誘いを断れば良かったのか?」
男「それとも、――それとも?」
472:
店長「……お客さんよ」ちょい
男「……はい?」
店長「これ、渡してやりな」
男「お絞り、ですか」
店長「男なんて、
女に泣かれちまったら、
それくらいしかできねえもんさ」
男「……」
店長「……なんてな。
あんまりウチの店で女の子を泣かせないでくれよ?」にやっ
男「……すみません」苦笑
473:
店長「よし、笑えるなら大丈夫だな。
良くわからんが、
女の子の前で沈んだ顔はいかんぞ。
……む、」たたっ
男「……」
店長「ああ、奥様お久しぶりです。
前回のご来店から十日間と三時間ぶりでございます。
しかし前回よりも素敵な笑顔で」延々
男「くっ……くくっ」
474:
男「いけませんねぇ。
なんだかどうにも、
今日は黒髪さんに振り回されすぎです」
黒髪 とことこ
黒髪「お待たせ」
男「こちら、よかったら使ってください」
黒髪「おしぼり? ありがとう」にこっ
男「……」
黒髪「……」
475:
男「……黒髪さん」
黒髪「はい?」
男「……黒髪さんは、イイ女ですね」
黒髪「…………ぷっ、やだ、何よそれ」
男「素直に、思ったところを言いました」
黒髪「ふふふっ、そんなの、
ずっと前からでしょ?
だって私は黒髪よ?」にこっ
男「そうでしたね。
ええ、ずっと、イイ女です」
黒髪「……それじゃ、そろそろ帰りましょ」
男「はい」
がたがた
476:
黒髪「……すきよ」ぼそっ
男「……何か言いましたか?」
黒髪「お勘定お願いします、って」
男「……聞き返さなければ良かったですね」
黒髪「聞いたからには、お願いね」
男「仕方ありません。
もとよりそのつもりでしたし、
構いませんよ」
黒髪「ふふっ」
男「くくっ」
477:
黒髪「そういえば先生」
男「はい?」
黒髪「一つだけ聞かせて」
男「……」
黒髪「わたしと初めて会ったの、
いつだったかしら」
男「……去年の夏講習に、
たしかいらしてましたよね?」
478:
黒髪「……ええそうよ。それでいいわ」にこっ
男「?」
黒髪(そう、それが初めてなら、
それでもいい)
黒髪(二年前に、
私の友達を助けるために、
乱暴そうな生徒に対して、
一歩も引かないでまっすぐ向き合った先生。
あの時近くにいたけど、
覚えてないなら、それでいいわ。
その後ろ姿に憧れた私は、これで卒業)
メイド「代金のお釣りをお確かめください」
男「はい、大丈夫です。
……では、行きましょう、黒髪さん」
479:
メイド「行ってらっしゃいませ」へこっ
黒髪「また来させてもらいます」
メイド「お待ちしております」 にこっ
とことこ
黒髪「ねえ、先生」
男「はい?」
黒髪「ちょっと、止まってください」
男「……」
黒髪 とこ、とこ
男(微妙に動いて……
なんでしょうか)
481:
黒髪「はい、いいですよ、行きましょ」にこっ
黒髪(そっと重ねた)
黒髪「さーて、
それじゃ私はこちらなので、
失礼します」
男「……はい。お気をつけて」
黒髪「また、授業で」にこっ
黒髪 たたっ
黒髪(先生と、私の影の、唇の先)
488:
頑張って下調べしてるのはみて取れるけれど
いささか男が衒学的すぎてキャラの魅力を削いでいるかも
もうちょっと話の展開に沿った知識ならすっと入り込めるんだけど……
522:
>>488
衒学的なのは仕様だったんだけど、
そっか、話の展開に沿った知識ならウザくなりすぎないですむんですね……
参考になりますっ!
489:
----------------------------------
四十一日目 ひき娘の部屋
こんこんこん
男「……」
こんこんこん
男「ひき娘さん、どうしましたか?」
こんこんこん
男(なにか、問題があったのでしょうか?)
男 どくん
男(体調不良でしょうか。
最近はまた、
部屋に入れてもらった頃のように、
想定より授業が進まず、
宿題が増えてしまっていましたからね……)
男「……開けますね」
きぃっ
490:
そぉっ
ひき娘 すぅすぅ
男(テーブルに突っ伏したまま、
寝てしまっていますね。
ただ、呼吸は穏やかで)
男 とことこ
男「……改めて、失礼します」
男(そっと触れる。
ひき娘さんの額は、
少しだけ汗ばんでいるものの、
おそらく寝汗なのだろう。
熱いというほどではない)
ひき娘 すぅすぅ
男「まだ、時間がありますね」ちらっ
男「……もう少しだけ、
寝かせて差し上げましょう」
ひき娘 すぅすぅ
491:
男(なぜ)
男(なぜ友さんや黒髪さんは、
ひき娘さんが私を好いていると考え、
言うのでしょうかね)
男 そっ
男 なで、なで
ひき娘 すぅすぅ
男(わたしなど、
ただの社会不適合者なのに)
男 なで、なで
ひき娘「んん……」にへらー
男(人付き合いが苦手なオタクで、
好きな歴史や文化について、
語りだすと止らない癖があって……)
492:
男(過去にお付き合いした方々も、
そんなところがイヤだったと、
そう云って離れていきましたね。
『可愛げがない』
『私がいなくても良さそう』
『つまらない話ばかり』
そういって皆離れてしまい、
結局親交がのこっている人は、
殆どいなくなって……)
男 なで、なで
ひき娘 すぅすぅ
493:
男(教師として、人として、
恥じるような行動を行った事は、
決してないといえる生き方でした。
……それでも人は、離れてしまう)
ひき娘「んー」
男 ……なで、なで
ひき娘「んへー」にへら
男(夢中になると、
つい喋り続けてしまう癖も、
人として恥ずべきことではないと、
思うのですがね。
度が過ぎる事もある点は反省すべきですが……)
494:
男(……ひき娘さんは、
ずっと話を聞いてくれましたね)
ひき娘「……にゃう。」
男「……くく」
男(ひき娘さんにとっては、
私のこの『悪癖』、
気にならないのでしょうか)
男「……時間ですかね。
ひき娘さん、起きてください」
ひき娘「うにゅ……」
男「ひき娘さん」
ひき娘「なう……」
495:
----------------------------------
四十一日目 ひき娘の部屋
男「では、本日の授業はここまでということで
」
ひき娘「お、お疲れ様、です……」ぐたぁ
男「お疲れさまです。
さて、次回の授業ですが、
宿題についてはこちらの紙に、
まとめてきました」
ひき娘「ありがとうございます。
その、今回はごめんなさい、
先生が来るって判ってたのに寝ちゃってて」しゅん
男「何度も言ってますが、
気にしていませんよ。
今日で授業も……十八回ですか。
よくがんばっていると思います」
ひき娘「…………」しゅん
496:
男(どうしたものでしょうかね……
がんばっているのは事実ですし、
授業時間には目をさましたので、
問題にすることも無いのですが)
男「……そうだ、ひき娘さん」
ひき娘「はい?」
男「ひき娘さんのがんばりに、
応えられればと思いましてね。
……このようなものを買ってきたのですが」ごそごそ
ひき娘「……プレゼント?
きれいにラッピングされてるけど、
開けてもいいですか?」
男「はい、御随意に」にこっ
ひき娘 かさかさ
ひき娘「わ……すごいっ。
これ、文具ですよね。
なんか、大人な感じで、
とってもステキです……」
497:
男「使い心地を重視して、
長く使えそうなものを、
選ばせてもらいました。
よければ使ってください」
男(とはいっても、
黒髪さんが絞りこんでくれて、
その中から選んだ物ですが……
そこまでしなければならないほど、
わたしは趣味が良くないのでしょうかね)悶々
ひき娘「…………」
男「ひき娘さん?」
ひき娘「……」うるっ
男「ど、どうしましたか?」おろおろ
498:
ひき娘「その、うれしくて」ぐすっ
男「泣くほどですか?」苦笑
ひき娘「泣くほどですよ……
ただ、先生からもらえて、
がんばってるって認めてもらえて。
とっても、嬉しいんです」にぱっ
男 すぅっ。ぴたっ。
男(あぶない、つい、
また頭を撫でようと……)
男「喜んでいただけたら、
私としても嬉しいです」にこっ
499:
ひき娘「……ないで」じっ
男「はい?」
ひき娘「やめないで、ください。
撫でてください」
男「しかし……」
ひき娘 そろ、そろ
男(両手をついて、
顔をうかがいながら近寄る姿が、
怯える子犬のようだと云ったら、
怒られるでしょうか)
500:
ひき娘 とすっ
男(せがむように、
頭をそっと私の肩に寄せて)
ひき娘「怖くない、とは、
まだ云えないです。
でも、このままでも、
きっと良くないなって。
せっかく褒めてもらって、
今なら、勇気が出そうだから」
男「確かにそうですが、
ムリをしてはいけませんよ」
ひき娘「……今は、撫でてほしいんです」じいっ
男(覗き込むようにして、
上目遣いで見上げてくる瞳が、
少しだけ涙と恐怖にゆれているような)
ひき娘「触って、ください」
501:
男「……失礼しますね」
男 そぉっ
ひき娘 ぴくんっ
男 さらっ、さらっ
男(ぎゅっと目を閉じて)
男「……ひき娘さんは、
瞳に表情がでますね」
ひき娘「?」
男(少しだけ目を開けて、
不思議そうに見上げる。
それだけで、
少しの不安と、興味と疑問が伝わってくる)
男「ひき娘さんの目が、
とても魅力的だと言ってます」にこっ
ひき娘「……そんな」(////
502:
男(恥ずかしがって伏せられ、
その目が見えなくなった事が、
少しだけ残念ですね)
ひき娘 すり、すり
男「……くく」なで、なで
ひき娘「?」
男「小動物のようですね。
そうして、顔を寄せる仕草が、特に」
503:
ひき娘「小動物、なの?」くぅっ
男(目を細めて、
なんの表情なのか)
男「……不満ですか?」
ひき娘「……たぶん」
ひき娘 そっ
男(さらに近づいて、
そっと体を摺り寄せられて。
それで、不満なんでしょうか)
男 なで、なで
ひき娘 ふるり、ふるり
504:
男(なでるたびに、
音も無く震える細い背中。
そこに何を背負っているのか、
見えないのに、見えてしまう)
男「……ひき娘さんは、
この手が、怖いですか?」
男(近づき過ぎないように、
ひき娘さんから離して手のひらを見せる。
ひき娘さんの手に比べれば、
大きく、筋張っている手)
ひき娘「…………」ふるり
505:
男「そうして身を寄せているのは、
私の手のひらを、
見ないようにするため、ですよね」
ひき娘「っ……。はい」
男「……試して見ましょうか」
ひき娘「はい?」
男(そっと首を傾げる仕草に、
やわらかい、良い匂いのする髪が、
私の首筋を甘くくすぐる)
506:
ひき娘「チョコレート?」
男「たしかひき娘さんは、
チョコレート、お好きでしたよね。
コチラも、渡そうと思って忘れてました」
ひき娘「うん」
男(おそらく、わざと――
ひき娘さんの言葉の距離が、
いつもより近い)
男「では、これ、食べたいですよね」
ひき娘 こくり
男(頷くたびに、
焦らすように首筋を撫でられて……
穏やかじゃありませんね)
男「包みを開けて……
手のひらに載せてみましたが。
ここで思い至りませんか?」
507:
ひき娘「思い至る、って、なににです?」
男「……このチョコ、食べていいですよ」
ひき娘 そぉっ
男「ただし」
ひき娘 ぴくっ
男「手は、使ったらダメですよ」にやっ
男(ムリにさせる気は無いものの……
手のひらに置かれたチョコレートを、
ゆっくりとひき娘さんに近づけて、
鼻先に匂いを残して遠ざける)
ひき娘「でも、手を使っちゃダメって」
男「そんな風に、
伺うような目で見ても、ダメですよ」
男(嫌いなものを、
好きなものとして上書きする
……言い訳、か?)
508:
ひき娘「でも、それって、
てのひらのチョコを、
もしかしてそのまま……」
男「イヤなら構いませんよ」
ひき娘「……」
男 なで、なで
ひき娘 ふるふる
男「チョコレート、
今日はいりませんか?」
ひき娘「食べたい、けど」
男「では、どうぞ?
早くしないと、溶けますよ?」
ひき娘「う……」
509:
男「もちろん、大好きなチョコです。
一度口をつけたら、
残さず食べてもらいますよ?」
ひき娘「そ、それって……?」
男「どうしますか?
食べるなら、
早いほうが気が楽だと思いますが。
それとも、わたしの手のひらを」
ひき娘「とけて、のこってたら」じっ
男「舐めて、とってもらいましょうか」にぃっ
男(不安げでいて、
期待しているような瞳。
表情豊かなその光が、
恐怖とは別の何かにゆれて)
ひき娘「…………」(/////
510:
男「大丈夫ですよ、
清潔にしてありますから」
ひき娘「そういう問題じゃ……」
男「ああ、それとも――
溶けるのを待ってます?」
ひき娘「え……?」
男「私の手のひらに
チョコが溶けるのを待っているのかなと」
ひき娘「ち、違いますっ」(////
男「でも、そうして時間をかけると、
間違いなくチョコは溶けますよ?
わたしとしては、
溶ける前に食べてもらっても、
溶けてからなめ取ってもらっても、
どちらでも、いいですよ」にこっ
511:
ひき娘「…………先生って」
男「はい」
ひき娘「意地悪です」
男「いまごろ気付きましたか?」なでなで
ひき娘「気付いてましたけど……」
男「さて、あまり時間はないですよ。
わたしは次の授業があります」苦笑
ひき娘 ぴくん
男「やはり、自分で食べましょうか。
考えてみれば、
食べ物で遊んでいると云われて、
反論できない状況ですしね」
ひき娘「…………食べます」
512:
男「……どうぞ」なでなで
ひき娘 ふるふるふる
ひき娘 ちらっ
男 にこっ
ひき娘「うぅ〜……」そっ
ひき娘 ぱく
ひき娘 もぐもぐ
男「手のひらに、
溶けのこりはありますか?」
ひき娘 ぴくっ
ひき娘「……ないです」
513:
男「それは残念。
チョコの味はいかがですか?」すっ
ひき娘「……とっても、とっても、甘いです」
男 なでなで
ひき娘「うう……」
男「どうしました?」
ひき娘「……なんだかホントに、
しつけされてるみたいな」
男「それなら、
待てとお手が必要でしたね」
ひき娘「……やっぱり、意地悪です」
男「でも、よかったですよね。
手のひらに、近づけましたよ」
514:
ひき娘「だって、
先生があんな事、
やれって云うから」
男「断ってもいいと云いましたよ。
私の手のひらから食べたのは、
あなた自身の意思です」にこっ
ひき娘「そんな笑顔で、ズルいよ」じっ
男 どきっ
男(ズルいのは、どちらなのか)
ひき娘「……ごちそうさまです」
男「それは良かった」にこっ
515:
ひき娘「う、むぅ……」
男「どうしました?
そんなに渋い顔で」
ひき娘「……ずるいから」じっ
男「なにもズルくなんて」
ひき娘「ズルいんです」
男「……どうやらズルいらしいです」苦笑
516:
pipipipi pipipipi
ひき娘「…………そろそろ、
行かないと、間に合わないよね」
男「そうですね。
間に合わなくなります」
ひき娘「……その、最後に」
男「はい」
ひき娘「もう一度だけ、撫でてください」
男「…………」なでなで
ひき娘 そっ
男 なでなで
ひき娘「……気持ちいいです」
男「それは良かった」なでなで
517:
ひき娘「先生」
男「なんですか」
ひき娘「……授業、がんばってください」
男「ひき娘さんも、宿題がんばってください」
ひき娘 そっ
男(離れていく甘い匂いを、
追いかけたくなってしまう)
518:
----------------------------------
四十一日目 男の車
ぶろろろろ
男「いったい」
男「今日のわたしは、何だというのか」
男「つい先日、
教師として距離を取ろうと、
そう決めたばかりなのに」
男 ちくん
男「教師としての距離を、
逸脱しそうな感情を覚えるなど」
男 ちくん
519:
男「……やはり、いけませんよね。
こんな事を続けては」
男(かつて)
男(夢や希望など特に持たず、
ただ進学校を目指し、
その中で成績をあげるだけの、
迷い子だった私)
男(どうやって生きるべきか、
迷う私を支えてくれた人の、
教師という生き方に憧れて……)
男(教師であろう。
ただそれだけを考え、
目指してきた私が、
生徒に対して特別な感情を持つなど、有ってはならない)
男(ありえない)
520:
男「……壊れたの、でしょうか」
男(迷い子に手を差し伸べる人徳者。
知識を伝える伝道者。
ただそうで在ろうとしてきたのに)
男(すりよって来る少女の、
信頼した表情と、
目をそらしても、
否応無く突きつけられる好意に、
ほだされてしまっている)
男「いくら鈍くても、気付きますよ、そりゃ」
男(でも、気付こうとしなかった。
気付きたくなかったから、目を背けていた)
521:
男「表情豊かで大きな瞳が、卑怯すぎますよ」
男「いつまでも、見ていたくなる」
男「…………もう、これは」
男(友さんに、家庭教師の代役を、
求めるべきでしょう)
男(これ以上、時計の針が進まないように)
526:
おお、男の趣味がキャラに絡まって面白いじゃんw
528:
----------------------------------
四十三日目 ひき娘の部屋
こんこんこん
ひき娘「はい」びくっ
友(普段なら扉を開けるけど、
この子相手にいきなりそれは、
マズいんだったな)
友「はじめまして、ひき娘ちゃん。
男から電話で聞いたと思うけど、
代打の友です」
ひき娘「……はい」
友「いやー、悪いね。
こっちの都合で振り回しちゃって」
ひき娘「だ、大丈夫です」
友(おうおう……
何が大丈夫だってんだよ。
めちゃくちゃ緊張してんじゃねーか)
529:
友「とりあえず、今日はよろしく。
んで、男から聞いてるんだけど、
最初は扉の外で授業かな?」
ひき娘「あ、あう……
え、と……
おへ、やに。どうぞ」
友「無理しなくていいんだぜ?
気楽に気楽に。
お兄ちゃんに頼るつもりで!」にかっ
ひき娘「えと……」
530:
友「あー、こういうノリ、だめ?
もうちょっと大人に、ダンディがいい?」
ひき娘「え、ええ?」
友(超渋い声)「やあお嬢ちゃん。
授業の用意は十分かね?」
友(普通)「みたいな」にひっ
ひき娘「っ! すごいですね!
声優さんみたい!」
友「いやいや、そこまでじゃないって」照れ照れ
531:
ひき娘「えっと、とりあえずその……
中に、どう、ぞ……」
友「じゃ、お言葉に甘えて」
がちゃっ
友「お邪魔します」にかっ
ひき娘「ど、どうぞ」ぎしぎし
友「よく片付いた部屋だねー。
あ、勉強ここですんの?
じゃ教材おくね」さっさっさ
ひき娘「は、はい……」ガチガチ
532:
友(あー、あー。
かわいそうなくらい固まって。
男のヤツ、こんな子が折角、
心を許してくれたってのに、
それを押しのけるなんて)
友「やっぱり、
あのダンディ・ボイスのがいい?
キャラクター設定受付ちゃうよ」けらけら
ひき娘「……いえ、大丈夫です」
友(ちょっと迷ったな)笑
533:
友「ちなみに、
俺の事は先生って呼ぶの禁止ね。
コレ、皆に言ってるんだけどさ」
ひき娘「はひ? か、噛んじゃっちゃ……あう」
友「りらっくす、りらーっくす。
ほい、深呼吸して?」
ひき娘 すー、はー
ひき娘「え、えっと。
じゃ、友さん、と」
534:
友「ま、それでもいいけどさ。
ここは一つ、お兄ちゃんと呼んでくれないか」きりっ
ひき娘「お、お兄ちゃん?」
友「ザッツライッッッ!」
ひき娘 びくぅっ
友「ひき娘ちゃんみたいに、
可愛い妹が欲しかった俺の理想!
ここが、俺のエルドラドだったのか……」
535:
ひき娘「えっと、みんなにも、
お兄ちゃんって……」
友「女の子にはそれなりに。
でもホントに言ってくれたの、
ひき娘ちゃんが初めてだけどね……」しゅん
ひき娘(すごくテンション高くて、
めまぐるしく表情の変わる人……)
友「さて、そんな授業にしよっか」にこっ
ひき娘「はい」こくっ
友(……とりあえず、
最低限は緊張解けたか?)
友「そんじゃ、今日はテキストの〜」
536:
----------------------------------
四十三日目 ひき娘の部屋
友「そんじゃ、今日はここまで。
お疲れ様」にこっ
ひき娘「はい。お疲れ様です」へこっ
友「進め方どうかな?
よく予習できてたから、
それなりの度でやっちゃったけど」
ひき娘「大丈夫でした」
友「それなら良かった」にこっ
ひき娘「むしろ、
すごくゆっくりだったような」ぼそっ
友「ん?」
ひき娘「い、いえ。なんでもっ」
537:
ひき娘「えっと、その――」
友「なんだい?」
ひき娘「先生は……」
友「お兄ちゃん」キリッ
ひき娘「ち、違います。男さんは……」
友「あー。あいつからなんて聞いてる?」
ひき娘「……ちょっと、別件が、と」
友「え、そんだけ?」
ひき娘「はい……」しゅん
友(だあああ。男め!
人に押し付けるなら押し付けるで、
未整理で寄越すなよ!)
538:
友「アイツには今、
受験生の授業任せててね。
今までいた人が急に来れなくなって、
文系で教えられるのが、
アイツくらいだったんだ」しれっ
友(く、苦しい言い訳だな、我ながら)
ひき娘「そ、そうなんですか。
お疲れ様です」
友(うおおおお、罪悪感が……
なんだこの素直さ!
しかも気遣いできる優しさ!)
ひき娘「……そっか。
それなら、仕方ない、ですよね」
友(んでもってこう、
仕方ないの一言だけで、
俺はもう逃げたくなる可愛さ!
本当に妹に欲しいねぇ……)
539:
友「ひき娘ちゃんは、
男の授業のがよかったかな?」
ひき娘「え、そ、その……
おにい、ちゃんの、授業も、
楽しかったです」
友「そりゃ嬉しいね。
ただ、正直に言っていいんだぜ?
ぶっちゃけどうよって話」
ひき娘「えと……」
540:
友「……」
ひき娘「……」
友「大丈夫ならいいぜ?
ただ、代わって欲しかったら、
好きなときに云ってくれよ。
俺の塾は生徒さんの希望優先。
多少無理しても、
御要望には応えますってな」にかっ
ひき娘「……はい」
541:
友「そんじゃ、今回の宿題は、
ここからここまででどう?」
ひき娘「そんなに、少ないんです?」
友(おいおい、
学校云ってないっていうから、
他のヤツの三倍出してるんだぞ?
それが「そんなに」少ないって……)
友「……普段なら、
ここからだったらドコまでやる?」
ひき娘「えっと……」ぱらららららら
ひき娘「……」ららららら
542:
ひき娘「ここくらい、まで……?」
友「……男のヤツ、
本気でスパルタしてるな。
よし、じゃ、そこまでね」
ひき娘 びくっ
友「男から甘くするなーって、
云われてっからさ」にやっ
ひき娘 ……こくん。うるうる
友(やべ、涙目が可愛すぎ……)
友「そんじゃ、また――」
ひき娘「は、はい……」
543:
ぱたん
ひき娘「……」ぐたぁっ
ひき娘「授業はそんなに大変じゃなかったけど」
ひき娘「…………先生」
ひき娘「……………………男さん」
544:
----------------------------------
四十八日目 教員室
男 かきかきかきかき
黒髪 そろーっ
男 かきかきかきかき
黒髪 にひっ
黒髪 ばっ
黒髪「だーれだ」
男「…………仕事の邪魔ですよ?」
黒髪「むぅっ、ノリが悪いわね」
545:
男「暇ではありませんので」しれっ
黒髪「でも、根のつめすぎはダメでしょ?」
黒髪 もみもみ。きゅっ
黒髪「ほら、目元の筋肉が固まっちゃってる」
男「……気持ち良いですが、
自分でできるので大丈夫ですよ。
それより、要件を済ませてください」
黒髪「早くいなくなれって事?」
男「端的に悪意をもって解釈すれば」
黒髪「善意で解釈すれば?」
男「夜道は危ないので、
まだアーケードに明かりのある、
今の内に歩いたほうが良いでしょうという心配です」
546:
黒髪「で、先生の心境としては」
男「善意が十割、悪意が二割ですね」
黒髪「上限超えてるじゃない」
男「副次的に意味を持つ場合、
単純な比率ではあらわせませんからね」
人の言動などその代表でしょう」
黒髪「……いつになく、つれないわね」
男「そうでしょうかね」
黒髪「そうでしょうよ」
547:
男 かきかきかきかき
黒髪「…………しょうがないわね。
判ったわ、本題ね」
男「はい」かきかきかき
黒髪「ひき娘から電話があってね。
なんでも、家庭教師を代わったって」
男「忙しくなったので、代打を起用しました」
黒髪「野球は好きじゃないの」
男「そうなんですか?」
黒髪「そんな話を膨らませて、
うやむやにしようとしないでね」
男「……バレましたか」苦笑
黒髪「バレバレよ」
548:
男「私は、教師です」
黒髪「そうね」
男「それが、黒髪さんの問いへの答えですよ」
黒髪「なによそれ」
男「……」
黒髪「……」
男 かきかきかきかき
黒髪「……そう、わかったわ」
男「判っていただけたならよかったです」
黒髪「分かり合えそうにない。
買いかぶりだったって、わかっただけよ」くるっ
黒髪 すたすたすた
ばたん
549:
男「…………」かきかきかきかき
男「……間違っては、いない」かきかきかき
男「教師と生徒には、
最低限必要な距離を、保っただけです」
男 かきかき
男「……」
男 ぎしぃっ。せのびー
男「……」
550:
男「それだけ。
私にとって、唯一の価値。
教師であるという価値を保つため、
必要な行為」
男「……」
男「必要――なくてはならない」
男 がしがし
男「必要になってしまって、
いたんでしょうか」
551:
男「見上げてくる、瞳」
男「伺うような表情が多くて、
他の人には、
きっとひき娘さんは、
ずっと困ったような顔に、
見えるかもしれない……」
男「でもそれ以上に、あの瞳が」
男「大きな目の中で、
きらきらと輝く瞳が、
顔の表情よりもに、
感情を伝えてきて、気付かされる」
男「思慕、尊敬、憧憬……」
男「私の話に、
本当に楽しそうに目を輝かせて」
552:
男「そんな時間が楽しくて」
男「楽しく」
男「教師の仕事だというのに。
それ以上に私は、
ひき娘さんと会うのを楽しむようになっていた」
男「アレだけの好意を向けられて、
変質しないほど、鈍くはないんですよ」
男「そうであれば、良かったのに」
男「鋼鉄の魂が欲しい。
チタンの心が欲しい。
変質しない、無機質なものでありたい」
553:
男「教師としてしか居場所の無い、
こんな私と」
男「部屋の中にしか居場所の無い、
ひき娘さんと」
男「引き合う孤独の力にも、
影響を受けないように」
男「重力の強さは、
距離の二乗に比例する」
男「私と彼女も離れていれば、
やがて……」
554:
男「まして、彼女の想いは、
他の人のそれとは意味が違う……」
男「彼女にとっての私は、
彼女の世界の中での唯一の異性」
男「カウンセリングの過程で生じる、
擬似的な相手への依存」
男「私の想いとは。かさならない」
男「だから、これでいいのです」
男「これで」
男「……帰りましょう」
555:
----------------------------------
四十八日目 塾のビル前
男 とことこ
男「…………ん?」
?(遠く)「からよっ。……ぜ」
?(遠く)「……じゃんよー」
男「最近の若者は、元気ですね。
ただなにやら、物騒な雰囲気で……」
黒髪(遠く)「離してよっ!」
男「っ!」だだっ
556:
男「君たち、何をしてる!」ばっ
黒髪「先生っ、助けて!」
茶髪「あん?」
刺青「なんだアイツ」
男「いま警察を呼んだぞ!
すぐに来るから大人しくしなさい!」
ピアス「……ちっ、行くぞ」どかどか
茶髪「でもよ、警察なんざ……」
557:
ピアス「うるせえ。
面倒ごとになる前に行くんだよ」げしっ
茶髪「いてっ、いてぇーなー。
わかったよ」とことこ
刺青「次に会ったら、
今度はもっとやってーなんて云うまで、
犯してやんよ。けけっ」ぺっ
男「いこう……」ぎゅっ
黒髪「っ……」
男 ぐいっ
とことこ
558:
黒髪「……」
男「気がつけてよかった。
暴力を振るわれていませんか?
必要なら病院に向かわないと」
黒髪「……」
男「……黒髪さん?」
黒髪「……っ。ひぐっ」ぼろぼろ
男「…………」
男 そっ
男 ぎゅぅっ
黒髪「ぅ……ぐ、うう…………っ」ぎゅぅっ
559:
男 ぽん、ぽん
黒髪「っぐ……ぁぅ……ふぐ……」
男 ぽん、ぽん
黒髪「せん、せい……」
男「……はい」ぽん、ぽん
黒髪「ごめんなさい……」
男「なぜ、謝りますか?」
黒髪「だって、だって……」ぼろぼろ
560:
黒髪「帰り道に、やっどわがって……」ぼろぼろ
男 ぽん、ぽん
黒髪「先生の、ごどばの意味……」
男「……もしかしてそんな事のために、
こんな時間にわざわざ、戻ってきたんですか?」
黒髪 こくん
男「危険だと、言いましたよね」
黒髪「ごべんなざい……でも」
男「でもも、なにもありません。
とりあえず、ティッシュです。
使ってください」
561:
黒髪 ごしごし、ちーん
男「まったく。
わたしは危うく、
黒髪さんをひどい目にあわせるところでした」
黒髪「……そんなの」
男「どうでもよくありません。
だいいち、怖かったでしょう」
黒髪 こくり
男「すみません。
わたしが、きちんと説明しなかったばかりに」
黒髪 ふるふる
男「とりあえず、今日は送ります。
車に乗ってください」がちゃ
562:
----------------------------------
四十八日目 車内
ぶろろろろ
黒髪「……」
男「……」
黒髪「……ね、先生」
男「なんですか?」
黒髪「先生は、
今回私じゃなくても、助けたの?」
563:
男「どういう意図かわかりませんが、
誰であっても、
自分が助けられる範囲で、
助けられる人は助けますよ」
黒髪「……変わってないですね」
男「はい?」
黒髪「ずっと前の事です。
私の学校に、一人の先生がいました」
男「……」
564:
黒髪「授業が面白くて、
テストは難しいけど、
人気のある先生でした。
ただ、一つの事件がきっかけで、
先生は学校を辞めたんです」
男「それは」
黒髪「辞めたといっても、
本当は、辞めさせられた、でした。
先生がいなくなるとき、
偶然私は、
大きな荷物を持った先生と会って、
先生が辞めるって、聞いたんです」
男(黒髪さんと、私が?)
565:
黒髪「どうしてかと聞いたら、
『どんな理由があっても、
教師は生徒を殴っては、
いけないらしい』って、
悲しそうに云われました。
私はその前日に、
先生と一緒にいたんです。
先生が殴った生徒が、
女の子をおそっている所を、
先生と一緒に見たんです」
男(そうだ。
あの事件の時、
私は一緒にいた女生徒に、
いじめられていた女の子を任せて、
逃げる子たちを追いかけた。
あの時に一緒にいたのは)
566:
黒髪「先生が、
なんでそんな事をするんだって、
その生徒を殴ってました。
悲しそうに泣きながら。
その姿を見て、
私はその先生を尊敬したんです。
おそわれた子のためでもあったけど、
おそった子たちのためだって、
それが伝わってきて」
男「……」
黒髪「それなのに、
それがいけなかったって、
悔しそうに、笑って……
いつでも生徒のために、
がんばってくれてる先生で、
ずっと、ずっと、
尊敬してて」
男「……人を殴る人を、
尊敬してはいけせんよ」
567:
黒髪「それでも、良い先生でした。
『もし生まれ変わったら、
彼らを見逃しますか』
私が最後にそう聞いたんです。
『同じように殴るでしょう』
まっすぐに、胸を張ってそう答えた姿が、格好良かった。
あの先生のお陰で、
私は、こんな人になりたいって、
目標を見つけることができたんです」
男「……」
黒髪「正確には、
あんな人の隣に立てるようにって、
髪をきれいにして伸ばして、
お化粧を研究して、
勉強もがんばって……」
男「……」
568:
黒髪「再会した時には、
誰だかわかってもらえなかったけど、
それでも良かったんです。
今度は一から、
私を見てもらおうって」
男「……黒髪さん」
黒髪「でも、その人を友人に紹介したら、
その友人の方が、
私よりずっと親しくなっちゃいましたけどね」
男「……」
569:
黒髪「先生、その人の代わりに、
聞いてくれませんか?」
男「…………はい」
黒髪「先生は、すごい人です」
男「…………」
黒髪「どれくらいすごいかって、
私みたいないい女が、
惚れちゃうくらいです」
男「……はい」
黒髪「だからこそ」ほろり、ほろり
黒髪 ぐしぐし
黒髪「教室の外では、
少しくらい、肩の力を抜いてください。
教師じゃないあなたを、
必要としている人がいるから」
男「…………」
570:
黒髪「先生、聞いてくれてありがとう」
男「……」
黒髪「あ、そこの交差点までで、
いいですよ」
ぶろろ……
男「黒髪さん」
黒髪「イヤよ」
男「え……」
571:
黒髪「今日は何も聞きません。
明日には、元気で明るくて、
美人で格好良くて知的でユーモラスな黒髪になるから」
男「……」
黒髪「今は、何も聞きたくないの」
男 こくり
黒髪「じゃね。先生。
送ってくれて、ありがと」くるっ
黒髪 すたすたすた
574:
これはいい女
575:
まったくだ
576:
ちょっと黒髪ちゃん慰めてくる
577:
----------------------------------
四十八日目 コンビニ前
茶髪「あーだりー」
ピアス「ったく、変な男のせいで、
せっかくの獲物だったのによ」
茶髪「な、な。
胸はちょっと足りないけどよ、
お嬢様風っつーの?
たっぷりバツ食わせて、
客とらせてもイケたはずなのによー」
ピアス「あはは、お前マジでどキチクじゃね?」
刺青「……」
茶髪「おい、刺青ー」
578:
刺青「あの男、見た覚えがあるな」
ピアス「は? 前世の因縁とか?
スピリッチュアルー、なんちって」
刺青「んなワケあるか……いや、そうか」
茶髪「え、マジで前世?」
刺青「バカやろ、んなワケねえって。
ただ、ある意味じゃ前世だぜ」
茶髪「あぁん?
お前売り物のバツでもやったか?」
刺青「二年前に、俺ら殴った教師いたの、おぼえてるか?」
579:
茶髪「……いたか?」
ピアス「あー、あぁ!
そっか、あいつ!
あの中学の時のやつか」
刺青「あいつのせいで、
たしかお前、
随分親に絞られてたよな」
ピアス「……ちっ、思い出させんなよ」
刺青「確かあいつよ、
結局お前の親が圧力かけて、
学校辞めさせたんだよな」
ピアス「そうだけどよ……
そういやあいつ、
先生なんて呼ばれてたか」
580:
茶髪「おいおい、
せっかく俺たちが体張って、
世にも危険な暴力教師ってのを、
やめさせたのによ、
まだやってんのかよ」
ピアス「けけっ、おまえ何もしてねーだろーがよ」
茶髪「んなことねーよ。
俺も一発殴られたしよー」
ピアス「あー、胸糞わりい。
忘れようぜ、あんなヤツの事」
刺青「……いいオモチャなのにか?」にやっ
茶髪「オモチャ?」
刺青「ピアスの親ってよ、
確か教育委員会の代表なんだよな?」
ピアス「ああ、そうだぜ」
581:
刺青「その代表が、
苦情言って辞めさせたのによ、
それがまだ先生なんて呼ばれて働いてるなんて……
世のため人のためにならねーだろ」にやっ
茶髪「お、おおー、そういう事か。
つまり俺たちが、
アイツの危険性を改めて訴えようってことか」
ピアス「つまり俺たちが正義の味方か」にやっ
刺青「おう。俺たちを殴った事、
しぃっかりと、後悔してもらわなくちゃな」
茶髪「きひひ」
ピアス「それじゃマズはよー……」
582:
----------------------------------
五十五日目 教室
がらがら
男「皆さん、授業を――
……コレは、いったい」
黒髪「……」
男「なぜ、教室に、
黒髪さんしかいないんですか?」
黒髪「……そういう日、
なんじゃないかしら」
男「バカな事を云わないで下さい」
黒髪「……」
男「何があったんですか?」
583:
黒髪「……塾長に聞いてみたら?」
男「友さんに? ……わかりました。
少しだけ失礼します」
黒髪「のんびり待ってるわ」
男 たたっ
男(二年生クラスは、通常二十人。
それなのに、黒髪さんだけ?)
男(そういえば、
前回の授業の際にも、
欠席が目立っていましたが。
何かが起きたのでしょうか?)
584:
がちゃ
友「ええ、はい。
了解しました。
それでは、またご縁がありましたら――」
男(電話……随分浮かない顔ですが)
友「はい、それでは失礼します」かちゃん
男「友さん。
少しいいですか?」
友「ん、なんだよ。
今は授業時間だろ?」
男「それはそうですが、しかし」
友「だったら授業をしてくれ。
それとも、生徒が一人もいないか?」
585:
男「いえ、一人。
黒髪さんだけが、います」
友「ほう。黒髪ちゃんか。
なら黒髪ちゃんのためにも、
早く戻って授業してやってくれ」
男「驚かないんですか?」
友「まあ、な。
今日だけで二十人以上、
退塾の電話が有ったしな」
男「そんなに……っ!
いったいなぜ、どうして!」
586:
友「……んな事はどうでもいいさ。
来る者拒まず去るものは追えず。
サービス業なんだから、
こんな事もあるだろうさ」
男「こんな事もって……
二十人が一度に退塾なんて、
聞いたこともありませんよ」
友「お、そうか?
そんならちょっと、
ギネスにでも掛け合ってみるか」にかっ
男「ふざけてる場合じゃないでしょう!」
友「そうだな。お前は授業だ」
587:
男「今は授業なんて」
友「違うだろ。
黒髪ちゃんがいるんだろ?」
男「いますが」
友「そんなら、
彼女のために授業しろよ。
ウチは雑談するために、
お前を雇ってるんじゃない。
授業をさせるために雇ってるんだ」ぷいっ
男「……」
588:
友「話なんざ、授業が終わってからもできるだろ」
男「……そうですね。
わかりました。
授業をしてきます」
友「おうおう。しっかりやって来い。
……二人きりだからって、
襲い掛かっちゃいけねえぜ?」
男「そんな事はしませんよ」苦笑
友「つまらんヤツめ。
なぜわかった?!
くらい言ってみろよ」
男「遠慮します。
では、失礼」とことこ
ぱたん
589:
友「……」
prrrr prrrr
友 がちゃ
友「はい、もしもし――
はい、はい……
退塾でございますね。
わかりました……」
590:
----------------------------------
五十五日目 居酒屋
友「そんじゃ、まずは乾杯だな。
おつかれー」
男「……はい、おつかれさまです」
友「どうしたよ、
いつも以上にノリが悪いな」
男「それはそうでしょう。
わざわざこんなところまで」
友「別にいいだろー。
今日は質問に来る生徒だって、
いなかったんだしよ」
591:
男「そもそも、
生徒さんが殆ど来ていませんでしたがね」
友「なー」
男「……なー、ではないでしょう。
いったい何があったんですか?」
友「……大した事じゃねーって。
少しすりゃ、
また人は来るって」
男「そういう問題ではないですよ。
一日に二十人以上の退塾なんて、
どんな理由があれば起こりえますか」
友「んーまあ、
近くに不審者が出るって、
噂があるからな。
そこら辺じゃね?
いいから飲めよ」
592:
男「友さん」
友「なんだよ、マジな顔で」
男「真剣にもなります。
あの塾は、友さんにとって、
お爺さんの形見の、
大切な場所じゃないですか。
友さんはせっかく、
有力な国家資格も取って、
省庁入りが期待されていたのに……
お爺さんが好きだった場所を残したいと」
友「こまけえなぁ。
良いんだよ別に。
大した事じゃないって言ってんだろ」
593:
男「……もしかして、
わたしが何らかの原因ですか」
友「んなわけねえって」
男「友さん」
友「あん?」
男「わたしの目を見て言えますか?」
友「おう」じーっ
友「お前は特に関係ねえよ」じーっ
男 じーっ
友 じーっ
594:
男「ああ、ウソですね」
友「なんでだよっ!」
男「気付いて無いかも知れませんが、
普段の友さんであれば、
私の提案に対して、
『男同士で見詰め合うなんてごめんだ』と、
そう言って笑い話にします」
友「く……ちっ」
男「心当たり、ありますよね」
友「これだから、幼馴染ってヤツは」
男「お褒めに預かり恐悦至極」
595:
友「……そうだ。
今回のコレの原因に、
お前が関わっているのは事実だ」
男「やはり……」
友「だがな、そんな事はどうでもいい」
男「どうでも良くはないでしょう。
私の何が問題でしたか?
原因を究明し、訂正すれば、
戻ってきてくれる生徒さんもいるはずです」
友「いや。そうはならん」
男「……なにが悪かったんですか」
友「…………」
596:
男「応えていただけないなら、
この場で辞表を出すしか、ありません」
友「辞めるなよ」
男「では、何が原因か、
しっかりと教えてください」
友「……わかった。
だがな、何があろうと、
俺はお前の退職はゆるさねえ」
男「……またムチャを言いますね」苦笑
友「ムチャはお前だ。
酒もまだ飲んでないのに、
目を据わらせやがって」
597:
男「それで、事情とは」
友「二年前のな。
お前の起こした事件あったろ。
いじめの現場に割って入って、
暴力振るってた連中を殴ったって」
男「はい」
友「んで、教育委員会のお偉いさん、
血相変えてお前を糾弾に来たんだよな」
男「その通りです」
598:
友「ま、その件でな。
ある意味この周辺じゃ、
公立も私学もみんな、
お前に対して腫れ物扱いしたわけだ」
男「……」
友「教師ってのは、
広いようで狭い社会だ。
少し前までは、
支持政党に関してとかまで、
暗黙の了解で統一が図られたりしたほどだ」
男「知っていますよ」
599:
友「まあ落ち着いて聞けよ。
だからこそ、周りの塾なんかも、
お前の事を拒んだわけだ。
教育者村の村八分ってわけだな」
男「……そこを友さんが、
誘ってくれましたね」
友「まあな。
幼馴染として、
お前の教え方のうまさは知っていたからよ。
丁度人手が足りなかったし、
まだ教師ヤル気があるなら来いって、
そう言ったよな」
男「そして私はそれに応えた」
600:
友「だからまあ、
それで終わったはずだったんだ。
権威に逆らって、
この近辺にはいられないはずだ、
だからコレで終わりと、
ひと段落ついたはずだった。
だが、お前がウチで、
教員やってるってのを、
教育委員会にチクったヤツがいたらしい」
男「頭に伝われば、後は手足が動かされ」
友「学校でな、
あそこの塾には暴力教師がいると、
そう生徒に言うように、
秘密裏にだが促されたらしい」
男「……」
601:
友「ちなみにこの話ってのは、
知り合いの学校教師から、
こっそり流れてきたわけだ。
お前が疫病神だって、な」
男「否定しませんよ。
そうした事情であれば、
私を解雇するのは、
雇用主である友さんにとって、
半ば義務と云うべきものでしょう」
友「知ったことかよ。
そんな事したら酒がまずくならぁ」
602:
男「友さん。
そうして義理や人情を通すのは、
悪いことだとは思いません。
ですが、今の友さんは、
二人の専業教師と、
六人の学生バイトを雇う、
事業主なんですよ。
彼らの生活と、
そして何より、
お爺さんの塾の看板を守るべきです」
友「……」
603:
男「やはり、私はやめるべきです」
友「また……そうやって逃げるのか?」
男「逃げる、ですか」
友「ああ、逃げてるだろ」
男「コレは逃げる、ではなく、
状況の悪化を避けるための、
回避行動です」
友「いいや違うぜ。
それは回避じゃねえ。逃避だ。
いい機会だから言ってやる。
昔からな。
お前は中途半端なんだよ。
逃げて迷って、うだうだうじうじ」
604:
男「そのような事実はありません」
友「確かにそうとも言えるな。
その良く回る脳みそで、
毎回毎回、自称適切な理由って名前で、
言い訳作ってんだからな。
コレは仕方なかった。
こうする以外の手段が無かった。
そうやって男は逃げてきた」
男「……いい加減に、怒りますよ」
友「怒れよ。
怒れる言い訳が見つかるならな。
お前は小さい頃は本が好きだったな。
俺が遊びに行こうって言っても、
公園にまで本を持ち込むような、
イヤミなヤツだった」
男「……」
605:
友「そんな物語好きが高じて、
大学は民俗学選んだくせによ。
民俗学じゃ食っていけないって、
教師になったよな」
男「教師には純粋に憧れていました」
友「だが、その憧れよりも、
民俗学への思いのほうが強かったよな」
男「それは……」
友「俺みたいに、
食っていければ、
仕事なんて何でも良いって、
公務員選ぶよりはまっすぐだろ。
結局、爺ちゃんが死んで、
仕事なんか何でも良いって、
塾講師になったがな。俺は。
それでも、お前にとっての教師が、
逃げた先だった事実は、
たとえ何年経っても変わらねえよ」
606:
男「……」
友「それでもお前が、
教師って職に対して、
誠実に向き合ってた事は知ってるつもりだ」
男「ええ。
教師として、
逃げるような行動を取った覚えはありません」
友「それは完全じゃないな」
男「何が、ですか」
友「この騒動の原因。
二年前の事件で、
お前は生徒を殴って、
それを謝罪せずに、
教育界から排斥されたな」
607:
男「表現の適切さは疑わしいですが、
おおむね概要はその通りです」
友「その時に考えたろ。
このままじゃいけないとよ」
男「はい」
友「ならその時は頭を下げても、
内側からルールを変えることで、
より多くのヤツを、
助ける選択肢もあったろ。
むしろソッチのほうが、
手段としては正統派だ」
男「……」
608:
友「俺だってな、
学校じゃ竹刀で叩かれたり、
そんな事が珍しくなかった世代だ。
暴力反対ってヤツのいう事も判る。
だがな、何の罪も無いやつを、
面白いからって理由で殴るヤツに、
口先だけでやるなって言って、
本当に止めさせるなんて、
まずできねえよ。
人の痛みがわからないなら、
殴られたら痛いって事だって、
教える必要があるだろ」
男「……」
609:
友「学校は小さな社会だ、
なんていうけれどよ。
ならきちんと、
法律だって機能させるべきだろ。
いじめられたやつが、
本気で警察、法廷に駆け込まないと、
どうにもならない現状がおかしいだろ」
男「そんな事を言っても、
どうしようもありませんよ」
友「その場だけ頭下げて、
偉くなって、
現場を直すって選択肢も、
お前の中にはあったはずだろ」
610:
男「あまり現実的ではありませんね」
友「本当にそうか?
俺は、お前にならできたと、
本気で思ってるぞ。
できないヤツに言うのは無理難題だが、
立場も、能力も、
お前ならできたと思う」
男「……買いかぶりすぎです」
友「…………そう思わせるな。
だが、まだそれだけじゃない」
男「まだあるんですか」
友「ひき娘ちゃんの件だ」
男「……」
611:
友「お前さ、
人間不信でひきこもってる子が、
あんだけなついてるんだぜ。
それをどうして、
しばらく私には教えられません、
なんて突っぱねられるんだよ」
男「それは、
生徒と教師としての、
適切な関係を保つためです」
友「はっ。真っ当だな」
男「真っ当ですよ」
友「反吐がでるくらいにな」
男「……」
612:
友「いいじゃねえか。
高校生の恋愛ごっこだ。
期限付きで親しくなったって、
問題なかったろ」
男「それは誠実ではありません」
友「だから誠実に切り捨てるのか」
男「……」
友「人間不信で、男性恐怖症の子が、
自分の唯一の世界である部屋に、
招き入れた最初の異性だぜ。
くっ付いたの離れたのと、
やいやいやるような、
高校生のごっこ遊びのわけがあるかよ。
それこそ、
俺たちからしてみたら、
部屋の中にライオンだのトラだの、
そんな生き物を入れるような恐怖だ。
それを乗り越えたあの子の勇気を、
お前はそんなモンで切り捨てるってのかよ」
613:
男「ならば、
どんな理由ならばいいと云うんですか」
友「どっしり構えて向き合えよ。
他に惚れたやつがいるとか、
そんな状況なら話は変わるがな。
今のお前は、
前の女に振られて以来、
そういった関係の相手はいないだろ」
男「そうですが」
友「でもって、お前さ。
あの子の事、かなり好きだろ」
614:
男「……キライとは言えませんね」
友「素直じゃねえ奴な。
まあいい。
それでも、キライじゃねえなら、
距離をとる必要なんてねえだろ」
男「彼女にとって私とは、
カウンセリングの過程で依存した、
それだけの相手です。
そこに教師やカウンセラーではない、
私の感情を持ち込んでは、
物事を見失います」
友「アホたれ。
お前は何が見えてる気なんだよ
恋に恋して夢見る年かよ。
そんなんだったら、それこそ、
もう会うなって言ってやるがな。
ひき娘ちゃんにしたところで、
お前にしたところで、
向かい合うならその形に貴賎はないだろ」
615:
男「しかし、
カウンセリングの副作用だと、
その事に気がついたときに、
わたしと距離が近ければ、
その分だけ、
改めて距離を取る際に彼女の傷に――」
友「わかるが分からん。
お前はなんでそう、
物事を後ろ向きに考えるんだよ。
俺たちはな、
いつまでも一緒にいられるような、
そんな相手なんざいねえんだ。
誰といようが、
別れて悲しむのは変わらん。
むしろ悲しみが多いことを喜べ。
それだけお前にとって、
大切にしたい相手がいたって、
そういう事だろ」
男「……」
616:
友「その上であえて言うぜ。
俺たちはな、
別れるために出会うんじゃねえ。
出会って、手を取り合って、
笑いあって、遊んで、
そんなすべての喜びを、
別れの悲しみのために否定するなよ。
ひき娘ちゃんは、
今を必死に生きてるぜ?
このままじゃいけないって、
俺の事も部屋に迎え入れた」
男「っ……」
友「すんげえ努力だよ。
他の誰が大した事ないって言っても、
俺は惚れそうなくらい感じるね。
その努力の先にいるのが、
お前の姿なんだぜ。
そのお前が向き合わないで、
まっすぐ見つめないで、
何をグダグダ言ってやがる」
617:
男「……私は」
友「塾の事もだ。
俺たちは幼馴染だぞ。
お前の不始末くらい、
俺がなんとかしてやるよ。
お前が気づいてないだけでな、
俺は山ほど、
お前のケツを拭ってやってんだ」
男「……嫌な表現ですね」
友「うっせ。茶化すな。
とにかくな、俺はお前を、
手放すつもりなんかねえんだよ。
それにな。
お前の教室だがな、
みんなお前を信じてるんだぜ」
618:
男「しかし、大勢がやめて、
今日の教室も、黒髪さんだけでしたよ」
友「さすがにな、
その塾に行くなと教師に言われて、
平然と来られるやつはいなかったらしいが……
お前の生徒達からはな、
少ししたらちゃんと通いますって、
結構連絡来てるんだ」
男「そんな」
友「周りはお前を信じてるんだ。
だからな、胸を張れ」
男「…………はい」
友「よし」
619:
友「さーてそんじゃ、
そろそろ帰るか。
閉店時刻だしな」
男「分かりました」
友「あ、ちなみに代金お前持ちな」
男「……仕方ないですね」
友「よーしそんじゃ、
車で待ってるからな」
男「あ、すみません。
今日は話が続いたので、
一杯目の日本酒の後、
水を飲んでいません……」
620:
友「げ、んじゃ」
男「車は明日にでも、
取りに来ないといけませんね」
友「うえええ。
くそ、駅から遠いからこそ、
お前に頼ってるのによ」
男「すみませんねぇ」苦笑
625:
----------------------------------
五十七日目 教室
黒髪「また私だけ、ね」
男「……そうですね」
黒髪「私としては、
先生と二人っきりで、
濃厚な時間を過ごせるって事で、
歓迎したいけど」にこっ
男「では、濃厚に、
大量のテストを始めましょうか」
黒髪「やっぱり他の子がいないと、
さみしいわねー」ついーっ
626:
男「そうですよね。
それに教室としてもコレでは立ち行きません」
黒髪「そもそも、
先生と会える機会がなくなりそうね」
男「どうしたものでしょうかね……」
黒髪「それは相談?
それとも独り言の愚痴」
男「……」
黒髪「そういえば、
今朝の夕日新聞は見たかしら」
男「いいえ。
ウチは他紙を取っているので」
627:
黒髪「そう。
なら、持ってきて良かったわね」がさがさ
男「……『暴力事件を起こした教師、
塾などへの移籍』ですか。
この記事でウチの塾の外観写真……」
黒髪「内容は別に、
この塾だけを叩く内容じゃないわ。
でも、見る人が見れば、
写真の下に添えられた、
都内某所の私営塾って解説だけでも十分ココってわかるわね」
男「これは、偶然だと考えるべきでしょうか」
黒髪「偶然さの証明は、
神の不在証明と変わらないわ。
考えても意味はないものよ。
釈迦に説法でしょ」
男「……」
628:
黒髪「この記事については、
私の通ってる高校でも、
話題になっていたわ。
先日、クラス担任から、
この塾には暴力教師がいるとか、
そんな話が出ていたから、
ソレこそ火に油状態よ」
男「自然鎮火するまえに、
燃やし尽くそうというつもりですか」
黒髪「でしょうね」
男「……やはり、ここは」
黒髪「自分が問題の教師だと、
名乗り出て事態の鎮圧を……
なんて考えてないわよね?」
男「考えていますが」
629:
黒髪「それこそ、
火に油どころか、
火にマグネシウムと黒炭の粉末ね」
男「爆発しますか」
黒髪「それも、辺りを巻き込んでね」
男「……」ぎりっ
黒髪「それにしても、
わからないわね」
男「何がですか?」
黒髪「……本当に、
追い詰められてるみたいね。
冷静になってよ。
普段の先生なら、
私より先に疑問点を抽出して、
解決策を探りだしてるでしょ」
630:
男「……そうですね。
こういう場合の抽出要件は四つ」
黒髪「"だれが"、"なぜ"、
"どうした"から"どうする"」
男「さすがです。
"だれが"という主体は、
教育委員会でしょうか。
彼らが行ったのは、
わたしの排除のために、
教師を通じて悪評を流し、
それを裏付ける情報を、
マスコミに操作した」
黒髪「その判断で正しいでしょうね。
基本的には。
ただし、困ったことが一つあるわ。
"なぜ"なのか」
男「……個人的に、
私は現在の教育委員会の理事から、
嫌われていますからね。
それが理由でしょう」
631:
黒髪「……本当にそうかしら。
この件にはいくつか、
不明瞭な点があるわよ。
なぜ、今なのか。
先生が事件を起こしたのは、
二年前の事よ。
なぜあの時ではなかったのか。
そしてなぜ今だったのか。
なぜ、先生を攻撃したのか」
男「攻撃、ですか」
黒髪「攻撃でしょ。
こういう書き方から見て、
相手は先生を、
狙っているんじゃないかしら」
男「……」
632:
黒髪「私の親は、
外交官をやってるって、
話したかしら」
男「一度だけ、
何かの拍子に聞いた覚えがあります」
黒髪「日本ではあまり聞かないけど、
海外ではこんな手段も、
それなりに聞くわ。
もっともそれはあくまで、
一般の個人に対してでは、ないけど」
男「それも、なぜ、ですね」
633:
黒髪「……だめね。
手がかりが少なすぎるわ。
ヒントくらいならあるけど」
男「ヒント、ですか?」
黒髪「この記事書いたの、
社会部よね。
社会部には『友達の友達』がいるの。
だから、
聞こうと思えば聞けるかも。
ただ、そのためには、
錘が足りないわ。
現状じゃ、天秤は傾けられないでしょうね」
男「いえ、いいですよ。
これはあくまで私と、
そしてこの塾の問題です。
そこに巻き込む事はできません」
634:
黒髪「……そう。
なら、お節介はしないわ」
男「むしろ――」
黒髪「はい?」
男「黒髪さんも、
コチラへ通うのは、
しばらく考えたほうが、
良いかもしれませんよ」
黒髪「……」
男「学校でその様な話があるなら、
この塾に通っているというだけで、
不信の目を向けられるなど、
周囲から浮いてしまう可能性もあります。
それは、黒髪さんとしては望まないところでしょう」
635:
黒髪「確かにそうね。
そこそこ地味に。
ひっそりまぎれて人気者。
という辺りが、
私としては理想のポジションね」
男「上でも下でも、
目だってしまえば、
問題はおこりますからね。
そのために、
私との接触も、
他の生徒が帰った後に、
こっそりと行っていたようですし」
黒髪「あら、ばれてたの?
確かに、先生と話すだけでも、
女子から睨まれたりするから、
控えていた面はあるわよ」
636:
男「女性は大変ですね」苦笑
黒髪「……いま、イラっとしたわ」
男「私は何も悪くないですよ」
黒髪「……ねえ、それ、ワザとでしょ」
男「何も意図するところは無いですよ」真顔
黒髪「あーそー。ならいいわよ。
とりあえず状況を見て、
問題がありそうなら、
私も欠席させて貰うわ。
……いざとなったら、
twitterとかでも、
先生とはお話できるしね」
男「できるなら、
普通に授業をしたり、
普通にお話できるのが、
一番良いのですけどね……」
637:
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五十七日目 教室の外
黒髪 とことこ
茶髪(……ん? あいつは)
茶髪「なあ、おい」
黒髪「はい?」
黒髪(今の声、もしかして)
茶髪「お前、黒髪じゃねえか?
俺、茶髪!
中学の時、同じクラスじゃなかったか?」
黒髪(……やっぱり。
こないだの夜に私をおそった中に、
この男がいたわよね。
……気付いてないのかしら)
638:
黒髪「お久しぶりね」
茶髪「おお、よかった。
忘れられてねーんだ」にっ
黒髪「だってクラスの人気者よ、
忘れるわけないじゃない」にこっ
茶髪「え、はは、そんなこた無いだろ」照れ照れ(////
黒髪(……あの頃から、
お調子者なのは代わらないのね。
ま、男子なんて程度の差はあれ、
基本的には変わらないわよね)
茶髪「ところでさ、
いま黒髪って、
あそこの塾から出てこなかったか?」
黒髪「……ええ、そうよ」
639:
茶髪「お前もあそこの塾に通ってんの?
やめとけよ」
黒髪「なんでかしら?」
茶髪「あー、もしかして知らん?
あそこの塾にさ、
ウチの学校でな、
生徒を殴った男ってヤツがいてよ。
つか殴られたの、
俺とかピアスなんだけどな。きひひ」
黒髪「そうなの? 怖いわねー」
茶髪「まあどうせ、
近いうちにつぶれるけどな」
黒髪「はい?
ねえ、どういうこ事?」
茶髪「んー。
まあ、近いうちわかるだろ」にやっ
640:
黒髪(くっ、頭悪いくせに、
変にもったいぶって……)
黒髪「えー、アタシ気になるなー」そっ
茶髪「うほっ」にやぁっ
黒髪(胸を押し付けられて、
そんなにいいのかしら。
鼻の下伸ばしすぎよ。
しかも胸元見すぎっ。
……大きくないのが劣等感なのに。
あーもう、気持ち悪いわねー)
641:
黒髪「アタシの友達もね、
この塾通ってて……
心配になっちゃうのよ」じっ
茶髪「うーん、ま、いいか。
……実はな、ピアスのヤツがよ、
男の顔がこの町にいるだけで、
反吐が出るとか言ってな。
俺はどうでもいいんだけどよー。
なんかよくわかんないけどな、
教育委員会通じて、
なんかするみたいだぜ?
あいつの親、そこのお偉いさんでな」
黒髪(『なんか』って、
このバカ! 理解してなさいよ!
まあ、ただこれだけでも、
動けそうだから、もういいかしら)
642:
黒髪 するんっ
茶髪「ぁっ」
黒髪「ありがと、茶髪くんっ。
これで『友達』にも、
気をつけてっていえるわ」にこっ
茶髪「ちょっ」
黒髪「それじゃ、
ウチ門限が煩いから、
これで失礼するわね。
また会ったら、
その時はお礼でもするわ」うぃんく
茶髪「お、おう……」(////
黒髪「ばいばいっ♪」ひらひらー
とことこ
茶髪「……」ぽーっ
643:
ピアス「だからよー、
確かにコッチで待ち合わせって、
茶髪にはいったべ」
刺青「じゃあまた茶髪の遅刻か……
まさか、薬持って逃げたとか」
ピアス「アイツにそんな、
大それたことできるかよ。
ってほら、噂をすれば――だろ」
茶髪「……」ぽー
刺青「おい、茶髪っ」
茶髪「はっ。
おお、二人とも、どうしたよ」
644:
ピアス「そりゃコッチのセリフだ。
お前こそ、待ち合わせ忘れて、
ボーっとしてんじゃねえよ」ごすっ
茶髪「いってぇええっ。
ざけんなこのマザコン」
ピアス「あぁん? やんのかゴルァ」
茶髪「コッチのセリフだヴォイ」
刺青「………………はぁ」
645:
----------------------------------
五十七日目 黒髪の自室
がちゃ
黒髪「……」
ベッドにボフンッ
黒髪「ただいま、メーちゃん」ぎゅっ
人形「めぇぇ」
黒髪 ぎゅー
人形「めぇぇ」
黒髪「……」ごろごろ
黒髪(とりあえず、
キーワードは埋まったけど……)
黒髪(読み解くと、面倒な図になるわね……)
646:
黒髪(この騒動を仕組んだのは、
教育委員会というより、
その有力者の息子のピアスね。
理由は、男への復讐……
それも、殴られたからって程度。
悪意とか復讐心より、
悪趣味さが透けて見えるわね。
手のひらの上で、
どう踊るか見ているような)
黒髪「……くだらないわね。
そう思わない?」
人形「…………」
黒髪「趣味が悪いし、
スマートじゃないわ。
かっこよさの欠片も無い」
人形「めぇぇ」
647:
黒髪(ピアスが親を使って、
先生に対して圧力を……
悪評と、その論拠の流布をした。
これが現状みたいね。
手段だけはまともなのよねー。
むしろこの部分は、
ピアスの親が主体かしら。
やり口から、
二流政治家臭さがプンプンするわ)
黒髪「ここで考えられるのは、
以下の三つの点の存在。
相手の次の行動は何か。
相手との妥協点の模索。
妥協の押し付け方……」
人形「めぇぇ」
648:
黒髪(問題は利害関係じゃない事ね。
こうした攻撃は普通、
相手がいることで、
利益が損なわれる者か、
相手の利益が気に食わない者が行う行動。
そこには何らかの『価値』が、
密接に結びつくことになる。
お金、権力、名誉……
そうした価値主体で考えれば、
妥協はするかもしれないけど、
納得できる場所に、
落とし所に持っていける)
黒髪 ごろん
黒髪(でも、目的が嫌がらせなら。
絶対的にも相対的にも、
価値が絡まないなら、
そこには交渉のカードが置けない……)
649:
黒髪「ねえ、メーちゃんは、
どうしたら良いと思う?」
人形「……」
黒髪「…………しかたない。
こういう場合は、
教えを請うしかないわね」むぅー
黒髪 ぎしっ
黒髪「留守番よろしくね」ぽすっ
人形「めぇぇ」
黒髪「……はぁ」
とことこ
650:
----------------------------------
五十七日目 黒髪父の寝室
こんこんこん
黒髪父「入りなさい」
かちゃ
黒髪「失礼します」
黒髪父「ほう。
珍しいな、お前がこんな時間に、
この部屋を訪れるとは」
黒髪「……」
黒髪父「まあいい。座りなさい」
651:
とことこ
黒髪父「お前はもう、
酒は飲める歳だったか?」
黒髪「いえ、まだよ」
黒髪父「そうか」
黒髪(娘の年齢すら覚えていない。
覚える気も無い父親)
黒髪父「それで、要件はなんだね」
652:
黒髪「実は……教えを、請いたくて」
黒髪父「ふむ。これはまた意外だな。
なんだ、明日は雨か?」
黒髪「天気予報では雨らしいわ」
黒髪父「なるほど。
ならば仕方ない。
教えられることなら教えよう」
黒髪「ありがとう」
黒髪父「それで、何がしりたい」
653:
黒髪「実は今、攻撃を仕掛けられてて」
黒髪父「ほう」
黒髪「金銭とか、そういう目的なら、
自分で何とかできるけど、
相手の目的がどうやら、
純粋に嫌がらせみたいなの。
ある意味では通り魔的な行動だから、
交渉のカードが見えないのよ」
黒髪父「ふむ。
確かにそれだけ聞けば難しい。
利害関係には持ち込めそうにないか?」
黒髪「直接的には難しいわね。
一つ手段としては有るけど、
無粋で無意味だから、
使いたくないわ」
654:
黒髪父「となれば、
間接的な手段だな。
相手の攻撃は何を経由している?」
黒髪「教育委員会と、
それから夕日新聞よ」
黒髪父「新聞は連載か?」
黒髪「いいえ。単発を小さく」
黒髪「そうか。
となると、新聞への対処はいらん。
問題はもう一方だが……
いったい何をした」
655:
黒髪「私の塾の先生が、
いじめをしていた子を殴ってね。
それをきっかけに、
一度は辞職されたんだけど、
その後は塾講師をしていたのよ。
で、先生が殴ったいじめっ子達が、
先生への復讐として、
親の七光りで圧力をかけてきたわけ」
黒髪父「……ふむ」
黒髪「……」
黒髪父「そうなると、
いくつか手段はあるな」
黒髪「ほんと?!」
黒髪父「嘘などつくものか。
だが――」
656:
黒髪「なに?」
黒髪父「なぜそのような、
問題行動を起こした教師に、
そこまでお前が肩入れする?」
黒髪「……それは」
黒髪父「最近のお前は、
情報屋まがいの事をしているからな。
それを知った者からかの攻撃だと思ったが……」
黒髪「違うわ」
黒髪父「所詮教師など、
社会の歯車のひとつに過ぎん。
代わりなどいくらでもいる。
わざわざ動く理由はなかろう」
657:
黒髪「そんなの、どうでもいいわ」
黒髪父「……」
黒髪「その先生はね、
私にとって憧れなのよ」
黒髪父「そのように、
情で動く自分を律せよと、
そう言っているのだ」
黒髪「……つまらないわ、そんなの」ぼそっ
黒髪父「なに?」
黒髪「私は父さんみたいに、
人のためになる仕事をしたいって、
そう思って今の進路を決めたの。
だからそのために、
必要のないモノは全て、
切り捨てて進むつもりだったわ。
でも――」
658:
黒髪父「……」
黒髪「その先生はね、
学校全体から見れば、
見てみぬフリをしてもいいような、
たった数人に対しても、
真剣だったのよ。
殴ってしまえば、
その後は平穏には終わらないって、
わかっていたはずなのに、
それでも彼らのために、
手を振り上げた。
社会のゴミみたいな相手に、
本気で、このままじゃいけないって、
わからせようとしてた」
659:
黒髪父「その結果が、
暴力教師という名前だ。
取捨選択ができないから、
そのような目に遭う」
黒髪「でもね。
その少数を拾う事を、
最初から諦めてしまったら、
私は胸を張れなくなるわ。
背筋をまっすぐにして歩けなくなる。
少数を切り捨てるのが選択なら、
その先には何も残らないわ。
それぞれが多層的に、
どこかで少数に属するのが、
人ってものでしょ。
それを切り捨てたら、
後には骨しか残らないわよ」
660:
黒髪父「……言うようになったな」
黒髪「ふふん。
だって私は黒髪よ。
それくらい言うし、やって見せるわ」にぱっ
黒髪父「まったくもって、度し難い。
諦めろと言って説得するより、
どうすれば良いか、
指標だけでも与えたほうが、
睡眠時間は残りそうだな」苦笑
黒髪「迷惑をかけるわね」
黒髪父「……なに。
考えてみれば自分も、
お前という少を切り捨てられん、
父親の身だったと、
思い出しただけだ」苦笑
黒髪「……」
663:
やっぱメインヒロインの黒髪さんは大活躍だな
666:
----------------------------------
五十九日目 ひき娘の自室
とんとんとん
ひき娘「はい、どうぞ」
がちゃ
男「お邪魔します」
ひき娘 にこっ
男「コチラの事情で振り回してしまい、
すみません」
ひき娘「気にしないでください。
お兄ちゃん――じゃなかった、
友さんの授業も、
わかりやすかったから」
男「お兄ちゃん?」
667:
ひき娘「え、あ、あっと。
本当のお兄ちゃんとか、
そういう事じゃなくて、
友さんが、そう呼んでくれって」あたふた
男「友さんはまた……
彼のわがままにつき合わせて、
申し訳ありません」苦笑
ひき娘「……」
男「ひき娘さん?」
ひき娘「よかったです……」
男「何が良かったのですか?」
ひき娘「ちょっとだけ、
思ってたんです。
もしかしたら、
嫌われちゃったのかなって」
男「……」
668:
ひき娘「でも、そうじゃないみたいで、
安心したの」
男「ひき娘さん……」
ひき娘「……その、ちょっとだけ。
授業の時間までの五分だけ、
隣に座っても、いいですか?」
男(顔を伏せて……
涙を零さずに、
泣いているような)
男 そっ
ひき娘「ありがとうです」そっ
男「……」
ひき娘「……」
669:
男(ひき娘さんの頭が寄せられた、
肩の重さと温もりに、
否応無く心が、揺れてしまう)
男 なで、なで
ひき娘 きゅっ
男(袖口をつまんで。
なんて些細な、
いじましい意思表示……)
男 なで、なで
ひき娘 そっ
男(体重を預けて。
触れる面積が増えて……
安心してくれているのが、
伝わってくる)
670:
ひき娘「……先生」
男「はい」
ひき娘「私ね、がんばったんです。
友先生にも、
お部屋に入ってもらって、
授業してもったんです」
男「偉いです」 なでなで
ひき娘「えへへ」
男「ひき娘さんは、
前を向いていますね」
ひき娘「えっと……?」
男「このままじゃいけない。
何とかしないと。
そういって、
前に進む勇気を持っている……」
671:
ひき娘「それは」
男「わたしからは、
それがとても眩しく見えます。
友さんに、怒られてしまいました。
お前は逃げているって」
ひき娘「……なにから、ですか?」
男「いろいろですね。
本当に、いろいろ……」
ひき娘「私はちゃんと、
前を向けてるのかな?」
男「はい。
見習いたいくらいに」
672:
ひき娘「ならそれは、
先生のお陰なんですよ」
男「私の、ですか?」
ひき娘「先生と会うまでは、
ずっとずっと、
死んでたみたいだった……
なんで私が、
こんなに辛い思いをしないといけないのって。
そうやって叫びながら、
もう全部やだって、
布団のなかでずっと眠り続けてたの」
男「……」
673:
ひき娘「毎晩のように、
夢で見てたんです。
いじめられてた頃の事を。
殴られて、蹴られて、
ひどい言葉を言われて……」
男「それは……」
ひき娘「でも、変わったんです。
先生と知り合ってから、
少しずつ、
その夢も見なくなりました」
男「それは、良かった」
ひき娘「先生と知り合って、
親しくなってもらって……
少しずつ、
まだ私も誰かとつながれるんだって、
そう思えてきたんです」
男「つながれますよ。
ひき娘さんなら、大丈夫です」
674:
ひき娘「……それは、先生もだよ」
男「はい?」
ひき娘 そっ。――きゅっ
男「ひ、ひき娘さん。
なんで、急に、抱きしめ……」
ひき娘 なでなで
男(やわらかい感触が、
頭をそっと包み込んで。
ひき娘さんの甘い匂いが、
胸にいっぱいになる)
男「ひき娘、さん?」
675:
ひき娘「前にね、
先生が寝てるとき、
みちゃったの」
男「なにを、ですか?」
ひき娘「先生が、
眠りながら涙を流しているところを」
男「……」
ひき娘「それで、思ったの。
なんでこの人は、
眠りながら泣くのかなって。
それは、起きている時に、
泣けないからじゃないかなって……」
676:
男「そんな、事は……」
ひき娘「違ってたら、ごめんなさい。
でも、もしそうなら」
ひき娘 ぎゅうっ
ひき娘「次に泣きたくなったら、
私が、受け止めます……
受け止めさせてくれたら、嬉しいです」
男「……」ぎゅっ
男(細い体だ……
身長だって、肩までしかない。
それなのに、こんなにも、強い)
677:
男「……たまりませんね」
ひき娘「はい?」
男「いえ、なんでもありません。
さ、そろそろ授業を始めましょう」
ひき娘「……むぅ」
男「不満そうにしてもダメですよ。
わたしは家庭教師に、
来ているんですから」
ひき娘「……はい」そっ
男(そんなに残念そうな顔をされると、
教師らしくいられなくなりそうで、
たまらないんですよ)苦笑
678:
男「……ただ」
ひき娘「?」
男「いつか、外に出られたら。
二人で、星を眺めに行きませんか?
町からみる空も趣きはありますが、
空気の澄んだ山の上で、
街灯を気にせず見る星空は、
一度は経験して欲しい景色です」
ひき娘「……それは、
家庭教師として、ですか?」
679:
男「今は。
ただ、部屋の外なら、
わたしは家庭教師でなくても、
許されるでしょうかね」(////
ひき娘「……先生はズルいです]
男「大人にはイロイロあるんですよ」
ひき娘「それなら、仕方ないですね。
そんな事言われたら、
外に出ないわけにはいかないですよ」くすくす
男「外で会える日を、
楽しみにしていていいんでしょうか」
ひき娘「…………はい」こくん
680:
----------------------------------
五十九日目 TL:sugomori
kuro:というわけで、
なんとかする方法はありそうよ。
megane:なるほど。
確かに、今回の件の鍵は、
ピアスくんのお母様のようですね。
そして彼女が強引に通した話を、
他の幹部の背中を押すことで、
抑えてもらう……ですか。
kuro:彼女の言い分にも、
確かに理はあるんだけどね。
二年も前の話を蒸し返して、
一個人を攻撃するようなマネ、
さすがに嫌がっている人も、
少なくないらしいわ。
681:
megane:よく調べましたね……
kuro:蛇の道は蛇、って言うでしょ。
megane:それは恐ろしい。
kuro;それで、どうする?
megane:どうする、とは。
kuro:任せてもらえるなら手は打つわ。
少し時間がかかるかもしれないけど、
いずれは人を戻せるはずよ。
682:
megane:しかし、
それを黒髪さんにお願いするのは……
kuro:あら、借りは作りたくないの?
megane:kuroさんを利用しているようで……
kuro:いいんじゃないの?
利用して利用されて。
持ちつ持たれつすればいいじゃない。
megane:しかし…………
683:
sugomori:[壁]_'*)こそっ
kuro;sugomoriさん、こんばんは。
megane:お久しぶりです。
sugomori:あ、今日は、
meganeさんもいるんですね。
megane:すみませんね、
最近は忙しかったので。
sugomori:体調はいかがですか?
megane:おかげさまで元気ですよ。
sugomori;それなら良かったです♪
684:
kuro:@megane とりあえず、
話の続きは改めてしましょ
megane:@kuro 了解です。
sugomori:あの、
もしかしてお邪魔しちゃいました?
kuro:大丈夫よ。
顔見て話したほうが、
良さそうな方向だったから。
むしろ良いタミングよ。
sugomori:お手柄かな?('-'*)
kuro:お手柄よー( ̄ー ̄*)
sugomori:微妙な顔wwww
kuro:えー、なんでよ、可愛いじゃない。
685:
sugomori:あ、そうだ。
meganeさん!
megane:はい?
sugomori:あの、男の人って、
デートのとき、
どんな服がすきなんですかね?
kuro:デートォ?!
sugomori:う、うん(///)
kuro;え、あんた、まだ外には……
sugomori:うん。まだムリ、かなぁ。
でも、今なら出られるかも?
なんだかそれくらい、
今はテンション高いです(>_<*)
kuro:もしかして、男さんと……?
sugomori:……えへへ。
686:
kuro:…………meganeさん。
megane:
kuro:meganeさん、
まだいるでしょ?
megane:
kuro:三秒以内に出頭しないと、
いろいろするわよ。
megane:いろいろってなんですか。
私はお手洗いに行っていただけですよ。
kuro:いろいろ、っていうのは、
いろいろ、よ。
ところで、sugomoriがなんと、
男女交際するそうよ。
megane:おめでとう、ござい、ます。
687:
sugomori:男女交際って……
えと、その……
……ありがとうございます(*ノノ)
kuro:こんなに可愛いsugomoriを、
彼女にできるなんて、
随分幸運な男ね?
megane:そう、ですね。
sugomori:そんなこと無いですよ(///
ま、まあ、ホントは、
星を見に行こうって、
誘ってもらっただけなんですけどね。
kuro:あら、いきなり大胆ねー。
ちゃんとゴム持っていかないとダメよ?
sugomori:ちょっと、そんな(////
kuro:必要よね? meganeさん(^^*)
688:
megane:……無いよりは、良いかと。
sugomori:大丈夫ですよー。
とっても誠実な人だから、
そんな心配なんて……
kuro:誠実な人、ですってぇー。
ソレはノロケってものでしょww
sugomori:……えへへ(////)
むしろ、男さんといると、
あの頃の嫌な夢を見ないで済むとか、
そういう方がノロケかも?
kuro:そう。
それは、良かったわね。
本当に(^^*)
sugomori:うんっ♪
megane:……そろそろ、
私は明日のために寝なければ。
689:
kuro:えー。meganeさん寝ちゃうの?
せっかくなんだからもうちょっと、
sugomoriの「ノロケ」を、
聞きましょうよー。
sugomori:いえいえ、
これ以上はしませんよ><
kuro:いいじゃない、
いっぱいノロケちゃいなさいよ。
折角なんだからっ。
megane:……地獄絵図だ。
sugomori:はい?(’’?)
kuro:ふふwwww
690:
----------------------------------
六十二日目 教員室
がちゃ
男「おはようございます」
友「……」びくっ
男「……どうかしましたか?」
友「お前って、タイミング悪いな。
これ、見てみろよ」
691:
男「……これはまた、
相手はずいぶんと手の早い」
こんこんこん
男「はい?」
がちゃっ
黒髪「失礼します。
先生、先日の件について、
お話に来ましたけど」
男「ああ、黒髪さん。
どうやらその手間は、
かけていただかなくても、
良くなりそうですよ」
692:
黒髪「それは、良い理由で?」
男「……悪い理由でしょうね」そっ
黒髪「……教員に対する資格義務化と、
その更新試験について、ですか」
友「要するに、
教員として適切じゃないやつは、
教員を名乗るなって事だな。
今の『教師免許』ってのは、
無くても教師を名乗れるって、
黒髪ちゃんは知ってたか?」
黒髪「いいえ。知らないです」
693:
友「そんじゃ、そこからおさらいな。
俺と男はそれぞれ、
高等学校教諭一種免許状ってのを、
俺は数学、男は国語で取得してるんだ。
で、これを持っていることで、
その地域の学校でなら、
取得した教科の教員ができる。」
黒髪「なんとなく、
教員免許って、そういうものだと、
思ってましたけど」
友「だろうな。
ただし、これは国公立の話で、
たとえば私学の場合は、
同じ教員を名乗っていても、
この教諭免許状は必要ない。
つまり、独自基準で採用できる」
695:
黒髪「それが先ほど言った、
無くても教師を名乗れるって、
意味なんですね」
友「そういうこった。
またそれ以外にも、
塾講師の場合は、
教員免許持ちは当然優遇されるが……
それが無くても、
人気塾講師なんて呼ばれている人はいるな」
黒髪「……そこに対して、
教員免許を持っていない人は、
教員を名乗るなと――
そういうワケですか」
696:
友「そうそう。
調理師とか、栄養士、
介護福祉士なんかと同じだな。
同じ内容の業務はできても、
その名前は名乗れないってことだ。
教師・教員・教諭とか、
そこらへんの名称を独占して、
名乗らせないようにする。
まあ、仕事をするなとは言わないが、
信頼を奪うってわけだ」
黒髪「教師って、
信頼が重要な仕事ですよね」
友「もちろんな。
こういうのは基本的に、
業務独占に向かうまえの、
過渡期に際して行われたり……
著しく信頼を損なう業者に対して、
それを取り締まるために、
法令として制定される」
697:
黒髪「そっか。
そうやってその業務の名前に対して、
一定以上の水準を約束することで、
信頼を作るわけね」
友「そういうわけだな。
で、教員に関してなんだが、
免許の更新制とか、
悪質な塾の取り締まりとか、
そういう話は昔からあったんだ。
ただまあ、
いろいろと利権も有って、
なんだかんだと流れてきたんだが……」
男「今回の私の件をテコにして、
条例の提案とその審議という形で、
たたみこむつもりですね……」
698:
黒髪「……なるほど。
一つ残ってた疑問が氷解したわ」
友「なんだ?」
黒髪「県下の学校に対して、
この塾の悪評を流すようにって、
教育委員会が秘密裏に、
各学校に求めたって話があってね」
男「……」
黒髪「ただ不思議だったのは、
たかが塾一つ、
一個人のために、
どうしてそんな事をするのか。
それこそ、怨恨としか思えなくて、
それが今回の件の解決を、
複雑化していたのよ」
699:
黒髪「そういう事ね。
既存の利権以上の何かを求める人と、
例のピアスの母親の目的が、
うまく一致した結果が今回なのね。
この塾をたたくために、
手を回しやすい地方紙に、
大きな紙面を使った記事を、
載せるという選択をしなかった。
コストをかけて小さい記事でも、
全国紙に乗せる事に意味が有った」
友「売名行為か」
黒髪「悪い子が良い事をすると、
普通の子がするより褒められる、
なんて言うわよね。
一度問題にして炎上させて、
それを解決したとなれば……」
700:
男「今回の教員に対する資格義務化と、
その更新試験の説明会について、
という連絡は、
その『解決』のための布石でしょう。
マスコミや、周辺学校の校長など、
後は有識者を呼んで、
……まずは条例ですかね、
その成立に向けての、
意見交換を行うのでしょう」
友「だろうな。
そして――男。
この場にお前も来てはどうかというわけだ」
男「名指しですか?」
友「この塾宛だがな、
そもそもこの塾に届く事が、
おかしいと思わないか」
701:
黒髪「新聞に載った塾ってことで、
吊るしあげるつもりでしょうね」
男「……」
友「ぶっちゃけた話をすれば、
この話についてだけ考えれば、
俺は反対はしないんだが……」
黒髪「そうなの?」
友「悪質な塾やなんかがあるのは、
事実だからな。
生徒を財布としか思ってない、
そんな連中はいる。
だから、その対策としては、
一歩目としては悪くないだろ」
702:
黒髪「でも、だからといって、
こうして招待を受けた以上、
その場にいかなければ、
マスコミがまとめてココをたたく、
理由を作ることになるわよ。
実際にそうするかどうかは、
何とも言えないけど。
そして顔を出したとしたら、
罵倒をされ続ける時間になるわ」
友「それは分かってる。
だから気が重くてなー。
正直、うちの塾の今の評判てのは、
かなりドン底だからな。
それこそ、殺人鬼のいる塾、
なんて噂が有っても驚かねえくらいだ」
黒髪「ふふ、それはさすがに驚くわよ」
703:
友「探られて痛い腹は無いが、
痛く演出しようとすれば、
それができる腹はある……」
黒髪「……」
男「いきます」
友「……」
男「わたしがその場に出向いて、
正面から正々堂々と、
喝破すればいいのです」
黒髪「……難しいと思うわよ」
男「分かっていますが、
残された手段はそれしかありません。
第一、行っても行かなくてもダメならば、行かない分だけ損でしょう」
友「同じアホなら、か」
704:
男「思うところを打ち明けて、
通じ合えなければ仕方ありません。
その時はやはり、
私がこの塾をやめる事で、
幕としましょう」
友「……それは」
男「他の教員の生活もあります。
友さんには、
私のために他の人を見捨てたり、
して欲しくはありません」
黒髪「……私も、
できる限りの事はするわ。
どこまでできるかは、
わからないけど」
男「しかし、黒髪さん。
そうしてもらっても、
私は何も恩返しができませんよ」
黒髪「そんなのは私が決める事よ。
無かったら絞り取るだけ」にやっ
男(い、いま、悪寒が)ぞくっ
705:
黒髪「とりあえず、
相手がだれか、
目的は何か、
手段はどうするか、
そのカードが出そろった今なら、
私だってできる事は有るわ。
ややこしいことは言ってないで、
私の世話になりなさい」にこっ
男「……ありがとうございます」
友(あの男が尻に敷かれてるよ……)
黒髪「さしあたって、
今日の授業は欠席するわ。
その『説明会』って、来週でしょ。
それまでにできる事をしないと」くるっ
男「……」
友「悪いな、黒髪ちゃん」
黒髪「そんな言葉より、
終わった後のありがとうの方が、
聞きたいですね」とことこ
706:
友「……」
男「……」
友「……怖いな」
男「いまさらですね」
友「…………ホントに怖いな」
男「怖い、ですね」
友「でも」
男「私たちより、
よほど頼りになりそうです」苦笑
714:
----------------------------------
六十二日目 黒髪の部屋
記者<っていうのが概要かな。
詳しい内容については、
ウチのデータベースの内容、
ソッチに送りますよ>
黒髪「ありがとうございます」
記者<なに、コッチはいつも、
お世話になってるからね。
たまには恩返しをしないと、
後が怖いよ。はは>
黒髪「そんな、怖いだなんて」
記者<おっと済まない。
デスクが戻ってきたから、
切らせてもらうよ。
またいいネタ有ったら、
ぜひ僕に持ってきてくれ>
黒髪「はい、お約束します」にこっ
つーつーつー
715:
黒髪「……ふぅ」ぎしっ
黒髪「コレで何とか、
必要な資料は集まりそうね」
You got a mail〜♪
黒髪「仕事早いわねー。
さすが、父さんの紹介……
しかも随分細かいところまで、
よく調べられてるわ」
黒髪 かたかた
黒髪「確かに受け取りました、と」
黒髪 かちかちっ。
黒髪(……どうやら、
推測は正解だったようね。
例の会議に際して、
マスコミ各社に話が通っている)
黒髪「その特集を組む場合、
この情報を使おうと、
集めてたのね……」
716:
黒髪(数年後に使えるようにと、
今からマスコミに、
コネを作っておいて、
正解だったわね)
黒髪(今回の件の主導は、
例のピアスの母親……理事さんね。
教員資格の厳正化については、
今まで中立派閥の代表だった。
それが、今回の件で乗り換えて、
県政への足がかりにするつもりみたいね。なるほど)
黒髪「一石二鳥を狙ってるわけね」
黒髪(なかなかどうして、
ただの親ばかってわけじゃ、ないか。
送られて来た情報の通りなら、
すでに県議会への根回しは、
おおよそ済んでいる状態みたいね。
特に紙上に取り上げていないけど、
この『提案』に合わせて、
条例を整備するために、
必要そうな議員を接待したという、
疑惑、が並んでいる)
717:
黒髪(今までの免許義務化は、
あくまで抽象的な話だった。
具体化すると、
その議題を深く扱わないといけない。
けれど真剣に議論しては不都合な人がいたから。
ただ、今回の件で、
ウチの県の教育について、
教育委員会が問われるような内容が全国紙に掲載された)
黒髪「この義務化と、
定期的な更新試験については、
確かに不満な点は殆どないわね……」
黒髪(ただし、
暴力問題を起こした男さんは、
間違いなくその試験で、
問題ありとして免許をなくすことになる)
718:
黒髪「そうなると、
教師としての仕事は殆どなくなって、
先生も食べていけなくなる……」
黒髪「問題はやっぱりそこね。
資格試験については、
コレは必然的な流れで問題はないわ。
ただし、ソレを利用して、
先生を貶めようというウラがあるのが問題になる……」
黒髪「つまり、着地点としては、
先生の行為の正当性を証明した上で、
くだらないウラなんかなしで、
検討を行ってもらうことかしら……
構想自体には、
先生も友さんも賛成みたいだし」
719:
黒髪「……でも、暴力の正当性って、
いったい何かしらね。
暴力を振るうなという先生が、
暴力を使って相手を戒める。
教育的指導をする。
それを相手が感謝していれば、
きっと話は済むはずなんだけど、
あの茶髪やピアスが、
先生に感謝なんかするはず無いわ」
黒髪 ぎしっ
黒髪(暴力を振るわれた人からすれば、
振るった相手に報いをって、
そう考えるのは当然よね。
でも、その報いが暴力なら、
暴力の被害者が増えるだけ……」
720:
黒髪「それじゃ、
会話が通じない相手に対して、
どんな手段が適切なのかしら……」
黒髪(……ダメね。
集中力が途切れてきてる。
いまは実際の正当性より、
いかに正当を主張するか、よね)
黒髪 ごそごそ
黒髪「……これを使えば、
主張できる、はず。でも……」じぃっ
黒髪「ぎりぎりまで模索して、
ダメなら、その時の手段ね」
721:
----------------------------------
六十九日目 男の部屋
ちゅんちゅん
男「……」ごそごそ
男「結局、あまり寝られませんでしたね」
男「いつも通りに、するしかないというのに」
男 せのびー
男 ふらふら
男(結局あの後、
黒髪さんは授業に顔を出さず、
例の理事さんの件について、
一度メールが有ったきりで、
以降は特に連絡もない……)
722:
男「……仕方ありませんがね」
男(黒髪さんは確かに賢く、
また強い意志と、
何らかの『手段』を持っている事は確かに見える。
しかし、それでも彼女はまだ高校生。
そして相手は、
大人の中でも相手にしにくい、
それなりに権威のあるお役所です)
男 ばしゃばしゃ
男(学校に関係する事に限定されるが、
実質的には立法・行政機能を持つ組織――)
723:
男「大人の私でさえ、
こんな事態になってしまえば、
嵐にもまれる船のように、
事態に押し流されるしかない……」
男(むしろ、酷な事を任せたか……)
男 ごそごそ
男「黒髪さんの落ち着きに、
甘えすぎてしまいましたね」
prrr prrrr
男「……友さん」
友<よーう。よく眠れたか?>
724:
男「ええ。過不足無く」
友<……さすがに電話じゃ、
判断がつかねえな>
男「大丈夫ですよ。
ところで、要件はなんですか?」
友<それなんだが……
なあ、本当に俺は行かなくていいのか?>
男「来ていただいても、
何もする事は有りませんよ。
むしろ、この件に関しては、
いざという時のために、
わたしを既に解雇したつもりで、
知らなかったことにするべきでしょう」
725:
友<そんなワケにはいかないだろ>
男「心情的には、
そうかも知れませんね。
ですが、何度も繰り返していますが、
友さんには友さんの、
持つべき責任というものがあります。
巻き込んでしまったわたしには、
言う資格がないかも知れませんが、
コレは私のとるべき責任です。
委ねてはいただけませんか?」
友<……そこまで言われたら、
何もいえないな>
男「すみません」
友<わかったから謝るなよ。
だがな、俺はお前のダチだ。
それは忘れてくれるなよ>
男「……はい」にこっ
つーつーつー
726:
----------------------------------
六十九日目 説明会会場
司会「えー、というわけで、
本日コチラには、
県の代表として、
教育委員会から数名と……
教育評論家の方々を、
お招きしております」
ぱちぱちぱち
司会「本日の進行ですが、
マスコミの方々からの依頼があり、
最初に委員会から意見の提示をし、
ソレに対して反対の立場を持つ、
評論家の方々から質問を受け、
対話形式で会議いたします」
727:
男(なるほど。説明会を兼ねた、
フォーラム(公開討論会)ですか。
しかし、さて。
反対意見の相手を用意しての討論に、
どれほどの意味があるのか……
いや、この場では、
その様な意味など、
いらないのかも知れませんね。
あくまで議論をしたという、
経緯が欲しいだけと考えれば……)
男「……ふっ」
男(どのような演目か。
ここに来たからには、楽しみに見させてもらいましょう)
728:
----------------------------------
六十九日目昼 説明会会場
評論家「というデータから、
教員免許の義務化により、
必ずしも教員の質が向上すると、
語る事はできません」
理事「教員の質の向上は、
確かにそのデータを見る限り、
難しいかもしれないザマス。
しかし、質の低下は、
防止することができるザーマス。
コチラが事前に、
各学校教諭に対して、
任意でテストを行ってもらい、
それをまとめたものが、
資料、三の二ザマス」
かさかさかさ
729:
男(ふむ……
やはりどうやら、
事前に質問や意見をまとめ、
ソレに対する回答を、
用意していた節がありますね)
理事「ご覧の資料でわかるザマショ。
自分の担当する教科であっても、
一定以上の学力が認められない、
そんな教員が、
全体の一割ほどいるザマス。
割合からすれば少なくとも、
今後の子供達の事を考えれば、
たとえ一割でも問題ザーマス」
男(もっとも、
それでも正論なんですよね)
730:
評論家「ですがねえ。
費用対効果を考えてください。
数年に一度でも、
教員全体に対してテストを行い、
その結果によって、
免許の剥奪、更新などをした場合、
どれだけのコストがかかるか……」
理事「そのコストが、
血税から出ていると考えると、
一滴でもムダを減らしたいのは当然ザマス。
でもあえて言えば、教育とは、
そもそもお金がかかるものザマス。
その負担をしてでも、
これから先に、
より多様化する社会に適応するため、
その時代に生きる子供達に、
より質の高い『知』を、
提供するのが大人の役割ザマショ」
731:
評論家「だからと云って、
学ぶ気の無い子供に、
ムダに金をかけてどうします。
今時中学生だって、
どうせ勉強しても、
その知識は使わないんでしょと、
そう言って大人を笑ってますよ?」
理事「……」
評論家「大体ね、
そういう教師がいても、
大体何とかなっているモンなんです。
訴訟問題なんかも、
殆どおきていないでしょ?
あなた方の主張は大げさなんですよ」
732:
理事「頻繁に訴訟が起きたら、
その時では遅いザマショ。
加えて、何とかなっていると、
そうおっしゃるなら、
自分の子供をそんな学校に、
率先して入れてみるザマス」
評論家「子供はいませんが」
理事「ならそのつもりになって、
よく考えてみるザマス。
自分の子供が、
暴力を振るうことで有名な、
そんな教師に師事する光景を、
よく思いうかべてみるザマス!」
評論家「……それは、不快ですが。
そういう教師は、
学校側で辞めさせるでしょうよ」
733:
理事「現在の採用方式だと、
アルバイトを解雇するように、
簡単にはいかないザマス。
いかに指導力がなかろうと、
いかに暴力的であろうと、
子供達は耐えるしかない。
そんな現状を変えるための手段が、
今回の免許更新制度ザマス。
第一、学校を辞めた後でも、
塾や私学で教師を続ける者がいて、
子供達に牙を向けているザマス」
評論家「……」
理事「そう、
そこに座っている、
暴力教師のように」
734:
記者1「暴力教師?」ザワ
記者2「そういやコイツ、
夕日新聞で載ってた、
あの記事の塾講師だぜ」ザワ
記者3「ああ、張り込みしてたときに、
確かコイツが出入りしてたな」ザワ
理事「ウチの息子も、
そこの教師によって、
暴力を振るわれた被害者ザマス。
その悔しさ、悲しさ、
あの子の味わったような辛さを、
二度と繰り返さないために、
こうして訴えかけているザーマス」よよよ
記者1「子供のために県政を変える母、
売れそうなネタだな」にやり
735:
理事「恥知らずなことに、
それでも未だに、
教鞭を握るような人がいるから、
こうして改革が必要になるザマス」
評論家「……そこのキミ」
男「はい」
評論家「生徒に対して、
暴力を振るったというのは、
事実なのか?」
男「事実です。
ですがしかし――」
司会「キミ!
会の参加者でもないのに、
問われた事以外には口を出さないでもらおう」
736:
評論家「ではキミ、
その暴力がきっかけで、
学校を辞めて塾教員になったと、
それは事実かね」
男「事実ですが――」
評論家「そんなキミは!
生徒に暴力を振るったことを、
恥ずかしいと思わないのかね」
男「思いません」
記者2「ふてぶてしい野郎だな」ぼそっ
男(やはり、こうなりますか)
評論家「確かに、
この男性のような教師が、
極端な例で無いとすれば、
まさに由々しい話か」
理事「お陰でうちの子は、
今でも時々うなされて」ううっ
737:
男(実に白々しい……
しかし、新聞の記事には、
その声は乗りませんからね。
意図的な質問の偏向も、
恐らく最初から、
仕組まれていた。
反対していた人間が、
危機感に煽られて翻意した、
というだけで、
人はその事態に対しての、
意識レベルを上げますからね)
評論家「このような人間が、
他人に何かを教える事こそが、
今の世の狂気かも知れないな。
自制もせず、
その横暴の恥を知らない。
ただひと時の知識量だけで、
その資格を手に入れて、
責任を自覚することもなく、
ソレを漫然と持ち続けている事に、
何の疑問も持たずに振りかざす者が、
いったい何を教えうるのか」
男「……」
738:
評論家「彼のような人が、
これからも安穏と教師を続けようと、
そういうならば、
私もこの社会の一員として、
この条例の正当性を、
容易には否定できないな」
記者1「確かに、
こんなヤツに自分の子を任せるなんて……」ぼそぼそ
記者2「教師が聖職なんて、
もう間違っても言えねえな」ぼそぼそ
理事「どうやら、
今回の条例の正当性について、
皆様にきちんと理解していただけたようザマスネ。
委員会は、このような教師に対し、
厳しい態度を見せる必要を、
感じているザマス。
記者の皆様も、
このような人間を、
社会にのさばらせないためにも、
御協力を求めるザマス」
739:
記者2 パシャ……
記者3 パシャパシャッ……
男(一人のシャッターを皮切りに、
痛いほどの白い光が、
『悪』を糾弾せんと、わたしに向けられる)
男(そして確かに、
間違ってはいない。
今のルールの中では、
わたしは誰かに対して、
何を誇る事もできない悪なのだ)
男「わたしは……」
男(それでも、
わたしは主張しなくてはならない。
わたしが教師ならば、
この背を伸ばし、胸を張り、
言わなければならない言葉がある)
男「それでも――」
がちゃっ
男(扉が開いて、)
740:
黒髪「遅くなったわね」にやり
とことこ
司会「な、なんだねキミたちは」
黒髪「何って、
見てわからないの?」
司会「わかるわけが無かろう!」
黒髪「当事者を、引き連れてきたのよ」
ぞろぞろぞろぞろ
741:
生徒1「あ、どもども」
生徒2「おー、高そうなカメラ!」
生徒3「せんせーおひさー♪」
生徒4「あ、さんちゃんズルい!
先生、私もいるよー!」
生徒5「同窓会じゃねえんだし、
早く入れよー。
さっさと奥つめないと、
皆廊下で立ちんぼなんだ」
生徒6「まあまあ、
焦らなくても入れるだろ?」
生徒7「え、もしかして、
俺らせっかく来たのに、
中に入れねーの?
ま、百人ちかいし、
しょーがねーか?
超ウケるんだけど。あははは」
生徒8「笑えねーだろっ」
742:
男「みんな……」
黒髪「話は全て、
聞かせてもらっていたわ」ごそっ
男(胸元から出したのは、
携帯電話……?
ああ、会場の音声を、
流している人がいたのですね)
理事「な、あなた達はなんザマスか!
今は子供達のために、
重要な話をしているザマースッ!
でていきなさいっ!!」
黒髪「子供のために?
私達のために?
はん、笑わせるんじゃないわよ。
何も知らずに、
正論を振りかざすことしかできない人たちは黙ってなさい」
743:
評論家「改めて聞こうか。
君たちは誰だね」
黒髪「そうね、
あなた達の流儀に則るなら、
恥知らずの支持者よ。
男先生がいじめられてるって聞いて、
そんな事はさせないって、
集まった生徒代表よ」
評論家「いじめるなどと、
人聞きの悪い事は、
むやみに口にすべきではないな」
黒髪「なら、恥知らずなんて、
ソレこそ恥知らずな言葉、
使うべきではなくてよ」
評論家「何を言っている。
この男のように、
教育者でありながら、
守り、教導すべき生徒に、
暴力をふるって恥じない人間に、
それ以上相応しい言葉はあるまい」
ぶーぶーっ!!
司会「静粛に! 一斉に喋るな!」
744:
黒髪 すっ
ぴたっ
黒髪「ごめんなさいね、
余りにも面白いな冗句だったから、
つい盛り上がったのよ」
評論家「このっ……!」
黒髪「ねえ、評論家さん、
一つ聞かせてくれるかしら?」
評論家「なんだっ!」
黒髪「なんで誰も、
先生がどうしてこの場にいるか、
どうして暴力を振るったか、
ソレを問わないの?」
理事「子供は黙っているザマス!」
黒髪「ババアは黙ってなさいッ!」ピシャッ
ざわざわ。けらけら
745:
記者4「確かに彼女の言葉の通りだ。
なぜ彼がいるのか、
その点には俺も疑問を持っていた」ニヤリ
黒髪 ニヤリ
記者4「司会さん、
良けりゃぁ俺にも、
この場の参加者として、
質問させちゃくれないかね」
司会「…………」
記者4「沈黙は肯定と取るぜ。
なあ、先生さんよ。
なんでアンタはこの場にいるんだ?
こんな場所に来たって、
アンタの得になる事はないだろ。
むしろ、この展開なんざ、
予想できてしかるべきじゃないか?」
746:
男「この場に私がいるのは、
招待されたからですよ。
一教師として、
生徒に関する話となれば、
顔を出さないわけにはいきません」
理事「白々しい……っ」
記者4「生徒思い、子供思いか。
だが、そんな事をいう人間が、
なんで生徒を殴ったんだ?」
理事「いい加減にするザマスッ!
会の進行を滞らせるなら、
出て行ってもらうザマスヨ!」
記者4「構わねぇですぜ?
会が終わった後にでも、
先生と個人面談と洒落込むからな。
他の記者さんがたも、
一緒に話を聞きたそうだし、
皆で近くのファミレスで、
この続きをする事もできますわ」
理事「くっ」
747:
男「あの生徒を殴ったのは、
ソレが必要な行為だったからです」
記者2「何で必要だったんですか?」
男「ソレは……」
記者1「口ごもるって事は、
何か疚しいことでも?」
黒髪「そんなわけ無いでしょ。
先生、いいのよ。
ソレについては、本人が説明してくれるわ」
男「本人……? まさかっ」
ひき娘 よろ、よろ
生徒8「ねえ、ホントに大丈夫?
顔色悪いよ」
ひき娘「大丈夫、です」
男(ああ――)
生徒9「がんばれっ。
今なら、俺たちも背中を押せる」
ひき娘「うんっ」
男(外に)
748:
評論家「キミは誰だね」
ひき娘「私は、ひき娘です。
先生が、人を殴ったのは、
私のため、だから、
私が説明に、来ました」ふらっ
評論家「ええいっ、
フラフラするなっ!」
黒髪「評論家さん、
そういう言葉は、
相手の顔色を見て口にすべきよ」そっ
ひき娘「ありがと」ぎゅっ
黒髪「どういたしまして。
評論家さん。
――この子はね、
この二年間ずっと、
いじめで負った心と体の傷が原因で、
人が怖くて、外が怖くて、
部屋に引きこもらないといられなかったのよ」
749:
評論家「ならばなぜここに居る」
黒髪「決まってるでしょ。
先生に手を出すからよ。
人質を取るようなマネして、
先生を引っ張り出さなければ、
わたし達だって来なかったわ」
批評家「何を言ってる」
黒髪「白々しくとぼけないで。
先生を貶めるために呼んだのなんて、
子供にだってわかるのよ。
でもね、そんな事はさせないわ」
ひき娘「先生は、悪くなんて、
ない、ですから」
750:
----------------------------------
六十九日目朝 ひき娘の部屋
prrr prrr
ひき娘「……ん」
黒髪<おはよ、ひき娘。
ちょっといいかしら?>
ひき娘「うん。大丈夫。
でも、黒髪さんが、
こうやっていきなり電話とか、
珍しいよね」
黒髪<そうね。
ただ、今回はちょっと差し迫った話だったから>
ひき娘「差し迫った話?」
751:
黒髪<単刀直入に聞くわ。
ひき娘は男さんのこと、好き?>
ひき娘「…………うん」
黒髪<そうよね。
じゃ、男さんのためなら、
何でもできる?
何でもしたい?>
ひき娘「うん。
先生が困ってるなら、
何だってするよ」
黒髪<……そうよね>
ひき娘「黒髪さん?」
黒髪<自分の好きな人が困ってて、
何かできるかもしれないなら、
何だって、したくなるわよね>
ひき娘「少なくとも私は、
出来る事があるなら、
お手伝いしたいと思うけど……。
先生が何か困ってるの?
そういえば今日は、
いつもなら授業なのに、
おやすみさせて欲しいって云ってたけど」
752:
黒髪<……あのね、ひき娘。
私あなたに、ひどい事するわ>
ひき娘「ひどい事?」
黒髪<本当はね、
そんな事をしなくてもいいように、
そう考えて行動したけど……
どうしても、
最後の一手が足りないのよ。
どんなに手を打っても、
どんなに見直しても、
後一歩なのに、届かないの>
ひき娘「黒髪さん……?」
753:
黒髪<守りたいのに。
アナタも、先生も、
私の大切な人だから、
大切に守って、
傷つけたくなんか無い。
でも私の力じゃ、
どうしても皆を一緒には救えない。
先生を助けようと思ったら、
ひき娘に負担を押し付けないと、
どうしても足りなくて……>
ひき娘「黒髪さん、泣いてるの?」
黒髪<……泣いて、無いわよ>
ひき娘(悔しさと、悲しさでゆれる。
その声が少しだけ濡れているのが、
電話越しでも伝わって)
754:
ひき娘「……いいよ。
そんなのは全然、
気にしないでいいから」
黒髪<……卑怯よね。
こんな言い方されたら、
ひき娘なら断れないって、
わかってて私、言ってるの>
ひき娘「そんな事ないよ。
だって、先生が困っていて、
私が何かできるなら、
何だってしたいって気持ちは本当だもん」
黒髪<……ひき娘も、
変わってないのよね>
ひき娘「変わってないって?」
黒髪<中学生のとき、
私がクラスで浮いちゃって、
いじめみたいになった時に、
助けてくれたのは、
ひき娘だったじゃない。
なんで私なんかを、
かばってくれたのって聞いたら、
『私が助けたいって、思ったからだよ』
なんて答えて>
ひき娘「……」
755:
黒髪<あのね、ひき娘。
ひき娘が最後に学校に行った日、
何があったかは、
……忘れられてないわよね>
どくん
ひき娘「……うん」
黒髪<三人の男子に囲まれて>
どくん
黒髪<痛い思いをしたんだよね>
どくん
黒髪<その時に助けてくれた人、
その人の事は思い出せる?>
ひき娘「助けてくれた人……」
756:
黒髪<ひき娘を助けるために、
あの三人の前に飛び出した人>
ひき娘「……憶えて、無いよ」
ひき娘(憶えていたくなかったから。
あの日の事は全部忘れたくて、
それでも忘れられない、
三人の顔だけしか、
私の記憶には残っていない)
黒髪<それなら、
私が救急車を呼んで、
病院に連れて行ったことも、
忘れちゃってるわよね>
ひき娘(あの後、何があったのか。
三人に襲われそうになって、
誰かが助けてくれて、
誰かが介抱してくれて)
757:
黒髪<そしてね、
ひき娘を助けるために、
あの三人の前に立ったのが男さんなの>
ひき娘「……それって」
黒髪<あの三人に連れられて、
校舎裏で暴行されてる、
ひき娘の姿を見つけて>
ひき娘 どくん
黒髪<近くにいたわたしの手を引いて、
アナタを助けに向かったの>
ひき娘「……でも、
学校で顔を見た覚えとか、ないよ」
黒髪<担当学年が違ったのよ。
私はイロイロと、
先生の手伝いとかしていたから、
教員室で何度か顔を合わせてたけど。
すれ違う程度なら、
憶えてなくても仕方ないんじゃない?
……あとそうね。
よく思い返せば男さんも、
あの頃より細くなって、
表情も、硬くなったかしら。
体型はともかく、
最近の先生の表情はだんだんと、
昔みたいにやわらかくなったけどね>
ひき娘「それで、なのかな」
758:
黒髪<……まあ、憶えてないなら、
いいんじゃないかしら。
それで何かわかるようなものは、
ないんでしょ?>
ひき娘「うん、そうだね」
黒髪<それでね、
実はその時に、
あの三人を殴った事で、
いま、先生が追い詰められてるのよ>
ひき娘「どういうことなの?」
黒髪<詳しい話は長くなるわ。
一つ言えるのは、
先生がその事で居場所を失おうとしているという事。
そんな先生を助けるために、
ひき娘にお願いしたい事があるの>
759:
ひき娘「……うん」
黒髪<ひき娘にね、
他の人の前で、
あの時の事を喋って欲しいの>
どくん
黒髪<ソレがどれだけ大変か、
二年間、何度もひき娘と話して、
会って、わかってるつもり。
でも、このままじゃ、
先生の居場所がなくなることになるの>
どくん
黒髪<無理強いはしないわ。
できたら、来て欲しいの、
メールに、住所と地図を送るから>
ひき娘「……それって、外、なんだよね」
黒髪<……そうよ>
ひき娘「……行く」
黒髪<……>
ひき娘「行くよ。どこにでも」
760:
ひき娘「向き合う勇気をくれて、
外に目を向けさせてくれて、
……知らなかったけど、
二年前にも、助けられてるなら」
ひき娘「今度は私が先生を助けるの」
黒髪<……私だって、
私達だっているんだからね>
ひき娘「うん。
一緒に、先生を助けに行こう」
761:
----------------------------------
六十九日目昼 説明会会場
黒髪「アナタって、
本当に評論家なの?
とりあえず叩けばいいなんて、
安直な考え持ってないわよね?」
批評家「お、オマエッ!!」
ひき娘「先生は、誰よりも先生です。
私をいじめた人たちの事を、
他の先生が黙認しているときに、
一人だけ私にも、
彼らにも、
向かい合ってくれて、いました」
黒髪「あの歪んだ学校の中で、
ただ一人、
批判も横暴も恐れる事無く、
当たり前のように、
『先生』で居てくれたのが、
この人なのよ」
生徒達 こくこく
762:
記者3「いったい何があったんです?」
黒髪「あの学校にはね、
権力に迎合する校長と、
親の威を借りて、
自分達の行為を黙認させる、
ガキンちょと、
そんな二人に遠慮する、
『大人』ばかりだったのよ」
ひき娘「その結果として、
私に対するいじめは、
担任の先生に訴えても、
マトモに聞いてもらえなかった……」
評論家「どうせいじめだ何だと、
被害妄想に浸ってるだけだろ」
ひき娘「それなら、見ますか……?」
黒髪「ひき娘……」
ひき娘「いいの」
ひき娘「今やらないなら」ぷち、ぷち
ひき娘「何とために来たかわからなくなるから」ばさっ
763:
ひっ……
うあ……
ぐ……
ひき娘「コレが、
ただの被害妄想だって言うなら、
同じ目に、遭ってみますか?」じっ
批評家「も、もういいっ!
隠しなさいっ」
ひき娘「見たくないんですか?
気持ち悪いですか?
汚いと思いますよね。
でもこの傷は、
もう、消えないんです。
ずっとずっと、
これから先も、
何年経っても、
私の体に残り続けるんです。
アナタは目を背けられるけど、
私は、背けられないんです。
死ぬまで、何度も見て、
向かい合わないといけないんです」
764:
記者4「なんでそんな、
そんな事態になるまで、
誰も止めなかった!」
黒髪「そのいじめた生徒の親が、
そこに居る理事さんのような、
有力者だったからじゃない?」
じっ
理事「ひっ――」
ひき娘「はじめまして、
ピアス君の、お母さん」
黒髪「コレがアナタのお子さんの、
行ったことです」
理事「し、知らないザマス!
そんなのに、
ウチの息子は関わってないザマス!」
黒髪「今更ね。
何のために、
こうして皆を連れてきたのよ」
765:
生徒1「俺たちも、
あの時はひき娘をいじめてたんだ……」
生徒2「このままじゃいけないって、
ずっと思ってたんだけどさ、
言い出せなかったんだ」
生徒4「でもひき娘ちゃんが、
そんな傷を負って入院したって聞いてね」
生徒5「みんなで決めたんだ。
ちゃんと償おうって。
でもその時には、
部屋の外に出られなくなったって聞いてさ」
生徒7「だから今回、
黒髪に声かけられてよ。
俺たちがいじめたって、
その中にアイツもいて、
一番暴力的だったって必要ならドコででも言うよ」
生徒8「俺たちと違って、
先生がひき娘を助けたって、
そう聞いたからな。
その先生とひき娘の二人を、
一度に助けられるならなんだってするさ」
766:
黒髪「このために、
みんな学校休んでまで、
こんな場所まで出向いてきたのよ。
ウチのクラスで、
ひき娘をいじめてた子だけじゃないわ。
男さんが担任だった、
クラスの生徒のみなさん。
塾講師になった男さんに教わって、
大学に合格している人や、
いま受験の真っ最中の人。
みんな、先生が心配だって、
それだけの理由で、きてくれたの」
男「……っ」
767:
黒髪「理事さん」
理事「な、なんザマスかっ!」
黒髪「この先生ね、
泣きながら、
アナタのお子さん殴ったのよ」
理事「だから、何が言いたいザマス!
ウチの子はそれで、
心に深い傷を負ったザマス!」
黒髪「それなら、アナタの息子さんは、
ひき娘の心の傷に、
いったいどんな償いをするの?
どんな理由があって、
彼女にこんな、
心だけじゃなくて、
体にも消えないたくさんの傷を残したの?
ウチの子じゃないなんて、
どう考えてもウソの言葉をまた言うの?」
768:
黒髪「少なくとも先生は、
生徒として大切にだったから、
手を上げたのよ。
殴られる痛みを知らないで育ったら、
彼らのためにならないって、
そうすることでしか教えられない、
唯一の手段だから……
大切なものを、
伝えようとしての行為よ」
理事「…………っ」
黒髪「そんなの本当は、
アナタが教えるべきじゃないの?
おかあさん」
理事「……」
黒髪「……それからね、
アナタのお子さんに、
私は夜道で襲われたわ。
コッチは証人なんていないけど、
知っている声だもの、
イヤでもわかっちゃうの。
結局、理事さんは、
そうやって甘やかすことで、
せっかく先生が用意した、
立ち直る機会すら、
お子さんの手から奪ったのよ」
理事 よろ、よろ
がちゃん
769:
黒髪「さて、
説明会の主役は退場したけど、
どうするのかしら?」
司会「……そ、それは」
批評家「とりあえず私は出直すことにしよう」くるっ
黒髪「出直して、あなたはどうするの?」
批評家「どうもしないな。
私は私として、
必要だと思う言動をするだけだ」
黒髪「……それが、こんな、仕事でも?」
批評家「無論だ。
そこの彼に、
予想より大きな人望があったから、
今回はうまくいかなかったが、
目的の半分は達成した」
770:
黒髪「アナタそれで……」
男 すっ
男 ふるふる
黒髪「……」
批評家「では失礼する」
司会「わ、私も一度、
下がらせていただきます。
あ、改めて連絡に参ります」
いそいそ
ぱたん
771:
黒髪「……司会が、
終了の合図しないで出て行くって、
もうぐだぐだね」
男「やりすぎですよ、黒髪さん」苦笑
黒髪「コレでも手加減したのよ。
いろいろとね」にこっ
男「まるで狸ですね」
黒髪「だますのが上手いって?」
男「外面は可愛い、でしょうかね」
黒髪「ムリがあるわね」苦笑
男「……」
772:
黒髪「さて、それじゃ、
この場は私が引き受けるから、
先生は、するべきことがあるでしょ」
男「……お願いします」
黒髪「お願いされたわ」
男「……こちらへ」そっ
ひき娘「……はい」とことこ
773:
----------------------------------
六十九日目昼 外
ひき娘「……」
男「……」
風さわさわー
ひき娘「外、出られるようになりました」
男「おめでとうございます。
それから、すみませんでした」
ひき娘「何がですか?」
男「私の事情に巻き込んで、
思い出したくない事を、
思い出させてしまいました。
他にも、いろいろ」
774:
ひき娘「……思い出すのは、
確かに辛かったです。
でも、いつの間にか、
そこまでじゃ、
なくなってたみたいです」
男「そうなんですか?」
ひき娘「……先生が隣にいるから、
かもしれないです」にこっ
男「おやおや。
……もしそうなら、嬉しいです」
ひき娘「……」
男「……」
風さわさわー
775:
ひき娘「先生は傷の事とか、
何も言わないんですね」
男「……今の私には、
ひき娘さんに対して、
言える言葉が無いだけです。
その傷の痛みも、重さも、
苦しみも、全て……
推し量ることしかできません。
そんな私の言葉の、
いったいどれだけが誠実か、
自信が持てないのです。
ただもし、
僭越ながら、言葉にすることを許してもらえるなら」
ひき娘「……」
男「生きていてくれて、
ありがとうございます」
776:
ひき娘「……ぁ……ぅ」ぼろ
ひき娘 ぼろぼろ
男(傷を負って、
痛みや恐怖と戦いながら、
ずっと閉じこもっていた部屋から、
私のために出てくれた)
男「外に出てくれて、
ありがとうございます」
ひき娘「……っ、」ぼろぼろ
男(そしてその傷を晒して、
私を助けてくれた。
……これは、心の中だけで、
ありがとうございます)
男「……」
ひき娘 ぼろぼろ
777:
男「――ひき娘さん」
ひき娘「……はい」
男「触れても、いいですか?」
ひき娘 こくん
男 そっ……ぎゅっ
ひき娘「……」
男「それからもう一つ、
ありがとうを」
ひき娘「なんのお礼ですか?」じっ
男「わたしがわたしらしく、
こうしていられるのは、
ひき娘さんのお陰なんです」
ひき娘「え?」
778:
男「学校を追われる事になり、
私はソレまでの私を、否定しました。
食べていくために、
友さんの誘いに応えて、
塾の講師をしていましたが、
いつもどこかが乾いていました。
わたしのような人間が、
教師を続けていて良いのかと。
その迷いの一つの回答として、
ただいたずらに、ひたすらに、
機械的に教師らしく生きることを、
選択したんです。
やがて、
勉強を教えるという仕事をこなす、
それ以上もそれ以下もしないのが、
わたしになっていました」
ひき娘「……それは、悲しいです」
779:
男「ある意味では、
私もひきこもっていたんです。
部屋の中ではなく、
心に作った殻の中に。
そんな私に対して、
ひき娘さんは、
正面から向き合ってくれました。
そうして、
信頼を勝ち取ることの大切さと、
失いかけていた自分らしさを、
取り戻す手伝いを、
してくれたんです」
ひき娘「……もう、大丈夫なんですか?」
男「ひき娘さんが隣にいるから、
きっと大丈夫です」にこっ
ひき娘「……ず、ずるいよ」じりっ
男「いまさらですよ」ぎゅぅっ
ひき娘「……それなら」
男「……」
ひき娘「もう、ずっと、ずっと、
隣にいてください」
男「……参りましたね。
そんな事を言われたら、
手放せなくなってしまいます」苦笑
ひき娘「いいですよ。
私だって先生の事、
もう、離さないから」にぱっ
780:
----------------------------------
六十九日目夜 男の車
ぶろろろ
黒髪「じゃあなに?
私が新聞記者の相手とかしてる間に、
二人は恋人同士になったって、
そういうこと?」
ひき娘「こ、恋人っていうか」(///
男「もう少し、シビアな関係と云うか」(///
黒髪「……男さん、
いい年のオッサンが、
赤くなったって可愛くないわよ?」
ひき娘「……」
黒髪「でも実態はやっぱり、
ずっと一緒にいようねなんて、
婚約みたいなものじゃない」むぅー
男「ははは、
私としてはそれでもいいですが、
さすがにひき娘さんに悪いですよ。
なにせ、ほとんど倍ほども、
年齢差がありますからね」
ひき娘「そんなの、気にならないのに」ぼそっ
781:
黒髪「……ま、仕方ないわね。
そこらへんのゴチャゴチャは、
二人で解決しなさいな」苦笑
ひき娘「な、なんだか、
黒髪さんに距離を取られた?」
黒髪「それはもちろん。
夫婦喧嘩は犬も食わないってね。
私は横で、
生暖かく見守らせてもらうわ」
男「そろそろ、黒髪さんのお宅ですが」
黒髪「そうね。
送ってくれてありがとう。
助かったわ」
男「いえ、帰り道ですから」
黒髪「それじゃ、ここで降りるわ」
男「しかし、もう少し近くまででも――」
黒髪「いいのよ。
今日は涼しいし、
風も気持ちいいから、
少し歩きたい気分なの」
男「……わかりました」
782:
がちゃ
男「黒髪さん」
黒髪「はい?」
男「今日の事、これまでの事……
ありがとうございます」
黒髪「……高いわよ」にやっ
男「値切りませんよ。
いつか改めてしっかりと、
お礼をします」こくり
ぱたん
ぶろろろろ
黒髪「……」とこ、とこ
黒髪「あーあ……」
783:
黒髪「初恋は実らないって。
嘘だったら良かったのに」
黒髪「…………」
黒髪「いつか絶対、
すーんごい、後悔させてあげるんだから」
黒髪「……」
黒髪「んーん。違うわね。
後悔なんてしなくていいわ。
そうじゃなくて、
となりにいる私まで、
幸せになるくらい、幸せになりなさい」
黒髪「大好きよ、二人とも」とことこ
784:
----------------------------------
夜 男の車
男「さて――
そろそろ、目が慣れてきましたかね」
ひき娘「……うん。
真っ暗だけど、
少しだけ指先とかも見えるかも」
男「それでは、扉を開けますよ」
ひき娘「はい」
がちゃっ
ばたん
ひき娘「……うわぁ」
男「どうですか?
さすがにここまで来ると、
都市部と違って空気も澄んで、
光害もないから、
よく星が見えますよね」
785:
ひき娘「すごい……
本当に、見上げる限り、
一面が星で埋まってる」とことこ
ひき娘 よろっ
男 がしっ
ひき娘「あ、ありがとうございます」
男「足元には気を付けてくださいね」
ひき娘「う、はい……」
男 がさごそ
男「よい、しょと。
見えますかね?
ここにシートをしいたので、
寝転がりながら、見あげましょう」
786:
ひき娘「先生、ちょっとだけ、
わがまま言っても、
良いですか?」
男「……いいですよ」にこっ
ひき娘「えっと、それじゃ、
先に横になってもらって、
良いですか?」
男「? はい」ごろん
ひき娘「それで、
その……こんな感じで」もぞもぞ
男「ああ、腕枕ですか」
ひき娘 こくん(////
男(こんな事でわがまま、なんて、
初々しさが微笑ましいやら、
まだ縮まりきっていない、
微妙な距離にもどかしいやら……)苦笑
787:
ひき娘「実は、その。
折角だから、勉強、してきたんです」
男「星座をですか?」
ひき娘 こくん
男「では、あの星はなんですか?」
ひき娘「むぅ、
さすがに、北極星くらいは、
すぐに分かりますよ……
さっき、北の方角確かめましたし」
男「そうでしたね」苦笑
ひき娘「その北極星から、
天頂方向に四つ、
その先に入れ物を形作って、
それが、こぐま座ですね」
男「その通りです」にこっ
788:
ひき娘「先生が……
初めて教えてくれた、
星座ですよね」
男「……はい。
だいぶ昔のようですが、
まだ、せいぜいひと月ですか」
ひき娘「……」
男「……」
789:
ひき娘「先生に教わって、
改めて勉強するようになってから、
今まで見えていなかった、
いろんな星座が見えてきて、
とっても感謝してるんです」にこっ
男「それは良かった」にこっ
ひき娘「……」
男「……」
790:
ひき娘「なんででしょうね。
先生と二人で、
こうやって星を眺めてると……
ここに来る前には、
どんな話をしようとか、
折角だから、先生に負けないくらい、
たくさん星座を覚えようとか、
がんばったのに」
男「ああ、だから最近の授業中に、
すこし眠そうに」
ひき娘「ごめんなさい。
でも、そのおかげで、
いろんな星の事とか、
勉強出来て……
でも、二人になったら、
なんだか全部、忘れちゃいました」
男「……」
791:
ひき娘「こうやって二人で、
のんびりと空を見上げているだけで、
とっても幸せな気分になって……」
男「……わたしもですよ」
ひき娘 そっ
男 きゅっ
ひき娘「えへへ。
先生の手、あったかいです」にぱっ
男「それを言うなら、
ひき娘さんの手の方がよほど、
温かいですよ。
まるで……」
ひき娘「む、子供の手じゃないですよ」
男「まるで、
幸せに温度が有ったら、
こんな感じだろうと思った、
と言おうと思ったのですが」にやっ
792:
ひき娘「むむぅー。
あ、そうだ! 先生!
忘れてたけど、
そういえばお詫びがまだですよ」
男「お詫び、ですか?」
ひき娘「先生がmeganeさんだって、
黒髪さんと共謀して、
私にかくしてたって打ち明けた時に、
何かお詫びをするって、
言ってくれてましたよね」
男「ああ、そのことですか」
ひき娘「忘れてたんです?」
男「……まあ、そのような感じです」
ひき娘「むー」
男「ふふ」なでなで
793:
ひき娘「なでられても、
ごまかされないですよ?」
男「声はすっかり、
期限がなおってますけどね」
ひき娘「……だって、
先生の手って、気持ち良くて」
男「それは良かった」
ひき娘「でも、
お詫びはちゃんと、
してもらいますよ!」
男「バレましたか」
ひき娘「はい。
だから、一つだけ、
お願いを聞いてください」
794:
男「拒否権なんて、
最初から無いと思いますが……
何がご希望ですか?
あまり高価なものは、
ねだられても手が出ませんよ」
ひき娘「そんなのじゃないですよ。
むしろ……」
男「はい?
すみませんが、聞こえなくて」
ひき娘「……」
男「ひき娘さん?」
ひき娘「えっと、その、
まず一つだけ、
聞かせてください」
795:
男「なんですか?」
ひき娘「その……
あの説明会のときに、
私の体の傷、
見てもらいましたよね」
男「……はい」
ひき娘「その、本当のところは、
どうだったですか?
……気持ち悪かった、ですよね」
男「……」
ひき娘「色とか形とか、
自分で見てても、
怖くなるくらいで……」
男「ひき娘さん」
ひき娘「……」
796:
男「もしかして、
その傷が気にならないなら、
今日は、その、
大人としての行為をと、
そう考えての発言ですか?」
ひき娘「ぇ、ぁ、……」こくん(////
男「それで、
手を出さない私に対して、
そうした点が気になっているのかと、
気を回してくれたわけですね」
ひき娘「……」こくん
男「……そのですね。
これはそのー、
男性と女性との差異というか、
えっと、その……」しどろもどろ
797:
ひき娘 じーっ
男「……そんな瞳を向けないでください。
嫌がっているわけでは、
無いんです。
むしろ私としては、
必死に自分を抑えていましてね」
ひき娘「……そうなんですか?」
男「やはりわたしとひき娘さんは、
十四歳、年が離れていますからね。
その分だけ、
この関係を他の人に対しても、
誠実であるというアピールというか」苦笑
798:
ひき娘「……先生は、その、
わたしとそういう事は、
したいって、思ってくれてるんですね」(////
男「直球ですね……」苦笑
ひき娘「だ、だって、その。
黒髪さんが、
こういうのは変化球で投げても、
男さんにはすぐにそらされて、
気がつくとごまかされるって」
男「……否定できないところが、
我ながらなんとも情けないですが。
とにかくひき娘さんに対して、
体を重ねたいという思いは、
持っていますよ。
傷に関しては、
気にした事はありません」
799:
ひき娘「……」
男「納得できませんか?」
ひき娘「その、納得はしているんですけど」
男「……では、目を閉じてください」
ひき娘「え?」
男「今日は月もなくて、
風も穏やかな、暖かい良い夜です。
だから、少しだけ」
ひき娘「……少しだけ」すっ
男(我ながら、
もうすっかり、
元の『先生』には戻れないですね)
800:
chu♪
801:
The indoors roman.
Scripted by 1 ( @bienyaku )
And Special Thanks for You.
The end of story.
But To be continued at The World.
802:
と、いうわけで、
これにて幕とさせていただきます。
お付き合いいただき、ありがとうございました。
私事での長期間の更新停止や、
筆くらいしか取りえが無いのに、遅々として進まない進行状況など、
内容に踏み込めばもう、荒だらけ……
目指したクオリティに手が届かず、
三時間以上悩んで一行も書けないとか、
そんな日が続いて、何度も途中でやめてしまいたくなりました。
それでも、
「面白いよ」と励ましてくださる皆さんのおかげで、
なんとかエンドマークに辿りつく事が出来ました。
ありがとうございます。
また遠からず、
今度はきちんと最後まで自信を持ってお届けできる物を、
書いて来たいと思います。
その際には、懲りずに読んでいただけたら幸せです(´▽`*)
803:
おつー
804:
完結お疲れ様でした。
ひき娘も男も最後にはちゃんと想いが通じ合えて良かったー!
初恋の実らなかった黒髪ちゃんだけが不憫で不憫で…
。・゚・(ノД`)・゚・。
今作も実に良い話でした…次回作も楽しみにしてますね?
816:
>>804
黒髪ちゃん人気が予想外に多くてびっくりしてるなり……wwww
次回作も頑張らせてもらうよっ(´▽`*)
805:
お疲れ様でした。
クライマックスの部分は引き込まれるように読んでいました。とても面白かったです。
次回作も楽しみに待っています。
816:
>>805
「引き込まれるように」と言ってもらえるのはとっても嬉しい(>_<*)
また楽しんでもらえるようにするから、
お待ちくだされっ!
807:
ひき娘も最後に大活躍だな!
乙でしたー
816:
>>807
最後以外はずっと部屋の中だからね。
でも最後のを活躍って言ってもらえてよかった♪
809:
ちょっと駆け足感がありますが乙でした
次回作も期待してます
816:
>>809
次回はきちんとじっくりと、締められるように頑張る!
812:
乙です
次回作も期待してます
出来れば黒髪ルートを御願いします
816:
>>812
twitterではちょっと触れたけど、
黒髪ちゃんの救済シナリオも実は有って、
前半に少しだけ伏線があるんだけど、
勉強不足で断念したんだ。
改めて勉強が追いついたら書くかもしれない!
813:
乙です
面白かったです
ビエンヤクさんの作風すごい好きなんで次回も期待してますノ
81
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