暦「欠片拾いに、戯言遣いに、『魔法使い』使い?」back

暦「欠片拾いに、戯言遣いに、『魔法使い』使い?」


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1:
物語シリーズ
世界シリーズ
戯言シリーズ
新本格魔法少女りすか
の西尾維新クロスオーバーです。
オリジナルキャラが出ますが、ほぼ絡みません。
お楽しみいただければ幸いです。
SSWiki : http://ss.vip2ch.com/jmp/1377150809
2:
火憐「もう起きなよ、兄ちゃん。朝だよ」
暦「……でっかい方の妹か。平和すぎて誰かと思ったぜ」
火憐「はあ? せっかく起こしてあげたのに、その言い草はないだろー」
暦「普段の暴力になれちゃってるんだよ」
火憐「あたしの不断の努力がなんだって?」
暦(こいつの場合、本当に努力をしてるからなんとも言えないな。このマゾめ)
暦「まあいいや。起こしてくれてありがとうよ。それで、ちっさい方はどうしたんだ。お前らは二人で一人、ツーマンセルが売りだったろうが。まだ寝てるのか? 全くねぼすけだな」
火憐「はあ? さっきからでっかいだの、ちっさいだのどうしたんだよ、兄ちゃん。確かに兄ちゃんはちっこいかもしれないけど、器はでっかいぜ!」
暦「人のコンプレックスを無意味に刺激するな! ここでごまかす意味がわからねえよ! いいからさっさと月火ちゃんの場所を吐きやがれ! あといい加減に僕の上から降りろ!」
暦(どうして妹に妹の所在を確認するためだけに朝から声を張り上げなくてはいけないのだろうか)
火憐「変な兄ちゃんだな。あたしが何をごまかすっていうんだ? 知らないのか? あたしは天地天明に誓って、清廉潔白を旨としているんだぜ。そんなあたしが一体何をごまかすっていうんだよ。それに、『月火ちゃん』? 兄ちゃんがちゃん付けで呼ぶような関係のやつがいるのか? 彼女……はありえないから、幼なじみか?」
暦(…………。
馬鹿だ。色々と言いたいことはある。僕に彼女がいないのが何故前提なのかとか、そもそも彼女がいるとちゃんと告げたはずだとか、幼なじみがいればお前が知らないはずがないだろうとか。
しかし、それを置いて、僕には言うべきことがあるようだ)
暦「お前に確認したい、いや、確認すべきことがある」
火憐「急に改まってどうしたんだ兄ちゃん。格好つけても格好いいだけだぜ」
暦「うちは、何人家族か答えてみろ。家族構成も含めてだ」
火憐「父さん母さん兄ちゃんあたしの四人家族だ。それ以上でも以下でもない」
暦「そうか、ありがとうよ」
火憐「おうよ、兄ちゃんの命令ならあたしはなんだってきくぜ! それにしてもどうしたんだ? 家族を増やすってんならあたしはやぶさかじゃないぜ。兄ちゃんと協力していっぱい増やそう!」
暦「いいや、必要ない」
暦(何かが起きてしまったらしい。またしても怪異絡みだとすると厄介だ。なにせ僕はもう、吸血鬼の力に頼れないのだから)
暦「増やすのは、お前の下に一人だけだ」
3:
暦(学校に向かう途中で頭を整理しよう。
 月火ちゃんが姿を消した。それも、僕以外の家族はそのことに違和感も抱いていなかった。月火ちゃんの存在を証明するものは、家には一切なかった。まるで最初から存在しなかったかのように。僕の記憶の中だけの妹だ。
 ああ、ひどい夢でも見ている気分だ)
駿河「どうしたのだ、阿良々木先輩。どうやら顔色が優れないようだが」
暦「よう、神原。通学路で会うとは出会った当初を思い出すな」
駿河「それはひょっとして、わたしが阿良々木先輩をストーキングしていたときのことだろうか」
暦(……こいつは本当にアケスケにものをいうなあ)
駿河「ところで阿良々木先輩、無礼を承知で今一度問うが、ご気分でも優れないのではないだろうか。心配だ」
暦「……いいや、体調は万全さ」
駿河「身体の不調ならば、心配しこそすれ、ここまで深入りしようとはしないぞ、阿良々木先輩。ご『気分』が優れないのでは、と思ったのだ」
暦「…………」
駿河「わざわざ昔の話をぶり返すだなんて、常に前を向き邁進している阿良々木先輩らしくもない。身体の問題ならば門外漢だが、もしお力になれるのならば、なんでも言ってほしい」
暦「わかった、悪かったよ。嫌味な言い方をしたことを謝らせてくれ」
駿河「いやいや阿良々木先輩、わたしは何も謝罪を要求しているわけではないのだ。心の底から、お力添えをしたい一心だぞ」
暦「ハハ、本当にお前のハードボイルドっぷりは変わらないな。変わらなさ過ぎていっそ成長が見られないと言ってもいい」
駿河「む、失敬な。これでも少しは成長したと自負している。髪だって伸びたし、最近は身なりにも気を使っていてな。あ、そうだ見てくれ、阿良々木先輩」
暦(そう言って神原はマニキュアで彩られた爪を見せてきた。小指から親指までのグラデーションが対になっている。僕は一般的な男子高校生で、女子的なおしゃれに造詣が深いわけではない。しかし、これは一体どうしたことだ。初心者のスキルでできるものなのか? 塗にムラがないし、指にはみ出ていたりもしない。意外な器用さを発揮した神原だった)
駿河「きれいなものだろう? バスケをしていた頃は爪を短くしていたからな。いい機会だと思ってネイルサロンというところに行ってきたのだ」
暦「おいおい、プロの犯行かよ。でもま、いいんじゃねえか。お前も普通の女の子として??」
駿河「うん? いやいやいやいや、勘違いしてしまって困るな阿良々木先輩。わたしがなりたいのはノンケではないのだからな。阿良々木先輩がお望みなら、ここで一糸まとわぬ姿になっても構わないのだ」
暦「おい、ガンバル後輩」
駿河「どうしたラギ子ちゃん」
暦「お前、その左腕どうした?」
暦(彼女の爪は両の手で対になっている。つまり、左手を露出させている。まったく毛のない、陶磁器のようなつるりとした左腕を)
駿河「左腕? どうしたも何も、全く異常はないぞ? ふふふ、わたしの妖艶な魔の手に惹かれてしまったというのか? いけない先輩だ。しかし望んでいた展開でもあるぞ」
暦「左手で虚空を揉むな。神原、僕はお前に一つ確認しなきゃならない」
駿河「どうしたのだ。顔色がよくないぞ。覚悟を決めたということなら、わたしとしては今日の放課後だって構わない。あの女のことは忘れよう」
暦「阿良々木月火という名に聞き覚えはあるか」
駿河「いいや、初耳だ。それで、初夜の日取りはいつにしようか」
4:
暦「まずいことになった」
暦(神原に確認したことは本当にただの確認だ。火憐ちゃんが覚えていない月火ちゃんのことを、神原が覚えているとは期待していなかった。
 むしろ問題はあいつの腕だ。猿の手、願いを叶える暴力装置、あいつはその存在の一切合財を記憶していなかった。あの様子では、怪異に関する知識や記憶は軒並み消えていると考えていいだろう)
翼「何がまずいの?」
暦「羽川か」
翼「もしかして今日の英語の宿題忘れちゃった? うーん、英語は五限だから昼休みの時間を使えないこともないけど、たぶん阿良々木くん、その時間内じゃ解き終わらないと思うな。どこかで自習が入ればいいけど、今日は先生方に欠勤はないみたいだったよ。期待しないほうがいいかも。数学は問題を解く時間があるはずだから、そこを早めに終わらせれば少しは時間が稼げるかな。教科書開いて、予習しよう。わたしも協力するから」
暦「一息でずいぶん長いこと喋るな。なにか良いことでもあったのか」
暦(忍野のセリフを真似てしまった。しかし意外なほど使いやすい)
翼「ううん、ないよ」
暦「普通にスルーすんなよ……。ちょっとヘコんだぞ。それに、そんな面倒なことをしなくたって、お前が僕に宿題をみせればすむ話じゃないか」
翼「そうか、それもそうだね。考えつかなかったよ。はい、どうぞ」
暦「え?」
翼「英語用のノート。写していいよ」
暦「えええ!? お前、何言ってんだ。委員長の中の委員長、品行方正の鑑みたいなお前が、どうしたんだよ一体!?」
翼「やだなー。わざとやってこなかったならまだしも、忘れちゃったっていう失敗に対してわたしはそこまで厳しい主義じゃないよ。あ、でもこれに味をしめちゃダメ、だよ?」
暦「まあ、杓子定規な人間でないことはわかってたけどさ。でも、昔のお前なら」
翼「わたしだって少しくらい変わるよ。阿良々木くんにずいぶん助けてもらったからね」
暦「……そうか、そうだな。誰だって人と付き合っていくうちに変わるもんか。でも、訂正するぜ羽川。僕が助けたんじゃない、お前が勝手に助かったんだ。僕はそばにいただけだ。忍野のセリフをまたも借りるけどさ」
翼「阿良々木くんてば格好つけちゃって。ところで、忍野って誰? わたし、テレビとか見ないから」
暦「は? お前何言ってんだ。忍野メメだよ。アロハシャツを着た軽薄そうで胡散臭い、頼りになる良い人な怪異に詳しいおっさんだよ」
翼「アロハシャツ? そんなおじさん知らないけど……。それに、怪異? 流行ってるアニメかな? わたし、そっちの分野は完全に無知なのよ」
暦「お前にも知らないことがあるなんてな」
翼「いつも言ってるじゃない。何でもは知らないよ。ノートいいの?」
暦「ああ。実を言うと、僕は何かを忘れたわけじゃないんだ」
翼「そう? じゃあ、悩み事とか? 珍しいね」
暦「そうなのか? 自分じゃ結構悩みが多いほうだと認識してたんだがな」
翼「わたしで良ければいつでも相談に乗るよ?」
暦「助かるぜ。でも、とりあえずは自分でやれるとこまで、やっておきたいんだ」
翼「そっか」
5:
ひたぎ「ずいぶん仲よさそうに話すのね、阿良々木くん」
翼「おはよう、戦場ヶ原さん。やだなー、違うよ? それじゃ、バイバイ」
暦「おはよう、戦場ヶ原。待ってたよ」
ひたぎ「そう。わたしも会いたかったわ。ついさっきまでは」
暦「放課後、少し時間をくれないか」
ひたぎ「自分から折檻を求めるなんて成長したわね阿良々木くん」
暦「求めてねえよ! もう少し普通に考えろよ!」
ひたぎ「普通って何? 大多数と同じということ? それに何の意味があるのかしら? 阿良々木くんにしか被害は出ないのだからどうでもいいことでしょう?」
暦「それは少し危険な発言だ。三重の意味で」
ひたぎ「今はあんな田舎の県はどうでもいいのよ、阿良々木くん」
暦「今すぐ三重の県民に謝れ! それに田舎具合ではたぶんここも負けてない! 言ってて悲しくなってきたぞ!」
ひたぎ「うるさいわね。わたしが不愉快になるから黙りなさい」
暦(とりつく島もない。しかし、僕には確認することがある)
暦「なあ、阿良々木月火を知っているか? 忍野メメでもいい」
ひたぎ「わたしの前でわたしの知らない女の名前なんて良くも口にできたものね。極刑ものよ、阿良々木くん」
暦(嫉妬に狂った戦場ヶ原は前からこんな感じだった気もしてきた)
暦「わかった。とにかく放課後に、時間をくれ。折檻でも拷問でも、極刑だって、お前のものなら受け入れるよ。だから、お前も僕の言葉をちゃんと受け入れてほしいんだ」
ひたぎ「ずいぶんと格好付けたものね。これ以上惚れさせてどうする気なのかしら。死ぬ気なのかしら」
暦「僕はお前を惚れさせるのに命を懸けなければならないのか!?」
ひたぎ「本当にうるさいわね、ピーチクパーチク。ひな鳥みたい。いいでしょう、こんな公衆の面前でそんな泣いてあんな情けなく頼まれては、わたしも少しは慈悲を見せてあげるわ。貴重なわたしの時間をハツカネズミにも劣る阿良々木くんのために割いてあげる。先行き短い命なのだものね」
7:
ひたぎ「話をまとめるわ。
  阿良々木くんは、今朝から違和感を抱いている。というのも、自分の知っている記憶と他人の記憶とに齟齬があるようだから。そして、その齟齬の内容というのが、怪異とよばれる超常現象に関するものというわけね。しかも、その怪異に関わっている存在である、阿良々木月火、忍野メメ両名に関しては、存在していた痕跡すら見当たらない」
暦「そうだ。といっても、忍野はこの街を出て行って長いからな。存在証明なんて、難しいだろう。問題は僕の妹だ」
暦(こうなってくると忍や八九寺の存在も怪しい。いや、絶望的と考えていいだろう。そして、やはり戦場ヶ原も怪異の記憶は持っていなかった)
ひたぎ「ふむ、妹の名前に男の名前ね。よろしい、罪は不問とするわ」
暦「そりゃどうも……。いや、それどころじゃないんだよ」
ひたぎ「そうね、まだ折檻が残っているから」
暦「それどころじゃないんだよ! 戦場ヶ原、お前は、僕を異常者だと思うか」
ひたぎ「普通に考えて、ある日突然、記憶がどうの超常現象がこうの、と言い出す人間を異常者と思わないほうがおかしいわ」
暦「だろうな……」
ひたぎ「でも、普通って何? 大多数と同じということ? それに何の意味があるのかしら? だって、わたしの彼氏が正しいに決まっているのだから」
暦「……ありがとう、戦場ヶ原」
ひたぎ「礼を言うほどのことではないわ。当然だもの。それより阿良々木くん、あなたとわたしの記憶を、照らしあわせてみましょう」
暦「どういうことだ?」
ひたぎ「人がいなくなっているのよ? それだけの大きな変化があるというのに、わたしと阿良々木くんの恋愛関係は維持されているわ。普通はもっと大きな変化があってしかるべきではないかしら。例えば憎みあうとか」
暦「そんな殺伐とした関係は御免だよ! でも、まあお前の言うとおりだ。怪異とは無関係の部分でほとんど変化がないのが奇妙だな。怪異がなければ、僕とお前のそもそもの接点がなくなるはずなのに」
ひたぎ「ではまずわたしと阿良々木くんのファースト・コンタクトを確認しましょう」
暦「僕から言うか? それともお前から?」
ひたぎ「どちらでもいいわ。わたしが階段から落ちたのを、受け止められたのよ」
暦「どうやら同じみたいだ」
ひたぎ「そのあとわたしはあなたに、近寄るなと脅したわ」
暦「それでも、手助けをしたいと申し出て」
ひたぎ「それで説得されたわたしは、あなたを家にあげたわ」
暦「……僕の治癒能力は、見せてないんだな?」
ひたぎ「知らないわ。治癒能力なんてあるの? ちょっとホッチキスで口内を閉じてもいいかしら」
暦「やめろよ! あれからしばらくホッチキスにトラウマ持ったんだからな!」
ひたぎ「子犬のように震えていたわね」
暦(こいつ、反省の色が全くない……!)
暦「悪いけど、諸事情で僕はもうその治癒能力を使うわけにはいかなくなったんだよ。話を戻そう。お前の体重の問題はどうなったんだ?」
ひたぎ「……わたしの体重がなんですって?」
暦「お前の40キロ後半強の体重が、10分の1になってた問題……ああ、これは怪異絡みか。あれ? だとすると、お前はどうして中学のときと性格が一変したんだ?」
ひたぎ「当時のわたしはうつ病に罹っていたからよ。お母さんとのことがあって。それは知ってるかしら?」
暦「……知ってるよ。すまない」
暦(怪異が介入しないことはわかってたんだ。もっときき方を工夫することはできた。怪異と無関係の部分はあまり変化はないと予想していたんだから……!)
ひたぎ「助かるわ。一応自分の中で決着はつけたつもりだけれど、また詳しく話すとなると、疲れるもの。それで、うつ病のわたしは、それなりに阿良々木くんにも迷惑をかけたけれど、程なくして症状が落ち着いたのよ」
暦「僕の知ってる話とはすいぶん違うよ」
暦(うつ病……。自分の思いに耐え切れなくなったという面では、ある意味似たようなモノと言えるのだろうか)
ひたぎ「では、他の思い出でも照らしあわせてみましょう」
9:
暦(ずいぶんわかった。怪異に関わらないところは、ほとんど同じようだ。
 蟹は、うつ病として処理されて。
 猿は、夢遊病として処理されて。
 蛇は、猟奇趣味と集団心理として処理されて。
 猫は、二重人格として処理されていた。
 鬼や牛にいたっては、なかったことにされている。蜂もただの催眠か風邪ってところだろうな、この様子では)
ひたぎ「どうやら、どの出来事でも、阿良々木くんが果たした役目は変わっていないようね」
暦「そう、みたいだな」
暦(実際、貝木の事件のときに怪異の代替的な役割については、考えたこともあった。現実に起きた出来事の理解が及ばない部分を、怪異と呼んで納得する。もしもそれが、理解のできる別の現象に置き換えられるのなら、怪異は消滅してもおかしくない。
 つまり、それが、この世界。
 怪異を必要としない、世界。
 それでは、怪異の専門家は必要ないだろう。鉄血にして熱血にして冷血の吸血鬼など存在しうるわけもない)
ひたぎ「怪異って、何なのかしらね」
暦「どういう意味だ?」
ひたぎ「あからさまな異常だわ。なくて当然の存在じゃない。物理法則を無視しているもの。知っている人は知っている、日常に隠れた非日常、と呼ぶにはいささか無理がある規模で影響力を持っている。全く別の現象を、わざわざ怪異で説明しているようにしか聞こえないもの。阿良々木くんがもといた世界だって、起こったことはこちらとほとんど変わらないわ。一部の違いは、そう、阿良々木くんの幻覚といえばそれで済ませられるのよ、こちらの世界の常識では」
暦「……僕の常識でもそう言えるよ」
ひたぎ「もちろん、わたしはあなたを異常者扱いするつもりはないし、信じていないわけでもないのよ。今のわたしの言葉だって、あくまでこちらにいるわたしの言葉だということは、忘れないでほしいわね。どうしたって体験したことを元に考えてしまうもの」
暦「ありがとう。戦場ヶ原、お前に話してよかった」
ひたぎ「そう。何よりだわ」
暦「でも、やっぱり僕は、元の世界に帰るよ」
ひたぎ「ただの幻覚かもしれないのに?」
暦「だとしてもだ。この世界には、大事な人がいなさすぎる。忍も八九寺も、月火ちゃんもいない。全員が幻覚だっていうのは、僕には認めれらない。僕の人生にはなくてはならない存在だから」
ひたぎ「あらそう。なら結構だわ。わたしも協力を惜しみません」
暦「この上ない。助かるよ」
10:
暦(千石撫子が殺された。
 僕がその事実を知ったのは、紙面上でのことだった。一面に大きく取り上げられたその記事を、僕は何度も読み返した。その記事によれば、千石は僕が戦場ヶ原と話をしていたまさにそのとき、何者かによって殺された。
 磔にされて。
 首を、落とされて。
 遺体は、北白蛇神社のある山の付近で見つかった。第一発見者は、近くに住む女性だ。首なしの死体をみた彼女はしばらく茫然自失としていたそうだが、しばらくして警察へ連絡した。地方での凄惨な殺人事件として、記事は大々的に扱っていた。確かにセンセーショナルだ。
 しかし、なにより奇妙なことがある。
 奇妙な、異常なことだ。
 千石は、下校した後帰宅するところを目撃されている。帰宅時間は6時ごろ。これは、遺体発見時間と一致する。それどころか、その後夕飯を供にしたという家族の証言まで出ている。遺体から身元が特定され、千石邸へ警察から連絡がいく直前まで、千石の家族は千石の存在を確認している。そして、電話の直後、両親は千石を探したが、部屋はもぬけの殻だった。さっきまで千石がいたという、痕跡さえ見つからなかったという。
 まるで、遺体が見つかったからいなくなったかのように)
11:
書いておいたものは以上です。
今夜にも再開します。
12:
もうちょっとありました。
投下します。
13:
ひたぎ「シュレディンガーの猫、という言葉を知っているかしら、阿良々木くん」
暦「もちろん、聞いたことはある。内容までは理解できたとは言えないけど」
ひたぎ「あら、驚いたわ。阿良々木くんは人語を解すことができたのね」
暦「それぐらい誰だってできるわ! お前は自分の彼氏が一体何だと思ってたんだ!?」
ひたぎ「知らないわ。ハダカデバネズミか何か?」
暦「……っ!? 馬鹿にすんな!」
暦(よく知らない生き物を喩えに出されて、うまく突っ込めない! もし結構格好いい生物だったらどうしよう!)
ひたぎ「まあ、阿良々木くんの無知無能は今に始まったことではないわ。月に海があるとか言っちゃうメルヘン童貞だものね。わたしみたいなメンヘラ処女と一緒になってるのも頷けるわ」
暦「重いよ! 流石に自虐が度を超えている! あと僕はこっちでも同じ間違いをしていたのか!」
暦(そういえば昨日は流したが、神原のやつも普通に僕のことをラギ子ちゃんとか言ってやがった。十三星座の話も迂闊にはできないな)
ひたぎ「シュレディンガーの猫とは、その名の通りシュレディンガー博士が物理学への批判のために提唱した思考実験よ。阿良々木くんでもわかるように簡単化して説明してあげるわ」
暦「どうせ僕はハダカデバネズミだよ」
ひたぎ「まず、箱のなかに猫を入れるの。外からは全く箱の様子を知ることはできない。そして、箱のなかには50%の確率で毒ガスが出るようになっている。さて、一時間後に蓋を開けるとすると、それまで猫はどうなっているのかしら」
暦「ああ、何となく聞いたことがある。漫画やなんかでよく使われるしな。生きている状態と、死んでいる状態が重なり合ってる、だっけ? だから、結果は観測されるまで曖昧ってわけだ。どこにでもいるし、どこにもいないってやつだろ」
ひたぎ「愚かの極みね、阿良々木くんは。そんなわけないじゃない。漫画の読みすぎよ。少しくらい現実的に考えることはできないのかしら。シュレディンガー博士はサイキックバトルに憧れるエセ吸血鬼の阿良々木くんとは違って物理学者なのよ。シュレディンガー博士が批判したかったのは、まさに阿良々木くんのその妄想だというのに」
暦「……ええー」
ひたぎ「猫なんて、箱に入れられてすぐに毒ガスを吸ってみっともなく死んでいるか、毒ガスが出ていなくて鬱陶しく鳴いているかのどちらかに決まっているわよ。観測なんてなくても結果は決まっているわ。状態が重なり合っている? はっ、バカも休み休み言えってのよ」
暦「お前が猫が嫌いなことはよくわかったよ……」
ひたぎ「特に白猫が嫌いだわ。別段、理由なんてないのだけれど」
14:
暦「それで、その物理の話がどうしたっていうんだ? 千石のこととどう関わっているんだよ。話したいことがあるって言って呼び出したのはお前だろ」
ひたぎ「思ったより落ち込んでいないのね」
暦「あいつの場合は、微妙だからな。怪異が存在しないはずの世界ってんなら、千石がいるのは少し驚いたくらいだ。場合が場合なら、あいつは僕なんかよりよほど怪異に近かったんだから。それに、あいつの死は普通じゃない。むしろあいつの死にこそ、この世界の謎が関係してると思っている。だから悲しくないってわけじゃないが、どちらにせよその謎を何とかしないことには、月火ちゃんや忍や八九寺だっていないままだ。今は悲しんでいるより、事件解決を優先する」
ひたぎ「そう。そういうのを、こちらの世界の常識では錯乱状態というのよ」
暦「……否定はしない。今僕は何もかもを疑っているからな。千石の死も、たぶん受け入れてはいない」
ひたぎ「わたしは、ちょっと阿良々木くんの世界の常識でものを考えてみることにしたの」
暦「僕の、世界」
ひたぎ「ええ。怪異がまさしく魍魎跋扈する世界よ。昨日の阿良々木くんの話からの推測だけど。いえ、ただの妄想ね。それでも、考察に値するとは思うわ。まず、世界が変わるだなんて現象、それこそ怪異が関わっていないとできないと思うのだけれど、そういうことは経験はあるのかしら」
暦「ああ、あるよ。といってもそれは、ボタンの掛け違えた世界、とでも言うべきかな。別世界というよりは、もうひとつの可能性だ。怪異を狙ってピンポイントで消すような、そんな恣意的な世界じゃなかった」
ひたぎ「では、人為的にその怪異を使いこなす存在がいたら? ありえない話ではないはずよ。規模は違うけれど、貝木が似たようなことをしていたのでしょう?」
暦「ああ、確かに。その考えはなかった。怪異によって怪異を消す、か。」
暦(忍が聞いたらなんて言うだろうか。怪異殺しが形無しじゃないか。正確には殺しているわけではないけれど)
ひたぎ「先のシュレディンガーの猫だけれど、阿良々木くんが言った通り、漫画やエンタメ小説じゃよくある誤用だわ。でも、怪異というのはそういうものなのでしょう? 考えたものが発現する、妄想の産物」
暦「言ってみりゃあその通りだな」
ひたぎ「怪異はあってもなくてもいい存在。でも、ないことにするには、ないということを観測しなくてはならないわ。その結果は、どうやら主に精神病ということに落ちついたようだけれど。でも、そこで問題となるのよ。ここまでの大規模な変化を、しかも恣意的に行うことができる存在、なんて。心当たりはあるかしら」
暦「いや、ない。誤用こそが正解ってんなら、この変化を起こした奴は『観測者』だろう。全世界を観測してるような存在って、それじゃまるっきり神様みたいな存在じゃないか」
ひたぎ「そうね。だとすると、少し考えを改めなくてはいけないわね。もう少し、時間をちょうだい」
暦「焦るけどな。タイム・リミットがあるのかどうかさえわからない。でも、お前のお陰でだいぶ解決に近づけた気がするぜ」
ひたぎ「か、勘違いしないでよねっ! 阿良々木くんのために一晩中考えこんだりなんてしてないんだからねっ!」
暦「またわかりやすいツンデレだな!」
ひたぎ「それじゃ、わたしは帰るわ」
暦「え? もう?」
暦(別にデートのつもりで来ていたわけでもないが、せっかくの恋人同士が難しい顔で話をして終わりってのも味気ない)
ひたぎ「一人で考えをまとめたいのよ。それが、一番阿良々木くんのためになりそうだもの。タイム・リミットがわからないというのは、むしろ一番恐ろしいわよ」
暦「戦場ヶ原、お前」
ひたぎ「感謝なら、戻れた後になさい。一つ教えておくと、わたしはふとももの裏が一番弱いわ」
18:
再開します。
19:
黒猫「初めまして。僕の名前は病院坂黒猫。ここでは探偵という肩書でやって来たんだ。阿良々木暦くん、で間違いなかな。うん、人相体格その表情から言って間違いないようだね。さっきもいったけど僕は探偵でね。今回の殺人事件の調査のためにやってきたんだ。殺人事件、恐ろしいものだね。しかも被害者はまだ幼い中学生だし、遺体の損壊も激しい。遺体に激しく傷をつけるのは怨恨の可能性が高いのでね、こうして被害者の知り合いに色々と聞いて回っているんだ。どうだろう、阿良々木くん、キミが被害者の千石撫子ちゃんと親しかったという証言がいくつかとれているんだ。正直言ってつながりがよくわからないというのが本音だけれどね。妹さん絡みかな。聞いたよキミの妹さんの噂。ここらじゃずいぶんと有名人みたいだね。聞けばきくほど面白いよ。自称正義の味方だろう、あ、いやいや、決して馬鹿にするつもりはないんだよ。ただ単純に微笑ましいなと思ってさ。いや、むしろ羨ましいと言うべきかな。子供のころに憧れそうな正義のヒーロー、そのものとして活動をしているわけだろう。実を言うと僕もそうなんだ。探偵は小さな頃からのあこがれでね。探偵七つ道具、なんていって便利な道具を持ち歩いていた時期もあったんだけど……。まあ、昔の話だ。おっと、こちらの話ばかりしてしまったね。申し訳ないよ、これは僕の悪い癖なんだ。友人の櫃内君にはたまに注意されたりもするんだが、癖ってのはなかなか厄介なもので治しにくい。あ、紹介が遅れたね、彼が今いった櫃内君だ。櫃内様刻君」
様刻「初めまして。阿良々木暦くん。まあ、といっても実際これから何度も会うことなんてないと思うぜ。キミが犯人でもなけりゃさ」
暦「……初めまして」
21:
様刻「出会い頭に面食らったろう。今少し時間いいかな?」
暦「千石の事件を解決するためなら、なんだってしますよ」
様刻「恩に着るぜ、阿良々木くん。それじゃ、まずはアリバイから聞こうか」
暦「……遺体の発見時刻なら、僕の彼女、戦場ヶ原ひたぎと話をしてましたよ。失踪した時間帯は詳しく知りませんけど、帰宅後はずっと家にいました」
様刻「ふうん。そうかい」
暦「あの、メモとか取らなくていいんですか」
様刻「今の発言を? それくらい覚えていられる。それに、僕はあくまで助手だからさ。そういう探偵活動はキミに任せるぜ」
黒猫「一任された。大丈夫、ボイスレコーダーで録っているから。万一の時は聞き直すよ。ところで、阿良々木くん、キミは今模範的な回答をしてくれた。遺体発見時刻と、被害者の失踪時刻、どちらも聞くつもりでいたんだ。この事件の一番の謎、つまり推理の必要な部分だからね。同一人物が、同一時刻、二つの場所に現れたんだからね」
様刻(話しだしたら長いからな……。そろそろ泊まるところも考えなくてはいけないし。さて、ならば、とるべき選択は限られてくる。この時この場合における、最良の選択は??)
様刻(なんだかこうやって考えるのも久々な気がするな。いつものことなのに)
24:
黒猫「ドッペルゲンガーって知ってるかな? 古くは神話からも続く伝説でね。全くある人物が同時に複数存在する現象だ。その姿を見てしまうと遠からず死ぬと言われている。妖精説や悪魔説や、魂説や影説なんてのもある。どれも非科学的だ。SFでは未来の自分だったり、子孫だったりとかもあるけれどね。もう少し現実的に考えるべきだと思わないかい? 探偵小説なら双子トリックなんて結構ありがちだね。もっとも今回の場合、千石撫子さんは一人っ子のようだから使えなさそうだけれど」
暦「…………」
様刻「そこまでにしてくれよ。阿良々木くん青ざめてるじゃないか。話が長すぎて嫌気が差してるって感じだ。今日はとりあえず顔見せなんだろ? 阿良々木くん、今後知りたいことがあればまた来る。ほら、もう行こうぜ、腹がペコペコだ」
黒猫「うん? ふうん……。ま、いいよそれで。キミのお腹と背中がくっついては一大事だからね。妹さんに何をされるかわかったもんじゃない」
様刻「夜月の話を今するなよ。会いたくなるだろ」
暦「妹?」
黒猫「キミのシスコンっぷりにも最近拍車がかかってきたね」
様刻「普通だろ、これくらい。阿良々木くん、キミにも妹がいるんだよね。気持ちわかるだろ。いついかなる時だって、妹の話をされては飛んでいきたくなる。妹ってのはそれだけの庇護欲を駆り立てられる存在だ」
黒猫「キミとキミの妹さんの関係性は、世間的に十分イレギュラーだと、僕は再三述べているつもりだけどね」
暦「……どうなんでしょうね。少なくとも僕と妹は違いますよ」
様刻「そうか? 歯磨きくらいやってやったりしない?」
暦「はあ? 何を言ってるんですか? 歯磨き? そんなもん自分でやれるでしょう。他人から体内に棒状の異物を突っ込まれるなんて、よほどの変態でなければ受け入れがたい話ですよ。母親と幼児ってんならともかく、年齢も二桁に上った人間同士のする行為とは思えませんね。全く背徳的で、いっそ犯罪的と言っても過言じゃありませんよ」
様刻「ふうん……。意外と悪くないけどな。信愛を確認できるもんだぜ。ところで、この近くにホテルはないかな。来たばかりで土地勘がないもんでね。なんなら休憩が出来るだけのホテルでもいいんだけど」
黒猫「馬鹿言ってんじゃないよ。宿ならとってあるって……言ったっけ?」
様刻「いや? 聞いてない。……それじゃ何か? 僕はわざわざ意味もなく荷物を抱えて歩かされてたってわけか? おいおい、いつぞやのお返しができそうなことをしてくれるじゃないか、黒猫さん」
黒猫「……………………。いや、ほら、僕は男じゃないし、キミは男だし。僕は泣いてたし、キミは泣いてないし」
様刻「言い訳は土下座で聞くよ」
暦「あの、僕はこれで」
黒猫「ん? ああ、そうだね。もう時間も時間だし、また今度にさせてもらうよ」
様刻「ありがとう。そしてさよならだ」
暦「ええ。あなた達と話せてよかった。色々と思い至りましたよ」
25:
黒猫「そういえば、阿良々木くん。ずいぶん身構えていたようだけれど、そんなに緊張することはないよ。妹さんの話をしたときから身体を強ばらせていただろう? 恥ずかしがることはないよ。この櫃内様だって、『破片拾い(ピース・メーカー)』なんてあだ名がある。なかなか上等なあだ名だと思わないかい?」
様刻「ボク自身は結構気に入ってるんだぜ。痛いだろ? 『欠片拾い』なんて間違えるやつがいるけどな」
暦「その年で探偵なんて、ただものじゃないんだろうな、とは思ってましたけどね」
26:
暦「ロリ巨乳、そういうのもあるのか。何かが足りないとは思っていたんだ」
暦「ロリ巨乳だって? ありだな、それは断然ありだ。忍に土下座してなんとかならないだろうか」
暦「ん?」
暦「あれ?」
暦「あ、僕だ」
暦「本当だ、僕がいる。ってはぁああ!?」
暦「何でこんなところに僕がいるんだよ!」
暦「僕にきくなよ、こっちが驚いたわ!」
暦「……ドッペルゲンガーって知ってるか?」
暦「ああ、出会うと死ぬっていう……。あれ? 僕、死ぬの確定した?」
暦「待て。待て待て待て。僕もそうなるのは嫌だ。どうだろうか、ここで僕たちが出会ったことは忘れよう。忘れてしまえばなかったのと同じだ」
暦「そうしたいのは山々だが、たぶん行き先はお互い同じなんじゃないか?」
暦「僕は帰宅するところだけど、お前は?」
暦「全く同じだけど」
暦「……今日は戦場ヶ原の家に泊めてもらうことにするよ。明日になればなんとかなるだろう」
暦「よせ。ついさっきまで僕のほうが会っていた。神原の家にしろ。事情を話せばわかってくれる」
暦「そうしよう」
暦「それじゃな。もう二度と会いたくもないが」
暦「実際もう会えなくなっちゃったりしてな」
暦「やめろよ! 命がかかってるんだよこっちは!」
暦「いや、そっち目線だと意識しづらいかもしれないけど、僕もだよ……」
暦「お互い難儀だな……。でも、それでいいもんなのか?」
暦「知らん。……じゃ息災で」
暦「ああ。精々頑張れ」
暦「ばいばい、セリヌンティウス」
暦「走れ、メロス」
27:
きちきちきちきちきちきちきちきちきちきちきちきち
28:
暦(何だ、アレは。
 赤髪の少女がそこにいた。赤髪……赤髪だぞ。どうみたって小学生の女の子が赤髪だぞ。一体この日本の小学生事情はどうなっているんだ? 八九寺を見習えよ少しは。あんなによく出来た小学生は滅多にいないぞ。ああ、小学生が小学生のままで成長がとまる薬とか開発しないかな)
りすか「なんだか邪な視線を感じるの。近づかないで」
暦「こんにちは。見かけない子だね。迷子だったら交番を紹介するよ」
りすか「このわたしに、気安く話しかけないで欲しいの、駄人間が」
暦「…………」
暦(第一印象は最悪なようだ)
りすか「できれば早くあっちに行って欲しいのが、このわたしなの」
暦「はははは。誰かに頼るのが恥ずかしいくらいの年頃なのかな? でも安心してくれ。お兄さんはこれでも昔、正義の味方を目指してた正義の人なんだ。この世のみんなが幸せになればいいと思っている」
りすか「……面白いことをいうのが、この人なの」
暦「そうかな? 面白かったら笑ってくれていいよ」
暦(変なしゃべり方をする子だな。英訳を失敗した、みたいな。しかしそれよりもむしろ……)
りすか「ともかく。わたしに先に『省略』させて、待機してろといったのが、キズタカなの。……あっ!」
暦「キズタカって、保護者の名前か? その人は今どこにいるんだ?」
りすか「忘れるの。内緒にしてろと言われたのが、このわたしなの」
暦「忘れるのって言われても、聞いちゃったしな。君はキズタカって保護者にここで待機するように言われてるんだろ?」
りすか「忘れろ」
暦(今、一瞬すごいドスの利いた声になったんだけど)
暦「わかった。忘れることはできなくても、少なくとも黙っていることぐらいはできるさ。ただし、君がちょっとした取引に乗ってくれたらだけどね」
りすか「安心したの。むしろ何もなく信じられるわけないの。何でもするから」
暦「うむ。『あふぅ』と言ってくれればそれでいい」
りすか「…………」
暦「どうした? 黙っていて欲しいんだろう? 見かけない赤髪の他所の子がキズタカって人を探してたよ?って喧伝して回ったって構わないんだぜ?」
りすか「……本当にそれでいいの?」
暦「ああ。男に二言はない」
りすか「もし、ことを軽く考えているのなら、わたしはあなたを発狂させてもいいの。むしろそのほうが楽なの。手間なだけで」
暦(……ちょいちょい怖いんだよな、この子)
暦「別に、軽く捉えているつもりはないよ。もっとも、重く捉えてるわけでもないけどさ。僕から見れば、君は子供だからね。子供のお願いにきつい代償を求めるほど僕は落ちぶれちゃいないんだ。何もなしに今すぐうちに帰ったって問題ない。でも、それじゃあ君は納得しないだろう? だから、ほんの少しのいたずら心さ。だから、ほら、何の腹蔵もないからさ。やましい気持ちなんて欠片も存在しないよ。ほんの一破片すらないと堅く誓おう。『あふぅ』と一言、一言だけでいいんだ。言えばそれで僕は帰るんだよ。帰って欲しいだろ? 早く早く。ハリーハリー!」
りすか「なんなのなの……」
暦「ッ!?」
りすか「あふぅ」
暦「ッ!? ……ッ!?」
暦(驚くほどの衝撃だ。これは、あの時の猫の長セリフに優るとも劣らない)
りすか「釈然としないの」
暦「ああ、ごめんごめん。あまりの可愛さにノックアウトされそうになってしまった。アイドルとか目指したらいいんじゃない? サービス精神旺盛そうだし」
りすか「意味がよくわからないの。……ともかく黙っていて欲しいの。それじゃ」
暦「ああ。詮索はしないけど、気をつけてな」
りすか「別に、これくらい。いつものことなの」
30:
暦(そう言って名も知らぬ赤髪の少女は去っていった。詮索はしないと言ったものの、やはり路地を曲がるまでは、何となく目で追ってしまった。そして、気付いてしまった。僕の目は今、おそらく普通の視力だろう。吸血鬼の夜目は利いていないはずだ。日も没しかけた状況で、そんな目でも確認できるほど、彼女の袖は血に濡れていた。
 血。
 それは明確な体液だ。体の内部に流れる液体だ。そんなものが外界に漏れることは、通常ありえない。血とは、それだけで異常を示すファクターだ。鼻をつく特徴的な匂いも含めて。そして、その匂いが、すぐ近くで発せられている。
 匂いをたどって茂みを覗きこむ。匂いは一層強くなった。そして、僕の目が、女性の生首を視界に捉えた。)
暦「戦場ヶ原……」
31:
きちきちきちきちきちきちきちきちきちきちきちきち
32:
暦(僕は、たぶん先に気付いたのは僕だと思っていた。僕が少女に気付いたのだと思っていた。でも、おそらくそれは逆だ。少女が僕に気がついたのが先なのだ。彼女は手に持っていた生首を咄嗟に茂みに隠して、僕の出方を伺った。そして、どうやら何も気付いていないようだと思い、その場を後にしたのだろう。
 それで終われば、彼女の勝ちだった。しかし、僕は異常に気がついてしまった。たぶん、いつもの僕なら見落としていただろう。異常にやたら敏感になっていたからこそ、気が付いたのだと思う。彼女は巧みに隠蔽していた。それはつまり、隠蔽工作に慣れているということでもある)
りすか「……取りにきたのは、忘れ物なの」
暦「……たぶん、戻ってくるんだろうとは思ってたよ」
暦(戻ってきたことに気づかないほど、少女はいつのまにか近くにいた。やはり、慣れているのだろう)
りすか「見ちゃったんなら、終わりなの」
暦(僕はたぶん、身構えた。彼女が腕を振るったからだ。少女のか細い腕の力でどうこうなるとは思っていたなかった。しかし、それが失敗だった。
 僕もいい加減、学ぶべきなんだ。人は見た目によらないと。
 見えるものが全てではないと)
33:
いーちゃん「行き倒れを拾われるのは、二回目だよ」
崩子「仕方がありません。道路の真ん中に突っ伏していたんですから。停まったのはお兄ちゃんじゃないですか」
いーちゃん「引きずってきたなり車に押しこむとは思わなかったんだよ。客観的に見て、ハネちゃったから死体を隠そうとしてるみたいだったよ」
崩子「路傍に捨て置くほうがよほど犯罪的です」
いーちゃん「それもそうだ。……何してんの?」
崩子「せっかくですから何か役に立つものを持っていないかと」
いーちゃん「マジ犯罪じゃねえか。やめなさい」
崩子「冗談です。身元のわかるものを探してるだけですよ」
いーちゃん(怪しいもんだ。口には出さないけど)
崩子「ケータイがありました」
いーちゃん「ま、定番だね。あんまりジロジロ見るのも失礼だから、履歴の一番上に電話するよ」
崩子「見てくださいお兄ちゃん。この人、アドレスの登録数がとても少ないです」
いーちゃん「言ったそばから、何を見てるんだ。貸して。うわ本当だ」
崩子「ところでお兄ちゃんはこの何倍ですか?」
いーちゃん「…………。僕のケータイ、アドレス登録できないんだ。さて、それじゃあ電話をかけよう。神原駿河、良い名前だね」
崩子「闇口崩子はどう思いますか?」
いーちゃん「……似合ってると思うよ」
34:
駿河「神原駿河だ」
いーちゃん(いきなり名乗られた。もしや、こちらが初対面であると気付いたのだろうか)
駿河「特技は縮地、職業は阿良々木先輩の奴隷だ」
いーちゃん「闇口だったよ」
崩子「え? じゃあ、この人は暴の世界の人ですか? ……とりあえず縛っておきます」
駿河「むっ、ここまででツッコミがないということは、ひょっとしておばあちゃんか? 違う、今のは学校で流行っている挨拶で??」
いーちゃん「電話でツッコミ待ちってなんだよ!」
崩子「え? え? 何ですか、おにいちゃん。緊急事態ですか?」
駿河「やっと突っ込んでくれたか。放置プレイに目覚めるところだった」
いーちゃん(最近は変態としか知り合いにならないな。大学時代が懐かしい。あの頃もあの頃で大外だけど)
駿河「しかし、声に聞き覚えがない。どちら様だろうか」
いーちゃん「……初めましてですよ。ある男性が路上で倒れてましてね。ケータイを見つけたので、履歴で一番上にあったあなたに電話したんです」
駿河「ふむ、最近電話した男性ならば、阿良々木先輩しかいない。申し訳ない、わたしの先輩が迷惑をかけて。今すぐそちらへ向かおう。場所を教えてほしい」
いーちゃん「場所? ええと、崩子ちゃん、ここどこかわかる?」
崩子「少なくとも京都じゃないです。ちょっとおにいちゃん、敵に居場所を教える気ですか!」
いーちゃん「今そういうのいいから。場所教えて」
崩子「……さっきの電柱に新木砂ってありました」
いーちゃん「新木砂だそうで」
駿河「ふむ、その市名は知らないな。ひょっとすると県外かもしれない」
いーちゃん「こっちも移動中でこれ以上詳しいことはちょっと。そっちの地名を教えて下さい。車ですから、向かいますよ。ええ、ええ。分かりました。それじゃ」
崩子「どういう状況ですか? 攻め入るんですか?」
いーちゃん「……状況、か。よくわかんないね。とりあえずこの人が起きるのを待って??拘束されている!?」
崩子「何ですか、何なんですか!?」
43:
暦「……知らない天井だ」
暦(後ろ手に拘束されて、柱のようなものに身体を固定されているようだ。こんなことをするやつの心当たりは一人しかいない。しかし、参った。今はあのときのように力で無理やり脱出することは叶わないだろう。
 いや。
 戦場ヶ原はもう、いないのだった。こんなことをしそうな奴が、僕にはもう、思い当たらない。……あの少女はどうなった? 口封じならいっそ殺せばいいものを。わざわざ僕を生かしておく意味は何だ?)
いーちゃん「寿司は用意してないけど勘弁してくれよ」
暦(数メートル離れた位置に、車に載っている男性がいる)
暦「……あなたは、誰ですか」
いーちゃん(とりあえずは、この質問には無視していいな)
いーちゃん「勘違いしてもらっては困る。聞くのは僕で、答えるのが君だよ。僕は必要ないと思ってるんだけどね」
暦「意味がよく……」
いーちゃん「おとなしく質問に答えろって意味さ」
暦「…………」
いーちゃん「安心していい。こっちは君に恐怖してるんだ。だからほら、今すぐにでも逃げられるようにエンジンをふかしてる。君が安全だって信用できたら、その拘束も解くと約束するよ」
暦「……何をそこまで怖がられているのか、判然としませんけどね。質問に答えれば拘束を解いてもらえるってんなら、いくらだって答えますよ」
いーちゃん「君に関して聞きたいことは、実をいうとあんまりないんだ。知りたいことは知っている。阿良々木暦くん。直江津高校の三年生。両親は健在で、妹さんが一人いるだろう? 交友関係は華やかじゃないが、一人ひとりと深い付き合いをするタイプ。でも両親とは疎遠だね。正義心にあふれていて、厄介事に首を突っ込んで人に迷惑をかけることもザラだ。僕が聞きたいことは一つだよ」
暦(何者だこの人は……!?)
いーちゃん「この名刺は誰からもらったんだい?」
暦「名刺? ああ。臥煙伊豆湖という女性から、とっておけと言われたものです」
いーちゃん(そもそも、僕にしてみればこの名刺を持っている時点でこの人は『客』だからなぁ)
いーちゃん「『臥煙伊豆湖』、ね。なるほど。それで、君はこの名刺の意味を知っているのかな?」
暦「いいえ。ただ、持っておけと言われただけです」
いーちゃん「ふうん。臥煙伊豆湖、怪異のオーソリティとか言ったかな」
暦「怪、異……! あなたは、怪異を知っているんですか!?」
いーちゃん「知ってるよ、存在は。僕は仕事の関係上、眉唾もののうわさ話も入ってくるからね。正直に言って信じてはいないけど。臥煙伊豆湖の名は、何度か耳にしたことがある」
暦(どういうことだ? ここは怪異がそもそも存在しない世界じゃないのか? 知識として知ってる場合は例外ってことだろうか)
いーちゃん「どうやら君は敵じゃない。崩子ちゃん、解いてやってくれるかな」
崩子「承知しました」
暦(真後ろで声がした。……どうやら逃げる準備というのは真っ赤なウソだったらしい。この配置は明らかに僕を排除する意思がある。そもそも、真後ろにいて気配さえ感じさせないって、この少女は何者なんだ?)
いーちゃん(承知しましたって、どうにも他人行儀だな。まだこの人のことを信じきったわけじゃないってことかな)
暦「身体がこわばりましたよ。ところで、その名刺の意味をご存知何ですか?」
いーちゃん「まあね。全く奇遇な話だけれど、これは僕に仕事を依頼するための鍵の一つだよ。君は僕にとっては客人なんだ」
暦「一体何の仕事ですか?」
いーちゃん「僕の仕事は請負人。でも、まさか道路で倒れている人が依頼人とは思わなかったけどね」
暦「請負人?」
いーちゃん「真ん中に負けるって入ってるのが最高に格好いいだろう?」
崩子「その台詞は、無敵になってから言ってもらえますか」
いーちゃん「…………」
暦(状況は全くと言っていいほどつかめていない。この二人組が何者なのかもわからない。でも、僕には今、他に頼る手段がない……)
暦「あなたに、依頼したいことがあります」
44:
いーちゃん「胡蝶の夢」
暦「へ?」
崩子「荘子ですね」
暦「荘子って、ええと、中国の?」
暦(中学生に向かって、心配そうに尋ねる男子高校生がここにいた。ていうか僕だった。ていうかすごい睨まれた)
いーちゃん「そうだよ。崩子ちゃん、説明してあげて」
崩子「……夢の中で荘周という男性が蝶になったんです。目覚めた荘周は、蝶だったときの感覚があまりに鮮明だったことに疑問を持ちました。人間として蝶の夢を見たのか、それとも蝶として今まさに人間としての夢を見ているのか。どちらが本当の自分なのかわからなくなったという話です」
暦「へ、へぇ」
いーちゃん「概ねその通り。荘子の思想を理解してないと、本当の意味はわからないそうだけれどね」
崩子「本にはもっと詳しいことが書いてありましたけど、わたしにはまだわかりませんでした」
いーちゃん「いやいや、むしろ崩子ちゃんくらいの子で胡蝶の夢を説明できるほうが珍しいよ」
暦(僕も中学までは神童だったはずなんだけどな。最近それすら自信がなくなってきた)
いーちゃん「話を聞いて何となく思い浮かんだんだ。どちらでも成り立つ現実、なんてさ。阿良々木くんも思ったんだろう? 『悪い夢みたいだ』と。実をいうとね、僕もさっきからどうにも気持ちが悪くてしかたがないん」
暦「気持ちが悪い、ですか?」
いーちゃん「違和感がある、って言ったほうがいいかな。僕は、一身上の都合で教育を日本で受けていなくてね。日本の地理には疎いんだけど、ここ、九州だよね」
崩子「間違いありません」
暦「そんなところまで飛ばされたのか……」
いーちゃん「赤い髪をした少女……不吉だなぁ。どんな手段を使ったのか知らないけど、それは問題じゃない。むしろ、僕の行動が異常なんだよ」
暦「何の話ですか?」
いーちゃん「記憶が正しければ、僕は京都から九州まで車で移動してきたんだ。半日くらいかかるのは覚悟してきたけど、そんなに時間はかからなかった。それと、一度も『橋』を通った記憶がない」
暦「え? だって、九州は海に囲まれて……」
いーちゃん「その通りだ。じゃあ、ここはどこなのかな?」
崩子「……いつから気付いてたんですか?」
いーちゃん「ついさっきだよ。新木砂をケータイで調べてみたんだ」
崩子「アドレス帳はないのにネットにはつながるんですか?」
暦「ところでケータイ返してもらっていいですか?」
崩子「…………」
暦(邪魔するなって目で睨まれた)
いーちゃん「どうにもおかしい。でも、夢だって考えれば一応の説明はつくのかな」
暦「夢って決まったわけじゃないですよ。さっきも言いましたけど、怪異は世界を改変することだってできるんです」
いーちゃん「世界を改変できたって、人の認識を崩せるわけじゃないんだろう? 人から生まれた存在に、そんなことをされちゃたまらないしね。できて精々が認識をごまかす程度だろう? 異常なんだよ。僕はともかく、崩子ちゃんが異常に気づかないってことがおかしいんだ」
崩子「……お役に立てず、申し訳ございません。どのような処罰も謹んでお受けいたします」
いーちゃん「……またそんなこと言って。知らないよ? ワンって言ってごらん」
崩子「………………ワン」
暦(関係性が読み取れない)
51:
暦(病院坂黒猫について僕が知る情報は少ない。しかもそれは紙面を通じての情報で、生の情報ですらない。病院坂という大きな家のお嬢様であること。アメリカへの渡航経験があること。若くして探偵としての活動をしていること。その程度だ。彼女が一体どんな容姿や性格で、どんな声でどんな話し方をするのか、僕は知らない。そして、知る機会は永遠に失われた。
 彼女は、第二の被害者として新聞に名前が載っていた。
 遺体は、人目につきにくい学習塾跡の近くで発見された。心臓を杭で打たれて、地面に磔にされていたそうだ。はねられた首は遺体のすぐそばに置いてあったらしい。発見者は、捜索に出ていた探偵助手だ。彼女は千石のときと違い、行方不明になった時刻と遺体発見の時刻に矛盾はない。探偵助手が、夕食後に姿が見つからないと気づくやいなや街へ飛び出し、遺体を発見した。しかし、宿泊していたホテルの部屋には、髪の毛一本も残っていなかったそうだ)
いーちゃん「……全く奇妙なことばかり起こる」
いーちゃん(願わくば、死者はこれきりにしてもらいたい)
暦「何で……だって、『アレ』は。戦場ヶ原は!」
いーちゃん「電話してごらん。十中八九、その子は生きてるよ」
暦「電話? そうだ!」
暦(出ろ、出ろ……! 頼む、出てくれ戦場ヶ原!)
ひたぎ「ここ数日学校に顔を見せないとは思っていたけれど、あなたは一体どこで何をしているのかしら? 連絡もないと憤っていたところよ。それにしてもこんな朝早くに電話してくるなんて、阿良々木くんは本当に人の迷惑を考えられないのね。考える頭がないのかしら?」
暦「戦場ヶ原!」
ひたぎ「聞こえているわよ、阿良々木くん。知らないの? 電話は遠くはなれていても大声を出さなくていいように開発されたって」
暦「お前……お前、生きてたのか! 良かった、本当に良かった……」
ひたぎ「いやね。人を幽霊みたいに。……阿良々木くん? 泣いてるのかしら?」
暦「これが! 泣かずに! いられるか!」
ひたぎ「……事情があるようね。ともかく会って話が聞きたいわ」
暦「ああ、約束するよ。すべてを話す。今日中にはそっちに帰れるはずだ」
ひたぎ「そう。いつまででも待ってるわ」
いーちゃん「今日中、ね。邪魔が入らなければ、それでも良かったんだけど」
暦「どういう……?」
52:
きちきちきちきちきちきちきちきちきちきち
61:
りすか「…………」
創貴「どっちだ?」
りすか「背の小さいほうなの」
創貴「ふうん……」
創貴(中肉中背で小柄、意外と筋肉質だな。でもわかりやすい負け犬だ。勝負に勝った経験は数えるほどと見ていいだろう。無意味に意思が強いことが、注意すべきところといえなくもないか)
暦(赤い髪の少女……。連れ添った少年は同い年くらいに見えるな……。『背の小さいほう』というのは、僕の方だろう。これはあくまで相対評価によるものであり、僕の身長云々を誹謗中傷するものではないはずである)
暦「……そっちの女の子に、聞きたいことがある」
創貴「水倉りすか、だ。僕は供犠創貴」
暦「りすかちゃん……あの首についてだ」
りすか「…………」
いーちゃん(完全に蚊帳の外だ)
創貴「ああ。そのことで話があって、わざわざこうして迎えているんだよ」
暦「それは、是非もない」
創貴「あの生首について聞きたいんだろう。戦場ヶ原ひたぎ、あんたの知り合いに瓜二つだ。心配するのも無理はない。だが、電話の一つもかければ、生存確認はできる」
暦(どうして、どいつもこいつも僕ら側の事情に精通しているんだ)
暦「電話はしたよ。生きていることは確かめた」
創貴「そりゃそうだ。どんなに似てようが、ちゃんと瓜は二つある。一つを潰したからといって、もう片方が潰れる道理はない」
暦「なぜ、そんなに似通った顔をしていたんだ?」
創貴「そんなのは僕が知ったことではない。と言いたいところだが、りすかがあいつを殺したときに面白いものを見たらしい」
りすか「……………」
暦「面白いもの?」
創貴「ああ。これといった特徴もない女性が、『姿形』から『顔』から『動作』まで、全く戦場ヶ原ひたぎと同じ人間に『なる』のを、目撃した」
暦「なるほど、たぶんそれは怪異だ」
創貴「容易に信じられないのも当然だ。おそらく属性は『肉』、種類は『変化』、顕現は『模倣』の『魔法』使い……怪異だって?」
暦「パターン、カテゴリ、モーメント? 一体何の話だ? 魔法使い?」
いーちゃん「やだな。話がややこしくなってきた。ついていけるだろうか。自慢じゃないが僕は記憶力に自信がない」
いーちゃん(正直、妙な力に頼らなくとも肉体変化くらいならあっさりとやりそうなのがいくらでも思い当たる。哀川さんとか)
65:
創貴(どうやらこいつは『魔法』についての知識がほとんどないらしい)
りすか「さっきも言ったとおりなの。この人は魔法使いとは関わりない」
創貴「わかってないよ、りすか。僕がいつ『魔法』程度の『力』で満足したと言った? 手段がどうあれ、目的がどうあれ、こいつは生首を持った人間に真正面から応対したんだ。なにかしらの『力』を持っていることはまず間違いない。りすかになす術なく敗退させられたとしても、『駒』として有能なら活用すべきだ」
暦「何を言ってるんだよ、こっちの話はまだ終わっていない」
創貴「『変身』が得意な何者かが、あんたの彼女に化けてあんたを殺そうとしたんだよ。りすかはそれを見ていて、そいつを殺した。それだけの話だ」
暦「それだけ、だって? そんな話を」
創貴「もういい。終わった話だ。それよりもあんただ。僕にあんたの力を見せろ。場合によっては、僕が最大限有効に使ってやる。そうでなければ、あんたはただの目撃者だ。ここで殺す」
暦「な??」
暦(今まで受けてきた仕打ちで一番理不尽だ……!)
いーちゃん「……ずいぶんと軽く、殺すなんて言葉を使うんだね」
創貴「事実だからだ」
いーちゃん「事実を述べることに一切の躊躇がない? 事実を言い淀むことも、思いを馳せることもないって? そりゃ嘘だろう」
創貴「…………。あんたが一体どんな経験を積んでるのか、興味すらないが、この僕は微塵の後悔すら感じちゃあいない」
いーちゃん「僕のことなんか今は関係ないんだよ、創貴くん。君がどんな漆黒の意志を持っていようと関係ない。たった一つの認識の話をしているんだ。??君は、『殺人』をどう思う?」
創貴「愚問だな。『殺人』をどう思うかなんていう質問は愚の骨頂だ。殺人はいついかなる場合においても、手段でしかなく、目的にはなりえない。人は、そいつと同じ空気を吸いたくなければそいつを殺す。そいつが邪魔になりそうならば排除しようとして殺す。殺人に思うところなんて、ないに決まってる。あるいはそうだな、時価みたいなもんだ。殺人の価値は、そのときどきに応じて決まるよ。思うところもその時々、ケース・バイ・ケースだ」
いーちゃん「僕は、そうは思わない。殺人はどんな目的であれどんな理由であれ看過できない。醜悪で下等な行為だ」
創貴「下等、だと?」
いーちゃん「さっきから黙って、ずいぶんと威勢がいいからさ。もしかしたらと思ったんだ。君はひょっとすると、自分は特別だと勘違いしてしまってるんじゃないかってね」
創貴「何が言いたい、駄人間」
いーちゃん「思い上がるな。もし君が自分を大物だと思っているんなら、断言しよう、それは君の周りに小物しかいないからだ」
創貴「この僕を、小物扱いか。いいだろう。『鏖殺しろ、りすか』」
いーちゃん「その子に『流血』させるな」
崩子「畏まりました」
創貴(な……!? 後ろを取られていた、だと!?)
りすか「ああっ……! ぐぁっ!」
崩子「両肩関節と、念のため顎関節を脱臼させました」
いーちゃん「お見事」
暦(……ついていけない)
73:
いーちゃん「奥の手は、最後まで隠しておくもの、なんて言うけれどさ、実際には、それを出せる状況をキープし続けておくほうがよほど難しいんだよ。奥の手は出すもの。先手必勝こそが真理なんだよ。魔法だかなんだか知らないけどさ。封じられてしまえば終わりじゃないか。人間をなめすぎなんだよ」
創貴「…………」
いーちゃん「ま、戯言だけどね」
創貴「……ほざけ」
いーちゃん「大人しく負けを認めるなら、これ以上手出しはしない」
りすか「ううっ……! ぐぁ!」
崩子「煩い」
創貴「あんたの『駒』はそうでもないようだがな」
いーちゃん「崩子ちゃん」
崩子「失礼致しました」
創貴「……なぜりすかの魔法は『流血』が必要だとわかった?」
いーちゃん「別に。そう訝しむようなことじゃない。少し考えればわかることだ。まず、阿良々木くんが何かをされている。物理的な攻撃があたる距離感じゃないが、魔法からイメージされるほど遠距離でもない。加えてさっきの君自身の言葉だ。変身する魔法とやらを、『肉』を『変化』させて『模倣』すると言った。何らかのルールが魔法には必要だということだ。しかも、りすかちゃんはずっとカッターをいじってた。最初は得物かと思ったけど、殺傷能力が低すぎる。『自傷』が目的なんだと気付くのは、そうおかしなことじゃない。ことここに至って、阿良々木くんが血を浴びたと考えるのは、自明のことだよ」
創貴「なるほど、キレる。いい『駒』になりそうだ」
いーちゃん「仲間を『駒』扱いするのは感心しない。それから気をつけた方がいい。僕はそういう手合を裏切らせるのが十八番なんだ」
暦「……ところでずっと疑問だったんですけど、僕の性格を当てたのは何だったんですか?」
いーちゃん「ああ。あれは、ケータイを見たからね。アドレス帳にメールの履歴、発着の頻度をみれば、その人となりを知るのは簡単だよ」
暦「……なるほど」
暦(自分の立ち回り方がわからない。とりあえずの脅威はなくなったようだから、この少年とさっきの話の続きをしたいところだけど……。諦めている様子ではないし、話しかける雰囲気じゃない。どうしたものか)
いたち「戦場でお話とはずいぶん余裕ね。後ろから食い殺されるわよ」
暦「え? うわあ!」
いーちゃん「嘘だろ、伏兵がいたのか!?」
いたち「誰が伏兵よ。わたしは生まれてこのかた、一度だって地面に伏したことなんてないわ」
74:
暦(後ろから羽交い締めにされているせいで、声の正体は僕には見えない。請負人さんの顔が青ざめていることから、危険な状況であることは伺える)
いーちゃん(なんなんだ、あの無数の口は。ファッションセンスを疑う)
いたち「魔法を舐めすぎたわね。さあ、人質交換よ!」
いーちゃん「わかった、いいよ」
崩子「…………」
いたち「ずいぶんあっさり引き下がるのね」
いーちゃん「ああ。だいぶ混戦になっちゃったからね。こんな状況じゃ泥試合しか見込めない。りすかちゃんの魔法という奥の手を見られなかったのは痛いけど。別に僕らだって奥の手を全部見せたわけじゃない」
創貴(嘘、だな。あいつはさっきから嘘しか言わないからいまいち掴みにくいが、確実にこれは嘘だ。りすかをあっさりと無効化したこの手腕、何がなんでも『駒』にしたいところだが。今のところ面倒な障害になる可能性のほうが高いな。やはりここで始末しておこう)
暦「でも、交換は容易じゃないな」
いーちゃん「…………」
いたち「……こちらは即攻撃に移れるから、ね? 意外と冷静じゃない」
いーちゃん「ああ。今はりすかちゃんを無力化しているけれど、無効化できたわけじゃない。人質を交換して自由になったあの子が何をするのか、想像に難くない」
いたち「なにもしないわ」
暦「いきなり羽交い絞めにされて、信じられるか!」
いたち「うるさいわね。もっと非道な方法なんていくらでもあるんだから我慢なさい」
創貴(まずいな。あの女、本当に引き分ける気だ。余裕ぶってるのはどっちだ)
いたち「こうしましょう。彼女の魔法が血を媒介とするのは事実。でも、そのカッターで切らなきゃ意味がないの。だから、彼女を開放したら、カッターを明後日の方向にでも投げ捨てればいいわ。拾ってる間に、車なら逃げ切れるでしょう。それでいいわね、キズくん?」
創貴(舌を噛み切らせるにも、顎関節をはめる時間が必要だ。僕は今あいにく傷をつける道具を持っていない。いたちに噛みちぎらせるか? いや、あいつは協力しないだろう。くそ、穏健にもほどがある。嘘を吐くなら吐くで、他にいくらでも言いようがあったはずだ。この『借り』はいずれきっちり清算させてやるからな)
創貴「ああ。問題ないよ。りすかの無事が第一だ」
りすか「………………………………」
83:
ひたぎ「お久しぶりね、阿良々木くん」
暦「ああ、本当に。実際よりもよほど長く感じた数日間だったよ」
ひたぎ「それで、そちらの方は? 阿良々木くんに男性の知り合いがいることが信じられないのだけれど」
暦「知り合いはいてもいいだろうが! 僕はハーレム系の物語の主人公か!」
ひたぎ「ちなみに、これ以上女性の知り合いが増えてもいい加減切り落とすわ」
暦「怖い怖い怖い! 実行しそうなのが本気で怖い!」
崩子「……少しだけ同じにおいを感じます」
いーちゃん「どっちかって言うと、ああいうのは友の役目かな」
崩子「そうなんですか? 想像できませんけど」
いーちゃん「想像を絶するからね」
暦「この人達は、請負人の人たちだ。大雑把に紹介すれば、今回の僕の事情を理解していて、元の世界に戻れるよう協力してくれるそうだ」
ひたぎ「そう。では、わたしからもよろしくお願いします」
いーちゃん「思っていたよりも、潔いんだね。阿良々木くんが元の世界に戻るってのは、この世界でどういう変化が起こるかわかったもんじゃないのに」
ひたぎ「わたしは、構いません。阿良々木くんにとって一番いいようになることを、望むだけです」
崩子「野暮でしたね。朴念仁のおにいちゃんらしくはありましたが」
ひたぎ「ところで、そちらの美少女は? 妹さん?」
暦(僕が何となく聞きづらかったことを、臆面もなく聞いたぞ)
崩子「いいえ。セックスフレ??」
いーちゃん「はいストップ!!」
いーちゃん(犯罪者になってしまう! せめてそういうのは冗談が通じる相手だけにしてほしい)
暦(今、中学生からはとても聞くべきではない言葉が出たような)
いーちゃん「この子は崩子ちゃん。実妹ではないよ。ごくたまに仕事を手伝ってもらっているだけの関係、それだけです」
崩子「テンパりすぎです」
いーちゃん(お前のせいだ)
ひたぎ「深くは追求しないことにしましょう。この街に犯罪者は一人で十分だもの。あ、心配しなくともいまのは阿良々木くんのことではないわ」
暦「僕がいつ犯罪を犯したというんだ!?」
ひたぎ「ああ。そうよね。今の阿良々木くんにはこちらでの記憶がないのだものね。わたしが阿良々木くんのためにどれほど東奔西走して隠蔽工作をしているのか知らないのだから、しかたがないわ」
暦「おい待て、聞き捨てならないぞ」
崩子「話を進めてくれませんか?」
暦(にべもない。が、正論ではある)
いーちゃん「そうだね。ともかく、状況を整理しようか」
86:
暦(場所を改めるといって、請負人さん??今後は『いーさん』と呼ぶことにした??とは一旦、別れた。その間に、戦場ヶ原にはさっきの魔法使いの三人組の話をした。
 あるいはひょっとすると、恋人同士の僕らに気を使ってくれたのかもしれないが、久々の再開だというのに、僕らは少しも甘い言葉は口にしなかった。精々がお互いをどれほど焦がれていたかをささやき合った程度である。
 ケータイに電話があり、呼び出されたのは近場のホテルだった)
崩子「…………」
暦「崩子ちゃん? 何をしてるの?」
崩子「ああ。お待ちしてました」
ひたぎ「足元に猫の死骸が見えるのだけど」
崩子「すこしくたびれたので、暇つぶしを」
暦「…………え?」
崩子「こちらへどうぞ。なかの喫茶店で待っています」
ひたぎ「気にしても進まないわよ、阿良々木くん。入りましょう」
暦(僕はお前ほど適応能力が高くない)
いーちゃん「……やあ。足を運ばせちゃったね。どのくらい時間がかかるかも、わからないから、ホテルで泊まることにしたんだ。話をするのにもうってつけかなと思ってさ」
崩子「車中泊でも構わないとは言いましたよ」
いーちゃん「世間がそれを許さないんだよ」
暦「なんか、高校生には馴染みがないので落ち着かないですね」
暦(戦場ヶ原はすました顔で座っているけど)
ひたぎ「早ですけど、本題に入りましょう。といっても、阿良々木くんのいう、世界規模での変化については、これ以上話し合っても益はないでしょうね」
いーちゃん「うん。方法も動機も見当がつかない。ことの真偽だって確かめようがない。とりあえずは、連続殺人事件を考察してみよう」
暦「一件目の千石。これは、怪異絡みの可能性が高いと、当初は考えていた。ドッペルゲンガーなんて、現実的にはありえない。さっきの創貴くんの証言を信用するなら、おそらく千石に変身した何者かが、千石を殺した後になんでもないような顔で千石のふりをして、家に帰ったんだろう」
ひたぎ「家族でさえも見抜けないって、人間業じゃないわ」
いーちゃん「時間があったから、さっきそちらへ伺ったよ。ご両親が言うには、不審なところはなかったそうだ」
いーちゃん(もっとも、あの両親が本当に自分の娘を見抜けていたとは、僕には到底思えないけれど)
崩子「一見つじつまが合いますが、そうだとすると二件目の殺人事件が犯人不在になってしまいます。あの赤い髪の子が、一件目と二件目の間に、犯人と思われる人物を殺害していますから」
いーちゃん「他人に変身するような技術をもった集団に心当たりは?」
崩子「ありません。匂宮になら、そういった人種がいてもおかしくないかも知れませんが」
暦「技術? いや、そいつは怪異で間違いないでしょう? 戦場ヶ原と千石じゃ、体格が違いすぎますよ」
ひたぎ「トンチキなことばかり言わないでちょうだい。だから今『集団』と言ったのじゃない。技術さえあれば、あとは人的資源を揃えて誰にでも化けられるでしょう」
暦「……なるほど。犯人が一人とは限らないってことか」
いーちゃん「考えにくいけどね。殺人に限らず犯罪は、人数が多くなるほど失敗しやすい。集団なら、二件目をこれほど短期間で行えるのは、プロだとしか思えない。でも、今回のような殺人は前例なんてない」
87:
暦「そもそも、どうして病院坂黒猫は殺されたんでしょうか?」
ひたぎ「探偵活動をしていたわけだから、目障りだったのは間違いないでしょう。もしかすると、かなり犯人に肉迫できていたのかもしれないわね」
いーちゃん「それについても考えたって詮方無い。ともかく、今わかる情報で確実なのは、犯人は複数いる可能性が高いってことだ。おそらく二人ないし三人。それから、僕としては、請負人の信条として、君たちをこれ以上関わらせたくない」
崩子「無理な話です。その方法では事件の犯人からは守れても、あの三人から守りきれません。あれで諦める器ではないでしょうから。それに、あの時は奇襲ということもあり成功しましたけど、二度目はないです」
暦「ええ。それに、犯人が普通の人間だと考えているようですけど、僕はまだ怪異だっていう可能性を捨ててはいません。だとしたら、僕のほうが対処はできると思います」
いーちゃん「……やれやれ、って感じだ。わかったよ。僕は犯人を追う、君たちの安全も保証する。両方やるのは、請負人なら当然だ。辛いだなんていうわけにはいかないな。悪いけど、崩子ちゃん、きみにも負担をかけることになると思う」
崩子「手足のようにお使いください」
いーちゃん「じゃあ、早だけど、このホテルに泊まってる、探偵助手に話を聞いてくる。その間三人は待機しててくれ」
崩子「待機ですか?」
いーちゃん「事情が事情だ。助手の人には阿良々木くんの話もする。そのとき、本人にあわせろと言われるかもしれないからね」
ひたぎ「なら、最初から連れて行けばいいのではないでしょうか」
いーちゃん「落ち込んでるかもしれない相手に大人数で押しかけるのもね。とりあえずは僕一人で行くよ。6時までに戻らなければ、帰宅してくれ。崩子ちゃんを護衛として連れて行って」
暦「わかりました。待ってます」
88:
ひたぎ「……ところで、この娘は暴力沙汰に関して本当に戦力になるの? 虫も殺せなさそうよ」
暦(戦場ヶ原が耳打ちをしてきた。目の前に本人がいるのに、少し失礼だとも思ったが、戦場ヶ原としては当然の疑問ではある)
暦「お前はさっきの猫をもう忘れたのか? ま、それはともかく、この娘が武闘派なのは間違いないよ。信じがたいけど」
ひたぎ「ふうん……。まあ、阿良々木くんがいうなら、暫定的に信じるわ」
崩子「聞こえてますよ」
暦「あー。気分を害したなら??」
崩子「この程度で害す気分なんて持ち合わせていません。お気になさらず」
暦(どことなく気まずい沈黙が流れてしまった。そのときである)
弔士「思ったよりお早いお着きですね。創貴くんはあんまし役に立たなかったなぁ」
暦「え?」
弔士「どうしたんですか。阿良々木さん、阿良々木暦さん。おや、女性陣が凄い顔をしてますよ。怖いなぁ」
崩子「…………」
弔士「言いつけを破って僕を捕まえるか悩んでますね、闇口崩子さん。待機していたほうが良いと思います。そのうち櫃内様刻さんがあの請負人さんと降りてきますよ。そうなるように誘導しておきました」
暦「お前は、一体何者だ!」
弔士「わかりませんか。意味ありげに出てきて、ペラペラと喋る人間が??黒幕以外になんだっていうんです」
97:
様刻「串中弔士、だな。さっき僕の部屋にも来たよ」
暦「何者なんですか?」
様刻「さあ? 僕もくろね子さんから話を聞いただけだから。曰く『本物』とか言ってたかな」
暦「あ……」
様刻「ああ。別に気にしなくたっていいぜ。僕もあの巨乳が死んだことは、実感がなさすぎて信じちゃいないんだ」
暦「……僕も、似たような気分です」
様刻「この世がまるで小説みたいな気分になってくる。でも、よくないぜ。嘘つきの末路だよ、全てに懐疑的になるのは。阿良々木くん、君もそうだってんなら、早めに抜けだした方がいい。辛いばかりだぜ」
いーちゃん(耳が痛いな)
暦「あれ? 僕の名前、なんで……?」
様刻「何でも何も、一度聞き込みに行ったろう。忘れたのか?」
暦「記憶に無いですけど。あ!」
暦(そういえば、僕は自分自身のドッペルゲンガーと出会っている。あれから色々とあったので忘れていた。
 そのことを伝えると、みな得心がいったように頷いた)
様刻「図らずも、他人に化けるのような化物が複数いることが証明されたってわけだ。阿良々木くんのドッペルと、戦場ヶ原さんの生首で」
崩子「自分自身ですら気づかないとは、相当似ているようです」
ひたぎ「わからないわ。阿良々木くんだから気づかなかった可能性も十分あるもの」
暦「人を馬鹿にすんのも大概しろよ! 似てたよ! すごく!」
ひたぎ「そもそも、そんなに重要な話を今の今まで思い出さなかったことが阿良々木くんの残念さを示しているもの」
暦「くっ!」
いーちゃん「なら、とりあえずの方針はそいつを捕まえることかな。今回の騒動の主原因っぽいし、そうでなくとも、殺人事件なら見逃すわけにはいかない」
崩子「正義の味方ですからね」
いーちゃん「このメンバーでそういうこと言うの恥ずかしいからやめてくれないかな」
様刻「僕は夜月の味方だ」
暦「誰ですか?」
様刻「妹だよ。ところで、本物の阿良々木くんは、妹に歯磨きとかしてやったりするんだよな?」
暦「あたりまえじゃないですか。何を言っているんですか? 兄妹の絆を確認するには必須の作業と言ってもいい。僕は妹に歯磨きをするためならば、世間からの変態の汚名を被る勇気だってありますよ」
ひたぎ「初耳ね、阿良々木くん? 遺骨は海と山のどちらに撒いてほしいかしら」
様刻「彼女の前でそんなことをいうもんじゃないぜ。僕だって彼女の前じゃ自重する。自重するどころか話題にも出さない」
様刻(変に殺人事件に発展しても困るからな)
崩子(それにしても、本当に堪えた様子がありませんね)
いーちゃん(崩子ちゃんが手で僕の身体に触れてそんなメッセージを寄越した。必要以上に触れている気がしないでもなかったが、目の前で痴話喧嘩が始まっている最中なので、これ以上火種を持ち込みたくない。しかし、触れ方は愛撫よりも刺突に近いことを併記しておく)
いーちゃん「様刻くんから、みんなに伝えたいことがあるらしいんだ」
崩子(何で無視するんですか?)
様刻「伝えたいことというか、提示したいことというか。僕がこの世界にいまいち信用おけない理由というか」
ひたぎ「煮え切らないわね、早く言いなさい」
暦「僕に向かって言うんじゃねえよ! 太ももに爪を立てるな、痛い!」
様刻「いや、全く不思議な話だぜ。疑問に思わなかったのがそれこそ疑問だ」
いーちゃん「まあ、場所にばかり囚われていた感は否めないね」
崩子(何ですか、何なんですか!?)
いーちゃん(……痛い。絶対あざになってる)
104:
様刻「僕もさっき弔士くんに言われてようやく気付いたんだ。なあ、みんな今は一体全体、何年何月の何日なんだ?」
暦「そんなの……え?」
暦(そういえば。
 なんで僕は、元の世界には八九寺がいると思ってるんだ? 千石が、一時、神になったことは覚えている。八九寺は、そのあとどうなったんだっけ? 成仏したような気もする。成仏していないような気もする。
 そもそも、僕はどうなった? 吸血鬼としてのスキルは? 人間としてのスキルは? センター試験はどうなった? 今ここにいる僕は誰だ?)
様刻「記憶が不確かで、認識が曖昧だ。僕は今、小説で読んだ経験と、実体験がごちゃまぜになっている気がしてならない。あれは、小説の出来のせいもあるかもしれないが」
いーちゃん「僕は比較的、そうでもないけど……。でも、言われてみれば現在の季節すらよくわからない。戦慄するよ。異常ってんなら、これ以上の異常はないだろう。……世界がどうこうって話は、正直半信半疑だったけど、これではっきりした。僕は怪異を信じよう」
様刻「くろね子さんが死んだのかどうかがイマイチ信用できないのは、そのせいだ。ふざけてやがる。親友の生き死にまで僕に疑わせやがって」
暦「…………。僕は、この世界に呼び込まれたのは、僕だけだと思っていました。こっちにはこっちのルールがあって、僕は何らかのミスで、いわばエラーで、紛れ込んだものと思っていました。でも、それは違うみたいですね」
様刻「ああ。こっちの日本は、僕らの知ってる日本じゃないみたいだ」
いーちゃん「おかしいとは、思っていたんだ。九州方面への地理に異変があった時点で、追求すべき問題ではあった」
ひたぎ「…………」
崩子「…………」
弔士「記憶が吹っ飛んでるのは、魔法の影響でしょう。属性「夢」、種類「創世」、顕現「絶対矛盾」。ここは、九州と本州が陸続きになった日本です。パンゲアまでいかずとも、氷河期の日本を参考にしました」
いーちゃん「崩子ちゃん」
弔士(一声で反応した彼女は、僕には黒い影のように見えた。『本物』を体験できてよかった)
暦「お前、のこのことよく出てきたな……」
様刻(考えなしの行動ってわけじゃないだろうが、馬鹿じゃないのか)
弔士「ええ。地面に伏しているせいで皆さんの顔がみえないです。……鼻が痛い」
ひたぎ「黒幕を名乗ったからには、退治される覚悟はあるのよね」
弔士「いいえ。僕は被害者ですよ。無実です。仮に黒幕だとしても、黒幕をどうこうすれば終わりって話じゃないんですよ、これは」
暦「どういうことだ?」
弔士「それをこれからお話しようと。ところで、何か苛立ってますか? 痛い!」
112:
弔士「僕もみなさんと一緒で、最初は連れて来られました。あれは、ろり先輩にどのくらいの猥語を言わせればで顔を赤らめるかの実験をしていたときの話です。どうにも違和感が拭えないので、『偽物』だと言ってみました。すると、ろり先輩だった何かが、どろりと容貌を変えて『よくわかったな』といいました。僕としては混乱するばかりです。手八丁口八丁でなんとか話を聞くには、彼女は『殺人鬼』とのことで、ろり先輩をその女のパートナーが今まさに殺そうとしているとしていると言いました。慌てて助けに行きましたが、一歩遅かったです。すでにろり先輩は磔になっていました。そこに現れたのが『塔キリヤ』と名乗る男です。彼が言うには、この世界は彼の作った『夢』だということでした。正確には『パラレルワールド』だそうです。信じがたいですが、彼は魔法使いで、その世界に人を連れ込むことができます。連れ込まれた人間以外は、現実とつながりがないから安心していいと。練習中に誤って僕を巻きこんでしまったらしいです。魔法を解除してそのときは終わりました。でも、その後この魔法はろり先輩への実験と相性が非常に良いことに気付きました。現実では社会的に死んでしまうからできない卑猥なことでも、夢の世界なら可能です。処女にそんなことができるのかと疑問に思うかもしれません。僕としてはろり先輩をなめるな、と言いたいです。個人的に興味もあったので、塔キリヤを探しだしました。説得して、一度だけという名目で魔法を使わせました。しかし、タイミングが悪かったです。塔キリヤも気づいていなかったそうですが、例の『殺人鬼』も夢に連れ込まれた人間でした。あのときも、何の因果か、このときもです。僕は誓ってバイオレンスな性的嗜好はないです。想像してみてください。僕と同じ顔をした人間に、殺されかけるろり先輩の心情を。そして、その瞬間ろり先輩から生まれた怪異が、この世界を作った張本人です。作ったというよりは、『助けて』もらったのかもしれません。僕はこの怪異に『玉藻前』という名を与えました。すると、好き勝手行動するようになりました。僕の制御すら効かなくなって、このような事態を招いたのです。言霊の威力を思い知りました」
113:
様刻「…………」
いーちゃん「…………」
暦「…………」
崩子「総括すると、主にコレのせいですね」
ひたぎ「かける言葉も見当たらないわ。暴言すら安くなってしまいそう」
弔士「最初は黒幕として登場しようかとも思ったんです。しかし、そうすると僕も困ると気づきました。協力してこの世界から脱出しましょう!」
暦「玉藻前……って確か九尾の狐だろ? ふざけやがって、どうしろっていうんだよ。忍もなしに勝てる気がしないぞ!」
様刻「……『本物』って評価を僕は訂正する。こいつはただの『キの字』だ。どうやったらそう次から次へと奇妙なものを舞い込むんだ?」
いーちゃん(今の話を聞く限りでは巻き込まれたように聞こえるが、さっき『氷河期の日本を参考にしました』と言った。確かに言った。ここで糾してもいいけど、たぶんかわされるだけだろうな)
暦「全てがわかったようでますますわからなくなった。原因はおかげではっきりしたけど、現状がさらに読めない。九尾の狐ってのは、世界を変える力なんてあるのか?」
ひたぎ「知らないけれど、夢との関連性はあるわね。玉藻前は、夢に出て人をたぶらかそうとしたもの」
いーちゃん「『殺人鬼』ね。まさか零崎と関係ないだろうな」
崩子「パートナー、ということは男女二人組でしょうか」
いーちゃん「色々と話を聞く限りそうみたいだ。便宜的に『夢識』と『夢織』とでも呼ぼうか。字面が状況に即しているようで笑えないけど、XだのYだのと呼ぶよりはわかりやすいしいいだろ」
様刻「異論はない。しっかし、僕だけおいてけぼりな感があるのは気のせいか? もう少し情報を共有してくれよ。三人寄らばなんとやら」
弔士「どうでしょう。ここには、一匹狼タイプが多いようです。船頭多くして船山に登るとも言います」
様刻「お前はもういいから黙れ」
124:
暦「状況が錯綜し過ぎている。話をまとめてくれないか? わからない部分はわからないでいいとしてさ」
ひたぎ「そうね。憶測が多いのも事実だわ」
崩子「事実というなら、事実だけで整理しましょう」
様刻「その事実とやらが僕には一番突飛に聞こえて仕方ないんだが」
いーちゃん「バックボーンが違いすぎる。背景の共通認識までは諦めよう。疑問があればその都度、言ってもいいのかな」
弔士(…………)
暦「まず、この世界についてだ。この世界には怪異がいない」
様刻「その怪異ってのはなんだ?」
暦「人から生まれた人じゃないものや現象、妖怪や異常現象を総称したようなものです」
様刻「京極夏彦みたいだな」
暦「ああ。理解としてそれは正確かもしれません。実在するので厄介ですが。ともかく、僕はそういう世界で生きてきました。それがある朝、突如として姿を消した」
いーちゃん「この世界については、一般常識としてもおかしなことがある。九州と本州が地続きであることだ」
弔士「…………」
いーちゃん(無反応、か)
様刻「それも僕としちゃ又聞きの情報だ。しっかし、この世界がおかしいってのは、弔士くんいわく、その怪異とやらの仕業なんだろ?」
弔士「ええ。『魔法』について詳しい人はここには僕以外にいないです。簡単にいえばスタンド能力です。一人につき固有の特殊能力が使えます。もう少し奥深い世界ではありますが、そこまでは僕も知りませんよ」
いーちゃん「それで、『夢』の『世界』をつくる『魔法』か」
崩子「しかし、それはあくまでも下地ということでしたね」
弔士「その『魔法』をろり先輩が体験しているというのがポイントです。その後ろり先輩は殺されかけるわけですが、そのときにこう願ったのです。『逃げたい』と。『ここではない、どこかへ』行きたいと。これは僕の推測です」
暦「そして、それを叶える怪異が発生した」
様刻「ああ。『玉藻前』だっけ? それはなんだ?」
暦「平たくいえば、九尾の狐です。狐が悪さをするという話は日本各地、世界を探せばおそらく星の数ほどある。九尾の狐は中国から伝わってきた怪異です。猫又のように、命を永らえた狐の尾が九つにまで分かれて生まれるそうです。神の使いとも、幸せの象徴ともされますが、有名なのは『妲己』でしょう。悪名ですけど」
ひたぎ「殷の時代にいたとされる女性ね。悪女の代名詞だわ」
暦「これからはお前を妲己と呼ぼうか」
ひたぎ「あら? 阿良々木くんを拷問して喜べばいいのね」
いーちゃん(僕ならだれにしようかな。悪女なら七々見菜波か、姫菜さんもありだな。子荻ちゃんは、拷問には向かない)
暦「……楊貴妃でした! ガハラさんは楊貴妃!」
いーちゃん(単純な美女ならみいこさんかな、やっぱり)
ひたぎ「別離をお望みなのかしら。それなら阿良々木くんの首を吊ってあげるわ」
いーちゃん(これは巫女子ちゃんだ)
125:
崩子「痴話喧嘩なら後にしてください」
様刻「ちくしょう、ここに肩甲骨美人を呼べ。それで、なんで『玉藻前』なんだ」
弔士「夢、殺人、逃避ときたからでしょうか、詳しくわかりません。姿を考えたのはたぶんろり先輩です。尾の複数ある獣に見えたので、僕がそう提案しました」
様刻「普通に『九尾の狐』とでも名付ければいいだろうに」
弔士「古文の参考書にでも載ってたんでしょう。『玉藻前』を選んだのはろり先輩のセンスです」
暦「玉藻前は、殺生石の伝承で知られる日本の妖狐ですよ。安倍晴明が見破ったことで有名ですね」
様刻「ああ、ジャンプで真っ黒な制服を着て出てたな」
暦「もっとも、中国の九尾の狐と結び付けられたのは後年になってからだそうですが。こうした改変は怪異には非常に有効なんです」
様刻「人の認識から生まれるから、だろう。そろそろわかってきた気がする」
暦「問題は、『九尾の狐』に世界を作る力なんてないということですが……」
暦(しかし、まあ、吸血鬼にタイムトラベルの力はない。あれは場の力みたいなもんだろうけど)
ひたぎ「それは、放置でいいことだわ」
弔士「そもそも名前は後付です」
暦「わかった。それじゃ、やっと僕の疑問を出せる。どうして、この世界には他の怪異がいない?」
弔士「推測ですが、ろり先輩は怪異を知りません。『怪異』に頼る。ただし、『怪異』は許可しない。そんなところではないでしょうか」
いーちゃん「三部なのか五部なのか、それだけが問題だ」
弔士「この怪異は塔キリヤの魔法を真似ています。認識が曖昧で、夢を見ている状態なんです。むしろ、異常に気づいた人間がこんなに多いことに驚きました」
様刻「大体わかってきたぜ。理解はできたって感じだけどさ。実感はないままだ」
崩子「では、現状把握に移りましょう」
127:
いーちゃん「現状把握ね。言い換えれば、連続殺人事件の推理だ」
暦「犯人の目星はついてますよね。……ろり先輩って、本名は?」
弔士「童野黒理です。ところで、みなさんのお名前は?」
いーちゃん「名前なんて記号だよ。ろりちゃんでいいじゃないかな」
崩子「名前がないと戯言も使えないくせに、ですか」
暦「戯言?」
いーちゃん「ただの誣言だよ。嘘八百並べて煙に巻くだけの詭弁だ」
弔士「…………」
様刻「妙なあだ名なら僕も破片拾いってのがある」
弔士「知ってます。ただの八方美人です」
様刻「……いや、結果を見ればそうかもしれないけど、むしろあれは維持が大変なんだぜ?」
弔士「三股を美化してどうするんです」
暦「な、三股!? 破片拾いってつまり……。うらや??」
ひたぎ「それ以上言うと〇〇で××に△△を□□することになるわ」
暦(〇〇で××に△△を□□だと!? 無理だ、人体の限界を超えている!)
崩子「参考になります」
いーちゃん「僕は存外一途だよ」
いーちゃん(崩子ちゃんに僕に嫉妬する権利を没収するといったらどうなるんだろう)
弔士「創貴くんには『魔法使い』使いがあります。自称っぽいですが」
ひたぎ「あだ名ならまだしも自称なんて言うだけ恥ずかしいだけよ」
暦「なにか言ったかヴァルハラコンビ」
ひたぎ「あれはあの娘が言い出したのよ」
崩子「……話が逸れています」
いーちゃん「基本おしゃべりが多いからね。今回は崩子ちゃんにも原因があるよ」
崩子「…………」
弔士「闇口さんは真面目さんですか。ぐっさんと呼んでもいいですか?」
崩子「…………」
128:
弔士「脱線ついでにみなさんに意見を聞きたいです。ミステリってなんだと思いますか?」
暦「ミステリっていえば、そんなの推理小説のことだろ?」
ひたぎ「いろいろと本は読むけれど、定義は曖昧ね。そもそもmysteriousの訳からして神秘的やら謎めいてるやら、はっきりしないもの」
いーちゃん「まあ、主軸に『謎』があるのは間違いない。どこかしらに推理要素があればそれはミステリと呼べるんじゃないか?」
崩子「『神秘』を主軸にして、半分SFのような作品もあります」
様刻「なーんかくろね子さんを思い出すなぁ。ミステリ自体は定義不可能だろ? だからこそ本格だの新本格だの分かれてるんだからさ。強いて言えば、もう全部ミステリでいいんじゃないか?」
弔士「僕はですね、ミステリってのは作者と読者の対決を示すと思うんです。ミステリというのは、懐が深いようですが、その実ひねくれています。ミステリを書くと考えている作者はつまり、『読者を騙そう』と思っているわけです。そういう意図のもとに書かれたならば、それはミステリなんです」
様刻「やっぱりどっかで聞いたような意見だ」
暦「コアなファンが多い印象ではあったけど。そこら辺の事情が関わってるのかな」
いーちゃん「閑話休題。本線に戻そう」
129:
暦「ええと、ろりちゃんを殺そうとしていた連中が、ここでも殺人を犯している。さっきはそう言いたかったんです」
様刻「それは、止めなきゃいけないな」
弔士「ええ。その実行役を皆さんに任せて僕は傍観者を決め込もうと思っていたんです。しかし、この世界についての考察で止まっているようだったのでこうして出てきたんです。彼女のためにポリシーを曲げる僕をどう思いますか?」
いーちゃん「そんなポリシー捨てちまえ」
いーちゃん(もはや本心に近い叫びである。弔士くんを見ているともやもやと恥ずかしくなってしまう)
様刻「玉藻前とやらはどうしてるんだ?」
弔士「さて、自由を謳歌していると思います」
暦(忍の場合は名付けることで束縛したが、今回はそれが裏目に出たってことだろうな)
弔士「この世界はあくまでろり先輩の『逃避』を叶えているわけです。だから、その原因である『殺人鬼』を排除すれば、世界は元通り、今のところ死んだ人も元通りです」
暦「今のところ?」
弔士「ええ。玉藻前、九尾の狐は美女ですよ? 誑かして誘い込んで『夢』を見せるのは、『男』相手に決まっています」
暦「え?」
いーちゃん「何だって?」
様刻「おい待てそれって」
弔士「この夢は破片拾いに、戯言遣いに、『魔法使い』使いに、それにあなた『半吸血鬼』の共有する夢なんです。ほか数名もいるようですが。それ以外の登場人物なら、それはただの夢幻。殺したって死にません」
ひたぎ「…………」
崩子「…………」
弔士「それではみなさんお気をつけて。『たまもん』!」
暦(ホテルのロビー、つまり室内にもかかわらず、風が吹いた。嵐のような暴風のなかで、獣の姿を視界に捉えたと思った次の瞬間には、串中弔士の姿は消えていた)
130:
きちきちきちきちきちきちきちきちきちきち
137:
創貴「良いことを聞いた」
いたち「塔キリヤ??六人の魔法使いの一人ね。あの不穏な坊ちゃんにも後で話を聞かなきゃ」
ひたぎ「盗み聞きとは感心しないわね」
暦「やめろ、戦場ヶ原」
ひたぎ「心配してくれるの? 必要ないわ」
崩子「ええ。わたしたちは何でも夢幻だそうですから。死ぬ気で戦えます」
様刻(もっとも、信じないなら僕もくろね子さんの死を受け入れる必要があるわけだ)
いーちゃん「信じる他ない。僕たちには無駄にする時間がない。彼らの相手はできれば避けたい。ここは崩子ちゃんに任せるよ」
崩子「肝銘致しました。一秒でも長く時間を稼ぎます」
りすか「時間なんて概念が酷く些細な問題なのが??このわたしなの」
様刻「どういう意味だ?」
創貴「今にわかる。『誅殺しろ、りすか』」
いーちゃん「瞬間移動……!? がッ!」
いーちゃん(あれだけ挑発した手前、僕に刃を向けるのは想定の範囲内だ。せめて他の人が逃げる隙を作りたかった。それにしてもしかし、瞬間移動は反則だ。これでは距離も時間も稼ぐ意味がないじゃないか)
崩子「お兄ちゃん!」
いーちゃん(思考はできる。でも、身体が全くいうことを聞かない。循環器系をやられたな)
創貴「動くな。特に貴様は指一本でも動かせば、その男を殺す。ああ、誅殺ってのはただの合図だから心配しなくてもいい。僕はまだ貴様らを『駒』にするのを諦めたわけじゃないんだ」
りすか「…………」
創貴(これはむしろ、りすかとツナギと話し合った結果の妥協案だ。僕としては断固抹殺を主張したが、状況が不明瞭ということもあって、少しの手がかりも殺さない方向で決定した。真相が明らかとなったので、いまや状況は一変したが、まあ、いいだろう。ここは穏便に済ませてやって、駒の機嫌を取ることも必要だ)
様刻「やれやれ。正直な話、今回はアームチェア・ディテクティブを気取るつもりでいたんだけど。切った張ったは僕の畑じゃない」
創貴「黙れ、『ついで』。僕の用は貴様じゃない」
暦「ああ。僕だろ」
創貴「その通りだ。『半吸血鬼』とやら」
暦「……期待には添えないと思うけどな」
創貴「その判断は僕がする。ツナギ」
いたち「はいはい。まあ人間じゃないってんなら、容赦はしない??わよ!」
暦(腕が口に!? 間一髪、致命傷は避けたが、肩を持ってかれた。この鋭さは普通、肉食獣だ。牙の一つでも見せてから噛みつけってんだ)
様刻(二人の魔女に司令塔……。なんでこいつらはあの少年に従ってるんだ? 僕にはただのいけ好かないガキに見える)
いたち「あらあら?」
創貴「へえ、傷をつければ何かしらすると思ったが、治癒能力があるのか。盾にはうってつけだな」
暦「……くそっ」
暦(これはどういう扱いだ。夢のなかだからノーリスクとか、そんな見立ては甘いだろうか。
 忍がいないことが本当に悔やまれる)
138:
ひたぎ「阿良々木くん!」
いたち「あらあら、感動ね。……ねえ、吸血鬼なら、永遠の命とかそういうものはないの?」
暦「……ははっ。まるですがるように聞くんだな……」
いたち「あるのか、ないのかを聞いてるのよ」
創貴「『半吸血鬼』だぞ。きっとないんだろ。大元がいるはずだ」
暦(肩は完治した。でも、反撃の手段は思いつかない)
いたち「これは、食いきれるかわからないわね」
様刻「食あたりでも起こせばいいのに」
いたち「あなたから食べてもいいのよ?」
様刻「遠慮しておくよ。いってえ!」
いたち「口の聞き方には気をつけなさい。あなたたち、状況がわかってるのかしら? 生殺与奪の権は、こちらにあるのよ」
創貴「是非とも大元を『駒』したい。おい、半吸血鬼。大元の居場所は知ってるか?」
暦「大元大元と呼ぶな。彼女の名は、忍野忍。刃の下に心あり、ハートアンダーブレードの名を、よく心に刻め」
創貴「御託はいいんだ。時間稼ぎのつもりなのか知らないが、僕はこれ以上時間を無駄にする気はない。質問に答えろ」
暦「忍は、いつも、いつだって、僕のそばにいる。見つからないと思ったときも??はっ、笑えるぜ。僕の影にいたんだからな」
創貴「だったら、お前の影でも縫い付けて、炙りだすとしよう」
忍「その必要はないのう」
暦「え!?」
140:
創貴「ほう? 見ろ、本当に影から出てきたぞ」
忍「ぎゃーすかぎゃーすか喚き散らしおって。うるさくてうるさくて、まともに寝れもせん」
暦「忍! お前、え? 何で?」
忍「さての。あの小僧の説明に嘘の余地はいくらでもあったじゃろ。現に儂ここにおるし。あの小僧の説明矛盾しまくりじゃったし」
暦「何、だと!? 僕は気づかなかったぞ?」
忍「はっはー。お前様の無知蒙昧脳みそではわからないのも道理じゃな」
創貴「おい」
忍「それにしても、お前様、さっき熱烈なラブコールを儂に送っていたような気がするのじゃがのう? ずいぶんと儂が恋しかったと見える。無理もない。さっきはああいったが、影から出られるようになったのは本当についさっきの話なのじゃ」
暦「何でだよ。理屈がさっぱり読めないぞ」
忍「そこら辺はなんとかなるんじゃろ、たぶん。現実に儂が今ここにおるのじゃから。ああ、ここ夢だったっけかのう?」
創貴「ふざけやがって。『縊り殺せ、りすか』」
忍「小娘が逢瀬を邪魔するんじゃない」
りすか「え? うぐぅ!」
暦「……なんで瞬間移動した瞬間つかめたんだ?」
暦(彼女からしたら移動した瞬間に叩き落とされたようなものだ)
忍「ん? 今、そういえばこの小娘、瞬間移動とかしてたかのう。かかっ! 移動した後の運動が遅すぎて、止まって見えたわ!」
つなぎ「じゃあ、わたしなんかじゃ相手にならないわね!」
忍「はんっ??わかってるんなら往生せい」
いーちゃん(幼女が仁王立ちして、口だらけの蛇みたいな怪物を口に加えてた。真心のやつを思い出す光景だ)
忍「不味いの。餌には向かん。獣の肉は臭くて好かんのじゃ」
創貴「……圧倒的だ」
暦「……お前、今ので少し年取ってないか?」
忍「こやつが消化しきれてないお前様の肉でも食ってしまったかの。安心せい、反逆できるほどではないわ」
創貴「なんか、一件落着だと思ってないか? こっちの反撃の手は、まだある」
141:
のんきり・のんきり・まぐなあど ろいきすろいきすろい・きしがぁるきしがぁず のんきり・のんきり・まぐなあど ろいきすろいきすろい・きしがぁるきしがぁず まるさこる・まるさこり・かいぎりな る・りおち・りおち・りそな・ろいと・ろいと・まいと・かなぐいる かがかき・きかがか にゃもま・にゃもなぎ どいかいく・どいかいく・まいるず・まいるす にゃもむ・にゃもめ にゃるら!
151:
りすか「はっはー! 大人りすかちゃんの登場だー! 待ちわびたか!? 恋い焦がれたか!? なによりもわたしが飽き飽きした! 真打ちの登場が遅すぎる! このわたしがうっとしい三下にいいようにされていいはずがない! 圧倒的ってんならな、わたしこそが圧倒的だ! さあ、愛しにきたぜお前ら!」
忍「うるさいのぅ」
りすか「黙れ年増! 数千年生きてそうな若作りの行き遅れがこの崇高なるわたしの前で偉そうにしてるんじゃない!」
忍「行き遅れてないわ! バツイチなだけじゃ!」
暦「何を言ってるんだお前は」
様刻(一瞬で年をとったのか? 瞬間移動じゃ説明はつかない。まさかとは思うが時間を操作するなんてトンでもじみた能力じゃないだろうな)
創貴「りすか。そこの吸血鬼どもを半殺しにして連れて来い。あと、そこにツナギがノビてるから、『戻して』やっぱり連れて来い。残りは、そうだな、しばらく再起不能にしろ。追ってこられるのも面倒だ。存分に暴れろ、僕が許す」
りすか「ふふん!」
創貴(文句はない、と。ま、一分じゃ精々がこんなところか)
忍「やれやれじゃ。あやつ儂を倒す気でおるぞ」
暦「大丈夫なのか」
忍「何者だろうが、関係ないわ。儂には餌か、お前様かの区別しかない」
崩子「援護します」
忍「要らぬ!」
暦(言うが早いか、忍は赤い魔法使いへ疾駆した。跳びついて首へと噛み付きかかる。その様子はほとんど猫のときの焼き直しだった。それだけでも僕は十分安心したのだが、ほぼ同時に崩子ちゃんが、どこから出したのかナイフを手にして足元を狙っていた)
創貴(勝ったな)
暦(りすかちゃんはハイキックの要領で、忍に蹴りをかました。忍からすれば、噛み付くところはどこだろうと同じはずだから、問題はない。残る足は、崩子ちゃんが斬りつけたので、おそらく立っていることもできない。あとは身動きをとれないようにしつつ、エナジードレインが終わるまで待てば、それで勝ちだった)
りすか「斬られるような足なんか要らないな!」
暦(その足が??切り落とされなければ)
忍「なぬっ!?」
崩子「??ッ!」
暦(噛み付かれ、斬りつけられた両足を、りすかちゃんはカッターで躊躇なく切り落とした)
りすか「問題なく『戻す』ッ!」
創貴「サービスし過ぎだ。こちらの手を見せてどうする」
創貴(もっとも、りすかの魔法は理解できたところで対処ができる類の魔法じゃない。二十七歳のりすかに敵はないのだから。変身するのを未然に防ぐ手立てを取られたら終わりだが、まあ、そんなことは僕がさせない。駒を生かすも殺すも使い手次第だ)
暦(りすかちゃんの足は一瞬にして元に戻った。その眼前には、姿勢を低くしたままの崩子ちゃんと、空中で足をくわえた忍がいる。崩子ちゃんはなんとか逃げられるかもしれないが、忍はまずい。空中で体勢を変えるくらいのことはできるだろうが、方向まで変えられるとは思えない)
暦「いや、それよりも??血だ!」
崩子「しまっ??!」
創貴「もう遅い。貴様らは血を浴びてしまった。水倉りすかの血液を、だ」
創貴(りすかに対して傷をつけようって発想は、自殺行為そのものだというのに)
152:
りすか「なんだ、もう終わりか? 楽勝でつまらんぞ!」
創貴「いつも通りだろ」
暦(それから、いやその瞬間、何が起こったのか僕には理解ができなかった。認識をすることができなかった。気づけば忍と崩子ちゃんは痙攣を起こして地面に突っ伏していたし、いーさんは吐血していたし、戦場ヶ原と櫃内さんは白目を向いていた)
暦「な、なんで今の一瞬のうちにこんな」
創貴「一瞬だと? 瞬きをするほどの時間があるんなら、りすかは何だってできるさ」
暦「無茶苦茶だ」
いたち「それができるから、魔法なんじゃない。理路整然とした魔法なんてあるわけないでしょ」
りすか「キズタカ、約束なの」
創貴「ああ。??よくやった。褒めてつかわす。これからもそうしろ」
りすか「当然なの。……誰も殺さなかったのが、キズタカもだし」
創貴「僕には誰かを殺す力なんてないよ。小学生の腕力なんてたかが知れている」
りすか「…………ん」
いたち「イチャイチャしちゃって。それで、タカくん、この子はどうするの?」
暦(僕のことか)
創貴「気絶させて運ぼうかとも思ったが、それこそ力がないからな。高校三年生の体重っていえば、成人男性とほとんど変わらない。こいつには、自分で来てもらう」
暦「そんなこと、するわけないだろう」
創貴「それでいいのか? 僕にだって、下級生くらいの女児を運ぶことはできる。簡単だ。『太陽』の下にでも引きずり出せばいいんだ。心臓に杭をさして、首を切り落としてやるよ。ニンニクは食道にでもつめればいいのか?」
暦「てめえ! 忍に近寄るな!」
いたち「はいはい。大人しくして頂戴」
創貴「驚いた、この吸血鬼はまだ意識がある」
りすか「……吸血鬼の相手なんて初めてだから、加減なんて知らないの」
創貴「それくらいわかってる。不手際を責めたわけじゃない。純粋に驚愕だよ」
忍「お前、様」
暦「忍……」
忍「儂の、ことなら……気に、せんでも、よい」
創貴「…………」
暦「そんな月並みな台詞、言われたくない」
創貴「選択の時だ。僕の駒か、さもなくば死を、選べ」
いたち「駒扱いされる以外なら待遇はいいわよ」
暦「……忍、僕の影に入れ。僕たちは一心同体だ。殺されるなら、二人一緒にだ」
創貴「……それが答えだな?」
暦「後悔はない」
153:
創貴「ああ、だと思った。りすか、もう一仕事だ。『省略』する」
暦「なっ! ぐはっ」
いたち「大人しく、気絶してなさい」
創貴(意志が強そうだとは思っていたしな。これがただの魔法使いならここで殺すが、『怪異』とやらは初耳だ。聞きたいこともあるし、調べたいこともある。少なくともりすかの敵ではないとわかった今、軽々に殺すのは早計だ。この『省略』には僕の時間も使うんだ、ある程度の成果は挙げなければならない)
りすか「どこへ?」
いたち「このホテルは? 近いし、『省略』するのは短いわ」
創貴「ダメだ。あの請負人とやらも探偵助手とやらも泊まってる」
りすか「廃ビルがあったはずなの」
創貴「ダメだ。事件のせいで人払いの結界をはるには注目度が高い」
いたち「なら、どこへ?」
創貴「こいつの部屋に、『省略』しよう」
160:
創貴(この僕、供犠創貴には夢がある。もっとも夢というのはレトリックの問題であって、それは明確な目標、達成課題と述べてもいい。あるいは陳腐な表現として野望と言い換えることもできるだろう。『みんなを幸せにする』、そのことが僕の叶えるべき未来である。そのためにりすかを『駒』として使っているのだ。僕にとっては魔法使いのいざこざなど瑣末な問題でしかない。
 ことここにおいて、無視できない事実が発覚した。『怪異』と呼ばれる異能のものがこの世には存在するらしい。魔法の存在は受け入れた僕ではあるが、にわかには信じがたい話だ。世界は僕が思っていたよりも広いらしい。しかしまあ、ちょうどいい。今のままではいささか狭すぎると思っていたところだ。新展開だろうと新機軸だろうと受け入れよう、それくらいの度量は持っているつもりだ)
りすか「…………」
いたち「趣味が偏ってるわね」
創貴「…………」
創貴(少なくとも見た目は同級生の異性二人が、男の部屋で猥書を読みふけっている事実は看過できない。特にりすかは相撲中継でも見るかのように没頭している。考えたこともなかったし、あまり考えたいものでもないのだが、彼女の性の目覚めはまさか今この瞬間なのだろうか)
いたち「意外と整理の行き届いた部屋ね」
創貴「高校生男子の平均的整頓具合なんて知るか」
いたち「高校生も、男子も、度外視して言ってるのよ」
創貴「そもそもツナギは人間の部屋の事情にどのくらい精通しているんだ」
創貴(2000年以上も生きている魔法使いが、どのように暮らしてきたのか、僕には想像もつかない。どこでだって生きていけそうなバイタリティは備えているし)
いたち「知りたい?」
創貴「いや、別に」
りすか「…………」
創貴「りすかもいい加減にそれを読むのをよせよ」
創貴(りすかは無言できちきちきちとカッターを鳴らして抗議した。好きにさせろという意味かもしれないし、集中させろと言いたいのかもしれない。)
いたち「お盛んね」
創貴「はあ」
創貴(これみよがしにため息を吐いたところで、無効果なのはわかっている。僕だけ手持ち無沙汰なので、戦利品であるケータイを再度点検する。戯言遣いを名乗るあの男のものだ。りすかをすれば勝利は揺るがないが、あの口車を屈服させるのも興趣深い。何かしらの手がかりを求めて持ってきた)
いたち「アドレス登録なし、発着信の記録ほぼなし、メールもほとんど残してない。よほど自分のことを知られたくないわけね」
創貴「つまり手がかりは無に等しい、とでも言いたいのか?」
いたち「事実その通りじゃない」
創貴「馬鹿じゃないのか。そもそも、こんなふうに隠すということ自体が一つの手がかりだってわからないのか? 推理小説で証拠を消そうとする奴がいたら、どんなにアリバイがあろうとそいつが犯人候補の筆頭になるのは間違いない」
いたち「驚いた。推理小説とか読むの?」
創貴「読むわけないだろうそんな低俗な小説。今のはものの例えだよ」
暦「……ここは、僕の部屋!?」
暦(拘束されている……。絶対に関係ないはずなのに何故か頭の片隅には戦場ヶ原の仕業と思ってしまう僕がいた)
創貴「起きたか」
暦「ん? 待て待て待て! 何でナチュラルに僕のエロ本が読まれてるんだよ!」
りすか「…………」
きちきちきち
創貴(……これに関してはあとで話し合おう)
創貴「それは今、優先順位が高い問題じゃない」
暦「お前の発想は知らないが、健全な高校生男子にとって自らの性的嗜好を知られることは半ば死を意味するんだよ! 社会的な!」
いたち「メガネフェチで制服フェチなのはよくわかったわ。お堅い娘が好きなのね」
暦「違う、誤解だ! それは影響を受けただけで僕の生来の好みじゃない!」
暦(くそっ! 急に叫んだせいで頭がクラクラしてきた。この状況に参っている可能性も十分にありうる)
163:
ぶぅんぶぅんぶぅん
創貴(手にもつケータイが振動しだした。電話着信だ)
創貴「そいつの口を塞いでくれ」
いたち「ええ」
創貴(口内に詰め物をし、ガムテープで口を塞いだのを確認したあと、ケータイをスピーカー設定にして電話をうけた)
友「うにー! いーちゃん、らぶー。僕様ちゃんに会えないけど、崩子ちゃんにえっちぃことしてないよねぇ? もう、それにしても出るのが遅いよ、いつもの平均よりも21.88秒も遅い! 僕様ちゃんを待たせてどうする気なのさ?」
暦「…………」
創貴「…………」
暦(僕様ちゃんかぁ……痛いな)
創貴「人違いですよ。僕はこのケータイを拾っただけです。交番に届けようかとも思ったんですが。よろしければお渡しいたしましょうか?」
友「……………………はい、それでお願いします」
暦(急に声のトーンが下がった。ああ、いるよなぁ。恋人の前だと逆に猫被るタイプの女子。幼児言葉とかさ、よく聞くじゃん。僕の周りにいなかったってだけで、たぶん一定数いるんだよ、たぶん)
創貴「ええと、それじゃ、あ、そういえばお名前は?」
友「名前? 電話したときに表示されませんでしたか?」
創貴「……」
創貴(話し方からして恋人……登録していないことくらい知っていてもおかしくない。わざわざこんなことをいうのは罠か? 乗ってもいいが……)
友「どうして無言なの?」
創貴(怪しまれたか。もう駄目だな)
暦(電話を切った!? 今の流れで切るのはおかしくないか!? 怪しさ満点だぞ)
創貴(この女から情報を聞き出したかったが、こちらの情報が伝わるのもマズい。あの男の関係者というだけで、注意するに越したことはない)
164:
ぶぅんぶぅんぶぅん
創貴(無視だな)
友「こちらから一方的に電話をするくらいできるさ」
創貴(何!?)
暦(同一人物か? 声音が違いすぎるぞ)
友「子供のくせに慇懃な態度だとは思ったがね。『彼』の身に何かあったな? 先の通話ですでに位置は特定した。貴様がどこの何者なのか、今はまだ可能性がありすぎる。しかし、必ず特定する。そして然るべき報いを与える」
創貴「宣戦布告のつもりか?」
友「いいや、宣誓だ」
暦(そう言うと、今度はあちらから切ったようだ。僕には理解できない思考の読み取り合いがあったらしい)
創貴「ふざけた連中ばかりだ」
いたち「とりあえずそのケータイは食べちゃいましょう。証拠隠滅としては何よりでしょ」
創貴「ああ。全く、消去法的に選んだ最後の砦がこうもあっさり特定されるとは思わなかった」
暦「僕の部屋を隠れ家に使うなよ……」
創貴「言っただろう、消去法だ」
暦「だからって……塾の廃ビルもあるし」
創貴「事件の報道で目立ちすぎるんだよ。田舎はいつまでも同じ話題で盛り上がるのが厄介だ」
暦「なら、北白蛇神社とか、それらしいのはまだあるだろう」
創貴「……どこだそれは」
暦「あ。場所を知らなかったのか」
創貴「ああ。認めよう、知らなかった。それで? 案内してくれるんだろ?」
暦(拒否権は……まあ最初から期待していない。それに、何かが起こるにせよあそこなら被害も少ないだろう)
171:
暦(僕に出来ることは時間稼ぎだ。殺人鬼を倒せば、この悪夢は終わる。そっちはいーさんや戦場ヶ原に任せて、この魔法使いたちの注意をそらし続けることが、今の僕にできる精一杯だ)
創貴「ふむ……」
暦(この世界の特性上、僕も自分の記憶に自信がないので、説明はアバウトだ。幸い、この創貴という少年は、理解せずに話が進むことを嫌うようで、僕が体験談を話すといちいち考えこむ。時間稼ぎにはうってつけだ。)
りすか「…………」
創貴「続きを」
暦「今の話はそれで終わりだ。八九寺はその後も出てきたけどな」
いたち「今、成仏したと言ったわよね?」
暦「僕は人よりも怪異に関わっているだけで、詳しいわけじゃない。専門家の意見を聞きたければ、僕よりも適任がいるよ」
いたち「その適任はどこにいるのよ」
暦「……流浪の民だからなぁ。ていうかほとんどホームレスだからなぁ」
暦(それなりの大金を要求してきたし、持ち歩くわけではあるまい。銀行口座くらい持っているのだろうか。ATMとか操作できるのかあいつ)
いたち「変人っているのね」
創貴「……ところで、例の吸血鬼の話がまだだ」
暦「忍との思い出は、話すつもりはない」
創貴(また意志の強いところが出たな。強情になる部分こそ問い質したいが、その時間もない)
創貴「怪異については大体理解した。扱いにくい連中ではあるようだが、使いこなすのも不可能じゃなさそうだ。あとは『駒』としての価値があるやつをどれだけ見つけられるかだ」
暦(貝木ができていたのだから、そりゃできるんだろうけど。ずいぶんな自信家だ)
暦「理解したってんなら、この世界についての考察もしてくれよ。特に、忍が突然現れた理由が僕は知りたいんだ」
創貴「この世界についての考察は無意味だ。情報が少なすぎる。串中弔士を捕まえて聞き出す必要がある」
暦「わからないのか」
暦(半分は疑問できいたのだが、残りは時間稼ぎをしようと必死な僕である)
いたち「そんなわけないでしょ、うちの大将が。頭を使わなかったら何もできないんだから」
創貴「……まずはあんたがこの世界で体験したことを話せよ」
172:
創貴「世界五分前仮説」
暦「え?」
創貴「知らないのか。だったら、スワンプマンでも構わない」
暦「いやあの……どっちもわからないだけど」
いたち「世界五分前仮説ってのは、哲学における思考実験よ。この世界が、あらゆる記憶や過去を『そうあったもの』として生み出されたのだとしても、人間にそれを確かめるすべはないって話」
暦「なんか、ただのいちゃもん付けにしか聞こえないな」
創貴「これは、結果があれば原因があるということに対する懐疑的思考だ。哲学のもたらす意義を、同時代に生きる凡人が理解できるはずもない」
創貴(もっとも、りすかのように時間を操作できる能力があれば無用の思考だ)
暦「すごく馬鹿にされた気がするが、普通はそうだろ? 当たり前のことを疑ってどうするんだよ」
いたち「怪異と生きるあなたが言うべきじゃないわね」
暦「それもそうだ。それもそうだが、魔法使いに言われたくないな」
暦(自分で言っておいてなんだが、昔の人は地上はまっ平らだと思って疑わなかったらしい。僕も地球が丸いと教わらなければ、そう信じてしまうだろう。疑う姿勢が大切ということなのかもしれない)
いたち「スワンプマンというのは別名、泥男ね」
暦「怪物か? フランケンシュタインみたいな」
創貴「フランケンシュタインは怪物じゃない。怪物の創造主だ。怪物には名前も与えられなかった」
暦「名前も? それは……悲劇だな」
いたち「話を戻すわ。人間の身体は約60兆の細胞でできているそうだけど、その細胞が全く同じ人間が二人いたら、どうなるかしら?」
暦「遺伝子が同じってんなら、双子が確かそうじゃなかったか? それともクローンっていうことか?」
いたち「いいえ、違うわ。細胞が同じ、その結びつきも同じ、だから、その経験も記憶も感情も全く同じ人間が二人いる、そういう仮定よ」
暦「いや、ありえないだろ、それ」
創貴「誰もありうるとは言ってない。人間の心が物質的なものかどうかって話だ。だが、そこはどうでもいい」
暦「あ、ああ。忍の話だったな。難しい話の連続で忘れてた」
創貴「あんた、本当に高校生か?」
暦「いや、僕のことはさておき、今の話は小学生の能力で覚えてられる話じゃないだろ! お前の常識はどうなってるんだ!」
創貴「識字能力があれば、大学までの知識はただの暗記で覚えられるだろ」
暦「全国の受験生に謝れ! 僕を含めて!」
創貴「駄人間に下げる頭なぞない」
173:
暦「はあ……もういいよ。それで、それがどう忍の話につながるんだよ」
創貴「串中弔士も言っていただろう。この世界の大半の人間は、想像の産物だ。だから、あんたの影からでてきたあの吸血鬼は同一の個体じゃない。『この世界』で、あんたから生まれた『新しい』怪異だ。記憶もなにもかも、オリジナルと変わらないのだとしても」
暦「それは……言われてみれば当然か。でも、問題はそこじゃないだろ。今までいなかったのに、急にどうして」
りすか「夢は無意識の集合体なの」
暦(久々に喋ってるのをきいたと思ったらさっぱり理解できない)
創貴「りすかの言う通りだな。この夢が共有されたものだとしたら、重要なのは知識と認識の共有だ」
暦「待ってくれ、レベルをもっと落としてくれ」
暦(羽川が欲しい! 切実に!)
創貴「……」
暦「そんな目で見るな、小学生」
暦(同じ小学生でも八九寺とは大違いだ)
創貴「噛み砕いて説明しよう。この世界が僕らの共有するものだとすれば、色濃く影響されるのは、やはり共有している認識だ。常識と言ってもいい。常識はずれの出来事は、省かれる」
暦「確かに、怪異のことをはっきりわかっていたのは、僕だけだったけど」
創貴「だが、あんたはその怪異とやらを、説明し続けた。あの請負人にも、探偵助手にも話しただろ。そしてやつらはそれを『信じた』」
暦「……そういえば」
暦(いーさんははっきりと怪異を信じると言ってくれていた)
創貴「そして、怪異は常識となり、この世界に現れた。さっきの吸血鬼はただのコピーだ。あんたがイメージするハートアンダーブレードってわけだ」
暦(戦場ヶ原も、神原も、羽川も、火憐ちゃんも僕の想像なわけだもんな。元の世界とほとんど同じ体験をしているのも、僕がそれ以外を想像できないからだろう。同様に、さっきの電話の女性や崩子ちゃんは、いーさんの想像の産物だというわけだ。
 しかし、こうなってくると、月火ちゃんも生まれる可能性があるわけか。僕にとっては元の世界とそう変わらない日常が送れてしまうな)
いたち「流石、ブレーンはやっぱり色々考えてたのね」
創貴「串中弔士の言葉を鵜呑みにした場合の推論にすぎないけどね」
174:
ぶぅんぶぅんぶぅん
創貴「…………」
いたち「…………」
りすか「…………」
暦「……僕のケータイだ」
179:
創貴「『いーさん』、これはあの男か」
暦「そうだ」
いたち「どうするの?」
創貴「臆してばかりもいられないだろ。たかが電話、出てみよう」
いたち「準備するわ」
暦(僕はやっぱり口を塞がれるのか……)
いたち「オッケーよ」
創貴「よし」
いーちゃん「……もしもし」
創貴「回復が早いな」
いーちゃん「お陰様で。怪我は慣れてるからね。阿良々木くんは無事かな?」
創貴「さあな」
いーちゃん(はぐらかすってことは生きてるな)
いーちゃん「ふうん……。まあ、いると仮定して話をするよ、阿良々木くん」
創貴「それは、僕の質問に答えてからにしてもらおうか」
いーちゃん「断ると言ったら?」
創貴「このまま切るだけだ」
いーちゃん「それは困る」
創貴「別に大したことじゃない。あんたの本名を教えてもらおうか」
いーちゃん「……それは、質問じゃないな」
創貴「明確な答え以外は、無回答とみなす」
いーちゃん「そうだな、なら、クイズを出そう。僕から三つのヒントを??」
創貴「ふざけてるのか?」
いーちゃん「大真面目さ。これは勝負だよ。わからなければ君は女子中学生以下だ。それとも年相応かな?」
創貴「安い挑発だ」
暦(……でも電話は切らないんだな、創貴くん)
いーちゃん「あだ名は、師匠、いーたん、いっくん、いの字、いー兄、いーの、いのすけ、戯言遣い、詐欺師」
創貴「ろくなのがないな」
いーちゃん「名前に含まれる母音は8つ、子音は7つ」
創貴「…………」
いーちゃん「五十音順に『あ』を1、『い』を2、『ん』を46として考えたとき、名前を数字に置き換えた総和は、134」
創貴「……なるほど」
暦(……今のって特定できるのか? 後の二つを手がかりにして、最初のヒントで絞り込めばいいんだろうけど)
180:
いーちゃん「ちなみに、櫃内様刻は、違うよ」
暦(ひ、つ、う、ち、さ、ま、と、き。
 母音と子音はあってるな。数字は……無理だ。僕にはとても暗算できない)
いーちゃん「わかったのか。おめでとう、君はお子荻ちゃんクラスの天才だ」
創貴「今のヒントで名前を特定するのは不可能だ」
いーちゃん「…………」
いーちゃん(まあ、普通そうだよな)
創貴「交渉不成立だ」
暦(あ、切る)
いーちゃん「死体が発見されたんだ」
暦(え!?
 なんでこの状況で……!? いやでも、そうか。殺人鬼の一人、いーさんに言わせれば夢識はまだ生きてるんだ。僕らはそいつを追っているけど、そいつは追われていることを知らない。いつも通り殺人を続ける。でも、パートナーの夢織が殺されているんだ。不用意なことはしなさそうなものだけれど)
創貴「…………」
いーちゃん「首は見つかってない。でも、亡骸から推定するに、10歳前後の少年だそうだよ、阿良々木くん」
創貴「…………」
暦(それって、この子を疑えってことか?)
創貴「……それで?」
いーちゃん「君は一体誰なのかな、供犠創貴くん?」
りすか「…………」
いたち「…………」
暦(殺人鬼がすでに創貴くんを殺していて、なりすましている?)
創貴「……また会うのを楽しみにしてるよ。じゃあな」
暦(なりすましていたとして、いつからだ? 会話をする限り、僕らが初めて会ったときからの記憶はあるようだし……まさか最初っから? だとすれば、遺体が見つかった理由にもなる。今までは単純に見つかっていなかっただけということだ。もう少し詳しい情報がほしい!)
いたち「あなたは一体誰なのかしらね?」
創貴「…………」
185:
創貴「くだらないことを言うな。僕は供犠創貴、みんなを幸せにするものだ」
暦「それを、証明する方法はないだろう! みんな気をつけろ!」
暦(これで何とか更なる時間稼ぎをしたいところだ)
創貴「仲間割れを期待しているんなら、やめておいた方がいい。結局『魔法』使いなのかもわからなかったが、ともかく、その男を殺したのは僕たち自身だ」
暦「え?」
創貴「あろうことか僕に化けていたからな。おそらく変身女を殺したのが僕たちだと気付いたんだろう。仲間割れを誘ったらしいが、無駄に終わった」
暦「でも、それを証明する方法はないぞ!」
りすか「それが分かるのが、わたしなの」
暦「え? いや、長年一緒にいるんだとしても、わからないことだってある。僕なんか自分のことでさえ気づかなかったんだからな」
りすか「わたしの血が混じってるのは、創貴の血なの。見分けがつかないわけがないの」
いたち「自分に化けられて気づかないって、それはひどいわね。アイデンティティがないんじゃない?」
暦「え? じゃあ、夢識はすでに殺されてるの、か?」
創貴「その通りだ」
暦(……時間稼ぎにもならないじゃないか、いーさん!)
暦「待てよ。なら、串中弔士が言っていたことと矛盾する。彼は殺人鬼をどうにかすれば、この悪夢が終わるって言ってたぞ」
創貴「あんたって人がいいな。信じてたのか、あの世迷い事を? さんざん自分は巻き込まれたとか言っておきながら、最後には逃げ出しただろ」
暦「嘘を吐いていたっていうのか」
創貴「間違いない」
暦「なら、なら……僕たちがいがみ合うのは無意味だ! 早く串中くんを見つけなきゃいけない!」
創貴「それは後回しだ」
暦「なんで! どうしてだ!」
創貴「僕にとっては、こんなことは障壁ですらない。ただの回り道だ。無論、この僕に不必要な労力を割かせた報いは受けさせる。しかし、それ以上に僕の関心は今、怪異に向いているんだ」
りすか「…………」
暦「怪異に……」
創貴「あの吸血鬼を出せ。今度は話し合いで解決しよう」
暦「……断る」
暦(僕がそう言うやいなや、創貴くんは僕の口にカッターを挿しこんできた。既視感しかない展開だ)
創貴「お前に拒否権はない。僕は出せと命令したんだ」
暦「……いひゃだ」
創貴「本当に強情だ。仕方ない」
暦「痛ってぇ!」
暦(こいつ、カッターで頬を引き裂きやがった! 信じられない、あの戦場ヶ原だってホッチキス止まりだったのに!)
創貴「痛いわけないだろう。りすかのカッターだ」
りすか「……口に突っ込むとは思わなかったの」
暦「あれ、本当だ、痛くない」
暦(頬に触れると、確かに裂けているのに。これが魔法なのか。傷跡は、少しずつ治癒されていっている)
創貴「僕は耐久実験をしたいだけだから、別にあんたでも構わないんだ。放っておいても、大元はそのうち顔をだすだろう。あんたに死なれても困るんだろうし」
暦(冷静なあたりがより恐ろしい)
186:
暦「そんなにお呼びなら??もういいだろう、忍」
暦(ずっと待ってたんだ、夜が来るのを。忍が万全になって動けるようになるのを)
りすか「わっ!」
創貴「りすか!?」
暦(忍が、りすかちゃんの血を吸っている……悪影響とかないだろうな)
創貴「お出ましか」
忍「うっぷ。これで変身とか出来んじゃろう。のう、お前様。わかっておろうな、この小僧は本気じゃ。儂は死ぬまでいたぶられるようのは性に合わん」
暦「……僕もそれは御免だと思っていたところだ」
暦(前の惨敗の理由は明らかだ。忍は全く力を出し切れていない。吸血鬼もどきでは、太刀打ち出来ないんだ)
創貴「戦う気なら、本気を出してくれ。今のところ、あんたらが僕の怪異への印象の全てなんだ」
忍「だ、そうじゃ。永遠を生きる覚悟はできたかの?」
暦「そんなのできるわけねーだろ。僕にできるのは、一生後悔する準備だけだ」
いたち「さっきのがわたしの実力だと思われてたら不本意だわ。あなたがどのくらい生きているか知らないけど、子供っぽいものね。2000年も生きてはいないのでしょう。ちょっと先輩としての威厳をみせてあげる」
忍「黙れ後期高齢者」
暦(言ってみたかっただけだろそれ)
暦「……忍、僕の血を吸ってくれ。一滴残らずだ」
りすか「……うぅ」
創貴「りすか、血を返す」
暦(忍が僕の首筋に噛み付くのと、創貴くんが自分の腕を肩から切り落としたのは、ほぼ同時だった)
187:
 のんきり・のんきり・まぐなあど ろいきすろいきすろい・きしがぁるきしがぁず のんきり・のんきり・まぐなあど ろいきすろいきすろい・きしがぁるきしがぁず まるさこる・まるさこり・かいぎりな る・りおち・りおち・りそな・ろいと・ろいと・まいと・かなぐいる かがかき・きかがか にゃもま・にゃもなぎ どいかいく・どいかいく・まいるず・まいるす にゃもむ・にゃもめ
にゃるら!
193:
創貴「人間は腕一本分の血で失血死するそうだから、手短に頼む」
りすか「ふんっ!」
暦「……吸血鬼になるのは、久しぶりだ」
忍「感じておるじゃろうが、お主は今、儂の従僕じゃからな。ギリギリ人間どころか、完全に吸血鬼じゃ」
暦「ああ。わかってる」
いたち「フフ。相手にとって不足はなさそうね」
暦(はっきり言って、負ける気はしない。魔法は確かに強力だが、吸血鬼の特異性の前には霞んで見える。吸血鬼は、本質的な意味で『死なない』のだから)
創貴(りすかが大人でいられるのは一分間。この時間内で勝負を決められなければならない。勝機は十分にある。あいつらは、りすかの魔法の本質を知らない)
暦「……行くぞ!」
りすか「こいッ!」
暦(僕はいたちちゃんへ、忍はりすかちゃんへと飛びかかる。むこうもそれで不服はないのか、堂々と構えている)
暦「喰らえ!」
いたち「ええ。いただくわ」
暦「ッ!?」
暦(吸血鬼の力で殴ればダメージは与えられると思っていたが、殴るその手を食いちぎられた。勢い余って身体がぶつかりそうになったが、全力で回避する)
いたち「今度はこっちよ!」
暦「くそっ! ダメか!」
いたち「いつまでもつかしらね?」
暦「ああもう! 効かない!」
暦(腕が、足が、再生しては食べられていく。僕の攻撃手段といえば、すかしたような力ない殴打だけ。相性が悪すぎる)
いたち「再生力が凄いわね。いたちごっこにしかならない」
暦「ええい、なら??僕だって噛み付くぞ!」
暦(エナジードレイン。僕の切り札である。全身に触れるだけで攻撃となるいたちちゃんに対抗する方法は、もはやこれしかない。羽川のサキュバス猫と同じだ)
いたち「そんなもの、牙を避ければいいんでしょうが!」
暦「ぐぁっ!?」
暦(体術の覚えでもあるのか。身を捻って躱すばかりで一向に噛み付かせてはくれない。それどころか、すきあらば顎を狙って攻撃してくる。僕の攻撃は無力で、ああちらの攻撃は無効。
 不毛な戦いだった。
 正確に言えば、僕に勝利の目がない。ぼくから攻撃は『できない』のだ。一方的にいたちちゃんが僕を喰うのであって、僕はそれをただ防ぐしかない。無限に餌を与えているようなものだ。しかし、これは決して吸血鬼のポテンシャルの問題ではない。僕がただ戦い方を知らないだけ、技術がないだけ。まったく、僕も成長しない人間だ。これでは春休みから何も変わってないじゃないか)
194:
いたち「いい加減に、ケリを付けてあげる!」
暦「ッ!」
暦(ただの直線的な動きだ。本来躱せないものじゃない。しかし、こちらのバランスがほんの少し崩れた刹那を狙ってきた)
いたち「心臓をもらうわ!」
暦(そうくるよな。吸血鬼の弱点。反省をするしかない僕とは違い、そっちは吸血鬼を倒す算段を立てればいいのだ)
暦「ああ、食べればいい」
いたち「いただきます」
暦(いたちちゃんの腕が僕の胸を貫く。あまりの衝撃にのけぞるが、なんとか意識を保つことはできた。生死をかけた戦いを幾度も経験していそうな魔法使いを相手に、正面から戦って勝つことなど、所詮無理だったのだ。僕は一介の高校生にすぎない。怪異に出会ってからだって、まだ一年にも満たない若輩だ。しかも、唯一の切り札であるエナジードレインが不可能であるならば、勝利なんてありえない。
 必要なのは、捕らえることだ。体術で敵わないなら、外法に頼むとしよう。もとより今の僕は吸血鬼なわけだし、人間をやめてしまおう。もっとも、今更『植物になりたい』なんて、思わないけど)
いたち「え? なにこれ!? ツタ!?」
暦(思いついたのは、幾重にもなったイバラだ。食われても食われても、外から包囲する。体術が劣るとわかってから、ずっとイメージしてたんだ。体内になら、悟られずにイメージできる)
いたち「抜けない!」
暦「やっと、捕まえたぞ」
いたち「……くっ!」
暦「いただきます」
暦(僕の牙が近づくほどに、いたちちゃんの身体の口が凶暴そうに歯を剥く。僕はそれに噛み付かれないように注意しながら、少女の肌に牙を刺した)
195:
いたち「ああぁ!!!」
暦(嬌声とも悲鳴ともとれる叫びを聞きながら、僕の身体にエネルギーが入り込むのを感じた。
 勝利を確信したその瞬間である)
暦「ふげっ!」
いたち「あああ!!! あれ?」
暦(横合いからおもいっきり吹っ飛ばされた?! 誰だ?! 忍がやられたのか?)
196:
潤「なーんか面白そうにバトってるとこ悪いんだけどさ、死なれちゃマズいんだよな。で? どっちがあたしの『敵』なんだ?」
209:
暦(赤い??赤い女性がそこにいた。髪から、服装から、纏うオーラまで赤いと錯覚する統一された赤だった)
創貴(色は似てるが、りすかの知り合いではなさそうだ。自信家、豪傑、短絡的、仲間思いで身内に弱い。プライドが高く、目的意識も人一倍だ。正
義感が強いが、他人に厄介事を押し付ける傲慢さもある)
潤「おーい、黙ってたってわかんねえよ。そこの片腕の少年、状況を説明しろ」
創貴「……あんたは何者だ?」
潤「質問に質問を返すなよ……。学校でどんな教育受けてんだ? んー? でも、そうか。あたしのことを説明しないとどっちが敵かもわかるわけないな。あたしの名前は哀川潤。請負人だ」
暦「請負人!?」
潤「今回の依頼人は秘密の美女だが、依頼内容はいーたんの救出と、犯人の捕獲だ」
創貴(いーたん、ってのは、さっきの名前当てで出てきたな)
潤「さあ、あたしは答えたぞ。それで、どっちがあたしの敵なんだ?」
創貴(依頼人は間違いなく先の電話の女だ。しかし、こいつは一体何者だ? あれから数時間と経ってないぞ。場所が特定できていたとはいえ、移動が早すぎるだろう。
 ダメだ、いい加減血が保たない。まともな思考も、もう??)
潤「おい、急に倒れんなよ。失礼なやつだな……。って、死んでるじゃねえか!」
りすか「キズタカ!」
潤「あーあ。死んでしまうとは情けない」
りすか「黙れ! まだ死んでない!」
潤「だとしても、じきに失血死だ。スタンガンは一応持ってきたけど、電気ショックでなんとかなる問題じゃない。おい、何でお前、腕を切り落としてんだ? 自傷にしちゃやり過ぎだぞ。後追い自殺か?」
暦(何なんだこの状況は)
210:
忍「何者じゃヤツは」
暦「よう……引き分けか?」
忍「儂が押してたわ、たわけ。乱入者の確認を優先しただけじゃ」
暦「安心していいぞ、彼女は哀川さん。味方みたいだ」
潤「おい、あたしを上の名で呼ぶな下で呼べ。あたしを苗字で呼ぶのは敵だけだ」
忍「そもそも不安になぞなっとらんわ」
暦「……潤さん、僕から状況を説明します」
創貴「…………」
りすか「大丈夫なの?」
潤「うお! びっくりした。すげえな、生き返ったのか。あたしみたいだ」
いたち「え?」
創貴「りすか、『省略』だ」
潤「……へえ」
暦「あ、ええと、今のはですね」
潤「『魔法』だろ、知ってるよ。ここに来る前にいーたんに聞いたからな」
暦(もういーさんを見つけていた。仕事がい)
潤「それじゃ、にーちゃんが暦くんってことでいいんだよな?」
暦「ええ」
潤「彼女に感謝するんだな、この神社を推定したのはあの娘だ」
暦「戦場ヶ原が……そうか。感謝してもしきれないですね」
潤「んじゃ、とりあえず一緒に来てもらおうか」
暦「いいえ……」
潤「は?」
暦「今の僕は、この女性の従僕なので」
忍「フフン。よくわかっておるではないか。そうじゃ、今は儂が主なのじゃからな」
潤「……え、なに。そういう趣味なのかよ、暦くん」
暦「潤さんは、僕にまで用はないでしょう。僕たちは、僕たちで行動します」
211:
ひたぎ「あら、わたしの前でもう一度その言葉が言えるのかしら、阿良々木くん」
暦「戦場ヶ原……!?」
忍「帰れツンデレ娘、もう儂のものじゃ! 生涯の伴侶なのじゃ!」
ひたぎ「阿良々木くんは、誰のものでもないわ。わたしの彼氏、いえ、恋人ではあるけれど」
忍「今は儂の従僕じゃ」
ひたぎ「いいえ、阿良々木くんは常に愛の奴隷なの」
崩子「これが、いわゆる三角関係とみていいのでしょうか。勉強になります」
いーちゃん「一体、何の勉強なのかな?」
いーちゃん(崩子ちゃんを連れてきたのは失敗だった)
潤「いーたん、最低だな。人類最低」
いーちゃん「…………。三股を成立させる秘訣とかある?」
様刻「……バレないこと、だな」
いーちゃん(すでに破滅の道しかないじゃないか)
崩子「わたしは主張しない女なので、大丈夫ですよ」
いーちゃん「そうか、それなら安心だ。闇口だけに明るみにはならないんだねって最低か!」
いーちゃん(渾身のノリツッコミも、修羅場の前では寒々しかった)
暦「皆さん……無事だったんですね」
様刻「無事じゃあなかったけどな。入院先の看護師が優秀だったんだ。やたらハイテンションだったけど」
いーちゃん「…………。阿良々木くんは、無事とはいかなかったみたいだね」
暦「ええ。今の僕は、『半吸血鬼』じゃありません。本当の、本物の吸血鬼です。人を喰らう、鬼です」
様刻「ああ、色んな覚悟があったんだろうけど、安心してくれ。実は、この通り黒幕はすでに捕まえてある」
弔士「やだなぁ。黒幕じゃないって何度も言ってるじゃないですか」
弔士(拘束具をつけて、縄で身体を縛って、おまけに首輪とリードまでつけられてしまった。僕もろり先輩にこんなことしたことないのに)
潤「あたしにかかれば、人探しなんぞ容易いもんだ」
弔士「おかげで色々と予定が狂いましたよ」
いーちゃん「僕らにとってはそれは朗報だ。阿良々木くん、創貴くんは本物だったかい?」
暦「ええ」
弔士「…………」
様刻「そうなると、だ。弔士くん、君の言ってたことは嘘だってことになる」
弔士「参りましたね。阿良々木さん、本当に創貴くんが偽物じゃないって言い切れるんですか?」
暦「ええ」
弔士「…………おや」
いーちゃん「阿良々木くん?」
212:
弔士「阿良々木さん??もう夢を受け入れましたね?」
213:
様刻「おい、どういう意味だ!」
弔士「現実を見るのは辛いですからね、無理もありません。今の阿良々木さんに、まともな理性はほとんど残っていませんよ」
いーちゃん「…………」
弔士「予定は万事順調です。ちょっと阿良々木さんと二人で話したいですね」
様刻「そんなこと、させるわけがないだろう」
弔士「そうでしょうね」
いーちゃん「……ッ! 哀川さん、弔士くんから目を離さないでください!」
潤「おい、あたしを苗字で呼ぶんじゃねえよ」
弔士「『たまもん』!」
潤「……なんだ! キツネ!? 親父の差金かてめえ!」
いーちゃん(まただ。風が強くなった。そんな中でも哀川さんは仁王立ちで、獣らしき影を睨みつけている。影が動くと、哀川さんも弔士くんを庇うように応戦し始めた。ますます風が強くなり、ついには目を開けていることもままらなくなる。
  どうして、同じ失敗を繰り返してしまったんだ? 今の今まで、玉藻前なんて、九尾の狐なんて『記憶』になかった……!)
弔士「それでは、みなさん。今度会うときまでには、夢の住人になっていることを願います」
220:
弔士「話をしましょう」
暦(うすぼんやりとした意識の中、声が聞こえる)
弔士「この廃ビル、屋上からの眺めがいいですね。月が綺麗ですよ阿良々木さん。ところで、今回のことで反省してることがあります。僕の登場が早すぎました」
暦「…………」
弔士「『黒幕』というのは、わからないからこそ黒幕なわけです。ひと目で黒幕とわかる、そんな役者は本来あってはならないんです」
暦「…………」
弔士「もっとも、それを逆手にとった手法もありえます。ミステリーでは倒叙物と呼ぶそうですが、犯人が探偵にどう追い詰められるかを楽しむものです。あるいは、黒幕よりも重大な秘密を最後に明かすパターンもあります」
暦「…………」
弔士「僕はそういう意味では、なかなか凝った『黒幕』だったんじゃないか、なんて、自画自賛です。探偵役も、犯人役も、他人にやらせるに限る。そもそも、あの三人からすれば、僕なんかはきっと脇役でしかなかったんです」
暦(……頭が痛い)
弔士「もっとも、黒幕とは言ったものの、僕は黒幕なんかじゃないんですよ。僕は、意識的に誰かに何かを強制したことなんて、ないんです。意図的に黙っていたことはありますが。そんなことは誰にでも当て嵌まることでしょう。僕は、起こりうる偶然を期待しただけ。そもそも僕にとっては『どっちでも良かった』んです」
暦「…………」
弔士「言ってみれば、僕はただの『傍観者』です。でも、『目的』のためなら殺人を見過ごしても、それを許すわけじゃない『平和主義者』なんですよ。事件解決を求める、『正義』の人物です」
暦「…………」
弔士「つまりですね、阿良々木さん。僕はあなた達四人の『代わり』になれる」
暦「…………」
弔士「偽物だ、偽物だと言われ続けて辟易しているんです。ならば、いっそのこと本物の偽物になるのも面白そうです。『破片拾い』、『戯言遣い』、『「魔法使い」使い』、どれもなかなか非日常じゃないですか。僕好みです」
暦「…………」
弔士「中でも阿良々木さん、あなたは群を抜いて異常ですよ。『怪異』! 『吸血鬼』! 不可思議に関わるだけの凡夫と違って、あなたは自身が異常そのものじゃないですか!」
暦(……頭が痛いな)
弔士「もっとも、不可逆的な非日常なんて無用ですけどね。日常があっての非日常なんですから」
暦「…………」
弔士「納得がいってなさそうな様子ですね。あなた方の称号を奪うだけでは、この大掛かりな仕掛けに説明が付きませんからね」
暦「…………」
弔士「答えは『殺人鬼』ですよ、阿良々木さん。影が薄くって忘れてましたか? 彼らが一体何者なのか、それは僕にもわかりません」
暦「…………」
弔士「それでも、執拗にろり先輩を狙っていたことは事実です。恋人である僕としては、対策を講じないわけにもいきません」
暦(……頭の痛みのせいか、少し意識がはっきりしてきた)
弔士「現実では、僕はただの中学生に過ぎません。対抗する『力』が必要だった。そこで白羽の矢を立てたのが、あなた方というわけです」
暦「その『殺人鬼』を、この世界に連れてくればいいだけじゃないか。怪異の力はあるんだろう」
弔士「いいえ。僕は、探偵役も犯人役もお断りです。あなた方が殺されても、『殺人鬼』が殺されても『どっちでも良かった』んです。そういう状況が必要だったんです」
暦「…………」
弔士「僕の行動原理なんて、そんなものですよ阿良々木さん」
221:
暦「……僕に、何をしたんだ?」
弔士「何もしていません。この世界は夢、その模造品です。長くいるだけで、現実は遠のくんです。阿良々木さんも、本当は、わかってたんじゃないですか?」
暦「…………」
暦(最初に『ひどい夢でもみている気分だ』と思ったのは確かだが)
弔士「玉藻前の逸話をご存知ですか?」
暦「……一通りはな」
弔士「晴明に正体を見破られた玉藻前は、狐となって逃げ去ります。それを追う集団の中に、貞信という弓の名手がいました。玉藻前が貞信の夢にでて泣きながら命乞いをすると、貞信はきっぱりと『拒絶』したんです」
暦「…………」
弔士「阿良々木さんは、『拒絶』しましたか?」
暦「……そりゃはっきりと拒絶はしなかったが、それは対象がいなかったからだ。疑問はずっと持っていたし、元の世界に帰りたいとも思っていたさ」
弔士「そうでしょうか?」
暦「…………」
弔士「口では帰りたいといっても、どこかこの世界を『受け入れて』はいませんでしたか? 現実逃避を、してはいませんでしたか?」
暦「…………」
暦(……忍が、僕の影から現れた瞬間、安堵したのは事実だ。創貴くんから話をきいて、こちらもあちらも変わらないと、思ったのも事実だ)
弔士「まあ、どちらにせよ構わないんです。少なくとも、阿良々木さん、あなたはこれが玉藻前の夢だと知ってから、はっきりとした拒絶を示さなかった。その最たるものは、自覚してるでしょう」
暦「……吸血鬼、か」
弔士「はい」
暦(忍に血を飲ませたのは、生半可な覚悟でやったことじゃない。これは夢だから問題ない、そんな理由で人間をやめたつもりはない。しかし、これが現実だとすれば、どうだろう。あの状況、あの場面で、僕は吸血鬼になることを選んだだろうか)
弔士「記憶は不確かで、認識は曖昧。それでも意識はあるんです。世界に異変があるからといって、あなたに異変が起こる必要はありません」
暦(……そういえば、りすかちゃんに一人で話しかけたのは軽率だった。僕が一人で少女に話しかけて、痛い目をみたじゃないか。八九寺に話しかけるときには、戦場ヶ原を頼ったというのに)
弔士「夢を拒まなかったのは、阿良々木さんだけじゃないです。あの三人だって、そのうち夢に呑まれますよ。殺人鬼がいなくなった今、僕はただそれを待てばいい。現実逃避を考えない人間なんていませんからね」
222:
いーちゃん「その考えには、僕はほとんど全面的に賛成するよ。今のところ僕は、さよならだけの人生だからね。そんな現実から逃げる理由ならごまんとある」
暦「いーさん!?」
いーちゃん「助けに来たよ。阿良々木くん」
弔士「……よくここがわかりましたね」
潤「見晴らしのいい屋上に陣取って、見つけてくださいっていってるようなもんだろうが」
暦(今真夜中だぞ。どんな視力をしてるんだ?)
潤「いーたんから事情は全部聞いたぞ、てめえ。あたしを幻だとか言ってんじゃねえ!」
弔士「それはですね??」
潤「あたしはあたしだ! それを否定する根拠がねえ以上、誰にもあたしを幻なんて呼ばせねえ!」
弔士「玉藻前が??」
潤「知らねえよ、知ったこっちゃねえよ。それがお前の虚言でない証拠はあんのかよ、ああん?」
弔士「…………」
いーちゃん「無駄だよ、無駄無駄。戯言の通じる相手じゃない」
弔士(なんて厄介な)
弔士「しょうがない。『たまもん』!」
暦「うわっ!」
暦(どこからともなく風が巻き起こり、狐が姿を現した。その姿がはっきりするにしたがって、僕の意識が薄れていく)
忍「ああ!! 畜生風情が、儂の伴侶に何をするか!」
ひたぎ「敵を討つのは譲ってあげるわ。わたしは阿良々木くんの手当をするから、ごゆっくり」
忍「一分でケリを付けてやるわ!」
暦(忍はそう叫ぶと、狐の影と絡み合いながら、ビルの下へと落ちていった)
弔士「…………」
暦(……あれ? 意識が、急に……)
ひたぎ「阿良々木くん?」
暦「…………」
弔士「仕方がありません。阿良々木さんを使うとしましょう。『魔法使い』使いならぬ、『吸血鬼』使いです」
暦「…………くっ! 逃げろ……戦場ヶ原!」
いーちゃん「……何とかなりますか、哀川さん」
潤「苗字で呼ぶなって、何回言えばわかってくれるんだ? その不屈の精神、傑作だぜ。ま、暦くんを抑えるくらいなら、平気だ。どうせ死なないんだろ? 《フルカスタムのSクラスベンツ、ただしペーパードライバー》みたいなっ!」
いーちゃん(言いつつ捨てるスタンガン。どうやら本気を出すらしい。ご愁傷さま、阿良々木くん)
いーちゃん「あとは、僕が君を逃さなければいいのかな」
弔士「逃げるつもりなんてありませんよ。阿良々木さんはもうオチましたからね。次はあなたじゃないかなと思ってますから。僕はただ待てばいいんです」
いーちゃん「現実逃避するのを?」
弔士「ええ」
様刻「だったら、それは否定させてもらうぜ、弔士くん。僕に後悔はない。僕の人生は、常に最良の選択の結果なんだからな」
223:
弔士「……来たんですか」
いーちゃん「早かったね」
様刻「寸分違わず居場所がわかったからな。凄い精度だ、そのケータイ」
いーちゃん「友から支給されたケータイでね。これはさっき哀川さんから渡されたものだけれど。他にも色々と機能が付いてるそうだよ」
いーちゃん(能力は失われたといっても、それで『技術』まで失われるわけじゃない。応用は玖渚機関にまかせているようだけれど。昔のあいつなら憤慨したんだろうが、仕方ないことだ。変化とは、成長だけとは限らない。何かを得るには何かを失うのがこの世の摂理なのだ)
弔士「……僕を拷問にでもかけますか? それでもいいでしょう。そのうち請負人さんが僕の手にオチれば、形勢逆転です」
様刻「そう、僕らには『時間』がない」
りすか「時間なんて概念が酷く些細な問題なのが??このわたしなの」
創貴「加勢してやる。いい加減、灸をすえようと思っていたところだ」
いたち「あなたを絶命させれば、この夢は終わるのかしらね」
弔士「な、何で!?」
様刻「僕が誘ったんだよ。……破片拾いの面目躍如ってところかな」
弔士「…………」
創貴「はっきり言っておこう。僕はこんな夢認めないし、貴様らを殺すことに躊躇なんてない。『駒』の扱いもまともに出来ない駄人間は、僕の『駒』にする価値もないな」
弔士「…………」
忍「小僧ォ! 次は貴様じゃからな!」
潤「ガキの相手なら、暦くんの片手間でだってできるぜ」
りすか「……はっはー!! さあ、クライマックスだ!」
弔士「………………………………」
235:
暦(後日談というか、今回のオチ)
余接「オチてないよ、鬼いちゃん」
暦「……ええっと、どこまで話したっけ?」
余接「三回も聞けば十分だよ。僕はもう飽きてしまった」
暦(あれから。
 忍が九尾の狐をすっかり取り込んでしまい、夢が音を立てて崩れたあと。僕が目を覚ましたときには、もはや何もかも雲霞と化してしまっていた。起きてから忍にきいてみたが、何も知らないようだったし。
 あの夢の記憶がどんどん薄れていくのを感じて、よつぎちゃんに話すようにしている。実際、話すたびにディテールは曖昧になっているのだ)
余接「というかさ」
暦「うん?」
余接「その夢に、僕が出てないんだけど」
暦「……いや、ほら、怪異は出て来ないからさ。忍はまあ、例外だよ」
余接「なら尋ねるけどさ、鬼いちゃん。その冒険の間に、僕のことをチラッとでも考えてくれたのかな?」
暦「…………」
余接「八九寺八九寺とやかましかったけども」
暦「…………」
余接「僕はポッと出の存在だからさ、儚いもんだよね。まだ鬼いちゃんの中でポジショニングがしっかりしてないのは自覚してるよ。それでもさ、あからさまに差をつけられるとやっぱり傷付くよね」
暦「すいませんでしたぁ!」
暦(阿良々木暦、全力の土下座だった。いや、別に僕は悪いことしたわけじゃないんだけど)
余接「謝られても困っちゃうよね。鬼いちゃんは悪くない、僕が悪いんだから。僕のキャラが弱いのが悪いんだから。」
暦「自分を卑下するなよ。僕はキャラがブレブレでもいいと思うぜ!」
暦(決め台詞とか、横ピースとか)
余接「まあ、そんなことはどうでも良いんだ」
暦「どうでも良いのか…」
余接「話のオチが弱すぎるよ、鬼いちゃん。普通に考えれば、黒幕がやられてめでたしめでたし、勧善懲悪に聞こえなくもないけどさ」
暦「ああ、全部全部がスッキリ片付いたわけじゃないけどさ…殺人鬼って結局なんだって感じだ」
余接「違うよ、鬼いちゃん」
暦「何が?」
余接「殺人鬼なんてどうだって良いんだ。妙な力を持った変な人なのかしれないし、魔法使いとやらなのかもしれないし、それこそ怪異かもしれないけど、どれかではありそうなんだから、そこは大きな問題じゃない。可能性の曖昧さは、想像の余地ってやつだよ」
暦「んー? なら、何が問題だっていうんだ?」
余接「僕が語れるようなことなんて、怪異に以外ないよ、鬼いちゃん」
暦「怪異…玉藻前か」
暦(あいつも多くを語られなかったな。まあ、有名だから、そう不便もなかったけれど。でも、今回は怪異についての解釈が少なかった嫌いはあるな)
余接「だから、違うんだっては、鬼いちゃん」
暦「……イマイチわからないな。何に引っかかってるんだ?」
余接「その怪異は、玉藻前じゃないんでしょ?」
暦「え? 玉藻前だよ?」
余接「気は確か? 僕は三回も聞いたよ。その怪異は、どこかの女子中学生が生み出した。あくまで後付で玉藻前と呼ばれたんでしょ?」
暦「……そうだったな」
暦(ひょっとしたら、嘘かもしれないが)
236:
余接「怪異は、ただそこにあるもの。新しい怪異なんて、そうそう生まれるものじゃないんだよ」
暦(羽川の場合は…忍野をして特別と言わせしめた例外か)
暦「そうだよ、ろりちゃんの殺人鬼からの逃避という目的は、達成されたはずだ。その時点で怪異は消えるべきだ。と、なると…どういうことだ?」
余接「だから、オチてないって言ったんだ。謎を残して終わっていいのは、続きが確定した巨編だけだよ。三部作とかの二作目」
暦(まあ、よくある話だ。僕は結構好きな演出だが)
暦「……そうは言っても、仕方ないだろう。もう知る手立てもないんだから」
余接「まあ、僕としては、そこまで深く追求するつもりもないんだ。所詮、夢の話だからね」
暦「僕としては、本物だと思いたいんだよなぁ。今度京都にでも行こうか? 旅行も兼ねてさ」
余接「合格祝いにはいいかもね」
暦「……はい、勉強します。でも、とりあえず今日はこれまでだな」
余接「何か用が?」
暦「ああ、今日は千石と遊ぶ約束があるんだ」
余接「ふうん…まあ、鬼いちゃんの自由だよ、どれだけ浮気しようとも」
暦「やだな、そんなんじゃないよ。ただの遊びだ」
余接「どれだけ遊びほうけて受験に落ちても」
暦「嫌な未来予想するなよ! 待たせてるから、もう行くぞ」
余接「存分に遊べばいいよ??ここはまだ、夢の中なんだからさ」
暦「……なにか言ったか?」
余接「何も」
暦「そう……ならいいんだ」
暦(今回の話はこれでお終いだ。釈然としないことはまだまだ多いけれど、そんなこともあるだろう。世の中の出来事をすべて知ることのできる観測者など、いるわけもないのだ。
 その後、道で見かけた八九寺に目いっぱいのセクハラをしていたら、世界の半分が消し飛んだりしたけれど、それはまた別の話である)
238:
いーちゃん「……嫌な夢だったな」
一姫「どうしたですか、師匠」
いーちゃん「妙にリアルで荒唐無稽な夢を見たもんだから」
一姫「姫ちゃんの宿題を手伝うのをサボって、そんな夢を見てたですか!」
いーちゃん「ごめんごめん、宿題ならちゃんとやっておいたよ」
一姫「わーい!」
いーちゃん「嘘だけど」
一姫「えええ!!? 師匠、どうしてそんな嘘を吐いたですか!?」
いーちゃん「僕は嘘が存在意義みたいな男だからね。あと反応が面白いから」
一姫「ふざけてないでちゃんとやってください! 師匠は姫ちゃんが学校で馬鹿にされてもいいですか!?」
いーちゃん(本来ちゃんとやるべきなのは姫ちゃんの方なのだが、そこを気にする様子はない)
一姫「それで、どんな夢だったですか?」
いーちゃん「え? ああ、うん。どんなだったかな…」
一姫「うわー、目が覚めたら忘れてるパターンです! 姫ちゃんも良くあるですよ!」
いーちゃん「馬鹿にしちゃいけない。ちゃんと覚えてるよ。姫ちゃんに理解できる話に変換するのに時間がかかったんだ」
一姫「今姫ちゃん馬鹿にされたですか!?」
いーちゃん「そんな馬鹿な」
いーちゃん(馬鹿を強調して言ってみた)
一姫「師匠なんてもう知りません!」
いーちゃん「ごめんごめん、お詫びにちゃんと話すよ」
一姫「お詫びにならないです!」
いーちゃん「阿良々木くんていう子がいたんだけどね」
一姫「ほうほう」
いーちゃん(なんだかんだ、話し出すと一生懸命聴いてくれた姫ちゃんだった。可愛いもんだ)
239:
一姫「ふむふむ、謎は全て解けました!」
いーちゃん「ほほう、言ってみたまえ」
一姫「犯人は、師匠、あなたです!」
いーちゃん「な、何ぃ!」
いーちゃん(無自覚の犯人だと!? なんて新しいんだ!)
一姫「まあ、今のは勢いで言っただけで、実はなにもわからないです!」
いーちゃん「だと思ったよ」
いーちゃん(結局のところ、あの夢が真実なのだとすれば、何もわかっていないに等しいのだ。精々コトの発端が自白しただけで、その動機は謎のままだ。しかし、まあそれでいい。曖昧にできるところは曖昧でも構わないさ。今回は僕の大事な人は関わっていないし、そもそも巻き込まれただけだ。もっとも、ただ巻き込まれたにしてはずいぶんと気色の違う人間が巻き込まれたものだけれど)
一姫「でも、どんなに良くできてたって夢ですよ師匠。こっちで何か起こるとしたら、姫ちゃんがちゃーんと師匠を守りますから!」
いーちゃん「頼りにしてるよ」
一姫「ふふふ、姫ちゃんと師匠の仲じゃないですか!」
いーちゃん(師匠と弟子の関係にしか聞こえない)
いーちゃん「そういうのは友の前では自重してね、姫ちゃん」
一姫「うわー、師匠サイテーです。ふしだらです」
いーちゃん「何でだよ」
いーちゃん(僕はただ姫ちゃんのためを思って言ったというのに)
一姫「姫ちゃんと師匠は、心で繋がってるですよ! 勝手に爛れた関係にしないで下さい!」
いーちゃん「怒られてしまった」
いーちゃん(しかし、どうだろう。プラトニックな愛といえば聞こえはいいが、それを許容するということはプラトニックな浮気を断罪する理由になる。肉体関係だけが愛ではないというのなら、精神的な浮気があるということだ。そうなると、浮気というのは、ずいぶんハードルの低い行いということになる。セクハラなどは言わずもがな、ちょっと気を引かれるだけでも、それを浮気ととらえる人間には浮気になるのだろう)
一姫「むむ、なんだか師匠から姫ちゃんを懲らしめるオーラを感じるですよ!」
いーちゃん「……ああ、『貶める』かな?」
一姫「それです。失礼、噛みましたです」
いーちゃん「うん……」
一姫「テンション低いですよ?」
いーちゃん「気のせいだよ」
一姫「そうやって心配させて数々の乙女を骨抜きにしてきたですね?」
いーちゃん(妙にあたりが強い気がするのは気のせいだろうか)
いーちゃん「心配要らないよ。僕は浮気なんてするような甲斐性ある男じゃないからね。そもそも一途なんだぜ、この嘘つきは」
一姫「うーんと、嘘ですね?」
いーちゃん(その台詞は、今の僕の台詞のどこに言ったのだろうか。
……意外と高度な心理戦をしかけてきた姫ちゃんだった)
241:
夜月「んっ…あん! んあんあっ!」
様刻「まだ奥歯磨いてないからな?」
夜月「ふ、ふう! もう大丈夫だよお兄ちゃん!」
様刻「何言ってんだ。奥歯が一番虫歯になりやすいんだぞ」
夜月「あ、あとは夜月が自分でやるから! 部屋で!」
様刻「そうか? 丁寧なのはいいことだけど、長くなりすぎるなよ。この前部屋で三十分も歯を磨いてただろ」
夜月「そ、そんなこともあったっけなぁ……えへへ」
様刻「それで、今日はどうするんだ?」
夜月「え? ええと……なんのこと?」
様刻「今日は僕と一緒に寝ないのか?」
夜月「も、もともとはお兄ちゃんが怖い夢見たって言うから!」
様刻(それを理由に同衾を提案したのは夜月だろうに。まあ、女らしいいじらしさを感じられるポイントでもある)
様刻「はいはい。それで? どうする?」
夜月「きょ、今日もお願いします……」
様刻「じゃあ、僕これからお風呂はいるから、先ベッド行ってていいよ」
夜月「う、うん! 歯磨きしたら、お兄ちゃんの部屋行くね!」
242:
様刻「上がったよ、って」
様刻(部屋が荒れている。以前の夜月の暴走を彷彿とさせる光景だった。今回はまだしも、夜月がベッドに腰掛けていることが救いといえるのだろうか)
夜月「お兄ちゃん……」
様刻「ん。どうしたんだ?」
夜月「いつもの」
様刻「ああ、わかった」
様刻(ベッドに腰掛ける夜月を後ろから抱きしめた)
夜月「これ」
様刻「ん?」
様刻(夜月が示したのは、一枚の写真だった。高校三年生、修学旅行中の一枚だ。
 そして、そこには当然のように琴原の姿もあるのだった)
夜月「この女……」
様刻「ぼっしゅーと」
夜月「あ!」
様刻「落ち着けよ夜月。僕が一番大切にしてるものはなんだ?」
夜月「……家族?」
様刻「惜しい。妹のお前だよ。変に嫉妬してないで、素直な顔を見せてくれよ」
夜月「……うん」
様刻(一度僕の逆鱗に触れた経験が効いているのか、最近の夜月はあまり駄々をこねなくなった)
夜月「でも、やっぱり嫉妬はしちゃうよ」
様刻「愛情の裏返しだ。ありがたく受けるよ。でもさ、嫉妬に駆られて我を失うのはいきすぎだ」
夜月「でもでも、生き物なんだから、愛に素直になるのはあたりまえじゃない?」
様刻(確かに、地球上の全ての生命体なんて、所詮はDNAを伝えていく役割しか保たないのだから、愛というか性欲に身を任せるのはある種、自然な行動なのかもしれない)
様刻「そうは言うけどさ、生物が全力をつくすのは、生命が脅かされて逃げるときらしいぜ」
夜月「そうなの?」
様刻「僕も確かめたわけじゃないけど。でも、生命の役割が種の保存ならさ、自分の命がなくなったら元も子もないじゃないか。そういう意味じゃ、的を射ているんじゃないか?」
夜月「うーん、でも、日常生活でそうそう命の危険もないし、やっぱり大事な人を独り占めしたいって思うのは、自然なことだと思うな」
様刻「かもね」
様刻(相手を独占したいって気持ちは、つまり自分の遺伝子をきっちり残したいって気持ちだ。ある意味当然の帰結で、そうならないほうが異常なのだ。しかし、相手には貞操を要求する一方で、自分自身はむしろそれを破るインセンティブがあることが、生命としてのパラドックス、恋におけるジレンマではある)
夜月「でしょでしょ!」
様刻(そろそろ夜月の機嫌も良くなってきたようなので、首筋から愛撫を始めていくとしよう)
夜月「くぅ……くすぐったいよぉ」
様刻(僕ら兄妹がどんなに愛を語り尽くしたところでそれは不毛だ。どうせ生命としての役割を果たすことなど、僕らの間じゃありえないのだから)
248:
創嗣「おい、そこのガキ」
弔士「……なんでしょう」
創嗣「お前が黒幕か?」
弔士「さて、何の?」
弔士(思い当たる節がない)
創嗣「その受け答えはお前だな。こんなに早く見つかるとはな。ああ、面白いつまらねえ」
弔士「だから、一体何の??ぐえっ!」
弔士(いきなり殴られた……!?)
創嗣「俺の家族に手を出したな?」
弔士「げ、現在進行形で手を出してるやつなら他にいますよ! 安否を確かめたらどうですか!?」
弔士(何者なんだこの人は。夢に気付いた一般人か?)
創嗣「何? ……そうか。さっきからどうも調子が悪いと思ったらそのせいか。こりゃ仕事をしてるときじゃねえな。ああ、つまらねえ面白い」
弔士(行ってしまった。ひどい目にあった。夢から覚めたと思ったらこのざまだ)
249:
弔士(全く、慣れないことをするものじゃない。望んでもいないことをするのは僕らしくもないし、そもそも黒幕なんてわざわざ主張して表舞台に立とうとするなんておこがましい。大人しく助手でもやっているか、精々傍観者に徹するのがお似合いだ。
 しかし、今回の結果には大満足している。二段ベッドのときよりも、よほど。もちろん、彼らの二つ名を奪うという『名目』は成し得なかった。けれどあの狐を、必要もない非日常を、『消えてくれない怪異』を排除するという目的は達成したのだから。
 そう。なにもかも全て、きっかけはこの不吉な詐欺師なのだ)
泥舟「今回の件からお前が得るべき教訓は、素人が手を出すとかえって手間取るということだ」
弔士「よくも言ってくれるものです。あなたが怪異などという厄介なものを押し付けてこなければ。僕だってこんなことをするハメにならなかった」
泥舟「俺は『助けた』だけだ。ただ、女子中学生に望むものを与えてやっただけだ」
弔士「それが法外な値段でも、ですか」
泥舟「むしろ、あの狐は格安だ。もっとも、それを祓うというのなら、当然ながらそれなりの代金を要求するが」
弔士「やり方が詐欺師のそれですよ」
弔士(安い値段で品物を売りつけて、後処理は高く設定する。これが詐欺でなくてなんだというのだろう。ぼったくりだろうか。呼び方はなんだって構わないけれど、騙されたことに変わりはない)
泥舟「言ってなかったか? 俺は詐欺師だ」
弔士「……そうでしょうとも」
泥舟「しかし、自力で祓ったというのなら、それでもいい。金になる話がないのなら、俺は帰らせてもらうぞ」
弔士(詐欺られた恋人のために奔走した。言ってみれば今回の僕の働きはそんなところだろう。詐欺師に何か罰を与えたいとも思っていたが、しかし、この男とこれ以上関わり合いになりたくない。法によって罰することはできないだろうし、怪異に関しては相手のほうが専門家だ。魔法で対処できればいいが、下手を打って水倉さんたちを敵に回したくもない。こんなところが、落とし所だろう。
 僕は、世界に対して望むことは、大したことじゃない。今回、私的な欲望を口にしてはみたものの、別に本気で望んでいたわけじゃない。僕の目に彼らの世界が魅力的に映るのは、多分囲いの外から世界を見ているからだ。囲われてしまえば、それはそれが日常。きっとすぐに飽きてしまう)
弔士「帰るというのなら、ご自由に。ただ、こんなことを続けていれば、いつか大きなしっぺ返しがくるだろうとは、予言しておきますよ」
泥舟「そんなことはとうに覚悟している。だから金を稼いでいるんだ。地獄の沙汰も金次第と言うだろうが」
250:
弔士「やれやれだ」
天「よう??俺の敵の敵」
弔士「……あなたは、誰ですか?」
弔士(狐のお面をかぶった着物姿の男性が、いつのまにかそばにいた)
天「『あなたは誰ですか?』??ふんっ」
弔士「おちょくってるんですね?」
弔士(人をからかうのは好きだけれど、人にからかわれるのは嫌いだ。たぶんそんなことが好きな人間はいない)
天「おちょくってなどいないぜ、俺の敵の敵」
弔士「そうは聞こえませんけどね。第一なんです、その『俺の敵の敵』って。回りくどくて仕方ありませんよ」
天「敵の敵は味方、という言葉があるな。しかし、お前は俺の味方ではない。だから俺の敵の敵と呼んだ。それとも、俺の味方にでもなってみるか? 今募集中だ」
弔士「何の話ですか、一体」
天「お前の恋人を襲った例の殺人鬼がいるな」
弔士(……何故、知っている?)
弔士「…………」
天「あいつらは、俺の手下だった」
弔士「な……!?」
天「もっとも、俺の指示に沿わない連中ではあったが。俺はあの女子中学生を襲えなどと言ってはいない。そのことに禍根を残すのも意味ないことだ。まずは俺から謝ろう。俺の手下が悪かったな」
弔士「それが事実だとすれば……あなたは『最悪』な人間だ」
天「そういうのなら、話は早い。どうだ、俺の味方に??」
弔士「お断りします」
天「ふん、『お断りします』??それもいいだろう」
弔士「そもそも、何故手下を集める必要があるんですか」
天「俺は、因果から追放された身だからな。物語に影響するためには、誰かの手を借りなければいけない。言うなれば、囲われた世界の外にいる。人手を介さねば、それを壊すことも叶わないというわけだ」
弔士「別に他人を使うのに、手下にする必要もないでしょう? 影響なんて、誰だって受けるものだし、誰からでも受けるものだ。それを、目的に応じて意識的に利用するくらい、わけはない」
天「どうやら俺が思う以上に、お前は『最悪』に近い。お前は、俺の敵にはなりえないようだ」
弔士(勝手に話して勝手に評して。自由な人だ)
天「縁が《合ったら》、また会おう」
253:
弔士(……よくよく考えれば、今の男は今回の騒動の元凶じゃないか。一矢報いるくらいのことは、してやればよかった)
扇「これで終わりにする気なのかなぁ」
弔士「まだ人がいるんですか……?」
弔士(今回は、僕らしくもなく、あるいは非常に僕らしく、巻き込まれただけだというのに。なぜこんなに面倒な相手を続けなくてはならないのか)
扇「やだなぁ。しおらしくしてるのなんて、似合わないよちょーしくん」
弔士「……僕の名前を、どこで知ったんですか?」
扇「ええ!? やだなぁ。『クラスメイト』のことも忘れちゃったの?」
弔士「え?」
扇「忍野扇。同じクラスでしょ?」
弔士(ああ、そうだった、そうだった。……同じ、クラスの、女子だ)
扇「いやぁ、大変だったね。大仕事だったね。あの愚か者……いや、阿良々木先輩を含め、主人公みたいな奴らをまとめて四人、そのあと癖の強いボスキャラを三人も相手取ったんだし?」
弔士「どこまで知って??」
扇「全部話してくれたじゃないか」
弔士「そう……でしたっけ?」
扇「そうそう。それでいい。そして、そんなことはどうでもいい」
弔士「どうでもいい……」
扇「偶然入った夢の世界。狐面の男の手下の殺人鬼に夢の世界で殺されかけたろり先輩が頼った相手は、こともあろうに詐欺師。君はこの状況を九尾の狐を使い、阿良々木先輩たちを巻き込んで打破した。この中に嘘が三つある」
弔士「…………」
255:
扇「一つ目、偶然じゃない。夢の中で殺人鬼と出会った時点で、君は塔キリヤを『駒』にしてたんだ。だって、そうじゃないとその後、あの雲隠れが得意な魔法使いに会えるわけがない」
弔士「駒だなんて、とんでもない。ただの協力者ですよ」
扇「そもそも、魔法に巻き込まれる、殺人鬼が紛れ込む、その二つの偶然がたった一回の出来事で起こるはずもない。君は何度もこの夢の世界に来ている。でなければ、君がこの世界に順応している理由に説明がつかない」
弔士「忍野さんはどうなんですか?」
扇「二つ目。あの狐の怪異が玉藻前? 九尾の狐? おかしいを通り越して愚かしい。一介の詐欺師に、そんな大物が扱えるわけがない。あれは狐狸精??ただの妖狐だ」
弔士「ええ、安いからと言って粗悪品を掴まされた僕らの身にもなってほしいものです。中学生に一万円だって払えるわけがないですよ」
扇「九尾の狐ならいざ知らず、狐狸精ごときに、『夢の中の夢』をつくる力があるわけない。あれは??君がねじ曲げたんだ」
弔士「言霊、ですかね。信じられませんでしたけど」
扇「ただの狐狸精に、玉藻前という名を付けた。狐はただでさえ話の混合が多い怪異だ。お稲荷様を狐と勘違いしている人間だっている。そうした怪異を強引に結びつけたんだ。一体いくつの伝承を曲解して合成したのかな」
弔士「さあ、忘れましたね。いやでも、あれは楽しかったですよ」
扇「そう、娯楽だ。君は狐狸精を、怪異を弄んだ。やってはいけないことだった。本来、くらやみがでるくらいには」
弔士「でも、それは、僕が望んだことじゃないですよ」
扇「そう。そうだろうね。狐狸精はそれほど強い怪異じゃない。巨大化するには、その依代が必要だ」
弔士「ろり先輩の思いは、それだけ強かったんでしょうねぇ」
扇「君の、三つ目の嘘だ。ろり先輩が詐欺師に願ったのは、殺人鬼からの逃避なんかじゃない。そんなことは、塔キリヤの魔法だけで十分だ」
弔士「ええ。女子中学生らしい可愛いものですよ」
扇「可愛らしくなんてない、全くない。醜い醜い『嫉妬』だ。君の浮気を呪ったんだろう?」
弔士「可愛いものですよ。浮気なんてしてませんけどね。ろり先輩は、僕を溺愛しているんです」
扇「狐が美女に化け、嫉妬深い。そんな怪異譚は腐るほどある。そして、君はそんな『玉藻前』に飽きたんだ」
弔士「ひどい言い方をしますね。僕はただ『日常』に戻ろうとしただけですよ」
扇「だから浮気者を集めた」
弔士「本人たちはこぞって否定していたようですけどね」
扇「本当に、君はどっちでも良かったんだ。彼らが生き残るには、狐狸精を退治する必要がある。彼らが死ねば、『嫉妬』によるストレスが解消されて狐狸精は消えていた。どちらに転んでも、君にはメリットしかない」
弔士「阿良々木さんたちが生き残るのなら、あの殺人鬼を排除する必要がありますから、僕が手を汚す必要がなくなる。阿良々木さんたちが死んでしまえば、僕は彼らの称号を手にすることができる」
扇「考えたものだと感心するよ、本当」
弔士「浅慮でしたよ。本家本元に敵うはずもなかったと実感しましたから」
扇「どうして、私がここに来たと思う?」
弔士「……クラスメイトだからでしょう?」
扇「騙されたふりはもういいよ。私は、バランスとりにきた」
弔士「方法は?」
扇「秘密。親戚のオジサンに教えてもらって方法さ」
弔士「ろり先輩は?」
扇「もちろん同じようにする」
弔士「…………残念ですね」
扇「おやすみ、ちょーしくん」
256:
弔士「と、まあ。こんな夢を見たんですよ、ろり先輩」
黒理「……本当なのでしょうね」
弔士「ええ。たぶん」
弔士(夢を見た記憶なんて、すぐに薄れて消えてしまうんだろう。青春を過ごした日々のように。僕らは大人になっていくに連れて、色んなモノをなくすのだろうから。
 それでも、きっとこの想いは『本物』だろう)
257:
以上です。
タイトルを考えていたので書いておきます。
『夢物語』
くろりフォックス
主君と従僕の囲われた世界
クビキリアクション
夢幻の刺客!
でした。
ありがとうございました。
お楽しみいただけたなら幸いです。
259:
えーと?
主人公勢はまだ夢の中で…?問題は解決してて…?
でもなんか死人がいて…?……ハッ!貴様まさか西尾いs
260:
乙!
面白かったです
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