北斗「趣味はヴァイオリンとピアノかな☆」back

北斗「趣味はヴァイオリンとピアノかな☆」


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1:
北斗「それは、女性の滑らかなフォルムに通じる美しさを持っていますから」
インタビュアー「へえ。女性と楽器を同じように愛でていらっしゃるんですか?」
北斗「そうですね。俺の腕に抱かれて……かわいらしい、鳴き声が耳を叩いて。ちょうど女の子を抱きしめた時のドキドキに似てるかな?」
北斗「ん? わからないなら教えてあげますよ。俺ならレディにも同じ高鳴りを教えてあげられる……」
インタビュアー「あっ、ちょっと北斗さん……!?」
冬馬「おい、北斗!」
北斗「……っと! こわいこわい。この話は後でしましょうか。個人的に、ね♪」
インタビュアー「は、……はひ」コクコク
冬馬「おいっ! 北斗マジメにやれ! レッスンしてる中でのインタビューなんだぞ! 燃える気持ちを伝えろよ!」
翔太「もう冬馬くん。北斗くんのスタイルはもう崩せないってわかりなよー」
北斗「そうそう。愛だよ冬馬。アモーレこそ俺たちがエンジェルちゃん達に伝えなきゃいけない気持ちさ」
4:
冬馬「そんなんじゃ765の天海達に笑われっぞ! ……いや待てよ? あっちが絆ならこっちは愛を押していくのは……ありか?」
翔太「あっ、やばい」
冬馬「…………よし! 愛だ! 次のライブ俺達三人で愛を表現するぞ! ラブトライアングルだ!」
北斗「オーケー冬馬。クールダウンだ。クリームソーダを一杯やりにいこう」
真「だから、響のダンスはさー、最初テンポいんだよ」ガチャ
響「ううーちょっと気合い入れ過ぎちゃったかな。でも歌は……ってジュピター!?」
翔太「あっ765のお姉さんたちだ」
北斗「チャオ☆」
春香「なんでここに!?」
千早「あら……私達が、間違えた訳ではないわよね」
北斗「ルームの予約、次キミ達だったのか。インタビュー押しちゃって退出が遅れてはち合わせちゃったね。
 うん、これは恋の神のおもしべしかな」
真「な、なに言ってるんですかっ! 早く交代して下さい! これからボクたち歌のレッスンなんです!」
6:
翔太「残念だなー。ちょっとおしゃべりしたかったのに」
やよい「今は『れべるあっぷ』しなきゃいけないんですー……」
亜美「そうだそうだー! やよいっちの言うとーり!」
真美「帰れあまとう! かーえーれ! かーえーれ!」
冬馬「なんで矛先を俺に絞りやがんだ!?」
翔太「かーえーれかーえーれ」
冬馬「翔太っ! てめえまでナチュラルにそっちついてんじゃねえぞ!」
北斗「うーん、情熱に燃えるエンジェルに水を差すのは忍びないね。今日はお暇しようか」
冬馬「ちっ!」
千早「……あら。ピアノの譜面台に、楽譜がありますね。これ、書きかけ……?」
北斗「! ああ、すまない。すぐに片づけるよ」
亜美「ほくほくのなの?」
北斗「あはは、趣味でね」サッサッ
翔太「レッスンが始まる前に一人で一番先に来て、弾いてるよね」
7:
北斗「よし。これでこのピアノは穢れを知らないピュアに戻ったよ。俺との思い出だけを胸に秘めて……」
千早「軽快なアレグロから哀愁漂うアダージョに」
北斗「!」
千早「……不思議な曲ですね。転調に悲痛さだけではない何かを感じます」
北斗「わかるのか。…………あははっ! 素晴らしい目を、いや感性をお持ちだね」
千早「それ、もしかして、あなたが?」
北斗「趣味さ。お恥ずかしい。まだまだ貴方の目に適うシロモノではありませんよ」
冬馬「おいっ北斗! いくぞ! 反省会だ!」
北斗「あはは、では失礼! 千早ちゃん」
春香「急がせちゃったみたいですいません」
冬馬「……俺らが出ていくの遅れただけだ! 悪かったな! お前らもレッスン手を抜くんじゃねーぞ! 本気でやれよ!」
春香「あ、はい」
伊織「謝りはするのね……」
8:
北斗(やれやれ。俺としたことが去り際にデートに誘うセリフも出てこないとはね)
北斗(どうも、あの曲に関わっては初心な子どもに戻ってしまうな)
冬馬「……で、だな、次のライブにはなんかサプライズを入れてみようって思う訳だ」
翔太「それならさ、アーティスト的な一面見せよーよ。北斗くん!」
北斗「なんだい?」
翔太「ピアノ弾いてみない?」
冬馬「そうだな。北斗の生演奏を入れるのもありかもしれねえ……って、お前腱を痛めてんだろ?」
北斗「ああ、長時間はムリだね。ヴァイオリンなら披露できるが」
翔太「ピアノでもヴァイオリンでもお客さんのお姉さんたちは喜んでくれるよ。要はクールな北斗くんを見せればいいんだ」
冬馬「お前……計算高いな」
10:
北斗「……」
――「いやだ! いやだよ母さん! 言われたからやってきたんじゃないんだ!」
――「ピアノが好きなんだ!」
――「それなのにピアニストを諦めろって……っ!!」
北斗(……やれやれ我ながら未練がましいね)
北斗(ピアニストを諦めて、ビジュアルを生かすモデルになって、アイドルとして歩いていると思ったらこれだ)
北斗「――ピアノ、やるよ。一曲なら大丈夫さ」
翔太「おおっ! やった!」
冬馬「あえてピアノかよ……根性見せるじゃねえか、北斗」
翔太「あ、でも無理はしないでよね。傷めた腱を悪化させて北斗くんから大切な趣味まで奪いたくないから」
冬馬「やるからには本気でやれよ!! ファンにも自分にも後悔残すんじゃねぇぞ!」
11:
北斗「無理はせずホンキで、ね。難しいこと言ってくれるじゃないか」
冬馬「言いたいことわかるだろ」
北斗「ああ……最高のパフォーマンスをしてみせる」
翔太「何をひく?」
北斗「クリスタルダストを弾き語りしてみようかな」
翔太「うんうん、クールっぽさが合ってるんじゃないかな」
冬馬「うしっ、練習だな。今からまたスタジオ借りてくる!」
翔太「気が早いよ冬馬くん!」
北斗「やれやれ。落ち着きがない男はレディーに軽くみられることを知った方がいいな冬馬は」
北斗(モーツァルト交響曲第41番『ジュピター』の生演奏には何度も足を運んだ)
北斗(壮大にして、荘厳。あの天界のようなダイナミクスは他の曲には無いものだ)
北斗(だが、同じ名前なのに俺達はまるで青い。あの名曲とは比べるべくもないだろう)
北斗「でも――悪くないけどね」
12:
――
――――
北斗「さあ傍においで 近く深く ♪」
北斗「こよなく貴女と Crystal Dust ♪」
ジャーン♪
翔太「イイ感じじゃん、北斗くん!」
冬馬「まあ、こんだけのレベルだったら北斗のソロで問題ねえだろ」
北斗「ああ……」
冬馬「どうした?」
翔太「ああー、僕らに褒められてもうれしくないよねー! お姉さん達にウットリしてもらわなきゃ」
北斗「……」
北斗「そういうことさ☆ やはり俺の声も音も、エンジェルちゃん達を俺に縫いとめるためにあると実感したよ」
冬馬「お前は……どうしてそうなんだよ。俺ら集まる前からピアノに向かってた癖しやがって」
13:
翔太「北斗くんはスマートだからねー。あんまり汗臭いとこ見せたくないんだよ。冬馬くんと違って」
冬馬「ああっ!? オレが汗臭いってなんだよ! 翔太、お前も同じくらいレッスンで動いてるだろーが!」
翔太「まぁねー。だからお腹すいちゃった。もう時間だしゴハン食べにいこーよ」
冬馬「あ、……あ? おい話ずらしてんじゃ……」
北斗「……」サッサッ
北斗「さ、いくぞ冬馬」
翔太「今日はどこにいこっか。明太子スパゲティ食べたいなー。後サンドイッチとクリームあんみつ。ロイヤルミルクティも外せないよね?」
冬馬「あんまり食いすぎたら会計別々にするからな」
翔太「えー、そんな成長期つかまえてそんなこと言わないでよーお兄ちゃん」
冬馬「誰がお兄ちゃんだ!? だいたいお前は――」
北斗「あれ」
千早「あら」
14:
春香「あ、おはようございまーす」
貴音「む。これはこれは『じゅぴたぁ』の」
美希「また会ったの」
冬馬「……!! どうしてこう、お前らとはち合わせるんだ」
春香「あはは、ライブ前のレッスン期間が被っちゃってるみたいで……」
翔太「会えてうれしいなぁ。調子どう?」
やよい「やる気も元気もマンタンですっ!!」
北斗「……ああ、この前はどうも」
千早「そのファイル」
北斗「!」
千早「また『作って』いたんですね」
15:
北斗「……そうさ。ちょくちょくヒマを見つけてね」
千早「ライブが迫っているのに、忘れられませんか」
北斗「あはは。やっかいなことに麗しのミューズは、気まぐれでね。その寵愛を受けるチャンスは逃したくないんだよ」
千早「……あなたの記事読みました。ピアニスト志望、だったとか」
北斗「おやおや。俺に興味を持っているのなら、いつでも訪ねてくれれば歓迎するのに」
千早「あなたのあの曲の、背景を知りたかったからです」
北斗「あらら。参ったな。俺はおまけみたいだ」
千早「聞いてもいいですか? 伊集院さん。あなたにとってピアノってどのようなものなんですか」
北斗「趣味だと教えたはずだけど……忘れちゃったかな?」
千早「よほど思い入れがあるように、今、感じたので」
北斗「このファイルの楽譜か。あはは。エンジェルちゃんに聞かせるような華やかなストーリーはないよ」
千早「そうですか。……教えていただけないようですね」
17:
北斗「俺の秘密を明かすなら、もう少し上等な場所がふさわしいかな。さて、じゃあレッスンがんばってね。チャオ☆」
千早「ええ、失礼します」
冬馬「いいか! 今度は絶対来いよ!」
春香「はいきっと必ず!」
北斗(……ん?)
翔太「キミ達にだけサービスでこっそり教えるけど、次のライブ、北斗くんがピアノを生演奏するんだ」
やよい「ぴあの……ふぁー、すごいですー」
伊織「な、なによピアノくらい……っ!」
冬馬「俺達のパフォーマンスしっかり目に焼き付けろよ!」
春香「はい絶対ジュピターのライブに行きます!」
冬馬「よぉーしっ! まああれだけどな! 来なかったら来なかったで全然気にしねえがな!」
千早「あら。また会う機会がありそうですね。あなたたちが盛り上げる会場、『上等な場所』として認識してもよろしいですよね?」
北斗「……冬馬。お前というやつは」
19:
――
――――
北斗「だめだねぇ……これはいけない。イマイチ歯車がかみ合ってない」
北斗(本当に、人に聞かせるような話じゃないんだよ。千早ちゃん)
北斗(ピアニストの夢が絶たれて、ピアノは俺の夢から趣味になって……)
北斗(それは結局女々しい未練で、でも好きという気持ちはどうしようもなく捨てられなくて)
北斗「あの曲は、未練の塊。それで……俺を総括するためのものにすぎない」
北斗「恥ずかしくって、言えないね。レディのことを考えてない伊集院北斗のことなんて」
20:
北斗(自販機でコーヒーでも買っていくかな。財布財布……っと)
 ビキ
北斗「――?」
北斗「今の感触……」グッパッ グッパッ
北斗「……」
――♪
北斗「! メール!? なんだ冬馬か。……『明日のライブ限界を超えたジュピターを見せてやろうぜ!!』」
北斗「ああ、分かってるよ……」
北斗(ライブは、明日だ)
22:
――
――――
冬馬「ふたりならば 恋を始めようよ ♪」
ワァアアアアアアアアアアアア!!!
翔太「次だね! 北斗くんバシッと決めちゃってよ!」
北斗「ああ、冬馬が作ったムード、今度は俺色に染めるとしようか☆」
翔太「……いつも通りだね」
北斗「ああ。安心したろ? ――行ってくる」
幕が閉じられ、ステージにピアノが運び込まれる。
暗転した空間で、あの音の匣が俺を待ちわびている。
24:
椅子に腰かけ、マイクの位置を確認してから、目を閉じる。
仲間を、ファンを、一時頭の片隅へ。
心を静粛に、意思のすべてを演奏のイメージに注ぐ。
これは音楽神ミューズに相対するための、礼節。
北斗(……ふ。なんど求愛すれば振り向いてくれるのやら……)
幕が上がる。
ライトが俺と、今宵ステージにいっしょに立つ『恋人』を照らす。
北斗「――」
指が白い鍵に触れ、音が滲みだした。
北斗「抱きしめたい 貴女を心も身体も… ♪」
25:
北斗「今貴女の全て 強く奪いたい… ♪」
北斗(いいね。イイ一体感だ)
北斗(千早ちゃん……この演奏を聞いているのか)
北斗(かっこいいとこ見せないとね)
演奏の最初こそ歓声が上がったものの、今は演奏と俺の声だけが会場に響いている。
いっそ不可思議なほどの静寂。
俺の音と声を、皆が懸命に聞いてくれている。
北斗「愛してたい 貴女を夢でも永久にでも ♪ ――――」
北斗「離さない終わらない Crystal Dust ――! ♪」
春香「すごいなぁー」
千早「ええ、軽やかで……それでいて、とても繊細で……」
26:
北斗「願いを今夜一瞬だけでいい どうか 届け …… ―― ♪」
北斗(ここの伴奏が終われば、最後の……!)
―― ピ キ
北斗(!! 指が――っ!?)
千早「! 音が乱れた」
春香「え、そう?」
北斗(腱……! まさか……十分注意して、いたのに)
27:
――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
北斗『……違う。ここのリタルダンドはこんな厭らしい感じじゃないんだ』
北斗『これじゃあフーガ気味になってく曲調につなげられない……二小節目だな、歪み始めは』
北斗『もう一度――』
――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
北斗(あの、『もう一度』のせいかな……っ)
北斗(これじゃあ、エンジェルちゃん達に失礼だ)
北斗(それに、冬馬、翔太――――)
北斗「――――!」バッ
北斗「抱きしめたい 貴女を心も身体も ♪」
28:
春香「あれっ、いきなりアカペラ」
響「ラストの演出かー!」
千早「……?」
北斗「このまま真冬の所為にして―― ♪」
北斗(ラストの演奏は外せない……!)
北斗(最後の40秒……もつように……!)
北斗「さあ傍においで 近く深く ♪」
北斗(タイミングだ……)
北斗「こよなく貴女と ――♪」
北斗「 Crystal Dust ――! ♪」 ♪?
29:
響「おお、最後に、演奏が戻ってきた」
亜美「ほくほくもなかなかやりますなー」
雪歩「きれいな音……だね」
千早「――ええ。とても」
 ・
北斗(やれやれ、なんとか合わせられたか。練習で慣れていてよかった)
北斗(…………いや、活かせたのは、痛みを抱えたままムリに弾いていた高校生の時の経験もだな)
31:
――
――――
翔太「お疲れー!」
冬馬「ああ、最高のパフォーマンスだったぜ! お前らよくやった!」
翔太「おお、あの冬馬くんが手放しに褒めてるよ」
冬馬「ったりめえだろうが! 俺が褒めちゃ変かよ!」ガシガシ
翔太「わわっ」フラッ
冬馬「……っと、なんだよ翔太。お前ガソリン切れじゃねえか」
翔太「いつもより多く回っちゃったからねー……。あれ、北斗くん? 手を押さえて……どうかしたの?」
北斗「ん? ああ、ちょっとね」
冬馬「そうだ……お前、あの演奏中断のアドリブ、最初から計画してたのか?」
北斗「いやいや。俺はただ、ピアノに導かれるまま……」
冬馬「どうなんだよ北斗。教えてくれ。どっか傷めたのか」
北斗「……おいおい、いきなりシリアスな顔つきになるなよ」
32:
翔太「手、痛いの!? ねえ!?」
北斗「ふぅ……ほんの少し、ね。だが心配には及ばない。明日にはひいているぐらいの痛みだ。活動に支障はないよ」
冬馬「そう、かよ」
翔太「楽しそうにピアノ弾いてたのにねー……」
冬馬「趣味には口出したくねえけどよ……あんまり、作曲に入れ込みすぎるなよ。お前の腕も、指も、パフォーマンスに欠かせねぇんだから」
北斗「ああ」
冬馬「あ、でも、あれだ。それでも……なんか納得してぇことがあるんだったら最後までやるべきだって思うぜ」
北斗「……」
翔太「あはは! 北斗くんが目を丸くしてるよぉ! ピアノの趣味続けてほしいって言ってるんだよ? わかる?」
北斗「あっはっは! 男にされても有り難くないが、気遣いアリガトウ冬馬」
冬馬「なっ! 誰が!」
三条馬『お客さん入れてあげてもいいかしらー?』
34:
冬馬「あ? マネージャー! 誰が来たんだよ?」
翔太「ジョバちゃんどうぞどうぞ入れてあげてー!」
冬馬「コラ!」
ガチャ
千早「……失礼します。765プロの如月千早です。ライブ、とても感動しました」
冬馬「おおっ!?」
北斗「……」
北斗(なんだ、俺。驚いていないな。なんとなく来るだろうと予感していた)
春香「あはは、どうもーお疲れ様です」
律子「どうも、失礼するわ」
36:
冬馬「お、おう。お前らなんだ……アイドルが、男のとこに……! それもライブ終わったばっかの汗臭さムンムンのライバルの控室に!」
春香「らいばる?」
律子「そういう危惧はこちらでもしてるわよ! だからプロデューサーである私が付き添って監督してるの!」
翔太「あはは、冬馬くん動揺しすぎだって」
冬馬「すぅー、はー、……で、どうしたよ天海。俺らになんか言いたいことあるんだろ?」
春香「え? は、はい! ライブすごかったです!」
冬馬「そうだろそうだろ! お前らにも負けやしねぇだろ!」
千早「手……大丈夫なんですか?」
北斗「! これは驚いたな、どうして知ったんだい?」
千早「アカペラの少し前、音がほんの一瞬不自然に乱れました」
北斗(……! 本当、なのか。自分ですら覚えていないのに、この子は音で気付いたと?)
千早「――それと、あなたは、ああまで高まった旋律を放りだせない人だと思いましたから」
37:
北斗「……で、演奏を止めたのはおかしいと。褒めてくれてるのかな?」
千早「はい。外見とは全く印象が逆の、深く静かな情熱に満ちた音色。技巧はそれほどではないにしろ…………
 あ、すいません。あなたをおとしめている訳では」
北斗「いや、うれしいよ」
北斗「その評価、とても――――うれしい。本当に」
千早「……こほん。指は大丈夫なんでしょうか?」
北斗「大丈夫。これから君を抱きかかえることだって余裕だよ」
千早「そういうことではなく」
北斗「……もう二度とピアニストの夢は追えないだろうね」
千早「……っ! す、すいません。そこに踏み込むつもりは……っ!」
北斗「あははは! ようやく君の溶かし方少しわかってきたよ……冗談さ、気にしないで」
北斗「本当に、大丈夫さ。普通にしていれば活動に影響はないし、趣味でなら続けられる」
38:
千早「そう、ですか……あの!」
北斗「?」
千早「ピアノ、辞めないでくださいね。その、私、あなたには続けていてほしいと思うんです」
北斗「おやおや、『二回目』。ま、冬馬よりは断然嬉しいよ。趣味はそう捨てられるもんじゃないよ、大丈夫」
千早「趣味……」
千早(私がもし歌えなくなったら……声が出ず、伸びず、やっていけなくなっても……私は趣味で続けられるのかしら)
千早(もしかしたら、私、それを確かめたいからこの人の所に……)
北斗「趣味と言えば……俺はね、ブルックナーが好きなんだ」
千早「!? ぶ、ブルックナーですか! 私も第9番に惹かれて……っ」
律子「ちーはーや。もうおいとまするわよー」
千早「え、あ、律子?」
春香「ジュピターさんたち疲れてるから、あんまり残っても、ね?」
千早「そ、そうね……」
39:
千早「では、あの、失礼しました。また……」
千早(あれ、『また』……?)
千早(なに言ってるの千早! ライブに招待されるのならともかくこっちから会うのを望むような言い方を。男の人に向かってはしたない……!)
北斗「またね、チャオ☆」
千早「……」
千早(また、軽い雰囲気に……)
律子「ではお邪魔しました! 765プロも負けませんからね!」
春香「失礼しましたー!」
ガチャ
黒井「…………ふん」
律子「う、うわわ! く、黒井社長!?」
41:
冬馬「――っ! オッサン! 何しに来た!」
三条馬「黒井、社長!? お久しぶりデース……!」
翔太「労いのコトバをかけに、とか……ないか」
黒井「当たり前だ。……ふん、多忙な私が暇を見つけてわざわざ足を運んだのは、こんな無様なライブを見るためではなかったのだがな」
冬馬「なんだとっ! オッサン目が腐ってんじゃねえのか! 俺らは最高のパフォーマンスをしたんだ!」
黒井「ふんっ、トップアイドルになると大言壮語を吐いておいて、この程度のレベルで満足するとは笑わせる」
冬馬「んだと……っ!? 頂点に立つ価値があるっつったのはオッサンだろうが」
黒井「その素質を腐らせているのは貴様だ。もっと飢えろ。決して満足するんじゃない。メンバーの堕落にも気付かぬほど錆びているとはな」
冬馬「あ……?」
黒井「北斗。貴様、お遊びのあのピアノですら満足に弾けんとはな。素人以下だ」
北斗「!」
千早「……っ」
42:
黒井「お前のあの演奏などで金はとれんし、人を惹けん」
千早「そんなこと……!」
北斗「気付いてましたか……」
黒井「あのピアノの価値は、アイドル伊集院北斗が演奏しているという音楽の外に付随するものでしかない」
黒井「おまけ、だ。そのおまけすら軽く使いこなせず、ミスをステージに残すとは」
黒井「今宵のライブ、貴様が一番ゴミだった」
北斗「……返す言葉もありませんね」
冬馬「うまくいったんだからいいじゃねえか!」
黒井「甘い。その結果論への逃避、冬馬お前もトップアイドルから百歩後退したぞ」
冬馬「ぐっ……」
律子(生で見たのは初めてかも……黒井社長の、指導を……指導なのかしら、これ)
黒井「実際、慄いた。ここまで弱くなっているとはな」
43:
千早「待って下さい、伊集院さんはちゃんと――」
春香「千早ちゃん!」
黒井「……挙句の果てに、765プロの小娘どもに慰められる、か。救いようがない」
千早「く……」
翔太「そこまで言わなくてもいーんじゃないかなぁ……」
黒井「中途半端なパフォーマンスなど見せられるだけ時間の無駄だ!」
冬馬「そんなことだけ言いにきやがったのか!! なめんな! 次は、絶対オッサンの度肝を抜くようなアピールを見せてやる! なあ北斗!」
黒井「ふんっ、そのナマクラな指でか」
北斗「…………できるかぎり、研いでみますよ」
三条馬「はいはい! 黒井社長!」
翔太「ジョバちゃん?」
三条馬「ライブを終えた面々にちょーっと素直じゃない激励ありがとうございました! どうぞお帰りはあちらでーすっ」
44:
黒井「……ふん、そうだな帰るとしよう。三条馬、お前も961を出てとんだやつらに付いたものだな」
黒井「――ナマクラは溶かして鍛え直すしかない」
千早「え?」
黒井「それを知らぬフリで、前進せんとはな。ふん、臆病さはアイドルにとって枷にしかならん」
黒井「まあ貴様らのこれからなど、もはや私に関係ないがな」
北斗「……黒井社長。あの口利きしてくれた病院」
黒井「さらばだ、七等星のクズ星諸君」カツカツ
翔太「あ、あはは、あでゅ?……」
冬馬「なにしに来やがったんだ、オッサンめ! 意味のわからねえことばっかりよ!」
三条馬「カレツよねー」
律子「ハッパかけに来たような、単に言いたいこと言いに来たような……と、私らも行きましょうか」
千早「少し待って、律子。あの、伊集院さん」
46:
北斗「……」
千早「病院とはなんのことですか?」
冬馬「そうだ! なんのことだ北斗! なにか隠してるんじゃねえだろうな!」
翔太「冬馬く?ん、ウップンを北斗くんにぶつけるのはやめようよ」
北斗「……ふ。隠せないね、もう。――検査の話さ」
三条場「検査? もしかしてどこか悪いの?」
千早「腱、のこと」
北斗「そう。961時代、ピアニストを目指してたって言ったら社長にね、『そういった活動に広がりが出る能力はどんどん磨いて売り物にしろ』って言われてね」
北斗「で、腱を痛めてるって話をしたら、腱断裂について精密な検査が出来る病院を教えられた。音楽業界の人もよくかかってる所だそうだ」
千早「それって」
翔太「え!? 北斗くんの手、直るの!?」
47:
北斗「それを見極めるための検査さ。断裂している腱が多ければ、再建手術は困難になる」
翔太「でもでも、可能性あるなら行ったらいいじゃん!」
北斗「あはは……」
律子(なんで笑うの……?)
冬馬「ははぁ、北斗、てめぇアレか」
冬馬「手術でよくなる見込みがあるか。その手術は可能か。他に、可能だったとして成功率はどれくらいか。リハビリにかかる時間で伊集院北斗は色あせないか」
冬馬「そんなこと悩んでるな。答えが明らかになるのが怖えんだ」
千早「!」
北斗「冬馬……」
冬馬「どうなんだよ!」
北斗「はぁ…………やれやれ、エンジェル達の前で。――ああ、その通りだよ」
48:
冬馬「ちっ、いつも飄々としてやがるくせに、ヘタレやがって」
春香「でも、怖いと思う。もし見込みがないって言われたら、それ死刑宣告みたいなものだから」
冬馬「まあ、気持ちは分かるけどよ。それで現状維持を選ぶなんざただの臆病者だって俺は思うぜ」
春香「……うん。冬馬君は躊躇なくていいよね」
冬馬「天海。お前だって…………っておい! ジュピターの話に口を挟むな! さっさと帰りやがれ!」
千早「伊集院さん。検査、受けてみませんか……いえ、受けてほしいです」
北斗「千早ちゃん?」
冬馬「がっ! 如月まで」
千早「精密な検査を受ければ、もしかしたら当時とは違う診断が出るかもしれません。それで、可能性が開かれるかもしれません」
千早「一度、無くしてしまった夢が蘇る余地があるのならば……私はその再会に向けて進んでほしい」
千早「――そう、思います。すいません。無礼に響いたのなら謝ります」
北斗「…………」
49:
北斗「ふっ」
北斗「――――そう女性に願われたらば、動かないのは伊集院北斗じゃないね」
翔太「おお! やった! 北斗くん!」
冬馬「そうだ! トップを目指すんだったら、恐れてないで挑戦するしかねえだろうが!」
三条馬「冬馬君。それ黒井社長が最後に言ったのと同じ」
冬馬「……ああっ!? 俺があのオッサンと同じだっていうのかよ!? と、とにかく行ってみろよ検査!」
北斗「いや、ありがとう。千早ちゃん」
千早「い、いえ」
北斗「冬馬、翔太。もしかしたら展開次第じゃ、ジュピターの二人体制が続くかもしれないぞ?」
冬馬「それぐらいカバーできなくてトップアイドルになれるかよ。それにお前が攻で治せば問題ねえ」
翔太「無茶ぶり?! あはは! でも北斗くんのためなら僕がんばってあげよっかなー!」
北斗「…………感謝するよ。みんな」
51:
千早(いつもの余裕そうな顔が、少し力なく見える)
千早(私は何もできないけれど、音楽を愛したこの人の道が閉ざされていないことを祈りたい)
千早(ピアニストの夢がもし叶ったのならば、その演奏を聞きたい)
千早(その時……きっと私は、この人に希望を見る)
千早(……私、やっぱり伊集院さんをサンプルにしようとしているのかもしれないわね。『もし私から歌という夢を取り上げられたら』)
千早(歌が歌えなくなったことが私は、ある。その恐怖は、冷たさは今でも忘れられない)
千早(音楽に神様がいるのなら。優れた才に試練を与えることはよくあると、誰かが――武田さんだったかしら?――言っていた)
千早(でも乗り越えてほしい。……それは本心。あの冷たさは誰にも持ってほしくない)
千早(どうか――神様)
――
――――
52:
――――
――
千早「それでは、みなさん『如月千早のミュージックライフ』、また来週にお会いしましょう――――」
春香「お疲れー! 千早ちゃん」
P「ああ、ずいぶん滑らかになったぞ」
千早「ええ、そうですね……はぁ」
P「何を悩んでいるんだ?」
千早「後一か月と少しでバレンタインデーですよね……」
P「おいおい、あの企画千早も乗り気だったろ? 『自分で歌を作って披露できるなんて!』って」
千早「それがバレンタイン企画のプレゼントソングなんて知らなかったからです……
 男性に喜んでもらうための歌なんて、私……」
P「そう難しく考えるな、千早。ファンはお前が真摯に作った歌が聞きたいんだ。ムリに媚びたりする姿を見たいわけじゃない」
千早「プロデューサー……」
P「誰かを喜ばせたいとか、応援したいとか、そういう気持ちを素直に歌えばいい。幸いフレーズさえ示せば、曲は作ってもらえるんだからな」
千早「想いのままに、ですか」
55:
春香「ね、歌作り、いっしょにやろっか千早ちゃん」
千早「え?」
春香「私達、歌詞を作ったことあるんだよ! 頼ってよ!」
千早(…………『約束』)
千早「あの時は、ありがとう春香。私あのまま夢をあきらめていたかもしれない……」
春香「だーかーら、言いっこなしなし!」
千早「ふふ。そうだったわね。歌詞作り、みんなの助けをまた借りようかしら」
P「ははは、よし、事務所に戻るぞ」
春香「はーい!」
千早「はい」
P「っと!?」ドン!
冬馬「あ、すまねえ……」
春香「ああっ! ジュピターの!」
冬馬「なんだお前らかよ。前見て歩けって言ってるだろうが!」
57:
P「これから収録か?」
冬馬「まぁよ」
翔太「こんにちはー!」
北斗「……こんにちは」
千早「伊集院さん!」
千早(久しぶりに会う……)
春香「ねえ、千早ちゃん……」
千早「ええ」
58:
千早(うまくいったの? 腱は大丈夫なのかしら)
千早(表情は平静。に、見える)
千早(この人らしくいたずら心で隠しているか……あるいは)
千早(聞くのが、恐いわね……)
千早「あ、あの!」
北斗「なにかな?」
千早「け、検査は……腕は……?」
北斗「ああ、あれかい?」
 
   北斗「駄目だった。治る見込みはないそうだ」
 
59:
春香「え!」
千早「そ」
千早「そんな――――――――――――――」
 ・
北斗「……」
冬馬「行くぞ北斗」
翔太「大丈夫?」
北斗「ああ、平気だよ」
60:
北斗「分かってたからね。微妙な部位が傷ついてて、高校生の時に再建はほとんど不可能だって言われてたから」
翔太「北斗くん……」
北斗「趣味で続けたり、一曲披露するぐらいならば今まで通り大丈夫なんだ。なにも変わっちゃいないさ」
冬馬「そういうことだな。……っし! 行くぞ」
翔太(冬馬くんは気付いてなかったみたいだけど、北斗くん、検査結果を伝える時、ほんの、ほんの少し声が震えてた)
翔太(分かってたからって平気な訳がないよね。駄目だって言われた時が怖かったんだから、検査から足が遠のいてたんだから)
翔太(ショックに決まってる)
冬馬「控室で最後の打ち合わせだ! まず北斗、お前から俺に話を振ってくるんだぞ! 集中しろよ!」
北斗「ああ」
冬馬「頭ん中をぜーんぶ、それに注ぎこめよな……っ!」
翔太(……冬馬くん? そっか、これ冬馬くんなりの気遣いか。悲しんでること、ちゃんとわかってたんだ……)
翔太「二人ともっ、急ごっ!!」
61:
P「ひどい顔だな千早。車酔い……じゃないよな」
千早「えっ」
P「そんな顔するなよ。せっかく可愛い顔してるのに」
千早「なっ、なにを言っているんですかプロデューサー!」
P「おっと、悪い悪い」
春香「ねえ、私、伊集院さんのことは千早ちゃんが気に病むことはないと思うんだ」
千早「春香……」
春香「伊集院さんはアイドルの道が残されている。それで人を笑顔にできること、忘れてないよ」
千早「……そうね」
春香「全部全部夢が消えたわけじゃない。きっとどこかで道はつながるよ、ね?」
千早「うん……」
62:
P「ジュピターのマネージャーさんの三条馬さんと車に乗る前、少し話したんだ」
千早「えっ?」
P「千早が、報告を聞いて落ち込むようなら心配しないでと伝えてってな」
P「今だってピアノをスタジオを借りて弾いているって」
千早「そう、なんですか」
春香「好きなものは、簡単に投げないよ。千早ちゃん。だから安心していいと思う。伊集院さんはピアノをやめちゃったりしてないんだから」
千早「……そうね。そう……ありがとう、春香」
春香「えへへっ! 元気が欲しいならいつでも言ってね! それにしても伊集院さん、ピアノ好きだね! 検査受けてからもすぐにやってるみたいだし」
千早(……確かに。家やレッスン前の空き時間にやっていたのに、今ではスタジオまで借りて…………)
千早(! 焦っている? 心がやはり、揺れているんじゃ……)
千早「――あの、プロデューサー。そのスタジオの場所わかりますか?」
63:
三条馬「は?い、じゃっ、二時間だけね! それ終わったらドラマの収録送るから」
北斗「いつもありがとうございます。静さん」
三条馬「……やっぱり、一人で弾いてたい?」
北斗「すいません。これは活動とは関係ないから」
三条馬「あーらら。北斗くんが、麗しきレディと同席を拒否かー」
北斗「あははは。これは失礼。でも、とても麗しきレディに聞かせるようなものでもなくて……悩ましい問題です」
三条馬「はいはい。じゃあ1時間経ったら差し入れでも持ってくるから。くれぐれも手に負担をかけすぎないこと!」
北斗「そうします。ありがとう、静さん」
三条馬「じゃあ、ちゃおっ!」
北斗「チャオ☆」
バタン
北斗「さぁ、掬いあげるか……!」
65:
――♪! ♪♪! ?♪?!!
北斗「違う……こんなんじゃない。叙事曲的な色合いに、薄く痛みの濁りがあるような……」
北斗「痛み、か……」
北斗(目を閉じて、本心を感じる)
北斗(この曲に、それが必要だと感じるのは、今の俺がそうだから)
北斗「――――……ふふっ、ああ、くそ」
北斗「消えて、くれないなぁっ……、この、いたみ……!」
叩きつけた掌に、大きな淀んだ音が跳ね返る。
逃げるな。
見据えろ。
この俺自身の、夢を、傷を、諦めを、みじめったらしい未練を、だからこそ見つけた光を、それらに満足する俺を――――
千早「……………………………………あの」
67:
北斗「え……!?」
千早「すいません、練習中に」
三条馬「1時間だよ、北斗くん」
北斗「静さん。……千早ちゃん」
千早「――それで、あなたを傷つけてしまったのなら、私にも責任があると思って……」
北斗「あはは、そんなことをわざわざ気に病んでいたのかい? 千早ちゃん」
千早「はい」
北斗「もし俺が傷ついていると思って、慰めに来たのだったら、『あなたとデートがしたいです』とでも言ったら効果的だよ」
千早「は!?」
68:
千早「なにを! ……あの、でも、それが望みなら、プロデューサーも同伴してもらって……」
北斗「いやいや、ジョークだよ、千早ちゃん」
三条馬「ごめんねー北斗くんって女の子を見るといつもこれ」
北斗「静さんもあらかじめ千早ちゃんが来るって教えておいてくれないと。もっと万全に迎え入れられたのに」
三条馬「素の姿でも魅力的だよ」
北斗「これは万全の伊集院北斗じゃありませんよ」
三条馬「あら? いついかなる時も女性のことを忘れないのが北斗くんじゃなかったの? この時間はそれを忘れてしまうのかしら」
北斗「あはは、痛いなぁ。いじめないでくださいよ」
千早「……作曲してるんですね」
北斗「ああ、そうだよ」
千早「……大事な曲なんでしょうか」
北斗「そうだね、大事といえば大事――でも、趣味の曲さ。誰かに聞かせるものでもないよ」
千早「聞きたいです。できている所まででいいですから」
北斗「おっと…………」
69:
北斗(本当に誰にも届けるつもりがない曲なんだよ、千早ちゃん)
千早「……」
北斗(しかし、この子はこの曲から何かを感じていた。最初の時点で。…………それは、嬉しく感じることだ)
北斗(純粋な音楽的興味……しょうがない)
北斗「千早ちゃんになら、いいよ」
千早「あ、ありがとうございます!」
      ♪
70:
  ♪      ♪
 ♪  ♪   ♪
千早(この曲……やっぱり不思議)
千早(歌えなくなったことを思い出してしまう。調べが、傷をなぞっている?)
     ♪   ♪ ♪
♪♪   ♪    ♪
千早(哀切。受容。諦観。悲叫。祈り。希望。痛み。感謝。疾走。再生。祝福。思慕。――それに決意)
千早(あふれ出る感情が、螺旋を描いて錯綜している)
 ♪   ♪
千早(この曲……一体……)
千早(これが、沈んでしまうしかないなんて…………)
――――――――♪!
75:
北斗「……ご清聴ありがとうございました」
千早「あ、はい!」
北斗「ふふ。ああ、女の子にはもっとふさわしい曲を贈りたかったな」
千早「とても聞きごたえがありました。あの、まだ途中ですけど、この曲…………」
北斗「ん?」
千早(言葉が、難しい)
千早(探すんじゃなくて、感じたままに)
千早「なんというか……」
千早「――――――魂のような曲ですね」
83:
北斗「!」
北斗(この子今、俺の曲のことを………………そうか)
北斗(魂、か)
三条馬「あれ! どうしたの北斗くん!?」
北斗「え」
三条馬「涙……」
北斗「あっ」バッ
北斗「参ったな」
千早「あ、すいません! なにか私……っ!」
北斗「君のせいじゃないさ。……そうか、そう感じ取るんだね。不意をつかれちゃったね」
千早「あの、この曲……その、タイトルはなんていうんですか?」
北斗「千早ちゃん。君が気に入ってくれたのは嬉しいけど、この曲にタイトルはないんだ。これからもつける必要が、ないだろうね」
千早「そんなっ」
84:
千早「この曲、私は……」
北斗「あはは。気にかけてくれて本当にうれしい。でも……いいんだよ。千早ちゃん」
北斗「俺はもうピアニストになれないし」
北斗「趣味でいいと納得してる」
千早「……なら! なぜあんなに鬼気迫るほど集中して曲作りを? あなたはまだ」
北斗「もういいんだ」
千早「……!」
北斗「もう、いいんだよ。気遣いありがとう」
千早「…………やっぱり、謝ります」
北斗「え?」
千早「そんな顔されたら、傷ついてるって、誰でもわかります。そして傷つけたのは、検査を勧めて、絶望を叩きつけてしまった私です」
千早「本当にすいません」
北斗「君のせいじゃないと言ったじゃないか」
86:
北斗「心配をかけてごめんね。ピアノを弾いているとね、自分が揺さぶられて……訳もなく哀しくなるんだ」
北斗「よくあることなんだよ……未熟なのさ。男としても、ピアノ弾きとしても」
千早「……だから。もういい、と言うんですか」
北斗「ああ……、もう諦めているよ」
千早(いつもの姿からは信じられないくらい、弱々しい……)
千早(夢が、絶たれた、人)
千早(あの曲が、どこにも繋がらないなんて…………)
北斗「…………」
千早(決めた)
千早「伊集院さん! 私、あなたの心、元気になってほしいと、そう思います」
北斗「え?」
千早「2月14日の、私のラジオ……『如月千早のミュージックライフ』。聞いてくれますか」
87:
千早「プロデューサー、お待たせしました」
P「ああ。何事も無かったみたいだな」
千早「すいません。お付き合いさせてしまって」
P「何を言うんだよ。アイドルのスキャンダルの芽を摘むことはプロデューサーとして当然のことだ。
 北斗に謝って、気持ちの整理をつけてもらいたかったしな」
千早「はい……スタジオ、わざわざマネージャーさんに連絡して調べてもらって感謝しています」
P「ああ。それで気持ちが落ち着いたか?」
千早「はい。あの、プロデューサー。私、どんな曲を届けたいか、固まりました」
P「おっ! それはバレンタイン企画の曲のことか!?」
千早「はい。救われるような、前に進むための歌。…………私も作りたいんです」
P「それはよかった! 実はな、そろそろ取りかかってもらいたいなと思ってたんだ」
88:
・・・
・・
千早「『涙あふれて』。『見失った旋律を』……『この日の出会いがまた依り直す』」
あずさ「うん。フレーズの尺にちょうどよく合うわ」
雪歩「あ、でも、『また依り直す』より『また紡いでく』の方が私はいいと思うなぁ」
千早「ええ。……ええ、そうね! その方がぴったりとくるわ! ありがとう萩原さん」
雪歩「えへへ」
 ・
千早「La――La――la――La――――! ♪」
音楽スタッフ「OK。こうかな」――♪ ♪ ♪♪――?♪ !
千早「ピアニシモになってからのアチェレランドはもっと哀切を帯びています!」
音楽スタッフ「おおぅ! もっと痛々しいさか……難しい顔をしてるなぁ、これ……」
千早「す、すいません。でもここの一小節はとても重要なんです」
89:
 
三条馬「バレンタインデー&北斗君誕生日イベント……2月14日は忙しくなるわ」
北斗「そうですよね。当然」
三条馬「でも、大丈夫。ちゃんと聞ける時間ぐらいは取れるわ。いえ、取って見せる」
北斗「静さん」
三条馬「千早ちゃん、その日君の誕生日だってこと知ってたのかなー? キミに送る曲があるのかも」
三条馬「楽しみなんでしょ。北斗君」
北斗「……ふ」
北斗「当たり前じゃないですか。あの千早ちゃんがどんな贈り物をくれるのか」
北斗「楽しみじゃない男なんていませんよ」
北斗(強き者よ、汝の名は女なり――か。千早ちゃん。誰かのために動ける君は強いね。そして今、俺はその『誰か』に成る栄光に浴している……。男冥利だ)
北斗(ありがたいと、思おう)
90:
――
――――
千早「―― ♪」
千早(やった。やっと……完成、した……!)
パチパチパチパチ
千早「あっ」
P「おめでとう。とってもいい曲だ。誇っていいぞ」
真「へへっ! 僕たちも手伝ったかいがあったよ! 雪歩もすっごくがんばってたしね!」
雪歩「うん。この曲に関われて、私、幸せだよ……」
あずさ「少し、泣きそうになっちゃったわ?」
千早「みんな……」
春香「えへへっ! 千早ちゃん! ホントになんていうか、その、強くなったね!」
千早「え?」
春香「人のためにがんばろうって意思がびりびり伝わってきて、私、嬉しくなっちゃった」
91:
響「あはは、保護者みたいなこと言うなー春香は」
千早「そう、かしら」
真美「おおっ!? 千早お姉ちゃん顔赤いよーっ!」
亜美「照れなくていいのにー!」
伊織「こらこら、茶化すんじゃないの」
千早(本当にありがとう、みんな……)
千早(仲間に貰った暖かさと、強さ)
千早(どうかこの光を、聴いてくれる人達に届けたい――)
千早(いや、届けてみせる!)
――
――――
――――――
92:
2月14日
ファン「キャーッ!! 誕生日、おめでとう北斗くん!」
北斗「サンキュー☆ エンジェルちゃん!」ギュッ
北斗(あと、三時間ぐらいでラジオが始まるか……っといけないいけない。目の前のエンジェルちゃんとの出会いは一度だけだというのに)
女子「あ、あの! わたしライブ全部行ってるんです! 961時代から!」
北斗「ホントに! うれしいなぁ! こんな可憐な乙女のおみ足に負担を強いるなんて、俺も悪い男だねっ」
女子「それで、あの! 前のライブのピアノ良かったです! 今度はもっと長く聞きたいですっ」
北斗「……ん。そうかい! そうと決まれば今日からレッスンしないとね!」
北斗(長く、か。それは少しばかり厳しいな、お嬢さん)
北斗「はっ―――っ……!」バン!
翔太「おつかれー北斗くん……ってうわ! なにその紙袋の束! バーゲン帰りのお姉ちゃんみたい!」
三条馬「全部チョコと誕生日プレゼントよ。もう、すごい大盛況」
93:
三条馬「私だけじゃ持ち切れないから、北斗くんにも持ってもらわなきゃいけないくらい……」
北斗「ラジオは?」
冬馬「ここにある。もう流してるぞ」
三条馬「もう、落ち着きなさい。お茶入れてあげるから」
北斗「ありがとう。……確かにこんな心持ちで聴いたら失礼だね」
三条馬「ふっふ?ん! マリアージュフレール『ジュンパナ アッパー マスカットフレーバー』。このダージリン・セカンドフラッシュ、当たり年よ?!」
冬馬「マネージャー。余計な情報いらねえから」
翔太「落ち着かせてあげようよ」
三条馬「あなた達、もう少し食いついてくれてもいいんじゃないかしら」
『――』
北斗(バレンタイン企画ということで、新曲を披露するのか)
100:
スタジオ
千早「私は、いつも誰かに支えられ、ここに至りました」
千早「仲間やファンの存在がなければ、私は夢を無くしていたかもしれません」
千早「この世界には当人にはどうしようも無い理由で夢を無くしてしまった方だっています」
千早「私は幸運です。だからこそ、そうした失意の中にいる人になにかしたいと思いました」
千早「『この曲』で。潰えた夢は終わっていないと、伝えたいと思います」
千早「……お願いします」
?♪ ♪
千早(信じて。歌が持つ力……)
千早(あのフレーズに、希望を、乗せてみせる……!)
 ・
翔太「! 北斗くんこれ!」
103:
『?♪ ♪』
北斗「これは…………俺の、……!!!」
疾走。快活なテンポで、野を行く一匹の兎。純真を帯びるアレグロ。
その音は次第に装飾を重ね。
潜んだ影がうねりを伴い表層に浮かび、哀切の響きをもたらしていく。
転調。しかしそこに在るのは悲痛さだけではなくて――――
煌いて、輝いて、不屈で、強くて、素晴らしくて、元気で、まっすぐな、
   希望が乗っている。
 
104:
歌。――そう歌だ。
綴られていく世界は、夢見る幼い子どもの希望と試練。
零れる寒さと、暗き道。
宝物を見失い、寄る辺なく漂って。
それでも手を取り歩き出す。
光。――――光。光。光。
前進する。憂いに涙が溢れても。
背中が熱い。
それは来し方。かつての夢からの熱い風。
背を押され。手に導かれ。――――そうこの道こそ。
106:
『――――――――――あの日私が求めた世界』
――おいっ! 北斗! どこに行くんだ!
――待ってよ! ねえ!
107:
千早「それでは。また来週お会いしましょう……」
千早(作曲されてない後半部分。私はその空白に仲間に貰った暖かさと、強さを入れた)
控室
千早「ふう。……やれたわ。私」
P「やったな! 千早!」
春香「千早ちゃん!」ギュッ!
千早「わ、春香!」
春香「えへへ。生歌聴いてたらなんかすっごく千早ちゃんありがとーって気分になっちゃって」
千早「そう……」
春香「伝わってるといいね」
千早「うん。伝えられた、と思う」
P「そろそろ控室出るぞ。事務所でささやかな打ち上げでも……」
バン!
北斗「……はっ……はっ……ッ!」
110:
P「うおっ! 北斗!? お前女性アイドルの控室に……」
千早「伊集院さん!? あの――」
北斗「――――『なんてことを』」ツカツカ
北斗「してくれたんだっ!!!」ガシッ!!
千早「きゃっ……!」
春香「わわっ!?」
P「なっ!」
111:
千早「え、あの」
北斗「人の曲をっ!! 勝手に!! あんな風に歪めて…………っ!!!」
千早「か、肩、い、痛……い……!!」
P「!! 北斗! 千早を放せ!」ガッ!
北斗「あの曲はっ、あんなんじゃない!! あんな意味を持っていない!! あんな! あんなあんな!!!」
北斗「あんな…………曲じゃっ…………!」
千早「う……ぁ……」
冬馬「北斗ォォォッッッー――!!!」ドガッ!!!
北斗「ぐっ!?」
春香「冬馬くん!?」
112:
冬馬「てめぇ……!! なにやってやがる!!」
北斗「こいつは……俺の、俺だけの曲を、奪い去ったんだよ! 冬馬!!」
P(! あの北斗が女性を『こいつ』呼ばわり……!?)
千早「はっ、はぁ……」
春香「千早ちゃん大丈夫!?」
千早「奪い、去った……?」
北斗「あの曲は……俺がピアニストを目指してた頃から作って……その夢が挫折してからも作って……もう二度と作れない、過去を閉じ込めた曲なのに……!!」
千早「――え」
北斗「最後をあんな曲調にして……どんなアナリーゼだ……っ!! 無責任に希望をばら撒くような安易な曲にして……っ!」
北斗「よくも……!!」バッ
三条馬「ぜはっ! 北斗くんストーップ!! 落ち着いて!」
P「マネージャーさん!」
115:
北斗「たった一つ、たった一つしか無かったのに……」
千早「い、伊集院さん。私は……夢が繋がっていることを伝えようと――」
北斗「そんなことは知っている!! あの曲に入れるな!」
千早「!! …ぁ…あぁ……」
冬馬「北斗止まれバカ野郎!! おい! あんた手伝ってくれ!」
P「わ、分かった!」
翔太「うわ、わわ! どういう状況これ? とりあえず、北斗くん止めた方がいいよね!」
三条馬「部屋どっか借りてくる!」
千早「私……私は……」
春香「落ち着いて!」
千早「取り返しのつかないことを……」
118:
――
――――
冬馬「北斗……お前……」
P(どうにかこうにか部屋に連れ込んだと思ったら、北斗顔に手を当てて突っ伏してしまったな)
翔太「これ……」
三条馬(泣いている、わよね)
北斗「――……」
前の検査から、ほとんど腱の再建は不可能だと言われていた。
だから今回精密検査を受ける前から、ピアニストの夢はもう二度と蘇らない予感はしていた。
だが自分のためのピアノを見つけ、絶たれた夢のための曲を伊集院北斗は創っていた。
122:
それは北斗が夢に向けて綴る葬送の曲であり、ピアノと出会えた感謝を表す曲であり、これからもピアノを愛することに誓いを立てる曲だった。
どこにも繋がらなくてもいい、伊集院北斗とその夢とピアノが捧ぐ、ミューズへの届かぬ恋文。
――自分と夢と音楽へのけじめの曲。
それが、きらめく少女達の手に渡り。希望を積まれ、未来への前進の意思を注がれ、弱っている人に響くようにと。
――――応援曲に『整形』させられていた。
もう二度と作れない、あの日の閃きによって成る曲。
静粛に自分に向き合い彫琢した音階。
続きを作曲しようと思っても、この日歪められたという記憶が、その指針を見失わせる。
新たに入ってきた失望と、憤激と、悲哀。そして、変形した完成版の曲調。
心からそれを排除して作曲は、望むべくもないだろう。
この日。伊集院北斗だけのあの曲は、失われた。――再建しようがないほどに。
125:
765プロ
律子「着いたわよ。千早……」
律子(プロデューサーから連絡が合って千早と春香を迎えに行ったものの……)
千早「うっ……うぅぅっ……」グスッグスッ
律子(こんな風に泣いてるなんて……)
律子(ジュピターとはプロデューサーが話をつけるとして、問題はどう千早を慰めるかね)
春香「千早ちゃん泣かないで」
千早「ひぐ……っ……ぅぅ」
あずさ「ほら。よしよし。伊集院さん怖かったわね?」
千早「違うんです! 悪いのは……私なんです……っ」
千早「盗作です…………侮辱です……っ!」
春香「要所要所のフレーズだけでしょ? 思い出してもらえるようにって……」
千早「それが、歪めているってことなのよ!!」
やよい「千早さん……っ」
127:
 
千早「自分に勝手に重ね合わせて! 夢は続いていくなんて……なんて無責任なおせっかいを!」
千早「そのせいで、そのせいで……彼が心の大事な部分で守っていた、たった一つの宝物を……私は汚してしまったんだ……!」
千早「あの人は。もう……覚悟を決めていたのに!」
千早「久遠に在る音楽の神様が微笑んでくれなくても、その後ろ姿をずっと追いかけるって……
 自分の夢を無かったことにしないって、そうやって、しっかり乗り越えていたのに!」
千早「あの人だけの曲を、あの人だけの痛みを……こんな、まるで違う風に歪めて……っ!!
 私……最低だ……」
 
千早「なんてことを……して、しまったのかしら……っ」
130:
冬馬「――そういうことか。そんな大事な曲ならよ、趣味だなんて言ってごまかさなきゃ良かったんだよ」
翔太「ちょっと冬馬くん」
北斗「……」
冬馬「誰にも触れてほしくない、一人でやりたい、そんな言い方もあったはずだぜ。自業自得だ」
P「おい……そんな言い方、北斗があまりに……」
北斗「……そうだな」
北斗「なんてことはない。俺のせいだ」
P「千早はな、声出なくなったことがあるからさ、お前をほっとけなかったんだと思うんだ」
P「それで希望を持ってもらいたいって……その想いは純粋で、本当なんだ。そこは分かってくれ」
北斗「……はい。ひどい真似をしてしまいました」
P「ああ。どうだろう。今回歌ったこの曲、CDに収録するのやめるから、この件に対しては……」
北斗「問題にする気はありませんよ。CDに収録して下さっても結構です。あれはもう、彼女の曲になっている」
 彼女は、あの曲が表に出ないと知って、拾いあげてくれようとしたんでしょう…………」
三条馬(北斗くん。声に起伏がない……)
北斗「こちらこそ乱暴してしまって。謝罪します」
P「いや、こちらこそ……」
132:
P(男の意地、みたいなもんか)
P(正直、気持ちは分かる)
P(もし765プロが無くなって、アイドル達が離れて行っても……俺はプロデュースをやめないだろう)
P(最後に残った一人に全てをかけて、輝かせようとするだろう)
P(それは仕事というより、自分自身と不可分になってしまった営みなんだろうな)
P(男の自己満足……とも言えるが。その頂点に肉薄しようとする気持ちとかは、全然馬鹿に出来ない)
P(それは、本当に純粋な思いだから)
P(千早もそれがわかるだろう。だからこそ、傷ついてしまうんだろうな……)
P(問題は、千早のケアか)
133:
――
――――
北斗「…………」
北斗(ピアノの前に座ったはいいものの……全然作曲する気にならない)
北斗(だが、涙が出てこなくは、なった)
北斗(喪失感には慣れたか。ようやく)
北斗(千早ちゃんとの話し合いの時刻。まだ時間があるが……)
北斗(もう、やれることはないだろう)
北斗「……行くか」
北斗「謝らないとね」
136:
――
千早「すいませんでした!」
北斗「っ!」
P「本当にすまなかった北斗」
千早「私! 本当にとんでもないことを! あなたの人生に土足で踏み行って! どうお詫びしていいか……!!」
北斗「待ってくれ千早ちゃん」
千早「は、はい」
北斗「まず、一つ。あの時乱暴な真似をしてすまなかった。伊集院北斗にあるまじき行為……いや男として間違った振る舞いだった。傷ついたのなら許してほしい」
千早「…………っ! あれくらい当然です! 私があなたの立場だったらもっとひどいことをしています!」
P「おい、千早!」
三条馬「まあまあ、お互い悪いって思ってるんなら、話は早いわ! 765プロさん。この度は本当に……」
P「いえいえジュピターさんの方にも……」
千早「――わかってるんです。私が謝ってもあなたのあの曲は帰ってこない……」
北斗「もうその話は無しだ千早ちゃん。俺の振る舞いが悪かったんだよ」
138:
千早「あなたが許しても、私自分で自分を許せません!」
北斗「千早ちゃん……そう自分を追い詰めちゃダメだよ。俺は女性にそんな顔をしてもらいたくはないんだ」
北斗「格好、つけさせてくれ。頼む……」
千早「……あなたが、そんな悲しい目をしてることが私には耐えられません」
千早「責任の取り方ずっと考えたんです。あなたの音楽的な失望につり合うのはどんなことかって……」
千早「悩んで悩んで、決めました。伊集院さん」
千早「私――――あなたに言われた曲を封印します」
P「千早……! それは保留だと言っただろ!」
北斗「君の歌声が聴けなくなることに、メリットはないよ。むしろデメリットに感じる」
千早「私も……あなただけの、あの曲が完成しなかったら、悲しいと思います。だから、です。こうしないと釣り合わない……!」
140:
北斗(この子…………本気だね)
千早「――!!」
北斗(なんて、音楽にひた向きな……全身全霊をかけていないと、こんな償い方出てこない……)
北斗(許す……か。俺はどうやったらこの子を許せる。問題は……そこだ)
遠く響いていたBGMが、この喫茶店の個室の沈黙の上に積もっていく。
北斗(これ、ブルックナーか……)
北斗(小さな時から、好きだったな)
北斗(あの時の純心を……まだ残していたのが、あの曲の冒頭なんだった……)
あの曲を思い出す。そしてそれは連鎖して、耳に残るバレンタインデーのあの千早の歌を否応なしに思い出させる。
北斗(そう、あの歌は……この子が作ったんだ)
141:
北斗(女のことが歌を贈ってくれた。それ自体は、嬉しいことだ)
北斗(そして、女性の思いを無碍にするのは、伊集院北斗のするところじゃない)
北斗(人生に降ってわいたこの出来事)
北斗(それが悪いことか、いいことか。決断しなきゃならないのは…………俺か)
北斗(女の子の決意がかかってる)
北斗(そんな時。俺の出す、答えは……?)
あの時のように。目を閉じて、本心を感じる。
北斗「……………………」
北斗「…………」
北斗「……」
北斗(愛が、なければ)
142:
北斗(愛がなければ、あんな曲はできないよな。誰かから与えられた愛が、誰かのための愛に。俺のあの曲は千早ちゃんの愛を受けた……)
北斗「アモーレこそ伝えるべき気持ち……」
P「え?」
北斗「言われてみれば、原点だ……千早ちゃん」
千早「はい!」
北斗「封印は無しだよ」
千早「でも!」
北斗「代わりに」
北斗「ピアノを始めてくれ」
千早「――――え?」
144:
・・・
・・
冬馬「うっし! 今日のところはこれで解散だ」
翔太「おつかれ――」
北斗「ああ、お疲れ」
翔太「また、行くのー?」
北斗「ああ。自分で決めたことだからね」
冬馬「北斗」
北斗「ん?」
冬馬「また、『見つけろ』よ」
北斗「…………ふ、言われるまでも、無く」
146:
北斗(結局、俺は……うやむやにしたんだろうな)
北斗(あの曲を失ったの痛みを、女性への対応の範疇に押し込めたんだ)
北斗(それでは、あの曲が報われないと知りながら)
北斗(でも、でもだ)
北斗(あの歌詞のように。希望を持ってしまうことさえ――――あの曲に対する裏切りだろうか?)
北斗(まだ、答えは出ない)
北斗(だから、この選択に責任を持って進む。そして…………音楽の神のジャッジを待つ。)
北斗(俺に出来るのはそれくらいしかない)
千早「先生! お待ちしていました」
147:
北斗「週一で見てるか見てないかってぐらいなのに、先生なんて呼ばなくていいよ……あ、これ差し入れです」
P「おお、ありがとう」
北斗「がんばるね、千早ちゃん」
千早「……私。先生を満足させるまでやめません」
北斗「あぁ、だからさ、それはもういいって……」
千早「それに、私とてもピアノが好きになっているんです」
北斗「――それは良かった! そうじゃないと」
千早「本当の音は出てこない、ですよね。……課題曲。なんとか、最後まで弾けるようになりました」
北斗「そういうこと、わかってるね☆ ……じゃあ聞かせてくれるかな」
P「おう、聞かせてやれ! 千早」
千早「はい!」
千早「――!」?♪ ――♪♪
151:
北斗(正直未だに心はざわつくし、こんなことをしていて何があるのかも見えてこない)
北斗(でも、信じたい。あの歌詞が示したように、希望には騙されていたい)
北斗(進んで、行かなくちゃ……ね……)
北斗(――見つけたい。俺がピアノをやっていた意味を。運命がしでかした悲劇の奥底にあるものを。それはきっと……)
千早「先生! どうですか!」
北斗(こんな…………期待に満ちた少女の顔の中にある)
北斗(俺はそう、信じることにしたんだ)
15

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