哲学的ゾンビ怖すぎワロタwwwwwwwwwback

哲学的ゾンビ怖すぎワロタwwwwwwwww


続き・詳細・画像をみる

1:
「物理的化学的電気的反応としては、普通の人間と全く同じであるが、意識(クオリア)を全く持っていない人間」と定義される。
デイヴィッド・チャーマーズが1990年代にクオリアの説明に用いた思考実験であり心の哲学者たちの間で有名になった。
ホラー映画に出てくるゾンビと区別するために、現象ゾンビ(Phenomenal Zombie)とも呼ばれる。おもに性質二元論(または中立一元論)の立場から物理主義(または唯物論)の立場を攻撃する際に用いられる。ゾンビの概念を用いて物理主義を批判するこの論証のことをゾンビ論法(Zombie Argument)、または想像可能性論法(Conceivability Argument)と呼ぶ。
http://ja.wikipedia.org/wiki/哲学的ゾンビ
眠れなくなるわ
原因がわからない現象
http://blog.livedoor.jp/nwknews/archives/4617251.html
3:
よくわかんないから説明して
哲学的ゾンビとは
http://www.h5.dion.ne.jp/~terun/doc/zonbi.html
5:
>>3
意識がない人のことだよ
7:
自分以外みんなそうかもしれないという怖さ
10:
クオリアがよくわからないからわからない
29:
>>10
「マリーの部屋」でググれ。あれも確定的なものではないけど。
http://ja.wikipedia.org/wiki/マリーの部屋
11:
唯我論みたいなもんか
よくある中二
哲学における認識論の見方の一つで、自分にとって存在していると確信できるのは自分の精神だけであり、それ以外のあらゆるものの存在やそれに関する知識・認識は信用できない、とする。
http://ja.wikipedia.org/wiki/独我論
12:
何が怖いのかよくわからない
14:
>>12
自分以外のすべての人が哲学的ゾンビかもしれないんだぞ
しかもそれを確かめる方法がない
17:
>>14
自分もそうかもしれないじゃん
24:
>>17
自分もそうなんじゃないかと考えてる時点で
自分の意識が存在してることはわかるだろ
「我思う故に我あり」ってやつ
哲学の一分野である形而上学、または心の哲学の領域で議論される問題のひとつ。この問題は様々な形で定式化されるが、最も一般的には次のような形で表される問題である。
世界中に今現在 沢山の人がいる、また今までに数多くの人が生まれてき、これからも多数の人が生まれてきて死んでいくだろう。しかしそれにも拘らず「なぜ私は他の誰かではなく、この人物なのか?」
http://ja.wikipedia.org/wiki/なぜ私は私なのか
36:
>>24
でも哲学ゾンビも自分に意識があるように振る舞うわけだろ
「俺って哲学的ゾンビなのかな」とか考えたりして、その話を振ったりしてくるわけだろ
16:
哲学的ゾンビをそれであると証明する手段はない
以上
18:
日本の社会はむしろクオリアをしっかり感じる健常者に哲学的ゾンビのような振る舞いを強いるけどな
20:
要するに誰が見ても自我があるとしか思えない超高性能なBOTだろ
23:
>>20
それはつまり自我があると証明できることを示している
よって原題からこの問題は解決している
30:
>>23
証明できてないだろ
自我があるように見えても本当はあるかどうか分からないってのが
哲学的ゾンビなんだから
33:
>>30
いや、本当に分からないなら、それはすでに同義です
42:
>>33
いや、「ある」か「ない」かという確かな違いがあるだろ
クオリアは目に見えないし物理的にも何かに干渉することはないが
確かに存在してるんだよ
47:
>>42
で、クオリアとやらの実在はどうやって証明するんだ?
53:
>>47
少なくとも俺は自分の意識で考え行動している
だからクオリアは存在している
56:
>>53
そんなこと命令すればロボットだって言えるよ
62:
>>56
ここで「俺」を「お前」に言い換えてもいい
まあ俺からすればお前に自我があるかどうかは
分からないけどな
26:
つまり、人間なんてとどのつまり機械となんらかわりなく、神経細胞などが機械的、物理的に動いてるだけの存在で、
科学的立場から見れば、いわゆる「本当の意識」とか「魂」なんてものがは存在しないと言う意味では
むしろ我々全員が哲学的ゾンビだという結論はなんら不自然なものではない。
28:
つまり中二男子がよく陥る「ひょっとしたら周りはみんなロボットなのかもしれない」という妄想を高次元にしたものなのか
51:
水槽の脳とかは現実離れしてるからいまいちピンとこないが
哲学的ゾンビは自分の周りの人間が
すべてそうなんじゃないかという恐怖がわいてくるね
水槽の脳
あなたが体験しているこの世界は、実は水槽に浮かんだ脳が見ている
バーチャルリアリティなのではないか、という仮説。
哲学の世界で多用される懐疑主義的な思考実験で、
1982年哲学者ヒラリー・パトナムによって定式化された。
正しい知識とは何か、意識とはいったい何なのか、といった問題、
そして言葉の意味や事物の実在性といった問題を議論する際に使用される。
水槽の中の脳、培養槽に浮かぶ脳、桶(おけ)の中の脳、水槽脳仮説などと訳される。
http://ja.wikipedia.org/wiki/水槽の脳
この世が仮想現実である可能性について
http://blog.livedoor.jp/nwknews/archives/4099491.html
「シュレディンガーの猫」みたいな学術的っぽいの挙げてこうぜ
http://blog.livedoor.jp/nwknews/archives/4360126.html
64:
この物理学的云々っていうのは科学的な観念を除去しようと試みているわけだろう
67:
>>64
別に科学を否定してるわけじゃなく
この世のすべてを科学で説明することは不可能だってことだろ
71:
「人類が哲学的ゾンビである」という違いしかない、物理的に全く同じパラレルワールドがあるとする
そこにクオリアを感じる人間はいない(ただし「私はクオリアを感じる」という発言自体はする)
二つの世界ではどんな現象も全く同じ形・タイミングで発生し全く同じ結果を生むので科学的な差異はない
ならば「この文を読んでいる自分」がクオリアを感じている以上、非科学的な存在を受け入れざるを得ない
↑への反論が思い付かない
73:
>>71
>>ならば「この文を読んでいる自分」がクオリアを感じている以上
クオリアを感じていると単に脳が計算的に思い込んでいるだけかもしれんぞ
76:
人間の脳というハードウェアの絶対的な限界として、
この問題を解決できない可能性が高い
79:
やっぱ哲学的ゾンビと普通の人間を区別する方法ってないのかな
俺は唯物論信者だからクオリアについても科学で説明してほしいんだよなあ
84:
>>79
仮説的構成概念としてのクオリアは存在するが、実態としてのクオリアは存在しない
例えば、等直線運動は観測できるが、物理法則の概念そのものを直接観測することはできない
同様に、意識やクオリアを示す(と推測される)行動は観測できるが、意識やクオリアそのものを直接観測できない
だから、「あ、このリンゴは赤いね」という言語行動は観測出来ても、「赤い」というクオリアそのものは観測できない
85:
>>84
誰かが「このリンゴは赤い」と言えば、
その人には、クオリアとやらがあるといえるのか?
80:
意識の有無の違いが現在の物理学では観測できないってことじゃん
今のところそれが精度の問題なのか、方法の問題なのかはわからないが
83:
クオリアってどういう概念なのか不明だな
86:
>>83
○ ●
どんな人でも、どっちが白いか訊くと、色盲でもない限り皆が左ということは間違いない。
が、それぞれの感じている「白い」がどんなものなのかはわからない。
もしかしたら、俺が感じている「白い」は、>>83から見たら右の色かもしれない。
87:
ごめん、白じゃなくてグレーってことで
89:
つまり人間の思考はあくまで事実に対しての観測であって
事実そのものではありえない
という事だろ
90:
>>89
そういうこと
だから、よしんば哲学的ゾンビがいたとしても俺らには分からん
「こえーよwwwやべーよwww」と言って盛り上がるしかない
同じような命題に、世界五分前仮説とか、水槽の脳実験とか、チューリング・テスト問題とかがあったり
4:
アァァ・・・ソクラテス・・・
3

続き・詳細・画像をみる


舛添「東京を世界一の町にする。2020年の東京五輪・パラリンピックを成功させる」と満面の笑みで勝利宣言

セブンのコーヒーをご家庭でお手軽に実現できるコーヒーメーカー

永井一郎さん最後の『サザエさん』放送 温かいストーリーだった

【映画】「平成ライダー対昭和ライダー」 勝敗を決めるファン投票が公式サイトでスタート

女「私500万円で売られちゃうの?」

八幡「雪ノ下の脇が臭すぎる」

back 削除依頼&連絡先