女「せっかくだしコワイ話しない?」back

女「せっかくだしコワイ話しない?」


続き・詳細・画像をみる

1:
男「いや、ボクら生徒会の集まりで文化祭の打ち合わせしてるんですよ?」
女「そんなことは百も承知だよ。
けれど、今日は夏休み返上して学校に来てるのに会長である私と書記のキミしかいないんだよ?」
男「まあそれはそうですけど。
だからこそ少しでも打ち合わせをきっちりやっておいて次の議会で話がスムーズに進行するようにするべきなんじゃ」
女「家族旅行だの、塾だの、まあそりゃみんな忙しいのはわかるんだけどさ」
男「先輩だって今年、大学受験でしょ?
生徒会にウツツをぬかしてていいんですか?」
女「まあ高校生活最後の思い出作りなんだし、ハリキってもバチは当たらないと思うよ」
男「だったらその思い出作りのために話し合いをがんばりましょうよ」
女「それとこれとはべつなの」
元スレ
SS報VIP(SS・ノベル・やる夫等々)
女「せっかくだしコワイ話しない?」
http://ex14.vip2ch.com/test/read.cgi/news4ssnip/1378218114/
http://rank.i2i.jp/"> src="http://rc7.i2i.jp/bin/img/i2i_pr2.gif" alt="アクセスランキング" border="0" />
http://rank.i2i.jp/" target="_blank">アクセスランキング

 
2:
男「えー」
女「いいじゃん。なんせまだ午前中だよー?
私とふたりっきりでコワイ話しできるなんて嬉しくないの?」
男「いやその、なんていうかですね......」
男(オレとしては先輩とふたりっきりなのはかなり嬉しいことだ。
だけど、どうせならまだ十時過ぎなんだし昼までに会議を終わらせてメシ食いに行くなりなんなりしたいんだけどなあ)
女「もしかしてコイバナのほうがしたいとか?」
男「なんでいきなりそういう話になるんですかね。
顧問の......なんか名前忘れちゃいましたけど、先生がこの状況を見たらボクら怒られますよ?」
女「それなら大丈夫だよ。今日は先生も生徒会のほうじゃなくて部活のほうに行ってるらしいから。
私たちのジャマをする人はいないよ?」
男「......」
女「ね? いいでしょ? コワイ話させてよー」
4:
男(イヤだと言っても、意地でも先輩は話そうとしてきそうだなあ)
女「もしかしてホラー苦手なの?」
男「んー、たぶんそんなことはないと思うんですけどね。
ホンコワぐらいじゃビビりませんよ、たぶん」
女「ふーん。まあ安心してよ。私の話は幽霊が出てくる話ばっかじゃないからさ」
男(なんだろ。今の言い方、まるで話がひとつじゃ終わらなさそうな感じなんだけど)
女「ほんとに大丈夫? 夜中に『うぇーん先輩コワくてねれませーん』とかならない?」
男「なりませんって。ていうか話早くしてくれないと帰りますよ?」
女「あーごめんごめん。おねがいだから帰らないでね」
男「じょーだんですよ。それで? どんな話を聞かせてくれるんですか?」
女「最初の話はね。ある女子大生が素敵なバイトをする話なの」
5:

1
こみ上げてくる吐き気にみっともないと思いつつも道路にしゃがみこんだ。
襲いかかってくる嘔吐感をおさえるために深呼吸するも、都会のよどんだ空気はワタシの気分をより鬱蒼とさせるだけだった。
いっそのことここで全部もどしてしまおうか。そうすれば少しはらくになるだろう。
「サイアクっ......」
吐き出すようにそうつぶやいてふと、夜空を見あげる。
よどんだ夜空に取り残されたように雲がひとつだけ浮いていて、なぜかそれに奇妙な親近感を覚えた。
しばらくしゃがみこんでいたせいか、少しだけ気分がよくなった。
いつまでも道路にしゃがみこんでるのはみっともない、そう思ってワタシは腰をくあげた。
もちろん誰も自分のことを見ていないことなんてわかっていた。
少し歩くと電車が線路の上を走る音が聞こえてきた。
若者の街。
今ワタシがいる場所は一般的にそう呼ばれてる。
その名にふさわしい数の若い人間が夜中にもかかわらずあちらこちらにいた。
いったいコイツらはなんの目的があってこんなとこにいるのだろうか。自分のことを棚にあげてそんなことを思った。
ムダにでかい声でダベってる集団。
スマホをいじって壁によりかかってるヤツ。
うつむいたまま足早に駅に向かう人。
まあ、ワタシもはたから見れば同じように見えるのだろう。
実際ワタシはサークルの飲み会の帰りでこの街にいる目的なんてこれっぽちもなかった。
というか、サークルの飲み会になんて行きたくなかったのだからそういう意味では最初から目的なんてなかったのだろう。
6:
そもそも大学生の飲み会なんていったいなんの意味があるのだろうか。
本来ならトピック過多なキャンパスライフを送るワタシたちはそこそこに話すことはあるはずなのだ。
ましてサークルのメンツはある程度の馴染みがあるというのに。
やることと言ったら居酒屋の一角を陣取って時間と肝臓をすり減らすだけのアルコール摂取合戦。
満足な会話もせず、会話の代わりにジョッキをかわして煽られるまま酒を飲む。
あげくのはてに酔いつぶれて戻すもん戻してなんの意味があるというのか。
そしてそんなムダだとわかっていることを流されるまましているワタシはいったいなんなんだろうか。
いまだに足どりはおぼつかなかったけど、だいぶは気はまぎれてきた。
駅が近づくにつれて人が増えてくる。
8:
「んん?」
道路をはさんだ駅の向かい側の道にはたくさんの店が一列に行儀よく並んでいる。
その店のひとつであるパスタ屋はワタシのお気に入りのところだった。
その店を食い入るように見ている女の子がいた。
遠目からだしワタシはそんなに目がよくないので断言できないけどたぶん、歳は同じくらいだと思う。
もちろんこんな時間だ。
すでに店は閉店しているし、そうじゃなくてもなんだかその女の子はヘンだった。
ただし、ヘンというのは女の子の外見が奇抜だとかそういう意味ではない。
むしろどちらかと言えばその女の子は地味でこれといって目をひくようなところはなかった。
女の子は店を正面を見ているのではなく、側面を見ていた。
より正確に言えば店の側面側の壁を見ているのだろう。
なにをそんなに真剣に見てるんだろ。
9:
思わずワタシが足をとめたのとその女の子がそこから動き出したのはほとんど同時だった。
普段ならそのまま素通りしていくところだったが、ワタシはなにかに惹きつけられるようにそのパスタ屋へ行った。
小さいながらもシャレた外観をしているそこは女子にけっこう人気でたびたびワタシも友達ときている。
しかし側面側の壁を見たことはなかった。ちょうど女の子がなにかを見ていた位置と同じ場所に立ってみる。
壁にはなにかのチラシが貼ってあった。暗くて読めないのでスマホでフラッシュをたいて写真を撮ってみた。
どうやらバイトの広告のようだった。
ただしチラシに記された内容は、ふつうのバイトではないと思われるものだった。
主に十八歳以上の女子を募集しているみたいだ。
肝心なバイトの内容はデータ入力、とだけ書かれている。
より細かいことについては面接に来た人間にのみ教える、というものだった。
この時点でたぶん、大半の人はこのバイトに募集しないだろう。
10:
さらにそれに拍車をかけるように高給とでっかく書かれてる。
「月、三十万以上....」
一瞬風俗かそれの類のバイトなのか、という考えがよぎったがチラシのはじっこのほうにそうではないという注意書きがあった。
もっともそれでこのバイトに募集しようと楽観できるほどにワタシの脳みそはお花畑ではなかった。
いつの間にかスマホの画面を食い入るように見ている自分に気づいて自嘲した。
「アホくさ」
いくら金がほしいからっていかがわしいバイトをする理由にはならない。
物騒な世の中なのだ。
自ら危険に飛びこむようなマネをすることはない。
一瞬だけそのチラシのあった場所をふりかえってワタシは街をあとにした。
11:
2
「えっと、なにかバイトとかってしてる?」
「バイトですか?」
月曜の五限の講義をワタシは英語にしている。
正直義務教育からやっている英語に関してはいいかげん飽き飽きしていた。
けれどまだある程度はこなせるぶん、ほかのわけのわからない電波の羅列を垂れ流す教授の講義よりはいささかマシかもしれない。
もっともこの講義は大人数教室で内容もそんなに難しくないためほとんど集中して聞いたことはない。
そういう意味ではほかの講義となんら変わりはない。
そして、たまたまペアワークで隣りになった女の子に時間つぶしがってら聞いてみた。
バイトのことについて。
12:
「個人経営のカフェで働いてますよ」
化粧っ気がほとんどなく、いかにも地方出身といった感じの地味な隣の女子はやわらかい口調で言った。
透き通るという表現がぴったりの白い肌から、この女の子はたぶん秋田出身なんだろうなあとかてきとーなことを考えながら会話を続ける。
「カフェかあ。いいなあ、ワタシ飲食やってんだけど時給安くてさあ」
「飲食店ってやっぱり大変ですよね? 私のところもそんなにお金高くないんですけど。
でもそんなにお客さん来ないんでらくなんですよね」
「ふーん。ああ、そんでね。
なにか新しいバイトさがそーかなって思ってさ。なんかないかな?」
「私、今やってるバイトが初めてで。だからあんまりバイト詳しくないんです」
「あ、そーなの? まあ言ってもワタシもそんなバイトしてないんだけどさ」
教授のボソボソした声をバックにワタシは昨日撮ったチラシの画像を見せてみた。
13:
「これ見てみて。昨日たまたま歩いてたら見つけたバイトの張り紙なんだけど」
「さ、三十万......!? え? これどんなバイトなんですか?」
「ちょっと声でかいって。いちおう、今授業中」
「あ、すみません。ついびっくりしちゃって。
でもこれっていったいなんのバイトなんですか?」
「ワタシもたまたま見かけただけだから全然わかんないんだよね。
けど、やっぱり興味わくじゃん? こんだけ高給だと」
「......もしかしてこれって出会い系サイトのサクラのバイトなんじゃないんですか?」
「へ?」
不意にそんなことを言われてワタシはマヌケな声をあげた。
14:
「あ、その、私もたまたまサークルの先輩から聞いただけなんですけど。
パソコンのデータ入力とかの募集ってそういうのが意外とあるらしいんです。
さすがにおおっぴらに募集できる内容のものじゃないからそういう風に募集してるらしいんです」
たしかに言われてみるとあのチラシもわざわざ店と店の間の目につかない壁に貼り付けてあった。
「実は私の先輩がサクラのバイトしてたみたいで。風のうわさで聞いただけなんですけど。かなりお金もらえるみたい」
「うーん、まあそりゃあね。特殊な仕事みたいだしお金たくさんもらえなきゃやる人間いないんじゃない?」
「犯罪に近い行為かもしれないですしね。でも少し面白そうですよね」
ちょうど教授がホワイトボードをたたいて反射的に前を向いたために、そのときの彼女の顔は見えなかった。
その代わり彼女の声に含まれたイタズラげなひびきはやけに耳に残った。
15:
面白そう。
地方から上京して大学生になって一年と半年。
東京という街で起こるありとあらゆることがワタシには新鮮で魅力的で刺激的だったと思う。
ただワタシというニンゲンはどうしようもなくすべてのものごとに対して飽きやすかった。
というよりワタシという容器はこれまで生きてきた中でもっとも解放的で刺激的な生活の中で満たされてしまったのだと思う。
器を破ってしまうぐらいの刺激をワタシは欲しているのかもしれない。
「そのバイトするつもりなんですか?」
「さあね」
ワタシはあえてとぼけた。けれどもコタエはもう決まっていた。
16:
3
人であふれる中央本線を通る電車も休日の昼間となればいくぶんかマシになる。
それでもワタシが住んでいた田舎町と比較すれば乗車率は圧倒的に高いんだけど。
現在住んでる自分の街から中央本線を利用してさらに御茶ノ水で総武線に乗り換えて、ようやくたどり着いたアキバの駅は人でごったがえしていた。
思わず人の多さにしかめっ面をしてしまう。
秋葉原には上京したてのころに暇つぶしと東京観光を兼ねて一回だけきたことがあった。
いかにもオタクといった感じの人が大半を占めているのかと思っていただけに当時は自分と同じような大学生が意外といることにおどろいた。
はっきり言ってワタシは人ごみは好きじゃない。
理由はよくわからないけど人がたくさんいるところはムダに騒々しいし、やたらに体力を浪費する。
だから池袋や渋谷、新宿と言った人が極端に集まる場所には基本的にはひとりで行くことがない。
付き合いでしかたなく行くことはかなりあるけどできるなら避けたいと思ってる。
都会の街を歩くときは自然と足どりが重くなる。
もっとも今日にかぎってはワタシの足は軽かった。
今日はバイトの面接だ。
17:
あの地味ガールとの会話のあとワタシは講義をぬけてすぐに例のバイトの電話をした。
スマホを握る手が少しだけふるえたけど、電話越しの相手の柔らかい声を聞いたらそれもすぐにとまった。
にぎやかな街の中心から少し外れたとこの昭和通りをまたいで隅田川の方面を目指す。
さらに小さな路地に入っていくと古びたビルがある。そこが面接会場だった。
ビルじたいは小さくて看板があるわけでもないので特別目につくようなものでもない。
どちらかと言うと等身大のアニメキャラクターのパネルがズラッと並んでる隣のカレー屋のほうが断然目立つだろう。
電話の相手の言ったとおりだとしたらここで間違いはないのだが、少しだけワタシは不安になった。
「いや、でもまあ教えてもらった場所はたぶんここであってるしな......」
とか言いつつもワタシはビルをあおぐだけあおいで肝心の行動を起こせなかった。
「あの......バイトの面接に来た方ですか?」
「は、はい!?」
不意に声をかけられたせいで返事の声がひっくりかえってしまった。
18:
視線を正面にもどすとワタシのお父さんと同じぐらいの年齢の小柄なおじさんが両手を擦り合わせて立っていた。
「あ、はい、そうです。
えっと..... わざわざ下にまで出迎えてもらってすみません」
「いえいえ。こちらこそわかりにくいところで申し訳ないです。
まあ、とりあえず中へどうぞ。すぐに面接をはじめましょう」
案内されたビルの中は予想外に不気味で無意識に息をのんでしまった。
ビルの廊下は薄暗かった。
天井の蛍光灯がついてないだけでなく窓もないから外の明かりも入らないせいだ。
19:
この廊下の唯一の光源は足もとに設えられた蛍光灯だけだったけど、それは薄汚れた床に積もったほこりをことさら強調するだけでたいして明るくはなかった。
歩くたびに舞うほこりにむせてしまいそうになるのをなんとかこらえてワタシは目の前を歩くおじさんについていく。
「ではここにかけてお待ちください。すぐに面接準備をしてきますので」
案内された部屋のパイプ椅子に腰をかけてワタシはようやく一息ついた。
たいていのバイトの面接時には履歴書を用意しておくものだけど、今回のバイトには履歴書は不要だった。
おじさんが面接準備のために部屋をでてからあっという間に五分が経過した。
遅いな、と思いつつとりあえずたいして広くない空間を見回してみる。
部屋には何台かのオフィスデスクと観葉植物がすみっこにあるぐらいでこれといった特徴はなかった。
ただ蛍光灯がきれかかって明滅しているものしかないせいか、妙な不気味さが部屋中にただよっていた。
20:
「どうもすみません、おまたせしました」
結局おじさんが部屋に戻ってきたのはさらに十分がたってからだった。
おじさんはワタシの対面の位置にパイプ椅子を置いてそこに腰をかける。
「今日はお越しいただいてありがとうございます。
それではさっそく面接に入りたいと思います。
単刀直入に言いますがこのバイトは普通のバイトとは少々異なります」
「と、言うと?」
「あなたには出会い系サイトのサクラをやってもらいたいのです」
あの女の子の言ったことはどうやら本当だったらしい。
背中の毛穴が開いてジワリと嫌な汗が背筋をゆっくりとなぞるのを感じた。
21:
「具体的なことに関しては面接がおわりしだい教えますが、これまた単刀直入にお聞きします。
やっていただけますか?」
相変わらずおじさんの口調は穏やかだったし、表情もやわらかいままだった。
それにもかかわらずその声に霜がおりたような冷たさを感じたのは単なるワタシの勘違いなのだろうか。
なんて答えればいいのか迷っているワタシにおじさんは言った。
「出会い系のサクラってどういうものかと言いいますと。
ようするにあなたにはうちのサイトの会員になってもらい、男性会員の人とメールのやりとりをしてもらいたい。
ここまでは意味がわかりますか?」
実のところこのサクラというものについては多少調べたので、おおまかにはどういうものか理解していた。
「だいたいはわかります。そういう話も聞いたことあるんで。
ようはワタシがとにかく色んな人にメールをばらまいて食いついた人にはメールしてポイントを消費させて購入させる。
そういうことですよね?」
「話が早くて助かります。
しかし、うちがバイトにしてもらうのはそれだけではないんです」
22:
「ほかになにかあるんですか?」
「べつにそれだけだったらわざわざ女性を雇う必要はないんですよ。
男性でも女性になりきってメールすることはできますからね」
「じゃあ、ほかになにをするんですか?」
「実際にひとり、あるいはふたり、場合によってはそれ以上の男性会員にあってもらいたい」
さすがにこれにはおどろかずにはいられなかった。
たぶんワタシのおどろきは露骨に顔に出てしまったのだろう。
おじさんはさらに説明を続けた。
「近年、出会い系の評判は某大型掲示板やそのほかのネットサイトで情報がかなり手に入るようになっています。
そういうわけでちょっと前のように騙される人間というのが減っているのです。
そのためこの手の会社は競争が厳しくなっているだけでなく、ほとんど大手がシェアを占めているんです。
そこで働いているサクラには一度きりという条件で実際にサイトを利用している人と接触してもらいたいのです」
「は、はあ......」
さすがにどういう返しが正しいのかわからずワタシはそう言うことしかできなかった。
ただワタシのこのバイトに対する天秤がやらない方へとかたむいたのは確かだった。
23:
「この手のバイトはごまんとありますが、実際に会うということをするバイトはおそらくないでしょう。
しかし、近年の状況を考えますとこの方法こそが我がサイトの発展、しいては我が社の発展に一番いいはずなのです」
「そ、そーなんですか」
そんなことを言われても、ねえ?
さすがにネットでやりとりしただけのニンゲンといきなり会うのはどうなのだろう。
どんなニンゲンかもわからないのに実際に会うなんて危険すぎるのでは?
「今、あなたがなにを考えられているのか私にはだいたい検討がつきます。
そこでですね。私どももそれ相応の報酬を用意しようと思います。
がんばりしだいでは我々は月給として百万以上支払ってもいい」
一瞬なにを言われたのかわからなかった。
24:
十秒ぐらいたってようやくワタシの脳みそは面接官の言葉を飲みこむことができた。
雷が脳天を直撃したかのような衝撃にワタシは面接中なのに大声を出してしまった。
「え、ええぇ!? ほ、ホントに言ってるんですか!?」
「嘘は言いません。リスクはもちろんありますので妥当な給料だと思います」
月に百万円もらえるかもしれないという事実は、ワタシのこのバイトに対する不安をかき消すのに十分だった。
「どうですか? やっていただけないでしょうか?
バイトの数はまだまだ不足していますので少しでも多くの方にこの仕事をやってもらいたいのです」
「は、はい。ワタシでよければ......ぜひ」
ワタシはあっさりと了承してしまった。
百万という数字はワタシのような女子大生などあっさりと籠絡させてしまった。
「ありがとうございます! お互いにがんばっていきましょう」
握手を求められたのでワタシは右手を差し出した。
ワタシの手を握るおじさんの骨ばったそれは妙に汗ばんでいて不快だったけど、それさえもどうでもよくなるぐらい気分が高翌揚していた。
25:
4
基本的にこのビルのパソコンと自分のケータイを使って仕事をするらしい。
シフトは最低週一日からでいいということで、時間の融通もきくようでありがたかった。
サクラをするにあたりマニュアルをもらいその説明も受けた。
まあしかしイロイロと相手を騙すための手口があるものだ。
ばらまくメールの例文やら、サイトへの誘導のしかたやらメアドの交換の拒否方法やら。
約一時間ぐらいの説明をおじさんから受け終わりもう帰るだけかと思ったが、
「説明は以上で終わりますが最後にどうしても守っていただきたいことがあります」
26:
すでに必要な書類も書いて契約書に印鑑を押したあとなのに、この後に及んでまだ作業がおわらないことに少しだけ腹がたった。
「なんなんですか?」
「最後にあなたには誓いをしてほしいのです」
「ちかい?」
「ええ、誓いです。私についてきてください」
ワタシの返事を待たずに面接官はすでに動き出していた。
面接官についていくまま部屋を出て階段をあがって最上階まで行く。
最上階はそれまでの階とはちがい部屋に通じる扉がひとつあるだけだった。
「これからここであなたには宣誓をしてもらいます。今日はこれをしてもらえば終わりです」
目の前のおじさんがふり返る。
27:
相変わらず穏やかな表情で、口もとにはやわらかい笑みをたたえていた。
けれども目もとは少しも笑ってなくて、ワタシは黙ってうなずくことしかできなかった。
扉が開かれる。蝶番の軋む音がやけに長く聞こえた。
「さあ入ってください」
言われるままワタシは面接官とともに部屋に入った。
部屋は真っ暗だった。
てっきりすぐ照明をつけてくれるのかと思ったが面接官はいつまでたってもなにもしない。
深い闇に全身塗りつぶされるような錯覚におそわれてワタシは慌てて言った。
「あ、あの! 明かりつけないん......」
ワタシの言葉は最後まで続かなかった。
部屋のど真ん中に人形があることに気づいたのだ。
28:
絵の具がにじむように深い闇の中から現れた等身大の人形は木製のイスの背もたれに全身をあずけるように腰掛けていた。
その人形は真っ白なワンピースを着ていて真っ暗な部屋の中でも異様な存在感をはなっていた。
長すぎる黒髪の下の顔は、その前髪のせいで見えなかったけどそれでも異様に人形の肌が白いのだけはわかった。
投げ出された手足は痛々しいまでにか細くて触れただけで折れてしまいそうだった。
いったいなんだこれは?
部屋の中に明かりらしきものは見当たらない。なのに気づけば人形の姿はワタシの目に鮮明に映っていた。
闇に目が慣れたとかではない。仮にそうだったとしたらワタシの前にいるはずのおじさんも見えるはずだ。
実際には面接官のおじさんは真っ暗闇の中に埋没してしまっている。
29:
得体の知れない恐怖が足もとから這いあがってくる。
吸い込んだ息がノドの奥で音を立てた。
全身の産毛が逆立って肌が粟立つ。
悲鳴がノドを食い破ってしまいそうになるのを必死にこらえる。
「それでは『彼女』にひとつだけ、今から私が言うことを誓ってください」
この空間から一刻も早く出たくてワタシはただうなずく。
これだけ暗い空間ではどんなにうなずいたとしても見えるはずもないのに。
「誓いはただひとつです。この仕事において『恋をする』ということをしないと誓ってください」
「わ、ワタシは恋なんてしません!」
意味なんて理解できないまま間髪いれずにワタシは叫んだ。
声はみっともないぐらいふるえていた。
「あなたは『彼女』の前ではっきりと誓いました。その誓いをくれぐれも破らないように」
話している内容は異様なのに声は機械のように淡々としている。
「それでは出ましょう。
『彼女』は人と同じ空間にいることをあまり好まない」
そう言われてもワタシの四肢は血を抜かれたように力が入らなかった。
不意に光が差し込む。面接官の人がいつの間にかワタシの背後にいて扉を開いてくれていた。
「早く出てください」
「あ、はい......」
灯火に吸い込まれる虫のようにワタシはふらふらと光指す出口へと向かった。
背中に得体の知れない視線を感じながら。
32:
5
そのあとのことはよく覚えていない。
本能があの人形についての記憶に霞をかけているようだった。
ビルから出る直前。
自分と同じぐらいの歳のオトコがビルの入口に入ってきてすれ違ったが挨拶したかどうか、その記憶さえ曖昧だった。
『とりあえず家に帰ってからでいいので教えたアドレスからサイトに入って登録しておいてください』
はじめて顔を合わせたときと別れのときの面接官の印象はまるでちがった。
しかしそれ以上に気になることがあった。
ワタシはてっきりあのおじさんは常軌を逸した変人で、あの空間にいてもなにも感じてないのかと思っていた。
だが部屋から出たおじさんの顔は紙のように真っ白で額には脂汗を浮かべていた。
ふるえる唇は血の気が失せて紫色に変色していた。
『くれぐれも誓いを破らないように。破ったときはそれ相応の報いが待っています』
33:
部屋を出た直後おじさんはそう言った。
ほとんどそのときのワタシの耳には入ってなかったけど今思えばきちんと言葉の意味を聞いておくべきだった。
「それ相応の報い、か」
新手のおどしとも取れた。
この手の会社が捕まったという話はネットサーフィンをしているときに目にした。
口外をすることは契約書においても禁止されていたが、しょせんはバイトだ。
喜々としてこの仕事のことを話すバカがいてもおかしくはないだろう。
つまりあの人形の前でした誓いも、これからワタシが純粋なサイト会員というカタチで出会う人たちに対して、迂闊なことを口にさせないための処置というふうには考えられないだろうか。
懇意の間柄になって秘密をぺらぺらしゃべらせないための処置なのかもしれない。
どこかおかしい気がしたけどそう結論づけてワタシは自分を無理やり納得させた。
34:
もはや用事はなかったし、人であふれたこの街にいる理由はなかった。
普段のワタシならさっさと帰宅しているところだった。
けれどもワタシの五感は錆びついたかのように鈍くなっていて、自分の世界のあらゆることが霧がかかったようにぼやけていた。
街のありとあらゆる音の洪水もどこかくぐもって聞こえた。
ふとあの人形が脳裏をよぎる。
細い手首。
白すぎる肌。
ワンピース。
長い髪。
見えない顔。
あの不気味な人形は間違いなくはじめて見たものだった。
それにもかかわらずワタシはどこかであの人形を見た気がしてならなかった。
そもそもワタシはこのバイトをやめるべきなのではないか?
バックレてしまえばいいんじゃないか?
あんな得体の知れないものを飼いならしている職場などで働く必要はあるのか?
「あのー、すいません」
音にあふれかえった街の中でも澄んだ声ははっきりとワタシの耳に届いた。
35:
ふりかえった先には英語の講義で同じ席に座った女の子がいた。
ダボっとした赤いセーターと青いニット帽、化粧っ気のほとんどない白い顔。
妙な芋くささを漂わせた少女は愛嬌たっぷりに破顔した。
「わあ! やっぱりあのときの人ですよね?
私のこと覚えていますか? 大人数英語で隣でしゃべったじゃないですか」
「あ、ああ......覚えてるよ」
「偶然ですね。もしかして、と思って話しかけたんですけど本当にあのときの人でびっくりしました。
って、ごめんなさい。もしかして今取りこみ中だったりしました?」
「ううん、そういうわけじゃないんだ。ただびっくりしただけだよ」
秋葉原であったこともそうだし、たった一度少し話しただけの相手にわざわざ話しかけに来たことも。
「今日はどうされたんですか?
あ、ちなみにワタシはフィギュアを見に来たんですけど。アキバにはよく来るんですか?」
そう言って女の子は小さな手にもった『アニメイト』と書かれた袋を嬉しそうに見せてきた。
36:
「え? あ、いやいや、ただバイトの面接に来ただけだよ」
急にまくしたてられてワタシはうっかり本当のことを話してしまった。
「バイトの面接? ああ、この前話してたバイトのですか?」
「うん、それそれ」
「そういえば結局どんなバイトだったんですか?」
「話してもいいんだけど......もしこれからヒマならミスドとかスタバとかどこでもいいけど入らない?
立ち話もなんだしどっか入って話そうよ」
「そうですね、そうしましょう。 ミスドならすぐそばにありますし。そこでいいですか?」
「うん、近いならそこでいいよ」
ワタシはいったいどこまでこの女の子に話そうか、アタマの片隅で考えていた。
海馬にこびりついた人形の顔がふと笑った気がした。
37:
6
「本当にそういうバイトってあるんですね」
ミスタードーナッツは中央通りと呼ばれる大きな通りに面していたけど、店内はさほど混んではいなかった。
ミスドの店内は決して広くないものの空いてる席もそこそこにあったのでワタシたちは一番奥のはじっこの席に座って話すことにした。
女の子の名前はレミというらしい。
あのビルからここまでの道のりは、近いと言うわりには意外と距離があったのでお互いに自己紹介をしながら歩いてきた。
ちなみに。
ミスドの中央通りをはさんだ向かい側にはアニメイトというショップがあるらしく、レミはさっきまでそこでアニメグッズを買いあさっていたらしい。
「そうだね、ワタシもけっこうびっくりしてる」
ワタシはレミにバイトの内容をほとんど話してしまった。
38:
いちおう守秘義務については考えた。
まあ、この素直そうな女の子ならワタシがだまっておいてと頼めば大丈夫だろうという無根拠な確信があった。
もっとも人形のことにかんしてはこれっぽっちも話そうとは思わなかったので言ってない。
「それにお金も、本当だったらとんでもない額ですよね」
「うん、ホントだったらヤバイね。なんていうか夢が広がるよね」
「というか私にこのバイトの話、しちゃってよかったんですか?
あまりよくないような気がするんですけど」
「ホントは言っちゃだめみたい。まあ真っ当に仕事してますって胸はれるような内容でもないしね。
まあだからほかの人にはナイショね。ふたりだけのヒミツ」
「はい、まかせてください。私、がんばって秘密にします」
そう言ってレミはおいしそうにチョコファッションにかぶりついた。
彼女の前にはほかにもチョコリングにポンデリング(黒糖)が載った皿があった。
39:
誰がどう見ても細いはずなのによく食べるなあ、と感心して見ていると、
「どうかしました?」
と、首をかしげた。なにげない仕草だったけど自分がオトコだったらこの瞬間に惚れてしまっているかもしれない。
そうワタシに思わせるぐらいには愛らしい仕草だった。
ワタシはオールドファッションを頬張りつつ聞いてみた。
「このバイト......やるべきだと思う?」
「わかりません。やっぱり安全なバイトとは思えませんし」
「まあたしかにね。それに、胸はって堂々とできる仕事ってわけでもないしね。
そういう意味ではやるべきではないのかも」
「でも......」
レミはそこで言葉を切った。
冬の湖水のように穏やかに澄んだ瞳にはワタシが映っていて、ワタシは無意識に自分自身から目をそらした。
40:
「なんとなくですけどあなたはそのバイト、やってみたいんじゃないんですか?」
「え?」
「私にはあなたがバイトをしてみたいように見えるんですよね。
だってそうでなかったらわざわざ私に聞かないと思いますし」
またレミと目があった。レミの瞳の中のワタシはどこか戸惑っているように見えた。
たぶんその理由は出会って間もない人に本心を見抜かれたからなのだろう。
なぜか顔が熱くなるのを感じてワタシはことさらいいかげんな口調で言った。
「あー、まあそーなのかもね。うん、じゃあまあやろうかなあ?」
「そうですよ。もしそれになにかあったら、よかったら私に相談してください。
力にはなれないかもしれないけど愚痴ぐらいなら聞きますよ」
はにかんだレミの唇のはじっこにはドーナッツの食べカスがついてたけど、あえてワタシは指摘しなかった。
41:
結局店を出る頃にはだいぶ陽もかたむいていた。
けっこう長い時間話していたせいか、少しお尻が痛かったけど気分はよかった。
「今日は楽しかったです。またよかったら行きましょうよ」
オレンジ色の太陽を背後にしているせいなのか、もしくはそれ以外が理由なのかは知らないけどレミの笑顔がワタシにはまぶしかった。
「うん、また授業であったときに話そ」
少し別れが惜しかった。ひさびさに充実したと思える時間を過ごせたからだ。
「ワタシも......今日はホントに楽しかった。じゃあね」
最後にそうつけくわえてワタシはきびすを返した。
一日の終わりを告げるようにビルの間から見えた太陽はどこか寂しそうだったけどオレンジ色に染まった街はすごく儚げで、ホントにキレイだった。
キライな雑踏やその喧騒もなぜだかワタシの気持ちを高翌揚させて、ワタシの足どりを軽くした。
42:
「そう言えば.....こういう夕方を逢魔が時って言うんだよね」
特に意味のないつぶやきだった。
逢魔が時。
黄昏時。
夕刻。
幽霊が出る。
魔物が出やすい。
怪しいものが現れる。
「......っ!?」
不意に首筋が焼けるような強烈な視線を感じてワタシは足をとめた。
視線に質量があったら間違いなくワタシの首にはドーナッツのような風穴ができていただろう。
あの人形を見たときと同じ感覚だ。
ワタシは反射的にふりかえった。
43:
夕闇が急に濃くなって街全体を飲み込もうとしていた。
オレンジ色のとばりを背に輝いていた街は薄い闇に覆われて、太陽は光の残滓を残してビルの影に消えてしまっていた。
一瞬のうちに景色が変わってしまっていた。
それでも。
ほんのわずかの間に姿を変えた街の中で変わっていないものがあった。
地面に写る雑踏の影法師にまぎれてワタシだけを見ている少女。
「レミ......」
44:
視線の正体はレミ?
いや、天真爛漫を絵に書いたような彼女とあの人形が関係あるわけがない。
まして彼女からあの人形と同じ得体の知れない不気味な感覚を覚えること自体おかしい。
なぜ彼女が別れた場所から動いていないのかということに疑問をもつ余裕すらなく、ワタシはただ呆然としてしまう。
レミの顔は重い前髪のせいではっきりとうかがうことができなかった。
けれども唇が三日月の形に割れたのだけはわかった。
「レっ......」
意味もわからずとっさに彼女の名前が口から出かけた。
やたらと大きなリュックを背負った巨漢と肩がぶつかる。
ここは秋葉原、都会だ。道のど真ん中に突っ立っていてたらすれ違いざまに接触してしまうのは当然だった。
もう一度レミがいた場所を見る。
流れる人ごみの中に彼女はもういなかった。
48:
7
家に帰ってすぐにシャワーをあびてベッドに腰かける。
メイク落としと洗顔料で突っぱねた顔に化粧水と乳液を塗りこんでワタシはいったんベッドに腰かけた。
乳酸が溜まってむくんでしまった足にも同じようにして軽くさするようにマッサージをほどこすと、少しラクになった気がした。
人がうじゃうじゃといる都会を歩くのはそれだけで体力を無駄に消費する。
ようやくワタシが一息つくころには目覚まし時計の針が八時をさそうとしていた。
食欲はいまいちわかなかったのでコンビニで買ったコールスローとカフェラテで夜ご飯をすましてさっそくバイトの下準備をしてみることにした。
登録しておいたアドレスからサイトに入る。
最初にオトコかオンナかの性別を選択するところから始まる。当然オンナのほうを選ぶ。
さらに進むと細かいプロフィールの設定画面に移った。
名前、年齢、職業、趣味、身長、体重、スリーサイズ、好みの男性のタイプ、エトセトラ。
49:
「こまかっ!めんどくさっ!」
設定するプロフィールの項目の多さに早くもワタシはスマホを放り出しそうになった。
とりあえず少しだけ休憩してからワタシはプロフィールを丁寧に作成した。
冷静になって考えればこんなことで百万がもらえるなんて恐ろしく贅沢な話である。
多少数字を盛ったプロフィールが完成した。
そのあと自己ピーアール文を打ってワタシは登録を完了させた。
「さて、これでしばらく待ってればいいのかな......」
ワタシの部屋は七畳のワンケーでそこまで広くないものの、アパート自体は線路沿いにあって駅からは徒歩三分しかかからない。
しかも中央線沿いで新宿や中野、吉祥寺、立川といった栄えた場所も近く便利極まりない。
もっともいいことばかりではないし、そこそこ厄介な問題点もこのアパートは抱えている。
ボロアパートは駅から近すぎるうえに防音設備はずさんそのもの。
そのため電車が横切るたびに建物は揺れるわうるさいわで、そのことに関してだけは若干このアパートを選んだことを後悔してる。
50:
窓を開けているため電車の走る音はより一層明確で、今もちょうど線路を走る電車にワタシが顔をしかめたときだった。
電車の走行音に続くようにスマホがメールが来たことを告げる。
もしかして。
スマホの画面を見てみると予想通り、サイトの男性会員からメールが来ていた。
「はえー」
まだサイトに登録してから数十秒ぐらいしかたってないのに、エモノはさっそく罠にむしゃぶりついたようだった。
ほとんど呆れた気分で画面を見てみてまたもひとりごとが出そうになってしまった。
メールの着信は一件ではなく四件だったのだ。
ルアーもエサもついてない釣り竿でクジラでも引き上げてしまったような名状しがたい気分だった。
釣りなんてちっちゃいころに釣り堀でやったぐらいしかないけど。
さっそく送られてきたアプローチメールを見てみる。
内容はどれも似たり寄ったりだった。
51:
はじめましての定型分に続いて、いきなり会わないかとか、っていうのが一件でそれ以外のメールはやりとりしませんかというものだった。
とりあえずワタシの食指を動かしそうなメールはなかったので誰にも返信はしなかった。
「ていうか、いきなりすぎて対応できないっつーの」
どうして登録してからほとんど同時にメールが来たかというと、このサイトは新規の会員がわかるようになっている。
こういったサイトに慣れていない人間のほうが扱いやすいだろうし、オトコが新規に飛びつくのは当然のこと。
......という風にあのおじさんからは聞いている。
少し気の毒かな?
いきなりの新人さんがサクラで申し訳ない、とわりと罪悪感を感じた。
52:
この出会い系サイトはポイント制だ。
メールをするたびにポイントが減っていく。
ほかのことはすべてタダだけどだとしても何度もやりとりするにはポイントをかなり消費する必要がある。
だからこそオトコはさっさと会うなりメアドを交換してサイトの縛りから解放されたいのだ。
もっともオンナはすべてにおいてタダなのでやりたい放題だった。
そしてワタシのバイトの目的は相手のオトコにできるかぎりメールをさせてポイントを購入させること。
つまり本来ならばワタシはこの四人にすぐにでもメールを返すべきなのだ。
「仕方ない、やるか」
このサイト、実は写真を登録することができる。
今のワタシは化粧も落として風呂に入ったあとなので、写真を撮る気はないけど次の勤務までには写真登録も済まさねばならない。
知り合いにばれたらどうしようと、思ったが百万のことを思えばそれぐらいのリスクは覚悟しなければならないだろう。
ワタシはさっそく返信のメールの作成にとりかかった。
53:
8
バイト初出勤の日、電気街は生憎と曇りだった。
浮かんでるのが不思議なほどに黒々とした雲を敷き詰めた空はワタシをより一層憂鬱にさせた。
昼の秋葉原はこの前来たときと変わらずたくさんの人でにぎわっていた。
しいて前回とちがう点があるとすれば、道ゆく人々の多くが傘をもってることぐらいだろう。
バイトの面接から四日間がたったけど、ワタシはその間にワタシは時間があるときはひたすはスマホをいじってあらゆるオトコとコンタクトした。
最初こそ良心を紙ヤスリで磨り減らすような呵責を感じていたけど、サイトでやりとりをしているうちにそんな感覚は無意識の底に沈んでいった。
結局ワタシが多額の金を求めるようにこのサイトの連中も自分の欲望の行き場を探してるだけなんだ。
フラストレーションの捌け口を見えない画面の向こう側の相手に求めてるだけの連中。
その数の多さにワタシは吐き気すら覚えた。
54:
こんな出会い系サイトを使うことでしか欲求不満の解消ができないなら騙されたとしても自業自得だ。
「まあ世の中バカばっかということだよね」
雨が降る前になんとかビルに到着した。
バイト先であるビルの通りはほとんど人がいないので、ワタシのひとり言を聞く人間はいない。
ビルの階段をあがってホコリまみれの廊下を経由して仕事場の扉をあける。
少し型の古そうなデスクトップ型のパソコンとオフィスデスクが数台あるだけの簡素な部屋にはこの前のおじさんしかいなかった。
おじさんはパソコンをいじってなにかをしていた。
ワタシに気づくとパソコンをいじっていた手を止めた。
「おはようございます」
「おはようございます」
すでに太陽がてっぺんでふんぞりかえる時間だったけどあいさつは朝のそれだ。
55:
簡単な仕事の確認とアドバイスを受けてワタシはパソコンと向きあった。
これからバカなオトコどもを釣るために、とびっきりのエサとなるメールをこのパソコンを使ってバラまくのだ。
文章を打ちこんでランダムにメールを送信。
エモノがエサにかかるのに時間はほとんどいらないだろうがわずかな時間を利用して、やりとりが途中のままになっていた相手にメールを送る。
そういえばこのビルにいる人って今どれぐらいなんだろ?
ふとささいな疑問が浮上して打鍵した手がとまる。
まさかワタシと、面接官のおじさんだけなわけはない。
おじさんの口ぶり的におそらく、そこそこに従業員はそろえてあるはず。
一瞬だけこのことについて質問しようかと思ったけど、エサメールに釣られたオトコからの返信が来たのでワタシはそちらに集中することにした。
数時間、ほとんどルーチンワークのような作業を黙々とこなしていたけどさすがに集中力切れしたのでワタシはパソコンの画面から目を離してのびをした。
特に一番疲れが溜まった目頭を揉んで、凝りかたまった筋肉をほぐしてやる。
「なかなかキミは人を騙す才能があるみたいですね」
56:
「へ?」
優しげな声でひどく失礼なことを言われた。
もちろん声の主はおじさんで、そのおじさんは微塵の悪気も感じさせない穏やかな表情でワタシを見ていた。
ほめられてここまで複雑な気分になったのは初めてだった。
「まあ、なんかそーみたいですねー」
「あなたの記録をワタシのパソコンから見させてもらってますがすこぶる順調のようですね。
メールの文面もさることながら手際も悪くない。
効率よく相手を見つけ出してメールをしていますね」
「そんなに褒めたおされるとワタシ、調子に乗っちゃいますよ?」
わざとらしくおどけてみた。
ほめられること自体苦手だったし、この人と話すのはどうやらワタシにはけっこうなストレスのようだった。
胃がキリリと痛むのがわかった。
57:
「この調子ならここに来る回数を減らしてもらっていい。
もちろん、仕事自体はしてもらうけどね」
「いいんですか? まあアキバってそんなに近いとこってわけでもないからありがたいですけど」
「私としてはこの会社の利益になるならなにをしてもらっても構わないと思ってるからね。
それに遠いところから足繁く通ってもらうのは心苦しいからね」
「はあ......」
「私の望んでいたノルマをキミはすでに超えている。
なんなら今日はもう帰ってもらってもいいよ」
ねがってもない展開だった。
こんなほこりっぽいところにはいつまでもいたくない。
58:
「こんな仕事をさせておいてこういうことを言うと笑われるかもしれませるが、私たちの仕事は信頼関係こそが大事なのですよ」
「......」
「キミには再び彼女に誓いの言葉を述べてもらいたい」
信頼の証としてね。
彼はそう言うとイスから立ち上がってワタシに、ついて来てくださいと歩き出した。
ワタシは半ば諦めの境地でついて行く。
二度目になれば少しは慣れるかと思ったけど、あの人形のいる部屋の扉の前に立つと急激に体温があがって鼓動が早くなるのを感じた。
おじさんの手が扉のとってを握る。
ゆっくりと開かれる扉。
蝶番の悲鳴。
二回目の人形との邂逅。
墨汁で塗りつぶしたような真っ暗な空間。
59:
ワタシはおじさんに続いて部屋に入った。
以前体験した感覚がそのままよみがえってワタシは早くもこの場から逃げ出したくなった。
人形が不意に視界にあらわれる。
以前は冷静さをまるで失っていたためわからなかったが、今回はワタシはその怪奇な現象に気づくことができた。
てっきり人形が暗闇から現れるように見えていたのは、暗闇に目が慣れてもともと部屋にあったそれを認識できるようになっただけと思っていた。
だが今ワタシが見たかぎりではわら半紙に墨汁がにじむように、文字通りあらわれたというふうにさ見えなかった。
「それでは誓いを述べてもらいます。ごくごく当たり前のことを誓ってもらいます」
声のするほうへ視線を移すが、あるのは真っ暗闇だけだ。
つかもうと思えばホントにつかめてしまいそうな濃密な闇の中でワタシは人形を観察する。
「あれ......?」
60:
なにか違和感のようなものを覚えてワタシは眉をひそめた。
なにか以前とはまったく異なるものを見出した気がしてワタシは人形をできるかぎり観察する。
間違い探しは数秒経過することなく一瞬で終わった。
以前ワタシが来たときに着ていたワンピースと今着ているワンピースの色がまったくちがうのだ。
以前は首もとだけ白い真っ赤なワンピースだったのに対して今回はパステルグリーンのものになっている。
しかしこのちがいが意味するところがなんなのかワタシにはわからなかった。
そもそも意味なんてなくて単なる人形の着せ替えという可能性もあるが。
「話を聞いていますか? きちんと話を聞いていないと後々後悔しますよ?」
「......すみません」
「あなたに新たに誓ってもらうことは『与えられた仕事をきちんとやる』ということです」
この誓いにいったいどんな意味があるのか聞くだけの勇気はワタシにはなかった。
61:
「彼女に誓いの言葉を」
いつの間にか口の中の水分は干上がっていて、渇いた喉は息を吸うだけで奇怪な音をたてた。
掠れた声で自分に言い聞かせるようにワタシは言った。
「ワタシは......まじめに仕事をします」
「その誓いに恥じない働きを期待しています。
それでは出ましょうか」
澱のように堆積した暗闇に足をとられるような錯覚を覚えた。
それでも前よりはきちんと歩けていたし幾分かは冷静だったと思う。
ワタシは部屋を出る直前とっさにふりかえった。
けれどもさっきまでワタシと対峙していた人形は漆黒の中に溶けてしまっていた。
それでもねっとした舐めるような視線をワタシは首筋にはっきりと感じていた。
62:
部屋を出ておじさんにあいさつをしてワタシはさっさと退勤することにした。
やっぱりおじさん以外には誰にも会わなかったが、そんなことよりもこのビルから逃げるほうが今のワタシには大事だった。
ビルの玄関を出る。
どうやらワタシがビルに引きこもってよろしくないことにウツツをぬかしているうちにほとんどの雲は次の場所へ向かったらしかった。
天気は回復したのだけど、時間が時間なだけに太陽はすでにかたむき出していて陽射しも比較的柔らかいものになっていた。
それでもずっと暗い空間にいたからだろうか。
太陽の光がいつもよりワタシにはまぶしかった。
太陽のまぶしさに無意識に目をほそめてワタシは視線を下へさげようとした。
あまりにもよすぎるタイミングで彼女がワタシの目の前を横切った。
ニット帽からこぼれる陽の光を弾くように波打つ濡れ羽色の髪。
気味悪くすらあるロウのように白い肌。
触れるのをためらってしまいそうになるほどの華奢なカラダつき。
そして、
風をはらんでふわりと広がるパステルグリーンのワンピース。
63:
悲鳴をあげなかったのはほとんど奇跡だった。
全身の血が音をたてて引くのが聞こえてくるようだった。
気になっていることがあった。
ワタシがこのビルでの面接を終えて出たときに、なぜレミはここにいたのかという疑問。
彼女が話そうとはしなかったのでワタシはあえて聞かなかったが。
そして別れた直後に感じた強烈な視線の正体は......。
「......」
そしてたった今彼女はこのビルの前を横切って行った。
地方出身の単なる田舎少女。
彼女はホントにただそれだけの存在なのだろうか。
ワタシはパステルグリーンの背中が人ごみにまぎれて消えるのを眺めることしかできなかった。
67:
9
家に帰ってダラダラとベッドの上でバイト活動にいそしんでいたワタシに一通のメールが届いた。
メールはもちろん出会い系サイトを経由したものだ。
だんだんこのサイトでのやりとりになれてきてしまったせいかワタシは来たメールを最初ほどじっくり見ていなかった。
予想外に来るメールが多いものだから対応できなくなっていった。
そのため、とりあえず連続でやりとりしている人以外のメールは放置か一瞬だけ確認する程度であった。
だからそのメールが目に止まったのは運がよかったと言えるかもしれない。
「これって......」
68:
『どうもはじめまして。
最初に申し上げておきますがボクはあなたがいわゆるサクラと呼ばれる人間だということを知っています。
まあそうは言ってもこの手のサイトでは実は女性会員の大半がサクラ、なんてことも珍しくないのでそのことに関してどうこう言うつもりはありません。
というか、白状するとボクもいわゆるサクラなんですよ。
嘘だと思われますか? いや、そもそもこのメール見てくれているのかな?
まあ見てくれていないのならまた何度も送ればいいだけなんだけどね。
さらに言うとボクはキミと同じ会社で働いています。
本当です。あなたの勤務場所は秋葉原、そうですね?
おそらくここまでの内容でボクがあなたと同業者であるという証明は十分すんだと思います。
さて本題はここからなんです。
もし、キミがボクのことを信用してくれるならボクと会って欲しいのです。
会う理由はなにか。おそらくキミはそう考えているでしょう。
わざわざ見ず知らずの人間に会おうとキミは思わない可能性があるからこれも言っておきます。
いや、むしろこれこそがボクの目的なのだからこちらを最初に書いておくべきだったのでしょう。
あの人形について、話したいことがあるのです。
言うまでもないと思うし、キミはまず間違いなくあの不気味でしかない人形との邂逅をすませているはずです。
あの人形について知りたいと思いませんか?
あの得体の知れない、見ることさえおぞましい人形の正体知りたいと思いませんか?
もしその気になったのならボクにメールをください。
決してヒマってわけじゃないからいつでも会えるというわけではないけど、それでもできるかぎりそちらに都合を合わせるつもりです。
返信、お待ちしています』
69:
半ば夢うつつのワタシの脳みそにそのメールの長文(普段本を読まないニンゲンにはこの程度の文も長文に思えるのだ)の内容が染みこむには少しだけ時間を要した。
理解したら理解したで今度は文章の内容を吟味しなければならなかったが、ワタシはこの時点でこの人に会おうという決意をしていた。
ワタシにはこのサイトを経由して誰かに会うノルマがあったし、もしメールをワタシに送った人が文章の通りの人物だとすればあの人形のヒミツやその他もろもろ知ることができる。
相手がどんなニンゲンなのかはあえて考えないようにした。
思考はワタシを足ぶみさせるだけで、かえってよくない気がした。
なによりワタシは今自分が抱えている問題を一刻も早く捨て去るなり軽くしたかった。
それができないならせめて自分には重すぎるものをシェアしてほしかった。
ワタシはモノが散乱した部屋で予定を確認するために手帳を探すことにした。
73:
10
運がいいことに会う約束の日は例のメールを受けとった次の日に決まった。
つまり、今日だ。
しかし不幸中の幸いならぬ幸中の不幸いで、相手は午前中しか時間がとれない、とのことだった。
そのためワタシは苦手な早起きを強制させられ、ごみ回収業者がゴミの回収に来るよりもさらに早い時間に家を出ることになった。
まあたまたま燃えるごみの日で、部屋に溜まっていたごみを一掃できたのはよかった。
今日は二限から授業が入っていたけどサボタージュのため、同じ講義を受けてる友達にランチをおごる代わりに自分の分の出席カードの提出を昨日のうちに頼んでおいた。
早朝の思考はとにかくとりとめがない。
いまだに覚醒しきってないアタマでワタシは待ち合わせ場所である新宿へ向かう。
朝の中央線を走る電車はとにかく人が多い。
ギュウギュウ詰めのお菓子福袋のように二十分ほど人にもみくちゃにされながら、ようやく電車から出れてワタシは安堵のため息をついた。
74:
田舎者にとって新宿は恐ろしいダンジョンだ、しかも魔物がうじゃうじゃ存在する。
特に改札によっては出れたり出れなかったりして、ワタシは一年と半年という期間東京にいながら未だにそれを把握できていない。
東口方面にはよく行くのだけど。
オフィス街としての色が強い西口方面には行ったことがなかったため、たどり着くころにはヘトヘトになってしまっていた。
地上を出て真っ先に深呼吸をした。
都会の汚れきった空気でも深呼吸をすれば肺を満たすし、幾分か気分をよくしてくれた。
待ち合わせ時間よりだいぶ早く家を出たせいか、道に迷ったとはいえ集合場所であるユニクロの前には二十分も前についた。
特にやることもないので手鏡で身だしなみを確認しておく。
女という生き物の性は不思議なものだ。
正体不明のニンゲンだろうと初対面の相手と会うとなれば、みすぼらしい姿で会うことに抵抗を感じるものでワタシもその例には漏れなかった。
電車でもみくちゃにされた際にシワがついてしまったかもしれないので、デニムのジャケットのチェックもしておく。
待ち合わせ時間をすぎてもまだ相手はやってこないので、ワタシはもう一度鏡で自分の顔を見た。
けっこう駅構内を歩いたおかげで血がめぐったのか目は冴えてきたし、アタマもだいぶ回転してきた。顔のむくみもマシになっていた。
75:
近いという言葉通りなのかと言われたら微妙な距離にあるロイヤルホストはすごい立派な病院のそばにあった。
道の途中にLOVEという赤いオブジェがあって思わず写真に撮りたくなったけど、それ以外は面白みのあるものはなかった。
ひたすらビルと大きな通りが続くだけで東方面に比べると人も少なく、なかなか悪くない場所のように思えた。
ロイヤルホストに到着して席に店員に案内されると同時にオトコはメニューの注文をした。
「いや、ごめんね。夜勤明けでお腹空いていてね。
あ、なんか食べる? 遅刻したお詫びに千五百円以内ならなんでもおごるよ」
オトコはいつの間にかえらくフランクな口調になっていた。
「えーと、まだお腹すいてないから今はいいです」
「そう? まあ注文したくなったらいつでも言ってくれ」
太い黒縁メガネ越しにウインクしてくる。
なぜか妙に様になっていて憎めなかった。
76:
「それよりワタシは本題に入りたいんですけど......」
「ああそーだったね。でもその前に簡単な自己紹介をしないかい?
せっかくボクらは知り合った仲なんだし。
それにキミからしたらボクはそこそこに警戒するべき対象だろ?」
確かにそれはそうだった。
自分と近い年齢の相手で見た目もいたって普通だったから油断していたけど、この人は現時点ではまだ謎の人物なのだ。
「......そーですね」
「ボクはイトウ。ボクちっちゃいから誤解されるんだけどこれでも年は27なんだ。
おやおや? その反応はどうやら本当にボクの年齢を勘違いしてたみたいだね」
「......」
これは素直に驚いた。
彼の言ったとおりワタシは彼の年齢がほとんど自分と変わらないと思っていた。
まあ若々しいこと。
77:
人懐っこい笑みを浮かべてイトウさんは続けた。
「ボクはこの年で半フリーターで半学生なんだ。
まあ今はボクのことが本題じゃないから長々と話すつもりはないけど通信制の大学に通っててね。
その学費を払うためにバイトに明け暮れてるんだ。
もちろんひとつじゃない。
複数やってて、サクラのバイトはそのひとつだ。
さて、ボクの自己紹介はこんなものでいいだろう。
次はキミの番。簡単でいいから自己紹介してくれる?
あ、もちろん話したくないことは無理に話す必要はないし最悪名前だけでもかまわないよ」
「じゃあ簡単に。
ワタシはカオルコっていいます。
大学二年生で地方出身の田舎者で趣味はカラオケ特技もカラオケです。以上」
「なかなか個性的な自己紹介だね」
「そうですか?」
「いや、案外そーでもないのかな。まあいいや。
カオルコちゃん、でいいんだよね?
カオルコちゃんとしてはさっさとこのバイトに関するヒミツを知りたいんだよね?」
78:
「それもそーなんですけど、その前にもう一つ知っておきたいことがあります」
「なにかな?」
「イトウさんはどうやってワタシのことを知ったんですか?
あのおじさん......名前なんだったけ?」
「カワグチさんのことかな?」
「そう、その人からワタシのことを聞いたんですか?
ていうかそれ以外にワタシのことを知る方法はないと思いますけど」
イトウさんはメガネの縁を持ち上げると得意げに言った。
「いーや。キミのことはカワグチさんから聞く前から知っていたよ。
まあ知っていたというよりは、見たと言ったほうがいいのか。
ていうかカオルコちゃん。
キミも本当ならボクのことを知っているはずだし、てっきりボクはキミがボクの顔を見たら「あっ!!」って叫ぶと思ってたよ」
79:
「どういうことですか?
ワタシはあなたとは初対面のはずですよね......あっ!!」
ようやく記憶のモヤが吹っ飛んでワタシは声をあげた。
静かな店内にはワタシの素っ頓狂な声はさぞ響いただろう。
思い出したのだ。目の前にいるオトコとどこで会ったのかを。
イトウさんと会ったのはあの日。
ワタシがバイトの面接した日、あの人形にナゾの誓いをしてからビルを出る直前にすれ違いざまあいさつしたのだ。
あの時は人形のことでアタマがいっぱいいっぱいになっていたからそれ以降忘れていたけど。
「思い出してくれたみたいだね。
そう、ボクがキミのことをはじめて知ったのはあの時ってことだよ。
そしてカワグチさんの口からキミのことを聞いてボクはキミとコンタクトをした。
だからボクは実際のところキミから自己紹介を聞くまでもなくある程度はキミについて知っていたんだ」
「名前に関してだけ言えばワタシだって来たメールで知ってましたよ」
悔しまぎれにワタシがそう言うと、そりゃそうだ、とイトウさんは愉快げに笑った。
笑うと浮き彫りになるシワが一瞬だけ彼を年相応に見せた。
80:
「よし、今度こそ本題に入ろう。
ズバリ、キミは例の人形と会ってるよね?」
「人形のことがなかったらイトウさんに会おうとは思いませんでした、正直」
自分でも初対面の、まして年上の男性に対してずいぶんな物言いだなと思った。
イトウさんみたいな人とワタシは相性がいいのかもしれない。
思ってることをバンバン口に出してしまう。
「ひどいなあ。まあいいけどさ。
......あの人形のことを話すには、そうだな、ボクがこのバイトを始めたところから話さなきゃならないかな」
イトウさんの話はムダな部分が多々あったのでそれらを省いてまとめると以下のようなものになった。
81:
イトウさんの話はムダな部分が多々あったのでそれらを省いてまとめると以下のようなものになった。
彼が出会い系サイトのサクラバイトを始めたのは一年と半年前のことらしい。
ちょうどワタシが大学に入学したばかりのころと同じぐらいの時期だろう。
彼の場合はワタシとちがって紹介だったらしく(面接の際には守秘義務の関係でチラシを見たと言ったらしいけど)そのころにはまだ同期が何人かいたらしい。
というかそれなりの数の人が働いていたらしい。
バイトの内容自体はワタシとほぼ同じ。ゆいいつのちがいは実際に人と会う必要がない、ということだろう。
まあオトコがオンナのふりしてるんだから当然と言えば当然だった。
イトウさんは最初は女性に成りきるのに苦労したらしくそこまでの成果をあげられなかったそうだ。
しかし、一ヶ月もたつころにはそこそこの成果を挙げることができたらしく給料もボチボチもらうことができたらしい。
そして、ちょうどそのころに同僚から奇妙な話を聞いた。
奇妙なこととは言わずもがな人形のことだ。
82:
人形部屋がある最上階は当時は立ち入りを禁止されていたらしい。
もっともそんなことをしなくてもわざわざなにもないあの階に行くニンゲンがいるとは思えないけど。
ある日イトウさんはバイトの同僚とハブで飲んでいてそこで人形についての話を聞いた。
例のおじさんに立ち入り禁止の屋上に連れてかれ、その階のゆいいつの部屋で不気味な等身大の人形と巡り合ったと。
さらにその人形の前で脈絡なくわけのわからない誓いをさせられたと。
そしてその二週間後に同僚は死んだ。
原因不明の突然死。
「当時、ボクはそいつの言葉をたいして真面目に聞いちゃいなかった。
いや少なくともそれは正常な判断だったと思う。
これは言い訳でしかないけど、不気味な人形の話を持ち出されてマジに答えられるのはよっぽどの善人か、そうじゃなければ単なる頭のネジのゆるいやつさ」
「でも、最終的にはイトウさんもその人形のことを......」
「同僚が死んだ時点では、まだ人形と関係があるなんて思わなかった。
というか思いつきもしなかったよ。
でも同僚が死んだ次の日、今度はボクが呼び出されたってわけだ」
「あの人形の部屋に、ですね」
83:
「うん。はじめてアレを見た時は本当に息ができなくなりそうだった。
そしてわけのわからない誓いをさせられてその時にようやくボクはある可能性に気づいたわけだ」
あの得体の知れない人形こそが同僚の死の原因かもしれないと。
イトウさんは人形との誓いを決して破らないように行動した。
確固たる確信というほどではないが、少なくともその誓いを守らなければなにかよくないことが起こるかもしれない、そう考えたのだ。
実際月日の流れとともにその人形の話は耳にするようになった。
イトウさんはそのことについてきちんと話した相手はいないと言う。
それでもほぼ間違いなくバイトをしていたニンゲン全員があの人形と会っている、イトウさんはそう断言した。
「あの人形の正体はわからないんですか?」
「残念なことにね。ただ、カワグチさんはなにか知っている。
それだけは絶対間違いないんだ」
「まあそりゃ、その人形へ案内してるのはあのおじさんですからね」
「そういうことだ。
それに、ボクは最近になってある仮説を立てたんだ」
84:
「仮説?」
ちょうどそのとき店員がイトウさんのオーダーを運んで来た。
イトウさんの前に並べられた鉄板に乗ったハンバーグは湯気をたてて彼のメガネを曇らせた。
イトウさんはよほどお腹をすかせていたのだろう。
湯気で曇ったメガネ越しでも、ハンバーグを目の前にした瞳が輝いているのがわかった。
メガネの縁にかくれてわかりづらくなっていたけど彼の目の下はうっすらと黒ずんでいた。
「仮説っていうのはあの人形の存在理由についてだ。
カオルコちゃんはどうしてカワグチさんがあの人形をボクらに見せているのだと思う?」
「......実はあの人形をはじめて見終わったあとでワタシ、考えたんですよ。
おじさんがワタシたちに人形を見せて誓いをさせてるのは脅しのようなものなんじゃないかって」
イトウさんはナイフで切り分けたハンバーグにかぶりついた、いい食べっぷりだ。
「おっ! ボクの考えとけっこう近いね」
「近いってことは、ちがうってことですよね?」
85:
「いや、かなり近いしほとんど同じような推理だよ。
ボクもあの人形は最初はある種の脅しのようなものだったんじゃないかなって思ってる。
カワグチさんがもとからあの人形をもっていたのか、誰かからあの人形を譲り受けたのかはわからない。
ただあの人形が単なる等身大の女の子の人形だと思うことはないと思う」
「たしかに。アレは見た瞬間になにかはわかりませんけどヤバイってわかりますもんね。
異様な雰囲気っていうかなんていうか」
「そう、だからこそ彼は脅しにあの人形を利用したんじゃないかなと思う」
「あの......ひとつ気になってたんですけどなんで脅しのためにあの人形が使われていると思われたんですか?
もしかしたらオカルトな儀式とかそういう方面の可能性もあるでしょ?」
「じゃあ逆に聞くけどどうしてキミは、あの人形との誓いを脅しだと思ったの?」
「それは......最近ネットで見たんです。
こういう出会い系サイトのサクラが経営者の人と一緒に逮捕された、みたいな。
それで、そういうのってワタシたちみたいなサクラのバイトがなんか関係あるのかなって思って。
だからワタシたちがマジメに働くように仕向けるために人形を利用してる......そう考えたから、です」
86:
イトウさんのハンバーグを咀嚼していた口がとまった。
いつの間にかかけ直していたメガネがなければ、こぼれ落ちてしまいそうになるくらいに目を見開いて彼は感心したような唸り声を出した。
「えっと、どうしました?」
「あ、いや、うん!
そのとおり、そのとおりさ! いや、キミとボクの考えが酷似していたものだからなんだか嬉しくてね。
ボクら相性いいのかもね?」
ワタシは自分の頬に血が集中するのを感じた。
「つまり、イトウさんも脅しを行っているとしたらそういう類の理由でしていると思ってるんですか」
「うん。ていうか実際うちの会社が危うかったことがあったのさ。
何件か来てた被害届けによってあと少しってところまで追いつめられたことがあったみたいだよ」
意外とワタシのてきとー極まりない推理もまったくの的外れではなかったわけだ。
87:
「さて、話を戻そう。最初は脅しとして使っていた人形、単なる不気味な人形。
でもこれが実は呪われた人形だったと知ったら?」
「あの、すみません。その、最初から気になってたんですけどイトウさんはあの人形が本気でヤバイと思ってるんですか?」
「なにを今さら。キミだってあの人形のヤバさを体感したからこそ、こうしてボクとロイヤルホストで話してんだろ?」
「それは、まあそーなんてますけど。
でもイトウさんの同僚が死んだのがその人形のせいだって決めつけるのは.....」
「あの人形が十中八九原因だよ」
イトウさんはワタシを睨むように見据えて断言した。
「で、でもイトウさんはこうやって生きてるんですよ?」
「......仮にボク以外が死んでいるとしたら?」
「え?」
背筋が寒くなるのを感じた。
緊張に圧迫された肺が空気を求めているのか、ワタシの呼吸は浅くなっていた。
88:
「少なくともボクはあのバイトをやってる連中の中で死んでる人間を三人は知ってる。
三人とも死因はバラバラだけどね」
「でも! ほかにもバイトの同僚はいたんですよね!?
その人たちは......!」
「もうとっくにバイトをやめてしまってるよ。
ただしやめたヤツは誰ひとり連絡がつかないけど」
ワタシの言葉は喉の粘膜に張りついて出てこなかった。
「ポジティブに考えればただ単に連絡とれなかったバイトの連中は、ボクに嘘の番号を教えていたとか着拒していたとか考えられなくもないけど」
「それは前向きな考えなんですか?」
「うーん、このことについては一旦置いておくとしよう。
ボクの仮説はなにせまだ終わってないのだからね。
さて、ここからが本当にボクが言いたかったことだ。
おっと、大丈夫? なんだか少し疲れているようだけど」
「ちょっとイロイロとぶっ飛んだ話を聞いたからかもしれません。
とりあえずワタシのことはいいんで話を続けてください」
89:
「無理はしないでね。
仮説の本題に入る前にひとつ確認しておきたいんだけど、カオルコちゃんはあの人形とはじめてあったのは面接が終わった直後のことなんだよね?」
「はい、そうですけど」
「ボクが人形をはじめて見たのはこのバイトをはじめてから一ヶ月と半月がたってからだ」
「.....」
「ボクの同僚はボクより二週間ぐらい早くカワグチさんから人形を紹介してもらっている。
ほかにも風のウワサで聞いたり、自分で調べたりした結果ボクよりあとからこのバイトをはじめた人が人形を見たのはだいたい二週間前後かな。
この一年ぐらいずっと色々と調べてきたけど、バイトをはじめた人間がカワグチさんから人形を紹介してもらう期間がどんどん早くなっているんだ」
「......なにが言いたいんですか?」
「つまり、だ。
なぜバイトが人形と会う期間が早まっているのかっていうとさ。
最初はバイトを脅して会社の秘密を守るための手段としていた人形がさ。
いつしか人形の生贄を探すためにバイトを集めているとしたら?
目的と手段がすり替わってしまった、そうは考えられないかな?」
90:
「イケニエって......あの人形がワタシたちの命を求めてるってことですか?」
それではホラー映画ではないか。
「完璧なボクの想像だけどね。いや、想像っていうか妄想だな」
妄想を語るニンゲンの口調にしてはイトウさんのそれはひどく淡々としていた。
「このバイトをやめるなら今のうちだ。
いや、というかやめてしまったほうがいい。命あってのモノダネと言うだろ?」
手足の先から急に体温が失せていく。
この頭痛は錯覚なのだろうか。
脳みそが入りこんできた大量の情報で膨張して、頭蓋骨を内側から圧迫しているようだった。
「本当にそうなんでしょうか......」
このバイトをやめればそれですべてが解決する、そう楽観できるほどにはワタシは鈍くなかった。
全身に重石をつけて海に放られたような絶望感がワタシの胸をひたひたと満たしていく。
91:
「どういうこと?」
「......ワタシ、あの人形にふたつ誓いをしてるんです。
そしてそのひとつが、『まじめに仕事します』って内容なんです」
「なるほど、ね。
これは......これは本当に難しいな。
仕事を真面目にするってことはイコール仕事をやめないということという意味になる可能性がある。
つまりキミの場合バイトをやめた時点で誓いを破ることになるかもしれない」
「そうだとしたら、ワタシはどうすればいいんでしょうか?」
イトウさんからの返事はなかなか返ってこなかった。沈黙が重苦しくのしかかる。
窓ガラス一枚で隔てられた穏やかなオフィス街の光景がおそろしく遠いもののように思えた。
「ごめんね、今はどうにも結論を出せない。
だがボクはできるかぎりキミの力になりたいと思っている」
今度はワタシが黙りこむ番だった。
「......ありがとうごさまいます」
かろうじてその言葉をしぼり出すのが精一杯だった。
96:
11
どれぐらい液晶の無機質な画面を見ていたのだろうか。
目で追っていた字がかすんで見えはじめたところでワタシはパソコンの画面を閉じて、狭い個室で伸びをした。
ずっとリクライニングシートに腰かけていたせいかお尻が少し痛い。
ワタシは午後からの講義もサボって漫画喫茶でネットサーフィンをしていた。
いわゆる呪いの解除のしかたについて調べていたものの、当たり前といえば当たり前の話で参考になりそうなものはなかった。
もちろんスマホがあるし、帰宅すればパソコンもあるのだからわざわば漫画喫茶に来てインターネットをする必要なんてない。
しかし、とてもじゃないけどイトウさんの話を聞いたあとでは家でじっとしている気にはなれなかった。
97:
イトウさんは午後から通信大学の集中講義があったらしく、ロイヤルホストを出るとあいさつもそこそこに足早に駅へ向かった。
『連絡先の交換をしておこう。
 もしなにかあったらおたがいにすぐ知らせられるようにね。
 だから、とにかくなにかあったら知らせてくれ。
 ボクからもキミに伝えるべき情報は流すからさ』
店を出る直前、イトウさんとメールアドレスを交換してついでにお互いのラインのIDと電話番号を教えあった。
オトコの人、まして年上の男性との連絡先交換ともなれば少しは胸が高まりそうなものなのに置かれている状況が状況だけに乙女心の花は萎れ果てていた。
漫画喫茶に来る前は新宿駅周辺の紀伊國屋や三省堂などで色々と本をさがしてみたものの、
そもそもこの場合どんな本が正解かもわからなかったし、それらしい本も特に見当たらなかった。
アテもなくさまようことに疲れたワタシは帰宅することにした。
98:
いつの間にかオフィス街は街頭やネオンの夜の衣装をまとっていた。
夜の闇を掻き分けるように歩く人の波が赤信号の前で緩やかに止まる。
もちろん、ワタシも自分の周りのニンゲンと同じようにそうした。
こうやって人に紛れてワタシはそこらへんにいる人たちと同じように、ありふれた人生を、つまらない日常を漠然と過ごしていくだけだと思っていた。
誰が用意したわけでもないレールを勝手に歩いていくだけなのだと思っていた。
信号が青に変わる。
人のカタマリが散り散りに動き出して、ワタシもそれに続く。
「......っ!」
砂糖菓子のようなベッタリとした不快な視線を感じてワタシはその場で立ち止まる。
交差点で立ち止まるワタシに不審や苛立ちのこもった目線が向けられた。
だが、それらとは明らかにちがう種類の視線をワタシははっきりと感じていた。
99:
いや、実際にはもっと前から誰かに見られているような感覚はあったのだ。
イトウさんと別れてからナゾの視線はずっとワタシにつきまとっていた。
視線の正体はあの人形?
あるいはあの女の子か?
もしくはまったく関係のない誰か?
恐怖心が生んだ単なる錯覚か?
家についたことでようやく視線から逃れることはできたがもちろん安心することはできなかった。
カギをしめてチェーンをかける。
開けっ放しにしていたカーテンもきっちりしめて、窓のカギもチェックする。
家賃が安いからという理由で一階の部屋を選んだことを今になって後悔した。
100:
明かりをつけて、テレビのスイッチをいれて隣の部屋に内容がだだ漏れになるぐらいに音量をあげる。
番組の司会者のトークにまぎれてくぐもった電車の音が聞こえてくる。
普段なら鬱陶しいだけの騒音にはじめてワタシは感謝した。
「どうしよう.....どうしよどうしよどうしよ」
底無しの沼にすでにワタシは片足を突っこんでしまっているのかもしれない。
それもだいぶ深くまで。
恐怖でぐちゃぐちゃになってしまったワタシはただリモコンの音量をあげることしかできない。
部屋を満たす雑音をどんなにうるさくしてもワタシの不安がかき消されることはなかった。
誰かを呼ぼう。
もしくは誰かの家に逃げこもう、そう思いつくのにはそれほどの時間はいらなかった。
ひとりでいるからコワイのだから、誰かと一緒にいれば......
貴重品とバッグをもって部屋から出ようとしたときだった。
玄関ドアがなにか強烈な衝撃を受けて大きく揺れた。
遅れてドアについている投函口になにかを大量に突っこむガサガサとした音にワタシは固まってしまう。
101:
「な、なに.....!?」
次にまたなにか起こるのではないのかと身構える。
心臓が口から飛び出そうなぐらいに暴れていた。
ドアを凝視していたワタシの背後でガラスが割れる甲高い音がした。
振り返るとなにかで割られたであろう窓ガラスから入った風でカーテンが激しくはためいていた。
「な、なんなの......」
なにかのイタズラであるならそれで構わない。
だが、このタイミングで偶然のイタズラが自分の身の周りに起こるとは思えなかった。
ここにいたらまずい。
本能が危険を察知してここから逃げろと訴えていた。
カギをあけて扉のとってに手をかけて、ふとその手をとめる。
もしこの扉を開けた先になにかがいたらどうする?
手足のふるえがとまらない。
102:
ひざは完全にわらってしまっている。
胸の内側で芽生えた恐怖心が瞬く間にワタシの全身を支配してしまってカラダは金縛りにあったように動かない。
ワタシの金縛りを破ったのはスマホの着信音だった。
藁にもすがる思いで着信相手を確認すると、イトウさんだった。
液晶の画面を触ろうとする指がふるえて電話に出るのでさえ戸惑ってしまう。
『もしも......』
「おねがいだからワタシの家にきてもらえませんか......!」
電話に出ると同時にワタシは間髪いれずに叫んだ。
ワタシの悲痛な叫びはまるで容量を得ていなかったが、イトウさんはそれだけでだいたいのところまで察してくれたらしかった。
『わかった。住所はたしか交換した連絡先にのってたね。
 あれであってるのかい』
「はい、それで大丈夫、です」
『それならすぐだ。たまたま近くにまで来ていたんだ。これからすぐ向かうからそこで待っててね』
イトウさんはそれだけ言うと電話を切った。
105:
もはやワタシの感覚は恐怖に擦り切れて時間を正確に推し量ることができないでいた。
一秒が一時間にも十時間にも感じられるような半永久的な地獄にワタシはおかしくなってしまいそうだった。
いや、もはやワタシはおかしくなってしまっているのかもしれない。
なんの前触れもなくドアノブが動く。
ドアノブの動きがひどく緩慢に見える。
呼吸が止まる。
自分の肩がビクリと跳ねるのがわかった。
「おそくなってごめん! カオルコちゃん大丈夫?
 ケガはどこかしていない?」
勢いよく開いた扉から現れたイトウさんはいきなりまくし立てて来た。
「イトウさん......!」
恐怖と緊張に張り詰めてしまった神経が一気に緩んで、ワタシはあふれる涙をとめることができなかった。
106:
軟体動物のようにへたりこんでしまったワタシの頭をイトウさんは優しく撫でてくれた。
「もう大丈夫だよ」
顔をあげてみたものの涙で滲む視界ではイトウさんの顔はまるで見えなかった。
しかしそのおかげかもしれない。
彼の声はあまりに優しくワタシの耳に響いた。
「わ、わたっ......わだじっ............!」
言葉は張り裂けそうになる感情のせいで意味を成さなかった。
そもそも自分でもなにを言いたかったのかもわからない。
ただどうしようもなく怖くて、そして同時にどうしようもなくて、誰かに手を差し伸べてほしかったのだ。
だからイトウさんにいつの間にか抱きしめられていても、ワタシはなんの抵抗もなく、
むしろ誰かのぬくもりが恋しくてワタシは彼の背中にすがるように手を回した。
「大丈夫。
 ボクがキミを守ってあげる、絶対に」
彼の優しい声はワタシの耳たぶと心を二度と冷めないぐらいに熱くさせた。
108:
ワタシはこのとき気づかなかったのだ。
いや、というより最期の最期までワタシは気づくことができなかった。
イトウさん。
彼に教えた連絡先には確かに電話番号とメアドと一緒にワタシの住所も記載してあった。
ただしこの記載された住所には番地までしか書かれていなくて、アパート名と部屋の番号は書かれていなかったのだ。
114:
12
「ボクがなんであのバイトを始めたのかっていうとね......妹が一年と半年前に上京してきたんだ。
 あ、ボクに妹がいる話はしていなかったかな?
 ちょうどカオルコちゃんとおなじぐらいの年、学年もおそらく同じだ」
「偶然ですね。
 ワタシもひとつちがいの妹がいるんですよ、今は高校三年生なんですけど」
「カオルコちゃんの妹かあ。さぞかわいいんだろうなあ。
 ......おっと顔がめちゃくちゃ赤いよ、大丈夫?
 
 まあいいや、話を続けるね。
 そもそもボクは高校を卒業と同時に家を飛び出して上京してきた。
 当時は東京に行けば本当になにかがある気がしていたんだ。
 本当に馬鹿すぎて呆れる話で、当然両親も止めたけど聞き耳持たずだったボクは勘当覚悟で東京に来たわけだ」
「意外とハテンコウなんですね」
115:
「破天荒っていうかただ単に馬鹿だったんだ。
 まあ、結局なんの目的も目標もなく東京に来てしまったせいでボクはあっという間に廃れて行ったよ。
 しばらくはひたすらバイトでその日その日を退屈に過ごしていたんだ」
「なんだか意外、ですね」
「意外かな? まあ人生そう平坦にはできてないんじゃないかな?
 けれど、ある日ボクにとってちょっとした特別な出会いがあったんだ。
 まあこの特別な出会いの詳細っていうのはまた機会があったら話そうかな。
 
 とにかくその出会いによってボクは教師を目指そうと本気で思ったんだ。
 バイトで多少貯めてた金で通信制の大学入ってね。
 もちろんラクな生活ではないよ。
 通信制とは言え、大学には行かなきゃならないしね。大学がない間はバイトしてなきゃならないし」
「すごい、ですね」
116:
「ははは、たしかに我ながらよくやってるよ。
 まあでもこんな生活になってしまったのも結局は自分のせいだし、それにボク以上に......」
「......?」
「ボクの妹はもっと苦労したにちがいないしね」
「どういうことですか?」
「ボクはなんにも考えずに飛び出してしまったのだけど、ボクが上京してから親父のほうが事故にあってね。
 親父はトラックの運転手なんだけどそのせいで仕事をやめさせられたらしい。
 詳しくはボクも知らない。ボクは親から勘当されてるし妹も家族のことについてはほとんど話してくれない。
 だけど三年前にボクの両親は心中している、それは間違いない」
「心中って.....」
「ボクは両親になにもしてやれなかった。
 いや、両親もそうだけどなにより妹だ。アイツのことだけでもボクは気にかけてやるべきだった。
 アイツを預かった親戚から連絡が来た時でさえ生きるのに必死だったボクはまともに対応しなかった」
「......」
117:
「恨まれて殺されても文句は言えない、妹に殺されたのならね。
 でも優しすぎるアイツはボクと東京で再開した時もごく普通に接してくれたんだ。
 八年ぶりで、しかも自分勝手に家を飛び出していったのに。
 両親の葬儀にすら出なかったクズの僕を、アイツは受け入れてくれたんだ」
「イトウさん......」
「だから、ボクは今さら遅すぎるかもしれないけどアイツを少しでも助けたい。
 少しでも力になりたい、そう思ってあのバイトを始めたんだ」
「そういえばあのバイト、はじめたのは誰かの紹介だったんですよね?」
「うん。それも妹が見つけて来てくれたんだ。
 少しでも金になりやすい仕事はないかってそれとなく相談したんだけどね。
 実は......最初はボクの妹があのバイトをするつもりだったみたいなんだ。
 それでボクが代わりにやる、と引き継いだわけだ」
「そうだったんですね」
「まあ結果的に色々とヤバイ目にあいかけてるけど、それでもアイツの幸せよ手伝いを支援するためにもボクはこのバイトをやめるわけにはいかないんだ」
そこまで言い終えるとイトウさんは口をつぐんでしまった。
118:
昨日、あのできごとがあったあとワタシはイトウさんの家にとめてもらうことになった。
オトコの人の家に行くのに抵抗があったのかというと、まあ多少はそういうことにも考えが及ばなかったこともなかったけど、状況が状況だけにそんなことも言ってられなかった。
ちなみにこのお泊まりの提案をしたのはイトウさんで、結果としてワタシの不安はだいぶ和らいだのでホントに彼の提案は感謝している。
ただやっぱり、満足な睡眠は得られなかった。
あのストーキングのことも、もちろん理由のひとつなんだけどそれ以上に......。
「ん? どうしたの?」
いつの間にか無意識にワタシはイトウさんの顔を凝視していたらしい。
ワ 顔が熱くなるのを感じて慌てて顔を背けて、ワタシは窓に視線をやった。
床にわずかにつもったホコリが夕日に照らされて、ふわふわと浮いていた。
六畳一間の狭い部屋だけど、モノがあまりないせいかワタシの部屋より広く感じた。
「今日のバイトが夜からだけのしかなくてよかった......と、けっこういい時間だね。
 カオルコちゃんお腹すかない?」
「あ、そういえば」
結局日付が変わってもワタシは大学に行かなかった。
119:
そして、イトウさんの部屋でぼんやりと、けれども最近では一番穏やかな時間をワタシはかなりの間むさぼっていたらしい。
そして気づいたらすっかり夕方になっていたらしい。
「そうですね......少しお腹すいたかも」
「じゃあどっかに食べにいかない?
 実はそばにボクのお気に入りのアジア料理の店があるんだ。せっかくだしそこに行こうよ」
もちろんワタシが断る理由はなかった。
イトウさんの部屋をお暇して、ワタシたちはその店に向かうことにした。
イトウさんの住んでるところはワタシの駅からたった三駅の場所だった。
だから家に帰るのはそれほど億劫ではなかった。
だけど......。
じょじょに低くなっていく太陽とともに色を濃くしていく影のようにワタシの不安は大きくなっていた。
また自分の家にひとりでいたらどうなるのだろう?
昨日みたいに襲われるのか?
おそらくワタシの不安は露骨に顔に出ていたのだろう。
気づいたらイトウさんの顔が目の前にあってワタシは小さく悲鳴をあげた。
120:
「カオルコちゃん」
「は、はい? きゅ、急にな、なんなんですか!? 心臓に悪いんですよ!」
「ボク、カオルコちゃんの名前何回も呼んだよ?
 それなのにカオルコちゃんが反応してくれなかったからさ」
「す、すみません」
「カオルコちゃんさ、今日もうちに泊まってきなよ」
あっさりとイトウさんは言ったけど、ワタシは残念ながらあっさりと返事できなかった。
「いや、もちろんイヤなら全然いいんだ。
 あるいはもうひとりでも平気だって言うんならね。
 でも、ボクが見たかぎりではまだキミは不安そうだからさ」
自分の心臓の鼓動がどんどん早くなっているのがわかった。
どくどくと脈打つ心臓の音はなにかをワタシに警告しようとしているかのように、その音を大きしていた。
「そ、その......」
うまく言葉が出てこない。舌が縮こまってしまっていた。
それでもなんとかワタシは声を振り絞ることができた。
「お、おねがい......します」
121:
彼は嬉しそうに、けれどもどこか安堵したようにため息をついた。
「よかった。安心したよ。これで断られたらやっぱりへこむからね。
 それに正直、こんな状況で言うのはおかしいんだってわかってるんだけどさ。
 その、嬉しいんだ。久々にこうやってじっくりと人と話せたし......いや、ちがうな」
「イトウさん......」
「キミとこうして話せているってことがね、ボクはすごく嬉しいんだ」
その言葉がどういう意味なのかを理解するのに、少しだけ時間がかかった。
理解すると同時に耳まで顔がほてるのがわかった。
今ならそれこそ夕日に間違われるかもしれない、それぐらい顔が赤くなってカラダが熱くなっていた。
「わ、ワタシも......こうやってイトウさんと、話せるの......楽しい、です......」
122:
赤い夕日がワタシたちを赤く照らしていた。
イトウさんの顔は夕日に照らせれて少しだけ赤くなっていた。
それでも笑った顔はとてもステキだった。
心臓の鼓動はもはや相手にさえ聞こえてしまいそうだった。
久しく感じていなかった胸の鼓動。
全身の血潮がカラダ中で沸騰するような感覚。
圧倒的な全能間。
心地よい安らぎ。
はっきりとワタシはわかってしまった。
ワタシは恋に落ちてしまったのだと。
恋をしてしまったのだと。
「あーあ、誓いを破っちゃいましたね」
不意にあの不気味な視線がワタシを射抜いた。
124:
いっきに毛穴が開いて汗が噴出する。
ほんの一瞬前まで感じていた全能間は夕焼け色に染まる影に溶けるように消えてしまっていた。
今はさらながらワタシは理解した。
昨日の視線の主とあの得体の知れない視線の主は明らかに別人だと。
「カオルコちゃん......どうしたの?」
目の前にいるはずの彼の言葉があまりにも遠い。
視界が赤い太陽にとろけていくようにぼんやりとしていく。
硬いコンクリートの上にたっているはずなのに、足もとはあまりに頼りない。
心臓の鼓動が早くなっていたのはなにも恋に落ちていく予兆のせいじゃなかった。
あの人形との誓いをこのままだと確実に破る、というワタシ自身への警告だったのだ。
『ワタシは恋なんてしません』
恐る恐るふり返った先にはレミがいた。
125:
ごく自然に彼女はワタシを見てその薄い唇に笑みを浮かべた。
血のように真っ赤なワンピース。
夕焼け色に染まった白い肌。
今にも折れてしまいそうな華奢な足。
長い黒髪は夕焼けの中でも漆黒に輝いていた。
レミが近づいてくる。
カラダは動かない。
イトウさんがなにか言っている。
ダメだ、意味がわからない。
カオルコチャンショウカイスルヨボクノイモウトノ......
音の羅列が耳をかすめていく。
「そのとおりですよ。誓ったなら守らないと」
不意に腹に鉄球をぶつけられたような重い衝撃を受けた、と思った。
126:
なにか熱いものが逆流して喉を通過する。
口から赤いものがこぼれてきておさえようとしたけど、手が意思とは裏腹に動かない。
お腹を見ると鈍く光るものが生えていた。
景色が傾いていく、地面が近づいていくる。
視界の端っこに白い足が見える。
誰かが声を荒立てて叫んでいる。
ナニヲシテイルレミドウシテコンナコトヲシタ......
やはりその声がなにを話しているかまではわからない。
夕焼け色の視界が夜の闇にうもれていく。
手足が冷たくなっていくのに、お腹の部分だけはなぜか燃えたぎるように熱かった。
「いと、う............さ、ん......」
地を割くような悲鳴が聞こえた、と思った。
それはワタシが最後に恋した人の声に似ていた。
やがてすべてが闇と静寂にとって変わった。
127:
13
「これでまだ私は大丈夫だ、そう、大丈夫だ」
夜の電気街から少し離れた位置にあるビル。
その一室の蛍光灯がひとつしかついていない部屋でひっそりとカワグチは独りごちた。
「そうみたいですね」
「なっ......!?」
いつの間にか少女が部屋のオフィスデスクに座って、こっちを見ていた。
もはやほとんど従業員のいないこの会社の数少ない社員のカワグチはギョッとして少女を見た。
「これで今回は二人分の生贄をあの子に捧げたから、まあしばらくは大丈夫だと思いますよ」
暗い部屋の中で少女の天真爛漫な声はひどく浮いていた。
たしかに。今回の生贄で多少はカワグチは生きながらえることができる。だが、それも長くはない。
128:
そもこもこの少女が一年半前にあの人形をもちかけてきたのがきっかけだった。
たしかイトウが入ってきたあとぐらいのはずだ。
少女がこのバイトに入ってきたのもそれぐらいだった。
だが、彼女は結果から言えばここで働いたことはない。
彼女は当時仕事のミスと人間関係に苦しんでいたカワグチが、オフィスでふさぎこんでいるときににあの人形を持ってきてたのだ。
『この人形はあなたのねがいをかなえます。ただし誓いをしたら、ですけど』
今でもどうしてこんな少女の言う言葉を信じたのかはわからない。
あの時自暴自棄になっていたせいかもしれない。
もしくは信じるに値する魔翌力のような得体の知れない魅力があったのかもしれない。
結果彼女の言う通りにしたら自分と折の悪かった上司は死んだ。
それだけでいっきに会社で自分が抱えた問題は消えて行った。
ただし、
『定期的に生贄を捧げる』
という誓いのせいでカワグチの人生は瞬く間に地獄に変わった。
130:
ほとんどのバイトは殺した、彼女の生贄にした。
会社はもはやあってないような悲惨な状態にまで落ちぶれて別会社に吸収された。
それでもカワグチはこの会社を生贄を確保するための城として、この会社に残った。
「とりあえずまたバイト募集しないといけませんね」
月の光を浴びた少女の白さはもはや幽霊のそれにさえ思えた。
あるいはあの人形のように。
「......そう、だね」
ふとこの少女を生贄に捧げてしまえ、という考えが浮かんだ。
そしてそれはとてもいいアイディアに思えた。
なにせカワグチをはめ、自分自身の兄も殺してしまうような少女なのだ。
今後もなんらかの形で自分に危害を及ばす可能性がある。
131:
「なあ、キミも誓いをしてみないか?
 そうだ、そうしよう。なあ、そうしよう」
自分でもなにを口走っているのかわからなかった。
カワグチはただ呪詛のように少女にうったえる。
「そうですねえ......でも。
 カオルコさんが彼女と誓った『恋をしない』。
 お兄ちゃんが彼女と誓った『誰かと期間内に付き合う』。
 これぐらいの誓いでも破ってしまうってことはやっぱりなんでもかんでも、誓えばいいというわけじゃないですよね?」
不意に少女は椅子から立ち上がると、そのままカワグチを横切って出口へ行ってしまう。
「守れない約束なんてはじめからしなければいい、だから私は遠慮しておきます」
にっこりと微笑んでそれだけ言うと少女、イトウレミはどこかへ行ってしまった。
おわり
132:
女「......って、こんな感じの話なんだけどどうだった?」
男「長いですね」
女「......」
男「あ、いや、その、ええ......面白かったですよ?」
女「あのねえ。普通は先にそっちを言うものでしょ?
 まあ、そりゃちょっとは長いかなあとは思ってたけどさ」
男「いやでもまあ、そこそこ聞き応えはあったと思いますよ。
 オレはけっこう怖いと思ったし......
 ただ、ふたつ気になるっていうか明かされていないことがあると思うんですけど」
女「へえ、ところどころボカしたけどそのボカしに気づくぐらいには話を聞いてくれてたんだね。
 いいよ、特別に質問タイムを設けてあげましょう。ズバリ、なんなのかな?」
133:
男「この話では人形に誓いをしてそれを破った人が死ぬんですよね?」
女「まあ、うんそんな感じ」
男「そんな感じって、えらいあやふやな物言いですね......まあいいや。
 でも、だとするとカオルコちゃんが死んだのはわかるんですけど......これ、イトウさんも死んでるんですよね?」
女「うん、カオルコが死ぬ直前にね。
 それがどうかしたの?」
男「それで二人がそれぞれした誓いを改めて考えるとこれ、ほぼ間違いなく両方死にますよね?
 なんか救いがないなあって思ったんですけど.....

女「ううん、そんなことないよ。両方とも助かる方法はいちおうあったよ」
男「え? でもどうやって?
 だってイトウさんが生き残るにはカオルコと付き合う必要があった。
 この時点で無理じゃないですか? あ、でもイトウさんが別の女性と付き合えばよかったのか...... ?」
 
女「ちがう!」
男「ちがうんですか?」
女「いや、間違ってはいないよ。
 でもそれだとストーリー的におもしろくないでしょ?」
 
134:
男「ストーリー的には、ねえ。
 それで答えはなんですか? どう考えたって無理なような気がしますけど」
女「誓いの内容を思い出せば簡単でしょう。
 カオルコがした誓いは『恋をしない』なんだよ?
 だったらさ、文字通り恋をしなければいいんだよ、恋をしなきゃなにしたってよかったんだよ』
男「......えーと、いまいちピンと来ないんですけどつまりどういうことですか?
 それだと結局イトウさんが......」
女「だからカオルコの場合つきあうのはアウトじゃないんだよ。
 誰かのことを好きになるのがアウトなんであって、好きにならずにイトウさんとつきあえばそれで問題は解決したんだよ」
男「......?」
女「あーもう、このナゾはやめ!
 次の話にしよう、次に気になってたことを教えて!」
男(本気でよくわからんけど、まあいいや)
135:
男「ていうか、カオルコの誓いって『仕事において』恋をしないって内容でしたけど誓いを破ったことになるんですね?」
女「あー、それあんまり深く考えてなかったけど。
 サクラとしての仕事をしていて、サクラとはいえ男性会員と知り合ってそこから恋をしたんだからまあいいんじゃない?」
男「てきとーですね。
 えっとじゃあもう一個の質問です。
 結局あの、カオルコをストーキングしてた犯人って誰だったんですか?」
女「あれ? 答言ってないっけ?」
男「いや、なんかそれっぽいことは言ってましたけど。
 はっきりとは言ってないですよね、犯人のこと」
女「犯人はイトウさん」
136:
男「え? やっぱりイトウさんが犯人なんですか?」
女「うん、そんなに意外かな?
 べつにホラーな話ではあってもミステリー話でもないかはあの犯人は全然重視してなかったけど」
男「いや、でもイトウさんが犯人だとしたらなんでそんなことを?
 カオルコとつきあうのが目的だったんですよね?
 だとしたらそんなことをする必要なんてないんじゃ......」
女「今キミはキミのナゾに対する解答を言ったよ」
男「......どういうことかよくわかんないです」
137:
女「イトウさんはもはやなりふり構ってられなかったんだよ。
 期間内.....って、まあこれワタシも厳密に決めてないから曖昧なんだけど。
 期間内に誰かとつきあう必要があったけど、そんな簡単につきあえたら苦労ないよね?」
男「まあそりゃそうですね。
 イトウさんがすげープレイボーイでもないと厳しいかもしれないですね」
女「だとしたらカオルコが最後のチャンスだと考えるじゃん?
 でもつきあう以前にまずコミュニケーションがとれる場がなかったらそれどころじゃないでしょ?」
男「.....もしかしてあのストーキングをしてカオルコを追いつめたのは.....」
女「そう、自分を頼らせて少しでも多くの時間を過ごさせようとしたの。
 それにあのとき電話をかけたのはイトウさんだったでしょ?」
男「よくよく考えたらタイミングよすぎだろとか思ったけどそういうことだったんですね」
女「まあほかにもアレにはもうひとつねらいがあって、怖がらせることで自分を頼らせて惚れさせるっめねらいもあったんだよ」
男「なんかイトウさんの株がダダさがりなんですけど」
138:
女「たしかにね。まあフタをあけたら......なんて話は珍しくないでしょ?
 ていうか本人の語りでも自分はクズだって言ってたしね」
男「ふーむ、なるほど」
女「まあこんなところかな?
 なんだかんだ長くなっちゃったね。お昼の時間だ」
男「うーん、でもほかにもレミがお兄ちゃんであるイトウさんを恨んでる理由とか色々ナゾが残ってますよ?」
女「うーん、それよりお腹すかない?」
男「まあ空きましたけど」
女「じゃあ、話を聞いてくれたお礼になにかおごってあげる」
男「本当ですか!? あ、でも生徒会活動は......」
女「あとでいいじゃん、お昼食べてからにしよう」
男「まあ会長がそれでいいって言うならいいですよ。
 あ、本当に奢ってくれるんですか? 店についたとたん却下とかなしですよ」
女「そんなことするわけないでしょ? それに......」
男「?」
女「守れない約束なんてはじめからしないよ?」
第一話 おわり
 
139:
これで一個目の話「恋とバイト少女と人形」はおわりです
また明日
140:
おつ
141:
乙ー
145:
男(夏休み、補習に生徒会活動と意外と学校に来る機会があるなあ。
 まあこの前のクラスの連中との大阪旅行で、オレの夏休み前半のイベントは終わってヒマだからべつにいいんだけど。
 とりあえず生徒会室で明日の補習プリントやって帰るか)
男「……あ、先輩」
女「あれ? 今日は生徒会活動ないのになんで学校にいるの?」
男「今日は夏季補習だったんですよ。
 そういう先輩こそなんで学校なんて来てんですか?
 職員室から出てきたってことは、つまりはそういうことなんでしょうけど」
女「私は先生に論文見てもらってたの」
男「論文? 論文ってよくわかんないですけど受験にいるんですか?」
女「キミも受験は人ごとではないはずなんだけどなあ。
 もちろん普通の一番受験なら論文なんていらないと思うよ。
 私は推薦だから一時試験と二時試験でそれぞれで小論文やらなきゃいけないの」
男「推薦かあ、先輩は成績よさそうですもんね」
146:
女「キミは受験どーするの……って考えてないよねどう考えても」
男「失礼だなあ、まあおっしゃる通りすぎて言い返せないんですけどね。
 あ、でも特別悪いわけでもないんですよ?」
女「ふーん、まあもし受験のことについて聞きたかったら私に聞いてくれていいよ?」
男「いえ、先輩に聞くなら先生に聞きます」
女「せっかくこの私が教えてあげるって言ってるのに。
 それはそうとこれからなにか予定ある?」
男「生徒会室で明日の補習のプリントやってこうと思ってたんですけど。
 
女「お昼まだだったから一緒に食べようと思ったんだけど……ダメ?」
男「いやいや! いいですよ。べつに今日ヒマだから予習しようとしていただけですしね。
 むしろ先輩のほうがいいんですか、ボクとご飯なんか食べてて」
女「お昼ぐらいはゆっくり食べないと私、パンクしちゃうよ」
男「じゃ、どこかで外食しましょっか?」
女「ここらへんだと近くにあるのがデニーズかサイゼしかないけど、サイゼのほうが安いからそっちでいいよね?」
男「おまかせしますよ」
147:

女「さて、注文も終わったところで。
 実はどうしても聞いてもらいたい話があるんだ」
男「……もしかして、いや、もしかしなくてもこの前聞かせてもらったホラー話のようなものをまた……」
女「せーかい、よくわかってくれたね。
 この前話を聞いてもらったときに思ったんだけどキミって意外と聞き上手だなって思ったの」
男「褒めてもらうのは嬉しいんですけど。
 いや、なんかほかの話題ないんですか……ないみたいですね」
女「物分かりのいい後輩をもてて私は嬉しいなあ。
 まあこの前よりは絶対話の長さは短いから安心して」
男「まあそこまで言うなら。
 ちなみに今回はどんな話なんですか?」
女「今回の話はもし大学に受かって東京に行くことになったら一人暮らしとかするのかな、とか考えてたら浮かんだ話なんだ」
男「はあ……」
女「新しいお家にはご用心、って感じのお話だよ」
148:

1
晴れて大学一年生になった私は地元を出て寮暮らしを開始した。
私は最初は一人暮らしをしようと意気込んでいたし、そのための準備も受験が終わったとほとんど同時に開始していた。
でもお父さんとお母さんは私の一人暮らしに反対した。
慣れない土地と大学生活で満足に一人暮らしができるのか。
そういう風にろくに家事もしたことがない娘を心配したらしかった。
私としてはやればなんとかできると思っていたのでけっこうその心配にはムカついた。
まあ大学費用とか生活費を出してくれるのは両親なので最終的には親の言葉に渋々従ったけど。
両親が私に薦めたのは朝と夜の食事付きで門限ありの男子禁制の学生寮。
ひとりっ子の私は箱入りとまでは行かないけどそこそこ大事に育てられた。
そのことにはけっこう感謝している、これは本音だ。
149:
だけどそういう感謝の気持ちの一方でおなじぐらいの不満もあった。
両親は私が、私をとりまくあらゆるものから手垢がつかないように守ってくれたけど、いささか過保護のきらいがあった。
友達の家に泊まるにしてもいちいちその友達のことを根掘り葉掘り聞いてくるし。
修学旅行に行く際には、修学旅行説明会で二時間にも渡って先生に質問攻めをしたりするし。
祭りに行けば三十分ごとにメールをしてきてなにをしているのか聞いてくるし。
だからようやく親もとを離れて両親の監視下から逃れられることをひそかに喜んでいたのに……。
学生寮には寮長なる管理人がいるから、きっとなにかある度にその人に連絡が行くかも。
お父さんもお母さんも働いててこの時期は忙しいから今はこっちには来ない。
だけど時間ができたら確実に娘の私がどうしてるかチェックしに訪問に来るにちがいない。
親を見返したい!
そう思ってはいるけど、学生マンションに住み出してから十日。
早くも私は両親のありがたさと、ホームシックに近い寂しさを感じつつあった。
我ながら情けない。
150:
そうでなくてもまだ部屋の整理すら満足にできていない。
開いていないダンボールが乱雑に並ぶ部屋を見たらお母さんはなんて言うんだろ。
部屋の体を成してない自分の新居を思い出して私は憂鬱なため息を漏らした。
「どうしたんだよ、ため息なんてついちゃって」
正面で朝ごはんのパンにハチミツとバターを塗りたくる作業にいそしんでいたサトコが聞いてきた。
この寮に住み始めてから今のところ私は朝七時には起きるようにしていた。
新しい土地に来たワクワクが私を早起きさせてるというのも多少はあると思う。
ただ、それは理由の二割ぐらいしか占めてない。
早起きの本命の理由は寮の朝ごはんのラストオーダーが九時までだからだ。
151:
当たり前の話だけど寝過ごしたらご飯は食べられない。
だから休日だろうと朝ごはんを食べたいなら早起きは必須だった。
しかもギリギリの時間に起きるのも許されない。
朝から誰かしらに会う以上最低限のおめかしをしていかないと恥ずかしい姿を見られてしまうからだ。
「いや、そろそろ大学の入学式だなあと思ってさ」
「なになに、大学はじまるのがイヤなの?」
「べつに。そういうわけじゃないよ、でもやっぱり緊張するでしょ?
 高校までとは全然ちがうんだろうし」
「なおさら楽しみじゃん。
 あたしは早く学校始まってほしいな、あ、でも授業はなんか難しそーだしやっぱりイヤかも」
まだ始まっていない大学のことを想像すると、噛んでる米粒の味がまずくなった気がした。
寮の朝ごはんは和食と洋食から選べて、私は和食でサトコは洋食だった。
152:
「そういえば明日から学校で学生証配られるんだろ?
 ヒマなら一緒に行こうよ」
「明日はまあべつになにもないからいいよ」
私とサトコは小学校時代からの幼馴染で、小中高と同じ学校に通っていてにさらにこの春から同じ大学に通うことになっている。
挙げ句の果てに住む場所まで同じで、このことを知ってる友達の中には私たちがデキていると豪語する人もいる。
もちろん仲はいいんだけどそんなわけはない。
私はレズじゃないし、高校時代にはひっそりと片思いではあるけど同じクラスの男子に恋もしてたんだ。
まあただサトコは間違いなくボーイッシュな部類に入る。
綺麗に焼けた小麦色の肌や斜めに流した前髪から覗く太い眉。
それに高校時代にやってた軟式テニスにより贅肉のついていない身体つきは見ようによっては少年にさえ見える。
メイクをしないわけではないけど、私以上にズボラなサトコは朝は堂々とすっぴんで食堂にやってくる。
153:
「ていうかさあ、部屋片付いた?」
サトコの質問に私は首を横にふった。
「まだ。なんだか実家から送ってもらった荷物が多くて。
 こんなことならもう少し荷物を減らしておくべきだった」
「そうなんだよなあ。
 あたしも荷造りしてるときはそうでもないと思ったけど、いざあの狭い部屋に運んでくるとジャマでしょうがない」
私たちが住むマンションは外観こそ立派だけど、学生寮ということで部屋じたいは狭い。
確か六畳ってパンフレットには書かれていたけど、その六畳のワンルームに備え付きのベッドと長テーブルと冷蔵庫が押し込まれてるものだから窮屈でしかたがない。
はじめて部屋に足を踏み入れたときは実家の自分の部屋より狭いもので、なんだか詐欺にあったような気分だった。
まあ、私みたいな掃除できない人間には狭い部屋のほうがいいのかもしれないけど。
154:
「レミちゃんは部屋の掃除終わったの?」
サトコが私の隣で既に食事を終えて手持ち無沙汰な感じでぽけーっとしていたレミちゃんに話をふる。
……一瞬隣にいることを忘れていた。
「うん、一通りは終わったよ」
レミちゃんはこの寮に来て私がはじめて喋った女の子だった。
サトコとは正反対の白い肌。
真っ直ぐに揃えられた前髪、そして大きな瞳と真っ赤な唇のせいで日本人形みたいなレミちゃんはのんびりとした口調で言った。
「そんなにものを持って来なかったしね」
全身から滲み出るおっとしりた雰囲気のせいなのかレミちゃんは本当に人形みたいだった。
155:
サトコは机に気だるそうに突っ伏した。
行儀が悪いことこの上ないけど十年以上前からこの状態のサトコはよく見ていたので私は今さら注意しようとは思わなかった。
「あーやっぱりあたし、実家に荷物つき返そうかなあ。
 収納する場所もないしなあ、よくよく考えたら必要ないもんもけっこうあるしなあ」
「私はどうしようかな」
サトコの言うとおり、私もちょっと荷物を持ってきすぎではある。
しかし私が悩んでいるのは部屋のレイアウトのことだった。
モノの位置はだいたい決められているとは言え、カーペットとかカーテンとか小さな棚ぐらいならいじったりできる。
なんならアイビーとかみたいな観葉植物を置いて、我が子のように育てて親のように見守ってみたい。
せっかく新しい部屋なんだから少しぐらいこだわりたい!
内心そんなことを企んではいるもののサトコに言うのはイヤだった。
サトコほどじゃないけど私もそこそこにズボラでいいかげんだ。
もちろん長い付き合いだ、サトコはそのことを十二分に知っていて私がそんなことを考えているとわかったのなら全力でからかってくるだろう。
そんな他者から見たら小さな葛藤に内心で悶えている私にレミちゃんが救いの手を差し伸べてくれた。
「なんなら私の部屋のカタログ見る?
 ひょっとしたらお部屋の整理とかの役に立つかもよ?」
「え、本当? そ、それじゃあちょっと見せてもらおうかな」
私はさもてきとうそうな口ぶりで返した。
少し白々しかったかもしれないと思ったけど胸が踊るのを感じた。
156:
今思うとこの些細な出来事が、私の日常のほころびのはじまりだったのかもしれない。
でもこの時の私はこれからの自分がどうなるのかなんて全く考えていなかったし、考えたとしてもあんな風になるとは想像もしなかっただろう。
165:
2
必要がないものをダンボールにまとめてコンビニに持って行って、元払い伝票に実家の住所を書いて荷物を出し終えた頃には日付が変わろうとしていた。
門限が二十四時なので、コンビニを出て急いで帰る。
まあ寮とコンビニの距離自体は歩いても二分あるかないかぐらいなので、そこまで焦る必要はないのだけど。
「なんか私の部屋よくなってるかも」
今朝はダンボールが部屋の大半を占拠していたせいで、寝そべるどころか歩くのもまあまあ困難だったのだけど、ものがなくなるだけでも部屋はだいぶちがって見えた。
朝ごはんのあとレミちゃんと私はそのまま食堂でお部屋のコーディネートについて話し合うことにした。
ちなみにサトコは実家からもってきた自転車でどこかへ行ってしまった、好都合だった。
『でも、やっぱりまずは部屋をどういうふうにするかより、どういうふうにでもいじられる状態にしたほうがいいんじゃないかな?』
レミちゃんの指摘はごもっともだと思ったので、私は一日かけて荷物の仕分けを完了させた。
引っ越すときにも思ったけど荷造りって本当に大変だなあとシミジミと思いつつ、私はこれからできるであろう理想の部屋を思い浮かべた。
まあ、しょせんは理想なんだけどね。
これで明日から部屋の構想を練ってコーディネートにとりかかることができると思うと、鼻の穴が少し広がるのを感じた。
しかし慣れない作業に辟易した私はその日のお風呂を諦めて一日を短くした。
166:
次の日、気合を入れてさっそく部屋作りにとりかかろうと思ったのだけどなんというかイメージがあまりに湧かなくて私は朝の食堂でレミちゃんに泣きついた。
「部屋のコーデが決まらないんだけど、どうしよう……」
「なんなら私の部屋にくる?
 べつになにかあるわけじゃないけど……少しは参考になるかも」
「うんうん行く!」
二つ返事で私はレミちゃんの提案に乗った。
「あ、じゃああたしもレミちゃんの部屋にいく」
おまけでサトコがついてきたけどまあそれはいいや。
私たちの学生マンションは七階まであって、私が六階、サトコとレミちゃんが四階にそれぞれ部屋がある。
まだばりばり新築の建物な上にロビーや食堂は業者さんが毎日来て掃除しているのでとても綺麗なのだ。
もちろん部屋も新築なので個人による差はあるけど、基本的には綺麗である。
167:
「わあお!」
レミちゃんの部屋に入ったサトコの第一声がこれだった。
私もサトコほど大きい声じゃないけど、同じように声を出してしまった。
レミちゃんの部屋は白をベースにした落ち着いた部屋だった。
レースのカーテンに始まり机の小物に終わり全てが部屋をオシャレに見せていて、しかもそれだけじゃなくなんだかとってもいい匂いがして私とサトコは目を輝かせてしまった。
「すっごいな! ちょっとしたモデルルームみたいだよ、レミちゃんの部屋!
 あたしらと同じ部屋なのになんでこんなにちがうんだ!?」
「私もこんなに素敵な部屋だとは思わなかった」
「そんな大げさだよー」
私たちがあまりに褒めちぎるものだからレミちゃんは少し顔を赤くしてはにかむように微笑んだ。
「おっし、決めた! あたしもこんなシャレた部屋にする!」
「サトコにできるの?
 実家の部屋だって足の踏み場がほとんどないぐらいなのに」
「あんだと? お前があたしのことをあれこれ言える立場か?」
「少なくともサトコの部屋よりは私の部屋のほうがマシでしょ」
168:
サトコにからかわれたくないという理由で、こっそりとレミちゃんに相談した私だったが結果的には私がサトコをからかっていた。
私も内心で「素敵でオシャレな部屋を作るぞ!」と心の中でグッと決意の拳を握った。
「私も学校はじまるまではあんまり用事がないからよかったら手伝わせてね」
相変わらずおっとりとした口調のレミちゃんだったけどなんだかすごく頼もしく見えた。
「じゃあさっそくあたしの部屋の片付けを手伝って!」
「自分でやれ!」
私たちのくだらないやりとりにレミちゃんが楽しそうに笑った。
169:
3
「ホームセンターに一人で行く日が来るなんてなあ」
思わずひとり言が出てきてしまって私は慌てて辺りを見回した。
幸いなことにとっても広いホームセンターはその広さとは裏腹にお客さんはいなかったので私はホッと胸を撫で下ろした。
私が住んでるとこから電車で一駅のホームセンターに最初はサトコとレミちゃんと行こうと思っていたけど、サトコはまったく部屋の片付けが終わっていなかったので仕方なく一人できた。
せっかくだから部屋のコーディネートのアドバイスをもらうついでに、交流も兼ねてレミちゃんを誘おうとしたけど、サトコの手伝いをするハメになったのでこれも断念。
そんなわけで広い店内を一人でうろちょろしている。
すでに部屋の掃除は終わって、採寸などもしっかりやってきているのであとはものを揃えればいい。
そんなわけで小さい棚と葉植物を買いにきた。
こうして店を歩いているだけで妙にウキウキしてくる。
「とりあえず棚のほうから見ようかな……」
たかが棚の一つや二つを選ぶのに私は一時間以上使った。
170:
ものを置くスペースが極端に小さいため、選べる種類が少ないというのも選ぶのに理由がかかった原因の一つだった。
しかしそれ以上にどれが部屋に合うかで悩んだのが時間がかかった原因だった。
実家に住んでるとき、お母さんが部屋に飾る額付きのポスターをどれにしようでメチャクチャ時間をかけていたときがあったけどようやくその気持ちが私にもわかった気がした。
棚を選んで店員さんにあとで取りに来る旨を伝えて次は観葉植物のコーナーへ。
実は最初はある程度大きいものを買おうと思ったけどサイズが少し大きくなるだけで千円以上値段があがるのでやめることに。
結局あれこれ考えて買ったのは百円ちょっとしかしない小ぶりなアイビーと茶色い鉢。
そして観葉植物コーナーを終えてノリに乗った私はカーペットまで購入。
すでに結構お金を使ってしまってたけど、これからできあがる素敵な部屋を思い浮かべればそれほどイヤな出費ではなかった。
キープしてもらっていた棚を取りに戻ると店員に棚をどう持って帰るか聞かれた。
「どうしましょう?
 なんでしたらこちらの棚は宅急便でお届けしますか? 配達する場合だと別途料金が発生しますが」
「えっと何日ぐらいで家に届きますか?」
「遅くても明々後日には届くと思いますが」
「じゃあやっぱり自力でもって帰ります」
少しでも早く部屋を完成させたくて勢いでそう言ってしまった。
171:
購入した棚を運び始めて一分で公開し始める。
カートがあるからまだなんとか運べているものの、これらの荷物を電車を経由して運ぶのはだいぶ無謀な気がした。
ていうか運べない。
どうしようか五分間考え抜いた結果、タクシーを拾って運ぶことにした。
運がいいことに値段の表示が変わる前に寮についた。
しかも親切な運転手さんで、わざわざ荷物を寮のロビーまで運んでくれた。
感謝感謝。
ロビーからは寮が貸し出ししてくれている台車でエレベーターを使って荷物を運ぶ。
この時点で普段の私であればあとのことは明日に回そうと思うのだけど、今日の私は気力が充実しているのかまだまだ存分に動けそうだった。
「よーし! やるぞ!」
私は気合を入れてさっそく作業にとりかかった。
172:
4
「へー、けっこういい感じなんじゃない?」
「なかなかいい感じでしょ?」
私の部屋が私の満足行く形になったのはホームセンターに行ってから二日後のことだった。
昨日は私もサトコもすっかり忘れてた学生証の交付を思い出して、午後からレミちゃんも一緒に三人で大学に取りに行った。
そのあとはキャンパス内を見学してそのまま帰るのもなんだし、という流れでショッピングもして結局ほとんど部屋の作業はできなかった。
そういうわけで今日一日かけて完成させた部屋をサトコに見てもらっていた。
本当はレミちゃんにも見てもらおうと思ったけど生憎彼女は外出中だった。
私の部屋は少しシックな感じにした。
棚とかカーペットとかもブラウンで統一して、ベッドカバーも似たような色にした。
大人っぽい部屋を意識したのだけど、なんだか大人の部屋は大人の部屋でも、男性の部屋みたいになっちゃった気がする。
けどなかなか自分でもいいセンスだと思う。
173:
お風呂と部屋のテーブルにはホームセンターで買った観葉植物のアイビーも置いて、それもまた私は気に入っている。
「うーん、まさかここまでいい感じに仕上げて来るなんて……やるなあ。
 素直にびっくりだよ」
「でしょ? 本当はもうちょっとお金によゆうあったら他にも小物とか買いたかったけど。
 まあとりあえずはこんな感じでいいかなあ、あんまりモノがあってもアレだし」
私は改めてじっくりと自分の完成した部屋を見てしきりに頷いた。
私は幼稚園に通っていた頃、砂場で遊ぶのが好きだった。
泥遊びが好きというよりは砂のお城を作るのが好きだったんだと思う。
基本的にそこまで物事をきっちりやるタイプの人間ではない私だったけど砂のお城を作るときだけは誰よりも丁寧だった。
174:
砂のお城を作ると必ず先生は褒めてくれたし、なにより作ったあとの満足感は他のことでは味わえなかったように思える。
今私の胸を満たす高翌揚感は砂のお城を作ったときのそれと同じだった。
「よーし、せっかくだし今日はこの素敵な部屋で祝賀会をやろう!」
不意にサトコが威勢よく言った。
「賀会? 祝賀会って……なんか祝うようなことがあったっけ?」
「だーかーら、この部屋がこの素晴らしい状態であるうちにこの部屋を祝っておこうってことよ。
 どうせ一週間もしたらこの部屋もちらかっちゃうだろうしさ」
「部屋を祝うって……それに失礼だぞ。
 大学生になった私は今までとはちがう、ずっとこの綺麗な状態をキープするの!」
「ほほう、それは見ものだなあ」
サトコの言動に少しムッとしている私だけど言ってること自体は的外れでもなんでもない、むしろ長い付き合いゆえの当然の分析とも言えた。
まあ、サトコほどじゃないけど私の実家のマイルームもまあまあ散らかってるしね。
けど、今回はちがう。
大学生になった私は生まれ変わるのだ。
175:
5
まぶたの裏を光が縁取ってるような眩しさに私は目を覚ました。
どうやらいつの間にか寝ていたらしい。
「……ん?」
しばらくぼーっとしていたが、次第に意識の覚醒とともに記憶も蘇ってくる。
サトコとのやりとりのあと夜ご飯を食べて、宣言通りレミちゃんも交えて祝賀会をやったのだ。
「すごくいい部屋だね」
これはレミちゃんの私の部屋への評価である。
これだけの言葉でかなり気分よくなるあたり我ながら単純だ。
サトコの祝賀会には酒が必要だろ、という案に酒をほとんど飲んだことない(未成年なので当たり前と言えば当たり前)私は渋っていたもののその言葉一つで、
「うん、そーだな。
 せっかくの祝賀会なんだしお酒を飲もう……ちょっとだけ」
と、お酒を飲むことを了承してしまった。
レミちゃんもお酒を飲むことに抵抗はないということで、よくわからないまま適当に数本の缶チュウハイとおつまみをコンビニで買って私の部屋でささやかやパーティをした。
177:
が、おそらくはじめて飲むお酒にアルコールの耐性がなかった私はすぐ眠ってしまったのだろう。
なんとなくサトコにゆすり起こされる記憶がある。
あたしら先に帰るからなあ、とか言ってた気がする。
カーペットが引いてあるとは言え、床で寝ていたせいで身体が痛い。
軽く背中を反らすように伸びをすると骨が軋むような音がした。
「むっ……」
おつまみの袋や空けた缶がテーブルに残っているのを見て、私は少しイラっとした。
まったく……せっかく綺麗した部屋がもう汚れてるし。
とりあえず私は市で指定されているゴミ袋にゴミを詰め込んでそのまま一階のゴミ捨て場に捨てに行く。
寮の一階にはゴミ捨て場があるので、日付を気にせずにいつでもゴミを捨てることができる。
178:
部屋に戻って窓を開けて喚起をする。
ふと足もとに違和感があったので足の裏を見てみると、靴下にスナック菓子のカスがついていた。
つまり、カーペットにお菓子が落ちていたということである。
掃除機をかけるには夜中の一時という時間はあまりに遅かったけど、せっかく綺麗にした部屋が早くも汚れているというのが許せなかった。
なので威力を最弱にして私は素早く掃除機をかけた。
「うん、すっきりしたな」
しかし人間というのは一つ目に付くと、どんどん色んなことが気になる生き物らしい。
ズボラなはずの私が簡易テーブルの汚れが気になってしまった。ふきんで拭き取ってやる。
そのあとも他にゴミが落ちてないか確認して風呂に入って、さらに風呂掃除もしてようやくベッドについた頃には三時になっていたが、不思議と眠くなかった。
まあしかし寝ないと朝起きれなくなるかもしれないし、大学が始まる前から夜更かししていては話にならない。
とりあえず目をつぶってみると、意外なことに浅くではあるがすぐに眠れた。
179:
懐かしい夢を見た。
幼い頃の私が砂場で砂のお城を作っていた。
夢というのは現実と矛盾していて、幼稚園時代に知り合ってなかったはずのサトコが出てきた、もちろん幼稚園児バージョン。
やがて完成したお城を、サトコが意地悪そうな顔で踏みつけてきた。
夢の中の私がなにかを喚くとサトコは嬉しそうにどこかへ行ってしまった。
私はそんなサトコを追わなかった。
幼い私は壊れかけた砂のお城に砂を積み上げて、それを完璧に修復した。
けれども城がなおっても彼女は同じ作業を延々と繰り返した。
なにかにとりつかれたかのように。
直したあともずっと砂を積み上げる幼い自分を、私はただ見ていた。
182:
6
その夢がきっかけかと言えば、はっきりと断言できないしそもそも根本的に関係ないのかもしれない。
しかし、思い当たることはほかになかった。
とにかく私はその夢を見た日からじょじょにおかしくなっていったように思う。
ほとんど眠っていないのにも関わらず私はすんなりと目を覚ました。
時間もまだ七時なので朝ごはんを食べるにしても余裕を持って行動できる。
普段だったら私は起きてすぐ歯磨きをして顔を洗って……と、身なりを整えるはずだったけど今日の私は無意識にベッドに腰かけたままカーペットがひいてある床を念入りにチェックしていった。
183:
どうして自分でもそんなことをしているのかはわからなかった。
ふと夜中にかけた掃除機で取れてないゴミを発見すると私は反射的に掃除機をかけてゴミを回収した。
そのあとも部屋の汚れがないかを確認して、ようやくなにもないことがわかった私は歯磨きをすることにした。
軽く化粧をしたところで朝ごはんを食べに食堂がある一階へ降りる。
食堂に行くとサトコがすでに席についてロールキャベツにかじりついていた。
相変わらずサトコは洋食派らしい。
「おはよっ……って、なんかすげー眠そうな顔してんね。
 それでいて妙にスッキリしたような感じもするし」
私に気づくとかじりついていたロールキャベツをはなして挨拶してきた。
ていうか私、そんな奇妙というか器用な表情をしているのだろうか。
私はいつも通り和食を選択してサトコの前に座る。
「そういえば私って昨日お酒飲んですぐ寝ちゃった感じ?」
「そーだよ、まさかほろ酔い飲んだだけで顔赤くするなんて思わなかったし、そのあと爆睡し出すなんてビックリだよ」
184:
「仕方ないだろ、お酒なんてビールの泡ぐらいしか飲んだことなかったんだから」
口ぶりから察するにサトコはけっこうお酒を飲み慣れてるのだろう、私とはちがって。
一応、周りを見回すと食堂にはポツポツと人がいたけと私たちの会話を聞いてそうな様子はなかった。
「それよりもだ、お前昨日ゴミ全部私の部屋に置いてったろ」
「うん、それがどうした?」
悪びれもせずに聞いてくるサトコに私はイラっとした。
「せっかく綺麗な部屋なんだから汚すなよ。
 あと自分のゴミは自分で持ち帰ってよ」
「ええー、前までそんなこと言わなかったのにー」
「昨日もあのあと目を覚ましてそれからわざわざ掃除機かけたんだからな。
 しかもゴミもあったから一階に捨てに行ったんだぞ」
「はあ……やだねえ、最初だけ気合満点であとから絶対やる気なくすタイプなのに。
 そういう最初だけ勢いがすごいのを竜頭蛇尾って言うんだよ」
185:
「リュウトウダビ……その単語は知らないけど、ていうかそういう問題じゃない。
 とにかく、今後私の部屋でお菓子とか食べたらきちんと食べ終わったあと、ゴミは持ち帰ってよ」
「へいへい」
いかにもめんどくさげな言動がさらにさらに腹立つ。
とりあえず私はご飯と一緒に苛立つ気持ちを飲みこむことにした。
サトコより先に食事を終えて私はさっさと部屋に戻って寝ることにした。
まだご飯を食べていたサトコが「先に行くなよ、まってよー」と引き止めたが私は無視した。
意味もわからずイライラしていた私だったが綺麗な部屋に戻ると幾分か気分もよくなった。
自分だけの城に帰ってきた、そんな気分だった。
「……?」
しかし、ふと視界の片隅がぼやけているようなそんなあやふやな違和感を覚えて私は首を傾げた。
しばらく部屋を見回してその違和感の正体に気づいた。
ベッドの位置がだいぶズレていたのだ。
どうやら昨日の祝賀会でサトコが暴れたりしているうちに動いてしまったのだろう。
186:
ベッドを動かすのは思いのほか力が必要で少々手こずったものの、直し終わるととてもスッキリした。
私はベッドに入って仮眠をとることにした。
どうやら身体が睡眠を欲していたらしく、枕に頭を預けるとすぐに私は眠りに落ちた。
また同じような夢を見た。
幼い私が砂のお城を作る夢。
一心不乱に砂のお城を作る私。
それしかしない私、誰かが私の裾を引っ張って遊ぼうと言うけど私は無視して砂の城を作り続けている。
みんなが不思議そうに私を見ていた。
それもそうだ。
誰が見たってそのお城は完成していた。
しかし私だけが幼い顔に険しい表情を浮かべて、完成した城を作り続けていた。
結局インターホンの音がして眠りから覚めるまで、夢の中の幼い私は無我夢中でお城を作り続けていた。
187:
「あれ? もしかして寝てた?」
「うん、まあね……」
ドアをあけると、小麦色の顔が飛び込んできた。
私の睡眠を妨害したのは案の定サトコだった。
「なに、なんか用事? 
 お昼食べるなら他の人と行って、私、まだまだ眠いからさ」
「お昼の誘いじゃない、ガムテープ貸してほしいんだよ。
 あたしもいらない荷物まとめてダンボールに詰めたんだけど、ガムテープ切らしちゃってさあ、持ってる?」
「……あるよ、机の引き出しにしまってある。
 それ持って行っていいから夜ご飯のときに返して」
「なんだよ、また寝る気?」
「悪い? べつにやるべきこともないんだしいいだろ」
「食っちゃ寝るを繰り返すと牛になるぞー」
「うるさい」
引き出しを漁って目的のものを手にいれたサトコは、不機嫌な私とは正反対に鼻歌交じりに自分の部屋へ戻って行った。
188:
「……寝よう」
あんまり寝すぎると昼夜逆転してしまうので、目覚ましを二時に十四時にセットする。
再びベッドに舞い戻ろうとした時、また私を例の違和感が襲った。
とりあえずなんの思いつきもなく部屋を見回すと、サトコが漁った机の引き出しが開けっ放しになっていた。
「あいつ……きちんと閉めてけよ」
たいして気にすることでもないのに、私のひとり言はいささか乱暴になった。
たかが引き出しが空いていたからなんだ、という気がしたが気になるものは仕方が無い。
私は飛び出ていた引き出しを閉める、いや、閉めようとしたけど中身がもとの状態と変わっているのを見るとさらに火に油を注がれたような苛立ちが湧いた。
「ああ……もうっ!」
そんなにものは入ってなかったし、百円均一で買った小さな収納ケースによって見栄えもそこそこよかった引き出しの中を荒らされて私は心底ムカついていた。
しかも整理整頓し直してもなぜか、納得がいかなくて何度も試行錯誤した。
結局納得がいかないまま時間がすぎて、目覚まし時計がけたたましくなったあたりで私はやめることにした。
189:
「いや、目覚ましがなるって……」
一時間半の仮眠のためにセットしておいた目覚まし時計がなるということはつまりはそういうことだ。
――私は一時間半ひたすら引き出しの中身と格闘していたのだ。
自分でしていたことなのに背筋に冷水でもかけられたような悪寒に駆られてゾッとしていた。
それでも。
一度離れた机の引き出しの中身が気になって仕方がなかった。
「あと、ちょっとだけ……」
私は再び引き出しの中をいじり始めた。
脳裏に砂のお城を作る自分の後ろ姿が浮かんだが、すぐに排除した。
190:
7
自分でもおかしいということはわかっていた。
しかし、やめたくてもやめられなかったしもはや私にはどうしようもなかった。
自分が怖かった。
あまりにも不愉快なのにその原因がはっきりとわからない。
部屋を見渡す。
丁寧に片付けられた部屋。
学校が始まって以来モノを少し減らした。
綺麗なはずの部屋でベージュのカーペットに小さなホコリが乗っかっているのを発見した。
ガムテープでとってゴミ箱に捨てると、多少は気分がよくなった。
けれども、どんなに澄み渡った青空でも時間が経てば雲が浮かぶように私の気分はまたすぐに悪くなるだろう。
――誰か助けて。
そう叫びたかった。
いつしか自分の部屋になにかゴミがあったり、部屋のちょっとした乱れが許せなくなった。
191:
部屋の角にちょっとしたホコリがあるのが許せない。
いや、まだこれならいい。
本棚に詰めてある本の隙間が許せない。
隙間がなくてもわずかでも浮いていたり、私が許せると思える位置から数ミリズレるだけでも不愉快で仕方が無い。
私は潔癖性になったのかと思ったけどそうではないことは自覚している。
「部屋の汚れとかが気になって仕方ない、かあ」
「うん、正直自分でもちょっと気にしすぎなんじゃないのかなって思うぐらいに気になるんだ。
 今まではそんなことなかったんだ、どちらかと言うと部屋は綺麗じゃなかったし」
私はこの自分のある種の病についてレミちゃんに相談してみた。
彼女は私とちがってもとから綺麗好きでオシャレ好きだ。
彼女から話を聞けばこの奇妙な自分の状態についてなにかわかるかも、と淡い期待をもって相談したがダメみたいだ。
192:
「マコちゃんは私のことをすごい綺麗好きと思ってるみたいだけど、そんなことないよ?
 高校生の頃なんてテスト前とかはプリントが部屋に散乱しちゃって歩くのに困ったりすることもあったし」
「そうなんだ、意外……」
露骨にガッカリしたのが顔に出たのだろう。
レミちゃんは慌てたように会話を続けた。
「他にはなにかない? なにか他の話を聞けばマコちゃんのその状態を治すヒントが見つかるかも」
「……その、自分の部屋しか気にならないんだ」
レミちゃんが小首を傾げた。
私は説明を続ける。
「つまり、自分の部屋が綺麗とか汚ないとかは絶えず気になってるんだ。
 でも自分の部屋以外は正直まるで気にならない」
今だって隣のテーブルにはなにかをこぼしたのかシミができていたがまったく気にならなかった。
「自分の部屋限定の潔癖性、ってこと?」
「うん……そういうことだと思う。
 とにかくほんの些細なことが気になって仕方がないんだ。
 気になり出すと本当に止まらない、自分でも怖いぐらいに」
193:
「じゃあこういうのはどうかな?
 部屋にいるから部屋のことが気になるんでしょ?
 だったらお部屋にいる時間を減らすのは、ううん、お部屋にできるだけいなければいいんじゃないかな?」
「……あ、そっか」
言われてみればレミちゃんのアイディアは至極まっとうなものだった。
愚痴とも相談ともとれる会話を終えて私は一人で図書館に行き、そのまま適当な本を選んで読むことにした。
さっそくレミちゃんに言われたことを実行することにした。
だけど十分も経たないうちに本の内容は頭に入らなくなった。
部屋のことが気になって仕方なかった。
私が不在の間にあの部屋に埃が積もって部屋全体を真っ白に染め上げるというありもしない想像に、私はふるえてすらいた。
なにかにとりつかれたように私は部屋へ戻っていた。
最悪の想像とは裏腹に部屋は綺麗なままだった。
しかしまただ。
かかとの折れた靴を履いてるかのような小さな違和感。
もう何度同じしことをしたのかわからない、私はまた部屋を見回した。
しかし汚ないところは見当たらない。
なにか位置がズレているとかそういうことでもない。
194:
そうだ、いっそ寝てしまおう。
眠ってしまえば夢の中で私はただ無心で砂山を作ることに専念できる。
そうしよう。
私はベッドに入ってただこの身体にまとわりつく違和感から逃れたくて、睡眠を貪るために私は瞼をキツくつぶった。
だが睡魔はいつまで経っても来ない。
それどころか例の違和感がまとわりつくどころか、身体の内側の血管にのたうちまわるような感覚に私は飛び起きてしまった。
「――っはあ」
わからない。
本気でわからなかった。
なにが私をここまで苦しめる?
おかしい、なにも私の部屋には落ち度はなかったはずだ。
「……あっ」
唐突に気づいてしまった。
今自分が身体を預けていたベッド。
ベッドに載った敷布団と私の身体にかかっている掛け布団。
これらは私のせいでシワが刻まれその形をゆがませていた。
いよいよ私は悲鳴をあげそうになった。
布団のシワすら許せなかったらいったい私はどうやって寝ればいい?
195:
窓。
カーテン。
ベッド。
布団。
カーペット。
据え置きのテーブル。
テレビ。
棚。
観葉植物。
雑誌。
目覚まし時計。
鏡。
エトセトラ。
部屋を構成するものを調度品や家具。
これらすべてが私を苦しめようとしている――そんな風に思えた。
誰か助けて――声にならない声が喉を引き裂こうとするのを必死でこらえる。
いやだ、こんなのいやだ……こんな意味不明で解決しようがない苦しみ。
こんなのどうすればいいの?
「ああ……」
掠れた声が喉を伝って吐息のように漏れ出る。
この苦しみから逃れる方法を私は思いついた。
少しだけ私はためらった。
けれどこんな意味不明な苦しみにいつまでも耐えられるとはとは思えなかった。
私は部屋を飛び出すと私はホームセンターへ向かった。
196:
8
砂のお城を作るとき、私は決してその城を傷つけたりしなかった。
なにか文字を掘ったりすることもない。
三角錐のような形の城の表面には傷は一つもなく、無駄がなく。
ただ綺麗だった。
でもその城は次の日にはなんらかの原因で大抵壊れていた。
雨に濡れて崩れたのか。
誰かが壊していったのか。
あるいは風にさらわれたのか。
でも私は原因なんかどうでもよくて壊れたらその城を何度も作り直した。
私は自分で砂の城を作っていたと思っていたけど、案外当時の私はあの城に飼いならされいただけなのかもしれない。
いや――今ももしかしたら。
私の気分は青空のように澄み渡っていた。
憑き物が取れたような、というのがどういうものなのか理解できた気がした。
197:
私は部屋を見渡した。
窓。
布団をしいてないベッド。
据え置きのテーブル。
そして、私。
これだけしか私の部屋にはなかった。
あとのものは全部実家に返すなり捨てるなりしてしまった。
後のことなんでどうでもよかった。
今日が何月何日なのかすらわからなかった、でもそれさえもどうでもいい。
ただこの部屋が――この城が居心地よければそれでいい。
唇がほころぶのを感じる。
数日ぶりに訪れた安穏に私はゆったりと浸っていた。
一糸も纏っていない私は肌寒さに私は身震いした。
服が埃を運んでくることを知った私は、玄関で服を脱ぐことにした。
それだけで部屋が綺麗なままでいてくれるのだから――私が安心して平和でいられるのなら抵抗はなかった。
目をつぶると幼い私が満足そうに砂のお城を眺めていた。
どんなに完成させても完成しないお城はようやく完成したのだ。
嬉しそうに美しい城を眺める幼い自分を見て、私自身も心が満たされるのを感じた。
「――あっ」
幼い自分が小さく口を開けた。
私はなにが起こったのか気になってその城を覗きこむ。
198:
城の傷一つなかった綺麗な表面に一筋の小さな跡がついていた。
そしてその一筋の跡は瞬く間に蜘蛛の巣のように広がって城は砂となって崩壊していく。
「――あ、あぁ」
唐突に瞼の裏の夢が砂粒の奔流に埋れていく、私は目を開いた。
私の城がなにかによって壊された。
違和感がミミズがのたうち這い回るように背中を抜けていく。
ついには吐き気すらこみあげてくる。
早く直さなくては……部屋のあたりを見渡す。
しかしものがない部屋を見回すのは今までの違和感探しよりずっと簡単なはずなのに原因がわからない。
いや――あった。
私のお城に刻まれた一筋の跡。
アレと同じものが床にあった。
でも、これはいったいなんだ――この跡は傷?
自分の判断が間違いであるとはすぐに気づいた。
私のお城には。
窓。
布団をしいてないベッド。
据え置きのテーブル。
私。
――――そして、髪の毛。
お城を築き上げた私が、たった一本の自分の抜けた毛でそれを崩壊させようとしていた。
199:
私はどうしたらいい?
誰か――
誰か――
「助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて
助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて
助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて
助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて
助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて
助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて
助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて
助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて
助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて
助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて
助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて
助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて
助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて
助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて
助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて
助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて
助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて
助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて
助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて」
200:
9
ここのところ幼馴染であるマコを見かけないことを心配したサトコは彼女の部屋へ行くことにした。
マコが始まったばかりの大学にさえ行っているのかどうか、サトコにはわからなかった。
インターホンを数回押したがなかなか出て来ない。
もしかして出かけているのか、そう思ったもののダメもとでドアノブに手をかける。
扉は開いた。
「マコー、いないのかー? 勝手に入っちゃうぞー」
返事がないので一応そう断りを入れてからサトコは部屋へ侵入した。
廊下から部屋へ入るためにドアを開けた。
「……えっ」
――最初部屋の中央に横たわっているのが誰なのかわからなかった。
そもそもなぜ服を着ていないのか。
サトコはその人物をたっぷり三十秒は眺めてようやく、
「マコ!」
飛びつくように駆け寄った。
変わり果てた幼馴染にサトコは絶句していた。
横たわっていたマコのそばにはハサミとバリカンが落ちていた。
「な、なんだよこれ……」
マコの頭部から髪はの毛が一切なくなっていた。
それでも彼女の表情はあまりにも穏やかだった。
201:

女「……って感じのお話だったんだなあ。
 あれれ? どうしたの、なんだかコロコロコミックを買ったら別冊コロコロコミックを買っちゃったみたいな顔してるけど」
男「たしかにそんな気分かもしれないですね。
 ホラー話を聞いていたのにすごい変な話を聞かされた……そんな気分です」
女「それそのまま今のことを言ってんじゃん。
 まあ確かにホラーなのかって聞かれたら頷けないタイプの話かな?」
男「ていうかホラーではないでしょ。
 まあ最終的に女の子がボウズになってるだけの話ですわ」
女「ひっどーい、もう少しイイ言い方があるでしょ!
 あ、でもそのキャッチコピーがついた小説だったら私なら買っちゃうかも」
男「ボクは買いませんね」
女「なんだか気が合わないなあ。
 今回の話で質問は……ないね、その顔は疑問をこれっぽっちも感じてないね」
男「いや、実は前回から通して気にしていることがありましたけどまあそれはまた今度で」
女「せっかくだから答えてあげようと思ったのになあ、質問」
202:
男「しいてあげるならば、なんでこんな話を書いたかですけど」
女「とっさに思いついただけだからね。
 悪いけどその質問には答えられないかな。
 あ、ちなみに今回の主人公のマコは死んではいないよー」
男「それはよかったです。
 まあとりあえずご飯も食べ終わりましたし、お店出ます?」
女「あ!」
男「どうしました、未来少年コナンと名探偵コナンのDVDを間違えてレンタルしてきたみたいな声出して」
女「未来少年……なにそれ?
 ていうかそうじゃなくて! 
 明後日の生徒会の集まりで新聞紙と雑巾もってきてもらうこと、言うの忘れてた」
男「雑巾と新聞紙……?
 なにかするんですか?」
女「え? 生徒会室の掃除だよ?」
男「……」
第二話「新しい部屋にご用心」おわり
208:
女「もーすぐ妹の誕生日なんだけどなにをあげたらいいのかな?」
男「……いや、なんで僕に聞くんですか。
 僕よりもあいつに詳しいのは先輩でしょう?
 なにせ姉妹なんだし、二人ともすごい仲良しじゃないですか」
女「それはそのとおりだけど、こういうのって毎年やってるとだんだんよくわからなくなるもんなの。
 それに二人って仲がいいんでしょ?」
男「あの……ソフトクリーム溶けちゃうんで先に食べる方に集中したいんですけど」
女「あー、露骨に誤魔化した。
 なんで、誤魔化さなくてもいいじゃん?
 べつに女の子と仲がいいことは悪いことじゃないんだし、むしろ男子的には嬉しいでしょ?」
男「……まあそうですけど。
 でもだからと言ってあいつの誕生日になにを渡すのが正解なのかはわかんないです」
209:
女「まあ、それもそーだね。
 じゃあとりあえずさ」
男「はいはいなんですか?
 せっかくの休日二人っきりでいるわけでして、さらにまあむあ都会の街にいるんだから楽しみましょうよ」
男(昨日、先輩からオレに電話が来て、せっかくの休日で勉強の息抜きがしたいからどこかに行こうとメールが来た。
 ホイホイ誘いに乗って今日、集合場所に行ったらまさかの二人っきりだということが判明しテンション高めだったんだが……。
 なんかどこか先輩は浮かない顔してるんだよなあ)
女「まあそーだね。せっかくなんだし……」
男「そーですよ、僕、先輩の行きたいとこならどこでもついていきますよ?
 火の中、水の中どこでもこいですよ!」
女「じゃあとりあえずカフェ行こっか」
男「OKですよ、これからどーするかを話し合うんですね」
女「ううん、今回新たに完成した私のコワイ話を聞いてもらいたいの」
男「……はい?」
女「今回は高校のある同好会で起こる事件の話だよ」
男(……またかよお!)
210:
1
僕は生まれてこの方恋というものがよくわからなかった。
漠然と人のことを好きになった経験ならあると思う。
ふとした瞬間にその女の子ことを考えてしまっていたりとか、その女の子が自分のことを好きだったらとかそんな馬鹿げた妄想をした経験ならある。
けれどそれがいわゆる恋なのかというと少し自信がない。
思春期にありがちな勘違いという可能性だってあるし、そんなことを考えてしまう程度にはその恋かもしれないものはあまりにも不確かだった。
しかし !
しかし、僕はついに真実の恋を知った!
身体中の血管が沸騰するような圧倒的な衝撃!
恋を恋として脳が認識したときに感じる、ある種の恐怖にも似た感覚に僕は本気で病院に行こうと思ったぐらいだ。
恋の病というやつだ!
しかし、これについて検診してくれる病院なんかはもちろんあるわけがない!
たとえ検診が可能だとしても僕の恋を誰かに教えたいと思わないし、いささか特殊なケースの恋であるとは恋愛ごとに対して疎い自分でもわかっているので知られたくもない。
211:
だが、だからこそ僕は初めての恋を成就させたいと思った。
僕はもっと彼女のことを知りたいのだ。
僕だけしか知らない彼女が欲しいのだ。
……いや、すまない。
熱くなりすぎた、少し落ち着こう。
まだ話は続くのだから。
さて、少しだけ僕が彼女に惚れた理由に触れておこう。
と言っても実にシンプルなものだ。
僕は彼女のある状態を見た瞬間、どうしようもないぐらいの興奮を覚えた。
脳裏に焼きついて、瞼の裏に張り付き、大げさでなく僕はそれ以来日常的に彼女を幻視していた。
恋というものをよくわからない僕が性急に彼女を求めるのはだいぶ無謀だと思う。
できるかぎりきっちり準備してこの恋に挑みたい。
しかしそれと同時に、とりあえず僕はこの幻視をどうにかしたかった。
すでに恋の病に犯されつくした僕は十分おかしくなっているがこの病気はさらに悪化する可能性がある。
僕にはこの病に対する特効薬が必要なのだ。
もういっそうのこと、この恋心に身も心も焼かれてしまいたいぐらいだったがそれは無理なねがいというもの。
だが恋の病のタチの悪さは困ったことに僕を疑心暗鬼もしている。
当然だ、彼女は最高の女だ。
212:
だが、だからこそ僕は初めての恋を成就させたいと思った。
僕はもっと彼女のことを知りたいのだ。
僕だけしか知らない彼女が欲しいのだ。
……いや、すまない。
熱くなりすぎた、少し落ち着こう。
まだ話は続くのだから。
さて、少しだけ僕が彼女に惚れた理由に触れておこう。
と言っても実にシンプルなものだ。
僕は彼女のある状態を見た瞬間、どうしようもないぐらいの興奮を覚えた。
脳裏に焼きついて、瞼の裏に張り付き、大げさでなく僕はそれ以来日常的に彼女を幻視していた。
恋というものをよくわからない僕が性急に彼女を求めるのはだいぶ無謀だと思う。
できるかぎりきっちり準備してこの恋に挑みたい。
しかしそれと同時に、とりあえず僕はこの幻視をどうにかしたかった。
すでに恋の病に犯されつくした僕は十分おかしくなっているがこの病気はさらに悪化する可能性がある。
僕にはこの病に対する特効薬が必要なのだ。
もういっそうのこと、この恋心に身も心も焼かれてしまいたいぐらいだったがそれは無理なねがいというもの。
だが恋の病のタチの悪さは困ったことに僕を疑心暗鬼もしている。
当然だ、彼女は最高の女だ。
213:
恋という初めての感情を僕に植え付けたあまりにも魅了的な女。
欲しくて欲しくてどうしようもないぐらいに欲しい魅惑的な女。
僕以外の誰かが惚れていたっておかしくないし、最近彼女のとりまきを見ているとどうしてもその考えが単なる疑心暗鬼には思えないのだ。
……正直、彼女を狙う人間は死んでもいいかな、そう思ってる。
いや、死んでもいい。
恋に翻弄される日々に疲れた僕はある日祈ったんだ。
――ある人形にねがったんだ。
この恋が少しずつでもいいから、実りますようにと。
そしてどうやらこの人形は僕のねがいを聞いてくれたらしい。
214:
「あ、あああぁ……」
彼女の声はいつも僕の鼓膜だけじゃなく心をも震わせる。
今もそうだ、彼女の声はハッキリとした質量をもって僕の心臓を鷲掴みする。
たとえ声にならない声、恐怖によって喉が縮こまりほとんど吐息と化した声だとしてもそれは同じだ。
僕は彼女の顔をチラリと盗み見た。
僕は視力が悪いので目を細めなければならなかった。
彼女の唇からは血の気が失せていた。
開かれた瞳は今にも零れ落ちそうで、目尻にははっきりと涙が浮かんでいた。
声にならない声とともに歯をガチガチと鳴らす彼女は今すぐ抱きしめてやりたくなるほどに愛おしい。
少なくとも夕方までの彼女は今回の合宿を心ゆくまで楽しんで、ひまわりのような笑顔を咲かせていた。
僕はそれを彼女にバレないようにチラチラと盗み見していた。
なのに数時間後には恐怖に顔を歪ませることになるなんて……まあそれも僕のせいなのだろうがしかし、これは仕方が無い。
215:
僕の病の原因はそもそも彼女なのだし、この病のためにもこれは止むを得ない処置なのだ。
もっともそんなふうに怯えてるのは彼女だけじゃなかった。
この合宿に来た連中全員がみんなそんな状態になっていた。
まあそれも当然か。
人の顔がテーブルの上に置かれていたら、そりゃあ仕方ないよね。
でもこれで僕の病は少しだけよくなるのだから許して欲しい。
そしてこれだけでそこまで怯えないでもらいたい。
なにせまだまだ恐怖は続くのだから。
216:
2
さて、いったいどこから話をしたらいいのか。
話にインパクトを持たせようとした結果、時系列を組み替えてしまったで状況を飲みこめない人が多いことだろう。
まあここからは順を追って事の顛末を話して行きたいと思う。
最初に自己紹介をしておこう。
僕は高校二年生。
オカルト研究会というほとんど名前ばかりのお遊び同好会に所属している。
そしてこのオカルト研究会の二年生で今回の夏休みを利用してちょっとした旅行へ行くことになった。
……と、その前にまずこの旅行に行く前日譚として僕がある人形に出会った話をしておかねばならなかった。
「この人形、せっかくだからキミにあげるね。
 ……ああ、この人形がなんなのかっていう話ね。
 そうね、簡単に言うと人のねがいを叶える人形、ってところかしらね」
オカルト研究会は一つの空き部屋を与えてもらっている。
その空き部屋はもとが物置ということでそんなに広くないものの、少人数である同好会には十分なサイズだった。
217:
その空き教室のパイプ椅子に腰かけて、レミ先輩が僕にある人形を見せて来た。
レミ先輩は三年生でうちの同好会の創設者にして部長である。
可愛いというよりは美人で、なにより凛々しい人だ。
黒髪が流れ落ちる背中はいつでもピンと伸びていて、この人が歩く姿にはちょっとした貫禄さえある。
「キミ、最近なにかに悩んでるんじゃない?」
ついでに言うといつでもなにかを見透かしたような言動をする。
そしてそれは的外れではなく、むしろ正鵠を得ていることのほうが圧倒的に多い。
今だってそうだ。
「本当なら私がキミの力になってあげたいのだけどね。
 残念ながら私はどうしようもなく無力だから、せめてこの人形を可愛い後輩であるキミに送ってあげる」
先輩は僕の手を取るとその一風変わった人形を握らせる。
大きさは二十センチぐらいだろうか。
先輩の手は冷たくて、一瞬血が通ってないのかとさえ思った。
218:
「ああ、あとこれも。
 これも併用してやらないとねがいごとは叶わないそうよ」
先輩に渡されたもう一つのものはかなり不意打ちだったので僕は驚いた。
なぜこの先輩がこんなものをもっているのか、と気になったがあえて僕は聞かなかった。
いったいこんなものたちにどんな効果があると言うのだろうか。
一瞬家に帰ったあとで捨てようと思ったが、
「その人形、捨てるつもりなら返してちょうだい。
 キミがいらないのなら他の部員にあげるし。
 でもそうね。キミが今抱えている悩みを解決して好きな人に振り向いてほしいなら、私の言うことを素直に聞くべきね」
的を射るどころか突き破るかのようなその言葉に僕は内心苦冷や汗をかかずにはいられなかった。
僕は素直にその人形をカバンのポケットにしまいこんだ。
219:
「私の忠告は聞いておいて損はないと思う。
 ……あとはキミしだいね」
レミ先輩はそれだけ言うと、読書を始めてしまった。
この人形について詳しく聞こうと思ったが、読書を始めた時点でレミ先輩がなにかを話してくれるとは思えなかった。
結局僕はこの人形についてなにもわからないまま今に至る。
あの人形を僕に渡した先輩がどういう意図でそうしたかはわからなかった。
案外、なにも考えていないのかもしれない。
気まぐれだったとしてもべつにおかしくはないような気がする。
どちらにしようもう事件は起きてしまったのだから。
224:
さて、この人形がどういうものかというと、これは適当なワードを打ち込んでネット検索したらすぐわかった。
まあ今はあえて具体的には話さないけど、この人形はねがいを叶えてくれる代物なのだ。
だから僕はためしにその人形にねがった。
この恋の成功ではなく、この恋の苦しみから逃れられるように、と。
まあ僕と人形の邂逅などなんの関係もなしに今回の合宿は始まった。
オカルト研究会の二年生八人、男女それぞれ四名ずつで行われる合宿。
単なる暇つぶしと交流会を兼ね備えた合宿。
いかにもお嬢様な雰囲気の部員が特別に用意してくれた別荘で、合宿は開かれることになった。
別荘はとにかくでかかった。
225:
「で、でかすぎよ……
 横浜のみなとみらいの赤レンガぐらいあるんじゃないの?」
「やっぱり八人で泊まるにはちょっと大きいよね……。
 ごめんね、急遽借りられるたのがここしかなくて」
「いやいや、ビックリしちゃっただけでイヤとかそういうことじゃないから。
 むしろこんなところで合宿できるなんてとても素敵な経験になりそうだし嬉しいよ」
例のお嬢様と部員の一人の話を聞きつつ僕もじっくりと建物を観察してみたが話に聞いていたより遥かに巨大で内心驚いていた。
もっとも相当歴史のある建物なのか、パッと見て老朽化が進んでるのがよくわかる。
誠に残念なことに僕の描写力ではこの館のおどろおどろしさはうまく伝えられないが、一言で言うなら幽霊が出そうな巨大な館と言った風情だ。
彼女も館を見上げてぽかんと口を開けていた。
……かわいい。
226:
「まあなかなか雰囲気が出てるよね。
 中はどんなかんじなんだ? やっぱり中も不気味……こんな感じで赴きがあるのかい?」
部員の一人の質問に例のお嬢様が答える。
「中は三年前ぐらいに全部改装したから大丈夫だよ。
 みんなも疲れてるだろうし、なんだったら部屋で少し仮眠をとったほうがいいかも」
「まあたしかにね。みんなクタクタなんじゃない?」
たしかにそれもそうだ。
朝七時に地元の最寄り駅に集合。
電車を二時間乗り継いで、途中で道に迷い、タクシーをなんとか捕まえて船の乗り場まで行った。
そこから船に一時間半揺られてようやく名も知らない離島にたどり着いたのだ。
五時間の旅に僕らの体力はかなり奪われていた。
227:
「私はまだまだ体力ありあまってる! せっかく海が近いんだから泳ぎたい!」
一人の女子部員は体力が有り余っているのか、見知らぬ場所で目をキラキラさせていた。
こいつが目を輝かせても鬱陶しい、というか、どうでもいい。
まあどうでもいいのはこいつだけじゃなく、彼女以外の連中は今の僕には無価値に等しい。
「せっかくここまで来たんだから精一杯楽しまなきゃね!」
その言葉に皆が頷いたのでぼくもそれらにならう。
まあせいぜい楽しむがいいさ。
どうせお前らがこの合宿を満喫できる時間は長くはない。
228:
3
星が綺麗な夜だった。
これを彼女と二人っきりで見られたらどれほど幸せだろうか。
そんなことを考えながら窓から入ってくる風を浴びていると背後から、
「お茶飲む?」
例のお嬢様がコップに注いだジュースを僕の前に掲げた。
僕とこいつともう一人以外はこの一番大きな広間で寝ている。
実のところさっきまで僕も疲れて眠っていたのだけど、眠りが浅かったのかさっき目が覚めてしまった。
別荘についてすぐに仮眠をとるか休憩をするかとか言う話は出ていたものの結局誰一人眠らず遊び呆けた。
僕もなんだかんだはたから見れば楽しんでいたのではないだろうか。
そして遊ぶだけ遊んで、食事をして現在居眠り休憩中というわけだ。
229:
しかし、このお嬢様はお嬢様のくせに他の連中よりも体力があるのか寝ていなかった。
これから僕らは花火をすることになっていた。
明日からは雨が降る可能性もあるから今日中にしようという話を夕食の時にしたのだが。
寝ていては花火もクソもないではないか。
「みんななかなか起きないね。
 やっぱりここまで来るのが大変だったのかな、私も少しだけ疲れちゃった」
「そうかもね」
「どうしようね?
 私もすごく楽しみにしていて……早くやりたいんだけどなあ」
「……」
僕は特にその言葉に対して返事をしなかった。
230:
「みんなが起きたらにしようかと思ったけど。
 もうみんな起こしちゃおうか?
 このままだと朝になっちゃうし」
僕は頷いた。
たしかに待ちくたびれた。
「じゃあ起こしちゃうね。
 みんなー起きてーふぅー」
お嬢様形式の寝ている人間の起こし方は耳に息を吹きかけるというなかなか斬新なものだった。
耳に息を吹きかけるという起こし方の効果は絶大だったらしく全員変な声を出しながらあっさりと目を覚ました。
「今何時だ??」
「十時ってことはみんな三時間ぐらいは寝ていたのかな?
 でもなんかまだ頭がぼんやりしてる気がする」
231:
「うん、私も。
 少しはしゃぎすぎたのかな、身体中痛いし頭もポーッとしてる」
寝ぼけ眼であれこれ話している部員たちに内心僕はイライラしていた。
先ほどまでは彼女の可憐な寝顔を拝めていたから気分がよかったのに。
なぜあのことに気づかない。
「……あれ? 一人足りなくない?」
ようやく一人がその事実に気づいた。
「あ、ホントだ。
 オサムくんがいないね、どこ行ったの?」
全員がそれぞれの顔をうかがったが、答えは出てこなかった。
「探しに行く?
 それだったら電話かければすぐわかるかな?
 この別荘の中はめちゃくちゃ広いし探しに行くのも大変そうだし」
「じゃあかけてみるよ」
232:
しかし電話をかけるとケータイが鳴って、部屋の中央にのテーブルに置かれていてることを報せる。
仕方なく全員で二十分ほど待ってみたものの行方不明のオサムは帰ってこない。
別荘の主が不安げに切り出した。
「えっと……探しに行かない?
 もしかしたらなにあったのかもしれないし」
「オサム、けっこういたずら好きだし驚かそうとしてるんじゃないの?」
「いや、でもそうだったらもっとなにかしらの仕掛けがあった方がいい気がするんだけど。
 みんなを驚かそうとするならみんなが寝てる間じゃなくて、起きてから姿を隠さないとダメじゃない?
 こんなに広い建物の中で隠れんぼしてても見つけてもらえない、というか探してもらえないかもしれないし」
「うーん、まだ眠いし頭も回らないんだけどなあ」
「やっぱりみんなで探しに行きましょう」
結局この館に招待してくれたお嬢様のその言葉によって僕たちオカルト研究会のメンバーは行方不明と化した部員を探しに行くことになった。
233:
4
館の主を先頭に僕らは行方不明のオサムを探すことになった。
とにかく館は広い上に部屋数も多いため一つの階を調べるのも時間がかなりかかった。
そしていよいよ一階の調べる部屋が二つとなった。
一番端っこの部屋――の一個手前の部屋の扉を開ける。
「この部屋なんかにおわない……?」
彼女が口許と鼻を咄嗟に手で覆ったのは無理もないことだった。
むせ返るような異臭に僕は気持ち悪くなった。
覚悟していたとは言え腐った雑巾を部屋中に敷き詰めたかのように生臭いにおいが部屋に充満していた。
「明かりは……つかない」
僕は言った。
しかしみんなは僕の言葉などおそらく耳に入っていなかっただろう。
それに明かりがなくても開いたままの窓から差し込む月明かりで部屋の一部分は見えただろうし。
そしてその一部分だけ見えていれば僕には十分だった。
234:
「ひっ……!」
「う、うそだろぉ……」
皆の悲鳴が耳に心地いい。
僕は唇の端がもちあがるのを必死にこらえる。
開けっ放しの窓の下には丸テーブルがあった。
テーブルは木製のものでテーブルクロスがひかれていた。
そして僕たちが探していたオサムはテーブルの上にいた。
生首だけとなって。
月明かりに照らされた土気色の顔には赤い染みがアクセントのようにこびりついていた。
開かれたまぶたの下の瞳は深い闇を湛えるだけでなにも映っていない。
わずかに開いた唇からは血が一筋流れていて、それはそのままテーブルのクロスを汚していた。
235:
たぶん僕以外の全員はテーブルの足もとに注目しただろう。
オサムのちょっとしたイタズラだという淡い期待に縋るために。
テーブルの足もとの空間は濃厚な闇が積もっていてなにも見えなかった。
そしてそれが意味することがどういうことなのかわからないわけがない。
「あ、あああぁ……」
僕は彼女の顔をチラリと盗み見た。
僕は視力が悪いので目を細めなければならなかった。
彼女の唇からは血の気が失せていた。
開かれた瞳は今にも零れ落ちそうで、目尻にははっきりと涙が浮かんでいた。
声にならない声とともに歯をガチガチと鳴らす彼女は今すぐ抱きしめてやりたくなるほどに愛おしい。
……って、これは冒頭の方でも言ったな。
236:
そしておそらく僕以外の人間はほとんど気づいていないだろうがテーブルの足の横に小さな人形が落ちていることに、僕は気づいていた。
「うそっ……うそよっ、こんなことぉ!
 いやあっ! いやああああああああああああああああああああ」
耳をつんざくような悲鳴に僕は思わず顔をしかめた。
お嬢様――お嬢様って延々と言い続けるのも面倒だな、本名で呼ぼう――ウララは僕が振り返ったときには部屋から飛び出していた。
全員が混乱しきっていた。
僕は咄嗟に立ち上がりウララを追うために立ち上がる。
僕が廊下に出ると、どうしたらいいのか全員判断できないのかとりあえずついてきた。
すでに廊下の角に消えつつある彼女を僕らは全力で追う。
流石に女のウララを見逃すことはなかった。
ウララはお嬢様らしからぬ部屋に飛び込んでいた。
他の部屋の意匠のある高級感溢れる扉とちがい、その鉄扉は酷く錆びれていた。
「ウララちゃん、ど、どうしたの急に?」
一人が泣きそうな声で扉越しにウララに質問する。
「ごめんね……ごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさい」
237:
ウララの壊れた蓄音機のような声は扉越しのせいでくぐもっていたが確かな恐怖に満ちていた。
「な、なんで謝るの……?
 ウララちゃんが、殺したわけじゃないでしょ?」
彼女が尋ねた。
彼女の声もやはり不安に満ちていた。
「ちがうのっ……!
 そうじゃなくてっ! オサムくんが……オサムくんが死んだのはこの館のせいなのかもしれないのっ……」
「ど、どういうこと……?」
「この館は……よ、よく私もわからないけど、む、昔人形の館で……事件があって…………呪いがぁ……」
ほとんど吃音と化した声がすすり声に変わるのに時間はかからなかった。
皆の脳はおそらくさらに混乱しただろう。
ウララの言ってることは文章として成り立っていないせいで意味がよくわからない。
まあ僕はだいたいわかるが。
238:
「いや、もしかして……」
またべつの一人がなにかに気づいたように目を見開く。
「この館しか借りられなかったのは……ううん、この館だけが借りられたのは、ここがなにかいわく付きの場所だからじゃあ……」
皆が息を飲む音がはっきりと聞こえる。
全員が錆びれた鉄扉を見た。
「ごめんね……ごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさい
 ごめんね……ごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさい」
もはやそれしか言わなくなったウララをとりあえず部屋から出そうと、一人が扉に手をかけるも横開きのその扉はビクともしない。
この部屋は物置だ、夜ご飯のバーベキューをするときにここにバーベキューセットを借りにきて中は見ている。
ノコギリや斧、工具の類があったほかには特になにもなかった。
239:
扉と壁の出っ張りに穴があるタイプの横開きの扉は南京錠でしかロックできなかった。
そして、この南京錠は中からも外からも使えるという仕組みだった。
今、外側から扉が開かないということはつまりはそういうことだ。
「おねがい、帰って……」
弱々しい声が扉のわずかな隙間から漏れ出る。
なんとかみんなが三十分近くウララを説得しようとしたが、結局ダメだった。
彼女もウララに対して色々と呼びかけていたがやはりダメだった。
「とりあえず、部屋に戻ろう」
僕らはこれからどうするのかを考えるために、そして身を守るために部屋へ戻ることにした。
「どうなるんだろ、これから」
一人が重々しい雰囲気に耐えかねたようにぼやいたが、その言葉は単なる二酸化炭素となってさらにみんなの気を重くしただけだった。
まあ、次に生首になるやつは既に決まっている。
そこの物置で閉じこもって震えている女だ。
243:
5
僕らは物置部屋を後にして広間に戻った。
この部屋には僕を含めて六人いた。
長い沈黙が重苦しくのしかかり、僕たちを圧迫して誰も口を開こうとしない。
風が乱暴に窓を叩くカタカタとした音がやけに耳につく。
「……ねえ、どうしたらいいのかな?」
ようやく一人が口を開いた。
それまで沈黙によってせき止められていた不安が溢れたのか、みんなが喋り出す。
そのみんなにはもちろん僕も入っている。
244:
「そもそもあの生首はなんだよ!?
 あれ何かのイタズラじゃないのか、ありえないだろあんなの!」
「でもあの部屋のにおいはどうなるの?
 あのにおいってやっぱり死体のにおいなんじゃないの?」
「だったら……だったらどうなるの!?
 誰かが彼を殺したってことなの……!?」
「……そんな推理小説みたいなことがあるっていうのか?」
「ていうか本当に死んでいるんだったとしたらなんとかしないと!!
 もしかしたら、もしかしたら……」
「あの、とりあえず警察に電話しない?」
彼女が警察という単語を言った瞬間、全員があっと顔を見合わせた。
あまりの異常事態に呑みこまれて正常な判断ができなかったのだろう。
みんなの顔がわずかに明るくなる。
「そ、そうだ、電話しよう。
 警察に電話をすれば助けが来るんだし」
彼女がケータイをポケットから手を取り出し電話をかける。
245:
が、彼女はいっこうに喋る気配がないどころかやがて眉をひそめると耳からケータイを離した。
「……電話が、つながらない」
「!!」
全員の顔がギョッとなる。
各々が電話を取り出し、画面を確認する。
「う、うそ……電波が入ってない?」
「そ、そんなじゃあどうしたらいいんだよ!?
 こんなわけのわからない状況でこんなところに閉じ込められているっていうのか!?」
「ふ、船は……!?
 船でここから逃げれば……」
僕は悲痛そうな顔を作って一つの窓を指した。
窓の向こう側では波が激しくなりつつある海が広がっている。
そしてその一角にある船着場を頼りない灯が照らしていた。……
「な、なんで!?
 船が、船がない!?」
さらなる異常事態。
船でこの離党まで来たのにその船が姿を消していた。
もちろん闇に紛れているとかそういうことではない。
246:
「だったら電話は!?
 ここの固定電話はなら……電波が通じるかもしれない」
一人が広間に唯一ある子機を手にとってボタンを押す。
わずかの間だったが再び沈黙が訪れる。
「だめだ、つながらない……」
「そ、そんなぁ……」
いよいよこの状況を打開する方法が浮かばなくなった。
いったい今全員がなにを考えているのか、こいつら全員の脳みそを見たくなった。
もしかしたら自分も同じように死ぬかもしれないと恐怖に怯えているのか。
あるいはこの中に実は生首の死体を作った犯人がいるのかと疑心暗鬼に陥っているのか。
少しだけ気の毒な連中に、このまま固まって行動しようとだけ僕は言った。
いつの間にか月は闇に宵闇に潜りこんでいた。
僕は右腕につけていた腕時計を見た。
夜十時を長針がさそうとしていた。
――これから長い夜が始まる。
247:
6
ねがいが叶う人形。
果たしてそんな人形が本当に存在するとするなら。
果たしてその代償はないのだろうか。
都合よくなんの代価もなく人のねがいを叶えてくれる人形。
そんなものがこの世にあるのだろうか。
いや、そもそもなにを根拠に人形がねがいを叶えてくれると信じる。
信頼を寄せるに足る根拠は――
なにか悲鳴のようなものが聞こえた気がして僕は浅い眠りから目を覚ました。
身体もまぶたも何もかもが重かった。
壁掛け時計を見るとまもなく九時になろうとしていた。
昨晩、僕らはこの広間で全員で寝た。
いや、寝たというのは語弊があるな。
これからどうするか、閉じこもっているウララの対処の手段、昨夜僕ら全員はそれぞれなにをしていたのか、など正体のわからない恐怖に怯えながら話し合った。
248:
おそらく全員が実はこの中の誰かがオサムを殺したのではないか、そう考えていたのだろう。
この話が推理小説であればその考えもありだろう。
全員、昨夜は眠れていないはずだ。
話し合いは夜中の二時まで続いた、もっとも人が殺されたという状況はまともな思考を惑わせ結局話し合いはほぼ意味をなさなかった。
その話しあいの後も全員起きていたものの、その部屋から出た人間はトイレへ行った二名だけ。
そして部屋にいるのは現在僕を含めて三人。
他の三人は一階の一番奥にある食料庫に行って朝食を取りに行った。
ちなみにその部屋の左隣は、オサムがいる部屋だ。
「……今、なにか聞こえなかった?」
「いや……」
僕は背中を預けていたソファから身を乗り出した。
否定しかけたものの確かになにか甲高い声を聞いた気がしてならない。
249:
「ちょ、ちょっと来て!」
乱暴に扉を開くけたたましい音ともに部員の一人が飛び込んで来た。
血相を変えて額にはうっすらと汗が浮いている。
そいつに言われるまま僕らはついていく。
一体なにがあったのか聞くまでもなかった。
すでに扉が開いていた食料庫の中を見れば一目瞭然だった。
「……」
ここの食料庫は館の外装とはちがいとても綺麗でかなり広い。
様々な食料がダンボールに敷き詰められ部屋に並んでいる。
さらに立派な冷蔵庫と冷凍庫もありその中にも十分すぎるほどの食料が置いてあった。
が、そのダンボールがぐちゃぐちゃに荒らされていた。とは言ってもダンボールから中身が出ているというわけではなく、あくまでダンボール本体が部屋のそこら中に散らばっているという状態だった。
250:
「ま、窓ガラスが割れてる……」
そう。むしろ注目すべきはそっちのほうだった。
この館の窓は格子状の枠がついていて、窓はその真ん中から割れていた。
そして割られた窓は空いていた。
「これって誰かが侵入したってことじゃ……」
ポツリとした彼女のつぶやきが波紋のように広がるのには少し時間を要した。
「だとしたら……」
「この中に誰かが侵入して、そして……」
僕の言葉を引き継いだそいつもそこで一旦言葉を切る。
「この館に侵入していたとしたら……いや、そもそも侵入していたとしたら……」
それは僕ら以外の人間がこの館にいるということだ。
そしてそれが意味するところは……
「まずい! ウララちゃんが一人ではあぶない!」
251:
「あ、あああぁ……」
「う、うそっ……」
「う、ウララちゃ、ん?」
デジャヴ。
昨日と同じ光景が広がっていた。
首だけになったウララがテーブルの上にいた。
色白の顔はべっとりとした血がところどころについていた。
充満する異臭。
暗い部屋。
置いてある様々な物。
部屋の中央にあるテーブル。
テーブルにかかった白いクロス。
そしてやはり、テーブルの足の付近にはまたもや人形が落ちていた。
人形は顔だけの状態で髪の毛がめちゃくちゃに切られていた。
252:
「ウララちゃんのか、髪の毛が……」
ウララは人形と同じ状態になっていた。
これではまるで見たて殺人だ。
しかしこんな女はどうでもいい。
問題は彼女で、彼女だけが僕の目的なのだ。
彼女の顔は昨日の晩と同じで僕を恐ろしく引きつけた。
ここまでやった甲斐があった。
僕は彼女の恐怖に引きつった顔を脳裏とまぶたに焼き付けて、十二分に満足したので言った。
「……部屋に戻ろう」
途中一人が嘔吐して、床にうずくまる。
彼女はその背中をさすって、大丈夫だよと言ってる本人の方が心配されそうなほど血の気が失せて青くなった唇で言った。
……彼女が戻すところは少し見たかったなあ。
253:
僕は一人だけ場違いなことを考えていることを自覚していた。
顔は神妙な表情を作っておいて、あたかもなにかを思案しているかのようなふりをする。
そうして生き残っている全員で広間に戻った。
だが広間に戻ったと同時に僕たちは次の事件に遭遇することになった。
「に、荷物が……!」
扉を開いたと同時に誰かが叫んだ。
僕らの荷物が荒らされていた。
一つに固めておいた全員分の荷物は四方八方に散乱していて中身も床に落ちていた。
「な、なんなのこれ……」
容赦無く畳み掛けてくる事件に全員神経をすり減らされるような恐怖を味わってるのかもしれない。
「もうやだ……帰りたい」
一人が弱々しくうな垂れる。
オカルト研究会のメンツはみんな呆然と立ち尽くしていた。
ごめんね、まだ事件は終わらないんだよ。
僕は口の中でひっそりとそうつぶやいた。
254:
※キャラクターの視点が変わります
255:
7
オカルト研究会に私が入ったのは、レミ先輩の誘いがあったからだった。
図書館で借りようと棚に手を伸ばした時に、たまたまレミ先輩と手がぶつかってそれでそこから話すようになった。
なんだかとても不思議な雰囲気をまとった先輩は私を気に入ったのか、オカルト研究会とかいう非公式の同好会に勧誘して来た。
まあ、部活に入っているわけでもない私はオカルト研究会に入った。
そして――今に至る。
雨粒が窓に当たって弾ける音が私を夢現の状態から覚醒させた。
部屋はスタンドライトが一個しか点灯していないせいか、薄暗くて私は急に心細くなった。
ガタン、と少しだけ大きな音がして私の肩はビクン、とはねた。
その音はこの広間の外からした。
嫌な想像をしてしまう、この部屋の外には殺人鬼がいて今から私たちを殺そうと息を潜めている……
256:
ドアが軋む音ともに開かれる。
私の頭の中で、昨日と今日のことが走馬灯のようにフラッシュバックする。
蝶番の軋む音が間延びしたように感じるのは単なる勘違いなのだろうか。
扉が開く。
わずかに廊下から入ってくる光とともに影が床を這うように伸びる。
顎が私の意識を無視して壊れたように震える。
ど、どうしよう……?
とっさに同じ部屋にいるみんなに助けを求めようとしたけど私の声帯はすっかり未知の恐怖に硬直していた。
声にならない声が虚しく私の目の前で霧散する。
たすけ――
「なにやってんだ?」
殺人鬼かと思った影は部屋に入るなり私に声をかけて来た。
確認するまでもなくそれは部員の一人であるヒカルくんだった。
257:
ヒカルくんはどこか呆れたような感じで、部屋に入ってくるなり私の隣に座った。
「なにやってんだよ?
 やっぱり寝れないのか?」
「う、うん……ちょっと今回の事件について考えてたら、ね。
 ヒカルくんは今回の事件をどう思ってるの?」
「どう思うと言われてもヤバイ、としか」
私はふと床で寝ているみんなを見た。
ウララちゃんを発見して広間に戻ってるよ私たちの荷物が荒らされていた。
どうすることも思いつかなかった私たちは荒らされた荷物を片付けた。
けれどそこからどうしていいか分からずに私たちは昨日とほとんど同じ行動をしていた。
もっともいくら神経が張り詰めいているとはいえ、さすがに全員疲労が溜まっていたからほぼ全員寝てしまっていた。
不用心にもほどがある気がしたけど、しかしそれは仕方がないような気がする。
そのあと結局目が覚めた私は寝付くこともできずにこの事件についてソファに座って考えていた。
258:
女子
茜(アカネ)
↑私、特に特徴なし。
楓(カエデ)
↑読書好き、おっとりした女の子。
愛(アイ)
↑見た目は派手だけど優しい。人情派。
麗(ウララ)
↑今回の別荘の持ち主さん。死亡。

光(ヒカル)
↑無愛想、目つき悪い
拓(タク)
↑スポ根タイプ。まあいい人。
修(オサム)
↑あんまり勉強得意じゃない? けっこううるさい。死亡
聡(サトシ)
割と静か、メガネ、今時珍しいボクっ子。
「これはなんだ?」
私のメモを見てヒカルくんが言った。
「プロファイリング……かな?
 ごめん、やっぱりあの今のは気にしないで。
 適当に考えたことを書き殴っただけだから」
「ていうかオレの項目はなんだ?
 なんて失礼なって感じの人物紹介だな」
259:
「ねえ、ズバリヒカリくんの意見を聞かせて欲しいの。
 ヒカリくんは今回の事件をどう思ってる?」
「どう、と言われても……正直事実を事実として受けいられないって感じだな。
 あいつが言ってたことも引っかかるし」
「あいつってウララちゃんのこと?
 ウララちゃんの言ってたこと、それって人形がどうとか館がどうとかって言ってたことのこと?」
「うん。正直オレは呪いとか幽霊とか信じてないがなんかあんなことがあったあとだとうっかり信じてしまいそうになる。
 いや、実はあいつらが死んだことだって……」
私は口をつぐんだ。
ウララちゃんが言っていたこと。
呪いとかそういう類はよくわからないけど、もし本当だとしたら……いや、そんなわけはない。
私はかぶりをふった。
私は深呼吸をした。これから口にすることはいささか勇気が必要だったのだ。
「ねえ、あの二人がいたとこに……行ってみない?」
ヒカルくんは目を見開いた。
260:
「もしかしたら今回のことを解決する糸口がつかめるかもしれないの。
 もちろんイヤだったら私一人で行くけど……」
「いや、それはダメだ。
 事件の現場に女一人で行くなんて……ましてもしかしたらこの館にはヤバイヤツが潜んでるかもしれない」
ヒカルくんが私をはっきりと私を見た。
彼の目つきはお世辞にもいいとは言えないから見つめられるとがん飛ばされてるような気分になる。
「できれば行かない、という選択をいちばんにしてもらいたい。
 まあ、どうしてもって言うなら……オレもついていく」
「ありがとう、ヒカルくん。
 それじゃあついてきて」
私の言葉に彼は頷くと腰をあげた。
私も怖がる自分を必死に叱咤して立ち上がった。
261:
ヒカルくんは部屋を出る直前に時計を確認した、時刻はまだ夜の十一時だった。
やはりみんな相当疲れていたのだろう、かなり早い時間で寝てしまったみたいだ。
まあそれも仮初めでしかない睡眠なのだろうけど。
部屋を出る。
廊下は明かりがほとんどついていないため非常に暗い。
小さな照明が等間隔で天井に設置されているものの視界はよくない。
私たちは先にオサムくんの現場にに行くことにした。
今の今まで気づかなかったけど廊下の絨毯は毛並みが長いのか足もとが沈むようだった。
私がなにか適当な話題を前を歩いている彼に話そうとしたときだった。
長すぎる廊下の向こう側で闇の中に潜んでいる人の気配を感じた。
この先はオサムくんがいる場所。
まさか――犯人?
262:
不意に強すぎる力に引っ張られて私は廊下の角に引きずりこまれた。
ヒカルくんが私の腕を引っ張ったのだ。
なにをするの!?
その疑問が声に出なかったのはほとんど彼に抱きしめられているのと変わらない体勢になってしまったからだ。
ただこれで私の口もとと鼻は彼の肩に埋れて、息づかいが聞こえることはないだろう。
足音が近づいてくる。
どうやら勘違いじゃない。
本当に誰かいる。
では、誰だ?
もしあの二人を葬り去った殺人鬼だったとしたら?
心臓の鼓動がどんどん早くなってきて、私の血液は急にめぐり出した。
噴き出る汗を拭う余裕冴えない。
人を生首だけの状態にすることができる人間だ。
私たちが見つかったら間違いなく殺される。
「……!」
そう、私は今の状況を認識した。
このままでは確実に私たちは殺される、と。
266:
自らの死を連想した瞬間、私は喉が見えない手に締め付けられるような感覚を覚えた。
絨毯を踏みしめる足音が死へのカウントダウンに思えた。
足音が近づいて来れば来るほど時間の感覚は長くなっていく。
一秒が一時間、一分が一日、恐ろしく引き伸ばされた半永久の時間の中をさまようかのような錯覚。
不意に足音が早くなる。
まさか私たちに気づいたのか。
ヒカルくんの肩に顔を埋めている私にはなにも見えないが、それがさらに恐さを増長した。
恐怖と死への不安で私の心臓は爆発してしまいそうだった。
首だけの状態になる自分が脳を駆け巡る。
いやだ、死にたくない!!
267:
「……通り過ぎていった、みたいだな」
「え?」
ヒカルくんが腕をほどいたので私は顔をあげた。
恐る恐る足音がした方向を見ると誰もいなくて、長い闇が果てしなく続いていた。
「た、助かったの私たち?」
「どうやら、そうみたいだな」
一瞬、犯人であろう影を追おうとして立ち上がろうとして、逆に私はへたりこんでしまった。
安心したのか手足から骨が抜けたように力が入らない。
自分が情けなくなる、これで犯人を追うなんてお笑い草だった。
「もしかして立てないのか?」
「えっと、まあ……」
彼はそんな私に左手を差し伸べてくれたけど、なぜか明後日の方向を見ていない。
薄暗いせいで顔はほとんど見えないためどんな表情をしているかはわからなかった。
彼の差し伸べてくれた手を握って私は立ち上がった。
「どうする?」
「どうするって?」
「だから、これからどうするんだよ。
 当初の予定通り、犯行があった現場に行くのか?
 それとも引き返すのか?」
268:
相変わらずぶっきらぼうな言い方だったけど、案外私のことを心配してくれているのかもしれない。
私は少しだけ考えてみたが、ここで引き返すのはあまりに格好悪い気がしたし、外部の人間に頼ることもできないという状況でジッとしているのがイヤだった。
「私は行く……確かに危険もあるけど私はこのまま黙って部屋に引き返すのはイヤ。
 それにもしかしたら絶好のチャンスかもしれないし」
「絶好のチャンス? どういうことだ?」
「犯人はオサムくんのいた方から出てきた。
 それってつまりオサムくんのいた部屋にいたんじゃないかな?」
「なんのために……ああ、そういうことか。
 つまり、部屋になんらかの証拠が残ってる可能性があってそれを確かめるなり消しに来たわけ」
この館は三階建てになっていて、階段は二つある。
ちょうど廊下の中心が私たちの待機場所の広間。
そして広間の入り口を正面から見た場合。
一つの階段は広間の右隣に合って、もう一つは角部屋である物置の隣にある。
269:
つまり、私たちの広間に近づき姿を見られるリスクを負って(それを犯人がリスクと思わない可能性もあるけど)ここに来るのにはなにか理由がなければならない。
「でもそうだとしたらもう犯人が証拠の類は全部持っててしまってるんじゃないか?」
「確かにそうかもしれない。
 でも逆を言えば、消さなければいけない証拠は確実に存在したんだからまだその痕跡は残っているかもしれないでしょ?」
「なんか、お前ってすごいんだな。
 こんな状況なのに妙に度胸があるっていうか」
彼は相変わらず私とは視線を合わせてくれなかったけど、それでも褒められて嬉しかった。
そういえばヒカルくんとは実はあんまり話したことはない。
彼から話しかけてくることはあまりないし、なんとなく機会がなかったら二人きりで話したこともたぶんほとんどない。
270:
だから、私はこんな状況にも関わらず彼と打ち解けたくておどけてみせた。
「これからよろしく頼むよ、ワトソンくん?」
彼は、オレが助手かよとぼやいたけどそれ以上はなにも言わずに私の手を引いて歩き出した。
……ああ、今私たちは手をつないでいるのか。
私は緊張すると手が汗ばむ体質なので極力考えないようにした。
雑談を交えつつも、私たちは慎重に素早く歩いてオサムくんの部屋にたどり着く。
まさか再びあの死体を拝むことになるなんて、と心の準備をしようとする私には構わず彼はいつの間にか私と繋いでいた手をほどいていた。
そして扉を勢いよく開け放つ。
「ちょ、ちょっ……」
抗議の声をあげようとしたけど、部屋に充満する異臭が私の口を塞いだ。
ヒカルくんとともに部屋に足を踏み入れる。
前回のときは月明かりが窓から入ってきていたおかげでライトがなくても部屋の中がある程度は見えていたけど今は大雨のせいで月も雨避けに隠れてしまっている。
私は腹をくくって部屋の明かりをつけることにした。
271:
「……」
私は最初なにが起きているのかわからなかった。
蛍光灯の明かりはそれほど明るくないものの部屋を見渡すには十分だった。
残っている証拠を探す、と言っていたけど証拠以前にないものがあった。
「オサムの首が、ない」
背後で呆然とつぶやくヒカルくんの言うとおり、私たちを震撼させたオサムくんの生首はどこにもなかった。
いや、より正確に言えばオサムくんが載っていた丸テーブルごと失せていた。
一瞬、これまでの出来事はすべて夢だったのでは、という考えが浮かんだ。
いや、夢じゃない、私もそうだしみんなもはっきり見てる。
あれは夢の中の出来事ということではない。
272:
「なあ、あれなんだ?」
ヒカルくんが指差した先には手のひらより少し大きいぐらいの人形が落ちていた。
赤いワンピースを来ていて、女の子の人形だということだけはわかった。
プラスチック性の人形だけど顔が存在していなかった。
これはオサムくんと全く同じ状態ではないか。
ただこの部屋に残っていたのは身体ではなく、顔なのだけど。
「見たて殺人、か」
彼がポツリと言った。
見たて殺人……童話や昔の言い伝えに沿って人殺しをする推理小説でも定番なのか頻繁に出てくる。
「とにかくヒントを探そう。
 なにか手がかりが見つかるかもしれない」
私とヒカルくんはなにか手がかりがないか部屋を探し回る。
273:
ベッドの下は潜り込むほどの広さがないので、手を突っ込んでなにかないか調べる。
不意になにかぬるっとしたものが指の腹を濡らした。
「んっ!?」
変な声が出てしまう。
思わずベッドから抜いた手を見ると、なにか指の腹に濡れたものがこびりついていた。
薄い皮膚のように見える黒いそれは、しかし、なにかわからない。
わりと日常的に見ているような気がするのだけど、しかし、この非日常的状態が記憶を阻害する。
「どうした、なにかあったか?」
「あー、いや、とりあえずはなんにもないかな」
彼は床に四つん這いになってテーブルがあった場所になにかないか調べてくれていた。
と、不意に彼のポケットからなにかが落ちた。
タバコだった。
「ヒカルくん、タバコ落ちたよ?」
274:
「ん? ああ、悪いな」
「でもちょっといいかな。
 私たちまだ未成年だし、そもそもタバコなんて吸うのはダメだよね?」
私が拾い上げたタバコをヒカルくんが取ろうとしたので、私はそれを背中に隠した。
まさか彼がタバコを吸うなんて……よくわからないし、たいして仲のよくない人がタバコを吸うことがなぜか妙にショックだった。
「持ってるだけでべつに吸わないよ、ほんとだよ。
 いや、これはほんとにほんとだ。
 だからそんな疑いのマナコで見るな」
「タバコを吸わないのにどうしてタバコを持ってるの?」
「……レミ先輩がくれた」
「あっきれた!」
あの美人で凛とした先輩がこんな下品なものを嗜むはずがない。
だいたいそれをヒカルくんにあげてどうするのか、そんなわかりやすい嘘に私が騙されると思ったのだろうか。
ヒカルくんがほんとなのに……とぼやくのを尻目に私は明かりを消して隣の食料庫に向かうことにした。
275:
……明かりを消して?
私は反射的に振り返った、ヒカルくんが片眉をあげて何事だという顔をする。
この部屋にあるのはベッドが一つ。
スタンドグラス。
備え付けのデスク。
そしてなくなってしまったのは部屋の窓のそばにあった丸テーブル。
窓は割れてしまわないか心配になるぐらいの雨に打たれていた。
「あ、あれ……?」
おかしい、色々と記憶と一致しない。
もともときっちりはめられていたパズルのピースを知らない誰かによっていじられてしまったかのような違和感。
私はひどい胸騒ぎを覚えた。
「隣の部屋に行くんじゃないのか?」
「う、うん」
276:
とりあえずここで立ち止まっていてもなにか手がかりが得られるわけでもない。
私たちは隣の食料庫に行くことにした。
食料庫にまでは誰も気が回らなかったのか、部屋は荒れたまんまだった。
「犯人は窓を割って侵入したんだな……」
ヒカルくんの言うとおり、格子状の枠がついた窓はちょうど真ん中を割られている。
犯人はこの割れた部分から手を通して鍵を開けて侵入した。
しかし、もし私の記憶が正しいならそれはおかしいし、そもそもこの窓の状態が奇妙な矛盾を抱えていた。
「アリバイ、確認したいな」
「アリバイ?
 アリバイって……まるで犯人が生き残ったオレたちの中にいるみたいじゃないか?」
「そうは言ってないけど、どうしても知りたいの。
 おねがい、二人でみんなの事件があったときの行動を確認しよう」
「まあ、べつにいいよ」
277:
しかしアリバイ確認と言ってもそんなに難しいことはなかった。
なにせ私たちはほとんど固まって行動していたのだから。
バーベキューが終わったのが昨日の十八時時すぎで、そのあと簡単な片付けをして広間で寝たのが七時。
そしてそこから私たち全員が起きるまでに三時間あって、この三時間の間にオサムくんは殺されて首だけの状態にされている。
全員のアリバイはほぼあったと言っていい。
唯一、ずっと起きていたウララちゃんだけがアリバイがないと言えるかもしれない。
しかしウララちゃんは死んでる。
そのウララちゃんが具体的にいつ殺されたのかはわからない。
いや、ウララちゃんは物置部屋にずっといたとしよう。
物置部屋から物音を聞いたことを、朝に食料庫に行った人たちは知っている。
話に聞けば早朝に時刻食料庫に行くついでにウララちゃんのいる物置部屋をうかがったらしかった。
一人が扉の近くで南京錠が落ちていたのを見つけ、部屋の鉄扉を開けようとしたがなぜか開かなかった。
一応呼びかけるも反応はなしで、しかしなにかの物音だけが聞こえたらしい。
つまり、早朝の時点ではウララちゃんは生きていた……?
278:
だけど、その音が犯人がウララちゃんを手にかけ首だけの状態にするための作業音だとしたら……。
結局犯行時刻は夜中から私たちが遺体発見するまでということしかわからない。
やはりここもみんなアリバイがあったと言っていい。
いや、うとうとしていたから完璧には、わからないけども。
そして部屋の荷物を荒らされたとき。
これに関しては完璧に全員一緒にいたのだから、今生き残っているみんなの中には犯行ができたものはいない。
「つまり、これらの一連の事件はやはり外部の侵入者による犯行?」
「まあ、そーなるだろうなあ。
 オレたちには一応だいたいのアリバイがある、すべて同一犯だとしたらそれは外部の人間によるものじゃないとありえない」
「うーん、でもなんだろう。
 なんだかすっごく納得できないっていうか、なんていうか、うーん」
散らかったダンボールを避けて部屋の奥、窓のところまで向かう。
279:
割れた窓ガラスの破片が床に散らばっている。
外から割らないかぎりはこうはならない。
「……って、なにやってるの!?」
「いや、腹減ったからなんかないかなあ、と思って」
冷蔵庫を漁り出したヒカルくんに私はため息をついた、緊張感がないのだろうか。
「しかし、すごい量の食料だな。
 肉も野菜もギュンギュン詰めにされてる」
部屋に大半のスペースをとっている巨大な冷蔵庫たちをヒカルくんは一つ一つ開いて中身を確認して行く。
とりあえず私は彼の背後から冷蔵庫の中身を確認して行くことにした。
そうしていくうちにあるものだけが、ごっそりなくなっていることがわかった。
「なんで犯人はこんなところを荒らしたんだろうな。
 腹が減っていてイライラしてたのかな」
私はなにも答えなかった。
280:
ただウララちゃんの言っていたことについてふと考えてみた。
「ヒカルくんは幽霊とか呪いとかって信じる?」
「半分信じて、半分信じてない」
私の急な質問に対してヒカルくんは即答した。
「じゃあウララちゃんが言ってたこと覚えてる?
 人形がうんぬん言ってたよね?
 そのことについてはどう思う?」
「……さあ?
 まあこれだけ古びた館なんだからなにかしらあってもおかしくはないな。
 そこに転がってる人形だって実際犯人が置いて行ったのか、はたまた……」
そこでヒカルくんは言葉を切った、なにか思いついて黙ったのかと思ったら左手で口もとを隠してアクビをしただけだった。
281:
「って、ヒカルくん左利きなんだね」
「ん、ああ、そーだよ左ぎっちょだよ」
「イヤそうな顔してるけど、左利きなのがイヤなの?
 私は昔から左利きに憧れてるから羨ましいんだけどなあ」
「べつに、右利きとか左利きとかあんまり気にしたことないからなあ。
 野球やる時と書道の時ぐらいかな、まあ書道なんてもう二度とやらないだろうけど」
「毛筆とか懐かしいね。
 そういえば左利きの人は筆は右手で書かなきゃダメだから大変だよね?」
「ていうか、さっさと次の現場に行かなくていいのか?」
そうだった。
こんなところで雑談に興じている暇はない、なぜだか私はある種の満足感を覚えていた。
こうやって事件を調べていくことで澱のように自分の中に溜まっていく情報が形になっていくのがはっきりと感じられた。
282:
私たちは次にウララちゃんがいるはずの物置部屋に向かうことにした。
「そういや、広間のオレたちの荷物荒らされてたよな?
 あれってなんだったんだろうな?」
「うーん、荷物は服が盗まれたりとか、あとバッグにいれてたスマホを盗まれてたよ、カエデちゃんのとか」
「なんでそんなことを……?」
しゃべりながら長すぎる廊下を歩いて私たちは物置部屋についた。
私はある確信を持って鉄扉を思いっきり開いた……いや、重かったので実際には開けなかった。
呆れたような顔でヒカルくんが開けてくれた。
「やっぱり、ね」
ウララちゃんの生首も犯人に持って行かれたのかなくなっていた。
鼻の息を止めても匂ってくる異臭に顔をしかめつつ部屋を観察する。
今度は首だけの人形を発見した。
283:
首だけの人形はやはりウララちゃんと同じように髪の毛が切られていた。
これもまた見たて殺人、なのだろうか。
「狭い、部屋だしとりあえず私だけ入るね。
 念のため犯人が来た時のために見張っておいてくれる?
 犯人が来たら撃退してね」
「ワトソンそんなに強くないぞ?」
腰にさして置いた懐中電灯をつけて部屋を照らす。
物置には調度品やらノコギリやら様々なものがざっくばらんに置かれている。
不意に目を突き刺すような刺激に私はまぶたを反射的に閉じた。
自分の向けた懐中電灯の光がかえってきたような――
「!!」
284:
唐突に今までの情報がよりはっきりとした形となって私の脳みそに入ってくる。
入ってきた情報によって頭の中が沸騰する、それこそ解けない謎を氷解するように。
「ヒカルくん、隣の部屋と隣の隣の部屋を見てきてほしいの。
 丸テーブルが二つの部屋にあるかどうか、確かめてほしい」
ヒカルくんがわずかに目を見開いたが、彼はわかったと言って部屋をあとにした。
三分も経たずに帰ってきた彼は、
「丸テーブルは隣の部屋にもその隣の部屋、ついでにもう一個の部屋にもなかったよ」
「ありがとう」
「なにか、わかったのか?」
私はそれには答えず頭の中で蓄積されていった情報をゆっくりとパズルに当てはめるように筋道を立てて並べていく。
285:
首だけの状態。
外部からの侵入者。
生きてる者のアリバイ。
真ん中の部分の割れた窓ガラス。
冷蔵庫の一部だけがなくなっている。
二つの人形。
荒らされた部屋。
盗まれた服。
消えた死体。
そして――私はソレに映る自分の顔を見た。
目が蘭々と光って鼻腔がぴくぴくしていた、私は今興奮しているのだ。
いや、この身体中をめぐる血が泡立つような感覚は怒りと言ったほうが正確かもしれない。
「完璧にはわからない、不完全な推理かもしれない、でもわかったの」
自分でも自分の声が酷く淡々としているのに気づいた。
一度湧いた怒りの炎が脳裏に浮かび上がり、それは瞬く間に温度をあげて冷酷な青色になっていた。
私は言った。ヒカルくんの目が零れ落ちそうになるほど開かれる。
「この事件を私が終わらせる」
286:

二泊三日の旅行、最終日。僕はある指示を受けて広間を四十分ほど抜けて一階の部屋を一通り見て回っていた。
そしてそれを終えて広間へ戻った。
広間の扉を開くと、
彼女が首だけになって丸テーブルの上で死んでいた。
290:
いったい全体僕にはなにが起こったのか理解できなかった。
僕は『ウララ』から一階のどこかに落とした髪留めをとって来てほしいと頼まれて今の今まで暇つぶしも兼ねて、部屋中を探し回っていた。
一通り回ったが結局そんなものは見つからなかったので僕は広間に戻ることにした。
そして僕が戻ったら――彼女は首だけになっていた。
見覚えのある丸テーブル。
テーブルの足もとにあるのは残酷な空白。
世界から自分だけが切り取られたかのように音が聞こえなくなる。
今まで目に焼き付けていたどの彼女ともちがう能面のような表情。
自分の意思とは無関係に激しくなる心臓は僕の呼吸を乱れさせた。
視界には様々なものが映っていたがそのどれもが輪郭を失ってぼんやりとしていた。
僕の世界の中で彼女だけが確固たるものとして存在していた。
292:
「なーんちゃって、死んでないよ?」
不意に死んでるはずの彼女が口を開いた。
澄んだソプラノが耳に心地いい。
「いったいどういうつもりだ?
 ずいぶんとタチの悪いイタズラだな、いくらオレが寛容だからってさすがに気分が悪い」
「少なくともキミがそれを言っちゃダメだと思うよ」
首だけになっている人間と話しているというのは変な気分だった。
彼女――アカネは得意げに言った。やっぱり首だけの状態で。
「ねえ、ヒカルくん?」
293:
8
「本当のことを言うと私たちは今日のどこかでタイミングを見計らって、これがドッキリであることを告白するつもりだったの」
「いやあ、それをどのタイミングでするかが問題だったけどな」
死んで首だけの状態になったはずのウララとオサム、そして他の部員たちが広間に入ってくる。
入ってきた連中はすでにこれまでの事件の一連の流れをわかっているのかと思ったけど状況を飲み込めていないのか皆、目を白黒させていた。
まあ僕が広間にいない時間は四十分程度。
その間にまず死んだ二人が突然出てきただけでもみんなは驚いただろうし、それだけでも色々時間はかかっただろう。
さらに今回の事件の主犯である僕に対する仕返しのためなのか知らないが、わざわざ死体を再現する手間もかけたのだから事件解説をする時間はなかったのだろう。
「いったいなんのことかよくわからないな」
せっかくなので僕はとぼけてみた。
「オレが犯人、ねえ。
 いったいなんの根拠があってそんなことを言ってるんだ?」
294:
「ウララちゃんとオサムくんが教えてくれたよ」
「……」
死人に口無しという言葉があるが、今回の被害者にあたる人間は残念ながら生きていた。
当然そいつらに聞けばわかるが……しまらないなあ。
「……っていうのだとみんなも納得できないだろうから、私の推理を説明するね。
 みんな色々思うところがあるだろうけど、とりあえず先に私の話を聞いてほしいの」
皆はとりあえず頷いた。
「さてさてまずはなんでウララちゃんとオサムくんは生きているのかだけど、これは単純に死んでいないから。
 生首の状態になっていたのにどうして死んでいないかって、これマジックなんだよね?
 
 スフィンクスっていう昔からあるマジックで、三本脚のテーブルを使うんだけどね。
 このテーブルの脚と脚の間にサイズピッタリの鏡を入れるとテーブルの下は見えなくなる……まあよくわかんないけど目の錯覚を応用したものみたい。
 テーブルには顔が通る程度の穴を開けておけば生首は成立するってわけ」
295:
実際にはもう少しいくつかの条件を重ねないと成立しないマジックなのだけど、まあそんな細かいことを僕が解説するのも滑稽か。
アカネはそれで事件の解説が終わったと思ったのか、なにか質問はある、とみんなを見渡した。
いわゆるドヤ顔だ、他のやつならムカつく表情も彼女だと可愛くて仕方がなかった。
僕は犯人として皆が思っているだろうことを口にした。
「いや、それだけじゃ全然わからないだろ。
 だいたいどうやって二人が生きてるとわかった?」
「あっ、そうだね。
 そこを解説してないね、とは言ってもそんなに難しいことじゃなくて消去法なんだよね。
 一つ目の事件のオサムくんのときはみんな寝てたりしててアリバイが曖昧だったからよくわからなかったけど。
 二つの目の事件のウララちゃんの時は一応みんなのアリバイが成立してたよね?
 さらに広間にあった私たちの荷物が荒らされた時も。
296:
 このことから私たち以外の人が犯人なのかな、って思っちゃうかもしれない。
 でもそれだと色々奇妙な気がしたんだ」
「奇妙? なんで奇妙なんだ?」
「食料庫の窓ガラスが割れてたから」
「外から侵入するために窓ガラスを割る、そしてその割った穴から手を通して鍵を開けて侵入する。
 なにもおかしなことはないはずだろ?」
僕の質問に彼女は嬉しそうに答えた。
「だってそんなことをしなくても食料庫の隣の……オサムくんがいた部屋の窓が開いていたんだからそこから入ればいいよね?
 だって誰もオサムくんには近づいていないし、その後ろの窓にはなおさら近づいてるはずないもん。
 それに窓ガラスの割れ方が根本的におかしいよ、ガラスの真ん中が割れてたもん。
 普通、鍵を開けるために窓ガラスを悪なら鍵のある部分になるべく近いところを割るよね?
 これってたぶん外から開けようとすると窓の位置が高すぎて、窓から身を乗り出して身体をひねって開けるしかなかったんだよね。
 そうじゃないと窓ガラスは部屋に落ちないし、まあ結果として窓ガラスと窓ガラスが重なって真ん中にしか開けられなかったわけ」
オサムが窓を開けてないととても臭くて部屋にいられない、と言ったために開け放っておいた窓だったが……見事アダになったみたいだ。
297:
オサムがなるほど、と小さくつぶやいたあとアカネを見て質問した。
「じゃあ部屋の匂いは?
 あれはけっこう強烈で死体の俺も逃げ出したくなるぐらいだったんだけど」
「たぶん腐らせた魚、じゃないかな。
 ベッドの下とか鏡の下とかに仕込んでたんでしょ?
 ウロコみたいなのがベッドの下に残ってたよ。
 食料庫荒らしたのはなくなった魚をカモフラージュするためと、犯人が外部犯だと思わせるためかな?
 あと部屋の広間の私たちの荷物を荒らしたのは、オサムくんとウララちゃんの服を回収するため。
 二人だけの服がなくなってるのがわかったら困るし、怖さの演出にもなる」
僕からは一つ付け加えておこう。
実はこの島は普通に電波が入るので、電波を遮断する装置みたいなものをウララに用意させて使ったのだ。
効果が一時的なものだしみんなのケータイを壊すわけにもいかず広間を荒らした際盗めるケータイだけ盗んでおいた。
しかし、こうしてみると穴だらけの犯行だったみたいだ。
298:
「あとヒカルくんが夜中に私についてきたのは見張るためでしょ?」
アカネの質問に関してはノーだったが、僕は頷いておいた。
「あそこがヒカルくんやウララちゃん的には一番ヒヤヒヤしたんじゃない?」
「それもわかってるのか」
「実は私とヒカルくんは夜中、この事件を解決するために事件現場に言ったんだけど、その時に犯人らしき人に遭遇したんだよね。
 最初は怖かったし、本気で犯人が犯行現場の証拠を揉み消しに行って帰ろうとしたところに鉢合わせたのかと思ったけど。
 あれ、普通にオサムくんかウララちゃんが犯行場所から戻るところだったんだよね?
 テーブルとか残ってたら一発でトリックがバレちゃうかもしれないし私たちが広間で待機してる間に回収しようとしたんでしょ?
 まあ、私は……隠れたからその時見れなかったんだけど。
 あれのおかげで」
299:
なぜかアカネは最後だけ言い淀んだ。
「あのすごい匂いの中にずっといるのは私もオサムくんもきつかったからね、実はわりと早めに逃げちゃったの」
ウララもオサムも今回のイタズラにはずいぶん尽力してくれたわけだけど、まあ許容の限界ってあるよな。
「結局のところ私たちが生首状態の二人を確かめれば、その時点で終わりだったよね、この事件」
アカネはそう言ったが、そのためにオサムのときはウララに演技をさせて死体から離れさせたのだけど。
「ちょ、ちょっと待って。
 一ついいかな、ウララちゃんのことなんだけど」
おなしい読書娘のカエデが言いにくそうに手を挙げた。
「ウララちゃんのいた物置きのところって南京錠がないと鍵がかからないんだよね?
 昨日の朝――みんなが食料庫に行く前ね――倉庫行くときは南京錠がないのに扉が開かなかったけどあれはなんで?」
これはなかなか簡単なようで解決するのは難しいと個人的に思っているトリックだった。
しかし、アカネはこれまた魅力的な笑顔を僕に、というか全員に見せてくれた。
300:
「南京錠の代わりに別のものを通せばいいんだよ、たとえば、髪の毛とかさ」
「すごい、よくわかったね」
ウララは本気でトリックがバレたことに驚いたらしい。
「みんなは気づいたかな?
 オサムくん、ウララちゃんの死体のそばには人形が置かれてたの。
 見たて殺人のように人形は二人と同じ状態になってた。
 そしてウララちゃんのとき、テーブルのそばに落ちてた人形の髪の毛が切れてたけど、髪の毛がめちゃくちゃに切られてた。
 そしてウララちゃんもそーだけど。
 この事件が単なるイタズラだとしたらこの見たて殺人っぽい演出の人形も別の意味があるのかなって思ったら自然とわかったの」
「ちなみに髪の毛はウィッグを適当につけてたの。
 ちょうど夏だし、髪の毛も結構バッサリ切ってたからみんなには気づかれなかったみたいね」
実はちょっとワイルドな髪型になってるウララがアカネの解説に付け加えた。
ちなみにウィッグ代は僕が出した、当然だけど。
301:
「ウララちゃんが物置を遺体場所として選んだおかげで、物置を調べることがきっかけになった。
 そして物置を調べたら鏡があってそれが私の推理の決定打になったってところかな。
 あとは二人を探して見つけて全部聞き出したら、あっという間に解決」
まあ、他にも僕自身いくつか犯行がバレるであろう点はわかっていたが、まあそれは触れる必要はないだろう。
食料庫にあれだけのものが入っていたのに
アカネは話し疲れたのか、ため息をついたがすぐに僕を見据えて得意げに言い放った。
「私の推理は以上だけど――なにか質問はあるかな、ワトソンくん」
302:
9
まあそれはもうこってりと僕とウララとオサムは絞られた。
悪質すぎるイタズラだったので当然と言えば当然なのだけど。
雨もすっかりやんで僕らは無事船に乗ることができた。
というわけで現在、僕は一人デッキの隅っこで黄昏ていた。
「ヒカルくん」
「……なんだよ、オレもあのイタズラについては謝ったろ?」
アカネがいつの間にかそばにいた。
不意打ちでオモイビトに話かけられたせいで僕はぶっきらぼうな返答をしてしまった。
「ちがうよ、そうじゃない。
 一つずっと気になってたことがあってさ、どうしてこんなイタズラをしたの?」
僕は答えなかった。
303:
当たり前だ、こたえられるわけがない。
だって僕はアカネの怖がる顔を見たいというそれだけの理由でこんな馬鹿げたことを実行したのだ。
初めて彼女の怖がる顔を見た時、僕はこれが恋なのだと悟った、悟らされた。
それほどに強烈で鮮烈で衝撃的だった。
それこそ幻覚を見てしまうほどに。
恋を成就させるかあるいはもう一度恐怖に怯える彼女を見るぐらいでしか、僕は自分のヤバイ症状を抑えられないと思ったのだ。
まあ結果的にあまり交流のなかった僕らはこの事件を通して少し仲良くなったし、二人っきりになれたし、抱きしめたりしちゃったし。
結果オーライである。
黙秘する僕に、レミはやれやれと肩を竦めて代わりに別の質問をぶつけてきた。
「じゃあ、あのイタズラは誰が考えたの?
 ヒカルくん、オサムくん、それともウララちゃん?」
「レミ先輩」
「……本当に?」
いかにも疑わしげに聞いてくる、心なしか顔が近くなって僕は右腕の時計に視線を逃した。
304:
「あの人が提案したんだよ、今回のイタズラも
 あとお前は信用してないようだったけど、タバコをくれたのはマジでレミ先輩だ」
「なんでレミ先輩がヒカルくんにタバコをあげるの?
 レミ先輩がタバコを吸ってるとは思えないし……

僕はバックからレミ先輩からもらった人形を出してアカネに見せた。
「なにこれ?
 なんだかミュージカルに出てきそうなおじさんみたいな人形だね
「この人形もレミ先輩がくれたんだ。
 ねがいが叶うって人形なんだけど、エケコ人形とか言うらしい。
 なんでもこの人形はタバコが好きらしいから、ねがいを叶えたいならタバコを定期的に吸わす必要があるんだって。
 だからオレがタバコを持ってたのはオレが吸うためでもレミ先輩が吸っているわけでもない」
305:
レミ先輩がくれたエケコ人形は南米のボリビアかどこかの願掛け人形らしい。
僕はこれを先輩からもらったあとためしにアカネのことで相談したのだ、それはもう赤裸々に。
そしたら今回のイタズラを提案して、だいたいのシナリオや今回の事件のトリックも考えてくれた。
本来の予定とちがったのはアカネに事件の真相を看破されたこと、そして僕とアカネが二人っきりになったこと。
しかし、ふりかえってみるとレミ先輩はこうなることをほとんど見通していたのかもしれない。
あの人はいつでもなんでもお見通し、って感じだし。
「じゃあこの人形にヒカルくんはなにを願ったの?」
アカネと視線がはっきりとぶつかった。
船を打つ波が一際強く跳ねた。
弾けた波の飛沫は陽光を浴びて眩しく輝いた。
「そのうち言うよ」
「えー今言ってよー」
「ヤダね」
遠くに見える太陽はあと少し経てばまた沈む、そして登る。
海の潮も満ちては引いてそれをひたすら繰り返して行く。
僕らの日常も小さな変化こそあれ、ただひたすら繰り返して行くのだ。
そんな繰り返しの日々の中で僕は彼女との絆を深めたい、そんなことを波の音を聞きながら思った。
おわり
306:
女「まあ、こんなところだけど……面白かった?」
男「ええ、僕は今回の話が一番面白かったですよ
 推理もの好きですしね」
女「じゃあ今まで聞いたどの話よりも?」
男「え? まあ、そうですね……」
男(今まで聞いたどの話よりも、とか言われてもそんなに話を聞かされたわけでもないのにな)
女「本当の本当?」
男「は、はい……それはもう」
307:
女「そっかあ、今まで聞いたどの話より面白いんだねー。
 ふふっ、嬉しいなあ」
男「なんでですか?」
女「いや、まあ私もじょじょに進化してるのかと思ったからだよ」
男「……」
女「まあそれじゃ長い話に付き合ってもらったし、次はキミの行きたいところに連れて行ってあげる。
 どこ行きたい? カラオケ? ダーツ? あ、久々にボーリングもいいかも」
男(なんだろう、今感じだ奇妙な気持ちは。
 まあ単なる勘違いっていうか思い過ごし、かな……)
男「じゃあまずはカラオケ行ってボーリング行ってダーツ行ってバッセン行きましょー!」
女「えー、私しんじゃうよー」
男「いいからいいから!
 明後日からはいよいよ文化祭準備の最終日なんですし、今日はハメはずしましょー!」
女「それもそうだね、それじゃハメはずしちゃおう!」
312:
男(いよいよ明日は文化祭なわけだが、オレたち生徒会、及び文化祭実行委員のメンバーは昨日と今日と泊まり込みで作業していた。
 怒涛の二日間は忙しすぎたせいかあっという間に過ぎて残すは明日と明後日の本番のみである。
 そんでもって今は作業を全て終えたあとの自由時間。
 オレは先輩と二人っきりで生徒会室で最後の文化祭の打ち合わせを終えて雑談をしているところだった。
 
 夜の校舎と二人っきりの男女……なんてステキなシチュエーション!)
女「いよいよ明日は文化祭、だね」
男「まあ文化祭準備もずいぶんと長かったですよね。
 夏休み頭から今日まで……まあそれも今日までだ」
女「んー、それにしても昨日から泊まり込みだけど、ここの校舎って汚いよねー。
 昨日なんか廊下を普通にゴキブリが歩いてたからビックリしちゃった」
男「まあこの学校で改装工事とか色々してるのは、先輩たちみたいな一部の進学クラスの校舎だけですからね。
 毎年文化祭は広いからって理由でこのオンボロ校舎でやりますけど……こっちも改装したらいいのに」
女「ある意味趣があると言えなくもないけどね」
男「七不思議の一つや二人つあってもおかしくない、って感じですか?」
313:
女「それは私のコワイ話へのフリなのかな?
 頼まれたらいくらでもしちゃうよ、私」
男「なんか今夜は興奮してるんでいくらでも話聞いてもいいかなあ、って気分なんでいいですよ」
女「なに、もしかして私と二人っきりでその上夜の校舎だからってエッチなこと考えてるってこと?
 うわあ、やらしいなあ。さいてー」
男「ちがいますよ!
 興奮っていうのは明日が文化祭だからですよ!」
男(まあ先輩が言ってることはわりと当たってるんだけど)
女「とりあえずこっから出ようよ。
 あんまり夜遅くまで生徒会室使ってると先生たちに怒られちゃうし、こんな密室だと襲われたとき逃げられないし」
男「襲いませんよ。
 だいたい僕は紳士ですしね、むしろ先輩のほうが僕を襲うんじゃないですか?」
女「……そうだね。
 私も今少し変なキモチかも」
男「……え?」
314:
女「ほんのちょっとだけだよ、本当にちょっぴり。
 とりあえず校舎周りぶらぶらしない?
 夜の学校ってコワイけどなんだかワクワクするし」
男「もしかして幽霊に会えるかもしれないですね」
女「幽霊は出てこられるとちょっと困っちゃうなあ。
 私、幽霊苦手だし。
 幽霊が出たら頼むよ、助けてね」
男「まあ、努力はしますよ」
男(今、この状況ならあの時の話をしてもいいかもしれない。
 いや……)
女「どうしたの、えらい深刻そうな顔してるけど。
 もしかして幽霊、コワイ?」
315:
男「怖くないですよ、っていうかそんなこと今考えてなかったです」
女「じゃあなに考えてたの?」
男「ええっと、ですね…………そうだ、僕の怖い話を聞いてくれませんか?」
女「キミがコワイ話をしてくれるの?」
男「ええ、とっておきのヤツです。
 まあそんなに長くないし、サラッと終わる話なんで聞いてもらってもいいですか?」
女「いいよ、私も話を聞いてもらったし。
 それに、キミがどんな話をするのか興味あるしね」
男「ありがとうございます」
316:

男「これは僕の実話であり、正直今でも思い出すだけで胸が痛くなる話です。
 なんで今さらこんな話をしなければならないのか、そんな気持ちすら湧きそうなんですけど。
 ていうかなんでこんな話を僕がしなきゃならんのだ、と話したいと言いつつ気分的にはむしろ逆なんですよね。
 ああ、すみません。
 前置きが長過ぎましたね、このままでは前置きの方が長い話になりかねないのでそろそろ本題へ入ります。
 まあ、しかし本当に大した話じゃないしそもそも僕にとっては怖い話であり思い出話であるんですが、はたから聞くとちがう印象を持つかもしれません。
 
 実は僕はですね、ある人が好きになったんですよ。
 イヤイヤ、冗談抜きで本当にマジもんの恋ですよ。
 
317:
 あ、ちなみに好きになったのは同じ高校の人なんですけど。
 え? カワイイのかって?
 そりゃあもうそりゃ、この僕が恋に落ちた相手ですよ、文句無しにカワイイですしみんなからの人気者ですよ。
 まあそんなことはどーでもいいんです。
 
 僕と彼女はそこそこ、いや、個人的見解を申し上げればすごい仲がよかったんですよ。
 正直に白状すると告白するまでもなく僕は両思いであると信じて疑いもしてなかったです。
 
 だから僕はさっさと告白してその人とお付き合いしたい、そう思っていました。
 しかしいざ告白しようとするとこれがなかなか緊張するものです。
 僕は結局、彼女に告白しようと決意し実行に移すまでにはかなりの時間がかかったんですよ。
 まあそれでも友達とかに相談して最終的に僕は告白することにしたんです。
 まあ彼女と接する機会はかなりありましたし、告白するチャンスはいくらでもありました。
318:
 まあしかしチャンスがあろうとも僕にはチャンスを生かす力も度胸もありませんでした。
 パワプロで言うならばチャンス×ってやつですね……ああ、わかりませんか気にしないでください。
 しばらくはやっぱり告白できませんでしたけどまあしかし先にも言ったとおりチャンスはたくさんありました。
 だからその何回もめぐってくるチャンスの中で僕はついにその人に告白したんです。
 学校帰り、体育館裏に一緒に行ってそこで僕は一世一代の告白をしました。
 あの時の感覚は今でも鮮明に覚えています、本当に言葉を一つ一つ出して行くたびに呼吸がどんどん乱れて声が震えましたね。
 告白して真っ先に思い浮かべたのは自分がフられる姿でした。
 あれほど仲がよくて告白したら絶対にオッケーされると言っておいてなんですが、告白した瞬間の僕は本当にフられる自分しか想像できませんでした。
 彼女はなかなか返事をくれませんでした。
 僕は頭をこの時なぜか下げて告白したので彼女の表情は見えませんでした。
 なにも考えられませんでしたね、ただ早くオッケーなりノーだったり、とにかくなんでもいいから返事をくれという思いしかありませんでした。
319:
 ようやく彼女は返事をくれました。
 なんて返事をくれたのかって?
 なんだったんでしょうね……っと、冗談ですよ。
 きちんと答えます、彼女はこう言いました。
 
 「明後日の土曜日に返事をするからそれまで待って欲しい」
 間違いなく彼女はこう言いました、このセリフは今でも一字一句間違いなく完璧に思い出せますよ。
 
 まあそんなふうに言われたら僕はそれ以上追求できませんでしたし、今その場で返事をもらうのは無理だと諦めました。
 まあその場でフられなかっただけマシ、そう前向きに考えておきました。
 そして二日間、僕はひたすら身悶えるような思いで待ちました。
 いやあ、本当にもう告白の答えばかり気になってなんにも手につきませんでしたね。
 しかし僕も男、いや、漢としてひたすら耐え忍びましたよ。
 
320:
 さあ、いよいよ告白の答えの日です。
 僕は指定された時刻の二十分前に学校につきました。
 待ち合わせ場所は体育館裏、告白した場所と同じ場所です。
 僕は自分の心臓のバクバクする音をかき消すようにひたすらB'zの「恋心」を聞いてました。
 しかし、彼女はいつまで経っても来ないのです。
 「恋心」が終わってどんどん曲が終わってきます。
 でもアルバム最後の曲、「RUN」になってもまだ彼女は結局来ませんでした。
 今思えば彼女にメールか電話でもするべきでした。
 あの頃の僕にはそれをする勇気がなく、結局夜になるまで学校にいました。
 まあ、最後はあまりに悲しくて帰ったんです。
 彼女にフられるどころか、学校にさえ来てもらえなかった。
 僕はその日、本気の涙で枕を濡らしました。
 あの時ほど悲しかったことはたぶん、ないんじゃないかなあ。
 ご飯は喉を通らないし、眠れないしで最悪の土日を過ごしました。
 もう正直学校行くのやめようかと思いましたね。
 ていうか実際に学校に月曜日は行かなかったですね、月曜日はどうしても彼女と会ってしまうので。
321:
 まあ結局次の日からは学校行ったんですけど、もし自分がフられたことがみんなに知れ渡ってたらどうしようかな、と思いました。
 実際には誰も僕が告白したことは知りませんでした。
 で、僕は気持ちをなんとか切り替えようと努力しました。
 昼ごはんとかもヤケ食いしようと思いました、気持ちをまぎらわすために。
 それで昼飯を購買に買いに行こうとしました。
 そしたらですよ、教室に入ってきたんですよ。
 買いに行こうとして、彼女が教室に入ってきたんです。
 もう不意打ちすぎてビビりましたね。
 しかも彼女、まっすぐ僕に向かって来るんですもん。
 おいおい、ここでまさかの告白の返事をするのか……色んなやつが教室にいるのに。
 そんなことを思ったわけですけどしかし、僕の予想とは裏腹に彼女は昨日僕が休んだ理由を聞いて普通に心配してくれただけでした。
 他にはなにも変わったことがなかったんですよ、まるで僕の告白なんてなかったかのように。
 いや、まるで彼女は僕から告白されてなんかいないようにさえ見えました。
 
 それから僕は色々と遠回しに彼女に僕のことや僕の告白についてそれとなく聞きましたが、本当に告白の事実なんてないかのようでした。
 
 これってつまりどういうことなんですかね?」
32

続き・詳細・画像をみる


バカッター「消費税8%か、単純に考えて150円のペットボトル飲料が180円になる訳だ。」 →5000RT

セガ公式Twitterの誤爆酷すぎだろJKwwwwwwwwwwww

初音ミクと握手できるシステムを日本人が開発しててワロタwwwwwwwwwwww

アメリカ人「カラフルでキモいトウモロコシ作った」 

【声優】梶裕貴、アーツビジョンから離れ、グループ関連のVIMSの所属に

島田紳助さんの現在wwwwwwwwww

彼氏と浮気したことを誇らしげに伝えられた

【みう散歩富士編】これ間違いないわ。僕が惚れ込んだX-M1の軽量高画質はぶらり旅でも正義でした!

『俺妹。』千葉ロッテマリーンズとコラボ!描き下ろしコラボグッズ発売!

自炊しはじめたら食費が2、3万浮いたwwww

高坂穂乃果「やめます……私、>>5やめます」

Twitter民 「消費税8%。150円のジュースが180円になる」

back 過去ログ 削除依頼&連絡先