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甜花「なーちゃんを元に戻すだけのお話です」


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なーちゃんがおかしくなってしまったのは、
一か月前の交通事故があってからでした。
交差点で車にはねられたなーちゃんは、
奇跡的に一命をとりとめました。
だけど、頭を強く打ったせいでプロデューサーさんのことを
甜花だと思いこむようになりました。
甜花にとってそれはとってもつらいことでした。
だから、甜花の役目は、変になったなーちゃんを
もとのなーちゃんに戻すことでした。
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2: 以下、
甜花は、なーちゃんのために、いろんなことをしました。
例えば、
?なーちゃんのほっぺたを抓る
?なーちゃんの頭をたたく
?なーちゃんに抱き着く
?布団にもぐりこんでみる
だけど、どれもうまくはいきませんでした。
なーちゃんは、相変わらずプロデューサーさんを
甜花だと勘違いしたまま過ごしていました。
だからこそ、甜花は困り果ててしまいました。
どうすれば、なーちゃんは元に戻ってくれるだろう?
3: 以下、
なーちゃんは事故のせいで、性格も変わってしまいました。
もとから甜花のことを人一倍心配してくれたなーちゃんは、
プロデューサーさんが自分から離れることを、とっても嫌がるようになりました。
それに、プロデューサーさんが自分以外の誰かと話していると、
きまって不機嫌そうな顔をするようになりました。
なーちゃんは甘えん坊さんになってしまったみたいで、
「甜花ちゃんはずっと甘奈といっしょにいなくちゃダメ」
というのがなーちゃんの口癖になりました。
「……なーちゃんは心配性だなあ」と甜花はおもいました。
4: 以下、
だけど、なーちゃんのいう「甜花」はプロデューサーさんのことなので、
なーちゃんと手をつなぐプロデューサーさんはいつも困っていました。
なーちゃんは、事故の後、病院でめをさましてすぐに、
ベッドの隣に立つプロデューサーさんをみて
「甜花ちゃん!」と言って抱きつきました。
プロデューサーさんは、そんななーちゃんに
何度も「自分はプロデューサーだよ」と説明をしていました。
それをそばで見ていた甜花は、
本当の甜花はここにいるのに、とおもいました。
でもなーちゃんにとって、プロデューサーさんこそが
本当の甜花だったのです。
5: 以下、
病院を退院したあと、なーちゃんは、ますますおかしくなりました。
夜になって隣に"甜花"がいないとベッドの上で泣きさけんだり、
お父さんとお母さんに部屋にあるモノを投げつけたり、
そういうことをするようになりました。
それから、なーちゃんは、思うように眠れなくなってしまいました。
なーちゃんは「不眠症」になってしまったのです。
6: 以下、
なので、甜花は夜になるとなーちゃんの部屋に行って、
ベッドでいっしょに寝てあげるようになりました。
名前を呼んでも、なーちゃんは気づいてくれないので、
甜花はそっと後ろからだきしめてあげました。
甜花はなーちゃんのお姉ちゃんなので、
子供のころは、よくこうやってふたりで寝ていました。
それを思い出して甜花はすこしだけ笑いました。
でもその声がなーちゃんに聞こえないのは、
ちょっぴりさみしいなと思いました。
7: 以下、
背中越しに、甜花は「なーちゃん」と呼びました。
返事はなかったけど、ひとりごとだと思って、
だいすきだよと言ってあげました。
いつもより悲しそうな、なーちゃんの声を聴いて、甜花は瞼を閉じました。
どうか、なーちゃんが元のなーちゃんに戻りますように。
甜花は祈るように、眠りにつきました。
8: 以下、
だけど、日に日になーちゃんの容態は悪化していきました。
10: 以下、
そんなありさまを伝えられたプロデューサーさんは、
なーちゃんと自分が一緒に暮らすことを提案しました。
最初は渋っていたお父さんも、なーちゃんが
プロデューサーさんのことを「甜花ちゃん」と呼ぶのを見て
ついにはなーちゃんのわがままを許してしまいました。
甜花は「ほんとうにいいの?」と言いましたが、
お父さんもお母さんも返事はしてくれませんでした。
もしかすると、ふたりとも、甜花が思うよりもずっと
今の生活に疲れてしまっていたのかもしれません。
隣にいる甜花には目をくれずに、
次の日にはなーちゃんを乗せた車は、
プロデューサーさんの家へと走り去っていきました。
11: 以下、
なーちゃんが行ってしまった後、
「どうしてこんなことになっちゃったのかな」
そう言って、お母さんは泣きくずれてしまいました。
「あの事故さえなければ」とお父さんは言いました。
そうだね、と甜花はうなずきました。
なーちゃんがああなっちゃったのも、
きっとあんな事故があったせいなんだよね、
甜花はそうやってふたりに声をかけてあげようとしました。
12: 以下、
「……甜花が生きていてくれたら、どんなに良かったか」
お父さんはそういってお母さんを寝室につれていきました。
甜花は、なにもいわないで、リビングに飾られた額縁を眺めました。
写真の中に収められた甜花は、今よりもずっと、とびきりの笑顔でいたのです。
そうして、ひとりぼっちになった部屋の真ん中で、
誰にも聞こえない声で「そうだね」と甜花はつぶやきました。
13: 以下、
つづきます。
15: 以下、
その事故は、ほんとうは、ふたりに訪れたものだったのです。
甜花となーちゃんのふたりに、です。
交差点を渡るなーちゃんをめがけて
走ってくる車をみつけたとき、
どうしてか、甜花のからだは勝手に動いていました。
あと、もう一歩、でした。
あとすこしでなーちゃんは事故に
巻き込まれることはなかったはず、でした。
運動不足なのがわるかったのかもしれません。
あたり一面の悲鳴と、体中の痛みをかんじた時、
甜花はじぶんが死んでしまうことを知ったのです。
プロデューサーさんのいうことをきいて
ゲームをひかえていればな、と甜花はおもいました。
16: 以下、
次に目をさましたのは、病院のなかで、
なーちゃんの泣く声をきいたときでした。
病室には、窓際に花束がそえられていて、
ベッドの隣に置かれた椅子に、甜花はすわっていました。
たくさんの涙をながしているなーちゃんに
甜花は「なーちゃん」と声を掛けました。
それなのに、なーちゃんからは、返事のひとつもありませんでした。
それから、壁に立てられた鏡をみて、甜花は思わず声をあげました。
そこには、なんと、甜花の向こう側の空が透けて映っていたのです。
そこで初めて、甜花は、自分がゆうれいになったことを知ったのです。
17: 以下、
甜花はもう一度、「なーちゃん」と呼びました。
だけど、なーちゃんはずっと泣いているだけでした。
18: 以下、
これは後で知ったことですが、
なーちゃんをつきとばした甜花は、
なーちゃんのかわりに、ぐちゃぐちゃの身体に
なっていたそうです。
打ちどころが悪かったのかもしれません、
とにかく“悲惨な光景”だったとききました。
でも、甜花はそれを聞いたとき「よかった」と思いました。
なーちゃんが生きていてくれるなら、それで甜花はよかったのです。
甜花はもうなーちゃんとおしゃべりもできないけど、
それなのに、こうしてなーちゃんの隣でもう一度すごせることが、
甜花にはとってもうれしかったのです。
19: 以下、
「泣かないで」と甜花はいいました。
それから、なきむしのなーちゃんの頭をなでてあげました。
それでもなーちゃんは、泣き止みませんでした。
ずっとずっと、泣いたままでした。
もしかすると、甜花がこうしてこの世界にやってきたのは、
なーちゃんのためだったのかもしれません。
そう思った甜花は、これからはずっと、
なーちゃんのために生きてあげようと考えました。
少しだけ大人にみえる、子供みたいななーちゃんを見て、
甜花はちょっぴり笑いました。
20: 以下、
「どうしたら、なーちゃんは元に戻るのかな」
ふたりが行ってしまった後、
頭を抱えた甜花は、頼れるひとを思い出しました。
そうだ、千雪さんところに行ってみよう!
甜花は、家を飛び出て、事務所へと急ぎました。
21: 以下、
千雪さんは、アルストロメリアという名前で、
なーちゃんと甜花の三人でユニットをくんでいて、
いつだってなーちゃんと甜花のことを
気にしてくれていました。
千雪さんは、とっても優しいので、
なーちゃんのことをなんとかしてくれるかもしれない、
甜花のことも気づいてくれるかもしれない。
そんな淡い期待を抱いたまま、
事務所についた甜花を待っていたのは、
「撮影禁止」という札のかかった寂れたビルでした。
23: 以下、
「なにか、あったのかな……」
事務所の前で立ち尽くしたまま、辺りをみわたします。
むかしの賑わいが既に薄れてしまったその場所に、
甜花は、すぐに違和感を覚えました。
まるで「廃墟」にでもなってしまったかのような、
そんな只ならぬ雰囲気を感じていたのです。
24: 以下、
「おじゃま、しまぁす……」
甜花は、おそるおそる事務所のなかへと入ります。
見つかったら誰かにおこられるかも、
なんてことが頭によぎりましたが、
幸いなことに今の甜花はゆうれいなので、
そんな心配をする必要もありませんでした。
これは意外にも、べんりな身体なのかもしれません。
……なーんて。にへへ。
25: 以下、
さて、気を取り直して事務所をのぞいた甜花は、
おもわず声をもらしてしまいます。
しかし、それは予想通りといったところで、
かつて事務所だった場所はすでに人気もなく、
閑散とした状態になっていました。
ソファも、テレビも、プロデューサーさんの机も、
そこはなにひとつなくなってしまった、もぬけの殻でした。
26: 以下、
「どうして……こんなことに?」
暗がりのなかで、甜花は途方に暮れてしまいます。
もしかすると、知らないうちに283プロダクションは
なくなってしまったのかもしれません。
しかし、それは無理もありませんでした。
「あんなこと」が起きた後で、アイドル事務所を続けるのは、
とてもたいへんなことに違いないと、甜花は少なからず勘付いていたからです。
27: 以下、
「これから、どうしよう……」
甜花はすぐさま途方に暮れてしまいます。
頼みの綱だと考えていた事務所ですらも、
今はこのような有様になっていたのですから、
それは無理もありませんでした。
だけど、なーちゃんを助けるためには、
どうしても、千雪さんと出会わなければなりませんでした。
甜花ひとりでは、もうどうすることもできないと、
それを知っていたからこそ、この場所に望みを賭けるしかなかったのです。
28: 以下、
「……千雪さんに、会わなくちゃ」
そのとき、甜花はちいさな決心をします。
この場所で、ずっと待っていようとしたのは、
ただ、闇雲に探し回るよりも良いはずだと思ったからでした。
それが、本当にただしいのかは分かりませんでしたが、
今の甜花には、これしか出来ることがなかったのです。
29: 以下、
その日から、もう誰もいなくなった事務所の中で、
甜花は、たったひとりで待ち続けることにしました。
他に、なんにもやることがない中で、
窓から鳩が飛び立って行く様子を眺めたり、
植木鉢に咲いたお花に話しかけたりするのは、
不思議とこころが安らいでいくようでした。
30: 以下、
それからしばらくの間、甜花はひとりで過ごし続けました。
……それは、途方もなく長い時間にも感じました。
ですが、晴れの日も、雨の日も、
甜花は辛抱強く、待ち続けたのです。
31: 以下、
ただ、暗い事務所で眠りにつくのは、
なぜだか、とても寂しい気持ちになりました。
そんな時は、なーちゃんや、千雪さんや、
みんなのことを思いながら、まぶたを閉じました。
そしたら、すぐに楽しかった思い出が溢れだしてきて、
その気持ちだけで、甜花はすやすやと眠ることが出来ました。
32: 以下、
その日、甜花は夢を見ました。
それは、なーちゃんと、千雪さんと一緒に、
プロデューサーさんの車で、海へと遊びに行く夢でした。
帰り際になって、夕日を見つめるなーちゃんが、
ふいに甜花の手を取るので、
甜花は「どうしたの?」と訊きました。
33: 以下、
「甘奈ね、今日はずっと胸がいっぱいだったの」
「なーちゃん……いいこと、あった?」
「うんっ! こんな場所でたくさん思い出を作れるなんて、
なんかすっごく幸せだなあって思ってさー」
「にへへ。……甜花も、しあわせだよ」
「甜花ちゃんも?」
「うん。また、みんなで来れたらいいね」
「……そうだね。またこんな風に、みんなで一緒に――」
34: 以下、
窓から差し込むきれいな朝焼けに目を覚ました甜花は、
いつの間にか、じぶんが眠っていたことに気が付きます。
そして、どうしてか、瞳からは一滴の涙がこぼれていました。
「どんな夢を見てたんだろう?」甜花は首をかしげます。
けれど、夢の内容を思い出すことは出来ませんでした。
それなのに、胸の内はずっとしあわせに溢れていて、
たったそれだけのことでさえも、今の甜花には十分だとおもいました。
35: 以下、
さて、すっかり目を覚ました後に、
今日はどんなことをして過ごそうかと、
甜花はあたまを悩まします。
こんなことなら、ゲームのひとつでも持ってくればよかったと、
少しだけ後悔を覚えました。
デビ太郎のぬいぐるみを握りしめて、壁に身体を預けます。
36: 以下、
……すると、誰かの足音が耳に届いて、
甜花は思わずまぶたを開きます。
なぜなら、甜花がここに棲みついてから、
誰かがこの場所に訪れたのは初めてのことだったからです。
コツコツとヒールのような音は近づいて、扉の前で止まります。
それから足音の主は、ガチャリと扉の鍵を開きました。
37: 以下、
びっくりしてしまったのは、
その光景がまるで嘘のように思えたから、
ただそれだけの話ではありませんでした。
スローモーションのように感じる時間の中で、
甜花はなぜだか「夢の内容」を思い出していました。
「……千雪、さん?」甜花はおもわず声をあげてしまいます。
38: 以下、
そこにはずっと待ち焦がれていた人がいたのです。
甜花は、こらえ切れず、もう一度その名前を呼びます。
40: 以下、
ですが、悲しいことに、今の甜花は幽霊なので、
千雪さんにこの声が聞こえることはありませんでした。
しかし、記憶よりも大人びた顔立ちのその人は、
何かに怯えるような表情のまま、右手で口元を抑えていました。
「……甜花、ちゃん?」
千雪さんは、甜花の瞳をみて、そう問いかけました。
41: 以下、
千雪さんがどうして甜花の姿を見ることができたのか、
その理由は今でもわかりません。
だから、それは神様に「願い」が通じたからではないかと、
甜花は考えることにしました。
ただ、その時の甜花は、千雪さんの優しい声をきいて、
おもわず瞳から涙が溢れていました。
これまで感じていた不安のすべてが
ひとつ残らず掻き消されていくかのような、
そんな気持ちで胸がいっぱいでした。
42: 以下、
千雪さんは、始めこそ怯えたような表情をしていましたが、
しばらくすると落ち着きを取り戻したかのように、
甜花のそばに座り込んで話をきいてくれました。
甜花がどうしてここにいるのか、それを説明しているときでさえ、
千雪さんは未だに信じられないという顔をしていました。
ただ、甜花にとっても、それは同じ気持ちでした。
43: 以下、
「どうして千雪さんは、甜花のことがみえるの……?」
今までの甜花は誰の目にも映らないはずでした。
「さあ、どうしてかしら……。それは私にもわからないの」
「……そっか。そう、だよね」
「だけど、とても不思議なことにね。
ここを通りかかったときに、私の体が引き寄せられたみたいだったの」
「引き寄せられる?」
「ええ。まるで誰かに呼ばれていたかのようにね」
 甜花はそれを聞いて、ちょっぴりうれしくなりました。
44: 以下、
「だけど甜花ちゃんは、甘奈ちゃんのために、ここで私を待っていたの?」
「うん。……なーちゃんを元に戻してあげるのが、甜花の役目、だから」
「……そう。甜花ちゃんは、甘奈ちゃんのお姉ちゃんだものね」
千雪さんはそう言って、すこしだけ微笑みました。
ゆうれいの甜花ともお話してくれる千雪さんは、
どこまでもやさしい心をもっているのだな、と甜花は思いました。
45: 以下、
「あのね、千雪さん。甜花、ききたいことが……いっぱい、あるよ」
「ききたいこと?」
「うん。事務所のみんなが、どうなったのか……とか」
「それは……」千雪さんは目を伏せて言いよどみます。
「あのね、甜花ちゃん。どうか、気を落とさないで聞いてほしいんだけど――」
そういって、千雪さんが話してくれたことは
甜花にとってはあまりにも酷い内容ばかりでした。
46: 以下、
甜花達が事故にあった後、事務所に殺到したマスコミの人たちは、
なーちゃんや甜花のことを何度も聞き込みにきていて、
それからすぐに根も葉もないことを記事に書いたそうです。
アイドルとして所属していたみんなも、その被害にあい、
執拗な取材にノイローゼになる子もいたくらいでした。
そして、その悪評に流されるように、プロダクションは徐々に人気を落とし、
ついには事務所は解体されてしまいました。
それからしばらくして、千雪さんはもとの雑貨屋さんに再就職して、
今現在もそのお店で働いていると話してくれました。
47: 以下、
「そしたら、ここは甜花たちのせいで……」
「いいえ。それは違うわ。ふたりのせいなんて、
あの時は、誰も思っていなかったもの」
「でも」甜花は泣きそうな声でそれを否定します。
「……大丈夫。それにね、事務所はなくなっちゃったけど、今でもアイドルを続けている子はいるのよ」
そういって、千雪さんは甜花の方を見つめました。
「だから、そんなに泣きそうな顔をしないで」
48: 以下、
「それよりも、今は甘奈ちゃんのことをどうにかしなくちゃね」
「……うん」
 そういって、千雪さんはその場から立ち上がりました。
「でも、千雪さん。……なーちゃん、もとに戻るのかな」
 甜花は膝を抱えたまま、千雪さんのほうを見上げます。
「心配しないで。きっと、もとの甘奈ちゃんに戻る方法があるはずよ」
「そっか。……そう、だよね」
「ええ。だから、甜花ちゃんも、あともう少し頑張りましょう」
千雪さんの言葉に、甜花はちいさく頷きました。
49: 以下、
それから甜花は、千雪さんの家で寝泊りすることになりました。
作戦を考えるにしても、ふたりが一緒のほうがいいと
千雪さんが言ってくれたので、その言葉に甘えることにしました。
たいていの日は、千雪さんが仕事から帰ってきてから、
甜花たちはなーちゃんを元に戻す方法を考えあいました。
50: 以下、
「デビ太郎で、なーちゃんをびっくりさせるのは……どう、かな」
「ええと。それはどうやって?」
「こうやって、なーちゃんの目の前に飛び出させて驚かせるの……」
「だけど甘奈ちゃんには甜花ちゃんの姿が見えないんじゃ……」
「あっ……」
作戦会議はなかなかうまくはいきませんでした。
だけど、甜花が何かを提案するたびに
千雪さんは嬉しそうに笑ってくれました。
51: 以下、
そんなある日、甜花はテレビでとある特集を目にしました。
それは「催眠療法」とよばれる治療法についてでした。
「催眠療法?」
早、家に帰ってきた千雪さんにそのことを報告すると、
千雪さんはパジャマに着替えながら首を傾げていました。
「うん。……その治療を受けるとね、
つらいことや、いやなことを忘れることが出来るんだって」
「へーえ。それ、甘奈ちゃんにも効果あるのかな?」
52: 以下、
「わからない……けど、甜花すこし気になって」
ぐっと胸の前で握りこぶしをつくった甜花を見て
千雪さんは「そうね」と頷きました。
「それじゃあ今度の週末にプロデューサーさんの所に、
この話をしに行きましょうか」
「……いいの?」
「ええ。もちろん」と千雪さんは笑いました。
53: 以下、
週末に入ると、千雪さんと甜花は
プロデューサーさんの家に訪れることにしました。
「プロデューサーさんは、今は甘奈ちゃんと一緒に住んでいるのよね」
デパートでお土産に買ったドーナツを片手に、
甜花たちは歩道橋を歩いていきます。
「うん。なーちゃんの具合がすごく悪くなって、それで……」
「そう。……でも、そういう人よね。あの人って」
すこしだけさみしそうな顔で、千雪さんは笑っていました。
54: 以下、
「千雪さんが、プロデューサーさんに
最後に会ったのは……いつ、なの?」
道中、甜花はそんなことを千雪さんに聞きました。
けれど千雪さんは「そうねえ」と言ったきり、
なにかを思い出すように空を見上げていました。
「……もう、ずいぶん長い間会っていない気がするけど」
55: 以下、
「千雪さんは……会いたく、なかった?」
「どうして?」
「あう……。そんな顔をしてた、から」
「ふふ、どうだろうね。……だけど、
今更どんな顔して会えばいいか、わかんないだけなのかなあ」
千雪さんはそう言って、右手で胸をおさえました。
「もう、ずいぶん昔に置いてきたはずなんだけどね……」
つぶやくようなその言葉を、甜花は聞き返すことはしませんでした。
56: 以下、
しばらくして、目的地に着いた甜花たちは、
インターホンを鳴らして、家主を呼び出すことにしました。
すぐに扉から出てきたプロデューサーさんと対面したとき、
千雪さんはどこか緊張していたように思いました。
甜花はとたんに居心地が悪くなって、
そのままプロデューサーさんの方を見つめました。
ただ、やっぱりプロデューサーさんにも甜花が
そばにいることはわからないようでした。
57: 以下、
それから、プロデューサーさんの家で
千雪さんはこれまでの経緯を話し始めました。
甜花についての話をしたときばかりは、
プロデューサーさんもとても驚いていました。
それでもプロデューサーさんは、千雪さんの話を
最後まで信じてくれようとしていました。
そして、なーちゃんへの催眠療法についても、
快く賛同してくれました。
58: 以下、
話を聞けば、プロデューサーさん自身も、
これから街はずれの精神科医のところに
なーちゃんを連れていくと言うのです。
実をいうと、なーちゃんの容態は
かなり悪くなっていたそうで、
プロデューサーさんも千雪さんからの連絡を受けて
すぐに病院を探し始めたと話していました。
それからプロデューサーさんは、
「もしよかったら一緒に付いてきてほしい」
と甜花たちに頭を下げました。
もちろん、甜花たちも初めからそのつもりでいました。
59: 以下、
後部座席に乗せられたなーちゃんは、
ずいぶんとやつれた姿でいました。
「今は薬で眠っているんだ」
とプロデューサーさんは言いました。
いまだに、なーちゃんの不眠症は治っていませんでした。
それから甜花もなーちゃんの隣に座ると、
しばらくの間じっとその顔を眺めていました。
なーちゃんは時折、甜花の名前をつぶやいていました。
そのたびに甜花は「どうしたの」と笑みを浮かべました。
60: 以下、
病院に着いたのは、ちょうど一時間ほど経ってからでした。
車から降りたあと、プロデューサーさんと千雪さんは、
すぐになーちゃんを病室にへと運んでいました。
そのあと、プロデューサーさんは
なーちゃんの様態についてお医者さんと
話をしていました。
61: 以下、
それからは、なーちゃんの診断が始まりました。
その間、甜花たちはロビーで待たされることになりました。
診断が終わったのは、日が暮れる頃でした。
プロデューサーさんと一緒にやってきたお医者さんは、
千雪さんも含めて病室に招き入れました。
カルテを眺めながら、白衣を着たその人は、
こちらを一瞥しました。
「結論から言うと、大崎さんの心の病を直すことはできます」
62: 以下、
その言葉に甜花たちは歓喜しました。
なーちゃんが元に戻る、それは途方もない道のりに思えました。
しかしお医者さんは「ただし」と付け加えました。
「催眠療法は完全な治療ではなく、あくまで効果的な方法のひとつにすぎません。
なにかのきっかけに、閉じ込めた記憶を思い出す可能性だってあります」
「思い出す?」と千雪さんは答えました。
「はい。つまり、この治療では大崎さんの中に潜む記憶を、
全く別の記憶に置き換えてしまうということになります」
「それは……?」
「つまり、記憶の改ざんということです」
63: 以下、
「具体的には、どういうことをするんでしょう」
千雪さんは不安そうに声を震わせました。
「事故の記憶を、別の記憶にすり替えるのはとても難しいです。
仮に、それができたとしても解決には至らないでしょう」
「ええ」
「つまり……今回の問題は、彼女のお姉さんが亡くなったことに他なりません」
お医者さんは少しばつが悪そうな顔で、甜花たちの顔を見つめました。
「私の提案は――彼女には初めから姉がいなかった、
という記憶に塗り替えるということです」
64: 以下、
それからのお医者さんの説明は、
どこか他人事のように聞き流していました。
つまり、なーちゃんを助けるためには、
甜花のことをひとつ残らず忘れてしまう必要があったのです。
それは甜花にとって、どれくらい辛いことだったか、
自分でもすぐには理解できませんでした。
65: 以下、
「どうしましょうか」
診察室から出てきた千雪さんは、
とても困ったような顔で俯いていました。
プロデューサーさんもおなじです。
じっと、千雪さんの方を見つめていました。
ただ、甜花だけは、すでに覚悟を決めていたのです。
「千雪さん、……甜花ね、なーちゃんをたすけてあげたいの」
66: 以下、
甜花がそういったとき、千雪さんは
瞳からぽろぽろと涙を溢れさせて、
それからプロデューサーさんの肩で
ずっと泣いていました。
プロデューサーさんも、なにかを察したかのように、
千雪さんのことをなぐさめていました。
67: 以下、
それからすぐにやって来たお父さんとお母さんにも、
プロデューサーさんは事情を説明していました。
「本当にこれでよかったの?」
ソファに座っていた甜花に
千雪さんはやさしく声をかけてくれました。
「うん。甜花は、なーちゃんが元気になってくれたら。それで……」
「……そう」
千雪さんは、それ以上はなにもいわないで、
少しだけ悲しそうな顔をしていました。
「甘奈ちゃん、元気になるといいね」
うん、と甜花は一度だけ頷きました。
68: 以下、
それから、なーちゃんの治療が始まりました。
強い暗示をかけるには、時間がかかるということもあり、
なーちゃんはその病院で入院することになりました。
『先ほども言った通り、暗示も完全なものではありません』
『閉じ込めた記憶は、何かのきっかけで再び記憶が蘇ることもあります』
『それを避けるためにも、亡くなったお姉さんの思い出はすべて――』
69: 以下、
甜花は、きっと、この瞬間のために、
再びなーちゃんのところに現れることができたのでしょう。
月明かりの差し込む病室で、なーちゃんの寝顔を見つめていた甜花は
そのほっぺたにふれて、それから一度だけキスをしました。
「……にへへ。さよなら、なーちゃん」
甜花の声は、さみしく響き渡りました。
70: 以下、
そうして、なーちゃんは、元のなーちゃんに戻ることができました。
71: 以下、
「お父さん。荷物は、この段ボールに詰めればいいの?」
「ああ。引っ越しのトラックは明日来るからな」
「はーい」
なーちゃんが、いそいそと自分の荷物を
段ボールに詰めている様子を、
甜花はベッドの上で眺めていました。
あの後、この街を出ることになったのは、
お父さんとお母さんが決めたことでした。
きっと、甜花との記憶を思い出させないために
それは必要なことだったのでしょう。
また、甜花に関わるものをすべて捨ててしまったのも、
ふたりで話し合った結果でした。
ふたりとも、その時はとても悲しそうに泣いていました。
72: 以下、
なーちゃんが元気になった後、
プロデューサーさんは何事もなかったかのように
なーちゃんを大崎家に送り届けてくれました。
お父さんもお母さんもプロデューサーさんに
本当に感謝していました。
千雪さんは、雑貨屋さんを続けると言っていました。
別れ際に、甜花が「もっと連絡したほうがいいよ」と言うと、
千雪さんはどこか照れくさそうにしていました。
甜花は心のどこかで、ふたりの行く末を少しだけ期待していたのです。
73: 以下、
「んー。……でも、こんなに荷物少なかったかなあ」
荷物をまとめていたなーちゃんは小首をかしげると、
そのまま部屋と飛び出ていきます。
そんな様子を見て「なーちゃん」と甜花は声をかけます。
すると、なーちゃんはこちらを一度だけ振り返ります。
「……気のせい、かな?」
それだけ言い残して、なーちゃんは部屋を去っていきました。
74: 以下、
カーテンが風でなびいて、そのまま甜花は
なーちゃんのベッドに寝ころびました。
なーちゃんの香りを胸いっぱいに感じながら、
これでよかったと甜花は思いました。
ただ、これまでたくさん頑張ったせいで、
どうにも眠たくなってしまった甜花は
そのまま瞼を閉じます。
75: 以下、
そうしていつの間にか、眠りに落ちてしまった甜花は
まどろみの中で夢を見ました。
その夢には、なーちゃんがいて。
なーちゃんは甜花の手を取って、
力いっぱい抱きしめてくれました。
「そしたら、甜花ちゃんが甘奈のことを治してくれたの?」
「にへへ。……甜花、なーちゃんのためにがんばった」
「甜花ちゃん……。ありがとう、本当に」
「なーちゃん、そんなにしたら甜花つぶれちゃう……」
「でも、これだけしないと伝わらないかなって思って」
「ううん。なーちゃんが甜花のことを好きなのはしってる、から」
「そっかあ。そうだよね」
76: 以下、
「ねえ、甜花ちゃん。今度、引っ越す街はね、
海がすぐそこにみえるところなんだって」
「うん」
「千雪さんも、プロデューサーさんも誘って、
みーんなで、遊びにいきたいね」
「……うん」
「もちろん、甜花ちゃんも一緒だよ」
「甜花も?」
「当たり前でしょー? だって、甜花ちゃんは甘奈のお姉ちゃんなんだから」
「……うん。そうだね」
77: 以下、
「甜花ちゃんのこと、絶対にわすれないから」
なーちゃんは、そういって甜花の小指に触れました。
「だから、甜花ちゃんも甘奈のことずっと忘れないでね」
「……うん。わかった」
甜花たちはひとつの約束をして、
それから、ふたりで子供みたいに笑いあいました。
78: 以下、
夢の続きで、どんなことを話したのか、
甜花はすぐに思い出すことはできませんでした。
ただ、とても幸せな夢だったような気がするなと
甜花はただそれだけを覚えていました。
おわり
79: 以下、
>>60
なーちゃんの様態についてお医者さん
→なーちゃんの容態についてお医者さん
ですね。。
82: 以下、

元スレ
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ねんどろいど ホロライブプロダクション がうる ぐら ノンスケール ABS&PVC製 塗装済み可動フィギュア
グッドスマイルカンパニー グッドスマイルカンパニー 2022-07-31T00:00:01Z
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