【SS】一ノ瀬志希に花束をback

【SS】一ノ瀬志希に花束を


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 それは、400mlの血液が入った塩化ビニルで出来た樹脂バッグだ。
 朝、目が覚めた後、寝汗をシャワーで洗い流すと、選りすぐったきっかり40粒の豆を電動ミルで挽いて志希ちゃんブレンドコーヒーを淹れる。
 飲み干した後、私は毎分5mlという度で私の血液に自身の血液を投与する。
 自己血輸血は検知のし辛さと副作用の少なさから広く好まれているドーピングの一種だ。ある程度の知識と、医療機器を購入する術さえもっていれば誰でも出来てしまうお手軽ドーピング。
 血液を体内に戻すことによって一時的にヘモグロビンを増大させる禁断の術。
 私はライブ前、貧血で困ったことは一度もなかった。
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2: 以下、
一ノ瀬志希に花束を
3: 以下、
1/
 
 子供が「なぜ?」と質問をするようになるのは、おおよそ三歳になってからだそうだ。
 どうして?
 その言葉は、大人をしばしば困らせるものとなる。
 子供の無邪気な質問は、正しいから正しいというトートロジーを受け入れている大人にとって、自身の立っている足場を掘り返されるに等しい行為らしい。
 そういう意味では質問をしなくなるということが、大人になるための第一歩なのかもしれない。
 幼少期の私は、多くの子供たちと同じように、最も身近な人間に対してその言葉を大量に浴びせた。
 どうして?
 私がそう口にすると、あの人は……パパは、いつも嬉しそうな顔をした。
 パパは控えめに言って物知りで、聞いたらなんでも答えてくれた。
 空が青い理由も、夕焼けが赤い理由も、りんごが木から落ちる理由も、月が満ち欠ける理由も、どんなことでも教えてくれた。
4: 以下、
「ねえパパ、宇宙ってどのくらい広いのかな」
「無限だよ」
 パパとママと三人で一緒に行ったハイキング。湖畔の前でテントを張って、天体望遠鏡を覗き込みながら聞いた時もそうだった。
「無限?」
「そうさ、無限さ。宇宙というのは呆れるほどに大きいんだ。しかもそれが、未だに膨張しているときたもんだ」
「ふうん? 膨らんでどうするの?」
「弾けるのさ。限界まで膨らんで、そして風船のようにパチンとね」
 パパは、説明する時にはよく比喩を用いた。比喩を使って頭の中にまずモデルを作るんだよ、志希。そしたら大抵うまくいくのさ。だって科学というのは、神々のチェス盤を覗き見ているようなものなんだからね、と。パパはよくそう言っていた。
5: 以下、
 無神論者を標榜している割には、パパは神様という言葉を好んで使った。
「じゃあどうしてパパは神様を信じてないの?」と私が聞くと、パパは決まって、
「もしも神様が本当にいるのだとしたら、世界はこうじゃないはずだろう?」と決まり文句のようにそう言った。
 もしかしたらパパはニヒリズムにでも被れていたのだろうか。
「どうして?」
 私は成長してからも、その言葉をパパに浴びせ続け、パパはそれに嫌な顔一つせず答え続けた。
 けれど、ある日私が発した一つの質問。それだけは、分からないとパパは口にした。
 どうして?
 どうしてママはいなくなっちゃったの?
 そう聞くとパパは、疲れたように項垂れて、ただ分からないと口にした。
 私は、ママが死んだ理由を未だに理解できていない。
6: 以下、
 希望を志すと書いて、志希。
 そんな私の名前を決めたのは、ママだったという。ちなみにパパは、決定権どころか名前を挙げることすら許されなかったらしい。可哀想なパパ、名前を付けるのは学者の本懐だと言うのに。
 名前というのは、対象を明確に定義するためのツールだ。
 人は、名前をつけてその存在を明らかにする。
 例えば、とある病気は発見された当初、血液化膿症と呼ばれていた。血液中に白血球が大量発生する理由を発見当時の人々は正しく理解することができず、白血球が充満しているその様が感染症に対する人体の防御機構の激しい働きによるものと認識されていたからだ。白血球が異常増殖する血液のガン、そう認識されるようになったのは、病名が血液化膿症から白血病に変わった後の話だ。
 名は、体を表す。
 なら、ママが私に志希という名前をつけたのは、どんな理由からだったのだろうか。
 ママがどうして私にそんな名前をつけたのか、私には分からない。
 ママはよく言っていた、「志希ちゃんは私の希望なのよ」と。
 ママは、幸せだと言っていた。
 志希ちゃんといられて幸せだよ。これからもずっと一緒にいたいな。
 ママいつも、そう言っていた。私の頭を優しく撫でながら、私の名前を何度も何度も口にするママ。
 志希ちゃんは、ママの希望だから。
 残念なことに当時の私は、ママの希望がどんなものだったのか理解することができなかった。
 けれど少なくとも、カプランマイヤー生存曲線の端っこにいることはママの希望では無かったらしい。
 だってママを殺したのは、ママ自身の言葉だったからだ。
7: 以下、
 ママはいつも、お菓子の香りを漂わせていた。
 お菓子作りがママの趣味。ママに抱きつくといつも、小麦粉とバターの甘い香りが鼻腔を擽ったのを覚えている。
 ママは端的に言って何でも作れた。
 がぼちゃのプリンなんてお手の物、フロランタン、パルフェグラッセ、はたまたブッシュ・ド・ノエルまで。
 お願いすればどんなものでも作ってくれた。
 ちなみにパパは家では何も作らなかった。せいぜい出来たのは壊れた機械を直すことくらい。
 大学教授という肩書が社会でどのような評価を受けているのかは知らないけれど、
少なくとも家庭内のヒエラルキーにおいては、なんちゃってパティシエの方が教授よりも上の地位を占めていた。
 ママは色んなお菓子を作ったけれど、その中でも私が一番好きだったのは、マドレーヌだった。
 これでもかと言うほどたっぷりとバターと砂糖の入った、ふっくらとして甘くてあまーいプチットマドレーヌ。
 私はいつもお昼の三時になると、餌を待つ子猫のようにキッチンの前でママがオーブンからマドレーヌを取り出すのを待ち構えていた。
 そして、ママがオーブンから取り出すと、獲物に飛びつく猫のようにママから出来立てのマドレーヌを掠め取ると、容赦無く紅茶にぶち込んだ。
 アールグレイに浸して食べるマドレーヌの味は格別で、私はそれをこよなく愛していた。
 ママはいつも、「行儀が悪いわよ」と困り顔をしながらも笑って私のことを窘めていた。「全く、志希ちゃんったらプルーストみたいね」
 ママが丹精込めて作ったマドレーヌを紅茶で赤く染め上げる私を見て、ママはそう言って苦笑した。
「プルースト?」
 私が小首を傾げながらそう言うと、
「マルセル・プルーストの、失われた時を求めて。……あら、志希ちゃんはまだ読んでなかったかしら?」
 そう言って、本棚から分厚い本を取り出すママ。
 ママはお菓子作りと同じくらい、本を読むのが好きだった。私は濫読家なのよ、とよく言っていた。
 パパみたいに専門的なものを読むんじゃなくて、無計画に読むのが好きなのよ、と。
 そんなママは、私が寝付く前にいつも本を読み聞かせてくれた。
 ベオウルフにアイヴァンホー、タタール人の砂漠からストルガツキー、それからそれから。
 いわゆるハイカルチャーなものから愚にもつかない三文小説まで、色々な物をママは読み聞かせてくれた。
 もしかしたら私が専門分野でもない論文を無計画に貪るようになったのはママの遺伝だったのかもしれない。
8: 以下、
 お菓子を食べ、ママの読み聞かせを聞いて、パパとお勉強をする。そんな日々。
 幼少期の私の周りは、パパとママの優しい香りで包まれていた。
 
 そして時は流れ行き、ある日からママは砂糖とバターの甘い香りの代わりに、消毒液の匂いを漂わせるようになった。
 ママとの記憶は、寝室の寝心地の良いフカフカのベッドから、病院のベッドで語らう日々へと移り変わる。
 希釈した漂白剤でピカピカにモップがけされた無菌の病室で、一人本を読んでいるママ。
 ここで出来ることってあまりないのよね。学生の頃に戻ったみたい、とママは笑っていた。
 ナースさんからは、よく注意されていた。「紙で手を切っただけでも、大変なことになるんですよ」と。
 それでもママはお構いなしに、減菌された本を読んでいた。お菓子のレシピ本に、3000ページにも及ぶ長編小説、それとジェームズ王欽定訳聖書。
 記憶の中のママは、病室の中でもいつも笑みを浮かべていた。
 そして、更に月日は流れ。ある日、ママはICUに運ばれた。
 長い手術の末、ICUから出てきたママに残されているものはあまり多くなかった。
 その時のママがどんなことを考えていたのか、私にはわからない。
 わかっているのは、ママが人工呼吸器を繋ぐかどうか選択することを求められたということ。そしてその時、ママがはっきりとそれを拒絶したということの二つだけだ。
 ママは人工呼吸器をつける代わりに、コンフォートケアを求めた。
 私がギフテッドだと判明したのは、ママが死んだ後のことだった。
9: 以下、
 ママの死が幼少期の私の人格形成にどれほどの影響を及ぼしたのか私にはわからないけれど、少なくとも家庭環境が一変したのは覚えている。
 ママがいなくなってから、私の世界は大きく変わった。
 ママが死んでから、パパは……ダッドは、研究にのめり込んだ。異常なまでに。
 家に帰ってくることは少なくなり、大学の研究室に泊まることも珍しくなかった。
 そしてある年、ダッドは論文を発表して、ぶっ飛んだ理論を打ち立てた。
 センセーショナルなその論文の内容は、数々の批判に晒されながらも、現代宇宙物理学の重要理論の一つとして、今もまだ尚、その分野の最前線に佇立している。
 そして私が中学校に入学した頃、ダッドは拠点を日本からアメリカに移した。
 ダッドが海外の大学に赴任したのは、その理論を打ち立てた翌年のことだった。
 そんなダッドを追いかけるように私もまたアメリカに移った。
 飛び級制度を駆使して、ダッドが教鞭を振るう大学に。
 そして、辿り着いた異郷の地で私は、ダッドと同じくらい研究に没頭した。
 研究対象は、正直なところなんでもよかった。ダッドと違う研究分野であれば、なんでも。
 だから、分子生物学を専攻に選んだのは、別に深い理由があったからではない。
 ケミカルがとっても性に合っていたから、そして人体の生化学プロセスに興味があったからそれを選んだ、それだけだ。
 他意はなかった、選んだときは少なくとも。いや、ホントのところはどうだろう。自己欺瞞かもしれない。
 研究対象を選んでからの私は、どこまでも冷徹に、ユーモアなんてものが入り込む余地がないほど冷たく冷たく研ぎ澄ませた脳みそで、研究に取り組んだ。
 フェローシップを勝ち獲って、たくさんたくさん論文を発表した。生命倫理のタブーを破り、ミクロとマクロの世界を横断し、ブロードマンの脳地図さえも塗り替えた。
 引用回数は50を超えて、今なおICHINOSE, SHIKIという名前は学会で名を轟かせていることだろう。
 けど。
 けれど。
 そこまでやっても、ダッドはずっと自分の研究にのめり込んだままだった。
10: 以下、
「ねえママ、ママ……」
 ただただ真っ白で清潔な病室、壁には秒針が止まった壊れた時計が掛かっていて、そして部屋にはあの日死んだママがいた。
「ねえママ、ママはどうして死んじゃったの?」
 私はベッドに横たわるママに優しくそう語りかけた。
 私が問いかけてもママは何の返事をすることもなく、目を閉じたまま身動ぎ一つせず眠ったままだった。シューシューという人工呼吸器の作動音が耳障りで仕方がない。
 これは夢だ、起きたら忘れてしまう泡の時間。あの日、もしもママが生きることを望んだら起きていたであろう世界の結末。ライブ前はいつも、この夢を見る。
「……ママは何が嫌だったの?」
 動作主が自分じゃなくなっちゃって、見当識すらも失って、人工呼吸器によって強制的に賦活されられた心肺機能によってこの世に繋ぎ止められたママ。それでも、ママはここにいた。
 ママの頬に手を触れた、温かい。
 もしもママがいてくれたら、今の私の姿を見たら、ママは何て言うのかな。
「私の何が希望だったのかな」
 私がそう言った瞬間、ママの目蓋が一瞬ピクリと動いた。
 けれど、それからママは一切の反応を見せず、私はただただママの手を握っていた。
11: 以下、
2/
 
「志希……志希。ねえ、志希ってば」
 体を揺り動かされて、意識が浮上する。
 酷く、懐かしい夢を見ていた気がする。
 人は起きた時、夢の内容をほとんど忘れている。
 30秒。それが、私たちが夢のなかから現実に持ち帰ってこれる記憶の総量だ。
 きっかり30秒、私たちは目覚める直前の30秒だけを夢の中から持ち出して、それ以外は全て心の深層にひっそりと仕舞い込む。
 大脳皮質のひだに隠されたその記憶を、目覚めた後に呼び起こすことはできない。
 目覚めの瞬間、大切なものを取り零してしまったというあの感覚。それだけを私の胸の内に残して、夢はいつも通り過ぎそして去っていく。
 だから目が覚めた時、自身の頬がいつも涙で濡れている理由を私は未だに理解できていない。
「起きてってば。ライブもう始まっちゃうよ」
 若干苛立ちと心配の入り混じった声を聞いて、私は身を起こした。
 視界に、ライブ衣装を着飾った城ヶ崎美美嘉と宮本フレデリカの両名が映り込む。
 起き抜けの寝ぼけた頭考える、ああそっか。今日はライブだっけか。
 出番はいつだっけ? 多分、もうすぐ。何の夢を見てたんだっけ? わかんない、覚えていない。
 涙で濡れた頬をぐしぐしと拭いて、私は起きたよーと返事をした。
12: 以下、
「あっこら、そんなことして。メイク落ちじゃうじゃない。時間ないってのに」
 美嘉ちゃんがちょこっと怒りながらは時計をちらと見た。後ろにいるフレちゃんがくすくすと笑う。
「シキちゃん猫ちゃんみたいだね、起き抜けの」
「じゃあ次は伸びをした方がいいかな? にゃーって」
「馬鹿なこと言ってないで、しゃんとして。……で、調子の方はどうなの?」
「もちろん、バッチシ」
 そう言いながら、頭の中で状況を整理した。
 今日はライブだ、いつもの如くレイジー・レイジーによるライブの出番前だというのに、調整を間違えてしまった結果、貧血でぶっ倒れた。
 目も霞んでいる。心と体の同期が取れていない、そんな感じ。そう、だから調子はいつもと一緒だ。
 だから、平気。
 過程をすっ飛ばして結論だけそう言った後、スンスンと鼻をひくつかせると、湿っぽい匂いがした。
「あー、雨の匂いがするね」
「あれ? 今日の天気予報晴れだったはずなのに」
 美嘉ちゃんはスマホを取り出すと、天気予報を調べたのだろう、ぎゃーすと呟いた。
「最近、天気変だからねえ。もう春だってのに、なんか雪が降ったし」
「アメリカだっけ? 急に竜巻がきたらしいし」
「どっかで蝶が羽ばたいたのかな」
「あ、フレちゃんそれ知ってるよ。シュレディンガーの猫ちゃんの話だ」
「ご明察!」
「いや、違うでしょ」
 呆れ顔でつっこむ美嘉ちゃん。
 シュレンディンガーの猫。
 コペンハーゲン解釈を守るために発表された、シュレディンガーの論文内にある可哀想な猫の一節。
 ミクロとマクロの世界の間に明確な境がなく、境界を作ることが不可能であることを示したその内容は、いつしか名前だけが先行して誤解されたまま人々に膾炙した。
 よくある話。モデル実験とは人に真実を見せるための嘘であると言ったのは誰だっけ、忘れてしまった。
13: 以下、
 フレちゃんは梅干しを食べたかのような難しそうな顔をしながらバッと手を挙げた。
「シキシキ先生質問です!」
「はいシキシキです。何ですか、フレフレちゃん」
「フレフレちゃんって何よ」
 美嘉ちゃんを無視して、フレちゃんは答えた。
「猫ちゃんは箱を開けて欲しいと思っているのでしょーか?」
「……どゆこと?」
 私が小首を傾げるとフレちゃんは、
「シュレディンガーの猫ちゃんは、箱を開けられなかったら生きているか死んでいるかわかんないでしょ? だったら、そのままそっとしておいて欲しいって、思わないのかな」
「どうして?」
「だって、箱を開けて、もしも猫ちゃんが死んじゃっていたら、その瞬間に猫ちゃんはみんなの記憶の中の思い出という名前の箱に入っちゃうけど。開けなかったら猫ちゃんが生きているのか死んでいるのか分からないから、みんなの頭の中でまだ生きていられるでしょ?」
「ペットの猫ちゃんが死際に、飼い主の元から姿をくらますのと同じように?」
「そう」
 違うのかな?
 そんな目で、フレちゃんは私をまっすぐ見つめてきた。
 私はそのキラキラと輝くエメラルドリーンの瞳から目を離せずにいた。
 フレちゃんは私と一緒にいる時たまに、ユーモアのかけらも探せないような発言をすることがあった。
 皆に天使の羽が平等に生えているって本当かな? 天国への門って本当に万人に開かれてるのかな? とかとか。
 そんな感じのことを、ライブ前は特に口にした。
「はいはい、禅問答はそのくらいにして。アタシはもうスタンバイ入るけど、アンタらも遅れるんじゃないわよ。あと、志希はステージに出る前にメイク直すこと」
「はーい」
 話を打ち切るように、美嘉ちゃんがそう言って部屋から出て行った。
「あ、じゃあフレちゃんも先行ってるから、シキちゃんも遅れず忘れずにきてね?」
 じゃあねー、あでゅー。
 そう言うとフレちゃんは美嘉ちゃんを追いかけるように部屋から飛び出して行った。
14: 以下、
 控室に取り残された私は、早々にメイクを直し終えるとフレちゃん達の待つ舞台裏へ足早に移動した。
 ヒールの床を叩く音が廊下で反響し、頭が自然とクリアになる。歩いていると、ちょうど向こうのほうからプロデューサーがやってきた。
 声をかけようと思ったけれど、漂ってくる匂いがそれを拒否した。
 嫌な匂いだった、そしてその匂いを一度だけ嗅いだことがある気がした。
 はてさて、どこで嗅いだんだっけ。
 プロデューサーはすれ違い様に私に一言、「頑張れよ」と言った後、どこかに去っていった。
 
 私が舞台裏に辿り着くと、既にフレちゃんがスタンバっていた。 
「おっまったっせー」
 暗闇が支配する世界。舞台裏。舞台上では既に美嘉ちゃんが上がっているのだろう、ファンたちの歓声が響いてくる。
 私はその声を聞いて、一つ深呼吸をした。
 目を閉じる。じんわりと汗ばむ掌。
 逃避・闘争反応の結果、闘争反応が勝利しアドレナリンの急激な分泌によって心肺機能が強化される。
 万年貧血状態の私の体内では、数少ないヘモグロビンが必死になって全身の各細胞へ酸素の供給を行っている。
 バクバクと心臓がうるさいほど高鳴っていて、それが今この瞬間私がここで生きていることを証明してくれている。
 今日の私は、完璧にこなせる。人生で一番のパフォーマンスを出せる。
 何故だか、不思議とその自信があった。
 フレちゃんはどうなんだろう。
 そう思って彼女のことを見ると、いつもと変わらない様子でニコニコと笑っていた。フレちゃんらしい。
 
「レイジー・レイジー。カウント入ります。リフトアップ10秒前」
 スタッフからそう言われ、私はフレちゃんと共にポップアップにしゃがみ込んだ。
「9、8、7……」
 スタッフの秒読みが進む。
「6、5、4……」
 顔を見合わせると、フレちゃんがにっこりと笑った。
 フレちゃんの手をぎゅっと握りしめると、フレちゃんからも力強く握り返された。
「ねえ、シキちゃん」
「なあに、フレちゃん」
 フレちゃんは、いつもと同じ声色で口を開いた。
 今日の晩ご飯を決めるかのような適当さで。
「ユニット、今日で解散にしよ?」
 その言葉と共に、リフトが上昇する。
 ああ、そういえば。
 さっきの匂い、あの日のママと同じ香りだったな。
 そんなことを、ふと思い出した。
15: 以下、
3/
 
 フランスでは、毎年一万二千人もの人々が蒸発しているんだそうだ。
 不思議だろう? あんな小さな国で、こんなにたくさんの人がいなくなるなんて。
 ライブの前日、プロデューサーはそんなことを言っていた。
 
 アメリカでのダッドとの二人暮らしは、憂鬱でもなければ退屈でもなかった。人並みに仲の良い家族だったと思う。
 とは言っても、別にべったり一緒にいたわけじゃなかった。
 ダッドは基本的に大学の研究室にいたし、それ以上に私の方がラボに篭っていた。
 寒天培地のシャーレのお守りをするために、寝袋に潜り込んで大学で一夜を明かすなんてことはよくあることだった。
 ともあれ、みんながどう思っているかは知らないけれど、この体も人並みに疲れたりするし、栄養も必要だし、社会性だって求める。
 そんなわけで、たまの休みの日にはダッドと二人で家で過ごすこともあった。
 ダッドは暇さえあればいつも机に向かっていた。家でも、そして大学でも。そんな研究バカなダッドだったけど、たまに新奇な趣味を見つけてハマることがあった。
 ママが生きていた頃はジャグリングにハマっていた(ちなみに私の方が早くジャグリングをマスターした)。
 私がアメリカにいた時はボンゴにハマっていた(ちなみにこれも私の方が早くマスターした)。
 ダッドは研究に煮詰まるとボンゴを叩くものだから、煩いったらありはしなかった。
 そして月日は流れ、別にボンゴの音に嫌気がさしたわけではないけれど、私はダッドのもとから去った。
 日本への帰国と、それに伴う高校への編入学。呆れるほどに退屈な試験をパスして、私は日本の高校に舞い戻った。
 一度辞めたガクセーセイカツというものへ戻ることに何の意味があるのか、正直なところ今でもわかっていない。当たり前の青春とやらに殉じたかったのだろうか。はたまた。
 私がフレちゃんと出会ったのは、そんな新生活に嫌気が差し始めていた頃のことだった。
16: 以下、
「で、何があったの?」
 コーヒーカップをソーサーに静かに置いた後、気怠げに頬杖をつくと美嘉ちゃんはそう口を開いた。
 プロダクション内にあるカフェテリアはいつもは人で賑わっていると言うのに、今日に限っては閑散としていて、美嘉ちゃんの声がクリアに届いた。
「何って、何?」
「黄金コンビの解散宣言。なに、喧嘩でもした?」
 私は答えることなく、天井をぼうっと見上げた。天井についているサーキュレーターがくるくると回っていた。くるくる、くるくる。
 業を煮やしたのか、美嘉ちゃんは少し嫌味を込めて、
「ライブを大成功に収め、アタシを含めてあの日に出演したアイドル全てを圧倒するパフォーマンスでライブ会場を圧巻させた後で解散宣言なんて、前時代のアイドルでもやらないんじゃない?」
「予測不可能なはちゃめちゃコンビはいつも無軌道に動くのだから、この解散もまた起こり得る可能性の一つなのでした?」
「こーゆー時は茶化さないの」
 そう言って、美嘉ちゃんは重いため息をついた。
 あの日、ライブが終わった後、私とフレちゃんはユニットの解散を宣言した。
 宣言した、と言っても何もライブ上でファンのみんなの前で公言するようなトンチキなことはせず、あくまでプロダクション内で打診した、というだけだ。私達らしく無いといったら、そうかもしれない。
「何があったのよ、言い出したのってフレデリカの方からなんでしょ?」
「……わかんない」
「……そっか」
 アンタが分からないんだったら、誰にもわかんないだろうね。と額に手をやって美嘉ちゃんは小さく首を振った。
 そういえば美嘉ちゃんが私のことをアンタと呼ぶ様になったのはいつからだっけ? 最初は志希ちゃんって呼んでくれていた気がする。
 それがいつしか志希になり、そして今ではアンタ呼ばわりに成り下がった。何が美嘉ちゃんをこんな風にしてしまったのだろうか。
 美嘉ちゃんは、あーあと呟いた後、コーヒーカップの縁を指でなぞりながら言った。
「こんな時、プロデューサーがいてくれたらな……」
「ね?、私のプロデューサーらしいでしょ?」
「別にアンタだけのプロデューサーじゃないっての」
 何処行っちゃったんだろうなあ、と美嘉ちゃんは寂しそうにポツリとそう呟いた。
 
 私には、失踪癖というものがあった。あった、というか今もある。
 いつ、誰とも知れずにふといなくなりたくなる瞬間。ある時はレッスンの最中に、ある時は退屈な授業を受けている最中に、はたまたある時はライブの直前で。
 そんな時はいつも、みんなの前から姿を消した。誰にも言わずに、こっそりと。
 構って欲しかったわけじゃない。止めて欲しかったわけでもない。
 ただ、誰もいないところに行きたい気持ちになることが、たまにあるのだ。
 当て所なく彷徨って、意味もなくふらふらと歩いて、そして彷徨うことにも飽きた頃合いになると決まっていつもプロデューサーが迎えに来てくれた。
 そんなプロデューサーが失踪したのは、笑い話になるのだろうか。それとも。
 プロデューサー。
 彼は、プロデューサーだった。
 そんな彼がいなくなったのは、奇しくも私とフレちゃんの解散宣言と同じ日のこと。
 ライブが終わったその日、プロデューサーはふっとその姿を消した。何の前触れもなく。
 プロダクション内では大騒ぎとなった。私とフレちゃんのユニットはもちろんのこと、美嘉ちゃん、周子ちゃんと沢山のアイドルの面倒を見ていた人が消えたのだから、当然だ。
 幸いというべきか、彼のデスクには引き継ぎ資料なるものと整理されたディスクが置いてあったため、引き継いだアシスタントプロデューサーが暫定的に現場を回している状態だ。
 もしかしたら、彼はもう帰ってこないのかもしれない。
 もしもそうだとしたら、ちょっと寂しい。
17: 以下、
「あ、シキちゃん」
 美嘉ちゃんとの会話を終えた私を待っていたのは、フレちゃんだった。
 フレちゃんは物いっぱい詰め込んだボストンバッグを抱えていた。
「フレちゃん……すんごい荷物だけど、どこかにいくの?」
「ううん、どこにも行かないよ?」
「そうなの?」
「どこか行けるところがあったら良かったんだけどねえ」
 そう言ってあははとフレちゃんは笑った。フレちゃんは、プロデューサーのことをどう思っていたのだろうか。
 私がそんなことを考えて黙りこくっていると、フレちゃんが口を開いた。
「ねえ、シキちゃん」
「なあに?」
「今週ね……お家に遊びに行っても良い……かな?」
「いいけど。どしたの?」
「やりたいことがあるんだ?」
「なになに?」
「ええとね? パジャマパーティー」
「……パジャマ買っとかないと」
「えっ、シキちゃんパジャマないの?」
「ないけど?」
「えっ、じゃあじゃあ、ネグリジェは?」
「あるけど?」
「わ?扇情的」
「フレちゃんこそパジャマはあるの?」
「ないよ?」
18: 以下、
 フレちゃんとそんな約束をして数日がたったある日のこと。
 私はマンションの郵便受けに雑誌が投函されていることに気がついた。
 購読している物理学の学術雑誌だ。大学にいた頃はデータで読み放題だったけれど、今の身分ではポケットマネーを出さないといけないから世知辛い。
 手に取ってパラパラと捲る。今週は何か面白いものでも掲載されているだろうか。
 そう思って目を走らせていると、見知った名前が載っていた。ダッドの名前だ。
 今回は何を発表したのだろうか。ダッドの研究に進展でもあったのだろうか。
 そう思い、アブストラクトから最後までざっと読んで、そしてもう一度流し読みした。
「…………嘘」
 口を突いて言葉がでた。だって、そこに書いてある内容が本当ならば、ダッドは……。
 慌ててスマートフォンを取り出すと、久しく使われていない番号を呼び出した。+1から始まる国際番号、向こうは夜の11時くらいだ。
 10コールほどすると電話が通じ、息遣いが伝わった。
「もしもし、ダッド?」
「………………」
「……聞こえてる?」
「……ああ、志希。どうしたんだい、こんな時間に」
 久々に喋ったというのに、ダッドの声を聞いても懐かしいという感情は湧いてこなかった。
 代わりに、ダッドの息遣いから、哀愁が漂って来ていることを別にすれば。
「ダッドの論文、載ってたのを読んだの。それで……」
「ああ、そうか。もう掲載されていたんだった。忘れてたよ」
「ねえダッド、ホントなの? あの内容」
「……ああ、本当さ。査読に出してアクセプトされた。そのままだ」
「じゃあ……」
「反証がね、見つかったんだ」
「そっか」
「そうさ、ようやくこれで僕の研究は終わったんだ。自分が打ち立てた説の反証が見つかってしまった、という少しばかり不名誉な形だけどね」
 反証が見つかった。正確にいえば、自分で見つけた。
 自嘲気味に、ダッドはそう言った。
「星に寿命はあっても、宇宙に寿命なんてなかったんだ。ビッグ・クランチは起こらないし、世界は収縮しない。
 宇宙は狂ったように異常増殖する癌細胞のように、いつまでもいつまでもとめどなく膨張し続ける。
 時間の矢は逆転しないし、世界は元通りの形に戻ることもない。人類史が途切れたあとも、終わりなき膨張をいつまでもいつまでも続けるのさ」
 かける言葉が見当たらなかった。
 煎じ詰めれば、ダッドが言っていることは一つだ。
 ママが死んでから、ずっとずっと信じて研究してきた内容がボツになった。それだけ。
 それだけだ。
 現代科学に残っている問題は難しい問題しかない。簡単な問題は既に解き明かされてしまっている。テストで簡単な問題から潰していくように。
 だから今回のことだって、現代の科学者からしたらよくある話だった。
 ああ今回は残念だったね、それで次のテーマはもう決まったのかい?なんて風に。
 けれど、ダッドは……この研究だけに全てを捧げてきたのだから。
19: 以下、
 私がへどもどしていたら、ダッドは今思い出したかのように口を開いた。
「ああ、そうだ。綺麗だったよ、志希」
「へ?」
「見に行ったのさ、志希のライブを」
「…………」
 嘘だ。
 すぐに思った。だって、ダッドは。ダッドは、パパは、今まで私に見向きもしなかったんだから。
 けど、パパの息遣いは、ほんとらしかった。
「ママにも見せてあげたかったな」
 そう言って、パパは黙り込んだ。
 ママ。パパの口からママの名前が出たのは、いつぶりだろうか。
 あの日以来、パパはママのことを口にするのを避け続けた。だから、多分。
「ねえパパ。パパにとって、ママってどんな人だったの?」
「どんなって?」
「ママって、普通の人だったんでしょ? なのにどうして、二人が一緒になったのかなって」
「なんだって!?」
「わっ」
 ダッドが大きな声をあげた。
「ママが普通? 誰がそんなことを!?」
「え? いや、誰ってわけじゃないけど……」
 私の記憶の中にいるママは、本を読んでお菓子を作る姿が印象的だった。パパとママがどう結びついたのか、想像することは難しかった。
 けど、パパは呆れたように答えた。
「ママはすごかったぞ。僕が散々頭をひねっていた計算をちょちょいのちょいとやってのけたからな」
「はい?」
「論文を書いていたら横から赤線を入れてくる、それがママだった。僕よりも多くを知っていた、博識だったよ。
 もしもママが普通にカテゴライズされるんだったら、世界はもう少しマシな形になってただろうさ」
 ガラガラガラガラガラ。
 私の頭の中で、ママ像が崩れ落ちる音がした。 
「今回の内容だって、ママがいたらもっと早くにこの結論にたどり着いていただろう。
 そしたら僕は余計な歳を取らずにすんで、代わりに世界のことをもうちょっと多く知ることができてただろうな」
「何それ、もしかしてパパ酔ってる?」
 そう言うと、パパは笑った。どうやら図星だったようだ。
「パパ、飲み過ぎはダメだよ。弱いんだから」
「志希、人は何かに縋らなければならない時があるんだ。それが信仰の対象であったり、あるいは人であったり、あるいは観念であったり。
 そしてはたまた樽の中で発酵した飲み物であったり」
「パパ、人はそれを逃避って呼ぶんだよ」
「あるいは希望と言うかもしれない」
「そんなの……希望なんかじゃない」
「……けど、何かに縋らないとダメな時もあるのさ」
 グラスを机に置く音が電話越しに聞こえた。
 そして、ああそうだとパパは言った。
「そういえば、前から聞いてみたかったことがあるんだ」
「なに?」
「なんで、分子生物学を専攻したんだ? もう少し化学寄りのものでも良かっただろう?」
「なんでって、それは……」
 口籠る。だってそれは、私のルーツだったから。
 今まで言語化してこなかった、ベールに隠した記憶。
 でも、今なら、
「……もしも、脳が本当に意識の座であるならば。たった1キログラム程度の臓器の中で起きている現象が、私と言うものを生み出しているのだとしたら。
 それを全て解き明かすことができたなら。全ての現象を記述することができたなら。いつか、たどり着けるんじゃないかなって思ってたんだ」
「何に?」
「ママに」
20: 以下、
 聞いてみたかった、もう一度喋ってみたかった。
 ママに。
 私がそう言うと、パパはしばらく黙ったのち、大きな笑い声をあげた。
「何がおかしいの」
 私が怒気を込めて言うと、パパはすまんすまんと言いながら、咳払いをした。
「いや、カルテックであれだけ騒ぎを起こした志希にそんな想いがあったなんて、ってね」
「やめてよパパ、大学の話は。今はヒンコーホーセーで通ってるんだから」
「品行方正? 本当に?」
「そ。暇つぶしに金庫を破ったり、教授の部屋からドアを取っ払ったりした問題児の志希ちゃんはもういませ?ん」
「なんだ、改心でもしたのかい?」
「だってパパ。私、これでも人の子だよ?」
「……そうさ。志希は人の子だよ。僕とママの、二人の子」
 パパはそう言うとカラカラと笑った。
「ああ、でも本当によかった」
「何が?」
「もしも志希がもっと高尚な物を求めていたらどうしようかと思っていたからね」
「高尚? 例えば?」
「そうだな……人生とは何か、とか。人はどこへ向かうのか、とかね」
「まさか、科学はそんな素敵な質問に回答を与えてはくれないよ」
「……そうだね」
 パパはそこで少し間を置いて、
「ああ、でも、叶うのならば……もう一度、僕の数式を正して欲しかった」
 全てを総括するかのように、静かにそう言った。
「……パパ」
「志希のおセンチにやられたのかもしれないな」
「そーゆー冷やかしはちょっとカチンとくるんだけどなぁ??」
「悪かった。……ちょっと疲れていたのかもしれないな」
「だったら今日はもう早く休んで、歳なんだし」
「まさか、研究者としては今が一番冴えてる時期だよ。でも……そうだな、ゆっくりしよう。少し疲れた、お休みを貰うとするさ」
「うん。そうした方がいいよ、パパ」
「ああ、そうさせて貰おう。志希も遅いんだから早く寝るんだぞ」
「パパ、こっちはまだ朝だよ」
「ああ、そうだった」
「じゃあおやすみ、パパ」
「ああ、じゃあまた。おやすみ、志希」
 そうやって、私は電話を切った。
 パパとの会話の名残、パパが証明してしまった論文のことを反芻しながら。
 
 そして翌日、私はパパの訃報を知らされた。
21: 以下、
4/
 
 ギフトという言葉は、二つの意味を持っていた。贈り物、そして毒。
 旧約の神は恣意的に人々を罰し、人々を救った。彼らに取って呪いと祝福は同義だった。
 
 ギフテッド。
 誰が呼び始めたのかは知らないけれど、とても本質をついた名前だと思う。
 ギフテッドというのはしばしば天才と同義語で使われるけれど、その本質は全くもって異なっている。
 天才は当人の気分次第でその座から降りることができるけれど、ギフテッドには拒否権というものが最初から剥奪されているのだから。
 贈り物というのは、誰も拒むことが出来ない。それを拒むということは、関係の断絶を意味する。
 かつてのクラ貿易と同じように。人は結局、構造主義の呪縛からまだ逃れられていない。
 そして、贈り物を受け取った人物は、また別の誰かに贈り物をしなければならない。
 受け取ったものは誰かに与えないといけない。贈り物には贈り物を、返礼には返礼を。
 終わりなき贈与をいつまでもいつまでも繰り返すことで、世界は凍らずにいることができた。
 ならば、ギフテッドにはどんな返礼を期待されているのだろうか?
 
 パパの死は、なんの面白みのないものだった。
 アメリカでは最もお手軽で、そして最も人気の高い手段、拳銃による自殺。
 パパはいつ買ったのかも分からないガバメントを口にくわえて、脳天目掛けて一思いにトリガーを引いたのだという。死を確実にするために。
 パパの遺体は棺に入れられて飛行機で日本に帰ってきた。
 エンバーマーによって防腐処理されていたパパ。
 魂というものがパパの体から抜け落ちた代わりに、体の中の血液という血液をホルムアルデヒドに置き換えられたパパの姿は、生前と変わらなく見えた。
 ホルムアルデヒドの食欲増進効果によって、エンバーマーはパパの体の血液を防腐剤に置換する作業をしながら、冷蔵庫に入れているサンドウィッチを食べたいなとでも思ったのだろうか。
 パパの願い通り、パパのお墓はママの横に据えられることになった。
 宗教的シンボルマークのついていない、無味乾燥としたパパのお墓。
 パパは無神論者だった。そのくせ、人は自分よりも上の存在がいることを願わずにいられるのだろうか?とたまに口をこぼしていた。
 科学に人生の意義を求めるのは愚か者だと。科学は神様の見えざる手の軌跡をなぞることだけだと。
 口癖のようにそう言っていたのは、もしかしたら自分に言い聞かせるためのものだったのかもしれない。
 検死によってわかったのは、パパの海馬は著しく萎縮していたらしいということだ。どうでもいい話だ。
22: 以下、
 パパの死の知らせを受け取って早一週間が経った。
 あの日以来、私は事務所に顔を出すことをやめた。仕事も全て放棄。ラジオも、テレビも、レッスンも、何もかもを放り投げた。
 皆は怒っているだろうか。怒っているだろう、多分。何も言わずに事務所から立ち消えたのだから。
 私以外誰もいない静かな自宅。時計が秒を刻む音だけが静寂の中で僅かに揺らめいていた。
 ぶーん、ぶーん。とスマートフォンが震えた。
 画面には、CALLINGという文字とともに城ヶ崎美嘉という名前が表示されていた。
 あの日から、電話が鳴り止まない。
「ごめん、美嘉ちゃん……」
 私は、スマホの電源を切った。
「あーあ……。天涯孤独になっちゃった」
 私はソファに寝転がって、毛布に包まった。
 目を閉じる。今は、ただただ眠っていたかった。
 
「パパー、どこなのー?」
 家に帰ると誰もいなかった。いるはずのパパがどこにもいない。
 私は焦燥感にかられながら、パパを探した。
 リビングにベランダ、キッチンに書斎、納屋、そして屋根裏まで。
 色んなところを探して探して探し尽くして。
 そして、最後に探してないのは、バスルームだけになった。
「パパー?」
 声をかけても返事がない。シャワーの音だけが無音を掻き消すように聞こえる。
 私はバスルームのドアをそっと開ける。すると、そこには脳梁が壁にぶちまけられて血が天井からポタポタと垂れ落ち――
 
「――――――――」
 声にならない声をあげて、私は目を覚ました。
 まるで全力疾走した後のように、心臓はバクバクと音を立てる。
 私は勢いよく身を起こして周囲を見渡し、自分がちゃんと自宅の寝室にいることを確認してほっと溜息をついた。
 そして、乱れた呼吸を整えて打つ鼓動が鎮まるのを待つと、寝汗でぐっしょりと濡れたシャツを脱ぎ捨てた。
「……シャワー浴びよ」 
 シャワーを浴び、濡れた髪をそのままに部屋着に着替えると、冷蔵庫を開けた。
 冷蔵庫の中にはミネラルウォーターのペットボトルだけが大量に詰め込まれていた。一本取り出して飲み干し、そしてソファにまた倒れ込んだ。
23: 以下、
 …………。
 どれくらい経っただろう。
 ピンポーン、ピンポーン、というインターホンの音で目が覚める。
 薄ら目を開けて、時計を見た。まだ寝てから一時間も経っていなかった。インターホンは丁重に無視することにした。
 暫くすると、またピンポーンとインターホンが鳴り響く。無視。
 ピンポーン。
 ピンポーン、ピンポーン、ピンポーン、ピンポーン、ピンポーン、ピンポーン。
「うるっさ……」
 どうやらロビーからではなく、玄関から直接チャイムを鳴らしているらしい。
 モニターを見ると、カメラが何かで覆われていて真っ暗になっていて、誰がいるのか分からない。
 重い足取りで玄関に向かい、覗き窓を覗き込むと……。
 フレちゃんがいた。
 
「やっほー、シキちゃん!」
 玄関を開けると、手をぶんぶんと振りながらフレちゃんが立っていた。
「……フレちゃん? どうしてここに?」
 そこまで言った、そう言えばこの間フレちゃんに住所を教えていたな、とふと思い出した。
 フレちゃんはニコニコと笑みを浮かべながら、
「きちゃった! 志希ちゃん……パジャマパーティーしよ?」
「………………」
 
 この家に人を招き入れたのは、今日が初めてのことだと思う。
「わー、シキちゃんのお家、ホントにおっきいんだね?。わっなにこの紙の山!」
 フレちゃんは家に入ると目をまん丸と大きく開けて驚きの声をあげた。
 何を隠そうシキちゃんハウスは既に部屋の大半が色々とダメになっているのであった。
 一昨年の冬のことだ。アメリカの大学から日本に戻ると決めた時、パパが面倒な諸手続きを全部やってくれた。
 その手続きの中に含まれていたのが高校への編入学と、そして東京へのお引越しだった。
 どういう背景があったのかは分からないけれど、当時研究が佳境に入りミリ秒すら無駄にできない忙しいご身分なのにも関わらず、引越しの手続きを何から何まで面倒を見てくれた。
 パパはたまにやり過ぎてしまうきらいがあった。
 例えば、変わった地名だからという理由でロシアの僻地まで足を運んでみたり、
 思考のリソースを割くのが勿体ないからという理由でどんな高待遇を提示されようとカルテクから離れなかったり、
 形が良いからという理由で聞きもしないのにLPを大量に収集してしまったり、一人娘のために2LDKのマンションを購入してしまったり。
 いつか一緒に住むかもしれないからとは本人談。
 カルテクから一生出るつもりのない人間が、どうやったら日本で私と一緒に住むという将来像を描けるのか、甚だ疑問だった。今はもう、起こり得ない話だけれど。
 そして、住み始めてから一年少しで、部屋の大半が機能不全に陥っているのだから、やっぱり私には一人暮らしは向いていないのだろう。
24: 以下、
「シキちゃーん、この紙の山ってなーに?」
「ろんぶ?ん」
「シキちゃーん、あそこの段ボール箱はなんのため??」
「前買った試薬だったかな?」
「シキちゃーん、この機械って献血の??」
「いぐざくとり?」
「すっごーい、このキッチン。ひろびろー! そしてピッカピカ! まるで新品みたい!」
「広義で言えば新品だね」
 文字通り、一度も使ったことがないキッチンだ。
「シキちゃん、もしかしてご飯作らないの?」
「つくらないよ?」
「ホントに作らないの?」
「つくらないかも」
「ホントのホントに作らない?」
「つくらな?い」
「そっか?」
 そんなこんなでプチルームツアーをフレちゃんとやっている最中。
 ふと、体から自由が消えた。
 急に重力に逆らえなくなり、膝から崩れ落ちる。壁にもたれかかってなんとか転ける事は避けた。
「シキちゃん!?」
 普段出さないような声色で、フレちゃんが悲鳴のような声を上げた。
 ああ、馬鹿な事。
 よくないところを見られてしまった。
 立ち上がろうとするも、視界が暗転する。世界が真っ暗闇だ。
 目が見えない、目の前が真っ暗になる。
 頭もぐらぐらする、激しい立ちくらみのように。気持ちが悪い。
 気持ち悪さを飲み込む。
 落ち着け、落ち着け、落ち着け。まずは深呼吸だ。
「シキちゃん! シキちゃん!」
「大丈夫」
 ぺたりと、フレちゃんが私の頬に手を触れた。
「大丈夫、じゃない。顔が真っ青……」
「大丈夫だから、平気。ただの……貧血」
 本当だ。貧血のせいで脳に十分な酸素が供給されず、酸欠状態に陥っているだけだ。
 座り込んで呼吸を整えさえすれば、暫くすれば治る。
「シキちゃん……」
「ごめん、お水、ちょうだい……。平気だから。暫くしたら、治るから……」
25: 以下、
「ねえ、シキちゃん」
「なあに、フレちゃん」
 二人、毛布にくるまってソファで一緒になっていた。
 テレビ画面にはフレちゃんが持ってきた映画が流れている。
 画面の中ではちょうど、キアヌ・リーブスが演じるネオが差し出された錠剤二つの中から赤い錠剤を選択して飲み込むところだった。
 どうしてフレちゃんがこの映画を選んで持ってきたのかは謎だ。
 フレちゃんはそうだよね?、と映画に相槌を打った後、
「シキちゃん、さっきみたいなのって、よくなるの?」
「ううん? ほんとたま?に」
「そっかぁ」
 あの後、暫くして私の体調は元に戻った。
 少しばかりの栄養不足。思えばあの日からまともにご飯を食べていなかったから、それが祟ったのだと思う。
 私はフレちゃんが淹れてくれた温かいコーヒーに口をつけた後、フレちゃんの肩にもたれかかった。
 フレちゃんはそんな私のことを見やった後、
「ねえ、シキちゃん……何かあった?」
「何もないよ??」
「嘘ばっかり言っちゃって?」
 私たちは、視線を合わせることもなく、ただただテレビ画面を見つめていた。
「辛いことがあったんだったら、言って欲しかったな」
 フレちゃんが、ポツリと言った。
 フレちゃんはいつもそうだ、余計なことを背負い込もうとする。
 言うか否か、迷う。だって、口にしたらたぶん、止まらなくなってしまうから。
 それでも、言った。
「パパがね、死んだんだ」
 フレちゃんが息を飲んだ。
「ショックはないんだ。なんて言うか……わかっていたことだったし。いつかこうなるって」
 そう、ママが死んだあの日から、いつかこうなる事は分かっていた。
 パパは強い人だった。だからあの日、自分自身についた小さな嘘に縛られ続けた。
 ありえない理論を打ち立てて、起こりもしない現象を起こると信じ続けて。
「ねえフレちゃん、私ってなんなのかな」
「……なにが?」
「パパが死んだって聞いたときにね……ああやっぱりって、そう思ったんだ」
「………………」
「化学に飽きたなんて嘘っぱち。逃げたんだ、パパから」
「……シキちゃん」
「見てられなかった……。パパが、研究に没頭していた理由がわかっていたから」
 なまじ研究者としての才があったから、パパは止まれなかった。嘘の理論を信じ続けた。
 そして、とうとう止まる日がやってきてしまった。それだけ。まるで、冷たい方程式だ。
「壊れてるのかな、やっぱ」
 そう言って、掌を見つめた。
 いつもと同じ、私の掌。熱い血潮が流れているはずなのに、こんなにひんやりとしているのは心が凍ってしまったからだろうか。
26: 以下、
 フレちゃんは私の髪をそっと撫でた。
「シキちゃんは……壊れてないよ。人の心を理解できないわけでも、人の心を支配したがる怖い心を持ってるわけでもないもん」
「……じゃあ、なんだっていうの」
「うーん、ジャンキー?」
 流石に吹きだした。
「ジャンキーって」
「だってシキちゃんって……憧れてるでしょ?」
「何に?」
「普通に」
 今度は、私が息を飲む番だった。
「シキちゃんは、普通に、焦がれてる」
「それは……」
「シュレディンガーの猫ちゃんの話をしたときのこと、覚えてる?」
「……うん」
「あの時ね、シキちゃんもそうなんじゃないかなって思ったんだ」
「私が?」
「飽きちゃったから、どこかに行っちゃう。みんなそう思っているけれど、本当なのかなって。本当は、開けて欲しくなくって、開けられるのが恐くって。
 それで、いなくなっちゃうんじゃないかなって。シキちゃんの失踪癖って、そういうものなんじゃないかなって。ずっと思ってたんだ」
「フレちゃん……」
「シキちゃん、一回も言ったことなかったもんね。辛いとか、苦しいとか」
 カチンコチンに固めた心。一度解いて仕舞えば、無防備な私が晒される。
「シキちゃんっていっつもそうだったもんね。自由気ままなんて嘘。みんなのこと、ずっと考えて、そして一人で抱え込んでたもんね」
「ーーーーーーッ」
 私は、フレちゃんに抱きついて、感情の制御を放棄した。
27: 以下、
「志希ちゃんのパパは、どんな人だったの?」
 涙で体がカラカラになっちゃうまで泣いた後、私はコップ一杯のお水を飲んで、そしてまたフレちゃんにもたれかかっていた。
「研究ばっかりしてる、研究馬鹿だったよ。あと、ママにデレデレ。私にもデレデレ」
「研究? どんなこと?」
「……むかーしね、有名な物理学者がこんなことを発表したの。『世界は巻き戻る』って」
「巻き戻る……?」
 フレちゃんはキョトンとした顔で、私が言った言葉を反芻するように繰り返した。
「そう。巻き戻る。フレちゃん、知ってる? 宇宙って膨張してるの」
「聞いたことあるよ、ゆっくり膨らんでるんでしょ?」
「そう。宇宙はゆーっくりだけど膨張してるの」
「発酵している生地みたいだね?」
「そうだね。でもね、どんなものにも限界があるように、宇宙にも限界があるの。人に寿命があるのと同じように」
「限界?」
「そう、限界。膨らんで膨らんで膨らみ続けると、ある時パチンと弾けるの。膨らみすぎた風船のように」
 そこまで言って、私はフレちゃんを見やった。
 フレちゃんのエメラルドグリーンの瞳がこれでもかというほど大きく拡大されていた。それは、興味と集中を意味する身体シグナル。
 人は好きな物を見るときに瞳孔が大きくなり、みたくない物を見る時は瞳孔が小さくなる。どれだけ訓練しようとも、この作用を変える事はできない。
 フレちゃんは言葉を選ぶように言った。
「弾けちゃったらどうなるの……?」
「元に全部戻るの」
 フレちゃんがハッとした。
 パパが追い求めていた理論、サイクリック宇宙論。ビッグバンとビッグクランチ 、始まりと終わりが永遠に繰り返される宇宙論。
「破裂した宇宙は、力が働いて、初期の状態に戻るんだ。全部戻る、元あった状態に。まるで、時間の向きが逆転したみたいに」
「ロマンチックだねえ」
「そうだね。ま、その説は否定されちゃったんだけどね」
「……そっかぁ」
 追い求めた果てに得た答え、それがパパに終止符を打った。
 私は卓上に置いていた雑誌に手を伸ばした。
 パパの遺した論文。
 あの日から、ずっと目を背けていた。
 手にとって眺めみる。
「あれ……」
 パパらしい無駄のない文章だった。オッカムの剃刀のように、洗練された内容。
 結論に至るまでの内容、何一つおかしい部分はない。
 だというのに、なぜか違和感を感じた。
 何か変だ。
 しこりのようなものを覚える。この感覚を私は覚えている。研究していた頃、幾度となく感じた事があるトリガー。
「違う、これ……」
「シキちゃん……?」
 口をついて出た言葉。
 そう、この内容は何かがおかしい。この論文は致命的な何かを有している。
 けれども通しで何度読んでも、その違和感の原因を掴み取れない。
 私は書斎に移動すると、机にノートを開いた。
 それは、私の癖のようなモノだ。昔からそうだった。
 証明した内容を、頭から全部手計算でやり直す。
 そうするとたまに、何かが起こる。
 私はパパの論文と睨めっこしながら、ノートに数式を書き殴った。
28: 以下、
「わっ、こんな時間……」
 気づけば、翌朝になっていた。
 ふと机の上を見ると、いつ置いてあったか分からないけれど、おうどんが置いてあった。ちょっと冷めている。
 お腹が空いていたのでササっと啜った。
 
「うーん、わっかんない」
 暫く経って、また計算に躓いた。長らく数式から離れていた私の頭には、少し難しいらしい。でもパパが使っている計算パラメータに間違いがない事は確信できた。では、何が?
 煮えた頭を冷やすがてら、arXivで関連資料を漁る。そういえばパパの論文はAltmetricでハイスコアを叩き出しているようだった。
 気づくと卓上にスダチうどんが置いてあったので啜る。
 
「あー、無理無理もう無理」
 開いていた学術書を閉じて本棚に押し込んだ。本棚は雑然としている、読めるのであれば言語毎に整列させる必要はない。
 ペンをくるりと回して、もう一度数式と睨めっこをする。
 カボスうどんがあったので啜る。
 
「ダメー、やっぱダメー」
 ずっと、数式をなぞっていた。
 柚子うどんがあったので啜る。
 
「あ??????」
 カボスうどんがまたあったので啜った。
 
「おうどんになっちゃう! 体が!」
 叫びながら部屋を飛び出すと、小麦粉をよいしょよいしょと捏ねるフレちゃんがいた。
「なにしてるの?」
「あ、シキちゃん久しぶりー。おうどん作ってるんだー」
 一仕事終えたと言わんばかりに、ふ?と息を吐いてフレちゃんは和かに笑った。
「ありがと、フレちゃん。おいしかったよ。でももう、おうどんはいいかな……」
「え?、そう? じゃあこれはパンにしちゃおっかなあ」
 うどんのために作っていた生地をパンに流用ってできるのかな?
 作ったことが無かったので分からなかった。でもフレちゃんが出来ると言うなら出来るのだろう。
「シキちゃん、捗ってる?」
 フレちゃんはよいしょよいしょと生地を捏ねながら聞いてきた。
「ううん、全然。あともうちょっとな気がするんだけどねえ」
「そっかぁ」
「パパとは分野が違ったからねえ」
「ノートとか取ってないの?」
「え?」
「シキちゃんのパパさんも学者サンでしょ? 何か記録とかないのかな?って」
 盲点だった。
 なんでそのことを見落としていたんだろう。
 そうだ、パパも私と同じように、最後には必ずノートで手計算をやっていた。もしもそれを辿れば……。
 でも、そのためにはまずアメリカに行かないといけない。パパと私が住んでいた、あの家。パパがもういなくなってしまった、あの家に。
 気づくと、手が震えていた。
 そんな私の手を、フレちゃんはそっと優しく握って、
「いきなよ、シキちゃん」
 やらないといけないことがあるんでしょ?
 そう言って、私の背を押してくれた。
29: 以下、
「はいはい、外は寒いよー。ちゃんと、いっぱい着込まないと」
「にゃはは」
 昨日、早々に航空券を取った私は、すぐに旅立つ準備をした。
 と言っても、バックパックに必需品を突っ込んだだけなので準備というほどでも無かった。
 マフラー、帽子、手袋、マフラー、ダウ○コート、マフラー。
 たくさんたくさん着込んでもこもこになった私は、フレちゃんと向き合った。
「シキちゃんがいない間は?、フレちゃんにおっまかせ?。帰ってくるまでに?、シキちゃんのお家をレスキューしておきまーす!」
「えー? そんな言うほどだったかな?」
「え……?」
 フレちゃんがドン引きしたのを見るのは初めてだった。どうやらそんな言うほどだったらしい。
「じゃあシキちゃん、行ってらっしゃい」
「はーい、行ってきまーす。またね、フレちゃん」
 私は、そう言ってフレちゃんを残し、家を後にした。
 
 外に出ると、雪が降っていた。いや、そんな生優しいものではない、吹雪だった。
 春だというのに季節外れの記録的な大雪が降り始めたのは確か一週間そこいら前からのこと。
 最初は降ったり降らなかったりだったけれど、ここ数日は急に降雪量が多くなった。
 あっという間に雪が降り積もり、雪の除雪も間に合っていないようで、道路はもとより交通機関も一部麻痺していた。
 専門家も首を傾げ、先日のアメリカのハリケーンと相まって異常気象が起きているのではと毒にも薬にもならない見解を発表していた。 
 私は転けないよう気をつけながら最寄り駅まで移動する。
 移動にも時間がかかり、駅に着く頃には体は凍えるほど冷えていた。
 そしてようやくのことでたどり着いた後、駅の電光掲示板を見上げ、ああと嘆息する。
 やはりというか、列車は一部見合わせ状態、駅で暫く待たないといけないようだった。
 こんなことなら、日付をずらすべきだっただろうか。いや、でも1日でも早く家に行きたかった。
 私は売店でコーヒーを買って啜りつつ時間を潰した。
30: 以下、
 どれだけ待っただろうか、一向に列車が動く気配はない。
 そも、飛行機ももしかしたら飛んでないかもしれない。
 そういえばと、私はスマートフォンの電源を入れた。
 あの日から、ずっと電源を入れないまま放り投げていたスマートフォン、起動した途端、壊れたかのようにヴーンヴーンと唸りを上げた。
「わおっ」
 夥しいほどの着信履歴が連なっていた。奏ちゃん、周子ちゃん、ちひろさん、それからそれから。数えるのも馬鹿らしくなるほどの履歴を見て、さしもの私もドキリとした拍子、ちょうど電話が掛かってきた。
 電話の主は……美嘉ちゃんだった。
 一瞬迷ったのち、画面をタップした。
「はーい、もしもし?」
「バカ! あんた、今どこほっつき歩いてんのよ!」
 開口一番、耳が痛くなるほどの罵声を浴びせられた。
「すっごく、心配したんだから! はぁ……」
「ごめんごめん」
 それから、美嘉ちゃんはこの世で形容できるありとあらゆる言葉を使って、私が美嘉ちゃんをどれだけ心配させたかを教えてくれた。
「だからごめんってばー」
「はー、もう……あんたもフレデリカも、いなくなって。アンタ達って、アンタ達って……! 本当に、人を心配させるのが得意なんだから……」
 安堵の念の籠った言葉が美嘉ちゃんから吐き出された。ほぅというため息と共に。
 けれど、引っかかるワードがあった。
「フレちゃんも?」
「そうよ、あんたとフレデリカ。二人とも、事務所には顔を出さないし、連絡つかないし……はぁぁぁぁぁ」
「フレちゃんに……連絡がつかなかった?」
「え? ……今、一緒にいるんじゃないの?」
「さっきまではいたけど……美嘉ちゃん、いつからフレちゃんに会ってないの?」
「あんたが来なくなった日と同じ日よ。それから連絡も一切つかなくて……だから、てっきりプロデューサーの件があったからって」
 背筋がゾッとした。
 ふと思い出す、フレちゃんの言動を。
 フレちゃんは家にいる時、事務所のことを一言も発しなかった。
 それどころか、自分のことを何一つ語ろうとはしなかった。常に、私の言葉を聞いていた。普段はあんなに饒舌に、自身のことを面白おかしく喋るのに。
 自分のことに手一杯で、見落としていた要素がふいに浮上する。
 そもそも何故ユニット解散をフレちゃんは言ってきた?
 そして何故その日にプロデューサーは姿を消した?
 どうしてフレちゃんは事務所に顔を出さなくなった?
 散らばったピースがパチリパチリと、ジクソーパズルを組み上げるように折り重なっていく。
「志希? 志希……? ねえ志希、ちょっと聞いてんの? ちょっと志希!?」
 胸の奥が、ひどくざわついた。
31: 以下、
 私は踵を返して帰路についた。雪はより激しくなり、移動するにも時間がかかった。
 家にたどり着く。何故か、酷く心臓が打っていた。
 ドアを開けると、出た時同様にフレちゃんの靴がそこにあった。少なくともフレちゃんは家にいるらしい。
「ただいま?、フレちゃん。ちょっと忘れ物しちゃったー」
 わざとらしいほど高い声が自分の口から出た。
 けれども、返事がない。
 部屋は驚くほど冷え切っていて、そして静かだった。
「……フレちゃーん。どこいるの?」
 リビングに行く。姿がない。
「ん……」
 周囲を見渡す。
 朝飲みかけのコーヒーカップ、真っ暗なテレビ、読みかけのペーパーバック、焼かれることなく生地の状態で放ったらかしのマドレーヌ。何故か割れているワイン瓶。そして……。
 机の上に、乱雑に置かれた薬の束があった。
 楕円形の白い錠剤が無造作に卓上に置かれている。キャプトリクスと書かれている。少なくとも、これは私のものではない。
 一錠だけが卓上に残っている。まるで飲もうとして、やめたような。
 その横に、手紙のようなものが置いてあった。メッセージカードのようだ。
 私は恐る恐る手にとると、それをゆっくりと開く。
 そこには、慣れ親しんだ筆跡で、こう書かれていた。
「……Je hais les voyages et les explorateurs」
 私は、旅と探検家が嫌いだ。
 フランス語は専門外だけれども、訳が頭の中にふっと浮かんだ。筆跡は、よく知っている。でも、どうして……。だって、喋れないって言っていたじゃないか。
 私が思考の海に潜っていると、ふと思考を遮るノイズが聞こえた。
 ノイズが走っているかのように、さーっという音が聞こえる。雨音?
 いや、これは雨ではない。
 シャワーの音だ。
 ああ、そうだ。この家の中で、まだ探していないところがあった。
32: 以下、
「フレちゃーん?」
 バスルームに向かうと、電気がついていた。
 けれど、声をかけても返事がない。シャワーの音だけが無音を掻き消すように聞こえる。
 ドアを開けようとしたその時、つん、と血の匂いが鼻をついた。
 開けるなと、脳内で何かがガンガンと警鐘を鳴らした。
 手が、震える。
 いつだったか、フレちゃんが言ったあの言葉がリフレインする。
『シュレディンガーの猫ちゃんって、箱を開けて欲しいのかな?』
 喉がカラカラになる。嫌な予感が、背筋を伝う。
 私は一つ深呼吸をし、ドアに手をかけてそっと開けて、
「____やめてよ、そういうの」
 
 手首から血をダクダクと流す、鮮血にまみれたフレちゃんが、そこにいた。
33: 以下、
5/
 
 イマジナリーフレンド。
 知能の正規分布から外れてしまった少女は、天才児のご多分に漏れず、大人すら引くような夥しい量の書物と、空想上の女の子が友達だった。
 艶やかな金髪で、キラキラと輝くエメラルドグリーンの瞳をもった、可愛い可愛いお友達が。
 少女はその子のことをフレちゃんと名付けた。フレンドのフレちゃん。今思えば、なんとも安直な名付けだった。
 けれども、少なくともその名前は喜ばれたようだった。
 実体を持たない空想上の彼女は、いつも少女と一緒だった。ハイキングにお風呂、勉強をしてる時もいつも一緒。
 ママが作ったマドレーヌをこっそり食べた時も、パパの書斎に黙って忍び込んだ時も、ママのお葬式の日の時も、いつも一緒だった。
 けれども、ある日、ある時、脈絡なく彼女は少女の前から姿を消した。
 少女はわんわんと泣きながら、近所の公園や家を探し回った。
 けれども彼女はどこにもいなかった。
 それからずっと少女は……私は、彼女のことを探し続けていた。
34: 以下、
「フレちゃん……フレちゃん!」
 私はフレちゃんに駆け寄ると、体を揺すった。反応がない。
 シャワーを止めて血の出どころを探す。
 出血箇所はすぐに見つかった。右手首。ああ、くそ。自傷でどうしてそこまで深く。
 手首からは今もなお黒くテラテラとした血が流れ出ていた。急いでタオルを被せると止血のために強く握った。
 正しい処置をしなければならない。ある種の確信を持って、そう言えた。
 私は止血を行いながら、救急へ電話する。
「はい、こちらは消防です。火事ですか、救急ですか」
「女の子が! 出血多量で瀕死の状態です!」
 救急への連絡は、確認作業に他ならない。
 住所の確認、容態の確認、意識の確認、呼吸の確認、緊急処置の確認。
 確認に次ぐ確認ののち、電話口からは「これから救急車が向かいます」との答えがあった。
 電話口から指示される内容に従って、止血作業を進める。
 作業を続けても、フレちゃんは目立った反応をしなかった。顔は真っ青で、恐ろしく冷たい。けれど、息はあった。
 なら大丈夫。大丈夫なはずだ。
「大丈夫……大丈夫……」
 自分に言い聞かせるようにそう呟いた。
 大丈夫だって? 何を根拠に?
 自身の掌をみやる。手が、フレちゃんの血で真っ赤に染まっていた。 
_______人は20%の血液を失うと失血死へのカウントダウンが始まる。
 頭の中で理論が自動的に組み上がっていく。いつ何のために仕入れたのかも分からない分断された知識が、タペストリーのように配列される。
 日本の救急は電話から約8分30秒後には現場に到着する。そして病院への収容時間は約40分。即ち、そこまでを繋ぎ止めておかなければならない。
 リストカットで死ぬ確率はそこまで高いものではない、というのは動脈を切らずに浅くカットした場合の定説だ。
 風呂場で血圧の高い状態で動脈を切った場合は死ぬ確率は飛躍的に上がる。真横に切れば、自動的に接合面が接着されて出血量は自然と減る。けれど、斜めに切った場合は話が別だ。
 人一倍臆病なのに、思い切りのいい子だった。動脈をすっぱりと切る程度には。
 
 電話口のオペレーターから、フレちゃんを必ず暖めて救急車の到着を待っておくようにと告げられ、私はフレちゃんを風呂場から引きずり出してベッドまで運んだ。
 フレちゃんの体を丁寧に拭いて、ありったけの毛布を持ってきて包み込む。
 そこまでしても、フレちゃんの体はまだ冷たかった。
 青ざめたフレちゃんの首筋に手をやる、脈はく、そして浅く弱い。
 ____顔面蒼白、弱拍脈。
 だから?
 ____呼吸不全に陥っており、浅く早い呼吸をしている。
 つまり?
 ____15%以上の血液が既に体外へと流出している可能性が高い。
 止血はできた。完全とは言わないが、出血量は目に見えて減った。
 けれども体外に出たものを戻す事はできない。フレちゃんの体は未だに酸素を欲していて、浅い息を何度もしている。
 今、フレちゃんの体の中では出血をトリガーに死のトロッコが作られつつある。
 出血によって体内のヘモグロビンが減少すると体全体への酸素供給能力が著しく低下する。
 酸素がなくなれば、体内では酸素を利用する代謝ができなくなり、苦肉の策として酸素を使わない代謝が行われるようになる。
 それはつまり、乳酸が体内で蓄積することを意味する。乳酸は血液を酸性にし、そしてそれが止血を阻害する。
 止血がうまく行かないと、更に血液が体外に流れ出て、血液はより酸性に傾く。
 出血による体温の低下、酸性に傾いた血液、止血のために凝固因子を消費したことによって起こる凝固障害。
 ありとあらゆる現象が、フレちゃんの体を今まさに攻撃していた。
 死神の鎌は刻一刻と近づいていて、フレちゃんの首を刈り取るために磨き上げられている状態だった。
35: 以下、
「遅い……!」
 既に、救急に連絡してから10分以上が経過していた。
 やれることはもう、無い。
 ただ、早く到着するよう祈ることしかできやしない。
 祈る? 何に?
 私は、窓の外を見た。 
「ありえない……」
 そこには、身も凍るような寒空と、異常としか言えない吹雪が荒れ巻いていた。
 救急がすぐ来ない理由をようやく悟る。
 大雪による交通網の麻痺。救急が来るのは気が遠くなるほど遅いだろう。
 じゃあどうすればいい? 担いで行く? 車ですら走れるか危ういこのこの雪の中で? 低体温で既に危ういフレちゃんを?
 手を拱いていれば、フレちゃんは時間の経過と共に死に近づく。死ななくても、重篤な障害が残る可能性が高い。
 最悪のシナリオが頭をよぎった瞬間、ふいに脳裏に映像が浮かび上がる。
『志希ちゃんは、私の希望だから』
 フラッシュバックする、こんな時に。
「もっともっと話したいことがあったのに……!」
 病室で、私に微笑んでくれたママ。
 あの日、車椅子に乗ってバスルームに一人向かったママの姿。
「もっともっと今の私を見て欲しかったのに……!」
『ああ、そうだ。綺麗だったよ、志希』
 電話越しに、優しい息遣いが伝わってきたパパ。
 あの日、拳銃を持って頭を撃ち抜いたパパの姿。
「どうしてみんな、そんな形で私の中に残ろうとするの……」
 やめてよ、そんな形で私の記憶に残ろうとなんてしないでよ。
「お願いだから、私の前で死なないでよ。私の記憶の中に、そんな形で残ろうとなんてしないでよ……!」
 私を置いて行かないでよ。
 辛いことを一人で抱えこまないでよ。苦しかったんだったらそう言ってよ。
 縋り付く。フレちゃんは私のことを認識すら出来ていないはずだ。
「世界のどこかにキミがいるってだけで、それだけで私はよかったのに」
 フレちゃんと出会ってから私は、孤独との付き合い方を忘れてしまった。
 孤独は私を傷つけなかったのに。
「嫌だよ……フレちゃんのいない世界は。私をもう、一人にしないで……」
 あの、孤独な荒野を彷徨う日々は、もうこりごりだ。
 
 涙を拭く。頬がフレちゃんの血でベットリとしたした。私の手はフレちゃんの血で真っ赤になっていた。まるで、自分の血のような。
「………………そうだ」
 ふと、気づく。
 それの存在に。
『シキちゃーん、あそこの段ボール箱はなんのため??』
『前買った試薬だったかな?』
『シキちゃーん、この機械って献血の??』
『いぐざくとり?』
 私は転がるように物置部屋に走ると、目当てのものを探し出した。
 まだ、やれることが一つだけ残っていた。
36: 以下、
 私には、誰にも言えていない秘密があった。プロデューサーにも、フレちゃんにも。
 誰にも言えていない私だけの秘密。
 自己血輸血。万年貧血状態の私が、レッスンすらままならない私が、万全の状態でステージに立つための唯一の方法。
 一ノ瀬志希という偶像を祭り上げるために、一つだけついた大きな嘘。
 私がみんなのことを謀った、偽りの証拠。
 みんながこのことを知ったら、私に幻滅するのかな。
 血液の抜き方も入れ方も知っている。散々やった。O型の全血輸血、異型輸血の中ではマシな部類だけど、リスクはある。
 でも、やらないと、きっと後悔することになると、私の中で何かが叫んでいた。後悔? 時系列がずれている。思考上のスクリプトエラーだ、無視。
 アルコールを腕に瓶ごとぶっかける。
「ごめんね、フレちゃん」
 私の全てを捧げても、無駄かもしれない。
 けれど、
「フレちゃんに何があったのかも、フレちゃんがどんな気持ちだったのかも、どんなに苦しいのかも、私には分からない」
 歪に強くなっちゃったから。
 辛いことがたくさんたくさん募っちゃったから。
「けどね、私はそれを許さない」
 私は、それを、実行した。
 
 脈が異常な度で打っている。
 二つ目の血液バッグを点滴スタンドに吊り下げ、フレちゃんへの輸血を再開した後、私はふらりとベッドに倒れ込んだ。危うくフレちゃんを潰しそうになった。危ない危ない。
 体から血液が大量に消失したことにより、体全体が酸素不足に陥っていてろくに機能していない。心臓がポンプの機能を果たそうと狂ったように打っている。少し、うるさいなって思った。
 汗も異常なまでに流れている。
 フレちゃんを見る。フレちゃんは未だ青ざめてはいたけれど、さっきと比べたら少しはマシになっていた。
 
 良かった。
 気が抜けた瞬間、意識を手放しそうになる。堪える。
 フレちゃんが横にいた。頬を撫でる、温かい。
「ねえフレちゃん、私ね? キミと、もっと遊んでいたい」
「トップアイドル、二人で張り続けていたい」
「他愛のない話で、笑い転げていたい」
 キミと、キミと、キミと、キミと。
 たくさんたくさん、いろんなことをやってみたい。 
 ああ、畜生。
 なんで今更、こんなことに気づいてしまったんだろう。
 一ノ瀬志希という少女は、心なんて持たなければよかった。他者を必要としない、別の何かに生まれるべきだった。そうすれば、こんな気持ちにならなくて済んだのに。
 昔は、生まれ変わったら、猫になりたいなって思ってた。
 にゃーにゃーと鳴いて、ご飯を食べて、外に出たくなったら家からふっといなくなって、外に飽きたらまた家に戻る。そんな猫。きらくでしょ?
 けど、最近は、人間がいいかなって思えるようになった。
 目眩と、目眩と。
 朦朧とする意識。
 そして、次第に、視界がゆっくりと暗くなっていく。目蓋が重い。
「フレちゃん、今度は、世界を二人占めしようよ」
 今の言葉、ちゃんと口に出せてたのかな。わからない。聞こえない。
 意識が薄くなっていく。
 ぼんやりとした意識の中、私は。
 フレちゃんに、手を、。
「あ__________」
37: 以下、
6/
 
 ピッピッピッピ。
 規則正しい電子音が耳を打つ。
 その音で、彼女は目を覚ました。
 彼女はゆっくりと身を起こそうとし、身体に痛みが走り起きるのをやめた。
 ここはどこだろうか。
 彼女は周囲を見渡し、そこが病室であることを知った。
「ああ……」
 そして彼女は、宮本フレデリカは目を覚ました。
 
「美嘉ちゃん、奏ちゃん……」
 目を覚まして数日が経った。検査に次ぐ検査が行われ、ようやく解放され一人になったフレデリカのもとに、二名の見舞い客がやってきた。
 城ヶ崎美嘉と、水奏だった。
 何かを言おうとしたフレデリカを制するように、つかつかと歩み寄ると城ヶ崎美嘉は宮本フレデリカの胸ぐらを掴んだ。
「ちょっと、美嘉!」
 奏の制止を無視して、美嘉は表情を変えずに淡々と告げた。
「その様子だたとアンタ、あの日何が起きたか、まだ誰からも聞いてないでしょ?」
 教えてあげる、感情を押し殺して、美嘉は告げた。
38: 以下、
「今から17日前、一人の少女から救急に対して連絡があった。出血多量による瀕死の少女が一名いる、と」
 フレデリカが目を白黒とさせる中、美嘉は再び口を開いた。
 機械のように、声のトーンが一定だった。
「雪の日だった。記録的な、季節外れの大雪の日。停電と、吹雪と、交通網の乱れ。条件は最悪だった。救急隊員が現場に駆けつけたのは、連絡からおよそ53分後のことだった」
 美嘉の説明は事務的で、淡々としていた。まるで彼女自身が、その説明を何度も何度も聞いたかのように。
「現場に駆けつけた救急隊員は二人の少女を発見した。二人とも、意識はなかった。
 一人の少女は右手首に裂傷があり、脈拍が低かったことからリストカットを試みたと判断された。
 そして、もう一人の少女には目立った外傷がなく、けれども脈拍低下と意識不明が確認された。
 机上には抗うつ剤を大量に使用した形跡があったことから、大量服薬による急性中毒と推定された。
 ……奇妙な点があるとすれば、リストカットした少女には既に輸血が施されていたということ」
「え……」
「二人の少女はその後病院へと搬送された。
 リストカットを行った出血多量の少女は救急車両内でクロスマッチを行い、B型であることがわかった。
 そして、出所不明の血液バッグも同様に検査され、中身はO型の全血であることがわかった。
 リストカットをした少女は搬送された病院で緊急輸血を施され、奇跡的に命を取り留めた。そして、二週間後に目を覚ました」
 その言葉が、自身のことを差していることを察したフレデリカは、乾いた口で次の言葉を紡いだ。
「……二人って、どういうこと」
「言葉通り、二人いたの」
「じゃあもう一人の……女の子は」
「もう一人の少女は急性中毒と判断後、医師による血液検査が行われたけど結果は全てポジティブ。原因不明の重体とされた。けれど、医師はすぐに、少女の左腕に注射痕があることを発見した」
「待って」
「そしてそのあと、輸血バッグに入っている血液とその少女の血液が一致することがわかった。
このことから、少女による緊急輸血が行われたと判断された」
「待って!」
 遮るように、宮本フレデリカは大きな声を発した。
「志希ちゃんは……どこ」
 乾いた口で、その言葉を紡ぐ。
 美嘉は目を閉じた。それが自身の感情を押し殺しているのか、あるいは何かを想起しているのか。
 美嘉は、暫くしたあと口を開いた。
「いないよ。……もういないの、あの子は」
 全身から、力が抜けた。
「アンタがいつからそうだったのか、アタシには興味がないし、知らないし知りたくもない」
 けど、と前置きをして、美嘉は言った。
「……次やったら、その時はアンタを一生許さない」
 
 奏と美嘉が病室を出ていった後、残された宮本フレデリカは一人、ベッドの上で身を起こし窓の外をぼんやりと眺めていた。満開の桜が咲く、窓の外を。
39: 以下、
 幸いなことに、出血性ショックによる後遺症は、何一つなかった。異型輸血による副作用も感染症もなかった。
 輸血度は通常の倍近くでされていたと想定され、溶血により重篤な後遺症が起きてもおかしくはなかった、と医師は言う。
 けれども、せいぜい残った傷といえば、深く切り込んだ手首の傷痕のみ。
 まるで奇跡だ、と医師は言った。
 それから、何日も過ぎた。
 フレデリカは毎日、病室のドアを見ていた。
 一ノ瀬志希という少女は、「いやー、びっくりびっくり! お互い死に損なっちゃったね?!」なんて言いながら、病室のドアを開けるのだ。そういう女の子のはずだ。
 なのに、なのに。
 何日待っても、何日待っても。
 一ノ瀬志希は現れなかった。
40: 以下、
 夜、宮本フレデリカは一人、病院を抜け出し街を駆けた。
 走る、走る、走る。
 志希がいた場所を走る。
――レッスンルーム。彼女はよくそこにいた。練習なんてつまんないと言いながら、影でよくやっていた。でも、もうそこにはいない。
 走る。完治していない右手首がズキズキと痛んだ。
 それでも、宮本フレデリカは走る。
――事務所の屋上。彼女は嫌なことがあるとよくレッスン抜け出して屋上にいた。空を見上げ、何をするでもなく。あの時、志希は何を考えていたのだろうか?
 心臓が痛い。呼吸をする度に体中が痛む。それでも、走る。止まったら、砕けてしまいそうだから。
――公園。彼女は通りすがりの公園でよく子供たちの輪に入って遊んでいた。子供と遊ぶ姿は、とても楽しそうで。まるで、志希自身が子供になったかのようで。
 
 部屋は、埃を被っていた。
 病院を抜け出した宮本フレデリカは、最後に志希の家を訪れた。
 警察が以前来ていたのだろう、黄色いテープの貼り後がドアの縁に残っていた。
 部屋の中はガランとしていた。
 誰もいない。家主のいない家。志希の家は、ついこの間まで温かかった。けれど、今は物音一つしない無音の世界、時が止まったかのようで。冷え切っていた。
 冷蔵庫を開けると、飲みかけのコーヒーが置いてあった。カビがコロニーを形成している。
 フレデリカは部屋を歩き回った。何か痕跡があると信じて。
 親族が片付けたのだろうか、部屋は綺麗に片付いていた。志希の痕跡らしきものは、何も残っていなかった。
 それでもフレデリカは探して探して、探し尽くして。
 そして、見つけた。
「……あ」
 CDラックに見覚えのないCDケースが置いてあった。
 開けてみると、紙切れが一枚落ちる。
 フレちゃんへ。ただ、それだけが書かれていた。
 震える手で、宮本フレデリカはCDを取り出した。
 CDの表面には、プルーストエフェクトとだけ書かれていた。
 簡単な伴奏。レコーディングはこの家でやったのだろう。まともな機材で収録していないから、音質も良くはなかった。
 身動ぎ一つせず、宮本フレデリカはその曲に耳を傾けた。
 そして、曲は終わり宮本フレデリカは、一人泣き崩れた。
41: 以下、
7/
 
 こうして、一人の少女が世界から消えた。
 一ノ瀬志希という少女の死は、暫くの間、世間を賑わし、そして少しずつ話題にあがらなくなり、いつしか誰も語らなくなった。こうして、彼女の幕は閉じられた。
 
 それからの話。
 一ノ瀬志希の死から暫くして、一人の少女が立ち直った。
 その少女は、ある種の強さを持っていた。
 かつての少女を知る者がいたら、別人と見紛うほどの心の変化を持って。
 ある者はそれを成長と呼び祝福し、ある者はそれを孤独と呼んで哀れんだ。
 それでも少女は、一歩ずつ前に進んだ。強くなった。とても。
 それが、大事な物を失った代わりに得たものが、補って余りあるものだったのか誰にも分からない。
 
 それから、気が遠くなるほど、長い時が経った。
 そして、一ノ瀬志希の死とは無関係に、世界は動き続けた。
 志希のことを、フレデリカのことを、みんなのことを知るものが誰もいなくなっても、それでも時間は進み続けた。
 世界は歩みを止めず、そして時間の針も止まらなかった。
 人は外惑星へと帆を立てて、宇宙に広く散らばった。
 それからもっともっと時が流れた。
 宇宙から人がいなくなっても、観測者がいなくなっても世界は回り続けた。
 そして時間と共に、宇宙は淡々と膨張して行った。
 膨張して膨張して膨張して。
 これでもかと言うほど膨張した宇宙は、ある時、膨らむことができなくなった。
 そして、限界まで膨れ上がった宇宙は。パンパンの風船のようになった宇宙は。
 それでも膨らもうとして。
 そして。
 パチンと弾けた。
 弾けて、宇宙は。
 収縮を開始した。
 時間の矢は逆転し。
 そして、そして、そして。
42: 以下、
8/
 
 金髪の少女が道を歩いていた。
 特に理由があったわけではない。
 ただ、街へ出ようと思った、それだけだ。
 
 街を歩いていた少女は、何かに誘われるように道を歩んだ。どこか、懐かしい香りが鼻を擽るような気がして。
 少女が歩いていると、視線の端で、何かを見つけた。
 なんだろうか。少女は焦点を合わせた。
「あ────」
 目線が、あった。
 そこには、女の子がいた。自分とそう歳が変わらない、長い髪の女の子が。
 その少女を見た瞬間、時が止まったような気がした。
 知るはずがないのに。知っているはずがないのに。
 なぜなら彼女とは初対面なのだから。
 だから、知るはずがない。なのに、なぜだか酷く懐かしく、そして。
「あれ……」
 頬に触れると、涙がつたっていることに気づいた。
「シキ……ちゃん」
 口をついて出た言葉。その言葉とともに、涙がポロポロとこぼれ落ちる。
 とめどなく流れ出る。体から水分がなくなっちゃうくらい、涙が出る。
 それを見た女の子は、空を仰いだ。その顔には、少しだけ笑みが浮かんでいた。
 
 少女は、宮本フレデリカは駆け出し、そして抱きしめた。
「……にゃはは」
 少し気まずそうに、彼女は笑った。
「なんだ……。やっぱりパパ、間違ってたんだ」
43: 以下、
おしまい。ありがとうございました。
元スレ
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