タツマキ「す、好きじゃないわよ……」サイタマ「じゃあ、やめるか?」back ▼
タツマキ「す、好きじゃないわよ……」サイタマ「じゃあ、やめるか?」
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「んぅ……」
その少女はその晩、眠れぬ夜を過ごしていた。
「……全然眠れないわ」
真っ暗な寝室のベッドに横たわり、膝を抱えるように丸くなっている小さな少女は、いつもよりさらにちっぽけな存在に見えた。
「なんなのよ……アイツ」
まるで子供が悔しがるように歯を食いしばりながら不満を口にする少女の頬は、湧き上がる怒りか、はたまたそれ以外の感情によって赤く染まっていて、閉じた両のふとももを擦り合わせる。
「いきなりこの私を抱きしめるなんて……」
少女の不満の理由はとある同業者の突発的かつ不可解な行動に起因する。
「この私が身動きひとつ取れないなんて」
その男は見るからに弱そうな奴だった。
にも関わらず、完璧に動きを封じられた。
無論、即座に脱出を試みたが出来なかった。
「私を誰だと思ってるのよ……」
彼女の名前はタツマキ。戦慄のタツマキだ。
ヒーロー協会に所属し、ランキングは2位。
つまり、この世界で2番目に強い存在だ。
1位のブラストは現在消息不明なため、実質的に彼女はもっとも強いヒーローとも言える。
「……私は強い」
見た目は小さな少女だが、彼女は強いのだ。
「強い筈なのに……どうして」
どうして、あの男を振り払えなかったのか。
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2: 以下、
「そもそも何で抱きしめる必要があるのよ」
タツマキは考える。あの男の行動理由を。
「場所を変えるにしても他にやりようがあるでしょ。あんな、いきなり抱きつくなんて」
今思い出しても頭にくる。顔が、あっつい。
「やっぱりアイツ私のことが好きなのかしら」
タツマキは直接そう尋ねたが、あの男は答えなかった。なのでその真相は不明である。
たしかなことはしっかりとした抱擁だった。
「抱きしめられると……あんな感じなのね」
どんな感じかというと筆舌に尽くしがたい。
タツマキは背が小さく、その小さな彼女の身体は、その男に簡単に包み込まれた。
その男は決して巨漢というわけではなく、鍛えてはいたがヒーローとしてはやや頼りない身体つきだった。だからこその、不可解。
「なんであんなに力強いのかしら……」
ちっとも強そうには見えない男だったがしかし、その腕に込められた力は強く、絶対に離さないという強い意思が感じられた。
事実、どれだけもがいても無意味だった。
3: 以下、
「ていうか、フブキとはどんな関係よ」
男が現れたのは妹を説教している時である。
ちょっと痛い目に合わせて、妹に自分の弱さをわからせて保護しようとしたタツマキを、あの男は邪魔した。まるで妹を守るように。
「まさか姉妹同時に手を出すつもり……?」
もしもそうだとしたら、とても不誠実だ。
ヒーローの風上にも置けない。許せない。
仮にあの時点で妹と交際していたとして、いや交際まで発展していなかったとしても、ヒーローランキング2位に立ち向かってまで守ろうとする程度には、好意を抱いていた筈。
「なのになんで私を抱きしめるのよ……」
そう、そこがわからない。意味不明である。
あの男がフブキに対して好意らしきものを抱いていたとして、何故姉のほうを抱くのか。
妹の目の前でタツマキを抱きしめれば、きっと誤解されるだろう。それのに、何故。
「最初から私目当てだったってこと……?」
そう考えると辻褄が合う。きっと、そうだ。
奴はタツマキと接触するために妹に近づき利用したのだ。まんまと誘き出されたわけだ。
「な、なによそれ……絶対許せない!」
いくら好きだからって、妹を利用するなんて、そんなの全然男らしくない。最低だ。
憤慨したタツマキは超能力で枕を浮かして、小さな拳でボスボスと何度も殴りつけた。
5: 以下、
「好きなら好きって正面なら言いなさいよ」
枕をあの男に見立てて文句を口にする。
そしてふと考える。もしもそうされたらと。
あの男に真正面から好意を告げられたら、その時に自分はどうしただろうか。考えて。
「ありえないから」
ハッキリ口に出して、拒絶した。振った。
「あんなハゲ、絶対にお断りよ」
男はハゲていた。それに締まりのない顔だ。
ヒーローのコスチュームは極めてダサいし、人前で抱きしめてくるほどにモラルもない。
タツマキがこの世で唯一憧れているヒーローランキング1位のブラストと比べるまでもなく、理想とはかけ離れた奴だった。
「でも……そこそこ強いのよね」
宙に浮かんだ枕を見ながら、腕を組む。
貧相な胸元には、まだ温もりが残っている。
たいして鍛えていない癖に、強さを感じた。
「……私を狙うだけはあるわ」
これまでタツマキに言い寄る男はおらず、見た目とは裏腹に28歳となった彼女は未だ、男性経験はなかった。しかし、仕方ないのだ。
なにせ、タツマキは強い。世界で2番目に。
無論、世界一のブラストを始めとして、白兵戦ならばタツマキでも敵わないかもしれないキングなど、ランキングでは計れない強者は存在している。しかし、タツマキは、強い。
「他の男共が敬遠する気持ちもわかるわ」
自分よりも強い女に守られるのは誰だって嫌だろうと、強さを引き換えにいろいろと発育が足りていないタツマキは自分がモテないのはひとえに己の強さのせいであると、そう捉えていたのだ。
6: 以下、
「最低限の強さは身につけてるわけね」
そう考えると、あの男は悪くなかった。
それなりの強さを見せた。そこは認める。
妹の前だったり、野外だったりに目を瞑るならば、話くらいは聞いてやっても良かったかも知れない。タツマキとて、わかるのだ。
「あれだけの力を身につけるには、相当な努力か必要よね……きっと私よりも、ずっと」
力とは、努力によって身につく。
超能力を持つタツマキは天才であったが、ここまで強くなるには相応の努力が伴った。
自分を救ったブラストに追いつきたかった。
それを目標にこれまで頑張ってきた結果だ。
「あいつも……頑張ったのよね」
恐らく、あの男は血も滲むような努力を積み重ねて、タツマキにその結果を見せたのだ。
よもやその努力が毎日腕立て腹筋100回と、10Kmのランニングとはタツマキは露知らず、壮絶なトレーニングを思い浮かべた。
「あんなにハゲるまで頑張って……」
宙に浮かぶ枕をあの男のハゲ頭に見立てて、手を伸ばす。あのハゲ頭は努力の証だ。
あの男は自分と釣り合うヒーローになるべく、あんなにハゲあがるまで頑張ったのだ。
「ふ、ふん。その点だけは褒めてあげる!」
感謝しなさいよねとばかりに、枕を撫でる。
彼女とてひとりの女。好意は素直に嬉しい。
あんな風にハゲるくらいの好意は初めてだ。
7: 以下、
「少しくらい優しくするべきだったかしら」
枕を撫でながら反省する。だって、突然だ。
いくら力を見せるためとはいえ、いきなり抱きしめられてこんなにハゲるくらい頑張りましたなんて言われても困る。嫌ではないが。
「ん? 嫌じゃない……?」
そこで、ふと気づく。現在の自分の感情に。
「別に……嫌じゃなかったわね」
そう。思うところはあれども、嫌ではない。
いきなりだったし、妹と取り込み中だったため拒絶したが、時と場所と場合さえ弁えてくれたならば。その時はどうなっていたのか。
「ふん……いい気にならないで」
ジロリと枕を睨んで釘を刺す。目を逸らし。
「ま、まあ、改めて出直すなら話は聞くわ」
改めて。出直してきたならば。話を聞こう。
「ていうか、今夜来なさいよ。今すぐに」
たとえば、今。この瞬間が現れたのならば。
再びあの男の腕に抱かれて眠れるのならば。
そうしてくれたなら、タツマキは、きっと。
8: 以下、
ピピピッ! ピピピッ!
「ん? なによ、こんな夜中に怪人なんて」
ヒーロー協会から支給された携帯端末からアラームが鳴り響き、身を起こした、その時。
ガッシャンッ! と。
寝室の窓を突き破って、何者かが飛び込む。
すわ怪人かと警戒するタツマキは気付いた。
「ア、アンタ……」
「ん? ああ、フブキの姉ちゃんか。あれ? もしかしてここってお前の家だったのか?」
白々しいとタツマキは思った。ぬけぬけと。
誰のせいでこんな時間まで眠れなかったと思っているのかと、怒鳴り散らしたかった。
しかし、彼は来た。まさに、たった今。
来て欲しいと思っていた彼は、来たのだ。
「せ、せめて玄関から入りなさいよ……」
「悪い。話はあとだ」
「は、はあっ!? あ! 待ちなさいよ!!」
照れているのか、珍しく極めて常識的な文句を口にするタツマキに目もくれず、件のハゲ男、サイタマは飛び込んできた窓枠へと足をかけて、ふと自分のマントを掴む少女を振り返った。
「なんだよ。あとでちゃんと謝るから、さっさと離してくれ。怪人が逃げちまうだろ」
「そう言って、アンタこそ逃げる気でしょ」
「はあ? いいから、マントから手を離せ」
「嫌」
タツマキが駄々を捏ねると、サイタマはさも面倒臭いガキに出会ったかのようにため息を吐いて、おもむろに彼女を抱き寄せた。
「え?」
「しっかり掴まってろ」
そのまま窓枠から飛び降りる。
高層マンションから落下する最中。
無意識のうちに背中に手を回してサイタマにしがみついたタツマキはその日初めて、一方的にではなく、自分から男を抱きしめた。
9: 以下、
「うわぁ……靴底がドロドロだ」
着地した瞬間、サイタマは何かを踏みつぶしたらしく、下を見ると、怪人が死んでいた。
「ま、倒したからいっか」
どうやら彼はこの怪人と戦闘していたようで、その余波で吹き飛ばされてきたらしい。
無論、タツマキの部屋に来たのは偶然だ。
しかしそんなことは関係ない。小さく呟く。
「……会いたかった」
「あん? なんか言ったか?」
会いたかった。そう、会いたかったのだ。
眠れなくて、寂しい夜だった。故に願った。
今すぐ来いと。そうしたら本当に来たのだ。
それが偶然だろうが、そんなのは関係ない。
「ふん……よく来たわね。褒めてあげる」
「いや、怪人が居たから……」
「今日は泊まっていきなさい」
「いや、帰って靴を洗わないと……」
「なによ、今更照れることないじゃない」
「いや、照れてないんだけど……」
この期に及んで往生際の悪い奴だ。よーし。
「つまり、理由が必要なわけね?」
「は? 理由って……?」
「帰れなくなる理由をプレゼントするわ」
タツマキは世界最強の超能力者だ。
物を触れずに動かすことが出来る。
遠く離れた物も、そして、体内でさえも。
「ふんぬっ!」
ぎゅるるるるるるるるるるるるるぅ?っ!
「ぐぎっ!?」
腸内活動を活発化させることなど、容易い。
10: 以下、
「い、いきなり何しやがる……!」
「トイレを貸してあげてもいいわよ?」
にっこり嗤うと、サイタマは脂汗を流して。
「ち、畜生……背に腹は変えられねぇか」
「ほら、さっさと私の部屋に戻りなさい」
「ぐっ……わ、わかったから何もすんなよ」
首尾よくサイタマを部屋に連れ込んだタツマキは便座に彼を座らせてから、おもむろに。
「よいしょっと」
サイタマの膝の上に乗ると、目を丸くした。
「は?」
「なによ」
「いや、なにしてんの……?」
尋ねると、タツマキはポッと赤くなりつつ。
「抱きしめて」
「は?」
「早くしなさいよ」
「いや、とりあえず出てけよ」
「ここは私の家のトイレよ」
たしかに正論であるが正露丸が欲しい所だ。
「今から俺、クソをするんだけど……」
「それがどうかした?」
「お前こそどうしたんだ? 頭大丈夫か?」
「アンタに頭皮の心配はされたくないわ」
「誰も頭皮の心配なんてしてねえよ」
話にならない。噛み合わない。猶予はない。
11: 以下、
「つまり、俺はお前を抱きしめながらクソをすればいいのか? それになんの意味がある?」
「眠れないのよ……」
「は?」
脈略のない呟きに首を傾げるサイタマに対して、タツマキは辛抱強く説明をした。
「アンタに抱きしめられてから眠れないの。だから、責任を取りなさい」
「責任って?」
「また抱きしめてくれたらきっと寝れるわ」
「今じゃないとダメなのか?」
「ダメ」
だってトイレが済んだら彼は逃げてしまう。
そういう男だ。だから、仕方ないのだ。
もちろんタツマキだって不本意である。
こんな場所と状況なんて困る。それでも。
嫌ではない。嫌じゃないならば、いいのだ。
「意味わかんねえ」
「なによ……嫌なの?」
タツマキは嫌じゃない。しかし彼はどうか。
「別に……嫌じゃねえよ」
瞬間、満たされた。やはり、両想いだった。
12: 以下、
「ふーん。やっぱりアンタ私が好きなんだ」
「は? どうしてそうなる?」
「はいはい。全く、素直じゃないんだから」
先述した通り、タツマキに男性経験はない。
だから男の人とはそういうものだと思った。
潔いほうが良いけれど、そんな男はいない。
なんだかんだとはぐらかすのが、男なんだ。
「そういうお前こそ、好きなのか?」
「え?」
勝手に満たされていたタツマキは焦った。
無論、サイタマとしてはこうした特殊な個室プレイが好きなのかという意味で尋ねたのだが、タツマキは恋愛的な意味だと思った。
「す、好きじゃないわよ……」
「じゃあ、やめるか?」
「い、いじわるしないで……」
噛み合わない2人が、何故か噛み合った。
たとえその意味合いがかけ離れていたとしても、伝わることはある。タツマキは呟いた。
「……好きよ」
「なら、俺も少し、マジになってやる」
瞬間、彼の気配が変わった。圧倒的な強者。
「サ、サイタマ……? アンタ、何を……?」
「マジ、きばり!!」
ぶぼっ!
ひとが大便をしている姿を見るのが好きなタツマキのためにサイタマはマジシリーズに新たな技を追加して、本気の脱クソを披露した。
13: 以下、
「きゃあっ!?」
「フハッ!」
トイレの個室内に悲鳴と愉悦が響いた。
幼い少女のようなその悲鳴はタツマキのもので、それを歓声と受け取ったサイタマは気分良く愉悦を漏らして本気の脱クソを続行する。
ぶぼぼぼぼぼぼぼぼぼぼぼぼぼぼっ!!!!
「きゃあああああああああああっ!?!!」
「フハハハハハハハハハハハハッ!!!!」
耳を塞ぎたくなるような、音。
便器を震わす怒涛の勢い。怖かった。
怖かったから無我夢中で抱きつき、そして。
ちょろんっ!
「フハッ!」
「ひぃっ!?」
恐怖に慄き、思わず失禁してしまったタツマキを誰が責められようか。誰だって、怖い。
ヒーローサイタマは『怪人ハゲウ○コマン』となりて、高らかに個室内で哄笑を響かせた、
ちょろろろろろろろろろろろろろろろんっ!
「フハハハハハハハハハハハハッ!!!!」
「????????ッ!」
恐怖にかられて必死にしがみつくタツマキを、サイタマは強く抱きしめた。
そうされると恐怖は薄らぎ、ドキドキした。
これが恋なのだと、事実誤認する程度には。
14: 以下、
「ありがとな、トイレ貸してくれて」
「もう、帰るの……?」
「ああ。用は済んだからな」
用を足したあと、やはりと言うべきかサイタマはあっさりと帰ろうとした。そんな彼に。
「サイタマ!」
「ん?」
「また、呼んだら……来てくれる?」
タツマキは弱くなっていた。
好きな人に会えないと不安になる。
これから何度、不安な夜を過ごすのかと。
その不安をぶつけると、彼はマントを翻し。
「ああ。また便秘になったら、来るよ」
それだけ言い残して、帰っていった。
彼は便秘だったらしい。久しぶりのお通じ。
そう考えると、良いことをした気分だ。
「ふふっ。早く便秘にならないかしら……」
そう願いつつタツマキはすぐに眠りにつく。
力強いサイタマの腕と、そして脱クソを思い出しながら。眠れぬ夜は、もう怖くなかった。
【ウンパンマン 5撃目】
FIN
元スレ
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予約 鬼滅の刃 23巻 特装版 9 版 鬼滅の刃 23巻 フィギュア付き 版 (ジャンプコミックス)新刊 吾峠 呼世晴 (著) TC318 きめつのやいば
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