佐々木「今度、洗いっこしようか?」キョン「は?」back

佐々木「今度、洗いっこしようか?」キョン「は?」


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「やぁ、キョン」
午前の授業を終えて、お袋謹製の弁当を食いながら窓の外を眺めていた俺の元に、既に自前の昼食を食べ終えたと思しき佐々木が寄って来て尋ねた。
「何を眺めているんだい?」
教室の窓から見える風景はいつもと変わらず、別段空に未確認飛行物体が浮いているわけでもましてや超人が飛翔しているわけでもなく、ただひたすらに雨が降り注いでいる。
「ああ、雨を見ていたのか。不思議だよね」
はて、雨が不思議とはどういう意味だろう。
この地球上において降雨など珍しいことではなくありきたりな自然現象に過ぎないのに。
「地上、または海上で蒸発して気化した水分が上空で冷やされて雲となり、再び液化して雨となって降り注ぐ。そんな風に科学的に説明すれば簡単に感じられるかも知れないけれど、それらのサイクルは極めて絶妙なバランスの上に成り立っている。だから僕は、自分が生まれた惑星がたまたまそのような仕組みを備えていることを不思議に思うのさ」
長々と解説ご苦労さん。流石は薀蓄博士だ。
一介の中坊に過ぎない俺はその仕組みとやらについて専門的な知識など持ち合わせてはいないが、この惑星に生きるひとつの生命体として本能的にこれだけはわかる。必然だ。
「俺たちが生きてるんだから当たり前だろ」
俺たちが今この惑星で生存していること。
それこそが不思議を解明するに足る根拠。
雨が降るからこそ、俺たちは生きている。
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2: 以下、
「人間原理だっけ? その考え方は嫌いだな」
嫌いと口にしつつも、佐々木は瞳の中の星々をキラキラと輝かせながら、くつくつ笑う。
こいつの喉の奥からどうやったらそんな音が漏れ出るのか、そっちのほうが俺にとってはよっぽど奇妙で不可思議だった。
「僕たちが生きているから、あらゆる事象は都合良く働いている。それは本質を突いているようで考えることを放棄している理論だ」
「そうは言っても、少なくともこの地球上で明確な意識を持って論理的な思考が可能なのは人間様だけなんだから仕方ないだろ」
「たしかに、あらゆる角度からの視点で観測しない限り、全ては人間にとって都合良く見えるのかも知れないね。君にしては正論だ」
そう言って、佐々木はおもむろに手を伸ばしてきて、恐らくは俺の頭を撫でようとしたのだろうが、直前になって手を引っ込めた。
「おっと、いけない。つい君を甘やかすところだった。ん? なんだいキョン。その顔は」
別に撫でるなら撫でて欲しかったとか、佐々木に褒められることに喜びを感じていたとかそういうわけではなく、そう俺が思うように仕向ける態度が、気に食わなかっただけだ。
3: 以下、
「さて、話を戻すが、要するに人外の視点で物事を考えることが出来れば、人間原理は覆せるかも知れないということだね」
「草か犬にでもなるつもりか?」
「たしかに僕は、観葉植物みたいに静かで犬のように本能に従順な生き方には憧れるが、性格的にそれを真似ることは不可能だろう」
たしかに目鼻立ちの整っている佐々木は黙っていれば観葉植物のように見るものに対して癒しや潤いを与える存在になれるやも知れんが、口を開けば薀蓄が飛び出し、また根本的にどうしようもなく皮肉屋なので犬のような従順さは持ち合わせていない。
ふと、邪な想像をしてみる。
首輪をつけて、従順な佐々木の姿を。
ご褒美のエサが欲しくて、待てと言えば素直に黙って観葉植物化する佐々木は魅力的だ。
「こら。何を想像しているんだ、キョン」
「俺にとって都合の良い光景だ」
「それは恐らく、僕にとっては不本意極まりなくて、大層不都合なものなのだろうね」
やれやれと呆れる佐々木が、言外に告げる。
同じ人間だとしても何が都合良いのかはそれぞれ異なるということを。やはり皮肉屋だ。
4: 以下、
「なあ、佐々木」
「ん? なんだい?」
「興味本位で尋ねるが、お前にとって都合の良い世界ってのは、どんな世界なんだ?」
すると佐々木はこれまで見たことのないほどにフニャッとした顔をして、夢みがちに。
「それはもちろん理解者が傍に居て、面倒くさい僕の話に相槌を打ってくれて、たまに戯言を笑い、そして時にはやんわり叱ってくれるようなそんな優しい世界を求めているよ」
ふむふむ。なるほどな。これは意外だった。
よもや佐々木がそんな少女漫画にありがちな背中が痒くなるようなロマンチストだとは。
「はっ! い、今のなし! 忘れてくれ!」
俺がポカンと呆気に取られていると佐々木は正気に戻ったらしく、慌てて話を逸らした。
「そ、そういえば、キョン。キミはどうも空想上の存在に興味があるようだけど、やはりそのような超常現象の実現を望むのかい?」
「まさか。ないものはないし、それを自分で生み出そうとは毛ほども思わん。ただ……」
「どこかに存在するのなら会ってみたい?」
「ま、そんなところだ」
俺が望む、俺にとって都合の良い世界とは、アニメ的漫画的特撮的ヒーローだとか、妖怪、宇宙人、異世界人のような相手に大立ち回りを演じることではなく、実はこの世界にひっそりと実在するかも知れないそれらの存在に会ってみたいだけという、我ながら極めて控えめでささやかな望みに過ぎない。
5: 以下、
「少年の夢のようでいて現実的な観点からそれを否定したくても否定しきれず、実現の可能性を模索しているところがキミらしいね」
「うるさいな。ほっといてくれ」
「まあまあ。そもそもキミはまだ中 学生なんだから、もっと自分の願いに忠実になるべきだと僕は思うよ。捻くれるのは高校に上がってからでも遅くはない筈だ」
そう言う佐々木だって、中 学生だろうに。
こいつはいつだって大人びていて、自分ひとりで他よりも先を歩いているようだった。
そんな佐々木に対して、中坊の俺はガキなりにどうやったら一矢報いることが出来るのかを考えたのだが、彼我の頭脳の差は著しく、まともな口喧嘩では勝てそうもなかった。
なのでここはひとまず、開き直って佐々木の言葉通りに素直になってみることにした。
「……撫でてくれ」
「おや? 何を撫でれば良いんだい?」
わかっている癖に。本当にタチの悪い奴だ。
「さっき俺の頭を撫でようとしただろう」
「ん。わかったわかった。仕方ないなぁ」
くつくつ喉を鳴らしながら、佐々木がくしゃくしゃと俺の頭を撫でる。極めて不本意だ。
しかし何故だろう。これほど心地良いのは。
6: 以下、
「ね、キョン」
「なんだよ」
「誰かに髪を洗って貰うのはきっとすごく心地良いだろうと、そうは思わないかい?」
たしかに、ドライな状態でもこの具合だ。
これがウェット且つ、泡立っている状態ともなればそれはまさに天にも昇る快楽を生み出すであろうことは、想像に難くなかった。
「あのね、もしもキミが望むならその……」
佐々木は俺の髪をくしゃくしゃやりながら、見たこともないほどに顔を真っ赤にして。
「今度、洗いっこしようか?」
「は?」
洗いっこだと? 何だそれは。どんな提案だ。
「だから、僕がキミの髪の毛を洗うから、代わりに僕の髪をキミに洗って欲しいなって」
「ちょっと待ってくれ」
もういろいろとついていけなかった。
加する佐々木の妄想に追いつけない。
そんな馬鹿な。俺は男子中 学生だぞ。
卑猥な妄想族筆頭として、同級生の女生徒に遅れを取るわけにはいかなかった。
7: 以下、
「佐々木」
「なに? キョン」
「確認しておくが、要するにお前は、お互いに髪を洗い合いたいわけだな?」
「うん。そう言ったつもりだよ」
なんてこった。それはつまり。妄想が捗る。
「ということは、お互い全裸ってことか?」
「は、はあっ!? 何を言ってるのさ!?」
「えっ……? 違うのか?」
「当たり前だろ! ちゃんと水着を着るに決まっているじゃないか! もう、やめてよ!」
コツコツと妄想によって天高く積み上げられていったバベルの塔が今、崩壊した。無念。
かつて、神が住まうとされる天界を目指した人々はバベルの塔を築き、そのことに気づき激怒した神によって塔は崩壊して、人々の言語をバラバラにして団結出来ぬようにした。
その弊害が、まさしくこれである。
意思疎通に齟齬が発生してしまった。
世界に戦争がなくならないわけだぜ。
「何を悟ったような顔をしてるのさ! 本当にキミって奴は信じられない! 頭おかしい!」
「すみませんでした」
やれやれ。ここは素直に平謝りするに限る。
8: 以下、
「ほんとに、ほんとにもう!」
「そ、そんなに怒るなよ」
「怒るに決まってるじゃないか! 僕は観葉植物じゃないんだから! 犬だって怒るよ!」
佐々木は見るからに激怒していた。
常日頃の冷静沈着ぶりはどこいった。
それこそ骨を取り上げられた子犬のようにキャンキャン吠えていて、可愛かった。
よし、ここはちょっとからかってやろう。
「でもな佐々木。水着だっておかしいだろ」
「おかしくないよ! 学校のプールでも着ている健全としたものだから、問題ないもん!」
「たしかにお前は風呂場でスク水を着ても平気な超人かも知れないが、俺は風呂場で水着を着用する趣味は持ち合わせていない」
「へ? それは、どういう意味だい?」
「俺は潔く、真っ裸でいかせて貰う」
キリッと意気込みを示すと、佐々木はしばらく呆気に取られたように口をパクパクしてから、言葉の意味を理解した様子で憤激した。
「穿いてよ! ちゃんと水着穿いて!!」
「やだね。これだけは譲らん」
「ううっ……キョンの意地悪」
佐々木とはいえ、所詮小娘。他愛も無いな。
9: 以下、
「さあ、どうする佐々木?」
「ふん。どうするも何も、キミに協力するつもりがないのなら、洗いっこはなしだよ」
「そんなっ!?」
なんて諦めの早い奴なんだ。もっと粘れよ。
「おや? どうしたんだい、キョン。そんな、まるでこの世の終わりみたいな顔をしてさ」
「くっ……魔女め」
「最高の褒め言葉だね」
あれほど取り乱していた佐々木がいつもの冷静さを取り戻して、逆襲してきた。
いきなり劣勢に立たされた俺はここまでの話の流れ全てが佐々木のシナリオ通りであったような感覚に陥り、その狡猾さから魔女という表現を用いて反撃するもまるで効かずに、魔女は魔性の笑みを浮かべながらくつくつと上機嫌に喉の奥を鳴らすだけだった。
このままでは負ける。危機感が募り、焦る。
何か手はないか。逆転の手立て。勝利の道。
起死回生の一手を模索して、そして閃いた。
「わかった。水着を着用してやる」
「キョンにしては物分かりが良いね」
「背に腹は変えられないからな。ただし、黙ってお前の言いなりになるつもりはない」
「ほほう? では、どうすると?」
「シャンプーの最中に水着を脱ぎ捨てる」
「はあっ!?」
我ながら常軌を逸した発言だが、勝機あり。
10: 以下、
「キ、キミは僕に頭を洗って貰いながら、目の前で水着を脱ぎ捨てるつもりなのか!?」
「ああ、違う違う。逆だ、佐々木」
「ふぇっ? ぎゃ、逆って……まさか!?」
「そう。俺が佐々木の髪を洗っている最中に、泡が入らないようにお前が目を閉じているその隙を見計らって、全裸になるのさ」
「やめて! 怖くて目を閉じれないだろ!」
中坊の思いつきにしてはなかなかどうして、よく練られた作戦だった。天才軍師である。
「想像してみろ。髪を洗い流し終わって目を開けると、全裸の俺とコンニチワだ」
「だからやめてってば! 想像させないで!」
「それならばまだ、最初から全裸のほうが心臓に優しいだろう? そうは思わないか?」
「ううっ……むかつく」
よし、勝った。ふぅ、手こずらせやがって。
「じゃあ、そういうことで」
「待ちたまえ」
「なんだよ、まだ何かあるのか?」
「キミが全裸になるなら僕も脱ぐ」
「は?」
「それでもいいの?」
じっと目を見つめられその光景を想像して。
「ごめんなさい。水着を着てください」
「やった。僕の勝ち」
ああ、畜生。負けた。良い顔で笑いやがる。
初めて目撃した屈託のない佐々木の笑顔は、敗北感に打ちひしがれる俺の憤りを吹き飛ばすほどに魅力的で、やはり裸の付き合いは不可能であると思い知らされた。
11: 以下、
「そろそろ、雨がやみそうだな」
「うん。そのようだね」
ようやくまとまった髪の洗いっこ計画に満足しつつ、再び窓の外を見やると雲の隙間から陽の光が差していた。雨脚もだいぶ弱い。
それなのに、ポタポタと、雨音が聞こえる。
「ん? どこかで雨漏りでもしてるのか?」
そう訝しんで天井を見上げるも、雨漏りらしき跡は見当たらない。しかし、ポタポタと。
床を見ると、それなりの大きさの水溜りが。
「なんだ、この水溜りは」
「……キョンが悪いんだもん」
「佐々木……?」
「僕、こんなにいろんな意味で感情が昂ったの初めてで、だから、止まらなくて……」
なるほどな。そう来たか。ならば仕方ない。
「ううっ……ごめんね、キョン」
「謝るな、佐々木」
「でも、僕こんなにも大きな水溜りを……」
「雨漏りをしたのは俺だ」
「へっ?」
ちょろん! と、俺は『上書き』をしてやる。
12: 以下、
「フハッ!」
本来ならば自分自身のほう尿に愉悦を抱くことは恥ずべきことであるが、それで誰かを助けることが出来るのなら、そこに迷いはない。
それは絵面的に、アニメ的にも漫画的にも特撮的にも、実現不可能なヒーローだろう。
ならば俺が、俺自身が、そうなってやる。
ちょろろろろろろろろろろろろろろろんっ!
「フハハハハハハハハハハハハッ!!!!」
上書き完了。この水溜りは俺の仕業である。
「キョン……」
「さっさと着替えてこい」
汚れたスカートはどうしようもないからな。
「ありがとね、キョン」
「気にするな。お前に雨漏りをされたら俺にとって都合が悪かった。それだけのことさ」
これでいい。佐々木に雨漏りは似合わない。
「じゃあ、お言葉に甘えて着替えてくるよ」
「ああ。俺も掃除してから着替えてくる」
「僕もあとで手伝うよ。あのね、キョン」
「ん?」
去り際、佐々木が耳元でこんな囁きをした。
「やっぱり僕、キミの前で水着脱ぐかも」
果たしてそれがどんな意味なのかは不明だ。
バベルの塔のせいで意思疎通に齟齬が発生しているので、佐々木の真意は定かではない。
人間原理は観測者に都合の良い理論である。
しかし時として、自分の都合と相手の都合が合致するような展開があるのかも知れない。
俺はせっせと雑巾で水溜りを拭きながら、佐々木との洗いっこを楽しみに待ち望む。
【佐々木とキョンの雨漏】
FIN
元スレ
http://ex14.vip2ch.com/test/read.cgi/news4ssnip/1595764189/
ガンダムビルドダイバーズ Re:RISE EXQフィギュア メイ
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