【モバマス】渋谷凛「高峯のあの事件簿・星とアネモネ」back

【モバマス】渋谷凛「高峯のあの事件簿・星とアネモネ」


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1:
あらすじ
少女は星と出会う。そして、夜が明ける。
前話
井村雪菜「高峯のあの事件簿・高峯のあの失踪」

あくまでサスペンスドラマです。
設定はドラマ内のものです。
グロ注意。
それでは、投下していきます。
2:
メインキャスト
渋谷凛
島村卯月
高峯探偵事務所
探偵・高峯のあ
助手1・木場真奈美
助手2・佐久間まゆ
刑事一課和久井班
警部補・和久井留美
巡査部長・大和亜季
巡査・新田美波
科捜研
松山久美子
梅木音葉
一ノ瀬志希
少年課
巡査部長・相馬夏美
巡査・仙崎恵磨
交通安全課
巡査部長・片桐早苗
巡査・原田美世
3:

All I met you has changed
If I don’t understanding
But you call me,
I trust you
I want to go to find with you.
序 了
4:

12月18日(金)

高峯探偵事務所
高峯のあが営む探偵事務所。高峯ビル3階。数年前の大晦日は依頼で大忙しだったとか。
ピンポーン……
高峯のあ「来客……誰かしら」
高峯のあ
探偵。ここ最近は依頼がないので、探偵は事実的に休業中とのこと。
木場真奈美「そのようだ。久々に、依頼主かな」
木場真奈美
のあの助手。ここ最近は助手としての仕事よりも、ボイストレーナーの仕事が忙しいらしい。
佐久間まゆ「はーい、私が出ますよぉ」
佐久間まゆ
のあの助手。期末テストも終わったので、忙しい真奈美の代わりにほとんどの家事をしている。
のあ「まゆ、誰かしら?」
まゆ「あら、雪乃さんですよぉ」
のあ「雪乃?あがってもらって」
まゆ「はぁい。雪乃さん、あがってください」
相原雪乃「こんばんは。ご団欒のところ、お邪魔して申し訳ありませんわ」
相原雪乃
高峯ビル2階にある喫茶店St.Vのマスター。既に厚いコートを着込んでいる。
のあ「構わないわ。座ってちょうだい」
雪乃「ご遠慮しますわ。そろそろ出ますので」
5:
真奈美「珍しく厚いコートを着ているな」
まゆ「お出かけですかぁ?」
雪乃「これから秋田の実家に帰省しますの。今年はゆっくりとクリスマスとお正月を過ごしますわ」
まゆ「まぁ、素敵ですねぇ」
真奈美「いいじゃないか。喫茶店も長期休みかい?」
雪乃「いいえ。臨時のアルバイトさんが見つかりましたので、菜々さんと志保さんにお任せしますわ」
まゆ「お2人なら問題ないと思いますよぉ」
雪乃「ええ。菜帆さんも冬休みは多めに出てくださるそうですし、クリスマスイベントもお任せしてしまいました」
真奈美「任せるのはいいことだ」
のあ「そうね、上に立つ者には必要なことよ」
雪乃「明日から新しいアルバイトさんも来ますわ。よろしければ様子を見に行ってくださいな」
のあ「そうさせてもらうわ」
雪乃「ありがとうございます。不在の間、よろしくお願いしますわ」
のあ「ええ、何も心配せずにいってらっしゃい」
真奈美「今から出るなら、送って行こうか?新幹線だろう?」
雪乃「心配には及びませんわ。迎えの車が来ていますの。皆さま、よいお年をお迎えくださいな」
まゆ「はぁい、良いお年を」
のあ「雪乃、また来年」
まゆ「雪乃さんのご実家はどちらでしたか?」
のあ「秋田よ。まゆの実家からは近いかしら」
まゆ「近くもないですよぉ、仙台は東北では南の方ですから」
のあ「そうなのね」
真奈美「……迎えの車?秋田から?」
6:
のあ「帰省の時は、車の迎えが来てるわ」
まゆ「雪乃さんはお嬢様なんですかぁ……いいえ、どう見ても身も心もお嬢様ですねぇ」
のあ「私の家とは比べ物にならないくらいのね。ばあやがいるらしいわ、世話役の」
真奈美「私にはわからない世界だな……」
のあ「昔は随分と世間知らずだったそうだけれど、今は自立してるわ。喫茶店も黒字みたいだし経営者としても立派よ」
まゆ「そうなんですねぇ」
のあ「学ぶことは大切よ。いつでも」
真奈美「そうだな」
のあ「そういえば、真奈美?」
真奈美「どうした?」
のあ「今年の正月は実家に帰るのかしら」
真奈美「仕事の関係もある、長崎には帰らないよ」
のあ「そう。まゆは予定があるかしら」
まゆ「まゆは……特にありませんよぉ。ここでテレビでも見てようかなぁ」
真奈美「のあは予定があるのか?」
のあ「年明けに奈良に行こうと考えてるわ」
まゆ「奈良?」
のあ「叔母に招待されているの。先生にも挨拶に行きたいわ、今年は世話になったから」
真奈美「そうか。しばらく行ってないんだろう、いいじゃないか」
のあ「ええ。それで、提案なのだけれど」
真奈美「提案?」
7:
のあ「一緒に帰りましょう、どうかしら」
真奈美「なんだ、そういうことか。仕事でない電話をするのが多いと思ったら」
まゆ「のあさん、いいんですかぁ……?」
のあ「なぜ、そんなことを聞くのかしら?」
まゆ「ううん、何でもないですよぉ。一緒に行きますっ」
真奈美「私も行くよ。スケジュールは調整する」
のあ「叔母に伝えておくわ。歓迎してくれるはずよ」
まゆ「楽しみです、のあさんにそっくりなんですよねぇ」
真奈美「この世の中にのあに似てる人物がいるとは思ってもみなかった」
のあ「そんなに気になるかしら……叔母が居たから、自分が特別な美人であることの理解が遅れたのは認めるわ」
まゆ「性格も似てるのでしょうか……?」
真奈美「似てない、はずだ。のあが2人は私でも面倒が見切れない」
のあ「酷い言われようね……性格は似ていないから、そこは心配しなくていいわ」
8:

22時前
良楠公園
らなんこうえん。風花というお花屋さんが北口の前にある。シンボルの大きな桜が花開く時期では、今はない。
渋谷凛「……そろそろ時間かな」
渋谷凛
最近は良楠公園近くの寝床を利用している。かつては駅近くの花屋の一人娘だった。
島村卯月「あ、あの!」
島村卯月
CGプロダクション所属のアイドル。満開の笑顔で人気を集めている、CGプロダクション期待の星。
凛「……この前の」
卯月「やっと会えましたっ、この前のお礼をしたくて」
凛「別に……お礼なんて」
卯月「ありがとうございましたっ。私、島村卯月です」
凛「……」
卯月「あの!お名前、聞いてもいいですか?」
凛「名前なんて……」
卯月「ダメ、ですか」
凛「別にそういうわけじゃ……凛。し……」
卯月「し?」
凛「凛でいいよ」
卯月「凛ちゃん」
凛「……」
卯月「ちょっとお話しませんか」
凛「え……まぁ、いいけど」
卯月「隣、座っていいですか?」
凛「そろそろ夜の10時だけど。危ないから帰れば?」
卯月「10時……わぁ、本当ですね!」
凛「私も帰るから」
卯月「そうですね。あの……」
凛「前も夜に会ったけど、何してるの?部活?」
卯月「えーっと……聞いていいですか?」
凛「聞いていい?何を?」
卯月「私のこと、知りませんか?どこかで見たこととかありませんか?」
凛「うーん……知らない」
卯月「うぅ、そうですか……もっとがんばらないとっ」
凛「変なの。それじゃ」
卯月「また来ますね。今度はもう少し早い時間に」
凛「……また来る気なの?」
卯月「帰り道ですから、レッスンの後なら何時でも」
凛「……」
卯月「凛ちゃん?」
凛「会えたらね。ばいばい」
9:

12月19日(土)

のあ「まゆ」
まゆ「まゆはここですよぉ。おはようございますぅ」
のあ「おはようには遅いわね」
まゆ「そうですねぇ、12時も過ぎてますし」
のあ「真奈美は?」
まゆ「朝早くからお仕事に行きましたよぉ」
のあ「そう、最近多いわね」
まゆ「熱心にレッスンをしてるアイドルさんがいるそうですよぉ」
のあ「へぇ……」
まゆ「あらぁ……?興味、ありませんかぁ?」
のあ「聞き過ぎるとファンの領域を逸脱するもの」
まゆ「みくちゃんと同じ事務所ですものねぇ」
のあ「ええ。赤西瑛梨華もでしょう?」
まゆ「はい。瑛梨華ちゃんから聞いた話は、のあさんには秘密です」
のあ「そうしてちょうだい」
まゆ「でも……あまり聞いてないです」
のあ「あなた達の仲なのだから聞けばいいのよ、気軽に。お腹が空いたわ。まゆ、何か準備してるかしら」
まゆ「いいえ。のあさんが中途半端な時間に起きてきそうなので、St.Vに行こうかと」
のあ「ご明察。行きましょう」
10:

喫茶St.V
喫茶St.V
高峯ビル2階。相原雪乃が営む落ち着いた雰囲気の喫茶店。定期的に新メニューが追加されることも評価が高い理由。
安部菜々「いらっしゃいませっ!」
安部菜々
喫茶St.Vの店員。優秀なウサミンメイド。槙原志保も安部菜々も、この程度のフロア面積なら1人でまわすことは可能とのこと。
のあ「お邪魔するわ」
菜々「のあさんにまゆちゃん、お好きな席へどうぞっ」
まゆ「ありがとうございます」
のあ「ここにしましょうか」
まゆ「はぁい」
のあ「菜々、ランチのメニューをちょうだい」
菜々「かしこまりました?」
まゆ「今日のランチはなんでしょうか……楽しみです」
のあ「ええ。雪乃が言っていた新しいアルバイトは……いたわ。可愛らしい衣装なのね、菜々のお手製かしら」
水嶋咲「お待たせしましたっ、ランチのメニューをどうぞ♪」
水嶋咲
喫茶St.Vの臨時アルバイト。制服はリクエストに応えたウサミンメイドが製作。
11:
のあ「え……」
まゆ「ありがとうございますぅ。のあさん、どうしましたかぁ?」
のあ「あなたが臨時のアルバイト?」
咲「あたし、水嶋咲!年明けまでアルバイトに入ってるから、よろしくね♪」
まゆ「よろしくお願いします……佐久間まゆです、上の階の」
咲「聞いてるよ。だから、ちょっとサービス☆」
まゆ「サービス?この紙は……?」
咲「シホナホが和パフェ特訓中なんだ☆良かったら頼んでね♪」
まゆ「そうなんですかぁ。考えてみますねぇ」
のあ「……聞いていいかしら」
咲「あたしに?」
のあ「雪乃、知ってるのよね?」
まゆ「何をですかぁ?」
咲「……」
のあ「……」
咲「うん。知ってるよ。逆にね、声をかけてくれたんだ。ここにお客さんとして来た時に」
のあ「……雪乃が許したのなら私は反対しないわ。雪乃が不在の間、よろしく頼むわ」
咲「パピッとお任せ!決まったら呼んでね♪」
のあ「ええ。さて、何にしようかしら」
まゆ「あの……お知り合い、ですか?」
12:
のあ「会ったのは初めて。声を知ってるわ」
まゆ「声?」
のあ「聞きたいのなら、戻った後に言ってちょうだい」
まゆ「わかりましたぁ。まゆは決めましたよぉ、クロワッサンサンドにします」
のあ「私はカレーにするわ」
まゆ「パフェは……」
のあ「志保に聞いてからにしましょう」
まゆ「凄い量が出てきそうですよねぇ……一番下のとか」
のあ「同感よ。注文いいかしら?」
咲「はーい、ただいまっ!」
13:

喫茶St.V
槙原志保「お待たせしました!カレーとクロワッサンサンドのランチですっ」
槙原志保
喫茶St.Vの店員。学生時代からウェイトレスのバイトをしていたとのこと。
のあ「カレーは私。クロワッサンサンドはまゆよ」
志保「はーい」
まゆ「ありがとうございますぅ」
のあ「見慣れないサラダとスープね。何かしら?」
志保「菜々さんの気まぐれです、食べてのお楽しみ。それと、のあさんはこれ使ってくださいね」
まゆ「瓶に入った……」
のあ「スパイスね」
志保「水嶋さんから頂きました、カレーに拘りのある友人がいらっしゃるそうですよ」
のあ「そう。ありがたく使わせてもらうわ」
志保「辛いので少しずつ使ってくださいね」
のあ「志保、ちょっといいかしら?」
志保「追加オーダーですか?」
のあ「志保も菜々もわかってるのかしら?」
志保「はい、マスターからお話いただいてますから」
のあ「もう一つ、聞いていいかしら。この和パフェなんだけれど」
志保「特訓中なのでお試し価格なんです」
まゆ「2人で食べるなら、オススメはどれですかぁ?」
志保「そうですねぇ、これとこれは2人でシェアするのがいいと思います」
のあ「1人用は」
志保「さっきのは、私と菜帆ちゃんなら1人分です。オヤツの時に」
のあ「ありがとう。よくわかったわ」
まゆ「じゃあ、これにします」
志保「オーダーありがとうございます。食後にお飲み物と一緒にお持ちしますね」
のあ「ちなみにだけれど、一番高いこれは?」
まゆ「限定1食って……書いてありますね」
志保「それは……こうで、こうで、これくらいです!」
まゆ「志保さんが両腕で抱えるくらい?」
のあ「何人用よ……そんな器があるのかしら」
志保「マスターにクリスマスプレゼントでいただきました!すっごく素敵なんですよ!」
のあ「クリスマスプレゼントのチョイスを間違ってるわ、雪乃……」
14:

高峯探偵事務所
のあ「……」
まゆ「のあさん、休憩しませんか?」
のあ「そうね。パフェの糖分を使い切るわ、このままだと」
まゆ「美味しかったですねぇ。菜帆ちゃんはもっと良くなると言ってましたけれど」
のあ「私には分からない領域ね」
まゆ「今は何を考えているんですか?」
のあ「次について」
まゆ「次……ですか」
のあ「古澤頼子が行う、次のこと」
まゆ「のあさんが誘拐されてからは何もしてませんけれど……」
のあ「次がないと思うかしら」
まゆ「……思いません」
のあ「このまま消えるのなら、井村雪菜を殺したりしないでしょう」
まゆ「それも……命令ですかぁ」
のあ「古澤頼子の命令だと考えているわ」
まゆ「……」
のあ「古澤頼子の目的は何かしら?」
まゆ「わかりません……」
のあ「そう、わからない。怨恨、金銭、あるいは政治的な主張」
まゆ「そういうのじゃありません」
のあ「ええ。それでも、わかっていることは?」
まゆ「誰かを標的にしている?」
のあ「正解。私の誘拐は、私でも真奈美でもなく」
まゆ「誘拐犯だった……人」
のあ「罪を犯す、あるいは犯している人物。つまり……」
まゆ「つまり?」
のあ「古澤頼子の協力者」
まゆ「仲間を……標的にするんですか」
のあ「ええ。松永涼だって、そうだったでしょう」
まゆ「はい……心当たりはありますか?」
のあ「人物の特定はできていないけれど、協力者はまだいるわ。例えば、殺し屋」
まゆ「殺し屋……」
のあ「大石泉が見ているわ。私を誘拐したのも単独犯ではないでしょう」
まゆ「のあさんが悩んでいるのは……誰かわからないからですか」
15:
のあ「誰も、何を、どこも、いつもわからない」
まゆ「……」
のあ「起きてから追いかけるのでは遅いわ。止めるわ」
まゆ「でも……難しいんですよね。のあさんが、ずっと悩んでるのに」
のあ「手掛かりは少ない。でも、やるしかないわ」
まゆ「わかってます、のあさん」
のあ「休憩すると言ったのに、ダメね。休みましょう」
まゆ「はい、コーヒーを淹れますねぇ」
のあ「ありがとう、まゆ」
16:


良楠公園
卯月「いち、に、さん……」
凛「……今日は先にいるんだ」
卯月「あっ、凛ちゃん!こんばんは!」
凛「……もしかして、待ってたの?」
卯月「はいっ、半分はそうです」
凛「半分……残り半分は何かの練習?」
卯月「ステップの確認をしてるんです、よくここで練習してて」
凛「ダンス?」
卯月「はいっ。来月大切なステージなんです」
凛「ふぅん……ダンス部なんて意外」
卯月「部活じゃないですよ。私、実は」
凛「実は……?」
卯月「アイドルなんですっ」
凛「……」
卯月「あ、あれ?本当ですよ?信じてませんか?」
凛「嘘をつくタイプには見えない。本当なんでしょ」
卯月「驚かないんですね」
凛「別に、興味ないから」
卯月「凛ちゃんはクールですねっ」
凛「続けてていいよ……邪魔しないように帰るから」
卯月「待ってください、凛ちゃんとお話に来たんです。今日は、時間ありますよね?」
凛「時間はあるけど……私が話すことなんてない」
卯月「お花の話を、聞きたくて」
凛「花の話……なんで?」
卯月「お花の話をするときの凛ちゃん、素敵でした」
凛「はぁ?」
卯月「今日はいいですよね、ね?」
凛「いいけど……」
卯月「それじゃあ、ベンチに行きましょう!こっちです、凛ちゃん!」
凛「結構強引だよね……アンタ」
17:

良楠公園
凛「高校は行ってない。今は仕事をしてる」
卯月「どんなお仕事なんですか?」
凛「……便利屋みたいなこと」
卯月「わぁ、カッコイイです!」
凛「そうかな……」
卯月「あれ、もうこんな時間!帰らないと、明日もレッスンなんですっ」
凛「朝から?」
卯月「はいっ」
凛「今日もレッスンなのに自主トレもして……元気だね」
卯月「好きだから、がんばれますっ」
凛「……そうなんだ」
卯月「今日はありがとうございました!もっと色々なこと聞かせてくださいねっ」
凛「会えたらね、島村……さん?」
卯月「卯月でいいですよ、凛ちゃん!」
凛「じゃあね……卯月」
卯月「はいっ、またここで」
凛「……わかった」
卯月「ばいばーい」
凛「……ばいばい」
18:

深夜
高峯探偵事務所
のあ「島村卯月?」
真奈美「ああ。知ってるよな?」
のあ「知ってるわ」
真奈美「CGプロの合同ライブの映像も、そこでよく見ているものな」
のあ「前回のライブも買ったわ。みくにゃんのファンクラブ向け特典のインタビューが最高だったわ」
真奈美「お買い上げありがとう」
のあ「次の合同ライブは行けないけれど。映像が出るのを待つわ」
真奈美「おや、そうなのか?」
のあ「冬の広い屋外ステージでセンター不在となれば余裕だと思ったのだけれどね……みくにゃんファンクラブ内にも嵐が吹き荒れてるわ」
真奈美「適切な会場が抑えられなかった、とか言っていたな」
のあ「活動が長ければ、そういうこともあるわ。次の機会を楽しみに待っていましょう」
真奈美「珍しく冷静だな」
のあ「私はいつも冷静だけれど」
真奈美「我を無くして、金の力で潜り込む算段をするか、悲嘆にくれるものだと」
のあ「そんなことしないわ。私は品行方正なみくにゃんファンよ」
真奈美「わかってるよ」
のあ「……確かに手段は色々あるわね」
真奈美「そこまで言っておいて、悩まないでくれ」
のあ「私の話はいいわ。それで、島村卯月のレッスンをしてるのね」
真奈美「島村君だけじゃないが、彼女が多めに入ってるな」
のあ「真奈美にとっては臨時収入かしら」
真奈美「どういうわけか依頼が集中していてな。偶には、のあにご馳走しようか?」
のあ「結構。真奈美が欲しい物でも買いなさい」
真奈美「欲しい物か……」
19:
のあ「保管場所はあるから好きな物を買えばいいわ。物が少ないわよね、真奈美は」
真奈美「のあと比べれば誰でも少ないさ」
のあ「まゆと比べても少ないでしょうに。何かないの?高くて手の届かなかったもの、とか」
真奈美「思い浮かばないな。ま、無駄遣いせずに貯めておくよ」
のあ「真奈美は、貯めて何をするのかしら」
真奈美「のあのおかげで生活は困っていないな」
のあ「生活のためでないのなら、何?」
真奈美「スキルアップか、趣味かな」
のあ「趣味ねぇ」
真奈美「のあの探偵業と一緒だな」
のあ「そうかしら」
真奈美「そうだよ。理由はもう一つ」
のあ「もう一つ?」
真奈美「使命感だよ」
のあ「使命感……」
真奈美「のあと同じ。依頼人を放ってはおけないのさ」
のあ「……」
真奈美「心当たり、あるだろう?」
のあ「ええ。働きづめで、無理はしないでちょうだい」
真奈美「こっちのセリフだ。1人で動くなよ?」
のあ「わかってるわ」
真奈美「というわけで、島村君のレッスンをしている。なにせ、センターだからな」
のあ「待って。センターなの?」
20:
真奈美「そうだ。今日の昼に、対外向けにも発表されてる」
のあ「みくにゃんではないのね。CGプロのアイドル部門全員で構成されるシンデレラガールズのセンターでありAランクアイドルの諸星きらりが参加しない最初の合同ライブでシンデレラガールズのセンターを務めるのは、みくにゃんではないのね?」
真奈美「そうだが、よくそんなまどろっこしい言い方を一息で話せるな」
のあ「そうなのね……」
真奈美「前川君にセンターを務めて欲しかったのか?」
のあ「先に言っておくと、島村卯月を選んだことは素晴らしい選択よ。理由は私でもわかるほどに。真奈美、手伝ってあげなさい」
真奈美「私は歌のレッスンをすることしかできない。彼女は世間の人が知っているよりも立派だよ」
のあ「だけれど、みくにゃんがセンターを務めて欲しかったわ。それは仕方ないの、大好きだからしかたないの。だって、推しが一番だもの。推しがセンターに立ったら、人は泣くのよ。ソロとは違うの、素晴らしいことなの。みくにゃんがセンター……」
真奈美「まさか想像だけで泣けるのか?」
のあ「泣くのは叶ってからにするわ。みくにゃんなら叶えられるはず」
真奈美「そっちには同意する」
のあ「そろそろ休むわ」
真奈美「ああ。そういえば、言い忘れていた」
のあ「何か?」
真奈美「赤西瑛梨華がここに来たいと言っていた、連れて来ていいかい?」
のあ「もちろん、私は構わないわ。まゆは聞いてるの?」
真奈美「赤西君から連絡しているはずだ」
のあ「まゆが良いなら歓迎するわ。お休み、真奈美」
真奈美「本当に休めよ、のあ」
のあ「わかってるわ」
真奈美「……少し気晴らしが必要かな」
21:
10
12月20日(日)

某雑居ビル3階・空きテナント
凛「……」
古澤頼子「こんにちは、渋谷凛さん」
古澤頼子
静かにドアをあけて、彼女は現れた。意外にもピンクのセーターを着ている。
凛「来るなら言ってよ」
頼子「いいえ」
凛「いいえ?」
頼子「そのためにお願いしたのですから」
凛「意味がわからない」
頼子「いかがでしょうか」
凛「アパートはさっぱり。来客すらほとんどいない」
頼子「わかりません。ですが、来るとしたら」
凛「クリスマスか年末年始。去年は訪ねて来てる」
頼子「お願いします」
凛「ねぇ、頼子」
頼子「なんでしょう、渋谷凛さん?」
凛「名前、なんで呼ぶようになったの?」
頼子「いけませんか」
凛「前は死んだ人間として会話もしなかった。今はしてる。なんで?」
頼子「理由は深くありませんが強いて言うのなら、気が変わりました」
凛「気が変わった?」
頼子「面倒でしたから。私も人間ですから、気が変わるのです」
凛「……」
頼子「寝床はいかがでしょう」
凛「悪くないよ。人がいなくなるまで待たないといけない以外は」
頼子「そうですか」
凛「別にここで寝てもいいんだけど」
頼子「夜にいると怪しまれますよ」
凛「ふうん。そもそも、夜は見張ってなくて問題ないの?」
頼子「問題ありません」
凛「どうして」
頼子「彼が夜に訪れることはありません」
凛「なんで言い切れるの?」
頼子「絶対だからですよ。引き続きお願いしますね、渋谷凛さん」
22:
11
夕方
高峯探偵事務所
真奈美「帰ったぞ」
まゆ「真奈美さん、おかえりなさい……あっ!」
赤西瑛梨華「まゆちゃん、逢いたかったYO☆」
赤西瑛梨華
ラブリーバラドル。まゆとは一時期一緒に暮らしていた。現在はCGプロ所属で事務所の寮住まい。
まゆ「瑛梨華ちゃん、まゆも逢いたかったです……ギュッ……」
瑛梨華「HA・GU☆」
まゆ「……」
瑛梨華「……」
真奈美「急に静かになって、どうした?」
瑛梨華「うーん☆ちがう!」
まゆ「うふふ……そんな間柄じゃないですよね」
瑛梨華「うんうん。ただいまーって言ったら、台所から返事が来るくらいで!」
まゆ「私もそう思います」
瑛梨華「ちょっと前も会ってるし☆」
まゆ「改めて……瑛梨華ちゃん、おかえりなさい」
瑛梨華「まゆちゃん、ただいま☆」
のあ「あら、赤西瑛梨華。来たのね」
瑛梨華「のあちゃん、O・HI・SA☆」
のあ「お久しぶり。真奈美、お茶でもいれてちょうだい」
真奈美「わかった」
まゆ「それじゃあ、まゆが……」
真奈美「いいや、ここは私がやろう。先に座っていてくれ」
のあ「赤西瑛梨華、好きな所に座ってちょうだい。まゆも、よ」
23:
12
高峯探偵事務所
のあ「合同ライブは初めてなのね」
瑛梨華「瑛梨華ちゃんは小さい会場で数をこなすタイプ!」
真奈美「それが出ない理由にはならないぞ」
瑛梨華「真奈美ちゃんのO・NI!」
のあ「前も言ってたわね、そんなこと」
まゆ「真奈美さん、厳しいんですかぁ?」
瑛梨華「いえーす。べりべりはーど」
真奈美「青木トレーナーの方がよほど厳しいと思うが。特に麗君は」
瑛梨華「ツッコミがTU・YO・I・ZO☆」
のあ「確かに」
真奈美「のあの言動は時々突飛だからな……」
瑛梨華「そんな真奈美ちゃんのおかげで、瑛梨華ちんもビックライブデビュー!」
まゆ「おめでとう、瑛梨華ちゃん」
瑛梨華「そうそう、というわけでHO・N・DA・I☆」
のあ「本題?」
瑛梨華「ライブにご招待☆瑛梨華ちんを一緒にO・U・E・N☆」
まゆ「まぁ……チケットいただいていいんですかぁ?」
瑛梨華「まゆちゃん、のあちゃんと一緒に来てYO☆」
まゆ「はい……行きます」
瑛梨華「のあちゃんもみくにゃんのファンなんでしょー?」
のあ「そうだけれど……真奈美、話した?」
真奈美「チケットがないことも話したが、関係ないぞ。赤西君が佐久間君を招待すると決めたのはそれより前だ」
瑛梨華「そうそう☆」
のあ「……」
瑛梨華「あれ?ノー乗り気?」
のあ「遠慮するわ」
まゆ「みくにゃんさんが大好きなのあさんが……まさか」
瑛梨華「みく質を食べて生きてるのあちゃんが!」
のあ「まゆ、東郷邸にいた誰かと行ってきなさい。それがいいわ」
瑛梨華「へー」
まゆ「はぁい……そうします、のあさん」
瑛梨華「のあちゃん、やさしー!」
のあ「真奈美、予想外だったかしら」
真奈美「いいや。そう言うかな、と思ってた」
瑛梨華「おー、以心伝心?」
真奈美「みく質に頭をやられて、前川君狂いなのは事実だが、のあはそれだけじゃないよ」
のあ「当たり前でしょう」
まゆ「それじゃあ……由愛ちゃんと一緒に行こうかなぁ」
24:
のあ「成宮由愛?」
真奈美「そう言えば、清路市内にいるのか」
瑛梨華「保奈美ちゃんの舞台もよく見に来てたから、一緒にO・I・DE☆」
まゆ「連絡してみますねぇ、うふっ……楽しみです」
のあ「成宮由愛……」
真奈美「のあ、成宮由愛に何かあるのか?」
のあ「いいえ。まゆ、機会があったら成宮由愛に会いたいわ。いいかしら」
瑛梨華「由愛ちゃんと?」
まゆ「わかりました、それも話してみます」
のあ「必ず、とは言わないわ。成宮由愛も忙しいようだし」
真奈美「そうなのか?」
瑛梨華「また個展やるとか言ってたYO☆」
真奈美「売れっ子なんだな」
のあ「楽しんで来てちょうだい」
まゆ「はぁい。瑛梨華ちゃんの舞台を見るのは久しぶり……」
真奈美「ほう、前もライブだったのか?」
まゆ「前は音楽じゃなくて、漫才のライブでした」
瑛梨華「あの時は、ウケもスベリも盛りだくさんだった☆」
まゆ「ふふっ……」
のあ「お笑いのライブもいいわね、時には」
瑛梨華「おや、のあちゃんはわかるくち?」
のあ「私だって、関西人の両親から産まれたもの」
まゆ「あまり想像はつきませんねぇ」
真奈美「そうだな。大笑いするタイプじゃないものな」
のあ「笑うわよ。私はマネキンでもアンドロイドでもないのだから」
真奈美「それ、誰かに言われたのか?」
のあ「昔に留美にね……あの頃は口が悪かったわね、今と比べて」
瑛梨華「おっと!」
まゆ「瑛梨華ちゃん、どうしました?」
25:
瑛梨華「寮の夕ご飯、行かなきゃ☆」
真奈美「ここで夕食を食べていかないのか」
まゆ「そうですよぉ」
のあ「私は構わないけれど」
瑛梨華「夕飯の後に打合せ、お誘いありがと☆」
のあ「あら、忙しいのね」
瑛梨華「プロデューサーちゃんがねー」
まゆ「そうですかぁ……また、来てくださいね」
瑛梨華「まゆちゃんが寮に遊びに来てもいいよ☆」
のあ「いいのかしら。事務所の女子寮でしょう?」
真奈美「佐久間君ならいいだろう。家族みたいなものだからな」
瑛梨華「真奈美ちゃんの許可もでたし、瑛梨華ちんはO・SA・RA・BA☆」
のあ「真奈美、送ってあげて」
真奈美「ああ。瑛梨華君、行こうか」
26:
13
12月21日(月)

高峯探偵事務所
のあ「……」
真奈美「地図を眺めているのは楽しいか?」
のあ「楽しく見えるかしら」
真奈美「いいや。キレイな顔に皺が寄ってしまいそうで心配だ」
のあ「皺の心配は無用。私の遺伝子は並じゃないわ」
真奈美「皺以外なら心配してもいいか?」
のあ「ご自由に……潜伏先はリセットして考えなおしかしら」
真奈美「のあ」
のあ「なに?」
真奈美「出かけよう」
のあ「出かける用事はないけれど。どこにかしら」
真奈美「カラオケかボウリングあたりかな」
のあ「学生みたいな選択肢ね」
真奈美「確かに」
のあ「もっとも、私の学生時代には無縁だったけれど」
真奈美「それなら、今のうちにしておくか」
のあ「カラオケもボウリングもしたことあるわ」
真奈美「つまりだ、私は気晴らしに行こうと誘ってるだけさ」
のあ「……」
27:
真奈美「おそらく、このまま同じ状態で悩んでいても答えは出ないぞ」
のあ「それは、私もわかってるわ」
真奈美「それなら、問題ないな」
のあ「わかったわよ。出かける準備をするから待ってなさい」
真奈美「了解だ」
のあ「そうだ、ひとつだけ」
真奈美「なんだ?」
のあ「ゲームセンターにも行きましょう。いいかしら」
28:
14

良楠公園
卯月「今日は凛ちゃん、来ないのかな?」
相馬夏美「こんばんは。ちょっといい?」
相馬夏美
清路警察署少年課所属。階級は巡査部長。夜回りを兼ねたランニングの途中。
卯月「こんばんは!ランニングですか?」
夏美「そうよ、最近ストレスで食べ過ぎなのかお腹にお肉がねぇ……ちょっと長めに走ってるの」
卯月「そんなっ、痩せてますよ?」
夏美「ありがと、痩せるんじゃなくて太らないためなの。次に会った時も痩せてると行って貰うようにがんばるわ」
卯月「はい、がんばってくださいっ!」
夏美「あなたはこんな時間に公園のベンチに座って何をしてるの?学校の制服みたいだけど」
卯月「えっと、レッスンの帰りなんです。学校から直接事務所に行って、この公園は帰り道の途中にあるんです」
夏美「レッスン……あー」
卯月「はいっ。ダンスのレッスンです」
夏美「わかった。早く帰るのよ、治安は悪くないけれど用心に越したことはないのだから」
卯月「はいっ」
夏美「ライブがんばってね、島村卯月さん」
卯月「はいっ、島村卯月がんばりますっ!」
夏美「じゃあね♪」
卯月「あれ?私のこと知って……走るのいです、行っちゃった」
凛「……行ったかな」
29:
卯月「凛ちゃん!」
凛「卯月、待ってたの」
卯月「少しだけです」
凛「待たせたお詫び。ホットレモン、キライじゃないよね」
卯月「ありがとう、凛ちゃん。レモンは疲れた時にいいんですよね」
凛「卯月、疲れてるの?」
卯月「年末休暇の前に、少しだけがんばってレッスンしてるんです」
凛「ふうん、そうなんだ」
卯月「凛ちゃんもあのお姉さんとお話が終わるまで待っててくれたんですか?」
凛「待っていたというか……見つかりたくなくて」
卯月「え?」
凛「警察官だよ、さっきの」
卯月「警察の人だったんですか、だから走るのがいしカッコイイんですね!」
凛「補導とか担当してるんだけど……厄介だから」
卯月「そうなんですか?ステキな人に見えましたよ?」
凛「だからというか……家から近くないしランニングコースでもないよ」
卯月「そうなんですか?」
凛「日課なのに見たことないでしょ、あいつ。夜回りで色々な所を走ってるから」
卯月「そう言えば……」
凛「警察には会いたくない」
卯月「私も警察の人を見ると背筋が伸びちゃいます」
凛「卯月」
卯月「なんですか、凛ちゃん?」
凛「私はいないことにして。さっきみたいに」
卯月「……」
凛「誰にも。名前もダメ。特に警察には」
卯月「えーっと……」
凛「本当は卯月だって……わかってるでしょ」
卯月「……」
凛「……」
30:
卯月「わかりません!けど、わかりましたっ!」
凛「大丈夫かな……まぁ、そういうことだから」
卯月「はいっ。約束ですっ」
凛「約束……」
卯月「指切りしますか?」
凛「いいよ、そんなの」
卯月「はいっ!」
凛「いや……要らないって意味で……」
卯月「?」
凛「……わかった」
卯月「ゆーびきりげんまんー」
凛「うそついたらー」
卯月「はりせんぼんのーます」
凛「おーわかれよ」
卯月「え?」
凛「ゆびきった」
卯月「針千本飲ます、じゃないんですね」
凛「……最後は別に何でもいいから」
卯月「約束を守れば、お別れしなくて済みますか?」
凛「……」
卯月「さっきのは気にしないでください!そう言えば、今日教室でこんなことがあったんですよっ」
凛「……」
31:
15
高峯探偵事務所
のあ「ボウリングは負けたわ。3ゲームの合計で、私が444」
真奈美「私が459。逃げ切れたよ」
まゆ「スコアが高いですねぇ」
真奈美「そうか?」
のあ「素人の女性としては高いでしょう」
まゆ「昔、練習してたとか?」
のあ「遊びで何回か。真奈美は」
真奈美「私も一緒だ」
のあ「真奈美の嗜むは怪しいけれど、ボウリングはそうみたいね」
まゆ「まゆだったら50くらいかなぁ」
のあ「真奈美、これが女子力よ」
真奈美「違うぞ?」
まゆ「このぬいぐるみ達はどっちが?」
のあ「それは私。才能があるみたいね」
真奈美「才能と財力の合わせ技だな」
まゆ「カワイイですねぇ。のあさんが選んだんですかぁ?」
のあ「ええ」
まゆ「こういうのが好きだったんですねぇ」
のあ「違うけれど。取れそうだから、選んだだけよ」
真奈美「照れ隠しだな」
のあ「ご自由にどうぞ。シューティングゲームは、挑戦してみたけれど」
まゆ「負けちゃいました?」
のあ「ええ。無謀だったわね」
真奈美「面目を保つのに必死だった。上手かったぞ」
まゆ「ゲームをやっていたとか?」
のあ「違うわ。私が練習していたのは実弾よ」
まゆ「え?実弾?」
真奈美「……ふっ」
のあ「……」
まゆ「あのぉ……笑顔で誤魔化さないでくれませんかぁ?」
32:
のあ「私が言いたいことは、木場真奈美は凄いということ。カラオケも負けたわ」
真奈美「採点で勝負してみたんだが、これは負けるわけにはいかないからな」
のあ「負けてはいけない勝負ほど大変ね」
真奈美「まったくだ。あんなにHotel Monnsideが上手いとは思わなかった」
まゆ「CGプロの水奏ちゃんの?」
真奈美「そうだ」
のあ「門前の小僧習わぬ経を読む、ね」
まゆ「ライブ映像で覚えたんですねぇ」
真奈美「まぁ、楽しかったよ。のあも意外な趣味も分かったしな」
まゆ「意外な趣味?」
真奈美「ロックが好きだったんだな。一昔前の」
33:
>>32
スペルミス Moonside
34:
まゆ「そうなんですかぁ、シャウトするとか?」
真奈美「結構していたな」
まゆ「意外でしたぁ、だって」
のあ「だって?」
まゆ「みくにゃんの曲しか知らないと思ってましたよぉ」
真奈美「何も躊躇わずに言ったな」
のあ「まぁ、そう見えるでしょうね」
真奈美「ロックはいつ聞いていたんだ?」
まゆ「最近は聞いてないですよねぇ」
のあ「父が好きだったの。父が車内で流しているのを聞いていたわ」
真奈美「今は聞かないのか?」
まゆ「真奈美さん、それは……」
のあ「まゆ、大丈夫。聞いたところで、枕元にも立ってくれないもの」
まゆ「……」
真奈美「大丈夫の意味が違うよ、佐久間君」
のあ「ええ。聞きたくなったら聞けば良かったのね、理由なんて付けずに」
真奈美「今日は楽しかったか?」
のあ「楽しかったわ、ありがとう。父が聞いていたロックも、改めて聞いてみるわ」
まゆ「うふふっ……今度はまゆも連れていってください」
のあ「そうね、真奈美のアイドルソングも聞くと良いわ」
まゆ「真奈美さんがアイドルのお歌を……?」
のあ「上手かったわ、五十嵐響子みたいだったの」
まゆ「響子ちゃんみたい……?」
真奈美「私は教えないといけないからな。のあの前川君も上手かったぞ」
のあ「当然よ」
まゆ「普通できないですよぉ」
のあ「真奈美にコツも教わったわ。これで私も前川みくにもう一歩近づいたわ」
35:
真奈美「近づく必要は全くないが」
まゆ「それにしても、のあさんと真奈美さんは勝負が好きなんですねぇ。意外です」
のあ「そうかしら」
まゆ「喧嘩とか言い争いも見たことなかったので」
真奈美「私はのあと張り合うのキライじゃないんだ、前も言った通り」
のあ「私もキライじゃないわ。真奈美は何事も真剣にやるから」
真奈美「何事も本気にやるのがいいのさ、斜に構えずに」
のあ「そうね、早めに気づいていたら良かったわ」
まゆ「今日は本気でした?」
のあ「ええ、だから気晴らしになったわ。ありがとう、真奈美」
真奈美「それは良かった」
のあ「今日は何も考えずに眠るわ。その方が、閃く可能性は高そうだもの」
36:
16
12月22日(火)

のあ「おはよう」
真奈美「おはよう。今日は早いな」
のあ「早めに寝たら、自然と目覚めたわ」
真奈美「それは良かった。朝食は何がいい?」
のあ「トーストとコーヒー。コーヒーは半分くらい牛乳で、砂糖はいらないわ」
真奈美「わかった。待っていてくれ」
のあ「今日は真奈美の担当なのね、まゆは?」
まゆ「まゆはここですよぉ。おはようございます、のあさん」
のあ「おはよう」
まゆ「真奈美さん、今日のお夕飯はお願いしますねぇ」
真奈美「わかった。遅くなるようなら迎えに行くよ」
まゆ「そこまでは遅くならないと思います。のあさん、行ってきます」
のあ「いってらっしゃい」
真奈美「気をつけるんだぞ」
のあ「いつもより早いわね」
真奈美「朝活中だそうだ。テレビでもつけたらどうだ?」
のあ「朝活?」
真奈美「授業が始まる前を、クラスメイトとの趣味の時間にしているそうだ」
のあ「それは有意義ね……あら、テレビに日野茜が出てるわ。朝から元気ね」
真奈美「今週は裁縫をしていると言っていたな。テスト前は対策をしていたと言っていたぞ」
のあ「まゆ、前から余裕を持って登校してるわよね?」
真奈美「今日はすることがあるんだろう」
のあ「遅くなるとも言っていたけれど、聞いていたかしら」
真奈美「ああ。先にコーヒーだ」
のあ「ありがとう。その理由は?」
真奈美「……」
のあ「わかったわ。私にはヒミツなのね」
37:
真奈美「決めつけが早いぞ」
のあ「真奈美が答えないで黙ることなんてほとんどないわ。隠し事なら嘘をすんなりと出るように準備しているでしょうし、本当なら躊躇う理由はない。隠すほどではない、いつかはわかることをヒミツにしている」
真奈美「まぁ、その通りなんだが。少しだけハズレだ」
のあ「ハズレ?」
真奈美「ヒミツにするかしないか悩んだから、言い淀んだ」
のあ「なるほど。それで、どちらにするのかしら」
真奈美「決めた。佐久間君は学校から帰りが少し遅れる理由はヒミツだ」
のあ「わかったわ」
真奈美「夕食当番は交替したから、私にリクエストがあったら言ってくれ」
のあ「流石に朝食前には答えられない」
真奈美「ははっ、その通りだ。トーストはバターとジャムでいいか?」
のあ「ええ。リクエストは思いついたら言うわ」
38:
17
夕方
星輪学園・校庭
星輪学園
清路市内に所在する歴史ある私立学校。まゆは高等部の2年生。弓道部は強豪とのこと。
高森藍子「まゆちゃん♪」
高森藍子
まゆのクラスメイト。時間を使うことは得意らしい。
まゆ「藍子ちゃん……待っていてくれたんですかぁ?」
藍子「ううん、図書室にいたんです。一緒に帰りませんか?」
まゆ「うん」
藍子「どうでした、進路相談?」
まゆ「そうですねぇ……川島先生と話して良かったです」
藍子「うんうん」
まゆ「でも……もう少し悩もうかな」
藍子「まだ時間はあるから大丈夫。のあさんには話したんですか?」
まゆ「ううん……のあさんにはまだ」
藍子「そうなんだ」
まゆ「ちゃんと悩んでからじゃないと……」
藍子「なにかあるんですか?」
まゆ「凄い援助と甘い提案が来ちゃいそうで……」
藍子「ふふっ、のあさんはまゆちゃんに甘いですから」
まゆ「だから、私で考えから相談することに決めたんです」
藍子「良いと思いますよ。でも、アドバイスです」
まゆ「アドバイス……?」
藍子「甘えすぎないと、のあさんがへそを曲げちゃいます」
まゆ「うん……わかってます」
藍子「もう2学期も終わり、早いですね」
まゆ「ついこの前、転校してきたみたいなのに」
藍子「……」
まゆ「藍子ちゃん?」
藍子「あそこ、シスタークラリスが走ってきます」
39:
まゆ「なにか……あったのでしょうか」
クラリス「お二人とも、お力を貸していただけますか」
クラリス
星輪学園の教会に住み込みのシスター。慌てた様子なのは珍しい。
藍子「はいっ、どうしました?」
まゆ「何か……」
クラリス「急病人です。こちらへ」
40:
18
星輪学園・弓道場
まゆ「水野先輩……?」
藍子「だ、大丈夫ですかっ!」
水野翠「はぁはぁ……」
水野翠
星輪学園の3年生。大学で弓道を続けることが決まっており、部活で使用していない時間で練習を続けているとのこと。
クラリス「練習中に倒れたようです」
まゆ「凄い熱……藍子ちゃん、タオルを濡らしてきてもらえますか」
藍子「はい、待っててくださいっ」
クラリス「私は養護教諭を呼んで参ります。見ていてあげてください」
まゆ「わかりました……救急車は……」
翠「不要です……」
まゆ「大丈夫ですか……?」
翠「はい……この通り」
まゆ「大丈夫じゃないですよぉ。凄い熱に呼吸も荒くて……」
翠「疲れただけ……です」
まゆ「弓道の練習だけでそんなに疲れたりしません」
翠「いえ……あります、よ」
藍子「まゆちゃん、これ」
まゆ「ありがとう。とりあえず、横にしましょう」
藍子「枕はこれでいいかな、私のカバンで」
まゆ「いいと思います……防具、はずれるかな」
藍子「よいしょ、これでいいかな。水野先輩、すみません」
まゆ「とれました……横向きの方が苦しくないかな」
藍子「水野先輩、大丈夫ですか」
翠「ふぅ……はぁ……」
藍子「息がすっごく荒いです」
まゆ「過呼吸……?」
藍子「大きく息を吸うようにすると良いって聞きました。水野先輩、できますか?」
翠「はい……タオルも、ありがとう、ございます……」
まゆ「話さないでいいですよぉ。藍子ちゃん、飲み物を持ってませんか」
藍子「ありますよ、ミネラルウォーターですっ。どうぞ」
翠「すみま……せ、ん……」
41:
19
星輪学園・弓道場
翠「お騒がせいたしました」
藍子「すっかりいつも通りの水野先輩に戻りました」
まゆ「本当に平気なんですか……?」
翠「ご安心ください。熱も下がりましたから」
まゆ「あんなに出てたのに……?」
藍子「今は平熱ですね。汗もかいてません」
翠「何度からありましたから。そうでしたよね、シスタークラリス?」
クラリス「はい。お一人で練習しているから見回りに来たのですが」
翠「申し訳ありません。今後気をつけます」
まゆ「理由はわかってますか……?」
藍子「悪い病気とか、じゃないですよね?」
翠「違いますよ。お医者様が言うには、極度のストレスだそうです」
まゆ「ストレス……」
藍子「弓道、大変なんですか?」
まゆ「本当は、辞めたいとか……」
翠「すみません、誤解してしまいますね。ちょっと追い込んで集中しすぎていると言われました」
クラリス「自身で追い込み過ぎている、と」
翠「だから、インターハイに出場出来ましたが簡単に負けてしまいました。弓道は極限に追い込んだ一射だけの競技ではありませんから」
まゆ「あの……失礼かもしれないですけれど……」
翠「なんでしょうか」
まゆ「本当に大丈夫ですか……?」
翠「はい、問題ありません。極限まで集中し、己を出し切ることは気持ちの良いことです。極限まで集中すると風の流れがわかるんですよ、的以外は何も見えなくなるのに」
まゆ「えっと……大丈夫かなぁ……?」
翠「気分は良いですが、体には毒だとわかっています」
藍子「水野先輩が倒れちゃったら、みんな悲しみます。だって、大人気ですから」
翠「大人気、ですか」
藍子「はいっ。文武両道でカッコよくて、ね、まゆちゃん?」
まゆ「はい、人気ですよぉ」
翠「……」
クラリス「翠さん」
翠「人気には応えないといけませんね。もう少し休んでから私は帰ります。今日はありがとうございました」
42:
20

良楠公園
凛「へー、高校はそんなことが流行ってるんだ」
卯月「……」
凛「卯月、どうしたの?」
卯月「あの、凛ちゃん!」
凛「びっくりした、なに?」
卯月「もう一度聞きますけど、私のこと知りませんか?」
凛「島村卯月。自己紹介されたから知ってるよ」
卯月「えっと、そうじゃなくて……そう!」
凛「そう?」
卯月「私をテレビで見たことありませんか?アイドルですからっ」
凛「ごめん。テレビとかあまり見ないから。言われなかったら知らなかった」
卯月「わかりましたっ!」
凛「何が?」
卯月「あの、見て欲しいんです」
凛「だから、何を?」
卯月「私のステージ、です」
凛「ステージ……」
卯月「1月24日にライブがあるんです。でも、家族が来れなくなっちゃて」
凛「……」
卯月「凛ちゃん、来てくれませんか?」
凛「ごめん、行けない」
卯月「予定があるんですか?」
凛「ないけど……」
卯月「じゃあ、とりあえず受け取ってくださいっ!都合があったら、来てくださいっ」
凛「ごめん、卯月。いけない」
43:
卯月「凛ちゃん?」
凛「行けない。私は、卯月とは違うの」
卯月「みんな違います。私、凛ちゃんみたいな綺麗な黒髪憧れますっ」
凛「違う」
卯月「違う……?」
凛「行けない理由は……そうじゃなくて」
卯月「凛ちゃん、話してくれませんか」
凛「話せない」
卯月「指切りしましたっ、ヒミツですっ」
凛「……だから」
卯月「だから?」
凛「話せないんだってば!私は普通じゃないから……」
卯月「……」
凛「……帰って」
卯月「凛ちゃん」
凛「帰ってよ」
卯月「わかりました、今日は帰りますっ。凛ちゃん、また会えますか」
凛「……わからない」
卯月「そうだっ!ネットで調べてください、CGプロの島村卯月ですっ。ぶい♪」
凛「なんで、ピース……」
卯月「凛ちゃん、少し笑いました?」
凛「してない」
卯月「今度は笑ってもらいます。またね、凛ちゃん!」
凛「……」
卯月「……ばいばい、凛ちゃん!」
44:
21
深夜
高峯ビル前
咲「……」
のあ「あら」
咲「のあさん、お疲れ様!戸締りしたし帰る所だったんだー。男手少ないから、あたしは最後!」
のあ「空を見上げてどうしたの?」
咲「月が目に入って。もうすぐ満月だな、って」
のあ「雨が降りそうな雲ね。満月の空は晴れるかしら」
咲「それでね、月にはウサギがいるでしょ?」
のあ「ウサギの餅つきに見えるわね」
咲「グリーンランドだと、どう見えるのかな?」
のあ「天体観測が趣味だから答えは知っているわ。でも、そういうことではないわね」
咲「うん」
のあ「……」
咲「クリスマスイブだけは早上がりして、プレゼントを配るんだ♪欲しい?」
のあ「私も配る側よ。援助しましょうか」
咲「いらなーい。マスターから前払いも貰ったよ☆」
のあ「そう、それがいいわね。気持ちが伝わるわ」
咲「ねー。のあさんは何してるの?」
のあ「私はランニングへ。体力が落ちてきそうだから」
咲「夜にランニング?危ないから、一緒に走ろうか?」
のあ「大丈夫よ。危ない所は良く知っているから、避けるわ」
咲「へー、探偵っぽい」
のあ「探偵だもの。あなたも気をつけて帰りなさい」
45:
22
12月23日(水)

清路警察署・刑事一課和久井班室
大和亜季「警部補殿」
和久井留美「大和巡査部長、何かしら」
和久井留美
刑事一課和久井班班長。階級は警部補。彼女もCGプロの合同ライブのチケットが手に入らなかった。
大和亜季
刑事一課和久井班所属。階級は巡査部長。雪山サバイバルはハードルが高いであります、らしい。
亜季「お昼にするでありますよ」
留美「あら、もうそんな時間?」
亜季「その前に、ひとつ気になることが」
留美「何かしら」
亜季「愛知の事件がたまたま目に入ったでありますが」
留美「見せてちょうだい」
亜季「こちらであります」
留美「概要は」
亜季「先日の日曜日、不審な死体が発見されました」
留美「不審死ね、見立ては」
亜季「死因が特徴的であります。こちらを見てください」
留美「胸に丸い穴。鉄パイプでも突き刺さったのかしら」
亜季「これが発見された状態であります」
留美「抜かれた」
亜季「そのようであります。胸を何かで突き刺され、凶器は抜かれたようであります。凶器は行方不明」
留美「どんな凶器だと推測するかしら」
亜季「そうでありますな、槍はなさそうですな、銛でしょうか」
留美「犯人は漁師なのかしらね」
亜季「犯人は見つかっていませんが。気になるのは被害者であります」
留美「被害者、聞いたことあるわね」
亜季「そうでありますか?聞いたことはなかったであります」
留美「思い出したわ、海外に高飛びした横領犯。うちのヤマじゃないわね」
亜季「横領に関しては清路警察署担当でありました。国内にいたのでありますな」
留美「それで、ここにも情報が回ってきたわけね」
亜季「情報提供は済ませたようであります」
留美「聴取も必要かしら、昔の職場とか」
亜季「愛人とその娘が清路市内にいるとのウワサもありますが」
留美「そうなの?」
46:
亜季「残念ながら、ネットのウワサ程度で警察は未確認であります。わかっていれば、犯人にも良かったでありますが」
留美「それは、どういう意味?」
亜季「横領で捕まっていれば、殺されることもなかったであります」
留美「悪いジョークね」
亜季「ちょっと冗談が過ぎたでありますな」
留美「ええ」
47:
亜季「話は終わりであります。昼食としましょう!」
留美「大和巡査部長、書類整理はどうかしら」
亜季「最近は大きな事件もありませんし、午後はのんびりでありますな」
留美「午後は休暇を取りなさい。どうせ、いつか忙しくなるのだから」
亜季「ふーむ、そうでありますな。上司の勧めに従うであります」
留美「そうして頂戴。休むのも私達には重要なこと。雨だから家で体を休めるにはちょうど良いわ」
亜季「警部補殿はどうするでありますか?」
留美「私も休もうかしらね。その前に、お昼を付き合ってくれるかしら」
亜季「もちろんであります。食堂でよいでありますか?」
留美「ご馳走するわ。どこか外へ行きましょう」
亜季「おおっ、それではお肉が良いであります!」
留美「昼から焼肉も悪くないわね。車、出してくれる?」
亜季「了解であります!」
48:
23
高峯探偵事務所
のあ「雨、やむかしら」
梅木音葉「真夜中まで……このままの予報です」
梅木音葉
清路警察署科捜研所属。本日は休暇。行きつけの森は、雨だと足元がぬかるんで危ないらしい。
のあ「そうらしいわね」
音葉「お出かけの予定があるの……ですか?」
のあ「いいえ。音葉は?」
音葉「志希さんのトリミングに行く予定だったのですが……優さんのところに」
のあ「トリミング……」
音葉「失礼しました、言い方を間違えました……放っておくと、自分で切ろうとするので」
のあ「志希、下にいるの?」
音葉「朝起きたら……いなくなっていました」
のあ「でしょうね」
音葉「お天気も惠ませんでしたので……とりあえず、こちらに」
のあ「音葉と志希2人揃って休暇だったのね、珍しい」
音葉「科捜研の所長が高橋署長に怒られまして……」
のあ「残業が多い、とか」
音葉「業務外で居座っているのは……働き方が今時ではないと」
のあ「当然の指摘。礼子の言うことを聞きなさい」
音葉「せっかく……音響を整えたのに」
のあ「それが原因じゃないのかしら。目につくでしょう、あれ」
菜々「お待たせしました?、本日のブレンドですっ」
のあ「菜々、頼んでないけれど」
音葉「こちらです……私が頼みました」
のあ「St.Vで飲めばいいじゃない」
音葉「ご一緒にいかがですか……ごちそうします」
のあ「別に……それは構わないけれど」
菜々「決まりですっ。クリスマス限定スノーボールもお持ちしましたっ」
音葉「ありがとうございます……」
菜々「それでは、ごゆっくり?」
音葉「のあさん……どうぞ」
のあ「ありがとう。音葉、聞いていいかしら」
音葉「なんでしょう……?」
のあ「暇なのね」
49:
音葉「その通りですが……のあさんにお願いがありまして」
のあ「私に?」
音葉「気になるアイドルが……いまして」
のあ「みくにゃんかしら」
音葉「違います……志希さんがいるので充分です」
のあ「それなら、誰なのかしら?私はみくにゃん以外は全く詳しくないけれど」
音葉「日野茜さんです……知っていますか」
のあ「CGプロに所属してるわね。生で見たこともあるわ」
音葉「小さくて……カワイイと」
のあ「確かに生で見ると小さいわね。音葉が好きなのは意外だったわ」
音葉「子犬のようで……元気を貰えます」
のあ「それは同感だわ」
音葉「この部屋が……防音であることを知っています」
のあ「ああ、そういうこと?」
音葉「合同ライブの映像を見たいのですが……」
のあ「音葉が頼みごとをするのも珍しいし、暇だから付き合うわ」
音葉「ありがとうございます……出来れば、昨年5月のものを」
のあ「リクエストもあるのね……」
50:
24
夕方
高峯探偵事務所
まゆ「ただいま、まゆが帰りましたよぉ」
のあ「お帰りなさい」
音葉「お邪魔しています……」
まゆ「音葉さん、こんばんは。お仕事終わりですかぁ?」
音葉「いいえ……のあさんと一緒にライブの映像を見ていました」
のあ「ええ」
音葉「勉強になりました……お礼にオペラ観劇の作法をお教えします」
まゆ「のあさん、ライブのお作法を教えたんですかぁ?」
のあ「少しだけよ」
音葉「素晴らしいですね……のあさんと留美さんが没頭するのもわかります」
のあ「でしょう」
音葉「大切なのは気持ち……にゃーにゃーと心をあわせていうこと」
まゆ「音葉さんに悪影響が……久美子さんに怒られちゃいます」
のあ「大丈夫よ、おそらく。少なくとも久美子に怒られることはないわ」
まゆ「そうかなぁ……あっ、音葉さん」
音葉「なに……でしょうか」
まゆ「お夕飯をご一緒しませんか?今から準備するので、待っていてくれれば」
音葉「お誘いありがとうございます……ですが、志希さんから連絡が来たので帰ります」
のあ「あら、連絡がきたの?」
音葉「迎えに来て欲しいと……バスを使ったのでしょうか、随分と遠くに……」
のあ「志希も自由ね」
音葉「わかってはいます……帰ってくるだけよいかと」
のあ「そうね。居てくれるだけで助かるわ」
音葉「そうですね……私はこれで」
まゆ「はぁい。音葉さん、また来てくださいねぇ」
音葉「はい……またお邪魔します」
のあ「運転に気をつけて帰りなさい」
まゆ「音葉さんと一緒で楽しかったですかぁ?」
のあ「新鮮だったわ。音葉はなかなか気づけないことも気づくから」
まゆ「良かったです。お夕飯の準備しますねぇ」
のあ「ええ。みくにゃんに対する知見も深まったわ……」
51:
まゆ「のあさん、そう言えば」
のあ「音葉の言う通りオペラの知識を習得すれば深い見方が……まゆ、何かしら?」
まゆ「高峯家のクリスマスは、何をするんですかぁ?」
のあ「クリスマス……あまり考えてないわ。去年は雪乃から貰ったケーキを真奈美と食べたわ」
まゆ「昔は、どうだったんですかぁ?」
のあ「父と母が居た頃もチキンとケーキを買ってきたぐらい……プレゼントは実用的なものを父が贈ってくれたわ」
まゆ「実用的なもの……筆記用具とか?」
のあ「そうね、高峯家の習わしだそうよ。一度だけ望遠鏡だったわ、狙い通りに」
まゆ「昔から知恵が回るんですねぇ」
のあ「そうかもしれないわ。それと、思い出したわ」
まゆ「なんですかぁ、あっ、ツリーを飾り付けたとか?」
のあ「ええ。毎年倉庫から出したわね、プラスチックで出来た1mくらいの」
まゆ「この前、掃除した時に見かけましたよぉ。奥の方にしまってありました」
のあ「最近は出した記憶がないもの」
まゆ「今年は飾りましょうか」
のあ「そうね……思い出してみましょうか」
52:
25

良楠公園
凛「……」
卯月「凛ちゃん」
凛「……卯月」
卯月「待っててくれたんですか?」
凛「……違う」
卯月「雨、寒くないですか?」
凛「大丈夫」
卯月「そうですかっ、安心しました!」
凛「……」
卯月「凛ちゃん、今は大丈夫でも、ずっと濡れていると風邪を引いちゃいますよ」
凛「卯月も、帰れば」
卯月「今日は帰ります。ねぇ、凛ちゃん」
凛「……何」
卯月「話したいことがあるんです、約束しませんか?」
凛「話したいことって……」
卯月「嘘つきだった島村卯月の話です」
凛「……嘘つきには、見えないけど」
卯月「次の土曜日、夜8時にここで会えませんか」
凛「重要な話なの、それ」
卯月「凛ちゃんには大切です、きっと」
凛「……」
卯月「約束して、くれますか?」
凛「わからない」
卯月「それじゃあ、待ってますね。約束の時間に」
凛「……」
卯月「今日は温かくして寝てくださいね」
凛「……温かさだけは平気」
卯月「そうだ!凛ちゃん、これをどうぞ」
凛「……クッキー?」
卯月「チョコクッキーです、メリークリスマス!」
凛「そっか、クリスマス……」
卯月「お家に帰って食べてくださいね」
凛「……うん」
卯月「ばいばい、凛ちゃん。またね!」
53:
26
12月24日(木) クリスマス・イヴ

のあ「包むとは本質を見えなくすること……いいえ、まとめて手に持てるようにすることかしら」
ピンポーン……
のあ「誰かしら。事務所は営業していないはずだけれど」
志保「のあさん、失礼しますっ!クリスマスツリー、素敵ですね!」
のあ「飾った甲斐があったわ。志保、慌ててどうしたのかしら」
志保「あらっ、トルティーヤですか!」
のあ「ええ。真奈美が昼食用に作ってくれたの。好きなだけ包んで食べなさい、と」
志保「美味しそうですね、具材も種類がたっぷり」
のあ「志保、包んだら何をするかしら」
志保「もちろん、手に持って食べますっ。トルティーヤにクレープ、ガレット、生八つ橋!」
のあ「生八つ橋を自分で包んで食べたことはないわね。話は、食べながらでいいかしら」
志保「大丈夫です。あの、ご相談なんですけれど」
のあ「何でも言ってちょうだい」
志保「マスターが帰省してそろそろ一週間です」
のあ「そうね、何も問題なく営業出来てるのは流石ね」
志保「寂しさを紛らわせて、マスターのことを思うと仕事も進む……のはいいんですけど」
のあ「けど?」
志保「やり過ぎちゃいました」
のあ「何を?」
志保「菜々さんと早朝からクリスマスケーキとスウィーツを作り過ぎました」
のあ「お裾分けなら受け取るわ」
志保「いいえ、売るほどあるんです!」
のあ「もともと売り物でしょう。どのくらいかしら」
志保「車のトランク1台分くらいです、探偵事務所の業務用で」
のあ「それは、作り過ぎね」
志保「予約と喫茶店で販売する予定数とは、別で」
のあ「菜々も志保も行動を冷静に振り返るクセをつけなさい、熱中しすぎよ」
志保「水嶋さんが今日は早退するから人手も足りなくて」
のあ「何となく話が読めて来たわ」
志保「マスターへの愛情が詰まっていますから無駄にしたくありません!」
のあ「協力するわ。要するに、売りたいのね」
志保「ありがとうございますっ!」
54:
のあ「それで、何が必要かしら」
志保「業務用車と人が欲しいんですけど、真奈美さんはいないんですよね?」
のあ「ええ。イベント運営の手伝いよ、あっちも人手が足らないそうだから。帰りもいつになるかわからない」
志保「まゆちゃんは」
のあ「終業式は明日。昼間はいないわ」
志保「そうですか……真奈美さんなら全て解決だったんですけれど」
のあ「同感ね」
志保「のあさんには、場所を確保して欲しくて」
のあ「駅近く使えそうな場所を見つけておくわ」
志保「うーん、菜々さんに車を運転してもらって……違うかな……」
のあ「志保」
志保「のあさん、どうすればいいと思います?」
のあ「私も実業家だから、手筈はそれなりにわかるわ。任せてちょうだい」
志保「忘れてました、そうでした!みくにゃん大好きな金持ちでしたっ」
のあ「言い方が悪いわ」
志保「のあさん、お願いしていいですか?」
のあ「もちろん。場所と人は集めておくわ。出発前に準備をお願い」
志保「わかってますっ!」
のあ「雪乃が野外販売の手筈は整えているはずよ」
志保「クリスマスですから、サンタとトナカイの衣装が必要ですよね!安心してください、余分に準備してあります!」
のあ「違うわ」
55:
27
清路駅前・大通り広場
大通り広場
清路駅北口にある広場。北口の再開発時に整備された。おかげで白骨死体が見つかったのよね、状態が悪くて鑑定が大変だった、とのこと。
松山久美子「はーい、どうぞ♪」
松山久美子
清路警察署科捜研所属。いつもは白衣だが、志保が用意した赤いサンタ風制服を身に着けている。休暇を取らされて暇を持て余しているとか。
のあ「まるで本職みたいね……」
原田美世「売れ行きがいいですっ」
原田美世
清路警察署交通課所属。階級は巡査。今日は夕方から巡回とのこと。バイト代はのあが所有する車の貸し出し。
のあ「美人は得ね」
美世「赤い服なんて普段絶対着ないのに、似合ってます」
のあ「血と薬品がついたら見えないのに着るわけないでしょ、とか普段言ってるとは思えないわね」
美世「さも自分が作ったように売ってるけど、ウワサだとアレなんですよね」
のあ「ウワサ通り、久美子の料理は壊滅的よ」
美世「本当だったんだ」
のあ「私も人のことは言えないけど」
久美子「そこ、聞こえてるから」
のあ「久美子、手伝ってくれてありがとう」
久美子「暇を持て余してるからいいのよ。暇そうにしてるなら働いたら?」
のあ「私は経営者だもの」
美世「あたしは運転手」
久美子「はいはい、言い訳はそこまで。トナカイはサンタの言うことを聞いて」
美世「はーい」
のあ「わかったわ」
久美子「美世ちゃんはレジとかお願い」
美世「高校出てすぐに警察に入ったから、こういうことして見たかったんだ」
久美子「のあさんは……はい、これ」
のあ「菜々が作ってくれた、宣伝ボードね。菜々は絵も描けたのね」
久美子「これを持って微動だにせず突っ立ってるか、広場周辺をウロウロしてて」
のあ「それだけでいいのかしら」
久美子「自分の容姿わかってるでしょ?」
のあ「わかってるわ、十二分に人目を引くでしょう」
美世「自分のことそう思ってたんだ、知らなかった……」
久美子「わりと有名」
のあ「では、優と真奈美が合流するまでがんばりましょうか」
56:
28

清路駅前・大通り広場
真奈美「遅くなったな、どうだい?」
のあ「上々よ」
太田優「真奈美さん、お仕事お疲れさまぁ」
太田優
美容師。高峯ビル1階の美容室Z?artに勤務している。今日のお手伝いで、愛犬アッキー用の特性クリスマスケーキを手に入れた。
真奈美「優君こそ、お疲れさま。仕事終わりだろう?」
優「ぜんぜん?、アッキー用のケーキも貰ったし☆」
久美子「真奈美さん、来てそうそうだけど、商品出すの手伝ってもらえる?」
真奈美「もちろんだ」
優「あ、お客さん来たから対応するねぇ」
久美子「優ちゃん、お願い」
優「いらっしゃいませー☆」
久美子「びっくりするくらい簡単に売れるわ。それなりのお値段なのに」
のあ「志保は、この材料でこの値段はお手頃だと言っていたわ。この様子だと20時には完売するわね」
真奈美「SNSで話題になっていたからな」
のあ「SNS?」
真奈美「ああ。銀髪の美女がトナカイのような恰好をして客引きしてると」
久美子「そっちでも話題になってるのね、なるほど」
のあ「そこじゃないと思うわ」
真奈美「そこじゃない?」
のあ「大切な情報は私ではなくて、雪乃のお店が限定的に路上販売をしていること」
久美子「お店の常連とか、雪乃さんの知り合いがよく来るの」
のあ「身なりのよさそうなご婦人が多かったわ」
久美子「夜の女王様みたいな雰囲気の知り合いも来たの。雪乃さんが帰省していると聞いたら、嬉しそうに帰って行ったわ」
真奈美「雪乃君も顔が広いな」
久美子「私とは全く違う交友関係ね、本当に」
真奈美「味もブランド力も高い商品なら、営業に困りはしまい。さ、売り切って帰るとしよう」
久美子「やっぱり頼もしいわ」
のあ「でしょう」
真奈美「それで、衣装はあるのか?」
のあ「サンタとトナカイ、どちらがいいかしら。久美子と優はサンタ風の赤よ」
真奈美「私もサンタクロースにするとしよう」
久美子「真奈美さん、こういうことに抵抗ないのよね。意外」
のあ「あなたもよ、久美子」
57:
29
高峯探偵事務所
のあ「ただいま」
まゆ「おかえりなさい、のあさん」
のあ「遅くなって悪かったわ」
まゆ「大丈夫ですよぉ。真奈美さんは?」
のあ「St.Vで今日の処理を終わらせてから来るわ。まゆ、夕飯は?」
まゆ「まだですよぉ」
のあ「食べていれば良かったのに」
まゆ「今日は豪華だから待っちゃいましたぁ」
のあ「豪華?あら、菜帆がいたのね。アルバイト、お疲れ様」
海老原菜帆「お邪魔してます?。キッチン借りてます?」
海老原菜帆
喫茶St.Vのアルバイト。こう見えて手際よく動けるんですよ?、と本人談。
のあ「もうアルバイトは良いのかしら?」
菜帆「もうお客は少なくなったので?、志保さんと菜々ちゃんにのあさんをおもてなしするように、って」
まゆ「志保さんと菜々さんから色々いただきましたぁ」
のあ「豪勢なケーキに料理もたくさんね」
菜帆「スープも温めてますよ?。まゆちゃん、後は任せてください?」
まゆ「お言葉に甘えます」
のあ「おもてなしを受けるとしましょう」
真奈美「ただいま」
まゆ「真奈美さん、おかえりなさい」
菜帆「おかえりなさい?」
真奈美「ご褒美にシャンパンを貰った。これで乾杯しようか」
のあ「色々貰い過ぎね」
真奈美「助け合いの結果なら、いいじゃないか。クリスマスらしいだろう?」
のあ「そうね、クリスマスだもの。サンタクロースも許してくれるわ」
58:
31
早朝
12月25日(金) クリスマス
某雑居ビル3階・空きテナント
凛「……」
桐生つかさ「よっ。寝床に帰らなかったのか?」
桐生つかさ
GP社の高校生社長。頼子の依頼はそれに見合う報酬があるから受けている。
凛「昨日はクリスマスイヴだったから。帰る必要も……昨日はないし」
つかさ「もしかして、寝てないか?」
凛「仮眠は取ってる。標的は見逃してない」
つかさ「ムリとムダは最高の結果の敵だ」
凛「昨日今日はムリする時」
つかさ「へぇ、根拠でもあんの?」
凛「見ててわかった。質素な暮らし、してそうでしょ」
つかさ「同意見。母と娘の2人暮らしなら、そんなもんだな」
凛「装っても、わかるんだ」
つかさ「装う、か」
凛「服装とか日用品が高級品だったりする。昨日は来客がないのに、2人分には多い料理を買ってきてた。袋はデパートのやつ」
つかさ「つまり、結論は」
凛「ターゲットは帰ってきて、目的は達成できる可能性がある」
つかさ「で、どうすんの?」
凛「頼子が諦めるまでは続ける。頼子が諦めたら、終わり」
つかさ「賢明だな」
凛「そっちは」
つかさ「今日は稼ぎ時だからな、早朝出勤だ」
凛「どっちの仕事?」
つかさ「表だよ」
凛「答えるんだ、平気なの?」
つかさ「平気さ、死んだ人間のタレコミに誰が耳を貸す?生き返らないと、言葉は受け止めらんないの」
凛「別にただの忠告だから。気をつけなよ」
つかさ「言わないとわからないだろ」
凛「頼子に切られないように。仲間、減ってるから」
つかさ「仲間だったのか、はっ、お気楽だな」
凛「仲間じゃないか」
つかさ「せいぜい、協力者。残ってる奴を考えれば当たり前、わかる?」
凛「何が」
つかさ「一番危険なのは、古澤頼子」
凛「殺し屋は」
つかさ「アレは問題ない。頼子が動かない限りは」
凛「ふーん……」
59:
つかさ「言われなくても、わかってるわけ」
凛「……」
つかさ「そうだ、クリスマスだろ?」
凛「そうだけど」
つかさ「クリスマスプレゼントは誰だって欲しいよな。小さくても気持ちがこもっていれば」
凛「はぁ……?」
つかさ「OK、決まったわ。じゃあな」
凛「意味わかんないだけど……」
60:
32
清路警察署・和久井班室
留美「来たわ」
亜季「柊警部殿が到着でありますっ」
新田美波「課長、お疲れ様ですっ!」
新田美波
刑事一課和久井班所属。階級は巡査部長。クリスマスデートのお誘いが幾つかあったが、家族と過ごすとのこと。
柊志乃「遅くなってごめんなさい……会議が長引いたわ」
柊志乃
刑事一課長。階級は警部。酔っていても並の刑事以上の能力を発揮するので、呼び出しても構わないらしい。
留美「別に大した用事じゃないけれど、こっちのほうがいいかと思って」
志乃「何かしら」
美波「お誕生日おめでとうございますっ、柊課長!」
志乃「あら……覚えてくれていたのね」
美波「和久井警部補から教えてもらいました」
志乃「留美からは祝ってもらったことがないけれど」
留美「仕事で恩は返してるつもりです」
志乃「私もそれでいいわ……」
美波「でも、それとこれとは別ですっ」
留美「気配りの出来る部下が入ったので、受け取るといいかと」
美波「柊課長、どうぞ」
亜季「私も選んだであります」
志乃「ありがとう……何かしら」
美波「ワインは大量に頂いていると思いますので、日用品の詰め合わせですっ」
志乃「ありがたいわ……使わせてもらいましょう」
亜季「作戦通りでありますな」
留美「今年は何本手に入れたのかしら?」
志乃「20本くらいね……安いのは受け取らないけれど」
美波「20本……安いのは受け取らない……」
亜季「大人の世界でありますなぁ」
61:
留美「この人、昔からジジイ殺しだから」
亜季「それが出世の秘訣でありますか」
留美「それもあるけれど、理由は結果が出ていたから」
美波「昨日の夜は、どうされていたんですか?」
志乃「昨日?」
亜季「気になるであります」
志乃「待機時間が終わって……自室で礼子からもらったワインを開けて……12時になる前に寝たわ」
美波「えっと……」
亜季「それだけでありますか?」
志乃「そうだけれど……」
亜季「夜景の見える高級レストランで食事は」
美波「生まれ年のワインが運ばれてきたりは……」
亜季「宝石たっぷりのクリスマスプレゼントはないのでありますか?」
志乃「ないわ……お誘いはあっても仕事に差し支えるもの」
亜季「なるほど……余裕でありますな」
美波「これがテクニック……勉強になりますっ」
亜季「そうですな!」
留美「違うから。真似しない方がいいわ」
志乃「ありがとう……でも、私の一番は」
留美「市民の安全と」
志乃「あなた達の無事。危険に巻き込まれずに、自分の正義を信じられること。それを守れるなら……私は十分」
亜季「おお……」
美波「……」
志乃「これからもがんばってちょうだい……仕事に戻るわ」
美波「来ていただいて、ありがとうございましたっ」
志乃「もっと頼ってもいいわよ……和久井警部補?」
留美「心得るわ」
志乃「失礼するわ……」
留美「……」
62:
亜季「うむ、自分の正義を信じるのが一番でありますな」
美波「は、はいっ」
留美「大抵あの言葉が返ってくるから、辞めたわ」
亜季「なんだ、警部補殿もやっていたでありますか!」
留美「私も気持ちは同じ。警察官として心身共に強くあること」
亜季「もちろんであります!クリスマスの雰囲気でトンチキになった若者も厳しく取り締まるであります!」
留美「言い方……」
美波「まずは防犯ですっ!」
亜季「はっはっは!そうでありました!」
留美「追い詰められてるよりはいいかしら。私達も仕事に戻りましょう」
亜季「了解であります!」
63:
33

高峯探偵事務所
のあ「……」
まゆ「……」
真奈美「事務仕事は疲れるな……睨みあってどうした?」
のあ「よくがんばったわね」
まゆ「ありがとうございます」
のあ「真奈美も見てちょうだい」
真奈美「通知表か。終業式だったものな」
のあ「色々あったけれど、立派ね」
真奈美「同感だな」
のあ「進学するのであれば、有利になりそうね」
まゆ「え……」
のあ「何か変なことを言ったかしら」
まゆ「い、いえ……はい、良い成績で満足です……」
のあ「不満がある、わけではなさそうね」
まゆ「えっと……」
真奈美「勉学に励むのは悪いことじゃない」
のあ「今のうちに学ぶことは学んでおくべきね」
真奈美「学校の勉強は終わっても、学ぶことには終わりはないからな。学びのクセをつけるのは大切だ」
のあ「ええ」
まゆ「はい、これからもがんばりますねぇ」
真奈美「通知表は返すよ」
のあ「来学期は皆勤しましょう。健康が一番よ」
まゆ「……はい」
真奈美「健康か」
まゆ「昨日は食べ過ぎてしまいましたぁ……」
のあ「クリスマスイヴだもの、仕方ないわ」
真奈美「さっぱりとした胃に優しいものがいいかな。夕食の準備をするよ、待っていてくれ」
64:
34
12月26日(土)
早朝
某雑居ビル3階・空きテナント
頼子「結果はいかがですか」
凛「何かあったら連絡してる」
頼子「いらっしゃいませんでしたか」
凛「そういうこと」
頼子「残念でしたね」
凛「……そうだね」
頼子「交替しますよ。ちゃんと寝ていないようですから」
凛「……」
頼子「どうですか」
凛「そんな提案してくると思わなかった」
頼子「自分の勝手な想定が現実と違ったことが、そんなに気に入らないですが」
凛「そういうわけじゃない。ちょっと驚いただけ」
頼子「こちらをどうぞ」
凛「カギ、どこの?」
頼子「お使いください。古いアパートですが、問題はないかと」
凛「……」
頼子「寝具と、幾つか家具もあります。時間制限もありません」
凛「今の寝床は」
頼子「怪しんでいる人がいるようです。気づかれる前に去りましょう」
凛「わかった。これは?」
頼子「続けてください。年末年始もありますから」
凛「うん。カギ、住所を教えて」
頼子「メールで連絡してあります。確認してください」
凛「……今の寝床と近いね」
頼子「人通りが少ないため、隠れるのに適している場所ではあるのですよ」
凛「ふーん……骨董品みたいなアパート」
頼子「それで、どうされますか」
凛「屋根と壁があれば十分」
頼子「今から何をするか、です」
凛「帰って寝る。任せたよ」
頼子「かしこまりました、渋谷凛さん」
65:
35

高峯探偵事務所
まゆ「はぁい……楽しみにしてますねぇ。由愛ちゃん、ばいばい」
のあ「成宮由愛から?」
まゆ「はい、一緒に瑛梨華ちゃんの応援に行けることになりましたぁ」
のあ「そう、それは良かったわ」
まゆ「その前に会えるか、聞いたのですけど……」
のあ「会えない?」
まゆ「今日から滋賀のお家に帰ってるそうです、年明けの予定はまだ分からないって」
のあ「急ぎじゃないから、いいわ」
まゆ「また聞いてみますねぇ」
のあ「聞いてくれてありがとう、まゆ」
まゆ「のあさん、どういたしまして」
のあ「まゆ、冬休みの予定は」
まゆ「月曜日はお出かけします、藍子ちゃんと」
のあ「わかったわ」
まゆ「のあさんは、何かご予定がありますか?」
のあ「年末は、特にないわ」
まゆ「年始は、どうですかぁ?」
のあ「奈良に行くくらいね。まゆの始業式は」
まゆ「6日ですよぉ」
のあ「ゆっくり出来るわね」
まゆ「やることは……たくさん、かな」
のあ「あら、そうなの?」
まゆ「ふふっ……」
のあ「……深くは聞かないわ。がんばりなさい」
まゆ「はぁい、のあさん」
66:
36

良楠公園
凛「ベンチでうたた寝してる……」
卯月「すぅ……すぅ……」
凛「卯月」
卯月「……あ、凛ちゃん!こんばんは!」
凛「卯月……疲れてるの?」
卯月「少しだけ、です。朝からハードで」
凛「そう、なんだ」
卯月「凛ちゃんこそ、疲れていませんか」
凛「私?」
卯月「はい」
凛「私は、平気だよ」
卯月「……」
凛「卯月?」
卯月「えへへ、お腹が空いちゃいました。一緒にご飯に行きませんか、凛ちゃん」
凛「……」
卯月「どうですか?」
凛「条件が1つだけ。いい?」
卯月「はいっ。何ですか?」
凛「お店は選ばせて」
67:
37
洋食フレッチャ
洋食フレッチャ
老夫婦が営む小さなレストラン。混雑していることは稀な知る人ぞ知る名店だとか。洋食を掲げ店名もイタリア語由来だが、メニューは洋食に限らない多彩なラインナップ。
卯月「ううーん……どうしましょう……」
凛「決まった?」
卯月「メニューが多くて迷っちゃいます……凛ちゃんは決まりましたか?」
凛「うん」
卯月「私も早く決めないと」
凛「焦らなくても」
卯月「えっと、ポークジンジャーって聞いてことあるような?」
凛「豚のしょうが焼き」
卯月「そっか、ジンジャーは生姜ですよね。えっと、ガルショークは……」
凛「ロシア料理のスープ。何食べても美味しいと思うけど、わからなかったら聞いてみたら」
卯月「うーん……決めました!」
凛「私はオムライスにする」
卯月「私はポークカツレツにします、豚肉って疲れに効くらしいですよ」
凛「しっかり食べるんだね」
卯月「お腹すいちゃいました!」
凛「サラダとかデザートもつける?」
卯月「はいっ!Aセットで!」
凛「私もそうしようかな。サラダ、デザート、飲み物は……」
卯月「生ハムサラダにしますっ」
凛「お肉好きなんだ。すみません、注文いいですか」
68:
38
高峯探偵事務所
のあ「真奈美」
真奈美「どうした?」
のあ「明日の昼はいるかしら」
真奈美「すまない、仕事だ」
のあ「そう」
真奈美「明日で仕事納めだ。何かあるのか?」
のあ「お昼のお誘いよ、留美と三船さんが来るから。St.Vでランチをするようね」
真奈美「三船さん?」
のあ「鷹富士神社の近くにあるムーンパレスで会ってないかしら」
真奈美「会っていないな。あの時は長野で合宿中だった」
のあ「会ったのはまゆの方ね。私は最近も会ったけれど」
真奈美「どなた、だ?」
のあ「留美の同級生よ。大学時代の」
真奈美「長い付き合いの友人か」
のあ「そうみたいね、仲の良い友人がいるのはいいこと」
真奈美「のあはどうなんだ?」
のあ「私に学生時代からの友人はいないわ」
真奈美「和久井警部補とは友達じゃないのか?」
のあ「同業者とか仕事仲間だと思ってたけれど、友達なのかしら?」
真奈美「さあな」
のあ「さぁ、って」
真奈美「のあがどう思うか、じゃないか」
のあ「そういうことね、わかったわ」
真奈美「せっかくだから楽しんでくれたまえ。佐久間君は?」
のあ「誘ったけど断れたわ。用事が出来たとか」
真奈美「そうか」
のあ「真奈美、まゆは何を隠してるのかしら」
真奈美「前にも言ったろう、待っていればいい」
のあ「待つことはよいことかしらね」
真奈美「悪いことじゃないさ」
のあ「そうするわ。待つは天命、私に出来ることは……」
真奈美「何か思いついたか?」
のあ「特には。待つのもいいかと思っただけよ」
69:
39
洋食フレッチャ
卯月「凛ちゃん、チョコレート大好きなんですね」
凛「え?」
卯月「今日もチョコレートケーキを食べてるから」
凛「選んじゃうんだよね、無意識に」
卯月「カフェオレも好きなんですか?」
凛「うん、ミルク入りの方が好きなんだ。卯月もミルクティーでしょ?」
卯月「はいっ。オレンジジュースも好きですよ」
凛「クリームブリュレケーキも美味しい?」
卯月「美味しいですっ!一口食べますか?」
凛「いいよ……別に」
卯月「はい、どうぞ」
凛「……」
卯月「あーん♪」
凛「……はむっ」
卯月「どうですか?」
凛「……美味しい」
卯月「うふふっ」
凛「……ちょっと恥ずかしいんだけど」
卯月「普通ですよ?」
凛「私には普通じゃない……そう言えば、卯月のこと調べたよ」
卯月「そうなんですか?」
凛「本当にアイドルだったんだ、結構人気なんだね」
卯月「えへへ」
凛「お忍びには良かったかも」
卯月「そうですね、静かで料理も美味しくて!」
凛「……うん」
卯月「ねぇ、凛ちゃん」
凛「何かな」
卯月「約束していた話をしていいですか?」
凛「嘘の……話?」
卯月「はい。私、ずっとアイドルに憧れていました」
70:
凛「夢だったの」
卯月「キレイな衣装を着れて、キラキラして、お姫様みたいで……夢でした」
凛「夢を叶えたんだね、卯月は」
卯月「いいえ、デビューまで結構長くて」
凛「そうなの?」
卯月「プロフィールみませんでした?」
凛「ごめん、そこまで見てなかった」
卯月「事務所に所属してからすごく時間があって。ヒールでダンスが踊れなかったり、最初のライブはあんなに練習したのに最後のターンは失敗しちゃったし、笑顔でやりきれなくて心残りがいっぱいで」
凛「……」
卯月「私は夢を叶えられるだなって思ったら、がんばれました」
凛「卯月は……」
卯月「なんですか、凛ちゃん?」
凛「ずっと同じ夢を持ってたんだ。変わらないのは凄いよ」
卯月「……違いますよ、凛ちゃん」
凛「違う……?」
卯月「同じ夢だったのに、同じことを言っていたのに、嘘になっていました」
71:
40
洋食フレッチャ
卯月「凛ちゃん、私の良い所ってどこだと思いますか?」
凛「……いきなり言われても」
卯月「何でもいいです、1つだけ」
凛「なら……笑顔かな」
卯月「はいっ、笑顔には自信がありますっ。ぶいっ」
凛「正解」
卯月「凛ちゃん。私、笑えてますか?」
凛「うん。アイドルに大切なのは笑顔」
卯月「本当ですか?」
凛「最初に花屋で会った時、覚えてる?」
卯月「はいっ。アネモネを選んでもらいました」
凛「嬉しそうだった。笑って見送ってくれた。本当に笑ってた、心から」
卯月「あの日、決まったんです」
凛「決まった?」
卯月「私、次のライブでセンターに選ばれたんですよ」
凛「……ごめん、私にはどれくらい凄いのか分からない」
卯月「凛ちゃんが気にしないでくださいっ」
凛「でも、本当に嬉しかったのはわかる。がんばってきたのが、報われた」
卯月「だって、島村卯月はがんばり屋ですからっ」
凛「えっと……そっか、花屋で会った時に言えば良かった。おめでとう、卯月」
卯月「ありがとうございます。でも……」
凛「でも?」
卯月「アイドルに、ずっとキラキラしてる何かになれるって、最初は思ってました」
72:
凛「卯月は、キラキラしてるよ」
卯月「最初の、デビューした時のまま、ずっとこのままだったらいいなって」
凛「卯月……?」
卯月「私、がんばり屋です。養成所と事務所のレッスンルームにいると、落ち着きました」
凛「……」
卯月「魔法でキラキラしている舞台に上がって、でも……その魔法は解けてしました。アイドルに憧れる私は……いなくなってしまいました」
凛「卯月は……」
卯月「アイドルに憧れて、アイドルのレッスンをがんばって、同じことをしてるのに……いつの間にか、嘘になっていて……」
凛「それは、卯月が変わったから……?」
卯月「そうだと思います。私、怖かったんです」
凛「怖い……」
卯月「凛ちゃん、笑ってください」
凛「え?」
卯月「はい、にー♪」
凛「えっと、にぃ……」
卯月「笑顔なんて誰にでも出来ますよ?」
凛「いや、できないから。私は卯月みたいには笑えない」
卯月「いいえ。笑えてます」
凛「笑えてない。卯月は凄いよ」
卯月「信じられません」
凛「いや……信じてよ。だって」
卯月「だって?」
凛「そうじゃなかったら、ここにいないと思う」
卯月「……」
凛「なんか、恥ずかしいこと言った気がする……」
卯月「昔の私は信じられませんでした。笑顔なんて、誰にでも出来ますから」
凛「出来ないんだよ……卯月」
卯月「がんばって報われなかったらどうしよう、特別になれなかったらどうしよう、このまま時間が来て魔法が溶けちゃったら、アイドルの時間が終わっちゃったらどうしよう、って」
凛「……」
卯月「次に進むのが怖かったんです。だから、本当にがんばるフリをして……」
凛「フリ……」
卯月「アイドルに憧れて、夢を叶えた島村卯月のままでいたかったのかな」
凛「……」
卯月「あの時……私は嘘をついていました」
凛「今は……嘘じゃないの?」
卯月「嘘に見えますか?」
凛「ううん、見えない」
73:
卯月「凛ちゃん、水奏さんは知ってますか?」
凛「ホームページで見たような……キレイな人だよね」
卯月「仕事をお休みしてレッスンをしている時に、言われちゃいました。なんで嘘ついてるの、って」
凛「……」
卯月「凄かったんですよ」
凛「……何が?」
卯月「私の嘘は誰にも見抜けませんでしたっ。私の笑顔が良いと言ってくれた人なら誰でも……笑顔に自信があった私自身も」
凛「それって……良いことなの?」
卯月「凛ちゃんはどう思いますか?」
凛「悪いことだった」
卯月「どうしてですか?嘘は、気づかれない方がいいです」
凛「私の知ってる卯月は……その時より楽しそう、多分」
卯月「はいっ!奏さん、その後何言ったと思いますか?」
凛「何がしたいの、とか」
卯月「いいえ、何も言ってくれませんでした。だから、私の方から質問しました。私、笑顔じゃないですか、って」
凛「……どう答えたの?」
卯月「それで笑ってるつもりなの、って言われました。私と違ってウソの笑顔が苦手なのね、って」
凛「その人、厳しいね」
卯月「でも、気づけました。私、嘘をついてるんだって」
凛「……そっか」
卯月「奏さん、その日はそれで帰っちゃって。自分で考える時間があって。そうしたら、事務所のプロデューサーさんと打合せの日になってました。アイドルにしてくれた、魔法をかけてくれた、その人に」
凛「……何を話したの?」
74:
卯月「嘘をついていること、話しました。信じられないような、そう、鳩が豆鉄砲を食ったような顔、でした!」
凛「……」
卯月「えっと……話しているうちに気持ちが整理できて、やっとわかりました。私、泣いちゃって」
凛「怖かった……から」
卯月「私のプロデューサーさんも、笑顔が魅力だって言ってくれました。それなのに、私が、笑顔なんて笑うなんて誰にも出来るから、って言ったら……」
凛「どうしたの……?」
卯月「思い出すと……プロデューサーさんがこのまま死んじゃうんじゃないかって顔をしてました。顔が真っ白になって……ああ、今も元気で一緒にお仕事してますよっ!」
凛「別に、そこは心配してないけど」
卯月「プロデューサーさん、しばらく黙っちゃって……鼻をかんでから、何を言ったと思いますか?」
凛「その人は、卯月の笑顔が好きだって言ったんだよね。それなら」
卯月「それなら?」
凛「卯月を信じられるんだ……心から笑ってくれるって。私も、卯月を信じられる。理由はわからないけれど」
卯月「えへへ」
凛「だから、その人は多分だけど」
卯月「……」
凛「謝ったと思う。信じちゃって、信じすぎちゃって、嘘が見えなくなった。それで、卯月が泣いたなら、自分のせいだって」
卯月「凛ちゃん、凄いですっ。正解です、謝られちゃいました」
凛「その人は、手を差し伸べてくれたの?」
卯月「はい。可能性を信じているから、卯月ちゃんも自分を信じてくださいって。先に進みましょう、って言ってくれました」
凛「恩人なんだね」
卯月「だけど……私はすぐに返事が出来ませんでした」
凛「でも、卯月は信じた」
卯月「あのままはイヤだから、確かめたいから、信じてみました。皆が信じた、私の笑顔を。ウソの笑顔じゃなくて、心からの笑顔を」
凛「良かったね、嘘をつくのは卯月のすることじゃないよ」
卯月「はいっ!実は、私らしさってまだよくわかんなくて」
凛「アイドルって……そんなに良いのかな」
卯月「アイドルってキラキラで本当に素敵です!」
凛「うん、それなら良いと思う」
卯月「みんなと、あの場所が大好きです」
凛「あの場所って……」
卯月「ステージです!同じ事務所のアイドルと一緒に立って、色々な人が協力してくれて、応援してくれるファンがいて、友達がいて、家族がいて、初めて私はあそこに立てるんですっ」
凛「家族……」
卯月「1人のステージも好きですけど……みんなとのステージが大好きです。だから、凛ちゃん」
凛「……」
卯月「凛ちゃん?」
75:
凛「……卯月、何か言った?」
卯月「どうしました?」
凛「別に……」
卯月「それじゃあ、改めて!凛ちゃん、見に来てください」
凛「ライブのチケット……」
卯月「はいっ!私の晴れ舞台ですっ」
凛「……」
卯月「招待券ですから無料です、安心してくださいっ」
凛「何で、卯月は私に見に来て欲しいの?」
卯月「えっと……その」
凛「私じゃなくても友達はいるでしょ。多そうなタイプだし」
卯月「凛ちゃん」
凛「なに?」
卯月「凛ちゃんは嘘をついていませんか?」
凛「……前にも言ったでしょ、卯月には言えないことばっかりだって。普通じゃないから」
卯月「知ってます」
凛「卯月は何も知らない」
卯月「凛ちゃんは、このままでいいんですか」
凛「……え?」
卯月「新しいことを知ると刺激になりますよっ!ライブは楽しいですから、リフレッシュに良いかも」
凛「……」
卯月「凛ちゃん、来てくれませんか?」
凛「ごめん」
卯月「わかりました、もう少し待ちますね」
凛「そういう意味じゃなくて……」
卯月「……?」
凛「いいよ、それで。待ってて」
76:
41
良楠公園
凛「お店のご主人が卯月を知ってると思わなかったね」
卯月「えへへ、サイン書いちゃいました。アイドルみたい」
凛「アイドルでしょ、卯月は」
卯月「はい、島村卯月はアイドルですっ」
凛「ふふっ……」
卯月「凛ちゃん、また会えますか?」
凛「会えると思うよ。連絡先も交換したし」
卯月「はいっ。電話していいですか?長電話が好きなんですっ」
凛「それは難しいかも」
卯月「話過ぎて怒られちゃうんですよね、気をつけます」
凛「卯月、レッスンは」
卯月「明日で今年は終わりです。大変だったけど、凛ちゃんに力貰いました!」
凛「そうかな……」
卯月「そうです!」
凛「それじゃ、こっちだから。またね」
卯月「凛ちゃん、またね!」
77:
42
12月27日(日)

喫茶St.V
菜々「いらっしゃいませ!」
のあ「菜々、お疲れ様」
菜々「のあさん!この前はありがとうございました!」
のあ「礼には及ばないわ。留美はいるかしら?」
菜々「いらっしゃいますよ、こちらへどうぞっ」
のあ「ありがとう」
菜々「お友達と一緒でした。2人とも背が高くて美人で羨ましいですっ」
のあ「そうかしらね、菜々くらいがカワイイわよ」
菜々「ふへへ、のあさんは褒め上手ですねぇ」
のあ「152cmくらいが個人的にはいいわね」
菜々「お連れ様が来ましたよ?」
留美「お疲れ様、のあ」
のあ「疲れてないわ」
三船美優「こんにちは……」
三船美優
留美の同級生。大学1年生からの付き合いだとか。清路市内でOLをしている。
のあ「こんにちは。お久しぶりね、ご一緒させてもらうわ」
美優「はい……よろしくお願いします」
留美「あの時以来ね、そう言えば」
のあ「あの時ね……」
美優「みくにゃんのライブの時ですよ……ね?」
のあ「ごめんなさい、何でもないわ」
留美「ええ」
のあ「お邪魔するわ」
菜々「のあさん、どうぞ座ってください。メニューをどうぞっ」
78:
43
喫茶St.V
のあ「大学時代の留美はどうだったのかしら」
美優「変わらないですよ……正義感が強くて、よく助けてもらいました」
のあ「キャピキャピしてなかったのかしら」
留美「残念だけれど、してないわ」
のあ「若気の至りは」
美優「最初からきっちりして……素敵でしたよ」
留美「のあは私に何を求めてるのかしら」
のあ「大学時代の恥ずかしい写真が見たいわ」
美優「大学時代の写真はありますけど……」
留美「恥ずかしい写真はないと思うけれど、何も見せなくて良いわ」
のあ「あら、残念。冷静な刑事のルーツが見たかったのに」
留美「それなら、警察官になったのは美優のおかげかもしれないわ」
のあ「そうなの?」
美優「いいえ……最初から留美さんが候補にしていた職業の1つでした」
留美「美優が勧めてくれたから、決めたのよ」
のあ「他には何が候補だったのかしら?」
美優「会計士とか公務員と言ってました……」
のあ「慧眼ね。そっちは向いてないわ」
留美「向いていなくはないと思うけれど」
のあ「こう見えて上に立てつくでしょう。留美が不安を溜めるわ」
美優「ふふ……なんとなくわかります」
留美「そうかしら」
79:
のあ「刑事なら求める結果は同じだもの。良かったじゃない」
留美「それは納得するわ。同じ方向を見るのは大変なのは、知ってるわ」
美優「真面目で正義感も強いですから……いいな、と」
のあ「書類作りと昇進試験が得意な人間が、警察として心身共に鍛えられるのだから」
美優「また、昇段したそうですよ」
のあ「相変わらず熱心ね。何かしら、柔道、剣道、空手?」
留美「違うわ」
のあ「少林寺拳法もやってたわね」
留美「薙刀。有段者になったわ」
のあ「幾つ目よ、これで。簡単に取れるものじゃないでしょう」
美優「最初、道場にご一緒したのですが……初心者とは思えませんでした」
のあ「留美はセンスがあるのかしら。あなたは?」
美優「私は……全然で」
のあ「留美が何事も得意なのがおかしいわね、事務職向きそうなのに」
留美「身を守る術は身に着けておくといいわ。護身術でも教えましょうか」
のあ「留美に教わるとスパルタになりそうね」
留美「確かにそうね」
美優「否定しないんですね……」
留美「護身術の教室を見つけたの、試しに行ってみましょう」
美優「それは……」
のあ「潜入捜査というんじゃないかしら」
留美「別に違うわ。もちろん、何かあったら報告するけれど。それはどこに行っても同じこと」
美優「店員さん、すみません……行ってしまいました」
のあ「……」
志保「はーい、私が承ります!」
80:
美優「お水を頂いても、いいですか……」
志保「かしこまりましたっ」
留美「それと、1つ。逃げて行った店員さんに伝言をいいかしら」
志保「伝言、ですか?」
留美「現行犯でもない限り見つけたからって、どうにもできないわ」
美優「……」
志保「そのまま、お伝えすれば良いですか?」
留美「ええ。私にもお水を」
志保「はーい、お待ちください」
のあ「実際のところ、どうなの?」
留美「証拠が揃わないから、ホシと確信があっても泳がせていることもあるわ。時間があるなら、解決できることも多いわ」
美優「そうなんですか……」
留美「仕事の話はナシ。どうせ、探偵さんからはこれからするもの」
のあ「そうね。もう一杯、紅茶を飲むかしら。ご馳走するわ」
81:
44
夕方
高峯探偵事務所
まゆ「ただいま、帰りましたぁ」
のあ「まゆ、お帰りなさい」
留美「お邪魔してるわ」
まゆ「留美さん、こんにちは。留美さんのお友達は……?」
留美「元々予定があったから、お昼で別れたわ」
まゆ「それからは、ずっとこちらに」
留美「そうよ、のあを借りて悪かったわね」
まゆ「大丈夫ですよぉ。お2人で何をしていたんですかぁ?」
のあ「少し相談事を」
まゆ「相談事?」
のあ「古澤頼子について」
留美「署内で井村雪菜が殺されたことは失態だった」
のあ「だけれど、分かったことがある」
まゆ「分かったこと……?」
のあ「警察署内に協力している人物が、未だに存在していること」
まゆ「だから、留美さんに相談を……?」
留美「そうね。残念ながら刑事課に出入りできる人物か、刑事課にいると思うけれど」
のあ「残念ながら特定はできていない」
留美「どうやっているのかしらね、不思議だわ」
のあ「それと協力者についても。まゆは、誰か思い当たるかしら。古澤頼子と関わりのある人物よ」
まゆ「うーん……美術館の人としか知らなくて」
留美「美術館に勤務していた時も異常なまでに交友関係が希薄」
のあ「何度か会っている人物はいたわ、仕事に関係ないところで」
まゆ「それって……」
留美「名前は乙倉悠貴」
のあ「亡くなってるわ」
まゆ「そうですよね……」
留美「東郷邸の事件に彼女も関わっていた」
のあ「井村雪菜も、おそらく」
まゆ「保奈美ちゃんにお化粧をした……?」
留美「そうでしょうね。他にも東郷あいにコトを持ちかけた人物もいる」
のあ「袴姿の幽霊とか」
留美「協力者はその2人だけとは限らない。幽霊が協力しているとは思えないけれど」
のあ「大石泉が見た人物は残り2人」
留美「お世話役と」
のあ「殺し屋」
まゆ「物騒ですねぇ……」
のあ「古澤頼子が切り捨ている以上、どちらか特定できるといいけれど」
まゆ「難しい……ですか」
82:
のあ「現状は、ね。大石泉が顔を見ているけれど」
留美「全てを覚えているわけではないもの」
のあ「そんな話をしていただけよ」
まゆ「のあさんが、また悩んじゃいますねぇ……」
のあ「お正月くらいは何もないと良いのだけれど。今は相手の動きを待つしかないでしょうね」
留美「それは同感だけれど……オフレコよ、聞いて」
まゆ「オフレコ……?」
のあ「聞くわ。録音はしていない」
留美「ヘレンからの情報よ。信じないで聞いておいて」
のあ「ええ」
まゆ「……」
留美「機動隊の瀬名詩織さん、知ってるかしら」
のあ「瀬名詩織?まゆ、会ったことあるかしら」
まゆ「会ったことないですけど……お話は聞いたことあるような」
のあ「美世の先輩ね。話は時々聞くわ」
まゆ「その人が……どうかしましたか」
留美「サンタクロースの事件で怪しい動きをしていたことが、ヘレンの調査でわかったわ」
のあ「サンタクロースを逃がすには適役ね」
留美「のあが誘拐された時も非番だったそうだし」
のあ「非番の警察官なんていくらでもいるでしょう。休日だったのだから」
留美「真偽は不明。たまたま耳に入ったウワサだと思ってちょうだい」
のあ「そうする前に、聞いていいかしら」
留美「何故協力しているか」
のあ「ええ。そして、古澤頼子が切り捨てるとしたら」
まゆ「目的を叶えさせてから……」
のあ「破滅させてる。瀬名詩織の目的は何?」
留美「優秀な白バイ隊員、海沿いを散歩することが趣味、海沿いまでは私用の大型二輪で移動してる」
まゆ「えっと……なんというか」
のあ「留美みたいな感じね。家族や交友関係は」
留美「怪しいところにないわ。沖縄でご両親とも健在、ヘレンが今行ってるわ」
まゆ「沖縄に……ですかぁ?」
のあ「ただの冬休みバカンスじゃない」
留美「真意を、私が知ったことじゃないわ。他言無用、いいわね」
のあ「わかったわ」
83:
留美「さて、お暇するわ」
のあ「付き合ってくれてありがとう」
留美「むしろ私の仕事。協力、感謝するわ」
まゆ「留美さん、お夕飯はいかがですかぁ?」
留美「のあが喜ぶかもしれないから誘ってくれるのね。気持ちだけ受け取っておくわ」
まゆ「あ、いえ……そういうわけじゃなくて。大人数で食事するのが好きなんです」
留美「そうね、パーティーでも開く時は誘ってちょうだい」
まゆ「はい……ぜひ」
留美「探偵さん達、お邪魔したわね」
のあ「いいえ。何時でも来てちょうだい」
まゆ「……」
のあ「さて、片づけようかしら」
まゆ「留美さん、何か用事があるのでしょうか?」
のあ「ないのじゃないかしら」
まゆ「お昼は一緒にしたのにお夕飯はダメなのかなぁ……」
のあ「そういうわけじゃないわ。マイルールがあるのよ、私と2食以上一緒にしないわ」
まゆ「不思議なルールですねぇ……何故なんでしょう」
のあ「私と留美は似ているところが、あるわ」
まゆ「確かにそうですねぇ」
のあ「ずっといると視点が近くなってくるのよ、そこまでは近づかない方が良いから」
まゆ「わかるような……わからないような」
のあ「留美は誘ったら来てくれるわよ。ああ見えて、付き合いはいいから」
まゆ「そうですねぇ、計画してみようかな」
のあ「きっと喜ぶわ」
まゆ「留美さんは何が好きなんですかぁ?」
のあ「そうね……」
まゆ「何でもいいですよぉ」
のあ「それなら、ネコとか」
まゆ「ネコは……食べられませんよぉ」
84:
45
CGプロダクション・3階・レッスンルーム
CGプロダクション
前川みく達が所属する芸能プロダクション。自社ビルの他に女子寮と社員寮も完備された。アイドル達が住む寮の名前は綺羅星女子寮というらしい。
真奈美「よし、帰るとしよう」
マスタートレーナー「真奈美さん、お疲れ様」
マスタートレーナー
CGプロダクションに雇われた青木4姉妹の長女で、名前は麗。諸星きらりによると、れいちゃまと呼んでみたら叱られちゃったにぃ、とのこと。
真奈美「麗君か、お疲れ様」
マストレ「すっかり、出ずっぱりだな。どうだ、そろそろ社員になってみないか」
真奈美「しばらくはフリーランスだ。のあがへそを曲げてしまうからな」
マストレ「探偵の、か?」
真奈美「ああ。助手は増えたが、運転手は増えてないからな」
マストレ「残念だ。ダンスの方も叩き込んで戦力にしようと思っていたのだが」
真奈美「ははっ、勘弁してほしいよ」
卯月「あの……」
マストレ「どうした、島村?」
真奈美「島村君か、お疲れ様」
マストレ「島村、良くなったぞ。だが、休むのも時間を置くのも上達のコツだ」
真奈美「着替えは終わってるようだが、どうした?」
卯月「あの、真奈美さんって探偵さんの所に住んでるんですよね」
真奈美「そうだ。島村君は、会ったこともあるかな」
卯月「えっと、その……何でもありません!」
真奈美「何かある人はそう言うものだ。だが、無理には聞かないさ。何時でも相談してくれ、いいかな」
卯月「はいっ」
マストレ「島村、もしかして不審者を見ているか?」
卯月「え?そんなことないと思いますけど」
真奈美「不審者?」
マストレ「ああ。無言電話とかも来ていてな。事務所としてはアイドルには自衛を求めたい、いいか?」
真奈美「芸能事務所には避けられないこと、か」
卯月「わかりました」
真奈美「具体的にどうすればいいのかな?」
マストレ「一人では出かけないこと。特に夜は気をつけてくれ。そうだ、許可は取ってある。こんな時間だ、タクシーを利用してくれ」
卯月「タクシーですか……?」
マストレ「事務所持ちだが、何か事情でもあるのか」
卯月「いえ、ありません!それじゃ失礼しますっ。皆さん、よいお年を!」
85:
真奈美「帰り道に寄りたい所でもあるのかな」
マストレ「わからん。ま、目立った被害もないからな、用心を心がけるしかない」
真奈美「うちの探偵も今は暇をしてる。何だったら使ってくれ。前川君の秘蔵写真で受けてくれるだろう」
マストレ「それはそれで、事務所に入れるのは心配だ」
真奈美「確かに。私も失礼するよ、良いお年を」
86:
46
12月28日(月)
夕方
まゆ「……」
のあ「あら。帰ったのね、まゆ」
まゆ「のあさん……」
のあ「今日のお出かけは楽しかったかしら」
まゆ「あの、これは……」
のあ「これって何かしら」
まゆ「帰り際に通帳を記帳したら……」
のあ「したら?」
まゆ「見慣れないお金が振り込まれてて……凄い額で……」
のあ「そう。無駄遣いしないで必要な時に使ってちょうだい」
まゆ「お小遣と生活費は別で貰ってるのに……いらないです」
のあ「それなら、将来使えば良いわ。受験とか自動車の免許とか」
まゆ「……」
のあ「まゆ?」
まゆ「のあさん、ごめんなさい……じゃなくて」
のあ「そうね、謝られても困るわ」
まゆ「もう少し甘えさせてください。使い道は、また後で」
のあ「それでいいわ」
まゆ「のあさんは、最近は大きなお買い物はしたんですかぁ?」
のあ「島」
まゆ「え……?なんて言いましたか?」
のあ「小さな島を買ったわ」
まゆ「それは……移住したいとか、じゃないですよね?」
のあ「引っ越すつもりはないわ。投資目的よ、観光政策の見直しがあるみたいだから」
まゆ「島を買えちゃうなんて凄いですねぇ」
のあ「観光地も昔のようにはいかないもの。事業者に資金と一緒に貸すわ」
まゆ「お金稼ぎが目的じゃないんですねぇ」
のあ「短期間でないから、そう見えるだけよ」
まゆ「あの……」
のあ「何かしら、言ってみなさい」
まゆ「のあさんは、市長さんとかになりたいんですかぁ?」
87:
のあ「政治家?政治家は考えてないけれど」
まゆ「慈善事業にも熱心で……お父様も有名だったんですよね」
のあ「考えてみると、なれるかもしれないわね」
まゆ「将来は女市長、とか……?」
のあ「父もそんな未来を考えていたのかしらね。私も、少しだけ考えてみるわ」
88:
47
12月29日(火)
高峯探偵事務所
安斎都「むむむ……」
安斎都
希砂二島で起こった連続殺人事件を解決に導いた探偵。のあからは弟子と言うよりは友達のように思われているのではないでしょうか、とのこと。
真奈美「これまで、か」
まゆ「時間です……」
のあ「探偵さん、決断を」
都「心を決まりました。発表します」
のあ「……」
都「犯人はまゆちゃん、共犯者は真奈美さん、目撃者はのあさん、以上です!」
まゆ「えっ、そんなぁ……」
都「その反応は、まさか!」
まゆ「私は犯人じゃありません……」
真奈美「のあの見立ては」
のあ「まゆは目撃者、真奈美が犯人よ」
真奈美「正解だ。犯人は私だ」
まゆ「目撃者なのに……犯人にされちゃいましたぁ」
都「何と……!」
のあ「共犯者は私。探偵役の負けね」
都「つ、強い……何という強さ」
のあ「今はこんなボードゲームもあるのね」
まゆ「学校でも同好会があるみたいですよぉ」
都「私もこれは友人から借りました」
のあ「そんなに頭を使いたいのかしら、今の若者は」
真奈美「のあがそれを言うのか?」
都「職業にしている人は違いました。友達に勧められた時は誰も五分五分だったのですが」
まゆ「証拠開示カードという運の要素があるから……そうはならないのですけど」
真奈美「正体を隠す形式のゲームはのあの独壇場だな……見てみろ、この顔を」
のあ「……」
都「美しく整っていますね。シミひとつありません」
真奈美「どの役だろうが同じ表情で同じ口調だ」
まゆ「更に……頭も回りますから」
都「探偵役では完全正解、目撃者は探偵を正解に導き、共犯だったら目撃者を犯人に仕立て上げる、ですからね。完全勝利です」
まゆ「犯人になったら、どうするつもりだったんですかぁ?」
のあ「状況にあわせるけれど、そうね……私が犯人なら」
真奈美「のあが犯人か……」
のあ「探偵を混乱させて、共犯者を犯人だと思わせるわね」
都「味方を売るとは、極悪非道ですね!」
のあ「ありがとう、褒め言葉として受け取っておくわ」
真奈美「都君は、のあの腕前を見るために来たのかい?」
89:
都「いいえ。人と場所がいるので、暇つぶしに。真剣な遊びです!」
のあ「当然の事。都、このゲームの教訓は?」
都「推理というのは難しいものです!」
まゆ「それで、いいんでしょうか……?」
真奈美「いや、それでいい」
都「結局のところ、このゲームの肝は時間制限と情報制限です。不明確な時点で断定しないといけませんから。本体は仮定でしかないのに」
まゆ「……」
都「おや、何か間違えたでしょうか」
真奈美「のあみたいなことを言うんだな、と思っただけさ」
のあ「要するに推理を楽しむゲームだもの」
都「不確定な情報で混乱させてはいけませんからね」
のあ「情報と言えば、都、お願いしていたことだけれど」
都「申し訳ないですが、古澤頼子氏の新情報はありません。希砂島のことを思い出してみたのですが」
のあ「仕方がないわ。高垣楓にも話を聞こうかと思ったけれど」
真奈美「何かあったのか?」
のあ「年末年始は希砂本島にいるみたい」
まゆ「お休みは取らないんでしょうか……?」
のあ「1月末に冬休みを取るそうよ。こっちにも来るそうだから」
都「その時にお話は聞けそうですか」
のあ「1月25日に約束はしているわ。良いお酒と交換で」
真奈美「何かあると良いのだが」
都「難しいかもしれませんが、ゼロではありません」
のあ「そうね」
都「ということで、何事も可能性はゼロではありません。もう一度やりましょう!」
90:
48
12月30日(水)
清路警察署・少年課
夏美「ふむ……」
仙崎恵磨「あっ、夏美!」
仙崎恵磨
少年課所属の巡査。夏美のバディ。交番勤務時代から年下には好かれるタイプらしい。
夏美「お疲れ様。恵磨ちゃん、非番でしょ?」
恵磨「それはこっちのセリフ。夏美、どう見ても私服だし」
夏美「偶々通りかかった時に、気になったことを思い出して」
恵磨「どこが嘘?偶々通りかかる?気になったことを思い出した?」
夏美「恵磨ちゃん、信頼なさすぎるわ」
恵磨「でも、正解っしょ」
夏美「偶々通りかかるは本当。気になったことも本当」
恵磨「じゃあ、思い出すが嘘か。考え過ぎ」
夏美「恵磨ちゃんも考えてることくらいあるでしょう。警察官なんだし」
恵磨「否定はしないけどさ。切り替えないと仕事も上手く行かないんじゃない?」
夏美「切り替えないくらいに強くなれば」
恵磨「ムリ。夏美は超人じゃないから」
夏美「そっかー、残念残念。やりたいことが一杯あるのに」
恵磨「本当にわかってる?」
夏美「言いたいことはわかるわ」
恵磨「はぁ、手伝うからさっさと帰ろう。飲みにでも行く?」
夏美「恵磨ちゃんこそ、何しに来たの?」
恵磨「デスクに賞味期限間近のお菓子を忘れててさー」
夏美「それだけ?」
恵磨「騙せないか、手帳も忘れた。そっちが本命」
夏美「あら、私と同じ?」
恵磨「多分ね。大晦日は気になるっしょ」
夏美「少年課だもの。仕方ないわ」
恵磨「やばいなー、夏美化が進んでる」
夏美「一緒にいるとね、そこは諦めて」
恵磨「いや、抗う!警察官もワークライフバランス!」
夏美「ふーん」
恵磨「科捜研とか思い浮かべない!」
夏美「いや、刑事一課の方」
恵磨「同じ!むしろ悪い!」
夏美「あはは、わかったから。でも、丁度いいわ」
恵磨「何が?」
夏美「冬休みだから誰もいなし、ちょっと聞いて」
91:
49
清路警察署・少年課
夏美「こんなところ。課長あたり居たら絶対話さないけれど」
恵磨「とりあえず、話さないのは正解」
夏美「信じられない?」
恵磨「夏美が言うことは信じるけどさ、警察官としては厳しい」
夏美「私もそう思うわ。物証は特にないし、私の心象……というか勘だけね」
恵磨「最近事件があったとはいえ星輪学園の生徒でしょ?」
夏美「容姿端麗、成績優秀、文武両道、名家のお嬢様。渡した写真のイメージ通りよ」
恵磨「1年生の冬には弓道部主将就任。個人は3年間全部、団体は2年連続インターハイ出場か。すごっ」
夏美「進学先も弓道が強豪の有名私立大学」
恵磨「名前は水野翠。水に翠かぁ、名前と外見が一致してる」
夏美「どう思う?」
恵磨「夏美がオカシクなったとしか。写真見ても何というか清く正しい女学生の理想像みたいな感じだし」
夏美「同感ね、私がオカシイように思えるわ」
恵磨「弓道部の優等生と、弓矢と短刀を使う殺し屋と結びつけるのは無理筋」
夏美「ええ」
恵磨「でもさ、夏美が言うなら、何かあるんだよね」
夏美「態度や行動に違和感があるわ。知人から話をまた聞きした程度だけれど」
恵磨「うーん……」
夏美「まっ、相馬夏美の妄執ならそれで良しだから」
恵磨「もし本当なら、ウチの案件じゃない」
夏美「刑事一課案件ね、わかってる」
恵磨「アタシ達は少年課だから、やることは」
夏美「やっぱり防犯よね。犯罪を起こさせない、巻き込ませない」
恵磨「話、聞きに行っておこうか」
夏美「ええ、そうしましょう。年明けね」
恵磨「オッケー、夏美の話は終わり?」
夏美「恵磨ちゃんに話せておいて良かったわ。帰って休むわ」
恵磨「いや、飲みに行こう」
夏美「こんな昼間からはNG。食事間隔が狭すぎ」
恵磨「えー。まさか、また太った?確かに胸回りがボリューミーになったか」
夏美「残念、それは気のせい。お茶ぐらいならご一緒するわ」
92:
50
12月31日(木)
夕方
某雑居ビル3階・空きテナント
凛「おーねがい……しーんでれら……ゆめはゆめでおーわれない……」
頼子「お邪魔でしたか」
凛「急に出てこないでよ」
頼子「申し訳ありません。歌いながら現れれば良かったのですね」
凛「そう言う意味じゃない」
頼子「いかがですか」
凛「今日はお寿司みたいだよ。大晦日だからかな」
頼子「そうですか」
凛「でも、現れてはいない」
頼子「そうですか」
凛「三が日で現れないようなら考えた方がいいかも」
頼子「……そうですか」
凛「聞いてる?」
頼子「聞いています。多くの時間をこちらにいるのですか」
凛「うん。帰る必要もないし」
頼子「そうですか」
凛「不自由はないよ。今の寝床が悪いわけじゃない」
頼子「お正月ですよ。何かしないのですか」
凛「別に。前から、季節行事は好きじゃない」
頼子「そうですか」
凛「頼子は何かするの?」
頼子「私が神頼みをするのですか」
凛「しないね、頼子は」
頼子「人混みは悪くありません。今年は初詣をしましょう」
凛「……するんだ」
頼子「ここはお任せします。何時までかは別途指示します」
凛「わかった」
頼子「お聞きします」
凛「なに?」
頼子「私に似合う色は何でしょうか。服装の」
凛「は?まぁ、青とか紫じゃない」
頼子「そうですか」
凛「別に好きな色を着ればいいでしょ」
頼子「そうですね」
凛「何で、そんなこと聞くわけ?」
頼子「歌の練習でもしてみましょうか。失礼します」
凛「……意味わかんない」
93:
51
1月1日(金)・正月

高峯探偵事務所
のあ「着替えて来たわ。初詣に行きましょう」
まゆ「はぁい。まゆも準備できましたよぉ」
のあ「真奈美は?」
まゆ「優さんに呼ばれて、お手伝いに。そろそろ戻ってくると思いますよぉ」
真奈美「ただいま。美容室も着付けで盛況だ」
のあ「おかえり。真奈美は着付けもできたのね」
真奈美「人並みさ」
まゆ「つまり、着付けもできるんですねぇ」
真奈美「ちょうど良いタイミングで戻ってきたな。約束通り初詣に行くとしよう」
まゆ「はい、鷹富士神社でいいんですよね?」
のあ「ええ。どこでもいいわ」
真奈美「のあ、優君が和装をしないのか聞いていたぞ。青いサイバネティック感のある着物を持っているそうじゃないか」
のあ「持っているけれど、優は何で知っているのかしら」
まゆ「まぁ……のあさん、来ましょう」
のあ「気分じゃないわ」
まゆ「そうですか……」
のあ「別の機会にね。まゆのお着物も準備するから」
まゆ「それなら……楽しみにしてます」
真奈美「それがいい。私も佐久間君の和装姿は楽しみだ」
のあ「真奈美も用意しておきなさい。持っていたわよね?」
真奈美「前に来たのはアルバイト用のレンタルだ。2人が着るなら私も用立てよう」
のあ「そうしてちょうだい。さて、行くとしましょうか」
94:
52
鷹富士神社・境内
鷹富士神社
この土地に古くからある神社。お祝い事には最適とのウワサがここ最近広まっているらしい。
のあ「……」
まゆ「以前とは……雰囲気が違いますねぇ」
真奈美「盛況だな。特に若い参拝客が多いぞ」
まゆ「もっと落ち着いていたような、地元の人が多くて」
のあ「ローカルな場所だったはずだけれど」
真奈美「地元の人には見えないな」
まゆ「露店も多いですねぇ、ちょっとオシャレです」
のあ「いわゆる的屋的じゃないわね」
真奈美「古き良き風情はないが、良いんじゃないか。盛況のようだからな」
のあ「参拝に並ぶとしましょうか」
鷹富士茄子「あら?こんにちは?」
鷹富士茄子
たかふじかこ。本名。鷹富士神社の一人娘。巫女服でお目出度い雰囲気マシマシ、らしい。
のあ「お久しぶり、鷹富士茄子」
まゆ「明けましておめでとうございます」
茄子「はい、おめでとうございます?。ご参拝ですか?」
のあ「ええ。随分と盛況ね」
茄子「そうなんですよー、事件があったから心配していたんですが」
まゆ「ですが……?」
真奈美「何かあったのか?」
のあ「事件は5月だったわね、半年で何があったの?」
茄子「最初はお引越しとか閉店が多かったんですよ、でも8月くらいから状況が変わりまして」
まゆ「良くなったんですかぁ?」
茄子「はい、若い人が増えたんですよ。新しいお店とかアパートが足ったり」
のあ「この神社の参拝客も増えたのかしら」
茄子「何もしてないんですけど、ネットで評判が良いんですよ。お正月以外でも参拝客が増えました」
まゆ「雰囲気はいいですもんねぇ」
95:
茄子「地域に活気が出ると、こちらも嬉しいです。がんばって、幸運をもたらしますよ?」
真奈美「冗談ではなさそうだな、本気かな」
茄子「良いことばかりですけど、ひとつだけ気になったことがあるんです」
のあ「聞いておくわ」
茄子「泥棒が入ったんです」
まゆ「神社に、ですか?」
茄子「いえ。心さんのお店です」
真奈美「爆発事件の犯人が営んでいたところか?」
のあ「そうよ。そのまま残ってるの?」
茄子「縁戚に権利があるそうなのですが、神社で管理しています」
のあ「買い手は付かなそうね」
茄子「はい、色々とそのままなのですが。この前掃除に行ったら」
まゆ「泥棒に入られていた?」
茄子「はい。棚を開けた形跡があったりしたんです」
のあ「盗まれた物は」
茄子「わかりません」
真奈美「わからないか」
茄子「何があるかは把握していなくて。服とか布だと思ってます。被害届は一応出しました」
まゆ「どこから入ったのでしょう?」
茄子「多分ですけど、玄関からです」
真奈美「ピッキングか?」
のあ「合鍵があるのかしら」
茄子「おそらく、入るのに困った様子はないんです。鍵も全部しまってました」
真奈美「不思議な話だな」
のあ「人の被害がなくて良かったわ」
茄子「そう思うことにします。ご参拝のお邪魔をしてしまいました」
のあ「構わないわ」
茄子「今年は御神籤も御守も種類を増やしました、ぜひ?」
のあ「あなた、意外と商魂あるのね」
96:
53
1月2日(土)

高峯探偵事務所
まゆ「お茶が入りましたよぉ……どうぞ、志希さん」
一ノ瀬志希「ありがと、気が利くねー。ままゆんは最高だよー」
一ノ瀬志希
清路警察署科捜研所属。音葉と引き続き同居しているとのこと。音葉も志希も家事は苦手らしい。
まゆ「ままゆん……?」
のあ「まゆ、私にもくれるかしら」
まゆ「もちろんですよぉ。はい、のあさん」
のあ「ありがとう」
まゆ「真奈美さんもどうぞ」
真奈美「すまないな」
志希「いやー、緑茶を飲みながら大学対抗の駅伝を見る、これぞニッポンノショウガツ!」
のあ「不思議な発音ね、ちゃんと聞き取れるわ」
志希「音葉ちゃんが作った人工方言なんだ?」
のあ「音葉もまた変なことをしてるわね」
志希「人工方言の次は、人類未踏発音に挑戦してるよ?」
真奈美「何に使うんだ?」
志希「人類で話している人間はほとんどいないから、特定できるんだって」
まゆ「音葉さんと志希さん、を?」
のあ「あなた達は特定する側でしょう。特定される側でなく」
志希「にゃはは、何かやっちゃうかもしれないしー」
真奈美「そうならないように努めて欲しい」
志希「わかってるー、おっ、来たね来たよ、順位が入れ替わるよー」
まゆ「志希さん、駅伝が好きなんですかぁ?」
志希「キライじゃないかなー。だって、あっちのカレッジスポーツがさー」
真奈美「志希君は向こうの母校を応援していたのか?」
志希「ううん。アレなんだよ、アレ」
まゆ「アレ?」
志希「アレは戦争なんだよ、地域間の代理戦争」
のあ「戦争とは物騒ね」
志希「試合もそうだけど、それ以外もさー。あんなに相手を殺すつもりな血走ったマーチングバンドは日本じゃ見られないよー」
まゆ「血走ったマーチングバンド……」
真奈美「確かに、あの情熱は凄いな」
志希「路上で母校の旗を立てたり、大根持って踊ってるくらいがいいよ?」
のあ「そうなのかしら」
志希「のあにゃんは興味なさそうだねー。こんなこと言うけど、ままゆん、母校に愛があるのは悪くないよ?」
まゆ「そうなんですか……?」
97:
志希「そうだよ?、のあにゃんから学費をねだって夢のキャンパスライフ!そうだ、海外にしよう!紹介する!何なら志希ちゃんが付いてくよ、のあにゃんが心配するからね?」
まゆ「あはは……」
真奈美「もはや誘拐か失踪だな」
のあ「まゆを困らせないでちょうだい」
志希「ざんねーん」
のあ「志希、音葉はどうしたの?」
志希「音葉ちゃん?今は寝てるよー。そろそろ起きるんじゃない?」
のあ「志希の方が早起きなのは想像と違うわ」
まゆ「夜に何かしていた……とか?」
志希「海外のニューイヤーコンサート放送をハシゴしてた。今日もクラシックコンサート行くってさー」
のあ「楽しんでるわね」
まゆ「志希さんは一緒に見ないんですかぁ?」
志希「ちょっと一緒に見てたけどー、飽きちゃった」
のあ「でしょうね」
志希「良い時代になったものです……って、時々呟いてた」
真奈美「時代は全世界配信か」
のあ「愛好家はどこにでもいるものね。音葉を起こしたくなくて、ここに来たのかしら」
志希「うーん?志希ちゃんはヒマだから来ただけ?」
まゆ「気まぐれでいいですねぇ、憧れます」
のあ「憧れなくて良いわ。無計画なだけよ」
志希「にゃはは、お客扱いしなくていいからちょっと居させてよー」
のあ「居ることに問題ないわ。好きなだけくつろいでいなさい」
志希「それじゃあ、駅伝が終わるまで。音葉ちゃんにお昼を買って帰らないと?」
のあ「あら、殊勝ね」
志希「音葉ちゃんも保護者が必要だからね、志希ちゃんがお世話しないと」
真奈美「音葉君が甘やかしていると思っていたが」
まゆ「違うんですねぇ。音葉さんも少し世間ずれしたところがありますから」
のあ「そうだから、志希が家出しないのでしょう。実に奇跡的よ」
志希「ブッチちゃんを思い出すよ?」
まゆ「なるほど……わかります」
真奈美「私も気持ちがわかる」
のあ「それ、どういう意味かしら?」
98:
54
1月3日(日)

高峯探偵事務所
まゆ「ふぅ……お家に到着しましたねぇ」
のあ「お疲れ様」
真奈美「奈良から日帰りは余裕がなかったな。私はともかく2人はゆっくりしていれば良かったのに」
まゆ「ううん、大丈夫ですよぉ」
のあ「決めたのは私だもの。叔母の家に長居をするわけにもいかないし」
まゆ「お忙しそうでしたねぇ、お正月じゃない方が良かったかな……?」
のあ「むしろ、ご挨拶する準備があるから指定されたわ」
真奈美「紛れもない名家だったな」
まゆ「CMに出てきそうなお寺かと思いました……」
のあ「義父は代議士、夫は会社会長だもの。当然よ」
真奈美「流石の私でも最初は緊張した」
まゆ「まゆもです……でも」
のあ「緊張する必要なんてないのに。あそこまで成功している人物が邪険に扱うことなんてないわ」
真奈美「いや、のあの叔母を見た時にな……」
まゆ「はい……」
のあ「叔母がどうかしたかしら。前に話した通りの人物だったでしょう?」
真奈美「佐久間君、似てたよな」
まゆ「のあさんにそっくりでしたぁ」
真奈美「のあが言っていたがな、本当だとは」
まゆ「のあさんが叔母様の娘に勘違いされた話は、きっと本当ですねぇ」
真奈美「年齢も感じさせない色白の美人だったな」
まゆ「でも、表情が穏やかで性格が優しくて関西弁で話して……」
真奈美「そうだな、表情筋豊かな高峯のあだった」
まゆ「真奈美さん、それです」
のあ「好き勝手言ってくれるわね。叔母も褒められるのはキライではないでしょう、伝えておくわ」
真奈美「のあの恩人だ。会わせてくれてありがとう」
まゆ「まゆも……同じです」
のあ「もっと早めに紹介できれば良かったわね」
まゆ「そんなことありませんよぉ……叔母様からお許しももらいましたから」
真奈美「堂々と高峯探偵事務所の助手を名乗れるな」
のあ「前から堂々と名乗ればいいでしょうに」
まゆ「うふふ……そうします」
99:
のあ「それに」
真奈美「それに?」
のあ「叔母よりも父の母、祖母は更に似てるわよ。隔世遺伝かしら」
真奈美「のあに似てる人物がこの世にいる時点で驚きだが」
まゆ「もう一人いらっしゃるのですか……」
のあ「鬼籍に入っているから写真でしか見たことはないけれど。曾祖母も似ていたという話は聞いているわ」
真奈美「のあの外見をつかさどる遺伝子は強すぎないか……?」
まゆ「ひとりじゃない……奈良県は凄い土地ですぅ」
100:
55
1月4日(月)
夕方
高峯探偵事務所
まゆ「そろそろ、お夕飯の準備しないと……」
のあ「降りて来たのね、まゆ」
雪乃「まゆさん、お邪魔しておりますわ」
まゆ「雪乃さん、お帰りなさい」
のあ「宿題は終わったかしら」
まゆ「終わってますよぉ。蓮実ちゃんとお話してたんです」
のあ「そう」
まゆ「雪乃さんは、今日戻られたのですかぁ?」
雪乃「はい。久々にゆっくりと家族と過ごすことが出来ましたわ」
のあ「お店は」
雪乃「明日から営業を再開しますわ。私がいなくても、大丈夫そうですわね」
まゆ「そんなことないですよぉ、菜々さん達寂しがってました」
雪乃「のあさん達にもお手伝い頂いたと聞いておりますわ。菜々さんも張り切り過ぎはよくありませんから、言いつけておきます」
のあ「構わない。可能であるなら、ここでの営業を続けてちょうだい」
雪乃「もちろんですわ。お礼と言うほどではありませんが、お土産をお持ちしました」
のあ「気は使わなくていいのに」
雪乃「そう言わずに受け取ってくださいな、お菓子とお魚の干物ですわ」
のあ「ありがとう。まゆ、見てくれるかしら」
まゆ「はぁい……お菓子は食後にでも、お魚は秋田だからハタハタですかぁ?」
雪乃「定番ですけれど、お召し上がりになってくださいな」
まゆ「ありがとうございます。のあさん、今日出しても良いですか?」
のあ「もちろん。お願いするわ」
まゆ「わかりましたぁ」
101:
のあ「雪乃が帰って来たということは、臨時バイトもお別れかしら」
雪乃「いえ、これからも時々お手伝いいただこうと思ってますわ」
のあ「そう」
雪乃「場所を作ってあげることは、どんな人にでも出来るわけではありませんの」
のあ「……」
雪乃「私が出来るのであれば、そうしてあげたいと思いますわ」
のあ「私もそれが良いと思うわ。菜々にも志保にも、St.Vは必要よ」
雪乃「お客様にも」
のあ「それに、ビルのオーナーにも必要だわ」
雪乃「がんばってくれた従業員にご褒美が必要だと思いまして。今日、ディナーにご招待してますの」
のあ「ディナー代以上にがんばってくれたものね」
雪乃「久しぶりにお会いするのも楽しみですわ。のあさん、ここで失礼しますわ」
のあ「ええ」
雪乃「ディナーを喜んでいただけるといいのですけれど。私の趣味で選んでしまいましたから」
まゆ「それは、心配ないと思いますよぉ」
のあ「雪乃にディナーに誘われたって、こっちに喜びの報告が来たくらいだもの」
102:
56

良楠公園
卯月「凛ちゃん、こんばんは」
凛「卯月」
卯月「待ちましたか?」
凛「ううん、待ってない」
卯月「凛ちゃん、明けましておめでとうございます」
凛「……えっと」
卯月「あれ……喪中とかですか?」
凛「そういうことになるのかな」
卯月「すみません。それなら、今年もよろしくお願いしますっ」
凛「……よろしく」
卯月「お正月は何をしていたんですか?」
凛「特に何も」
卯月「えへへ、私もほとんど家から出ていなくて。一緒ですね」
凛「卯月、ちゃんと休めたんだね。元気な顔してる」
卯月「はいっ。食べ過ぎちゃわないようにするのが大変でしたっ」
凛「今日からレッスンだったの?」
卯月「そうなんです。でも、凛ちゃん、聞いてください!」
凛「どうしたの?」
卯月「休む前より上手になってました!」
凛「疲れが取れたから?」
卯月「トレーナーさんは休んで頭を整理したのが良いって言ってました」
凛「勉強とかも寝ると定着するって、言うのと同じかな」
卯月「そうかもしれません。私、レッスン大好きだからがんばり過ぎちゃうのかも」
凛「夢中になれることがあっていいね、卯月は」
卯月「今年も、アイドルがんばりますっ」
凛「うん」
卯月「凛ちゃんは今年の目標はありますか?」
凛「あんまり考えてない。卯月は?」
103:
卯月「私はまずはライブを成功させます!それと」
凛「それと?」
卯月「考えてみたいんです」
凛「何を考えるの」
卯月「私が、どうしたいのか」
凛「……」
卯月「うわわ、凛ちゃんが深刻そうな顔しなくていいですよ!私、目標とか立てるの苦手だから今年はがんばってみよう、って。やりたいこと、私からも提案していきたいんです」
凛「……そう」
卯月「そうだっ。凛ちゃんにも聞いてみましょう!」
凛「何か、聞きたいことでもあるの?」
卯月「どんなアイドルが好きですか?」
凛「私、知らないから。答えられない」
卯月「何でも良いんです」
凛「それなら……」
卯月「それなら?」
凛「……やっぱりナシ」
卯月「えー、そうですか……」
凛「それは、卯月がどうなりたいかのヒントに使うんだよね」
卯月「はい。アイドルの研究も大切ですから」
凛「考え過ぎない方がいい、多分……きっと」
卯月「うーん、そうなんでしょうか……」
凛「悩み過ぎたら相談した方がいいよ」
卯月「凛ちゃんに、ですか?」
凛「私じゃない。事務所の人とか」
卯月「凛ちゃん、やっぱり見に来て欲しいです」
凛「……」
104:
卯月「まだ、分からないことが多くて」
凛「どうして……」
卯月「でも、夢のような時間は限られているから」
凛「……」
卯月「今、見に来て欲しいんです。凛ちゃんと会えた、アイドルの島村卯月を」
凛「……」
卯月「もし、事情があるんだったら……その、話してもらえませんか」
凛「私の事情は、卯月には話せない」
卯月「……わかりました」
凛「だけど、行くのは考えておく。それくらいなら……私にも許されそうだから」
卯月「え、本当ですかっ!」
凛「決まったわけじゃないから……期待しないで」
卯月「はいっ、凛ちゃん!」
105:
57
1月5日(火)
某雑居ビル3階・空きテナント
凛「は?」
頼子「ネイルです。お好きなのであれば、ご教授頂こうと」
凛「教えられるほどできないから。会員制ネイルサロンくらいあるでしょ」
頼子「確かにそうですね」
凛「頼子、最近おかしい気がする」
頼子「正しいを押し付けるのですか、どんな人間にその権利があるのでしょう」
凛「わかった。この話はやめる」
頼子「本題ですが、あなたの提案を受け入れます」
凛「受け入れる……張り込みのこと?」
頼子「読み違えました。これ以上は待つ価値もありません」
凛「ふーん……頼子が言うならいいけど」
頼子「こちらを。しばらくは暮らせるかと」
凛「お金は十分……次は」
頼子「考えていません。指示を待ってください」
凛「わかった」
頼子「寝床はお使いください。余りにも退屈であれば、張り込みを続けていても構いません」
凛「そういうことなら……そうする」
頼子「辛くはありませんか?」
凛「急になに……別に平気だよ」
頼子「死んだ者、存在が不明瞭な者として行動するのは簡単ではありません」
凛「わかってる、春からずっとそうだったんだから」
頼子「私も学芸員として勤めている頃は無用な警戒をせずに済みました」
凛「頼子も楽だと思うことがあるんだ」
頼子「私とて、肉体に精神が宿る人ですから」
凛「学芸員としても怪しまれてはいなかった。どうして、こっちに戻ったの?」
頼子「さて、どうしてでしょう?」
凛「どうして、って……」
頼子「必要だったから、ですよ」
凛「答えてくれなそうだけど、聞くよ。何のために?」
頼子「渋谷凛さんのご想像通り、お答えはしません」
凛「あっそ」
頼子「くれぐれもご注意ください。安寧の暗闇から引きずり出されてしまいますよ」
凛「わかってる」
頼子「しばらくは会うこともないでしょうから、良い機会です」
凛「隠れるの?」
頼子「ええ。ひとつだけ、言っておきます」
凛「仰々しく、何?」
頼子「私という存在は長くは持ちません」
106:
凛「……」
頼子「早いなら今月にも状況は変わるでしょう。その際に、あなたはどうしますか」
凛「つまり、頼子の立場に成り代わるかどうか?」
頼子「化粧師にも言ったことがありますが、私に取って代わった所で何も見えませんよ」
凛「独立して動けるようになっておかないと、か」
頼子「選択肢は幾らでもありますよ。私にはあなたにそれを用意することはありません」
凛「言いたいことはわかった。どうするか、考えるから」
頼子「私からは以上です」
凛「資金繰りとかは教えてくれないでしょ」
頼子「教えるものではありません。受け継ぐものもありません。精神も物体も金銭も全て」
凛「そういうと思った。私も何もない」
頼子「それでは失礼します。さようなら、渋谷凛さん」
107:
58
1月6日(水)
早朝
高峯探偵事務所
まゆ「いってきます」
のあ「いってらっしゃい」
真奈美「気をつけて行くんだぞ」
のあ「3学期の始業式。東郷邸の事件から1年、早いものね」
真奈美「色々あったが、これで良かったんじゃないか」
のあ「そう信じることにしているわ。真奈美、今日の予定は」
真奈美「CGプロに行ってくる。ここまで関わった以上、徹底的に関われとのご用命だ」
のあ「そう、がんばってきなさい。彼女達にとっては少ない機会なのだから」
真奈美「ああ。だが、完全な裏方の仕事は慣れないな。バックコーラスとして舞台に立っている方が楽だ」
のあ「人を動かせるようになって損はないわ」
真奈美「難しいな。のあのような投資家にはなれそうもない」
のあ「私も元手が大きいから出来るだけよ。真奈美が望むのなら幾らか任せるけれど」
真奈美「勘弁してくれ」
のあ「そう。真奈美がいないなら、タクシーでも使おうかしら」
真奈美「のあも今日は予定があるのか?」
のあ「ちょっと出かけてくるわ。夕食までには戻るから」
真奈美「了解だ」
のあ「新年の道場開きも行ってくるわ。準備に越したことはないでしょうし」
108:
59
1月7日(木)
夕方
星輪学園前
夏美「出てこないわね」
恵磨「今日は練習が終わった後に自主練らしいから、そろそろだと思うよ」
夏美「情報通ね。それまでは」
恵磨「図書室で勉強してるって。大学はもう決まってるけど」
夏美「本当に優等生ね……」
恵磨「あっ、来た来た」
夏美「少し行った所で声をかけましょう」
恵磨「了解、と言いたいところだけれど。こっち見た」
夏美「気づかれた?」
恵磨「気づかれて問題あるっけ?」
夏美「ないわね。恵磨ちゃん、行きましょう」
109:
恵磨「ごめん、ちょっといいかな」
翠「どうかされましたか」
夏美「清路警察署少年課の相馬です」
恵磨「同じく仙崎です」
翠「……少年課」
夏美「お話を聞かせて欲しくて」
恵磨「時間ある?」
翠「少しでしたら」
恵磨「ありがと。それじゃ……」
翠「お話は。私自身のことですか。それとも違いますか」
恵磨「……」
翠「空腹ですので早く帰ろうかと。違うなら他の人を当たってください」
夏美「聞きたいことは、あなた自身のことよ」
翠「わかりました。何でしょうか」
夏美「最近物騒な事件が多いでしょう。怪しい人とか見なかったかしら」
翠「そのようなことには巻き込まれていません。幸運なことに」
夏美「それは良かったわ」
翠「気づいていないだけかもしれません、人から天然だと言われるのですが。そんなことはないと思います」
恵磨「……」
夏美「巻き込まれないことも大事だけど、加害者にならない事が何よりも大切よ」
翠「承知しています。自転車の運転は気をつけています」
夏美「夜道は気をつけてちょうだい。不安なことがあれば、ここに連絡して」
翠「お受け取りします」
夏美「恵磨ちゃんも名刺あげておいて」
恵磨「はい、何時でもどんなことでも連絡していいからさ」
翠「ありがとうございます。お話は以上ですか」
夏美「ええ、夕食前なのに止めて悪かったわね」
翠「本当に終わりですか?別に構いませんが」
夏美「何をかしら」
翠「私の何を疑っているのか、聞いても構いませんと」
110:
恵磨「……」
夏美「別に何も疑ってないわ。私はただ、見ていることを伝えに来ただけ」
翠「なるほど、そういうことですか」
夏美「ええ」
翠「警察は信頼しています。平和のため、よろしくお願いします」
夏美「期待に応えられるようにするわ」
翠「それでは失礼いたします。何かありましたら、ご連絡します」
夏美「そうして」
恵磨「気をつけてね!」
夏美「……」
恵磨「達成して欲しくない目的は達成したかな」
夏美「唾はつけられた。必要ないがベストだったけどね」
恵磨「うーん、修行不足だ。和久井班あたりで研修したい」
夏美「あら、いいんじゃない。本気なら話しておくけど」
恵磨「あっ、異動したいわけじゃないから。ここが向いてる気がするし!」
夏美「それは同感。ずっと尾行しているわけにもいかないわね、どうしようかしら」
恵磨「こっちの仕事もあるし、時間が足らない」
夏美「そっか。私達の時間が足らないだけじゃない」
恵磨「夏美、名案でも思いついた?」
夏美「他人の時間を使えばいいのよ」
111:
60
1月8日(金)

CGプロダクション・3階・レッスンルーム
服部瞳子「卯月ちゃん、お疲れ様」
服部瞳子
CGプロ所属のアイドル。のあとは依頼を通して知り合った。最年長だけれど、それを理由に怯えていてもしかたないもの、とのこと。
卯月「瞳子さん、お疲れ様ですっ!」
瞳子「今日もがんばってたわね。飲み物、良かったらどうぞ」
卯月「わぁ、ありがとうございますっ!」
瞳子「あと2週間ね」
卯月「もうすぐ、ですね」
瞳子「今の気持ちはどうかしら?」
卯月「楽しみですっ!」
瞳子「ふふっ。私だったら、緊張し過ぎて怖くなってるかもしれない」
卯月「緊張とか不安とかもあると思うんです、でも楽しみで……どうなんでしょう、おかしいのかな?」
瞳子「いいえ。卯月ちゃんが積み重ねてきたことが、きっとそうさせてるの」
卯月「積み重ね……」
瞳子「私が入る前から、ずっとここで練習してきた成果。きっと大丈夫」
卯月「瞳子さんがそう言うなら、信じてみますっ」
瞳子「信じてくれて、ありがとう」
卯月「あっ、そうだ。もっと時間があれば、色々新しいことも出来るのにって思います」
瞳子「失敗しないようにじゃないのね」
卯月「本当ですね、でも失敗しそうとか思わないんです。やっぱり、レッスンの成果でしょうか?」
瞳子「きっとそうよ。新しいことは、トレーナーさんとかと相談しながらやってみましょう」
卯月「わかりましたっ!あの、瞳子さん」
瞳子「なに?」
卯月「最後にストレッチをしたいんです、手伝ってもらえませんか?」
112:
61
1月9日(土)

高峯探偵事務所
大石泉「こんにちは」
大石泉
のあに協力しているプログラミングが得意な中学生。弟の病気治療は順調とのこと。
まゆ「泉ちゃん、こんにちは。何かごようですかぁ?」
のあ「私が呼んだの。真奈美がいないから迎えも出せないのに、早急に来てくれてありがたいわ」
泉「さくらとの約束は遅らせたから、約束の物をもらえるなら大丈夫」
のあ「準備してるわ。泉、コーヒーと紅茶のどちらがいいかしら」
泉「それなら、コーヒーがいいな」
のあ「わかったわ。まゆ、下からコーヒーとお願いしたものを取って来てちょうだい」
まゆ「わかりましたぁ」
のあ「座ってちょうだい」
泉「それで、話を一緒に聞くんだよね」
のあ「ええ。相馬夏美という警察官が時期に来るから、聞いてちょうだい。今日は非番らしいわ」
泉「何の話なんだろう?少年課の人だよね」
のあ「あなたが都心迷宮で目撃した人物のことよ、おそらく」
113:
62
高峯探偵事務所
夏美「こんな所だけど、話は理解できた?」
のあ「言っていることはわかったわ」
まゆ「水野先輩が、うーん……」
夏美「まゆちゃんはどう思う?」
まゆ「そんなことないと思います……でも」
夏美「でも?」
まゆ「この前に会った時、様子がおかしいような気がして……」
夏美「生徒の一言目は、そんなはずありません、ね」
のあ「二言目は」
夏美「ちょっと不安なこともある、かしら」
泉「その人の写真、ある?」
夏美「有名人だからネットで調べれば出てくるわ。のあさん、調べてみて」
のあ「水野翠、星輪学園……彼女ね。私も学校見学会で見たわ」
泉「のあさん、見せて」
のあ「どうぞ。あなたが見た、サンタクロースを殺した人物かしら」
泉「……間違いないと思うよ。名前も古澤頼子が言ってたのと同じな気がする」
夏美「はぁ……参るわ」
泉「目撃証言だけで、捕まえられるかな」
夏美「普通なら、ね」
泉「普通じゃない、ってこと?」
夏美「ええ。残念だけど、彼女に繋がるものは何も出ていない」
のあ「イヴ・サンタクロースの遺体にも痕跡はなし。久美子に確認したわ」
まゆ「それと、もう1つ確認していて……」
のあ「彼女、アリバイがあるわ。あなたが目撃した時間に」
泉「そっちは偽装だよね。何か裏がある」
のあ「そういうことになるわ」
夏美「あなたの言うことは信じるわ、だけどね」
114:
のあ「過去に協力者だったあなたが、証拠もなく、偽装したアリバイのある中で、閉鎖された場所で見たことを証言しても効果がない」
夏美「犯行を否定したら、釈放するしかない」
泉「正義のヒーローじゃないし、そう簡単にはいかないか」
まゆ「あの……」
のあ「まゆ、意見があるなら言ってちょうだい」
まゆ「泉ちゃんは、安全なんですか……?」
泉「よく分からないけど、私が情報を漏らす分には良いから安全、だった」
のあ「身動きを封じるとなると、思惑が働く。水野翠ではなく古澤頼子の方に」
泉「目撃証言が全てになってるから、悪い結末が安全策になるかも、ってこと?」
のあ「残念ながら」
夏美「身の安全が第一。もう数手ないと相手を詰ませられない」
のあ「そういうこと。まゆ、それでいいかしら?」
まゆ「わかりました……泉ちゃん、気をつけてくださいね」
泉「わかった」
のあ「ひとまず、留美とヘレンには伝えておくわ」
夏美「私の情報はのあさんにも教えるから」
のあ「こちらから夏美にも情報共有を」
夏美「ありがと、お願いね」
115:
のあ「泉が見た人物を確認させて」
泉「古澤頼子、水野翠、サンタクロースと、お世話係」
夏美「お世話係はわかってるの?」
泉「わかってない。派手なOLみたいな感じだったけど、名前も何もわかんない」
まゆ「誰かがわかれば……」
のあ「泉が特定できそうね。候補者すらいないけれど」
夏美「上手くやってるわけ、ね」
のあ「これで古澤頼子の足掛かりにはなるわ。水野翠と瀬名詩織をマークしましょう」
夏美「瀬名詩織?交通機動隊の瀬名さん?」
のあ「留美からは他言無用と言われているけれど、夏美ならいいでしょう」
夏美「瀬名さんが何のために?」
のあ「理由は私にはわからない」
泉「マークって、具体的には何をするの?」
のあ「瀬名詩織は留美と警察に任せるわ。水野翠は、張り込みをしましょうか」
夏美「それを相談しに来たんだった。のあさん、大丈夫そう?」
のあ「四六時中は難しいわ。真奈美も仕事が忙しいから」
夏美「少し手を借りるだけでも、ありがたいわ」
のあ「いいえ、心配は無用。私がやらないといけないわけではない」
まゆ「どういうことでしょう……?」
泉「私も協力しようか?」
のあ「人手も問題ないでしょう。サンタクロースを殺害した犯人なら、彼女が協力しない訳がないから」
116:
63

良楠公園
凛「卯月、今日は仕事だっけ」
凛「……」
凛「久しぶりのオフだからランチ……もう何もないから平気だよね」
凛「明日は……返事しよう、チケットのこと」
117:
64
1月10日(日)
早朝
高峯探偵事務所
のあ「おはよう……見覚えがあるわね、この光景も」
ヘレン「ハイサイ、ディテクティブ」
ヘレン
イヴを追っていた国際捜査官。追っている事件は複数あるらしい。自ら持参したさんぴん茶を自室にいるかのような態度で飲んでいる。
のあ「ヘレン、来てくれたのね」
ヘレン「離島にいたから朝一になってしまったわ」
のあ「沖縄はどうだったかしら」
ヘレン「収穫はなし。シオリ・セナに接触したのは警察官になった以降でしょう」
のあ「まゆと真奈美はどこにいるのかしら」
ヘレン「私の頼んだモーニングをSt.Vで食べてもらってるわ」
のあ「何故、ヘレンが食べなかったのかしら」
ヘレン「雪乃のサプライズには驚いたわ。まさかトナカイを手の内に引き入れるとは」
のあ「驚かれてそうね、向こうに」
ヘレン「何もする気はないわ。その証明のために、モーニングは切り上げた。ディテクティブのワトソン達にはお礼として高い紅茶も付けたわ」
のあ「ありがとう、それで問題ないわ。このお茶を頂いていいかしら」
ヘレン「イエス。タイムイズマネー、本題よ」
のあ「水野翠の件について」
ヘレン「泉の証言、受け取ったわ。監視する人を昨夜から配置した」
のあ「早いわね、さすが」
ヘレン「ディテクティブ救出作戦を共にした泉を疑うなど時間のムダでしょう?」
のあ「そう言ってくれると嬉しいわ」
ヘレン「次は止めましょう。古澤頼子の被害者となる前に」
のあ「ええ、同意するわ」
ヘレン「ディテクティブ、ひとつ情報を」
のあ「何かしら?」
ヘレン「クエスチョン、ヘレンが沖縄に行った理由は?」
のあ「瀬名詩織の身辺周りを調査するため」
ヘレン「イエス。ちなみに今日は瀬名詩織の誕生日よ。しかし、動機ではない」
のあ「動機?調査のイロハではないということかしら」
ヘレン「古澤頼子は異常な長期計画をしているわ、その意味は?」
のあ「自分を追わせないため」
118:
ヘレン「グッド。隠れた協力者には、布石は打っておきながら利用しない捨て石すらいるはず」
のあ「異常な執念ね」
ヘレン「そこまでの異常な準備をしながら、それを公開しつつある。なぜ?」
のあ「私はわかりたくないわ」
ヘレン「先に分からなければ、思い知らされる日が来るだけ」
のあ「……困ったわね」
ヘレン「仮説は幾つあってもノープロブレム。ディテクティブ、仮説を1つ増やしなさい」
のあ「今かしら」
ヘレン「オフコース。30秒あげるわ」
119:
のあ「……協力者を破滅させるため、あえて姿を現したのが今までの仮説」
ヘレン「イエス。そうでない仮説は?」
のあ「正体を明かしたのにも関わらず、彼女は逃げきれている」
ヘレン「追っているにも関わらず。変装も得意だという情報もあるわ」
のあ「逃げていることを楽しんでいるわけではない。情報の開示も副産物なら……」
ヘレン「時間よ」
のあ「姿を現さざるを得ないことを、起こそうとしている」
ヘレン「その仮説だと、思い知らされる日が来てしまいそうね、ディテクティブ?」
のあ「その行動は起こっていない。止められる可能性があるわ」
ヘレン「イエス。水野翠を追うわ」
のあ「糸である前に、次の犯罪を止める楯にしたいわ」
ヘレン「夏美の意思は汲むわ。ご武運を、ディテクティブ」
のあ「いつも通りゆっくりとはしないのね」
ヘレン「助けを求める声は幾らでもヘレンの耳に届いている」
のあ「ひとつお願い出来るかしら」
ヘレン「お願いは簡潔に」
のあ「原田美世の身辺を洗ってもらえるかしら。問題ないことを知りたいの」
ヘレン「理由は聞かない、そのお願い受けるとしましょう」
のあ「頼むわ」
ヘレン「ディテクティブ、マタヤーサイ!」
120:
65

洋食フレッチャ
卯月「ごちそうさまでしたっ」
凛「ごちそうさま」
卯月「和風ハンバーグとお味噌汁も美味しいかったです」
凛「意外とチャレンジャーだよね、食事に対しては」
卯月「そうなんでしょうか?」
凛「意識してないの?」
卯月「食べ物はあまりしてないんですけど、ちょっとチャレンジしようって思ってます」
凛「そうなんだ。あっ、卯月、あれ見て」
卯月「あれ……あっ」
凛「飾ってくれたんだね」
卯月「あはは、ちょっと恥ずかしいです」
凛「良いんじゃない、自信持てば」
卯月「凛ちゃんがそう言うなら、そうします」
凛「ねぇ、卯月」
卯月「凛ちゃん、改まって何でしょう?」
凛「卯月は……いつかアイドルじゃなくなったら、何になるの」
卯月「え?」
凛「ごめん、聞き方が深刻過ぎた。例えば、事務所を移籍することになったらどうなるの」
卯月「うーん、考えたこともないです……」
凛「想像でいいから」
卯月「きっと平気です」
凛「平気?」
卯月「変わっちゃうかもしれませんけど、きっとアイドル島村卯月ならへっちゃらです」
凛「……そっか」
卯月「凛ちゃんもお仕事が変わっても、凛ちゃんは変わりませんよね?」
凛「そうかな」
卯月「クールだけど、優しくて、チョコレートとお花が好きな凛ちゃん」
凛「私は……」
卯月「私は?」
凛「私は……何者なんだろう」
卯月「凛ちゃんは凛ちゃんです」
凛「……それがイヤだったのに」
卯月「え、なんて言いました?」
凛「なんでもない。卯月、私の仕事が変わったのは言ったよね」
卯月「聞きました」
凛「時間も作れるようになったから……その……えっと」
卯月「その?」
凛「……卯月のライブ、見に行きたい」
121:
卯月「本当ですか?嘘じゃないですよね?」
凛「これは本当……いいかな」
卯月「もちろんですっ。ちょっと待ってくださいね」
凛「……」
卯月「はい、凛ちゃん。1月24日の日曜日、再来週です。絶対に来てくださいね」
凛「ありがとう……必ず行くから」
卯月「楽しみが1つ増えましたっ」
凛「楽しみ……?」
卯月「本番前なのに楽しいんです、凛ちゃんに見てもらえるならもっと楽しめるしがんばれますっ」
凛「……凄いよ、卯月は」
卯月「えへへ、凛ちゃんの方にピースしますから、見ててくださいね!」
凛「そこまで気にしなくていいから。後、2週間だけど何かするの?」
卯月「来週の土曜日に通し稽古があって、レッスンとインタビューとかのお仕事が一杯です」
凛「そうなんだ、体には気をつけてよ」
卯月「凛ちゃんと話すとリフレッシュできるんです、えへへ。学校とも事務所とも違う人だからかな?」
凛「そうかな……?」
卯月「そうです、信じてくださいっ」
凛「……信じる」
卯月「はいっ。でも、次の木曜日と本番前の金曜日くらいしか時間がなくて」
凛「無理して、会わなくても……」
卯月「凛ちゃんは、どうですか?」
凛「……私は話したい」
卯月「それじゃあ、約束ですっ」
凛「うん。公園でいいよね」
卯月「はいっ、楽しみにしてます」
凛「……卯月、前に約束したことだけど」
卯月「約束は守ってます、これからも守ります」
凛「ありがと。チケット貰ったお礼に、デザートご馳走するから。卯月は何がいい?」
卯月「それなら、ショートケーキがいいです。凛ちゃんはチョコレートですか?」
凛「変えてみる。どれにしようかな……こんなに選べるんだ、今更気が付いた」
122:
66
1月11日(月)・成人の日
午前中
高峯探偵事務所
のあ「時間ね。まゆ、話って何かしら」
まゆ「のあさん、こちらへどうぞ」
のあ「ありがとう」
真奈美「私も同席するよ」
まゆ「真奈美さん、お仕事前なのにありがとうございます」
真奈美「仕事より優先さ。大丈夫、スケジュールには問題ない」
のあ「真奈美も聞くことかしら」
まゆ「のあさんに秘密にしていたこと……です」
真奈美「私は既に相談を受けている。結論も、のあが起きる前に聞いた」
まゆ「のあさんに相談する前に……自分で考えて決めたくて」
のあ「何でも言ってちょうだい。秘密にしていたのも問題ないわ」
まゆ「はい……相談したいのは、高校を卒業した後の進路のこと、です」
のあ「進路。なるほど、思い当たるフシがあるわ」
真奈美「気づいていたのか?」
のあ「いいえ。考える必要もないもの。成人の日には、良い話題よ」
真奈美「日付は偶々だがな」
のあ「まゆ、聞かせてちょうだい」
まゆ「なりたいものがあるんです」
のあ「職業のことかしら」
まゆ「のあさんみたいに……助ける人になりたいんです」
123:
67
高峯探偵事務所
のあ「ふむ……」
まゆ「どうでしょうか……?」
真奈美「私は良く考えていると思うが」
のあ「同意するわ。ここまで考えている同年代も少ないでしょう」
真奈美「そうだな。私なんか高校の卒業式当日のフライトで、あてもなくアメリカだ」
のあ「私は高校中退。まゆはしっかりしているわ」
まゆ「ちょっと特殊過ぎます……」
のあ「志望校も少しだけがんばれば大丈夫でしょう。星輪学園のOBも多いし、安心できるわ」
真奈美「学内推薦もあるみたいだからな」
のあ「なりたいのは福祉士、でいいのよね」
まゆ「はい」
のあ「楽な仕事ではないわ。私の財産を上手く使う方が世の為人の為になるかもしれない。その仕事であれば、まゆに任せようと思うわ」
真奈美「……」
まゆ「いいえ、それは出来ません」
のあ「その理由は」
まゆ「のあさんが、まゆをここに居させてくれるのと同じ理由です」
のあ「……そう」
まゆ「まゆ、逃げないことにしました。言い訳なんていらなくて、手を直接差し伸べられるように……なりたいです」
のあ「真奈美、この質問まで考えていたの?」
真奈美「私も聞いた。佐久間君からのあが言ったことは、私も聞いている」
まゆ「いつまでも、のあさんにお世話になるのも……悪いですから」
のあ「……」
まゆ「だから、お願いがあって……」
のあ「お願い?」
124:
まゆ「志望校はここから通えるので……大学卒業まで、ここに居させてくれませんか」
のあ「そういうことね。志希が言うように海外でも構わないわ。援助をしている金額だったら、まゆよりも大きい人もいるから」
真奈美「今日は、意地悪だな。のあ?」
のあ「そうね、意味のないことだったわ。まゆが考え抜いたことなら、反対はしない。学費も援助するから、ここに居てちょうだい。私は居て欲しいの、あなたに」
まゆ「ありがとうございます、のあさん」
のあ「私が望むのだから、遠慮することはないわ」
まゆ「ふふっ、前にも聞きました」
のあ「何でも相談してちょうだい。ヒミツにするのは疲れるものだから」
まゆ「そうですねぇ……のあさんから隠すのは難しかったです」
のあ「プライベートは尊重するけれど。隠す事なんて大変なだけだもの。それなら……」
真奈美「どうした?」
のあ「背負いきれないほどじゃないわね、何でもないわ」
真奈美「正直が一番だ」
まゆ「これから、そうします」
のあ「がんばりなさい、まゆ。中学生の頃の、高峯のあが望んでいた誰かになるのよ」
まゆ「はい……のあさん」
125:
68
1月12日(火)
星輪学園・弓道場の更衣室
翠「……」
頼子「お待ちしておりました」
翠「背後を取られましたか」
頼子「声をかける前に気づいていました。私に、花を持たせたのでしょう」
翠「花はありません。何もしなくて良いから、反応しないだけです」
頼子「そうですか」
翠「ここの所、私に見張りがついています。警察に疑われているのでしょう」
頼子「知っています。しかし、疑っているのは警察官。ここまでは見ていません」
翠「通信も傍受はされていないでしょう。手ぬるいことで」
頼子「あちらにも事情があるのですよ」
翠「事情など知りません」
頼子「水野翠」
翠「はい」
頼子「仕事です。資料はこれを」
翠「受け取りました」
頼子「指定した場所から標的を撃ち抜いてください、一射で」
翠「……」
頼子「あなたであれば可能なはずです」
翠「タイミングは」
頼子「情報は得られます」
翠「装備は」
頼子「期日までには配置させます」
翠「見張られています」
頼子「問題ありません、目を逸らすのは容易いことです」
翠「承知しました」
頼子「逃走経路については」
翠「結構。逃げ道を考えていたら信念が濁ります。逃げ道も二射目も私にはありません」
頼子「そうですか。それでは、当日お伝えします」
翠「標的は、微塵の狂いもなく、必ず、ここに立ちますか」
頼子「保障しますよ。そうでなければ、射抜く価値もないでしょう」
翠「一射絶命。命を賭けて射抜きます」
126:
69
1月13日(水)

高峯探偵事務所
美世「のあさん、こんにちはっ!車借りに来たよ!」
のあ「美世、待ってたわ。有休まで取るとは本気ね」
美世「せっかくだから、サーキットも走ることにしたんだ。真奈美さんは良いって、のあさんは?」
のあ「私も構わないわ。存分に走ってちょうだい」
美世「まかせて、メンテナンスもしていおくよ」
のあ「美世が欲しいなら譲るけれど」
美世「いやー、警察官の身の上じゃちょっと。のあさんみたいに資産として持てる人じゃないと」
のあ「今の状態がどちらも得ね。美世、キーを貸す前に話をしていいかしら?」
美世「いいよ、何の話?」
のあ「暴走族だったことはある?」
美世「ないない。高校生からバイクは乗ってたけど」
のあ「警察官になると決めたのは何時かしら」
美世「高校3年生のぎりぎりだったなー。自動車専門学校と迷ってて」
のあ「どうして、警察官にしたの?」
美世「白バイは警察官じゃないと乗れないから、それが決め手だったような?免許を取らせてもらえるのも良いよね」
のあ「ヘレンの調査通り」
美世「調査?」
のあ「古澤頼子との関係はないか調べさせてもらったわ」
美世「あたし?まさかー、ないない。見当外れ過ぎるよ」
のあ「美世は疑っていないわ。疑っているのは、瀬名詩織よ」
美世「え?」
127:
70
高峯探偵事務所
のあ「話は以上。何だったら、ヘレンと私が集めた資料も送るわ」
美世「そこまではいらないけど……」
のあ「確定した情報ではないわ。可能性というだけ」
美世「のあさん」
のあ「何かしら」
美世「のあさんは、あたしにどうして欲しいの?」
のあ「……」
美世「答えないのはズルいと思う。あたし、のあさんと違って、まっすぐ行くくらいしかできないのに」
のあ「それで良いから、話したの」
美世「わかった。話は聞いたから、これでいい?」
のあ「ええ。キーを貸すわ、ドライブは楽しんで来てちょうだい」
美世「よしっ、切り替えて走ってくる!いってきますっ!」
128:
71
1月14日(木)
良楠公園
凛「卯月は家族と仲が良いんだね」
卯月「はいっ、お母さんとかCDが出るといつもたくさん買っちゃって」
凛「そうなんだ」
卯月「あの、凛ちゃん?」
凛「どうしたの、そんなに人の顔見て」
卯月「最近元気になったみたいで、安心しました」
凛「そうかもね、仕事が暇になったから」
卯月「そうなんですか?」
凛「長めに寝てるんだ」
卯月「それは良かったです!私も夜更かしは辞めてるんです」
凛「辞めてるというか、疲れてるから寝ちゃうとか?」
卯月「ええ、どうしてわかるんですか?」
凛「そんな気がしたから」
卯月「そうなんです、えへへ」
凛「卯月は、アイドル楽しい?」
卯月「はいっ」
凛「躊躇なく言えるの、凄いと思う」
卯月「凛ちゃんはどうですか?」
凛「どうだろう、自分で選んでなったけど」
卯月「楽しく、ありませんか?」
凛「何事も、楽しいと言える人の方が珍しいから。だけど……」
卯月「だけど?」
凛「……」
卯月「凛ちゃん?」
凛「ごめん、何でもない。そう言えば、さ。あの桜、咲くと綺麗なの?」
卯月「はい!この公園の桜は綺麗で大好きです!」
凛「卯月は、春が好きなの?」
卯月「季節だったら春が好きです。そうだ、約束しましょう!」
凛「約束?」
卯月「春になったら一緒にお花見しましょう、ここで!」
凛「……約束、か」
129:
卯月「凛ちゃんの約束を守っているので、お相子でどうですか?」
凛「……約束する前に、聞いていいかな」
卯月「なんでしょう?」
凛「卯月は、去年この桜が咲いたのを見てたの?」
卯月「見てました、だって帰り道ですから。凛ちゃんは何をしてたんですか?」
凛「……花屋で働いてた」
卯月「やっぱり!詳しいのは、働いてたからなんですね」
凛「卯月、私は春にどうなってるかわからない」
卯月「……」
凛「それでも、卯月は約束をしたいの?守れないかもしれないよ」
卯月「私は約束したいです、凛ちゃんと」
凛「だって、私は……」
卯月「……」
凛「ごめん、忘れて」
卯月「凛ちゃん、さっきもそう言ってました」
凛「もしも、去年の春に会えてたら……違ったかな」
卯月「違いません、凛ちゃんは凛ちゃんです」
凛「なんで、そんなこと言えるの?」
卯月「えっと、上手く言えないですけど……その、信じてるからでしょうか」
凛「……私を?」
卯月「凛ちゃんもですけれど、自分を」
凛「自分……」
卯月「あの日、凛ちゃんを素敵な人だと思った私を、信じてるんだと思います」
凛「私は……私を、信じられない」
卯月「それなら、私が信じてます、凛ちゃんを」
凛「ちょっと待って、私?私って……」
卯月「ねえ、凛ちゃん」
凛「なんかおかしい……最近変だよ」
卯月「凛ちゃんは、誰に、嘘をついてるんですか?」
凛「え……?」
卯月「あわわ、すみません、変なこと言っちゃったような」
凛「誰に……か」
卯月「凛ちゃん、違う話をしましょう。そうだ、この前コンビニに行ったら……」
凛「……卯月、聞いて」
卯月「……はい、凛ちゃん」
凛「桜を見ることを約束したいから……待ってて。次会う時、言うから」
130:
72
1月15日(金)

高峯探偵事務所
まゆ「こうですかぁ……?」
のあ「恥じらいがあるわ。堂々とやればいいの、皆はステージを見ているのだから」
まゆ「こう、ですか?」
のあ「そうよ。楽しそうにやれば、気持ちを共有できるわ」
真奈美「ただいま。遅くなってしまったな」
まゆ「真奈美さん、お帰りなさい」
真奈美「2人して、何をやってるんだ?」
のあ「これは、瑛梨華ちゃんのEはカワイイのE、よ」
まゆ「カワイイのEー」
真奈美「いいぞ。やってくれると嬉しいと言っていたな」
のあ「ライブを楽しむために、まゆにはこれをあげましょう」
まゆ「この冊子は……?」
のあ「この冊子は、非公式応援組織である前川みくニャンニャン親衛隊が作り上げたライブの心得よ。コールガイドを中心に、ライブ前からライブ後まで完璧よ」
真奈美「分厚いな……」
のあ「これで、みくにゃんの応援はバッチリね。サイリウムも貸すわ。ネコミミと法被も必要かしら」
真奈美「のあ、佐久間君は関係者席だ。もう少し落ち着いて見れると思うが」
のあ「……それもそうね。私の状況と違ったわ」
まゆ「この冊子、お返ししますか?」
のあ「持っていて、何冊かあるから」
真奈美「何冊かあるのか……」
のあ「サイリウムは持って行きなさい。損はないでしょう。ネコミミも一応」
真奈美「それくらいがいいな。レーベルのプロデューサーも近くにいるだろうから、挨拶は忘れずにな」
まゆ「そ、そうなんですか……ちょっと緊張してきました」
のあ「まゆはいつも通りにしていれば大丈夫よ」
真奈美「準備も含めて、気負いしなくていい」
のあ「しまった、ついついみくにゃんを優先してしまったわ。本当に渡したいのはこっち」
まゆ「みくちゃんと違う色のサイリウムとウチワですか?」
のあ「前川みくニャンニャン親衛隊のツテで貰ったの。赤西瑛梨華の定番ライブグッズよ、成宮由愛と2人分譲っていただいたわ」
131:
まゆ「ウチワに、バッキュンして、と書いてありますね。あと、はぁと、も」
のあ「赤西瑛梨華のファンサービスは評価が高いわ。間奏中が狙い目だそうよ、観客席を良く見ているそうだから」
まゆ「ウチワはどうやって使えばいいですかぁ?」
のあ「高く上げると視界の邪魔になるわ。胸元に掲げるのよ」
まゆ「わかりましたぁ」
のあ「赤西瑛梨華は目と目が逢う瞬間、必ず反応してくれるとのウワサよ。そうやって、ファンを増やしているらしいわ」
真奈美「前世はガンマンというウワサは伊達じゃないな」
のあ「きっと、気づいてくれるわ」
真奈美「再度言うが、佐久間君は関係者席だ。見ただけで気づくんじゃないか?」
のあ「……確かに」
まゆ「きっと喜んでくれます、由愛ちゃんに使ってもらいますねぇ」
のあ「そうね。まゆ、大切なことは一つだけ」
まゆ「それは、なんですか?」
のあ「来てくれただけで十分よ」
真奈美「私も同感だ」
まゆ「わかりました。でも、せっかくだから楽しまないと」
のあ「それなら、もっといいわね」
真奈美「ああ」
のあ「真奈美、食事は」
真奈美「まだ済ませてない」
まゆ「それなら、準備しますねぇ。真奈美さんは休んでいてください」
のあ「紅茶を貰ってくるわ。一人で食べているのも寂しいでしょうから」
132:
73
1月16日(土)
午前中
M体育館
M体育館
清路市の北にあるM中学校に併設されている公営の体育館。床面積も広く、観客席もある立派な体育館。CGプロ合同ライブの全体リハの会場。
卯月「いっち、に、さん、し……」
本田未央「しまむー、おはよっ!」
本田未央
CGプロ所属のアイドル。卯月とはデビューした時期が近いが、ユニットは組んだことがない・
卯月「未央ちゃん、おはようございます!」
未央「はやいねー、もしかして一番乗り?」
卯月「はいっ、スタッフさん以外なら。お父さんに早めに送ってきてもらいました」
未央「しまむー、やる気バッチリって感じだね!良い顔、してるよ」
卯月「はいっ。きらりちゃんから、受け取ったバトンを果たさないと」
未央「だって、きらりん?」
諸星きらり「うきゃー☆卯月ちゃん、おっすおっす!」
諸星きらり
CGプロ所属のトップアイドル。零細だったCGプロをここまで引き上げたスーパースターでセンター。明日からモデルのお仕事などで海外行脚に出発とのこと。
卯月「きらりちゃん!来てくれたんですか?」
きらり「うん☆きらりん、明日からお仕事でライブを見れないから、今日は来てみたの」
卯月「ありがとうございます!私なりに色々考えましたけど、アドバイスくださいねっ」
未央「きらりん、リハーサルの感想をビシバシお願い!」
きらり「おっけー☆」
真奈美「おはよう。おお、諸星君じゃないか」
きらり「真奈美ちゃん、おっすおっす!」
卯月「おはようございますっ!」
未央「真奈美の姉御、おはようござんす!」
真奈美「大仰だな、その挨拶は。明日フライトじゃなかったのか?」
きらり「そう!でも、見に来ちゃった☆」
真奈美「ちょうどいいじゃないか。島村君、安心させてやろう」
卯月「はいっ!」
未央「真奈美の姉御は、今回も来ないの?」
真奈美「そのつもりだったが」
卯月「今回は見て欲しいんです!」
真奈美「色々とすることはありそうだしな。今回は裏で見させてもらうよ」
未央「やった、直前にアドバイス欲しいときあるから助かる!」
卯月「そうですね、でも今は」
きらり「リハーサルの準備だにぃ」
卯月「はい!島村卯月、がんばりますっ!」
133:
74
渋谷駅前・渋谷生花店跡地
渋谷生花店跡地
渋谷生花店の建物は取り壊されており、更地となっている。枯れかけたアネモネの花束が一束だけ供えられていた。
凛「……」
134:
75
M体育館
ベテラントレーナー「よしっ、上出来だ!全員集合!」
CGプロダクションに雇われた青木4姉妹の次女で、名前は聖。未央によると、ひじりんというあだ名をつけようとしたら怒られたらしい。名前の読み方はヒジリではなくセイ。
真奈美「私の出る幕はないかもしれないな、これは」
きらり「うん。ねぇ、真奈美ちゃん」
真奈美「なんだ?」
きらり「卯月ちゃんのプロデューサーさんが言ってたの、絶対にきらりんに追いつくんだ、って。言ったの、いつだと思うゆ?」
真奈美「最近か?」
きらり「デビューする前!卯月ちゃん、すごいにぃ」
真奈美「おや、どこか行くのか?」
きらり「きらりん、お支度しないと」
真奈美「一言くらい、何か言っていけばどうだ?」
きらり「ううん。真奈美ちゃん、卯月ちゃんを見て見て」
真奈美「何か意見を交換してるな」
きらり「卯月ちゃんはダンスもフォーメーションも、センターとしてもばっちし☆」
真奈美「諸星君が言うなら、信じよう」
きらり「きらりんはお家に帰るにぃ、おにゃーしゃー!」
真奈美「任された。気をつけて」
きらり「いつも安全運転だから、平気だにぃ」
真奈美「やはり……運転手付きの高級車、諸星君の送迎車だったのか」
135:
76
1月17日(日)
高峯探偵事務所
午前中
のあ「……」
真奈美「佐久間君、そろそろ買い出しに行こうか」
まゆ「しー……」
真奈美「のあがテレビの前で仁王立ちだ、何があった?」
前川みく『本番まで後1週間、準備はバッチリだにゃ!』
前川みく
CGプロ所属のアイドル。1週間後に迫った合同ライブのインタビューに答えている。高峯のあはネコ耳が新調されていることに目ざとく気がついた。
真奈美「なるほどな」
のあ「……」
みく『センターの卯月チャンを中心に一致団結、コラボもあるから楽しみにして欲しいにゃ!』
のあ「……ふむ」
みく『でも、次はみくがセンターをやるにゃ!卯月チャンには負けないよ!』
のあ「……!」
まゆ「表情が明るくなりましたねぇ……」
みく『来週のライブも、これからもずっとみくとシンデレラガールズを応援して欲しいにゃ!会場で会うのを楽しみにしてるにゃ!ばいばーい!』
のあ「そう……そうよ!みくにゃん、がんばるのよ!応援するわ!」
真奈美「ここ最近で一番テンションが上がってるな……」
まゆ「センターって大切なことなんですね」
真奈美「ああ、私も軽く思っていた。違うんだな、あの場所は」
のあ「あら、真奈美。下りて来ていたの」
真奈美「ああ。そうだ、来週の日曜日は裏方として行くことになった」
のあ「わかったわ。みくにゃんがセンターに立つ日を待つわ、私は」
真奈美「条件を決めると逆に苦しくなるぞ」
のあ「それもそうね。みくにゃんがいるライブには全て行きたい、こっちが本音よ」
まゆ「ちょっと欲望に正直すぎますねぇ……」
136:
真奈美「佐久間君は送らなくて平気かい?」
まゆ「由愛ちゃんを最寄り駅まで迎えに行って、一緒に行きます」
のあ「それがいいわね」
真奈美「わかった。今から買い出しに行ってくる」
まゆ「行ってきます。のあさんも行きますか?」
のあ「たまには一緒に行くわ」
真奈美「そうか、それならチャンスだ。佐久間君、今だ」
まゆ「あの……まゆ、欲しいものがあるんですぅ」
のあ「真奈美の入れ知恵ね。まぁ、いいわ。どうせ家事に関係するものでしょうから、買いに行きましょう」
真奈美「成功だ」
まゆ「やりましたぁ」
のあ「それで、何が必要なのかしら?」
まゆ「発酵機と卓上ミキサーが欲しいな……って」
のあ「それくらいならいいけれど、持ってなかったかしら」
真奈美「私は見たことがないな」
のあ「理由がわかったわ。母もケーキは作らなかったし、今は雪乃に言えばケーキそのものか道具が借りられるもの」
まゆ「なるほど」
のあ「何に使うのかしら」
まゆ「パン作りをしてみようかと、思ったんです。米粉のパンも家庭で作ると美味しいらしくて」
のあ「初耳ね。興味が湧いてきたから、協力させてもらうわ」
137:
77
1月18日(月)
清路警察署・ロビー
瀬名詩織「……」
瀬名詩織
交通機動隊所属、いわゆる白バイ乗り。リスクを冒すことで、望む状況を作り出そうとしている。
美世「……」
片桐早苗「美世ちゃんに、詩織ちゃん、お疲れ様……どうしたの、2人で黙って?」
片桐早苗
交通安全課所属。美世のバディ。清路市内の運送業界では人気者らしい。
詩織「お疲れ様です。何でもありませんよ」
早苗「そう?」
詩織「美世さん、言った通りです。もしも、その時が来るのなら追って来てください」
美世「……」
詩織「早苗さん、お帰りですか?」
早苗「今日は定時!飲みに行く?」
詩織「お誘いは嬉しいですが、お酒は飲めませんので」
早苗「そうだったわね」
詩織「ここで、失礼します」
早苗「詩織ちゃん、またね」
美世「……」
早苗「いつもクールだけど、こっちは違うものね。美世ちゃん、どうしたの?」
美世「えーっと……何でもない」
早苗「それで引き下がるほど早苗さんは甘くないわよ?」
美世「あはは……」
早苗「美世ちゃんが言い淀むなんて相当ね。わかった、今日は聞かない」
美世「早苗さん、ごめんなさい」
早苗「ちゃんと言うのよ、先輩には何でも相談しないと!」
美世「はい、でも……その、待っててくれると」
早苗「わかった。じゃあね、運転には気をつけて帰るのよ」
138:
78
1月19日(火)

喫茶St.V
まゆ「こんばんは……」
菜々「まゆちゃん、いらっしゃいませ!」
志保「いらっしゃいませ!紅茶ですか、コーヒーですか?」
まゆ「いえ、雪乃さんはいらっしゃいますか?」
菜々「マスターですか?」
志保「いらっしゃいますよ、カウンターにどうぞっ」
まゆ「ありがとうございます」
雪乃「まゆさん、こんばんは。座ってくださいな」
まゆ「はい、失礼します」
雪乃「紅茶をお飲みしますか、サービスしますわ」
まゆ「いえ、今日は渡したいものがあって……どうぞ」
雪乃「まぁ、ありがとうございます。シフォンケーキでしょうか」
まゆ「はい、米粉のシフォンケーキなんです。紅茶味にしてみました」
雪乃「この弾力は米粉由来ですのね」
まゆ「のあさんにお料理グッズを買ってもらったので……試作品のお裾分けです」
雪乃「せっかくですから、一口ここでいただきますわ。紅茶の葉はどちらのものを?」
まゆ「お家にあったものを使ったので、わからなくて」
雪乃「いただきますわ……美味しい」
まゆ「お口に合いましたか……?」
雪乃「紅茶を含めた味付けが素晴らしいですわ、まゆさんらしい優しい味ですの」
まゆ「雪乃さんに褒めてもらえると嬉しいです、クラスの皆にも作ってみようかな」
雪乃「実は紅茶のシフォンケーキが好物ですの」
まゆ「それは、のあさんのリサーチ通りです」
雪乃「ふふっ、のあさんには以前のお店でお話したかもしれませんわ」
まゆ「いつもありがとうございます、お礼の気持ちと」
雪乃「味見係になれて光栄ですわ。そうだ、お礼をしないと」
まゆ「いいえ、これは私の気持ちですから」
雪乃「それなら、お言葉に甘えますわ。すみません、お客様がお呼びなので失礼しますわ」
まゆ「私も帰りますねぇ、失礼しました」
菜々「じー……」
まゆ「菜々さん、どうしましたかぁ……?」
菜々「まゆちゃんが好感度を上げに来るとは、うかうかしていられません。紅茶シフォンまで持ち出してくるとは」
まゆ「たぶん……何かの勘違いだと思いますよぉ」
139:
79
1月20日(水)
清路警察署・刑事一課和久井班室
留美「わかったわ。また、日曜日に」
亜季「ご友人からのお電話でありますか?」
留美「ええ。いつもなら夜にかかってくるのだけれど」
美波「日曜日は、24日ですね」
亜季「待機日ではないでありますな」
留美「アルコールは取らないし、連絡は取れるようにしておくわ。安心してちょうだい」
美波「わかりましたっ」
亜季「早々重大事件は起きないであります。よくお話を聞いている、ご学友でありましょう?」
留美「ええ。そう言えば、チケットが取れない話をしたわ。気を使ってくれたのね」
亜季「良い関係でありますな」
美波「私もキャンパスライフは憧れますっ」
留美「課長に付けるんだったら、大学には行かなかったわ」
美波「そうなんですか?」
亜季「柊課長は強者ですからなぁ、私も多くを学んだであります」
留美「結果として、良い上司と友人が得られたから良しとするわ」
亜季「新田巡査、安心するであります」
美波「何をですか?」
亜季「和久井警部補は、課長に負けず劣らずの強者であります。損はしないでありますよ!」
留美「あなた達の責任は持つわ。市民の安全のために成長してちょうだい」
美波「了解ですっ」
留美「そう言えば、大和巡査部長」
亜季「何でありましょう?」
留美「愛知の事件についてだけれど」
美波「愛知の事件……逃走していた横領犯が殺された事件、でしたか?」
亜季「その通りであります。凶器が弓矢ではないか、という話でありますな」
留美「水野翠の犯行であるかどうか、調べられたかしら」
亜季「もちろんであります。結果から言うと、シロであります」
留美「シロ、理由は」
亜季「愛知に行って帰ってくる時間はありませんな。土日共に、地元の弓道場で小学生に教えていたであります。教えていない時は自分が練習していたであります」
留美「夜は」
亜季「自宅にいたようでありますな。ご両親に確認しております」
美波「最寄り駅とかはどうですか?」
亜季「彼女、近所では有名人でありますからなぁ。誰にも目撃されていないのは難しいかと」
留美「殺害現場付近で似た容姿の人物が目撃されていることは」
140:
亜季「犯人が似ているのであります。背格好と長髪だったら、新田巡査がそこにいたとしても同じ目撃証言がいられるでありますよ」
美波「え……そ、そうですか?」
亜季「それくらい不確定なものであります」
留美「つまり、結論は」
亜季「本件は彼女とは無関係であります」
留美「ありがとう。こっちで行くのは難しいわね」
美波「任意同行をお願いするのは、どうでしょうか」
留美「厳しいわね。拘留と起訴は更に難しい」
亜季「明確な証拠があれば良いのでありますが」
美波「ふーむ……」
留美「いつも言っているけれど」
亜季「いつの日か、でありますな」
美波「準備をして、必ず」
留美「本当は全ての事件を一刻も早く解決し、裁きを受けさせたいわ」
亜季「現実問題難しいでありますからな」
美波「慌てても冤罪の可能性もありますから」
留美「最大限の結果を残すように順番に、迅に、それと」
亜季「時期を逃がさぬこと、柊課長からも言われたであります」
留美「冷静に考え、困難に負けないこと。いいかしら?」
亜季「はいっ、心得ております!」
美波「わかりましたっ」
留美「よろしい。引き続き、がんばるとしましょう」
141:
80
1月21日(木)
清路警察署・科捜研
音葉「久美子さん……」
志希「にゃはははー、邪魔しに来たよー」
久美子「どうしたの、2人揃って?」
志希「ハッピーバースデー!」
音葉「お誕生日、おめでとうございます」
志希「音葉ちゃんと志希ちゃんで、プレゼントを選んだのだ?」
久美子「あら、覚えてくれたのね」
音葉「ささやかな物ですが……どうぞ」
久美子「ありがと、開けて良い?」
音葉「もちろんです……どうぞ」
志希「きっと喜ぶよ?」
久美子「これは美容液?」
音葉「はい……志希さんが選んでくださいました」
久美子「へぇ、志希ちゃんが?意外?」
志希「久美子ちゃんの肌組織を研究して、世界で一番相性の良いものを見つけたのだ?。研究期間は1ヶ月!」
久美子「研究は気になるけど、ありがたく使わせてもらうわ……何語かわからないけど、成分は大丈夫よね?」
志希「ちゃんと日本でも合法だからヘイキヘイキ。サンプルが徹夜時だったから、そういう時に使うといいよ?」
久美子「いつサンプルを採取したのよ……」
志希「ヒミツ?」
久美子「詳しくは聞かないことにするわ。こっちは音葉ちゃんが選んでくれたの?」
音葉「良い音が出ますよ……北海道土産です」
久美子「オルゴールね、キレイ。どうして、オルゴールなの?」
音葉「慌てている時に聞いてください……強制的に考えを変えられます」
久美子「なるほど、行き詰った時に使ってみるわ」
音葉「仕事机に置いておくとよいかと……見た目もキレイですから」
志希「オシャレ?、プレゼントは白衣だと思ってた」
音葉「白衣は一緒に買いに行くので……志希さんも行きませんか」
志希「そうなんだ……考えとく?」
142:
81

水野翠の自室
水野翠の自室
水野家の2階。ほぼ娯楽用品がなく、和風の内装と相まって質素な雰囲気。
翠「もしもし」
つかさ『よう、元気か?』
翠「警察に疑われています。家の外に監視がいます」
つかさ『通信までは行けてないから、監視してんだよ。決定打はないのさ』
翠「ご用件は」
つかさ『準備は出来てる。下見に行くか?』
翠「不要です。必要なことは教えていただいています」
つかさ『そうか』
翠「以上ですか」
つかさ『アタシのアドバイスを聞くか?』
翠「ご自由に」
つかさ『そろそろ、危険じゃないか?』
翠「そうでしょうか」
つかさ『逃げ道はないぞ?いいのか?』
翠「構いません」
つかさ『アタシは撤退だ。あの辺りをカネに変えられたら一刻も早く』
翠「そうですか」
つかさ『相変わらず何考えてるか、わからないな』
翠「何も考えていませんよ」
つかさ『そういうのが怖えの。まさか、こっちを狙ったりしてないよな?』
翠「私はしていません」
つかさ『ま、そういうこった。せいぜい、がんばれ』
翠「かしこまりました。失礼します」
143:
82
1月22日(金)
夕方
真奈美「ただいま」
のあ「お帰りなさい、今日は早いのね」
真奈美「今日はスタッフと打ち合わせだけだったからな、歌のレッスンは終わってる。佐久間君は?」
のあ「まだ帰ってないわ」
真奈美「最近夕食は任せきりだったからな、今日は私が準備の日だ」
のあ「そう」
真奈美「何かリクエストはあるか?」
のあ「ステーキでも焼いて欲しいわ」
真奈美「おや、活力でもつけたいのか?」
のあ「まゆの食事で栄養状態は最高よ。St.Vの食事も昼食としては最高クラスだもの」
真奈美「何か不満があるのか?」
のあ「申し訳ないけれど……健康的過ぎるわ、肉体を甘やかしすぎるのもどうかと」
真奈美「健康に悪そうな辛さとか好きだったな。よし、リクエストに答えるとしよう」
のあ「ありがとう」
真奈美「一応言っておくが、私にも佐久間君のような料理は作れるぞ?」
のあ「十分に知ってるわ。真奈美、張り合ってるのかしら」
真奈美「そういうわけじゃない。小さなプライドくらいわかってくれ」
のあ「心配無用よ、楽しみにしてるわ」
真奈美「よし、動物性油を摂取できるメニューにしよう。考えてみるよ」
144:
83

良楠公園
凛「……」
卯月「凛ちゃん」
凛「……卯月」
卯月「こんばんは」
凛「今日は早いんだね」
卯月「今日は、少し体を動かして、打合せをして終わりだったんです」
凛「そっか。日曜日は本番だもんね、リハーサルはどうだった?」
卯月「ばっちりですっ!」
凛「卯月は凄いね、期待しているから」
卯月「凛ちゃんに良い所を見せちゃいますっ!凛ちゃんは、今週は何をしていたんですか?」
凛「ちょっと、出かけてた」
卯月「お出かけですか?私も明日はオフだから、いえ、明日はゆっくり休んで段取りを確認するだけにしないと。ライブが終わったら、お出かけしようかな」
凛「それがいいと思う」
卯月「凛ちゃんは、どこにお出かけしてたんですか?」
凛「……」
卯月「凛ちゃん?」
凛「前に働いてた、花屋とお屋敷を見て来た」
卯月「お屋敷?お屋敷で働いていたんですか?」
凛「うん」
卯月「メイドさんとか?」
凛「卯月のメイド服姿、ネットで見たよ」
卯月「あはは、ちょっと恥ずかしいです」
凛「メイドじゃないよ。出入りの花屋だったから……広い庭で色んな花が咲いてた。冬の時期も」
卯月「やっぱり、凛ちゃんはお花屋さんになるんですか?お仕事を変えるみたいだったので」
凛「そういうわけじゃなくて……」
卯月「きっと向いてますよ。凛ちゃんのお店にお花を買いに行きます」
凛「……」
卯月「実は、会場設営のバイトもした時にお花も運んだことがあるんですっ」
凛「前に働いていた花屋もイベントのお花を受けてた」
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