白雪千夜「私の魔法使い」back

白雪千夜「私の魔法使い」


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1:
・モバマスSS
・誕生日おめでとう
2:
??/??
 たまに見る夢は、炎が荒れ狂う夢だった。
 たいせつなものが、燃えていく夢。
 私の全てを焦がして、焼き尽くす。
 だから、私はなにも求めない。いつか燃えてしまうなら。
「――悪い夢は、覚めなきゃな」
 優しい声でそう告げられると、辺り一面を真っ白な世界が覆いつくした。
 これは夢なのだろうか。私が見る夢にそんな光景は出てこないはずだ。
 凍らせていた心を溶かす魔法の炎をくれた人は、悪い夢は覚めなきゃと言った。
 あの炎が荒れ狂う夢は私だけのものであり、私だけを苦しめるものならば。
 この白い世界がもたらす先には、どんな夢が待っているというのだろう。
 でも、形のないものなら
 もし、ずっとこの胸に灯る炎なら……。
「――――」
 声が出ない。出そうとした自分の声が聞こえてこない。
 それでも私は叫んでいた。この胸に灯ったあたたかな炎までも、どうか白く塗り潰されないように。
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3:
1/27
「ここが、魔法使いさんのお城?」
 その広さに見合わないたった2人分のデスクを見ながら、鮮やかなブロンドをたなびかせる少女は使う者が久しくいないソファへ腰を掛けると、他に目を引く物もなく期待外れとでも言わんばかりに顔を曇らせた。
 閑散としたこの部屋の主である魔法使いことプロデューサーは、機嫌を損ねないようローブでも黒帽子でもなくスーツ姿を引き締めながら答える。
「ちょっと広過ぎる、かな? ははは……」
 かつて十数名を超える少女――アイドルたちが集っていたものだが、彼ともう1人を残し他に誰かが入室する様子はここ数ヵ月見られない。
 不満そうにしているブロンドの少女へどう言い聞かせたものか考えていると、隣に座りもせず彼女の傍らに甲斐甲斐しく控えていた短い黒髪の少女が割って入った。
「お嬢さま、このような場所まで華やかである必要はないかと」
「えー、そうかなぁ? これじゃ千夜ちゃんの部屋みたいだよ、寂しくない?」
「私は必要なものさえあれば良いのです。お気に召さないのであれば、内装をお嬢さま好みに替えさせましょう」
「あは♪ それいいね、構わないかな魔法使いさん?」
 返事を待たずして、欲しいものを指折りに数え出すブロンドの少女――黒崎ちとせは、早あれやこれやと自ら千夜ちゃんと呼ぶ黒髪の少女――白雪千夜に相談している。
 そう呼ばれるだけあるお嬢様然としたちとせは、人目を惹くには充分過ぎる美しい容貌を備えている。クォーターらしく天然で金髪に紅い瞳を持っており、スタイルの良い身体を着飾る装いは袖をだぶつかせてはいるが、はっきりとどこかのご令嬢だとわかった。
 そんな彼女に付き従う千夜は、主人よりも細身な身体を黒い学生服に黒いインナー、黒い手袋に黒いタイツと、短く清楚に切りそろえられた黒髪も相まって、黒一色に身を包んでいる。
 紫色の瞳は己が主人しか捉えていないのか、せっかくの凛とした容姿をなかなか正面から拝ませてはくれないでいる。
 そんな2人に部屋の主たる地位が早くも揺るがされようとしていた。
 プロデューサーはしばらくぶりにこの部屋で響く少女たちの、主にちとせの快活な声が途切れるのを申し訳なく思いつつ遮った。
4:
「あの、その話はそちらで進めてくれて一向に構わないんだけど、今日はそのために来たわけじゃないだろう?」
 とある芸能プロダクションの中の一室、わざわざお茶会でも開くために招待されたとは2人も思っていまい。いや、その方がちとせへのウケは良かったかもしれないが。
「ん、そうだね。あなたが案内してくれるんだっけ」
「自由に見てきてもらってもいいよ。ここに来るまでによっぽど見るものもあっただろうし。俺も、その間に資料整理しておくから」
「だってさ。どうする千夜ちゃん?」
「お嬢さまのお好きなように。確かにこんな所よりかはお嬢さまの気を引くものも、多少はございましょう」
 千夜の物言いに何やら棘を感じ、先日出会ったばかりとはいえ少女たちとの距離を測りかねているプロデューサーは、ひとまず2人の興味の先が無駄に広い建物内の各施設へ向いてくれそうなことに、こっそりと安堵の息を吐く。
 ちとせはまだ友好的だが、スカウトした時に取り付けられた約束を破ったらどうなるか。千夜に至ってはたまに敵意にも似た冷たい鋭さが言葉の端々や態度に見受けられている。
 幸い2人は長い付き合いらしく、そのやり取りからどんな子たちなのか様子を見たいところだった。
「じゃあ魔法使いさん、案内よろしくね♪」
「ええっ!? この流れで……?」
「その方が愉しそうだもの。それに、私あなたに言っておいたと思うけどなぁ」
 ちとせとは2つの約束事がある。より正確にいうと2つの約束で済んでいる。
 これから先いくら増えていくかは予測もつかないが、私を退屈させないこと、私に嘘をつかないこと、この2つが彼女をプロデュースする上で課された当面の条件だ。
「えっと、退屈だった?」
「ううん、そっちじゃなくて――そのお仕事、今やらなきゃいけないこと?」
 案内役を遠慮させるための方便だった資料整理はとっくに終わっている。クスクスと妖艶に笑う紅い瞳の奥は全てを見透かしているかのようだ。
「……わかった! じゃあ、行こうか。これからよく使うことになるところからでいいかな」
「そこのあなた」
 これまでプロデューサーのほうを向こうともしなかった千夜が唐突に口を開く。
 涼やかな紫色の瞳に見据えられたプロデューサーは、未だ千夜に歓迎されていないことを目線だけで思い知った。
「……いや、お前くらいでいいか。お前」
「お、お前……」
 出会って3日と経っていない年下の少女からの呼称として些か寂しいものがあるのでは、と彼女にとってのお嬢さまであるちとせに視線で訴えてみるが、返ってきたのはこちらの出方を窺おうとする眼差しだった。
 微笑みは絶やさず、何かを見定めようとしているように。
 もしかして千夜の人当たりはこれが平常なのだろうか、と半ば諦めて千夜に向き直る。
「あー、うん。何かな?」
「あまりあちこちお嬢さまを連れ回さないように。もしお身体に障るようなことがあれば、分かっているな」
 1年間の休学を要したというちとせの身体はどこまで耐えられるものなのか、早々に見極めなければならない懸案事項ではある。何より下手を打てばこちらもただでは済まさないといった迫力だ。
「大丈夫だよ千夜ちゃん、今日は調子が良いし。せっかくなんだから楽しまなきゃ♪」
「お嬢さまがそうおっしゃるのであれば。……何をしている、早く案内とやらをしなさい」
 2人の少女から翻弄され放題となっている現状に、暖かな陽光が桜を薄桃色へと色めかせる春の昼下がり、1人吐息が青く染まるプロデューサーであった。
5:
「――で、この辺は主にヴォーカルレッスンで使われてる。ここなら今は、うん。使われてないみたいだし、入ってみる?」
「ねぇ魔法使いさん、会いたくない人でもいるの?」
 千夜の目もあり医務室を始めとして淡々と案内をこなしていると、何の布石もなくちとせが意味ありげに呟く。
 洞察力の賜物なのかそれとも勘か、どちらにせよ彼女に嘘はつけないことは身に染みている。
「……どうしてそう思うんだ?」
「ふふ、なんでかなぁ。余計なものまで見えちゃうことがあるんだよね」
「そう? 会いたくない人は、いないよ」
「そっか。ごめんね、変なこと訊いちゃって」
 特に深入りすることもなくちとせは素直に引き下がった。今度こそ嘘はついていないが、何かを感じ取っていたらしい。
「もとより落ち着きがあるようには見えませんでしたが」
「千夜、フォローになってないぞ」
「したつもりもありませんので」
 すげなくそっぽを向く千夜。それともからかわれていたのだろうか。
「こほん。ちとせは、疲れてない? 下にはテラスがあるから案内がてら休憩も出来るけど」
「まだ、いいかな。千夜ちゃんは?」
「私は別に。大体は把握しましたので、今日の目的を考えればそろそろ帰ってもよいのではないでしょうか」
「あん、もうお腹いっぱいになっちゃった?」
「これ以上の案内に必要性を感じませんから。それにお嬢さま、あの何もない部屋を改装するおつもりなのでしょう?」
「本当にやるんだ……いや、いいんだけどさ」
 どうにも徹底的にちとせ好みへ変えられてしまいそうな予感が働き、そこで働くには場違いな空間へ変貌した職場をつい想像してしまう。
 俗世のお嬢さまは容赦がない、そんな偏見がプロデューサーの中にはとっくに芽生えている。
「あは、ならちょっと下見に戻ろっかな。それにまだ紹介してもらってない人もいるしね」
「……今ならいるかも。じゃあ一旦戻ろう」
 デスクが2人分とあれば、部屋に通う者が少なくとも2人いることは明白だろう。
 あの部屋に活気があった頃、ほとんど常駐してアシスタントをしてくれていた女性がいる。彼女を紹介して今日はお開きだろうか、などと考えていたところで、まさに部屋へ入ろうとしている彼女と鉢合わせになった。
「あら、プロデューサーさんお戻りですか?」
6:
「ちひろさんこそ。まあ中に入りましょう」
 見慣れた朗らかな笑顔も引き連れ、揃って帰還する。初の顔合わせとなる3人の紹介はそれからだ。
「あー、こちらが千川ちひろさん。俺だけじゃないけど、いろいろとアシスタントをして下さっている方だ」
「よろしくお願いします♪ 黒崎ちとせさんと、白雪千夜さんですよね」
 初顔合わせのはずが名前と顔も一致しており、いったいいつ資料に目を通したのかわからない仕事の早さである。
「……白雪です。よろしくお願い致します」
 気のせいかちひろさんには丁寧に応対する千夜と、その隣で何がおかしかったのかちとせは軽く笑いを堪えていた。
「ちひろさん、か。ふふっ、ちーちゃんだね」
「? ああ、名前ですか。昔はそう呼ばれたこともありましたねぇ。お2人も?」
「私はそうでもないけど、千夜ちゃんはたまに私が。ね、ちーちゃん♪」
「紛らわしいのでいつも通りお呼びください。千川さんも、困るでしょうし」
「私のことはちひろでいいですよ。何ならちーちゃんでも♪」
「あはっ、よろしくねちひろさん。それにしても、こんな可愛い人をはべらしてるなんて魔法使いさんも隅に置けないなぁ♪」
 すっかり意気投合する3人のちーちゃんの輪に入る隙はとうにない。
 アイドルを迎える上で彼女らと歳も近く、同性であるちひろの存在には助けられている。今回ばかりは深く実感した。
「今日はまだお客さんですし、何か飲み物を淹れてきますね。座って待っててくださいな」
 もちろんプロデューサーさんも、と付け加えて簡易的な作りの給湯室へと消えていくまでちひろを目で追い、それからちとせと千夜が使用しなかったもう片方のソファへと腰を落とす。
 興味が尽きないのか、ちとせだけはちひろがいるであろう給湯室のほうへと目をやったままだ。
「アシスタントって言ってたけど、まさか魔法使いさんの小間使い、みたいなものじゃないよね? どういうお仕事をされてるの?」
「アシスタントはアシスタントだよ。……うん、アシスタントだな」
「答えになってないけれど……私にとっての千夜ちゃん?」
「ちとせにとっての千夜がどういう存在かはよく知らないが、多分2人の考えてるようなものじゃない。だからそんな嫌そうな顔するな、千夜。ここは仕事場だから!」
 実際に初対面の頃からアシスタントとしか聞かされておらず、普段の仕事ぶりを見ていても事務員とはまた似て非なるもののようで、どう説明したものか難しくはあった。
 あらぬ疑いが掛かる前に、間違っても爛れた関係でないことは宣誓しておく。
7:
「……千川さんを見ていれば分かります。これぐらいで狼狽えないでください、みっともないですよ」
「あのなあ……でも、そういやちとせにとっての千夜ってどうなの? 知り合い、じゃ片付けられないレベルなのは見てればわかるけど」
「千夜ちゃんは私の僕(しもべ)ちゃんだよ。言ってなかった?」
「僕? しもべ……召使いとか、それこそ小間使いなのか?」
「察しが悪いな。私はちとせお嬢さまに仕える者です。それ以上でも以下でもない」
「そうか……うん、2人は特別な関係だということで」
「話を切り上げようとしていますね? ちゃんと理解できているのか怪しいものですが」
「追々理解させてもらうよ。なんだか疲れてきた……」
「あは、これから私達のために働いてもらおうってところなのにもう疲れちゃうの? だらしないなぁ」
「みなさんすっかり仲良しですねぇ」
 淹れたてのお茶を運びながらちひろが戻ってきた。今度こそ会話は途切れ、それぞれにお茶を配っていくちひろが今は救世主以外の何者にも見えない。
 ちひろへ軽く礼を言うちとせに、ぺこりと頭を下げる千夜。この素直さをこちらへ向けてもらえるようになるまで、どれほどの時間が掛かるだろうかと漏れそうな溜息をお茶と一緒に飲み下す。
 それからはちひろを交えての必要書類の確認、またそれぞれ未成年であるため保護者の方々に連絡を取りたい旨を伝えるも、その辺は私に任せての一点張りなちとせに言葉通り任せざるを得なかった。
 そもそもちとせと千夜は日本で数年ほど二人暮らしを続けているらしい。
 いよいよもって特別な、というよりは特殊な関係性であることが窺い知れる。だからといってどうということはなく、むしろ売り出す上で強力なアピールポイントになるかも、ぐらいにプロデューサーは留めておいた。
 すべきことを済ませ、建物内の案内よりもこれからどうこの部屋を飾るかが目下の目標となったちとせと千夜は、今日のところはこのまま帰宅するようだ。
 「またね、魔法使いさん」と魅力たっぷりのウィンクを残して去っていくちとせと、「それでは」と短く告げ主人の後を追う千夜。4人でもまだ広すぎる部屋に静寂はすぐ訪れた。
 ふと、残された者同士、目が合った。
 ちひろとは長い付き合いだ。長く思っているのは恐らく自分だけだと承知しながら、それでも部屋に2人取り残された状態で気まずさを一切感じない程度には、信頼を寄せている。
「相変わらず、どうやったら見つけられるのか不思議なくらいの子たちでしたね。プロデューサーさん?」
「今回は特別ですよ。見つけたというか、引き寄せられたというか、そんな感じです」
「……また、担当を受け持てるようになったんですね。みんなもきっと応援してくれますよ」
「…………。すみません、いろいろ押し付けちゃって。みんな、どうしてますか?」
「それは、ご自身で確認してきたほうがよろしいのでは?」
 あくまで優しく、しかし甘えさせるでもないちひろに返す言葉も無く、代わりにプロデューサーはスーツの懐にしまっていた懐中時計のようなものを取り出した。仕掛けられた2つの針が動くことはなく、これでは時計と呼べる代物ではない。
 それでもこれを眺めている間だけは、遠ざかっていく過去を真っ直ぐ振り返られる。何か大切なものを思い起こそうとする度にしてしまう、癖のようなものだ。
「ちひろさん。あの2人共々、よろしくお願いします。今度こそ――頑張りますから」
「こちらこそ、よろしくお願いしますね。まだ以前のようにはお側にいられないでしょうけれど、私もプロデューサーさんの帰りを待っていましたから」
8:
2/27
 ぱたり、と。
 2人の初めてのレッスンは、基礎を一通りさらっとこなしてもらう程度の軽いものを用意していたつもりだった、のだが。
 最後のダンスレッスンに入ってからのちとせは最初こそ楽しそうにしていたものの、自分がいつ倒れるか判っていたかのように、本当に「ぱたり」と言い残してそのまま起き上がらなくなった。
「わっ、ちとせ!? おい大丈夫か!」
 いつの間にか千夜がちとせに寄り添い楽な姿勢にさせている。いつも優雅な微笑みを絶やさないちとせもこの時ばかりは表情をうっすらとゆがませている。
「……これぐらいしょっちゅうだから、慣れてるんだ……ごめんね、最後まで出来なくて」
「お嬢さま、すぐに医務室で横になりましょう。お前! 見てばかりいないでお連れしなさい、今ばかりはお嬢さまに触れることを許します」
「わかった! えっと、すぐそこだから、ちょっとごめんな」
 上半身を抱き起こすまでが千夜の細腕では限界らしく、後を引き取ってちとせをそっと抱き上げると、もともと軽そうではあるがやはりそこまでの重さを感じなかった。
 レッスン着が何とも独特でへそ出しでもあるため、多少の接触は不可抗力だと頭で言い訳しつつちとせを運び出す。
 第一に医務室の場所を覚えようとしていた黒ジャージ姿の千夜は、さすがと言うべきかそのまま医務室まで先導しドアを開けて待機している。ちとせがこうなることを想定済みだったのだろう。
「すみません、急いで診て貰いたいのですが!」
 ちとせをベッドに預け、事務所の常駐医に後を託す。
 当人が倒れ慣れていたとしても、気が気でない思いばかりは千夜と共有できそうだ。ちとせよりも千夜のほうがよほど苦しそうな顔をしていた。
 そんな顔をされては、千夜だけでもレッスンを再開しようなどと言えるはずもなく、千夜を置いて帰りを待っているトレーナーの元へ戻ろうとすると、
「待って。千夜ちゃんも……お願い」
「お嬢さま!?」
 置いていくつもりがここから千夜を連れ出せというちとせに、千夜も困惑を隠さない。
「せっかく来たんだもん。この子の面倒も見てあげて、ね?」
「……千夜さえよければ。無理にとは言わない」
「私は……お嬢さまがそう望むのなら、この者と共に行きます」
 決して本意でないことは誰が見ても明らかだった。それでも自分の意志よりちとせの意志を尊重した千夜は、名残惜しそうに仕えるべき主へ背を向ける。
 それならと千夜を連れてレッスンルームに戻り、残りのカリキュラムをこなさせることにする。楽しみながらだったちとせとは対照的に、これまで事務的に黙々とレッスンをこなしてきた千夜はことさら機械と化していた。
 身体の動き自体は初めてとは思えないほどの身のこなしを見せていたが、心ここにあらずでは本当に機械と同じである。
 全ての工程を終えると、千夜はトレーナーへの礼は欠かさず、しかし足早にちとせのいる医務室へ向かっていった。
 さぞやりづらかっただろうトレーナーへ労いの言葉もそこそこに、プロデューサーも後を追う。ちとせの体調も心配だが、むしろ千夜のほうこそ気掛かりだった。
「あ、魔法使いさんも来てくれたの? さっきは驚かせちゃったね」
9:
 遅れて医務室に入るなり、血色が少し良くなったように見えるちとせは一見何でもなさそうだ。話によると軽い貧血を起こしたらしく、休んだおかげでもう起き上がっていても平気だとか。
 しかしこの調子が続くようでは――と思案するまでもなく、千夜が何かを言いかける。
「お嬢さま……」
「そんな顔しないで。今日はたまたま倒れちゃったけど、気持ちよく歌えたし、身体も少し動かせて私は楽しかったよ。千夜ちゃんは?」
「私は、その……わかりません」
「そっか。もっと面白くなるように魔法使いさんにお願いしないとね♪」
 アイドルをする以上、歌と踊りがついて回ることはちとせも知っている。それでも前向きに楽しもうとしている姿は、どこか儚げに映った。
 一方、千夜からはレッスンをこなす上での感情が読み取れない。楽しいのか、つまらないのか、それすらも無くただ言われるがままやらされている。ちとせが倒れてからはさらにそんな調子だった。
 どう声を掛けたものか、とにかく見守っていた立場としての務めだけは果たさなければ。プロデューサーは今日のレッスン光景を思い出す。
「えっと……ちとせ。さっきは綺麗な歌声だった、もっと聴いていたくなったよ」
「そう? 歌でも魔法使いさんを魅了しちゃったかな。ふふっ」
「千夜もそう思うだろう?」
「お嬢さまならそれくらいは当然です。無論私も、お嬢さまの歌声は美しいと思います」
「千夜の歌声だって、俺は好きだぞ」
「……は?」
 ちとせに掛かりきりになっていた千夜がようやくこちらを向いた。何を言い出すんだこいつは、とでも言いたげだ。
「いや、は? じゃなくて。そりゃ感情の欠片も歌声に乗ってなかったけど、この声が気持ちを乗せていけたらどうなるか、俺は気になったけどな」
「あ、私も私も。千夜ちゃんの歌声なんて滅多に聴けないもん、なんだか得しちゃった」
「お嬢さままで……ああ、これがお世辞というやつなのですね。褒めるなら私でなくお嬢さまを褒め称えなさい」
「そんなことないのにー。ねぇ魔法使いさん、千夜ちゃん可愛かったでしょう?」
「それは……まだ判断材料が不足してるかな。もっといろいろ見せてもらわないと。あ、でもダンスは良かったぞ。確かに運動神経は良さそうだ」
「ほらほら千夜ちゃん、褒められてるよ♪」
「はぁ。好きにしてください。お前、私はいいからお嬢さまのことで他に何かないのですか?」
 煩わしそうにしつつも、ちとせのことを聞いてくるあたりプロデューサーとしての意見を求めてきている。従者としてもやはり主人の評価は気になるのだろう。
10:
「そうだなあ。言うだけあって、人を魅了する素質が備わり過ぎてて怖い。俺は今、とんでもない逸材を世に放とうとしてしまってるんじゃないだろうかって、そう思うよ」
「急に頭が悪くなったような物言いですね。言わんとすることだけは、まあ、伝わりますが」
「もっと具体的に褒めてほしいんだけどなぁ。お前は人を魅了するって昔から言われてるから、なんだか新鮮味がないし」
「お前、この道のプロならば的確にお嬢さまを称えなさい。今すぐだ」
「今日だけじゃ褒めようがないって! ……今後の日程だけど、レッスン内容はちとせ用に考えておく。だから、これに懲りずにまた来てくれるかな?」
 ここを乗り越えなければ2人をプロデュースすることは叶わない。何気なく次のことを促してみるが、大きな分水嶺であることに違いはなかった。
 内心祈るように2人の返事を待っていると、それが杞憂であったとすぐに気付かされる。
「当然でしょ。まだ舞踏会にも辿り着けてないのに、ここで引き返すなんて勿体ないよ」
「お嬢さまが望む限り、私はどこまでもお供するのみです」
 ちとせさえその気なら千夜も続けるつもりはあるようだ。ちとせのように楽しんでくれたら言うこと無しなのだが、今は2人がアイドル活動を続けれくれるだけでよしとしなければ。
 プロデューサーは思い描く。2人が舞台の上で綺麗に咲き誇っている姿を。そのための魔法使いであらねばと。
「なんか悪そうな顔してるね、魔法使いさん。楽しそう♪」
「見るに堪えません。お嬢さま、あれは放っておいて今日は帰りましょう。ご自愛ください」
「……聞こえてるぞ」
 皮算用より前に、まずは信頼を寄せられるよう努力せねば。そう考え直したプロデューサーだった。
11:
3/27
 レッスン場へ足を運ぶと、ちょうど小休憩の頃合いの千夜が静かに休んでいた。
 ちとせには用事があるとのことで、1人でレッスンに臨む千夜を見ていてほしいと頼まれている。頼まれずともそうするつもりではあったのだが。
 ちとせと違いアイドル活動に乗り気でない――ようにしか見えない千夜は、しかしトレーナー曰くレッスンそのものに手を抜いている印象はないそうだ。
 ただただ事務的に、主人がそう望むから行っている。そこに千夜の意志は介在していない。
 そんな千夜をどう見守ることがちとせにとっても良いのか、難しい課題だった。
「千夜、調子はどうだ?」
 こちらの存在を認めた千夜が、ちらとだけ目線をやる。
「特に問題はありません。そちらこそ、随分暇なのですね」
「ははは、俺が忙しくなるのは千夜にかかってるからね。当然ちとせもな」
「お嬢さまはともかく、私に期待するのは間違っています。私は所詮、お嬢さまの戯れに付き合っているだけに過ぎないのですから」
「戯れ、か。2人は何かする時、いつもそんな感じなの?」
「……」
 考える間を置いて、やがて千夜は言葉を紡いだ。
「お嬢さまが望むなら、それに従うのが私の役目。お嬢さまがそれに飽きてしまわれれば、私にとってのそれも無かったことになります」
「いや、無かったことにはならないだろう……」
「従者とはそういうものです。お嬢さまの戯れに振り回されることが楽しく感じたとしても、お嬢さまが楽しいと感じられなければ意味がない」
「うーん……。千夜って、ちとせのために生きてるって感じだな」
「そうですが、なにか」
 今までになくはっきりとした口調で、千夜は自身の存在意義を宣言する。
「私に価値はありません。ただお嬢さまに仕えさせていただくこと、それだけが私の人生ですから」
12:
 しばらくレッスンを見学し、ちとせに何と報告したものか悩みながら、彩りが変わりつつある己の城へ一旦戻ることにすると、中からちとせとちひろの談笑する声が響いていた。
 今日は来ないものと考えていた分、面食らいながら入室する。
「ちとせ? ちひろさんも……来てたのか」
「お邪魔してるよ。今日はもともとこうするつもりだったの。千夜ちゃんはどうだった?」
 レッスンより優先したい何かがあってのことだろう、ちとせには体調のこともある。そう思いつつプロデューサーはこれからまとめるつもりだった返答を用意しているはずもなく、言葉に詰まってしまった。
「えっと、後で追って連絡するよ。この前渡したやつ、あるだろう?」
 アイドル活動の際はこちらを使用するようにと、2人分の携帯電話を預けてある。
 型は古く、いわゆるガラケーだ。連絡を取り合う以外の機能をほとんど制限されてはいるが、仕事に使うものだからと納得はしてもらっている。
 プライベートの要件は自前のものを使えばいいだけだ。
「これでしょう? 千夜ちゃんとお揃いのこれ、ふふっ♪ ありがとね」
「そんなに喜んで貰えるようなものじゃないから恐縮だけど、それで? 今日はちひろさんに用が?」
「プロデューサーさんにもお話があるそうですよ。では、私はこれで」
 何の話をしていたのか特に触れることなく、ちとせが座っている赤を基調とした色合いに染められたソファの向かいにある、いつものソファからちひろは腰を上げた。
「ちひろさんも、今日はありがとう。いいお話をたくさん聞かせてもらっちゃった」
「これぐらいなら、また時間の合う時にでも。失礼しますねプロデューサーさん、ちとせちゃん」
 「え、ああ…………あの、ちとせ? 何の話をしてたんだ?」
 ちひろが出ていくのを見送り、代わりとばかりにソファへ腰を下ろしちとせと目線を合わせたプロデューサーは、嫌な予感で胸がざわつき出すのを抑えられなかった。
 自分よりも上手な少女に弱みでも握られたらどうなるか。どうせろくな目に合わないことは経験則で知っていた。
「別に取って食べようなんて思ってないから身構えないでよ。……美味しそうだったら、少し味見しちゃうかもだけど」
 舌を口端にペロッと出す仕草が妙に様になりすぎていて、美人は映えるな、などと危うくペースまで握られかけた自己を反省するように、一つだけ大きく咳をする。
「ごほん、っと。改めて、話って何? 千夜の前では出来ない話か?」
「そうだね――先にそっちの話をしよっか」
 どれほど話が積もるのか想像もつかないが、それでも察するに余りあるちとせの雰囲気の変化にプロデューサーも居住まいを正す。
 千夜がちとせのために働くように、ちとせもまた千夜のことを気に掛けているのは短い付き合いの中からも十分に感じ取れていた。
「千夜ちゃんのこと、どう思う?」
「どう思う、と言われても。アイドルとしてみた場合? それとも俺個人の感想?」
「どっちも、って言いたいけど、千夜ちゃんがここに戻ってくる前に、あなた個人の感想を聞かせて。嘘ついても見抜いちゃうから」
「重々承知しておりますとも。じゃなくて、そうだな」
 千夜の仕える者としての生き方。まだ高校生で、2歳上のちとせのためだけに自分の人生があるという。世にいる数多の女子高生の中で、千夜と同じ生き方をしている子がそうそういるとは思えない。
 なぜそうなったのか、あるいはそうせざるを得なかったのか。先日倒れたちとせを思い遣る千夜の姿から、自ら進んでちとせの側にいるようには見えた。
 それでも、自分の人生を捧げるまでにちとせの存在が絶対的なのは、何かがあったとしか思えない。そしてそこに他人である自分が踏み込むことは許されるのか。
 彼女を、彼女たちを上手くプロデュースするならば、理解していなければいけない。それだけは確かだと感じられる。
13:
「……」
「優しいね、魔法使いさんは。ちひろさんの言ってた通り」
「ん? って、やっぱり俺のことちひろさんから聞いてたのか!?」
 彼女たちのことを理解したいのと同様に、彼女らもまたその身を預けた相手がどんな人物か知りたがる。
当たり前のことではあるが、信頼するちひろからといえども何を吹き込まれているのか分からない状態はどうにも歯がゆい。使いようでは強力かもしれないカードを相手にだけ何枚も配られてしまったようなものだ。
「安心して、駆け引きしたいんじゃないの。そんなに眉間にしわ寄せてるとまた老けちゃうよ?」
「……俺はいくら老けたっていいんだよ、アイドルじゃないんだから」
 この部屋が多くのアイドルで賑わっている頃、新しくスカウトしてくる度に顔が老けただの疲れすぎだのアイドルたちに指摘されたものだ。その頃のことをちとせに教えられるのは、ちひろの他に今はいない。
「出会ったばかりの私たちのこと、考えてくれてるんだよね」
「預かる者としての責任だよ。預かるからには、輝かせたいから」
「なら、ためらわないで。私たちのこと、知りたいでしょう?」
「……。君たちは、どうして2人で生活してるんだ?」
 海外の親元を離れ、生活を共にする。血縁関係でもない2人の間に結ばれた主従関係の日常は、物語の中にだけ存在するような特異なものだ。そして千夜は、これをよしとしている。
「そうしないと、あの子が……闇に沈んでいっていっちゃいそうだったから。だからわたしのものにしたの」
 過去を懐かしんでいるのか、紅い瞳は何もない虚空を捉えていた。
「昔はね、天使みたいに笑ってくれる子だったんだよ。とっても賢くて、可愛くて。私が夜にしか輝けない月なら、あの子は太陽だった」
「千夜が……」
「うん。想像できないでしょう? 独りになってしまったあの子は、それまでの輝いていた世界から突き放されて、たった一人で暗闇の中に取り残された」
 天涯孤独の身となった千夜を――大切なものを、その暗闇から救い上げるためにちとせは千夜を自分のものにした。これ以上、千夜から何も奪わせないために。側に置くことでそれは果たされてきたのだろう。
「でも私は、あの子が本来持っていたはずの光を覚えてる。月に照らされてるだけじゃ勿体ないほどの眩しさを。あの子自身が闇を照らして、たとえまた独りになっても歩いていけるように、してあげたい」
「……千夜のために、アイドルを?」
「ううん、それだけじゃないよ。あなたみたいな人に出会えることは、小さい頃に魔女さんの占いで聞いてたからさ。たまたまあなたが魔法使いさんだった、ってだけ」
 前にも口にしていたが、魔女とは同業者のことだろうか。気にはなるもプロデューサーは黙ってちとせの言葉を待つ。
14:
「私は私のために今を楽しみたい。ただ、それ以上に千夜ちゃんが輝いてる姿を見たくなったの。静寂に包まれた月光浴もいいけど、舞踏会でスポットライトを浴びるなんて素敵じゃない♪ あなたには期待してるんだから」
「……責任重大だな」
 ちとせが千夜に寄り添う形で、千夜は孤独から救われた。在りし日の面影を無くそうと、千夜がちとせに忠義を尽くす理由はもう聞くまでもない。
「本当は、僕ちゃんなんて呼ぶことも無くなる日がくればいいんだけど。まずは1つずつ、ねっ」
「うん、了解した。千夜のことは、やるだけやってみるから」
「だーめ、絶対に輝かせてみせる! ぐらい言ってくれないと、噛みついちゃうよ?」
「……わかった。でもそれは君もだ、ちとせ。2人のプロデューサーなんだから、どっちも輝かせてみせないとな」
「そうこなくっちゃ♪ ……だから、千夜ちゃんのこと、お願いね。あの子をあの子らしくしてあげて」
 互いに思い遣っているのは伝わった。2人の関係性についてこちらに知らせておくことが、今日のちとせの狙いでもあったのだろう。
 しかし、それならば。ちとせなら、多少時間は掛かっても自分の力でかつての千夜を取り戻すことも出来るのではないか、とも思う。
 ちとせの僕としての生き方以外のことに千夜の目を向けさせるには、確かにちとせだけでは難題だ。そうするように命令として受け取って従うだけでは、独りでも歩けるようになったとは言えないからだ。
 それにそこまでの大義を、それが出来るかもしれない第三者の立場であれ、まだ付き合いの短い間柄だというのに託してしまってもいいのだろうか。
「それは、私の都合かな。今度は私の話……聞いてくれる?」
 首肯し、ちとせが語り始めるのを待つ。
ちひろとも話していた分疲れているのか、ちとせは一度大きく伸びをしてから、今度はしっかりとプロデューサーの目を紅い瞳が射抜いた。
「私、きっと長くないと思うんだ」
15:
4/27
 窓を開けると薄桃色を忘れ去った暖かな緑色の風が流れ込んだ。過ごしやすい時期になり、何かをスタートさせるにはうってつけの気候である。
 風にたなびくちとせの長く綺麗なブロンドが落ち着くまで待ってから、赤に侵食されつつある自分の城でプロデューサーは2人の少女に宣告する。
「ユニットを組みます」
「ユニット? 組む?」
 ピンときていないちとせの傍らに控えた千夜が、先を促すよう目で訴えてくる。
「えっと、2人のユニットだよ。アイドルユニットを組んでデビューさせます」
「私と、千夜ちゃんで?」
「うん。方向性も見えてきたし、そろそろ目標がないとやりがいもないだろうから」
「……お前の一存でそこまで決まるものなのですか?」
「企画書は上に通してあるし、曲も衣装も鋭意製作中ってとこだな。2人のためにいろんな人が動き出してる。そのつもりで2人にも動いてもらいたいんだ」
「あは。ちゃんと仕事してくれてるんだね、偉い偉い♪」
 先日、千夜に内緒で行われた会談の結果だということはちとせも察しているだろう。そんなことはおくびにも出さず、ちとせは無邪気に喜んでいる。
 対して千夜は、困惑といった様子か。表情が曇りだす。
「お嬢さま……よろしいのでしょうか? 私が、お嬢さまの組む相手だなんて……」
「2人で舞台に立てるんだよ? 私は久し振りにわくわくしてきちゃったけどなぁ」
「不満でもあるのか、千夜?」
「お嬢さまの組むに相応しい相手が、私であるわけが……」
「まさか、私のこと嫌いになっちゃったの? うぅ、寂しいよー、千夜ちゃーん」
「そういう言い方は、その……そんなわけ無いじゃないですか」
 どうやら主人の晴れの舞台に自分が上がってよいはずがない、と千夜は考えているらしい。それをわかっていながらちとせは千夜に振り向いてもらおうとしている。戯れているだけかもしれないが。
 千夜の反応はまだ想定通りだった。だからこそ答えは用意してある。
「千夜、このユニットデビューはちとせのためだけじゃないんだ。ちとせにとっても、千夜にとっても、アイドルとして最高の一歩を踏み出すために必要だと思ったから。2人じゃなきゃ駄目なんだ」
「……。聞かせなさい、お前の企んでいることを」
 ちとせのためと付け加えれば、千夜は無碍にはしない。もちろん嘘はついていないが、敢えて言葉にすることで千夜の気を引けるようにしなければ。
「第一に、2人はもう長い付き合いだろう? 色というか、空気というか、2人ならではの関係がある。主従関係もそうだけど、それだけじゃない。それはそのまま2人を表す個性にも繋がってる。ファンにアピールできる強力な武器だ」
 兄弟姉妹の繋がりでもなければ、アイドル同士がユニット独自の呼吸を生み出すためには相応の時間が掛かる。相性だって組んでみなければ見えてこないものもある。
 ユニットとしての課題を一足飛びにこなせるのは強みといっていいだろう。
「お嬢さまと、仕える僕(しもべ)……いや、世間的に僕って言い方はまずいか? そこは追々詰めるとしてだ」
 ちとせがいなければ千夜は自身に価値はないという。
 それなら、千夜の価値を自他共に認めさせてやれる存在はちとせ以外に誰がいよう。
16:
 ちとせはいつか千夜を僕ではなくしたいと思っているようだが、今の千夜にその役目を奪ってしまうのは酷というものだ。
 その課題はさておき、2人が2人らしく、それでいてどちらも輝かせるにはどうするべきか。
「ちとせの魅力を誰よりも引き出せるのは、千夜の他に俺は知らない。千夜の魅力を誰よりも引き出せるのは、やっぱりちとせしか知らない。2人のことを知らしめるのに、これ以上相応しい相手がいるか?」
「ふぅん……千夜ちゃんを輝かせられるかは、私次第ってことか」
 千夜を託された手前、早々とちとせの手を借りることになってしまったことは責められても致し方なかった。
「ごめん、俺に出来るのは相応しい舞台に導くことだけなんだ。舞踏会でどう踊るかまでは、その」
「あ、違うの。そこは判ってるつもり。私が言いたいのは、こんなに面白そうなこと――もっと早く言って欲しかったなーってことだけ!」
 ちとせの赤い瞳が妖しく輝いた、ような気がするほどの熱量で先ほど以上にちとせの目は爛々としている。
 千夜を誰よりも気に掛けているのはちとせだ。千夜を輝かせる、それが出来る舞台に上がらせる。そしてその輝きを一番間近で見届けられもするのだ。食いつかないはずがない。
「もちろんユニットなんだから、千夜がどうしても嫌だというなら無かったことにするしかない。もう一度聞くよ、千夜。不満があるなら言ってくれ」
 それまで黙って聞いていた千夜は、一度だけちとせとプロデューサーを交互に見やってから、はぁ、と息を吐いた。
「私の答えなど分かっていたのでしょう。覚えてますよ、既に多くの人がお嬢さまと私のために動いていると」
 ですが、と千夜は矢継ぎ早に告げる。
「お嬢さまを引き立てるのを、私が一番こなせるというのなら……その口車に乗るのもやぶさかではありません」
「ほんとか千夜、受けてくれるんだな!?」
「お前が受けさせたのに今さら何を。せいぜいお嬢さま、と私……のために、馬車馬の如く働くのですね」
「おお……さすがに馬役までこなすのは身が持たないな……」
「ぷっ、あはははは♪ 頑張ってね、お馬さん? あはははは♪」
 ひと際愉快そうに笑うちとせと、そんな主を眺める千夜の表情は、いつになく穏やかだ。
 再び暖かな風がとある事務所の一室へ舞い込む。2人の行く先も、この風のように歓迎されたらいいと、思わずにはいられなかった。
17:
5/27
 ユニット曲や衣装の打ち合わせ、LIVE会場の手配、その他にもプロデューサーとしてなすべき仕事を片付けるためデスクでパソコンに向かい根を詰めていると、ドアの開く音が聞こえてきた。
「お、千夜か。どうだった?」
 普段の仏頂面が少しも崩れることなく、冷然とした返事が返ってくる。
「何を考えているか分からない、と言われました。以上です」
「顔色1つも変わらないとは、クールだなあ」
「別に感情が無いわけではありませんが、手応えも無ければ驚くことも無いでしょう」
 ユニットデビューの企画の裏で、アイドルとして活動し始めたばかりの2人がそれぞれどこまで仕事を勝ち取れるのか、オーディションに挑戦させているものの未だ吉報は届いていない。
「こんな無駄なことをさせるくらいなら、レッスンを受けていた方が幾分マシなのですが」
「無駄じゃないって。何だよ、最初から受からないって決めつけてちゃ、受かるものも受からないぞ」
「お嬢さまならともかく、私が一人で赴いたところで結果を待たずとも見えているでしょうに」
「ちとせの方も、上手くいかなかったみたいだけどな」
「……見る者の目が悪いのでは?」
「いや、それは相手方に失礼だから……」
 ユニットを組ませる時はちとせを出汁に焚きつけたものだが、こと個人の活動範囲となると途端に消極的になってしまっている。何とか千夜にもアイドル活動に前向きになってもらうにはどうしたものか。
 ちとせからも託されているし、何より千夜にもちとせのようにアイドル活動を楽しめるようになって欲しい。それは千夜を輝かせるための必須項目といっていい。
「えっと、じゃあ同じオーディションを受けてた子を思い出せるか? どんなアイドルがいた?」
「? そう、ですね」
 口元に軽く握った拳を当てて、うつむき加減に千夜は今日受けたオーディションを振り返っている。
18:
 経験も浅く、心に余裕が持てなくて自分のことで精一杯になっても何らおかしくはないというのに、細部まで思い返せるほど冷静だったのだろうか。新人揃い踏みの中でそうであったとしたら、異質に映ってしまっても道理である。
「緊張からか、呂律が回っていない方、身体の動きが不自然な方――ああ、遅れそうになったのかオーディションが始まっても肩で息をしていた方もいましたね」
「それで、審査員の方々はどういう反応だった? 審査する時の雰囲気というか」
「特に咎めるでもなく、思っていたよりも……その、和やか、だったかと」
「うん。まあ、新人をわざわざ起用したいなんて案件だ、大抵のことは大目に見るつもりだったんだろう。むしろその初々しさが決め手になったりしてな」
「……そこまで読んでいた上で、何も教えないまま私に行かせたのですか?」
「こういう場合はむしろ教えないから良いと思うけど……ごめん。俺がまだ千夜のことをわかっていないせいだ」
 つい謝罪の言葉が漏れてしまい、遅れて頭を下げる。
 ちとせも含めいきなり戦果を上げてこいなどと高望みはしてはいないが、彼女らに向いている仕事を取ってくることもまた、プロデューサーとして果たすべき仕事だ。
 2人のユニットデビューはきっちりとしたお膳立てを元に成り立っている。上手くいけば一気に注目を集められるが、だからこそ無名の新人として、独力で1から積み上げていく段階を今のうちに経験しておいてもらいたいのだ。
「お前が謝る必要はありません……頭を上げなさい」
 文句の1つでも頂戴する覚悟だったが、千夜にその気はないようだ。
 言われるがまま頭を上げると、千夜は千夜で謝罪を受けることになるのが予想外だったのか、決まり悪そうにしている。
「お前も、苦労しているのでしょう。お嬢さまの戯れに乗せられ、私などをアイドルに仕立て上げねばならないのですから」
「まあ、それが仕事だから」
「無から有は生み出せない。価値のない者がその価値を評価されにいくなどと、土台が間違っているのです」
「そうかなあ。俺は千夜に価値が無いなんて思わないよ? だって――」
 初めて千夜と出会った時のことを思い出す。
 ちとせと出会った翌日、久し振りに使う人数が増えそうな自室を整頓しようとばたばたしていた時、いきなり現れたのが千夜だった。
19:
『お嬢さまよりここへ行けと言われました。だから来た。それだけです』
 お嬢さまというのがちとせを指していることに気付くまで話が噛み合わないまま、それでも本心ではないがアイドルにはなろうという謎の押し売りをする彼女に感じるものがあった。
 今こそ離れているが、中にはアイドルになる気がなかったはずの少女たちの活躍もちひろ越しに聞き及んでいる。
 スカウトやオーディションでの採用基準として、本人のやる気は関係ないというのも我ながらどうかと思っているが、とにかく千夜には惹かれるものがあったのだ。
たとえちとせの差し金でなかったとしても、千夜のことは是非ともアイドルにしていたように思う。勘の働くままにスカウトをし続けていたかつての自分であれば、それだけの価値はある、と見据えて。
「――あんな自己アピール、初めて聞いたよ。なりたいのかなりたくないのかどっちなんだー、ってね。……ぷっ」
 千夜との出会いを回想していたら笑えてきてしまい、今度はにやけているだろう顔をパソコンの陰へ隠すために頭を下げる。もちろん意図はバレバレだ。
「な、何を笑って、くっ……お前ぇぇええ!」
 プロデューサーのデスクへと詰め寄る千夜。少しでも距離を取ろうとするも、椅子を半回転させて背を向けるのがせいぜいだった。
「いや、やっぱ駄目だよあれは。ああでも今度オーディションで同じ風に言ってみたら、案外受かるかもよ? 俺みたいな審査員だったらな、くくっ」
「今すぐ忘れなさい、聞いているのですか!」
「ははは、面白いなー千夜は。面白い上に可愛いときた、こんな子に価値がないなんてそれこそ笑っちゃうね」
「馬鹿にしてますね? 馬鹿にしてるでしょう。……少しは見直してもいいかと思えば、これか」
「え、千夜? 待った。目がマジなやつだ! 助けてちとせー!」
「喚いても無駄です。だいたいお嬢さまは今――」
 と、そこへ都合良くドアが開き、タイミングを計ったようにブロンドの少女がにこにこしながら入ってきた。
 突然の主人の来訪に、千夜も目を丸くしている。
「2人とも、私がいない間に随分仲良くなっちゃって。どんな魔法をかけたの?」
「お嬢さま!? これは、違います! ……いつからお戻りになられていたのですか」
「駄目だったって先に連絡くれてたからな。そろそろ戻ってきてもおかしくない時間だったし、いや助かったよ」
 千夜から恨めし気な視線が送られてくるのを流しつつ、賭けに勝ってこの場を収めてくれたちとせに感謝するしかなかった。
「ごめんね千夜ちゃん、何か飲みたいんだけど淹れてくれる?」
「かしこまりました。コーヒーでよろしいですよね、少々お待ちください」
 すっかり給湯室の番人――ただしちとせ専用の――となった千夜は、手際よく準備を開始している。
 千夜と入れ替わりにちとせがこちらへ近づいてきた。というよりは、そのために千夜を給湯室へ追いやったに違いない。
「……やり過ぎたかな」
20:
 ちとせの手前、仕方なく引き下がっただけだとすれば、千夜の内心たるや淹れたてのコーヒーよりも熱く煮えたぎったりはしていないだろうか。
「ううん、あなたのやり方でいい。……千夜ちゃんってあんな風に怒るんだね」
「ケンカとかしたことないの?」
「ないよ。私の僕ちゃんになってからは特に、ね」
「……ちとせの言う事なら何でも受け入れそうだもんなあ」
「あっ、でも私しか知らない千夜ちゃんはまだまだいっぱいいるんだから、いろんなあの子を引き出してあげて? 本当はもっと可愛いんだから♪」
「努力します……まずは嫌われないように」
「あは、大丈夫だよ。あの子もきっと、あなたと同じ」
「え? それって」
 話は終わりとばかりにブロンドが優雅に翻る。そのままちとせの特等席へ変貌している赤くなったソファへ、座り心地を誤魔化すためにもたらされた高級そうなクッションを添えて腰を下ろすと、程なく千夜が主人にコーヒーを運んできた。
 以前はちひろによくそうしてもらったな、と懐かしみながら中断していた仕事を片付けるためパソコンへ向き直ること数分、またも誰かが近付いてくる気配を感じてそちらへ顔を上げる。
「……どうぞ」
 それは千夜だった。1人分のコーヒーを携え、邪魔にならないようにパソコンのモニターを眺めながらぶっきらぼうに言う。
「お前もお前の仕事をしているようですし、もののついでです。それともコーヒーは苦手でしたか」
「そんなことはないけど……」
 これまたちとせ色に塗り替えられた食器類で、千夜から何かを差し出されたことは一度たりともなかった。
 どういう心境の変化だろうか、はたまたそのコーヒーには何か仕掛けが? と一瞬脳裏をよぎり、反応できないでいる。
 いや、これはちとせがさっきくれたヒントの通りなのかもしれない。千夜もまた、プロデューサーとの距離を測りかねているのだ。
 仏頂面の奥に隠れた少女の一面を垣間見れて、つい笑みがこぼれる。
「なんだその顔は……心外だ。気が変わった」
「えっ、あっ、ちょっと! 違うんだ、飲みます頂きます!」
「くすっ。あらあら」
 2人を見やるちとせが思わずこぼした苦笑いは、口に含まれたコーヒーの苦みのせいではなく、だけれどそれは千夜のコーヒーのせいであった。
21:
6/27
 終わりなき探究の末、千夜の機嫌が良好であるかどうかを見極められつつあった。
 といっても、ちとせとの合同レッスンがある日しか拝めないので、機嫌の良い理由は明白である。
「お嬢さま。そろそろ参りましょう」
「あーん、もうそんな時間? じゃあ行ってくるね、魔法使いさん♪」
「行ってらっしゃい。無理はしないようにな」
 コツコツとちとせ好みに居心地を改良されてしまったからか、ちとせと千夜が2人揃っている時に限り、事務所に滞在している時間が長くなってきている。
 たまに事務所内の施設を巡っているようだが、やはりこの部屋でくつろいでいることが多い。まだ半分くらいは何にも染まらずにいられている部屋も、いつしか塗り替えられてしまいそうだ。
 なおこれ以上侵攻する場合は力仕事と相成りそうなため、自らの手でちとせの居城へと改装する日も遠くない。
「まあ、他にアイドルもいないしな……」
「誰がいないんですか、プロデューサーさん?」
 独白を聞き返され慌てて声の主を確認すると、資料を抱えたちひろがデスクに座るところだった。
「ちひろさん? い、いつの間に」
「ちとせちゃんと千夜ちゃんとすれ違いに入りましたから、驚かせちゃいました?」
「そんなことないですけど、ははは」
 本日はかつてプロデュースしていたアイドルたちの近況報告、並びにアイドル活動が上手くいっていない者へのフォロー案、といったアフターケアをちひろを介して行う手筈になっている。
 後を任せている同僚のプロデューサーからすれば、回りくどいことこの上ないだろう。
 しかし彼女たちへの負い目もあり、会いに行くこともかなわない状態で自らプロデュースする状態にはない。
「寂しいんですよね、本当は」
「……」
 出来ることなら、かつての賑わいを取り戻したいと思っている。ちとせと千夜もその中の一員に加えて、まとめて面倒を見てやりたい。
 そうしていくだけの自信が、なくなってしまった。なんとか輝かせようと必死になってきたプロデューサーは、その輝きを失う星々の姿を目の当たりにすることを恐れるようになっていたのだ。
「……逃げ出した俺が望んでいいことじゃないですから」
「あんなに必死になっていたプロデューサーさんを、誰も責めたりなんてしませんよ。それぐらいわかっていらっしゃいますよね」
「だとしても、合わせる顔が……」
「では、少々強引になりますが、合わせてきてください。はいこれ」
 自然な流れでデスク越しに渡されたそれを、うっかり手に取ってしまった。
22:
「封筒? 何ですかこれ」
「女子寮の方に届けなきゃいけない書類が入ってます。今日中に、とのことなので、どうぞよろしくお願いします♪」
「えっ、そんな、ええっ!?」
 確かに強引だ。ちひろがこんな手段を取るとは思いもよらず、突き返そうにも受け取ってくれそうにない。
「みんな、といっても今日のところは女子寮にいて時間帯の合う子たちだけですが、会って話したがってるんですから。今日ぐらいは叶えてあげください。いいですね?」
「うう……」
 プロデューサーの私情に振り回されているちひろを思えば、これでも優しい方だ。ここで筋違いにも拒否することはあってはならない、考えなくてもわかっている。
 懐から動かない懐中時計を取り出し、思い出を反芻する。積み重ねたもの、消え去ったもの。覚えている全ての中から呼び起こされるのは、逃げ出した自分を責めもせずに心配してくれた数々の声だった。
「わかり……ました。打ち合わせが終わり次第、行ってきます」
「では手早く終わらせないと、私がみんなに怒られちゃいますね」
「……ありがとうございます。ちひろさん」
「いえいえ、背中を押すのも私の仕事の内ですから♪」
 ちひろのおかげでいつもより早帰りとなり、帰り支度をしているとレッスンの終わったちとせと千夜が部屋へ戻ってきた。
「あれ、今日は早いんだ。へぇ……もしかして、デート?」
「届け物だよ。女子寮にちょっとな、ちひろさんに任されたんだ」
「女子寮に、お前が? 良からぬことでも企んでいるんですか」
 千夜にとって自分とはどういう存在なのだろう。気になったプロデューサーだが、話を脱線させている暇はない。
「ほら、ここ締めるから用が無いなら悪いんだけど」
「魔法使いさん、その女子寮ってここから近い?」
 新しいおもちゃでも見つけたかのように、ちとせは目を輝かせている。
「そりゃ、近い方が便利だろうな。ここから歩いていけるよ」
「ふぅん、そっかそっか。……それじゃあまたね♪ 行こっ、千夜ちゃん」
「あ、はいお嬢さま。ではこれで」
 何か考え事をしていた千夜の手を引いて、ちとせはやけにあっさりと去っていった。
 楽しそうなこと大歓迎、といったスタンスのちとせも寮には用が無いはずだし、一体何を閃いたのやら。
「…………俺も行くか」
 ためらいはある。だが会いたいくないと言えば嘘になる。ちひろの言う通り、こんな自分を温かく迎えてくれるだろうことは想像に難くない。
 受け持った全員に良い夢を見せ続けてやれなければ、魔法使いなどと呼ばれる資格は無い。そんな夢のような話を実現出来てこその魔法使いではないのか。
 逃げ出した自分を責めるようになってからというもの、延々と繰り返される自責の念にに一つの区切りをつけるべく、ちひろなりの思いやりをしっかりと掴んで部屋を後にする。
 そうして事務所の敷地を出るやいなや、見知った2人組の、主に1人の談笑する声がした。
23:
「まだ帰ってなかったのか」
 どことなく渋い顔をしている千夜を隠すように、こちらに気付いたちとせが一歩前へ出る。
「せっかくだから途中まで一緒に歩こうと思って。たまにはどう?」
「誘いは嬉しいけど、アイドルなんだからそういうことは相手がどうであれ控えてもらわないと」
「ちひろさんの言ってた通り、ガードは完璧ってこと? なーんだ、つまらないなぁ」
「……世間に全く認知されていないアイドルを、何から守るつもりなんですか」
 ふぅ、と息を吐いてから千夜もちとせを援護する構えに入った。
 もし2人が脚光を浴びていくことになれば、プライベートな時間に異性である自分が並んで歩くことはかなりのリスクになるだろう。スキャンダルで失脚などもってのほかだ。
 ただ、千夜の言い分もごもっともである。これからデビューしようという段階の名も無きアイドルへ、その手の人間が目を光らせている理由もない。
「……わかったよ。でも歩くったって本当にそこまでだぞ?」
「いいのいいの、ほら腕貸して」
 そう言うと、ちとせはプロデューサーの右腕を掴むように、あるいは捕まえるように両腕を回した。
 微かな薔薇の香りと、突然の柔らかな感触に襲われ、一瞬にして踏み出そうとした足が硬直し動かなくなる。
「お、お嬢さま!? お前ぇぇえええ!! お嬢さまから離れなさい!」
 千夜もちとせの振る舞いに驚いている。自分よりも冷静さを失った人がいると、たちまち脳が落ち着きを取り戻すのは何故だろうか。
「俺悪くないよね? ほらちとせ、早く離れてくれないか」
「へぇ。私に腕を取られて堕ちずに強がり言える人、初めてかも♪」
 追撃とばかりに両腕へ力を込めるちとせ。更なる密着に頭が溶けそうになるが、かろうじて正気を保たせてくれる黒いオーラが辺りを吹きすさんでいる。
「千夜から凄まじい殺気が……! やめ、堕ちる前に落とすから、命を!」
「かくなる上は――お嬢さま、しゃがんでください!」
 何かを手にした千夜の請願に応えるが早く、ちとせはひざを折り頭の位置が下がった。そこへ自由になったと油断したプロデューサーの顔面に何かが噴き付けられる。
24:
「ぎゃああああああ!? なん、目が、目がああああああああ!!」
 おそらく催涙スプレーの類を食らわされたようだ。防犯グッズの定番の餌食によもや自分がなろうとは。
 あまり長く使われなかったのが幸いしたか、そこまで苦しみを味わうことにはならなかった。加減されてこれならいざという時頼りになるだろう。問題は今がいざという時だったのかどうかである。
「お嬢さま、あまりお戯れが過ぎますと痛い目を見ますよ。……こいつが」
「酷い……何もしてないのに……」
「あー、ごめんね? 千夜ちゃんがそこまで全力で守ってくれるとは思わなかったから」
「……それの試運転がしたくて俺を待ってたとかじゃないの?」
 それこそ気が早い――とはならず、ただでさえ人目を引きやすく身体も弱いちとせには常に持っていてほしい一品だ、とその身に染み渡るプロデューサーだった。
 それよりも、今回の待ち伏せの狙いは他にあるということか。とんだとばっちりである。
「ううん、これはずっと前から千夜ちゃんに持たせてたものだよ。こういうのって可愛い子にはみんな持たせてるんでしょう?」
「私にはお嬢さまにこそ常備していただきたい代物だと思うのですが……」
「私は大丈夫だもん、何かされそうになる前に虜にしちゃうし。仮に危なくなったとしても千夜ちゃんが守ってくれるしね♪」
「買い被り過ぎです。お嬢さまならともかく私にはこんな物、いや……初めて役に立ったか」
 しげしげとスプレー缶を見つめる千夜。物騒なので早くしまってほしい。
「……。ところでどこに持ってたんだ? 他にも何か隠してないだろうな?」
「みすみすお前に手の内を明かすとでも?」
「俺は不審者と同レベルの存在なのか……」
「お嬢さまに手を出す者が不逞の輩でなく何だと言えるのですか」
「出してないっての! ああもう、俺は行くからな! 2人も遅くなる前に帰るんだぞ」
 埒が明かなくなるとみて、自分にはまだ大事な用件が残っていることを思い出し、ちとせの一緒に歩こうという申し出を断り女子寮へ向かうことに決める。
 ちとせの目的は別なところにあったのだろうが、ひとまずは身が持たないのでそれは別な機会に伺ってみるとしよう。
 目に後遺症が残るようなら良い医者を紹介する、と履行されずに越したことのない約束を交わし、1人女子寮へと歩き出した。
 女子寮へは歩きよりも車での送り迎えで訪れるのが主な来訪要因だったため、徒歩で来てみると予想よりもあっという間に着いてしまった。
 足繁く通い詰めたといったほどでもないが見慣れた建物を前に、不思議と心は平穏だ。
 先ほどあった一件、まだ残留している目の痛み等が、余計なことを思い巡らす余裕を持たせてくれなかったおかげだろうか。
 辿り着いたからにはやるべき事は済まさねばならない。動かない懐中時計をしまってある胸の辺りに手を置き、一度だけ深い呼吸をして。
 置き去りにした過去と向き合うべく、プロデューサーは玄関のチャイムを鳴らした。
25:
 6.5/27
「お嬢さまはあの者に気を許し過ぎではありませんか?」
 自由気ままに振る舞う様を間近で見てきた者として、今回もただの戯れと言い切るには些か度が過ぎていた。
 自ら身体を寄せ合うなど、暇をもてあそんだところへ私にじゃれついてくるそれとは趣向が違う。そんな風にご自身を安売りする方ではない。
「たまにはご褒美もあげないとね。千夜ちゃんこそ、あれはやり過ぎなんじゃない?」
「褒美を与えるに値する仕事はまだこなしていないかと。ですので、これで帳尻は合っています」
「厳しいなぁ。それより、魔法使いさんを見失っちゃうよ。そろそろ行かなきゃ」
 私の進言も意に介さず、ちとせお嬢さまは小さくなっていくあいつの後ろ姿を追い始めた。
「……はぁ。お待ちください、お嬢さま」
 どこまでがお嬢さまの描いたシナリオなのか、私にはわからない。わかる必要もなく、いつも通りに私はお嬢さまの後につく。
 今度は探偵ごっこのつもりなのだろうか。日も傾いていく中、時に電柱、時に停車した車の陰。付近にある身を潜められそうな物に隠れては、こちらに気付く素振りも見せないあいつを愉快そうに追い掛ける。
 これではやりがいも無いだろうに、すぐにでも飽きてしまわれそうだと思っていると、目的地に着いたのかあいつが足を止めた。
「興味ない? あの人が以前手掛けてたっていうのが、どんなアイドルなのか」
「そのためにこのような真似を?」
「こうでもすれば、あの人の奥底にあるものが覗けると思って。私たちよりも魔法使いさんに詳しいはずでしょ?」
 ややあって、あいつは玄関のチャイムを鳴らした。すぐさま中へ招き入れられるようなら私とお嬢さまのこの行為も無駄になる。あまり賢いやり方とは思えないが、この機を逃してはこの先しばらくわからずじまいとなる予感もあった。
 物陰から眺めていると、すぐに答えが現れる。わらわらとなだれ込むように玄関口へ数人の人だかりが出来ていた。
 あいつを囲うのはどこかで見覚えのあるような、いずれも私とそう年の変わらない少女たちだ。誰もが眩しいほどの笑顔であいつを手厚くもてなそうとしている。
「大人気だね、魔法使いさん」
「…………」
 ふと、あいつが時折見せる哀愁を纏った表情が浮かんだ。無くしたもの、取り返せない大事な何かを思い返しているような、あいつの顔を。
 あんな顔を見せながら、今あいつの目の前にあるのは何だというのだろう。手を伸ばせばすぐ届くのに、そうしない理由がどこにあるのか。
 くしゃくしゃになりながら引っ張られるように建物の中へと消えていくあいつ。その背中からは、最後まであいつが今浮かべているだろう表情は読み取れなかった。
「悪い人じゃないよね、きっと。あんなに女の子をはべらせて、女の子が大好きなのは間違いないだろうけど。ふふっ」
「……」
 慕われているのは明らかだ。そこに至るまでの物語を知らない私には、おいそれと口を挟む余地もないだろう。そんな少女たちを放って、あいつはお嬢さまと私なんかを相手にしている。
……単純に、意味がわからなかった。
「帰ろっか、千夜ちゃん」
「はい……」
 お嬢さま以外の人に興味はない。そう思っていたはずなのに。
 胸でくすぶる何かに気付かない振りをして、私はお嬢さまに従う。
 道すがら、僕としてあるまじきことだと己を叱責しながら、それでも、私は――
「うん? 珍しいね、千夜ちゃんからなんて」
「すみません。……少しだけで、構いませんから」
「いいよ、いくらだって。温かいね、千夜ちゃんの手」
 訳も聞かず、私の手を握り返してくれる大切な人に、今晩は何を振る舞おうか。
 藍色の空へ浮かび始めた煌めきに照らされながら、必死に別なことを思い浮かべようとする。
 だが私はあの地上の星たちの輝きと、それを敢えて遠ざけるような振る舞いを見せているあいつのことも、頭にちらついて離れなくなった。
 ――その夜は、炎の荒れ狂う夢を見た。
26:
7/27
 ちとせがレッスンで不在の中、ソファに座り主人の帰りを待つ千夜はただの一言も発さなかった。
 これまでも用が無ければ特別言葉を交わすこともなかったとはいえ、顔を合わせても挨拶すらなく、ひたすら黙ってちとせを待っている。
 たまに視線を感じはするが、どうにも刺々しさを帯びており振り向くことが出来ない。涼やかな横顔で千夜は何を思っているのだろうか。
 頼みのちひろもこの部屋に来る予定は入っていない。どうしていいか誰か教えてほしい。
 ただ虫の居所が悪い、というだけで済む気配じゃないことは雰囲気から察せるのだが。
「――お前は」
 プロデューサーが迷いあぐねていると、ようやく口を開いた千夜の声は、2人では広すぎる部屋にも不思議とよく通った。
「どうしてお嬢さまと私の面倒を見ているのですか」
 些細な動向も見逃さない、といった眼光に気圧されながら、千夜の言葉の意味を考える。
 今になってプロデュースしている理由が気になった、という風ではないだろう。仕事だから、は求められている答えではない気がした。
「言い方を変えます。お前には他に面倒を見るべき人たちが、いるのではないですか」
「……ちひろさんに聞いたのか?」
「質問しているのは私です」
 ぴしゃりとはねつけ、譲らない確固たる意志を見せつけられる。
 ちとせが嘘を見抜くなら、千夜は真実を口にするまで引かない。どちらにせよ白黒つけるまでこの問答は終わらないようだ。
「……いる。いや、いたが正しい」
「過去形、か。この部屋の広さもその名残、違いますか」
「そうだよ。その頃はちひろさんもほとんど付きっきりでいてくれてたし、みんなでトップアイドル目指そうって……大きな夢を見てたんだ」
「それが何故、こうなっているのでしょう。お前が夢を見せておいて、ひとり目が覚めたからと放っておいているのですか」
「……ああ、そうさ。叶わなかった時のことを恐れて、逃げ出した。そのくせこうしてこの仕事にしがみついている」
 言い訳はしない。かつての喧騒も未だに聞こえてこないのが、彼女たちから逃げ続けている何よりの証拠だ。
 奥歯を噛み締め、せめてちとせと千夜に背を向けることが無いよう、こちらを捉えて離さない視線に真っ向から立ち向かう。
 すると、問い詰める側の千夜の方が、逆に目を伏せてしまった。今ここで苦しい思いをすべきなのは千夜ではないはずなのに。
「えっと、千夜? 聞きたいのってそれだけ?」
27:
「……お前は、ずるい」
 振り絞るようにそれだけ言うと、千夜はそのまま押し黙る。言葉が上手くまとまらないのか、口を開いては俯きながら手で覆って出掛かった声を飲み込む、そんなことを繰り返していた。
 様子のおかしい原因は見当もつかない。ただ今は、千夜を苛ませている何かを知るのが先決だとプロデューサーは感じ取る。
「そっち、いくよ。ゆっくりでいいから聞かせてくれないか。考えてること、全部。文句でもなんでも、全部聞くから」
 返事はないものの、拒むつもりもないようだ。
 席を立ち、迷いつつもソファに座った千夜のすぐ隣へと座る。向かい合うよりは話しやすいと思ったからだ。
 さて、どうするか。千夜はまだ言葉を紡げないでいる。せめて千夜から向けられている感情の正体だけでも掴まなければ。
「俺のこと、軽蔑してる?」
 千夜は首を横に振った。責めていたわけではないのだろうか。
「ずるい、ってのは俺がみんなから逃げたから?」
 またも違うらしく、首を横に振る千夜。
 それ以上は探りを入れようにも、取っ掛かりすら見えてこない。千夜が考えをまとめるまで待つしかなさそうだ。
「……。私がお嬢さまに仕えることになった経緯は、聞いていますか」
 ようやく話す道筋を立てられたのか、千夜はちとせの特等席に目をやりながら呟く。
 いつかちとせが語ったことを思い返す。
「独りになった千夜を、ちとせが……」
「そうです。12のとき独りになった私を、黒埼のおじさまが家にこないかと誘ってくれました。お嬢さまの働きかけも当然あったのでしょう」
 独りでは闇に沈んで行ってしまいそうだったから自分のものにした、とちとせは言っていた。
「養子にはなりませんでした。おじさまが後見人になってくださっていますが、使用人として雇われている。そういうことになっています」
「だから僕ちゃん、なのか」
「おい、その名で呼んでいいのはお嬢さまだけだ」
「すみませんでした……」
 触れてはいけないラインらしい。肝に銘じておかなくては。
「えっと、それで?」
「私には……何もない。私の人生という物語の主役はお嬢さまであり、お嬢さまと過ごせる時間はお嬢さまの望むそれであれば良いと……そう願っているから、こんなところにいます」
 千夜がちとせに尽くしているのは、全てを失った千夜に唯一差し伸べられた光だったからなのだろう。同じ境遇に立たされてみなければ、その忠誠心はきっと推し量れない。
28:
「だけどお前は、そうじゃない。たとえ何かを見失って逃げ出したとしても、ずっと待ってくれている人がいる」
「だから……ずるい?」
「……私にもよくわかりません。ただ、お前の夢に見せられた人たちにとっても、今のままでいいはずはないでしょう」
 千夜が失くしたものは、どんなに欲しても帰ってはこない。だからこそ、千夜にはプロデューサーが大切にしているものを放置して、その上でちとせと千夜だけをプロデュースしている現状が疑問となっている。
 このままでいいはずがない、ちひろにも再三言われてきていることだ。千夜に指摘されるとは思いもよらなかったが、その千夜もまたそんなプロデューサーを責めてはいなかった。
「聞かないのか? 俺がどうしてみんなから逃げ出したのか。どうして君たちを、プロデュースしているのか」
「興味ありません。話したければ勝手にしろ。話したくないなら……聞かないでおきます」
 ぷいとこちらが座る反対側へそっぽを向かれた。話は終わったらしい。
 いっそ千夜に叱ってもらえたら、少しは心が軽くなったりしたのだろうか。
 千夜がそうしないのはきっと、ちひろを含めた誰もがプロデューサーを咎めていないことに気付いているか、あるいは知っている。
 もしくは……深く関わり合いになりたくないだけか。いずれにせよ、千夜から初めて歩み寄ってくれたことには変わらない。
 こうして自分だけがいつまでも自分を責め続けている。どうにも優しい少女とは縁があるようだ。
「話したくない、わけじゃないんだ。そんなに長くなる話でもないし」
 だが千夜とちとせには、自分の過去のしがらみに囚われて欲しくなかった。
 こんな自分がちとせに惹かれ、千夜に惹かれ、彼女たちに負けないくらい2人を輝かせることが出来た暁には。
「いつか、みんなを紹介するよ。だから……頑張らせてくれ」
「それはお嬢さまに伝えなさい。せいぜい愛想を尽かされないよう、お嬢さまを退屈させないことです。私も……お嬢さまのためになるなら、そう望みます」
29:
8/27
 2人がユニットデビューを果たす日も差し迫り、合同レッスンを中心にスケジューリングしてある。最後にそれぞれ受けさせていたオーディションの合否はまだ発表されておらず、それを確認出来たら残った空白を確定する次第だ。
 待つのも兼ねてレッスンルームへ見学しにきたプロデューサーは、ダンスレッスン中の2人の様子を眺めていた。振り付けを覚えている最中であり、進捗状況を窺うには都合が良い。
 体力の問題から、ここまで基礎トレーニングをひたすら積んできたちとせの動きは、余力が残されている内は相方に引けを取らない華麗さを見せている。
 本番はここに歌も加わるので、負担を考慮するなら今のうちに振り付けを変更するなり判断を下さねばならない。
 一方千夜はというと、体力的には問題がなく相変わらずの飲み込みの早さで振り付けをものにしていた。余裕があると見るなら、ちとせの負担を肩代わりさせるのも手か。
 トレーナーは2人をどう見ているか、率直な感想を聞きたい。そんな視線を送ってみると、どうやら意図を汲んでくれたようでレッスンは小休憩を挟む運びとなった。
「……はぁ、疲れた。血が足りないかも……」
「お嬢さま、飲み物はこちらに。さあどうぞ」
 ちとせを気遣う余力も健在な千夜を横目に、休みが間延びしないよう急いでトレーナーと意見を交換する。
 初めを思えばちとせはよく動けるようになってはいるが、やはり体力をどこかで温存させないと一曲通すには不安が拭えないそうだ。手を加えるなら早い方がいい、概ね一致した意見である。
「デビューの晴れ舞台で倒れさせるわけにはいかないからなあ……」
 悪い意味で注目を集めてしまっては意味がない。むしろマイナスだ。
 トレーナーの了承を得て、休憩している2人に決定事項を伝えることにした。
「少しいいかな、そのままでいいから話があるんだ」
 千夜の肩を借り、身体を預けて楽な姿勢で座っているちとせは少々気だるげだ。顔色は悪くない。
「なぁに? 心配しに来てくれたの?」
「……」
 ちとせのいない間に千夜と話しあってからというもの、何とも言えない気まずさが残り千夜はこちらを一瞥して顔を背けてしまった。こんな調子がずっと続いている。
 これもどうにかしないといけないが、まずは目下の問題を片付けなければ。
「役割配分を変えようと思う。だから君たちの意見も聞きたい」
30:
 ちとせの体力を考慮し、ダンスパートは千夜に比重を置き、その分の歌唱パートをちとせが受け持つ。それぞれの長所を活かした変更、といえば聞こえはいいが。
 反応を待つと、先に答えたのは千夜だった。
「お嬢さまのためになるなら、私は構いません」
 思った通りの返事だ。千夜ならちとせを案じた目論見とあらば否定などしまい。
 しかしこれは2人のユニットとしての問題だ。ちとせの意見も聞かずには何も始められない。
「それって、私の分まで千夜ちゃんが頑張らなきゃいけない、ってことだよね」
「運動量って意味なら、そういうことになるかな」
 姿勢を正し考え込むちとせに、千夜は迷いなく言う。
「考える必要はありません。お嬢さま、私なら大丈夫ですから」
「うん……魔法使いさんたちが正しいんだよね。自分の身体のことだもん、それは判ってるつもり」
「でしたら、何をお考えなのですか? 何をためらわれているのです?」
 ちとせは考え込む素振りを見せつつ、ちらと目線だけでこちらへ訴えかけてきた。
 本心ではちとせもそうするべきだと思っているのだろう。だがそれで納得するかは別の話だ。
 ちとせが満足してくれるアプローチをしなくては。ただ千夜に体力的な負担を肩代わりさせるのではなく、ちとせと千夜だから成り立つユニットなのだと。
 主従関係は後から付いたものだ。千夜がちとせを大切に想うように、ちとせもまた千夜を大切に想っている。舞台の上では、そんな2人も存分に表現してほしい。
「……今ここにいる2人を、ファンに伝えられるように。知ってもらうために、最高のパフォーマンスを引き出したい。今のちとせに無くて千夜にあるのが華麗なダンスなら、今の千夜に無くてちとせにあるのは聴衆を魅了する歌だ。補い合えば、互いを引き立てられる」
 ぽつぽつと紡がれていった言葉は、やがて重みを増し、力強く発されていた。
「今出来る最高到達点を目指そう。いつか補い合う必要が無くなったなら、その時は並び立って見せてくれればいい。2人の創る最高の舞台を――それじゃだめかな」
 長くない、そう宣告したちとせがどこまでの未来を描いているかはわからない。
 だが今回はデビューするための初舞台だ。ここから始まるのだから、当然その先も見据えていてもらわなくては困る。
 思わずこもってしまった熱が届いたのか、神妙に聞き入っていたちとせは止まった時間が流れ出すように、うん、とゆっくり首肯した。
「いつか、かぁ。そんな日が……来るといいな」
 千夜に微笑みかけるちとせの紅い瞳は、どこまでも真っ直ぐに千夜を見つめている。
 そんな儚げな主人の眼差しに、従者は何を以って応えるべきなのか。
「お嬢さま……」
「まずはちゃんとデビューしなきゃ。そうでしょ、魔法使いさん?」
 ああ、と返そうとしたところに、プロデューサーの携帯電話から着信音が鳴り響いた。
31:
「――これを着ろと、いうのですか。……悪趣味な」
「えー、絶対可愛いよ千夜ちゃん♪ なんなら持って帰っちゃう?」
「こらこら、せっかく用意した衣装を持って行かないでくれ」
 オーディションの結果が届き、ユニットデビュー前の最後の最後にして2人揃って採用されたのだ。レッスンに充てる日が僅かに減るが、1人のアイドルとしてそれぞれが前進した事は素直に祝いたい。
 前もってそれぞれに用意していたアイドルとしての衣装も、これでお披露目できるというものだ。
「まさか、こんなメイド服のような何かでお嬢さまと……?」
「いや、ユニットの舞台衣装は別にあるから。それとメイド服で合ってるし。千夜なら着慣れてるかとも思ったんだけど」
「妄想に浸りすぎでは? こんなもの……まあ、客観的には、可愛い服に部類するとは思いますが」
「千夜ちゃん待っててね、すぐにこれと似た服探してあげるから」
 以前アイドル活動用にと渡したものではなく、自前のスマートフォンを駆使しだすちとせだった。各所からカタログを取り寄せるつもりらしく、レッスン後で疲れているとは思えない本気っぷりだ。
「……こうして私はああいうのを着慣れていくんですね。お前! 一体どうしてくれるつもりだ」
「よ、世の中には、可愛ければ正義という言葉があってだな」
「ほぅ。ならば受けてみますか、その正義とやらを」
「何するつもりなの!? ……、ははっ」
 まったくお前は、とこぼす千夜も、別段怒ってはいないようだ。
 他愛のない雑談で自然と千夜との会話が成立し、付きまとっていた気まずさもひとまずは感じられない。メイド服様々である。正義はここにあったのか。
「お嬢さま、え、もうこんなに注文……んんっ。お嬢さまはご自分の衣装に何か不満はないのですか?」
 何かを見なかったことにして仕切り直した千夜は、ちとせにあつらえられた衣装へ興味を逸らさせようと必死だった。
「あー、ごめんね。千夜ちゃんがレッスンを頑張ってるとき、魔法使いさんの仕事っぷりを確認しについて行ったら、私の分だけ先に見つけちゃったんだ。感想は……棺桶に入る時、着せてもらいたくなっちゃった♪」
 ちとせに用意されていたのはヴァンパイアの姫君をコンセプトにした衣装だった。素でこれを着こなせそうなアイドルもそうはいないだろう。
 一目見ただけでもう離れない。ちとせと出会った時の衝撃や、醸し出される妖しい雰囲気に見合ったものを、なんとか形に出来たようだ。
 とはいえ、ちとせが言うと冗談に聞こえない感想は控えてもらいたいものだ。
「これなら……お嬢さまにさぞお似合いでしょう」
「千夜だって似合ってると思うよ? メイド服」
「似合っているという表現が誉め言葉だと学校で習いましたか?」
「あのなあ、さっき自分の主人に向けて言ったセリフ覚えてる?」
「うるさいな。文句があるならまずは趣味を改めなさい」
「趣味って……」
「お嬢さまもこいつに何とか言ってやってくださ――お嬢さま? その量は一晩ではさすがに……お嬢さま!? もうその辺で……くぅっ」
 千夜を巻き込んでの厳正な審査は、それから三日三晩行われたとか。
32:
9/27
 打ち合わせから戻ってくると、デスクには淹れてからまだ数分と経っていなそうなコーヒーが用意されていた。
 今日は2人ともオフの日であり、とすればちひろの粋な計らいだろうか。何にしてもありがたく頂くことにし、席について一口味わう。どことなく高級感の漂う風味なのは、これもちとせの好みに合わせたものが取り入れられた結果なのだろう。
 そういえば、ここ最近は部屋の改装が全く行われていない。必要最低限の他に何もなくなった部屋が、再び少しずつ様変わりしていくことに一喜一憂したものだ。
 それとも、ぐずついた天気が連日続いているせいかもしれない。ぎらつく太陽が日中を照らし出すようになるまでは、この城の主たる座を譲り渡すには至らなそうである。
 さて二口目を楽しもうとした時、誰かが部屋に入ってきた。恐らくこのコーヒーを淹れてくれていた人物だ。
「ちひろさん、コーヒー頂いてます……よ?」
 しかしてそこに居たのは千夜だった。
「残念ながら白雪です。ばーか」
 意外な人物の登場に頭が追い付かない。今日はオフだったはずだ。
「? なんでここに」
「それよりも、飲みましたね」
「……これのこと?」
 どうやらこのコーヒーは千夜の仕業だったようだ。だからといって疑問は減るどころか増える一方なのだが。
「ただで飲めるなんて甘い考えは捨てなさい。お前はもう、飲んでしまった」
「じゃあ返すよ。……嘘だから、そんな嫌そうな顔するなって、冗談です」
「笑えない冗談は冗談とは言いません。では、対価を支払ってもらいますか」
 好き放題な立ち振る舞いを披露しつつ、千夜はソファへちょこんと座った。今度は何を仕掛けてくるのか見守っていると、ポンポンと空いている隣の空間を軽く叩いている。
 座れ、という意味であることを察するのに時間は要さなかった。
 コーヒーがこぼれないようそっと運びながら、千夜の隣に腰を下ろす。何か話があるに違いない、この前経験したばかりのシチュエーションだった。
「私は買い出しのため外出している、そういうことになっていますので忘れなきよう」
「ちとせには内緒ってことか。何でまた?」
「そこはあまり重要ではありませんが、強いて言えば……後々面倒なことになるから、か」
 ちとせのことだ、わざわざ休みの日に事務所まで会いに来たという事実だけで、いくらでも千夜を可愛がることだろう。
「長居するつもりはありません。お前にも仕事があるのでしょうし」
「一段落ついたところだから問題ないよ。タイミングはばっちりだ」
「それは当然です。……いや、なんでも」
 さすがにいつ帰ってくるともわからない相手にコーヒーを淹れて待ったりはしないだろう。
 ちひろに聞いて当たりを付けていた、ということで納得する。下手に触れるとまた睨まれそうだ。
33:
「それで、今日はどうしたんだ」
 回りくどいことをせずとも、話があるならいくらでも耳を傾ける所存である。千夜がそうしないのは、まだ千夜から信頼を得られていないことに他ならない。気軽に頼れる間柄とは認識されていないのだ。
 千夜もどこまで踏み込んだものか迷っているらしいが、ちとせにしか見せないような顔をおいそれとは拝ませてくれない。
 元々ちとせとの時間を何より大事にしていた千夜だ。ちとせから託された、千夜を独りでも歩いていけるようにしたいという切な願い。それを叶えさせるためにも、千夜のことをもっと知る必要がある。
「……服」
「服?」
「あのふざけたメイド服です。その代わりとなるものを、お嬢さまから贈られました」
「だいぶはしゃいでたもんな……ちとせ」
 以降、使用人にふさわしい服装として、働くときはなるべく着用しなくてはならなくなったとか。着る本人よりよほど気に入っているようだ。
「お前のせいで着替える手間が増えたのです。……まあ、お嬢さまがよく褒めてくださるので、不問にしますが」
「手間っていっても、帰ったらまずは着替えるもんだろう。というか千夜って私服で事務所来ないよな」
「学生は学生服を着るものでしょう。寝る時は寝間着に、身体を動かす時は運動着に。それ以外はあまり必要ではありません」
「え、じゃあ家に帰ってもずっと制服なの?」
「あれも制服というなら……まあ、今はほぼ。何か問題でも?」
 高校を卒業したら事務所へは何を着てくるつもりなのか、とは聞けなかった。確かにレッスン前にジャージへ着替える以外の時は、いつでも制服を纏っていたが。
「……欲しい、とは思わないんだろうな。その、ファッション誌とかも」
「不要です。着飾るのはお嬢さまのような方がすべきこと、私は特に興味ありません。強いて言うなら黒くさえあれば」
「言い切るね。黒はこだわり?」
「……落ち着くので。いけませんか? それだけに、珍しがってお嬢さまは私を着飾らせて遊んでいるのでしょう。いい着せ替え人形です」
 初めてちとせが千夜を連れてこの部屋を訪れた時、だだっ広い割に何もない部屋を見てちとせは『千夜ちゃんの部屋みたい』と言っていた覚えがある。
 ということは、普段から余計な物を持とうとしない生活を送っているに違いない。あんなに大事にされているのだ、黒埼家の金銭面にもちとせを見る限りは問題あるまい。
 貯金に回しているのか、はたまた本当に何も要らないのか。判断を下すには情報が足りない。
「うーん……あ」
34:
 ふと、人形繋がりでデスクの奥に眠らせたままになっていた、緑色の物体を思い出す。扱いに困り放置していたが、これもいい機会か。
 いそいそとデスクに向かい最下段の引き出しの奥へ手を突っ込む。ぐにっ、と柔らかい感触をした緑色のそれは事務所が推しているマスコットキャラクター、ぴにゃこら太のぬいぐるみである。
 いきなり席を立たれて何事かとこちらを窺っていた千夜は、未知との遭遇に微妙な顔をしながら、しかし目を奪われたといった様子だ。
「……なんだ、それは」
「ぴにゃこら太。知らない?」
「お前の悪趣味は際限なしだとでも言うのですか」
「残念、これうちの事務所のマスコットなんだ」
「こんな不細工が? ……どうりでお前のようなやつが働き詰めているわけか」
「まあまあ、これはこれで味があるだろ? 結構人気なんだぞ。せっかくうちに所属してるんだから、名前と顔だけでも覚えてってくれ」
 千夜の隣へ座り直し、対面するようにテーブルへぬいぐるみを置いてみる。最初は見ているだけだった千夜だが、やがて手に取り膝の上でもてあそんでいた。
「……」
「気に入った?」
「っ! わ、私はこんなので遊ぶために来たんじゃない」
 千夜は前を向いたまま、ぽいっと後ろの方へ放り捨てようとするも、ぴにゃこら太が力なく宙に舞うことはなく、愛嬌のある間抜け面をしっかりと見えるように机へ置いたのだった。
 その一連の行動がなかったかのように千夜はプロデューサーを叱責する。
「話の腰を折るな。長居はしないと言ったはずだ」
「ごめんって。で、他にどんな話があるんだ?」
「わかればいいのです。……そうだな」
 そこからは、千夜がアイドルになってからの話を大人しく聞き続けた。
 飽きっぽいちとせにしては珍しく長続きしていること、いつまた倒れられるか気で気じゃないこと、それでもあんなに楽しそうにされたら物申せなくなること、多くはちとせのことばかりだ。
「振り付けを教えてほしいとも……言われました。教わるのではなく、私がお嬢さまに何かを教えられる時が来ようとは……思いませんでしたよ」
 アイドルとなり初めて訪れた瞬間に困惑しつつも、千夜はそれを嫌がっているわけではなさそうだ。
 最近はちとせの体調が上向き加減らしく、調子に乗せ過ぎないよう目を離すなと釘を刺されたところで、ぽつりと千夜はこぼした。
「慣れとは恐ろしいものです。お嬢さまの戯れとはいえ、ここに通い、アイドルとして過ごす自分を受け入れ始めているのですから」
 それは、初めて千夜の口から出たアイドル活動に対するポジティブな話題だった。
35:
「アイドルに慣れきって、染まってしまった後……戯れに飽きて、辞めることになったら。そう考えている私の心の内、お前に分かりますか?」
「……」
 秤にかけて、ちとせより重きをおけるものは千夜には無い。
 ちとせのいない世界に自分だけが身を置くことは許さないのだろう。たとえちとせが、千夜にそうなれるよう願っていたとしても。
「もうすぐ2人で舞台に上がるんだ。飽きさせやしないさ。ちとせも、千夜も」
「それがお前の、お嬢さまが言うところの魔法なら。好きなだけかけてみせなさい」
 腰を上げ、話は終わったのか部屋を出ていこうとする千夜。だがドアを開ける寸前で止まり、最後に一つだけ、とこちらへ振り返る。
「……気のせいなら、それでいい。私はこれからもあの方に仕えるだけなのだから」
「千夜?」
「でも、お嬢さまは……。どこか遠くへ、私を置き去りにして、手の届かないところへ行こうとしているような――時折そんな風に思ってしまうのです。お前は何か、知っていませんか?」
 奥底まで覗き込もうとする紫色の双眸は、あの全てを見透かす紅い瞳とは違う魅力があった。
 そのせいで、千夜に逃げ場を塞がれる形となり、この問い掛けこそが千夜の目的だったことに遅れて気付く。
 ちとせへのどこまでも真摯な想いを見せられては、こちらとしても嘘は吐きたくない。しかし、負けず劣らずに千夜への想いが込められた内緒話をちとせと既に交わしている。
 どうすることが2人のためになるのかとても答えが見出せず、板挟みとなったプロデューサーに千夜は無言のまま問い続ける。
 見透かせないのなら答えが返ってくるまでそうするまで、と告げられた気分だ。
 このまま黙っていても勘繰られる。何か喋らなければ。千夜のおかげで潤っていたはずの喉は、いつの間にか乾き切っていた。
「……俺は」
「プロデューサーさん、千夜ちゃんとは――って、あれ?」
 そこへ闖入者、もといちひろが現れた。やはり千夜が来ていることを知っていて、気を回して探してくれたのだろう。
 張り詰めた空気が弛緩していくのを肌で感じ、もうこちらを見ていない千夜の目を盗んで、酸素が薄れた肺の中の空気を深く吐き出す。
 ちひろには後でコーヒーでもなんでも差し入れよう、そう固く決意した。
「手が空いたので来てみましたが、無事に会えたんですね♪ 千夜ちゃんの用はもう済んだんですか?」
「……ええ、まあ。もう帰るところです」
「よかったよかった。あ、あれってプロデューサーさんからのプレゼントでは? 忘れてますよ」
 すると、ちひろは「前にもよく配ってましたよね?」と口にしながらテーブルのぴにゃこら太ぬいぐるみを適当な袋に詰め込んで、千夜が何かを言おうとする前に持たせてしまった。
 善意でやってくれているちひろを無碍に出来なかったのか、案の定矛先が飛んでくる。
「…………おい」
「あー、なんだ。買い物したらついてきた福引券で当たった、みたいなことにでもしたらいい」
「うん? 何の話ですか?」
 ちひろの反応からすると、ちとせに秘密で事務所へ訪れていることは説明してないらしい。
 千夜が人形を持ち帰ったと知るや、目の色を変えるちとせが容易に想像つく。苦し紛れであるのには変わらないが、体裁は取り繕えるようにはしておいた方がよさそうだ。
「……見つかってもお嬢さまへの土産話にはなるか。せめて今日ぐらいは、家に置いといてやります」
 デスクの奥でいつまでも来ない出番を待ち続けるのと、明日には捨てられてしまうのと、どちらが幸せだったのかはわからないまま、増えた荷物に視線を投げかけながら去る千夜の背中を見送った。
36:
9.5/27
「お嬢さまのようにはいかない、か」
 私にお嬢さまほどの眼力があれば、あいつの心の内を読むことが出来たのだろうか。
 鎌を掛けたに過ぎない私の行動から得られたのは、たった一つだけ。それも求めていたものとは程遠いものだ。
「……。あの目は……」
 私の身の上の事情を知る人間は多くないが、そのほとんどは私に憐れみや同情の目を向けた。それ自体は何ら変わったことではないし、慣れてしまえば煩わしいとも思わなくなった。
 そうでなく、私の過去よりも現在、未来を見据えて関わり合おうとしてくれる黒埼家の方々、特にお嬢さまからは毎日送られる温かな眼差しに私は救われてきた。
 これで2度目だ。あいつと合わせた目から感じ取れたのは、私の――私との現在や未来を思い描いているもの。温かみのあるものだった。
 あの者と話している時の居心地は、そんなに悪くない。変わったやつだと思う。
 アイドルとはあの者にとっての商売道具、そう割り切ってしまえば、その手で育んだ光から逃げ出すこともなかったろうに。
 ……いや、だからこそあの者を信じ、輝きを得られた者がいるのか。変わっているから、成し得ることもある。
「はぁ。何を考えてるんだ、これではまるで私まで……」
 染まり切るには少し早い。あいつの言ったように、舞台の幕はこれから上がるのだ。
 もしそこから私とお嬢さまの、そしてあいつを交えた新たな物語が始まるのなら。どうせなら夜が更けても次のページをめくる手が止まらなくなるような、そんなものであればいい。
 お嬢さまもそう望んでくださるようになれば、そろそろあいつを魔法使いと認めてやってもいい頃合い、だろうか。
 頭を整理していると、お嬢さまの待つ家へ帰り着いた。手には今晩と明日の朝に使う食材と、あの不細工な人形。
「ただいま戻りました」
「お帰りなさーい。結構遅かったね、何かあった?」
 リビングでくつろいでいたのか、すぐに反応が返ってきた。まずいな……。
 いつも利用している店では誤魔化しようがなかった。なので新しいレシピを取り入れがてら良い食材を求めて遠出していた、これならお嬢さまも納得するシナリオだろう。
 お嬢さまのために料理をする時間は数少ない私の楽しみの一つだ。決して不細工な人形を手にしてしまった言い訳のためではない。
……不細工のくせに、あいつの下手なまやかしが意外と通じそうな程度に世間で流通していたことには驚かされたが。どういう層にあの不細工は受けているのやら。
「新しいレシピを試すため、せっかくなので遠出してみました。運悪く、余計なものがついてきてしまいましたが」
 隠して見つかるよりは後々やりやすい。食材をひとまずキッチンに置いて、残った不細工な人形をご覧に入れる。
 やはりというか、お嬢さまもコメントしづらそうだ。朝一番に捨ててこよう。
「千夜ちゃんそれ……捨てようとか思ってない?」
「え? あ、いえ、この家にこのようなものは浮いてしまいますから」
 相変わらず抜け目のないお嬢さまから不意打ちを受ける。どこまで見通してしまうのか、我が主ながら空恐ろしくもある。
「いいじゃない、誰かをここへ招くでもなし。よく見るとこれはこれで愛嬌あるし? ……あっ、今度」
「それはおやめください」
「あーん、まだ何も言ってないのに。ふふっ、誰にも見つからないところに置いておかないとね」
 遠くない将来、あいつがここへ来るのを覚悟しておかなければならなくなった。
 八つ当たりではないが、人形を掴む手につい力が入っていく。
「わあっ、すごい顔になってるよその子!? あは、あははは♪」
 ……どうにもこの笑顔には弱い。
 お嬢さまの笑顔に免じて、捨てるのだけは勘弁してやろう。不細工め、なかなかやるじゃないか。お嬢さまもお前に愛嬌があると思ってくださっているし、温情を与えてやるとする。
「では、例の服に着替えてきます。食事の準備を始めますね」
「お願いね♪ 千夜ちゃんの新しい料理、楽しみだなぁ」
 手袋を外して手を洗い、一度人形と共に自室へ戻る。何もなかったはずの部屋にこうも次々と物が増えることになるとは。
 間違いなくこれはあいつのせいだ。少しずつ、何かが変化してきている。
 それは私だけではなく、お嬢さまも、きっと。
 昨日よりも今日、今日よりも明日が楽しいものになればいい。
 お嬢さまは今この瞬間ばかりを楽しむことに人生を注ぎ込もうとするが、私はそう願うようになってきていた。
37:
10/27
 2人のユニットデビューの日も翌日となり、やるべきことは最終調整を残すのみとなった。
 事務所のとある一室では、徐々に上がってきた気温に気だるげな者、いつにもまして涼やかな者、見るからに暑そうな者と三者三様が揃っていた。
「というか魔法使いさん、暑くないの? この業界ってクールビズとは無縁だったりする?」
 至極真っ当な指摘にめげず、プロデューサーとして胸を張って答える。
「これが俺の衣装なの! 簡単には脱いでやらないんだからっ!」
「変なやつ、いや、こういうのを変態と呼ぶんだったか。お嬢さまには近づかないで貰いましょう」
「冗談だって! ……まあジャケットは脱がないんだけど。にしてもいつも通りだな2人とも、緊張とかしない方?」
 デビューが間近に迫るにつれ、大なり小なりナーバスになっていくアイドルたちを幾度となく見てきたが、ちとせと千夜は違うようだ。頼もしい限りである。身を削るジョークなど最初からいらなかったのだ。
 厳密にはそれぞれデビューは済んでいるが、その時とは規模が比べ物にならない。
「緊張してる方が良かった? 私は早く『ちーちゃんず』としてステージに上がってみたいかな」
「お嬢さま……それはもうお忘れください」
 『ちーちゃんず』とは2人のユニット名を付ける際に没となったちとせの案だ。採用されるとも思っていなかっただろう案を、実は気に入っていたのかもしれない。
 2人のユニットに付けられた名前は『Velvet Rose(ヴェルべットローズ)』。それぞれがそれぞれのイメージを取り入れ合って完成された名前だ。
 ちなみに麗しい薔薇のようなちとせを、ヴェルベットのように千夜に優しく包んでほしい、そんなイメージが込められている。
「その調子なら大丈夫だな。明日はありのままの2人で、会場を魅了してきてくれ」
「あは、そのつもりだよ。魔法使いさんが用意してくれた舞台だもん、みんな私たちの虜にしてきてあげるから♪」
「お前がせっせと働いて、お嬢さまと私も含め皆に見せようとしている夢……どこまでのものか確かめさせていただきます。覚悟は出来てますね」
「もちろん。……俺も、楽しみだよ」
 出来ることはやった。手応えはある。この2人となら、遠ざけていたものを取り戻しに行ける日も、いつかくるかもしれない。
「それはそれとして、ここまで頑張ってくれた魔法使いさんにはご褒美をあげようと思うの。良い夢を見せてくれたら、その分サービスもしちゃうよ? どう?」
「お嬢さま、まさか……!」
 ちとせの聞きようによっては際どい発言に、千夜もすぐさま狼狽えだす。何か考えでもあるのだろうか。
38:
「そうだなぁ。私たちの楽園に連れていってあげる、とか」
「ら、楽園? 楽園って……」
「あは♪ 期待しちゃった?」
「お前! そんな目つきでお嬢さまを見るんじゃない!」
 いつかのように素早く何かを取り出した千夜は、今度は加減なくそれを噴き付けた。
「ちょおっ! なんだこれ冷たっ!? いててて冷た、冷た痛い!!」
 目に染みて痛み出すことはないが、白く凍えさせてくるそれの正体はコールドスプレーだった。
 催涙スプレーより振りかけるには手心を感じられたが、使い方は著しく間違っている。
「あ、千夜ちゃんそれ貸して。涼しくなれそう……」
「これは医療器具ですので申し訳ありませんが……」
「……知った上で俺には容赦なく使うの?」
「ふん、適切な距離というものがあるのです。近付き過ぎればこれと同様、その身に害を及ぼすでしょう。勉強になりましたね」
 まだまだ心を開いてはくれないようだ。部分的に凍結しているスーツをなぞってみると、ひんやりしてなかなか気持ちが良い。
「あー、魔法使いさんばっかりずるい。……私にも触らせてくれない?」
「そんなことを許したら晴れ舞台が拝めなくなりそうだから……冷たいジュースなら買ってくるよ」
「いいの? 何をお願いしよっかな、千夜ちゃんは?」
「私は別に。……こいつがどうしてもというなら、まあ、スポーツドリンクでも」
「はいはい。ちとせは?」
「んー、缶なら何でもいいかな。喉は乾いてないし、凉を取ったら冷蔵庫に入れておいて。魔法使いさんが飲んでくれてもいいよ」
「なんだそりゃ。いいけどさ」
 身体に貼って熱を取り去るシートでも常備しておくべきか検討しつつ、近場の自動販売機へ足を運ぶ。最寄りだとレッスンルーム近くの休憩コーナーだ。
 待たせている2人を思い、早く買って戻ることだけを考えていて、つい忘れていた。今の時間なら、誰かしらいてもおかしくなったことに。
「……えっ?」
 財布を取り出そうとした手が止まる。先客から漏れ出た驚嘆の声、その聞き覚えのある声にゆっくりと振り向く。
 かつて担当していたアイドルの内の一人、城ヶ崎美嘉だ。世間ではカリスマギャルと謳われるほどになった彼女が、妹思いの優しい少女でもあることは忘れやしない。
 なるべく鉢合わせにならないよう気を付けていたはずが、ついにやってしまった。ちひろの計らいで女子寮を訪問した時とは違い、お互いに何の前触れもなかったのだ。
 彼女は女子寮を利用していないため、これが久方振りの邂逅となる。持っていたペットボトルを落としてしまう程度には美嘉も動揺していた。ふたはされてあり最悪の事態にはなっていない。
「わっ、嘘、待った! ああもう何でこんな時にっ!?」
39:
 休憩していた姿を見られたくなかったのか、取りこぼしたペットボトルを小脇に抱え、一度背を向けて最小限の動きでレッスン着を整えたのち、咳払いをしつつ振り返る。
 この間10秒と経っていない。取り繕っている間に少し顔が紅潮したようだ。
「……久し振り。元気にしてた? ちゃんと食べてるの? また老けたんじゃない?」
「最後のは余計だよ。えっと、久し振り」
 挨拶は交わしたものの、なかなか目を合わせられないでいる。それは美嘉も同じらしく、どこかそわそわしていた。
「聞いたよ?? 女子寮行ったんだって、前もって言ってくれてたらアタシも行ったのに……」
「急な用件だったからさ、仕方なかったんだ」
「……ふぅん、アタシに会いたくないってわけじゃ、なかったんだ。莉嘉も会いたがってたよ、今日アタシだけプロデューサーと会えたなんて知ったら、絶対うるさいんだからね?」
 姉に憧れてカリスマギャルを目指している城ヶ崎莉嘉、姉妹揃ってプロデュースしていたのももう半年以上前になる。
 ちひろから報告は上がっていたが、それでもアイドルを続けている姿が見られて嬉しい反面、放り投げてしまった申し訳なさが胸の奥からじわじわと染み出してくる。
「ちょ、その顔はなし! アタシは何とも思ってないから、あーでも、何ともってわけじゃないけどそういう意味でもなくって! ……何言ってんだろ。そっちは、もういいの?」
「……まだかかる。今度、ああ……ちょっと前からプロデュースしてる子たちがいるんだ」
「それも聞いてる。勘は戻ってきた?」
「そんなんじゃないよ。でも、そうだな……今度こそ、一から歩いて、美嘉たちのいるところまで引っ張っていけた時には」
「……うん、待ってる。でも早くしてよね。自分ばっかり年取ってるつもりなら、アタシたちだってすぐオトナになっちゃうんだから★」
「厳しいなあ……ありがとう、美嘉。莉嘉にもよろしく、は言わないでおいたほうがいいのか?」
「どうだろ?、あの子もまだまだお子様だけど、難しい時期だしね。プロデューサーが会ってあげたら手っ取り早いのに」
「……まあ、運が悪ければ会うこともあるさ。うちのアイドルなら」
「そういうこと言わないの! アタシは……ほんの少しでも、プロデューサーと話せて、嬉しかったんだから。……うん、それだけ! またね!」
 パタパタと顔を手で扇ぎながら、美嘉は足早にレッスンルームの方へと消えていった。
 その背中を名残惜しく思いながら、ここに来た理由を思い出し急いで缶の飲み物とスポーツドリンクのペットボトルを買い、自分の居るべき場所へと半ば駆け足で戻る。
 美嘉や莉嘉、それだけじゃない。心配させないためにも、今はあの2人に集中しなくては。
 部屋を出てから時間にして十分も経っていないが、買ってくるものを考えれば途中で何かあったと思われるだろう。
 部屋に入る前、一呼吸おいて何でもないような顔を作ってから中へと入った。
「ただいま、って何やってるんだ……?」
40:
 帰ってきてみると、特等席であるソファにぺったりと幸せそうな顔で横になるちとせと、主人の命令に抗えなかったのか再びコールドスプレーを手にした千夜が疲れ切った顔をしていた。
 現況から鑑みて、微妙な暑さに耐えきれずソファを冷やさせた、といったところだろう。
 それだけにしては千夜が疲れているのも気になる。夏もデビューもこれからだというのに、大丈夫なのだろうか。
「お前……この部屋にも冷房はついていたな。お嬢さまが居る時だけでいい、早くつけなさい」
「わかったよ。もうそういう季節だしね」
「ただし、お嬢さまは冷房が効きすぎても体調を崩される。温度設定を間違えないように、いいですね」
「繊細でいらっしゃる……ほいこれ。ちとせの分は、ありゃ必要ないかな」
 急いでいたので適当にボタンを押して出てきた缶ジュース(微炭酸と書いてある)はそのままに、指定のあったスポーツドリンクを千夜に渡す。
 一度は受け取るも、それをどうすることもなく、千夜はそのままプロデューサーへと返してきた。
「これはお前が飲みなさい。コーヒーばかりでは塩分は摂れませんから」
「え? そ、そう?」
「汗までかいて、そんな恰好でいるからです。お前には見届ける義務があるのだから、万全の体調で臨むように。まったく余計な世話を焼かせるな」
 せめて少しでも早くと急いできたことが意外な形になって表れた。
 それとも最初からそのつもりで……? そっぽを向いた千夜からは何も読み取れず、逆にちとせはこれまた愉快そうににやけ顔を隠しもせず千夜の方を窺っている。
 それに気付いた千夜がやむにやまれぬといった風に、またもコールドスプレーをこちらへ掲げた。
「いやそれはおかしい、落ち着け千夜!」
「あははは♪ 千夜ちゃんかーわいい♪」
 主人から悪気のない称賛という名の煽りを受けた従者により、再び視界がホワイトアウトするプロデューサーだった。
41:
11/27
「お疲れ様です、プロデューサーさん。首尾はいかがですか?」
 舞台袖で待機していると、ちひろが様子を見にやってきた。一対の衣装を身に着けたちとせと千夜は開幕を前にして2人で何か話している。
 その待ち切れないといった表情を見て、安心して答えられる。
「ご覧の通りですよ。……あれならきっと、やってくれる」
 懐の動かない懐中時計を取り出し、数々の思い出を蘇らせる。そのどれにも負けないくらいに2人はアイドルとして歩き出せていた。
「あの、聞いてもよろしいですか?」
「はい。何でしょう」
 ちひろに気付いたちとせがウィンクを投げ、千夜が会釈してみせる。それらに笑顔でひらひらと手を振り返してから、ちひろはプロデューサーに尋ねた。
「あの子たちをプロデュースする気になった理由です。あの頃のプロデューサーさんは……その、プロデューサーを辞めてしまうんじゃないかって、そんな雰囲気でしたから」
 未だに首を切られていないことが不思議なくらいだ。
 ますます輝いていくアイドルたちの光を失うことを恐れ、怖くなって逃げ出した。すんでのところでちひろの尽力もあり、受け持っていたアイドルたちの後は引き継いでもらえたが、自分まで事務所に繋ぎ止められるとは思っていなかった。
 結局戻ってきてしまったのだから、事務所の判断は正しかったといえる。ちひろにしても、あの時ばかりは一介のアシスタントでは済まされない働きようだった。
 謎が多く懐の広い事務所だからこそ、業界大手の看板を背負えているのかもしれない。
 改めて、当時を振り返る。きっかけは分かりきっていた。
「……ちとせのおかげ、ですかね。変えてくれるんじゃないかって、ちとせと出会った時に感じたんです」
 自棄になり当てもなく街中をさまよっていた時だ。見知った通りに、慣れ親しんだ街並み。そこに行き交う人々の全部が自分のよく知る世界の住人ではない、そんな孤独に囚われていた矢先。
 灰色な世界から急に色が浮かび上がってくるかのように、気が付けばちとせは目の前にいた。ちとせとしてもそれは同様だったらしい。
 話してみると、確かに魅力的な少女だった。外見もさながら吸血鬼の末裔を悪戯っぽく自称する様は、本当にいるかもしれないと思わせてくれる気品も兼ね備えていた。
 こちらが身分を明かすと、以降は親し気に魔法使いさんと呼んでくれている。
 吸血鬼と魔法使いが密会を果たしたのがどこかの怪しい城でもなく、天下の往来だなんて可笑しいね、そう笑うちとせを見て心は決まったようなものだった。
 いや、実はもう一つ決め手になったものがある。それが何なのかは……勘としか言えないが、往々にしてスカウトする時はそんなものだ。
「そうだったんですか。あの頃のプロデューサーさんだからこそ、良い出会いに巡り合えたんですね」
「次の日には千夜にも出会えたし、まあ千夜とは別な意味で記憶に残る出会い方をしましたけど――千夜に会えたのもちとせのおかげですから」
42:
「……でも、今のお話はみんなにはされない方がいいかもしれません」
「自分たちのことを放っておきながら、新しくスカウトしていたらそりゃあ、ね。わかってますよ」
「それもありますけど、ふふっ。段々調子が戻ってきましたね」
 くすくすとおかしそうに笑うちひろに疑問符を浮かべていると、いよいよ開幕の時間となった。
 ちとせと千夜に視線をやる。2人もこちらを見ていたようだ。言葉はとうに交わしてある。行ってこい、と拳を顔の近くで握ると、眩い笑顔が2つ分返ってきた。
 ……2つ分? 今、千夜も笑っていたのか?
 目をしばたかせている間に、2人は舞台へと向かっていってしまった。真相は光の中へ、間もなく観客は輝き始めた新たな星々に心から魅せられることを祈って。
 『Velvet Rose』の初舞台は、大喝采の渦の中、幕を閉じた。
43:
12/27
 いかに蝋で固めた鳥の羽が本当に空を飛べたとしても、太陽を目指す気なんてさらさら起きなくなるような熱射の中、エアコンで車内をガンガンに冷やしながら待ち人の到着を待ちわびる。
「お嬢さま、もう少しです。あまり冷えてはいませんが飲み物も用意してありますから、どうかあと少しだけ」
「はぁ?、しんどい……。灰になる……私が死んだら、その灰で綺麗な花を……咲かせてね」
「お断りします。ほら、中の冷えた大きなつづらまでもうすぐですよ」
 吸血鬼らしく普段から棺桶の話題が多いちとせを決して眠りにつかせまい、と千夜が必死に細腕を駆使して主の背中を押している。
 それにしても大きなつづらとは、確かに2人の衣装も運びはするが百鬼夜行は入っていない。他に車の中にあるとすればプロデューサーのみだ。
 ……ついに千夜から魑魅魍魎の類と認識され始めているのだろうか。千夜との距離はなかなかつかめないままだ。
「えっと、大丈夫か? 足元気を付けて、よし」
 車を降りてちとせを後部座席に乗せるのを手伝い、運転席へと戻る。
 千夜はちとせに現場で用意されていただろう、ミネラルウォーターのペットボトルを持たせてから助手席へと乗り込んだ。
「……温度はこれぐらいで、出力を下げましょう。それよりお前、エアコンから流れる空気が埃っぽいぞ。あれほどメンテナンスしておけと……」
「う、ごめんなさい……窓開ける?」
「これぐらいなんてことないから、開けないで?。溶けちゃうよ……」
 暑さの方が堪えるらしく、既にぬるくなっているだろう千夜から渡されたペットボトルを、それでも首筋に当てて涼もうとしていた。
 次の現場までには回復することを願い、シートベルトを締めてまだ感触の思い出せないハンドルを握る。事務所の車を借りるのはいつ以来だったか。
「安全運転で頼みますよ」
「わかってるって」
「……安全運転だぞ?」
「いや、久し振りなもので、ははは……」
 動作の手際が悪いのを察したのか、千夜に運転技術を不安がられてしまう。
 出来れば運転中は話しかけないでもらおう。何かあってからでは遅い。
 今日のスケジュールは2人には先に現地入りしてもらい、そこから次の現場へ車で送り迎える手筈となっていた。華々しいスタートを切った2人を売り込むため、世間が夏休みなのも相まって忙しい日々を送っている。
 体調がさらに上向き加減となっていたちとせも、さすがにバテてきていた。
 千夜も顔には出さないが家事や主人の世話もこなしており、負担はちとせ以上だ。どうにか休める時に休ませてやりたい。
「……」
「……」
「はぁ……」
 アクセルを踏みだしてから、無言になる。たまに漏れ聞こえるちとせの吐息が妙に車内で響き続けていた。
44:
「お前……わざとか?」
「え、何が」
「余裕がないだけならいい。何か流しますよ」
「何が流れてくるの!?」
「……退屈なので、ラジオでも適当に流します。何か問題でも?」
 ちとせの隣ではなく助手席を選んだだけあって、いっそ千夜の方が運転も上手いんじゃないかと錯覚するくらいには手慣れた素振りをみせている。
「お前がだらしなさ過ぎるのです。いずれ運転免許は使用人としてお嬢さまのためにも取得するつもりですが、可能な限り時期を早めるべきか……?」
 アイドルに運転まで任せていては立つ瀬がない。思い返せば、運転を不安視こそされ褒められた覚えなどなかった。
 魔法使いと呼んで貰えるうちに、馬車を操る御者役くらいはこなせるようになっておこう。隣から突き刺さる視線をかわす意味でも、ひっそりと誓いを立てる。
「魔法使いさぁん、次のお休みっていつだっけ……?」
「……左ポケット」
「は?」
 期待も空しく、千夜には通じていなかった。
「手帳、あるから」
「そういうことか。……これですね」
 運転に集中しているプロデューサーに代わり、手帳のページをめくっていく千夜。スケジュールは予定記入欄にメモしてある。
「……これの通りなら、来月まで休日はありませんね」
「えーーっ!? ……ぱたり」
「お嬢さま!? 気をたしかに、くっ……助手席からでは。お前ぇ、お嬢さまを謀ったな!」
 ちとせが動かなくなったところで赤信号となり、ようやく口を挟む余裕が生まれた。
「来月の後半、2人であるイベントに合流してもらうことになりそうなんだ。だから今月の残りは耐えてくれ、ちゃんと来月前半は空けてあるから!」
 ピリピリしながら千夜が再び手帳をめくると、嘘ではないことを確認出来たからか何とか許された。ポケットに手帳を戻す動作が少々、いやかなり雑ではあったが。
「お嬢さま、こいつの言う通りでした。今しばらく辛抱なさってください」
「…………うん、頑張る」
 聞こえていたようだ。ちとせが倒れてしまう前に、移動の負担を極力減らすべきだろう。
 となると家に直接送り迎えすることになるが、背に腹は代えられない。赤信号が青に替わるのを目視し、早口気味に質問した。
「ちとせと千夜の家ってどの辺だっけ?」
「……?」
「え、帰っちゃうの?」
45:
 なんだまだ元気じゃないか、というツッコミも喉元を過ぎて出てくることはなく、意図が伝わってない2人はそれぞれ違う解釈をしたようだ。
 ちとせはともかく千夜はどう受け取ったのか、またしても何かを手に取り車が止まるまで今か今かと構えているらしい。
 すぐに次の赤信号に引っ掛かると、千夜の構えたそれは虫よけスプレーであることがわかった。
「……ついに虫扱い?」
「これはただでさえ血が足りていないお嬢さまを、害虫から守るためのものです」
「やっぱり虫じゃないか……」
「そうなりたくなければ、説明しなさい。住所を聞いてどうするつもりなのですか」
 今回は噴き付ける気がないようだ。車内でそんなことをされても、後ろのちとせにも被害が及びそうで出来ないだけともいう。
 そもそも住所だけなら入所時に受け取っている履歴書を調べれば済む話だ。
「家まで送り迎えすれば、2人の負担も減るかなって」
「別に、その気になればタクシーで済みますが」
「う、確かに……あれ、まさか俺っていらない?」
「私は魔法使いさんが運転してくれると安心だよ? スリルもあって楽しいし」
「お嬢さま、それは安心とは言わないのでは……」
「……うん、ちょうどいいかも。ねぇ魔法使いさん、この前の話覚えてる?」
 真面目な話をするつもりなのか、ちとせは急に姿勢を正した。やはり余力は残っているみたいだ。
「この前の? あっ」
 車を発進させると同時に会話の中断を余儀なくされ、2方向から溜め息が漏れ聞こえた。
「……ごめん、あ、赤だ。……っと、この前のって何の話?」
「運転、早く上手くなってね……? そうそう、楽園に連れていってあげるって話」
「お嬢さま、それは……」
「そんな話もあったな。楽園ってどこのこと?」
「さっき魔法使いさんが知りたがってた場所、どーこだ?」
「…………」
 今度は前方に意識を割くため喋れないのではなく、答えたくなかった。
 バックミラー越しに見てみると、目を輝かせているちとせはもはや疲れの色はどこ吹く風である。
「私たちの住む楽園、おうちに招待してあげる♪ 晩餐会へのご招待、千夜ちゃんシェフが腕によりをかけてお待ちいたしますが、いかが? ふふっ」
「慎んでお――」
「あ、前見て前♪ それじゃ、着くまで少し寝かせてね。お休み?」
 返事をする機会を奪われ、仕方なく保留にし2人を無事に送り届けるべく運転へ集中する。視界の端の方では千夜が額を押さえていた。
 女子寮に向かった日の頃と違い、無闇に家に上がり込んではスキャンダルの恐れがついて回る。誘い自体は魅力的だがお断りせねばならない。
 そう、お断りせねばならない。今までもそういった機会に恵まれては断ってこられたはずなのだ。
 だというのに、今回ばかりは相手が悪い。来月の空いているスケジュールを埋める最初の予定が、信号で止まる度に窺えた千夜の苦悶の表情からみても、確約されたようなものだった。
46:
13/27
「……どうぞ」
 太陽が地平線に沈み切った頃、ちとせと千夜が住むマンションのエントランスにて、インターホンで部屋の番号を入力すると無機質で素っ気ない声が返ってきた。
 オートロックの入り口が開錠する音が聞こえ、中へ進むと一見してホテルのロビーと遜色のない空間が広がっており、迷子にならないよう気を付けながらエレベーターを探す。改めてちとせがお嬢さまと呼ばれている理由を実感した。
 同席せずに済むエレベーターを選んで2人の住む階層のボタンを押し、目的の階に到達する。扉が開くと、渋い顔をしながらいつもの学生服じゃない千夜が出迎えてくれていた。
 例のちとせから貰った服か、とつい仕事の感覚で全身を眺めてしまい、千夜に睨まれる。
「なんだその目は……早く降りろ」
「確かにあの衣装そっくりだ。それも可愛いな」
「お世辞は間に合ってます。ついてきなさい」
「……お世辞じゃないのに」
 ぷいと背を向けた千夜の後を追って歩くにつれ、自分が場違いな場所にいる気しかせず居心地が悪くなってきた。横目でちょくちょくプロデューサーを観察していた千夜はそれを悟ったのか、意趣返しとばかりに鼻を鳴らす。
「ふっ。借りてきた猫だな」
「に、にゃあ」
「ここはペット禁止です。今すぐお帰りを」
「すみませんでした……」
 そこで千夜の足が止まり、再三に渡り粗相のないよう注意されてから中へ通される。
 事務所の改装されつつあった部屋を思えば、ちとせが住んでいそうだな、というのが自然と浮かんだ感想である。家の主も、装いも新たに来客者を歓迎してくれた。
「いらっしゃい、魔法使いさん。今宵は楽しんでいってね」
「いや、あまり遅くならないうちにあだっ!?」
 背中を千夜に小突かれる。何事かと振り返るとプロデューサーにだけ聞こえるように、褒めろ、と囁いた。これも粗相のうちだろうか。
「えっと、似合ってるね。そのまま舞台にも出られそうだ。わざわざ俺を迎えるために?」
 元々お嬢さま然とした身なりをしていたが、今晩はさらに気品に溢れている。
「ありがとっ。身内以外で初めてのお客様だもん、丁重にもてなさないと」
「それは光栄だな。……初めて?」
 軽く一礼しそっとその場を後にする千夜を尻目に、招かれるままリビングの、藍色を残した夜景を一望できるソファに腰を落ち着かせる。事務所のソファとは弾力の心地よさが比ではなかった。
47:
 事務所の自室ももっとこんな風になるはずだったんだろうな、と失礼にならないよう加減して辺りを見回す。改装が施されたのは結局ソファ周りと食器に留まっていた。
 ほかの子の影を追っている間はここまで、私たちしか見えなくなったら私の館に替えてあげる♪ とはちとせの言だ。
 自由気ままのようで好きなものを無理やり自分の色へ染め上げようとはしない、千夜を見ていてもちとせはそういう主義の持ち主だとわかる。
 ちとせも近くに座り、奇しくも千夜と2度話し合った時の形となる。千夜は今頃、キッチンでなすべき仕事をしている最中だろう。
「静かに暮らしてきたんだ。言ってなかった?」
「そっか。でもどうして俺を招待してくれたんだ?」
「別に特別な意味はないよ。私がそうしたくなったからそうしただけ。今までも、これからもね」
「……出来れば今回限りってことにしたいんだけどな、プロデューサーとしては」
「あん、つれないなぁ。大丈夫だよ、楽しい夜を誰にも邪魔させないようにしてるから」
「してるから……って」
 ちとせのお嬢様パワーはそこまで可能なのだろうか。
 海外にいる親御さんが可愛い娘と娘の大事な女の子2人だけで日本に住まわせているのだ、もしかすると……もしかするかもしれない。
「それでも心配? じゃあ私たちがアイドルじゃなくなったら気軽に来てくれる?」
「理屈としては、そうなるのか。……辞めないよな?」
「あは♪ 安心して、もう知っちゃったもん。あなたが掛けてくれた魔法の心地よさや、ステージの上で味わえるあの感覚。簡単には手放せないよ」
 ちとせの本心にほっと胸をなでおろす。出会った時に交わした、ちとせを退屈させない約束はまだ破られていない。
 だが……、
「千夜は、どうだろう。まだやらされてるなんて思ってるのかな」
 きっとそうでないとはプロデューサーも感じているが、千夜のことは千夜を一番よく知っているちとせに聞くのが確実だ。
 キッチンには届かない声量で、ちとせの見解を待つ。
「雰囲気は変わってきたかな。まだ私にしか伝わらないような、ほんの少しの差だけど」
「……それで?」
「ふふ、だーめ。もっと自信持ってくれなきゃ、私たちのプロデューサーなんでしょう?」
「自信を持ちたいから聞いてるんだ」
「何でも教えてもらえるなんて思わないで。私がいない時に困るじゃない」
「……いなくなったら困るよ。俺も、千夜も」
 言ってしまってから、時が一瞬止まった錯覚を覚える。つい、ちとせの言葉の意味を理解せず本音が口をついて出ていた。
 それを察したちとせは微笑みは崩さないながらも、どこか寂しそうに言葉を紡いだ。
「ごめんね、そういうつもりじゃなかったんだけど。……だめだなぁ、最近。ちょっとだけ、悔しいんだ、私」
 ちとせから悔しいなんて言葉が出てくるとは思わず、どう返したものか窮してしまう。
「魔法使いさんのせいなんだから。責任、取ってもらわなきゃ」
「不穏だなあ……。えっと、その」
「仕方ないなぁ。良い夢見せくれたら、サービスしてあげる約束もしてたしね」
 紅い瞳は変わらずこちらの思惑を優しく見透かしてくれた。
「炎――千夜ちゃんには、生きがいが必要だと思ったの。ずっとずっと燃え続けるような、消えない炎。普通に灯したら消えちゃうから、魔法の炎じゃなきゃね」
「……」
48:
「それが私にも、気が付いたら灯ってた。この温かな炎にあの子と、あなたと……少しでも長く焦がれていたい。今が楽しければいいってずっと思ってたのに、未来もそうだといいなって、最近思うんだ」
 恥ずかしい話だけどね、とちとせは付け加える。彼女が見通し始めた未来は、そう遠くないところまでしか見ることが叶わないのだろう。
 それでも、魔法の炎に照らされた明るい未来を望んでいる。それが千夜にも灯っているというなら、千夜もきっとそうに違いない。
 そんな中で、ちとせは出来るならいなくなるつもりなんてないのだ。
 生きがいを持つことで前を向いて生きていける。ちとせはその身に灯った炎から、自分が千夜のためにしてきたことが間違いじゃなかった、そう思えるようになったという。
「……なんてね、サービスしすぎちゃったかな。千夜ちゃんともども、これからもよろしくね。素敵な魔法使いさん」
 照れたようにはにかむちとせ。そんな笑顔は珍しくもあり、不意に心を奪われそうになる。ちとせのことだってまだまだ知らないことばかりだ。
「ああ、任せてくれ。絶対にアイドルをもっと楽しませてやるからさ」
「あは、よく出来ました♪」
 そこへ、折を見ていたのか千夜がやってきた。
「お嬢さま、食事の用意が出来ました。今宵の晩餐会、どうぞお楽しみいただけますよう」
 晩餐会とは銘打っているものの、勝手に抱いていた豪奢で高級感の溢れるイメージとは違い、千夜の料理はとても家庭的だった。
 加えてちとせのために栄養やカロリー、彩りまでも考え尽くされているそれらが美味しくないわけがなく、味付けがちとせ好みになっているとして舌に合わないなんてことはなかった。
「美味い……泣きそう。にしても多くない? 量というより種類が、大変だったろうに」
 3人しかいないのにもはや和洋折衷取り揃えたビュッフェである。満漢全席といってもいい。
「食材を余すことなく使いましたので、問題はありません」
「美味しいし、いろいろ食べられて嬉しいからいいけど。2人でもこんな感じ?」
 小食で美食家なちとせを満足させるため、とも考えたがちとせの細くなった目を見るにどうやら違うようだ。
「魔法使いさんの好きな食べ物、ずーっと見ててもわからなかったんだよね?」
「お、お嬢さま!?」
 慌てふためく千夜をお構いなしに、ちとせは愉快そうに続ける。
「視線感じなかった? お仕事で一緒に居ることが増えて、せっかく食事時に居合わせることも増えたのに。あなたいつもコンビニのパンとかでしょ?」
「……言われてみれば。あっちいけって意味じゃなかったのか」
 客人としてもてなそうとするなら、好みの食べ物は外せないだろう。苦手な食べ物はもっての外だ。千夜なりに好みを把握しようとして、まるでヒントが得られないから数で誤魔化した、と憶測がついた。
49:
「でも、これだけ作れてどれも美味しいなんて、伊達にこの家のシェフは務まってないな」
 率直な感想を述べるも、今の千夜には逆効果だった。なんだか頬が赤くなっているような、そうでもないような……。
「うるさい! 別に……お前みたいなのでも客は客、お嬢さまの顔に泥を塗るようなことがあってはなりませんから。それだけのことです」
 改めて並べられた料理を眺めてみると、成人男性が好きそうな料理トップ10、なんてベタなアンケートがあれば半分くらいは埋まりそうだ。苦心した跡が顔をのぞかせている。
「魔法使いさんには料理作ってくれる人、いないの?」
「いたらこんなに感動してないと思う。誰かの手料理ってだけでご馳走なのに、その上文句の付けようがないときた」
「ふぅん……? どう、千夜ちゃんをお嫁に欲しくなっちゃった?」
「そりゃあもう、あっ」
「あん、私の千夜ちゃん取っちゃだめなんだから。今はまだ、ね♪」
 ちとせに乗せられてうっかり肯定していた。胃を掴むとはこういう意味だったのか。
 それよりも千夜の反応が無いのが怖い。ちとせの悪ノリもいつもよりエスカレートしており収集がつかなくなりそうだ。
 恐る恐る、千夜のほうを向いてみると――
「…………」
 いろいろ通り越して真っ白になりながら、手だけは食事するために動くというよくわからないものへと成り果てていた。
 口に運ばれた料理が文字通り消えていく、そんな早さで次々と消化されていっている。空になった皿が瞬く間に増えていった。
「は、早い……! 待てよ、これは正月番組に使えそうだな」
「そっちなの!? ごめんね千夜ちゃん、もう言わないから魔法使いさんの分だけでも残してあげてっ!」
 千夜の新たな可能性を垣間見たのと引き換えに、晩餐会はシェフ自らの手で幕引きを早めることと相成った。
「やってくれましたね……」
 食後に何とか復活した千夜の淹れた絶品な紅茶を楽しみつつ、ぼちぼち帰ろうかというところで家主が席を外し、今度は千夜と2人きりになった。
しかしちとせも、わざわざそうさせるために「お風呂に入りたいんだけど、魔法使いさんも入ってく?」なんてからかってくるのでは、こっちの寿命がいくつあっても足りない。千夜の視線も厳しいままだ。
「ははは……絶好調だったな、ちとせ」
「調子が良いというのは本当のようです。無事先月を乗り切ることも出来ましたから」
「アイドルやってるおかげかな?」
「何を馬鹿な。……まあ、ご健勝であるなら何にしても良いことですが」
 千夜がちとせを想っている時は、表情が柔らかくなる。最近になって気付いたというよりは、そういう顔をプロデューサーの前でも見せてくれるようになってきた、が正しい。
50:
 基本は仏頂面であることには変わらないが、ちとせの前でしか見せない顔を少しでも覗けている気分になる。ちとせの言う本来の千夜の笑顔がどのようなものか、いつか見てみたいものだ。
「……また変なことを考えていますね。そんなにお嬢さまに粗相を働きたいのですか」
「え、違う! 変なことなんて考えてないって!」
「口角が上がってましたよ。言い訳は要りません」
「あのなあ……」
 千夜は千夜でこちらをよく観察するようになってきたのは、何も食事の好みを把握するためだけではなさそうだ。監視の目を光らせているだけかもしれないが。
「……勘違いされないよう、一応伝えておきます。私は誰にも嫁ぐ気はありませんので」
「気にしてたのか……。一生ちとせに仕えるつもり?」
「お嬢さまに恩義を返すこと、それが私の全てですから」
「じゃあ、ちとせが誰かと結婚してもついていくの? お相手さんがちとせとだけの生活を望んでも?」
「それは……お嬢さまが、結婚? 考えたことも無かった……」
 足場が崩れ去るように愕然とする千夜。将来の夢や希望を描くことなく、ただちとせの僕としての今を生きてきたのだろう。想像すらしていなかったらしい。
「……お前がいると、そんなことばかりだ。私が知ろうともしなかった物語を語りだす……何のつもりですか」
「ご主人みたく、千夜もいろいろ考え始めてみたら? 自分のこれからのことを」
「余計なお世話だ――と、以前の私ならそう突っぱねていたのでしょうね」
 決まりが悪そうに、しかし千夜はプロデューサーの言葉を拒絶はしなかった。
「……忘れるまでは、心に留めておいてやってもいい」
「今はそれで十分だよ。……アイドルに言う事じゃないけど、もしいい人が見つかったらちとせに報告してやれ。泣いて喜ぶぞきっと」
「添い遂げる相手のいないお前に言われても、何も響いてきませんが」
「ひどい! ……ははっ、じゃあ俺帰るよ。今日はご馳走様、本当に美味かった。ちとせにもよろしく言っておいてくれ」
 帰り支度を済まし、出ていこうとするプロデューサーのスーツの袖が引っ張られる。何か忘れ物でも見つけてくれたのだろうか。
「待ちなさい、そこまでは送って差し上げます。……迷子になってその辺をさまよわれても困りますので」
「あー……じゃあお言葉に甘えて。さすがに迷子にはならない、とは思うんだけど」
 そことは恐らく出迎えてくれていたエレベーターのことだ。
 迷子になるとすれば1階に降りた後なのだが、千夜としてもちとせから貰い今も着用している服で外を歩ける限界がそこなのかもしれない。メイド服ではそうもなるか。
 行きは千夜の後を追って歩いたが、帰りは並んで歩く。エレベーターまで大した距離はないものの、辿り着くまでやけに短く感じられた。
「それじゃあ、また」
「ええ。また」
 軽く挨拶を交わし、今度こそお別れだ。1階のボタンを押し、エレベーターのドアが閉まる僅かな間に軽く手を振ってみた。
「……?」
 ドアが閉まる瞬間、遠慮がちながら小さく手を振り返していた千夜が見えた。普段とのギャップも重なり、それはとても愛おしい姿として強烈に頭に叩き込まれる。
「……ファンを喜ばせるための演技です、ばーか。なんて言うんだろうな」
 たとえ千夜なりの戯れだったとしも、その姿をしっかりと頭に焼き付けたい。
 1階に着いたエレベーターから搭乗者が降りてくるまで、ほんの少しタイムラグが生まれていた。
51:
13.5/27
 そうして、エレベーターホールの前で立ち尽くしながら自分の手を見つめること、数分が経過していた。
 自分でも困惑している。あいつに手を振り返したなどと、本当にどうかしていた。
 お嬢さまに見られなかったことだけは幸いだ。私らしくない、と驚くかはたまたそれをネタに可愛がってくださるか。いずれにせよ面倒なことになるだろう。それよりも、
「私らしい――って、何だ?」
 愛想が無く、仏頂面で、お嬢さま以外の人間に興味を持たないのが私だったとしたら。
 この手は一体、誰が、誰のために振られたというのだ。
 ……私は、私のことすら知ろうとしていなかった。わかったつもり、いや、無かったつもりで生きてきたから。
 私は何者なのか。お嬢さまの僕、それ以外の役割があっていいのだろうか。
 アイドルの白雪千夜、としての私は嫌いじゃない。お嬢さまと並び立てる、新たな役割を与えられたことには感謝している。
 では、ただの白雪千夜はどうだろう。この名前しか持っていないと思っていた私は、何かを望み始めている?
 答えは闇の中だ。それでも私は、忘れるまでは……考えてみてもいい。自分のことや、これからのことを。
 この胸に灯り出した炎が、私の中の闇すらも照らしてくれると、信じてみたくなったから。
52:
14/27
 事務所全体で開催される大規模なアニバーサリーイベントのとある企画、そこにちとせと千夜も加わることが決定した。
 いつもなら所属するアイドルから5人選抜してメインイベントやLIVEを披露するところ、今年は新進気鋭の新人4名を追加する運びとなり、その内の2枠にすべり込んだことになる。
 社内でもちとせと千夜が評価されているのは、プロデューサーとしてありがたい話だ。
 現在進行形で迷惑をかけ続けている傍ら、それぐらいやってもらわなければ、とのプレッシャーもないではなかったが。
「……静かですねぇ」
「もともと静かですよ、2人増えたくらいじゃ」
 事務所の自室で現状報告に来てくれたちひろと2人、仕事の手を休めてのんびりしていた。
 所属するアイドルのほとんどがイベントに向けて駆り出されているため、この部屋も1人で過ごす方が多くなった。そう感じるのは、2人がレッスンや仕事を抜きにしてもよくこの部屋で共に過ごしてくれていたからだ。
 間もなく選抜メンバーで合宿が行われる。時間があまりない中での効率よい合同レッスンや、即席グループであるため少しでも連帯感を築くためだ。
「寂しくなりますね」
「ずっとそうですよ。ちひろさんも含めて」
「あら、ありがとうございます♪ ……今年の年末って、どうされます?」
「……考えてはいますよ。あんなステージを見せてくれたら、あの2人ならやってくれるかもって」
 これもまた毎年恒例となっている、年末に他所の芸能事務所も交えての大掛かりなイベントがある。アイドルたちがLIVEパフォーマンスを競い合う大会、その新人戦に『Velvet Rose』として2人の出場を推薦しようと考えているのだ。
 その大会は、昨年受け持っていたアイドルたちが優秀な成績を持ち帰ってくれた代わりに、プロデューサーが重圧に耐えられず逃げ出すこととなった因縁もある。
「……いいんですね?」
 ちひろもそれを心配してか、語調に勢いはない。元通りとなることを望んでくれているちひろは、この時だけは押しが強くなるはずなのに、だ。
「今度こそ……やり直すことなく、高みにいけたら。俺がみんなに顔向け出来るようになるには、それしかありませんから」
 懐から、いつものように動かない懐中時計を取り出す。この事務所でプロデューサーとなり、みんなと出会ってからどれほどの時間が経っただろう。
 時を刻むことのない時計を眺めてもそれはわからないが、みんなと歩んできた記憶だけは鮮明に思い出せる。
 この時計を眺めている時はどうも思いつめた顔になるようで、アイドルたちからまた老けるよ、なんてからかわれたものだ。そのせいだろうか、思わず漏れていた失言をちひろが追究してくることはなかった。
 取り出した思い出を胸元にしまい込み、携帯電話を確認すると時刻は間もなくお昼時だ。
 ちとせと千夜には計9名となる即席グループに馴染んでもらうためにも、なるべく行動を共にするよう言いつけてある。他のアイドルたちとの接点がこれまであまりなかったこともあり、良い刺激になるはずだ。
53:
 5枠の選抜メンバーの中にはあの城ヶ崎美嘉もいる。そして、他にもよく見知った名前が――
「ただいまー。あっ、ちひろさんも居るんだ。あは、ナイスタイミング♪」
 ドアが開く音がすると、ちとせと千夜が戻ってきていた。
 昼食は他のメンバーたちと別行動となったのか尋ねると、そうではないらしい。
「お嬢さまがどうせならと、私たちだけでは無駄に広いこのスペースを利用して、昼食を取らないかお誘いなされたのです。……逃げられてしまいましたが」
「んー、美嘉ちゃんだっけ? 抜け駆けはずるいから、って顔赤くして慌ててどこか行っちゃったの。あの子を追い掛けてった子もいて、その流れで今日のランチは別々。最初は乗ってくれそうな顔してたのに、ねぇ知り合い?」
 美嘉の行動がどんな風だったか、その場にいなくてもありありと想像できて思わず笑みがこぼれた。
「あれで結構シャイなんだ。あまりからかってやるなよ?」
「……ふぅん?」
「へぇ……」
 美嘉への接し方をアドバイスしたつもりが、心なしか冷たい視線を浴びせかけられている。ちとせも千夜もどうしてしまったのか。
「……私たちも別なところでご飯食べよっか、千夜ちゃん」
「そうですね、それがよろしいかと。千……ちひろさんもいかがでしょう」
「いいねそれ♪ どう、ちひろさん?」
「私もお邪魔していいんですか、ありがとうございます♪」
 2人の元へにこやかに歩み寄っていくちひろから敵意こそ感じられないが、笑顔で見捨てられた気がしてそれはそれでショックである。
「ちひろさんまで!? ……あの、俺は?」
「霞でも食べてろ。では、行きましょう」
 千夜の冷たい一言を残して、ドアは閉まった。
 4人でも閑静な広さの部屋に、輪をかけて静寂が訪れる。ささやかな冷房の起動音も何の慰めにもならない。
「……。もっと寂しくなりましたよ、ちひろさん……」
 さっきは答えてくれた人も、もうそこにはいなかった。
54:
15/27
 2人が合宿に赴いている間、『Velvet Rose』としてではなく個人のアイドルとしてどうプロデュースしていくか、方針とその企画案を事務所の自室でひたすら立てていた。
 もちろんまだまだ駆け出しであり、ユニットで動かせた方が2人にとってもやりやすいのは判り切っている。お嬢さまとその従者、キャラ立ちもはっきりしていて彼女たちを知らない人たちに覚えてもらいやすい。
 ちとせとの約束もあるが、プロデューサーとしてただ単にアイドル黒崎ちとせとアイドル白雪千夜、それぞれが輝いているところを見たい。補い合う段階からその次へ、どこにいたって一人で輝けるように。
「オーディション、今ならどこまで受かるかな……ん?」
 一息つこうと伸びをしていたところへ携帯電話が着信音を鳴らし、誰からのものかディスプレイを確認する。
 白雪千夜、と文字が浮かんでいる。発信者は千夜だった。仕事に関するもの以外で連絡が入ったことはこれまで一度もない。合宿地から何用だろうか。
「えっと、はい。もしもし」
『白雪です。どうも』
「どうしたんだ、何かあった? まさかちとせが倒れたとか?」
『……。お嬢さまは無事だ。お前に用があるのは私です』
「あ、うん。それはよかった、千夜がどんな用だって?」
『電話では話しにくいので、こちらに来ていただけると助かります。そう遠くは離れていないはずですが』
「あー……それは問題ないんだが」
 選抜メンバーで合宿しているのだから、美嘉たちもそこにいるのだ。美嘉には先日の件もある手前、こちらから伺うことに抵抗がなくもない。
 せっかく頼ってくれている千夜を無碍に扱うわけにもいかないが、はたしてどうするべきか。妥協案を探ってみる。
「電話じゃ駄目ってどんな話?」
『大事な話です』
「…………」
『…………』
「えっ、終わり?」
『他に何か必要でしょうか』
 話しにくいと言っている以上、中身を詳らかに話せないのはわかる。それにしたってガードが堅いような気もするが。千夜からの大事な話って何なのだろう。
「うーん」
 千夜からの大事な話、というワードの前に優先すべき事項は現状見当たらない。
 覚悟は決まったが、ただ返事をするのもつまらないので難色を示している素振りをみせてみる。
 つべこべ言わず来い、と冷たく言い放たれるかと思いきや、聞こえてきたのは自嘲めいた乾いた笑いだった。
55:
『ふっ……所詮私などその程度ということですか。やはり私に価値なんて……なかった』
「わーーー、待った待った!! 落ち着け、ふざけ過ぎた謝る! 今から行けばいいのか? 千夜、聞いてる!?」 
 そのまま電話を切られそうな雰囲気に耐えられず、挽回しようととにかく引き留めるためにまくし立てる。
 通話は…………繋がっている。どうやら千夜に届いていたようだ。
『聞いてますよ、必死な声でしたね。つまらない真似をするからだ。ばーか』
「ぐぬぬ……やるようになったじゃないか、千夜」
『お前が成長していないだけでは? ふふっ』
 今度は違う意味合いの笑い声が微かに聞こえてきたが、気のせいかもしれないので下手に触れずにおいた。
「で? 俺はいつ会いに行けばいいの」
『夕食前の自由時間、くらいしか他の人たちの目を盗める機会はありません。……今は会いたくとも会えない方がいるのでしょう?』
「うん……ごめん」
『謝るのならその方にしてください。出来れば早く来ていただけると助かります』
「わかった。明日にでも行くよ。今日はちょっと出れそうにないんだ」
『わかりました。17:30頃外に出ますので、見つけてもらえれば』
「オッケー。明日な」
『……』
「ん? それじゃあ切るぞ」
『……あの』
 電話越しではあるが、それはいつになくしおらしい声だった。
『来てくれて、感謝します。……では』
 千夜の方から通話を切られたのを確認し、携帯電話を閉じて再び仕事に取り掛かる。
 一息つこうとしていたことなど忘れ、他に誰もいない静かな部屋ではキーボードを叩く音だけが軽快に鳴り続けた。
 約束の時間も迫り、ようやく陽が傾きかけ始めた頃へ虫たちの混声合唱が鳴り響く中、時間前に合宿所へとたどり着く。関係者とはいえ目立たないよう、敷地内へは入らず様子見だ。
 ここへは何度通ったか覚えておらず、身体が最適な道のりを覚えていたため暑さを除けば特に苦労はしなかった。
 これからなるべく人目のつかないところで、千夜からの大事な話を聞かなくてはならない。近くに良い場所はあっただろうか。
56:
 周辺の地理に思考を巡らせていると、レッスン着の千夜が合宿所の玄関から目だけで辺りを探りながら出てきた。
「千夜、こっちだ」
「……どうも。話は後で、協力者がいますのでこちらへどうぞ」
「え? そっちって、中に入るのか?」
「急げと言っている」
 問答無用とスーツの袖を掴んで引っ張る千夜にされるがまま、合宿所の中へと押し込まれる。
 宿泊施設自体は旅館のそれで、玄関口で脱いだ靴を下駄箱に置くことも、ましてスリッパも履くことがかなわず連れ去られた。千夜は履いてきたものをそのまま使用しているようだ。
 そうして宿泊施設の中を迷路のように遠回りしてから鍵のかかった部屋に通され、最後に誰にも見られていないことを確認していた千夜が、中から鍵をかけてようやく部屋の奥へと入ってくる。
 この部屋に寝泊まりしているのか、隅にはアイドルたちの荷物がまとめられている。ここは5人で使われているらしい。
 夕陽の差し込む窓辺からは光をきらきらと反射する海が一望できた。
「……拉致されるとは思わなかったよ」
「お前が堂々と来られないのだから仕方ないでしょう。……はぁ、何故私はこんなことを」
「ここまで徹底しなくてもさ。そういや協力者って?」
 ちとせでないことだけは確かだろう。だからといって他のメンバーに千夜が頼み込むとも思えない。
「……不覚にも昨日、お前と話しているのを見られていたようで。頼みもしていないのに手伝ってくれる、と。おかげで助かりましたが」
 聞かれていた、ではなく見られていたというところに引っ掛かりを覚えるが、関係のない話をする時間も惜しい状況だ。とにかく用件を聞き出さなくては。
「それで、どんな話があって俺を呼んだんだ?」
「……」
 近場の座布団を手繰り寄せ、落ち着いて正座する千夜。姿勢を正してからこちらへ向き直った。
 プロデューサーも近くにあった座布団の上で胡坐をかこうとし、千夜に合わせて正座することにした。たまにはこうして向かい合って話すのもいいだろう。
「? 楽にしていればいいものを」
「まあ、なんとなく。じゃあ始めようか、大事な話ってやつを」
 千夜はどう切り出すか一瞬だけ迷いをみせてから、すぐに話し始めた。
「簡潔に述べます。私をどう思っていますか」
「…………」
57:
 大事な話と聞いてそのセリフを聞かされてみれば、予想される展開はかなり絞られる。ただ目の前の少女が千夜なのでどうにか異なる可能性を模索出来た。
 とりあえず、打開するためにも素直に返してみることにした。
「最近たまに可愛いと思える時が増えた、かな」
「ふざけてるのか」
「そういう事じゃないの!?」
 何かおかしいと勘付いた千夜が、ようやく言葉がいろいろ足りていなかったことに思い至ったようだ。
「私が聞きたいのは、アイドルとしての白雪千夜をお前はどう見るか、だ。他にあるとでも?」
 語気は強めでも自分に非があることは理解しているらしく、目は逸らされている。
「最初からそう言えばいいのに……。しかし俺に聞くのか」
 晩餐会の時に千夜のことを知るためちとせを頼ったこともあったが、状況としては同じだ。プロデュースしている本人に聞くのが早い、そう判断したのだろう。
「今回のイベントでは、各々の色、個性、そういったものが求められている。だから聞きました」
「千夜は充分に個性的だと思うけどなあ」
「……よくわからない。私に価値はなくても、アイドルとしての私は……少なからず価値を持っているのかもしれない。お前のせい、おかげ? どちらでもいいか」
「おかげと言って欲しいとこだけど、まあいいや。個性なあ」
 己を無価値と蔑ろにしてきた千夜が、少しずつ見つめ直そうとしてくれているのだ。電話越しでは済まされない、確かに千夜にとってはおおごとで、だいじな話だった。
「ここには私の他にちとせお嬢さまや、美しい方、活発な方、穏やかな方――色とりどり揃っています。そこに私を添える意味や、価値を……お前ならわかるはずだ」
「うーん……俺が教えるのは簡単だけど、はいそうですかって納得出来る?」
「……それは、そうですが」
「今回はちとせと一緒だけど、ちとせの僕としてじゃなくたって、千夜はもう立派にアイドルだよ。それは俺が保証する。保証させるのが仕事だから」
「…………」
「あまり気にしないでいい。自分の価値を決めるのが自分だけじゃないのはわかっただろう? それと一緒だよ。周りから創り上げられたイメージがあって、それに応えるのもアイドルの仕事さ」
 城ヶ崎美嘉がカリスマギャルとしての名声を維持しているのは、本人がファンの前でそうあろうとしている努力もあってのものだ。
 もっとも、彼女なら1人でもその高みに昇りつめられたかもしれないが。美嘉がそうありたいという願いを聞き、プロデュースで後押ししたに過ぎない。
「それでこそ偶像、というわけか。私のイメージ……? 私に求められているもの……」
 うつむき加減に拳を軽く口に当て、千夜が考え込む姿勢に入る。無価値などと言わず自身がこうありたいという願いを、千夜にも是非持っていてほしい。
 合宿所での他アイドルたちとの交流を通して、何か思い当たることがあればいいのだが。
58:
「深く考えなくていいよ。ユニットデビューの時もありのままでいいって言ったろ? 千夜がしたいようにしてるだけで、みんなにとってのアイドル白雪千夜像も出来上がっていくだけなんだから」
「……お前が私やお嬢さまを好きなようにさせているのは、そういう狙いがあってのことなのですか?」
「自分に嘘をつかせながらアイドルさせるのは、嫌なんだ。本人の個性を尊重したいから」
 遠い過去に学んだことだ。アイドルとして輝くという意味でなら、従来の自分を抑えて新たなイメージを築き上げるのも間違いではない。
 千夜の場合は逆で、普段からちとせの僕としてその枠に収まろうとしている。そのこともあり、せめてアイドル白雪千夜には自由に自身を表現してほしかった。
 それがちとせの、千夜を千夜らしく、という願いを叶えることにも繋がると、そう信じたい。
 会話が途切れ、静寂が辺りを包み込む。それを破ったのはプロデューサーでも千夜でもなく、外から響くノック音だった。
 鍵は掛けられてるとはいえ、これでは外に出られない。そこでようやく千夜の協力者が誰なのかを聞いていないことに気が付いた。
「時間のようですね。……今のうちに謝っておきます」
「え、何を?」
 返答はなく、千夜が静かに扉の方へと向かっていく。
 そして、外にいる人物を招き入れるように鍵を外し扉を開く。千夜の言葉の意味がすぐに理解した。
 そこにいたのは、氷像のように整った容貌をしながらこちらを真っ直ぐ捉える目がどこまでも澄んでいる、よく見知ったアイドルだった。
「ダヴノーニヴィージェリシ! あー、久し振りですね。プロデューサー?」
59:
15.5/27
 アイドルになる時、あいつに渡された携帯電話は事務所から支給されたものではなかった。
 どうにも型が古くスマートフォンですらない。何世代も前のものを、連絡手段のためだけに手渡されていたに過ぎない。そんなものを何故あいつが自前で用意しているのだろう。
 その問いに答えてくれたのは、私が通話している相手を携帯電話の型だけで見抜いた、以前あいつが受け持っていたというアナスタシアさん。既に完成された美術品のような、とても綺麗な人だ。
「機械が苦手、アーニャに言いました。でも、きっと違いますね。プロデューサーは嘘が下手です」
 私が知らないあいつをこの人は知っている。私が持たされた携帯電話を愛おしそうに見つめていたのは、懐かしさからか。
「どうして持たせてくれたのかは、わかりません。誰が聞いても、最後には、魔法を掛けるため、としか言ってくれませんでした」
 他のプロデューサーに引き継がれる時に回収されて、新しく配られることもなかった。そこからあいつと引き離されたアイドルの人たちは、携帯電話があいつ独自に持たせていたものだと判明したらしい。
 魔法とは、何を意味するのか。アナスタシアさんにもわからないなら、私が察するべくもない。
「チヨが、羨ましいです。アーニャたちがそばにいても、プロデューサーを、哀しませてしまうから……。それでも1度くらい……私も、会いたかった」
 女子寮に住んでいるのに、あいつの来訪に居合わせられなかったことがずっと心残りだったそうだ。
 あの日お嬢さまと女子寮で見た光景、合宿前の昼時にみせた美嘉さんの挙動といい、あいつのもとでアイドルをしていた人たちは今でもあいつを忘れていない。
 自分勝手に放り出していったあいつを忘れられないのは、あいつが見せてきた夢に、魔法に、今も魅入られているからなのだろうか。
 それもあるだろう。だが本当のところは、あいつが何かを1人で抱えていて、苦しんでいるのがわかってしまったから。
 今の私にも、それぐらいならわかる。
「チヨは、プロデューサーのこと、好きですか?」
 あまりに純粋な物言いに深い意味はないのだろうが、その無邪気に覗き込んでくる瞳を直視出来ないでいる。
 羨ましい、と先ほど言われてしまった。あいつが私とお嬢さまの専属となっている状況で、私はどう返すべきなのか。
「……そこまで嫌いではありません。あなたたちがあいつを慕う理由も、多少はわかっているつもりですから」
「ハラショー♪ チヨもいい人、ですね。私たちの分も、プロデューサーを支えてあげて、ください。チヨも、その方が……」
 最後の方はよく聞こえなかったが、なんだか心苦しくなる。あいつの責任で今の状況があるというのに。アナスタシアさんの純真がそう思わせるのか。
「あいにく私には仕えるべき人がいますので。……ですが」
 あいつほどではないが、私も嘘は得意ではなかった。その上ひねくれてもいる。
「たまには、まあ。気に掛けてはおきましょう」
60:
16/27
 アニバーサリーイベントの開催初日。快晴で残暑も厳しい中、会場では人の波が絶えず揺らめくほどの盛り上がりを見せていた。
 こっそりと様子を見に来たプロデューサーとしては、人混みに紛れて行動しやすいのはありがたい。この暑さでもスーツのジャケットを脱がずとも、そう目立つことはなさそうだ。たまに奇異の目で見られることはあるにせよ。
 メインステージでのLIVEが行われるまでの間、ちとせと千夜を含めた9人の選抜メンバーたちは売り子として物販を手伝うことになっていた。
 他のアイドルたちが企画した出店の商品も取り揃え、アイドルたちの個性をファンに届けようというのが目的らしい。商品数もさながら、アイドルが売り子となれば異様な行列も頷けた。
 ちなみに、ちとせと千夜が『Velvet Rose』として販売しているのはトマトドリンクだそうだ。深紅の薔薇を思わせる赤い液体を想像すると、ちとせにはいろんな意味でお似合いである。
 客の波に紛れて慎重に物販ブースに近付くと、ちとせと美嘉の声が聞こえてきた。合宿を経て仲良くなってくれているといいが。
「はぁ……暑いねぇ。少し休憩してもいいかな」
「ちとせさん大丈夫? 向こう日陰になってるしそっちいこっか?」
「ううん、ちょっとだけ美嘉ちゃんの血を分けてくれたら……頑張れるかも」
「アタシの血!? えっと、それって首筋に噛みついたりするやつ?」
「美嘉ちゃんは首筋がいいの?」
「よくないよくない! や、他ならイイって意味でもないよ!?」
「あは、可愛い♪ 美嘉ちゃん美味しそうなのに、ざーんねん」
「ちとせさんが言うと冗談に聞こえないから凄いよね……」
「ふふっ、安心して。日差しを浴びても灰になったりしないでしょ? ……焼けそうでちょっとつらいけど」
「正直初めて会った時、なっちゃたらどうしようかと思ってた。今日だってトマトドリンクとかチョー似合ってるし?」
「んー、でも本物じゃなきゃ夢を壊しちゃうよねぇ。美嘉ちゃんから血を貰うか、灰になってみた方がみんなを虜にさせられるかな」
「大事件だよ!? 後半は特にイベントどころじゃなくなっちゃうから……って、あ、はい! どれにし……え、血? 血は売ってませんし吸わせませんから! ちょっとちとせさーん!?」
 ……相性は良さそうだ。そういうことにしておこう。
 観客数は増していくばかりで、その場に留まるのも一苦労だ。むしろ邪魔になってしまっている。このまま一度流されるまま流されて、会場全体を見て回るのも一興か。
 千夜の様子が見られなかったのは仕方ない、また後で来ればいいかと人の波に身を任せようとした。が、
「500円になります」
 並んでもいないのに声を掛けられ、どんな押し売りが来たのかと振り返ってみると、そこには様子が見られなかったその人がいた。
「千夜……それって何の値段?」
「こそこそ隠れて来たかと思えば、挨拶も無しに去ろうとした者への罰です」
「そんなものまで売ってるのか……罪深いな俺」
「それはおま――ぷ、プロデューサー……の、日頃の行いが悪いからでしょう。改めてください」
 誰に聞かれているかもわからない状況で、さすがに大の大人をお前呼びするのは避けるべきだと判断したのか、苦渋に満ちた表情を浮かべながらのプロデューサー呼びだった。
61:
「……1000円になります。他に何か欲しいものは」
 声量を抑えながら、しかし押し売りは再開される。
「増えた!? でも500円でそう呼んでくれるな、ら次から払ってみようかなあ」
「そんなサービスは取り扱っておりません。早くしてください」
 あまり持ち場を離れられなそうな割に、こうして抜け出せているのもまた協力者のおかげなのだろうか。
 物販ブースに目をやると、ちょうどアナスタシアと目が合い眩しい笑顔が返ってくる。
「……アーニャと仲良くなったのか?」
「そういうわけでは……あんなに綺麗な人までかどわかしていたとは、大したものですね」
「スカウトな!? まあ、運が良かっただけだよ」
「いたく情熱的な夜を共にしたとか」
「仕事も兼ねての天体観測ね!? え、アーニャが吹き込んだの? 千夜が悪意的に解釈したの?」
 大きな声を出さないよう自制しながらも際どい発言を連発し、なかなか腹の虫が収まらない様子の千夜である。プロデューサー呼びがそんなに屈辱だったのか。
 こうしていても埒が明かなそうなので、望み通り何か買ってこの場を離れることにする。千夜の様子も見れたことだし、長居は無用だ。
「えっと、トマトドリンク貰っていい? それ飲みながら回ってくるから」
 首肯し、千夜は物販ブースからトマトドリンクを取って戻ってくる。
「どうぞ。お代はツケで構いませんので」
「ツケって、一応関係者とはいえいい……のか? まあ問題あったら連絡してくれ、行ってくるよ」
「私たちのステージも観ていくように。わかってますね」
「言われなくても。それじゃ」
 今度こそ会場を回るため人混みの中に進んで入っていく。
 逆らえない流れの中、一度だけ振り返ってみると、千夜が控えめに手を振ってくれていた――ような気がした。
62:
 アニバーサリーイベントのメインを飾る舞台を、プロデューサーは観客席から全容を眺めることにした。
 なにせ9人がステージに上がるのだ。事務所の方針でユニットは多くとも5人で結成されるため、こんな機会はなかなかこない。自分が手掛けた企画でもないので、1人のファンとして楽しめる数少ないチャンスでもある。
 周りは多くのファンで埋め尽くされ、推しているアイドルの話や今回初めて知って好きになったアイドルの話、どれもこれもが歓喜の色に満ちている。
 どうしても知名度では劣ってしまう『Velvet Rose』の話題が聞こえてこないか、親バカの心境で耳を傾けながらその時を待っていると、いよいよ開幕の時間となった。
 今日一番の歓声が湧き上がる。暑さも上塗りにするほどの人々の熱気が立ち込める中、9人のアイドルたちが出揃った。
センターの美嘉が音頭を取っており、彼女のMCで観客のボルテージも最高潮に達し、頃合いと見るや演奏が流れ出す。あまりの盛り上がりに演奏が聴こえなくはならないか心配になった。
 ちとせと千夜は端ながら隣同士に配置されている。ちとせの体調も問題はなさそうだが、まさかあの後本当に美嘉の血を吸ったわけじゃないよな、と思えるほどには元気そうだ。この舞台を心から楽しんでいる、そんな輝きを放っている。
 千夜はどうだろう。合宿中に千夜はこのステージに向けて自身の持つ色、個性について悩んでいた。あれから自分なりの答えを見出せたのか、舞台の上の彼女を目で追いかける。
「……あの様子なら大丈夫、だよな」
 ちとせの隣で千夜もまた、舞台を楽しめていることが伝わってきた。表情はまだ硬いながらも、ありのままこのステージを織りなす一つの色、個性、輝きとして溶け込んでいる。
 そして美嘉、アナスタシアも自分の管轄から離れたところで、輝きは失われていなかった。
 その光を失わせてしまうことに恐怖を抱き、目を背けてきたプロデューサーに、こんなことを言う資格はないだろう。それでも目の前に広がる光景が滲んで見づらくなる前に、どうしても言葉にしておきたかった。
「……みんな、凄く眩しいよ」
63:
 メインステージも大盛況となり、大きな余韻を残しながらアニバーサリーイベントは幕を閉じた。
 軽く挨拶回りをし――アイドルを引き継いでもらっている同僚には何度も頭を下げつつ――今は選抜メンバーの販売ブースのあった付近でベンチに座っている。
 出店が飲食物中心だったせいか、少しだけ散乱していたプラスチック容器のゴミがイベントの終わりを告げているようで、哀愁が漂っていた。
 ぼんやりと一日を振り返る。かつて受け持っていたアイドルも、今をついてきてくれるアイドルも、そうでないアイドルも含めてみんなが輝いていた。何度でも胸がいっぱいになる。
 しかしぼちぼちイベント会場から出ていかなくてはならない。事務所に戻ろうとベンチから腰を上げたタイミングで、千夜からメールの着信が入った。
「そこで待て、か。何だろう、勝手に帰るなって意味? それともどこかで見てるのか……?」
 疲れているだろうし、話なら明日にでも聞くから早く帰って休むように。また寝坊するぞ
 と打ち込んで返事を送信したところで、何やら2人分の呼び声が聞こえてくる。
 何事かと携帯電話のディスプレイから目を離すと、美嘉とアナスタシアが小走りに近寄ってきていた。
 美嘉とは休憩コーナーでばったり、アナスタシアは女子寮住まいだが仕事が重なっていたため、先日の千夜の協力者として顔を見せたのが、担当を外れてから最初の顔合わせであった。アナスタシアに至ってはろくに話も出来ていないままだ。
 ……思えば、会わないようにしていた人に会っているのだから、千夜に拉致された意味は半分以上失われている。だがあの時のアナスタシアの笑顔を見て、少しだけ救われたような気がしたのは事実だった。
 疲れているだろうに、肩で息をしてでも会いに来てくれた2人の呼吸が落ち着くのを待つ。千夜のそこで待てとは、こういう事だったらしい。
 千夜はわざと美嘉やアナスタシアに接触させてきたのだ。そしてそれは単なる嫌がらせなどではなく、彼女たちとプロデューサーを思ってのことに違いない。
 いつの間にか、彼女たちの前でも心がほんの僅かに軽くなっている。
「……ふぅ。今日ぐらい……いいよね? ていうかそのケータイまだ使えるんだ、自分の分くらい機種変えなよー」
「アーニャはこれ、好きでしたよ? プロデューサーと、みんなとだけお話しできる、魔法が掛かってますね」
「いや、それアドレス帳……まいっか。アタシもなんだかんだ気に入ってたしね★ 時代に取り残されてる感じが、なーんかかわいいっていうか?」
「……好き放題言ってくれるなあ。いいだろ、安かったし」
「値段だったの!? もっとこう、こだわりみたいなのがあると思ってたのに!」
「カメラ、上手く写りません……。プロデューサーは写真、あまり好きじゃないですね?」
「手振れ補正とか無いからなあこれ。俺は一般人だから、万が一にも映り込むわけにいかないの。知ってるぞー美嘉、寝落ちしてた俺をそれで撮ろうとしたの。というか撮ったの」
「げっ、バレてたかぁ……いいじゃん! 結局起きちゃって何写ってるかわかんないからデータ消したし!」
「綺麗に撮れてても消させてたよ。……えっと、今日はお疲れ様でした」
 雑談にゆっくりと花を咲かせてもいられない状況なので、この辺りで切り替える。
 美嘉とアナスタシアがわざわざ顔を見せに来た理由はわかっていた。イベントが終わった直後なのだ、気付かない方がおかしい。
 自分たちの機会を振ってまで千夜は2人を送り寄越してくれたのだ、感謝しなければ。
「プロデューサー」
 切り出したのはアナスタシアの方だった。いつも純粋で真っ直ぐな瞳が、何かを期待するように言った。
「私たちの、今日のステージ……どうでした?」
 アナスタシアも美嘉も、プロデューサーの言葉を待っている。いくら手応えを感じ、一点の陰りも無い舞台を演じられたつもりになれたとしても。
 そんな2人に、今は自分のもとを離れた星々に、プロデューサーは万感の思いを込めて素直な感想を述べる。
「……最高だった!」
64:
16.5/27
「どんな話をしてるんだろうね、魔法使いさんたち」
 美嘉さんとアナスタシアさんをあいつと引き合わせるため、会場内に残されたあいつの足取りを追ってようやく突き止められた。
 2人ともあいつに会いたがっていたのは、態度を見ていて察するにあまりある。
 なんとか美嘉さんの今のプロデューサーに挨拶していたらしいことを聞きつけ、会場内に残っていると信じてスーツ姿を探し始めた。
 そう何度も呼びつけたくはなかったし、探していることを疑われるのも煩わしいので、見つけた時はほっとしたものだ。
 ……それにしても、プロデューサーという人種はいついかなる時もスーツのジャケットを脱いではならないのだろうか。事務所の方針? おかげで何度もぬか喜びさせられた。
「千夜ちゃんはいいの?」
 いいの、とは。帰る前に一言ぐらい、あいつから今日の感想を貰わなくていいのか、という意味だろう。
「私たちはいずれ、嫌でも顔を突き合わせることになりますから。でも、あの人たちは……」
 アナスタシアさんにはあいつのことを聞かせてくれた恩義もある。これぐらいしなければ、割に合わないはずだ。
 そしてあいつも……これぐらいのことをしなければ、自分から会おうとはしないのだろう。面倒なやつだ。
「うん、いい子いい子♪ 頑張ったね、千夜ちゃん」
 お嬢さまが頭を撫でてくれる。嬉しくあるものの、私の勝手でお嬢さまを付き合わせてしまい申し訳なくなる。
 と、そこへあいつに渡された携帯電話がメールを受信した。送り主は1人しかいない。
「あいつからです。……疲れているだろうし、話なら明日にでも聞くから早く帰って休むように。また寝坊するぞ、だと……?」
「あははは♪ 今日もぐっすり眠れるといいねっ!」
「屈辱だ……。お嬢さま、同じ醜態は晒しませんのでご安心を」
「えー? たまには千夜ちゃんのこと起こしてあげたいのになぁ」
「だから寝坊しろというのも難しい注文ですが……。お嬢さまが、そうお望みとあれば」
「それなら今日は、夜のお散歩に出かけよっか。浜辺じゃなくていつものコースで」
 浜辺というのはわからないが、お嬢さまがここまで1日を活動的に過ごそうとしていることに違和感を覚える。
「……お身体の方はよろしいのですか?」
「動けるうちに動いておかないと、なんだかもったいなくて。いいでしょ、千夜ちゃん?」
 調子が良いのは見ていればわかる。しかし何事もいつかは終わりがくるのだ。
 何となく、お嬢さまが生き急いでいるような――そんな、心を蝕んでくる雑念を振り払うために、気付いた時にはお嬢さまの手を取っていた。
「止めても行こうとするのでしょう? ついていきますよ、どこへなりとも」
「わお、大胆♪ でも……これなら並んで歩きやすいね」
 いつかの帰り道を思い出しながら、少しの間お嬢さまと手を繋いで歩く。昔はもっとこうしていたような気もするが、よく思い出せない。
「……あのさ、千夜ちゃん」
 もうじき空が闇に染まろうとしている。
 雲一つない天気だったから、今宵の月はお嬢さまと私を煌々と照らしてくれることだろう。
「今日も楽しかった。明日も楽しくなると、いいね」
 月よりも儚げに微笑むちとせお嬢さまに、私は――ありのままの私が、答える。
「……うん」
65:
17/27
 先に吉報を持ち帰ってきていたちとせと2人で、千夜の帰りを事務所の部屋でソファに座り待ちわびること数十分。噂の人は何一つ表情を変えずに帰還した。
「……戻りました」
「おかえり千夜ちゃん、どうだった?」
 ユニットを組むことが伝えられた直後の頃に何度か受けたオーディションでは、いくら落ちようが気にした素振りも無かった千夜である。
 とせはちとせで軽い貧血を起こしてしまったりと、体調を理由に振られることもあったので特に引きずってはいなかったが。
「採用だそうです。拍子抜けですね」
「おお、やったな! ……それにしても、もうちょい嬉しそうにしてくれてもいいのに」
「合否が通達される前に結果がわかってしまった、とまでは言いませんが……その。以前よりも変わったことが多くて」
「千夜ちゃんもなの? 私もなんだか物足りなかったな」
「お嬢さまも、ですか? ……まずはおめでとうございます」
 主人もまた凱旋してきたことを悟り、プロデューサーにも伝わるレベルでようやく千夜も嬉しそうにしていた。
「揃って受かって良かったよ。しかも一発目からだからな」
 ひとまずちとせのそばに千夜を座らせ、オーディションの様子を細かく2人に聞いてみることにした。
「それで、前と比べてどうだった?」
「名乗る前からこちらを知っていたかのような、そんな扱いでした」
「一緒に受けた子たちも、私を見るなり引いちゃったみたい。どうしたんだろうね?」
 新人ながらアニバーサリーイベントのメインを飾ったのだ、その反響たるやプロデューサーにも計り知れない。
 事務所の看板を背負って立っていたも同義だが、あまり気負いさせないように取り計らったのは正解だった。もっともこの2人なら、舞台に臨む際の緊張や不安とは無縁かもしれないが。
「アイドルとして世間に認識され始めたってとこだな。これから忙しくなっていくよ」
「映画の撮影ってどんな感じなのかな? ふふっ、ワクワクしてきちゃった♪」
「役名からして端役の端役ですが、私には相応しい。学べることもあるでしょうし」
「おお……千夜が向上心を見せてくれるなんて、泣いていい?」
 指摘されて気付いたのか、千夜ははっとしてから悔しそうに歯噛みしている。
「……お嬢さまとまたいつ並び立つ時が来てもいいよう、経験を積んでおきたいだけです」
「またまたあ、本当はちとせみたいに楽しんでるんじゃない?」
「……。いけませんか?」
「えっ、あ……」
 唇を尖らせた千夜からの予期せぬ反論に言葉が詰まる。楽しめているならそれに越したことはない。ちとせから託された願いのこともある。
66:
「大変、よいことと、存じます?」
「ふっ、この程度の演技でも騙せるものなのか。勉強になりました」
「あっこら、俺を使って演技力を試すなよ!」
「あはは♪ 千夜ちゃんの勝ちー!」
 千夜を引き寄せて撫でくり回すちとせ。怒るつもりは毛頭ないが、その気も失せていく2人のじゃれ合いっぷりに微笑ましくなる。
「お嬢さま、そろそろご勘弁を……」
「そう? じゃあ次は魔法使いさん、こっち来て」
 ちとせにしてはあっさりと千夜を解放し、代わりに自分の膝をぽんぽん叩く。
「たまにはこういうご褒美もいいでしょ?」
 慣れたつもりの誘惑に抗うため、ぐっと息を呑む。ちとせの蠱惑的かつ艶めかしい太ももで膝枕をされようものなら、たちまち彼女の虜となりそうだ。
「……千夜がいる時にしかぶら下げない餌に、食いつくと思う?」
「そんなに物欲しそうな目で見てるくせに。あは♪」
「ちとせまで俺をからかうのか……」
「……本気だよ。魔法使いさんになら、私……」
 さも恋焦がれているかのような上目遣いに視線すらも釘付けにされ、精神的な逃げ場が失われていくのを感じた。
 おふざけと頭で理解していながら、心を支配されていく感覚はさすがちとせの得意分野だ。油断すると言いなりになりかねない。
「千夜、頼む。俺が我慢できなくなる前に……!」
「見るに堪えませんね」
 冷え切った声と同時にプロデューサーの顔面へ何かが噴射された。目に染みるものでも瞬間冷却するものでもなければ、虫除けのような薬品が散布された感じもない。
「た、助かった……危ない危ない」
「むー、つまんないの」
 そう言ってむくれるちとせがどこまで本気なのかいよいよ迷宮入りしたので、ひとまず放っておくことにした。
「矜持を持っていれば、手を出すようなことはないと思うのですが。まったく嘆かわしい」
「面目ない……。ってそういえばどこも何ともないけど、俺に何使った?」
 千夜が持っているそれには、大きくO2と書いてある。
「酸素? 酸素スプレーとはまた、何で持ってるんだ? ハイキングでも行くのか?」
「これは……別に、ただの戯れです。それに酸素だって高濃度のものを吸入し続ければ中毒を引き起こしますよ」
「怖っ!? まだコールドスプレーのが幾分マシだよ!」
「……。冗談です」
 そうこぼす千夜が冗談にしては浮かない顔をしていたのは、どうしてなのか。千夜がそんな顔をする原因は一つしかない。
 プロデューサーは既にけろりとしているちとせのことが、別な意味で頭から離れなくなった。
67:
18/27
 学校の用事でちとせが遅れるとの連絡が入り、千夜だけでレッスンをこなしていた。映画の撮影に向けてビジュアルレッスン重視のカリキュラムを行わせている最中だ。
 ちとせは体力こそついてきてはいるが体調によるところも大きく、ダンスレッスンの不安定さは諦めざるを得ない。それ以上にボーカルレッスンとビジュアルレッスンはトレーナーにも評判なほど上達が早いため、得意不得意がはっきりしてきた。
 一方千夜はというと、主人に振り回されて仕方なく事務的にレッスンをこなしていた頃とは雲泥の差で、優秀な子とちとせが語るのも頷けるポテンシャルの高さを発揮している。
 今は出来ることが増えていくことに喜びを見出したらしく、以前と比較してさらに吸収力が高い。
 そんな千夜の様子を見にレッスンルームへ来てみると、休憩時間だったのかトレーナーの影は無く中にいたのは千夜一人だった。
「お疲れ様です♪」
 ばたん。
 半分開けかけたレッスンルームの扉を閉め、はてあんな見たこともない満面の笑みをむけてくれた少女は誰だったかと思いにふける。このレッスンルームを使用しているのは白雪千夜という名のアイドルのはずだが。
 悩んでいると中にいた人物のほうから扉を開かれ、そこにいたのは紛れもない仏頂面の少女だった。
「おい、何か言え」
「さっき千夜の他に誰かいなかった?」
「ばーか」
 奥へと戻っていく千夜に付き従う形でプロデューサーも中に入ると、肩をすくめながら千夜が釈明する。
「ファンを喜ばせる演技を教わったので実践してみれば、これがお前好みの挨拶でしたか。以後、しないように気をつけます。絶対にしませんが」
 ここまで明確な拒絶のオーラを出されては、もう一回と言いかけた口をつぐむしかなくなった。
「……まあ、ファンにはそうしてくれるならいいよ。一応俺もファン1号ではあるんだけど」
「私の最初のファン? とんだ物好きがいたものです」
「そういうこと大っぴらに言っちゃだめだからな!? いや、むしろ千夜のファンにとってはご褒美かも?」
「私は何だと思われてるんだ……」
 呆れっぱなしの千夜だが、今はまだちとせとの関係性に惹かれたファンのほうが断然多い。
 もっと多くの人から千夜個人に目を向けてもらうためにも、ちとせとばかり仕事を組ませるわけにはいかなかった。
「千夜はどういうアイドルを目指したい?」
「唐突ですね」
「そんなことないよ。自分がどう見られているか、気になってきてるんだろうし」
「……どういう、と言われても。お前が私の好きなようにやらせているのでしょう?」
68:
「うん、だけどいつもちとせと一緒とは限らない。僕ちゃんとしてじゃない時のアイドル白雪――いった、ごめん! 口が滑った!?」
 うっかり禁句を言ってしまい、ぐりぐりと胸元を押し潰される。ちょうど懐中時計がしまってあったところを押されたため威力は絶大だった。千夜も手に違和感を覚えたようだ。
「そう呼んでいいのはお嬢さまだけとあれほど……。それより、何を隠し持ってるんですか」
「まあ気付いたよな……大したものじゃないよ」
 敢えて隠し通す理由もなく、慣れた手付きで懐中時計を取り出した。
 腕には時計も着けており、携帯電話だってある。このご時世にこんなものを持ち歩く必要はない。千夜もそれくらいはとうに察している。
「……? 動いていないように見えますが」
「ああそうさ。これは動いていないのを確認するために持ってるんだから」
「変なやつだとは思っていましたが、まさかそこまで酔狂だとは」
「ほっとけ。いいんだよ、これはこうじゃないと」
 千夜の前ではあるが、手にした懐中時計を覗き込む。こうする度に千夜やちとせの姿まで思い出すことにならないよう、祈りを込めて。
「……その顔」
「ん?」
「いえ、何でも……。大事な物なのでしょう、さっさとしまったらどうですか」
 急に視線を背ける千夜の振る舞いが気になりつつも、会話を途切れさせてしまった要因を懐にしまう。
 交わそうとしていた議論に話を戻そうとした時、ちとせがレッスンルームに訪れた。用事を済ませて事務所に来ていたようだ。
「ごめんね、遅れちゃって。聞いてよ千夜ちゃん、魔法使いさんもー」
 機嫌が悪い、というよりは納得いかないといった様子のちとせ。千夜みたいに演技で反応を窺おうとしている素振りではなかった。
「進路希望調査、っていうの? アイドルって書いて提出したら先生に呼び出されちゃった。酷いと思わない?」
 そうだそうだと言ってやりたい気持ちもあるが、プロデューサーとしては非常に答えづらい内容である。どんなに輝かしい今を歩んでいたとしても、咲き誇っていられる期間は人生80年の時代では短すぎるのだ。
 
 芸能界で活動し続けようにも、異なる肩書で再出発となるアイドルがほとんどだ。
 そもそも堅実に遠い将来まで見据えるのであれば、芸能界という特殊な世界で生きていくことにまだとりわけ実績のないちとせへ教師として待ったを掛けるのは、何もおかしいことではない。
「ちとせならいずれ女優とか歌手への転向もありそうだけど、今の段階でアイドルじゃそうなるよな」
「魔法使いさんも先生の味方するの? んもうしっかりしてよ、私たちのプロデューサーなんでしょう?」
「人生まではプロデュースしてやれないしなあ……あ、家督を継ぐとかそっちはどうなの?」
「私が継いでもなぁ……アイドルしてるより楽しければ考えなくもない、かな」
 そこで会話が途切れる。しまったと心の中で口を押えてももう遅い。それはちとせにとっては遠すぎる未来のことにまで至る話題だった。
69:
 先が長くないというのはちとせの自己判断でしかないとはいえ、未来は誰にもわからない。佳人薄命という言葉もある。か弱い身体で生きてきたちとせだからこそ感じる、迫りくる死への予感があるのかもしれない。
 千夜には先が長くないということを隠している手前、話題運びとしては二重に失態を犯している。どうにか切り替えなくては。
「……お嬢さまは」
 気まずい空気を打ち破るように口を開いたのは、千夜だった。
「いずれどなたかとご結婚なさるとかは、考えていないのですか?」
 不安げながらもひどく真面目な千夜の質問にポカンとしているちとせ。
 プロデューサーは晩餐会の夜に自分が千夜と話したことを思い出す。家を継ぐ、という話から千夜も思い出したのだろう。
 黒埼家がどれほどの名家かは詳しく知らないが、千夜がいつも呼んでいる通りちとせは立派なお嬢様だ。
 容姿も家柄も揃っていると自負しても事実なので嫌味になり得ないちとせなら、引く手あまたに違いない。
 現代にもまだ政略結婚なんてあるのだろうか。そんなのんきなことを考えていると、
「くふっ、千夜ちゃ、ごめ……ふふ、あはははははは♪」
 耐えようとしても無駄だったらしく、敢え無くちとせダムが決壊した。
「……お嬢さま、そこまで笑わなくても……」
 何がおかしくて主人が自らのお腹を押さえて笑っているのか、千夜には合点がいっていないようだ。
 ひとしきり笑って息を整え、それでもまだこみ上げてくるものを押し込もうとしながら、ちとせはなんとか喋ろうとする。
「うん、でも、千夜ちゃ、かわ……、くくっ」
「かわ?」
「千夜ちゃん、可愛い! そんな捨てられそうな、子猫みたいな目されたら……あーん、もう1回見せて♪」
 そうしてされるがままになる千夜と、まさしく猫可愛がりするちとせ。もはや気まずさなどどこ吹く風だ。
 しばらく2人のじゃれ合いを見ていると、満足したのかちとせは動きを止めて静かに目を細めた。
「……どこにも行かないよ。千夜ちゃんが大事なものをたくさん見つけられるまでは、ずっと。ずーっとね」
 優しく囁くその声は、千夜から完全には不安を取り除かなかった。
「お嬢さま……」
「あ、私より先に結婚しちゃってもいいんだよ? 絶対祝福してあげるから、はいお終い♪」
 ちとせは本音とも冗談ともつかない調子のまま千夜を解放する。
 千夜は追いすがろうとするも、もうすぐレッスンが再開される頃合いらしくトレーナーが帰ってきていた。
 プロデューサーはそのままレッスンを見学することにし、2人のビジュアルレッスンの邪魔にならないよう眺めている。
 ちとせの演技が真に迫っていくほどに、先が長くないという告白もどうか演技であるように、そんなことを考えながら。
70:
19/27
 悪い予感とはどうにも当たるように世界は構築されているのか、時間になっても事務所に訪れない2人を定期報告に来ていたちひろと待ち呆けていると、僅かな時間差でメールが2通届いた。
「ちとせちゃんからですか?」
「そうみたいですね、えっと……うおっ、千夜からもだ」
 まずはちとせの方から確認する。今日は行けそうにない、という旨の謝罪が書いてある。
 これだけでも十分だというのに、千夜からのメールはプロデューサーの想像力を瞬時に掻き立てらせた。
「助けて……ほしい?」
 この6文字を千夜はどんな心境で送信したのか、ちとせは大丈夫なのか。考えるより先に身体が自分のすべき行動を取っていた。
「ちひろさん、俺行ってきます!」
「行くって、どこに向かわれるんですか!?」
「ちとせと千夜のいるところです!」
 書きかけだった企画書も定期報告に来てくれていたちひろも置き去りにして、急いで事務所を出てタクシーを拾う。運転手に行き先を聞かれ、ようやく2人がどこにいるのかを知らないことに気が付いた。
 自宅ならいいが、病院ともなればお手上げだ。とにかくちとせの家を目指し、その間にどこにいるのか聞けばいい。送り迎えに家まで上がっているおかげで自宅の場所はわかっている。
 運転手に道のりを手早く説明し、タクシーが動き出してから居場所の特定を試みる。電話でなくメールで連絡を寄越したのなら、メールで返すべきだろうか。
 ……そこで、ちとせ自身からメールが届いたことを思い出す。悪い方へと流されていっていたイメージがプラスとまではいかないにしろ、だいぶ緩和されてきた。
 冷えていた血の巡りに熱が戻ってきた気がして、落ち着いて居場所を尋ねる相手を選ぶ。自宅であればすぐに応対できるのは千夜だけだろう。
「……助けてほしい、か」
 千夜へメールを返してから、言葉の真意に目を向ける。
 ちとせにしかわからないほどの千夜の雰囲気の差があったように、千夜にだけわかるちとせの雰囲気の差があり、それが深刻なものだと勘付いてしまった、とか。
 長い間、共に生活をしている2人だからこそなせることもある。
 時間を置かずに千夜から返信が届く。タクシーが行き先を変更する必要はなさそうだ。
 到着するまでの間、懐から懐中時計を取り出して確認する。2本の針は、いつものように12時を告げたまま――動いていない。
71:
 タクシーを降りたプロデューサーはエントランスのインターホンで千夜にロックを解除してもらい、晩餐会のあった夜を思い出して土地勘の薄い建物を進む。
 エレベーターで目的の階層に着くと、千夜の姿はなかった。部屋番号は覚えているし、2人で往復した記憶を遡れば迷わず真っ直ぐに辿り着いた。
 ノックすると、すぐにドアが開いた。いつもより生気は感じられないが、それは確かに見慣れた学生服姿の千夜だった。
「……来てくださったんですね」
 声まで覇気が無く、目を離せば消え入りそうな儚さが見ていて心苦しい。まるで今日、事務所に来れなかったのは千夜に原因があったかのようだ。
 しかしそうでないことは、玄関にあった場にそぐわない靴で他に来訪者が来ていることからも窺い知れた。身内の方か、それとも医者だろうか。
「呼んでくれたらどこへだって駆けつけるよ。ちとせは?」
「お嬢さまはかかりつけのお医者様に診ていただいているところです。……中へ、どうぞ」
 招かれるがままリビングへ通され、適当にソファへ腰を下ろす。ここから夜景ではない景観を拝むことになるとは思っていなかった。
 千夜は何も言わず、プロデューサーの隣へと座る。隣同士だというのに、随分と見えている景色は違うようだ。
「……何があった?」
「……恐らく想像通りです。朝から気分が優れないご様子ではありました。事務所に向かおうと支度をすませていたら、突然……」
「ここ最近なかったもんな。ダンスレッスンだって、騙し騙しやってるって言ってたけど……体力が付いてきてたのは本当だったはずだ」
 仕事をこなしていくうちに、ちとせの体調は良い方向へ振れていっていた。それはただの偶然で、そう思い込もうとしていたのはプロデューサーだけではなかったということか。
 ……果たして本当に偶然だったのだろうか。出会った頃のちとせを思い浮かべながら、千夜に気になっていることを尋ねた。
「千夜は診察を見守ってなくていいのか?」
「お嬢さまは……あのお医者様に診ていただいている時だけは立ち会わせてくれません。そして終わってからこう言うのです。『何でもないよ、すぐに良くなるから』……と」
「…………そっか」
「確かにいつも回復するのに時間は掛かりませんでした。だからといって……今度もそうだという保障は……」
 肩を震わせながらいつになく弱い部分をさらけ出している千夜を、励ましてやれる手立てを考える。
 プロデューサーは自分の手のひらを数度見つめた後、膝の上で普段の手袋のまま握り拳を作っていた千夜の手の上に、そっと重ねてみる。蒼白な顔色からも手袋越しに冷たさが伝わってくるかのようだ。
 手の冷たい人は心が温かいと聞く。千夜に宿り出したという炎は、今この時も消えずに彼女を温めてくれているのだろうか。
 すると千夜は、黙って俯いたまま空いているもう片方の手を、さらにプロデューサーの手に重ねた。
 冷え切った心で自分から暖を取ろうとしてくれているなら、独りで凍えなくて済むようにいくらでもこうしていてやりたいと、そう思った。
 しかし、奥から部屋のドアの開く音がすると同時に、その手はするりとプロデューサーからすり抜けた。遅れて立ち上がり、音の方へと振り返る。
「お待たせ千夜ちゃん、あれ? 魔法使いさんも来てたの?」
72:
 寝間着の上に何かを羽織っただけのちとせの姿は、もはや主しか見えていない千夜の影にほとんど隠れている。部屋から一緒に出てきた人がかかりつけの医者だろう。
 ちとせのような金髪の女性で、少なくとも日本人ではなさそうだ。古くからの知り合いなのだろうか。会釈をしてみると、事務的に返してくれた。
「お身体の具合はどうなのですか? ちとせお嬢さま!」
「あん、心配しないで。何でもないよ、すぐに良くなるから」
 落ち着かせるようにちとせは千夜の頭を撫でてやっている。その横顔を比べてみると、やはり千夜の方が顔色は悪い。どちらが倒れたのか勘違いしそうだ。
 ちとせは千夜を心配させまいと出てきたのだろう。医者はちとせと日本語じゃない言語で一言二言交わし、すぐにその場を後にしようとする。
 見送るように千夜は医者に付いていこうとして、そこでプロデューサーの存在を思い出したのか千夜がちとせの前に陣取った。
「お前……そんなにお嬢さまの寝姿を見たいのですか」
「あ、ごめん……外見てるから。ほんとごめん!」
 全力で視線を逸らすと、背を向けたプロデューサーへちとせのフォローが入る。
「これぐらいあなたなら今さら気にしないけど、ごめんね魔法使いさん。レッスンもそうだし、横にならなきゃだから相手してあげられないや」
「とんでもない、安静にしててくれ。俺もすぐ帰るから!」
「それはだーめ。あなたを呼んだのは私じゃないもの。そうでしょ?」
 最後は誰に向けられた言葉なのか、悪戯っぽく笑ってからちとせが部屋に戻っていくようなドアの音がする。それから2人分の足音が近づいては遠ざかっていった。
 残されたプロデューサーは千夜が戻ってくるのを待つしかなく、所在無げにまたソファへと座る。容態の説明を受けているのか、千夜はすぐには戻ってこなかった。
 その間に、ちひろへちとせの無事を連絡しておくことにする。きっとちひろも心配しているだろう、だが千夜の方も気になるのでいつ事務所に戻るかまでは触れなかった。
「……お待たせしました」
 隣で肩を震わせていた時よりは血色が良くなってきた千夜が、おずおずと戻ってくる。
「落ち着いたみたいだな。よかったよかった」
「コーヒーでも飲みますか? ……無理にとは言いませんが」
「ああ、是非いただくよ」
 ここで帰ってはちとせにも申し訳が立たない。ちとせのことはもちろんだが、千夜に助けを求められてここにいるのだ。決してちとせの人前には出られない恰好を拝みに来たわけでもない。
 千夜も千夜なりに引き留めようとしている。気勢をそがれたままよりか、いつもの素っ気なさが今はありがたい。
 しばらくして、千夜がコーヒーを運んできてくれた。差し出されたそれは事務所でたまにありつけたものとは違う味わいだ。とても美味しい。
 そしてすっかり千夜にとってお決まりになったプロデューサーの隣に座り、顔を突き合わせる形を避けたままの会話が始まる。
「忘れなさい」
73:
「えっ」
「さっきは……その、私もどうかしていた」
 忘れろとは手を重ね合わせたことだろうか。それともちらりと見えたちとせの寝姿だろうか。
 私も、と言っているのだから前者であろう。その前提で千夜の話に耳を傾け直す。
「一番おつらいのはお嬢さまだというのに……独りになってしまった時のことを思い出すなんて……」
「千夜はちとせが倒れる度に、その、思い出してたの?」
「いえ、そんなことは。久し振りだったから……油断していたのかもしれません」
「勝手にどこにも行かないってちとせも言ってたじゃないか。信じなきゃ」
「…………。世界は、そこまで綺麗に出来てなどいない」
 5年前、12歳の少女がその身一つを残して全てを失い、今を生きている。
 そんな彼女だからこその重みが含まれていた。否定できる材料は持ち合わせていない。
「お前もそれぐらいわかっている、のでしょう?」
「ん、俺?」
「その胸にしまってある物、それを見ていた時のお前は……。あの人たちといる時と、同じ顔をしていたから」
 あの人たち。これは以前プロデューサーが受け持っていたアイドルたちのことだろう。
 美嘉やアナスタシアたちと共演することになり、行動を共にしていくうちに何か聞いているのかもしれない。
そうでなくとも、千夜はプロデューサーがなぜそのアイドルたちから離れているのかは聞き及んでいる。
「……そうだな」
「お前とあの人たちとの間にある物語は深くは知りません。興味は……まあ、多少は」
「いつかみんなを紹介するよ。俺たちのあの部屋で」
「その前に、約束してください」
 ちとせとも出会った頃から約束をしている。アイドル活動を続ける上での約束だが、3つ以上に増えることはないままだ。
「あの人たちに見せる顔を……いつか、私にまで向けることが無いように」
「……勝手に離れるなってこと?」
「どうしてわざわざ確認するために言い直すんでしょうね。ばか」
74:
 最後の微妙に聞き慣れたものじゃない響きの言葉が気になり、千夜の方を向いてみる。すると千夜もこちらを見ていたのか視線が合い、とっさに反対側へ向かれてしまった。
「……」
「……」
 なんだろうかこの空気は。助けてほしい、の真意もまだ千夜から聞けていないし、立ち去るにはまだ早い。
「あー、その……俺を呼んだのって、どういう?」
「察しなさい」
「無茶言うなあ……。うん、そうだな」
 ちとせは休んでいる。眠っているのだろうか。すぐに良くなりそうな気配ではあるが、これから千夜だけレッスンに連れていくわけにもいかない。
 ちひろなら気を利かせてトレーナーに事情を説明してくれていそうだが、あとでどちらにも謝らなくては。
 それに、このまま事務所へ戻って千夜を独りにしてはいけない。今日ほど強く思ったことはなかった。
「じゃあ俺、代わりに買い出しにでも行ってくるよ。栄養が取れそうな食べ物とか欲しいもの全部、教えてくれ。その間に千夜はちとせを看病してるといい、ああでも眠ってるのかな……とにかくそばにいてやってくれ」
「それがお前の答えですか。……まあ、悪くはないです。たまには気が利くんですね」
「たまにはね。それが終わって、落ち着いたら事務所に戻るよ」
「欲しいもの、か。滋養のある食事……どうしよう」
 渡してある携帯電話を開き、メールをリスト代わりにするつもりのようだ。
 スマートフォンとは違いディスプレイをなぞっての操作ではないので、手袋を着用している千夜でもすぐに操作出来るのは意外な利点だった。
「もう行ってるぞ、店に着くまでには送ってくれ。途中でよく見掛けたあの店でいいよな?」
「ええ、そこで。頼みましたよ」
 文章を打ち込んでいる時からもちょくちょく感じていた千夜の視線を背中で断ち切り、後ろ髪を引かれながらちとせの家を出る。
 買い物をして戻ってくるまでの間、千夜から送られた救難信号を適切に受け取れているか、それだけを延々と自問自答していた。
75:
20/27
 頬を撫でていく風がすっかりと涼しいではなく寒いといえる時期になり、日が沈むのも早くなってきた。事務所の部屋の窓を閉め、ソファでくつろいでいたちとせと主人の世話をする千夜に改めて向き直る。
「どうかな、今年を締めくくる最後の舞台。スケジュールは調整してあるけど……」
 ちひろとも話していた、年末にあるイベントの件について2人に打診していた。
 他の事務所も交えたアイドルたちのLIVEパフォーマンスを競う大会、その新人戦にちとせと千夜を『Velvet Rose』として送り込みたい。個人での仕事も入ってきている中、そのためにレッスンを組まなくてはならなくなる。
 元々決まっていたようなものだが、ここにきてちとせの体力を憂慮して踏み止まっているのだ。もちろんそれはちとせも千夜も察していた。
「千夜ちゃんと2人でステージに立つ、今年最後のチャンスなんだよね?」
「そうなるな。事務所からも2人は期待されてる」
「なら、私たちに聞く必要はないんじゃない?」
「お嬢さま……よろしいのですか?」
「うん。出たいよ、千夜ちゃんと一緒ならなおさら」
 その一言で出場は決定事項となった。千夜もちとせを気遣ってはいるが、本心としてはちとせと同じ気持ちなはずだ。
「本当は本来の役割配分でパフォーマンスしてもらいたかったけど、負担を減らすためにデビューの時と同じでいこうと思う。いいね?」
「私は構いません。お嬢さまも、どうか」
 優雅な微笑みは鳴りを潜め、考える素振りを見せるちとせ。自身の身体のことは自身が一番理解しているだろう、その上でちとせは一歩立ち止まる。やり切れない思いが伝わってくる。
「……足を引っ張るのは私の望むところでもないしね。そうしよっか」
「足を引っ張るだなんて、私はそんな……」
「いいの。ワガママ言ってみたところで、カラダは誤魔化しきれないもん。だったら私に出来ることを精一杯やらなきゃ」
 表面上はいつものちとせになっていたが、内心悔しさを滲ませていることは千夜でなくともわかってしまう。わかってしまったから、プロデューサーは敢えて見ない振りをする。
「よし、じゃあ年末はその方向で。頼んだぞ2人とも、ユニットとしての仕事も入れて、しっかり宣伝しないとな」
「……」
 千夜がこちらを見て何かを言い掛けてやめたのも見逃さなかったが、それを今ここで触れるのはやめておいた。
76:
「入れ込み過ぎじゃないですか、プロデューサーさん」
 後日、定期報告に来ていたちひろがたしなめるように、プロデューサーへ忠告する。
 ちとせはオフ、千夜は現場まではついていったのだが外せない別件があり、途中で千夜を残して事務所へ戻らざるを得なかった。
 仕事が終わり次第帰るようにとタクシー代を渡してあるが、気になって集中出来ていないのを咎められたのかもしれない。
「ちとせちゃんも千夜ちゃんも放っておけないのは分かります。ですが……最近また、お顔が怖くなってきましたよ」
 老けるとは言わないちひろの優しさが染み渡るが、そう言われたも同義である。
「う……そうですか。俺もまだまだですね」
「プロデューサーさんがあの子たちを心配しているように、あの子たちもプロデューサーさんのことをちゃんと見てるんですから」
「そうは言っても、難しいですよ」
「差し出がましくてすみません。でも、私にはプロデューサーさんの方が……心配です」
 去年のプロデューサーの顛末を誰よりも近くで見届けてきたちひろには、これから起こりうる事態をどうしても想定してしまうようだ。
 今度ばかりは逃げ出さない。そのつもりで頑張ってきたものの、何が起きるかは誰にもわからない。ちとせと千夜それぞれへの不安の種が尽きないのも事実である。
「まあ、そんなプロデューサーさんだからみんなも、迎えが来るのを待っててくれてるんでしょうね」
「ちひろさんも、俺のこと……」
「私はアシスタントですから。それでも出来ることは限られていますが」
 あくまでプロデューサーを支え、時に背中を押すくらいしか出来ない、とちひろは困ったように笑ってみせた。
「でも、もう2回もあの子たちの家に行ったことがあるなんてみんなが聞いたら、どうなるでしょう?」
「2回!? ……知ってたんですか」
 晩餐会に招待、いや招集されたことはちひろには黙っていた。ちとせか千夜、どちらかが吹き込んだことになる。ちとせだろうか?
「この前の件は仕方ないですが、オフの日に出掛けるのも頑なに断っていたプロデューサーさんが、ねぇ?」
「ちひろさん、顔が怖いです……。それにみんなとも結局、何度か連れ回されたじゃないですか」
「……あれ、そうでしたっけ? 私が覚えてる限りではそんなこと」
「ああああっと、俺の勘違いでした! なるべく断るようにしていきますから!」
 ちひろが不思議そうな顔をしたので、慌てて訂正する。妙な誤解を招いていないといいのだが。
「いえ、立場上そうしてくださいとしか私からも言えませんが……。どうしても必要な時間ってあると思うんです」
「……そう、ですね」
 晩餐会の夜を思い起こせば、2人との距離も近づけたように感じられた。ちとせの照れたような笑顔、千夜の手を振り返してくれた姿。あの夜でなければそうもいかなかっただろう。
「私が言いたいのは、出来れば均等にそういう時間を過ごしてあげてほしい。それだけなんです」
「? 入れ込むなって最初に言ってくれたのに?」
「ですから、特別扱いはタブーってことですよ。じゃないとみんなをお迎えした時、大変なことになりますので♪」
77:
 ちとせとはまた違った笑顔を絶やさないちひろだが、その笑顔がただただ無性に不吉なものだと第六感が告げてくることがある。まさに今がそうだった。
「……でも、必要な時は見逃さないであげてくださいね。それについては私も目を瞑りますから」
「前より一緒に居られなくなったはずなのに、どこから見てるんですか……」
「秘密です♪ それではそろそろ、私も行かないと。プロデューサーさん、失礼しますね」
 持参してきた資料の束をまとめ、席を立つちひろを視線で見送る。ドアの前でぺこりと一礼してから去ろうとするちひろの足が、ドアも半開きの状態で止まった。
「どうしたんですか?」
「ふふっ、何でもありません。プロデューサーさんにお客さんみたいですよ」
 それだけ言い残して去っていくちひろと入れ替わるように、黒い影が中へと入ってくる。今日はここには来ないはずの千夜だった。
「どうしたんだ? 帰るように言わなかったか」
「ええ、お前は確かにそう言いました。だからこれは私の……気まぐれです」
 なかなか視線を合わせようとしない千夜が気になり、プロデューサーもデスクを離れ近付こうとすると、手のひらを見せるように千夜は腕を地面と平行に上げた。そのままでいい、という合図だろう。
「気まぐれついでに、お前に頼みがあります。聞いてもらってもいいですか」
「うん? 改まってどうしたんだよ、聞くにきまってるじゃないか」
 携帯電話では駄目だったのだろうか、と考えるも今回も大事な話なのかもと思い直す。
 もしくは先日呼び出したことを気にして自分からやってきたのだろうか。プロデューサーにはあまりみせないが、千夜には妙に律儀なところがある。
「……2度は言わない。よく聞いてください」
 ふぅ、と短く息を吐いてから、やっと千夜が視線を合わせてくれた。涼やかな紫の瞳にどことなく熱を感じさせながら。
「付き合ってくれますか」
 …………。
「え?」
 どこかでちひろが怖い笑顔を浮かべてこちらを覗いているような、そんな錯覚がした。
78:
21/27
 駅前とはまた鉄板な待ち合わせ場所だが、他に良い場所も思い当たらなかったので千夜と意見は一致した。
 そしてこれまた鉄板ではあるが、今日は学校帰りの千夜の買い物を付き合わされている。
 今頃ちとせはレッスンに励んでいるだろう。そんな中で事務所を抜け出して千夜と買い物とは、心が痛みっぱなしだった。
 しかしこれもちとせのためであり、そこだけは弁解の余地は残されている。今日買いに来たのは他でもない、ちとせの誕生日プレゼントなのだ。
 千夜だけでは決められなかったらしく、2人で共同のプレゼントを贈ることにはなった。
 だが渡す相手はアイドルでありお嬢様、ともすれば渡して喜んで貰えるプレゼントなど限られてくるだろう。一般人の懐事情で用意できるものなど、ちとせなら簡単に手に入るからだ。
 つまりはそうじゃないもの、お金では用意できない付加価値が必要になる。千夜もそれぐらいは理解していたが、そこで終わらないのが千夜だった。
 千夜が選んで渡す物なら、ちとせは大喜びしてくれそうなものだ。
 まだ1年と付き合いのないプロデューサーでも思いつくが、己を無価値と断じてきた千夜にはどうしてもその発想に至らなかったらしい。その千夜が、ちとせに何かを贈ろうとしている。
 今まではいつも以上に腕によりをかけた料理を作っていたようだが、小食のちとせではせっかくの料理も満足に楽しみ切れない。より喜んで貰えるよう、第三者の意見を参考にしたい――そう言われてしまっては、誰がこの切なる願いを断れようか。
 せめて怪しまれないよう、ちとせが帰宅するまでには千夜を家に帰したい。
 千夜がオフでちとせとプロデューサーの都合の合う日を数えると、ちとせの誕生日までには今日しかなかった。
「……だっていうのに」
 駅を間違えたかと思うほど、千夜らしき姿がどこにも見当たらなかった。
 どちらも互いを捜し歩いてるから見つからないのだろう、そう考えて周辺マップが記載された掲示板を眺めながら待つことにする。それでも声が掛からず待ちぼうけていると、見知らぬ少女が隣に立って動かないことに気が付いた。
 どこか見覚えのあるキャスケット帽子と眼鏡でプロデューサーの目線からでは表情は窺えないが、学生服に赤いカーディガンを羽織って佇まいは女子高生のそれだ。少し大きめのカバンを携えた白い手も印象的で、雪のように綺麗だった。
「……ん? まさか……」
「この程度の変装でも効果はあるようですね」
 ふっとこちらを見上げた顔は、探し求めていた張本人、白雪千夜だ。
 自らのプロデューサーをも騙し通せるのであれば、効果は折り紙付きといえる。この場合は見破れなかったプロデューサーへの落ち度はどれほどであろうか。千夜は呆れているようだ。
79:
「いや、そうだよな……。格好を気にするよう口を酸っぱくしてたのも、とりあえず事務所に残ってた定番の帽子と眼鏡を渡しておいたのも、俺だ」
 学生服で気付いてもよかったはずだが、違う印象の色が加わるだけでこうも千夜とは結び付かなくなるとは。普段のトレードマークともなっている黒い手袋が無いのも大きい。
ファンに私服姿まで知られていることはそうないだろうが、普段のカラーを変えることも提案しておいてある。いつも黒い装いに身を包ませている千夜が赤いカーディガンとは、さすがに他の色の服も持っていたようだ。
「……これでお前も共犯だ」
 ちとせから黙って拝借したらしい。そのためのカバンか、事情が事情だけに千夜の苦悩が窺える。
 せっかくなら学生服も別な物にしてほしかったが、家に戻っている時間も惜しまれる。
「さてと、どうしようか。ふらっと歩いて良さそうなもの探してみる? 俺は考えてきたけど、すぐに行く?」
 全て委ねられてしまっては千夜が贈るという意義も薄れてしまいかねない。
 時間をあまり掛けてもいられないが、一緒に悩む時間もまたちとせの喜ぶ顔を見るためには欠かせない要素だ。
「……許される限りは、探して歩きたい。お嬢さまに喜んでいただけるなら」
「そっか。それなら気ままにぶらつくか」
 こうして千夜と2人、街中をうろついてみることになった。
「ちとせの趣味……えっと、美味しいものを食べることと月光浴、だったっけ」
 事務所からも通知されているちとせのプロフィールには、そう書いてあったはずだ。
「美味しい食べ物は千夜の手料理でいいとして、月光浴に使えるプレゼントって何だろうな」
 周囲にどんな店があるのか黙々と確認するばかりで中に入ろうとはしない千夜に、雑談も兼ねて何かを閃くきっかけになりそうなことを口にしてみる。
 しかしプロデューサーの思惑は外れ、千夜は何を言い出すんだと言わんばかりに振り返った。
「私の料理でいい、とはどういう了見ですか」
「え? だって美味かったじゃないか」
「お前の舌が肥えていないのは伝わりました。……私が作るものよりも、もっと世の中にはお嬢さまのお気に召すような食べ物で溢れているでしょう」
「それだって、ちとせがそうしようと思えば毎日食べられるんじゃない? でもちとせは毎日千夜の作るご飯を食べてる。仕事の関係で外食する機会は増えたかもしれないけどさ」
「私も研鑽は積んできているつもりではいますが、それでも掛けられる手間や食材には限界があります」
「その限られた中でちとせを満足させられるってだけでも、俺には偉業だと思うよ。俺と違ってちとせの舌は肥えてるだろうし」
「……そう、ですか。私今、褒められてるんですね」
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