【バンドリ×けいおん】唯「バンドリ?」香澄「けいおん?」back

【バンドリ×けいおん】唯「バンドリ?」香澄「けいおん?」


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1:
・バンドリとけいおんのクロスオーバーSSになります。
・ゲーム内に登場する5バンド25名とけいおんキャラ5名+αのお話となり、かなり長いものとなってます
・章立てで展開していきます(合計9章+α
・書き溜めは既に完了してますが、こちらの状況如何では投下スピードが変動することもあります。
・誤字、脱字はお見逃し下さい。
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2:
#1.放課後の予兆
 ――『出会いは一瞬、繋がりは一生』
 昔、誰かがそんなことを言っていたような気がする。
 人と人の出会いは一瞬で始まり、そこから生まれた縁は一生続くのだと、その人は言っていたっけ。
 私が彼女達と過ごした時間は、数時間にも及ばない程僅かなものだったけど……。
 それでも、確かに私は彼女達と出会うことが出来た。
 その縁があったからこそ、この奇跡は起きたんだ。
 あの日、あの時、みんなに出会えていなかったら……きっと奇跡は起こらなかったよね―――。
3:
【ライブハウス CiRCLE】
 その日、CiRCLEには5人の少女達が集まっていた。
 開催を来週に控えた大型ライブ、『ガールズバンドパーティー』その最終打ち合わせである。
 今回のライブの企画立案であり、総責任者である月島まりなの元、代表バンドのメンバー5名が集まり、当日のスケジュールや手伝いの配置など、細かい部分の最終チェックが行われていた。
まりな「それじゃあ、お客さんの誘導はポピパのみんなと、受付はパスパレのみんなにお願いするよ、当日はよろしくねっ」
香澄・彩「はーい! まりなさん、任せてください!」
 まりなの声に2人は元気良く返す。彼女達と同じく、CiRCLEに集まった全員が来週のライブに向け、その期待を高めていた。
彩「いよいよこの日が来たんだね……みんなに負けないように、私も頑張るよっ」
香澄「今回のライブ……私達の他にも数多くのバンドも参加するって話ですから……すっごく楽しみですね!」
友希那「ええ……朝から夜まで続けられる程の、未だかつてない規模のライブね……私も楽しみになってきたわ」
蘭「はい……みんなの力で、最高のライブにしましょう」
こころ「そうね、来週が待ちきれないわっ♪」
 順調に打ち合わせは進み、CiRCLEの中はいつの間にか、和気藹々とした女子会にも似た空気で満たされていた。
 そんな彼女達の顔を安心の眼差しで見つめるまりなの元に、1本の電話がかかる。
4:
まりな「……はい、あ、どうもー………うん、うん…………え?…… えええぇぇーーーっっっ!!!???」
一同「……?」
 突如としてまりなの絶叫がライブハウス中に響き渡り、辺りが水を打ったように静まり返る。
まりな「うん……そっか……うん、いやいやいや、でもそれはしょうがないよ……うん、こっちの事はなんとかするから、お大事にして……ね?」
 気落ちしながらも優しい声で電話の主に告げ、まりなは電話を切る。
 ……その顔は、期待と安心に満ちた先程とは一変し、戸惑いの色で溢れていた。
 そんなまりなの様子を心配し、香澄達が声をかける。
香澄「まりな……さん? どうかしたんですか?」
蘭「すっごい声してたけど……」
友希那「何か、トラブルでもあったのかしら?」
 不安気に問う香澄達に向け、俯きながらまりなは告げる。
5:
まりな「実はね……ライブの当日にスペシャルゲストで呼んでたバンドのメンバーが怪我で入院して……それでその、ライブの参加をキャンセルしたいって話で……」
彩「え、えええーーー??」
香澄「だ、大丈夫なんですか? その人たち?」
まりな「幸い、大事にはならなかったそうだけど、ドラムの子が腕を骨折しちゃったらしいんだよね……」
蘭「よりによって、腕……ですか……」
まりな「うん……そのバンド、ドラムの子が凄く評判良くってさ……。ドラムがいないとバンドが成り立たないし、せっかくのライブが台無しになっちゃうって事でね……」
 申し訳なさそうに言うまりなの言葉に香澄達は息を呑み、困惑の表情を浮かべていた……。
まりな「事情が事情だし、私も無理に出てくれとはさすがに言えなくってね……」
友希那「そんな事があったのね……」
香澄「残念……だね、ライブ直前になったのに、怪我で参加できないなんて……」
 憂鬱さ露わにしながら香澄は呟く。その感情は次第に他のメンバーにも伝播して行き、ライブハウス内に先程とは真逆の空気が広がり始める。
 しかし……そんな陰鬱になりつつあった空気を、弦巻こころの一声が変えた。
6:
こころ「みんな、落ち込む事なんてないわっ♪ ケガでライブに出られなくなってしまったのは確かに残念だけど、ケガなら治してまた参加したらいいのよ!」
香澄「こころん……」
彩「……うん、確かに、こころちゃんの言うとおりだね」
蘭「別に、もう二度と演奏ができなくなったってわけでもないんでしょ。その人達には気の毒だけど、今ここであたし達が落ち込むのは違うと思う……」
友希那「美竹さんの言う通りね、今私達がするべき事は、抜けたゲストの穴をどう埋めるのかを考える事だと思うわ」
 常に前だけを見つめるこころの声が、気落ちしかけていた香澄達の心を持ち直させていた。
まりな「こころちゃん、ありがとうね……」
こころ「どういたしまして♪ それよりも、これからどうするの?」
香澄「もう、ポスターもフライヤーも刷っちゃったんですよね?」
まりな「うん、予備も含めて大量に刷って告知もしちゃったから、今更ライブの内容を変更することは難しいね……」
 まりなが今回のライブの告知フライヤーを見ながら言う。
 そこには、各出演バンド名の他『○時より、スペシャルゲスト登場!』という、見る側の興味を強く引きつける一文が大きく書かれていた。
7:
彩「う?ん……スペシャルゲスト登場って、バッチリ書かれてるね……」
まりな「そうなんだよ、だから……どうにかしてライブ当日までに他のバンドを見つけて、参加して貰えるようにしなくっちゃ……」
蘭「じゃあ、各バンドでセトリ変えて時間調整してみるって事もできないか……難しいね、来週までに参加してくれるバンドを探すってことでしょ?」
友希那「ええ、それも……『スペシャルゲスト』として、ね……」
香澄「うぅ……それって、すっごくハードル上がりそう……」
蘭「うん……小規模なライブならともかく、今回みたいな大型ライブだと特にね……」
 蘭の言う通り、これが通常のライブならさほど問題視する程の事ではなかっただろう。
 ……だが、招待された側は、“ガールズバンドパーティー”という、既に幾度もの成功実績があり、もはやガールズバンドのライブとしては一大イベントと言っても過言ではない程昇華されたライブに“スペシャルゲスト”として参加するのだ。
 であれば、無条件に観客は期待する。その名が伏せられていれば尚更だろう。
 「ガールズバンドパーティーのスペシャルゲストって、どんなバンドが来るんだろう」「どんな盛り上がりを見せるのだろう」と、多くの観客がゲストに期待をする……。
 当然、出演するゲストはその期待を一身に背負い、観客の最大限満足の行く演奏をすることが義務付けられる。
 ……尋常ではない程のプレッシャーがゲストにかかる事は、既に明白であった。
8:
友希那「半端な実力では却ってお客さんの期待を裏切ることになるわね……当然、その日来てくれた人達全員の期待に応えられるだけの実力が求められるわ」
蘭「このタイムテーブルを見ると、ゲストの演奏も比較的長めに設けられてますね……」
彩「これだと、MC入れて少なくとも5曲は歌う計算になるね……」
まりな「あははは……問題山積みだねー……」
 生半可な腕前では却って期待して来てくれた人達を失望させかねない……同様に、せっかくのゲストの演奏を短時間で終わらせてしまう事もまた、観客からすれば拍子抜けしてしまう事になるだろう。
 それは即ち、ライブ全体の失敗を意味する……出演者としても、また主催者としても、それだけは何としても避けたいことであった。
まりな「つまり、スペシャルゲストの条件は、こうなるって事だよね」
 今現在ここにいるバンドに匹敵するか、もしくはそれ以上の実力を持ち、MC込みで最低5曲もの演奏をこなし、かつ観客の期待とかかる重圧に十分応えられる“女性”で構成されたバンド。
 それが、ガールズバンドパーティーのスペシャルゲストとして参加する為の、最低条件だった。
まりな「みんなに聞きたいんけど、そんなバンドに心当たり……ある?」
香澄「あははは……、ど、どうかな?……一応、私もポピパのみんなに相談してみますね」
友希那「仮にいたとしても、来週までにライブができる状態に仕上げるのが大変ね……」
彩「セットリストもそうだし、当日の衣装の用意とか、練習の時間も組まなきゃいけないもんね……」
蘭「うん、正直……すごく難しいと思う……」
まりな「やっぱり、そうだよね……」
9:
 …………。
 …………………。
 ……再び、彼女達の間に沈黙が漂い始める……それは先程以上に深刻な上、重く冷たい空気だった。
 これまで真面目にバンドで音楽活動をしている彼女達だからこそ、『そんな都合の良いバンド、そうそういる筈がない』と思ってしまう。
 そんな不穏な空気を察してか、またもこころの声が周囲の雰囲気を一変させた。
こころ「大丈夫よ♪ みんなで力を合わせれば、きっと何とかなるわ♪」
蘭「こころ、何か良い考えあるの?」
こころ「ん??……そうね♪」
 目を瞑りながら腕を組み、頭を2?3回ほど揺らし、こころは考える仕草をする……そして、何かを閃いたのか、声を上げた。
10:
こころ「そうだわ! ゲストにはミッシェルに来てもらいましょう! ミッシェルと私達でサーカスをやれば、きっとお客さん達も笑顔になるわよ♪」
蘭「それ、もう演奏とかゲストとか関係ないじゃん……」
彩「あはははははっ、……こころちゃんらしい提案だね」
友希那「なんだか、弦巻さんを見ていると、真剣に悩む気持ちも薄れていくわね……」
香澄「こころん?、私、サーカスなんてできないよ??」
蘭「って香澄、まさかやる気なの……?」
 こころの破茶滅茶な提案に二度、場の空気が好転する。
 一気に雰囲気が和んだその時、まりなが真剣な面持ちで皆に告げた。
まりな「あはははっ、みんなありがとうね……うん、ゲストのことは私に任せてくれないかな? 必ず条件に合うバンドを連れてくるからさ」
 優しい笑顔を浮かべながら、まりなは続ける。
まりな「いざとなったら出演料たくさん積んで、プロの人に来て貰えるようにするよ、こういう時に何とかするのが私の役目だもん」
 具体的にどうするのかは分からない、確実な名案が浮かぶ訳でもない……。
 だがそれでも、眼前のトラブルに立ち向かい、打開策を見出すのが主催者の務めであり、大人として果たす義務でもある。
 実際今日に至るまで、彼女達は十分過ぎる程頑張ってくれていた。学生として忙しい時間の中で予定を作り、このライブの為に多くの時間を費やしてくれた。
 全てはライブ成功の為。だからこそ、今は彼女達の頑張りに報いるために、大人である私が頑張る時なんだと、まりなはそう思っていた。
11:
まりな「だからみんなは心配しないで、目の前のライブのことに集中してて……ね?」
香澄「まりなさん……」
彩「……分かりました、まりなさん、よろしくお願いします」
友希那「私達にできることは確かに限られてるわ……それなら、今は私達が出来る事に向け、全力を費やすだけね」
蘭「でも、何かあったらいつでも言ってください、私達も全力でサポートしますから」
こころ「まりな、応援してるわね!」
まりな「うん、みんな、ありがとうね!」
 彼女達の期待に応えるべく、まりなは強く返す。
 そして話は纏まり、その日の打ち合わせは終了となった。
 ――その翌日。
12:
まりな「さてと……みんなにもああ言ったんだし、頑張ろう!」
 早朝からまりなは各方面に電話をかけ続けていた。
 思いつく限りの知り合い、以前CiRCLEでライブを行った女性バンドを中心にガールズバンドパーティーへのゲスト参加の交渉を始めるが……突然、しかも大規模なライブのゲスト出演のオファーを受けるバンドなどそういるはずもなく、話を聞いた関係者のことごとくから出演を断られていた。
 電話による呼び込みの他にも、駅前で路上ライブを行っているバンドへの聞き込み、近隣のライブハウスやスタジオに直接出向いての交渉、SNSを駆使してライブ参加の依頼をしたりと、可能な限りの手を尽くす。
 ……しかし、それでも、ガールズバンドパーティーに出演してくれるバンドを見つけることは叶わなかった。
13:
【CiRCLE 事務所】
まりな「だーーめだぁぁぁ……どこも引き受けてくれないよ??……」
スタッフ「まりなさんお疲れ様です、出演依頼の話、難航してるみたいですね……」
まりな「お疲れ様……うーん……やっぱり、難しいよね……」
 疲労困憊の様相で事務所のデスクに突っ伏すまりなにスタッフが声をかける。
 数件のライブハウスに直接出向き、ゲスト出演を依頼するも断られ、そして何の収穫も得られぬまま、時は既に夕刻を迎えようとしていた。
スタッフ「やっぱり、いきなりゲストで来てくれって言われても難しいですよね……」
まりな「覚悟はしてたよ、私も同じこと言われたらやっぱり考えちゃうもん……」
 スタッフの淹れてくれたコーヒーを飲みつつ、今日の事を振り返る。
 今日だけで何件ものライブハウスに足を運び、口が渇くまで担当者に現状の説明を繰り返したが、それでもその苦労が報われる事はなかったのだ。
 半ば予想していた事だとは言え、今の状況を焦るまりなにとってこの事実は、肉体と精神の両面を疲弊させるには十分過ぎていた……。
14:
まりな「あ???……どーしよう……」 
スタッフ「……また明日、考えてみましょう……あれ、そういえば今日じゃありませんでしたっけ? まりなさんの高校の同窓会……」
まりな「え? あ……そっか……今日だったんだ、すっかり忘れてた……」
 スタッフの声にまりなははっと顔を上げ、スマートフォンを取り出し、カレンダーを表示させる。
 そこには『〇〇時、同窓会』という予定が確かに書き加えられていた。
まりな「もうじき時間だし、準備しないとね……」
スタッフ「大丈夫ですか? 今日はもう帰って休まれたほうが……」
まりな「ううん、それはできないよ。仕事は仕事で大事だけど、これは前から約束してた事だもの」
スタッフ「すみません、それもそうですよね……」
 確かに現状を考えれば今は仕事が何より大事ではある……明日からのことを考えるなら、ここは少しでも多く休息を取っておくべきだろう。
 だが、数ヶ月以上前から決まっていた約束をここで破るわけには行かず、まりなは重い腰を上げる。
まりな「だからごめん、今日はもう上がるね……後のことはお願いできるかな」
スタッフ「はい、気をつけて行ってきて下さい、お疲れ様でした」
まりな「お疲れ様、また明日ね」
 軽く身支度を済ませ、スマートフォンを操作し、メールアプリを立ち上げる。
 開かれた画面には、『桜が丘高校同窓会のお知らせ』と言う、まりながかつて青春を謳歌した母校の、同窓会の招待状が表示されていた――。
15:
#2-1.放課後の邂逅?田井中律?
 ――特に目的があるわけではなかった。その会社を希望した理由も、「アイドルをプロデュースしたい」とか、そんな小さな理由からだった。
 それから程なく、私は大学を卒業して、とある芸能事務所のマネジメント部に就職した。
 最初は大変だったけど、仕事をこなしてく内にだんだんと楽しさを覚えて来るようになった私は、それなりに充実した日々を過ごしていた。
 そして、『バンド経験者』という経歴を持つ私は、ある一組のアイドルユニットのマネージャーに抜擢された。
 それが、私と“彼女達”の出会いであり……全ての始まりだった――。
16:
 ――そこは、とある芸能事務所の会議室。
 長机が等間隔で配置され、均等に並べられたパイプ椅子には口髭を生やした男性にメガネを掛けたスーツ姿の女性など、十数人に及ぶ人が相次いで座り込み、予め配布されていた書類に目を通していた。
 様々な人で長机が埋まり、それから程なくして社長の号令の元、定例会議が開かれる。
 その内容は、現在所属しているタレントの今後の活動内容や、テレビ出演の確認……関係各所への営業の成果等々。
 およそ十数点の項目について社長をはじめ、各部署の役職にマネージャー、担当などが一同に集い、次々と報告を済ませていく。
 会議に集まった人の中には、今や人気絶頂中のアイドルバンド、『Pastel*Palettes』のマネージャーである、田井中律の姿もあった――。
【アイドル事務所 会議室】
社長「では次に、パスパレの活動について報告を」
律「はい」
 社長に振られ、書類を手に律は現状報告を行う。
 愛用のカチューシャを頭に付け、凛々しく着こなされたスーツ姿の律に会議室中から注目が集まり、その視線を全身で受けつつ、律は報告を行う。
律「丸山については現在バラエティ番組の出演が5件、クイズ番組の収録が4件と……レコード会社で演出の打ち合わせが3件。白鷺は音楽番組の収録が6件と……氷川、若宮と共にラジオ番組へのゲスト出演が決まってます」
律「氷川は今月末にテレビ局で打ち合わせがあり、若宮は再来週にファッション誌の撮影と……大和は本日午後3時より、出版社にて打ち合わせがあります」
律「あと、パスパレ5人でやる飲料水のCM撮影も再来月より控えています。その他、空いた時間を使ってバンド活動の練習入れてます、報告は以上です」
 スケジュール帳と書類を見やりつつ、律は報告を済ませる。
17:
社長「そうか……」
 律の報告を聞いた社長は両隣の重役に耳打ちし、若干不服そうな声で問いかける。
社長「う?ん……スケジュールを見たところ、バンドの練習時間、少し多すぎじゃないの? ちゃんと営業かけてる?」
律「……最近は色んな所でコンサートの出演依頼も増えてきてますし、彼女達には今まで以上にバンド活動にも力を入れてほしいと思ってまして」
律「あまり仕事を入れすぎてたら却って彼女達の負担になるんじゃないかと……そうでなくてもみんな学校もありますし」
社長「そこはホラ、田井中くんが上手く調整してやってよ、パスパレは今、ウチの事務所の看板アイドルなんだからさ」
社長「バンドの練習だ何だであまり遊ばせてないでさ、これからはガンガン営業かけてもっとメディア露出させないと、ね?」
律「はぁ……」
 正直、今現在でも十分過ぎる程に彼女達は仕事をこなしていると律は思っていた。
 昨今のアイドルブームの影響もあり、今や日本中で多くのアイドルが活動の場を広げている……それは律達の務める事務所も例外ではなく、そこには多くのアイドルとその研修生が所属しており、そして彼女達は日夜を問わず自身の活動に励み、今も夢を追い続けている。
 当然中には陽の目を浴びられず、未だにチャンスに恵まれていない子達も大勢いるのだ。
 そんな中、こうして関係各所からの出演依頼が多く来ていているのは、間違いなくパスパレの皆の頑張りの賜物である。……今の結果は確かに完璧とは言えないまでも、十分に評価してくれても良いだろうと律は思っていた。
 ……そうした彼女達の頑張りと苦労を知ってか知らずか、社長は更に彼女達に仕事をさせようとする……。そんな上層部の考えに律は、彼女達のマネージャーとして疑問を抱かずにはいられなかった。
18:
律(結成当初に比べりゃ十分すぎるほど仕事のオファー来てんだろ……なのにまだ仕事増やす気かよ……)
社長「田井中くん、聞いてる?」
律「……はい、分かりました、私からも関係各所にもっと売り込んでくようにして行きます」 
社長「うん、よろしく頼むよ。じゃあ次は……」
律「…………」
 仕事があるのは有り難いことだが、かと言って仕事のしすぎではストレスが発散されず、いずれ爆発してしまう。
 厳しい芸能界で仕事をこなす社会人の先輩としてはもちろん、マネージャーとして常日頃から彼女達を見ている律だからこそ、その心身のケアには常に細心の注意を払い、彼女達のサポートを行っていた。
 そんな彼女達の心の癒やしとなる数少ない楽しみの一つが、パスパレ全員で集まって行うバンドの練習だったのだ。
 どんなに忙しい日が続いたとしても、5人全員でバンドの練習をしている彼女達の姿は、傍から見てもとても楽しそうにしているのがよく伝わってくる。
 ……これ以上仕事が増えれば、自然と彼女達の揃った練習時間は削られてしまう。
 ……それは確実に彼女達の消耗にも繋がる……律としても、それは到底気の進む話ではなかった。
19:
―――
――

社長「ではこれで会議を終了とする、みんなよろしくね」
 そして、3時間ほどに及ぶ会議が終わり、次々と会議室から人が出ていく。
 その人混みに混じり、律は会議室を後にした。
【アイドル事務所】
律「あ??????……あんの社長……言いたい放題言いやがって……一体だーれが遊ばせてるってんだよ……」
 誰にも聞こえない程度の声量で苦言を漏らしながら事務所のデスクに項垂れ、今日の会議のことを思い返す。
 特別称賛されるような期待はしていなかったが、かといってああもダメ出しをされるとも思っていなかっただけに、その不平不満は強烈に律の脳内を埋め尽くしていた。
 そしてしばらく、日頃の鬱憤を呪詛のように呟き、軽い憂さ晴らしをする。
 数分後、少し気が収まった所でスマートフォンを操作し、今日のスケジュールを確認する……次の予定まで、残り僅かな時間となっていた。
律「愚痴っててもしょうがないし、みんなのところ行ってくるか……」
 重い腰を上げ、事務所を後にする。
今日は彼女達の通う学校が創立記念と試験休みで両校共に休日となっており、久々に5人全員が集まっている。
 途中のコンビニで差し入れにと人数分のジュースを買い込み、歩いて少しのスタジオへと律は足を急がせていた――。
20:
【レッスンスタジオ】
 レッスンスタジオの一室には、コーチの指導の元、演技の練習に励む彼女達の姿があった。
 今後の活動を見越してだろう、いつドラマや映画の仕事が来ても対応できるようにと、役者経験のある千聖を中心とした演技指導のレッスンが今日から追加されていたのだ。
コーチ「ではもう一度! みなさん、さっきの感じでやってみて!」
全員「はいっっ!!」
律(おーおー、みんな頑張ってんじゃん)
 彼女達に気付かれぬよう、遠目から練習を眺めていたが、程なくして終了の時間が来たのか、コーチの号令の元、レッスンの終了が告げられる。
 スタジオから出ていくコーチに一礼し、律はスタジオへと入っていった。
律「やー、みんなぁやっとるかね?」
彩「あ、律さん! お疲れ様です!」
一同「お疲れ様です!」
 彩の声に合わせ、Pastel*Palettesの全員が律に向け、挨拶をする。
 厳しいレッスンの後でも元気に挨拶をこなす姿に感服しながら、律は笑顔で彼女達に返していた。
21:
律「はい、差し入れ持ってきたよ、いつもお疲れ様」
彩「わぁ……ありがとうございます!」
千聖「わざわざすみません律さん……いただきます」
麻弥「律さんいただきます! 今日のレッスン、結構ハードでしたからね、ジブン……もう喉カラカラで……」
日菜「うんうん、今日のは特にキツかったよねぇ……あ、あたしコーラいただくね、律さんいただきま?す♪」
イヴ「リツさん、いつもありがとうございますっ!」
 各々が律に一礼し、ジュースを手に椅子に座り込む。
 相当に厳しいレッスンだったのだろう、彼女達の首にかけられたタオルには、かなりの量の汗が染み込んでいるのが伺える。
 にも関わらず彼女達は微塵も疲れた様子を感じさせず、むしろ活き活きとした顔をしていた。
律(みんな凄いな、あんなにキツそうなレッスンしてたってのに全然疲れた様子がない……やっぱ、5人全員で一緒にレッスンさせて正解だったかもな)
千聖「あ、あの律さん、今日は、事務所で会議だったんですよね?」
律「……ん? あ……うん、まぁねー……社長褒めてたよ、みんなよく頑張ってるって」
 あえてダメ出しされていた事は伏せ、律は言う。
22:
彩「えへへへ……私もちょっとはアイドルらしくなれた……のかな?」
麻弥「ちょっとどころじゃなく、彩さんはもう立派なアイドルだとジブンは思いますよ?」
イヴ「私も、マヤさんと同じ気持ちです! 以心伝心ですっ!」
千聖「イヴちゃん……それはちょっと意味が違ってるんじゃないかしら……?」
日菜「あはははっ、でも、彩ちゃん浮かれるとすぐ失敗するから、あんま油断しないようにねしなきゃねー」
彩「ひ、日菜ちゃ?ん……!」
律「はははっ、まぁ、日菜ちゃんの言う通りかもなぁ?」
彩「もー、律さんまで勘弁してくださいよ?」
一同「――あははははっ!」
 和やかな時間は気付けばあっという間に過ぎていく。
 時刻は既に11時をまわり、そろそろお腹の空く時間になっていた。
23:
千聖「それで律さん、今日の予定はどうしますか?」
律「んー、今日は3時から麻弥ちゃんと一緒に出版社で打ち合わせに行くつもりだけど……」
麻弥「はい、把握してます……しかし3時ですか、少し時間空いてますよね?」
律「そうなんだよ、今からお昼食べに行っても中途半端な時間になっちゃうだろうし、どうしよっかなって思ってた所でさ」
千聖「……だったら、お昼ご飯の後、麻弥ちゃんの時間が来るまでみんなで音合せしておかない?」
日菜「あっ、いいね、それ!」
千聖「パスパレも次のコンサートが近いし、ガールズバンドパーティーも来週に迫ってきているし……少しでもみんなが揃っている時に演奏しておきたいと思ってるんだけど、イヴちゃんと彩ちゃんはどうかしら?」
彩「うん、私もMCの練習してしておきたかったから、千聖ちゃんに賛成するよ」
イヴ「私も、今日は夕方からアルバイトなので、それまでで良ければご一緒しますっ♪」
 千聖達の話を聞きながら、律は唸る。
律「ん?、ガールズバンドパーティー……かぁ」
麻弥「律さん、やっぱり難しいですか? ジブン達のライブ……その……」
 歯切れ悪く、麻弥は問いかける。
 ガールズバンドパーティーは普段の仕事でやるライブとは違い、アイドルとしてのパスパレではなく、バンドとしてのパスパレの演奏が見れる数少ないライブでもある。
 律自身、前々からその話は聞いていたが、生憎とガールズバンドパーティーの当日は、芸能関係の打ち合わせで関西へ出張となっていたのだった。
24:
律「そりゃー私だって行きたいのは山々なんだけど、その日は別件で仕事があるからな……」
麻弥「そう……ですよね、すみません」
律「別に、麻弥ちゃんが謝ることじゃないよ……行けないのは残念だけど、みんなならきっと上手くやれるって信じてるからさ」
麻弥「律さん……ありがとうございます」
律「いえいえ、んじゃ、着替えたらご飯食べてみんなで音合せしよっか、ライブに行けない分、今日は私も付き合うよ」
千聖「律さん、いいんですか?」
律「うん、私も3時まで予定ないし、せっかくだからみんなの演奏も見ておきたいと思ってたしさ」
彩「やった?! 律さんに練習見てもらえるなんて嬉しいなぁーっ」
千聖「ええ、折角の機会なんだし、良い練習にしましょうねっ」
 自分達の練習を律に見てもらえることを素直に喜ぶ彩達だった。
 ――それもその筈、バンド経験者である律のアドバイスは、今日のパスパレの成長に大きく貢献していた。
 MCの回し方のコツや“魅せる”演奏のポイントなど、律自身が過去にバンド活動をしていた時に身に付けたスキルやノウハウは今も律の中に生き続けており、バンド活動を控えた今でもそれは忘れられてはいなかった。
 事実、律のアドバイスを受けて成功したライブはこれまでにも数多くあり、その成功の一つ一つが更にパスパレを成長させている。
 パスパレの皆が律を慕っているのは単にマネージャーとしてだけではなく、一人のバンドマンとしての実力があればこそでもあった――。
律「よーし、それじゃ、はやいとこお昼食べに行こっか♪」
一同「はいっ!」
 律の号令に合わせ、5人は一際元気な返事をし、移動を開始する。
25:
―――
――

【ファミレス】
彩「ここのパスタ、美味しいねーっ」
麻弥「そうですね……あっさり系で結構好きな味ですっ、あー、彩さん、このショコラ、期間限定みたいですよ?」
彩「わ?、すっごく美味しそう……あーでも、これ以上食べたらまた体重が……」
千聖「うふふふっ、彩ちゃん、残念だったわねー」
日菜「ん??、このハンバーガーも美味しい?♪……あ、そうだ律さん、今度また、あのお店連れてってよ♪」
律「ん? あー、あそこか」
イヴ「ヒナさん、どんなお店なんですか?」
日菜「うん、前に律さんと一緒に行ったところなんだけど、桜が丘に美味しいパンの喫茶店があったんだぁ」
イヴ「桜が丘……ですか?」
千聖「確か、律さんの住んでる所も桜が丘だったわね?」
日菜「うん、お仕事の打ち合わせで寄ったときにそこで食べたんだけど、なんていうか……るるるんっ♪ って感じの味だったんだぁ」
千聖「一体、どんな味なのかしら……」
律「あはははっ、日菜ちゃんに食レポの仕事が来たら大変そうだなぁ」
麻弥「なんと言いますか、日菜さんの場合、出された全部の料理の味を擬音で表現しそうですね……」
日菜「ねーねー律さん、また連れてってー」
律「はははっ、うん、今度近くに寄ったら、今度は日菜ちゃんだけじゃなく、みんなにも紹介するよ」
彩「はい、楽しみにしてますっ」
麻弥「フヘヘ、日菜さんが絶賛するぐらいですから、興味ありますねっ」
 このように、穏やかな時間は過ぎていく。
26:
 そして、昼食を終えた6人は店を後にし、麻弥の仕事の時間が来るまでの間、懸命にバンドの練習へと打ち込むのであった。
―――
――

【営業車内】
麻弥「いやぁ?、今日の練習は本当に楽しかったですよー」
 バンドの練習を終えてからしばらく。
 律の運転する車の中で、麻弥は今日の練習を振り返っていた。
律「ふふっ、みんな腕上がったよなぁ、麻弥ちゃんも千聖ちゃんも、リズム隊としてはもう一人前かもな」
麻弥「いえいえいえそんな! ジブンなんてまだまだですよっ」
律「うんうん、そうだそうだ、慢心するのはまだ早いっ! なーんてね」
麻弥「あはははっ、律さん今日はご機嫌ですねー」
律「……でも、本当に嬉しいよ、みんなが頑張ってくれたおかげで、パスパレがどんどん有名になっていってる」
 反対車線に、パスパレの新曲告知が大きくプリントされたトラックが通り過ぎていくのを片目で追いつつ、律は微笑みながら言った。
27:
麻弥「フヘヘ……でも、それも全部、律さん達事務所の方々のおかげですよ」
 一瞬の照れ笑いの後、真剣な眼差しで麻弥は続けた。
麻弥「パスパレの皆さん、ジブンもですけど、特に律さんには凄く感謝してます」
律「麻弥ちゃん……」
麻弥「マネージャーとしてお仕事を取ってきてくれるのはもちろん、練習に付き合ってくれたり、こうして車で現場まで送ってくれたり、凄く助けて頂いてます」
 部活でも裏方を専門とする一方、彩や日菜程目立つことはないが、それでもドラマーとしてパスパレを支える麻弥にとって、自分と同じように裏方仕事を担当とする律には、強い憧れがあった。
 律自身もまた、かつての自分と同じくバンドでドラムを担当する麻弥に対しては、他のメンバーよりも親近感に似た感覚があった。
麻弥「律さんが練習曲に用意してくれた歌、あれのおかげで皆さん、アイドルとしても、バンドとしても大きく成長できたと思ってますよ」
律「まー、練習曲としちゃあれが一番だと思ったからねぇ」
 アクセルを踏み込みながら、律は少し昔の事を思い出していた。
28:
―――
――

 ――それはPastel*Palettesが結成されてしばらく、律が彼女達のマネージャーに任命されたばかりの頃である。
 専門のコーチによるレッスンと彼女達自身の自主練の成果もあり、バンド初心者だった彼女達は着実に実力を身に付け、いくつかのライブも成功させる事ができた。
 既に個々の技術面に関しては問題なしと判断した事務所は、今後は更に彼女達を売り込んでいくべきだと判断し、それと同時に、バンドとして活躍する彼女達のサポートが出来る人間が必要だと結論づけた。
 今のパスパレに必要なもの、それは彼女達を監督しつつ各方面に売り込み、またバンドとしての適切なアドバイスができる、バンド経験のあるマネージャーだ。
 そこで白羽の矢が立ったのが、芸能事務所内で唯一、バンド経験のある律の存在だった――。
【回想】
律「…………うーーん……」
 パスパレのメンバーとの初顔合わせを済ませ、自宅で彼女達の演奏動画を観ていた時、律が抱いたのは期待感よりも、むしろ危機感の方であった。
律(演奏技術とやる気はあるんだけど……やっぱり、バンドとしての経験がまだまだ足りてないよな……)
 アイドルとしての彼女達の意気込みは十分だとしても、肝心のバンドとしてはまだまだ実力不足……むしろ、彼女達よりも腕の良いバンドは数え切れない程いる、それが律の正直な感想だった。
 バンドとして、プロとして大勢のお客さんからお金を頂いている以上、今のままではまずい。
 プロとして活躍する以上、彼女達の歌と演奏には当然、それ相応の金銭が発生する。そして観客は彼女達のライブに価値を見出し、決して少なくない料金と時間を消費してパスパレの歌を聴きに来てくれているのだ。
 今はまだデビュー間もない新人アイドルグループだからこそ、観客も事務所のスタッフも甘い目で見てくれてはいるが、それも長くは続かないだろう。
 今後も彼女達が生演奏を行うアイドルバンドとして活動をしていくのであれば、バンドとしてのレベルアップは必要不可欠である。
 また、アイドルとバンド、この二足の草鞋を完璧に履きこなす事ができれば、彼女達は更に前へと進むことが出来ると……そんな期待も律の中に僅かながらあった。
 焦りを感じた律は考えた。今の自分がマネージャーとしてパスパレの皆に何が出来るか、今のパスパレの実力を引き伸ばすために、何をすべきかを考えた。
 そして考えた末の結論として、ある曲を練習曲として演奏してもらうことを思いついたのだった――。
29:
―――
――

 ――それはPastel*Palettesが結成されてしばらく、律が彼女達のマネージャーに任命されたばかりの頃である。
 専門のコーチによるレッスンと彼女達自身の自主練の成果もあり、バンド初心者だった彼女達は着実に実力を身に付け、いくつかのライブも成功させる事ができた。
 既に個々の技術面に関しては問題なしと判断した事務所は、今後は更に彼女達を売り込んでいくべきだと判断し、それと同時に、バンドとして活躍する彼女達のサポートが出来る人間が必要だと結論づけた。
 今のパスパレに必要なもの、それは彼女達を監督しつつ各方面に売り込み、またバンドとしての適切なアドバイスができる、バンド経験のあるマネージャーだ。
 そこで白羽の矢が立ったのが、芸能事務所内で唯一、バンド経験のある律の存在だった――。
【回想】
律「…………うーーん……」
 パスパレのメンバーとの初顔合わせを済ませ、自宅で彼女達の演奏動画を観ていた時、律が抱いたのは期待感よりも、むしろ危機感の方であった。
律(演奏技術とやる気はあるんだけど……やっぱり、バンドとしての経験がまだまだ足りてないよな……)
 アイドルとしての彼女達の意気込みは十分だとしても、肝心のバンドとしてはまだまだ実力不足……むしろ、彼女達よりも腕の良いバンドは数え切れない程いる、それが律の正直な感想だった。
 バンドとして、プロとして大勢のお客さんからお金を頂いている以上、今のままではまずい。
 プロとして活躍する以上、彼女達の歌と演奏には当然、それ相応の金銭が発生する。そして観客は彼女達のライブに価値を見出し、決して少なくない料金と時間を消費してパスパレの歌を聴きに来てくれているのだ。
 今はまだデビュー間もない新人アイドルグループだからこそ、観客も事務所のスタッフも甘い目で見てくれてはいるが、それも長くは続かないだろう。
 今後も彼女達が生演奏を行うアイドルバンドとして活動をしていくのであれば、バンドとしてのレベルアップは必要不可欠である。
 また、アイドルとバンド、この二足の草鞋を完璧に履きこなす事ができれば、彼女達は更に前へと進むことが出来ると……そんな期待も律の中に僅かながらあった。
 焦りを感じた律は考えた。今の自分がマネージャーとしてパスパレの皆に何が出来るか、今のパスパレの実力を引き伸ばすために、何をすべきかを考えた。
 そして考えた末の結論として、ある曲を練習曲として演奏してもらうことを思いついたのだった――。
30:
―――
――

【会議室】
彩「急にミーティングだなんて、田井中さんどうしたんだろうね?」
日菜「あ、もしかして、次のライブの話だったりして」
イヴ「前回のライブも好評だったみたいですし、そうかも知れませんねっ」
千聖「……どうかしら、田井中マネージャーのメールの感じからして、そんなに甘い話ではなさそうだけど……」
麻弥「あ、皆さん、田井中さんが来ましたよ」
 会議室へと入って来た律に向け、5人は起立し、一礼と共に元気良く挨拶をする。
31:
一同「田井中さん、お疲れ様ですっ!」
律「うん、お疲れ様ー……みんな揃ってるよね?」
千聖「はい、時間通り、全員揃ってます」
日菜「それでそれで、マネージャーさん、今日は何の話なの?」
彩「もしかして、次のライブのお話ですか?」
律「まぁまぁみんな落ち着きなって。えー、まずはみんな、先日のライブイベントお疲れ様でした、お客さんの受けも良かったし、十分パスパレのアピールにもなったと思います」
彩「よかったぁ……」
イヴ「はい、皆さん、ライブのためにすごく頑張ってました!」
日菜「うんうん、お客さん、結構盛り上がってたもんねー」
千聖「………………」
麻弥「………………」
 律の言葉に千聖と麻弥以外の3名は安堵の表情を浮かべている。が、続く律の言葉が、その安堵の空気を打ち消していた。
律「けど……みんな自身は前回のライブ、正直どう思った?」
 メンバー一人ひとりの顔を真顔で見ながら、律は問いかける。
32:
日菜「確かに、完璧とは言えなかったかも知れないねー、彩ちゃんまた音外してたし」
彩「うぅっ……確かに、そうだったね……」
日菜「まぁ、それも彩ちゃんの持ち味みたいなところでもあるし、お客さんも笑ってくれてたから大丈夫だったと思うけど」
イヴ「皆さん、とてもよく頑張っていたと思います! 私は、皆さんの練習の成果がよく出てたライブだったと思います!」
彩「イヴちゃん……」
千聖「ごめんなさい、イヴちゃんには悪いんだけど……私としては正直、『何とかなった』という印象の方が強かったですね……」
麻弥「ジブンも千聖さんに同意です……実際、ジブンが走りすぎたせいで、音の乱れた所がいくつかありましたし……」
日菜「あれ、そうだったっけ? あたし全然気付かなかったよ?」
千聖「ああ、あの時ね……日菜ちゃんは瞬時に対応できていたけど、私は少し危なかったわ……」
律「みんなの言う通り、前回のライブは確かに問題はなかった……でも、満点だったかと言われれば、決してそうじゃなかったと思うんだ」
 律の言葉に全員が息を呑む。皆……少なからず思い当たる節があるようだった。
千聖「いつまでも及第点のままでは、来てくれたお客さんに申し訳ないわね……」
彩「そうだね……私も次のライブまでに、もっと練習しておかなきゃ……」
イヴ「日々精進!……ですね」
律「確かにみんな……日菜ちゃんなんかは特にそうだけど、難しいコードもどんどん覚えていってるし、リハではやらなかったアレンジを入れられるだけの余裕を持って演奏してる」
律「麻弥ちゃんも元々スタジオミュージシャンをやってただけあって、演奏の技術は安心できるし、彩ちゃんもよく声が通ってるから難しい高音だってしっかり歌えてるし、正直歌唱力は前に比べたら桁違いに向上してると思う」
律「千聖ちゃんのベースはブレる事なく終始安定してるし、イヴちゃんのキーボードも外れずにこなせていて、二人ともソロパートだって問題なくこなしてる」
律「正直、みんな技術に関しては問題ないと思う……でもそれだけで、“バンド”としてはまだまだじゃないかと私は思うんだ」
 個々の演奏を分析し、良い点についてはきちんと評価した上で、それでもバンドとしてはまだ足りないと、律は結論づける。
 その分析に異論は無いのか、特に5人から不満の声が上がることはなかった。
33:
イヴ「タイナカさん、私達のこと、ちゃんと見てくれてたんですね……私、すごく嬉しいですっ♪」
千聖「そうね……そんな人にマネージャーになって貰えて、私達はとても幸せだと思うわ」
日菜「んんん……でもさー、それじゃ私達がバンドとして成長するためには、一体どうすればいいんだろうね?」
彩「やっぱり、もっと自主練をやるしかないのかな……?」
律「もちろんそれは大事……だけど、それは今まで十分やってきたでしょ」
麻弥「個々の演奏技術に問題がないのなら、あとはどんどん音合わせを重ねていくしかないと思いますが……」
律「なーのーでー、今日はそんなみんなに、練習にうってつけの曲を持ってきましたっ!」
 ふふふと含み笑いを浮かべつつ律は、1枚のカセットテープを高々に取り出した。
34:
日菜「えっと……何それ?」
彩「何かで見たことはあるけど……何だったっけ?」
律「なっ……まさか……みんなコレを知らない世代か??」
 初めて見るカセットテープの存在に疑問符を浮かべるメンバーに対し、麻弥だけが違うリアクションを取っていた。
麻弥「それ、カセットテープじゃないですか! ジブン久々に見ましたよ!」
律「お、さすが麻弥ちゃん、詳しいねー」
麻弥「フヘヘ……昔はよく、ジブンの声とか録音して遊んでましたよ、懐かしいなぁ」
日菜「ってことは、それには何か曲が入ってるの?」
律「うん、まぁみんな、一度聴いてみてよ」
 言いながら律はカセットデッキをカバンから取り出し、セットし、再生ボタンを押す。
 程なく、サーっとした僅かなノイズの後に聴こえてくる、懐かしい前奏……。
 律自身、この曲を聴くのは何年ぶりだろうかと思い返していると、聴き馴染みのある歌声がスピーカーから流れて来た。
35:
 ??♪ ??♪
歌声「――キミを見てると、いつもハートDOKI☆DOKI……」
律(懐かしいな……)
 真剣に曲を聴く皆に気付かれぬよう、小刻みにリズムを取りつつ、律は学生時代を共に過ごした仲間達の事を思い出していた。
 
―――
――

 そして曲が終わりを告げ、停止ボタンを押してカセットを取り出し、皆の反応を見る。
律「とまぁ、こんな感じなんだけど、どうだった?」
彩「可愛い曲だね……歌ってる人の声もすごく綺麗で、ふふふっ……私は好きです! この曲!」
日菜「へぇ??………あ、うんうん! なんていうか……ルンッ♪って来たっ!」
千聖「凄く可愛らしい歌詞だけど、それとは逆に曲調は……ロック風っていうのかしら? 聴いてるだけで気分が上がってくる曲ですね」
イヴ「はい、聴けば聴くほど、元気になれる曲だと思います!」
 皆が皆、曲に対する好評を口にする……その中でも、麻弥の眼は他のメンバーの誰よりも輝いており、流れていた曲への関心を露わにしていた。
36:
麻弥「それだけじゃないですよ皆さん……この曲、凄く作り込まれてますよ!」
麻弥「まず、ギター、ドラム、ベース、キーボード……各パートがそこまで複雑な作りでなく、シンプルに仕上がってます! それに音がきっちり別れてますから耳コピもしやすい作りになってますし……」
麻弥「それでいてマイナーコードもありませんので演奏しやすく……というかこの曲、完全にバンド演奏の基本テクニックだけで構成されてますっ!」
彩「凄い、麻弥ちゃんが燃えてる……」
律「初めて見たな……麻弥ちゃん、テンション上がるとこんなに喋るのか……」
 麻弥の熱意に呆気にとられる5人だった。が、それからも麻弥の解説は止まることなく続けられた。
麻弥「曲調はシンプルですけど、でも、いやだからこそと言いますか、シンプルだからこそテクニックのある人なら遊びやすい、つまり、アレンジがしやすくなってるんですよね」
麻弥「曲の出だしも各パートが順々に入る構成になってますからリズムが狂うことなく入れますし、演奏してる人達の腕が良い事もあり、曲そのものの安定感が違います!」
千聖「ええと……麻弥ちゃん、つまり、どういう事なの?」
麻弥「はっ……! フヘヘ……すみません、つい熱くなっちゃいました……」
麻弥「こほんっ……ええと、一言で言えばこの曲、プロアマ問わずバンドの練習曲に相応しい一曲って事ですね!」
日菜「うんうん、麻弥ちゃんの言うこと、なんとなく分かるなー。ギターもそんなに難しくないし、演奏しやすそうだなって思ってたんだ?」
麻弥「でもこの曲、一体どこのバンドの曲なんですか? ジブン、こんなバンド演奏のお手本みたいな曲、今まで聴いたことありませんでしたけど」
律「あー……まぁ、それは今はいいじゃん!」
 なまじ音楽に対する知識がある麻弥に自分の曲が絶賛されたということもあり、照れ隠しに徹する律だった。
37:
律「とにかく、今日から2週間、みんなはこの曲だけを演奏して自主練してみて」
千聖「この曲だけを……ですか?」
律「うん、みんな演奏技術は問題ないし……ならあとは、バンドとしての一体感が強まればいいんじゃないかって思ったんだよ」
彩「譜面や歌詞カードはあるんですか?」
律「無い。っても、今のみんなの腕なら譜面は無くても問題ないと思うよ」
麻弥「そうですね……何度か聴けば、自然と感覚で覚えてしまうと思います。耳コピもしやすいので、譜面に起こすとしてもそんなに時間はかからないと思いますよ」
律「この曲を、今日からパスパレのみんなで、パスパレの曲にしてみてちょうだい、私も可能な限り付き合うからさ」
一同「はいっ!」
 この曲を彼女達なりのやり方で演奏出来れば、恐らくは今までの及第点を満点にすることが出来るだろうと律は考えていた。
 そして、翌日より行われたパスパレの自主練には律も可能な限り参加し、バンド経験者として各メンバーに的確なアドバイスを行っていた。
律「日菜ちゃんはもう少し周りを置いてかないように合わせてみて……彩ちゃんはどうかな?」
彩「ん?、この歌詞、書いた人はどういう気持ちで書いたんでしょう……それが分かれば、もっと上手に歌えると思うんですけど……」
律「あーーー、それは考えなくていいよ、アイツの感性はきっと誰にもわからないし」
彩「…………?」
律「まぁ、彩ちゃんなりに歌ってみればいいよ、作った奴の事は深く考えずにさ」
彩「はい……??」
彩(この曲作った人、田井中さんの知り合いなのかな?)
38:
麻弥「田井中さんの指導、凄く的確で理にかなってますね……さすが元バンドマンの人って感じがします」
千聖「ええ……丁寧だけど決して固くないように教えて下さって……何ていうか、歳の近い先輩に教えてもらってるって感じがするわね」
イヴ「はい! リツさんのおかげで私、バンドの何たるかがより分かったような気がしますっ♪」
 観客として、また元演奏者としての律の助言を彼女達は聞き入れ、自分達の演奏に活かしていった。
 そしてメンバー全員が律の親身な指導を受け、バンドとしての成長を徐々に実感していき、律の存在を認めていく。
 それから数日、気付いた時にはもう誰も律のことを苗字や役職で呼ぶことはせず、親しみを込め、名前で呼んでいた――。
彩「あーあーかーみさーまおねーがい……うーん、もっと柔らかい感じで行った方がいいのかな?」
日菜「う?ん、私的に今のはムムっ? て感じだったなぁ」
麻弥「彩さん! ジブンは今の感じでいいと思います!」
彩「う?ん、どっちで行こう……」
千聖「イヴちゃん、ラス前のパート部分だけど少しだけ音が浮いてたわ、もっと入ってきても良いと思うわよ」
イヴ「はい! チサトさん、ありがとうございますっ」
律(あー……すっげー懐かしいな……この感じ)
39:
 ――音楽に、バンドにひたむきに、真剣に向き合うボーカルの彩。
 ――独特な雰囲気でバンド内の空気を和ませるギターの日菜に、キーボードのイヴ。
 ――彼女達を後ろで見守り、絶えず支え続けるドラムの麻弥。
 ――そんな彼女達を優しく、しっかりと取りまとめるベースの千聖。
 それぞれがそれぞれの夢を目指し、輝いていた。
 そんな彼女達の姿が、かつてと自分達の姿と重なって映る。
 夢に向かい、ひたすらに練習に打ち込む5人の姿に、今はもう戻れない遠い日の情景を瞼の裏に描きながら、律は彼女達と向き合う。
 最初は仕事だけの関係だと思っていたが、今は違う……。
 一人の元バンド経験者として、かつての自分達に似た輝きを持つ彼女達を応援したいと……心の底から律は思っていた。
 ――そして2週間後、律の前で彼女達は見事やりきった。
 その結果、バンドとしての一体感は律の想像以上に向上し、それは他の曲でも確実に発揮され、律が抱えていた危機感は、既に期待感へと移り変わっていた。
 ……それは決して公の場で歌われることのない、パスパレの練習でのみ歌われる曲。
 律とPastel*Palettesを繋ぐ、世界で一つだけの歌――。
40:
―――
――

【営業車内】
 律の顔を見つつ、麻弥は口を開く。
麻弥「あの曲を律さんが教えてくれなかったら、きっと、今のパスパレは全然違うパスパレになってたんじゃないかって思うんです」
律「褒め過ぎだって……あれは私の思い付きみたいなもんだから、そんなに大それた事じゃないよ」
麻弥「……もしかしてあの曲、実は律さんが昔組んでたバンドの曲だったり……」
律「ははは、そうかも知れないし、そうじゃないかも知れないなぁ」
 照れくささを堪えつつ、律は麻弥の問いかけを受け流す。
麻弥「フヘヘ……そうだ、律さん……律さんは今、バンドはやられてないんですか?」
律「ああ……昔のメンバーもみんな仕事が忙しいみたいだし、みんなで集まるってコト自体があんまり無いからねぇ」
律「……でも、今日は夕方から同窓会でさ、久々にみんなと会うことになってるんだ」
麻弥「わぁ、それは良かったじゃないですか!」
律「だからこの後、凄く楽しみなんだ、あははっ」
麻弥「……ジブン、いつか律さんの演奏も聴いてみたいです」
律「うん、まぁ……いつか機会があれば……ね」
 麻弥の言う通り、いつかそんな日が来ればいいなと思いながら、律は車を飛ばす。
 そして出版社での打ち合わせを終えた後、事務所に戻り、麻弥と解散してから、今日の報告を済ませる。
41:
律「じゃあ、私はこれで……」
スタッフ「あれ、田井中さん今日は上がり早いんですね?」
律「うん、今日はこれから予定があってね」
スタッフ「そうだったんですね、お疲れ様です」
律「うん、お疲れ様?」
 事務所を後にし、夕暮れに染まる街を歩く。
 その時、律の携帯が着信を告げる。電話の主は、律のよく知る幼馴染からだった。
律「ああ……うん、わかってる、もう向かってるよ……はーい、それじゃまた後でな?」
律(……あいつも、待ちきれないのかな?)
 携帯を仕舞い、微笑みながら軽い足取りで律は向かう。
 かつて高校時代を共に過ごした、仲間達の集う場所へ――。
42:
#2-2.放課後の邂逅?秋山澪?
 ――思えば、もう何年も昔を振り返ることなんかしていなかったと思う。
 それ程に、今の私の日常は忙しく、とても充実していた。
 それでも、私は決して忘れてなんかいなかった。
 みんなで過ごしたあの日々、みんなで奏でたあの音……みんなで食べたお菓子の味……。
 それは、今も確かに私の中にある。
 
 だからかな、あの子達の輝きが……凄く、懐かしいと思えたのは。
 あの輝きはきっと、遠い昔、私にだってあったものだろうから。
 あの子達の輝きは、すっかり歳を積んでしまった私を、もう子供じゃなくなってしまった私を、あの頃に戻してくれた……そんな気がしたから―――。
43:
【花咲川駅前商店街】
澪「やっと着いた……ここが花咲川か……」
 初めて降りる駅を出てしばらく。秋山澪の眼前には、多くの人で賑わう商店街が広がっていた。
 平日の午前中にもかかわらず、商店街には子供の手を引く買い物客や、学生と思われる若者が行き交っている。
澪「ええっと……場所は……」
 名刺に書かれている住所をスマホの地図アプリに打ち込み、ルート検索を開始する。
 程なくしてからスマホには、目的地へのルートが表示された。
澪「そんなに遠くないな……よし、行こう」
澪(しかし、新商品のプレゼンなんて私に出来るかなぁ……でも、会社の命令なら仕方ないか……)
 ――学生向けのファンシー雑貨のデザインや制作をする会社に就職すること数年、澪の元に舞い降りた一つの指令。
 それは、風邪で休む事になった営業担当に代わり、制作担当である澪が新商品の商品説明をするため、花咲川の商店街にある雑貨店に向かってくれという内容だった。
 営業の仕事なんて人見知りの澪には難しいと思われる内容だったが、会社の命令では従わない訳には行かず、澪はその命令を渋々承諾するのだった。
44:
澪「うん、良い街だな……ここ」
 商店街で作ったオリジナルの歌なのか、スピーカーからは明るく、可愛らしいBGMが澪の耳に入ってくる。
 街並みを歩く人の顔も明るく、それは澪の地元、桜が丘とはまた違った賑やかさで溢れていた。
 そんな街の雑踏を眺めながら、澪の足は目的地へと向かっていた。
―――
――

【商店街 外れ】
澪「え……? ええええええ???????」
 人通りの少ない商店街の外れに、澪の素っ頓狂な声が響き渡る。
 それもその筈、目的地についた澪を待っていたのは、無情にもシャッターで閉じられた古い店舗だった。
 すぐさま名刺に書かれている住所を確認するがここに間違いはなく、電話を掛けてみるも、不通のアナウンスが聴こえてくるだけだった。
 無駄を覚悟し、古びたチャイムを鳴らすも反応はなく、シャッターを叩いてみても、中から人が来る様子はない……。
 というか、そもそもこの店からは、営業している気配そのものが感じられない。完全に閉店した店のようだった……。
澪「そんな……どうして??」
 まさか、閉店……? とは考えられないだろう。昨日、担当から言われた店はこの名刺の店だったのだから。
45:
澪「ど……どうしよう……」
 一度会社に連絡を入れて指示を仰ごうかと、通りに出てカバンからスマホを取り出したその時だった。
 ――どんっ
澪「うわっ!」
声「きゃっ!」
 突然、澪の身体に強い衝撃が走る。何が起こったのかと思った刹那、誰かが自分にぶつかったのだと言うことを理解し、澪はぶつかってしまった女の子に声をかけていた。
澪「ご、ごめんなさい! 怪我はない?」
女の子「痛たたた……っ」
 年の頃は自分よりもずっと下だろう、高校生ぐらいだろうか、桃色の髪に流行り物の服が似合う女の子が尻もちをつき、涙目で座り込んでしまっている。
 それに続くように、女の子の友達だろう、眼前の女の子と同世代と見られる3人の少女達がこちらに向かってくるのが見えた。
46:
女の子A「ひまり、大丈夫?」
女の子B「も?。ひーちゃんトロすぎー」
女の子C「まったく、前をよく見て歩かないからだぞ」
 
女の子D「あいたたた……す、すみません!」
澪「ううん、良かった、怪我はなさそうだね」
 女の子に怪我がなかったことにほっとし、安堵する澪。……その時だった。
 ――びゅううぅぅっ
 先程ぶつかった際の衝撃で肩から落ちたのだろう、運悪く開かれたカバンからは資料や書類が道に散乱し、それらが風に乗って四散していた。
澪「あ……あああああ!! 書類が!! 大事な資料が!!!」
女の子A「大変、急いで拾わないと!」
女の子B「もー、ひーちゃんのせいだからねー」
女の子C「いいからモカも拾うの手伝え! ひまり、そっち行ったぞ!」
女の子D「はーい!」
 それから、女の子たちの協力もあり、澪が落とした書類は、奇跡的に1枚の汚れも紛失もなく、澪の手に収められた。
47:
澪「……うん、抜けはないな……あ??、良かったぁ……」
 書類の枚数を確認し、カバンに仕舞い、同じ轍を踏まぬよう、しっかりと封を閉じる。
女の子D「本当に、すみませんでした!」
澪「ううん、こちらこそありがとう、本当に助かったよ。……ごめんね、私の不注意でぶつかっちゃって」
女の子D「そんな、私の方こそ前をよく見てなかったから……」
 などという会話が続くことしばらく、ふと澪は思い立ったことを口にする
澪(この子達、もしかしてこの辺りの子かな……)
澪「えっと、君たちって、この辺の子?」
女の子A「はい、まぁ……子供の頃からこの街で暮らしてますけど」
女の子C「アタシ達に、何かご用ですか?」
澪「……うん、あの……このお店なんだけど、知ってるかな?」
 これから伺う筈だった雑貨店の名刺を差し出し、澪は自分の状況を説明する。
 すると……。
48:
女の子D「あー、私、このお店知ってます! 一昨日お引越ししてました!」
澪「え、それ本当?」
女の子D「はい! よかったらご案内しますけど……」
澪「うん、助かるよ、ありがとう」
 会社の営業担当がここに来たのは確か先週だ、その間に店舗が変わり、住所も電話番号も変更されたのだろう。
 今時にしては珍しく、ホームページもSNSのアカウントも無い会社なので、移転の情報が澪に入らなかったのも頷ける。
 渡りに船とはこの事で、すぐさま澪は女の子達に店への案内をお願いしていた。
 ――その雑貨店へ向かう道中、ひまりと呼ばれていた女の子が澪に問いかける。
ひまり「あの、お仕事って、何をされてるんですか?」
澪「うん、女の子向けにファンシー雑貨を作ってお店に紹介したり……そんな感じの仕事だよ、こういう会社なんだけど、知ってるかな?」
 澪は自分の名刺を取り出し、ひまりに手渡す。
49:
ひまり「あー、私、この会社知ってます! 『スッポンモドキのおトンちゃん』シリーズ、私も持ってます!」
澪「ありがとう、あのシリーズ、私が考案したんだ」
ひまり「えっ、そうだったんですか?」
澪「うん、買って貰えて嬉しいよ、ありがとうね」
ひまり「ふふふっ……なんだか感激しちゃうなぁ……ねえ、巴もそう思わない?」
 ひまりに振られ、今度は巴と呼ばれた女の子が返す。
巴「うん、なんていうか……働く女の人って憧れるよなぁ」
ひまり「うんうん、私も、働いてる女性って、ステキだと思います!」
澪「……そんな大袈裟な、別に大したことじゃないよ」
 人は生活の為、家族の為、自分の為、嫌でも社会に出れば働きに出なければならない。それは古今東西問わず、今も変わらない。
 かく言う澪も、この子達と同じぐらいの歳の頃には、その意味を漠然としか理解していなかったのだが……。
澪(なんていうか……若いよなぁ……)
 人で賑わう商店街を楽しそうに歩くひまりと巴を見ながら、澪はそんな事を考えていた。
女の子A「この人……」
女の子B「らーん、どうかした?」
女の子A「ううん……別に」
女の子A(……似てる)
50:
―――
――

【花咲川商店街 ファンシー雑貨店前】
 ひまり達の案内により、ようやく澪は真の目的地へと辿り着く。
 店内には多くの若者が入り乱れ、小洒落た店内ポップには先程の話にもあった『スッポンモドキのおトンちゃん』シリーズの告知もされ、賑わいを見せていた。
ひまり「着きました、ここですよ」
澪「みんなありがとう……今度会ったら必ずお礼するよ」
ひまり「いえいえっ♪ それでは、お仕事頑張ってください!」
巴「もし良かったら今度は仕事じゃなく、是非遊びに来てください、おいしいお店紹介しますよ」
澪「うん、本当に助かったよ……それじゃあね」
 4人にお礼を言い、澪は真新しい空気の漂う店内へと入っていく。
 店内に入る澪の後姿を見送り、4人の少女達は口々に声を交わしていた。
51:
蘭「やっぱり、似てた」
モカ「似てたって、なにが?」
蘭「うん……あの人の声、巴にそっくりだった」
巴「え、アタシに?」
ひまり「あー、私も思ってたんだ、あのお姉さんの声、巴によく似てたよね」
巴「アタシの声って、あんなに綺麗だったか?」
ひまり「……あのお姉さん、かっこいい人だったね」
巴「ああ、また、会えるといいな」
モカ「うんうん、お礼もしてくれるって言ってたしね?」
蘭「ふふっ……モカったら……」
ひまり「みんなー、そろそろ行こうよ、ショッピングモールで買い物してから、つぐのお店に行くんでしょ?」
モカ「あー、ひーちゃん待ってー」
巴「ったく、ひまりー! 走るとまたぶつかるぞー!」
 そして少女達……Afterglowの4人は歩き出す。
 彼女達はまだ知らない。
 澪と彼女達の間にある繋がりを……まだ、知らない――。
52:
―――
――

【ファンシー雑貨店 事務所】
 店内に入った澪は店主の案内のもと、店の奥、事務所の一室へと入っていった。
店主「いやぁーすみません、店を移転したこと、お伝えしてなくて……」
澪「いいえ、地元の子に教えていただいたので着くことが出来ましたし、大丈夫ですよ」
店主「ああ、あの子達ですか……いい子達でしょう、商店街の人気者なんですよ」
澪「ええ……みんな優しくて、元気があって……ここは、本当に良い街ですね……」
店主「はははっ……そうでしょうそうでしょう、いやね、商店街で流れてる音楽も、あの子達とは違う子が作ってくれまして……」
澪「え、そうなんですか?」
店主「ええ……ああいう若い子たちに支えられて、私達はこうして今日も営業が続けられているんですよ……」
 優しい目で店主は言う。
 そして会話も程なく、仕事の話が進められる。
澪「……早ですが、新商品のご説明をさせていただきます」
店主「ええ、よろしくお願いします」
澪「今回の弊社の新商品のアピールポイントですが……」
 澪の説明を、頷きながら店主は聞く。
 資料と自身の知識を元に商品説明をし、時折振られる質問にも適切丁寧に答え、澪は新商品のプレゼンを行っていく。
 営業担当とは違う、制作担当ならではの着眼点によるプレゼンに店主は興味を示し、次々と話は進んでいった。
53:
澪「この辺りには女子校が2校ありますし、両校の長期休暇に合わせて告知していけば、この商店街でも大きくアピールできると思います」
店主「うんうん……いやいや、よくリサーチされてる、さすがだと思いますよ」
澪「はい、どうもありがとうございます」
店主「いやー、秋山さん、今日はありがとうございました。あとはお店の皆と相談して、後日改めてお話に伺いますね」
澪「はい、ご検討のほど、どうぞよろしくお願い致します」
 話は纏まり、澪のプレゼンが終わる。
 店主から前向きな返答を頂けたことに確かな手応えを感じ、澪は安堵の息をつく。
店主「では、社長と営業さんにもによろしくお伝えください、秋山さん、本日はありがとうございました」
澪「はい、こちらこそありがとうございました。 ……失礼します」
 ――ばたんっ
澪「ふぅ……」
澪(終わった……緊張したけど、どうにかプレゼンできた……良かったぁ)
 1時間程度のプレゼンは終わり、澪は雑貨店を後にする。
 そして会社の共有グループに報告のメッセージを入れ、時計を見る。
54:
澪(もうお昼か……この辺りで何か食べてこうかな)
 時刻は昼過ぎ、時間もあるし、昼食がてらにどこかで休憩しようと思い、澪は商店街を歩く。
 そして商店街を探索することしばらく、焼き立てのパンの香り漂うベーカリーショップや揚げたてのコロッケが並ぶ精肉店のある通りで、澪は立ち止まっていた。
澪「喫茶店か……うん、ここにしよう」
 “羽沢珈琲店”という店名の書かれた喫茶店の戸を開ける。
 空調が効き、隅々まで掃除の行き届いた店内からはコーヒーの良い香りが漂ってくる。微かに聞こえるお客さんの声も良い感じのBGMとなり、店の雰囲気に溶け込んでいた。
 そして店に入った直後、店員と見られる少女の元気な声が店内に響いて来る。
【羽沢珈琲店】
店員「いらっしゃいませ! お客様、一名様でよろしいですか?」
澪「はい」
店員「かしこまりました、こちらへどうぞ♪」
 店員の案内に誘われ、澪はテーブルへ向かう、その時だった。
 
声「あれ……?」
澪「ん……? あっ……さっきの……」
 店員の案内で澪が座った席のその隣のテーブル。
 そこには、先程澪を雑貨店に案内してくれた、4人の少女達の姿があった。
 澪の来店に驚きを露わにし、少女達は澪に話しかける。
55:
ひまり「え? ええええ???」
蘭「……どうも」
モカ「おー、さっきのお姉さんだ、こんにちわー」
巴「びっくりした、こんなにすぐ会えるなんて思いませんでしたよ」
店員「え? なに、みんな知り合いなの?」
モカ「ふっふっふー、実は今朝、このお姉さんの絶体絶命の危機を、みんなで救ってたのだよー」
蘭「絶体絶命って……モカ、話盛りすぎ」
澪(……世の中って、案外狭いんだなぁ)
―――
――

澪「コーヒーと、サンドイッチと……あと、隣のテーブルの子達に……このケーキセットをお願いします」
店員「はい、コーヒーに、サンドイッチに……蘭ちゃん達にケーキセットですね、ありがとうございますっ」
 メニューを手に澪は次々と注文を済ませ、店員の少女がそれを伝票に書き加えていく。
ひまり「そんな、いいんですか?」
巴「なんか、悪い気がするなぁ」
蘭「そうですよ、別に……そこまでしてもらう程のこと、してないと思います……」
澪「ううん、今度会ったら必ずお礼するって言ったでしょ、だから約束は守らせてくれないかな」
 遠慮がちな少女達に向け、優しく澪は返していた。
56:
蘭「あ、ありがとうございます……」
モカ「ありがとうございまーす」
巴「すみません、いただきますっ!」
ひまり「かっこいい……あ、ありがとうございますっ」
 そして、彼女達にちゃんとした自己紹介もしていなかったことを思い出し、澪は名刺を手に、彼女達の方を向く。
澪「そういえばまだ自己紹介もしてなかったね、秋山澪です。桜が丘で、ファンシー雑貨の制作をやってます」
 二度自身の名刺を一人ひとりに手渡しつつ、自己紹介をしていた。
 澪の名刺を受け取り、ひまり達も澪に向け、自己紹介をする。
蘭「……美竹蘭です」
モカ「青葉モカでーす、みんなからはモカって呼ばれてまーす」
巴「宇田川巴です、秋山さん、よろしく」
ひまり「上原ひまりです! えっと……あ、秋山さん! よろしくお願いします!」
 生まれて始めて名刺を手渡されたことで緊張してしまったのか、若干表情が固くなる4人だった。
 そんな彼女達の様子を察し、緊張を解す為、澪は言葉を重ねる。
57:
澪「あー……その、もし良かったらみんな、私のことは気軽に名前で呼んでくれてもいいよ? もう知り合いだしさ。私もみんなのこと、名前で呼んでもいいかな?」
 自身の周囲に漂うぎこちない空気を取り払うように、優しく言葉を発する澪。
 その気遣いに応えるように、ひまり達もまた、親しみを込めて澪に接するのだった。
巴「はい、もちろんです! 改めてよろしくお願いします、澪さん」
ひまり「澪さん、よろしくお願いします!」
蘭「そっか、澪さん、桜が丘から来てるんですね」
 蘭達の暮らす花咲川と、澪の暮らす桜が丘は、およそ電車で1時間程度の距離がある。
 そう遠い距離ではないが、理由もなく立ち寄れるほど近いというわけでもなかった。
モカ「桜が丘かぁ……」
蘭「モカ、知ってるの?」
モカ「うん、桜が丘にあるスタジオの近くにはね、それはそれは美味しいパンを焼いてくれる喫茶店があるって話なんだー」
モカ「だから、いつかは行ってみたいと思ってたんだぁ?、えへへへへ?」
 じゅるりと涎を垂らしながらモカは言う。
58:
澪「あのお店、私もよく行くんだ。もし良かったら今度買ってくるよ」
モカ「わぁぁ……あ、ありがとうございますー」
ひまり「それに、桜が丘といえば高校の制服、すっごく可愛いって評判なんだよね」
澪「……そうなの?」
ひまり「はい、制服目当てで桜高を受験する子も結構多いんですよ」
澪(……あの制服、そんなに人気だったのか)
巴「それで今日は、仕事で桜が丘から来てくれたんですよね」
澪「うん、そうなんだ……あ、みんなさっきは本当にありがとう。おかげですごく助かったよ」
ひまり「えへへっ、よかったです」
巴「ああ、案内した甲斐があったな」
モカ「ふっふっふー、モカちゃんたちのお手柄?」
 澪と蘭達の間に和やかな雰囲気が流れてくる。
 それから数分後。トレイに注文した品を乗せ、店員の少女がテーブルにやってきた。
店員「お待たせしました、コーヒーと、サンドイッチのセットになります、あと、こちらがケーキセットになりますっ」
澪「ありがとうございます」
モカ「おー、きたきたー」
店員「それと、私もお邪魔していいですか?」
巴「つぐ、今から休憩?」
店員「うん、お母さんに言って休憩もらったんだ」
 そして、つぐと呼ばれた少女は澪に向き合い、自己紹介をする。
59:
つぐみ「はじめまして、羽沢つぐみです。お姉さん、蘭ちゃん達とお知り合いだったんですね」
澪「はじめまして……もし良かったら、つぐみちゃんも好きなのどうぞ」
 メニューを手に、澪はつぐみに差し出す。
つぐみ「え、私もいいんですか?」
澪「うん、みんなにもご馳走したし、これも何かの縁ってことで、ね」
つぐみ「あ、ありがとうございますっ」
 澪の言葉をありがたく頂戴し、つぐみは厨房にいる母親にケーキの追加注文を済ませ、再び席に着く。
澪「今朝はみんなのおかげで助かったよ、本当にありがとうね」
モカ「お仕事、どうでしたー?」
澪「うん、バッチリ、上手く行ったと思うよ」
巴「それは良かったです、澪さんの仕事が上手く行って、アタシ達も案内した甲斐がありましたよ」
モカ「やっぱり、大人になってからやる仕事って、大変なのかなー?」
ひまり「う?ん、どうなんだろう……澪さんはお仕事、楽しいですか?」
 自分達より歳上の女性と話す機会がそう無いのか、次第にひまり達の興味は澪の仕事へと移っていく。
60:
澪「仕事は……そうだなぁ……大変なこともあるけどやっぱり楽しいよ、好きで選んだ仕事だから、やりがいだってあるしさ」
蘭「やりがい……ですか」
澪「うん、自分達で何日も話し合って、苦労して作ったものがお店に並べられて、それをひまりちゃん達ぐらいの子が喜んで買ってくれるのを見た時は、この仕事やってて良かったって思う」
澪「こんな私でも、世の中の役に立ててるのかなって……そう思うんだ」
つぐみ「お母さんも言ってました、私のケーキをみんなが美味しそうに食べてくれることが、この仕事の一番の楽しみだって」
巴「アタシも、バイトしててお客さんにお礼言われた時、すっげー嬉しかったな」
澪「ああ、ごめんね、なんだか自分の話ばかりで……みんな、今日は学校お休みなの?」
ひまり「はい! 今日は、創立記念でみんなお休みなんですよ」
巴「澪さんを送ったあと、みんなで買い物して、ちょうどここでお茶してたところなんです」
モカ「それでこのあと、5人でバンドの練習もするんですよー」
澪「……バンド?」
 バンドという単語に、澪の眉が僅かに動く。
61:
ひまり「私達、バンドを組んで音楽をやってるんです♪」
澪「……そう、なんだ」
つぐみ「はい! 実は来週、近くのライブハウスで大きなイベントがあるんですよ!」
 次第に、話題は彼女達のバンドの話へと移っていく。
 自分達が幼馴染同士で、Afterglowというバンドを結成し、来週、大きなライブを控えているということ。
 今日はその打ち合わせと、この後スタジオで練習を控えているということ。
 そんな彼女達の話を聞きながら、澪は昔を思い返していた。
澪(バンドか……懐かしいな)
 澪の脳裏に蘇る、昔の記憶。
 一人の幼馴染に誘われるがままにベースを買い、日夜練習に励んだこと。
 高校に入って間もなく、その幼馴染と共に軽音楽部を立ち上げ、メンバーを募集し、合宿に行ったり、学園祭でライブをしたこと。
 他にも新歓ライブ、遥か海を渡ったロンドンでの演奏、卒業ライブ……そして、毎日のように行われた、放課後のティータイム。
 お茶にケーキを囲って過ごした高校時代の情景が瞼の裏に浮かび、自然と口元が僅かに緩んでいく。
 隣のテーブルで広げられる光景にかつての自分の姿を重ね、澪は彼女達の話に静かに耳を傾けていた。
62:
蘭「そういえばまりなさん、大丈夫かな……ゲスト、呼んできてくれるかな」
モカ「まー、なんとかなるんじゃないの?」
巴「スペシャルゲストか……一体どんな人が来るんだろうな」
ひまり「かっこいい人達だといいなぁ?」
つぐみ「楽しみだよね……今からワクワクしちゃうなぁ」
ひまり「あの、澪さんはバンドとか、興味ないですか?」
澪「ううん……実は私も高校の頃、幼馴染に誘われて……軽音部でバンドを組んでたことがあったんだ」
蘭「えっ……? そうだったんですか?」
巴「ち、ちなみに、パートは何やってたんですか?」
澪「ベースだよ、昔は結構弾いてたんだ」
ひまり「わぁ、わ、私と一緒だー! 嬉しいなーっ♪」
 眼前の女性がバンドを組んでいたこともさる事ながら、その女性が自分と同じ楽器を担当していたことに対し、ひまりは喜びを露わにする。
 それは他の4人も変わらず、澪がバンドを組んでいたことにある者は驚き、またある者は興味を惹かれていた。
63:
澪「ふふっ、懐かしいなぁ……みんなの話を聞いてたら昔を思い出したよ」
ひまり「澪さん、綺麗だから演奏も凄くかっこいいんだろうなぁー」
澪「そんな……むしろ私なんて上がり症で、全然だったよ……」
 実際の評判はさておき、澪は話を続ける。
澪「でも、そんな私を受け入れてくれて、みんなで毎日部活やって……楽しかったな」
蘭「…………」
 懐かしむように澪は昔を振り返る……。
 そんな風に話す澪を見ながら、ふと、蘭の中にある疑問が浮かび上がる。
 その心に抱いた疑問を言葉に変え、蘭は澪に投げかけた。
蘭「あの……澪さん」
澪「……ん?」
蘭「その……澪さん、今はバンドやってないんですか?」
澪「うん……みんな生活や仕事が忙しくて、なかなか会う機会も取れなくなってね」
 少し寂しそうな眼をしながら、澪は続ける。
 そんな澪の顔を見つつ、僅かに蘭の表情が曇っていく。
64:
蘭「そうなんだ……やっぱり大人になると、いつまでも変わらず……『いつも通り』って訳には行かないものなのかな」
つぐみ「蘭ちゃん……」
 いつまでも子供のままではいられない。時が来れば、嫌でも人は成長し、大人になっていく。
 そして、大人になれば今の自分と周囲の環境も自然と変わっていく……。それは、蘭が高校に入学した時に体験したことでもあった。
 いつの日か、自分達が学校を卒業し、大人になった時、やはり自分達の関係も変わってしまうのか……?
 環境が変わってしまう事への不安が、蘭の胸をちくりと刺す。
 だが、次に澪が言った言葉に、蘭はその考えを改める事になる。
澪「うーん、どうだろう」
澪「確かに会う機会は減ったけど、それで関係が消えたってわけじゃないからなぁ」
蘭「…………」
澪「そりゃあ、学生の時みたいに毎日会ってって事はなくなっちゃったけど……それでも、たまに会うと、みんな学生の時とそんなに変わってないんだ……特に私の幼馴染なんてまさにそうでさ」
澪「だから、大人になったからと言って、何もかも変わるってわけじゃないと思うよ」
蘭「…………」
澪「……それに、あいつらと私は、数年会わないだけで消えちゃうような、そんな寂しい仲じゃないって、少なくとも私は思ってる」
 そう、自信を込めて澪は言ってのける。
 その言葉には一切の迷いがなく、澪の仲間への確かな信頼と自信が込められていた。
 澪の話を聞き、蘭は優しく微笑み、一礼する。
65:
蘭「うん……澪さん、ありがとうございます」
 たとえ卒業して離れたとしても、それで関係が消えてなくなるわけじゃない。
 その言葉が、蘭の中に芽生えかけた不安を優しく解いていた。
巴「もー、蘭、気にしすぎだって……大人になったからって、アタシ達が蘭の前から消えるわけないだろー?」
モカ「そうそう、大人になっても、モカちゃんはずーっと蘭と一緒だよ?」
ひまり「卒業して大人になっても、私達は私達……『いつも通り』の、みんなだよっ」
つぐみ「うふふっ……でも私、蘭ちゃんがそう思ってくれてて、すごく嬉しいよ」
蘭「みんな……うん……そう、だよね」
澪(いい子達だな……みんな)
 ――隣のテーブルに映る少女達の瞳は、眩しいほどに輝いているように澪には見えていた。
 彼女達が掲げた誓いは、彼女達が思う以上に儚く、難しい誓いでもある。
 でも、この子達ならきっと出来るだろう。
 私のように、時の流れに翻弄される事もなく、今ある瞳の輝きを守って行けるだろうと……澪は確信していた。
―――
――

66:
 そして、澪がAfterglowの5人とお茶を交わすことしばらく。
 次の仕事の時間が来た事もあり、伝票を持ち、澪は席を立つ。
澪「それじゃ、みんな今日は本当にありがとう、バンド活動、がんばってね」
ひまり「あ……あの澪さん! もし良かったら、今度のライブ、澪さんも来てくれませんか?」
澪「私も、いいの?」
蘭「はい……澪さんにも、私達の歌、聴いて貰いたいと思います」
巴「アタシのドラム、結構評判いいんですよ」
モカ「ふっふっふー。あたしのギターテクを見たら、きっと澪さんもモカちゃんの虜に?」
つぐみ「みんな、頑張って練習したんですよ」
ひまり「なので、もし良かったら、澪さんにも聴いてもらいたいと思いますっ」
 言いながらひまりは一枚のフライヤーを澪に手渡す。
 そのフライヤーを受け取り、澪もまたひまりに言葉を返していた。
澪「……ありがとう、うん。なんとか時間作って行けるようにするよ」
ひまり「はい! よろしくお願いします!」
つぐみ「では、お会計お預かりします、ありがとうございました! ごちそうさまでした!」
一同「ごちそうさまでした!」
 皆がケーキをご馳走してくれたお礼を言い、澪を見送っていた。
 彼女達の礼に片手を上げ、澪は別れを告げる。
 ――その帰り道。
67:
澪「いい子たちだったな……あの子達のライブ、律も誘って行ってみようかな……」
 やや傾きつつある陽光を浴びながら、澪は駅方面へと歩き出す。
 ほどなくして会社に戻り、報告を済ませ、残りの仕事に取り掛かる。
 そして、時刻は定時を迎え、街に西日が差し掛かる頃――。
澪「お疲れ様でした、お先に失礼します」
 一足先にタイムカードを切り、澪は会社を後にする。
 その道すがら、携帯を手に電話を掛ける……相手は、先程話に上がった幼馴染だった。
澪「……ああ、律か? 今日、忘れてないよな…………うん、私も今から向かうよ、それじゃ、また後でな」
澪「ふふっ……みんな、元気にしてるかな」
 足取り軽く、澪は夕暮れに染まる街を歩く。
 かつての仲間達の集う所へ向けて、その足は自然とまりつつあった――。
68:
#2-3.放課後の邂逅?琴吹紬?
 ――子供の頃から、両親には凄く感謝していた。
 生まれた時から私をずっと守り、ずっと私の我がままを聞いてくれたから。
 だから私には、父や母の期待を裏切ることはできなかった。
 そして、子供をやめた時に私は誓った。両親のために、父の積み上げてきた物を守っていこうと決めた……。
 立場、権威、家、財産……。
 これまで幾度も私を支え、守って来てくれた大切な物にある、唯一の“枷”。
 ……私にも、来るのかな。
 この枷を外し、誰の前でも、ありのままの自分でいられる、そんな時が。
 私の中にある小さなわだかまりは、“彼女”に再会した時、ようやく解けようとしていた―――。
69:
―――
――

 ……凄く、懐かしい場所に私はいた。
 そこは、放課後の音楽室……私達が毎日のように過ごした部室。
 眼の前には、懐かしい制服に身を包んだ仲間たちの姿が見える。(さま)
 私の用意するお茶を楽しみにする二人と、そんな二人を呆れ顔で見ながら、それでも私のお茶を美味しそうに飲んでくれる同級生と、一人の後輩。
 やがて、顧問の先生も合流し、私達の部活が始まる。(ぅさま)
 みんなの笑い声が部室中に響き、暖かな時間が過ぎていく。(ょう様)
 それは、私が3年間、毎日のように見てきた光景……。
 その中で私は……。(じょう様)
 
 (お嬢様)
 もう……さっきから何だろう、この声は……。
 もう少し、みんなの声を聴いていたいのに……誰の声だろう。
 (お嬢様)
 違うわ……ここでの私はお嬢様なんて固い呼び名じゃない……私は……。
 (起きて下さい、お嬢様)
 わたし……は…………。
70:
声「起きて下さいお嬢様…………お姉ちゃん……起きて」
紬「っ……!」
 突如、紬は弾けたように瞼を開く。
 ぼやけた目線の先には、跪いて声をかけ続ける、蒼い瞳に金髪のスーツ姿の女性が映って見える。
 その女性が、自分のよく知る秘書であり、また身の周りの世話をしてくれる使用人の斉藤菫だと認識するのに、そう時間はかからなかった。
【琴吹邸】
声「お嬢様……お目覚めですか」
紬「菫……ちゃん」
菫「すみません、お休みのところを無理に起こしてしまって」
紬「いいえ、私の方こそごめんなさい、まさか眠ってしまうだなんて……」
 おそらく、連日の仕事疲れが溜まっていたのだろう……少しの間、熟睡してしまっていたようだ。
 準備の何もかもを使用人達に任せてしまっていたことを謝罪し、紬は菫に向き合う。
71:
菫「いいえ、それが私達の務めですから、お嬢様はお気になさらないで下さい」
 申し訳なさそうな表情の紬に向け、菫は優しく微笑みながら続ける。
菫「車の準備が整いました、時間も迫っています、そろそろ向かいましょう」
紬「ええ、そうね」
 豪華な装飾の散りばめられた真紅のドレスを身に纏い、紬は玄関へと歩き出す。
使用人「行ってらっしゃいませ、紬お嬢様」
紬「ええ、留守をお願いね」
 出迎えの使用人に一礼し、自宅の屋敷の玄関の先、開かれた高級車の助手席に乗り込む。
 そして程なくし、運転席には菫が乗り込み、多くの使用人に見送られながら、車は発進する。
 紬の古い友人の令嬢、弦巻こころの屋敷へ向かって――。
72:
―――
――

 ――大学を卒業してすぐの事。琴吹紬は、自身の父が経営する会社……琴吹グループに就職し、懸命に働いていた。
 周囲から親の七光りだと思われたくない一心で紬は昼夜を問わず働き続け、着実に業績を上げ、己の実力で周囲を認めさせ……会社の役員へと登り詰めていった。
 そんな過酷な生活と並行し、紬は淑女としても社交界で華々しい活躍を見せており、数ある資産家や富豪の間でも、紬の存在は一際有名になっていた。
 今日は、数多ある資産家の一つ……琴吹家と古くから親交のある、弦巻家のホームパーティーに招待されたのだ。
 こころより直々に招待を受けた紬は大喜びで出席の旨を伝え、使用人の斉藤菫を伴い、弦巻家の屋敷へと向かっていた。
【琴吹家専用車内】
菫「弦巻家へは約20分程で到着となります、お嬢様、お疲れのようですし、しばらくお休みになられては如何ですか?」
紬「ううん、菫ちゃんが運転してくれるんだもの、いつまでも寝てばかりいられないわ」
紬「……それに、今日は久々にこころちゃんに会えるんですもの、その後は高校時代のみんなにも会えるんだし、もう楽しみで楽しみでっ」
菫「ふふ、お嬢様、本当に楽しみにされていましたよね」
 期待感溢れる笑顔を顔全体に浮かべながら、ハンドルを握る菫に紬は言う。
 それはまるで遠足前の子供のようで、そんな紬の笑顔に釣られたのか、自然と菫の声も柔らかくなっていた。
 しかし、一瞬和らいだその声も、次の言葉を発する頃には真面目なトーンに戻っていた。
73:
菫「ですがお嬢様……浮かれるのもよろしいですが、今日は多くの資産家の方々もお見えになられます、その点、くれぐれもお忘れなきようお願い致します」
紬「はーい、分かってるわ」
 どこか寂しげな返事をする紬に対し、菫は運転を止める事もせず、頭の中に詰め込んだ数百に及ぶ来賓のリストを読み上げていく。
菫「本日ご出席される来賓には、ドイツ外交官のダミアン氏にイギリスの不動産王アーサー氏……ロシア政財界のトップ、アレクサンドル氏もいらっしゃいます」
菫「……それと、中国財団の王氏は先日ご子息がご誕生なされたので、ご祝言をお忘れなくお願いします」
紬「ええ、分かったわ」
菫「いずれも琴吹グループとは古い付き合いであり、仕事の上でもビジネスパートナーとして重要な方々ですから……申し訳ありませんが、今回は仕事の一環として参加しているという事も覚えておいて下さい」
紬「ええ……仕方ないけど……一応理解はしてるつもりよ。ありがとうね、菫ちゃん」
 社交界の集まり、そこには当然多くの資産家が来賓として招待される。
 今や紬の存在は社交界や政財界でも注目されており、そこには当然、紬に一目会おうとする者や、今後の事を踏まえ、琴吹家との友好関係を築こうとする者もいる。
 紬としても、旧友との一時を過ごそうという場で仕事や家の事を考えるのは不本意ではあった。が、それが琴吹家の家紋を背負って立つ、『琴吹紬』の立場なのだという事を理解していた。
紬「分かってはいるけど、あーあ、なんかやる気出ないなぁ」
 紬がむくれる仕草をする、その評定にやれやれと観念し、菫はそっと一言、紬に囁いた。
菫「……私も頑張るから、少しだけ頑張ろう……ね? お姉ちゃん」
紬「……うんっ」
 静かな車内に紬の笑顔が戻り、車は進む。
 そして数分後、菫の運転する黒塗りの高級車は、弦巻家の屋敷へと到着していた――。
74:
―――
――

【弦巻家 庭園】
紬「んんん……やっと着いたわねー」
 軽く背伸びをし、紬は周囲を見る。
 屋敷の外には既に多くの高級車と共に本日の来賓として招待された資産家の姿も見え、その姿の一つ一つが場の華やかさを一層引き立てていた。
菫「もう既に多くの方が見えられてますね」
紬「ええ、では、早行きましょうか」
 菫を従え、会場となる屋敷のホールへと向かう途中の事だった。
男性「Oh, Tsumugi!」
紬「……? あれは……」
 突然、タキシード姿の白人男性が紬に英語で声をかけてきた。
 彼が以前、父の付き添いでアメリカに行った際に知り合った男性だという事を思い出し、紬は頭の中を仕事モードに切り替え、応対する。
75:
男性「I am glad to see you after a long time, how is your father doing?」
(久しぶりに会えて嬉しいよ、お父上はお元気ですか?)
 本場さながらの流暢な英語だが、決して何を言っているのかが分からない紬ではない。
 後ろに控えている菫が通訳に入ろうと男性の前に割って出たが、紬はそれを制止し、英語で返す。
紬「I am happy to see you after a long time, my father is fine」
(久しぶりにお会いできて嬉しいです、父は元気ですよ)
男性「Please tell me that it was good and please come to our company again in the future」
(それは良かった、ぜひまた今後、我が社に来てくださいとお伝え下さい)
紬「Yes, let me know, so let's see you again......」
(はい、お伝えしておきますわ、それではまた……)
男性「Yes see you again」
(ええ、またお会いしましょう)
 紬に軽く一礼し、男性は庭園の端、多くの資産家の集まりの中へと入っていく。
 男性の姿を見送り、紬は軽くため息をついていた。
紬「びっくりした……彼も招待されていたのね」
菫「そのようですね……先程はすみません、出過ぎた真似をしようとしてしまって」
紬「ううん、通訳を通すよりも、直接お話したほうが向こうも嬉しいと思ったからね」
菫「お嬢様……」
菫(こういうのは私に任せてくれればいいのに……)
 紬のこうした人と向き合う姿勢が、昔から公私両面に置いて良い関係を築いているのだろうと菫は思う。
 ただ、菫の中に紬への唯一の不満があるとするなれば、お嬢様のサポートにと必死で覚えた外国語を話す機会が、当の紬の前では、ほとんど発揮されない事ぐらいだった。
76:
女性「Hallo Tsumugi」
 弦巻家の使用人と挨拶を交わしながら屋敷へと向かうその途中、二度紬に話しかける声が聞こえてくる。
 今度はやや年配と見られる女性が、ドイツ語で話をかけていた。
 先程同様に思考を仕事に切り替え、紬はドイツ語で言葉を交わす。
紬「Na ja Es ist lange her, ich freue mich, Sie kennenzulernen!」
(まあ! お久しぶりです、お会いできて嬉しいです!)
女性「Gutes Deutsch wie immer, ich bin beeindruckt」
(相変わらず上手なドイツ語ね、感心しちゃうわぁ)
紬「Danke fur das Kompliment」
(お褒めいただき光栄です)
女性「ch lass ihn warten, lass uns wieder Tee trinken, also auf Wiedersehen」
(彼を待たせてるの、またお茶でもしましょう、それじゃあね)
紬「Wir sehen uns wieder」
(またお会いしましょう)
 そう言い、手を振る女性に向け、紬もまた同じように手を振り、女性を見送る。
 それから屋敷へ向かう道中、様々な国の様々な資産家が紬の元に集い、挨拶を続けていた。
 それらに対し、紬はフランス語、中国語、ロシア語と、その人の国籍に合わせた言葉で挨拶を交わし、笑顔で言葉を交わす。
 ……それから、庭園を抜けて屋敷に辿り着くまでに、既に30分余りの時間が経過していた。
 ようやく屋敷に辿り着き、紬はぼやく。
紬「まさか、お友達のお屋敷に着くまでの間に5ヶ国語も話す事になるとはね……」
菫「お嬢様……」
紬(はぁ……早くこころちゃんに会いたいわ……)
 恐らく、今日は一日中こんな感じになるのだろうかと……考えれば考えるほど、気が重くなる。
 ……でも、こころに会う事ができれば、きっとこの憂鬱とした気持ちも晴れるだろう……と。そう信じ、広い屋敷を歩き続ける……。
 紬と菫の2人は、ただひたすらに本日の主催の姿を探し求めていた。
77:
―――
――

【弦巻家 パーティー会場】
 所変わってパーティー会場の別フロア。
 そこには、本日の主催である弦巻こころの友人……『ハロー、ハッピーワールド!』のメンバーが集っていた。
美咲「せっかくのテスト休みだから家でのんびりしてたのに……こころってば急にみんなを呼び出して……どうしたんだろ」
花音「おうちの前に大きな車が止まってて……私、びっくりしちゃったよ」
美咲「ウチもです、黒服さんに言われるがままに大きな高級車に乗り込んでたのを母に見られた時、『あんた、一体何やったの?』って心配されましたよ……まぁその誤解は黒服の人達が解いてくれたみたいでしたけど」
花音「大変……だったね、それにしても……ふえぇ……ここにいる人達みんな、すっごいお金持ちみたいだね……」
美咲「ええ、いかにもお金持ちのやるパーティーって感じですね……ほんと、つくづくこころって凄いんだなって思います」
 自分達の周囲にいる来賓を見ながら、美咲と花音は口を揃える。
 それは一般庶民である美咲や花音から見ても分かるほど、周りにいる来賓の一人ひとりが自分達とは違い、華やかな人生を歩んできているのだと言うことが伝わっていた。
78:
薫「ああ……なんて美しい……これが、本場のパーティー……フフフ、今宵の私のダンスのお相手は、どこにいるんだろうね……」
はぐみ「みーくんみーくん! あっちに大きなケーキがあったよ! あとで食べに行こっ!」
美咲「この2人は相変わらずだし……」
花音「うふふっ、薫さんも、今日は大人っぽくてかっこいいね……」
美咲「まぁ、薫さんの場合、普段からあんな感じですからね……様になってると言うか、舞台慣れしてると言うか……」
花音「うんうん、美咲ちゃんのそのドレスだって、すごく綺麗で似合ってるよ?」
美咲「ありがとうございます、花音さんのそのワンピースも、よく似合ってて、可愛らしいと思いますよ」
薫「ふふふ、はぐみ……かわいいドレスだね、汚さないように気をつけるんだよ」
はぐみ「うん! 薫くんのお洋服も、すごくかっこいいと思うよ!」
 黒服に言われるがままに屋敷に来た美咲達は、黒服の用意したパーティー衣装に着替えていた。
 皆が皆、普段はまず目にかかれないようなパーティー衣装を着こなし、年相応の女の子らしい反応をしている。
 そして、会場の様子が更なる賑わいを見せてきた時だった……。
美咲「しかし、こころってば、一体どこにいるんだろ……」
声「あっ! みんな、来てくれたのね♪」
 美咲達の耳に飛び込む、一際明るい声。
 振り向くとそこには、美咲達と同様に優雅なドレスを身に纏った、弦巻こころの姿があった。
79:
こころ「ようこそ! 今日はホームパーティーを開いたのよ、みんな楽しんでってちょうだい♪」
はぐみ「こころん、今日ははぐみ達を呼んでくれてありがとうね!」
薫「ふふふっ、こころの素敵な招待に感謝するよ、ありがとう……こころ」
花音「ありがとうこころちゃん、こころちゃんも今日は一段とキレイだねっ」
美咲「それでこころ、一体今日はどうしたってのさ?」
こころ「今日は、ハロー、ハッピーワールド!の事を、私のお友達に紹介しようと思ったのよ♪」
花音「……お友達?」
美咲「まさか、それだけのためにこんな大きなパーティーを開いたっていうの……?」
こころ「そうよ、みんながハロハピの事を知ってくれたら、世界はもっと笑顔になると思うの♪ どう、ステキでしょ?」
美咲「……………ははは、もう、なんでもいいや」
 こころのこういう突拍子もない所についていちいち突っ込むのも今更かと、乾いた笑顔でこころの発言を受け入れる美咲だった。
 ――それから、4人も次第にパーティー会場の高貴な雰囲気にも慣れていった時のこと。
80:
はぐみ「うんうん、このお肉、すっごくおいしいっ!」
薫「ほら、はぐみ、口元にソースが付いてるよ」
はぐみ「本当だぁ、薫くん、ありがとっ」
美咲「しかし、本当にすごいなぁ……有名政治家に資産家……どこも有名人だらけですね」
花音「ねえ、美咲ちゃん、あそこ見て……」
美咲「あれって……えええ?? う、嘘でしょ?」
花音「あの2人、私、朝のテレビで見たよ……確か、すっごく仲の悪い事で有名な政治家だよね?」
 美咲と花音が目を向けた先、そこには、連日のようにテレビを賑わせている有名な2人の政治家がいた。
 一人は恰幅の良い初老の白人男性と、もう一人は威圧感のある軍服を身に纏ったアジア系の男性で、互いに啀み合うような表情で双方を睨んでいる。
 その後ろに佇む部下と思われる男達も例外ではなく、2人の政治家の間には、見えない火花が散っているように感じられていた。
こころ「私、ちょっと2人とお話してくるわっ♪」
美咲「ちょっ……話してくるって……こころ、待ちなって!……ああもう、こころってば……」
 超大物政治家2人を相手に怖気づく様子もなく、こころは2人の元へ向かっていく。その度胸……というよりも空気の読まなさ加減に、美咲の口からは呆れ声が出る。
 そして何より、ここで下手に2人を刺激すれば、両国の関係が崩れてしまうのではないかと美咲が危惧した矢先の事だった。
 2人の元にこころが駆け寄り、何やら話をしているのが伺える。
美咲「ちょっとこころ、あのバカ何やってんの……?」
花音「なんだか、2人の間に入ってお話してるしてるみたいだけど……」
美咲「ここからじゃ、何を言ってるのか聞こえないですね……」
81:
こころ「????? ???! ??♪」
白人男性「…………」
軍服男性「…………」
こころ「???! ???♪ ????☆」
白人男性「…………」
軍服男性「…………」
 2人の間にこころは立ち、笑顔で話を続けている。
 次第に強張っていた顔の2人は、その表情を緩め、互いが互いの顔を優しく見つめていた。
 そして……。
白人男性「I was bad...... Would you like to get along well now?」
(私が悪かった……これからも仲良くしてはくれないだろうか?)
軍服男性「I was bad, let's go together and build a good country!」
(私こそ悪かった、共に2人で、良い国を築いて行こう!!)
 2人の政治家は言葉を交わし、握手をする……かと思いきや、次に2人は、涙を流しながら熱く肩を抱き合っていた。
美咲「嘘でしょ……あの2人、泣きながら抱き合ってるよ!」
花音「ふえぇぇ……こ、こころちゃん、何を言ったんだろう」
こころ「ドナルドとジョン、ケンカでもしてたのかしら? 会った時からずっと笑顔じゃなかったのよ」
こころ「だから、私が2人を仲直りさせてあげたの♪ これでみんな笑顔になれたわよっ♪」
美咲「こころ、あんたって本当に……」
 こころの行動は国際問題どころか、一触即発状態にあった国を和平へと導くことになった。
 これをきっかけに後日、犬猿状態にあった両国間に友好条約が締結される事になるのだが、それはまた別の話である――。
82:
―――
――

こころ「うふふっ♪ みんな笑顔で楽しそうね、私も嬉しいわっ」
こころ「……あっ!」
美咲「ん……?」
 ふと、こころが一組の来賓を見かける。
 こころのいる所から数メートル先、そこには赤いドレスを身に纏った金髪の女性と、その横には、スーツ服姿の金髪女性の姿が映って見える。
 2人の女性に向け、こころは駆け出し……後ろから抱き着いていた。
こころ「つむぎーーー♪ 会いたかったわ、つむぎーーっっ♪」
紬「きゃっ……こ、こころちゃん??」
 突然背後から抱きつかれ、思わずよろける紬だったが、抱きついてきた主が自分の探し求めていた人物だと知ると、その驚きは安堵に変わっていた。
紬「こころちゃん! 会いたかったわぁ……」
菫「こころお嬢様……どうも、ご無沙汰しております」
こころ「紬、菫♪ 久しぶりね、来てくれてありがとう♪ 2人とも元気だったかしら♪」
紬「ええ……うふふっ、こころちゃんもお元気そうね……」
 こころと紬、菫の3名が久々の再会を喜び合っていたその時、こころの後方より、美咲達が追いついてきた。
83:
美咲「ちょっとこころ……急に走り出さないでよー」
花音「はぁ、はぁ……きゅ、急に走り出すからびっくりしちゃった」
薫「ふふっ、こころ、急に走り出したりして、一体どうしたんだい?」
はぐみ「わぁぁ、綺麗なお姉さん達だねー、こころんのお友達?」
こころ「そうよ♪ この二人は私のお友達の、紬と菫よ♪」
こころ「紬、菫、こちらは私のお友達なの♪ みんな、ステキな人達なのよ♪」
紬「まぁ……そうなのね」
 こころの目線の先にいる4名の少女達に向け、紬と菫は自己紹介をする。
紬「はじめまして、琴吹紬です、こころちゃんとは昔からお付合いをさせていただいてるの、どうぞよろしくね」
菫「斉藤菫と申します、皆様、どうぞ宜しくお願い致します」
花音「ま、松原花音です、よろしくお願いします」
薫「薫……瀬田薫と申します……ああ、なんて美しい女性達なんだろう……」
はぐみ「北沢はぐみですっ! つむぎさん、すみれさん、よろしくねっ」
美咲「どうも、奥沢美咲です……ん、『琴吹』って……もしかして、あの琴吹??」
 紬の名前を聞いた美咲の表情に、僅かな緊張が走る。
84:
はぐみ「みーくん、知ってるの?」
美咲「知ってるも何も、超大手のグループ会社じゃん……はぐみだってテレビのCMぐらいは見たことあるでしょ?」
美咲「しかも、名前が紬って……もしかして、あの琴吹家の紬お嬢様……?」
花音「こころちゃん……すごい人とお友達だったんだね……」
美咲「ええ、とても凄い人だって聞いてます、……ああ、私、なんだか緊張してきた……」
 眼の前の女性が、過去に何度かテレビや新聞でも見たこともある女性だという事を思い出し、思わず息を呑む2人だった。
 そんな緊張気味な2人に向け、こころが話しかける。
こころ「2人とも何を固くなってるの? 紬は紬よ、私の大事なお友達よ? つまり、みんなのお友達よっ♪」
こころ「さあ、怖い顔してないで、美咲も花音も紬と握手しましょっ♪ これで2人も、紬のお友達よっ」
美咲「こころ……」
花音「こころちゃん……」
 こころに促されるまま、美咲と花音は紬と手を交わす。
 紬の手に2人の手が重ねられ、優しく握られた。
85:
美咲「紬……さん、さっきは失礼しました。改めて、よろしくお願いします」
花音「わ、私も……よろしくお願いしますっ」
紬「ええ……ありがとう、美咲ちゃん、花音ちゃん……これからもよろしくね」
はぐみ「あー、みーくんもかのちゃん先輩もずるーい! 今度ははぐみと薫くんとも握手しよっ!」
薫「ふふっ……紬さん、どうぞ宜しく……」
紬「ええ、私からもよろしくね」
 次いで差し出されたはぐみと薫の手を優しく握り、紬は微笑む。
 その光景を満足そうにこころは眺め、笑顔を絶やさず続けた。
こころ「ふふふっ、みんなが紬と仲良くなれて、私も嬉しいわっ♪」
紬「うふふふっ……こころちゃん、ありがとうね」
こころ「……? 変な紬、私は何もしてないわよ?」
 眩しい程に輝くこころの笑顔を見て、紬はふと思う。
 こころは決して立場や状況を弁えず、空気を読まない。どこにいようが、常に等身大のこころでいる。
 そして、こころが持つ笑顔の輝きの前では、誰もが立場や権威を捨て、ありのままの自分に戻れる。
 それは、周囲の評価や立場に縛られた大人になってしまった紬には決して出来ない事で……それを容易くやってのけてしまうのが、弦巻こころの魅力であり、皆がこころを慕う理由でもあった。
 紬自身も、先程までの資産家らを相手にした立ち回りとは違う、等身大の自分でいられる事に喜びを抑えきれずにいた。
 そこにはもう、琴吹家令嬢としての『琴吹紬』はなく、ただ一人の女性としての『琴吹紬』がいるのみだった――。
86:
こころ「うふふふっ、なんだか楽しくなってきたわね、そうだ♪ せっかくだし、みんなで今から踊りましょうっ♪」
美咲「えええ、いきなり? しかもここで?」
花音「ふえぇぇ、わ、私……こういう所で踊るダンスなんて知らないよぉー」
薫「大丈夫だよ、花音、さあ、私の手を取ってごらん……」
はぐみ「みーくんみーくん! みーくんも踊ろっ!」
美咲「あーもう……みんな、少しは落ち着きなってばー」
 それから程なく、こころの思い付きで、舞踏会が開かれる。
 自由に踊るこころ達の姿を見て、周囲では互いに手を取り、社交ダンスを行う者が相次ぐ。
 気付けばフロアの一角は優雅なダンス会場となり、互いが互いの手を取り合う場へと成り代わっていた。
紬「素敵なお友達ができたのね……こころちゃん」
菫「はい、あんなにも笑っていられるこころ様のお姿……私も久しぶりに見た気がします」
こころ「二人とも、何をしてるの? みんなで踊りましょっ♪」
紬「うん、行こう、菫ちゃん!」
菫「はい、お嬢様……」
紬「ううん、違うわ、今の私は……」
 『お嬢様』という堅苦しい呼び名ではない、今の私は、あなたと長い時を過ごした、たった一人のお姉ちゃんよ。
 言外でそう紬は言っている……言葉にしなくとも、菫にはそれが十分伝わっていた。
菫「そう……だね……うん、お姉ちゃんっ!」
 菫は叫ぶ。紬の妹として、親しみと敬愛を込め、紬の家族としての呼び名で叫ぶ。
 そこにいるのは既に紬の秘書でも使用人でもない。
 血の繋がりこそ無いが、それでも紬のことを長く『お姉ちゃん』と呼び親しんで来た、琴吹紬の唯一の妹としての、『斉藤菫』だった。
87:
―――
――

 そして、こころの思い付きで開かれたダンス大会もほどなく終わりの気配が近付いた頃。
はぐみ「あーっ、楽しかったね?」
薫「ああ、とても儚い一時だったね……心が洗われるような時間だったよ」
美咲「あははは、慣れないことやったから脚がガクガクだよ……」
花音「私も……でも、楽しかったよね」
美咲「まぁ……悪くはなかったですよね」
はぐみ「ねえねえこころんー、そういえば、ミッシェルはどうしたの?」
薫「そういえば、今日はまだミッシェルを見ていなかったね……かくれんぼでもしてるのかな?」
こころ「それが、ミッシェルってば、今日はどうしても外せない用事があるっていうのよ」
紬「……ミッシェル?」
はぐみ「うん、ミッシェルっていうのはねー」
美咲「あー、まぁ、その話は今はいいでしょ? 今日は来れないって言ってたんだしさ」
 はぐみの言葉に美咲が被せる、ここで下手にミッシェルの話を膨らませて、どうしてもこころがミッシェルに会いたいと言い出しでもしたら、きっと黒服が動いて自分がミッシェルにならざるを得なくなるだろう。
 それはあまりにも面倒なので、こころとはぐみの気をどうにか紛らわせる事にする。
88:
こころ「今度、紬にもミッシェルを紹介するわね♪」
紬「ええ、楽しみにしてるわっ」
美咲「……それにしても紬さん、本当にこころと仲良しですよね」
花音「うん、そうだね?」
美咲「あの、紬さんとこころは、どれくらい前からの知り合いなんですか?」
紬「私が高校生ぐらいの頃からだから……もう10年ぐらいになるのかしら」
こころ「紬のお家で、紬のお誕生日の日に私達はお友達になったのよ、懐かしいわねっ♪」
紬「あの頃はまだ背も小さかったのに……今じゃこんなに立派になって……うふふっ、こころちゃんも大きくなったのね……」
 こころの頭を紬が優しく撫でる。
 既にこころの気は、ミッシェルから紬へと移っていたようだった。
 ……その時。
はぐみ「つむぎさん……」
美咲「ん、はぐみ、どうかした?」
はぐみ「つむぎ……つむぎ………う?ん……」
 はぐみが一人、ぶつくさと独り言を繰り返していた。
はぐみ「つむぎ……つむぎ……むぎ…………ムギちゃん先輩!」
紬「えっ……?」
 はぐみの言葉を聞いた紬の眼が一瞬、大きく開かれる。
89:
美咲「ちょっとはぐみっ、年上の人に失礼でしょ」
はぐみ「ごめーん、う?ん……でもなんか、そう呼んだらすごくしっくり来たんだ」
紬「ううん、い、いいの! はぐみちゃん、もう一度呼んでくれる?」
はぐみ「……? うん! ムギちゃん先輩っ!」
紬「……っ」
 『ムギちゃん先輩』と、はぐみが紬を呼ぶその声に、懐かしい日々が紬の脳裏に蘇る。
 かつて、制服を着て高校に通っていた頃。その高校で、素敵な仲間に出会えたこと。その仲間とともに、軽音部で青春を謳歌したこと。
 様々な思い出が紬の中を駆け巡り、懐かしい声が紬の記憶の中でこだまする。
 『――ムギちゃーんっ! 一緒に部活行こっ』
 『――おーいムギー! 今日のお茶も、楽しみにしてるからなー』
 『――二人とも、ムギに甘えすぎだぞー! ……ムギ、いつもありがとうな』
 『――ムギ先輩! 次のライブ、楽しみですね!』
紬(…………)
紬「……っ……っ」
 皆に気付かれぬよう、紬はそっと目元を拭う。
90:
菫「お嬢……お姉ちゃん……大丈夫??」
紬「うん……ごめんなさい、ちょっと昔を思い出しちゃって……」
紬(懐かしいな……)
 紬の事をそのあだ名を呼ぶ人は、もう紬の周りには一人としていなかった。
 それが、ここで再びそのあだ名で呼ばれることになろうとは。
 突如訪れた不思議な偶然に、紬の口から感謝の言葉が囁かれる。
紬「……ありがとう、はぐみちゃん」
はぐみ「……? ムギちゃん先輩、どうしたのかな?」
―――
――

 それから、7人の話題は、こころ達の今の話に移っていった。
はぐみ「そうだ、ねえこころん、ムギちゃん先輩達にもハロハピの事、教えてあげようよっ」
紬「ハロハピ?」
こころ「そういえば紬はまだ知らなかったわね、私達は、『ハロー、ハッピーワールド!』っていうバンドを組んでるのよっ♪」
はぐみ「うん! みんなすごいんだよ!」
薫「ふふふ、音楽を通して世界中を笑顔に……なんて素晴らしく、儚い目標なんだろうね」
花音「私達、こころちゃんに誘われて、バンドをやってるんです」
美咲「まぁ誘われたというか……巻き込まれたって言っても良いですけどね」
 そして紬達はこの時初めて知った。
 こころ達が今、『ハロー、ハッピーワールド!』というバンドを結成し、音楽を通して世界を笑顔にするための活動を行っていることを。
91:
こころ「みんな行くわよ♪ ハッピー! ラッキー! スマイル!」
はぐみ・薫・こころ「イェーイっ!」
花音・美咲「い、イェーイ」
 こころ達が声を合わせ、お決まりのフレーズを口にする。
 紬と菫も、その様子を見て優しく微笑んでいた。
紬「うふふっ、こころちゃんの作ったバンドかぁ……なんだか楽しそうね……」
菫「バンド……懐かしいですね、私も昔を思い出します」
こころ「そういえば、紬たちも昔、バンドを組んでたのよね?」
紬「ええ、そうよ、うふふっ、懐かしいわね……」
薫「それはそれは……不思議な縁だね、お二方とも、バンドをやってただなんて」
こころ「私、小さい頃に紬と菫の演奏を見たことがあるのよ! あの時の2人、すっごくかっこよかったわ! バンド名は……なんだったかしら?」
紬「放課後ティータイムと……」
菫「わかばガールズ……ですね、本当に懐かしいです」
美咲(ん……放課後ティータイム……? どこかで聞いたことあるような……)
花音「あ、あの! お二人のパートは何だったんですか?」
紬「私はキーボードで、菫ちゃんはドラムだったわよね?」
菫「はい」
はぐみ「じゃあ、かのちゃん先輩と、ミッシェルと同じだね!」
美咲「まぁ、厳密に言えばミッシェルはキーボードじゃなく、DJだけどね」
こころ「……そうだわ♪」
 突如、こころがパチンと手を叩き、弾けたように何かを思いつく。
92:
美咲(うわぁ、すごく嫌な予感……)
美咲「い、一応聞くけど……こころ、一体何を思いついたの?」
こころ「ライブよ! 今からライブをやりましょう♪」
花音「え……ふえええええ!?」
美咲(やっぱり……)
薫「ふふふっ……ああ、私も今、こころと同じことを思っていた所だよ」
はぐみ「うんうん! どうせなら、ムギちゃん先輩とスミーレ先輩にも、はぐみたちの演奏を見てもらおうよ!」
菫「す、スミーレって……また懐かしいあだ名を……」
紬「こころちゃん達のライブかぁ……楽しそうね♪」
美咲「で、でもほら、ミッシェルはどーするの? 今いないんだよ?」
 言いながら美咲が目線をホールの端に寄せてみる……すると。
黒服(美咲様、ミッシェルの準備、いつでもOKです!)
 と、美咲に向け、親指を立てる黒服達の姿が見えた。
美咲「はぁ……やっぱ、やんなきゃダメか」
 観念した美咲が目線で黒服に了承し、その了解を受け取った黒服はこころに耳打ちをする。
93:
黒服「こころ様、ミッシェル様ですが、たった今こちらに向かってるとの事です」
こころ「そう! ならよかったわ! 黒服さん、ありがとう♪」
こころ「みんなー! ミッシェルも今ここに向かってるわ! これからライブをやるわよー♪」
 こころは会場中に聞こえる声量で声を上げる。
 その声を聞き、会場中の来賓の間で、こころの催事への期待を寄せる声が聞こえてくる。
男性「おお、どうやら、これからこころお嬢様がご学友の方々と演奏会をするようですね……」
女性「まぁ……楽しみですわ、きっと、優雅な演奏会になるのでしょうね……」
美咲「演奏会って……みんな何か勘違いしてない……?」
花音「あははは……いいんじゃないかな……ガールズバンドパーティーも近いし、リハーサルも兼ねてってことでさ」
薫「こんな大勢の前でライブだなんて……胸が踊りだすよ、みんなが私の演奏の虜に……ああ、なんて儚いんだ……!」
はぐみ「えへへへ、はぐみも頑張るよ!」
美咲「まぁ、このメンツで集まってライブをやらないことの方が珍しいか……わかった、分かりましたよ」
紬「菫ちゃん、最前列で見ましょう! 私もこころちゃん達のライブ、見てみたいわ!」
菫「あの、お嬢様、言い難いのですがその……そろそろお時間が……」
紬「えっ? 嘘、もうそんな時間なの?」
 菫に言われ、紬が時計を見る。すると次の約束……紬と菫の高校の同窓会まで、既に1時間を切っていた。
94:
紬「もっと早く、こころちゃん達に会えていれば良かったのに……残念だわ」
菫「私もです、楽しい時間が経つのはあっという間なんですよね……」
こころ「紬ー、紬達も見てってくれるわよね! 私達のライブ!」
紬「ごめんなさいこころちゃん……せっかくなんだけど、もう次の約束の時間が来ちゃったのよ……」
 時間が迫っていることを説明し、落胆した様子で紬はこころに打ち明ける。
こころ「あら、そうなの……? それは残念だわ」
紬「また誘ってくれる? 次は時間を作って、必ず行くから……」
花音「そっかぁ……残念ですけど次の予定があるなら、仕方ないね……」
美咲「ええ、紬さんもお忙しいようですし……次の機会に……ですね」
はぐみ「ムギちゃん先輩っ! だったら、今度はぐみ達がやるライブに来て欲しいなっ」
薫「そうだね……今日のライブは一旦お預けになってしまうけど……でも、次のライブは、今日以上に儚いライブになると、お約束しますよ」
こころ「そうね、紬、菫。来週やるガールズバンドパーティーには是非いらしてちょうだい! みんなで待ってるわね♪」
黒服「紬様、菫様、詳細につきましてはこちらを御覧ください」
 こころの声に合わせ、黒服より、ガールズバンドパーティーの告知フライヤーが紬に手渡される。
 数多の出演バンドの名前が連ねられたそのフライヤーには、ハロハピの名前も確かに書き留められていた。
95:
紬「ええ、必ず行けるようにするわ、もちろん、菫ちゃんも一緒に……ね」
菫「はい、私も、皆様のご活躍を楽しみにしております」
紬「それと……美咲ちゃんっ!」
 そして会場を後にする間際、紬は美咲を呼び止める。
美咲「……はい? なんでしょう?」
紬「こころちゃんと、これからも仲良くしてあげて……ね」
美咲「……ええ、もちろんです」
美咲「今日は会えて良かったです……また、お二人にお会いできる日を楽しみにしてます」
 紬の眼差しに、美咲は笑顔で応え……改めて、固い握手を交わすのであった。
96:
―――
――

 それから程なく、移動の準備を終えた二人は弦巻家の屋敷を後にする。
 しばらくしてから微かに聞こえてくるライブの賑わいに、僅かにうしろ髪が引かれる気持ちの二人だったが、迷いを振り切り、車は走り出す。
【琴吹家専用車内】
紬「こころちゃん達、本当に楽しそうだったわね……」
菫「ええ、私も、昔を思い出しました……」
紬「うん、早くみんなに会いたくなったわ、まだ着かないのかしら?」
菫「お嬢様、もう少々お待ちください……会場まで、後少しですよ」
紬「も?、違うでしょ、菫ちゃん……」
 むくれた子供のような顔で紬は言う。
 その言葉の意図を理解し、菫は僅かに溜息を漏らし、言い直す。
菫「……うん、もうじき着くから、少しだけ待ってて……お姉ちゃん」
紬「うんっ!」
 夕日に照らされる道路を、黒塗りの車はひた走る。
 二人の目的地は、すぐそこまで迫っていた――。
97:
#2-4.放課後の邂逅?中野梓?
 ――いつからだろう、自分の音楽が分からなくなってしまったのは。
 ――いつからだろう、私の音に、迷いが籠もるようになってしまったのは。
 ――いつからだろう、自分の音が、かつての熱を失ってしまったと感じたのは。
 そんな風に停滞を感じていた時だった、父と母が、私に一つの話を持ちかけて来たのは。
 「――ある人を近々ゲストに招きたい。彼と会い、話を通しておいてくれないか」
 父と母はそう言い、私に彼を紹介してくれた。
 それが、私と“彼女達”を繋ぐ、一つの……大きなきっかけだった――。
98:
―――
――

 その日、Roseliaの5人は、ライブ前の練習の為、とあるスタジオにて音合わせを行っていた。
 普段は馴染みのあるCiRCLEを使っているRoseliaだが、生憎とその日は既に予約で埋まっており、また近隣のスタジオも同様に埋まっていた為、5人は朝から花咲川から離れた場所……桜が丘にあるスタジオで練習に勤しんでいた。
 その日の練習は順調に進み、充実した時間は瞬く間に経過していく。
 昼を過ぎ、5人がスタジオを出てからの事……。
【桜が丘市内】
友希那「さっきのスタジオ……なかなか良かったわね」
紗夜「そうですね、設備も整っていましたし、料金も手頃だったので、次も利用したいと思います」
あこ「まさに、隠れた名店って感じでしたよねっ」
リサ「花咲川からはちょっと遠かったけど、また来たいよね」
燐子「はい……そう……ですね」
 などと言った会話をしながら道を歩く5人。
 それぞれが今日の練習の出来具合に満足だったのか、その表情は明るく見えていた。
99:
あこ「う??ん……たくさん練習したから、あこお腹へっちゃったぁ?」
紗夜「そうですね……湊さん、どうでしょうか? まだ時間もありますし、ミーティングも兼ねてこの辺りで食事にしませんか?」
友希那「そうね……じゃあ、お店を探しましょうか」
リサ「賛成ー♪ じゃあさ、せっかくだしここ行ってみない?」
 リサが器用にスマートフォンを操作する。……しばらくして表示された画面には、とある喫茶店の名前が表示されていた。
友希那「リサ……ここは?」
リサ「うん、前にモカがね、桜が丘のスタジオの近くに、おいしいパンを焼いてくれる喫茶店があるって言ってたのを思い出したんだ」
紗夜「そういえば……前に日菜も似たような事を言ってましたね、最近できたマネージャーさんの紹介で、桜が丘の喫茶店に行ったことがあって、そこのパンが凄く美味しかったと……それ、このお店のことだったんですね」
あこ「へぇ?、あの友希那さんっ。せっかくだしそのお店、今から行きませんか?」
友希那「そうね……この街のことはよく知らないのだし、宛があるのなら行ってみましょうか」
燐子「はい……楽しみ……ですねっ」
 そして、5人は目当ての店に向け、歩き出す。
 その日、その店で一つの出逢いが待っている事を知らず、友希那達の足は進んでいた――。
100:
【桜が丘 喫茶店前】
紗夜「あのお店じゃないですか?」
リサ「うん、そうだね」
 歩くこと数分、紗夜の指差す先に、目当ての店と思われる喫茶店はあった。
 どことなく高級感のある店構えで、遠目に見ても店内の賑わいが見て取れる。
 通りに面したテラス席にもまた多くの客の姿があり、なかなか繁盛している様子が伺えていた。
燐子「綺麗なお店……ですね」
あこ「うんっ! 早く行きましょうっ」
リサ「ん……あれは?」
 何かに気付いたのか、唐突にリサが歩みを止める。
友希那「リサ、どうかしたの?」
リサ「ねえ、あの男の人……もしかして、友希那のお父さんじゃない?」
友希那「えっ……?」
 リサが指差す先、そこには、テラス席に座る友希那の父親の姿があった。
 その対面には……友希那達の方向からでは顔は見えないが、恐らくは自分達よりも年上なのだろう、髪を腰まで降ろした、長髪にスーツ姿の女性らしき人の姿も見える。
 友希那の父が時折、笑顔を見せて話をしている様子が伺えた事もあり、その女性と友希那の父が、親しい間柄であろうことが傍からも見て取れた。
101:
友希那「お父……さん? どうしてここに……?」
紗夜「お知り合い……でしょうか、随分と楽しそうにお話をしてるように見えますが」
あこ「ん??……なんか……怪しい感じがしますねぇ」
リサ「ちょっと、あこ! あんた何言ってんの!」
あこ「わっ……ち、違うんです友希那さん! あのその、決して変な意味じゃなくて……っ!」
友希那「…………っ」
リサ「あっ! ちょっと友希那! 待ちなよ!」
 あこの不用意な失言を叱責するリサだったが、そんなリサには目もくれず、友希那はテラスにいる父の元へと歩み寄る。
 そんな友希那の後を追うようにして、4人も歩くスピードをめていった――。
102:
【喫茶店 テラス席】
友希那父「そうですか……あのお二人が……」
女性「ええ……父も母も、湊さんの事をよく話してくれまして……」
友希那「あの……少しよろしいですか?」
女性「えっ……は、はい?」
 和やかに談笑する二人の間に突如として割って入る声。
 女性が顔を見上げると、そこには怒気を孕んだ表情で女性を見下ろす友希那の姿があった。
 そんな友希那の姿に友希那の父も驚きを隠さず、言葉を詰まらせる。
 無論、急に知らない人から怒りの形相を向けられた女性もまた、思考が一瞬止まっていた。
友希那父「……友希那? どうしてここに?」
友希那「あの、父に何かご用ですか?」
女性「えっ……? あ、その……」
友希那父「ゆ、友希那……ちょっと落ち着きなさい」
友希那「お父さんは黙ってて……あなたは一体……父とはどういったご関係なんですか?」
友希那父「おい……友希那……」
女性「父って…………ああ……そういう事……」
 友希那の言葉に、女性が何かを納得する。
 その直後、友希那に遅れてリサ達もテラス席に集まってくる。
103:
リサ「もーー、ちょっと友希那ってば、いって!」
紗夜「湊さん、周りに人もいる事ですし、少し落ち着きましょう」
あこ「そ、そうですよ友希那さんっ! と、とりあえず座りましょっ! ねっ!」
燐子「ここで騒いでると……その……店員さんも……来てしまうんじゃ……」
 紗夜達の言う通り、急にテラスに集まった人影に、周囲からは何事かと注目が向けられる。
 だが、そんな様子も意に介さず、尚も友希那は女性に詰め寄っていた。
友希那父「今井さん……これは一体……?」
リサ「あぁどうも、おじ様こんにちは……あ??……まぁ、詳しいことは後でお話します」
友希那「答えて、あなたは一体……」
女性「……わ、分かりました、分かりましたから、落ち着いて下さいっ」
 下手なことを言うよりも、自分の身分を明かしたほうが手っ取り早いと思い、女性は懐から名刺を取り出し、友希那に差し出した。
女性「はじめまして、中野梓といいます……湊さんとは、父と母の紹介で、仕事の話のためにお時間を頂いてたんです」
友希那「……? どういう……事?」
 女性の告白に友希那は目を丸くする。そして、梓と名乗った女性に補足するように、父の言葉が被せられる。
104:
友希那父「彼女の両親は、私が音楽をやってた頃の恩人なんだよ……まったく、一体何を勘違いしているんだ……友希那」
友希那「なっ……!!」
 父から発せられる、意外過ぎる言葉。
 決して嘘を言っているようには見えない梓と父の顔を見て、2人のその言葉が真実だと言うことを確信する。
 そして、自分が今の今まで何をしでかしていたのかを振り返り、友希那は大慌てで梓に頭を下げていた。
友希那「ご、ごめんなさいっ……まさか、お父さんの知り合いの娘さんだなんて……知らなくて……」
梓「ううん……いいんですよ、顔を上げて下さい」
燐子「友希那さんのお父様のお知り合いの娘さん……そう……だったんですね」
リサ「いやぁー、まさか、そういう事だったとはねぇー」
あこ「ご、ごめんなさいっ! あこが変なこと言っちゃったから、友希那さん、本気でそう思っちゃったみたいで……」
リサ「いやいや、あこ、さっきはつい怒っちゃったけど、私的にはグッジョブだよ♪」
紗夜「宇田川さん、これに懲りたら、まずは発言の前に自分の言おうとしてることを一度考え直したほうがいいわ……そうでなくても、あなたは不用意な言葉が多いんですから」
あこ「はーい、反省します……」
リサ「ふふふっ、しっかしさー、中野さんとお父さんが仲良く話してるのを見てそう考えちゃうって事は……友希那ってば、本っっっ当にお父さんのこと、大切に想ってるんだね?」
友希那「…………っっっっっっ!!」
 茶化すリサの言葉に友希那は涙目になり、耳まで顔を赤くする。
 事もあろうか自分は、父の恩人の娘のことを、まるで父の不倫相手か何かだと勘違いし、詰め寄ってしまうとは……。
 穴があったら奥深くまで入ってそのまま一生を終えてしまいたいと、そう思うぐらい恥ずかしい事をしてしまったと後悔する友希那だった。
105:
紗夜「こんなに狼狽えている湊さん、初めて見ましたね……」
リサ「そうだねー、でも、これはこれで得だったね、こんなに可愛い友希那の姿、なかなか見られないもの」
友希那「リサ……はぁ、もう、勘弁してくれないかしら……っ」
リサ「うんうん、コーヒーでも飲んで落ち着こう、ね♪」
友希那父(友希那……良い仲間を持ったな)
梓(この人が……湊さんの娘さん……)
 こうして騒動は終息し、気を取り直した面々は席に座り、人数分の注文を済ませてから双方に自己紹介をしていた。
梓「改めまして……みなさんはじめまして、中野梓と申します。……今、両親と共にジャズバンドを組み、各地で音楽活動をしています。どうぞよろしくお願いします」
リサ「今井リサです、中野さん、はじめまして」
紗夜「氷川紗夜です、中野さん、以後お見知りおきを」
あこ「宇田川あこですっ! 中野さん、よろしくお願いしますっ」
燐子「白金燐子です……どうぞよろしくお願いします」
友希那「湊友希那です、先程は、大変失礼しました……」
 自己紹介と共に再度、友希那は深々と頭を下げる。
106:
梓「ううん、もう大丈夫ですよ」
友希那父「さっきも軽く話したが、彼女は私の恩人の娘さんでね……それで今日は、彼女の方から仕事の話を持ちかけてくれてた所だったんだ」
友希那「……仕事?」
梓「はい、実は湊さんに、今度私達の開催するジャズライブにゲストとして出てもらえないかと思いまして」
友希那「ライブってことは……もしかしてお父さん、もう一度歌を?」
梓「あ、その……まだそこまで具体的なことは決まってないんですけど……」
梓「湊さんのお話は以前より父と母から伺ってまして、その時に、ちょうどゲストのお話が上がったんですよ」
梓「でも、今日は両親も別件で打ち合わせがあったので、それで、私に直接会って来るように言われてたんです」
友希那父「私も今日はたまたま桜が丘に用事があってね……それで、彼女に都合をつけて貰ってたんだ」
友希那「そう……だったのね」
友希那父「ああ、私も久しく人前で演奏してなかったからね、せっかくの機会なので、この話を受けようかと思ってるんだよ」
友希那父「それに、彼女のご両親には私も若い頃、よくお世話になっていたからね……この機会に、少しでも昔の恩返しができればと思っていたんだ」
友希那「そう……そんな事が……」
 ジャズ……昔の父とは別ジャンルの音楽だが、それでも、また父の演奏が見られるのかも知れない……。
 そう思い、自然と友希那の顔には笑顔が戻っていた。
107:
あこ「十数年来の恩返しかぁ……なんていうか……運命に導かれし大いなる出会い……って感じですねっ!」
リサ「あははっ、そういうのはちょっと分からないけど……でも、ドラマみたいでステキだよね」
紗夜「ええ……本当に、人の縁とは分からないものですね」
燐子「はい……人と人の巡り合わせって……とても素晴らしい事だと思います……」
友希那「中野さん……その……」
梓「あっ……ううん、せっかくだし、皆さん、気軽に名前で呼んでくれてもいいですよ? あまり固いのも落ち着かないと思いますし……」
友希那「……はい、ありがとうございます。では……梓さん、父のこと、どうぞよろしくお願いします」
梓「こちらこそ……友希那さん、ありがとうございます」
 先程とは違い、笑顔で頭を下げる友希那に対し……梓もまた、笑顔で返していた――。
108:
―――
――

あこ「……う?ん、このパン本当に美味しい??っ♪ さあやちゃんの所のパンも美味しいけど、ここのはそれとは違っておいしい?♪ お姉ちゃんにお土産でいくつか買ってこうかな?」
リサ「うんうん、私も、モカへのお土産に何個か買ってってあげよっと」
紗夜「私も後程買って行こうと思います……日菜、喜んでくれるかしら……?」
燐子「私も、お父さんとお母さんに……少し、買っていってあげよっかな」
 焼き立てパンの評判通りの味に感銘を受けるあこ達だった。そしてその隣のテーブルでは、友希那、友希那の父、そして梓の3名による話が展開されていた。
 誤解が解けた今となっては、友希那達の存在は仕事の話の邪魔になるのではないかと懸念もされていたが、既に仕事の話もほとんど纏まっていたので、もし時間があるのなら少しだけお話をしたいと他ならぬ梓からお願いをされ、友希那達は快くその話を受け入れていた。
 ――梓の根底、そこには、両親の知り合いの娘……湊友希那の話を聞きたいと思う純粋な気持ちと……。
 今現在、停滞している梓自身の音楽……その停滞を打破するヒントになるのではという、藁にもすがる思いもあった。
 そしてその提案は、友希那達からしても願っても無い事だった。
 梓と友希那達の音楽は、確かに畑は違うが、それでも梓は、長く音楽を生業にしているプロの演奏者である。
 客前で演奏を披露し、それで生計を立てているプロの言葉は、間違いなく今後のRoseliaの為になると、友希那の中に強い確信があった。
109:
梓「友希那さんは今……バンドを結成し、音楽活動をされているんですよね」
友希那「はい……リサ、紗夜、あこ、燐子達と共に、Roseliaというバンドを組み、音楽活動を行っています」
梓「友希那さんがバンドを組み、音楽活動を行ってる理由、聞いてもいいですか?」
友希那「私が音楽を……やる理由……ですか」
友希那父「…………」
リサ・紗夜・あこ・燐子「…………」
 一瞬、隣にいる父の顔と、こちらの話に耳を傾けるリサ達の顔が視界に入ったが、友希那は迷うことも無く、強く言葉を発する。
友希那「私達、Roseliaの目的は……いつかステージの上から、最高の音楽を届ける事……」
梓「最高の……音楽……」
 何よりも、誰よりも強い眼差しで、友希那は言葉を続ける。
友希那「それが、どんな物なのか……その『最高』まで、どれ程の距離があるのか……Roseliaが今、どの地点に立っているのか……それはまだ、分かりません」
友希那「だけど、私は……いいえ、“私達”は、確実に私達の目指すべき頂に近付いていると、それだけは確信を持って言えます」
 一切の迷いなく、友希那は言い切る。
 その言葉は仲間への揺るがぬ信頼と、自身の音楽への強い自信に満ちており。情熱の宿るその瞳は、まるで輝いているようにすら梓には感じられた。
110:
友希那父(友希那……)
リサ「……っ……うんっ……えへへ、友希那……ああもう、急に泣かさないで欲しいなぁ……っ」
紗夜「湊さん……あなたと共にRoseliaで演奏ができて……本当に私、光栄に思います……」
あこ「っ……りんりん……あこね、今すっごく思うんだ……本当に、ほんとぅに……Roseliaに入って良かったっ…て……っ」
燐子「うん……あこちゃん……私も……だよ」
梓「最高の、音楽……」
 友希那の言葉を反芻し、自分自身の中に取り入れていく。
 そして……。
梓「うん、決して楽な道じゃないと思うけど……頑張って……私も応援してます」
 と、彼女達の決意を受け入れるように、梓は返す。
111:
梓(凄いな……友希那さんの真っ直ぐな眼……こんなにも輝けるなんて……)
 友希那の眼に宿る、強い意志の輝き。
 それは仲間を信じ、目標に向かい、己が道を突き進む至高の輝き。
 自分達の奏でる音楽に対する、絶対的な自信に満ち溢れた、プロにすら匹敵する程の……情熱の輝きだった。
 ――高校生という若さで、Roseliaの様に崇高な決意を掲げているバンドは決して多くはない。
 音楽に対しては梓自身もかつて、友希那達に近い決意を掲げていた。が、その決意とは真逆に等しい音楽性を、梓は高校生の頃、2組のバンドに所属していた時に体験していた。
 その時に感じた、“仲間”という存在の大きさを、誰よりも梓は知っていた。
 一瞬、その崇高な自分の信念に盲信する余り、友希那が一人きりの道を進んではいないかとも心配したが、友希那の後ろで席を交える4人の表情を見て、その心配も杞憂だったと梓は思い直す。
 この子達は同じ志を持つ仲間と共に、自分達の音楽を信じ、今も立ち止まらず、ひたむきに突き進んでいる。
 友希那のその強い意志に梓は、素直に尊敬の念を抱いていた――。
梓(ああ……そっか、そうだったんだ)
 今の自分に抜けていたのは、もしかしたら、こういう意志の強さなのかも知れない。
 今までも、客前で演奏するプロとしての意識は確かにあった、が。
 それでも、長い生活の中で安寧の日々を過ごす内に、自分はどこかで慢心していたのではないかと、そんな事を考えてしまう。
 その慢心が……ここ最近の停滞を呼び、音に迷いが生まれるようになったのではないかと、自分自身を振り返り、分析する。
 もしかしたら、私に湊さんの事を紹介してくれた両親も、今の私の異変に気付いていたのではないだろうか。
 だからこそ、私に湊さんの事を紹介してくれた……彼に会い、自分自身の音楽を見つめ直すきっかけになれればという期待を込めて――。
 決して確信は持てないが、恐らくそうなのではないかと梓は悟っていた。
112:
梓「友希那さん、話して下さって、ありがとうございます」
友希那「いいえ……そうだ、梓さんは今、プロとして演奏をなされているんですよね?」
梓「ええ、プロっていうと少し照れますけど……でも、聴きに来てくれるお客さん達には、友希那さんと同じく、最高の演奏をお届けしたいっていう気持ちはあります」
梓「とはいっても、私なんかまだまだ全然で……あははっ、さっきの友希那さんの話を聞いてたら、私よりも友希那さんの方がよっぽど凄いって思っちゃいましたし……」
友希那「あ、ありがとうございます……」
リサ「あ、あの! アタシ……梓さんの話、もっと聞きたいなぁ。こんな機会、あまり無いしさ」
紗夜「そうですね……演奏でお金を稼ぐプロのお言葉ですから、日菜達とはまた違った意見があると思いますし、私も是非お聞きしたいですね」
あこ「はいっ! 大変な事とか、楽しい事とか……あこも聞きたいです」
燐子「私も……あこちゃんと同じ気持ち……です」
梓「なんか、照れちゃうな……こういうの」
 そして、Roseliaの5人は梓の話に耳を傾けていた。
 自分が両親と共にジャズをやる事になったきっかけや、演者としてステージに上がることの大切さ、演奏をする時に何を一番に考えているかといった、演者としての梓のこと。
 ……そして、梓もまた友希那達と同じように、高校時代、先輩や後輩達と共に、2組のバンドを組んでいた事を話すのであった。
113:
友希那「……梓さんも、昔は私達の様に、バンドをやってた事があったんですね」
リサ「じゃあやっぱり、パートはギターをやってたんですか?」
梓「はい、リズムギターをやってました」
あこ「リズムギター? 紗夜さん、それって普通のギターとは違うんですか?」
紗夜「Roseliaのギターは私だけですからイメージは沸かないと思いますが……私達の知り合いでいえば……そうね、Poppin'Partyの戸山さんのパートがリズムギターですね」
あこ「へ?、そうなんですね」
燐子「梓さんも……きっと……私達よりも厳しい練習を……していらしたんでしょうね……」
梓「あはは……どうでしょう……部活の時はいつもお菓子ばかり食べてたから……ちゃんとした練習をした事なんて、数えるぐらいしかなくて……」
友希那「そうなんですか……意外だわ……てっきり、私達ぐらいストイックに打ち込んでいたものとばかり思ってましたけど……」
 梓の言葉に、驚いた声で友希那は返す。
梓「最初は私も部活じゃなく、友希那さん達の様に外バンでやろうとも思ってたんです……でも、軽音部の先輩達の楽しそうな演奏がすごく魅力的に見えて……それで、軽音部でやるって決めたんですよ」
梓「当時の私が本当の意味でバンドに求めていたのは、バンドとしてのレベルの高さではなく、共に音楽を楽しめる仲間だったんですよね」
梓「ふふっ……あの頃は楽しかったなぁ……」
 過去を思い返す梓の脳裏に、二組のバンドと過ごした青春が蘇る。
 4人と先輩達と、2人の同級生と、2人の後輩に……1人の顧問の先生。
 みんなで奏でた音が、お茶を交わした日々が蘇る。
 それはもう、遠い日の記憶。いくら願っても巻き戻せない、懐かしい日々の思い出――。
リサ「一度でいいから聴いてみたいね……梓さんたちのバンドの演奏……」
友希那「ええ……そうね……」
114:
―――
――
― 
 そして陽も傾きかけてきた頃。
 梓は次の約束があるという事で、話はそこでお開きになった。
梓「湊さん、Roseliaの皆さん、本日はありがとうございました」
友希那父「こちらこそ、ご両親に宜しくお伝え下さい、ありがとうございました」
友希那「いつか、梓さんのステージも観に行きます。本当に、ありがとうございました」
梓「はい、皆さんもバンド活動、頑張って下さいね」
 皆に向け、梓は一礼し、喫茶店を後にする。
 その梓の背を見送り、友希那はつぶやく。
友希那「中野梓さん……あの人は、一体どんな音楽を奏でるのかしら」
友希那父「ああ、彼女のご両親の音楽は、まさに純粋そのものだったよ。あの人達は私とは違い、決して周りに流されることもなく、本当の意味で自分達の音を楽しんでいた……」
 遠い眼で、友希那の父は続ける。
友希那父「それは、彼等の娘である彼女にも受け継がれているだろう……友希那と話していた時の中野さんの瞳は、若い頃の彼女の両親と同じ輝きをしていたからね」
友希那父「彼女の音楽……友希那も是非聴いてみるといい、たまには畑の違う音楽を聴くのも悪くないだろう」
友希那「……ええ、そうね……近いうちに必ず聴いてみるわ」
 微笑みながら言う父の声に、友希那は梓の存在を強く認識していた。
 そして……。
115:
友希那父「まぁ、そうでなくとも、友希那と梓さんは気が合うのかも知れないな、彼女も友希那と同じく、猫が凄く好きなようだったから……」
友希那「そう……なのね……ふふっ、次に会える日が、尚の事楽しみになってきたわ」
 猫好きという自分との共通点もまた、友希那と梓の間に一つの繋がりを築いたのであった。
友希那父「じゃあ、私もそろそろ帰るとしよう、友希那も、あまり遅くならないようにな」
友希那「お父さん、今日は本当にごめんなさい……」
友希那父「はははっ、気にするな……あそこまで娘に敬愛されていることが分かったんだ……むしろ、私の方こそお礼を言うべきだよ。ありがとう、友希那」
友希那「もうっ……あまり茶化さないでよ……ふふっ」
友希那父「ははは……じゃあ、私はもう行くよ」
友希那「うん……お父さんもお仕事頑張って……お父さんがライブに出るのなら……必ず、みんなで聴きに行くわ」
友希那父「ああ、娘達の前で恥をかかないよう、私も頑張ってみるさ」
 そして、友希那の父も喫茶店を後にする。
友希那「梓……さん……また、お会いしたいわね」
あこ「友希那さーん、日も暮れてきましたし、あこ達もそろそろ行きませんか?」
リサ「そういえば、結局ミーティングできなかったね」
友希那「いいんじゃないかしら……今日は、今までのミーティング以上に大きなものを得られた気がするわ」
燐子「はい……梓さんのお話……凄く、為になったと……思います」
紗夜「そうですね……それでは皆さん、今日はもう帰りましょう」
 程なくしてから友希那達も店を後にし、歩き出していた。
116:
―――
――

梓「今日は来てよかった……オファーの話も上手く行ったし、自分の事も見つめ直すことができたし……」
 友希那の言葉、Roseliaの持つ信念に触発されたこともあり、梓の中に再び、音楽に対する熱意が湧いてきていた。
 ……だが、意気込みだけで全てが変わるかと言えば、決してそうではない。さすがにそこまで甘くはできていないのが世の中だ。
 ……そう、今のままではまだ不十分……私が停滞を完全に克服するには、更にもう一つ、何かが必要だ。
 そのもう一つが何なのか、今はまだ分からないけど……それでも、今日の彼女達との出会いは、間違いなく自分の前進に繋がったに違いないと、梓は信じていた。
梓(……でも、みんなの話してたら思い出しちゃったな……また、みんなと演奏したいな……)
 それが叶わぬ事だとは知りつつも、ふと思ってしまう。
 『放課後ティータイム』と『わかばガールズ』、昔梓が組んでいた2組のバンド……そこで奏でた音楽が、梓の頭の中で鳴り響く。
 ――その時、梓の携帯がメッセージの着信を告げる。
梓「んん……? あ、唯先輩からだ」
 梓の携帯に通知される一つのメッセージ。
 そこには、今でもたまに連絡をくれる先輩からの一言が表示されていた。
 『久しぶり、今お仕事終わったんだぁ、私はもう向かってるけど、そっちはどう?』という一言に対し。
 『私も、今から向かいますよ……楽しみですね、同窓会』と返信を入れ、梓は向かう。
 自分に、音楽の素晴らしさを教えてくれた仲間と、先輩達の待つ場所へ――。
117:
#2-5.放課後の邂逅?平沢唯?
 ――高校生の頃から、私の毎日には音楽があった。
 それは、今も変わる事なく続いていた……。
 私が今でも私のままでいられるのは、きっと、音楽があったからだと思うんだ。
 あの日、何かをしなきゃって思っていた私に応えてくれた音楽が。
 何をしたらいいのか分からず、迷っていた私を導いてくれた音楽が。
 あの頃の私を、みんなに会わせてくれた音楽が。
 今の私を、あの子達に会わせてくれた音楽が。
 私を、みんなと繋いでくれた音楽が私は……大好き―――!!
118:
―――
――

 その日、Poppin'Partyのメンバーもとい、花咲川女子学園高校2年の5名は、朝早くから電車に揺られ、花咲川から遠くの桜が丘へとやって来ていた。
 今日の集合は、バンドの練習でもなければ、決して遊びに来た為でもない……学校の授業の一環として……である。
【桜が丘 駅前】
有咲「ふあぁぁ………眠……」
 慌ただしく駅前を往来する人々を見ながら、欠伸混じりに有咲はぼやいていた。
有咲「しっかしなー……せっかくのテスト休みだってのに、なーんで職場体験なんてやんなきゃいけねーんだ?」
たえ「仕方ないよ、日数調整の結果、そうなっちゃったみたいだしさ」
りみ「でも、私は嬉しいなぁ、ポピパのみんなで職場体験、楽しみだったんだっ」
沙綾「しかも、幼稚園の職場体験なんてね……ふふっ、私も楽しみにしてたんだ」
たえ「有咲は、楽しみじゃなかったの?」
有咲「べ、別にそんな事言ってねーだろ……つか……香澄のやつ、遅っせえな……」
 照れ隠しにそっぽを向く有咲だった、その時である。
119:
声「ごめーーん! みんな、お待たせー!」
 人波を掻き分け、一際元気な声が有咲達の耳に届く。
 確認するまでもなく、それが戸山香澄の声だと言うことを、その場の4人は理解していた。
有咲「遅いぞ香澄……って、なんでお前ギターなんか持って来てんだよっ!?」
 叫ぶ有咲の目線の先……そこには、肩で息を切らす香澄と、そんな香澄に背負われた、香澄愛用のギターが目に留まっていた。
香澄「いやー、持って来るのに時間かかっちゃって……」
有咲「だからって……そんなもん普通は持って来ねえだろ……邪魔になるとか考えなかったのかよ」
沙綾「まぁまぁ……確かに、案内にも、具体的に何を持ってくるかまでは明記されてなかったもんね」
 沙綾が先日配られたプリントを見ながら言う。
 そこには『幼稚園に職場見学に行く生徒は、エプロンを一着と、園児と一緒に遊べるものを一つ持って来て下さい』という一文が添えられていた。
香澄「幼稚園の子たちと一緒に遊べそうなものって言えばこれしか思い浮かばなくて……みんなは何持ってきたの?」
りみ「私は……小さい頃に、よくお姉ちゃんと一緒に遊んだお絵かきセットを持ってきたんだー」
沙綾「私は弟達が小さい頃に遊んでたオモチャをいくつかね、だいぶ古いけど、まだ遊べると思うよ」
たえ「私は、ウサギのお人形さんセットを持ってきたの、『ゴルドニアファミリー』……すっごく可愛いんだよ」
有咲「昔、婆ちゃんによく読んでもらってた絵本があったから、私はそれを持ってきた」
香澄「みんな偉いね……ちゃんと準備してたんだ……」
 各自、きちんと準備をしていたことに感心する香澄だった。
120:
有咲「へっ、香澄のことだからどうせ、準備のことなんかすっかり忘れて……んで、今朝になって慌てて用意したってトコなんだろうけどな」
香澄「有咲すっごーい! ねえねえ、なんで分かったの?」
有咲「お前のことだからなんとなく分かるんだよっ!」
たえ「ふふっ、有咲は香澄のこと、何でもお見通しだね」
有咲「だーーー! うっせー! いいから早く行くぞ!」
 赤面し、照れ隠しに叫ぶ有咲。
 そんな有咲に続き、歩を進める4人だった。
121:
【桜が丘幼稚園】
 駅から歩いて数分、プリントに記載された地図を頼りに、香澄達5人は目的地の幼稚園へと到着していた。
 まだ開園の時間には早いのか、園内には教員の姿しかおらず、建物の中はがらんと静まり返っている。
 静かな園内を通り、職員室へと案内された香澄達は、幼稚園の先生達に向け、挨拶をしていた。
香澄「花咲川女子学園高校から来ました、今日は職場体験でお世話になります、よろしくお願いしますっ」
一同「よろしくお願いしまーす!」
園長「はい、お話は伺っておりますよ、こちらこそよろしくお願いしますね」
 園長と見られる教諭に挨拶を交わし、香澄達は自己紹介をする。
 ――そして。
園長「それでは、今日一日、皆さんの担当をさせていただく先生です、平沢先生、どうぞよろしくお願いします」
声「はーいっ」
 園長の声に合わせ、一人の女性がデスクから立ち上がり――。
唯「平沢唯です、今日一日、よろしくお願いしまーすっ」
 茶髪をボブカットに切り揃えたエプロン姿の女性……平沢唯は香澄達の元へと向かい、自己紹介をする。
122:
香澄「戸山香澄ですっ、平沢先生、今日はよろしくお願いしますっ」
たえ「花園たえです、今日一日、お世話になります」
りみ「牛込りみです、よろしくお願いしますっ」
沙綾「山吹沙綾です、平沢先生、こちらこそよろしくお願いします」
有咲「市ヶ谷有咲です、こちらこそよろしくお願いします」
園長「では平沢先生、彼女達のことをよろしくね」
唯「はいっ! かしこまりましたっ」
 園長の声に元気な返事をし、唯は準備に取り掛かる。
 そんな唯の様子を見て、香澄達は口々に言葉を投げ合っていた。
香澄「平沢先生、すっごく優しそうな先生だねー」
沙綾「うんうん、子供に好かれそうな感じがするね」
りみ「ほんわかしてて、暖かそうな先生だね……」
たえ「うん……今日一日、すっごく楽しくなりそう」
有咲「あの人、私達より年上だよな……なんか、全然そんな雰囲気しないんだけど」
園長「では平沢先生、園児が来るまでに、このプリントをあの子達に配っておいてね」
唯「あ、はーい……ん?」
 唯がプリントを園長から受け取ろうとした時……ふと、香澄達の視線に気付く。
 その目線がプリントの束から香澄達に向けられた時だった。
123:
 ――ばさささっ
 余所見をしたせいもあり、手渡されたプリントが床に落ちていた。
唯「ああー、すみませんっ!」
有咲(テンポ悪っ……)
園長「あらあら……大丈夫?」
唯「はい……えっと、あと1枚……」
 デスクの下に滑り込んだプリントを拾い、唯が立ち上がろうとした時。
 ――ごちんっ
唯「あいたっ!」
 小気味の良い音と共に、デスクに頭をぶつけていた。
有咲「しかもドジっ子……あんなんで本当に大丈夫なのか……職場体験」
唯(何か……前にもこんな事あったような気が……)
 頭を擦っては目元に涙を浮かべつつ、ふと昔の事を思い返す唯だった――。
124:
―――
――

【空教室】
唯「えっと、それじゃあ園児たちが来るまでの間に、色々と説明しとこうと思うんだけど……」
 プリントを手に説明を始めようとしたその時、ふと、唯の目線が香澄のギターに止まる。
唯「その大きな荷物は……もしかして、ギター?」
香澄「はいっ! 子供たちと遊べそうな物を持ってくるようにって言われたので、持ってきたんです」
唯「ふふっ、そうなんだ……」
 ふと、ギターを見つめながら唯は言葉を止める。
 そんな刹那の静寂の中、有咲が香澄に向けて言葉を放っていた。
 
有咲「それ見ろ、あんなでっかい荷物、やっぱり邪魔だったんじゃねーか?」
香澄「ううぅぅ……だ、ダメだったのかなぁ」
唯「あ、ううん! そんなんじゃないよ、戸山さん、ギターやるんだね」
香澄「はい……」
 やや落ち込んだような顔で唯を見る香澄だった。
 そんな香澄に向け、唯は微笑みながら言葉を返す。
125:
唯「もし良かったら、あとでみんなの前で弾いてみてくれないかな? 楽しみにしてるね♪」
香澄「あ……は、はいっ!」
たえ「なんか、大丈夫みたいだね」
有咲「…………」
 それから唯により、プリントを元に幼稚園の一日の流れや、施設の案内を進められること数分。
 程なくして、通園する園児達の出迎えの時間が迫っていた。
唯「じゃあ、荷物はここに置いて……まずは、幼稚園に来る子供たちのお出迎え、行ってみよっか?」
香澄「はーいっ!」
 唯に連れられ、持参したエプロンを身に着けた香澄達は正面玄関へと向かう。
 広い玄関先には、バスの送迎で来園した園児の他、保護者に手を引かれて来る園児など、既に多くの園児と教諭達とで溢れかえっていた。
126:
園児A「せんせー、おあよーございます」
唯「はーい、陸くんおはようーっ」
園児B「ひらさわせんせー、おはよー!」
唯「うん、海くんおはよー! 今日も元気だねー♪」
園児C「ゆいせんせー! きょうもおうたのじかん、ある?」
唯「うんっ! 空くんの大好きなお歌、今日もやるよー! 楽しみに待っててねっ♪」
沙綾「……………………」
りみ「……? 沙綾ちゃん、どうかしたの?」
沙綾「えっ……? あ、ううん……別になんでもないよ」
 多くの園児がまず最初に唯に駆け寄り、元気な挨拶をしていた。
 その光景から、唯が多くの園児から慕われているということが香澄達にも伝わって来る。
127:
香澄「平沢先生、子供たちの人気者なんだねー」
沙綾「うんうん、みんな、先生の事が大好きなんだってのがよく分かるよね」
唯「ほら、よかったらみんなも挨拶してあげて?」
香澄「はいっ! みんなー! おっはよーっ!」
沙綾「おはよー! みんな、今日はよろしくねー!」
りみ「おはよー、みんな元気だねー」
たえ「おはよー、ふふっ……みんな可愛いなぁ」
有咲「なんか……こういうの照れるな……」
園児D「ねえねえ、おねえちゃんたち、だーれー?」
唯「お姉さんたちはねー、今日、みんなと遊びに来てくれたんだー」
園児D「ふーん、そーなんだ、おねえちゃんっ! おはよーっ」
 園児の一人が有咲に向け、元気な挨拶をする。
有咲「お、おはよー」
 無邪気な笑顔の園児に対し、有咲もまた、笑顔を作って挨拶を交わす。
 その時だった……。
128:
園児D「ていっ」
 ――むにっ
 突如、無防備な有咲の胸目掛け、園児の手が伸ばされる。
有咲「ひゃっ…………! な、ななななななな何を!?」
 反射的に触られた胸を両手で抑え、赤面する有咲。
 そして、その小さな手に残った感触を確かめるようにして、園児は一言呟く。
園児D「ママよりもおっきい……」
唯「こーらー、だめでしょそんな事したらっ」
園児D「へへーん、ゆいにはやってやんないよーだ」
唯「も?、また先生を呼び捨てにしてー、まちなさーーい、お姉さんにあやまりなさーいっ」
園児D「やーだよーっ」
 そして逃げるように園児は走り出し、教室へと駆けていく。
 後には、まだ硬直して動けない有咲と、やれやれと言った風な顔で園児を見る唯が残されていた。
有咲「ま、まったく……とんでもねーエロガキだな……」
唯「市ヶ谷さんごめんね……あの子、すっごいいたずらっ子で……気を悪くしないであげて?」
有咲「い、いや……別に平沢さんのせいじゃないですし……」
有咲(はぁ、子供……苦手になってきた……)
 そして、有咲の状況を近くで見ていた香澄達が有咲に駆け寄り……。
129:
りみ「有咲ちゃん、大丈夫?」
沙綾「いやー、有咲、一本取られたね」
たえ「有咲、元気出して」
香澄「あはははっ、やんちゃな子だったね」
有咲「香澄……笑ってるけどお前もいっぺんやられて見ろ、すっげえ恥ずかしいんだぞっ!」
香澄「ふっふっふ……じゃあ、私が触って上書きしてあげよっか? なんてねっ♪」
有咲「マジで殴るぞ香澄いいいいいい!!!」
 香澄達にからかわれた事で緊張も解けたのか、いつも通りの感じに戻る有咲だった。
有咲「大体な、近くにいたんなら助けろってえの!」
りみ「あ、あの、ごめんね有咲ちゃん、すぐに行けなくて……」
沙綾「いや、別にりみりんは悪くないでしょ?」
たえ「有咲……いくら有咲のお願いでも、小さい子相手にそんなひどい事できないよ?」
有咲「おたえは一体何を想像してんだよ!」
香澄「もー、有咲もそんな怒っちゃやだよー」
 ――そんな5人を見て、ふと唯は思う。
唯(ふふふっ……この子達……凄く懐かしい感じがするなぁ)
 お揃いの制服を着てふざけあい、また笑いあう5人の姿に、かつての自分達の姿が映って見える。
 きっと、私もあの子達と同じぐらいの頃、あんな感じで笑い合っていたのだろう……と。
 そんな事を考える唯だった。
130:
園児「ゆいせんせー、あのおねーちゃんたち、すっごくおもしろいねー♪」
唯「……うん、そうだねぇ」
 香澄達の姿を微笑みながら見つめる唯、そして……。
唯「さあ、みんな、そろそろ教室に行こっか!」
一同「はーいっ!」
 唯の声が玄関内に響く。
 彼女達の職場体験はまだ、始まったばかりであった。
131:
―――
――

【教室】
唯「はーい、みなさーんちゅうもーく! 今日は、遠くの花咲川から、お姉さんたちが遊びに来てくれましたっ」
 およそ20名ほどの園児達が集まる教室に、唯の元気な声が響き渡る。
 そして、改めて園児に向け、香澄達の紹介がされていた。
香澄「みなさんこんにちわー! 今日一日、よろしくお願いしまーす!」
園児達「よろしくおねがいしますっ!」
 香澄の明るい声に負けないぐらいの元気な声が響き、教室内に活気が宿る。
 そして……。
132:
たえ「これからの時間は何をすればいいんですか?」
唯「今からの時間は、みんなのお昼ごはんの時間まではお遊戯の時間なんだ」
沙綾「今からだと……だいたい2時間ぐらい……ですか、この予定表だと」
唯「うん、それで、お昼ご飯が終わったらお昼寝の時間があって、そこで職員の休憩の時間になるんだ」
有咲「じゃあ、昼食はその時に取るって感じになるんですか?」
唯「うん、そうだね。もちろん、その間に連絡ノートを書いたり、午後のお遊戯の準備をしたりもするんだけど」
りみ「大変なんですね……休憩っていっても、あんまりのんびりできなさそう……」
唯「まぁねー、でも、慣れちゃえば割と早く終わるんだけどね」
沙綾「次の仕事に備えて空き時間を使って効率的に……か、ウチのお店もよくやるから、やっぱどこも一緒なんですね」
香澄「それを一人でやるって、やっぱり、幼稚園の先生って大変なお仕事なんですね」
 唯の働きっぷりに関心の声を上げる香澄達だった。
 それから程なくし、唯の号令に合わせて園児達と香澄達は動き出す。
唯「じゃあ、牛込さんと花園さんはペアであっちの子たちと遊んであげて……山吹さんと市ヶ谷さんは向こうの子たちをお願いね」
たえ・りみ・沙綾・有咲「はいっ!」
香澄「平沢先生、わ、私はどうすればいいですか?」
唯「うん、戸山さんは、私と一緒にお歌のお手伝い、してもらってもいいかな?」
 歌の手伝いという言葉に香澄の眼が一瞬煌めく。
133:
香澄「わぁ……じゃ、じゃあ、私、ギター持ってきてもいいですか?」
唯「うん、お願い。……あ、もし良かったら、アンプもあるんだ、私の私物だけど、使ってみる?」
香澄「えっ!? いいんですか??」
有咲「つーか、なんで幼稚園にアンプがあるんですか……?」
唯「いやー、実は、私もたまーに演奏するんだよねぇ」
一同「……え? ええええ???」
 ギターを弾く素振りをしつつ、照れながらも唯は答える。
 その返答に5人の目が点になり、相次いで言葉が投げかけられていた。
香澄「もしかして、平沢先生もギターやるんですか?」
唯「うん、まぁね?」
沙綾「そういえば……SNSに……あああった、桜が丘幼稚園のアカウント、ほらこれ見て」
沙綾「このギター演奏してる動画……これ、平沢先生じゃない?」
 沙綾がスマートフォンの動画を再生させる。
 そこには、軽快にギターを弾き鳴らす唯に合わせ、元気に歌を歌う園児達の様子が撮影されていた。
134:
たえ「すごい……上手な演奏……」
りみ「うんうん、園児のみんなも、楽しそうに歌ってるねー」
香澄「そっかぁ、平沢先生、ギターやるんだ……」
唯「うん、だからさっき戸山さんがギター持ってきたの見て、つい嬉しくなっちゃってさ」
香澄「あ、ありがとうございますっ! 平沢先生!」
唯「うふふっ……じゃあみんな、お願いね」
一同「はーい!」
 唯の言葉に従い、それぞれがペアを組み、園児達の元に駆け寄る。
 こうして、香澄達の職場体験実習は始められるのであった。
135:
―――
――

りみ「みんな、おえかきセット持ってきたんだぁ、私と一緒にあそぼっ」
園児「うんっ! おねーさんとあそぶー♪」
りみ「わぁーっ……この子達、めっちゃ可愛い……」
園児「おえかきよりもにんじゃごっこやろーよ! おねーちゃんもやろー!」
りみ「ええぇぇ、あ、あの、おねーさん、忍者ごっこなんてやったことないよ?」
たえ「みんな、ウサギさんは好きかなー?」
園児「うんっ! うさぎさん、だーいしゅきっ♪」
たえ「今日は、みんなの好きなウサギさんをいっぱい持ってきたんだぁ」
園児「わぁ??、かーわいいーっ」
たえ「ふふっ……持ってきて良かった」
園児達「…………」
沙綾「あ、ええと……陸くん、海くん、空くん……だっけ? 良かったらおねーちゃんと一緒に遊ばない?」
陸・海・空「うんっ♪」
沙綾(……何だろう、この子達、初めて見るのに他の子達とは違う……凄く、すごく不思議な感じがする……)
陸・海・空「おねーちゃん! なにしてあそぶのー?」
沙綾「うん……そうだね、えっと……」
136:
有咲「さすが沙綾だな……すげえ手慣れてる……」
園児「ねーねーおねーちゃん、がいこくのひと?」
有咲「えっ……?」
園児「だって、かみのけきんいろだし、おっぱいおおきいし……」
有咲「……っど、どこ見てんだよっ!」
園児「あははっこのおねーちゃん、おもしろーい!」
園児「あったかくていいにおーい! おねえちゃん、いっしょにあそぼー!」
有咲「ひゃっ! ちょ、ちょっと! うぅ、急に引っ張るなって……」
沙綾「あははっ! 良かったねー有咲、大人気じゃん♪」
有咲「さーあーやー! 笑ってないで助けてくれえええ!!」
唯「うん、みんなも大丈夫そうだね……じゃあ、みんなー! お歌を始めるよー!」
園児達「わーーいっ!」
唯「戸山さん、準備はどう?」
 すっかり子供たちと打ち解けている他の4人の姿に安心し、唯は音を確認している香澄に問いかける。
 そしてしばらく、演奏の準備を終えた香澄が唯に向けて告げた。
137:
香澄「お待たせしました、いつでも行けます!」
唯「じゃあ、戸山さんは私のオルガンに合わせて、演奏お願いね」
香澄「はいっ!」
唯「はーい、じゃあみんなー、カスタネットの人はいつものとおり、『うんたん♪』のリズムで叩いてねー」
園児達「はーいっ!」
園児「……うん、たんっ♪ うん、たんっ♪」
唯「あははははっ、そうそう、そんな感じでねー」
唯「お歌を歌う人は、大きな声で歌おうねーっ」
園児達「はーいっ!」
 準備が整ったのを確認し、唯は香澄に問いかける。
唯「戸山さん、子供向けの曲で何か弾ける曲……あるかな?」
香澄「えっと……あ、じゃあ、きらきら星……弾いてみてもいいですか?」
唯「うんっ、いいよ♪ じゃあ、行くよ……」
 そして、香澄のギターと唯の奏でるオルガンの音に合わせ、園児達の合唱が始まった。
138:
唯「……いち、に、さん」 
 ――じゃららんっ♪
香澄「……きーらーきーらー ひーかーるー♪」
唯「おーそーらーの ほーしーよー♪」
香澄「まーばーたーきー しーてーはー……」
唯「みーんなーをー みーてーるー」
園児「うん、たんっ♪ うん、たんっ♪」
園児「きーらーきーらー ひーかーるー♪」
全員「おーそーらーの ほーしーよー……」
 香澄と唯の歌声に合わせ、カスタネットの音と、園児達の歌声が幼稚園中に響き渡り……。
園児「あー、ゆいせんせーのおうただー、みんな、いこー!」
園児「うんっ♪」
りみ「あれ? みんなー、どこいくのー?」
 りみ、たえ、沙綾、有咲達4人の元を離れ、唯と香澄の側へと園児達が集まっていく。
139:
りみ「みんな、行っちゃったね」
たえ「あははっ……うん、そうだね」
沙綾「平沢先生も香澄もすごいなぁ、見てよほら、子供たち、みんな楽しそうに歌ってる……」
有咲「香澄のおかげで助かったけど……なんか客を取られたって感じがするな……」
沙綾「こうなったら仕方ないか、私達も行こうよ」
有咲「ああ、そうだな……」
 程なくして、手持ち無沙汰になった4人も唯達の元に集まり、合唱に交じることとなった。
先生「ちょっと、みんな……」
園児「あー、ゆいせんせーだ! ゆいせんせーがオルガンやってるー!」
園児「あのおねーちゃんたち、だーれー?」
園児「わたしたちもうたうー! ゆいせんせーといっしょにおうた、うたうのー!」
 他の教室からも園児が駆けつけ、いつの間にか香澄達の周りには多くの園児が集まり、揃って歌を歌い始める。
 ――さながらそれは、小さなライブ会場の様相を呈していた。
 そして、きらきら星の合唱が終わりを告げ……。
140:
唯「あははっ、すごい人数になっちゃったね……すみません、他のクラスも巻き込んじゃって……」
先生「まぁ、平沢先生が歌うとこうなるのはよくあることだし……ね」
先生「いいわ、今日の予定は変更して、お歌のお時間にしましょう」
唯「はい……ありがとうございます」
園児「ねーねーゆいせんせー、きょうはぎたー、ひかないのー?」
唯「あ?、ごめんねえ、今日は先生、ギター持ってきてなくって……」
園児「ちぇー、そーなんだぁ……」
唯「ごめんねぇー」
 唯の声に何人かの園児の残念そうな声が漏れる。
 その声を聞いた香澄が、ある事を思い付き、唯に提案していた。
香澄「……あの平沢先生、もし良ければ、私のギター使って下さい!」
唯「え? で、でも……」
香澄「平沢先生ならきっと優しく扱ってくれると思いますし、何より私、平沢先生の生演奏、聴いてみたいんですっ」
唯「…………いい、の?」
香澄「はいっ♪」
唯「……うん、ありがとう、じゃあ、少しだけ借りるね」
 唯の手に、香澄のランダムスターが手渡される。
 その独特の形状故に唯が普段愛用しているレスポールとは感じが違うが、それでも唯はすぐに対応し、その指からギターの音色が紡がれた。
141:
 ――じゃらららんっ♪
唯「ふふっ……可愛いギターだね、戸山さんに出会って、すっごく嬉しそうにしてる……」
有咲「分かるんですか? ギターの気持ち」
唯「うん、なんとなく、だけどね」
香澄「えへへ……平沢先生……私のギター、可愛がってあげて下さいっ」
唯「うんっ! よろしくね!」
 ――じゃららんっ
 再び、ランダムスターから音色が溢れる。
 それはまるで、唯の問いかけに対する返事のようだった。
142:
―――
――

唯「じゃあみんな、何か歌いたい曲、あるかな?」
園児「わたし、プィキュアのうたがいいー!」
園児「えー、ライダーのうたがいいよー!」
唯「あははっ、あまり新しいのは先生わからないんだぁ、ごめーん」
 最近のアニメの歌など、子供らしいリクエストが飛ぶ中、一人の園児の要望に唯の耳が止まる。
園児「うーん、じゃあ、あめふりっ!」
唯「あめふり……うん、じゃあそれにしよっか」
園児「わーいっ♪」
唯「もし良かったら、戸山さん達も一緒に歌ってあげて?」
香澄「はいっ」
唯「じゃあ行くよ……いち、にー、さんっ」
 ??♪
唯「あーめあーめ ふーれふーれ かーあさんが……♪」
園児「じゃのめで おむかえ うれしいな♪」
香澄達「ピッチピッチ チャップチャップ ランランラン……♪」
全員「ピッチピッチ チャップチャップ ランランラン――♪」
143:
 ――その曲は、昔、唯が妹とよく一緒に歌った歌。
 唯にとって、最も思い入れのある歌だった。
 唯の指から溢れるギターの旋律が、その場の全員の耳に、心に響き渡る。
 とても穏やかな、ゆりかごのように優しい音色が、場の空気を一層和やかにしていく。
 その光景を目にした香澄達もまた、唯の演奏に聴き入っていた。
りみ「ふふふっ……本当にみんな、かわいい……」
沙綾「うん、みんな、とっても楽しそうに歌ってるね」
たえ「そうだね、香澄のギターも楽しく歌ってるよ」
有咲「おたえにも、分かるのか?」
たえ「うん、ギターの気持ち、私もなんとなくだけど……ね」
香澄「おたえの言ってること、私も分かるよ、平沢先生と一緒に歌えて……私のギターも嬉しそうにしてる……」
有咲「ま、こればっかは、ギタリストにしか分かんねー感覚なのかも知んねーな……」
144:
―――
――

 そして、ささやかな演奏会は終わり、園児達は昼食を済ませ、昼寝の時間となる。
 それと時を同じくして、ようやく香澄達も休憩の時間となった。
沙綾「みんな、寝静まったみたいだね」
 すやすやと寝息を立てる園児達を見ながら、沙綾が言う。
有咲「ああ……変なことして起こすなよ? 香澄」
香澄「もー、いくら私でもそんな事しないよぉ」
たえ「でも……んんん……やっとご飯が食べれるね?」
有咲「ああ、午前中はなんだかんだあっという間だったな……」
沙綾「うん、楽しかったよね」
たえ「ふふふっ、いっぱい動いたから、ご飯がおいしいっ」
りみ「みんな、午後も頑張ろうねっ」
唯「あ、いたいたっ」
 教室の隅で弁当を空ける香澄たちの元に、唯も弁当箱と水筒を片手にやって来ていた。
145:
香澄「平沢先生、さっきはありがとうございましたっ♪」
唯「ううん、こちらこそ、戸山さん、ギター貸してくれてありがとうね♪」
唯「もし良かったらお昼、私もご一緒していいかな?」
香澄「はいっ、もちろんですっ」
 唯を快く受け入れ、香澄は席を詰める。
 そして、ポピパの5人に唯を合わせた6人により、席が囲まれていた。
沙綾「しかし、さっきの演奏は本当に楽しかったね、平沢先生の演奏、すごく上手で……」
唯「あ、それなんだけど、もし良かったら、私のことは気軽に唯って呼んでくれてもいいよ? なんかずーっと名字で呼ばれるのってくすぐったくてさ」
香澄「はーいっ、じゃあ、唯さんも私達のこと、ぜひ名前で呼んで下さいっ」
 唯の案を、香澄達もまた快く引き受ける。
 それにより、今まで互いに引いていた一線が失われ、一層親しみのある空気が教室内に流れていった。
唯「うん、私もみんなの事は名前で呼ばせてもらうね、よろしく、香澄ちゃんっ♪」
香澄「よろしくお願いします、唯さんっ♪」
沙綾「あははっ、香澄ったら、すっかり唯さんと仲良くなったみたいだね」
有咲「ま、唯さんと香澄、お互いに波長が合うんだろ……雰囲気とか似てるしなぁ」
 二人を見ながら、やや素っ気なさそうに有咲は言う。
146:
たえ「あれ? 有咲、もしかして焼きもち?」
有咲「……っ! だ、だーれが妬いてるってんだよっ」
りみ「あははっ……有咲ちゃん、顔真っ赤?」
有咲「り、りーみーっ……」
 そんな感じで昼食会は始まり、話は次々と膨らんでいく。
 今日の職場体験の感想、触れ合った子供たちの話……。
 そして、香澄達の今と、唯の過去についても……話は広がっていった。
唯「香澄ちゃんがギターを持ってきたのを見た時は本当にびっくりしたんだぁ、もしかして、香澄ちゃん達もバンドをやってたりするの?」
りみ「はいっ、私達、Poppin'Partyっていうバンドを組んでるんですっ」
香澄「私がギターとボーカルで、おたえもギターで、さーやがドラムで、りみりんがベースで、有咲がキーボードなんです」
 唯が自分達に興味を抱いてくれたことに対し、嬉しそうに全員を紹介する香澄だった。
有咲「香澄ちゃん達“も”って事は、ひょっとして、唯さんもバンドをやってるんですか?」
唯「うん、今はもうやってないけど、私も高校生の頃、軽音部でバンドやってたんだぁ」
沙綾「軽音部……部活でバンドを組んでたんですね」
唯「うん、放課後部室に集まって……みんなでお茶飲んだり、ライブで演奏したり……楽しかったなぁ」
 上を見上げ、唯は過去を思い返す。かつての日々が記憶の中に蘇り、自然と唯の顔に笑みがこぼれていく。
147:
たえ「じゃあ、唯さんはその頃からずっと、ギターを続けていたんですね」
唯「うん、大人になってからはなかなかみんなには会えないんだけど、それでもギターだけはずっと続けてるんだ」
唯「……今の私がこうして昔と変わらず私でい続けられるのは、きっと、軽音部のみんなと、ギー太のおかげだと思うから……さ」
有咲(……ギー太?)
唯「ふふふっ……バンドって、音楽って、楽しいよね♪」
香澄「はいっ! 有咲の蔵でこのギターに出会って……それで私、音楽をやるようになって……有咲やりみりん、さーや、おたえ……色んな人に出会えたから……」
香澄「――私、バンドも音楽も大好きですっ!」
唯「香澄ちゃん……」
 まるで咲き誇るように輝いた笑顔で香澄は言う。
 純粋に音楽を愛し、仲間と共に音を紡ぐ喜びを、感動を、楽しさを……香澄達は知っている。
 だからこそ、あんなにも輝いた笑顔で言えるのだろう。
 その笑顔に、かつての自分の姿を重ねながら、唯は優しく頷いていた。
有咲「香澄のやつ……へっ……照れるじゃねーか」
たえ「私もだよ、香澄……香澄に、みんなに会えて、バンドが組めて、本当に良かったって思ってる」
りみ「私も……香澄ちゃんに出会えなかったら、きっとこんなに楽しい生活、送れてなかったと思うな……」
沙綾「香澄がいなかったら、私、きっと今もあの時のこと、後悔してばかりいただろうからね……」
沙綾「香澄には……ううん、香澄だけじゃない、みんなにはいくらお礼を言っても言い足りないぐらい、感謝してるよ」
香澄「みんな……!」
唯「……ふふっ、みんな、いい子達だね……」
唯(私も、みんなに会いたくなっちゃったな……)
 楽しく笑いあう香澄達の姿を見ながら、この後開かれる同窓会の事を心待ちにする唯だった。
148:
唯「そうだ、みんなは一体、どんな演奏をするの?」
香澄「あ、そうだ! その事なんですけど、実は今度……」
声「せんせー……」
 香澄が言い始めるのを遮るように、突如として園児の声が唯達に投げかけられる。。
 その声の先には、陸と呼ばれていた一人の園児が、泣きそうな顔で唯達を見つめていた。
唯「あれ、陸くん、どうかしたの?」
陸「ぅぅ……先生……っおし○こ?」
唯「え……? あ、時間っ!! 今何時!?」
 驚いた様子で唯が時計を見る。
 既に休憩の時間はとっくに終わり、園児を起こしてトイレに連れて行かなければならない時間となっていた。
陸「ふぇ?ん、もれちゃうよぉーー」
唯「ちょ、ちょっと待って……! い、いま行くから! みんなごめん! 話に夢中ですっかり忘れちゃってた!」
 慌てて弁当箱を片付ける唯達、そして……。
園児「うぇ?んっ! せんせーはやくー!」
園児「えぐっ……えぐっ……せんせぇ、おトイレ、もれちゃうよぉー!」
園児「えぐっ……ぐずっ………うわぁぁぁぁぁん!!!」
 先程まで寝息を立てていた園児達は気付けばいつの間にか目覚めており……。
 そして、一人が泣き出せば、あとはもう止まらない。
 一斉に、教室中で泣き声の大合唱が始まっていた。
149:
唯「あ、あわわわわわ……え、えっと……!」
沙綾「唯さん、とりあえず行きましょう! 私もトイレのお手伝いしますから!」
唯「へ? あ、うん、沙綾ちゃんごめんねっ!」
りみ「あ、あの、私達は……?」
唯「ごめーん! みんなは泣いてる子をおねがいっ」
有咲「ちょっ! んな無茶苦茶なっ」
園長「ちょっと、平沢さん! 一体何事なの?」
唯「す、すみませーーーーーんっっっ!!」
 教室内の騒動に他の先生達も巻き込まれながらの、慌ただしい午後が始まる。
 園児の対応にあくせく目を回してる唯を見ながら、香澄達は仕事の大変さと、それに見合う楽しさを垣間見ていた――。
150:
―――
――

 そして、騒動は一段落つき、午後のお遊戯会も問題なく進み、気付けば、園児の帰宅の時間となり……。
園児「せんせー! さよーならー!」
唯「はーい! また来週ねー、ばいば?い!」
 最後の園児を見送り、仕事にも一区切りがついた頃。
香澄「終わっちゃったねー」
りみ「うん……少し寂しい気もするけど、楽しかったね」
有咲「ああ、後半ドタバタしてたけど、結構楽しかったよなぁ」
沙綾「有咲、すっかり子供たちの人気者だったもんね」
たえ「うんうん、有咲、すっごく楽しそうだった」
有咲「……いいから行こうぜ、職員室で今日のレポート書くんだろ?」
 照れくささを隠しながら、足早に向かう有咲に続き、香澄達も職員室へ向かっていた。
151:
【職員室】
先生「園長先生、今度の保護者会の資料です」
園長「はい……ええ、こちらで確認します、どうもね」
先生「平沢さーん、今度の遠足のプリントなんですけど、用意できてますかー?」
唯「はーい、今転送しますっ!」
りみ「わわ、子供たちが帰ってからも、お仕事って続くんだね……」
香澄「なんか、こっちの方がずっと大変そうだね……」
有咲「ああ、あんまし邪魔にならないようにしとこうぜ」
沙綾「私達が幼稚園だった頃も、きっとこんな感じで先生達、頑張ってたんだろうね……」
たえ「うん、大人って……すごいんだね」
 園児が帰ってからの事務仕事に追われている先生達の邪魔にならぬよう、香澄達は今日のレポートを作成していた。
園長「みなさん、今日はどうもご苦労様でした……どうでしたか? 職場体験は」
 仕事が一区切り着いたのか、園長が香澄たちに声をかける。
 香澄達も既にレポートの作成を終えていた所だったので、園長に向け、笑顔で返していた。
香澄「はいっ! 先生のお仕事って……大変かもって思ってましたけど、唯さ……ううん、平沢先生を見てたら、すっごく楽しそうだと思いました!」
園長「うふふっ……それは良かったわ……また、いつでも遊びにいらして下さい……」
香澄「はいっ、今日は、本当にありがとうございました!」
園長「平沢先生、平沢先生も、よろしければどうかしら?」
 園長が唯に向けて声をかける。
 唯もまた、仕事を一区切りつけていたようだった。
152:
唯「はい、みんな今日はお疲れ様、ありがとう、おかげですっごく助かったよ」
香澄「そんな、私達も楽しかったです、ありがとうございました!」
一同「ありがとうございましたっ」
唯「みんな、もし良かったらまた遊びに来てね、園児たちも待ってるからさ」
一同「――はいっ」
 唯の言葉に、元気に返す香澄達。
 そしてレポートをまとめた香澄達は、唯から今日の証明の判子を貰い、それぞれが帰宅の準備を始める。
香澄「先生方、今日はありがとうございました! お先に失礼します!」
唯「うん、みんな、今日は本当にありがとう!」
 時刻は既に陽も傾く頃合いになり、帰りの挨拶を済ませた5人は幼稚園を後にする。
 ――その帰り道。
153:
【帰り道】
香澄「あ???!!」
 突然、弾けたように香澄は大声を上げる。
有咲「わっ、香澄……いきなりでっかい声出すなよっ! びっくりしただろ?」
香澄「私、忘れ物しちゃった……! ごめんみんな、先行ってて!」
沙綾「香澄? うん、気をつけてねー!」
りみ「香澄ちゃん……忘れ物って一体……なんだろう……?」
 香澄は慌てて幼稚園に駆けていく。
 そして程なく、幼稚園の門が見えた時、偶然にも門前でホウキを手に掃き掃除をしていた唯と鉢合わせする。
 息を切らせ、唯の元に駆け寄っていく香澄に、唯は声をかけていた。
香澄「はぁ……はぁ……ゆ、唯さーーんっ!」
唯「か、香澄ちゃん? どうかしたの? ……あ、何か忘れ物?」
香澄「はい……はぁっ……ゆ、唯さん……お昼の時、私達がどんな演奏してるかって……聞いてくれましたよね……?」
 息も絶え絶えに、香澄は言葉を続ける。
154:
唯「えっ? ああ、うん……実は興味あったんだ」
香澄「あの、もし良かったら……来週、ここに来てくれませんか?」
唯「……これは?」
 香澄から1枚の紙を手渡され、唯はその文面をまじまじと見つめる。
 香澄から手渡されたそれは、来週に開かれるライブのフライヤー……ガールズバンドパーティーの告知フライヤーだった。
唯「……ガールズバンド……パーティー?」 
香澄「はい、今度……花咲川のライブハウスで大きなライブがあるんです……それで、そのライブ、私達も、ポピパも参加するんですっ」
香澄「なので……もし、もし良かったら……ぜひ、唯さんも……来て下さい、私達の歌、聴きに来て下さいっ」
唯「……いい、の? 私なんかが行っても……」
香澄「はいっ! ぜひ唯さんに、私達の歌……聴いてもらいたいんですっ」
唯「……そっか……うん、ありがとう」
唯「日程は……うん、この日はお仕事もお休みだから、行ってみるよ……ありがとう、香澄ちゃんっ」
香澄「唯さん……あ、ありがとうございますっ!」
唯「このために精一杯走ってきてくれたんだね……香澄ちゃん、本当にありがとう……」
香澄「こちらこそ、フライヤー……受け取ってくれて、ありがとうございます」
 そして、唯と香澄は硬い握手を交わし、来週の再会を誓い合うのだった。
唯「香澄ちゃん……ライブ、がんばってねっ♪」
香澄「はいっ! 唯さんもお仕事、頑張ってくださいっ! 失礼しました!」
唯「うん、またねー!」
 再び駆け出す香澄の背を、唯は満面の笑顔で見送る。
 何事にも全力で向き合う少女を後姿を、唯は静かに見つめていた――。
155:
―――
――
― 
唯「すみません、お先に失礼しまーす」
園長「はい、平沢先生、今日はご苦労様でした」
唯「はい、園長先生、今日はあの子達の担当、任せていただいてありがとうございました!」
園長「あの子達、平沢先生に担当になって貰えてとても喜んでいたわ……園児達もみんな平沢さんの事を慕っているし、これからもよろしくお願いしますね」
唯「はいっ! それでは、失礼します!」
 そして職員室を抜け、差し掛かる夕日を背に、唯は駆け出す。
 その途中、スマートフォンからメッセージアプリを立ち上げ、メッセージを送る。
 相手は、かつて青春時代を共に歩んだ一人の後輩……。
 彼女に一通のメッセージを送った直後、すぐさま返信が届く。
 ――『私も、今から向かいますよ……楽しみですね、同窓会』
唯「うん、私も楽しみ……早くみんなに会いたいな……」
 画面を優しく見つめ、唯は駆け出す。
 その足取りは更に軽く、唯は向かう。
 放課後の集う時は、刻一刻と近付いていた――。
 ――こうして、5つの放課後は、それぞれが異なる輝きを持つ少女達との、運命的な出会いを果たしていた。
 この出会いが後に、放課後の復活……そして再来へと繋がる奇跡になっていたという事を、この時の彼女達はまだ、知らない――。
156:
#3.放課後の再会
 ――最初は、離れ離れになったみんなと再会できる、それだけだと思っていた。
 でも、それはほんの小さなきっかけに過ぎず、そのきっかけがあったからこそ、あの奇跡は生まれたんじゃないのかな。
 今でも思う、これは本当に偶然なのかって。
 私があの日、あの時、高校でみんなに出会えたのは偶然じゃなく、もしかしたら、運命だったんじゃないかって。
 年甲斐もなく、そんな事を思ってしまう。
 それ程に、そのきっかけが生んだ奇跡は、私にとっても、皆にとっても、衝撃的だったんだ――。
157:
―――
――

 そこは、桜が丘からすぐ近くにあるホテルのホール。
 宴会用に設けられたそのホールの入り口には【桜が丘女子高等学校 同窓会会場】という案内板が立てかけられ、その看板のすぐ側には、凛々しくスーツを着込んだ一人の女性が立っていた。
 彼女こそが今日の同窓会の企画であり、また幹事でもある、桜が丘高校の元生徒会長、真鍋和であった――。
【同窓会 会場ホール入口】
和「もうすぐ時間ね……みんな、大丈夫かしら?」
声「よー、和、久しぶりー!」
 和の姿を見かけるなり、元気な声がホール内に聞こえてくる。
和「あ……来たわね……律、こっちよ!」
 最初に会場に到着したのは、律だった。
 仕事を終えたばかりということもあり、その顔からはやや疲れの色が伺えるが、それでも今日を楽しみにしていたのだろう、その顔には笑みが溢れていた。
158:
律「せっかくの同窓会だし、早めに仕事切り上げてきたんだけど……間に合ってよかったぁ」
和「ふふっ、澪から聞いてるわよ、凄いじゃない、有名アイドルのマネージャーだなんて」
律「いやー、まぁ、実際すげーのはあの子達であって私じゃないよ……ってか、他のみんなはまだなの?」
和「えっと、みんなもそろそろ来ると思うけど……」
声「のどかー! ひさしぶり!」
声「和先輩! お久しぶりです! お元気でしたか?」
 次いで聞こえる声が2つ……律と和が見る先には、澪と梓の姿が見えていた。
 駆け寄ってくる2人に向かい、大きく手を降りながら律が声を返す。
律「よーっ、澪?!」
澪「ああ、律、もう来てたんだ」
律「まぁねー、澪とは一ヶ月ぶりぐらいか?」
澪「そうだな、前に一緒に飲んだ時以来だな」
律「んで……こっちのロングの髪は……えっと、誰だっけ?」
 梓を見つつ、にやりとした顔で律は問いかける。
梓「それ……本気で言ってますか?」
律「いやー、似た声の後輩なら心当たりあるんだけどなぁー」
梓「梓ですよ! あーずーさ! これでもまだ思い出しませんかっ?」
 言いながら梓は己の髪を両手で握り、即席のツインテールを作りながら叫んでいた。
159:
律「おーおー! そのツインテール、覚えてる覚えてる! あははっ! なっつかしいなー!」
澪「律、そのぐらいにしときなって」
律「へへっ、悪い悪い」
梓「まったく、律先輩も全然変わってませんよね」
澪「でも、これでも有名アイドルのマネージャーやってるんだから、ほんと、信じられないよな」
梓「え……? 律先輩、アイドルのマネージャーなんてやってるんですか?」
律「『なんて』とはなんだ中野?、こう見えてもあたしゃ今をときめく天下のPastel*Palettesのマネージャーだぞ?」
梓「ええええ??? Pastel*Palettesって……あのパスパレの??」
律「これが証拠だ! へへん、どーだ、まいったか」
 律は大きく胸を張りながら自分のスマートフォンの画面を差し出す。
 そこには、ライブの打ち上げでパスパレのメンバーと共に撮った律の写真が映されていた。
梓「こ、これ、本物ですか……? し、信じられないです……」
和「まさか律がアイドルのマネージャーをやるだなんて、高校の頃は想像もできなかったわね」
澪「ああ、私も最初聞いた時はびっくりしたよ」
和「澪はどう? 生活は順調かしら?」
澪「そうだなぁ、忙しいけど、毎日充実してるよ」
和「そう、それなら良かったわ」
澪「うん、和は?」
和「私も、少し前までは忙しかったけど、最近になってようやく落ち着いてきたって感じかな」
澪「そっか……和も梓も、元気そうで何よりだよ」
 昔のままじゃれ合う律と梓を見つつ、久々の再会を喜び合う和と澪だった。
 ――そして、会場には続々とかつての仲間が集い始めていく。
160:
声「みんな久しぶりー! 元気にしてたかしら?」
声「梓せんぱーい! 皆さん、お久しぶりでーす!」
律「おーー! ムギだ! おーい!」
梓「ムギ先輩っ! それに菫も、久しぶりーっ!」
 澪と梓に続き、紬が菫を伴い、会場に合流する。
澪「ムギー! 久しぶり、会いたかったよ」
紬「澪ちゃん、りっちゃん……懐かしいわ……元気にしてた?」
律「まーな、見ての通り、元気でやってるよ」
和「ムギ、ありがとう、忙しいところを来てくれて本当に嬉しいわよ」
紬「ううん、私も、もうずっと前から楽しみにしてたんだもの……こうしてみんなにまた会うことができて、本当に良かったわ」
梓「菫も元気そうだね」
菫「はいっ、梓先輩、その説はどうも……」
紬「梓ちゃん、あの時は来てくれて本当にありがとうね」
梓「いえ、ムギ先輩、菫……私の方こそご招待していただき、ありがとうございました」
律「ん? 梓、ムギ達と何かあったの?」
梓「ええ、実は、今年の初めに琴吹家主催のジャズライブに出演しまして……」
律「琴吹家主催のジャズライブか……なんかもう、聞いただけですげえライブって感じがするな……」
梓「もう緊張どころじゃなかったですよ……海外でも有名な超一流のジャズ演奏者の中に混ざれるだなんて思っても見ませんでしたし……」
紬「あの時の梓ちゃん、凄く格好良かったわぁ♪」
菫「ええ、梓先輩、一際輝いてたと思いますよ」
梓「みんなやめて下さいよ?……恥ずかしいなぁ」
 紬と菫の賛美に頭を掻きながら照れる梓。
 それからも、相次いで見知った顔が会場に集って行くのを、嬉々とした表情で和達は見つめていた……。
161:
声「梓ちゃん! 澪さんに律さん、紬さん! スミーレちゃん! 皆さんお久しぶりです!」
声「やっほー、梓、先輩方、お久しぶりでーすっ」
声「先輩方、菫も、お久しぶりです」
梓「わぁ……憂! 純に直も! 久しぶりー、みんな元気だった?」
純「うんうん、へへっ、どうにか元気でやってるよー」
直「梓先輩、お久しぶりです」
憂「梓ちゃん、活躍聞いてるよ、本当にプロになったんだね」
梓「あははっ、うん、お陰様でね。憂も元気そうで良かったよ」
菫「直ちゃんも久しぶりだね、元気にしてた?」
直「菫……うん、菫も元気そうだね」
梓「えへへ……わかばガールズ、これで全員集合だね」
憂「うん、スミーレちゃんも直ちゃんも、みんな元気そうで良かったぁ」
純「私もだよ、梓と憂にも全然会えなかったから……凄く嬉しいよ」
梓「うん、私もだよ……」
 互いに微笑みつつ、数年ぶりの再会を喜び合う5人だった。
162:
和「憂、ご無沙汰ね、今日は来てくれてありがとう」
憂「和ちゃんも久しぶりー、私の方こそ、今日は招待してくれてありがとうっ」
澪「ふふっ……みんな変わってなさそうだなぁ」
紬「ええ、本当に……みんな、元気そうね……」
律「ああ、エリにいちごに姫子達も来てたみたいだし、あとは…………あいつか」
和「そうね……ねえ憂、唯は?」
憂「うん、今確認するね」
 和の声に合わせ、携帯を手にする憂だったが、それを遮るように梓がスマートフォンの画面を見ながら答える。
梓「あ、それなんですけど今唯先輩から連絡来ました、もう間もなく到着するそうですよ」
和「そう、なら良かったわ」
澪「それにしても、梓や憂ちゃんはともかく、まさか菫ちゃんに直ちゃん達まで来てくれるとは思わなかったな」
律「ああ……っかし、改めて見るとすげえ顔ぶれだな……同窓会って聞いてたから、てっきり私達の学年だけでやるもんだと思ってたけど」
和「それは……さわ子先生の希望でね……学年毎に何度も分けてやるぐらいなら、一度に纏めてやって欲しいって事でね」
和「そもそも、同窓会って、何も同じ学年だけで開かなきゃいけないってわけでも無いからね」
律「へー、そうなんだ……そういう所もさわちゃんらしいな、あははっ」
澪「そういえば、さわ子先生は?」
和「先にホールで待ってるって」
紬「それじゃあ、あとは唯ちゃんが来るのを待つだけね」
 などと言った会話が広げられることしばらく……。
163:
声「――ごめーーん! みんな、お待たせーーーっっ!!!」
和「この声は……」
 
 着実に揃いつつある懐かしの顔ぶれで賑わう会場内に、一際明るい声が響き渡る。
 声のする方に皆が振り向くと、そこには、息も絶え絶えに会場へと駆けつける唯の姿が見えた。
律「へへっ、やっと来たな……」
澪「おーい唯! こっちこっち!」
紬「唯ちゃん、お元気そうね」
梓「唯先輩、お久しぶりです!」
唯「みんなごめんね、来る途中で園児のお母さんとばったり会っちゃってさ……」
和「そっか、唯、今幼稚園の先生をやってるのよね」
唯「うん、私も急いでたんだけど、でも無視するわけにも行かなくって……それで少しお話してたんだ、本当にごめんねぇ」
和「ううん、そんなに遅れたわけじゃないんだから、そこまで謝らなくてもいいわよ」
 申し訳無さそうな顔で謝る唯を優しくフォローする和だった。
 そんな唯を囲む様にして、次々と旧友達から声が投げかけられる。
164:
律「へへ、これで放課後ティータイムも全員集合だな」
澪「ああ、唯、相変わらず元気そうだな」
紬「唯ちゃん、お久しぶりっ」
唯「うんっ! ありがと。へへ、りっちゃんも、澪ちゃんも、ムギちゃんも元気そうだね」
梓「……唯先輩、どうもお久しぶりです」
唯「あずにゃ……ううん、梓ちゃんも久しぶりだね」
梓「……いいですよ、そんなにかしこまらなくても、また昔みたいにあだ名で呼んで下さい」
唯「……うん、ありがと……あずにゃん……へへっ」
梓「ふふっ……少し恥ずかしいですけど……でも、凄く懐かしいです……」
 懐かしい呼び名に多少恥じらいつつ、それでも照れ笑いを隠さずにいる唯と梓だった。
16

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