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【艦これ】北上「我々は猫である」【後半】


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64匹目:泥棒猫
お魚くわえたドラ猫、なんて言うけれどしかし野生の猫に店頭に並ぶ魚を餌以外に認識しろという方が無茶である。
なんてのも中々無茶な屁理屈だが。
ところでドラ猫というのは悪い猫という意味だとか。私はてっきり泥棒猫の略だと、いやそれが訛ってドラ猫になったかもしれないのか。
そこへ行くと今の私達は、
間違いなく泥棒猫だ。
491:
多摩「盗み食いをするにゃ」
北上「だから気に入った」
ぐらいの軽い気持ちで私達は食堂へやってきた。
北上「でもなんで急に?盗み食いなんてキャラじゃないでしょ」
多摩「この時期だけは特別なんだにゃ」
北上「この時期とは」
多摩「秋刀魚にゃ」
北上「あー秋刀魚か」
秋刀魚。秋刀魚ねぇ。
492:
気軽に漁に船を出せない以上魚はそこそこ貴重な食材となってる。
そんななか秋刀魚は群れで大量に押し寄せるためなんとしてもこの時期に大量に確保しておきたいとか。
どんだけ魚好きなんだこの国は。命懸けぞ。
無論私達艦娘を護衛につけての一大イベントとなる。
とはいえ命懸けなんてのは建前である程度海域を取り戻した現在では護衛の私達も正直暇である。
そこで何を思ったかどこかの鎮守府が「じゃあ自分達でも秋刀魚漁するか」と言い出しあろう事か見事に一定の成果をだした。
さらに上は艦娘へのご機嫌取りなのか漁の邪魔にならなければ釣った分は貰っていいとか言い出したものだから大変だ。
食の大戦争の幕開けである。
493:
多摩「さっき第一陣が秋刀魚を釣り上げて持って帰ったという話にゃ」
北上「おー」
私が提督んとこで寝てる間に開戦していたようだ。そういえば前から色々準備はしていたっけ。
多摩「今年最初の1匹にゃ」
北上「記念すべき1匹だね。秋刀魚からしたら哀れな生贄第一号だけど」
多摩「そいつを頂くにゃ」
北上「生で?」
多摩「猫じゃないにゃ。流石に調理後を狙うにゃ」
まあ多分艦娘なら生でも問題はないと思うけど、美味しくはなさそうだ。
494:
多摩「基本的に秋刀魚は焼かれた後ここ食堂に運ばれてくるにゃ」
北上「あーあの七厘か」
多摩「調理場の裏で間宮さん達が焼いてるにゃ。その後この食堂で護衛任務に付いたものから順に振る舞われるのにゃ」
北上「自分達で取ったものを自分達で食べれる。いい仕組みだね」
多摩「んなもん待ってられるかにゃ。今すぐ頂いちまうにゃ」
北上「うわーなんか理由聞いたら協力する気なくなってきた」
多摩「な!北上だって食べたいはずにゃ!」
北上「そりゃ食べたいは食べたいけど、別にそこまでじゃないし」
多摩「頼むにゃ!一生のお願いにゃ!」
絶対これ毎年言ってくるよね。
495:
食堂は大人数が利用する。カウンター形式でお盆を持って列に並び料理を注文してといった感じ。
社員食堂とかがこんな感じだと聞いた。そして厨房と食堂の出入り口はカウンターの端の一箇所だ。
多摩姉とそこに1番近い席に向かい合わせで座り厨房を見張る。
北上「慌ただしいね」
鳳翔さんが右に左に行ったり来たりしている。
多摩「年に一度の大騒ぎだからにゃ」
何かを探しているらしい。あ、どうやら見つけたようだ。
北上「鳳翔さんいるから忍び込むのは厳しくない?」
上の棚にあるらしいお皿を取ろうと鳳翔さんが必死に背伸びをする。
片脚立ちで手を伸ばしたりグッと手を伸ばす度にポニーテールが揺れる。
496:
多摩「だからこそ待つのにゃ。チャンスを、じっと」
全然届きそうもない。諦めて台か何かを探し始めたようだ。
北上「そのチャンス来た事あるの?」
どうやら台は見つかったらしい。得意顔で台を設置して再チャレンジする。
多摩「一度もないにゃ…」
グッと手を伸ばす、が、届かない。中々に頼りない大きさの台のようだ。
北上「なのに毎年チャレンジしてるの?」
二、三度手を伸ばすが諦めたのかダラりと手を下ろした。こちらからは背中しか見えないがその表情は想像に難くない。
多摩「諦めたら終わりにゃ」
おや、今度は間宮さんが奥から出てきた。しばらく鳳翔さんを見つめると状況を察したのか若干放心状態の鳳翔さんと位置を交代する。
北上「そこは諦めなよ」
あっさりと降ろされた皿に鳳翔さんの顔が綻ぶ。見張りとかじゃなくて鳳翔さんを眺めてるだけで幸せ指数が上がるなこれ。
497:
多摩「今年は北上の協力があるにゃ。色々工夫ができるにゃ」
奥から伊良子さんも出てきた。三人が並んで何やら楽しそうに話している。
北上「別に手伝うとは言ってないけどねぇ」
こうして並ぶと鳳翔さんほんとにちっこいな。それに私よりも細いんじゃないかと思うくらいに華奢だ。
多摩「貸一つにゃ」
それでもたまに艤装を付けてる姿はあのスラリと長い脚と引き締まった表情から妙な気迫が感じられるのだから不思議だ。
北上「よかろう」
成功しても失敗しても貸一つだ。適当に手伝っておこう。
498:
多摩「まずカウンターに鳳翔さんがいるにゃ。そして奥の厨房には恐らく間宮さん。外の七輪に伊良子ちゃんにゃ」
北上「それぞれに一人か」
というか伊良子さんだけちゃんなんだ。なぜに。
多摩「伊良子ちゃんは恐らく何人かと外で魚を焼いてるはずにゃ。さっき見た時は阿賀野と雷電、蒼龍とかがいたにゃ」
北上「外なら大丈夫だね」
多摩「問題は鳳翔さんと間宮さんの二人だにゃ。とくに厨房の間宮さんはここからじゃ見えないから動きが読めないにゃ」
北上「秋刀魚は厨房に運ばれるの?」
多摩「一旦厨房に入ってお皿に盛り付けられてからすぐ出せるようにカウンターに並ぶにゃ。狙うなら厨房にゃ」
北上「入ったらすぐバレちゃんじゃないのさ」
多摩「意外と広いから隠れられるにゃ」
北上「さいですか」
499:
多摩「第一の問題は鳳翔さんと食堂の皆にゃ」
北上「皆、ねえ」
食堂全体を見渡す。
昼前という事で人は少ないが消して無視できる人数ではない。
奥の方で遅めの朝食か早めの昼食を食べている妙高さんと那智さん。
その二つ横のテーブルで何か作業をしている瑞鳳さんと清霜と江風。
中央付近で恐らくスマホゲームで遊んでいるであろう飛龍さん瑞鶴さん川内赤城さん。
赤城さん?マジか…意外な。
それに今しがた自販機でなんの躊躇もなく買った缶コーヒーを片手に比叡さんと並んで歩く金剛さん。
少ないが、多い。特にこれからは時間が経つにつれ増えていくだろう。
500:
北上「となるとまずは鳳翔さんを何とかしなきゃだね」
多摩「入口は左端のここ一箇所だけにゃ。鳳翔さんを右端に寄せつつ周りのみんなの注意をどこかに引く必要もあるにゃ」
北上「…無理なのでは?」
多摩「北上が暴れるとかすればなんとか」
北上「貧乏くじってレベルじゃないでしょそれ。でも確かに騒ぎを起こすのが現実的、なのかな?」
多摩「料理を零すとかならどうにゃ」
北上「食べ物を粗末にするのはなしの方向で」
多摩「出来のいい妹が今は怨めしいにゃ」
北上「理不尽だ」
501:
改めて辺りを見渡す。
北上「あのテレビでなんか流すとか?」
カウンターの反対側に大きなモニターがある。
今は誰も見ていないが夜なんかは見たい番組がある人達で取り合いになったりもする。
多摩「流すって、今は大したもんってないにゃ」
北上「夕張に頼めばいいじゃん」
多摩「なんで夕張が出てくるにゃ」
北上「機械だったらとりあえず夕張に頼めばなんとかなるでしょ」
多摩「そんな安易にゃ…」
502:
夕張:できるできる。何すればいい?最近のオススメアニメとか流す?
北上「おー流石夕張」
多摩「何故できるにゃ…」
スマホの画面に表示された夕張からの返信に多摩姉が呆れる。
北上「何流せば皆の気を引けるかな」
多摩「一瞬じゃダメにゃ。CMくらいの長さは注意を逸らしていたいにゃ」
北上「じゃこれだ。これ流そう」
多摩「何かあるのかにゃ?」
北上「多摩姉の猫の仕草練習動画」
多摩「にゃ!?いつの間に!」
北上「撮ったのは球磨姉だけどね」
多摩「あんにゃろぉ」
殺気がすごい。
503:
夕張:ならこれはどう?
北上「なんかきたよ」
多摩「なんの動画にゃ?」
北上「えっと、な、ん、の、ど、う、か、あれ?が、どうが…ハテナってどこだ」
多摩「打つの遅すぎにゃ…」
北上「約50もある平仮名をたった10のパネルで打つって無茶だと思うの」
多摩「それは、慣れにゃ」
北上「慣れかぁ」
504:
夕張:じゃ今から流すね
北上「見せてくれるって」
多摩「時間かかりそうだにゃ」
北上「そうなの?」
多摩「動画を送るのは時間かかるものなんだにゃ」
北上「あー今送ってるのか」
多摩「読み込み中ってなってないかにゃ?」
北上「んーいや特になにも」
多摩「それは変だにゃ。ちょっと見せるにゃ」
北上「やだ多摩姉のエッチ」
多摩「うっせーにゃどうせろくにスマホで会話なんてしてないくせに」
北上「まあね」
505:
多摩「…ホントだにゃ」
北上「だしょ?」
多摩「というか流すってなんにゃ」
北上「見せるってことでしょ」
多摩「なら送るって言うはずにゃ」
北上「言われてみれば」
多摩「…北上」
北上「うん。なんか嫌な予感がするね」
直後残念ながら期待を裏切らずにテレビの電源が入り映像が流れ始めた。
そこそこ静かだっただけに急に流れ始めたそれに皆が注目することになる。
506:
そこには昨日見たばかりの提督の部屋と、ほぼ全裸の提督とシャツと下着姿の夕張が映っていた。
どうにも酔っているらしいテンションで何やら騒いでいる。スマホで撮っているのか妙に画面も揺れている。
多摩「」
多摩姉の顔には絶句って書いてある。
辺りを見渡してみる。
文字では表せない奇声を上げながら缶コーヒーを握りつぶす金剛さん、とそれを宥める比叡さん。
清霜江風を両手で目隠ししつつ画面を凝視する瑞鳳さん。
冷静に食事を続ける妙高さんとチラチラと目をやる那智さん。
意外にもそれ程慌てずテレビとそれに対する周りの反応をスマホで面白そうに撮る飛龍さんと顔を真っ赤にして騒ぎ立てる瑞鶴さん。
依然ゲームに没頭している川内と赤城さん。
507:
北上「カオスだ」
夕張は間違いなく吹雪あたりに制裁を食らうであろうことを考えてはいないのだろうか。
多摩「はっ!これはチャンスにゃ!」バッ
北上「あっ、ちょっ待って待って」
振り返るとカウンターに何故か鳳翔さんがいなかった。
流れるようにカウンター横を潜り抜ける多摩に慌ててついていく。
後ろの騒ぎは、とりあえず考えないことにしよう。
508:
しかしカウンターにいないということは鳳翔さんも厨房にいる可能性が高い。
厨房がどういう構造かは知らないけど間宮さんと鳳翔さんの二人の目を盗み秋刀魚をいただくというのはなかなか難易度が高いんじゃ…
ダンボールを持ってくるべきだったか。
北上「多摩姉ぇー」ヒソヒソ
多摩「静かにするにゃ。ここからが勝負にゃ」ヒソヒソ
ダメだこりゃ。なるようになれ。
低い姿勢のままそろりと厨房に入る。
509:
間宮「んーいい焼け具合。伊良湖ちゃんまた腕を上げたわね」
鳳翔「もっと沢山捕れれば皆にお出しできるんですけれどねぇ」
間宮「それはしょうがないわ。これでも年々量は増えてきているわけだし」
伊良湖「伊良湖、戻りましたー」
間宮「お帰りー。どう?外は」
伊良湖「今は霧島さん達が火を見ていてくれてます」
鳳翔「なら大丈夫そうですね」
間宮「それでは毎年恒例のいっちゃいましょうか」
510:
「「「いただきます」」」
伊良湖「ん?おいしい!」
鳳翔「油がよくのっていますね?」
間宮「こうなると大根おろしも欲しくなりますね」
伊良湖「醤油さして」
鳳翔「ホカホカのご飯」
間宮「…大根おろしくらいなら」
伊良湖「ホントに我慢できます?」
鳳翔「私はちょっと自信ないですね」
間宮「まあ流石に二匹目まで食べるわけにはー…あ」チラ
あ、目が合った。
間宮さんが気まずそうな表情で硬直する。
511:
伊良湖「もう少しでほかも焼ける頃合ですかね」
鳳翔「私もお手伝いしましょうか?」
伊良湖「いえいえ。既に何人か手伝ってくれてますし、鳳翔さんは盛り付けとかで忙しくなりますから」
鳳翔「今のうちに食べておかないとですね」
伊良湖「その通りです。ねぇ間宮さん。間宮さん?まみ…あー」チラ
今度は伊良湖さん。何とも言えない表情で凍る。
鳳翔「魚の目って食べると目が良くなると言いますけど、私この部分苦手なんですよねぇ。お二人共?さっきから何を」チラ
そして最後に鳳翔さん。
512:
調理場の台の横からまさに猫のように首だけ覗かせている私達二人。
状況を理解できないのかしばらくこちらをじっと見つめた後、
サッと一瞬だけ青ざめて、
徐々に顔を赤くし、
鳳翔「ち、チガウンデス」サッ
両手で顔を隠しながらそう言った。
可愛い。
伊良湖「鳳翔さん…」
間宮「可愛い」
多摩「秋刀魚寄越すにゃ」
その後口止め料として皆で秋刀魚を頂いた。
518:
北上「と、以上が事の顛末になります」
吹雪「はぁぁぁぁぁ…」
うわすっごい深い溜息。
北上「秋刀魚は残さず食べたので」
吹雪「それはどうでもいいです。つまみ食いに関しても、まあ鳳翔さん達が食堂の責任者ですし私がどうこう言う気はないです。問題なのは映像だけです」
食堂の騒ぎを聞き付け即鎮圧。現場にいた者一人一人に事情聴取と口止めをして夕張をとっちめた後きっかけである私の元に聞きに来る。
ここまで1時間強。刑事とか向いてるんじゃないかなこの子。
北上「そんなにまずかった?ギリギリモザイクの入らない内容だったと思うけど」
吹雪「そこも別に問題じゃないんですよ。駆逐艦にだってモザイクじゃ済まないような内容のもの見てる子だっていますし」
北上「え」
吹雪「問題なのは司令官の部屋で遊んでるっていう事実です」
519:
北上「提督同伴なら別にあの部屋入ってもいいんでしょ?」
吹雪「一応そうなってはいますけど基本的には司令官も誰かを入れたりしませんよ。それこそ夕張さんや明石さんくらいしか」
北上「何故あの二人」
吹雪「気兼ねなく遊べるからでしょうね。あの映像も飲みながら罰ゲームありでゲームやってた時見たいですし」
北上「提督お酒強くないのにねえ」
つまり撮影者は明石だったわけか。
吹雪「そのクセお酒は好きなんですよね。ちなみにゲームも弱いらしいです。でも好きだとか」
520:
北上「じゃ何が問題なのさ」
吹雪「あんなのみたら皆司令官の部屋に行きたがるじゃないですか」
北上「あーそっちかあ」
吹雪「大変でしたよ…金剛さんなんか私が行った時には既に比叡さんと司令官の部屋に乗り込む算段立ててましたから」
北上「今は大丈夫なの?」
吹雪「零したコーヒー拭いてるはずです」
北上「あーね」
吹雪「飛龍さんなんか撮った動画で逆に私を脅してきましたからね」
北上「あの人そんなことすんの」
吹雪「加賀さんのお酒盗み飲みしてる事を引き合いに出したら消してくれました」
北上「あの人そんな、事しそうだね確かに」
521:
北上「でもそうなると私もダメなんじゃない?昨日提督の部屋で寝てたし」
吹雪「公にはダメです。でもOKです。北上さんは」
サラッと矛盾した事を言われた。
北上「どういうことよそれ」
吹雪「だから個人的にですよ、個人的。前にも言ったじゃないですか、貴方には期待してるって」
北上「そうやってそれっぽい感じで内容ぼかすの、私はあんまり好きじゃないよ」
吹雪「そうですか?私は好きなんですよ」
しれっといいやがる。秘書艦殿にゃ口では勝てなさそうだ。
522:
吹雪「司令官はどうでした?」
北上「?」
吹雪「司令官の様子ですよ」
北上「昨日の?」
吹雪「ええ」
北上「どうって言われてもねえ。いつも通り?」
吹雪「ホントに?」
北上「いや、なんかぎこちなかったかも」
吹雪「ヘタレですからねえ」
北上「手を出さなかったって話?そりゃいくら提督でもそんな事はしないでしょ」
思えば二人で出かけた時点で浮気みたいなものじゃないかこれ。
吹雪「見境なかったら流石にダメですけどね」
北上「一体どうしたのさ。今朝も大井っちと二人し提督に詰め寄ったりしてたし」
吹雪「大したことじゃないですよ。ただこれからも司令官の事、よろしくお願いしますね」
北上「はぁ…」
もっとこうスバっと物申してくれる人はいないのだろうか。
523:
吹雪「じゃ私はまだ多摩さんの始末が残ってるんでここら辺で」
北上「ナチュラルに始末とか言わないで」
吹雪「痛くはしないので」
それが一番怖い子なんだよなあ。
北上「でさ」
吹雪「まだ何か?」
北上「提督の部屋にそんなに入られると困る理由って何」
吹雪「秘密です」
短く答えて颯爽と去っていく秘書艦。
これ以上は何も言ってくれなさそうだ。
大井「あ!北上さん!!」
北上「およ?大井っちー、提督は生きてる?」
大井「命はあります」
北上「さいで」
こってり絞られたらしい。後で謝りに行こう。
大井「で!ホントに大丈夫なんですよね!?」クワッ
北上「おお?何がさ」
大井「提督に襲われたり犯されたり処女奪われたりしてないんですよね!!」
北上「」
あーいたわ。ズバッと物申してくる人。
524:
・・・
・・・・・・
・・・・・・・・・
【図書室】
北上「ここもなんだか久々だなぁ」
大井「なるほど、ここなら誰にも邪魔されませんね」
意味深に聞こえるけど単に話を聞かれたくないだけである。
北上「神風はいるかもと思ったけど」
大井「今の時期駆逐艦は秋刀魚漁で大忙しですからね」
北上「そっか、護衛に引っ張りだこか」
大井「私達は暇ですね」
北上「幸せだねえ」
大井「そうですねえ」
座椅子を並べて二人で座る。
日中の陽の光が閉じ込められたこの部屋は包み込むような温かさがある。
525:
大井「北上さんはどうでした?」
北上「私?」
大井「北上さんは昨日どうでした?」
北上「昨日ねえ」
それは少し意外だった。
吹雪は「司令官はどうでした?」で
大井っちは「北上さんはどうしでた?」か。
同じようで、二人はちょっと違う目的があるようだった。
てっきり大井っちも提督の様子を聞いて浮気チェックするものかと。
北上「楽しかったよ」
大井「無難な回答ですね」
北上「波風立てるのは嫌いなのさ」
大井「船なのに?」
北上「船なら波も風も拾うものでしょ」
大井「それもそうですね」
526:
提督といるのは楽しい。
楽しい、というよりは落ち着く?かな。
何せ鎮守府で唯一の人間だ。本能的にそう思うとかもしれない。
って猫が決して本能的に人に懐くわけじゃないのだが、でもそれだけ長い間人と猫は共に生きているのかもしれない。
大井「何かこう、普段と違った感覚はありませんでしたか?」
北上「普段と違った、ねえ。あーそういえば」
背中を洗ってもらってる時に、何かあった気がする。
大井「あったんですか!」
北上「いやでものぼせてたんだっけな」
大井「お風呂に入ってた時ですか、一緒に」
北上「いやあ気のせい気のせい」
大井っちの前であまり提督との話をするべきじゃない気がする。今更だけど。
そういえばのぼせたなんて経験も初めてだったなあ。
527:
大井「…」ジーッ
北上「…なに、その慈愛に充ちた優しい眼差しは」
大井「いえ、でも北上さんはもっと自分の思ったようにするべきだと思いますよ」
北上「割とそうしてるつもりだけど」
大井「私はいつでも北上さんの味方ですからね!」
北上「いつでも?どんな時でも?本当に?」
大井「あー、基本的には、です」
北上「あはは、そりゃそうだ」
これで私が提督の事好きなんだとか言ったら流石に味方してはくれないだろう。
別に私は二人の間に入る気は無い。二人のそばに居られればいい。
528:
大井「あ、秋刀魚は美味しかったですか?」
北上「げっ!何で知ってるのさ」
大井「フフ、秘密です」
北上「くわばらくわばら。秋刀魚はそりゃもう言うまでもなくだね」
大井「なら私達も釣りに行かなきゃですね」
北上「出番あるかなぁ」
大井「なければ作るんです!」
北上「どうやっ、あー提督か」
大井「さっ、提督室に行きましょう!」
北上「あんまり怒んないであげてね。昨日のは私も悪いんだから」
大井「分かってますって」
分かってて怒ってたのか。
529:
北上「でも、眠くなってきた」コテン
大井っちの肩に寄りかかる。
大井「暖かいですからね、ここ」
大井っちは、特にこれといった反応はない。
肩に頬を乗せ、耳元に頭を擦り寄せてみる。
北上「大井っちはちっちゃいなあ」
大井「私が?北上さんと同じくらいだと思いますけど」
北上「まあね」
提督のことを思い出していた。提督は寄りかかっても肩の上には届かなかった。
それに比べれば私も大井っちも随分小さく思える。
そういや猫だった時はもっと小さかったんだよなぁ。
530:
大井「私、北上さんとずっと一緒にいたいです」
北上「私もだよ?」
大井「相思相愛ですね!」
北上「そうだねー」
大北「「ふあぁ…ぁ」」
二人して大欠伸をする。
北上「眠くなるよね」
大井「ええ、本当に」
北上「少し寝ていこっか」
大井「はい」
この後部屋の温かさが消えるまで寝ていたため私達は見事に夕食をすっぽかし、大井っちは初の秋刀魚を食べ損ねてしまうことになるのだが、
お互い幸せだったと思う。
533:
65匹目:like the cat that stole the cream
クリームを盗んだ猫のようだ。つまり満足そうだという意味の慣用表現。
球磨姉が姉としての威厳を示せた時、もしくは本人がそう思い込んでる時とか。
多摩姉が秋刀魚を食べてる時とか。
木曾が戦闘後に決めポーズをしっかり取れた時とか。
大井っちが私と一緒にいる時とか。
そんな感じ。
なので、今私の目の前にいる人物とは真逆の様子ということになる。
534:
【工廠】
夕張「納得がいかないわ!」
北上「どうしたのさ急に。いやいつも急か」
夕張「重複をじゅうふくと読まない事くらい納得がいかない」
北上「それは分かる」
夕張「ポンドが未だに蔓延ってる事くらい納得がいかない」
北上「それは知らない。あれ、ヤードはいいの?」
夕張「あれは正直慣れたわ」
北上「結局慣れか」
535:
北上「で何が納得いかないの」
夕張「まずさ、私と明石ってずっとここにいるじゃない?」
北上「自室も工廠だしね。ゲームも漫画も本も全部だしね」
夕張「そりゃあ明石は工作艦だし?作って遊ぼうだし?ここにいてしかるべきじゃん」
北上「工作の規模がやたら小さく聞こえるけどまあそうだよね」
夕張「で私。兵装実験軽巡夕張」
北上「だね」
夕張「おかしくない?」
北上「何が」
夕張「艦娘が日本発祥なのに嫌がらせの如く単位規格変えた部品で装備作ってくる国外のあんちきしょう共くらいおかしくない?」
北上「その一々例えるのやめてよしかも長いというかそんな高度に政治的かつ低度で幼稚な嫌がらせみたいなことされてんの?」
夕張「終いにゃ尺貫法持ち出すわよコルァ」
北上「落ち着いてメロン」
536:
北上「凄く納得してないのは分かったけど、何に納得がいかないの」
夕張「北上は他の鎮守府の夕張って知ってる?」
北上「私は特に知らないかなあ。似たり寄ったりの変人ってのは聞いたけど」
夕張「変人とは失礼ね」
北上「否定すると?」
夕張「ちょっと変わってるだけよ」
北上「だから変人って言われてるんだよ」
夕張「人は皆、誰かと同じにはなれないのよ…」
北上「常識がズレてるって話だよ」
537:
夕張「この容姿端麗頭脳明晰な軽巡夕張」
北上「頭脳明晰て…容姿は皆そうだろうけど」
夕張「胸もCよ」
北上「嘘だBだB!」
夕張「あります?由良がCなんだから私もCあります?」
北上「自分で測ったんじゃないんかい」
夕張「ち、違ったら辛いし…」
北上「なんでそこで自信なくすのさ」
夕張「明石なんてEよE!あの口搾艦めえ!」
北上「なんだろう、凄く悪意を感じた」
夕張「今度鎮守府中の画面に細工してサブリミナル効果でピンクは淫乱って刷り込んでやるわ!」
北上「それ禁止されてるやつ。しかも大掛かりな割に陰湿。巻き添えによる被害者も多いし」
538:
夕張「夕張って船は装備枠が4スロット。その特殊性から戦力としてもオンリーワンの性能で輸送や潜水艦キラーとして出撃する事も多いのよ」
北上「へーそりゃ知らなんだ」
夕張「なんで4つも積めるのかしらね。やっぱり頭いいからかな」
北上「うわ頭悪そう」
夕張「INT値高いからかな」
北上「うわゲーム脳」
夕張「まあその座も今は昔だけどね…」
北上「駆逐艦も対潜強くなったらしいよね。秋刀魚漁で引っ張りだこだって聞いたよ」
夕張「軽巡のライバルは由良と阿武隈だけど、由良には手を出せないし阿武隈には勝てる気がしない」
北上「ナチュラルに手を出そうとしないで」
539:
夕張「ともかく、夕張ってのは普通に出撃できるしするものなのよ。だったのよ」
北上「そりゃ軽巡だしね」
夕張「なのに私はいっつもここに閉じこもってる」
北上「引きこもりかな」
夕張「最後に出撃したのいつだ」
北上「引きこもりだね」
夕張「そもそも食事ですら最近ここで済ます事を覚えた」
北上「引きこもりだこれダメだこれ」
540:
夕張「やっぱり違うと思うのよそれは」
北上「でもさ、色々弄るの好きでしょ?」
夕張「モチのロン」
北上「だったらいいんじゃない?適材適所でさ。提督もそれを分かって出撃させてないんだろうし」
夕張「提督には感謝してるわよ。吹雪にもね」
北上「さっきも言ってたじゃん。夕張は夕張だよ。別に今更でしょ」
夕張「分かってるわよそれくらい」
北上「ツンデレめ」
夕張「私は幼馴染属性じゃない?もしくはクラスメートの女友達ポジ」
北上「何にせよとりあえずこの件は解決と「でもそうじゃない」あるぇー…?」
541:
夕張「例えばよ?北上は明石が出撃したらどう思う?」
北上「あー提督やっちまったかー吹雪いなかったのかなー後で怒られるんだろうなーって」
夕張「中途半端にレベル高いものね明石」
北上「前に、これが私が戦火に晒された回数を物語ってるのよ、とか言ってたもんね」
夕張「なまじ大規模作戦中とかだと皆ももしかして工作艦にも役割があるのでは?とか考えて誰も止めないのよね」
北上「で結果死んだ目であー貴重な修復剤体験ーとか言うわけだね」
542:
夕張「まあそんな感じね。他の娘にも聞いてみたりしたけど大体同じ感想よ」
北上「既に調査済みだったとは」
夕張「何かを考えるのにまずデータをとるのは基本よ」
北上「なんか急に頭良さそうなこと言い始めた」
夕張「それでよ、もし私が出撃したらどう思うとも聞いてみたのよ」
北上「なるほど」
夕張「なんて答えたと思う?」
北上「え、んー…わー珍しい工廠で変な発明品作る以外の事をしてるーとか」
夕張「なんで分かるの…」
北上「いやなんとなく、えっ、当たってるの?ウソ、マジで?」
543:
夕張「しかもあの由良がよ?ラブリーマイエンジェル由良よ?しかも悪気なし。マジ無垢1000パーセント」
北上「身内に厳しいね」
夕張「流石の私も堪えたわ。半日くらい」
北上「由良が言っても半日で回復するのか」
夕張「ダメージでかかったわ」
北上「どれくらい?」
夕張「ゲームのプレイに支障が出た」
北上「ゲームかい」
夕張「荒れに荒れたわね。馬車とか民家強盗しまくったもん。極悪アーサーになったもん」
北上「何の話だ」
544:
夕張「つまりね、本来出撃するべき軽巡なのに工廠に篭もってる天才美少女ってのが私のポジションのはずなのよ」
北上「細かいところはもう置いておくとして実際そうなってるじゃん」
夕張「そう!そうだけど!ここにいるってのが当たり前になっちゃってるのよ!ピンクは淫乱なのと同じくらいに!」
北上「私ゃたまに夕張と明石の仲が良いのか悪いのかからなくなるよ」
夕張「イメージの問題よようするに」
北上「引き篭りじゃなくて理由があって引き篭らざるをえないと思われたいと」
夕張「その言い方はなんか辛い」
北上「事実だよ割と」
545:
夕張「故にこのイメージを払拭したい」
北上「現状、というか己を変えればいいのでは」
夕張「私ではなく周りを」
北上「発想が駄目人間のそれだ」
夕張「由良にも言われたもん。たまには一緒に出撃しようよって」
北上「一応聞くけど返答は」
夕張「敵が来い」
北上「うーんこの」
夕張「出撃するくらいなら工廠に作業中って札下げて自室で爆音上映会やる」
北上「いっそ清々しいね。見るなら何見るの」
夕張「ん?らんまとか?」
北上「何故爆音でそのチョイス」
546:
北上「せめて装備の試験運用くらい自分でやったら?そこの海でやればいいし」
夕張「いやぁ人材は腐る程いるんだし開発者がやらんでもいいっしょ」
北上「おい兵装実験軽巡」
夕張「あ、中で出来る実験はしてるよ?流石にね」
北上「流石にのハードルが低いあまりに低い」
夕張「砲の試験運用も可能な限り陸からやってるし」
北上「そんな事してるから波動砲爆発で工廠ダメにしたりするんでしょうに…ところで爆発した時工廠の中の自室は無事だったの?」
夕張「並のシェルターより硬いわよあそこ」
北上「技術の私物化が酷い」
547:
北上「現状のイメージを何とかしたいって、夕張的にはどんなふうに思われたいの?」
夕張「戦えるけどあえて開発研究に没頭しいざって時にとびきりの最終兵器もってヒーローは遅れてやってくる的なそういうの艦娘に私はなりたい」
北上「拗らせてない方の厨二病だこれ」
夕張「いいじゃない天才美少女。これは人気出るわよ」
北上「現実は天才変態少女」
夕張「私は助手じゃない」
北上「ユウバリーナ?」
夕張「あ、なんか可愛い」
548:
夕張「助手は北上で」
北上「厨二病に振り回されている点ではその通りかもしれないね」
夕張「胸とかもね」
北上「おっと久々にキレちまったよ」
夕張「ギルティとブレイブルーどっちがいい?」
北上「テトリスで」
夕張「え」
北上「ぷよぷよは認めない」
夕張「明石キレるわよ」
北上「ぷよぷよ派なのか」
549:
夕張「なんで!なんでそんなに強いの!!」カチカチカチカチ
北上「あーこれは天才美少女の座は私で決まりかなー」カチカチ
夕張「あ゛あ゛あ゛ずれたぁぁ!!」
北上「オセロにする?」
夕張「格ゲーよ!格ゲーで勝負よ!」
北上「天才美少女なのに?」
夕張「天才美少女だから格ゲーも嗜んでいるのよ」
北上「テトリスはダメなのに?」
夕張「パズルゲームなんて陰キャのやる事よ!」
北上「うわ色んな人に喧嘩売った」
夕張「くっ、私の頭脳派キャラとしてのイメージがぁぁ」
北上「少なくとも勤務時間にこんなことしてるうちはただのサボり魔だよ」
550:
北上「出撃がいやならもっと皆が驚くようなもの作るとかは」
夕張「この前連装砲の自動餌やり器作ったわよ」
北上「エサ、え?エサ?あれエサ食べるの?何食べるの?」
夕張「飛んでもないさで口に打ち出されて一人が大破して反乱起こさたけど」
北上「そりゃ怒るでしょーよ。しかも打ち出されるってどんな構造してたの」
夕張「バッター用のボール打ち出すあれを元に」
北上「発想元から何から狂ってやがる」
551:
夕張「皆の役に立つものは結構作ってると思うんだけどなー」
北上「家電はなんでもいじれるしね。でもそれだとただの便利屋だよね」
夕張「ハッ!?」
北上「いや驚くとこじゃないでしょ。どう見てもそうだよ」
夕張「やはり艦娘としては出撃するしかないというの…」orz
北上「そういうの関係なく出撃はしなよ」
夕張「やだぁしろとか言われないししたくもないしぃ」
北上「確かに提督はともかく吹雪も言わないんだね。吹雪ならケツひっぱたいてでも出撃させそうなのに」
夕張「そこら辺は私も不思議なのよね。資材とか勝手に色々やってても見逃してくれること多いし」
552:
明石「夕張ー!いるー!?」バタンッ
夕張「あ帰ってきた。何ー?」
明石「急患!港来て!」
夕張「なんで!?」
明石「例の脱出装置が爆発して叢雲が大破した!」
夕張「爆発!?ちょっと出力強すぎたかな」
北上「叢雲かぁ、吹雪怒りそうだなぁ」
夕張「こ、怖い事言わないでよ…」
553:
夕張「んー安全な撤退方法だと思ったんだけどなあ」
明石「とりあえず装置の方をお願い。私は叢雲診るから」
夕張「はーい。それでその、吹雪はもう知ってるの?」
明石「さっき連絡が行った後に提督室から飛び降りてきたって聞いたわ」
夕張「急ぎ過ぎでしょ…」
北上「三階だよあそこ」
明石「とりあえず行きましょ」
夕張「遺書書かなきゃ」
北上「その時は見届けてあげるよ」
554:
バタバタと二人が工廠から出ていく。
北上「天才ねえ」
夕張こそまさに努力型だと思うのだが。
方向性はちょっとあれだけど。
・・・
・・・・・・
・・・・・・・・・
【後日】
夕張「納得がいかないわ!」カチャカチャ
北上「吹雪にこってり絞られたみたいだね」
夕張「私はただこの発明が役に立つと思って…」
北上「それが例の脱出装置?」
夕張「改良中」ガチャガチャ
北上「今度はどうすんの」
夕張「いっそ思いっきり爆発させてぶっ飛ばそうかなって」
…やっぱり変人だコイツ。
558:
67匹目:Cool cat
カッコイイ猫
という意味では勿論ない。
カッコイイ人という意味の表現で基本的に男性に対して使われるものだ。
スラリとした出で立ち。飄々とした立ち居振る舞い。
日本猫のようなフワッと丸っとしている猫とは違う、例えばロシアンブルーみたいなそういうカッコよさを指す。
これを聞いて私が一番に思い浮かべたのは
559:
北上「大井っ…ち?」ガチャ
昨日話していた秋刀魚漁に球磨型のみんなで行こうという計画を提督に伝えるためにと部屋を出た大井っち。
折角だしついてって提督室にお邪魔しちゃおうかなと私も部屋を出て大井っちの背中に声をかけようとした時だった。
木曾「」コソコソ
何かいた。
私今尾行中ですという空気を醸し出しながらもの陰に隠れて頭を覗かせるマントがいた。
というか木曾がいた。
560:
大井っちが廊下の角を曲がり階段へ向かう。
木曾「ヨシ」
小声でわざわざ掛け声を出しながらもの陰から出て廊下を追う木曾、と私。
このまま尾行の尾行というのも面白そうだがさてどうしよう。
北上「そぉい!」バサア
木曾「ひゃあっ!?」
後ろからスカートとマントを思いっきりバサッとやってみる。
木曾「な、なんだぁ!?って上姉か…一体何の用だ、大事な時に」
相変わらず男勝りな口調と内股気味にスカートを抑えるギャップに加虐心が擽られる。
561:
木曾は制服姿だった。つまり眼帯付き。
当然だが風呂や寝る時は外す。
初めて外すのを見た時は私も驚いたものだ。
考えてみりゃ当たり前なのだけれど、ねえ?
ちなみにあの目は光る。
今みたいに脅かしたりくすぐってやったりすると光る。何故か。
本人も意味はよくわかってないらしい。
自分の体の一部がよく分からないけど光るってめちゃくちゃ怖い気もするけど特に気にはしていないようだ。
562:
北上「大事って、大井っちの尾行が?」
木曾「上姉も気になるだろ?提督とおい姉の仲が」
北上「あーそれで尾行か」
木曾「最近おい姉の態度も少し変だし」
北上「あ、やっぱ分かる?」
木曾「色々と推測しててもしょうがない。この目で確かめなきゃな」
北上「別に私はいいかなあって」
木曾「え?この前まで気にしてたじゃないか」
北上「気にはなるけど、そっとしとくのがいいんじゃないかな。馬に蹴られたくないし」
木曾「馬?」
通じない慣用句って虚しい。
563:
木曾「どうしたんだ急に。おい姉とケンカでもしたか?」
北上「まさか」
木曾「ならどうして」
北上「どうしてと言われるとなんでだろ」
木曾「なんでだろと言われてもな」
北上「だよねえ」
木曾「だな」
神通「お二人共、廊下の真ん中で何をしているんですか?」
北上「あー神tくさっ!魚くさっ!?」
木曾「そっちこそどうしたんだ!?」
神通「色々ありまして…」
死んだ魚の目をしてらっしゃる。
564:
北上「かわうちのやつ?」
神通「えぇ…」
木曾「いやでも何やったらこうなるんだよ…」
神通「大丈夫です。川内姉さんにはこれからカタを付けに行くので」
北上「あ、うん」
と思ったら水面下の獲物を狙う海鳥のように鋭い目付きで恐ろしい事を言う。
神通「では」
木曾「お、おう」
565:
北上「凄い、オーラだよオーラ。殺気がみえるよ」
木曾「かわうちのやつ何しやがったんだ」
北上「…神通って川内の事かわうちとは絶対言わないよね」
木曾「結局のところお互い姉妹には甘いんだろうな。あいつの場合尊敬、か?」
北上「見習っていきたいねキソー」
木曾「俺も神通の容赦のなさを見習うべきかもしれないな」
北上「やだなぁ冗談だよジョーダン。そういえば私もケンカとかした事ないなあ」
木曾「なんだ、やってみるか?」
北上「ジャンケンならいいよ」
木曾「上姉らしいな…とりあえず部屋入るか」
北上「尾行はいいの?」
木曾「今更だろ。まあ今日のところはな」
566:
北上「ケンカって言うならそれこそ大井っちと提督がそうじゃん。いっつも痴話喧嘩」
木曾「確かにな。でもあれもごく最近の話だぞ」
北上「そうなの?そういや昔の二人って私知らないな」
木曾「今と似たようなもんだよ。だから気づきにくいんだと思うけど」
北上「どゆことさ」
木曾「おっとこの先はタダとは行かないなあ」
北上「くぅ足元見やがって」
木曾「ギブアンドテイク、基本だろ?」
北上「夕食で秋刀魚一匹」
木曾「のった」
567:
木曾「昔と言ってもおい姉が来たのは約二年前だから最近と言えば最近だ」
北上「着任順だと多摩姉球磨姉木曾大井っちなんだっけ」
木曾「ああ。おい姉はほら、俺ら以外には正直結構当たりが強いだろ?提督にもそうだった。むしろ提督にこそそうだった」
北上「今でもじゃないの?」
木曾「そうだけど、なんというかなぁ。昔はもっと冷たいというか、無愛想?な感じだった。作戦に文句言ったり上姉はまだかぁって文句言ったり」
北上「大井っちらしいや」
木曾「ちなみに前者は完全に提督が悪い」
北上「提督らしいや…」
568:
木曾「それに比べて今のおい姉は熱を持って提督に当たってる感じだな。生き生きしてる、ってのは少し違うかな。でもそんな感じだと思う」
北上「流石木曾。よく見てるぅ」
木曾「姉妹だしな」
北上「そうなると大井っちは私が来てから提督とお熱になったという事になるのかな?」
木曾「時期的にはそうだと俺は思うな」
北上「何かきっかけとかあったのかな」
木曾「もしくはそれまで上姉の事ばかり考えていたけど改めて上姉が来たら提督の事を見る余裕が出来て、的な?」
北上「おーなんかロマンチック、なのかな?」
木曾「さあ」
北上「恋愛系の話はとんとわからんね」
木曾「俺らの中じゃそういうのはおい姉くらいしか興味無さそうだしな」
569:
北上「外に行った時とか男の人見てドキッとかしない?」
木曾「いや全然。というかあんまり人間を見たりしないなあ」
北上「興味なしか」
木曾「年に数度しか人間に会わないしな。魚とかの方がまだ興味が湧く」
そんなもんなのか。人と艦娘というのも。
これ程人に近いのに人に飼われていた猫の方がまだ人への興味があるとは不思議なもんだ。
木曾「上姉は結構人間に興味ありそうだよな」
北上「そ、そう?ほら、私本とかで人の話とか読んだりするからさ」
木曾「あーなるほどな」
北上「でも木曾も映画とか漫画とか、人に触れる機会が無いわけじゃないでしょ」
木曾「ああいうのはフィクションだし」
北上「そういう認識なのか」
木曾「大抵はそういう認識なんじゃないかな」
570:
北上「金剛さんとかは違うのかね」
木曾「あーどうだろうな。提督一筋って感じだし、別に人間に興味はないんじゃないかな」
北上「…あぁ、かもね」
凄く意外な事にしかし今更ながら気がついた。
そっか、皆にとって「人間」と「提督」は別物なんだ。
そういえば前に日向さんは提督を女王蜂と言ってたっけ。
でも唯一の人間だとも言ってたな。そこに違いはなんだろうか。
前任の提督を知っているから?つまり提督意外の人間を知っているから?
北上「むむむ」
木曾「どうした急に」
北上「頭痛が痛い」
木曾「そんな船に乗船みたいな」
571:
北上「金剛さんと言えばさ、大井っちと提督の仲について他の皆はどう思ってるんだろ」
木曾「さっきも言ったけど、皆はおい姉の変化については多分それほど気づいてないと思うぞ。相変わらず馬が合わないなあ位の認識じゃないかな」
北上「おー、流石大井っち。ライバルに気付かれずにゴールインする気だな」
木曾「そう取れなくもないけど、おい姉もおい姉で無意識にやってるんだろうな」
北上「だろうね。提督の方は誰かに気があったりはしなかったの?金剛さんとかモーレツアタックしてるけど」
木曾「俺か知る限りはないな。だからこそおい姉とこんなに仲良くなってたのは意外だったよ」
北上「へぇ。提督とか抱きしめてキスのひとつでもすればOKしそうに見えるのに」
木曾「それは流石にひでぇな」
北上「そうかな」
572:
木曾「もう一つ気になるのは最近のおい姉だ」
北上「私もそこがわからない」
木曾「喧嘩ってのは、やっぱなさそうだよなあ。痴話喧嘩はしても喧嘩はしなさそうだし」
北上「別に提督と仲が悪くなった感じもないんだよねえ」
木曾「なんつーかおい姉が提督を避けてる、距離を置いてる感じがあるな」
北上「そう?」
木曾「俺はそう思った」
北上「じゃあそうかもね」
木曾「そんなあっさりと」
北上「木曾の目は信頼に値すると思ってるからね」
木曾「そりゃ、妹冥利に尽きるね」
573:
最初は提督に悪態つくだけで、
そうして接する内にいつの間にか距離が近づいて、
私が来てからいつも私と居るようで、提督ともそのまま一緒にいたりして、
でも最近提督を少し避けてる。
そして多分、私との距離も変わってる。
北上「改二になってからだよね」
木曾「前に上姉が言ってた通り服装か?」
北上「本気?」
木曾「まさか」
北上「だよねぇ」
574:
木曾「上姉は何か気づかなかったのか?一緒に工廠行ってたんだろ?」
北上「別に普通だったけどなあ。その後なんかため息ついたりしだして、段々とって感じで」
木曾「さっぱりだな」
北上「木曾は改装後なんかあったりした?」
木曾「俺は…いや別に何も無いな」
北上「あ、今チラッとマント見た。やっぱ気に入ってるな、マントカッコイイと思ってるな」
木曾「お、思ってねえ!そりゃカッコイイとは思うけど別にそこまで気にしてねえ!」
北上「天龍と一緒にマント作ったりしてるのに?」
木曾「なんで知ってんだよ!?」
北上「龍田が言ってた、って阿武隈が」
木曾「アイツは龍田にだけ口が軽すぎる…」
北上「姉妹だもんねぇ。いいなぁウチの妹も見習って欲しいなぁ」
575:
木曾「俺は、上姉にこそ見習って欲しいけどな」
北上「え?」
片方だけのクールな目が私をじっと見つめてくる。
鋭い観察眼は、私をどう見ているんだろう。
というかなんで眼帯なんだろうか。色が違ったりするけど普通に見える目のはずだが。
明石に頼んだら目くらいどうにでもなりそうだし。
北上「あ」
木曾「お?」
北上「そういえば改装した日大井っちがなんか明石のとこに行ったとか言ってたっけ」
木曾「ほぉ。なんさ手掛かりになるかもな」
北上「今度聞いてみるよ」
576:
上の方から騒がしい声が聞こえ始める。
北上「また始まったね」
木曾「いっそこの方が落ち着くよ」
北上「確かに」
木曾「さて、着替えるか」
北上「なんで制服だったの?」
木曾「言わせないでくれ」
北上「あーマントか」
木曾「言わないでくれ」
577:
北上「…」ジー
木曾「な、なんだよ」
北上「なんで眼帯なんだろうね」
木曾「これか?なんでって言われると、なんだろうな」
北上「お風呂とか寝る時は普通にとるもんね」
木曾「邪魔だしな」
北上「なら外しちゃえば?」
木曾「こっちで慣れちまったからなあ。外すとかえってやりにくい」
北上「そうなの?」
木曾「上姉急に片目で暮らせって言われたらキツイだろ?」
北上「無理だね」
木曾「逆ではあるけどそれと同じことだよ」
北上「ふーん」
578:
北上「スキありっ!」バッ
木曾「どわぁっ!?」ドサッ
木曾の眼帯を取ろうと襲いかかる。
慌てて防ごうとしたようだけど叶わず適わず、押し倒される木曾。
木曾「痛え」
北上「畳だしだいじょーぶ」
木曾「コンクリよりマシってだけだ」
北上「おー黄色く?黄金かな。光ってるね」
木曾「夜だとちょっとした明かりになるぜ」
北上「それだと寝る時眩しくない?」
木曾「その時は消してる」
北上「消せるのか…」
無意識に消えてるわけじゃないらしい。
579:
北上「私が写ってるね」
木曾「レンズだからな。映ってなかったら一大事だ。ところでそろそろ上から降りてくれ」
北上「私の形してる」
木曾「どういう意味だよ」
北上「猫とか鳥の形だったら面白いなあって」
木曾「魔法の鏡じゃないんだぜ。まあもしかしたら、船の形とかはあるかもな」
北上「船かあ」
大井「北上さーん。提督に秋刀魚漁の話取り付けてきま…あ」ガチャ
木曾「あ」
北上「いやん」
580:
大井「そっち!?」
そっちってどっちだ。
大井「提督ぅぅぅぅぅ……」ダダダ
北上「行っちゃったよ…」
木曾「これめんどくさい事になるんじゃないのか」
北上「どーだろ」
木曾「しかしあれだな、こういう時は真っ先に提督のとこに行くんだな」
北上「なんだかんだでやっぱり提督なんだね」
木曾「ツンデレってやつだな」
581:
北上「木曾は提督の事どう思ってるの?」
木曾「俺か?改めて言われると、そうだな。相棒?」
北上「カッコイイね」
木曾「上姉こそどう思ってるんだ?なんやかんやと提督とはよく一緒に居るし、この前なんか部屋で寝てたじゃないか」
北上「提督かぁ。んー手掛かり?」
木曾「はい?」
北上「容疑者、いや目撃者的な」
木曾「推理小説の話はしてないぞ」
北上「事実は小説よりも奇なりなんだよワトソンくん」
木曾「勘弁してくれホームズ」
呆れて肩をすくめる妹をよそに、私はあの日神社で出会ったような、出会わなかったような、不思議な友人を思い出していた。
582:
木曾「お」
北上「あ」
上からまた騒がしい二人の声がする。
木曾「俺は知らないぞ」
木曾がまた肩を竦めて立ち上がる。
北上「クールだねぇ」
木曾「別にそんなことは無いさ」バサッ
そしてマントを翻しながらカッコよく取る。
木曾「うわっ」バフッ
あ引っかかった。
木曾「…」
北上「…」
木曾「れ、練習中だ…」カァァ
実に可愛い妹である。
591:
69匹目:猫と船
三毛猫のオス。
その珍しさからどういう訳か一緒に船に乗ると沈まないなんて言い伝えがあるとか。
もし私が生前三毛猫のオスだったら不沈艦になれたのかな。
それはそれとして、私達は1日の内殆どを地上で過ごす。
出撃があるとはいえ長くても半日といったところか。遠征ともなると少し事情が違うけれど。
船にあるまじき生活だがそれでも私達にとって海というのは生きる上で大切なものだ。
592:
私達は陸に住んでいる。それは間違いない。
だが私達に陸という意識は恐らくほとんどない。
艦娘にとってこの世界にあるのは海と空と鎮守府、と陸だ。
鎮守府は鎮守府であり、決して陸ではない。
陸と海の間。
人と船の境界にいる私達には大切な場所。
故に陸への愛着がある者は少ない。陸で何かあっても他人事にしか思えない。
私達にとって日常を揺るがすような何かとは決まって海での事なのだ。
593:
北上「うーみーはー広いーなー大きーいーなー」
木曾「呑気に歌ってる場合かよ」
北上「だってさあ、こうして最で現場に向かってるってのに見えるのは海海海。太平洋の広さが身にしみるってもんだよ」
大井「問題の場所はもう少しのはずなんですけれど」
多摩「最後に連絡があった時はまだ交戦していたらしいからにゃ。移動している可能性は大きいにゃ」
北上「もしくは、もう沈んで消えたか」
だだっ広い海のど真ん中で沈黙が走る。
状況から言って件の船がまだ生きている可能性は極めて低い事は皆も分かっている。
594:
球磨「煙クマ」
多摩「何っ!」
周囲を偵察していた球磨姉ちゃんが指を指す。
そこには空を彩る様々な雲とは明らかに違う黒い硝煙が上がっていた。
木曾「だいぶ位置がずれてるな」
大井「煙という事は沈んではいないようね」
球磨「でも敵影もなし。なんだか不気味だ」
多摩「警戒しつつ接近するにゃ。敵がいるようなら雷巡トリオですかさず魚雷。基本的にはそのまま即離脱にゃ」
「「「「了解」」」」
先行する球磨姉ちゃんと多摩姉ちゃんに続く。
やはり有事の際の2人はとても頼もしい。
大井「…」
ただ、大井っちが妙に険しい表情なのが気になった。
595:
事の発端は僅か1.2時間ほど前。
秋刀魚漁の護衛。つまり秋刀魚漁に来ていた時のことである。
普段よりも沖に出ての出撃。
大井っちによる提督の説得、内容はともかくその説得の結果私達球磨型五人による出撃が許可された。
もうそろそろ漁場に着くという頃、その連絡は入った。
596:
飛龍「ええ!?なになにどういうことよ?」
球磨「?」
多摩「どうしたにゃ」
引率役の旗艦、飛龍さんが急に慌て出す。
飛龍「えっと、提督から連絡が来てて、待って待って提督、皆に話した方が早いから」
直後、艦隊の全員に回線が繋がった。
提督『悪いがあまり時間が無い。手短に話すぞ。今から漁船は引き返す。護衛は飛龍だけだ。後はこれから送る座標に向かえ』
飛龍「私だけって、本気?」
提督『見張りとしてだから攻撃機積んでないだろ。船には全力でそこを離脱してもらう。索敵だけなら飛龍だけでいい』
私達が囲んでいた漁船が徐々に度を落とす。どうやら撤退の準備を始めたようだ。
597:
多摩「それで、何があったにゃ」
提督『海外からの船が日本に向かう途中深海棲艦に襲われ連絡が途絶えた。詳しい話は向かいながらだ。今はとりあえず動いてくれ』
飛龍「…りょーかい。旗艦は球磨ちゃんでいい?」
提督『構わん』
球磨「任された」
飛龍「それじゃ皆、気をつけてね」
そう言い残して踵を返す飛龍さん。
その真剣な表情に私も少し緊張する。
598:
木曾「で、何がどうなってるんだ」
大井「救援にしたって私達じゃ大した力にはならないわよ。空母も戦艦もなし。装備も秋刀魚漁用のものが多いし」
提督『そこが少し複雑でな。今日船が来る予定は正式にあったんだ。特定のポイントまで向こうの艦隊が護衛して後は日本の艦隊がそれを引き継ぐ予定になっていた』
多摩「予定、にゃ」
提督『ああ。その船が現れなかった。何事かと問いただしてみりゃ今から1時間ほど前に深海棲艦と接触したという連絡があったっきり音信不通だと』
球磨「1時間も前?」
提督『色々言ってはいたが要は俺らに借りを作りたくないって事だろ。結局どうにもならないと思って助けを求めた訳だが』
多摩「くだらねえにゃ」
提督『全くだ』
政治的な話、ということなのだろうか。
いまいちピンと来ないがくだらないというのは分かった。
599:
提督『そのくせご注文が多くてな。無事なら助けろ、無事じゃなくても船には触れるな、とさ』
大井「何か見られたくないものでもあるんでしょうか」
提督『多分な。出来れば回収したい、でも日本には渡したくない。そんなものがあるのかもな』
木曾「俺らに関すること、だろうな」
提督『艦娘生み出したのは日本だしな。おかげで日本と海外との力関係は妙な事になってる。皆ちっぽけな島国を出し抜こうと必死だし、日本も出し抜かれまいと必死だ』
多摩「で、多摩達は結局どうすればいいにゃ」
提督『船が無事なら助ける。だがそうでないなら即撤退だ。幸い秋刀魚漁用に偵察装備は多めに積んである。要索敵。敵が強力なようならすぐ逃げろ』
球磨「妙な作戦だ」
提督『変更も考えられる。何せ見られたくないものを詰んでるんだからな。こっちもそれをエサに交渉してる途中らしい』
木曾「日本としても是非手に入れておきたいところだよな」
提督『後はまあポーズだな。一応救援に向かったっていう。だから急いでは貰うが正直助けるとかは考えなくていい。そもそも最後の連絡が1時間前。移動を考えたら着くの頃には2時間経ってる。まず助からん』
連絡が途絶えたという時点で絶望的なのにさらに2時間も経つとなれば、当然そうなるか。
600:
提督『そこに向かったという事実があればいい。後は自分達の安全を最優先しろ。釣竿でやつらと戦うわけにゃいかんだろ』
北上「そりゃそうだ」
提督『じゃ頼んだぞ』
球磨「了解」
多摩「とんだ秋刀魚漁だにゃ」
木曾「釣りをしてんのは上の連中ってわけか」
大井「何が釣れるのやら」
北上「私達がエサじゃないといいけど」
それから1時間弱。私達は煙と、船を発見した。
601:
木曾「こりゃ、酷いな」
大井「無事、と言っていいのかしら」
船は確かに浮いていた。あちこちに穴があき、ドス黒い煙を吐いていたが。
艦橋はまるで踏まれたかのようにひしゃげ、甲板は波のように捲り上がり、人影もなく、何より一切の生が感じられなかった。
多摩「敵影はなしにゃ」
球磨「こっちもだ。どうなってる?」
北上「船がこんなになってるって事は護衛の艦隊は、そういう事だよね」
多摩「なのに船がまだ無事なのがよく分からんにゃ」
球磨「無事とは言えない」
多摩「まるで人だけを殺すような痛め付け方にゃ…これは」
多摩姉の表情が強ばる。
なんというか、恐怖とかではなく嫌悪感とか、気持ち悪いものでも見るようなそんな表情に見えた。
602:
吹雪『見つけたみたいですね』
北上「吹雪?提督は?」
吹雪『今お偉方とお話中です。あちらも色々と大変そうで。それでそちらは?』
球磨「護衛は見当たらず。船は大破。人影はなし。深海棲艦も見当たらず」
吹雪『それは…いえ、とりあえず生き残りがいるかどうかですね』
多摩「探索に入っても問題ないかにゃ?」
吹雪『とりあえずは。どうせその分だと沈むでしょうし証拠もなくなります。あちらさんにとやかく言われることもないでしょう。お宝があるなら持ち帰りたいところですし』
球磨「了解」
603:
球磨「となるとどうするか」
多摩「多摩と北上と木曾で船内に入るにゃ。大井と球磨は見張りを頼むにゃ。大井もそれでいいにゃ?」
大井「はい…」
木曾「あいよ」
北上「え、入るの?燃えてるよこいつ」
多摩「少しくらいなら平気にゃ。戦艦の砲弾に比べりゃ炎も煙も子供のオモチャみたいなものにゃ」
北上「さいですか」
木曾「でもどうやって入るんだ?」
多摩「あー」
球磨「これがあるクマ!」ツリザオー
北上「マジで?」
球磨「これをフックに」
多摩「確かに糸は丈夫だけどにゃ…」
木曾「それしかないか」
北上「マジで…」
604:
北上「ホントに登れるし」
この糸何でできてるんだ。
木曾「人の手でやったら絶対指切るよなこれ」
下を見下ろす。意外にも結構な高さがあることに驚きを隠せない。
考えてみりゃ船ってめちゃくちゃでかいよね。
艦娘はみんな人型だからは おー流石戦艦身長高いなーくらいの認識しかなかった。
実際の戦艦とかってどれだけでかいんだろ。鎮守府よりでかい?
思えば船なのに船に乗ったのはこれが初めてである。
北上「…」
下を向くと大井っちが何処か遠くを見つめているのが見える。
私の方を、というより船の方を一切見ようとはしていない。
605:
多摩「木曾は後ろの方を頼むにゃ。多摩と北上は前と艦橋を」
木曾「おう。生き残りがいたら?」
多摩「状態にもよるけどとりあえずは救出にゃ」
北上「何か持って帰るの?」
多摩「よっぽど怪しいものがあったらにゃ。後は、遺品の1つでも持ち帰るにゃ」
木曾「了解」
多摩「緊急時は砲弾で壁ぶち破って脱出にゃ」
北上「あーい」
609:
中は、地獄だった。
北上「これ全部血か」
多摩「船が沈んでないわけにゃ。人だけ殺すように機銃ぶち込んでるにゃ」
辺りには夥しい数の穴が空いていた。
開けるまでもなく中の様子が分かるほどにドアの下から血が流れでている部屋。
最早判別もつかない黒い何かの燃えカス。
北上「でもさ、機銃ってこんな中まで貫通するもんなの?」
多摩「…どうだかにゃ」
北上「どうだかって」
多摩姉の顔が段々険しくなる。
事態の重さや惨状を見てでは無く、今度は何か確信しつつあるような顔だった。
610:
多摩「大井の事、気づいてるにゃ?」
北上「そりゃね」
多摩「前に話した通りにゃ。今回みたいに船の救出に向かって、間に合わなかった。それがトラウマになってるにゃ」
北上「だから見張りにしたんだよね」
多摩「できれば連れてきたくはなかったにゃ」ガンッ
歪んだ扉を蹴破る。
多摩「ここから先は流石に火の手が激しすぎるにゃ」
北上「引き返そっか」
煙が辺りに充満している。
蒸されているような熱さと鼻にツンとくる血と肉と鉄が焼けた匂い。
人間ならとても耐えられない空間だ。
611:
多摩「北上はこれを見てどう思うにゃ」
北上「んー」
第一印象は、人ってこんなに血が流れてるんだなあ、だった。
何処か他人事。それが私が猫だからなのか艦娘故なのか、よく分からないけれど。
多摩「あんまりって感じだにゃ。北上らしいと言えばらしいにゃ」
北上「臭いがきついとかかな」
多摩「艦娘はそういうやつが多いにゃ」
北上「臭い?」
多摩「あんまりこういうのを気にしないって話にゃ。実感がわかないというか、まあ船だからにゃ」
北上「そりゃそうか」
612:
多摩「こういう事は珍しくもないんだにゃ。最近はだいぶ減ったけどにゃ。だから慣れといた方がいいにゃ。苦手なら、そうだと知っておいた方がいいにゃ」
北上「多摩姉もあったの?」
多摩「昔はしょっちゅうにゃ。船だけじゃなく、陸でも」
北上「へえ」
多摩「人は脆すぎるにゃ。私達は、頑丈すぎるんだにゃ」
木曾『多摩姉!』
北上「うおっ」
突然通信がはいる。
613:
多摩「どうしたにゃ」
木曾『機関部がやられてる。今まで爆発してないのが不思議なくらいだ。中にはいない方がいい!』
多摩「先に脱出してろにゃ。ぶち破ってかまわんにゃ」
木曾『多摩姉達は?』
多摩「上に少し用があるにゃ」
北上「上?」
614:
艦橋はひしゃげて崩れていたが司令部のような部分だけは辛うじて形を保っていた。
多摩「せい」ズゴッ
中に生存者がいたらどうするんだと言いたくなるような勢いでその壁をぶち破る多摩姉。
どうせ居ないとは思うけど。
北上「え?」
中は案の定悲惨な事になっていた。
だが、それはどう考えてもありえない状態だった。
頭がなかった。
四肢がちぎれていた。
穿たれ、喰い破られていた。
それらはどう考えても艦上で受ける被害には思えないものだった。
615:
多摩「アイツに出会わなかったのは実に幸運だにゃ」
北上「アイツって?」
多摩「深海棲艦だにゃ」
北上「確かにね。相当強い相手みたいだし…」
でも深海棲艦を指してアイツと呼ぶものだろうか?何か、何か知っているようにしか思えない。
多摩「これが艦長かにゃ」
北上「わかるの?」
多摩「着飾ってるからにゃ」
北上「ならほどね」
多摩「んしょ」ゴソゴソ
北上「何漁ってるのさ」
多摩「遺品の1つでも持って帰りゃいいお土産になるにゃ」
616:
多摩「これとか良さそうにゃ」
北上「家族の写真ってホントに持ってるもんなんだね」
多摩「北上」
北上「なにさ」
直後、爆発音と激しい揺れが襲う。
北上「うわっ、いよいよ逝ったかな!?」
多摩「スタコラサッサだにゃ!」
来た時とは別の壁をぶち破って甲板に出る。
後は走って海に飛び込んで、飛び込んでいいのかな?結構高さあるけど艦娘なら平気?
北上「これ飛び降りるしかないの?」
多摩「北上」
北上「ん?」
多摩「さっき見た事は誰にも言うなにゃ」
北上「え」
多摩「多摩が提督に話しておくにゃ」
北上「いや今はそれよりもね」
多摩「急ぐにゃ」ピョン
うわサラッと飛び降りよった。
北上「ええいままよ!」ピョン
617:
球磨「そい!」ガシッ
北上「わわっ!?」
木曾「ナイスキャッチ」
北上「死ぬかと思った…」
大井「無事ですか北上さん!!」ガシッ
北上「平気平気?」
多摩「あれくらいなら平気にゃ」
北上「先にそれ言ってよね」
木曾「別艦隊が見えてきたな」
北上「何それ」
球磨「ちゃんとした救援部隊だクマ。現場の事はむこうに任せてさっさと秋刀魚食べに戻るクマ」
多摩「だにゃあ」
北上「疲れたぁ」
大井「お風呂入らなきゃですね」
木曾「本当だ、色々と臭いな」
618:
北上「さてと、行きますかね」
大井「北上さん」ギュッ
北上「どったの大井っち?」
大井っちが私を抱きしめてきた。なんだかこういうのも久々な気がした。
大井「その…ごめんなさい…」
北上「え?」
思わず振り返ろうとしたけどしっかりと抱きつかれてるから大井っちの顔は見れなかった。
というより、大井っちが表情を見せまいとしているようだった。
北上「別に怪我とかないから平気だって。それより早く帰ろうよ」
大井「…はい。そうですね。秋刀魚もありますし」
北上「私はもう食べちゃったけどね」
大井「そんなに食べたかったんですか?」
北上「なんか面白そうだったし」
619:
炎上する船から離れる。
北上「まだ沈まないんだね」
多摩「余程丁寧に攻撃されたみたいだにゃ」
球磨「穴さえあかなきゃ案外丈夫なもんクマ」
木曾「外はどうだった?」
球磨「静かなもんクマ。船の一部が浮いてたくらいクマ」
北上「私もそっちのが良かったなあ」
球磨「どっちの船かも分からない状態だったけどクマ」
どっちの、か。
あの燃える船か、
影も形もなかった護衛の方の艦か。
620:
大井「中は、中はどうでしたか?」
多摩「酷いもんだったにゃ」
大井「そうですか」
立ち上るドス黒い煙を振り返る大井っち。
トラウマになるくらいだ。大井っちは私と違って随分と人間に思い入れがあるらしい。
共感と言うべきかな。
こういうのも案外、提督への想いから来ているのかもしれない。
大井っちにとって人間は結構自分に近い存在なのだろう。
私は飼い主以外どうでもいい感じなのかな?改めて考えるとなんだか酷く冷たい気がするけど。
621:
帰投してみると鎮守府は随分と騒がしくなっていた。
何があったか情報が錯綜しているようだった。
そのせいか皆帰投した私達に妙によそよそしいというか、どう対応するべき決めかねているようだ。
仕方ないといえば仕方ない。
飛龍「おかえりーー!!」ビュン
多摩「にゃ」サッ
球磨「ヘブゥッ!?」ドゴ
多摩姉に向かって飛んできた人間ロケット、もとい飛龍さんだったが多摩姉=サンのネコ動体視力による回避で球磨姉=サン刺さった。ナムアミダブツ。
飛龍「皆!大丈夫だった!?」
多摩「今腕の中で息絶えたヤツ以外は無事にゃ」
球磨「」
飛龍「よかったぁあ!!」ギュウ
球磨「グォォオォオオォ」
多摩「だからよくないにゃ」
木曾「く、球磨姉!」オロオロ
大井「空母の腕力…」
北上「こりゃ球磨姉もお風呂かな」
622:
多摩「提督への報告は多摩がしておくにゃ」
飛龍「私も行こっか?」
多摩「こっちはいいから球磨を風呂に連れてけにゃ」
飛龍「はーい」
球磨「」
また球磨姉は飛龍さんの腕の中だ。というか飛龍さん球磨姉をぬいぐるみ扱いしてないだろうか。
木曾「俺らも風呂入るか」
北上「だねー。このまま部屋には行きたくないや」
大井「折角ですし私も」
623:
北上「あっ」
木曾「どうした?」
北上「忘れてた、ちょっと提督んとこ寄ってくね」
大井「私も行きましょうか?」
北上「いやあちょっと寄るだけだからいいよ、先行っといて」
木曾「おう」
飛龍「…北上も中見たんだっけ」
北上「船の?見たけど」
飛龍「そっか。じゃ先行ってるね」ヒラヒラ
木曾「球磨姉さん生きてます?」
飛龍「髪の毛モコモコだからまだ生きてると思う」
大井「そこで判断しないでください…」
624:
提督に聞きたい事があった。
大井っちのあの反応。提督はアレについてどう思っているのだろうか。
それと、多摩姉が誰にも言うなといったあの惨状。
今多摩姉は提督と話しているはず。それを聞いておきたい。
皆にぞんざいに扱われるせいか妙にボロっちい提督室の扉に耳を当ててみる。
提督「間違いなしか」
多摩「間違いなしにゃ。他にもあんな事する奴がいる可能性について考えなければ、だけどにゃ」
提督「それは考えないでおこう」
多摩「いいのかにゃ?最悪を想定しなくて」
提督「自分じゃどうしようもないことにまで頭を悩ませても意味は無いだろ」
625:し ◆rbbm4ODkU. 2018/12/05(水) 04:21:25.90 ID:nx/Lx4j80
提督「詳細は吹雪に伝えておいてくれ」
多摩「書類は嫌にゃ」
提督「書類はいいよ。前に記録を全部PCに移したんだ」
多摩「おー。時代の波だにゃ」
提督「だからレポートはスマホかPCで出してくれ」
多摩「結局書かなきゃダメなのかにゃ」
提督「手書きよりは随分とマシだろ」
多摩「それはまあそうにゃ」
提督「見た映像は明石に頼んでいくらかデータ化して貰ってくれ」
多摩「はいにゃ」
会話が止まり足音がした。
まずい多摩姉部屋を出る気だ!
急いでドアから離れ
多摩「あ、そうだにゃ」
足音が止まると同時に私も思わず止まる。
626:
提督「なんかあったか?」
多摩「北上も見てるにゃ」
提督「な!?アイツ連れてったのか!」
多摩「球磨と多摩で分かれて、大井があれだから編成上仕方なかったにゃ」
提督「外の見張り増やすか木曾に付けるか出来ただろ」
多摩「木曾じゃ頼りないにゃ」
提督「でもなあ!」
多摩「提督はまだ諦めるつもりはないのかにゃ」
提督「まだも何もこれからだろ」
多摩「にゃ」
提督「多摩、お前」
多摩「多摩は基本的に姉妹第一にゃ。提督にとってそれが第一のようににゃ」
627:
多摩「それじゃあにゃ」ガチャ
あ、やば、忘れてた、
扉が私のいた方に開く。
木の板にさえぎられ多摩姉は見えないし、多摩姉も私はまだみえてない。
扉の影で体育座りで体を縮める。
お願いだからこのまま気付かずにどっかへ…
多摩「…」チラ
北上「ぇ」
628:
一瞬チラと、でも確かにこっちを見た。
でもまるで何事も無かったかのように部屋を後にした。
どういうことだ?
予想外の事につい体育座りのまま閉まる扉の横で固まってしまう。
するとまた部屋の中から声がした。
吹雪「予想外でしたね」
提督「というかお前知ってたろ。あん時お前が無線出てたんだから」
吹雪「そう言えばそうでしたね」
提督「おい」
629:
吹雪「いえ、実際多摩さんの言う通り仕方ないことだったとは思いますよ」
提督「それは分からなくもないけどさあ。というかなんで今隠れてたんだよ」
吹雪「なんとなく?」
提督「お前のなんとなくは信用できん」
吹雪「あはは、それはともかく仕方ないと言えるといえば言えます。でもその上でどうして多摩さんが北上さんを連れていったのか気になったので」
提督「仕方ないから、だけじゃないと?」
吹雪「だからまあ本人の言う通り姉妹第一ってことなんでしょうね」
提督「家族想いだな」
吹雪「ええ、本当に」
北上「…」
家族ねぇ。
630:
吹雪「で、北上さんはどうします?見ちゃったみたいですけど」
提督「向こうから何か言わない限りは特に何も」
吹雪「言ってきたら?」
提督「…どうすっかなあ」
吹雪「ありゃりゃ、悩んでますねえ。即決かと思いましたけど」
提督「そうもいくかよ。でもあんまり悩んでる余裕はないよなあ」
吹雪「北上さんなら即聞きに来そうですしね」
提督「知識欲とかすげぇからなアイツ」
631:
もう暫く聞いていても良さそうだが流石にそろそろお風呂に向かわねば皆に怪しまれる。
多摩姉は一体どういうつもりなのだろうか。
それに私は何を見たんだろうか。
今まであまり意識していなかった。
海には化け物がいて、私達はそれと戦うためにいるんだ。
私もそうあるべきなのだろうか。
艤装を付けていない今なら、私も何かあればあの人達のようにこの深緑の制服が血に染まるような弱い存在だ。
北上「やっぱ怖いよねぇ」
猫はやはり海に出るべきじゃない。
639:
70匹目:mad enough to kick a cat
猫のケツを蹴るくらいイカれてる、という意味。
つまり頭おかしいよってこと。
夕張「あんっ//」
明石「どう?」
夕張「ごめん普通にくすぐったい」
目の前の状況をごく簡単に説明するとしたら
制服姿で両手を後ろで組み目隠しをした状態で椅子に座っている夕張と
その夕張のおへそ辺りを筆でいじっている明石
となる。
どう考えても何も見なかったことにして逃げ出した方が賢明な状況なのだがあまりにも訳が分からなすぎて聞かざるを得なかった。
北上「何やってんの」
夕明「「兵装実験」」
嘘をつけ。
640:
北上「とりあえず吹雪に報告をば」
夕張「違う!違うの!これにはマリアナ海峡より深いわけが!」
明石「」ウンウン
北上「目隠し拘束状態の痴女に説得されてる私」
あとマリアナは海峡ではなく海溝だ。
夕張「私今そんなに見た目酷いの?」
明石「言わなかったけど正直誰かに見られたら人生終わるくらいには」
夕張「マジっすかサンデー。というかなんで!なんで言わなかったのそれ!」
明石「いやほら、ギャグボールは流石にやめようってなったから相対的にまともに見え始めたというか」
北上「サラッとギャグボールとか言わないで欲しい」
夕張「うぅ…ここは第一発見者が北上で良かったと安堵すべきか」
北上「目撃した身としてはもう気が気じゃないけどね。惨殺死体に負けずとも劣らないレベルのショックだったけどね」
641:
夕張「エr、薄い本でよくへそとかで感じてるのあるじゃん」
北上「そんな知ってて当然みたいな前提で話を振られても困るんだけど」
明石「アレってほんとに感じるのかなあって思って」
北上「そんなところで研究者魂見せないで」
夕張「物は試しと」
明石「感覚を鋭くするために目隠しを」
北上「あれ?ギャグボール要らなくない?」
夕明「「気持ちが入るかなぁって」」
北上「あぁ、そう…」
642:
北上「そもそもなんでおへそなのさ」
夕張「胸はなんか1人だと虚しくなるし、二人だと凄く気まずい空気になる」
北上「え、実践済み?実践済み!?」
明石「下はクセになるのでこれ以上はヤバいってなった」
北上「何してたのホントにさ!?」
夕張「オモチャは作り放題なので」
北上「弄るのは身体じゃなくて兵装だけにしてよ…」
明石「ほら!私達も兵器みたいなものだし」
北上「だとしたら欠陥にも程がある…」
643:
夕張「不思議な事にオn、自慰とかそういう事にのめり込んでる娘っていないのよね」
北上「不思議な事なのそれ」
明石「皆が普通の人間だとしてもヤってる人はヤってるもんでしょ?」
北上「知らないよ…」
夕張「ましてここは戦場。ストレスマッハのブラック職場なのにその捌け口としてオナ○ーや慰めックスレズックスに走るものがいないのは異常よ」
北上「さっきから頑張ってオブラートに包んでたのに一気にアウトなワードぶち込んできたね」
明石「男は提督1人なんだし同性愛者がワラワラ出てきてもおかしくないのに」
北上「そんな発想がワラワラ出てくる方がおかしいんだよ」
644:
夕張「その提督だってヘタレパツキン(笑)だから手を出したりはしてないし。逆レされてる可能性は否定しないけど」
北上「そこははっきりと否定してくれると嬉しい」
明石「私達も別にストレスとかでこんなことしてるわけじゃないものね」
夕張「そうそう。あくまで知的好奇心」
北上「でもクセになりかけたんでしょ」
明石「そう、そこなのよ」
北上「え」
夕張「当たり前だけど私達も普通の人間みたいに快楽というか、そういうのは感じるのよ」
明石「例えばほら」ムニッ
夕張「アッ//」
夕張「」スッ
明石「ゴメン、マジごめん。だから白熱電球はやめてマジやばい」
北上(何故白熱電球…)
645:
夕張「私はここの、ほら。胸の下あたりが弱い。あと脇」ヌギ
北上「見せんでええわ」
明石「私は「明石のはちょっと刺激が強いからNG」えー」
北上「なんかすっごい気になるけど聞かないことにする」
夕張「まあそんなわけで私達にも性感帯はある」
明石「にも関わらずそれに溺れたりする者がいないのよ」
夕張「生物の三大欲求にも挙げられる性欲だけど何故か私達はそれが薄い。食欲睡眠欲は人並みにあるのに」
明石「慰安は様々な戦場で問題になるくらい切り離せない問題なのに何故か。私達が女だからか」
北上「前半のアレがなければ真面目な話に聞こえるのに…」
646:
夕張「まず基本的に私達は子孫を残せない。生殖能力がないから」
明石「ゴムなしヤリ放題よ」
北上「サイテーだよ台無しだよ」
夕張「でもそうなると余計に快楽だけを目的にしてしまうと思うの」
北上「そこはまあ確かに」
明石「つまり艦娘にないのは生殖能力というより生物としての基本的な意識。能力ではなく遺伝子を残さなきゃという意識」
夕張「ヒトの形をしてはいるけれど生き物としてある意味もっとも根本的な意識が欠落していると思うのよ」
北上「んーどうなんだろ。普通の人間の意識って私達にはわかりようがないからなんとも言えないや」
夕張「一般人と触れ合う機会もないものねー」
明石「あー聞きたい弄りたいー」
夕張「JKをハイエースでダンケダンケしたい」
明石「怪しい薬とか触手とか試してみたい」
北上「二人にないのは常識だよ」
647:
夕張「お腹はすくから食欲はある。眠くなるから睡眠欲はある」ゴソゴソ
明石「でも何も食べてなくても燃料と弾薬があれば戦える。不眠不休でもそれで死ぬ事は無い」ヌギヌギ
夕張「人間らしさはあるけれど生き物とはおおよそ考えられない」ギシギシ
明石「血は流れてるけれどそれはあくまで身体を維持する機能で、親から子へと受け継がれる遺伝的な血ではない」ゴロン
夕張「血は水よりも濃いというなら私達の場合血は海水よりは薄いってとこでしょうね」チャキ
北上「真面目に語っているところ悪いんだけどなんで明石は服脱いで横になってて夕張は筆と目隠しの用意をしているの」
明石「次私の番だから」
夕張「さっきは私がやられたので」
明石「お互い平等にと」
夕張「被験体は多ければ多いほどいいものね」
北上「なんでそういうとこだけ良識あるのさ」
648:
夕張「北上もどう?気持ちいいよ」ナデナデ
明石「んーそこは微妙」
北上「興味が無いと言ったら嘘になるけど本能が全力で拒否してる」
夕張「そういえば大井はどうなの?」コショコショ
明石「ちょ、そこ鼻は、ハックション!!」
北上「んー。そういう事はしてこないなぁ。単純に姉妹として私の事が好きってことなんじゃない?」
夕張「ちぇーつまらないのー」コチョコチョ
明石「アハハハだめぇ脇は弱アヒヒヒィッ」
北上「私はほっとしたけどね」
夕張「そういえば大井の機嫌は治ったの?なんか調子悪かったって」ギュッ
明石「え、何結んでるの?」
北上「治ったよ。提督と無事ゴールインできたからじゃないかな」
夕張「え!?結ばれた!?」ガタッ
明石「わっ!びっくりした…目隠しって結構怖いわね」
649:
夕張「ちょっとちょっと?その話詳しく聞かせなさいよ?」
明石「あれ?夕張??」
北上「いや私も詳しくは知らないよ?」
夕張「よーし調査よ!ありとあらゆる手を尽くして暴いて洗ってさらけ出してやるのよ!」
明石「ちょ、どこ行くの?ねぇこれ私縛られてない!?手が動かないんだけど!」
北上「さらけ出すのはともかく私も気にはなってたんだよねえ」
夕張「そうと決まれば早、善は急げ!」
明石「怒ってる?やっぱさっきの怒ってる?」
北上「え、明石は?」
夕張「ほっとこう」
明石「怒ってたぁぁ!!思った以上に怒ってたあぁぁ!ゴメンて!謝ったじゃん!仕返しにしてもこれはやりすぎよ!」
650:
ホントに明石を置き去りにしたぞこのお中元。
夕張「よし」カタン
北上「別に作業中って札を下げればいいというものでは無いと思うんだ」
夕張「マジにヤバかったら艦娘パゥワァーでなんとかなるでしょ多分」
北上「…で調査って一体なにするの」
夕張「とりあえず提督室に盗聴器をね」
北上「当たり前のようにそういう発想が出てきて尚且つ当然のように盗聴器持ってるってのが…」
夕張「探偵七つ道具のひとつだもん!」
北上「残りは」
夕張「嘘発見器」
北上「推理する気ねえ」
651:
なんの躊躇もなく提督室へ向かう。
夕張「前々から盗聴器は仕掛けたいなって思ってたのよ」
北上「えぇ何故に」
夕張「提督の弱み握って手篭めに」
北上「男女逆じゃんか」
夕張「ジョーダンジョーd」バコン
北上「うわっ!?」
突如横の部屋の扉が思い切り開き夕張の顔面にぶち当たる。
もし私が廊下のそっち側を歩いていたと考えるとゾッとする。
652:
北上「ってあれ、吹雪?」
吹雪「きーきーまーしーたーよー夕?張さん」
夕張「顔は、顔はアカンて吹雪ちゃん…」
吹雪「はいはい今治療してあげますからね?お話はそこでじっくり」
夕張「違うの!ちゃうねん!これには吹雪ちゃんの胸の谷間くらい深い理由が!」
吹雪「海抜ゼロメートルじゃないですか!!」
夕張「自分でそこまで言わなくても…」
北上「何故流れるように煽るのか」
653:
吹雪「はーいとりあえず工廠行きましょうね?」
夕張「ちょ!なんで?なんで工廠!?」
吹雪「どーせ碌でもない事してたんでしょう」
夕張「してない!断じてしてない!」
吹雪「してたんですね」
北上「してたね」
夕張「北上ぃぃぃ!!」
北上「アレに関しては私無関係だし…」
吹雪「言い訳は海の底で聞きます」
夕張「ヒィッ!?」
654:
夕張が連れ去られていく。
北上「もしかしてマゾなのでは」
割と有り得そうな仮説だ。
北上「そういやこの部屋ってなんだ?」
吹雪が出てきた部屋を見る。
印刷室。と書いてある。
最近印刷機は使わないからと例の倉庫に置かれていたはずだが。
中を見ると何故か部屋はがらんとしていた。
机が壁際にあるだけ。壁や床、机の上の跡から察するに印刷系の機材は捨てた後という事だろう。
つまり元印刷室か。
そんな中奥に一つだけ機材が置いてあった。
北上「確かー、シュレッダーか」
印刷室時代の唯一の生き残りか。
印刷機達の後処理としてまだ使われているらしい。それもいずれ、廃棄されるのだろうけれど。
いずれ役目は終わる。
なんだか親近感が湧く。
655:
北上「てこれ途中じゃん」
シュレッダーの電源は入れっぱなしだし横には処分予定の書類が置いてあった。
まだ文庫本くらいの太さの量が残っている。
好奇心のままに書類を手に取ってみる。
内容は、海域の何やら難しい情報。
深度とか海流、温度に風。頭痛くなりそう。
北上「あまり読む価値はなさそうかな」
パラパラと流し読みに変える。
すると急に沢山の画像が目に入ってきた。
それは船だった。私達ではなく船としての船。
そしてその画像には見覚えがあった。
船ではなく、その傷、損傷に、弾痕に。
656:
日付は10年も前のだ。
ページをめくるとその被害などが細かく書かれていた。
同じような事件は他にも何件もあるようで、残りのページは全てそれらに関するものだった。
いや、既にシュレッダーにかけられた分も考えれば更にか。
まだ無事な書類の1番最後のページをめくる。
これ以降は既にシュレッダーに喰われている。故にこの事件についての情報量は少ない。
画像はなく僅かな文字だけが書いてあった。
日付は1年前の夏。
大型の船が沈み多くの被害が出たそうだ。
657:
一字一句しっかり読み進めていく。
それはこの前私達が関わったあの海外船の事件と似ていた。
船から連絡が途絶え護衛艦隊は全滅。生存者のいない船だけが残った。
違ったのは、駆け付けた救援の艦隊がそこにいた深海棲艦と戦闘をし、追い払っている事。
最後の数行で目がとまる。
北上「やばっ」
この時その音を聞き逃さなかったのは実に運が良かったとしか言いようがない。
廊下から聞こえた音が吹雪達である確証はないけれど可能性がある以上ここにいるのはまずい。
これが見られていいものとはとても思えない。
しかしどうしようか。廊下に出れば確実に見つかる。
しかしここには廊下に繋がるドアと窓しか…
658:
吹雪「はぁ…」
窓越しに深い溜息が聞こえた。
暫くしてシュレッダーが紙を食べる音がする。
どうやら気づかれてはいないようだ。
窓がちゃんと開くタイプでそれなりの大きさであることも、ここが一階だった事も実に運がいい。
猫の体だったら小さな窓でも部屋が二階でもなんとかなったろうに。
いや高さはこの身体ならなんとかなるか。
窓から見えないように姿勢を低くしながらその場を離れる。
頭の中では二つの単語がずっと反復していた。
最後の数行。
作戦に参加したという艦隊の中にあった大井っちの名前と、初めて聞く深海棲艦の分類名。
レ級という単語が。
665:
72匹目:猫と天敵
天敵。
それは絶対に関わりたくない危険な相手。
見た瞬間脳が危険信号を発し全身が逃げの体制をとる。
本能的にヤバいと察するもの。
すなわち
666:
阿武隈「あ、北上さん!」
北上「げっ」
と思わず声が漏れたのは廊下の角から阿武隈が見えたからではない。
阿武隈が私の天敵を連れて歩いてきたからだ。
それも、大量に。
暁「あ、ホントだ」
江風「おっしゃ捕まえろー!」
響「ypaaaaa!」
神風「うらーー!」
浦風「浦ーー!」
北上「なんでっ!?」ダッ
踵を返し全力で元来た道を戻る。
667:
・・・
・・・・・・
・・・・・・・・・
北上「って、まあ捕まるんですけどね」
浦風「息切れるの早すぎやない?」
北上「私ゃもう歳だよ」
江風「何言ってンすか。身体はバリバリのJKッスよ。いやJCかな?」
神風「じゃあ私達は小学生かしら?」
響「一名小学生とはかけ離れた駆逐艦がいるけどね」
江風「そもそも小学生ってどれくらいの大きさなンだろ」
浦風「見た事ないけん、イマイチピンとこんねえ」
暁「ねえねえ、じぇーけーとかじぇーしーって何?」
北上「ピチピチのレディーって意味だよー」
響「暁もいずれJC、JKとレディーの階段を登っていくんだよ」
暁「れでぃー!!」
阿武隈「ちょとぉ!変なこと吹き込まないでくださいッ!!」
668:
全力で逃げた、のではなく風がヒヤリと冷たくなってきたこの時期一番暖かい場所に移動したというのが正しい。
鎮守府の一角にある休憩室と呼ばれる場所。
日当たりがよくまだ解禁されてはいないがストーブまである素晴らしいところだ。畳なのも実にGood。
北上「皆は遠征帰り?」
江風「そーそー。この後もまたお使い」
浦風「段々海は寒くなってきとるし、そろそろ防寒具出さんとなぁ」
神風「浦風さん、この中だと一番寒そうよね」
暁「袖がないものね。幾ら私達が寒さに強いと言っても限度があるわ」
響「私は既に完全防寒だよ」
暁「いいわよねぇ響のこのモコモコ」
阿武隈「江風は改装で少し厚着になったのよね」
江風「おうよ!首元の白いのも川内さン見たいでカックイィっしょ!」
北上「あーね」
阿武隈「あの夜戦バカね…」
神風「あの人かぁ」
浦風「まあ見た目は…」
暁「五月蝿そう…」
響「ハラショー」
江風「おっと反応が鈍い…」
669:
北上「川内ってアレでよく旗艦とか務まるよね」
前々から疑問ではあったことだ。
江風「いやいや、確かにちょっと騒がしいけど」
響「ちょっと?」
江風「…かなり騒がしいけど、水雷戦隊の旗艦なら確かにあの人だぜ」
浦風「海に出とる時は間違いなく川内型の一番艦じゃけんね」
北上「およ、意外と評価が高い」
阿武隈「あーそっか。北上さんは組んだ事ないですもんね」
暁「私もないわね。那珂ちゃんとなら訓練とかで一緒になった事はあるけど」
江風「うわぁあの人の訓練かぁ」
神風「どうだった?」
暁「あまり思い出したくないわ…」
670:
北上「色々あるんだねえ」
一応軽巡という区分けに入れられてはいるが私達雷巡はあまり駆逐艦や軽巡との関わりはない。
というか駆逐、軽巡による水雷戦隊組の繋がりが濃すぎるという感じだ。
阿武隈「機会があったら一緒に訓練してみるといいですよ。あんなのでも技術は一流ですから、あんなのでも」
2回言った。何か恨みでもあるのだろうから。
江風「凄いンだぜ!この前なンかル級相手にさ」
浦風「あー江風がヘマして取り残された時の話やね」
江風「違っ!わないけど違う!」
神風「夕立ちゃんが、敵見たらすぐ突っ込んでくっぽい!神通さんっぽい!って呆れてたわよ」
暁「わー似てる似てる!」
阿武隈「この前神通さんと那珂ちゃんが編成変えるかどうかって話してたのそれなのかな」
江風「みんな知ってるンかい!」
北上「流石に水雷組は噂の広まりが早いね」
響「魚雷より早く伝わるからね」
江風「だってよぉ、私だってもっと活躍活躍してぇンだよぉ」
暁「もう!敵を倒すだけが活躍じゃないのよ」
北上「ぐう正論」
神風「流石れでぃ」
阿武隈「イヨっ!ネームシップ」
響「自慢の姉だね」
671:
江風「うわーんアイツらがいじめるよママー」
浦風「誰がママじゃ、はいはいよしよし」
北上「身長ほぼ同じなのにああやって抱き着かれる様は母性を感じさせる不思議」
暁「私達にはぼせい?が足りないのかしら」
神風「母性…」
阿武隈「母性…」
北上「母性かぁ…」
お互いに胸を見比べ合う。
北上「なるほど足りないね」
阿武隈「うぅ…いつか、いつかはきっと…」
神風「旗風はあんなにあるのに…」
響「暁はそのままでも大丈夫だよ。需要はある」
暁「え、なんのこと?」
浦風「ちょっと!流石にくっつきすぎじゃ!」
江風「えぇーいーじゃンか減るもンでなし」
672:
北上「そういえばさ、さっきのル級で思い出したんだけど」
江風「まだなンかあるンすか!?」
北上「いやそうじゃなくてね。皆レ級って聞いたことある?」
阿武隈「レ級?」
暁「えっと、アイウエ」
響「イロハだよ」
浦風「イロハニは駆逐やよね」
阿武隈「ホ、ホ?」
江風「あの対潜ヤローだな」
北上「あーどこが口だがわかんない奴か」
神風「ヘトが軽巡でリが雷巡」
浦風「チが雷巡やなかった?リは重巡で」
暁「ヌオは空母ね!ルは戦艦で、ワなんていたっけ?」
北上「輸送船だね。よく相手するから覚えてる」
673:
江風「カ、カー。カ?」
浦風「全然思い出せんね」
神風「タは戦艦よね。後はー」
阿武隈「ナ!あの凄ーくかったい駆逐!」
江風「あー!あれな、ズリぃよな絶対」
北上「ツは言わずもがな」
響「アイツも妙に硬いよね」
神風「空母の皆さんが呪詛を吐くやつですものね」
暁「あっ!潜水艦がいない」
浦風「となると抜けとるとこは潜水艦やね」
神風「潜水艦は相手にする事は多くても姿が見えないから子細がよく分からないのよね」
暁「カヨとレソ、とネが潜水艦?」
北上「そんなにいたっけ?」
674:
阿武隈「普段合わない相手は覚えてないものですね」
北上「だねー。結局レ級は謎か」
神風「鎮守府の資料か海軍のデータバンク覗けば一発ですよ」
暁「スマホで見れたっけ?」
浦風「スマホだと漏洩が怖いから提督のPCやないと無理じゃって吹雪が言っとったよ」
響「資料じゃ古いかもしれないし提督に聞くのが一番だね」
北上「うわーなんか皆が難しい話してる」
江風「まだスマホ慣れてないンすか」
北上「最近ようやく持ち歩く事を覚えたよ」
神風「そこからですか…」
阿武隈「今は?」
北上「部屋に忘れた」
675:
江風「でもなンで急にその、レ級ってやつを?」
北上「いやあ居るのかなーって。ラ級とかはいないの?」
浦風「今のところナ級が最後じゃね」
神風「ラ行はなんか可愛く聞こえますよね」
暁「ラ級の次なんてム級よむきゅー」
響「ゆるキャラみたいに聞こえるね」
江風「それでいて戦艦だったりしてな」
北上「戦艦ムキューか」
阿武隈「でも最近新種の深海棲艦が見つかったって噂が」
神風「そうなんですか?」
響「浮き輪がどうこうって噂だよ」
浦風「浮き輪?」
北上「なんじゃそりゃ」
676:
江風「お、そろそろ時間かな」
阿武隈「それじゃあ私達はここら辺で」
北上「大変だねぇお使いは」
神風「明日は休暇なので頑張りどころです」
江風「また面白い話聞かせて欲しいっス!」
北上「気が向いたらね」
響「じゃあ雷達も呼んでこよう」
暁「いいわねそれ!」
浦風「ウチも浜風達に声掛けてみようかね」
北上「え」
阿武隈「それでは出ぱーつ!」
北上「あちょっと!」
677:
行っちゃったよ。
油断した。駆逐艦は1人来たら4倍に増えると思わなくちゃいけない。
まったくこれだから
北上「駆逐艦、ウザイ」
さてどんな話をしてやれば満足するか考えなくては、
北上「って違う違う」
レ級の件だ。資料と言っていたが恐らくそっちは今頃ゴミ箱だろう。
となると提督のPCだがそちらは提督や吹雪に気づかれる。
どうしたもんか。
北上「こうなるとあの二人に頼るしかないか」
実に気が進まないが。
678:
・・・
・・・・・・
・・・・・・・・・
夕張「こう?」
明石「もっと最初はガッチリ腕を組んで。直角、九十度で」
夕張「こう?」
明石「それ!それそれ!そのままスーッとシャツを脱ぐ、南半球と脇を同時に見せる感じで」
夕張「来た!ここまで来た!最後は?」
明石「後は脱ぐだけ」
夕張「…ん?待ってこれ脱ぎにくい。あ、引っかかった。ポニテに引っかかった」
明石「もぉーなにやってんのよサッと脱いでサッと」
夕張「だってこれ後ろ髪引っ張られてイタタタタ無理やり引っ張るな抜ける抜ける!!!」
北上「…」
こいつらはアレか?私が来るのを見計らってこんなことしているのだろうか?
それとも四六時中こんなことしかしていないのだろうか?
後者だとは思いたくないのだが。
679:
夕張「提督のPCをバレずに覗く?」
北上「正確には軍のデータバンクとかなんとかってやつ」
明石「一体何を覗き見する気なのよ」
北上「それは秘密」
夕張「んーでもせっかく頼ってくれたとこ悪いけどそれはきついかなあ」
北上「マジで」
明石「提督のPCだけならまあって感じだけど流石にそっちはね」
北上「そんなに?」
夕張「そんなに。詳しく説明する?」
北上「いやぁ理解出来る気がしないからいや」
明石「なら代わりにさっき私達がやっていたことを説明するわね」
北上「いいです」
夕張「今回の議題は1番エ口い服の脱ぎ方についてでね」
北上「いいと言っとろうに」
680:
北上「提督のPCなら見れるの?」
夕張「ザルだからね」
明石「でも個人的な要件ではPCを使ってないみたいで面白いものはなかったのよねえ」
北上「当然のように覗いてやがるぜ」
夕張「提督意外とアナログなのよ」
明石「写真は現物でとってるあるしね」
北上「そっかあ」
夕張「…」
明石「…」
北上「え、なに、どしたの二人とも」
夕張「いや、なんか、ね」
明石「思ってたより残念そうというか」
北上「んーまあ残念と言えば、残念かな」
681:
夕張「ほほぉう」
明石「提督の事を知れなくて」ニヤ
夕張「ガッカリしちゃった?」ニヤ
北上「う、うん。そんな感じ…?」
何ニヤついてんだこの人達。
って違う違う。私が知りたいのはレ級とかいう野郎についてだ。
夕張「いやぁまいりましたなぁ」ニヤニヤ
明石「いやはや全くですなぁ」ニヤニヤ
北上「…」
なんだろうすごくイラッとくる。
682:
・・・
・・・・・・
・・・・・・・・・
木曾「結局捜し物とやらは見つからなかったのか?」
北上「まあねー。工廠組はなんかニヤついてばっかでよくわかんないし」
雷「あーそこそこ!そこで右よ!」
北上「え、こっち?」
電「それじゃ逆そうなのです!」
北上「こ、こう?」グイーン
雷「体!体だけ曲がってる!」
電「はわわわわ!」
木曾「…それは何をやってるんだ?」
雷「あちゃー壊れちゃった」
北上「レースゲーム。私こういうの苦手なんだよねぇ」
683:
工廠からの帰りに私は六駆の部屋に連れ込まれた。暁と響は遠征中だ。
今は雷を膝に、電が私の背中におんぶするような形でもたれかかっている。
レースゲームは苦手だがそうでなくてもこの体制ではやりづらくてしょうがない。
秋雲「やほー、響いるー?ってありゃ。珍しい組み合わせだねえ」
北上「響はお使い中だよー」
雷「リトライよリトライ!」
電「次こそなのです!」
北上「なんで私にそこまでやらせたがるのさ」
雷電「「見てて面白いから(なのです」」
北上「サラッと怖いこと言うね」
秋雲「木曾さんは?」
木曾「廊下を歩いてたら意外な所から姉の声がしてな」
秋雲「なるほどなるほど」サラサラ
木曾「何書いてるんだ?」
秋雲「ほら、あの三人。すごく絵になると思いません?」
木曾「…なるほど」
684:
北上「さてそろそろ行こうかね」
雷「えーもう行っちゃうの?」
北上「1回1位取れたんだしいーじゃんか」
電「あ、阿武隈さん達もうすぐ帰ってくるみたいなのです」
雷「ホントだ、メッセージ来てる」
北上「ならちょうどいいや」
木曾「俺も行くかね」
北上「まだ居たのかね木曾くん」
木曾「姉のハンドル捌きが中々に面白くてついな」
北上「にゃろう」
秋雲「あそーだ、北上サン。今度また同人誌制作手伝ってよ。そろそろ描き始めないとなんだよねぇ」
北上「はいはい。報酬は弾んでよ」
木曾「上姉絵描けるのか?」
秋雲「チッチッチッ。絵を描くだけが漫画じゃあないんですよ。何せセリフもあるんですから」
木曾「あぁ言われてみれば」
北上「別にただの読書好きってだけなんだけどねぇ」
685:
木曾「こういう事ってよくあるのか?」
北上「こういうとは?」
木曾「さっきみたいに一緒にゲームしたりとかだよ」
北上「そうだねー。鎮守府うろついてると良く絡まれるかな。ちょっと移動するだけでもだよ、うざいよねー」
木曾「ほぉ」
暁「あ、北上さーん!」
北上「ヤホー。お使い帰りか」
響「そうだよ」グイグイ
北上「待て待てさりげなく引っ張るな」
響「夕飯までゲームタイムだ」グイグイ
暁「いいわねそれ」
北上「いまさっきしてきたとこだよ。あ、そういや秋雲が響の事探してたよ」
響「秋雲が?なんだろう」
北上「それは聞いてない」
暁「なら早く部屋に戻りましょ」
響「そうだね。じゃあまた」
暁「またねー」
北上「はいはい」
木曾「…うざいか?」
北上「うざいねー」
686:
黒潮「北上は?ん」
北上「おズッコケ三人組」
陽炎「誰がズッコケよ」
北上「訓練上がり?」
不知火「はい。先程まで神通さんと」
北上「うわおっかねえ」
黒潮「なあなあ。これからウチらのとここおへん?」
北上「ポーカーなら付き合うよ」
不知火「残念ながら今回はチンチロリンです」
陽炎「ポーカーは北上さんが強すぎるからダメー」
北上「えーじゃあパス」
黒潮「ありゃ、ふられてもうた」
不知火「木曾さんはどうですか?」
木曾「いや、俺もパスかな」
不知火「ふられてしまいました」
陽炎「あんたまでやるのそれ。ほら早く戻るわよ」
黒潮「ほなまた」
不知火「失礼します」
木曾「いつもこんな感じなのか?」
北上「そだね?」
687:
北上「ただいま我が家ー」ガチャ
木曾「ん?神風?」
神風「北上さん木曾さんおかえりなさーい」
北上「私らの部屋でなにしてんの?」
神風「ほら、この前借りた本を返しにと」
北上「それだけ?」
神風「ついでに他にもなにか借りようかと」
北上「棚の一番下はまだ読んでないゾーンだからダメー」
神風「リョーカイです」
木曾「…なあ神風、一つ質問いいか?」
神風「?なんでしょう」
688:
・・・
・・・・・・
・・・・・・・・・
神風「北上さんが駆逐艦に人気の理由ですか」
北上「確かになんかやけに絡まれるんだよねぇ」
木曾「本人がこの調子だからよく一緒にいる神風に聞こうかと思ってな」
北上「こんな調子ってどういう意味さ」
神風「あー」
北上「あれ、なんか伝わっちゃってる?」
神風「距離感、じゃないですかね」
木曾「ほう」
北上「距離感?」
689:
神風「来るものは拒まず去る者は追わずって感じのです」
木曾「それはわかるな」
北上「わかるんだ」
私はわからん。
神風「北上さん、私達がベタベタくっついても拒まないでしょ?」
北上「ウザイけどね」
神風「でも拒まないでしょ?」
北上「うっ」
私をまっすぐ見つめる目に思わず怯む。
木曾「確かにそうらしいな」クツクツ
北上「笑うなこら」
690:
神風「それでいて北上さんから絡んでくることはない。なんて言うか、遠慮とかがいらないというか、仲がいいとは違う遠慮のなさがあるんです」
木曾「上姉は基本的に誰に対しても同じ接し方をするからな」
北上「それはまあそうかも」
神風「あとあと、拒みはしないけれどいつの間にかサッとどこかへ行っちゃったり」
木曾「さっきもまさにそんな感じだったな」
北上「長居したってしょうがないしさ」
神風「まさに猫って感じなんです。猫女子ですね」
なんだ猫女子って。
木曾「なるほどな」
こいつまさか適当に頷いてるだけじゃあるまいな。
691:
バタン!
神風「ひゃあっ!?」
木曾「おわっ!!」
北上「お?」
突如扉が開かれる。なんでみんな静かに出入りできないんだ。
大井「神風!!」ツカツカ
神風「お、大井さん!?」グワシッ
大井っちが神風の両手を掴む。なんだ何をする気だ。
大井「よく分かってるじゃない!」
神風「へ?」
大井「そうよ!そこが北上さんのいいところなのよ!昔から!誰にでも懐くようで誰にも靡かない!まさに猫!でしょ!!」
神風「は、はい!」
木曾「はぁ…」
大井っちに掴まれたまま気圧される神風と手を額にあて俯き深い溜息をつく木曾。
よし。
北上「私ちょっと図書室行ってくる」
神風「あズルい!ズルいですよ!!」
北上「ほら私猫だから」
木曾「俺もちょっと用事が」
神風「あーー!!!」
692:
・・・
・・・・・・
・・・・・・・・・
北上「神風の悲鳴ってなんか可愛いよね」
木曾「上姉はそういうとこもっと自重した方がいいぞ」
北上「そういうとこ?」
木曾「加虐的なとこ」
北上「猫だからね」
木曾「免罪符にするなよ」
北上「木曾だって見捨ててたくせに」
木曾「身を守っただけだ」
北上「はいはい。それでどこ行くの?」
木曾「少なくとも図書室以外かな」
北上「それじゃまた後で」
木曾「おう」
木曾と別れる。
さてと誰かに見つかる前に移動しなくては。
693:
吹雪「おやおや」
北上「げっ」
まるで幽霊のようにヌルりと現れた。
吹雪「げってなんですかげって。職場の廊下で出くわした上司に向かってげって」
北上「上司だからだよ」
吹雪「ふふん、そうですよ偉いんですよ。敬ってもいいんですよ」
思わず鼻あたりをつまみたくなるようなドヤ顔をする秘書艦殿。
北上「敬うより謝る事の方が多いからなあ」
吹雪「それは自分の責任です」
こういうとこはハッキリ言ってくるよねこの娘。
北上「それで、なにかよう?」
吹雪「捜し物について」
北上「はい?」
吹雪「どの道無理ですよ。ああいうのって観覧権限みたいなのがあるんで、提督じゃ無理です」
北上「なんのこと」
吹雪「何ってレ級の話ですよ」
694:
ああ、ほら。そうやっていつもの子供らしい笑顔をすっと引っこめる。
北上「だから げってなるんだよね」
天敵と言うなら、まさに今目の前にいるこの吹雪がそうだ。
吹雪「駆逐艦達の噂は砲弾よりも早いですから。迂闊に漏らすもんじゃあないですよ」
北上「なるほど」
吹雪「強力な深海棲艦については関わっていい人間とそうでない人間がいるんです。ウチの提督はまだまだ新米ですからね」
北上「でもそういう情報って隠してていいものなの?運悪く邂逅する可能性はあるじゃん」
吹雪「そこまで運のないやつはどの道死ぬって話ですよ。力の差ってのは下からじゃよく分からないものですから、武勲を上げたくて身の丈に合わないことしようって輩を出せないためにです」
北上「本当にそれで効果はあるの?」
吹雪「例えば北上さん、敵主力がいる座標だけ渡されてそこにたどりつけますか?勝てると思いますか?敵の編成も艦種も装備も不明で道中の海路や深度や波風、それらの情報一切抜きで」
北上「…」
吹雪「海を進むって本当に難しい事なんですよ。僅かな事で私達は簡単に沈みます。深海棲艦はその要因のひとつに過ぎません。馬鹿な輩でもそこら辺は心得てるもんなんです」
北上「そっか」
吹雪「そうです」
695:
吹雪「それでは」
あっさりと踵を返し立ち去ろうとする。
北上「それだけ?」
吹雪「それだけですけど?」
北上「そっか」
吹雪「そうです」
北上「私がレ級を知ってる事に対して何も言わないんだ」
吹雪「…」
696:
だってそうじゃないか。それを聞かないと言うなら、それはつまり、
吹雪「北上さん。もしどうしても開けて欲しくないパンドラの箱があったらどうします?鍵をかけます?コンクリートで固めます?ドラム缶にでも詰めて海に流します?」
私はこの時引かないと決めていた。
吹雪「まあそれもいい手ですけど、例えばその箱を特定の誰かにどうしても開けて欲しくない場合はどうします?」
目の前の天敵相手に、引かないと。
吹雪「開けるなって言うと気になるものですからね。忘れようとしても気になるものです」
北上「私みたいなのは特に、ね」
吹雪「だから私は、あえて箱の中身を見せるんです」
北上「見せる?」
吹雪「そう。それがどういうものなのか。あなたが今開けようとしているものはこういうものだと教えるんです。そして聞くんです。あなたはそれでもこれを開けますか、と」
北上「私は今、そう問われているの?」
吹雪「いえいえ、まだですよそれは」
697:
触れてほしくないからあえて触れさせる。
確かに理屈としては間違っていない。
北上「それを開けたらどうなる?」
吹雪「さあどうでしょう。開け方にもよりますから」
北上「開け方…」
吹雪「それでは」
今度こそ、恐らく引き止めることは出来ないだろう。
パンドラの悪魔は去っていった。
北上「私に期待してるってのは、その開け方の事なのかな」
でも徐々に、確実に箱の蓋が開かれていくのを感じた。
702:
73匹目:バター猫のパラドクス
猫は高いところから落ちる時必ず足の方から着地する。
バターを塗ったトーストは必ずバターを塗った方から落ちる。
なんて実際のところ猿も木から落ちるように着地に失敗することはそう珍しくもないのだけれど、
これはあくまで考え方の話。
気の利いたジョークみたいなものだ。
必ずそうなると言われる2つを、例えば猫の背中にバタートーストを乗せて高所から落としたらどうなるか、という話だ。
足から着地すればバタートーストを美味しくいただけるし、バターが床を台無しにしてしまえば猫は恥をかくことになる。
必ず起こりうるというそれはどちらか一方だけになってしまう矛盾。パラドクス。
703:
私に言わせればそれは猫でもなくバタートーストでもなく「バタートーストを乗せた猫」という全く別の存在なのだから矛盾はない、と思うのだ。
最強の矛と最強の盾を一緒に装備してできるのは最強の勇者だ。
そこへいくと猫であり船である私は、一体何なのだろうか。
704:
提督「お前なんかやらかしたか?」
北上「なんの事?」
急に提督室に呼び出されたかと思えば見た事ないくらい真剣な顔つきをした提督と吹雪が私を待ち受けていた。
前に本で読んだ問題を起こした生徒が校長室に呼び出されるシーンを思い出す。
提督「今朝急に呼び出しがあったんだよ。しかも名指しでお前にな」
北上「誰から」
提督「元帥のおっさんから」
北上「誰それ。偉いの?」
提督「俺の上司的なやつだな。めちゃくちゃ偉い」
北上「校長先生くらい?」
吹雪「知事くらいですね」
北上「わお」
マジか。
705:
北上「でも私そもそもその人に会ったことなくない?」
提督「まあそうなんだがな」
吹雪「演習をした事はありますけど基本向こうの鎮守府に出向いてますし、北上さんは参加してませんからね」
提督「前に外出した時になんかあったりしたか?」
北上「あいにく知事のおっさんに会った記憶はないけどなあ」
提督「どうなってんだ…」
吹雪「相変わらず読めない人ですね…」
2人の反応からして知り合い、っぽい感じなのかな?
北上「一体なぜ私が」
吹雪「一応向こうは友人が会いたがってる、とか言ってきましたけど」
北上「だから誰よそれ」
提督「俺に聞くなよ」
分からん尽くしだ。
706:
北上「私ゃどうすりゃいいのさ」
提督「あちらの鎮守府に呼び出しだよ。しかも今日」
北上「今日!?」
吹雪「最近お馴染みの例の駅にお迎えが来てるそうですよ」
北上「またバスか」
提督「三回目だ。流石に慣れたろ」
北上「どうだかねえ」
吹雪「待ち合わせは一時。なので軽く昼食を食べたらすぐ向かった方がいいですね」
北上「そっかぁ…ん?一人?私一人なのもしかして」
吹雪「はい」
提督「うん」
北上「マジか…」
707:
北上「死ぬほど心細い」
吹雪「でも向こうから一人でって言われてるんですよ。何故か」
北上「何故だ」
提督「それがわからんからどうにもな」
北上「何かあったらどうするのさ」
提督「そん時ゃ迷わず連絡しろ」
北上「どうやって」
提督「いやスマホあるだろスマホ」
北上「あーうっかりしてた」
提督「そこはしっかりしててくれ頼むから」
吹雪「不安なら提督の手とか持ってきます?」
北上「いやそんな趣味はない」
提督「俺はいつからサイボーグになったんだよ」
708:
そんなこんなでまたバスに揺られて街に向かう事になった。
北上「何がどうなってるんだか」
ともかく失礼のないようにな、と提督には念を押された。
襲われるような事はないと思うんでそこは安心してください、と吹雪は言っていた。
街が見えてくる。ここ最近でこう幾度も訪れる事になるとは。
北上「ヤバいな」
今になって凄く不安になってきた。
どうしよう。心細い。Help me提督。
あ、スマホで話せばいいのか。
北上「えっと確か」
709:
北上:ハロー
これで提督に届いてるはず。多分。届いてるのかな?
提督:どうした!?
うわ凄いさで返信が来た。暇なのかよ。
北上:なんか不安です
…なんだろう。普通に話すべきなんだろうけどこうして文字で会話するとどうにも他人行儀な話し方になる。
手紙のようで会話のテンポは直に話しているのと変わらない。ネットとは不思議なものだ。
提督:マジで大丈夫なのか!?ヤバいなら戻ってきていいからな!後先考えなくていいから!
北上「うわぉ」
余計に心配させてしまったようだ。
710:
提督は今どうしてるんだろう。
私の文面を見て慌てて返信しているのだろうか。提督は案外過保護だ。
前に帰りが遅くなった時だって大井っちと二人でえらい大騒ぎしてたし。
そうだ、大井っちにも連絡を…
北上「いや、よそう」
ここまで飛んできかねない。
木曾や多摩姉、球磨姉も無駄に心配かけかねない。
北上:緊張解す方法ない?
提督:掌に人という字を書いて飲み込むとか
北上:艦娘って人食べるの?
提督:忘れてくれ
711:
・・・
・・・・・・
・・・・・・・・・
吹雪「服装は一応制服の方がいいですね」
北上「でもそれで外歩いちゃまずいっしょ」
提督「なんか上に着てくしかないか。最近寒くなってきたし」
北上「大井っちのコート借りようかな」
吹雪「普通艦娘の移動は海上か車での移動なんですけれどね。なんで待ち合わせなんでしょうか」
提督「俺は知らねえよ」
吹雪「提督には期待してませんから」ニッコリ
提督「なんで満面の笑みなんだよコノヤロウ」
・・・・・・・・・
・・・・・・
・・・
712:
・・・
・・・・・・
・・・・・・・・・
北上「これでホントにいいのかな」
服装も髪型もいつも通り。コートを着ただけで誤魔化せるのだろうか。
それとも一般人の認識なんてそんなものか。
しかしどうするんだ?駅に来たはいいけどここからどうやって合えばいいのだろう。
相手が誰で何処で待っているのかもわからない。
すると、
「おーい」
とても聞きなれた声がした。
713:
正確には普段聞いている声と少し違う。
何せ普段は空気を通さず直接聞いているのだからこうして離れて聞くとなんだかむず痒いものがある。
バス停から少し離れたところで手を振る彼女を見つけてそこへ向かう。
あの時と同じく髪は解いていた。
北上「久々、というには早い再開だったね私」
北上「全くだね。でも元気そうで何よりだよ私」
北上「で、もしかしなくても君がお迎え?」
北上「そそ、はいこれ」
北上「何これ」
北上「ヘルメットをご存知でない?」
北上「物は分かるけど意図がわからない」
北上「そりゃあだって」
714:
・・・
・・・・・・
・・・・・・・・・
北上「おーーーーー!」
バイクに二人乗り。
陸でこんなにも風をを感じる事があるとは思わなかった。
最初は怖かったけど慣れてくるとそんな事どうでもいいくらい気持ちがいい。
北上「楽しんでるねぇ」
北上「すっごいやこれ。立ってみてもいい?」
北上「死にたいならいいよ」
北上「よし辞めた」
北上「賢明賢明」
北上「これ君のなの?」
北上「いんや、提督の。私のはもちっとちっちゃいやつなんだ。だから借りた」
北上「へえ」
北上「いつか私もこんなカッチョイイの買うんだ」
北上「これはなんて言うやつなの?」
北上「カタナ」
715:
両脇の木々がものすごいさで通り過ぎてゆく。
紅に染まった美しい山々もこうして走り抜けているとまた違った風情がある。
私がバスで超えてきた山と反対側の山を抜けていくようだ。
北上「最初ヘルメット渡された時はびっくりしたよ」
北上「顔を隠せるから一石二鳥だよ」
北上「キスも防げるしね」
北上「あれ?怒ってた?」
北上「怒ってはいないけどもうゴメンかな」
北上「提督にはしたの?」
北上「しないよ。そういうのは、まだわかんない」
北上「のんびりしてると欲しいものが取られちゃうかもよ」
北上「焦って取り逃すよりいいさ」
北上「それもそうか」
716:
北上「木ー木ー木ー。森ってほんと木ばっかだ」
北上「そりゃそうだ。海だって海ばっかりだもの」
北上「あ、今の木折れてた」
北上「あんまりキョロキョロしないでよ。バランス崩れちゃうから」
北上「はーい」
北上「次右にカーブ」
北上「ほいほい」
北上「おー慣れてるねえ」
北上「バランスの取り方は海に出てる時と変わんないね」
北上「それもバイクのいいところさ」
717:
北上「ところでなんで駅で待ち合わせなの?」
北上「これで鎮守府にお迎えでーすってきたら流石に引かれるから」
北上「駅で見た時も引いたけどね」
北上「カッコイイのになあ」
北上「そういう問題じゃないよ」
北上「ところでどう?バイクは」
北上「うん。好き。私も乗ってみようかなあ」
北上「いいよぉバイクは。車と違って体で操作するからね。さっきみたいに海に出ている時と似てるんだ」
北上「分かる分かる。この風感じるのがいいね」
北上「おお!同士だ!」クルッ
北上「ちょ!?前!前見てちゃんと!!」
718:
北上「私他の鎮守府行くの初めてだ」
北上「へぇ、それじゃ今日が初体験か。光栄だね」
北上「君は結構他のとこに行ったことはありそうだね」
北上「しょっちゅうね。新鮮なのは最初の数回だけだよ。大体は公的なやつで外に遊びにも行けないし」
北上「そりゃ辛そうだ」
北上「悪くは無いんだよ。特別良くもないだけ」
北上「そっちの鎮守府ってでかい?」
北上「デカいよー。君のとこと比べたら更に。何せウチの提督お偉いさんだからね」
北上「偉くなるとでかくなるのか」
北上「お墓と一緒だね」
北上「その例えはどうかと思う」
719:
北上「あ、今日はおめかししてないんだね」
北上「うん。お偉いさんとこ行くから制服でって」
北上「ちぇー」
北上「何企んでた」
北上「大井っちに見せたかった」
北上「なんでまた」
北上「可愛かったから」
北上「自画自賛なのでは」
北上「そりゃね、自分の事くらい自分で褒められるよ」
北上「さいですか」
723:
・・・
・・・・・・
・・・・・・・・・
北上「…でっか」
北上「でしょ?」
徐々に見えてきた鎮守府は想像を遥かに超えるスケールだった。
なんだろう。お城というのが一番近いかもしれない。
北上「凄い、見張りまでいる」
北上「提督の命は高価だからね」
北上「偉いって大変なんだね」
北上「いい事も多いけど、私はなりたくはないね」
門の前でバイクを止める。
見張り「おかえりなさ、え?その後ろの人誰っスか」
北上「私だよ」
見張り「いつから影分身覚えたんですか北上さん」
北上「実は火影を目指しててね」
見張り「そこは水影にしましょうよ」
やけに親しげに話しているな。こっちの私はバイクが好きというし出入りの度に話しているのだろうか。
724:
北上「聞いてない?今日お客が来るって」
見張り「あー他所の鎮守府からって、は?それがこの人?バイクで連れてきたんスか!?」
北上「そだよー。特別に提督からカタナ借りちった。いいでしょ」
見張り「羨ましいっス。じゃなくて!なんの為に俺らがいると思ってるんスか!」
北上「こうして出かける度に私と話す為じゃないの?」
見張り「そんな村人Aみたいなやつに金を払う程今の世界は余裕ないッスよ!大体普段のバイクでの散歩だって厳密にはアウトなんスよ…」
北上「別に事故らなきゃ問題ないっしょ」
見張り「こんなデカブツを見た目中学くらいの女子がまして二人乗りなんて通報されても文句言えないっスよ」
北上「偉いってのは大変だけど偉い知り合いがいるってのは便利だよね」
見張り「あのおっさんも艦娘に甘すぎるんスよ」
北上「既婚者だしね!」
見張り「普段は指輪をどこに置いたかも忘れるくらいなのに都合のいい時だけ」
北上「あーそういうこと言うんだー言っちゃおっかなーてーとくの事おっさん呼ばわりしてるのー」
見張り「あ!ずりぃ!それはずりぃっスよ!!」
北上「まあまあ、今度カタナ乗せたげるからさ」
見張り「マジッスか!?」
北上「大井っちがOKだしたら」
見張り「あ、無理っスね」
725:
北上「いつまで門で止まってるつもりさ」カポッ
ヘルメットを取りつつ終わらない押収に思わず口を挟む。
見張り「あ、すいません。ってホントにそっくりっスね」
北上「そりゃあ私だもん」
見張り「いつもの髪型だったら多分見分けつかないッスよこれ」
北上「お、じゃあ髪型戻しちゃおうかな」
見張り「変な事しそうなんでやめ欲しいッス」
北上「ちぇー」
見張り「では、ようこそ北上さん」
726:
中に入ると改めてその大きさに驚かされた。
何よりも驚いたのが人の多さだ。
というか人がいる事だった。
軍服だったりそうでなかったりとマチマチではあるが人間が多いのだ。
鎮守府の施設にも艦娘ではなく人用の物がいくつもあるようだった。
車やヘリや港には大きな船も見える。
私の思う鎮守府とは全く違う世界だった。
艦娘の方もボチボチ出歩いているのは見えるがそこまで多くはなさそうだ。
出撃とか色々忙しいのだろうか。何せ元帥殿だし。
727:
北上「とうちゃーく。さ降りた降りた」
北上「はーい、よっと」スタ
建物裏の駐車場にバイクを止める。
他にもいくつかバイクがあるな。北上の、もしくはここの提督の私物なのかな?バイクには詳しくないのでみてもわからない。
北上「おりゃ」ガタン
北上「…よくつま先たちで支えられるね」
北上「慣れだよ慣れ。あ、持ってみる?」
北上「それを?」
北上「そうそう。ほら、ハンドルんとここう持って、こんな感じで支えるの」
北上「えっと、こうで、こう?」
北上「それ」
パッ、とバイクを支える北上の手が半分になる。途端
北上「うお゛!?」
重い!!
728:
北上「あはは、ビックリした?」
すぐさま支えに戻るもう1人の私。すると不思議な程にバイクが軽くなる。
北上「魔法?」
北上「そこはほら、艦娘の力よ」
北上「あーそういうことか」
便利だな。
艦娘の人間とはかけ離れた身体能力。
私みたい低練度だと大雑把にしか扱えないがこっちの私のように高練度だと細かく出力を調整出来るらしい。
北上「この小さな体でこんなデカブツを御せる。これがまた気持ちいいんだよねえ」
北上「事故った事はないの?」
北上「ないない。免許はキラッキラのゴールド」
北上「そりゃそうか」
北上「まあこいつの持ち主はシルバーだけどね」
北上「君の提督が?どんな事故やったの」
北上「高齢者って事」
北上「ああ」
中々小洒落た事を言う。
729:
鎮守府を歩く。
北上が二人。
そりゃもう目立つわけで、周りの注目度が凄かった。
北上「でも誰も寄ってこないね」
北上「他所の娘が来る時って大体公用だし、そこら辺は皆ちゃんと弁えてるんだよ」
北上「他所からくるのもしょっちゅうなの?」
北上「割と。こんなふうに同じ顔が並んで二人だけってのは今回が初めてだけどね」
北上「こんなに目立っていいのかな」
北上「後で噂になったら面白そうだなあ」
北上「えぇー」
面倒くさいと思うんだけど。
730:
大井「北上さーん!」
北上「「あ、大井っち」」
大井「北か、え、北上、さん?北上さん?北上さんと北上さん?ダブル北上さん!?やだ両手に花だわ」
おっと、つい癖で私も反応してしまった。
隣を見るともう一人の私が何やら楽しそうにニヤニヤしている。
ろくな事を企んでそうにないので私から大井っちに事情を話した。
大井「なるほどなるほど。事情はわかりましたけど、バイクでお迎えはどうかと思いますよ」
北上「え?いーじゃん。乗りたかったし」
大井「ならしょうがないですね」
おう、予想はしてたけど激甘だ大井っち。
731:
大井「でも一体なんの用事でここに?」
北上「それそれ、私もそれを聞いてないんだよね」
北上「それはまだ秘密」
大井「えー教えてくださいよぉ」
北上「提督に秘密って言われてるしさ」
大井「提督と私どっちが大切なんですか!」
北上「この場合それほど差はない」
大井「凄い真面目に返された…でもそんな所も好きです」
北上「これも仕事だからね。知りたかったら提督に聞いてみてよ」
大井「分かりましたぁ。それでは、北上さん。と、北上さん?」
北上「またね大井っち」
北上「じゃね大井っち」
大井「…すみませんやっぱりひとつお願いがあります」
732:
北上「君のとこと比べてどう?大井っちは」
北上「大体同じ。あそこまで積極的じゃないけど」
あの後大井っちの頼みで私と私で大井っちの両腕に抱きつくというリアル両手に花ポーズをした。
幸せそうに気を失った大井っちをこっちの私はサラッと放置して行ったけどよかったのだろうか。
北上「そりゃ私と大井っちは一線を超えた関係ですからねえ」
北上「一線ねぇ」
こっちの大井っちは私の知ってる大井っちと何ら変わらないように見えて、やはり別人だと確信できる何かがあった。
ガワだけ大井っちで、中身というか根本的なところは違う。
北上「自分や仲間が二人いるってどう思う?」
北上「二人どころじゃないでしょ。私は自分とだけでもう十人くらいは会ってると思う」
北上「十…」
想像もできない数だ。
733:
北上「でもさ、会って話してみるとやっぱりどこか違うんだよね。環境による違いは大きいんじゃないかなあ。私だって提督のせいでバイク乗り始めたし」
北上「それはあるだろうね」
艦娘にとって環境とはそのまま提督と言い替えてもいいだろう。
北上「球磨型の皆は言うならてんでバラバラなようで何処か繋がってる姉妹って感じで、もう1人の自分は全く同じなようでどこか違う双子ってところかな」
北上「姉妹に双子か。言い得て妙だね」
北上「別人のようで、そうは思えない。みたいな。君はそう思わない?」
北上「私は…どうだろ」
自分が周りとは明らかに自分が浮いてるという感覚がある。
それはきっと私の根源的な部分が北上でもあり猫でもあるからだ。私はかなり特殊な例と言える。
北上「わからないや」
鎮守府内で一番立派な建物に入る。
うわここにも見張りがいるのか。
しかし凄い。建物めちゃくちゃ綺麗だ。王室か何かみたい。
734:
北上「そこへいくと君は少し違うんだよね」
北上「私?」
北上「うん」
そう言うと当たり前のように身体をすっと近づけてくる。
前回のキスの件があるので身構えてしまう。
北上「…べつに取って食いやしないよ」
北上「食われたようなもんだけどね」
北上「君は他の私とはまるで違う。もちろん私とも」
北上「どうしてそう思うの?」
北上「んー、カン」
北上「えぇ…」
735:
北上「さて、ここが提督室」
北上「おー、てあれ?扉だけ妙にボロいね」
北上「みんな煩雑に扱うからねー」
北上「そこはウチと一緒だ」
北上「お偉いさんとかも始めてくる人は皆あれ?ってなるから面白いんだ」
北上「そんな所で面白がらなくても」
北上「てーとくー入るよー」ガチャ
返事を待たずに扉を開ける北上。提督の扱いは確かに似ているのかもしれない。
736:
元帥「おう、どうじゃったカタナは」
北上「もう最っ高!提督死んだら私に譲ってよ」
元帥「勝手に殺すな。第一アレはわしが死んだら一緒に埋葬しろと電に伝えとるわ」
北上「えー勿体ない。孫に残していきなよ」
元帥「誰が孫じゃ。どうせわしが途中でくたばったら山程の仕事を残していく事になるんじゃ。バイクまで任せられんわい」
北上「おーおー部下思いですこと」
元帥「さて挨拶が遅れたな。わしがここの提督だ。元帥と呼んでくれ」
北上「えー提督は提督でいいじゃん」
元帥「…このように誰も元帥と呼んではくれんのでな。まあ提督でも構わんよ」
737:
北上「あーえっと、初めまして、私は北上と、申します?」
失礼のないようにってどうすりゃいいんだ。よくわからん。
北上「いーよいーよ普通に喋って。私は気にしないから」
元帥「なんでお前が決めるんだ」
北上「でも提督も堅苦しいの嫌でしょ?」
元帥「そりゃあな」
北上「じゃ決まりね」
北上「まあそれでいいなら私としても有難いけど」
部屋の中央にテーブルとそれを囲む四つの椅子があり、その一つに少し大柄の老人が座っていた。
どう見ても還暦はとっくに迎えてそうではあるが身体はウチの提督よりも強そうに見える。
僅かな白髪を残し頂点がツルって逝ってる頭にはその矍鑠とした見た目とは裏腹に柔和な表情を浮かべている。
あのデッカイのバイクに乗るというのも納得である。
738:
元帥「立ち話もなんじゃ、二人とも好きな所に座りなさい」
北上「はーい」
北上「お邪魔しまーす」
元帥「…」
私の隣に私。向かい側に提督。
元帥「いやお前はわしの隣に来るもんじゃないか?」
北上「えーやだよ提督と自分だったら自分選ぶでしょ」
元帥「一応指輪渡した仲じゃろ」
北上「ただの強化アイテムじゃん」
元帥「わしとて上の連中の戯言を間に受けた訳じゃないがもう少し信頼してくれてもいいじゃろ」
北上「やだなんか年寄りが移りそう」
元帥「あーいかんわ年寄りは涙腺が緩くなっていかんわー」
739:
北上「いつまでそれやるの…」
北上「ほら、君の緊張をほぐそうかなって」
元帥「楽にしてて構わんよ。腹が減ってるならお菓子もあるぞ」
なんだろう、孫が来て喜んでるだけのおじいちゃんに見える。
北上「あ、提督お茶も出てないじゃん」
元帥「それくらいお前が入れろ」
北上「私は北上だから実質お客」
元帥「どんな理屈じゃ」
電「いや少しは働いてください」
北上「うわ!?」
気がつくと後ろに電が立っていた。手にはお茶とお菓子が乗ったお盆を持っている。
740:
元帥「紹介しよう。うちの嫁だ」
電「秘書艦の電なのです」ニッコリ
そういいつつお茶をテーブルにおく。
あ、顔が笑ってない。
北上「ありがと」
北上「サンキュー、てあれ?」
電「働かざる者飲むべからずなのです」
北上「そんなあ!」ガビーン
元帥「はっはっはっやーい怠け者めー」
電「それではごゆっくり」
元帥「あり、ワシのは?」
電「なのです」バタン
北上「行っちゃった」
北上「え、嘘。お茶一個とお菓子だけ置いてきやがったよ」
元帥「お茶なしでお菓子あってもなぁ」
北上「提督が変な事言うから」
元帥「前々から温めてた必殺のギャグだったんじゃがなあ」
745:
北上「なんでそんなもん温めてたのさ」
元帥「普通の客人には流石に言えんからな」
北上「普通誰に対しても言わないでしょあんなん」
北上「…あのー、それで私はどうすれば?」
元帥「おーすまんな、ついつい」
北上「それより私にもそのお茶頂戴」
北上「それはダメ」
北上「はやっ!?」
元帥「さてと、北上」
北上「はい?」
北上「ん?」
元帥「えーっと、ウチじゃないほうの北上な」
北上「ややっこいねこれ」
北上「何を今更」
元帥「おめぇが呼べっつったんだろ」
北上「テヘペロ」
元帥「よし!じゃあウチの北上を北ちゃん!もう一人の北上を上ちゃんと呼ぼう!」
北上「うっわ」
北上「えぇ…」
元帥「おっと反応が悪い」
746:
北上「いやだっていくらなんでもねぇ?」
北上「まあ言わんとすることは分かるけどね」
元帥「おお?じゃあなんか代案あるのか?お?言うてみい!」
北上「うわ年端も行かない娘に逆ギレしたきたよこのお爺ちゃん」
北上「ちなみに代案は」
北上「私が北上1号で君が2号ね」
北上「よし北ちゃん上ちゃんでいこう」
北上「なんと!」
元帥「よっしゃ!」
747:
元帥「でだ、北ちゃん」
北上「私?」
元帥「おめぇじゃねえこっちだ」
北上「だってさっき私の方が北ちゃんだって」
北上「うんうん」
元帥「あれ、そうじゃったか?」
北上「おいジジイ」
元帥「うるせぇ年寄りいたわれ」
北上「話が進まないよこれ」
元帥「上ちゃんな、上ちゃん、よし」
748:
元帥「改めて上ちゃん」
北上「はい」
元帥「ここに呼んだのは他でもねえ。お前さんとこの提督の様子を聞きたいんだ」
北上「様子?」
妙な事を聞く。意図が読めない。
元帥「具体的にどうこうって感じの報告じゃのうて、本人がどんな様子かって話よ」
北上「どうって言われても、元気、だよ?」
元帥「あ?そうじゃなくて、あれじゃよあれ」
北上「あれ?」
元帥「…ん?」
北上「え?」
元帥「おい北ちゃん」
北上「あ、私で合ってる?」
元帥「合っとる。こいつホントに知っとるのか?」
北上「さあ?」
元帥「は?」
北上「いやあこの前知り合ったからなんとなく会いたいなあって思って」
元帥「お前しばらく間宮抜きな」
北上「なぁ!?」
749:
北上「えっと、つまりどういうことなんでせう?」
元帥「あぁーどうするかのお」
北上「話しちゃえばいーじゃんかYo」
元帥「お前が言うなこら」
北上「でもこのまま何も言わず帰してもしょうがないでしょ」
元帥「まあそうなんだがなあ」ハァ
北上「私気になります」
元帥「分かった分かった。そこは北上を信じよう」
北上「今のは私?」
北上「それとも私?」
元帥「どっちも、だ」
750:
元帥「お前、アイツがなんで提督になったか知ってるか?」
アイツとは、やはり随分親しい仲のようにだ。
北上「前に聞いたけど、あん時ははぐらかされたなあ」
元帥「ま、そうじゃろうな」
北上「でもコネで提督になったとは聞いたよ」
元帥「ほお」
北上「それは話したんだ」
北上「なんで提督を提督にしたの?」
元帥「なるほどな。随分アイツに信頼されてるのは確からしいのお」
北上「ほらやっぱり。流石私」
元帥「はいはいおめぇさんの目は正しかったよ」
751:
元帥「別に今どき珍しくもない。ただの復讐じゃよ」
北上「復讐…」
元帥「こんなご時世じゃ。やつらに恨みがないやつなんてそういない」
北上「深海棲艦か」
元帥「アイツの父親は優秀な提督じゃった。少なくともあの激動の時代を生き抜くくらいには」
昔はもっと戦いは激しく、悲惨だっと聞いた。
谷風は鎮守府に50年前からいるとか言ってたっけ。その時か。
元帥「いつの間に見つけてきたのか綺麗な嫁さんとくっついて、まあ幸せだったんじゃろうな。その嫁さんが亡くなるまでは」
北上「それが、深海棲艦のせい」
元帥「殆ど事故みたいなもんだったが、そうじゃな。後悔して、泣いて、そして提督を辞めると言い出した」
北上「なんでそこで辞めるってなるのさ」
元帥「今のままじゃ指揮官としてやっていけないと思ったんじゃろうな。激情に駆られて動く指揮官なんて確かにろくなもんじゃねえだろうが、やつにも色々あったんじゃろう」
愛する者を失うとはどんな気持ちか。そこには本当に色々、色々あるのだろう。
元帥「当然そんな理由で優秀な提督を失うなんて本来認められるわけもない。だがやつには息子がいた。それが特別に提督を生きたまま辞めるという事を許された理由になった」
北上「提督がいなくなった鎮守府を機能させる実験、なんだよね」
元帥「…随分と知っとるようじゃな」
752:
元帥「これまで提督がいなくなるってのは鎮守府か壊滅する事と同義だった。だが今のように戦況が安定してくると鎮守府は機能しているのに提督だけが病や寿命でいなくなる事が考えられる」
提督が消えた鎮守府がどうなるか。
女王蜂が消えた蜂の巣。
蜜蜂はどうなるのか。
鎖が解かれた猛獣はどうなるのか。
元帥「親族ならば提督という核を受け継ぐことが可能かもしれない。そういう理由で運良くやつは円満退職となった」
北上「円満ねぇ」
元帥「そう言うな。だが息子とは決裂したようでな。言ってしまえば復讐から逃げた親父と復讐を誓った息子だ。どちらの気持ちも間違っちゃいない。結果親父の方は海外に、嫁の故郷へ向かったらしい」
北上「海外なんだ」
元帥「ここまではまだよかったんじゃ。ここまでは。問題はその後じゃ」
お爺ちゃんがお茶を一口飲む。
ってそれ私のじゃんか何やってんだ。
と思ったら今度はそれをもう一人の私も飲み始めた。
なんなんだ。私がおかしいのか?くそう二対一は分が悪い。
元帥「一年ほど前その親父も死んでな」
北上「え?」
753:
元帥「海外から日本に船で来る途中だった。海路はかなり安全なものだったし護衛もしっかりついていた。だが沈められた。深海棲艦に」
一度ならず二度も、か。
元帥「大型の船で大量の物資や人が乗っていた。強力な護衛艦隊もいた。普通の深海棲艦じゃあねえ。もっと強力な、例外的な個体だろう」
じゃあきっとそれが、そいつが、レ級だ。
元帥「息子の方はそれから変わったよ。それまでは仕事も真面目にやってたし、俺が強くなって奴らを滅ぼすんだみたいな、こういうのもなんじゃがまあ可愛いもんじゃった」
そんな立派なもんじゃねえよ。そう提督は言ってたっけ。
元帥「今じゃ随分と適当なやつになっちまった。にも関わらず艦隊の練度だけドンドン上がっている」
北上「ん?それはなんで知ってるの?」
元帥「吹雪から聞いたんじゃよ」
北上「吹雪が?」
そういえば吹雪もこのお爺ちゃん提督を知っている風だった。知り合いどころか提督の様子を伝える程の仲だったのか。
考えてみれば吹雪も提督の前任者、親父さんの時から鎮守府にいたのだから繋がりがあって然るべきというわけか。
754:
元帥「あいつは牙を研いでるのさ。ただ深海棲艦を殺るんじゃあねえ。両親を殺った大物を殺るためにな」
北上「でも、それっていい事なんじゃないの?危険な、危うい動機かもしれないけど、現に戦力は強くなってるんだし」
元帥「海軍には深海棲艦に関するデータが大量にある。だがそれには情報事に階級があってランクの高いものは普通の提督には見られないようになっておる」
吹雪が言っていたやつだ。
北上「武勲を焦って身の丈に合わないことをする輩を出さないため、って聞いたよ」
元帥「お前さんワシらが姫と呼ぶあの化け物共の親玉と殺り合った事あるか?」
あるはずもない。黙って首を横に振る。
元帥「一時は真実本当に人類を滅亡寸前まで追いやった元凶そのもの、それがヤツらじゃよ」
先程と変わらない表情。だがその威圧感というか、凄みはこれまでのこの人の経験を察するには十分なものだった。
755:
元帥「並の艦隊が挑んだって肥やしにもならん。それにそんな事すれば当然提督の首が飛ぶ。そうさせる訳にはいかんじゃろ」
あぁそうか。だから吹雪はこの人と繋がっているのか。
鎮守府を任された彼女は、提督を失う訳にはいかない。鎮守府を守らなくてはならない。
元帥「情報を隠しとるおかげで今のところは大丈夫そうじゃがな。それでも気をつけるに越したことはない。じゃからたまに様子を聞いとるのじゃよ」
北上「なるほど。色々腑に落ちた」
元帥「今回もまた吹雪に聞こうと思っとったんじゃが、こやつがそれなら丁度よさそうなのが他にもいるとか適当吹きよってな」
北上「テヘペロ」
元帥「長期遠征にでも出してやろうかこいつ」
北上「ああ!それだけはご勘弁を?」
北上「私完全に巻き込まれたわけだね」
北上「でも結構事情は把握してたよね?どうして?」
北上「いや、まあ、吹雪から聞いたりしてて」
盗み見したり盗み聞きしたりとかはさすがにいえない。
元帥「吹雪がのお」
北上「なんでだろ」
756:
北上「コネでなったって話は提督から聞いた」
元帥「正確にはわしのコネじゃなく海軍の総意なんじゃがな」
北上「ほほぉう。やはり随分と提督とは親しいようですなあ」
元帥「あーそういうあれか」
北上「そういうあれのようですなぁ」
北上「な、何さ二人して」
ニヤニヤと気持ち悪い笑みが並ぶ。
元帥「じゃから吹雪のやつお前さんに話したのかもしれんな」
北上「どゆこと?」
北上「提督を止めてくれって事でしょ」
北上「…あー、なるほど」
期待してる、とはつまりそれか。
757:
元帥「さて、それを踏まえてもう一度聞こう。提督の様子はどうじゃ?」
北上「…迷ってる、と思う」
北上「迷ってる?何と?」
北上「復讐が鎮守府にとって危険な行為だと理解してるなら、多分それをするか否か、提督は迷ってる」
だってそれは、大井っちと一緒に居られなくなるという事になりかねない。
一年前と今とじゃ提督の心境は変わっているのではないだろうか。
元帥「ふむふむ。何にせよいい兆候じゃな」
北上「ねえねえなんで?なんでそうなってんの?」
元帥「あまり首を突っ込むんじゃない愉快犯め」
北上「ちぇーいーじゃんか」
元帥「今後は吹雪だけじゃなく上ちゃんにも様子を聞くとするかの」
北上「なら次からはその呼び方辞めて欲しいかなって」
北上「えー私と見分けつかないじゃん」
北上「ややこしいからもう会いたくないって意味」
北上「酷い!」ガビーン
758:
元帥「あ、当然じゃがこの事はないしょな」
北上「わかってまーす」
北上「今日の事は私がただ会いたくて呼んだって事にしときゃいいよ」
北上「実際半分くらいそれだよね」
北上「まあね」
元帥「もうカタナ貸さんぞ」
北上「すんませんでしたホントマジで」
北上「あ、一つ質問いいかな?」
元帥「なんじゃ?」
北上「提督の親父さんってどんな人だったの?」
元帥「あー、そうじゃな」
昔を思い出しているのか、上を向き少し考えているようだ。
759:
元帥「オンオフの切り替えが激しい男でな。優秀だし真面目なやつじゃよ。真面目に、自分は海を取り返して海外の美女と結婚するんだとか言うやつじゃった」
北上「えぇ…」
北上「すげぇ」
元帥「実際その通りになったわけじゃし実力も運も確かにあったな。だからこそ、実に惜しい」
凄い人だったんだな。鷹が鳶を、て提督も実はやればできる子なんだっけか。
元帥「わしもやつが深海棲艦にやられたと聞いた時は即座に艦隊を動かそうとしたものじゃよ。じゃがまあ、沈めた奴が誰か分からなければどうしようもない。それこそ深海棲艦を滅ぼさなきゃならん」
北上「疑わしきは滅ぼせか」
元帥「気持ちはよぉく分かるんじゃよ。事件当時息子の艦隊は近くにいてな。救援要請を受けて向かいはしたが雑魚共に邪魔され到着した頃には船も犯人も海に消えていたそうじゃ」
北上「それマジ?」
元帥「本人から聞いたよ。もっともその時は船に父親が乗っとるとは知らなかったようじゃがな」
北上「そりゃ悔しいよね。間に合っていればもしかしたらって」
元帥「間に合っていたところでどうにかなるとも思えんがな。結果的にそれで艦隊は命拾いしたと言える」
そうか。一年前大井っちが遭遇したあの事件がそれなのか。
なら
760:
北上「え?」
北上「どったの?」
北上「いや、えっと」
おかしく、ないか?
今なんて言った?
沈めた奴が誰か分からない?
そんなはずはない。提督は間違いなくレ級を追ってる。吹雪もそれを知ってるし加担している。
知らないなんてことはありえない!
艦隊だってその犯人に出会っていたはずだ!
北上「あ、日が沈みそう」
元帥「早いとこ送ってった方が良さそうじゃな」
北上「暗くなるの早いもんねぇ」
元帥「バイクは危ないからのお」
北上「車は嫌だからね」
761:
北上「ほら、行こ」
北上「う、うん」
思考がまとまらない。
何故提督はそれを黙っていた?
いやそれはハッキリしてる。提督はそいつに復讐するつもりだ。だから自分の獲物の事を誰にも言ってないんだ。
でも提督を止めるつもりならなんで吹雪もそれを黙っていた?
矛盾している。
まだ何かあるのか、まだ私はパンドラの箱を開けていないのか?
元帥「またのぉ北上」
聞くべきだ。言うべきだ。
だが私はまだ決めかねていた事があった。
私はまだ、自分自身が提督を止めたいのかどうか分かっていないのだ。
762:
北上「意外とショック受けてるね」
北上「そりゃあ、まあね」
北上「ほいヘルメット」
北上「また駅まで?」
北上「せっかくだしこのまま鎮守府まで送ったげる」
北上「それは助かるね」
なんというか、疲れた。
このまま布団まで運んで欲しいくらいだ。
763:
こっちの大井っちに見送られて、見張りの人とちょっと話して、バイクで来た道を戻る。
北上「別に深く考えなくてもいいんだよ?」
北上「へ、なんて?」
北上「考え過ぎってこと。嫌なら関わらなくたっていいんだ。逃げじゃない。君子危うきに近寄らずってね」
北上「そうはいかないでしょ」
北上「別にいいけどさ。君にとって提督がそうまで悩んで苦しむに値する事ならそれでもいい。でもそうじゃないなら」
北上「値するよ。もちろん」
北上「なら、悩みたまえ。なあにどうしても相談相手がいないなら私を呼ぶといい」
北上「それだけはないかな」
北上「どうも私って信用度低いよね」
北上「信用はしてる。信頼はちょっとあれだけど」
764:
北上「ほらほら。夕日でも見て落ち着いたら?」
北上「夕日って、山の向こうだから見えないんだけど」
北上「空が赤くて綺麗じゃん」
北上「山火事みたいだね」
北上「不吉なこと言うなぁ」
北上「山か。こんなにマジマジと見たのは初めてだ」
北上「艦娘は陸に縁がないからねぇ。船だから当たり前なんだけどさ」
北上「そりゃそうだ」
船ねぇ。ふとすると忘れそうになる。
自分が北上という名前の船なのだと。
765:
・・・
・・・・・・
・・・・・・・・・
北上「そろそろ鎮守府だ」
北上「ん?あぁもうか」
北上「ずっと黙りこくってたけど、ホントに大丈夫?」
北上「考え事してただけ」
北上「そっか」
北上「…鎮守府までってこんな道通ったっけ?」
北上「バス使ってたんだよね?私はナビに従ってるだけだけど、ルートはバスと違うかもね」
北上「なるほど」
山を抜けるとまた古い家がいくつか立ち並ぶ、まるで村のような場所が見えてきた。
山奥に住むのって大変じゃないのだろうか。バスくらいしか通ってないし。
北上「お?」
北上「どったの」
北上「古本屋って書いてあった」
北上「寄ってく?」
北上「流石に今はいいよ。今度一人で行こっこな」
766:
北上「見えた見えた。鎮守府だよ」
私の頭越しに見慣れた建物が見えた。
さあいよいよだ。
北上「パンドラの箱があってさ」
北上「なになにどうしたの。ヘルメットに変なもの憑いてた?」
北上「そうじゃなくて。ただ私はそれを開けるべきなのかなって」
北上「んーよくわかんないけど、パンドラの箱って最後に残ってたのは希望なんでしょ?」
北上「そうなの?」
北上「知らずに聞いたんかい。私も別に詳しくはないんだけどね、聞いたことがあるだけで」
北上「希望かあ。それって誰の希望?」
北上「誰の?誰、だろうね。神様とか?」
北上「神様は当てにならないなあ」
北上「それには同意」
バイクに揺られながら沢山のことを考えた。
でも、考えてわかることなんて結局は何もない。
ぶっつけ本番。箱に手をかけるしかない。
願わくば、その中の希望が私の願いにそうものであって欲しい。
773:
74匹目:シュレーディンガーの猫
よく聞く言葉だ。なので意味を調べて見たことがある。
さっぱり分からなかった。これに比べれば艦娘だとか妖精だとかの方がまだわかりやすいんじゃないかとすら思えた。
だからとりあえず思ったのは猫をそんな事に使うなと。
箱。
開けるまでどちらか分からない箱。
もし開けたら犬がいたなんて事になったら、どうなんのかな。
774:
北上「ただいま?」カチャリ
吹雪「」
提督「」
提督室の扉を開けてあえて普通に帰還を報告してみたところ、空気が止まった。
二人で同じパソコンの画面を見て何やら話し合っていたようだったが、今はお互い私の事をまるで幽霊でも見たような顔で凝視している。
775:
吹雪「い、いつのまに戻ってたんですか!?しかもそんな軽い感じで!」
提督「バス乗る時連絡しろって言ったろ!」
北上「いやバイクで来たから」
吹雪「は?」
提督「は?」
二人並んでそっくりな反応をする。兄妹みたいだな。
北上「向こうの私にバイクで送ってもらった」
提督「北上がバイクに北上乗せてきたのか?」
北上「うん」
吹雪「タチの悪い冗談としか思えないんですけどバイクって事は多分本当ですね」
提督「あのジジイバイク好きだもんなあ…」
吹雪「だからってなんの護衛もなしでここまで送りますか普通…」
北上「その意見には概ね賛成だけどね。あでもバイクはすっごい気持ちよかった。私も乗ろうかなって」
提督「これ以上心配事増やすな頼むから」
776:
吹雪「それで、一体なんの用だったんですか」
自然な、ごくごく自然な感じで吹雪が聞いてくる。
白々しい。まさか予想がついていない訳じゃあないだろう。
提督「そうだぜ。そこが一番の謎だったんだ」
提督はどうなんだろうか。自分の復讐を邪魔される可能性については警戒しているのだろうか。
北上「前に話したでしょ?街でもう一人の私と出会ったって」
提督「あー聞いたな。ん、じゃあそいつが今回の北上なのか?」
北上「YES」
吹雪「あの人またそうやって勝手に外出許可を…」
北上「外出自体は提督の判断で別にいいんじゃないの?」
吹雪「元帥ですよ元帥。国内でも選りすぐりの戦力。北上と言えばその中でもさらに特筆すべき実力者と聞きます。当然扱いも私達なんかとは比べ物になりませんよ」
北上「なる、ほど。あれ、なんか改めて考えると凄いやばい事してたな私達」
提督「やべぇってレベルじゃねぇぞ、マジで。でその北上がどうしたって」
北上「会いたかったんだって」
提督「はい?」
北上「私にまた会いたくなったんだってさ」
提督「何考えてんだ北上」
北上「私じゃないよ。私だけど、でも私ならそうは考えない」
777:
提督「何話したんだ?わざわざお出迎えまでして」
北上「色々だよ。向こうの提督と一緒に、色々とね」
チラと吹雪を見る。特に普段と変わったところはない。でも吹雪も結構狸だしなあ。
提督「おっさんとも話してたのか?どんな?」
提督が先に食いついてきた。
北上「どんなって、まあ色々と聞かれたよ」
提督「それで…お前は答えたのか?」
やはり警戒しているのかな。少し目が変わった。
また吹雪を見る。こちらはやはり反応はない。
北上「うん。隠すようなこともないし。なんか提督の事凄く心配してたよ」
提督「あぁ…だろうな…」
提督も元帥のじいちゃんが自分を止めようとしているのは気づいているはずだ。私が何をどこまで言ったか、聞きたくて仕方なかろう。提督の中では私は何も知らない新人のはずだが。
吹雪は、微動だにしない。
やれやれ。私はこういう駆け引きみたいなのよく分からないんだけどねえ。
778:
北上「提督の目的ってなんなの?」
我慢できずに口を開いたと言うべきか、私は提督だけを見て問いを投げかけた。
提督「…それ改めて聞くことか?」
北上「ああいや、そういうんじゃなくてさ。究極的には深海棲艦を倒す事、ひいては海の平和を取り戻す事ってのはわかるよ。
でもそれって提督というより海軍という組織の目的であって、その目的にそう提督になる理由ってのはまた違うじゃん?
例えば治安維持が目的の警察官に正義感を持って入ることは別に不思議でもないけど、それ以外にも憧れとか親が警察官とか逮捕したいやつがいるとか刑事ドラマに憧れてたとかとかとか。
ともかく何か理由があるのかなって思ったんだ」
提督「なんで、なんで今それを聞くんだ」
提督はわけがわからないという感じで私を見ている。私の意図を測り兼ねているのだろう。
北上「なんとなく、かな」
提督「北上はたまに核心的なとこ突いてくるよなあ」
779:
提督「復讐だよ。特に深いものは無い」
北上「両親の?」
提督「やっぱ聞いてたか。おっさんも、なんでまた北上に話したんだか」
北上「それについては本当にただの偶然って感じなんだけどね」
提督「おっさんはなんて?」
北上「提督はどんな様子かって聞いてきた」
提督「それで返答は」
北上「…迷ってるんじゃないかって。そう言ってきた」
提督「迷ってる?」
北上「うん」
提督「俺が?」
北上「うん」
提督「…なんで」
北上「うーん、なんとなく?」
大井っちのせい、とは流石に言えない。
提督「適当過ぎないかそれ」
北上「なんとなくだよ。でも、適当じゃない」
780:
提督「そっか」
北上「うん」
やけにあっさりと納得された。図星だっ?
吹雪「迷ってるじゃないですか、実際」
提督「まあ、そうだな」
吹雪が唐突に口を開いた。
吹雪「それで、北上さんは何処まで話したんですか?」
北上「今言った通りだよ。私が話せるのなんてそれくらいでしょ」
吹雪「そうですか。そうですよね」
残念そうにも、安堵したようにも見えない。
私が何も話してないなら提督は復讐できるかもしれない。
私が洗いざらい話していたら提督は復讐することはできなくなるかもしれない。
吹雪はどっちを望んでいるのだろうか。
彼女にとって前任の提督は大切な人だったはずだ。なら復讐したいというのは自然に思える。
でもその大切な人にこの鎮守府を、皆を任されているなら、破滅を呼びかねない提督の行動を止めようとするのもまた不自然ではない。
781:
提督「俺は追ってるんだ。親父を殺した奴を。そいつが誰かを」
誰かを提督は知っている。
私はそれを知っている。
私が知っているのを提督は知らない。
ここに来てもまだそれを私に秘密にしたがるのは元帥のじいちゃんと同じ理由からだろうか。私を関わらせたくないという。
提督「なりふり構わず、何をしてでも。そう思ってたんだがな」
提督が少し下を向く。提督がいつも使っている机。残念ながら仕事だけに使っているわけではなさそうだが、そこにはきっとこれまでの思い出があるのだろう。
提督「親父がなんで躊躇してたのかわかる気がするよ。お前らといるうちに、俺も変わってた」
いつもの優しげな目を私に向ける。以前は、私が知らない提督は、違う目をしていたのだろうか。
提督「一人、置いて行きたくないやつがいてな」
吹雪「!」
ここで初めて吹雪が動揺を見せた。慌てて提督の方を見ている。
いや私も驚いたさ。なんなら大井っちに対する思いを自覚してないんじゃないかとすら思ってたし。
782:
提督「でも、やめる訳にはいかないんだよ。復讐に変わりはない。ただもうあんな事が起こらないようにとは思ってるけどな」
やめる気はないか。そっか。
提督「なあ北上。お前はどう思った?おっさんの話を聞いて。今の話を聞いて」
なら、私は提督を止めよう。私はみんなでここにいたい。大井っちとも、提督とも。
北上「…ねぇ、親父さんってどんな人だったの?」
私は決めた。
復讐なんて私には分からない。でもきっとそれは全てを不意にして良いものじゃ無いはずだ。
提督「ん?そうだなあ」
身を屈めて机の引き出しを弄り出す。鍵がかけてあるのかカチャカチャと音がした。
提督「頑固もんだったよ。しかも母さんに夢中でな。俺の事も見ろって昔はよくきれたよ」
今度はガサゴソと紙を漁るような音がした。写真でも探しているのかな。
それにしても元帥のじいちゃんと言い方は真逆だな。現してる人柄は同じだけど捉え方でこうも違うとは。
783:
一歩一歩、提督の机に向かってゆく。
吹雪「北上さん?」
目と目が合った。流石秘書艦、直ぐに私が決意したことを察したようだった。
それでも何も言わなかった。結局何が目的なのかさっぱり分からなかったや。
期待に添えてるのかは分からない。でも私はパンドラの箱の開け方を決めた。
世界平和なんてどうでもいい。私にとって世界とはこの鎮守府でしかないんだ。
提督「あったあった。これが親父だ。俺が産まれる前のだけどな」
一枚の古びた写真が机の上に置かれた。
784:
この時確かにパンドラの箱は開けられた。
私の手ではなく、誰の手でもない。
強いて言うなら神とか悪魔とか。そういった何かに。
中身はもう猫でも犬でもない。はっきりと観測されてしまった。
もしかしたらと、そう思う事がなかったわけじゃない。むしろだからこそ私はそれに蓋をしていたんだ。
でももう遅い。
災厄は撒き散らされた。
785:
北上「提督は、復讐するとして、どうやるつもりだったの」
提督「今はもう皆を巻き込むつもりはねえよ。ここには親父の時から居て俺に着いてきてくれた奴がいてな。何人か仇討ちに協力するってのもいたんだ」
北上「誰と」
提督「ん、飛龍と日向、だけなんだけどな。随分と無謀な話だろ」
北上「そうだね」
吹雪「北上、さん?」
北上「提督」
提督「おう」
北上「なら私が三人目だ」
提督「は?」
吹雪「へ?」
北上「私も協力する」
786:
写真に写っていたのはかつて神社で見た、金髪でこそなかったが、確かに私の探していた人物だった。
私が愛した人。恩を受けた人。会いたかった人。
提督の瞳に映る自分を見て理解した。
きっと昔の提督もこんな眼をしたのだろう。
思考が徐々に薄れる。
身体の中を何か黒くて熱い、少し心地よいもので満たされていくのを感じた。
箱の中に、もはや希望はなかった。
791:
76匹目:like a cat on a hot tin roof
熱いブリキ屋根の上の猫。
熱い砂浜なんかを裸足で歩いてみたらどうなるか。そんなの猫でなくても慌てて足を動かしながらパタパタと駆けて行くことになるだろう。
故にイライラしている、落ち着かない様子を表す。
でもこの時私は非常に落ち着いていた。
苛立って、内心グチャグチャだったけど、いつも通り、いやいつも以上に落ち着いていた。
792:
北上「はあ」
あれから三日経った。
考えさせてくれ。それが提督の出した答えだった。
そりゃ驚いてたもんね。あの吹雪ですらフリーズしてたし。
そういや提督が置いてきたくないやつがいるーって言った時も驚いてたな。アレはなんだったんだろ。私と同じで提督は無自覚だと思ってたのかな。
大井「きーたかーみさん」
まあ何にせよ三日経った。何があっても時間というのはあっさり進んでいくものだ。アインシュタインの嘘つき。
あれから提督とも吹雪ともまともに話していない。殆ど日課になっていた提督室にも行っていない。
でも大して変わらなかった。任務はやってるし出撃もしてる。僅かな事務的な会話だけで淡々と日々が過ぎていく。
大井「北上さーん」
提督だけじゃない。結局のところ私も保留にしてしまっている。
現実を、心を。
でもひょっとしたら、このまま何も変わらず、何も進まず始まらず終わらずにずっといた方が
大井「北上さんっ!!」
北上「うわっ!?」ガッ
793:
北上「ったぁ…」
仰向けになって読んでいた本が驚いた拍子に顔に落ちてきた。
まあ実際のところ読んではいなかったというか、頭に全然入ってこなかったんだけど。
大井「もぉ、どうしたんですか最近。死んだ秋刀魚みたいな目になってますよ」
北上「そりゃまた美味しそうだね」
大井「そうとらえますか…」
大井っちを見る。制服姿だ。髪も少し乱れてる。そういえば今日は出撃だったんだっけ。
北上「お疲れさん」
大井「ありがとうございます」
私の横に座る大井っち。
ふむ。胸はデカい。腰にはクビレがあるが決して痩せてるという程ではない丁度いい肉付き。顔は美女揃いの艦隊の中でも中々に綺麗な方だし、髪もツヤツヤだ。あ、髪は皆そうか。
そりゃ提督も惚れるわけだ。でも何がきっかけなんだろう。最初はケンカばっかりだと聞いたけど。
794:
大井「北上さん」
北上「何?」
大井「提督と何かありましたね」ジトー
北上「疑問形ですらない」
しかも深海棲艦を見る時より冷たい目をしておる。
北上「まあそうなんだけどね」
流石に大井っちには隠せないな。
大井「三日。三日間ですよ。まさかなんの進展もないとは思いませんでした」
三日というのも分かってるのか。流石大井っち。略して流っち。
大井「どうせ提督が悪いんでしょうけど」
北上「いや、それが違うんだ。今回ばかりは私も悪い」
大井「そうなんですか?」
北上「うん…その、なんていうかな」
大井っちに全部言う訳にはいかないしなあ。
北上「お互い保留にしちゃってるんだ。決めなきゃいけない事を決めずに、言えずに」
大井「お互い、に?」ジトー
北上「えっと、主に提督が…」
795:
大井「やっぱりあの人ですか」スッ
流れるように立ち上がる。ってまさかこのまま提督のとこに行くつもりじゃ!?
大井「ちょっと提督に一発入れてきます」
北上「待て待て待て落ち着いて!提督はただ、考えさせてくれって、なんでかそのままで…」
大井「…そうですか」スッ
あっさり座る大井っち。あ、さては私を焦らせるために立ったな。
大井「北上さん。あの人は馬鹿です」
北上「え」
大井「間抜けです。意気地無しです。空気も読めないし私達の心も読めません。そのくせ自分では分かった気になってる無能です」
聞いてるだけでこっちまでダメージを受けそうなくらい容赦も躊躇もなく罵詈雑言を並べていく。提督がこれ聞いたらどう思うか…
大井「でも考えなしじゃありません。的外れで空回りしてばかりですけれどそれでもあの人なりに考えがあるんです。あの人なりに私達の事を考えてはいるんです」
北上「…うん」
凄い、凄い説得力だ。
大井「でもどんな考えであれ北上さんをこんなに待たせるなんて許せないので一発殴ってきます」
北上「結局そこ!?」
796:
またしても大井っちが立ち上がる。誘いとわかっていても乗らない訳には行かない。
北上「ストップ!」ガシッ
寝転んでいた状態からなんとか起き上がり大井っちの腰にしがみつく。
大井「まだ何かありますか?」
無反応。真面目モードの大井っちだ。これは手強い。
北上「大井っちに、大井っちに解決されたら嫌だ」
口をついてでたのは子供みたいな言い訳だった。
大井「北上さん。物事の解決に時間が必要な時は多いです。でも時間が全てを解決することはありません」
北上「ご最もです…」
797:
大井「本当にわかっていますか?」クルリ
大井っちが体を回して私の方をむく。
北上「分かってるよ。分かってるから、無理なんだ」
大井「ほら、しゃんとしてください!」
北上「うわっ」
無理やり正面に立たされる。大井っちの鋭い眼差しが私の目に泳ぐことを許さない。
大井「こんな風にちょっとあの人のけつを引っぱたいてくるだけです。後はお二人で好きにしてください」
北上「…分かったよ。こーさん。大井っちに任せる」
大井「ええ、任せてください!あの人の事はよぉく分かってますから」
意気揚々と、自信満々に部屋を出ていく。
北上「はあ」
適わないなあ。
でもまあ確かに、大井っちの方が適任だろう。なんせ
北上「いてっ」
痛みが走る。さっき本を顔に落とした時傷でも出来たかな?
気が緩んでまたゴロンと寝転ぶ
798:
提督はどうするだろうか。
私はまだまだ練度の足りない新兵だ。危険な相手に、まして三人で挑むなんて自殺行為だ。当然止めたいだろう。
でも迷った。保留にした。
それだけ提督にも復讐心があったからだろう。提督も引く訳にはいかないのだろう。
それは私も同じだ。
心にぽっかりと穴が、なんてありふれた表現がしかしピッタリと当てはまってしまう。
これまで私を支えていた希望はあっさり折られた。私はきっとそれを許せない。
そうする事が、きっと今私にできる唯一の恩返しだ。
799:
大井っちが知ったらなんて言うだろう。
多分大井っちは提督から聞き出すだろう。首を突っ込んだからには大井っちは絶対に諦めない。
復讐。もしかしたら私も提督も戻ってこれないかもしれないんだ。大井っちなら止めるだろう。
何よりも提督を。
提督と大井っち。
二人は今きっと話している。
私が知らないような話を。
800:
提督室を思い出す。
所々凹んで草臥れたソファ。
年季の入った床。
シミのある机。
ラクガキのあるテーブル。
人の顔に見えるという天井の模様。
部屋に似合わず新品のライト。
よく使われる綺麗な棚。
誰も使っていないのかホコリだらけの棚。
しょっちゅう新しくなる窓ガラス。
古臭い匂いがする椅子。
皆で刺繍をしたというカーペット。
801:
よく仰向けになって本を読んだソファ。
提督に本の内容を話したりもした。
新しいライトが明るすぎると文句を言ったりもしたっけ。
机のシミは、誰だっけな。駆逐艦なのは覚えてるけど。
天井の模様は女性に見えたな。提督はぬらりひょんとか言ってた。
提督に似合わない厳かな椅子は、肘掛が妙に座り心地よかったな。
アルバムでもめくるかのように様々なことを思い出す。
でも私がした決断は、それらを燃やすのと同じ事だ。
それにあの場所は、私のものじゃないんだ。
802:
もしかしたらここには戻ってこれないかもしれない。
でもいいや。提督には大井っちがいる。大井っちを置いてくのは少し気が引けるけど、私は私のために向かわなきゃ行けない所がある。
北上「…」
痛い。
803:
あそこは提督や大井っちがいる所だ。
私は、北上のまがい物の私はあそこにいるべきではない。
あるべき者をあるべき所に。
私は帰るべきだ。
北上「痛い」
804:
どうにも痛い。まさか本が当たったところ擦りむけていやしないか。
重苦しい身体を引きずり起こして部屋に置かれた鏡を見る。
北上「お前、なんで泣いてるんだ?」
そう言ったのは私だ。
鏡の中の北上じゃない。
そこには泣いている北上がいた。
でもそれなら、私が泣いてる事になるじゃないか。
何だかすごく気味が悪い。
とても悲しそうで、悲痛に歪んだくしゃくしゃの表情を見ているとこちらまで悲しくなってくる。
でもそれは私なんだ。今私が見ているのは。
805:
訳が分からず、でもこれ以上見ていられなくてそのまま後ろにバタりと仰向けに倒れる。
畳は私を怪我をしない程度に受け止めてくれた。
背中が痛い。
でもこんなんで泣いたりはしない。
自分の事なのに自分のじゃないみたいだ。
私は少し考えるのをやめて目を閉じた
806:
・・・
・・・・・・
・・・・・・・・・
北上「ん?」
目が覚めた。
というかいつの間にか寝ていた。
そして何やら後頭部に違和感がある。柔らかくて暖かい何かの上に頭が乗っている。
大井「起きましたか北上さん」
北上「大井っち」
膝枕だったか。
大井「ビックリしましたよ。戻ってきたら大の字で寝てるんですから」
北上「私もビックリした」
大井「あれからずっと寝てたんですか?」
北上「あれからって、どれくらい経った?」
大井「2時間くらいでしょうか」
北上「多分寝てた。って2時間も話してたの?」
大井「1時間半くらいです。後は北上さんを膝枕してました」
北上「十分長い…多摩姉達は?」
大井「部屋には来てたみたいですよ。北上さんを見て察したのかすぐ出ていったようですけど」
北上「何を察したって言うのさ」
大井「泣いていたから」
北上「!」
807:
大井「先程拭いちゃいましたけど、泣き腫らした跡がありましたよ」
北上「そっか」
大井「何か、ありましたか?」
北上「わかんない。でもなんでか泣いてた」
大井「そうですか、そう」
北上「提督は?」
大井「待ってますよ。北上さんを」
北上「私を」
大井「もう待たせないって言わせました。後の事を決めるのは二人です」
北上「大井っち」
大井「はい」
北上「ありがとね」ムクリ
大井「私は。私は此処で待ってます。ずっと」
北上「うん。ありがとうね」
808:
大井「安心してください、あの人はちゃんと受け止めてくれますよ」
あぁまただ。
北上「どうかなあ。船って結構重いよ?」
また痛い。
大井「そうですねえ。猫一匹くらいなら?」
北上「はは、提督に猫は似合わないよ」
大井「そうですか?ギャップ萌えってやつですよ」
さっきの鏡と同じだ。大井っちを見ていると、締め付けられるように痛い。
北上「大井っち」
大井「はい」
北上「行ってくるね」
大井「はい」
809:
逃げるように部屋を出た。
心臓が荒波のように脈打っている。
平静を装って歩いてみた。深呼吸をしてみた。
でも落ち着かない。
私は少し駆け足でパタパタと提督の元へ向かった。
817:
78匹目:bell the cat
猫の首輪に鈴をつける。
言うのは簡単だけれど、はたしてその危険な役割を誰がやるか。
幸いにも猫は私だ。
なら進んで鈴をつけようじゃないか。
818:
提督「よお」
北上「…痛む?」
提督「肉体的にはさほど」
北上「そっか」
提督「でも痛え」
北上「みたいだね」
提督の右頬が少し赤くなっていた。誰にひっぱたかれたかは考えるまでもない。
大井っち、ケツじゃなくて頬を叩いたのね。
819:
提督はいつもみたいに奥の机にはおらず手前のテーブルにいた。
なんとなくその場の雰囲気で私も提督の向かい側に向き合うように座る。
提督「こっぴどくやられたよ。大井のやつ容赦なさすぎてな」
北上「そっか」
提督「頬は別にいいんだけどな。手より口がその何倍も怖い」
北上「だろうね」
提督「昔っから言う時は言うやつでな。もしかしたら言葉で人を殺せるんじゃないかと毎回思うよ」
北上「…」
提督「さっきだってまた大「いいよもう」ん?」
北上「大井っちの話は、もういい」
820:
提督「わりい。はは、ダメだな。また逃げだ」
北上「?」
提督「北上」
提督が真っ直ぐ私を見る、
久々に提督と目が合った。
目を見られた。目を見れた。
提督「力を貸してくれ」
真っ直ぐ、そう言った。
北上「いいの?」
提督「巻き込みたくないというのが本音だが、戦力が足りないのも本音だ。でもだからって捨て石にさせるつもりはない。やるからには必ず討つ。討って、全員で帰投させるさ」
目は口ほどに物を言う。上手いことを言うものだ。
確かに提督の眼差しからは言葉よりも確かな決意が伝わってきた。
821:
提督は決めたんだ。はっきりと、どうするかを。
その目に私は少し後ろめたさを感じてしまった。
だって私はまだ、迷っている。
復讐。その気持ちは本物だ。提督に協力すると言ったのは間違いなく本心だ。
でも今まで通りここで幸せに暮らしていたいというのも紛れもなく本心なのだ。
822:
北上「うん。協力する」
提督「おう。頼むよ。それじゃま手始めに、文字通りな」スッ
提督が手を差し出してきた。大きくて広い手。
北上「提督にしては洒落たこと言うね」
提督「たまにはな」
北上「じゃあ」スッ
私も覚悟を決めなくちゃいけない。
提督「ただし」
北上「え」
握手、の前に提督が遮った。
提督「別にいつでも止めていい。逃げたっていい。こんな事、やらないにこしたことはないよ」
北上「それ、今言う?」
提督「わり。でもそうだろ?」
北上「そりゃあ、まあね」
提督「俺だってそうさ。今だって何かのっぴきならない事情で断念せざるを得なくなりやしないかって、そんな事を何時も考えてる」
823:
北上「土壇場になって中止なんて言うつもり?」
提督「そうなるかもな。ギリギリになって勇気が出ないかもしれん。それを踏まえての握手だ」
勇気か。
復讐する勇気か。
それを諦める勇気か。
北上「分かったよ」
協力者同士。いや共犯と言うべきかな。でもとても暖かい握手を交わした。
私は決意した。提督の思いに応えよう。
未だ迷ってる。だからハッキリさせよう。
私がどうしたいのか。
824:
北上「へへへ」
提督「なんだよ変な笑いしやがって」
北上「初めて提督と会った時の事思い出しちゃってさ」
提督「あー。あれももう随分前に感じるな」
提督が上を向く。昔を思い出しているのだろうか。
北上「てーとく」
提督「ん?」
北上「名前は軽巡、北上。まーよろしく」
提督「おう、よろしくな」
825:
提督「でだ」
北上「はい」
提督「俺達は目標達成のためには余りにも色々なものが足りない」
北上「確かにね」
提督「その中で最も補いやすいのがお前の練度だ」
北上「ぅ、ですよね…」
提督「残念ながら一朝一夕で練度をどうこうするのは無理だ。だがだからと言ってやらない理由はない」
北上「つ、つまり」
提督「と「特訓です!!(バァン」はっ!?」
北上「えっ!?」
大井「特訓です!!!!」
北上「いやなんでいるの」
提督「聞いてたなてめえ!」
826:
大井「そりゃあもちろん提督が変なこと言わないか見張りを」
当然のように部屋に入ってきた。
提督「言わねえよ何考えてたんだよ」
北上「あのー特訓って?」
大井「提督の言う通り練度は直ぐには上がりません。私も北上さんよりは高いですけれどそれでも一線で通用するかは微妙なレベルです」
提督「だ「だから基礎的な訓練以外に何か飛躍的に力をつける方法が必要です」
北上「ふむふむ」
提督「…」
大井「ここで大事なのが私達にとって今倒すべきなのは深海棲艦ではなくあのレ級一体という事です。つまり一点集中で対策が練れるんです」
あ、提督が完全に話すのを諦めた。
大井「なんであれアイツを沈めれば勝ちなんです。その点で見ると私達雷巡はチャンスがあります」
北上「あー、魚雷か」
827:
大井「元々私達は対空や砲撃は苦手です。ですが魚雷による致命的な一撃であれば他の船と比べても練度の低さを補ってあまりあるものがあります」
北上「確かに」
大井「そして!何よりも大きいのは私と北上さんのコンビネーション!!」ンバッ
北上「うんうん。え?」
大井「コンビネーション!!」シュバッ
北上「2回も言わんでも」
しかもポーズ変えて。
提督「実際ポイントだと思うんだ。普段艦隊は色んな艦種をバランスよく編成するから忘れがちだが同じ艦種同士だからこそ出来る動きってのは確かに強い」
北上「なるほどね。確かに練度が低くても二人合わせてなら補い合えるかも。でも大井っちと二人で出撃した事ってほとんどないんじゃ」
大井「普段の以心伝心っぷりを戦場でも発揮すればいいんですよ。戦闘経験はこれから積んでいくんですから」
北上「そう何上手くいくのかね」
相変わらず大井っちは…
北上「ん?」
あれ?
828:
提督「どした」
北上「え、何?大井っちも?大井っちも一緒なの!?」
大井「当たり前じゃないですか」フンス
北上「いやいや全然当たり前じゃないでしょ!」
提督から事情は聞いてると思ったけどまさか参加してくるとは…待てよ、よく考えたら実に大井っちらしい行動だな。
大井「大丈夫ですよ。北上さんを一人で行かせたりなんかしませんから!」
北上「って言ってるけど、いいの?」
提督を見る。
大井っちをこんな危険な事に巻き込む。それは提督が一番嫌がりそうなものだが。
提督「止められると思うかこいつを?」
北上「思わない」
提督「そういう事だ」
提督弱いなー。
大井っちは、あードヤ顔してる。
829:
大井「愛にも色々ありますけれど、少なくとも私は愛する者を宝箱にしまうようなことはしません」
提督「お前みたいにスパッと割り切れりゃ楽なんだがな」
大井「提督は肝心なところでいっつもウジウジしてますからねえ」
提督「はっはっはっ今度は耳が痛え」
北上「大井っちは凄いよねぇ。私もそんな風になれたらいいのに」
大井「いいんですよ北上さんは。今の北上さんこそ北上さんなんですから」
提督「北上に甘すぎるだろお前」
大井「提督は甘えすぎなんですよ。誰にとは言いませんけどお?」
提督「てめぇ…」
大井「それに私だって悩んだりはしますよ。でも決めるべき時はそうするだけです」
北上「決めるべき時か」
830:
大井「何にせよ、私と北上さんのコンビならどんな壁だって超えていけます!」
北上「いや別に二人だけというわけじゃ」
提督「サラッと俺を無視すんな」
大井「不純物が混ざるとコンビパワーが落ちるんです」シッシッ
提督「あそーいうこと言う、そーいう言っちまうんだ。飛龍と日向が悲しむだろうなぁ」
大井「あの二人は別です」
提督「適当過ぎんだろ!」
北上「それでも五人かあ」
提督「これでもマシになった方だよ」
大井「最初三人でどうするつもりだったんですか…」
提督「自暴自棄な所があったのは否めない」
北上「だろうねぇ」
831:
提督「が、今や五人だ。一世一代の大仕事だぜ。ほかの奴らが血眼になって探してる鬼の首、俺らでもぎ取ってやろうぜ!」
大井「今のところ鬼の素顔を知ってるのはウチだけですからね。提督が報告してないせいですけど」
提督「これから首持って謝りに行くから大丈夫だよ。歴史はいつも勝者が作るもんだろ?」
大井「実際勝ち目が無いわけじゃないですからね。敵は自分が狙われているとは思っていない」
提督「対するこっちは徹底的にメタを張れる」
大井「戦争じゃなくて仇討ちですからね。ルールも何も無し」
提督「例えどんな手を使ってでも」
大提「「討つ」」ニヤリ
実に楽しそうに二人が笑う。
832:
提督「ま、そういうわけで明日から二人は特訓だ」
北上「具体的にはどういう?」
提督「飛龍に頼むつもりだ。内容はあいつに任せる。二人のコンビと雷撃が一番の伸び代だがだからと言って基礎訓練をしない理由にはならない。やれることは全部やるぞ」
北上「うへ?気が滅入る話だ」
大井「ならやめますか?」
北上「そうもいかんでしょ」
提督「訓練は明日からだ。今日はとりあえず休んで明日に備えとくといい」
北上「提督は?」
提督「具体的な作戦はこっちでやっとく。お前らはそっちに集中しとけ」
北上「ほ?い。それじゃ」
提督「おう」
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