氷川紗夜「ドブネズミ」back

氷川紗夜「ドブネズミ」


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 家族で冬の山へ出かけた。そこは東京の外れにある山で、ロープウェイから山頂に登って、そこにある神社にて高校の合格祈願をした。
「わー、東京にもこんな山があるんだね!」
「こらこら、日菜。ちゃんと合格出来るようにお願いをしなさい」
「ダイジョーブだって! もう羽丘の模試なんて何回やったって満点取れるし!」
「……まぁ、日菜ならそうか」
 神頼み。そんな迷信じみたものを信じる気にはあまりなれない私の横ではしゃぐ日菜と、それを諫めるお父さんの会話を聞いて、また私の心に何か小さな棘が刺さったような気がした。
 私だって……という口からは出さない妹への対抗心が胸の中に沸き起こる。だけど、花咲川女子学園の入試に合格点は取れるだろうけど、満点を取ることは出来ないだろうな、と思って、それもすぐに暗い気持ちに変わっていった。
「ねーねーおねーちゃん! 見て見て、鳥が飛んでるよ!」
 そんな私の心の機微など知らず、日菜が無邪気な声で空を指さした。
「鳥くらいどこにでもいるでしょう」……と思いながらそちらへ視線を送ると、四羽の鳥が冬の青空に翼を広げていた。
 そのうちの一羽は東の方へ逸れ、他の三羽は南の空へと羽ばたいていった。
 それに妙な寂しさを覚えて、わけもなく突然一人ぼっちになったような気がした。
----------------------------------------------------------------------------
96: 以下、

「……それで、その手に持っている鳥はなに?」
 それは2月の某日のことだった。高校受験もつつがなく合格し、もう自由登校になった中学校へ行こうとしたら、珍しく慌てたような日菜が私の部屋にやってきた。
「庭でうずくまってたんだ! どうしよう、おねーちゃん!?」
 そして両手を合わせたその上に鳩よりひと回りほど小さな鳥を乗せた妹は、そんなことを言うのだった。
「…………」
 どうしよう、なんて言われても私にはどうしようもないわよ。喉元までやってきた言葉を飲み込み、代わりにため息を吐き出す。それから中学校の皆勤賞と日菜の掌で小さく震えている鳥を天秤にかけた。
「おねーちゃん……この子、死んじゃうのかな……?」
 鳥の乗った天秤に、日菜の弱々しい言葉も乗っかった。三年間の皆勤賞がスッと持ちあがる。ああ、私の中学三年間はたったこれだけで放り出されるほど軽いものだったのか……なんて自嘲を噛み殺して、私は手に持ったバッグを机の上に置く。
「とりあえず、タオルを持ってくるからその上に乗せなさい。野生の子に人間のニオイがつくのはあまりよくないでしょう」
 そしてそれだけ言って、日菜の返事は待たずに洗面所へ向かった。
97: 以下、

 日菜が厄介ごとやらを何やらを私の元へと持ち込んでくるのは今に始まったことじゃない。
 私があの子に対して勝手に劣等感を抱いている部分もあるけれど、天衣無縫で破天荒な妹の突拍子もない思いつきに振り回されるのもよくあることだ。
 私の部屋の机の上にバスタオルを置いて、そこへ日菜がゆったりとした優しい動きで鳥を座らせる。あなたは私以外にはそんな風に気を遣うのね、という皮肉が頭の中に浮かんで、そんなことを考える自分をはたきたくなった。
「どうしよう、おねーちゃん……」
「……どうしようもこうしようも、こうなったらしばらく面倒を看るしかないでしょう」
 野鳥の飼育は禁止されていると何かの授業で聞いた覚えがあったけれど、かといって飛べないほど弱ったこの鳥をこのまま見過ごすことは出来ない。
 本当に日菜は厄介なことを毎度毎度持ち込んできて……と思って眉間に皺が寄るのを自覚した。私は大げさにため息を吐いて頭を振る。
98: 以下、
「分かったよ! それじゃあ鳥かごとか用意した方がいいかな? ちょっとペットショップに――」
「待ちなさい。一時的な保護なんだからそこまでは必要ないでしょう」
 そんな私と対照的に、パッと笑顔になった日菜が部屋から出て行こうとするのを引き留める。
「少し調べてみるから、それまで日菜はこの子の様子を見ていて」
「あ、そっか。やっぱりおねーちゃんは頼りになるね!」
 足を止め、きっと純度100%の尊敬や信頼が込められた笑顔が私を照らし出す。
 それに自身の後ろ暗い影がより濃くなったような気がして、私は何も答えずにスマートフォンを手に取った。そしてブラウザを開いて、『野鳥 保護』と検索をする。
「…………」
 検索結果から東京都環境省のサイトにアクセスして、鳥獣保護のページを開く。
『野生鳥獣の本当の保護とは、人はむやみに野生鳥獣に近づかないことです』という文言が一番に目に入り、もう遅いわよ、と心の中で悪態を吐いた。
 その文言は見なかったことにして、画面の上に指を滑らせる。
「怪我をした野鳥を見つけた時……」
 今の状況に一番合致しているだろう項目を見つけて、そこの文章に目を通す。
『体温が低下しているのかもしれません。野鳥をダンボール箱などの中に入れ、底に新聞紙やティッシュペーパー等を敷きます。そしてぬるま湯を入れたペットボトルなどの保温剤を箱の中に入れ、暖めてみてください』
 そして最後に『その上で、東京都の担当窓口までご相談ください』と書いてあった。「何か大事になってしまうんじゃないか」という抵抗が少しだけあったけれど、ルールとしてそう決まっているならそれに従わないわけにはいかない。本当に面倒なことを持ってきてくれたものだ。
99: 以下、
「日菜、ここに書いてあるものを用意できる?」
「ん、どれどれ……」
 その気持ちを胸の中に押し止めつつ、鳥の様子をジッと見ていた日菜に声をかけて、スマートフォンの画面を見せる。
「オッケー! 了解だよ、おねーちゃん!」
「それじゃあお願いするわね」
「おねーちゃんはどうするの?」
「野鳥を保護したら、動物保護を担当しているところに連絡をしないといけないみたいなのよ」
「うん、分かった! えっと、確かお父さんが通販で何か買った時に段ボールが……」
 呟きながら日菜が部屋を出て行く。私はちらりとバスタオルの上に座る鳥へ視線をやる。
 見たことがない鳥だった。鳩より少し小さくて、色合いは雀に似た黒褐色。胸には黒いうろこ状の斑点模様があった。
 その鳥は鳴くことも暴れることもなく、大人しくバスタオルの上に鎮座し続けていて、しばらくその様子をぼうっと眺めていた私は思い出したように鳥獣保護の担当部署へ電話をかけた。
100: 以下、

 特に外傷がないようだったら、身体を温めてあげるだけで動けるようになると思います。
 餌などを与えてしまうと却ってストレスになることがあります。なのでサイトに書いてある通りのものを用意したらそっとしておいて、元気が出たら外へ返してあげてください。
 かいつまむと、大体そんな感じのことを鳥獣保護の担当部署の人に言われた。それにお礼を言ってから電話を切るころに、日菜が段ボールとペットボトル、それから新聞紙を持って部屋に戻ってきた。
「なんだって、おねーちゃん?」
「怪我をした様子もないのであれば自然に回復するでしょうから、元気になったら外に返してあげて、ということらしいわよ」
「そっか。血が出たりとか羽がボロボロになったりって感じじゃないもんね、この子。よかったぁ」
 日菜はホッと息を吐き出して、それから段ボールを机の上に置く。そしてその中に新聞紙とティッシュを無造作に詰め込んでいった。
「…………」
 それを手伝おうか少し迷ってやめておく。日菜が拾ったのだからこの子がやるべきことだろう、と思う。この鳥だって日菜なら平気でも私が近づいたら暴れる可能性だってある。日菜には上手く出来ることでも私には上手く出来ないことが多いのだから。
101: 以下、
「よっし、完成! それじゃあちょっとごめんね、鳥ちゃん」
 そんなことを考えて一人で勝手に傷付いていると、日菜は鳥に柔らかい声をかけて、そっとその身を両手で持ち上げる。バスタオルの上に座っていた鳥はやっぱり大人しく、されるがままその手に身を預けていた。
「大人しいね?、いい子いい子」
 そして段ボールの簡易的な巣箱に優しく鳥を座らせる。それから私の方へぐるりと視線を巡らせた。やけにキラキラした瞳が胸に刺さって息苦しくなった。
「……ペットボトルに入れたお湯はどのくらいの温度?」
 それを誤魔化すように、ぶっきらぼうに私は日菜に尋ねる。
「んーっと、触ったら熱いくらいのお湯?」
「それだとそのまま段ボールに入れたら熱いかもしれないわね。バスタオル……じゃ嵩張るし……フェイスタオルを巻き付けた方がいいかしら」
「分かった、そしたらちょっと取ってくるね!」
「ええ」
 私の言葉に勢いよく相づちを打った日菜が部屋を出て行く。残されたのは段ボールの巣箱に入った鳥と私。
102: 以下、
「…………」
 日菜が持ってきた段ボールは側面に『天然水 バナジウム120』という商品名らしき表記とホームセンターのロゴが書いてあった。500ml×24本という文字もあった。確かにお父さんがつい先日にネットで買ったと言っていた記憶がある。
「中身、まだ全然減っていなかったわよね」
 それなのにこの段ボールがここにあるということは、きっとキッチンには20本くらいのペットボトルが転がっているのだろう。買い物に出かけたお母さんが帰ってきたらそれになんて言い訳をするべきかと考えると少し頭が痛い。
「あなたも災難ね。日菜に見つかるなんて」
 それはひとまず後回しにして、段ボールへ静かに近づいて行き、こちらでも大人しく座ったままの鳥に声をかける。鳥は私を見上げて、小さな地鳴きを返してきた。
「……元気になってくれればいいんだけど」
 この子はなんて言ったのだろうか、と栓のないことを少し考えてから、私は小さな呟きを漏らした。
103: 以下、

 日菜が洗面所から取ってきたフェイスタオルでペットボトルをくるんで、それを臨時の巣箱の脇の方に置き、段ボールの蓋を閉めた。
「えー、閉めちゃうの?」なんて日菜は言ってきたけれど、人間慣れしていない野生動物がずっと私たちの視線に晒されるのはストレスになるだろうことは想像に難くない。その旨を伝えると、あっさりと「それもそっか。分かったよ!」と頷いてくれた。
 それと、物音がしていても落ち着かないだろうから、私は机の上に置いた鞄に勉強道具を詰め込んで日菜と共にリビングへ向かう。
 そうしたら、通りがかったキッチンで、想像以上に乱雑に散らばったペットボトルを前に困惑しているお母さんを見つけた。
「あ、片付けるの忘れてた」
 なんて言う日菜の隣で、お母さんに事の次第を尋ねられた私は、素直に「弱っていた野鳥を保護した」と伝える。
 怒られるだろうか、と少し身構えたけど、お母さんは「あなたは優しいわね」と言って柔らかく笑った。
「拾ってきたのは私じゃなくて日菜だから」
 それにそう返すけど、やっぱりお母さんは「そうなのね」と優しい笑顔を浮かべるだけだった。
104: 以下、

「……あなたの部屋で寝るの?」
「うん! 絶対その方がいいって!」
 そしてその夜。今日の私の部屋はあの鳥が休むためのものだから一緒に寝よう、なんてことを、リビングで勉強をしていた私に日菜が言ってきた。
「だけど、それだとあなたが寝づらいんじゃないの」
「あたしは全然ダイジョーブだって! ほらほら、お布団だっておかーさんが用意してくれるし……あ、なんなら一緒のベッドで寝る?」
「それだけは絶対に断るわよ」
「えー……」
「どうしてそんなに残念そうなのよ……」
「だってだって、最近おねーちゃんってば全然あたしのこと構ってくれないんだもん」
「…………」
 寂しそうな色の表情を顔に張り付けた日菜は、拗ねたように言葉を吐き出す。
 それになんて返したらいいか少しだけ考えて、「もうあなたも子供じゃないんだから」と、いつまでも妹に劣等感を抱き続けている子供な私は口にする。
105: 以下、
「それじゃあ一緒のベッドは諦めるけど、部屋は一緒でもいいでしょ? ねーねー、おねーちゃーん」
「はぁ……分かったわよ。あなたの部屋に一晩お邪魔するわ」
「ほんと!? わーい、おねーちゃんとお泊り会!」
 お泊り会も何も毎日同じ家で暮らしているじゃない。そんな言葉が出そうだったけど、無邪気に喜ぶ日菜に水を差すのも少しだけ可哀想な気がしたから口をつぐんだ。
 それからお母さんに布団を用意してもらって、日菜の部屋に私の臨時の寝床を作る。
「えっへへ?、おねーちゃんとこうやって寝るの、すっごく久しぶりだなぁ?」
 そして寝る支度を整えてから日菜の部屋に行くと、瞳を爛々と輝かせた妹に出迎えられる。もう夜の十時だというのにまったく眠くなさそうだ。
「どうしてそんなにはしゃいでるのよ」
「こういうのって修学旅行とかみたいでワクワクするでしょ?」
「しないわよ」
「そっか?」
 日菜の気の入っていない返事を聞きながら、私は部屋の照明に手をかけた。
「もう夜も遅いし、早く寝るわよ」
「えーっ、もう寝ちゃうの? もっとお話ししようよ、おねーちゃん」
「あなたの部屋に遊びに来たわけじゃないんだから」
「もー、おねーちゃんのいけず」
「電気、消すわよ」
 拗ねたような言葉には返事をしないで、明かりを落とす。そしていつもとは違う感触の布団に横になる。仰向けになって見つめる天井もいつものものと少し違っていて、先ほどの日菜の修学旅行みたいだ、という言葉に少し共感してしまった。
106: 以下、
「あの鳥ってなんていう鳥なんだろうね」
「……さぁ」
 それに何とも表現しがたい気持ちになっていると、ベッドの上から言葉を投げられた。私はぶっきらぼうに声を返す。
「庭に鳥が落ちてるの見つけた時はちょっとびっくりしたなぁ。雀かな、って思ったけどおっきかったし」
「…………」
「どうしたんだろうね、あの子。寒くて疲れちゃったのかな」
「……さぁ」
 暗い部屋の中に日菜の声が響く。その合間合間に、たまに私の短い返事が挟まる。
107: 以下、
「……やっぱりおねーちゃんって優しいよね」
「…………」
 そんなことを続けているうちに、いつになく大人しい響きの声が発せられる。私は何も答えなかった。
「ごめんね、おねーちゃん」
「……何が?」
「おねーちゃん、そういえば皆勤賞だったなーって」
「…………」
『今さら謝られてもどうしようもないじゃない』
『そんなものにしか縋れない私をバカにしているの?』
『数少ないあなたが出来なかったことだったのに』
 ……そんな嫌味や皮肉が頭の中に浮かぶ。それらが口から出ていかないよう私はキュッと口をつぐみ、寝返りを打って日菜に背を向けた。
「…………」
「…………」
「……いつもありがと、おねーちゃん」
 それからしばらくお互い無言でいたけど、ぽつりと日菜からお礼の言葉を投げられる。
「……別に」
 私はやっぱり不愛想な言葉を返すだけだった。
108: 以下、
 ありがとう、なんて言われるほど優しくもしていないし、心の中ではいつも日菜に嫉妬や劣等を感じていた。それだけに素直な響きの言葉が胸の奥深くに突き刺さって、いつまでもいつまでも妹と自分とを比べて落ち込み続けるちっぽけな自意識が打ちのめされる。
 日菜はまっすぐな人間だ。天才で、唯我独尊で、他人のことは良くも悪くもあまり深く考えず、自分を信じてただひたむきに己が道を突き進む。
 対する私はひねくれ者だ。何をしたって日菜に負かされて、ずっと妹と自分を比べて、それにウダウダと悩み続けて、素直に『ありがとう』さえ受け取れない。
 私たちは双子。だけど、外見は瓜二つに近いのに、中身はこうも正反対だ。
 言うなれば私はドブネズミで、日菜はハムスターだろう。
 同じネズミでも、外見が似ていても、忌み嫌われる日陰者と皆に愛される人気者。
 写真には写らない美しさがある、誰よりもやさしい、何よりもあたたかい……とは昔の有名なパンクロックバンドの歌で歌われているけれど、私はそんな特別なドブネズミにはなれない。
 自分を信じられず、痛みの雨の中にただずぶ濡れで立ち尽くす、行き場のない雨曝しのドブネズミ。その姿がお似合いだ。
109: 以下、
 だから……これ以上私は日菜の近くにいてはいけないのかもしれない。
 日菜の輝きが私の影を深く濃い色に変えてしまうから、というのが大部分を占めているのは確かなこと。
 だけど、わざわざこんな薄汚い私の近くに寄ってきて、あの子の輝きまでもが汚れてしまうのに僅かながらの申し訳なさだってあった。
 これでも、こんななりでも、似ているようで正反対でも……私はあの子の姉なのだ。日菜を無為に傷付けてしまいたくはないんだ。
 だから、高校生になってからは、お互いあまり干渉をしないようにしよう。
 そう心に強く思って、私は目を瞑った。
110: 以下、

「元気になったみたいで良かったね!」
 明くる朝。日菜の部屋で起床した私は、日菜と連れ立って私の部屋に向かう。
 そして昨日の段ボールを覗き込むと、翼を羽ばたかせ、「ピピ」と私たちに向かって鳴きかけてきた。元気になったなら逃げてしまうかと思ったけれど、どうにも日菜には少し懐いた様子だった。
「ご飯、あげた方がいいのかなぁ?」
「そう、ね……」
 その言葉になんて返したものか少し迷う。
 昨日ネットで見た通り、人間が干渉しないのが一番野生動物の保護になるのだろう。下手にエサを与えては野生へ帰った時に苦労をするだろうことは想像できる。
「……少しくらいならいいんじゃないかしら」
 けれど、『ご飯をあげたい!』と大きく顔に書かれている日菜と、胸を張って私たちを見上げる鳥の姿を見て、私の口から吐き出される言葉はそんなものだった。
「分かった! それじゃあ何かパンでも持ってくる!」
 私の言葉を聞いて、日菜はパッと笑顔になって部屋を出て行く。私はその背中にため息を送ってから、また段ボールの巣箱にいる鳥へ視線を戻す。
「……良かったわね、あの子に拾われて」
 そして昨日と正反対の言葉を投げかけた。鳥は少し首を傾げて「ピ」と短く鳴いた。
111: 以下、
「たっだいま?! お母さんが食パンくれたから、これあげよ!」
 それから黙って見つめ合っていると、駆け足で日菜が部屋に戻ってきた。その手にはまっさらな食パンが一枚。
「まるまる一枚もいらないわよ」
「あ、そっか。それじゃあ残りはおねーちゃんと半分こだね!」
「……遠慮しておくわ」
「えー、なんで??」
「ほら、今はそれより、この子のことでしょう」
「はーい」
 日菜はやや不承不承といった風に頷いて、食パンを小さくちぎる。
「鳥ちゃん、朝ご飯だよ」
 そして人差し指と親指でつまむようにしてそれを差し出すけれど、鳥はフイとそっぽをむいた。
112: 以下、
「あれ、お腹減ってないのかな?」
「……それじゃあ食べづらいでしょう。掌に置くか、巣箱の中にそのまま入れてあげなさい」
「それもそっか。じゃあ……」
 と、今度は掌にパンくずを乗せ、鳥の前に差し出す。けれどやっぱりこの子はそっぽを向いてしまう。「それなら」と巣箱の中に静かにパンを置いたけれど、それでも鳥はそのパンをつつこうとしなかった。
「グルメなのかな?」
「お腹が減ってないだけよ。無理にあげてもストレスになるし、パンは取り除いておかないと……」
 私はそっと巣箱に手を入れて、日菜が置いたパンをつまむ。
「……あれ?」
「え……?」
 するとどうしてだか鳥が私の手に近付いてきて、「ピピ」と鳴いた。
113: 以下、
「……食べるの?」
 そう尋ねながら、つまんだパンを広げた掌に置いて差し出す。鳥は少し辺りをキョロキョロと見回してから、ちょんとそれをクチバシでつついて飲み込んだ。
「あたしからだと食べなかったのに……おねーちゃんずるい?!」
「そ、そんなこと私に言われてもどうしようもないわよ」
「んもー、鳥ちゃんも鳥ちゃんだよ。おねーちゃんから『あーん』してもらうなんて!」
「……怒るところはそこなの?」
「そこもだよ! 風邪ひいた時とかだけにしてもらえるレアなことなのに!」
「いつの話なの、それは」
 最後に日菜が風邪を引いたのはいつだったか。記憶を掘り起こすけれど、二年ほど遡ってみないとそんな思い出はない。ましてや日菜に何かを食べさせた覚えなんてまったくなかった。
「んーと、幼稚園のころ?」
「なんでそんな昔のことをまだ覚えているのよ、あなたは」
「おねーちゃんとのことだもん!」
 そのまっすぐな言葉になんて返すべきか少し迷ってから、私は「そう」と相づちを返した。
114: 以下、

 それから身なりを整えて、朝食を日菜と共に摂った。そういえば最近は日菜と肩を並べて朝ご飯を食べることもしていなかったな、とぼんやり思って、それと同じことを日菜から言われてまた微妙な気持ちになった。
 けれど、今日はどうしてかそれに後ろ暗い気持ちを引きずることもなかった。
 朝食を摂り終えてからも本当に他愛のないことを日菜は話しかけてきて、私は不愛想ともとれる言葉でそれに応答する。それからあの鳥の話題になって、「野鳥にも懐かれるなんて、やっぱりおねーちゃんはあたしの自慢の優しいおねーちゃんだよ」と言われた。
「……がと」
「え、なに?」
「別に。なんでもないわよ」
 口の中だけで反響した「ありがとう」の言葉。それをハッキリと声にすることは出来ないから、またぶっきらぼうに私はそう言った。
115: 以下、

「もうお別れだね」
「……そうね」
 時計の針が十二時近くを指すころ。私は蓋を閉めた段ボールの巣箱を抱えて、日菜と並んで庭に立っていた。
 エサも食べたし、羽ばたけるくらいには元気になった野鳥。これ以上保護する必要もないだろうから、もう空へ返さないといけない。
「一日だけだったけど、ちょっと寂しいなぁ……」
「本来は関わることもなかったのよ。あるべき姿に戻るだけなんだから」
 少し目を伏せた日菜にそんな言葉を返すけれど、私も心中には寂しい色の気持ちが多くある。
 この僅かな時間で私にちょっとだけ懐いてくれた野生の鳥。どこか認められたような気持ちになって、それが少し嬉しかった。
 それと、気付けばずっと少なくなっていた日菜と共に何かをするという時間をくれた。
 そのおかげで……時を経ればいずれ消えてしまう気持ちかもしれないけれど、少しだけ、ほんの少しだけ、あの子に優しく接してみようと思わせてくれた。
116: 以下、
 だけどもうお別れだ。
 段ボールの蓋を開く。あの鳥がひらけた空に顔を向けてから、私と日菜へ交互に視線を巡らせた。
「さぁ、もう行きなさい」
 努めて何でもないように言って、空を見やる。「ピ」と短く鳴いてから、鳥は段ボールの巣箱の縁に飛び乗った。そして大きく翼を羽ばたかせ、勢いをつけて空へと飛んだ。
「ばいばーい、元気でねー!」
 日菜が大きく手を振る。
「……どうか元気で」
 私は空の段ボールを持ったまま、小さく声にした。
 翼を広げて、北の空へと鳥が飛んでいく。寂しいけれど、ひとりぼっちだとは思わなかった。
117: 以下、

 季節は秋だった。
 高く晴れ渡った蒼穹の下を歩いて、私は商店街へ向かう。
 ふと見上げた上空に鳥が飛んでいるのを見つけて、二年前の冬のこと……中学三年生の時に、日菜と一緒に野鳥を保護したことを思い出した。
 あの時に抱いた気持ちはやっぱりいつの間にかに消えていて、また私を真似てギターを始めた日菜に言いようのない劣等感を抱いてしまった。……けれど、つい最近のことだけど、それはもう秋時雨と一緒に水に流したつもりだ。
 私は今でもドブネズミなのかもしれない。だけど、痛みの雨の中でずぶ濡れでいても、行く場所はちゃんとある。嵐が来る前に帰る場所がある。そう思うだけで随分と心が軽くなったし、同時に今まで日菜にキツく当たり続けたことが申し訳なくて仕方ない。
「それにしても……」
 呟きながら思う。
 神頼みなんて迷信は未だに信じる気になれないけれど、七夕の夜に星に願う短冊を持っていったのも鳥だし、自分は鳥類と妙な縁があるものだな、なんて。
118: 以下、
 そうしているうちに商店街に辿り着いて、私は二年前の鳥のことを考えながら目的のお店へと足を進める。
 日菜と共に保護した鳥の生態は、のちに足を運んだ科学館で知った。
 渡り鳥で、十月ごろにシベリアから日本に渡り、冬を越して春になったらまた北へと帰っていく冬鳥。
 それならさっき見かけた鳥たちも、もしかしたらあの子の仲間なのかもしれない。そんな取り留めのないことを考えているうちに、私は目的地である喫茶店に辿り着いた。
「……そういえば」
 と、喫茶店の名前を目にして、あまり面識のない知り合いのことが頭にもたげた。
 一時的とはいえ日菜と私の間をとりなしてくれて、私に懐き、少し認められたような気持ちにしてくれた野鳥。
 あの鳥の名前も“ツグミ”だったな。
 そんなことを思いながら、私はお菓子教室を開催する羽沢珈琲店のドアを開いた。
 おわり
119: 以下、
参考にしました
東京都環境局 鳥獣保護について
http://www.kankyo.metro.tokyo.jp/faq/nature/birds_protection.html
THE BLUE HEARTS 『リンダリンダ』
amazarashi 『ドブネズミ』
紗夜さんがツグミを保護するというありきたりな話でした。すいませんでした。
元スレ
http://ex14.vip2ch.com/test/read.cgi/news4ssnip/1544965078/
あんたへ
SMAR SMAR 2013-11-19
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とある暗部の軽音少女(バンドガールズ)【禁書×けいおん!】舞台は禁書、主役は放課後ティータイム
ルカ子「きょ、凶真さん……白いおしっこが出たんです」岡部「」これは無理だろ(抗う事が)
岡部「フゥーハッハッハッハ!」 しんのすけ「わっはっはっはっは!」ゲェーッハッハッハッハ!
紅莉栖「とある助手の1日ヽ(*゚д゚)ノ 」全編AAで構成。か、可愛い……
岡部「まゆりいいいいいいいいいいいいいいいいいい!!!!!」SUGEEEEEEEEEEEEEEEEE!!
遊星「またD-ホイールでオナニーしてしまった」……サティスファクション!!
遊星「どんなカードにも使い方はあるんだ」龍亞「本当に?」パワーカードだけがデュエルじゃないさ
ヲタ「初音ミクを嫁にしてみた」ただでさえ天使のミクが感情という翼を
アカギ「ククク・・・残念、きあいパンチだ」小僧・・・!
クラウド「……臭かったんだ」ライトニングさんのことかああああ!!
ハーマイオニー「大理石で柔道はマジやばい」ビターンビターン!wwwww
僧侶「ひのきのぼう……?」話題作
勇者「旅の間の性欲処理ってどうしたらいいんだろ……」いつまでも 使える 読めるSS
肛門「あの子だけずるい・・・・・・・・・・」まさにVIPの天才って感じだった
男「男同士の語らいでもしようじゃないか」女「何故私とするのだ」壁ドンが木霊するSS
ゾンビ「おおおおお・・・お?あれ?アレ?人間いなくね?」読み返したくなるほどの良作
犬「やべえwwwwwwなにあいつwwww」ライオン「……」面白いしかっこいいし可愛いし!
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【愕然】日本人だと思って過ごしてきた結果・・・衝撃の事実をカミングアウトされたんだが・・・

【画像】こういうの見ると日々レスバトルしてるお前らみたいなのでも世間では頭良い方なのかって思う…「世の中にはこんな想像もつかないようなレベルの認知力の人が沢山いる」

【画像】NHKからなんか届いたんやがどうしたらええんや?

【悲報】 山口真帆ドラマ「ゼロ」の裏・・・関係者 「レッスンを重ねてもまだちょい役としてもゴーサインを出せるレベルに達しなかった」

お前ら「データサイエンティスト」目指さないか? これからのAI時代は・・・

祟り神がラジコンに襲いかかる!リアル過ぎて笑うww

有識者「サメ映画は漏れなく間違いなく確実にクソ映画しかない」

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一般的にディーラーが19日間も試乗車を貸し出すことはあるのか?

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