風俗嬢と僕【その2】back

風俗嬢と僕【その2】


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試合終了を告げる笛がなると、私は立ち上がって階段を下っていった。
何にせよ、勝って良かった。負けて落ち込んでるところを見るよりは、興味がないサッカーでも勝った試合の方がヒロくんもご機嫌だろうしね。
綺麗ではないお手洗いで化粧を直す前に、メールを入れてはみたけれど、携帯を見てないのか返事はない。
うーん、まぁ、試合を見に来るって義務? 約束は果たしたんだし、直接会わなくても彼に嫌われることはないだろう。
そのままお手洗いから出て、試合会場を出ようとすると見覚えのある後ろ姿があった。
その隣の背中にも何となく既視感を覚えつつも、私はヒロくんの名前を呼ぶ。
ヒロくんと、そして遅れてカズヤと視線がぶつかった。
302:以下、
予想外の事態に、私は戸惑いよりも先に逃げ道を見つけた。たぶん、今までの男からもそうやって逃げてきたみたいに、本能的に、反射的に。
「初めまして」
その言葉を聞いた彼は、落ち込んだような、何かを察したような、今までに見たことがないような顔で返事をくれた。
ヒロくんに一言残すと、カズヤは走ってその場を去る。
普通、罪悪感を覚えるべきなんだろうね、こういう時って。でも、私の感情は違った。
安心とか落ち着いたとか、そんなもの。
カズヤとの過去を暴露されなくて良かったとか、あの様子なら今後もカズヤからはバレないだろうな、とか。
クズだなぁって自分でも思うけど、私は自分のことしか考えられない人種なんだ。
304:以下、
ヒロくんも良いようにカズヤが気を使ったと勘違いしてくれたし、一難去ったと思えば試合の話になってしまった。当然って言えば当然なんだろうけど。
試合を全く見ていない私には、差し当たりの無さそうな返事しかできない。
サッカーについて素人だってことは彼も知ってるから、特に何も突っ込まれることはなかったけど、危ない危ない。
ほっとしたのも束の間、今度はヒロくんの妹さんが現れた。
私の顔を見て、見覚えがあると言った彼女に、ヒロくんは似ている有名人としてお姉ちゃんの名前をあげた。
そう、私はお姉ちゃんに似ている。言うなれば劣化版お姉ちゃん。
私の唯一の長所である外見は、お姉ちゃんに似てはいるけど、それは私にとっては決して誉め言葉ではない。
似ているっていうのは、敵わないっていうのにも同義語だから。
306:以下、
とはいえ、そんなことで落ち込んでいるわけにもいかなくて、私は何ともないフリをして相手を続ける。
妹さんが去った後も、今後の試合の予定とか、私の気なんて知らずに「あいつ、カズって言うんだけど、すげぇ良いやつだからさ。もしまた見に来てくれるなら仲良くしてやってよ」なんて言うヒロくんを見ると、果たして彼は私のどこに好意を持ってくれたのか疑問になる。
やっぱり、顔? 外見?
そんなことを考える自分が嫌になるのと同時に、不安にもなる。
私の存在を認めてくれる人は、そしてそれを証明する魅力って、結局お姉ちゃんよりは劣っている容姿なのかな。
答のでない疑問だってことは自分でも分かってるんだけど、それでもまた考え始めてしまう。こういうのをドツボっていうのかな。
ヒロくんの話は少しずつ、少しずつ、私の頭の中を通り抜けていった。
307:以下、
あの日以降、私はヒロくんやカズヤたちの試合を見に行っていない。
カズヤにまた会うと気まずいって言うのが主な理由なんだけど、ヒロくんが何も言って来ないあたり、やっぱりカズヤは私たちの関係を黙っているのかな。
まあ、先輩にわざわざ話すようなことでもないだろうしね。
ヒロくんとはたまに遊んだり、連絡を取ったり。付き合ってはないけど、そろそろかなっていうのがずっと続いて、おあずけをくらってる感じ。
サッカーが楽しいのかな、彼から来る内容は試合の結果とか、デートのお誘いかのどっちかのことが多いし。
天皇杯? って言うんだったっけ? 大会で勝ち進んでるからそれで忙しいのかな。サッカーって、彼女とか恋愛とかより大事なんだろうか。私にはその感覚は分からないけど。
308:以下、
恋愛中毒の私には、私を魅力的だと証明してくれる男が欲しかった。
だから、結局ヒロくんと仲良くなっても恋人にはなってない以上、私を求めてくれる男と早く関係を持ち続けていた。
それはやっぱりナンパしてきた男とか、他の合コンで知り合った男とか。
世の中、好きな人としかヤりたくないって言う人もいるみたいだけど、私にしてみると、そんな精神的なことなんて何一つ関係がない。
事をする最大の理由は、どんな理由であれ私を求めていることがハッキリと分かるから。
だから、私を求めてくれないヒロくんに対してフラストレーションがたまる。そして、私を求めようとしないからこそ、ムキになって彼に自分を求めさせようとしてしまうんだ。
310:以下、
そんな風に、どうやってヒロくんを最後まで追いつめるか悩んでいると、彼からメッセージが届いた。
内容は「試合に勝ったから、次は決勝戦。よかったら応援に来てね」というものだった。
彼からストレートに見に来てほしいって言われたのは、あの日以降では初めてだった。だからこそ、私も行かずに済んだっていうのもあるんだけど。
カズヤに会うリスクはあるけれど、ここで行くと言えば彼は私を求めてくれるのだろうか。
悩んでも答はでなくて、「考えておくね」と先延ばしにするだけの返事をしておいた。どうせ、そんな答なんて延ばしたところで決められないくせにね。
316:以下、
試合の日が近づいてきても、私は行くか行かないかを決めかねていた。考えておくって返事をした時点で、こうなることは分かっていたんだけどね。
繰り返すと、私はサッカーに興味はない。
でも、ヒロくんを落とさないことには、私の自尊心であったり欲であったりを満たすことは出来なくて。試合の応援にいくということが、その欲を満たすうえでマイナスになることは、きっとないはず。
うーん、どうしよう。
めんどくさいな、でも行ったらヒロくんも私のものになってくれるのかな。
悩んで悩んで、私は結論を出した。
晴れてたら、行かない。日焼けしちゃうから。でも、そうじゃなければ。
うん、そうしよう。
317:以下、
雨の降るなか、私は新しく買った傘で雨を防ぎながらサッカー場に来た。
甲斐甲斐しいわね、私も。
正直かなり面倒だったけど、一度決めたことだったし、梅雨に備えて買った新しい傘がお気に入りだったっていう理由で私はここまで来た。
前回は試合を全く見ずにヒロくんと話して、試合についての会話でちぐはぐになってしまったのが自分でも分かったから、少しは真面目に試合を見ようと後半が始まるくらいには到着した。
スタンドに着いて、雨の当たらない一番後ろのベンチに座る。ないとは思うけど、カズヤに気づかれたくないし。
何列か前には、やたらし集中して見てる女の子がいた。前もいた子かな? この雨のなか、やたら可愛い帽子を被っている。
ちょうどハーフタイムが終わって、選手たちがグラウンドに散らばろうとするところだった。ヒロくんは……いた。カズヤと並んで入ってきてる。
この間も一緒にいたし、やっぱり仲は良いのかな。私としては複雑だけど。
318:以下、
スコアボードを見て、現時点でヒロくんのチームが負けているのは分かった。
でも、素人の私が見ても、何となくヒロくんたちの方がボールを持っている時間が長かったり、相手陣地で試合を進めているように感じられた。でも、負けてるってことはやっぱりそういうわけでもない?
ただ、カズヤがボールを触る機会が多いのは、私が知り合いだからとかそんなのを抜いたもしても、はっきりと分かった。
知り合いが試合に関わる時間が長いからか、以前のように携帯を触ることもなく、試合を何となくぼーっと眺めている。
シュートを打ってもなかなかゴールとはならなくて、面白いとはあんまり感じないんだけどね。
素人には、サッカーの試合時間はあまりに長すぎる。カズヤはボールを持ってもすぐにパスだし、ヒロくんもあまり関わりはしない。
だんだ飽きそうになってきた頃、ヒロくんがびゅーんって擬音が聞こえてきそうないパスをカズヤに送った。
うわっ、すごい、何かちょっとかっこいい。
320:以下、
走り抜けてそのパスを受けたカズヤは、仲間選手にぴったり合う浮き球を返した。
そして、それを止めることなく放たれたシュートはネットを揺らした。
何がとか技術的なこととか、具体的なことは分からないけど、凄いゴールだってことだけは私にも分かった。少ないとはいえ、観客も湧いてるしね。
グラウンドの上の選手たちは喜んで走り回っているんだけど、最後のパスを出したカズヤは少しゆっくりと顔をあげて、こちらを向いた。
何となく、見つけられたくなくて私は俯き気味になって彼の様子を見る。何を見てるんだろ、時計?
分からないけど、何だか遠目に見て満足気なのは雰囲気で分かった。動転に追い付いたから……なのかな。
321:以下、
試合が再開すると、それまで以上にヒロくんチームは相手チームを攻め立て始めた。
カズヤがその攻撃の中心となっていて、自然と私の目はそこに惹き付けられる。
全然近くからではない。遠くから、サッカーをしているカズヤをただ眺めているだけ。
それなのに、私には何となく確信を抱いていて。彼はきっと、輝いた目をしている。
付き合う前や、付き合い始めたばかりの頃、私が好きだったものだ。
懐かしくて、でも、それはもう私が近くで見ることができないとも分かっている寂しさもあって。
自分から手放した彼が、何だか惜しくも思えてしまう。
322:以下、
カズヤがパスを受けると、急にドリブルを開始した。
相手を抜こうとして、見事にそれは現実のものとなって。
サッカーなんか全然わからないけど、カズヤのそれは私を……ううん、たぶん、カズヤのチームを応援する人たちみんなを魅了している。
応援したくなるって気持ちだけじゃなくて、何て言えばいいか分からないんだけど。ほら、アイドルは歌とダンスが上手くなくても人気な子がいるみたいっていうか。
スター性? それも違う気がするけど、とにかく目を離させてくれない。
初めて試合を見に来た日には全然試合を見てなかったから気づかなかったけど、誰もがカズヤに目を向けてしまうような。そんな雰囲気を、今のカズヤは持っている。
323:以下、
相手陣地に切り込んで行くその姿を、目で追いかける。
この間まで私のものだったはずのカズヤは、私の手から逃げていくように走っている。手放したのは、私からだったはずなのに。
彼が蹴った強いボールはそのまま相手選手にぶつかって、ゴールへ転がって入った。
前の席に座っている女の子は、立ち上がって声をあげた。応援団も、カズヤの名前を叫んでいる。
喜びを爆発させるカズヤとヒロくんは、何だか本当に血の繋がった兄弟みたいに見える。
……今日はヒロくんのために来たはずなのに、カズヤばかりを追いかけてた。
そんな現実に気づいて、少し呆然としてしまったり。ヒロくんを落とすために来たはずなのに、今、私はそれ以上にカズヤに魅力を感じてしまっている。
頭を軽く横に振って、その考えを消し飛ばそうとする。
私はヒロくんのために来た。カズヤのことなんか、惜しくも何とも無い、ただの元カレ。今までに捨てるように別れてきた男たちと同じで、私を幸せにしてくれる男ではなかった。
何度も何度も繰り返して言い聞かせていると、試合再開に向けてポジションに戻ろうとするカズヤがまたこちらに目を向けた。
見ちゃダメだって、また俯く。なのに、私の目はしっかりと彼を視界の端に捉えてしまっている。彼は自分の頭のあたりを指さして、ガッツポーズを見せてきた。
324:以下、
あっ、帽子?
他の人は分からなかったかもしれないけど、最後列に座っていた私には何となく彼が意味していることは分かった。
私のちょっと前に座っている女の子の帽子について、カズヤはアピールをしている。
何、あの子がカズヤの新しい女なの?
ヒロくんを目当てで来たはずなのに、昔の男のことで嫉妬みたいな……いや、みたいなじゃない。これは嫉妬だ。
私より前にいるから顔も見えないし、二人がどんな関係かも分からないけど。それでも、私は何だか二人が仲が良いってことが分かっただけでも、モヤモヤした気持ちになってしまう。
自分から離れていったはずなのにね。
そんな気持ちで心の中が埋まっていると、試合は終わってカズヤ、ヒロくんたちのチームは優勝していた。
325:以下、
試合が終わると、カズヤがスタンドに近づいてきた。
私の前に座っていた女の子は、スタンドの最前列まで小走りで向かっていった。その初々しさが、何だか私には眩しすぎる。
カズヤは、もう私なんか眼中に入りすらしないことは分かっていても、やっぱり気づかれるのも何だかなぁって気が少しはしていて、背中を向けて帰り支度をするフリをする。
スタンドの最前列とはいえ、グラウンドとは結構高さが違うから、カズヤの声も彼女の声も気持ち大きめになっていて、その会話は私にも筒抜けだった。
少女漫画でも無さそうな、思春期みたいな青春みたいな会話が私の耳に入ってくる。
被ってくれたんだ、って……あの帽子はやっぱりカズヤからのプレゼントなんだ。
かっこよかったなんて、言わなくても分かるでしょ?
一々そんな風に考える私もその度に何だかイライラしてしまって、もう耐えられない。
最初はヒロくんに声をかけて行こうと思っていたはずなのに、二人の会話を耳にしたくなくて、誰にも気づかれないように私は足早に会場から去っていった。
328:以下、
試合、実は見に行ってたんだ。おめでとう、かっこよかったよ!
そんなメールすら送れないまま、日々は過ぎていく。
私の頭の中を埋めているのは、ヒロくんじゃなくてカズヤになっていた。
私と付き合っているときには見せなかったような初々しさで、あんなに輝いていた。私が今、どんなにワガママな感情を抱いているかは、自分が一番理解できているつもりだ。
それでも、私はカズヤが私から離れて他の女に向かっていくのが何だか辛い。寂しい。
329:以下、
ある意味、否定を目の前で見せつけられたからなのかな。
私が良い女じゃないから、執着せずに次の女に向かわれてるっていうか。
少なくともカズヤの様子からは、私のことなんか微塵も引きずって無さそうに見えた。まるで、お姉ちゃんだけじゃなく、あの子の方が私よりずっと良い女だってみたいに。
ううん、そんなことはないはず。
自分に言い聞かせるように、心の中で繰り返す。
あの子を好きになったのは、私と会ってないから。話してないから。私と会えば、カズヤはあの子より私を好きになるはず。間違いない。そうだ、そうだよ、会えば良いんだよ。そうすれば、カズヤだって昔みたいに私を求めてくれるんだ。
そんな名案に気がつくと、私は充電器に繋いでいた携帯電話を手に取った。
330:以下、
携帯電話に映った番号は、登録されてないものだった。
誰だろう……見覚えのある番号だから、今までに繋がりのあった誰かだとは思うんだけど。
僕は連絡を取らなくなった人とか、会わなくなった人のアドレスとか電話番号を時々整理している。だから、たまに誰か分からない人から電話がかかってくると困るんだよね。
消さない方がいいのかもしれないけど、それは何だか邪魔くさくて結局消してしまうのはやめられない。
とりあえず、電話を受けて声で確認しよう。
スマホの液晶をスライドさせて、電話を受ける。
「もしもし?」
『もしもし、カズヤ? 久しぶりね』
331:以下、
「……サキ?」
まさかと思いながらも、僕はその声にはっきりと聞き覚えがあった。
「そうだよ。え、分からなかった? 番号変えてないんだけどなー」
フラレて体調を崩した後、僕は色んな未練を断ち切るためにサキの連絡先であったり、写真であったりを全部消してしまった。女々しいって言われたらそれまでだけど、あの頃の僕にはそうすることでしか諦める方法がないように思えたから。
それからはサキから連絡が来ることもなかったし、彼女からコンタクトをとってくるなんてことは考えもしなかった。
だから、何て反応して良いか分からなくて。
「この間、試合を見に行ったんだ」
この間……予選の初戦のこと? それならあまりに今更過ぎるし、それがどうしたというのだろう。
僕にはサキの意図が分からなくて、彼女の言葉と何の脈絡もないって分かっているけど、問いかけてみる。
「何? 今更何の用? 何で電話してきたの?」
言葉がキツくなってしまうのは、きっと僕がまだまだ子供だからなんだろうけど。
333:以下、
「カズヤがさ、凄い勢いでドリブルしていって、ゴールが入ってっていうのを見て。かっこよかったよ」
「いや、だから、何? どうした?」
まさか、そんな感想を言うためにわざわざ電話をしてきたのだろうか。
「ああ、ありがとう。それだけ? 切るよ?」
僕からサキに話すことは、何一つない。
ヒロさんと付き合うなら、どうぞご自由にって感じだし。
「待って、違う、違うの」
「じゃあ何?」
違うって言ったって、僕からサキへ用事がないように、逆だって全く無いように思える。あの「初めまして」以外、僕たちは別れて以降何の関わりもなかったはずだ。
335:以下、
「あのね、相談したいことがあるの」
「そんなのヒロさんに聞いてもらいなよ」
「ダメなの、ヒロくんじゃ。カズヤじゃないとダメなの」
「何でだよ。それなら他の友達でも良いじゃん。悪いけど、他をあたってよ」
冷たいとかキツイとか思われても、それが当然ってものじゃないだろうか。僕だっていいように傷つけられたのに、何で僕がサキの相談なんかに乗ってあげないといけないんだろうか。僕は仏じゃなければ、今や都合の良い男でもない。
「ヒロくんのことなの」
小さく、彼女は呟いた。
「えっ」
「ヒロくんのことで、相談したい事があるの」
「だから、それなら 僕じゃなくて……」
「ううん、カズヤじゃないとダメなの。カズヤが一番、ヒロくんのことを分かってるでしょ?」
336:以下、
そんなことを言われると、すぐに否定の言葉が出てこない。
尊敬して憧れる先輩との仲をそんな風に言われると、あまり強く否定することもできなくて。
「カズヤ達にもそういう風なのか分からないけどね、ヒロくん最近元気がないの」
それには、僕にも思い当たる節があった。
元気がないっていうか、明らかに僕との距離を掴み損ねている感じ。それは、僕に限った話じゃないんだろうか。
「カズヤ、何か知らない?」
「……」
頭に浮かんできたのは、ミユとの一件だった。
練習にも来なくなったミユを心配しているのかもしれないし、もしかしたら決勝戦後、スタンドで起きた出来事を見かけていたのかもしれない。
「……分からない」
僕に返せる言葉はそれだけだった。
「そっか……」
「それだけ? 悪いけど、その件に関してなら力になれないから、もう切るよ」
ていうか、むしろ僕が聞きたいくらいだし。ヒロさんは、何があってあんなに変に気を使うようになってしまったんだろう。
「続きがあるの」
「はっ?」
まだあるの?
「私ね、ヒロくんに乱暴されてるの」
338:以下、
「はっ?」
何を言ってるんだ、こいつは。
「ヒロくんさ、何でか分からないけどストレスがたまってるみたいで……。この間、遊んだ時にさ」
「いやいやいやいや、待てって。乱暴されたって、何、ヒロさんに?」
まさか、ヒロさんがそんなことをするはずが無い。
「そうだよ……って、言ってるじゃない」
「嘘はやめろよ」
「嘘じゃないの……本当に……ひっく……」
電話越しに聞こえてきたのは泣き声。いや、嘘泣きなんだろうけどさ。
「あのさ、何、騙して楽しい?」
苛立ちを募らせながら、僕は彼女を責め立てるように言葉を続ける。
「僕がヒロさんよりサキを信じると思う? 自分が何をしてきたか考えなよ」
340:以下、
「何で、信じて……ひっく、くれないのぉ……」
「信じられるような情報もないし、ヒロさんはそんなことする人じゃないから」
少なくとも、僕にとっては『ヒロさんがサキに乱暴をする』ことと、『サキが嘘をついていること』では、後者の方があり得ることに思える。
「何でよぉ……ひっく、私が、こんなことで嘘をついて、何の、得になるって……」
「知らないよ。でも、悪いけどそういうことだから」
これ以上話を聞くつもりにはなれなくて、僕は電話を切って、そのまま電源も落とした。
急に連絡を寄越してきたと思ったら、一体どうしたっていうんだろう。ただでさえ、ヒロさんとの間に微妙な空気が流れているし、試合も近いというのに、余計な茶々を入れないでほしい。
もしかして、以前受信したメールもサキからだったのだろうか。
添付されていた画像を見て、誰が送ってきたのか、何で送ってきたのかは分からないけど、悪意だけは明確に察知できた。
使い捨てのフリーアドレスだったから、誰からのものなのかは分からなくて、それが尚更不気味さを際立たせてもいた。
「最近、何かおかしいよなぁ」
まるで、呪われているみたいに。
とはいえ、呪われていようがそうでなかろうが日々は過ぎて、試合も近づいてくる。
勝とう。まずはそこからだ。ここまで他のことで呪われているなら、サッカーでくらいは良いことがあってほしい。
342:以下、
カズヤに失望されようと、人の彼氏と寝やがってと罵られても仕事は毎日やって来る。
ネオン街の風俗やらキャバクラやらが集まったビルに、いつもより浮かない顔で今日も向かう。
仕事、嫌だなぁ。
働きたくないっていうよりは、外に出たくないっていうか、人と顔を会わせたくないっていうか。
ビルの汚いエレベーターに乗って、自分のお店へと近づいていく。
カズヤは初めてここに来たとき、どんな気持ちでこのエレベーターに乗ったんだろう。
ふと、そんなことを気にしてしまった。「今から風俗で遊んでやるぜー」なのか、それとも「緊張するなぁ」なのか、それとも別のものなのか。
343:以下、
「おはようございまーす」
スタッフに挨拶をしながら開店前の店内に入っていく。
女の子の待合室の中には、うちのお店の中では数少ない、私より歴が長い先輩がすでに到着していた。珍しいなぁ、いつもは私が一番なのに。
「おはよう」
「あっ、おはようございます」
挨拶を返すと、彼女は私に問いかけてきた。
「珍しいわね、私の方が早いなんて。今日はゆっくりしてきたの?」
「ゆっくり、というか……」
スタンドでの出来事を考えると、夜に眠れなくなってしまったから寝坊しちゃったんだけどね。
それを言うのも何だか躊躇われて、私は言葉を濁す。
「いや、そうですね。ちょっとゆっくり……」
「そう。何だか目も充血してるし、大丈夫? 体調悪いなら休みなよ」 
344:以下、
「……そんなにですか?」
「うん、めちゃくちゃ目が腫れてるし。何、辛いことあった?」
「辛いこと、なのかな……」
辛いこと。
あれを辛いことと言っていいのか、私には分からなかった。だって、あれは自業自得でしかないわけだし。
私がホストにはまっていなければ、あんなことは起きなかった。カズヤっていうお客さんとこそこそ会わなければ、競技場にも行ってなかった。
そういえば、と考えを巡らせる。
彼女も以前、お客さんと付き合っていたことがあったと噂で聞いたことがある。スタッフには秘密にしていたけど、女の子同士ではそういうことって何となく広がっていくものだ。
今日はまだ、スタッフもそんなに出勤していなくて店の前に立っていた一人だけのはずだ。
私は彼女に少し近づき、小声で問いかける。
「あの、ちょっと聞きたいんですけど……」
「私に? 何?」
「あの、昔お客さんとお付き合いしてたって、本当ですか?」
345:以下、
「……私?」
彼女は目を大きくさせながら、問い返してきた。
「はい、噂で聞いて……」
「それは何、興味本意で聞いてるの? それとも、あなたがそういう状況だから?」
「付き合って、ではないんですけど……」
言葉を濁すことしか、私にはできなかった。
「お客さんのこと、好きになっちゃった?」
その質問には答えずに、答えられずに、私は彼女の目を見つめる。
彼女も何かを察したように私を見返し、小さく呟いた。
「野次馬根性、ってわけではないみたいね……」
「えっ?」
「ううん、その通りよ。そういう時も、私にはあったわ。噂で聞いた子によく尋ねられるけど、興味本意の子には話しても楽しい話じゃないからね」
「あっ……ごめんなさい」
失礼な質問を直球で投げ掛けた自覚はあるんだけど、彼女の場合はどうだったのか。
「ううん、いいわ。今落ち込んでるのは、それが原因?」
346:以下、
「何かされたとか、言われたとかじゃないんですけど……。ただ、ちょっと何て言うか……自分でもどうしたら良いか分からないんです」
「だから、私を参考に?」
それには、私は頷きで返す。
「変わってるのね。普通、そういうことって隠そうとするものじゃない? 一応、禁止されてるわけだし」
「どうせいつかは噂になるなら、変わらないじゃないですか」
本当は、彼女の今までの問いかけから、きっと他の女の子には話さないだろうって思ったのと、藁にもすがる気持ちだからっていうのがあるんだけど。
「あはは、確かにね。私もそうだったし」
ふぅ、と一息ついて、彼女は言った。
「良いわ、話してあげる。でもあくまでこれは、私の場合だからね」
347:以下、
ちょうど一年前くらいかな、たまに来るお客さんがいたの。
顔も悪くないし、話も面白かったし、ある日こそっと連絡先を書いた紙を渡して、それからお店の外でも会うようになったのね。
『その時からもう好きだったんですか?』
うーん、どうなんだろうね。でも、嫌いじゃなかったし、もしかしたら好きだったのかも。
それで、一ヶ月くらい経ったときかな、彼に付き合って欲しいって言われて。
まあ、悪くないしいいやって軽い気持ちで始めたの。軽い気持ちでね。
『罪悪感とかは……』
何に対する?
あ、お店のルール? 無いわけじゃないけど、あんなのって形式だけみたいなものだから。
好きでもないお客さんから言い寄られたときの逃げ道っていうか……私だって嫌いじゃないんだから、いいやって思ったのね。
349:以下、
で、付き合い始めたわけだけど。
噂で聞いてるかな、私を可愛がってくれていた彼が、彼氏彼女っていう立場になったら変わっちゃったのね。
浮気されたり、体ばかりを求められたり。
普通にデートすることなんて、すぐになくなちゃった。
でもね、それをやめてほしいって言っても、『お前だって仕事で他の男とヤッてんだろ』って言われたら、私は何も返せなかったの。
最後までヤッてるわけじゃなくても、もう同じことだって。
それで、衝突とか喧嘩とか増えちゃって、彼も元々遊び好きな人だったみたいだから、やめさせることもできなくて。
『お前に仕事を辞めろとは言わないけど、お前が他のやつとヤッてるんだから俺もヤる』ってね。
そういうのに疲れちゃって、別れちゃった。
……私の話は、こんなところ。知ってることばかりだったらごめんね。
351:以下、
彼女の締めの言葉に、私は首を横に振って返事をする。
「いえ……あの、ありがとうございます。話しづらいこと、話してくれて」
「良いのよ、別に。参考にならなさそうなことでごめんね」
ただ、と続けた言葉に耳を傾ける。
「やっぱり経験者からは、それは推奨はできないわね」
それ、つまりカズヤとのこと。
「こういうお店に来てる時点でさ、人への愛情とか純情さとか、そういうのが無くてもヤレる人だってことだしね」
少し哀しそうに、彼女は呟いた。
風俗は金銭と行為の交換で、つまりカズヤも好きな人じゃなくてもヤりたいからここに来たってこと。
いや、まぁ実際にするわけじゃないんだけど、それは大した問題じゃない。
「止めろとは言わないわ。どの口がって話だし。あとは、あなたが決めることだから」
そう言って、彼女は立ち上がって「お手洗い行ってくるね?」と扉を開けた。
あとは私が決めること。決断力の無い、この私が。
353:以下、
私が決めるべきことは、一体何なんだろう。
今は、それすら分からなくなりつつある。
カズヤとのことを決めるのか、今の自分を変えることなのか。
そもそも、私は彼のことを好きなのか、そうじゃないのか。
もちろん、人としては好き。そうじゃないと、わざわざ試合を見に行ったりなんかしない。
とはいえ、明らかに彼を「好き」だと認識しているにも関わらず、アキラに会ってしまう自分もいる。
アキラとは付き合っているわけではないから浮気とか二股ではないんだけど、じゃあ私は誰に対して愛情とか純粋さを抱いているんだろう。
私は何が好きで、誰を愛して、何に救いを求めているんだろう。カズヤとの関係性の終着点に、何を求めているんだろう。
疑問だけが頭の中をいったりきたりするうちに、私を呼ぶスタッフの声が聞こえてきた。
こんな状況でも、私は愛情もなく男と行為を行う。
それが私の、今のお仕事だから。
355:以下、
決めるって何を?
その疑問に決着をつけられないまま、夏は通り過ぎていく。
天皇杯初戦は8月の終わりに決まった。会場は予選の決勝と同じ会場だから、見に行こうと思えば行ける場所だ。
とはいえ、行くかどうかは未定。私が行くことで、カズヤに迷惑をかけちゃいそうだし。
世間は夏休みに浮かれているけど、私はそんな気持ちにもなれなくて。
例えば、本当に、例えばの話。
カズヤが私のことを、女として好きでいてくれたとしよう。そして私も、カズヤのことを男として好きだとしよう。
だとしたら、私はどうすることが正解なんだろうか。
っていうか、正解なんてあるのかな。
現状のぬるま湯を抜け出したいとは前々から思っていたけど、だったらどうすれば抜けることができるのか。
色んな事が分からないまま、私は仕事と家の往復に日々を費やす。
356:以下、
アキラにも、もう会いに行く気にはなれなかった。
少なくとも、彼に会うということが「正しいこと」ではないということくらいは、私にも分かったから。
アキラに貢がないとなると、手元にはお金が残っていく。
使い道、他に無かったしね。貢ぐ以外にもアキラに会いに行くために服とか買ってたけど、それももうないし。
家に帰ってテレビをつけると、アジアの大会に出ているサッカー日本代表がニュースに映っていた。
いつかカズヤとお店で話した選手、シンヤが負け試合で一人気を吐いてゴールを決めたところを繰り返し流している。
この冬、ヨーロッパのチームに移籍するのではないかと噂されているらしい。
やっぱり私には遠い世界の話なんだけど、今となっては彼と同じくらい、私にはカズヤも遠い存在に思えてきた。
日本代表のニュースが終わると、私は台所に向かって夜食を作り始める。
料理は嫌いじゃない。自炊すると好きな味付けにできるし、何となく、料理が得意な女って響きが可愛い気がするし。
まあ、それでモテたことなんて一度も無いんだけど。
自虐を心の中で入れながら、私はニュースを流し聞きして包丁を手にした。
357:以下、
お盆を過ぎると、いよいよ天皇杯が間近に迫ってくる。
応援に行きたいという気持ちと、私が行ったらまた迷惑をかけるのではって気持ちと、まだ決着はつけられていない。
そもそも、カズヤは私に会いたくないんだろうし。
あれ以来、お店にも来てないし。
そこまで考えて、私は何だか申し訳ない気持ちになる。
カズヤは今までに体も行為もしていないのに、お金を払って私に会いに来てくれて、プレゼントの帽子まで買って来てくれていた。
それなのに、私は彼に何をしてあげたんだろう。
試合後の疲れた体に、トラブルに巻き込んじゃって。
やっぱり、行かない方が良いのかな。
そこまでは何度も考えるんだけど、だからって行かないという決断もできない。
誰かがどっちかに、背中を押してくれたら良いのに。
そんな都合のいいこと、ありえない話なのにね。
考えても仕方ないから、私は久しぶりに買い物に出かけることにした。
まだ暑いけど、秋物の服も並んでいるだろうし。
358:以下、
ショッピングモールをしばらくうろうろしてみても、欲しい服は見つからなかった。
前だったら、アキラが好きそうな女の子の服を買い漁っていたんだけど、今はそれをする気になれないし。
カズヤはどんな服の子が好きなんだろう、あの美人さんが着てたみたいな服?
そんなことを考えても、答を誰かが教えてくれるわけでもなく、空しい気持ちになるだけ。
 
結局、私は荷物を何も増やさずにショッピングモールから出ることになった。
はぁ、何しに来たんだろ、私。
そのまま帰るか悩んだけど、それも何だか寂しい気がする。
少し歩いてみようかな、まだ夕方だし。
蒸し暑さはあるけど、曇っているから日差しはあまりきつくない。家と仕事の往復ばかりで不健康な生活を過ごしていたし、たまにはそんなのも悪くないかもしれない。
一歩、踏み出してみる。
うん、何かちょっと良いかもしれない。
私はあてもなく、そのまま歩き続ける。どこまで行くかも決めてないけど、何かちょっと楽しくなってきた。
359:以下、
気づくと私は、来たことも無いような場所まで来ていた。
周りも暗くなってきているし、そろそろ潮時かもしれない。
良い運動になった……って思うあたり、私もだいぶ変わってしまったのかな。たぶん、カズヤのせい……おかげ、なんだけど。
どうせだから、初めて来た場所で、初めて行くお店でご飯を食べてから帰ろうかな。 
適当にお店を探しながらうろついていると、何だか落ち着いていて雰囲気の良いお店を見つけた。
個人経営みたいな、小さいお店だけど、それがお洒落でちょっと可愛い。
うん、決めた、ここにしよう。
入口のドアを開けると、店員さんが私を席に案内してくれた。 
 
……あれ、この人、どこかで見た気がするんだけどな。どこだろ、思いだせないや。
360:以下、
夕飯には微妙に早い時間だからか、今はお客さんは私しかいない。
「ご注文がお決まりになりましたら、お呼びください」
その声の響きも、聞いたことがあるような、ないような。
……ダメだ、思いだせない。
モヤモヤしながらも、それを考えるのを一旦止める。
混雑する時間になる前に注文して、迷惑にならないうちに帰ろう。
気持ちを切り替えてメニューを見てみると、洋食のセットが並んでいた。
うーん、どれにしようかな。悩む。
早く注文しようとは思っていたけど、こういう時、私は優柔不断なんだよね。
どうしよう。
そうやってメニューとにらめっこをしていると、ドアの開く音がした。
チラッとそちらに視線だけ向けると、私はその顔に思わず声を漏らす。
362:以下、
「あっ」
その声に、彼はこちらを一瞥した。
「あれっ、カズの……」
「こんばんは」
ぺこり、と頭を下げた私に、彼は言葉を続ける。
「俺、分かる? カズのチームメイトなんだけど……」
「もちろん、オオタさん……ですよね?」
「あっ、分かるんだ、凄いね、あの一瞬で」
それはお互い様というものではないだろうか。私がカズヤの知り合い……なのかは分からないけど、そうだって分かるあたり、彼の記憶力も凄いと思う。
「いえ、あの、その前にも試合を見に行ったことがあって、上手いなぁと思って」
「そう? ありがとう。今日は一人?」
「あ、はい。散歩してたらお腹が空いちゃって。オオタさんも一人、ですか?」
363:以下、
「あー、うん。恥ずかしいんだけどね、練習が終わって誰も捕まえられなかったから、今日は一人」
そうなんだ。カズヤはオオタさんのことを慕っていたのに、都合が悪かったのかな。まあ、私が口出しすることじゃないか。
なるほど、と私が言葉を漏らすと、彼は私に問うてきた。
「えーと……ごめん、名前を聞いても?」
「あ、えっと……」
何て言えば良いんだろ、本名……は、カズヤも知らないのにオオタさんに先に教えるのも何か変な感じかな。
「ゆう、って呼んでください。そう呼ばれることが多いので」
源氏名なんですけどね、とはもちろん言えなくて。
「了解ですっ。えっと、俺はオオタで間違ってはないんだけど……ヒロって呼んでもらえたら。カズもそう呼んでるからさ」
「あっ、はい。ヒロさん、ですね」
「申し訳ないんだけどさ、俺、一人だからさ。もし嫌じゃなかったら、ご一緒させてもらっても良いかな? あっ、カズに申し訳ないとかなら全然断ってくれていいから!」
とは言われれても、私がオオタさん……ヒロさんとご飯を食べることには特に問題はない。むしろ、カズヤのことを聞いてみたいし。
もちろん、と返事をしようとしたところで、店員さんがやっとヒロさんの案内にやって来た。
店員さんは、ヒロさんの顔を見ると驚いたように目を大きくし、彼に声をかける。
「オオタくん?」
「えっ、あれっ、もしかして……」
どうしたんだろう、お知り合いなのかな。
365:以下、
「キックスのキャプテンの……」
「こんばんは……というよりは、いらっしゃいませ、なのかな」
挨拶をする名札には、YAGISAWAと書かれていた。
キックスといえば、この間の試合でカズヤやオオタさんが試合をした相手のはずだよね。だから見覚えがあったんだ。
「ヤギサワさん……の、お店なんですか?」
ヒロさんが驚いたように問いかけると、彼は笑いながらそれを否定する。
「いやいや、奥さんの実家の店なんだけど、今日はちょっと手伝いにね。えっと、彼女は……お連れの方?」
「えっと……カズ、うちのサイドバックやってたあいつの……」
「彼女?」
いやらしさも無く、というか単純な疑問のように、ヤギサワさんは私に問いかけてきた。
「いえ、違うんですけど……はい」
歯切れ悪く返事をすると、彼はこれ以上この話題に触れないようにオオタさんに話を戻した。
「っと、それで、お一人様?」
「あー、そのはずだったんですけど。えっと、彼女と同じ席で」
「かしこまりました、どうぞ」
茶目っけありげに最後だけお堅い言葉を残して、ヤギサワさんは、ヒロさんのお水とメニューを取りに厨房に向かって行った。
「ごめんね、失礼します」
ヒロさんも席に座って、戻って来たヤギサワさんから手渡されたメニューに目を通している。
そうだ、私も注文を決めないと。
366:以下、
「ヤギサワさんのお勧めは?」
「俺が頼むのはハンバーグかな。でも人気が一番あるのはデミグラスのオムライス」
「じゃ、俺はハンバーグのセットで。ゆうちゃんは決まった?」
「あ……じゃあ、オムライスで」
こういう時、勧められたもの以外を注文することって出来ないよね。何を頼むか決めてなかったから良いんだけど。
ヤギサワさんはオーダーを伝えに厨房に向かうと、そのまま中に残っているみたい。お客さんがまだ私たちしかいないとはいえ、他にもすることがあるのだろう。
「今日、練習だったんですか?」
とりあえず、同じ席に座った以上何かを話さないと気まずく感じてしまう。
共通の話題なんてカズヤしか見当たらないし、そこに近そうなことを聞いてみよう。
「あ、うん。天皇杯も近いしね」
「今月末? でしたっけ。そうそう、出場おめでとうございます」
今さらだけど、一応賛辞も贈っておこう。
「ありがとね。また応援に来てくれるの?」
「それはまだ……考え中です」
考えて、結論がでるのかはわからないけど。
367:以下、
「そっか。まぁ、来れそうならうちのホームだし是非来てもらえたら。カズも最近元気ないし、嬉しいんじゃないかな」
「そうなんですか?」
どうしたんだろ、夏バテ……とかじゃないかな。私のせい?
「最近、会ってないの?」
「あ、はい」
そもそも、会おうとしても会いようがないから。
カズヤがお店に来るか、私が試合を見に行くか。その二択以外、私には彼に会う手段も連絡をとる手段もない。
「じゃあ、そのせいなんじゃない?」
だってカズは明らかに君のこと好きそうだし。
そう、彼は笑いながら呟いた。
冗談なんだろうけど、私は顔が赤くなるのを止められない。冷房の利いた室内なのに、熱くなってきて仕方が無い。
369:以下、
「いや、そんな……」
「そう? 俺、あいつの浮いた話聞かないし、絶対そうだと思ってたんだけど」
あ、そっか、元カノのこと、ヒロさんは知らないのか。
「妹がカズのこと好きそうだったから、残念なんだけど」
「あ、妹さんがいるんですか?」
「そうそう、うちのチームのマネージャーみたいなことしてるんだけどね」
……あの子か。アキラの彼女。
でも、カズヤのことを好きそうって、一体どういうことなんだろう。
私には二人に色目を使うなと言って来て、彼女はカズヤも狙っている?
「そう、なんですね」
薄く相槌を返し、続きを促す。
「そうそう。まぁ、気のせいなのかもしれないけど。君とカズが仲よさそうなの見て、ちょっと落ち込んでたし」
370:以下、
「妹さんに、悪いことしちゃいましたかね」
そんなこと、全く思ってないんだけど。
 
でも、お兄さんであるヒロさんには何の罪もないし、とりあえずそう返しておくのが無難なのかな。
「いやいや、それはカズが選ぶことだし。まぁ、本当に、良かったら試合見に来てよ。俺も応援してくれる人は多い方が良いしさ」
「……はい、行けたら」
悩んでいたのが決まったわけではないけど、そう言われると行こうかなって気になってしまう。
元々、心の底では行きたい、カズヤを見たい、会いたいって気持ちがあったのは分かっていたことだし。
ちょうど話が落ち着いたところで、ヤギサワさんがオーダーした料理を持ってきてくれた。
「お待たせしました、ハンバーグと……こっちがオムライス。で、何、天皇杯の話?」
「あ、はい。よかったら応援に来てね、って」
「君、あのスタンドにいた子? 行ってあげなよ、次はともかく、勝ってプロと当たるようになったらサポーターに圧倒されちゃうよ、まいるぜ」
「あ、経験者は語る……ってやつですか?」
その言葉に、ヒロさんは笑って返すけど、私はわけがわからなくて問い返す。
「プロ……って、どういうことですか?」
371:以下、
「あれ、天皇杯のことはあんまり分かってない?」
大会の名前が天皇杯、次の試合が近くで開かれて、相手のチームは他の都道府県の代表。私に分かっているのはそれだけだった。
「えっと……日本一、を決める大会……なんですよね?」
私の曖昧な問いかけに、ヒロさんは答を教えてくれる。
「そうそう。そうなんだよ。でも、アマ日本一じゃなくて、プロもアマも合わせた大会なんだ。プロは予選免除だけどね」
「えっと……それって……」
「だから、勝てば勝つだけプロと試合が出来るってこと。正月に決勝のテレビ中継とか見たことない?」
「今は決勝も正月じゃないけど」
そんな些細なツッコミも耳から通り過ぎるように、私はショックを受けていた。
「プロってことは……あの、日本代表選手とかとも……」
「まぁそうだね、そういうチームと当たれば、だけど。次に勝っても、うちが当たるのはニ部だから」
「でも、オオタくんも所属してたチームだし、思うものはあるんじゃない?」
茶化すようにヤギサワさんが口を挟む。
所属していたチーム?
驚きを表情に映していたのか、ヒロさんは私に説明をしてくれる。
「あれ、カズから聞いてない? ……って、自意識過剰か。一応、ニ年前までプロだったんだ、ニ部チームのベンチメンバーだけど」
「えっ、」
頭の中でどんどん新しい情報が更新されていって、私はうまく処理をできずに声を漏らすだけだ。
375:以下、
その声に反応して、ヒロさんは説明を続けてくれる。
「まぁ、早い話がクビになってさ。それで、今のチームに入って趣味でサッカーしてるわけ」
「はぁ……そうなんですね……」
プロっていう言葉は、やっぱり私には縁遠い世界の言葉にしか聞こえなかった。
じゃあ、カズヤは元プロ……っていうのがどんなに凄いことかは分かってないんだけど、とにかく凄い人たちとサッカーをしてるってことなの? 
「おいおい、俺は趣味でサッカーやってるやつに負けたっていうの?」
「あー、いやいや、あれは偶然……」
「それを本番で出されたら実力負けだって。本当に、あのサイドバックの子には参ったよ」
「あいつは趣味っていうか……サッカーが生きがい見たいなやつなんで。あ、カズのことね」
私にそう補足をしてくれて、ヤギサワさんも名前を知ったようだ。
「カズって名前なんだ? かーっ、名前までサッカー向きときたもんだ。キングかよ」
「それ、あいつに言ったら喜びますよ、ファンだから」
私でも何となく名前を聞いたことがある選手の通称が出てきて、私はクスリと笑みを漏らした。そういえば、考えたこともなかったけど、あの名選手と同じ呼ばれ方だ。
「本戦はあの子がキープレイヤーだろうなぁ……たぶんうちと同じで、他のチームも君のことに意識が向いてるだろうし」
「ニ部のベンチプレイヤーなんて、そんなに気にするもんでもないですよ。スカウティングされたら、むしろあいつの方が厳しいと思いますし」
その会話を耳にして、何となくカズヤが誉められているのは分かった。
元プロのヒロさんと、同じくらいなのかは分からないけど、とにかく評価されているカズヤ。
思っていた以上に、私と彼の距離はあるのかもしれない。
376:以下、
「まぁ、とにかく頑張ってよ。そして俺が言えることじゃないけど、冷める前に食べてね」
その言葉を残して、ヤギサワさんは厨房に戻って行った。
頭が混乱してすっかり忘れてしまっていたけど、美味しそうなオムライスが目の前には置かれている。
「いただきます」
手を合わせて挨拶をする。
何となくだけど、料理を食べる前に挨拶をしないと落ち着かないんだよね。自分で作った料理を家で一人で食べるとしても、それはつい癖で言ってしまう。
「お、礼儀正しい。じゃあ俺も……いただきます」
冗談っぽくそう言い残し、ヒロさんはハンバーグに、私はオムライスに手を伸ばした。
なんだろう、見た目は普通にどこの洋食店にもありそうなオムライスなんだけど、何て言って良いか分からないけどすごく美味しい。
卵はふわふわで、デミグラスソースも絶妙で、中には懐かしい感じのケチャップライス。
「美味し」
 
つい、ヒロさんが目の前にいるのを忘れて独り言が漏れてしまう程。 
それは彼も同じだったようで、「うまっ」と漏らしながら、どんどん手を動かしていく。
美味しいものを食べるとなると、ついついそれに夢中になって会話は減ってしまう。私は黙って手を動かしてオムライスを口に運び、ヒロさんはハンバーグを咀嚼する。
気づいたらお互いの目の前のお皿は空っぽになっていた。
「お、早いかなと思ったけどちょうど良かった? サービスだから。コーヒー飲める?」       
いつの間にか厨房から戻ってきていたヤギサワさんは、アイスコーヒーのコップを二つ、私たちの目の前に置いた。
381:以下、
「ありがとうございます……、すいません」
「良いの良いの、若い人は気を使わなくて。で、オオタくんたち、実際どうなの、調子の方は」
「うーん……良くはない、ですね」
その返事に、ヤギサワさんは肩をすくめて言葉を漏らす。
「ちょっと、初戦は勝ってよ? 試合後にも言ったけどさ、プロとやるくらいまでは」
「それはカズに期待……ってことで」
ね、と私の方を見て笑うカズさんに、私は苦笑いで返す。
「ま、何にせよやっぱりカズくん? がカギになるんだね。俺も試合、見に行くからさ、応援するよ」
「ありがとうございますっ。やれるだけ、やってきます」
「おうおう、楽しみにしてる」
あ、何か良いな、こういうの。
敵なのに敵対してるわけじゃないっていうか、仲間っていうか。
男同士って、こういう入り込めない世界があるよね。
「羨ましいなぁ」
「何が?」
つい想いを言葉にしてしまったら、ヒロさんが問いかけてきた。
「いや、何ていうか、仲間……みたいな感じがして。チームメイトじゃないのに、良いなって」
「そう? でもさ、ゆうちゃんだってもううちのチームの仲間じゃん」
「えっ」
「違うの? 応援してくれない?」
「いや、してますけど……良いんですか、私なんかで」
「良いも何も、大歓迎だよ。特にカズは、そう思ってると思うよ」
あはは、とヤギサワさんは声を漏らして笑った。
何だろう、何だろう。この感情を正しく言葉にできないけど、それでもまとめるなら、ただただ嬉しい。
「……本当ですか?」
382:以下、
「うんうん、ていうか、嘘つく必要もないじゃん。本人に聞いてみる?」
ヒロさんは携帯を手にして、私に問いかけてくる。
「いやっ、それはさすがに……」
嫌じゃないけど、まだ平気な顔をしてカズヤと話せる自信は無い。
「そう? カズも元気出ると思うし……嫌じゃなかったら」
嫌というわけではもちろんないけど、私なんかで良いのだろうか。
私なんかが、あんなに迷惑をかけてしまったカズヤとまた話してしまって良いのだろうか。
「無理にとは言わないけど……」
そう言われてしまうと、急に惜しくなってしまうのが人間の心情じゃない?
悩んでいたのは本当なんだけど、でも、今を逃すと次はもっと悩んでしまって気まずくなってしまって、そんな気がした。
「……はい、お願いします。すみません」
「良いの?」
その確認には頷いて気持ちを表すと、ヒロさんはスマートフォンを操作して耳に当てた。
「あ、カズ、俺。今、大丈夫? 電車に乗ってない?」
どうやら、カズヤはまだ練習からの帰り道みたいだ。
確認をとったヒロさんは、「カズ、ちょっと電話代わるわ」と私の名前を出さずに耳から電話を話し、私に差し出してきた。
それをおそるおそる耳に当てると、ヒロさんは椅子から立ち上がり、「ちょっと話してくるから、ごゆっくり」と言い残し、ヤギサワさんと入口から店外へ出て行ってしまった。
383:以下、
「もしもし……」
「……えっ」
「えーと、私。ゆうです……」
「えっ、何で? 何で、どういうこと? ちょっと待って、何?」
カズヤはまるで状況が読めてないようで、同じことを何度も繰り返す。
まぁ、事情がすぐに飲みこめる方がおかしいんだけどね。
「落ち着いて、ご飯食べにきたらね、たまたまオオタさんに会ったの。それで、オオタさんが気を使ってくれて、電話させてくれたの」
「あっ、なるほど……って、今どこ? ヒロさんも練習帰りってことはもしかして近く?」
「えーっとね……」
散歩しながら来た道だから、ここを何て説明したらいいのか分からない。
何て伝えようと思っていると、張り紙にレストランの名前が見えた。私がそれを伝えると「……あっ、分かったかも、ちょっと待ってそこ向かうよ」と言ってきた。
「えっ、えっ」
そうなると、今度は私が混乱する番がやってくる。
「あっ、迷惑だったら止めるよ、ルール……だったよね?」
「いや、迷惑とか嫌とかじゃないんだけど……」
ルールなのはそうだけど、それ以上に会いたい気持ちがあるのは間違いない。
ただ、彼は良いのだろうか。
「会ってくれるの?」
384:以下、
あんなことに巻き込んでしまったのに。
それは言葉にできずにいると、カズヤは素で問いかけてきた。
「何で? むしろそれ、僕が言いたいんだけど」
それこそ、何で……なんだけど。
でも、きっと彼はそれを聞いても困るだけ、戸惑うだけなのかもしれない。
これが私の幸せな勘違いでなければ嬉しいんだけど、もしかしたら彼は私のせいで迷惑をかけられたとは、思っていないのかもしれない。
そんなことを考る私は、お気楽で頭が空っぽな女なのかもしれない。それでも良い。カズヤが迷惑じゃないと思っていてくれたのなら、それだけでもう私の悩みなんて無くなってしまう。
「……ううん、何でもない。楽しみ」
「ちょっと急ぐから電話切るね、また後で」
そう言い残すと、電話は切れてしまった。
……えっ、今から来る?
電話が切れて冷静になると、急に慌て始める私がいた。
どうしようどうしよう、そんなことになると思ってなかった。買い物に行ってたから服はおかしくないと思うけど、ここまで歩いて来たし汗臭くなってないかな?髪崩れてないかな?
そんな心配をしていると、ヒロさんたちがドアを開けて戻って来た。
385:以下、
「カズ、何か言ってた? 元気出てそうだった?」
「いや、何か……あの、こっちに来るって」
ヒュー、と八木沢さんは口笛を吹いてみせる。
「やるねぇ、彼」
「それくらい、プレーにも積極性があると良いんですけどね」
私はお礼を言いながら携帯電話を返して、荷物を持ってお手洗いに向かって席を立った。
髪型……うん、崩れてない。メイク……も、大丈夫。よし。
お手洗いの鏡でゆっくりと自分の顔をチェックする。仕事の時は薄暗いからよく見えないと高をくくっているんだけど、今日はそういうわけにもいかない。
深呼吸をして、お手洗いの扉を開けて、自分の席に向かおうとしたところで、入口が開いた。
「おい、おせぇよカズ」
「いやいやヒロさん……あんな急に……」
本当に急いで来たらしい、カズヤは汗を流しながらの登場だった。
「こんばんは」
私の声に、彼はこちらに目を向けた。何だか久しぶりのような、そうでもないような、不思議な感覚。
私は今ここで、彼と会っている。目を合わせている。それだけで、ある種の奇跡のような気がしてしまう。
「……こんばんは」
386:以下、
「ほら、じゃあカズ、後は二人で行ってこい」
笑いながらヒロさんがそう言うと、冗談のようにカズヤも返す。
「行ってこいって、どこにですか」
「そりゃ、お前が考えろ。俺は今からヤギサワさんと大人の話があるんだよ」
「ヤギサワさんって……あっ、こんばんは。キックスの……」
「こんばんは。ほら、女の子を待たせるなよ、行ってきな」
「えーっと……じゃあ、行く?」
その問いかけに、私は困ったようにしつつも頷こうとしてあることを思い出す。
「あっ、お会計……」
「そんなこと気にしなくていいから。オオタくんとカズくん? に、次の試合で勝ってもらうからそれが代金、ってことで」
プレッシャーかけないでくださいよ、とオオタさんが笑いながら突っ込む。ヤギサワさんも笑いを隠しきれない様子で言葉を続ける。
「ほら、行ってらっしゃい。俺は今からオオタくんと渋い大人のオトコ談義をするからさ」
「ありがとうございます……ごちそうさまでした」
申し訳ない気持ちもあるけど、こういう時は厚意に甘え無い方が失礼だと思う。
ぺこりと頭を下げると、カズヤは入口のドアを開けてくれる。
「じゃ、行こっか」
387:以下、
どこに行くか分からないけど、と照れ隠しのように笑うカズヤにつられて、私も笑ってしまった。
後ろから「暗いから気をつけて」と声をかけられると、それにお礼を告げてドアを閉めた。そのドアに吊るされていたのはcloseの文字。
……あ、そうか。気を使ってくれてたんだ。
私がカズヤと電話をしている時に、他のお客さんが来て邪魔をされないように。邪魔なのは私なんだろうけど。
それにしても、改めて状況を考えると何だか緊張してしまう。
会いたくて、でも会えないと思っていたカズヤが隣にいる。それも、予想外に。
何となく、お互いに声をかけられないままお店から離れるように歩き始めた。気まずい沈黙ではないけど、私には話さなければいけないことがある気がする。
「「あのさ」」
話を切りだす声が重なって、私たちは視線を合わせた。お互いに小さく笑いながら、相手の言葉の続きを待つ。
「えっと……どうぞ?」
「ううん、カズヤからいいよ?」
「えっ、いいよ、大したことじゃないし」
「じゃあ尚更。私は、カズヤに話さないといけないと思ってたことだから、きっと長くなっちゃうし」
390:以下、
「えっと、うん、じゃあ、はい」
私はずっとドキドキしているけど、細かく言葉を区切って返事をするカズヤも、少し緊張しているのかな。そうだったら、少し嬉しい。
「あの、この間の、大丈夫? 怪我とかしてない?」
この間の、という時に、彼は自分の頬を指さした。
あの女の子、ヒロさんの妹さんに、平手打ちをされた箇所だ。
「うん、平気平気」
実際、その瞬間にぱちっと痛んだだけだし。
「そっか、良かった。あの……巻き込んでごめんね」
「巻き込んで、って?」
どういうことだろう。私がカズヤを巻き込んだのであって、彼が私を何かに巻き込んだりしただろうか。
「いや、ほら、事情もあんまり分かってないけどさ、せっかく応援に来てくれたのに、あんな風になっちゃって……」
「ううん、悪いのは私だし……あのね、その話を聞いてほしいの」
歩いたまま話すのも何だし、と言いたして、私は近くのコーヒーチェーンを指さして入らないか誘ってみた。
頷いた彼を見て、私たちは店内に足を踏み入れ、注文を済ませて席に着く。さっきコーヒーを飲んでしまった私はジュースみたいに甘いフラぺチーノを、カズヤはコーヒーをテーブルに置いた。
「ちょっと長くなるから、ごめんね」
そして私は語り出す。私自身の、堕落した物語を。
391:以下、
えっと、まず最初に、あそこで働き始めたきっかけなんだけど、楽してお金を稼ぎたかったからなの。うん、もうダメ人間だよね。
それでね、お金はそこそこ、まあ私達の歳にしては金持ちだなってくらいには稼げたんだけど、今度はそのお金をホストに使うようになっちゃったの。
アキラっていうホストだったんだけどね、私は彼女でもないし、あっちだって彼氏でもないんだけど、ヤるだけヤっておしまい、みたいな。
彼女になれないって分かっていても、私は彼に貢ぐことをやめられなかったし、抱かれたらやっぱり嬉しかったの。
 
でも、このままじゃいけないって漠然と思ってた時に、カズヤに会って。
最初は若くて珍しいお客さんだなって思ってたの。でも、たまにだけど、カズヤ以外にもお店に来てもエッチなことをしないお客さんもいたし、そういううちの一人かなって。
そう思ってたんだけど、でも何か違うなって。
どこが他のお客さんと違うかは分からないんだけど、羨ましかったのかも。
同い年でも、私は何にもない、ただの風俗嬢。でもカズヤは好きなことがあって、それを追いかけていて。そんな目標があって前に進んでるカズヤが、羨ましかったんだと思う。
正直ね、何でサッカーしてるんだろうって思ってたの。見に行ったのだって、応援とかより興味本意っていうのが正直。だって、お金にもならないのに何で苦しい思いをして走るんだろう、追いかけるんだろうって。
でも、あの日カズヤのプレーを見て、感動したの。
嘘じゃないの、本当だよ。私みたいなクズに言われても嬉しくないかもしれないけど、本当に。これだけは信じてほしいの。
変な話、救われたんだ。
プロじゃない、お金にもならない。それでもカズヤは走ってて、ボールを追いかけていて、人を夢中にさせて。
覚えてるかな、初めて見に行った試合で、他の人が諦めたボールをカズヤが追いかけて、そのままゴールになったプレー。
技術的なこととか私は全く分からないけどさ、理由じゃないんだなって教えてもらった気がするの。
「何でお金にならないサッカーをするの」とか「他の人が諦めてるのに何で追いかけるの」とか、私は理由ばかり探してしまっていたのね。
私は臆病者で楽をしたがるダメな女だからさ、理由が無ければ頑張らなくて良いやって思っていたのね。
高校を出て進学をしなかったのは、勉強を頑張る理由が無かったから。定職につかなかったのは、働きたい理由が見つからなかったから。
唯一の理由が「遊ぶお金が欲しいから」っていうもので、だから何となく、今の仕事についたの。
393:以下、
楽な仕事じゃないけど、嫌なことばかりでもないよ。
カズヤにも会えたし、私と会えて良かったって言ってくれる人もいたり、可愛いねって褒めてもらえたり。でも、好きでやってるわけでもなくて。
カズヤの試合を見てね、今のままじゃいけないって本当に思ったの。
私は何が楽しくて生きてるんだろう、何を追いかけているんだろうって。
買い物をするとか、美味しいものを食べるとか、楽しいことはいっぱいあるんだけどさ、カズヤにとってのサッカーみたいなものが、私には無いってことが、恥ずかしくなってきたの。
でも、思うだけで行動に移すこともなかなかできなくて。アキラ、ホストね、彼にも貢ぐのもやめなきゃって思っていたんだけど、それも無理で。
変わりたいけど変われなくて、どうすればいいんだろうって。
あの女の子いたじゃない、この間、スタンドに来た子。あの子の彼氏がさ、たぶんアキラなんだと思う。
アキラって源氏名だから、私も本名は知らないんだけど、それ以外思い当たる節は無いから。
彼には、女の子がいっぱいいるから。私はそのうちの一人だったってだけの話。
……ごめんね、面白くもない話をダラダラと。
たぶん、私のそういうダメなところが重なって、この間みたいなことになったの。
全く関係のないカズヤを巻き込んじゃって、本当にごめんね。
394:以下、
そこまで言い切って、黙って聞いてくれていた彼の顔を恐る恐るのぞいてみた。
きっと私は失望されてしまっただろう。こんな話を聞いて、そうじゃない方が変だと思う。
「そっか」
小さく、彼は呟いた。
困らせてしまったかな、そうだよね。急に自分語りをしちゃって、何て言って良いかもわからないよね。
「ごめんね、変な話をしちゃって」
でも、それでも、私は彼に話さないといけないと思ったの。本名も伝えてない、連絡先も教えてない、それでも私は、彼に対して誠実でいないといけない気がした。偽りの自分なんてかっこいいものじゃなくて、堕落した私の嫌なところを彼には見てもらう必要があった。
誰にも見せていない、私の 汚い部分を、好きな人だからこそ見てもらいたかった。
誰にも胸を張れない私を、認めてはくれなくても知っては欲しかった。
カズヤのまっすぐさは、私じゃなくてサッカーに向いているものだ。それでも、私も彼のように、何かに対してまっすぐでいたかった。誠実になりたかった。そしてその何かは、自分の好きなものじゃないとダメだった。
あんなに憂鬱だったのに、カズヤに会えるってだけで嬉しくなってしまった。カズヤがもしかしたら私に会うことを嫌じゃないのなら、幸せだと感じてしまった。
そして私は気づいてもしまった。
私は、カズヤのことが好きだ。
397:以下、
「ううん、話してくれてありがとう」
ありがとうは、私のセリフだ。
最後まで口を挟まずに聞いてくれて、ありがとう。
軽蔑されても、これで彼が私に近づかなくなっても、それは仕方が無いことだ。
このまま自分のことを黙って、汚い部分を見せずに彼に近づいていくよりは、ずっと良い。
それが、私なりの誠実さだった。
「でも、何で僕に話してくれようと思ったの?」
勇気が必要なこと……だよね。
と、彼は言い足した。
確かに怖かった、というか、今でも怖い。話を聞いたカズヤが、私のことをどう思っているのか。良い感情ではないとしても、どれくらい私のことを嫌いになったのか。
でも、それを乗り越えようとする勇気をくれたのも、あなただった。
「言ったじゃない、変わりたいと思うきっかけをくれたのは、カズヤだったから」
あなたの姿を見て、私は本当に変わりたいと思えた。
そして、もし私が本当に変われるとしたら、やっぱりカズヤの前で変わらないといけないと思ったの。そこで変われなかったら、私はきっとどこでも今までの私のままだったから。
「私を軽蔑したかもしれないけど、でも、きっかけをくれたカズヤに聞いて欲しかったの。私のわがままに巻き込んじゃって、ごめんね」
398:以下、
「ううん、迷惑なんて全く。聞かせてくれて、嬉しかったよ」
「嬉しかった?」
「だってさ、僕はゆうちゃん……いや、『貴方』のことを何も知らないから。身の程知らずだって思うんだけどさ、あの後改めて思ったんだ、貴方のことを何も知らないなって」
『貴方』と言ってくれたことが、何だか暖かい言い直しに感じられる。
堕落した私である『ゆう』ではなくて、新しく『私』を見てくれているきがして。
ただの勘違いで、私に対して距離を置こうとしているだけかもしれないけど、それでも、私は嬉しかった。
「……何も話せなくて、ごめんね」
「いやいや、謝ってほしいとかじゃなくて!」
慌てて言葉を続ける彼に、私は耳を傾ける。
「ほら、名前も知らないし、僕から会おうと思うとお店でしか会えないし。寂しい、って思うことも間違ってるんだろうけど、でもやっぱり会えて嬉しかったんだ。会いに行こうかなって思ったけど、お店じゃどんな顔して会えば良いか分からなかったし。迷惑かなって」
それには首を横に振って見せる。
私だってカズヤに会いたかった。ただ、会う手段が無かっただけで。
400:以下、
それでも、私は彼に気持ちを伝えることができない。
彼の会いたいという気持ちが、イコールで好きであったとしても、私はそれを確かめることもできない。
臆病な言い訳なのかもしれないけど、今の私は彼に到底つりあっていない気がする。彼が私を嫌っていなかったとして、それでも私なんかが隣に立っていていいのだろうかと思ってしまうの。
「……また、応援に行っても良い?」
だから私の口から出てくるのは、そんな言葉。
本当は、伝えたい気持ちはもっといっぱいあるのに。好きだってことを伝えたいのに。
それを彼に言葉で伝えることが、今の私にはできない。
本当は、胸を張って見に行けるだけで嬉しいはずなのに、欲深い私は、もっともっとと欲しがってしまう。
カズヤにはもっとお似合いの女の子がいるのかもしれない。元カノだったらしい、サキさんも凄い美人だったし。私なんかが好きでいても、どうしようもないのかもしれない。
そんなのは、結局ただの言い訳に過ぎないんだけど。
カズヤに拒絶されるのが、今の私には何よりも怖い。もちろん、カズヤにだって女を選ぶ権利がある。私に対するカズヤの好意がどういった類のものか分からない私には、その一歩を踏み出すことができない。
私は乞うように彼を見つめる。どうか臆病な私を許してほしい。
401:以下、
「うん、こっちからお願いしたいくらい」
そう言って、カズヤは笑って私を見た。安心させてくれる、太陽みたいな笑顔だ。私には、眩しすぎるくらい。
「じゃ、気合い入れて応援に行くね! もう迷惑はかけないように、後ろの端っこで見てるし、終わったらすぐに帰るから」
カズヤが応援に来ても良いと言ってくれても、問題が解決したわけではない。彼女からしてみたら私なんかただの二股女で、見たくも無いにちがいないだろう。
「あ、うーん……そっか。話せないのは残念だけど……そうだよね、うん。」
残念がってくれるのは嬉しいけど、私にはそうするしか方法が無い。また彼女の前でカズヤと話していたら、次はもっと酷いことが起きるかもしれないから。
「あの、迷惑じゃなかったら、だけど……」
言いづらそうに、カズヤが声を出した。
「どうしたの?」
キョトンとした目で、私は問い返す。今まで散々彼に迷惑をかけていたのに、彼にどんな迷惑をかけられても、私には責める権利なんてない。
「連絡先、交換してもらっても良いかな?」
やっぱり迷惑だよね忘れて、と彼は言い足したけど、忘れることなんてできない。
「……そんなことで良いの?」
むしろ、それは私が望んでいることでもある
405:以下、
「良いの?」
不安そうな目で、彼は私を見返してくる。
それはこっちのセリフなのに。今にも「冗談だよ」って言われるんじゃないかって怯えていたのは私なのに、彼のその可愛さすら感じる視線に、私はつい笑ってしまいそうになる。
「もちろん。私も、カズヤの連絡先、知りたかったし」
何かこれ、携帯を持ったばかりの初々しい学生みたい。こんな歳になっても、連絡先を交換できるというだけで、私はこんなに舞い上がってしまいそうになる。
彼との距離が、一つ縮まったことを実感できるから。私が素敵な人間になったとか、カズヤみたいになれたとか、そういうことじゃないんだけど。それでも、私はただただ嬉しい。
「えっと、赤外線ある?」
私のその言葉に、カズヤは「あ、アドレス?」と聞き返した。
彼の携帯画面を覗いて見ると、スマートフォンユーザーの大半が使っているであろうメッセンジャーアプリが立ち上げられていた。
「あ、そっか。そっちの方が良いよね」
連絡先の交換なんて、高校を出てから滅多にしなくなったから、ついつい昔の感覚でそっちを選んでしまった。大学生だと連絡先を交換する機会もいっぱいあるだろうし、簡単なアプリの方が便利なんだろう。
私も彼にならってそのアプリを立ち上げようとすると、彼にそれを制された。
「待って、 僕も赤外線準備するから。せっかくだし、アドレスと番号交換しようよ。そしたらアプリでも追加されると思うし」
406:以下、
彼のその優しさに、私は甘えることにした。
アプリが嫌ってわけじゃないんだけどさ、何か軽い気がするんだよね。グループで複数人と話せたり、可愛いスタンプを送れたり、メールにはない便利な機能もあるんだけど、だからこそ軽い……っていうか。
「本当は、僕もアドレスと番号知りたかったし。ただ、重たいかなって?」
「重たいって?」
「ほら、アプリならさ、僕のこと嫌になったらすぐに拒否できるけど、メールと電話も拒否できるとはいえ個人情報じゃん。良いのかな、って」
そんな杞憂を真面目な顔で話されて、私はつい笑いをこぼしてしまった。
「良いに決まってるじゃない。カズヤこそ、良いの? 私、悪い女だよ?」
「自分でそんなことを言う人に悪い女はいないから。ほら、早く」
気づくと、彼は赤外線を既に準備していた。送信の彼に合わせて、私は受信をする。
「シイナ……っていうんだね、苗字」
「うわ、そっかそこからか、今さらだよね。何か恥ずかしい……」
照れたように俯く彼を見て、今度は私が送信するように準備をする。俯いたまま、カズヤも受信ボタンを押して、私の個人情報が、彼の携帯に流れていく。
「送れた?」
「……うん、きた。そういえば、僕、名前も知らなかったんだよね」
ゆうちゃん、が当然の呼び方になっていたから、何の違和感もなかったけど。言われてみれば確かにそうだ。
407:以下、
「これ、ぼくはどっちの名前で呼ぶべき?」
「どっちって?」
「この名前と、『ゆうちゃん』」
「えー、カズヤの好きな方で良いよ。呼びやすい方で」
本当は、もちろん本名の方が嬉しいんだけど。とはいえ、呼び慣れた方が恥ずかしくないとか、そう言う気持ちも分かるからわがままは言わないでおこう。
「そっか、分かった」
彼は腕時計をチラっと見た。私もつられて携帯で時間を確認すると、楽しい時はすぐに過ぎるからか、それとも私が緊張しすぎたせいかは分からないけど、もうかなり良い時間だった。
「時間大丈夫? そろそろ、帰ろうか」
彼にそう聞かれて、私も頷く。本当はもっと話したいんだけど、もう今までみたいにあやふやな繋がりじゃない。私たちは、明確に繋がっている。
連絡先を知っているから繋がっているっていうのも、ちょっと機械的な気もするけど。
「それじゃ、行こうか」
私の分のコップも持って、彼はそう言った。その小さな優しさすら、とても嬉しいものに思える。
素敵な服の掘り出し物があったわけでもなければ、宝くじにあたったわけでもない。私のこの気持ちが満たされるかどうかも分からない。
なのに、私はこの夜をきっと忘れないと分かった。
それくらい、大切な時間だった。
408:以下、
サッカー日和というにはあまりに強い日差しだ。八月も終わりだというのに、残暑が猛威をふるっている。
天皇杯初戦、やっとここまで辿りつけた。
会場は予選決勝と同じでも、空気感が違う。
テレビの中継も入っているし、お客さんの数だって少なくは無い。やっぱり、予選と本戦って何か違う。
「何だよ、カズ、緊張してんのか?」
ロッカールームでの円陣を終え整列していた僕に、後ろからヒロさんが声をかけてきた。
「いやいや、武者震いですよ」
「ははっ、頼もしいことで」
ヒロさんとの空気は、あの夜以来元通りになってしまっていた。
大したことは無い会話……っていうか、挨拶くらいしかしてないのにね。不思議だけど、そういうことって結構あるのかもしれない。
勝つぞ、と言ってヒロさんは僕の背中をバシッと叩いた。それに応えるように、僕は手を挙げる。
アンセムが流れ始めて、前方に並んでいた人たちからピッチに向かって足を進め始めた。
高揚感と緊張が良い感じに胸にこみあげてくる。さあ、ゲームを始めよう。 
410:以下、
試合が始まってすぐに、一つの事実に気がついた。 
彼らは、チームとしてはキックスほどのレベルではなく、ワンマンチームだってこと。
所属しているリーグという肩書きだけではなく、実際の選手の能力もキックスには劣っているように思える。一人を除いて、の話ではあるけれど。
油断とか慢心とかじゃなく、勝たないといけない相手だと思う。次に当たるプロと少しでも良い試合をしたいと思うのなら、圧勝とは言わずとも、手こずって良いチームではない。
相手にとってもそれは当てはまることなんだろうけどね。
気がかりは、ディフェンダーなのに僕のマークが厳しいこと。普通だったらディフェンスのオーバーラップなんて、そのタイミングでケアをするだけなのに、今回は逆サイドにボールがあるときでも、中盤のサイドの選手が僕を見てきている。
光栄なことなんだけど、僕より意識すべき人はいるはずなのにね。それこそ、予選決勝でスーパーボレーを決めた選手とか。
僕をケアしている彼は、試合前のミーティングで要注意選手としてあげられていた。高校時代には選手権で全国四強まで進み、大学でもユニバーシアード代表に選ばれるほどの選手だと、ヤマさんは警戒を呼び掛けてきた。
相手チームのなかでは例外とも思えるくらい、技術レベルが高い選手だ。
プロになってもおかしくない世界でやってきた選手と、僕は今日マッチアップをしている。
彼に負けると、僕が穴として狙われてしまうことになる。絶対に負けることはできない。
僕がそんなにVIP待遇でケアをされている一方で、ヒロさんにも当然ながらマンマークが付けられている。
うちのチームの決定機は、ほとんどヒロさんを経由してのものだ。そのヒロさんにボールが渡らないとなれば、必然的にチャンスは減ってしまう。
414:以下、
イヌイにパスが渡る瞬間に近づいて圧を与えようとしても、彼はぴたりと足元にボールを納めて見せた。
中央へのコースを切っているから、縦に仕掛けてくるしかないのは分かっている。
イヌイは一瞬だけ中央へ切り込むように右足アウトサイドでボールを押し出そうとする。それに反応して、僕の重心が移動した瞬間、ボールは予測していたのと逆方向に転がっていた。
かつてのブラジル代表のエースが得意としていた逆エラシコというフェイントだ。練習でやってる選手はいても、実際の試合で使うには相当な技術が必要な技を、イヌイは簡単にやってのけた。
僕をあっさりとかわした彼は、そのままダブルタッチ気味に左足でボールを前に運んで僕に背中を見せつけてゴールに向かって斜めにドリブルを始める。
もちろん、僕だってこのまま独走をさせるわけにはいかない。すぐに体制を立て直して、縋るように彼を追いかける。
 
カバーに入ったセンターバックが引っ張りだされたスペースに、二列目から相手選手が飛び出してくる。そして、イヌイは簡単にそこにパスを出した。
やばい、ボランチが振り切られている。
415:以下、
ボールウォッチャーになっているこっちサイド、右センターバックはイヌイのパスアンドゴーの動きに気づいていない。
くそっ、間に合え!
ボールサイドに関わらず、ドがつくほどフリーになっているイヌイの背中を追いかける。幸いにも、彼はドリブルが巧みであっても俊足というわけではないらしい、間に合えっ。
二列目の選手は、届いたパスをそのままランウィズザボールのように大きく前に蹴りだして走りだした。
センターバック二枚が挟み打ちのようにそこを目指していくと、それをあざ笑うかのように彼はイヌイに向かってリターンのパスを出す。
技術的な問題なのか、そのパスは精度に欠けて少し長いボールとなっている。
いける、間に合う。
夢中で走って、イヌイがボールに触れる直前にスライディングで右足を伸ばす。
どうにかつま先に当たったそれは、そのまま縦に流れてタッチラインを割った。イヌイは、伸ばした僕の足につまずいて倒れてしまったけど、笛は鳴らずに流してくれた。
危ない、今のは僕が簡単に振り切られてしまったせいだ。
「二列目気をつけろ!」
自分の反省は心の中で消化すると、立ちあがりながらボランチに注意を促す。
 
倒れたままのイヌイに手を差し出して立ちあがらせる。
「やるじゃん、間に合うとは思ってなかった」
「そっちこそ、あんなフェイント持ってるとは」
そんな言葉を交わすと、彼はコーナーに向かった。
決定機は免れたとはいえ、まだまだピンチだ。
416:以下、
ボールをセットした彼は、右足でゴールに向かってくるボールを蹴って来た。
幸いにも高さはこちらの方があるようで、先程はウォッチャーになってしまっていたセンターバックがそれを跳ね返す。
そのボールをヒロさんが拾って前を向くと、すぐに相手選手がプレッシャーをかけてくる。
混戦状態から逃げ出すためにクリアしたボールを相手選手が拾うと、コーナーのままサイドに張っていたイヌイに、アタッキングサードで再びパスが渡る。
ゴール前からポジションを戻していた僕と、再びマッチアップ。
今度は何をしてくる?
不思議だよね、上手い選手が相手チームにいるって自分たちにとっては良いことじゃないのに、でもこんなにワクワクしてしまう。
イヌイを止めることができたら、勝つことができたら、僕はまだまだ上手くなれる気がする。
417:以下、
今度は縦に突っかかってくる。どうにかダッシュで対応しようとすると、足裏で急にボールを止めて急停止をした。それに反応をして体の動きを無理にブレーキをかけた瞬間、イヌイは再びボールを前に運んだ。
プルプッシュというフェイントだ。ぱっと見では華麗な足技でじゃないけど、あのキレで繰り出されたら足止めするのも楽じゃない。
再び振り切られた僕は、つい手を彼に伸ばしてしまった。
強い笛が鳴って、審判が僕に近づいてくる。
強い口調で注意を促されたけど、カードは貰わずに済んだ。危ない、このやられようだとどこかで一枚はもらう羽目になるかもしれないけど、今はまだ前半だ。それにはあまりに早すぎる。
イヌイは立ち上がり、ボールをセットしようとする。
薄く笑っているように見えるのは、僕を手玉に取ったという勝利感からなのだろうか。
くそっ、見てろ。
そんな悔しさもそこそこに、僕はフリーキックの壁に入る。
中央の選手に向かったボールはやはり弾き返すことができて、こぼれ球がヒロさんの前に落ちた。
そのまま前を向き、マーカーが寄せてくるよりも早く、前線に張っていたフォワードに向かって強いグラウンダーのパスを出した。
420:以下、
久しぶりにこちらが攻撃する番だ。
フォワードは相手のセンターバックを背負ったまま、ヒロさんからのパスをキープしてためを作っている。
フリーキックのキッカーになっていたイヌイに追いつかれる前に、全力で前に向かって走る。とにかく枚数を増やさないと、数的不利ではカウンターのカウンターにされてしまう可能性が高い。
全体が押しあがり始めたところで、キープしていたボールはボランチに一旦落とされた。
「来い!」
そのボールを要求するのは僕の仕事だ。
中央から一気に右サイドに展開されたボール、僕はそれをトラップしてそのままサイドをえぐる。
ドリブルを始めると、どうしても普通に走るよりは遅くなってしまって、後ろからイヌイの足音を感じてしまう。
一か八か、僕の選択はアーリークロスだった。
ゴール前にはフォワード1枚と、縦パスを入れてから走っていたヒロさんの二枚。
高さでは五分……いや、うちのチームの方が低い。
一瞬の判断で、高くて緩い弾道ではなく、低くて早いライナー性のクロスを上げた。
後ろからイヌイがスライディングで足を伸ばしてきたけど、それより一足先にボールはゴール前に向かって飛んでいく。
422:以下、
その弾道を見届けた直後、僕はイヌイの足に引っ掛かって転倒する。
しかし、クロス自体はゴール前に飛んで行ったからか、審判がプレイオンを宣告してプレーは続いた。
どうなった?
ボールに合わせる音が聞こえて、倒れたままに慌てて首をそちらへ向ける。ゴール前では、後ろから走り込んできたからかヒロさんがフリーでいて、しかしダイレクトボレーをふかしてしまっていた。
珍しいな、あれくらいフリーだったら枠内には飛ばせる技術があると思うんだけど。
      
審判はゴールキックに移る前にプレーを一度止めて、イヌイに注意をしに来た。
彼はそれに頷きながら、僕の手を引っ張って立たせる。
「大丈夫か?」
「もちろん」
こんなことで怪我なんかしていられない。イヌイとのマッチアップは楽しいし、勝てばもっと楽しくなってくる。こんなところで怪我をするわけにはいかない。
立ちあがって彼の肩を叩いていると、ヒロさんからも確認の声が聞こえてきた。
「カズー! 大丈夫かー!」
それには、僕はサムズアップで返事を帰す。流れのプレーだったし、モロに入ったわけじゃない。
ちょっと大げさだな、なんて思いながら、僕はゴールキックに備えてポジションをとる。
423:以下、
それからも、僕とイヌイのマッチアップは勝ったり負けたりの繰り返しだった。僕は勝負をしかけるタイプではないから、要するに抜かれたり止めたり、ってことだ。
イヌイの個人技は圧倒的だけど、周りの選手が彼のレベルに追い付けていないから、そこに助けられている感はある。本来なら、都道府県リーグレベルの選手ではないんだ。
彼の活躍で、県リーグでは首位を独走、次は地域リーグに昇格しそうな勢いだってミーティングでは聞いたけど、彼はなぜこのチームでサッカーをしているんだろう。もっと上のチームにも入れたはずなのに。
いや、試合中に余計なことを考えるのはやめておこう。とにかく今は、イヌイをどうやって止めるかに集中しないと。
前半も着々と時間が過ぎ、そろそろ前半終了が近づいて来た。
どちらかといえば押してる相手からすると、前半中に一点を奪いたいだろうし、逆にうちは耐えて後半に希望を繋ぎたい。
ここが正念場だ。
相手センターバックがボランチに預けたパスが、そのままイヌイに渡った。
対峙しないと分からない、何かをしそうな選手ってこういうことなのかな。今までにマッチアップしてきた選手の中ではヒロさんしかもっていなかったような、華やオーラみたいな何かを、彼には感じてしまう。
きっと、僕には持つことができないものだ。
それでも、だからと言って諦めるわけにはいかない。
424:以下、
半身の姿勢になって彼の仕掛けに備える。
さぁ、来い。
右の足裏でボールを転がすように前に進め、そのまま左足のインサイドでカットインを狙ってくる動きを見せてきた。
そうはさせないと中央への切りこみを防ごうと動くと、彼の左足はボールに触ることなくまたいでいき、そのまま更に縦に進まれた。
シンプルなインサイドシザースではあるけど、何度も何度も練習したのか、天性のものなのかその動きにつられてしまった。
そのまま独走されそうになって、つい右手が彼の背中を掴みそうになる。
縋るように伸ばしても、それは届かぬところまで進んで閉まっていた。
まずい、この時間に失点だけは避けないといけない。リードされて前半が終わると、うちのチームには絶望感が、相手チームには楽観的な感情がわいてくるに違いない。
後ろから全力で追いかけつつ、ゴール前の枚数は足りているのを確認する。
技術で負ける僕ができるのは、頭をつかってその分をカバーすること、考えてプレーすることだ。
クロスなら対応できる。問題はシュート。でも、それにはこのままでは角度が無さすぎる。
必ずどこかで中に向かってくるはずだ。そこで追いつく。
425:以下、
僕の読みとは裏腹に、彼はほとんど中に向かうことなくサイドを縦に切り裂いていく。
読まれている?
だとしても、少しくらい中に向かった方がフェイントの幅も広がるし、クロスだって質が高くなるはずだ。
ドリブルの彼よりは純粋に走っているだけの僕の方が早くて、徐々に彼の背中が近づいて来た。
よし、ここで体を当てる。
その決心で体を当てようとした瞬間、彼はボールを右足のアウトサイドに引っかけて止めた。そのブレーキに、タックルを仕掛けていた僕の体は反応できずに勢い余って倒れそうになってしまう。
そんな僕をあざ笑うかのように、彼は僕の背中を抜けて中央へカットインしていく。もうペナルティエリアの中で、彼から見てゴール前左ななめ45度。巻いてシュートを打つには絶好の角度だ。
視線をゴールに向けてシュートモーションに入った。センターバックが慌てて寄せに行ったところで、彼は冷静にアウトサイドでゴール前のディフェンダーに優しくパスを出した。
そのボールがぴったりとフォワードに渡り、足が振り抜かれそうになった瞬間、そのボールはクリアされ、前半終了を告げるホイッスルが二度鳴らされた。
スライディングで足を伸ばしたのは、他でもないうちのチームの10番、ヒロさんだった。
427:以下、
「チェッ、ちょっと弱かったか」
イヌイは反省の独り言を漏らすと、僕に近づいて来た。
「お前、やるね」
そう言って肩をぽんぽんと叩くと、彼は自分のベンチに向かって歩いていった。
やるね、だって? こんなにボコボコに崩されて、攻撃のパターンもほとんど作れていなかったというのに?
試合はともかく、少なくとも前半の『勝負』においては、僕は彼に完敗だった。いや、元の実力差を考えたら当然のことかもしれないんだけど。
落ち込んでいるというよりは、能力差を見せつけられて落ち込んだというべきなのかな。あれだけ上手くても、彼はプロにはなれなかったのだろうか。
少し肩を落として俯き気味に歩いていると、ヒロさんに急かされた。小走りで追いついて、並んでベンチに向かう。
「前半を無失点でいけたのは大きい、良い働きだったよ」
励ましなのか慰めなのか、ヒロさんは僕にそう言ってくれる。
「いや、全然……形は作れなかったし、崩されまくってたし……」
429:以下、
「あのな」
ヒロさんは、強い口調で僕に言い聞かせる。
「イヌイを抑えるっていうのは簡単なことじゃないんだよ。で、どんな形であれお前は前半は無失点に抑えた。それで良いの」
分かったか、と確認するような目つきで僕を見てくるから、分かりましたと答える代わりに頷いた。
本当は、釈然としないんだけどさ。でも、たしかにこれは僕とイヌイの勝負じゃない。僕たちと、イヌイたちの試合なんだ。個人のマッチアップで負けても、チームを勝たせないと意味が無い。
ベンチに戻ると、自分で給水ボトルを拾いに行く。
今まではミユが渡してくれていたけど、彼女は相変わらずうちのチームに顔を出さない。練習だけでなく、試合にまで来ないって言うのはちょっと予想外だった。
ヒロさんとの関係は回復しても、ミユとはその機会もないままだった。何て話して良いかも分からなくて、連絡すらできていない。
チームメイトなんだから、一緒に戦いたかったって言うのは、本心。
気まずいから、来てなくて良かったというのも、本心。
「おい、カズ、聞いてるか?」
そんな声で、頭がミーティングへ戻される。
「えっ」
「バカ、集中しとけ。イヌイとのマッチアップで疲れてるのも分かるけど……後半、お前がキーマンだぞ」
430:以下、
後半の作戦はこうだ。
イヌイは個人技でガンガン仕掛けてきて、相手チーム全体が彼に信頼感を置いている。当然だ、彼のレベルは明らかに傑出している。
そして、そこに隙がある。
イヌイは攻撃に特化した選手だから、守備に限ってはこのピッチ上で標準程度のレベルでしかない。
ただ攻撃は最大の防御という言葉通り、彼が守勢に回ることは滅多にない。イヌイが勝負を仕掛けると、シュートなりラインを割るなり、何らかの形でプレーが止まり、守備の形を作られてしまうからだ。
しかし、流れの中では彼が仕掛けてきた時にできる、裏の広大なスペースはカバーされることなくぽっかり空いていることが多い。本来カバーに入るべき選手が、イヌイのサポートをしやすいポジションに入ることが多いからだ。
つまり、そのスペースをつくことができれば、必ずチャンスが出来る。
そのために重要なのは、イヌイにやりきらせないこと。流れでボールを奪いきってしまうことだ。
「要するに……」
「まぁ、簡単な話、お前がイヌイに勝てってことだよ。マッチアップで」
431:以下、
「いやいや……あんなにボコボコにされてたのに……」
実際、攻撃する余裕なんて全くないほど、赤子の手をひねるより簡単に僕は手玉に取られていた。
それなのに、彼を止めてカウンターを狙え? 無茶だ、できるとは思えない。
冷静にそんなネガティブなことを考えているのに、ワクワクしてしまっている自分もそこにはいた。
彼からボールを奪えたら、カウンターを決めることができたら。それはどんなに気持ちが良いことだろうか。どんなに爽快なことだろうか。
「とにかく、チームとしての後半の攻撃プランは右サイドのカウンター。で、カズの負担が大きくなるから、そこのカバーとフォローは忘れずに」
オッケー? とヒロさんが全体に確認をして、それぞれが返事をする。
「最近、ヒロのほうが俺より監督っぽいよな」
そんな愚痴を、ヤマさんはこぼしていたけれど。
432:以下、
ハーフタイム終了を告げる笛が鳴らされて、僕たちはピッチに戻っていく。
イヌイと視線がぶつかると、彼は僕に笑って見せた。
『後半はお前を抜いてゴールを貰う』
そんなメッセージが込められている気がした。
僕も、やれるもんならやってみなという気持ちを込めて笑い返しておく。自信はないけど、実力で負けているのに気持ちでも負けるわけにはいかない。
視線が外れて、笑顔を止めてはっと気付いた。
数年前のブラジル代表のエースは、プレー中でも笑顔を絶やさなかった。サッカーを純粋に楽しんでいるから、漏れてしまうらしい。
前半の僕はどうだ?
守備に忙殺されて息があがってしまっていたとはいえ、楽しめていたのだろうか。笑えていたのだろうか。
イヌイみたいに凄いプレイヤーとマッチアップできる、この試合。もっと楽しもう。そうしないと、ここまで来た甲斐がない。
さっきの意識的な笑みではなく、今度は心の底から湧いてくる感情で口角が上がって来た。
「よっし、一本いこうぜ!」
一人で笑うのはちょっと恥ずかしいから、それを誤魔化すようにチームに喝を入れた。後半、僕はイヌイに勝ってみせる。勝負でも、試合でも。
434:以下、
相手は前半通り、イヌイを起点にゲームを作ってきた。
後手の対応と言われたらそれまでだけど、前半以上にうちのチームも右サイドを固めてそれを迎え撃つ。
イヌイにボールが渡ると、まずディレイさせて人数を増やす。僕が抜かれてもカバーに入った選手が彼を再び足止めして、逃げのパスを流させる。
そのボールをカットできたらチャンスになるんだろうけど、安全なバックパスが多かったり、フォローするポジションが的確なせいだったりで、なかなか上手く攻撃に結び付けられない。
イヌイのドリブルがゴールラインを割って得たボールで、自陣後方からのビルドアップを始める。僕も右サイドいっぱいに張ってポジションを取って、そのボールを受ける準備を始めた。
センターバックが僕に出した緩いパス。それを狙われていた。
少しルーズに僕を見ていたイヌイが、全力でボールに向かって走り始めた。パススピードがくないうえに、ルーズに見られているという油断から、それを一気にインターセプトされてしまう。
僕とセンターバックの間で奪った勢いそのままに、イヌイは縦に向かって突き進んでいく。
447:以下、
スピードに乗ってパスカットをした彼と、ボールを待っていた僕。
さの差は歴然で、僕より後方にいたパスを出してきたセンターバックでさえ、フォローに間に合いそうもない。
少しずつ、中央に向かって角度をつけながらイヌイはボールを運ぶ。
逆サイドのセンターバックもカバーに入っているけど、枚数が足りていない。足りない枚数を埋めに僕もダッシュはしているけど、ポジション取りを高くしていたせいでどうしても間に合いそうにない。
ペナルティエリアに侵入されたあたりで、キーパーが我慢できずに前へ飛び出した。イヌイのシュートコースはかなり限定されたけど、当然ゴールはガラ空きになっている。
前半とは違い、今度はキックモーションを入れるまでもなく、彼はフォワードにパスを出した。
カバーに入っているセンターバックが体を寄せて守ろうとしたけど、無人のゴールに向けてボールを流し込むだけの、簡単な仕事だ。
相手フォワードはそれを完遂してみせた。
誰にも邪魔をされることはなく、そのボールはゴール内側の白線を越えた。
449:以下、
試合が再開すると、一層激しさは増してきた。
イヌイサイド偏重の攻撃を繰り広げてくる彼らに対抗するように、うちのチームも僕にボールを預ける。
一緒にプレーをしてわかったイヌイのすごいところはプレー自体に限らない。仲間に絶大な信頼を受けているところだ。
イヌイなら組み立てられる、イヌイならマークが厳しくてもどうにかしてくれる。そんな信頼関係がなければ、これほど彼にボールは集まらない。
僕はというと、失点もしたし、得点に繋げられてもいない。信用してくれという方が難しいはずだ。
それなのに、皆は僕にボールを預けてくれる。任せてくれる。
その信用に応えたくて、僕は自分に出来るプレーを最大限に活かせるように頭を回転させる。ベストな選択、ミスのない、迷惑をかけないプレー。それこそが最善だと、僕に求められるものだと信じて。
450:以下、
ゴールを決めた選手とイヌイが抱き合いながらゴールを喜ぶ。それを横目に、僕は両手を叩いて仲間を鼓舞する。
「切り替え! 次とるぞ、次!」
その言葉は、自分に言い聞かせるためでもある。ここ最近、先制点を取られる試合が多すぎる気がする。予選初戦、決勝、今日。重要な試合で立ち上がりが悪いのはうちのチームの課題でもある。
審判に促されて、イヌイたちは自陣に戻っていく。一瞬、彼と目があった。イヌイは不適な笑みを浮かべて、僕に一本指を立てて見せた。
『まずは一点、お前から奪った』
そんな、挑発じみたサインだろうか。悔しいことに、失点は僕のサイドからだし、何も言い返せやしないんだけど。
※投下順を間違えました、すみません。
先程の投稿より、こちらを先に投下予定でした。
451:以下、
残り時間が15分ほどになったところで、イヌイがボールを持った。
ドリブルを始めた彼に、予選よりは多く入った観客が歓声をあげる。イヌイが何かをしてくれそうな期待を、観客が抱いている。
彼がヒールリフトを仕掛けてきた。僕はどうにかボールを頭にかすらせて、タッチラインの外に追いやった。観客は溜め息を漏らす。
くそっ、雰囲気までイヌイに持っていかれてる。これが華のあるイヌイと、僕程度の選手の差なんだろうか。
色んなものに押し潰されそうになる。マッチアップする相手とのレベル差に、僕に任せられた仕事の重さに。
それでも、それでも。
452:以下、
「カズヤー! ナイスカット!」
そんな声が、スタンドから聞こえてしまった。今までは、聞こえなかったのに。声色だけで、誰か分かってしまう。
「カズ、いいぞ! 次だ、次!」
「これ凌いでカウンターいくぞ!」
ピッチの上からも、声が聞こえてくる。
これだけもて遊ばれると、自分では僕がイヌイに勝てるなんて思えない。期待もできない。
それでも、応援してくれてる人がいる。信じてパスを出してくれる仲間がいる。
応援してくれる人、信じてくれる仲間がいるから、諦めることができない。そんなかっこいいことは、僕には言えない。
ただ僕は、信用されたい。認められたい。
イヌイみたいに、プレーでチームを引っ張れる存在に。ヒロさんみたいに、うちのチームの中心に。
華やかな彼らのようにはなれないと言い聞かせてはある。それでも結局は、その望を捨て去ることなんて出来ていない。
453:以下、
どんな形でも良いから、僕は僕で認められたいと強く願う。
泥臭くても、みっともなくても、下手くそでも。イヌイみたいに、僕はなりたい。
でも、そのためにはどうすれば良いんだろう。華麗な足技を持つことが、彼みたいになれるということなのだろうか。それとも、ヒロさんみたいにリーダーシップを伴った存在感を持てば良いのか。
残り時間も短く、徐々に焦りが出てきている。くそっ、こんなところで負けるわけにはいかないのに。
恨めしい、惜しい、悲しい、焦り、そんな感情が顔に出ていたのか、マッチアップをしているイヌイに声をかけられる。
「アンタさぁ、勿体ないよね」
そんな、どういうことなのかも掴めない言葉。
意味がわからないという目で彼を見つめ返すと、言葉を続けた。
「せっかく上手いのにさ、無難なプレーばかりだし。それに、今もそんな顔してる」
「そんな顔って?」
オウム返しのように問い返すと、それには答えず彼は言った。
「もっとやりたいようにやってみろよ。せっかく楽しい試合をしてるんだぜ?」
456:以下、
「楽しい、試合」
一言、僕は呟いた。
後半が始まる頃の胸の高鳴りを、僕は忘れてしまっていたのだろうか。
試合を任された重さに、押し潰されそうになっていた。イヌイにやられ続けて、勝てないとも思った。それでも僕を信じてくれる仲間の信用を失いたくなくて。
そんなことをごちゃごちゃと考えるのが、僕のやりたいサッカーだったんだろうか。
サッカーを始めた頃は、ただただ楽しくて仕方がなかった。失敗してもボールを蹴ることが楽しくて、上手くいくともっと気持ちが良い。
その気持ちを、今の僕はなくしているんじゃないのか。
サッカーは、自分の存在意義を認めさせる道具じゃない。自分の価値を見いだすためのものじゃない。もしそうだったとしても、一番根底にあるべきものはそれじゃない。
僕は、サッカーが好きだ。
ハッと目が覚めた気がした。彼に目を合わせると、彼は満足げに頷いた。
「さぁ、もっと楽しもうぜ」
そんな一言を、言い残して。
457:以下、
「カズ!」
オーバーラップを仕掛けた僕に、ヒロさんがボールを供給する。前にボールを運ぶと、相手ディフェンダーが目の前に立ちふさがった。
……ここで、いつも逃げてたんだな。
今まで通り、フォローに入ったボランチにパスを出す。そんな単純なパスフェイント。
それでも、今までパス一辺倒だった僕のそれは、効果が絶大だ。
完全にそちらへ重心が傾いていたディフェンダーを置き去りにして、相手陣地を抉っていく。
そのままクロスをあげようとしたところで、ヒロさんがやや後方から走り込んできているのが目に入った。
強いゴロでマイナス方向にパスを出し、ヒロさんの足下にそれが届いた。
ワントラップを入れて、シュートを放とうとする。
その瞬間、スライディングにいく相手選手の脚が、後ろからヒロさんの軸足ふくらはぎに入った。
458:以下、
強い笛が鳴って、レフェリーがその選手にレッドカードを提示した。
「おいっ、お前! わざと削りやがったな!」
「うっせぇ! レッド貰ってんだからお互い様だろ!」
「割にあわねぇんだよ!」
相手と仲間がもみくちゃになって争っている中、ヒロさんは踞ったまま立ち上がれない。
「ヒロさん!」
声をかけながら近づいても、ヒロさんは反応がない。
「大丈夫ですか?」
審判が担架をピッチ内に呼び寄せても、ヒロさんに反応がない。
削られたとはいえ、そこまでの痛むほどの強い接触では無かったと思う。それでも、ヒロさんは立ち上がれない。
左足を押さえたまま、彼は声も漏らさない。
何度か、首を左右にふった。
「無理そう、ですか?」
その問い掛けにも、彼は、左右に首を振った。何にせよ、一旦は外に出ないと試合が再開できない。
459:以下、
担架に乗るように審判に指示されると、ヒロさんはそれを拒否して自分で立ち上がった。
その頃には争いも一段落していて、スライディングを仕掛けた相手はピッチを退こうとしている。
ピッチの外に向かう前、ヒロさんは僕を呼び寄せた。小走りに彼に向かうと、一言だけ僕に告げた。
「悪い、昔を思い出しただけだ。すぐに戻る」
そのまま、ヒロさんは歩き始めた。
昔……あぁ、そうか。そうだった。
ヒロさんのかつての悩みに繋がっていた、プロ時代の怪我。
それは確か、後ろから受けたスライディングが原因だったと、彼は言っていた。
だからか。僕は一人で納得する。
前半、イヌイからスライディングを受けたときにオーバー気味に心配していたのは、自身に置き換えていたのかもしれない。
何にせよ、これはチャンスだ。残り時間が少ないとはいえ、数的有利に立った。しかも、相手ゴール前でフリーキック。
460:以下、
いつもは、セットプレーのキッカーはヒロさんの仕事だ。でも彼は、今はいない。
「俺、蹴ります」
無意識に、その言葉が出てきた。
周りにいたチームメイトは驚いた目で僕を見る。当然だよね、今までなら絶対に自分からそんなことは言わなかったから。
「いけるか?」
「大丈夫か?」
問いかけに、僕は頷いて答える。心配はされても、誰も否定はしないでくれた。
各々がポジションに散っていき、僕はボールをセットする。
サッカーを始めたのは、あるサッカー選手に憧れたからだった。
親が見ていた、日本代表の試合。背番号10の左足から繰り出されるフリーキックは、サッカーのことなんて何も知らない僕にさえ、感動を覚えさせた。
それから彼に憧れて、何度も何度もボールを蹴った。今のチームではヒロさんがいるから、フリーキックを蹴る機会なんて無かったけど。それでも、一人で自主練習は続けてきた。
あの頃の気持ちを思い出せ。彼みたいになりたいと、日が暮れてもボールを蹴るのが楽しくて仕方がなかった、あの頃を。
461:以下、
狙うのは、ゴール左上。
相手キーパーとの駆引きは、特にしない。コースを読まれていても、必ず決まるコースに蹴ってやる。
助走を始めても、その自信は無くならない。左足で踏み込んで、右足のインフロントで擦るようにボールを叩いた。
キーパーの動きも、ボールの動きもスローに見える。こぼれ球を狙う選手は、ゴール前に雪崩れていく。
そうだ、そのコースだ。キーパーの動きは適切だった。それでも、止められはしないという確信がある。
僕の右足に打たれたボールは放物線を描いて、キーパーの指先から数センチ先を通りすぎた。
一瞬の静寂が、ネットを揺らす音を伝えてくれた。その次に聞こえたのは、歓声とホイッスル。
465:以下、
左足の痛みは大したことは無かった。ただ、メンタルには強いダメージ。
後ろからスライディングを受けた俺は、立ち上がることもできないままに足を押さえる。
カズが名前を呼びながら近づいて来たのは分かったけど、それに返すこともできない。
大したことはない、はずなのに。どうしても立ち上がってすぐにプレー再開へ向かうことはできなかった。
残り時間わずかで、セットプレーのチャンス。それも、俺の得意な位置だ。それなのに、今すぐそのボールを蹴れるようなメンタルではない。
いくつかの問い掛けに首を振って答えると、落ち込んだ気持ちを震い立たせて、どうにか立ち上がってピッチの外に出ることにした。
足は……うん、大丈夫だ。
カズを呼び寄せて、一言伝える。心の機微に敏感なやつだ、あれできっと分かってくれるだろう。
ピッチの外に座って冷却スプレーを当てながら、プレーが再開されるのを見守る。
キッカーは……カズか。実力的には妥当、だけど意外でもある。
勝負がかかった場面、あいつは逃げがちだったから。普段のプレーもそうだし、こういう場面でもそうだ。プレッシャーがかかる場面で、あいつは無難で妥当、みんなと同じ。そんな選択が多かった。自信がないとか、遠慮してるとか、性格的なものもあったんだとは思う。
近くにいない俺には、その選択がカズ自身のものなのか、それとも任されたものなのかは分からない。
それでも、あいつはそこに立つことを選んだ。逃げ出さないことを、選んだんだ。
このフリーキックの結果を問わず、それは成長であると、俺は信じている。だから今は、成長したカズを信じる。
あいつの蹴るフリーキックは、きっと決まる。
466:以下、
カズが助走に入った時点で、ボールの軌道の予想はついた。
小細工は入れずに、俺のその予想のままにボールが放たれる。
文句のつけようもなかった。プロでも触れそうにない、完璧なコースに完璧な度でそれは向かった。
「やりやがったな!」
「すげぇ、すげぇよ!」
そんな声に追われながら、カズはピッチの外にいる俺の元に向かってくる。
「カズ!」
「ヒロさん!」
そのまま俺に飛び付いてきて、返すように強く抱き締める。そして、遅れてきたやつらも集まると、みんなでカズをもみくちゃにする。
でっかくなったな、と父親のような気持ちにすらなってしまった。
俺がこのチームに入ったときは、ちょっと上手いだけのガキだったのに。今となっては、みんながこいつに信用をおいている。昔のブラジル代表じゃないけど、『戦術はカズだ』って言いたくなるほど、こいつはうちの真ん中にいる。
本人にその自覚はなかっただろうけど、さっきのフリーキックでそれは一段と強くなった。
審判に促され、ポジションに戻るあいつらと一緒に、俺も許可をもらって再びピッチに入った。
「さっきのフリーキック、カズが蹴るって誰が決めたんだよ」
ジョギングで戻りながら、隣を走るカズに問いかけてみた。
照れ臭そうに笑って、「僕が蹴りたいって言いました」と答えるこいつは、これからきっともっと上手くなる。
でも、それを口に出すのは同じサッカー選手として少し悔しさもあって、言葉の代わりにあいつの背中を強く叩いてやった。
俺も、変わらないとな。
467:以下、
残りわずかな後半はあっという間に終了を迎えた。
うちのチームにとって、予選を含めて延長戦は初めてだ。体力面に不安が残るけど、カズはむしろ後半から動きがキレてきた。この調子なら、初めての延長でも、むしろうちが有利かもしれない。
延長が始まる前に、俺はカズに話しかけた。
「カズさ、何でフリーキック蹴ろうと思ったの? いや、すげぇ良いボールだったよ。でも、そういう主張するの、珍しいじゃん」
その問い掛けに、カズはこんな答えをくれた。
「イヌイに言われたんです。楽しめって。試合は楽しいのに、サッカーって楽しいのに、そんなプレーばかりで楽しいのかって」
イヌイ……あの、カズのマッチアップの相手か。
「俺、サッカー好きです。楽しいし、上手くなりたい。でも、ミスが怖いからチャレンジもできてなくて。イヌイにそれを言われて、サッカーを始めた頃のことを思い出して」
「始めた頃って?」
「その頃って失敗してもボールを蹴るのって楽しかったな、って。上手くいく方がもちろん楽しいけど、失敗しても楽しい。だから、失敗を怖がらずにボールを蹴れたんだって。それを思い出したら、今の僕って本当に楽しめてるのかなって思って……」
「だから、失敗を恐れずにフリーキックを蹴れた?」
その言葉に、カズは頷いた。
「はい。だって、ミスするかもしれないから、成功したら嬉しいんだなって気づいたんです。だから今、めちゃくちゃ嬉しいです!」
「今さらかよ!」
そんな突っ込みが、横のヤマさんから入った。「あの時はびびったぜ、急に俺って一人称になるしさ」「かっこつけやがって!」そんな茶化しを入れられながら、カズは赤面して話をまとめようとする。
「とにかく! 延長はもっと仕掛けていくんで、フォローお願いします!」
468:以下、
サッカーの楽しさ、か。
延長前半が始まったピッチ上で、ポジションを取りながら俺は考えていた。
楽しいとは、いつも思う。好きだなってことも自覚している。ただ、その本質が何なのか、俺は言葉には出来ない。
カズの言っていることもサッカーの本質の一部ではあり、そして全体でもあると思う。
上手くいかなくても楽しいし、上手くいくともっと楽しい。
サッカーに対する感情は、とてもシンプルだ。
今までの俺は、余計なことばかり考えていたのかもしれない。
シンヤに対する嫉妬。カズに対する希望。怪我に対する恐怖。
それら全てを、サッカーに結びつけて考えていた。サッカーをする上で、それは切り離すことが出来ないことだと思っていた。だから、プレーしながら考えてしまう。
「ヒロさん!」
俺の名前を呼んでパスを求める、弟みたいな後輩に教えられた。
「カズ!」
答えて、あいつの求めるパスを出してやった。何とも嬉しそうに、そのパスをトラップしている。
楽しいから、俺はサッカーをする。楽しいから、上手くなりたい。
「カズ、中!」
楽しいからこそ、俺は勝ちたい。もっとこいつらと上にいきたい。
476:以下、
サッカーの醍醐味はドリブルで相手を抜き去ること。
そう信じて疑っていなかった。それは今も変わっていない。
子供のころはひたすら上手くなりたい一心で、周りの誰よりもボールを蹴り続けた。そして、周りの誰よりも上手くなった。 
無名の公立中学で県ベスト4まで勝ち進んだところで、スカウトされたんだ。それがきっかけで、俺の環境は一変した。
専用のグラウンドがあって、サッカー部ってだけで注目をされる、応援もされる。中学までとは大違いの環境だ。
そんな学校でも、俺は一年の頃から試合に出ることが出来た。何となくだけど、プロになるのかなって気もしていた。
大きな勘違いだった。
一年の冬に出た全国高校選手権、一回戦で俺達は大敗を喫して、そこで気づいた。
俺みたいな選手は全国に大勢いる。ちょっと強いチームで、ちょっと上手い選手。俺なんて、そんな程度の評価だ。
そりゃそうだ。一年前まで無名中学にいた俺が、そんなに簡単に全国トップレベルまで駆け上れるほど、サッカーは甘くない。
それでも、諦められなかった。理由なんて無い。俺はサッカーが好きだ。それだけで、負けたくない理由、下手だと認めたくない理由には十分だろう。
昔みたいに誰よりもボールを蹴った。誰よりも上手くなろうともがいた。
足技に磨きをかけて、得意なフェイントが出来て、今までよりもっと色んな方法でディフェンダーをかわせるようになった。
その結果が、最後の冬の全国四強だ。途中では、一年の冬に負けた相手にも勝つことが出来た。成長していることを実感できたし、いよいよ俺もプロの道が見えてきたと思った。
けれども、現実っていうのは甘くない。
477:以下、
『軽いプレーが多すぎる』
『ドリブルに偏重しすぎていて、怖さが無い』
こんな評価が積み重なって、俺を獲得しようとするチームは現れなかった。
有名大学からの推薦の話があったのは素直に嬉しかったけれど、そんな評価をされてしまった俺はどこを目指せば良いのだろうか。
だって、軽いと評されてしまったプレーは、俺にとってサッカーの醍醐味だ。楽しい事を我慢しなければいけないものなんだろうか、サッカーって。
そんな哲学的な悩みを抱えながらも、俺はプレースタイルを変えなかった。
俺は好きなサッカーをしたい。好きなプレーで、サッカーを楽しみたい。
けれども、大学でもその評価は変わらなかった。チームでは主力。ユニバ代表にも選ばれた。でも、プロクラブからは扱いが難しいという理由で敬遠される。
プロにはなれないと漠然と気づき始めた時に、進路についてどうすべきか考え始めた。
478:以下、
サッカーをやめることは、きっとできない。
でもプロになることもできない。俺は何でサッカーを始めたんだったっけ。
そんな堂々巡りの思考を繰り返すうちに、一つの結論が導き出せた。
高校に入って以降、俺はサッカーでプロを目指すこと、上に昇り詰めていくことばかりを気にしていたんじゃないかなって。
プレースタイルを変えないで、周りに認めさせてやる。
気づかぬうちにそんな意地が出来てしまっていたんじゃないかと、その時に初めて気がついた。
上手くなりたいのはサッカーを楽しむためじゃなくて、周りを認めさせるために変わっていたんだ。
そこで、俺は中学時代までの仲間とサッカーをする道を選んだ。こいつらとサッカーをしていた頃が、一番純粋にサッカーを楽しめていた。そんな気がした。
大学の名前のおかげか、Uターン就職もあまり困らずにできたのは幸いだったね。 
地元の社会人チームに声をかけて集まって、リーグ戦を戦って。昔取った杵柄ってやつかな、気がついたら、天皇杯本戦に出場が決まっていた。
社会人チームも高校もそれほど強いところがない県だったっていうのもあるんだろうけどね。
元々楽しみたくて帰って来たはずなんだけど、勝ってしまうといけるところまでいってやりたいと思うのがサッカー選手ってやつだ。
どうせならプロクラブに勝って、俺を取らなかったことを後悔させてやる。
逆恨みみたいな感情だけど、ドロドロした気持ちでもない。ただ、俺は自分のプレーを、評価してくれなかった人たちに見せてやりたかっただけだ。
ただ、俺以上にその感情を抱いていたのはチームメイトだった。
479:以下、
予選の準決勝くらいからかな。ラフプレーだったり、プロフェッショナルファールだったりがちらほら見え始めた。
昔からずっと、俺のことを認めてくれてる。プロのスカウトに、今の俺を見せる機会を与えようとしてくれている。
これを自分で言うのはかなり恥ずかしいんだけど。でもたぶん、俺ってこいつらにとっての希望でもあったんだと思う。
このチームの中で言えば、客観的に見て俺の実力はずば抜けて高いところにいる。実績も、能力も。
だから、俺を陽のあたるところまで連れて行ってやるって気持ちを持ってくれていたんだと思うんだ。
でも、それは間違った方向で現れ始めてしまった。そしてそれを止めることも、俺にはできない。
だってこいつらがラフプレーをしてしまっているのは、俺のためでもある。それを止めることなんて、俺にはできない。
488:以下、
俺は、正しい道を歩けているのだろうか。
楽しいサッカー、自分がしたいサッカーをするために俺はこのチームに入った。それなのに、仲間は勝つために楽しさを犠牲にしているんじゃないのか。
漠然とそんな不安が脳裏を過るけど、そんな自問の答は出るはずもない。
『つまらないサッカーだけど試合には強い』と評されるチームと、『面白いサッカーをするけど弱い』チーム。どちらが正しいかなんて、それを考える人の主観によるものだ。
 
勝つことに重点を置く人なら前者が魅力的に映るだろうし、そうでなければ後者になる。
もちろん両立できるのが最高なんだろうけれど、それができるチームなんて世界中を探してもほとんど存在していない。ヨーロッパのトップリーグの、更に選ばれたチームくらいのものだろう。
俺だってサッカー選手なんだから、試合には勝ちたい。でも、だからと言って楽しさを捨てるのであれば、このチームに来た意味が無くなってしまう。
やりたいサッカーと、勝つために必要なこと。その取捨選択ができないままに、本戦まで勝ち進んでしまった。
489:以下、
俺のマッチアップの相手は、実力としては相手にとって不足無し、といった感じだ。
予選決勝のビデオを一度見てはいたんだけど、仮にもユニバ代表やってきた俺からしてみると、ずば抜けて上手いわけじゃない。ただ、たまに魅せるプレーをするタイプだ。
ポジション的にはこういう呼び方をするのは相応しくないのかもしれないけれど、ファンタジスタって感じ。
ただ、そのプレー以外には怖さが全くない。なぜか分からないけど、仕掛ける姿勢がほとんど無いのがその原因だろう。サイドバックってことを考慮しても、あまりに攻撃参加する頻度が低すぎる。
ディフェンスは普通に上手いし、技術だって無いわけじゃない。ただ、怖くない選手であれば、ボールをロストしてもそこまで危険なことにはならない。そういう意味では、やりやすい相手かもしれない。
前半から、俺はいつも通り自分で仕掛けるプレーを中心に選択をしていく。
気持ちよく相手を抜けると、快感だ。相手が上手ければ上手いほどその気持ちよさは強くなる。
494:以下、
今までにこいつより上手いやつとは何人もマッチアぬプをしてきた。
それでも、こいつからはそいつらから感じなかった何かを感じる。
それが何か、言葉にするのは難しいんだけれど。華があるとか、チームのエースとか、そんなんじゃない。もっと抽象的で、でもきっと凄く大切な何か。
だからかな、こいつを抜いた時の快感は今までにないくらい気持ちいい。
俺がノってプレーできているとか、天皇杯本戦という高揚感を抜きにしても、今日の試合は楽しい。気持ちいい。
こいつも楽しんでるのかな。そう思って、つい顔色を窺っちゃったよ。活き活きした顔で、俺を見返してきてやがる。
本当に、楽しそうにサッカーをするやつだな。でも、それこそが一番大切なことだよ、なぁ。
俺たちは好きでサッカーをやってるんだ。楽しまなきゃ嘘だって。
499:以下、
天皇杯本戦という緊張感からか、スコアはなかなか動かない。試合自体はうちのペースになってるんだけど、最後のところで決めきれない。
良い位置で貰ったフリーキックも、相手センターバックに跳ね返されてしまった。そしてそのボールは、相手のエース、10番の選手に拾われた。
……やばいっ。
守備が得意じゃない俺でも、あの10番が相手チームでキープレーヤーの一人なのは理解している。今まではうちのマーカーの頑張りで自由にさせていなかったけど、今回はそうもいかなさそうだ。
自陣に向かって走り始めたところで、俺のマーカーだったサイドバックを確認……もうあんなところにいるのか!
気がつけば、あいつはもうハーフウェーライン手前まで既に辿り着いている。単に切替が早いのか、それともチームメイトがパスをくれると信じているからなのか。
何にせよ、俺も戻らないと枚数が足りない。パスを受けたあいつを全力で追いかけるけど、間に合わない。アーリークロスをあげようとした瞬間、スライディングで足を伸ばす。
ボールにギリギリ間に合わなかった俺の足は、振り抜かれた相手の足を掠めていく。
悪い、怪我はしないでくれよ。久しぶりに楽しいマッチアップなんだ。こんなことで途切れさせたら、色んな意味でモヤモヤしてしまう。
500:以下、
倒れていたから見えはしなかったけど、シュートはゴールを外れたみたいだ。
審判からの注意をハイハイと聞き流しつつ、倒してしまった選手も怪我はなかったのが分かって安心した。
相手のエースの心配する声が聞こえてくる。そっか、カズっていうんだね、こいつ。
その後も、スコアは動かないまま時間が進んでいく。前半のうちに一点は欲しい。これだけ攻勢に出ていてノーゴールなのは、後半の士気に関わってくる。
恐らく前半のラストプレー。ボランチからパスを受けた俺は、カズと向かい合う。
さあ、いくぜ。
フットサルよろしく、足裏でボールを運んで仕掛けるタイミングを計る。軽くカットインを仕掛ける仕草を見せて、重心移動の瞬間……ここだ!
イメージ通り、俺のフェイントに引っ掛かってくれた。そのまま勢いをもって相手陣地を切り裂いていく。
501:以下、
後ろから追いかけてくる気配を感じる。綺麗に抜き去ったとはいえ、このままカットインを狙うと追い付かれるかもしれない。
敢えてそのまま縦に縦にと切り込んでいく。そして、カズの体が俺に並んだ瞬間、ボールをアウトサイドで引っかけて急ブレーキ。
ここまで全力で追いかけてきたところで、この切り返しには耐えられないだろう。予想通り、もう一度綺麗に抜き去った。しかもそれは、ゴール近くの絶好の位置。
今度こそ、そのままカットインしてゴールを見据える。相手センターバックがつられてコースを消しに来る。そこだっ!
元々そいつがいたところが、ぽっかりとスペースになっていた。そこに走り込むフォワードに、寸分の狂いも無いようにインサイドで優しくパスを出す。
キーパーが飛び出してシュートコースを消そうとする。でも、ペナルティエリアど真ん中では限定すると言ってもたかが知れてる。もらった!
俺のパスを受けたフォワードが慎重にワントラップをして、シュートを打つ……瞬間。ボールは、ゴールとは逆側から伸ばされた足にクリアされた。
まさか。そこはスペースになってたはずなのに。
前半終了を告げる笛と共に見えたのは、相手の10番だった。こいつ、危機察知して戻ってきたのか? ボランチより先に、トップ下が?
ナイスカバーとしか言いようがない。これでダメなら、点が取れるまで攻め続けるまでだ。
こいつらからゴールを奪えたら、どんなに気持ちが良いだろうか。
「お前、やるね」
そんな言葉がつい漏れちゃったよ。ふざけてるわけじゃないんだけどね。
503:以下、
なかなかゴールが奪えないけれど、試合はうちのペースで進められている。ハーフタイムのベンチの空気も悪くない。
「あとは決めるだけなんだよなぁ」
「一点は決めときたかったわ」
「やっぱりオオタは凄いわ、最後のカバーとか」
そんな雑談を挟みながら、後半の戦術を話し合う。
相手のストロングポイントとうちのストロングポイントが、偶然にも被っている。
自分で言っちゃうけど、俺とカズのことだ。となれば、ここは引いてはいけない。
「前半通りだ。イヌイのサイドを起点にして、相手を折る」
いけるな? と、確認するように監督が俺の顔を確認してきた。
自信を込めて頷くと、おおっと盛り上がる。
「良いか、あとはゴールだけだ! さっさと一点取って、勝ちにいくぞ!」
その声に応えて、俺たちは前半通りのメンバーでピッチに向かって行く。
ふと、カズを探してしまった。後半こそ、お前を完全に抜き去って得点を決めてやる。
そのシーンを想像すると、つい笑みがこぼれちゃったよ。
さあ、まだまだ楽しもうぜ。
508:以下、
後半も俺とカズのマッチアップは続く。
絶対抜いて決めてやるって気持ちと、中々そこまでいけないことが嬉しいっていう相反した気持ちが俺の中に湧いてくる。簡単にやらせてくれないからこそ、挑み甲斐がある。
それにしても、一対一強いなコイツ。楽に仕事をさせてくれないのは前半で分かっていたけど、本当に骨が折れる。
……個人技で魅せるっていうのが俺のプレースタイルだけど、それだけで挑んで勝てるほどサッカーは甘くない。それは、挫折と言って良いのか分からないけど、ユニバ代表の時にも学んだことだ。
それなら、違った形の駆け引きをすればいい。
前半からカズのケアを意識してはいたけれど、意識的にマークを緩めた。コイツにパスが渡されるように、絶妙な間合いで。
その餌に、相手センターバックが釣られてくれた。
俺との間合いが広くなっているカズに、緩い横パスを出した。最初からそれを狙っていた俺は、ボールに向かって全力でダッシュを仕掛ける。
それにいち早くカズも気づいたみたいだけれど、もう遅い。
509:以下、
カズを振り切るように、普段の細かいタッチとは違ってランウィズザボールのように大きく蹴り出して前に進む。
センターバックがスライドして対応しにきたところで、俺は中を確認する。g
俺のドリブルコース、パスコース、シュートコース、その全てを消そうと中途半端なポジショニングでプレッシャーをかけてきた相手センターバック。そいつの足がギリギリ届かないコースを狙って、俺はボールをゴール前に転がした。
逆サイドのセンターバックもうちのフォワードを捕まえきれていなくて、そのパスは見事にゴールに繋がった。
予選とは違い、結構な数が入っている観衆が沸いた。
「ナイスパス!」
ゴールを決めたフォワードが勢いそのままに俺に向かって飛びついてきた。後ろからチームメイトも重なってくる。
まず、一点だ。
自陣に戻ろうとしたところで、チラッとカズを見てみると目が合った。良いね、闘志を向けられてる感じがする。
今の勝負は俺の勝ちだ。今度こそは、個人技で勝ってやる。そんな決意を込めた笑みを浮かべてやった。
510:以下、
再開後、先制点を決めて余裕を感じるようになったからかな。今まで以上に俺は個人技で抜くことに固執し始めた。
見る人によってはスタンドプレー、軽いプレーと言われても仕方がないのかもしれない。それでも、うちのチームはそれを認めてくれている。そして、期待してくれている。だからこそ、俺はカズを個人技で抜き去らないといけない。
勝負を仕掛けて止められる。抜けそうで抜けない。綺麗な形は作らせてくれない。その繰り返しだ。
それでも楽しい。俺はやりたいサッカーをやらせてもらえている。他でもないこのチームで、俺は俺のしたいサッカーをできている。
ヒールリフトで頭を超えさせようとすると、カズの頭に掠ったボールはタッチラインを割った。くそ、これも反応するか。
それにしても、こいつ、サッカー好きなのは感じられるのに、本当に窮屈そうなプレーばかりだね。
「アンタさぁ、勿体ないよね」
そんな言葉が、つい口から漏れてしまうくらいには。
必死なのも、勝ちたいのも分かる。でも、何かに怯えているように見えるのは、それが理由じゃないはずだ。
楽しい試合、楽しいサッカー。好きでやってることなのに、何がそんなに怖いんだろう。
俺たちはプロじゃない。負けたらクビになるわけでも無ければ、生活に困ることだってない。そこは、俺たちがアマである所以だけれど。
こんなに俺が楽しんでいるのに、カズがそんなに窮屈そうだったら悲しいよ。お前っていうライバルがいるからこそ、俺はこの試合を楽しめているんだから。
「もっとやりたいようにやってみろよ。せっかく楽しい試合をしてるんだぜ?」
相手チームの選手にしてみたら、余計なお世話かもしれないけど。それでも、俺はカズにも楽しんでいて欲しいんだ。
不思議な気持ちだけど、こんな好ゲームは滅多にできるものじゃない。敵とか味方とか関係なく、俺は単に良い気持ちでこの試合を終えてほしい。勝敗はあるんだろうけど、それを超えた感覚だ。当事者になってみないと、説明するのは難しい。
「楽しい、試合」
そう呟いた後に、俺を見返してきた目は、何だかそれまでの視線とは変わっている気がした。勿論、いい意味で。
そうだよ、その目をしたお前に俺は勝ちたいんだ。
514:以下、
もしかしたら、俺は余計な一言を漏らしたのかもしれない。
そんな後悔をしそうなくらい、こいつのプレーは変わってしまった。今まで以上に積極的にプレーに絡んで、挑戦してくる。
今までは俺の突破を防ぐことに重きを置いていたようなプレーだったのに、今度は攻撃にも顔を出すようになってきた。
ただでさえ手強い相手だったのに、更に強くなっちゃったよ。でも、嫌じゃない。
ワクワクした気持ちはそれまでより高まっていて、コイツとの勝負がますます楽しみになってきた。
一進一退の攻防が続き、試合終了が近づいてきた。勝負で完勝はできなくても、試合は貰ったな。次に戦う時は、個人技でも抜き去ってやる。
そんな油断が災いした。
ギアを上げてオーバーラップを仕掛けたカズに、振り切られてしまった。オオタからのパスが、カズに渡った。
俺には守備に欠けているということは、悲しいことにチームメイトも承知していることだ。だから、うちのディフェンダーもすぐに対応してカバーに入ってきた。
残り時間もあと僅か。ここは大事に行きたい場面のはずだ。
一旦預け返して、裏を狙いに来るか? それなら挟み撃ちにするより、正確なパスを出せるオオタのマークを厚くしたい。
「10! 10のケアしろ!」
オオタの背番号を叫んで、チームメイトに意思を伝える。
そして俺の読み通り、カズは横パスを出した。かと思った。
「えっ」
驚きのあまり、一瞬止まってしまうくらい、それは見事なフェイントだった。たぶん、あの場にいたやつら全員がつられてしまったとしまったと思うくらいには。
気が付いた時には、アイツはうちのディフェンダーを置き去りに、サイドを独走していた。
515:以下、
サイドを独走したカズは、そのままうちのセンターバックを引っぱり出したところでマイナスのクロスを上げた。
そこには誰も……いた。オオタだ。こいつだけ、さっきのキックフェイントを理解して一早く走り出していたんだ。何なんだよ、お前らの信頼関係は。
うちのディフェンダーは振り切られてしまっている。……間に合わない。
オオタがボールを綺麗にコントロールして、シュートモーションに入った瞬間。やられたと思った。
その瞬間、後ろから追いかけていたうちの選手がオオタの足を削った。
……またか。
勝つためには仕方のないプレーかもしれない。それでも、これは果たして正しいのか? 止められない俺は、これで良いのか?
そんな自問とは関係なく、ファールを犯したチームメイトは退場、オオタは負傷で一時離脱。フリーキックはカズが蹴るみたいだ。
嫌な予感がする。とんでもない瞬間に出くわしているような気もする。理由なんて無いけど、ただ何となく。
このフリーキックは決まる。そんな、嫌な確信だ。
さっきのカズのキックフェイントから、そんな嫌な雰囲気があったんだ。今までにも何度か経験したことがある。
そしてその予感は的中してしまった。ビューティフルゴールだ。敵ながら天晴と言いたくなるくらい。
喜びを爆発させているアイツらが何だかまぶしいよ。さっき、俺が言った言葉は何だっけな。
本当に、嫌になるくらい楽しんでやがるぜ。
516:以下、
「ラフプレー、やめようぜ」
その一言を言えないまま、延長が始まった。
簡単に言えるんだったら、もっと前から言ってるよ。そんな、勇気が出せなかった言い訳を自分に言い聞かせながら。
オオタへのプレッシャーは相変わらず厳しいし、カズに対するディフェンスも今まで以上に強くなった。
それでも、こいつらの勢いはなかなか止められない。ゴールまでは結び付かなくとも、決定機の数はこれまでとは段違いに増やされてしまっている。
向かい合ったカズは、輝いた目で俺に仕掛けてきた。止めるっ。
同点フリーキックのきっかけとなった、カズの仕掛け。それを意識しすぎたあまり、今度はそれがフェイントとして有効になってしまっていた。
仕掛けるような重心移動はフェイクで中を向かれてしまった。スイッチを入れるパスがカズからオオタに渡る。
……ヤバい。ただでさえ一人少ないうちが、ここで決められてしまえば逆転はかなり難しい。
オオタのシュートコースを潰したセンターバックはあっさりかわされて。そしてうちの選手が、またオオタの足に向かってスライディングしている。
勝つためには仕方のないことだ。ここで止めないと、さすがに厳しい……。
あのフリーキックと同じように、オオタが倒れる光景を思い浮かべた。でも、それは現実のものとは違って。
後ろからのスライディングを察知したオオタは、見事にそれをジャンプでかわした。そして浮かせたボールをそのまま叩き、ゴールネットに吸い込まれていく。
517:以下、
目に見えて、うちのチームの士気は落ちてしまった。
一人少なく、残り時間もあと僅か。勢いも相手チームにある。スーパフリーキックに、ビューティフルゴール。あんなゴールを見せられて、意気消沈するなという方が難しい。
……ここまでかな。
諦めているわけじゃない。それでも、厳しい状況であるのは間違いない。
試合は再開したけれど、うちのチームは動きが悪い。それは俺を含めてなんだけど。
防戦一方な展開になって、どうにか得点だけは許していない。そんな状況。
相手チームのシュートが外れて、うちのゴールキック。たぶんこれが途切れたら終わってしまうのかな。
ポジションを取っていると、俺のマークについてきたカズが一言呟いた。
「楽しめてます?」
普通に考えると、煽ってるように聞こえるんだろうだけど。こいつの目は純粋に俺を見てきている。
楽しめよって言った俺の気持ちと一緒だと思う。こいつは今、この試合を楽しんでいる。
それなら、俺も楽しまないといけない。いや、違った。負けそうになって悔しくて、プロフェッショナルファールへのモヤモヤがあって忘れていただけだ。
この試合は、楽しい。そして俺はカズを抜きたい。勝負に勝ちたい。試合にも勝ちたい。まだ試合は終わっていない。
ゴールキックの競り合いのこぼれ球を拾ったボランチに、大声でパスを要求する。
足元に届いたそれを、自分の間合いでコントロールする。
さぁ、最後の勝負だ。いくぜ。
518:以下、
最後は俺の一番得意な形で勝負してやる。
縦にじわじわとドリブルを仕掛けていくと、ゆっくりとコースを限定するかのように間合いを詰めてきた。
わざと少しボールタッチを大きくして、餌のようにカズの目の前に差し出す。
そして、一気にプレッシャーを強くしてきた、その瞬間。
ギリギリのところで自分が先にタッチできるところに置いていたボールを、左足裏で引いてクライフターンをきめる。
よし、かわした。
そのまま中を向いてカットイン。斜め45度が俺の一番得意な角度だ。憧れていたイタリア代表の選手が、この角度からのシュートを得意としていたから、俺も真似して練習していたらいつの間にかそうなっていた。
チームメイトいわく、イヌイゾーン。ここで決めて、PK戦までもっていってやる。
右のインフロントで擦るようにインパクト。
その瞬間、抜き去ったはずのカズの足が視界の端からすっと入り込んできた。
俺のキックの直後、カズの足にあたったボールはコロコロと転がり、相手センターバックのもとに向かう。それが強く蹴り返された瞬間、俺の天皇杯本戦は終わりを告げた。
519:以下、
チームメイトはピッチの上に倒れて泣いたりしているけど、不思議とそんな悲しさはない。
それより、スライディングで倒れたままのカズに手を伸ばしてやった。俺の手をつかんだこいつは、まっすぐに俺の目を見返してくる。
「何で、最後間に合ったんだ?」
それが一番の疑問だった。完全につり出してやったと思ったのに。
「イヤらしいなって思ったから」
「は?」
どういうことだろう。イヤらしい?
「うちの失点シーン。あれ、わざと自分のマークを弱くしてつってきたじゃないっすか。だから、ああいうイヤらしいプレーがあるかもしれないっていうのは、頭の中にあって」
「それだけで?」
「あと、あれだけ個人技を持ってるのに不自然にボールタッチが大きかったから。たぶん何かやってくるなとは思ってたんで」
……ははっ、大したもんだ。そこまで読まれていたんなら、ぐうの音も出ない。
「完敗だよ。すごいのな、お前。カズって言うんだっけ?」
「どうも。イヌイさんですよね? 高校選手権、テレビで見てて覚えてます。見てて面白い選手だなって、印象的だったから」
そんな風に褒められるとむずがゆいし、でもやっぱり悔しいね。
522:以下、
「光栄だな。楽しかったよ、サンキューな。ナイスゲーム!」
そう言って、改めて右手を差し出した。今度は立ち上がらせるためじゃなくて、健闘を称えるために。
「こちらこそ、ありがとうございました」
握り返された手は、熱を感じる。サッカー選手の熱だ。今の今まで、死闘を繰り広げていた熱だ。
それに勝てなくとも、胸を張れる程度には応えることができた自分を誇りに思う。次は、負けない。
手を放し、肩をぽんっと叩いて背中を向けたところで、最後に言い足された。
「『楽しめよ』って言われたの、忘れません! イヌイさんとのマッチアップ、めちゃくちゃ楽しかったです!」
真っ正面から、こんな恥ずかしくなるようなことを言われたのは初めてだ。それでも、嫌じゃない。こいつ、良いやつだな。
「次は負けねぇから」
振り向かずに、そう言い返してやった。今度はカズ以上に俺が楽しんでやる。そして、試合に勝ってやる。
まだ泣いているチームメイトのところに向かって、整列するように促した。
「ほら、行くぞ」
「悪い、悪いな……」
どうした? 何が悪いんだろう。負けたのは俺がカズに勝てなかったからであって、こいつらのせいじゃない。
「お前をプロに勝たせてやりたかった、なのに、なのに……」
漏らした言葉は嗚咽交じり。
間違ってたんだと思うんだ。俺が楽しいサッカーをできていたのは、こいつらのおかげ。それなのに、ラフプレーとか汚いプレーをこいつらにさせてしまっていた。苦しいところを、他人に投げてしまっていた。
悪いのは俺であって、こいつらじゃない。もっと上手くなって、正々堂々としたプレーでチームを勝たせてみせよう。こいつらにも、サッカーを楽しませてやろう。
それが俺なりの贖罪であって、チームメイトの恩返しだ。
だから。
ああ、畜生。今日はいい天気だ。負けたことすら、何だか正しく思えるくらいには。
524:以下、
『お疲れさま。一回戦突破おめでとう! カズヤのシュート、すごかった!』
そんな、素人みたいな感想のメールをカズヤに送りながら、家路を辿る。素人みたいっていうか、素人なんだけどね。
一点目のシーンを思い出す。ううん、正確にはその前のカズヤのドリブルのシーンから。
あそこから、何かが変わった気がする。外から見てる、それもサッカーのことを詳しく分からない私じゃ、言葉にするのは難しいんだけど。
でも、あれが何か大切なプレーだったことだけは分かる。
このまま帰ろうかな、とは思ったけど、少しお腹が空いてしまった。15時開始って、微妙な時間だからお昼も軽くしか食べなかったし。
外食して帰ろうかな……そんな考えが頭に浮かぶと、行きたいお店はヤギサワさんのところしか思いつかなかった。あそこのオムライス、本当に美味しかったんだもの。
そうと決まれば私の行動は早い。少し遠回りにはなるけど、散歩で行けない距離でもない。
暑さは気になるけど、ダイエットだと思って歩くことにした。
カズヤたちが勝ったからかな、私も嬉しくて足取りは軽い。
浮かれた気持ちで歩いていたら、携帯から着信音が鳴り始めた。画面を確認すると、カズヤから。
『ありがとう! あのシュートは自分でも会心だったよ! 今日、忙しい?』
『ううん、今日は空いてるよ。お休みだから』
もしかして、お誘いかな? どうしよう、急にドキドキしてきた。
525:以下、
その返事はすぐに返ってきた。
『もしよかったら、ご飯行かない?』
何だろう、緊張してくれてるのがその文面だけで伝わってきて、可愛いような、こっちまで照れてしまうような。
私に断る理由なんてもちろんなくて、快諾の返事を送っておいた。
うーん、どうしよう。会場に引き返したほうがいいのかな。
さっきとは違う着信音が鳴り始めた……っと、電話。どうしよう、それはまだ心の準備ができていない。
とはいえ、出ないわけにもいかなくて。どうか可愛い声で出られるようにと思いながら、画面をスライドさせて電話を受ける。
「もしもし……カズヤ?」
「あっ、よかった、ごめんね、急に」
「ううん、誘ってくれて嬉しかった。お疲れさま」
彼の声の後ろは、まだ少しガヤガヤしてる。チームメイトの人とかと一緒なのかな?
「今、大丈夫なの? 後でかけなおそうか?」
「あ、いや、もう外に出てるから。ダウンとシャワーでこんな時間になったけど」
「そっか。えっと、どうすれば良い? どこに行けば良いかな?」
その問いには、会場最寄りの駅を告げられた。うん、それならここからそう遠くはない。
了解の返事をして、電話を切った。
……待って、これってデート?
526:以下、
待ち合わせ場所に着いても私のドキドキは収まらなくて、どうしようどうしようって一人で頭の中を騒がせている。
もっと可愛い服を着て来れば良かった。貰ったハットを被ってるのは当然だけど……暑い、あんまり気合を入れた服を着て行ったらああいう競技場で浮くって分かってきたから、結構ラフでカジュアルな服しか着てない。
うわー、一回帰りたい。
どれくらい時間かかるのかな。今から近くのお店で適当に見繕う?
そんな現実的じゃない案さえ頭の中に浮かんでくる。ああ、どうしよう。
悩んでいれば悩んでいるだけでカズヤの到着が近づいてくる。
カズヤ、オシャレだし。女の子のファッションにも色々好みがありそう。本当の私はもっと……いやもっととは言えないけど、もうちょっとは可愛いの。いつもの私はもう少しマシなの。分かってくれるかな。
そんな言い訳染みたことを考えていたら、後ろから声をかけられた。
「ごめん、待ったよね」
「ううん、全然……」
心の準備すらできてませんでした、とは言えなくて。
振り向いた先にはカズヤがいた。ジャージ姿で。一瞬驚いて言葉が止まったけど、そっか、試合帰りだもんね、よくよく考えると当然だ。
「? どうかした?」
その私の反応に、不思議そうに問い返してきた。
「いや、ジャージ姿って新鮮だなって。さっきまで悩んでたのがバカみたい」
「悩んでたって?」
「今日、かなりラフな格好で来ちゃったから。カズヤはおしゃれだから、幻滅されないかなって」
そういうと、彼は一瞬止まった。そして、顔を真っ赤にした。
「……僕、着替えて来ようか?」
小声で、そっかジャージ姿じゃんそういえば……ダメじゃん……なんて呟いている。
私が盲目なのかもしれないけど、そんなところすら可愛く思えてくる。そういうことが頭に浮かばないくらい、私に会いたいって思ってくれてた……っていうのは、私の勘違いかしら。
「ううん、全然。そのままが良い。私だってこんな感じだしさ。ほら、行こうよ」
530:以下、
決まり悪そうに頷いて、カズヤは歩き始めた。それが何だかおかしくて、つい笑ってしまいそうになる。
アキラといたときには、考えられなかったことだ。見返りを求めず、求められずにご飯に行くだけでこんなに嬉しい気持ちになるなんて。ラフな格好で出かけて、それをお互いに恥ずかしがるなんて。中高生みたいな気持ちかもしれないけど、それでも私は嬉しい。
……手、繋ぎたいな。嫌じゃないかな。図々しいかな。
そんな、甘酸っぱい気持ちを抱いてしまう程度には。
彼の歩幅に合わせて手を伸ばそうとして、でもちょっと遠慮しちゃって。
私の好きと、カズヤの好きが違ったらどうしよう。そんな心配をしてしまうと、どうしてもあとちょっとの指先を触れ合わせることができない。
「ね、どこ行くの?」
信号待ちで止まった時に、ドキドキを抑えるために話しかけてみた。
「あ、ごめん。食べたいものある?」
「ううん、初デート、どこに連れて行ってくれるんだろうって」
私自身の緊張を誤魔化すために、カズヤにもわざと意地悪っぽくデートって言ってみた。良いよね、そう言ってしまっても。少なくとも、私はデートだと思っているし。
「デートって」
冗談っぽく復唱してきたけど、顔が赤くなっているのは誤魔化せていない。こういうところが可愛いんだよね。
「この間、ヒロさんといたレストランあるじゃん。あそこで良い? っていうか、あそこに行きたいなって思って」
「うん、行こ行こ。私もあそこ、また行きたいなって思ってたから」
カズヤと一緒に、とは言い足せなかったのは恥ずかしかったから。それにしても行きたいところが被ってるのって嬉しいね。軽く運命感じちゃった。
信号が変わって、周りの人が歩き出した。そして、私の手にはカズヤの手が触れてきて。
「デート、でしょ?」
さっきの恥ずかしそうな顔とは打って変わって、悪戯っぽい笑みを浮かべている。本当に、彼はズルい。
今度は私が赤面を誤魔化して、俯き気味になってしまう。それでも触れあった指先の力は緩められない。できるだけゆっくり歩きながら、私は幸せを噛みしめ
る。
……好きだなぁ。
533:以下、
「いらっしゃいませ」
お店に着かなきゃいいのに、なんて私の惚気た願い事なんて叶うはずもなく、あっという間にヤギサワさんのお店に着いた。
声をかけてくれたのは女性だった。ヤギサワさんは今日はいないのかな。そういえば、奥様の実家のお店って言ってたっけ。
案内された席に座って、メニューを開いた。
「前、何食べてたんだっけ?」
「オムライス。お勧めらしいよ、ヤギサワさんが言ってた」
水を持ってきた店員さんが、私の話し声に反応した。
「あら、旦那の知り合い? ……君たち、何か見たことあるわね」
そう言って、私たちの顔を交互に見返す。そして視線はカズヤのジャージに向かって。
「あ、わかった。この間試合してたよね、うちの旦那と。ジャージで分かったわ」
ジャージと言われて、またカズヤが恥ずかしそうになってしまう。
「あ、はい。その節はお世話に……。すみません、こんな服装で」
「あはは、良いのよ。そんなにお高いお店でも無いんだし、気軽に来てよ気軽に」
ありがとうございます、と二人でぺこっと頭下げてしまった。
「で、ご注文はお決まりかしら? 仕事もしないとね」
その問いかけには二人でオムライスと答えた。
「かしこまりました。旦那も好きなのよ、オムライス。たぶん、後で来ると思うから」
536:以下、
その一言を言い残して、彼女は厨房に向かっていった。
ふと、向き合ったカズヤと目が合った。……うわ、何か急に緊張してきた。
この間は私の話を聞いてもらっていたし、お店ではカズヤからの相談を聞いたりしてたけど、今日みたいにゆっくり話せる状況に改めてなってしまうと、何を話そうって頭の中がパニックになる。
「今日、見に来てくれてたんだよね、ありがとう」
「あっ、ううん、楽しかったから。サッカーってカズヤに会うまでちゃんと見たことなかったけど、面白いんだなって最近思うようになってきたの」
実際、凄いパスとかシュート……としか形容できない時点で素人なんだけど、そういうのがビューンっていくのは見ていて面白い。あんな風に思い通りに蹴れたら楽しいだろうなって。
「本当に?」
そう言って目を輝かせる彼は、少年みたいで。同い年のはずなのに、何だかお母さんみたいな気持ちになってしまう。
「本当に。ねぇ、カズヤは何でサッカーを始めたの?」
それは純粋な興味本位だった。サッカーが楽しいからっていうのはわかるんだけど、それは始める理由じゃなくて続ける理由だろうし。
「えっとね、憧れている選手がいるんだ。分かるかな」
そう前置きをして伝えられた名前は、私でも聞いたことのあるサッカー選手だった。数年前までは日本代表だったかな? 海外で活躍していたころ、流し見ていたスポーツニュースとか、父親が読んでいたスポーツ新聞なんかで見たことがある気がする。
「その選手がさ、凄いフリーキックを決めた試合があって。それをテレビで見て、あんな風になりたいなって憧れて」
結局、なれなかったんだけどね。
そう言い足した彼は、少し照れくさそうで、でも寂しそうで。
「なれてるよ」
つい、私は無責任にそんなことを言ってしまった。無神経だったかなとは思ったけど、私の本心は止められない。
537:以下、
「私はさ、カズヤの試合を見てサッカーって面白いなって思ったの」
私がカズヤに惹かれているからとか、知ってる人たちが試合をしているとか、そんな理由もあったのかもしれない。
それでも、最初は何でサッカーをしているのか理解すらできなかった私にとっては、それは長足の進歩だと思う。
理由があって何かをするわけじゃないって、こういうことなんだって教えられた気がする。
「だからさ、私にとってカズヤは、カズヤにとってのその選手みたいなものなんだよ」
誇張表現なんかじゃなくて、これは本心だ。憧れているといっても、過言ではない。
試合中の彼のまっすぐさに、情熱に、ひたむきさに。それに惹かれて、私は彼から目が離せなくなってしまったのだから。
「本当に?」
「本当だよ。だって私、最初はサッカーのことなんて分からなかったもの。それなのに、今じゃ試合を見に行くのが楽しみで仕方ないの」
不思議だよねって自分で思う。
「うん、ありがとう。そう言ってもらえるなら、次も頑張らないと」
「あ、そっか。次って……ヒロさんが昔いたチームなんだっけ?」
そんなことを、以前このお店に来た時にヤギサワさんが話してた気がする。
「あれ、詳しいね」
そう呟いたカズヤは、少し複雑そうな顔をしていた。
538:以下、
「どうかした?」
「あっ、いや、何でもないよ」
そうかな。それにしては、ちょっと気になる感じだったけど。
カズヤが何でも無いって言うなら、何でもないんだろう。それならそれでいいや。
「でも、ヒロさんが昔いたチームってことは……プロのチームなんだよね」
「あれっ、そんなことまで知ってるの?」
まただ。少しだけなんだけど、ちょっと不機嫌そうな、複雑そうな表情。
「それも前教えてもらったから。ね、やっぱり、どうかした?」
「うーん……」
今度は思案染みた顔になっていた。言って良いのかな、ダメかなってちょっと躊躇っている表情。
「あ、言いたくないならいいよ。ごめん、何回も聞いちゃって」
カズヤにだって、言いたくないことはあるよね。今まで色々相談してくれたから、つい無神経に踏み込みすぎてしまった。
「いや、そういうわけじゃないんだけど……」
少しうつむいた後、彼は私の目を見つめた。改めて視線が合うと、少しドキッとしてしまう。
「呆れないでほしいんだけどさ、一つ聞いていい?」
541:以下、
「えっと、うん?」
改めてどうしたんだろう。何かあった? 私が何か気に障るようなこと言っちゃった?
ドキドキしながら彼の言葉を待つ。ほんの一瞬のはずなのに、何だか凄く長い時間にも思える。
「あのさ、えっと……」
歯切れが悪いまま、彼は言葉を続けた。
「ヒロさんのこと、好き?」
「はっ?」
それはあまりに予想してなかった質問で、思わず間抜けな声が出た。
好きって、私が? ヒロさんを? どうして?
その『好き』ってどういう意味で? もちろん、人としてはいい人だと思う。でも、それはカズヤの聞いてる『好き』とは、きっと違うニュアンスだと思うし。
「良い人だとは思うよ。でも、そういう意味での好きではない、かな」
「そっか……うん、わかった」
「何で? どうしてそう思ったの?」
そう聞くと、凄く気まずそうに、そして恥ずかしそうに彼は言葉を漏らした。
「いや、だって……結構ヒロさんのことについて詳しいし。一緒に食事もしてたし。僕が女の人だったら、ヒロさんみたいな人を好きになるかなぁ、って……。ごめん、変なこと聞いた。忘れて忘れて」
542:以下、
あれ、もしかして、これって嫉妬? 嫉妬されてる?
嬉しいような、ちょっといじってみたいような。道中ののデート発言じゃないけれど、ちょっとつっついてみたくなる好奇心が沸いてきた。
「ね、嫉妬してる?」
ちょっと煽るみたいにニヤニヤしながらそう言ってみると、彼は俯き気味に頭をかきながら頷いた。
「そうだよ、嫉妬してたよ。だから、ヒロさんが羨ましくて今日ここに誘ったんだよ」
そんなことしなくても、私が好きなのはカズヤなのに。子供みたいな嫉妬心も可愛く思えてしまうっていうのは、さすがにちょっと惚気過ぎなのかな。
嬉しくてつい頬が緩んでしまいそうなのを、どうにかこらえてニヤけ顔をキープする。
「へぇ……そっかそっか、嫉妬してたんだ。そっかそっか。何で?」
どうせまた照れて、彼は言葉を止めてしまうんだろう。
「何でって……いや、好きだからだけど」
545:以下、
えっと……好き?
いくらネガティブなことを自覚してる私でも、これは浮かれて良いのだろうか。好きって、そういう意味で? そういう意味の好きじゃないと嫉妬はしないよね? ね?
さっきまで意地悪をしてたのは私だったはずなのに、気づけば立場は逆転してしまっていた。手をつなごうってなった時もそうだったけど、こういう不意打ち、本当にズルい。
つい俯いてしまった顔をあげて、チラっとカズヤの顔を様子見してみた。
意地悪で言われたのかな。でも、彼の顔からはそんな嫌らしい表情は読み取れなくて。
きっと、本心で言ってくれてる。照れもせず、変ないやらしさもなく、だからこそ言われた私は顔を真っ赤にしてしまう。
何ていえばいいんだろう。私も好き? でも聞かれてるわけじゃないもんね。でも言わないのもおかしい? ああ、どうしよう。
「えっと……うん」
うん、じゃないよ私! それだけじゃないでしょ! もっと言いたいことはあるはずなのに、あるはずなのに口に出来ない。
でも、今までの、そして今日のカズヤの試合を見て思ったのは、変わらないと思ったなら行動しなければいけないということだったはずだ。
行動するって……そういうことだよね。
546:以下、
「私も好きだよ」
とうとう言ってしまった。……言ってしまった!
好きって口にするの、いつ以来だろう。何かさ、そういうことを口にするのって恥ずかしくなってしまってた気がする。
アキラに対しても言ったことはなかったし、その前の遊びの人に対してなんかもってのほかだ。
捨てちゃいけないはずの純粋さを捨ててしまって、代わりに間違えた『大人像』を手に入れたつもりになってたのかな。
そんな勘違いを捨てさせてくれたのは、まぎれもなく彼の純粋さだ。
それが私に向けられた純粋さじゃなくて、サッカーに対する純粋さっていうのにすら妬けてしまいそうなほど、私は彼に惹かれている。好きになってしまっている。
気持ちを言葉にするのって、こんなに緊張することだったかな。
彼の反応を見たいような、でもやっぱり怖いような。
550:以下、
恐る恐る、彼の顔を覗くように視線を上げてみる。
視線が合った。逸らしたくても逸らせない。……いや、逸らしたくなんてない。
やっと、彼と本当の意味で向き合っている。自分の気持ちを隠さずに伝えることができた。気恥ずかしいけれど、これは私の本心だ。それを伝えたのだから、もう逃げはしない。
ニコッと微笑んだ彼も、少し照れている。これは、私の言葉を喜んでくれたから……ってことで良いんだよね?
「ありがとう」
その一言で、何だか報われた気持ちになる。
「私こそ、ありがとう」
本当に。
出会ってから半年も無い期間。それに、お店の外で会うようになってからはもっともっと短い期間のはずなのに、彼にはいろんなことを教えられた。救ってもらった。
その彼に、好きだと言われてしまった。こんな幸せが、私に訪れて良いのだろうか。
551:以下、
「お待たせしました」
幸せに浸ろうとしていると、ヤギサワさんの奥さんがオムライスを持ってきてくれた。
そうだった、レストランの中で何を告白し合っているんだろう。思い出すと、少し顔が熱くなってきた。
ご飯を食べる前に、手を合わせて。
「「いただきます」」
と、声が被った。オムライスから視線を上げて、再びカズヤと向き合う。
ふふ、と笑みがついこぼれてしまう。何だろう、どうでもいいことのはずなのに、こんなところまで気が合うと嬉しくなってしまう。
「息の合ったカップルで羨ましいわぁ」
厨房に戻ろうとしていた奥さんにそう声をかけられた。
違います……とは言いたくないし。でもそうなの? 本当にそういうことで良いの?
「あはは、ありがとうございます」
ちょっと恥ずかしそうにそう言って、カズヤはこちらをチラッと見てきた。
少しニヤけた顔で、首だけ上下に動かしちゃった。カズヤも、ちょっとだけ頷き返してくれて。
……うん、そうだ。そういうことだよね。
552:以下、
「ごちそうさま……は私だけか。出来立てのうちに召し上がれ」
奥さんはそう言い残して、今度こそ厨房に入っていった。
良いの? って聞き返したくなるけれど、それはそれで何だか悪い気もして聞き出せない。
「……嫌じゃない?」
スプーンに手を伸ばしたところで、小声で問いかけられた。
その言葉の真意をすぐには読み取れなくて、首をかしげてしまった。嫌じゃない……嫌なことなんて、何もない。
それが『自分が恋人で嫌じゃない?』という問いかけならば、私が聞き返したくなるくらいお門違いだ。
今、私が嫌に感じたことなんて何もない。
「嫌じゃないよ」
そう言って、小さく首を横に振った。それを見て、安心したようにカズヤは息を吐いた。
「じゃ……よろしくお願いします」
小さく頭を下げて。そして照れ隠しのように言葉を重ねた。
「ほら、冷めないうちに食べよ」
ほらほら、と今度はカズヤに急かされた。
さっきまでより幸せで、その気持ちだけで以前のオムライスより美味しく感じてしまう。
ああ、今日は何て素敵な日なんだろう。
553:以下、
ちょうどオムライスを食べ終えた頃、ヤギサワさんがお店のドアを開いた。
「あれ、カズくん……へぇ、上手くいった?」
カズヤと私の顔を見比べながら、楽しそうにそう言った。この間の経緯を知られていると、ちょっと恥ずかしい。
「おかげさまで。その節は色々と……」
「どういたしまして。それにしても、今日はナイスゲームだったね。おめでとう」
「ありがとうございます」
そこまで返事をしたところで、ヤギサワさんは厨房にいる奥さんに名前を呼ばれた。
「おっと、忙しくなる前に着替えないと」
言い残して、彼も厨房に向かっていった。先日も手伝いで入ってたみたいだし、結構忙しいのかな。オムライスしか食べたことは無いけど、味は確かだし。
「美味しかった……」
空っぽになったお皿を目の前に、カズヤがそう漏らした。うん、私も初めて食べたとき、そんな感動を覚えたんだっけ。
ギャルソンスタイルに着替えて出てきたヤギサワさんに、コーヒーの追加オーダーをお願いした。
コーヒーを持ってきてくれたヤギサワさんは、小さいガトーショコラと生クリーム、そしてフルーツが添えられたプレートを二枚、テーブルの上に置いた。
「あれ、頼んでないですけど……」
「初戦突破祝い……と、まあその他色々のお祝い。まだ忙しくなるまでには時間あるから、ゆっくりしていってよ」
ありがとうございます、と頭を下げて、ありがたく頂くことにする。こういう好意には、甘えないほうが失礼ってものだ。
フォークで小さく切って、ガトーショコラを一口。
「……美味しい!」
思わずそう言ってカズヤと目を合わせ、ヤギサワさんを見てしまう。
甘すぎず、ビターすぎず。淹れてもらったコーヒーに絶妙にマッチしている。
「今日はオムライスもだけど、妻が手作りしてるからね。自慢じゃないけど、料理は上手いんだ」
「本当ですか?!」
美味しい市販品を見つけてるのかなぁと思うほど、それはよくできた味だった。
手作りでこんなケーキを作れたら楽しいだろうなぁ。オムライスもあんな風に作れるなんて。
「魔法使いみたい……」
そんな子供じみた感想を、つい漏らしてしまった。
「あはは、魔法使い。良いね、聞かせてみよう」
そう言って、ヤギサワさんは奥さんを呼び寄せた。
554:以下、
「ちょっと、邪魔しちゃ悪いでしょ……」
そんな文句を漏らしながら、でも楽しそうに奥さんはこちらにやって来た。
「彼女がね、お前のことを魔法使いみたいだって。オムライスもケーキも褒めてくれてたよ」
「あら、本当に?」
その問いかけに、カズヤと二人で頷いた。
「嬉しいわ。えっと、お姉さん……料理はお好きなの?」
作るのも、食べるのも、嫌いではない。でも、得意かとか趣味って言えるほど好きかと聞かれたら、それも違う気がして。
「うーん……得意ではないんですけど。でも、美味しいものは好きです。こんな風に作れたらなぁって思います」
「それじゃ、うちでバイトしない?」
「えっ」
あまりに突拍子もない提案に、つい声が漏れてしまった。
「おいおい、この子にも都合があるだろ。ごめん、気にしないで」
「あっ……そうよね、ごめんなさい。うちの店、人手不足だから、つい」
558:以下、
最初は驚いて声を漏らしてしまったけれど、私はむしろ乗り気になっていた。
いつまでも今の仕事を続けられると思ってもいなかったし。カズヤと付き合う……ってことになるなら、風俗嬢を続けるのは彼も良い気はしないだろう。というか、私が申し訳ない気持ちにもなってしまう。
「バイト……良いんですか?」
そう問い返すと、奥さんは「えっ、良いの?」と驚いた。さっきと立場が逆だと思うと何だかおかしい。「気を使わなくていいんだよ。思い付きで言っただけだから、本当に」とは、旦那さんの方のヤギサワさんからのフォロー。
「いえ、あの……やってみたいです。ご迷惑じゃなければ、お願いします」
幸い、貯金は少なくはない。アキラに貢いでいたとはいえ、将来の不安を感じ始めた時期から、ある程度のお金は貯金するのが癖になっていた。
今までふらふらしていた私がすぐに正雇用の職に就くのは難しいだろうし、何よりこのお店で働けるというのは魅力的だ。幸せな気持ちにしてくれる場所だなって、二回しか来たことはないけど思っていた。
「嬉しいわ。えっと……名前と電話番号と住所……」
それらを書くのに適切な紙が見つからなくて、奥さんは申し訳なさそうに紙ナプキンを渡してきた。「ごめんね、後でちゃんと他の紙に書き写しておくから」と。
アンケート用に備え付けられていたボールペンで記入していると、カズヤがぽつりと「……みたいだ」と漏らした。それを聞いたヤギサワさんも、プッと笑いをこぼす。
きょとんとして顔を上げると、カズヤは海外の有名選手のエピソードを話し始める。
「今、世界一じゃないかって言われてる選手なんだけど。子供のころの彼をスカウトしようとした人が、プレーを一目見て、今すぐにでも契約しようって紙ナプキンで契約書を作らせたって話があるんだ。だから、それっぽいな、って」
説明をした後、またおかしくなってきたのか彼は笑い始めた。
559:以下、
「まぁ、うちの店からしたらそんな感じだよ。これで俺も手伝いに来なくて済む」
そう言い足して、ヤギサワさんもまた笑った。
「私からしてみたらそんなもんじゃないわ。待ち望んでいたんだから……今日はいい日だわ」
口々にそんな風に言われると、むずがゆい用な照れくさいような。実際、まだ働けているわけじゃないんだけど。
私は誰にも求められることもないと落ち込んだこともあったっけ。あの頃からしてみると、信じられないくらい進歩している。
記入し終えて奥さんに渡すと、彼女はそれをまじまじと見て、そして私に視線を移した。
「それじゃ、改めてよろしくね。えーっと……エリカちゃん?」
「はい、よろしくお願いします」
席を立ってぺこりと頭を下げると「礼儀正しいわね、良いわ」と一言。それだけでちょっと嬉しい。
「エリカちゃんって言うんだ? それで、あだ名はゆうちゃん? 珍しいね」
ヤギサワさんが当然の疑問を漏らした。そっか、この間ヒロさんと話してる時も源氏名を名乗っちゃったから、当然の疑問だ。
「そう呼ばれることが多くて」
そう返すと、ヤギサワさんはそれ以上深く問いかけてくることは無かった。こういうところが大人だなぁって思う。
ドアの開く音がして、新しいお客さんが入って来た。
「いらっしゃいませ」と声をかけ、ヤギサワさんが接客に向かう。
「……それじゃ、いこっか。忙しくなりそうだし」
カズヤにそう声をかけられて、私も頷いた。
「それじゃ、出勤日とかについては電話するから」そう言って、携帯番号の書かれた紙ナプキンを私に渡し、奥さんも厨房に戻っていった。
お会計を済ませて、ヤギサワさんに「ごちそうさまでした」と声をかける。「次も楽しみにしてるよ」って言われちゃった。二人でお礼を返して、扉を開けた。
夏の終わりを告げるような、ちょっとノスタルジーを感じる夕焼け空。それでも、寂しさとか切なさより、私は幸せな気持ちで満たされていた。
「行こう、エリカ」
そう言って、私に手を伸ばしてきた。……初めて名前で呼ばれちゃった。
返事をするのも恥ずかしくて、私は頷いて手を繋いだ。暖かい手だ。幸せをくれる手だ。いつか私も、彼に少しでも返したい。
これからのことなんて、何も不安はないと思っていた。
まだ、やるべきことはたくさんあるのに。
561:以下、
カズヤに拒絶された私は、何もする気がわかなかった。
ヒロくんからの連絡も、返しはするけど適当になってしまってる。もう、返さなくても良いはずなのにね。
私は結局何を求めているんだろう。何をしたいんだろう。
カズヤと別れたのは社会的な地位とかお金とか、そういうのが欲しかったから。そのはずなのに、その理由すら揺らいでしまっている。
何をもってカズヤを好きになったんだろう。何でヒロくんに惹かれつつあったんだろう。
そんなことばかりを考えていると、日が昇ってもすぐに沈む。答なんて見つかるのかな。というか、あるのかな。
気づけばあっという間に夏の終わりが近づいていて、ヒロくんから久しぶりに試合があるんだって内容のメッセージがきた。
もう見に行く必要もない。そのはずなんだけど、一方で期待もあった。
ヒロくんとカズヤをそういう気持ちで見比べて見れば、私の悩みを解消する種が見つかるかもしれない。
表向きは、応援に行くとは返事をしなかった。できなかった。罪悪感とかじゃなくて、単に面倒なことになるかと思って。カズヤにはヒロくんに乱暴されてるって言っちゃってるし。
返事は案外あっさりと「そっか、残念」くらいのもので、私も少し安心してしまう。
気づかれないように普段とは少し違ったラフな格好をして、好きじゃないけど眼鏡もかけた。こういう地味な格好の方が会場に溶け込みやすいっていうのは、以前見に行った時に気づいて良かった。
暑すぎる日差しの中、試合をする彼らをスタンドの後ろの方から眺める。カズヤもヒロくんも、今日も二人とも試合に出てるみたいだ。
563:以下、
 サッカーのことなんて全然分からない私は、ただ二人の走る姿を目で追うだけ。ピンチとかチャンスとか、何となくしか分からないし。
 ……来たの、間違いだったかな。
 これを見続けて、私は何かを得られるとは到底思えなかった。やっぱり私はダメな人間で、カズヤに惹かれてしまってたのも単に悔しかったからなのかな。
 考えるのも億劫になってしまった。前半が終わった笛が鳴ったところで、私はグラウンドに背中を向けて歩き始める。
 出口に向かって歩いていると、視界の端に見覚えのある麦わら帽の女の子が入って来た。……うん、可愛いけど、私ほどじゃないよね。きっとカズヤはああいう子を新しく好きになっただけで、私が彼女に劣っているというわけではない。
 そんな言い訳なのか、負け惜しみなのか。自分でも分かっているんだけど、言い聞かせてそのまま外へつながる階段へさしかかった。
 そこで、またもや見覚えのある顔の子が目に入る。それも、ここにいるのはふさわしくない気がする。俯き気味に歩く彼女に、私はつい声をかけてしまった。
「ミユちゃん?」
 私の問いかけに、彼女は驚いたように顔をあげた。しまった、今から帰ろうとしてるのに、何で声かけちゃったんだろう。ベンチじゃなくて客席にいることが驚きで、つい呼び止めちゃった。
564:以下、
 ぺこりと頭を下げた彼女は、戸惑った感じで私を見つめ返してきた。うん、私もどうしようか困ってる。
「えーっと……」
 どうしよう。「一緒に試合見る?」っていうのは違うよね、そもそも私帰ろうとしてたんだし。「ベンチにいなくていいの?」っていうのも、何か問題があってこっちにいるんだったら、気分を害してしまうかもしれない。
 何も考えずに名前を呼んだ自分を責めながら言葉を探していると、彼女が口を開いた。
「今日も来てくれてたんですね。兄も喜ぶと思います」
 そう言って笑顔を作る彼女は、何だか以前の印象とはかなり違う気がする。
 以前会った時はもっと明るくて、愛嬌があって、自然と笑顔が零れている印象だった。その彼女が、今は無理して笑っているような。
 それに気づいたのは、私が男に対してキャラを作っているからかもしれない。自分でやっていると、自然な笑顔とそうでないものの見分けは案外簡単にできるようになる。
「……何かあった?」
 無神経にも、私はそこに踏み込んでしまった。というよりも、彼女の話を聞きたかったというのが本音かもしれない。
 自分が悩んでる時って、他人の悩みを聞きたくなるんだ。そうすると、悩んでいるのは自分だけじゃないって思える気がして。
 彼女に解決策をあげることはできないだろうし、そんな親切心で私が踏み込んだわけじゃない。単に、私の悩み、今のこのモヤモヤを、ミユちゃんの話で上書きしようとしているだけだ。
 とはいえ、それを私みたいな、ちょっと会ったことがあるだけの女に話してくれるかどうかは、また別問題なんだけど。
 戸惑った表情を見せた彼女は、どうしようと思案しながらこちらを窺ってくる。
 私は彼女に対しても表情を作って見せる。男を騙してきたように、親切心で声をかけているように見えるような表情。
「聞いてもらえますか?」
 彼女の確認には首肯で返事をすると、「立ち話も何なので」とスタンドの日陰になっている座席向かって行った。さっきとは逆方向だから、ヒロくんたちのチームの応援団からは離れてしまっている。良いのかな、こっちに来ちゃって。
 適当な席を見つけて腰かけた彼女に、一席分のスペースを空けて私も座る。近いような、遠いような。試合はまだ再開してないから、応援団の声も無いし話し声は聞こえるんだけどね。
「すみません、ありがとうございます」
 恐縮したように一言だけ残すと、彼女は語り始めた。
565:以下、
 えーっと。私、こんなのなんですけど、一応彼氏……なのかな。まあ、そんな感じだと思ってた人がいたんですよ。
 で、その人、本当にダメな人なんです。女遊びの悪い噂もあれば、同じ大学なんですけど授業にも中々出てこなかったりで。
 少なくとも良い人ではないっていうのは分かってたんですけど、それでもたまに優しかったりかっこよかったりで、好きになっちゃって。
 すみません、こんな話で。惚気じゃないんですけど。
 それでですね、まあその、女遊びが激しいってところなんですけど。友達の彼女……彼女なのかな。好きな人? と一緒にホテルに入ろうとしてるところ、見ちゃって。
 噂では聞いてたけど実際に目の当たりにすると、凄いカッとなっちゃって。
 先日、友達とその女の子がいるときに、女の子につい手をあげちゃったんですよ。……最低ですよね。そういう人だって分かってて彼のことを好きになったのに。
566:以下、
「手をあげたっていうのは……」
一息ついたところで、私は問いかけた。
「平手打ちです。悪いのは彼女だけじゃないって、一番悪いのは私の彼氏だってわかってるんですけど、幸せそうなところを見てると、つい」
「そっか……」
何だろう、ドロドロしてるなぁっていうのが正直な感想だ。
この子に比べたら、私なんて悩むこともないのかもしれない。ヒロくんもまだ私の彼氏だったわけじゃないし、カズヤだってもう昔の男だ。
私がそう割り切ることさえできれば、それで終わってしまう。
「今日、ベンチに入ってないのもそれが理由なんです。友達……、うちのチームにいるから」
「えっ」
どういうこと? ということは、ヒロ君のチームメイトの彼女が、ミユちゃんの彼氏の浮気相手? 何それ、世間って狭いなぁ。
「カズくん……分かります? えっと、この間お会いした時に私が探してた、兄が可愛がってる子がいるんですけど」
570:以下、
出てきたのは、私にも覚えのある彼の名前。
「カズくんに罪が無いのは分かってるんですよ。……カズくんの彼女にも。だって、私が怒ってるのは二人に対してじゃなくて、彼氏に対してだし」
ミユちゃんの言葉を、私は黙って聞き続ける。言葉を挟む余裕なんて、私にはなくて。
「それでも、そういう人だって知ってて好きになった手前、彼を叱責することもできなくて。たまったモヤモヤが、その時爆発しちゃって。それ以来、気まずくて練習にも行けないし、カズくんにも会えないし」
辛さを誤魔化すような曖昧な笑みで「すみません、変な話をしちゃって」と彼女は言い足した。
頭の中をフル回転させて、何と言えばいいのかを考える。
「……大変だったんだね」
結局出てきたのは、そんなありきたりな言葉でしかなかったんだけど。
彼氏に対して、そこまで傾倒することが私にはできない。だって、私にとっては彼らは道具でしかなかったから。自分の価値を証明してくれる道具。
ダメになったら買い替えるし、不満ができればより良いスペックのものを求める。それは誰もが持つ欲求だと思う。不満を持ちながら、それでも相手を好きでいることが、私には理解ができない。
『じゃあ彼氏と別れて、他に好きな人を作れば良いじゃん』と、私なら考えてしまう。それでもこの言葉は、きっと彼女が求めているものとも違う気がして。
573:以下、
「本当はちょっと、羨ましかったんです。カズくん、良い人だから。誰か他の人のものになっちゃうの、悔しくて」
「そうなの?」
昔は私の男だったのよ。
そんな自慢は虚しいからやめておこう。カズヤは今、あの麦わら帽の子に捕まえられてるんだから。
「良い人ですよ。私の愚痴にも付き合ってくれたし、サッカーも上手いし。……友達として、大好きです」
「友達として、で良いの?」
意識して付け足されたような言葉を、私は確認するかのように繰り返した。
「はい。だって恋してるのは、結局カズくんじゃなくて、彼なんです。カズくんみたいな彼氏を持てる子は幸せだろうなって羨ましいけど、カズくんと付き合いたいわけじゃないから」
「……そっか。大人だね」
私なんかより、よっぽど。
少しでもいいなと思ったら、そっちに移り気してしまう私なんかとは大違いだ。こういうのを誠実さって呼ぶのかな。少し違う?
「でも、彼とは別れようかなとは思うんです」
「えっ?」
575:以下、
思いがけない言葉に、私はつい声を漏らしてしまった。
「やっぱり、結構辛いんですよ。分かってたはずなんですけどね。好きだけど、それ以上にきつくなっちゃって」
そう言って淡く笑う彼女は強そうで、でも儚くも見える。
彼女の気持ちがいまいち分からない私は、どこか欠けてしまっているのだろうか。
好きなのに辛いっていう二項対立。辛いことからは逃げ出せば良いって思うのは間違いなんだろうか。
言葉を返すことができないままでいると、応援団から歓声があがった。どうやら選手たちが出てきたみたいだ。
「あ、ヒロ兄出てますよ」
どうやら彼女の気持ちもひとまず落ち着いたみたいで、目線はグラウンドに向かっていた。
うーん、帰りづらくなっちゃった。まぁ、あと一時間もないんなら見てあげてもいいか。どうせ今日で最後になると思うし。
576:以下、
試合が始まると、彼女は黙ってしまった。
この暑さの中、座ってるだけでも項垂れてしまいそうなのに、彼女は一生懸命応援している。
そんな彼女がここにいるのは何だか不思議な気がしてしまう。やっぱりベンチに行くべきだったんじゃないのかな。
途中で「帰るね」って声をかけたくなったんだけど、横を向く度にその真剣さにつられてしまって、ついつい目線を戻してしまう。
もうそろそろ終わりかな、負けちゃうのかな。
カズヤが相手を抜いてヒロくんにパスを出した瞬間、隣でミユちゃんが小さく呟いた。
「危ない」
えっ? という声は、言葉に出来なかった。
強い笛が鳴ったかと思えば、ヒロくんは綺麗な芝生の上に寝転んだまま起き上がれない。
「ヒロ兄……!」
声にならない声で、彼女は名前を呼んだ。
グラウンドの上では選手同士が揉めていて、カズヤはその中ヒロくんに駆け寄っている。
大丈夫かなぁ、心配だなぁ。
私としては、それくらいの他人事にしか思えなくて。
結局、私は当事者にはなれていなかったんだと思う。ただヒロくんからの好意を得ようというためだけに、ここに来ていたから。
577:以下、
担架に乗せられて、ヒロくんは外に運ばれていった。
ミユちゃんは心配そうな目線を彼に向けて、拳を握り締めていた。
何でそこまで、他人に感情を向けられるんだろう。家族だから、チームメイトだから、さっきの話で言えば恋人だから。
言葉に出来る繋がりだけで、人は他人をそんなに大切に思えるのかな。
哲学みたいなことを考えながらもグラウンドを眺めていると、ヒロくんが倒れた場所にボールを置いたのはカズヤだった。
「あの子、カズくんです」
言われなくても知ってるんだけど、私は黙って相槌をうった。
「たぶん、決まりますよ」
その直後、彼女は言い直した。
「決めます。必ず決めてくれます」
その言葉には、熱がこもっていた。不思議に思った私は、つい聞き返す。
「その違い、大事なんだ。彼、そんなに上手いの?」
「上手いですよ。でも上手いからっていうより……」
「いうより?」
「何て言うんでしょうね。信じてるというか、決めてほしいっていうか。あれだけサッカーに正面から向き合ってるカズくんが決めないと、他に誰が決めるんだっていう」
少し恥ずかしそうに「見てないと分からないですよね、すみません」と言い足されて。
フリーキックの準備ができて、笛が鳴った。
助走を始めたカズヤはボールを右足で蹴って、それは綺麗な弾道でゴールに向かって進んでいく。
579:以下、
ゴールに突き刺さったそれは、強い歓声を呼び起こした。隣にいたミユちゃんも、立ち上がって拍手をしてる。
それでも、私の心は何も動かされることはなくて。
すごいなぁ、良かったね。
それで感想は止まってしまう。私は何でもないから。カズヤのチームメイトでも、ヒロくんの恋人でもない。
映画とか本とかでもそうなんだけど、結局私とは違う世界での出来事だから。
私が関わることは、私のいる世界の出来事で、だから感情を揺さぶられる。今回のは、私に関係のない世界の出来事だ。だから、何とも思えない。
581:以下、
同点……ってことは、延長になっちゃうのかな。そうなったら、もう帰ろう。時間が無いからって言ってしまおう。
喜んでいるミユちゃんには悪いけど、カズヤが活躍してもそこまで興味を持てなかったし。
私の予想は的中して、同点のまま後半が終了した。
「ごめんね、この後外せない予定があって」
当然のように嘘を吐いて、私はスタンド席を立った。「それなら仕方ないですね」と残念そうに呟くミユちゃんにごめんねと伝えて、そのままグラウンドに背を向ける。
もう彼女にも、ヒロくんにも、きっとカズヤにも会うことは無いだろう。狭い世界だということは改めて思い知ったけど、やっぱり私には向いていない。
綺麗な恋愛をするには、私は汚れ過ぎているのかもしれない。もしくは、今までの罰が当たってしまったのかもしれない。
きっと彼らは世間一般で見るにはキラキラしている、純粋な人たちで。私はそれを食い散らかそうとする悪女。
悪女には、彼らを利用することはできても向き合うことはできない。眩しくて、目を背けてしまって、だから理解ができなくて。
583:以下、
さようなら。
心の中で、ぽつりと呟いた。私には分からない価値観を持った彼らに、別れを告げる機会はきっともうないだろう。
否定するつもりはない。それでも、私は彼らと一緒にいることはきっとできない。
ヒロくんには悪いことしちゃったかな。それだけは少し申し訳なく思う。それでも、今までの行いを考えるとヒロくんだけに罪悪感を感じるのも変な感じだ。
私はただ、自分のためだけに動いてきたのだから。今までも、そしてこれからも、きっと。
さ、新しい男を探さなきゃ。私を満たしてくれる、新しい男を。
いつも通りのこと。今まで通りのこと。
それなのに、今はなぜか心が晴れない。
584:以下、
初戦を終えて家に帰ると、玄関の外でミユが気まずそうな顔で待ち構えていた。
「お疲れさま。勝てて良かったね」
「……おう」
「ごめんね、今日。行かなくて」
行けなくて、と言わないあたりが正直者だと思う。ミユは言葉を続けた。
「もう大丈夫だから。もう問題ないから。次から、ちゃんと行くよ」
何があったのか聞くのは、きっと野暮なんだろう。だから俺はただ信用する。妹のことを、ただ信じてやろうと思う。
きっとこいつも何かと戦っていて、それが辛くて休んでいただけなんだと。
「分かった。お前が来てくれると、みんな喜ぶよ」
「……本当に?」
「当然だろ。仲間なんだから」
妹に対してそんな言葉をかける自分に、少し気恥ずかしさも感じてしまうけど、それでも事実だ。
587:以下、
「ありがとう」
改めて言われたその言葉に返事をするのは、何だかとても恥ずかしくて。返事をせずに、俺はそのまま玄関のドアを開けた。
「そういえば、今日来てたよ」
「誰が?」
もっと言うなら、どこに?
「サキさん……? だよね、名前。スタンドにいたよ」
と言ったところで、ミユはしまったという顔になった。ベンチには入らなかったのに、スタンドから見てたっていうのが気まずいんだろうな。その辺はもう触れずにいてやろう。変につついて、また気まずくなる方が嫌だしね。
「あ、いや、ほら、たまたま隣に座ることになってさ、うん。忙しいからって、延長入る前に帰っちゃったけど」
「いいよ、もうそれは。そっか、来てたんだ」
嬉しいような、複雑なような。
スマホを取り出すと、サキちゃんからメッセージが入っていた。
『今日の試合、途中までしか見られなかったんだ。ごめんね。妹さんによろしくね。』
それだけ。
『ありがとう、伝えとくよ。今日も何とか勝てました』と返したら、すぐに返事がきた。
『これからしばらく忙しくなりそうだから、遊んだり試合見に行ったりできなくなりそうかも。ごめんね』
って。まあ何となく避けられてるなとは思ってたし。理由は分からないけど、まあ人間関係ってそういうものだろうし。
『そっか、了解です。またそのうちね。無理はせず』
既読表示はついても返事は来なかった。
きっともう、連絡をとることもなくなるんだろうな。なぜか分からないけど、それは確信めいていた。
寂しいけれど、でも俺にはサッカーがある。次は古巣との試合だ。
気持ちを切り替えるためにも、俺はシャワーを浴びるべく服を脱ぎ始めた。
588:以下、
夕飯のカレーを食べながらローカルニュースを見ていると、天皇杯の放送が始まった。
「さすが本大会。ちゃんとカメラ入ってるんだね」
と、ミユがニヤけながら言った。うん、もう普段のこいつだ。ちょっと安心するよ。
うちの失点シーンが流れたあと、アナウンサーがすぐに「しかしここから逆襲が始まります」と言葉を続けた。
カズがボールをセットし、フリーキックを決めたシーンが流れると、ミユが言葉を漏らした。
「これ、本当にすごかったよね。カズくん憧れの選手みたい」
Jリーグで歴代最多FKゴールの記録を持つ選手の名前を、ミユは呟いた。
そっか、あの選手のことが好きなんだったっけ。天皇杯で勝ち進めば、その選手とも試合する可能性があるもんな。
そのまま流れで俺の逆転ゴールが流れると、「よっ、ヒーロー!」とバカみたいな煽りがミユから聞こえてきた。
「まあ、次からだよ。次からが本番」
「勝たなきゃね」
「もちろん」
プロだからといって尻込みしてはいられない。元々、知ってるやつらがまだ多いチームだしね。恩返し、しないとな。
590:以下、
そのままテレビを眺めていたら、全国版のスポーツニュースにテーマが移った。
野球と比べると、サッカーの扱いは微々たるものだ。今日開かれたJリーグの試合が、ダイジェストで流れ始める。
「あっ、シンヤさん」
ミユがポツリと呟いた。画面の中では、シンヤが相手のディフェンダーをチンチンにしてやっている。ボールがまるでダンスパートナーのように、あいつは踊る。
『ディフェンダー二人の間を割って、シュート! これが決勝点となり……』
アナウンサーの言葉も途中で、テレビを消した。
昔のあいつより、段違いに上手くなってやがる。日本代表で揉まれてるからなのかな。
「……勝たなきゃね」
さっきの言葉とは違うニュアンスに聞こえるのは、俺だけだろうか。
そうだ、シンヤと試合するのは俺も待ち遠しい。勝たなければ、そこまで辿りつけられない。
カズのために、チームのために、自分のために。俺は勝たなければいけない。
「任せろよ」
根拠のない自信だ。アマチュアがプロに勝つなんて、年に1,2チーム出てくるくらいだ。その中に、俺たちは入る。
592:以下、
そんな決心をするのは簡単だけど、現実にするには高い壁がある。とにかく、まずは目の前の一戦だ。
「ごちそうさま」
食器を下げようと椅子から立ち上がると、テレビから更に気になる言葉が続いてきた。
『今日の試合、大活躍だった彼ですが、気になるのは今日、スクープされた噂ですね。モデルから女優まで、幅広く活動をしているエミさんとの交際は事実なのでしょうか。プレーからもプライベートからも、目が話せない彼に今後も注目です』
あらら、いっちょ前にスキャンダルなんか撮られちゃって。もうすっかりスターだな、なんて。
「あれ、それってあれじゃん。ほら、サキさんに似てる……」
「あー、そうそう。似てるよな、本当に」
「どこかで見たことあるなー、って思ったもん。今日も私、見とれちゃった」
そんな軽いやり取りをしつつ、手に持ったままだった皿を運んでいく。
「洗い物、私がやるから置いといて。ゆっくり休んでよ」
「お、サンキュー」
気を使ってくれたのかな、試合後だし。何にせよ、今日は疲れた。お言葉に甘えてゆっくり休んで、次の試合に備えさせてもらおう。
595:以下、
一週間なんてあっという間に過ぎてしまい、とうとう初めてのJチームとの対戦を迎えた。
幸い、隣の県のチームだということもあり大がかりな移動はなかったが、それでもアウェーゲームという雰囲気を肌で感じ取ってしまう。緊張感は初戦の比ではない。
更に言えば、J2チームとはいえ、相手はプロ。胸を借りるつもりはさらさらないが、未体験のレベルになるのは間違いない。
そんな中、落ち着いてるヒロさんはさすがだ。昔所属していたチームということもあってか、リラックスした様子でアップをすすめる。
綺麗な芝の上でパス回しをしていると、相手チームのサポーターによるチャントが始まった。大声で選手の名前を叫んで鼓舞をする。スタンドでプロの試合を観戦したときに耳にするそれとは全く違う。圧倒される。
「おい、びびんなよ」
そんな僕の様子を見てか、ヒロさんが声をかけてくれる。頷いて、パスを返す。
「お前の対面、負けんなよ。タメだぜ、あいつ」
そう言って、ヒロさんはフォルツァの8番を指差した。
名前はよく聞く、ユース史上最高傑作。U17ワールドカップの試合をテレビで見たこともある、左サイドのスペシャリスト。タカギという名前を、僕たちの世代で知らないやつはほとんどいないだろう。
「任せてくださいよ」
「……カズ、変わったね、やっぱり」
驚いたように、ヒロさんは漏らした。
「変わった?」
「前はそんなかっこいいこと言えるやつじゃなかったから。自信ついた?」
ゆうちゃんのおかげ? とからかうようにヒロさんは笑った。軽く背中を叩いて突っ込みを入れてやる。
「悪いって。今日もかっこいいところ見せてやれよ」
597:以下、
その言葉を残した直後、フォルツァ側のゴール裏スタンドからヒロさんの名前がコールされた。
凱旋試合とは言えないかもしれないけど、相手選手として帰ってきたヒロさんに対する彼らからのエール。
ヤマさんに確認をとって、ヒロさんは小走りでバックスタンドに向かって行った。
最前列に陣取るサポーターと大声で何かを話しているのが遠目に見える。やっぱりすごいな、あの人。
数分のやり取りを終えたヒロさんは、そのままフォルツァのピッチ脇を通りながら戻ってくる。途中、顔見知りらしい選手やコーチにも声をかけられ、ハイタッチを交わしている。
戻ってきたヒロさんは、僕の隣に並ぶようにジョッグ。かけられた言葉は、熱が込められていた。
「今日、絶対勝つぞ。絶対に」
599:以下、
円陣から放たれて、僕たちは各ポジションに着く。対面のタカギを見据えると、一瞬目が合った気がした。ぞくっと寒気がするような、一流プレイヤーの目つきだ。
少し怯えて視線をそらすと、今度はヒロさんと目が合った。タカギのそれとは真逆に心強い。
試合前、ヒロさんは『良い試合をしような』『頑張れよ』と、声をかけられたらしい。
「自分たちが勝つと信じて疑ってない。なめてんだよ、あいつら。俺たちのこと」
『たち』に力を込めて、悔しそうにヒロさんはそう言った。
僕たちがヒロさんの足を引っ張っているから、ヒロさんまでなめられてしまう。そう思うと、何だかいてもたってもいられなくなって。
「よっし、最初集中して入りましょう!」
大きな声で、チームメイトに声をかけた。驚いた目でみんなが僕を見つめて、すぐに「任せろ!」「最初な!」「落ち着いていこうぜ!」と返事が返ってきた。
そうだ、スタンドの雰囲気とか、相手の肩書なんかに負けるわけにはいかない。僕たちは僕たちなりの、できるプレーをやるしかない。
決意を胸にしまったところで、試合開始の笛が響いた。
600:以下、

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