緒方智絵里「私だけの、幸せのカタチ」back

緒方智絵里「私だけの、幸せのカタチ」


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※「アイドルマスター シンデレラガールズ」のSS
※キャラ崩壊あり、人によっては不快感を感じる描写もあるかも
※独自設定とかもあります、プロデューサーは複数人いる設定
以上の事が駄目な方はブラウザバック奨励
2: 以下、
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私は、幸せになりたかった。
ずっと、ずっと……幸せになりたくて、幸福を求め続けてきた。
沢山の幸せじゃなくてもいい。ほんの少しの、ちっぽけな……ありふれた幸せでも、私は良かった。
それさえあれば、私は満足でいられたはずだった。
でも、願ってばかりいたけれど……それは手に入らなかった。
幸福は私からどんどん離れていき、遠ざかっていく。私は幸せにはなれなかった。
願ってばかりで動かなかったから、何も掴めなかった。この手に残ったのは、ただただ無惨な現実だけ。
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3: 以下、
だからこそ、私は動こうと思った。その為に、あるものを探し始めた。
幸せの象徴……私の幸せだった頃の思い出でもある、四つ葉のクローバーを。
『四つ葉のクローバーを見つけると、幸せになれる』
誰かが私に言った言葉だった。誰が言ったのかは……もう、覚えていない。どうでも良かった。
けど、その言葉を信じて……私はひたすら四つ葉のクローバーを集めた。
一本、二本、三本と……四つ葉のクローバー見つける度に、私の心の中は期待で満ちていく。
今度こそ、幸せになれる。あの頃の幸せを、取り戻せる。
そんな希望が……儚い気持ちが、自然と膨らんでいった。
4: 以下、
十本、二十本、三十本……集める本数が増えていく毎に、私の期待も更に増していった。
――は何て言ってくれるだろう。――は褒めてくれるかな。
その先に待つ未来を想像し、私の胸中は『その時限りの』幸せで埋め尽くされていく。
それが、叶わぬ願いと分からぬまま……一心不乱に、私は幸せの象徴を、その手で千切っていく。
ただただ自分勝手に、野原で無垢なるまま育ったそれを、私は、自分の幸せの為に、奪うのだった。
百本、二百本、何百本……もう、どれくらい集めたかなんて、分からなくなってきた。
沢山集めた幸せの象徴。いっぱい……いっぱいの小さな幸せ達。
だけど、私はまだ……幸せでは無かった。私の欲しかった幸せは、手に入っていない。
5: 以下、
……ねぇ、教えて? 一体、あとどれだけ奪えば、私は幸せになれるのかな……?
何千、何万、何億……? どれぐらいの幸せを奪えば、私は、幸せになれるのかな。
あぁ、神様は……私に対して意地悪なんだ。この世界は、私にとって酷い世界なんだろう。
いつまでも叶わぬ願いを前にして、私はもう、疲れて果てていた。
もう、諦めよう。私の求めていた幸せなんて、手に入る事は無い。
……そう、思っていた時、私は遂に見つけてしまった。
私を幸せにしてくれる……私だけの四つ葉のクローバーを、見つけてしまったのだった。
今まで集めてきた何百本もの四つ葉のクローバーにも勝る、そんな存在を。
あぁ、ようやく……私は幸せになれるのだ。
6: 以下、
その時の私は、そう確信していた。紛れもなくそれは、幸せをもたらしてくれるはずの化身であると。
そして私は、決心するのであった。
今度こそ絶対に、私は幸せになってみせる。
例え、周りが不幸になろうとも、相手がどうなろうとも、何としてでも、手に入れてみせる……と。
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7: 以下、
とりあえず、導入部分まで
今から仕事なので、続きは帰ってきてから投稿します
10: 以下、
「あ、あの……プロデューサーさん」
ある日の昼下がり。CGプロダクションのプロデューサーであるPは仕事途中に背後から話し掛けられ、声のした方にへと顔を向ける。
彼の視線の先に立っていたのは、小柄でどこか儚げな印象はまるで小動物のよう。
ツインテールの髪型が特徴の少女。彼もよく知る、自身が担当するアイドルである緒方智絵里であった。
「あぁ、なんだ。智絵里か」
「は、はい。えっと……」
「どうしたんだ? もう直ぐレッスンが始まる時間じゃないのか」
 
「そ、そうですけど……そ、その前に、渡したい物があって……」
そう言うと智絵里は恥ずかしそうに、もじもじと体を動かす。
11: 以下、
「その……これ、です」
そしてPに向けて何かを差し出す。
Pは差し出されたそれを受け取ると、まじまじと見つめて観察する。
「これは……栞か」
その正体は長方形に切り取られた厚紙の上に、押し花になった四葉のクローバーが貼り付けられた、手作り感の溢れる栞であった。
「こ、この間……公園で見つけて作ってみたんですけど……。そ、その、良かったら、貰って下さい」
担当アイドルの手作りのプレゼント。言わばそれは、彼女からの信頼の証でもある。
そんな物を渡されては、Pも受け取らないわけにはいかない。
彼は近くにあったスケジュール張を手に取り、それを開く。受け取った栞をその中に挟み、そして閉じた後に元の位置にへと戻した。
12: 以下、
「ありがとう、智絵里。大切に使うよ」
そう言ってPが感謝の言葉を口にすると、智絵里はまるで花が咲いた様な笑顔を彼にへと見せる。
「そ、それじゃあ、私……レッスン行って来ますね」
「あぁ、頑張れよ」
Pがそう声を掛けると、智絵里は嬉しいのか幸せそうに微笑む。そしてパタパタとした動作で事務所から出ていき、レッスン場に向かって行った。
その後姿をPは見送った後、再び目の前の仕事に取り掛かり始める。
「智絵里ちゃんからのプレゼント、いいですねぇ」
しかし、取り掛かろうとしたその時、隣の席からそう声を掛けられ、Pは手を止めた。
「ファンの方達に見られたら、きっと全力で恨まれるでしょうね」
「……そんな事にはなりませんよ。考えすぎですから」
苦笑しつつ、Pは隣に座る事務員、千川ちひろにへとそう返した。
13: 以下、
「いえいえ、人の嫉妬って怖いですからね。何をされるか、分かったものじゃありませんよ」
「だから、考えすぎですって。変なドラマや小説の見すぎじゃないですか」
「でも、本当に気をつけた方がいいですよ。最近、物騒な事が多いですし。アイドルが狙われる事件とかも、実際に起きてますから」
「……それは確かに、一理ありますね」
「けど、智絵里ちゃん……昔と比べると、大分変わりましたね」
「変わった……? そうですか?」
そう言って、Pは首を傾げてちひろにへと問い掛ける。
「えぇ、変わりましたよ。以前の智絵里ちゃんでしたら、さっきみたいにプレゼントなんて渡してくれなかったと思いますよ」
「まぁ……それはそうですね」
「それだけ、好かれているという事です。信頼を寄せられてるとも言えますね」
「……だとすれば、嬉しい限りです。担当プロデューサーとして、冥利に尽きますよ」
14: 以下、
はははとPは照れた様に笑い、後頭部を掻いた。
その仕草を見たちひろはにっこりと微笑む。
「あっ、そうだ。担当アイドルとそこまでの信頼関係を築く、そんなPさんでしたら……」
そう言うとちひろは笑顔を保ちつつ、自分の机の中から何かを取り出し、それをPの机の上にへと置いた。
「もちろん、事務員の私とも良好な関係を築いてくれますよね?」
「……それはつまり、これを買えって事ですか?」
Pは置かれたものを指差し、ちひろにへと問い質す。それは事務所で売られている栄養ドリンクであった。
CGプロダクションの自社ブランド商品でもあり、ちひろが他のプロデューサーにへとよく売りつけている物でもあった。
そして同僚の大半が買っており、愛飲している事をPも知ってはいた。
15: 以下、
「いえいえ。私としてはPさんと今後とも、良好な間柄でいたいだけですよ」
「金銭取引での間柄は、良好な信頼関係と言えるんですかね」
「さぁ、どうでしょうね? うふふ」
天使の様な笑みを浮かべているちひろであるが、やっている事は間違いなく、悪魔の所業であった。
そんなあくどい所業を見てか、Pは『はぁ……』とため息を吐く。
「……せっかくですが、お断りさせていただきます。というか、いらないです」
そしてPはそうはっきりと告げると、自分の机に置かれた栄養ドリンクをちひろの机にへと戻す。
断られたちひろの表情からは笑みが消え、不満の感情が前面にへと押し出される。
16: 以下、
「いらないって、そんなぁ……。Pさんは、私からの好意を無碍にする人なんですね。酷いです」
「人に買わせようとして押し付ける事を、好意とは到底思えませんが」
「……そう言うのでしたら、私にも考えがあります」
「考え、ですか?」
ちひろは机の中から栄養ドリンクをもう一本取り出すと、先程戻された一本と合わせてPの机にへと置いた。
「買っていただけるのであれば……今なら限定で、もう一本おまけしちゃいます。とってもお買い得ですよ」
「えぇ……」
「さぁ、どうです? 通常価格で、もれなく二本飲めるんですよ。プロデューサーであるなら、買うしかありませんよ」
17: 以下、
「……もう一度言いますが、いりません。自分以外の人にでも売りつけてください」
そう言って再び断ると、Pは栄養ドリンクを二本ともちひろの机にへと戻す。
ちひろはそうした行動を見てか、でかでかと不満を表すようにため息を吐いた。
「……Pさんは、ケチです」
「計画性のある人間だと、言って下さい」
それからは諦めたのか、ちひろもPに対してドリンクを売りつけてくる事は無かった。
渋々といった面持ちで、ちひろはドリンクを机の中にへとしまう。
Pもちひろも、それぞれの仕事にへと取り掛かるのであった。
20: 以下、
数日後の夕暮れ時。ちひろは事務所で一人、目の前に積みあがる書類の山を片付けていた。
その他の同僚達は営業に出ているか、席を外しているかで不在である。
現状、事務所内にはちひろ以外の社員の姿はどこにも無かった。
「はぁ……こうして一人で仕事をしてるのも退屈よね」
溜め息一つ吐いた後、ちひろは隣の空いている席を見つめる。
今はそこに姿は無いが、Pがいつも座っている席であり、彼もまた営業の為に外出中であった。
Pがいるのであれば話し相手にもなっていただろうが、いない現状ではそれも叶わない。
21: 以下、
「それにしても……どうすればPさんは商品を買ってくれるのかしら」
仕事の途中、ちひろは先日の事を思い出し、そう愚痴を口にする。
「他のプロデューサーさん達は買ってくれるのに、買わないのはあの人だけ……」
P以外の同僚達はこぞってドリンクやその他の商品をちひろから買っていくのだが、Pだけはそれが無かった。
頑なに買おうともせず、一銭たりともお金をちひろに落とそうとしなかった。
「魅力的な提案を勧めてもまったく食い付いてこないし、どういう事なの……」
何か裏でもあるのかと勘繰ってしまうちひろだが、Pにそういった側面があるという噂は聞いた事が無い。
「それとも……ここ以外に何かお金を落とす所でもあるのかしら」
例えば、趣味にお金を費やしているのであれば、ちひろとしても納得がいく。
または、彼女がいるのであれば、尚更そちらにへと使うのも分かる。
22: 以下、
しかし、以前にPから話を聞いた時には、没頭している趣味もそんなに無いと言っていた。
それに付き合っている彼女もいないと言う。そう考えると、ますますPのお金の使い道がちひろには分からなくなった。
「今月の売り上げもそれ程良くは無いし、少しは貢献して欲しいんだけどなぁ……」
こんな事を口にした所で、返答が返ってくる訳では無い。当の本人が不在なのだから、当然である。
しかし、周りに話し相手もおらず、仕事に没頭するだけで退屈なちひろは今、何となくぼやきたくもなる気分だった。
「こうなったら……他のプロデューサーさんからPさんに、買う様に勧めて貰おうかしら……」
そんな事を口にしていると、不意に事務所の扉がゆっくりと開かれた。
営業に出掛けていたプロデューサーの誰か、もしくはPが帰ってきたのかと、ちひろは扉の方に向けて視線を移す。
23: 以下、
「あ、あの……お疲れ、様です……」
そこに現れたのはPでも他のプロデューサーでも無く、Pの担当するアイドル、智絵里であった。
控えめに扉を開き、その隙間を小さい体をさらに縮こまらせて入ってくる。
「あ、あれ……?」
そして事務所に入るなり、きょろきょろと辺りを見回して何かを探している様子。
「お疲れ様、智絵里ちゃん」
困っている様子の智絵里を見兼ねてか、ちひろは立ち上がると、声を掛けつつ近付いていく。
「あっ、ちひろさん……。お疲れ、様です……」
「今、レッスンの帰りかしら?」
24: 以下、
「は、はい。そう、なんですけど……その……」
伏し目がちになりつつも、智絵里はちひろにそう答える。しかし、何かを探している姿勢はそのままであった。
ちひろの事を見つつも、その視線の先はあちこちにへと散らばっていた。
そんな仕草を見せられては、ちひろが興味を引かれてしまうのも、無理は無かった。
「何か、探し物でもしてるの?」
智絵里の探しているものが気になってか、ちひろはそう声を掛ける。
「えっと……物、じゃないです」
「物じゃない……?」
「……あの。私の、プロデューサーさん……見て、ませんか?」
25: 以下、
それを聞いたちひろはようやく合点がいった。
智絵里が探しているのが、彼女を担当するプロデューサーであるPだという事に。
「さっきから探しているんですけど、その……どこにも、いなくて……」
「あら、そうだったのね」
「はい……」
「けど、ごめんなさい。智絵里ちゃんのプロデューサーさんなら、まだ帰ってきてないのよ」
「あっ……そ、そう……ですか」
Pはまだ帰ってきていない。それを知った智絵里は目を伏せて、落胆した様子であった。
その姿は何だか見ていられない程に悲しそうだった。
26: 以下、
「何か用事でもあったの?」
そんな姿を見てしまったせいか、救いの手を差し伸べようとちひろはそう声を掛ける。
「ち、違います。そう、大した用事でも……無い、ですので……」
口ではそうは言っている智絵里だが、様子を見ていればそうでは無いという事に気付ける。
大した用事でも無ければ、今日ではなく後日に会った時にでも済ませばいい話なのだから。
直接Pと会った上で、何か大事な用があって事務所を訪れた事が読み取れた。
「……ねぇ、智絵里ちゃん」
「え、あの……なんでしょう?」
「智絵里ちゃんのプロデューサーさん……Pさんね、どれくらいに帰ってくるかまだ分からないのよ」
27: 以下、
「……はい」
「だからね、もし伝言や何か渡すものでもあるなら……私で良ければ、智絵里ちゃんのプロデューサーさんに伝えておくけど。どうかしら?」
ちひろは智絵里の心情を汲み取って、そう言って提案を持ち掛けた。
それを聞いた智絵里の表情は先ほどよりも少し和らいだ様にちひろは感じ取れた。
「い、いいんですか……?」
「えぇ、もちろん」
智絵里の問い掛けににっこりと笑顔で返すちひろ。
それはPや他のプロデューサー達に見せる悪魔の様な笑みでは無く、優しく導く様な天使の様な笑みである。
「そ、それじゃあ……その……」
そう言って自分の手荷物から何かを取り出した智絵里。それを迷う事無くちひろに手渡した。
28: 以下、
「これ、お守り……?」
渡されたのはお守りだった。それも神社で売っている様な作りのものでは無かった。
緑色をしたお守りの表面には、幸せの象徴である四葉のクローバーの刺繍が施されている。
それ以外にもあちこちに見られる刺繍の跡から、智絵里が手作りしたという事が推測できた。
「もしかして、これ……智絵里ちゃんが作ったの?」
「は、はい……プ、プロデューサーさんの為を思って……作ってみたんです」
お守りを自作した。智絵里のその言葉にちひろは目を剥いた。
以前に栞を手作りして渡している姿を見てはいるが、こんな代物まで作っていたとは驚きだった。
30: 以下、
「だ、だから……これ。渡して貰っても、いいですか……?」
そう言って智絵里は上目遣いでちひろを見る。
「分かったわ。必ず、プロデューサーさんに渡すからね」
そしてちひろは二つ返事で了承する。自分から掛け合ったという事もあり、断る理由も無いからだ。
「あ、ありがとうございます」
智絵里はちひろに対して深々と頭を下げる。それを見たちひろは『そんな事しなくてもいいのに』と、心の中で思った。
31: 以下、
「そ、それじゃあ……ちひろさん。よ、よろしくお願いしますね」
それから智絵里はそう告げると、用が無くなった為か事務所から出て行き、帰っていった。
少しだけ軽やかな足取りで歩いていく智絵里の姿を見て、ちひろは微笑ましく思った。
「……さて。私も仕事に戻らないと」
帰っていく智絵里の姿を見送った後、ちひろは自分の席にへと戻り、再び仕事に手を付け始めた。
しかし、数分もした所でちひろは手を止める。気になる事があって身が入らなかったからである。
それでも進めようとし、何とか集中して取り掛かろうとするが、どうにも上手くはいかなかった。
その対象物が視界に入る度に、ちひろの集中力は欠けていくのであった。
 
そして遂には好奇心の限界を迎えたのか、その対象物にへとちひろは手を伸ばす。
ちひろが手を伸ばした先にあるのは、先程智絵里から預かったばかりのお守りである。
32: 以下、
「……それにしても、プレゼントねぇ」
お守りを手に取ったちひろは顔を近づけ、その作り様を隅々までをじっくりと観察する。
細部まで凝った作りをしており、素人目に見てもその完成度は高かった。
「でも、お守りだなんて……それも手作り。Pさん、相当に智絵里ちゃんに慕われてるのね」
先日にも手作りの栞を貰っている事を考えると、余程に信頼されている事が伺える。
少し前までは人見知りで内気だった少女が、こうして担当に対してプレゼントを渡す。
成長具合としては、かなりの進歩をしていると言える。
改めて、Pのプロデューサーとしての手腕の高さを、ちひろは再認識する。
しかし、そこまで考えた所である疑問が浮かんでくる。
33: 以下、
「あの二人……もしかして、付き合ってるのかしら……?」
思い返してみれば、そういった可能性も考えうる事に、ちひろは気づく。
いくら慕っているとはいえ、ただ担当している人間にこんなお守りやら栞なんて物を渡したりするだろうか。
しかし、智絵里とPの関係は飽く迄アイドルとその担当プロデューサー。
それが付き合ってるなんて以ての外。決して超えてはならない垣根である。
もし、それを超える事態にでも発展し、それが世間に知られでもすれば……。
「スキャンダル待った無し……」
それを思うとぞっとするちひろ。芸能事務所において、それだけは避けなければならない事だ。
最悪の場合、事務所が倒産する可能性だって出てくる。
そんな事にでもなれば、ちひろも職を失い兼ねないので、そうした事態は困るのである。
34: 以下、
「……まぁ、でも。あの二人に限って、それは無いわね」
幾らなんでも考えすぎかと、ちひろは今起こった考えを思考の片隅に追い遣る。
長い事あの二人を見てきたが、そんな付き合っている様な素振りを見せた事は一度として無いからだ。
「他のアイドルの子達にも、似た様な事をする子もいるから……きっと、その程度の感覚なのよ」
ちひろはそういう風に断定し、これ以上は不毛だと考えるのを止めた。
それからある程度観察を終えると、お守りを元の場所にへと戻そうとする。
しかし、その時。ちひろはある事に気づいてしまう。
35: 以下、
「そういえば、このお守り。中に何か入っているのかしら……?」
戻そうとしていた手を途中で止め、ちひろはお守りを確かめる様に触れてみる。
すると、中に何かが入っている感触がする。お守りなのだから護符等が入っているかもしれない。
「でも、これ……紙の感触じゃないわね」
しかし、これは智絵里が手作りしたお守りなのだ。その線は考えにくかった。
「それじゃあ……この中には何が……」
普段ならお守りの中など、買った所で気にもならない。開けようとも考える事は無い。
だが、これに関しては別であった。ちひろは中身が無性に気になって仕方が無かった。
開封し、中に何が入っているのかを知りたい。そんな欲求や好奇心がどんどんと高まっていった。
36: 以下、
「でも、プロデューサーさんに渡す前に見たら智絵里ちゃんに悪いし……」
そもそもの話、自分以外の誰に対するプレゼントの中身を見ようとする事自体、間違った行為である。
しかし、膨れ上がった圧倒的な好奇心を前にして、そんな事をちひろは気にも留めなかった。
「……まぁ、幸いな事に今は誰もいないし。ちゃんと元通りに戻せば、バレはしないでしょう」
そんな安易な判断から、ちひろはお守りの封をしていた結び目を解き、開けてしまった。
どうせ知られた所で、怒られるだけで済むという謎の安心もあってか、その判断は素早かった。
37: 以下、
「さて、中身は何かしら……」
お守りの封を解いたちひろは袋の口を広げ、中身を確かめる。
お守りの大きさは小さい事もあってか、中に入っている物も必然的に少なかった。
「えっと……まずは、と」
非常に丁寧に、慎重な手付きでちひろは中身を取り出す。
少しでも傷つけでもすれば、勝手に中を覗いた事が知られてしまうので、その作業は慎重に行った。
「これは……四葉のクローバーね」
まず取り出したのは、智絵里のトレードマークとも言える四葉のクローバー。
栞にも押し花にされて貼り付けていた事から、中に入っているのは十分に予想はできていた。
38: 以下、
「これは想定の範囲内だけれど……」
入っている事は予想できてはいたが、それ以外は別だった。
何故なら、四葉のクローバーの葉が散ってしまわない様に、ラミネートで加工されて守られている。
ここまで丁寧に加工してあるのは、ちひろとしては予想外だった。
「相当に手の込んだ作りね。けど智絵里ちゃん、ラミネーターなんてどこで……」
そんな疑問がちひろの脳内に過ぎった。
が、よくよく考えてみればこの事務所の備品の中にあった事を思い出す。
智絵里が誰かから許可を貰い、それを使って作ったのだろう。
39: 以下、
「けど、智絵里ちゃんが使ってる所なんて見た事無いけど……」
勤務中のほとんどを事務所で過ごすちひろがそれを見た事が無いというのはおかしな話である。
しかし、恐らくは自分が休みの時にでも使ったのだろうと深くは詮索はしなかった。
「さて、他には……」
ちひろはラミネートされた四葉のクローバーを机に置き、また中身を探っていく。
そして、次に取り出したのは……赤い布だった。
「何かしら、これ……」
先程の四つ葉のクローバーは智絵里と関連づく事から、直ぐに理解ができた。
だが、目の前にある赤い布は全くといって智絵里と結びつかない。
それが何であるかは、ちひろには直ぐに分からなかった。
40: 以下、
「それに、これ……変な色ね」
染料で着色したにしては、その赤い布の色は何だか小汚かった。
赤い色というよりは、朱色と言うべきだろうか。明度としては暗く、不気味に映る。
とにかく、綺麗な赤色では無い事は確かであった。
「何だか湿った感じもするし……何なのかしら?」
塗料が完全に乾ききっていないのか、触った感触は湿っている。ますますちひろは分からなくなる。
色々とちひろは考えてみるが、全くといって可能性は思い当たらない。
そして先に中身の全貌を解明してしまおうとし、赤い布を四葉のクローバーの横に置き、後回しにした。
「後は……もう、無いのかしら」
お守りの口を大きく開いて確認するが、内部には何も見当たらない。もう何も残っていなかった。
四葉のクローバーと正体の分からない赤い布。これがお守りの中の全てであった。
43: 以下、
「何だ、これだけなのね」
思っていた様な内容とは違い、ちひろはがっかりする。
もっと特殊な物でも入っていると思っていた分、落胆は大きかった。
「クローバーは分かるけど、この布はなんなのかしら……?」
存在する意味の良く分からない布を眺めつつ、ちひろはそう呟いた。
だが、諦めきれないちひろは何か無いのかと、じっくりと観察を始める。
「あれ? でも、これって……」
すると、ちひろは布の裏面に薄っすらと、テープが貼られてある事に気付いた。
そして良く良く見れば、この布は折り畳まれている事にも気付いた。
44: 以下、
「という事は、まだこの中にも何かが……」
それを確認しようと、ちひろは大胆にもテープを剥がしに掛かる。
しかし、どうにも嫌な予感がしてならないと、自分の第六感がけたたましく警鐘を鳴らしている。
「だ、大丈夫……よね?」
得体の知れぬ不気味さを前に、ちひろは不安に駆られる。
だが、もうお守りの中身を空けてしまった以上、引き返せない所まで来ている事に変わりは無かった。
「……うん、きっと大丈夫よ」
自身を安堵させる為にも、ちひろは自分に言い聞かせる様にそう言った。
45: 以下、
「これを作ったのは智絵里ちゃん。だから、危険な物が入ってたりとかはしてないはず……」
そう言った後、ちひろは覚悟を決めてテープを破けない様にゆっくりとはがす。
そして封の無くなった布を開き、その中にある物を確認しようとジッと見つめる。
ちひろの視線の先、そこにあった物は……数本の茶色い、細長い糸の様な物だった。
それが一つに纏めて束ねられており、布の中央に鎮座しているのであった。
「え……?」
ちひろは一瞬、それが何なのかが理解できなかった。
46: 以下、
「何、これ……。糸……?」
ちひろはそう思ったが、良く見るとそれは糸とは違った。
糸よりも細く、しかもどこか艶のある様に見える。
「え、えっと……触ってみれば、分かるかしら……」
果敢にもちひろはそれにへと手を伸ばし、触れてみて感触を確かめる。
「……何だか、繊維みたいな感じはしないわね」
触れてみた事で、それが人工物とは違う事に、ちひろは気付く。
アクリルやつるつるした繊維とは程遠い手触りであった。
そして何故だか、過去に触った事のある様な……そんな感触がしてならなかった。
47: 以下、
「もしかして、これ……」
ちひろは考え抜いた結果、ある結論に辿りつく。
得体の知れないそれは、自分も毎日触れているものと同じなのだと気付いた。
「これ……か、髪の毛、よね……」
触れてみてようやく理解したが、これは間違いなく、人の毛髪だった。
しかも、髪質から考えるとこれは男性のものでは無く、女性の髪。
布の中に納める為に束ねられているが、それを解けば恐らく、長めの毛髪となるであろう。
「という事は……これ、智絵里ちゃんの……」
そうした考えに辿り着いたちひろは、ゾッとする思いであった。
48: 以下、
智絵里が作ったお守りの中から出てきたという事は、この毛髪は智絵里の物だという事に他ならない。
それこそ、それ以外の可能性は無いに等しかった。
他の女性の毛髪が入っている事の方が、余程に考えにくい。
「でも、何で……どうして、髪の毛が……?」
何故、そんなものが入っているのか。次なる疑問が浮かび上がってくる。
しかし、当事者でないちひろには、その答えは全く検討がつかない。思いつきもできない。
だからこそ、ちひろの中で積み上げられてきた、智絵里に対する印象が今、音を立てて瓦解した。
これまで見て、知ってきた緒方智絵里というアイドルは少なくとも、こんな事をする様な少女では無いはずだった。
「と、とりあえず……これをどうにかしないと……」
軽く放心状態だったちひろだったが、直ぐに冷静さを取り戻して行動に移る。
49: 以下、
(いつまでもこんな物を、目の前で広げているわけにはいかない……)
誰かが帰って来る前に適切に処理しなければ、ちひろにも害が及ぶのは間違いなかった。
というよりも、周りに露見する事による、智絵里からの報復の方がより恐ろしかった。
自分の毛髪を贈ろうとする相手なのだから、何をされるか分かったものでは無い。
そしてちひろは毛髪を元の位置に戻すと、再び布を元あった様に畳んで封をする。
後はこれをクローバーと一緒にお守り袋の中に仕舞い、口を閉じる……それだけだった。
「お疲れ様です。ただ今戻りました」
「ひゃっ!?」
しかし、タイミングが悪く、誰かが事務所に帰ってきてしまう。
50: 以下、
ちひろは飛び上がりそうなぐらいに驚くが、誰が帰ってきたのかを確認する為に音がした方向に急いで視線を向ける。
「あっ、ちひろさん。お疲れ様です」
帰ってきたのは最悪な事に、ちひろの隣の席に座る、智絵里の担当プロデューサーのPだった。
言わずもがな、ちひろが開封してしまった智絵里のお守りを贈る相手でもある。
「お、お疲れ、様です……」
あまりの事態に、ちひろは冷や汗が止まらず、冷静でいられなくなる。
そして心臓もばくばくと跳ね上がるではないか、というぐらいに高鳴っていた。
51: 以下、
(よ、よりにもよって……帰ってきたのがPさんだなんて……)
自業自得とはいえ、ちひろは自分の運の悪さを呪った。
これが違うプロデューサーやアイドルだったら、誤魔化せば最悪、何とでもなる可能性はあった。
だが、相手は贈り先であり、贈り主を担当するPである。
どうあがいても、誤魔化しの通用する相手では無かった。
「……? ちひろさん、どうかしましたか?」
ちひろの不自然な態度に気づいてか、Pはそう尋ねてくる。
「え、えっ!? い、いえ、な、何でも無いですよ! は、はははっ」
それでもちひろは何とか誤魔化そうと懸命に訴える。愛想笑いさえ浮かべ、気を逸らそうと試みた。
だが、笑って見せても引き攣った笑みにしかならず、余計に不自然さを増すばかりだった。
52: 以下、
「……変なちひろさん」
そう言ってPは首を傾げる。それから自分の席に向かって移動を始めた。
その辿り着く先は……必然的にちひろの隣である。
(……!? ま、まずい!?)
机の上に目を移せば、封の開けられたお守りと、取り出されたクローバーと赤い布が置いてある。
戻す前にPが帰ってきてしまったのだから、不完全な状態のままであった。
これを見られてしまっては、Pに勝手に中身を見た事が知られてしまう。
(今、これを見られるわけにはいかない!)
そう思ってから、ちひろは直ぐ様行動にへと移る。
机の上に広げているこんな状況になってしまった元凶を、素早く掻き集めて纏める。
そしてそれを、自分の机の中に仕舞い、隠蔽しようとしたのだった。
53: 以下、
(あっ……)
しかし、運命の女神はちひろには微笑まなかった。
急ぎすぎてしまったせいか、お守り袋だけが手から抜け落ち、すっぽ抜けた。
しかも最悪な事に、すっぽ抜けたお守りはPの机にへと、飛んで行ってしまったのである。
「ん? ちひろさん、何か飛んで……って、え?」
反射的に視線を向けたPの視界内に、決して見られたくなかった開封されたお守りが映る。
その瞬間、ちひろは全てが終わってしまった事を悟ったのだった。
「これって……」
Pは自分の下に飛んできたお守り袋をジッと見つめている。
もしかしなくとも、袋さえ見れば誰の物かは直ぐに理解するだろう。
54: 以下、
(お、終わった、かも……)
もう何をしても無駄な抵抗にしかならないと悟ったちひろは全てを諦めた。
もうこうなった以上、成り行きに任せるしか無かった。
「ちひろさん……これ、どこで?」
ちひろにお守り袋を見せながら、Pは尋ねてくる。
その表情は普段と何ら変わりないが、内心はどう思っているかなんて、ちひろには分かったものではなかった。
「えっと……その……す、すみません!」
だからこそ、ちひろはそれはもう全力で、机に頭をぶつけるのではないかという位に頭を下げて謝った。
55: 以下、
「智絵里ちゃんからPさんに渡して欲しいって頼まれて、それで中身が気になって……興味本位で中見ちゃいました」
「えっ? あぁ、そうだったんですね」
しかし、プロデューサーの反応はいまいちといった所だった。
怒りもしないし、困惑すら見られない。ただ淡々とその事実を受け止めているだけである。
その反応の薄さに、ちひろはどういう事か余計に分からなくなってくる。
「駄目ですよ、ちひろさん。気になるからって、人へのプレゼントの中身を見るだなんて」
「す、すみません……」
「それよりも……この中身はどこに?」
「こ、こちらです……」
ちひろは素直に、隠そうとしていたお守り袋以外を全てPにへと差し出した。
56: 以下、
「ありがとうございます」
それを受け取ったPは何故か、にこやかな顔つきをしていた。
中身を知るちひろからすれば、それは考えられない反応である。
人の毛髪を包んだ、不気味な赤い布が入ったお守り。そんなものを受け取っても、普通は嬉しくなどならない。
しかし、知らないのであれば、それはただのプレゼントにしか見えなかった。
そういった反応をPがしてしまう事は、当然なのかもしれなかった。
何も知らないPにその事を教えてしまおうか、ちひろは迷った。
57: 以下、
「あの……Pさん。その、中身の事なんですけど……」
が、どうにも嬉しそうにしているPを不憫に思い、その事実をPにへと伝えようとした。
「あぁ、これの事ですか?」
そう言ってPは四葉のクローバーでは無く、赤い布をちひろに見せた。
「これが何か……って、もしかして中身見ました?」
Pの問い掛けに、ちひろは無言のまま首を縦に振って答えた。
そしてどういう反応をするかとちひろは身構えていたが……
「あっ、そうですか」
と言って、Pは特に何もする事無く、平然としていた。
(あれ……?)
そんなPの反応を見た後、ちひろの脳裏に一つの疑問が浮かび上がる。
58: 以下、
(『中身見ました?』って……という事は、何が入ってるのか知ってるの……?)
ちひろはまた嫌な予感がしたが、もう自分にはどうしようもない……そんな境地にまで足を踏み入れていた。
「まぁ、先に見られたのは残念ですけどね」
「えっ?」
Pのその言葉に、ちひろは自分の耳を疑った。
(今、Pさん……何て、言ったの……?)
「さて、今回は何かなぁ……」
そう言ってPは嬉々として、布の封を取って広げていく。
60: 以下、
その中からは、先程ちひろも見た通り、束ねられた毛髪が姿を現した。
「おっ、これは……髪の毛か。成る程、そうきたか」
Pは束ねられた毛髪を掴み取ると、眼前に近づけて全体をじっくりと見回す。
「布の方は別としても、今回は控えめだな」
「……は?」
そしてPは何でもないかの様にそう口にするのであった。
それを聞いていたちひろは唖然とする。
目の前の男が今、何を言ったのかがにわかに信じられなかった。
61: 以下、
「ちゃんと言い付けを守っている様で、感心感心」
そんな風にPは一人で納得しつつ、毛髪の束を再び布の上にへと戻す。
戻した後、お守りの中に入れようとして、お守り袋を取ろうとする。
「ちょ、ちょっと待って下さい!」
しかし、ちひろがそう声を上げた事により、その手は途中で止まった。
Pは伸ばした手を引っ込めると、どうかしましたかとばかりにちひろにへと視線を向ける。
「え、あの、控えめって……どういう事、ですか?」
「どういう事って……言葉通りの意味ですが」
62: 以下、
「言葉、通り…?」
ちひろにはとても、そうとは思えなかった。
毛髪の束を入っている事など、普通の事では無いのだから、控えめであるはずが無い。
「これが、髪の毛が入っている事が、控えめなんですか……?」
「ええ、そうですよ」
Pからの返答に、ちひろは唖然として空いた口が塞がらなかった。
そして淀みなく、はっきりと控えめであると断言した目の前の男に、僅かながら恐怖を覚えた。
63: 以下、
「あの、お言葉ですが……私にはそれが、控えめとは思えないんですが……」
「そうですか? 毛髪ぐらいならけっこう控えめ……あぁ、そうか」
ちひろからの指摘を受けたせいなのか、何やらPは一人で納得をしている。
「そうか、なるほど。常識的に考えれば、普通には遠いのか」
「えっ?」
「すみません、ちひろさん。少し、勘違いをしていました」
「か、勘違い……?」
「はい。前に貰った二つがあまりにも過激だったものでしてね。それに比べると、これは幾分か控えめなんですよ」
以前にもこれを上回る、過激な贈り物を受け取った事がある。
サラッとPはとんでもない事を、ちひろにへと告げてきたのである。
64: 以下、
「前に……? 過激って、えっ……?」
ちひろはPからの言葉を理解出来ず、同じく口にして反復するだけである。
情報の処理度が追いつかなくなってきたせいか、ちひろの脳内はパンク寸前だった。
「あの、それには何が……?」
そのせいか、Pにへと思わずそう聞き返してしまう。
それを口にした後、自分は何を言ってしまったのだとちひろは愕然とした。
「この前に貰ったお守りには……智絵里の爪と指の皮が入ってましたよ。同じ様に、赤い布に包まれてですね」
「爪と、指の皮……!?」
65: 以下、
「いやぁ、あの時は焦りました。仕事が控えているというのに、指周りをボロボロにしてきてですね」
そう言われてか、ちひろはある時期に智絵里が指を怪我していた事を思い出した。
指に包帯を巻き、見ていてとても痛々しい姿であったが、その原因は知らずじまいであった。
それが、その原因がそんな事であったなどと、当時は全くも思いも寄らなかった。
「幸いな事に、手袋着用でもOKが出て仕事ができたので、何とかなりましたけど。流石にそれは、後で注意をした訳ですよ」
「は、はぁ……」
「ちなみにちひろさん。この布の着色って、何でしてると思います?」
「わ、分かりません……」
「あいつの血ですよ」
「血……って、はぁっ!?」
66: 以下、
自分が先程までに触れていた布。綺麗でもない、不気味に映える暗色の赤い布。
その赤色が智絵里の血液を使った色だと知り、ちひろは背筋の凍る想いであった。
「布に自分の血液を垂らして、色染めしてるんです。だからこんな風に、色合いがおかしくなって……」
聞きたくも無い事を次々に流してくるPに対し、ちひろは辟易とする。
しかもそれを、嬉々として語ってくる姿を見て、激しく引きすらもしていた。
普段は人柄の良いみんなに慕われる好青年だと思っていた。実際に触れていた事で、そう実感していた。
しかし、そのイメージはこの数分を以って粉微塵に粉砕された。
(ち、智絵里ちゃんも相当だったけど……この人もかなりヤバイ……)
ちひろにはもう、目の前に立つ男は好青年では無く、ただのサイコパスにしか見えなかった。
69: 以下、
「あ、あの……Pさん……?」
「ん? 何ですか?」
正直な所、ちひろは狂気的なやり取りをするPや智絵里と、もう関わりたくは無かった。
が、その前に一つ、聞いておかなければならない事があった。
「その……智絵里ちゃんとは、どういう関係なんですか……?」
こればかりは事務所の命運にも関わる事なので聞いておかなければならない。
(まぁ、今まで見てきた事を考えると、手遅れな気もするけど……)
ちひろは黙ったままPの反応を待った。
70: 以下、
Pは考える素振りを見せた後、にっこりと微笑んでから、
「ただのアイドルとその担当プロデューサー。それだけの関係ですよ」
と、悪びれずにそう言い切ったのだった。
「いや、嘘ですよね!?」
堂々と特別な関係では無いとPは主張する。
これにはちひろもツッコミを入れざるを得なかった。
「そんな事をしている間柄なのに、それだけの関係って……はっきり言って、ありえないです」
「まぁ、そういう反応になりますよね」
そう言ってPは苦笑する。
この期に及んで笑っていられるのはある意味凄いとちひろは思った。
71: 以下、
「けど、本当ですよ。俺達、付き合ってる訳でも無いですから」
(本当かしら……)
疑わしさ満点ではあるが、彼がそこまで言うのなら本当なのだろう。
と、不本意ながらちひろは納得しようとした。
「でも、智絵里の事は好きですよ。気に入ってはいます」
と、思った矢先にこれであった。
もう、ちひろにはこの男の言葉に、信用が持てなくなった。
「智絵里も俺の事を好きみたいですし、ある意味、相思相愛という事ですかね」
それはもう分かり切った事である。
72: 以下、
あんな猟奇的なお守りを渡そうとする時点で既に黒であるの明白だった。
それでもPはそう言って憚らないのだ。
ちひろはもう怒りを通り越して呆れが先に来そうだった。
「という訳ですから、ちひろさん。問題は無いと思うので、安心して下さい」
「いや、ちょっと待って下さい」
安心しろと一方的に言い切り、話の結論付けようとするPを、ちひろはそう言って止めた。
「あの……言いたい事は山ほどあるんですが。これまでの説明を聞いて安心しろだなんて、無理に決まってます」
73: 以下、
「えっ? 何でです?」
「仮に、Pさんと智絵里ちゃんが付き合っていない、という事は認めるとしましょう」
「はい」
「しかしですね。あんなプレゼントを贈っている時点で、相当な問題を抱えている訳ですよ」
「問題、ですか……?」
「髪の毛やら爪やら指の皮とか、そんなものをお守りに入れて渡している事が問題なんです。ましてや、血染めした布で包むだなんて……」
普通に考えれば、それは常軌を逸した行動でしかない。
そのお守りを持って警察にでも届け出れば、間違いなく、ストーカー案件で処理されかねない事でもあった。
警察沙汰とでもなれば、スキャンダルになる事は確定的である。
74: 以下、
「今すぐ、こんな事は止めさせて下さい。Pさんの為にも、智絵里ちゃんの為にも」
「いや、無理です」
二人を思ってのちひろの発言であったが、それをPはばっさりと断った。
それも有無を言わさずの、即答をしてでの事であった。
「無理って、何でですか」
「それを言った所で、智絵里は絶対に止めたりしないからですよ」
「いや、でも……Pさんが説得をすれば……」
「だから、説得をする事自体が無駄なんです」
きっぱりとそう断定するPの瞳には、強い否定の色が浮かんでいた。
強い感情を宿した瞳を前にして、ちひろはたじろいでしまう。
75: 以下、
「そもそも。こういった贈り物をしてくる相手が、まともに話を聞くとでも思っているんですか?」
「そ、それは……」
「それにですね。ちひろさんはどうかは知りませんが、俺は嬉しいんですよ。こうした物を貰える事が」
「嬉、しい……?」
「普通では考えられないですけど、この中には、あいつの……智絵里の想いが強く籠められている。それって、とても素敵な事じゃないですか」
嬉しいとも、素敵だともPは言ってのける。
そのPが抱く気持ちを、ちひろは1mmも理解は出来なかった。しようとも出来ない。
「だからこそ、俺は嬉しいと思いますし、素晴らしいと感じるんです。他の誰が何を言おうが、そんなのは知りません」
76: 以下、
「……どうなっても、知りませんよ」
「結構です。何とでもしてみますよ。他の人達には関係の無い、俺達二人の問題なんですから」
ちひろからの言葉を受けても、Pの決意は全くといって揺るがなかった。
そんな態度を見せられては、ちひろももう、何も言う気力が無かった。
ちひろは重々しく、Pの目の前で大きく『はぁ……』と、ため息を吐いた。
「とにかく……問題を起こして、事務所に迷惑を掛ける事だけは、絶対に避けて下さいね」
「大丈夫です。ちひろさんの迷惑になる様な事にはさせませんから」
「あの、現在進行形で迷惑を被っているのですが……」
「それは、ちひろさんの自業自得です。俺から言えるのは、それだけです」
77: 以下、
そう言った後、Pは携帯電話を片手に、事務所から去っていった。
『次からは、もう少し考えて行動した方がいいですよ』と、去り際にいらない一言を告げてもいった。
「……はぁ」
誰もいなくなった事務所の中で、ちひろはもう一度、重々しいため息を吐いた。
「……明日から、あの二人に顔を合わせるのが憂鬱だわ」
記憶を消せるのであれば、消してしまいたい。
過去に戻れるのであれば、数分前に起こした自分の軽率な行動を止めてしまいたい。
そうは思っても、どちらも叶いはしない願いである。
起きてしまった以上、知ってしまったからには、その現実を受け入れるしかなかった。
それでもちひろは、そうなって欲しいと願わずにはいられなかった。
79: 以下、
………………
…………
……
「……ふふっ、良かった。ちゃんと受け取ってくれて」
CGプロダクション近くの路地裏。人の通らない、日も差さない暗い場所。
そんな場所で一人、少女はそこで佇みながら薄い笑みを浮かべていた。
「嬉しいなぁ……私からプレゼント、素敵だって言ってくれた。えへへ……」
少女の両耳には、イヤホンが挿されていた。そのイヤホンは、彼女の持つ携帯電話に接続されている。
そこから聞こえてきた言葉を思い返しつつ、少女の心は幸せの色に満ちていく。
80: 以下、
他ならぬ、彼女の思い人からの言葉である。
人前では滅多に口にはしてくれない、希少な褒め言葉でもあった。
これには少女も、喜ばずにはいられなかった。
「あははっ。今度はもっと……もっと凄いものを、贈ろうかな」
だからこそ、少女の感情は昂り、次なる計画を練り出す。
これで終わりにするのではなく、次も、その次も、またその次、未来永劫と関係を続けていく為にも。
「そうすれば、今日よりもきっと、喜んでくれるはずだから」
全ては、相手に喜んで貰いたい。相手に自分を褒めて欲しい。
そんな一心で、少女は動くのである。それが、彼女の喜びでも幸せでもあった。
相手の事を想うだけでも、少女の表情には満面の笑みが浮かび上がるのだった。
81: 以下、
「……けど、許せないなぁ」
しかし、その笑みは跡形も無く、一瞬にして消え去った。
その跡に残ったのは、凍りつく様な、何の感情も宿らない無機質な表情。
目は大きく見開いており、その瞳の中には、光の欠片も一切宿していない。
「私の邪魔をしてくれて……私のあの人に、変な事を言って……」
先程と違い、その言葉を思い返すだけでも、腸が煮え繰り返る思いだった。
今、目の前にその人物がいるとするならば、少女は何をするか分かったものではなかった。
82: 以下、
「―――さんも、私を裏切るんだ……」
彼女を信じて託したのにも係わらず、裏切られたという悲しみ。
興味本位で二人の間を好き勝手に踏み荒らし、余計な口出しまでしてくれたという怒り。
その二つがドロドロの感情となって今、少女の胸中で渦を巻いていた。
「だったら……許せない、よね?」
自分とあの人との仲を邪魔するというのなら、容赦をするつもりは少女には一切無かった。
少女は耳に挿したイヤホンを抜くと、携帯電話から外し、その両方を鞄の中にへと仕舞う。
それからふらふらと幽鬼の様な足取りで、妖しい笑みを浮かべながら路地裏から姿を消していった。
その瞳の色は、無機質なものから復讐の色にへと変化し、爛々としていたのであった。
84: 以下、
その翌日。ちひろは早朝の誰もいない事務所で、始業の準備に追われていた。
日々の業務に使うパソコンを立ち上げたり、窓を開けては部屋の換気をしていく。
しかし、どうにも気が重く、作業は思う様には進んではいかなかった。
これも全て、昨日の出来事が尾を引いているが為であった。
「はぁ……本当に、どうしようかしら」
自分の机の上で頬杖をつき、朝方なのにも係わらず、ちひろは重々しくため息を吐く。
昨日から数えれば、何度目のため息になるのか、それを数えるのもちひろは億劫となっていた。
85: 以下、
「今日から私……どうあの人と接すればいいの」
そう言いつつ、ちひろは頬杖をつきながら隣のPの席を見つめる。
そこにはまだ誰もおらず、机の上は綺麗に整えられていた。
「普通の人だと思っていたのに、どうしてあんな……」
これまでに出来上がっていたPの人物像は、誠実で優秀な男であった。
第一印象で聞かれれば、とにかく普通の人。何の変哲も無い、一般人。
それこそ、本性である猟奇的な性格を秘めていた事など、周りには微塵も感じさせずにいた。
そんな本性、知らなければ良かった。ちひろは心からそう思い、後悔していた。
86: 以下、
「智絵里ちゃんとも、顔を会わすのが辛いわ……」
Pと接する以上に憂鬱なのが、智絵里に会う事であった。
望んでもないのに智絵里の本性を知ってしまった上に、ちひろは彼女との約束を破ってもいる。
お守りをPに渡しているとはいえ、その中身を覗いた事は、許されざる事である。
もし、Pの口から智絵里に知られでもすれば、ちひろの身が危ぶまれる。
「はぁ……昨日の内に、Pさんを口止めしておけば良かったのに」
情報過多となっていたちひろの脳内では、その様な発想は直ぐに思い当たらなかった。
それを思いついたのは、ちひろが帰宅してからの事であった。
87: 以下、
ちひろがその場で冷静にいられれば、直ぐにでもその発想に辿り付けた。
だが、立て続けに起きた予想外の出来事の連続に、脳の処理が追いつかず、そこに辿り着くまでに時間が掛かったのである。
「……とりあえず、Pさんが出勤した時にでも話してみましょう」
そうちひろが考えていた時、事務所の扉が静かに開く。
物音を立てずに開かれた扉の隙間、そこから小柄な体がするりと通り抜ける。
気配を消し、息を殺して事務所内にへと進入を果たしたのである。
通り抜けた後、その人物はまた音を立てずに、今度は扉を閉めた。
88: 以下、
気配を消していたせいか、ちひろは誰かが入ってきた事に気付きはしなかった。
彼女は今も、自分が助かる算段をぶつくさと考えつつ、始業の準備を進めている。
そんなちひろの背後に、小柄な少女の影がゆっくりと近づいていく。
そして少女はちひろの直ぐ後ろに立つと、彼女の耳元に向けてポツリと声を掛ける。
「……おはようございます」
「ひゃっ!?」
不意に声を掛けられた為、ちひろは飛び上がりそうになるくらいに驚いた。
そして誰が声を掛けたのかを確かめる為に、後ろを振り向く。
そこにいたのは、先程に会うのが憂鬱だとちひろが思っていた人物、緒方智絵里が立っていたのである。
90: 以下、
「ち、智絵里ちゃん……?」
「おはようございます、ちひろさん」
「え、えぇ、おはよう」
智絵里からの二度目となる挨拶を、ちひろは笑顔を見せながらそう応える。
しかし、唐突だったこともあってか、笑顔は自然には浮かばず、ひきつったものとなった。
それに比べ、智絵里の表情は自然な笑顔であったが、いつもとはどこか違っている。
彼女が以前に浮かべていた、少女特有のにこやかな笑みでは無い。
まるで人を蔑む様な、冷徹で冷酷な薄い笑みであった。
そしてその瞳には、光の欠片も一切浮かんではおらず、漆黒の色に染まっていた。
91: 以下、
「え、えっと……こんな早くに、どうしたの……?」
智絵里の不気味な雰囲気を受けつつも、ちひろはそう問い掛ける。
まだPや他のプロデューサーですら出勤していない、この早朝の時間。
それなのに、何故に智絵里が訪れたのか、その理由がちひろには分からない。
だからこそ、その理由を真っ先に尋ねるのであった。
「まだ仕事には、早すぎると思うけど……」
「……ちひろさんに、お礼をしに来たんです」
「お、お礼……?」
「はい、昨日のお礼です」
92: 以下、
昨日のお礼と言われ、ちひろはあのお守りの件だと直ぐに察した。
それと同時に、大量の冷や汗がちひろの顔の表面に浮かび上がる。
お礼と聞いて、何か別の事をされるのではないか。そう邪推してしまったが為である。
Pに話をつける前に、聞かれたく無い相手である智絵里がやって来たのだ。
これには焦りを感じても、仕方の無い事であった。
この後にどんな事になるのか予測が出来ず、ちひろは思わず身構えてしまった。
「昨日は、私の代わりにお守りを渡してくれて、ありがとうございます」
しかし、身構えたちひろに向けられたのは、ありがとうという単純なお礼の言葉であった。
言い終えた後、智絵里は感謝の意を表す為、ぺこりと頭を下げる。
93: 以下、
裏切り行為を働いたのだから、恨み言の一つでも言われるのではないか。
そう考えていたちひろにとって、その言葉は些か拍子抜けだった。
「プロデューサーさん、とても喜んでました。ちひろさんのお陰です」
頭を上げた智絵里の表情には、いつも彼女が浮かべている笑顔があった。
そこには漆黒の瞳も、冷徹な笑みも無い。
ただただ無邪気な笑顔が、いつも通りにあるだけであった。
それを見たちひろは、本当に感謝を伝えに来ただけなのだと、ホッとする思いだった。
先程に見えた表情は、恐れるあまりに見えてしまった幻覚か、目の錯覚だったのかもしれない。
94: 以下、
(どうやら、智絵里ちゃん……昨日の事をまだ、聞いてはいないみたいね)
まだ智絵里の耳に、ちひろの裏切り行為が伝わっていない事を、幸運にも感じた。
知れていないのなら、なんとでも、どうにでもなる。
この場限りだが、ちひろが伝えなければ、最悪の結果は訪れないのだ。
ちひろは安堵してか、智絵里に感付かれない様にそっとほくそ笑むのであった。
「そんな事は無いわ。Pさんが喜んでくれたのも、智絵里ちゃんが頑張ったからよ」
変な方向性にね、とちひろは心の中で密かに付け加える。
「だから、私は関係無いわ」
謙遜では無く、実質はその通りである。
ちひろがした事といえば、中身を勝手に覗いただけである。
智絵里に感謝される立場では、全く無かった。
95: 以下、
「いえ、それは違います」
しかし、その事実を知らないからなのか、智絵里はそう言ってしまう。
「ちひろさんも、大きく関わってます」
ちひろを疑う事もせず、純粋に約束を守ってくれたと信じて込んでいる。
そんな智絵里の姿を見て、ちひろは罪悪感に苛まれるが、事実を告げる真似はしない。
この場を切り抜ける為にも、自分を守る為にも、嘘を貫き通す。
それ以外に、ちひろが助かる道は残されていなかった。
「なので……私からの気持ち、受け取って欲しいです」
智絵里はそう言うと、持っていた鞄の中に手を入れ、何かを取り出そうとする。
96: 以下、
(気持ちって……何かしら?)
何かしらを取り出そうとしているのだから、それは物である事は間違いない。
ならば、前にPが貰っていた栞の様な物かもしれない。
何が出てくるかは分からないが、ちひろは勝手にそう想像した。
感謝の気持ちが込められた、プレゼントの類いという風に。
しかし、実際に取り出されたのはそんな物では無かった。
智絵里が手にしたのは、細長く、棒状の形をした何か。
柄をがっちりと握っているせいか、全体像がはっきりとしない。
それ故に、ちひろはそれが何なのか、直ぐには分からなかった。
ただ、どこかで見た事がある。そんな気がしてならなかった。
97: 以下、
そうして考えている内に、その答えに該当する物が、ちひろの脳裏に浮かび上がった。
じっくりと観察すれば、脳裏に浮かんだ答えと、その実物はぴったりと合致する。
けれども、それを取り出した理由が分からない。
何故、感謝の気持ちと言って、それを取り出したのかが理解出来ない。
分からない事だらけの状況を前にして、ちひろは智絵里に問い掛けようとした。
その瞬間、その刹那。智絵里が動いた。
棒状の形をした何かを、両手でぎゅっと握り締め、前方にその先端部を向ける。
そしてそれを、
目の前で佇む、
ちひろの腹部に目掛けて、
思いっきり突き刺した。
99: 以下、
「えっ……?」
突然の智絵里の凶行に、ちひろの思考は一瞬で停止する。
だが、その視線は反射的に刺された腹部にへとゆっくり向かう。
そこには、智絵里が鞄の中から取り出した棒状の形をした何か―――カッターナイフが突き刺さっている。
刃先は、先端部がちひろの腹部に埋まっており、目視は出来なかった。
「ちひろさん……私、ちひろさんには感謝しているんですよ」
そう言いつつも、智絵里はちひろからカッターナイフを引き抜こうとしない。
寧ろ、グッと力を籠めて、更に突き刺そうとしているのである。
100: 以下、
神経が麻痺しているのか、ちひろには刺された痛みを感じてはいなかった。
その置かれた状況を、黙って眺めているしか、ちひろには出来なかった。
「ちひろさんがプロデューサーさんに色々と言ってくれたから、私……褒められたんですよ?
「素敵、って……嬉しい、って……素晴らしい、って……えへへ♪
「それに、好きだって……言って、くれました
「とても、嬉しかったなぁ……だから、ありがとうございます」
喜色に満ちた表情で、感謝の言葉を、凶行に及びながら智絵里は口にする。
しかし、ちひろとしては一刻も早く、腹部に刺さった凶器を引き抜いて欲しい思いであった。
痛みは無く、鮮血も見えないが、刺されたという事だけで、ショックで気絶してしまいそうだった。
101: 以下、
だが、それを智絵里が許してくれそうには無かった。
「けど、ちひろさん……」
喜色で満ちていたのが一転、暖かな表情が氷点下まで一気に温度が下がる。
まるで能面の様な、無機質な表情がそこに浮かび上がった。
「私……あなたの事、憎んでもいるんですよ?」
そしてその瞳の色は、先程にも見た漆黒の色にへと変化している。
ちひろが見ていたのは幻覚でも錯覚でも無く、紛れも無い現実であった。
102: 以下、
「私のお守りの中身……勝手に見ましたよね?
「酷いですよね。人のプレゼントの中身を勝手に見て……
「あの人に、最初に見て貰いたかったのに……
「それなのに、何で邪魔をしたんですか……?
「何で、あの人に余計な口出しをしたんですか……?
「ちひろさんに、口出しする資格なんて無いのに、何でですか……?
「ねぇ、どうして……? どうしてですか……?
「どうして? どうして? どうして? ねぇ、何で?
「どうしてどうしてどうしてどうしてどうして、どうしてどうしてどうして、どうしてどうしてどうしてどうして
「どうしてどうしてっ、どうしてどうしてどうして、ドウシテどうしてどうしてドウシテ、どうしてどうしてどうしてっ!!」
103: 以下、
勢い良く溢れ出る智絵里からの詰問に、ちひろは何一つ答える事が出来ない。
何かを言えば、余計に火に油を注ぐ事となり、智絵里をより激昂させるかもしれなかった。
それと恐怖も相俟って、おいそれと言葉を口には出来なかった。
「……私の邪魔をする人は、嫌いです
「だから、絶対に許せないです
「でも……」
智絵里はそう口にすると、ゆっくりと後ろにへと下がり、ちひろの腹部から凶器を引き抜いた。
「感謝しているのも、嘘じゃないです」
無表情のまま、智絵里はその刃先をちひろにへと見せつける。
そこには鮮血など付着しておらず、綺麗なままであった。
出ていたと思っていた刃も、柄の中に収納されていた。
104: 以下、
智絵里は凶器を突き刺したのでは無く、ちひろの腹部に突き立てていただけなのであった。
だからこそ、ちひろは痛みを感じず、出血もしていなかったのである。
「なので、今回は許してあげますね」
にっこりと天使の様な笑みを浮かべつつ、慈悲深く智絵里はそう告げる。
「でもね、ちひろさん……」
だが、それは束の間の事であった。
一瞬にして、その表情は無機質なものにへと変化する。
「次は絶対に、許しませんから」
天使から悪魔にへと様相を変え、残酷にも智絵里はそう宣言した。
「それじゃあ……お疲れ様です」
ちひろからの返答を聞かないまま、智絵里は踵を返して事務所から出て行った。
一人残されたちひろは、智絵里が去った後、その場にぺたりと尻餅をついた。
そして二度と、あの二人を敵に回す様な事は絶対にしないと、心の中でそう誓うのであった。
106: 以下、
――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
私は、幸せになりたかった。
ずっと、ずっと……幸せになりたくて、幸福を求め続けてきた。
……だけど。今はもう、違う。
今の私は……とっても幸せ。ようやく、幸せになれたんだ。
まだまだ邪魔をする人はいるけれども、そんなものは関係無い。
養分を奪おうとするのなら、余計な雑草は刈り取ってしまえばいい。
邪魔な虫が寄ってくるのなら、それを駆除すればいいんだ。
私の大事な、大事な大事な、幸運の四つ葉のクローバーを、絶対に渡しはしない。
107: 以下、
本当は押し花にしてしまって、しっかりと閉じ込めておきたいけれども。
それは可哀想だから……絶対にやらない。
あの人に嫌われる様な真似は、したくはないから。
だからこそ、私は今日も四つ葉のクローバーを伴って、ありふれた幸福に包まれる。
それで私は、満足なのだから。
私が満足なら、あなたもきっと、幸せですよね。
ねっ? プロデューサーさん。
私はあなたを、絶対に見捨てはしません。
だから……
私を、見捨てないで、下さい……ね?
――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
終わり
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