【ガルパン】エリカ「私は、あなたに救われたから」【前半】back

【ガルパン】エリカ「私は、あなたに救われたから」【前半】


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1:
もしも私が黒森峰に行かなければ
もしも私が戦車道をしていなければ
もしも私が西住の家に生まれていなければ
もしも、私が生まれていなければ
貴女はまだ、いてくれたのだろうか
2:
『みほ』
3:
必死に掴む手を繋ぎ留められなかった
大切な人を救えなかった
なのに、私だけが残ってしまった
在りし日はもう遠く、貴女の声の音色は、手のぬくもりは、笑いあった日々は、私の中から消え去っていく
それでも
4:
貴女の輝きだけは、忘れられない
5:



?黒森峰女学園中等部1年 4月?
―食堂―
みほ「……」
「あの人、また一人で食べてる……」
「いいんじゃない?天才副隊長は孤高が好きなんでしょ」
「かもねー」
もう何度聞いたかわからない言葉が耳に入ってくる
私の事を話しているのは明らかなのに、まるで私がいないかのように
6:
みほ「……なら、私と変わってくれればいいのに」
だから私も誰に向けているかわからない呟きをする
みほ「……あと、6年」
中等部を卒業してもそこからさらに高等部が3年。
あんまりにも長い道のりだ
7:
みほ「……本当に、黒森峰を卒業したら終わりにできるのかな」
戦車道をやめたい。その言葉を誰かに話したことは一度もない
それが許されるとも思ってないから
きっと黒森峰を卒業してもやめられないのだろう
進学するのか、あるいは実家での修行になるのかはわからないが、私はきっと戦車道から、西住流から逃げられない
みほ「仕方ないんだよね。私は……西住みほなんだから」
8:
「あら、一人でテーブルを使うだなんてさすが副隊長さんね?」
9:
みほ「……」
「……無視?意外といい度胸してるのね」
みほ「え……?」
「ふんっ……」
みほ「あ、あの……」
「……何?このテーブルは副隊長様じゃないと使えないとでも言うつもり?悪いけどごはん冷めるから移動するつもりは無いわよ」
みほ「それは……別に。私の場所じゃないから……」
「ならいちいち驚くんじゃないわよ」
みほ「そうじゃなくて、さっきのは無視とかじゃないんです。私に話しかけてるとは思わなくて……」
「……はぁ?あなたの事を言ってるのになんであなたに話しかけてないって思うのよ」
みほ「……そうですね」
「あとね、あなたさっきから何うつむいてるのよ。人と話すときはちゃんと目を見て話せって教わらなかった?」
みほ「あ、ごめんなさ――――」
10:
煌めくような銀髪、見つめると吸い込まれそうな碧眼
自分と同じ人間だと思えないほど整った容姿に私は思わず目を奪われてしまった
11:
みほ「…………」
「……何よさっきから」
みほ「え、あ……ごめんなさい。えっと、その……逸見、さん」
エリカ「あら、私みたいな下っ端の名前を憶えてくれているだなんて、さすが副隊長さんね。器が広いわ」
みほ「ち、違うよ。チームの同級生の名前はみんな覚えてるの。……友達に、なれるかなって」
エリカ「……はぁ?何甘い事言ってるのよ」
みほ「え……?」
エリカ「いい?他の子ならいざ知らず、私とあなたは敵同士よ」
みほ「え……な、なんで?同じチームなのに」
エリカ「はっ、さすが入学してすぐ副隊長になった人は言うことが違うわね?私なんて相手にならないって事?」
みほ「ち、違うよ……」
エリカ「私は、まほ隊長にあこがれてここに入ったのよ。なのに、副隊長の席は同じ一年のあなたが座っていた」
みほ「……」
エリカ「あなたがそれに足る人物なら何も言わないわ。だけどね、あなた練習が始まってからまともにメンバーをまとめられたことある?」
みほ「……ごめんなさい」
エリカ「多少は腕に覚えがあるみたいだけれど、強いだけで統率の取れない人間が上にいても軋轢を招くだけよ」
みほ「……」
エリカ「私はあなたを認めてない。まほ隊長を支えるのは私よ。たとえ妹だろうと情けないあなたが副隊長だなんて我慢できないわ」
みほ「……」
エリカ「……何も言い返さないの?」
みほ「逸見さんの言う通りだから……」
エリカ「……そう。本当に情けないのね」
みほ「……」
12:
彼女の言葉は正しく、しかしそれを理解した上でも面と向かって言われると辛いものがある。
結局、私は何も言葉を紡げないまま黙々と食事を続け、逸見さんもそんな私を無視するかのように学食のハンバーグを口元に運んでいった
エリカ「……ちょっとあなた」
みほ「……何?」
エリカ「口元、ついてるわよ」
みほ「えっ、あっ……」
エリカ「ちょ……もう、袖で拭おうとしないのっ!……ほら、ティッシュ。そのぐらい持ってなさいよ……」
みほ「ご、ごめんなさい……」
エリカ「……ふん、いい?あなたがコネで手に入れた副隊長の座なんて脆いものよ。私が実力ですぐに奪ってあげるから」
逸見さんはそう言い残すと食べ終わった食器を持ち席を立った
みほ「……」
今のやり取りだけで逸見さんがどんな人間かなんて偉そうな事を語ることはできないけれど、
少なくとも、普段練習で受けるとげとげしい印象とはまた違ったものを感じ取れた
みほ「……逸見さんって、案外優しい人なのかも。……それに」
13:
みほ「……初めてだったな。お姉ちゃん以外の人と学校でご飯食べるの」
14:
少しだけ、頬が緩んだ
15:
お待たせして申し訳ありません。
エリカ「私は、あなたを救えなかったから」
↑の続きです。
当面は過去編となる予定ですが、しばらくお付き合いください。
36:



初めて食事を共にして以来、逸見さんは事あるごとに私のいるテーブルに来るようになった
エリカ「今日もチームをまとめられなかったわね?いい加減にしたら?」
みほ「……ごめんなさい」
エリカ「…………あなた、もうちょっと声張れないの?後ろのほうまで指示が届いてないわよ。いくら真面目な人がいたって、あなたがそれじゃあ可哀そうよ」
みほ「え?う、うん。そうだね、気を付けるね」
エリカ「……次は言わないわよ」
37:
逸見さんとの会話は逸見さんから私に向けた嫌味で占められている
そして嫌味の後には必ず対策を上げてくる
みほ「逸見さん、今日もいるんだ」
エリカ「はぁー?私が先に座ってたんですけどー?何よ、ここはあなたの専用スペース?」
みほ「だから違うって……」
エリカ「ちょっ……あなた、何その手っ!?」
みほ「え?……あ、さっきちょっと戦車の調子見てたんだった」
エリカ「信じられない……そんな手で食事を摂ろうとしてんじゃないわよっ!!」
みほ「ご、ごめんなさい」
エリカ「ほらさっさと洗いに行ってきなさいっ!!」
みほ「は、はーい。……なんかお母さんみたい」
エリカ「なんか言ったっ!?」
みほ「な、なんでもないよ」
38:
たぶん、それは逸見さんなりの優しさなのだろう
エリカ「聞いたわよ?あなた、授業中に居眠りしてたんですって?」
みほ「う……」
エリカ「困るのよ、副隊長がそんなんだと機甲科の人間全員のレベルが低く思われるから」
みほ「……ごめんなさい」
エリカ「それで?」
みほ「え?」
エリカ「なんで寝不足だったのよ」
みほ「えっと……練習メニューの効率化ができないかなって遅くまで考えてて……」
エリカ「……そういうのは一人で考える物じゃないわ。せっかく副隊長だなんて不釣り合いな地位にいるのだから他からも意見を集めなさい」
みほ「私、そういうの苦手だから……」
エリカ「……はぁ。仕方ない、私からそれとなく他の人に聞いておくわよ」
みほ「ごめんなさい……」
エリカ「……ええ、あなたが悪いからね」
みほ「うん……」
エリカ「……」
39:
気が付くと私たちは毎日のように昼食を共にするようになっていた。
相変わらず逸見さんは開口一番私への嫌味じみた注意をしてくるけれども、
その指摘は間違っておらず、何よりも不満を隠さないまま指摘への対策をしてくれる逸見さんの事を私はとても親しく感じていた
だからだろう、私はあまりにも無思慮だった
40:



エリカ「あなたは相っ変わらずね。戦車から降りる程度の事でなんで転ぶのよ」
みほ「……ちょっとよそ見しちゃって」
エリカ「いい、戦車道も武道である以上怪我の危険は常に付きまとう。だけど、不慮の事故ならともかく不注意からくる怪我だなんて意識が低いとしか言いようがないわっ!」
みほ「……ごめんなさい」
エリカ「あなたがそんなんである限りあなたを認める人なんてでないわよ」
みほ「……うん」
エリカ「あなた、自分が上級生に舐められてるってわかってる?」
みほ「……うん。でもそれは仕方がない事だよ」
エリカ「はぁ?」
みほ「だって、1年生が2、3年生を押しのけて副隊長になったら誰だって良い気はしないって思うし……」
エリカ「……はっ、あなた本当に西住家の人?まほさんとは雲泥の差ね。戦車道やめてさっさと転科すれば?」
みほ「……そうだね」
エリカ「……少しぐらい言い返そうと思わないの?」
みほ「え……?」
逸見さんはじっと、私を見つめる
睨むのではなく、ただ、何かを図るかのように私を見つめていた
エリカ「私は今、あなたを馬鹿にしてるのよ?侮辱してるのよ?……悔しくないの?」
みほ「……逸見さんの言うことは間違ってないから」
エリカ「……もういい」
41:
そう言うと、逸見さんは席を立ち、残された私は彼女の問いの意味を考えた
みほ「……間違ってないよね」
逸見さんも、私も
42:



あくる日の逸見さんは、いつもの私を小ばかにするような表情ではなく、
無表情で、ただただ怖い顔をしていた。
エリカ「ねぇ、あなたこの間、練習の後チームの子と話してたでしょ」
みほ「え?うん、一緒の戦車に乗った人達だね」
エリカ「あの時のあなたのチーム、随分と動きが悪かったわね」
みほ「あはは……あれは、私が上手く指揮できなかったから……」
エリカ「足を引っ張るのがいて大変ね?」
みほ「……そんなことないよ」
エリカ「そう、お優しいのね?」
みほ「違うよ。最初から上手な人なんていないから……だから、練習して頑張ってるんだよ。ボコみたいに」
エリカ「でもあの子たちは今日も同じミスをしたわ」
みほ「……みんながみんなすぐにできるようになるわけじゃないから」
エリカ「いいえ、違うわ。あの子たちに足りないのは練習じゃない、覚悟よ」
みほ「……それだって、きっといつか」
エリカ「……」
みほ「それにねっ、その人たちと仲良くなれそうなのっ!なんか、副隊長だから近寄りがたかったらしくて。でも、これでみんなとも友達に――――」
エリカ「……舐めた事言ってんじゃないわよ」
43:
みほ「……え?」
エリカ「あなた自分が誰なのかわかってる?」
みほ「誰って……私は西住みほだよ」
エリカ「正しけれど満点ではないわ。あなたは、黒森峰の戦車道チームの副隊長である西住みほよ」
みほ「……」
エリカ「仲良くなるのは結構よ。でも、あなたはその前にやるべきことがあるの」
みほ「それは……」
エリカ「いい加減理解しなさい。あなたは自分の立場に責任を持たなきゃいけないの。中等部とはいえ、黒森峰の戦車道チームをあなたは背負っているのよ」
みほ「……私だって、好きで副隊長になったんじゃないもん」
エリカ「……そう、わかったわ。もうあなたに期待するのはやめる」
みほ「逸見さん……?」
エリカ「西住みほ、私と勝負しなさい」
突然の事だった。
その時の逸見さんは私に向けて、怒りとは違う感情―――失望をあらわにしていた。
彼女が私に対して良い感情を抱いていないという事は知っていたけど、
それでもどこか人の良さを隠しきれていない彼女に、私は安心感を覚えていた。
だけど、目の前の逸見さんからはそんな部分は消え去って、彼女の銀髪が、碧い瞳がそのまま彼女の心の温度を示しているように感じてしまう。
44:
逸見さんのどこか私を小馬鹿にするような表情が、遠く、懐かしく思えた
65:



『負けたら戦車道をやめる』
お姉ちゃんは、逸見さんにその言葉を言わせることで副隊長の座を賭けた模擬戦の許可を出した。
……お姉ちゃんはひどいと思う。あんなにも戦車道に一生懸命な逸見さんに、戦車道そのものを賭けさせるだなんて
まほ「みほ、明日の試合期待しているぞ」
みほ「……」
まほ「正直、逸見の言葉にも一理ある。今のお前は上級生はもちろん、同級生もまとめきれてるとは言い難い」
みほ「なら……」
まほ「だから、明日の試合で知らしめるんだ。お前の実力を、強さを、西住流を」
みほ「っ……」
まほ「お前がそういう事に向かない性格なのはわかっている。だが、それでも強くないといけないんだ」
みほ「……なんで」
まほ「みほ、私たちは……お前は、西住流の女なんだ。強くあることは私たちの義務なんだ」
みほ「……うん」
まほ「わかってくれたならいい。今日はしっかり休んで、明日に集中するといい」
みほ「……」
66:
お姉ちゃんはつまりこう言いたかったのだろう。
逸見さんを踏み台にしろ。と
同学年で実力のある逸見さんを下すことで、私が副隊長である理由を示せと。
お姉ちゃんは間違っていない。弱い人間が上に立つことを納得できる人はいないだろうから。
逸見さんは間違っていない。チームを背負っている人間が、私のような情けない人間で良いはずがない。
だから
みほ「……嫌い」
戦車道も、西住流もそして―――――それしか無い自分も
67:



模擬戦は逸見さん達の優位で始まった。教科書にのっとったお手本通りの動き。
だからこそ、初めて組むチームであってもしっかりとした連携を取ることができていた。
だけど、それでも、私によって1輌、また1輌と数を減らしていく。
『副隊長っ!!裏を取られましたっ!!』
みほ「わかりました。そのまま引き付けて時間稼ぎをしてください」
『みほさんっ!ごめんなさいっ、逸見さんの車両逃しましたっ!!』
みほ「大丈夫です。そのまま包囲を狭めていってください」
68:
みほ「……」
ああ、なるほど。逸見さんはこれが嫌だったのだろう。
私の指揮は、みんなに届いていない
無視しているとかじゃなく、私の指揮についていけていない
それは、みんなが悪いんじゃなく、ただただ私が悪いんだ。
どうすればみんなに伝わるのだろう、どうすれば伝えられるのだろう
どうすれば―――――逸見さんのようになれるのだろう
気づけばお互い僚車は無く、一対一の戦い
みほ「……」
『みほさんごめんなさいっ……』
みほ「大丈夫です、気にしないでください」
 私の視線の先には、同じようにキューポラから体を出している逸見さんがいる。
その視線はまっすぐ私を見据えていて、私は思わず目をそらしてしまう。
69:
エリカ「……」
逸見さんは顔をしかめて、おそらく舌打ちでもしたのだろう。体を戦車の中に戻すと、逸見さんの乗った戦車は前進してきた。
みほ「……前進」
逸見さんの車両は迷いなくこちらに向かってくる。
逸見さんはきっと戦車道が好きなんだろう。だからこそ私が副隊長である事に怒ったんだ。
私なんかより情熱を持った逸見さんのほうが副隊長に相応しい。何よりも――――私が勝ったところでこの辛い日々が続くだけ。
ならいっそ
そこで、私は思考を止めた
70:



夕焼けの差し込む更衣室。
私とエリカさんは無言で着替えていた。
みほ「……」
エリカ「……」
みほ「……逸見さん」
エリカ「……何?」
お互い、背中合わせで会話を続ける。
みほ「お姉ちゃ……隊長に私からもう一度言うよ。逸見さんが副隊長にふさわしいって」
エリカ「……」
みほ「逸見さんは私に勝ったんだから当たり前だよ。お姉ちゃんもお姉ちゃんだよ、逸見さんに戦車道をやめるだなんて言わせておいて……あんな風に引き下がらせて……」
エリカ「ねぇ、なんでわざと負けたの?」
私の声を遮るように投げかけられた問いに、私は一瞬言葉に詰まってしまう。
エリカ「気づかないと思った?だとしたら……馬鹿にするのも大概にして」
みほ「……違うよ。私はただ、逸見さんの言葉が正しいと思ったから」
エリカ「……」
みほ「逸見さんの言う通りだよ。私に副隊長だなんて荷が重いよ」
71:
みほ「それに、逸見さん負けたら戦車道やめるって……そんなの、おかしいって――――」
瞬間、頬に衝撃が走る。
それに遅れて痛みが広がっていく。
何が起きたかわからず呆然とする私の前で、エリカさんは目を潤ませ、息を荒げながら私をにらみつけていた。
みほ「……逸見さん?」
エリカ「……なんでっ……なんでなのよっ!?あなたはホントは強いのにっ!!私を見下して楽しいっ!?」
みほ「ち、違っ……私、そんなつもりじゃ……」
エリカ「同じよっ!!あなたは仲間を軽んじて、私の覚悟を踏みにじったっ!!」
みほ「ねぇっ聞いて逸見さん私は……」
エリカ「私を哀れんだつもり……?私を救いたいとでも思ったのっ……?そんなのッあなたの自己満足じゃないッ!!」
みほ「そうじゃないの逸見さん、私は」
72:
エリカ「いいわよね西住流の家に生まれた人はっ!?幼いころから戦車道を仕込まれて、充実した設備と環境で強くなることを定めてもらえるからっ!!」
みほ「っ!?」
エリカ「『持ってる』あなたからすれば、『持たない』私はさぞかし滑稽でしょうねっ!?」
何回も、何十回も、いやそれ以上に言われてきた言葉。
なのに、逸見さんから放たれたその言葉は、知っているはずなのに今まで聞いたどんな言葉よりも深く、私の何かに突き刺さった
73:
みほ「……あなたに、何がわかるの?」
エリカ「……」
『お前は西住流の女なんだ。強くあることは私たちの義務なんだ』
みほ「西住流の家に生まれた私の、何がわかるのっ!?強くならなきゃ、勝たなきゃいけないって言われ続けることがどれだけ辛いか―――」
 
エリカ「あなたの事情なんか知ったこっちゃ無いわよッ!!あなた、一度でも自分の事を話したっ!?」
みほ「それ、は……」
エリカ「そうよねっ!?あなたはいつも謝ってばっかで、自分の事しかみてないっ、西住流で、隊長の妹で、副隊長だからほかの子が近寄りづらいと思ってたの?
 優しくすれば友達ができると思ってたの?……違うわ。全部全部っ、あなたの問題よッ!!」
みほ「……違、う。私は、ただ……みんなと楽しく戦車道がやれればって……」
エリカ「……みんな黒森峰の戦車道チームに入った時点で覚悟していたはずよ。たとえその覚悟が甘かったとしても、厳しい訓練の中で理解をしたはず。
 あなたはただ、傷の舐めあいにあの子たちを巻き込んだだけっ。あなたのしている事は、優しさですらないのよっ!!」
みほ「違う、私は……」 
74:
誰だって上手く行かない事がある。
ただ無理を強いるだけが上達への道じゃない。
間違ってないはずなのに、私の口はなぜかそれを言い出せない。
エリカ「あなた以前言ったわよね?『チームの子の名前は全部覚えてる』って。でもあなたが知ってるのはそれだけよ。
 あの子たちの悩みも、苦しみも、上っ面で受け止めて優しい振りで返してるだけ―――――あなたの言葉には何もないわ」
みほ「っ……」
エリカ「私は、弱さを理由に馴れ合う奴らが嫌い。……だけど、それ以上に……今のあなたが大っ嫌いよ。誰かの弱さを利用して自分を慰めようとするあなたが」
みほ「違う……」
私はただ、落ち込んでいるあの人たちを元気づけたかっただけで
あの人たちがもっと戦車道を笑顔でできるようになればって
75:
エリカ「あなた、家柄や環境を引き合いに出されるのが嫌みたいね?……そのくせ、自分からはなにも変えようとしない」
みほ「そ、それはっ……」
エリカ「あなたはずっとそう、知って欲しいって思ってるくせに、察してもらいたがってる。……ムカつくのよ、かまってちゃん」
みほ「……だったら、だったら私はどうすれば良かったのッ!?何をすればみんなと一緒になれたのッ!?」
ナイフのような鋭い言葉に、自分でも驚くほど感情的に言い返す。
だけど、いつのまにか呼吸を整えていた逸見さんは眉一つ動かさず冷静に言葉を返してくる。
エリカ「……ならまず、その上っ面の優しさをやめなさい」
みほ「違うっ!!私は、私はちゃんとみんなのっ事をッ!!」
エリカ「だったらなんでわざと負けるような事をしたのっ!!?あなたを勝たせるために頑張ったあの子たちの努力を無視したくせに、何がみんなの事を思ってるよっ!?」
みほ「っ……」
エリカ「……あなたがどんなに強くったってそのままじゃ誰もついてこない、友達なんてもってのほかよ。……『優しくしているだけ』のあなたを、誰が信頼すると思うの?」
みほ「……きっと、きっといつか知ってくれるはずだよっ、西住流や、戦車道関係なく私を、西住みほをっ!!」
エリカ「……それが、あなたの本音なのね」
みほ「え……」
76:
エリカ「思ったとおりね。上っ面の優しさも、何を言われようとペコペコ謝るだけなのも……下手に出て構ってほしかっただけ
 『私はこんなに優しくしてるんだから、みんなも私に優しくして』って事?」
みほ「……なんで、なんでそんな酷い事言うのっ……」
私は間違ってなんかないはず
エリカ「言ったでしょ。私はあなたが嫌いなの。あなた、情けない上に卑怯なのね」
みほ「……やめて」
だって、みんなと友達になりたいのは私の本心のはずだから
エリカ「言い返せるものなら言い返してみなさいよ、否定できるものなら否定してみなさいよ」
みほ「わた、私はっ……」
そうだよ。みんなと楽しく、優しく、私はそれが大事だって
77:
エリカ「……ねぇ、知ってる?―――――『優しくされたい』から『優しくする』あなたみたいな人間をね、偽善者って言うのよ」
その言葉は、私が一番目を背けていたものを引きずり出した
みほ「――――っうあああああああああああああああっ!!」
エリカ「……」
絶叫と共に逸見さんの胸倉を掴みあげる。
勢いのあまり逸見さんの体がロッカーに音を立ててぶつかる。
78:
みほ「うるさいっ、うるさいよ……だって私は、みんなと仲良くなりたくって……だけど、ここじゃ私は強くないといけなくって……」
エリカ「……」
みほ「あなたに、何がわかるのっ……戦車道が好きで、本気になれるものを持ってるあなたに私の何がわかるのッ!!?」
エリカ「……」
逸見さんは表情一つ変えず私をじっと見つめていて、
その余裕を持った姿が眩く、憎らしくて、私は一層声を張り上げる。
みほ「そうだよっ!?私は強いよっ!?あの人たちより、あなたよりっ!!」
エリカ「……」
みほ「なのに、なのになんで……あなたはそんなに真っ直ぐなの……私は、私はこんなにも、無様なのに……」
だんだんと声が小さくなる。それに合わせて、逸見さんの胸倉を掴んだ手から力が抜けていき、私は膝から崩れ落ちるようにへたり込む。
何かを掴もうと手を上げることもできず、
逸見さんを見つめ返すこともできず、
私はただ、俯いて泣きじゃくるしかできなくなった。
79:
みほ「ぐすっ、酷いよ……私は、私だってあなたみたいに、エリカさんみたいに……自分らしく、いたいのに……」
エリカ「……」
みほ「……なんで」
ポツリと呟く
みほ「……なんでみんな私に期待するの……」
そんなもの、いらないのに
みほ「私は、西住流も、黒森峰も、副隊長も関係なくただ……」
誰かの期待を背負えるほど私は強くないのに
80:
みほ「なのに……私にはそれ以外何もなくて……私の、私だけの物なんて……」
エリカ「……」
『流石西住流の娘さんね』
『1年で副隊長だなんて期待のホープだね』
『なーんか、思ってたより地味だね』
『どうせコネでしょ』
みほ「嫌だよ……辛いよ……期待されて、失望されて……それでも期待されるのは……」
エリカ「……どうあがいたってあなたは西住家の人間よ。そこから逃げ出すか留まるか。どちらにしたって、あなたは選択を強いられるわ」
81:
エリカ「だから答えなさい。あなたはどうしたいの――――どうしてほしいの」
みほ「わかんないよっ……」
エリカ「……」
みほ「わかんないよ……私がどうしたいかなんて……だって、私は戦車道しか……西住流しか知らないんだもの……」
エリカ「……なら、ずっとそうやってなさい」
振り返ることもなく出口へと歩いていく背中
私はその背中に縋りつこうとした
立ち上がれなかった
その背中に手を伸ばそうとした
伸ばせなかった
叫んだ喉が痛みを訴える
嗚咽が、呼吸を乱す
それでも、乾ききった雑巾をさらに絞るように
僅かに振動が乗った呼気で
82:
みほ「助けて……」
83:
エリカ「……」
みほ「……」
エリカ「………………最初からそう言いなさいよ」
みほ「え……?」
踵を返した逸見さんは、再び私を見下ろす
エリカ「あなたがどんなに辛くったって、苦しくたって、それを言わなきゃ伝わらないわ」
みほ「……」
エリカ「私はね、戦車道に人生を捧げるつもりでこの学校に来たの。前進も後退もできないような中途半端なあなたに、構ってる時間はない」
みほ「っ……」
エリカ「……だけど、動き出すなら話は別よ。進む先が前か後かなんて自分で決める事なんだから」
みほ「……逸見さんは私の事嫌いじゃないの?」
エリカ「嫌いよ。何考えてるかわかんなくて、情けないあなたを見ているとイライラするわ」
みほ「……」
84:
エリカ「……それでも、助けを求める人をそのままにするほど薄情なつもりはないわよ」
みほ「……逸見さん」
エリカ「……何?」
みほ「ごめんなさい……わざと負けるような事して……あなたの気持ちを踏みにじって……」
エリカ「……良いわよもう。私こそ……悪かったわね、いきなりぶったりして。ちょっと感情的になりすぎたわ。……あと色々言ったりして。家の事とか、そのあたり」
みほ「うん……痛かった。どっちも……」
エリカ「そう、なら良かった。痛くなかったらもう一発かましてたわ。今度はグーよ」
みほ「あはは……酷いなぁ。……逸見さん」
エリカ「……」
大きく息を吸って、逸見さんを見上げる。
今度はちゃんと、言葉にする。
85:
みほ「私を、助けてください」
エリカ「……偉そうな事言ったけど、私は何もできないわよ?あなたの家の事情に口を出す気はないし、あなたの甘い考えに付き合う気もないわ」
みほ「……でも、逸見さんは私が持ってないものをもってるよ」
エリカ「……」
みほ「私は、西住流以外何も知らない。何もできない。……だから、それ以外を私に教えてほしい」
エリカ「……私だって戦車道くらいしか誇れるものを持ってないわ」
みほ「そんな事ないよ。だってあなたは……こんなにも真っ直ぐだもの」
エリカ「……」
みほ「別に知識や技術を教えてほしいんじゃない。ただ、あなたを知りたいの」
エリカ「……そういうのは気になる殿方に言うセリフじゃない?」
みほ「うーん、まぁ、気になってるってのは間違ってないしいいんじゃない?」
エリカ「あのねぇ……大体、私になんの得があるっていうのよ」
みほ「……私には戦車道しかない。だから、それを教えてあげる」
エリカ「……随分な言い草ね。あなたに教えられるの?」
みほ「うん。だって少なくとも私は――――逸見さんより強いよ?」
エリカ「……全く、言ってくれるわね」
みほ「え……?」
逸見さんはそっと手を差し伸べる。
86:
エリカ「ほら、いつまでもへたり込んでんじゃないわよ」
それに戸惑う私にじれたのか、無理やり私の手を引き立ち上がらせた。
みほ「わわわっ……」
エリカ「びしっとしなさい副隊長」
みほ「う、うん……」
エリカ「……空っぽのあなたに私の何が必要かなんてわからないわ。……正直、あれだけ強いのに戦車道に不満があるってのがムカついてしょうがないけど」
みほ「……ごめんなさい」
エリカ「謝らなくていいわよ。だけど、3つ約束して」
みほ「え……?」
87:
エリカ「まず一つ。もう、勝負に手を抜かないって」
みほ「……」
エリカ「誰かの本気に、本気で答えないのは侮辱以外の何物でもないわ。どれだけ実力に差があろうと、向かってくる意志を無碍にする権利は誰にもないのよ」
みほ「……うん」
エリカ「それともう一つ。誰かに感謝を伝える時に『ごめんなさい』はやめなさい。聞いててイライラするわ」
みほ「うん」
エリカ「最後に―――――ちゃんと前を向きなさい。内気なくせに目線まで下げてるなんて辛気臭くて仕方ないわ」
みほ「……うん。わかったよ」
エリカ「ならいいわ。もう帰りましょう」
言いたいことは言ったからと、逸見さんは再び出口に向かっていく。
私はその背中にもう一度声を掛ける。
みほ「……ねぇ逸見さん」
エリカ「何よ」
みほ「もし、私が本気で戦って……逸見さんに勝ってたらどうしてた?」
エリカ「……そしたら、戦車道をやめてたでしょうね」
みほ「人生を賭けるつもりでここに来たのに……?」
エリカ「あの戦いに、それだけの価値があるって思っただけよ」
みほ「……」
88:
エリカ「……冗談。ほんとはカッとなって勢いで言っただけよ」
みほ「逸見さん、私の事言えないじゃん……」
肩をすくめる逸見さんに私はあきれてしまう。
逸見さんはそれにムッとする。
エリカ「うるさいわね。……まぁ、もし負けてたら……転校して、別の所でやってたんじゃない?」
みほ「え……?」
エリカ「あれよあれ。『戦車道をやめる』って言うのは『黒森峰での戦車道をやめる』って事よ」
みほ「そ、それはいくらなんでも……」
エリカ「書面に残してるわけでもなし。そもそも学校の授業なのにやめるやめないもないでしょ」
みほ「えぇ……?それいったらおしまいじゃ……」
その戦いのせいでさっきまで散々言い争いをしていたのに……
不満げな私に気づいたのか、逸見さんは咳ばらいを一つする。
89:
エリカ「いいのよっ!結果的に私はやめなくて済んだんだから。思う存分、黒森峰で戦車道をするわっ!!」
みほ「……ふふっ」
自分勝手な言い分だけど、前を向いて、胸を張って言い切る逸見さんの姿はとても頼もしく、
私はつい笑ってしまう。
みほ「逸見さん」
エリカ「ん?」
みほ「……ずるい人」
エリカ「……あなたも大概よ。私、今日の試合の事一生根に持つから」
みほ「あはは……うん、そうだね。私もずるいよ」
エリカ「それと」
みほ「?」
エリカ「エリカで良いわよ」
みほ「え……?」
エリカ「さっき、そう呼んだでしょ?」
『私は、私だってあなたみたいに、エリカさんみたいに……自分らしく、いたいのに……』
90:
みほ「あっ……あれは、感情的になってつい……」
エリカ「別に呼びたくないならいいわよ」
みほ「えっ!?ううんっ!!エリカさんエリカさんエリカさんっ!!」
エリカ「連呼するのは違うでしょ……ほら、行くわよ。……みほ」
みほ「……」
エリカ「……何も言ってくれないと恥ずかしいんだけど」
みほ「え、あ……えっと、ちょっとびっくりしちゃって」
エリカ「西住さんじゃどっちの事かわからないでしょ?それに、あれよあれ、私はあなたが西住流の娘だなんて認めてないから」
みほ「……」
エリカ「だから……みほ、って呼ぶわ。……嫌なら考えるけど」
みほ「……あははっ!エリカさんって思ってたより可愛い人なんだね?」
エリカ「はぁ?ケンカなら買うわよ?」
みほ「違うよ。……エリカさん」
91:
みほ「西住みほです。……よろしくお願いします」
エリカ「……逸見エリカよ。ま、よろしくね」
92:
みほ「……ふふっ」
エリカ「何笑ってんのよ」
みほ「なんだか友達みたいだなって」
エリカ「はぁ?んなわけないでしょ。私とあなたは良くてライバルよライバル。怨敵と書いてね」
みほ「そっか。まぁ、今はそれでいいよ」
エリカ「今も何もずっとそうよ」
みほ「エリカさん」
エリカ「……何」
みほ「ありがとう」
エリカ「……ふんっ、さっさと帰るわよ」
みほ「あ、待ってよっ」
93:
貴女との思い出の中で最も強い記憶。頬と胸の内に残る痛みと共に、窓から入る夕日が私の心に焼き付いている
何もなかった私の手を取ってくれた人
私を見てくれた人
そして――――『初めて』出会った人
  『初めて』私を伝えた人
94:
貴女が私の道を照らしてくれた
貴女が私の手を引いてくれた
貴女がいたから私は前を向けた
貴女は
95:
私を包み込んでくれる柔らかな光だった
128:



「練習終わったってのになんであいつらまた戦ってるの?しかも一騎打ちで」
「なんか副隊長から挑んだらしいよ?」
「え?あんなおどおどしてるのが?」
「逸見の態度がよっぽど腹に据えかねたのかな……」
「うわーあの子可愛い顔して意外と根に持つタイプなんだな……」
まほ「……」
130:
―――――
――――
―――
エリカ『……』
みほ『隊長』
まほ『なんだ?』
みほ『明日、逸見さんともう一度戦わせてください』
まほ『どういう事だ』
みほ『私も逸見さんも、あの結果に納得がいきません』
まほ『……ダメだ。すでに決まったことを何度も蒸し返すわけには――――』
みほ『勝った逸見さんが引き下がり、負けた私がそのままというのは示しがつかないと思います』
まほ『みほ、お前……』
みほ『だから今度は私から、副隊長の座をかけて逸見さんと戦います』
まほ『……意味のない戦いだ。認めるわけにはいかない』
みほ『隊長。いえ、お姉ちゃんは言ったよね?強くあることは私たちの義務だって』
まほ『……ああ』
みほ『私は、私の強さを伝えたいの。みんなに、エリカさんに』
まほ『だが……』
エリカ『グラウンド30周』
まほ『逸見……?』
エリカ『負けたらグラウンド30周でどうでしょう?今回は副隊長からの再戦希望なんですから、私の時のように戦車道を辞めるだなんてする必要はないかと』
みほ『30周かぁ……うちのグラウンド400メートルだからちょっときついかも』
エリカ『楽じゃ意味ないでしょ』
まほ『まて、私はまだ許可を出しては……』
みほ『お姉ちゃん、私はエリカさんと戦ってしっかりと決着を着けたい。なあなあで済ませるわけにはいかないの』
エリカ『隊長、お願いします』
まほ『……わかった』
131:
―――
――――
―――――
まほ「みほ、お前が進んで誰かと競いたがるだなんてな……」
「副隊長凄いなぁ……あれでホントにこないだまでランドセル背負ってたの?」
「それについてけてる逸見も大概だな」
「逸見さん頑張って―っ!!」
「みほさーんっ!!負けないでーっ!!」
「……おっ?そろそろ決まりそうだな」
ダァン! ダァン!
シュポッ!
「……副隊長の勝ちか」
「やっぱりこの間は調子が悪かったのかもね」
「みほさん、さすがです……」
まほ「……」
132:



みほ「……」
エリカ「っ……だぁもうっ!!」
みほ「エリカさん」
エリカ「……何よ、敗者になんか用?」
みほ「……私の勝ちだよ、エリカさん♪」
エリカ「……言ってくれるじゃない」
みほ「エリカさんどうだった?しっかりと私に負けた気分は」
エリカ「そうね……なんて言うか―――――うっさいバーカッ!!」
みほ「あ、エリカさんどこ行くのーっ!?」
エリカ「『負けたほうがグラウンド30周』っ!!私が言い出したんだからやってやるわよコンチクショーっ!!」
みほ「せめてジャージに……行っちゃった」
まほ「みほ」
133:
みほ「お姉ちゃん?」
まほ「教えてくれ、なぜ逸見と戦おうと思ったんだ」
みほ「……私が、初めてちゃんと話をしたいって思った人だから。そのためにはちゃんと本気でエリカさんと向き合わないといけなかったから」
まほ「……」
みほ「お姉ちゃん。エリカさんは、私の嫌いなところを全部嫌いって言ってくれたんだ」
まほ「え……?」
みほ「……お姉ちゃんの妹で、西住流の娘だから色んなことを言ってくる人がいて、だけど、私に敵わないってわかるとみんな面と向かって何も言わなくなる」
まほ「……」
みほ「だけどね、エリカさんは私のほうが強いって理解して、それでも私に真正面から突っかかってくれるの」
まほ「……」
みほ「お姉ちゃん、私ね……最初にエリカさんと戦った時手加減したの」
まほ「……ああ、知っている」
みほ「だよね。私、エリカさんに怒られたんだすっごく、すっごく」
まほ「……」
134:
みほ「『あなたは自分の事しか考えてない』って。……その通りだった。私は、嫌な事から逃げてるだけだった」
まほ「……」
みほ「だから、今度は本気で戦った。エリカさんの本気を、本気で迎え撃った」
まほ「そしてお前が勝った」
みほ「うん、だって私の方が強いから」
まほ「……お前がそんな事を言うなんてな」
みほ「あはは、そうだね。……お姉ちゃん、私は、私がなんなのか知りたい」
まほ「それは……どういう意味だ?」
みほ「……お姉ちゃんはさ、もしも自分が戦車道をやってなかったら何をしていたと思う?」
まほ「……考えた事もないな」
みほ「私も。小っちゃいころから当たり前のように戦車に乗って、当たり前のように戦車道を初めて、当たり前のように勝利を求められてきた。……そして勝ってきた」
まほ「……」
みほ「だけど、それは私が『西住』だからであって、『みほ』のものじゃない。私は……『西住みほ』を知りたいの」
まほ「……」
みほ「別に戦車道を辞めるとかそんなんじゃないよ。ただ……戦車道関係ない、私らしさを知りたくなったの。エリカさんといればそれが分かるかもしれないから」
まほ「……」
みほ「…それじゃあ私は行くね。エリカさん、水も持たずに行っちゃったからさ」
まほ「ああ」
みほ「お姉ちゃん」
まほ「なんだ?」
みほ「私、黒森峰に来て良かったかも♪」
まほ「……久しぶりだな。みほの笑顔を見るのは」
135:
まほ「逸見エリカか……」
136:



みほ「エリカさん、30周お疲れ様」
エリカ「あなたわざわざ待ってたの?もう暗いのに」
みほ「だって私達が言い出したことなんだから。ちゃんと最後まで付き合うよ」
エリカ「……そう」
みほ「エリカさん」
 
エリカ「……何?」
みほ「その、一緒に帰ろう?」
エリカ「嫌」
みほ「うぅ……で、でも私の寮もそっち方向だから……あと、夜道で女の子一人は危ないし……」
エリカ「学園艦で何の危険があるっていうのよ……大体、あなたそこらの男性より体鍛えてるでしょうに」
みほ「で、でも……」 
エリカ「……はぁ、別にあなたがどんなルートで帰ろうと文句言わないわよ」
みほ「……なら、私は私のルートで帰るね」
エリカ「はいはい、好きにしなさい」
137:



エリカ「ちょっと、隣歩かないでよ。一緒に帰ってると思われるじゃない」
みほ「私は私の好きなルートで好きなように帰ってるだけなんで」
エリカ「あなた急に言うようになったわね……」
みほ「誰のせいかな?」
エリカ「……誰のせいでしょうね」
みほ「ふふっ。……エリカさん、今日はありがとう」
エリカ「何の事よ」
みほ「私ともう一度戦ってくれたこと」
エリカ「……あれは私が一番納得がいってなかったからよ。お礼を言われる筋合いなんて無いわ」
みほ「それでも。今日の試合が無かったら私はたぶん、あなたを知る事ができなかったから」
エリカ「へぇ?あなたが一体私の何を知ったっていうの?」
みほ「うーん、とりあず意地悪で、怒りっぽくて、あと意地っ張りってところかな?」
エリカ「そういうあなたはドジでおっちょこちょいで臆病で卑怯で泣き虫でポンコツな副隊長ね?」
みほ「うぅ……倍返しだよ……」
エリカ「……みほ」
みほ「エリカさん?」
エリカ「約束、守りなさいよね」
みほ「……」
138:
『本気には本気でぶつかる事』
『厚意には感謝で返すこと』
『しっかりと前を向く事』
夕焼けが差し込む中、誓った約束。
月の光が辺りに満ちる中、思い返す。
そして今一度、深く頷く
139:
みほ「……うん。絶対に守るよ」
エリカ「そ、なら……まぁいいわよ」
エリカさんはそう言うと、数歩前に出てこちらに振り返る。
みほ「エリ、カさん」
140:
月明かりが私達を、彼女を照らす
儚さを感じる白い肌、じっとこちらをとらえて離さない碧眼、そよ風になびく銀髪が月光を反射してきらきらと、まるで光の粒子を放っているかのように煌めいている
まるで、自分がおとぎ話の世界に入ってしまったかのような錯覚をしてしまうほど幻想的な姿。
そして、何よりも私の目を惹いて離さないのは
エリカ「精々頑張りなさい」
初めて見た彼女の微笑み
いつも私に見せてくる意地悪な笑顔とは違う
透き通るような表情に、姿に、全てに、
私は一瞬言葉をなくしてしまう。
141:
みほ「……」
エリカ「みほ?」
みほ「……綺麗」
エリカ「……はぁ?何言ってんのよ気色悪い」
みほ「……え?あ、ち、違うの!!月が綺麗だなって!!」
エリカ「あのねぇ……どっちにしてもそういう事は殿方に言いなさい」
みほ「……?どういうこと?」
エリカ「あなた国語が得意なんじゃなかったっけ?……まぁ、知らないならいいわよ後世の創作らしいし。それに私、月って嫌いなのよ」
みほ「え、なんで?」
私の問いにエリカさんはしまった、と言いたげな顔をすると気まずそうにそっぽを向く。
エリカ「……内緒よ」
みほ「ええ……そこまで言っておいて……」
エリカ「……いつか、話すかもね」
みほ「なら、いつか聞かせて」
エリカ「……」
それっきりエリカさんは何も話してくれず、
けれども、私が隣を歩いていることにも何も言ってこなかった。
それがどうにも嬉しくて、エリカさんに認められたような気がして、
なんとなく、歩幅が広くなった
159:



?中等部1年 8月?
まほ「そこまでっ!!次のチームっ!!」
夏の日差しが最高潮な8月の昼下がり、大会が終わっても少しの休みを挟めば黒森峰はまた、来年に向けて練習を始める。
副隊長とはいえ、私はまだ一年生。ただみんなを指揮するだけじゃなく今やっているような基礎訓練もしっかりやらなくてはいけない。
必要な練習なのはわかるし、現にまだまだ私は体力不足だという認識は持っているけれど、
みほ「暑い……」
だからと言って、わざわざこんな猛暑日にやらなくてもと思うし、学園艦なんだから涼しいところに移動してくれないかな、なんて考えながら木陰で膝を抱え込んでしまう。
160:
エリカ「日陰で体育座りだなんて、虫じゃないんだからやめなさい」
みほ「エリカさん……」
エリカ「いくら自分の番じゃないからって練習中にそんなボケっとしてるんじゃないわよ」
みほ「あはは……大会終わったのにエリカさんはやる気満々だね」
エリカ「何舐めた事言ってるのよ。所詮中学生大会での優勝よ?気を抜いてる暇なんてないんだから」
みほ「それは……そうかもだけど」
エリカ「まったく……副隊長として優勝に貢献したくせに他人事みたいな態度ね。そういうところ嫌いだわ」
みほ「……エリカさんだって頑張ってたよ」
エリカ「頑張るだけなら誰だってできるのよ。大事なのは結果を出すこと。そして、一番わかりやすい結果は勝利なのよ」
みほ「……そっか」
エリカ「……やっぱり黒森峰に来てよかったわ。戦車の質も、練習の質も他校とは比べ物にならない」
みほ「そうなの?」
エリカ「……そう思ってる」
みほ「知らないんだ……」
161:
エリカ「いいのよ。住めば都って言うでしょ?自分の場所が一番だって思うのが大事なの」
みほ「……うん、そうだね」
エリカ「それに、先輩たちの熱気に中てられて一年もやる気出てるみたいだしね。……もっとも、大会終わってからなんて遅いけど」
みほ「それでもさ……みんな、凄いよね。あんな風に熱中できて。私は……」
エリカ「……ねぇ」
みほ「何?」
エリカ「あなた、戦車嫌いなの?」
みほ「……違うよ、戦車は好き。……だけど、戦車道は楽しいって思えないな」
エリカ「なら、戦車道を好きになる素質はあるわよ」
みほ「……そうかな」
エリカ「私は好きよ、戦車も戦車道も。戦車に乗れることが楽しいし、その上で負ければ悔しいし、勝てば嬉しいわ」
みほ「……」
エリカ「でも、一番好きなのは……競い合ってる時。相手が本気で向かってきて、こちらが本気で迎え撃つ時
 戦車と乗員と一体になったような瞬間、私は最高に楽しいわ」
その言葉が本心なのであればなるほど、私のした事が彼女の逆鱗に触れるのも納得だと思う。
そしてそれを理解できたからこそ、私はエリカさんに一種の尊敬のような気持ちを抱いていた。
同時に、それを持っていない自分への劣等感も。
162:以下、名無しにかわりましてSS報VIPがお送りします 2018/06/23(土) 22:21:04.76 ID:JwHr3bg+0
みほ「……エリカさんは凄いね。ちゃんと、みんなと一体になれるんだから。……私は、そんな風にできないよ」
エリカ「なら、今度一緒の戦車に乗りましょう?」
みほ「え?」
エリカ「たしかうちってII号戦車があったわよね。あなたが車長兼砲手で、私が操縦でいいかしら?」
みほ「で、でも……」
エリカ「あくまで練習の一環よ。あなたの手腕、間近で見せてもらうわ」
みほ「……うん」
エリカ「どう?少しは戦車道楽しめそう?」
そう言ってエリカさんは微笑む。
みほ「……うんっ!」
だから私も微笑み返す。
エリカさんと出会ってたった数か月でこんな風に笑いあえる関係になれるとは思ってもいなかった。
163:
エリカ「なら、そんなヘタレてないででびしっとしなさい」
みほ「あ……ごめんなさい。でも、なんだか今日のエリカさん優しいね」
エリカ「はぁ?」
みほ「だって、私が戦車道楽しめるようになるために、一緒の戦車に乗ってくれるだなんて」
エリカ「聞いてなかったの?あくまで練習の一環よ」
みほ「それでもだよ。私は、それがすっごくうれしいから」
エリカ「……そ。なら勝手に喜んでなさい」
みほ「そうするね」
エリカ「……あなた、初めて会った頃よりずいぶん図太くなったわね」
みほ「そう?ならそれは……誰のせいかな?」
エリカ「……ふん。あーあ、なんかお腹空いたわ。今日のランチどうしようかしら」
みほ「エリカさん、大体ハンバーグセットじゃないっけ?」
エリカ「……そうだったわね」
みほ「たまには別のも食べるといいんじゃない?つくねとか」
エリカ「別にひき肉料理が好きなんじゃないわよ……」
いつのまにか、暑さなんて気にならなくなっていた。
だって、エリカさんと話すことの方が私の胸の内を満たしてくれるのだから。
164:



「西住さん、今日もごめんなさい……」
「私たちが上手くできないせいで足引っ張っちゃって……」
「もっと行けると思ってたんだけど……」
ある日の練習後、私は目の前にいる3人に頭を下げられていた。
彼女達がしたのは簡単なミス。
だけど場合によっては致命的になりかねないものだった。
とはいえあくまで練習での事。責める気は無いし、むしろ練習で欠点が見つかること自体はとても良い事だと思う。
だから、私は『いつもの様に』彼女たちを傷つけないよう、語り掛ける。
みほ「練習中でのミスなんだから謝るほどの事じゃないよ。ほら、元気出してっ!!」
「怒ってない……?」
みほ「いいよ、誰だって上手く行かない時はあるんだから」
「そ、そうだよね!」
「私たちだって頑張っていればそのうち……」
みほ「……でもね、」
エリカ「あら?どこの負け犬かと思ったら副隊長とその取り巻きじゃない?」
166:
みほ「エリカさん……?」
「い、逸見さん……」
「なんでここに……」
「……何、今の」
エリカ「聞こえなかったの?負け犬って言ったのよ。雑魚集団って言ったほうがわかりやすかった?」
みほ「え、エリカさん?」
鋭く、突き刺すような言葉に彼女たちはたじろぐ。
私はまるで初めて会った時のように私たちを睨みつけるエリカさんに戸惑いを隠せなかった。
「っ……なんであなたにそんな事……」
エリカ「あなたに言い返す資格があると思う?強い奴の優しさに甘えているような奴が一端の戦車乗り気取るんじゃないわよ」
「なっ……ひ、ひどい……」
エリカ「何が?ここは黒森峰女学園、戦車道の強豪。その機甲科に入って戦車道をやってるくせにぬるい環境でとどまっているような奴に居場所なんてないわ」
「わ、私たちだって頑張って……ねぇ!?」
「う、うん……」
「そうだよ!」
「だよね!!西住さんだって私たちの頑張りを認めて――――」
エリカ「黙りなさいッ!!」
167:
突然の怒声、それを叩きつけられた彼女たちは今度こそ動けなくなる。
私にはわかる、エリカさんは今、本気で怒っている。
……経験者だから。
エリカ「あなたたち……自分の努力すら誰かの同意がないと誇れないの!?そんなの……努力なんて言わないっ!!」
「あ、あなたにそんな事言われる筋合いはないっ!!
「そうだよ!!あなただって、西住さんに負け――――」
みほ「やめて」
その言葉を自分でも驚くほど冷たい声で遮る。
先ほどまでエリカさんを見ていた三人の瞳は今度はこちらに向く。
だから、私も彼女たちを見渡す。
一人一人その瞳に語り掛ける
168:
みほ「エリカさんは努力をひけらかしたりしてないよ。そして、誰よりも努力してる事を私は知ってる……」
「西住さんっでもっ……」
みほ「少なくとも、今のあなた達にエリカさんをどうこう言う資格はないと思う……けど」
最後に言い切れない辺りまだまだエリカさんを見習わないとなぁ……
それでも、私の気持ちは彼女たちに伝わったようで、唇を噛みしめ俯いてしまう
それを見届けたかのように黙っていたエリカさんが口を開く。
エリカ「……散りなさい。あなた達みたいな雑魚にこの子の時間を奪う権利は無いわ」
「……わ、私だって強くなるためにここに来たのにっ」
「え、ちょっ……」
「ま、待ってってば!?」
エリカ「……」
みほ「……ごめんね」
呟いた言葉は、どちらに向けたものだったのだろうか。
169:
みほ「……エリカさん聞いて、みんなは別にやる気がないとかじゃなくて……ただ、急に変わった環境に着いていけてないだけで」
エリカ「……あれは、あなたが招いた事態よ。もっと早くに切り捨ててれば、あの子たちは今日まで無駄な時間を過ごさなくて済んだわ」
みほ「エリカさん……」
エリカ「環境は関係ない。堕ちる奴はどんな場所でも堕ちる。……あなたまでそれに付き合ってどうするの?」
みほ「……私は、そんな事無いと思う」
エリカ「……」
みほ「誰だって苦手な事、弱いところがあるとおもう。それは技術だけじゃなくて、心にも。……私がそうだから」
エリカ「……」
みほ「私、みんなともう一度話してくる。今度はちゃんと、私の考えを伝える」
エリカ「……今さら本気になれると思う?誰かさんに甘やかされて周りとの差が目に見えてついてしまった今、あの子たちがあなたの言葉に耳を傾けると思う?……逆恨みされるのがオチよ」
みほ「……だとしても、このまま放っておけない。エリカさんの言う通り私にも責任があるんだから」
エリカ「……」
みほ「それにね、私たちまだ中学1年生なんだから。こんなところで諦めるなんてもったいないよ」
エリカ「あら?さすがは天才副隊長さん。説得力あるわね?」
みほ「あはは……」
みほ「だからさ、もうちょっと待ってほしい。……ううん。先に行ってて。あの人たちだってきっと戦車道が好きだから、強くなりたいからここに来たはずなんだから」
エリカ「……元よりそのつもりよ。強くなりたいなら、勝手になればいいのよ」
その言葉は彼女たちにも、私にも、エリカさん自身にも言っているように聞こえた。
170:



?中等部1年 2月?
「あいつらまた戦ってるんだ?2学期の時もやってたろ」
「期末恒例になるんじゃない?」 
「今度は集団戦か。ほかの奴らも良く付き合うな」
「知らないの?副隊長と逸見って一年に人気あるんだよ?」
「そうなん?副隊長はまだしも逸見キッツい性格なのに」
「言い方はアレだけど間違ったことは言わないしね。わかる子にはわかりやすくて人気なんでしょ」
「ふーん」
「逸見の奴なかなか諦めないな」
「一年のくせに、いや、一年だからこそあんなに一生懸命なのかもね」
「んーでも、まだ副隊長には及ばない感じだな」
「勝てたのは最初だけ。運が良かったのかな?」
「あ、そろそろ決まるぞ」
「……やっぱ副隊長の勝ちかー。こりゃあ、副隊長は固定かな」
171:



エリカ「……ああもうっ!!」
みほ「エリカさん地団駄って……」
エリカ「うるっさいわよっ!!」
みほ「エリカさん、中途半端に絡め手を使うぐらいなら最初から真正面向かってきたほうが良かったと思うよ?」
エリカ「……最初の頃、それで負けたのに?」
みほ「少なくとも統率能力はエリカさんのほうが上だよ。数を個として扱えるぐらい統率できればきっと、もっと強くなれるから」
エリカ「……難しいこと言うわね」
みほ「そうだなぁ……何か、エリカさんの得意な戦術を見つけるといいかも」
エリカ「得意な戦術……」
みほ「沢山の中途半端よりも、これ一本!ってのがあるだけで戦術の質は全然変わってくるから」
エリカ「……なるほどね、ありがとう。いいこと聞いたわ」
みほ「ん♪それじゃあ、グラウンド30周行ってらっしゃい♪」
エリカ「………………バーカッ!!」ダダダダダッ
みほ「遠吠えすぎるよエリカさん……」
エリカ「……」スタスタ
みほ「あ、戻ってきた。どうしたのエリカさん?」
エリカ「みほ、明日の寄港日だけどあなたなんか予定ある?」
みほ「え?特にないけど」
エリカ「そう、実家に戻るとか、あなたの実家ってそのあたり色々ありそうだけど」
みほ「うーん、長期休暇とかには戻るけど、お母さんも忙しいからね。寄港日は結構自由にしてるんだ」
エリカ「そう。なら丁度いいわ」
みほ「……あ、あの、もしかして何かに私を誘ってくれるの……?」
エリカ「え?よくわかったじゃない」
みほ「ほんとっ!?やったーっ!!」
エリカ「そんな喜ぶ事……?」
みほ「だって私、こういうの初めてだからっ!!」
エリカ「そ、とにかく予定が空いてるならいいわ。それじゃあ、明日の5時に動きやすい格好で車両甲板に来て」
みほ「……え?」
172:



みほ「……なんで車両甲板に?号戦車が……」
エリカ「昨日車庫からこっそり移動しておいたのよ。休み前だから誰も使わないしね」
みほ「いや、何で?」
エリカ「前に調べたんだけど、陸ではタンカスロンって競技をやってるらしいわ」
みほ「タンカスロンって確か……10トン以下の戦車なら誰でも参加できるっていう……」
エリカ「そう。試合参加は一輌から可能で、なんなら飛び入り参加も認められる野良試合よ」
みほ「……まさか」
エリカ「そのまさかよ。今日、熊本でやるって情報を掴んだのよ。それに参加するわ」
みほ「えぇ……」
エリカ「何その不満顔。昨日はあんなに楽しみって感じだったのに」
みほ「いや、普通に遊びに行くのとばかり……」
エリカ「なんであなたをそんなのに誘わないといけないのよ」
みほ「……はぁ。大体エリカさん、タンカスロンみたいな非公式っていうか、ちょっとダーティな競技嫌いだと思ってたんだけど……」
エリカ「別に好きじゃないわよ。伝統と強さを両立している黒森峰の戦車道からしたら野良試合なんてチンピラのやることだもの」
みほ「ならなんで?」
エリカ「約束したでしょ。一緒の戦車に乗るって」
みほ「あ……」
エリカ「普段の練習だと副隊長のあなたと、ヒラ隊員の私が一緒の戦車に乗るってなかなかないからね」
みほ「で、でも……勝手に戦車を校外に持ち出したら……」
エリカ「そんなの、さっさと勝って戻しとけばいいのよ。休み明けまで車庫なんてみないでしょうから」
みほ「そういう事じゃなくて……」
エリカ「行きたくないの?」
みほ「そうじゃないけど、もしもの時他の人に迷惑が……」
エリカ「みほ、あなたのそういうところ嫌いよ。私はね、あなたに聞いてるの。……やるやらない、どっち?」
みほ「…………やる。ううん、やりたい」
エリカ「ならさっさと乗りなさい」
みほ「……エリカさんはズルいね」
エリカ「あなたみたいなのと付き合ってくならズルいくらいが丁度いいのよ。……それに、苦労と悪さは若いうちにしとけって言うじゃない?」
みほ「初めて聞いたよ……」
173:



周囲から聞こえる爆音と歓声。
その真っただ中で私たちを乗せた?号戦車は走り回っていた。
時折砲弾がこちらを掠める。
車輛のレギュレーションは同じだけど、逆に言えば相手の砲撃がそのままこちらの致命傷になるという事でもある。
味方はおらず、周り全てが敵な状況で私は必死に足元で操縦しているエリカさんに指示を出す。
みほ「エリカさん狙われてるっ!!もっと射線取られないように動いてっ!!」
エリカ「わかってるわよっ!!あなたこそもっとちゃんと狙いなさいっ!!」
みほ「こんだけ動き回ってるのに無茶言わないでよー!!せめて、2秒あれば……」
エリカ「わかったわよっ!!1秒稼ぐから絶対にあてなさいっ!!」
みほ「……うんっ!!」
174:



エリカ「ああもうっ!!」
みほ「ごめんねエリカさん私がもっとちゃんと命中させてたら……」
エリカ「うるっさいバカっ!!そんな事いいだしたら私だって何度操作ミスしたかわかんないわよっ!!」
みほ「それはそうだけど……」
エリカ「……ふん、ま。いいわ。目的は果たせたもの」
さっきまであれほど悔しそうにしていたエリカさんの表情が途端に穏やかになる。
みほ「目的?」
エリカ「楽しかったでしょ?」
みほ「え……」
エリカ「戦車道。……まぁ、普段の試合形式とは違うけど、やってることはそう変わらないでしょ」
みほ「エリカさん……」
エリカ「私は楽しかったわよ。あなたの実力の一端を垣間見れた気がするわ」
みほ「……」
そう。一緒の戦車で、右も左もわからなくなるほどの混戦の中で、エリカさんは笑ってた。
私も笑ってた。
エリカ「強さも、戦車が好きって気持ちも持っているあなたなら、戦車道だって好きになれるわよ。……私は、そう思ってる」
エリカさんはそっと、慈しむように?号を撫でる。
その姿に、その言葉に、私は大切なことを思い出す。
みほ「エリカさん、私」
エリカ「何?」
175:
戦車道が嫌いだと思ってた。
戦車が好きだなんて本当は嘘だと思ってた。
きっと、あのままの私だったらいつかその通りになってたんだと思う。
みほ「……楽しかった。本当に、楽しかった」
エリカさんに出会えなかったら、手をとってくれなかったら。
うずくまり、下を向いたまま一生自分から逃げていたのだと思う。
エリカ「……そう。なら、悪さした甲斐があったわ」
みほ「……っ」
エリカ「ちょ、何泣いてるのよ?どこかぶつけたの?」
みほ「ち、違……私、私ね……嬉しくって……戦車道、楽しくって……私……」
エリカ「……強い癖に泣き虫ね。そういうとこ、嫌いよ」
エリカさんは呆れたような顔をしながら、だけどそっと私の頭を撫でる。
その優しさにどうしようもないぐらい胸を打たれ、私はやっぱり涙を止められなくなってしまう。
それでも嗚咽交じりの声で、伝えたいことを言う。
みほ「エリカさん……ありがとう」
エリカ「ん、どういたしまして」
176:
戦車道だけが私の全てだと思っていた
そんな私が嫌いだった
だけど貴女と出会えたあの日から、私は少しだけ自分を好きになろうと思えた
そう思えたのは貴女が私を受け止めてくれたから
私が嫌いな私を、嫌いと言ってくれるから
貴女が口に出さない優しさが私を抱きしめてくれたから
空っぽの私に初めて大切なものができた
まだ、貴女に面と向かって言う事は出来ないけれど、
確信していることがある
私が今日笑顔になれたのは貴女がいたから
私は―――――
貴女に救われたんだ
177:



エリカ「ようやく泣き止んだわね」
みほ「うん、ハンカチありがとう」
エリカ「まったく、ハンカチぐらい持ってなさい。……二回目よ」
みほ「ご、ごめんなさい……」
エリカ「……ま、今日は気分が良いから許してあげるわ」
みほ「……ありがとう」
エリカ「……ふん」
みほ「そういえばエリカさん」
エリカ「何よ」
みほ「?号、どうするの?」
エリカ「え?」
みほ「撃破されちゃったからここで直すか回収車呼ばないと……何か考えあるんでしょ?」
エリカ「……」
ダラダラと汗を流しだしたエリカさん。
まさか、いや、あんなに用意周到だったのにまさか
みほ「え、考えて無かったの?」
エリカ「……負けるつもり無かったから」
みほ「無鉄砲すぎるよ……」
エリカ「……押して帰れないかしら?」
みほ「無茶だよぉ……」
178:
結局、お姉ちゃんに電話して回収車を寄越してもらう事になり、
私たちは色んな人からハチャメチャに怒られた挙句一か月間の雑用を命じられ、さらにたまたまタンカスロンの試合を見に来ていた黒森峰の生徒による証言の結果、
『?号戦車爆走事件?若き榴弾姉妹、青春の鉄火場?』の主犯として、期待の悪童(ホープ)の異名と共に黒森峰中等部の歴史に名を刻むことになりました
201:
黒森峰に入学したばかりの頃、妹は、みほはいつもうつむいていた。
そして私はそれを見て見ぬふりをしていた。
今は辛くても黒森峰の環境が、私の背中が、いつかあの子を強くしてくれるのだと信じて。
……私は長女だ。普通の家ではなく、西住流の。
だから強くあろうと誓い、強くあれとみほにも求めた。
あの子なら、みほならきっとそうなれると信じて。
学校も、副隊長の座も、贔屓などではなくあの子に相応しいものだと思ってる。
そしてその期待こそがあの子を苦しめているのだと、私は気づいていた。
だけど私は、それでもみほならきっと乗り越えられると、強くなれると信じていた。
それがあの子のためなのだと。
……それが、私の押し付けなのだとわかっていたのに。
202:



まほ「みほ」
みほ「お姉ちゃん?」
まほ「少しいいか」
みほ「いいけど……この間のあれの事?」
まほ「いや、『ニゴバク』についてはお前と逸見が罰を受けた以上、もう言うことは無い」
みほ「そんな略称になってるの?もう消えない汚名だね」
まほ「お母様にはなんとか隠し通してるんだからあまり派手な行動は慎んでくれ」
みほ「二度とするつもりはないよ……それで、何の用なの?」
まほ「いや……その、最近はずいぶんと元気にというか、やる気が出てきたなって」
みほ「?」
まほ「ここに入ったばかりの頃はどこか上の空な事が多かったが、最近は学生生活を楽しんでいるように見える」
みほ「……」
正直、最初は目を疑った。
いつもうつむいて、泣きたいのに泣けないといったような表情だったみほが、まるで昔の、本当に昔の頃のように笑うのだから。
203:
まほ「それは……逸見がお前を変えたのか?」
みほ「……かも」
まほ「……そうか」
逸見の事は一年の中でも抜き出た技量の持ち主だったから頭には入れていた。
同時に苛烈とも言える性格であることも把握していた。だから、みほが逸見と毎日のように昼食をとっていると知った時は
逸見がみほをいじめているのでは?と疑ってしまったものだ。
まほ「なんというか、少し意外だな」
みほ「何が?」
まほ「お前と逸見はそりが合うようには見えなかったから」
みほ「……そうだね。私もそう思うよ。だけど……エリカさんって案外優しいんだよ?」
まほ「そうなのか?」
普段の逸見の練習態度を見ると優しさなんてものは排除するタイプだと思っていたのだが。
みほ「うん。学食で一人で食べてた私に初めて声を掛けてくれたのはエリカさんなんだ」
まほ「……すまない」
そんなつもりじゃないのはわかっていても、みほの言葉に責められているかのような居心地の悪さを感じてしまう。
みほ「……あ、ち、違うよ?お姉ちゃんを責めてるとかじゃなくて……」
まほ「だがお前に寂しい思いをさせていたのは事実だ」
みほ「仕方ないよ、勉強だってあるのに2年で隊長やってるんだもの。休み時間にだってやることがいっぱいあるんだから」
まほ「……」
みほ「それに……エリカさんと会えたから。私はもう、寂しくないから」
まほ「……そうか」
204:
エリカさんを待たせてるから。そう言ってみほは小走りで去って行った。
あの言葉に、あの笑顔に嘘は無いと思う。
生まれる前から一緒にいた姉妹なのだから、あの子の考えていることなんて言わなくてもわかる。
あの子の、言葉にできないSOSも。
私はひどい姉なのだろう。
大切な妹の、大切だと思っている妹が抱える苦しみをわかっていながら目を背け続けていたのだから。
もしかしたらみほが壊れるのは時間の問題だったのかもしれない。
私が西住流を、家を理由に逃げている間に取り返しのつかない事になっていたのかもしれない。
だけどそうはならなかった。
今、あの子は笑顔で学校に来ている。
戦車道に笑顔で励んでいる。
みほが言うようにそれは逸見の力によるところが大きいのだろう。
感謝してもしきれない。
……なのにどうしてなのだろうか。私の胸の内にかかった靄のような何かは未だ晴れていない。
それはたぶん、私がまだ逸見の事を知らないからだ。
みほの言葉を信じると同時に、私が良く知らない逸見をみほが信じているという事に納得できていないからだ。
ならば、するべきことは一つ。
205:



まほ「すまないな。待ち合わせがあるのに急に呼び出して。」
エリカ「いえ、構いませんよ。どうせあの子が勝手に言ってることですから」
まほ「……」
エリカ「それで、聞きたいことってなんでしょうか?」
まほ「みほの事についてだ」
エリカ「……」
みほの名前を出した途端、逸見は顔をしかめる。
あまりにも露骨な態度に本当にみほはこいつと仲が良いのだろうかと心の中で首を捻ってしまう。
まほ「お前は随分みほと親しいみたいだな」
エリカ「そんな事ありませんよ」
まほ「みほはここに入学してから碌に学校での事を話さなかった。……だが、ある日を境に学校での事をよく話すようになったよ。笑顔でな」
エリカ「……」
まほ「そして、みほの話にはいつだってお前がでてくる」
今日エリカさんと
エリカさんが
エリカさんはね
みほの会話には枕詞のように逸見の名が出る。
そしてその時のみほは決まって笑顔だ。
206:
エリカ「……あの子ったら」
まほ「それについては感謝してる。私もできるだけみほの傍にいてやりたいんだが……中々そうはいかなくてな」
エリカ「まるでお母さんですね」
まほ「……私はみほの姉だ。だから、お母様たちの代わりに私があの子を見てやらないといけないんだ」
その結果がうつ向いてばかりだったみほなのだから、口先だけの自分を笑ってしまう。
エリカ「……それだと隊長はどうなるんですか?」
自嘲している私をよそに逸見は心配そうな顔をして私に聞いてくる。
まほ「……?何故私の話が出る」
今はみほの話をしているというにいったいどうしたのだろう。
エリカ「……いえ、なんでもありません」
質問の意図が掴めずにいる私の顔を見て逸見はどこか悲しげな顔をする。
その表情にどこか引っかかるものを覚えるも、それを無視して私は逸見に問いかける。
207:
まほ「逸見……お前はみほをどうしたいんだ」
エリカ「どうしたいって……別にどうしようとも思ってませんよ。私があの子と一緒にいるのはただ利害が一致したからです。
 あの子が持っていなくて、私が持ってるものを、その逆をお互いに教える。それだけです」
まほ「……友達じゃないのか?」
エリカ「違います」
目を見てきっぱりと言い切る。
なんというか、ここまではっきりと言われるとみほが可哀そうになってくる。
しかし、
まほ「……ん?」
言い切った逸見本人が口ごもるような、何かを言いたいような表情をしていることに気づく。
唇をモニュモニュと動かし、なんだかおもしろい表情をしているなぁと呑気に思っていると、
逸見はそっと、ため息のように言葉を吐き出した。
208:
エリカ「……あの子は戦車道が嫌いって言ってました。あれだけ強いのに、恵まれた立場にいるのに。なのに戦車道への愛が無いあの子が私は嫌いでした」
まほ「……」
戦車道に一途な逸見の姿を思えば向上心のないみほの姿は苛立つものだったかもしれない。
エリカ「でも、この間みほは言いました『戦車道の楽しさを思い出せた』って」
まほ「……」
エリカ「みほは、あの子は強いです。ほかの何もかもがダメでも戦車道だけは強いって言いきれます。
 そんなあの子が戦車道を好きになれたのなら、その気持ちを思い出せたのなら……
 きっと、もっと強くなれる。そして私はそんなみほよりも強くなりたい」
逸見はその瞳に強い決意を秘めてそう言い切る。
たしかに逸見は強いだろう。だがそれでもまだみほの方が強い。
当たり前だ。才能が有り、それを育てられる環境にいたみほが、私たちが、弱い事を許されるわけがない。
逸見がそれを理解していないわけがない。
みほや私にとってほとんどの人間は『競争相手』ですらなかった。
だけど今目の前にいる一年生は、それでもみほの『競争相手』であろうとしている。
それがどうにも嬉しくて、私は思わず笑ってしまう。
その態度に不満を覚えたのか、逸見は唇を尖らせる。
エリカ「別に、私だって今すぐあの子より強くなる!だなんて思ってませんよ……」
まほ「ああいや、違うんだ。ただ……みほの事が嫌いと言う割には随分とあの子を評価してるんだなって」
エリカ「……あの子が嫌いだってのは本当ですよ?だからって過小評価はしません。むしろあの子には強くなってもらわなきゃ。私が強くなるために。
 あの子が私から何を学びたいのかなんて興味ありませんが、あの子の強さを間近で見られるのは私にとっても好都合です。……だから、」
逸見は私に向けて、だけどここにはいない誰かに
209:
エリカ「今はもう少し、あの子の隣にいようかなって思います」
210:
優しく微笑んだ
211:
まほ「……そうか」
エリカ「これが私が考えている全てです。納得してもらえましたか?」
まほ「ああ、お前がみほに悪意を持って近づいたわけじゃないというのは良く分かった」
エリカ「別に好意を持ってるわけでもないですけどね」
その言葉を真に受けるには、私は逸見の事を知りすぎた。
どうやら逸見は自分の好意を表に出すのを嫌がるタチらしい。みほ限定で。
まほ「なんにしても、あの子に同級生の話し相手ができた事は素直に嬉しいよ。ただ……」
エリカ「ただ?」
一つだけ懸念が。
まほ「正直、心配のほうが大きい。幼いころから一緒に育ってきた妹が不良と交流しているというのはな」
エリカ「……え?」
まほ「どうした」
エリカ「不良?誰がですか?」
無言で指をさす。
エリカは誰かいるのかと後ろを向く。
その顔を前に向き直らせ、再度指を突きつける。
エリカ「………………違いますっ!?私はそんな、アナーキーな人間じゃありませんよっ!?」
まほ「入学早々、人事への反発。その後もはや恒例となってしまっている期末の決闘。加えてこの間の戦車無断使用の上、学外での戦闘行為からの損傷。……1年にしては随分と経歴を積んでると思うが?」
エリカ「うっ……」
普段の練習では規律や命令に厳格であろうとしている逸見だが、どうもその場の考えで動く癖があるようだ。
その結果が期待の悪童(ホープ)の異名なのだから、逸見が良く分からなくなる。
212:
まほ「……まぁ、そのほとんどに妹が関わってる以上、私も無関係だとは言えないか」
エリカ「あの、誤解しないで欲しいんですが、私は伝統と格式ある黒森峰の戦車道に憧れて、ここに来たんであって……」
まほ「建前は立派だな。実力もあるのがタチが悪い」
エリカ「あのですね……」
まほ「だいたい『榴弾姉妹』って何なんだ。実の姉を差し置いて姉妹呼ばわりはちょっとムッとするぞ」
エリカ「ですからっ!?」
まほ「だが……現状、お前が一番みほと親しいのは事実だ」
エリカ「……私は別に」
まほ「……みほは、あの子は自分の意見を表に出すのが苦手だ。だから、逸見のような人間と一緒にいることでそれを克服できるのなら……もうしばらく様子を見させてもらう」
エリカ「……ご自由に。私は、あの子に良くなってほしいとかこれっぽちも思ってませんから」
まほ「構わないさ。たぶん、それがみほにとっては嬉しいのだろうから」
西住流の娘なのだから
強くあれ
勝て
導け
沢山の期待を背負わされてきたあの子にとって、自分に期待をかけてこない逸見の存在はきっと、とても大きく、それでいて心を軽くしてくれるものなのだろう。
そのぐらいは今の私でもわかる。
ただ、それでも逸見の口から聞きたいことがある。
213:
まほ「逸見、最後に一つだけ教えてくれ。……お前からみて、みほはどんな人間だ?」
エリカ「……何を言っても怒りません?」
まほ「ああ、率直な意見を聞かせてくれ」
エリカ「…………本当に?」
まほ「嘘は言わない」
逸見は口を開いてまた閉じてを繰り返し、ようやく意を決したように口を開く。
エリカ「……臆病で傲慢で、他人の顔色を窺ってばかりで、そのくせ変なところで我を通してくる。一言でいうなら……めんどくさい子ですね」
まほ「……」
エリカ「……お、怒らないんですよね?」
まほ「ん?ああ、もちろんだ。しかし……逸見」
エリカ「はい」
まほ「……みほがお前に関わろうとする理由がなんとなくわかったよ」
エリカ「え?」
不相応な期待をかけてこず、並び立って競い合ってくれて、自分の欠点を真正面から言ってくれる。
逸見は認めようとはしないが、これを友と言わずになんと言うのか。
なのに逸見は友ではない、嫌いだという。
素直ではないその態度に私の中でちょっとだけ悪戯心が芽生えてしまったのを誰が非難できるだろうか。
まほ「なあ、後学のために聞いておきたいんだが、私の嫌いなところはどんな部分だ?」
エリカ「は?え?な、何言ってるんですかっ!?」
まほ「いや、思えば私は隊長らしくあろうとはしてきたが、私個人に対する客観的な意見は聞いたことが無かったからな。
 どうやら逸見は人の欠点を見つけるのが得意なようだから一つ聞いておこうかと」
エリカ「なんか言い方にトゲが……だ、大体隊長に嫌な所なんてありませんよっ!!完璧ですっ!!」
まほ「……本当に?」
エリカ「本当ですってばっ!!それが真実ですっ!!隊長は、隊長の思うようにしてくださいっ!!」
まほ「……そうか。呼び止めてすまなかったな」
エリカ「い、いえ」
まほ「それじゃあまた明日訓練で会おう」
214:



エリカ「……何だったのかしら」
みほ「あ、エリカさんいたいた。もう、待たせすぎだよ」
エリカ「だから帰れって言ったじゃない……」
みほ「エリカさんと一緒に帰りたいんだよ。いいでしょ?」
エリカ「嫌」
みほ「……私帰りにコンビニ寄りたいなー!!エリカさんもどう?」
エリカ「いやだから嫌だって」
みほ「…………そうだね、暗くなる前にさっさと行こう」
エリカ「え、ちょっと何、引っ張らないで。ちょっみほ?みほってばっ!?」
みほ「大丈夫大丈夫コンビニにそんな長居しないから」
エリカ「そういう事じゃなくてっ!?」
遠くから聞こえる二人の会話
まだ出会って一年も経っていないというのにずっと前から一緒にいたように見えて、
背格好の似た二人が隣り合っているとまるで姉妹のようにも見えて、
私の胸にまた別の、どうしようもないざわつきが生まれる。
215:
『でも、この間みほは言いました『戦車道の楽しさを思い出せた』って』
かつてはみほも戦車道を楽しんでいた。しかしそれはもう遠い過去の話だった。
西住流の娘であることを求められた日から、あの子にとって戦車道は重荷でしかなかった。
それは近くにいる私が一番わかっている。
だけど、そのみほが戦車道を楽しいと、そう言ったのであるのなら、
逸見は、私とみほが過ごした十数年を一年足らずで塗り替えてしまったというのか。
うつむいてばかりだったあの子を前に向かせ、
辛い顔ばかりだったあの子を笑顔にさせ、
あまつさえ戦車道の楽しさを思い出させた。
まほ「私は……」
みほがどんな子なのか理解している。
逸見が悪い奴ではないと知ることができた。
それでも、みほの固く閉ざしていた心を開けるのは私以外にいないと思ってた。
あの子がこの学校で私以外に心を開ける人間を見つけられるとは思わなかった。
一期一会だなんて言葉があるが、だとしたらあの子にとって逸見との出会いは間違いなく一生に一度の出会いだったのだろう。
216:
まほ「……」
驚きと嫉妬が入り混じっていた胸の内はいつの間にか穏やかになっていた。
そうだ。私にとってみほが笑顔でいてくれるのならそれ以上はない。たとえそれが私以外の誰かによるものであっても。
あの子が元気に、笑っていてくれるのであれば。
逸見に笑いかけるみほを、それを素っ気なく、だけど隠しきれない優しさで受け止める逸見を、
私は温かい目で見守ろう。
それが、姉として多忙なお母様たちの代わりに私ができる最善だと思うから。
217:
『……それだと隊長はどうなるんですか?』
218:
……私は、一人で大丈夫だ。
西住流の娘として、どんなときでも強くあるために。
頼られる事はあっても、命令することがあっても、決して誰かに寄りかかったりしない。
いつだって私は私として『西住』まほとして。
私は、
私は、
私は、
私は、私は、私は、私は、私は――――――――
―――――なんで私の隣には、
219:
まほ「誰も、いないの……?」
220:
夕日が差し込む廊下に私は一人で、映し出される影は、うずくまっても一つのままだった
221:



夕暮れは過ぎ、空には月がかかっている
私はスイーツの入った袋を手にコンビニから出ると、
後から出てきたエリカさんに向き直る。
みほ「エリカさん付き合ってくれてありがとう」
エリカ「あなたねぇ……暗くなる前に来たのにもう夜よ?なんでそんな長時間居座れるのよ」
みほ「だって、見たいものがいっぱいあるし……」
コンビニはいつだってキラキラしてる。
その季節に合わせた色とりどりの商品が所狭しと並んでいる風景が私は大好きで、
だから商品一つ一つを見て、買いたいものを吟味する。
出来ることなら毎日コンビニで買い物したいぐらいだけど、仕送りは限度があるし健康にも気を使わないといけないからたまにしか来れない。
だからこそ、来た時にはしっかり時間をかけて選びたいんだよ!
そう力説するも、
エリカ「ウィンドウショッピングは休日にしかるべき場所でやりなさい」
バッサリと切り捨てられてしまう。
むぅ、お姉ちゃんと同じことを言う……
今日だってホントはもっといたかったけどエリカさんに怒られしぶしぶ切り上げたのに……
エリカ「まったく、あなた私との今度の決闘忘れないでよね」
みほ「えー……あれまだやるのー?」
エリカ「当たり前でしょ!!私はもっともっと強くなりたいんだから!!」
期末の決闘。最初はお互いが納得するためにやったものだったが、いつの間にか恒例となってしまっていた。
とはいえ、エリカさんにとって私と戦える機会というのは貴重なもので、エリカさんが強くなるために必要な事なのだというのなら、
私もその挑戦を真っ向から受けようと思う。
みほ「……そっか。なら、まだまだ負けてられないな」
エリカ「あら?随分やる気ね」
みほ「だって、私はまだまだエリカさんから教わりたいことがいっぱいあるから。エリカさんに勝たれたら困るの」
222:
『私らしさを見つける』だなんて大口を叩いておきながらいまだにそんなものは見つかってない。
私には確固たる自分なんかなくて、戦車道だって家が大きな流派の家元だから始めただけで、
だから、それを押し付けられた物だと疎み、不相応な期待と重圧にうつ向いてばかりだった。
だから、戦車道が嫌いだった。嫌いになってしまった。
……だけどそれはもう過去の話で、私は今、戦車道が好きだって胸を張って言える。
エリカさんにぶたれ、
エリカさんにこっぴどく叱られ、
エリカさんに手を取ってもらい、
お互いを知り合い、
一緒の戦車に乗って、
それで――――救われた
私にとってエリカさんとの出会いはかけがえのないものだった。
その幸運を私は噛みしめ、誓った約束を決して裏切らないように、
前を向いて、感謝を込めて、本気で向き合う。
みほ「だから、次も本気で勝ちに行くよ」
エリカ「……そ。楽しみにしてるわ」
未来がどうなるかなんてわからない。
私らしさが見つかるかなんてわからない。
でも、今私がエリカさんの隣にいることは間違いなく私の意志で選んだ事であって、
彼女が隣にいることを許してくれるのが嬉しくてたまらなくて。
思わずその手を握ってしまう。
エリカ「何よ」
みほ「私、エリカさんが言うようにドジだからさ。暗い中一人で歩いてたら転んじゃうかも。それに手袋してないから寒いでしょ?」
223:
だから、離さないで。
エリカさんは握られた手をじっと見つめるも振りほどこうとせず、
「仕方ないわね」とため息交じりに呟くと、そのまま私の手を引いて歩きだす。
寒さで澄んだ空気がいつも以上に月明かりを煌めかせ、それを受けるエリカさんの姿もまた、輝きに満ち溢れて見える。
もう何度見惚れたかわからないその姿に、一日の終わりにその姿を見ることができる幸せに、出会いに、
私は神様の存在を信じたくなってしまう。
エリカ「なにニヤニヤしてるのよ」
みほ「ん?……神様っているのかなーって」
エリカ「いたとしても期待するようなもんじゃないわよ。欲しいものがあるのなら自分で手に入れなさい」
みほ「……そっか。……うん、そうだね」
誰かに期待するんじゃなく、自分で。
やっぱりエリカさんは素敵な人だ。
私が彼女と出会えた幸運は、選んだ運命は、神様にだって渡さない。
……なんて恥ずかしい事を思いながらエリカさんの隣をおいてかれないように歩く。
今は、これだけでいい。
伝えたいことも、やりたいこともたくさんあるけれど、
それでも今は、こうやって手を繋いで一緒に帰れるだけで私は満足だ。
エリカさんの冷たい手から伝わる温もりを、優しさを、私は忘れない。
それに救われたことを。
思えばエリカさんと出会ってからまだ一年もたっていない。
なのに、私は自分でも笑ってしまうほど変わった。
前進したか後退したかなんてわからない。
私らしさなんて何も見つかっていない。それでも。
うつむいてばかりだったかつての私とは変わった。
エリカさんには感謝してもしきれない。まぁ、感謝したところで気色悪いと一蹴されるのがオチだろうけど。
だから、
224:
みほ「エリカさん」
エリカ「何よ」
みほ「これからもよろしくね」
今伝えられる精一杯の感謝を伝える。
エリカさんはそれに対していつもの様にあきれたような笑みを浮かべて、
それでも、ちゃんと私の目を見て、
エリカ「……はいはい、よろしくね」
みほ「……うんっ!」
その言葉に私は一層強く繋いだ手を握る。
離さないように、離されないように。
隣にいられるように。
225:
月明かりが照らす帰り道に二人の影がある。
繋いだ手が二人の影を一つにしていた。
226:
私は、一人じゃなかった
247:



?中等部二年 4月?
休み明けの新学期、学年が一つ上がった私は、クラス分けが張り出された掲示板の前ではしゃいでいた。
その理由はただ一つ。
みほ「エリカさん、よろしくねっ!!」
エリカ「テンション高いわね……」
みほ「だってエリカさんと同じクラスなんだものっ!!」
そう、一年の頃は別のクラスだったエリカさんと同じクラスになったからだ。
これでもう一緒に帰ろうと伝えたのに先に帰られる事はない。
私は飛び跳ねんばかりに喜びをあらわにする。
エリカ「小学生じゃないんだから……いい?私と同じクラスになったからには授業中に居眠りはもちろん、忘れ物だって許さないんだから。規則正しい生活としっかりした態度を徹底しなさい」
みほ「お母さん?」
エリカ「……」
みほ「痛い痛いっ!?手の甲つねらないでエリカさんっ!?」
小梅「……」
248:



みほ「待ってよエリカさん、一緒に帰ろう?」
エリカ「嫌」
みほ「連れないなぁ……」
エリカ「勘違いしないでよね。同じクラスになったからって友達になっただなんて思わないように」
みほ「……うん」
エリカ「……そんなしょげた顔するんじゃないわよ」
みほ「あ痛っ」
エリカさんの細い指から放たれるデコピンは無駄に高い威力を誇る。
赤くなった額をさすっている私を無視して、エリカさんは話を続ける。
エリカ「わざわざチームメイトの名前覚えたぐらいなんだから、新しいクラスの面子ぐらい覚えておきなさい。……一人くらい、あなたの友達になるようなのがいるかもよ」
みほ「……それは、エリ――――」
小梅「あのっ!!」
突然横からかけられる声。
私とエリカさんが声をしたほうを向くと、そこには一人の少女が立っていた。
エリカ「あなたは……赤星さん?何の用よ」
声の主である小柄な人影は、戦車道チームの仲間にして同じクラスメイトである赤星小梅さん。
小梅「すみません急に……私、その……みほさんの事で話があるんです」
みほ「私?」
小梅「そのっ……逸見さんっ!!もう、みほさんをいじめないでくださいっ!!」
みほ「………………………………え?」
エリカ「…………………………はぁ?」
249:
突然の事に私もエリカさんも反応が遅れてしまう。
そんな私たちをよそに、赤星さんは辛そうな面持ちでぎゅっと、手を胸の前で握る。
小梅「逸見さん、みほさんにいつも意地悪言ってて……あんなの、みほさんが可哀そう……」
エリカ「そんなに言ってるっけ?」
みほ「とりあえずこの間言われたのは『箸の使い方が下手くそ。サルでももうちょいきれいに食べるわ』、『人と話してる時に考え込んでほかの情報をシャットアウトするのはやめなさい。鶏の方がまだ話をきいてくれるわ』 、
 あと訓練で私が戦車の操縦をミスして一輌だけバックしちゃった時に『ハァー!!さすが副隊長サマね!後ろに目がついてるみたいに綺麗な後退よ!』って言ってきたね」
エリカ「めっちゃ言ってるわね……って、それを言わせるあなたが悪いんでしょ」
みほ「まぁ、それはそうかもだけど」
私からすれば日常茶飯事なエリカさんの嫌味。
最初の頃ならともかく、今となっては挨拶みたいなものだと思っているんだけど。
どうやら赤星さんにとってはそう思えなかったらしい。
小梅「違いますよみほさん!それは逸見さんがただ意地悪なだけです!!この間の『ニゴバク』だってあなたが無理やり巻き込んだんでしょっ!?」
エリカ「その略称定着してるのね」
みほ「赤星さんそれは……………………うん、半分以上エリカさんが勝手にやった事だけど」
エリカ「ちょっ!?」
突然の裏切りにエリカさんは動揺する。
いやだって早朝に呼び出して、?号に乗れ、でなければ帰れ。みたいに言ったくせに後始末を何も考えてなかったのだから不満の一つもでよう。
私の言葉に赤星さんは確信を得たようにつぶやく。
小梅「やっぱり……逸見さん、みほさんは真面目で優しい人なんです。だから、これ以上いじめるのはやめてくださいっ」
エリカ「……なんで今言ってきたの?そう思うなら、いじめられているとわかっていたならもっと早く言ってくれば良かったのに」
250:
赤星さんの言葉にエリカさんが返す。
その表情は、声色は、かつて私に対して向けたものとよく似ていて、少し背筋が寒くなる。
だけど赤星さんはその言葉に対して、自分を恥じるようにうつ向いた。
小梅「……逸見さんの言う通りです。私は、みほさんがいじめられてるのに気づいてた。でも、見て見ぬふりをしてた」
罪悪感と後悔が入り混じった声で話す赤星さんの姿に、なんだかこちらまで申し訳なくなってくる。
別にいじめられてるわけじゃないんだけどな……
エリカ「そう。なのに今さら良い子面?ずいぶん太い神経ね。私が一番嫌いなタイプよ」
みほ「エリカさんっ!」
そんな赤星さんの態度などどこ吹く風と言わんばかりに追い打ちをかけるエリカさんを私はいさめる。
実態はどうであれ、赤星さんは私を心配してくれているのだ。それを悪く言うのはやめて欲しい。
エリカさんの指摘を受けた赤星さんは苦しそうに唇を噛みしめる。
小梅「……正直、最初の頃のみほさんは私たちの事なんて気にも留めてないと思ってました」
みほ「え……」
小梅「名前を憶えてくれてても、ミスを優しく諭してくれても……どこか、上の空みたいな……私たちの事なんて気にも留めてないんじゃって……」
エリカ「……よく見てるじゃない」
みほ「うぅ……」
エリカさんの耳打ちに、私は頭を抱えてうずくまりたくなってしまう。
だって赤星さんの言葉は紛れもない事実で、エリカさんが私に対して激怒した理由の一つなのだから。
そんな私に目もくれず赤星さんは前を向くと、強い覚悟を込めた瞳で私たちを見つめてきた。
小梅「だけど、それは私が弱いから、練習が足りないからだって。だから追いつけるように、みほさんに迷惑をかけないように頑張ってきました」
エリカ「……」
小梅「逸見さん、あなたがみほさんを嫌いなのはわかります。だけど……私にとってみほさんは憧れなんです。
 たとえ偽善者と言われようとも今動かなかったら、私はもう一生自分を誇れないっ!」
252:
力強い決意の言葉。
さっきまでの弱々しい姿が嘘のように確かな意志と、一歩も退かない覚悟を感じる。
……ここで止めておかないともっと面倒な事になる。
確信に近い予感を抱いた私は、赤星さんの誤解を解こうと声を上げる。
みほ「あ、あの赤星さんっ!?あなたは誤か――――」
エリカ「あーら?まーた余計なことを話そうとしてるの?そんな悪い口はこうしてやるわっ!!」
みほ「いははっ!?いはいよえいあしゃんっ!?」
突如エリカさんに両頬を引っ張られ、私の声は遮られる。
それを見た赤星さんはさらに瞳の炎を燃え上がらせる。
小梅「っ……やめてくださいっ!!」
エリカ「赤星さん。私がこの子をどうしようと私の勝手よ」
小梅「そんなことっ……」
エリカ「それでもどうにかしたいのなら、私と勝負しなさい」
小梅「え……?」
突然の提案。
それは赤星さんはもちろん私にとってもいきなりの事であった。
ていうかいつまで私のほっぺ引っ張ってるの……
そう思っていると、エリカさんは私の頬をパッと放し赤星さんに向き直る。
エリカ「あなたが勝ったらこの子に手を出すのはやめてあげるわ」
みほ「えー……?」
エリカ「そこは喜ぶポーズぐらいしなさいよ……」
露骨に不満げな私を見て、エリカさんはまた耳打ちをしてくる。
いやだって、別に私は不満も何もないんだもの。
小梅「……逸見さんが勝った場合は」
エリカ「そうね……その時考えさせてもらうわ」
小梅「それは……」
エリカ「白地小切手って事よ。私のケンカ、買う気ある?」
小梅「……それで構いません」
エリカ「……そう。いい覚悟してるじゃない。そういうの好きよ」
エリカさんは楽しそうに笑う。
その笑顔に何かがあると感じたのか、赤星さんは警戒するように後ずさる。
だけど、赤星さんは先の言葉を撤回しない。強い決意をもって決闘すると決めたのだろう。
……私が賞品なのに私の意志が微塵も介入していないのはどうかと思うな。
253:



「えー……副隊長と逸見進級早々また決闘?」
「いや、今回は副隊長じゃなくて、赤星らしいよ?ほら、副隊長審判やってるし」
「うっそ、あの子も大概おとなしい子だと思ってたんだけど」
「逸見は好き嫌いはっきり分かれる性格だからねー恨みの一つや二つ買ってたんじゃない?」
「悪い奴じゃないんだけどなぁ」
「そんなの知ってるよ。なんにしても、決闘で白黒つけるつもりなら見守るしかないでしょ」
「うーん……うちって最近副隊長と逸見の二人に引っ掻き回されてない?」
「骨のある子が2人もいるって思いなさい」
「ものは言いようだな……」
254:



小梅(一対一の戦い。この前のみほさんとの試合の事を考えれば、絡め手を使わず真正面からくるはず……なら、こちらは動かず焦らず撃ち抜けばいい……)
エリカ「向こうも準備できたっぽいわね。それじゃあみほ、お願い」
みほ『はい。それじゃあ、始めっ!!』
エリカ「っ!!」
小梅「やっぱり真正面からっ……動かないで、落ち着いて……」
ダァンッ!
エリカ「……」
小梅「っ……怯まない、でもっ!!」
ダァンッ!! ガァンッ!!
小梅「当たったっ!!……っ!?まだ生きてっ……この距離はまずいっ!!下がってっ!!?」
エリカ「赤星さん。あなた思ってたよりやるわね。でも……私のほうが上ねっ!!」
ダァンッ!! シュポッ
255:



「お、終わった。早かったなー」
「いやいや、逸見の真っ向勝負を赤星が受けたからでしょ。障害物を盾に持久戦を挑めば……」
「最後に下がろうとして隙を突かれたね」
「うーん、気圧されたって感じかな」
「そうね」
「副隊長に敗けてばっかだけど、やっぱり逸見強いなぁ」
「将来が楽しみね」
「その言い方、年寄臭い」
「うっさい」
256:



小梅「っ……私は……」
試合が終わり、転がり落ちるように戦車から出てきた赤星さんに慌てて駆け寄る。
みほ「赤星さん大丈夫!?」
小梅「みほさん……私、ごめんなさい……」
みほ「いや、あのね……?」
己の無力さに打ちひしがれるような瞳で私に謝ってくる赤星さんにこっちまで申し訳ない気持ちになってくる。
エリカ「あら、いいわねその表情。私が勝者だってことを実感できるわ」
そんな赤星さんとは対照的に上機嫌なエリカさんの声。
赤星さんは悔しそうに唇を噛みしめ、だけど何も言い返すことができずただ、体を震わせるだけだった。
流石にこれ以上は見てられない。
私はまだまだ何かを言おうとするエリカさんを手で制し、しゃがみ込む赤星さんに目線を合わせて語り掛ける。
みほ「……あのね、赤星さん。私、エリカさんにいじめられてなんかいないよ?」
小梅「え……?」
みほ「確かにエリカさんは意地悪だし、嫌味っぽいし、強引で後先考えてない時があって、そのせいで私まで怒られて何でこんなことに……ってなったことはあるけどさ」
エリカ「なんか色々こもってない?」
エリカさんの言葉は無視する。
257:
みほ「でも、悪い人じゃないよ。優しくて、まっすぐで、何より一緒にいると楽しいの」
エリカ「……」
意地悪なのも、嫌味っぽいのも、強引で後先考えないのも本当だけど、
それ以上に真面目で、優しくて、強い人だって事を私は知ってる。
私がエリカさんと一緒にいるのは誰かに強制されたとかじゃなくて、間違いなく自分で選んだ事なのだから。
小梅「そ、それじゃあ私勘違いで……」
みほ「……でもね、嬉しかったよ。赤星さんが私のために動いてくれて」
小梅「みほさん……」
そう、勘違いとは言え赤星さんが私のために動いてくれたのは紛れもない事実だ。
以前の私は赤星さんやエリカさんの言う通り優しくしているだけで、目の前の人の事なんて知ろうともしなかった。
自分の境遇を悲観するばかりで他人に対して本気で向き合おうとしていなかった。
でも、赤星さんはそんな不誠実な私を慮り、助けようと奔走してくれた。
その結果は赤星さんが思ったものと違ったかもしれないが、かつてエリカさんがしてくれたのと同じことだった。
みほ「だからあんまり落ち込まないで。元をたどればエリカさんが悪いんだし」
エリカ「あなたねぇ……まぁいいわ。赤星さん」
みほ「エリカさん?」
今度はエリカさんが私を押しのけて赤星さんの前に出る。
その表情は先ほどまでのあざ笑うような表情とは打って変わって真面目なものになっていた。
エリカ「約束、守ってもらいましょうか」
みほ「約束って……」
小梅「……なんでもいう事を聞く」
エリカ「覚えてくれてて何より。二度手間は嫌いだもの」
みほ「エリカさんやめようよ。そういうの良くないって」
エリカ「あなたは黙ってなさい。……赤星さん」
小梅「……」
私の抗議はピシャリと制され、沙汰を待つ罪人の様になっている赤星さんに向かってエリカさんは告げた。
258:
エリカ「あなた、この子の友達になりなさい」
小梅「え?」
みほ「え?」
先ほどまで満ちていた場の空気とはまるで違うエリカさんの言葉に私と赤星さんはあっけにとられてしまう。
そんな私たちをよそにエリカさんは人差し指を立てた手をリズムよく振りながら得意げに話す。
エリカ「前から思ってたのよ。みほ、あなたはちゃんと友達を作るべきだって」
みほ「えっと……どういう事?」
エリカ「あなた言ったじゃない、自分が何なのか知りたいって。だってのにあなたこの一年で私と隊長以外にまともに関わった人間いる?戦車道以外で」
みほ「えっと……こ、コンビニの店員さんかな?顔覚えられてるし」
エリカ「そりゃ来るたびに30分は最低でも居座る奴の顔は覚えるわよ……」
みほ「うぅ……」
この前行った時は1時間47分56秒(エリカさん計測)居座ってしまったせいでエリカさんに激怒され、店員さんに二人で謝る事態になってしまった。
仕方なかったんだよ……色とりどりの商品が私の心を刺激してやまなくて、全部吟味しない事には買うものなんて選べなかったんだよ……
エリカ「みほ、色んな人からの客観的な意見が今のあなたには必要なのよ」
みほ「それは……うん。そうかもしれないけど、いきなり友達になれってのは……」
エリカ「あら?赤星さんとは仲良くなれないっての?」
みほ「その言い方はズルいよ……」
エリカ「なら決まりね。一応聞いておくけど赤星さん、この子と友達になってくれる?」
その言葉にあっけにとられたままだった赤星さんは我に返り、今度はその表情がぱっと明るくなる。
小梅「は、はいっ!私でよければ是非っ!」
みほ「よ、よろしくお願いします……」
エリカ「はい!お友達条約締結!!」
私と赤星さんの手を掴み固く握手させると、エリカさんは満足そうに腕を組んで頷く。
そんなエリカさんをみた赤星さんは握手をしたままそっと私に耳打ちをする。
小梅「……逸見さんってこんな人だったんですね」
みほ「あはは……まぁ、キツイ時はあるけど、意外と愉快な人でもあるよ?」
真面目だけどいきなり突飛な行動をするエリカさんといると飽きないというのは紛れもない事実だ。
……それに巻き込まれた結果面倒なことになったのも事実だけど。
259:
小梅「……あの、みほさんと逸見さんってお友達なんですか?」
小さく手を挙げた赤星さんがエリカさんに質問する。
その質問にエリカさんは露骨に顔をしかめて、
エリカ「はぁ?何言ってるのよ。そんなわけないでしょ」
小梅「違うんですか?」
エリカ「全然違うわ。私はね、この子の事嫌いだもの」
小梅「えー……」
納得できないという表情で私とエリカさんを交互に見る赤星さん。
まぁ、いじめられてるわけじゃないのであれば、普段から一緒にいる私たちを友達だと思うのは当然だと思う。
……エリカさんもそう思ってくれるといいのになぁ
小梅「じゃあみほさんは?」
みほ「私?私はエリカさんの友達だよ」
小梅「えぇ……」
ますます困惑する赤星さん。
エリカさんがどう思っていようとそれはそれとして、私はエリカさんを友達だと思ってる。
その気持ちだけは誰にも否定させない。
エリカ「この子が勝手に言ってるだけ。私は友達じゃないわ」
みほ「あはは……そういう事だから」
小梅「私、なんか疲れてきた……」
色々あって心身ともに疲労している赤星さんはぐったりとうなだれる。
そんな赤星さんを無視して、エリカさんはくるりと向きを変えると更衣室へと向かおうとする。
エリカ「それじゃあ私は着替えて帰るわね。あとは若い二人で仲良くしなさい」
ひらひらと手を振りながらさっさと帰ろうとするエリカさんの歩みは後ろから伸びてきた二つの手によって止められる。
260:
エリカ「……何?」
小梅「逸見さん、それはないんじゃないですか?」
みほ「そうだよ。言い出しっぺはエリカさんなんだから」
元をたどれば誤解を招いたのも、それをここまで引きずる事になったのもエリカさんが原因なのだから。
散々振り回した挙句に目的果たしたので帰ります。はないでしょう。
私と赤星さんの気迫にたじろいだのか、エリカさんは何も言い返さず、私と赤星さんはあれやこれやと話し出す。
小梅「とりあえず、クラスメイト同士、交流を深めましょう?」
みほ「お腹減ったしご飯でも」
小梅「いいですね」
エリカ「……あなた達、もう仲良くなってるじゃない」
ため息交じりのエリカさんの言葉に私と赤星さんは思わず吹き出してしまう。
とりあえず、クラスメイト3人の交流の場は今回の騒動の原因にして、最大の立役者であるエリカさんの希望を聞こうと思う。
まぁ、エリカさんが食べたいものなんて聞くまでもないと思うけど。
みほ「エリカさん、ほら早く着替えて行こう?」
小梅「逸見さん、待たせないでください」
エリカ「ったく……めんどくさいのがまた増えたわね」
282:
大好きな戦車道を、憧れの場所で学ぼうと思い黒森峰に入った。
ここでなら強くなれると、自分の戦車道ができると思って。
 
そして、身の程を教えられた。
自分より強い人なんていくらでもいて、努力で巻き返そうとしても強い人たちは私なんかよりずっと努力を重ねていた。
才能も、努力でも敵わないのなら、私は何のためにここに来たのだろうか。
自分がすべきことも、できることも、やりたかったこともわからなくなり、私はいつの間にか戦車道を楽しめなくなっていた。
そんな人間は他にもいて、私はいつの間にかその人たちと同じように日々が過ぎ去るのを祈るばかりになった。
そんな私たちを頑張っている人たちは見下す。口には出さずともその視線が、表情が、私たちはダメだと伝えてくる。
何も思わなかった。だって、何よりも自分が一番良く分かっているから。
自分が一番、自分を見下しているから。
だけど、無為な日々を過ごす中で、それでも優しくしてくれる人がいた。
『頑張ることは無駄なんかじゃない。最初から強い人なんて誰もいないんだから』
その言葉に勇気づけられ、私は再び頑張ろうって思えた。
その言葉に強い感銘を受けたとか、そんなんじゃない。
ただ、ダメな自分を見捨てていない人がいてくれるのが嬉しかったから。
たとえ今はダメでも頑張って努力して、少しで前に進もうとした。
出遅れた私に実力の差は大きくのしかかってきた。
それでも、毎日少しずつ、できる事からやっていった。もう立ち止まらないために。
あの人に少しで近づくために。
そしてある日気づいてしまった、この人は私の事を見てなんかいない。いや、自分の事すらどうでもいいと言わんばかりにその瞳に何も映してないのだと。
あんなにも強く、優しい人が何故あんな瞳をしているのか私にはわからなかった。
だとしても、あの日かけてくれた言葉に私は勇気づけられた。たとえその言葉に何の意味も込められていなくても、去って行く人たちがいる中でそれでも踏ん張ろうと思えたのはあの人の言葉があったからだ。
私は足掻き続けた。私が一歩進むごとにあの人の正しさを証明できると信じたかったから。
そうすれば、いつかあの人が困難に遭った時に手を差し伸べられると思ったから。
283:



小梅「……その結果がこれですか」
みほ「エリカさんまたハンバーグ?」
エリカ「はぁー?あなたの目は節穴?よく見なさい」
みほ「え?……何か違うの?」
エリカ「忘れたの?学食に追加された新メニュー。美容と健康に気を使いつつも、
 食べたいものはガッツリ食べたいと思う少女たちの悩みに答えた期待の一品。
 ―――――豆腐ハンバーグよ」
みほ「やっぱりハンバーグじゃん……」
騒がしさが最高潮な昼食時の学食。
その端にあるテーブル席に私はいた。
正確には私と、みほさんと、逸見さんが。
私の隣に座っているみほさんは、苦笑しながら向かいの逸見さんと話している。
本日のお題目は逸見さんのランチについて。
284:
エリカ「何言ってるの豆腐ハンバーグよ?いわば焼き豆腐よ」
みほ「豆腐ハンバーグってひき肉使ってるんじゃ……」
エリカ「四捨五入すれば0になる割合よ」
みほ「何言ってるの……」
小梅「馬鹿ですか」
思わず罵倒してしまうも、食堂の喧騒にかき消されたのか逸見さんは気づいてないようだ。
……みほさんの話からちょくちょく聞いてはいたけど、逸見さんって本当にハンバーグが好きなんですね。
本人は好きじゃないって否定していたが、楽し気に本日のランチについて講釈を垂れている姿を見るとまさしくどの口が、と思ってしまう。
なので私は逸見さんの屁理屈がこれ以上白熱する前に「冷めないうちに食べましょう」と促す。
逸見さんは「そうね」と落ち着きを取り戻し、切り分けた豆腐ハンバーグを一口ほおばる。
エリカ「……」
しかし、先ほどまであんなにウキウキだった逸見さんは途端に無表情になる。
285:
みほ「エリカさん?」
エリカ「……やっぱりハンバーグは100%肉じゃないとだめね」
お口に合わなかったようで……
みほ「さっきの演説はなんだったの……」
エリカ「そもそもハンバーグに健康面を求めるのが間違いなのよ。こんなの食べて『ヘルシーなのにしっかりお肉の味がするー!』
 とか言ってる輩は一生大豆でもむさぼってればいいのよ」
みほ「今さら過ぎるし暴論すぎる……」
馬鹿ですか。
二度目の暴言はさすがに胸の内に収める。
エリカ「赤星さん、そのから揚げ二個とハンバーグ4分の一を交換しない?」
小梅「精々美しく健康になってください」
286:
エリカさんの提案を固辞し、私はから揚げを食べながら黙々と考える。
みほさんたちと共に行動するようになって早一か月。
現状、私と逸見さんの関係は友達の友達といったとこか。
まぁ逸見さんはみほさんの友達じゃないとの事なので友達の知り合いかもしれない。
とにかく、私は逸見さんと友達ではない。
一緒に行動するようになったとはいえ、実のところ私はまだ逸見さんに対して一線を引いている。
今さらみほさんをいじめてるだなんて勘違いをしてるわけじゃない。
ただ、なんというか私は逸見さんと反りが合わないと思う。
悪口軽口は当たり前、みほさんがあんなにも逸見さんと友達になりたがっているのに、
知ったこっちゃないと素っ気ない態度をとる姿に良い印象を覚えろと言うほうが無理がある。
他でもないみほさん本人が特に気にしてないのだとしてもそれはそれ。
私が逸見さんに対してあまり踏み込まないのはそう言った事情があっての事だ。
……とはいえ、これ以上はお互いのためにならない。
みほさんが逸見さんを信頼している以上、後から来た私があれこれ言ったところでみほさんを惑わせるだけだし、
そのせいで私と逸見さんが険悪になってしまったらみほさんは自分を責めてしまうかもしれない。
私の取れる選択肢は2つ。このまま何食わぬ顔でみほさんたちといるか、逸見さんを置かず、あくまでみほさんとのみ友人関係を続けるか。
決めあぐねているのは私自身の意志の弱さ故だ。
それでも、このままなぁなぁにしていてはいつか禍根を産むことになってしまうかもしれない。
それならば
私は自分の選択肢を決めるため行動することにした。
エリカ「あ、赤星さん私の食器もついでに片づけてくれる?」
小梅「美容のために動きましょう」
とりあえず逸見さんへのマイナス評価が一つ。
287:
―逸見さんの事をどう思いますか?
『うーん……気難しい奴?悪い奴じゃないってのはわかるし、真面目で努力しているのは伝わるけど、
 反面それを人にまで求めるのは悪い癖だと思うなぁ。好き嫌いがはっきり分かれる感じ。私は好きだけど』
          (3年 匿名希望)
『逸見先輩ですか?私もまだ入学したばかりだから良く分からないですけど……とりあえず綺麗な人ですよね。
 美しい銀髪に碧眼、透き通るような白い肌。遠くからでも見惚れちゃいます。性格だって厳しいって言う子が多いけど、
 それは先輩が何よりも戦車道に真面目だからだし、それに戦車道の授業の時の先輩ってとってもカッコいいんです。
 きりっとした表情と、鋭い言葉にドキドキしちゃう時があって……ほんとに、黒森峰に来て良かったなーって
 あ、先輩って確か逸見先輩と同じクラスでしたよね?その、今度写真撮ってきてもらえませんか?
 逸見先輩がクラスでどんな風なのか知りたいんですっ!!』
          (1年 匿名希望)
『……嫌いよ。大嫌い。あいつ、私の事を負け犬って……違う、私は負け犬なんかじゃない。
 負けたくないから、強くなりたいからここに来たの。言われっぱなしなんて我慢できない。
 ……もういい?練習したいんだけど』
         
          (2年 匿名希望)
『エリカさん?エリカさんは良い人だよ!!そりゃあ厳しいし、嫌味っぽいけどその裏にはいつだってエリカさんの優しさが隠れてて、
 
 叱ってくれるのだって私の事を思ってくれてるからなんだって。それにね、一緒に帰ろって誘うと毎回嫌だって言うんだけど、私が隣を歩いても何も言わないし、
 帰るのが遅くなった日なんか月明かりに照らされておとぎ話に出てくるお姫様みたいに輝くエリカさんを見られて……もう、いっぱい話したいことがあったのに何も言えなくなっちゃって……
 こないだだって――――(その後30分ほど続いたためカット)』
          (2年 匿名希望副隊長)
『逸見か?悪い子ではないと思う。ちょっと直情的なところはあるが実力もあって努力も欠かしていない。学業だっておろそかにしていない。
 学生の理想のような人間だ。……まぁ、それはあくまで一面であって私はまだ逸見の事をよく知ってるとは言えないが。
 ただ、妹と仲良くしてくれているのは素直に嬉しい。不良とはいえ私以外にあの子の隣に立ってくれたのは逸見だけだったからな。
 それにちょっと話した感じだと案外愉快な性格をしているな。からかうとなかなか面白い反応を返してくれる。
 そしてそれもまた一面に過ぎないのかもな……私も、もっと逸見の事を知っておくべきか』
  
          (3年 匿名希望隊長)
288:



小梅「うーん……」
自室の机に広げられた様々な意見が書かれたレポート用紙。
私はそれに向かって頭を悩ませていた。
自身の意志だけで決められないのであれば他人の意見も求める。
そういったわけで私は逸見さんには内緒でその印象を聞いて回ってみた。
その結果わかったのが、逸見さんは上級生からの覚えが良く、加えて二年生以下の隊員の間ではみほさんと二分するほどの人気の持ち主だという事だ。
みほさんの人気は、高い実力とそれの驕らぬ優しさにあふれた言動、対して逸見さんはみほさんには一歩劣るも同級生、上級生を相手にしても一歩も退かない実力の持ち主。
その厳しく、時には苛烈とも言える言動に反発を覚える者も多いが、逆にその力強い姿に惹かれるものも多くいる。
特に逸見さんの容姿はまだ入学したばかりの一年の間ですでにファンクラブ(非公認)なるものができるぐらいには見惚れる者が多いという事だ。
まぁ、私も逸見さんの見た目が良い事については否定の余地はないと思う。まさしく日本人離れした姿はいやでも人の目を惹くだろう。
ちなみに関係ない事だが、逸見さんファンクラブの会員第一号に良く知ってる副隊長の名前があった気がするが気のせいとしておこう。
小梅「なんていうか思ったより好感持たれてるな」
そう、結果だけを見れば逸見さんは隊内でもかなり人気があるのだ。
もちろん全員に聞いたわけではないので多少の偏りはあるだろうが。
小梅「……やっぱり逸見さんは悪い人じゃないのかな」
わざわざ足で稼いだ逸見さんへの個々人が持つイメージ。
その中にはもちろん、逸見さんへの否定、嫌悪感を表す意見もある。
生意気
融通が利かない
副隊長に敗けたくせに偉そう
他にも色々あるが、大体一理あるとは思う。
プライドが高いのも、融通が利かないのも、みほさんに敗けたのも事実だ。
289:
小梅「でも、そこが好きって人もいるんだよなぁ……」
生意気なのはやる気があるから
融通が利かないのは真面目だから
負けたのにへこたれないのは根性があるから
ものは言い様と言えばそれまでだが、誰かにとっての短所は他の誰かにとっての長所という事なのだろう。
でもそれを言い出したらますます判断材料が無くなってしまう。
小梅「ていうか私、何で逸見さんの事でこんなに頭悩ませてるんだろ……」
嫌いなら離れればいい。誰とでも仲良くだなんてのは理想としては結構だろうが、
相手が同じ人間である以上どうしても相性というものは存在してしまうのだ。
私が毎日のように逸見さんと顔を合わせているのは友達であるみほさんが逸見さんにベッタリだからだ。
だからと言ってそれに私まで付き合う必要はない。
みほさんと過ごす時間が減るのは残念だが、別に休日とかにいくらでもみほさんと友達らしい事をすることはできる。
なのに私は決断できない。優柔不断な我が身を呪うばかりだ。
結局私は散々頭を悩ませた挙句
小梅「とりあえず……今日はもう寝よう」
明日の自分に期待することにした。
290:



翌日の放課後、私は夕日の差し込む廊下を自分の教室に向かって歩いていた。
本来ならもう帰っている頃だが、先生に今日の授業について質問していたためこんな時間になってしまった。
小梅「早く帰ろっと……」
外から聞こえる運動部の掛け声が誰もいない廊下の寂しさを余計に引き立て、私は思わず早歩きになってしまう。
ようやく教室につきその扉に手をかけようとすると中から話声が聞こえてきた。
エリカ「遅いわねぇ」
みほ「赤星さん真面目だから。きっと沢山聞きたいことがあるんだよ」
エリカ「私はちゃんと授業内で理解してるわよ。大体、何で私まで待たされるのよ。あなた達二人で帰ればいいじゃない」
声の主は最近仲良くなれた人と、現在距離感を図りかねてる人。
どうやら二人は私を待っていてくれているらしい。
みほさんには遅くなるから先に帰っててと伝えていたのに。
相変わらずみほさんは優しい人だ。
小梅「でも逸見さんまで……」
普段のみほさんへの態度を見るに、私を待つだなんてせずにさっさと帰ると思っていたのだが。
現に用事があって逸見さんを待たせた挙句さっさと帰られて半泣きになっているみほさんを何度か目撃しているし。
291:
みほ「もうちょっとだけ。お願い」
エリカ「あなたねぇ、友達作れとは言ったけどだからといって必ず一緒に帰りなさいとは言ってないでしょ」
みほ「それはそうだけど……」
エリカ「……はぁ、あと5分だけよ」
さっさと入ればいいのに、私の手は扉にかからない。
二人の会話がなぜか気になってしまうのだ。
もしかしたら人目のないところではまた別の逸見さんが見られるかもしれない。
それが良い部分なのか悪い部分なのかはわからないが、停滞した現状を打破する一手になることを期待しよう。
なんだかストーカーみたいになってしまうが二人の会話に集中できるよう、私は静かに教室の前に座り込んだ。
エリカ「あなた勉強はちゃんとしてるの?」
みほ「も、もちろん」
エリカ「説得力無いわねぇ……得意科目を伸ばすのもいいけど、進学するならちゃんと苦手科目もある程度なんとかしなさい」
みほ「うぅ……エリカさんに心配されなくても自分でちゃんと何とかするよ……」
エリカ「出来てないから私にぐちぐち言われるんでしょ。言われたくないならちゃんとしなさい」
みほ「そ、それいったらエリカさんだって色々言われてるでしょ」
エリカ「え、何それ」
みほ「えっと……確か、『ガミガミうるさい』『小姑』『所詮は西住に敗けた敗北者』『ハンバーグばっか食べてるから血気盛んなのかもね』」
エリカ「そいつら全員ぶっ飛ばしに行くから名前教えなさい。ていうか最後のはあなたでしょ」
みほ「情報源の秘匿を条件に教えてもらったんで……」
エリカ「まったく……言われっぱなしは癪だから、見返してやらないと」
みほ「うん、頑張って」
エリカ「あなたもよ」
みほ「え?」
エリカ「あなた、未だに陰でコソコソ言われてるのに気づいてないわけじゃないでしょ?」
……確かに逸見さんの話を聞いて回る中で、みほさんへの陰口をちらほら聞くことがあった。
292:
エリカ「家が、姉が。そんな言葉を付けないとあなたを評価できないような人達を見返してやりなさい」
みほ「……」
エリカ「私はあなたに勝ちたいの。そのあなたが馬鹿にされてるのは我慢できないわ」
みほ「……うん」
エリカ「……ならいいわ」
……今のはたぶん、逸見さんなりの励ましなのだろう。
みほさんなら、みほさんの力で他者からの評価を勝ち取れると。
逸見さんはそう伝えたかったのだろう。
そしてみほさんもそれを感じ取ったようで、先ほどよりも少し高くなった声で逸見さんの名を呼ぶ。
みほ「エリカさん」
エリカ「何よ」
みほ「ちゃんと、見ててね」
エリカ「……ええ。見ていてあげるわ。あなたが腑抜けたらまたひっぱたけるようにね」
みほ「あははっ、なら気を付けないと」
エリカ「まったく……」
293:
僅かに開いた扉の隙間から教室を覗いてみる
みほさんは笑っていた。心から嬉しそうに。
逸見さんはほほ笑んでいた。あきれたように、小ばかにしたように。だけど、優しさを隠しきれない表情で。
……私は、何を見てきたのだろう。
周りの意見なんかどうでもよかった。あの二人を見ていれば、逸見さんを穿ってみていなければ。
二人の輝きにすぐに気づけたのに。
……いや、気づいてたんだ。
小梅「私、嫉妬してたんだ」
みほさんに認めてもらえるよう、力になれるよう努力し続けて、ようやくその時が来たと思ったらみほさんの隣には誰よりも心強い人がいた。
気づいてしまった。
何も見ていないような瞳だったみほさんが、前を向いている事に。
そうしたのは逸見さんだって事に。
だけど認めたくなかった。
私のやってきたことが無為になった気がして、今まで動いてこなかった私をあざ笑ってるような気がして。
みほさんのためだなんて言いながら、私はみほさんから目を逸らしてた。その隣にいる逸見さんを穿った目で見る事しかしていなかった。
むしろ逸見さんが良い人だとわかっていたからこそやり場のない嫉妬が芽生えてしまったのかもしれない。
小梅「私……全然弱いままだったんだなぁ」
強くなろうと努力してきたのに私は結局弱いままだった。
いくら戦車道が上手になったって、その根っこである心が弱いままだった。
だから、自分で自分の選択肢を決められず誰かの意見を求めた。
情けなくて、恥ずかしくて、頭を抱えてしまいそうになる。
しかしこれ以上二人を待たせるわけにはいかない。
私は両足に力を込めて無理やり立ち上がり、未だ話声の途絶えない教室の扉を開ける。
教室に入った私を見て、一人は嬉しそうに私の名前を呼び、
もう一人はムッとした表情で自分を待たせた事を咎めながらも、次の瞬間にはさっさと帰ろうと出口に向かう。
私ともう一人は颯爽と去って行く背中を追いかけていく。
私はようやく、自分の選ぶ道を決める事ができた
294:



夕暮れの校舎裏。昨日と同じように校庭から運動部の掛け声が聞こえてくる。
だけど、昨日と違って私は寂しさを感じていない。
というか、そんなものを感じる余裕なんてない。
今私は緊張と後悔で色々大変なのだ。
小梅「……なんであんな事しちゃったかな」
エリカ「何が?」
小梅「うおおおおおおおおおっ!?」
いきなり横合いからかけられた声に私は乙女をかなぐり捨てた声で叫んでしまう。
エリカ「びっくりしたわね……で?いきなり呼び出すだなんてどうしたのよ」
逸見さんは私の奇声に一瞬驚いたようだったがすぐにいつもの澄ました表情に戻り、本題に入ってくる。
心の準備ができたとは言い難いが、こういう事は勢いも大事だ。
私は胸の高鳴りを抑え込んで逸見さんに用件を伝える。
小梅「ちょっと二人だけで話したいことがあって」
エリカ「そ。手短にね」
小梅「はい。……逸見さん」
大きく息を吸う。
大事なことだから、噛まないように、上ずらないように。
真っ直ぐ目を見つめて。
小梅「私と友達になってください」
エリカ「ええ、いいわよ」
私の決意を込めた告白はあまりにも軽く、あっさりと受け入れられてしまった。
295:
小梅「……え?」
エリカ「どうしたのよ。そんな意外そうな顔して」
小梅「てっきり断られるかと……」
素気無く断られるかよくて『あ、あんたと友達になんてならないんだからねっ!!』みたいなツンデレムーブが関の山かと思っていたのに……
エリカ「なんでよ」
小梅「だってみほさんがあんなに友達だって言ってるのに一向に友達じゃないって言ってますし……」
エリカ「言ったでしょ。あの子とはライバルであって友達なんかじゃないって」
にしたって一年以上付き合いのあるみほさんを差し置いて私が友達になれるだなんて……
小梅「それに……」
エリカ「それに?」
小梅「……私逸見さんを誤解で悪者扱いしましたし」
正確には誤解と嫉妬で。
逸見さんを穿った目で見て一方的に悪だと決めつけた。
責められたって仕方がない。友だちになりたいだなんて恥知らずだと言われても仕方がない事をした。
だってのに逸見さんはまるで気にした様子ではなく、
エリカ「ああ、あれ?別に気にしてなんかいないわよ?」
小梅「で、でも……」
一歩間違えていれば私は二人の関係だけじゃなく、逸見さんの立場すら悪くしていたのに。
エリカ「自分の行動ががどんな印象を与えるかぐらいわかってる。その上で、私は私のやりたいようにしてるの」
小梅「……」
エリカ「自分のやりたいことを抑え込んで周りに阿るだなんて真似冗談じゃないわ。私はやりたい事が、目指すべき目標があるから黒森峰に来たのよ」
小梅「逸見さん……」
エリカ「だからあなたも気にしないで」
……ああそうか、これが、これこそがみほさんが逸見さんを慕っている理由なんだ。
逸見さんは誰かに振り回されない。
自分の事を信じているんだ。
だから、揺らがない。
だから、誰かに手を差し伸べられる。
だからこそ、こんなにも強い人なんだ。
誤解と嫉妬の紆余曲折の末に、私はようやく逸見さんを理解することができたのかもしれない。
296:
小梅「……ありがとうございます」
エリカ「それにね、私あなたの事結構好きよ?」
小梅「え?」
エリカ「あんなののために正面切って喧嘩を売ってくるだなんてなかなか根性あるじゃない」
小梅「あんなのって……」
一応私の恩人なんですけど……
エリカ「それに、あの子の優しさを装った甘えに付き合わなかったのも良いわね」
小梅「……」
エリカ「だから、友達になりましょうか。あなた意外と強いから」
そういって逸見さんは手を差し出してくる。
真っ直ぐ私を見つめて、微笑みながら。
小梅「……はいっ」
だから、私もその手をしっかりと握る。
その瞳を見つめ返す。
宝石のような碧眼に映り込む私は自分でも驚くほど穏やかに、だけど心からの笑みを浮かべていた。
エリカ「よろしくね」
小梅「はいっ、エリカさんっ!!」
297:
大好きな戦車道を、憧れの場所で学ぼうと思い黒森峰に入った。
ここでなら強くなれると、自分の戦車道ができると思って。
そして、身の程を教えられた。
自分より強い人なんていくらでもいて、努力で巻き返そうとしても強い人たちは私なんかよりずっと努力を重ねていた。
そして私は自分を信じられなくなった。
前進も、後退もできずただ時が流れるのを待つばかりになった。
そんな自分を、私はますます嫌いになっていった。
だけど、無為な日々を過ごす中で、それでも優しくしてくれる人がいた。
その人の認められるよう、力になれるよう頑張って――――私は大切なものを見失ってた
自分勝手な正義感を振りかざし、力になりたかった人から大切なものを奪おうとしてしまった
なのに、
『だから、友達になりましょうか。あなた意外と強いから』
そんな私を強いと言ってくれる人がいた。
嫉妬で濁った挙句、取り返しのつかないことをしようとした私を、強いと言ってくれる人が。
気高いその姿の内側に、包み込むような優しさを持ったその人の手は冷たくて、なのに温かくて、
私の胸の内はそんな彼女と友達になれた、憧れの二人と友達になれた喜びで満たされていた
298:



夕暮れが大分落ちてきた学校前。
校門に寄りかかりながらたたずむ人影が一つ。
みほ「遅いよ二人とも」
小梅「みほさん待たせてすみません」
エリカ「帰ってても良かったのに」
私達を待っていたみほさんにエリカさんはいつもの軽口をぶつける。
それを受けたみほさんはムッと唇を尖らせ、
みほ「だって一緒に帰りたかったんだもの」
エリカ「はいはい、ならさっさと帰りましょう」
みほ「……うんっ!」
みほさんの直球をさらりと受け止めたエリカさんは校門に寄りかかっているみほさんを素通りして颯爽と歩いていく。
慌てて追いかけようとするみほさんに、私は声をかける。
小梅「みほさん」
みほ「何?」
小梅「あなたの言う通りでした。エリカさんは素敵な人です」
みほ「……でしょー?」
渾身のドヤ顔。
みほさんこんな表情もするんだ……
エリカ「こっぱずかしい事を本人の前で言うんじゃないわよ……」
それを聞いて呆れ半分恥ずかしさ半分といった表情のエリカさんに、私は恐る恐る提案をする。
小梅「あの……エリカさん、もしよかったら今度私の自主練に付き合ってくれませんか?」
エリカ「ええ、良いわよ。あなたの努力見させてもらうわ」
またもや二つ返事。
こうもあっさり返されると遠慮する自分が馬鹿みたいに思えてしまう。
小梅「あ、エリカさんの練習もあるからあまり時間は取らせないんで……」
エリカ「あなた、急にしおらしくなったわね?……友達に遠慮することなんかないわよ」
小梅「……ありがとうございます!」
299:
思わず大きくなる声。
それとは対照的に私の隣のみほさんはどういうわけか怪訝な表情をする。
みほ「……友達?そういえば『エリカさん』って……」
小梅「あ、そうだ。みほさん私エリカさんと友達になれたんですっ!」
みほ「え」
エリカ「わざわざ言いふらすような事じゃないでしょ」
小梅「だって私嬉しいですから。嬉しい事は周りにも伝えたいじゃないですか。ねぇみほさ――――」
みほ「赤星さんズルいっ!!」
突然の大声。
最初、それがみほさんから発せられたものだとは気づけなかった。
小梅「え?ズ、ズル?」
みほさんは手をブンブン振りながら訴える。
みほ「私、まだエリカさんに友達だって言ってもらってないっ!!」
エリカ「だって友達じゃないもの」
みほ「赤星さんはっ!?」
エリカ「友達よ」
みほ「なんで!?私は!?」
まぁ当然の疑問だろう。
あれだけ自分との友好を固辞している人が、つい最近出会ったばかりの人とは友好を結んでいるのだから。
エリカ「あなたはライバルだもの。友達だなんて馴れ合い御免よ」
みほ「良いよ別に!?ライバルで友達だって良いでしょっ!?」
エリカ「嫌」
みほ「っ……もおおおおおおおおおおおおおおおエリカさんの馬鹿あああああああああああっ!!」
300:
バッサリと切り捨てられ許容を超えたのか、みほさんは内より湧き上がる憤りのままに走っていく。
取り残された私は同じように取り残されたエリカさんを嗜める。
小梅「あんまりいじめると可哀そうですよ」
エリカ「事実を言ってるだけよ」
小梅「なんていうか……エリカさんめんどくさいですね」
エリカ「あら?良く知ってるじゃない」
小梅「開き直るあたりさらにめんどくさい……」
エリカ「それが私よ。友達なんだから理解しなさい」
小梅「……ふふっ。はいはい」
エリカさんは直情的で、その場の考えで動いて、それでもって他者の思惑なんかさらりと無視する人だ。
こんなにめんどくさくて、一緒にいて楽しい人はそういないだろう。
きっと、こんな私の内心だってあの人は気にもせず凛々しく、逞しく、彼女らしく。これからも私の友達でいてくれるのだろう。
それが、私が友達になりたいと思った人――――逸見エリカなのだから。
エリカ「ほら、さっさとあの子追いかけるわよ。転ばれたらめんどくさ……あ」
小梅「転びましたね」
エリカ「……まったくもう」
エリカさんは転んで涙目になってるみほさんに駆け寄る。
制服についた埃をはたいて、嫌味ったらしく小言を言う。
私は、それを離れて見つめる。
私はあの二人の友達だ。
そばにいると楽しくて、嬉しくて、暖かい気持ちになれる。
だけど、たまにはあの二人を遠くから離れて見つめていたい。
噛み合ってないようで、これ以上ないくらい噛み合ってる二人を。
一方通行のようで確かに想い合ってる二人を。
私は、あの二人がいつかお互いを友達と呼び合える日を心から待ち望んでいる。
彼女たちならきっと、言葉を交わさずともお互いを理解し合えると思うから。
なので、
301:
小梅「私は、ずっとあなた達のそばにいますから」
302:
あなた達の輝きを特等席で見たいから
317:



中等部2年―10月―
「ねぇ、今度はあっち行ってみよう」
「えー……もうちょっと落ち着きなさいよ」
「年に一度のお祭りなんだから、もっとはしゃがないと!!」
「はぁ……はいはい。わかりましたよ」
「ヒュー!!話がわかるぅっ!!」
「……このビールノンアルよね?」
まほ「……」
318:
大通りを行進しているブラスバンドのメロディに混ざり、あちこちから歓声と乾杯の声が聞こえる。
季節は秋、黒森峰の学園艦では年に一度の大祭オクトーバーフェストが催されていた。
オクトーバーフェストは黒森峰女学院の中等部、高等部の2年生が中心となって盛り上げていく。
新入生たちと共に、進学する3年生を労う。
入ったばかりの一年は勝手がわからず、それを二年生がフォローすることで次年度に向けて絆を育んでいく。
その分2年生の負担は大きいが、自分たちが受けた恩を返す。そういった風土がここには根付いているようだ。
かくいう私も、去年はくたくたになりながらも働いたのだから、こうやってのんびりノンアルコールビールをのんでも罰は当たらないだろう。
とはいえ、周りが熱狂的に騒いでいる中一人テーブルでヴルストをつまみにちまちま飲んでいるのは正直あまりにも寂しい。
いや、友達がいないわけではない。
いるから。
ただ、今は人を待っているのだ。
319:
みほ「お姉ちゃん、いたいた」
まほ「みほ」
小梅「隊長、待たせてすみません」
まほ「いや、気にするな」
人ごみをかき分けてやってきたのは、ドイツの民族衣装であるディアンドルを着たみほと赤星。
私が一人寂しくテーブルについていたのは友人がいないとかではなく、二人に呼び出されたからだ。
みほ「お姉ちゃん、ビールのおかわりだよ」
まほ「ああ、ありがとう……ん?逸見は」
みほ、逸見、そこに2年生から友人になった赤星を加えた3人は今やどんな時でも一緒にいると思われているぐらい良好な関係を築いている。
もっとも、逸見はそれを認めないだろうが。
しかし私の前にいるのはみほと赤星のみ。
どうしたのだろうかと首を傾げていると、みほが赤星の後ろに視線を向けていることに気づく。
みほ「ほらエリカさん」
小梅「いつまで隠れてるんですか」
エリカ「だ、だって……」
聞き知った声。どうやら逸見は赤星の影に隠れているらしい。
よくみると、目立つ銀髪がちらちらと見えている。
しかし小柄な赤星の影に隠れているとはどれだけ縮こまっているんだ。
みほ「もう、似合ってるんだから見せようよ」
小梅「そうですよ。もったいないです」
エリカ「ちょ、わかった。わかったから押さないでってばっ!?」
320:
慌てる逸見をみほと赤星が押し出す。
まほ「……」
逸見のディアンドル姿はなんというか、言葉にできない。
生来の美しい銀髪と碧眼。白い肌が緊張と恥ずかしさで少し紅潮している。
元より逸見の容姿が優れているのは知っていたが、それに合わせて普段とは違う可愛らしいディアンドルを着た姿は性別問わず行きかう人の目を惹くものとなっていた。
エリカ「……やっぱこれちょっと胸元出すぎてない?」
みほ「そんなこと無いと思うけど」
小梅「もう、普段は威勢がいいのになんでこういう時はそんなしおらしくなっちゃうんですか」
エリカ「うるさいわねっ!?」
いつもはからかう側である逸見が今日に限ってはみほと赤星にからかわれる側になっている。
それはたぶん、3人の絆があってこそのものなのだろう。
みほ「エリカさん、とってもかわいいよ。ね?お姉ちゃん」
まほ「ああ。逸見以上にディアンドルを着こなせる子は黒森峰にはいないと思う」
エリカ「っ……」
正直な感想を伝えると、逸見はますます紅潮してしまう。
いつもは気丈な逸見がそうやって恥ずかしがる姿は、彼女が私とさほど変わらない少女なのだという事を思い出させてくれる。
321:
エリカ「ま、まったく。みんな浮かれすぎなのよ。こんなコスプレみたいな恰好までして」
小梅「何言ってるんですか。中高合同のオクトーバーフェスト、3年生の皆さんに思いっきり楽しんでもらうために2年生が中心となって準備をしてきたんじゃないですか」
みほ「エリカさん凄く頑張ってたでしょ」
エリカ「そうだけど……」
照れ隠しのためか話題を変える逸見。
それに対してすかさず反応したみほと赤星。
そう、戦車道チームが出している店ではノンアルコールビールと軽食を提供する店をやっている。
逸見はその企画から準備、設営、そして今やっているように給仕までこなしている。
戦車道チームの後輩だという事を差し引いても、逸見が我々先輩のために頑張ってくれているのは明白だ。
まほ「逸見、お前の頑張りはみんなが知っている。戦車道チームの隊長としてお礼を言わせてくれ」
エリカ「……私は先輩方に受けた恩を返したいだけです。後輩達にあるべき姿を見せているだけです。別に褒められたくてやってるわけじゃないですから」
小梅「はぁ……ほんと、変なところで融通が利かない人ですね」
みほ「お礼はちゃんと受け取ったほうが良いんでしょ?」
あくまで謙虚な逸見に対してみほと赤星が詰め寄る。
痛いところを突かれたのか逸見は二人に言い返せないようだ。
みほ「……赤星さん」
小梅「はいっ」
そんな逸見を見て、今度は示し合わせるかのように二人は頷き合う。
みほ「そういえばエリカさん、まだ休憩とってなかったでしょ?」
エリカ「え?でもまだ時間じゃ……」
小梅「ちょっとぐらい早めにとったって誰も怒りませんよ。ほら、座って座って」
白々しい二人の演技に戸惑う逸見。
それを無視して赤星が私の対面の席を引くと、みほが逸見をそこに座らせる。
エリカ「ちょ、あなた達?」
みほ「ほら、ノンアルビールにヴルスト。自分たちのお店の味ぐらいちゃんと知っててよ?」
小梅「それじゃあ私たちは仕事に戻りますから、エリカさんごゆっくり」
322:
まるで準備していたかのようにビールと料理をテーブルに並べると、逸見の返答を待たずに二人は人ごみの中に消えていった。
エリカ「あ、あの子たちはっ……」
まほ「いいじゃないか。せっかくだ、ゆっくり話そう」
エリカ「……はい」
怒りと呆れに打ち震える逸見を宥めて、私はみほに注いでもらったグラスを掲げる。
それ見て逸見はどうしたのかと首を傾げている。
まったく、本当に変なところで真面目なんだな。
まほ「せっかくのお祭りなんだ。お前も少し位はしゃいだっていいはずだ」
エリカ「……あ」
ようやく気付いたのか逸見もグラスを掲げる。
まほ「2年生の頑張りに」
エリカ「先輩方の栄光に」
「「乾杯<プロースト>」」
323:



乾杯のおかげもあってか、先ほどまでの重苦しい雰囲気はどこかへ行って、私とエリカは歓談することができていた。
エリカ「今年の優勝も隊長のお力があっての事です」
まほ「あまり持ち上げないでくれ。私はまだ中学生なんだ。こんなところで満足していられない」
エリカ「ふふっ、でも私にはあなたを称賛する言葉しか見つかりませんから」
隊長と隊員としてだけではなく、先輩と後輩としての会話。
周囲の騒がしさが気にならないくらい、私は逸見との会話を楽しんでいる。
……だからこそ、聞きたかった事を問いかける。
まほ「なぁ逸見」
エリカ「はい?」
まほ「お前がみほと赤星を友達にしたのか」
エリカ「急にどうしたんですか」
まほ「赤星に聞いたんだ。お前が二人を友達にしたと」
小梅『え?なんでみほさんとって……エリカさんのおかげですね』
みほに友達(逸見は認めていないが)ができただけでも驚きなのにそこに赤星まで加わって、
その立役者が逸見だというのだから逸見は案外人付き合いが上手い奴なのだろうかと思ってしまう。
エリカ「……赤星さんは元々みほの事を気に懸けてたみたいですから。私が何もせずとも友達になってたと思いますよ」
まほ「……そうか」
エリカ「それに、私にも思惑はありましたし」
まほ「思惑?」
エリカ「あの子がべたつく対象を変えられるかなって。いい加減暑苦しいですし。……まぁ、結局あの子は私と赤星さんの二人にべったりですけど」
まほ「……ふふっ」
その誤魔化すような態度に、赤星の言葉を思い出す。
小梅『エリカさんは誤解されやすい人です。……現に私はあの人を誤解してましたから。
 だけど、それを理解したら今度はこう思えるようになりました。―――――嘘の下手な人だなって』
相変わらず、逸見は嘘が下手なようだ
324:
エリカ「笑い事じゃないですよ。物寂しい秋の帰り道を一人で優雅に帰る楽しみを奪われたんですから」
まほ「その代わり得たものもあっただろ?」
エリカ「……さぁ?そんなものありますかね」
とぼける逸見に、私はもう一歩踏み込む。
まほ「……なぁ、お前は二人をどうしたいんだ?」
エリカ「それ、去年も聞きましたね」
まほ「今度は赤星もだ」
エリカ「……赤星さんは友達ですよ。あの子は強いですから」
まほ「……赤星もみほと同じであまり気の強いほうじゃないと思っていたんだがな」
エリカ「その通りです。あの子はきっと、今も気が弱いほうですよ」
エリカ「だから強いんです」
それまでの言葉とは真逆な赤星の評価。
逸見は疑問に思う私の内心を知ってか知らずか、話を続ける。
エリカ「気が弱くても、実力が無くても、それを分かったうえで誰かを助けるために前に出てきた。あの子は……赤星さんは強いです」
まほ「……ああ、そうだな」
325:
『強い』、『弱い』
どうやら逸見は他者を評価するのにその二つを使うらしい。
そこにはたぶん戦車道の腕だけではなく、人としての強さも含まれているのだろう。
赤星とのいざこざと、その顛末については私も聞き及んでいる。
そして、私が知ることのできない何かが二人の間であったのだという事も推測できる。
そのうえで逸見が赤星を『強い』と評価したのであれば。友達になろうと思ったのであるのなら。
これ以上は聞かない。
それは私が、他人が触れていい事情ではない気がするから。
赤星と逸見の二人が結んだ友情を関係ない私が詳らかにしようなんて無粋な真似はできないから。
なので、私は話の焦点を別の人物に当てる。
まほ「それで?赤星と友達になったのはいいが、みほはどうなんだ?いい加減友達に」
エリカ「なってません。なるつもりもありません」
まほ「……はぁ」
相変わらずの一刀両断。
あれだけ慕っている人物にこうも言われてはみほの心労いかんばかりや。となってしまう。
エリカ「そう落胆されても、私あの子の事嫌いですから」
まほ「そういうのをツンデレというのだったか」
エリカ「変な言葉覚えてますね……違いますよ」
赤星が『エリカさんはツンデレの才能がありますねー』と言っていたのだが。
326:
エリカ「私とみほはライバルです。友達なんて甘い関係は赤星さんとだけ結んでいればいい。―――――私は、あの子を倒したいから」
まほ「……そうか」
エリカ「赤星さんが甘い分、私が叩く必要があるんですよ。まぁ、あの子に戦車道以外で褒めるところなんかありませんけど」
まほ「ずいぶんだな」
実の姉の前でそれだけ言えるのだから逆に感心してしまう。
エリカ「前に怒らないって言ったじゃないですか。遠慮はしません。それに、」
まほ「それに?」
エリカ「それが、あの子との協定ですから。みほは『自分らしさ』を、私は『強さ』を。お互いの交流で見つけようって」
まほ「……」
エリカ「私が強さを追い求めるためにも、あの子には強くなって欲しいんです」
まほ「それならばなおさら、赤星のような甘い友人はいないほうがいいんじゃないか?」
誰かに寄りかかり、甘えることは逸見の嫌う弱さにつながってしまうのではないか。
私の問いかけに、逸見は目を伏せ、呟くように答える。
エリカ「……以前のあの子は、誰かの思惑で押しつぶされそうでした」
まほ「……」
327:
その『誰か』には私も含まれていると感じた。
……いや、私自身がそう思っているのだろう。
あの子の辛さを、悲しさを知っていながら目を逸らし続けていた私の罪悪感がそう思わせるのだろう。
エリカ「期待を背負って、重圧に打ち勝てるのなら、それ以上はありません。だけど、そんなのきっと限られた人間だけなんです。
 そしてあの子はそうじゃなかった。いくら強くったって、立ち上がることさえできなかったら……何の意味もない」
意味はないと、はっきり言い切る逸見。
言い換えれば、それだけの価値をみほに見出したという事だ。
まほ「だから、赤星とみほを友達にしたのか」
私の問いかけにエリカは私の目を見つめて、真っ直ぐに答える。
エリカ「私なんかじゃなく、利害関係にない友人の存在が、きっとあの子をもっと強くしてくれる。私はそう思ってます」
甘さを生み出すかもしれない友人が、強さに繋がると。
ストイックな逸見のイメージに合わないその言葉は、だけど逸見らしいと思えてしまう。
328:
まほ「それが、お前がみほ達と一緒にいる理由か」
エリカ「そういうわけです」
みほが赤星と友達になることでもっと強くなる。逸見はそのみほから強さを学び取る。
なるほど、なるほど。
…………………………………………………………………………………………………………
………………………………………………………………………………………………うん。
まほ「逸見、お前はめんどくさいな」
エリカ「……それ、赤星さんにも言われました」
まほ「回りくどいしややこしいし、お前はもっとこう、あの二人とわかりやすい関係になれないのか」
逸見が一言、みほに友達だと言えばあのややこしい関係は一本の線になるというのに、
だけど、逸見はそんな事知った事ではないという風に私の視線から顔を逸らす。
まほ「……まぁいいさ。お前たちの関係にいちいち口を出すつもりは無い」
エリカ「そうしてくれるとありがたいです」
まほ「でもな、逸見」
エリカ「はい」
意地悪で意地っ張りで、嘘の下手くそな後輩に、伝えたいことがある。
まほ「それでも、私は知っているよ。お前が、お前たち3人が楽しそうに連れ合う姿を」
329:
みほは嬉しそうに、赤星は慈しむように、逸見はやれやれと言った風に。
三者三様に笑っていた。
その姿を、あの笑顔を見て、それでも逸見の言葉が全て真実だと信じられるほど私は蒙昧じゃない。
私の言葉に、逸見は最初何かを言い返そうとしていたが、やがて観念したかのようにため息をついて、
エリカ「……みほの事は嫌いです。だけど、友達と笑い合ってる時に空気を悪くするほど狭量なつもりはありませんよ」
それはたぶん、逸見が話せる精一杯の本音なのだろう。
だから、今日はこのぐらいでいい。
逸見の本音の全ては聞けなかったが、少なくとも逸見のした事はみほにとっても赤星にとっても嬉しい事だったのだから。
まほ「……逸見、お前は不良なんかじゃないのかもな」
エリカ「ようやくわかってくれましたか!そう、私は品行方正な」
まほ「義に厚い昔ながらの不良なんだな」
エリカ「違ああああああああうっ!!?」
まほ「いやーまさか子供の頃床屋に置いてあったヤンキー漫画の主人公みたいな人間が本当にいるとは思わなかった。あれか、友のために喧嘩したりするのか。『ニゴバク』がそうだったのか」
エリカ「いやだからっ!?」
からかう私に、大声で反論する逸見。
相変わらず、面白い反応を返してくれる。からかい甲斐がある奴だ。
私が飲んでいるのはノンアルコールビールのはずなのに、どういう訳か、楽しくて、笑ってしまう。
祭りの騒がしさを、私たちの声で塗り替えてしまうような、そんな気さえしてしまう。
しかし、その終わりは二人の人影と共に逸見の背後からやって来た。
みほ「エリカさーん、そろそろ休憩終わりだよー」
小梅「流石にそろそろ限界なんでヘルプお願いします」
まほ「もうそんな時間か」
エリカ「ちょっと待ってなさい!!私は今ここで、誤解を解いておかないといけないのっ!!」
小梅「そういうのは後でお願いしまーす」
みほ「ほら、早く戻ろうよ。それじゃあお姉ちゃんまたね」
まほ「……ああ、またな」
エリカ「ちょ、離しなさい!!いいですか隊長!?私は、不良なんかじゃなくて、品行方正な―――」
逸見の抗弁は私に最後まで届くことは無く、3人は再び人ごみに消えていった。
私はまた、一人残された。
まほ「……」
330:
逸見は言った。みほには甘えられる友人がいることで強くなると。
だけど、みほにとってのそれはきっと、赤星だけではない。
初めて叱責をしてくれて、初めて内心を吐露した相手。
そうしてくれたのは、それを受け止めてくれたのは、
押しつぶされそうなみほを救ったのは、他でもない逸見だった。
『エリカさんは、私の嫌いなところを全部嫌いって言ってくれたんだ』
自分のためを思い嫌われることも厭わず叱責してくれる人を、みほは求めていたのかもしれない。
だから、みほにとって、逸見に叱責されることは甘える事と同義なのかもしれない。
そう思える事は、そう思える相手がいる事は、とても幸運な事なのだと思う。
ならば、みほのとっての逸見のような、自分の胸の内を語れる人を持っていない私は、不運なのだろうか。
まほ「……騒がしいな」
周りの歓声が、楽器の音が、耳につく。
どうやら私は祭りというものがあまり好きではないらしい。
どうしようもなく、自分が独りだと思い知らされるから。
あの日夕暮れと共に胸に差し込んだ寂しさを、不安を、私はまだこの胸に抱え込んでいる。
それはきっと私の弱さだ。
逸見が強さを尊ぶのなら、私は逸見にとって嫌悪の対象なのかもしれない。
だから、この弱さは胸の内に抱え続ける。
強くあるために、弱さを見せないために。
私が、西住であるために。
331:
それすら私の弱さだと気づいているのに
332:



?中等部二年 11月?
とある山岳地帯。
私たち黒森峰の中等部は練習試合を行った。
結果はもちろん。などと自惚れるつもりはないが、それでも勝利は勝利。
私は隊長として、最後の試合を無事終えることができたようだ。
千代美「いやぁ、負けたよ。完敗だ」
まほ「いや、こちらも危なかった。正直機動戦術に関してはお前に分がある」
千代美「ははは、お前にそう言ってもらえるなら自信になるよ」
まほ「お世辞を言ったつもりはない」
試合後の心地よい疲労感の中、私は相手チームの隊長と和やかに会話をしていた。
年齢を考えると不釣り合いなほど大きなツインテールを揺らしている相手の隊長―――安斎千代美とは、何度か試合をした縁から、
良く練習試合を組ませてもらった仲だ。
まぁ、安斎の学校と良好な関係を築けたのは偏に安斎の人柄があってこそだと思うが。
自慢ではないが私はあまり人付き合いが得意な方ではない。
もちろん、家に恥じない礼儀は身に着けているが、それはそれとして、同年代の人たちと交流するには少々堅苦しいと思われがちだ。
しかし安斎は初対面の時分にして、『お前が西住流のかー!!強いなー!!』といった具合に肩を叩いてきたのだから面食らったものだ。
その安斎からの練習試合の申し込みをそう無碍にできるほど私は冷血ではない。
という訳で、何度かの練習試合を経て今日、私の中等部最後の試合相手となったわけだ。
千代美「そうかー。なら、励みにさせてもらうよ」
まほ「ああ。安斎、中学最後にいい試合ができた。
 来年の全国大会でお前と戦えることを楽しみにしているよ」
千代美「んー……あー……それは難しいかもな」
まほ「どういうことだ?」
いつも朗らかな安斎がどういう訳か頬をかきながら気まずい様子を見せている。
333:
千代美「私は、転校するんだ」
まほ「転校って……そのまま今の学園艦で進学するんじゃないのか」
学園艦は基本的に中高一貫だ。
そして、学園艦のシステム上親元を離れて暮らす人間が多い。
なので、中等部の3年間だけでも母校に愛着を持ち、そのまま進学する人間がほとんどだ。
もちろん転校の事例がないわけではない。
しかし、私の目から見て安斎は母校に対して愛着を持っているように思えたのだが……
千代美「アンツィオ高校ってところにな、転校するんだ」
まほ「……すまない初耳だ。だが大会に出ていないだけで戦車道が盛んなところなのか?」
千代美「いや?そもそも現時点で戦車道チームすら形だけでほとんど履修者がいないそうだ」
まほ「……何故そんなところに」
思わず口が滑った私に、安斎は「こらっ!」と叱りつける。
千代美「そんなとことか言うな。戦車道チームがないだけで立派な学園艦なんだぞ」
まほ「あ……すまない」
千代美「わかればいい。……スカウトされたんだ『戦車道チームを立て直してほしい』ってな」
まほ「……」
スカウト。いわゆる野球留学のように、戦車道でもそういったものはある。
あるにはあるが、中高一貫の学園艦において、あまり聞く話ではない。
千代美「正直色々考えたよ。いくらスカウトされたとはいえ戦車道においては無名も無名な高校への転校だからな」
まほ「……」
千代美「でもな、それ以上に嬉しかったんだ、私の力を必要としてくれる人たちがいるって事が」
嬉しそうに安斎は笑う。
自分の力を評価して、求めてくれる。
その喜びが分からないだなんて言うつもりはない。
だけど、
まほ「それは、今の学校だって」
千代美「その通りだ。だからもう一つ理由がある。……私は、私の戦車道をしたい」
まほ「それだって今の学校で」
千代美「西住、お前ならわかるだろ。歴史が、伝統があるって事は強い結束と統率を生む。だけど同時にどうしようもない息苦しさを感じることも」
まほ「……」
334:
わかる。だなんてものではない。現に私は、みほがその息苦しさに押しつぶされかけていたのを知っているのだから。
千代美「私はさ、1から自分のチームを作りたいんだ。志を共にできる仲間を集めて、私が隊長としてのびのびとやれるチームを」
まほ「それは……随分と自分勝手な話だな」
千代美「スカウトされた身なんだ。それぐらいのわがままは良いと思わないか?」
まほ「……そうだな」
千代美「多分一年目はチームメイトの募集と戦術の確立で終わると思う。……いや、仲間集めすらままならないかもな
 だけど私はあきらめない。新天地で、期待してくれる人たちに応えたいんだ」
まほ「……お前は他人の期待を恐れないのだな」
安斎はおもちゃの山に飛び掛かる子供の様に両手を広げる。
千代美「怖いさ!だけど、それ以上に楽しみなんだっ!!」
力強く、気高い言葉。
それが、それこそが安斎の本質なのだと感じた。
千代美「期待の重圧も、新天地での不安もある。だけど、どうせ苦労するのならせめて笑ってやりたいだろ?」
まほ「……ああ、その通りだ」
336:
千代美「待ってろ西住。私の作るチームは強いぞ?」
まほ「なら、黒森峰は最強であろう」
千代美「……頑張れよ」
まほ「そっちこそ」
固く、握手を交わす。
彼女の強さが笑顔が、握った手を通して伝わってくる。
だけど、次第に彼女の笑顔が陰っていく。
まほ「安斎?」
千代美「……西住、結局お前は最後まで強かったな」
まほ「……?ありがとう」
諦めのような感情が込められた誉め言葉に、私は戸惑いながらお礼を返す。
それを聞いた安斎は、悲しそうな表情を振り切るように私を抱きしめる。
そして、ぎゅっと私の両肩を掴んで視線を合わせる。
いつもスキンシップの激しい奴ではあったが、今日に限ってはどうも熱が入ってるようだ。
千代美「……西住、たぶん次にお前と戦うのは随分先になると思う。だからさ、一言だけ言わせてくれ」
まほ「あ、ああ、なんだ?」
千代美「もっと、強くて、弱くなれ」
矛盾した言葉。ともすれば馬鹿にした様にも聞こえるそれに、私は聞き覚えがあった。
『あの子はきっと、今も気が弱いほうですよ――――だから強いんです』
337:
逸見が、赤星を評した言葉。
その言葉の真意を私は未だ図りかねている。
だってそれは、二人の間で結ばれた友情が紡ぎだしたものなのだから。
他人の私が図り知ることなんてできないのだから。
なのに、安斎が言った言葉と、逸見が言った言葉が同じ意味を示しているように私は感じた。
まほ「安斎、教えてくれ。今のは一体どういう――――」
エリカ「隊長」
私の疑問は、その張本人の一人である逸見の声によって遮られた。
言葉に詰まる私に、逸見はどうしたのかという表情をする。
私は深く息をついて、表面上、冷静さを取り戻し、安斎は何事もなかったかのように、逸見を笑顔で出迎える。
まほ「……逸見、どうした」
エリカ「え?いや、撤収完了の報告に……」
まほ「そうか。ありがとう」
千代美「おー、お前が榴弾姉妹の片割れか」
エリカ「初めまして。……って、なんでそのあだ名よそにまで広がってるんですか……」
千代美「戦車道において諜報も立派な戦術だからな」
まほ「これも戦車道だ」
(本人にとっては)不名誉なあだ名が広がっていることに肩を落とす逸見を、
今度はまるで品定めをするかのように安斎がじろじろと見つめる。
千代美「うーん……」
エリカ「な、なんですか?」
千代美「逸見って言ったっけ?お前……細すぎないか?」
エリカ「は?」
338:
あっけにとられた逸見に向かってまるで姉か親かの様に、安斎は語り掛ける。
千代美「ダメだぞー?そりゃあ年頃なんだし美容に気を遣うのはわかるが、だからと言って激しい運動をしてるのにそんな細いんじゃ倒れてしまうぞ」
まほ「ああ、それは私も思ってた」
正直あんな細い体でよく激しい戦車道をこなすことができるものだ。
千代美「だろ?ちゃんと食べろ!!体力をしっかりつけるんだ!!」
エリカ「だ、大丈夫ですっ!!」
千代美「もしかして食欲がないとかか?だったら、食べやすいメニューにいくつか心当たりがあるから後で教えるぞ?」
エリカ「そうじゃなくって!!私はちゃんと自分なりに健康管理はしてますからっ!!」
千代美「むー……本当か?」
案外疑り深い安斎に対して、逸見はきっぱりと言い切る。
エリカ「本当ですっ!!」
千代美「ならいいが……」
みほ「エリカさーん、お姉ちゃーん」
エリカ「みほ、どうしたのよ」
みほ「エリカさんがお姉ちゃん呼びに行ったまま戻ってこないからでしょ……」
まほ「ああ、それはすまなかった」
みほ「ほら、早く帰ろう?」
まほ「そうだな。安斎、お前の作るチームと試合ができる日を楽しみにしている……また会おう」
千代美「ああ。また会おう」
私はそのままみほたちを先導して戻っていく。
千代美「西住っ!!」
339:
後ろからかけられる声。
振り向くと、安斎が胸を張って私を見つめていた。
そして、もう一度大きく息を吸うと、
千代美「私の言葉の意味はお前が見つけろ!!そしたらきっと――――お前に必要なものがわかるはずだっ!!」
そう言うと、安斎は振り向くことなく帰って行った。
エリカ「隊長に必要なものって……どういう意味かしら?」
みほ「お姉ちゃん、安斎さんと何話したの?」
まほ「……」
みほたちの問いに答えず、私は無言で歩みを進める。
そんな私に、二人は疑問符を浮かべながらついてくる。
『もっと、強くて、弱くなれ』
340:
矛盾したその言葉の意味を理解できた時、私に必要なものがわかる。
まるで宝のありかを示したなぞなぞのような安斎の言葉を、私は何度も何度も頭の中で繰り返す。
だけど、答えは出ない。
ただのものの例えで、深い意味などないと切って捨てることもできるのに、
安斎の言葉が、諦めたような、悲しそうな表情が、頭から離れない。
だから、私は一旦考えるのをやめる。
指揮する人間は常に取捨選択を求められる。
今すべきことを、瞬時に判断する必要がある。
いくら考えてもわからないのなら、もっとやるべきことにリソースを回すのだ。
たとえ安斎の言葉に深い意味があろうとも、
たとえ安斎の悲しそうな表情が頭から離れなくても、
それがきっと、私の根幹に関わるものであったとしても、
それがわからない自分が情けなくても、それでも、
まほ「私は、強くなきゃ」
341:
それが、私の存在理由なのだから
359:



中等部三年 ?4月?
季節は過ぎて桜の頃。
黒森峰に入って3度目の春を迎えた私は、今学期最初の戦車道の授業を前にしてロッカールームのベンチで祈るように手を組んで座り込んでいた。
みほ「……とうとう三年生」
うわごとの様な言葉。
誰に向けたわけでもないそれに対して、投げかけられる声が一つ。
エリカ「いつまでそんな浮かない顔してるのよ隊長さん」
私の正面でロッカーに寄りかかっているエリカさんは、ベンチに座る私をじっと見下ろす。
エリカ「もうみんな練習場に出てるわよ。隊長が遅刻してどうするのよ」
360:
そう。私は今年から中等部の隊長に就任した。
副隊長からそのまま繰り上がりでの人事。
周りから見れば当たり前の事なのかもしれない。
だけど、
覚悟していたつもりだった。
決意していたはずだった。
それでも。私は今、圧し潰されそうで、
外で私を待っている人たちの期待が、視線が、それに応えられないかもしれない事が怖くて。
私の口から不安が漏れだしてしまう。
みほ「エリカさん、私、私なんかで本当に良いのかな……」
エリカ「今さら何言ってるのよ。ほら、シャキッとしなさい」
やれやれと言った風に私を促すエリカさんは相変わらずで、
だからこそ、安心感を覚えてしまう。
そして、だからこそ。私は言ってはいけない事を口にしようとしてしまう。
みほ「ねぇエリカさん、私なんかよりもあなたの方が―――――」
エリカ「それ以上言ったら怒るわよ」
みほ「っ……」
361:
『怒る』だなんて可愛らしい言葉に似使わない、冷たく突き放すような声色。
あの時と同じ、私はまたエリカさんの逆鱗に手を近づけてしまったようだ。
エリカさんの気迫に何も言えずにいると、エリカさんはため息を一つついて、
そっと、膝を曲げて私の目線に合わせてくる。
エリカ「みほ、あなたは隊長に選ばれたの。贔屓じゃなく、実力で」
みほ「……」
エリカ「誰かの期待を理由に逃げるのはやめなさい。それはあまりにも自分勝手な事よ。
 嫌なら、辛いのなら、ちゃんと自分の言葉で言いなさい」
分かっていたはずだった。理解して、二度と同じ過ちを起こさないと自分を戒めたはずだった。
私はかつて目の前の人の決意を侮辱し、踏みにじった。
自分が可哀そうだと嘆くばかりで何も見ていなかった。
正直、思い返しても酷い人間だったと思う。
あんなにも嫌な事から逃げたかったのに、私の目は、耳は、頭は、その嫌な事だけを拾い続けていたのだから。
罵倒されても、軽蔑されても、見限られてもしょうがない人間だった。
だけど彼女は、エリカさんは私を叱ってくれた。
自らの決意を侮辱した、踏みにじった張本人を。
本気で叱り、本気で向き合ってくれた。
手を差し伸べてくれた。
だから私はエリカさんに認めてもらいたくて、エリカさんのようになりたくて、
強くなろうと決意した。
なのにこのザマだ。
自嘲する気力すらなく、私はポツリと謝罪を口にする。
みほ「……ごめんなさい」
エリカ「……いいわ。気持ちがわからないなんて言うつもりはないから」
エリカさんは私から視線を外すと、先ほどのようにロッカーに寄りかかる。
363:
エリカ「あなたのお下がりってのが気にくわないけど、それでも私は副隊長よ。あなたを支えるのも仕事のうちなんだから」
みほ「……」
仕事。
そう、私を支えるのはエリカさんにとって仕事でしかない。
知っていた、わかっていた。エリカさんと私は友達じゃないのだから。
だから、そこにどうしようもない寂しさを感じてしまうのは、私の我儘なんだ。
重苦しい空気がロッカールームを満たしていく。
小梅「じれったいなぁもう……」
みほ「赤星さんっ!?」
エリカ「あなた、いつのまに……」
その空気を打ち破ったのはいつの間にかロッカールームの入り口に立っていた赤星小梅さん。
赤星さんはやれやれといった様子で私たちに語り掛ける。
小梅「深刻な顔して何話してるかと思えば、まったく。なんで二人は素直に話せないんですか」
みほ「素直に……って」
エリカ「別に、この子にこれ以上言う事なんてないわよ」
小梅「……はぁ。口を出すつもりはありませんでしたが、このままだと埒が明きませんね」
そう言うと赤星さんは、私とエリカさんの手を交互に取り、
小梅「みほさん、エリカさんはあんなんですから真っ直ぐに言わないとまともなボールなんて返ってきませんよ」
みほ「……」
小梅「エリカさん。あなたがめんどくさいってのはいい加減理解してますけど、もうちょっと手心を加えてください」
エリカ「……ふん」
小梅「二人ともそれなりの付き合いなんですからいい加減学習しましょうよ。回りくどい言い方に回りくどく言い返してたらいつまでたっても伝わりませんって」
「私から言えるのはこれだけです」。そう言って赤星さんは一歩離れるとじっと私たちの様子を見守る。
364:
みほ「……」
エリカ「……」
空気が再び重さを纏う。
私は何を言えばいいのか必死で考える。
私がエリカさんに言いたい事、伝えたい事。
私は、エリカさんに隊長を変わってもらいたいのだろうか。
……違う。
私はもう、副隊長の立場を投げ出したかったかつての私とは違う。
たとえ誰かの期待が重くても、それに応えられないことが怖くても、
もう逃げない。
私は、握った手をぎゅっと胸に当てて前を、目に前にいるエリカさんを見つめる。
みほ「……エリカさん」
エリカ「……何?」
みほ「頼りない隊長だけど、それでもみんなと一緒に勝ちたいから。頑張るから―――――私を支えてください」
私の想いを、願いを込めて精一杯紡いだ言葉。
エリカさんはどう思ってくれるのだろうか。
いつもの様に素気無く返してくるのだろうか。
エリカさんはしばらく無言で私を見つめると、ため息を一つつく。
そしてそっと髪をかきあげて、先ほどの私と同じように真っ直ぐこちらを見つめて、
エリカ「……私は、副隊長よ。あなたを支えることが勝利への近道だと思ってる。だから……」
365:
エリカ「あなたの味方でいてあげる。……失望させないでよ?」
366:
相変わらずどこか棘のある言葉。
だけど、まっすぐな視線が、ほんの少しだけ緩んだ口元が、隠しきれてない優しさが、私の胸の中に流れ込んでくる。
小梅「かー!!エリカさんほんっと素直じゃないですね!!」
エリカ「うるっさいわね」
小梅「なんなんですかエリカさんは一日一回ツンデレないとだめな家訓でもあるんですか」
エリカ「私は、私の思ったことを言っただけよ」
小梅「はぁ……みほさん大変ですね」
みほ「……ううん。そんなことないよ」
いつのまにか私は立ち上がっていた。
足の震えはおさまり、冷えていた心に熱が戻り、
ちゃんと、前を向けていた。
その事に気づいた途端顔がにやけてどうしようもなくて、
「なにニヤニヤしてんのよ」とエリカさんにデコピンされてしまう。
その痛みに、私は真面目な顔を取り戻し、私を見つめる二人に呼びかける。
みほ「二人とも行こう。みんな待ってるよ」
小梅「……はいっ!!」
エリカ「誰のせいだと思ってるのよ」
今度は私が率先して出口に向かう。
外にはもう、沢山の仲間が私たちを待っている。
私は黒森峰学園中等部戦車道チーム隊長、西住みほ
まだまだ弱く、誰かに支えてもらわないとまともに進むことさえできないけれど、
私を支えてくれる人がいるって知ってるから。
道を外した時、ぶってでも引き戻してくれる人がいるから。
不安と恐怖を胸に抱えて歩んでいく。
367:
みほ「赤星さん」
小梅「はい」
みほ「エリカさん」
エリカ「何よ」
みほ「今年もよろしくね」
368:
私たちの時代が、これから始まる
374:



『中等部での活躍は聞いている。あなたならきっと、私たちを優勝に導いてくれるわ』
『期待してるよ』
『あなたが副隊長なら私の推薦合格は決まったようなものね』
『任せるよ副隊長』
『1年生だからって気後れせずに、あなたの実力を見せてね』
375:
任せてください
精一杯頑張ります
先輩方の足を引っ張るような真似はしません
肩書に恥じぬ成果を
西住流の力を、勝利をもって証明して見せます
376:
それが、私の存在理由だから
377:



まほ「……」
6月の初旬、夕暮れの頃。
私は一人、校舎の前に佇んでいた。
すれ違う生徒達は皆、私の事など目にもくれず部活や、自宅、あるいはお気に入りの寄り道スポットへと向かっていく。
だけど私は知っている。私が、ここでは異物なのだという事を。
なぜならここは中等部の校舎なのだから。
すでに卒業し、別の場所にある高等部に通っている私は、本来ここにいる存在ではない。
制服が一緒のため、私が高等部の人間だとばれていないのは幸いか。
まほ「……」
キョロキョロと周りを見渡す。
目当ての人物はおらず、だけど呼び出すような事も出来ず。
それでも探そうと中等部の校舎に足を踏み入れようとして、私の足はぴたりと止まってしまう。
まほ「……私は、何をしているんだ」
こんなところで大会前の貴重な時間を浪費して。
練習が休みでも、副隊長である私にはやるべきことがいくらでもあるのに。
自分の愚かしさにようやく気付いた私は踵を返して校門に向かおうとする
エリカ「……隊長?」
しかし、その歩みは後ろからかけられた声によって留められる。
まほ「っ!?……逸見か」
驚いて振り向くと、視線の先には見知った顔が。
エリカ「えっと、隊長」
まほ「私はもう隊長ではない。高等部の副隊長だ」
その高等部の副隊長が中等部にいるのだから、なんとも恰好がつかないと心の中で自嘲してしまう。
378:
エリカ「そうでしたね。……それで、中等部の校舎に何か用ですか?」
まほ「いや……みほを探して」
嘘ではない。確かに私はみほを探していた。
……その理由は言えないが。
エリカ「ああ、そういう事ですか。でも、あの子もう帰っちゃったんですけど……私は日直があって残ってたんです」
まほ「……そうか。意外だな、みほの事なら待っていそうなものだが」
エリカ「実際そう言ってたんで、赤星さんに頼んで連れ帰ってもらったんですよ。……まったく、隊長なのに貴重な時間を浪費しないで欲しいものです」
たぶんそれは、逸見のいつもの軽口なのだろう。
だけど今ここでその貴重な時間を浪費している私にとって、逸見の言葉に責められているような印象を受けてしまう。
そのためか私の口は重くなり、そんな私の様子を見て逸見もまた何も言わなくなってしまう。
まほ「……」
エリカ「……」
しばし流れる無言の時。
中等部にまで来て私は何をしているんだと思い始めたころ、逸見がその沈黙を破った。
エリカ「それで……その、みほに何か」
まほ「……いや、何でもない」
エリカ「何でもないのにわざわざ中等部にまで?」
なんだか妙に食いつくな……
不思議に思うも、私は適当に考えた言い訳で答える。
まほ「……ちょっと、散歩に。近くに寄ったからついでに挨拶でも、と」
エリカ「……はぁ、お二人はやっぱり姉妹なんですね」
まほ「え?」
379:
逸見はため息とともに呆れたような顔でこちらを見てくる。
どういう意味かと考えていると、逸見はまるで子供の様にクスクスと笑い出す。
エリカ「知ってます?みほは何か不安な事があるとすぐ顔に出すんです。なのに相談するのを怖がって、結局私や赤星さんがあれこれ世話を焼く羽目になるんですよ」
まほ「……」
エリカ「そういうところ、そっくりですね。……隊ちょ、西住さんの方がわかりにくいですけど」
まほ「逸見……」
エリカ「相談に乗るだなんて偉そうな事言うつもりはありませんが、愚痴程度なら聞いてあげられますよ」
逸見は近くのベンチに腰かけて、私に対して「どうぞ」と促す。
……せっかく逸見が気を使ってくれているのに無碍にするのも悪いな。
仕方なく私は逸見の隣に腰かける。
そしてポツリと、語りだす。
まほ「……私は、高等部の副隊長に就任した」
エリカ「ええ、知ってますよ」
何を今さらといった風な逸見。
まほ「中等部の頃の実力を評価されての事だそうだ」
エリカ「当然の判断だと思います」
まほ「そうか。……そう思うか」
無意識のうちに私の声は落ちていく。
それはつまり逸見の答えが私にとって望ましいものではなかったという事で、
だとしたら私は、逸見にどう言って欲しかったのだろうか。
自分の内心すら図りかねてる私の様子を見て、逸見は心配そうに顔を覗いてくる。
エリカ「……西住さんはそう思えないのですか?」
まほ「自分の実力を見誤るほど未熟なつもりは無い。自惚れているように聞こえるかもしれないが、
 私の実力は副隊長に任命されるには十分なものだと思っている……だけど」
エリカ「だけど?」
両ひざに乗せた拳を強く握る。
まほ「私は―――――」
380:
『私は、強くなきゃ』
381:
まほ「―――いや、なんでもない」
エリカ「西住さん?」
まほ「すまない逸見。私はもう戻るよ。副隊長としてやるべきことがたくさんあるんだ」
そうだ、私は副隊長なんだ。
大勢の隊員の未来を預かっている人間なんだ。
だというのにこんなところで弱音を、それも後輩に吐いているようではいけない。
そんな弱い人間が、西住流の跡取りだなんて認められない。
私は立ち上がると、そのまま校門に向かおうと足を踏み出す。
しかし、
エリカ「まったく……そんなところまで似なくてもいいのに」
呆れたような逸見の呟きが、私を引き留めた。
エリカ「すみません、愚痴程度なら聞くって言いましたけどあれナシでお願いします。
 今のあなたをこのまま帰すのは、ちょっと寝つきが悪くなりそうなんで。……少し、お説教です」
まほ「……どういう意味だ」
エリカ「西住さん。今のあなたは出会った頃のみほにそっくりです」
逸見は遠くを見るように目を細める。
エリカ「あの頃のみほはまぁ酷い子でしたよ。いつもうつ向いて、人と話しているのに顔すらまともに見なくて、
 不満と不安をいつも抱えてるよな雰囲気で、助けを求めているのにそれを表に出さず口先で謝るばかりの子でした」
……ああ、よく知ってるよ。
生まれた時から一緒の妹の事なのだから。
明るく、元気なあの子がどんどん笑わなくなり、内に秘めた沢山のものを私にすら語らなくなっていた事を。
ベンチに座ったままの逸見は、私を見上げる。
382:
エリカ「今のあなたはそれと同じです。知って欲しいのに、察してもらいたがってる。……私が一番嫌いなタイプです」
まほ「っ……」
突然、逸見の言葉から温度が消える。
見下ろしているのは私のはずなのに、見下されているような逸見の視線に私は一瞬、たじろいでしまう。
その居心地の悪さを振り払うように、だけど努めて冷静に反論する。
まほ「……何故お前にそこまで言われないといけない。お前が、私の何を知っているというんだ」
エリカ「そこで取り乱さない辺りはさすが年長者ですね。……でも、その質問はもう答えた事があります」
エリカ「あなた、自分の事を一つでも語ったことがありますか?」
氷の様に冷え切った視線に、声色に。私は心臓を握られているような感覚に陥る。
思わず目を逸らすも、冷たい視線がまったく揺らいでいないのを肌が感じてしまう。
まほ「……私は、西住まほだ。西住流の家元の家に生まれ、将来はそれを継いで―――――」
エリカ「それのどこにあなたの話があるんですか。私は『西住流の娘』じゃなくて、『西住まほ』の話が聞きたいんですよ」
苦し紛れの反論はバッサリと切り捨てられ、私はとうとう何も言えなくなってしまう。
エリカ「……みほは、あの子は相変わらず弱くてめんどくさい子ですよ。何かあるたびにエリカさんエリカさんって。
 私が何度注意したってドジするし、この間だって自分の責任を誰かに肩代わりしてもらおうとしたり。ほんと、ダメな子ですね」
そう言いつつも、逸見の表情は柔らかく、その言葉に字面通りの意味が込められているとは到底思えない。
だけど、すぐにその表情は引き締まり、私をじっと見つめる。
エリカ「でも、今のあなたよりはよっぽどマシです」
あまりにもストレートな侮蔑の言葉。
その物言いに不快感より前に動揺を覚えたのは私が未熟な故か、
あるいは、逸見の口からそのような言葉が出たのが意外だったからか。
383:
エリカ「西住さん、あなたは強いです。……でも、ただ強いだけです」
まほ「それの、何が悪いっ」
今度こそ語気が荒くなるも、動揺で舌が上手く回らない。
そんな私とは対照的に逸見は飄々とした態度で、
エリカ「別に?というより……あなたが疑問に思っているんですよね?『強いだけ』の自分を」
まほ「っ……」
全てを見透かしているような視線。
目の前の少女との交流はそれほど多くなかったはずだ。
だというのに、なんで彼女の言葉はこんなにも私に突き刺さるのだろうか。
なんで、こんなにも―――――逸見は私を理解しているのだろうか。
逸見の言う通り、私は誰かに胸の内を明かしたことは無い。
それは弱さだからだ。
強くあるために弱さを捨てるのは当然の事だから。
だから私は、今日まで強くあったのに。
なのに、いつしか心の奥底にそれでいいのかと思う自分がいた。
そんな弱さが私の中にある事が許せないのに、触れる事すら出来ず目を逸らし続けていた。
分かっていたんだ、それが私の本音なのだと。それが、私の本質なのだと。
だから、触れないよう、気づかないよう、目を逸らし続けていたのに。
まほ「っ……あ……」
『そんな事はない。私は、自分の強さを疑問に思った事なんて無い』
そう言おうと口を開く。
だけど、何も言えず口を閉ざしてしまう。
心にもない事を言える余裕は、すでに私には無かった。
386:
エリカ「……あなたの胸の内を知っているのはあなただけです。知ってほしいのなら、受け入れてもらいたいのなら。
 
 ――――言ってください。伝えてください。あなたが何を思っているのか、どうして欲しいのか」
その言葉はただ淡々と、事実だけを伝えているように思えた。
そして、言外にこう伝えていた。――――――何もできないなら、ずっとそうしていろ、と。
いつのまにか、私のすぐそばに『それ』が迫っていた。
心のずっと奥に、たくさんの鍵をかけてしまいこんでいた『それ』は、全ての鍵を解かれ、扉を開けるだけになっていた。
そうしたのは逸見で、だけど逸見は扉を開けようとはしない。
邪魔なものを取り除いても、扉を開けるのは私の手で、私の意志で、と。
それは、逸見が私を尊重しているからだろう。
そして同じくらい逸見が厳しいからなのだろう。
どれだけ障害を取り除いても、一番苦しい部分は私自身の手でやらなくてはいけない。
そうでなくては、意味がないのだと。
387:
―――――なんで私の隣には、
『誰も、いないの……?』
388:
かつて、今日と同じような夕暮れの校舎で、私は一人なのだと思い知らされた。
それは当然の事だったんだ。
みほは言った。逸見は『自分の嫌いなところを全部嫌いだと言ってくれる』と。
それはつまり、自分の嫌いなところを、弱さを見せられるという事だ。
なのに私はずっと強くあった。
弱さを見せず、強さだけを求めていた。
……そんな奴の隣に立ってくれる人なんているわけないのに。
私は逃げていたんだ。
自分の弱さから、自分自身から。
目を瞑って、耳を覆って、口を閉ざして。
だけどもう、それはできない。
目の前の逸見から逃げてしまったら、私は一生独りになってしまう気がするから。
389:
まほ「……私は……私はっ……」
気が付くと私の呼吸は浅くなり、胸の高鳴りは心臓の許容を超えているかのように響いている。
私は今、自分の恥を晒そうとしている。
愚かな自分を、妹の友達に、後輩に。
もしもそれを口にして、受け止めてもらえなかったら。
私の中の何かが崩れてしまうかもしれない。
空気がまるで抵抗するかのように喉に詰まる。
声を出したいのに、体がそれを拒む。
そんな、泣き出しそうな私を逸見はじっと見つめて、
エリカ「大丈夫です。私は、あなたから逃げたりしません」
立ち上がり、目線を合わせてくれる。
夕日に照らされる銀髪が、まるで私を抱きしめるように暖かく煌めく。
その美しさが、暖かさが、こわばっていた私の体を解きほぐす。
それを逃さないよう息を吸って、肺の中を空っぽにする勢いで、
まほ「私はっ……!!」
390:
まほ「怖いんだッ!!誰かの人生を、目標を、私の失敗で閉ざしてしまうのがッ!!期待に応えられない事がッ!!」
391:
自分の弱さを吐き出した。
392:
まほ「……大学の推薦がかかった先輩や、黒森峰で優勝することを夢見ている先輩。私についてきてくれる同級生。皆、各々の夢を、目標を持ってた。
 
 そしてそれらはみんな、私のミスで簡単に崩れてしまうのだという事を、私はようやく理解したんだ」
一度声を出してしまえばもう、止まらない。
懺悔の様に己の弱さをさらけ出していく。
まほ「中学の時はまだ良かった。負けたって、私が叱責されればそれで良かったのだから。だけど、高等部ではもうその言い訳はできない」
嗚咽が声を遮り、自分でも何を言っているのかわからなくなる。
だけど、逸見は何も言わずじっと、私を見つめ続ける。
まほ「どれだけ訓練を重ねても、どれだけ実力をつけていっても、どれだけ才能があっても、
 たった一つの過ちが、たくさんの人の未来を歪めてしまうかもしれない。私は……それが怖いんだッ!!」
私に語り掛けてくる先輩たちはいつだって優しく微笑んでいた。
同級生たちは皆、私ならできると背中を叩いてくれた。
その言葉は純粋な期待と、優しさにあふれていた。
なのに、それが怖くてたまらなかった。
そんな人たちの期待を裏切る事が、期待に応えられない事が、私の心を圧し潰そうとしてきた。
まほ「なぁ逸見……なんでみほはあんなに笑っていられるんだ。あの子だって沢山の重圧に潰れかけていたのに」
みほは、私と同じだったはずなのに。
西住流の娘だから、期待されて、勝利を求められて、圧し潰されそうだったはずなのに。
いつの間にかあの子は重圧を押しのけていた。笑顔で前を向けるようになっていた。
私は、何もしてこなかったのに。
一歩も進めなかったのに。
まほ「なんで、あの子には赤星や、お前のような弱さを認めてくれる友達がいるんだ……
 なんで、私にはお前たちのような理解者がいないんだ……なんで、なんで私はっ……!!」
393:
まほ「こんなにも、弱いんだッ……」
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