【シャニマスSS】甜花「シンデレラと」夏葉「サンドリヨン」back

【シャニマスSS】甜花「シンデレラと」夏葉「サンドリヨン」


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1:
注意
・地の文有り
・Pの経歴に設定追加
・ユニット越境につき、公式の設定が無い呼称が出てきます
また、モブ(演出家・王子役など)が数人出てきますが、しっかりと甜花・夏葉の話として進行しますので、その点ご容赦頂けると幸いです。
2:
黎明の夢を見る。
祭囃子を思い出す。
まだ小さかった頃の、姉妹で行った縁日の思い出。
射的屋の奥にポツンと置かれた宝物。
二人とも同じように、心惹かれたヌイグルミ。
お小遣いを出し合って、重い銃に四苦八苦して、何度も挑戦して
結局、手に入らずに泣き出した。
取れないことが悲しくて
それ以上に、取ってあげられないことが悔しくて
帰るその時になるまで泣いていた。
それが1つの原風景。
心の奥底にしまい込んだ古い傷。
大崎甜花の、幼き日の挫折の記憶。
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3:
「……なさい」
甜花(あれ……? ゆめ……?)
「……きなさい、もう朝よ」
甜花(うーん……まだ、眠い……)
「甜花、起きなさい。甜花」
甜花「ん……待って、なーちゃん……後30分……」
「……」
「私は、妹さんでは無いのだけど」
甜花(……?)
甜花(じゃあママ……でも無いよね。声違うし……)
甜花(えっと……? 夏休みだからお昼まで寝ててもいいはずで……だけど、夏休みだからお仕事もあって……)
甜花(……あ)
昨日までの事に思考が達すると同時に、羽織っていた毛布が宙を舞う。
引っ剥がされたのだ。
そこで完全に眼が覚めた。
甜花「な、な、な、夏葉さん……!」
夏葉「さあ準備しなさい! ランニングに行くわよ、甜花!」
そこにはジャージ姿で、やる気に満ち溢れた御方が立っている。
ここは、夏葉さんの家だった。
時間にして朝の五時半。
太陽は昇り始めたばかりで、空気はまだ涼しさを残している。
土手の傍らでは朝露が光り、見るものを爽快な気分にさせてくれる。
ランニングをするのには、まさにうってつけ。
そんな時間だった。
甜花「あ、あの……! 夏葉、さん……!」
夏葉「何かしら?」
甜花「な、なんで……! ラ、ランニング……? それも、朝から……!」
とはいえ、条件が良い事と、楽しめるかどうかはまた別の話。
早朝からの運動なんて、普段の自分には縁遠い話で、はっきり言ってかなり辛い。
甜花「夏葉さんの家には……その、仕事の……舞台の練習のためで……」
夏葉「だからこそよ。練習の前に、まずはしっかりと体を起こさないと」
こちらは息が切れ始めているが、夏葉さんは平然としている。
つまりそれは、ペースを合わせてくれていると言う事で。
夏葉さんが良い人なのは、よく分かっているんだけど……
夏葉「それとトレーニングよ。体力は必要だわ。演劇にも、それ以外のことにもね」
夏葉「体力、知力、精神力。そして、筋力があれば何だって出来るのよ!」
やっぱり甜花とは正反対の人だな、って思ってしまう。
甜花(……付いていけるように……甜花、頑張らなきゃ……)
4:
千雪「甜花ちゃんに、舞台のお仕事ですか?」
それは、夏休みも終わりに近づいた、ある日の午前の事だった。
P「ちょっと急な話だが、そうだ」
P「二人は、夏葉……放クラの有栖川夏葉は知っているか?」
甜花「夏葉、さん……?」
アルストロメリア以外の、同じ事務所のアイドル。
一通り名前は知っているが、今の所はそれだけだ。
甜花「うん……事務所で見たことは、何度かあるよ……」
千雪「私も同じくです。お話してみたいとは、常々思っているんですけど」
P「その夏葉なんだがな。ある劇団の舞台で、主役の仕事をもらえたんだ」
千雪「まぁ、それは凄いことじゃないですか」
P「本人も大喜びしてたよ。それで、近頃は劇団で稽古に励んでるんだが……」
プロデューサーさんが、顔をしかめる。
P「困ったことが起こってな。何でも共演者の方が、大怪我をしてしまったらしい」
千雪「お、大怪我……」
P「あ、いや、命に別状は無いそうだぞ。交通事故に巻き込まれて、全治半年程との事だが」
甜花「でも、怪我したその人は……」
P「そうだな。気の毒な話だが、舞台には上がる事は出来なくなった」
つまり、自分の仕事は。
千雪「それでは……甜花ちゃんの仕事は、その人の代役という事ですか?」
P「ああ、そういうことになる。劇団としては、舞台の公演を取り止めにする気は無いみたいでな」
P「良ければ283プロから代役を立ててくれないか、と打診されたわけだ」
そこまで話して、プロデューサーさんが二冊の本を机に置いた。
P「それで肝心の舞台の内容だが……これは、見てもらった方が早いか」
P「これが、その台本になる」
置かれた台本を見る。
その表紙の絵から、なんの話なのかを想像するのは簡単だった。
千雪「カボチャの馬車? あ、このお話って……」
タイトルを読み上げる。
甜花「『シンデレラとサンドリヨン』?」
5:
P「題名、『シンデレラとサンドリヨン』。童話の『シンデレラ』をベースにした創作劇だ」
千雪「シンデレラ。それで、サンドリヨンというと……」
千雪「サンドリヨンってアレですよね。あのペローさんの……」
P「お、詳しいな。さすが千雪」
千雪「ぐ、偶然ですよ。童話とか御伽噺とかが好きで。それで、たまたまです」
甜花(ぺろーさん……?)
人名、だろうか。
しかし重要な話ではないようで、解説される事なく話は進む。
P「この創作劇だが、『サンドリヨン』という登場人物が出てきている」
P「本来の『シンデレラ』には登場しない人物だな」
P「この追加の登場人物である彼女が、話のキーパーソンになるわけだが……」
プロデューサーさんが、台本を持ち上げる。
思ったより重量がありそうだ。
P「長々と口で説明してもアレだしな。ともかく、目を通してみて欲しい」
P「二冊あるし、千雪もどうだ? 急ぎの用事があるなら、無理にとは言わないけど」
自分のお仕事の話なので、本来は千雪さんがいる必要はない。
たまたま、居合わせただけだ。
しかし自分としては、居てくれると安心できるので、とても有り難い。
千雪「それじゃあ、折角ですので」
千雪「はい、甜花ちゃん。意外と重いので、気をつけて下さいね」
千雪さんが軽く立ち上がって、二冊とも台本を受け取る。
それから、その片方を自分に渡してくれた。
甜花「ありがとう、千雪さん……」
台本の表紙に手をかける。
ページの1枚1枚は薄くて、まるで辞書みたいだと思った。
甜花(あ……)
薄いページが塊になって、左から右に流れていってしまう。
甜花(……ページ、余計にめくれちゃった……)
甜花(……分厚い本は、これだから……)
開けたのは、最後の方のページだった。
甜花(え……)
その端っこの文章が目に入る。
『たとえ灰被りでも良いのです』
『大切な人の隣で、笑っていられる自分で在りたいのです』
『だから、私は』
甜花「……」
P「どうした、甜花。そんな風に固まって」
甜花「え……?」
甜花「あ、うん……な、なんでも……ないよ……?」
P「……」
P「そうか」
6:
気を取り直して、最初の方から読む。
話の大筋は、よく知る『シンデレラ』とあまり変わらない。
特に基本的な流れは、本の話そのものだった。
継母や義理の姉たちに苛められている少女が、妖女の老婆と出会って助けてもらう話。
大きく異なる点は、やはりサンドリヨンだ。
主人公・シンデレラの、双子の姉であるサンドリヨン。
彼女は、シンデレラと対照的な人物として描かれている。
歌と踊りが得意なサンドリヨンと、それらに自信が持てないシンデレラ。
活動的なサンドリヨンと、引っ込み思案なシンデレラ。
そしてその極め付けに、継母達との関係性。
社交性が豊かで、馴染まず疎まれずの関係を築けるサンドリヨンと、虐められるだけのシンデレラ。
サンドリヨンは、なーちゃんみたいだな、と思った。
甜花「……プロデューサーさん……今更、なんだけど……」
P「なんだ?」
甜花「甜花、何の役をすればいいの……?」
P「ああ……そういえば伝えてなかったな。確かに今更だ、申し訳ない」
甜花「うん……」
甜花(急な代役を立てるくらいだし、そんなに重要な役じゃ無いとは思うけど……)
甜花(一番目立ったとしても、義理の姉くらいの……)
P「サンドリヨンだ」
甜花「え……」
P「主役・有栖川夏葉と、キーパーソン・大崎甜花。そういう風になるな」
甜花「え……それって、本当に……? なーちゃんの、お仕事じゃなくて……?」
P「こんな所で嘘ついてもしょうがないだろ。そもそも、甘奈には日程的に頼めないよ」
そう。
なーちゃんは地方に遠征中で、今は近くに居ない。
P「ま、キーパーソンどうのというのも、甜花が受けてくれればの話だが……」
P「どうだ、やってみないか? 必ずいい経験になると思うぞ」
7:
お芝居と聞いて、以前にやったお仕事の一つを思い出した。
甜花「学園ドラマのエキストラ……覚えてる……?」
甜花「前に、甜花がやった……」
あれは確か、甜花がソロの仕事を始めたばっかりの頃。
全然思うように出来なくて、プロデューサーさんに弱音を吐いた事を、よく覚えている。
P「もちろん忘れてないよ。あの事が、どうかしたのか?」
甜花「その、甜花……エキストラの役すら、ちゃんと出来なかったよね……」
甜花「それなのに……もっと大事な役なんて、出来るのかな……?」
あれ以来、お芝居の仕事はあまりやっていない。
しかしプロデューサーさんは、当然だと言わんばかりに断言した。
P「できるさ。あの時も言ったが、甜花は磨けば光る子だ」
P「あれから、色んな仕事をしただろ? だから、きっと大丈夫だよ」
甜花「でも、お芝居の仕事は……」
P「していなくても、他の経験はちゃんと積めている」
P「問題は、甜花がやりたいかどうかだ」
やりたいかどうか。
そういう話なら、勿論やってみたい。
やってみたいと思うけど……
甜花「……自信ない、です」
正直な気持ちだ。
素直に言葉にして、落胆されると思った。
そう思ってプロデューサーさんの方を見たが、その様子はない。
腕を組んで、考え込む仕草をしている。
その状態のまま、数十秒ほど経った。
P「そう、だな……」
P「やりたくないわけじゃ、無いんだよな」
甜花「うん……」
P「それならこうしよう。今日明日と舞台稽古に参加して、無理そうなら断る」
P「つまり、お試し期間だな。最終的にどうするかは明日の夜に決める」
甜花「そんなこと……できるの……?」
P「普通は絶対に無理だ。提案しただけで、間違いなく先方に怒られる」
P「だが、今回ばかりは何とかするよ。それでどうだ?」
8:
甜花「それなら……やってみたい、です」
甜花「あ、あと……その、ごめんなさい……」
P「……? 何で謝ってるんだ?」
甜花「プロデューサーさんに、また迷惑かけちゃったから……」
P「ああ、なるほど。気にしなくていいぞ。迷惑かけられるのも仕事だからな」
P「それでも何か言ってくれるなら……そうだな、こういう時は感謝の言葉の方が嬉しい」
甜花「あ、ありがとう……プロデューサーさん……」
P「どういたしまして、だ」
P「よし、それなら善は急げだ。十五分後には出るぞ」
甜花「う、うん……」
そう言って、プロデューサーさんはそそくさと準備に取り掛かる。
その背中を見ていると、申し訳なさが込み上げて来た。
ああは言ってくれたが、そう思ってしまうのは止められない。
なんというか、性分なのだろう。
それに加えて、これから知らない場所に行くと思うと、段々と緊張もしてきて……
千雪「甜花ちゃん、えい♪」
甜花「……わ……!」
千雪さんに、急に手を掴まれた。
掴まれたというより、包まれたと言った方が正確かもしれない。
手の平から千雪さんの暖かさが、ゆっくりと伝わってくる。
千雪「甜花ちゃん、少しでも『やりたい』って思えたなら……」
千雪「楽しむこと、忘れちゃダメですよ? 千雪さんとのお約束です」
千雪さんが、優しく微笑んだ。
P「千雪ー、ちょっと聞きたいことがあるんだが……」
千雪「あ、はい! 今行きます!」
千雪「それじゃあ甜花ちゃん、頑張って来てくださいね」
手が離される。
それでも両手はまだ、ほんのりと暖かい。
あまりに短い間の事だったのに、気分は不思議と落ち着いていた。
甜花(あ……)
甜花(……お礼、言い忘れちゃった……)
9:
P『俺は、お偉いさん達に挨拶してくるよ。演出家さんには話を通してあるから、稽古に参加していてくれ』
P『代役だから、あんまり気負わずにな。伸び伸びとやってくれていい』
P『あちらさんも、最初から無茶は言ってこないだろうさ』
甜花(……って、言ってたのに)
演出家「大崎ィ! 全然声出てねーぞ! 代役だからって甘えてんじゃねぇッ!」
甜花「ひんっ!」
甜花(プ、プロデューサーさんの、嘘つき……)
演出家「大崎、もう一回やってみろ」
甜花「わ、わかっ……分かり、ました……」
甜花「こ、これで、顔を拭きなさい、シンデレラ。そしたら……」
演出家「やり直し。声に張りがない」
甜花「これで顔を拭きなさい……シンデレラ。そしたら、礼拝に……」
演出家「視線を泳がせるな。やり直し」
甜花「これで顔を拭きなさい、シンデレラ。そしたら、礼拝に」
演出家「棒立ちで演じるつもりか。やり直し」
甜花「これで顔を拭きなさい、シンデレラ……! そしたら、礼拝に……!」
演出家「ここは叫ぶシーンじゃねぇだろ」
甜花「……あぅ……」
プロデューサーさんと別れた後、実力の程を確認する事になった。
台本を読み込む時間として30分を貰って、その後に演出家さん直々の演技指導。
時間内で台本を何度も読み返して、ちゃんと暗記して、自分としては頑張った方……だと思う。
それなのに、セリフの一つも満足に言えなかった。
演出家「……なるほど、な」
演出家「隅っこの方で、もう一回読み込んでこい」
演出家「それと見学だ。個人練をやっている奴らをよく見ておけ」
甜花「……はい……」
10:
言われた通り、他の人の演技を見ている。
王子役『君! そこの麗しの君よ! 名はなんと言うのだ!』
確かに違う。
王子役『明日だ! 明日こそ、私に名前を聞かせて欲しい!』
他の人の演技と自分の演技は、何もかもが違う。
違う所が多すぎて、何処から手をつければいいのか分からない。
甜花「シンデレラ、これで……」
もう一度、演じてみる。
やっぱりダメダメだ。
声も通ってないし、動きもぎこちない。
だけど、どうすればいいんだろう。
夏葉「ちょっといいかしら」
甜花「え……?」
遠くを見ていたせいか、近づいて来る人に気がつかなかった。
舞台の主役、有栖川夏葉さん。
夏葉「失礼するわ」
甜花「な、何……? え……」
夏葉さんは一切の躊躇いなく手を伸ばして、自分のお腹にしっかりと触れた。
というか、強く押した。
甜花「ひんっ……!」
夏葉「さっきのセリフ、もう一回読みなさい」
甜花「あの、でも……! な、なんで……お腹を……」
夏葉「いいから早く。動きの方はいいわ。声だけに集中して」
甜花「は、はい……!」
甜花「え、えっと……シンデレラ、これで顔を拭きなさい。そしたら、礼拝に行きましょう……」
夏葉「やっぱり、そうね。お腹に力が入ってないわ」
甜花「え……?」
夏葉「いい? 基本は腹式呼吸よ。日常の会話とは違う声の出し方をしなくてはいけないわ」
11:
甜花「腹式呼吸、って……」
夏葉「ボーカルレッスンで叩き込まれているはずよね。それを思い出して」
夏葉「ステージ上で歌う時みたいに。それでいて、叫ぶようにしない事を意識するのよ」
夏葉「さぁ、やるわよ。さん、はい……!」
甜花「シ……! 『シンデレラ、これで顔を拭きなさい。そしたら、礼拝に行きましょう』」
甜花「……あ、いい感じ……」
夏葉「悪くなかったわね。それじゃあ次は動きの方ね。こっちはダンスレッスンを思い出しなさい」
甜花「ダンス……?」
甜花「でも……このシーンの動きって、手を差し伸べるだけだよ……?」
甜花「だから、こう……」
特別な動きをせずに、夏葉さんに向かって手を差し伸べる。
夏葉「それだとダメよ。それは普段の動きの模倣であって、演技にはなっていないの」
夏葉「他人の目にどう映っているかを意識しなさい」
夏葉「どういう動きをしているのかを、観る人に伝えなくてはいけないのだから」
甜花「観る人……伝わる、様に……」
他人から見た自分、それは鏡に映った自分とも言えるわけで。
甜花(あ、だから……ダンスレッスンなんだね……)
頭の中での動きと、実際の身体の動きの擦り合わせ。
それを鏡を介して行う作業は、自分にとって慣れ親しんだものになっている。
甜花「こう……かな?」
背筋を伸ばして、腕を少し過剰なくらいピンと張る。
それでいて、指先を開いて柔らかく。
脳内鏡の中の自分が、しっかりとポーズを取って立っている。
夏葉「ええ、いい感じだったわ。少しぎこちない気もするけれど」
夏葉さんが満足げに頷いた。
夏葉「さて、これで発声と動作についての取っ掛かりは掴めたかしら?」
甜花「う、うん……分かりやすかった……です……」
夏葉「それなら良かった。まずは、この二つからしっかりと練習しなさい」
夏葉「なにごとも最初は一つずつ。どんなに複雑に見える問題も、そうすれば必ず解決できるものよ」
そこでようやく、夏葉さんが自分を見てくれていた事に気が付いた。
見兼ねて、助けてくれたのだ。
12:
自分が演じようとしていた場面について、つい考えてしまう。
サンドリヨンが、妹のシンデレラを教会に行こうと誘うシーン。
行きたくないと駄々をこねるシンデレラを、姉のサンドリヨンが励ますシーン。
『シンデレラ、これで顔を拭きなさい。そしたら、礼拝に行きましょう』
『いや。いやよ、サンドリヨン。行きたくないわ』
『どうして? そのために二人掛かりで、すす掃除も終わらせたんじゃない』
『賛美歌を歌いたくないの。だって、サンドリヨンみたいに、上手には出来ないんだもの』
『歌うのは好きなんでしょう?』」
『それは、そうだけど……』
『それなら、行かなくちゃ』
……
それが今の状況と、少しだけ似ていると思った。
手を引こうとするサンドリヨンと、踏み出せないシンデレラ。
教え導いてくれる夏葉さんと、勝手が分からない自分。
ただし、配役は逆さま。
自分に近しいのは、シンデレラの方だ。
なーちゃんがサンドリヨンなら、自分は、この弱いシンデレラだ。
それも、姉妹が逆さまなのだけど。
つくづく思ってしまう。
こんな自分に、サンドリヨンが演じられるのだろうかと。
プロデューサーさんは、代役に立てるべき人を間違えたのではないのかと。
甜花(……あ、プロデューサーさん……)
頭で考えただけであるが、噂をすれば、という奴だろうか。
まさに、というタイミングで、プロデューサーさんが部屋に入ってきた。
P「あ……おーい、甜花!」
プロデューサーさんが近づいてくる。
13:
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14:
甜花「劇団にも、昼休みってあるんだね。学校みたい……」
P「人の集まりだからな。食事とか休息の時間を、取らないって訳には行かないさ」
P「それはそうと……今から演出家の人に挨拶するけど、心の準備は大丈夫か?」
甜花「お願いします、って言うだけなら……たぶん……」
甜花(怖い人だったから……本当は、かなり緊張してるけど……)
P「そう……か。そうだな。少しでも、演出家の人の事を知っておこうか」
甜花「演出家、さんの……」
P「この業界では名が知れている人だし、知っておいて損はない」
P「甜花は、名前くらい聞いたことあったか?」
甜花「ううん……」
甜花「あ、でも……行きの車で、この劇団のこと調べたら……」
P「真っ先に名前が出てきたか」
コクリと頷く。
P「脚本家としても高名な人だしな。今回の脚本だって、あの人が書いている」
P「多分……この劇団よりも、演出家さん個人の方が有名なんだろうさ」
プロデューサーさんの表情が、一瞬だけ寂しそうに見えた。
自分の、単なる気のせいかもしれないけど。
P「……加えて、突拍子もないことで有名だからな。ひょっとしたら脚本の事で何か聞かれるかも」
甜花「あ、えっと……」
甜花「その時は、甜花……どうすればいい……?」
P「正直に答えてしまって問題ない。分かりません、でもいい」
P「下手に取り繕うのは、多分最悪の手だな」
甜花「わ、わかった……甜花、頑張るね……」
P「よし、もう大丈夫そうだな」
甜花「え……? あ……」
P「それじゃあ、行こうか」
甜花「う、うん……!」
プロデューサーさんが、扉をノックする。
P「もしもし、283プロのPと言うものですが……」
15:
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16:
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17:
継母役「か・わ・い・い?!!」
義姉1役「ホント、ホント! まじにフランス人形みたい!」
甜花「え、あ……あの……よ、よろしく、おねがい……」
義姉2役「うわ、髪もサラサラ。肌も綺麗だし、凄いよこれ。相当気を使ってるんだろうな……」
義姉1役「いやー、やっぱアイドルって違うわー。夏葉ちゃんも、相当の一品だったし」
甜花「そ、その……甜花、手入れは……じゃ、じゃなくて、あいさつ……」
王子役「髪そんな凄いの!? じゃあ俺も、ちょっと失礼して……うぇ?」
P「男性の方のタッチは御遠慮下さい」
P「というか止めろ。命が失われかねない」
王子役「こ、怖いっすよ……Pさん。じょ、冗談ですって」
P「分かってるけどさ。必死にもなるよ。死因・監督不行き届きは御免こうむるからな」
王子役「?」
P「こっちの話だ。というか、そろそろ甜花にも助け舟出さないとな……」
継母役「うーん……ちょっと気が早いけど、衣装着せちゃおっか。小道具さんに言えば、出してくれるわよね?」
甜花「あの、て、甜花……その前に……」
義姉1役「いいですね! 舞踏会の時のドレス着せたら、可愛すぎるの間違いなしです!」
義姉2役「大賛成。ちょっと聞いてくる」
P「はいはい、そこまそこまで。甜花が困ってる」
甜花「……あぅ……」
継母役「あら」
P「取り敢えず、挨拶だけはさせてくれ」
P「コホン……それでは、うちの大崎甜花のこと、よろしくお願します」
甜花「よろしく、お願いします……!」
甜花(やっと……言えた……)
義姉1役「いやー、283プロってレベル高すぎっしょー。Pさん、よりどりみどりでいいねー」
P「うちのアイドル達を、そういう目で見たことは有りません」
義姉1役「あーあ、私のことをバイトとかで雇ってくれないかな。いい目の保養になりそう……」
P「事務仕事に加えて、各種レッスンとアイドルのメイクが出来たら、社長も考えてくれますよ」
義姉1役「いやいや、そんなバイトいるわけないっしょー」
義姉1役「……え、いないよね?」
P(いるんだなこれが)
18:
行数制限に引っかかったみたいで、所々飛んでますね。
申し訳ありません
>>13の続きから再開します
19:
P「ここで練習していたのか、甜花」
甜花「うん……演出家さんに、言われて……」
P「そうか。頑張ってるみたいだな」
プロデューサーさんが、夏葉さんの方に目を向ける。
P「夏葉もいたんだな。早仲良くやってくれているようで、何よりだ」
夏葉「ええ、楽しくやらせて貰っているわ」
夏葉「アナタも来ていたのなら、声の一つでも掛けてくれれば良かったのに」
P「すまん。別の仕事があってな」
P「それに夏葉、練習の時にはあまり声を掛けられたくないかと思って」
夏葉「そういう心配は不要よ。そう易々と乱されるような集中はしていないもの」
夏葉「すぐ隣に雷が落ちたとしても、無反応で練習を続けていられる自信があるわ!」
P(それだと俺が声をかけても、無反応って事にならないか……?)
ドヤ顔の夏葉さんと、苦い顔のプロデューサーさん。
20:
P「……まぁ、それはそれとしてだ」
P「甜花、もう少しで昼の休みになるから、その時間は空けといてくれ」
甜花「うん……了解、だけど……」
P「共演者の方とか裏方の方達への、挨拶回りをしようと思っていてな」
P「直接お世話になる人達だから、甜花にも居て欲しいんだ」
甜花「挨拶回りって……甜花、何をすればいいの……?」
P「心配するような事はないよ。話は俺がするから、頭を下げる時だけ合わせてくれれば良い」
甜花「うん……それなら、安心……」
いつものように、大きい声と笑顔の心掛けさえ忘れなければ、大丈夫。
P「あ、そうだ。夏葉は昼休み……」
夏葉「……そう、ね。この場面はもっと縮こまる感じで……そうすると……」
夏葉「『いや。いやよ、サンドリヨン』……ううん、少し違う気がするわね」
二人で話している間に、夏葉さんは練習に戻っていた。
P「さすがは夏葉、と言うべきかな」
甜花「うん……」
そこで、ふと気付く。
甜花(あ……夏葉さんに、さっきのお礼……言ってない……)
演技の事を教えてもらったお礼を、まだ一言も言えていない。
それを言おうと夏葉さんの方を見て、今伝える事を諦めた。
夏葉「『行きたく、ないわ』……いえ、『行きたくないわ』……」
夏葉さんが、とても集中していたから。
甜花(今は、話しかけない方が良いよね……)
甜花(……また、言いそびれちゃったな……)
21:
甜花「劇団にも、昼休みってあるんだね。学校みたい……」
P「人の集まりだからな。食事とか休息の時間を、取らないって訳には行かないさ」
P「それはそうと……今から演出家の人に挨拶するけど、心の準備は大丈夫か?」
甜花「お願いします、って言うだけなら……たぶん……」
甜花(怖い人だったから……本当は、かなり緊張してるけど……)
P「そう……か。そうだな。少しでも、演出家の人の事を知っておこうか」
甜花「演出家、さんの……」
P「この業界では名が知れている人だし、知っておいて損はない」
P「甜花は、名前くらい聞いたことあったか?」
甜花「ううん……」
甜花「あ、でも……行きの車で、この劇団のこと調べたら……」
P「真っ先に名前が出てきたか」
コクリと頷く。
P「脚本家としても高名な人だしな。今回の脚本だって、あの人が書いている」
P「多分……この劇団よりも、演出家さん個人の方が有名なんだろうさ」
プロデューサーさんの表情が、一瞬だけ寂しそうに見えた。
自分の、単なる気のせいかもしれないけど。
P「……加えて、突拍子もないことで有名だからな。ひょっとしたら脚本の事で何か聞かれるかも」
甜花「あ、えっと……」
甜花「その時は、甜花……どうすればいい……?」
P「正直に答えてしまって問題ない。分かりません、でもいい」
P「下手に取り繕うのは、多分最悪の手だな」
甜花「わ、わかった……甜花、頑張るね……」
P「よし、もう大丈夫そうだな」
甜花「え……? あ……」
P「それじゃあ、行こうか」
甜花「う、うん……!」
プロデューサーさんが、扉をノックする。
P「もしもし、283プロのPと言うものですが……」
22:
P「……それでは、よろしくお願いします」
甜花「よろしく、お願いします……」
演出家「ああ、こちらからもよろしく頼む」
演出家「急な話を聞いてくれた点については、感謝している」
P「いえ、こちらとしても有難い話です。舞台での経験は、今後に必ず生きてくるものですから」
演出家「そうかい。まぁ、何でもいいがな。引き受ける以上は、きちんと為すべきことは為してもらうぞ」
演出家「代役だから、途中参加だから……そういう甘えは一切認めない。いいな?」
P「はい。正式にお引き受けする際には、よく言い含めておきます」
演出家「正式に……ね。無駄な期間なんぞ設けやがって」
演出家「もう決まった事だし、今更文句は言わないけどよ」
その言っている事がすぐには理解できず、考え込んでしまう。
演出家さんがギョロリと自分を見たところで、ようやく思い当たった。
甜花(あ……プロデューサーさん、本当に作ってくれたんだ……『お試し期間』……)
甜花(でも……)
しかし、思い当たった事実かどうでもなるくらい、演出家さんの目付きが鋭くて怖い。
演出家「そうだな……じゃあ、最後に一つだけ質問をしようか。大崎」
甜花(き、きた……!)
演出家「大崎、お前は双子だそうだな」
甜花「は、はい……双子の妹が、います……」
演出家「今回の演劇は、童話『シンデレラ』の皮を被った全く別の話だ」
演出家「とある夢見る少女の話では無く、とある双子の姉妹の話になっている」
演出家「脚本を書いた者として、その姉妹を演じる人間に聞いておきたい」
演出家「大崎甜花、お前にとって姉妹とは何だ?」
23:
甜花(姉妹のこと……なーちゃんの、こと……?)
姉妹とは何か。
甜花にとって、なーちゃんとは何者であるのか。
正直、考えたことがない。
それは、考えるまでもないことだから。
甜花「家族で、大切な人……です」
演出家「……」
甜花「あ……! えっと、安心できるから、一緒に居たい人です……!」
演出家「……なるほど」
失敗した、と思った。
自分の言葉は、あまりにも普通すぎる。
家族に対する意見としては、一般論に近い。
つまるところ面白みに欠ける。
こういう凄い人達は、もっと深い意見を求めてるのではないだろうか。
演出家「質問は終わりだ。もう出て行ってくれ」
甜花(……や、やっぱり……)
P「それでは失礼致します……甜花、行こう」
甜花「し、失礼……します……」
24:
甜花「……もっと考えてから、言えばよかった……」
甜花「また、失敗……」
P「そんな事はない。俺は、良い受け答えだったと思うよ」
甜花「プロデューサーさん、優しいね……」
P「いやいや、慰めてるわけじゃ無いぞ。本当にそう思ってる」
P「あの人さ、気分が良くなると何故か、そっけない言い回しになるんだよ。だからアレで大正解だ」
甜花「そうなの……? 演出家さんのこと、よく知ってるんだね……」
P「え? あ、ああ……まあな」
P「それより次だ、次。裏方のスタッフさん達と、共演者さんの方達に挨拶に行くぞ、甜花」
甜花(……? 焦ってる……?)
25:
undefined
26:
大道具「大道具だ」
小道具「小道具です。よろしくね」
P「よろしくお願いします。こちらが、うちの大崎甜花です」
甜花「よろしく、お願いします……!」
大道具「……挨拶はこれでいいな? 俺は仕事に戻る。小道具、あとは頼む」
小道具「はいはーい! あ、もう行っちゃいましたね」
小道具「あーあ……相変わらず、ぶっきらぼうな人」
P「急に来てすみません。打ち合わせの途中でしたか?」
小道具「あ、いいのいいの。気にしないで。確かにそうだったけど、ちょうど終わったところだから」
小道具「甜花ちゃん、改めてよろしくね。はい、飴ちゃんあげるわ」
甜花「あ、ありがとう……ございます……」
小道具「うん、よろしい。劇団とか舞台のことでなら、いつでも私を頼ってくれていいからね」
小道具「これでも古参で、小道具班のリーダーをやらせて貰ってるから」
小道具「分からない事とかがあったら、気軽に聞いてちょうだい」
P「甜花、折角だし何か聞いてみたらどうだ?」
甜花「それなら……さっき言ってた『打ち合わせ』って……?」
小道具「打ち合わせね。うーんと、それだと……」
小道具「甜花ちゃん、小道具と大道具の違いってわかるかな?」
甜花「小道具が、アクセサリーとか手に持つ道具とかで……大道具が、セットとかの大きなもの……だよね?」
小道具「うん、大体その通り。とはいえ、小道具も大道具も同じ舞台上のものだからね。チグハグだとまずいのよ」
小道具「そこで、主に大道具と小道具のリーダー同士で、方向性とかの擦り合わせをするの。それが打ち合わせ」
小道具「……まぁ、さっきのはそう言うのじゃ無くて、これの打ち合わせだったんだけど」
27:
甜花「……機械の、箱?」
P「スモークマシンだな。その名の通り、人工的に煙を発生させる装置だ」
小道具「ラストシーンの演出で使おうと思っててね。それで、その相談をしてたのよ」
小道具「台数の調整だったり、天井への取り付け方だったり、話すことが多くて多くて」
小道具「ああ、あと風船選びとか、それを割るための仕掛け作りとか……」
甜花「風船……? 割って、どうするの……?」
小道具「あ……あー、余計なことまで言っちゃった」
P「不都合がなるなら、もちろん口外しないようにしますが」
小道具「あ、いいのいいの。話されて困るものじゃないし」
小道具「本決まりじゃない部分は、まだ秘密にしておきたいってだけよ」
小道具「結構いい演出になると思うから。楽しみにしててね、甜花ちゃん」
28:
継母役「か・わ・い・い?!!」
義姉1役「ホント、ホント! まじにフランス人形みたい!」
甜花「え、あ……あの……よ、よろしく、おねがい……」
義姉2役「うわ、髪もサラサラ。肌も綺麗だし、凄いよこれ。相当気を使ってるんだろうな……」
義姉1役「いやー、やっぱアイドルって違うわー。夏葉ちゃんも、相当の一品だったし」
甜花「そ、その……甜花、手入れは……じゃ、じゃなくて、あいさつ……」
王子役「髪そんな凄いの!? じゃあ俺も、ちょっと失礼して……うぇ?」
P「男性の方のタッチは御遠慮下さい」
P「というか止めろ。命が失われかねない」
王子役「こ、怖いっすよ……Pさん。じょ、冗談ですって」
P「分かってるけどさ。必死にもなるよ。死因・監督不行き届きは御免こうむるからな」
王子役「?」
P「こっちの話だ。というか、そろそろ甜花にも助け舟出さないとな……」
継母役「うーん……ちょっと気が早いけど、衣装着せちゃおっか。小道具さんに言えば、出してくれるわよね?」
甜花「あの、て、甜花……その前に……」
義姉1役「いいですね! 舞踏会の時のドレス着せたら、可愛すぎるの間違いなしです!」
義姉2役「大賛成。ちょっと聞いてくる」
P「はいはい、そこまそこまで。甜花が困ってる」
甜花「……あぅ……」
継母役「あら」
P「取り敢えず、挨拶だけはさせてくれ」
P「コホン……それでは、うちの大崎甜花のこと、よろしくお願します」
甜花「よろしく、お願いします……!」
甜花(やっと……言えた……)
義姉1役「いやー、283プロってレベル高すぎっしょー。Pさん、よりどりみどりでいいねー」
P「うちのアイドル達を、そういう目で見たことは有りません」
義姉1役「あーあ、私のことをバイトとかで雇ってくれないかな。いい目の保養になりそう……」
P「事務仕事に加えて、各種レッスンとアイドルのメイクが出来たら、社長も考えてくれますよ」
義姉1役「いやいや、そんなバイトいるわけないっしょー」
義姉1役「……え、いないよね?」
P(いるんだなこれが)
29:
P「さて、挨拶回りはこんなもんかな。お疲れ、甜花」
甜花「結構、疲れた……」
P「甜花は、これからどうする? 俺は他のみんなの現場に顔出す予定なんだが……」
P「まだ昼休みの時間も残っているし、何か食べに行くか?」
甜花「お腹、まだあんまり空いてない。だから、その……夏葉さん……」
P「夏葉?」
甜花「お話したいんだけど、見当たらないから……どうしようかなって……」
義姉1役「ん、なになに? 夏葉ちゃんのこと、探してんの?」
甜花「知ってる、の……?」
義姉1役「もっちろん! 夏葉ちゃん、すごい努力家だもんねー」
義姉1役「この時間は間違いなく、一人で練習してるっしょ!」
30:
夏葉さんに会いに、劇場の裏まで足を運ぶ。
一番の目的はもちろん、言いそびれた感謝の言葉を伝える事だ。
甜花(それに……夏葉さん、優しかったから……)
その目的以外に、期待してしまう事がある。
ひょっとしたら、夏葉さんとも仲良くなれるかもしれない。
なんていう期待だ。
お礼をして、ちょっとした会話をして、そういう事になれればいいと思う。
甜花(それで、甜花も……友達が増えるよね……)
自分は元々、友達が多い方ではない。
だけど最近は、自分の周りの人の輪が、少しずつ広がっていると感じてる。
アイドルを始めてからの変化だ。
そういう広がりを、楽しめるようになった事も含めて、いい方向に変わって来ている。
ふと、さっきのプロデューサーさんを思い出す。
共演者の人達相手に、少し言葉が砕けていた。
和やか空気を感じた。
あの人達とプロデューサーさんは、以前からの知り合いなのかな、と思った。
仕事を通じて、誰かと仲良くなれるといい。
あんな風になれれば嬉しい。
あんな風に、仲良くなって──
夏葉『ああ!』
甜花「……あ……」
夏葉さんの練習風景が、目に飛び込んでくる。
それは予想以上の何かで。
心がひしゃげる音が、聞こえた気がした。
31:
誰かの目が怖かった。
失敗する事が恐ろしかった。
だから自分は、何にも真剣になる事が出来ない。
挑戦する前から、諦めの気持ちが混じる。
そうやって熱くなれない自分は、つまるところ冷たいのだ。
そんな冷たいものに、寄り添おうとする人間はいない。
家族でも、ないのならば決して。
夏葉『なんて素晴らしいのかしら! こんなこと、生まれてから一度も無かった!』
対して、夏葉さんは熱量の塊だった。
全力で練習をしている。
声を張り上げて、力強く体を動かしている。
誰が見てるとも知れないこの場所で。
誰に評価されるとも分からない、この場所で。
きっと、そういった事を気にせずに。
ただ真っ直ぐに。
夏葉『歌って踊れば、誰かが拍手をしてくれる! 微笑めば、誰かが笑みを返してくれる! 何て心地が良いの!』
演技の良し悪しは分からない。
分かるほど、自分は詳しくない。
夏葉『それなのに! 12時が来れば、終わってしまうわ! 魔法が解けてしまう……!』
それでも魅入ってしまう物が、そこにあった。
夏葉『でも明日になればいいの……! 明日になれば! 明日になれば、また……!』
それはきっと灼熱の太陽のようで。
今までの自分にとって、縁の無かった世界のものだ。
32:
甜花(……違う……)
胸がチクリと痛む。
甜花(……本当は、そうじゃなくて……)
縁が無いなんて大嘘だ。
学校で、部活や委員会に精を出す人達。
休日の街中で、自分を磨こうといる人達。
そんな熱量を持った人達を、何度も見てきた。
その度に、羨ましく思っていた。
それでも踏み出せない。
自分には出来ないと決めつけて、交わろうとはしなかった。
それだけの話。
甜花(甜花が……避けてきた、だけだよね……)
自分は変われていない。
今までと変わらない。
結局、目の前の女性と自分は別の存在であると、そう結論づけてしまうのだ。
33:
夏葉「……あら?」
置いてあった水筒を取ろうとして、夏葉さんは初めてこちらに気がついた。
夏葉「私に、何か用かしら?」
甜花「あ……その……えっと、甜花は……」
言いたかった事があったはずなのに、上手く言葉が出てこない。
甜花「……な、なんでもない……です……」
夏葉「わざわざ、こんな場所まで来たのに?」
夏葉「……まあ、いいわ。私としてはちょうど良かった訳だし」
夏葉「さっき、言いそびれてしまった事があるの」
甜花「夏葉さんが、甜花に……?」
甜花「あ……演技で駄目な所、まだあったとか……?」
夏葉「いえ、そういうのでは無くて……」
夏葉「はい」
夏葉さんが、右手をこちらに差し出した。
夏葉「直接一緒に仕事をするのは初めてだから、こういう事は必要だと思ってね」
夏葉「有栖川夏葉よ。名も知らぬ仲では無いけれど、改めてよろしくお願いするわ」
そこでようやく、握手を求められている事を理解した。
甜花「大崎甜花……です。よろしく、お願いします……」
かろうじて挨拶だけは返せたが、夏葉さんの手を取る事は出来ない。
あの練習風景を見る前なら、躊躇う事なく手を取ることが出来たはずなのに。
夏葉「同じ仕事自体は、海の家の一件以来ね。あの時は、顔を合わせる事は無かったけど……」
夏葉「……どうしたの?」
夏葉さんが、自分の様子がおかしい事に気が付いた。
心配そうな顔を浮かべて、こちらを見ている。
そこで頭をよぎったのは、事務所を出る前の会話だった。
甜花「あ、あの……劇に出るかは、その……まだ分からないから……」
夏葉「どういうこと?」
プロデューサーさんと話した『お試し期間』の話。
自信の無さのせいで生み出された、都合の良い話。
夏葉「……詳しく説明してちょうだい」
夏葉さんが、手を下ろす。
34:
夏葉「……そう。お試し期間、ね」
甜花「うん……」
夏葉「この事、他の誰かには話した?」
甜花「それは……ううん。プロデューサーさんと、だけ……」
甜花「演出家さんとかは……知ってると思う、けど……」
夏葉「それがいいわ。人の耳に入らない方が良い話よ。他の役者のかスタッフさんには、特にね」
甜花「……はい」
それは、よく分かっていた。
真剣にやってる人達からすれば、『お試し』という気分の人が混ざるのは嫌な事だ。
この事を聞かされた夏葉さんが、愉快な気持ちにならない事も分かってる。
甜花(……分かってる。そういうことは、甜花も分かってる……だけど……)
確かに『お試し期間』の話で、舞台に上がる事を決めた。
でもそれは、逃げ道が確保できたからという訳じゃない。
そんな無理を通してでも、プロデューサーさんが自分にやらせようとしてくれたからだ。
だから、今日を『お試し期間』にするつもりなんて無かった。
そのはずだったのに。
それを、言葉に出してしまった。
夏葉「甜花、アナタは何になりたいの?」
何気ない会話のように、夏葉さんはそう聞いてきた。
甜花「え……」
今日2度目の抽象的な質問で、考えたことのない質問。
しかし今度は、全く答えが見つからない。
考える糸口すら見えてこない。
夏葉「私は、トップアイドルになりたい」
だというのに、夏葉さんはハッキリと口にした。
夏葉「主役という大役を頂いた以上、余すことなく自分の糧にしたい」
夏葉「そう思って、この舞台に参加しているわ」
夏葉「他の人達だって変わらない。それぞれが、それぞれの強い目的を持って参加しているはずよ」
夏葉「だから……」
その淀みない物言いに、夏葉さんの言いたい事が分かってしまう。
これは通告だ。
夏葉「自分だけの目的が持てないのなら、やめておきなさい。アナタの為にもならないわ」
35:
その後、どうやって家に帰ったのかは覚えていない。
午後の練習を終えてから、プロデューサーさんに事務所まで送ってもらった。
そういった事実は思い出せるけど、その繋がりがおぼろげで希薄になっている。
たった今ベッドに転がって、ようやく現実感と胸の痛みが戻ってきたところだった。
甜花「……やめといた方が、良いのかな……」
演技における技術と経験の差は、もちろん感じている。
でもそれ以上に、心の面での隔たりが深く横たわっていた。
夏葉さんの言うことは正しい。
それだけに、よく突き刺さる。
何のために舞台に立って、その先の何を目指すのか。
分からない。
甜花(そもそもアイドルだって、何のためにやってるんだろう……)
始めた理由は、なーちゃんに言われたから。
続いている理由は、楽しいから。
その先は、やっぱり分からない。
トップアイドルになりたい気持ちはあるけど、それだって憧れの域を出ない。
オリンピック選手だとか、ゲームの中のヒーローヒロインと同列のもの。
もっと大仰に言えば、空に浮かぶ星とか月みたいなもの。
自分と地続きの物だと思えないから、目指す姿をそもそも想像できない。
甜花「……分からないづくし、だね……」
気が滅入る。
こういう時、普段はどうやって気を紛らわしていたのだろう。
ゲームとかネットサーフィン……という気分にもなれない。
甜花「……あれ、着信……?」
ディスプレイに、『なーちゃん』と表示されていた。
そこで、一人で思い悩む経験など、まるで無かった事に思い至る。
思い返してみれば、辛い時はいつでも、励ましてくれる人が居てくれたのだ。
だから今のこの辛さは、アイドルになった事での初めてなのだろう。
36:
甜花「もしもし、なーちゃん……?」
甘奈『あ、甜花ちゃん! 甜花ちゃんだよね!?』
甜花「そうだけど……」
甘奈『やっと繋がった! 甜花ちゃん大丈夫!? 怪我したりとか、誘拐されたりとかしてないよね!?』
甜花「……ちょっと、待ってね……」
通話状態を維持したまま履歴を確認する。
着信が三回。
SNSでのメッセージがパッと見で数えきれないほど。
甜花「……ごめんね、なーちゃん。連絡が来てるの、気が付かなかった」
甘奈『それならいいんだけど……本当に、何とも無いんだよね?』
甜花「……うん。怪我も病気もしてないよ」
嘘はついてない、はずだ。
甜花「それで、なーちゃん……何か緊急の用事?」
甘奈『ううん、そういうわけじゃないんだけど……』
甘奈『甜花ちゃんのこと考えてたら、声が聞きたくなっちゃって』
甜花「そう……なんだ。それじゃあ、その……お仕事の方は順調?」
甘奈『もっちろん☆ 歌うのは楽しいし、灯織ちゃんとも仲良くなれたし、良いことづくしだよ!』
甘奈『あ、あと食べ物が美味しい! 地産地消、って奴なのかな?』
甜花「そっか……なーちゃんが楽しめてるみたいで、甜花も嬉しい……」
甜花「にへへ……」
なーちゃんと話していると、自然と笑えた。
甘奈『て……甜花ちゃん……!』
甘奈『甜花ちゃん! 甜花ちゃんの方は? 何か変わったことあった?』
甜花「甜花は……うん、舞台のオファーが来たよ」
甘奈『舞台!?』
甜花「一応……準主役みたいな役」
甘奈『おー! さっすが甜花ちゃん☆』
甜花「でも甜花……代役で選ばれただけだよ……?」
甘奈『それでもだよ。それは誰かが、甜花ちゃんを評価してるってことだもん』
甘奈『うん。甜花ちゃん、劇の事もっと聞かせてよ。せっかくだし』
甜花「……」
甘奈『あれ、甜花ちゃん?』
甜花「あ、何でもないよ……劇のこと、だよね……」
甜花「えっとね……『シンデレラとサンドリヨン』って題名なんだけど……」
37:
甜花「……みたいな感じ」
台本の筋書きだとか、劇場の雰囲気だとか、聞かれるままに答えた。
夏葉さんの事は話していない。
話したくなかった。
その意地っ張りが無意味なのは知っている。
こういう時のなーちゃんは、あっさりと見透かしてしまうのだ。
甘奈『……そっか。甜花ちゃん、悩んでるんだね』
甜花「やっぱり……分かっちゃうんだ」
甘奈『まぁ、ね。甜花ちゃんの事だもん。ある程度の事は分かるつもりだよ』
甜花「なーちゃんは、凄いよね……」
甘奈『甜花ちゃんも同じだよ。甘奈が落ち込んでたら、絶対に気づいてくれるでしょ?』
甜花「それは、そうかも……」
声色を聞けば、どんな気分なのかぐらいは分かる。
大切な家族だから。
甜花「その、聞かないんだね……」
甘奈『うん。甜花ちゃんが話したくないなら、聞かないよ』
甘奈『でも、悩んでることを誰かが知っていれば、心強いかなって。だから気が付いた事だけ伝えちゃった』
甜花「ありがとう、なーちゃん……」
甘奈『ううん、甜花ちゃんの為だもん。お礼なんて言わなくても……あ、待って待って!』
甜花「なーちゃん……?」
甘奈『その……ね、甜花ちゃん。ある人からの受け売りなんだけど……』
甘奈『感謝は言葉じゃなくて行動で示せ、って。この前聞いたんだ』
甘奈『それで甘奈ね、今とーっても見てみたい物があるの』
甜花「……? 甜花で用意できるものなら、頑張ってみるよ……」
甜花「その……今月は、ちょっとだけピンチだけど……」
甘奈『あ、お金がかかるものじゃなくて。甜花ちゃんが見せたいって思えば、見せられる物だよ」
甜花「……?」
甘奈『甘奈が見てみたいのは、舞台の上の綺麗な甜花ちゃん』
甘奈『同じステージの上からは何度も見てるけど、客席から見たことって無かったから』
甘奈『だから……ダメ、かな?』
甜花「なーちゃん、それって……」
甘奈『……なーんて、ちょっと露骨すぎかな』
甘奈『やっぱり、プロデューサーさんとか千雪さんみたいには、うまく出来ないね』
甘奈『こういうのって……とっても難しいよ』
38:
甜花「でも……伝わった、から……」
甘奈『甜花ちゃん……』
なーちゃんが背中を押そうとしてくれたこと、しっかりと伝わった。
そう、伝わっている。
それ以前の事だって、ちゃんと伝わっている。
プロデューサーさんが、無理を通してでも『お試し期間』を作ろうとした理由も。
千雪さんが、事務所を出る前に手を握ってくれた理由も。
そして、夏葉さんが手取り足取り教えてくれた理由も。
こんな自分に、色んな人が期待してくれていることは、ちゃんと伝わっているのだ。
その事実が、色んな物に覆い隠されて、見えなくなっていた。
甜花「……なーちゃんと話せて、良かった」
甘奈『甘奈もだよ! 甜花ちゃん成分大補給、って感じ!』
甜花「その……舞台、見に来てね」
甘奈『……! うん、勿論だよ☆』
甜花「もう、切るよ……やらなきゃいけないこと、出来たから」
甘奈『頑張ってね、甜花ちゃん』
甜花「うん……頑張って、みるよ……」
39:
電話を切る。
気分はすっかり回復していた。
よく考えてみると、なーちゃんとの電話で、何が解決したわけでもない。
夏葉さんに言われた事の、その半分も解決できていない。
だけど、今はそれで良い。
それ以前に、やらなくちゃいけない事があるのを思い出した。
伝えられていない、この感謝を伝える。
もう随分と遅くなってしまったから、その分を言葉でなく行動で。
きっと自分は、そういう所から始めなくちゃいけないのだ。
甜花「あった……台本……!」
するべき行動は自然と決まっていた。
台本のページをめくって、その為に必要な、物語の一節を呼び出す。
甜花「きっと……大丈夫。このシーンなら、甜花にだって……」
甜花「あとは……」
もう一度端末を拾い上げて、電話をかける。
それは、二つ目のコール音を待たずに繋がった。
普段の自分なら、相手の反応を待つだろう。
でも今はそうしない。
何より先に、自分の要件を切り出していく。
甜花「プロデューサーさん。お願いが、あります……!」
その言葉は、いつになくハッキリと言えた。
40:
夏葉「おはよう、プロデューサー」
P「ああ、おはよう。急な連絡だったのに、よく来てくれた」
夏葉「そうね。『いいランニングコースを見つけた。明日の朝から走ろう』……」
夏葉「こんな急なメール、無視されても仕方ないわよ?」
P「そうだな。今後は無いように気をつけるよ。急に悪かったな、夏葉」
夏葉「別に責めているわけじゃ無いのだけど……」
夏葉「その辺りのことは、走りながら聞かせてちょうだい」
P「了解した。じゃあ、行こうか」
P「……ふっ、ふっ、はっ……ふっ、ふっ、はっ……」
夏葉「ランニング、すっかり板についてきたわね」
P「最初に、夏葉と走った時に、比べればな。あれから、たまには、走るようにしてるし……」
夏葉「素晴らしいこと事だと思うわ」
P「おかげさま、でな」
夏葉「……それで、今朝は何のためのランニングなのかしら」
夏葉「何かあるんでしょう? アナタ、急な連絡なんて滅多にしないもの」
P「そう、だな。ええと、昨日の、事なんだが……」
夏葉「ペース、落とすわよ」
P「……助かる」
夏葉「昨日と言うと、甜花のことよね」
P「それも関係ある。あるんだが……まずは、俺の口から夏葉に謝罪がしたい」
夏葉「私に、謝罪?」
P「そうだ。『お試し期間』の事を提案したのは、俺だからな」
P「あの話を聞いて気分を害したなら、俺は夏葉に謝らないといけない」
夏葉「……」
P「甜花に何としても仕事を受けてもらいたくて、俺が言った事だ。その全責任は俺にある」
P「あの発言で、夏葉が怒るのも当たり前だ。だけど、その対象は甜花じゃなくて俺に……」
夏葉「ちょっと待って。私が怒ったって、なんの話かしら?」
P「あれ、違うのか。甜花から、『お試し期間』の話を聞いて、それで………」
夏葉「確かにいい気分がしなかったけど、それで怒ったりはしないわ」
P「……というと?」
夏葉「私は、全ての事情が分かっているわけでは無いもの」
夏葉「物事の一面だけを見て感情的になる事はしないわ。少なくとも、そう心掛けているつもりよ」
P「そう……だよな。夏葉なら、確かにそうか」
P「とすると、甜花は……」
41:
朝の公園は閑散としていた。
時間のせいか、人通りは少ない。
発声練習をしている自分を、気に留める者はいなかった。
そんな静けさの中、女性が一人だけ近づいてくる。
服装は、自分と揃いの空色ジャージ。
甜花(夏葉さん……)
腹部に意識を集中させる。
頭の中に鏡をイメージする。
夏葉さんが、目の前に立つ。
気持ちを伝える為に、会話をする為に、色々な事を考えた。
でも、その収穫は全く無い。
もともと口下手なのだ。
気の利いた会話など、急に出来るようになるわけがない。
それなら、やれる事は一つ。
甜花「すぅ……」
息を深く吸い込んで、意識を切り替える。
立っているこの場所が、ステージの上であるかのように、自分を錯覚させる。
今の自分にできる事は、これだけなのだ。
当たって、砕ける事だけ。
甜花「『シンデレラ、これで顔を拭きなさい』」
手先を柔らかく、ピンと伸ばす。
無いはずの布切れを、そこに幻視させる。
一歩だけ距離を詰める。
甜花「『そしたら、礼拝に行きましょう』」
そして今度は、自分から手を差し出した。
42:
すみません、一つ飛びました。
>>40の続きからです
43:
夏葉「私は怒ってはいなかった。だけど、厳しい言葉をかけたのは事実よ」
夏葉「あの子……落ち込んでいた?」
P「ああ。帰りの車の中でも、茫然自失という感じだった」
夏葉「悪いことを、してしまったかもしれないわね」
夏葉「間違った事を言ったとは思っていないわ。でも、もう少し言葉を選ぶべきだった」
夏葉「傷つけるつもりは、無かったのだから」
P「ちなみに、どういう事を言ったんだ?」
夏葉「最初に目標を聞いて、答えが帰って来なかったから、まずは自分の事を話したの」
夏葉「それから、『目的意識に欠けるのは為にならない』という趣旨のことを言ったわ」
P(ここまでは、車の中で甜花から聞いたな)
夏葉「その上で『目標設定から始めなさい』とか『明日からもよろしく』……みたいな事を言ったはずよ」
P「……! それで、か」
夏葉「自信を失っているように見えたから、私なりに助言をしたつもりなのだけど……」
夏葉「裏目に出てしまったみたいね。事務所で会ったら、誠心誠意謝らせてもらうわ」
P「……勘違いだ」
夏葉「勘違い……?」
P「甜花から聞いた話と食い違っている。どちらかが嘘を吐いている訳でもない」
P「だから勘違いだ。おそらく途中までしか、甜花の耳に入ってない」
P「ショックのあまり、『為にならない』以降の言葉が聞こえてなかったんだろう」
P「ちなみに、その時の正確な発言は……」
夏葉「『やめておきなさい。アナタの為にもならないわ』」
夏葉「……」
P「……」
夏葉「……辞退を促している事に、ならないかしら?」
P「……なってるな」
夏葉「プロデューサー、彼女に連絡を……!」
P「それは、必要ない」
P「目的地に着いたからな」
夏葉「え……?」
P「ランニングの目的地だよ。事務所近くの公園だ」
P「ここに夏葉を呼び出すように、甜花に頼まれていたんだよ。ほら、あそこを」
夏葉「……あの子」
P「そういうことだ。行ってこい、夏葉」
44:
朝の公園は閑散としていた。
時間のせいか、人通りは少ない。
発声練習をしている自分を、気に留める者はいなかった。
そんな静けさの中、女性が一人だけ近づいてくる。
服装は、自分と揃いの空色ジャージ。
甜花(夏葉さん……)
腹部に意識を集中させる。
頭の中に鏡をイメージする。
夏葉さんが、目の前に立つ。
気持ちを伝える為に、会話をする為に、色々な事を考えた。
でも、その収穫は全く無い。
もともと口下手なのだ。
気の利いた会話など、急に出来るようになるわけがない。
それなら、やれる事は一つ。
甜花「すぅ……」
息を深く吸い込んで、意識を切り替える。
立っているこの場所が、ステージの上であるかのように、自分を錯覚させる。
今の自分にできる事は、これだけなのだ。
当たって、砕ける事だけ。
甜花「『シンデレラ、これで顔を拭きなさい』」
手先を柔らかく、ピンと伸ばす。
無いはずの布切れを、そこに幻視させる。
一歩だけ距離を詰める。
甜花「『そしたら、礼拝に行きましょう』」
そして今度は、自分から手を差し出した。
45:
夏葉「……!」
夏葉さんも、深く息を吸い込んだ。
夏葉「……『いや。いやよ、サンドリヨン。行きたくないわ』」
夏葉さんが、その場にうずくまる。
一瞬だけ驚いた顔をしたけど、そこからの躊躇は一切無い。
目の前に居るのはシンデレラで、自分はもうサンドリヨンなのだ。
甜花「『どうして? そのために二人掛かりで、すす掃除も終わらせたんじゃない』」
自分の演技に、夏葉さんがのって来てくれた。
嬉しくてたまらない事だけど、今はその気持ちをそっと切り離す。
夏葉「『賛美歌を、歌いたくないの』」
それで、満足するわけにはいかない。
ここはまだ、自分の目指すゴールではない。
夏葉「『だって、サンドリヨンみたいに、上手には出来ないんだもの』」
夏葉さんと正面から向き合えた、この場所こそがスタートなのだ。
46:
言葉では無く行動で。
その言葉で真っ先に思い付いたのは、演じる事だった。
演じる事を、助けてくれた人がいたから。
自分が演じる事に、背中を押してくれた人達がいたから。
その期待を形にする事が、感謝を伝える事になると、そう思えたのだ。
だから演じる。
一夜漬けの、付け焼き刃の演技になってしまうのは分かってる。
一場面ですら、まともに出来ないままなのかもしれない。
それでも、拙くても無様でも、示さなくちゃいけないのだ。
受け取った物が根付いている事を、示
してあげたいのだ。
それが自分にできる、最大の『ありがとう』なのだから。
これが、その為のワンシーン。
行きたくないと渋るシンデレラを、サンドリヨンが優しく励ますシーン。
このシーンなら、ちゃんと演じきれる。
このシーンなら、伝えることが出来る。
このシーンから始めないと、きっと自分は立ち上がれない。
だって──
47:
甜花(だって、この言葉は……! 甜花が甜花に、言いたかった言葉だから……!)
甜花「『歌うのは好きなんでしょう?』」
夏葉「『それは、そうだけど……』」
甜花「『それなら、行かなくちゃ』」
さらにもう一歩、シンデレラに近づく。
甜花(この話のシンデレラは、甜花だから……!)
甜花「『嫌なことならまだしも……好きなことから逃げるのは、もったいないわ』」
夏葉「『分かってる。分かってるの』」
甜花「『それなら』」
夏葉「『だけど、怖いの。好きなことでも、失敗するのは怖いの』」
夏葉「『また足を引っ張ってしまう事が、恐ろしいの』」
甜花(変わりたいって……! 震えながらも、ちゃんと思えてるから……!)
甜花「『私は……シンデレラと歌いたいわ』」
夏葉「『そう、言ってくれても……!』」
サンドリヨンも膝を折る。
シンデレラと、目の高さを合わせる。
甜花(それでいて、甜花は……! もう……!)
夏葉「『それでも、力が入らないのよ。頑張ろうって思うのに、頑張れないよ……!』」
甜花「『大丈夫よ、大丈夫』」
甜花「『困っている時はいつだって、私が手を貸してあげる』」
甜花(──もういっぱい……! お手本を魅せてもらったんだから……!)
シンデレラの手に、自分の手を伸ばす。
その手を取って、彼女を立ち上がらせるために。
しかし、それは決して掴むようなモノでは無く
暖かさが伝わるように、しっかりと、シンデレラの手を包み込んだ。
甜花「『行きましょう、シンデレラ。きっと何とでもなるわ』」
そして、シンデレラに微笑みかける。
自分はその手を、ようやく取ることができたのだった。
48:
パチパチパチ、と拍手が聞こえる。
プロデューサーさんだ。
P「いい演技だった」
甜花「見て、たんだ……プロデューサーさんも……」
P「そりゃな。引き合わす段取りをしたんだ。すぐに帰るほど、薄情じゃないさ」
P「それで夏葉は、どう感じた?」
夏葉「そう、ね……」
夏葉「……驚いているわ。昨日と比べて、格段に素晴らしい演技になっていると思う」
夏葉「それでいて、全く別人の演技とは思えない。不思議な気分だわ」
P「そうだな。本当に、見違えた」
甜花「夏葉さんの、おかげ……です……」
夏葉「私の?」
甜花「夏葉さんが教えてくれたから……甜花、一人でも練習できた……」
甜花「お礼、言えなかったから……一人でも、頑張れた……」
甜花「どっちも……夏葉さんのおかげだから……」
甜花「本当に……ありがとう、ございました……」
夏葉「……何よ、それ。アナタが努力をした、というだけの話じゃない」
演技は終わっていて、もう手は離れている。
夏葉さんは、その手で髪をかきあげてから、嬉しそうに笑った。
甜花「プロデューサーさん……甜花、舞台に立ちたい、です……」
甜花「夏葉さんと……一緒に仕事をしたい、です……」
甜花「だ、だから……! よろしく、おねがい、しましゅ……!」
噛んでしまいながらも、頭を下げる。
やはり夏葉さんは、それを笑うことなく、同じように挨拶をしてくれた。
夏葉「ええ、甜花」
夏葉「これから、よろしくお願いします」
49:
P「一件落着だな。これからは二人で、切磋琢磨して……」
甜花「あの……プロデューサーさん……そのこと、なんだけど……」
甜花「練習場所の、相談が……」
P「練習場所?」
甜花「昨晩ね……家で、練習してたんだけど……ママに、怒られちゃった……」
甜花「『夜中に大きな声を出すのはいけません!』って……」
P「あー……まぁ、そうだな」
甜花「昨晩だけは、何とか許してもらったんだけど……今日からは、家で練習できない……」
P「……なるほど」
P(さて、どうしたもんかな。なるだけ練習時間は確保してやりたいが……)
P(しかし、レッスンスタジオにも営業時間はあるし、夜中の公園とかで練習させるわけには……)
夏葉「私の家に、泊まればいいじゃない」
P「……あ」
甜花「……え」
夏葉「ええ、我ながらいい考えだわ。今日からうちの子になりなさい、甜花」
50:
夏葉「いらっしゃい、遅かったわね」
甜花「その、泊まり支度に、時間かかっちゃって……」
甜花「それと、マ……お母さんの、説得に……」
夏葉「それは……そうね、時間が掛かる物よね」
甜花「プロデューサーさんに……また、お世話になっちゃった……」
ママに説明をするプロデューサーさんは、珍しく緊張していたように思う。
夏葉「玄関に立たせっぱなしも何だし、もう畏まってないで入りなさい」
甜花「お、お邪魔します……」
夏葉「ええ、いらっしゃい!」
自分は、ひどく萎縮していた。
夏葉さんの家が、想像以上の高級さを誇っていたからだ。
まず、都内のタワーマンションの高層階。
見たことのない大きさのテレビがあり、リビングから二階までの吹き抜け構造。
その上に、防音まで完璧とのことらしい。
聞いていた通り、夏葉さんは本物のお嬢様のようである。
甜花「夏葉さん……やっぱり、凄いね……」
夏葉「この家に関しては、凄いのは両親よ。私は関係ないわ。それより……」
カラン、と小気味良い音がして、高価そうなグラスが置かれる。
その隣には、ジュースの瓶が数本と、ラベルのないプラボトルが一本だけある。
夏葉「まずは涼むとしましょう。泊まるにあたってのお願いは、その後でね」
夏葉「飲み物、どれがいい?」
甜花「えっと、夏葉さんは……」
夏葉「私はプロテインジュースよ」
甜花「……て、甜花は、ブドウジュースにするね」
夏葉さんは頷いて、自分用の飲み物をグラスに注ぎ、こちらに手渡してくれる。
それから、プラボトルを持って立ち上がった。
夏葉「グラスを持って、付いて来て」
甜花「え……どこか、行くの……?」
夏葉「お気に入りの場所があるの」
夏葉「そこで、ちょっとだけ話をしましょう」
51:
案内された場所は、ベランダだった。
高層階ゆえに風は涼しく、輝く夜の街を見渡せる。
景観が良くて、過ごしやすい。
夏葉さんがお気に入りだと言うのも、よくわかる場所だった。
夏葉「ここから、景色を見るのが好きなの。遠くの方を見るのも、空を見るのも……」
夏葉「だけど、今夜は曇っちゃったわね」
夏葉さんが空を仰ぐ。
あいにくの空模様で、月明かりが僅かに差してくる程度。
それも雲の動きによって、時たま陰ってしまう。
それでも涼むという目的は果たせているので、文句は出てこない。
チビチビと飲み物に口をつけながら、ただ景色を眺めていた。
夏葉「ねえ、甜花。アナタは、何のために舞台に上がるの?」
一、二分ほど経ってから不意に夏葉さんが、そう切り出した。
甜花「その、質問……」
夏葉「昨日と、同じ質問。あの時は誤解を与えてしまったけど……今なら別の答えが聞けると思って」
夏葉「もちろん、答えたくないなら答えないでいいわ。ただの興味本位だから」
興味本位という言葉は、何だか夏葉さんらしくないと思った。
そう断言できるほど、夏葉さんのことを知っているわけでは無いけれど。
甜花「甜花は……」
答えない理由はない。
むしろ、今はハッキリと言いたい。
昨日の夜に、しっかりと見つけてきたのだから。
甜花「……期待に、応えたいから」
甜花「なーちゃんに、千雪さんに、プロデューサーさん……」
甜花「甜花なんかに、なんで期待してくれるのか、分からないけど……」
甜花「期待してくれるなら、応えたいって……今は、そう思えるよ」
そう言葉にしてから、夏葉さんを横目で見る。
どういう反応をするのか、気になったからだ。
自分の理由は、他人が居ないと成り立たないもの。
それを、『悪し』と捉えるかもしれない。
夏葉さんは、自分とは違うから。
自身の力だけで歩いていける、強い人なのだろうから。
夏葉「期待に応えたい、か」
しかし、その一抹の不安に反して、夏葉さんは静かに微笑んでいた。
夏葉「……ふふ、良い理由じゃない」
その表情はどこか親しげで、嬉しそうだった。
それが不思議で、もっと話をしていたくなる。
52:
甜花「夏葉さんは、なんで……今回の舞台に……?」
甜花「その……きっかけとか、聞かせて欲しい……」
夏葉「きっかけ、というと……?」
甜花「甜花は、だだの代役だけど……夏葉さんは、どうだったのかなって……」
夏葉「ああ、そういうこと」
ばつが悪そうに、目を細める。
夏葉「……私が『有栖川』だから、かしらね」
ちょうど影が差して、夏葉さんの表情が隠れた。
夏葉「少し前の話なんだけどね。『ロミオとジュリエット』をやったの。同じユニットの、樹里って子と一緒に」
夏葉「それが、私の初舞台だったのだけど……初回公演の時、父が見に来てくれたわ」
甜花「お父さん……? 社長さん、だよね。それで『有栖川』だからって……」
夏葉「ああ、そういう事じゃないの。紛らわしい言い方をして、ごめんなさい」
夏葉「父が誰かを動かした、と言うことでは無いわ」
夏葉「父も私も、そういう卑しい事は絶対にしない。父の預かり知らぬ所で、事が起こったという話よ」
夏葉「同席した、父の友人のそのまた友人が、偶然に今の劇団の人と繋がりがあったの」
夏葉「その友人さんが大の演劇好きで、私の演技を見て気に入ってくれて……」
夏葉「その話が劇団の人にいって、それでオファーが来た……私のきっかけは、そんな感じよ」
甜花「それだと夏葉さんの……実力、なんだよね……?」
どうあれ、友人の友人さんに気に入られたのは、夏葉さんの演技のはずだ。
夏葉「それは、どうかしらね」
語り口調は淡々としていて、夏葉さんの感情が読み取れない。
自身のきっかけをどう思っているのか、読み取るすべは無かった。
夏葉「オファーをくれた人は、私と父の関係を知らなかった。だから、誰かの悪意があったわけじゃない」
夏葉「それでも、私が『有栖川』じゃなければこの話はなかった。それは事実よ」
そこで再び、月明かりがその場を照らした。
ようやく、表情が見える。
夏葉「……ままならないものよね、家族って」
夏葉さんは、困ったように笑っていた。
その表情は確かな憂いを帯びていて、しかし、怒りや憎しみといった負の物が無い。
不思議な表情だった。
53:
それを見て、唐突に思ってしまう。
夏葉さんは、自分と似ているのかもしれないと。
夏葉「どうしたの、私の顔をじっと見つめて。何か付いているかしら?」
甜花「え、あ……何でも、ないよ……うん……」
言うべきでないと思って、誤魔化した。
自分と似ているなんて、失礼になると思ったから。
甜花(そんなわけ、無いよね……夏葉さんは……)
もう一度、夏葉さんを見た。
表情は既に、普段のそれに戻っている。
似ていると感じた理由は、もう分からなくなっていた。
甜花編・終わり
54:
取り敢えずここまで。続きは三日後に投下します
56:
めっちゃ期待
61:
昔々、シンデレラという美しい娘がおりました。
早くに母親を亡くしたシンデレラは、父親の再婚相手の継母と、義理の姉達と暮らしておりました。
その暮らしぶりは、決して幸せと言えるものではありません。
その美しさ疎まれて、継母からは小間使いの様に扱われ、意地悪な義理の姉達からは虐めを受けていたのです。
しかし、シンデレラはどれだけ辛くとも、自分が不幸のどん底にいるとは思いません。
双子の姉である、サンドリヨンがいたからです。
サンドリヨンは気立てが良く、それでいて、とても聡い娘でした。
いつもシンデレラのことを気にかけていて、時に彼女を励まし、時に彼女を庇い、助けてくれます。
シンデレラにとっては、どんな時でも敬愛できる、良き姉でありました。
そんなサンドリヨンと、気が弱くも優しい父親を心の支えにしていて、彼女は日々を過ごしておりました。
そんな生活の中、ある時、国中に御触れが出されます。
それによると、二日間にわたって、国を挙げての舞踏会が開かれるとの事でした。
シンデレラは、舞踏会に参加したがりましたが、もちろん継母が許してくれません。
サンドリヨンに頼ろうとしても、彼女は彼女で、義姉達の準備に駆り出されて大忙しです。
シンデレラは悲しくなって、森の中にある湖のほとりで、とうとう泣き出してしまいした。
そこに、魔法の杖を持った、シンデレラの名付け親の老婆が現れます。
老婆がひとたび杖を振ると、見すぼらしい服は綺麗なドレスに、朽ちかけたカボチャは絢爛な馬車に変わりました。
老婆はガラスの靴をシンデレラに差し出して、忠告を与えます。
十二時を過ぎると魔法が解けてしまうから、それまでに帰ってくるように、と。
シンデレラは、何度もお礼を言ってから、舞踏会に向かいました。
62:
さて、舞踏会についたシンデレラは、たちまち皆の注目の的となりました。
この国の王子さえも、シンデレラに笑いかけます。
シンデレラは、生まれて始めての夢のようなひと時を、時が経つのも忘れて楽しみました。
そして十二時になる直前、ようやく老婆と約束を思い出します。
シンデレラは、名前を聞こうとする王子の問いに答えることなく、慌てて舞踏会を抜け出しました。
家に帰り着くと、心配そうな面持ちで、サンドリヨンが待っておりました。
シンデレラは姉に抱きつくと、その日に起きたことを、何一つ包み隠さずに話します。
魔法が解けた後にも残ったガラスの靴が、その言葉が真実であることを示しておりました。
シンデレラは全てを話し終えると、そのまま眠りこけてしまいます。
馴れぬことばかりだったので、疲れ果ててしまっていたのです。
サンドリヨンは、ガラスの靴をそっと、人目の付かぬ所に仕舞い込みました。
翌日、舞踏会に向かう時間になっても、まだ彼女は眠っておりました。
サンドリヨンが軽く揺すっても、起きる気配はありません。
無理やりにでもシンデレラを目覚めさせる方法は、幾つでもあったでしょう。
けれどサンドリヨンが、そうする事はありませんでした。
サンドリヨンは、仕舞い込んだガラスの靴を取り出して、話にあった湖のほとりに向かいます。
それは老婆に、今度は自分が魔法をかけてもらう為でした。
そして……
63:
果穂「えーっ!! サンドリヨンさんが、舞踏会に行っちゃうんですか!?」
智代子「え、何で何で!? 今までのサンドリヨンちゃん、素敵なお姉さんしてたのに……!」
粗筋の語りが佳境に入り、思わず2人が立ち上がった。
隣に座っている凛世も、薄っすらと驚いた表情を浮かべている。
智代子「な、夏葉ちゃん! それから! それから、どうなるの!?」
夏葉「落ち着いて智代子。そう急かさなくても、ちゃんと話すわよ」
智代子「あ……うん、そうだよね」
果穂と智代子が、おずおずと席に座り直す。
話が遮られたとは言え、熱心に聞いてくるのは有り難い事だ。
相談する相手が正しかったのだと安心できる。
夏葉「それじゃあ、続けるわよ」
今日私は、ユニットメンバーに相談に来ていた。
64:
煌びやかなドレスに身を包み、サンドリヨンは、お城へと到着しました。
恐る恐る、といった様子のサンドリヨンを、多くの人たちが出迎えます。
そこにいる誰もが、サンドリヨンのことを、ゆうべに現れたシンデレラだと思ったからです。
そんな人々に、サンドリヨンは精一杯の優しさと、最大限の誠意を振り撒きました。
そして請われるがままに、よく踊ってみせました。
そうこうしている内に、魔法が解けてしまう時間が近づいて来ます。
十二時まで四半刻となったところで、サンドリヨンは、舞踏会の場を去ろうとしました。
そこで、またも王子が、帰るのを引き止めます。
今晩こそ名前を聞こうと、王子は躍起になっているのでした。
サンドリヨンは名を言うわけにもいかず、困ってしまいます。
結局、何も答えることなく、黙ってその場から走り去りました。
その時、急に走り出したせいか、右足に履いていたガラスの靴が、外れて落ちてしまいます。
拾い上げる時間があるわけもなく、サンドリヨンは片足だけ裸足のまま、走り去って行きました。
そして幸か不幸か、ガラスの靴の片方だけが、その場に残されました。
十二時を回り、サンドリヨンが家に帰ると、シンデレラは泣いておりました。
シンデレラは、帰ってきたサンドリヨンを責め立てます。
理由を問い詰め、悲しみをぶつけていきます。
サンドリヨンは何一つ言い返しません。
ただ一言謝り、ガラスの靴の片方を置いて、家を出て行きました。
そしてサンドリヨンは、その家に戻って来ませんでした。
シンデレラは、悲嘆にくれてしまいます。
65:
それから数日して、国中に再び御触れが出されました。
その御触れは、ガラスの靴がピタリとはまる娘を探し出して、お妃として迎え入れるというものです。
それを聞いて始めて、シンデレラは、サンドリヨンの本心を知りました。
シンデレラは急いで、片方だけのガラスの靴を持って湖のほとりに向かいます。
その場には、やはり老婆がいました。
湖のほとりに足を踏み入れると、またも服や持ち物が、綺麗な物に変わっていきます。
シンデレラはそれらに目もくれず、老婆に深く頭を下げてから、ガラスの靴を湖に投げ入れました。
すると魔法は立ち消えて、シンデレラは、いつもの見すぼらしい姿に戻っていました。
そうして、二度目の御触れは、空振りに終わりましたとさ。
夏葉「……というのが、大まかな粗
筋になるわけだけど」
智代子「う、うーん……? 分かるようなー、分からないようなー……」
果穂「むむむ、むつかしいです……」
凛世「王子様は、報われないのですね……」
場所は喫茶店の一角。
私の相談事の為に、この三人に集まってもらっている。
相談事いうのは、舞台劇『シンデレラとサンドリヨン』について。
私が悩んでいる姿を見かねた智代子が、この場を設けてくれたのだった。
とはいえ、皆が皆それぞれ忙しい身である。
多くの時間を割いて、一から台本を読んでもらう訳にもいかない。
そこで、物語の要所をかいつまんで語ったのだが……
67:
果穂「えーと……最後にガラスの靴を返したのは、サンドリヨンさんに戻ってきて欲しかったから、ですよね?」
凛世「はい。その通りだと……思われます……」
果穂「そうすると、サンドリヨンさんが、ガラスの靴を置いていったのは……」
智代子「王子様が探しに来ると思ったから、じゃないかな」
智代子「それで、シンデレラが見つけてもらえるように……だと思う。多分」
果穂「……? じゃあ、そもそもサンドリヨンさんは、何で舞踏会に行ったんでしょう……?」
智代子「それは、その……なんでだろうね?」
当然の話だが、粗筋だけでは物語について十分な解釈は得られない。
解釈の話を深めるのは、絶対的に時間が足りないのだ。
なので、彼女達の力を借りるのは、別の部分である事が望ましい。
夏葉「それで相談というのは、役作りのことなんだけど……」
解釈の相談ではなく、役作りそのものの相談をする。
解釈と役作りは表裏一体の物だが、時間が足りない以上、相談の内容は絞らざるを得ない。
68:
智代子「そ、そうだった。あれ? 夏葉ちゃんの役ってたしか……」
凛世「シンデレラ様で……ございですね……」
智代子「あー……」
合点がいった、と言わんばかりに智代子がうなづく。
それから目をつぶり、何やらブツブツと呟き始めた。
これは彼女なりの、考えをまとめる為の奇妙な所作だ。
智代子「ズバリ! 夏葉ちゃんは、かなり切羽詰まっていると見ました!」
数秒の後、智代子がカッと目を見開く。
果穂「ど、どういうことですか! チョコ先輩!?」
智代子「ズバリズバリ! 夏葉ちゃんは、シンデレラのキャラが掴めずに悩んでいるのです!」
智代子「何故なら! 夏葉ちゃんとシンデレラで、キャラが違いすぎるからです!」
智代子がビシッと、探偵がするようなポーズを取った。
その推測は中々に的を得ていたので、私から見て、ポーズはかなり様になって見える。
凛世「切羽詰まっている、というのは……?」
智代子「夏葉ちゃんが素直に頼ってくれてるから、そういうことなのかなって。滅多にないことだし」
凛世「納得、致しました……」
文句なく名探偵のようだった。
しかし、いつにも増してテンションが高めなのは、一体何故なのだろう。
69:
夏葉「演出家の方曰く、『お前の演技は、ただキャラの輪郭をなぞっているだけ』……だそうよ」
夏葉「正直な所、舞台の練習が上手くいっているとは言い難いわ」
台本は空で言えるくらい、何度も何度も読み込んだ。
それに伴って、登場人物の心情解釈も問題なく出来ていると思っている。
しかし、いざ演じてみると、まるでしっくりこない。
シンデレラになりきる事が出来ず、演技に有栖川夏葉が混じってしまうのだ。
智代子「ううん……何かアドバイスできれば良いんだけど……うーん……」
果穂「樹里ちゃん、来れないのが残念です……」
智代子「そうだね。後は樹里ちゃんくらいだもん、舞台経験があるのって……」
智代子「あ、そうだ! はい、果穂先生!」
智代子が勢いよく挙手をする。
このユニットにおいて、時たま見られる光景だ。
果穂「なんでしょうか、園田さん」
智代子「『学ぶ』は『真似ぶ』ということで、シンデレラに似た人を観察してみるのはどうでしょう!」
夏葉「同じ事を、プロデューサーからも言われたわ」
智代子「あれ、そうなの? というか、プロデューサーさんにも相談してたんだ」
夏葉「ええ。六日ほど前だったかしら」
演じたい対象と似ているモノを肌で感じるのが一番手取り早いと、プロデューサーは言っていた。
つい最近、この方法の威力を知った身としては、同意しないわけにはいかない意見である。
夏葉「問題は、学ぶ対象が丁度よく居てくれるわけではない、という所よね」
智代子「あ……うん、そうだよね」
70:
凛世「では、次は私が……」
凛世が手の平を、顔の高さまで上げる。
果穂「はい、杜野さん!」
凛世「はい……」
凛世「夏葉さんは……シンデレラの話を、あまり好まれていないのでは……?」
夏葉「どういうことかしら?」
凛世「好きなものを語る時ほど……人の気持ちも……高まるもので、ございます……」
凛世「先ほどまでの、智代子さんの様に……」
智代子「え」
凛世「逆もまた然り……だと思います……」
凛世「今日の夏葉さんは、覇気がなく見えましたので……」
なるほど、と素直に思う。
自分の好みに関しては、考えたことがなかった。
シンデレラの童話は『良い心がけをしていたから、幸せになれた』という話だ。
しかし穿った見方をすれば、『良い心がけをしているだけで、幸せになれる』という話にもなる。
そう考えるならば、答えは明白だ。
夏葉「……たしかに、凛世の言う通りかもしれないわね。待っているだけなんて、性に合わないもの」
果穂「夏葉さんなら、悪い継母さん達なんてやっつけちゃいそうです!」
智代子「うんうん。お城に行くのだって、カボチャの馬車を使わずに徒歩で行っちゃいそう」
夏葉「そんなことは事はしないわよ」
智代子「あ、さすがに?」
時間的余裕があっても、ちゃんと走って行くに決まっている。
71:
夏葉「でも、そっか。好みじゃない、か……」
心が清らかだったから、誰かに救ってもらえる。
辛い現実に耐えてきたから、最後には幸福になれる。
私は、その在り方が気に入らないのだろう。
叶えたい願いがあるなら、努力をすればいい。
蹲っているくらいなら、立ち上がればいい。
そう考えてしまって、自分と役の中を重ね合わせることが出来ない。
感情や考えをなぞることが出来ても、奥底にあるものが理解できない。
表現できていない。
演じる者として、私は未熟だ。
72:
智代子「夏葉ちゃん、そういえば何だけど」
夏葉「何かしら?」
うって変わって、智代子は神妙な面持ちだった。
智代子「ここ数日、夏葉ちゃんの家に泊めてるよね。たしか、アルストロメリアの……」
夏葉「甜花ね。舞台練習の為よ」
智代子「それって、いつから?」
夏葉「……三日前からになるわ」
智代子「そっか。三日差かぁ……どうなんだろう。でも、勘違いだとなぁ……」
再び、ブツブツと呟きながら、智代子が考え込む。
思いついたことを言うべきかどうか、迷っているのだろう。
夏葉「言ってちょうだい、智代子」
少しでも多くの意見を欲して、智代子の言葉を促す。
チロリと、黒い予感が脳裏をかすめた。
智代子「あ、うん……さっきの『真似ぶ』の話に戻っちゃうんだけど」
智代子「プロデューサーに相談したのが五日前で、その数日後に、甜花ちゃんが来たんだよね?」
夏葉「……ええ」
そこで、智代子の言いたいことが分かってしまった。
元より、その事を考えなかったわけではない。
プロデューサーが代役に甜花を選んだ理由を、少しでも考えなかったはずがない。
それはつまり、プロデューサーもまた、私の行き詰まりを見兼ねたからで。
智代子「やっぱり、そういうこと……なんじゃないかな」
私の悪辣とも言える推測を、智代子名探偵が肯定した。
73:
劇中のシンデレラと大崎甜花は、よく似ている。
だだし、それは表面上の話だ。
確かに、どちらもよくへこたれているし、自分に自信が持てていない様子である。
だが不思議な事に、私は甜花に悪い印象を持っていない。
彼女自身を不愉快に思ったことなど、殆ど無いのだ。
たとえ今のように、目の前で見慣れぬ光景が展開されたとしても、決して。
甜花「て、甜花は……美味しくない……です……!」
カトレア「はっ! はっ!」
甜花「ひんっ!」
家に帰ると、客人と飼い犬が対峙していた。
夏葉「その……何をしているのかしら?」
甜花「あ! た、助けて……夏葉さん……!」
カトレア「ハゥッ! はっ! はっ!」
甜花「ひんっ!」
じゃれ付こうとするカトレアと、必要以上に怖がっている甜花、といった所だろうか。
犬が苦手なわけではない、と聞いていたが、じゃれつかれる経験が無ければ、怖がるのも無理はない。
夏葉「ステイ、カトレア」
一声かけて頭を撫でると、カトレアはすぐに大人しくなる。
74:
甜花「あ、ありがとう……夏葉さん」
夏葉「礼には及ばないわ。カトレアの方から、近寄って来たのでしょう?」
甜花「うん……練習してたら、急に。そんなこと今までなかったのに、何でだろう……」
夏葉「カトレアも、アナタに馴れてきたんじゃないかしら。もう三日目だしね」
甜花「そう、なのかな……?」
夏葉「少なくとも、もう警戒はされていないわよ」
甜花「そうだと……嬉しい」
夏葉「ほら、アナタからも撫でてあげて。カトレアも遊んで欲しかっただけだから」
甜花「や、やってみる……! えっと……よし、よし……」
カトレア「……くぅん」
甜花「可愛い、ね……にへへ……」
カトレアと戯れる姿を見ていると、自然と笑みがこぼれる。
そう、私は甜花を気に入っているのだ。
親近感を覚えていると言ってもいい。
彼女に感じているのは、ある一点を除いて、ほぼ全てがプラスの感情だ。
だからこそ、甜花とシンデレラもまた、重ね合わせられない。
彼女からシンデレラ像を『真似ぶ』ことが、出来るとは思えない。
夏葉(でも……あの推測が、まるで的外れだとも思えないのよね)
大崎甜花とシンデレラの間にある、印象の隔たり。
それを埋めることが出来れば、あるいは、今の停滞を打破し得るのかもしれない。
夏葉「……」
甜花の姿を、じっと見つめる。
75:
甜花「夏葉さん……? 甜花、何か変……?」
夏葉「いえ、変なところは無いわ。ただ……」
甜花を見ていて、改めて思ったことがある。
そして、新たな疑問点が一つ。
夏葉「アナタって、髪も肌も凄く綺麗よね」
甜花「え……あ、ありがとう……ございます……?」
夏葉「普段の手入れって、どういう風にやっているの?」
考えてみると、この三日間で、甜花がその手のことをしている姿を見たことがない。
せいぜい簡素な洗顔、ドライヤー、ブラッシングくらいだろうか。
他に彼女なりの秘訣があるというのなら、是非とも知りたいものだ。
甜花「甜花……そういうのしたこと、ない……」
夏葉「……! 特に何もせずに、これを保っていられるの……!?」
甜花「そ、その……なーちゃんが色々持ってて、よくやってくれる……」
甜花「えっと……だから、方法とかはよく分からない、です……」
夏葉「……納得したわ」
薄々感じていたことだが、ついに確信に至った。
甜花の妹さんは、かなり過保護だ。
夏葉「甜花、浴室に行くわよ」
甜花「い、今から……?」
夏葉「ええ、今すぐ」
そう話しながら、オイルや化粧水などの、必要なものを?き集める。
甜花の肌や髪との相性も考えて、一つの物につき数種類ずつ。
何だか、少しだけ楽しくなってきた。
夏葉「さ、行きましょう。基本の基から教えてあげるわ」
76:
甜花「夏葉さん、どう……?」
夏葉「気持ちいいわ。上手なのね、甜花」
説明を一通り終えた後、二人してシャワーを浴びていた。
実践も兼ねてということで、私が甜花の髪を洗ってから、今は甜花が私の髪を洗っている。
いわゆる洗いっこ、と言う物になるのだろうか。
甜花「なーちゃんと、時々してるから……」
なるほど。
それならば、この手付きの良さにも納得できる。
洗いっこの経験で言えば、私より遥かに上のようだ。
夏葉「本当に仲良しなのね、アナタたち」
甜花「うん。なーちゃんは……甜花にとって、自慢の家族だよ……」
甜花「何でもできるし……優しいし……」
甜花「……それに家族だから、仲良し」
その理由付けが、引っかかった。
77:
夏葉「家族だから……ね」
甜花「夏葉さん、家族仲は良くないの……? そうは見えないけど……」
夏葉「いたって良好よ。私は家族の事が好きだし、有栖川の家のことも誇りに思ってる」
夏葉「両親からだって、信頼を得れているわ」
その言葉に、偽りも含む所もない。
引っかかったのは、自分と家族の関係ではなく、彼女の発言そのもの。
仲が悪い家族だって、この世には沢山いるはずだ。
家族だから仲がいいのだと、当然のように言った事に、驚いたのだ。
夏葉「……大したことじゃないわ。さ、もう流してちょうだい」
そう思えるのは、間違いなく甜花の美徳だ。
だから、わざわざ指摘するような事はしない。
甜花「うん……分かった」
三十九度に設定された湯で、甜花が丁寧に泡を落としていく。
これが終われば、洗髪の実践は一区切りになる。
次は洗顔のレクチャーして、湯からあがったら乾かし方の話をして……と、やる事はまだまだあった。
夏葉「いっそのこと、服とかのコーディネートまでやってしまおうかしら」
そんな願望がつい口から溢れる。
夏葉「でも、ダメね。それは寄り道がすぎるわ」
甜花を泊めているのは、あくまでも舞台の練習のためだ。
緊急性が高いわけでもない限り、そこから逸脱した事はすべきではない。
78:
甜花「それじゃあ……またの機会、だね」
夏葉「いいの?」
甜花「甜花、そういうのも勉強中だから。見てくれると、嬉しい……」
夏葉「それなら大船に乗ったつもりでいなさい。私、人の服を見繕うのは得意なのよ」
甜花「特技の……トータルコーディネート、だよね……」
夏葉「あら」
283プロのホームページでは、所属アイドルのプロフィールが公開されている。
私は、自分のプロフィールの特技という欄に『トータルコーディネート』と書いていた。
夏葉「私のプロフィール、見てくれてたのね」
甜花「うん、気になっちゃって……」
夏葉「アナタは何を書いたの、特技のところ」
甜花「え、甜花……? 甜花は……」
急に、甜花が口ごもった。
甜花「その、えっと……自分の口からだと言いにくい、です……」
夏葉「……? それなら、後で自分で確認するのは……」
『問題ないか?』と問う前に、甜花がコクリと頷いた。
どうやら、よほど話したくないことのようだ。
夏葉(恥ずかしく思うような特技なのかしら……?)
好奇心がいっそう刺激されたが、問いただすことはしなかった。
79:
深夜、甜花が眠ったのを確認してから、PCを立ち上げる。
理由はもちろん、甜花のプロフィールを確認するためだ。
夏葉(自分のことながら、酷いうっかりね。もっと早くに見ておけばよかったわ)
甜花と特技の話をするまで、事務所のプロフィールのことなど完全に忘れていた。
体を鍛えるのにあたって、身長・体重は重要な情報である。
ここ数日、それを直接聞くのがはばかられて、目測でトレーニングメニューを立てていた自分が恥ずかしい。
少し考えれば、それらを確認する方法はあったのだ。
夏葉「見つけた。ええっと、身長159cmに体重が44kg……」
目測が大きく外れていなかったようで一安心。
そのまま、画面を下にスクロールさせていく。
夏葉「出身地・富山県……趣味・お昼寝、ネットサーフィン、アニメ、ゲーム……」
夏葉「特技……」
ピタリと、マウスを動かす手が止まる。
夏葉「特技……『特に無い』」
80:
何故だか、言いようのない悪寒が走った。
『特技なし』とは、どういうことなのだろう。
単純に考えれば、自信のなさの現れに過ぎない。
甜花を見ていれば、それで納得できなくもない。
夏葉(だけど……)
自信のなさの裏側に何かが在ると、そう直感した。
そして、その何かが私の心に影を落としている。
底が見えない暗い坂道を見下ろしているような、そんな気分だった。
夏葉(また、だわ……)
胸がざわつく。
この胸のざわつきは、甜花へと感じる、プラスの感情でない唯一のもの。
彼女を見ていると時折現れて、私の内部をチクリと刺す。
痛くもないし、苦しくもない。
かゆみが鈍く広がるだけ。
これがプラスの感情なのか、マイナスの感情なのかすら判別できない。
ただ、分かっている事もある。
このざわつきが、私にとって大切なものであるという奇妙な確信。
だからこそ私は、この情動の中身を知りたいと、強く願ってしまう。
81:
小道具「というわけでラストシーンは、当初に予定していた通りの演出となります」
小道具「再確認致しますと……ステップ1、シンデレラ役が舞台の池にガラスの靴を返す」
小道具「ステップ2、靴が沈んだのを確認した後、上部から煙を降らせて舞台を隠す」
小道具「ステップ3、煙で舞台が隠れている内に、総出で指定されたセットを撤収する」
小道具「以上の段取りもちまして、『魔法が解ける』という演出になりますが、何か質問はあるでしょうか」
継母役「ネックだった煙の量とか、降らせる方法は?」
継母役「スモークマシンだけだと、まばらな煙になるって話だったわよね」
小道具「その点を解決するために、特注の巨大二重構造バルーンを用意しました」
小道具「この特注バルーンは、内側バルーンの部分と外側バルーンに分けられて……」
小道具「内側バルーンに煙が溜められる様になっています」
小道具「外側バルーンには半径50ミリの穴が、既に等間隔で開けられています」
小道具「天井付近に設置したこの特注バルーンに煙を注入しておき、必要なタイミングで内側バルーンを割って煙を降らせます」
小道具「内側のバルーンで煙の量を確保して、外側のバルーンの穴によって、煙の出方を制御できる予定です」
小道具「デメリットして、公演ごと内側のバルーンの交換が必要となりますが……」
82:
夏葉「内側バルーンに、穴を開ける方法は?」
小道具「大道具さんに、既に作成してもらっています」
大道具「ボタン一つで割れる仕掛けを作ってある」
大道具「内側バルーンの一箇所にでも穴が開けばいいからな。簡単な仕事だ」
王子役「一気に大量の煙を……となると、お客さんは大丈夫なの?」
小道具「人体には無害なので健康被害はあり得ません。一応ですが、最前列を開けて、吸引機を設置することになっています」
義姉2役「ケムることを観客が知れるの? 一応の注意喚起とかをした方がいいんじゃない?」
小道具「ええっと、それは……」
演出家「ああ」
小道具「はい。採用の方向で、検討させてもらいます」
王子役「あ、そうそう! 例の脅迫じょ……」
演出家「その話は後にしろ」
継母役「? それじゃあ、ステージの……」
……
83:
甜花「ラストシーンの打ち合わせ……みんな、気合いが入ってた……」
夏葉「一番大切なシーンだもの。自然な事だわ」
甜花「甜花も……このラストシーンは、好き……」
夏葉「私もよ」
老婆の魔法によって、シンデレラに与えられた綺麗な服や馬車達。
それらの代表であるガラス靴を返すと、ステージに白い煙の幕がかかる。
そして幕が上がると、それらが全て消え失せて、魔法の解けたシンデレラが立っている。
私は、この演出がとても気に入っていた。
甜花「……甜花、本当に何もしなくていいのかな?」
甜花が先ほど配れられた資料に目を落とす。
そこには、撤収の具体的な段取りや、物品ごとの担当者が記されていた。
そこに甜花の名前はない。
夏葉「仕方がないわよ。割り振りが決まったのは、代役を探してる時期だったから」
甜花「それは、そうなんだけど……でも……」
寂しげな表情で、甜花は置いてあるセットの前に立った。
ラストシーンで使う、装飾の施された大樹だ。
甜花「でも……みんな凄いよね。こんな大きいの……甜花の力じゃ、無理かな……」
84:
夏葉「動かせるわよ」
甜花「え……かなり重そう、だよ……?」
夏葉「見た目はそうだけどね。甜花、裏側を覗いてみなさい」
甜花「裏側……? あ……」
セットの裏側は詰まっておらず、数人くらいなら隠れていられる空間があった。
加えて、表側から見えないようにして滑車も取り付けてある。
夏葉「動かしやすくしているみたいよ。言い方が悪くなるけど、ハリボテみたいな物ね」
このセットに限らず、ラストシーン用に作られている物がいくつもある。
例えば、シンデレラの衣装。
シンデレラの服装も、短い時間で、素早く変化させなければならない。
そのために見すぼらしい服と、重ね着をしても違和感の無い、絢爛な服を用意してある。
その絢爛な服を着て舞台に立ち、煙がある間にそれを脱いで、回収してもらう手筈になっているのだ。
甜花「工夫、してるんだ……」
甜花「これなら甜花でも、役に立てそう……」
夏葉「撤収にも代役が必要になったら、その時はアナタの出番が来るかもしれないわね」
甜花「そうなったら、頑張る……」
そう言って、小さくガッツポーズ。
85:
夏葉「甜花だったら、どんなセットでも十分役に立てるわ」
甜花「そう、かな……?」
夏葉「ええ。筋トレ、頑張っているもの」
甜花「あ……うん……」
家に来た初日の夜、嬉しいことに甜花は『ビシバシ鍛えて欲しい』と言ってくれた。
なので、台本の読み合わせや発声練習の合間で、軽い筋トレをしている。
物を引き寄せる筋肉である、腕橈骨筋(わんとうこつきん)のトレーニングだって、もちろん忘れていない。
もっとも、長い期間が取れるわけではないので、あくまで主目的は精神鍛錬なのだが。
甜花「毎日、やってるもんね。筋トレ……」
夏葉「日々の筋トレは欠かせないわ。二人なら、出来るトレーニングの幅も広がるし」
甜花「筋肉って……そんなに、舞台の役に立つのかな……?」
夏葉「全てにおいて、筋トレは裏切らないものよ」
甜花「そ、そう……だよね……」
甜花「……甜花、夏葉さんのこと……わかってきたと思う……」
甜花が何故か、遠い目をしている。
86:
甜花との雑談の後、私は演出家さんの部屋の前まで来ていた。
渡したい物があるとの事で、呼び出されたのだが……
大道具「アンタには、人の気持ちなど分かるまい……!」
演出家「……」
大道具「不出来な弟の気持ちなど! 俺の気持ちなど……!」
大道具「優秀なアンタには……! 絶対に……!」
演出家「そうかもな」
大道具「……っ!」
演出家「なら、どうすればいい?」
大道具「もういい……!!」
怒声が聞こえたかと思うと、部屋から勢いよく大道具さんが出てくる。
よほどいきり立っていたのか、私には気づかずに、その場を去って行った。
まさしくそれは、修羅場であったようだ。
演出家「おい、いるんだろ? 入んな」
立ち尽くしていると、中から声が掛かった。
促されて、部屋に入る。
演出家「つまんねぇところ、見せちまったな」
夏葉「い、いえ……」
さすがに、大人の男性の修羅場に居合わせた経験など、殆どない。
少なからず動揺していた。
87:
夏葉「その、御兄弟だったんですね」
何と言うべきか迷った挙句、口に出たのは単なる事実確認だった。
演出家「そうだな。仲の悪い兄弟だよ」
この劇団は、演出家さんとその弟の二人で立ち上げられたと聞いた事がある。
その弟さんが、あの大道具の方とは知らなかった。
演出家「というか、Pの奴から聞いてないのか」
夏葉「P……?」
夏葉「うちのプロデューサーの、Pですか?」
『P』とは、私達のプロデューサーの下の名前だ。
置き所を失っていた気持ちが、少し落ち着いたのを感じる。
演出家「そうか……あの野郎、何も話してないんだな」
演出家「そりゃそうか。古巣の事なんて、そんなもんだ」
さらっと、衝撃の事実を口にされた。
彼の態度から、この劇団と繋がりがあるとは思っていた。
しかし、そこまでの関係者だとは思わなかった。
プロデューサーとして新米とは思えない彼の成熟さに、それなりの過去があるとは考えていたが。
演出家「まぁいい。呼び出した理由はこいつだ」
演出家「持って帰って、貴社のプロデューサー殿に渡してくれ」
机の上に数冊のボロボロのノートが置かれる。
表紙には力強い文字で、『P』と書かれていた。
88:
演出家「少し前に、古い倉庫でボヤ騒ぎがあったんだ」
演出家「それで倉庫の整理をしてたら、コイツが出て来たんだよ。捨てても良かったんだが、一応な」
中身をパラパラとめくると、演技に関する研究ノートだと分かる。
ページいっぱいの書き込みから、持ち主の当時の真剣さが、ヒシヒシと伝わって来た。
夏葉「……あの人は何故、この劇団を辞めたんですか?」
当然の疑問だった。
演出家「嫌気がさしたんだろうさ」
夏葉「嫌気……」
演出家「何かと鋭い奴だったからな。気づいてしまったんだろうさ、俺と弟の軋轢に」
演出家「あいつは、見て見ぬ振りだって出来たんだろうけどな」
演出家「知った顔で捨て台詞を吐いてから、この劇団を去って行ったよ」
上役に捨て台詞を言っている彼を、明確に想像する事が出来ない。
しかし、理解は出来る。
現在の彼が持っている、目下の私達への寛容さ。
そこに繋がっていると思えば、それが事実だと信じる事は出来た。
演出家「奴に言わせると……」
別れ話の最後が語られる。
それを聞いて、今の彼に関する思考が吹き飛んだ。
それほど、その捨て台詞が印象的だったのだ。
演出家「『優秀な身内というのは、苦しいものですよ』だとさ」
思い浮かんだのは、自分の両親と甜花の顔。
そして、プロデューサーのノートにあった走り書き。
シェイクスピア曰く
『避けることができないものは、抱擁してしまわなければならない』
89:
甜花「夏葉さんは……甜花の『先輩』なのかな……?」
夕食の席に着く。
向かい側に座っている甜花が、首を傾げながら、そう言った。
夏葉「質問の意図が、よく分からないのだけど」
甜花「あ、そうだよね……えっと……」
皿の上のニンジンを、スプーンで二つに割る。
今晩の夕食は、私特製のカレーライスだ。
甜花「さっきまで、なーちゃんと電話してたんだけど……」
甜花「夏葉さんのこと……なーちゃんが知ってるか、分からなかったから……」
甜花「事務所の『先輩』って、言ったんだけど……変じゃ、なかったのかな……?」
夏葉「ああ、そういうこと。それだと、そうね……」
夏葉「……っ!」
カレーに似つかわしくない、シャッキリとした触感が広がった。
甜花「な、夏葉さん……? どうしたの……?」
夏葉「その……ジャガイモが一つ、生煮えだったわ」
大きく切り過ぎてしまったか、煮込み時間が足りなかったのか。
何にせよ、私のポカである。
90:
甜花「失敗すること……夏葉さんでも、あるんだね」
夏葉「私だってそれなりに……いえ、たまには失敗する事もあるわよ」
夏葉「最近までは、自分の力を過信することも多かったしね」
甜花「……そう、なの……?」
夏葉「でも! カレー作りに関しては、かなり上達しているのよ!」
夏葉「これでも!」
私の初めてのカレー作りは、ユニットメンバーと一緒だった。
その時は、随分と周りの足を引っ張ってしまった様に思う。
しかし、その経験のおかげで、失敗しつつも今現在はカレーが作れている。
弱さを知ることは、強くなるための第一歩なのだ。
夏葉「……カレーのことはともかく、話を戻すわよ」
甜花「うん……」
夏葉「芸能界における先輩後輩って、芸歴で決まるものじゃないかしら」
夏葉「とすると、デビューの時期は同じくらいだし……『先輩』とは違うと思うわ」
確かに同じ事務所の、年上の人間ではあるのだが。
甜花「やっぱり、そうだよね……」
夏葉「ちなみに、どういう話の流れでそう言ったの?」
甜花「なーちゃんに、今どこにいるのかを、聞かれた……」
夏葉「……え」
甜花「それで、先輩の家だよ……って」
それは、誤解を招く表現であるような。
91:
甘奈「そういえば、甜花ちゃん。今って、何処にいるの?」
甘奈「自分の部屋……じゃないよね?」
甜花『そうだけど……何で、分かるの……?』
甘奈「声の聞こえ方……かな。前の時みたいに、若干こもった風じゃなかったから」
甘奈「それで室内じゃなくて外にいるのかなって、思ったんだー」
甜花「やっぱり……なーちゃんは、さすが……」
甘奈「甜花ちゃんのことだもん。そのくらい、分かっちゃうよ☆」
甘奈「それで、帰る途中? それとも事務所近くの公園とかかな?」
甘奈「甘奈も、もうすぐ家に着くから……」
甜花『えっと……甜花が今いる場所は、な……』
甘奈「な?」
甜花『あ、その……(事務所の)先輩の家の、ベランダかな……』
甘奈「え……? (学校の)先輩の家!?」
甜花『うん』
甘奈(え、えっと……甜花ちゃんと仲のいい先輩の話なんて、聞いた事ないけど……)
甘奈(さすがに女の人……だよね? た、確かめなきゃ……!)
甘奈「……甜花ちゃん。その人って、どんな人なの?」
甜花『どんな、人……?』
甜花『背が高くて、カッコイイ人……かな』
92:
甘奈「背が高くて! 格好いい(男の)人……!?」
甘奈「??っ!」
甜花『な、なーちゃん……?』
甘奈「もう8時も回ってて……それで、甜花ちゃんが先輩の家にって……」
甘奈「だ、ダメだよ、甜花ちゃん! 甜花ちゃんには、まだ早いよ!」
甜花『ダメなの……? 何で……? それに、まだ早いって……』
甘奈「と、とにかくダメ! この時間に人の家なんて! まして、お泊まりなんてしたら……」
甜花『甜花、もう何泊かしてるけど……』
甘奈「え……」
甘奈「え……?」
甜花『あ、カレーが出来たって呼ばれてるから……もう切るね』
甘奈「……あ! 待って、甜花ちゃん! 待っ……!」
甘奈「……あ、切れちゃった……」
甘奈(……)
甘奈「??????っ!!」
甘奈(た、助けて……千雪さん……プロデューサーさん……!)
93:
P「さて。落ち着いたか、甘奈?」
甘奈「うん……」
甘奈「ごめんね、プロデューサーさん。変なところ見せちゃって」
P「謝ることはないさ。直帰するって言ってから、急に来たことには驚いたけどな。それだけだよ」
P「紅茶だ。甘奈の分も淹れておいたぞ」
甘奈「……ありがとう、プロデューサーさん」
P「どういたしまして」
P「……それにしても、甜花も少しおっちょこちょいだな。泊まりの事、伝え忘れているだなんて」
甘奈「……忘れてただけ、だよね」
甘奈「伝えなくてもいいって思われたわけじゃ、ないんだよね?」
P「それは考えすぎだ。甜花がどういう子なのか、甘奈が一番知ってるだろ」
P「それに、甜花は集中力が高いからな」
甘奈「そ、そうだよね。それくらい甜花ちゃんが、真剣だってことで……」
甘奈「それは、間違いなく良い事のはずなんだけど……」
甘奈「でも……」
P「……」
甘奈「……」
94:
はづき「コホン」
P「あ、はづきさん」
はづき「『あ』とは何ですか。『あ』とは。ずっと居ましたよ」
はづき「甘奈さんと、一緒に戻ってきたんですからね」
P「それはそうなんですが、全く会話に入って来なかったものですから」
P「何にせよ、お疲れ様でした。地方遠征の引率は大変だったでしょう」
はづき「ええ、本当に」
はづき「そもそも社長は、人使いが荒すぎます」
はづき「普通なら、アルバイトの事務員に出張とか任せないですよね」
P「それほど信頼されてるってことじゃないですか。人間的にも、能力的にも」
P(事務員とは何ぞや、と思いますけどね)
はづき「まぁ……任せて頂いた以上は、ちゃんと責任持ってやりますけど」
P「そういう所ですよ」
はづき「……と、そういう話がしたいんじゃないんです」
はづき「プロデューサーさん、言ってましたよね。甘奈ちゃんが帰ってきたら、ぜひ見せたい物があるって」
P「ああ、そうでした。驚いたせいで、すっかり忘れてましたよ」
甘奈「甘奈に、見せたいもの?」
P「正確にいうなら『読ませたい物』かな。今は時間大丈夫か、甘奈?」
甘奈「うん。元々、家に帰るだけだったし……」
P「それなら、これを。はづきさんも読んで、意見お願いします」
はづき「はい、お願いされました?」
甘奈「……あ、これって……」
P「ああ。『シンデレラとサンドリヨン』の舞台台本だ」
95:
はづき「むむむ……」
甘奈「……」
P「二人とも読み終わったみたいですね。どうでした?」
はづき「そうですね。なんというか、不思議なお話でした。元の話から結構変わっていて」
P「だけど、悪くない話じゃないですか?」
はづき「そうですね?。私は好きかもしれません」
はづき「あ、でも……サンドリヨンさんが舞踏会に行った理由、よく分かりませんでした」
はづき「あ、単にお城に憧れたからでない事くらいは分かりますよ」
はづき「シンデレラに、思う所があったんですよね」
はづき「ただサンドリヨンの気持ちに、しっくり来る解釈が思いつかなくて……」
甘奈「……甘奈は、分かる気がする」
甘奈「きっとね……サンドリヨンも、置いて行かれたくなかったんだ」
はづき「甘奈さん?」
甘奈「姉妹から知らない世界の話を聞かされて、怖くなった」
甘奈「大好きな姉妹が見たものを、自分も見たくなった」
甘奈「それできっと、魔が差しちゃったんだ」
P「……その、根拠は?」
甘奈「ここだよ。サンドリヨンが、王宮を去るシーン」
P「サンドリヨンが王子に名を問われて、何も言えなくなった場面だな」
甘奈「うん。サンドリヨンは、どちらの名前も言わなかった」
甘奈「王宮での暮らしを夢見るなら、『サンドリヨン』だと」
甘奈「姉妹のことだけを思うのなら、『シンデレラ』だと」
甘奈「そう言えれば、よかったはずなのに……」
96:
P「そうだな」
P「姉妹が大好きだったからこそ、どうすべきか分からなったのだろう」
甘奈「……でもサンドリヨンは、最後にちゃんと答えを出したんだね」
P「ああ。ガラスの靴は、シンデレラの手元に残った」
甘奈「ねぇ、プロデューサーさん」
P「何だ?」
甘奈「なんで甜花ちゃんを、この舞台の代役に選んだの?」
P「……」
P「理由は二つ。一つは夏葉のため。甜花が、彼女の演技の助けになると思ったからだ」
P「そして、もう一つはもちろん、甜花のためだよ」
P「この舞台は間違いなく、甜花の成長に繋がると思ったんだ」
97:
P「……『サンドリヨン』というのは、『シンデレラ』のフランス語書きだ」
P「和名なら『灰かぶり姫』か」
P「言語の違いの他に、『サンドリヨン』と言う場合は、シャルル・ペロー版のシンデレラを指すことが多い」
はづき「まるまる版と言うと……」
はづき「ああ、シンデレラの話って色々ありますもんね」
P「元は民間伝承ですからね。まとめる人や媒体で、少しずつ話が異なってはきます」
P「まぁ、長々と講釈を垂れて、結局なにが言いたいのかと言うと……」
P「シンデレラもサンドリヨンも、元は同じ人物だって事ですよ」
P「この舞台の二人に関して言えば、コインの裏表みたいなもの」
P「サンドリヨンの強さも、シンデレラの弱さも、表裏一体のはずなんですよ」
P「だからこそ、この台本を初めて読んだ時に強く思いました」
P「甜花に、『シンデレラとサンドリヨン』を演じて欲しいと」
甘奈「……甜花ちゃん、この台本を何処まで読み解けたのかな?」
P「さあな。それは分からない。だけど、甜花が今一生懸命頑張っているのは確かだよ」
甘奈「そっか……」
甘奈「それなら……このお話なら……」
甘奈「ちょっとくらい忘れられても、仕方がないのかな……」
98:
はづき「あ」
P「お」
甘奈「うぇ? ど、どうしたの、二人とも……?」
P「いや、やっと笑ってくれたなって」
はづき「事務所に着いてからの甘奈さん、ずっと沈んだ顔でしたからね?」
甘奈「え、そうだったかな……」
はづき「はい♪ プロデューサーさん、これで一安心ですね?」
P「ですね。それじゃあ、元気になったところで、家まで送っていきますかね」
甘奈「いいの?」
P「当たり前だ。この遅い時間に、一人で帰すことはしないさ」
P「あ、そうだ」
甘奈「どうしたの、プロデューサーさん?」
P「今日はもう無理だけど、時間を見つけて夏葉の所に遊びに行ったらどうだ?」
P「甜花はもちろんのこと、夏葉も喜ぶぞ」
甘奈「あ! それ、とっても楽しそうかも!」
甘奈「……あ、でも……」
甘奈「……でも、やめとくね」
P「何でだ? 遠慮する事でもないと思うぞ。俺が言うのも何だが」
甘奈「ううん、遠慮とかじゃなくて」
甘奈「甜花ちゃんが頑張ってるなら、甘奈もいっぱい頑張んなくちゃ」
甘奈「だから、そういう時間はレッスンとかいれてね。プロデューサーさん☆」
P「甘奈……」
甘奈「大丈夫だよ。仕事とかあるから、甜花ちゃんと全く会えなくなるわけじゃないし」
甘奈「それに、甜花ちゃんの初回公演は絶対見にいくからね!」
P「そう、か。そうだな……ああ」
P「……少し早くなってしまったが、地方遠征お疲れ様だな。甘奈」
甘奈「うん!」
99:
微睡みの中に、古い記憶を掘り起こす。
自分の底に強く焼きついた、幼少期の思い出。
今の自分を形作っている、始まりの感情の一つ。
忘却されながらも、無意識下に蓄えられている自己の基底部分。
それらをぼんやりと、まぶたの裏側に思い描いていた。
言うなれば、黎明の夢を見る。
有栖川の屋敷の一室にて。
私は自室の窓から、仕事に出る父親の姿を見ていた。
父に頭を下げる、黒いスーツの人達。
送迎のために、綺麗に磨かれた車。
そして何より、父の威厳と自信に満ちた顔つき。
私は、自分の父親がそういう人間であることを、その時はっきりと理解した。
暗転。
100:
再び父親の夢。
場所はやはり有栖川の屋敷。
父親の書斎で、私が泣いていた。
父が、私の頭を撫でている。
優しげな手付きで、柔和な笑みを浮かべて、父はそうしていた。
私はそれに、確かな親の愛情を感じていたのだと思う。
だからこそ。
大きな父の手のひらが、私には恐ろしい物に思えたのだった。
覚醒。
夏葉(……朝……)
枕元に置かれた時計に目をやる。
いつも通りの時間である事を確認して、五分後に鳴るはずのアラーム機能を切った。
その時点で既に、夢の内容は立ち消えている。
おぼろげに覚えているのは、昔の夢という事だけ。
夏葉(なぜ今更、そんな昔のことなんて……)
昨夜のカレーの失敗が尾を引いているのか、プロデューサーの過去の言葉が気にかかっているのか。
理由はいくつか考えられるが、その正解は求めないでおく。
夏葉(まぁ、そんな夢を見ることもあるわよね)
意識を切り替える。
今日は舞台練習こそ無いものの、私も甜花も、ユニットでの仕事が入っているのだ。
夢の理由など考察している暇があれば、そちらの事を考えていた方が、よっぽど有意義なのは間違いない。
夏葉「よし! 甜花を起こしてきましょうか」
声に出して気合いを入れる。
これでもう、普段と変わらぬ有栖川夏葉だ。
ただ、違う所を違う所があるとすれば、胸中にある微かな予感。
何かを見い出すような、或いは、何かを見出したような、好転の兆し。
101:
予感が確信に変わったのは、その日の夕方のこと。
街中で偶然、甜花を見つけたのだ。
仕事が思いのほか早く終わり、私は事務所近くのブックカフェに向かっていた。
一応の目的は、色々なシンデレラの本に触れてみる事。
想定外の空き時間を、せめて有効活用しようと思っての行動だ。
元より、大きな成果など期待していない。
そんな望み薄な道行きの終点前で、私は甜花を見つけたのであった。
夏葉「甜……」
声をかけようとして、思いとどまる。
甜花がゲームセンターに入っていったからだ。
今が彼女なりの息抜きの時であるなら、無闇に声をかけるのは躊躇われる。
それに加えて、理由がもう一つ。
智代子『やっぱり、そういうこと……なんじゃないかな』
演技のためだ。
期待と予感と焦り、そして少しの後ろめたさ。
それらを抱えながら、甜花を見ている。
そこで、ふと気付く。
遊んでいる彼女の姿をまじまじと見るのは、これが初めてだ。
102:
甜花がゲームの箱から、備え付けてある銃を引き抜いた。
少し驚いたが、銃型のコントローラでる事はすぐに分かる。
作りの細部がチープであるし、常識的に、街中の娯楽施設に実銃が置いてあるはずはない。
甜花がゲームの箱に向かって銃の引き金を引くと、モニターの映像が切り替わった。
大きく表示されてるのは『Easy』や『Very Hard』という英文字。
ゲームの設定をしているのだろうか。
それから、また数回ほど引き金を引くと、モニターが暗転する。
その暗転が、上映開始直前の映画のように思えた。
そして、ゲームが開始される。
その内容は直ぐに理解できた。
襲いかかってくるゾンビを、持っている銃で撃つという単純なものだ。
甜花は二丁の銃を器用に操って、次々と現れるゾンビを撃退している。
撃つ、撃つ、撃つ、妙な動作。
撃つ、撃つ、妙な動作、また撃つ。
甜花の動きに一切の淀みは無い。
その迷いの無い所作は、確かな練度を感じさせる。
甜花自身も生き生きとしていて、楽しげだ。
やがて、『Congratulations!!』の文字が画面に踊った。
甜花は銃の片方だけを、ゲームの箱の定位置に戻す。
そして一本の銃のみで、もう一度。
先程と同様に、いとも簡単そうにクリアして、甜花はゲームセンターを出て行った。
103:
私は一人、ゲームの箱の前に立っている。
狐につままれた様な気分だった。
さっきの甜花からは、紛れも無い自信が感じられた。
それが、ここ数日見てきた彼女と何処か繋がらない。
ゲームが上手である事自体には納得できる分、余計に違和感を覚えてしまう。
その正体を見極めようと、銃型コントローラを引き抜いた。
あれこれと考えるより、このゲームに私自身で触れてみた方が早い。
そう判断して、甜花がそうしたように、モニターに向けて引き金を一度引く。
夏葉(これだけでも、愉快な気分になれるものなのね……)
設定の画面が出てくるのを待つ。
その間、興が乗ったので、二丁拳銃で格好良いポーズなどを取ってみる。
しかし、何も起こらなかった。
夏葉(おかしいわ……)
もう二、三度引き金を引いてみる。
その途中、別の良いポーズを思いついたので、そのように銃を構えてみる。
やはり、何も起こらない。
これはこれで楽しいが、このゲームが出来ないのは困る。
「さっきから何してるんだよ、夏葉?」
背後から、救いの舟が現れてくれた。
104:
夏葉「樹里じゃない。奇遇ね、こんな所で会うなんて」
樹里「それはアタシの台詞だよ。何で夏葉がゲーセンに居るんだ?」
夏葉「居たら、まずいのかしら」
樹里「え? いや、そういう意味じゃねぇけど……」
樹里「なんつーか、その……珍しいと思ったんだよ。うん」
その言葉に異論は無い。
現にこうして、不慣れで困っているという事実もある。
夏葉「樹里、手を貸してほしいわ」
樹里「は?」
夏葉「これで遊びたいのだけど、どうしてか動かないの。壊してしまったのかしら」
樹里「そりゃ、お金を入れないと動かねーよ」
そう言われて、銃が備え付けてある場所の真横を見ると、100円硬化を投入する穴があった。
しかし、またも問題発生だ。
運悪く、ちょうど硬貨を切らしてしまっている。
夏葉「キャッシュカードじゃ駄目なのかしら?」
樹里「いや、何処に読み取らせるんだよ」
夏葉「あ、ICカードはあるわよ! 最近作ったの」
樹里「それも同じ! 読み込む所が明らかにねーだろ!?」
夏葉「そ、そういう物なのね……」
自動販売機には使えたのだが、ICカードも万能では無いらしい。
樹里「あのな。小銭が無いなら、そこらへんにある両替機で……まぁ、いいか」
樹里が投入口に二人分の100円硬化をいれて、銃を持った。
樹里「アタシもやる。二人プレイできる奴だろ、これ」
105:
夏葉「このゲーム、得意なの?」
樹里のプロフィールには、趣味『ゲーム』とあった事を思い出した。
樹里「操作方法は知ってるけど、やった事は無い。あんまし、やろうと思えなくて……」
樹里「というか! 夏葉は大丈夫なのかよ、このゲーム」
夏葉「何がよ?」
樹里「何がって、その……このゲーム、ゾンビ物じゃん」
夏葉「……」
私は、お化けの類が得意な方では無い。
甜花が遊んでいる時に、モニターから目を逸らしていて、彼女の様子ばかり見ていたのも事実だ。
だからといって、それをそのまま認めるのは癪に触る。
夏葉「大丈夫に決まっているじゃない。樹里、アナタこそ怖がっているのかしら」
樹里「ア、アタシだって全然平気だっての!」
夏葉「なら何の問題も無いわね。始めるわよ!」
甜花が選んでいた難易度と、同じ物を選択する。
樹里「お、おう! ……って、ちょっと待て夏葉! 今選んだの、最高難度じゃなかったか!?」
樹里「おい、夏葉? 夏葉!?」
106:
夏葉「……」
樹里「なぁ、もう止めにしないか?」
夏葉「そう……ね。諦めることにするわ、さすがに」
少なくない回数挑戦して、一度もクリアする事は出来なかった。
ゾンビの一挙一動にすら驚いて、まともに遊べてなかった最初の方と比べれば、上達はしている。
しかし、クリアには程遠い。
明確な収穫といえば、両替機が使えるようになったくらいだ。
後は、あの妙な動作がリロードだと分かった事も、ぎりぎり収穫と言えるかもしれない。
夏葉「付き合わせちゃって、悪かったわね」
樹里「別にいいよ。アタシも楽しかったし」
夏葉「そう言ってくれると、ありがたいわ」
手伝ってくれた事を含め、素直に礼を言う。
どうやらそれが、樹里には落ちこんでいる様に映ったらしい。
樹里「無理もねえよ。このゲームの最高難度、クリアできない事でちょっと有名だしさ」
樹里「夏葉だって、やったの初めてなんだろ?」
夏葉「家にあるエアガンくらいなら、撃った事はあるんだけど……」
樹里「たぶん関係ねーぞ、それ」
エアガンを撃つ時のコツは役に立ったので、全くの無関係ではないと思う。
それはともかく、難しいと有名なのは納得できた。
だからこそ、甜花が遊んでいる時の姿が、一層不可思議に感じられる。
夏葉「これがクリアできたら、ゲームが特技って言えるのかしら」
樹里「特技? いや、どうだろう。人に寄るんじゃないか」
夏葉「じゃあ、これを片方の銃だけでクリアできたら?」
樹里「そんな奴、居ると思えねーけど……」
樹里「そんな事まで出来たら、胸張って良いと思うぞ」
107:
夏葉「そう……そうよね」
この違和感の正体は、甜花のプロフィールだ。
自信を持てるような技術が有るのに、それを誇れない彼女。
大崎甜花という人間の、その一端に触れた気がした。
再び例のざわつきが、心の中を走り抜ける。
それを感じてしまうと、動かずにはいられない。
甜花と、話がしたい。
樹里「もう行くのかよ?」
夏葉「事務所に戻ってみようと思うの」
樹里「ふーん……」
樹里「その……込み入ったこと、聞いたりしないけどさ。根詰め過ぎないようにしろよな」
夏葉「ええ、ありがとう。樹里」
心からの礼を言って、その場を後にする。
急ごう。
事務所に、まだ彼女が居るかもしれない。
108:
夏葉「甜……!」
夏葉(いない、わね……)
とんだ勇み足だった。
事務所のリビングルームに人影はない。
珍しく、プロデューサーとはづきさんの両者ともが不在である。
夏葉「何かしら、これ……?」
事務所の中において、見慣れていないものが、もう一組。
三つの髪飾りが、寄り添うように机の上に置かれている。
つまみ細工の施された華々しい物が一つと、織物で花をこしらえてある物が二つ。
この特徴的な織物の名を、私は知っていた。
記憶が正しければ、たしかタテニシキという名のはず。
千雪「綺麗ですよね、それ?」
不意に声をかけられる。
考えてみれば、事務所の明かりは点灯していたので、全くの無人というはずは無かった。
どうやら、給湯室の方に彼女は居たらしい。
彼女は、アルストロメリアの桑山千雪。
109:
夏葉「えっと……千雪、でいいのよね?」
千雪「はい。唯一の成年同士ですから、そういうのは無しでいきましょう」
会話の最初に、敬語を禁じられた。
話やすくて有難いのだが、いきなり年上の人に平常語で話すのは、やや気後れする。
夏葉(でもプロデューサーには、最初から敬語を外していたわね)
自嘲気味に笑う。
今にして思えばあれは、私なりの過信と不安の表れだったのだろう。
千雪「これ……とっても美味しいわ。上手なのね、夏葉ちゃん」
敬語を外す代わりと言う訳ではないが、せめて二人分の紅茶くらいは淹れさせてもらった。
紅茶を置き、つまみ細工とタテニシキに話を戻す。
夏葉「千雪の言う通りね。その髪飾り、本当に可愛らしくて綺麗だわ」
夏葉「手入れでもしていたの?」
彼女のプロフィールは、趣味『雑貨作り』、特技『裁縫・道案内』だったはずだ。
千雪「そんなところです。たまに陰干ししてあげないと、痛んじゃいますから」
千雪「あ……でも、それは半分かな。何か理由を付けて、眺めたくなっちゃっただけなのかも」
千雪がつまみ細工の方を手に取って、柔らかく微笑む。
千雪「この髪飾り、アルストロメリアでの仕事で使った物なんです」
千雪「思い出の品かな。また使うかもって思って、事務所に置いているの」
夏葉「どんな仕事だったの?」
千雪「縁日の取材のお仕事です。浴衣を着て行く予定だったから、それに似合う髪飾りを用意したんだけど……」
千雪「結局、三人とも浴衣を用意できなくて、髪飾りだけを付けていく事になっちゃいました」
千雪「ああ、えっと……そうですね……」
髪飾りに秘められた話を、始まりから顛末まで嬉しそうに千雪が語る。
ちょっとした、賢者の贈り物。
それもまた、私の知らない甜花の話であった。
110:
アルストロメリアについて考える。
桑山千雪と大崎姉妹で構成される三人ユニット。
大崎甜花と大崎甘奈の繋がりは、傍から見てすぐ分かる程に強固だ。
危うさを感じてしまうくらいの、深い絆を持っている。
そんな二人に『他者』として寄り添って来たのが、目の前にいる桑山千雪だ。
時に大人として、時に仲間として、あの姉妹と真摯に接して来たはずだ。
それは、二人を語る彼女を見ればよく分かる。
そんな彼女ならば、私の心のざわつきの正体を知っているのかもしれない。
彼女から、もっと甜花の話を……
千雪「甜花ちゃんのこと、知りたいんですよね?」
夏葉「……驚いたわ。アナタ、人の心でも読めるのかしら?」
千雪「事務所に入って来た時、名前を呼びかけていたじゃないですか」
夏葉「……」
夏葉「それもそうだったわね」
千雪「それだけじゃないですけどね。甜花ちゃん、夏葉ちゃんの事をよく話してくれますから」
夏葉「甜花が、私のことを?」
千雪「ええ。舞台での事とか、家での事とか……」
千雪「最近はいつも、『夏葉さんは凄い』って言っていますよ」
111:
夏葉「甜花は……他人の事を、褒めてばっかりね」
千雪「そうですね。ええ、確かにそう……」
私との会話でも、甜花はユニットの二人の事をよく話してくれる。
誹謗中傷など一度もなく、いつだって二人の事に微笑んでいた。
甜花は、他人を誇れる人間だ。
それでいて、その輪の中で、自分の事だけは決して誇る事はない。
誇る事が出来ない。
その感覚を、私はよく知っていたはずだ。
夏葉「……千雪。甜花について、聞きたい事があるの」
千雪「はい」
夏葉「彼女の、プロフィールの事なんだけど……」
話す。
プロフィール、家での生活、今日のゲームセンターで見た光景。
私が知る、彼女に関する事を順番に話していく。
そして問う。
夏葉「甜花には、出来ることがある」
夏葉「自信を持てない自分に、苦しんでいる」
夏葉「それなら何故……彼女は、自分を誇ってあげられないの?」
大崎甜花とは、どのような人物であるのかと。
112:
千雪「私には、答えられない……と思います」
千雪「夏葉ちゃんが望む答えを、私だと上手く言語に出来ないの」
千雪「でも……一つだけなら、話をしてあげられます」
タテニシキ付きの髪飾りを、千雪が愛おしそうに見つめる。
千雪「だからその前に、聞かせて下さい」
千雪「夏葉ちゃんは、何で甜花ちゃんの事を知りたいんですか?」
夏葉「何故……」
私が、甜花に惹かれる理由。
ざわつきの正体を確かめたい理由。
少し考えて、言うべき事は直ぐに見つかった。
夏葉「よく、分からないわ」
何故、甜花の事を知りたいのか。
それも含めて、私が知りたい事。
だから今、私が言うべき事は、私自身の気持ちだ。
夏葉「最初は、演技の為だったわ」
仕事の為、それは切っ掛けに過ぎない。
夏葉「それも、もちろん大事な理由よ。それは変わっていない」
夏葉「だけど今は、それだけじゃないの」
同じ屋根の下で、切磋琢磨し合った結果だ。
頑張っている甜花を見ると、嬉しくなる。
落ち込んでいる甜花を見ると、心が痛くなる。
そういう当たり前が、私の中には積み重なっているのだ。
夏葉「それらを、色々と引っくるめて、ちゃんと言葉にするのなら……」
力強く千雪を見つめる。
夏葉「私は甜花の、良き友人で在りたいわ」
彼女が、頷いた。
113:
「私から話して良いのか、本当は分からないけれど」と、そう前置きして千雪が話し始める。
それは、大崎姉妹の昔話だった。
幼い二人で行った縁日の話。
その縁日の射的屋に、二人が心惹かれたぬいぐるみがあった。
それを欲しがって、二人とも射的に挑戦する。
お金を出し合って、何度か挑戦して、でも結局、その景品を取る事は出来なかった。
そこで、甜花が泣き出してしまったらしい。
つられて妹さんも泣き出して、そこまででで縁日の話は終わり。
それから、二人で射的をする事は殆ど無くなったそうだ。
千雪「このお話はね、甘奈ちゃんから聞いた物なの」
千雪「甘奈ちゃんに取っては、甜花ちゃんをもっと好きになった話なんだけど……」
夏葉「甜花がどう思ってるかは……分からない」
千雪「そう。甜花ちゃんから、この話を聞いた事は無いの」
千雪「甜花ちゃんですから、そこまで深刻に引きずってはいないと思いますけど」
千雪「……少なくとも、表面上は」
よくある昔話と言えば、その通りの話だ。
甜花にこの話を尋ねても、彼女は至って普通に話してくれるだろう。
だけど、この話が今の彼女に取って、単なる過去であるとは思わない。
それを聞いて私は、今朝の夢を思い出せたのだから。
114:
夏葉(あれは小 学生の頃)
夏葉(何かのコンクールの結果を、報告した時の……)
父の愛情を感じながらも、それに恐怖してしまった記憶。
あの時の私は、期待に応えられなかった。
コンクールの詳細は覚えていない。
はっきりしているのは、私が両親に金賞を見せたかった事。
銀賞止まりの賞状を握りしめていて、泣き出しそうだった事の二つだけ。
父が優秀な人間である事は、そのずっと前から理解していた。
そんな父親を誇りに思っていた。
だから、期待に応えられなかったと思い込んだ時、その大きさに恐怖を感じたのだ。
そしてそれ以上に、涙が溢れ出してしまうほどに悲しかった。
胸が張り裂けそうなほどに悔しかった。
その痛みは、今の私に繋がっている。
夏葉(甜花も、同じ痛みを感じたとしたなら……)
私が甜花を見て、心がざわついてしまう事に説明がつく。
彼女に親近感を感じてしまう理由が分かる。
簡単な話だったのだ。
甜花と、私は──
千雪「お役に立てたようで、良かったです」
私の顔を覗き込んで、千雪が言う。
彼女のプロフィールが、再び思い起こされた。
115:
帰り道の途中、プロデューサーが言ったであろう言葉を思い出す。
『優秀な身内というのは、苦しいものですよ』
この言葉は間違いではない。
だけど、本質というわけでもない。
どれだけ優秀な身内あっても、ただの他人に落とし込めれば苦しまずに済むのだから。
好きだからこそ、辛い。
愛しているからこそ、身悶える。
愛されてると感じるたびに、自分の弱さに苛まされるのだ。
並び立てないのだと分かった時、その現実に打ちのめされるのだ。
自分が弱くとも、見捨てるような人達ではないと分かっている。
それでも、優しければ優しいほど、鋭く胸の内に突き刺ささるのだ。
それはさながら、火山灰の坂道を登るようなものだ。
足場は悪くて、その場に立っているだけで精一杯。
何もしていなくても、ズブズブと沈んでいく。
それでも上を見上げることだけは出来るから、進まずにはいられない。
無理に登ろうとして、足を取られる。
掴める物など無くて、そのまま転んでしまう。
そして、ただ灰にまみれてしまうだけ。
116:
夏葉(だから、私は……)
だから私は、杖を手にしたのだ。
支えを頼りに、立ち上がる事を決めたのだ。
私が杖とした物は、『有栖川』としての誇り。
有栖川の名に恥じぬ人間として在らねばならぬと
両親の期待に少しずつでも応えていくのだと
懸命に、遮二無二に、足掻き続けた。
そうして、私は変われた。
努力が報われる喜びを知り、夢ができた。
大きな事を成すのだという、自分の為だけの願いを手に入れた。
気が付くと私は、灰の坂道とは別の道を歩いていたのだ。
そこに至るまでの、自分が選んだ道に後悔はない。
自分の歩いて来た道は正しかったのだと、胸を張って言える。
だけど
だからといって、自分の選ばなかった道が間違いだったとは思わない。
甜花の道が間違いなどとは、決して思えるはずもない。
元より、人ひとりの力など取るに足らないもの。
杖であれ、靴であれ、ロープであれ
過信であれ、誇りであれ、強がりであれ、進むためには何かが必要なのだ。
117:
それが、どんな物であってもいい。
どういう風に、折り合いを付けてきていても構わない。
あの灰の坂道の絶望が、今の彼女に繋がっていると言うのなら
私は絶対に、彼女が歩んできた道を、価値あるものだって思えるはずだ。
夏葉(だから、確かめなくちゃ)
彼女に問わねばならない。
彼女がどう向き合っているのか、その予測はついている。
恐らくそれは、私が選べなかった道。
その予測が合っているのかどうかを、確かめたい。
夏葉(明日の……早朝)
確かめる為の、準備が要る。
暗くなった今では出来ない。
となれば明日の早朝、日が出てから直ぐに。
夏葉(また、早朝ね)
彼女に対して、始めてあのざわつきを感じた時も早朝だった。
だとすればやはり、決着を付けるのも早朝が相応しいのだろう。
118:
夏葉「起きて、甜花。着いたわよ」
甜花「ふぇ……? あ……うん……」
夏葉「悪いわね。朝早くから付き合わせちゃって」
甜花「ううん、大丈夫……車の中で寝れたから……」
甜花「甜花……その気になれば、何処でも寝れる……」
夏葉「それは便利でいいわね。さ、こっちよ」
鉄格子を開けて、裏門から中に入った。
それから、玄関とは逆方向にある庭に向かう。
甜花「な、夏葉さん……こ、ここ……どこなの……?」
夏葉「何処、と言われる難しいわね。だけど心配はいらないわ」
夏葉「有栖川家の管理してる土地で、ちゃんと許可は取っているから」
甜花「あ、そうなんだ……それじゃあ、甜花を連れてきたのは……」
夏葉「アレよ」
開けた場所にポツンと置いてある机を指差した。
厳密に言えば、その机に乗っている物と、その向こう側を指差している。
甜花「え……これって、エアガンと的……だよね……」
甜花「甜花、これ……撃ってみてもいいの……?」
夏葉「ええ、もちろん。その為に連れて来たのだもの」
夏葉「でも条件……というより、やって欲しい事があるわ」
夏葉「あの右から三番目の的、距離にして20メートル。アレに当てられるようになりなさい」
119:
用意したハンドガンタイプのエアガン、その有効射程ぎりぎりの距離だ。
夏葉「時間は30分。できそう?」
甜花「サイトとかの……調整は……?」
夏葉「好きに使ってもらっていいわ。道具は一通り揃えてあるはずよ」
甜花「それなら……うん、やってみる……」
夏葉「一応聞くけど、使い方の説明は必要?」
甜花「ううん、大丈夫……」
夏葉「……そうよね」
甜花がグローブをはめて、エアガンを握る。
銃を持つ手を伸ばして、しっかりと構える。
彼女の纏う空気が変わった。
一射。
その最初の一発は外れて、虚空に消える。
それに眉一つ動かすことなく、二発目を撃つ準備を整える。
集中していた。
もう私のことなど、目に入っていないのだろう。
顔付きは鋭く、普段から想像できない眼光を湛えている。
ピンと伸ばされた、銃を持つ彼女の手が、私には何かにすがる手の様に思えた。
120:
夏葉「経ったわよ、30分」
甜花「え……? あれ、もう……?」
夏葉「ラスト五分の命中率が八割五分くらいかしら。なかなか良い成績じゃない」
甜花「そ、そうかな……にへへ……」
甜花「あ、でも……撃つのは初めてってわけじゃない……」
夏葉「エアガンも経験あったのね」
甜花「うん、ちょっとだけ……それに興味があって……色々調べたことあって……」
甜花「だから、甜花……大したことないよ……?」
甜花が困った顔で俯く。
私の心がまたざわついた。
この表情、この憂いだ。
このざわつきは、古傷の疼き。
彼女に昔の自分を見出して、私の心は掻き乱されるのだ。
夏葉「私が……今、やったとして」
声に心情が表れないように、慎重に口を開く。
夏葉「アナタの射撃精度には及ばないわ」
甜花「夏葉さん……? だけど……」
夏葉「聞いて、甜花。私はアナタに聞きたい事があるの」
夏葉「だから、今日この場所にアナタを呼んだの」
夏葉「見たわ、アナタのプロフィールと……その特技のところも」
特技『なし』と書かれたそれは、私の心に重くのしかかっている。
121:
夏葉「でも、見たのはそれだけじゃないの」
夏葉「ゲームセンターでのアナタも、今ここで銃を撃つアナタも見たわ」
私は知っている。
甜花の真剣さも自信も、私は知っている。
夏葉「確かな技術をアナタは持っている。だけど、それを誇ることは決してない」
夏葉「誇ることなく、ただ自分を痛めつけている」
灰の坂道の苦しみを、確かに覚えている。
夏葉「教えて、甜花。アナタは……」
夏葉「アナタは何で……!」
感情が高ぶって、つい言葉が途切れてしまう。
たけど甜花はそれを読み取って、小さくも明瞭な声で答えた。
その表情を崩さないまま。
甜花「……甜花、誰かの役に立てるわけじゃないから……」
甜花が言葉を続ける。
その答えには、予測が付いていた。
私の考えている通りなら、きっと甜花は、あの名前を言うのだろう。
甜花「射撃じゃ……なーちゃんの役には、立てなかったから……」
胸が軋む。
やはり彼女は、杖も靴も持っていなかった。
持つ事を選ばなかったのだ。
彼女はまだ、灰の坂道に居る。
あの灰の坂道に居ながら、確かに家族を愛し続けている。
それはきっと、とても痛々しくて
とても美しい在り方なのだろう。
122:
甜花「質問、ちゃんと答えられてるかな……?」
夏葉「……ええ、これ以上ないくらいに」
私の道と彼女の道には、優劣も貴賎も無い。
私達はただ別の道を歩いている。
だからこそ、どちらかがどちらかを引っ張りあげる事も、ましてや助ける事もできない。
だとしたら私は
目の前の友人の為に、一体何をしてあげられるのだろう?
夏葉「甜花」
甜花「なに、夏葉さん……?」
夏葉「今日の舞台練習、私を見ていなさい」
何が出来るかは、分からない。
だけど今ならば、私はシンデレラを演じられる。
演じる事で、何かが理解できると思うのだ。
夏葉「瞬きすらさせないわ。だから私の姿を……」
夏葉「目に、焼き付けていて」
123:
夏葉「『サンドリヨン……何処に、行ってしまったの……』」
夏葉「『私は、そんなつもりじゃなかった……』」
夏葉「『そんなつもりで、舞踏会に行ったのではないの……』」
シンデレラは、中間地点だ。
夏葉「『サンドリヨン……貴女が、羨ましかった』」
夏葉「『舞踏会に行けば、貴女に追いつけるのだと思った……』」
夏葉「『それだけ……それだけ、なの……』」
私とは別の道を行き、甜花とは同じ道を行っている。
昔の私より強くて、今の甜花より弱い。
そんな私達の中間地点。
夏葉「『私は……あの笑顔に、いつも心の中で震えていた……』」
夏葉「『その手のひらが、いつだって怖かった……』」
彼女達の道を、想う。
夏葉「『だけど……貴女の事が、好きだった……』」
曲げられても折れず
夏葉「『私は……! 貴女と自分を比べてしまって、苦しかった……!」』
夏葉「『それでも、貴女を憎めなかった……!』」
へこまされても歪まず
夏葉「『惨めな自分を……! 浮き彫りにされるのが、たまらなく嫌だった……!』」
夏葉「『それでも、貴女を嫌いになんてなれなかった……!』」
弱さも、惨めさも、拙さも、その原因と結果の全てを、ただ自分の中にだけ求める事が出来たなら
夏葉「『でも……苦しいのも、辛いのも……私が弱いからだって……本当は、知っている……』
誰をも恨まず、憎まず、依らず、ただ在り続けることが出来たなら
夏葉「『貴女に、悪いところなんて無い……どんな私でも愛してくれるって、分かっているわ……』」
それは……
124:
夏葉「『貴女を、憎いと思った事なんてない……!』」
夏葉「『私達は露ほどだって、貴女を嫌いになったりしない……!』」
夏葉「『居なくなって欲しいなんて、一度だって思った事はないよ……!』」
夏葉「『だから笑いかけてよ……! 手を差し伸べてよ……』」
夏葉「『その恐ろしい両腕で、私を抱きしめて……』」
夏葉「『側に居てよ……離れて、いかないでよぅ……』」
夏葉「『……お姉ちゃん……』」
それは、一歩だって踏み出せなくなってしまうような、深い絶望なのかもしれない。
その在り方は、強さとは呼べないのだろう。
だけど、それは尊くて
そして紛れもなく、彼女の中に在る強さのカケラなのだ。
だから、彼女の未来を信じられる。
その誰にも負けない強さのカケラを、私は信じている。
125:
夜風に当たる。
今夜は比較的気温が低めで、ベランダに出て語らうには丁度良い。
甜花「今日の演技……よかった、と思う……」
甜花「その……なんて言うか、鬼気迫る……? みたいな……」
夏葉「褒めてくれて嬉しいわ。でも、まだまだ私は満足していないわよ」
夏葉「セリフだって、間違えてしまったし」
甜花「で、でも……!」
甜花「演出家さん……そこ以外は、褒めてくれてたよね……?」
夏葉「そうね。分かりにくかったけど、そうだと思うわ」
甜花「うん……あれは、分かりにくいと思う……」
二人で空を見上げる。
甜花が始めて来た日よりも雲が薄く、少しだけ星が見えた。
夏葉「ねえ、甜花」
演技の熱がまだ体にこもっているせいなのか、今は妙に語りたい気分だった。
夏葉「私、信じている事があるの」
126:
甜花「それって、神様とか……奇跡とか……?」
夏葉「ううん、そういうのじゃなくて。言うならそう……信条という奴ね」
甜花「……信条……」
夏葉「ずっと思っていた事だけど、最近やっと言葉になったの」
甜花を見て、昔の自分を思い出した。
そうして繋がって線になった、今の自分の想いがある。
夏葉「聞いてくれるかしら?」
甜花「うん……聞かせて、欲しい……」
甜花「夏葉さんが、信じてるものなら……聞きたい……」
夏葉「ふふ、ありがとう」
笑いかけて、言葉を探す。
灰の坂道、自分が杖としてきたもの、大切な家族。
プロデューサー、ユニットのメンバー、支えてくれているファンのみんな。
目を一瞬閉じて、それらをありったけ想う。
すると言葉は、私の中から自然に出てきた。
127:
夏葉「私は、信じてる」
弱い自分を肯定して
夏葉「どんなに現実に打ちのめされて、自分の弱さに苛まされたとしても……」
痛みも苦しみも抱きしめて
夏葉「歯を食いしばって、足を地に踏ん張って、前を向いて立っていられるのなら……」
それでも笑う。
夏葉「必ず人は、望んだものに成れるって……私は、そう信じているの」
夏葉「だから──」
甜花にも、そう在って欲しいと願う。
願うだけで口にはしない。
言葉にしてしまえば、それは傲慢になってしまうから。
甜花の道は、甜花だけのものなのだから。
結局、私達に出来ることは一つだけ。
夏葉「──だから、私は言うわ」
そこに有るはずの、星の海に手を伸ばす。
夏葉「私は絶対に、トップアイドルになるんだって……」
夏葉「有栖川夏葉は、きっと何処へだって行けるんだって……!」
夏葉「どんな時だって胸を張って、私はそう叫ぶのよ!」
私達に許されているのは、自分の生き方を見せつける事だけ。
甜花の在り方に、私が惹きつけられたように。
私も、自分の在り方を魅せていく事しか出来ない。
それが、彼女にしてあげられる唯一の事。
それだけが、私がこの尊い友人に寄り添える、唯一の方法なのだ。
128:
甜花「甜花も……そう、なれるのかな……」
私の伸ばした手に、甜花が自らの手を重ねようとした。
彼女の体重が私にかかる。
甜花「甜花も、そんな風になりたよ……でも……」
甜花「そう出来るのは……夏葉さんみたいな、凄い人だけだって……」
甜花「そう……思っちゃうんだ……」
甜花のその弱気に、私は心から安堵した。
夏葉「『大丈夫よ、大丈夫』」
体重をかけ返す。
甜花はそれを、どっしりと支えてくれた。
夏葉「アナタが、私をそう思ってくれているなら……大丈夫」
そうだ。
私が甜花を信じていて、甜花が私を認めてくれているなら、大丈夫に決まっている。
私達は迷いながらも、自分の道を進んでいける。
苦しみながらも笑って、望んだ場所まで、しっかりと歩いて行けるはずなのだ。
だって
夏葉「だって私達、結構似た者同士なんだから」
二人の手が、重なる。
夏葉編・終わり
129:
とりあえずここまで。明日2レス投下して、その三日後(計四日後)に最後まで投下できると思います
131:
大道具「初回公演、本当にやるんだな」
演出家「変更はしない」
大道具「例の脅迫状はいいのか? この前に見せてもらった奴」
大道具「『公演を中止しないと不幸になるぞ』……だったか」
大道具「何回か、送られてきてるんだろう」
演出家「そんなベタベタな脅迫状なんて、気にする意味もねぇよ」
演出家「こういうの自体、初めてじゃないしな。それに……」
演出家「アレ書いたのはお前だろ、大道具」
大道具「何を……」
演出家「もっと言うなら、主演の奴の自動車事故も、倉庫のボヤ騒ぎもお前だ」
大道具「……何故、俺だと?」
大道具「優秀なアンタに恨みを抱いている奴なんて、ごまんといるだろうに」
演出家「ただの勘だよ」
演出家「証拠なんかねぇ。だから何も言わないし、何もしない」
演出家「だが初回公演は必ず行う。おまえの意見を聞くことはない」
大道具「……そうかよ」
大道具「そこまでして演りたいのかよ。あんな三文芝居を」
演出家「三文芝居、か」
大道具「そうだろ? あんな姉妹、この世の何処を探したって存在しない」
大道具「あんなもの、絵空事の滑稽劇だ」
132:
演出家「俺たちだって、昔は……」
大道具「昔の話だろ。今の俺はアンタの事が嫌いだ」
大道具「お情けで劇団に残っている、今のアンタには反吐がでる」
演出家「……」
大道具「それに」
大道具「アンタは人でなしだよ。なんでも平気で劇にしちまえる、人でなしだ」
大道具「そう言う所が、一番嫌いだ」
演出家「そう、かもな……」
演出家「確かに俺は、人でなしだろうさ」
大道具「……っ」
演出家「何だよ?」
大道具「……それなら俺は、好きなやらせてもらう」
大道具「アンタが何も言わないんだ。好きにやらせてもらうからな」
大道具「好きに、やらせてもらう……っ!」
演出家「……行っちまったか」
演出家「最後の最後まで、不出来な弟だったな」
演出家「……」
演出家「『シンデレラとサンドリヨン』……か」
演出家「書くのが、ちと遅かったのかね」
133:
はづき「初回公演、いよいよ明日ですね?」
P「はい」
はづき「お二人の活躍、とっても楽しみですね?」
P「はい」
はづき「舞踏会のシーンの衣装、どんな可愛い物なんでしょうね?」
P「はい」
はづき「む……」
はづき「プロデューサーさんは、女の子が大好きですもんね??」
P「はい」
はづき「どんな女の子が好きなんですか??」
P「それは頑張っている……」
P「……って、何を言わせるんですか、はづきさん」
はづき「何って、ちゃんと答えないプロデューサーさんが悪いんですよ」
P「えっと……」
はづき「さっきから上の空でしたよ、プロデューサーさん」
P「……! すみません……! もしかして、適当に相槌を……」
はづき「もう……」
はづき「聞きましたよ、プロデューサーさん。今回の舞台の劇団に、以前は所属していたそうじゃないですか」
はづき「それも、前途有望な舞台役者さんだったとか」
はづき「さっきから仕事も受け答えも今ひとつなのは、そのせいですよね」
P「……そう、だと思います」
はづき「何で辞めちゃったんですか?」
はづき「思い入れ、あったんですよね。そんな風になってしまうくらいには」
134:
P「……劇団って、家族みたいなものだと思うんですよ」
P「その家族が、いがみ合ってるのを見るのが嫌だったんです。だから辞めました」
P「嫌なものから逃げ出そうとしたのか、受け入れた上で先に進もうとしたのか……」
P「今となっては、それはもう分かりませんけど」
はづき「寝逃げたのか、受け入れたのか……」
P「気になっているのは、その事です」
P「明日……あの二人が、それがどっちだったのかを示してくれる気がして」
はづき「この舞台の仕事を受けた、本当の理由はそれなんですか?」
P「え……? ああ、それは無いですよ。仕事に私情は挟みません」
P「純粋に彼女達の今後を考えて、ベストだと思う選択をしたまでです」
P「個人的な感情で言うならむしろ、あの劇団には関わりたくなかったですよ」
P「理由はどうあれ、勝手に辞めた場所ですからね」
はづき「でも、参加させたと」
P「まぁ……今は、この仕事が一番ですから」
P「彼女達の事が、一番大切で優先すべき事柄ですよ」
P「はづきさんの言う通り、女の子が大好きらしいですから」
はづき「な……」
はづき「ふふふ、それって意趣返しのつもりですか??」
P「すみません、つい。ですけど……」
P「……そんなわけですから、単なる副産物ですよ。辞めた理由の答え合わせは」
P(そう。彼女達の事が一番だ)
P(だから俺は願えていて、祈っている)
P(彼女達の成長と、それと……)
P(誰かの悪意が、彼女達に降り掛かりませんように、という事を)
幕間・終わり
137:
照準器を覗き、息を止める。
ゆっくりと狙いを定めて、引き金を引く。
そうして発射された弾は、的のど真ん中に命中した。
銃を下ろす。
夏葉「甜花、今日も来ていたのね」
甜花「あ、夏葉さん……」
気が付くと、夏葉さんが後ろに立っていた。
甜花「うん……撃ってると、落ち着くから……」
甜花「色々と許可をくれて……ありがとう、夏葉さん……」
ここは、有栖川家管理の射撃場。
夏葉さんの家に泊まっている期間は、自由に使って良いと言われている。
夏葉「どういたしまして。言ってくれればまた、いつでも許可を取ってみるわよ?」
甜花「楽しそうだけど……」
甜花「ううん……ここに来るのは、今日までにする……」
138:
夏葉「……そうね。分かったわ」
甜花「代わりにこれ……今日、借りて行っても良いかな……?」
さっきまで使っていたエアガンを、手元でかざす。
夏葉「構わないけど……それ、何に使うの?」
甜花「エアガンを……お守り代わりに、しようかと思って……」
夏葉「納得したわ」
夏葉「ふふ、ちゃんと弾が出ないようにしておきなさいよ?」
甜花「甜花……そこは、抜かりない……」
弾を別々にして、安全装置を下ろし、銃口を布で括ってから、ガンケースに収納する。
これで完璧。
甜花「準備、できた……」
エアガンをカバンに入れて、しっかりと手に持つ。
夏葉「それじゃあ、行きましょうか。迎えの車がもう来ているわ」
甜花「うん……」
去り際に、お世話になった射撃場を振り返る。
もう二度とに来ることはない。
今日は、初回公演の日だ。
139:
車の中で、自分の手のひらを見つめる。
あの夜のベランダで、この手が重なったのはもう一週間以上前の事だ。
それなのに時折、こうして思い返してしまう。
『だって私達、結構似た者同士なんだから』
あの言葉が自分の中に、強く残っている。
甜花(『似ている』……)
似た者同士だと言われた。
似ているね、と言ってくれた。
その言葉自体は、自分にとって言われ慣れている言葉だ。
双子だから、いつも何回でも言われている。
なーちゃんと並んで、『似ているね』とよく言われてきている。
もちろん嬉しかった。
そして、嬉しいだけじゃなかった。
なーちゃんと似ているなんて、嬉しいし誇らしい。
だけど、似ているのに、と勝手に自分の心が囁いてしまう。
甜花(なのに……夏葉さんに、言われた時は……)
嬉しくはなかった。
痛くもなかった。
ただ、心に光が灯った気がした。
甜花(甜花は……)
重ねた手を握りしめる。
自分は感じていた。
あの日から、自分の中の何かが変わったのだと。
140:
P「番号」
果穂「いちっ!」
樹里「2!」
凛世「参……です……」
智代子「4だよ!」
千雪「5です♪」
甘奈「ろーく☆」
P「よし、全員揃ってるな」
P「全員、揃えられちゃったな……」
甘奈「6人のオフを合わせるの、大変じゃなかった?」
甘奈「希望した甘奈が聞くのも、アレなんだけど……」
P「何とかなって正直驚いている」
凛世「壮観で……ございます……」
P「はづきさんに助けられた結果だな。何故か本人は、社長のせいで来れなくなってしまったが……」
P「帰ったらちゃんと、お礼を言わないとな」
果穂「はい! あたしも手伝いますっ!」
P「おお、ありがとう。やっぱり果穂は偉いな!」
果穂「えへへ」
P「しかし、現役アイドル6人か。こうして見ると……」
千雪「甜花ちゃん、随分とお世話になったみたいで……」
智代子「いえいえ! 夏葉ちゃんも、ああ見えて……」
千雪「いえいえ」
智代子「いえいえ」
P(お母さん同士の会話か!)
141:
P「座席番号は……よし、ここだな」
樹里「時間ギリギリになったよな。誰かさんのせいで」
P「すまん……まさか懇意にしてるディレクターさんが居るとは思わなくて」
樹里「別に責めてるわけじゃねーよ」
智代子「でも一言いいたくなるよね。樹里ちゃん、凄い楽しみにしてるもん」
樹里「な……!」
智代子「だって凄いソワソワしてるし。さっきから時計ばっかり見てるし……」
樹里「わ、悪いかよ! アタシが楽しみにしてたら!」
樹里「『ロミオとジュリエット』の時は一緒の舞台だったし、客席から夏葉を見るの初めてなんだよ」
甘奈「……」
樹里「だから、楽しみ! それだけだ!」
智代子「あはは、ごめんごめん」
樹里「……それに、アタシよりも楽しみにしてる奴が居るだろ」
智代子「あ、うん。プロデューサーさんだね」
P「俺?」
樹里「そうだよ。さっき6人のオフって言ったけど、本当は7人だよな」
智代子「今日はプロデューサーさんもオフなんですよね? スーツ着てますけど」
P「誰かが情報漏洩をしてくれているようだな」
樹里「社長から聞いたんだよ。オフ取るのが珍しい、なんて言ってたぜ」
樹里「だから……プロデューサーも、楽しみにしてるんだよな?」
P「楽しみ……」
智代子「プロデューサーさん?」
P「……ああ、そうだな。多分そうだ」
P「ここに来るのを、俺はずっと楽しみにしていたよ」
142:
夏葉「もうすぐね」
甜花「うん……」
袖から舞台の上を眺める。
点いている照明は最低限で、目の前には大きな薄暗い空間が広がっていた。
観客席の方は幕が掛けられていて、見る事が出来ない。
夏葉「甜花って、意外と肝が座っているわよね」
夏葉「きちんと受け応えが出来ているし、落ち着いている様に見えるわ」
甜花「緊張して……何していいのか、分からないだけ……」
心臓が有り得ない度で脈打っている。
気を抜けば足が震えてしまうことは確実だ。
ただ良い点としては、緊張のしすぎで逆に滑らかに喋れている気がする。
少なくとも、言葉をかむ気はまるでしない。
夏葉「緊張しても動揺せず。良い事じゃない」
甜花「ポジティブシンキング……夏葉さん、いつも通り……」
夏葉「私の場合は、これが2回目の初回公演だからね。平静を保つ事くらいは出来るわ」
夏葉「これでも一応、緊張はしているのよ?」
夏葉さんが髪をかきあげる。
全然緊張している様には見えないが、夏葉さんが言うならそうなのだろう。
『開幕まで後5分です』
伝令が飛ぶ。
甜花「夏葉さんは……前の公演の時も、そんな感じでいられたの……?」
夏葉「前は……そうね。樹里に緊張を悟られたくなくて、必死に隠していたわ」
甜花「うまく、隠せてた……?」
夏葉「樹里も緊張を隠そうとしてバレバレだったから、きっと私も同じね」
夏葉「今よりずっとずっと緊張していたわ。初めてだったから」
『開幕まで後4分です』
143:
夏葉「その靴は、もう慣れたかしら?」
自分の履いている靴を、夏葉さんが指差す。
自分と夏葉さんの間にある、9cmの身長差。
双子設定の為に、その9cm差を埋める厚底の靴だ。
シンデレラとサンドリヨンが、同時に舞台に居るシーンでは、これを履かなければならない。
甜花「うん……もう、違和感ないよ……」
最初の頃は、この靴のせいで転んでばかりだった。
だけど今は躓く事すら無くなった。
夏葉「今のアナタの演技力なら……」
夏葉「私としては、無くても誤魔化せると思うのだけど」
甜花「でも……まだ、必要だよ……」
夏葉「……まだ……」
夏葉「そうね。甜花が言うなら、そうよね」
『開幕まで後3分です』
3度目の伝令が来て、最後の照明が落ちる。
見えるのは目印である蛍光テープのみ。
心臓の鼓動が、さらに度を増していく。
144:
会話は続く。
身体中の熱は、静まる気配すらない。
夏葉「アナタの演技、上手になった」
夏葉「公園の時から上手だったけど、さらに磨きがかかっているわ」
甜花「そう……かな……?」
夏葉「ええ。通し稽古の時なんて、ビックリして目が離せなかったもの」
演技が上達してる自覚は無い。
だけど、思い当たる心境の変化はある。
甜花「それは、多分……」
甜花「サンドリヨンが、なーちゃんじゃないって分かったから……」
甜花「サンドリヨンは……甜花と地続きだって、分かったから……」
夏葉「なら甜花は、サンドリヨンみたいになりたい?」
なりたいもの。
夏葉さんに、劇団で初めて会った時にされた質問だ。
何のために舞台に上がるのか。
それは期待に応えたいから。
その日の夜に、そう見つけた。
舞台の先に何を見て、何になりたいのか。
その日には、それは分からなかった。
甜花「ううん……甜花がなりたいのは、サンドリヨンじゃないよ……」
だけど今は、不確かながらも、そう答えられる。
『開幕まで後2分です』
心臓を強く握りしめた。
145:
会話を切り上げる。
4度目の伝令は、移動開始の合図でもあった。
最初のシーンの為に、定位置に着いておかなければならない。
甜花(ここ……)
音を立てない様に気をつけながら、目印を頼りに辿り着いた。
少ししか歩いていないのに、わずかに息が切れている。
夏葉さんが舞台の中心に立っている。
その夏葉さんから見て、自分は3メートルほど右に立ち、半歩下がる。
夏葉さんを挟んで自分と反対側、その舞台端に、継母役と二人の義姉役が既に待機していた。
甜花(もうすぐ、だよね……)
もう伝令はない。
幕が上がる10秒前に、開演のブザーが鳴るだけ。
甜花(夏葉さんは……)
舞台の中心を見る。
夏葉さんが自分の方を向いてた。
暗くとも、夏葉さんが頷いてくれたのが分かった。
だから、自分も頷き返しておく。
甜花(あ……れ……?)
そこで気づいた。
この瞬間に感じている緊張が、今までのモノとまるで質が違う事に。
146:
それに気づくや否や、開演のブザーが鳴る。
幕が上がった。
そして、夏葉さんなスポットライトが当たる。
『昔々、シンデレラという美しい娘がおりました』
ナレーションが入る。
夏葉さんはシンデレラとして、自らの手を握り合っていた。
祈りのポーズだ。
セリフはまだ無い。
『シンデレラは、意地悪な継母と義姉達と共に暮らしております』
ナレーションに合わせて、スポットライトが登場人物に当てられていく。
継母、二人の義理の姉、そして
『ですがシンデレラは、自分が不幸のドン底に居るとは思いません』
サンドリヨン。
『シンデレラには、双子の姉であるサンドリヨンがいたからです』
自分の姿が、明るく照らし出された。
147:
眩しい。
明るすぎて、未だに観客席は見えていない。
緊張が頂点に達している。
叫び出しそうになるくらいに心臓が熱い。
しかし不思議と気持ち悪さは感じていなかった。
今まで感じていた緊張は、心臓が熱くなるだけ。
体は冷たいままで、肺も脳も縮みあがっていた。
やめておけと、冷たく自分に囁いてきていた。
今は違う。
肺も、頭も、筋肉も暖かい。
爪先の一片に至るまで、全てが温まっている。
熱を持って、動き出せと叫んでいる。
甜花(これなら……大丈夫……)
甜花(『大丈夫よ、大丈夫』……)
自分で言って、言ってもらったセリフを噛みしめる。
それは時間にして、一瞬にも満たない思考だったのだろう。
自分の体は、自然と演技を開始した。
甜花「『……』」
やはりセリフはない。
シンデレラに笑いかけるだけ。
その動きのみに集中していて、もう舞台の上しか認識できない。
もうシンデレラしか見えていない。
148:
夏葉「『サンドリヨン!』」
シンデレラが姉に呼びかける。
最初の言葉を口にする。
夏葉「『サンドリヨン! サンドリヨン! ねえったら……!』」
甜花「『なあに、シンデレラ?』」
自分の口から、半ば自動的に言葉が出てきた。
サンドリヨンが勝手に喋りだしたように。
甜花「『あらシンデレラ。また汚れているじゃない』」
夏葉「『あ、これは上のお姉様に掃除を頼まれて……』」
甜花「『ジッとしてなさいな。はたいて上げるから』」
脳内鏡を作り出す必要はない。
腹式呼吸を意識する必要もない。
もうそうしなくとも、最適な演技が可能になっていた。
甜花「『綺麗になったわ』」
夏葉「『あ、ありがとう。サンドリヨン』」
甜花「『それじゃあ、行きましょうか』」
夏葉「『ええ! 今日はワルツを教えてね!』」
甜花「『もちろん。約束だものね』」
シンデレラの手を取る。
そこで余計な事が脳裏によぎる。
演技の初日に夏葉さんの手を取れなかった事、学園ドラマのエキストラの事。
それらが浮かんできては、薄れて消えていく。
演技に影響する事なく、ぼやけて霞んでいった。
甜花「『ああ……今日も明日も、楽しくなりそうね』」
自分は今、演じられているという確信を持てている。
149:
……
甜花「『私はこれから姉様たちに、舞踏会用の服を見たてなくちゃいけないから……』」
義姉1役「『そうよ。貴方、服飾を見繕う腕だけは確かだもの』」
甜花「『そう言うわけだから……ごめんなさい、シンデレラ』」
夏葉「『あ、待って!』」
夏葉「『待って……! サンドリヨン……!』」
……
甜花「ふぅ……」
控え室で一息つく。
この後は舞踏会の初日のシーンになる。
自分の出番はしばらくないので、こうして休息に励んでいるのだ。
とはいえ備え付けのモニターで、舞台の進行はしっかりと確認している。
気は抜いていない。
主人公の夏葉さんは出突っ張りだ。
小道具「お疲れ様、甜花ちゃん。飴ちゃんいる?」
甜花「お疲れ様……です……」
甜花「飴ちゃんは……大丈夫、です……」
甘い物を口にしたら緊張が途切れてしまいそうなので、申し訳ないと思いつつも断っておく。
小道具さんが向かい席に座った。
小道具「さっきの演技、とっても良かったわ。通し練習の時よりもずっとね」
小道具「ひょっとして、通しの時は手を抜いてた?」
小道具「なーんて……」
150:
甜花「え……? あ、えっと……!」
甜花「甜花、そんなことしてない……です……!」
小道具「分かってる分かってる。ゴメンね、冗談よ」
甜花「あ……はい……」
小道具「それほど、上達してたって事よ」
甜花「そう……なのかな……」
練習の時の演技と、さっきの演技を比べてみる。
思い当たる節はあった。
甜花「確かに……声もスッと出せてたし……感情も乗せられてた……と思う……」
甜花「あ、でも……動きはちょっと先走っちゃった部分が……」
良くなった部分も多かったが、逆に不安になった部分も少しあった。
小道具「へぇ……」
小道具さんが目を細める。
甜花「甜花……変なこと、言ったかな……?」
小道具「ううん、そんな事ないよ。それはそうと……」
小道具「甜花ちゃん、大道具さん見てない?」
甜花「大道具さん……?」
小道具「ずっと探してるんだけど、見当たらないのよ。昨日までは、間違いなく居たらしいんだけど」
小道具「あの人もベテランだから。何かあった時を考えると、居てくれないと不安で……」
甜花「甜花、分からない……ごめんなさい……」
考えてみると、自分も朝から大道具さんの姿を一度も見ていない。
小道具「特に連絡ないし……というか、連絡も何故かつかないし」
小道具「それなのに、演出家さんは探さなくて良いって言うし……もう訳が分からないのよ」
151:
甜花「あの……」
小道具「あ、何か知ってるの?」
甜花「そういうわけじゃないけど……」
甜花「甜花、何か手伝えること……ないかな……?」
小道具「まあ……」
小道具さんは目を丸くしてから、再び先程の様に目を細めた。
小道具「気持ちだけ受け取っておくわね」
小道具「本番が始まった以上は、演者さんに裏方の手伝いなんてさせられないわ」
甜花「そう……?」
小道具「極力ね。甜花ちゃんには、演技に集中してもらいたいから」
小道具さんが席を立つ。
小道具「もう一度電話してみて、他の所も探してくるわね」
そして、去り際に言う。
小道具「甜花ちゃん、変わったわね」
小道具「何というか……視野が広くなって、遠くまで見えてる」
小道具「そんな感じよ」
聞き返そうとした時には、もう部屋を退出していた。
甜花(遠く……? それに『変わった』って……)
変わった。
変わりたい。
それは、自分が願い続けてきた事で。
甜花(……あ……)
ようやく自分は、あの夜に起きた自分の変化を自覚した。
夏葉さんの言葉で、自分に宿った物が分かったのだ。
152:
……
甜花「『このガラスの靴を持って、湖のほとりに行けば……いいのね』」
甜花「『そして私が、代わりに舞踏会に……』」
甜花「『代わり……シンデレラの、代わりに……? 本当に……?』」
甜花「『いいえ、嘘よ……本当は、本当に私がしたいのは……』」
甜花「『それは……』」
……
一度、幕が降りた。
舞台も折り返し地点に差し掛かり、これから20分の休憩に入る。
甜花「夏葉さん、もう幕は降りたよ……」
夏葉「分かっているわ。ありがとう」
夏葉さんがベッドの中から、静かな動きで出てくる。
先程のシーンでは、シンデレラは眠っていた。
夏葉「今のところは順調ね」
甜花「うん……」
夏葉「お互い集中できているみたいで、何よりだわ」
小声で話す。
幕が掛かっていて、観客席は休憩時間で騒がしくなっている。
とはいえ、音が漏れるのは余りよろしくない。
甜花「あ、そうだ……夏葉さん……」
観客席の事を考えていたせいか、気になる事ができた。
甜花「夏葉さんは……観客席って、見えてる……?」
甜花「甜花は、全然見る余裕なくて……」
153:
夏葉「いえ、私もよ。舞台の事で手一杯ね。どうして?」
甜花「なーちゃんと千雪さん……来てくれてるから、どの辺りにいるのか気になって……」
夏葉「そうだったの。アルストロメリアの二人も来ているのね」
甜花「も……?」
夏葉「放クラの残りメンバーも来ているのよ」
甜花「プロデューサーさんも来てるから……ユニットのみんなは、全員集合だね……」
夏葉「事務所の半数が来ているって、結構なことよね」
夏葉「……悪い気はしないわ」
甜花「うん……」
夏葉「だから、もっと集中ね。そっちの方が大切よ。無理して見るものでもないし」
甜花「今日は、甜花達が見られる側……だもんね……」
舞台の上の自分を見せると、なーちゃんに約束した。
プロデューサーさんと、千雪さんの期待に応えると決めた。
今のところは手応えがある。
自分はよくやれていると、そう感じられている。
甜花(このまま、続けられれば……)
やっと3人にも、感謝を返せるかもしれない。
自分自身に期待してしまう。
期待して、自分の中から不安が溢れ出した。
甜花(劇場の裏で、夏葉さんと会った時も……)
甜花(その直前は……自分に、期待してたよね……)
自分自身に期待して裏切られる。
そんな経験を、幾度となく繰り返してきた事を思い出してしまう。
ふと、祭囃子が聞こえた気がした。
154:
夏葉「これ……」
否、劇場の中で祭囃子など聞こえるはずがない。
聞こえたのは、練習中に何度か聞いた効果音だった。
ピンポンパンポンというアナウンス音。
甜花「館内放送……?」
夏葉「そのようね」
頭上を見上げる。
ラストシーンのための仕掛けが見えた。
『本日は当劇団に起こし頂き、誠に有難うございます』
『お客様にお知らせ致します。予定では15時10分から、劇の再開となっておりますが……』
『劇団側の都合により、再開を20分遅らせた15時30分からとさせて頂きます。15時30分からの再開とさせて頂きます』
『大変申し訳ありません。繰り返します……』
夏葉「休憩時間の延長ね。トラブルかしら?」
甜花「あ……」
夏葉「何か心当たりがあるの、甜花?」
甜花「ひょっとしたら、だけど……大道具さんが……」
小道具さんから聞いたことを伝える。
大道具さんの姿が見つからない事。
演出家さんが探さなくても良いと言った事。
夏葉さんの顔が、みるみる曇っていくのが分かった。
夏葉「……行きましょう、演出家さんの所に」
苦々しく、夏葉さんが言う。
自分の中で何故だか、幼い日の縁日の思い出が蘇っていた。
155:
夏葉「ラストシーンの演出が出来なくなった……?」
小道具「そうなの、そうなのよ……」
ミーティング室は重苦しい雰囲気に包まれていた。
夏葉さんは、憤りを隠せていない。
小道具さんは泣きそうな顔でオロオロしている。
他の人達は、その二人のどちらかに近い表情をしていたか、もしくは悔しそうに俯いていた。
自分は……分からない。
小道具「そ、その……気づいたらこうなってて……! 昨日までは、ちゃんとしてたのに……!」
机の上に置かれているのは、粉々に砕かれた手の平サイズの装置。
ラストシーンの仕掛け、その内側バルーンを割るためのスイッチだ。
演出家「破壊された上に丁寧に水にまで浸してある。それに加えて、巧妙に隠されていた」
演出家「今から修理するのは不可能。仕掛けを作動させるのも不可能だ」
演出家「よってラストシーンは、煙の演出は無しで行う」
義姉2役「そんな……!」
役者の一部が悲痛な叫びをあげる。
同じ気持ちだ。
それ以上の気持ちだ。
自分はシンデレラに、自分自身を重ねていた。
ラストシーンは、そのシンデレラが信念を得て、ガラスの靴を返す大事なシーンだ。
王宮に行く道を諦めて、姉との再会を願い、歩き始める為のシーンだ。
シンデレラが歩き始めれば、自分だって歩き出せる気がしているのだ。
だから、そのシーンが完璧に行われないのは、我が身が裂ける様に思えてしまう。
156:
小道具「……装置の管理は、大道具さんの管轄でした」
小道具「あの人の姿が見えない以上……誰がこれをやったのかは、もう明白です」
小道具「そして演出家さんは……あの人を探すなと言いました……」
演出家「……そうだな」
小道具さんの目に暗い光が宿る。
小道具「アナタは知っていた……! 大道具さんが何かをするかもって……! こういう事をする人だって……!」
小道具「何で止めてくれなかったんですか!? 何で防げなかったんですか!?」
小道具「何で……! 何で……!!」
演出家さんに非難の目が向けられる。
自分もそうすべきかは、やはり分からない。
演出家「小道具の言う通り。全責任は俺にある。どんな非難も罰も受けよう」
演出家「だが舞台は舞台だ。何がしらかの完結に、必ず着地させなくてはならない」
演出家「それなら、お前達はどうしたい?」
演出家「どうすべきだと……思うんだ?」
演出家さんが、指針についての意見を求めるのは珍しいと思った。
この人なりに動揺しているのか、罪の意識を感じているのか……
その辺りの事は、今は関係ない事かもしれないけど、それも分からない。
甜花(……寒い、よ……)
体が冷えていくのを感じる。
この状況下において、どうしたいのか。
あるいは、どうするべきなのか、どうすればいいのか、何一つ分からない。
思考が混沌に沈んでいき、熱が失われていく。
前にもあった、分からないづくしだ。
自分には何も分からない。
何も、できない。
甜花(……助けて、なー……)
157:
『なにごとも最初は一つずつ』
混沌とした思考の中で、その言葉が最初に煌めいた。
『どんなに複雑に見える問題も、そうすれば必ず解決できるものよ』
夏葉さんの言葉だ。
それに呼応して、いくつもの言葉が蘇る。
『楽しむこと、忘れちゃダメですよ?』
この舞台は楽しい、自分は楽しんでる。
『甘奈が見てみたいのは、舞台の上の綺麗な甜花ちゃん』
『だから……ダメ、かな?』
なーちゃんとの約束がある。
『だが、今回ばかりは何とかするよ。それでどうだ?』
『期待してくれるなら、応えたいって……今は、そう思えるよ』
『遠くまで見えてる。そんな感じよ』
期待に応えたいという気持ちがあって。
今はその先の、遠くまで見えて来ている。
なら、どうしたい?
『甜花も……このラストシーンは、好き……』
『私もよ』
自分は、ラストシーンをやり通したい。
なら、どうするべき?
『そうなったら、頑張る……』
『歯を食いしばって、足を地に踏ん張って、前を向いて立っていられるのなら……』
『甜花も……そう、なれるのかな……』
自分にできることを、全力でやるべきだ。
なら、どうすればいい?
158:
『外側バルーンには半径50ミリの穴が、既に等間隔で開けられています』
『内側バルーンの一箇所にでも穴が開けばいいからな。簡単な仕事だ』
『……甜花、本当に何もしなくていいのかな?』
『仕方がないわよ。割り振りが決まったのは、代役を探してる時期だったから』
『裏側……? あ……』
『言い方が悪くなるけど、ハリボテみたいな物ね』
『アナタの射撃精度には及ばないわ』
『エアガンを……お守り代わりに、しようかと思って……』
ピースが順番に埋まっていく。
敷き詰められて、一枚の風景を描き出す。
それは、あの日の縁日だった。
幼いなーちゃんが自分の手を引いて、屋台の奥にある宝物を指差す。
そして言うのだ。
だからその前に、もう一度だけ自分に問おう。
それなら自分は、どうすればいい?
『あまなもね。あれがほしいの』
『だから、うって! あれにあてて、てんかちゃん!』
思考はクリアに。
視界は現実に戻って来た。
もう迷う必要はない。
自分はなーちゃんに、最高の舞台を見せるのだ。
甜花「甜花になら……」
甜花「甜花になら、出来ることがあります!」
159:
王子役「現実的じゃない! セットの裏に隠れておいて、エアガンで穴を開けるなんて馬鹿げている!」
王子役「隠れるのは……まぁ、多分可能だろうとは思うよ」
王子役「だけど問題は射撃の方だ! 当たる保証はない! 当たったとして割れる保証は、もっと無いだろ!」
夏葉「当たるわ」
王子役「へ……?」
夏葉「命中に関しては、私が保証します。何を賭けたっていいです」
継母役「彼女の射撃精度は、プロ級だとも?」
夏葉「そう言うわけでは無いけれど……一定水準以上の腕はあります」
夏葉「今の彼女なら、必ず当てられます。そう私は信じています」
継母「つまり……精神論?」
夏葉「ええ」
夏葉「割れるかどうかに関しては……注入する煙の量を想定より多く、設計ギリギリにすれば割れ易くなると思います」
夏葉「バルーン自体をパンパンにするんです」
演出家「それは可能か、小道具?」
小道具「え……? え、ええ! 恐らく可能です。計算し直してみないことには確実には言えませんが……」
小道具「スモークマシンの遠隔操作機器は、壊されていませんから!」
演出家「だが……煙の量を増やせば、予期せぬタイミングで割れる事もある」
小道具「……あ」
演出家「関係ない場面で煙が出て仕舞えば、舞台は続行不可能。その時点で中止だ」
演出家「つまり、70点の舞台で満足するか、0点の可能性を孕みながら100点を目指すかだ」
演出家さんが、周囲に目で問いかける。
王子役「そりゃあ出来ることなら、100点狙いたいですよ! 俺だって!」
義姉2役「私もそう。でも……」
そこにいる全員が口々同じことを言い、そして自分に目を向ける。
博打だと判明して、それをうつ本人である自分に、意見を求めていた。
160:
演出家「総意は決まった。後はお前さんの意見次第だ」
演出家「お前さんが、やりたいかどうかだ」
一段と、視線が強まった気がした。
そう問われて、縮んで俯くような仕草をする。
それは、最近気づいた自分の癖だ。
落ち込んだ時、辛くなった時、右腕を左腕で隠すような体勢を取ってしまう。
だけど今は違う。
この動作は、右腕が左腕の裏側に触れる。
少しだけ膨れた、左腕の腕橈骨筋に触れるのだ。
ほんのちょっぴりだけの筋トレの成果が、自分の努力を思い出させてくれる。
努力を始めた時の想いを、胸の内に蘇らせてくれる。
それが力をくれる。
失敗する事への恐れに対する力を。
自分の判断によって、不幸になってしまう事への怖さに対する力を。
そこに宿った想いが、恐怖と共にある勇気を与えてくれるのだ。
『問題は、甜花がやりたいかどうかだ』
最後に、プロデューサーさんの言葉が輝いた。
腕橈骨筋から右腕を離す。
そして、力強く頷いた。
161:
P「あれ、まだ始まっていないのか?」
凛世「はい……休憩時間を20分の延長する……とのことです」
樹里「館内全体でかかってたみてーだぞ。聞いてないのか?」
P「いや、取引先と電話したり、さっきのディレクターの話し相手になってたりしたから……」
智代子「プロデューサーさん、一応オフなんですよね……?」
P「そうだが……いや、今は俺の事はどうでもいい」
P「それより延長の事だ。何が理由わ言ってなかったか?」
凛世「それは……ただ『劇団側の都合』とだけ……」
P(トラブルか。それも、かなり偶発的な)
P(……)
凛世「プロデューサー……さま……?」
智代子「プ、プロデューサーさんが……珍しく怖い顔してる……!」
P「……え、そうだったか? すまん、意識してやったわけじゃないんだ。ごめんな」
智代子「い、いえ……大丈夫です、はい」
P「とにかく事情を聞いてくるよ。あの二人のプロデューサーだから、関係者証はあるしな」
P「それじゃあ行ってくる。ああ、それと……」
P「多分時間までには戻れないから、俺の事は気にせず鑑賞していてくれ」
162:
舞台が再開されている。
サンドリヨンは魔法をかけられて、舞踏会におもむいた。
夢の様な一時を過ごし、名前を問われるという責め苦を受けて、家に帰還した。
そして今はもう、サンドリヨンという意味でのラストシーン。
シンデレラに責められて、ガラスの靴を返して、彼女から離れていくシーン。
このシーンが終われば自分は、この劇の裏側での戦いに挑まなければならない。
その為に、このラストシーンの最後の最後を全力で演じるのだ。
甜花「『最後に……これ、返すわね』」
ガラスの靴を差し出す。
これは、シンデレラに置いていかれたくなかった彼女が、自分の為に持ち出したもの。
だから感情は悲痛に。
甜花「『それを……大事に持っておいて』」
それは、シンデレラの幸せのために、彼女の元に返そうとしているもの。
だから、悲痛さを必死に取り繕う様な表情で。
だけどそんな事は、まだシンデレラには分からない。
シンデレラは、声を上げるしかない。
夏葉「『貴女は……』」
夏葉「『貴女は……!』」
サンドリヨンに、悲しみをぶつけるしかないのだ。
163:
シンデレラが叫ぶ。
夏葉「『貴女は、何がしたいの……!?』」
ガラスの靴を使って、シンデレラに王宮で幸せになって欲しいと思う。
これは、サンドリヨンの気持ち。
サンドリヨンは、シンデレラの言葉に黙っているしかない。
夏葉「『貴女は何がしたかったの……!?』」
大好きな家族とずっと一緒に居たい。
ずっと一緒に居たかった。
これは、自分とサンドリヨンの気持ち。
夏葉「『貴女は……! サンドリヨンは……!』」
夏葉「『私は……! 私は、ただ……私は……』」
シンデレラが泣き崩れる。
それをサンドリヨンが抱き止める。
そして、別れの言葉を告げる。
大好きな家族に、最後の言葉を告げる。
甜花「『……ごめんなさい、さようなら』」
これは、サンドリヨンの言葉。
甜花「『……ずっとずっと、ありがとう』」
これは、自分とサンドリヨンの言葉。
でも自分は、なーちゃんに別れの言葉なんて言えない。
だから自分は、サンドリヨンになりたいわけじゃない。
同じなのは、大好きな人達と一緒に居たい事。
その為に必要な願い事は、もう分かっている。
自分がなりたいものは、もう見つけてある。
そうして、自分のラストシーンが終わった。
164:
私服に着替えて、控室を飛び出す。
舞台のラストシーンがもうすぐ始まる。
その前に裏口から入って、セットの裏側に隠れていなくてはならない。
エアガンはあらかじめ、セットの裏側に置いてある。
弾も既に装填済み。
後は自分がそこに行くだけで良い。
辿り着くだけで良い。
だと言うのに。
その道を塞ぐかの様にして、人が立っていた。
それは、プロデューサーさん。
プロデューサーさんが、まるで最後の敵の様に、その場所に仁王立ちしていたのだ。
P「事情は聞いた」
P「それで俺は、甜花を止めに来たんだよ」
P「俺は283のプロデューサーとして、甜花を止めなくちゃいけない」
P「このまま甜花を……この先に、進ませるわけには行かないんだ」
明確な意思を持つ壁が立ち塞がる。
プロデューサーさんのことだ。
それはきっと、自分の為なのだろう。
だけど、自分は撃つと決めた。
プロデューサーさんが何を言おうと、自分が撃たなくてはいけない。
だったら、この壁を超える以外にはないのだ。
165:
P「単刀直入に言う」
P「エアガンは、俺が代わりに撃つ」
P「甜花が撃つ必然性はない。この劇団の人間の尻拭いを、甜花がする必要は無い」
おそらく、正論なのだろう。
最後の仕掛けの不備について、自分には責任はないはずだ。
甜花「甜花じゃ……当てられないと、思ってるの……?」
話題をわざと誤魔化す。
しかしそれは、無意味に終わった。
P「そういう話をしているんじゃない。個人としては、甜花を信じているよ」
P「だけど組織に属する人間としては、リスクを考慮しない訳にはいかない」
P「それを止めないという選択肢は無い」
甜花「で、でも……甜花がちゃんと当てれば……」
P「話が変わっていないが……リスクを度外視しても、許可はできない」
P「メリットがない。甜花が撃って当てたとして、得るものが無い。せいぜい劇団の人間に褒められるくらいだ」
P「はっきり言ってしまえば……甜花がやろうとしているのは、名誉なき戦いだよ」
甜花「あう……」
正論の、たったの二発でKOされてしまう。
つくづく自分の口下手さが恨めしい。
かと言って、プロデューサーさんの言葉には従えない。
だけど言い返す事が出来なくなって、プロデューサーを見つめている事しか出来ない。
166:
視線をぶつけ合うこと数秒ほど、プロデューサーが先に目を逸らした。
P「やっぱり甜花は……意外と肝が据わってるんだよな」
甜花「そ、それじゃあ……」
P「それとこれは話が別だ。リスクとリターンが釣り合ってない以上は、許可できない」
甜花「そう……だよね……」
P「……だから、リターンを示してくれ」
甜花「え……?」
P「単純な話だよ。甜花か撃つ事で得られるものを、俺に教えて欲しい」
P「甜花の言葉で、俺を説得して欲しいんだ」
P「そうしたら……俺は、喜んでこの道を譲るさ」
プロデューサーさんがニコリと笑う。
その表情は、坂の上で子供が登り切るのを待つ親の様な、そんな柔らかさを持っていた。
不意に、涙が溢れてくる。
自分はきっと誰よりも、周囲の人にだけは恵まれていたのだろう。
こんな自分だけど。
周り人達が暖かかったからこそ、自分は今ここで、腐らずにいられるのだ。
甜花(ちゃんと……言葉に、しなきゃ……)
甜花(それで……これからは甜花の……自分だけの、力で……)
自分は口下手だ。
それでも、言葉が必要な時はある。
言葉はいつだって、誰かを変えてくれるものだから。
自分を変えてくれた言葉で、目の前の壁を越えてみせる。
その為に必要な言葉は、自分の心に火を灯してくれた、あの言葉だ。
自分の中に一杯あった言葉達に、意味を見出させてくれた、あの言葉だ。
今あの言葉に、想いをありったけ乗せて。
167:
甜花「甜花ね……『似ているね』って、言われたんだ……」
甜花「夏葉さんが、甜花にね……『似ているね』って言ってくれたんだ……」
声が震える。
甜花「おかしい、よね……? 夏葉さんとは双子じゃないし……性格だって、全然違うし……」
甜花「好きな本も知らないし……趣味だって、きっと合っていないのに……それなのに……」
甜花「夏葉さんは『似ているね』って……こんな甜花に……そう、言ってくれたんだ……」
甜花「確信を持って……迷う事もなくて……『似ているね』って……!」
甜花「ちゃんと……『似ているね』って……甜花に、そう……言ってくれたよ……!」
重なった手の平を、心臓に当てる。
そうして心臓を握りしめる。
16

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