神谷奈緒「山盛りフライドポテト」back

神谷奈緒「山盛りフライドポテト」


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・地の文
・おれは、ポテトだ!
2:

雨が窓を打つ音と、荒れた息遣いと、場違いに明るいアイドルソング。
今はダンスレッスンの終盤。レッスンルームのどこを見るでもなく、身体に叩き込まれた通りに動いていた。
まるで機械のように。ステップ、ウェーブ、ロール、ステップ、トゥループ…。
汗がじっとりと、視界を曇らせる。
背すじと、すねのあたりが痺れている。
それでも踊り続ける。
頭を空っぽにして、身体を動かしていれば、何も考えずに済む。
17歳の時間が音もなく燃え尽きていることも、その底意地の悪い炎が、私達の未来すらも焼き付くそうとしているじゃないかって、
そんな不安も気づかないふりをしていられる。
あたしはちょうど半年前、渋谷センター街でスカウトされた。
君はアイドルになるんだ。
そう言われた。
決定事項なのか!?
そう言い返した…気がする。
でも、今ここにいるのは間違い無く自分の意思だ。誰に強制されたわけじゃない。
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3:
ただ、あの頃のあたし、ちょっと見通しが甘かったな…。
スカウトされたからって、トントン拍子にデビューってわけじゃなかった。
なにせあたしは、若干運動不足で、お腹の肉がゆる?くつまめるインドア女子…だった。
ダンスは、体育の授業でやった程度。歌の経験は小学校の合唱会と、月に2回のカラオケ。
トークや演技に至っては、平均以下の自信がある。
アイドルの卵どころか、自分をアイドルだと思い込んでいる一般人ver2.31。
誇れることといえば、我慢強いことくらいか…。
レッスンルームのメンバーは、あたしが入った頃とはだいぶ様変わりしている。同期で訓練所で入った子は、大半がいなくなった。
レッスンは辛かった。最初の頃は筋肉痛を家に持ち帰っているようなもので、今でも、慣れてへっちゃらとは言い難い。
夜20時、ダンスレッスンが終わり、解散。
みんなは言葉を交わさない。
元々は、ライバル同士っていう気負いがあったんだと思う。あたしはそうだった。でも今は単に、余裕がない。それだけ…。
4:
学校が終わった後のレッスンは、いつも帰りが遅くなる。
ワガママでアイドル目指してる手前、親の手を煩わせるのも何だかイヤで、夕食はコンビニで済ませるようになった。
最近の神谷奈緒の原材料の3割(夕食分)は、コンビニ由来。コンビニ食でも、それなりに栄養バランスを考える。吹き出物ばっかになったら、いくらダンスや歌がうまくっても台無しだもんな。
なんてさ、ほんとは今、レジ前のホットスナックに目移りしてる。
『ホットスナック購入でアニメグッズが当たる??』
世間は17歳の小娘の事情なんて知ったこっちゃない、そういうわけだ。
ちょっと前は深夜にこっそり家を抜け出して、チキンとかフライドポテトをお供にアニメを観てた頃がなつかしい。
いつの間にか、カードキャプターさくらの中 学生編はじまってるし…。
そう考えていると、声がした。
「フライドポテト2個」
その方向を見ると、“一応”同期のアイドル候補生がいた。
北条加蓮。
一応、なのはレッスンに顔を見せないからだ。
別に、あたしとしてはライバルが1人減るわけで、まったく、ちっとも、特別気にしているわけじゃない。
ただ、もったいないなとは思う。
初めてレッスンに現れたときの、気だるげな態度は気に入らなかったけど、
加蓮は他の候補生達とは“もの”がちがう。
ルックスがいいってことだけじゃない。
問題…そう、あたしを含めた候補生達にとって問題だったのは、加蓮が歌もダンスも、人間離れ早さで上達していくこと。
加蓮は以前からレッスンを休んでいたけど、それでも、次に現れたときには、いつもあたしたちの先を行っていた。
だから、こいつがアイドルにならないのはもったいない。競争相手なのにそう思う。ほんとうに、自分でも不思議だけど。
5:
「ん?」
加蓮があたしに気づいた。
あたしはぎこちなく笑顔を作って、「よ、よう」と言ってみた。
クラスメイトの女子に、偶然街で会った男子中 学生みたいだ…。
「レッスンお疲れ様、神谷さん?」
お前も候補生だろうが、と言ってやりたい笑顔で加蓮が言った。
「奈緒でいいよ」
「じゃあアタシは北条様でいいよ」
「下の名前で呼ばせろよ!」
ツッコむと「あはははっ!」と、加蓮がけらけら笑った。
いやな気持ちにはならなかった。
「素晴らしいツッコミに」
加蓮は笑いが治ると、財布を突き出してきた。
「金なんていらねえって!」
あたしは慌てて手を振った。
「ちがうちがう」
加蓮は財布に詰まっている白い紙切れを指差した。
レシートの束。
目を凝らすと、いろんなホットスナックの名前が印字されていた。
「欲しいんでしょ。グッズ」
「べべっべべ別に!?」
あたしはさっき以上の度で手と、それから首を横に振った。
6:
「そっか。
奈緒はアニメなんか興味なくて、カアト・コバーン以外に男がいないと思ってる系女子だったね」
「ソウダヨ」
あたしが初レッスンの時に着てったTシャツのこと。
ロックなアイドル目指してるの?、って言われたな……。実際はヴィレバンで適当に買っただけなんだけど。
危うくにわかロックアイドルになるところだった。
「じゃあこのレシートはいらないね。あー…でも捨てるのが面倒くさいなぁ?」
すぐ近くにレシートボックスがあるのに、加蓮がそう言った。
「代わりに誰か捨ててくれないかなぁ?オットテガー」
加蓮がわざとらしく、ボックスにレシートを近づけた。
「あたしが代わりに捨てやってもいいけど!?」
あたしは加蓮の手を握って止めた。
びっくりするくらい、細くて、白くて、しなやかで、綺麗な手だった。
誰かの手を、ほんとうに綺麗だと思ったのは初めてだった。
……今なら、いろんなものを爆弾に変えれそうな気がする。
そのあと、ありがとうとか、じゃあ、とか、適当に、他愛もないことを言って加蓮と別れた。なんだか名残惜しかったけど、共通の話題があるわけでもないし、しょうがない。
家に帰った後はぐったりとシャワーを浴びた。
そのあとは、溜まりに溜まったアニメ、積むに積んだ漫画・ゲームに構う余裕もなく、ベッドになだれこんだ。
7:
・・
翌朝、高校。時々忘れてしまうけれど、あたしは高校生だ。
最近は気が滅入る。今は、高校3年生の春。周りの話題は、着実に進学とか就職の話にきりかわっていく。
進路相談もぼちぼち始まる頃。
大学でやりたいことは、見つからない。でも、とりあえず行くんだろう。行かなくちゃいけないんだろう。
やりたい仕事は…。
そう思ったとき、“君はアイドルになる”って言葉が、頭の中をよぎった。
……レッスンが現実逃避だと思いたくない。あんなしんどい現実逃避があってたまるか。
授業を受けて、なんだかよそよそしくなったクラスメイトと会話して。
「大変だね」
「うん」
「がんばってね」
「うん」
「じゃあね」
「うん」
高校生活は何食わぬ顔で過ぎていく。
あたしの憧れてたJKライフはどこにいったんだろう。最近じゃレッスンまでの強制時間つぶしみたいなもん。つらいことも、嬉しいことも、なにもなく。
あぁ、気が滅入る…。あたしはあたしがわからない間に、アイドルに深く、深くのめりこんでいる。まだアイドルにすらなれていないのに。
8:
レッスンルームに入ったとき、空気がキリキリと張りつめていた。
トレーナーさんを囲むように、みんなが床に体育座りをしている。
なにか話があるんだろう。あたしは、その輪の一番外側から、さらに一人分の間隔をあけて、座った。
どうやらあたしが最後のようで、トレーナーさんが話を始めた。
周囲を見回したけれど、加蓮はいなかった。
「この中に、アイドルになりたい者はいるか」
トレーナーさんが私達をにらみつけた。怯えて、みんな黙り込んでいた。
だけどトレーナーさんは手加減しなかった。
「いないのか!!」
その声に押し出されるように、はい、と私達は叫んでいた。
「なら喜ぶといい。君達にようやくチャンスがやってきた」
チャンス、という言葉にみんなが色めきたった。それはつまり、デビューできるということ。胸を焦がすほど煌めくステージの上に、自分が立てるということ。
「上の方で、新しいユニットを作ることが決定した。
 トリオの……お前達、トリオの意味はわかるか?」
みんなが頷く。3人、この中から3人選ばれるのか。
そう思ったけど、トレーナーさんの言葉が期待を裏切った。
「お前達の中からは、2人だ」
候補生からは2人。あと1人は……。
「あと1人は、すでに活動を始めているアイドルだ。
 誰だと思う?」
もったいぶった言い方で、トレーナーさんは私達の方を見回した。
1人だけの、先を歩むメンバー。残りの2人を牽引する能力が求められる、から、年長者か。
だけど、トレーナーさんからの答えはまた、あたしの期待を裏切った。
9:
「渋谷凛。ニュージェネレーションの渋谷凛だ。
 この中に、渋谷凛を知らない者はいるか?」
いるはずがない。
渋谷凛。スカウトからたった数週間でデビューして、今は10代の男子、女子からも絶大な人気を得ている。
候補生はみんな、憧れと嫉妬の混じった気持ちで渋谷凛を見てる。
才能。圧倒的な才能。容姿も、ダンスも、歌も。
少し気を抜くと、アイドルになろうという気持ちが折れてしまう。そういう存在。
「私は恥をかきたくない。渋谷凛をがっかりさせたくないんだ。
分かるか?
 経験者にべったりと甘えるようなやつを、到底彼女の隣にいさせられない。
 お前達は恥をかきたいか?
 “頼りにならない”と、渋谷凛に思われたいか?」
みんなが、いいえ、と叫んだ。嫌だ。嫌に決まっている。
「2週間後に選抜試験を行う。課題曲は後でメールに添付しておく。振り付けも一緒にな。
 私からは以上だ。質問のある者はいるか」
トレーナーさんがそう尋ねると、輪の内側から声がした。
「ユニット名は決まっているんですか」
ユニット名。渋谷凛の衝撃で頭からすっぽぬけていた。
トレーナーさんは一呼吸おいてから、言った。
「……“トライアド・プリムス”。意味は各自で調べてくれ。
 それと、課題曲はユニットのデビュー曲でもある。
 振り付けと歌は各自で覚えるように」
「それって……」
「ああ、課題曲に関しては私は一切指導は行わない。
 自分の頭と身体でパフォーマンスを構築しろ。
 それができないなら、渋谷凛の隣に立つ資格はないと思え」
冷たい、と思った。だけど、アイドルってそういうものなんだよな。
そうだよなぁ……。あの渋谷凛と同じユニットだもんな。
10:
説明が終わると、いつも通りのレッスンが始まった。
でも、みんなの様子はいつも通りじゃなかった。
この前まで立ち込めてた憂鬱とか不安が吹き飛んで、生き生きしてる。
あたしも。
なんだかプロダクションに、感情をいいようにもてあそばれているみたいだ。
落ち込まれて、喜ばされて……。
大人の都合や事情に振り回されるのにいらいらするけど、それでも食らいついて
がんばっていくしかない。
ふと思った。
加蓮は、そういう不条理やしがらみを無視して生きているように見える。
ちくりと心が痛んだ。この気持ちはなんだろう。
11:
・・・
レッスンが終わって、帰り道。
あたしは電車に乗らずに、養成所近くのアーケードを歩いていた。
すぐに帰りたくない気持ちだった。
それに、このアーケードが物珍しかった。
“七夕アーケード”って名前がついていて、通りに等間隔に植わった模造の笹に、昔に書かれた短冊がずっと飾ってある、らしい。
願いが叶う……かはともかく、願いが詰まった場所。
足元のプレートに年が刻まれていて、あたしはちょうど自分の生まれた年から、短冊をなぞりながら歩いた。
そのなかに、“あいどるになりたい”と書かれた短冊を見つけた。字をおぼえたばっかり、みたいな字。
次の年には、“アイドルになりたい”と書かれた短冊があった。同じ子かもしれない。どうだろう。
その次の年にも、“アイドルになりたい”と書かれた短冊があった。その次の、次の年、去年まで。筆跡が似ていてるから、やっぱり同じ子だ。
でも、身長が伸びているはずなのに、どれも低い位置に飾られている。ちょうど、座っているくらいの高さだ。
あんまり目立つところに飾りたくなかったのかな。
これを書いた子は、いま何をしているんだろう。もうアイドルになったのかな。
それとも、同じ養成所にいたりして・・・・・・。
12:
アーケードを見て回った後、駅近くのファミレスで食事を済ませて、家に帰った。
すっかり遅くなって、親に少し叱られた。
申し訳ない、という顔をして、部屋に行く。あたしもずいぶん演技がうまくなった。
女優に転向するか? ばからしい。
PCを起動して、メールボックスを開く。やっぱり、届いている。
添付ファイルには『Trancing Pulse』と書かれている。たぶん、曲名。
13:
辞書を引いて、意味を調べる。
trance…【名】1 恍惚、夢中、有頂天 2 失神、昏 睡状態
pulse...【名】1 脈拍、鼓動 2 波動、振動 3躍動、興奮.....
どれがふさわしいんだろう。とりあえず、課題曲を見てみよう。
添付ファイルは動画とPDFで、動画を開くと、トレーナーさんと全く同じ顔をした3人が映っていた。
CG……?
メンバーには驚いたけど、ダンス自体はそこまで難しくない。
足さばきは割とゆっくりしていて、位置の入れ替わりもない。どちらかといえば、手さばき腕さばきのほうが動作は大きいかな。
動画には声は吹き込まれてない。
PDFファイルを開くと、楽譜だった。
“あざやかな い ろ ま と う は も ん は ”……。
口ずさんでみる。リズムがしっくりこない。でも、すごく良い歌詞だ。
一応最後まで目を通して、曲名の意味をあてはめるのはあきらめた。
フィーリングだよフィーリング。こういうもんは。
ユニット名も知らべてみて、こっちは結構簡単に分かった。
“至高の3人”……小 学生並みの感想だけど、プレッシャーが凄い。
どこの人外固定ギルドだよ。
でも、あと2週間。至高に近づく努力はしなくっちゃな。じゃないと、渋谷凛に笑われる。
じゃないと、「あんたが私のユニットメンバー? まぁ、悪くないかな(笑)」とか言われそうだ。
すっかり冷めたお風呂の中で、輝くステージに立つ3人を想像した。
センターに渋谷凛、ライトに神谷奈緒。
レフト……。咄嗟に思い浮かんだのは加蓮だった。
たしかに加蓮なら、選抜試験を通るかもしれない。
でも、アイドルが長続きするだろうか。
レッスン初日からものすごく気だるそうな態度だったし、「なれたらラッキー」くらいの情熱しかないように見える。サボりがちだし、協調性もあんまりなさそうだし。
少なくともあたしは、加蓮とうまくやる自信がない……って、なんでもうアイドルになった気でいるんだ。落っこちるかもしれないのに。
ぬるいお湯を顔にかけて、髪を濡らす。くしゃり、とはりつく。
やるしかない。やるしか、ない。
14:
・・・・・
土曜日。川の土手。あたしはボクサー漫画の主人公か……。
でも、できる限りひとに迷惑と、あとお金をかけずに練習するとなると、ここぐらいしかない。
ジャージのポケットにスマホをつっこんで、耳にはイヤホンをつける。曲はもう入ってる。
別の曲を流しながら、準備体操。振り付けと歌は、2、3回ほど見返したら大体頭に入った。なお、できるとは言ってない。
もうすぐだ。今の曲の次。身体をまっすぐにして、手を胸のあたりで合わせる。
目を閉じて……。
歌を口ずさむ。目を開いて、右手。波紋のように腕と身体をそらして。まぶしい空に瞳をかくすように。
やっぱり、ダンス自体はそこまでむずかしくない。だけど、一番が終わるころには、息が上がる。
あたし達はいままで、習った通りに歌って、踊っていた。動きと呼吸のタイミングも。
今は、どこで息を合わせればいいかわからなくて、声がとぎれとぎれになる。
サビまでに酸素をかんたんに使い切って、一番をようやく、だ。頭がくらくらする。
最後までやったら、たぶん失神する。
15:
「マジか……」
“自分でかんがえてやる”って、こんなにむずかしいのか。
汗がぼたぼたと、地面に吸い込まれる。
どうしよう。
トレーナーさんにアドバイスを求めても、無理だろう。他の子に相談するのは論外だ。あたしなら教えたくない。絶対に教えない、ってほどじゃあないけど、勝てる可能性がすこしでも上がるなら、教えたくない。
学校の教師も、友達も……家族も。こればっかりはどうにもできない。
あたしは座り込んで、膝を抱えた。
孤独のほんとうの意味が、頭じゃなくて、心で理解できた。
それから何度かやってみたけど、どう頑張っても二番のサビの前で足が止まる。
このままじゃ、ダメだ。ダメだけど、でも…あぁ……。
なるまえから、アイドルがしんどい。
他の、世間の女の子が学校生活を満喫してる間に、あたしときたら、休日もひとりで練習して。楽しくもないのに。同じ苦しみを味わってるのは仲間じゃなくて。
こんな必死になって、アイドルになって、あたしはどうしたいんだろう。
目標があるのに、動機が自分でもはっきりしない。
16:
・・・・・・
日曜日も養成所でレッスン。休日ってなんだっけ。
トレーナーさんは宣言通り、課題曲については何も教えてくれなかった。レッスンルームのなかに、前のもやもやがまた漂ってる。
みんな、あたしと同じように悩んでいるんだろう。加蓮は来ていなかった。いつも通り。
息切れの原因が体力なら、あと1週間すこしじゃどうにもならない。
あたしの身体! 
いままで自分の身体に、大なり小なり不満はあったけど、今ほどじゃない。
どうしてあたしの気持ちについてきてくれないんだろう。
漫画やアニメのヒーローみたいに、覚醒イベントがあればな。いいんだけど。
トレーナーさんのレッスンが終わって、みんなが帰ったあとも、あたしは部屋に居残って、悪あがきを続けた。レッスンのある日は交通費が支給されるから、どうせならレッスンルームを使い倒してやるつもりだった。
午前からレッスンが始まって、もう日が暮れて。汗でまぶたがずっしりと重くなった頃、誰かが部屋に入ってきた。
もう施設が閉まるのか。そう思って、振り返る。汗が床に落ちて音を立てる。
17:
「奈緒じゃん」
「…………ナオダヨー」
声がかすれて、やけに高くなった。
加蓮は、コンビニで会ったときとちがって、髪を下ろしていた。
あたしのもさもさとした髪とちがって、つやつやしてて、照明で輝いていた。
綺麗、だった。
「奈緒はどうしてここにいるの?」
加蓮が尋ねた。
「どうしてって、アイドルになりたいからだよ」
「私と同じだね」
「嘘つけ」
じゃあもっとレッスンに来いよ、とまでは言わなかった。余計なお節介だ。
加蓮はあたしのそばに立って、ストレッチを始めた。何度か話して思ったけど、加蓮は距離が近い。
あたしは別にいやじゃないけど、変になれなれしくて、その割に他の子には割と冷淡な感じだ。口をきいたところを見たことがない。
「奈緒」
加蓮があごをつきだして、あたしに言った。
「いまから踊るから、動画撮って」
「なんで?」
「インスタにアップするの」
「情報ローエーだぞ!」
「冗談だって」
加蓮はけらけらと笑った。あたしも釣られて笑った。
動画を後から見返してパフォーマンスを修正するんだろう。
踊るのに精一杯のあたしにはない発想だった。
18:
「それじゃあ……」
加蓮が、手を胸の前で合わせた。加蓮のスマートフォンから音楽が流れる。
おなじ音楽。おなじ振り付け。おなじ歌。
そのはずなのに。
加蓮の動きは氷の上をすべるようにスムーズで、優雅だった。歌もとぎれず、レッスンルームにしんと響く。
確信した。加蓮はトライアド・プリムスのメンバーに選ばれるだろう。絶対に。
涙が出そうになった。あたしとは、格がちがう。
きっと加蓮は、アイドルになるために生まれてきたんだ。
あたしは……。
「ま、こんなもんでしょ」
音楽が終わったあと、加蓮がのびをしながら言った。
呼吸がまったくみだれていない。
「どうしたら」
あたしはすがるように、言った。
「どうしたら、そんなふうに動けるかな」
「んー、才能?」
加蓮はどこかに目線をそらした。あたしは、押し潰されそうになった。
どれだけ努力しても、変われないのか。
どんなにがんばっても、アイドルになれないのかな。
生まれ持ったもので全てが決まるなら、「君はアイドルになるんだ」なんて、言ってほしくなかった。「君はアイドルに向いてない」って言ってほしかったよ、プロデューサーさん。無茶だけど……。
「奈緒はやらないの?」
加蓮が無邪気に笑った。残酷だ。誰に抗議すればいいんだろう。神様?
19:
「あたしは、いい……」
「えー、じゃあお金ちょうだい」
「なんで!?」
思わずツッコンでしまった。たしかに凄いパフォーマンスだったけどな!?
「私だけ恥ずかしいじゃん。ホラ踊れ、早く」
「嫌だよ。あたしは加蓮より下手だし……」
「何言ってんの?
 試験でどうせみんなの前で踊るんだし。
 それに、私より上手か下手かは関係なくない?」
「ある……」
「ないよ」
加蓮は断言した。いっそすがすがしい。
それがあまりにも気持ちよくて、あたしはリクエストに応えることにした。
そうだよな。仮に加蓮が一番上手かったとして、選ばれるのは2人だ。
くやしいけど、あたしにも可能性はある。
加蓮のまえで、一通り動いてみた。
とりあえず最後までやりたかったから、息も切れて、ダンスも飛び飛びだったけど……加蓮は笑わずに見ていてくれた。
「うーん」
加蓮はくちびるになかゆびを当てながら、あたしを見た。
「力みすぎ」
「りきみ」
自分なりに精一杯やっていたら、力が入ってしまう。
それが逆効果だったのか?
20:
「はじめのほうからそうなんだけどさ、奈緒はバッ! バッ!って感じなんだよね。
 でもさ、この曲はもっと……」
加蓮は、波のように身体をくねらせた。
あたしはそれを真似て、動いてみた。
「そうそう。良いじゃん」
これなら力を抜いたぶん、体力が温存できる。呼吸も乱れない。
視界がぱっと明るくなったような気がした。我ながらチョロい女……。
「じゃあ私、帰るから」
「来たばっかりだろ」
「来ただけでもお腹いっぱいだよ」
加蓮がくすくすと笑った。いたずらっぽい笑顔。
もっといろいろと話したかったけれど、引き止める話題もなくて、加蓮は帰ってしまった。
ありがとうって言えなった。ちょっと、胸が痛い。
21:
・・・・・・・
試験当日。
当然といえば当然だけど、みんな緊張していて、会場の空気がきりきりと絞られている。
ここで落ちても、候補生でいることはできる。
だけどそれがもしかしたら、一番つらい道かもしれない。
自分は選ばれなかった。そんな気持ちを抱えて、それでもまっすぐに歩きつづけられるかな。あたしには自信がない。
だから、なりたい。アイドルに。トライアド・プリムスのメンバーに。
ずいぶん後ろ向きな理由だけど、努力はした。今までにないってくらい。
つらかった。でも、逃げずにやってきた。
努力はかならず報われるなんて、思っちゃいない。だけど今だけ、あたしに報いてほしい。
順番は五十音順。あたしの順番はすぐにやってきた。
控え室のみんなを置き去りにして、別室に向かう。
ノックは3回。元気よく。ドアを閉めるときはおしりを見せずに。
「11番、神谷奈緒です! よろしくおねがいします!!」
審査員に向かって、頭を下げる。
レッスンルームと同じリノリウムの床に、あたしの顔がうつる。
笑えって。今日のおまえは、最高のユニットのメンバーだ。
22:
顔を上げて、胸の前で両手を重ねる。
あざやかな……音楽が始まる。
波の、波のようにやさしく。腕をあげて、そう。ここはあの煌めくステージだ。
声がすこし上ずって曲のキーが高くなる。でも、わるくないかも。
ステップは踏まずに、やさしく床にのせる。足音がでないくらい。
今日まで、加蓮の動画を穴があくほど見てダンスを修正した。
曲をなんども聞き込んでイメージを固めた。
自分でも笑えるくらい必死に。
ねだるな、勝ち取れ、さすれば与えられん。
最後まで、やれた。まんべんなく呼吸をいきわたらせて。
歌は正解がわからないけど、とにかく気持ちよかった。
「ありがとうございました!」
審査員の人たちにもう一度頭をさげて、部屋から出る。
ネット通販で高いグッズを買ってしまったときみたいな、やっちゃったよ、あたしって、そんなドキドキ。
加蓮はどうだろう。
待ち合わせをしたわけでもないから、まだ会ってない。
あたしのいた控え室も、最後の番号の子は、読み方がただしければ「タ」で始まっている。
加蓮や他の子は別室にいることになる。
別に仲良しこよしってわけじゃないから、今日加蓮の顔が見られなくてもあたしは全然気にしない。
ちっとも。
23:
・・・・・・・・
高校で、進路相談室に呼び出された。
理由はわかってる。
「神谷、お前本当にアイドルになりたいのか?」
担任教師は深刻な顔で言った。怒っているみたいだった。
なんでだろう。
成績は悪いほうじゃない。
大学は千葉の国公立を、難易度の低い学部から適当に書いたから、かな?
そこで何がしたいってわけじゃなくて、アイドル活動が続けられそうな印象で。
「なんでアイドルになりたいんだ?」
なんで。実際、その理由は自分でもよくわかっていないから、答えられない。
24:
キラキラしたいから。
お金が欲しいから。
カワイイって言ってもらいたいから。
どれだろう。どう答えたら、先生は納得してくれるだろう。
あたしは、あの選抜試験のときにわかったんだ。
理由なんかわからなくたって、これがやりたいんだって。
「おい神谷」
どう言ったって先生はあたしを“更生”させようと躍起になるだろう。
呼び出すっていうのはそういうことだ。
先生はあたし以上にあたしの人生を深刻に考えてて、いや、ちがう。
一匹の17歳の女子高校生の行先を案じていて、こういうふうにする。
きっと先生に中には先生なりの神谷奈緒の人生があって、あたしがそこから外れたり、よそ見をするのが嫌なんだろう。
親は好きにやれって言ってくれたけど……。
あたしは口下手だから、舌先で反抗することも、従順なふりをすることもできずに、うつむいていた。選抜試験のときより、空気が重い。
「黙ってたらわからないぞ。腹を割って、本音で先生に相談してくれ」
どうしてもアイドルになりたいです。なぜかははっきりわかりません。
でも、アイドルになりたいです。
こう言えたら楽になれるかな、どうだろう?
「アイドルは簡単になれるものじゃないぞ」
そう言われたとき、あたしは危うく殴りそうになった。
25:
わかったような口きいてんじゃねえよ。
顔をあげて相手をにらみつけた。これが精一杯だった。
言葉にせずに、考えながら。
簡単じゃないってあんた以上にわかってんだよ。
10代のガキだからって何も知らないと思うなよ。
あたしの気持ちを知りたかったら、あたしの腹を割って勝手に見てくれ。
先生が勝手に話して、あたしはそれにうなずきもせず。
そうしているうちに向こうが折れて、進路相談室から解放された。
ついでに実績も解除された気がする。
“体制側への反抗”……いっそ、ほんとうにロックなアイドルを目指そうか。
学校の窓を割って回ったり、プロダクション内にバリケードを築いてデビューを要求したり……ダメか。あたしギター弾けないもん。
ツマンないな。これでアイドルになれなかったら、もっと。
26:
放課後。電車にゆられて、東京へ。
レッスンはない。でも、行きたい場所がある。
七夕アーケード。
夕方だから、ひとが結構いる。
商店街は、良い匂いがする。
いろんな美味しいものの匂いが、おたがいの邪魔をせずに。他のものを蹴落としたりなんかせずに。
あたしはそのうちのひとつに釣られて、お肉屋さんの前にたどり着いた。
コロッケ。わりと久しぶりの揚げ物。
別に禁止されてたわけじゃないけど、ほんとうにボクサーみたいな気持ちで、しばらく遠ざけていた。それを食べて体型とか顔が変わると思うと、手が出せなかった。
加蓮はそういうの、あんまり気にしないみたいだけど……。
つまり関係ないのだ。そうなのだ! 買うのだ!
趣味も最近できてなかったから、財布が厚い。
なんのためらいもなく言える。
「コロッケください!」
揚げたてのコロッケは包み紙のなかであたたかくて、衣の感触が手につたわってくる。
たまらずにかぶりつく。
サックサクしてて、熱い!
熱すぎて、味がよくわからない。でもきっと美味しいんだ。
だってもう二口目をかじってんだもん。
コロッケと舌が落ち着いてきてわかったこと。
ジャガイモがほくほくしてて、まったりと甘い。
その中に、ごろっと肉の塊があって、とにかくおいしい。
無理だ。食レポなんて。
ちょっとお行儀がわるいけど、コロッケをかじりながら、アーケードを歩いて。
あの短冊を見る。
27:
“アイドルになりたい”
これを書きつづけた子は、いまどうしてるんだろう。
今年もおなじ願いを笹につるすんだろうか。
それとも、もうアイドルになって、あの輝くステージの上に立ってるのかな。
短冊は11個。何歳からかはわからないけど、ほんとうに小さな頃からの願い。
叶ってほしい。叶っていてほしい。
あたしがアイドルになったら、子ども達に夢を見させてあげられるかな。
いまのあたしみたいに、人生にちょっぴり退屈している子をドキドキさせられるかな。
いや……そうしたい。これは願いなんかじゃない。
大人にはわからないかもしれないけど。
10代のガキの、甘い幻想かもしれないけれど。
あたしもアイドルになりたい。
いや、なる。なってみせる。
絶対に。
28:
・・・・・・・・・
試験からまた二週間たった。
レッスンはいつも通りつづいているけれど、みんなはそわそわしている。
そういえば、どういうふうに通知されるのかトレーナーさんは教えてくれなかった。
メールでくるのか。
それとも、厚い茶封筒に準備金がぎっしりつまってて、それを渡されるのか。
我ながら想像が生々しい。リアルじゃないけど……。
そんなことを考えていたら、ステップでつまずいた。
「神谷!」
トレーナーさんから注意が飛ぶ。
「そんなんでユニットメンバーとしてやっていけるのか!!」
たしかにその通り。………あれ?
トレーナーさんは、“しまった”という顔であたしから視線をそらした。
え? 
みんなは気づかずにダンスをつづけてる。
なんだか無性に、加蓮に会いたい。
レッスンが終わったあと、トレーナーさんに居残りを命じられた。
29:
「…………もう気づいたかもしれないが、奈緒」
「はい!」
「……ほんとうに気づいてるのか?」
「いいえ!」
なんの話だかさっぱりわからない。
あたしはダンスの指導がはいるものだと思っていた。
「単刀直入に言わせてもらうが。
 神谷奈緒、お前はトライアド・プリムスのメンバーに選ばれた」
「はい! 
 …………へ?」
間の抜けた声。マヌケだ、あたし。
つまり、あたしは。あたしは、ほんとうに。
「アイドルですか」
「誰が」
「あたしが」
「そうだ」
「あたしって誰ですか」
「お前はお前だ」
「お前って誰ですか」
「神谷奈緒」
あたしは、言葉にならなくて。ヘンな声が出た。
「こんな時、どんな顔をすればいいんですか」
あたしが尋ねると。
トレーナーさんは、今まで見たことがないくらい、やさしい顔で答えた。
「笑えばいいと思うよ」
あたしは笑った。たぶん最高にぎこちなく。
だって実感がわかないんだ、正直。
全部、夢かもしれないって思う。
30:
「夢じゃないぞ」
トレーナーさんは両手で、あたしのほっぺたをひっぱった。
「いひゃい! いひゃいでふ……」
痛い。痛いくらい、ほんとうなんだ。
「そふいへば……」
そういえば、もう1人のメンバーは?
「ん? もう1人が気になるか?」
トレーナーさん、あたしの脳内を直接……!
そうだ。2人選ばれるんだ。
誰だろう、なんて。
「北条だ」
だよな、やっぱり。
31:
・・・・・・・・・・
346プロダクションの前で、加蓮と会った。
「奇遇だね」
加蓮はにやにやと笑いながら、あたしにそう言った。
あんまり緊張してないみたいだ。
服装は、白いワイシャツとチェック柄のスカート。たぶん、高校の制服。
今日は土曜日なのに。加蓮なりにドレスコードを気にしてるんだろうか。
346プロダクションは、中世のお城みたいな見た目だ。
今晩、ここで舞踏会が開かれる。そう言われても、きっと信じてしまう。
意を決して、玄関ホールへ入る。
やっぱりというか、中は修学旅行のホテルみたいな感じだった。
たぶん大理石の床に、正面に受付。うん、まぁ…そうだよな。
受付のひとはあたし達を見ると、にっこりとほほえんだ。
「ようこそ、346プロダクションへ」
その言葉を聞いて、あたしは自分がほんとうにアイドルになったんだって、ようやくわかった。
「こんちわ?」
加蓮はなんだか気の抜けた挨拶をしてる。
アイドルになれたんだぞ。もっとありがたがれ。
ちょっと加蓮にイラっとした。
あたしは“ようやく”アイドルになれたのに、加蓮はそうじゃないのかなって。
32:
事務員のひとに案内されて、2階の会議室に通された。
なんていうか、すごい、ビジネスって感じがする…………語彙力。
カチコチになって座っていると、お茶とお菓子が出された。
喉はカラカラにかわいているけど飲んでもいいのかな、
やばい……こういうときのマナーが分からない……。これからアイドルの活動で必要になってくるのに。
加蓮は出されたお茶をごくごくとのみ、ふつーに包装紙をはがしてお菓子を食べていた。
その無神経さがうらましい。
おしゃべりをするのもヘンで、あたしはただ部屋をキョロキョロしていた。
6月の外気は肌がぬるい。この中は、しんと冷えている。ちょっぴり肌寒い。
エアコンの音と、お菓子をかじる音がやけに大きく聞こえる。
加蓮のほうを見ると、ぽろぽろとこぼしていた。
お行儀が悪い……。
しばらくその様子をながめていると、部屋の扉が開いた。
33:
「おまっとさん」
プロデューサーさん。
スカウトされてから数えるくらいしか連絡を取っていないから、久しぶりだ。まあ、アイドルになれなかったときが気まずいから、あたしが連絡するのを避けていたんだけど。
「おひさだな。神谷さん」
剃り残しのあごを中指でこすりながら、プロデューサーさんが言った。
あたしはうまく返事ができずにうなずいた。
「で、君は」
プロデューサーさんは加蓮のほうを見た。
加蓮はたべかけだったお菓子を口に詰め込んで、飲み込んだ。
「アンタがアタシをアイドルにしてくれるの?」
アンタって。
「アタシ特訓とか練習とか下積みとか努力とか気合いとか根性とか……そーゆーキャラじゃないんだよね。体力ないし。
 それでもいい? ダメぇ?」
あたしは頭を抱えそうになった。いくらなんでも、常識がなさすぎる。
せっかくトライアド・プリムスのメンバーに選ばれたのに。
「がんばらなくても結果を出せるなら、それでもいいよ」
プロデューサーさんが笑った。
大人の対応、って感じだ。
「ふーん。じゃあよろしくね、プロデューサー」
馬鹿。そう言ってやりたかった。
34:
・・・・・・・・・・・
トライアド・プリムスとして活動するのは、まだまだ先になると言われた。
あたし達はまだデビューするには、いろいろと足りていないみたいだ。
アイドルになったって。ぬか喜びだったかな。
このままプロジェクトが空中分解したら最高に…………笑えない。
候補生から卒業になって、プロダクション内のレッスンルームが使えるようになった。
トレーナーさんも別のひとになった……はずなんだけど、顔がまったくおなじだった。
声も。でも、あたし達とは初対面……ドッペルゲンガー?
レッスンの厳しさは養成所の比じゃなかった。
このトレーナーさんの中にはどうやら“及第点”というものがなくて、あたし達に完璧を求めてくる。
レッスン初日から容赦なく、なんども注意が入った。
加蓮は。
加蓮はまた、サボるようになった。あたしと一緒にレッスンを受けなくなった。
交換したLINEに連絡しても、既読がつくけど返事がない。
イライラする。
あんなに頑張ったのに。あたしは。あたしだけだったのか。
そんな簡単に投げ出せないよ。
なぁ加蓮。お前がいたからアイドルになれなかった子もいっぱいいるんだよ。
ずっとアイドルになるためにがんばってる子もいるんだよ。
35:
あの短冊の子だって。
それでもあたしは加蓮と一緒にアイドルがやりたくて、プロデューサーさんに連絡先を聞いた。携帯番号を教えてくれなかったし、LINEの通話には出てくれないから。
電話をかけると、知らない女のひとの声がした。
「はい、北条です」
加蓮のおかあさんかな。家の電話番号だったみたいだ。
「あの……あたし、神谷奈緒っていいます」
「神谷さん?」
声がすこし弾んだ。すごくうれしそうだって、電話越しにわかる。
「加蓮の友達になってくれた子ですよね?」
なんだか、このひともヘンだ。よくわからないけど……。
おかあさんらしきひとは、加蓮に取り次いでくれた。
「もしも?し」
ひどく気だるそうな声。イライラする。
「加蓮」
「なに」
「レッスン、ちゃんと来いよ」
「なんで?」
「なんでって……!」
ダンスも歌も、もっと上手くならなきゃいけないから。
いままで以上に。
36:
そう言いたい。
でも、あたしは、言えなかった。
そうだよ。加蓮はあたしとちがって、ひとりでなんとかなっちゃうんだ。
馬鹿馬鹿しいよ。あたしひとりが必死になるのが。
「奈緒、怒ってるの……?」
耳たぶがすうっとつめたくなった。
加蓮が、いままで聞いたことないような声で、そう言ったから。
「……わるいと思うならきてくれ、レッスンに……」
あたしも、ヘンだ。
イライラして、ムカついて。それでも加蓮と一緒にアイドルがやりたいんだ。
あの日、加蓮があたしを笑わずに受けとめてくれたから。
あたしもちゃんと受けとめたいよ。
「じゃあ、また」
それだけ言って通話を切った。
ほんとうにやっていけるのかな、あたし達。
37:
・・・・・・・・・・・・・
加蓮は、来た。レッスンに。
様子がおかしかった。
肌はいつも以上に白くて、冷房がかかっているのに汗をびっしょりかいていた。
「きたよ、奈緒」
そう笑うのが痛々しかった。
なにか声をかけたかった。でも、イライラが邪魔をした。
すこし体調が悪いからって、やさしくなんかしないぞって。
トレーナーさんは、加蓮を見るなり、びっくりしたような顔をした。
「今日はいいのか、北条」
加蓮は言葉をだすのもくるしそうに、うなずいた。
大丈夫じゃないって。あたしにもわかる。
それでも、レッスンは始まって。
外は雨が降ってた。梅雨だから、部屋の中の空気がしっとりしていて。
38:
それに絡めとられるみたいに、加蓮がくずれおちた。
なんで。
あたしは疑問で頭がいっぱいだった。
そんなにひどい状態なら、レッスンに来なくてよかったのに。
あたしはそんな加蓮が見たかったわけじゃない。
それなのに、それなのに。
加蓮はすぐに運び出された。
こうなることが、あたし以外のみんなには知っていたみたいだった。
ほんとうに?
あたしだって、加蓮の調子がおかしいことはわかっていたのに。
全部、あたしのせいなのか。
でも。だって。あいつだって。
遠くなる加蓮のすがたを見つめながら、あたしはただ立ち尽くした。
39:
・・・・・・・・・・・・・・・・・
あやまるべきだった。
でも、どうやってあやまればいいのかわからくて。
こんなふうになってもまだ、あたしは加蓮にムカついてて。
はじめてレッスンを休んで、七夕アーケードを歩いた。
ここはあたしに勇気をくれるから。
今日は7月7日。みんなが短冊に願いをかけてる。
ひょっとしたら、あの子とあえるかもしれない、なんて。
今もアイドルをめざしてるだろうか。アイドルになったんだろうか。
どっちでもいいから、聞いてみたい。
こんなとき、どうしたらいいのかって。
自分の気持ちより大切なものがあるってわかったとき、どうしたらいいのかって。
あたしは、アーケードを歩いた。
そして今年の笹のまえで、やってくるひとの顔をながめた。
笑っていたり。真剣な顔をしていたり。
なぜか泣いていたり、ちょっと怒っているようだったり。
いろんなひとの願いがあつまってくる。
40:
あたしはなにを願おう。
そう思ったとき、加蓮……にどこか似たひとがあたしを見ていた。
「神谷さん」
加蓮の……おかあさん。
そのはずなんだけど、なんだかおばあちゃんみたい。
つかれきっていて、失礼だけど、すごく歳をとっているように見えた。
おかあさんは、短冊を2枚持っていた。
そのうちの1枚を見て、あたしは、おかあさんから。
おかあさんから、いろんな話を聞いた。
加蓮のいままでのことを、たくさん。
41:
その話がおわったとき走り出していた。
馬鹿は、あたしだった。
42:
知らなかったよ。ずっと、入院してたなんて。
歩いて病院のそとにでられるようになったのが、ほんとうに最近のことだなんて。
加蓮には家族と、お医者さんと看護師さんしかいなくて。
友達になれるはずだった子はみんないなくなったんだって。
どんな服を着ればいいのか、えらべばいいのかわからなくて、制服ばっかり着ているなんて。
退院してから、なんでもひとりでやりたがって、自分の殻に余計にとじこもるようになったなんて。
誰にも心配をかけたくなくて、ほんとうはやさしいのに、ひとを遠ざけるなんて。
知らなかったよ。
誰も見ていないところで、誰よりも努力しているなんて。
43:
あたしは……勝手に決めてけてた。
加蓮は天才で、ひとりでなんでもできるんだって。そういうつもりで付き合おうとした。
レッスンに誘うときも、“なんで”って聞こうとしなかった。
はじめから、加蓮のことなんて知ろうとしていなかった。
全部才能だって決めつけて、それがまぶしくて、その光を見ていたくて。
先生とおんなじじゃん。
『北条加蓮』を勝手につくって、その通りに加蓮を動かそうとした。
最低だ、あたしって。
だけど。
だから、会いにいかなくちゃ。
44:
・・・・・・・・・・・・・・・・
おかあさんに教えてもらった病院のまえで、あたしは突っ立っていた。
ずっと立っていた。
加蓮の検査入院が終わって、今日が退院の日だから。
おかあさんは来ていない。加蓮は、とくにおかあさんに助けられるのをいやがるから。
病院の自動ドアが開いて、制服を来た女の子が出てきた。
「奈緒じゃん」
加蓮はそっぽを向きながら言った。
おこっているんじゃなくて、あたしとおんなじように、困っているみたいだった。
「もう大丈夫なのか」
「ばっちし」
加蓮は視線をそらしたまま、うなずいた。
「あたしは、あやまらないよ」
そう言ったとき、こっちを向いた。
あやまったらきっと、加蓮とあたしは2度と友達でいられなくなる。
だから、あやまらないって決めた。
「でも悪いことをしたから、これをやる」
あたしはわきに抱えていた紙袋をつきだした。
まだ温かい。
45:
「プレゼント作戦ですか、神谷さん」
加蓮がくくくと笑いながら、袋を開いた。
中身はポテトだ。紙袋いっぱいの、山盛りの、フライドポテト。
おかあさんから、好きだと聞いたから。
「これ、全部食べたらまた病院に戻ることになるんだけど。
 顔とかウェストが作画崩壊するかも」
「かもな」
あたしも笑った。やっぱり馬鹿だ。
買うときはそんなこと考えもしないで、必死だった。
46:
「だから、奈緒。手伝ってよ」
あたしはなぜか、泣いていた。
なんでだろう。どうしてもポテトが食べたかったのかな。
加蓮といっしょに。
47:
おわり
元スレ
http://wktk.open2ch.net/test/read.cgi/aimasu/1534110621/
アイドルマスター シンデレラガールズ EXQフィギュア?北条加蓮?
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