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勇者「遊び人と大罪の勇者達」【その2】
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その、美味しそうに食べ物を頬張る姿に。
その、美しき肉体に宿る色気のある姿に。
その、手にした栄光を自慢げに誇る姿に。
その、感情を全面に出して怒りだす姿に。
その、床に寝そべり自由にくつろぐ姿に。
その、欲を張ってひたむきにもがく姿に。
その、となりを見てやきもちをやく姿に。
僕達は、恋をした。
次回「遊び人と大罪の勇者達(後編)」
戦わないことを許してくれた人のために、勇者は戦う。
336:以下、
【前編】
1.暴食の鎧の村
2.色欲の鞭の谷
3.傲慢の盾の街(前編)
☆.賢者の里の思い出
【後編】
3.傲慢の盾の街(後編)
4.憤怒の兜の城下町
5.怠惰の足枷の廃墟
☆.勇者の思い出
6.強欲の腕輪の都市
7.嫉妬の首飾りの王国
☆.魔王城
337:以下、
少年も、冒険譚が好きだった。
平和な場所で育ち、寝る前にお母さんから読み聞かされる「勇者の物語」に惹きつけられた。
いつか自分も、勇者になって、世界を救うために冒険に出ることを夢見ていた。
勇者「ごめん……。本当に、ごめん」
勇者「一人で逃げ出して、ごめん……」
遊び人「…………」
少年は、守れなかった仲間にひたすら謝っていた。
338:以下、
傲慢の街のカジノで遊んでいた夜。
遊び人が休憩所で寝ている間、コンテストの時の不調が残っていた勇者は抜け出して、トイレで吐いていた。
しばらくして戻ると、遊び人が兵士によって捕らわれていた。
ひときわ強い気配を放つ女性が勇者に気付き、歩み寄ってきた。
事態も飲み込めないまま――けれど危険な事態だと気づいた勇者は――遊び人とあらかじめ定めていた取り決めに従った。
勇者は遊び人を置いて逃げ出した。
そして、移動の翼によって以前訪れた「花の香りの村」にたどり着いた後、自殺を図った。
2人の取り決めは正しい機能を果たした。
まず、花の香りの村に移動したことは正解だった。傲慢の街の教会は、既に”傲慢”の部下が包囲していたからだ。
しかし、勇者が移動の翼で花の香りの街にたどり着くまで、遊び人は”傲慢”から脳内に微弱の電流を流される拷問を受けていた。
幾程かの時間が経った頃。
身体にしびれが残る中、遊び人は僅かな隙きをつき、毒針を自身の身体に刺した。
2人が死亡したことによって、花の香りの村の教会で勇者は蘇生した。
勇者が神父に所持金のほとんどを渡し、遊び人を復活させた時だった。
遊び人「……ぎやぁあああああ!!!!!!!」
蘇った瞬間から遊び人は激しく暴れだした。
勇者が何を語りかけても、苦しそうにもがいていた。
時間が経って落ち着いたかと思うと、しくしくと泣き出してしまった。
遊び人は、里にいた頃の記憶に悩まされているようだった。
勇者は、女々しく見守ることしかできなかった。
戦闘能力が著しく低い。
それだけのことで、失ってしまうことは、あまりにも多かった。
339:以下、
遊び人が宿で一日中眠っている間、勇者はお金を稼いでいた。
といっても、戦闘能力が並に劣る勇者は、強力な魔物を倒すようなクエストには挑まなかった。
道具集めや素材集めなど、普通の冒険者が行うようなクエストをこなし、お金を稼いだ。
暴食の村や色欲の谷に戻ることも頭を過ぎったが、「里を壊滅させた男」と出くわす可能性があるため、一度訪れた大罪の地に足を踏み入れることはしなかった。
勇者「ずっと前に遊び人が話してくれた里で起きた大事故の話」
勇者「里を壊滅させるような男に、俺が勝てるわけがない」
遊び人が精神を病んでいる今、勇者には為す術がなかった。
どうすればいいか答えを見出すことができず。
遊び人の心が落ち着くまで、お金を稼いでためていた。
340:以下、
10日ほど経った頃。
遊び人「全額賭けるのよ!!ここで勝負に出ないでどうするの!!それでも冒険者の端くれなの!?ガンガンいきましょ!!」
勇者「俺の一週間を紙切れにするつもりか!!」
モンスターレースの闘技場で、2人は口論をしていた。
賭け事に誘っても最初は宿から出るのを嫌がっていた遊び人も、小さな闘技場に連れてこられ試合を見ているうちに、勇者の期待以上に興奮してしまっていた。
村人の騒音と歓声が響く中勇者は尋ねた。
勇者「あのさ!ずっと聞きたかったんだけどさ!」
遊び人「なぁに!?」
勇者「賭け事のなにが楽しいの?」
遊び人「つまんないこと聞くなぁ!!!」
歓声にかき消されないように遊び人は大声で話す。
遊び人「私だって遊び人になる前はそんなに興味なかったよ!」
遊び人「転職を境に、大きく変わってしまったみたいなの!」
遊び人「元々の素質はあったんだと思うよ。里のルールをよく破ったし。外の刺激的な世界に興味があったし。それを、賢者という職業だったから抑え込まれていたんだと思う」
遊び人「あなたはこういう人間だと周りから決めつけられることで、そのとおりになることもあると思うよ!」
勇者「そんなもんなのかなぁ!」
遊び人「わかんない!とにかく今は、全額ベッドするのみよ!!」
勇者「だめ!!今度は俺が寝込む番になる!!」
遊び人「宿代もなくなっちゃうし私は働かないから野宿だね!!」
勇者「働けよ!!」
遊び人「遊び人は働かないことで職務をまっとうする職業なんだもの!!さあ、賭けるわよ!!」
勇者「ちょっと!!!」
勇者は困りながらも、遊び人が元気を取り戻したことに安堵していた。
そんな勇者に対して、歓声にかき消されるような小声で遊び人はつぶやいた。
遊び人「それにね、好きな所に来れたことが嬉しいんじゃなくてね」
遊び人「好きな所に連れてきてくれたことが嬉しいの」
341:以下、
勇者「珍しく勝ったな。珍しく小金持ち状態だ。今日こそはお前のギャンブル魂に感謝しないとな」
遊び人「…………」
勇者「遊び人?」
遊び人「えっ、ああ。そうだね。何食べよっか」
遊び人は時々、ぼーっとした表情で何か考えことをしているように見えた。
勇者「ひとつ、言いたいことがあったんだ」
遊び人「どうしたの」
勇者「見捨てて逃げてごめん」
遊び人「もともと、そういう取り決めだったでしょ」
遊び人「勝てない敵に出会った時は、勇者が遠くに逃げて自殺を図る。そのあと私も自殺を図れば、勇者の位置を基準に、最も近い教会に精霊が運び込んでくれる」
遊び人「精霊は戦闘による死に恐怖を与えない。どくばりを自分に刺したところで私の記憶は途切れてる」
遊び人「だけど、あの拷問はつらかったな。傲慢の勇者」
遊び人「勇者という職業のみに与えられる雷属性の力を使って、かなり特殊な呪文を開発したみたい。あれは、隠し事を話させる呪術だった。戦闘能力もさることながら、かなり高度な呪術師でもあるみたい」
遊び人「私が『隠さなければ!』と感じた記憶に関する部分が頭の中でいきなり膨れ上がったの。言葉にしないと爆発しちゃいそうなほどの頭の痛みに襲われた」
勇者「それでも、話さなかったのか」
遊び人「そうだね。話さなかった」
遊び人「出会った頃の勇者には、簡単に話していたのにね」
342:以下、
遊び人「勇者、お金には充分余裕があるよね」
勇者「あるけど」
遊び人「私、もう一度あの傲慢に挑むわ」
勇者「狂気の沙汰だ」
遊び人「正気だよ。勝機もあるし」
遊び人「勇者がこの街に残り続けて、私が単身で乗り込むの」
遊び人「それで、悪いけど、勇者にはあらかじめ死んでいてもらう」
遊び人「私が傲慢の装備を奪ったら、私も自殺を図る」
遊び人「盗んだものは所有物となる。2人が死んでいた場合、私の身体は強制的に勇者の元に償還されて、勇者だけがこの街の教会で蘇る」
遊び人「これで簡単に盗めるわよ」
勇者「うまくいくのか。そもそもどこに傲慢の装備があるのかもわからないんだぞ」
遊び人「心当たりはあるの」
勇者「山勘か?」
遊び人「そうね」
遊び人「でも、やるしかないの」
遊び人「私はさ、挑まなければ寿命が尽きる運命だから」
遊び人「遊び人のくせに、戦い続けなくちゃ、死んでしまうんだもの」
343:以下、
?傲慢の街?
傲慢「あはははは!!!」
傲慢「私より傲慢な人間がいたなんて!!それとも単なる愚か者なのかしら」
傲慢「私を殺して、大罪の装備でも奪うつもりかしら」
遊び人「あなたは殺さない。けれど、大罪の装備は奪う」
遊び人「その、”傲慢の盾”を!!」
遊び人は傲慢が撫でている盾を指差した。
トロフィールームで、遊び人と傲慢は再び対峙した。
344:以下、
遊び人「このトロフィールームの中で、唯一文字の掘られていなかった盾」
遊び人「傲慢の盾に選ばれたあなただからこそ、無防備にもそれを目立つ場所に持ち運ぶ」
遊び人「自分から奪えるものなどいないと、タカをくくっているから」
傲慢「そうね。でも、わかったところで、どうしようもないわよ」
傲慢「精霊の加護の恩恵で、何度蘇っても同じ。あなたじゃ私から盾一個奪えないわ」
傲慢「何度も蘇る数多の勇者を、魔王が全て薙ぎ払ってきたようにね」
傲慢「いいわよ、来なさい」
遊び人は、短剣を、置いた。
遊び人「戦わない」
傲慢「どういうつもり?」
遊び人「私は遊び人だから、戦わないの」
傲慢「だったら、一方的に苦しみなさい」
傲慢の勇者は、前回同様遊び人の脳に電流を流した。
345:以下、
傲慢「はぁ……はぁ……」
傲慢「これが……」
傲慢「あなたが隠していた、過去の秘密ね……」
傲慢は汗を流し、息を切らしていた。
遊び人は、今回は全く抵抗をすることなく、自分の頭のなかに秘められている「賢者の里」に関する過去を全て傲慢に伝えた。
遊び人「言ったでしょ。私達は本当に殺していない」
傲慢「だったら、前回の時に教えてくれても良かったじゃない」
遊び人「あなたが信頼に足る人物かわからなかったんだもの」
傲慢「この数日間でどうやって信頼してくれたのかしら」
遊び人「この部屋にある盾の名前を、全部覚えていたの」
遊び人「あなたが過去にしてきた貢献を、一個一個、調べてきたの」
遊び人「魔王が姿を消した後の小国の争いで、あなたが陰ながらこの街を守り続けてきた英雄だということもわかった」
346:以下、
傲慢「あなたは、里の人間の寿命が吸い取られた7つの装備を身に付けて、寿命を取り戻したいのね」
遊び人「そう。だから、あなたの装備を譲って欲しいの」
傲慢「他の装備を全部集めてから私のところに訪れることは考えなかったのかしら」
遊び人「時間がないの。私の里を壊滅させた男が、次はこの街に来るの。この街の急激な発展が、傲慢の盾による影響だとかなり強く疑っているの」
傲慢「あなたの持ってる”封印の壺”に入れれば、安心ってわけね」
遊び人「あなたも危ないわ。だから、はやくこの街から……」
傲慢「私を誰だと思ってるの?」
傲慢「傲慢の勇者よ。傲慢が許される強さを供えた勇者よ」
傲慢「勇者殺しの人物は私が殺してあげる。安心なさい」
遊び人「それじゃあ、傲慢の盾は」
傲慢「私の最も愛おしい装備を、どうして他人の命のために譲らなきゃいけないのよ」
傲慢「私は私が輝くために他人に力を貸しただけ。他人に力を貸したかったわけではないのよ」
傲慢「少ない余生をあの頼りない男と過ごすことね」
遊び人「そんな……」
傲慢「どうしても欲しかったら」
傲慢「私と、戦って勝ちなさい」
347:以下、
?夜中の闘技場?
傲慢「ここに入るのは懐かしいわ。昔はここで魔物と戦ったりしたこともあったわ」
傲慢「さて」
勇者「……傲慢の勇者」
傲慢「避けられない戦いがあるの。今までの武具はまわりくどいやり方で手に入れたそうだけど。私はこのやり方でしか認めないわ」
傲慢「戦闘で、実力で、私と戦って勝ちなさい」
傲慢「勝てないものに、世界は何も与えなどしないわ」
遊び人「私達が負けたら」
傲慢「負けるに決まってるわよ。100%勝敗が決まってる勝負に賭け事は成立しないわ」
傲慢「あなた達の持ってる、暴食と色欲の装備にも、私には興味がないもの。誇りで満たされたこの街に、そんな不潔な欲望など害悪でしかないわ」
傲慢「決まってる戦いを終わらせましょう」
勇者は剣をかまえた。
勇者「ああ、やってやるさ」
傲慢「無駄なことよ」
勇者「やってみなくちゃわからない」
勇者「勝てる見込みが限りなく0に近くても、闘わなくちゃいけないときがあるんだ!」
傲慢「あははは!!」
勇者「何がおかしい!!」
傲慢「0よ」
傲慢「積み重ねてきた者を、積み重ねて来なかった者が打ち負かすなんてこと、ないのよ」
傲慢「まぁ、大罪の装備でも使えば結果はわからないかもしれないけれど」
勇者「使わない」
勇者「壺を割らないと装備は取り出せない。それに、壺を割ったら賢者の里を滅ぼした男に居場所を感知される恐れがある」
傲慢「やっぱり勝つ見込み0じゃない」
勇者「やってみなくちゃわからないって、言ってるだろ!!」
勇者は踏み込んだ。
348:以下、
勇者「はぁ……はぁ……」ボタボタ…
勇者「勝負……ありだな……」
勇者は倒れた。
遊び人「勇者!!」
傲慢「だから言ったでしょ。傲慢の盾を使うまでもなかったわ」
傲慢の勇者の圧勝だった。
傲慢「ねこだましをたくさん使ってくれたわね。剣に見せた魔法銃だったり、移動の翼をばらまいて私を場外に飛ばそうとしたり」
傲慢「あなたの生き方の集大成を見れたわよ。何も積み重ねず、その場しのぎで、こうやっていつも生きてきたんだなって」
傲慢「あなたたちが20年かけて積み重ねてきたものがあるとして、それを私が1日で打ち勝つって言ってきたらどう思う?何を馬鹿なことを、と思わない?それと同じよ」
傲慢「結局、あなたが私に勝ってるのなんて、運の良さくらいなんでしょうね」
策は尽くした。
あらかじめ地形を調べ、武具を買い、事前にしかけられるものは調べていた。
月や天気についても調べ、あらゆる”運”をこちらに傾けようとした。
しかし、実力差を埋めることはできなかった。
349:以下、
傲慢「少なくとも、今の今の戦いで証明できたわね」
傲慢「あなた達が話していることは本当だと」
傲慢「だって、そんなに弱いはずないもの。暴食の勇者、色欲の勇者を倒せたわけがない」
傲慢「ねえ」
傲慢「あなたって、本当に勇者なの?」
勇者「…………」
遊び人「勇者」
遊び人「諦めましょう」
遊び人「近いうちに里を滅ぼした男が来るわ。私達がこの街に残り続けて、存在がばれるのが一番まずいことよ」
遊び人「逃げましょう」
遊び人は移動の翼を取り出し、空へと飛び立った。
傲慢が追撃してくることはなかった。
勇者たちは逃げ出した。
350:以下、
勇者は一日にしてならず。
毎日剣を振るって腕の力が付くように。
毎日戦略を練って思考に磨きがかかるように。
毎日勇気を出すことで、より大きな恐怖に打ち勝つことができる。
やり直しに依存した勇者など。
勇気を、持ち合わせているはずもなかった。
逃げ続けてきた勇者も、否応なしに感じさせられた。
このまま実力をつけなければ、今以上に取り返しのつかないことになる、と。
351:以下、
勇者たち一行は、移動の翼で色欲の谷の隣町にたどり着いた。
遊び人「色欲の谷の勇者の仲間は、彼が死んだという噂を知らないかもしれないわ」
遊び人「精霊の加護が引き剥がされている可能性を伝えておかないと」
勇者「ああ……」
偶然にも、2人は家の前で楽しそうに談笑していた。
勇者と遊び人は2人に話しかけた。
魔法使い「あいつが死んでるかもしれないって?」
僧侶「あいつの棺桶はどこにあるのよ。教会で蘇らせなきゃいけないじゃない」
魔法使い「私達が自殺して、色欲馬鹿を蘇らせろってお願いでもしにきたの?」
遊び人「駄目です。違うんです」
遊び人「彼は、もしかしたら、精霊の加護ごと……」
この後の2人の表情は忘れられない。
無力感に打ちひしがれた夜だった。
352:以下、
数日後。
傲慢「この街も、虚栄心に見合う実態を求めて、なかなか強くなったわね」
参謀「周囲の強国に飲み込まれずに済んだのも傲慢様のおかげです」
参謀「けれど、気にかかるのが……」
傲慢「憤怒の城下町。そろそろ、あの王国との冷たい戦争に答えを示さないといけないわね」
傲慢「手はず通りにお願いするわ」
参謀「仰せのままに」
傲慢は他国との争いの問題の対処に追われていた。
弱者の遊び人たちの言葉など、頭の片隅に追いやられていた。
事実、傲慢の勇者を襲う者はいなかった。
傲慢「傲慢の盾。自尊心を守る盾」
傲慢「私は一体、何と戦っているのかしらね」
【傲慢の勇者の思い出】
後述。
353:以下、
神鳴り。
かみなりの語源は、神の怒りの声だと言われている。
勇者のみに使用が許される雷の属性は、勇気の象徴でも、ましてや優しさの象徴でもなく、まさに怒りの象徴であった。
怒りとは、震わすものである。
7つの大罪の感情の中で、人が人を殺害する最も多くを占めるのが怒りである。
また、憤死という言葉があるように、人は怒りで自死することもある。
怒りは真実の指標でもある。
的はずれなことを言われても人は怒りで人を殺さない。
真実をついてはいけないのは、相手の逆鱗に触れるからだ。
龍も頭は撫でてもいいが、鱗を逆撫でしてはいけない。
力無き戦士に、弱さを指摘してはいけない。
さ無き武闘家に、鈍さを指摘してはいけない。
神に裏切られた僧侶に、信仰の疑いを指摘してはいけない。
魔力弱き魔法使いに、緻密さの欠如を指摘してはいけない。
愚かな賢者に、知力の低さを指摘してはいけない。
逃げ出した勇者に、臆病さを指摘してはいけない。
なぜなら。
怒りをかって、殺されるからだ。
【第3章:憤怒の街『血の登る兜』】
何を言っても笑って許してくれたのは、遊び人だけだった。
354:以下、
勇者「…………」
きのこの魔物があらわれた。
勇者たちはにげだした!
幼虫の魔物があらわれた。
勇者たちはにげだした!
鳥の魔物があらわれた。
勇者たちは逃げ出した!
遊び人「(どうしよう……。勇者が自信喪失し過ぎて、現れた魔物全てから逃げ出している……)」
遊び人「(励ましてあげたほうがいいのかな……)」
切り株があらわれた。
勇者たちは逃げ出した!
遊び人「それ単なる木の切り株だから!魔物ですらないから!」
勇者「躓いたら死んじゃうかもって……」
遊び人「どうせ3G払えば蘇るわよ!かんおけ引きずってあげるから堂々としなさいよ!」
遊び人は怒り出した!
勇者「ひっ……!」
勇者は逃げ出した!
遊び人「ちょっと!待ちなさい!」
355:以下、
勇者「…………」ションボリ
遊び人「…………」
勇者「…………」ションボリ
遊び人「んふっ」
勇者「……どうしたの」
遊び人「いいね」
勇者「なにが?」
遊び人「私だったら、見られたくないところを見られたら、怒ったり、不機嫌になっちゃうもの」
遊び人「傲慢の町の影響を受けていたらなおさらそう。折られたプライドを人から指摘されるのを怖れて、威嚇するのが普通だと思う」
遊び人「勇者は怒らないからいいな」
勇者「……ありがt」
とりのふんが落ちてきた!
勇者達はにげだした!
遊び人「前言撤回!ちょっとは悔しさをバネにできないの!」
356:以下、
遊び人「本当に世話が焼けるわね」
勇者「いくら世話を焼いても今の俺に火はつかないよ」
遊び人「焼け石に水ね」
勇者「むしろ水を燃やすのに近い」
遊び人「口だけは達者なんだから……」ケホッ…
勇者「どうした、体調悪いのか?」
遊び人「うーん、正直ちょっと熱っぽいかも。でもよかった、ちょうど街にたどり着いた」
勇者「早く宿屋に行って休もう。あの、すいません。この城下町の名前は……」
案内人「そんなことも知らねえできたのかよおお!!!!ぶっとばしてやんよおおお!!!」
案内人が現れた!
コマンド 会話
遊び人:ちょっと、なにエンカウントしてるのよ!
勇者:きっと、『憤怒の街』に到着したんだ。
案内人のこうげき!
勇者に27のダメージ。
勇者はしんでしまった。
遊び人はにげだした!
357:以下、
神官:何死んでんだよおお!!命を粗末にしてんじゃないよおお!!!
勇者「すいません……でもお金は払ったし」
神官:5Gってええええ!!!!お前なんでそんなに命安いんだよおお!!!命を粗末にしてんじゃないよおお!!!
勇者「すいません……」
遊び人「この街の人みんなキレすぎじゃない?」
神官「キレて何がわるいんだよおお!!!!」
遊び人「うるさいんだよおおおお!!!!」
勇者「お前も怒るなよぉおおおお!!!!」
勇者「まったく。血気盛んでやんなっちゃうな」
遊び人「まあまあ。私たちは穏やかにいきましょう。嬉しいことに、勇者の命もちょっと値上がりしてたね」
勇者「2G命の価値があがったな」
遊び人「精霊様に少しは認められたのよ」
勇者「相変わらず弱いままだけどな。7つの大罪道具全部集める頃には10Gになってるといいな」
遊び人「…………」
勇者「心配すんなって。他の装備も集め終えたら、傲慢の盾を奪いに行こう。封印の壺を割って、他の装備全部身に付けたらさすがに勝てるっしょ」
遊び人「それはいいんだけど、あんまり勇者の命の値段が上がりすぎるとすてみ戦法ができなくなっちゃうのが心配で……」
勇者「俺の心配をしてくれない?」
358:以下、
遊び人「ううー、宿屋どこにあるのよー」ケホッ…
勇者「城下町は広くて歩くのも大変だな。ほれ」
遊び人「いや、おんぶのポーズ取らなくていいから」
勇者「なら、ほれ」
遊び人「お姫様抱っこのポーズとらなくていいから」
勇者「おんぶのポーズだよ。前から抱えるんだって」
遊び人のこうげき
勇者に24のダメージ
勇者「グボ……」
遊び人「まったく、病人を怒らせないでほしいわ。憤怒の装備の影響で、これからもっと怒りやすくなるわよ」
勇者「確かに町人からも血気盛んな感じがするな……」
359:以下、
兵士A「ああー!!腹立つわぁ!」
兵士B「どうした?」
兵士A「聞いてくれよ。昨日団長がさ、俺を飲みに誘ってくれたわけ」
兵士B「おう」
兵士A「俺も下戸だからさ、遠慮がちに断ってるとさ」
兵士A「『ちょっと、いっぱい引っ掛けるだけだから』って言ってきて。一緒にいくことにしたわけ」
兵士B「おうおう」
兵士A「そしたらよ、団長ってば」
兵士「お酒、二杯飲みやがった」
兵士B「腹立つわぁああああああ!!!!!!」
兵士A「腹立つだろぉおおおおお!!!!!!」
兵士B「いっぱい引っ掛けるっていったのに、二杯かよ!!!」
兵士A「それでさすがに俺もカチンときてさ。『いっぱいじゃなかったんですか?』ってキレ気味に言ったわけよ」
兵士B「おうおう」
兵士A「そしたらなんと、次々とお酒をおかわりしはじめたわけ」
兵士B「どういうことだよ?」
兵士A「俺が眉をひそめて見てたら、したり顔でこう言いやがった」
兵士A「『いっぱい(たくさん)』」
兵士A「腹たつだろぉおおお!!!」
兵士B「腹立つわぁあああああ!!」
夫人A「聞いてくださいな。昨日、主人に酷いこと言われましたの」
夫人B「あら、新婚なのにどうしてまた」
夫人A「最近口喧嘩が多くてね。昨日は特段ヒートアップしてしまって」
夫人A「私も、ついね。『賢者の石の角に頭をぶつけて死ねばいい!!』って言ってしまいましたの」
夫人B「ふんふん」
夫人A「そしたら、主人が『やくそうを喉につまらせて死ね!!』って言ってきたんですよ!!」
夫人B「まぁ!!!!!」
夫人A「わたしは、まだ、伝説上の物じゃない?無限に回復を垂れ流すという冒険譚に出てくるアイテムで。それに、そんなものなら頭の角にぶつけても回復しそうなものじゃない?」
夫人A「でも、やくそうは普通に実在するじゃない!!喉につまらせたら絶対死ぬじゃない!!リアルじゃない!!」
夫人A「さすがの私もカチンときましてね。『あなたなんか、毒消し草と毒草を、間違えて塗り込めばいい』って言ってやったのよ!!」
夫人B「ふんふん!」
夫人A「そしたら」
夫人A「『いやっ、間違えないだろ……』」
夫人A「『仮に間違えても、毒消し草を塗ればいいし、呪文で解毒するか、教会に行けば治して貰えるだろ……』」
夫人A「ですって!!!!」
夫人B「まぁ!!!!!」
夫人A「芸がない!!順当過ぎる答えだわ!!!」
360:以下、
遊び人「大罪の装備の影響はすごいわね。この街の口論の激しさといったら」
勇者「憤怒の装備か。一体どんなものだろうな」
遊び人「大罪の力とは関係なしに、怒ってると寿命が縮みそうなものよね」
勇者「遊び人ってどんなことに対して1番怒ったりするの?」
遊び人「パーティメンバーのセクハラくらいよ」
勇者「そりゃあひどい仲間がいたもんだな」
遊び人「…………」ジィー…
勇者「…………///」テレ///
遊び人「はぁ……」
361:以下、
遊び人「勇者はこれだけは許せないみたいなのってある?」
勇者「善を否定し、悪を尊ぶ輩かな」
遊び人「いやそういうのいいから」
勇者「そもそも怒ること自体そんなないからな。遊び人は本気で人を怒ったことってある?」
遊び人「えー、どうだろ」
遊び人「親に本気で怒られたレベルで、私が他人に怒ったことってそういえば一度もないかも。友達と喧嘩したことならそりゃあるけど」
遊び人「怒るのってさ、怒られるより、怒るほうが疲れるじゃない?一度私の里の子どもたちがけっこうな悪ふざけしてて、注意したことがあったんだけどね。注意した自分が嫌で、なんか1日中モヤモヤしてた記憶がある」
遊び人「怒るほうも、怒られるほうも嫌なのに、今日も世界中で人々は怒り怒られてるんだろうね。1日を回していくのに必要な行為なんだろうね」
勇者「俺は怒られてばっかりの人生だったからなあ」
遊び人「たまには怒る側にまわってみたら?何か違う視点が見つかるかも」
勇者「できるかなぁ……」
遊び人「やってみたら?」
勇者「…………」
勇者「……!?」
遊び人「何か閃いた?」
勇者「おいっっっ!!!!!」ゴゴゴゴ…!!!
遊び人「は、はい!!」
遊び人「(す、すごい剣幕……)」
勇者「どういうつもりだ!!!!!!自分が何をしてるのかわかってるのか!!!!!」
遊び人「(いつにない迫力じゃない……)」
遊び人「ご、ごめん!心当たりがなくて……なんかしちゃったかな……」
勇者「遊び人なのに、バニースーツを着てないとは服務規程違反だ!!!今夜は俺様が直々に……」
遊び人「そういうセクハラがむかつくってさっき言ったばかりでしょうがあああ!!!」ゴゴゴゴゴ!!!!
勇者「ずびばぜんでじだ!!」ブルブル…
362:以下、
?宿屋?
勇者「ただいま。具合はどうだ」
遊び人「おかえり。一眠りできたけど、熱はあがってきたかも」
勇者「しばらく寝てろ。こればっかしは呪文でも精霊の加護でも治せないからな。明日薬もらってくるよ」
遊び人「ありがとう。勇者は街探索どうだった?」
勇者「こんなに聞き込みが大変な街はなかった……。かき集めた話によるとこうだ」
勇者「この国の勇者であり、王子だった男が魔王討伐の戦いから帰ってきた」
勇者「昔の王様が”憤死”した後。王子が即位した」
勇者「王子は非常に有能で、弱小国家だったこの街の軍事力を強くした。経済も発展し、飢えもなくなった」
勇者「町の人は『魔王がいなくなってから人々は血気盛んになった』って言ってるけど、憤怒の装備を持って帰国した王子の影響だろうな」
遊び人「城に保管してるのかしら。盗もうとしているのがばれたら処刑されてしまうかもしれないわね」
勇者「処刑はいいけど投獄されたら困るな」
遊び人「そもそも相手が王子様となると、会うのは難しいわね」
勇者「どうすりゃいいかな。ううー、考えるだけで頭が痛い」
遊び人「熱は熱でも知恵熱ね。今日はもう寝ましょ。ごめんね、所持金も少なくて同じ部屋で寝ることになっちゃって」
勇者「くうきかんせん、だったっけか。気にすんな。同じ釜の飯を食う者同士、同じ病を培養しようじゃないか。ふっはっは!!」
遊び人「……今感じてる頭痛はきっと熱のせいではないわね」
363:以下、
?翌朝?
勇者「ううー、もう昼ごろか。二度寝最高」
勇者「布のカーテン越しに寝息が聞こえる。遊び人はまだ寝ているみたいだな」
勇者「そんなに大事じゃないみたいだし、遊び人が寝ている間に町の様子でも見に行ってみるか。道具屋に薬も買いに行こう」
ガヤガヤ…
勇者「なんか広場の方が騒がしいな」
町娘A「これ、本当かしら」
町娘B「この町だけじゃなくて、色んな国にこの広告が張り出されてるらしいわよ」
町娘A「私絶対立候補するわ!!」
町娘B「私もよ!!」
勇者「あの、何かあったんですか」
町娘A「王子様が結婚相手を募集するそうなのよ!!選考を勝ち抜いた者が王子様の后になれるの!!」
町娘B「王国を救い、戦闘能力も高くて、何よりハンサムな王子様!!ちょっと怖いという噂もあるけれど、惹かれる女性はたくさんいるでしょうね!!」
勇者「それは、男でも出られるのか」
町娘A「…………」
町娘B「…………」
町娘A「募集に制限は書かれてないけど……」
364:以下、
勇者「ただいま。起きてたか」
遊び人「おかえり、勇者」
勇者「調子はどうだ?」
遊び人「うーん、まだちょっと……。ギャンブルに行く気もおきない」
勇者「大丈夫か!?血は出てないか!?身体に毒はまわっていないか!?」
遊び人「どれだけギャンブル狂だと思ってるの……。ところでさっきまで勇者は何をしてたの?」
勇者「俺か。俺さ」
遊び人「うん?」
勇者「王子様と、結婚しようと思う」
遊び人「ぐはァ!!?」ゴホッゴホッ!!!!
勇者「何だ今の、やっぱり血吐きそうな勢いじゃねーか」
遊び人「ど、どういうことよ!」
勇者「王子様が結婚相手を募集し始めたらしい。今度選考が城の中で行われるんだ。城の内部に侵入して、情報を集めてみようと思う」
遊び人「な、なんだ。そういうことね」ゴホッゴホッ
勇者「遊び人は寝てろ。ちゃっちゃと盗んで脱出してやるから」
遊び人「うん、ごめんね」
勇者「気にするな。ところでさ」
遊び人「うん?」
勇者「やっぱり好きなのか」
遊び人「何が?」
勇者「男同士の恋愛」
遊び人「好きじゃないよ!!変なキャラ付けやめてよね!!」
勇者「病気は治らないか……」
遊び人「熱の話よね?そうよね?」
365:以下、
王子の后候補の選考に勇者がエントリーをしてから、数日が経った。
体調が治りつつあった遊び人は、”ちょっと気分転換に”ギャンブルをしに行き、再び体調を崩し寝込んだ。
珍しく勇者が遊び人に怒って説教をした。
勇者は街の小さなクエスト(物品の収集)をこなし、日銭を稼いだ。
ぼろぼろの安い宿屋に泊まる日は続き、王子の后候補の選考の日が訪れた。
366:以下、
?選考会場?
女性A「……ちょっと、あれ」ヒソヒソ…
お嬢様A「何かしら……」ヒソヒソ…
勇者「視線が痛い」
勇者「遊び人に着させるつもりだったバニースーツ着て来たけど、目立ちすぎたか」
兵士「準備が出来た。筆記試験を行うため順番に入室するように」
町娘「筆記試験なんて聞いてないわよ!!私の特技は料理とお裁縫なのに」
お嬢様「どういう問題かしらね。自分の経歴とか、結婚動機とかを書く問題だったらいいけど」
兵士「制限時間は30分間とする。その間入退室は禁ずる。退出するものはその時点で受験資格を失う」
勇者「(やべっ、トイレいっときゃよかった……。遊び人のためにつくったおかゆを俺が食べすぎたせいで尿意が限界に近い……)」
兵士「全員席についたな。申し付けがあるものは手をあげて近くの試験監督に相談するように」
兵士「それでは、試験を開始する!」
367:以下、
問1 ヒュブリスへの諌め
「殿も御存じのごとく、動物の中でも神の□□に打たれますのは際立って大きいものばかりで、神は彼らの思い上がりを許し給わぬのでございますが、微小のものは一向に神の忌諱にふれません。また、家や立木にいたしましても、雷撃を蒙るのは常に必ず最大のものに限られておりますことは、これまた御存じのとおりで、神は他にぬきんでたものはことごとくこれをおとしめ給うのが習いでございます。神明はご自身以外の何物も驕慢の心を抱くことを許し給わぬからでございます」
□□に入る単語を記入せよ。
問2 精霊の加護の特性
一人の戦士に対して、勇者Aと勇者Bがパーティメンバーに同時に加入させることは可能であるか、それとも不可能であるか。
可能である場合、勇者Aは町A、勇者Bが町Bで同時に死亡した場合、2人から同距離の町Cにいる戦士が死んだ場合はどちらの町で復活するか。
問3 時事
魔王消滅の噂が流れた後、情勢は大きく変化している。憤怒の城下町と呼ばれるこの王国も……
問4 ……
勇者「(なんだよこれ!!)」
勇者「(嫁候補の問題だろ!!なんでこんなわけわかんない問題出すんだよ!!)」
勇者「(精霊の加護の特性だなんて。勇者の存在を公にしているこの国ならではの問題とも言えるけど……)」
勇者「(一体どうすりゃ……)」
勇者「(ハッ!!)」
勇者「(よく考えろ!!これは嫁探しの試験だ!!嫁目線で回答すればいいんだよ!!)」
勇者「(試験の鉄則、わかるところから埋めよう)」
問3 時事
回答:わたしバカだからわかんなーい☆
でも、鶏肉の調理には自信があります!!王子様には甘いお菓子もいっぱいつくってあげたいです!!
勇者「(よし、まず1問解けた!!)」
問1 「ヒュブリスへの諌め」
「殿も御存じのごとく、動物の中でも神の■■に打たれますのは際立って大きいものばかりで……」
勇者「(はっはーん。これは巧みな、夜の生活に関する問題だな。確かに、夫婦生活を営む上で欠かせない問題だからな)」
勇者「(神=王子様だといいたいわけか。神に打たれるのは大きいもの……つまり巨乳か)」
勇者「(答えはムチだ!!憤怒の勇者は巨乳をムチで打つのが趣味な変態なわけだ!!)」
勇者「(解ける、解けるぞ!!この調子で他の問題も!!)」
368:以下、
憤怒「選考の様子はどうだった」
家臣「滞りなく。筆記試験を無事終えました。面接の予定は……」
憤怒「面接は飾りのようなものだ。筆記試験はどうだったんだ」
家臣「優秀なものが3名」
憤怒「そうか」
家臣「かつての彼女に伍する頭脳の持ち主探しですか」
憤怒「何か問題でも?」
家臣「い、いえ。滅相もございません」
369:以下、
遊び人「薬がきれちゃった……」
遊び人「勇者の帰りいつになるかわかんないし、ちょっと買ってきちゃおうかな」
?道具屋?
遊び人「こんな症状でして……」
薬剤師「まだ喉が少し腫れてるようね。調合するので少し待っていてくださいな」
薬剤師「暇だったらそれでも解いてて。難しくて私はろくに解けなかったよ。今日はその問題を解くために、たくさんの女性が躍起になっていたそうよ。私は優男がタイプだから興味なかったけどねー」
遊び人「なんだろうこれ。問題用紙?」
薬剤師「じゃ、ちょっと待っててねー」
問1 ヒュブリスの諌め
「殿も御存じのごとく、動物の中でも神の□□に打たれますのは際立って大きいものばかりで、神は彼らの思い上がりを許し給わぬのでございますが、微小のものは一向に神の忌諱にふれません。また、家や立木にいたしましても、雷撃を蒙るのは常に必ず最大のものに限られておりますことは、……」
遊び人「知識問題かな、それとも読解問題かな。知識問題ならこんな長ったらしい書き方しないよね」
遊び人「『また、家や立木に……』なるほど。並立の関係なのね。だとしたら、打たれると蒙るの主語が同じと考えてよさそうね」
遊び人「問2は、なんだ、精霊の加護の特性に関する問題ね。どれだけ私が死んできたと思ってるのよ。勇者に関する冒険譚もたくさん読んできたし」
遊び人「問3は……」
薬剤師「調合が終わりましたよ」
遊び人「ありがとうございます。それでは」
薬剤師「お大事にね」
370:以下、
兵士「邪魔する。毒消し薬の在庫が少なくなってきてな、大量に発注したいんだが」
薬剤師「いつもありがたいわ。どれくらい?」
兵士「5千G分だ」
薬剤師「ひぇ?。うちの在庫で足りるかしら。ちょっと確認してくるわね」
兵士「……おい。これは、どういうことだ」
薬剤師「ああー、それ?あなた達のお城で今日試験してたんでしょ?さっき掲示板で問題が公表されてたわよ」
兵士「回答もか?」
薬剤師「まさかー。誰も解けなくて、ますますみんな怒りっぽくなってるわよ。さっきそれ見てた女の子も諦めてすぐ出てったみたいで」
兵士「さっきすれ違った女か!!」ダッ!!
薬剤師「ちょ、どこいくのよ!!」
薬剤師「えっ、これって……」
回答1:雷撃
回答2:一人の人物を複数のパーティに入れることはできない。
回答3:暴食、色欲、傲慢、憤怒、怠惰、強欲、嫉妬
回答4:魔剣
回答5:A材料を36個、B材料を24個、C材料を244個使用することで最適化される。
371:以下、
?翌日?
遊び人「すっかりよくなった!!宿飽きた!!外出たい!!!」
勇者「病み上がりなんだから無理すんな!」
遊び人「カジノ!!カジノいかなくちゃああ!!」
勇者「落ち着け!!」
遊び人「手の震えがとまらないよおおおおお」
勇者「新しい病気が再発しやがった!」
遊び人「うぅ!」
勇者「どうした?」
遊び人「今、頭がキーンって……」
勇者「やっぱり治ってねえじゃねえか。大人しく寝てろ」
遊び人「違うの、今の感触は……」
コンコン
兵士「来なさい。面接だ」
遊び人「さっきのは感知呪文だったのね。でも、なんで私に……」
勇者「私は王子をお慕い申し上げております。ぜひ、夜の生活も……」
兵士「お前に用はない。そこの女、来い。お前に行き着くまでに他の女を感知して何度謝ったことか」
兵士「優秀な冒険者が、この国にたどり着いたものだ」
372:以下、
?城内?
憤怒「そう固くなるな。憤怒の城の主も、出会ったばかりの女性に怒鳴り散らしたりはしない」
遊び人「はい」
遊び人「(体内に精霊を宿しているのが見える。彼が、この王国の王子様で、元勇者。そして、憤怒の装備の持ち主……しかも)」
遊び人「(イケメンだ。こりゃあ各国から女性が集まるわ……)」
憤怒「君か。薬剤師の場所で問題を解いたそうだな」
遊び人「はい」
憤怒「満点は君を除いて数名だけだ」
遊び人「そうなんですか」
憤怒「どうしてわかった」
遊び人「勇者に関して私は詳しいんです」
憤怒「職業は何だ?研究者か?それとも賢者か?」
遊び人「えっと……」
遊び人「あ、遊び人です……」
遊び人「(くっ、世間様に後ろめたい……)」
憤怒「なるほど。賢者を目指しているというわけか。もう十分その資格はあると思うがな」
遊び人「へっ?」
373:以下、
TIPS
職業 ”賢者” に転職する方法は2つ有る。
1つは、賢者になるための魔法陣が封じ込まれた巻物を使用し、賢者の書の儀式を行うこと。
もう一つは、遊び人として冒険をし、一定以上のレベルに達すること。
何故、あそびにんが賢者に転職できるか。
“戦闘というものを傍観することに集中することで、戦闘の真髄を見極めることができる”というのが教科書に書いてあるが。
冒険者はこれが机上の空論だと知っている。何故なら遊び人は、戦闘中も空を眺めるのに夢中だからである。
世界の大きな謎の一つである。
ちなみに、強制転職呪文を利用しても構わない。
374:以下、
遊び人「ち、違います!!」
憤怒「はは、面白いことを言う!他の候補者もなかなか個性的だが」
遊び人「筆記試験合格者にはどんな方が」
憤怒「それはこれからのお楽しみだ」
遊び人「これから?」
憤怒「君も候補者として次の段階に進むということだ」
憤怒「最後まで残ったその時は……」
375:以下、
勇者「どんな男だった」
遊び人「思ったよりもやさしかった」
勇者「男前らしいな。それで見かけやさしいとか。絶対家庭内暴力が激しいやつだな」
遊び人「…………」
勇者「それにしても、どうやってまた城内に侵入するか。いっそのこと兵士にでも志願して」
遊び人「その必要はないよ」
勇者「どうして?」
遊び人「憤怒の伴侶にふさわしいものを見極める試練は城内で行われるの」
遊び人「1週間後に決定される。その時の儀式で、王子様は兜を掲げるの」
遊び人「元王様を死に至らしめたと噂されている、いわくつきの兜だそうで、普段は地下牢獄の中に閉じ込められているそうなの」
勇者「その兜が……」
遊び人「ねえ、勇者」
遊び人「私、あの人の后を目指す」
376:以下、
赤色は人々にさまざまな気付きを与える。
西洋での逸話によると、怒り狂った人の頭にのぼる血を見て、科学者は重力を発見したという。
逆上。逆鱗。逆襲。
怒りは下から上へ登る性質を持つ。
父は娘を叱る。母は息子を叱る。
同時に、上から下へ押さえつけようとするものである。
怒りは怯えや愛の裏返しでもある。
怒りはいつも、逆にある。
怒りの本質を見つけたければ、いつも怒りの対極を探さねばならぬ。
例えば。
人が最も怒りを覚えるのは。
怒りと対極にある、穏やかな時間を奪われたときである。
377:以下、
遊び人「おはよう」
勇者「…………」
遊び人「おはよう」
勇者「…………」
遊び人「おはよう!!!」
勇者「……おはよ」
遊び人「なに不貞腐れてんのよ」
勇者「別に……」コンッ…
遊び人「今両手をポケットに突っ込みながら片足で地面を蹴ったよね!!それ典型的な不貞腐れ行為だから!!不貞腐れの概念を可視化したものだから!!」
勇者「ぎゃーぎゃー朝から怒るなよ」
遊び人「怒ってんのはそっちじゃん」
勇者「で、何時から行くんだよ」
遊び人「夕方からだよ」
勇者「そんな村人みたいな格好して。高いドレスでも買ったらどうだ。優勝できなかったら王子様に近寄れすらしないだろ」
遊び人「なんでさっきから喧嘩口調なの?」
勇者「羨ましいですね。王子様はかっこよくて強くてやさしくて」
勇者「結婚したら、一緒に大罪の装備を探してくれるかもしれませんね」
遊び人「一国の君主が、国を置いて冒険になんか出ないわよ」
勇者「出たらどうすんだよ」
遊び人「なによさっきから仮定の話ばかり」
勇者「ほら!!もう家庭を築いた時のはなししてる!!」
遊び人「はぁ!?」
378:以下、
勇者「……なあ」
遊び人「なによ」
勇者「チッスせがまれたらどうすんだよ」
遊び人「はあ?」
勇者「チッスだよ」
遊び人「なによそれ」
勇者「なんでもねえよ」
遊び人「発音ごまかさないではっきり言いなさいよ。情けないわね」
勇者「わかってたんなら聞き返すなよ」
遊び人「せがまれてもしないわよ」
勇者「お前が好きになる可能性だってあるだろ」
遊び人「まー、私だって私の心がどうなるかなんて保証はできないわね。雰囲気に流されていい感じになったらしちゃうかもね」
勇者「あー!!そうかよ!!!」
勇者「…………」
勇者「……まじかよ」
遊び人「あのさー、あんたがあの王子の何が気に食わないのかわかんないけどさ。私の寿命がかかってるのよ?」
勇者「やっぱするんじゃねーか!!」
遊び人「するとは言ってないじゃん!!」
勇者「イケメンのやり手王子様に本気で求婚されてもか?」
遊び人「あんたがそんなに言うならイケメン王子とチッスしてやるわよ!!」
勇者「発音ごまかさないでセッ○スってはっきりいえよ!!」
遊び人「そっちの意味で使ってたんかい!!」
かいしんのいちげき!
勇者に69のダメージ!
遊び人「まぎらわしいわ!!死ね馬鹿!!するわけないだろクソ勇者!!」
遊び人「何が身も心も遊び人よ!!フ○ック!!フ○ックユー!!フ○ックユーシャ!!」
勇者「うるせー媚売り女!!心はバニーガールなのに格好は地味な農サーの姫!!」
遊び人「仲間も信じられない臆病者!!あんたなんて勇者じゃない!!者よ!!シャ!!一人で色欲の谷に戻ってなさい!!一人でシャってなさい!!」
勇者「ニートからついに転職できたな!!人の心を弄び人にな!!独り立ちおめでとう!!」
遊び人「……わたしが、どんな思いで。戦闘で役立てない私が……」ウルウル…
遊び人「ええ……。ええ!!一生出てってやるわよ!!今までお世話になりました!!これからはシンデレラストーリーを叶えて天井のついたベッドで寝ます!!」
勇者「勝手にしろ!!」
遊び人「賢者の石を喉につまらせて死ねば!」
勇者「やくそうを頭にぶつけてくたばれ!」
勇者「(あー、ムカつく!)」
遊び人「(もー、ムカつく!)」
勇者「(どうしてこんなに……)」
遊び人「(ムカつくのかしら……)」
380:以下、
学者「はじめまして」
お嬢様「さっさとしてよー」
呪術師「…………」
遊び人「は、はじめまして!」
家臣「全員集まったようですな」
家臣「では、王子の結婚相手として最もふさわしいものを探す最終選考を行います」
家臣「では、ルールの説明です」
ルール
?期間は一週間。
?1日に15分間だけ広場で演説をすることができる。
?演説の時間を除き、候補者は部屋を出ることを許されない。
家臣「そして、怒りを顕すことじゃ。以上」
遊び人「???」
学者「なるほど……」
お姫様「わけわかんないんだけど!」
呪術師「…………」
学者「ルールといっておきながら、勝利条件が書いていないのですが」
家臣「怒りを顕せと言ったじゃろう」
家臣「それに、結婚したら勝ち組か?必ずしもそうとは言えないであろう。ならば、当然勝つための条件などない。次は演説会場で会おう」
お嬢様「ちょっと!!」
呪術師「…………」
381:以下、
?1日目?
遊び人「あのまま他の三人の候補者とも話す時間も与えられず、部屋に閉じ込められたまま、いきなり演説の時間だ」
遊び人「しかも私は3番手か……。うう、緊張して吐きそう」
遊び人「怒りを顕せって何よ!!この言葉に関して怒りを表明したいわ!」
遊び人「広場で喋るなんて緊張するよ……」
遊び人「沈黙のまま15分、なんてことになってしまったら……」
兵士「定刻です。一番目、学者様」
学者「わかりました」
遊び人「が、がんばってね!」
学者「敵なのに応援していいんですか?」
遊び人「あ、えっと、がんばらないで!」
学者「いいえ、頑張ります」
遊び人「(うう、とっつきづらいなぁ。それに全然緊張してなさそう……)」
兵士「この魔法石に話しかけてください。拡声されて広場中に響き渡るようになる代物です」
兵士「今から15分間です。はじめてください」
382:以下、
ガヤガヤ…
ワイワイ…
遊び人「(うっわ!めっちゃ人いるの見える!!)」
学者「初めまして。異国からやってきた学者と申します」
学者「突然ですが、皆様に残念なお知らせがあります」
学者「王子の后の候補者は、私と、他国のお姫様と、呪術師と、遊び人でございます」
学者「皆様もご覧になった通り、あの極めて珍しい知識が求められる問題を解いた人達でございます」
学者「しかし、残念ながら、王子様にふさわしい者が彼女たちの中には一人もおりません」
遊び人「(えっ)」
学者「まず、お姫様ですが、彼女は湯水の国のお嬢様です。魔法水があふれる地に生まれて、贅沢な暮らしを送ってきました。最高級の賢者を家庭教師につけて、知識こそ身に付けてきたものの、国民の生活については何も知らないまま育ってきたと言ってもいいほどです」
学者「王子様の見た目だけで結婚を申し出たいと言っているのです」
ガヤガタ…
お姫様「あの女ぶっと○してやる…!」ワナワナ…
遊び人「お、落ち着いて!」
学者「次の候補者について。遊び人です」
遊び人「(わたし!?)」
学者「彼女がギャンブル場に入っていく姿を私は目撃していました。町娘のような格好をした冒険者だったので気になっていたんです。私も観光を兼ねてギャンブル場に入っていきました」
学者「まったく、運の悪いこと悪いこと。いつも大博打ばっかり狙って、賭けたもの全てを外しておりました。加えて、体調も崩されていたようです。自分の財布を空にしようとするその執念には恐れ入りました」
遊び人「あの女ぶっこ○してやる…!!」ワナワナ!!
お姫様「あなたこそ落ち着きなさいよ!」
呪術師「…………」ニヤ…
学者「このような女性らに一国の主の財布をにぎられてよいのでしょうか」
学者「続いて、呪術師についてです。3番目に演説する時にわかると思いますが、頭までフードをすっぽりとかぶっております。私達他の候補者も、素顔はおろか、声も一言も聞いていません」
学者「私は彼女が、敵国のスパイではないかと疑っております」
学者「彼女は即刻候補者から排除するべきです」
学者「以上、お三方の悪口を連ねてきましたが、私は元来このようなことを伝えにきたのではないのです」
学者「私は学者として、祖国に貢献してきました。今まであげてきた実績としては……」
383:以下、
学者「はい。次はあなたの番ですよ」
お姫様「散々ネガキャンしてくれたよね!!最後に自分がいかに優れた人材か自慢ばっかりしてさ。行ってくるわよ!!」
トコトコ…
学者「頭に血が上ってるわね。自滅してくれるとありがたいわ」
遊び人「あなたこそ愚かよ!!この街にはギャンブル好きが多い!!そしてギャンブルでは負けている人の方が多い!!あなたはその人達の票を失って、私はその人達の票を得たのよ!!!」
学者「男性のギャンブル好きにうんざりしている女性も多いんじゃないかしらね。まあいいわ。先手で悪口を言っておけば、あなた達はそれに対する反論に15分間を注ぎ込むしかないでしょうから」
遊び人「王子様がそんな人を好きになるかしら」
学者「王子様の好き嫌いで后を決めるなら、同棲生活を勝負内容にすればよかったじゃない。きっと、大勢の人の前で何を言うべきかをわかっている女かどうかを試しているのよ」
学者「さて、お姫様が何を言うか聞いてみましょうよ」
384:以下、
お姫様「はじめまして、湯水の王国の姫と申します」
お姫様「一つ訂正しておきますが、私は王子の見た目が好きですが、それだけが王子に惚れた理由などでは決してございません。異国の国の姫が、愛などという言葉を使うのも白けてしまうと思うので、政略結婚が主な理由である、ということは初めに申しておきましょう」
お姫様「私の国は豊かです。魔法水の資源に恵まれて、飢えと縁の無い生活を送っています」
お姫様「けれど、私達が持つ豊かさは、資源の豊かさです。資源が豊かな国が必ずしも生き残るとは限りません。歴史を見てもわかるよう、寒い地域の人々は火を起こすための知恵を身につけますが、暖かい地域の人々は実っている果実を薄着で取りに行くことだけを考えても生きていけるのです」
お姫様「私の国は今、思考をしていない状態です。ですから、来るべき戦いに向けて供えなければなりません」
お姫様「憤怒の城下町と呼ばれているこの国の皆様でなくとも、例の王国に怒りを示すものは多い」
お姫様「そう、処刑の王国です」
お姫様「遥か昔から奴隷制度を導入し、他国からの強奪を繰り返し、近年では勇者殺しの疑惑までかけられているこの王国に対して、即刻に手をうたねばなりません」
お姫様「悲しいことを言いますが、仮に王子様が私を后にふさわしいと認めてくれなくとも、私は受け容れることにしています。その時でも、軍事力をたった数年で劇的に伸ばしてきたこの国の皆様と私達とで手を取って、敵国に立ち向かわねばならないと思っています」
お姫様「とはいっても、私の王子様への気持ちが強いことも事実でございます。あれは、私がまだアカデミーに通っていた頃のことでした。他国への交流で……」
遊び人「(最初は単なるわがまま娘に見えたけど、人前で話す時は一切躊躇をしていない)」
遊び人「(なんだか、力強さを感じさせる女の子だな)」
お姫様「と、いうわけでございまして」
お姫様「恋のある政略結婚をしたい。以上、お姫様からのスピーチでした」
385:以下、
お姫様「……ふぅ」
お姫様「うへー、思いつきでつけた最期のキャッチフレーズ寒すぎでしょ!!」
遊び人「す、すごかったよ!!思わず聞き入っちゃった!!」
お姫様「あら、そりゃどーも」
学者「湯水の国のわがままお姫様にしては、ちゃんとお国のことも考えているようで」
お姫様「いくら本を読んでも、私達王族がどのような気持ちで生きているかなんてわからないでしょう」
お姫様「ワガママでいられるはずがないんだもの。閉じ込められてずっと生きてきたんだから。叶わない夢を部屋の中に押しつぶされてる分、許される範囲での主張をしてきただけだわ」
お姫様「あんたは机上の空論と他人の悪口を楽しんでなさい」
学者「学者が机上の空論だなんてのも偏見に満ちたことよ。空論であるならどうして世間からその地位を保証されていると……!」
お姫様「言っておくけどね!!あんたら学者は……!」
遊び人「お、落ち着いて!」
遊び人「(……みんなこの街に選考の時から滞在してたからか、憤怒の装備の影響で怒りっぽくなってるんだろうなぁ)」
386:以下、
お姫様「まったく。はい、つぎ。あなたの番でしょ」
遊び人「う、うん!行ってくる!」
トットット…
お姫様「大丈夫かしら」
遊び人「(う、うへぇ……。こんなに大勢の人に注目されるの初めてかもしれない)」
遊び人「(里で呪文の被験体になってた時だって多くても10人くらいだったし、みんな知り合いみたいなもんだったし)」
遊び人「(一応話すことは昨日の夜考えておいたし)」
遊び人「(行くぞー!!)」
387:以下、
遊び人「わ、わわ」
遊び人「わわわわ、わわ」
遊び人「わわわたくしは」
遊び人「…………」
遊び人「…………」
遊び人「…………」
ガヤガヤ…
ザワザワ…
遊び人「 」
遊び人「(や、やばい。内容吹き飛んだ)」
遊び人「(あれ、何話すんだったっけ。王国についての質疑応答みたいなことで)」
遊び人「(やばいやばいこの空気!!早く話さないと!!)」
遊び人「みんなー!!!」
遊び人「ギャンブルは、好きかー!!?」
ザワザワザワザワ……
遊び人「(わたし、何言ってるんだろう……)」
388:以下、
遊び人「(もういいや……沈黙よりはましだ……)」
遊び人「えーっと。そうですね」
遊び人「目撃情報があったとおりに、私はギャンブルが好きです」
遊び人「体調を崩して寝込んでいたのに、リハビリにギャンブルをしにいくくらいにギャンブルが好きです。おかげで、また体調を崩してしまいましたが」
遊び人「これでも私だって、昔はギャンブルなんかにこれっぽっちも興味がありませんでした」
遊び人「よくある言葉を言う側の人間でした」
遊び人「『そのカジノが運営される収益源はどこだと思う?』『確率という学問によれば全体で何割損をするか知っている?』」
遊び人「今言われる側の身になってみれば、そんなこととっくに知ってるんですよね」
遊び人「いいですか、ギャンブル好きでない皆さん」
遊び人「10人のうち2人しか幸せになれないと言われる世界で、私たちはその2人になれると信じているのです」
遊び人「信じることを諦めてはいけません。さあ、気になる女性に思いをぶつけましょう。9回断られても、1回実れば幸せです。さあ、気になる職業に転職をしましょう。9回職場に馴染めずとも、1回合えば幸せです」
遊び人「9回ギャンブルに負けたっていいじゃないですか。最後に1回勝てば、十分しあわ……」
遊び人「しあわ……」
遊び人「(……いや、さすがに9回負けたら取り戻せないわ)」
ガヤガヤ…
遊び人「(あああ……まだ全然時間残ってる。誰か助けて……)」
遊び人「(誰か……)」
遊び人「(そういえば……)」
389:以下、
緊張しないように極力見ないように気を付けていた広場を、遊び人は注意深く見渡した。
しかし、勇者の姿はどこにも見当たらなかった。
遊び人「(わたしがこんな目に遭ってるっていうのに!!今日演説するのは知ってるはずよね!!まだ不貞腐れて宿屋で寝てるのかしら!?)」
遊び人「女性のみなさん!!本当に、男の人ってどうしてこうなんだろうと思うことってありませんか!?」
遊び人「この人いいな、って思った時は本当にかっこよく見えるのに、どうしてそれを長続きさせてくれないんでしょうかね!!」
ザワザワ…
遊び人「広場の奥様方、うんうんと頷いていただきありがとうございます」
遊び人「男性は、だらしがないですよ!!人前だと偉そうなのに、誰もいないとこではぐちぐち弱気で!!」
遊び人「弱ってる時にやさしくしてあげると感謝してくるくせに、一旦活躍し始めると偉そうに振る舞ってきますからね!!こんな俺と旅が出来て光栄だろうと言わんばかりに!!」
遊び人「一人にしてほしい時にかぎって鬱陶しく話しかけてくるくせに、必要な時にはそばにいない!!!」
遊び人「これでよくも偉そうに……」
…………
遊び人「その時なんて言ったと思います!?『やくそうを頭にぶつけてくたばれ!!』ですよ!!」
兵士「終了時間です。戻ってください」
遊び人「しかも人には無駄遣いするなとか言ってくるくせに自分も女関係に金を費やしてますからね!!報われない女関係に!!お釣りで手を握ってほしいばっかりに!!気持ち悪くないですか!?だったら普段から尽くしてくれる女性に少しでも還元させようという考えはないんですかね!?」
兵士「時間です!!戻ってください!!」
遊び人「それに!!!!!」
390:以下、
遊び人「はぁ、はぁ……ふう」
遊び人「スッキリしたぁ!!」
お姫様「あんた……なんかあったの?」
遊び人「毎日あるよ」
学者「馬鹿ね。王子様との結婚演説で、元恋人の陰をにおわすなんて。勝手に自滅してくれて助かったわ」
遊び人「元恋人じゃないし!!」
学者「じゃあ現恋人?」
遊び人「現下僕よ!!略してゲボよ!!」
お姫様「あはは!!」
学者「はぁ……」
お姫様「男の性格なんて似たり寄ったりなんだから、見た目で決めればいいのに」
学者「知性こそ男性のかっこよさでしょう。だから男性も戦士より賢者がもてる」
お姫様「私は戦士の方が好きだけど。まぁ結局財力だよね」
学者「同意ですわ」
遊び人「そうね、ギャンブル運が強い男性がやっぱり……」
学者「お断りです」
お姫様「お断りよ」
遊び人「湯水のお姫様まで……」
391:以下、
遊び人「それじゃあ、次の番は……」
呪術師「…………」
お姫様「あんた呪術師って聞いたけど。頭までフードをかぶって、顔見せられない事情でもあるの?」
呪術師「…………」
トコトコ…
お姫様「返事くらいしなさいっての!」
392:以下、
呪術師「…………」
遊び人「どうしたんだろ」
お姫様「もう5分は経ったんじゃない?」
学者「なのに、一言も喋ろうとしない」
ガヤガヤ…
「おーい、緊張してんのかー!」
「声を出せない事情があるのかしら」
広場に集まっている民の声を無視し続けた。
人々の苛立ちが募り、14分が経過した時のことだった。
呪術師「この国の王子は、殺されます」
遊び人は驚いた。
彼女の発言内容に対してではない。
すれ違いざまに、呪術師――と呼ばれていた者――はフードの中から遊び人にウインクをした。
傲慢「久しぶりね、負け犬さん」
393:以下、
遊び人「はぁー、1日目が終わった」
遊び人「部屋に閉じ込められて誰にも会えない。豪華な夕食は運ばれるし要望したものはなんでも持ってきてくれるそうだけど」
遊び人「それにしても、どういうつもりなんだろう。傲慢の勇者は何故お嫁さんに志願したんだろう」
遊び人「湯水の国のお姫様みたいに政治的な問題なのか」
遊び人「それとも、私みたいに憤怒の装備を奪いに来たのか」
遊び人「何故正体を隠しているのか」
遊び人「うーん、わかんないことばっかりだよ。こんな時、勇者がいれば……」
遊び人「…………」
遊び人「いても何も考えないよあいつ。もう寝ちゃおう」
394:以下、
?2日目?
お姫様「ごきげんよう。いかがお過ごしでしたか?」
遊び人「部屋にこもりっきりでつまんなかったよー」
学者「学者はそういう日が続きますよ」
お姫様「私も小さいときからそうだったから慣れてるわよ。遊び人さんは后に向いてないんじゃない?」
遊び人「そうだろうね」
お姫様「張り合いのない人。さて、あなたは今日はどんな悪口を言ってくださるのかしら」
学者「これは戦いです。容赦はしません」
お姫様「社交術が身についてないのね。外交の基本は味方づくりですよ」
学者「私のことなんかいいじゃないの。それより、あなた。今日はどんな爆弾を投げてくれるのかしら」
傲慢「…………」
学者「まただんまり」
395:以下、
順番は変わらず、学者の演説から始まった。
学者は昨日と同様、他の候補者の批判からスピーチをはじめた。
しかし、民はろくに集中して聞いていないようだった。
4人目の候補者が、今日は何をのたまうのか興味津々であるかのようだった。
学者「……以上です。ご清聴ありがとうございました」
お姫様「今日もまあ次から次に他人の欠点を批判してられるわよ」
学者「いいじゃない。誰も集中して私の話なんか聞いてなかったみたいだし」
学者はフードをかぶった傲慢を睨んだ。
学者「でも、あんな猫騙しが効くのは最初だけよ。今日も驚かせられるといいわね」
傲慢「…………」
遊び人「ちょ、ちょっと……」
お姫様「はいはい。次は私の番なんだから、ちゃんと聞いてなさい」
396:以下、
お姫様「ねえ、あなた」
学者「何かしら」
お姫様「怒りを顕せ、が何を意味しているのかは私もわからないけれど」
お姫様「他人の悪口を言葉にすればいいってことじゃないのは教えてあげるわ」
お姫様「準備はできてるかしら」
兵士「ハッ」
お姫様「人間は、人間なりの方法で、怒りを昇華してきたの」
お姫様は演説場へと歩いた。
要望したものはなんでも持ってきてくる、との兵士からの説明にしたがって。
彼女は大きな物の要望をしていた。
兵士が布の覆いを剥がすと。
巨大な、黒い物体が現れた。
学者「あれは……ピアノ!!」
397:以下、
群衆のざわつきが大きくなった。
演説の開始の合図がされても、お姫様は黙って椅子に座ったままだった。
1分間ほど経ち、群衆のざわめきは収まった。
静寂が場を支配した時に、お姫様は腕を楽器に乗せた。
激しい曲調だった。
華奢で小柄な体型に似合わぬ、強い音だった。
聴く者に不安を呼び起こすような、怒りや恐れを込めた音楽だった。
遊び人「(なんでだろう。自分の中の血が騒ぐような気持ちになると同時に)」
遊び人「(大切な人を失ったかのように、切ない)」
398:以下、
お姫様「私のコンサート、どうだった?」
遊び人「とてもよかったよ。なんだか涙ぐんできちゃった」
お姫様「あはは、どーも」
学者「……ふん」
お姫様「はい、次はあなたの番。また元カレの悪口言ってきなさい」
遊び人「元カレじゃないってば!!」
お姫様と入れ替わりで、遊び人は演説の場に立った。
観客はまだ余韻に浸っているようだった。
遊び人「(うわぁ、やりづらいなぁ……)」
遊び人「おー、おほん!」
結局遊び人は15分間、ある男に対する怒りの表明に時間を全て費やした。
その男は今日も広場にいないようだった。
399:以下、
遊び人「ど、どうぞ」
傲慢「…………」
遊び人は拡声の魔法石を傲慢に渡した。
彼女は黙ってそれを受け取ると、演説に向かった。
遊び人「(あれ、何してるんだろう)」
傲慢は魔法石を指でなぞりながら、ぼそぼそと何かを唱えているようだった。
兵士「それでは、はじめてください」
魔法石を口元にあてながら、傲慢は演説を開始した。
傲慢「この、クズめ」
野太い男性の声が広場に響き渡った。
ざわめきが起こった。
遊び人「(酷い一声)」
遊び人「(あの石に変声の呪文をかけていたのね。正体を隠すためかしら)」
遊び人「(それにしても)」
気になるのは群衆の反応だった。
恐怖や怒りに満ちた表情をしていた。
群衆の一人が叫んだ。
「王を……侮辱するのか!!」
今にも奮起が爆発しそうな群衆を、警護にあたっている兵士が必死に抑えつけていた。
兵士らもまた、緊張に満ちた表情を浮かべていた。
どうやら亡くなった王様の声を再現したようだった。
400:以下、
“怒りで我を失う”
とはよくいったもので。
理性が飛んでしまう、ということだけを言い表しているのではなく。
怒りは自分から発信されるものであり、その怒りによって自らを滅ぼすことを意味している。
決して、怒りたくて怒る人など、いないというのに。
傲慢「王子は、王様から、怒鳴られて育てられました」
傲慢「彼を庇っていたやさしい母君も、心労で倒れ、病気でこの世を去りました」
傲慢「国王は、決して好かれてる人ではありませんでしたが、畏怖されている人でありました」
傲慢「小国でありながら、列強からの侵略を防ぎきれたのは、間違いなく元国王の決断力が優れていたためです」
傲慢「優しい王様では国を守れません。怒れる王様によって国は守られていたのです」
傲慢「怒りにも二種類あり、静的な怒りを冷徹と呼ぶのであれば、動的な怒りを憤怒と呼ぶのがふさわしいでしょう」
傲慢「みなさんもよくご存知のように、元国王は、憤怒の人でした。決して口には出せないけれど、恨んでいる方もさぞ多いことでしょ」
傲慢「息子とて例外ではありませんでした。国王の期待にそぐわない結果を出した王子を、国王は容赦なく突き放していました。彼が身体に負った傷は、魔物に与えられた傷よりも父に与えられた傷の方が多いといわれています」
傲慢「王子が精霊によって勇者に選ばれたことが救いでした。彼は魔王討伐を名目に、城を抜け出すことができたのですから」
傲慢「魔王消滅の噂も流れ、またこの国に危機が及んでいた頃。王子はこの国に戻って参りました」
傲慢「病床に伏していた父に代わり、彼は天才的な指揮力によりこの国を危機から救い、そして勢力を短期間で拡大させていきました」
傲慢「そんな中、彼の父は命を落としました」
傲慢「その理由が”憤死”であるということについて、詳細を詮索することは暗黙の禁止とされていきました。夜な夜なパブで、こんな声がささやかれながら」
傲慢「国王を殺害したのは、王子なのではないか」
401:以下、
今日も荒れた1日となった。
傲慢の勇者が演説を終えた時には、群衆の怒りは爆発寸前であった。
遊び人「どうしてあんなに過激な発言をしたんだろう」
遊び人「それにしても、私も勇者の悪口しか言ってない。このままじゃお姫様に后の座を奪われちゃうよ」
寿命。
遊び人にとっての旅の大名義とも言える、7つの大罪の装備の収集による寿命の延長。
このコンテストこそ命がけで取り組まねばならぬものに関わらず、彼女は内心、乗り気がしなかった。
勇者の前でこそ決して口にはしないものの。
遊び人の寿命は、彼女の力の対価によって短く設定されているだけであり、つまり、彼女の能力に対して、正当な寿命であった。
30代か、40代か、どこまで生きられるかはわからないものの。
彼女の母親が背負った宿命を、なぞることは生まれる前からわかっていたことなのだ。
偽りの愛情を示して、王子に取り入るなんてことを、やさしい彼女の心が望むわけもなかった。
気づけば、このままどうでもいい内容のスピーチを続けながら、兜だけを盗む方法はないかと考えていた。
遊び人「怒りを顕せって」
遊び人「そもそも人は、どういう時に怒るんだろうか」
402:以下、
3日目の演説でのことだった。
学者がいつものように演説を開始しようとすると、怒号が飛んだ。
それは、酔っ払った男による、特に意味のない批判であったが。
他の候補者の悪口を言う学者に対して、不愉快な感情を抱いていた者達がその感情を顕しはじめた。
学者は冷静沈着に演説をはじめたが、恐怖で足が震えているのが見えるほどだった。
一方、お姫様は自分の魅力を伝えることに集中していたため、彼女への好意を抱くものは多かった。
今日は笛による楽器の演奏を簡単にしたあとに、処刑の王国へ立ち向かわねばならぬ近況について述べた。
まさにこの演説場所は、友好を求める外交の場として適しているようだった。
遊び人は、性懲りもなく勇者への悪口を言っていた。
呪術師に関しては、驚くべきことに、演説を辞退した。
彼女が姿を見せないことに大衆は憤りを感じていた。
4日目、5日目、も同じような演説光景が繰り返され。
6日目になった時に、変化が起きた。
403:以下、
学者「じ、辞退します……」
学者は毛布を身体に巻き付けながら、ガタガタと震えていた。
お姫様「人の批判ばっかりしてるから石を投げられるのよ。自業自得よ」
学者「わかってるわよ。でも、それにしたって……」
学者「どう見ても、様子はおかしいわよ」
学者の言葉に、お姫様は黙るしかなかった。
学者の辞退の後、お姫様が演説場に向かった。
他の候補者を批判せず、自分の魅力を伝え、友好に関する本音をありのままに彼女は伝えてきた。
にも、かかわらず。
「おい、クソガキ!!」
「俺らの国を買い取ろうってんじゃねーんだろうなぁ!!」
「色目使ってんじゃないわよ!!」
お姫様「私が何言ったっていうのよ……」
お姫様「でも、話すしかないわよね」
お姫様は演説を始めた。
群衆は聞く耳を持たなかった。
各々が怒りを主張するばかりであった。
憤怒の城下町、と呼ばれるにふさわしい様相を呈していた。
404:以下、
お姫様「やっと終わった。15分間が永遠のようだった。こんな国に嫁いでいいものかしら」
お姫様「ねえ、あなた、何かやったんじゃない?」
お姫様は、今日も控え場所で黙ってうつむいている傲慢に話しかけた。
お姫様「魔法石に細工をして声を変えたわよね。最初は変声が目的だと思っていたけど、興奮の混乱呪文を封じ込めていたんじゃないのかしら」
傲慢「…………」
遊び人「だったら私達にも影響が出ているはずだし、そもそもこの二日間彼女は演説をしていなかったよ」
お姫様「なに、庇うつもりなの?」
遊び人「これは、違う理由によるものなのよ」
お姫様「何よ」
遊び人「きっと……」
遊び人は確信していた。
憤怒の装備の力が増しているのだと。
持ち主である、憤怒の勇者の心理に何かしらの変化が生じているのだと。
遊び人「とにかく、私の番だよね。行ってくるよ」
405:以下、
遊び人が魔法石に語りかけようとした時だった。
「いい加減あの女を出せ!!」
「逃げ出したんじゃないでしょうね!!」
「正体を顕しなさいよ!!」
遊び人「(みんな目が血走ってる。初日はこんな雰囲気じゃなかったのに)」
遊び人「(お父さんの書斎にあった哲学の本に書いてあった。全体とは、個々の総和以上のなにかであるって)」
遊び人「(彼ら、彼女ら一人ひとりが、たとえ穏やかな人達であろうとも)」
遊び人「(群れをなしたら、別の存在へと変貌するんだわ)」
遊び人は会場を見渡した。
遊び人「(まったく。あの馬鹿は今日も姿を見せないのね)」
遊び人「(私達だって同じでしょ。ひとりぼっちだった私達が、2人になれば2人以上の何かになれると思ってパーティを組んだのに)」
遊び人「(あとで何をしてたかきっちり問い詰めてやらないと)」
遊び人「(だから今日くらいは、あいつへの怒りは溜め込んで置かなくちゃ)」
遊び人は怒れる群衆に語りかけた。
遊び人「初日の演説から今日に至るまで、私は一人の男に関する悪態をつくのに費やしてきました」
遊び人「演説以外の時間に候補者は個室から出ることを許されません。その時間に、私はこの憤怒の城下町について考えを巡らせながら、怒りという感情に向き合ってきました」
遊び人「しかし、怒りそのものをいくら突き詰めていっても、答えは見つからないのでした」
遊び人「怒りという感情は特別で、”怒りという感情に対処するために怒りがある”のではないかと思いました。怒りが存在するのは、怒りのためでしかないと」
遊び人「人は、人から怒られたくないから、人を怒るんです」
遊び人「怒りたくもないのに、怒っているふりをするんです」
遊び人「みなさんがこの数日間、そうしていたように」
最期の一言は、遊び人が何の気なしに思ったことを言ったものだった。
しかし、それが群衆の逆鱗に触れた。
406:以下、
兵士「下がってください!!」
遊び人「わ、私そんなつもりじゃ……」
兵士「あなたは口にしてはいけないことを口にした!!」
彼は遊び人の回答を拾った兵士だった。
兵士「恐れるべき存在の消失に対して、内心ほっとしてしまう」
兵士「そんなこと、許されるのは、心の中だけです。決して口に出してはいけなかったんだ」
控室に戻ってからも、怒号が聞こえてきた。
お姫様「なに火に油を注ぐようなこと言ってんのよ」
学者「ひどい目にあいました。こんな国の面倒を見るなんてごめんだわ」
お姫様「私も。もう懲り懲りよ。せっかくイケメン王子と結ばれると期待してたのに」
遊び人「私は、なんであんなことを……」
遊び人は震えていた。
その遊び人の手をこじ開け、魔法石を奪い取った者がいた。
傲慢「じゃあ、行ってくるわ。私の番よね」
学者「あなた!!喋った!!」
お姫様「フードも取ってる!!び、美人じゃないの!!」
傲慢「あなたが話しやすい空気にしてくれたおかげで助かったわよ」
遊び人「……一体何を」
傲慢「怒りを顕してくるの」
407:以下、
傲慢の勇者はわざとフードを被りなおし、演説場まで歩いた。
遊び人の発言で興奮していた群衆は、勢いをつけてざわめき出した。
傲慢は一呼吸つき、変声の呪文をかけずに、魔法石に語りかけた。
傲慢「ただいま」
群衆のざわめきが、急に収まった。
困惑している者が多い中、唖然とした表情を浮かべている者もいた。
傲慢「自己紹介がまだでしたね」
傲慢はフードを取り去り、素顔を見せてもう一度話しかけた。
傲慢「この城下町との冷たい戦争状態にある傲慢の街の勇者であり」
傲慢「憤怒の王子様の、許嫁でした」
傲慢は噴水のそばに立っている薬剤師の女の子に手を振った。
薬剤師の女の子は、その場で泣き崩れてしまった。
408:以下、
傲慢は思い出を語り始めた。
傲慢の街の故郷には、才能を見出された逸材のみが集う一流のアカデミーが在ったこと。
そこに、隣国の王子である憤怒の勇者も一時期通っていたこと。
彼女は、彼に嫁ぐふさわしき者として選ばれたこと。
彼女自身それを望んでいたこと。
精霊の加護の降り注ぐタイミングが異なり、魔王討伐の冒険にお互い別のタイミングで出発したこと。
憤怒の国王の裏切りにより、彼女の祖国が侵略され、彼女の両親は処刑されたこと。
傲慢の勇者は魔王消滅の噂がされていた時期に、今の傲慢の街の立役者として身を捧げたこと。
その傲慢の街がまた、憤怒の王国によって侵略されようとしていること。
傲慢「幼いころの私にやさしくしてくれたみなさん」
傲慢「私は、怒っていますよ」
409:以下、
演説はとっくに15分以上過ぎていた。
旅の途中で受け取った不条理な祖国の報告について、彼女はその時の感情を述べた。
冷静に交渉をするでもなく、昂ぶらせて扇動をするでもなく、一人の少女だった者として淡々と悲しき思い出を話し続けた。
遊び人「そっか」
遊び人は悟った。
遊び人「王子様も、私達をその気にさせてひどいなぁ」
遊び人「王子様の結婚相手を見つけるのが、この選考の趣旨だったんだもんね」
遊び人「はじめから、相手は決まっていたんだ」
憤怒「そのとおりだよ。ごめんね」
控室に憤怒の王子が姿を表した。
憤怒「あの問題は、僕達の通ったアカデミーで出題された難問だったんだ。少し内容に変化を加えたけどね。当時満点を取ったのは一人だけだった」
憤怒「優秀で、鼻持ちならなかった彼女に、久しぶりに話してくるよ」
410:以下、
悲しき時間となった。
久しぶりの再会にも関わらず、対話ではなく口論が始まった。
質問という名の非難を遊び人は繰り返した。
理由という名の言い訳を王子は繰り返した。
誰だって、怒りたくて怒っているわけじゃない。
不幸になりたくて不幸になっているわけじゃない。
その時は最善だと信じた選択が。
振り返ってみたら、誤った選択だというだけで。
亀裂の入ったこの状況を、誰も望んでいたわけではなかった。
これは2人だけの問題でもなく。
無き国王の意思や。
国民の総意や。
他国の思惑が。
余計なものが入り混じっていて。
誰もが納得できる正解を、導くことなどできないのだ。
憤怒「だからこそ。こうして、君に発言する場所を与えたんだ」
傲慢「随分回りくどいやり方をしてくれたわね」
憤怒「君こそ随分まわりくどい演出をしてくれたじゃないか」
傲慢「この短期間だといろいろな準備が必要だったのよ。この選考が終わったあとのことも含めて」
憤怒「何の準備だというんだ」
傲慢「戦争よ。怒れる王国が本格的に乗り出して来たら、傲慢な街に勝ち目などないもの」
傲慢「できるだけ被害を少なくして、守れるものを守ることしかできないの」
傲慢の勇者は、涙を流した。
憤怒の勇者は、ただ立ち尽くしていた。
411:以下、
傲慢「もしも、よ」
傲慢「あなた自身の意思が、私と同じものだとしたら」
傲慢「つまりね」
傲慢「いちばん大切な存在が、今目の前にいる相手だと心の奥底で思っているなら」
傲慢「あの子に、憤怒の装備を渡してほしいの」
傲慢が突然遊び人を指差した。
傲慢「あの子の過去を覗いたことがあってね。あの子なら一次選考の問題を解ける可能性が高いと思ったの。彼女一人をこの選考に乗せるために、私の国の人達がどれほど動いたことか」
傲慢「彼女は、大罪の装備を封印する壺を持っているの。そこにあなたの持っている憤怒の装備を封印すれば、この城下町の怒りは次第に収まっていくでしょう」
傲慢「元の小国に戻ろうとするわ。激情よりも同情が上回って、私を拾ってくれた街を侵略しようとはしなくなるでしょう」
傲慢「お願い。助けてほしいの」
憤怒「…………」
憤怒「俺がこの街を守りきれたのは、憤怒の兜があってこそだ」
憤怒「大罪の装備の及ぼす影響は甚大だ。やさしさではこの国を守れない」
憤怒「自分一人の私情で、国を滅ぼせというのか」
傲慢「あなたの国の総意で、一国を滅ぼすというの?」
憤怒「どうすればいいと言うんだ!!」
憤怒の王子は傲慢に怒鳴りだした。
傲慢は悲しそうな顔を浮かべるだけだった。
遊び人「あ、あの……」
遊び人「憤怒の城下町と傲慢の街を、1つに繋げてみてはどうでしょう?その間に隣接する小国も含めて」
遊び人「それで、大きな1つの傲慢の王国にしてしまうんです」
遊び人「あなた達が強大な軍事国家をつくりたいなら、憤怒の装備で支配すればいいと思いますが……」
412:以下、
憤怒「どういうことだ」
遊び人「大罪の装備の影響が及ぶのは1つの王国・街・村などの単位です」
遊び人「この国と傲慢の街を結びつければ、1つの巨大な王国とみなされます。もちろん条件があって、一定間隔に建物が置かれていることや、住民がいることなどがありますが」
遊び人「傲慢の街を訪れたことがありますが、素敵な街です。己の価値を示すために、自分に賭ける人達が多い街です」
遊び人「傲慢の盾は決して軍事的な力が高まる装備ではありませんが、文化や経済の発展に大きく寄与する装備です」
遊び人「それほど巨大な王国が建設できれば、他国との利害など些細なものです。覇者になれるのですから」
憤怒「……どれだけの年月と費用がかかると思っているんだ」
遊び人「お金なら、湯水の王国の姫様を后にして、支援してもらったらどうでしょうか」
傲慢「えっ……」
遊び人「意義あることに時間はかかるものです。学者様から知識をお借りして、短くする方法を考えましょう」
遊び人「簡易的でいいんです。人間らしさがそこにあれば、精霊はそこを人間の領域と簡単に認定してくれます。私の故郷でも、丸太を使った小屋を一定間隔に配置して、領域の拡大をしたりしていましたから。そこの区域に住むもの好きを募るのが大変ですが」
遊び人「怒りに寿命を奪われながら他国を侵略するよりは、よっぽどやりがいのある計画だと思いませんか?」
413:以下、
?7日目?
傲慢「私達、結ばれることになりました!」
などと、いきなり言えるわけもなく。
王子の口からは、休戦の延長について述べられた。
他国への支配は続けるという宣言のもと、秘密裏に1つの巨大な王国の建設計画が進められることになった。
それは、昨日の遊び人の一言がすべてのきっかけだったというわけでもなく。
大罪の装備の特性についてまだ完全に把握していない王子も、この装備を利用してより良き国の建設をすることについては日々考えをめぐらしていた。
最期の一滴がコップから溢れて、怒りがわき出すことがあるように。
ある一日をきっかけに、今まであたためていた計画が動き始めることもあるのだ。
わかってから動こうとすると、いつまで経っても動くことはできない。
わからないまま動こうとすると、必ず道を誤る。
誤るのは仕方のないことで、誤る度に修正しながら、正しき道を模索していくしか無い。
ただ、今回、王子に一つだけ落ち度があるとしたら。
憤怒「……すまなかった」
傲慢「もういいよ」
謝ることが、遅かったことだ。
そしてここにも、もう一人。
414:以下、
選考の終了が宣言された広場では、昨日までとは打って変わって人がいなくなっていた。
演説場の高台で一人座る遊び人と、一人の男の観客がいた。
勇者「昨日で終わったんじゃないのかよ」
遊び人「選考は7日間。今日まで本当は選考は続いているのよ」
勇者「そうかよ」
遊び人「王子の目にかなう者はいなかった、ってことで中止にされちゃったけどね」
勇者「誰も信じてないだろそんなこと。王子があの子のことを……」
遊び人「誰もがわかっているからといって、口に出しちゃいけないことってあるじゃないの」
勇者「そんなもんか」
遊び人「そんなものでしょ」
勇者「でも、その逆もまた然りだろ」
遊び人「なによそれ」
勇者「遊び人」
遊び人「何?」
勇者「色々酷いこと言って悪かった。本当にごめん」
わかっているからといって、言葉で伝えなきゃいけないことがある。
415:以下、
遊び人「ちょ、勇者!頭あげてよ!」
勇者「本当にごめん」
遊び人「しゃ、謝罪はいいからさ!それよりこの数日間どこに姿を消してたのよ!」
勇者「傲慢の街に行ってたんだ」
遊び人「えっ?」
勇者「俺も問題を解いただろ。第二問に精霊の加護の特性に関する問題があった」
勇者「一人の戦士に対して、勇者Aと勇者Bがパーティメンバーに同時に加入させることは可能であるか、それとも不可能であるか。
可能である場合、勇者Aは町A、勇者Bが町Bで同時に死亡した場合、2人から同距離の町Cにいる戦士が死んだ場合はどちらの町で復活するか」
勇者「答えは不可能。でも、その答えを知っているのなんて、研究者か、それらを試した本人達くらいのものだ」
遊び人「私もお父さんの本棚にあった本から見たけど……学者はともかく、姫様も解けたわけだし」
勇者「可能である場合は問題が長く続くだろ。そうすると回答者は可能であると思い込む。お姫様はそれがひっかけだと見抜いたんじゃないのかな」
勇者「傲慢の街とそう憤怒の城下町はそう距離が離れていない。そして2人の勇者がいる。俺はこの2人の間に何かしらの繋がりがあるんじゃないかと思ったんだ。実際に、過去に一人の戦士を同時にパーティに入れる試みをしたのかもしれないって。彼女の故郷が、この王国に飲み込まれたことまでは想像つかなかったけどな」
勇者「いろいろな聞き取りをしたけど、噂話を拾えたくらいで、確信に迫るものはなかった。無駄足だったんだ」
勇者「遊び人が一人で戦ってる中、俺も何かしなくちゃって気持ちが駆られてたんだ」
遊び人「そうだったんだ……」
勇者「ごめん」
遊び人「だから、もう、謝らなくて……」
遊び人「…………」
遊び人「わ、私も……」
遊び人「ええーと、その……」
遊び人「私こそ……」
416:以下、
愛おしいから、怒った。
好きだから、泣いた。
怒りは赤色。
愛も赤色。
怒りはいつも、本音と反対の場所にある。
本音を伝えれば済む問題を、人間は愚かなもので、誤って怒りを選択してしまう。
生きてるうちに、他人と争ってしまうのは仕方のないことで。
そのまま争いを続けるのも、別れてしまうのも簡単で。
でも、それがどうしても嫌だと思うなら。
それが嫌だと、伝えるしか無い。
それが嫌だと、思っているだけでは伝わらない。
怒りを救う魔法の呪文は、無口詠唱では唱えられない。
言い訳を、ぐっと飲み込んで。
照れ笑いや、苦笑いを堪えて。
勇気を、出して。
遊び人「私こそ、ごめんなさい」
遊び人「仲直り、しましょ」
赤い糸は、愛と、微量の怒りで紡がれている。
420:以下、
6日目の演説の日。
拡声石を外した傲慢と、突然現れた憤怒の王子が何を話していたか、騒ぎ立てる群衆は聞き取れてなどいなかった。
けれど、傲慢に対するあの王子の怒りと怯えの入り混じった表情を見て、群衆は理解していた。
王子は許嫁を諦め切れてなどいない。
この2人の糸は、もつれていれど、ほつれてはいなかったのだと。
遊び人「本来であればさ、今日お嫁さんが決定して、儀式が行われていたはずなのよ」
遊び人「なのに、あの2人は、周囲のわだかまりから抜け出せず、お互いをどう思っているかを公言しようともしない。今は敵国として対峙し合うそれぞれの国の長であるから」
遊び人「みんな、うすうすわかっていることなのよ?」
遊び人「どうにかできないのかな」
勇者「…………」
勇者「もしも、怒りが人の理性を奪うもので」
勇者「感情的で愚かな選択に導いてしまうものならば」
勇者「人々を怒らせれば、2人を結ばせてあげられるかもしれない」
遊び人「どういうこと?」
勇者「この6日間必死で聞き集めた、2人の思い出を話せばいい」
勇者「結ばれない2人が生まれる理不尽な世界に対して、腹を立てて貰うんだ」
421:以下、
2人は数時間かけて準備を整えた。
再び演説場に立ち上がり、兵士から(適当な理由を並べて)借りた拡声石に、勇者は語りかけた。
勇者「号外!!号外!!」
通行人が何人か立ち止まった。
勇者「優勝者の発表です!!優勝者の発表です!!」
次々と通行人が足をとめて、遊び人と見慣れぬ男に注目をした。
演説場には他にも。
お姫様「他人の恋の応援に、手伝う義理なんかないんだけどなぁ」
学者「私も、今夜中にでも祖国に帰るつもりでしたのに」
遊び人「まあまあ。振られたもの同士、たぶらかしてくれた王子様に対する怒りでもあらわしましょうよ」
遊び人「あなた達が2人を認める姿を見せることで、”公認”のための大きな後押しになるの」
遊び人は勇者の持つ拡声石に話しかけた。
遊び人「さあ、最期のスピーチです。今夜のゲストは、私が6日間語り続けたこの男です」
勇者「えっ、なに、俺のこと話してたの?なんかざわついてるんだけど」
遊び人「それでは、お願いします!!」
勇者「後で詳しく聞くからな……」
勇者「それでは、語らせていただきます」
勇者「国家という大きな責務に人生を束縛され、結ばれることが叶わなかった2人の物語について」
422:以下、
その人が身内に接する態度をみよ。
それがやがてあなたに接する態度である。
その人が敵に対峙する姿勢をみよ。
それがいつかあなたを守る時の姿勢である。
【傲慢の勇者の思い出&憤怒の勇者の思い出】
生まれつき優秀な少女に、お母さんは諭した。
「いつも怒ってちゃいけないのよ」
「どうして?」
「好きな人の前でだけ怒るとね、それが愛情だとちゃんと伝わるからよ」
423:以下、
「ふざけんじゃないわよ!!!」
バン!!
アカデミーの昼食の時間、おぼんを叩きつける音が食堂中に響いた。
傲慢「あんた達!またあいつの教科書捨てたでしょ!!」
「知るかよばーか」
傲慢「そんなんで世界を救う英雄になるとか言ってるの?」
「こいつ、気があんじゃねえのか」
傲慢「あんた達の卑屈さが許せないだけよ!!」
傲慢は、食堂の隅で一人ご飯を食べている憤怒に話しかけた。
傲慢「あんたも何か言い返したらどうなの!?」
憤怒「…………」
傲慢「勇者でしょ!?立ち向かいなさいよ!!」
憤怒「……いいよ」
傲慢「はぁ!!」
憤怒「ご飯食べないと昼休み終わっちゃうよ」
傲慢「もう!!食べるわよ!!」
憤怒の少女……ではなく、傲慢の少女は自分の席へと戻った。
424:以下、
生まれながらに器用で、優秀で、賢く、両親から溺愛されていた少女。
彼女は自分に絶大な自信を持っており、自分は他の弱者を救うために生まれてきたと自覚しており、多少の歪みはありつつも正義感に溢れて生きていた。
生まれながらに器用で、優秀で、賢いはずだったが、父親から怒鳴られ続けていた少年。
彼は短気な父親から自分の振る舞いを全て暴言や暴力で否定されており、本来の自分を出せなくなった。いつしか人と触れ合うことを避け、孤独に生きていた。
しかし、彼には幸いにもやさしい母親がおり、人を許して生きていくことができた。
そして、もう一つ幸いなことに。
人に期待することを諦めたかのような彼の態度に苛立ちを覚えながらも、傲慢な女の子が彼の存在を認めてくれたのだった。
425:以下、
先生「次の生徒」
憤怒「……はい」
憤怒は校庭の指定された位置に立ち、右手を前に突き出した。
先生「放て」
憤怒はぼそぼそっとした声で、炎の呪文を唱えた。
先生のつくりだした呪文壁に命中した。
先生「うーん、4点ね。狙いはいいけど、威力が弱い。完全に無効化されてるわ」
「なんだよ、あの王国の王子様も大したことねーじゃん」
「しっ、やめとけ。あいつの親に知れたらどんなことになるかわかんねーぞ」
「知るかよ。あいつの国はな、俺の友達の故郷を燃やしたんだ」
傲慢「あんたたち試験中よ、うるさいわ」
先生「次の生徒」
傲慢「はーい」
傲慢は校庭の指定された位置に立ち、左手を前に突き出した。
先生「放て」
傲慢「『傲慢の化身よ、己が自尊心を打ち立て神に雷撃を突き返し給え』」
傲慢「『ヒュブリス!!』」
傲慢は雷撃の呪文を放った!
先生のつくりだした魔法壁を粉微塵に破壊した!
先生「…………」
傲慢「ねえねえ、先生、何点?」
先生「はぁー……私も自信を無くしちゃうわね。雷撃の呪文を使用できるだけでなく、精霊への敬意の込め方も独創的だったわ。10点満点だけど、100点よ」
傲慢「やったー!」
426:以下、
傲慢「ねえ。どうしてあんた雷撃の呪文を使わなかったのよ」
憤怒「……目立ちたくないから」
傲慢「本当に勇者の素質があるのかって、みんなから疑われているよ?」
憤怒「僕はただ、雷の呪文が操れるだけだよ」
傲慢「それが凄いことなのよ!このアカデミーでも雷撃の呪文が使えるのは私達だけなのよ?」
傲慢「精霊の加護がいつか降り注ぐ日が楽しみだと思わない?不死の身体を手に入れられるのよ?」
憤怒「魔物に引き裂かれて、焼かれて、それでも立ち上がって戦う義務に過ぎないよ」
傲慢「はぁー。あんた、話してると疲れるわ」
憤怒「ご、ごめん」
傲慢「まあいいけど」
427:以下、
傲慢「ねえ、あの噂本当なの?」
傲慢「お父上様から酷い虐待を受けてるって」
憤怒「…………」
憤怒「虐待じゃないよ」
傲慢「嘘ばっかり」
憤怒「父上は短気だけれど、決断力があって、頭も切れるし剣技の腕も立つ」
憤怒「ただ。自分の期待に沿わないものに、徹底的に厳しいだけなんだ」
憤怒は服をまくって、自分の身体を見せた。
傲慢「……嘘でしょ」
憤怒の身体は痣だらけだった。
憤怒「初めて人にみせた。どう思った?」
傲慢「……どうって」
傲慢「私のパパも、ご存知の通り国を統べるような偉い人だけどさ。ずっと私に愛情を注いでやさしく育ててくれたわよ」
傲慢「こんな、酷いことって……」
その時、遠くから学友の声が聞こえた。
「おい!!傲慢が憤怒の服を脱がせようとしてるぞ!!」
「痴女だ痴女!!成績優秀ハレンチスケベ?!!」
傲慢「あいつら、空気も読まずに……。全員焼き殺してやる……!!」
蒸気が出そうな勢いで歩いて行こうとする傲慢に、憤怒は尋ねた。
憤怒「あのさ。君は、どういう時に怒るの?」
傲慢「こういう時よ!!」
憤怒「こういうって?」
傲慢「プライドを侮辱された時よ!!」
憤怒「プライドってなに?」
傲慢「傷つけられたくない心をそう呼ぶの!」
傲慢「私は私が守りたいものを守るの!!その中には私自身も含まれるの!!」
傲慢「なぜなら、私を愛してくれる人がいるからよ!!」
憤怒「それは、君の恋人?」
傲慢「馬鹿!!そんなのいるわけないでしょ!!私のパパとママよ!!」
憤怒「ふふ、そっか」
傲慢「何がおかしいのよ」
憤怒「何でもない」
傲慢「あいつらに地獄見せてくる!!」
怒れる人を見て、安堵を感じたのは彼にとって初めてのことだった。
恋人をつくるには少し早い、傲慢な少女と、諦めた少年。
この日から幾月も経たない内に、将来の王子と后となることが周囲によって決められた。
そして。
この少年が本気の怒りを顕すのも、先のこと――。
430:以下、
許嫁の王国に、祖国を破壊され、両親を処刑された。
過去に滞在した時には、国民は自分のことを王女のように慕ってくれた。
薬草の調合が趣味の変わった少女とも仲良くなり、第二の故郷のように感じていた場所だった。
故郷の消滅に関して、情報は錯綜していた。
敗者の語る事実は闇に葬られ、勝者の語る言葉が歴史に刻まれるように。
世界に表立って言われていることと、傲慢が独自に集めた情報とでは、あまりにも情報が異なっていた。
傲慢の両親がまるで極悪人の裏切り者であるかのように、周辺諸国は信じ切っていた。
元々呪文のセンスに長けていた傲慢は、勇者の雷撃呪文を活かした洗脳呪文を開発し、全ての事実を知ったのだった。
431:以下、
憤怒「ふざけるな!!!!」
地面に横たわる傲慢に向かって、青年になった憤怒は激怒した。
傲慢「……ははっ。数年ぶりの再会で、倒れているところを怒鳴られるなんて。前に再会した時はあんなに泣きそうになっていたのに」
憤怒「独りで魔王城なんかに乗り込むからだ。エルフから無謀な女がいると聞いたぞ。魔剣の存在も知らないのか」
傲慢「知ってるよ。死ぬ覚悟で戦いにきたのよ」
傲慢「大切に思ってた人達から裏切られて、大切な人達がみんな殺されちゃって」
傲慢「あなたの国が、私の故郷を滅ぼして」
傲慢「死んでもいいから、戦おうかなって、自暴自棄になっただけ。これは覚悟とはいえないかな」
憤怒「…………」
432:以下、
「ちょっといいかなー。イチャイチャするのはかまわないけど、戦闘中だよ?」
黒いドレスを着た少女は呆れていた。
「ハンサムなお兄さん初めまして。私の名前はマリア。四天王の一人よ」
マリア「ところで、3人いたはずのお仲間は死んじゃったのかな?」
憤怒「この広間にたどり着く途中でな」
マリア「よかったね。おわかりのように、ここの地面には精霊殺しの陣が敷かれている。目立つけれどとっても頑丈な造りなの」
マリア「だから、あなた達がここで負けたら精霊ごと死んじゃうの。よくも魔王城で、私に挑もうなんて思ったなぁ」
マリア「それにしても、泣けちゃうなぁ。大切な仲間を危険に晒して、一人で私達を倒そうなんていう傲慢甚だしい女を追いかけてくるなんて」
傲慢「……人間を舐めるんじゃないわよ」
マリア「ふわぁー」
あくびをしている少女に向かって、傲慢は左手を向けた。
傲慢「『ヒュブリス!!』」
眩い閃光と共に雷撃が少女に伸びた。
マリア「キャッ!!」
少女は驚いて口を開けて、雷撃をゴクンと飲み込んだ。
マリア「…………クゥ?!!沁みるぅうう!!」
少女は目をつむって痛そうに頭を抑えながら、地団駄を踏んだ。
「許さないんだから?!!」
少女が口を開けると、口の中からぬいぐるみがヌメェッっと吐き出されてきた。
433:以下、
憤怒「気をつけろ!あいつは召喚を司る四天王。あの人形も何か……」
ぬいぐるみを見て、憤怒は思わず言葉をとめた。
傲慢「……わたし?」
傲慢の勇者を模した人形だった。
少女は人形の腕をふりまわすようにいじった。
傲慢「危ない!!」
傲慢の身体が勝手に動き、剣で憤怒を切りつけようとした。
憤怒は寸出のところで躱した。
憤怒「コントロール系の呪術か」
マリア「ふふーん、しんでからのお楽しみ」
少女はニンマリと笑った。
434:以下、
憤怒は傲慢を抑えることができなかった。
気絶させようとして万が一にでも殺してしまったら、傲慢を教会に転送しようとして現れた精霊が殺されてしまう。
ただでさえ戦闘能力の高い傲慢を、魔族最高峰の召喚士が操っており、簡単に組み伏せることはできなかった。
傲慢の攻撃をただ躱すしかなかった。
マリア「たいくつだなぁ。じゃあ、これならどう?」
傲慢は剣を自分の首にあてた。
傲慢「う、うそ……」
憤怒「やめろ!!」
傲慢の自殺をとめようと憤怒が飛び出した。
途端に傲慢は左手を突き出した。
傲慢「『ヒュブリス』!!」
近距離まで迫った憤怒に、雷撃が直撃した。
435:以下、
ぼろぼろになった憤怒を見てニンマリしながら、少女は言った。
マリア「呪文のコントロールまで可能なんて、どれだけ戦闘力に差があるのよ」
マリア「あなた達なんて目瞑っても殺せるわね。どんなものかなと思って遊んであげたけど、やっぱり人間は弱過ぎるわね。そろそろ終わりにしよっか」
少女は色の着いた棒を取り出し、異様に早い度で地面に絵を描き始めた。
マリア「六芒星なんて描いてらんないよね。生み出したい絵を描いた方が楽しいのに」
カカカカ、カカッっと響く音がして、即座に絵が完成した。
マリア「キャー!素敵ー!!うっとりするわ」
憤怒「あ、あれは!禁書に姿絵が載っていた……!」
マリア「本物には及ばないけど充分素敵よ。さあ、あいつらを殺してちょうだい」
マリア「魔王さま!」
絶望が2人に襲いかかった。
436:以下、
傲慢「っ……!動ける……!」
傲慢のコントロールが解かれた。
憤怒「下がっていろ!!」
憤怒は傷ついた身体で戦った。
傲慢の勇者を相手にしてこそ力を全く出せなかった憤怒の勇者。
今でこそ、実力の全てを発揮することができるが。
憤怒「……ぐぉおおお!!!」
マリア「うふふ!!やっちまえー!!」
魔王のコピーの戦闘能力に遥かに及ばなかった。
マリア「たかが人間の代表と、魔族の最高峰では、呆れるくらいに実力がかけ離れているよねー」
マリア「だからこそ、”不死”という加護を精霊が人間に与えることになったんだろうけど。精霊殺しが開発された今じゃもう勝ち目ないね」
マリア「じゃ、まずはそっちの女の子から殺してくださいませ」
傲慢「あ……あ……」
憤怒「やめ…ろ…」
マリア「素敵な男性が、絶望に苦しむ顔を見たいの。人間でもハンサムはいいものだわぁ」
マリア「死になさい」
魔王のコピーが、黒々と輝く魔法玉を創り出した。
437:以下、
生涯結ばれるはずだった女の子。
生きがいを失って、孤独に冒険していた。
それは全て。
憤怒「俺が、守ってやれなかったからだ」
憤怒は腹立たしく思った。
世界が絶望的で、理不尽な人間で溢れかえっていることなど、とっくに諦めていた。
けれど、そんな世界においても、守りたいものを守ることのできる自分でありたかった。
傲慢「ごめんね。私のせいで」
傲慢は憤怒の頬に手を添えた。
やさしかった母親が亡くなった日以来。
ずっと流すことのなかった涙を、憤怒は流した。
静かな憤りを感じた。
叫ぶことも、嘆くことも、怒り狂うこともない。
母親のやさしさに包まれて穏やかに生きてきた少年は。
この時、初めて自分の体の中に流れる、父親の血を感じた。
憤怒「……嬉しかったんだ」
傲慢「えっ?」
憤怒「俺のために、おぼんを机に叩きつけてくれたことが」
438:以下、
魔王のコピーが放った最大級の闇の呪文は、憤怒によって弾かれた。
マリア「はぁー!?うそでしょ!?」
憤怒「グォァアアアアアアアア!!!!!」
怒り狂った獣のように、憤怒は駆け出した。
傲慢「今の、なによ……」
傲慢「いきなり、兜が現れて……」
憤怒の動きを、もはや傲慢は目で追うことができなかった。
魔王のコピーは憤怒に馬乗りにされ、物凄い度で殴られていた。
バサバサという音が響き渡り、紙切れが風で飛ぶように魔王のコピーは消滅していった。
マリア「魔王様がおっしゃっていた話は本当だったというの……?」
マリア「だとしたら、あれは、”憤怒の兜”!!」
439:以下、
少女は焦りながら、自分のお腹に手をあてた。
マリア「まずはコントロールを……」
マリア「……!?」
べちゃべちゃと液体が飛ぶようなくぐもった音が聞こえたあと、少女は紫色の血液とともに人形を吐き出した。
マリア「グボォオエエエエ!!!」
吐き出した憤怒の人形は召喚士のコントロールを振り切り、主を攻撃しようとした。
少女が急いで呪文のキャンセルを唱えると、人形は消滅した。
マリア「グブ……オェ……これも駄目……」
マリア「もう、あれを使うしか……」
少女は両手を同時に使い、地面に絵を描き始めた。
マリア「……えっ?」
憤怒「グァアアアアアアアアアア!!!」
少女の両手は吹き飛んでいた。
マリア「……遊ぶ余裕くらい、与えてちょうだいよ。短気な男は嫌いよ」
440:以下、
魔族最高峰の四天王の一人は、原型を留めないほどに一人の勇者に潰された。
打撃音がしばらく続いたあと、ぴたりと音が止んだ。
傲慢「……憤怒?」
憤怒「……ニゲ…ロ……」
憤怒は身体を地面に激しくぶつけた。
怒りに満ちた目で傲慢を睨みながら、必死でそれを自制しようとしているように見えた。
傲慢を殺す欲望に駆られながら、破壊を止めようと理性が虚しく抵抗していた。
傲慢「……世界はどうしてこうも」
傲慢「人間を、悲しませることしかできないの」
自分の身体を掻きむしる憤怒を、泣きながら見ていた。
傲慢「……私はどうしてこうも」
傲慢「自分のことしか、気にかけることができなかったの」
傲慢「大好きな王子様が救ってくれることを当然のように期待するだけで」
傲慢「私が彼を、守ってあげようとはしなかった」
傲慢「誰かに認められることばかりを望んで」
傲慢「誰かを認めてあげることなんて考えなかった」
傲慢はのたうち回る憤怒の元に歩み寄った。
傲慢「もう、いいよ。そのままじゃ死んじゃうよ」
傲慢「世界中を滅ぼしてでも、あなたには生き残ってほしいの」
傲慢「まずは、世界一傲慢な私を、殺してちょうだい」
傲慢「今まで見てあげなくて、ごめんね」
理不尽な世界は、最期まで理不尽だった。
今まで散々不幸な出来事を2人に与えておきながら。
傲慢「……今の光は、さっき現れたのと同じ」
傲慢「この、盾は」
気まぐれに、救いを与えた。
441:以下、
勇者「2人はアカデミーを卒業してからも、幾度か再会を果たしました。祖国の事情さえなければ、2人はパーティを結んで冒険していたのかもしれません」
勇者「四天王を倒してからもまた、2人は離れ離れになってしまいました」
勇者「傲慢の勇者は、彼の足枷になることをやめたかったんです」
勇者「けれど、お互いに惹かれる思いは強く、2人は再びこの王国で再会することがかないました」
勇者「みなさん」
勇者「また2人を、引き裂いてもいいのでしょうか」
勇者「もしも傲慢の勇者がこの国を許してくれるのなら。いや、決して許すことなどできないでしょう」
勇者「しかし、許せないままに、再び手を取り合うことを望んでくれるのなら」
勇者「彼女を、后に迎えませんか?」
442:以下、
遊び人「広場の声、聞いた?」
遊び人「裏切ったのは傲慢の少女の祖国だと信じて戦っていたって」
勇者「うん」
遊び人「どっちが正しいんだろうね」
勇者「何も正しいことなんてないんだろ」
遊び人「そうかもね。でも」
遊び人「今日という日は、正しそうに見えるけど?」
多くの人が駆り出されて、急いで式典の準備を始めていた。
本来行われるはずだった結びの儀式は中止になっていたが。
憤怒の城下町と、傲慢の街の友好を結ぶ式を挙げる準備が行われていた。
遊び人「勇者が頑張ってくれたおかげかな」
勇者「俺はきっかけの1つにしか過ぎないよ。みんなが本当は望んでいたことだったんだ」
444:以下、
王様を死にいたらしめたという、曰く付きの兜。
その兜を掲げ、王子は宣言した。
憤怒「傲慢の街と私達は、手を取り合って生きていかなければならない」
私情が見え透いたその言葉に、しかし反対を示すものはいなかった。
遊び人「憤怒の兜の封印は、もうしばらく待ってもよさそうね」
遊び人「封印でもしなければ、市民がまた暴動を起こすと思っていたけど」
遊び人が広場を見渡すと、薬剤師の女の子が、今度は嬉しそうに涙を流していた。
勇者「当初の予定だと、ここで兜を奪う予定だったんだよな」
遊び人「あはは。あらゆる人々の激怒を買っちゃうね」
憤怒と傲慢は、握手をしていた。
遊び人「傲慢の勇者、照れを隠しきれてないね。かわいいなぁ」
445:以下、
儀式が一通り終わると、兜を脇に抱えた憤怒と傲慢が、勇者達を招き寄せた。
傲慢「昨日も言ったけど、冒険が終わったら、最後に私達の場所を訪れなさい。傲慢の盾も、憤怒の兜も好きに使わせてあげるから」
遊び人と勇者は顔を見合わせ、笑みをこぼした。
傲慢「私達も国を守らなければならないから、しばらくは持っていさせてほしいの。これから大国統一の計画にも取り掛かるし」
遊び人「本当にありがとう」
傲慢「お礼を言うのはこっち。あなたたちが、私の代わりに怒ってくれたんだもの」
傲慢「この国が憤怒の父、元国王に騙されていたことは知っていたの。だけれど、故郷を滅ぼされたこと自体に対する怒りはおさまらなかった」
傲慢「怒りを主張して何が変わるかもわからない。冒険を通してやることなすこと全て裏目に出てね、何を信じればいいかわからなくなっていたの」
傲慢「プライドがへし折られちゃってたから」
傲慢は力無く笑った。
446:以下、
学者「私達も手伝ったんですよ。情報の裏付けを確認して、話を繋ぎ合わせて、勇者さんの言葉を意味あるものに仕立てたんです」
お姫様「はぁー、王子様タイプだったのになぁ…」
お姫様はため息をついた。
学者「これから忙しくなりそうですね」
憤怒「ああ。今まで目指していた方向と、対局に向かうわけだからな。君達の力もどうか貸して欲しい」
遊び人「全国の女性をたぶらかしておいてよく言いますねえ」
憤怒「僕のことを本心で好きでいてくれた女性なんて1人しかいないさ」
傲慢「はぁ!?」
遊び人「ふふふ」
お姫様「羨ましいなぁ…タイプだったのになぁ…」
447:以下、
遊び人「味方も今ならたくさんいますよ」
憤怒「そうだな。そして、彼女もいる」
憤怒は傲慢を見つめた。
傲慢「そ、そういうのは人の前では……」
遊び人「二人きりの時がいいってこと?」
傲慢「ちょっと!!」
一同は笑った。
照れくさそうにしている傲慢と、一名を除いて。
お姫様「いいなあ。素敵だなぁ」
お姫様「ハンサムだし、強いし、やさしいし」
学者「あなた、いつまで……」
お姫様「精霊の加護もついてるし、不思議な兜も持ってるし、羨ましいなぁ」
お姫様「"嫉妬"しちゃうくらいにさぁ」
お姫様は、取り出した笛に口をつけた。。
448:以下、
傲慢「一体なんなのよ…!!」
殺気を感じて傲慢が反射的に発動した防御呪文のおかげで、勇者達は気絶せずに済んだ。
しかし、憤怒の持っていた兜ははじきとばされ、奪われてしまった。
広場では人々が耳を抑えながらうずくまっていた。
傲慢「音の呪文の使い手だったのね。まさか湯水の国が裏切るなんて……」
憤怒「それはまだわからない。成りすましだったのかもしれない」
憤怒「この女が何度も繰り返している言葉があった。それを愉しんで言っていたとしたら」
清々しい顔で演奏を終えたお姫様は言った。
お姫様「そうよ。世界中の嫌われ者にして、数多くの勇者を殺してきたと噂されてきた」
お姫様「処刑の王国の、術士よ」
お姫様は、憤怒から奪い取った兜を手でいじっていた。
お姫様「魔力も備わっているし、国宝にふさわしいものなんだろうけど、憤怒の装備じゃないわね」
449:以下、
憤怒「遊び人、君の警告した通りだった。大罪の装備を狙うものが現れる可能性が高いと」
遊び人「元々は、私達が強奪する予定だったんだけどね」
お姫様「気に食わないわね。本物はどこに隠してあるの?」
憤怒「世界のどこかにな」
お姫様「だったら、手始めに。この国の住民全員殺して、隅から隅まで探してやるわよ」
お姫様は再び笛に口をつけた。
450:以下、
戦闘が始まって、しばらく膠着状態が続いていた。
避難する市民を守りながら、憤怒と傲慢はお姫様を隅に追いやっていた。
憤怒「まだ城内に避難できていないものはいるか」
隊長「市民の避難は済みました。残るは兵士のみです」
憤怒「わかった。君たちも下がれ」
隊長「そんな!!私達は何のために!!」
憤怒「相手が違いすぎる。君たちは、城内で市民を守り続けるんだ」
隊長「しかし」
憤怒「私を怒らせるな」
隊長「……承知しました」
去ろうとする隊長は、思い出したかのように付け加えた。
隊長「それと、非常事態の対策に従い、例の職業の者だけは……」
憤怒「わかっている。こういう時、彼らはテコでも動かない」
憤怒は教会を見て、その中に神父がとどまり続けていることを確認した。
451:以下、
お姫様は疲れて地面に座り込んでいた。
お姫様「はぁー。思ってたより手強いなぁ。あのウスノロどもはまだ迷ってるみたいだし」
お姫様「おーい!こっちだよぉ!」
お姫様は町の外に向かって手を振った。
魔物の大軍が草原をうろうろと彷徨っていた。
お姫様「街の守護すら突破できないなんて。これだから図体でかいだけの魔物は嫌なのよ」
お姫様「バカの研究者達もいつまで経っても来ないし。全員処刑にされても知らないわよ」
452:以下、
お姫様は、気だるそうに立ちあがった。
お姫様「さて、と。研究者が到着するまでは適当にいなしておく予定だったけど、遅刻してるんだからちょっとくらい遊んでもいいよね」
お姫様「さて、隕石でも降らせますか」
お姫様は目を閉じた。
憤怒「詠唱する隙きを与えるな!!」
傲慢「もちろん!!」
2人が飛び出そうとした時だった。
遊び人「待って!!あの構えで物体召喚なんて……」
傲慢「うっ!」憤怒「くっ!」
憤怒と傲慢がよろめいた。
お姫様「残念、勇者感知の呪文でした!」
お姫様「今のうちにっと」
お姫様は大きな鈴を取り出して振り始めた。
勇者「遊び人、自分の耳を塞げ!」
勇者は駆け出し、両腕でだき抱えるように、傲慢と憤怒の両耳を可能な限り塞いだ。
勇者「ぐぁああああ!!!」
453:以下、
勇者は雄叫びをあげて倒れた。
両耳から血が流れていた。
傲慢「どうして……」
遊び人「より戦闘能力の高い、あなた達を優先させたのよ」
傲慢「私が聞きたいのは……」
遊び人「次の攻撃くるよ!!」
454:以下、
勇者は雄叫びをあげて倒れた。
両耳から血が流れていた。
傲慢「どうして……」
遊び人「より戦闘能力の高い、あなた達を優先させたのよ」
傲慢「私が聞きたいのは……」
遊び人「次の攻撃くるよ!!」
455:以下、
傲慢「きゃっ!!」
憤怒「うぐっ!」
神官の前に、どこからともなく傲慢と憤怒が現れた。
憤怒「突然巨大な爆発呪文を唱えられた」
傲慢「なんなのよあいつ。並の人間の強さじゃないわ!」
息着く間もなく、教会の扉がバンと開いた。
お姫様「すごーい、本当に転送されてる。肉眼じゃ追えなかったよ」
お姫様「あれ、あんた達もどうして?」
お姫様は勇者と遊び人を見た。
遊び人「くっ……」
お姫様は悩んだ表情をしたあと、言った。
お姫様「もしかしてパーティメンバーだった?どっちに所属してるのかしんないけど」
お姫様「まぁ、雑魚はどうでもいいか」
お姫様は笛を取り出した。
456:以下、
傲慢「言葉が通じなくなるけど、背に腹は変えられないわね」
傲慢が呪文を唱えると、耳の中に水が詰まったような感触がした。
周囲の音が聞こえなくなった。
傲慢「%(O)J」”$(‘%”(!!」
傲慢は剣を構え、お姫様へ突進した。
高で繰り出される戦闘に、他者の入る余地はなかった。
傲慢が剣で斬りかかろうとするも、お姫様は笛ではじき軽くいなしていた。
戦闘を見守る中、憤怒の勇者が異変に気づいた。
憤怒「$(%“%&‘”)!!?」
憤怒が地面を指差すと、うっすらと魔法陣のようなものが出現し始めているのが見えた。
憤怒は教会の隅へ走り、ぼろぼろの木箱から”憤怒の兜”を取り出した。
お姫様はそれをみやると、嬉しそうに笑った。
傲慢が戦闘する中、3人は外へと出た。
457:以下、
憤怒「お前らは一体!!」
教会の外に出ると、白衣を着た男たちが数名、教会を囲って詠唱を唱えていた。
遊び人「これ、教会ごと、捕縛呪文をかけようとしてるんだと思う!」
勇者「憤怒!!傲慢を外に連れ出すんだ!!」
憤怒「わかった。持っててくれ」
憤怒は兜を遊び人に預け、再び教会の中に入り込んだ。
458:以下、
勇者「処刑の王国の連中か!!」
勇者は白衣を着た男に突進した。
しかし、見えない壁のようなものに阻まれた。
勇者「いって!!なんだこれ!!」
遊び人「詠唱の邪魔をされないように防御壁を張ってるんだわ。ちょっと見せて」
遊び人が勇者のもとにかけより、見えない壁をなぞった。
勇者「硬化の呪文か?」
遊び人「えっと、だとしたら、軟化の呪文で相殺できるけど……」
遊び人「指でなぞると、硬い感触は感じられないわね」
遊び人「…………なるほど」
遊び人「時延化の呪文よ。時の流れを遅くしてるんだわ。だから、時間のはやさが通常の私達が触れようとすると摩擦が生じてしまうの」
勇者「?????」
白衣を着て詠唱を続けていた男は、驚いた表情を見せた。
遊び人「時間を対価にして物体の移動を許してるの。時間の進みが遅ければ、物体はゆっくりとしか動けない。そしてこの壁は、早い時間で動く私たちに、そんなに大きな対価は受け取れませんって拒んでるわけ」
遊び人「仲間と会話したり詠唱のタイミングを合わせるためにどこかに穴はあけてあるんだろうけどね」
遊び人「対処は二つ。この壁の時間を通常の流れに戻すか、私達がもの凄く遅い時間の流れに合わせるか。前者の選択しかありえないけどね」
遊び人が解説しているうちに、憤怒と傲慢と、お姫様が外に飛び出してきた。
その瞬間、教会全体が黄土色の輝きに包まれた。
研究者「ふん、惜しかったな。だが、檻は完成した。あとはもう一度そいつらをこの中に追いやれば終わりだ」
研究者「俺らの仕事はここまでだ。そこの女に防御壁の性質を見抜かれた。あとは任せたぞ」
6人の研究者たちは移動の翼を取り出すと、その場を離れた。
お姫様「ちょっと!!あんた達遅れといて何なのよ!!」
459:以下、
お姫様「まぁいいわ。憤怒の兜も姿を現したし」
お姫様は遊び人の抱える兜を見た。
お姫様「よく考えれば教会に隠すのはいい案よね。だって、非常時に教会に転送されるわけなんだから」
お姫様「それじゃ、頂くわよ」
お姫様は遊び人のもとに歩みだした。
傲慢と憤怒も駆け出そうとするが、見えない障壁に阻まれた。
傲慢は急いで時縮化の呪文を唱え始めた。
お姫様「あいつら良い置き土産を残してくれたじゃない」
お姫様と、勇者と、遊び人が対峙した。
460:以下、
お姫様「さっきから戦闘に加わらない男と村娘の格好をした仲間だなんて、何の役に立つのかしら。航海士か何か?」
お姫様「安心して。死んで教会に転送されても、捕縛されるだけだから。しばらくは死ななくても済むわ」
お姫様「思う存分、戦いましょう」
お姫様が笛を構えた。
勇者「くそっ……時間を稼がないと」
遊び人「勇者、少し持っててちょうだい」
遊び人は兜を勇者に渡すと、前に出た。
遊び人は両手を空中に乗せるように浮かし、祈りを唱え始めた。
お姫様「へえ、魔法使いか何かだったの?」
お姫様「雑魚の呪文なんて興味ないわ。すぐ叩きのめすのみよ」
お姫様は構わず笛に口をあてた。
遊び人「『リコルダーティ』」
遊び人「『スケルツォ』
お姫様は顔色を変え、演奏を止めた。
遊び人「『ベルスーズ』」
憤怒も空気の流れが変わったことに気づいた。
遊び人「『主を失いし旋律の怨嗟よ』」
お姫様「な、なんなのよ、この魔力は……」
遊び人「『大罪の仇讎曲を奏で給え』」
お姫様は恐怖に駆られた顔をし、後退りをした。
遊び人「『Morte』」
遊び人「『Tremolo……』」
遊び人はしゃがみ込み、落ちていた小石を宙に放り上げ、口でキャッチした。
遊び人「…………」
遊び人「……死ね私」
461:以下、
震えながら笛を構えていたお姫様は、きょとんとしていた。
お姫様「…………えっ」
お姫様「えっ、えっ」
お姫様「えええええ!!?」
お姫様「う、うそでしょ!?」
遊び人は赤面しながら、悔しそうに唇を噛んでいた。
お姫様「あはははは!!!うける!!!ちょー笑ける!!!」
お姫様「もしかしなくても、あんた!」
お姫様「遊び人なのね!!」
463:以下、
TIPS
遊び人という職業の者は、基本的に、戦いをさぼる。
とりわけ、戦うなという父の願いを込めて強制転職された彼女は、その度合いが甚だしい。
464:以下、
お姫様「はぁー、びっくりしたぁ。凄まじい魔力の気配を出して禁術を唱え始めるんだもの。はったりがお上手なのね」
お姫様「いつか賢者になれた時に、唱えられるといいわね、遊び人さん!」
お姫様は再びケタケタと笑った。
遊び人「と、唱えたことあるのに……」
涙目の遊び人の背中を勇者はやさしく叩いた。
傲慢「解除できたわ!!」
傲慢と憤怒が駆け寄ってきた。
憤怒「いい時間稼ぎになったぞ」
傲慢「あいつの特性はだいたい見抜いたわ。あとは私たちに任せなさい」
傲慢「広範囲にわたる音の呪文を発動している割には、本人は耳栓の呪文も唱えていない。なのに私達の会話は聞こえてる」
傲慢「音色の範囲に穴があるのよ。音への着色をすれば、攻略できそうだわ」
肩を落とす遊び人の前に立ち、2人の勇者は力強く胸を張った。、
465:以下、
折れた笛が地面に転がった。
お姫様は傲慢に蹴り飛ばされ、教会の中に入っていった。
お姫様「ちくしょお……」
中には気絶して地面に横たわっている神父だけがいた。
お姫様「……う、うぐっ!?」
お姫様はえびぞりに身体を反らせ、硬直した。
お姫様「う、うぐ…!がは…!!」
遊び人は教会の中を見て言った。
遊び人「……何が檻よ。こんなの拷問器具と一緒よ」
勇者「神父気絶してるぞ……」
傲慢「次の対策を練るわよ。この子は何かの時間稼ぎをしているようにしか見えなかったわ」
勇者「さっきの研究者達だけど、この街ごと檻で閉じ込めようとしているんじゃ……」
憤怒「この範囲の街に何かを施そうとしたら軍隊レベルの数が必要だ。それに、街の守護というものは強力で、外部から手を加えるなんてことはそうそうできん」
憤怒「傲慢、頼みがある。傲慢の盾を持ってきて欲しい」
傲慢「…………」
憤怒「僕が憤怒の兜を装備したら、理性を失って、誰にもとめることができなくなる。その時は傲慢の盾を装備した君しか僕を抑えられるものはいないんだ」
傲慢「……わかったわ。でも、時間がかかるわよ」
遊び人「トロフィールームに置いてないですよね?」
傲慢「もうそんなことしてないわよ。誰も興味を引かないような場所に埋めてある」
傲慢「私が取りに行く間、憤怒はこの街を守っていてちょうだい」
憤怒「ああ」
傲慢「それと。あなた達も、城の中に避難しなさい」
勇者「えっ?」遊び人「うっ?」
傲慢「あなた達の戦闘能力はよく知ってるわよ。教会に結界が張られた今、精霊の加護に頼っていられた今までとは違うの」
勇者と遊び人は顔を見合わせた。
憤怒「憤怒の兜を君たちが持っていてくれ。脇に抱えながら戦うことはできない。必要になったときは合図をするから、城からそいつを投げてくれ」
勇者「…………」
遊び人「そうね。勇者、お城の中に入りましょう。敵のいない今のうちしか、城内への橋を渡す時間が取れないわ」
遊び人「行きましょう」
遊び人と勇者が、城の中に戻ろうと歩み始めた時だった。
バチバチバチ。
466:以下、
遊び人「ギャアアアアアアアアアアアアアアアアア!!!!」
遊び人は絶叫した。
勇者「どうした!?」
勇者が遊び人を見ると、右手の小指が焼き焦げていた。
切断された小指の先端からは、電気がぱちぱちとほとばしっていた。
遊び人「いだい!!!いだい!!!!」
遊び人「だずげで!!!いだああああいいい!!!」
遊び人はぼろぼろと涙を流していた。
左手で短剣を取り出そうとしていた。
傲慢「自殺するつもりよ!!今教会に転送されるのはまずいわ!!」
勇者は遊び人を力づくで抑えた。
遊び人「死にだい!!いだい!!!死ぬの!!!」
憤怒「その子を連れて早く城の中へ!!医術師に診てもらうんだ」
勇者「わ、わかった!」
467:以下、
広場には憤怒と傲慢だけが取り残された。
憤怒「何が起きているというんだ……」
傲慢「わからないけれど。私、もう行くわ。一刻も早く盾を持ってこないと」
憤怒「ああ。君も気を付けてくれ。街の外では敵が大勢待機している。できるだけ高く飛んでから移動するんだ」
傲慢「ええ。それじゃあ」
「その必要はないよ」
一人の男が、街に侵入していた。
「これがほしいんだろ?」
傲慢の盾を手に持っていた。。
冷たい風が流れた。
468:以下、
お姫様「あぐ…うがっ……」
「遅れて済まなかったね。物体感知に傲慢の盾が引っかかってね、急遽それを奪うことにしたんだ」
「ここは君に任せてるから、安心していたんだよ」
男は結界の張られた教会の中に平然と歩み入り、お姫様を抱きかかえた。
男の首元ではネックレスのようなものが鈍く輝いていた。
広場に横たわせられたお姫様は、依然としてピクピクと身体を痙攣させていた。
「僕達の王国の者に酷い仕打ちをしてくれたね」
傲慢「あなた、誰よ」
「殺してみれば、少しずつ僕の正体がわかるだろうさ」
「できるものなら、だけどね」
469:以下、
城内にいる者が見守る中、遊び人は痛みに呻いていた。
医術師「敵は近くにいたのかね?」
勇者「いいえ。広場には、誰も……」
医術師「街の外から呪文を放って街人を攻撃できるんなら、魔物は苦労しないよ」
薬剤師「ねえ、よく見せて」
薬剤師は遊び人の手を取った。
薬剤師「……これは」
薬剤師「間違いない。雷撃の攻撃呪文よ」
勇者「雷撃?」
勇者「ば、馬鹿言うなって!憤怒と傲慢が遊び人を攻撃したっていうのか?」
薬剤師「まさか。でも、間違いないわよ。王子様の后を決める筆記試験の内容が気になって、最近勉強していたんだもの」
薬剤師「こんな冗談を聞いたことはないかしら。人間が認知できないはずの魔王城へ侵入する方法にはいくつかあってね。その1つが、魔王城へ帰ろうとしている魔物と自分をヒモでくくりつけるというもの」
薬剤師「自分がいくら認知できなくとも、魔物と結ばれていたら、強制的に引っ張られて中に侵入することができるの」
薬剤師「この子と、この子を攻撃したものは、何かで結ばれていたのよ」
薬剤師の言葉に反応するかのように、遊び人は言葉を発した。
遊び人「見破られていたのよ……私のまじないを……」
遊び人「勇者……あいつが……あいつが来る……」
遊び人「私の里を滅ぼした、あの男が……」
470:以下、
遊び人は起き上がり、城内を移動しはじめた。
勇者「どこに行くんだよ!」
遊び人「上の階へ。あいつの姿を確認できる場所に行きたいの」
遊び人は右手を庇うようにしながら、人混みの中を移動した。
遊び人「ここからなら、ちょうど街全体を見渡せるわ。まだ鍵を返してなくてよかったわ」
遊び人は選考中に使用していた個室の鍵を開けた。
部屋に入り、真っ直ぐに窓辺へと歩いた。
勇者「遊び人、大丈夫なのか」
遊び人「大丈夫じゃないわよ。でも、今は向き合わなくちゃ」
勇者「…………」
勇者は言葉をつぐむことしかできなかった。
遊び人の身体は、震えていた。
471:以下、
遊び人は外を見た。
教会に閉じ込められていたはずのお姫様が、救出されていた。
そして、忘れられない男がいた。
「そんなところにいないで、こっちに来たらどうだ?」
男は遊び人の存在に即座に気付き、広場から大声で呼びかけた。
「今日は婚姻の儀式のはずだったんだろ。せっかくだから、僕達で式を挙げたらどうだ?」
男はにんまりと笑った。
「赤い糸で、長年結ばれていた者同士」
遊び人は、膝から力を失うように倒れかけた。
472:以下、
勇者は遊び人の身体を支えながら、視界の端で、傲慢の勇者が祈りを結んでいるのが見えた。
男は、気づいているのかいないのか、こちらを見つめたままほくそ笑んでいた。
傲慢「滅びなさい!!」
突如、巨大な爆発が起きた。
傲慢の唱えた呪文が、男に直撃したのだった。
傲慢「あれだけ長い詠唱をさせてくれるなんて、どれだけ舐め腐ってるのよ」
煙で視界がくぐもる中、遊び人は叫んだ。
遊び人「……駄目」
遊び人「逃げて!!」
傲慢「えっ?」
傲慢の勇者は自分の胸元を見た。
背後から、剣で貫かれていた。
傲慢の身体は、棺桶に保管され、精霊によって教会に転送された。
神官によって蘇らせられた傲慢は、捕縛の結界に締め付けられた。
「さすが神官だ。気絶しながら勇者を蘇らせるとは。自分の死よりも勇者の蘇生を優先させるだけのことはある」
「それにしてもだ。噂通りで笑ってしまうよ。傲慢の勇者といい、憤怒の勇者の君といい、僕といい。パーティメンバーを3人加えられるにも関わらず、一人で生きようとする。あまりに傲慢だ」
「同じ勇者として、恥ずかしいと思わないか」
憤怒の勇者は、怒りをにじませながら尋ねた。
憤怒「お前は何者だ」
「ある時は処刑の王国の元奴隷だった。ある時は処刑人と名乗った勇者殺しでもあった」
「今ではその処刑の王国も、国民の性質を以て、嫉妬の王国と呼ばれている」
「今の俺を民はこう呼ぶ」
嫉妬「嫉妬の首飾りに選ばれし、勇者と」
473:以下、
TIPS
処刑の王国の元奴隷は、勇者に選ばれた。
1人の女奴隷と一緒に、逃亡を果たした。
時は経ち。彼は王国に戻り、君主として返り咲いた。
大罪の賢者の里を罠に陥れ、嫉妬の首飾りを手に入れた彼は、嫉妬の勇者と呼ばれるようになった。
偉大な存在でありながら、ある目的のために、処刑人と名乗り勇者の捕縛も行っていた。
474:以下、
嫉妬「大罪の賢者の里の残骸を、研究者共とあさり尽くした」
嫉妬「里から少し離れた森の中に、小屋があった。驚くべきことに、そこは俺らの王国の研究員の小屋だった」
嫉妬「そこに埋まっていた研究資料には、研究者の連中共も驚いていたよ。まさか、左遷されていた君の父親が、あれほどまでに深遠な研究を進めていたとは誰も思っていなかったそうだ」
嫉妬「赤い糸の呪文の存在をそこで知った。大罪の賢者の里において、口述で伝えられてきた恋のまじないの呪文」
嫉妬「驚かされたよ。魔力を一切消費せず、マハンシャなどの防御呪文も一切通用しない。また、使用者が解除を命ずるか、被使用者がその存在に気づき解除をするまで、呪文は永続する」
嫉妬「大罪の賢者の一族のみ使用でき、また、可視化することができる。何より、対象として結ばれた相手の、移動に関するコントロールを得る」
嫉妬「人間が魔王城を認知できず、魔族が人間の村や街を認知できないように、赤い糸の呪文は認知不可の領域にある」
嫉妬「俺がたどり着いた暴食の村、色欲の谷、傲慢の街から全ての大罪の装備は奪われたあとだった。そこには必ず一人の勇者と一人の遊び人の噂が残っていた」
嫉妬「俺の到着を、可能な限りコントロールしていたというわけだ。おかげで長い月日を無駄に過ごした」
嫉妬「研究者に俺の非合理的な行動を指摘され、ようやく気づいたよ。恥をかいたものだ。今日という計画の日を迎えるまでは、放置しておいたがな」
嫉妬「この街に侵入するため、精一杯の愛情を込めて、雷撃で解除させてもらったよ」
475:以下、
憤怒「詳しい事情はわからんが……」
憤怒「昨日、お前らが聞かせてくれた通りなら、勇者であるこいつを倒す方法は1つしかあるまい」
大罪の装備を狙うものが現れる可能性について話した昨晩、”精霊殺しの一族”と呼ばれた大罪の賢者の魂を宿した、大罪の装備に関する説明に触れていた。
“大罪の装備には、精霊を破壊する力がある”
憤怒「勇者」
憤怒は振り返った。
憤怒「さっそくだが、今だ」
勇者は憤怒の兜を窓から投げつけた。
憤怒は兜を受け取るなり、身に付けた。
憤怒の勇者は雄叫びをあげた。
476:以下、
遊び人「待って。身に付けたら、暴走した彼を誰にも止められないわよ。嫉妬の首飾りの能力だってわからないのに……」
勇者「憤怒の兜は、一度傲慢の盾に攻略されている。嫉妬の勇者に盾の能力を把握された時点で、負けてしまう」
勇者「考えてる暇はない。今すぐ倒しにかかるしかないんだ」
遊び人「もう一つ気になる点があるのよ」
勇者「何だ?」
遊び人「嫉妬の体内に宿っている精霊の光が、やけに強いの」
477:以下、
幸いにも、憤怒の飛び出しの度の方が早かった。
嫉妬「……ほお」
嫉妬の腕は引き裂かれ、傲慢の盾は遠くへと吹き飛ばされていた。
遊び人「なんてさなの……飛行中の目の呪文でも捉えられるかどうか……」
勇者「あの男、防戦一方だぞ」
嫉妬の勇者は、自身の身体を回復し続けるだけだった。
腕をちぎられては再生し、身体を引き裂かれては再生する、ということを繰り返していた。
勇者「大罪の装備を身に着けてトドメを刺せば、精霊を破壊することができる」
勇者「憤怒があいつを倒せば、もう何者も恐れる必要がなくなるんだ」
勇者「遊び人。お前の仇が、今にも討ち取れるかもしれない」
478:以下、
嫉妬「馬鹿みたいな直線攻撃しか来ないが、馬鹿げているほどに強い」
嫉妬はため息を付いた。
嫉妬「これならどうかな」
嫉妬は教会の内部に入っていった。
遊び人「おかしいよ。どうして結界の張られた教会に自由に出入りできるのよ」
勇者「味方が創った結界だからじゃないか?」
遊び人「強力な結界で、そんなに都合の良いものはないよ。実際、お姫様は苦しんでいたでしょ」
勇者「確かに……」
憤怒の勇者は、獣のように重身を落としながら、血走った目で嫉妬を睨んでいた。
僅かに残る理性が、結界に入ることに抵抗をしていた。
嫉妬は遠距離攻撃のための詠唱を唱え始めた。
嫉妬に動きに反応し、憤怒は本能に任せて突進をした。
憤怒「ウゴァアアアアアアア!!!!!!」
479:以下、
教会内部に入った憤怒は、結界により捕縛され、身体を硬直させられた。
傲慢「……憤怒」
同じく結界の捕縛にかかり、意識を失いかけている傲慢が、変わり果てた憤怒の姿を見た。
憤怒「グオアアアアアアアアアアアアア!!!!」
憤怒は傲慢には目もくれず、魔力を力でねじ伏せるように、暴走を続けた。
嫉妬「この呪力に抗うか」
憤怒「グウウウウォオアアアアアアアアア!!」
ピキ、ピキピキ、と、ヒビが割れるような音がした。
傲慢「そのまま……、全部、壊して頂戴……」
憤怒「オォオオオオオオオオオオオオオオオオオ!!!」
憤怒が身体中の繊維を破壊させながら、力を暴走させ魔力をねじ伏せた。
ガラガラと、崩れる音が聞こえたかと思うと、黄土色に覆っていた建物の結界が崩壊した。
嫉妬「馬鹿げた力だ……」
憤怒は右手を突き出し、嫉妬の心臓部分を貫いた。
480:以下、
バリイイインン!!!
ガラスが激しく割れたような音がした。
勇者「なんだ今の音!教会の中はどうなってるんだ!」
遊び人「精霊が破壊されたのよ」
遊び人は教会を見つめながら呟いた。
遊び人「本当に、終わったの……?」
遊び人「もう、あいつは、いなくなったの……?」
2人は教会を見ていた。
しばらくすると、何かがもぞもぞと動くのが見えた。
傲慢「はぁ……はぁ……」
右手に憤怒の兜を持ち、左手で憤怒を引きずる傲慢の姿だった。
傲慢「私だって、死ぬほど痺れてるっていうのに……」
憤怒「……すまん。だが俺も、死ぬほどの頭痛に襲われてる」
傲慢「おかげさまで、兜を取るスキができたけどね」
481:以下、
勇者「や、やった……!!」
勇者「勝った!!勝ったんだよ!!」
城中のあちこちから歓声の声が聞こえた。
隊長「橋を降ろせ!!城と街を繋げるんだ!!」
隊長「お二人を救出するんだ!!」
薬剤師「傲慢……生きててよかった……」
薬剤師「また2人で、森の中を歩きたいな……」
周りの興奮や安堵の声の中、遊び人だけは表情を変えずに教会を見つめていた。
勇者「どうしたんだよ」
遊び人「暴食の勇者と色欲の勇者が殺害されたという話」
遊び人「嫉妬があの2人を殺害したのだとしたら」
遊び人「こんなに、呆気なく、倒せる相手なのかしら」
482:以下、
教会から出て広場で横たわる2人の英雄。
ぼろぼろになっているお互いの姿を見て、笑いあった。
笑った衝撃で身体が痛み、少し苦痛で顔を歪めながら。
嫉妬「よかった。何かいいことでもあったみたいだ」
嫉妬「俺にも教えてくれないか?」
嫉妬の勇者が平然とした表情で、教会から出てきた。
483:以下、
勇者「馬鹿な!!精霊は破壊されたはずじゃ!!」
勇者「なあ!遊び人!!これは一体……」
遊び人は恐怖の表情を浮かべていた。
遊び人「う、嘘でしょ……」
遊び人「ゆ、ゆうしゃ……」
遊び人は震えながら、勇者の袖をつかんで言った。
遊び人「せ、精霊が……」
遊び人「あいつの体内に、まだ6体も……」
484:以下、
遊び人「精霊の光が巨大だったんじゃない……」
遊び人「7体分の精霊を体内に宿していたのよ……。おそらく、一体が消滅したら、次の一体が出現するように施しているんだわ……」
遊び人「処刑の王国が呼び集め、行方不明になった数多の勇者がいたでしょ」
遊び人「彼らに住み着いていた精霊は」
遊び人「あいつの体内に、移し変えられたってことよ……」
嫉妬「勇者にとっては不幸なことに、時代は常に移り変わる」
嫉妬は語り出した。
嫉妬「精霊を一体所持していれば完全な命を保証されていた時代は終わったんだ」
嫉妬「魔族が創り出した精霊殺しの陣。精霊を切りつけることのできる魔剣」
嫉妬「おまけに精霊殺しの一族なんてのがいると知った。今は一人しか生き残りがいないが」
嫉妬「精霊が多くて困るということはない。数多くの勇者の精霊を奪って、その何体かを俺に宿させた。まだ王国には何体もストックがいるがな」
嫉妬「俺の精霊を一体破壊した罪は重い。君たち二体分の精霊を補填でもしないと気が済まない」
嫉妬はぼろぼろの2人に歩み寄った。
485:以下、
傲慢「まだ六回も殺害しなきゃいけないらしいわ」
城内から大げさなジェスチャーをする勇者を見て、傲慢はため息を着いた。
憤怒「……貸してくれ」
傲慢「そういうと思ったわ」
憤怒「止めるか?」
傲慢「ううん。その代わり、あなたが戦っている間、私も盾を取ってくる」
さきほどの戦闘中に、街の隅みまで飛ばされた傲慢の盾を彼女は見やった。
傲慢「2人で3体ずつよ。がんばりましょ」
憤怒「5体分は倒しておくよ」
傲慢「助かるわ」
傲慢は、憤怒の兜を手渡した。。
憤怒は嫉妬を真正面から見据えた。
憤怒「何をするか、わかっているな」
傲慢「もちろん。ペナルティーを避けるために、普段なら宿屋で休みたいところだけれど」
もはや教会の結界は崩壊していた。
傲慢「いくわよ!」
憤怒は自分の首に剣を突き刺した。
身体は棺桶に保管され、出現した精霊により気絶した神官の前まで転送され、蘇生した。
傲慢は自分の首に剣を突き刺した。
身体は棺桶に保管され、出現した精霊により気絶した神官の前まで転送され、蘇生した。
傲慢「取ってくる」
全快した傲慢は、傲慢の盾を取りに駆け出した。
憤怒「倒してくる」
全開した憤怒は、憤怒の兜を装備した。
憤怒の勇者が背後から嫉妬に飛びかかった。
486:以下、
傲慢「……えっ」
落ちていた盾を拾おうと手を伸ばした時に、自分の両手がなくなっていることに気づいた。
嫉妬「君の恋人にちょっと前に同じことをされたんだよ」
嫉妬を見ると、左手で、ぼろぼろになった憤怒の勇者を掴んでいた。。
憤怒と行動を別にしてから、数十秒も経っていなかった。
傲慢「な、なによこれ……」
死にかけた憤怒と、血のあふれる両腕を見て、傲慢はとっさに回復呪文を無口詠唱しようとした。
しかし、嫉妬の無口詠唱によって、マフウジをかけられた。
傲慢「あ……あ……」
嫉妬「まったくもって、妬ましいよ。憤怒の兜に選ばれたことも。傲慢の盾に選ばれたことも」
嫉妬「君たちの強さもそうだ。今朝までの僕が手にしていなかったものを、君たち2人は当たり前のように手にしている」
嫉妬「君たち2人の関係なんて、それこそ、吐き気がするほどにね」
嫉妬は兜をかぶったままの憤怒の頭を掴むと、電撃を流し始めた。
487:以下、
憤怒「ぐぉおおおあ!?」
嫉妬「街が認めた支配主を、支配することが一番楽な崩壊方法だ。まぁ、魔物にはできない芸当だけどね」
城下町を覆っていた特殊な結界が、ぱらぱらと崩れ落ちていった。
荒野を彷徨っていた魔物たちは、目の前に人間の住処があることを認識し始めた。
嫉妬「研究者以外は、まだ街に入ってくるな。その代わり、城の周りを囲うように並べ。人間を一匹たりともこの領域から逃すな」
魔物に指示を出す嫉妬のもとに、研究者が駆けつけてきた。
嫉妬「こいつらを王国まで連れて帰れ。自殺をさせないように拘束させながらな」
嫉妬は兜を取ると、憤怒を無造作に投げ飛ばした。
488:以下、
お姫様「嫉妬……様……」
倒れていたお姫様が、嫉妬に話しかける。
嫉妬はお姫様のもとに歩み寄った。
嫉妬「よくやった。君のおかげで僕は夢へとまた一歩近づいた」
お姫様「お、お許しになってくださるのですが……この弱き私めを……」
嫉妬「何を罰することがある。君は僕の国において、最高の音色を奏でる術士だ」
お姫様「嫉妬様……」
お姫様は感動で涙を流していた。
嫉妬はお姫様に様々な治癒呪文を施した。
お姫様はよろけながらも、再び立ち上がった。
嫉妬「研究者が開発したさっきの結界は厄介でね。通常呪文では痺れを完全には治せないんだ」
お姫様「いえ、充分でございますわ」
嫉妬「城のあそこから僕らを見ていた、冒険者2人を捕縛するのを手伝ってほしい。間違いなくやつらが暴食の鎧と色欲の鞭を所持している」
嫉妬「今日は人生最良の日だ。大罪の装備が4つも手に入るのだから」
嫉妬とお姫様は、城に向かって歩み始めた。
薄れ行く意識の中、傲慢は、ぼろぼろになった最愛の人を見つめた。
傲慢「二人とも、ここまで強くなったのにね……」
ふと、以前に傲慢の街のコンテストで優勝した遊び人を蔑んだことを思い出した。
傲慢「私達こそ」
傲慢「運の良さが、足りなかったかしら」
489:以下、
遊び人「あいつらがこっちに向かってくるわ。逃げなくちゃ」
勇者「どうやって」
遊び人「お城の屋上に行って、移動の翼でどこか遠くに……」
勇者はかつての暴食との会話を思い出した。
『空から降り注ぐ雷撃の呪文を使用する勇者を相手に、そんな愚かな逃亡を図ろうとする勇者がいるとはな』
勇者「駄目だ。嫉妬の勇者は雷撃の呪文を使用できる。空から発動することも可能なはずだ。それに、結界の解かれた今、鳥系の魔物が周辺を旋回しているはずだ」
遊び人「どうするのよ」
勇者「僕達といったら、あれしかないだろう」
勇者「屋上に向かうまでは、正解だ」
490:以下、
遊び人「……くっ!!」
勇者「大丈夫か!?」
遊び人「きっと、遊び人を対象にして感知呪文を発動してるのよ。こんな職業の人、そうそう多くはないでしょうからね」
遊び人「でも、もしも私以外に遊び人がいたら、殺されてしまうわ。ハズレを見つける度に殺していけばやがて私にたどり着くもの」
遊び人「ねえ、勇者……」
勇者「君の好きなようにやれ」
勇者は遊び人を見透かして言った。
遊び人「まったく、そんなにやさしかったら、いくら死んでも足りないわ」
遊び人は涙を堪えながら、所持していた拡声石を取り出した。
遊び人「私達が屋上に逃げることを伝えるわ」
491:以下、
お姫様「まさか、本当にいるとはね。呆れるわ。選考中から馬鹿だとは思ってたけど」
城の屋上にて、4人は対峙した。
嫉妬「そこの男の情報はあるか」
お姫様「ただの冒険者よ。ええーっと、航海士だったかな」
お姫様「あっ、でも、もしかしたらさっきの2人のパーティだったかも。あまり確認してないですけど……」
嫉妬「足らない人物に変わりは無い。問題はあの遊び人だ」
嫉妬「賢者の里の生き残りの少女が、こんなに大きくなったとはな。感激するぞ」
嫉妬は称えるように言った。
嫉妬「そして、賢者にふさわしき知恵をあの頃既に供えていた。最後に俺の手を握った時、命乞いの同情を引くためにそうしたのかと思ったが。赤い糸の呪文を発動させていたとはな」
嫉妬「だが、残念なことに、お前らの冒険もここで終わりだ。大方、その袋の中に大罪の装備を封印している壺があるのだろう」
遊び人「…………」
嫉妬「選べ。俺達の奴隷になるか、俺達に殺されるか。それとも、今ここで戦うか」
492:以下、
勇者「…………」
戦う、という選択肢はありえなかった。
嫉妬の首飾りの能力を見せつけられ、仮にここで暴食の鎧と色欲の鞭を装備しても、勝ち目がないことは完全にわかっていた。
嫉妬の質問に答えず、勇者は話しだした。
勇者「城内に逃げ、追い詰められた民達は、ここから脱出する手はずになっているんだ」
勇者「普通の人間同士の争いであれば、充分過ぎる道具が袋詰にされて保管されている」
お姫様「さっきから、一体……」
お姫様の視界に、白い羽根が浮かんできた。
お姫様「移動の翼?嫉妬様が何の呪文の使い手か……」
勇者「俺達は」
勇者と遊び人は短剣を取り出した。
勇者「俺達に、殺されることを選ぶ」
勇者は短剣を自分に突き刺した。
遊び人は短剣を自分に突き刺した。
2人の身体は棺桶に保管されたあと、即座に精霊によって教会に転送された。
お姫様「姿を消した!!」
お姫様「精霊の加護!!そんな、ありえない!!」
お姫様「私と戦闘した時、勇者感知をしたけれど2人しか引っかからなかったはず!!」
お姫様「嫉妬様!!お許し下さい!!私にはどういうことか!!」
嫉妬「……ふん、なるほど」
嫉妬は蔑みの表情を浮かべた。
嫉妬「精霊の加護こそ所持しているものの、勇者ですらなかったということか」
493:以下、
教会に転送され、勇者は目覚めた。
ふらふらの頭で勇者は思考を回転させた。
勇者「もしも、嫉妬も自殺を試みたら、即座にここに……」
遊び人を蘇らせる時間などなかった。
教会内には、気絶している神官だけがいた。
勇者「…………」
勇者の中に、黒い感情が流れた。
この神官を殺害して、もう一度自殺を試みれば、最後に訪れた街で蘇ることができる。
傲慢の街を出て憤怒の城下町にたどり着くまでに、小さな無名の村を経由していた。
精霊の転送に勝る移動手段はなかった。
勇者「そうすれば、確実に……」
棺桶の中に入っている遊び人を想った。
彼女のやさしさに救われたことを思い出した。
勇者「……やさしくなんかないよ、俺は」
勇者「戦わないことを許してくれた君に、報いたいだけだ」
勇者は教会を飛び出すと、移動の翼を大量にばらまいた。
494:以下、
回転する景色の中で、不思議と嫉妬が追いかけてきていないことに気づいた。
空を旋回していた魔物に追従されながらも、勇者は移動の翼をばらまき続けた。
精霊の加護によって繋がれた棺桶と、勇者は、行く宛もなく飛び続けた。
心細い思いをしながらも、勇者は遊び人を蘇らせなくてよかったと思った。
蘇らせる時間もなかったのだが。
もしも彼女が蘇っていたら。
今、勇者が涙を流していた姿を見られてしまっていただろうし。
それ以上に、遊び人は深く悲しんでしまったであろうから。
暴食の勇者。
色欲の勇者。
傲慢の勇者。
憤怒の勇者。
それらの街に住んでいた人々。
大罪の装備と、2人に関わった者達は、嫉妬の王国に囚われ。
残酷な末路を、迎えてしまった。
勇者「あの子一人が長生きすることを望むことが、そんなに罪深いことなのかよ」
勇者「答えてくれよ、神様」
傲慢の勇者達&憤怒の勇者達 ?fin?
499:以下、
『不老不死』
身の丈に合わぬものを、手に入れようとしてはいけない。
言われるほどには理不尽でない、因果応報の成り立つこの世界では。
与えた分だけ返ってくることがあるように。
奪った分だけ、奪われる。
【第6章 強欲の街『欲望に伸びる腕輪』】
神は二つの事を禁じられた。
自殺をすること。
不死を望むこと。
500:以下、
遊び人「……ここは、どこ?」
蘇生されたばかりの遊び人は痛そうに頭を抑えながら尋ねた。
勇者「教会だよ。『庭の宝の村』という場所の」
遊び人「……ごめん、色々有りすぎて、頭がごちゃごちゃしちゃってさ」
遊び人「憤怒と傲慢の勇者と一緒にいて。それからお姫様が裏切って。そして、あいつが現れて……」
勇者「無理するな。宿屋に行ってゆっくり休もう」
遊び人「何言ってるの。ゆっくりしてる場合じゃないでしょ。今すぐにでも」
勇者「もう終わったんだ。落ち着ける場所で、頭を整理しよう」
遊び人「勇者はそうやって、いつもいつも問題を先延ばしにして……」
遊び人は怒りを込めた口調で言いながら、頭痛を堪えながら勇者を見上げた。
遊び人「……勇者!!」
勇者の顔色は、不健康に青白くなっていた。
身体は傷だらけで、頬も痩せこけ、目に隈ができていた。
勇者「俺達は敗北したんだ。逃げ切れたのは俺達だけだ」
勇者「やつらの魔物から逃げるのもぎりぎりだったよ。いつもならかすり傷程度で棺桶送りだったけど、自分の中に眠る精霊に保護しなくていいと願ったんだ。付近の教会に敵が配置されていたかもしれなかったから」
勇者「おかげさまで、この有様だけど、逃げ切ることができた。ろくに呪文の力を貸してくれないくせに、こういう願いばっかり聞き届けてくれるんだから」
勇者「とにかく、遊び人も無事蘇生できて……よか……」
勇者は言い切らぬ内に、地面に倒れ込んだ。
遊び人「勇者!!」
遊び人は勇者のそばに寄った。
勇者の呼吸は浅く、早かった。
勇者「……ここまでの輸送料、500Gな」
遊び人「馬鹿なこと言ってないの。肩を貸して。宿屋まで連れて行くから」
遊び人は勇者の身体を支えた。
勇者「…………」
勇者「……ごめん」
遊び人「何を謝ってるのよ」
勇者「……弱くて、ごめん」
遊び人は言い返そうとするも、胸に何かが詰まり、口をつぐんでしまった。
口を開くと、涙が溢れてしまうと思った。
501:以下、
お互いの弱さを補う合う、なんていうのは、強い部分を1つは持っている2人組だけの特権で。
弱いだけの2人にとっての助け合いとは、ただ交代に傷つくということだけだった。
502:以下、
?宿屋?
ろくに身体も拭かぬまま、ベッドに倒れ込み、2人は身体を休めた。
幾らか時間が経った頃、遊び人が喋りだした。
遊び人「勇者、起きてる?」
勇者「…………」
遊び人「なんだか、疲れてるのに眠れないね」
遊び人「ほんと、なんなんだろうね。よくわかんないね」
遊び人「生きるって、なんなのかなぁ」
遊び人「私の一族が寿命を望んだばっかりに、多くの人の命が失われてしまった」
遊び人「私という人間が一人生まれなかったら、失われずに済んだ命を数えてみたら、けっこう多そうだった」
503:以下、
遊び人「このまま寝ちゃってさ。次起きたら全部解決してるといいな」
遊び人「例えば、私が勇者にこんなお願いをするの。眠っている私を殺して、起きるべき時になるまで棺桶の中で死なせててって」
遊び人「ある時、目覚めたら、勇者が全部を解決してくれてるの」
勇者「俺が何も解決しないまま、100年経っちゃったらどうするんだよ」
遊び人「死んでる間に年を取っちゃうなら私も死んでるだろうけど」
遊び人「もしも、今の年齢のまま目覚めたとしたら」
遊び人「勇者のいない世界で一人目覚めても、独りぼっちで苦しいだけだな」
遊び人「生きてても、死んでても、苦しいね」
遊び人「はは。ごめんね、暗いね。夜に考え事をしてもよくないね。もう寝るね」
勇者「…………」
504:以下、
勇者「……ふわーあ」
遊び人「おはよう」
勇者「おはよう。えっと、今は……」
勇者がベッドから起き上がると、もう昼下がりの時間になっていた。
勇者「やべっ、俺どれだけ寝てたんだ……イテテテ!!」
勇者は全身に痛みを感じた。
遊び人「疲労が溜まってるんだから無理しないで。日付確認して驚いたよ。何日間不眠不休で移動してたのよ」
勇者「逃げるのに必死で……。それより、早く残りの大罪の装備を入手しないと……イテテテ!!」
遊び人「そこの人、動かない!」
起き上がろうとする勇者に遊び人は注意をした。
遊び人「昨日私に言ったことを思い出してよ。落ち着いて、まずは、体力つけないといけないでしょ」
遊び人「ご飯用意するから待っててね。といっても、店主に貰ってくるだけだけどね」
遊び人は部屋を出て、階下に降りていった。
505:以下、
勇者は窓の外を見た。
偶然たどり着いた土地だったが、身なりの良い住民が多く、風情のある景観だった。
冒険者なのだろうか、小金持ちそうな商人や、屈強な戦士も多く歩いていた。
勇者「みんな、立派に生きてるな」
勇者「精霊の加護がなかったら」
勇者「一体、俺には何が残るんだろうか」
独り言をつぶやいていると、ドアが開いた。
遊び人「おまたせ。味には期待しないほうがいいかな。でも残さず食べてよね」
しなびたパンと、食用の野草という、質素な食事だった。
自分が寝ている間に、遊び人も同じ物を食べていたのだろう。
思い返せば、この子にまともな食事をさせてあげたことがどれだけあっただろう。
まだ暴食の村に着く前の頃も、金銭的な余裕などなく、いつも安い宿屋の安い部屋で、2人でしなびた食事を摂っていた。
それでも遊び人が食事中に楽しそうに話をするものだから、陰鬱な気持ちにはならなかったのだが。
506:以下、
憤怒の王子から多額のお金を貰ったお陰で手持ちは多いものの。
道具を買ったり、装備を買い替えたりするのにお金が必要になるかもしれない。
遊び人の蘇生なんて特に多額の費用がかかる。
赤い糸の制約がなくなった今、無駄なことはしていられない。
今までは、遊び人の赤い糸の呪文によって、嫉妬の勇者の認知・移動に関してコントロールを行うことができていた。
嫉妬の“認識不可の領域”を操り、巧妙に大罪の装備の探索に遠回りをさせ、嫉妬の周囲の部下ごと非合理的な移動を繰り返させた。
赤い糸が焼き切られた今、嫉妬は制限なく大罪の装備を探すことができるようになった。
以前よりも遥かに短い時間で、残りの大罪の装備のある場所にたどり着くだろう。
遊び人こそ、呪力に対する感性は最高峰の逸材であり、大罪の装備から溢れ出る呪力を感じ、且つ装備の影響によって急激な変化を遂げた街や村の噂を分析し、短い期間で大罪の装備の居場所を特定することができていた。
居場所の特定に関しては先んじている今のうちに、一刻でも早く装備の場所に立ち寄りたかった。
何もかもが、切羽詰まっている。
507:以下、
?翌朝?
遊び人「変わった村だね。1件1件の建物の裏に小さな果樹園みたいなのがある。昔読んだ本に書いてあったけど、庭って呼ぶんだって」
勇者「へぇー。いい眺めだな」
遊び人「さて。今日は情報収集がてら、2人で小さなクエストでもこなしましょうかね」
勇者「でも、そんなことしてる場合じゃ……」
遊び人「勇者だって全快じゃないでしょ。身体を慣らさないと」
勇者「……そうだな」
遊び人「勇者はどれを選ぶの?」
勇者「……古い地図の更新の手伝いかな。洞窟マップ造りとか」
遊び人「そう。私は薬草摘みに行ってくるね」
勇者「わかった」
2人は別々に受付に行った。
遊び人は薬草詰みのクエストを受注した。
勇者「…………」
勇者は大型キメラ討伐のクエストを受注した。
508:以下、
「あなた、作業を中断して。今すぐ医療所へ向かってちょうだい」
遊び人「えっ、私ですか?」
村人からの報せを受けて、遊び人は指定された場所へと向かった。
「おい、あんたがこいつの仲間か!?」
遊び人「勇者!!」
身体が傷だらけになった勇者がベッドに横たわっていた。
「ろくに戦力にならねえくせに上級クエストに挑むんじゃねえ。たまにいるんだよな。集団クエストに参加しておこぼれに預かろうとするやつが」
「気絶してるだけだから、あとはあんたが面倒を見てくれや」
クエスト参加者達は文句を吐くと去っていった。
遊び人は倒れている勇者を見る。
治癒呪文が施された痕跡はあるが、対峙した魔物が特殊な毒でも持っていたのか、治癒に時間がかかっているようだった。
遊び人「どうしてキメラ狩りなんかに挑んだのよ」
勇者の体内に宿っている精霊は、小さく光り続けている。
遊び人「こんなに傷を負ってたら、いつもならすぐに肉体保護の棺桶が現れるのに」
遊び人「精霊様。勇者は、あなたに何を願って戦ったんですか」
遊び人は治療にかかった料金を支払い、勇者を担ぐと、宿屋へと戻った。
509:以下、
勇者「……はっ。ここは。教会……?」
遊び人「おはよう。宿屋だよ」
勇者「あれ、俺、たしか……イデデデ!!」
遊び人「動かないで。今日こそは絶対安静だからね」
勇者「遊び人、ごめん。俺は……」
遊び人「病人は黙って寝るのが仕事だよ」
遊び人の強めの言葉に勇者は口を閉じた。
遊び人「ちょっと外に行ってくるね。昨日のクエストの続きがあるから」
そういうと、勇者を残して出ていった。
510:以下、
勇者「……はぁー。死んでしまいたい」
勇者は、惨めな思いを抱えた。
恥ずかしくて、情けなかった。
戦闘から逃げ続けてきた弱い自分を克服したい、という思いが今更になって芽生えて。
いざ強敵に挑んだら、惨敗してしまった。
勇者「当たり前だよ」
勇者「今までみんなが毎日コツコツと積み重ねてきたものを、数日間の覚悟で越せたら苦労しないよ」
勇者「覚醒なんていうものは、積み重ねてきたものの特権で」
勇者「逃げ続けてきた俺の中には、そもそも力なんて眠っていないんだ」
勇者「精霊の加護を取り除いたら。俺は、空っぽなんだ」
暴食、色欲、傲慢、憤怒、四人の最強の勇者が勝てなかった嫉妬の勇者を相手にしているというのに。
勇者でもなんでもない、普通の人間が挑んでいたクエストさえ攻略できない自分は。
大切な者を守ることなんて、到底できやしないだろう。
勇者「俺こそ、なんで生きてるんだろうな」
劣等感に打ちひしがれながらも、勇者はいつしか眠りについていた。
511:以下、
物音が聞こえ、目を覚ました
窓の外を見ると夜になっているのがわかった。
音の正体を探ろうと首を動かすと、小さなあかりだけを灯して遊び人が机の上で何か作業をしていることに気づいた。
遊び人「…………」
大きな木箱に入った無数の小枝からきのみを剥がし、丁寧に皮を剥き、色ごとに分類をしていた。
道具屋が依頼をかけている小さなクエストを、黙々とこなしていた。
作業に集中している彼女の横顔を見る。
小さな灯りのなかで、地味で、退屈な作業に一所懸命に集中している。
普段ろくでもないことで言い争っているせいか、あまり意識はしてこなかったが。
綺麗な顔立ちだった。
加えて、呪文に関する知識も、歴史や自然に対する知識も深い。
どうして彼女は自分なんかと一緒にいるんだろう。
彼女は遊び人で、自分は精霊の加護がついているからだろうか。
世界には、自分より頼れる冒険者など、星の数ほどいるというのに。
512:以下、
遊び人「勇者、起きた?」
視線を感じたのか遊び人は作業をとめて、勇者のもとまで寄ってきた。
勇者はとっさに目を瞑り、そら寝をした。
遊び人「あれ、気のせいか。ここんとこ無理してたもんね」
遊び人「具合はどうかな」
ふと、冷たい手の感触が額にあてられた。
遊び人「どれどれ」
遊び人「うん、熱はなさそう」
ほっとしたような声が聞こえた。
とっさに寝たふりをしてしまった勇者は、緊張しながら目を瞑り続けていたが。
遊び人はベッドの脇から動く気配がなかった。
目を瞑っていても、強い視線を感じ、焦りで不自然に動いてしまいそうだった。
しばらくすると、遊び人は再び言葉をかけてきた。
遊び人「ねえ、勇者」
遊び人「がんばらなくても、いいからね」
やわらかい声色だった。
遊び人「私にだけは正直に伝えてね」
遊び人「駄目なものは駄目、無理なものは無理、ってさ」
遊び人は、んふふ、と笑うと、椅子に戻って作業の続きをした。
513:以下、
せめて。
役立たずだと、失望してくれたら。
諦めたよと、ため息をついてくれたら。
やさしさに、ここまで胸が張り裂けそうにはならなかったのに。
514:以下、
?翌朝?
遊び人「それじゃあ、行きましょうか」
2人は村を出て、移動の翼を取り出した。
遊び人「魔王消滅の噂の時期に急激に変化した都があるの。それに、大罪の装備独特の魔力の気配を感じる」
遊び人「もっと準備を整えてから行きたいところだけど、やつらに先を越されないように急ぎましょ」
翼に念を込め、2人は飛び立った。
515:以下、
遊び人「……あれ」
目的地付近に降り立った時、遊び人は不思議そうな顔をした。
勇者「どうした?場所を間違えたか?」
遊び人「ううん。装備の気配は確かに強くなってるし、間違いはないんだろうけど」
遊び人「この場所、見覚えがある気がして……」
勇者「里を出た後に訪れたのか?」
遊び人「里を出てからもあちこちまわったけど、ここら辺りには近づかなかったな。強い魔物も多い地域だし」
勇者「じゃあ小さい頃とか?」
遊び人「生まれてからずっと里育ちだよ。里の結界から出ると寿命の放出が凄かったんだもの。今でこそ遊び人に強制転職されたおかげで大分ましになってるけど」
勇者「とにかく入ってみるか」
516:以下、
勇者「すいません、ここの名前は……」
案内人「ここは強欲の都だぁああああああ!!!」
遊び人「どのような都市で……」
案内人「勇者が都長を務める欲望に塗れた都さぁああああ!!!!」
案内人「案内料200Gいただこうかぁああああああ!!!」
遊び人「馬鹿言うんじゃないわよ!払うわけないでしょ!!」
案内人「盗っ人だぁああ!!!情報の盗っ人が現れたぁああああああ!!!誰かお金を取り返してくれぇえええ!!!」
遊び人「ちょ、ちょっと!!わかったわよ!!払うわよ!!」
遊び人は200G手渡した。
案内人「へっへっ、毎度あり」
道具屋「いつもうるさいんだよ案内人。騒音料300G払いなさい」
案内人「そっちこそいつも陰気に商売しやがって!!静音料400G払いやがれ!!」
道具屋「なんだと。侮辱料で500G払って……」
遊び人達はにげだした!
517:以下、
勇者「いきなりとんでもない目に遭ったな。払う必要あったのか?」
遊び人「多分なかったと思う……。でも、大罪の装備の影響で、この国のルールがどれだけ非常識なものになってるかもよくわかんないし」
遊び人「強欲の都。案内人という職業の者にとっては良い商売のできる場所ね。なにせ、町の中で冒険者と一番最初にコンタクトを取れる職業だもの。最初にぼったくりできるわけよ」
勇者「まあ実際、貴重な情報は手に入った」
勇者「この都の長が勇者だと言っていた。おそらく、その勇者が持っている大罪の装備の影響で、この都は強欲な発展を遂げたんだ」
勇者「それにしても、どうやって強欲の勇者様とお近づきになろうか」
遊び人「堂々といけばいいじゃない。もう、奪ったり盗みに行くんじゃないんだから」
勇者「……それもそうか」
今までの冒険は、遊び人が7つの大罪の装備を身につけることを第一に考えていた。
他に大罪の装備を所持している勇者達がどんな人間性であるかもわからず、黙って盗めるのであればそれが一番であった。
里を滅ぼした男が嫉妬の装備に選ばれており、勇者達を殺してきた現状を見れば、もうこれは彼女達だけの問題ではなくなったといえる。
強欲の装備を持つ勇者と出来る限り情報を共有し、嫉妬を打ち倒すのが最善策に思われた。
遊び人「でも、大丈夫かな」
勇者「何が」
遊び人「強欲に選ばれた人よ」
遊び人「それこそ、大罪の装備を望むような人格かもしれない」
勇者「…………」
大丈夫だよ、なんて気軽に言えなかった。
なんとかなるよ、なんて励ませなかった。
全てを覆せるだけの力がなかったから。
全然大丈夫じゃなくて、なんともならなかった今があるのだ。
実力の無い今は、それでも黙って進むしか無い。
518:以下、
遊び人「あの、すいません」
遊び人は荘厳な建物の入口に立っている兵士に尋ねた。
兵士「何だ」
遊び人「都長に謁見したいのですが」
兵士「他所の国の遣いのものか?」
遊び人「はい。私は傲慢の街の遣いのものです」
勇者「私は憤怒の城下町の遣いのものです」
兵士「悪いが、遠国のことはあまり詳しくないんだ。用件はなんだ」
遊び人「強欲の装備の件についてお話したいと伝えてくだされば」
兵士「なんだそれは。まあいい。ついてこい」
519:以下、
兵士「伝言を頼んでおいた。しばらく待っててくれ」
建物の中に入ったあと、小さな部屋で待たされた。
遊び人「王国とはまた雰囲気が違うね。さっき通ったエントランスの材質も大理石だった。この危険な地域で栄えてるだけあるね」
勇者「ただ品物の物価が高いのは困りものだけどな。ここの周囲に街が少ないから、冒険者は嫌でも買うしかないんだろうけど」
兵士「田舎者かお前らは。そんなみすぼらしい装備でここまで来る冒険者なんて滅多にいないぞ」
遊び人「遣いの者に失礼なこと言ってくれるわね」
兵士「はは。悪い悪い。俺も元冒険者で、田舎から出てきたんだよ。それ、皮のドレスだろ。懐かしくなっちまった」
520:以下、
勇者「あなたもどうしてこんな地までやってきたんだ?」
兵士「貧しい村で育ってな。まずは裕福な隣町に行こうって決意をして。隣町で働いてから、さらに裕福な街があることを知って。気づいたら、パーティ組んで、冒険に出ていたんだよ」
勇者「そうだったのか。パーティメンバーは解散したのか?」
兵士「いいや」
兵士は憂いを帯びた顔で答えた。
兵士「全員魔物にやられて死んじまった。俺だけ逃げ延びたんだ」
勇者「わ、わるい……」
兵士「もうずっと前のことだ。あんたが気にすることじゃない」
兵士「あんたらも装備を買い替えな。値段は高いが、優れた材質の装備がこの都にはたくさんある」
兵士「金より、命の方が大切だろ?忘れちゃ駄目だぜ」
その時ドアが開いた。
兵士2「お二人方、私についてきてください。都長直々にお話しされたいとのことだ」
勇者「わかりました。ではまた」
兵士「はっ」
かしこまって敬礼をする兵士を後にし、二人は部屋を出た。
521:以下、
強欲「率直に言わせてもらう。お前らは傲慢の街の使者でも、憤怒の城下町の使者でもないな?そう名乗り出たと聞いたが」
遊び人「はい」
強欲「お前たちは何者だ?何故大罪の装備について知っている」
遊び人「事情があって、世界に散らばった大罪の装備を集めています」
遊び人「しかし、現在は、傲慢の街の勇者と憤怒の城下町の勇者は、嫉妬の王国の勇者に捕縛されました。装備を奪われ、おそらく、殺されているでしょう」
強欲「そしてお前らは憤怒の街から無事逃げ出したと」
強欲の勇者はにやりと笑っていった。
勇者「どうしてそれを……」
強欲は、束になった羊皮紙をめくった。
強欲「そこの女性は、憤怒の勇者の嫁候補に立候補したみたいじゃないか」
遊び人「はい。正直に申し上げますと、それは憤怒の装備を手に入れるためでした。しかし、殺害へは無関与であり、全ては嫉妬の王国の……」
強欲「どうでもいい。それより、湯水の国の姫君とは話したか」
遊び人「えっ、はい。どうして」
強欲「俺達の都と湯水の国の繋がりは深いからな。貿易による繋がり、というだけだが」
遊び人「ではあれは、本物の姫君だったのですか?」
強欲「そうだ。自ら名乗るなど愚かなことだが、遠国だからと高をくくっていたのだろう」
強欲「湯水の国の姫君はある日を境に姿を消した。国の警護は厳重である上、姫君自身が音色を操る最高峰の術士であった。身代金の要求もなく、誘拐であるとは考えにくかった」
強欲「姫君自身の望みで、王国を出られたのだろう」
遊び人「一体、何を望んで」
強欲「さあな。だが、1つ言えるのは」
強欲「嫉妬の首飾りを持つ勇者は、心に闇を持つ者を手懐ける魅力を持っているということだ」
強欲「奴には2人の強力な従者がいる。どちらも女で、そのうちの一人が姫君というわけだ」
強欲「魔王の四天王といい、悪い奴らは強力な部下を揃えるのが趣味の1つなのだろう」
522:以下、
強欲「憤怒の城下町が侵略されたように、俺達の都にも奴らの手が確実に延びている」
強欲「嫉妬の首飾りは、7つの大罪の装備の中で頂点に君臨する。このままのんびり待っていれば、俺も殺されかねない」
強欲「あいつらに関する情報をできるだけ教えてくれ」
遊び人「……勇者、怪しいよ」
勇者「どうした?」
遊び人「この人知りすぎている。大罪の装備が7つあることも、嫉妬の装備が首飾りであることも、普通は知らないはずだよ?」
勇者「だとしたら、こいつは嫉妬の王国と繋がって……」
強欲「おいおい、よしてくれ。手の内を隠している時間はないだろう」
強欲は呆れた顔をした。
強欲「まあ、お前の言う通り、確かに嫉妬の王国との繋がりはある」
遊び人「やっぱり!!」
強欲「扉の前で聞き耳立てるくらいなら、入って来たらどうですか。嫉妬の王国の元研究者さん」
強欲「それとも、孫娘のことが心配でしょうがない、錬金術師のお爺ちゃんと言ったほうがいいかな」
扉が開いた。
錬金「……急に呼び出すから何かと思ったぞ、馬鹿勇者め」
強欲「彼女たちが行方をくらましてうろたえていただろう。見つかってよかったじゃないか」
遊び人「うそ……あなたが……」
錬金「初めて会ったのは赤子の時じゃったな。里の中で、短い時間だったが」
錬金「里が滅ぼされたと聞いた時は、絶望したものだった。立派に生きていてくれて、嬉しいぞ」
遊び人「お父さんの、お父さんですか?」
錬金「お爺ちゃんで構わんよ、孫娘よ」
遊び人は、ワッと泣き出し、老人に抱きついた。
老人もやさしく彼女を抱きしめた。
里を出てから、初めて会えた親族だった。
523:以下、
都の周辺に辿りついたとき、遊び人は不思議と懐かしさを感じていた。
それは、遊び人のお父さんがこの辺りの風景を描いた絵や、薬草辞典の本などを里に置いていたからなのだろう。
勇者は奇跡的な再会を、ただ感動しながら眺めていた。
それに気づいた錬金は、表情を変えて睨んできた。
錬金「愚か者!!」
錬金が手をかざすと、勇者の身体が吹き飛ばされた。
羊皮紙の書類が舞い散った。
勇者「グボォ!!」
遊び人「お爺ちゃん!!」
強欲「部屋の中でやめてくれ……」
錬金「なんたる脆弱!!なんたる浅学!!」
錬金は遊び人から離れ、壁に叩きつけられた勇者の元に詰め寄ってきた。
524:以下、
錬金「この子を危険な目に遭わせおって!!精霊の加護がついているからと安心していたが、勇者ですらないそうではないか!!」
錬金「お前たちの旅路の噂を集めていたぞ!!棺桶を引きずる遊び人のオナゴの噂がどれだけ世界に散らばってると思ってる!!嫉妬の王国に対抗するために集めていた情報だったが、それらの噂が全てわしの孫娘のことだったとはな!」
遊び人「どうして私がお父さんの子だってわかったんですか」
錬金「嫉妬の王国の魔物の中には、わしらの国のスパイの魔物もおる。鳥系の魔物が多いんじゃが、何匹かの羽毛に”集声石”を隠している」
錬金術師は石を取り出し、念を込めた。
石から遊び人の声が響いた。
『リコルダーティ・スケルツォ・ベルスーズ』
『主を失いし旋律の怨嗟よ』
『大罪の仇讎曲を奏で給え』
勇者「これは、遊び人が憤怒の街で唱えようとした呪文……」
錬金「呪文の詠唱は個人によってやり方にアレンジが加わる。禁術ともなると無口詠唱で唱えるのは難しい。そこで、有口詠唱をするとなると、精霊への敬意の示し方に使用者の癖が見られるようになる」
錬金「『大罪の』という枕詞を付けたな。あの里の十八番とも言える言葉じゃ。ノーマルの人間ならまずつけることもないことばで、つけても効力を発揮しない」
錬金「この術自体は、遥か昔に魔王討伐を果たした勇者一行の術士が創造したと言われているものじゃ。こちらノーマル側の一部の人間しか知らぬもので、賢者の里で知っているものもそうはいまい」
錬金「わしの息子が持ち帰った本に書いてあったのだろう」
錬金「私達と通じている嫉妬の王国の研究者も言っていた。大罪の賢者は消滅し、ノーマルは殺されるか王国に拉致されていたと。そして、わしの息子の亡骸を見たところ、強制転職の痕跡があったとも」
錬金「もしかしたらと思っていたよ……。本当に、生きていてよかった……」
遊び人「お爺ちゃん……」
『……死ね私』
遊び人「……………」
勇者「あっ、これは石を投げて口でキャッチした時のイデデデ!!足、足痛い!!」
525:以下、
強欲「不思議な縁があるものだ。おかげで話は早く済んだ」
強欲「俺の持つ『強欲の腕輪』を近々やつは奪いに来る。この都でやつの息の根をとめる」
強欲は懐から、黄金色の鮮やかなブレスレットを取り出した。
遊び人「それが、強欲の腕輪……」
強欲「悲しいことに、俺の存在は勿論、この大罪の装備は既に感知されている。つい先日にその痕跡を見つけた」
強欲「感知呪文対策はしていたし、今まではそれで防げていたんだがな」
勇者「それはきっと遊び人が、赤い糸の呪文で嫉妬をコントロールしていたおかげだ。大罪の装備を認知不可の領域に持ってこれていたんだ。けれど今は、呪文を破られてしまって……」
錬金「……愚かなことをするわい。敵との絆を作るなんて、どこでアダになるかわからんぞ」
錬金は頭を抱えた。
強欲「次に嬉しい報せだが、やつがこの都に侵入してくる日も大方把握できている。嫉妬の王国に我々の味方がいるからな」
勇者「二重スパイの可能性はないか?」
勇者は手を顎に乗せ、鋭い眼光で指摘した。
遊び人「何か酔ってるよ……」
強欲「強欲の都で長をしている俺だ。信頼等という尺度は持たない代わりに、利害関係は熟知しているつもりだ」
強欲「それに、わが都きっての優秀な占い師もいる。緻密に準備して、返り討ちにしてやるさ」
遊び人「二つの大国の全面戦争になるのかしら」
強欲「そうはならない。俺だけをターゲットにした暗殺だ」
強欲「この戦いは詰まるところ、大罪の装備を奪った者が勝ちなのだ」
526:以下、
遊び人「でも、気になることがあるの。あなたの強さも知らずに失礼なことを言ってしまうけど」
遊び人「奴には絶対に勝てないわ。大罪の装備の中で、嫉妬は頂点に君臨すると言ってもいい」
遊び人「私たちは嫉妬の首飾りの力を見たの。そして、どうしてあいつが精霊を集めて体内に複数宿しているのかの理由もわかった」
遊び人「嫉妬の首飾りはね『一度起きた妬ましい状況を発生させない』装備なの」
遊び人「あいつは一度被害に遭った攻撃に対して、無効化する力を持っているの」
2人は憤怒の勇者に起こった出来事を忘れない。
憤怒の兜を被った彼が、目で捕らえられぬほどの度で嫉妬に飛び出して行ったものの。
首飾りから冷気のようなものが吹き出し、憤怒を包み込み我に返させた。
遊び人「捕縛の結界の中を自由に出歩くことができたのも、一度その結界内に入ったことがあるからに違いないわ」
遊び人「あいつは一度受けた攻撃に対して免疫を持つの。だからこそ、一度目の攻撃は効いても、二度目は絶対に効かない」
遊び人「精霊を複数体内に宿しているのもきっとそのためよ。精霊殺しの陣、魔剣、大罪の力、今では精霊の加護を打ち砕く手段が複数存在する。それらを克服するためには、当然その方法で一度は破壊されなくちゃならないんだもの」
遊び人「あいつの体内にはまだ6体の精霊がいるの。その腕輪の力で一体分倒したところで……」
強欲「だからこそ、知恵を絞るのだ。さっきも言っただろう、この戦いは大罪の装備を奪った者が勝ちだ。奴の嫉妬の首飾りさえ奪うことができればいいのだ」
強欲「あいつに関する情報を、詳しく教えてくれ」
527:以下、
勇者「こういうの苦手だからお願いしたい」
遊び人「はいよ」
強欲「筆記具も使ってくれ。地形や絵を書きながら説明してくれると助かる」
遊び人は机の上に置いてあった羊皮紙と筆記具を手に取り、語りだした。
遊び人「どこから話し出せばいいかな」
強欲「大罪の装備にまつわる全ての街の記憶についてだ。何か手がかりを掴めるかもしれない」
遊び人「わかった。まずは、暴食の村についてから。ええっと、私は教会で目覚めたところからしか……」
錬金「また死んでいたのか!!お前はわしの孫を常に棺桶に閉じ込めていたのか!!」
勇者「ひっ……」
強欲「構わん、続けてくれ」
528:以下、
暴食の村、色欲の谷について、(恥ずかしい記憶はそれとなく濁しながら)遊び人は一通り記憶を語り終えた。
遊び人「それじゃあ、続いては、憤怒の街での出来事について」
強欲「嫉妬が現れた場所だな。一番詳しく聞きたいところだ」
遊び人「もう知ってるみたいだけど、私たちはまずお嫁さんの候補としての演説会に出場したの。それから……」
遊び人「お姫様との戦闘が終わったかと思った時、私の赤い糸が電撃で焼き切られたの。それであいつは街に侵入してきた」
遊び人「物体感知に傲慢の盾がひっかかったって言ってた。多分、あいつは赤い糸の呪文に以前から気づいていたのよ。赤い糸の呪文は見抜かれた瞬間に効力が切れるものなの」
遊び人「私と会話しているうちに、傲慢の勇者の爆発呪文があいつに直撃したわ。煙がなくなると、傲慢は嫉妬に剣で刺しぬかれていた」
遊び人「最後は教会の内部に入った嫉妬を憤怒が倒して、ガラスが激しく割れた音がした。奴の精霊が砕けた音ね」
遊び人「勝利に喜んだのも束の間。教会から嫉妬が出てきて、やつの体内に精霊が6体いるのがみえた」
遊び人「兜を被った憤怒が再び襲いかかったけれど、あっけなくやられたの。傲慢の盾も使う間もなく一瞬で奪われてしまったわ」
遊び人「それから、私たちは、移動の翼で逃げ出して……」
錬金「もうよい。よく話してくれた」
529:以下、
強欲「…………」
強欲は顎に手をあて、深く考え込んでいるように見えた。
遊び人「今の話を聞いて何かわかった?」
強欲「話を聞いてもわからぬことは多いが。手が語ってくれたことはある」
遊び人「手?」
遊び人は自分が描いた数々の図を見た。
その中でも嫉妬との戦闘シーンを記した図を見ると、嫉妬の移動にある特徴が見られた。
遊び人「……全然気づかなかった」
勇者「嫉妬の行動範囲が、ほとんど教会付近だ」
強欲「どういう訳かわからんが、教会の中に入ろうとしているように見える。傲慢の爆発が起きてから憤怒と戦うまで」
勇者「捕縛の結界があるからじゃないか?」
強欲「やつにとって教会にいることは何か意味があるのかもしれない、力を引き出すとか、弱点を防ぐとか」
強欲「爆発が最初に起きたと言ったな。嫉妬は確かに死んだのか?」
遊び人「煙がたっていたからなんとも」
強欲「妙だな。嫉妬の首飾りは無効化する装備なのだろう。だとしたら、爆発そのものを防ぐのではないのか」
遊び人「爆発が効かない身体になるのか、爆発そのものを抑えるのかは私達にもわからないわ」
強欲「もしかしたら、直撃していたかもしれんな」
強欲「なにせ、通常呪文で倒されたところですぐそばの教会ですぐに復活できるのだ。嫉妬のパーティメンバーは他にはいないと聞いている。」
強欲「首飾りの乱用をしたくないのかもしれない。大罪の装備の使用は術者の寿命を食らう」
強欲「自分が浴びる全ての呪文を無効化なんかしていたら、それだけで寿命が大方持って行かれてしまうだろう。奴は麻痺や石化などの状態異常に関する呪文だけに首飾りの能力を使用するのではないだろうか。もちろん、一度でも精霊の加護の破壊を遂げた攻撃に対しても、全て無効化しているのだろう」
530:以下、
遊び人「さっきも言ったけど、あいつの体内にはまだ6つ精霊が宿っているの。そして、憤怒の兜による攻撃はもう無力化されている」
遊び人「嫉妬の首飾りを除いたら、残る大罪の装備は5つよ。それら全てを使用しても奴の精霊を全ては破壊できない」
遊び人「加えて、精霊のストックもあるって言ってたわ。また体内に補充しているかもしれない……」
錬金「それは難しいじゃろう。可能な限り体内に詰め込んだ結果が、今の数のはずじゃ。賢者の石の発明を試みたわしだからわかる」
錬金「半年に1体ほどのスペースじゃろうて。それでも困ったことじゃがな」
強欲「だからこその、捕縛なのだ。奴の身動きを一度封じ、首飾りさえ奪えれば良い」
遊び人「状態異常の呪文は全て無効化の対象にしているに違いないわ。眠り、麻痺、混乱、そういった意思をコントロールする呪文はきっと効かない」
遊び人「魔法陣による呪縛も無効化の対象にしていたのだから、きっと呪文の捕縛も出来ないわよ」
強欲「大方の攻撃は無意味だろう。だが、奴の装備はこの世の全てを支配する能力を持っているわけではない。勝機は探せばいくらでもある」
強欲「俺は強欲な男なのでな。ここで人生を終わらせるつもりはないんだ」
531:以下、
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