夢魔道士「夢をみたあとで」back

夢魔道士「夢をみたあとで」


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「剣の扱いはもう大丈夫だ。ここ数日で、ひととおり試し斬りをしてきた」
「はっは、そりゃあ頼もしい」
「仲間がほしい」
「ああ、それなりには揃ってるけどよう」
マスターは遠慮がちにちらちらと酒場のメンツを見回す。
卑屈な笑いがその顔にこびりついている。
「今どき魔王を倒すだなんて、血気盛んな奴がいるかどうか……」
「……だろうな」
ふぅ、と勇者は溜息をつく。
その答えを予想していたのだろう。
3: 以下、
魔王なんて、倒しても倒しても、どこかで必ず復活するのだ。
そんなことを、我々人類は何度も繰り返してきた。
「討ち滅ぼすのではなく共生の道を!」
と叫んで魔王城に向かった勇者もいたらしい。
その後勇者がどうなったのかは知らないが、共生の道などなかったということはわかる。
まあ、村の中、町の中に魔物がいることもある。
人間と共生しようという魔物も少なからずいるのだ。
しかし、魔王軍全体としては、そんな考えは些細なバグ程度のものだろう。
今も、魔王は人間を滅ぼそうと、侵略を続けている。
4: 以下、
「1人でもいい。魔法のサポートをしてくれる仲間がほしい」
「魔法か……うーん」
うってつけだ。
私は魔法が使える。
今日、この日のために、鍛練を積んできたのだ。
「……あの、魔法なら、私、使えます」
私は思い切って、勇者に声をかけた。
普段は人と接するのが絶望的に苦手な私でも、このときばかりは勇気を振り絞った。
5: 以下、
「君が?」
「……初顔だね?」
二人は私の方を見て、首を傾げる。
半信半疑、嬉しさちょっぴり、てな顔だ。
「私、夢魔道士です」
「夢魔道士?」
そんな魔道士聞いたことない、てな顔だ。
そりゃあそうだろう。
私の母が考えた名前だもん。
6: 以下、
「夢をみたあとで、その夢の中で起こったことを現実にすることができる魔法です」
「……ふうん?」
あら、まだ半信半疑、てな顔だ。
「試してみましょうか?」
「試すって?」
「私の魔法、見てもらいたいんです」
そう言って私は、左手の指輪を額にかざす。
目をつぶり集中。
人がいるのだから、今回はあまり長く眠れない。
調整が必要だ。
段々意識が遠のく……
7: 以下、
―――
――――――
―――――――――
なにもない草原。
灰色の空。
目の前に魔物がいる。
緑色の大きいトカゲだ。
私はすっと手をかざす。
―――ピキンッ
あたり一面、ひび割れる。
灰色が濡れる。
すべてが凍る。
目を剥いた間抜けなそのトカゲは、アイスボックスの中で息を止める。
―――――――――
――――――
―――
8: 以下、
「っは!」
「……」
ガヤガヤとした喧騒が徐々に耳に馴染んでくる。
目を数回瞬かせる。
「……起きた?」
目の前には、呆れ顔の勇者。
そりゃそうだよね、いきなり寝たら呆れるよね。
「どれくらい寝てました?」
「一分くらい」
9: 以下、
「さ、では外へ行きましょう」
「外へ?」
「私の見た夢を、現実に変えて見せます」
私は勢いよく酒場の扉をギッと開ける。
太陽が目に眩しいけれど、なんだかとても快調だ。
勇者はマスターと顔を見合わせ、私の後をついてきてくれた。
マスターは苦笑し、私たちを見送る。
10: 以下、
町の外の草原に出ると、私はトカゲを探した。
「なあ君、見たところ杖がないようだけど、どうやって魔法を使うの?」
勇者が私に聞く。
そうか。魔法使いといえば、確かに杖が必要かもしれない。
「今日は勇者様に会えるかわからなかったので、家に置いてきちゃいました」
私は嘘を吐く。
杖は早いところ調達しておこう。
「でも、杖なしでも大丈夫です」
私は得意げにウインクして見せる。
私のウインクは母に「歯が痛いの?」とよく言われたものだが、今日は可愛くできただろうか。
勇者は肩をすくめただけだった。
11: 以下、
がさがさ、と音がして、トカゲが現れた。
夢とは違う、黄色だった。
「あ! 勇者様! トカゲです! 出ましたよ!」
「あん? 君、トカゲを探してたの?」
勇者は腰の剣に手をかける。
「でもそいつ、魔物だよ」
ふっと勇者がトカゲに斬りかかろうとする。
12: 以下、
この世界に魔王軍が現れる前、トカゲといえば手のひらに乗るサイズだったそうだ。
それが、魔王軍が現れてからというもの、妙な生物がうろうろするようになり、それまでいた生物は数を減らした、らしい。
それまでの生物を「動物」、新しく現れた生物を「魔物」と呼び分けるようになった。
魔物の多くは進んで人間に危害を加えようとし、動物の多くは人間も魔物も怖がって近づかなかった。
動物の中には、魔物化して狂暴になったり大きくなったりするものもいた。
トカゲはそのいい例だ。
ワニとの違いはアゴで攻撃するか爪で攻撃するかくらいだ。
このトカゲをちゃちゃっとやっつけて、勇者に私の実力を示さなければ。
13: 以下、
―――ピタッ
私の制止の手を見て、斬りかかろうとしていた勇者は足を止めた。
さすが、反射神経は抜群ね。
「なぜ止める?」
「私の魔法を見てほしい、と言いましたよね」
「でも、敵が」
「私が、倒しますから」
私は脳内で詠唱を行う。
 千年の眠り。
 ひとかけらの雪玉。
 悪魔に売り渡した聖水と、天使に奪われた殺意。
 脳内の亡念と記憶の底の飛沫。
 時満ち足りて水面には幻影。
【夢魔法 よく冷え〜る】
14: 以下、
―――ピキンッ
辺りの草を巻き込み、可哀想なトカゲはアイスボックスの中で眠る。
―――ゴォッ
冷たい一陣の風が私たちの隙間を通り過ぎてゆく。
「こりゃあ、すげえ……」
ぽかんと口を開け感心する勇者。
第一印象の悪さは、もうクリアできたかな……?
15: 以下、
「君の魔力を侮っていたようだ」
「私を連れていってくれますか?」
「ああ、魔王討伐に、力を貸してくれ」
私はにっこりと頷き、彼と固い握手をした。
この日のために、私は鍛練をしてきたのだ。
魔王を倒すため、私の魔法が役に立つ日を、ずっとずっと待っていたんだ。
その旅が、今始まる。
「……しかし、あの魔法名はなんとかならないだろうか」
私はそれには答えず、にっこりと微笑み、勇者の後を歩いてゆく。
19: 以下、
「その指輪はなんなの?」
「これですか?」
私は指輪を勇者に見せる。
母からもらった大切な指輪。
通称、眠りの指輪。
「これを額にかざすと、問答無用で眠りに落ちるんです」
「なにその邪悪な兵器」
「邪悪じゃないです! 私の必需品ですよう」
20: 以下、
まあ、それだけではないんだけど。
その先は言わないでおいた。
「君がいれば、もう旅に出られるかな」
「私、近接戦闘は一切できませんよ?」
「それは、おれがなんとかするから」
「でも二人で旅する勇者様って、少数派ではないですか?」
だいたいの勇者は3人か4人パーティを組む。
ま、噂でしか知らないけれど。
「ぞろぞろと旅のお供を連れて歩く資金はないんだ」
「ははあ、なるほど……」
21: 以下、
「とにもかくにも、この大陸を早いところ出ないとな」
「魔王を倒すには、魔王城へ行かなければなりませんよね」
「ああ、大変な旅になるだろうな」
「私が魔王城へひとっ飛びしてバコーンと倒す夢を見れば解決ですね」
「いやいや、今すぐ魔王城へ行っても塵にされるだろ」
「塵にされない夢を見れば、解決ですね?」
「そんなに自在に夢を見られるのか?」
「無理ですけど……」
「……」
22: 以下、
町の商店で、私と勇者は買い物をした。
火打石や水筒、テントや食料、薬草などなど。
私は家に立ち寄るついでに、杖っぽいいい感じの棒きれと、本棚の魔道書を持ってきた。
本当は私の魔法に杖なんて必要ない。
夢の中の出来事を思い出して、魔力を集中し、詠唱を行うだけ。
魔道書だって、ほんとはもう必要ない。
夢魔法の多くは母から教わったし、魔道書の中身はすべて頭に入っている。
というか、この魔導書自体、母が書いたものだった。
私の宝物だ。だから持っていく。
手ぶらの魔道士はちょっとかっこがつかないものね。
23: 以下、
「君の魔法は、直前の夢しか具現化できないのか?」
勇者と町を出発して、草原を歩く。
身軽だ。
旅の出発なんてものは、こんなにもあっさりしているものなんだ。
「ええ、だから、昨日の夜に見た夢はもう、無効なんです」
「長い夢を見られれば、それだけたくさんの魔法が使えるということ?」
「えーっと、多分」
「昨日はなんの夢を見たの?」
「えっと……」
あれ?
思い出せない。
昨日は夢を見たっけ?
24: 以下、
「夢、毎日見るの?」
「……はい」
指輪を使えば、必ず夢を見る。
そこで自分の思いのままに動くことができれば、私は最強の魔道士になれるはずだ。
……まだ、そんなことは不可能だけど。
「夢の精度を、私も上げていかないといけませんね」
「おれも、剣の腕に磨きをかけなきゃあな」
ははっと笑う彼は、普通の、素敵な青年だった。
なんだかその笑顔は、見たことがあるような気がした。
彼に仕えることができて、幸せかもしれない。
25: 以下、
【よく冷え〜る】のおかげで、町の外では敵なしだった。
勇者もザクザクと魔物を斬り、順調に旅は続いた。
ただ、私のこの魔法では、勇者の傷を治すことができない。
「君のその魔法は便利だけど、それ以外の魔法は使えないのか?」
ほら、もう見抜かれてしまった。
「私が今日酒場で見た夢は、この魔法だけでしたから……」
「それじゃあ、炎の魔法や雷の魔法も?」
「ええ、今は使えません」
26: 以下、
勇者は微妙な表情を浮かべている。
そりゃあそうだよね。
一種類の魔法しか使えないなんて、魔道士としては初心者同然。
「……いずれたくさんの魔法が使えるようになるのかな?」
「……たくさん眠れれば、たぶん」
「敵前で寝るってこと?」
「それは、ちょっと、危険ですね」
「ちょっとじゃないだろ」
呆れながらも、彼は少し笑っている。
よかった、幻滅されたかと思った。
27: 以下、
「おれも、剣の腕をもっともっと磨かないといけないからな」
「ゆっくり行こうぜ」
そう言って、励ましてくれた。
勇者というのはもっと無骨で自分勝手かと思ったが、案外そうでもないらしい。
「おれが剣聖と呼ばれるレベルまで腕を上げ、君が自在に夢を見られるようになれば……」
「最強ですね?」
「魔王なんて、何度でも倒してやる」
「伝説になれますね?」
「ははっ」
28: 以下、
「しかし攻撃はともかく、確実な回復手段はほしいな」
「ですよね」
「回復魔法は?」
回復魔法は……知っている。
いつか夢で見た……気がする。
「夢で見たことはあります、でも……」
「でも?」
「私一人では、その効果のほどはよくわかりませんでした」
「どうして」
「私、最初から元気でしたから」
「……なるほど」
30: 以下、
「その魔法、今使えないのか」
「えっと……」
実は、以前であっても夢に見ていれば詠唱することはできる。
だけど、その効果はほぼなし。
それが私の魔力といえばそれまでだけど……
「一応、やってみましょうか」
私は脳内で、思い出しながら詠唱を行ってみた。
 千年の眠り。
 ひとときの休息。
 時の流れに逆らい、人の理を嗤う。
 体内の戦場にうつろう白煙。
 時満ち足りて息吹くは梅花。
【夢魔法 キズ治〜る】
31: 以下、
「……どうでしょうか」
「……少し気分がよくなった、気がする」
「本当ですか!?」
「……いや、気のせいかもしれない」
やっぱり、昔の夢だとダメみたい。
これができるようになれば、もっともっと勇者の役に立てるのに。
「しかし、やっぱり名前がひどいな」
「いいじゃないですか、それは!!」
32: 以下、
工夫しないとなかなか苦労しそうな魔法です
二人の旅はどうなっていくのでしょうか
また明日です ノシ
35: 以下、
【Ep.2 りゅうのしれん】
―――
――――――
―――――――――
真っ暗な洞窟。
天井から垂れるしずく。
目の前になにかがいる。
うじゃうじゃと。
人のような形をしているが、人ではないものたち。
背後の勇者を守らなければ。
私は手をかざす。
―――ゴォッ
あたり一面、火の海に。
洞窟の岩肌が照らされる。
魔物は燃え、形を崩していく。
人型のそれらは、うめき声をあげ、灰となり、風に舞う。
―――――――――
――――――
―――
36: 以下、
「……っ」
私は小さなベッドの上で目覚めた。
反射的に左手の指輪を見る。
中央に埋め込まれた小さな宝石が、緑色に光っている。
よかった、緑色か。
そっと隣を見ると、毛布にくるまって勇者が眠っている。
37: 以下、
昨日はたくさんの魔物を倒して、素材を集めて、次の町で換金をした。
たくさん出てきたトカゲは大したお金にならなかったけど、ここは大陸の端だから仕方がない。
戦闘に疲れた私たちは、町の宿屋で休んだのだった。
そういえば、さっき見た夢は炎の魔法が使えたな。
今日はボウボウ燃やして活躍しちゃうぞ! と、私はテンションをあげる。
今日も、旅が始まる。
38: 以下、
「おはようございます! 勇者様!」
私は明るく勇者を起こす。
「……ん、おはよう」
「さあ、今日もはりきって参りましょう!」
「寝起き、いいね」
「はい、夢魔道士ですから!」
「どこの鶏が鳴いているのかと思ったよ」
「誰が鶏ですか!!」
夢魔道士が夢心地でふらふらしてたら、シャレにならない。
朝はシャキッと! が私のモットーでもある。
39: 以下、
今日は大陸の中心へと続く洞窟へ向かう予定だ。
昨日は海沿いの平和な草原だったので、大した魔物は出なかった。
もっと魔王城に近いところや人の少ない地域なら、強い魔物がいるから貴重な素材がたくさん手に入るはず。
「今度はもっと、ふかふかのベッドで寝たいですね」
「魔王を倒す旅に、贅沢は言ってられないだろ」
今は貧乏旅だけれど、その分たくさん戦闘を経験して、力をあげていくことができる。
私も、勇者も、もっと力をつけて、いずれは魔王を。
そう考えると、とてもワクワクする。
40: 以下、
宿屋を後にし、私たちは洞窟へと向かう。
武器や防具を買いたいけれど、今はまだそんな資金がない。
「薬草、たくさん買っておきましたよ」
「ああ、ありがとう」
「いつかは素敵なローブとか、ほしいですね」
「おれももっと性能のいい剣がほしい」
勇者の言葉は、昨日に比べて少し砕けた感じになった。
私のことも、「君」ではなく「お前」と呼ぶ。
でもそれは、高圧的なのではなくて親しみを込めたものである、と思う。
私にはなぜかその呼び方が、とても懐かしく、また居心地のいいものに感じられた。
「あれ、お前、杖は?」
41: 以下、
しまった、杖(という設定の棒きれ)を宿屋に忘れてきた。
「……宿屋か?」
「……はい、そうみたいです」
「仕方ない、戻るか」
「い、いえ、それには及びません、私は……」
私は慌てて足元の棒きれを拾う。
それをシュッと振りつつ、優雅に決める。
「優秀な魔道士ですから。優秀な魔道士は、杖を選びません」
42: 以下、
「そんな棒きれひとつで、大丈夫なのか?」
勇者は明らかに不安そうな顔をしている。
昨日の棒きれとさして変わらない物のはずだけど……
「大丈夫です。勇者様も、剣聖と呼ばれたらなまくらで戦えるようになっているでしょう?」
一瞬丸め込まれそうだったが、しかし勇者は反論してくる。
「いやいや、お前はまだ大魔道士ではないだろう?」
むむ、痛いところを突いてくる。
43: 以下、
「とにかく大丈夫なんです、見ていてもらえればわかります」
「ふうん」
「それより今日はボウボウ燃やしますからね? 覚悟しててくださいね?」
「おれを燃やすつもりじゃないだろうな」
「そういう意味で言ったんじゃありません!」
「そういう意味に聞こえたんだ」
44: 以下、
洞窟の入り口には、「魔物多数、危険」の看板があった。
「この洞窟を抜ければ、山脈の内側に出られるはずだ」
「地図通りだとすると……このあたりですね」
バサッ、と私は地図を広げる。
昨日印を付けたこの洞窟の入り口から、少し離れた「開けた空間」に辿り着けるはずだ。
ここに、小さな村と不思議な泉があるらしい。
私たちはそれを目指している。
「よし、行くぞ」
46: 以下、
「これは……暗いな」
洞窟には当然明かりなどなく、入って数歩でなにも見えなくなってしまった。
「仕方ない、戻ろう」
「ええ? 戻るって勇者様……」
「松明がないと、とてもじゃないが進めなさそうだ」
「あ、ちょっと待ってください勇者様」
私は勇者を制し、昨日見た夢をイメージする。
47: 以下、
 千年の眠り。
 ひとかけらの紅玉。
 天秤にかけるは火薬、壁に隠すはガマ油。
 空駆ける龍尾と舌の上の血溜まり。
 時満ち足りて黒炭の棺。
【夢魔法 よく燃え〜る】
―――ゴォッ
生まれた火球を飛散させてしまわないように、手のひらに留める。
それはゆっくりと回転しながら、だんだんと私の手に馴染んでくる。
「ほら、これで明るいでしょう?」
「はあ、便利なもんだ」
48: 以下、
火球であたりを照らしながら、私たちは洞窟を進んでいった。
「お前は熱くないのか?」
「ええ、自分の魔力で焼かれる魔道士は、ちょっとみっともないでしょう?」
「確かに」
「熱いですか?」
「いや、大丈夫」
49: 以下、
洞窟を進んでいくと、突然がらりと音がして、壁が崩れ落ちた。
「?」
崩れ落ちた岩は、ごろごろと動き出し、人を形作る。
「魔物か!?」
言うが早いか勇者は斬りかかる。
―――ガキィン!
―――ゴキィン!
岩とはいえ、勇者の剣で削られ、魔物は苦しそうだ。
しかし数が多い。
そして硬い。
50: 以下、
―――ガキィン!
―――バキィン!
音が洞窟に響く。
魔物はどんどん数を増やし、取り囲まれるような態勢になってしまっている。
勇者は、背後にまで気を配る余裕がなくなっている。
それを見て、勇者の背後の魔物が大きく腕を振り上げた。
「危ない! 勇者様!」
私はとっさに、火球を放っていた。
―――ゴォッ
51: 以下、
「ぎゃあああああ!!」
断末魔とともに、魔物が燃えていく。
岩でも、私の魔法で燃やせるようだ。
どろどろと溶けたり、ぶすぶすと炭になったり。
それを見て気を良くした私は、次々と火球を作っては魔物に叩きつけた。
―――ゴォッ
「熱い! お前! おい、熱い!」
勇者を取り囲んでいた魔物は、全滅していた。
その威力に、私は満足げにうなずく。
これなら、この洞窟も難なく通り抜けられるだろう。
「おい! こら! 熱いって言ってんだよバカ!」
52: 以下、
燃えている勇者の服の裾をばたばたと消してから、たっぷりとお説教を食らった。
「お前の魔法の威力は分かったが、おれまで燃やしてどうする!」
「取り囲まれていたから危ないと思いまして……」
「おれは背後の敵にも攻撃できるように鍛錬してきたんだよ」
「そんなこと知りませんでしたし……」
「あとお前、火球を敵にぶつけたら明かりがなくなるだろうが!」
「同時に二つ出せるように頑張りますから!」
53: 以下、
洞窟で、勇者の叱咤激励というか罵倒を受けながら、私の魔法は上達した。
……と思う。
「右手の火球が拡散してるぞ! 集中しろ!」
「威力が弱い! まだ魔物が燃えてないぞ!」
「おれを見るな! 魔物だけ見てろ!」
「おれじゃない! こっちを見るな!!」
「やめろ! こら! っちょ! やめろ!!」
54: 以下、
……
洞窟を抜けるころ、私の左手には明かり用の火球、右手には砲撃用の火球があった。
さらに足元にまとわりつく防御用の炎の盾があった。
「見てください! 完璧な布陣です!」
「魔王の側近にそういう魔物がいそうだな」
「なんてこと言うんですか!」
「頼むからおれの方を攻撃するのはもうやめてくれ」
「コントロールが難しいんですよ!」
勇者の衣服はあちこち焦げてしまっていた。
私の魔力のコントロールは、まだまだ上達させなければ。
55: 以下、
夢魔道士と勇者の距離が少し近づきました
また明日です ノシ
58: 以下、
言い訳しておくと、「よく冷え〜る」という魔法名は
惑星のさみだれという漫画の宙野花子ちゃんの
必殺技からのパク……オマージュです
59: 以下、
洞窟の先の「開けた空間」は、とてもきれいなところだった。
優しい木洩れ日の中に、小さな集落があった。
この辺りには魔物もいないようだ。
平和な集落なのだろう。
「まずは、泉の話を聞きましょう」
「まずおれの服だよ!」
60: 以下、
とりあえずあつらえた勇者の服は、なんだか派手で、笑ってしまった。
兜が不釣合いだ。
「おい、笑うな」
「で、でも、勇者って言うよりも、商人とか遊び人に見えます」
「仕方ないだろ、鎧が売ってないんだから」
「あ、ふ、ぷぷっ、すみません」
「燃やしたのお前だろうが!」
61: 以下、
……
集落のそばに、その泉はあった。
その泉のほとりに立った瞬間、すべての音が聞こえなくなった気がした。
それほど、神秘的で素敵な空間だった。
泉の周りには、見たこともない花が色とりどりに咲いている。
「よし、この泉を汲んでいくぞ」
「もう! 勇者様は風情がないですね」
「は? なに言ってんだ、お前」
「こんなに素敵な場所に来たのなら、ちょっと感傷に浸るものでしょう?」
「ちょっとなにを言ってるかわからない」
「もう! 知りません!」
62: 以下、
鈍感な勇者を放っておいて、私はきれいな花を摘む。
「おい! 花なんかいいから、ここの泉の水をだな……」
勇者がなにかを言っているが、聞こえないふりをする。
この泉の水を飲めば体力が回復するそうだが、今の私は花に夢中になっていた。
たくさん摘んで、胸いっぱいに花の香りを吸い込む。
「ったく……女ってのはわからん」
勇者が遠くで毒づいているのが聞こえた。
ふんだ。
この花と、きれいな泉とを見て、なにも感じない方が理解できないな。
63: 以下、
ざばざばざば……
泉の方で音がする。
なんというか、大胆に汲むのね。
がっつきすぎてるというか。
回復の泉だからって、あんまり汲みすぎると……
ざばざばざば……
なおも音がする。
ちょっと変だな、と思い振り向くと、泉の中心から大きな大きな龍が私たちを見下ろしていた。
64: 以下、
「ぎゃあああああああああ!! 龍!! 龍ですよ!!」
みっともなく叫んだのは、断じて私ではない。
私はそんなに取り乱したりしない。
私は颯爽と勇者のもとへ駆け寄り、魔力を両手に込め、迎撃態勢を整えていたはずだ。
「あ、あれ?」
私は腰が抜けたのか、その場から動けずにいた。
勇者が剣で応戦している様子がぼんやりと見えている。
ぼんやりと?
私の目は、少し霞んでいる。
65: 以下、
私は座り込んだまま、辺りを見回した。
きれいな花が咲いている。
だけど、その花を見つめていると、より目が霞んでしまう気がする。
しまった……
毒性のある花だったのか……
めいっぱい、香りを吸い込んでしまった……
私は意識が薄れるのを感じながら、手に魔力を込める。
「……よく……燃え〜る……」
66: 以下、
―――ゴォッ
「あははは!! あはははは!! 燃えてる!! めっちゃ燃えてる!! 弱っ!!」
次の瞬間、そこには花畑を燃やし尽くしながら踊る少女がいた。
少しハイになっていたのかもしれない。
花も灰になっていた。
うん、うまい。
「勇者様! 私のことは心配なさらず、ちゃちゃっと龍をやっつけちゃってください!」
私は花という花をどんどん燃やした。
勇者が毒にやられないように、まんべんなく燃やした。
ちらっとこちらを見た勇者が、この世の終わりみたいな顔をした。
67: 以下、
……
よくよく聞いてみると、龍は泉の守り神で、花は不届き者を近づけないバリアだったそうだ。
龍さんが優しく教えてくれた。
私はただ正座して、花を燃やした愚行を詫びることしかできなかった。
「お前……村でなにを聞いてたんだ」
「だ、だって、勇者様も、戦ってたじゃないですか」
「だからあれは、単なる腕試しなんだって」
「は、花の毒で少し混乱していて……わかりませんでした」
「だからそれも村で聞いてたろ、花に近づきすぎると危ないって」
「……」
「それも聞いてなかった、と」
「……」
68: 以下、
やばい。
勇者が私に向ける目線がやばい。
汚物を見るような、「僕すごく軽蔑してます」的目線だ。
あるいは可哀想なものを見て憐れむ目線だ。
教会で静かに神父様の話を聞いていたら、空気を読まずに飛び込んできて暴れた挙句ひっくり返って死んだセミを見るような目だ。
「あ、あの……」
『頭は少々弱いようだが、あの魔力はなかなかのものだった』
龍さんがさりげなくフォローしてくれる。
優しい。
「前半部分が、致命的かもしれない」
『知性ではなく感性で魔力が操れるということは、強い魔道士の証拠だ』
「そうかな……」
なんとなく馬鹿にされている感じは否めないが、龍さんは怒らずにいてくれた。
花もすぐに生えてくるらしい。
69: 以下、
魔物の中にも、人間に危害を加えないタイプのものがいる。
動物の中にも人間に危害を加えるものがいるのと同じように。
龍の多くは人間に関わりを持たないが、縄張りに入ると途端に狂暴になるものがほとんどだ。
ただここの龍さんのように、なにかしらの守り神として君臨するものは、人間の干渉に寛容であることもある。
お互い過干渉にならず、うまく共存できる場合があるのだ。
さらに言えば、人間のために力を貸したりする、家畜や愛玩動物に近い関係のものもいる。
この旅の中で、色んなスタンスの魔物と出会えるかもしれない。
それは少し、楽しみだ。
70: 以下、
私たちは集落へと戻る。
今日はもう遅い。
ここで夜を明かし、明日、また洞窟を抜けて先へ進むことになった。
「回復の泉がたくさん汲めて、よかったですね♪」
ちらっとこちらを向いた勇者は、やれやれという表情をした。
やれやれと、声を出していたかもしれない。
「お前のそのお気楽さ、今はちょっといらないな」
「そうですか……」
71: 以下、
私はちょっと反省をした。
確かに、集落での情報集めの時にちゃんと話を聞いていれば、花を摘んだりはしなかっただろう。
慌てて花を燃やす必要もなかった。
龍が出ても、取り乱さずに済んだのに。
……あれ?
……私、全然ダメだ。
……足しか、引っ張っていない。
そう考えだすと、胸がきゅっと苦しくなる。
私、なんのために彼と一緒に来たのだろう?
うつむくと涙がこぼれそうで、でもうつむかずにはいられなかった。
72: 以下、
「……ま、旅は長いんだ、しっかり頼むぞ、相棒」
勇者の温かい手が、私の頭にポン、と乗せられる。
うつむいたままの私は、一筋流れた涙を止められなかった。
「……ひゃい」
涙声なのが、ばれそうだ。
急いで目元を拭く。
「お前は、泣き虫だな」
勇者がぼそっと、呟く。
ばれていた。
そう、私は泣き虫だった、気がする。
73: 以下、
私の母は、優秀な魔道士だった。
泣き虫な私をあやしながら、眠りの指輪で眠らせてくれた。
その昔、魔王の討伐に成功したと聞いたことがある。
だけど、誰もその話をしなかったし、母も詳しく教えてくれなかった。
寝る前にその話をせがんでも、母は笑って首を振るだけだった。
せっかく魔王を討伐しても、繰り返し生まれるのであれば、討伐隊を褒め称えている暇もないのだろうか。
私たちが倒せたとしても、無駄ではないか、という問いは心の奥に閉じ込めた。
「魔王……倒しましょうね」
勇者は声に出さず、でも力強く頷いた。
74: 以下、
夢魔道士ちゃんはちょっとアホの子ですが、応援よろしくお願いします ノシ
75: 以下、
手のかかる子ほど可愛いともいうよね乙
76: 以下、
【Ep.3 みえないてきと ほうしゅう】
―――
――――――
―――――――――
ぽっかりと紫色の空が広がっている。
私は無意識に指輪を見つめる。
中心の宝石が赤色に光っている。
周りを魔物に囲まれているような感覚。
しかし、何も見えない。
怪しいものは見当たらない。
右手をかざす。
―――カッ
―――ビシィッ
稲妻が辺りを照らす。
その瞬間、辺りには、苦しみ、うごめく魔物の姿が。
姿を消せる魔物だ。
私はまた、右手をかざす。
―――――――――
――――――
―――
77: 以下、
「ふはっ」
勇者が間の抜けた声とともに飛び起きた。
私はすでに旅の支度を終えている。
「おはようございます、悪夢でも見ましたか?」
「あ、ああ、おはよう。お前に燃やされる夢を見た」
「ご心配なく、今日は燃える夢ではありませんでしたので」
私は今日、雷の魔法の夢を見た。
あれなら、洞窟は照らせるし、見えない敵も姿を現すし、なかなか便利だ。
78: 以下、
「……ちなみに、なんの夢だった?」
「雷です」
「……」
ちらっと勇者は、剣と兜の方へ目をやった。
感電を心配しているのだろうか。
宿から出る際、店主に「この村にゴム製のマントは売っているだろうか?」と聞いていた。
「そんなものはない」と言われて撃沈していたが。
やはり感電が怖いらしい。
勇者のくせに、情けない。
79: 以下、
「今日は洞窟を再度抜け、港町まで行くぞ」
「そこでなんとか船に乗せてもらい、ここから北の方の大陸を目指すんですよね」
「というわけで、洞窟でもたもたしている暇はない」
「ええ」
「とっとと突破するぞ」
「はい!」
「じゃあお前はこの松明を持つ係な」
「はい?」
80: 以下、
「私の魔法で、また照らせますよ?」
「今日は雷だろ? それが明かりとして使えるとは思えない」
「なに言ってるんですか! 電気は立派に明かりとして使えますよ!」
まだ実用化されていないが、雷の力「電気」を生活の明かりに役立てる研究が進められていると聞く。
いずれ火で照らさなくても、煤の出ない明かりが使えるようになるはずだ。
81: 以下、
 千年の眠り。
 ひと握りの命綱。
 試験管の中の神、三つ編みの髭。
 轟く咆哮と真実を映す空。
 時満ち足りて神罰の鎌。
【夢魔法 神鳴〜る】
―――カッ
―――ビシィッ
響く雷鳴。
そして私の掌に輝く閃光。
―――バチバチバチッ
電気が暴れ回っているが、私はなんとか抑え込む。
「お、おう、またこりゃあすげえな」
82: 以下、
「ほら、ちゃんとコントロールできているでしょう?」
「ま、まあな」
「ほらほら、行きますよ。いざとなったらまた魔物を攻撃しますから」
「い、いざとなったらだからな! 最終手段だからな! それ!」
「さあ来い! 魔物たち!」
「戦うのはおれがやるから! お前は照らしてサポートしてくれればいいから!」
83: 以下、
……
洞窟を抜けるころ、私の左手には明かり用の雷玉、右手には雷のランスがあった。
さらに腰回りに電気を帯び、バチバチと放電しながら威嚇している。
「見てください! これこそ完璧な布陣です!」
「吹っ切れて、なにがやりたいかわからなくなった前衛芸術家みたいだな」
「なんてこと言うんですか!」
「芸術家に謝れ」
「な、なんてこと言うんですか!?」
「上達するのが早いのは認めるが、粗削りすぎるんだよ」
「も、もっと頑張ります……」
勇者の衣服は無事だが、髪の毛が逆立って、少々しびれているようだ。
狙ったところにのみ放電するコントロールが課題だな、と私は反省した。
84: 以下、
……
「船が出ない!?」
雷撃もなんとなく使いこなせるようになり、意気揚々と港町へやってきたが、なんと船が出ないらしい。
なんでも数日前から海がよく荒れて、船が何隻も沈んだそうだ。
「いや、だってこんなにいい天気じゃないですか」
「それが奇妙でよお、船を出した途端、空は黒くなるわ、波は荒れるわで……」
「おれたち、とっとと北の大陸へ行きたいんだが」
「そうは言ってもなあ、そのせいでここ何日も船が出せてねえんだ、他の方法を当たってくんな」
「そんな……」
85: 以下、
「どうします?」
「他のルートを当たるか……」
「でも、船以外のルートなんて、ありますか?」
「空?」
「空から……え?」
「お前が空を飛ぶ夢を見るのを待つ、とか」
「なんともお気楽な話ですね」
「お前に言われたくないな」
86: 以下、
「おいおいおい!! まだ船は出ねえのかよ!?」
大きな声が響いて、私は驚いて声の主を探した。
見回すまでもなく、その声の主は、民衆から頭一つ突き出た大男のものだと分かった。
重そうな布袋を担いでいる。
「一刻も早く北の大陸の王様に届け物をしねえといけねえってのに!!」
「し、しかし……」
「何日ここで足止めする気だよ!! もう待ってらんねえ!!」
大男と、その周りの子分(と思われる者たち)は、船員たちの制止を振り切り船の方へ向かっていった。
87: 以下、
「あ、あれ、止めた方がいいですかねえ」
「……素人だけで船が動かせるとは思えないが」
「行ってみましょう!」
「お、おい!」
私たちは船着場へと、大男たちを追いかけた。
なんだか、嫌な予感がする。
88: 以下、
しかし、私たちが向かったときにはすでに、船はゆっくりと岸を離れていた。
小さな船だ。
大波で簡単に転覆してしまいそうな船だ。
ロープをほどいてすぐに乗り込んだのだろう。
「あああ……命知らずな男だよぉ」
取り残された船員が呟く。
「これまで何隻が沈められてきたと思ってんだい」
89: 以下、
と、空が曇り始めた。
ぶるっと、大気が揺れた。
ぞわっと、波が揺れる。
「あああ……言わんこっちゃない」
波が渦を作り始める。
風が強くなる。
そして……
「うっ」
「ぐぅっ」
船着き場で様子を見守っていた人たちが、突然苦しみ始めた。
90: 以下、
「なんだ? なにが起こってる!?」
「魔物です、たちの悪い」
「魔物!? そんなもん、見えないぞ」
「姿を消すんです!」
私は急いで脳内詠唱を行う。
 千年の眠り。
 ひと握りの命綱。
 試験管の中の神、三つ編みの髭。
 轟く咆哮と真実を映す空。
 時満ち足りて神罰の鎌。
【夢魔法 神鳴〜る】
―――カッ
―――ビシィッ
91: 以下、
黒い空に、黄色い稲光。
怒れる稲妻が私の掌に応じてうねる。
―――カッ
魔物が姿を現した。
苦しむ人の周りを、霧状のものが覆っているのが見える。
見えさえすれば、斬れる。
「勇者様! その魔物は、お願いします!」
「お前は!?」
「あちらを!」
高い波の向こうで、大きく揺れている小舟を、私は指差した。
92: 以下、
「あ、勇者様! 剣を高く掲げてみてください!」
私は、前から考えていたことを、試してみたくなった。
「こ、こうか?」
「行きます!」
掌を剣に向け、魔力を込めてぎゅっと握る。
―――バチバチバチッ
―――バチンッ
雷が剣に落ち、そのまま纏わりつく。
バチバチと電撃を放ちながら、剣が光っている。
「うお! なんだこれ!?」
「よし! できた! 魔法剣です!」
93: 以下、
「そのまま斬っちゃってください!」
その効果に私は満足し、船へと目を戻す。
あの辺りにも、きっと魔物がうじゃうじゃいるはずだ。
船に当ててはいけない。
精密なコントロールだ。
精神の集中だ。
「ふぅ……」
息を整え、手をかざす。
指輪の宝石が、きらりと緑色に光る。
「はっ!!」
―――カッ
―――ビシィッ
94: 以下、
―――カッ
―――ビシィッ
目を凝らす。
―――カッ
―――ビシィッ
指先まで力を込める。
―――カッ
―――ビシィッ
まだだ。
魔物をすべて殲滅するまで、雷を落とし続ける。
「ぁぁぁぁあああああああああああああっ!!」
―――ビシィッ
―――ビシィッ
―――ビシィッ
―――ビシィッ
―――ビシィッ
95: 以下、
……
チャプ、チャプと波音。
ようやく空に、海に、静けさが戻ってきた。
遠くに揺れる小舟が見える。
あの大男さんは無事だろうか。
目的のものは、ちゃんと届けられるだろうか。
どれくらいの時間が経ったろう。
どれくらいの魔物を倒したろう。
勇者は、無事だろうか。
しかし、私はまだ、振り向けなかった。
ずいぶんと、疲れた。
99: 以下、
……
ギィ、ギィとオールを漕ぐ音。
大男さんの子分たちが船を漕いでくれている。
私と勇者は、船にちょこんと乗せてもらっている。
しかし、この人、大きい。
ごちゃごちゃと道具をたくさん携えているが、これがまた一つひとつ大きい。
「いやあ、勇者とはな、驚いた」
「そっちも、商人には見えないね」
「嬢ちゃんも、そんなちっこいナリしてすげえ魔法使いじゃねえか」
「ちっこいは余計です」
「がはは、すまんすまん、しかしなんにしても助かったぜ!!」
100: 以下、
雷がやんだ後、大男さんは岸に引き返してきてくれた。
そしてお礼を言って、私たちを乗せてくれたのだ。
「行きはあんなことなかったんだけどよぉ」
「ここ数日続いていたと言ってましたね」
何隻も船が沈められたと言っていた。
魔物が積極的に人を襲うのは、確かに最近では珍しい。
「魔物が活性化してんのかねえ」
「誰かが怒らせるようなことしたんだろう」
「魔物を?」
「ああ、眠っていたのを無理矢理呼び起こす、とかな」
101: 以下、
「海の魔物ってのは、ただ通るだけの船には寛容だが、海を荒らす者には容赦しない」
「おそらく船で通った誰かが、悪いことでもしたんだろうよ」
さすが、勇者は博識だ。
私は「海の魔物」なんてものを、全くと言っていいほど知らない。
あの霧状のやつらも、海の魔物なんだろうか。
精霊というやつだろうか?
なんにせよ、怒らせた上に魔法で無理やり押さえつけたわけだから、相手が魔物とはいえあまり気分のいいものではない。
私はなんとなく、海へ向かって祈っておいた。
なんとなく、ごめんなさい、という感じで。
102: 以下、
「例えば海で小便なんかしたら、海の魔物は怒るのかねえ?」
商人の大男さんが気楽そうに言う。
「ああ、そうだな。そんなバカがいれば、きっと海の魔物や精霊は怒るだろうな」
「……」
勇者がそういうと、黙り込んでしまった。
え、まさか。
「え、あんた、そんなことしたのか?」
「海が荒れてたのはあなたたちのせいだったの!?」
「なんて罰当たりな!」
「そうだそうだ!」
商人さん一行は、気まずそうにうつむいていた。
103: 以下、
さすがに何日も旅をする大型船だと、排泄物の処理は大変だろう。
海に流すこともあるんだろう。
だけどこんな小さな船で、こんな短い航海で、それをすると……
「まあ、ちょうど精霊の目の前でやっちまったんじゃねえかな」
タイミングが悪かった、ということかしら。
「……今度から気をつけよう」
ま、反省しているようなので、私もあまりこれ以上言わないようにしよう。
104: 以下、
「そもそもだ、この海自体、すごく汚れているじゃないか」
確かに。
大して深くないはずの海なのに、透明感がまったくない。
「この近隣の人たちの、海の使い方が悪かったのでしょうか」
「ああ、それもあって、海の精霊たちの怒りが爆発したのかもな」
すみかを脅かされていたのなら、精霊たちには同情してしまう。
「あんたたち、反省してるのなら、これから会う王様にでもかけあって、海の使い方の向上を進言しときな」
「ああ……そうしよう」
105: 以下、
「そういえば、王様に届けるものって、なんだったんですか?」
私は重そうな布袋の中身が気になっていたので、気を取り直して聞いてみた。
「あ? これか? これは西の地下鉱山で掘り出したクリスタルだ」
大男さんはごそごそと、それを取り出して見せてくれた。
きらきらと白く、青く輝いている。
「わ、すごい、きれい!」
「へえ、こんな量のクリスタルとは、珍しい」
「い、いくら命の恩人とはいえ、これはやれないからな!!」
「……半分」
「おい、勇者の一行がそんな卑しい真似するな」
ベシッ
勇者にはたかれてしまった。
106: 以下、
「西の地下鉱山といえば、かなり迷いやすいうえに厄介な魔物も多くて、冒険者は避けるんじゃなかったか」
「冒険者はな。でもおれたちは商人だ。価値のある物のためなら、どこへだって行くさ」
「はあ、すげえな」
「おれたち商人からすれば、あんたら勇者の一行ってのもすげえと思うぜ」
「どうして」
「おれたちゃあ金のためさ、でもあんたらは名誉や平和のために体を張ってる」
「……」
大男さんの言葉に、嘘はないようだった。
お金のために(王様のために?)危険を冒して鉱山へ潜るのも、立派だと思うけど。
107: 以下、
……
「おお帰ったか、商人たち」
「は」
「そしてお主らも、道中の助けになってくれたそうだな、礼を言う」
大広間で、でっぷりと太った貫禄ある王様が、私たちを迎えた。
そういえば、私は王様というものに謁見するのは、これが初めてだ。
にこにこと温厚そうだが、目は鋭い。
「で、例のものは?」
「は、こちらに」
大男さんは、似合わない丁寧な言葉遣いと物腰で、クリスタルを王様に見せていた。
王様の目が輝く。
108: 以下、
「勇者様は、王様というものに会ったことはありますか?」
「ああ、一度だけな」
「緊張しました?」
「いいや、旅立ちは自由にさせてくれたし、堅苦しくもなかった」
私も、緊張するものだと思っていたけれど、案外そうでもないらしい。
普通にひそひそお喋りする余裕がある。
「あの冠、高そうですよね」
「この謁見の間にあるものすべて、高級品だろ、趣味の悪い」
「……確かに」
109: 以下、
「さて、褒美をとらさねばな」
「は、ありがたき幸せ」
大男さん、跪いてる。
でも相変わらず大きい。
私たちはぼーっと突っ立っていた。
「勇者殿にも、なにか礼ができればいいのだが」
「あ、じゃあ宝物庫の鍵を開けてくださ……」
ベシッ
今度は無言ではたかれた。
110: 以下、
「もし可能であれば……」
ずい、と勇者が一歩前に出る。
「丈夫な剣を一振り、そして身軽な鎧を調達したい」
実は勇者の剣は、魔法を纏ったせいでひどく傷ついていた。
戦いが終わった後、とても使い物にならなくなってしまったのだ。
「ふぅむ、確かに勇者とは思えぬひどいナリだ。厳しい戦いをくぐり抜けてきたのだろう」
「あ、いやこれは……」
「よかろう、町には通達しておくので、好きなものを見つくろうがよい」
「あ、その、ありがとうございます……」
111: 以下、
城の宝物庫はロマンの塊ですね ノシ
114: 以下、
クリスタルねだったり宝物庫に入ろうとしたり、こんな俗な僧侶がいてたまるかw
115: 以下、
……
町の武器屋には、なかなかの剣が揃っていた。
軽そうなのも、重そうなのも、とげとげの物もある。
趣味の悪そうなのもある。
「はいはい、王様から伺っております。どうぞお好きなものをお持ちください」
武器屋の主人は気さくにそう返事してくれた。
「私も可愛い杖とかほしいですね」
「魔力のコントロールに杖はいらないとか言ってたじゃないか」
「気分ですよ、気分」
カランカラン
店のベルが鳴り、見覚えのある大男が入ってきた。
116: 以下、
「いよお、まだ居てくれたか」
「なにか御用ですか?」
「礼をしてなかったからな」
そう言って、彼はずしりと重い小袋を勇者に渡した。
「クリスタルのかけらだ、それ、礼にやる」
「!?」
私も勇者も、目が真ん丸になっていただろう。
命がけで王様の為に取ってきたものじゃないの?
117: 以下、
「かけらを練り上げる技術は、この国にはまだねえんだ」
「だがあんたたちの旅の先、これを使って剣なり鎧なりを作ることができる職人がいるかもしれないだろう?」
「だったらこれは、この国ではなくあんたたちの方が有効活用できると思ってよ」
「ありがたく頂こう」
「売ったら、いくらくらいになりますかねー」
ベシッ
今日はよく頭を叩かれる日だ。
118: 以下、
「嬢ちゃん、魔法使いなのに知らねえのかい」
「なにをです?」
「クリスタルは、魔法ととても相性がいいんだぜ」
「え?」
そもそもクリスタル自体がとても希少だから、目にしたこと自体がないんだけど。
でも、魔法と相性がいいなら、ぜひ武具にして役立てたいところだ。
「嬢ちゃんがしてるその指輪にも、使われてるみたいだし」
「え!? これクリスタルだったんですか!?」
「知らなかったのかよ」
119: 以下、
「これは、母の形見で、もらったものなので……」
「いい物をもらったじゃねえか。そりゃあ嬢ちゃんの魔力を増幅する力もあるようだ」
「そ、そうなんですか?」
「ああ、それで納得した。お前が体に似合わない大きな魔力を放出するわけ」
「ちょっと、体に似合わないってどういうことです!?」
私は勇者に怒りながら、あらためて母にもらったこの指輪をひと撫でした。
これは緑色をしているけど、大男さんにもらったクリスタルは違う。
もらった方は、白色というか、青色というか、銀色というか、そんな感じの色だ。
120: 以下、
「さてと、じゃあ、いい旅をな」
「ああ、クリスタルありがとう。きっと魔王討伐に役立てよう」
大男さんと勇者は、がっちりと熱い握手を交わした。
私には入り込めない「男の世界」のようで、ちょっと羨ましかったり妬ましかったりした。
「嬢ちゃんも、達者でな」
そう言って、大男さんは私にも手を差し出してくれた。
私はちょっと嬉しくなってしまった。
「ええ、立派な大魔道士になって、魔王を倒して、凱旋しますので」
「楽しみにしているぜ」
そして大男さんは、がはは、と笑いながら去っていった。
大男さんとの握手は、それはそれは痛かった。
121: 以下、
勇者の新しい鎧は、兜とは揃いに見えないが、軽量で動きやすそうだった。
店の前でくるくると動く勇者は、新しい服を買ってもらった踊り子の女の子みたいで、なんだかおかしかった。
私は、杖はやめて新しいローブをもらうことにした。
金の糸の刺繍が入った紺色のローブで、厚みがちょうどいいと思った。
それよりも、着ていたローブがとても汚れていて弱っていることに気づいたからだった。
魔法を繰り返し使ううち、私の体の周りにもダメージが来ているとは知らなかった。
これまで、そう何度も魔法を繰り出すことはなかったものだから。
「ま、服は消耗品だし、仕方ないな」
勇者もそう言って、私のローブを見てにっこり笑った。
122: 以下、
「この旅の中で、きっとクリスタルを扱える職人と出会えるはずだ」
「で、どうするんです?」
「武器なりなんなり、加工して使えるようにしてほしいな」
「あ、そういえば、武器」
勇者がさっき買っていた剣を、私はまだ見ていなかった。
買ったといっても、代金は王様持ちだけど。
「ああ、これ、いいぜ」
勇者はシャキン、と音を鳴らして背中から剣を抜いた。
つばの部分に装飾を施してある、細身の剣だ。
123: 以下、
「いつかはでっかい剣を振り回したいがな、今のおれにはこの細さがちょうどいい」
「そういうもんですか」
「ああ」
「細い剣、格好いいと思いますけどねえ」
「格好よさでは魔王は倒せねえよ」
「まあ、そうですけど」
勇者は、剣も消耗品と考えているようだ。
まあ、私の魔法を纏って剣をふるえば強いのは分かったが、あまり持たないことも分かった。
「あ」
124: 以下、
「どうした?」
「クリスタル、魔法と相性がいいって話でしたよね?」
「ああ、言ってたな」
「じゃあ、クリスタルを剣に打ち込んでもらえれば、魔法剣にとても相性のいい剣が……」
「ああ、それはおれも考えたが……」
考えてたんだ。
さすが、勇者。
「それほどの量はない」
「それほど?」
「剣になるほどには、ってこと」
まあ、あまりのかけらをくれたくらいだから、量は確かに少ない。
でも、私の指輪だって全部がクリスタルでできているわけではない。
125: 以下、
「私の指輪にみたいに、一部に埋め込むのでは、いけませんか?」
「うーん、クリスタルの入った剣ってのを、見たことがないからなあ」
「……私もないですけど……」
「だろ?」
まあ、クリスタルのことは置いておいて、私たちは今後の身の振り方を考えた。
装備は整えたし、この大陸は意外と大きいし、鍛錬しながら魔王城に着くにはどうしたらいいだろう。
とりあえずはこの町で情報を集めることにして、私たちは宿に向かった。
126: 以下、
クリスタルもロマンの塊ですよね ノシ
127: 以下、
【Ep.4 ゆめまどうし そらをとぶ】
「マカナの実がなる木があるって?」
それは私たちの心を躍らせる言葉だった。
マカナの実。
それは魔道士がみなほしがる木の実だった。
魔力を底上げし、滋養強壮に効果があり、町では高値で取引されている。
当然そんな高価なものは、私は食べたことがない。
128: 以下、
町で情報収集をしている中で、果物屋の主人が教えてくれた情報。
この町から西の方へ行ったところにある大きな湖。
その中心に浮かぶ島には、大きな木がたくさん生えているのだという。
その中に、貴重なマカナの木があるらしい。
あくまで「らしい」という話だったが。
「どうする、行くか」
「行きたいです! 私は当然!」
旅の助けになるかもしれない。
そのためになることなら、なんでもしたい。
129: 以下、
「よし、さしあたっては、それを目指すか」
そうして私たちは、西へ旅することに決めた。
もしかしたらほかにも貴重な木があるかもしれない。
勇者の力を高める効果がある木の実も、あるかもしれない。
でも、そんな貴重な木があることを、なぜ果物屋のご主人なんかが知っているのだろう。
そんな情報が出回っているのなら、みんな乱獲しに集まってしまいはしないだろうか。
ちょっと不安に思ったが、勇者はさっさと身支度を始めていた。
私も荷物をまとめる。
130: 以下、
「そういえば、昨日の夢はなんだったんだ?」
「風です」
「風?」
「ええ、風で切り裂く魔法です」
硬い魔物には効果が薄いかもしれないが、風の魔法というものもあるのだ。
ちょっとスマートで格好いいと、個人的には思っている。
このあたりの草原でなら、特に気持ちよく魔法を振るえそうだ。
「面白いな、それ」
なにか、いい感じの魔物が襲ってこないかしら、と私は不謹慎なことを期待した。
131: 以下、
ザクッザクッと音がして、私たちは振り向いた。
魔物か!? と期待したが、そこには馬に乗った旅人がいるだけだった。
ただ、人数がやたらと多かった。
「……止まれ」
そう低くつぶやいて、真っ黒な旅衣装に包んだ男が私たちの前に躍り出た。
他の旅人たちは、ゆっくりと私たちの周りを囲む。
なんだか穏やかでない。
132: 以下、
「その荷物の中身を、こちらに渡してもらおうか」
「クリスタルが入っているだろう」
「おとなしく従えば、危害は加えないでやろう」
淡々と、黒い旅衣装の男が言う。
要するに、追い剥ぎというやつね。
「……くだらない」
勇者が吐き捨てた。
133: 以下、
「そんなにほしければ、鉱山にでも潜ればいいんだ」
勇者は冷ややかな目で言い放った。
「それができない臆病者か、集団でしか動けない臆病者か、町中では襲ってこれない臆病者か」
勇者は畳みかける。
「昨日あの男から受け取った瞬間に襲ってくればいいものを、こんな人気のないところに来るまで待っていたのが、情けないな」
「馬には恨みがないので、降りてくれると斬りやすいんだが」
「まあ、それもできないだろうな、どうせ」
134: 以下、
勇者が挑発している。
相手の男の表情は黒く巻いた布であまりよく見えないが、怒っているような気がする。
周りの男たちも、イライラしているようだ。
でも私は、勇者が世界を救うために振るう剣を、馬鹿な人間の血で汚したくないと思った。
悪人かもしれないが、真に斬るべきは人間よりも魔物のはずだ。
「……勇者様、ちょっと下がっていてください」
私は小声でつぶやいた。
135: 以下、
そして、私はずいっと前に出る。
「あのね、あんたたち、勇者様は世界を救うのに忙しいの」
「この剣は魔物を斬るためにあるの」
「小市民を切り刻んで、馬の餌にするために剣を振るっているヒマはないの、わかる?」
私はこんな啖呵を切れる娘だっただろうか。
町から出ていなければ、こんな風に追い剥ぎに食ってかかるようなことはできなかったに違いない。
私はちょっと勇気がついたことを誇りに思った。
「馬は人肉なんて餌にしないと思うけどな」
後ろで勇者が小さく突っ込んだ。
136: 以下、
男たちはガヤガヤと罵声を浴びせてきたが、私の耳には届かなかった。
「受け身くらいは、しっかり取りなさいよっ!」
私は昨日見た夢のことを思い出しながら、脳内詠唱を行う。
そういえば人間相手に攻撃的な魔法を放つのは初めてだなあ、と思った。
 千年の眠り。
 ひとかけらの千切れ雲。
 揺れる楪、射す木洩れ日。
 うねる空気、集束と発散。
 時満ち足りて疾風の刃。
【夢魔法 風立ち〜ぬ】
―――ゴォッ
137: 以下、
疾風。
―――ゴォゥッ
刃になる。
―――ヒュンッ
男の顔を覆っていた布を切り裂く。
――――――シュッ
男たちが手に持つ短刀を叩き落す。
――――――キュンッ
138: 以下、
そして……
――――――ゴォォォオオオオオオオオオオオッ
大きくうねる風の流れを作り出し、男たちを空高く吹き飛ばした。
馬とともに。
「うわああああああああああああっぁぁぁぁぁっぁっぁぁぁ……」
「ヒヒィィィィィイイイイィィィンンンンンン……」
「あーあー、馬は可哀想だな」
「ええ、私もそう思います」
私は両手に魔力を集中させ、風のクッションを作るべく手を動かした。
139: 以下、
「……ぅぅぅぅぅぅぅぁぁぁぁぁああああああああ!!」
男たちの悲鳴が落ちてくる。
私は丁寧に、風のクッションをたくさん作りだし、馬の落下地点に配置してやった。
「おお、器用なことをするな」
「えへへ、うまいでしょう?」
「追い剥ぎどもは?」
「まあ、落下して死んでも後味悪いですからね」
―――ゴォッ!!
私は男たちが落下する寸前に、横殴りの風を浴びせてやった。
横に吹っ飛ばされて痛いだろうけど、落ちて死ぬよりはマシだろう。
140: 以下、
「馬、お借りしますねー」
比較的おとなしそうな馬を二頭選び、私たちはそれに跨った。
湖まで乗せていってもらおうと考えたのだ。
馬も、悪党に乗られるよりはマシだろうし。
「一応、狼煙を上げておくかな」
勇者は町の警備隊に見えるように、狼煙を上げた。
赤色だ。
赤色の狼煙は危険なことが起きたしるし。
この場に誰かが駆けつけてくれたら、きっと追い剥ぎたちを捕らえてくれるだろう。
141: 以下、
ザクッザクッと小気味よい音が鳴る。
「馬のたてがみって、硬いんですね!」
体が上下に揺れるが、それも慣れると心地よい。
「悪党が使うにしては、立派な馬じゃないか?」
この分だと、湖まで楽に到達できそうだ。
もしかしたら、今日のうちに町へ戻れるかもしれない。
いや、でもその先の目的地を決めていないし、もしかしたらもっと先に進むことになるかもしれない。
「馬さん、便利だなー」
私たちはしばし、馬での快適な旅を楽しんだ。
147: 以下、
……
「おお、でかいな」
見事な湖だった。
円に近い形をしている。
「馬では渡れませんねー」
「当たり前だろ、バカ」
「あの小さな島が、例の木が生えてるっていうところですかね」
「らしいな」
岸からでも見えるが、なかなか距離がある。
148: 以下、
「船もないなあ」
「ないですねえ」
岸には誰もいない。
船もない。
かといって、警備している人間がいるわけでもない。
「本当にあそこにマカナの木があるなら、みんな渡りたいだろうに」
「ですよねえ」
「あれか、罠か」
「ありえますねえ」
149: 以下、
もしかしたら先ほどの追い剥ぎどもは、王の使いかもしれない。
マカナの木の情報をくれた果物屋の主人は、誰かの手先かもしれない。
疑おうと思えば、疑える。
「クリスタルの欠片を持っていることを知った王様が、ケチって取り戻そうとしたとか」
「ありえる」
「人気のないところに向かわせて、さらに襲うつもり、だとか」
「ありえる」
「じゃあ、どうします?」
「行くに決まってる」
150: 以下、
ですよね。
勇者がこんなちっぽけな罠で足踏みしていてはいけない。
さあて、しかし、この湖を渡るには……
「私の魔法で飛ぶしかないですよね」
「お手柔らかに頼むぜ」
自分を飛ばすとなると、また違ったコントロールが必要ね。
勇者を負傷させてはいけないし。
かといって魔力が足りず、途中で湖にドボンってことにもしたくない。
151: 以下、
「あ、馬はどうしましょう」
「手近なところにつないで……」
「……」
「無理だなあ」
「ですね」
いい感じの柵や木が、近くには全くなかった。
仕方なく馬はそこに放しておくことにした。
もしお利口なら、帰ってくる頃までここで待っていてくれるだろう。
「ヒヒンッ」
「ヒヒィンッ!」
手を綱から離した瞬間に、二頭とも脱兎のごとく逃げ出した。
「……賢いですね、ある意味」
「……まあ、風の魔法で吹き飛ばす奴らのそばには、いたくないだろうしな」
152: 以下、
気を取り直して、私はゆっくりと脳内詠唱をしながら、イメージを強めた。
できるだけ周りを傷つけない風の羽。
私を纏うように。
誰かを攻撃するためのものではなく、空を自在に飛び回るための風の羽を。
 千年の眠り。
 ひとかけらの千切れ雲。
 揺れる楪、射す木洩れ日。
 うねる空気、集束と発散。
 時満ち足りて疾風の刃。
【夢魔法 風立ち〜ぬ】
―――ゴォッ
153: 以下、
勇者は、私を信用してくれるようになっている気がした。
「うおお、少々怖いな、これは」
私の手を握り、虚勢を張る。
「頼むぜ、切り刻むなよ、落とすなよ」
そうは言いながらも、冗談っぽいニュアンスを含む。
旅を始めたころよりも、私の魔法に素直に頼ってくれている。
そんな気がする。
「高い、高い、もっと低くていい」
私は細心の注意を払いながら、空を飛ぶ。
コントロールが難しいけれど、泣き言は言ってられない。
「お前、聞いてる? ねえ、聞いてる?」
154: 以下、
……
「はぁ〜おっきいですねえ」
島に生える木々は、それはそれは高かった。
人が住むことのない島だからだろうか。
大自然が伸び伸びと成長した、そんな風に見える。
「どれだ、マカナ」
勇者は空の旅の恐怖を振り払おうとしているのか、剣を振り回しながらずんずん奥へ進む。
「私も実物は見たことがありませんので……」
「まあ、そっか。そうだよな」
とりあえず木の実を探そう。
そこから始めることにした。
155: 以下、
「ねえな」
「ないですね」
「担がれたか」
「ハメられたか、ですね」
しばらく散策したが、木の実らしきものは全然なかった。
高い木々は私たちの視界を奪い危険だったが、特に魔物が出てくるでもなく、単なる散策に終始した。
しかしそれでも、木の実を見つけることはできなかった。
「……うーむ、どうしましょうか」
「どうするったってなあ」
156: 以下、
「とりあえず、ここでお昼にしましょうか」
「……そうだな、少し疲れた」
町で購入していたパンや果物を取り出し、簡易の昼食をとることにした。
クルミを練り込んだものが私のお気に入りだったが、ブドウのパンも捨てがたい。
「勇者様、どっちにします?」
「どっちでもいい」
「半分こします?」
「どっちでもいい」
「もう! 困る回答ですね」
「じゃあ、クルミ」
「だめです! どっちも半分ずつ食べたいんです! 私は!」
157: 以下、
「お前、ほんと礼儀を失ったよな」
パンをほおばりながら、勇者が言う。
「まあ、カチカチに緊張されても困るんだけど」
そういえば、私は最初、もっと礼儀正しかったっけ。
もう、そのころのことを忘れかけている。
「それはきっと、勇者様が親しみやすい方だからですよ」
「……そうか」
ちょっと照れている。
158: 以下、
「しかし、罠のわりには誰も攻めてこないな」
「ですねえ」
「あいつらを蹴散らしたから、怖気づいたか?」
「それなら、もう誰も襲ってこないかもしれませんね」
「仕掛けてくる奴らが、同じ場合だけ、な」
「あ、そうか、複数の仕掛け人がいるかもしれませんもんね」
私は納得しながら、ぐびりと水筒の水を飲んだ。
159: 以下、
勇者の旅には、困難が付きまとう。
応援、支援してくれる者もいるが、邪魔してくる人間も少なからずいるようだ。
恨み、妬み、嫉妬。
魔王軍の息がかかったもの。
近しい人を魔物に殺された者。
「なぜちやほやされるんだ、妬ましい」
「なぜ私の弟が魔物に襲われているときは助けに来てくれなかったんだ」
「魔王軍に逆らうよりも、取り入った方がマシな人生が送れる」
そんな感情が、たまに存在する。
それはもう、勇者の一行として旅をする限りは、仕方のないことなのだ。
私はそうやって、割り切るしかできなかった。
手の中の水筒を見つめながら、少し暗い気持ちになってしまった。
162: 以下、
ふいに、がさがさと木々が揺れる音がした。
魔物が攻めてきたか。
それとも刺客がまた襲ってきたか。
そう思って、私たちはそちらを振り向いた。
「おぉおぉおぉ! 密猟者かコラァ!?」
「てめぇら誰に断ってこの島に入ったぁ? ぁあん!?」
「俺様にしか収穫できねえマカナの実を荒らしに来やがったか!?」
「ふざけんなコラァ!! しばでゅほぉう!!」
最後は聞き取れなかった。
私が風で飛ばした水筒が、スコーンと男のアゴを打ち抜いたから。
163: 以下、
「すみません、あの、勇者様の一行とはつゆ知らず」
「あ、ぼく、ここで収穫を任されている者です、ええ、チンケな収穫屋です、はい」
「最近入り込む輩が増えてて、ええ、追っ払うのに苦労してまして、ええ」
派手な色の涼しそうな服。
その上にごちゃごちゃと物の入ったチョッキのようなものを着ている。
へらへらと笑う顔は、軽薄そうな印象を受けた。
先ほどの汚い言葉遣いも、無理していたようだ。
「いやあ、もう、お好きに実でもなんでも取ってってもらっても、ええ、ええ」
164: 以下、
「いや、それがな、木の実を見つけられなくて」
「まあ、見た目を知らないっていうのもあるんですがー」
「お前、収穫屋なら実の形を知っているんだろう?」
「私、超ほしいんですよー、魔道士なので」
私たちの訴えを聞いた収穫屋のその男は、にやりと笑って言った。
「マカナの実はっすね、木の上のほうになるんですよ」
「上?」
「そう、すんげー上のほうに。だから誰も彼も怖がって、結局あきらめるんす」
165: 以下、
「上、ねえ」
私たちは上を見上げる。
木々が生い茂っていてあまりよく見えないが、あの上のほうに実があるのだろう。
そりゃあ、見つからないわけだ。
「採ってきましょうか」
そう言って、収穫屋の男はひょいっと木に飛びついた。
「ちょっと待っててくださいね、っと」
そうしてチョッキのポケットから色々と取り出し、上手に木を登っていく。
腰にロープを回し、手にはいつの間にか大きなグローブが着けられている。
ロープをぐいぐいとひねりながら、大して力も込めず、あっという間に上がっていった。
166: 以下、
「ほい、これっすわ」
彼が採ってきたのは、なんとも奇妙な実だった。
赤い実と青い実。
それが連なっている形は、少しさくらんぼに似ていた。
「変な実だな」
「まあ、珍しいですね。これね、同時に食べないと意味ないらしいですよ」
勇者と収穫屋の男は、二人して実の効能や食べ方について話している。
私はというと、木の上を見つめて、あることを企んでいた。
うまくいくだろうか。
でも、ちょっとやってみたい。
167: 以下、
「風、立ち〜、ぬ!」
―――ぶわぁあああっ
私の周りに風が集まる。
足元に渦を巻く。
「いよっ!」
―――ゴォォォォッ!!
それを上方向に爆発させ、私は垂直に空を飛んだ。
「いやぁっ! 気持ちいいっ!!」
木の上のほうまで、あっという間だった。
そして、よく見ると先ほど見た赤と青の実がいくつか見えた。
168: 以下、
「つぶれません、よう、にっ!」
―――ゴォォッ!!
―――シュンッ!!
―――シュンッ!!
小さく鋭く尖らせた風の刃を、実に向かって放つ。
茎を少々切ったくらいでは風の刃の勢いは衰えないから、曲げて曲げて、たくさんの実を狙った。
―――ゴォォッ!!
―――シュンッ!!
―――シュンッ!!
「うふふ、なんだ私、うまいじゃん」
そして、ひゅーっと私は落ちてゆく。
「勇者様! うまく受け止めてくださいね!!」
169: 以下、
「え、なに? なんだって!?」
勇者は慌てている。
隣で収穫屋の男も、おろおろとしている。
「受け止めて! くださいね!」
「お前を!? 実を!?」
「実ですよ実!! 私はちゃんと風で着地しますから!!」
「ああ、まあ、さすがに重くて受け止めきれないしね?」
「バカ!!」
170: 以下、
無事に着地した私は、勇者のもとへ駆け寄った。
「どうですか!? すごいんじゃないですか私!?」
「いっぱい実を採ってきましたよ! しかもかなりのスピードで!」
「褒めて!! 褒めて!!」
べしっ
眉間に掌が来た。
痛くはないが、圧迫感がある。
ペットの気分である。
「わかったわかった、すごいすごい」
「二回言われると嘘っぽいですね」
「ただ、おれに相談してからやれよ」
「むぅ」
171: 以下、
「心配するから」
「……はい」
「あんな高くまで飛んで、ちゃんと着地できる保証はないだろう?」
「や、でも、あの追い剥ぎと同じくらいの高さですし……」
「バカ、危ねえよ」
ちょっと怒られちゃったけれど、マカナの実はたくさんゲットできたし、いいよね?
そう思って横を見ると、あの男はまだぽかんと私たちのことを見ていた。
172: 以下、
「……すごいっすね」
「なんか、勇者様の一行って言っても、たった二人かよ、とか思っちゃったんすけど」
「今の一瞬で、そのすごさの片鱗見せつけられたってか」
「あんな高さまで魔法でひとっ飛びする魔法使いがいるなんて、ってびっくりしたし」
「なんか、関係も、素敵だし」
もごもごと男は私たちを評している。
まあ、要するに褒めてくれているんだろうけど、なんだか歯切れが悪い。
本当は内気で、素直な人なんだろう。
そう思うと、なんだか可愛く見えてきた。
173: 以下、
「収穫屋、これで取り引きといこう」
勇者はそう言って、クリスタルのかけらをじゃらっと取り出した。
「全部はやれないが、少しだけ」
「これで、マカナの実をいくつか譲ってほしい」
「もちろん、もらう分はちゃんと自分たちで採る」
「な?」
私はぶんぶんと頷いた。
「どうだ?」
「どうですか?」
収穫屋は、またも口をぽかんと開けて、反応に困っていた。
174: 以下、
……
「いや、勇者様の一行ってのは、謙虚でもあるんですねえ」
「なんの話だ?」
私はあの後、何回か飛び上がって、マカナの実を切り落としていった。
結構実はたくさんあって、私は切り落とすのが楽しかった。
風の刃のコントロール練習にもなったし。
いいことずくめだ。
「お代がもらえるとは思ってなかったもんで」
「はは、ただでもらっていったら、盗賊と変わらんだろう」
「いや、でも過去には結構、横暴で横柄な勇者もいたって聞きますから」
「じゃあおれたちは、そんなんじゃないって示しながら旅をしないといけないな」
「やあ、伝わりましたよ、ほんと」
175: 以下、
かごいっぱいの実を、私たちは受け取った。
彼は、結局ほんのひとかけらしか、クリスタルを受け取らなかった。
「あ、忠告なんすけど、マカナの実は一日一回だけ、っす」
「二個食べても威力は上がらないっていうか、魔力がしぼんじゃうらしいんで」
「なんか逆境になると、二個食って限界を超えた魔力を! とかいう人が多いんですけど」
「そううまくはいかないらしくって、気を付けてくださいね」
「あと、片方でもだめっす、両方一緒に食ってください」
収穫屋の男は、島で私たちを見送ってくれた。
まだ卸す分を採っていくのだという。
176: 以下、
―――ゴォォォォッ
「なあ」
「はい?」
「おれたちは、勇者の一行として、おごらず、焦らず、胸張って先に進もうぜ」
「ええ、『取り引きだ』って言ってた勇者様、格好良かったですよ」
「だろ?」
「『これはもらっていくぜ、フハハハハ』とか言わなくて、ほんとよかったです」
「だろ?」
177: 以下、
―――ゴォォォォッ
「で、やせ我慢も勇者には必要なわけだが、ちょっと言わせてくれ」
「はあ」
「お前の風、痛い!」
「え」
「おればっか切り刻んでくるから! 行きと違って痛いから!」
「はあ、勇者にはおごりも焦りも禁物、って」
「我慢の限界だから! お前なに涼しい顔してんの!? 勇者をボロボロにしながら空飛んで、なに涼しい顔してんの!?」
「いやあ、ちょっと空飛ぶコツ掴んだかなーって」
「行きの繊細さ思い出して!? いや行きも繊細とは程遠かったけど!?」
178: 以下、
湖のほとりに無事に着いた私たちは……
「おい! 無事じゃねえぞ! 嵐を抜けたみたいにズタズタになってんぞ! 主におれが!」
湖のほとりに無事に着いた私と、なぜかズタズタに切り裂かれた勇者は……
「なぜか、じゃねえよこのタコ!!」
湖のほとりで休んだ後、近くの小さな村を目指して歩いていた。
「今日のダメージ、全部お前からだよ!!」
179: 以下、
もう8月も終わりですね……
夢魔道士ちゃんもつっこみをするようになりました
とりあえず4章まで終わりましたが、引き続きお楽しみいただければ幸いです ノシ
181: 以下、
おつおつ
面白い
183: 以下、
【Ep.5 きんにくと まほうの ファンタジー】
「さて、と」
「次は、あっちですかね?」
収穫屋の男から聞いたところによると、湖の近いところに村があるらしい。
男は基本そこに滞在していて、たまに大きな町にマカナの実を卸しに行くそうだ。
「そういや、あの男はどうやって島に来たんだろうな?」
「え」
「船があるわけでもなし」
「確かに……なにかうまく湖を越えるテクニックがあるんでしょうかね」
実に詳しいこともあるし、もしかしたら魔法が使えるのかもしれない。
水の上を歩いたりする魔法があるのだったら、ぜひ教えてほしいところだが……
「ま、とりあえずは、前向いて進もうぜ」
「そうですね」
184: 以下、
湖からほど近い村を無事に見つけ、宿を決め、私たちは夕食をとっている。
結局町には戻らず、今日はここでゆっくり休んで、このまま西を目指して進むことにした。
今日はほとんど魔物と戦うことはなかったけれど、すごく疲れてしまった気がする。
「あのよ、もし夢を見なければ、どうなるんだろうな?」
「はい?」
「今日もしさ、あえて指輪を使わず寝て、夢を見なかったら」
「はあ……そしたら明日は魔法が使えませんね?」
「じゃなくて、今日の魔法、引き続き使えたり、しないのか?」
「ああ……」
185: 以下、
「試してみましょうか?」
「やったことねえのか」
「ええ、まだ、試したことはないですね」
「いっつも指輪で眠ってたのか?」
「ええ、これ、母の形見なので、手放せません」
ずっと昔から、私の宝物。
母がずっとこれで、私をあやしてくれていたのだ。
どんな子守唄よりも、よく効いた。
「私はずっと、母にこれで眠らせてもらっていましたから」
186: 以下、
「指輪がないと、眠れなかったり?」
「いや、どうでしょうね。うたた寝とかはしたことがありますから、大丈夫だと思いますけど……」
「じゃあ、今日は指輪禁止ってことで」
「はあ、勇者様がそう言うなら、仰せのままに」
もし、どうしても指輪で寝てはいけない状況がきたとしたら、慌てないように。
今まだ余裕があるときに、色々なことを試しておいたほうがいい。
187: 以下、
……
「勇者様」
「なんだ」
「寝れません」
「……え」
「目を閉じているのに、暗いのに、眠いのに、なんだか頭がすっきりして眠れません」
「……」
「子守唄を、歌ってください」
「!?」
188: 以下、
……
「ね、眠れー眠れー眠れー、ベッドの端に寝てはいけなーいー」
「勇者様」
「おう」
「気持ちがこもってません」
「うるさいな! 子守唄なんて歌ったことねえんだよ!」
「もっとこう、幼子を優しくあやすように」
「お前いい年してなに言ってんの!?」
189: 以下、
……
「5人のー子どもーたちー、ひとりがー死んでー、残りはー4人ー」
「怖い」
「そういう歌詞なんだから仕方ないだろ」
「どうして死んだのか気になって眠れませんよ」
「子守唄ってのは少々怖いもんなんだよ!!」
「勇者様、こんな歌で子どものころ眠ってたんですか」
「そうだよ! 悪いかよ!」
190: 以下、
……
「……」スゥスゥ
「……」モヤモヤ
「……」スゥスゥ
「……」イライラ
「……寝れない」
「……」
「……んー」
191: 以下、
……
「おはよ」
「はい、おはようございます」
昨日は結局なかなか眠れなかった。
子守唄を歌っていた勇者は、さっさと寝ていたというのに。
やっぱり私は、指輪の効能がないとうまく眠れないらしい。
それを伝えると、勇者は少し申し訳なさそうな顔をして謝った。
「で、結局、夢は?」
「見ませんでした」
そう、特になんの夢も見なかった。
今までそんなことはなかったので、ちょっと変な気持ちだった。
指輪を使わないと、あんなふうな眠りになるのだと、初めて知った。
192: 以下、
「じゃあ、早外で昨日の魔法を使ってみないか」
簡単な朝食を宿でとった後、勇者は言った。
私としても、その効果を確かめてみたい気持ちが大きかったので、望むところだった。
「あれ」
頭の中で大事なことを探そうとして、うまくいかない。
なにか重要なことを忘れた気がする。
「私、昨日はどんな魔法を使いましたっけ?」
「おいおい、忘れたのかよ、風の魔法だよ」
193: 以下、
風の魔法……
「私はそれで、なにをしたんでしたっけ?」
「おいおい、馬をふっ飛ばしたり、湖を越えたり、マカナの実を切り落としたりしたろ」
「馬を……」
あれ、なんだか記憶がおぼろげになっている。
そんなことをしたような気もするけれど、ずっと前のことのようにも感じる。
馬をふっ飛ばす?
そんな可哀想なことをしたっけ?
194: 以下、
「指輪を使わなかったから、記憶が変になっているのか?」
勇者が心配そうな顔をしている。
「ああ、いえいえ、ご心配なさらず」
「ちゃんと詠唱は覚えていますから」
さあさあ、と勇者を押して、宿を出る。
なんだか少し、いやな予感がしていた。
195: 以下、
……
予想通り、【風立ち〜ぬ】は効果が薄かった。
自然に吹いているそよ風と、大して変わらなかった。
「お、ちょっと涼しいな、さわやかだな」といった程度だった。
「ううむ、前の夢を唱えるのとさして変わらないな」
「これじゃあ使い物にならないですね……」
ということは、今日は使える魔法がない。
あれ、それはまずい。
「ちょっとこのままでは旅に支障をきたしますので、今から寝ます」
「は?」
私は勇者の返事も待たず、指輪を額にかざした。
196: 以下、
―――
――――――
―――――――――
騒がしい酒場。
周りを取り囲む屈強な男たち。
ガヤガヤと話し声が聞こえるが、私たちには伝わらない言語だ。
勇者に向かって、私は手をかざす。
勇者の体が、みるみる大きくなってゆく。
どよめきが起こる。
勇者はゆっくりと腕を振り回す。
ガシャンガシャン!
風景が壊れてゆく。
ガシャンガシャン!
酒瓶が破裂する。椅子が砕け散る。大男が崩れる。
―――――――――
――――――
―――
197: 以下、
「ふはっ」
まぶしい。
朝日がまぶしい。
昨日はこんなに窓を開けて寝たかしら?
「おはようございます、姫」
勇者がうやうやしく礼をする。
「晴天の草原で大口を開けてお眠りになるとは、はしたない」
にやにやとこちらを見ながら、嫌味を言う。
そうか、私、外で二度寝したんだった。
ここはまだ草原のど真ん中だった。
198: 以下、
「一応、夢、見られましたけど……」
「おう」
「なんか、微妙な夢でした」
「?」
まあいいか、と思って、とりあえず脳内で詠唱してみる。
多分、この魔法だと思う。
 千年の眠り。
 ひとかけらの勇気。
 群衆の雄叫び、鉄壁の鎧。
 腹に括った一本の槍。
 時満ち足りて覚醒の遺伝子。
【夢魔法 強くな〜る】
199: 以下、
両手に込めた魔力を、勇者の方に向ける。
「おい、ちょっと」
構わず私は、勇者の腕をめがけて魔力を放つ。
「なに!? これなに!? 痛くない? 大丈夫?」
勇者は時々情けない。
怖がらなくたって、いいのに。
すると、むくむくと勇者の右腕が膨張した。
屈強な海の男も裸足で逃げ出しそうな、立派な筋肉の塊だ。
「気持ち悪くない!? これ気持ち悪くない!? 右腕だけムキムキって気持ち悪くない!?」
200: 以下、
「強化の魔法です」
「こんな限定的な強化なのか!?」
「体全体をムキムキにすることもできますよ?」
「あ、いや、遠慮しようかな」
「まあ、遠慮せずに」
―――ムキムキィ!!
「ぎゃあああああああああああああああああああああああああああ」
201: 以下、
……
「そんな、情けない顔しないでくださいよ」
「……」
「これならどんな相手が来ても、筋力で解決できますよ?」
「勇者って感じがしない……」
「泣き言を言わないでください、ほら、胸を張って」
「故郷に帰ってもきっと気づいてもらえない……」
「大丈夫ですって、多分」
202: 以下、
しばらくたつと、効果が切れるのが分かった。
およそ10分くらいだろうか。
心底ほっとしたような勇者の顔。
ずっとあの姿だと思ったようだ。そうならなくて、よかった。
「さあ、今日はたくさん魔物を狩りましょうね!」
びくっと、勇者がこちらを見る。
「さあさあ、今日はパワーみなぎる戦いができますからね! 爽快ですよ、きっと!」
不安いっぱいな顔で、こちらを見ている。
203: 以下、
明日はムキムキな勇者が猛威を振るいます ノシ
205: 以下、
……
「後ろ!! まだ魔物がいますよ!!」
―――ぶぅん
―――グシャッ!
「上!! まだ狙っていますよ!!」
―――ぶぅん
―――グシャッ!
206: 以下、
今日は剣がいらない。
勇者が腕を振り回せば、それで魔物は砕け散るからだ。
鎧もいらない。
あの肉体には邪魔だからだ。
私はただ、効果が切れるたびにドーピングのように魔法をかける。
そして、敵がどこにいるのかを指示すればよかった。
「弱点はしっぽみたいですよ! 後ろに回り込んで!」
「そんな細かい芸当できねえよ!!」
―――ぶぅん
―――グチャアッ
「うえ、グロッ」
207: 以下、
「なあ、強化魔法ってことは、耐久力を上げたりもできるのか?」
「耐久力……ですか」
それは考えていなかった。
だけど、面白いかもしれない。
私はイメージを変えながら、脳内詠唱を行う。
「強くな〜る!!」
―――カチーンッ!!
208: 以下、
「……」
「……」
「……動けます?」
「……」
「動けないんですか?」
「……」
べしっべしっ
「痛いですか?」
「……」
カキンッ
「石でも痛くないですか?」
「……」
「……呼吸できてますか?」
「……」
209: 以下、
……
「耐久力はだめだ」
「だめですね、使いどころがちょっと思いつきませんね」
「お前、ちょっと好き勝手やりすぎじゃねえか、おい」
「いえ、その、耐久力を試すために、はい」
他にも脚力とか、判断力とか、いろいろ試してみたものの、結局一番有用なのは筋力だということが分かった。
勇者はいやそうな顔をしていたけど、これが一番強いのだから、仕方ない。
夕暮れまで、魔物狩りは続いた。
210: 以下、
村の周辺の魔物を一通り狩り終え、私たちは酒場でゆっくり休んでいた。
私も勇者も、なんだかんだでお酒は好きだった。
狩った魔物の骨や皮は、あまりお金にならなかったが、それでもしばらく困らないくらいの蓄えはできた。
「もう少しうまいこと素材を残してくれないと、だめじゃないですか」
「難しいんだよ、原形を留めたまま殺すってことが」
穏やかじゃないセリフだ。
勇者の言う通り、あの筋肉の破壊力はすさまじく、最初は粉々に魔物を粉砕してしまっていた。
魔物の数を減らすことはできるが、それでは素材が売れない。
「もう少し強敵が現れた時に使いたかったもんだな」
私が自在に夢を見られるようになれば、今日の魔法はなかなか役に立つかもしれない。
それくらい、強力だった。
211: 以下、
「ここからは西へずっと進む旅になる」
「山を二つほど越えて、大きな魔の森を抜けて……」
「そうすればこの大陸の端の方に、大きな王都がある」
「王都なら、魔王の情報も集まるだろうし、魔法の手練れもいるだろう」
「え、私、用済みですか!?」
私は驚いて言った。
魔法の手練れ!?
まさかここにきてパーティーの変更!?
「バカ、お前の魔法の役に立つようなことを、教えてもらえるかも、ってことだよ」
なんだ……
ちょっとびっくりした。
「勇者の一行が、そんな自信のないようなことを言うんじゃねえよ」
212: 以下、
ガタンッ!
「勇者の一行だぁ!?」
その時だった。
近くにいたガラの悪そうな男たちが、「勇者」という言葉に反応した。
「なんだなんだ、テメエ勇者様かよぉ、おぉ!?」
とたんに取り囲まれる。
なんだか雰囲気が悪い。
周りの客たちも、怯えながらこちらをうかがっている。
いつの間にか、周りは静かになっていた。
213: 以下、
「テメエ、勇者を名乗ってるってことは、王に認められて旅してるってことだよなあ?」
「ああ、そうだ」
勇者は落ち着いた顔で、応対している。
私はおろおろしながら、このガラの悪い男の言葉を聞いていた。
「世界を救うんだよな? 魔物を退治してくれるんだよな?」
「ああ、そのつもりだ」
ぐびり、とグラスの酒をあおる。
「それがどうか気に障ったのか?」
あくまで勇者は落ち着いている。
214: 以下、
―――ガチャン!!
勇者のグラスが叩き落された。
「ずいぶんと酒が好きなようだな、ええ?」
「おれの店が魔物に襲われてるときも、優雅に酒を飲んでたのかい、ええ!?」
「なんの話だ?」
言いがかりだ。
勇者が酒を飲んではいけないのだろうか。
215: 以下、
「おれたちがこの村に着いた時、魔物などいなかった」
「今日、おれたちはこの周辺の魔物をあらかた退治した」
「おれが酒を飲むのは疲れを癒すためだ。あんたみたいにべろべろに絡むほど、酔っちゃいない」
勇者はあくまでも冷静だ。
酒に飲まれてもいない。
淡々と男に説明をしている。
しかし、相手は酒をしこたま飲んだ後のようで、余計に逆上させてしまったようだった。
216: 以下、
「うるっせえんだよ!! そんな貧相なナリで、なあにが勇者だコラァ!!」
―――ガシャアン!!
「肝心な時に助けてもくれねえくせに、余裕ぶって酒飲んでんじゃねえぞ!!」
―――ガタン!!
―――パリィン!!
男が暴れだした。
周りの奴らの中にも、同調している者がいる。
きっと魔物の被害に遭った人たちなんだろう。
そう思うと、可哀想な気もする。
だけど、勇者が責められる筋合いは、ない。
私は、少し酒に酔った頭で、ちょっと勢い余って、脳内詠唱を終えていた。
「強く……な……る……!」
―――ムキムキィ!!
「うわあああああああああああああああ、化け物だあああああああああああああああ」
217: 以下、
「店のものを壊すんじゃねえ!!」
「静かに飲んでる客にも店にも、迷惑だろうがあ!!」
「お前のやってることは、魔物と同じじゃねえか!!」
上半身が異常に発達した勇者が、説教を垂れている。
暴力は振るわない。
そこは偉い。
だけど、この筋肉に見下ろされたら、とてつもない圧力だろう。
「あ、ああ……あああ……」
さんざん罵倒していた男たちも、少し気圧されたようだった。
椅子に座りこむ者や、離れていく者もいた。
218: 以下、
私はふと、夢の中身を思い出していた。
なんだろう。
なにか違和感があった。
あの夢の中で、酒瓶が割れていなかったか?
なぜ割れた?
勇者が腕を振り回したから?
いや、なにもしていなかったのに、破裂したように割れたんじゃなかったか?
219: 以下、
そういえば、夢の中では椅子も壊れていた。
男たちも、勇者に触れる前に崩れ落ちていた。
もしかしてあれも、魔法だったんじゃないだろうか。
気づかないまま、二種類の夢を見ていたんじゃないだろうか。
だとしたら、あの夢は……
私はこの思いつきを確かめるべく、もう一つの魔法を試してみることにした。
 千年の眠り。
 ひとかけらの恐怖。
 罵倒と罵声、削られる精神。
 張りつめた糸の千切れる音。
 時満ち足りて崩れ落ちる背骨。
【夢魔法 弱くな〜る】
220: 以下、
―――ガタァン!!
男の座っていた椅子の足が、砕けた。
―――パリィン!!
棚に置かれていただけの酒瓶が、中身の酒の圧力に負けて砕け散った。
「あはは、こういうことだったんだ」
私は魔力を頑張ってコントロールし、男たちの戦意を喪失させていった。
椅子の足を弱らせて壊し、男たちの足を弱らせてへたり込ませた。
「うふふふふ、勇者様にいちゃもんをつけるならず者は、私が成敗して差し上げますわ」
両手を広げ、男たちの前に立ちふさがる。
なめられてたまるか。
酔っ払いにバカにされたままじゃおさまらない。
221: 以下、
「あなた、さっき散々勇者様のことをバカにしてくれましたよね?」
「ひ、ひぃ」
「お酒に酔っていたとはいえ、まるで勇者様があなたのお店を壊したかのような言いがかり」
「……」
「楽しく飲んでいた人もいるだろうに、気分が悪いったらありゃあしませんわ」
私も酒が回ってきているようだ。
いつもより饒舌だ。
勇者もムキムキの体でにらみを利かせている。
222: 以下、
「あなたには、ちょっとお仕置きが必要ですね」
「ひ、ひぃ、勘弁してくれ、おれが悪かった……」
「うふふふ、弱くな〜る!!」
私は満面の笑みで、魔力を男に放った。
人間に向かって魔法を放つというのはあまり気持ちの良いことではないけれど、私の勢いは止まらなかった。
「ひぃぃぃぃぃぃぃぃっ!!」
―――バタァン!
男は床に寝転がってしまった。
少し心が痛むが、まあ、この場をおさめるためには仕方ない、と思わなくては。
223: 以下、
「なにしたんだ?」
勇者が少し不安げにこちらに問いかけてくる。
まだ魔法が解けていないので、なんだかアンバランスだ。
「お酒に、弱くなってもらいました♪」
「はあ、なるほどね」
すでに摂取した酒で、ぶっ倒れてしまったというわけだ。
しかし、酒場はすっかり白けてしまった。
もう、私たちに文句を言ってくるものはいなかった。
一番絡んできた男は伸びているし、他の人たちは酔いが醒めてしまったようだった。
マスターに、割ってしまった酒瓶や壊してしまった椅子の弁償代を払った後、私たちは宿に戻った。
227: 以下、
……
宿で私たちは、興奮気味に語り合った。
「ちょっと重要だと思うんですよ、これ」
「ああ、そうだな」
「初めてですもん、二つの種類の夢を見るってことが」
「あれが二種類と言えるのかは微妙なところだが、確かにどちらもちゃんと効果があったな」
「ええ、強化魔法と弱体化魔法という、まあセットのような感じですが」
「それなら、炎と氷の魔法を同時に夢に見るということも、ありえなくはない、と」
「ええ、その調子で複数の夢が見られれば……」
「確かに前進しているぞ、おれたち」
「ええ!」
228: 以下、
もしかしたら、このケースだけかもしれない。
だけど、二種類の魔法がちゃんと使えた。
その事実は、私たちを勇気づけた。
「でも、すみません、夢を見たときは、それが二種類だなんて気づかなかったんです」
「まあ、そういうこともあるさ」
ほろ酔いの気分も相まって、私たちはずっとお喋りをしながら過ごした。
229: 以下、
「お前の夢の中ってのは、どんな世界なんだ?」
勇者は、あまり夢を見ることがないらしい。
しかも、夢を見たはずなのに起きたら覚えてないことがよくあるらしい。
私からしたら、「夢を見ない日がある」なんてことがまず驚きなのに。
私は、覚えている限り、夢の中のことを教えてあげた。
「まずですね、色がおかしいんですよ」
「本来黄色のはずのものが、夢の中では緑色だったり」
「それから、色があんまり鮮やかじゃなかったりするんです」
「灰色とか、なんか薄暗い感じの色のときが多いですね」
「そうそう、この指輪も、そうですね」
「指輪がどうしたんだ?」
230: 以下、
「この指輪のクリスタル、緑色をしてるじゃないですか」
「だけど、夢の中では、必ず赤色に光るんです」
だから、私は夢の中のことを覚えておけるのだ。
だから、私は夢か現実か、わからなくなったりしないのだ。
「それがお前の道標になっているってわけか」
勇者が感心したように言う。
「ええ、赤色に光っているのを見ると、ああ、私は今夢の中にいるんだな、ってわかるんです」
231: 以下、
「あと、普通に考えたらありえないことも、夢の中では変に感じなかったり、しますね」
「ん? 例えば?」
「そうですねえ、町中を歩いているのに服を着ていなかったり?」
「ほお」
「実は知らない人が、知っている人として登場したり?」
「へえ」
「目が覚めた後考えると、なんで違和感を感じなかったんだろうってことも、平気で信じてたりするんですよ」
「そういうもんか」
232: 以下、
「一回さ、おれもそれで眠ってみたいんだけど」
なんか勇者が変なことを言い出した。
「もしかしたら、おれも夢で見た内容を、魔法で使えるかもしれないし」
「だから、さ、今日だけ、ちょっと一回」
少年のように期待に満ちた目。
キラキラと輝く目。
酒場でガラの悪い男どもににらみを利かせていたのと同じ人だとは思えない。
「仕方ないですねえ……」
233: 以下、
「じゃあ、えっと、目を瞑ってください」
「お、おう」
「で、もうコロッと寝るので、ベッドに寄りかかる感じで」
「お、おう、ちょっと緊張するな」
「さ、いきますよー」
勇者の額に、指輪をかざす。
とろんと、勇者の表情が緩む。
「おやすみなさーい」
指輪で誰かを眠らせるなんて、初めてね。
私もすぐに寝床に入り、指輪を額にかざした。
234: 以下、
……
「おっはよう!」
「お、おはようございます」
なんだか勇者のテンションがおかしい。
いまだかつてこんなことがあっただろうか。
「夢! 見たぞ! 面白かった!」
ああ、それでテンションが高いんですねえ。
「お前の体をムッキムキのバッキバキに鍛え上げる魔法だった!!」
「え?」
「あれ、【強くな〜る】だよな? だよな? 詠唱方法を教えてくれ!」
「え?」
235: 以下、
「ほら、ほらほら、詠唱方法とさ、魔力の練り上げ方を、さ」
「いやです!! 絶対嫌です!!」
「なんでだよ、今日はお前が魔物どもを砕け散らす番だぞ!!」
「絶対嫌ですー!!」
「腕を振り回すだけでいいんだぞ!!」
「無理っ!! むーりー!! 私だって乙女なんですからね!!」
絶対に教えるもんかと、私は宿の中を逃げ回った。
満面の笑みで追いかけてくる勇者は、とても怖かった。
236: 以下、
【強くな〜る】と【弱くな〜る】は、それからあまり夢に見る機会がなかったけれど、使い方によっては強力な魔法となりそうだった。
勇者はムキムキになることを少し嫌がっていたけれど、いざとなればとても強い。
私のコントロール次第では、様々なものをピンポイントで壊したり弱らせたりすることができる。
「魔王を金属アレルギーにしてしまえば、おれの一撃で倒せるな」
「旅の終わりがそんなんでいいんですか勇者様!」
「酒場の男を『酒に弱く』できたんだから、魔王を金属に弱く……」
「それをほいほいと食らってくれる保証はありません!」
「いっそ『酸素に弱く』してしまえば、陸に上がった魚のようにのたうち回るだろうか」
「口パクパクしてる魔王も情けなくて見たくありません!」
237: 以下、
……
それからしばらく、平凡な旅が続いた。
大きなけがもなく、集落や村をつなぐように歩き、大陸を少しずつ移動していった。
私の魔法は順調に使えていたし、少しずつコントロールも褒められるようになっていった。
威力はもともと勇者も褒めてくれていたが、私も満足できる手応えが時々あって、嬉しくなった。
小さな町で杖を買ってもらったものの、特に使わないものだから「無駄遣いだったな」と勇者に呆れられたりした。
装備品が使い込まれてきて、そろそろ新しい鎧がほしいな、なんて勇者がこぼしていたころ。
いやな夢を見た。
241: 以下、
【Ep.6 ふたたび くろいりゅうのしれん】
いやな夢を見た。
現実に起こってほしくない夢。
でも、今までこの指輪を使って見た夢で、現実に起こらなかったことがあっただろうか。
……覚えていないけど、多分ない。
……夢に見たことは、すべて現実になった。
「おはよ」
勇者が眠そうな顔を見せる。
「おはようございます、勇者様」
私はうまく笑えただろうか。
それが少し心配だ。
242: 以下、
「今日はどこへ?」
「お前、昨日の話を聞いてなかったのか?」
勇者に呆れた顔を向けられる。
昨日、なんて話していたっけ。
今日はどこに行くって決めていたっけ。
「『龍の巣』だろ」
「あ、ああ、そうでしたそうでした」
良質な鎧を作るためには、強い龍のうろこが必要だ。
それもとびっきり硬くて新しい、うろこ。
243: 以下、
「世界を救う勇者様」の装備としては、今の鎧は不十分だ。
確かに軽くて動きやすいかもしれないが、それでは魔物や魔王の強力な攻撃に耐えられない。
魔法にも、打撃にも、十分耐えうる装備が必要だ。
だけど、昨日の夢を思い出すと、気が進まない。
明日ではだめだろうか。
「なにを言ってるんだ、おれたちにそんな余裕はない」
ですよね。
「一日も早く、民を魔王の恐怖から、魔王の支配から、救わなくてはいけない」
ですよね。
至極真っ当なご意見。
勇者は私の心配なんて紙切れほども感じず、やる気に満ち溢れた瞳で語る。
仕方ない。
行くしかない。
244: 以下、
チリンチリン
山道に、滑稽な音が響く。
チリンチリン
「緊張感のない音だな」
「そうですね」
「もうちょっと静かに歩け」
「でもそれだと、龍が出てこないかもしれませんよ?」
龍を引き寄せるおまじないだそうだ。
どれだけ効果があるかは知らないが、この山で龍と戦いたいという命知らずは、みなこの鈴を買っていくそうだ。
「雑貨屋のおばちゃんに担がれたかな」
「そうかもしれませんね」
245: 以下、
昨日着いた村では、村人は龍の被害に困っていた。
他の町に行くために山道を通るときは、集団で行くか、用心棒を雇うかしないといけない。
ただでさえ山に囲まれた村で移動に困るのに、さらに龍に怯えなければいけないようだった。
幸い優秀な鎧職人がいたので、龍を倒してうろこを取ってきたら、鎧を作ってもらう約束を取り付けておいた。
しかし、村人はみんな「そう言って、みんなやられて帰ってくるんだよなあ」とでも言いたげだった。
宿屋の主人も、酒場ののんべえも、掃き掃除をしていた女性も、みんなそんな目で見た。
悔しいので見返したい。
そういう思いが少しあるのは致し方ない。
でも……昨日見た夢は、私を憂鬱にさせた。
246: 以下、
「龍に効果的な攻撃は」
勇者が問いかけてくる。
質問というよりも、確認といった感じだった。
「まずしっぽですね。ここの龍はしっぽに毒があったり棘があったりするらしいですから」
「斬り落とせるかな」
「うろこの生え際を、根元に向かって斬りつけ続ければ、おそらく」
「で、次は」
「目ですね。龍は嗅覚も鋭いですが、目に頼ることが多いので」
「目くらまし、か」
頼りにしてるぞ、とでも言うように、勇者はポン、と私の頭を撫でた。
私はローブの内側に仕込んである、閃光玉をぎゅっと握りしめた。
今日は魔法に、あまり頼れない。
だけど、それは言えない。
247: 以下、
「お、ちっちゃいのが出たぞ!」
勇者の声に顔を上げると、二匹の小さな龍が木々の隙間から現れたところだった。
翼はないが、鋭い爪と牙を持っているようだ。
しっぽも大きい。
「下がってろ、これくらいならおれ一人で」
そう言うが早いか、勇者は体勢を低くし、剣を抜いた。
二匹の龍も首を低くして構えている。
しばらく睨みあった後、先に動いたのは龍だった。
248: 以下、
ヒュンッ
龍の振る大きなしっぽが、空を切る。
ヒュンッ ヒュンッ
小さいながらも棘がついていて、当たると痛そうだ。
筋肉も発達していて、並の人間ではとても力で敵わないだろう。
勇者は機敏な動きでしっぽによる攻撃を避けながら、剣で首を裂く機会をうかがっている。
「がんばれ! 勇者様!」
私の声援は、チリンチリンという鈴の音とともに、木々に吸い込まれていった。
249: 以下、
「その鈴、やっぱり緊張感がないな」
「ですよね」
小さな龍を見事倒した勇者に、私は駆け寄った。
「でも、お見事です。なんにも心配いりませんね」
「お前に心配されるとは、な」
「あ、いえ、別に……」
心配なのは確かだ。
だけど、それは口にするべきではなかった。
私は無事に今日の冒険を終えたい。
勇者の傷つく姿なんて、できれば見たくない。
250: 以下、
「お前、今日はどんな魔法が使えるんだ?」
「……言えません」
「え?」
私は立ち止った。
勇者も立ち止まった。
「昨日、夢を見なかったのか?」
「いえ、見ました」
「じゃあ、言えないって、どういうことだ?」
251: 以下、
「……」
「あれか、今まで以上に魔法名が変なのか」
「違います、失礼な」
「使いどころがない魔法なのか?」
「……」
「当たりか」
私は沈黙した。
それを肯定と受け取った勇者は、またくるりと向きを変えて歩き出した。
近い、かもしれない。
使わなくていいなら、それに越したことはない。
あんな場面を見なくて済む。
でも、その代わり、今日の私は魔法がなにも使えない。
252: 以下、
「指輪でもう一度眠って、リセットするってのは?」
「……」
「試したのか?」
「……一応」
「リセットできなかったのか」
「……はい」
そうなのだ。
いやな夢だから、実現してほしくない夢だから、もう一度眠ったのだ。
だけど、全く同じ夢を見た。
なにも変わらなかった。
変えられなかった。
253: 以下、
「まあ、そんな日もあるだろうとは思ってたよ」
勇者は私に背を向け、歩き出した。
そのまま、気楽そうに話を続けている。
「なにしろ夢に頼るんだからな、まだお前は自在に夢を見れないってわけだ」
「だったらこれから少しずつ、理想の夢を見られるように訓練していかなくちゃならない」
「おれ自身も、お前が使える魔法がなんであれ、同じように魔物を倒せるようにならなくちゃならない」
「強い鎧を作るってのは、そのためにも必要だしな」
勇者は一方的に話している。
でも、私は気づいた。
彼は私を励ましてくれているんだと。
「昨日見た夢の魔法がしょうもなかったからへこんでいる私」を励まそうとしているのだと。
254: 以下、
そんな彼に、なにも言わないのは卑怯じゃないか。
長く旅するパートナーに対して不誠実ではないか。
「あの、実は」
一人で悩まずに、ぶちまけるのもありだ。
勇者なら、きっと聞いてくれるのではないだろうか。
そう思って口を開いた瞬間、世界が黒く塗りつぶされた。
―――ズンッ
上からとてつもない圧力を感じた。
意味不明な音も聞こえた気がした。
しかしそれよりも、黒い雨が降ったように目の前が醜く汚れたことで、視界を奪われてしまった。
なにが起こった?
255: 以下、
キィィィィイイイイ―――
ィィィィイイイイイ―――
ノイズが脳を刺激する。
聞いたことはないが、これは龍の威嚇音ではないか。
勇者はどこだ。
龍はどこだ。
ィィィィイイイイン―――
ふいに音が止んだ。
視界が明るくなった。
黒くて大きな龍が目の前にいた。
256: 以下、
この龍が先ほどの音を……
いや、音だけじゃない。
視界を奪った黒い雨も、体に感じた圧力も、この龍のせいだ。
勝てない。
今の私たちでは勝てない。
「ゆ、勇者様、逃げましょう」
私はぶるぶる震える膝をかばいながら、そう話しかけた。
勇者に。
……勇者に?
……勇者はどこだ?
「下がってろ」って言いながら、私を守ってくれるはずの勇者はどこにいる?
まさか、龍の足元に転がっている赤黒い肉片が勇者なわけがない。
そんなわけがない。
259: 以下、
「うああああああああああああああああああああああああああああっ!!!!」
私は声の限りに叫んだ。
チリンチリン、と場違いな鈴の音が響いた。
「ゆ、勇者……様……ぁぁぁぁぁぁぁぁぁあああああああああああああああああ」
私は叫びながら、昨日の夢を呪った。
やっぱり現実になるんじゃないか。
どんなに避けたいことも、夢に見れば必ず起こる。
小さな頃からそうだったじゃないか。
だから私はまだ大人になれないのだ。
こんな単純明快な等式が、いまだに受け入れられないのだから。
260: 以下、
 千年の眠り。
 ひとすくいの憂鬱。
 現象から目を背け、神の理を嗤う。
 引き千切れる現実、塗り替えられる虚偽の壁。
 時満ち足りて混沌の時流。
【夢魔法 巻き戻〜す】
世界がうねる。
振動が音をかき消し、時間が巻き戻っていく。
私は涙に濡れた目で、勇者が立ち上がるのを見た。
それから黒い雨が地面から立ち上るのを。
龍が空へ吸い込まれていくのを。
その瞬間、力を抜いた。
261: 以下、
「勇者様、私のそばへ!!」
私は力いっぱい叫ぶと、勇者の前へ躍り出た。
そして、空を見据える。
「え?」
勇者は呆けているが、私の迫力に押されたのか、同じように空を見上げたようだ。
「なんだ? あれ」
「黒い龍が来ます!! 剣を空へ向けて!!」
その瞬間、真上から圧力が、そして再び黒い雨が降り注ぐ。
私はローブで、私の体と、勇者の体を雨から隠した。
262: 以下、
―――ズンッ
圧力はあるが、ローブと剣のおかげで威力は削れているようだ。
さっきのような圧倒的絶望感は少ない。
不意打ちだったから。
勇者が一撃でやられてしまったから。
実力差があると思い込んでしまったから。
だからあんなにも、及び腰になったのだ。
だけど、まともにやりあえば互角に戦えるはずだ。
私も勇者も、ここまで強くなってきたのだから。
もう二度と、あんな絶望はしたくない。してはいけない。
こんな龍ごときに、後れを取っている場合じゃない!!
263: 以下、
びりびりとした圧力が止むと、ローブの裾から見える龍を確認し、すぐに勇者へ指示を出した。
「まずしっぽです! 目は私が閃光玉でくらませますから、とにかく斬りかかって!!」
「あ、ああ」
私はローブを翻すと、黒龍の右手に走り込んだ。
木々に身を隠さなければ、すぐにしっぽにやられてしまう。
私はロープを使い、身軽に木の上へ這い上がった。
あの収穫屋の男の真似事だ。だけど、それなりに様になっているのじゃないだろうか。
チリンチリン
ああ、もう、うるさいなこの鈴は!!
勇者は黒龍と対峙している。
龍の注意は私にも向けられているだろうが、やるなら序盤しかない。
私は閃光玉を取り出し、手のひらに魔力を込め、投げつけた。
264: 以下、
「勇者様、目をつぶって!!」
―――ボンッ
龍の目の前で弾けた玉は、強い光を放ち、目を射し、しばらく視力を奪うはずだ。
その間に勇者が斬りつけてくれれば、勝機はある。
と、勇者が叫ぶ声が聞こえた。
「言うの遅いんだよ、バカ!!」
「え、まさか勇者様、食らったんですか!?」
「食らうわけないだろ、バカ!!」
「バカバカ言わないでください! それよりも早く、しっぽ!」
「わかってるよ!!」
265: 以下、
目の見えなくなった龍が、おとなしくしている保証などない。
むしろ怒って暴れだす。
そしてその怒りは、しっぽによって表現されることがほとんどだ。
―――ガキィン!!
「かってえ!!」
―――ガキンッ
―――ガキィンッ!!
「おら!! 斬れろ、ボケ!!」
―――ガキィン!!
勇者が、およそ勇者らしくない乱暴な口調でしっぽを相手に格闘している。
私は、閃光玉によって目が見えない。
でも、音でわかるのだ。
もうすぐ、斬れる。
266: 以下、
―――ザシュッ!!
―――ドスゥン!!
しっぽが斬り落とされる音がした。
キィィィィィィィイイイイイイイ―――
ィィィィィィイイイイイイインン―――
苦しんでいるような声。
周りの木々に体が当たるような音。
「勇者様! 次は目です!」
「目は閃光玉で奪えているだろう!?」
「でも、もうすぐ復活しちゃいますよ!!」
「なんでわかるんだよ、そんなことが!!」
「だって、私、ちょっと目が見えるようになってきましたから!!」
「バカ!! おま、ほんとお前バカ!!」
267: 以下、
ズブッ、といやな音がして、龍の鳴き声が一層激しくなった。
勇者の剣が龍の目を奪ったのだろう。
これでいける、と思ったが、現実はそう甘くなかった。
―――ズズゥン……
少し見えるようになった私の目がとらえたのは、私のほうに倒れてくる黒い龍だった。
うろこが間近に見えた。
このうろこなら、きっといい鎧が作れる。
―――ズズゥン……
268: 以下、
「おい!! 目を覚ませ!! おい!!」
勇者の声が聞こえる。
頭がガンガンする。
「おい!! しっかりしろ!! おいって!!」
右肩に勇者の温もりを感じる。
抱き寄せられているようだ。
うふふ、勇者ったら大胆なんだから……
「おい!! 起きてるんだろ!! 変な顔でにやけてないで起きろったら!!」
失礼な。
起きますよ、はいはい、起きればいいんでしょう?
269: 以下、
「おい、大丈夫か!?」
「大丈夫ですよう、大きな声出さないでください」
「で、でも」
「それより、龍は倒せたんですか? まさか、まだなのに悠長に私を抱きしめているんじゃないでしょうね?」
「なんでお前そんな偉そうなんだよ、それより足見ろバカ」
「足?」
私の足は、龍のうろこで切れたのか、ズッタズタだった。
一切ローブで防げてない。
もうズッタズタのボッロボロだった。
270: 以下、
「い、いいい痛い!! 痛い痛い痛い!! 私のきれいな足が!! 足があああああ!!」
「ほ、ほら全然大丈夫じゃねえじゃねえか! どうすんだよ! 泉の水くらいじゃ……」
「ああああがががががが、痛い痛い痛い!! 勇者様、手を握っててくださいぃぃ!!」
「は? なんで手を?」
「い、いいから早く!!」
「あ、ああ」
私は差し出された右手を左手で強く握り、頭の中で必死に詠唱した。
「ま……巻き戻〜す……うぅっ」
271: 以下、
私の足を汚していた血は、空に消えていく。
深く足を傷つけていた傷は、小さくなっていく。
「ああ……よかった、私のきれいな足♪」
「なんだ、今の」
「あ、時空魔法の【巻き戻〜す】です」
「それが、昨日見た夢の魔法か?」
「あ、ええ」
「なんでこれが、言えなかったんだ?」
「そ、それは……ですね……」
272: 以下、
私は正直に話をした。
夢の中で勇者がバラバラに殺されてしまったこと。
その事実を巻き戻す魔法で、救うこと。
だけどそれを素直に伝えて、勇者に嫌な思いをさせたくなかったこと。
もしかしたら、魔法を使わずに済むかもしれない、と望んだこと。
「じゃあおれは、一回あいつにやられたわけか」
勇者は難しそうな顔で考え込み、小さくつぶやいた。
「やっぱり、おれはまだまだ弱いな」
273: 以下、
弱い?
聞き間違いだろうか。
ほとんど独力で龍を倒したじゃないか。
「いえ、そんな、だって黒龍を見事に倒したじゃ……」
「いや、そういうことじゃなくてさ」
勇者は、難しそうな、恥ずかしそうな、妙な表情のまま言った。
「お前との信頼関係を、まだ築けていないことが、だよ」
274: 以下、
「夢の内容を、おれに言えなかったわけだろ」
「旅を共にするパートナーなら、それがなんであれ、旅に関係することはすべて共有するべきだ」
「おれも茶化したりせずに、まじめに考えるべきだった」
「だから……まだまだ弱いな、と、そう思ったんだ」
勇者はつらつらと、恥ずかしいセリフを吐いた。
私は赤面して、目を逸らせた。
「お供」の立場の私が、勇者に気を遣わせてどうするんだ。
自己嫌悪に陥りながら、「私の自己嫌悪は、龍絡みが多いな」と思った。
275: 以下、
「できるだけ茶化さないようにするよ、だから、不安な点も、なんでも言ってくれ」
「わかりました」
「おれも、お前の魔法なしでは龍を倒せなかった、だから……」
「わかりました、勇者様、早ですね」
「あん?」
「魔力を結構消費しましたのでお腹が空きました」
「……」
「お腹が」
「お腹が、ね」
そのときタイミングよく、ぐぅっと、盛大な腹の虫が鳴いた。
276: 以下、
勇者は私の腹の音を聞いて笑ったあと、倒した黒龍から柔らかそうなところを切り出し、焼いてくれた。
香草とか、塩とか胡椒とか、便利そうなものをいっぱい持っていた。
めっちゃくちゃ、おいしそうだった。
「そういえば野外で飯を食うことは少なかったな」
「簡単なパンとかばっかりでしたよね」
「魔物や動物を食うこともあるかもな、と思っていつも持ってたんだよ」
「便利すぎます! 尊敬します!」
「さあて、いい感じに焼けたぞ」
「うぉぉほほほほ、涎が出ます」
「がっつくな、こら」
せえの、で、「いただきます」の声が高らかに響いた。
281: 以下、
龍の香草焼きを食べながら、二人で今後のことを相談した。
もしまだ何回も【巻き戻〜す】が使えるのなら、ここらの龍を倒しまくるべきではないか。
この山道を通る人たちは、常に龍の恐怖に怯えているのだ。
龍は繁殖が遅いようだから、絶対数を今日のうちに減らしてしまえば。
そうすればしばらくは、龍に怯えることなくこの道を通ることができるんじゃないか、と。
この一帯の人たちの安全のためでもあるが、それは私のためでもあった。
私はどれくらい魔法を使い続けられるのか。
お腹が減っても疲労が溜まっても、使い続けられるのか。
【神鳴〜る】を使ったときも、へとへとにはなったが、多分まだ威力は落ちていなかった。
「ただ今回の場合、試してみて使えなかったらやばいんだけどな」
「勇者様が肉片のまま明日を迎えるのは嫌です!」
「縁起でもないことを言うなよ」
「実際に起こったんですから!!」
282: 以下、
「まあ、限界でなくても『ここまでなら大丈夫』という指標はほしいな」
「今後のために、ですね」
私たちはお腹いっぱいになった後、龍のうろこのうち特にいい感じのを剥いで、茂みに隠しておいた。
それから爪、牙、ひげも。龍の体は優れた素材に溢れている。
倒れている龍はそのままにして(ついでにお肉も一部もらっておいた)、さらに山道を進んだ。
チリンチリン!!
景気良く、鈴を鳴らして。
チリンチリン!!
今回は勇者も、「静かに歩け」とは文句を言わなかった。
283: 以下、
……
結局、私の【巻き戻〜す】は夕暮れまで使っても威力が落ちなかった。
私は疲弊しきっていたし、3回ほど使ったあたりから腹の虫が泣きわめいていたけれど。
都合3回の大きな傷と、1回の死亡と、1回の私のケガと、2回の竜のパワーアップを巻き戻した。
時間が巻き戻せるのなら、と勇者はいつもより無茶な戦い方をしていたように思う。
「聞いてねえよ、翼を斬り落としたらキレてパワーアップするなんて」
「あれは単なるきっかけだったんじゃないでしょうか。どこ斬ってもキレてましたよ」
「1回目は覚えてないからいいけど、じっくり死ぬのは怖かった」
284: 以下、
「私がもっと早く巻き戻すべきでしたね……」
「血がどくどく流れてさ、目がかすむのって、怖いな」
「すみません……」
「でもそのおかげで、ほれ」
私たちの前に、累々と積み上がる、大小さまざまな龍たちの死骸。
この山道に、こんなにいたのかと思うほどの、龍たちの死骸。
「ちょっとやりすぎたか」
「ちょっとやりすぎましたかね」
285: 以下、
木を組んで作った「いかだ」で、ずるずると龍の素材を引きずり、私たちは村へ戻った。
とても大きくて多くて、なかなか大変だったが、これで勇者の鎧ができると思えば苦ではなかった。
「あっ」
ずるっと足を滑らせ、私は転んでしまった。
「おいおい、疲れがたまってるのか?」
勇者は優しく手を差し伸べてくれた。
もともと口が悪いときはあったが、優しい人なのだ。
手を握って立ち上がったとき、私は少し意地悪なことを思いついた。
「ありがとうございます、勇者様。優しいんですね♪」
そう言って、顔を寄せた。
286: 以下、
「ん?」
戸惑う勇者に、チュッと口づけをしてやった。
「……は?」
「えへへへ、お礼です」
「……は? え? なに?」
恥ずかしがっているような、困っているような、変な表情で固まる勇者。
面白い顔。
やっぱり悪いことをしたかしら、と思って、もちろん【巻き戻〜す】で時を戻しておいた。
そのあとちらちらと勇者はこちらを見ながら、変な顔をしていた。
私は知らんぷりをして、よいしょよいしょ、といかだを引きずった。
287: 以下、
「ああ、これはいい鎧が作れそうだ」
村の鎧職人さんは、飛び切りの笑顔で私たちを迎え入れてくれた。
「今行けば、まだまだたくさん転がってるんで、よかったら使ってください」
「本当かい!? それならさっそく何人か取りに行かせよう」
鎧職人さんは、弟子に指示をし、素材を取りに行かせていた。
やっぱり職人からしても、龍のうろこは便利なのだろう。
たくさん倒したのも、より意味があるってものだ。
288: 以下、
「貴重というよりも、やっぱり簡単に倒せる魔物じゃないからね」
「特にこのあたりの龍は多彩な攻撃をしてくるし、怒りっぽいし」
「素材をほしがっても、倒せる旅人はそうそういなかったんだ」
鎧職人さんは上機嫌だった。
近くにあるけどなかなか手に入らなかった良素材が、一度にたくさん入ったのだから、当たり前か。
「当然お代はいらないよ!! むしろこっちが買取してもいいくらいだ」
「いえ、それには及びませんよ」
私も学習している。
勇者の一行たるもの、金に卑しくてはいけない。
勇者がこっちを見て、ちょっと驚いていた。
289: 以下、
「ついでに盾は作れるかな」
「ええ、ええ、そちらのほうが簡単ですよ」
「おい、お前の分も」
「あ、いえ、私は結構です。重い装備は使いこなせないですよ」
「じゃあ、ローブの上にはおるマントなんかは?」
「……それは……いいかもしんない」
私は龍のマントをまとって魔法をバンバン使う大魔道士を頭に描いてみた。
いいかもしんない。
290: 以下、
「しかし勇者ってのは、やっぱりほかの旅人とは一線を画す存在なんだなあ」
鎧職人さんはため息とともに、そう言った。
出発する前に見せた「どうせ無理だろう」的な諦めの表情は、今はまったくなかった。
「いや、最初はね、『今回も無理だろうな』と思ってたんだよ」
「今までいろんな奴が大口叩いて、結局無理だった例をいやというほど見てるからね」
「だからあっさり、それも複数倒したやつを初めて見て、びっくりしちまったよ」
私は少し得意げになって「いえ、それほどでも」と笑って見せた。
勇者の一行には余裕が必要だ。
すげー私、ひゃっほー、では格好がつかないものね、うん。
正直あの戦闘は「あっさり」とは程遠かったが、龍を複数倒したことには変わりはない。
褒められるたび、私は嬉しくなった。
291: 以下、
鎧を作ってもらっている間、私たちは町で休むことにした。
確実に前進している。
それを思うと、少しここで足踏みするのも、悪くないと思えた。
一日ではとても作れないので、何日か滞在することになりそうだ。
とりあえず、ということで、酒場に向かった。
「酒場は情報収集の基本」
ごもっとも。
「うまい酒も飲めるしな」
ごもっとも!!
292: 以下、
―――カランコロン
小気味いい鐘の音が鳴り、私たちは酒場に足を踏み入れた。
「おお、勇者様のお越しじゃ!!」
「いよぉっ!! 勇者様!!」
「ケガはねえかい!?」
「酒飲め酒!! 今日はおれらのおごりじゃからね!!」
大きな歓声に迎え入れられ、私たちはしばし呆然とした。
なんだろう、この雰囲気は。
龍を倒したから? たくさん倒したから?
293: 以下、
「今までいろんな奴が挑んではやられて帰ってきた、あの黒い龍を倒してくれた礼だよ」
そう言いながら、みんな私たちに酒を注いだ。
「これで隣町に行くときに、ビクビクせんで済むってもんじゃね」
みんな顔が赤い。
すでに喜びの酒がずいぶん入っているようだ。
「おう、嬢ちゃん、あんたもたいそうすごい魔道士みたいじゃないか」
「そりゃあ勇者様の一行なんだから、よっぽどすげえ魔力を持ってるんだろうよ」
「まあまあ、英気を養っておくれよ。鎧ができるまでのここの飲み代は、村人みんなで出すからよ」
どうやら私たちのことは知れ渡っているらしい。
龍のことも、鎧のことも知られているとは。
294: 以下、
「嬢ちゃん、なんか魔法使ってみてくれよ」
「おお、そりゃあいい、おれたちが見たこともねえすげえ魔法とか、ねえのかい?」
のんべえたちが、はしゃぎだした。
私は正直疲れ切っていたが、お酒をおごってくれる村人に対してつれない態度をとるのもなあ、と思った。
「おいおい、こいつは今日たくさん魔法を使って疲れてんだ、勘弁してやってくれ」
「あ、いいんですいいんです、ちょっとだけならお見せできますよ」
勇者がかばってくれるのは嬉しいが、私はサービス精神を見せることにした。
「じゃあ皆さん、グラスをお酒で満たしてください」
295: 以下、
みんな、首をかしげながら、グラスを酒で満たしていった。
「みなさん、お酒ありますね? それじゃあ……」
私は、コホンと咳ばらいをし、乾杯の音頭をとってみる。
暮らしていた町でこんなことをしたことはなかったけど、勇者と旅をするうちに、度胸がどんどんついてきた気がする。
「私たちの出会いに! 龍の恐怖をめっちゃ減らした功績に! これからの人生に!」
『乾杯!!』
みな妙な表情を浮かべながらも、おいしそうに酒を飲んだ。
私もグイッと飲んだ。
いやあ、この村のお酒はおいしいわね。ほんと。
296: 以下、
「みなさん、飲みましたね?」
「飲んだけどよ、これが魔法になんか関係あんのかい?」
「ええ、それはこれからお見せしますよ♪」
そして私は【巻き戻〜す】を唱えた。
戻しすぎないように、注意して。
この酒場の中の時間を戻し、グラスが空になる前に戻す。
このくらいなら、大した魔力も使わないから、大丈夫。
たぶん。
297: 以下、
「おお、どういうこっちゃ、これは」
みんな驚いている。
飲んだはずのお酒が戻っている。
「どういう魔法だい?」
「狐に化かされた気分だ」
「すげえや、初めて見る種類の魔法じゃね」
みんな喜んでくれたようだ。
私もニコニコで、またお酒を飲む。
今日はちょっと飲みすぎているような気がするが、まあ、今日くらいはいいよね。
……ん?
……なにかが頭の片隅に引っかかっている気がした。
……ん?
298: 以下、
……
それからのことは、あまり覚えていない。
気がついたら、勇者におんぶしてもらい、宿屋に戻るところだった。
「あ、ゆうしゃさまー、ごくろうかけますー、おもいですか? だいじょうぶですか? うふふ」
私の呂律は絶好調だった。
あれだけ飲んで一つも噛まなかった。
「飲みすぎだ、バカ」
勇者の言葉は短かった。
「ばかっていわないでくださいー、きょうはわたし、すっごいがんばったでしょお?」
「……それは、そうだけど」
「でしょおー、うふふふふふー」
299: 以下、
月明かりがきれいだ。
風も心地よい。
勇者は文句も言わず、私を宿屋まで連れてきてくれた。
やっぱり、優しい。
酔っぱらってなければ、月を見ながら愛を語らうのも素敵かもしれない。
なんちゃって。
「あの魔法で、記憶まで消せるわけじゃないことを、次は忘れないように」
勇者がポツリとつぶやいた。
「えー? なんですかー?」
「さ、着いたぞ、さっさと寝ろ」
それから私はベッドに投げ出され、あっという間に眠りに落ちていった。
301: 以下、
……
龍の素材で作った鎧と盾は、勇者の体によく合った。
見た目も格好いいし、なにより硬さと柔軟性が同居していて、なんかもう、最高だった。
「なんかもう、最高ですね」
私は貧相な語彙でそれを褒めた。
「お前のそれも、なんつうか、こう、いい感じだな」
勇者も貧相な語彙で私のマントを褒めてくれた。
私のは、重すぎず薄すぎず、龍の力強さを備えた強いマントだった。
「これ、そんなに重くないんですけど心強くって、素敵です」
装備が充実して、私たちはとても嬉しくなってはしゃいでいた。
村の人たちも、とても喜んでくれた。
302: 以下、
ここ数日の間、私たちは使える魔法を総動員して龍の残党を狩っていた。
あんなに強力な魔法を使える日はもうなかったけど、意外と【よく冷え〜る】が効いた。
龍の素材は残らず村に寄付したし、龍の肉は毎日食堂で調理してもらった。
村人みんなの分を補って余りある量だった。
夜になると酒場で酒盛りをした。
素敵な毎日だった。
「もう行っちまうのか……さみしくなるな」
「本当に助かったよ、勇者様方」
「ありがとう。本当にありがとう」
わかりやすく褒めたたえてもらえるというのは、嬉しい反面なんだか気恥ずかしいものだ。
私たちはおごることなく、控えめに村を後にした。
303: 以下、
「よし、もう一山、越えるぞ」
「私たち、強くなってますよね!」
「ああ、おれの剣技も、お前の強力な魔法も、装備も、強くなってきてる!」
「だったら、山を越えるのなんて、朝飯前ですよね!」
「お、おい、ちょっと……」
「朝飯前ぇぇえええええ!! うりゃー!!」
私は駆け出した。
楽しかった。
旅が充実することが。
勇者の死を間近で見て、そう日が経っていないというのに。
304: 以下、
うまくいっている。
すべてがうまくいっている。
この調子で進めば、きっと魔王なんて簡単に倒せる。
あの黒い龍も、コテンパンにやっつけたんだから。
「バカ! いって!」
勇者が後ろから追いかけてくる。
「へへーん! 悔しかったら追いついてみてくださーい!」
「また龍の残りが出てきたらどうすんだって……」
言いながら、悠々と抜いていく勇者。
あれ?
305: 以下、
「ただでさえどんくさいんだから、おれの後ろにいろよ?」
「今日の魔法はなんだっけ? とりあえずサポートしてくれればいいから、さ」
「無理すんなって、な?」
「……おい? 聞いてんの?」
振り向いた勇者は、はるか後方で、肩で息をしている運動不足の魔道士を目にした。
「威勢だけかい」
「……ちょ……ま……って……くださ……」
早く追いつかねば。勢いよく飛び出したのにこんな状態では情けなさすぎる。
そのあとは、ゆっくり歩いて山越えを続けた。
面目ない。
306: 以下、
「めっちゃ」とか「どんくさい」とか、方言臭いですがしっくりきたので使っちゃいました
ではまた ノシ
308: 以下、
【Ep.7 このまほうは だれのために】
その目覚めは、とてつもなく怖かった。
指輪を使ったのに「夢を見ない」という経験は、この旅を始めてから一度もなかったことだった。
私は勇者にこのことを相談するべきかどうか、迷った。
一瞬だけ。
相談するべきだ。
私はそう決断した。
【巻き戻〜す】の夢を見たとき、相談しなかったことを勇者に怒られたことを思い出したからだ。
私たちはなんでも共有できるパートナーでなければいけない。
309: 以下、
「ああ、そういう日もあるだろうなとは、思ってた」
勇者の返答はあっさりしたものだった。
「指輪は? 昨日はちゃんとかざしたのか?」
そして私の昨日の行動を尋ねてくる。
それは厳しい口調ではなく、どこか優しいものだった。
「はい、昨日もいつも通り指輪をかざして寝たんですけど……」
310: 以下、
旅に出てから、基本的に指輪で寝ない日はなかった。
あのべろべろに酔った日でも。
寝る前に指輪をかざすのは私の癖になっている。
「まあ、今日一日くらい、大丈夫だろ」
「おれが注意して剣技だけで切り抜けられたらいい話だ」
「幸い今日通る山道は、恐ろしい魔物の情報が入っていない」
「お前は道具を駆使してバックアップをしてくれたら、それでいいから」
私は曖昧に頷いた。
そんなバックアップなら、私でなくても十分にやれる。
私には私にしかできない魔法でバックアップをしたい。
311: 以下、
大きな山を越える道中。
山道は平和だった。
前のように恐ろしい黒龍が現れることもなかった。
時々現れる山賊と小さな魔物の相手をするだけでよかった。
「張り合いがねえな」
勇者も不満そうなくらい、平和な旅路だった。
「まあ、お前が夢を見ない日がこんな日で、ちょうどよかったよ」
そう慰めてくれる。
励ましてくれる。
312: 以下、
昼頃に休憩しているときに、私は指輪を額にかざしてみた。
しかし、寝るには寝たが、夢は見なかった。
ただふわふわと暖かなうたた寝をしただけだった。
「お前はほんと幸せそうな顔して寝るよな」
勇者にあきれ顔で言われた。
313: 以下、
この山道は険しくはないし、凶暴な魔物も出ないが、長いのだけが大変だった。
とても一日では抜け切れない。
大きな飛行船か龍の背に乗るくらいでないと、飛び越えられないのだ。
だから皆、この山を越えるときは野営をするつもりで挑むそうだ。
私たちは一方通行だからいいけれど、旅の商人さんとかは大変だと思う。
「ここで、キャンプを張るぞ」
「はあい♪」
私たちは、ちょうどいい感じの木陰を見つけ、今日はそこで休むことにした。
314: 以下、
木があれば、屋根を張るのも簡単だ。
魔物が現れたときも、隠れやすい。
夕食には、途中で狩ったオオコウモリの腹の肉と、木になっていた果実を食べた。
オオコウモリは見た目こそ気持ちが悪いが、腹の肉は意外といける。
ずっとあの町で暮らしていたら、きっとそんなことも知らずにいただろう。
木陰で次の日を迎えることもなかっただろう。
コウモリの血の抜き方も、味付けの仕方も。
いや、それ以前に、木に登って果実を取ることすらしなかったかもしれない。
315: 以下、
「オオコウモリ、おいしいですね、意外とね」
「だろ? おれは昔、山にこもって修行していたときは、これが主食だったよ」
「毎日食べられるほど、飽きがこないんですか?」
「いや、他に食えるものがあまりなかった」
「へえ」
「オオムカデ、ダイオウバチ、モルフォーン、毒ミミズ……」
「あ、もうその辺で」
316: 以下、
「オオムカデは特におぞましいほどに不味かった」
「もういいです知りたくないですそんな話!!」
「あの見るだけでぞわぞわとする足が」
「やめて!!」
「あと毒ミミズな、あれはマジでやめとけ」
「食べませんよ絶対に!!」
「口の周りが腫れ上がって腹下して吐きまくって大変だった」
「毒っつってんのになんで食べようと思ったんですか!!」
317: 以下、
……
「……明日は夢が見られるといいな」
そう勇者は言って、眠りについた。
たき火はわずかだけ残し、即席のテントの中に体を縮めて眠る。
私は今日の旅が無事に終わったことに感謝し、指輪を額に当てた。
「今日が無事に終わったからといって、明日もそうとは限らないわ」
「役立たずの私は嫌、勇者の役に立てないのは嫌、後ろにずっと守られているのは嫌」
「……いい夢が見られますように」
そう呟いて、私は眠りに落ちた。
勇者の寝息が、すぐそばに聞こえた気がした。
318: 以下、
……
「え、今日もか?」
やはり、勇者の顔には昨日よりも落胆の表情があった。
二日続けて夢を見ないとなると、ちょっと心配になってくる。
「まあ、ちょっと不調が続いているだけさ」
「今日も旅路に強力な魔物はいないだろうから、それが不幸中の幸いだな」
「うんうん、そういうときもあるって、大丈夫だって」
勇者は早口で私を慰めてくれる。
私は期待に応えられないことを痛感しながら、早くこの状況を打破する方法を考えなければ、と思った。
「もしかしてあれか、生理の周期とかと関係あるのかな」
「お前、最近ど」
その先の言葉は、私のアッパーカットと共に宙に飛んでいった。
319: 以下、
今日は昨日ほど楽な道のりではなかった。
勇者は背後の敵にも注意して戦うことができるが、それでも今日は数が多かった。
オオコウモリが昨日の敵を討つかのように大量に頭上に現れたかと思うと、地中からはヘドロ魔人が現れた。
昨日はいなかった種族だ。
次々現れては私たちを襲う魔物に、勇者は苦戦を強いられていた。
それもこれも、私が魔法を使えないことと、私を守る必要があるせいだ。
いっそ彼一人の方が、楽に戦えたかもしれない。
320: 以下、
私は毒草でオオコウモリを追い払いながら、いつか買っておいたこん棒を振り回し、ヘドロ魔人を叩いた。
しかし、そんな攻撃はほとんど効いていなかったようだ。
癒しの薬を勇者に飲ませながら、私の気持ちはどんどん沈んでいった。
「きついな」
勇者のそんな一言も、私の心に深く刺さった。
「早く山を越えて、村で一休みしたいな」
勇者は笑って言いながら、先を急いだ。
私はケガ一つしなかったが、それは勇者が上手く立ち回ってくれたおかげだ。
全部私のためだ。
だから悲しいんだ。
323: 以下、
……
夢を見ないのが3日続くと、いよいよ私たちは混乱し始めた。
もう大きな山は越えているから、夢を見るまで村で休む手もあるが、それもいつまで続くかはわからない。
昨日はへとへとで村にたどり着き、酒を一杯だけ飲んだ後、泥のように眠った。
もちろん指輪をかざすことは忘れなかったが、それでも、また夢が見られなかった。
「どうしましょう……」
「どうするって、お前、そりゃあ、えっと、どうしよう……」
324: 以下、
「とりあえず今日は、様子を見ようか」
「……すみません……」
私はどうしようもなく自己嫌悪に陥っていた。
龍の泉で花を燃やし暴れたときも、【巻き戻〜す】の夢が相談できなかったときも、これほどの気持ちにはならなかった。
私は全くの役立たずだ。
魔道士が毒草やこん棒を振り回して、いったいなにになるのだろう。
私は勇者のお供ではないのか?
なんのためにここにいる?
昨日のようなお供なら、おつかいの子どもにだって務まりそうなものだ。
ああ、ダメだ。
涙が我慢しきれなくなった。
325: 以下、
「……泣くな」
勇者が寄り添ってきてくれる。
「……でも……」
私の涙は止まらなかった。
目が熱い。
勇者の服を濡らすほどに涙が溢れた。
どうしようもなく止められなかった。
「私……なんの役に……も……立ってな……」
ぐしゅぐしゅと、鼻水も出そうになる。
声が詰まって、言葉がめちゃくちゃになっていく。
「あんなの……続いたら……私……足……足で……足手まと……い」
「うあああ……ごめんなさい……ごめん……ケガ……させて……ひっ」
「私を守らせて……勇者なのに……私がお供なのに……うあっ……ひっく」
326: 以下、
「これまでお前が見せてくれた魔法は、素晴らしかった」
勇者が慰めるように言った。
「おれの命を救った、大事な魔法だ」
「気に病むな」
「いつかきっと、また使えるようになる」
「だからほら、それまでは、おれに守らせてくれよ」
「お前は大事な大事な、おれのパートナーだからさ」
気がつくと、私は強い力で抱きしめられていた。
泣きじゃくって勇者の胸元はびしょびしょだったが、彼はそれを全く気にしないでいてくれた。
327: 以下、
「お前ひとり満足に守れないで、なにが勇者だ」
その言葉は力強かった。
「昨日おれがケガをしたのは、おれの剣技がまだまだ未熟だからだ」
「おれの一撃がまだまだ弱いからだ」
「おれの動きがまだまだ遅いからだ」
「大きな剣でも、重い鎧でも、俊敏に敵を切り刻むことができていれば……」
「もっと楽に、お前をきちんと守れたのに、な」
私は幸せだ。
勇者にここまで言わせておいて、それに応えないなんて、ありえない。
勇者の気持ちに応えないといけない。
328: 以下、
「私、ちょっと修行をしてきます」
朝食のあと、私はそう言って宿を出た。
勇者は情報を集めると言っていたけど、その間に、少しでもなにか掴もうと思って。
この状態でも魔法が使えないか。
夢を見るきっかけを得られないか。
私は水筒とマカナの実を一つだけ持って、村を出た。
329: 以下、
昨日超えた山ではなく、反対側の森へ足を進めた。
魔物の少なそうな川沿いの開けた場所を探す。
こんな状態で、一人で襲われてはたまらない。
勇者のお供が勝手に一人で死ぬことは許されない。
「今日よ、今日が限度よ」
私は自分を奮い立たせる。
「今日解決させなければ、私は置いて行かれる」
「それくらいの覚悟をもって、私はこの問題を解決しなければならないわ」
330: 以下、
静かな川のほとりで、私は腰を落ち着けた。
まずは、今まで通りのやり方を何度も繰り返すこと。
それから始めよう。
「指輪……効力がなくなっちゃったということも考えられるけど……」
指輪の中心のクリスタルは、相変わらず緑色に光っている。
ひびも汚れもない。
「でも、ちゃんと眠る効力は残っている」
「つまり、この状態は、指輪ではなく私が原因ってことよね……」
独り言をぶつぶつとつぶやく。
変に見られるかもしれないが、ここには人はいないから気にしない。
言葉にしているうちに、なにか解決策を思いつくかもしれない。
331: 以下、
「一度眠ってみようか」
やはりまずはそれしかない。
私が原因だったとしても、夢を見ないことには始まらない。
自在に夢を見て最強の魔道士になるつもりなのに、「夢が見られない」ではお話にならない。
なんとか糸口を見つけ、そしていずれ自在に夢を見られるようにならなければ。
私はあたりを見回して、魔物の気配がないことを確認したのち、指輪を額にかざした。
……ものの数秒で、私の意識は眠りの中に落ちた。
……どこかで、懐かしい声が聞こえた気がした。
―――それじゃあ―――だめよ―――
―――もっと―――心を開かなくては―――
332: 以下、
やはり夢は見られなかった。
何分くらい眠っていただろうか。
持ち歩ける時計は持っていないものだから、正確には分からない。
しかし何分寝ようと、何時間寝ようと、夢が見られないのでは意味がない。
「あの時聞こえた声は……誰だったかしら……」
頭の中にもやがかかっているようだ。
知っているはずの声。
どこかで聞いた懐かしい声。
だけど、私はすぐにその答えを見つけることができなかった。
333: 以下、
「なんか、心を開けって聞こえた気がするわね」
誰にだろう。
私は誰に対して心を開けばいいんだろう?
考えてもわからない。
それなら次にやることは決まっている。
私はとりあえず、ありったけの知識で魔法を唱え始めた。
334: 以下、
……
「はぁ……はぁ……」
燃えカスになって転がる枝。
磁気を帯びた石。
パリパリに凍った葉っぱ。
しかし私の求める魔法の威力とは程遠い。
「使えないことはない、こともない……か……」
前よりも「不発」ではなくなっている気がする。
しかしこんな威力では使わないほうがマシだ。
魔法を覚えたての子どもでも、もう少し威力の高い魔法を放てるだろう。
335: 以下、
「私の魔力の底は上がっている……はず……」
「クリスタルは魔法と相性がいい……はず……」
「ローブも新調した……」
「マカナの実も食べた……」
―――あとは―――心の開き方を知ること―――
「!」
また声が聞こえた、気がした。
336: 以下、
「私は心を閉ざしているの?」
「勇者に?」
「そんなことない、私は勇者に対して素直に誠実に接しているつもり」
「でも……」
「閉ざしている部分も、ある?」
あるだろうか。
自分に嘘をついていないか。
勇者に隠し事はないか。
私の魔法が不安定になるほどの、なにか。
337: 以下、
……あるじゃないか。
……私は勇者に対して、誠実じゃない部分があるじゃないか。
「私は―――ッ!!」
「なんのために魔法を使うのかッ!!」
「そんなの、決まってる!!」
「魔法が使えないと、なぜ困るのかッ!!」
「そんなの―――決まってるッ!!」
338: 以下、
「……魔王を倒すためじゃない」
「……世界の人々を救うためじゃない」
「……それは建前」
「私はただ、勇者に傷ついてほしくないッ!!」
「あの人が無事に旅を終えてほしい!!」
「そのために魔法を振るうのよ!!」
スッ、と、胸のつかえがとれた。
思考がクリアになった。
「…………ふぅ」
……それから、今の恥ずかしい言葉を誰かに聞かれてやしないかと、あたりをキョロキョロ見回した。
339: 以下、
―――パキィン!!
「うんうん、好調好調」
―――パキィンッ!!
―――パキンッ!!
「うふふふふ、一時のスランプなんて、どうってことなかったわね」
―――パキィンッ!!
―――パキンッ!!
「見よ、この威力!! 川の上流までさかのぼって凍らせる!!」
340: 以下、
私の心のありかを改めて考えた後、私はもう一度指輪を試してみた。
すぐに眠りについたが、そのとき短い夢を見ることができた。
久しぶりに夢を見た気がする。
勇者と出会ったあの日と同じような、氷の夢。
そして、【よく冷え〜る】は、あのころよりも強くなっていた。
「うむうむ、修行の成果が出たぞ」
私は満足して、村へ帰ろうとした。
341: 以下、
「……む、待てよ」
と、私は足を止める。
なにか大事なことを忘れている気がする。
「私、村に、帰る」
「スランプ脱出!! 万歳!! 魔法が使えますよ!!」
「と言う」
「すると勇者が」
「おお、よかったな、原因はなんだったんだ?」
「と聞く」
「……」
「なんて答える?」
「……」
342: 以下、
「無理っ!! むーりー!!」
「言えるか恥ずかしい!!」
「無理無理無理!! ぜったいむーりー!!」
「乙女心なめるな勇者コノヤロウ!!」
どうしようどうしよう。
勇者のために魔法を使いたいのは事実。
でもそれを勇者に伝えられるかどうかは別問題である。
343: 以下、

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