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ルビィ「鞠莉さんなんて嫌いです」


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ルビィ「お姉ちゃん、行ってらっしゃい!」
ダイヤ「ええ、留守は任せましたわ」
8月下旬、夏休みもそろそろ終わりごろ、お姉ちゃんたちは、また3人で出掛けていきました。
もうこの光景にも慣れっこです。お姉ちゃんはこの2年間を取り戻すかのように、いつも2人と一緒でしたから。
今日は果南さんと鞠莉さんと―――に行ってきましたの!
はしゃぐお姉ちゃんに、ルビィはいつも「よかったねぇ」と、そう返すんです。
それは決まって、お風呂から上がって、2人でアイスを食べているときでした。
「よかったねぇ」と言ったルビィは、お姉ちゃんのほうは見ないで、重たいバスタオルでくしゃくしゃと頭を隠しました。
ルビィはいつも花丸ちゃんと善子ちゃんと一緒でした。
千歌さんたちもたまに遊びに誘ってくれました。
ううん、お姉ちゃんたちも合わせて9人で集まったことだって、たくさんあるんです。
けれど。
ルビィ「今日も、お姉ちゃんをよろしくお願いします」
こう言ってぺこりと頭を下げてみせることが、一番多かったように思うんです。
夏休みが終わった後も、それは変わりませんでした。
秋は行事が山積みです。生徒会長と理事長は、それぞれ忙しくしていました。
その間に入って立ち回ることができるのは、果南さんだけでした。
ルビィ「お姉ちゃんをよろしくお願いします」
ルビィはまた頭を下げて、Aqoursの練習に向かいました。
これでルビィの話はおしまい。
お姉ちゃんたちは仕事をこなして、ルビィは必死に練習をして。
それはこの年、結局変わることはありませんでした。
でも、うーん、少しだけ変わったことがあったとしたら。
誕生日に、鞠莉さんと遊園地に行きました。
  *
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2: 以下、
鞠莉「遊園地に行きましょう!」
ルビィ「へ……?」
それは9月中旬、久々に数週間学校に通って、みんながすっかり疲れてしまったころのことでした。
鞠莉さんは頭の「6」を揺らしながら、唐突にルビィを誘ったんです。
それも練習の休憩中、女の子用のお手洗いの前で。
鞠莉「だから遊園地よ! Amusement Park!」
ルビィ「Aqoursのみんなとですか?」
鞠莉「ううん、2人で」
ルビィ「えっ」
鞠莉「嫌?」
ルビィ「そういうわけじゃ……」
嘘です。嫌でした。
ルビィは、鞠莉さんが苦手でした。
きらきら輝いて、いつも笑顔で、なんでもできる鞠莉さんを見ていると、自分が惨めに思えました。
余裕そうな顔で遊園地のことを話す鞠莉さんが苦手でした。
ルビィは練習についていくのがやっとで、お手洗いにも行きたくて、切羽詰まっているというのに。
3: 以下、
鞠莉「OKね! じゃあ来週の土曜日にしましょう! 日曜だと混むかもしれないでしょ?」
ルビィ「は、はい、ルビィでよければ……!」
鞠莉「私はルビィと行きたいのよ」
ルビィ「……そう、なんですか」
鞠莉「とにかく、予定を空けておいてもらえるかしら?」
ルビィ「はい、楽しみにしてますっ!」
嘘です。全然楽しみじゃありませんでした。
ルビィは鞠莉さんが嫌いでした。
お姉ちゃんのことをいつもいつも取り上げてしまう、鞠莉さんが嫌いでした。
鞠莉さんと遊んだあと、お姉ちゃんは鞠莉さんの話しかしなくなるんです。
こんなことに驚いて、こんなことに困って、もう、鞠莉さんったら―――。
お姉ちゃんの知らないことを、鞠莉さんは知っています。
お姉ちゃんの心を、鞠莉さんは簡単に埋めてしまいます。
ルビィが逆立ちしたってできないことを、簡単にやってしまう鞠莉さんが嫌いでした。
遊園地だって、行きたくありませんでした。
4: 以下、
ルビィ「鞠莉さんと遊園地に行くことになったんだぁ」
その日の帰り道、すぐに花丸ちゃんと善子ちゃんに話しました。
善子「マリーと? へえ、いいじゃない! きっと楽しいわよ」
花丸「よかったね、ルビィちゃん!」
2人は予想外に優しい目で、にこにことこちらを見つめてきます。
どうして2人が嬉しそうなんだろう。少し不思議に思いましたが、すぐに答えがわかりました。
2人は、鞠莉さんのことを慕っています。
善子ちゃんは、梨子さんも含めてよく一緒に出掛けているみたいだし、花丸ちゃんも鞠莉さんを尊敬しているようでした。
鞠莉さんはそんな人なんです。
誰にでも優しくて、頼りになって、すぐに人を惹きつけてしまいます。
2人にとって「鞠莉さんと遊園地に行く」ことは、どうやら楽しそうなことのようでした。
鞠莉さんとあそこに行った、ここに行った。
報告のせいで、帰り道は鞠莉さんの話題でもちきりでした。
ルビィは鞠莉さんがもっと嫌いになりました。
5: 以下、
ダイヤ「鞠莉さんと遊園地に?」
ルビィ「うん」
家に帰って、お姉ちゃんにも報告しました。
相も変わらずお風呂あがりのことでした。
お姉ちゃんは綺麗な瞳を湯気で潤ませながら、贅沢にも目を細めて、ルビィの頭を撫でました。
湿気で膨らんだ髪が、落ち葉みたいにしゃらしゃら擦れます。
ダイヤ「楽しんで来なさいな。ですが、迷惑をかけてはいけませんよ?」
ルビィ「うん、わかってる」
ルビィは、どうしようもなく悔しくなりました。
お姉ちゃんが鞠莉さんの話をするとき、ルビィはお姉ちゃんの顔を見ることができません。
自分には見せてもくれない、楽しそうな、心の底から湧き上がるような笑みを見てしまったら、傷つくに決まっているからです。
それなのに、お姉ちゃんはルビィの顔を覗き込むのです。あろうことか、嬉しそうに頭まで撫でてくれます。
お姉ちゃんは嫌じゃないんです。
ルビィが鞠莉さんにとられてしまうのに、ほんの少しも寂しそうな顔はしてくれないんです。
ルビィは鞠莉さんがもっともっと嫌いになりました。
6: 以下、
その晩、ルビィは眠れませんでした。
遊園地に行くのは随分と先の話だというのに、とんでもない約束をしてしまったという気持ちでいっぱいでした。
風で家が揺れるたび、ギイギイギイギイ、鉄のレールが軋む音が聞こえてきました。
家の前を車が通って、窓に赤い光が走るたび、ぴかぴか回る電飾が目に浮かびました。
お隣さんのカレーの匂いがするたび、ポップコーンやらチュロスやら、ほとんど食べたこともないようなお菓子の匂いが部屋を満たしました。
そのうえ頭の中では、錆びた針みたいに掠れた曲が楽しげに踊っているのだから、やっぱり眠ることなんてできません。
遊園地が素晴らしい場所だということは知っていました。
幼い頃に連れて行ってもらったことがあるからです。
そのときはお姉ちゃんも一緒でした。果南ちゃんも一緒でした。
ああ、そうでした、あの頃ルビィは果南さんのことを「果南ちゃん」と呼んでいました。
ルビィたちはいつも3人でした。
お姉ちゃんと果南ちゃんは仲が良くて、ルビィはその後ろをとことこついて歩いていました。
随分と昔の話、思い出も虫食いだらけ。
でも、乗り物の身長制限に引っかかった果南ちゃんが、大泣きして大人を困らせていたことだけは覚えています。
7: 以下、
ルビィ「……ふふっ」
布団の中で、くすりと笑い声が漏れました。
ルビィ「……」
そのあと、もう一度だけ笑いました。
お姉ちゃんと果南ちゃんと3人でいた日々は、そう長くは続きませんでした。
「大きなホテルの金髪の子」が転校してきたからです。
今まで内浦では見たこともなかったような刺激に、果南ちゃんとお姉ちゃんは夢中になりました。
ルビィはお留守番が増えました。
そうです、鞠莉さんはお姉ちゃんだけでなく「果南ちゃん」も、とっていってしまったのでした。
それを思い出して、ルビィは鞠莉さんのことが、もっともっともっと嫌いになりました。
8: 以下、
それから数日、ルビィは延々同じことを考えて過ごしました。
鞠莉さんと遊園地。
何に乗るんだろう。どんな乗り物があったっけ。
本当に楽しいのかな。
眠れない夜が続き、ルビィの頭はふつふつと煮立ったお湯でいっぱいになったようでした。
当然です。だってルビィは、毎晩毎晩、部屋にいながら遊園地にふよふよ迷い込んでいたのですから。
一度だけどうしようもなくなって、梨子さんに相談しました。
ルビィ「あの……」
梨子「あれ、どうしたのルビィちゃん?」
ルビィ「梨子さんは、嫌いな人っていますか?」
梨子「ええ、ずいぶん急だね……。嫌い、かはわからないけど、苦手な人なら誰だっているんじゃないかなあ」
戸惑いながらも、梨子さんはそう答えてくれました。
9: 以下、
ルビィ「じゃ、じゃあ、そんな人と一緒にお出掛けするとき、どうしますか?」
梨子「え、苦手な人とお出掛けするの?」
梨子さんは不思議そうな顔で痛いところをついてきました。
でも、仕方なかったんです。ルビィはAqoursが大好きでした。
いくら鞠莉さんが苦手だからといって、それを大っぴらにするわけにはいかなかったんです。
梨子「うーん、これは聞いた話なんだけどね、苦手な人にも『ここは負けない!』ってところを作っておくといいんだって」
梨子「自分に自信が持てれば、苦手な人とも余裕をもって話せるんじゃないかなあ」
ルビィ「自信、ですか……」
到底無理な話だと思いました。
なにせ、相手は鞠莉さんです。
波打つ金ぴかの髪、真っ白な肌、そっと囁くような目、色とりどりの趣味の良いアクセサリー、空と同じ色のドレス。
「大きなホテルの金髪の子」は、女の子なら誰もが憧れるようなものを全部持っていました。
これはもう、何だったら勝負になるのか、ルビィには想像もつきません。
でも、「鞠莉さんに負けない」という言葉は、不思議な魅力をもって、ルビィをぐいぐいと引っぱっていきました。
ルビィが鞠莉さんに負けなければ、またお姉ちゃんも、果南ちゃんも戻って来てくれるかもしれません。
花丸ちゃんとも善子ちゃんとも、もっと仲良くなれるかもしれません。
鞠莉さんとも、対等に話をすることができるかもしれません。
ルビィ「ありがとうございますっ!」
梨子「うん、頑張って……?」
10: 以下、
それからは大忙しでした。
ただのお出掛けが、一世一代の大勝負に変わってしまったのです。
曜さんに相談して、服を買いに行きました。
お姉ちゃんに借りたノートパソコンで、遊園地について調べました。
どんなルートで回ったらいいのでしょうか。
どのお店が美味しそうでしょうか。
なんといっても1対1の勝負なのです。誰も助けてはくれません。
服も、知識も、ちょっとしたお化粧だって必要です。
これは闘いなのです。ルビィは武装しなければならなかったんです。
そうやって忙しい夜を越していたからでしょうか。
ルビィは当日、少し寝坊してしまいました。
11: 以下、
ルビィ「ご、ごめんなさい!」
鞠莉「いいのよ、そんな急がなくても」
ぺこぺこと謝るルビィに、鞠莉さんは朗らかに手を振りました。
せっかく武装してきたのに、初戦は惨敗です。
ルビィは泣きそうになりました。
鞠莉「でも、ルビィが寝坊なんて珍しいわね。楽しみで眠れなかったとか、なんて?」
ルビィ「え、ええっと……」
そんなわけはありません。
ルビィは楽しみなんかじゃなかったんです。
でも、それを正面きって言う気にはなれませんでした。
鞠莉「あらルビィ、そのペンダントお洒落でいいわね! それに、すこーしお化粧もしてるのね!」
ルビィ「時間がなくて、薄くですけど……」
鞠莉「No problem! ルビィはそのままで十分 pretty だもの!」
鞠莉「それじゃあ行きましょ!」
そう言って鞠莉さんは、ルビィの手を取って歩きはじめました。
12: 以下、
今日は9月21日、土曜日。
ルビィの誕生日でした。
寝坊してしまったのは、夜中まで花丸ちゃんや善子ちゃんとLINEをしていたからでもありました。
鞠莉さんが誕生日に合わせて声をかけてきてくれたことには、早くから気が付いていました。
気づいたときは、あっと声が落ちました。
このお出掛けがまた別の意味を含み始めたことに、どきどきと複雑な気分になりました。
鞠莉さんはどう思っているんだろう。
手を引く鞠莉さんの横顔を盗み見ましたが、何もわかりませんでした。
天気は秋晴れ、幾分か柔らかくなった日差しと、生ぬるい風が心地よく笑っています。
鞠莉「んー、晴れてよかったわね! ルビィは何に乗りたい?」
来ました。鞠莉さんがこう聞いてくることはわかっていました。
だって、今日はルビィの誕生日なんです。
ここで下調べはばっちりだということを見せつけてやるんです。
ルビィ「あのね! まずはジェットコースターがいいんだって! 混んじゃうから。その後はメリーゴーランドに乗って、ここでお昼を食べて――」
鞠莉「あら、たくさん考えてきてくれたのね!」
ルビィ「あ、ごめんなさい……」
鞠莉「いいのよ! 私はちゃんと調べてこなかったから……ルビィにお任せしちゃうわね!」
そう言った鞠莉さんが、メモをかばんの奥にこっそり隠すところを見てしまいました。
ルビィは鞠莉さんにむかって、口をとがらせてみせました。
鞠莉「楽しまなくちゃね!」
なぜか嬉しそうな顔で、鞠莉さんはくるりと回りました。
  *
13: 以下、
  *
ダイヤ「ルビィ! ルビィ!」
ルビィ「なあに、おねえちゃん」
もうどれほど昔かも思い出せない頃、お姉ちゃんが興奮して帰ってきたことがありました。
鞠莉さんの家に行ったはずだったのですが、玄関のお姉ちゃんの髪はぼさぼさと乱れ、鼻にはなぜか黒っぽいこすったような汚れがついていました。
お母さんは「はしたない」と怒っていたけれど、顔は笑っています。
新しい友達ができて楽しそうなお姉ちゃんのことを、嬉しく思っているようでした。
ダイヤ「あの、ルビィ! まりさんのおうちの車はすごいのですよ! とってもくて、ロケットみたいでした!」
目を輝かせたお姉ちゃんは、お風呂あがりにそうまくし立てました。
まくし立てた、というのは正しくないかもしれません。
ルビィたちはお母さんにドライヤーで髪を乾かしてもらっていて、大きな声で話すしかありませんでしたから。
でも、その時お姉ちゃんの声がうるさく聞こえたのは本当でした。
それに気づいていたお母さんは、静かにしなさいとお姉ちゃんを注意しました。
14: 以下、
お姉ちゃんはきっと覚えていない、小さなこと。でも、ルビィははっきり覚えています。
その日、ルビィはお母さんと自転車の練習をしたからです。
特に約束をしたわけではなかったのに、ルビィはお姉ちゃんも来てくれるものだと思い込んでいました。
だから、お姉ちゃんが鞠莉さんの家に行こうと靴をはくときに、駄々をこねました。
お母さんには叱られました。
結局、自転車の練習中にも転んでしまって、お姉ちゃんが帰ってくる頃には、既にルビィは不機嫌だったのでした。
お姉ちゃんは悪くありません。お母さんも悪くありません。ルビィが勘違いをしただけでした。
それでも、鞠莉さんの「ロケットみたいな」スポーツカーが、お姉ちゃんを連れ去ってしまったことは本当でした。
ルビィが乗るふらふら不安定な自転車は、お姉ちゃんに見向きもされなかったのです。
  *
15: 以下、
  *
鞠莉「いい? 来るわよ? 落ちるわよ?」
ルビィ「ががが、頑張ります!」
鞠莉「もう、そこは頑張るびぃで―――あああ、きたきたきたっ!」
「ひいいいぃぃぃぃぃっ!!」
「Fooooooo!!」
悲鳴を上げるルビィの横で、鞠莉さんは両手を振り上げて叫んでいました。
ジェットコースターのレールは軋み、ルビィの身体は浮いているようでも、押さえつけられているようでもありました。
私たちを乗せたロケットは、轟々とエンジンを吹かせたまま。
ルビィは、隣の歓声を聞きながらぎゅっとレバーを握ったまま。
文字通り黄色い声に目を細め、びゅんびゅんと風を切ります。
結局、コースターが帰ってきた後も、髪を撫でつけながら情けなく鞠莉さんを見上げることしかできませんでした。
きっと、あの日のお姉ちゃんのように。
ルビィ「あ! 写真だって……。途中で光ったの、やっぱりフラッシュだったんだぁ」
鞠莉「ポーズを取って正解だったわね! んふっ、ルビィったら変な顔!」
ルビィ「むぅ……」
鞠莉「膨れないの」
つんと指でつつかれた鼻が熱を帯びました。
やっぱり、鞠莉さんなんて嫌いです。
  *
16: 以下、
  *
ダイヤ「ルビィ! ルビィ!」
ルビィ「どうしたの、お姉ちゃん」
確か、お姉ちゃんが中学にあがったばかりの頃の話です。
ダイヤ「馬はとても背が高いのですわ!」
らしくない安直な言葉でまくし立てながら、お姉ちゃんはにこにこ目を輝かせていました。
まくし立てた、というのは正しくないかもしれません。
やっぱりドライヤーのせいで、ルビィたちは大きな声で話すしかなかったのです。
お姉ちゃんは自分の髪をざっとタオルで拭った後に、ルビィの髪を乾かしてくれていました。
ルビィはお姉ちゃんの細い指が髪を通るのが好きでしたが、その日ばかりは面白くありません。
お風呂あがりは、ルビィの時間のはずでした。
小学校での体験をぺらぺらと話すルビィの言葉を、お姉ちゃんは毎日優しく聞いてくれるのです。
しゃべりすぎたかと言葉を止めると、「それで?」と笑って促してくれるのです。
けれどその日だけは、お風呂あがりはお姉ちゃんの時間でした。
ううん、お姉ちゃんと、鞠莉さんの時間でした。
ルビィがわがままにも独占していた時間を、鞠莉さんは馬に乗って奪っていってしまいました。
お姉ちゃんはルビィの髪を梳きながら、馬の毛を触った話をするのです。
お姉ちゃんはルビィの肩をたたきながら、馬の背をたたいた話をするのです。
スターブライト号などというぴかぴかした名前の馬は、その名の通り、ルビィの学校生活なんかよりもずっと輝いていたのです。
  *
17: 以下、
  *
鞠莉「Hey、ルビィ! こっち向いて!」
ルビィ「あの、恥ずかしいよぉ……」
鞠莉さんがカシャカシャとシャッターを切っています。
ルビィはゆっくりと上下する冷たい馬に座り、無様に棒にしがみついていました。
ルビィ「なんで鞠莉さんは馬に乗らないんですかぁ!!」
鞠莉「んー、私が乗るのはスターブライト号だけよ?」
鞠莉「それにほら、馬車からならゆっくりルビィの顔が見られるでしょ?」
ルビィ「見なくていいです……」
メリーゴーランドはゆっくりと回っています。
子どものころの記憶よりも、ずっとゆっくり。
ルビィは何だか恥ずかしくて、鞠莉さんから目をそらしました。
あの日、お姉ちゃんはどうだったのでしょうか。
ルビィみたいに醜態をさらして、それでも馬の上から見た景色に心を震わせたのでしょうか。
ああ、でも確かに、いつも見上げる鞠莉さんが低く見えるというのは、ちょっぴり愉快かもしれません。
鞠莉「ルビィ?!」
優雅に足を組んで、またパシャリ。
やっぱり、鞠莉さんは意地悪です。
  *
18: 以下、
  *
ルビィ「はぁーー……」
お昼は軽食屋さんでハンバーガーです。
妙に平べったい箱と、細くないポテト。
トレイを持って席につきながら、ルビィは深いため息をつきました。
不思議と、いつもより高い声が出たような気がします。
鞠莉「ふふっ、疲れた?」
ルビィ「ううん、大丈夫です!」
鞠莉「じゃあ食べちゃいましょ! たまにはこういう cheap なのも嬉しいわよね!」
嫌味なくそう言って、鞠莉さんはハンバーガーのボックスを開けました。
ルビィ「……」
鞠莉さんは、ずるい人です。
ただジャンクフードの箱を開けるだけなのに、まるで宝石箱を開けるみたいな所作なのです。
全然チープなんかじゃありません。
同じメニューを頼んだはずなのに、鞠莉さんは宝石を手に入れたのです。
鞠莉「え? 一口欲しいの? 同じ味だけど……」
戸惑いながら差し出してくれた宝石を、ぱくりと一口。
なんだか美味しいような気がします。
19: 以下、
ポテトを大事そうに食べる鞠莉さんを見ながら、ルビィはじっと黙っていました。
鞠莉さんは、きっと宝石箱をたくさん持っているのでしょう。
「大きなホテルの金髪の子」は、それはそれは煌びやかな女の子。
何でも選べて、何でもできる。
対してルビィはどうでしょうか。
黒澤家は内浦では力のある家系です。
これからの不安だってありません。
でも、ルビィは自転車に乗るのに苦労しましたし、ポテトフライだって大好きな、普通の子です。
習い事も、お姉ちゃんのほうがずっとずっとうまくできます。
ルビィは続けることさえできませんでした。
ルビィは、鞠莉さんにどう見えているのでしょうか。
どうしても気になって、つい聞いてしまいました。
ルビィ「あの、今日はどうして誘ってくれたんですか?」
鞠莉「……あー」
誤魔化すような間をとったあと、鞠莉さんはにこりと微笑みました。
鞠莉「誕生日をお祝いしたかったし、何となく!」
ああ、やっぱり。
  *
20: 以下、
  *
ルビィ「お姉ちゃん! お姉ちゃん……!」
ダイヤ「……」
ルビィ「どうしたの、大丈夫?」
ダイヤ「あ……ルビィ、すみません、髪、乾かしますわね」
お姉ちゃんが高校生になって、半年が経とうとしていたころでした。
お姉ちゃんは、スクールアイドルを辞めました。
ルビィ「……」
ダイヤ「……」
お風呂あがりは、もう誰の時間でもなくなってしまいました。
アイドルの話題を避けるお姉ちゃんは、もうずっと笑っていないように見えました。
ルビィ「あのね、鞠莉さ――」
びくりとお姉ちゃんの指に力が入って、ルビィの頭に爪が刺さりました。
ダイヤ「……ごめんなさい」
ルビィ「ううん、ごめんね」
ルビィ「……」
ルビィ「……!」
ぶおお、と音を立てる熱風に紛れて、ぽたりと雨が降りました。
ダイヤ「ごめん、なさい……っ」
それが、お姉ちゃんがルビィの前で泣いた、最初で最後でした。
21: 以下、
お姉ちゃんは何も話してくれませんでした。
ルビィが知っていたのは、鞠莉さんが留学したことだけ。
鞠莉さんは、捨てたのでした。
ルビィから奪ってまで宝石箱に入れたお姉ちゃんを、無残にも打ち棄てたのでした。
どうして、そんなに簡単に。
今なら、それが誤解であることは知っています。
果南さんにも、お姉ちゃんにも責任はあったのでしょう。
それでも、鞠莉さんが全部捨てなければ、何かが変わっていたかもしれません。
お姉ちゃんは毎日毎日、あんな顔で過ごさずにすんだかもしれません。
お風呂あがりの暖かな時間を、儀式みたいに冷たく過ごさなくてもよかったのかもしれません。
どうして、留学なんか。
どうして、捨てたりなんか。
鞠莉さんは浦の星に、Aqoursに戻ってきました。
また、捨てるのでしょうか。
気まぐれに、要らないものを処分するみたいに、またAqoursを、お姉ちゃんを、ルビィを捨てて、どこかに行ってしまうのでしょうか。
何でも持っている鞠莉さんにとっては、Aqoursなんて、指でつまんでしまえるようなものなのでしょうか。
だからルビィは、鞠莉さんが苦手です。
  *
22: 以下、
  *
鞠莉「―――ビィ、ルビィ?」
ルビィ「あ、ひゃい、ごめんなさいっ!」
鞠莉「ぼーっとしてたわよ?」
ルビィ「ちょっと考えごとしてて……何でしたか?」
鞠莉「行きたいところがあるのよ!」
ルビィ「行きたいところ……?」
鞠莉「ほら、あれよ」
鞠莉さんが示した方には、安っぽいポスターが貼ってありました。
今日にはふさわしくないと、ルビィが見ないようにしていたものでもありました。
ルビィ「あのグループの!」
鞠莉「Yes! ルビィがちらちら見てたの、知ってるのよ? 私だって興味あるし!」
じわじわと話題になり始めているアイドルユニット。
遊園地のイベントスペースでミニライブをするとのことでした。
鞠莉「ルビィはこのグループ、知ってる?」
ルビィ「もちろんですっ! まずリーダーの歌唱力が注目されていて、リズムの取り方が―――ぁ」
鞠莉「ふふっ、ルビィは本当にアイドルLove! なのね!」
鞠莉「でも、私ももっと知らなくちゃいけないわね」
鞠莉「だって、私たちはもう、同じスクールアイドルだもの、ね?」
ルビィ「……っ」
23: 以下、
鞠莉さんは優しい目で、ルビィの手を握りました。
さあっと、顔が紅潮するのがわかりました。
全身の血がどくどくと脈打って、足から頭まで、下から上に逆流するのです。
ふつふつ、ぼこぼこ。
この胸を突く、マグマのような想いはなんでしょうか。
動悸が止まりません。
鞠莉さんの顔を見ていられません。
代わりに、なぜかお姉ちゃんの顔が浮かんできました。
目を輝かせるお姉ちゃん。
にこにこと転校生の話をするお姉ちゃん。
興奮気味に鞠莉さんの家の話をするお姉ちゃん。
遠い目で馬上からの景色を語るお姉ちゃん。
目を潤ませて受験の結果を話すお姉ちゃん。
真剣な顔で縫い物をするお姉ちゃん。
部屋でどたどたと踊りの練習をするお姉ちゃん。
そして、一度だけ涙を流したお姉ちゃん。
24: 以下、
ルビィは鞠莉さんの手をぼうっと眺めました。
この白い綺麗な手は、なんなのでしょうか。
お姉ちゃんをああも惹きつけて、結局捨ててしまった手は、どんな手でしょうか。
どくんどくんと煮える想いは、怒りでしょうか。それとも―――
ルビィ「ちょっと……っ、お手洗いにっ!」
耐えきれなくて、逃げるようにしてその場を離れました。
あのまま鞠莉さんの手を握っていたら、胸から溶けてしまいそうだったのです。
女の子用のお手洗いの鏡には、少しだけ傷がついていました。
その鏡をちらと見て、ルビィはまた、言葉を失いました。
ルビィは、笑っていたのです。
 
25: 以下、
ルビィ「ぇ……どう、して……」
思わず、ルビィは頬を撫でました。
今日は、嫌々来たはずでした。
さっきは、怒っていたはずでした。
それなのに鏡の中のルビィは、幸せそうに、楽しそうに笑っているのです。
どうして?
怒っているなら、ルビィの顔は鬼のように、ぐにゃりと歪んでいるはずなのです。
どうして?
もしかしたら、ルビィは怒ってなんか。嫌なんかじゃ―――
ルビィ「違うっ! 楽しくなんかないもん、鞠莉さんなんか、嫌いだもん、鞠莉さんなんかっ!!」
嘘です。
ルビィは、鞠莉さんのことを嫌いになんてなれませんでした。
ルビィ「遊園地なんか、誘ってほしくなかった! 嫌だった!!」
嘘です。
誘ってもらって、心底飛び上がりそうでした。
ルビィ「仕方なく、いいって言ったんだもん! しょうがなかったんだもん!!」
嘘です。
嬉しくて、すぐに友達にもお姉ちゃんにも報告しました。
ルビィ「迷惑だったもん! ずっと嫌だったもん!!」
嘘です。
ずっと、楽しみでした。毎晩毎晩、今日のことだけを考えていました。
26: 以下、
ルビィ「お姉ちゃんをとっちゃう鞠莉さんなんか、嫌いだもん……!」
嘘です。
ロケットみたいなスポーツカーに、ルビィも一緒に乗ってみたかっただけでした。
ルビィ「ルビィの時間を奪っちゃう鞠莉さんなんか、嫌いだもん……!」
嘘です。
ルビィだって、絵本の主人公みたいに馬に乗ってみたかっただけでした。
ルビィ「お姉ちゃんを泣かせる鞠莉さんなんか、大嫌いだもん……っ!!」
怒っていたのは本当でした。でも、鞠莉さんとスクールアイドルをやってみたいと思ったのも本当でした。
つまるところ、ルビィは羨ましかっただけでした。
お姉ちゃんが弾んだ声で話す「金髪の子」に、手を伸ばしてみたかっただけでした。
どうしてルビィはスポーツカーに乗れないの?
どうしてルビィは馬に乗れないの?
どうしてルビィは一緒にスクールアイドルができないの?
お母さんの答えはいつもこうです。
「鞠莉ちゃんはお姉ちゃんのお友達なのよ」
27: 以下、
鞠莉さんは、その宝石箱に、お姉ちゃんを加えたのでした。
くすんだルビーは見向きもされず、黒澤家の輝くダイヤモンドだけが選ばれたのでした。
お姉ちゃんが2年も早く生まれた、お姉ちゃんだったからでしょうか。
それとも、ルビィには魅力がなかったのでしょうか。
きっとそうです。
だって果南ちゃんは、昔からルビィと遊んでくれました。
年齢のせいではないのです。
鞠莉さんがルビィを選んでくれなかっただけなのです。
嬉しかったんです。
鞠莉さんが戻って来てくれて、ルビィは初めて、鞠莉さんと同じ舞台に立てました。
嬉しかったんです。
鞠莉さんが誘ってくれて、ルビィは今日一日、憧れの鞠莉さんと二人きりです。
きっとこれがマグマの正体なんでしょう。
鞠莉さんに「同じスクールアイドルだ」と言われて、ルビィの心はすぐに沸騰してしまいました。
怒っていたのは頭の中だけ。天にも昇るその心は、薄情にも、とっくにすべてを赦してしまっていたのでした。
嬉しい、幸せだ。ルビィは鞠莉さんの隣にいるんだもん。
28: 以下、
でも、わかっていました。
鞠莉さんは思いついたように、気まぐれに、何となくルビィを選んだだけ。
今日が9月21日でなければ、ルビィは誘ってもらえたのでしょうか。
ううん、きっと「いつもの3人」で遊びに来たんです。
出掛けてきますわね、と、いそいそ準備をするお姉ちゃんを眺めて、ルビィは目を伏せていたはずなのです。
そうして迎えに来た2人に向かって「お姉ちゃんをよろしくお願いします」なんて頭を下げていたはずなのです。
ルビィも連れて行って、とは言えません。
ありはしないのです。あの3人の間に、ただの妹が入り込む隙なんて。
そしていつか鞠莉さんは、ルビィがどれだけ引き留めても、どこかに飛んで行ってしまうのです。
ルビィ「今日だけ、特別。今日は、誕生日だから……」
そう口に出した瞬間、ルビィは大昔に戻ったみたいに、我慢ができなくなりました。
大粒の涙を溢しながら、みっともなく駄々をこねました。
嫌だ。嫌だ。
ずっと憧れていました。
顔も知らないうちから、お姉ちゃんの話を聞いて、どんなに素敵な人だろうと夢に見ました。
写真を見てから、この狭い地域のどこかで会いはしないかと、きょろきょろするようになりました。
鞠莉さんがAqoursに戻って来てから、少しでも褒めてもらいたくて、ダンスも歌も頑張りました。
これだけなんて嫌だ。
もっと出掛けてくれなくちゃ嫌だ。
勝手にどこかに行っちゃうなんて嫌だ。
ルビィのことだって大事にしてくれなくちゃ嫌だ。
ルビィはきっと、このとき初めて、顔を歪めました。
29: 以下、
鞠莉「ルビィ……? 時間がかかっているみたいだけど……」
鞠莉さんです。
心配して、見に来てくれたのでした。
ルビィは焦りました。
目から流れ落ちる涙は止められず、口元はしわくちゃになったまま。
案の定、鞠莉さんはびっくりした顔で駆け寄ってきました。
鞠莉「What's wrong!? どうしたのよルビィ!?」
ルビィ「ちがっ……なんでも……っ!」
鞠莉「何でもないはずないじゃない!」
ルビィ「ふ……っ、ぅぐ……っ」
鞠莉「ね? 話してみて? どうしたの?」
鞠莉さんが聞いてくれているのに、ルビィはふるふると首を振ることしかできません。
鞠莉「……えーっと」
小さく首を捻って、鞠莉さんはまた、ルビィの手を取りました。
鞠莉「それじゃあ、行くわよルビィ!」
ルビィ「ぇ……?」
鞠莉「そんな顔でアイドルには、会えないわよね? その代わり……」
鞠莉「涙なんか吹っ飛んじゃうものを知ってるの!」
  *
30: 以下、
  *
ルビィ「おねえちゃん、どこいくのー?」
ダイヤ「まりさんの所ですわ! 紅茶をごちそうしてもらうのです!」
もういつだったか思い出せないほど昔の話です。
その日、お姉ちゃんは目を輝かせて玄関から飛び出していきました。
ルビィは出しかけた茶器をしまいました。
その日は、お母さんにお茶の点て方を教わる予定でした。
「ルビィ、お茶はもういいの?」
ルビィ「……うん、いいもん」
ルビィは、お姉ちゃんに自分で点てたお茶を飲んでもらうつもりでした。
それなのに、お姉ちゃんは紅茶なんてハイカラなものにつられて、さっさと出掛けてしまったのです。
その日は一日中、茶器を出したり片づけたりして、とうとう普段使いの片くちを欠けさせてしまいました。
怒られて大泣きしたあとのルビィに、帰って来たお姉ちゃんはつらつらと紅茶の美味しさについて語りました。
拗ねて部屋に引きこもったルビィは、その日また怒られて泣きました。
ルビィは、お姉ちゃんにお茶を飲んでもらいたかっただけなのに。
ううん、今ならわかります。
ルビィは、自分も鞠莉さんと紅茶を飲んでみたかっただけでした。
どうして連れて行ってくれないのかと、一日中、むくれたままだったのです。
鞠莉さんの家にお呼ばれするお姉ちゃんが、羨ましかったのでした。
  *
31: 以下、
  *
ティーカップはゆっくりと回転を始めていました。
ジャカジャカ、キュルキュル、ピコンピコン。
必要以上に複雑な装飾音の中、周りの景色がだんだんと溶け始めます。
「涙を吹っ飛ばすところ」とは、どうやらここのようでした。
目の前の鞠莉さんの笑みは不敵なものに変わっていき、ハンドルを握る手に力が入り始めました。
元気が出る魔法のハンドルよ、なんて妙なセリフまで言ってきます。
だからルビィだって、思いっきりハンドルを回してやるんです。
ぐるぐる、ぐるぐる。
溶け始めた景色は次第に色まで失っていきました。
鞠莉さんの顔と、カップの内側のパステルカラーだけが目に入り、耳にも膜が張りはじめました。
ルビィたちは、もう遊園地にはいませんでした。
ルビィと鞠莉さんは紅茶でした。
ぐるぐる混ざって、カップの中で渦をつくる、紅茶でした。
涙も、駄々も、願いも、想いも、全部が溶けた魔法の紅茶です。
32: 以下、
この紅茶は美味しいのでしょうか。
万人受けする味ではないかもしれません。
でも、きっと。
どんな砂糖入りの紅茶よりも、甘くて切ない味なのでしょう。
ルビィたちを入れたティーカップは宙を飛びました。
モノクロの空間の中を、無軌道に、無秩序に飛んでいるんです。
それでも中の紅茶はこぼれることなく、だんだんと遊園地に戻ってくることになりました。
少し掠れたアナウンスが遠くから聞こえています。
真空から帰って来たルビィたちは、はあはあと酸素を吸い込むと、ふらふらカップから脱け出しました。
ルビィたちはもう紅茶ではなく、ただの出涸らしでした。
出涸らし2つは必死でベンチに辿りつくと、しばらく干されたままでした。
鞠莉「はぁ、ふぅ……。ルビィ、もう1回行く?」
ルビィ「さすがに、むりです……」
鞠莉「そうよね……マリーも、ちょっとむり……でも、元気出たでしょ?」
33: 以下、
たしかに、涙は吹っ飛んでしまったようでした。
出涸らしなルビィからは、乾いた笑い声しか出てきませんでした。
ルビィ「くふっ、あは、あはは!」
鞠莉「ちょっとしんどいけどね、んふっ、ふふふっ!」
ひとしきり笑いあったルビィたちは、少し落ち着くと、ベンチに座りなおしました。
ルビィ「ねえ、鞠莉さん」
口に出してから、後悔しました。
せっかく、忘れかけていたのに。
紅茶になって出てしまったと思っていたのに。
まだ一滴残っていた想いが、ぽたりと口から出てしまいました。
ルビィ「鞠莉さんは、ずっと一緒にいてくれますか?」
ルビィ「もう、どこにも行きませんか?」
鞠莉「え……?」
ルビィ「鞠莉さんは―――」
ルビィ「これからも、Aqoursでいてくれますか?」
鞠莉「ル、ビィ……っ」
鞠莉さんは不意を突かれたように、勢いよくルビィの顔を見ました。
34: 以下、
鞠莉「私は――」
ルビィ「え……?」
言葉を不自然に途切れさせて、鞠莉さんは空を仰ぎます。
鞠莉「ふーっ……はーっ……」
顔をくしゃくしゃにして、鞠莉さんは上を睨みつけていました。
息は荒れ、だんだんと目元に、雫が。
鞠莉「……ひっ……うっ、ぐっ」
ルビィ「鞠莉、さん……?」
出涸らしのはずの鞠莉さんから、一筋の涙が落ちました。
鞠莉「わた、私は……っ」
鞠莉「恨まれてると、思って……っ!」
唸るような声。
鞠莉さんがそんな声を出すのを、ルビィは初めて聞きました。
鞠莉「謝りたくて……っ、ルビィに、ごめんなさいって言いたくて……っ、だから誘ったのに……っ!」
言葉とともに、鞠莉さんの目から次々と涙が溢れます。
ルビィはそれを、ぽかんと、信じられないような気持ちで眺めることしかできませんでした。
泣いている? 鞠莉さんが? どうして。
謝るために誘った? 謝るって、何を。どうして。
鞠莉「なのにっ! ルビィにそんなこと、言われたら、私……っ、私……!!」
鞠莉「ルビィ……っ、私、ルビィと一緒にスクールアイドルやっても、いいのかなぁ……っ」
ああ、ルビィはなんて愚かだったのでしょうか。
35: 以下、
鞠莉さんの涙は止まることなく、ぽたりぽたりと胸元に溜まっていきます。
ルビィには、それが宝石のように見えました。
鞠莉さんは宝石箱を持っている?
鞠莉さんはなんでも選んで、なんでも手に入れる?
それはルビィの、愚かな思い違いでした。
目の前の鞠莉さんは、ただの鞠莉さんでした。
必死に、絞り出すように宝石を生む、それはそれは綺麗な、ただの女の子でした。
鞠莉さんがルビィを選ばなかったのではありませんでした。
ルビィはお姉ちゃんに映り込む鞠莉さんを、本物の鞠莉さんだと思い込もうとしていただけでした。
ショーケースにちんまりと座ったまま、外に出てみようとも思わなかっただけでした。
鞠莉さんが声をあげて流す涙は、あんまりにも儚くて、溶けてしまいそうで。
ルビィは近づかずにはいられませんでした。
「大きなホテルの金髪の子」が放つ輝きなんかじゃありません。
鞠莉さんが流す不格好な輝きに、どうしても触れてみたいと思ったのです。
ううん、触れなければならないとまで、思ったのです。
気がつくと、ルビィと鞠莉さんは手を取り合って、ぽろぽろ、ぽろぽろ、宝石を生みつづけていました。
それらは沈みかけた太陽をきらきらと反射したまま、次々に服へと染み込んでいってしまうのです。
それでも、今日2人がつくった宝石には、きっと一生分の値がつくでしょう。
肌寒い空気と、チュロスの匂いと、錆びついた音楽と。
そして両手の、あたたかさと。
少なくともルビィは、この日のことを大事に大事に覚えておこうと、そう思いました。
  *
36: 以下、
  *
ルビィ「お姉ちゃんをよろしくお願いします」
書類を抱える鞠莉さんと果南さんに、ルビィは頭を下げました。
秋は学校も大忙しです。
少しやりすぎなほど動き回るお姉ちゃんと、出張の多い鞠莉さんと、2人を助ける果南さん。
鈍くさいルビィには、やっぱり入る隙なんてありませんでした。
でも、少しだけ、ほんの少しだけ変わったことだってあるんです。
ルビィ「あのっ、ま、鞠莉ちゃんっ!」
鞠莉「んー?」
ルビィ「今日も出張、頑張るびぃ!」
鞠莉「Thank you、ルビィ! まあ、お菓子もあるのね!」
ルビィ「お腹がすいたら食べてね!」
鞠莉さんはちょいと包みをつまむと、大事そうに鞄にしまってくれました。
37: 以下、
ダイヤ「昨晩何を頑張っていたかと思えば……」
果南「おおっ、こりゃ鞠莉は頑張らなきゃね!」
鞠莉「もう、からかわないで」
少しだけ赤らんだ顔で、鞠莉さんは身をかがめました。
月のような瞳がすうっと笑います。
鞠莉「ルビィたちも頑張るびぃ、よ?」
ルビィ「うんっ、もちろんです!」
歳も違うし、住む世界も違う。
髪の色だって、目の色だって、できることだって全然違います。
それでも、同じ場所にいるんだって、手を取り合う仲間だって、知っているから。
ダイヤ「なんだか、前よりも仲良くなっていませんか?」
目を見合わせて、ウインクひとつ。
ルビィ「お姉ちゃんには内緒だもんっ!」
しゃらしゃらと、新品の髪飾りが跳ねました。
End
38: 以下、
終わりです。お目汚し失礼しました。
ルビィちゃんお誕生日おめでとう!
41: 以下、
乙です
読んだら週末の疲れが和らいだ
細やかな心理描写のせいかサンシャインのアニメ自体を観てなくても楽しめた
43: 以下、
二人ともかわいい
元スレ
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