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喪黒福造「あなたを小説家にして差し上げましょう」


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1:
喪黒「私の名は喪黒福造……人呼んで笑ゥせぇるすまん」
喪黒「ただのセールスマンじゃございません」
喪黒「私の取り扱う品物は心……人間のココロでございます」
               
 
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3:
喪黒「この世は老いも若きも男も女も、心の寂しい人ばかり」
喪黒「そんな皆さんの心のスキマをお埋めいたします」
喪黒「いいえ、お金は一銭もいただきません」
喪黒「お客様が満足されたら、それがなによりの報酬でございます」
喪黒「さて、今回のお客様は……」
少節化 奈郎(25) フリーター
オーッホッホッホッホッホ……
               
          
6:
―自宅―
奈郎「さぁて、昨日小説を更新したけど、感想はついてるかなぁ……」
奈郎「山場だし、きっと一つぐらいは……」
奈郎「……」ドキドキ
奈郎「一つもついてない……!」
奈郎「くそっ、なんでだ! ぼくの小説は絶対面白いと思うんだけどなぁ……」
               
          
10:
―書店―
≪大人気WEB小説の最新刊!≫
奈郎「……」
奈郎(この平積みになってる本……ぼくも投稿してる小説サイトで人気No.1のやつだ)
奈郎(この人が更新すると、ファンからどっさり感想がついて、あげく書籍化されて……)
奈郎(ぼくが更新しても、感想なんか一つもつかない。書籍化なんて夢のまた夢のまた夢だ)
奈郎(一体なにが違うっていうんだ……)ギリッ
               
          
24:
喪黒「こんばんは」ヌゥッ
奈郎「うわっ!?」
喪黒「オ〜ッホッホッホ、これは失礼」
喪黒「さっきからこのライトノベルのコーナーをじっと眺めておりましたが……」
喪黒「あなた、ライトノベルがお好きなんですか?」
奈郎「え、ええ、まあ」
喪黒「近頃は若者向け小説、ライトノベルの読者が増えてきているようですな」
喪黒「しかも最近では、WEB上でプロ作家でない方が公開した作品が」
喪黒「出版社の目にとまって本にしてもらえる、ということもあると聞きます」
喪黒「そうやって眠っていた才能が発掘されるというのは、大変素晴らしいことです」
奈郎「ええ……そうですね」
喪黒「あなたもそういった掘り出し物を探されてる、といったところですかな?」
奈郎「はい……これだけあると、どれを買うか迷ってしまいます」
               
          
33:
喪黒「本当ですか?」
奈郎「え?」ドキッ
喪黒「あなた……本当は読むよりも書く方が好きなのでは?」
奈郎「な、なにをいうんですか、いきなり」
喪黒「今こちらのコーナーを見ているあなたの目……」
喪黒「どちらかというと、どの本を買うか迷っている、というよりは」
喪黒「どうして自分の小説がここにないんだろう、という眼差しに見えたもので……」
奈郎「!」ギクッ
奈郎「バ、バカなことを! そんなこと思ってませんよ!」
奈郎「失礼します!」スタスタ
喪黒「……」
               
          
36:
―自宅―
奈郎「さて……今日はどうかなっと……」
奈郎(……あ、感想が一つついてる! やった!)
『頑張って読んでみたけどつまらなかった、才能ないよ』
奈郎「……!」
奈郎「ふ、ふざけるな!」
奈郎「才能がないだと!? お前の見る目がないだけだ!」
奈郎「くそっ、くそっ、くそっ、くそっ、くそっ!」
               
          
38:
―書店―
奈郎「ハァ……」
奈郎(なんでぼくの小説はウケないんだろう……やっぱり才能がないんだろうなぁ)
喪黒「おや、またお会いしましたな」ヌゥッ
奈郎「うわっ!」
喪黒「またライトノベルのコーナーを眺めていたのですか、少節化さん」
奈郎「ええ、まあ……って、なんでぼくの名前を!? あなた何者なんですか!?」
喪黒「おっと、申し遅れました。私、こういう者です」スッ
奈郎「ココロのスキマをお埋めします……?」
               
          
40:
喪黒「私、人々のココロのスキマを埋めるボランティアをしておりまして」
奈郎「ボランティア……?」
喪黒「はい、つまりお金は一銭もいただきません」
奈郎「はあ……」
喪黒「ま、どうです? 私の行きつけのお店で一杯」
喪黒「もちろん、私のおごりです」
               
          
41:
―BAR魔の巣―
マスター「……」キュッキュッ
奈郎「……そうなんです」
奈郎「ぼくはあるWEBサイトで小説を連載してるのですが、全然人気出なくって」
奈郎「書籍化されてるWEB小説を書店で見るたび、彼らとの差を痛感してしまうんです」
喪黒「オーッホッホッホ……なるほど、なるほど」
喪黒「あなたのお気持ちは痛いほどよく分かります」
喪黒「人間、自分の好きなことで思うように認められないことほど苦しいことはないですからなぁ」
               
          
42:
魔の巣キター
               
          
43:
喪黒「ところで、あなたは……プロの小説家になりたいのですか?」
奈郎「いやいやいや、そんなまさか! 小説家になろうだなんて思ってませんよ!」
奈郎「自分に才能がないというのは、嫌というほどよく分かりました」
奈郎「ただ……せめて一度ぐらい……」
奈郎「いくらかの人に褒めてもらえるような小説を書いてみたいんです」
喪黒「ささやかながら、切実な望みをお持ちのようですなぁ〜」
喪黒「でしたら……」
               
          
45:
喪黒「これからはこのサイトで、小説を書いてみて下さい」スッ
喪黒「きっとあなたの望みが叶えられると思います」
奈郎「なんですか、このサイト? ……≪小説家になれる≫? 初めて聞きました」
喪黒「そこはある出版社が運営してる、新しい小説サイトでしてね」
喪黒「あなたの小説が今までウケなかった原因は、おそらく読む側に原因があるのです」
喪黒「どんなにレベルの高い小説を書いても、お客のレベルが低ければウケるわけがありません」
奈郎「た、たしかに……!」
奈郎「今いるサイトの読者連中はみんなレベルが低くって……!」
喪黒「ホッホッホ、そうでしょうそうでしょう」
喪黒「ですが、そのサイトならば、きっとあなたの小説を面白がる方が多いと思いますよ」
奈郎「本当ですか!?」
喪黒「ただし、あまり高望みはなさらないで下さい。それがあなたのためです」
奈郎「ハハハ、分かってますよ」
奈郎「自分の小説がある程度ウケてくれれば、ぼくはそれで満足なんですから」
               
          
47:
―自宅―
奈郎「さっそく、≪小説家になれる≫ってサイトにいってみるか」
奈郎「ふーん、基本的なシステムは、ぼくが書いてたところとほとんど同じだな」
奈郎「じゃあこっちに今まで温めてた小説を投稿してみるか」
奈郎「えーっと……」カタカタ
               
          
48:
次の日――
―自宅―
奈郎(ふう、やっとバイト終わった)
奈郎(≪小説家になれる≫に投稿したぼくの小説はどうなってるかな?)
奈郎(ま、書く場所を変えただけで劇的にウケる、なんてことがあったら苦労はないけど)
奈郎(せめて感想が一つぐらいついてればいいなぁ……)
               
          
49:
奈郎「――え!?」
『主人公のキャラがとても魅力あるね!』
『読みやすい。文章力高いわこの作者』
『こんなに先が気になる小説は初めて読んだよ!』
『期待の新人だな』
『これ書いたのもしかしてプロじゃない? プロでしょ?』
奈郎「ものすごい数の感想だ! しかも、どれも褒めてくれてるのばかり!」
奈郎「次の更新はもっと後にしようと思ってたけど……」
奈郎「これだけ期待されたら、更新しないわけにはいかないな」
奈郎「さっそく執筆しよう!」カタカタ…
               
          
51:
『おおっ、更新早くて嬉しい!』
『主人公どうなっちゃうんだ〜!』
『台詞回しがものすごくセンスあるよね。読んでて楽しい』
奈郎「おおっ、更新するなりどんどん感想がつく!」
奈郎(そうか……喪黒さんのいうとおり、ぼくは書く場所を間違えていたのか!)
               
          
52:
―BAR魔の巣―
マスター「……」キュッキュッ
奈郎「喪黒さん、ありがとうございます!」
奈郎「あのサイトの読者は、ぼくの小説と波長がピッタリみたいです!」
奈郎「更新するたびに感想がつくわファンは増えるわ、で嬉しい悲鳴ですよ!」
喪黒「ホッホッホ、それはなによりです」
奈郎「おっと、もうこんな時間だ」
奈郎「小説を更新したいんで、今日はこれで失礼します!」
喪黒「ファンを待たせてはいけませんからな。頑張って下さい」
喪黒「……」
               
          
53:
沈黙が怖い
               
          
55:
奈郎(いきなりものすごく強い新キャラが助っ人にくるのは、さすがにご都合主義すぎるかな……)
『新キャラがさらに魅力あっていいね!』
『こういう思い切った展開には好感が持てるわ』
奈郎「そうだろう、そうだろう」

奈郎(よーし、実はこいつが敵だったってことにしよう!)
『まさかこいつが敵だったなんて!』
『ショックだぁ〜、でもますます続きが楽しみになった!』
奈郎「よしよし、さすがぼくの読者、いいリアクションをしてくれる」
奈郎(どんな展開にしてもみんな褒めてくれるし、ランキングはダントツ一位だし……)
奈郎(ぼくって……小説の才能があったんだなぁ……)
               
          
56:
まだ誠実な人間
               
          
58:
奈郎(だけどちょっと待てよ?)
奈郎(これだけヒットしてるなら、そろそろ書籍化の話が来てもいいはずだよな?)
奈郎(この≪小説家になれる≫を運営してるのは出版社って話だし……)
奈郎(あ、そうか。これだけの人気作品だから、書籍化に慎重になってるのかもしれないな)
奈郎(だったら電話して時機を逃しちゃいけませんよ、って発破をかけてみるか)
奈郎「あのー、もしもし、○○出版社さんですか?」
               
          
59:
調子乗りだしたな…ここからどうなる
               
          
60:
電話『ご用件は?』
奈郎「私、そちらで運営している≪小説家になれる≫でランキング一位の作者なんですが」
電話『あー……はいはい』
奈郎「そろそろ書籍化する頃かなー、と思って電話してみたんですけど」
電話『書籍化? あー、はい、まあ、いずれ……ね』
電話『それじゃ失礼します』プツッ…
奈郎「……」
奈郎「うーん、なんか歯切れが悪かったな」
               
          
61:
奈郎(あれだけの人気小説を本にしないわけがない)
奈郎(もしかしてWEB小説なのをいいことに、ぼくに無断で書籍化しようとしてるんじゃ!?)
奈郎(もしそうだとしたら、大変だ!)
奈郎(ぼくはあれだけ苦労して書いてるのに、印税をもらえなくなっちゃう!)
奈郎(そうだ! きっとそうに決まってる!)
奈郎(こうなったら直接出版社に出向くしかない! ……直談判だ!)
               
          
62:
―出版社―
編集者「だから、書籍化の予定なんてないですって……」
奈郎「そんなはずがない!」
奈郎「ぼくに無許可で出版しようとしてるんでしょう! 絶対そうだ!」
編集者「そんなことないですって……」
奈郎「!」チラッ
奈郎(あそこにある原稿……ぼくの小説のタイトルが書いてある!)
奈郎「ほらやっぱり! ぼくの小説の書籍化が進んでるんじゃないですか!」ピラッ
編集者「あっ、それは――」
               
          
64:
奈郎「……!?」
奈郎「≪小説家志望者をとことんおだてるとどうなるか!≫……!?」
奈郎「なんですか、これは!?」
編集者「あちゃ〜……バレちゃったか」
編集者「もっと穏便にネタばらしするつもりだったんだが、こうなったら仕方ない」
編集者「これはね、その名の通りの企画だよ」
編集者「≪小説家になれる≫っていう嘘サイトを立ち上げて」
編集者「ターゲットである投稿者、つまりあなたをおだてまくって」
編集者「一体どうなっちゃうのか、経過を観察するっていう雑誌の企画だったんだよ」
奈郎「違う! ……こんなの、こんなのウソだ!」
編集者「本当だってば」
               
          
65:
Oh…
               
          
66:
奈郎「じゃあ、じゃあ……あの感想はなんなんだ! みんなぼくを褒めてくれたぞ!」
編集者「そりゃもちろん、サクラだよ」
編集者「だいたい君ね、あんな小説があれほど大絶賛されるなんておかしいと思わなかった?」
編集者「設定は陳腐だし、展開はひどいし、キャラクターはどこかで見たようなのばかりだし」
編集者「逆ギレするわけじゃないが、今までバレなかったのが不思議に思ってるくらいなんだ」
奈郎「……!」
編集者「しかしまあ、もちろん謝礼は出すし、なんなら小説に真面目にアドバイスしてあげても……」
奈郎「ふ、ふ、ふ、ふざけるな!」
奈郎「ぼくは天才なんだ!」
奈郎「天才小説家なんだぁぁぁぁぁっ!!!」
               
          
68:
奈郎「――ちくしょう!」
奈郎「あんなのウソだ……絶対ウソだ……!」ブツブツ…
奈郎「ぼくは天才なんだ! ノーベル文学賞だって取れるんだ……!」ブツブツ…
喪黒「オ〜ッホッホッホッホ……」
奈郎「!?」
喪黒「少節化さん、残念ながら私の忠告を守って下さらなかったようですな」
奈郎「あっ、喪黒さん! ひどいじゃないか! あんなサイトを紹介するなんて!」
奈郎「なにが≪小説家になれる≫だよ! 騙しやがって!」
喪黒「だからいったではないですか。高望みしない方があなたのため、だと」
喪黒「高望みさえしなければ、あなたはあのままいい気分で小説を連載することができたのです」
               
          
69:
喪黒「それに、あなたは全ての真実を知った瞬間、全てを受け入れ」
喪黒「小説家をきっぱり諦めるか、あるいはせっかくできた出版社との繋がりを生かし」
喪黒「本気で小説家を目指してみるか……どちらかの選択もできたはず」
喪黒「しかし、あなたはそのプライドの高さで、どちらも選ぶことができなかった」
奈郎「ぐ、ぐ、ぐ……!」
喪黒「しかし、私もあなたを深く傷つけてしまったことについて、心から責任を感じております」
喪黒「こうなったら仕方ありません」
奈郎「あ、あ、あ……」
喪黒「あなたを小説家にして差し上げましょう」
               
          
70:
喪黒「ドーン!!!」
奈郎「うわあああああああああっ……!」
あああぁぁぁぁぁ……!
               
          
71:
……
…………
―書店―
≪大人気WEB小説がついに書籍化!≫
客A「お、これついに本になったんだ! 買っていこうかな!」
客B「どんな小説なんだ?」
               
          
75:
客A「盗作やら不正やらで成り上がった悪徳小説家を、正義の小説家が退治するって内容だ」
客B「へえ〜、面白そうだな」
客A「展開もスリリングでさ、読み始めたら止まらないんだ!」
客B「最近のWEB小説はレベルがどんどん上がってるっていうもんなぁ」
客A「――で、悪徳小説家の名前はなんていったっけ……」
客A「たしか……少節化奈郎って名前だったような……」
喪黒「……」
               
          
76:
なるほど
               
          
77:
喪黒「少節化さんが登場している小説が大人気になったようでなによりです」
喪黒「小説家になりたくてもなかなかなれない人が多い中」
喪黒「小説の中とはいえ有名作家になれた彼は……むしろ幸せ者といえるでしょう」
喪黒「きっと彼も本の中で、満足していることでしょうなぁ〜」
喪黒「オ〜ッホッホッホッホッホ……」
―おわり―
               
          
79:
おつ
おもすろかった
               
          
80:
この後味の悪さ、うまいね
               
          
82:
中の人になっちゃたのか
               
          
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