八幡「やはり俺のアイドルプロデュースはまちがっている。」凛「またね」back

八幡「やはり俺のアイドルプロデュースはまちがっている。」凛「またね」


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1:
俺ガイルとモバマスのクロスSSです。
モバマス勢がメインなので俺ガイル側の出番は少ないです。
ヒッキーのこれじゃない感はご容赦を。
ホントのホントに今度こそ、ヒッキーと凛ちゃんのこれからを願って!
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八幡「やはり俺のアイドルプロデュースはまちがっている。」
http://ex14.vip2ch.com/test/read.cgi/news4ssnip/1374344089/
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八幡「やはり俺のアイドルプロデュースはまちがっている。」凛「その2だね」
http://ex14.vip2ch.com/test/read.cgi/news4ssnip/1377037014/
前前前々スレ
八幡「やはり俺のアイドルプロデュースはまちがっている。」凛「その3だよ」
http://ex14.vip2ch.com/test/read.cgi/news4ssnip/1387391427/
前前々スレ
八幡「やはり俺のアイドルプロデュースはまちがっている。」凛「これで最後、だね」
http://ex14.vip2ch.com/test/read.cgi/news4ssnip/1396804569/
前前スレ
八幡「やはり俺のアイドルプロデュースはまちがっている。」凛「ぼーなすとらっく!」
http://ex14.vip2ch.com/test/read.cgi/news4ssnip/1407691710/
前スレ
八幡「やはり俺のアイドルプロデュースはまちがっている。」凛「きっと、これからも」
http://ex14.vip2ch.com/test/read.cgi/news4ssnip/1437327446/
SSWiki : http://ss.vip2ch.com/jmp/1465225109
8:

人には得手不得手というものがある。
得意であることと、そうでないこと。その内容や数に差はあれど、誰しもが等しく持ち得ているもの。
勉強は出来るが、運動が苦手。歌は下手だが、絵が描ける。
なんだっていい。挙げればキリが無い程に、人にはそれぞれ得手不得手がある。幅広く言ってしまえば、ルックスや性格だってその内に入れてしまって良いだろう。
そんな誰もが当たり前のように受け入れているそれは、しかし実際の所は不条理な事この上ない。
この世の中には、得手よりも不得手の方が多いと嘆く者の方が、圧倒的に多いのだから。
八幡「…………」
そして例によってこの俺もその一人。
勉強も出来るし、運動も苦手ではない。手先も割と器用だし、顔だってそこそこ良い。
だが悲しきかな、そんな基本ハイスペックな俺でも、友達と恋人だけはいない。とある冷酷非道才色兼備女子から言わせれば、もうそれだけで補って余りある程マイナスらしい。……あくまでも言われた当時の話だが。
どうやら机や手元に向き合う事は得意でも、他人と向き合う才は与えられなかったようだ。
9:
八幡「……………」
本当に嫌になるよな。何が嫌になるって、得手不得手がある事を良しとせず、欠点がある事を許せない輩が多い事だ。
そりゃ、誰だって苦手を無くせるものならそうしたい。努力や反省で直す事が出来るのなら、それは本当に素晴らしいと、俺だって思う。
だが、現実はそんな簡単にはいかないのだ。
八幡「…………」 きょろ
人にはどうしたって変えられないものがある。出来ない事がある。払拭できないコンプレックスや、癒えない古傷があるんだ。
出来ない事を出来るようになる。乗り越えられない壁を、乗り越えられるようになる。なるほど。それは素晴らしい。
しかしそれは、一部の人間のみだ。誰もが、そう易々と叶えられると思うな。
自分が出来る事を、他人も出来ると思う等、なんと傲慢なことか。
八幡「…………」 きょろきょろ
世界はそこまで等しくはない。
誰しもが等しく悩みを抱えていても、その内にある全容は、不平等と言える程に格差がある。
他人でも、自分でも、そんな暗い部分を認めずしてどうする。どうして、出来ない事を肯定してやれない。
得手があるなら良いじゃないか。不得手があったって、それを補って余りあれば良い話じゃないか。
弱い所に劣等感を感じるのは仕方がない。恥るのも分かる。だが、悪とする必要は無い。
得手も不得手も、等しく、己の一部なのだから。
10:
八幡「…………ふぅー……っし」
ーーだから、俺がたった今困難に立ち塞がって、足が生まれたての子鹿みたいになっちゃってるのもどうしようもない事なんだ。うん。きっとそうなんだ。
情けない両足を必死に動かし、目標へと近づいて行く。
狙うは、あのコンビニ前で談笑する女子高生二人組だ。俺としてはボブカットの子の方を推したい。……いや、狙うって何だよ。別にあれですよ? 声かけ事案とか、そういうつもりではなくてですね、会社から頼まれた仕事で仕方なく…
「ねぇ、ちょっと」
八幡「は、はい……?」
後ろからの呼びかけに、恐る恐る振り返る。
そこに立っていたのは、怪訝な顔をした警察官。……警察官?
「スーツ姿の不審な男がうろついてるって近隣住宅から通報があったんだが……署までご同行お願い出来るかな?」
八幡「…………」
あ、マジで事案になったね。
気付けば周りの人たちからの視線が痛い。目標のJK二人も蔑むような視線をこちらに向けていた。
八幡「……………………はい」
なんとかかんとか、声を絞り出して返事をする。
なんか警官が「随分若いねー」とか言ってるけど、ショックがデカ過ぎて頭に入ってこない。
はぁ……これ、あれか。会社に連絡されるパターンか。ちひろさんとアイドルたちに笑われちゃう奴か。頼むから凛だけにはバレたくないな。
だから俺には無理だって言ったんだよ、スカウトなんて。
11:

“新たな企画の為に、アイドルのスカウトをして貰いたい”。
社長がそう言ったのは、三日程前のこと。
最初にその発言を聞いた時は、それはもう耳を疑ったものだ。というより脳が理解する事を拒否していた。
俺が?
知らない人間を?
スカウト?
無理だ。普通に考えて無理だ。案件になること間違い無しだ。ってかホントになった。
知り合いの人間ですら上手くコミュニケーションを取れないというのに、何故そんな暴挙が出来ると思うのか。小一時間問い詰めたい。ってか問い詰めたよかなりの焦りをもってね!
しかし社長は心配は無いと言うばかり。
なんでも今回のその企画というのは、既にデビュー済みの現役アイドルと、初々しい新人のアイドル候補生たちによる合同バラエティ番組らしい。
つまりは蘭子の時と似たようなパターンだ。
光る原石をスカウトし、そしてそのまま番組出演。その後にデビューが確定するわけではないが、候補生たちにとってはまたと無いチャンスと言える。
「新人枠の方には既に何人か候補がいるから、無理にスカウトしてくる必要はない。だが、プロデューサーとして経験しておくのは大切な事だよ」と、社長は言っていた。
なのでダメで元々。当たって砕けてもいいし、めぼしい子が見つからないのであれば諦めてもいい。そう気楽に当たってほしいと社長は思ってるんだろうが……実際、そういうわけにもいかない。
12:
正直、無理しなくてもいいのであれば俺は投げ出す気満々でいた。不審者扱いされる可能性だって否定出来ないからな。ってか実際された。
けど、そう簡単に割り切れなかった。割り切れないんだよぉ……!
俺にスカウトの話をした時、最後に社長はこう言っていたのだ。
社長『そうだ。もしも上手くスカウト出来たなら、番組の現役枠の方に渋谷くんを抜擢しようか。それくらいの見返りは考えないとね』
現役枠への、抜擢。
それはつまり、テレビ出演……!
凛の名が売れて来たと言っても、テレビでの仕事はやはり貴重だ。こんなチャンスをみすみす逃す理由は無い。
だから、だから俺は、何としてもスカウトを成功させないと……!
凛の為にも、スカウトしなきゃ…………って思ってたけどやっぱキツい! SAN値がガリガリ削られる! こんな挙動不審じゃお縄になっても文句言えねぇぞ! ってかなった!!
八幡「……と、まぁそんな紆余曲折を経て、現在に至るというわけだ」
「なるほどー。それは大変でございましたねー」
13:
とある公園のベンチ。
派出所でお巡りさんに必死こいて説明して、会社に電話してやっと分かって貰えて、なんとか解放されたのがついさっき。
近くにあったこの場所で、俺は見事に項垂れていた。
それも、見ず知らずの人間に吐露する程に。
「プロデューサーというお仕事も、簡単には行かないものでございますねー」
八幡「本当にな……」
手に持っているアイスを一口齧る。
あぁ…甘い……
この真ん中でパキッと割って二本になるアイス、久しぶりに食ったな。このチープな味が懐かしくてなんとも美味い。
このアイスは隣に座る少女から分けて貰ったもので、もう一本はその少女が食べている。
美味しそうに顔を綻ばせている少女。
褐色の肌に奇麗な金髪がよく映える。瞳を見てみれば、深い海を想像させるかのように青く澄んでいる。
日の光に照らされた少女の姿は、幼さを垣間見せながらも、どこか神秘的な美しさを感じさせた。
八幡「…………」
「美味しいでございますねー」
八幡「…………なぁ」
「なんでございますですか?」
八幡「……………………どなたでございますか?」
14:
凛がいたら「今更!?」と突っ込まれること請け合いな質問。
いや、本当に今更で申し訳ないんだけど、本当に誰? アイスを貰って、身の上話まで聞いて貰って、しかし名前も知らない。分かる事と言えば、異国の方だという事くらいか。見れば誰だって分かる。
「わたくしはライラさんですよー」
俺の失礼とも言える質問に、しかし彼女は怒ること無く、むしろ感情を感じさせないくらいの表情で返事をしてくれた。
ライラ……って確かアラビア系の名前だったか? あまり詳しくはないが、そっち方面の国出身なのかもしれない。なんだか冒険にでも行けそうな名前だ。
八幡「そうか。……アイス、ありがとな」
ライラ「いえいえ。困った時はお互い様、という言葉が日本にはありますです。日本は良い国ですねー」
ぽけーっというか、にぱーっというか、そんなのほほんとした笑顔で言うライラ。
なんつーか、毒気を抜かれる思いだな。こいつには邪な気持ちなんて存在するのかと疑いたくなるほど純粋そうな顔だ。
ライラ「貴方様は、なんというお名前でございますですか?」
八幡「比企谷八幡だ」
ライラ「では、八幡殿でございますね。よろしくお願いしますですー」
そして、また笑顔。
人懐っこいというか何というか、壷とか買わされないか心配になる奴だな。
でも、良い奴だ。間違いなくそう言える。
八幡「……まてよ」
15:
これはもしかして、絶好のチャンスではなかろうか?
何でかは知らんが、こいつは今俺の事を怪しもうともせず、話を聞いてくれている。ちょっと抜けている感はあるが、見た所美少女と言って差し支えない容姿だ。制服を来ている事から恐らくは華の女子高生だという事が連想できる。外国人という点も、上手くすれば他の新人たちに差を付けるアドバンテージになるかもしれない。
……いける! これは、もしかしなくてもいけるじゃないか!
今こそ、スカウトのチャンス――ッ!
八幡「…………なぁ、ライラ」
ライラ「なんでございます?」
八幡「これ」
俺はスーツの内ポケットから名刺ケースを取り出し、一枚だけ抜き取って、それをライラに差し出す。
ライラ「……おー」
八幡「改めて、シンデレラプロダクションの比企谷八幡だ」
鼓動が高鳴る。
通報される心配が無いと分かっていても、緊張感はどうしたって拭えない。
さぁ、躊躇わず、言うんだ。
今こそ――
八幡「お、お前こそ良ければ、アイドルに…」
ライラ「ライラさんと同じ事務所でございますですねー」
八幡「そう、同じ事務所に…………え?」
え? なんて?
16:
ライラ「ライラさんもデレプロのアイドルでございますよ。奇遇ですねー」
八幡「……………」
一瞬、思考が固まった。
ええええええぇぇぇぇぇぇぇ……
デレプロの、アイドル……? こんなん流石に予想外だ。奇遇どころの騒ぎではない。
ライラ「八幡殿がデレプロのプロデューサー殿とは、驚きなのでございますよ」
驚きなのはこっちでございますよ。ってかそう言うライラのが全然驚いてるようには見えない。本当に君感情とかあるのけ?
八幡「……じゃあ、何。もう既にアイドル活動してるわけなのか」
ライラ「あー…あまりやってないですねー。とても黒い社長さんにスカウトされたのが、先月くらいでございますからねー」
とても黒い社長という面白い言い回しはともかくとして、そうか、既にスカウト済みだったか……。いや、あの社長貪欲過ぎでしょ。なんでスカウトしようとした子が既にスカウトされてるの? これがアイドル事務所社長の慧眼か……
しかしスカウトされたばかりというのを聞いて少し納得した。見覚えが無かったのも、まだあまり目立った活動をしていなかった為か。
八幡「まぁ、断られるよりは良かった……のか?」
とりあえず、スカウトが失敗したという事は分かった。
またこれで振り出しかぁ……
がくっと、自然と肩をおりる。これ以上ないチャンスだと思ったんだけどなぁ。
だが、そこで隣に座るライラから以外な言葉を聞く。
17:
ライラ「……でももしかしたら、アイドルじゃなくなるかもしれないですねー」
八幡「は?」
アイドルじゃ、なくなる?
一体どういう意味かとライラの方を見てみれば、その表情は先程よりも少しばかり暗い……ような気がする。
ライラ「ライラさん、お金に困ってるでございますよ。今はアパート暮らしで……それは幸せでございますけど、難しいです」
八幡「……さっき、あまり活動できてないって言ってたな」
ライラ「はい。レッスンは楽しいですけど、アルバイトもあるので大変でございますです」
アイドル業とバイトの両立。
それはまだあまり売れてないアイドルにしてみれば、酷く切実な問題であった。仕事を貰えないんじゃ他にバイトでもしないと生活できない。だが、それだけキツいスケジュールじゃ身が保たない。学校にも通わないといけないし、外国から日本に来てそんな酷な生活じゃ確かに堪える。
こんな飄々としてはいるが、心労は半端じゃないだろう。
八幡「それじゃあ……アイドル、辞めるつもりなのか?」
恐る恐る聞いてみる。先程の言い回しじゃあ、続けるのが困難なように聴こえたからな。
しかし、ライラの返答は思いの外希望に満ちていた。
ライラ「できれば、続けたいでございます。アイドルは、楽しくて、幸せでございますから」
その顔は、先程よりも少しばかり明るい……ように思えた。
18:
ライラ「今度、初めてテレビ出演するかもしれないのでございますよ」
八幡「っ! そうなのか?」
ライラ「はい。それがダメだったら、辞めるかもしれません」
八幡「…………」
ライラ「だから、お仕事を頑張って、アイドルをやりたいのです」
頑張って、アイドルに。
そんなライラの姿を見ていると、とても懐かしい気持ちを覚える。
まだCDデビューも、テレビ出演も無く、ただただ上を目指していた時期が、俺の担当アイドルにもあった。
彼女は成功する事が出来た。だが、そこに辿り着けるのはほんの一握り。誰もが夢見るそのステージは、あまりにも狭き門。
この異国の少女が目指している頂きはそういう場所で、だが、だからこそ夢に見る。
そんな彼女だからこそ、眩い程に輝かしく、美しい。
……社長も俺も、スカウトしたくなるわけだよ。
八幡「そうか。……頑張れよ」
だから、俺は彼女の行く末を祈ろう。
ライラ「頑張りますです。お家賃とアイスの為にも」
八幡「お家賃とアイス」
このアイス好きで節約家なちょっと変わった異国の少女。
同じ事務所なら、いつか臨時プロデュースをする機会もくるかもしれない。
もしそうなれば、仕方が無い。甘んじて依頼を引き受けるとしよう。
だってきっとその時は、彼女は立派なアイドルになっているはずなのだから。
19:

ライラと分かれた後、もう少しだけスカウトが出来ないかと奮闘はしたものの、結局成功する事は無かった。
さすがにもう通報はされちゃいかんと気を付けていたので、行動が制限されてたしな。仕方ないね。うん、仕方ない。
仕事を手に入れる事が出来ず凛には申し訳ないが、こうなれば他の仕事を取ってきて挽回するしかないな。凛も無理しなくて良いと言っていたし、分かってくれるだろ。情けないプロデューサーであった。
とりあえずは、社長に謝罪と報告だな。
事務所へ戻り、そのまま社長室へと向かう。こういう時は社長のあのフランクさがとても有り難い。
扉の前に立つと、何やら中から話し声が聴こえてきた。
ちひろさんか? まぁ、もし間が悪いなら後で良いと言われるだろうし、とりあえず顔は出しとくか。
数回ノックをすると、中から入って良いと返事が来る。
失礼しますと言いつつ扉を開くと、そこに居たのは社長と、ある意味じゃ予想外の人物であった。
社長「比企谷くんか。どうかしたかね?」
「…………」
社長の前に立つ、険しい表情をした40代程の男性。
その眼光は鋭く、スーツ姿から一瞬ヤーさんかと見紛うくらいだ。正直めっちゃ怖いです。
一応、彼とは俺も面識はある。彼はこのシンデレラプロダクションの常務。
まぁ、言ってしまえば上司ってやつだ。
八幡「スカウトの件の報告に来たんですが…」
社長「ああ。やっぱり、難しかったかい?」
八幡「……ええ。すいません」
20:
苦笑する社長に対し、頭を下げる。
申し訳ないが、やはり俺には荷が思い。
社長「大丈夫だよ。他のプロデューサーくんたちにも頼んではいるし、期待できそうなアイドル候補生も何人かはいる。ご苦労だったね」
本当にこの社長は人が良いな。企画で参加した一般Pとはいえ、ここまで良くしてくれると申し訳なさでいっぱいだ。こりゃ社畜にもなる。ならんけど。
社長「そういう訳だから、候補生から決まり次第君に連絡しよう」
常務「……分かりました」
返事をしたのは静観していた常務。あれ、この人も今回の番組に関わってるのか?
社長「ああ、今回の企画は彼がメインで担当してくれていてね。今も丁度その打ち合わせをしていたんだ」
俺が不思議に思っているのを察したのか、そう説明してくれる社長。なるほどな。
……って事は、あれか。一応常務にも謝っといた方が良いよな? 担当であるわけだし、思いっきり関係してるもんな。……うん、謝っとこう。怖い。
八幡「あの、常務。すいません……」
常務「…………」
無視だった。割り易いくらいの無視。スルーと言っても良い。あれ、俺のこと見えてない?
とりあえず、常務はクールで寡黙な方なんだなぁ……と自分に言い聞かせる事にする。じゃなきゃ怖過ぎるよぉ!
そんな俺の葛藤を尚無視するかのように、常務はさっさと別の話へ移る。本当に仕事人って感じの人だな。
21:
常務「番組へ出演するアイドルですが、現役組の方を新しくリストアップしておきました。こちらが資料になります」
社長「ありがとう」
常務「基本的には社長の告げたメンバー構成ですが、こちらで調整してリストから外したアイドルもいますので確認しておいてください」
なんか、これ以上は俺がいても関係無い話になりそうだな。
邪魔になるのも悪いので、一礼して部屋を後にする事にする。
常務「除外したのは…」
しかし、踵を返した所で、俺は思わず足を止める事になる。
というのも……
常務「ライラ、というドバイ出身のアイドルです」
聞き捨てならない名前を、聞いたから。
社長「ライラくんを外したのかね? 一体どうして?」
常務「彼女は未だ経験が浅い。テレビ出演するには、今回の企画はまだ早いと判断致しました」
社長「ふむ……」
22:
常務の言い分に理解出来る事もあったのか、考え込む社長。
ちょっと待て。ライラを、今回の企画から降ろすだと?
あいつは、初めてテレビに出演出来ると言っていた。それが、今回俺がスカウトを任されていた番組の事だった……?
そして、もしもそれが上手くいかなければ、あいつはアイドルを辞めるかもしれないと、そう言っていた。
それなのに、出演すら、出来ない……?
そんなのは、そんなのはあまりにも酷じゃないのか。彼女の折角のチャンスを、奪い取っていいのか?
良いわけが、無いだろ。
八幡「……待ってください」
思わず、声を出す。
二人の視線が俺に向けられる。ここで黙って見過ごすわけには、いかなかった。
八幡「ライラを今回仕事から外すって……その、考え直してくれないっすか?」
社長「比企谷くん……?」
常務「…………」
社長は怪訝そうな表情を浮かべるが、常務は変わらず無表情なまま。だが、その目は俺に向けられたままだ。彼はまだ、俺の言葉を待っている。
八幡「あいつとは知り合い……って程でもないんすけど、聞いたんです。今回の企画にかけてるって」
常務「…………」
八幡「生活が苦しいみたいで、もしも企画がダメだったら、アイドルを辞めるかもしれないって。だから、せめて出演だけでも…」
常務「甘えだな」
八幡「っ!」
23:
ずん、と。その言葉がのしかかる。
元々低い彼の声が、更に重く、俺へと投げかけられた。
常務「そんな個人の私情を仕事に持ち込むわけにはいかない。降板は変わらん」
八幡「なっ……」
俺が思わず絶句すると、そこで社長が見咎めたのか割って入る。
社長「待ちたまえ。もう少し詳しく話を聞いてからでも…」
常務「彼女を現役アイドルとして出すには技量不足と言わざるを得ません。リスクも高い。既に企画会議で取り決めた内容を変更するのは難しいかと思います」
八幡「いや、だからって……!
俺が抗議しようとするも、常務は更に鋭い眼光で俺を射抜く。
常務「所詮は企画で雇われている半人前のプロデューサーが、口を挟むんじゃない」
八幡「――ッ」
それを、今言うか?
自分で言うのは良いが、人に言われと、思わずカチンとくる。
八幡「……関係ねぇだろ」
常務「なに?」
八幡「あんたがふざけた事ぬかすから、それはおかしいって言ってんだ。俺の事は関係ねぇだろ」
ギロリと、思わず俺も睨み返す。
上司とはいえ、そんな横暴を認めるわけにはいかない。
あいつの事をよく知りもしない奴が、そんな勝手な判断をして良い筈がねぇだろ。
しばしの間、無言の膠着状態が続く。
その沈黙を破ったのは社長だった。
24:
社長「その辺にしておきたまえ。もう少し頭を冷やすんだ」
八幡「……すんません。口が過ぎました」
一呼吸置いて、一応謝罪する。
別に常務の判断を許したわけじゃないが、社長の顔もあるからな。
社長「君もだよ。いくらなんでも、言って良い事と悪い事がある」
常務「……申し訳ありません」
頭を下げる常務。
いや、それ社長に謝ってるよね。俺に対してじゃないよね。
だが、それでも常務の言い分は変わらないようだ。
常務「ですが決定は変わりません。もう一度会議で話すにしても、可能性は限りなく低いという事だけは確かですので、そのつもりで」
言うや否や、さっさとこの場を後にする常務。
俺とすれ違う瞬間も、彼は俺に一瞥もくれる事は無かった。
俺が言うのもなんだが、あれだ。
いけ好かねぇ。
25:

社長「彼は元々、君と同じプロデューサーだったんだよ。それはもう敏腕のね」
事務所の休憩スペース。
昔を懐かしむように、ソファに座った社長はどこか遠くを見つめていた。
社長「別の事務所ではあったんだが、この会社が出来た時に私が声をかけてね。それから常務として働いてくれている」
八幡「そうだったんすか」
社長「気難しい所もあるが、優秀な社員だよ」
確かにその仕事ぶりは一般Pの俺でも聞き及んでいる。
だが、それにしたってちょっと非情過ぎやしないか。仕事の為とはいえ、アイドルを切り捨てるなんて。
ちひろ「元プロデューサーだからこそ、公平に徹したいというのもあるかもしれませんね。……コーヒー、お持ちしましたよ♪」
どこからともなく現れる事務員ちひろさん。テーブルの上にコーヒーを置いてくれる。
ちなみに俺のとこには砂糖とミルク付き。分かってるじゃないか。
社長「確かに、仕事がほしいのはアイドル皆が思っている事だ。贔屓にしてはいけないという彼の言い分も、間違いじゃない」
八幡「…………」
26:
甘え、と彼は言っていた。
確かに甘いんだろうな。社長の言うように、仕事がほしいのは皆一緒だ。続けられないからアイドルを辞めるというのは、何も不自然な事ではない。競争率の高いこの業界では尚更の事。
もしも俺がライラという少女と知り合わなければ、きっと気にも留めなかっただろうし、情が移ったんだろうと言われれば、何も否定できない。
だからきっと、常務の言う事は正しい。
だから。
だから俺は、このまま見過ごせば良いんだろうか。
八幡「…………」
ふと、隣に誰かが座る気配を感じる。
座った拍子に少しだけ舞う長い髪から、ふわりと花の香りがした。
凛「それで?」
彼女は、俺の担当アイドル、渋谷凛は、
凛「プロデューサーは、どうしたいの?」
俺の目を真っ直ぐに見て、問いかける。
八幡「……一応、策、みたいなものはある」
凛「あるんだ。……まぁ、どうせいつもみたいな感じなんだろうけど」
八幡「否定できんな」
27:
俺の答えに苦笑する凛。
だが呆れながらも、彼女は絶対に俺を見限ろうとはしないんだから、物好きな奴だ。
そして、物好きは何もこいつに限った話ではない。
輝子「フヒ……そこは、否定してほしいところ……」
八幡「……お前、さすがにテーブルはキツくないのか」
休憩スペースに置いてある平たいテーブル。の、下から頭を出すのは元ぼっち系アイドル星輝子。
いつもは仕事用デスクの下に潜んでいるが、今回はテーブルか。ほとんど四つん這いだよ君?
輝子「フヒヒ……いつか、挑戦したいと思ってた」
八幡「ちひろさん。自腹切りますんで、ここのテーブル買い替えません? ガラスの透けてるやつとかに」
ちひろ「あら、オシャレで良いですね♪」
輝子「お、鬼……悪魔…………八幡」
忌々しいと言わんばかりに呻く輝子。どうやら日の光にはやはり弱いようだ。
ってかその位は俺には早いって! ポストちひろだって!
輝子「……それで、八幡。策とは……?」
八幡「…………」
やっぱり、お前も訊いてくるんだな。
凛は、俺がどうしたいかと問うてきた。
そして輝子は、話を聞かせてほしいと言ってきた。
こいつら、そして、今まで担当してきた臨時アイドルは、俺なんかの事を見てくれるし、聞いてくれる。
本当に物好きで、お人好しな奴らだよ。自分が嫌になるくらいな。
28:
八幡「……凛の言うように、どうせいつもみたいな感じのやり方なんだが……お前らはどう思う?」
逆に俺が問いかけてみれば、凛は一度溜め息を吐いて、輝子は小さく笑って、愚問だとばかりに言う。
凛「いいんじゃない? それがプロデューサーのやりたい事なら、別にさ」
輝子「フヒヒ……上に同じ」
八幡「そうかい」
その言葉が、何よりも助かる。
こんな俺のどうしようもないやり方も、救いがあるように思えるから。
だから俺は、正しい事に対して、真っ向から間違えてやれるんだ。
八幡「社長」
社長「何かね?」
今まで静観していた社長は、まるで期待するかのような眼差しで、俺の言葉を待つ。
八幡「俺がスカウトした子を番組に出して貰えるって話、まだ通りますかね?」
29:

翌日、準備を整えた俺は再び社長室へ向かう。
既に社長には話を通してある。であれば、彼もきっと部屋にいるはずだ。
……あー、なんか、無駄に緊張すんな。正直かなり怖い。
大丈夫だよね? さすがに暴力沙汰とかにはならないよね? 大人しそうな感じだし、手を出すにしてもどっちかってーとチャカとか取り出しそうだ。そっちのがヤバイ。
しかし、もう後には引けない。
歩きながらも、俺は事が上手く運ぶように頭の中でシミュレーションしつつ、真っ直ぐに目的地へと向かう。
この程度の修羅場、今までも乗り越えて来たからな。
だから、きっと大丈夫だ。
予定通りの時間に到着すると、俺は扉をノックし、返事を待った後に入室する。
八幡「失礼します」
入れば、昨日と同じ面子が揃っていた。
椅子に座る社長と、その前に立つ常務。
相変わらず、常務のその表情は険しい。ってか前よりも不機嫌そうに見える。
常務「……呼び出された理由は、昨日の件ですか?」
社長「そうだ。比企谷くん、報告を頼めるかい」
八幡「はい」
社長の言葉に応じ、俺は常務の隣に立って報告を始める。
30:
八幡「シンデレラプロダクションの所属アイドルであるライラですが、今回の降板に伴い退社する事になりました」
常務「…………」
社長「……そうか」
ライラが、事務所を辞める。
報告を聞いても、常務は特に表情を変える事は無い。その様子に少々嫌な気分になるが、しかしとりあえずは置いておく。
彼は、本当に何も思う所が無いのか、それとも……
常務「…………」
八幡「それと候補生枠での出演の為のスカウトですが、何とか出てくれる子を見つけられましたので、その報告も」
俺の発言のに、ぴくりと、常務の視線がこちらに向けられたのを感じた。
ま、仕事に関係あるし、これには反応するよな。そうでなくては始まらない。
八幡「入ってくれ」
俺は扉の外で待機してるであろう彼女に、声をかけた。
常務「……っ!」
入室してきた彼女を見て、予想通り、常務は驚愕の表情を浮かべてくれる。
そうだ、その反応で当然。
なんせ入ってきたのは、常務もよく知る少女なのだから。
31:
ライラ「失礼しますです。わたくしスカウトされました、新人アイドルのライラさんでございます」
何てことのないように、出会った時のような飄々とした様子で自己紹介するライラ。
ある意味じゃ、大物の対応だなこれは。
ライラ「好きな食べ物はアイス。趣味は公園で知らない人とおしゃべりでー…」
八幡「ライラ、とりあえず自己紹介はいい」
ってか、それ趣味なの? 公園で知らない人とお喋りって……あれ、俺の事?
しかし今はそんな話をしている場合ではない。能天気なやり取り等どうでもいいとばかりに、常務がドスの効いた声を出す。
常務「……ふざけてるのか? どういうつもりだこれは」
八幡「言ったでしょう。彼女がスカウトしてきたアイドルなんですよ」
常務「馬鹿を言うな。先程お前は退社したと…」
八幡「だから、“辞めた後のアイドルでも何でもないライラを、改めてスカウトした”んですよ」
常務「ッ!?」
今回の企画は現役アイドルとアイドル候補生による合同番組。そしてライラは現役アイドルとしての出演が不可能になった。だから俺は、“アイドル候補生として出演出来るように、一度辞めて改めてスカウトし直した”のである。
32:
八幡「俺がスカウトした子は番組へ出演させてくれる……そういう約束でしたから。ですよね社長?」
社長「うむ。確かにそう言った」
苦笑しつつ頷く社長。
まぁ、昨日の時点で社長には確認して了承は得てあるけどな。元々ライラが出れない事は良く思っていなかったようだし(そもそも社長がスカウトしてきたし)、何とか引き受けてくれた。
常務「そんな屁理屈で……!」
八幡「実際、問題なんてありますか? 現役組と違って、候補生組には経験なんていらないですし。むしろ無い方が良いまである」
アイドルとしての活動があまり出来ていなかったからこそのこの手段。まぁ、実際は別に辞める手続きも特にしてないし、候補生側として出演する事になったってだけなんだがな。
だが、これでライラが出演するのに弊害は無くなった。
八幡「これでも、まだ反対するつもりですか?」
俺は常務へそう問いかける。
彼は重苦しい表情ではあったが、しかし、やがて熟考するかのように一度目を閉じる。
常務「……番組へ出演する資格があるのであれば、私は異を唱えるつもりはない」
八幡「…………」
常務「話は以上でしょうか?」
33:
常務の質問に社長が首肯すると、常務は「では」と言って踵を返す。
もう用は無いとばかりに、扉へ向かっていった。
ライラ「……あの」
しかし、以外な事にライラが彼を呼び止める。その行動は俺もさすがに予想外だった。
常務はドアノブへ手をかけた所で動きを止め、振り返らないまま彼女の言葉を待った。
ライラ「ライラさん、アイドルを頑張ります。だから……よろしくお願いしますです」
いつもより、少しだけの早口。
言って、ライラはぺこっと頭を下げた。
常務は少しの間何も言わず黙っていたが、やがて小さく「ああ」と答えると、扉を開けて部屋を後にした。
34:

あれから数日。何とか出演権を勝ち取ったライラは、無事に番組へ出演する事が出来た。
対談型の、候補生が現役アイドルに話を聞いたり、一緒に歌って踊ってみたりするありがちなバラエティ番組。当初とは違う候補生側の出演ではあったが、それでも、彼女は嬉しそうにしていた。
お家賃もちゃんと払えたようで、俺としても何よりだ。
八幡「よっこらせっと」
誰もいない休憩スペース。備え付けのテレビを点け、DVDプレーヤーへディスクを入れ、ソファへとどかっと座る。こんだけ堂々と使ってりゃ誰も寄り付かんだろ。何もしなくても寄り付かんけど。
八幡「…………」
これからも、きっとあいつは、ライラは苦労するんだろうな。
今回俺がやった事は、所詮はただの繋ぎでしかない。次の仕事が成功出来なければアイドルを辞める、そんな事情を抱えた彼女を、何とか番組へ出演させて一時的に繋ぎ止めただけ。
番組へ出演した事でこれからチャンスは来やすくなるかもしれないが、それでも現状がさほど変わっていないのは事実。
だからこれからも、ライラは頑張り続けなければならない。
アイドルを、続けるため。
八幡「…………」
凛「あれ。プロデューサー、何見てるの?」
ふと、偶然通りかかったのか、後ろから凛の声が投げかけられる。
35:
八幡「ああ。この間の番組」
凛「ふーん。この間の…………え」
八幡「録画しといたからな。折角だから見返してた」
テレビ画面の向こうには、候補生たちの色んな質問に困惑しながらも頑張って返答する凛の姿。その下手をすれば候補生たちよりも必死な姿は、見ていて何とも和む。可愛い。
八幡「また候補生の奴らも中々エグい質問するよな。ライラとか無自覚なのが何とも…」
凛「ちょ、ちょっとプロデューサー。もうやめない? 一回実際に見てるんだから、また見返さなくてもいいでしょ?」
八幡「いやでも、この後に振られる『同じ事務所のアイドルのモノマネ』が…」
凛「い、いいから! もう見なくていいから!」
顔を真っ赤にしてリモコンを奪い取る凛。
結局、続きは見られずDVDも没収されてしまった。ちぇー、蘭子のモノマネ結構良かったと思ったけどなー。赤面してるとこが面白可愛くて。
こりゃ、俺が今まで出演してる番組全部録画してDVDに焼いてるって知ったら、めちゃくちゃ怒りそうだな。大原部長ばりに家まで乗り込んでくるかもしれん。
とぼとぼと休憩スペースを後にして、仕方なく事務所外の自販機へと向かう。
こういう時はMAXコーヒーでも飲んで癒されよう。……けど今考えたら事務所の中であれ流すって結構鬼畜だな。反省反省。
そんな事を考えながら階段を下り、自販機へと目を向けた所で一人の人物を捉えた。
うげっ、あの人は……
常務「…………」
相変わらず険しい表情の常務と、ばっちりと目が合う。
その手にはブラック缶コーヒー。イメージ通り過ぎるだろ。
36:
八幡「……うっす」
とりあえず何も挨拶しないのもあれなので、軽く会釈する。
だが、常務は相変わらずの無視。やっぱりこの人俺の事見えてないんちゃう? 名前すら呼ばれた事無いし。もしかして覚えてないのか……
しかしそのくせ常務は自販機の前を空けると、すぐ側で缶を開けて飲み始めてしまう。いや、事務所戻れよ。買いづれーだろ。
俺は外に出た手前引き返すわけにもいかず、仕方なく自販機まで歩いてMAXコーヒーを買う。
そしてさっさと戻ろうと踵を返した所で、まさかの声がそこでかかった。
常務「……先日の合同番組の報告書、まだ出ていなかったようだが?」
八幡「………………」
あーやっべーー完全に忘れてたぁーー!!?
足が止まり、ダラダラと嫌な汗が流れる。しまった、マジでしまった。普通にガチで忘れてた。いやでも、期限とか特に無いですし、催促もされないし、はい。すぐに出すのが当たり前ですよねすんません!!
八幡「す、すぐに出します」
常務「そうしてくれ」
常務はそう言うと、コーヒーをまた一口飲んで黙ってしまう。俺は何となく動けず、その場に立ちすくむ。
あー…これ完全に立ち去るタイミング失った奴だ。あのまま勢いで走り去れば良かった。もう俺もMAXコーヒー飲んじまうかな。
そんな事を考えていると、また常務が話し始める。
常務「……ひとつ、訊いてもいいか」
八幡「は、はい?」
常務「どうしてお前は、あんなに彼女の肩を持ったんだ」
37:
話されたのは、意外な言葉。
常務の言う彼女とは、もしかしなくてもライラの事だろう。
どうして、彼女の肩を持ったのか。
そんな事を訊かれるとは思っていなかったので、思わず面食らってしまった。
八幡「どうして、と言われても……」
常務「知り合いだと言っていたな。やはり、情が移ったのか」
別に知り合いと呼べる程会った事があるわけじゃない。情が移った? そう言われれば、それも間違いではないな。彼女がアイドルを辞めてしまう事に思う所があった。それは事実だ。
だが、たぶんそれだけではない。
敢えて言うのであれば……
八幡「……笑顔、ですかね」
常務「笑顔?」
思わず怪訝な表情になる常務。
さすがに良く分からなかったか。でも、これが一番しっくりくる。
八幡「あいつ、良い顔で笑うんすよ」
あの能天気そうな、邪気の無さそうな、こっちの気が抜けるような、そんな幸せそうな笑顔。
彼女の笑顔を見ているだけで、嫌な事も、抱えてる物も、どうでもよくなってしまう。そんな不思議な魅力がある。
八幡「あんな良い笑顔が出来る女の子がアイドルを辞めるなんて、それは惜しいなって、そう思ったんす」
常務「……それだけか?」
八幡「それだけです。けど、そんなもんじゃないんすか。アイドルをスカウトする理由なんて」
38:
社長のように、ティンときた! ってわけじゃない。
けど、確かにあいつと初めて会った時。話をした時。何か感じるものが、光るものが、あったような気がしたのだ。
『どうかしたのでございますか?』
『これ、ライラさんのアイスを半分あげますです。パキッと割れるですよー』
『本当は節約しないといけないのでございますが……頑張った貴女様には、ご褒美でございますですよ』
差し出してくれたその手は、俺にはとても眩しく見えた。
八幡「本当、惜しいですよ。あいつの事を知らない奴がいるなんて」
常務「…………」
常務は目を伏せ、しばしの間口を鎖す。
やがて缶コーヒーを飲み終えた頃、彼は小さい声で呟いた。
常務「……お前を見ていると、酷く懐かしい気持ちになる」
八幡「はい?」
常務「何故だろうな。自分でも不思議だよ」
珍しく、本当に珍しく、苦笑しながらそう言う常務。
良くは分からんが、俺を見て懐かしいというのであれば、それはきっとあれだろう。
39:
八幡「そりゃ、俺はプロデューサーですから。かつて、あなたがそうだったように」
常務「っ!」
八幡「…………」 ドヤァ
常務「…………」
八幡「…………」
常務「…………映画の見過ぎだ」
あ、バレました?
いや、この元ネタの台詞めっちゃ好きなんよね。個人的にはフォースと共にあれ、よりも好きだ。マジ名作。
そして常務はまた苦笑すると、重く、それでもどこか優しい声音で俺に言う。
常務「なら、プロデューサーとして責任を果たせよ。中にいる私に出来ない事を、お前がやれ」
その言葉は、初めてちゃんと俺へと向けられたように感じた。
……いやでも、常務に出来ない事を俺がやるとか、ちょっと責任重過ぎません? 俺ちょっと名台詞パロっただけよ?
だが、ここまで言われては断る事も出来ない。
自信は無い。だがそれでも、意志はある。
八幡「……うっす」
情けない話だが、これが今の俺に出来る最大限の返事だ。
まぁ、それでも常務は満足してくれたようだったがな。
これが、上司ってやつか。
と、そこで階段をパタパタと下りてくる音がした。
事務所の誰かが来たのかと思って視線と向けると、そこには以外な人物。
40:
ライラ「あ、こんな所にいたのでございますねー」
相変わらずのほほんとした金髪碧眼褐色の少女。件のライラである。
ライラ「おや、八幡殿も。プロデューサー殿とお話中でございましたか?」
八幡「まぁそんな所……って………………え?」
話しかけて、一瞬、思考が止まる。
ん? え、何。今、こいつは何て言った? プロデューサー? 誰がプロデューサーだって?
常務「そういえば言ってなかったな。今度から、私がライラの担当プロデューサーをする事になった」
ライラ「でございます」
八幡「…………………………」
なん…だと……
いや、マジでか。なんで、何で!?
常務「アイドルの人数に対し、プロデューサーの数が足りていないのはお前も知っているな」
八幡「え、ええ」
常務「その対策として、私を始めとする他の社員もプロデューサーとして活動する事になった。一時的ではあるがな」
そ、そういう事か……
いやでも、それはまだ分かるとして、何故よりによって常務がライラの担当? 選考理由は分からないが、何かあるんじゃないかと勘繰ってしまう。
そして俺のそんな心中が伝わったのか、常務は少しばかり所在無さそうに目を逸らす。
常務「……私が自ら志願した。特に他意は無い」
八幡「…………」
常務「……っ……先に戻る。ライラ、この後の時間には遅れるなよ」
ライラ「はいです。頑張りますですよー」
41:
言うや否や、足早に去る常務。
照れてる。あれ、完全に照れてるな。
常務のそのらしくもない様子に、思わず破顔してしまった。
常務「比企谷」
八幡「っ」
常務「……報告書、忘れるなよ」
そして今度こそ、常務はその場を後にした。最後に余計な一言を残して。
……なんだ、ちゃんと覚えてんじゃねーか。名前。
ライラ「プロデューサー殿と八幡殿は、仲が良いのでございますねー」
八幡「そう見えるなら眼科へ行く事をオススメするな」
そりゃ、前に比べればマシな関係にはなったかもしれないが、それでも良くはないだろ。ってか別になりたくもない。
ライラ「ライラさんは、お二人には感謝してますですよ」
嬉しそうに、幸せそうに、笑うライラ。
ライラ「八幡殿のおかげで、ライラさんはアイドルを続けられるですよ。そして、プロデューサー殿と一緒に、これからどんどん頑張りますです」
八幡「…………」
42:
番組へ出演する為に策を講じた時、ライラには常務の考えを話してあった。けれどそれでも、彼女はその常務と手を取り合い、歩んでいくと言っている。
気がかりだった。俺のやった事は、最適であっても、最善ではなかったんじゃないかと。
けれど、それでも彼女は俺に感謝してくれる。
俺が取った手段に救われたと、そう言ってくれる。
ならきっと、良かったんだよな。
八幡「……ホント、いつもながらまともな手が使えないな」
ライラ「何の話でございますか?」
八幡「人には、得手不得手があるって話だよ」
俺の言葉に、しかしライラは首を傾げるばかり。これだけ日本語が達者でも、さすがに外国人には伝わらないか。
八幡「人には得意な事と、得意じゃない事があるだろ? それを手段、つまり手で現してんだ。得手、不得手ってな」
ライラ「おぉ……なるほどでございますねー」
お、今ので理解したのか。我ながらテキトーな説明だったんだが……もしかして結構頭良い?
八幡「人と話したり、誰かの相談に乗ったり、スカウトしたり……そういうのは、俺は不得手なんだよ」
今回のライラのスカウトだって身内に対してやったも同然だからな。やっぱり俺には荷が重い。まぁ、それでもちゃっかり報酬である凛の番組出演権は獲得してるのだが。
ライラ「んー…でも、ライラさんは嬉しかったですよ?」
八幡「あ?」
ライラ「……八幡殿の差し出してくれた手は、フエテでも、とても暖かかったでございますよ」
にこりと、またあの幸せそうな柔らかい笑顔。
その言葉は、俺の意表を突くには、充分過ぎた。
43:
八幡「…………」
ライラ「八幡殿?」
八幡「……なんでもない」
あぁ、本当に、こいつは天然だ。
天然でこんな事が出来るなら、きっと凄いアイドルになれるだろうよ。
オマケにあの堅物常務もついてる。こりゃ、強力なライバルになるかもな。
八幡「……アイスでも食いに行くか。奢ってやるよ」
ライラ「本当でございますか? おー…楽しみでございますです」
結局、得手も不得手も、俺から見た一面でしかない。
それが他の角度から見る事で、全く違う側面を見せる事もある。
たぶんそれは自分じゃ気付けなくて、捻くれた奴にも見えなくて……
八幡「この辺でってなると……サーティワンでいいか」
ライラ「サーティワン……ライラさん、31個も食べれないでございますよ」
八幡「いや種類ね。種類。個数じゃないから」
こんなお人好しの素敵な女の子だから、見ていてくれて、気付かせてくれるんだろう。
……やっぱ、こいつがアイドルを辞めるなんて勿体ないな。
鉄面皮のプロデューサーと、どこか抜けた異国の少女。
どうにも面白いこの二人の行く末を、俺も同士として祈るとしよう。
願わくば、彼女のその手が目指す場所へと届きますように。
おわり
98:

女将さんへと連れられ、懐中電灯と防寒着を取りにいく事になった一同。正確には俺と楓さんに凛という面子だが、正直やっぱり多い気もする。
というか、俺としては一人の方が何かと都合が良かったんだけどな。荷物を取りに行くだけとはいえ、あんましアイドルに危険を負ってほしくもない。それに……
と、そこで背後から突然肩をちょんちょんされた。少し驚きはしたが、別に幽霊とかではない……はず。恐らく。
今の俺たちの配置はライトを持った女将さんが先行し、その後を俺、更にその後ろに楓さんと凛が続くといった形。なので、自ずとアイドル二人のどちらかになるだろう。
振り返ってみれば、案の定顔を寄せてくる楓さんの姿があった。……あの、暗いとはいえそんなに近づかれると色々と困るんですが……なにこの良い匂い。
しかしそんな俺の思いを知ってか知らずか、楓さんは妙に楽しげな様子で話しかけてくる。
楓「ねぇ、比企谷くん」
八幡「なんすか」
何故か小声の楓さんに対し、俺も何となく同じ声量で返す。
楓「……こうしてると、何だか肝試しているみたいじゃない?」
うふふ、っと小さく笑いを零す楓さん。
あーまぁ確かにな。ライトは女将さんが持ってる一つだけだし、こうして縦に並んで進む様はそう見えなくもない。何より、この真っ暗な旅館内を少人数で歩くってのがな。正直さっきから怖くて仕方ないです。
99:
八幡「確かにちょっとそんな気分にもなりますね。一人だったらキツかったかもしれません」
凛「へー。あのプロデューサーが一人は嫌だなんて、そんな台詞を言うなんてね」
八幡「はん、別に怖くなんてないぞ? ないけど、たぶん一人だったら常にわーわー声を上げて平常心を保とうとするってだけだ」
凛「それ怖がってるよね」
凛が突っ込み楓さんが笑うと、つられたように前方からも笑い声が漏れる。
「……暗いので、足下に気をつけてくださいね」
女将さんが取り繕うようにそう言ったが、何となく声音からその表情を察する。……なんか恥ずかしい所を見られたな。
そのまま廊下を歩いていくこと数分。特に急いではいなかったが、それ程かからずに目的の倉庫へと辿り着くことが出来た。女将さんが鍵を開け扉を開いてみれば、その中には様々な備品がしまってある。
しかし思ったよりも大きい部屋だ。毛布やシーツがある所を見るに、恐らくはリネン室も兼ねているのだろう。
「今探しますので、少々お待ちください」
そう言って、倉庫の奥の方へと進んでいく女将さん。
勝手に漁るわけにもいかないし、ここは大人しく待機だな。
八幡「……凛。あまり中に入り過ぎるなよ」
凛「? なんで?」
八幡「いや。こういう時に全員倉庫の中に入ると、大体扉が勝手に閉まるのがお約束だからな」
凛「さすがに無いと思うけど……」
100:
と言いつつ、しっかり中へは入らない凛。まぁこう暗いし、さしもの凛も多少の恐怖感は感じているのだろう。それに比べて……
楓「早苗さんたち、もう先にお酒開けていたりしないかしら……」
不安そうな表情で言う25歳児楓さん。
能天気なもんだな……いや、ある意味じゃ恐怖を感じているとも言えるけど。正直こっちからしてみれば割りとどうでもいい。
「お待たせしました。コチラが懐中電灯と、防寒着になります」
女将さんが持ってきたのは懐中電灯が詰められた段ボールが一箱に、沢山の上着……これは、なんて言えば良いんだ。ダウンジャケット? 似たようなのを前にジャンパーって言ったら美嘉に引かれた事があるからな。気を付けねば。
八幡「んじゃ俺が段ボール持つから、上着は頼みます」
楓「良いんですか?」
八幡「まぁ、こういう時の為の男手ですし」
というかむしろ、ここで重い物持たなかったら情けないにも程がある。何しに来たか分からん。
そんな思いを汲み取ってくれたのか、楓さんと凛は上着を手分けして持ち、申し訳なさそうにしていた女将さんもそれに習った。
しかし、やっぱ人数分ともなるとさすがに多いな。……三人付いてきたのは正解だったかもしれん。
「それでは、鍵を閉めますので……」
八幡「ええ」
全員が倉庫から出て、女将さんが扉の鍵を閉める。
と、その時だった。
凛「あ」
楓「電気、つきましたね」
101:
声をあげる凛と、キョロキョロと辺りを見回して言う楓さん。
先程まで暗く何も見えなかった廊下が、パッと昼光色の光で明るくなったのである。どうやら無事に予備電源に切り替わったらしい。
ホッ、と。女将さんが安堵したのが分かった。やっぱ旅館側の人間としては気が気じゃなかっただろうな。
八幡「良かったですね」
「ええ。ご心配をおかけしました」
楓「これで飲み会に戻れますね♪」
そっち?
八幡「そんじゃ戻るか」
凛「そうだね。……でも、これはどうするの?」
手に抱える防寒着を見て言う凛。
八幡「まぁこの後も何があるか分からんから、念のため持ってった方が良いかもな」
と、言ってから女将さんに視線を向ける。
よく考えれば、俺が決めていい事ではない。ホテルの備品だし。
「そうですね。お手数ではありますが、格部屋へお持ち帰りして頂く方が宜しいかと思います」
八幡「だ、そうだ」
楓「それじゃ、すぐに戻りましょうか」
凛も頷き、一同は荷物を抱えたまま夕食会場の和室へと戻る事にする。
今頃はあっちも安心している事だろう。
戻る途中、ふと楓さんが思いついたように話し始める。
102:
楓「けれど、案外あっさり解決してしまったわね」
けれど、という言い回しが本当に雪ノ下そっくりだったのだが、それはひとまず置いておく。
八幡「と、言うと?」
楓「ほら。こういう時って電気が回復するまでの間に、何か事件が起きたりするじゃない?」
悪戯っぽい笑顔で言う楓さん。
何か事件とは、また物騒な事を言い始める。まぁ言いたい事は分かるけど。
楓「暗がりに生じて、か弱い少女を……ぐわぁっと!」
凛「ひゃっ……! ちょっ、楓さん!?」
凛のらしくも無い悲鳴に、思わずバッと振り返る。え、今なに。何されたの!?
凛「ど、どこ触ってるんですか」
楓「ごめんなさい。後ろ姿が無防備だったから、つい」
顔を赤くしてジト目で抗議する凛。対する楓さんはにこやかである。完全に親父キャラやないですか。……で? 一体どこを? 凛のどこをどう触ったんですかねぇ!? プロデューサー気になります!
どうやら明るくなった事で気が緩んでいるらしい。こうやって遊ぶ余裕も出て来た(一人に関しては元々な気もするが)。
しかし楓さんが言った、こういう時は何かしらの事件が起きるものだという台詞。
冗談めかして言ったであろうが、実は案外的を射ていたりする。
というのも……
103:
凛「あれ?」
元の和室へと戻り、襖を開けた凛が声をあげる。
文香「……お帰りなさい」
凛「ただいま。……文香だけ?」
凛の後を追って中を除いてみれば、確かにそこには鷺沢さんしかいない。
凛「他のみんなは?」
文香「それが、電気がついた途端、部屋から飛び出していきまして……」
部屋から飛び出してった? 鷺沢さん以外?
なんでまた……と思っていると、そこに上機嫌に鼻歌を歌いながら一人戻ってくる。
早苗「いや?危なかったわ。あ、比企谷くんたちお帰りなさい。電気戻って良かったわね!」
八幡「早苗さん。どこ行ってたんすか?」
早苗「もう、そんなの女性に訊く事じゃないわよ? トイレよトイレ。それよりも武蔵を……」
と、どうでもいいとばかりにそそくさとお酒の元へと行ってしまう。あの、一応さっきまで非情事態だったんですが……
まぁ、平気そうなら別に良いか。他のメンバーも同じ理由かもしれないしな。それならば確かに早苗さんが言うように野暮な詮索だ。
八幡「懐中電灯と防寒着は各々で部屋に持ち帰るとして、とりあえずは部屋に置いておきますか」
「ありがとうございます。……こちらの和室のご利用時間は当初の予定通りに?」
八幡「いえ。さすがに申し訳ないんで、飯だけ食べてすぐに各自部屋へ戻ることにします」
104:
なんか点検とか、問題が無いかチェックとかやりそうだしな。迷惑にならないよう早く寝てしまった方が良いだろう。
女将さんにそう言った所で、チラと楓さんを伺ってみる。
何か異を唱えるかとも思ったが、特段そんな様子は見えない。
楓「事態が事態ですし、仕方ありませんね……」
お、おお……ちょっと感動した。
いや、そりゃ楓さんだって大人だし、そうだよな。こんな時くらいは自重するよな。
楓「改めてお部屋で飲みましょう」
八幡「そう来るか」
期待を裏切らない人だった。
「それでは私は戻りますが、何かあればお声がけ下さい」
八幡「ええ。ありがとうございました」
一度深く礼をして、女将さんはその場を後にする。
しかしこんな不足の事態になってもお客さん第一に行動しなきゃならんとか、本当に大変そうな仕事だ。それこそミステリーなんか起きよう日には堪ったもんじゃないだろうな。……これまであったりしたんだろうか。
八幡「そんじゃ、さっさと飯食って…」
早苗「ぎいぃえぇぇーーーーーーーーーーーっ!!?」
八幡「……………」
105:
早苗さんの、悲鳴。
だが何故だろう。とてつもなくギャグ臭がハンパないのは。全然危機感が襲わない。
八幡「今度はどうしたんすか早苗さん。そんなアイドルらしからぬ声出して。凛との歳の差が干支一回り以上って事実に恐怖でもしたんすか?」
早苗「え? 嘘だぁ……ひい、ふう、……で、だから……うん。あ、マジだ。…………って違うわよ! 殴るわよ!?」
しっかり殴られた。グーで。
早苗「そんな事より、これよこれ! 見てよ!」
ずい、と早苗さんが差し出してきたのは、俺が持ち寄った例の桐箱。開かれたその箱の中には、しかしお酒の瓶は入っていない。
そう、空であった。
早苗「無いのよ! 剣聖武蔵がっ!!」
部屋の中へと木霊する、早苗さんの叫び。
八幡「あ。そうすか」
早苗「反応薄っ!? そんだけ!?」
八幡「いやそう言われても……」
正直どうでもいい……という反応の俺と凛(鷺沢さんはよく分からん)。しかし、過敏に反応する人物が一人。言わなくても分かるな。
楓「……早苗さん。それは本当ですか?」
106:
静かに、だがしっかりと、焦りの色を浮かべている。
下手をすれば、彼女がこんなに感情を露にしているのを見るのは初めてかもしれない。それで良いのか現役アイドル。
早苗「ホントよホント! ほら!」
楓「確かに空ですね……この中に入っていたんですか?」
早苗「ええ。確かに中……に…………?」
記憶を辿るように思い出していた早苗さんは、そこではたと気づく。そして、そのまま視線はゆっくりと俺へ。あ、これまずいやつだ。
早苗「……比企谷くん! 確か、最後に持ってたのあなただったわよね!?」
八幡「最後に箱にしまったのは俺ですけど…」
早苗「その時本当はどこか別の所に置いたんじゃないの!? どうなの!?」
八幡「あがががががががが」
強引に掴まれ、がっくんがっくんと肩を揺すられる。いやちょっと落ちついて痛い痛い痛い!
八幡「ちゃ、ちゃんと箱に入れましたよ。見てなかったんすか?」
早苗「あんな暗い中で見えるわけないでしょ!」
楓「まぁあぁ。とりあえず、部屋の中を探してみましょうか」
楓さんが早苗さんを宥め、仕方なく部屋の中でのお酒捜索が始まる。と言ってもただの広い和室だからな。探せる所など殆ど無い。5分とかからず終えてしまった。
早苗「やっぱり無いわねー」
凛「仲居さんが持ってったとか?」
文香「待っている間、他の方が入ってくる事は無かったので、それはないかと……」
鷺沢さんの証言通りならば、俺たちが部屋を出てからは誰もここへ立ち寄ってはいない。つまり誰かが持ち出す事は不可能という事だ。……いや、
107:
八幡「……明かりついて出ていった人たちなら、一応持ち出す事は出来るな」
凛「!?」
早苗「っちょ、あなた、みんなを疑う気!?」
八幡「別にそこまでは言ってないですよ。あくまで可能性の話です」
と、そこで襖が再び開けられる。
皆が視線を向けてみれば、そこにはいなかったメンバー全員が戻って来ていた。
レナ「ど、どうしたの。みんなしてそんなに見て」
幸子「はぁー……一時はどうなる事かと思いましたよ……」
莉嘉「あれ? みんなまだご飯食べてなかったの?」
見た感じ、特に怪しい所は無い。
俺が早苗さんを見ると、彼女はとても真剣な表情で、本当に仕事の時にしてくれと言いたくなる程に真剣な表情で、呟いた。
早苗「これは、事情聴取の必要があるわね……!」
そこまでの事か。
その後戻ってきたメンバーに事のあらましを説明。お酒の行方を知らないか訊いてはみたが、残念ながら誰も知らないようだった。
レナ「なるほど……これは確かに事件ね」
早苗「そうでしょう!? 誰か、無意識に持ってったりしてない?」
一体どれだけお酒が好きなら無意識にそんな行動に出るのか。むしろあなたの方があり得そうじゃありません?
108:
八幡「ってか、早苗さんも部屋からすぐに出てったんですよね。それこそ酒に目が眩んで持ち出したんじゃ…」
早苗「なんですってぇ!」
再び、がっくんがっくん揺らされる。今度は胸ぐらだ。段々余裕無くなってきてるぞこの人……!
早苗「さっきも言ったけど、あたしはトイレに行ってただけよ! そりゃ、アリバイは無いけど……とにかく元婦警のあたしがそんな事しないっての!」
力説する早苗さん。
正直、こんなしょうもない事でアリバイうんぬんとか言わんでほしい。なんか嫌だ。
レナ「私は部屋に携帯電話を取りに行ったけど、それも特に証明は出来ないわね」
莉嘉「アタシも、部屋に戻って電話してたよ? お姉ちゃんに報告しておこうと思って」
幸子「ぼ、ボクは、えぇっとー……そう、トイレ! トイレに行ってました!」
約一名焦り過ぎな気もするが、一応は全員が知らないと言っている。しかし、証明は出来ない。
八幡「…………」
早苗「あれ? でもあたし幸子ちゃんとトイレで会ってないわよ?」
幸子「うぇっ!? いや、あの、えっと……そう、ボクは一人じゃないと集中出来ないんですよ! だから部屋まで戻ったんです! ええ!」
そんな情報は別にいらん。っていうか君アイドルだよ? もうちょっと言い方ない?
凛「そもそも、明かりがついた後に持ってったらさすがにバレるんじゃない?」
八幡「どうなんですか?」
文香「……正直、皆あっという間に出て行ったので、何とも」
早苗「あー……確かに、そこまで気に留めてなかったわね」
じゃあ、どさくさに紛れて持ち出した可能性は否定できないわけだ。
まぁ俺以外は全員浴衣だし、瓶はデカイが隠そうと思えば隠せるか。……なんかエロいな(小並感)。
八幡「……とりあえず、ちゃっちゃと飯にしちゃいましょう。片付けられないんで」
早苗「うう……折角良いお酒で晩酌出来ると思ったのに……」
八幡「ちなみに飯食ったらすぐ部屋に戻ってくださいね。二次会も無しで」
早苗「嘘でしょぉッ!?」
109:
そんなこんなで、喚く早苗さんを宥めつつ、夕食をなんとか終える。
ちなみに撮影が遅れる事はこの時に伝えた。危ねぇ……普通に忘れる所だった。
レナ「嵐で来れない……いよいよサスペンスじみてきたわね」
文香「三日も何もしないでいて、大丈夫なのでしょうか……?」
八幡「予備日があるのでその点は心配いらないそうです」
早苗「うう…武蔵……」
まだ言ってんのかこのアラサーは。
凛「その間って、私たちは何してればいいのかな」
莉嘉「ヒマになっちゃいそうだよねー」
八幡「まぁ、台本とか読んで……ゆっくり休んどきゃいいんじゃないか」
正直俺も特に指示する事は無いし、する事も無い。休んでくれとしか言いようが無かった。
しかし、さっきから一つ気になる事が。
楓「…………」
飯食う前あたりから黙りこくってる楓さんである。
珍しく、その表情は思い詰めてると言える。……まぁ、何となく想像はつくけどな。
レナ「それじゃあ、そろそろお開きにしましょうか」
八幡「ええ。お酒を飲むのも良いっすけど、各自自己責任でお願いします」
早苗「くっ……子供のくせにまともな事言っちゃって……!」
大人のくせにまともじゃない人が多いんです。とは言えない。また鉄拳制裁くらっちゃう。
そして自分の部屋へ戻る間際、件の楓さんがそっと耳打ちしてきた。思わず、バッと後ずさる。
楓「――後で部屋に行きますね」
そう、彼女は言っていた。
これが何も無い場合の台詞なら何と心くすぐられた事だろうか。しかし、実際はそんな色気づいたものではない。
……一体何を言い出す事やら。
123:

“後で部屋へ言く”。
そう俺に告げた楓さんは夕食を終え別れた後、30分程で宣言通り俺の部屋を尋ねてきた。
……二人のお供を連れて。
楓「こんばんは」
八幡「どもっす。……で、どうしたんすか。凛と鷺沢さんまで連れて」
楓さんの後ろには、何とも複雑そうな表情をした凛と相変わらず感情を読み取り辛い鷺沢さんが控えている。何と言うか、巻き込まれました感がハンパない。俺含めて。
楓「まぁまぁ。とりあえず、中に入れさせれ貰ってもいいかしら?」
八幡「そりゃ、まぁ……どうぞ」
特に断る理由も無いので、入室を許可する。……いやーでもこれなんか長くなりそうだなぁ。だって手になんかビニール袋持ってるもん。あれ缶的なもの入ってるよシルエットで分かる!
しかし気付いた所で時既に遅し。仕方ないので、残りの二人も中へ招く。ツインルームの洋室を一人で使うという贅沢な状態のため座る所には困らない。
ちなみにアイドルたちもそれぞれ一人一部屋あてがわれているが、莉嘉と輿水のみ同室である。まぁ、あいつらまだ中学生だしね。子供扱いは嫌だろうが、実際子供なので我慢してもらうほかない。ってか、よく考えれば高校生は俺と凛だけだな。……いやだから何だって話なんだけど。
八幡「ほら」
凛「ありがと」
文香「……失礼します」
二人を椅子へ促し(楓さんは既にベッドに腰掛けていた)、全員が座ると、自然と部屋の中央を見る囲ったような位置になった。そして、何が始まるのかと楓さんへと視線を向ける。他の二人も同様だ。この分じゃ、二人にもまだ話してないんだろうな。
124:
楓「それじゃあ早だけど、ここへ来た理由を話すわね」
八幡「ええ」
俺が返事をすると、楓さんは持って来ていたビニール袋を少し持ち上げ、とても良い笑顔をつくる。
楓「まず一つは、比企谷くんたちと飲み明かしたいなぁ……と思って来たのと」
八幡「………………」
文香「(……比企谷さんが、頭を抱えています…)」
楓「あ。もちろん、比企谷くんたちの分のソフトドリンクも持ってきてるから、安心してね」
八幡「…………………………」
凛「(楓さん、たぶんそういう事じゃないと思うよ……)」
いや、うん。これは予想通り。予想通りだけど、出来れば外れてほしかったなーって。
八幡「……早苗さんと、あと兵藤さんは?」
楓「今は早苗さんの部屋で飲んでるんじゃないかしら。私は用事があると言って抜けてきたけれど」
そうか、そこだけは運が良かったな。あんだけ不貞腐れてたし、部屋に押し掛けてきて更に絡み酒とか目も当てられない。まぁまだ来ないとは限らないのだが。
楓「でも、とりあえずは本題の後ね。二つ目が重要なの」
八幡「……二つで全部ですか」
楓「全部です。……あ、でも三つあるかも…」
八幡「二つでお願いします」
絶対今この人思いつきで言っただろ。ほら、だって舌出したよ今! 
何とも良いように弄ばれてるものだ。この大人の余裕はどことなく陽乃さんを思い出す。全く違うタイプなのにな。不思議だ。
八幡「……それで、その二つ目ってのは?」
楓「ええ。みんな薄々気付いてるかもしれないけれど……」
凛「……もしかして」
楓「剣聖武蔵を、見付けましょう」
125:
表情を一転、キリッとした顔つきで言う楓さん。だがあまり締まらないのは何故だろうか。
まぁ、これも予想通りだな。
楓「正確には、武蔵を隠し持っている人を暴く、と言った方が良いかしら」
八幡「……やっぱ、そうなりますよね」
凛「ちょっと待って」
そこで介入してくる凛。
どうやら楓さんの言い方に気になる点があった様子。
凛「その言い方だと、誰かが持ってるって確信してるように聞こえるけど」
楓「確信、ではないけれど、私はその可能性が高いと思っているわ」
顎に手を当て、考えるように言う楓さん。何とも絵になるな。探偵役でもいけそうだ。
八幡「確かに、あの状況じゃ自然に無くなるなんてまずあり得ないからな。第三者が介入する術も無いようなもんだし、あの部屋から出た誰かってのが有力だろ」
文香「…それで、このメンバーが集められたんですね……」
納得したように呟く鷺沢さん。
まぁ、この面子って時点で何となく想像はついたけどな。
楓「あの時私と比企谷くんと凛ちゃんは部屋を出ていて、文香ちゃんはずっと部屋にいました。なので協力を仰ぐならこのメンバーだと思ったの」
文香「ですが、皆さんが出て行った後……私にも一人の時間がありました。そこは良いのですか……?」
何故か自らアリバイが無い事を告げる鷺沢さん。それを言う時点で犯人では無さそうだが、その発言に対する楓さんの返答はこれだ。
楓「ふむ……」
文香「…………」
楓「……その発想は無かったわね」
無かったのかよ。
思わずガクッとなる。どうやら探偵役は無理そうだな。ってか本当に探す気ある?
126:
八幡「……まぁ、どっちにしろ、鷺沢さんには無理だと思いますよ」
凛「何か理由があるの?」
八幡「単純に、電気が付いてから全員が居なくなるなんて分からないからだよ。突発的に行動した可能性もあるにはあるがな」
全員が部屋を出て行って、今がチャンス! とお酒を隠す行動に出る等どんな状況だろうか。いや、それを言ったらお酒を持ってく奴の動機も良く分からんって話になるんだが。
八幡「それに、俺らがいつ戻って来るかも分からんのに行動するのはリスクが高い」
凛「なるほどね。確かにそんな短い時間で隠すのは難しいかも」
文香「一応、窓から放り投げるという手も……」
楓「文香ちゃん、そんな事をしてはダメよ。絶対にダメ」
とても迫真の表情でおっしゃる楓さん。だから、そう言う時点でまずやってないって。
凛「私たち三人はいいの? 一緒にいたし、難しいとは思うけど」
楓「そうね……」
楓さんは少しだけ考え込む素振りをするが、すぐに顔を上げて告げる。
楓「そこまで考え出したら切りが無いし、私たちの中に犯人がいるとは考えないようにしましょうか」
八幡「……ノックスの十戒、とはまた違うか」
凛「ノックス……って、何?」
俺の呟きに首を傾げる凛。
それに答えてくれたのは鷺沢さんだった。
127:
文香「ロナルド・ノックスが提唱した、推理小説における十個のルールのようなものです……」
さすがは鷺沢さん。色々読むとは聞いていたが、どうやら推理小説にも精通しているらしい。
凛「十個のルール……」
文香「はい。その内の一つに、“登場人物が変装している場合を除いて、探偵役が犯人であってはならない”……というものがあります。それが今回で言う、私たちのこと……ですね、比企谷さん」
八幡「ええ」
まぁ、あくまで推理小説を作る上での基本指針みたいなもんだし、現実に当てはめるのは無理があるがな。しかし可能性を絞るという意味においては、身内の可能性を排除するのは悪い手ではない。それこそ考え出したら切りが無いからだ。
すると、そこで鷺沢さんが俺に視線を向けているのに気付く。
文香「十戒をご存知という事は…比企谷さんも、推理小説をお読みになるんですね……」
八幡「まぁ、割と」
文香「そう…ですか」
何とも口数の少ない会話。
だが、初めて面と向かって彼女の笑顔を見た。僅かに微笑むその表情は、普段とのギャップも相俟って色々やばい。いや可愛過ぎないかこの人。思わず、目を逸らす。そして逸らした先には、ややジトッとした目の凛。バッチリ見ラレテター。
取りあえず、意味も無く一度咳払い。
八幡「……えー、で、何の話でしたっけ」
楓「ひとまず私たちは抜いて、残った四人の中から考えましょう。という所です」
128:
そうだった。となると、残りは兵藤さん、輿水、莉嘉、そして早苗さんか。……元婦警が一番動機としては怪しいってこれどうなの。
凛「……けど、疑うのってあまり良い気がしないね」
文香「確かに、そうですね。……同じ事務所の仲間…ですから」
ばつが悪そうに言う凛に、同調する鷺沢さん。
まぁ、言いたい事は分かる。たかだか酒が無くなっただけだが、それでも誰かが盗んだじゃないかと疑うのは良い気分じゃないだろう。
しかしそこで、発起人である楓さんは言う。
楓「そうね。……でも、以前私の先生が言っていたわ」
八幡「先生……?」
楓「“信じる事と思考の放棄は別物だ。だから、信じたい奴ほど疑わないといけない時がある”」
うえっ!?
思わず、変な声が出そうになった。いやいやいや、その台詞は……
楓「確かに大切な仲間を疑うのは良くないと思うけれど……信じたいから、やっていないと証明したいから調査する。そういうのもありなんじゃないかしら」
文香「やっていない事を…証明する為に……」
反芻する鷺沢さん。表情を見るに、目から鱗といった感じだ。
しかし、それに対して凛はどこか踏ん切りがつかないように見える。まだ、納得し切れていないという様子。
凛「それも分かるけど、でも……」
楓「でも?」
凛「……それでも私は、どうしたって信じたい人はいると思う。何の根拠も無く、それこそ、思考を放棄しても良いくらいに」
とてもとても真っ直ぐに、凛はそう言い切った。
今度は、俺が目から鱗が落ちるかと思ったよ。
……本当、こいつはハッキリ言ってくれるよな。そこが良いとこなんだが。
そして楓さんはと言うと、こちらも特に否定する事は無く…
129:
楓「そうね。それも間違ってないわね」
凛「へ?」
楓「そう言える凛ちゃんの考えは、とても素敵だと思う」
まさかの切り返しに、逆に拍子抜けの凛。
楓さんも、恐らくはこれで本心なんだろうから敵わないよな。とらえ所の無い人だ。
楓「でも、今回はそこまで真剣に考えなくてもいいんじゃないかしら。私も、残り三日をどう過ごそうか考えて、時間もあるし、折角だから調査してみようかなって、そんな思いつきだったから」
凛「……それってつまり」
ヒマ潰し……とまではさすがに言わないが、まぁ、概ねそんな所だろう。
だが実際、そんな大した事じゃないからなぁ……正直事件とすら呼べない。物が物だけに大騒ぎしてる人はいたけど。
楓「だからそんなに重く考えないで、気楽にやってみましょう?」
凛「は、はぁ」
楓さんは楽しげだが、凛は困惑するばかり。
たぶんここで楽しめるかどうかで人柄が分かるな。本田とかはノリノリで加担しそうだし、島村は……あいつも以外と楽しみそうだな。
鷺沢「それでは…残りの三日で、お酒の行方を私たちで辿る……という事で良いでしょうか」
楓「そうね。見事探し出した暁には、皆で祝杯を上げましょう。武蔵で」
八幡「飲めるの楓さんだけですよ」
まぁ、どうせその時は兵藤さんと早苗さんも一緒だろうがな。仮に二人のどっちかが犯人でも一緒に飲むんだろう。想像つく。
凛「あの四人の内の誰か、か……」
八幡「……けど、確かに気になる事はある」
凛「気になる事?」
凛が疑問符を浮かべ、そして楓さんと、鷺沢さんも俺へと視線を向ける。
130:
八幡「あの時早苗さん以外の三人は、嘘をついていた」
自分たちが何をしていたかを説明した、あの時。彼女たちは確かに嘘をついていた。
俺がハッキリそう告げると、凛たちが少なからず驚いたのが分かった。
凛「嘘をついてた……?」
八幡「ああ。輿水が出任せを言ってたのは気付いてただろうが、兵藤さんと莉嘉の証言も怪しかった」
輿水はあんだけ動揺してたからな。犯人かどうかは置いといて、何かしら隠してるのは間違いない。あれで全部演技だったらマジで女優だ。
八幡「まず兵藤さんだが、部屋に携帯電話を取りに行ったって言ってたよな。けど実際、元々持ってたんだよ。実際確認した」
凛「確認したって、どうやって?」
八幡「電気が消えた時、隣にいた兵藤さんが持ってた巾着に間違って手が触れたんだよ。あの形は携帯電話で間違いないはずだ」
恐らくは形状からしてスマートフォン。さすがにiPodなんて持って来るはずないし、そうすると何故わざわざ部屋に取りに行ったなどと嘘をついたのか。
楓「それじゃあ、莉嘉ちゃんは?」
八幡「莉嘉は部屋に電話しに行ったって言いましたけど、それもおかしい。この旅館は“三階の談話室まで行かないと電波が届かない”はずですからね」
これも俺は実際に確かめたし、何より莉嘉自身が言っていた事でもある。自分の部屋じゃ、電話をする事は不可能。
131:
八幡「早苗さんがトイレに行ったって言ってたのは恐らく本当だろうな。幸子がいなかったのを知っていたし、本人も認めていた。まぁ、別の理由で行った、という可能性もあるが」
鷺沢「……洗面所に…流した、とか」
楓「ダメよ文香ちゃん。そんな事をしては絶対にダメ」
だから物の例えでしょーに。
八幡「とにかく、嘘をついてる以上、何かを隠してるのは事実でしょうね」
楓「そう。……では、やる事は一つね」
あ、今の言い方も雪ノ下っぽい。
楓「これから私たちは、剣聖武蔵の行方、及び犯人の捜索を開始します」
またもキリッとした表情の楓さん。だがやはり何故だろう、全然シリアス感が無い。ってか絶対楽しんでますよね?
楓「凛ちゃん。あなたには、これから私の助手としてサポートしてもらうわね。ワトソン君」
凛「ワトソン君!?」
楓「……ミス・ワトソン」
凛「いやそこじゃなくて!」
だから助手でもクリスティーナでもないと……
楓「文香ちゃん。文香ちゃんはあまり足で捜査という感じはしないから……情報を聞いて思考する役目をお願い」
八幡「ミス・マープルみたいだな」
文香「いわゆる…安楽椅子探偵……というやつですね」
そこでまた、目が合う。いやその微笑は本当にやばいですって……
楓「そして、比企谷くん」
八幡「…………」
楓「比企谷くんは……特に、無いわね」
無いんかい。
なんかこう、ちょっと期待しちゃった自分が恥ずかしいよ!
132:
八幡「……そんじゃ、事件が解決した時は語り部でもやりますよ」
凛「誰に語るの?」
八幡「そりゃもちろん、温泉饅頭待ってる蘭子あたりに」
美味しい土産に楽しげな土産話。羨ましそうにする姿を見るのが楽しみである。
まぁ、語るに値するかはこれから次第だがな。
楓「では早……」
八幡「…………」
楓「今夜は飲みましょうか♪」
え。
袋から缶ビールを取り出し始める楓さん。
あれれー? この流れは早捜査を開始するんじゃないの??(コナンくん並感)
楓「まだ三日あるし、今日はもう遅いわ。本格的な捜査は明日からという事で」
凛「まぁ、確かにね」
文香「今夜も、長くなりそうです……」
八幡「これ明日になったら面倒くさくなってるパターンじゃないか?」
こうして、夜は更けていく。
明日から始まるは、行方をくらました高級酒・剣聖武蔵の捜索。探偵(役)が来るまでの三日がタイムリミットとは、何とも皮肉なものだ。
正直俺としては、捜査よりも毎晩行われるであろう宴会の方が厄介なのだが……
……まぁ、これもプロデューサーの役目…………じゃないよね、絶対。
161:

カタカタと、耳障りな音に目が覚める。
薄らと目を開けてみれば、薄暗い部屋の天井が目に入った。音の出所を確認すると、軋むように揺れているのはどうやら窓。相変わらず風は強く、雨がガラスへと打ち付けているのが見えた。
ベッドから身体を起こし、枕元に置いてある携帯電話を確認する。
八幡「6時……」
撮影二日目。朝の六時。
……いや、撮影してないからこの言い方は間違ってるな。現場入りして二日目だ。
ドラマ撮影の為に現場入りしたその夜、嵐のせいで撮影延期、停電騒ぎに消えた高級酒、そして捜索する事に決まってしまうという、何とも濃い初日を終え、一夜明けた翌日。
なんというか、あまりいい目覚めではないな……
八幡「……とりあえず、シャワー浴びるか」
確か昨日聞いた話じゃ、朝7時から9時までの間は朝食が用意されてるとか。場所は夕食の時と同じ一階の和室。食わなくても問題無いんだろうが、俺は食いたい。折角の上手い飯を食い逃すのも勿体ないしな。
着替えを用意して、部屋に備え付けの浴室へ向かう。
そういえば、結局昨日は大浴場へは行かなかった。なんか楓さん主催の飲み会がスタートしたらそのままタイミングを失ったのだ。あの人やっぱ酒強ぇな……俺は飲んでいないとはいえ結構付き合わされたぞ。
さらっとシャワーを浴びて、身支度を整える。今日こそは広い大浴場へ行こうと気持ちを昂らせ、何とか気持ちを自ら鼓舞する。そうでもないとやってられん。
今日から、剣聖武蔵の捜索開始だ。
162:
最低限の貴重品と部屋の鍵を持ち、部屋を出る。向かう先はもちろん朝食会場。
しかし、特に時間指定は無かったが何時頃から捜査を始める気だろうか。やっぱ朝飯食った後か? というか、あの人はちゃんと起きてるのか? 強いとはいえ翌日に持ち越すタイプの人もいるからな。楓さんがどうかは俺は知らないが、二日酔いで延期なんて笑い話にもならない。いやなるか。むしろ語る事が増える。
どうでもいい事をボーッと考えながら歩き、やがて一階の和室へと辿り着いた。
中を除いてみれば……おお、なんつーか分かり易いな。
昨日と全く同じ配置に座っているのは4人。入り口から向かって右側にある食膳の列、そこに鷺沢さん、莉嘉、凛、輿水の未成年組4が揃って座っていた。ってかもう食べてた。
そして向かい側の大人組は……悲しいかな、誰も座っていない。兵藤さんくらいは期待したんだがな。
いや、うん。まだ朝食の時間は終わってないしね。きっとこれから来るよ。うん。
と、謎のフォローを心中で送っていると、一番手前に座っていた輿水が俺に気付く。
幸子「あ、比企谷さん。おはようございます」
特にボケる事のない(普段から本人はボケてるつもりはないだろうが)、ごく普通の挨拶。
しかし俺はちゃんと見ていた。
俺に気付いた後、輿水は口に手を当て、口に含んでいたものを咀嚼し、きちんと飲み込んでから声を発した。
なんというか、品があった。当たり前の事だと思うか? 違うね。そんな当たり前の事を出来る奴が案外少ないんだ。その辺の飲食店で見てみろ。女子中高生なんて平然と口に物入れながらくっちゃべってるぞ。
別にそれが下品だとまでは言わない。俺は別にマナーにうるさい方でもないし、ぶっちゃけ俺もやったりする。俺はそこまで女子に理想を抱いたりはしない。現実を注視してしまう所はあるが。
しかしだからこそ、行儀良く食べる輿水のそんな所が目についた。なんつーか、こいつはこういう素の所で時たま魅力をみせるよな。本人に自覚が無いのが残念極まりない。……いや、そこも含めて魅力なのか?
幸子「比企谷さん?」
八幡「……いや、なんでもない。おはようさん」
返事もせず突っ立ってた俺を不審に思ったのか、怪訝な表情になる輿水。
しかし、朝っぱらからたったあれだけのワンシーンを見てここまで考えるとは、俺もいよいよ気持ち悪いな。これも一週の職業病か?
163:
幸子「フフーン、もしかして見蕩れてたんですか? 朝からこんなにカワイイボクを見れるなんて、比企谷さんは幸せ者ですね」
八幡「……まぁ、そうな」
幸子「ええ、そうでしょう!」
八幡「輿水」
幸子「はい?」
八幡「食べカスついてんぞ」
幸子「えぇッ!? 嘘!?」
八幡「ああ。嘘だ」
超・ドヤ顔☆ から一転、アイドルらしからぬ面白顔で焦りまくる輿水。
本当にからかい甲斐があんなコイツ。プロデューサー壷でも買わされないか心配だよ?
「もーう何ですかー!」とプンスコ怒る輿水を放っておいて、俺は誰もいない向かって右側の食膳の列へと向かう。一応昨日と同じ席に座っておくか。
残りの数人とも挨拶を交わし、俺も食べ始める。
八幡「…………美味いな」
ポツリと、思わず声に出た。
白いご飯にみそ汁、焼き魚に漬け物、おひたしに卵焼きと、絵に描いたような朝食メニュー。特段豪勢というわけでもないのに、とても美味しく感じられた。
……というか、最近朝飯が美味いんだよな。
ここの旅館が単純に料理が上手いというのもあるだろうが、働き始めてからというもの、妙に朝飯が美味しく感じる。前は抜いてもさほど気にしないくらいだったのに。
やはり、これも働く事によって生まれたストレスを食で発散してるのだろうか。なんか聞いた事あるからな、食事を摂ると幸せ成分みたいなもんが脳で出るんだっけ? かなりうろ覚えだが。
17からこんなに食に対してありがたみを感じるのもどうなんだと複雑な所だが、まぁ、無頓着よりは良いだろう。
164:
凛「そういえばプロデューサー、昨日は大丈夫だった?」
八幡「ん? ああ……まぁ、な」
向かい側に座る凛からの質問、大丈夫だったかとは、もしかしなくてもあの後の飲み会の事だろう。
日付けが変わる前くらいには凛と鷺沢さんは部屋へ戻ったのだが、楓さんはその後もしばらくは残ったのだ。必然部屋の主である俺は付き合わされる。そうか、だから俺の部屋で飲んだんだな……確かにあれじゃ逃げられん。
程なくして楓さんも部屋へは戻ったのだが、かなりいい感じに酔っていた。っていうか部屋まで送ったかんね俺! 
八幡「あの分じゃ、今日は起きるの遅いんじゃないか」
凛「確かに来てないね……そっち側の人が主に」
大方早苗さんと兵藤さんも大分飲んだんだろう。武蔵が無くなってヤケ酒でもしたのかもしれない。酒無くなって酒飲むってもうすげぇな。
と、そこで鷺沢さんが「あ……」と小さく声を漏らしたのに気付く。
その視線を追ってみれば、その先はこの和室の入り口。そしてそこに立つのは……
楓「――待たせたわね」
ニヒルに微笑む、楓さんであった。顔色最悪だ。
凛「なんで無駄にそんなカッコいい登場を……」
楓「探偵は、遅れてやってくるもの、でしょう……?」
いやなんかハァハァいってますけど。完全に具合悪そうですけど。二日酔いですよね?
八幡「ほら、とりあえずこっち座ってください。そんな襖に寄りかかってたら倒しますよ」
楓「え、ええ……」
八幡「……………」
楓「………ふぅー…」
八幡「……………」
楓「……お水、貰えるかしら」
二日酔いですよね?
165:
グロッキー状態でも微笑みを絶やさないその淑女の精神は立派だが、青白いし逆に怖い。ほら、未成年組も若干引いてるし。つーか本来は俺も未成年組なんですけどね!
話を聞くと、どうやら部屋へ戻った後に結局早苗さんたちに合流したらしい。あ、あれれー? 俺が送った意味……
八幡「よくもまぁ、そんだけ飲めますね」
楓「うふふ、好きですから。それに……」
そこで、少し声のトーンを小さくする楓さん。どうやら、向こう側の彼女たちに聞こえないようにという配慮らしい。
正確に言えば、莉嘉と輿水に、だろうが。
楓「どのみち、何か理由を付けて部屋へはお邪魔するつもりでしたから」
八幡「……なるほど」
それならば仕方がないな。……いや仕方なくない。飲む必要なんて無いし、やっぱそっちメインですよね!
それから体調が落ち着いたのか、少量ながら朝食を食べ始める楓さん。ちなみに兵藤さんはもう少しで来るらしい。早苗さんは多分ダメだと言っていた。あの人も相当強いはずなんだけどな……どんだけショックだったんだ。
莉嘉「ねーねー八幡くん」
八幡「ん、なんだ」
莉嘉「朝ごはん食べ終わったらさ、アタシたちは自由って事でいいの?」
莉嘉のその質問に、部屋にいる全員が俺の方を見る。視線痛い。
八幡「そうだな……まぁ、ハメを外し過ぎないようにな」
我ながら歯切れ悪くそう言うと、隣に座っていた楓さんがフッと笑みを零す。そういやそこ兵藤さんの席なんだが……まぁいいか。
俺が視線を向けると、楓さんは口に手を当て、可笑しそうに言う。
楓「比企谷くん、何だか担任の先生みたいね」
八幡「先生?」
166:
また何とも、突拍子も無い事を言う。
しかし、楓さんのその発言は思いの外共感を得るものだったようで…
文香「確かに…そんな雰囲気を感じましたね……」
莉嘉「八幡くんが先生だったらすっごい楽しそう!」
凛「反面教師には向いてるかもね」
八幡「オイ」
クスクスと、面白可笑しく談笑してくれる彼女ら。
いやいや、普通に考えていないでしょこんな先公。
八幡「プロデュースするだけでも大変なのに、教師なんて絶対無理だ。輿水みたいな生徒」
幸子「なんでボクだけ名指しなんですか!」
しかし中学生、高校生、大学生に25歳児と、よくよく見てみればかなり多岐に渡る面子だよな。あと二人程いるってんだからヤバみを感じる。というかバブみを感じる。
八幡「とにかく、だ。基本的には自由行動だが、台本の読み合わせとか、他の仕事を抱えてる奴もいるだろうし、あー……そこは、各々に任せる」
凛「つまり、自由行動ね」
八幡「そういう事だ」
仕方がない。だってする事が無いんだもん!
窓の外では未だに暴風雨が吹き荒れている。予報を信じて、あと三日耐え忍ぶしかないな。……まぁ、俺たちはまた別だが。
隣の楓さんを見る。
考えていた事は一緒なのか、彼女も俺へと視線を向けていた。
その不適な笑みは、この先の珍道中を物語るようだった。
……まだちょっと顔色悪いな。
167:

楓「それじゃ……せーのっ」
楓さんのかけ声で、バッと、4人が一斉に手を差し出した。
その手の平の上にあるのは、瓶ビールの王冠。
文香「アサヒ……です」
凛「私もアサヒ」
八幡「……キリンっすね」
楓「決まりね。私もキリンなので、このペアで行きましょう」
ニコッと笑う楓さん。
同じメーカーの王冠が二個ずつで、それをランダムに四人で引く。まぁつまり、ペア決めのくじ引きだ。他の何か無かったの? とか言ってはならない。
つーか楓さんとペアか……凛のが気が楽だったんだが、仕方ないか。
楓「……ごめんね、凛ちゃん」
凛「な、なんで私に謝るの……?」
そうそう。むしろ俺が楓さんに謝りたいくらいだ。俺なんかがペアですみませんね……ペア決めっていう単語がもう既に心の暗い部分を刺激する……
楓「それじゃあ、張り切って剣聖武蔵の捜索を始めましょうか♪」
凛・文香「「お、おー……」」
俺は言わない。
168:
とりあえず最初の捜査として、旅館内をくまなく探すという基本から始める事にした。
誰かが持ち出さないと無くならないような状況ではあったが、それでも本当に何かの偶然という事はある。探し物をしていたら「なんでここに……?」みたいな所で見つかるなんて珍しい事じゃないからな。ホント何なんだろうねあの現象。
そしてその捜索に当たって、一応は二人編成の方が都合が良いという話になり、ペア決めをしたのが先程の事。こうすればお互いをお互いが見張る事も出来るしな。4人の中では疑わない方針にしたとはいえ、一応の処置だ。用心に越した事はない。
午前と午後でペアを変え、今日一日は捜索に費やす予定。どうせ時間はある。
……なんか、唐突にハルヒを思い出したぞ俺は。
凛「探してる時に他の人たちに会ったら、何て説明すればいいの?」
八幡「あー……そうだな…」
楓「……変に誤摩化すよりは、正直に言った方が良いかもしれないわね」
確かに、コソコソと調査されていたなんて知ったらあまり気持ちの良いものじゃないだろう。それならば言ってしまった方がまだマシかもしれない。
楓「時間があってヒマだったから、探検がてらお酒を探してました、くらいで良いと思うわ」
文香「あくまで……誰かが持ち出した線で捜査しているとは言わずに……ですね」
楓「ええ」
昼食は11時から1時の予定となっている。
とりあえずはそれまでを午前の部として、俺たちは捜査の為別れた。最初は一階だ。
楓「それじゃあ比企谷くん、頑張りましょうか」
八幡「ええ」
楓「お酒の為に」
八幡「……ええ」
169:
いちいち言ってくれるな。逆にやる気が減る。
さっきまであんだけやられていたのに、もうこんな元気なんだもんな。こりゃ今日も飲むな……
俺たちは表玄関、エントランス側とは逆の、奥側の方の捜索となる。昨日毛布や懐中電灯を持ってきた倉庫もこっち側だな。
八幡「倉庫は……今は鍵がかかってますね。後で借りに行きますか?」
楓「そうね。……でも、全部見て回ってからの方が良いかもしれないわね。旅館の方に迷惑をかけてしまうし、先に見つかる事に期待しましょう」
俺は首肯し、倉庫はひとまず置いておく事にする。この辺はロッカーとか物置は多いが、勝手に漁ると悪そうだな。何とも探し辛い。
八幡「………」
楓「??♪」
八幡「………楓さん」
楓「? どうかした? 比企谷くん」
キョトンと、楓さんは声をかけた俺の方へと顔を向けてくる。
八幡「さっきの、見つかる事に期待するって台詞ですけど」
楓「ええ」
八幡「……本当に、見つかると思ってますか」
俺は楓さんの方を見ずに、目は辺りを見回しながら、声だけを彼女に向ける。
楓さん「うーん…」と小さく唸ると、同じように探しながら会話を続けた。
楓「……正直、厳しいかな、とは思ってます」
八幡「まぁ、そうですよね…」
あんな状況で、偶然こんな所にお酒が転がり込むわけがない。
どっちかってーとオカルト系だ。安斎より白坂を呼んだ方が良いかもしれない。
170:
楓「一応、凛ちゃんたちが旅館の方に持っていってないか確認をしてくれるそうだけど、それも可能性として低いわね」
八幡「この辺に落ちてるよりは高いとは思いますけどね」
楓「ふふ、それは確かに」
少しの間、沈黙がその場を満たす。
さっきまで聞こえていた楓さんの鼻歌も、今は聞こえない。
やがて、今度は楓さんから質問が飛んできた。
楓「比企谷くんは…」
八幡「はい?」
楓「比企谷くんは、誰かが持ち出したと思う?」
チラッと、楓さんに視線を向ける。
彼女はこちらを見ていない。何故か少しだけ安堵して、俺は一つ間をあけて答えた。
八幡「どうですかね。正直、よく分かりません」
楓「そう」
八幡「……ただ」
そこで、ようやく楓さんと目が合う。
八幡「俺としては、動機が気になりますかね」
楓「動機?」
八幡「ええ。だって、莉嘉や輿水からしたら興味なんてきっと無いでしょう?」
あの二人は中学生。もちろんお酒なんて飲めないし、飲みたいとすら思ってないだろう。ってかカクテルとかならまだしも、日本酒に興味を持つ女子中学生なんて嫌だ。
171:
八幡「早苗さんと兵藤さんだって、お酒好きとはいえ独り占めしようなんて思う人たちじゃない。疑うだけの動機が無いんです」
楓「なるほど……」
八幡「…………」
楓「…………」
八幡「……いやでも、早苗さんならもしかしたら…」
楓「そこは信じてあげて比企谷くん」
まぁ、一応あの人元婦警だからな。普段の行いのせいで忘れそうになるけど。
……けど、それを抜きにしたってあの人はそんな事は絶対しないだろうな。
八幡「何にせよ、もし持ち去った奴がいたとして、それが悪意によるものだとは思い辛いですね」
楓「不可抗力によるもの、という可能性ね」
本人に意志は無くとも、“持ち去らなくてはならない”理由が出来た。そう考えれば、いくつか考えは思い浮かんでくる。
楓「……少し、何となくだけど、見えてきたような気がするわ」
いつになくシリアスな表情を作る楓さん。
その横顔が無性に様になっていて、俺は思わず笑ってしまった。
八幡「本当に、どこぞの探偵みたいですよ」
俺の戯言に、楓さんは目を丸くした後、薄らと微笑む。
楓「あら。今の私は探偵ですよ、語り部さん」
八幡「また、素敵な言い回しで…」
楓「私たちは高垣探偵団」
八幡「急に児童書感が……」
その後もしらみ潰しに探しはしたものの、剣聖武蔵は見つからなかった。
凛と鷺沢さんに期待はするが、望みは薄い。
午後の部に何とか期待しよう。
……しかし、なんでだろうな。
事件も、やってる捜査も子供じみたものなのに。
不思議と、ちょっとだけ楽しいのだから、本当に困る。
……池袋に探偵バッジでも作ってくれるよう頼もうかしら。
202:

場所は変わって一階昼食会場。
朝とは違い、今は全員がその場に揃っている。
そしてその唯一いなかった一人だが……見るからに思いっきり具合が悪そうだ。
早苗「う?……頭痛いわ……」
頭を抑えつつ、それでもしっかりと昼食は摂る早苗さん。どうやらちゃんと腹はすくタイプらしい。いるよな、たまに体調悪くてもしっかり食べられる人。
早苗「なんとか夜になるまでに回復しないと」
八幡「今日も飲む気っすか……」
思わず呟いてしまった。なに、一日に必要な摂取量とかあるの?
どうせ飲むんだろうとは思っていたが、ここまでハッキリ言われると呆れを通り越してしまう。
しかし早苗さんは当たり前だと言わんばかりに胸を張る。おしげもなく自己主張するその部位は何とも目のやり場に困る。
早苗「そりゃそーよ。折角三日もお暇を頂いたんだもの、しっかり楽しまなきゃ」
八幡「別にいいっすけどね……仕事に支障が無ければ」
とはいえ早苗さんも大人だ。28だ。アダルティーなのだ。その辺は弁えているだろう。そう信じたい……そう信じることにした。
レナ「そういえば、比企谷くんさっきは何してたの?」
隣に座る兵藤さんからの質問。
さっき……楓さんと共に探していた時の事だろうか。一応しらばっくれとこう。
203:
八幡「さっき、と言うと?」
レナ「ほら、一階でキョロキョロ歩き回っていたじゃない。探し物してるみたいに」
やっぱ見られてたか。まぁそりゃ、隠しとくにも限界があるよな。
ここは平静に、特に取り繕わずに説明して…
レナ「そういえば、楓さんも一緒だったわね。逢引でもしてたの?」
八幡「ブフォッ」
思わずみそ汁を盛大に吹き出した。
いやいやいや、突然何言い始めるんだこの人は……!
莉嘉「ねーねー、アイビキ? って、何?」
文香「男女が密かに会う……今で言う、デートと言った所でしょうか…」
莉嘉の質問に、とてもとても丁寧に説明してくれる鷺沢さん。でも今は余計な事は言わないでほしかったかなー。ってかあなた逢引なんかじゃないって知ってますよね?
凛「…………」
幸子「ひっ!?」
そして何故だろう。今は凛の方を見れない。なんか幸子の悲鳴みたいな声が少し聞こえたけど絶対見てはいけない。ってかあなたも真相知ってますよね!?
莉嘉「デート!? 八幡くんデートしてたの? ズルーい! 莉嘉もしたーい!」
八幡「違う、違うんだ……」
なんかあまりに気が動転してか、浮気現場を見られた時の言い訳みたいな声を出してしまった。だって本当に違うんですよ!
早苗「ちょっ、ダメよ楓ちゃん! 未成年に手を出すのは犯罪よ?」
レナ「注意するのはそっちになのね……」
やはり元婦警としては見過ごせないんだろうか。でもプロデューサーとアイドルって点でもいけませんからね?
204:
八幡「いい加減にしてくださいよ、そんなわけないじゃないっすか」
楓「そうですよ。そんな不純なことはしません」
八幡「楓さん…」
楓「私たちは清く正しい交際をしていますから」
八幡「楓さん?」
だから悪ノリするなっつーの。
八幡「……俺たちはただ、ヒマだったんで探索がてら散歩してたんですよ。お酒も見つかるかもしれませんし」
レナ「なるほどね」
特に怪しむ事も無く納得する兵藤さん。まぁ、別に怪しむような発言じゃないしな。変に食い下がってこないのは助かる。
だが、もう一人のアラサーアイドルは気になったようで…
早苗「お酒…………そうね、その通りだわ……」
八幡「……………」
何だか嫌な予感しかしない。ぼそぼそと呟く早苗さんってこれもう怖い以外の何物でもない。
早苗「……決めたわ。あたしも捜索活動に参加する!」
やがて宣言したのは、ある意味では予想通りのもの。
八幡「まぁ、それは良いんすけど……午後から一緒に探します?」
早苗「いいえ、あたしはあたしで調査させて貰うわ。折角なんだし、人数が多いのを有効活用しないとね」
心無しかイキイキとして言う早苗さん。
やっぱ元婦警だけあって、こういう調査事には積極的になるのだろうか。それともお酒を見つけたいのか。……後者かな。
楓「残念ですね。高垣探偵団に仲間が増えると思ったんですが……」
レナ「(た、高垣探偵団……?)」
文香「(児童書感がありますね……)」
205:
そのネタまだ引っ張るんですね。
しかし早苗はと言うと、楓さんの発言に何故か「ハンッ」と顔をしかめる。
早苗「探偵? そんな胡散臭いものには頼らないわ!」
楓「しかし…」
早苗「刑事に口出ししないで! 事件はあたしが解決してみせるわ!」
八幡「ドラマの見過ぎですよ」
ぺろっと舌を出して笑う早苗さん。そもそもあなた刑事じゃないしね?
レナ「申し訳ないけど、私は遠慮させて貰うわね。別の仕事の準備もあるし、部屋にいるわ」
幸子「あ、それでしたらボクも。他のお芝居の予習をしておきたいので」
兵藤さんと輿水は部屋で待機、か。確かに、限られた時間を仕事の為に使うのも大切だ。というかお酒を探すよりは絶対に健全である。プロデューサーとして付く側を間違えたか…
八幡「莉嘉はどうする?」
莉嘉「え? あーアタシは……」
少しだけ眉をひそめ、悩んだ様子を見せる莉嘉。だがそれも短い間だけ。
莉嘉「うん。アタシも部屋にいるよ。台本読んでおきたいし」
八幡「……そうか。分かった」
別に無理に誘う必要は無い。
となると、結局は午前と同じメンバーでの捜索だな。
早苗「よーし、それじゃさっさと食べて捜査開始するわよー!」
言うや否や、ご飯をかっこむ早苗さん。その姿はさっきまで頭痛を訴えていた人物と同じだとは思えない。
ちょっと元気出るの早過ぎやしませんかね……
206:

楓「せ?のっ」
またもや楓さんのかけ声と共に、バッと四人が一斉に手を差し出す。その手にあるのはもちろん王冠。
文香「キリン…です……」
凛「アサヒだね」
八幡「……キリン」
楓「私はアサヒね。というわけで、午後はこのペアで行きましょう」
なんというか、なんかこうなるような気はしてた。鷺沢さんとペアか……
文香「……申し訳ありません、凛さん」
凛「だ、だから、どうして私に謝るの……?」
そうそう。むしろ誤りたいのはry
楓「そういえば、旅館の方に話は聞いてみた?」
凛「あ、うん。……だけど、やっぱり知らないみたいだったよ。持ち出す余裕も理由も無いってさ」
まぁ、そりゃそうだろうな。
あんな停電騒ぎの中で片付けなんてするわけがないし、そもそも酒以外に持ち出された様子も無かった。故意でもない限り、剣聖武蔵だけ持っていくなんて事はさすがにあり得ない。
207:
文香「一応、見て回れる所は全てチェックしましたが……収穫と言えるものはありませんでした」
楓「そう。……とりあえず、午後の部を始めましょうか。終わったら夕食の後、また比企谷くんの部屋で打ち合わせをしましょう」
八幡「今何かサラッととんでもないこと言いませんでした?」
聞こえていないのか、楓さんは俺の問いを完全スルー。いや聞こえてないわけねーだろ!
マジか……また今日も飲み会が繰り広げられるのか……いよいよ他の大人組も参加してきそうで怖い。
楓「それじゃ、午後も張り切っていきましょう♪」
凛・文香「「お、お?……」
やっぱり俺は言わない。
午後の捜査の分け方としては、俺と鷺沢さんペアが二階の調査。凛と楓さんペアが三階の調査といった感じ。午前と同じく二人一組でのお互い監視しつつの捜索だ。
……まぁ、早苗さんが単独で調査してる時点であまり必要も無い気もするがな。
文香「では、捜索を始めましょうか……」
八幡「ええ」
廊下を進み、201と書かれた扉の前に立つ。
撮影の為に旅館を貸し切るにあたって、基本的に全ての部屋の鍵は空いている。午前の時点で凛と鷺沢さんが事情を話して許可を貰っていたので、各部屋の捜索も問題は無い。あるとすればそれはかなり面倒くさいという事ぐらいである。しゃーなしだな。
扉を開け、部屋の中へ入る。
クローゼットを開け、風呂場も確認し、冷蔵庫、引き出し、ベッドの下までくまなく探した。
八幡「……無さそうですね」
文香「はい……」
八幡「次の部屋へ行きますか」
201の部屋を出て、今度は202の部屋へ。
同じように、そこも捜索。
文香「……ありませんね」
八幡「……次へ行きましょうか」
文香「ええ……」
202の部屋も出る。そして203へ。
繰り返し、ただただ黙々と探すのみ。
208:
八幡「…………」
文香「…………」
しかし、アレだな。気まずい。全く会話が無い。
別に無理に話す必要は無いんだろうが、それにしたって会話が無い。お互い積極的に話かけるタイプでも無いので、まーー静かな事。段々俺の事嫌いなんじゃないかと不安になってきた。
だが、それでも俺は別に頑張って話そうとはしない。気まずいのは落ち着かないが、それでも沈黙が嫌いなわけではないからな。
八幡「次の部屋へ行きますか」
文香「はい」
そんなこんなで、無駄に手間取る事も無く実にスピーディに俺たちは捜索を終わらせた。まさかこんなに早く終わるとは思ってなかったので手持ち無沙汰になるくらいだ。ってか時間が余った。
八幡「……凛たちはもう少しかかるそうなんで、待っててほしいとの事です」
凛からの返信メールを見つつ、鷺沢さんにそう伝える。
場所は二階の最奥にある談話室。アンティーク調のソファに、三つ程自販機が並んでいる。もちろんここも含めてチェックしたが、やはりというか二階にも武蔵は無かった。
文香「では、ここで少しの間……一休み致しましょうか」
八幡「そうですね」
同意はしたものの、鷺沢さんが座ろうとしないので何となく座り辛い。これはアレだな、俺が先に座らないとこの人も座らない感じのアレだな。たまにいる。こういう凄く気を遣ってくれる人。
お先にどうぞと譲ろうかとも思ったが、どうせお互い譲り合う未来が見えるので先に座らせて貰う。程なくして、鷺沢さんも一人分くらい空けて隣に座った。良かった。真っ正面にでも座られたら色々困る所だ。
209:
文香「……あの」
八幡「はい?」
文香「つかぬ事を、お聞きしますが……比企谷さんは、本をよくお読みになられるのでしょうか……?」
遠慮がちな、ある意味予想外な鷺沢さんからの質問。本をよく読むかとな。
八幡「……そう、ですね。よく読むかは分かりませんが、人並みには」
文香「そうですか……昨日、推理小説にお詳しいようだったので、もしかしたらと……思ったんです」
あぁ、そう言えばそんな話もしたな。
鷺沢さんも本を読むのが好きなようだし、やっぱ共通の趣味を持ってそうだと気になるのだろうか。
八幡「そこまで多くはないっすけど、有名所は読んだ事ありますよ。ホームズとか」
文香「推理ものが……お好きなんですか?」
八幡「いえ、色々です。特にこれっていうジャンルは無いですね」
更に言えば別に小説じゃなくっても読む。ラノベも漫画も。ポアロとかコロンボはドラマのが正直よく見てたな。
八幡「鷺沢さんはあるんですか?」
文香「え……?」
八幡「好きなジャンルとかです」
俺が質問すると鷺沢さんは少しの間沈黙し、やがて困ったように微笑を浮かべる。
文香「……私も、特に決まったジャンルはありませんね。……しいて言うなら、ファンタジーが一番よく読むでしょうか」
八幡「ファンタジー……」
それは少しだけ以外な答えだった。
こだわり無く色々読むというのは想像出来たが、何と言うかもう少し難しいものを読んでいるイメージがあったから。
210:
文香「おかしい……でしょうか……?」
ちょっど不安げに聞いてくる鷺沢さん。どうやら俺が特に反応しなかったのが気になったらしい。
八幡「ああいえ、そんな事はないです。俺も好きですよ」
これは本音。
なんだかんだ言って、幼い頃から一番読んでるのは確かにファンタジーものな気がする。
小学校の頃は図書室で夢中になって読んだもんだ。ハリー・ポッターとか、ダレン・シャンとか、デルトラ・クエストとか、決まってあったもんな。あと、俺的には宮沢賢治は外せない。
八幡「分かり易く面白いですからね。冒険活劇からのハッピーエンド。よく読んでました」
と、そこまで言って、鷺沢さんが意外そうにしてるのに気付く。え、俺なんか変な事言った?
八幡「さ、鷺沢さん?」
文香「あ……いえ、すみません。……こう言っては何ですが、その……少々、意外だったもので」
あ、やっぱそう思えってたのね。
文香「凛さんや、ちひろさんから比企谷さんの事を聞いていたので……てっきり、そういったお話は好まないのかと……」
八幡「そりゃまた、何を聞いたのか気になるお話で……」
いや、あいつら一体全体どういう紹介したの? 俺だってハッピーエンド好きよ?
文香「申し訳ありません……先入観で、人の事を見てしまうなんて……」
八幡「あ、いやいや、いいですよ別に謝らなくて」
正直そのイメージも間違っちゃいない気もするしな。あんだけ青春とかケッ、みたいなこと言ってりゃ、そらそんな印象も持つ。
しかし、ふむ……
211:
八幡「……でも、確かにそうですね」
文香「え……?」
八幡「あまり深く考えた事は無かったですけど、創作に限って言えば、俺はそういう奇麗事並べた物語が好きかもしれません」
現実では信じられないような関係も、苛立ちしか覚えないキャラクターも、創作の中でなら別だ。
根っからのお人好しの主人公。可愛い上に優しいヒロイン。決して裏切らない仲間。友情、努力、勝利。そしてお涙頂戴のハッピーエンド。
創作の中でありふれたそれは、しかし現実で見れば何と嘘くさい事か。
きっと俺は信じれない。そんなものが目の前に現れたところで、似通ったものが存在した所で、俺はそれを受け入れられる気がしない。
だって、俺がいるのは現実だから。
現実だから、そんなものは無いと、嫌になるくらい俺は知っている。
……けど、創作の中では別だ。
例えそれが誰かの空想から作られたものでも、誰かの願望から生まれた偽物だったとしても、だからこそ、そこに嘘は決して無い。
創作の中に生きる彼らは、そこで言ったものが本心で、そこに映っているものが、全てだから。
だからきっと、そんな彼らを見て、俺たちは思いを馳せるんだ。
八幡「創作だからこそ、その中にあるものは本物……なんて言ったら大袈裟ですけど、俺はそう思ってます。現実逃避って言われたら何も言い返せませんけどね」
文香「……そんな事は、言いませんよ。とても、素敵だと思います」
微笑む鷺沢さんに、何だか無性に恥ずかしくなってくる。何で俺はこんなこと言ってんだ? もしかして共通の趣味を持っているのにテンション上がってたのは俺だったか……
文香「私も、たまに物語の中に入り込むような、そんな不思議な気持ちになる事があります……」
八幡「………」
文香「だから、それを逃避だなんて……そんな風に言うつもりはありませんよ」
また、そうして笑う。
揺れる前髪から除く蒼い瞳は、まるで吸い込まれるかのような魅力があった。
212:
八幡「……あっと…」
「プロデューサーっ!」
俺が何か言おうとした所で、遠くの方から呼び声が聞こえてきた。
見れば、逆側の廊下の奥で凛が手を振っている。
文香「どうやら、楓さんたちも終わったようですね……」
八幡「ですね。俺たちも行きましょう」
ソファから立ち上がり、歩き出そうとする。
が、そこで今度は、鷺沢さんから呼びかける声。
文香「比企谷さん」
八幡「っと……はい?」
文香「また……機会があれば、本についてお話しませんか?」
今度は遠慮がちではない、とてもとても、魅力的なお誘い。
いや、ズルいだろ、そんなの。
八幡「……そうですね。機会があれば」
相変わらず、歯切れの悪い返答。
だが鷺沢さんは嬉しそうにまた微笑むと、「はい」と小さく返事をして先に歩いていってしまった。
……大人しそうにしても、やっぱアイドルなんだな。
破壊力抜群だぜ。
一応、頬の辺りを少し抓り、夢はなない事を確認する。
やっぱ夢でも創作の中でもなく、現実なんだよな。
これもある種のファンタジーだな等と考えながら、俺も追って歩き出した。
254:
八幡「プロデューサーの休日」

とある日のとある朝。
いつものように目覚まし時計に起きる時間を告げられ、いつものように眠い目を擦り起き上がる。
日に日に段々と、この音が不快になっていくのが自分でも分かる。冬とか特に。布団の魔力ったらよ。
これはあれだなー、録音式の目覚まし時計とかを買って、好きな曲でも流そうか。そうすりゃ少しは気分の良い朝を迎えられるかもしれん。
そんな風にぼんやりと考え事をしながら、顔を洗い、歯を磨き、着替えを済ませる。リビングからはかすかに朝食の良い匂いが漂ってきていた。
しかし学生の頃ですらあんなに朝はキツいと思っていたのに、仕事を始めたら更にキツく感じるようになったな。世の社畜ちゃんたちへ本当に労いの言葉を送りたい。そして俺も送られたい。
だがまぁ、自分の境遇に関して言えば、俺が好きでやってる事だしな。
自業自得、って言うとあれだな。何か悪い意味に聞こえる。因果応報……身から出た錆? どんどん遠ざかってんな。
八幡「ん?」
ふと、朝食にありつこうとリビングを横切った時、テレビ画面が目に入る。
映っているのは毎朝やっている星座占い。この手の朝の情報番組じゃ定番とも言える。俺も昔は毎朝かかさず見ては一喜一憂したもんだ。いつからか憂しかない現実に嫌になって見なくなったが。
255:
『今日の第一位は、獅子座のあなた!』
お、なんだ。俺じゃないか。よっしゃラッキー! ……別に信じているわけではないが、一位だと言われれば何となく興味を引かれる。我ながら単純だ。
席に着き、いただきますと手を合わせてからみそ汁に手を伸ばす。
『まさかのあの人と会えるかも! 憧れの人へアタックするチャーンス☆』
なんかイラッとする言い方だな。まさかのあの人って、俺からしたらそのワードは会いたくない人にしか使わないぞ。
『そして、なんだか新しいスタートの予感! その瞬間を見逃さないで!』
やけにぼんやりしてんなオイ。……まぁ占いのマジレスするのもどうかと思うが。でもたまにそんなラッキーアイテムどうすんの? ってチョイスがあるよな。あれ誰決めてんだ。
『最後に、今日のラッキーカラーは?……』
八幡「…………」 もぐもぐ
『カラーは??………』
長ぇな。
『……すばり! 蒼です!!』
八幡「……」 もぐ…
……青?
『青じゃなくて、蒼です!!』
何故か念を押すように告げ、占いコーナーは終了した。そんなに大事なことだったのか。
八幡「蒼……ねぇ」
なんだかもう、その単語じゃあいつの事しか思い浮かばない。ラッキーカラーって言うかイメージカラーだ。そう言う意味じゃ俺は今日に限らず常にラッキーカラーと行動を共にしてる事になる。ご利益感ねぇなオイ。
256:
八幡「ごちそうさん」
朝食を平らげ、食後の茶をすする。
まぁ、占いなんて結局は気休めみたいなもんだ。良い運勢ならそれだけで人は安心し、悪ければご利益があるものを身につけ、大丈夫だとまた安心する。要は気持ちの問題。結局はそんなもん。
藤居あたりが聞いたら怒るかもしれんが、今の俺はさすがにそこまで純粋にはなれん。やるとしても精々Twitterの診断くらい。あれなんでついやっちゃうんだろうな。くやしいけどちょっと楽しい。
「あれ?」
と、そこでリビングの扉が開いたかと思うと、素っ頓狂な声が上がる。
目線を向ければ、そこにいたのは相変わらず兄のシャツを勝手に着ている我が妹小町。
小町は俺の姿を捉えたまま、不思議そうな面持ちで呟いた。
小町「お兄ちゃん、どしたの? その格好」
八幡「は?」
どう、と言われても……
視線を下げ、自分の姿を見やる。
白いYシャツに、鮮やかな色のネクタイ、黒いスラックス。片手にはジャケットを持っている。紛う事無きスーツ姿であった。
八幡「…………」
小町「明日はデレプロのお仕事お休みだから、学校行くーって昨日言ってなかったっけ?」
八幡「……あ」
慣れ、とは本当に恐ろしいものだと思う。意識がはっきりしていない朝なんかは特に。
とりあえずは静かに席を立ち、静かにその場を後にする。小町の視線は無視。
とにかく急いで制服に着替えてクラスチェンジ! やっべーそうだった! だ、大丈夫だ。幸いまだ時間には余裕がある。
でもそうかー、今日は学校かー、仕事無しかー良かった良かった。
八幡「…………」
学校、かぁ……
なんか、それはそれでやっぱりめんどくせぇわ。
そんなどうしようもない事を考えながら、俺はまたのそのそと着替えをするのであった。……やっぱ占いなんて当てになんねぇな。
257:

家を出てチャリンコに乗り、学校へと向かう。
そんな前なら当たり前な通学が、今では何とも新鮮だ。
こうしてると、電車乗るより全然気持ちいいな。あの通勤ラッシュはマジでヤバい。痴漢保険とか入っといた方が良いかもとマジで考える。
そうして軽快に走っていると、ふと胸ポケットに入れていた携帯電話が震えだす。
なんだなんだとチャリを止めてチェックしてみると、おお、画面には我が担当アイドルの名前が表示されていた。
八幡「もしもし」
凛『もしもしプロデューサー? おはよう』
電話に出ると、聞こえてきたのは相変わらず奇麗に澄んだ声。担当アイドル渋谷凛だ。
八幡「おはようさん。ラッキーカラー」
凛「え? 今何か言った?」
八幡「何でもない。こっちの話だ。……んで? 何か用か?」
適当に話を濁し、用件を尋ねる。
凛『用っていうか、今日は随分遅いから電話かけてみたんだ。もしかして寝坊?」
ちょっとからかうかのような凛のその問いかけ。あら、これはもしや……
八幡「あー……もしかして、俺言ってなかったか?」
凛「え? 何を?」
言ってないようだった。
258:
思い返してみれば、確かに最近は忙しくて中々休日が中々取れず、あまりそういった話をしていなかった。この休みも、凛の仕事と重なっていなかったから急遽ちひろさんがねじ込んでくれたものだしな。
とはいえ担当アイドルへ連絡していないのは完全に俺のミス。凛に説明をし、素直に謝る。
八幡「ーーと、いうわけで今日は休み貰ってたんだ。悪かったな、ちゃんと伝えてなくて」
凛『いいよ、謝らないで。昨日はお互い直帰だったし、別に私も今日はレッスンだけだったからさ』
八幡「そう言って貰えると助かる」
別に相手が目の前にいるというわけでもないのに、軽く頭を下げる。なんでこれついやっちゃうんだろうな。仕事の電話とか特に。
凛『じゃあ折角の休みなんだから、プロデューサーもたまにはゆっくり休んでね』
八幡「ああ。……と言っても、今日は学校行くんだがな」
本当であれば家でゴロゴロしようかとは思っていたのだが、最近はあまり顔を出していなかったし、ちょっとした野暮用もある。ってか、もう平塚先生に行くと言ってしまったのが大きい。なんであの時の俺はあんなこと言っちゃったかなぁ……そしてなんで当日の朝になるとあんな嫌になんのかなぁ……
凛『学校……』
と、そこで何故か凛の声のトーンが若干下がる。
凛『プロデューサー、大丈夫?』
八幡「大丈夫って、何がだ?」
もしかして、折角の休日なのに休まなくても大丈夫なのか? という心配だろうか。まさか担当アイドルにそこまで心配されるとはな。まぁ、これもプロデューサー冥利に尽きるという奴か……
凛『いや、学園ライブの事もあるし、回りから変態プロデューサーとか蔑まれないのかなって』
全然違う心配だった。ドロップキックした奴が言う台詞じゃないよね!
259:
八幡「えらく真剣な声音で訊くと思ったらそんな事かよ……」
凛『あははは。……まぁ、プロデューサーからしたら今更かな』
八幡「おう」
凛『そこは否定してよ』
と、また凛は小さく笑う。
あまり本気で心配しているようではなさそうだ。
八幡「まぁ、奉仕部にも一応顔出しときたいしな。……一人、挨拶しとかないとうるさそうなのもいるし」
凛『誰の事だかすぐわかるね。……じゃあ、雪乃と結衣によろしく言っといて』
八幡「ああ」
凛『そういえば今日は奈……え? ああ、うん。今行く』
話してる途中で誰かに呼びかけられたのか、若干声が遠さかる。
凛『ごめんプロデューサー、そろそろ移動だから切るね』
八幡「大丈夫だ。レッスンしっかりな」
凛『うん。それじゃ』
そこで通話は切れる。
かけてきた方から電話を切る、というマナーもしっかりしていてプロデューサーは嬉しいです。
八幡「さて……」
時間を確認。予想はしていたが、ちょっとこれは怪しくなってきたぞ。
まぁでも、ほら、担当アイドルとの電話を無下にするのもね? 電話しながらチャリとか、危ないし。やっぱ電話したくらいじゃラッキーカラーとは認められないのかしら……
そんな言い訳もほどほどに、俺は全力でペダルを漕ぎ出した。坂道くぅーん!
260:

八幡「……………………はぁー……」
つ、疲れた……
まさか、ここまで精神的にやられるとはな……俺もさすがに予想外だった。
机につっぷしていると、横から怪訝な声が聞こえてくる。
雪ノ下「そんなに干物みたいになって、どうかしたの比企谷くん。まさか本当に干されたわけじゃないでしょうね」
八幡「安心しろ。俺が言うのもなんだが、うちの担当アイドルは絶賛活躍中だ」
雪ノ下「ええ。もちろん知っているわ」
つっぷしたまま顔だけ向けてみると、雪ノ下雪乃は涼やかに笑みを浮かべていた。
ほう。冗談だとは思ったが、まさか知っていると返されるとはな。もしかして凛のことチェックしていらっしゃる?
由比ヶ浜「最近テレビでよく見るようになったよねー。録画忘れないようにするの大変だよ」
そう困った風には言うが、由比ヶ浜結衣の表情は笑顔だ。お母さんかお前は。……確かに気持ちはわかるけど。最近録画超大変。
八幡「……けどまさか、その余波を俺が食らうことになるとはな」
雪ノ下「余波?」
俺の発言に首を傾げる雪ノ下。由比ヶ浜は事情を知っているため複雑そうに苦笑している。
由比ヶ浜「確かに、今日は凄かったね。休み時間とかは特に」
八幡「別のクラスからわざわざ見に来るとはヒマなこった」
そこまで言った所で合点がいったのか、雪ノ下は納得したように頷く。
261:
雪ノ下「成る程。……つまりは野次馬ね」
その言葉で、自然と眉をよせてしまう。
確かに変態発言と共に俺がプロデューサーである事は公表したが、まさか凛が有名になった事でここまで俺に興味が注がれるとは思ってみなかった。
クラスの奴らの視線や囁きなんてまだ良い。休み時間になれば更に多くの喧騒が廊下から聞こえてくる。調子に乗ってどうでもいい話をふっかけてくる奴も中にはいた。まぁガン無視したんだが。
八幡「もううるせぇこと。あんなに始業のチャイムが嬉しく感じた事はねぇよ」
寄ってたかって、何が楽しいんだか。しかも一目見たら勝手にあんなもんかと鼻で笑って去るんだからそういう奴が一番腹立つ。凛の前でやったら小指折るからな?
八幡「しかも、最後の休み時間とかあいつも来たからな……」
由比ヶ浜「ああ、なおちんね」
そう、奈緒だ奈緒。なんであいつ来るかなー。しかも特に用事も無くダベりに来ただけって……君アイドルの自覚ある? いや、なんか休み時間にダベるって普通の友達っぽくて、ほんのちょっと、ほーーんのちょっとだけ嬉しかったけど、アイドルよ君?
……あれ、もしかして占いの“まさかの出会い”ってこの事か? 憧れの人どころか割と普段会う人なんですが。やっぱラッキーじゃねぇ。
由比ヶ浜「でも凄かったねー。なおちんが来たら途端にざわつきが増えたもん」
八幡「そら増えるわな」
由比ヶ浜「それでいて普通にヒッキーに話しかけるんだもん」
八幡「……そら気も遣うわな」
あまりに気にしてなかったもんだから思わず小声で注意したけど、あいつは何の気無しに「ん? ああ、もう慣れたよ」って言うんだもんよ。そらお前はアイドルだからそうかもしれんけど、俺は慣れてねーんだっつーの!
雪ノ下「流石に同情に値するわね。半分くらいは」
八幡「残りの半分は何なんだよ」
雪ノ下「三割は変態発言による自業自得。二割は因果応報ね」
八幡「それ殆ど同じ意味なんですが」
あるいは、身から出た錆とも言う。
262:
雪ノ下「でも良かったじゃない。いつもよりは短く済んで」
由比ヶ浜「そうだよ。今日来れてヒッキー運が良かったね」
そう言って、雪ノ下と由比ヶ浜はそれぞれ“弁当”へと手をかける。
そう。今は昼だ。だが決して昼休みではない。放課後だ。放課後ティータイムだ。いや違う違う言いたいのはそんな事じゃなくて……
つまり、今日は午前授業だったのである。いわゆる半ドン。
……今日び半ドンとか言わないか。平塚先生くらい?
八幡「……メシ食ったら、お前らはどうするんだ?」
自分のパンを齧りつつ、二人に尋ねる。
しかしまさか部室で三人で昼飯を食うことになるとはな。ある意味じゃとても珍しい。
由比ヶ浜「あたしはこの後優美子たちと予定あるから、食べたら行くよ」
雪ノ下「私も予定があるわ。だから部活は今日は休み。……それとも、あなただけでもやっていく?」
意地の悪いような笑みで尋ねてくる雪ノ下。俺がどう答えるか分かってて聞いてるだろお前。
八幡「遠慮しとく」
由比ヶ浜「うんうん。折角の休みなんだから、ヒッキーもたまにはゆっくりしなよ」
笑顔でそう言う由比ヶ浜。
ゆっくり、ねぇ。
八幡「…………」
由比ヶ浜「ヒッキー? どうかしたの?」
八幡「ん。いや、何でもない。食い終わったし、俺はそろそろ行くわ」
由比ヶ浜は早っ! と驚いていたが、特に気にせずゴミを片付ける。
263:
八幡「んじゃあ、また」
由比ヶ浜「うん。たまには顔出してよー!」
雪ノ下「さようなら」
軽く手を挙げ、部室を後にした。
八幡「ふう……」
廊下は静けさに包まれており、何故だか少しだけもの寂しさを感じた。
ゆっくりしなよ、か。
八幡「……そう思って来たんだがな」
小さく呟いて、自分で自分の発言に気恥ずかしくなる。
何を言ってんだか、俺は。
これからどうしようかと考えながら、歩を進める。
とりあえず、運は良くねぇわ。やっぱ。
264:

ちひろ「なるほど。それで寂しくなって、休みの日に事務所へ来たと」
八幡「誰も言ってません」
場所は打って変わってシンデレラプロダクションは休憩スペース。
向き合うようにソファに座るは、事務員千川ちひろさん。今は休憩中なのか珍しく寛いでいる。
八幡「俺はただ、休日だし家にいるのも勿体ないなーと思って都内に出て、近く寄ったし折角だからーって顔を出しただけですよ」
ちひろ「まず比企谷くんが家にいるのを勿体ないと思う時点でおかしいです」
そ、そんな事ないよ? 思うよ? ……いややっぱ思わねぇわ。何時間でも潰せる自信ある。
ちひろ「あと、どうせ明日また来るのにわざわざ寄る意味が分かりません」
八幡「そこまで言います?」
まぁその通りなんだけどさ。
八幡「……別に、ただの気まぐれですよ。他意はありません」
実際嘘はついていない。どうしようかと彷徨っていたら、自然と事務所へ足が向かっていたのだ。……あれ、これもしかして社畜化の予兆始まってない?
ちひろ「もう、そこは素直に寂しかったから遊び来たで良いんですよ♪」
八幡「死んでも言わねぇ」
大体、本当に寂しいなら家に帰るわ。だって家には小町がいるんだよ? これ以上の癒しがあるだろうか。いや無い! 妹最高! こっちの方が気持ち悪かった。
ちひろ「あと、それはそうと……」
ジーっと、ちひろさんの視線を一身に感じる。
しげしげと見やるちひろさんはまるで審査員のようだ。いやどっちかって言えば鑑定士?
265:
八幡「どうしたんすか」
ちひろ「いえ。……制服姿の比企谷くんが、新鮮だなーと」
ちひろさんのその言葉に最初は何をと思ったが、言われてみれば確かにな。
よく考えてみれば、制服を着て事務所へ来たのは初めてかもしれない。
ちひろ「そうですよね、比企谷くんも学生なんですよね。変に大人びてるから時々忘れちゃいそうになりますね」
八幡「変には余計です」
ちひろ「無駄に大人びてるから」
八幡「悪化してます」
なんかこの人どんどん俺に遠慮無くなってない? いやこの人に限んないんだけどさ。最近事務所のカーストでもどんどん下へ向かっているように感じる……アイドル怖い……
「コーヒーはいかがですか?」
八幡「え? あ、どうも」
そこで割って入る甘ったるい声。急な申し出に、思わず背筋を伸ばす。これがプロデューサー経験によって培われた脊髄反射である。
コーヒーを淹れてくれたのは、何故かメイド服を着用しているポニーテールの女……の子。
ご存知我らがウサミン星のアイドル、安部菜々……さんである。
菜々「ちひろさんもどうぞ♪」
ちひろ「あ、すいません菜々さん! 私が淹れて貰ってしまって……」
菜々「良いんですよ! ちひろさんも休憩中くらいはゆっくりしてください」
なんとも和やかなやりとり。
……ちひろさんの呼び方はセーフなんだな。
菜々「砂糖とミルクはいりますか?」
八幡「すいません。頂きます」
軽く会釈して、少し多めに貰う。やっぱコーヒーは甘くないとね。うん。
しかし菜々さんは俺の言い方が気に入らなかったのか、眉をムッとつり上げ(かわいい)、抗議するかのように言ってくる。
菜々「もう、比企谷くんったら。同い年なんだから、敬語じゃなくたって良いんですよ?」
八幡「は、ははは」
266:
やべぇ、こういう時って何て返したら正解なんだ……
しかし俺が困っていると、菜々さんの視線がやや下に向いている事に気付く。これはもしかしなくても…
菜々「わー! それ、総武高校の制服ですよね!」
八幡「え、ええ」
やはりというか、予想通り俺の格好を見ていた。
菜々「そっかぁ、比企谷くんは総武校の生徒でしたもんね。女子の制服は奈緒ちゃんがたまに着てくるけど、男子の制服は久しぶりに見たなぁ…」
まじまじと見てくる菜々さん。なんだか酷くこそばゆい。
……しかし、久しぶりとな。
八幡「あ、安部さん?」
菜々「可愛いデザインですよね?。懐かしいなぁ……」
八幡「安部さーん…」
菜々「……ハッ!?」
と、ようやく我に返る菜々さんじゅうななさい。ちょっと遅過ぎる気もする。いや婚期がとかじゃなく。
菜々「あ、あーいやー違うんですよ? 懐かしいっていうのは、その、昔よく知ってたとかそういうんじゃなくてですね、ま、前々から、知ってたという意味で、と、とととにかく違いますからね!?」
言うや否や、ぴゅーっとあっという間に去って行ってしまった。
なんとも心配になる。あれで隠せてると……いや、皆まで言うまい。あれも魅力の一つ。
ちひろ「世の中には、知らなくても良い事がありますからね……」
八幡「このタイミングでその台詞は悪意を感じますよ」
まぁ、言ってる事には概ね同意だが。
ちひろ「それじゃあ、私もそろそろ仕事に戻ります。比企谷くんはゆっくりしていってくださいね」
八幡「ええ」
ちひろ「あ。あと知っているとは思いますけど、凛ちゃんは遅くまでレッスンなので直帰するそうですよ」
八幡「…………」
知ってると思うなら何故わざわざ言うんですかね。
悪戯っぽい笑顔を残し、敏腕事務員はデスクへと戻っていった。
267:
八幡「さて……」
それからというもの、特にする事も無いので事務所をぷらぷら。
だがこれがまた、色んな奴に声をかけられる。
サボってる杏とダベったり。
白坂から借りたDVDをもう勘弁して下さいと頼みながら返したり。
上田の着ぐるみの修復を手伝ったり。
前川にカマクラの写真を見せて自慢したり。
蘭子に黒魔術教えたり。
城ヶ崎姉妹に制服姿でプリクラ撮ろうとごねられたり。
……なんだか不意に視線を感じたり。
いつのまにやら色々とやっていた。
こうしてみると、仕事中とはまた違った面が見えてくるな。
……最後の視線はほんと謎だが。なんかバレンタインがどうのって呟いてたような気もする。
そしてそろそろけーるかなー、と考えていた時。
「八幡P!」
背後から、またもや声をかけられる。この呼び方は…
光「制服だなんて珍しいね。今日はお休みなのか?」
八幡「光か。まぁな」
相も変わらず、やけにキラキラした瞳を覗かせる黒髪の少女、南条光。
年端もいかないように見えるが、こう見えて中学二年生である。
光「あ、そうだ! 八幡P、昨日は見た? もちろん見たよね!」
八幡「昨日?」
はて。昨日は何かやっていただろうか。もしかして占い? んなわきゃないか。
光「え。もしかして見てないの?」
八幡「悪い。何を…だ……?」
と、そこで尋ねる途中でようやく思い至る。
そうだ、話を振ってきたのは何を隠そう光だぞ? となれば、確認する番組などその手のものに決まっている……!
268:
八幡「あ…ああ……!」
光「そうか……見逃したか」
八幡「……し、しまったぁぁぁ!!」
光「キュウレンジャー……あとエグゼイドも…」
プリキュアもなぁ!!
八幡「い、いや待て。大丈夫だ。毎週録画設定にしてあるから、ちゃんと録画されてるはず! よっしゃラッキー!」
光「本当に見てないの? ……あれ、でもさ、エグゼイドとプリキュアはともかく、キュウレンジャーは新番組だからそのまま録画されないんじゃ……いやでも、どうなんだろう。テレビによるのかな」
八幡「」
光「……ダメなんだね」
“新しいスタートを見逃さないで”って、そういう事ぉ!? ってか昨日の朝の放送なんだから既にもう見逃してんじゃねぇか!!
八幡「畜生……俺の、一週間の楽しみが……」
光「八幡P……」
がっくりと膝をつく俺に、光はそっと手を差し伸べる。
光「アタシん家のテレビ、録画してあるからさ。今度一緒見ようよ。ね?」
八幡「光……」
光「アタシは人を笑顔にする為にアイドルになったんだ……だったら、プロデューサーを笑顔にしたっていい!」
八幡「さすがにその台詞のねじ込みは無理があると思う」
とりあえず、どうにか2話から視聴という事態は免れそうだった。
これも持つべきは臨時担当アイドルという奴か……
よっしゃラッキー!
光「やっぱり本当は見てるだろ」
269:

ゆっくりと歩みを進める。
もうすっかり夕暮れ時だ。遠くの空を見れば、微かに星空が見える。今日は天気が良かったからきっと奇麗だろうな。
八幡「……はぁ」
なんだか、どっと疲れた。
たまの休日だし、今日はゆっくりするはずだったんだがな。なんだかんだで下手したら仕事よりも活動したかもしれない。自業自得……で片付けるのはさすがにもう嫌だ。
だがまぁ、次でたぶん最後だ。
最後の最後に、もうひとイベント。
八幡「……どうしたんだ。急に呼び出して」
歩みを止め、少し先に立つ少女へと問いかける。
店の前で待っていた少女は、俺の担当アイドル。そして傍らには、その愛犬。
凛「ん。何となく、ね。迷惑だった?」
ハナコを抱え上げ、こちらへ笑顔を見せる凛。
八幡「……若干」
凛「もう。そこは少しくらい見栄を張ったら?」
270:
呆れながらも、凛に別に怒る様子はない。
八幡「お前は知らんかもしれんが、これでも色々あったんだよ。ちょいと疲れた」
凛「ふーん。まぁ、これは歩きながら聞くよ」
八幡「歩くのは確定なんですね……」
そりゃまぁ、メールには『ハナコの散歩に付き合ってくれる?』とは書いてあったけども。
八幡「お前、レッスン終わりだろ。平気なのか?」
凛「うん、大丈夫。レッスンも思ったより早く終わったからさ。だから、久しぶりにハナコの散歩に行こうかと思って」
八幡「そりゃ、殊勝な心がけなことで」
歩きつつ、凛の隣に並ぶ。
凛「プロデューサーこそ、疲れてたなら断っても良かったのに」
八幡「生憎と帰る途中でな。家についてたら断ってた。良いタイミングだよほんと」
これはマジ。あともうちょっと遅かったら愛しの千葉へ帰ってたね。そしたらもう俺に成す術はない。家路一直線だ。
凛「そっか。じゃあ運が良かったんだね。……占いもバカにならないかも」
八幡「ん? 何か言ったか今」
凛「ううん。何でもないよ!」
八幡「あ、おい!」
27

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