森久保「私に似ているプロデューサーさん」back

森久保「私に似ているプロデューサーさん」


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デレステの森久保バグで一体何人の森久保Pが昇天したと思ってるんだ森久保オオオオ!
23: 以下、
これは名作の予感
25: ◆8AGm.nRxno 2017/02/24(金) 12:52:41.85 ID:UKsbEgqz0
翌々日、今日は森久保が初めて集団レッスンに参加する日だ。
既に森久保がレッスン室に入ってしばらくが経過している。あと十数分もすれば出てくるだろう。
正直森久保の性格的に集団レッスンは不安だった。心配で今日はいつもより早く仕事を切り上げて、会議室で森久保が来るのを待っている。
だがトレーナーさんの太鼓判を頂いた以上、森久保にもあそこでやっていけるだけの技術や体力は身についたということだ。個人レッスンにも真面目に取り組んでいたようだし、やってやれないということは無いだろう。心配だが信じるしかない。
時計を見ると、最後に時計を見てから40秒しか経ってなかった。我ながら神経質なことだ。
ただ待っているだけでは不安に殺されそうだったので、俺はスマホを取り出す。しかし思ったような効果は得られず、外でアイドルたちの声がしようものならレッスンが終わったのかと聞き耳を立ててしまう。そのたびに時計を確認してそれは無いことを確かめる。
少し前から俺は、アイドルの話や彼女たちの声を聴いても以前のように気持ちが沈むことは無くなっていた。
事務所にいるときでも、「彼女」のことを思い出すのは本当にわずかな時間になっていた。
気が付いたらそうなっていた。そしてその変化を促したのは、おそらく森久保なのだろう。
森久保と過ごすぬるま湯のような日々が、渇いてガビガビになった傷跡をゆっくりとふさいでいったのだ。
自分でも驚いた。罪悪感による僅かな痛みもなく自分が変わっていくことに。
だが驚くのと同時に、これからの俺と森久保のことを考えると複雑な感じもした。
俺はスマホを机に置いて目を閉じた。
考えるのは森久保のこと。
森久保の担当になってからの三週間と、森久保と出会うまでの四年間。
もしあの日々に戻ることになったらと思うと、少しゾッとする。
だけどそれは決して「もし」の話などではない。いずれそうなる。そうなることを俺は知ってしまっている。
森久保のプロデュースを失敗させれば俺と森久保は事務所を追い出される。
そしてもし俺が森久保のプロデュースを成功させ、彼女の名を売ることに成功したとすれば、社長はそのブランドを利用して森久保を他所のプロダクションに移籍させるだろう。
それもかなり早い段階でだ。最初のLIVEを成功させたあたりと言ったところだろう。
社長には森久保乃々という馬券を買うつもりは無い。不利益が小さいうちに森久保を切り離すつもりだ。
俺は残り、森久保はいなくなる。俺はまた雑用として働きながら日々を消費していくだろう。
森久保が訪れる前の事務所に戻るのだ。
これが社長の作戦の「もう一段階」。つまるところ俺が森久保の担当になった瞬間に、既に別れは約束されていたのだ。今はその時までの時間稼ぎをしているに過ぎない。
いずれ離れると知っていたから彼女に深入りする気はなかった。しかしこの事務所で初めて出会えた理解者、同類という存在に俺の心は引き込まれて、気づけば森久保は俺の胸の深い場所に巻き付いていた。
「……」
離れたくねえなぁ。
子供の我儘のような感情が噴き出る。遊園地から帰りたがらないガキを幻視した。
みっともない。仕事に私情を持ち込むな。
それでもそう思うことは止まらなかった。
何故だか森久保は最近頑張っている。以前の森久保をあまり知らないから分からないが、トレーナーさんが言うには、レッスンに対する姿勢が前とはまるで別人らしい。
そんな森久保の歩みをこの俺が止めていいわけがない。
たとえそれが二人の別れを早めるものだとしても。
森久保のレッスンが終わる時間まで、俺はスマホの黒い液晶とにらめっこして笑顔の練習をした。
こんな情けない顔、あいつには見せられないから。
26: ◆8AGm.nRxno 2017/02/24(金) 13:00:51.25 ID:UKsbEgqz0
しかし時間になっても会議室に森久保が現れることはなかった。
レッスンが終わって20分が経った頃、心配になった俺は会議室を出てレッスンルームに向かった。
もしかしたら居残りを喰らっているのかもしれないと思ったからだ。
しかしレッスンルームには誰もいなかった。照明は消され、時計の針が静かに音を立てている。
行き違いになったことを考えて一度会議室に戻るが、やはりいない。
俺はスマホを取り出して森久保の番号にコールした。
心臓がく鳴っていることを自覚する。胸に黒い穴が開いたような鈍い感覚がある。
繰り返される電子音はやがて途切れ、留守番電話の案内に繋がった。
こんなことは初めてだった。森久保がレッスン後の面談をすっぽかすことは今までに一度も無かった。
集団レッスンでなにかあったのか?
電話を切ってロビーに向かう。ソファーにもエレベーター前にも森久保の姿は無い。
手のひらが汗ばむ。次にどうするべきかが定まらない。
周りを見渡すとカウンターの先に俺がいつも仕事をしている事務室が見える。
受付はいないようだが中に人は数人いた。
森久保が帰ったならばこのロビーを通る。事務室の誰かがそれを見たかもしれない。
「すまない!誰かさっき森久保を見たって人はいないか?」
カウンター越しに尋ねると事務所が一瞬静まり返った。
「あ……」
言ってから気付いて顔が熱くなる。
普段事務所であまり喋らない俺が急に大きな声を出したものだから驚かれているのだ。
だが一度言った言葉が口の中に戻ることはない。彼らは、見ていないという旨を一人ずつ俺に伝えた。
嫌な汗をかいた。一斉に俺に突き刺さる視線を思い出して背中に寒いものを感じた。
だがおかげで少し冷静になれた。
なにか用事があって、それを伝え損ねていただけかもしれない。
レッスンを終えてすぐに事務所を出たなら多分今頃は電車の中だ。それなら俺の電話に出られなくてもおかしくない。
溜め込んだ息を吐くと俺は職員の入り口から事務室に入った。
とりあえず今は様子を見よう。そのうち電車を降りた森久保から電話があるかもしれない。
だがしばらくしても連絡が来ないようなら集団レッスンで何かあったと考えるべきだ。
トレーナーさんは帰ってしまったようだから話は聞けない。最悪森久保と一緒にレッスンを受けていたアイドルのプロデューサーに話をつけて、電話でその子に森久保の様子を聞き出すことになるだろうか。
落ち着いてこれからのことを整理する。
だが結論から言うとそれらの想定はすべて無駄になった。
入り口付近の窓際の席に座って引き出しに手をかけようとしたとき、
机の下にしゃがみ込んでいる森久保と目が合った。
27: ◆8AGm.nRxno 2017/02/24(金) 13:09:41.89 ID:UKsbEgqz0
時が止まるという表現を理解した。
今俺の机の下にいる少女は、さっきまでの俺が一番求めていた少女で、それは今も変わらなくて、その少女は森久保だった。
混乱・驚き・安堵、発露するはずのそれらの感情は、吸い込まれるような森久保の瞳に凍結していた。
見つめあった時間は最長を記録したか。それとも脳内物質がもたらす遠大なる時間感覚の引き延ばしにつままれ、実際には刹那に満たない時間であったか。
目を奪われている間、まるで世界に俺と森久保の二人しかいないような感覚に脳が翻弄されていた。
やがてどちらかが瞬きをして、その世界は霧散し、口が開く。
「森久保…だよな?」
「もりくぼです…」
そうだろう。そうでなきゃおかしい。そしてそうじゃないだろ俺。
聞きたいことがたくさんあるのだ。話したこともないアイドルに電話して回ってでも。
いま事務所には人が少なく、窓際の席は多くの職員から離れた位置にある。俺たちに気付いている者はいないようだ。
「レッスンで何かあったのか?面談に来なかったのはそれが原因か?」
なぜ俺のデスクの下にいるのかはとりあえず置いておこう。
森久保は控えめに頷いた。
「…馴染めませんでした。他の人たちはみんな真剣で、私だけそうじゃなかったです。何度もミスして曲を止めて…。そのたびに他の人たちに睨まれて…もりくぼは小さくなるしかありませんでした…」
森久保の説明を聞いた俺は、その場面を克明に想像できてしまった。
研修で俺たちに声をかけてきた女の子の後ろで、四人の眼がギラついていたことを知っている。
「その手があったか」「抜け駆けしやがって」、あの眼はそう言っていた。
レッスンの間森久保は、彼女たちの獣のような視線に晒されていたのだろう。
「足を引っ張るな」「邪魔だ」「私たちはこんな奴と同じレベルだと思われているのか?」
そんな声なき声を背中に受けながら、この子は時間まで耐え抜いたのだ。
28: ◆8AGm.nRxno 2017/02/24(金) 13:20:12.61 ID:UKsbEgqz0
「……よく耐えたな」
机の下の森久保に手を伸ばして頭をなでる。誰かに相談できて少しはホッとしたのか、肩の力が抜けていた。
「…トレーナーさんは何か言っていたか?」
「はい…最初だしあまり気にするなとみんなの前で庇ってくれました…でも…」
「ああ」
そう、それは大人の意見だ。
事務所の予算の都合で個人レッスンを早めに切り上げるという事情を知っているから出る言葉だ。
そんな理屈は未成熟な子供には通じない。これからも森久保は視線の暴力を受け続けるだろう。
この事務所に所属する以上は仕方のないこと。我慢するしかない。
それにしたってその子たちの親はどういう教育をしているんだ。
新入りの出来が自分たちより悪いと見るや陰湿な攻撃か。偉いもんだな。大したプロ意識だ。
それとも女の子っていうのは自分と違う性質をもった人間を排斥しなきゃ気が済まない生き物なのだろうか。
小 学生のときに、クラスの可愛い女の子が担任から贔屓を受けていると女子グループが難癖をつけて学級会議が起きたことを思い出した。
先生側がいくら正論を並べようと彼女たちは聞かず、自らの正当性を無条件で認めることを求め続けた。
あの時の彼女たちの醜悪さが森久保を睨みつけた女の子と重なり、胸クソ悪さが食道まで登ってきた。
「あ、あの…」
「えっ、あ…すまない…」
気付かないうちに森久保をなでる手に力が入ってしまったようだ。
「大変だったな…。そのアイドルたちにガツンと言ってやりたいが、俺が言っても森久保が告げ口をしたってことでエスカレートする可能性がある。トレーナーさんにはしばらく森久保に目をかけてもらうように頼んでおくから、もう少し頑張れるか…?」
ボサボサになってしまった髪を直しながら言うと森久保は静かに頷いてくれた。
「それと自分は真剣じゃなかったなんて言うな。経験の量がそいつらより少なくて実力が追いついてないだけだ。森久保はこの三週間頑張ったからこそ予定より早く集団に合流できたんだ。仕事ならともかく、レッスンに対する真剣さはそいつらにだって負けちゃいない。むしろ発展途上の森久保を笑うそいつらの方が不純だ」
「……それは少しちがいます。私は頑張ってないんです」
その言葉は一昨日にも聞いた。どういうことだろうか。
「もりくぼはいつも普通にレッスンをやってたつもりなんです。でも私の担当がPさんになったあたりから、今まで難しくてできなかったステップが何故かあっさりできるようになったり、何回もやり直しになっていた歌が一発で合格がもらえたりしたんです。」
その現象には覚えがあった。森久保のプロデューサーになってから俺の身に起きたことと似ていたからだ。
事務所に気のおける相手がいない俺は、森久保と面談をしているうちにその面談が楽しみになっていった。
森久保のレッスンが無い日は何となく仕事を憂鬱に感じ、レッスンがある日は不思議と仕事が捗った。
森久保も同じだったのだろう。
周りはアイドル活動に燃えている子ばかりで、森久保に共鳴できる人間がいなかった。
そんな寄る辺のない場所で受けるレッスンは14歳の少女には険し過ぎたのだ。
俺という同類を見つけてやっと、この事務所は森久保の居場所として機能し始めた。つまりはそういうことなのだろう。
「だからやる気を出したという訳じゃなくて…もりくぼは、いつも通りのもりくぼなんですけど…」
森久保の口調には誤解をした俺を咎めるような響きがあった。
もしかするとコイツは、俺が森久保のやる気に揺れていることを前から感じ取っていたのだろうか。
「やる気なんか出してない」「勘違いでこのサボり同盟を壊さないでほしい」
森久保の目はそう俺に訴えかけているようだった。
そうか。じゃああの笑顔の練習は俺の一人相撲だったということか。
……あー恥ずかし。
「じゃあいつも通りバリバリサボりますか」
俺は仕事を放り出して、両手で森久保の髪をぐしゃぐしゃにした。
あうあうと声を出す森久保を照れ隠しの気が済むまでいじくりまわした。
29: ◆8AGm.nRxno 2017/02/24(金) 13:27:51.23 ID:UKsbEgqz0
机の下の逢瀬から三か月、森久保がこの事務所に来て約半年が経った。
レッスンでのいびりは森久保の上達と共に次第に落ち着いていき、今ではほとんどなくなっているそうだ。
あれ以来森久保は面談が終わってから俺の机の下にくるようになっていた。
最初のうちは戸惑ったが、残念なことに幸いながら俺のデスクは入り口付近の窓際なので、続けているうちにバレなきゃいいかと思うようになった。
無論俺は仕事をするのであまり構ってはやれないが、森久保は満足しているようなので、あっちから来る分には拒まないようにしている。同類のテリトリーは自分のテリトリーで落ち着くということだろうか。
仕事の方は森久保がいるから捗らないということもなく、むしろ他の職員と業務連絡をするときなどは森久保がいてくれた方がハキハキと喋れている気がする。我ながら見栄っ張りなのだ。
学校の机の引き出しでハムスターを飼っていたバカがクラスにいたが、まさか同じようなことを社会人になってから俺がすることになるとは思わなかった。
しかも始末が悪いことに、俺自身がこの状況を悪く思っていない節がある。机の下に森久保がいるという非日常的な日常にワクワクしている俺が心のどこかにいるのかもしれない。
30: ◆8AGm.nRxno 2017/02/24(金) 13:29:33.02 ID:UKsbEgqz0
いつもは適当な時間になったら帰るように促すのだが、この状況に慣れすぎたためか、この日仕事に集中していた俺はそれを忘れてしまっていた。
「P君、すこしいいか?」
振り向くと、そこに立っていたのは社長だった。
―――しまった。
時計を見ると時刻は七時半。社長がいつも帰ってくる時間を回っていた。
最近は大人しかったから油断していた。俺は自分の迂闊さを呪った。
俺はいつも七時には森久保を帰している。これは森久保が心配ということもそうだが、俺にとって最も大きな理由は、社長がそのあたりの時間に会社に戻るからだった。
「はいっ、ただいま…」
「ああいや、ここでいい。要件はわかっているね?森久保乃々のことだ」
31: ◆8AGm.nRxno 2017/02/24(金) 13:39:32.06 ID:UKsbEgqz0
針のむしろのような時間だった。
当然だが、森久保は社長が去るまで俺の机の下で黙っていた。
ひと月ほど前から、社長からの圧力が一層強くなってきた。
森久保がこのプロダクションに所属して半年が経ち、外部の仕事をせずにぬくぬくとしていられる時間が終わったのだ。
俺は森久保のやる気を理由にもう少し時間をくれと社長に要求し続けていた。そのたびに社長は真面目に面談をしているのかと俺を問いただした。
そしてそれを今、森久保に聞かれた。これがまずかった。
「…あの…Pさん。私…Pさんとならアイドル活動してもいいって……前に言いました」
その通りだった。
少し前から森久保はアイドル活動に前向きな姿勢を俺に見せていた。俺の態度や事務所の雰囲気からタイムリミットを悟ったのだろう。サボり同盟に固執して俺を困らせることがないように、森久保は自分からアイドル活動を受け入れたのだ。
それでも俺は動かなかった。
つまりすべて俺が悪いのだ。
社長と森久保を欺いてまで、ぬるま湯に浸かっていたいと駄々をこねた。
この三か月で、俺の中で森久保はますます大きな存在になっていた。
気持ちが落ち込んでいるときも、森久保と話せば楽しい気分の自分になれた。
思うように仕事が片付かないときも、机の下にいる森久保をなでれば頑張るぞという気になれた。
森久保がいる。それだけで俺は自分を奮い立たせ、降りかかる火の粉を払うことができた。
だが、森久保を失うことを受け入れること、それだけはできなかった。
どれほどの勇気を持ってしても、森久保を失うための第一歩を踏み出すことはできなかった。
「…」
「…Pさん?」
森久保の目は俺を非難などしていない。純粋に疑問なのだ。
なぜ俺が嘘をついてまで森久保のプロデュースを先延ばしにしているか。それが森久保には分らないのだろう。
森久保は知らない。プロデュースの先に待っているのが別れだということを。
失敗しようが成功しようが俺たちの関係はどんづまりだということを。
森久保は感受性が強く、空気に敏感な子だ。
この場をごまかしてもこのまま森久保と接していれば、いずれ真実を悟られてしまうかもしれない。
そして森久保は、俺の同類だ。
真実を知ってしまえば、俺のように腑抜けてしまうかもしれない。
俺のように、いつまでもぬるま湯に浸かっていたいと、駄々をこね始めるかもしれない。
それはだめだ。
それだけはだめだ。
森久保には才能がある。今の森久保なら必ず結果を出せる。
俺と森久保は同類などではない。
俺は二十代後半の窓際おっさんで、あいつは十代前半の未来ある少女。
俺がこの事務所にいるのは自業自得で、あいつがこの事務所に来たのは才能を買われてだ。
森久保を本当の意味で俺の同類にしてはいけない。
32: ◆8AGm.nRxno 2017/02/24(金) 13:50:39.02 ID:UKsbEgqz0
「……はぁ」
俺は森久保に聞こえるようにため息を吐いた。
ここから先の一語一句、一挙手一投足にミスは許されない。
少しでも綻べば森久保に見破られ、最悪の結果を招くことになるだろう。
「最初に言っただろ?お前のプロデューサーになれてラッキーだって。やる気のないお前と組めば俺の仕事が減るからだ。なのにお前ときたら変にやる気出しやがって…」
森久保の俺を見る目が、変わる。親愛と安心から戸惑いと恐怖に。
俺が次にいう言葉が、どうか優しい言葉であるようにと祈っているようにも見えた。
「俺の同類ならわかるよな?俺は今まで不都合で面倒くさいことから逃げ続けて生きてきたんだよ。アイドルのプロデュースなんてかったるいこと、俺はやりたくないんだ。それをお前なぁ…もう少し察してくれてるもんだと思ってたよ」
森久保の顔が悲痛に歪む。俺も歪みそうだった。そのたびに頬の内側を噛んで感情を塞き止める。
「なにが悲しくてガキの輝くお手伝いなんかしなきゃいけないんだ。こっちは毎日食つなぐだけで精一杯だってのに。サボりたいに決まってんだろ」
俺はもう森久保の顔を見れなかった。机の陰に森久保を押しやって、互いの姿を互いの視界から締め出す。そうしなければ口が動かなかった。
「ちょっと優しくしたらわかりやすく懐いてきやがって。なにが机の下が落ち着くだ。普通に仕事の邪魔なんだよ。何考えてんだ」
思い出を汚す決定的な言葉を吐き出す。鼻の奥がジンとする。
こらえろ。鼻をすすってはだめだ。涙声もだめだ。全ての感情と凍らせろ。
「帰れ。もう事務室には入ってくんな。面談ももういい。社長にクビまでチラつかせられたら仕事せざるを得ないから、お前のプロデュースはしてやる。次のレッスンまでにプロデュースのプランを考えておくからレッスン後にミーティングだ。いいな」
椅子を引いて、机の下から出ていくように促す。
しかし森久保はまるで死んでいるかのように、そこから動こうとはしなかった。
しかたないので腕をつかんで無理 矢理森久保を引きずり出す。
「ほら、帰れよ」
突き放して言うと森久保はとぼとぼと歩きだし、エレベーターに乗って、今度こそ俺の視界から消えた。
森久保が「真実」にたどり着く前に、真実ではない「答え」を用意する必要があった。
これで森久保は真実の存在に気付くことなく、「俺がサボりたかったから」という答えを得た。
強く当たってしまったが、もうじき切れる関係だ。
全身の力が抜ける。それと同時に目から大量の涙が込み上げてきた。
森久保の腕をつかんだ右手の感触が消えてくれない。
森久保の袖は濡れていた。
森久保の顔が見たくなくて俺は途中から彼女を見ることを放棄した。
だがその感触は、森久保の感情をこれ以上なく克明に俺に教えてきた。
嘘だと言ってほしい。
俺の手に残った水気はしきりにそう訴えていた。
嘘だとも。
俺はデスクの引き出しを開けて、ホチキス止めしてある資料を取り出した。
内容は森久保のプロデュースプラン。もう三か月も前から用意していたものだ。
森久保のような気の弱い子でも、比較的無理なく一端のアイドルになれるように工夫に工夫を重ねた。
俺が森久保をプロデュースしたくない訳がない。
移籍だとかクビだとか、そんな大人の事情抜きに彼女をプロデュースできたらどんなに…
俺は必死に泣くのを堪えた。
森久保と違って俺は大人だ。職場でみっともなく泣くわけにはいかなかった。
33: ◆8AGm.nRxno 2017/02/24(金) 13:53:56.48 ID:UKsbEgqz0
そこからは早かった。
以前プロデュースした彼女と同じように、目を合わせず、業務連絡以外では口を利かずに、淡々とアイドルとしての仕事をこなしていく。
仕事自体は軌道に乗り、森久保はネガティブアイドルとして順調に知名度を上げていった。
そして今日、初めてのLIVEを迎える。
34: ◆8AGm.nRxno 2017/02/24(金) 14:07:34.32 ID:UKsbEgqz0
俺は控室で衣装合わせしている森久保を扉の外で待っていた。
LIVE会場に関係者として訪れるのはこれが二度目だ。
今回はあの時とは違い、比較的小さな会場の小さなLIVEだ。出演者も他にいて、森久保の負担を最大限小さくするように色々手を尽くした講演内容にしたつもりだ。
しかし俺の心は森久保を心配する気持ちに支配されていた。
プロデュースを始めてから森久保とはまともなコミュニケーションがとれていない。
時折表情を盗み見たが、明るい表情はまったく見られず、目つきには深い影が感じられた。
こんな状態の森久保をLIVEなどに出して大丈夫だろうか。
こんな風に森久保を突き放さなくてもやっていく道はあったんじゃないか?
たとえ森久保が真実を知っても、どうにか説得してここまで来ることもできたんじゃないのか?
そんな後悔が俺の頭と胸の中で暴れていた。
「衣装終わりましたー! 入って大丈夫ですよ!」
衣装合わせを終えた女性スタッフが俺を呼んだ。
スタッフと入れ替わりで控室に入ると、白と青を基調にしたドレスに身を包んだ森久保と目が合った。
「…」
「…」
こうして目が合ったのはあの日以来だ。
視線を外しながら森久保に近寄り、衣装の最終チェックを行う。
衣装を纏った森久保はまるで妖精のようで、他のアイドルと比べても遜色ない、いや、ひときわ輝いて見えた。
だが…
「…調子はどうだ? 大丈夫そうか?」
「…はい」
足が震えていた。当然だ。規模が小さいとはいえ、それは業界人である俺の主観だ。初LIVEの森久保にとってはそうではない。規模がどうであろうと、大勢の観客の前で踊ることに変わりはない。それは森久保の小さな心臓を押しつぶすのに十分なプレッシャーだろう。
「…」
なんとか、してやれないものか。
なんとかして森久保が感じているプレッシャーの一割でも肩代わりしてやることはできないだろうか。
2人の間に沈黙が続く。
先に耐えきれなくなったのは俺だった。
「…ちょっとステージの方を見てくる。何かあったら近くのスタッフに言ってくれ」
ここは一時撤退だ。下手に変なことをすると森久保に怪しまれる。
手が空いてるスタッフがいれば森久保の相手をしてもらえないか頼んでみよう。
そう思い扉に向かって歩こうとした俺の袖を、森久保が掴んだ。
「…」
「…どうかしたか?」
どうかしてない訳がない。森久保の震えは袖を通しても伝わってきた。
「…」
森久保は何も言わない。
俺は森久保の手を振り払えなかった。
言葉を交わさず、そばにいるだけで森久保が少しでも安心できるというのならそれでもいいかと思ったのだ。
扉に向いていた体を戻して森久保と向き合う。
そのとき一瞬見えた森久保の目に気圧されたのか、俺は反応が遅れた。
森久保が俺の胴に両腕を回して抱き着いてきたのだ。
35: ◆8AGm.nRxno 2017/02/24(金) 14:10:45.44 ID:UKsbEgqz0
「なっ」
突然の出来事に面食らうと同時に、一瞬、森久保を引き離すかどうか迷った。
森久保は震えており、今も全身を介してその震えを感じることができた。
ここで引き離してしまえば森久保に致命的な傷を負わせてしまう予感があった。
その迷いを確認した森久保は、確信を帯びた声でこう言った。
「嘘ですよね?」
核心を突かれた俺は大いに動揺した。その動揺も森久保に伝わる。
顔は俺の胸に押し付けられ、その表情はわからない。
「あの日、私に言ったこと、全部嘘なんですよね?」
「………」
「今、私に抱き着かれて、振り払うか悩みました。私を傷つけないようにするためです」
「………」
「Pさんは、優しいPさんのままです」
森久保は自分を人質に俺を脅迫したのだ。
嘘だと認めろ。私がどうなってもいいのか。
そのやり方はまさに、俺に対して最大の効果を発揮するものだった。
「…はぁ」
止まっていた息を吐き出す。
タイミングも言葉選びも完璧だ。
いや、そうでなくても俺は森久保に屈していただろう。
袖を掴んだまま黙りこくっていても、俺は励ましの言葉を森久保にかけていたと思う。
『このままではこの状態の森久保がステージに上がることになるぞ』という状況自体が俺にとって既に脅迫だったのだ。
どんな道を辿ろうと、最後には俺は嘘がバレることを顧みずに森久保を励ましていただろう。
俺は森久保を一端のアイドルにするために嘘を吐いたのだから。
「ああ、全部嘘だった」
俺の言葉を聞いた森久保は顔を上げて心底安心したような顔を見せたあと、恥ずかしくなったのか顔をもとの位置に戻して両腕の力を強めた。
そんな森久保の頭をなでながら、俺は控室の時計の音を聞いていた。
嘘はバレたが、そんなことはもはや関係ない。
開演まであと十分と少し。あと数分もすればスタッフが森久保を呼びに来るだろう。
それで終わりだ。このLIVEで大量のファンを獲得した森久保は、その成功を手土産に大手のプロダクションに移籍されていく。
一端のアイドルから一流のアイドルへ、
俺なんかの手には届かないところに行く。
俺の同類ではなくなるのだ。
「心配するな。舞台袖で俺がずっと見ててやる。不安になったら一瞬こっちを向け。LIVEが終わるまでずっと見ててやるから」
話をLIVEのことに移す。
最後の最後でクビや移籍ことがバレたらすべてが水の泡だ。俺は慎重に言葉を選びながら森久保を励ました。
森久保は噛みしめるように「はい」と返事をした。
それでいい。LIVEが終わった後のことなんてお前は何一つ考えなくていい。
スタッフがドア越しに森久保を呼びに来るまで、森久保は離れず、俺はなでるのをやめなかった。
森久保は今までの時間を取り戻すために、俺は最後に森久保を感じるために。
時間が許す限り、俺たちはお互いを求め続けた。
36: ◆8AGm.nRxno 2017/02/24(金) 14:14:49.25 ID:UKsbEgqz0
LIVEが大成功を収めた翌日、俺は普通に出勤して仕事をしていた。
だがとても仕事には集中できなかった。
机の下には、森久保がいた。
37: ◆8AGm.nRxno 2017/02/24(金) 14:18:23.51 ID:UKsbEgqz0
日曜日のLIVEを終えての月曜日。
レッスンも無い今日は本来なら学校で授業を受けているはずだったが、森久保はここにいた。
つまりサボりだ。
学校とレッスンと面談を終えた後に一時間弱過ごすだけだった机の下の時間。それが今日は早朝から行われていた。
大人として追い返すべきところだが、あいにく俺が森久保のサボりを咎めるには説得力が足りなかった。
それに何より、今度こそこれが最後の時間。
森久保によって延長された、最後の同類の時間。
俺は仕事もほどほどに、森久保に構った。
話しかけ、髪をいじくった。
昼休みには二人でファミレスに行き、夜には机の下にコンビニのおにぎりを差し入れた。
そして七時半、
「Pくん。いま大丈夫かい?」
その時がきた。
38: ◆8AGm.nRxno 2017/02/24(金) 14:21:48.08 ID:UKsbEgqz0
最近ご無沙汰だった社長室。
森久保に机の下の留守番を頼んでから入室したそこに、俺は罪を裁く法廷のような感想を持った。
「まずは昨日のLIVE、ご苦労だった。カリキュラムにそぐわない彼女をよくここまで引っ張り上げてくれた。おかげで彼女の名に拍をつけることができた」
「はい」
「君は薄々気が付いていたようだが、森久保乃々は大手のプロダクションに移そうと思っている。彼女はうちのプロダクションでは持て余す存在だ。素質はあるが、扱いはガラス細工のように難しい。資金的に余裕があって、もっと彼女をデリケートに扱えるところに移籍させるべきだ。それは君もわかっているだろう?」
「はい。しかし、うちで物にできれば森久保は頼もしい戦力になります。確かに森久保は通常のプロデュースの型にはまらない難しいアイドルですが、それでもここまで大きな失敗なくやってこれたことも事実です。仕事自体も軌道に乗っています。移籍という結論を出すのはもうすこし待ってからでも遅くないのでは」
「いや、遅いんだ。なにか失敗をしてからでは」
俺の反論を想定していたのか、社長は俺の言葉を遮って言った。
「森久保乃々は今だから価値があるんだ。失敗した後では大手のプロダクションに取り合ってもらえない可能性もある。昇り調子の今こそ好機なんだ」
「…森久保のプロデュースに自信があります。どうか、引き続き俺に任せてもらうことはできませんか」
頭を下げると、社長からは困ったような息遣いが聞こえてきた。
「以前君がプロデュースした子は最初のLIVEで失敗して心を病み、ここを去った。だから君にはここから先のプロデュースに実績がない。厳しいようだが、そんな人にそんなことを言われても信じるわけにはいかないよ」
分かっていた。社長だって家族を養うために、この会社という資本の舵取りをする人間だ。
俺のような窓際を信用して経営を揺るがすようなことはしない。
結局は俺の自業自得。眩しいものから目を逸らし、何も積み上げてこなかった自分の責任だ。
39: ◆8AGm.nRxno 2017/02/24(金) 14:27:05.98 ID:UKsbEgqz0
昨日森久保を家に送り届けてから、考えていたことがある。
どういうルートを辿れば、俺と森久保がこの事務所に残ることができたか。
俺が最初に森久保のプロデューサーになっていれば、すべてが上手くいって、森久保はこの事務所での活動を続けられただろうか。
だが雑用の俺にプロデュースの仕事が回ってくることはない。
ならば俺が雑用にならなければその目は合っただろうか。
情熱を持った人間と普通に目を合わせられれば、俺は森久保の最初のプロデューサーになれただろうか。
しかしそれでは森久保は俺を同類として見てくれない。森久保は俺を慕ってくれないし、あの事務所が森久保の居場所として機能することもなかっただろう。
そもそもそれができれば俺はあんな零細プロダクションで働いていない。俺は森久保と出会うことすらなかった。
では俺の担当アイドル第一号が森久保なら、ずっと一緒にやって行けただろうか。
それもありえない。森久保はオーディションで社長に期待されて入ってきた。そんな子に新人のプロデューサーをあてがう訳がない。
考えても考えてもそれは望みが無いことで、俺と森久保がこの事務所に来るべき人間じゃなかったことを証明するばかりだった。
「…」
社長の言葉に俺は反論ができない。
なにもしてこなかった俺に社長を説得することはできない。
俺が何かをした人間であっても、その場合俺は森久保に特別な感情を抱かなかった。
ダメな俺だからこそ、森久保と一緒にいたいと思えてる。
八方ふさがりだ。
本当に俺も森久保も、こんな場所に来るべきではなかった。
出会うべきではなかったのだ。
諦めて社長に了承の言葉を伝えようとしたとき、俺の後ろのドアが控えめに開く音がした。
振り向かなくても誰だか分かった。
ノックもせずに社長室に入るなんて、ビジネスマナーを知らない子供のすることだから。
「あの、社長さん、Pさん…私、移籍なんてしたくないです…」
40: ◆8AGm.nRxno 2017/02/24(金) 14:56:01.41 ID:UKsbEgqz0
森久保の登場に社長は一瞬面食らっていたが、すぐに冷静さを取り戻した。
「Pくん。説明してあげてくれ」
……担当アイドルへの業務連絡はプロデューサーの仕事だ。
「……」
社長に対抗する武器を何一つ持ってない俺は言われたとおりにするしかない。
社長に背を向けて森久保を見る。彼女の目は突き付けられた真実に揺れていた。
「話、聞いてたのか?」
「はい…」
そうか。じゃあ俺の空振り説得も聞かれてた訳か。
前みたいに森久保を突き放す方法は通じなさそうだ。
「Pさんは、移籍のこと知っていたんですか…? 知ってたからもりくぼに嘘を吐いたんですか?」
「…ああ、知ってた。森久保が知ったらアイドル活動に後ろ向きになると思って隠してた。嘘を吐いたのは万が一にもその真実にお前がたどり着かないようにするためだった。あの日社長との会話を森久保に聞かれて、バレるんじゃないかと焦ったんだ。」
「…」
「俺はお前を一人前のアイドルにしたかったんだ。そしてそれは達成された。森久保はここよりも大きな大手のアイドルプロダクションに行く。そこで今よりもすごいアイドルになれるんだ」
「私は、アイドルなんてやりたくないです。Pさんとだから今までやってきたんです」
「…森久保、嬉しいがこれは仕方のないことなんだ。学年が上がればクラスも変わるし担任の先生も変わるだろ? これは森久保が成長したっていう証拠でもあるんだ」
「Pさんとじゃなきゃ…ここまで来れませんでした」
「それは違う。実際プロデュースが始まってから俺たちの関係は最悪だったが、それでもお前は十分やっていけていた。俺じゃなくても森久保は大丈夫だ」
「昨日のLIVEは、Pさんが励ましてくれなかったら、きっと失敗してました」
「…そもそもお前をあそこまで追い詰めたのは俺だ。他の人ならもっと上手くやれたはずなんだ」
「………違います」
さっきまでと立場が逆転していた。
数分前社長に歯向かって叩きのめされていた俺が、今は森久保を大人げなく言い負かしている。
ほんの少し前まで社内で二人きりの同類だった俺と森久保。
それが今、俺は後ろで黙ってる社長と一緒になって森久保を追い詰めている。
森久保は独りきりだった。
この社長室の中で森久保はただ一人子供で、俺と社長は大人だった。
そのことを自覚したとき、視界が開き、俺の中にある考えが生まれた。
昨日から自問自答していた命題。なにがどうなっていれば俺と森久保はこの事務所に残れたか。
それについては未だ結論は出ない。
しかしそれとよく似た、最初から無理だと決めつけて諦めていた命題の答えがわかった気がした。
41: ◆8AGm.nRxno 2017/02/24(金) 15:06:16.55 ID:UKsbEgqz0
どうすれば俺は森久保の同類のままでいられるか。
このまま森久保を事務所から追い出しても、俺はこの会社の雑用のままだ。
アイドルの階段を上る森久保の同類にはなれない。
森久保の同類でいたければ、俺も変わっていくしかない。
森久保がアイドルという苦手な世界で頑張っていくというのなら、俺もそれに準ずることをしなきゃいけない。
それでこそ森久保は新しい環境で強く生きていけるはずだ。
となりに俺がいなくても、同類の俺が同じように頑張ってるという事実があればきっと森久保は輝ける。
そしてそれは、この事務所で引き続き雑用係をこなしていくことではない。
改めて森久保を見る。
森久保は俺に言える言葉を使い果たしてうなだれていた。
伏せられた目は揺れており、その奥に助けを求める光を見た気がした。
覚悟は決まった。
俺はこのプロダクションを退職する。
そしてどうせ辞めるなら最後にヤケを起こすのも悪くない。
この部屋で森久保の味方になるのも悪くない。
俺は森久保の頭をなでると、社長に向き合った。
これから自分がやろうとしていることを想像して頬が引きつる、
それはおおよそ社会人がやることではなく、酷く子供じみていた。
俺が辛い思いをするのは自業自得だ。でも森久保はそうじゃない。
森久保は頑張ったのだ。頑張ってアイドル活動をして、LIVEも成功させたのだ。
その結果がこんな後味の悪い終わり方ではだめだ。
社長に対抗する武器が無くたって、それで俺自身が変わってしまうということはない。
俺が森久保の同類であることに変わりはない。
俺は膝を床につけて腰を下ろし、正座の姿勢をとった。
2人の視線が痛い。特に社長。
その視線から逃げるように、俺は頭を下げて目線を床と垂直にした。
人前で土下座をするのは初めてだ。多分これからもない。
「無理を承知でお願いします。どうか引き続き自分に森久保のプロデュースを任せて頂くことはできませんでしょうか!」
42: ◆8AGm.nRxno 2017/02/24(金) 15:13:28.73 ID:UKsbEgqz0
言えることは一通り言ったと思う。
責任は俺がとるとか、給料減らしてもいいとか、どれだけ自信があるかとか、とにかくお願いしますとか。
そういう子供っぽい戯言をすべて出し尽くして俺は社長の説得を試みた。
わかっていたけど、俺と森久保の願いが聞き入られることはなかった。
しかし俺は清々しい思いだった。
少なくともあのまま社長の言う通りに森久保をいじめていた場合と比べれば。
もっともらしい理由をつけたが、結局のところ俺は最後まで森久保の味方でいたかっただけなのかもしれない。
あの後俺はその日のうちに退職願を社長に提出した。
退職と移籍が決まった俺たちは、事務所の前でお互いこれから頑張っていこうと約束をした。
森久保はすこし申し訳なさそうにしていたが、最後にはありがとうと言ってくれた。
この一言だけで土下座した甲斐があったというものだ。
あのまま流されていたら、森久保との別れは悲しいものになっていたと思うから。
43: ◆8AGm.nRxno 2017/02/24(金) 15:19:18.58 ID:UKsbEgqz0
あれから三か月が経つ。
森久保は新しいプロダクションでも頑張っているようで、宣伝ポスターやテレビ番組などでその活躍ぶりを見ることができた。
森久保とは週に一度か二度電話して近況を報告しあっている。
職業倫理的に仕事で交換した電話番号をプライベートで使っていいものか悩んでいるうちに森久保から電話があり、それ以来この習慣は続いていた。
最初のうちは森久保も緊張している様子だったが、今はそんなこともなく、会議室での面談のときのように気軽に話せている。
この前なんか急に住所を聞かれてギョッとしたが、数日後にLIVEのチケットが送られてきてなるほどなと一人で納得した。
そのLIVEの終了後になぜか森久保とその両親や今のプロデューサーと食事に行く運びになって緊張した。
今のプロデューサーとも上手くやれているようで、彼とは森久保がいかに可愛いかを酒を酌み交わしながら楽しく話ができた。森久保は嫌がっていたが。
LIVE自体は前の事務所でやったものより規模も大きく完成度も高い、森久保の成長を感じるようなLIVEだった。
観客席ではなく舞台袖で観れたら、なんて思ってしまうのは未練がましいだろうか。
一方俺はと言えば、フリーターをしながら再就職目指して就職活動をしている。
時期が時期で中途採用を受け入れている企業自体が少なく、なかなか思うようには行かないが、必ず森久保に胸を張れるようなところに入って見せるつもりだ。
確かに不安だが、履歴書を片っ端から送り付けていた前の俺とは違う。
今の俺には明確な強みがあるからだ。
自宅アパートのPCの横にはホチキス止めされている資料。
内容はいつかの森久保のプロデュースプランだ。
これを持って面接でこう言ってやる。
「私はあの森久保乃々のプロデュースをしていたんですよ」と。
44: ◆8AGm.nRxno 2017/02/24(金) 15:20:50.59 ID:UKsbEgqz0
終わりです。
もしかしたらここから一年後くらいの話を1レス分書くかもしれません。
47: 以下、
おつん
続きも楽しみにしてるよ
48: 以下、
あくしろよ
49: 以下、
1レスとは言わず、1スレくらい書いてもよいんじゃよ
54: ◆8AGm.nRxno 2017/02/25(土) 10:15:54.70 ID:t1dfZ4yT0
退職してから一年後、俺は中堅アイドルプロダクションにプロデューサーとして勤務していた。
俺としてはアイドルプロダクションに固執せずに色々な企業を受けたつもりだったが、やはり森久保をプロデュースしていたというアピールはアイドルプロダクションの面接でこそ真価を発揮するものだった。
入社して半年だが、前の事務所での実績があるのですぐに担当を任された。
そして今日はその担当アイドルの初LIVEだ。
大小様々なプロダクションから参加者が出馬する合同LIVEだけあって規模は大きいが、物にすれば社での俺の評価も期待できるだろう。
だが肝心の担当アイドルはというと、
「あぁ?…杏ちょっとお腹すいてきちゃったからもう帰っていい?」
「だめに決まってんだろ。飴やるから出番まで大人しくしてろ」
LIVE衣装を身にまとった彼女の名前は双葉杏。俺の担当アイドルだ。
どうやら森久保をプロデュースしたという実績は、アイドル活動に消極的なアイドルをプロデュースすることに長けていると見なされたらしく、あてがわれた彼女もなかなか曲者だった。
レッスンはサボろうとするわ寝坊はするわで何回こいつのマンションに迎えに行ったことか。
しかし初LIVEだというのに欠片の緊張も感じさせない。豪胆な奴だな。案外こういうのが将来大物になるのかもしれない。
「って…これノンシュガーじゃん…甘くない」
「あんまり甘いものばっかり口に入れてると虫歯になるからな。俺はちょっと用があるから出てくるけど、勝手に変なことするなよ」
「あーい……あれ、なんか今日P髪型キマってない? いつも結構適当なのに」
「えっ!? いや、やっぱLIVEだから下手な格好できないだろ。色々あるんだよ」
「ふーん、出るのは杏なのにヘンなの。あっ、杏の代わりにPがステージ出てくれない?」
「出ないから。とにかく大人しくしてろよ? いいな?」
「んー」
杏に釘を刺して控室を出る。
今日は杏の初LIVEの他に、もう一つ特別な用事があるのだ。
本当はLIVEが終わってからにしようと思っていたが、時間に余裕はあるし、少し顔を見るくらいならいいだろう。
55: ◆8AGm.nRxno 2017/02/25(土) 10:28:50.67 ID:t1dfZ4yT0
長い廊下を歩きながら控室のドアに張られた「○○様 控室」という張り紙を一つ一つチェックしていく。
彼女に実際に会うのはすごく久しぶりだ。電話は毎週していたが、再就職してから会うのはこれが初めてだ。
どうだろう。少しは立派になれただろうか。
前より上等な会社に入って、収入も上がって、部屋も広くなった。
すべてお前のおかげだ。
辛い就職活動を乗り切れたのはお前がいてくれたからだ。
雑誌を開けば、テレビをつければ、頑張っているお前の姿をいつでも見ることができた。
それがどれだけ俺の心を励ましたかわからない。
俺は見栄っ張りだから電話口では聞こえのいいことばかり言っていたが、本当は不安で寂しかった。
そんな俺を支えてくれたのはいつもお前の活躍だった。
お前が頑張っているから俺も頑張れる。
出会うべきじゃなかったなんて、もう薄皮一枚ほどにも思えない。
会えてよかった。
俺の人生はお前に変えてもらったんだ。
廊下一本分の控室をチェックし終えて突き当りの曲がり角を曲がる。
そこには俺と同じように控室の張り紙を見て回る少女がいた。
LIVEが終わったら会いに行くと言ったのに。考えることは同じだったか。
「さすが大トリは余裕があるな。まだ衣装着なくていいのか?」
からかうように言うと少女はこちらに気付いて見て目を丸くした。
その後、
「思い出させないでください……もりくぼがトリだなんてなにかの間違いですし…」
以前と何一つ変わらない目で俺にそう言った。
56: ◆8AGm.nRxno 2017/02/25(土) 10:30:02.38 ID:t1dfZ4yT0
終わりです!
お付き合いいただきありがとうございました。
HTML依頼出してきます。
58: 以下、
本当にこれが初めての作品?
すごい面白かったし初めてには思えない
次回何か書くなら見に行くぜ!乙
60: 以下、
改めて乙です。
すごい良かったし、めっちゃ続きも読みたい
64: 以下、
素晴らしかった

66: 以下、
最高だった、こういう関係もいいな…と

元スレ
http://ex14.vip2ch.com/test/read.cgi/news4ssnip/1487894892/
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