鳥海「月が綺麗ですね」 / 木曾「砂浜の落書きだ」【艦これ】back

鳥海「月が綺麗ですね」 / 木曾「砂浜の落書きだ」【艦これ】


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「大井姉はそういう話に興味ないと思ってたんだけど」
「提督は北上さんを邪な目では見てませんからね。その点から私の中での脅威度は著しく低いので。となると……」
鼻を鳴らす。どうしようもない姉たちだ。
「なんで今になってそんな話を聞きたがるんだよ?」
二人は顔を見合わせると大井姉のほうが聞いてきた。
「明日、鳥海と摩耶が演習やるって話は知ってるわよね?」
「そりゃな。見に行くつもりだったし」
「今って臨時だけど摩耶が秘書艦代行してるわよね。そこにきてケンカからの演習じゃない。神通が止めてなければ一触即発だったとか」
「俺には尾びれ背びれが付いてる気しかしないけどねえ」
言うなれば目の前の二人が本当にケンカしだすような話だ。それも冷戦とかでなく取っ組み合いの。
いや、鳥海は生真面目すぎるから摩耶があまりにふざけたらケンカぐらいするのか?
だとしても、あの二人のケンカが想像しにくいのは確かだった。
噂が脚色されてるのは間違いないだろうけど、二人はそれをどこまで間に受けてんだか。
55: ◆xedeaV4uNo 2015/10/04(日) 22:46:48.85 ID:2bJQwCBv0
「火のない所に煙は立たないものよ」
「……つまりあれか? 痴情のもつれみたいなのを考えてるのか?」
「まー、可能性はあるよね。大井っちはともかく、私はちょっとそれを考えてる」
「ないない、あいつはそういうの嫌ってるからな」
「うんうん、そうやって断言できる根拠っていうか、そう考えられる過程みたいな話を聞きたいんだよ」
さすがの俺も鼻白んだ。青葉だってこの件はあまりしつこくなかったってのに。
大体、ちょっと考えれば提督と摩耶の接点なんて薄いのが分かるだろうに。
「なあ、姉さん方。俺にだって一つや二つはしたくない話があるんだけど」
「見たのよ」
「何を?」
「昨日の夜、執務室から出てきた鳥海が泣きながら部屋に戻るところを。私たちに気づかないぐらいだったから、よっぽどショックでも受けてたんだと思う」
大井姉は神妙な顔だった。
「昨日の今日じゃ穏やかな話じゃないでしょう?」
56: ◆xedeaV4uNo 2015/10/04(日) 22:47:44.92 ID:2bJQwCBv0
「……だとしても、それと俺には関係ないよ」
「ちっ、流されないか」
「おい」
文句を言おうとする前に大井姉が素早く右手を突き出してくる。止まれと言うように。
「今の話は本当だから。それと他人のそういう世話を焼くつもりはありません。でも木曾にもはっきりさせたほうがいいことがあるんじゃない?」
「まー、いい機会だしねぇ。球磨ねーさんに聞いた感じだと木曾っちと提督は宙ぶらりんって感じじゃない」
「宙ぶらりんって何が?」
「木曾っちと提督の間って実はなんも変わってないよねー」
焚きつけられてるのか?
姉さんたちの真意はどうであれ俺は二人に言い返すことができなかった。
今なら時間があるから鳥海とは話しておくか。
提督とじゃ何を話していいのか分からない……宙ぶらりんってそういうことなのかもしれない。
◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆
59: ◆xedeaV4uNo 2015/10/04(日) 23:35:14.50 ID:2bJQwCBv0
本編とは関係ないおまけ
木曾「そういや鳥海、あきつ丸って知ってるか?」
鳥海「確か陸さんの作った船が元になってる艦娘さんですね。でもこの場合は船娘になるんでしょうか?」
木曾「どうなんだぁ? つーか船って言ったら女じゃなくて男になっちまうような……」
鳥海「つまり……船ショタ?」
木曾「お前は何を言ってるんだ」
鳥海「愛宕姉さんが喜びそうです。あ、ということは出雲ま……じゃなくて飛鷹さんたちも?」
木曾「あの二人はむしろ男として育てられた令嬢だろ。飛鷹は初めから自分が女だって分かってたからおしとやかさが前面に出てて、隼鷹は途中まで区別がつかないで成長したからヒャッハーしてんだ」
鳥海「何を言ってるんですか。二人とも最初から立派な淑女じゃないですか」
木曾「え」
鳥海「木曾さんったらマニアックなんですね、すごいです。私にはそんな想像、とてもできません!」
木曾「演習しようぜ! お前標的艦な!」
鳥海「え」
60: ◆xedeaV4uNo 2015/10/04(日) 23:35:56.83 ID:2bJQwCBv0
鳥海「四十門の酸素魚雷って酷いじゃないですか……」
木曾「同じ四十門なのに北上姉さんと大井姉さんたちほど雷撃が上手く決まらないのはなんなんだろうな?」
鳥海「私の計算では木曾さんの日頃の行いが悪いからではないかと」
木曾「あ?」
鳥海「ごめんなさい」
木曾「話は変わるけどさ、秋津洲って名前に聞き覚えあるか?」
鳥海「うーん……聞いたことあるようなないような……でも私の計算によれば」
木曾「なんだ?」
鳥海「かなりの厚化粧をしてそうな気がします!」
木曾「どんな計算だよ」
???「へくちっ! 誰かが噂してくれてるのかも! 夏の大規模はルート固定もできたしこれからは私の時代、間違いなしかも!」
※ちなみに作者の鎮守府に秋津洲はいません
65: ◆xedeaV4uNo 2015/10/06(火) 01:01:36.36 ID:xIK/6hKR0
◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆
『鳥海しゃん』
昼下がり。頭に直接響くような声で私は呼び止められる。呼び止めたのは水兵服の伝達妖精だった。
いつもなら気にならないのに、今は進路上を遮るように止めてきた小さな姿に軽い苛立ちを覚えた。
それが妖精にとっては理不尽な怒りの矛先でも、そう感じてしまう心は止められない。
要件は木曾さんが私に会いたがってるという内容。
木曾さんは好きだけど、昨日の夜からトラブル続きで今日はもう誰ともあまり話したくない。
今日だけでも摩耶との不本意な演習が決まってしまっている
でも向こうが会いたいのは心配してくれてるから、なんだと思う。
本当はそうじゃないかもしれないけど、その可能性がある以上は蔑ろになんかできない。
木曾さんは甘味処『間宮』の前で待っているとのことだった。
足を運んだ私を木曾さんははにかむような顔で手を振って迎えてくれた。
「甘いの食べたいから付き合ってくれないか?」
正直に言うと乗り気じゃなかった。でも木曾さんのお願いなら……。
私の迷いを見て取ったのか、木曾さんは二枚の間宮券を指に挟んで見せてきた。
「一人で行くにはちょっと恥ずかしくてさ。どうかな?」
「普通に頼んでくれても行きますよ」
なんというか……説得力ないですね。
66: ◆xedeaV4uNo 2015/10/06(火) 01:02:25.72 ID:xIK/6hKR0
間宮に入った私たちは注文をしていく。
甘い物なので私は羊羹とお茶を。木曾さんはというと。
「金つばに……ブラックのコーヒーですか?」
「無性に甘いのを食べたくなる時ってあるだろ。ただ甘すぎるのもどうも苦手でねぇ……そんな時にはこうしてるんだ。ちなみに羊羹にも合うぞ」
「なんだか大人っぽいですね、木曾さん」
「おいおい、その反応は子供っぽく聞こえるぞ」
「そうですか?」
「たまに天然っぽいよな。まあ鳥海ならセーフかな。これが暁なら見栄を張ってブラックを飲みきれないってとこかな」
「あー……なんだか分かります。でも暁さんは和菓子より洋菓子を選びそうな気がします」
「確かにそれっぽい。となると、この組み合わせ自体を試さなさそうだな。レディー繋がりだと熊野は……やっぱり洋菓子か?」
「どっちも似合いそうですけどね。でも手でつまむ物はイメージ湧かないですね。鈴谷さんなら洋菓子。最上さんは……」
「和菓子でしょうか」「洋菓子だな」
67: ◆xedeaV4uNo 2015/10/06(火) 01:03:06.79 ID:xIK/6hKR0
「分かれましたね」
「そういうこともあるさ」
「でも最上さんは絶対にどら焼きだと思います」
「そうかい。鳥海んとこの姉妹はどんな好みなんだ?」
「姉さんたちは洋菓子のほうが好きですね。摩耶なんか一口目を食べるまではそんなに興味なさそうにしてるんですけど――」
摩耶の名前と様子が自然と出てきて少し驚いた。でも決して悪い気なんかしなくて逆に少し安心できた。
同時にも後悔した。私は摩耶に何をしてるんだろう……。
「賽は投げられた」
「え?」
「どうせ摩耶のことを考えてんだろ? いいじゃないか、こうなった以上はちゃんと戦ってやれば。二人の間に何があったかまでは知らないけど、こういう形で衝突したなら時間の問題だったってことだろ?」
「どうなんでしょう……いえ、確かに時間の問題だったのかもしれませんけど」
「ま、迷うなとも悩むなとも無責任なことは言わないさ。ただ俺はどっちかって言うと摩耶寄りの性格だからな……経緯はどうあれ鳥海と戦うなら全力で行くし、確認したい気持ちがあるならそれを見極められるようにするな」
「確認したい気持ちですか?」
「俺とお前はこの先も上手くやっていけるのか、とかか? 摩耶は摩耶でなんかあるんだろ。あたしだって姉さんたちに思うとこぐらいあるし」
「……難しいですね」
「その通り。鳥海は難しく考えすぎなんだ。もっと素直に摩耶と向かい合ってみればいいんじゃないのか?」
「はい……やってみます」
68: ◆xedeaV4uNo 2015/10/06(火) 01:04:19.71 ID:xIK/6hKR0
「話は変わるけど鳥海は和菓子と洋菓子、どっちが好きなんだ?」
「本当に変わりますね。どっちも好きですけど、ここで頼むなら和菓子ですね」
「何か理由が?」
「伊良湖ちゃんは和菓子のほうが得意と言ってたので。それに和菓子のほうが手間がかかるのが多いので誰かが作ってくれるなら」
「面倒な和菓子のほうがいいってことか」
「自分である程度作れるなら……というのはありますからね。でも間宮さんのカレーとかは別ですね。カレーも自分で作れますけど、間宮さんのは何度でも食べたくなります」
「よく分かる。ところであいつ、提督はカレーが好きだ」
「そう、なんですか」
歯切れが悪くなってしまう。どんな顔をして答えていいのかも分からなかった。
木曾さんは嘆息するように大きく息を吐いた。
「落ち込んでる原因は摩耶に提督ね。ったく悩める乙女ってわけだ」
乙女なんてそんな大層なものだとは思いませんけど……。
69: ◆xedeaV4uNo 2015/10/08(木) 22:55:53.81 ID:wZPE2Q0f0
「なんだ、セクハラでもされたのか?」
「セクハラだなんてそんな……」
でも、少し前にお腹をさわりたいって言ってきたのはセクハラなのかも。
もし、あの時に司令官さんのお願いを聞いていたら今も私は秘書艦のまま?
……何を考えてるの。そんな風に考えてしまうから私は……。
「私は司令官さんの秘書艦には相応しくないんです」
「ふーん、なんでまた?」
「良かれと思ってやろうとしたことが裏目に出てしまって……本当は良いと思っていたのかも今は自信もないです……」
「あー……裏目に出ちまうのは当人にはしんどいな。それで、その裏目は取り返しのつかないようなことなのか?」
「……いえ、たぶんそこまではだと思います。でも注意された上に、その八つ当たりで摩耶に突っかかってしまって……みっともないです」
「そうかい。だったら秘書艦辞めればいいんじゃないか。別に義務じゃないんだし」
「それはっ……」
引責。これで責任を示せるのかはともかく、そういう選択肢はある。
「考えてみれば俺が秘書艦やってもいいのか。空白期間があるとは言え、あいつとの付き合いは長かったんだし以心伝心ってやつも難しくないのかもな」
気づけば拳を握りしめていた。自分の手じゃなくなってしまったみたいだった。
木曾さんの言う通りだと頭のどこかは考えてる。それなのに、とても受け入れていいとは思えなくて。
70: ◆xedeaV4uNo 2015/10/08(木) 23:02:04.13 ID:wZPE2Q0f0
「鏡を持ってきておけばよかったな。今のその顔をお前に見せてやりたい」
木曾さんの息遣いは微かに笑うような気配があった。
「私の顔を?」
「本当は誰にも代わってもらいたくない。悔しそうな顔してるぜ」
握りしめていた手が顔の形を確かめるみたいに頬に触れる。
「それが鳥海の正直な気持ちだよ。塞いで後ろ向いてたってな」
「でも……そうだとしても、これは私の勝手です」
「いいじゃないか、勝手で結構。それに提督はそういう勝手も受け入れるぞ。だからまあ素直に行こうじゃないか、今はさ」
おもむろに木曾さんは右目の眼帯を外すと猫背気味になって、じっと私の目を見てきた。
なんで外したんだろうという疑問を抱きつつも、琥珀のような瞳には不思議と惹きつけるような力があるように感じた。
「お前が欲しいのは秘書艦の立場か。それともあいつか?」
「決まってるじゃないですか」
即答できたのには自分でも驚いた。昨日考えていたから?
それでも自覚している気持ちは言えない。
司令官さん以外の前で口にしてしまったら、なんだか急に薄っぺらくなってしまいそうな気がして。
71: ◆xedeaV4uNo 2015/10/08(木) 23:03:04.06 ID:wZPE2Q0f0
「おめでとう。これで一歩前進だな」
木曾さんは背筋を伸ばすとカップに残っていたコーヒーを一気に飲み干す。
「あの、木曾さんこそどうなんですか?」
「ん?」
「本当なら私よりずっと司令官さんに近い場所にいたのに」
「そうさな。そいつは難しい問題だ」
木曾さんは腕を組んで頭を捻る。それでも私の目を見ていた。
「前にも話したけど俺は今でもあいつとどうしたいのか分かってない。それが答えだ。俺と鳥海の違いは提督にそれでもこうしたいって思えるかどうかなんだろうな」
コーヒーを飲もうとした木曾さんは中身がないのに気づいて途中でカップを下ろした。
「俺は今でもあいつに何かわがままを言いたいって思えないんだ。お前が羨ましいよ、あいつに通したい我があるんだから」
そして木曾さんが小さく呟いたのを聞き逃さなかった。
「羨ましいか……」
すぐに木曾さんは小さく笑った。
「姉さんらに言わせりゃ俺は宙ぶらりんなんだとさ。ちょっと意味が分かってきたよ。まあ、こいつは俺の問題としてだ」
木曾さんは身を乗り出して、私の顔を覗き込んでくる。
「今どうしたいのか分かってるんなら素直にそうすればいいさ」
私がどうしたいのか。
迷いは完全に消えた……なんてとてもじゃないけど言えない。
それでも今どうしたいのかは分かったような気がして。
「今は目の前のことから向かっていきます」
まずは摩耶と向き合うことから。私たちの道はきっと通じてるはずだから。
◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆
76: ◆xedeaV4uNo 2015/10/10(土) 23:33:04.52 ID:9SLc+5B20
◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆
高雄型重巡洋艦。それが私たちの今も昔も変わらない艦型。
その三番艦が摩耶で、三人いる姉の中で一番私に近い。姉妹というより双子という感覚に近いのかも。
近いといっても性格は全然違う。
摩耶は活発で自分一人でもどんどん突き進んで行ってしまう。一度思いついてこうと決めてしまえば、それが霧の中でも暗闇の中でも止まらない。
いつも後ろからそんな背中を見ていた。
私は摩耶よりは慎重で……否定的に見るなら要領がよかった。
摩耶が突き進んでしまうなら、それを後ろから観察してどうすればいいのかを見極める。
同じように進んでいいのか、一歩引いたままがいいか。それとも止めなくちゃいけないのか。
そうして私は受け身になって、いつしか摩耶のことも全部分かってるような気になっていた。本当はそんなことないのに。
いつからだろう。それまでの当たり前が当たり前じゃなくなっていたのは。
始めから私たちは背中合わせだったのかもしれない。でも今は……。
――そして私の意識は覚醒した。
77: ◆xedeaV4uNo 2015/10/10(土) 23:38:00.44 ID:9SLc+5B20
後ろに流れていく海面が見えて、頬を叩く風の感触が通り過ぎていく。
夢と現在が同時に混ざったような不確かな感覚に襲われる。
顔を巡らすと高雄姉さんの横顔が見上げる位置に来た。
見上げてるのに気づいた姉さんが視線を落としてきた。
「起きたのね」
「ここは……いたっ……」
お腹を中心に体中が軋んでるようだった。大人しくしていると痛みは遠くに引っ込んでくれた。
「摩耶とあれだけ叩き合ってたんだもの。覚えてる?」
「ええ……覚えてます。摩耶は?」
「向こう、愛宕と一緒よ」
この時になって姉さんが肩を貸す形で支えてくれてるのに気づいた。
姉さんに合わせて斜め後ろを見るとこっちと同じような状態の愛宕姉さんと摩耶が少し後ろにいる。
愛宕姉さんは鷹揚に手を振ってくれたけど摩耶はまだ意識がないみたいだった。寝てるだけならいいけど――。
78: ◆xedeaV4uNo 2015/10/10(土) 23:47:00.17 ID:9SLc+5B20
演習は私が想像してた以上にもつれたけど判定としては私の勝ちだった。
だけど、お互いにそれで納得できた感じがしなくて……素手での勝負になってしまった。もちろん事前にこんなのは考えていなかったけど、その時はそれが最善だと思った。
今は……後悔はしてないけど、もうやりたくないというのが本音。
そして最後はそう――限界だった摩耶を抱き止めたんだ。
今になってしまうと、どうしてあそこまでお互いにできたのか。きっと相手が摩耶じゃなかったら、ここまではできなかったと思う。
「ずいぶん無茶をしてくれたわね」
高雄姉さんの声に私は思わず俯いてしまう。目を合わせるのを躊躇ってしまって。
「……ごめんなさい」
「本当よ。あまり心配をかけないで」
「……ごめんなさい」
「でも、あなたたちはこうするのが一番だと思ったんでしょう?」
「あの時は。でも姉さんたちに心配をかけたなら、きっとよくなかったんです」
「そうも思わないわ。心配するのとされるのとなら、するほうがいいもの」
「……言ってることと矛盾してます」
「本当にね。でもあなたも摩耶もきっとこうして私たちの手から離れていくのね」
高雄姉さんが力を込めて抱き寄せてくると訳もなく悲しくなってきた。
79: ◆xedeaV4uNo 2015/10/11(日) 00:15:08.99 ID:rsb6WV550
「私……自惚れて摩耶を分かった気になってた……でも、本当は全然分かってなくて、さっきもクセを知ってたから当てられただけで摩耶じゃなかったら全然ダメで、それなのにそんな私に笑ってくれて、でも私は八つ当たりしちゃって!」
「うん、もういいのよ」
「私は……」
「本当に謝らなくちゃいけないのは私なの。提督にお願いして摩耶を秘書艦にしてもらったのは私の入れ知恵なの。だから謝らないで、鳥海」
「それでも私は……」
「私にこんなこと言う資格なんてないかもしれないけど……そうね。私たちは本当に誰かを分かってあげることはできないの。私だってそう。鳥海も摩耶も、愛宕のことも全部は分かってあげられない。私自身……高雄のことさえも」
「そんなの……悲しいです」
「そうね。でも、そうだからこそ誰かに優しくもできるし本気にもなれる。触れ合いたくもなるの。分からないからこそ前に進めるのよ。だから、そんなに自分一人を責めないでいいのよ」
「……ごめんなさい」
「だからもう謝らないで。今は納得できなくてもいい。それでも、いつか今日のことだって笑って振り返れる日が来るから」
「ごめ……はい……」
「素直でよろしい。だからね、不満や怒りがあるのなら私にぶつけて。摩耶は何も知らなかったんだから、全部発端は私にあるの」
80: ◆xedeaV4uNo 2015/10/11(日) 00:33:00.31 ID:rsb6WV550
高雄姉さんはなんとも言えない顔で口を真一文字に結んでしまう。
私にはどう言っていいのか分からなくなっていて、そんな私の代わりに答えたのが。
『ちょっと高雄、自分一人だけで悪者気取らないでよ』
「愛宕?」
インカムからの声に耳をそばだてる。体の動きはにぶかったけど、それでも感度を調整する。
『最初に摩耶の話をしたのは私だし、それをどうにかしたいって引き込んだのは私よ?』
「それでも私は長女よ。長女には責任があるの」
『あら、それを言い出したら私が一番艦の記録もあるじゃない。本当は愛宕型かもしれないよ』
「ここでその話を蒸し返す気!?」
『まあ、こんな感じなの鳥海。不甲斐ない姉二人が事を大きくしちゃったの。だからごめんなさい、私たちが妹のあなたと摩耶を振り回してたの』
「そんな、そんなことないです!」
疲れ切っていたはずの体に少しだけ力が戻る。正直な気持ちを伝えるには十分だった。
「私……嬉しくて……高雄姉さんが姉さんで愛宕姉さんも摩耶もやっぱり姉さんで、私は姉さんたちの妹になれて本当に感謝してるんです!」
それだけ言い切ると、また痛みと疲れが思い出したかのように存在を主張し始めた。
遅れて姉さんたちの声が聞こえてくる。
『もう、泣かせること言わないの』
「私もあなたたちが妹で本当によかったわ」
高雄姉さんは温かくて、なんだかいい匂いがした。
このまま体を預けてしまっても大丈夫だと無条件で分かってしまう。
戻ってきた疲れが眠気も一緒に持ち込んできていて、私はもうそれに抗うつもりはなかった。
……抱き止めた時の摩耶もこんな気持ちだったのかな。そう思うのは……きっと自惚れなんかじゃないですよね……。
◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆
85: ◆xedeaV4uNo 2015/10/12(月) 11:25:31.07 ID:VyFrPdu80
◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆
姉さんたちに運ばれた先のドックで私と摩耶は目を覚ました。
それから私たちは話をして……摩耶の言葉を借りるなら、私たちは少しだけ変わって少しよくなって仲直りした。
摩耶がそれまで私に抱いていたという気持ちは意外で、そんな風に思われていたなんて全然気づかなかった。
もしかすると私が摩耶をどう思っていたのかも逆に伝わっていなかったのかもしれない。
私にはそれが悲しいのか良かったのか判断がつかなかった。
だって悪い思いも伝わりにくいと言えるのだから……都合よく考えすぎかな?
唐突に摩耶が私の髪を洗うなんて言いだした。
今まで一度もそんなことを言ってこなかったけど、今なら摩耶の好きなようにさせていいと思えた。
形ばかりの断りをしてから、それでもと言ってくれた摩耶に私は自分も髪を洗うという代案を示してから任せることにした。
――摩耶は私を頼ってそれで安心してたなんて言う。
私は摩耶に頼られるような妹じゃなかったはずなのに。
今回の件だってそう。
私は摩耶が秘書艦に就いたことに不満ばかりで摩耶への気遣いなんてほとんどなかった。
摩耶の仕事が疎かになっていてもそう。注意をするどころか、代わりに自分がやってしまえばいいとすぐに結論づけていた。
それなのに摩耶は……私を誤解してる。
86: ◆xedeaV4uNo 2015/10/12(月) 11:26:01.06 ID:VyFrPdu80
私は初めから手伝う気しかなかった。でも、それを止めたのは司令官さん。
不慣れな摩耶を気遣ったのも司令官さん。私は気にもしなかったのに。
……ごめんなさい、摩耶。司令官さん。今だけはいい妹でいさせてください。
「ん、どした?」
「なんでもない……少しシャンプーが沁みた気がしただけ」
「わりぃ、すぐ流すから」
「ううん、大丈夫。気のせいだし……こうしてもらえるのはやっぱり気持ちいい」
「……そっか? なら続けるぞ」
「うん、お願い」
会わす顔がないって今みたいな気分を言うんだ……。
私はきっと摩耶が考えてるようないい妹じゃないし、これからもそうはなれないかもしれない。
それでも……摩耶は私のお姉さんだし、それなら摩耶が誇ってくれるような妹にはなりたいと思う。
どうしたらいいかちっとも分からないけど、せめて気の持ちようぐらいはそうでありたい。
摩耶に体を委ねながら、そんな風に考えた。
摩耶が私の髪を洗い終えたら、次は私が洗う番。精一杯の感謝を込めて洗おうと私は胸に誓った。
◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆
87: ◆xedeaV4uNo 2015/10/12(月) 11:27:07.84 ID:VyFrPdu80
◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆
摩耶の秘書艦着任から一週間が過ぎた。短くも紆余曲折のあった時間は終わり、私はまた司令官さんの秘書艦に戻るはずだった。
少なくとも摩耶の最後の仕事は私への引き継ぎで、そこで今日からまた私が秘書艦に戻るよう伝えられている。
ただ私は少しだけ躊躇っていた。私の気持ちははっきりしても司令官さんが本当はどう考えてるのかは分からない。
今回戻すのだって今まで秘書艦をやってたから、その上での慣例的な処置かもしれないとどこかで考えてしまう。
さすがに悪く考えすぎてるとは思うけれど確証というか自信がどこかで持てなかった。
けれど、それならそれで務めは果たさないと。
それにせめて司令官さんのお願いを叶えておきたかった。私がそうしたいと思っているのだから。
私は悪い方向に話を想像していた。
「戻ってきてくれてありがとう。それにすまなかった。いつかは手伝いに来てくれたのに」
だけど、それは取り越し苦労だった。
司令官さんはそう言って私に頭を下げ、今また迎えてくれた。
「いえ、私こそありがとうございました。確かにショックでしたけど周りも摩耶も見えてなかったのは事実ですから」
もし司令官さんが怒ってくれなかったら、摩耶とはもっと拗れてたような気がする。
結果論とか思い込みでしょうか……それでも、この件で司令官さんが私に謝るのは何か違うはず。
「だから謝らないでください。怒ってくれて……ありがとうございました」
「そんな風に言われたのは初めてだよ」
「それに司令官さんが謝ったら示しがつかなくなってしまいます」
そんなもっともらしい理由も添えると微苦笑を返された。
88: ◆xedeaV4uNo 2015/10/12(月) 11:29:09.96 ID:VyFrPdu80
「今日からまた秘書艦……頼めるか?」
「こちらこそお願いします」
これでまた秘書艦としての一日が始まる。でも、今日はこれだけじゃない。
素早く歩いて司令官さんの前に立つ。そして深呼吸を一つ。
「どうした?」
「私のお腹をさわってください」
「……なんだって?」
「ですから触ってください。前に触りたいって言ったじゃないですか」
「確かに言ったが!」
珍しく司令官さんが慌ててる。そんな反応がちょっと面白かった。
司令官さんの右手を取って、ちょっと強引にその手をお腹に触れさせた。
そういえば司令官さんの手をちゃんとさわったことはない。
軽く触れたり触れられたりは何度もあるけど、こうやって意識しては。
初めて司令官さんにちゃんとさわったのは……そう、木曾さんの件で怪我をしたこの人を運んだ時だ。
あれからもうずいぶん時間が経ってしまったような気がする。
「鳥海、もしまだ気にしてるなら……」
「そうじゃありません。確かにそれで悩みましたけど、これはそれも含めた全部のことなんです」
「……正直よく分からないが鳥海には大切なんだな」
司令官さんもその気になってくれたみたいだった。そうして指がお腹に当たった。
少しくすぐったいけど別に体が変な反応したりとかはありません。
89: ◆xedeaV4uNo 2015/10/12(月) 11:33:29.50 ID:VyFrPdu80
「あの、どうしてさわりたいと?」
「触ってみたいからだ。気になるんだ。理解して欲しいとは言わない」
「では、それは司令官さんのわがままになるんでしょうか?」
「そう、だな。任務でも命令でもなく、わがままな願いだ。やっぱり嫌だよな」
「いえ、恥ずかしいですけど嬉しいです」
私の言葉は本当。素直に気持ちを伝える。
「あなたが、私にわがままを言ってくれて」
あなたと、司令官さんを意識して呼んだのは初めてだった。
どうだったかな? もしかしたら意識せずにそう呼んだことはあるかもしれない。
でも、今のように司令官さんへの親しみと私の小さな願いを込めて呼んだのは本当に初めて。
その司令官さんはお腹をぺたぺたさわる。
初めは少し遠慮してるのか指の腹を少しだけ押し当てるようなさわり方だったけど、すぐに控えめな感じはなくなった。
かといって乱暴な手つきでも無遠慮な触れ方でもない。本当に触ってみたかっただけみたいで――。
「つまんでみる」
「はい? ひゃいっ!?」
「ごめん、痛かったか?」
「鳥海は大丈夫です!」
「そうか……なかなか難しいな」
油断してたらなんだかすごいことになりそう……。
90: ◆xedeaV4uNo 2015/10/12(月) 11:34:24.25 ID:VyFrPdu80
「触られたりつままれるのはどんな気分だ? いいとか悪いとか」
「強いて言うなら恥ずかしいです……」
「まあ、そうだよな」
そう言いながらも司令官さんの指は止まらない。私の反応を気にしてるようで、あまり気にしてない気がする。
そして急に思いついた。
こうなったら私もさわり返そうと。司令官さんのお腹に手を伸ばして触れた。
「どんな気分かというと、こんな気分です」
「くくく……確かに恥ずかしいなこれは」
面白そうに司令官さんは笑う。
私は恥ずかしいのに向こうには余裕があるのが、ほんのちょっぴり悔しかった。
初めは慌ててくれたはずなのに今はもうすっかり馴染んでる。
司令官さんは物怖じしないさわり方なのに私は緊張して手が震えてる。
だからささやかな仕返しをする。
「司令官さんのお腹、ぷにぷにしてて柔らかいです。もう少し絞った方が……」
「いや、まったく」
司令官さんは手を離した。仕返ししたつもりだったけど最後まで余裕は崩せなかった。
……ちょっとだけ名残惜しいと思ってしまって、そんな自分にもっと恥ずかしくなった。
「ご満足いただけたんですか?」
「ああ、すごくよかった。朝から妙な具合だが、改めてよろしく頼みたい」
「もちろんです。私は司令官さんの秘書艦ですから」
――ここが私の居場所。司令官さんの一番近い場所で、あなたと共に。
◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆
95: ◆xedeaV4uNo 2015/10/19(月) 01:40:06.86 ID:fiDBg9Wm0
◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆
――提督が特定の艦娘に入れ込むのは本来ならあってはならないのかもしれない。
それは不公平な話だし緊密な力関係による均衡を壊すことにもなりかねないからだ。
しかし人間というのは感情の生き物だ。艦娘も生い立ちはどうであれ感情を持っている。
感情同士が交わったりぶつかれば、そこではもう理屈なんて二の次になってしまう。
たとえ、それを愚かと指さされようとも俺は提督である以前に人間だ。
開き直りかもしれない。というか実際にそうなんだろう。
けれども熱情というのは、そうした理屈を全て置き去りにしていく。
だから俺は自分の気持ちには少なからず正直に、誠実でいたかった。
艦娘たちに対してもそうだ。不実ではなかったはず。
もちろん要求に全て応えられたとは思わないし応えられないが……できる限りはやれたはずだ。
その中で俺たちは常に選択する。何かを受け入れ、何かは捨てる。何かを認め、何かは諦める。
そうして積み重なるのが生涯で、その生涯が途方もなく積み上がっているのが世界というやつだ。
俺たちは世界という枠組みの中では歯車……もしかしたら部品ですらないのかもしれない。が、まあそれはいい。
俺にだって願いの一つぐらいある。
その願いを他人に伝えるのはわがままかもしれない。一人では果たせない願いなのだから。
結局――これはそういう話だ。
俺の願いが、望みが誰かに届いてほしいと祈るんだ。
望みもなく生きるには世界はあまりに広すぎるし彩りに欠ける。
だから俺は、俺たちは望みを持って願いを叶えようとするんだ。
たとえ、いつかは風化し朽ちるとしても。その全てが叶わず届かないとしても。
◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆
96: ◆xedeaV4uNo 2015/10/19(月) 01:41:14.31 ID:fiDBg9Wm0
◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆
改二艤装を含んだ物資が予定通りに到着した。
搬入作業を鳥海に任せる一方で、俺は艦政本部から派遣されてきた技官と会っていた。
こちらの内情を調べるためにも送られてきたのかとも思ったが、挨拶などの話す口ぶりや身のこなしは間諜からは程遠く思えた。
大尉の階級章をつけた若い技官は単に面倒な仕事を押し付けられただけのようで、見かけ以上にくたびれた人畜無害といった印象だった。これがもしも演技なのなら大した役者だ。
「今回お届けした艤装、ならびに各種装備の一覧と資料になります。それからこちらがご依頼の旧大戦時の戦闘詳報となります」
大尉は厚みのあるひも付きの封筒を差し出す一方で、台車に積まれた段ボールの山を示す。
「何分、持ち出せる範囲に限りがあるのと当時の混乱で散逸してる資料も多く、内容の確度も不確かですが……」
言い訳がましい前置きを半ば聞き流しながらダンボールが十箱あるのを数える。
頼んだ資料の量を考えると少なすぎるが、それをこの大尉に問いただす気にはなれなかった。
「准将が赤レンガまでお越しいただければ、もっと多くの資料をご用意できるのですが……」
「出世街道から外れた成り上がりが戻ったところで、いい顔をしないお歴々も多いだろう」
「はあ……」
気の抜けた返事をされる。この大尉は一般の大学辺りから入ってきたのだろう、慣例や階級についてどうも疎いらしい。
97: ◆xedeaV4uNo 2015/10/19(月) 01:42:06.92 ID:fiDBg9Wm0
深海棲艦との緒戦で日本を始め海岸線に面した各国は海軍戦力に甚大な損害を被り、都市部を中心に壊滅的な被害を受けていた。
日本に限れば人的にも物的にも従来の体制では到底埋められないだけの損失を前にして、とにもかくにも民間から厚遇をもって人員をかき集めたのが現在の海軍となる。
陸勤務に回されていた自分や予備役を除けば、機能していた頃の兵学校を出た者はもう残り少ない。
こうなってくると海軍としての質は低下の一途を辿っていくのだが、そもそもが人間では対処できない深海棲艦が相手となるので懸念はされてもさほどの取り沙汰もされなかった。どうせ勝ち目はないのだと。
要は烏合の衆だ。頭数ばかりどうにか揃えて体面をそれらしく整えただけで組織としては機能不全に陥ってる。
階級も形骸化しつつある。さすがに将官と佐官、佐官と尉官、士官と兵卒という上下の区別はさすがに生きているが先任や下士官という概念は消えてしまっていた。
将官も将官で大将とそれ以下というあまりに大雑把な括りになってしまっている。
だいたい戦功があるからと三十にもなっていない俺が准将という地位にいるのがすでにおかしい。
いくら親の影響が無縁じゃないとしてもあの人はすでに他界して久しいし、同じ縁故の影響ならば他に優先されて然るべき人間は何人もいた。
それに俺が未だに艦娘たちの提督であるのも変だ。
現状、艦娘は深海棲艦に唯一対抗できる戦力で、運用当初ならともかく戦果を続けて挙げていれば横槍が入ってくるのが当然なのに何も起きない。
国を左右できるだけの戦力を若造に預けたままにしておくなんて異常だった。
軍医のモヒはこの世界が歪だと言ったが、在り様を失っている今の海軍に身を置いてれば俺にだって本当はそれぐらい分かる。
98: ◆xedeaV4uNo 2015/10/19(月) 01:44:16.28 ID:fiDBg9Wm0
何かしらの力が働いて、この鎮守府を取り巻く環境は作られている。
……それができるとしたら、おそらく妖精だけだろう。
艦娘を生み出そうとして化けて出てくるのが妖精だ。しかし実際はそれだけじゃ説明できないほどの妖精がすでにいる。
現にこの鎮守府でだって妖精を伝達要員や作戦室のオペレーター代わりに使えるほど余裕がある。
その一方で艦娘以上に妖精のことは分かっていない。分かっていないが妖精たちのもたらした技術がなければ、人類はもはやこの世界で生きていくことは敵わない。あるいは海を捨てれば不可能でもないのかもしれないが、それは現実味のない選択に思える。
そして仮説に則るなら、俺が提督でいるのは何かしら都合がいいからなのだろう。
利用されるだけの存在だとしても俺はそれに甘んじるつもりだった。艦娘たちとの接点がない人生を俺はもう選びたくなくなっている……依存かもしれないな。
「具合が優れないのですか、准将殿?」
「いや、すまない。気にしないでくれ」
戸惑ったような大尉に頭を振る。彼にどう思われようと影響はないはずだが詮索されるのは避けておきたい。
破滅に通じる道だとしても相乗りしていくしかないんだ。これが何かの筋書きで誰かの都合であったとしても、失いたくないものを見つけてしまった以上は。
そうするだけの価値を見出しているのならばそれで十分だ。
いずれにせよ俺がこの世界を構成する歯車の一つに過ぎないのなら、真偽の分からない推測に気を取られるよりも今は。
99: ◆xedeaV4uNo 2015/10/19(月) 01:47:14.67 ID:fiDBg9Wm0
「改二艤装の試験をした妖精はその後どうなったんだ?」
「現在は通常の勤務に戻っていますが、一部は改二艤装との装備連携のためにこちらに来ています……ええと、たとえば高雄型の改二艤装がそうです。専属の見張り員として」
該当するのは鳥海の改二艤装だけだ。妙な装備もひっさげてきたというわけか。
「専属となると他の艤装についてもらうのは難しいのか?」
「可能ですが妖精たちが習熟するまではそのまま高雄型専属として運用した方がよろしいかと。最新版の資料に詳細がありますので」
「分かった、後で確認しておこう」
「それと本日はもう一つ准将にはお渡ししたい物がありまして……艦政本部の妖精が新たに開発したものですが」
「妖精が?」
さっきの考えが頭にあるせいで、なんとも言えない気分だ。
大尉が渡してきたのは桐の箱で、蓋を開けるとさらに小さな拳大ほどの黒い箱と折り畳まれた白い紙が入っていた。
紙はマニュアルの類かと思ったが違った。
婚姻届(仮)
黒い箱を開けるとそこにあったのは二組の銀の輪――指輪だった。
104: ◆xedeaV4uNo 2015/10/19(月) 23:56:12.57 ID:fiDBg9Wm0
「大尉、これはなんだ? 紙もそうだが、ただの指輪ではないんだろう?」
「最近になって妖精が開発したもので、艦娘たちの能力を限界以上まで引き出せると……通訳の結果、そう言っています」
「実証は?」
「できていません。極めて高い錬度の艦娘に加えて准将との間に信頼関係が成立していないと効力を発揮できないようで、この説明も妖精の説明をそのまま伝えているだけであります」
「試験もままならないわけか……安全性はどうなっている」
「問題ありません」
「それも妖精の受け売りか?」
「はい」
「大尉、君は試験も満足にできない道具を安全だと言い切るのか? 大した神経だよ」
失言に気づいて大尉の顔は心なしか青くなっている。
俺としてはこの哀れな大尉をいたぶる趣味はないが、多少辛辣になったとしてもそれは彼の落ち度に端を発したことだ。
「……改めて聞こう。何らかのリスクを有する可能性もあるんだな?」
「はい……い、いえ。妖精に言わせれば、それはありえないとのことです」
あくまでも大尉――ひいては艦政本部はその方針で通すつもりらしい。妖精の技術に間違いはないと。
となると、どこまで信用していいのか。
確かに妖精の技術は人智を越えている。謳う効果は本当にあると考えても間違いないだろう。
となれば使うかどうかは今すぐ決める必要はない、と考えればいいかもしれない。それに極めて高い錬度という条件を満たしてる艦娘がここにいるのかも分からない。
105: ◆xedeaV4uNo 2015/10/19(月) 23:56:45.82 ID:fiDBg9Wm0
「それでこれは二人分か?」
「いえ、一人分です。一方は准将が身につけねばならないので」
「この婚姻届はなんだ?」
「それは契約の証明です。准将と艦娘の間で指輪をかわすのを、我々はケッコンカッコカリと名づけ運用することに決めました」
……誰が考え付いたか知らないが正気とは思えない名称だった。
「この書類は必要なのか?」
「軍隊といえど公的機関ですので、こういうことは明確にせねばなりません」
取ってつけたような上に頭の痛くなりそうな理由だった。
「それに戦力の拡充目的ですのでカッコカリ、つまり仮契約の方が今後も何かと都合がよろしいでしょう」
「……ああ、そうかい」
なるほど、つまりこの仕組みが人間の都合だけで考えられてるというわけだ。
人の理屈に基づいた人のためのシステム――それが当然といわんばかりの一方的な押しつけ。鼻白むしかなかった。
106: ◆xedeaV4uNo 2015/10/19(月) 23:57:28.87 ID:fiDBg9Wm0
「……この指輪は一つだけなのか?」
「時間はかかりますが量産できます。何分、妖精もかかりっきりになるのでオーダーメイドという形になりますが」
「そうか。まあ、数ばかりあっても……」
「しかし噂には聞いてましたが艦娘というのは美人揃いですな。准将ほどの方ならいくつ指輪も必要になるか」
……この男はどうやら太鼓持ちには向かないな。
なにせ俺には今のが侮辱にしか聞こえなかったからだ。その意図がないのは分かるが、根底にあるのは偏見や悪意と呼ばれるものだ。
それが俺になのか艦娘に対してかは分からないが、この男とこれ以上は話す気がなかった。
「大尉。私は君への人事権は持っていないが、君のために特別な推薦状を用意できる立場なのは忘れないほうがいい」
「気に触られたようですが、私は別に」
「無駄な口を開くなと言っている。業務連絡が済んでいるのならやかに退出したまえ。まだ君に私の時間を取るほどの用件があるのか?」
「失礼いたしました」
慌てて背筋を伸ばすと、台車に積まれたままのダンボールを見て留まるか迷ったようだが、俺の顔を見てその考えも消えたらしい。
そそくさとドアまで引き下がっていく。
階級を縦にした物言いは気に食わないが、これはこれで今の俺の武器でもある。
「ああ、大尉」
こういう時の送り方は心得ている。背筋を張ったままの、おそらくもう二度と会わないであろう男に声をかける。
「ご苦労」
できる限りの笑顔で見送ってやればいい。
◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆
110: ◆xedeaV4uNo 2015/10/23(金) 02:20:55.97 ID:1jSc/ek+0
◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆
改二艤装を割り当てられた艦娘たちは更新された艤装と装備を新たに身につけると鎮守府近海に繰り出していた。
これから三週間は慣熟訓練も兼ねた運用試験を実施していく。期間としては短いが、これはそれ以前の艤装と比べてそこまでの差異がないと目されているためだ。
初日に当たる今日はひとまずの慣らしで姉妹艦同士での航行訓練となっていた――ちなみに千歳たち二人は比較できる同型艦がいないので飛鷹型の二人に任せている。
出港のタイミングを逸してしまった俺は帰投する時刻に合わせて改めてドックに顔を出した。
改二組で最初に戻ってきたのは夕立だった。艤装を外すなり駆け寄ってきた。
「見て見て提督さん、改二っぽい!」
新調された服を見せびらかすように夕立は目の前で回ってみせる。しかし目を引くのは服装でなく髪と目だった。
「ちょっと落ち着きなよ夕立。それじゃまるで犬だ」
後から追いついてきた時雨がたしなめる。
実を言えば時雨にも改二艤装はすでに用意されていた。しかし改二への懸念が拭えないため今回は見送っていた。
それにしても時雨の評はあながち間違いでもなく、もっともだと思える。
一方で俺としては時雨も見ていて犬っぽさを感じてダックスフントに似てる気がしてしまう。
その連想に吹き出しそうになって口元を覆い隠す。
111: ◆xedeaV4uNo 2015/10/23(金) 02:21:44.83 ID:1jSc/ek+0
「何か失礼なこと考えてないかい?」
「気のせいだろ。それより夕立の髪はどうしたんだ? 目も赤くなってるし」
夕立の髪は伸びたというか増えた? それに生成色の髪の先端が桜の花のように艶のある色になっている。
「艤装をつけたらこうなったっぽい!」
「大丈夫なのか、それ?」
「提督さんってば心配性。でもありがとう」
「本人が平気というなら信じるしかないね。それに僕らも間近で見てたけど、夕立の新しい艤装から嫌な感じはしないよ」
「まだ油断はできないだろ。こういうのは時間をかけて経過を見ないと」
「確かにね。でも改二を扱うのは夕立や他のみんなであって提督じゃない。そこに提督が危ないとばかり予防線を張るのはあまり感心しないね」
「それはそうかもしれないが……」
時雨の発言は正論だった。それでも、すんなり納得できるわけでもなく。
「やれやれ、そんなに秘書艦殿が心配かい?」
時雨はわざとらしくため息をつく。その顔はからかうように笑っていた。
112: ◆xedeaV4uNo 2015/10/23(金) 02:24:01.20 ID:1jSc/ek+0
「特定個人でなく全体の心配をしている」
「でも優先度をつけるなら鳥海が一番上になるんでしょ」
「くくく……今ので時雨は何かあっても後回しにするつもりになった」
「うわぁ、ひどいや」
「今のは時雨の自業自得っぽい」
「夕立まで……」
「でも時雨の言うように心配よりもっともっと褒めてほしいっぽい! 提督さんも夕立たちを心配したくて改二にしたわけじゃないんでしょ?」
……参ったな。一本取られた気分だ。
彼女たちが強くなればそれだけ無事に帰ってきてくれる確率が高くなる。そのための改二艤装のはずだというのに。
いつの間にか俺は負の面ばかりに気を取られて悪い方へとばかり考えすぎていたらしい。
「偉いぞ、夕立。前から分かってたけどお前は素直でかわいいやつだな」
「えへへ?、それほどでもあるっぽい!」
「提督、最初に言った僕も褒めて。ここは公平に」
「時雨はひねくれ者だなぁ……」
「褒めてないだろ、それ!」
「くくく……分かるか」
「当たり前じゃないか。まったく君には失望したよ」
「ははは、期待に応えられたようで何よりだ」
「提督さんもひねくれ者っぽい」
113: ◆xedeaV4uNo 2015/10/23(金) 02:27:14.52 ID:1jSc/ek+0
「こうでもなきゃ提督なんてやってらないさ」
「もう行こうよ夕立。姉さんたちも待ってるだろうし」
時雨に袖を引かれる形で夕立が遠ざかっていく。そんな二人に声をかける。
「本当に何かおかしいと感じたら、すぐに言うんだぞ。こっちは冗談じゃない」
「――本当に提督はひねくれ者だ。こんな調子じゃ鳥海も大変だろうに」
「ぽい」
何故か時雨はそんなことを言い残して、夕立もたぶんあれは時雨に同意したんだと思う。
今のには何か意図でもあるのかとその意味を少しばかり考えてみたが、言葉以上の意味はなさそうだった。もう近くに時雨がいないのは分かっていても言い返す。
「それとこれは関係ないだろ」
これではまるでぼやきじゃないか。頭の片隅が自分の無様をあざ笑ってるような感覚に囚われた。
「どうしたのさ、提督。独り言なんか言っちゃって」
振り返った先にいたのは北上に大井、そして木曾だった。北上と大井はお揃いの格好で、木曾はこの二人とも今までの木曾からもずいぶんと様変わりしていた。
114: ◆xedeaV4uNo 2015/10/23(金) 02:30:40.79 ID:1jSc/ek+0
朝起きた時に脳が酸欠じゃなければ続き書きます……でもだめっぽい
そういえば初めてまともに夕立と時雨を書いたような気がする
116: ◆xedeaV4uNo 2015/10/23(金) 11:02:13.22 ID:1jSc/ek+0
「あ、もしかして見に来てくれたの?」
「当たり前だろ。改二艤装なんだから」
心配して、と言いそうになって自戒した。さっき夕立も言ったばかりじゃないか。心配よりも期待したほうがいいと。どうしても心配するなら、そういうのは表に出さない。
北上と大井の服装は濃緑から白色のセーラーに変わっていて、何故かへそが丸出しになっている。
艦娘の薄着化は今に始まったことじゃないが、そこを見せてくるのは鳥海と摩耶だけで十分なんだが。
とはいえ取り立てて問題があるわけじゃない。あるとしたら何故かこれが俺の指定した格好のように広まることだろうか。
薄着化は好意的に考えれば目の保養、忌避的に考えるなら騒動の種か。どっちに振れるかは天のみぞ知る。
「木曾は……帽子か眼帯に髑髏マークを入れたら立派な海賊だな」
がらりとイメージが変わるのは木曾だ。元のセーラー服の上から黒いマントを羽織り、焦げ茶のグラブとブーツでかっちり固めている。それに帯刀していて腰には鞘がぶら下がっているのが見える。
「俺の格好って変なのか……?」
「かっこいい」
「それって女子にはどうなんですか?」
「じゃあ凛々しい」
117: ◆xedeaV4uNo 2015/10/23(金) 11:05:22.74 ID:1jSc/ek+0
大井の睨め付けるような視線に返したが、じゃあってなんだ。本当にそう思ってるのに、これじゃ心にもない世辞みたいじゃないか。
しかし木曾には正確に伝わったようで嬉しそうに肩を叩いて手まで握ってくる。
「いやいや、俺は分かってくれて嬉しいぞ!」
実際、木曾はかっこいい。今の木曾を見たら天龍なんかは間違いなく羨ましがるだろうし、俺からしたってマントの裏に武器とか隠し腕みたいなギミックがありそうで妙に心をくすぐってくる。
「ま、これからもあたしたち重雷装巡洋艦にお任せってね。どんどん活躍してあげるからさ?」
「ふふっ……北上さんとお揃いの今こそ必殺のハイパーズ魚雷が猛威を振るうんです。冷たく暗い鉛の海へ、研ぎ澄まされた刃として海中へ解き放たれるんです! 信管も適切に調整したので波で自爆もありえません! 甲標的も併用することで奇襲も可能で、私たちの槍
衾が華々しく戦場の第一陣を切るんです! その名も酸素魚雷! 殺戮者のエントリーだ! 提督なら分かりますよね!」
「うん? うん……?」
「……すまねえ、大井姉はちょっと昂ぶってんだ」
「ああ、まあそうだな」
「ちなみにねー、今回の改装であたしはスーパーからハイパー化したからハイパー北上さまで大井っちもハイパー大井っちで二人でハイパーズ。そこにハイパー木曾が加わることでハイパートリオ。つまり百二十門の酸素魚雷は世界最強なんだよ」
「今度はもう机上の空論なんて呼ばせませんよ!」
「……ほんと、すまねえ」
「敵が小さく見えない内は大丈夫だろ……」
118: ◆xedeaV4uNo 2015/10/23(金) 11:11:19.92 ID:1jSc/ek+0
それにしても北上も大井もこんな性格だったか?
単に羽目が外れてるだけなら一時的なもんなのだろうが……でも考えてみれば。
「たまに忘れそうになるけど、お前たちもあの球磨の妹なんだよな。こういう時に思い出させてくれる」
「何それ、私たちが非常識みたいじゃん」
「別に俺は球磨が非常識なんて言ってないんだが」
「もう、提督ったら揚げ足取りみたいに北上さんに失礼なこと言って。そんな人には酸素魚雷の試し撃ちしちゃいますよ? 陸地で魚雷が使えないと思ってません?」
「使えないだろ?」
「使えないよねー」
「使えねえなぁ……」
「……それでも鈍器なら」
ぼそりと大井が物騒なことを呟いたのが聞こえてしまった。
119: ◆xedeaV4uNo 2015/10/23(金) 11:12:01.81 ID:1jSc/ek+0
「……よーし、大井っち。今日は一晩中魚雷について語り明かそっか?」
「北上さん?」
「いやー、せっかく五連装発射管も回ってきたんだし色々あるんでしょ? それになんてったって、あたしたちはハイパーズなんだから」
「……ふふ、そう! そうですよね! さあさあ、善は急げですよ! 燃えてきちゃいました!」
大井が馬か何かのような勢いで北上を連れ去っていく。慌てて進路上にいた艦娘たちが道を空けていくが、それが当然のように爆走している。
……やっぱり球磨の妹だ、あいつら。
「いいのか、行かなくて? トリオなんだろ」
「いくら俺でもあの状態の二人に割って入れる勇気はないな」
木曾は少し遠くを見るような目で二人を見ていた。それはどこか距離を見定めようとしているように、俺には見えてしまった。
125: ◆xedeaV4uNo 2015/10/25(日) 23:54:28.98 ID:q23N5NT80
「あの二人と馴染めてないのか?」
「そうでもない。北上姉はマイペースなだけだし大井姉は何をやるにしてもまず北上姉が第一にあって、その後に俺や球磨姉たちがきてと……要は優先度の問題ってやつだ」
「少しばかり重いというか行き過ぎてる気もするな。人の趣味にケチをつけるもんじゃなかろうが」
「大井姉の古事記じゃ北上姉が国産みをした神様なんだとさ」
「それはもう信仰の域に達してるな」
「純粋だし献身的なんだよ、あれで。ところで古事記ってどんな話なんだ?」
「古文の授業は寝てばかりでな……」
適当にとぼけてみたが、大井版古事記に則るなら北上はイザナギかイザナミのどちらかで空いた一柱が大井になるのだろうか?
もしそうなら分かっているのだろうか。二柱の神の顛末は離縁だ。
「けどさ、そんな大井姉が俺のことを全部説明した時に言ってくれたんだ。今の木曾しか知らないんだから一人目とか二人目とか大した問題じゃないって」
「……そうだったのか」
大井の態度は木曾となかなか向き合えなかった身には素直に感心させられる。俺にはできなかった受け止め方だ。
「持ち上げてはみたけど俺から見てもあの二人がどうしようもないダメ姉に見えることはあるよ。けど、それは向こうだって俺がどうしようもなくダメな妹に見えたりもするんだ、たぶん」
だからな、と言うと木曾はどこか子供みたいに屈託なく笑って見せた。
その笑顔は俺が惹かれた木曾が見せたことのない表情だったが、すごく好ましくも思えた。
「俺たちはそうやって釣り合いを取ってるんだよ。だから俺たちのことを心配してるんなら、そいつは無駄骨ってやつさ」
126: ◆xedeaV4uNo 2015/10/25(日) 23:55:37.71 ID:q23N5NT80
「分かった。まあ心配するなら球磨姉妹の仲よりも改二艤装の使い心地のほうが気になるかもな」
「そりゃそうか。改二はなかなかのもんだぜ。仮に扱いづらかったとしても使いこなしてみせるけどな」
「大した自信だ」
「弱気の俺なんか見たってしょうがないだろ? 他のやつに聞いても使い勝手はそんなに変わらないか、逆に調子がいいって反応になるだろうな」
「妙な疲れに襲われたりとかも?」
「俺は感じないし前の艤装に差し戻して欲しいとも思わねえな」
「そうか、参考にしておく」
「俺もそろそろ行くよ。そうそう、遠目で見たけど鳥海も結構変わってたぜ」
言い残すと木曾は手をひらひら振って離れていく。
改二への反応は自分で想像していたよりもずっといい。
取り越し苦労だったのかもしれないと思えるようになると、気を揉んでいた分だけ反動で気楽になってきた。
その後も何人かの改二組の話を聞いて過ごし、鳥海が姿を見せたのは一番最後だった。
127: ◆xedeaV4uNo 2015/10/25(日) 23:56:54.51 ID:q23N5NT80
木曾の言う通りだった。姉たちとやってきた鳥海は鮮やかになったと真っ先に思った。
そのすぐ後ろには姉たちが控えていて、摩耶なんかはなんとも言えない顔で俺を見ていた。何か言いたいのに我慢してるような、そんな顔で。
鳥海は頭を深く下げてくる。セーラー服の面影を残す翠緑のジャケットに、プリーツ折りの白いスカートは赤い紐で編まれたスリットが入っている。
胸元は桜紋を象ったペンダント、側頭部にちょこんと乗っているのは高雄や愛宕と同じような帽子だがずっと小さく色もジャケットと同じ色だ。
彼女の動きに合わせて黒髪がさらりと流れる。
「鳥海、参りました。改装していただいてありがとうございます」
いつもと変わらない、けれど自信を窺わせる声に俺はああとかうんとか間の抜けた返し方しかできなかった。
俺がたぶん――見とれてしまっていたんだ。
「もしかして変でしたか?」
「すごく綺麗だ」
「え!? は、はい! ありがとうございます! このお礼は夜戦などで!」
「早まるな、鳥海!」
後ろから摩耶が悲鳴じみた声を上げる。
「私は別に何も早まってなんか!」
振り返った鳥海が摩耶に言い返すと愛宕も摩耶をなだめる。
「そうよ摩耶。鳥海だって子供じゃないんだから」
「それはそうだけど、やっぱり心の準備が必要だろ!」
「……それって摩耶に必要な準備じゃないでしょ?」
128: ◆xedeaV4uNo 2015/10/25(日) 23:57:31.01 ID:q23N5NT80
すると高雄がしみじみと呟く。
「こうして独り立ちしていくのね……姉さんを置いていって」
「高雄まで大げさなのよ。鳥海は一人でも大丈夫なんだから」
「そうですよ。私は――私、は――もう、一人だけだから――」
予兆、というのはなかったと思う。しかし後ろから見ていても様子がおかしいのが分かった。
鳥海が頭を抱える。何かがまずいと、そう気づいた時にはもう遅くて。
「いや……いやぁ! 摩耶が! 摩耶が!」
鳥海が今まで聞いたことのないような声で叫びだした。その迫力に踏み出そうとしていたはずの体が固まって動かなくなる。
「あたしはここだ! ここにいる!」
そばの摩耶が見えていないかのように鳥海はなおも取り乱している。
腕を振り回して暴れながら叫ぶ鳥海を摩耶がすぐさま正面から受け止める。
「摩耶が沈んじゃう! ひどい……どうして摩耶なの! なんで私を狙ってくれなかったの!? こんなのってあんまりだよ……」
「レイテはもう終わったんだ! 提督は来んな! 怪我すんぞ!」
硬直の解けかけていた体が再び行き場を見失ってしまう。
酸素を求めて喘ぐような鳥海はやがて嗚咽を漏らしだした。
「ずっと一人で戦ってきたんだよ……なのに姉さんたちがいなくなって……本当の一人ぼっちだよ……」
「……鳥海だって本当は辛かったんだよな。ごめんな……もう今度は離さないから……離してやるもんか」
摩耶は鳥海の頭に手を回すとあやすように抱きしめた。
「ごめんなさい……ごめんなさい……ありがとう……ごめんなさい……」
鳥海は謝罪と感謝の言葉を口にしながら摩耶にしがみついていた。
とてもではないが俺には立ち入れない。立ち入ってもいけないと思えてしまう。
……木曾を失った時、俺はその場にいなかった。けれど今回はそうじゃない。
目の前で起きているのに何もできないまま力になれやしない。
俺はどこまで行っても彼女たちの深い部分には立ち入れられないのか?
提督と呼ばれたってこんな時に何もしてやれないほど俺は無力なのか……。
◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆
131: ◆xedeaV4uNo 2015/10/27(火) 01:55:47.65 ID:nuDQv4ud0
◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆
「フラッシュバック? 火災で急に燃え広がる現象か?」
「あれはフラッシュオーバーだ。こっちは抑圧していた感情が何かのきっかけで刺激されて一気に甦ることだ」
モヒカンの軍医が日中に取り乱した鳥海の症状をそう説明した。
鳥海はあれから落ち着きを取り戻したので、ひとまずモヒに診断させて今は高雄たち三人に付き添ってもらう形で休ませていた。
モヒは助手である妖精が淹れたコーヒーのカップを俺と自分の前に置いてから、所見の説明を始めた所だった。
「詳細は検査の結果待ちだが、今の段階では身体的には異常は見当たらない」
「そうか。気休めでも嬉しいよ」
コーヒーに口をつけるとブラックだった。香りはいいと思うが味はどうにも苦味ばかりが際立っているようでうまいと思えない。
砂糖が少しぐらい入ってるほうが本当は好きだ。特にこうして厄介事が起きた時に飲むなら甘ったるいぐらいでもいい。
それが贅沢な要求なのは自覚していた。
現在の日本ではようやくインドネシアやベトナム産の豆が流通するようになったばかりで、それも品質とは釣り合いが取れていないほどの高級品になっている。
さすがに大航海時代もかくやというほどの価格ではないが、一般的な家庭では簡単に手が出せないのは同じだ。
そんな高級品を飲んでおいてあれこれ言うのは、市井を顧みない傲慢な軍人という烙印を押されるだけだろう。
ふたくち目以降の意欲を殺がれたまま問う。
132: ◆xedeaV4uNo 2015/10/27(火) 01:57:10.01 ID:nuDQv4ud0
「そのフラッシュバックがあの時の鳥海に?」
「厳密には違うのだろうが、近しい説明となるこれが近いはずだ。艦としての記憶と一緒に、その光景に付随する感情も一気に喚起されてしまったのだろう」
「それは……他の艦娘たちは大丈夫なのか?」
「メンタルは専門外だが」
「いい、正直に話してくれ。それに専門外なら気休めにならないからな」
「どういう理屈だ、それは? まあいい、おそらく発症はしないだろう。これは克服できていない記憶と感情が原因による一種のパニックだ。艦娘はそれぞれ軍艦の生涯を記憶として残している」
その通りだった。あくまで軍艦としての視点で見える記憶なので記録や乗員とはまた異なる視点ではあるようだが。
「生涯の記憶には自身や僚艦の沈没や廃艦など最期の瞬間も含まれている。そして記憶には感情も付随してくる。つまりトラウマやストレスの要因となるそういった記憶もあるはずだ。輪廻転生があるなら、俺はそうした記憶は消しておいてもらいたいがな」
生まれ変わりなど医者の言うことかとも思ったが、医者だからこそ言いたくなるのかもしれない。
実際、艦娘は軍艦の生まれ変わりではあるんだ。
「その記憶を彼女たちは少しずつ自らに馴染ませていた。ちょうど水と液体が混ざるように今ある記憶とで薄めて混ぜることによって、そうやって軍艦である一方で艦娘としての個を育み確立させ折り合っていく」
「鳥海にはそれができていなかった?」
「先ほど克服と言ったが、それは忘れるのを意味してるわけではない。特別な記憶や感情を特別でない部分と交じらせるという意味だ。しかし、そうしなければならない特別な部分が欠けていた」
「改二がきっかけで記憶が戻っていて、それが何かの弾みで感情まで爆発させてしまったのか」
モヒは物々しく頷いた。原因の見通しは立った。
133: ◆xedeaV4uNo 2015/10/27(火) 01:58:16.42 ID:nuDQv4ud0
となると改二艤装をきっかけに記憶を取り戻してフラッシュバックを起こしたという仮説ができる。
これなら妖精たちの気落ちなどの症状も説明できる。妖精たちもおそらくそれぞれの艦が持つ記憶と感情を呼び起こされショックを受けた。
ただ妖精たちは感情表現が苦手か、あるいはそれを正確に人間たちには伝えられないから気落ちという形でしか判断されなかったのではないか。
間接的な要因ではあっても改二艤装そのものが悪い、なんて単純な話ではなかったというわけだ。
今後の改二化は事前に記憶の有無やどう受け止めているかという調査が必要になってくる。そういう対策が判明しただけでも今回の件は有意だったと言える。
提督としての思考はそう判断してる。その裏でまだあの時の鳥海の声が頭から離れていない。
「解決法は?」
「時間をかけて記憶をなじませる。それで取り乱させた感情も落ち着いていくはずだ。幸い、水と油を混ぜるようなものではない」
「……俺には何もできないのか?」
「今まで通りでよかろう」
「モヒ、俺はこれでも真剣に」
「艦娘からお前の悪い話は聞こえてこない。それは一定以上の信頼を得ているからだと考えてもいいはずだ」
「だから何も変えるなと?」
「そうだ。なじませるのは当たり前の記憶の中に溶け込ませることだ。お前があたふたしては逆に示しがつかんのではないか?」
それはそうなのかもしれない。俺はどうも焦りすぎて視野が狭くなっているらしい。
「……ありがとう」
少し癪だが謝意は伝える。するとやつは笑った。
「過程を気にしているのなら、それはお前が気に病むことではない」
モヒの態度はいつになく柔らかく思えた。それで笑顔の凶悪さが薄れるわけでもないのだが。
134: ◆xedeaV4uNo 2015/10/27(火) 01:59:25.26 ID:nuDQv4ud0
「今まで向き合うことすらできなかったのだから誰にも不可抗力だ。その上で過去のことは過去を知る者に任せればいい。あの艦娘には姉妹艦がいるんだろう?」
「ああ、姉が三人だ」
「三人寄らば文殊の知恵。そうでなくとも支えになるものだ。お前は過去ではなく先を考えてやればいい」
「……将来のことか?」
「誰にもできて簡単にはできないことだ。お前の、提督の役割とはそういうものなのだろう?」
「……俺のカウンセリングは頼んじゃいないぞ」
「気にするな。専門外だしこいつはロハだ」
「なら貸しだとは思わない。けど感謝する。少しだけ気が楽になったよ」
将来。いつかは訪れる避けようのない未来。
その時のために俺はいったい何ができるのか。
俺は何を望み、艦娘たちは何を願うのだろうか。
「くくく……簡単に見えることほど難しいってわけだ」
しかし意義がある。
望まない未来は蹴飛ばして願う未来をこの手に掴む。いやいや、俺はそんな大それた人間じゃないが。
しかし、たとえ力が及ばないとしても試してみようとするだけの価値がある。未来は必ずやってくるのだから。
◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆
135: ◆xedeaV4uNo 2015/10/27(火) 11:06:07.08 ID:nuDQv4ud0
◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆
鳥海はあの日あの時の一度きりの取り乱しだけで落ち着いていた。少なくとも表面上は。
秘書艦としての仕事振りは変わらないし、俺や周囲への態度も変わってないように感じる。
鳥海が半狂乱で大騒ぎしたのはもちろん鎮守府内で噂にはなっている。人の口に戸が立てられないのは艦娘にだって当てはまる。
もちろん俺の耳に届くぐらいなのだから、当事者でもある鳥海にはもっと過敏に聞こえてくるはずなのだがそれでもやはり変わらない。
では内面はどうかといえば、これも特に変わったようには見えない。
しかし、まったく変化がないわけでもない。
ふとした時に顔を見ると何かを考え込んでいるような憂う表情を見せるようになっていた。
そういった時は決まって上の空になっていて、一度目の問いかけには反応が鈍かったり少しずれた返答をしてくる。
探りを入れるように別の問いをすると今度は吟味していたような答えが返ってくる。だから鳥海の変化は小さく目立ちにくい。
そして俺は鳥海の憂い顔を見ると胸がうずくようで落ち着かない感覚に襲われる。
心配と、おそらくは罪悪感から。あの顔を初めて見た時、俺は見とれてしまっていた。
136: 以下、

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