美希「デスノート」【その4】back ▼
美希「デスノート」【その4】
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【五日後・キラ対策捜査本部(都内のホテルの一室)】
(765プロダクション合宿・一日目)
L「…………」
L(相沢と松田からの報告によれば、星井美希・天海春香の二人はいずれも朝7時には事務所に到着。その後、他のアイドル達と一緒に事務所の車で空港まで移動)
L(現在は飛行機の搭乗手続中……)
月「そろそろか? 竜崎」
L「そうですね。先ほど相沢さんから『765プロダクション一行が保安検査場に向かった』という連絡がありましたので……もうすぐかと」
総一郎「…………」
星井父「…………」
模木「…………」
L「! 相沢さんからです」ピッ
一同「!」
L「はい。……今ですか? 分かりました。はい。……はい」
L「……ありがとうございました。一応、二人の乗った飛行機が飛び立つまでは見届けて下さい。お疲れ様でした」ピッ
月「竜崎」
L「はい。つい先ほど、765プロダクション一行が保安検査場の手荷物検査を通過したそうです。全員が通過するまでの所要時間は10時10分からの約15分間」
L「そのうち、星井美希はA検査場を10時12分に、天海春香はB検査場を10時18分にそれぞれ通過したとのことです」
一同「!」
L「では夜神さん。早お願いします」
総一郎「ああ、分かっている。すぐに空港に連絡を入れる」ピッ
総一郎「もしもし。警察庁の朝日です。先日お伝えしていた件ですが、10時00分以降、現在までに手荷物検査を通過した全乗客の――……」
星井父「…………」
442:以下、
(十数分後)
総一郎「竜崎。早送られてきたぞ」
L「! 早く見てみましょう」
月「でも、どの画像が二人のものか特定できるのか? 竜崎」
L「それは大丈夫です。画像にはそれぞれの通過時刻が記載されていますので、候補となる画像は可能な限り絞り込めますし……相沢さんおよび松田さんからは本日尾行中に撮影してもらった星井美希と天海春香の写真も送ってもらっていますので、これと照合すればほぼ特定できます」
月「なるほど」
L「では候補となる画像と二人の写真をまとめて画面に出します」
(捜査本部内のPCに複数枚の画像と写真が映し出される)
月「星井美希のものとおぼしき画像の候補は5枚……天海春香の方は4枚か」
L「はい。そしてこのうち、二人の写真と見比べてそれらしきものは……」
月「外見上、違和感が無いのは……星井美希は左から二枚目、天海春香は一番右か?」
L「そうですね。形状からして、これらの画像は写真と見比べても違和感がありません。まず間違い無いでしょう」
総一郎「! とすると……この、星井美希の方の画像に映っている……“これ”は……」
L「……はい。何かに覆われているようで一見分かりにくいですが……おそらくそうでしょうね」
星井父「! …………」
月「そして天海春香の方にはそれらしきものは映っていない」
総一郎「うむ。とするとやはり星井美希か……」
L「もちろん、最終的に確定させるのは合宿の最終日にもう一度この『確認』を行った際となりますが……一旦はこちらの思惑通りとして、次の対応に移りましょう。模木さん」
模木「はい。報道機関への指示ですね」
L「はい。手筈通りによろしくお願いします。そして夜神さんは先ほどのものと同内容の指示を今後二時間おきに空港の方へお願いします」
総一郎「ああ。あくまでも犯罪の一般予防の見地からの乗客の所持品確認……ということにしているからな」
月「定期的に確認要請を出しておけば、特定の個人に的を絞った捜査とはまず思われない……ましてやこれがキラ捜査などと疑われるはずも無い」
L「今やどこから情報が漏洩するか分からない世の中ですからね。これくらいは当然です」
総一郎「そうだな。用心はしておくに越したことは無い」
月「これで後は合宿最終日も同様の結果なら……いよいよだな。竜崎」
L「はい。その際はやかに『計画』を実行に移しますので、月くんにはすぐに動いてもらうことになります。今のうちから心の準備をしておいて下さい」
月「大丈夫だ。それならもう嫌というほどしてきた」
L「それは心強いですね。そして……」
星井父「…………」
L「……星井さんは合宿期間中、毎晩、娘さんにメールを送るのを忘れずにお願いします。送る時間と文面は私が指定します」
星井父「……ああ。分かっている」
星井父「…………」
星井父(……美希……)
444:以下、
【三時間後・765プロダクション合宿所(福井県内某民宿)前】
(プロデューサーの運転する車から降りるアイドル達)
春香「ん?。潮の香り?!」
千早「海が目の前なのね」
響「ねぇねぇ、後で浜辺まで降りてみようよ!」
真「響! 後ろに山もあるよ、山!」
律子「ほら、あんた達。遊びに来たんじゃないのよ?」
響・真「はーい」
春香「私達も行こっか」
千早「ええ」
雪歩「美希ちゃん、ねえ着いたよ? 美希ちゃ……?」
美希「……うん。わかってるの」
雪歩「み、美希ちゃんが起きてる!?」
美希「何なのそのリアクション」
雪歩「だ、だって移動中の車の中で寝てない美希ちゃんなんて……。私、悪い夢でも見てるのかなぁ……?」
美希「雪歩は何気に失礼って思うな」
伊織「……まるっきり陸の孤島じゃない。携帯の電波は届くみたいだけど……」
やよい「見て見て、伊織ちゃん! なんだか学校みたいでワクワクするね!」
伊織「やよい。もう、あんなにはしゃいじゃって」
P「風光明媚で運動場も完備。楽しい合宿になりそうじゃないか」
伊織「まあね」
春香「…………」
千早「? どうしたの? 春香」
春香「ううん。別に何も。ただ……やっとここまで来たんだな、って」
千早「ええ、そうね。空港から結構遠かったものね」
春香「ち、違うよぉ! この合宿そのもののことを言ってるの!」
千早「わかってるわ。今のは冗談よ。ふふっ」
春香「なっ……! も、もー! 千早ちゃんのバカ!」
千早「ふふっ。ごめんなさい。春香」
美希「…………」
雪歩「どうしたの美希ちゃん? やっぱり眠いの? ねぇ眠いんだよね? そうなんだよね?」
美希「雪歩はどれだけ睡魔にミキを襲わせたいの」
445:以下、
(民宿の玄関口)
女将「遠い所ようこそ」
アイドル一同「お世話になります!」
主人「何もないとこやさけえ、びっくりしたでしょう」
P「いえ、そんな……」
伊織「とても素敵なところですね?」
美希「……でこちゃん、さっきは『陸の孤島』とか言ってなかった?」ボソッ
伊織「何か言った? 美希?」ニコッ
美希「なんでもないのー」
春香「あはは……」
(アイドル一同の宿泊部屋)
響「なんか前の旅行を思い出すな?」
真「亜美と真美がまだ着いてないから、なんか静かだよね」
伊織「いいことじゃない。それにあの二人にはあずさを無事に連れて来るっていう使命があるしね」
雪歩「四条さんも遅れて来るんだよね?」
響「夕方には着くって言ってたぞ」
真「ボクと雪歩も一度途中抜けするし……この合宿組むだけでも、プロデューサーと律子は大変だったろうね」
やよい「さすがですよね」
律子「皆ー、ちょっと下に降りてきてー」
春香「? 何だろう?」
美希「あ、春香。今は階段でこけなくていいからね」
春香「こけないよ!? 何その私がこけるタイミングを常に伺っているかのような言い草!?」
千早「えっ、違ったの?」
春香「千早ちゃんも今日はやけに攻めてくるね!?」
446:以下、
(民宿内・ロビー)
(アイドル達の前に、緊張した面持ちの七人の少女が立っている)
七人の少女「…………」
P「ええっと……そ、そんなに緊張しなくていいからな? はは……」
律子「皆、本業は同じスクールに通うアイドル見習いだけど、今回は特別にダンサーとして協力してくれることになったの。はい、自己紹介」
美奈子「佐竹美奈子です」
奈緒「横山奈緒です」
百合子「な、七尾百合子です」
志保「北沢志保です」
星梨花「箱崎星梨花です」
杏奈「望月杏奈……です」
可奈「や、矢吹可奈です!」
ダンサー一同「よろしくお願いします!」
パチパチパチパチ……
アイドル一同「よろしくお願いします!」
可奈「…………」ジーッ
(春香をじっと見つめる可奈)
春香「ん?」
可奈「!」
春香「ふふっ。よろしくね」
可奈「は、はい。が、頑張ります!」
美希「…………」
千早「美希?」
美希「えっ。ああ……うん。なんだか面白くなりそうだね」
千早「もしかしてまだ眠いの?」
美希「千早さんまでどれだけミキを眠くさせたいの」
P「よし。じゃあ顔合わせも済んだことだし、この後は早レッスンの時間だ。皆、二十分後に隣にある市民会館に集合。いいな?」
アイドル・ダンサー一同「はい!」
447:以下、
(市民会館内・練習場)
(合宿用に作られた練習着に着替えたアイドル・ダンサー達)
P「お、早着てきたな」
雪歩「プロデューサー。ふふっ、なんだか気が引き締まります」
やよい「皆でお揃いって、いいですよね!」
P「そう言ってもらえると、作った甲斐があるよ」
伊織「なかなか気が利いてるじゃない」
P「ま、レッスン自体は律子に任せきりだから、これくらいはな」
奈緒「私達も貰ってしもて、よかったんかな?」
美奈子「うん……」
P「よし。まだ全員揃ってはいないけど、皆で作った貴重な時間だ。有意義に使おう!」
アイドル・ダンサー一同「はい!」
律子「合宿中はビシバシいくから、覚悟しなさいね」
響「望むところだぞ」
伊織「あんたのしごきには慣れてるわよ」
律子「春香」
春香「え?」
律子「リーダーとして、一言お願い」
春香「は、はい」
真「よっ、頼んだよ。リーダー!」
雪歩「春香ちゃん。頑張って」
春香「じゃあ僭越ながら……」スッ
伊織「あれ、こけなかったわね」
春香「だから人をこける芸持ってる人みたいに言わないで! ていうか最近はもうほとんどこけてないでしょ!」
伊織「まあそれはそうなんだけど、つい、ね。にひひっ」
春香「もう。えっと……こほん」
448:以下、
春香「……まずこうして、みんなで協力して合宿を実現できたことが嬉しいです」
春香「今回のアリーナでのライブは、過去に経験したことが無い、大きな規模のライブだよ。私達にとって大きなステップアップになると思うし、大切な思い出にもなると思う」
春香「何より、応援してくれる多くのファンの人達のためにも、力を合わせて最高のライブにしよう!」
アイドル一同「おー!」
響「よーし、やるぞー!」
真「気合入るね!」
春香「皆ー! いつもの、いくよー!」
(素早く円の形になるアイドル達)
伊織「ほら、あんた達も!」
ダンサー一同「は、はい!」
春香「じゃ、いくよー? 765プロー!」
アイドル一同「ファイトー!」
ダンサー一同「ファ、ファイトー……」
美希「…………」
春香「ん? どうかした? 美希」
美希「……ううん。別に、何も」
春香「もしかして、まだねむ」
美希「だからそれはもういいの!」
アハハ……
春香(いよいよ……いよいよなんだ!)
春香(私達765プロは……皆で一緒に、トップアイドルになるんだ!)
美希「…………」
美希(今の春香は……)
美希(なんだか、とっても眩しいの)
453:以下、
(同日夜・アイドル一同の宿泊部屋)
(テレビを観ながらくつろいでいるアイドル達)
真「ふぅ。ミーティングも終わって、ようやく一段落って感じだね」
貴音「真、疲れましたね」
響「いや、貴音は夕食前に来たとこなんだからそんなに疲れてないだろ……」
亜美「亜美達は結構本気で疲れたけどねー」
真美「あずさお姉ちゃんのせいで鳥取まで行っちゃったしー」
あずさ「ごめんね亜美ちゃん、真美ちゃん。今度アメちゃん買ってあげるから許してね」
亜美「あ、アメちゃんて……もういいよ、お饅頭奢ってもらったし」
真美「うんうん。『てぬぐいまんじゅう』チョー美味しかったよね!」
あずさ「そう? それならよかったわ」
(適当にTVのチャンネルを回す亜美)
亜美「さて、なんか面白い番組やってないかな?っと……あ、またキラ特番やってる」
真美「毎日毎日よくやるねぇ」
真「でも結構長くなるよね。キラ事件が始まってからさ」
雪歩「確か、前のプロデューサーが亡くなった頃からだったから……もう七か月くらい?」
真「うん。もうそれくらいにはなるね。でもこれってまだ犯人どころか、どうやって心臓麻痺で人を殺しているのかさえも解明されてないんだよね」
響「あとそういえば、うちの事務所に刑事さん達が来たこともあったよね」
亜美「あー、あったあった。結局あの一回だけだったけどね」
真美「あれってさ、やっぱり真美達もキラ容疑者に入ってたってことだったのかな?」
伊織「まさか。たまたまキラ事件と同じ時期に前のプロデューサーが心臓麻痺で亡くなったから、念の為に話を聞きに来たってだけでしょ。あの刑事達もそう言ってたじゃない」
やよい「でも、私はやっぱりちょっと怖かったかなーって。あの刑事さん達、ドラマで刑事役やってる役者さん達とは全然雰囲気違ったもん」
春香「そりゃまあ本職の刑事さんだからね……」
亜美「でもさー、正直な所、亜美はキラってそこまで悪いヤツって思えないんだよね」
真美「うんうん。本当にどうしようもなく悪い人しか殺してないもんね。キラは」
雪歩「で、でもどんな理由であれ人殺しは駄目だよぅ」
亜美「でもさー、もし亜美のパパやママや……真美が」
真美「!」
亜美「何の理由も無く殺されたりしたら……亜美だったら、その犯人を殺してやりたいって思うと思うし、もし亜美にそれができる力があったら絶対にその力を使うと思う」
真美「亜美……」
真「そりゃまあ、そういう場合は別かもしれないけどさ。でも流石に犯罪者を片っ端から殺していくっていうのは……」
あずさ「でも、その犯罪者に殺された人のご家族や大切な人たちなんかは、今亜美ちゃんが言ったような思いをきっと持ってるわよね」
真「それは……そうかもしれないですけど」
あずさ「そういう人達の中には、キラの『裁き』で救われた思いをした人だって、きっといるんじゃないかしら」
あずさ「……もちろん、だからといって人を殺すのが良いことだとは思えないけど」
貴音「あずさの言うとおりです。如何な理由があれど、人を殺した上での幸せなどありえません。憎しみが憎しみを紡ぎ、負の連鎖をもたらすだけです」
454:以下、
伊織「そりゃ良いか悪いかでいえば、悪いに決まってるわよ。でも時と場合によっては、悪いと分かっていてもやるしかないこともあるって話でしょ」
真美「おや? いおりんがキラ肯定派とは意外だね」
伊織「別に肯定はしてないわよ。ただ、まったく理解できないわけではないってこと」
真美「なるほどね。ミキミキはどう?」
美希「死ぬほどどうでもいいの。あふぅ」
真美「うん。安定のミキミキだね。やよいっちは?」
やよい「え? わ、私? 私は……うーん、やっぱりどんな理由があっても、人を殺すのは良くないって思うけど……」
真美「やっぱりやよいっちはキラ否定派かぁ。まあなんとなくそんな気はしてたけど。千早お姉ちゃんは?」
千早「肯定か否定か、と聞かれると……少なくとも肯定はできないわね。ただ、全てを否定するつもりもないけれど」
亜美「じゃあ正義か悪か、でいうと?」
千早「正義か悪かの二元論を述べることに意味は無いわ。キラを肯定し、認めている人からすればキラは正義。キラを否定し、認めまいとしている人からすればキラは悪。ただそれだけのことよ」
亜美「ほへー……」
真美「流石千早お姉ちゃん……何言ってるのかイマイチよく分かんないけど」
響「千早が言ってるのは、所詮正義か悪かなんて相対的な概念に過ぎないから、一義的には決められないってことさー」
亜美「ひびきんがなんか生意気なこと言ってる」
真美「ひびきんのくせに生意気」
響「何この扱いの差!?」
千早「ただ少なくとも……私なら、仮に自分がキラと同じ能力を持っていたとしても、よっぽどのこと……それこそ、さっき亜美が言っていたような状況にでもならない限りは……怖くて使えないと思うわ」
亜美「うん。それは亜美も同意見だよ」
真美「じゃあ逆に、そういう状況までいかなくても、キラキラの能力を使いそうな人は……」
春香「キラキラの能力って、そんなゴムゴムの能力みたいに」
真美「あ」
春香「えっ」
真美「はるるん」
春香「え? え?」
真美「……は、絶対使わないだろうね」
亜美「うんうん。はるるんが誰かを殺すなんて……ひびきんのエイプリルフールのウソに誰かが引っかかるくらいありえないっしょ」
響「!?」
春香「何そのたとえ!? いやまあ確かに響ちゃんのウソに引っかかる人がいるとは一ミリたりとも思えないけど……」
響「!?」
亜美「つまり絶対無いってことだよ」
春香「そ、そっか。あはは……」
響「も、もー! 二人ともひどいぞ! ていうかそもそも、この中にキラの能力を使いそうな人なんていないでしょ!」
雪歩「そ、そうだよぉ」
亜美「あっ」
雪歩「えっ」
亜美「ゆきぴょん……」
雪歩「えっ、な、何?」
亜美「ゆきぴょんって結構ヤンデレ? っぽい雰囲気あるし……」
雪歩「え、えぇっ!?」
亜美「なーんて。冗談だよー」
雪歩「も、もうっ! 亜美ちゃんのバカ!」
456:以下、
真「あ、ニュース報だ」
(TV画面上部にニュース報のテロップが流れる)
伊織「……何々、『本日21時15分頃、複数の犯罪者が心臓麻痺により死亡。警察はキラによる殺人とみて捜査を進めている。死亡した犯罪者は以下の五名……』」
亜美「キラ特番の放映中にキラの裁きのニュース報って……」
真美「うーん、まさにキラキラな時代ですなあ」
春香「いや、キラキラな時代って……」
美希「………… !?」ガバッ
春香「美希? どうしたの? 急に起き上がって」
美希「いや……なんでもないの」
春香「?」
亜美「もー。何寝ぼけてんのさミキミキ! おりゃあ!」
(枕を美希に投げつける亜美)
美希「わぷっ」
亜美「あはは!」
美希「もー! やったの!」
亜美「ぎゃっ!」
真美「救援するぜい! 亜美!」
春香「ぷわっ! な、なんで私!?」
真美「近かったから!」
春香「理不尽!? もう怒りましたよ!」
真美「やるかーっ!」
458:以下、
あずさ「あらあら、じゃあ私も?」
真「ならボクも!」
響「自分もやるぞ!」
やよい「うっうー! 私もいきます?」
雪歩「ひぃい……」
伊織「もう、皆して何子どもみたいなこと……きゃうっ!」
美希「いえーい! でこちゃんにクリーンヒットなの!」
伊織「で、でこちゃんいうなーっ!」
ギャー ギャー
ガララッ
律子「あんた達! いい加減に――」
ボフッ
アイドル一同「あ……」
律子「……いい度胸ね?」
アイドル一同「ひぃっ……」
律子「覚悟なさい! とりゃー!」
ワー ワー ドタバタ……
(一階・ダンサー一同の宿泊部屋)
百合子「なんだか賑やかですね」
美奈子「夜でも元気なんて、すごいなぁ」
可奈「…………」
可奈(明日は、春香ちゃんともっとお話できたらいいな……)
459:以下、
(三十分後・民宿前の浜辺)
(二人きりで浜辺に佇んでいる美希と春香)
春香「う?っ。もう6月の下旬とはいえ、やっぱり夜はまだ寒いね。すぐそばに海があるからかもだけど……」
美希「…………」
春香「で? 美希。話って何? わざわざこんな所まで連れ出したってことは……キラ関係の話だろうとは思うけど」
美希「……うん。さっき、TVでニュース報流れてたでしょ? キラの裁きの」
春香「ああ、うん。それがどうかしたの?」
美希「実は……今日ミキが裁いたはずなのに、その時に報道されなかった犯罪者がいたの」
春香「えっ。本当に?」
美希「うん。今日はミーティングの後に六人の犯罪者の名前を書いたんだけど……その中で一人だけ、報道されなかった」
春香「そうなの? 確かにさっきのニュース報では『死亡した犯罪者は以下の五名』って出てたけど……」
美希「うん。テロップだったからミキの見間違いだったかも、って思って、後でスマホでも確認したんだけど……やっぱりその人だけ報道されてないの。どのニュースサイトを見ても」
春香「……でも、美希は確かに裁いたんだよね? その報道されてない人も」
美希「うん。ほら、これ。今日の分の犯罪者の名前を書いた切れ端」スッ
春香「あ、切れ端に書いてたんだ」
美希「流石に皆がいる部屋でノートは出せないからね。今は鞄ごとここに持って来てるけど」
春香「なるほどね。……うん。確かに六人分、名前書いてあるね」
美希「でしょ? あ、でもひょっとして……名前が間違って報道されたのかも? 前にも一回、そういうことあったし……春香、ちょっと死神の目で名前見てくれない? 今、スマホでその人の顔写真が載ってるニュースのページ出すの」
春香「うん。いいよ」
美希「……あった。この人なの」スッ
春香「! 美希」
美希「どう?」
春香「この人、もう死んでる」
美希「えっ」
春香「もう死んでる人は名前も寿命も見えないの。この人はどっちも見えない」
美希「そうなの? ってことは……」
春香「報道された名前は合っていて、だから美希が切れ端に名前を書いたのも当然有効で、それによって確かにこの人は死んだ……なのに、なぜかその事実が報道されていない……ってことになるね」
美希「一体なんで……?」
春香「さあ……。犯した罪の重さも、他の五人と比べて特に重いわけでもなければ軽いわけでもない……これまでのキラの裁きの基準から逸脱した犯罪者でもない……」
美希「…………」
春香「正直、ちょっと分からないけど……まあたまたま、警察に発見されるのが遅れてるだけなのかもしれないし……明日になったら、普通に報道されてるかもよ?」
美希「うーん……まあ、ね」
春香「さ、今日はもう遅いし、早く部屋に戻って寝よう? 明日も朝からレッスンだしさ」
美希「……うん。そうだね。……ん?」
春香「? どうしたの? 美希」
美希「……ううん。なんでもないの。すぐに行くから、春香は先に部屋に戻ってて」
春香「分かった。じゃあまた後でね」
美希「うん」
美希「…………」
美希(パパからメール……? こんな時間に……?)ピッ
967: 以下、
美希(『合宿の調子はどうですか? あまり無理をし過ぎないように、健康第一で頑張って下さい』)
美希「…………」
美希(一見、ミキのことを心配しているだけの普通のメールに見えるけど……)
美希(今の時間は22時40分……普段のミキならもうとっくに寝ているはずの時間……)
美希(パパなら当然、ミキがもう寝ているだろうってことは分かるはず)
美希(それなのに、あえてこんな時間にメールを送ってきた……? 特に急ぐような内容でもないのに……)
美希(……なんか、引っかかるの)
美希(! もしかして……)
美希(このメールを送ったのは、パパの意思じゃない……?)
美希(もし誰かがパパに命令して、ミキ宛てにメールを送らせたんだとしたら……)
美希(……そんなの、キラ事件の捜査本部の人間以外には考えられない)
美希(リュークが言うには、ミキが福井に着いてからは尾行はついていない。東京の空港まではついていたらしいけど……)
美希(だからその代わりにパパからメールを送らせて、それに対する返信のタイミングからミキの行動を把握しようとしている……?)
美希(いや、でも……メールの返信だけで行動を把握するっていうのは少し無理がある気がするの)
美希(だったら、もっと別の……ミキがキラとして疑われている前提なら……)
美希(キラ……裁き……)
美希(! そうか。ミキは今まで、基本的にずっと裁きの時間は変えずにここまできた)
美希(でももしこの合宿期間中だけ裁きの時間が変わり、それに連動するようにミキの生活リズムも変わったとしたら……)
美希(ミキの容疑は一層深まる……ってことなの)
美希(でもお生憎様なの。合宿中も裁きの時間は変えてない。だからミキが普段より遅い時間まで起きていても何の関係も無いの)
美希(そうと決まれば……)
美希(……『パパ、メールありがとう。ミキは元気なの。今日は初日だったからばたばたしちゃって寝るの遅くなっちゃったの。でも流石にもう寝るね。おやすみなさいなの』……っと)ピッ
美希(これでいいの。合宿期間中も普段と全く生活リズムが変わらないっていうよりは、むしろこれくらいの方が自然だと思うし……)
美希(何より裁きの時間が変わらない限り、そこからミキへの疑いを強めることは絶対にできないの)
美希(捜査本部ではまだキラの殺しの方法が分かっていないから、『合宿中は普段と同じようには裁けないはず』って思われてるのかもしれないけど……実際は切れ端に名前を書くだけなんだから、ほんの数秒の隙さえあればいつでも殺せるの)
美希(こんな狡い手段でキラの尻尾を掴もうなんて笑止千万なの。おへそでお茶を沸かしちゃうの)
美希(……でも)
美希(実際のところ、捜査本部の中でパパにこんな命令を出せる人がいるとしたら……やっぱりL? それとも刑事局長の夜神総一郎?)
美希(あるいは竜崎? 夜神月?)
美希(…………)
美希(まあ、いいの。誰の意思であっても同じこと……ここからミキがボロを出すことは無い)
美希(それにとりあえず、これではっきりしたことがあるの)
美希(パパは今もまだ、キラ事件の捜査本部にいる……か、いないとしても、捜査本部に対して捜査協力をしている立場にある)
美希(キラを……いや、ミキを捕まえようとしている……捜査本部に対して)
美希「…………」
美希(そしてさっきの報道……普通に考えて、あれもキラ事件の捜査本部が仕組んだ報道操作である可能性が高いの)
美希(ただ、死亡したことが報道されなかった犯罪者はまだ一人だけ……だとしたら春香の言うように、単に情報が遅れてるだけの可能性もあるの。最終的な判断をするのはもう少し様子を見てから……)
美希(でも、もしこれが本当にキラ事件の捜査本部が仕組んだ報道操作だとしたら……?)
美希(一体、何のために……?)
美希「…………」
472:以下、
【翌日・市民会館内練習場】
(765プロダクション合宿・二日目)
(アイドル・ダンサー一同のダンスレッスン中)
律子「1、2、3、4、5、6、7、8! ほら、動きなまってるわよ! まだまだそんなもんじゃないでしょ!」
アイドル・ダンサー一同「…………!」
律子「もっとキレ良く! しなやかに! ……」
律子「……よし。じゃあこのへんで少し休憩にしましょう。水分補給はしっかりね」
アイドル・ダンサー一同「はい!」
雪歩「はぁ、はぁ……律子さんのコーチ、久しぶりだね」
伊織「まだまだこんなもんじゃないわよ」
響「へへっ。自分だってまだまだいけるぞ!」
律子「……ふむ……」
真「あと、ここなんだけどさ……」
千早「そのステップ、私もまだちょっと遅れてるかも……」
やよい「私もついもたついちゃいますー」
春香「難しいよねぇ」
律子「…………」チラッ
美希「…………」
美希(昨日一人だけ報道されなかった、例の犯罪者……)
美希(今朝になっても……やっぱり報道されていなかった)
美希(こんなことは今まで一度も無かった)
美希(やっぱりこれはもう……意図的に報道が操作されているとしか思えない)
美希(だとしたら、それをしているのはやはり……)
美希(……L……)
律子「美希。ちょっといい?」
美希「! な、何? 律子……さん」
律子「今のパート、踊ってみてくれる?」
美希「うん。いいよ」
美希(な、なんだ……びっくりしたの)
律子「はい皆、ちょっと注目。じゃあ美希、お願い」
美希「うん」
(自分でリズムを取りながらダンスの1パートを踊りきる美希)
美希「……どう?」
春香「すごい! 美希!」
雪歩「かっこいい!」
伊織「ま、まあまあね……ふんっ」
律子「皆。最低でも、今の美希のレベルに追いついてもらうわよ」
伊織「よし! やるわよ!」
春香「うん!」
473:以下、
(美希のダンスを遠巻きに観ていたダンサー一同)
百合子「す……凄かったね」
杏奈「うん……」
可奈「…………」
あずさ「はい。皆、水分補給はこまめにね」
百合子「あ、はい! ありがとうございます!」
やよい「はい、どうぞ!」
杏奈「あ……ありがとうございます……」
あずさ「はい」
可奈「あ……はい。ありがとうございます」
可奈「…………」
(あずさから受け取ったドリンクには口を付けずに、じっと体育座りをしたままの可奈)
春香「……可奈ちゃん? どうしたの? なんか元気無いみたいだけど……」
可奈「えっ! そ、そんなことないです! 元気です!」
春香「そう? ならいいんだけど」
可奈「あ、あはは……」
可奈「…………」
可奈(どうしよう)
可奈(今のままじゃ、私……)
可奈(とても、春香ちゃんのバックダンサーなんて……)
(同日夜・民宿内食堂)
律子「それじゃあ、真と雪歩を送っていきます」
P「ああ、頼む」
真「行ってきます!」
雪歩「明日のお昼には戻ってきます」
P「行ってらっしゃい。二人とも気を付けてな」
真・雪歩「はい!」
(律子、真、雪歩を見送った後、食事中の残りのメンバーの方に向き直るプロデューサー)
P「……皆。そのまま聞いてくれ。いよいよレッスンも佳境だが、明日は練習風景の取材が入る。だが特に意識せず、練習に集中してほしい」
アイドル・ダンサー一同「はい!」
可奈「…………」
春香(可奈ちゃん、やっぱり元気無いような……)
美希「…………」
美希(今日の裁きの対象となる犯罪者は全部で五人)
美希(名前を書く時間は昨日と同じくらい……21時を少し過ぎた頃にするの)
美希(それでもし、今日も……昨日みたいに、死んだことが報道されない犯罪者がいたら……)
美希(…………)
474:以下、
【翌日・市民会館内練習場】
(765プロダクション合宿・三日目)
取材スタッフ「これ、こちらでいいですか?」
P「あ、それはこっちでお願いします」
取材スタッフ「では次、我那覇さんよろしいでしょうか」
P「分かりました。響、次頼む」
響「分かったぞ!」
取材スタッフ「では、この位置でお願いします」
響「はい! よろしくお願いします!」
P「…………」
善澤「やあ。やってるねえ」
P「! 善澤さん。はるばるありがとうございます」
善澤「何、こちらから申し入れさせてもらった取材だからね。それにしても……」チラッ
(インタビューを受けているアイドル達を見る善澤)
美希「……ハリウッド? もちろん楽しみなの。でも、今はライブのことで頭がいっぱいってカンジかな」
千早「ええ。まるで自分の中から、音楽が溢れ出てくるような感じで……。ですから、今は早く舞台に立ちたいと……」
やよい「はい! もっといーっぱいレッスンして、ファンの皆に思いっきり楽しんでもらえるようなライブにしたいです!」
善澤「――なんだか、すっかり頼もしくなったね」
P「ええ、まあ」
善澤「……ああ、でも君がここに来た頃にはもう既にこんな感じだったかな?」
P「そうですね……でもやっぱり、俺がこの事務所に来た半年前と比べて……一層輝きが増しているような気がします」
善澤「はは、そうかい」
475:以下、
真「ただいま、戻りました! ……あれ?」
雪歩「な、なんか人がたくさん……?」
P「お、真と雪歩、戻ってきたな。ちょっとすみません」
善澤「ああ」
P「お帰り。真、雪歩」
真・雪歩「プロデューサー」
P「いきなりで悪いが、二人ともすぐに取材の準備をしてくれ」
真「あ、はい」
雪歩「分かりましたぁ」
善澤「…………」チラッ
(インタビューを受けている春香を見る善澤)
春香「――絶対楽しいライブになると思います! 期待していて下さい!」
取材スタッフ「はい。天海さん、どうもありがとうございました」
春香「ありがとうございました!」ペコリ
善澤「春香ちゃん。僕からも一ついいかい?」
春香「善澤さん。はい。是非よろしくお願いします」ペコリ
善澤「今回のアリーナライブのリーダーに抜擢された理由……自分ではどうしてだと思う?」
春香「理由……ですか? そうですね……」
善澤「…………」
春香「私が、765プロの皆のことが大好きだから……ですかね?」
善澤「あっはっは。春香ちゃんは時々面白いねぇ。うん。でも、そういうところが必要なこともあるよ」
春香「そ、そうですか? え、えへへ……」
美希「…………」
美希(……春香……)
476:以下、
(取材終了後・ダンサーチームだけのレッスン中(アイドル一同は別室で休憩中))
律子「1、2、3、4、5、6、7、8! 1、2、3、4……、はーい、ちょっとストップ! 全体を意識して! もう一回!」
ダンサー一同「は……はい!」
律子「1、2、3、4、5、6、7、8! 1、2、3、4、5、6、7、8! ……よし、じゃあ一旦休憩!」
ダンサー一同「はい!」
可奈「はぁっ……はぁっ……!」
奈緒「可奈、大丈夫か? ちょっと遅れてんで」
可奈「ご、ごめんなさい……」
志保「……ついてこれないようなら、早めに言った方がいいんじゃない。後で言われても迷惑になるし」
可奈「!」
奈緒「志保! 何でそんな言い方……!」
志保「今ならまだ、他の人と交代することもできると思っただけです。本番直前になって『やっぱり駄目でした』じゃシャレにならないでしょう?」
奈緒「そ、それは……」
可奈「……いいんです」
奈緒「! 可奈」
可奈「今の時点で、私が皆についていけていないのは……事実ですから」
奈緒「せ、せやかて……」
志保「今のうちによく考えておくことね。この合宿が終われば、本番のライブまでもう後一か月と少ししかないんだから」
可奈「…………」
477:以下、
(レッスン終了後・市民会館の裏手)
(お菓子の袋を抱えて、一人佇んでいる可奈)
可奈「……プチシューを、食べても食べても、踊れないー……踊れないー……」
可奈「……はぁ……」
(水場で顔を洗った後、裏手に回ってきた春香)
春香「? 可奈ちゃん?」
可奈「! は、春香ちゃ……天海先輩!」
春香「こんな所で何してるの? おやつ休憩?」
可奈「は、はい! あ、あの、よかったら……たくさんどうぞ!」ガサッ
(プチシューの入った袋を差し出す可奈)
春香「あはは、ありがとう。じゃあ一つ貰うね」スッ
可奈「…………」
春香「……ねぇ、可奈ちゃん」
可奈「は、はい」
春香「やっぱり何かあった? 昨日から元気無いみたいだけど」
可奈「…………」
春香「私でよければ……話くらい聞くよ?」
可奈「……ありがとうございます。実は、私……まだちゃんと踊れてないんです」
可奈「せっかく先輩と一緒の舞台に立てるのに、焦るばっかりで……」
春香「…………」
可奈「…………」
478:以下、
春香「……可奈ちゃん」
可奈「はい」
春香「大丈夫だよ」
可奈「天海先輩」
春香「私も、そうだったもん。すぐにできるようになる人も中にはいるけど、上達の早さは人それぞれだから。何事も一歩ずつ、だよ」
可奈「一歩ずつ……」
春香「うん。アイドルになりたいって思った憧れを忘れなければ、いつか絶対出来るようになるって思うんだ」
可奈「憧れ……ですか?」
春香「うん。だから、焦らずいこ?」
可奈「……でも……」
春香「可奈ちゃん?」
可奈「この合宿が終わったら、本番のライブまでもう後一か月と少ししかないですし……」
可奈「私、さっきも他の子から『ついてこれないようなら早めに言った方がいいんじゃないか』って言われちゃって……『後で言われても迷惑になるから』って……」
春香「! …………」
可奈「でも実際その通りだから、私、反論できなくて……」
春香「……可奈ちゃん……」
可奈「私一人のせいで先輩方に迷惑掛けちゃうくらいなら……その子の言うとおり、もういっそのこと……」
春香「可奈ちゃん!」
可奈「! は、はい」
春香「……ちょっと、ここで待ってて」
可奈「えっ?」
春香「いいから待ってて! 絶対だよ!」ダッ
可奈「は、春香ちゃ……天海先輩!? 一体どこへ……」
可奈「……行っちゃった」
可奈「…………」
(同時刻・市民会館入口)
(一人で入口前の階段に座り込んでいる美希)
美希「…………」
美希(昨日の夜、ミキが裁いた犯罪者は五人)
美希(その中の一人が、また)
美希(――間違い無く裁いたのに――死んだことが、報道されなかった)
479:以下、
美希「…………」
美希(一昨日に続いて、これで二日連続……)
美希(昨日も春香に死神の目で確認してもらったから、裁き自体ができていることは間違い無い)
美希(とするとやっぱり、これはLの仕組んだ報道操作……もうそう考えるしかないの)
美希(思えばLがリンド・L・テイラーを使って行った挑発もTVを使ってのものだったし、手段としてはよく似ているの)
美希(それに前にも、名前を間違えた犯罪者の報道や、二人の犯罪者の顔写真を取り違えた報道があった)
美希(もしあれらも、Lの仕組んだ報道操作だったとしたら……)
美希(前者の報道ではキラの殺しの条件として名前が必要なこと、後者の報道では同じく顔が必要なことが分かる)
美希(つまりどっちも、『キラの殺しの条件を特定するためにLが仕組んだ報道操作』だったと考えれば辻褄が合うの)
美希(でも今回のは……どういう目的で?)
美希(『犯罪者が死んだことを報道しない』……そうすることに何の意味があるの?)
美希(当然だけど、Lは春香の目のことは知らない……つまりミキが『犯罪者が本当に死んだかどうかを確認する方法』を持っていることは当然知らないし、また知りようが無いの)
美希(だとしたら、『殺したはずの犯罪者が死んでいない』と思ったミキに、その犯罪者に対してもう一度殺しの行為をさせ……それを観察することで、キラの殺しの方法を特定しようとしている?)
美希(……いや、でもそれならミキが今も毎日行っている裁きを観察するのと何も変わらない。わざわざ同じ犯罪者に対して二回も殺しの行為をさせる意味は無いの)
美希(それにそもそも、ミキが福井に着いてからは尾行もついていないわけだから、観察しようにも……)
美希「…………」
美希(そういえば、パパからのメールは昨日も来た……一昨日に来た時間は22時40分だったけど、昨日は21時10分……微妙に時間を変えて送り、返信があるかどうかを確認することでミキの生活リズムを見定めようとしている……これは多分間違い無い)
美希(そうだとしたら、これは裁きの時間をこれまでと変えないことで十分対応可能……)
美希「…………」
美希(あとは裁いた犯罪者の一部が報道されていない理由……これだけが……)
美希(このことは春香にも伝えてあるけど、今の春香はもうほとんどアリーナライブのことしか頭にない……『Lの仕組んだ報道操作かもしれない』なんて、思いついてすらいないの)
美希(まあ春香は暴走しがちなとこあるから、正直今はその方が良いけど)
美希(でも春香が何も気付かず、自分から動かなかったとしても……)
美希(既にこうしてLがミキ達に対して色々と仕掛けて来ている以上……早めに手を打たないとまずいの)
美希(他の誰でもない――春香を、守るために)
481:以下、
美希「…………」
美希(だとしたら……現時点で一番効果的な手段は……)
美希(そんなの、考えるまでもないの)
美希(キラ事件の捜査本部のメンバーを―――全て殺してしまうこと)
美希(それを実現するために一番確実な方法は……今現在、顔と名前が分かっている全ての捜査員の名前をノートに書き……その死の状況を『キラ事件の捜査本部に所属する者及びその関係者の全員の顔と名前を『キラを捕まえようとする反逆者達』としてインターネット上のサイトに掲載した後、○日後に心臓麻痺で死亡』とでも設定する……)
美希(インターネット上に捜査員全員の顔と名前が掲載された後は、そこで初めて顔と名前が明らかになった捜査員……つまりミキや春香がそれまで知らなかった捜査員についても、最初に操った捜査員達と同じ行動を取らせてから心臓麻痺で死ぬようにノートに書く)
美希(こうすれば捜査本部にいる全ての捜査員が、自分も含めた全ての捜査員の顔と名前をインターネット上に掲載した後、心臓麻痺で死亡することになる)
美希(インターネット上に捜査本部全員の顔と名前が掲載された後であればその情報は万人の知るところとなるから、その後にその全員が心臓麻痺で死亡したとしても、それは単に『反逆者達がキラによって裁かれた』ということにしかならず、ミキや春香だけが特別疑われるようなことにはならない)
美希(また全ての捜査員が同じ行動を取ってから死ぬことになるから、後で警察が調べたところで特定の捜査員の行動だけを疑うこともできない)
美希(仮に『捜査員全員がキラによって操られ、全く同じ行動を取ってから死亡した』と推理することはできても、それぞれの捜査員がインターネット上に全ての捜査員の顔と名前を掲載する日時、さらにはそれぞれの捜査員の死亡する日時までをもランダムに設定しておけば……最初にキラによって操られたのが誰だったのか、すなわち最初からキラに顔と名前を知られていたのが誰だったのかも分からなくなるから、そこから足がつくこともなくなる)
美希(つまりこうすることで……ミキや春香がキラとして特定されることもなく、捜査本部のメンバーを全て葬ることができるの)
美希(……でも、それはあくまで『捜査本部のメンバー全員が互いの顔と名前を知っていること』が前提になる)
美希(もし外から捜査本部を指揮している者で……いや、あるいは捜査本部内の者であっても……)
美希(『捜査本部内の誰にも顔と名前を知られていない者』が一人でもいたら……その者だけは生き残ってしまう)
美希(そしてもしそんな人物がいるとしたら……その人物がLである可能性が極めて高いの)
美希(パパも、キラ事件が始まってすぐの頃だけど、『本物のLは俺達警察の人間もまだ会ったことがない』って言ってたし……)
美希(もちろん、その後にLがパパ達の前に姿を現している可能性はあるし……既にミキが把握している捜査本部のメンバーの中の誰かがLである可能性だってあるけど……)
美希「…………」
美希(でももし仮にそうだとした場合……その中で一番Lである可能性が高いのは……)
美希(やっぱり竜崎……“ L Lawliet”……)
美希(でもリンド・L・テイラーの例もあるし……名前が“L”ってだけではまだ……)
美希(確かに、竜崎は既にパパの前に姿を現しているけど……でも姿を現しているからこそ、むしろ逆にLではない可能性の方が高いとも……)
美希(…………)
美希(……パパ……か)
美希(Lのことは別にしても、もしミキがこの作戦を実行したとしたら――……パパも)
美希(…………)
482:以下、
春香「……美希!」
美希「! 春香? どうしたの。そんなに走って」
春香「あのね、美希。ちょっとダンスを……」
美希「ダンス?」
春香「うん。ダンス……教えてくれない?」
美希「え? 春香に?」
春香「あ、じゃなくて……その、ダンサーの中で一人、ちょっとまだ皆についていけてない子がいて」
美希「…………」
春香「ほら、美希、昨日律子さんにダンス褒められてたし……実際、すごく上手かったし」
春香「だから、ね? ちょっとだけ、コツとか教えてあげてくれないかなって……」
美希「…………」
春香「ダメ、かな……?」
美希「…………」
美希(こんなときに、ダンサーの子の心配って……)
美希(……いや、違う)
美希(『こんなとき』じゃない)
美希(春香にとって……ミキが守ろうとしている春香にとって……一番大切なときが……『今』なんだ)
美希(春香はいつだって、誰よりもアイドルで)
美希(ずっとずっと前から、トップアイドル目指して頑張ってて)
美希(そして何より、765プロの皆のことが―――大好きで)
美希(……そうだよ。ミキが守りたかったのは……)
美希(765プロの皆のことが大好きで、765プロの皆と一緒にトップアイドルになることを心の底から願っている――……)
美希(そんな、春香なんだ)
美希(だから春香にとっては、バックダンサーの子達も、一緒にステージを作り上げていく大事な仲間で)
美希(きっと――ミキ達765プロの仲間と同じくらい――大切な存在なんだ)
美希「……まったく、もう」
春香「み、美希?」
美希「後輩にダンス一つ教えてあげられないなんて、本当に困ったリーダーなの」
春香「えぇっ! ち、違うよぉ! そりゃ私だって教えられないわけじゃないけど、でも、どうせなら私より上手い美希に教えてもらった方が……」
美希「はいはい。もうわかったからとっとと行くの。きょーそーなの!」ダッ
春香「あっ! 美希ずるい! フライングですよ! フライング!」ダッ
美希「あははっ」
春香「もーっ! 待ってよー! 美希ーっ!」
美希(でもね、春香)
美希(ミキも、そんな春香のことが大好きなんだよ)
美希(恥ずかしいから、口に出しては言わないけどね)
483:以下、
(市民会館の裏手)
春香「可奈ちゃーん。ダンスの先生、連れて来たよ!」
可奈「! 美希ちゃ……じゃない、星井先輩!?」
美希「ああ、えーっと……マナちゃんだっけ?」
可奈「か、可奈です! 矢吹可奈……」
美希「ああ、可奈ちゃんね。ごめんねなの」
可奈「いっ、いえ!」
春香「よし。じゃあ早やろっか!」
美希「…………」
可奈「…………」
春香「ん?」チラッ
美希「えっ! もうミキのターンなの!?」
春香「そりゃそうだよ! そのために来てもらったんだから!」
美希「む、無茶ぶりにもほどがあるって思うな……まあいいや。えっと、可奈ちゃんはダンスが苦手なんだって?」
可奈「は、はい。先輩方からはもちろん、他のダンサーの子達からも遅れていて……」
美希「…………」
可奈「正直、このままどんどん置いていかれちゃうくらいなら、もう今のうちに他の人に代わってもらった方がいいんじゃないかな、とか……思ったりしてて……」
春香「可奈ちゃん……」
可奈「…………」
美希「可奈ちゃん。いや、可奈」
可奈「は、はい!」
美希「可奈はどうしたいの?」
可奈「……えっ?」
美希「ミキ達のバックダンサーやりたいの? それともやりたくないの?」
可奈「そ、それは……」
美希「…………」
春香「…………」
可奈「……やりたい、です、けど……」
美希「じゃあ、いいじゃん」
可奈「えっ」
美希「ミキ的には、どうしたいか、だけでいいって思うな」
可奈「……星井先輩……」
485:以下、
春香「美希の言うとおりだよ。可奈ちゃん」
可奈「天海先輩」
春香「大切なのは……どうしたいか、だけでいいんだよ」
美希「それ今ミキが言ったの」
春香「み、美希!」
可奈「…………」
春香「か、可奈ちゃん? えっと、あの……」
可奈「……ぷっ」
春香「!」
可奈「くくっ……くふふふっ」
美希「可奈」
可奈「あはははっ。そっか……そうですよね!」
可奈「私はやっぱり……天海先輩や星井先輩のバックダンサー……やりたいです!」
可奈「だから、だからそのために……一生懸命練習する」
可奈「それでもし、他の人と同じくらい練習しても足りなければ……他の人よりいっぱい練習すればいい。ただ、それだけのことだったんですね」
春香「可奈ちゃん……」
可奈「ただそれだけのことだったのに……私、何を悩んでたんだろう。バカみたい」
可奈「天海先輩! 星井先輩! さっきは弱音を吐いてすみませんでした!」
可奈「矢吹可奈、もう泣き言は言いません! だから……ダンスレッスン、どうかよろしくお願いします!」ペコリ
春香「可奈ちゃん……! うん! 一緒に頑張ろう!」
美希「…………」
春香「……美希?」チラッ
美希「あ、そこはやっぱりそうなんだ。まあいいけど……」
美希「じゃあ、可奈。まずは一通り踊ってみて?」
可奈「はい! よろしくお願いします!」
486:以下、
(一時間後)
美希「……うん。大体こんな感じかな? だいぶ良くなったと思うよ」
可奈「はぁっ……はぁっ……ほ、本当ですか?」
美希「うん。まあまだ色々粗いけど、最初の頃よりはすごくマシになったの」
可奈「あ、ありがとうございま……」フラッ
春香「っと!」ガシッ
可奈「す、すみません。天海先輩」
春香「あはは。いいって。じゃあ今日はもう終わりにしよっか」
可奈「はい。星井先輩、天海先輩。今日は本当に、本当に……ありがとうございました!」ペコリ
美希「別にいいの。これくらい」
春香「そうそう。一緒にステージを作り上げていく仲間同士……お互いに助け合うのは当たり前だよ」
美希「春香はもっぱら応援しかしてなかったけどね」
春香「う、うぐっ。で、でも応援だって大切……でしょう?」
可奈「はい! 天海先輩の応援、とても励みになりました!」
春香「ほらぁ!」
美希「可奈は良い子なの」
春香「わ、わた春香さんの応援……」
美希「はいはい。応援ありがとうなの。春香」
春香「えへへ」
可奈「では、私はお先に失礼しますね。お疲れ様でした!」ペコリ
春香「うん。お疲れ様!」
美希「お疲れなのー」
春香「…………」
美希「…………」
春香「……なんか、意外だったよ」
美希「え?」
春香「いや、頼んだ私が言うのもなんだけど……美希があんな風に誰かに教える所って、今まであんまり見たこと無かったからさ」
美希「あー……まあ、ね」
春香「? 美希?」
美希「多分、うつっちゃったの」
春香「うつったって……何が?」
美希「春香の……キラキラ病」
春香「キラキラ……? 何言ってんの? キラは美希でしょ?」
美希「そういう意味じゃないの」
春香「?」
美希「まあいいの。ミキ達も早く戻ろう? もうお腹ペコペコなの」
春香「そうだね。私もお腹空いちゃって……」
春香「…………」
美希「? どうしたの? 春香」
487:以下、
春香「いや……もし以前の私なら、って思って。あ、さっきの可奈ちゃんのことなんだけどね」
美希「うん」
春香「もし以前の私なら……多分、言葉で励ますだけで……その場で具体的な行動にまでは移さなかったんじゃないかな、って」
春香「でも今日の私は、『今、この瞬間に動かなきゃ』って思った……いや、思えたんだ」
春香「『今自分ができる、最大限のことをしよう』って、そう思えた」
美希「春香」
春香「やっぱりこれも……竜崎さんのおかげかな」
美希「……竜崎の? なんで?」
春香「私、竜崎さんと出会ってから……思い出せたような気がするんだ。『一人一人のファンと向き合う』っていう……アイドルとしての初心を」
美希「…………」
春香「可奈ちゃんはアイドル候補生だから、ちょっと違うかもしれないけど……でも多分、『アイドル』という存在そのものに憧れを持ってるっていう意味では……ファンの人達とそう変わらないんじゃないかなって」
春香「だからそんな可奈ちゃんを見てたら、無性に何かしてあげたくなって……気が付いたら、美希を探して走ってたんだ」
美希「……春香……」
春香「それで思ったよ。やっぱり私……アイドルやってて良かったなぁ、って」
美希「! …………」
春香「アイドルやってたから、美希や他の皆と出会えたし、竜崎さんみたいな熱烈なファンの人とも出会えた」
春香「そして可奈ちゃんみたいに、未来のアイドルを目指して頑張ってる子にも出会えた」
春香「だから私はきっと……幸せなんだ」
美希「春香」
春香「……美希」
美希「何? 春香」
春香「アリーナライブ、絶対成功させようね」
美希「! ……うん。もちろんなの」
春香「そしていつか、765プロの皆と一緒に――……」
美希・春香「トップアイドルになろう」
美希「…………」
春香「…………」
美希「あはっ」
春香「ふふっ」
499:以下、
【翌日・市民会館内練習場】
(765プロダクション合宿・四日目)
律子「はーい、ストップストップ。……よし! だいぶ合ってきたわね。この合宿の成果が遺憾なく発揮されてるわ」
律子「じゃあ最後は765プロメンバーだけで合わせましょうか。ダンサーの皆はもう上がって……」
可奈「ま……待って下さい!」
律子「? 矢吹さん?」
可奈「もう一回……もう一回だけ、私達も込みで合わせてもらえませんか?」
志保「!」
律子「え、でも……」
可奈「お願いします! この合宿で出来ること……全部、やっておきたいんです!」
春香「可奈ちゃん」
美希「いいんじゃない? 律子……さん」
律子「美希」
美希「ミキ達ならまだゼンゼン余裕あるし。ね、皆?」
真「もっちろん!」
伊織「望むところじゃない」
響「もう一回どころか、もう十回でもいいぞ!」
可奈「皆さん……ありがとうございます!」ペコリ
奈緒「か、可奈? 一体どうしたん?」
可奈「私……決めたんです」
奈緒「? 何を?」
可奈「もう絶対に諦めたりなんかしない、って!」
奈緒「可奈……」
可奈「だから……皆も、もう一回だけ一緒に踊ってくれませんか?」
奈緒「……ま、どういう心境の変化があったんかは知らんけど……そういうことならしゃーないな」
美奈子「うん。私達も頑張るしかないよね!」
星梨花「はい! 皆で頑張りましょう!」
百合子「わ、私だって負けません!」
杏奈「杏奈も……頑張る……」
志保「…………」
奈緒「志保」
志保「一応、言っておくけど」
可奈「…………」
志保「今、無理して倒れたりするのだけはやめてよね。そんなことになったら本当に迷惑だから」
可奈「! …………」
志保「……本番のライブまで、もうあと一か月と少ししかないんだから……ね」
可奈「! 志保ちゃん。それって……」
志保「ほら。早く準備しなさいよ。もう一回合わせてもらうんでしょう?」
可奈「……うん!」
律子「よし。じゃあ全員、さっきの位置に戻って。……いくわよ!」
アイドル・ダンサー一同「はい!」
500:以下、
(同日夜・民宿の外の庭では合宿打ち上げのバーベキューが催されており、アイドル・ダンサー一同が思い思いに歓談している)
(そんな喧騒から少し離れ、民宿の廊下で二人きりで向かい合っている春香と可奈)
春香「話って何? 可奈ちゃん」
可奈「あ、はい。えっと……」
春香「?」
可奈「実は……私がアイドルになろうと思ったきっかけは、春香ちゃ……じゃない! 天海先輩なんです!」
春香「え……えぇ!?」
可奈「だから、私にとっての憧れは……天海先輩なんです!」
春香「じゃ……じゃあ昨日、私、自分のことを……」
可奈「そ、それで、あの……一つお願いが……」
春香「な、何かな!?」
(小さなパンダのぬいぐるみを差し出す可奈)
可奈「こ、これにサインしてください!」
(一時間後・民宿前の浜辺)
(二人きりで浜辺に佇んでいる美希と春香)
春香「……ってことがあってさ」
美希「へぇ。まさか可奈の憧れのアイドルが春香だったなんて、びっくりなの」
春香「私もびっくりしたよ。昨日までそんなこと、全然言ってなかったから……」
美希「…………」
春香「? どうしたの? 美希」
美希「いや……今では春香が憧れられる立場になったんだなぁ、って思って」
春香「そ、そうだね。そう言われると、なんだか不思議な感じだね」
美希「…………」
春香「……ねぇ、美希」
美希「ん?」
春香「昨日も言ったけど……アリーナライブ、絶対に成功させようね」
美希「春香」
春香「私達765プロだけじゃない。ダンサーの皆はもちろん、最高のステージを作るために必死で頑張ってくれているスタッフの人達……」
春香「そして私達をずっと見守ってくれている、たくさんのファンの人達の為にも……絶対に」
美希「……もう、そんなに何回も言われなくてもわかってるって。リーダー」
春香「えへへ。ごめんごめん」
美希「心配しなくても――……」
春香「? 何か言った? 美希」
美希「ううん。なんでもないの」
美希「…………」
美希(今度のアリーナライブには……これまでの春香の願い、想い……その全てが詰まっている)
美希(だからこのライブだけは、何があっても絶対に成功させてみせるの)
美希(たとえ――……何を犠牲にしたとしても)
美希(…………)
501:以下、
【翌日・民宿内食堂】
(765プロダクション合宿・五日目)
(朝食後、プロデューサーの話を聞いているアイドル・ダンサー一同)
P「……では、四泊五日にわたったこの合宿もこれにて終了だ。今日は家に帰ったらゆっくり身体を休めて――……」
春香「あ、あの! プロデューサーさん」
P「ん? どうした。春香」
春香「えっと、実は一つ提案がありまして……」
P「提案?」
春香「はい。今、言ってもいいですか?」
P「ああ。もちろん」
春香「あの、難しいかもしれないんですけど……ダンサーの皆を、これからライブが終わるまでの間……うちで預からせてもらうことってできないでしょうか?」
P「うちって……765プロで、ってことか?」
春香「はい。ライブまでもうあと一か月と少ししかないですし……限られた残りの時間、できる限り皆で時間を合わせてレッスンした方がいいと思うんです」
律子「あ、あのね春香。そういうことをするには、まず社長とスクールに話を通してからじゃないと……」
P「春香」
春香「は、はい」
P「そのことなら、今俺の方から説明しようと思ってたところだ」
春香「……え?」
律子「ぷ、プロデューサー?」
P「ああ、すまん。律子にもまだ言ってなかったな」
P「実は……俺なりに、この合宿中の皆の様子を見ていて……今春香が言ったように、もっとダンサー組と合わせる時間が必要だと感じたんだ」
P「それにどのみち、ダンサー組も自主練だけじゃ限界があるだろうしな」
P「だからライブまでの間、ダンサー組には……空いている時間は原則としてうちで使っているレッスンスタジオに通ってもらう」
P「そしてうちの皆も、空いている時間はなるべくそっちに行って、少しでも多くの時間……ダンサー組と合わせる練習をしてほしい」
律子「……プロデューサー。もしやその件、もう社長やスクールの方にも……?」
P「ああ。昨日のうちに話を通しておいて、了解済みだよ」
律子「……言ってくれたら手伝いましたのに」
P「何、律子はずっとレッスン頑張ってくれていたからな。この程度の事務仕事まで任せきりにしてしまったら、俺がこの事務所に来た意味が無いだろ」
律子「プロデューサー」
P「……ともかく、そういうわけだ。これからライブまでの間は大人数になって皆も大変だと思うが、時間を合わせてレッスンしていこう」
アイドル・ダンサー一同「はい!」
春香「プロデューサーさん……ありがとうございます!」
真「人知れずそんな動きをしていたなんて……流石は敏腕プロデューサーですね」
貴音「つくづく、優秀なお方です」
P「別にこれくらいどうってことないさ。お前達、皆の頑張りに比べたらな」
P「とにかく、そういうことだ。皆、明日からもよろしく頼むぞ!」
アイドル・ダンサー一同「はい!」
美希「…………」
502:以下、
(一時間後・民宿前)
女将「じゃあ皆、頑張ってね」
主人「応援してるよ」
アイドル・ダンサー一同「はい! ありがとうございました!」
律子「私達は一足先に飛行機で帰るから、ここでお別れね」
ダンサー一同「ありがとうございました!」
P「さっきも言ったが、今後もできる限り練習は合わせてやっていきたいと思う。ハードなスケジュールになるかもしれないが、よろしくな」
ダンサー一同「はい!」
春香「可奈ちゃん」
可奈「! はい」
春香「良いライブにしようね」
可奈「は……はい! 天海先輩!」
美希「次に会う時、可奈のダンスがどれだけ上達してるか楽しみなの」
可奈「つ、次に会う時って……もしかして明日とかじゃないですか!?」
美希「あはっ。もちろん冗談なの」
可奈「もう! ひどいですよ! 星井先輩!」
美希「……ライブ、頑張ろうね。可奈」
可奈「はいっ!」
奈緒「ダンスはともかく……可奈はもうちょっとおやつ控えた方がええんとちゃうか? なんや、合宿前よりこのあたりの肉付きが少し……」ツンツン
可奈「ひゃあっ! じ、自覚してるから言わないでください! ちゃんと控えますから!」
志保「……ライブまでに衣装が入らなくなってしまう可能性を考えたら、今のうちに可奈の代役を探しておいた方がいいかもしれませんね?」
可奈「ひ、ひどいよ! 志保ちゃんまで!」
アハハハ……
美希「…………」
美希(この合宿期間中……結局、パパからのメールは少しずつ時間をずらす形で毎晩来た)
美希(その目的はミキが考えたとおりでほぼ間違い無いはず)
美希(またLの報道操作により、死亡した事実が報道されなかった犯罪者は……この合宿期間中、毎日一人ずついた。つまり昨日までで四人)
美希(パパのメールの方はともかく……この報道操作の方は未だに目的が分からない)
美希「…………」
美希(それでも……ミキは前に進むしかない)
美希(――皆が、笑って過ごせる世界をつくるために)
美希(だからもう、後戻りはできないの)
美希(たとえこの先に……何が待ち受けていようとも)
美希(…………)
503:以下、
【三時間後・キラ対策捜査本部(都内のホテルの一室)】
総一郎「――竜崎。福井の空港から、頼んでいた画像が届いた」
L「!」
総一郎「空港の保安検査場で――765プロ一行が通過した時間帯に実施された手荷物検査の際に撮影された――X線写真だ」
L「分かりました。では早、行きの時と同様の手順で確認しましょう」
総一郎「うむ」
月「さっき相沢さんと松田さんから連絡のあった、星井美希と天海春香の保安検査場の通過時刻……それに該当しうるものは……」
総一郎「星井美希のものとおぼしき画像の候補は6枚……天海春香の方は3枚だな」
月「これと、相沢さん達が今日空港で撮影した二人の写真……ここに写っている、それぞれが持っている鞄の形状とX線写真とを照合すると……」
L「星井美希の鞄は一番右、天海春香のは左から二番目でしょうね」
総一郎「ああ。いずれも行きの空港で撮影されたX線写真のうち、我々が二人のものと特定した写真に写っていた物と全く同じ形状だ。まず間違い無いだろう」
L「はい。とすれば、やはり……ありますね」
L「星井美希の物とおぼしき、鞄の中に」
月「ああ。これも、行きの時のX線写真に写っていた物と全く同じ形状だ」
総一郎「ビニール様の袋の中に入れられ……さらにカバーのようなものに覆われているが……」
L「はい。もう断定していいでしょう」
L「――ノートです」
L「そしてこれはほぼ間違い無く……あの日、南空ナオミが目撃した……『黒いノート』でしょう」
星井父「…………」
504:以下、
L「もちろん、X線写真では色までは写りませんし、ノートの表紙や中身に何が書かれているのかまでは分かりません」
L「しかし普通に考えて、もしこれが『ただのノート』なら裸の状態で鞄に入れるか……せいぜいカバーを掛けるまででしょう」
L「カバーを掛けた上でビニール様の袋に入れ、その状態で鞄に入れている……これはもう、鞄の開閉の際等に第三者に偶然ノートそれ自体を見られてしまうことを防ぐための措置としか思えません」
L「ここまでの措置をしている以上、このノートは『ただのノート』……すなわち、アイドルとしての活動を記録したノートや、勉強関係のノートなどではないことは明らかです」
L「そのような類のものであれば、ここまで厳重に外装を施す理由が無いですから」
総一郎「うむ……」
L「とすれば、これに該当しそうな『ノート』は……星井美希が天海春香から受け取っていたとされる例の『黒いノート』……もうこれしかありません」
月「また相沢さんと松田さんの尾行捜査の結果から、星井美希は外出時は常にノート大の物が入る大きさの鞄を携帯していることも分かっている」
月「現に僕や竜崎と例の会合で会っている時も、彼女はその程度の大きさの鞄を所持していた」
L「さらに付け加えるなら、私と二人で会ったときもそうでしたし……その後私を自宅に招き、星井さんを含めてリビングで歓談している間も、終始鞄を膝の上に抱えていました」
L「……そうでしたよね? 星井さん」
星井父「……ああ」
模木「係長……」
星井父「…………」
L「以上の間接事実から、星井美希は『黒いノート』を今回の合宿中のみならず、外出時は常に携行しているものと推測できます」
総一郎「……うむ。合宿中だけ持ち出していた、というのは逆に不自然だしな」
L「その通りです。普段の外出時は自宅かどこかに隠しているのなら、あえて合宿中だけ持ってくる理由がありません」
月「一方、天海春香に対する尾行捜査の結果によると、彼女の外出時には必ずしも星井美希のような傾向はみられず、手ぶらで外出することもある。この前の会合の際も、彼女が所持していたのはポーチだけだった」
月「そして今回の合宿においても……行き帰りの手荷物検査時のいずれについても、天海春香の鞄の中身を写したX線写真にノートらしき物は写っていない」
L「はい。つまり『黒いノート』を持っている……いえ、持ち歩いているのは星井美希だけ、と言ってよさそうです」
総一郎「うむ。とすると……後はこの『黒いノート』が何であるか、だな。わざわざ合宿地にまで持ち込むほどだ。常に目の届く範囲に置いておかなければならないほどに重要な物、ということではあるのだろうが……」
L「そうですね。ただ前に推理したとおり、キラ容疑者の二人が、事務所の他の者に見つからないような場所で授受していた物である以上……『キラとしての活動に関係する何らかの物』であることはまず間違い無いと思われますが……」
星井父「…………」
L「……まあいずれにせよ、これで『確認』は予定通り終了しましたので……この続きは相沢さんと松田さんが福井から戻って来てからとしましょう。といっても、もう後数時間もしないうちに着くでしょうから、それまでは各自休憩ということでお願いします」
総一郎「分かった」
星井父「…………」
模木(係長……)
月(ノート……キラの活動……殺しの能力……)
505:以下、
(二人だけで捜査本部内に残っているLと月(総一郎、星井父、模木の三人は別室で休憩中))
L「…………」
L(相沢と松田が尾行捜査を始めてから一か月半ほどになるが……この間、星井美希と天海春香が外でノートを授受していたことは一度も無い)
L(つまり星井美希は『黒いノート』を天海春香に渡すために持ち歩いているわけではない……?)
L(とするとこのノート……連絡用の媒体ではないということか?)
L(仮にこれが、キラの活動に関する何らかの情報を伝えるためのものだとしたら……少なくとも、この一か月半の間で一度くらいは両者の間で授受されていてもおかしくないはず)
L(あるいは尾行の及ばない範囲……たとえば事務所の中などで授受されていたとしても……一度星井美希から渡されれば、少なくともその後しばらくは天海春香が持つ期間があってもいいはずだが……これまでの尾行捜査の結果からはそのような様子もみられない)
L(それに前にも出た話だが……そもそも連絡用の道具ならもっと小さいメモ用紙等でも足りるはず。あえてかさばるノートを選ぶ理由が無い)
L(だとすれば……やはり『ノート』という媒体自体に意味があり、他の媒体では替えがきかない……?)
L(いや、というより……『連絡用の道具ではないが、常に持ち歩かなければならない物』……だとすれば)
L(『媒体』ですらなく……『ノート』それ自体が何らかの意味を持つ物……ということか?)
L(外出時に家に置いておくことができず、常に持ち歩き、自分の目の届く範囲に置いておかなければならない物……つまり、もし他人に見つかったら致命的なもの……)
L(星井美希がキラだとして……他人に見つかった場合に最も致命的なものは……)
L(一つしかない)
L(キラの殺しの――直接的な証拠)
L(つまり……『ノート』それ自体が犯罪者裁きに必要であり……キラの殺しの能力に直接関係している道具……ということか?)
L(しかし、ノートで一体何をする?)
L(ノート……通常の用途ならそこに何かを書く……だが……)
L(ノートに何かを書いて人を殺している……とでも言うのか?)
L(いや、キラの能力は『直接手を下さずに人を殺せる』というおよそ非科学的な能力……これまで『頭の中で念じるだけでも殺せる』という可能性すらも想定していたことを思えば、そこまで突拍子も無い話でもないといえるか……)
L(だが書くとしても何を……?)
L(それを書くことで人を殺せるのだとしたら……いや、むしろ逆に『それを書かなければ殺せない』のだとすれば……)
L(ノートに書く必要のある『それ』こそが……まさに『キラの殺しの条件』そのもの……ということになる)
L(以前、報道機関に指示して、名前を間違えた犯罪者の報道と、二人の犯罪者の顔写真を取り違えた報道をさせた時……名前を誤って報道された者、顔を取り違えて報道された者達はいずれもすぐには殺されず……後日、正しい名前と顔で報道された直後に殺された)
L(このことから、少なくともその時点では、キラ……星井美希が殺しの能力を使うには『顔と名前』の両方が必要だったと考えられる)
L(つまり、この当時のキラの殺しの条件は―――『顔と名前』)
L(もし仮に、そのうちのいずれかをノートに書くとしたら……)
L(普通に考えて……『名前』……)
L(! ……名前を書くと、書かれた人間が死ぬ……?)
L(…………)
506:以下、
L(だが名前だけでは殺す対象として特定できない……同姓同名の者などいくらでもいる)
L(だとすれば……ここで考えるべきは、もう一つのキラの殺しの条件である『顔』……)
L(『名前を書くと、書かれた人間が死ぬノート』……これにこの『顔』という条件を付加するとすれば……)
L(……『顔を知っている人間の名前を書くことで、その人間を殺せるノート』……か)
L(このように考えれば、殺す対象としては特定できる……同時に、これまでのキラの裁きを合理的に説明することができる)
L(また星井美希が常にノートを持ち歩いている理由も理解できる。殺しの道具そのもの……家の中など、誰がいつ手に取るか分からない場所に無防備に置いておけるわけがない)
L(……だが……)
L(南空ナオミが目撃したのは、天海春香が星井美希にノートを渡していた場面だったとのこと)
L(ノートで人を殺せるとしても、それを使って犯罪者裁きをしていたのは星井美希のはずだが……何故それを天海春香から受け取る形に……?)
L(! 待てよ……南空ナオミが二人の間でのノートの授受を目撃したのは、星井美希の自宅から監視カメラを撤去してから二日後だった)
L(ノートを使って犯罪者を裁いていたのは星井美希だったとしても……もし彼女が何らかの方法でカメラの設置に気付き……監視期間中だけ天海春香にノートを貸し、裁きを代行させていたのだとしたら……?)
L(説明がつく……! 監視中に星井美希が全く報道を見ていない犯罪者が心臓麻痺で死んだこと……そして)
L(またも何らかの方法でカメラの撤去に気付いた星井美希が、そのことを天海春香に伝え、ノートを返してもらった……)
L(そしてその場面を、南空ナオミが目撃した……!)
L(そう考えれば、二人の間でのノートの授受が目撃されたのがその一度だけだったことも……そしてその後はずっと星井美希がノートを持ち歩いているということも……全て合理的に説明できる)
L(ただ、どうやって星井美希がカメラの設置や撤去に気付いたのか……そこだけは分からないが……)
L(まあ星井美希は天才的な嗅覚を持つアイドル……何らかの勘……いわば第六感のようなものが常人より強く働いたのかもしれない)
L(…………)
507:以下、
L(ともあれ、『星井美希はノートを使って犯罪者裁きを行っていた』……このことを前提に考えるなら……)
L(星井美希が765プロダクションの前のプロデューサーを殺した時点では、天海春香とはまだ連携していなかったはず)
L(前にこの本部でも話したが……そうでなければ、天海春香が殺したと思われるアイドル事務所関係者と前のプロデューサーとの死因の違いが説明できないからだ)
L(だとすれば……『天海春香と連携することなく、星井美希は独断で前のプロデューサーを殺した』……つまり)
L(星井美希は、天海春香とは無関係に独自にノートを入手したということになる)
L(しかし一方で、天海春香は星井美希による犯罪者裁きが始まるより前に、既に複数のアイドル事務所関係者を殺していた)
L(よって、これらのことからすると……二人はそれぞれ、相互に無関係に別々のノートを入手し、所持している……ということが帰結される)
L(ならば星井美希が監視期間中、裁きを代行させるためにノートを天海春香に貸す理由は無い……? 天海春香も自分のノートを使って裁きができたはず……)
L(いや、『星井美希が監視カメラの設置に気付いていた』という前提なら……単純に、ノートを物理的に観られることを恐れ、念の為に天海春香に預けた……としても不自然ではない)
L(およそ女子中学生が好んで使うとは思えない『黒いノート』……むしろそれくらいの対策は当然に思いつくだろう)
L(また現在、星井美希がノートにカバーを掛け、さらにビニール様の袋に入れているのもそれと同じとみれば……一連の行動として矛盾は無い)
L(つまり、監視期間中はノート自体を絶対に観られないようにするために天海春香に預け……監視が終わり、天海春香からノートを返してもらってからも、自室に監視カメラまで設置されたという経緯を踏まえて警戒度を上げ、何らかの偶然で他人に見られることを防ぐためにカバーと袋という措置を施した……)
L(…………)
509:以下、
L(いや……だがまだ疑問が残る)
L(少なくとも、名前を間違えた犯罪者の報道と、二人の犯罪者の顔写真を取り違えた報道をさせた時点では……星井美希が殺しの条件として『顔と名前』の両方を必要としていたことは間違い無い)
L(だが一方で、これまでの捜査結果から、『天海春香は顔だけでも殺せる』……このこともまた間違い無い)
L(しかし殺しの道具が『名前を書くと、書かれた人間が死ぬノート』であるとすれば、『名前が分からなくても殺せる』というのは明らかに矛盾する……?)
L(いや、そうじゃない。『顔さえ分かれば殺せる』ということと『名前が分からなくても殺せる』ということはイコールではない。だとすれば……)
L(…………)
L(考えるんだ……もはや科学的か非科学的かではなく、論理的か非論理的かで考えなければならない)
L(『名前を書くと、書かれた人間が死ぬノート』と『顔さえ分かれば殺せる能力』……この二つを論理的に整合させるなら……)
L(! もしも……顔が分かれば、名前も分かる……としたら……?)
L(つまり……)
L(天海春香が持っている能力は……『顔を見れば名前が分かる能力』)
L(そして星井美希は……少なくとも、件の誤った報道の時点まではこの能力を持っていなかった)
L(このような仮定に立てば……キラの裁き、その方法、そして天海春香が持っていると思われる能力についても、全て論理的に説明できる)
L(もっともこれは、既に天海春香に顔を知られている以上、私の本名も天海春香に……いや、天海春香と星井美希の両名に知られているということを意味するが……)
L(だが、私はこれまでも『天海春香は顔だけでも殺せる』という前提の下で推理をしてきた。その推理の内容が具体化したからといって、現状における殺されるリスクが増えたわけではない)
L(むしろもうここまできたら、必要なのはこの推理に確証を与えるための行動……すなわち『計画』をやかに実行することだけ……)
L「…………」
月「竜崎」
L「はい。何でしょう。月くん」
月「今の状況から……僕なりに仮説を立ててみたんだが、少し聞いてもらってもいいか?」
L「ええ。もちろんです」
月「この『黒いノート』は……『顔を知っている人間の名前を書くことで、その人間を殺せるノート』なのかもしれない」
L「! …………」
月「もっとも天海春香は『顔だけでも殺せる』ようだが……それも『顔を見れば名前が分かる能力』を持っていると考えれば矛盾は無い」
L「…………」
月「言うまでもなく、どちらも極めて非科学的な内容の推理だが――……しかしそもそも、『直接手を下すことなく人を殺せる』なんてこと自体が十分非科学的――」
L「――月くん」
月「何だ? 竜崎」
L「やはり私が死んだら、継いでもらえませんか」
月「え?」
L「Lの名を」
534:以下、
月「…………」
L「…………」
月「竜崎」
L「はい」
月「僕達はどちらも死なない。そして必ずキラを捕まえる」
月「それが僕の答えだ」
L「……月くんらしいですね」
(三時間後・相沢と松田が戻り、捜査員全員が揃った捜査本部)
(『黒いノート』およびキラの能力に関する推理を他のメンバーに話すLと月)
L「……というのが、現時点での私と月くんの推理です」
月「およそ非科学的な推理ではありますが……しかしその点さえ措けば、キラの裁きや殺しの能力を最も合理的かつ論理的に説明することができる推理だと思います」
総一郎「……名前を書いたら、書かれた人間が死ぬノート……」
相沢「そして『顔を見れば名前が分かる能力』……か」
松田「確かに非科学的ではありますけど……でも月くんの言うように、キラの裁きや殺しの能力については……」
総一郎「……うむ。極めて合理的、かつ論理的に説明できている」
月「ですが、これはあくまでもまだ『推理』でしかありません。この『推理』に『確証』を与えるには……」
相沢「ノートの現物を押さえて……検証するしかないってことか」
月「はい」
星井父「…………」
松田「で、でも……ノートの検証っていっても、具体的にはどうやるんですか?」
L「『ノートに名前を書かれた人間が死ぬかどうか』の検証ですから……当然、誰かの名前を書いてみるしかないでしょうね。一番分かりやすいのは……死刑の決まっている者の名前をノートに書き込むこととし、もし名前を書き込んでもその者が死ななければ死刑を免除する、という司法取引を交わさせる……などでしょうか」
総一郎「りゅ……竜崎! いくらなんでもそんなやり方は……」
L「……まあ、とりあえずは自白が優先です。もしノートにこれまでに裁いてきた犯罪者の名前が書かれていればまず言い逃れはできないでしょうし……書かれていないか、あるいは書かれていても認めないようであれば、こちらの推理内容を一通り聞かせた上で自白を促す……」
L「ただ、いずれにしてもノートの現物を押さえてからの話です。検証の方法はまたその後で考えましょう」
総一郎「う、うむ……」
月(上手くはぐらかしたな)
535:以下、
相沢「竜崎。ちょっといいか?」
L「はい。何でしょう。相沢さん」
相沢「765プロの合宿期間中……係長が星井美希に送ったメールの件だが」
L「はい」
星井父「…………」
相沢「係長が送ったメールに対する星井美希の返信のタイミングから察するに……合宿中ということもあって、生活リズムは多少変動していたようだが……それでも毎日23時までには就寝していたと推測される」
L「そうですね。23時以前に送ったメールはその日のうちに返信がありましたが、23時以降のメールについては翌朝に返信が来ていました」
L「もちろん、起きていてもすぐには返信しなかったという可能性もありますから、あくまでも推測の域を出ませんが」
相沢「ああ。だが、合宿期間中のキラの裁きはそれ以前と同様……いずれの日も22時以前だった。よって星井美希の生活リズムの変動とキラの裁きの間に相関性は無い……」
L「はい。ですが、それは彼女がキラであるとする推理を強める根拠にはならないというだけで、弱める根拠にもなりません」
相沢「ああ、それは分かっている。俺が気になっているのは『合宿期間中も裁きの時間は変わらなかった』という点だ」
L「……と、言いますと?」
相沢「竜崎や月くんの推理を前提にすると……星井美希は合宿期間中も『黒いノート』に犯罪者の名前を書いていたということになる。そしてその時間は毎日22時以前……おそらくはまだ他のアイドル達も起きているであろう時間帯にだ」
L「……つまり、『他のアイドルに見つかるかもしれないのに、あえてそんなリスクを冒すか?』ということですか」
相沢「そうだ。どうせなら他のアイドルが寝静まってから……あるいは明け方など、安全な時間帯はいくらでもあったはずだ」
相沢「それにもかかわらず、あえてリスクを冒してまでそれまでと同じ時間帯に裁きを行ったというのは……正直、可能性として高いとはいえないのでは?」
L「そうですね……。まず考えられるのは、単純に他のアイドルを信頼していた……つまり万が一、ノートに犯罪者の名前を書いているところを見られたとしても……後でいくらでも誤魔化すことができ、また他のアイドルも自分の言うことを疑うはずが無いという確信があった……といったところでしょうか」
松田「な、なんか随分楽観的ですね……」
L「……それだけの強固な信頼関係が、765プロダクションのアイドル同士の間にはある……その点については私も否定しません」
松田「竜崎……はるるんのファンの振りをしているうちに、なんだか本当にファンになってません?」
相沢「松田」
松田「はい。すみません」
L「……あともう一つ考えられるとしたら……『あえて裁きの時間帯を変えなかった』という可能性です」
相沢「あえて……?」
L「はい。前にも言いましたが……おそらく星井美希は自分が“L”に疑われているということに気付いています」
L「だとしたら……自分が合宿に行っている間だけ裁きの時間帯が普段と違っていたら、自分に対する嫌疑がより強くなる……そこまで考えた上で、リスクを覚悟で従前と同じ時間帯において裁きを行った……」
L「私としては、むしろこの可能性の方が高いのではないかと思っています」
相沢「なるほど……」
536:以下、
月「もしそうなら……合宿期間中に星井さんが送ったメールについても怪しまれている可能性はあるな。一応、今は星井さんはキラ事件の捜査本部から外れているということになっているが……それでも、以前捜査本部にいたということは知られているわけだから」
L「そうですね。その可能性は十分にあると思います」
星井父「…………」
総一郎「それなら……例の犯罪者裁きの報道操作についても、一日一人とはいえ、特定の犯罪者のみ裁きの結果が報道されていないという事実に気付き、いや、それのみならず……それが“L”によるものだということまで勘付いていてもおかしくはないな」
L「はい。これも星井美希および天海春香から怪しまれることのないように一日一人としましたが……もし、星井美希が星井さんからのメールを怪しむ程度にまで警戒心を強めていたとしたら……そこまで推測されている可能性は十分にあります」
松田「そ、そんな……じゃあこっちの思惑は全部筒抜けってことですか?」
L「いえ。それは大丈夫です」
松田「えっ」
L「まず、星井さんに送ってもらったメールですが……もしかしたら星井美希には、その目的……つまり『キラの裁きの時間帯と合宿中の星井美希の生活リズムとの相関性を調べる』ということには気付かれたかもしれません」
松田「! じゃあ……」
L「……ですが、それは今後、星井さんが星井美希に警戒されることにより、自ら探りを入れることが難しくなるという程度で、さしたる問題ではありません。元々、星井さんに行ってもらっていたのは家庭内における星井美希の動向の観察が主であり、彼女に対し積極的に探りを入れてもらっていたわけではありませんので」
星井父「…………」
総一郎「そもそも娘の心配をして父親がメールを送ることくらい、何らおかしなことではないからな」
月「父さんがいきなり粧裕にメールを送ったら確実に怪しまれるとは思うけどね」
総一郎「…………」
L「また、犯罪者裁きの報道操作の方も……仮に怪しまれたところで、その目的には絶対に気付けません」
L「むしろ、これらの方に星井美希の注意を向けさせることができたのだとすれば、それだけ本丸の作戦――行き帰りの空港におけるノートの『確認』――からは目を逸らさせることができたのではないかと思います」
月「確かに……行きも帰りも、手荷物検査には普通に鞄を通していたからな。僕達が既に『黒いノート』の存在を検知しており、それを持ち運んでいることの証拠を押さえようとしていたことなど……まず気付いてはいないだろう」
総一郎「うむ。仮にそのことに気付いていれば、無防備にノートの入った鞄を検査に通すはずがないからな」
L「そうですね。そしてそれはすなわち、我々が『黒いノート』の存在を検知するに至った最初の契機――『黒いノート』の授受の場面を南空ナオミが目撃していたこと――にも、やはり気付いてはいないだろうということを意味します」
537:以下、
相沢「しかし……今にして思えば、随分上手くいったもんだな。南空ナオミの尾行捜査は」
L「そうですね。考えられる要因はいくつかありますが……そもそも、私が南空に尾行を頼んだのは、時期的にはキラ事件が始まってから二か月半ほどが経った頃でした」
L「キラ事件の開始時は、まだ星井美希と天海春香の二人は連携していなかったはずですから……おそらく、私が南空に尾行を頼んだ時は、二人が連携し始めてすぐの頃だったのではないかと思われます。ゆえにまだ色々と隙があり、外でもノートにカバーを掛けずに受け渡しをしていたのではないでしょうか」
L(もっとも実際は、監視カメラが撤去された直後で警戒心が緩んでいた、という理由が大きかったのだろうが……)
L「この点、我々としては外の公園よりも事務所内で渡された方がまずかったわけですが……二人は事務所内の他の人間に見られるリスクの方を回避したかったのだと思われます」
L「また南空の尾行捜査自体、彼女が私用で来日していたところを、私が無理を言って夜神さんの補佐として捜査協力してもらっていたに過ぎません。ゆえに尾行期間自体、数日間しか無かったですし……合間合間の時間を使っての捜査でしたから、尾行そのものに多くの時間は割けていなかったはずです」
L「それに加えて、当時は萩原雪歩をも含めた三人分の尾行を南空一人でしてもらっていました。必然、星井美希および天海春香に対する尾行の時間はそれだけ短くなっていたはずですから……これらの点も考慮すると、南空の尾行が二人に気付かれていた可能性は相当程度低かったものと考えられます」
松田「なるほど……って、じゃあ今、僕と相沢さんはもう一か月半以上、一日のうちのかなりの時間をミキミキとはるるんの尾行にあててるんですが……それも、マスクにサングラスっていうめちゃくちゃ怪しい恰好で……」
L「はい」
松田「(はいって……)これって、尾行自体がもう既に二人に気付かれている可能性もあるってことですか?」
相沢「だからマスクとサングラスなんだろ。顔さえ見られなければ殺されない」
松田「ああ、なるほど……って、いやいや!」
538:以下、
相沢「しかし……殺しの道具がノートであり、キラ事件開始の当初……いや、より正確に言えば765プロの前のプロデューサーが死んだ時点では、星井美希と天海春香はまだ連携していなかった。そうだとすると、この二人はそれぞれ別個にノートを所持していた……いや、今もしている……ということになるのか?」
L「はい。そうですね」
相沢「そうだとすると……何故、天海春香は星井美希にノートを渡したんだ? 各々が一冊ずつ持っているのなら、一方が他方に貸したりする必要は無さそうだが……」
総一郎「! …………」
総一郎(そうか。監視カメラの件を知っているのは私と竜崎……と、竜崎が伝えたライトのみ。そのことを知らない相沢達に説明するには……)
L「そこはあまり気にしなくてもいいんじゃないでしょうか」
相沢「えっ」
L「二人が連携してまだ間も無い頃だとすると、互いが持っているノートの効力が同じかどうかなどを確かめる必要はあったでしょうし……また天海春香が持っていると思われる『顔を見れば名前が分かる能力』を手に入れるためには、天海春香の持つノートを一時的に所持しなければならないとか……何かそういう事情があったのかもしれません」
相沢「……なるほど。だから天海春香が星井美希に自分のノートを渡した、ということか」
L「はい。そしてその場面を南空によって目撃された……」
相沢「ふむ」
L「ですが、いずれにせよ推測の域を出ませんし……今この点を議論しても終局的な結論には至らないでしょう」
L「むしろこの二人のいずれかが『黒いノート』を外に出したのはこの一回だけだった……この事実自体が、このノートがキラの活動に関する単なる連絡用の道具などではないということの証左です」
L「もしこれが単なる連絡用の道具であれば、もっと頻繁に互いに交換なり授受なりを繰り返しているはずですから」
相沢「確かに……」
月(上手く誤魔化したな)
540:以下、
L「また先ほどもご説明しましたが、この『黒いノート』がただの連絡用の道具ではないと推理できる根拠としては、星井美希がほとんど常にこれを自分の目の届く範囲に置いている、ということも挙げられます」
L「もっとも、だからといって24時間常にこれを身に着けているというわけではないでしょうし、またそんなことは物理的に不可能です」
相沢「それはまあ……そうだろうな」
松田「お風呂とかもありますもんね」
星井父「……………」
相沢「松田」
松田「す、すみません」
L「ただ、極力そのような状況が生じないように相当工夫を凝らしていることは事実です」
総一郎「というと?」
L「まず、外を歩いている時は常に鞄に入れて持ち運んでいるものとみて間違い無さそうですので……注意すべきは彼女がどこかに滞在している時です」
L「星井美希の滞在時間が最も長い場所は当然自宅ですが……星井さん」
星井父「! ……何だ?」
L「念の為に確認しますが……ご自宅の中で『黒いノート』らしき物を見かけたことはありませんね?」
星井父「ああ。前に言った通りだ。一度も無い」
L「そして……このことで特に美希さんの部屋の中を確認したりしたことも無い。そうですね?」
星井父「そうだ。俺がそれをしても意味が無いと、以前竜崎にも言われたからな」
L「そうでしたね。もっとも、ノート一冊くらいならいくらでも隠し場所はありそうですし……多少調べた程度ではすぐに見つかるとも思えません」
松田「しかしそうなら、外出時も持ち運ばずに、ずっと家の中に置いていてもいいのでは?」
星井父「まあ何かの偶然で……という可能性はあるからな。たとえば美希の姉の菜緒なんかは、物の貸し借りなどでちょくちょく美希の部屋に入っていてもおかしくない」
松田「なるほど」
L「そんなところでしょうね。逆に言えば、この『黒いノート』はその程度の可能性すらも無視できないほどに重要なものである、ということです」
星井父「…………」
L「次に星井美希がよく滞在しているのは765プロダクションの事務所ですが……こちらには個人別の鍵付きロッカーがありますので、事務所にいる間は普通にこれを使用し……この中に鞄ごとノートを入れているものとみてまず間違い無いと思われます」
月「個人別の鍵付きロッカー? そんな話、僕も天海春香から聞いたことが無かったが……よく分かったな」
L「事務所が休みの日にワタリに侵入して調べてもらいました。もちろん監視カメラ等に痕跡は何一つ残していません」
総一郎「いつの間に……」
L「また現在星井美希が通っている高校ですが……こちらでは、アイドルであり私物が盗まれたりするおそれがあるということを理由に……彼女は特別に鍵付きのロッカーを学校から借りている。そうですね? 星井さん」
星井父「! 確かにそうだが……話したか?」
L「これもワタリに調べてもらいました」
星井父「…………」
L「よって、学校にいる間はここにノートを入れているものとみてまず間違い無いでしょう。体育の時間など、どうしても物理的にノートから離れざるを得ない状況はあるはずですので」
月「なるほど。理由も説得的だし、それなら特に周囲から怪しまれることも無いだろうな」
L「はい。そして最後に、今回の765プロダクションの合宿所となった福井の民宿ですが……これについても、ワタリに事前に調べてもらいました」
松田「ワタリ凄いっすね……」
総一郎「うむ。普段はあまり姿を見かけないと思っていたが、裏でそんなに動いていたとは……」
543:以下、
L「具体的にどの民宿に泊まるのか、ということまでは私や月くんも知りませんでしたが、例の会合時に聞いた『隣に市民会館がある福井の民宿』という条件にあてはまるものは一つしかなく……特定は容易でした」
L「そしてワタリの調査の結果、この民宿は特にセキュリティが高いわけでもない、ごく普通の民宿だったことが分かりました」
L「765プロダクションのアイドル一行が宿泊していたのは一階または二階の大部屋と思われますが……そのいずれの部屋においても、中にあるのは共用の金庫だけです」
L「その中にはせいぜい財布や携帯電話を入れるのが関の山……いくら袋に入れた状態だとしても、そんな所にノートを入れていたとは思えません。他のアイドルに不審に思われるだけです」
L「また大きなホテルのフロントならまだしも……一介の民宿の主人にノートだけをわざわざ預けるとも思えません。そんな場面を他のアイドルに見られでもしたらやはり不審に思われますし、そもそも主人からも怪しまれるでしょう」
L「以上より、星井美希は……今回の合宿期間中、『黒いノート』については基本的に部屋の中に普通に置いていたのだろうと思われます」
L「我々がX線写真で確認したとおりの状態――すなわち、ノートにカバーを掛けてビニール様の袋に入れ、それを鞄の中に入れた状態で――です」
L「もちろん、流石に鞄のファスナーくらいは常に閉めるようにしていたのだろうと思いますし、それなりに長い時間、部屋を空けることがあれば鞄ごと外に持って行ったりもしていたのでしょうが……短い時間であれば、ノートを置いたまま部屋の外に出ていた、ということもおそらく何度もあったであろうと思われます」
L「鞄にせよ袋にせよ、常に何かしらを携帯した状態で行動していれば、それはそれでやはり怪しまれるでしょうから」
相沢「いや、だが……いくらなんでも無防備過ぎないか? 誰でもノートに触れる状態であったにもかかわらず、部屋の中にそれを置いたまま外出していたというのは……それこそ、今まで竜崎が説明してきた普段の注意深い行動と矛盾するようにも思えるが」
L「はい。確かに無防備です。……ですが、これは彼女の普段の行動と矛盾するわけではありません」
相沢「? どういうことだ?」
L「おそらく、星井美希には確信があったのでしょう」
相沢「確信?」
L「はい。『仮にノートを入れたままの鞄を部屋に放置したとしても、それが他のアイドル仲間に探られたりすることは絶対に無い』という確信が」
相沢「! …………」
L「もちろん、キラ事件の共犯である天海春香がその場にいたから、という理由もあるでしょうが……自分が部屋にいないときに天海春香が常にいるという保証はありません」
L「それにもかかわらず、星井美希がこの極めて無防備な状態を是としていたのは――……」
L「『信頼』があったからです」
総一郎「信頼……」
L「はい。765プロダクションのアイドル同士を強く結び付けている『信頼』……それがあったからこそ、星井美希は、およそ他の場面では考えられないくらいに無防備な状況であっても、それを受け入れ……ノートを置いたまま部屋を離れることができたのだと考えられます」
L「なので、もし仮に……我々が765プロダクションのアイドルの中の一人を事前に懐柔できていたとしたら、その者を使って……極めて容易にノートの現物を押さえることができたでしょうね」
星井父「…………」
544:以下、
L「また自宅でも、一時的であれば……たとえば風呂やトイレの時、一階に降りている時などは……おそらくノートは自分の部屋に置いたままでしょう。いくらなんでも家の中でも常に持ち歩いているとは思えませんし、それなら星井さんが一度も『黒いノート』を見ていないのはおかしい」
L「これもやはり、765プロダクションのアイドル同様……星井美希が自分の家族の事を『信頼』しているからだと思われます」
星井父「…………」
L「つまり星井美希は『信頼できる者』しかいないような場所であれば、ノートを置いたままにして一時的にその場を離れるなど……ある程度の危険は受容して行動しているものと考えられます」
L「なので私達はその『信頼』を利用し、そこにつけ込みます」
L「星井美希が『この状況でノートを奪われることは無い』と確信できるような状況を作出し、そこでノートを押さえます」
L「その為に必要なのは……『信頼できる者』を星井美希の傍に置き、その『信頼できる者』の手によってノートを押さえさせること……これしかありません」
L「その具体的な『計画』は以前皆さんにご説明したとおりです。もうこの後すぐにでも『計画』の第一段階の実行に移ります。……月くん」
月「ああ、分かっている。今日中に連絡を入れ……都合がつくようなら、明日にも実行する」
L「ありがとうございます。そして『実行』の際、月くんには例の超小型マイクを身に着けてもらいますので……夜神さんと模木さんはここで月くんの発言を聴き……適切なタイミングで報道機関に連絡し、指示を出してください」
総一郎「ああ、報道機関には既に話を通してある。大体『30分後』くらいにテロップを流すよう、指示を出す予定だ」
L「よろしくお願いします。そして相沢さんと松田さんは……ノートの『確認』が済んだ以上、もう当面の間の尾行は不要ですが……もし星井美希または天海春香が尾行に気付いていた場合、『合宿が終わった途端に尾行が無くなった』と思われてしまうとまずいのと、いずれにしても『計画』の最終段階では必ずまた尾行が必要になりますので……尾行自体はこれまで通りのペースで続けて下さい」
相沢「分かった」
松田「またマスクとサングラスか……はぁ」
545:以下、
L「そして、星井さんは……」
星井父「…………」
L「これまで通り、この捜査本部に居る時以外は常に超小型マイクを身に着けていて下さい。またこれまで同様、美希さんに積極的に探りを入れて頂く必要はありません」
L「先ほどもお話ししたように、合宿期間中の星井さんのメールが不審に思われていないとも限らないためです。今、下手に動くと藪蛇となるリスクがあります」
L「なのでむしろ、合宿中のメールが不自然に思われないように……これからは娘を思いやる父親として、今まで以上に愛情を持って美希さんに接して下さい」
星井父「! …………」
L「『合宿中は心配するようなメールを送っていたのに、合宿から帰って来た途端に素っ気ない態度になった』……これではあまりに怪しい……その態度のギャップから、合宿期間中のメールの真の意図に気付かれないとも限りません」
星井父「……ああ。分かった」
月「…………」
月(そういうことか……竜崎)
月(合宿期間中、星井さんから星井美希にメールを送らせた目的は『キラの裁きの時間帯と合宿中の星井美希の生活リズムとの相関性を調べること』にあった。そのこと自体は間違い無い)
月(だがこの目的が達せられると否とにかかわらず……竜崎にはもう一つの意図があった)
月(それは……星井さんに『星井美希が合宿期間中のメールを怪しんでいる可能性がある』と伝え……その対応策として、星井さんに今まで以上に父親としての愛情を持って星井美希に接するように指示すること)
月(まさに今、竜崎が星井さんに指示した内容がそれだ)
月(だがこの指示の真の意図は……『父親の愛情』を盾に、星井美希に自身の父親である星井さんを殺すことを躊躇させるということにある)
月(現状、星井美希に捜査本部のメンバーとして顔が割れているのは父さんと模木さんの二人だけ。だが星井美希がメールの件を訝しみ、星井さんが今もキラ事件の捜査に関与している可能性がある、と考えたとすれば……)
月(星井美希が自分の知る限りのキラ事件の捜査に関与している人物を殺そうと考えた場合……父さんや模木さんだけを殺し、自分の父親である星井さんだけは殺さない……などということはできない)
月(もしそんなことをすれば、自分がキラだと自白しているようなものだからだ)
月(つまり、星井美希がキラ事件の捜査に関与している人間を皆殺しにするなら……自身の父親もその対象に含めざるを得ない)
月(だがキラといえども人の子……ましてやまだ15歳の少女。赤の他人ならいざ知らず……自分の父親を殺すことに抵抗を覚えても不思議ではない)
月(その結果、星井美希が父親を殺せなければ、必然的に捜査本部の他のメンバーも殺せなくなる。竜崎が利用しようとしているのはまさにその点だ)
月(父親と娘が互いを想い合う気持ち――つまり、家族としての情愛――これを最大限に利用した策)
月(まったく、これではどっちが悪だか分かりゃしない)
月(だが、まあ――……)
L「それでは皆さん。あと一息です。頑張りましょう」
一同「はい!」
月(それは、僕も同じか)
月「…………」
968: 以下、
【翌日・都内某駅前】
【アリーナライブまで、あと37日】
(手持ち無沙汰気味に、誰かが来るのを待っている様子の海砂と清美)
(二人の間に会話は無く、二人ともどこか落ち着かない様子で並んで立っている)
海砂「…………」
清美「…………」
月「やあ。二人とも。待たせてごめん」
海砂「! ライト」
清美「夜神くん」
月「詳しいことは後で話す。とりあえずついてきて」
海砂「……うん」
清美「…………」
(二十分後・駅近くのホテルの一室)
(部屋に入った月、海砂、清美)
月「…………」
海砂「…………」
清美「…………」
月「……さて」
海砂・清美「!」
月「ミサ」
海砂「! は、はい」
月「そして……高田さん」
清美「……はい」
月「昨日、二人にはそれぞれ、電話で伝えたが……今ここで、改めて言っておく」
海砂「…………」
清美「…………」
月「僕は―――キラだ」
553:以下、
【一日前・キラ対策捜査本部(都内のホテルの一室)】
L「では早お願いします。月くん」
月「ああ」ピッ
月「…………」
海砂『ライト?』
月「ミサ。今ちょっと話せるか?」
海砂『うん、いいよ! 今日は随分早いんだね』
月「まあね」
海砂『あっ! もしかして、もうミサの声が聞きたくて聞きたくて仕方無かったってカンジ?』
月「まあね」
海砂『もー。だったらもっといっぱい電話してきてくれてもいいのにー』
月「まあね」
相沢「……月くん、さっきから『まあね』しか言ってないが……」
松田「ミサミサと付き合うことになってから、毎日必ず電話してるそうっすけど……大体いつもこんな感じらしいっすよ」
相沢「……弥はいいのか? それで……」
松田「いいんじゃないっすか? イケメン大正義ってことで」
相沢「そういうもんなのか」
松田「そういうもんっすよ……はぁ」
海砂『……っていうか、ライト……』
月「ん? どうした? ミサ」
海砂『ミサ達が付き合ってから明日で二週間になるけど……まだ、会えないの……?』
月「ああ。今日はその事で電話したんだ」
海砂『! じゃあ……もう会えるようになったってこと?』
月「ああ」
海砂『! やったぁ! ねぇねぇ、じゃあいつ会えるの? もしかして今日?』
月「今日は無理だが……ミサの都合さえつくようなら、明日にでも会いたいと思ってる。どうかな?」
海砂『うん、もちろんオッケーだよ! ホントは今すぐにでも会いたいところだけど……でもきっと、ライトにも事情があるんだよね?』
月「ああ……すまない」
海砂『ううん。ミサ、平気だよ。二週間も我慢してたんだから、あと一日くらい何てことないって』
月「ありがとう。……ところで、ミサ」
海砂『? 何? ライト』
月「少し大事な話がある。驚かないで聞いてくれ」
海砂『えっ。ら、ライト……まさかもうプロポーズ? それはいくらなんでも気が早過ぎるような気がするけど……ううん。でも、ライトが望むならミサはいつでも……』
月「……そうじゃない。ミサ。今まで黙っていたが……僕は君の秘密を知っている」
海砂『え?』
月「君のご両親の事。そして……君がキラを崇拝している事をだ」
海砂『!』
554:以下、
海砂『……そっか。知ってたんだ』
月「ああ」
海砂『……まあ、秘密ってほどでもないけどね。両親の事なら普通にネットに出てるし……キラの事も、ミサ、たまにブログとかに書いてるし』
海砂『流石に大っぴらに書いちゃうとヨッシーに怒られるから、さりげなくだけどね』
月「…………」
海砂『でもライト、何で今になってその事を……?』
月「…………」
海砂『もしかして、ミサが今まで黙ってたから怒ってるの?』
月「違うよ」
海砂『じゃあ、ミサがキラを崇拝してることを良く思ってないとか……? ライトのお父さんは刑事さんだし、ライトの将来の夢も同じ……』
月「違うよ」
海砂『じゃあ』
月「それは僕がキラだからだ」
海砂『!?』
月「…………」
海砂『ら、ライト。今、何て……?』
月「僕がキラ。そう言ったんだ」
海砂『…………』
月「信じられないか? まあ無理も無い」
海砂『あ、いや……信じられないっていうか、その、ちょっとびっくりしたっていうか……』
月「…………」
海砂『えっと、冗談……じゃないんだよね?』
月「もちろん」
海砂『…………』
月「まあ、すぐに言われても信じられないのは仕方が無い。詳しい事は明日改めて伝えるよ。……高田さんと一緒に」
海砂『? 清美ちゃん? 何で?』
月「彼女もまたキラ崇拝者だからだ」
海砂『!』
555:以下、
海砂『清美ちゃんも、キラを……』
月「そうだ。そして今、僕がやろうとしている事にはキラの考えに同調してくれる仲間が必要なんだ」
海砂『! じゃあそれがミサと……清美ちゃんってこと?』
月「そうだ」
海砂『……じゃあ、ライトがその、ミサと……』
月「でも」
海砂『!』
月「君への気持ちは嘘じゃない」
海砂『! ……ライト……』
月「高田さんにも協力は依頼するが、それはあくまでもキラの仲間としてだけで、特別な感情は無い」
海砂『…………』
月「だがミサ。君は違う」
海砂『! …………』
月「君にもキラの仲間として協力してもらいたいのは事実だが……それ以上に、僕のパートナーとして……ずっと傍に居てほしい」
海砂『ライト……』
月「この気持ちは本当だ。僕がキラだということは今すぐに信じてくれなくてもいい。でも、この気持ちだけは……どうか信じてほしい」
海砂『……分かった』
月「ミサ」
海砂『正直、まだだいぶ混乱してるけど……でも、ライトがミサのことをすごく大切に想ってくれてるってこと……それだけは信じるよ』
月「ありがとう。ミサ。ただ僕との関係についてはまだ誰にも言わないでくれ。便宜上、高田さんには僕の方から伝えるが」
海砂『うん。分かったよ』
月「じゃあミサ。また明日。待ち合わせの時間と場所は後でメールする」
海砂『ありがとう。……ねぇ、ライト』
月「ん?」
海砂『たとえライトが何者でも、何をしようとしていても……ミサはライトのこと、ずっと大好きだからね』
月「……ああ。僕もだよ。ミサ」
556:以下、
月「…………」ピッ
月「……ふぅ」
L「お疲れ様です。月くん。では続けてお願いします」
月「……ああ。分かってるよ」ピッ
松田(竜崎、容赦無いな……)
清美『夜神くん?』
月「高田さん。急にごめんね。今ちょっといい?」
清美『え、ええ……いいけど。どうしたの?』
月「実は君に……確かめておきたいことがあって」
清美『? 何?』
月「高田さん。君は……キラを崇拝しているね?」
清美『! …………』
月「…………」
清美『……流石ね。夜神くん。この前、少しキラについて話しただけで……分かってしまったのね』
月「ということは、やはり……」
清美『ええ、そうよ。あなたの言うとおり……私はキラを崇拝しています』
月「……そうか」
清美『でも、どうしてわざわざそんなことを?』
月「…………」
清美『夜神くんは警察志望……そんな夜神くんからすればキラは悪。ゆえにキラに賛同している私の考えを正そうと?』
月「違う。そうじゃない」
清美『じゃあ』
月「いいかい。清美……僕がキラなんだ」
清美『!? 夜神くんが……キラ?』
月「そう。僕がキラ……ただそれだけの事だ」
557:以下、
清美『…………』
月「信じられないか?」
清美『い、いえ……ただ少し、驚いたというか……その、唐突だったから……理解が追いついていなくて』
月「そうだな。無理も無い。ただ口で言っただけで信じろというのも酷な話だ」
清美『…………』
月「だから清美。明日僕と会ってくれないか?」
清美『! あ……明日?』
月「ああ。明日直接会って……全てを君に話したい」
清美『……分かったわ』
月「ありがとう。それともう一つ、言っておくことがある」
清美『? 何?』
月「明日会うのは二人きりじゃない。弥海砂も一緒だ」
清美『えっ。み、海砂さん? ……何で?』
月「……僕は今、弥海砂と付き合う形を取っている」
清美『!? そ、それはどういう……?』
月「彼女もまたキラ崇拝者だからだ」
清美『! 海砂さんも……?』
月「そうだ。詳しい情報はネットにも出ているが……彼女は両親を強盗に殺されており、その強盗をキラが裁いたことからキラを崇拝している」
清美『……そうだったの……』
月「ああ。そして今、僕がやろうとしている事にはキラの考えに同調してくれる仲間が必要なんだ」
清美『それが私と……海砂さんということ?』
月「そうだ。僕が弥と付き合う形を取ったのはまさにそのためだ」
清美『! …………』
月「今から二週間ほど前、彼女は僕に告白をしてきた。正直言って、僕は彼女に特別な感情などは全く無かった。だが自分の目的を果たすためには、彼女の好意を無下にするわけにはいかなかったんだ」
清美『……じゃあ、夜神くんはその『やろうとしている事』のために海砂さんと付き合う形を取っているだけ……ということ?』
月「そうだ。そして……」
月「僕が本当に想っているのは君だ。清美」
清美『! …………』
559:以下、
月「今から一か月ほど前……君が僕に告白してくれたときは本当に嬉しかった」
月「だが僕は自分の目的のために弥に接触し、彼女と信頼関係を築いておく必要があった。だから君の告白を受けるわけにはいかなかったんだ」
清美『…………』
月「この気持ちは本当だ。僕がキラだということは今すぐに信じてくれなくてもいい。でも、この気持ちだけは……どうか信じてほしい」
清美『……分かったわ』
月「清美」
清美『正直、まだ完全には頭の整理ができていないけど……今話してくれた夜神くんの気持ち……これだけは信じるわ』
月「ありがとう。清美。だが今話したことは絶対に弥には秘密にしてくれ。また便宜上、これからは弥も含めて三人で会う時は弥のことを下の名前で、君のことはこれまで通り名字で呼ぶが許してほしい」
清美『分かったわ。海砂さんの前では、私とあなたはあくまでただの友人関係ということね』
月「その通りだ。流石は清美。理解が早くて助かるよ。ではまた明日。待ち合わせの時間と場所は後でメールする」
清美『あっ』
月「ん?」
清美『……夜神くん。私は全部あなたの言うことに従うわ。でもこれだけは約束してくれる?』
月「何だい? 清美」
清美『夜神くんの目的が全うされて、もう海砂さんと付き合う形を取る必要が無くなったときは……その……』
月「ああ。分かっている。そのときはちゃんと弥との関係にけじめをつけて……今度は僕の方から君に想いを伝えるよ」
清美『! 夜神くん……』
月「それでいいか? 清美」
清美『……はい』
清美『楽しみに待っています。その日が来るのを』
月「……ああ。僕もだよ。清美」
561:以下、
月「…………」ピッ
月「……ふぅ」
L「お疲れ様です。月くん」
月「ああ。ありがとう。竜崎」
松田「なんていうか……流石は月くんって感じっすね……。現役のアイドルとミス東大候補の二人を同時に相手取るなんて……」
相沢「二人に言ってる台詞ほとんど同じだったけどな……」
松田「いいんすよ、言ってる内容なんて何でも。結局はイケメン大正義なんすから」
相沢「お前それ、言ってて虚しくならないか?」
松田「……なります」
相沢「……すまん」
総一郎「しかし今更だが……やはりライトがキラを名乗るというのは……」
L「夜神さん。お気持ちは分かりますが、少なくともキラ崇拝者である二人に対して『キラを追う者』を名乗るよりは遥かに安全な策かと」
総一郎「それはまあ……そうだが」
L「それに何より、弥海砂と高田清美はどちらも月くんの虜……この二人が星井美希・天海春香の両名に月くんを売ることはまずありえません」
総一郎「そうだな……そもそも、私も事前に承諾していた策だ。もうこれ以上とやかくは言うまい」
L「ありがとうございます。では月くん。明日、よろしくお願いします」
月「……竜崎」
L「? はい。何でしょう」
月「……仮にキラを捕まえられても、僕がミサか高田に殺されるような気がするんだが」
L「月くんなら大丈夫です」
月「何を根拠に……まったく、そのときはお前も一緒に頭を下げてくれよ。場合によっては土下座でもだ」
L「もちろんです。地獄の果てまでお付き合いすることを約束します」
月「……それ結局死んでるだろ」
563:以下、
【現在・都内某駅近くのホテルの一室】
月「僕は―――キラだ」
月「いや、正確には……『キラだった者』……か」
海砂「……『だった』?」
月「ああ」
清美「どういうことなの? それは……」
月「簡単な事だ。僕はかつてキラとして活動し、犯罪者裁きをしていたが……今はそれをしていない」
月「なぜなら……今の僕は、キラとしての能力の大半を別の者に奪われてしまっているからだ」
海砂「!」
清美「能力を……奪われている?」
月「そうだ。では、もう少し詳細に説明しよう」
月「僕がキラの能力を得たのは……昨年の11月の半ば頃だった」
月「『直接手を下さずに心臓麻痺で人を殺せる』という超常的な力を得た僕は、その力を使って世にはびこる犯罪者達を一斉に裁き始めた」
海砂「…………」
清美「…………」
月「だが……今年の2月頃」
月「僕の能力が何者かによって奪われた」
海砂「!」
清美「…………」
月「より正確に言うと、僕が奪われたのは『能力の大部分』であり……キラとしての力を全く使えなくなってしまった、というわけではなかった」
月「だがそれまでと比べ、僕のキラとしての殺傷能力は大幅に制限されることになってしまった。そのため、以前のように……この世にはびこる凶悪犯を軒並み粛清する、などといったことはできなくなってしまったんだ」
月「僕は焦った。僕の理想とする、真面目で心の優しい人間だけの世界をつくること――すなわち、新世界の創世――が、道半ばにして頓挫してしまうのではないかと」
海砂「ライト……」
月「そして僕は考えた。自分に残された僅かな力をどう使っていくべきか……少なくとも、これまでと同じペースで犯罪者を裁き続けていくことなどはもうできない」
月「結局、当面の間の暫定措置として……既に起訴されており、僕が手を下さずとも裁判で有罪判決を受ける可能性が高い者などは見逃すことにした」
月「自分の手で犯罪者を裁けないことに対する悔しさはあったが、自身の置かれた状況を鑑みると仕方無かった」
月「……しかし」
清美「? しかし?」
月「そうやって、裁きの範囲に制約を掛けるようにした直後……『僕が裁いていない犯罪者』が心臓麻痺で死んだ」
海砂「!」
清美「それって……」
月「そう。そこで僕は気付いたんだ。『僕から能力を奪い、僕に代わって犯罪者裁きを行っている者がいる』ということに」
月「つまりその者が……今のキラだ」
海砂・清美「! …………」
564:以下、
月「二人とも……もう大体の事は飲み込めたか? 今日、君達にこんな話をしたのは……僕が今のキラから力を取り戻し、そしてもう一度、僕の手で犯罪者裁きを再開する……これを実現するための協力を頼みたいからだ」
海砂「! ……今のキラから力を取り戻す……」
清美「そして夜神くんが、犯罪者裁きを再開する……つまり……」
海砂「ライトがキラに……戻る」
月「そうだ」
海砂「で、でもそれ……もう誰か分かってるの? その……ライトからキラの力を奪った人……って」
月「ああ」
海砂「! だ……誰なの? それ……」
月「その話より先に……しておくべきことがある」
海砂「え?」
月「僕がキラであることの……いや、キラであったことの証明だ」
海砂・清美「!」
月「正直言って、二人とも……まだ半信半疑といったところだろう? 僕がキラの能力を持っている、ということについては」
海砂「そ、そんなこと……ミサはライトの事、信じてるし……」
清美「……私もよ。夜神くん」
月「ありがとう。ただ理性と感情は別だからね。君達が信じたいと思ってくれる気持ちは嬉しいが、やはり言葉だけでは完全に信じ切るのは難しいだろう」
月「だから、今からそれを証明する」
海砂「い、今から?」
月「そうだ。……高田さん」
清美「えっ。は、はい」
月「君は以前、言っていたね。将来アナウンサーになるための勉強の一環として、キラ事件についてのニュースを研究していると」
清美「え、ええ……そんなに大したことはできていないけど……」
月「では、そんな君の目から見て……最近のキラの裁きに何か不審な点は無かったか? どんな些細な事でもいい」
清美「最近? 最近……あっ」
海砂「? 何?」
清美「ここ数日の話だけど……本来ならキラが裁いているはずの凶悪犯が数名……何故か未だに裁かれていないわ」
月「! …………」
海砂「え? そうなの?」
清美「ええ。先週の水曜日から一昨日までの四日間で報道された犯罪者のうち……一日あたり一人ずつ、計四人の犯罪者が未だに裁かれていない」
清美「これまでキラは、遅くとも犯罪者の報道がされてから24時間以内には裁いていたわ。それがこの四人については、いずれも最初の報道時から既に24時間以上が経過している……これまでのキラの裁きの傾向を考えると明らかに不自然」
月「…………」
565:以下、
月「……正解だ。流石は高田さん」
清美「夜神くん」
月「ちなみに、以前にも同じようなことは無かった?」
清美「以前……ええ。そういえば以前にもあったわ。確か、名前を間違われて報道された犯罪者と、顔写真を取り違えられて報道された二人の犯罪者……この三人については、最初の報道の後には裁かれず、数日後、正しい名前と顔写真での訂正の報道がされた後に三人とも裁かれていたわ」
月「その通り。これも正解だ」
海砂「へー、そんなことあったんだ……全然知らなかった」
月「今、高田さんが説明してくれた間違った報道の件は、まだ僕がキラとして裁きをしていた頃の話だが……最初の報道の時に裁けなかったのは、殺すための条件が足りていなかったからだ」
清美「殺すための条件……誤っていた報道の内容を考えると……『名前』と『顔』?」
月「そうだ。キラの裁きにはその二つの条件が必要となる。だからそれらが間違って報道されていた犯罪者については、僕はすぐに裁くことができなかった」
海砂「へー」
清美「ということは……今回、まだ裁かれていない四人の犯罪者についても同じ……? つまり、名前や顔が間違って報道されている……?」
月「いや、この四人についてはそうではない。全員、顔も名前も報道された通りで合っている。特殊なルートで照会を掛けたから間違い無い」
海砂「特殊なルートって?」
月「それについては後で話すよ」
海砂「もー、ライトったらさっきからそればっかじゃん」
月「そう言うなよ、ミサ。物事の説明には順序ってものがあるんだ。……で、この四人の犯罪者については名前も顔も合っているのに、何故裁かれていないのか、ということだが……その理由は極めて単純なものだ」
清美「単純?」
月「そう。一言で言えば……単なる裁き漏れ」
海砂「えっ」
清美「裁き……漏れ?」
566:以下、
月「ああ。これも後でまとめて説明するが……先週の水曜日から一昨日までの四日間、キラは通常通りに裁きをできる状況にはなかったものと推定される。ゆえに本来裁くべき犯罪者を見逃してしまった」
海砂「見逃してしまった、って……」
清美「…………」
月「ともあれ、結果的にこの四人の犯罪者は今も生きている。これを利用して……僕は今から君達に証明する」
月「僕がキラの力を持っている、ということを」
海砂・清美「!」
月「さっきも言ったが……能力の大部分を奪われてしまったとはいえ、それでも力が完全に失われたわけではない」
月「四人程度なら造作も無い」
海砂「じゃ……じゃあライト、その、今から……」
清美「…………」
月「では、悪いが二人とも向こうを向き、そのまま目を閉じてくれ」
月「僕がいいと言うまで絶対に振り返らないように」
海砂「わ、分かった……」スッ
清美「…………」スッ
(月に背を向け、目を閉じる海砂と清美)
月「よし。では少しの間、そのままで」
海砂「…………」
清美「…………」
月「…………」
月(そろそろいいか)
月「いいよ。二人ともこっちを向いて」
海砂・清美「!」クルッ
月「――今、僕が例の四人の犯罪者を殺した」
海砂・清美「! …………」
月「おそらく一時間もしないうちに、ニュース報のテロップが流れるだろう」ピッ
(部屋にあるTVをつける月)
月「悪いが、このままもう少しだけ待っていてくれ」
海砂「…………」
清美「…………」
567:以下、
【同時刻・キラ対策捜査本部(都内のホテルの一室)】
月『――今、僕が例の四人の犯罪者を殺した』
月『おそらく一時間もしないうちに、ニュース報のテロップが流れるだろう』
総一郎「模木。今の時間は」
模木「17時31分です」
総一郎「分かった」ピッ
総一郎「……もしもし。警察庁の朝日です。ええ。以前お伝えしていた件で……」
総一郎「そうです。四人まとめて……はい。死亡時刻は本日17時30分頃とし、報のテロップは18時頃にお願いします」
総一郎「はい。ご協力感謝します。それでは」ピッ
総一郎(後は……)
総一郎「…………」ピッ
総一郎「朝日だ。捜査ご苦労。星井美希の動きはどうだ?」
松田『松井です。お疲れ様です。今日は仕事はオフだったようで、学校からまっすぐに帰宅しました。今は在宅です』
総一郎「分かった。今から30分後に例の報道を流すから、一応18時半……いや、19時頃までは張っておいてくれ。それまでに目立った動きが無ければ今日はそのまま直帰していい」
松田『分かりました。後、さっき相原さんから連絡がありまして、はるる……天海春香は、今日はロケでずっと新宿のスタジオにいるそうです』
総一郎「分かった。ではいつものように帰宅までは見届けるように伝えておいてくれ」
松田『分かりました』
総一郎「よろしく頼む。では」ピッ
模木「局長。1番から6番のモニターを各テレビ局の画面に切り替えました。月くん達がいる部屋の監視カメラの映像は7番のサブモニターに」
総一郎「分かった。さて……」
星井父「…………」
569:以下、
【三十分後・都内某駅近くのホテルの一室】
(無言でTVの画面を見つめ続けている月、海砂、清美)
月「…………」
海砂「…………」
清美「…………」
月「あっ」
海砂・清美「!」
(TV画面上部にニュース報のテロップが流れる)
海砂「! ……『本日17時30分頃、複数の犯罪者が心臓麻痺により死亡』……」
清美「……『死亡した犯罪者は以下の四名』…… ! これ、さっき私達が話していた……」
海砂「ってことは、これ、今、ライトが……?」
月「もちろん、これで100%の証明になるというわけではないが……でもある程度は、信じてもらえたんじゃないかな」
海砂「……うん。信じる……信じるよ。ライトがキラなんだって」
清美「私も信じます。夜神くんが……キラなのだと」
月「ありがとう。二人とも。ただ正確には『キラだった』だけどね」
海砂「ううん。ライトはキラ……いや、キラはライトだよ」
月「えっ?」
海砂「だって、ミサの両親を殺した強盗を裁いてくれたのはライトでしょ? あれ、去年の11月だったから」
月「ああ。それは……そうだが」
海砂「だから、ミサにとってのキラは……ライトしかいないんだよ。初めからずっと……ね」
月「……ありがとう。ミサ」
清美「私も……」
月「高田さん」
清美「どんな事情があったにせよ、四人もの凶悪犯を裁き損ねるようなキラはキラとは呼べません。私の信じるキラはあなた一人よ。夜神くん」
月「……ああ。ありがとう。――ミサ。高田さん」
海砂「? 何? ライト」
清美「夜神くん?」
月「僕は今ここで、君達に約束しよう」
月「僕は必ず、今キラの力を行使している者から力を取り返し……再び自らの手で犯罪者を裁いていく。そして悪人のいない、心の優しい人間だけの世界をつくる」
月「それが僕の……キラの目指す理想の世界の創世」
海砂「ライト」
清美「夜神くん」
月「そして僕は……新世界の神となる」
969: 以下、
【同時刻・美希の自室】
(所在無げにTVを見ている美希)
美希「…………」
リューク「ククッ。随分退屈そうにしてるな。ミキ」
美希「別に退屈なんてしてないの」
リューク「そうか?」
美希「考えることは山ほどあるの。リンゴ食べて寝るだけの死神風情と一緒にしないでほしいって思うな」
リューク「…………」
美希(今、ミキがすべきことは……)
美希(アリーナライブを絶対に成功させる事と……そして)
美希(Lから春香を守る事)
美希(……そのためには……)
(TV画面上部にニュース報のテロップが流れる)
美希「? ニュース報?」
美希「……『本日17時30分頃、複数の犯罪者が心臓麻痺により死亡』……!?」
美希「何で……? だってミキ、今日の分の裁きはまだ……」パラパラ
美希「! まさか春香が……? いや、でも春香がミキに何も言わずに勝手に裁きをするはずは……」
美希「……『死亡した犯罪者は以下の四名』…… ! これって……」
リューク「あれ? これ……合宿中にミキが裁いたのに報道されなかった、って奴らじゃないか?」
美希「…………」
リューク「何で今更になって報道されてるんだ? 警察が情報を隠してたってことか?」
美希「違う……」
リューク「え?」
美希「確かに今更になって報道されたのも気になるけど……一番注目しないといけないのはそこじゃないの」
美希「『本日17時30分頃』……今、テロップには確かにそう出ていた」
リューク「? それがどうかしたのか?」
美希「単に報道が遅れてされたってだけなら、まだ何か事情があったのかもしれないって思えるけど……」
美希「『犯罪者が死んだ日時』まで実際と違う日時にされてるのは……流石に意味が分からないの」
リューク「ああ、そういうことか」
美希「あの四人の犯罪者は、確実に合宿期間中にミキが裁いている……全員、裁いた後に春香に死神の目で死んでいる事を確認してもらったから間違い無いの」
美希「ということは……『実際は数日前に裁かれていた犯罪者を、今日裁かれたことにした』……そういう情報操作が――おそらくはLによって――されたってことなの」
リューク「でも、そんな面倒な事して……一体誰が得するんだ?」
美希「それが分かったら苦労しないの。黙ってて死神」
リューク「…………」
美希(分からない……分からないけど……)
美希(なんだか、とても嫌な予感がするの)
美希「…………」
573:以下、
【同時刻・都内某駅近くのホテルの一室】
海砂「ライトが、新世界の神に」
清美「夜神くんが」
月「そうだ。そして君達には……そのための協力をしてほしい」
月「……頼めるか?」
海砂「当たり前だよ。さっきも言ったけど、ミサにとってのキラはライトしかいないもん。ミサに出来ることなら何でもするよ」
月「ミサ」
海砂「それに何より、ミサは……誰よりもライトの事を愛してるからね」
月「ありがとう。ミサ。……高田さんは?」
清美「そうね。私は海砂さんとは違って、あくまでもお友達として、ですけど……夜神くんのことは尊敬していますし、私がキラの……夜神くんの考えに同調していることも事実です」
清美「だから私にとっても、キラである夜神くんの力になれるのならこの上なく嬉しいことだわ。喜んで協力させて頂きます」
月「ありがとう。高田さん」
清美(これでいいのよね。夜神くん。そして全てが終わった後には、海砂さんではなく、私と……)
月(そうだ。高田。それでいい……これならミサも疑わないだろう)
海砂(ライトが新世界の神になったら、ミサは女神になるのかな? 女神系アイドル……うん! なんかこれ売れそう!)
月「……では、二人とも僕をキラと信じ、協力してくれるということになったので……ここでもう一人、僕の協力者をこの場に呼びたいと思う」
海砂「えっ。もう一人?」
清美「他にも協力者がいたの?」
月「ああ。少し待っていてくれ」ピッ
月「……僕だ。ああ。二人とも協力してくれることになった。すぐに来てくれ」ピッ
月「別室に待機させていたから、すぐに来る」
海砂「…………」
清美「…………」
ガチャッ
月「来たか」
海砂「! えっ」
清美「あなたは……」
L「どうも」
海砂「竜崎さん……? 何で? え? ってことは、まさか……」
清美「彼が……?」
月「そう。竜崎ルエ……彼は僕の最初の協力者であり……」
月「君達と同じく、キラ崇拝者だ」
海砂・清美「! …………」
L「…………」
582:以下、
海砂「竜崎さんも、ライトの協力者で……」
清美「キラの崇拝者……ですって?」
L「はい」
海砂「全然知らなかった……てっきりただの春香ちゃんの大ファンの人だとばかり」
L「それは嘘です」
海砂「えっ」
清美「嘘?」
L「はい。私が今まで天海春香のファンだと言っていたのは嘘です」
海砂・清美「! …………」
L「それだけではありません。私の両親が交通事故で死んだということも、学校でいじめられていたということも、祖父の形見の面の話も、ずっと家にひきこもっていたということも、面を着けないと外出することもままならなかったということも、自殺しようと思っていたところを天海春香に救われたという感動的なエピソードも、そして月くんとオンラインゲーム上で出会ったということも……全て嘘です」
海砂「え……ええぇ!?」
清美「そ、それじゃあ……全部作り話だったってことですか? あの日……学祭の日に、私達に話したことは……」
L「はい。そうです」
海砂・清美「! …………」
月「二人とも……今まで騙していてすまなかった」
海砂「ライト」
清美「夜神くん」
月「…………」
海砂「……ライトは知ってたんだよね? 竜崎さんの話が……全部嘘だってこと」
月「ああ。勿論知っていた。知った上で……ずっと話を合わせていた」
海砂「…………」
清美「どうしてそんなことを……?」
月「簡単な事だ。竜崎は誰よりも早く僕に……キラに辿り着いた人間だったからだ」
海砂「キラに……辿り着いた?」
清美「どういうこと?」
月「その通りの意味さ。あれは……僕が今のキラに能力を奪われる一か月ほど前だった。竜崎はある日突然僕の前に現れ……こう言ったんだ」
月「『キラはあなたですね』と」
海砂・清美「!」
L「…………」
585:以下、
月「流石に焦ったよ。報道された犯罪者しか殺していないはずなのに、何故僕がキラだと特定できたのか……」
月「だが竜崎の話を聞いて納得した……いや、せざるを得なかった」
月「実は僕は……キラの能力を得てすぐの頃に、能力を試す意味も込めて……近所のコンビニの前で若い女性に絡んでいた、バイクに乗った不良風の男をキラの能力を使って殺していたんだ」
海砂・清美「!」
月「そしてその結果を目の当たりにした僕は……自分の能力に確証を得て犯罪者裁きを始めた」
月「僕はすぐに世間から『キラ』と呼称されるようになった。君達も知っての通りだ」
月「しかしその一方で、竜崎は『キラ』による犯罪者裁きが始まる直前の『心臓麻痺による犯罪者以外の死亡者』を独自に調べていた」
月「『キラが犯罪者裁きを始める前に手近な人間で能力を試していた可能性』を疑っていたからだ」
月「結果、僕が殺したバイクの男まで竜崎は辿り着いた。そしてその時の目撃証言を洗い出して僕を特定した」
海砂「! すごっ」
清美「そんなことが……」
月「後は簡単だ。竜崎は僕の家に忍び込み、僕の部屋に監視カメラを仕掛け……僕が犯罪者裁きをする瞬間を証拠として押さえた上で、僕に声を掛けてきた」
海砂「ちょ、ちょっと……人の家に勝手に忍び込んだ上に監視カメラって……完全に犯罪じゃん」
L「そうですね」
海砂(そうですねって……)
月「そこまで話を聞き、さらに自分が裁きをしている瞬間の映像まで見せられ……僕はもう言い逃れができなくなった」
月「もうこの男を殺すしかない。そう思った」
清美「…………」
月「だが次の竜崎の言葉は、僕の予想だにしないものだった」
海砂「? 何て言ったの?」
月「『私はあなたを崇拝しています。どうかあなたの協力をさせて下さい』と」
清美「! じゃあ、それで……」
月「ああ。少し迷ったが……僕は竜崎の言葉を信用することにした」
月「何せ、竜崎は僕が犯罪者裁きを始めてからたった二か月ほどで僕をキラだと特定したほどの人物……味方につけても損は無いだろうと思ったし、そもそも僕を欺く気なら、わざわざ殺される危険を冒してまで僕の前に顔を出す必要は無かったからだ」
月「それこそ、匿名で僕宛てに監視カメラの映像を送れば……それで脅迫でも何でも自由にできたはずだからね」
海砂「確かに……」
586:以下、
海砂「じゃあ結局何者なの? 竜崎さんって」
L「探偵です」
海砂「探偵?」
L「はい」
海砂「……って終わり!?」
L「探偵ですから探偵ですとしか言いようがありません」
海砂「いや、でももうちょっとなんかさー……」
月「まあ一口に探偵と言っても、竜崎の場合は普通の探偵というのとは少し違う。裏の世界のプロ、とでも言うのか……とにかく様々な業界に広く通じていて、僕も想像もつかないほどたくさんのネットワークを持っている」
海砂「へー、そうだったんだ。確かに普通の人っぽくないもんね。竜崎さんって」
L「…………」
月「それに二か月でキラの正体を突き止めたくらいだから腕も確かだしね」
清美「では、その裏の世界のプロの竜崎さんが何故キラである夜神くんの協力を?」
清美「それこそさっき夜神くんが言っていたように、夜神くんがキラである証拠を使えばいくらでも自分の得になることに使えそうな気がしますけど。ましてや色んな業界に顔が利くのなら尚の事」
L「それは月くんが言ったとおりの理由です」
海砂「キラを崇拝していたから……ってこと?」
L「はい。元々、私はずっと裏の世界で生きていました。人の闇も汚い部分も、数え切れないほど見てきました」
L「そんな人間の醜悪さに嫌気が差していた頃……世の中にはびこる凶悪な犯罪者を片っ端から裁いていく『キラ』が現れました」
L「私は思いました。これが正義だと。これが正義の行いなのだと」
L「腐り切った世の中を、もう一度正しい方向へ、あるべき姿へと導いていく事。それは私が心のどこかで憧れながらも追い切れなかった夢、希望でもありました」
L「私の心は決まりました。自分の持てるすべてを使って、必ずや『キラ』を見つけ出し……」
L「そして『キラ』にこの命を捧げようと」
海砂「…………」
清美「…………」
587:以下、
月「――そういう経緯で、竜崎は僕の協力者として動いてくれることになった」
月「具体的には、探偵としてのネットワークを使って、世に報道されていない……『裏の世界』に棲む悪人達の情報を僕に渡してくれた」
月「ちなみにさっき言った『特殊なルートを使って行った、犯罪者の名前と顔が合っているかどうかの照会』というのも、竜崎のネットワークを使って行ったものだ」
海砂「ああ、なるほどね」
月「こうして僕は、従前よりもさらに裁きの範囲を広げることができるようになった……が、そう思ったのも束の間」
月「竜崎と出会ってから一か月ほどが経過した頃……僕はキラとしての能力の大半を何者かによって奪われた」
海砂「そこでそうつながるってわけね。で、誰なの? その何者かって」
月「ミサ。僕がさっき話したことを覚えているか?」
海砂「え?」
月「先週の水曜日から一昨日までの四日間、キラは通常通りに裁きをできる状況にはなかったものと推定され……ゆえに、本来裁くべき犯罪者を見逃してしまった、という話だ」
海砂「あ、ああ……それは覚えてるけど……」
月「何か思い当たることは無いか? 先週の水曜日から一昨日までの間にあった出来事について」
海砂「え? 先週の水曜から……土曜だよね。何かあったっけ? ちょうど、美希ちゃん達が合宿で福井に行ってた頃だと思うけど……」
月「…………」
海砂「え?」
清美「まさか……?」
月「普段と違う土地での合宿生活……生活リズムも大きく変わっていたとしても不思議ではない」
月「たとえば……『いつもは漏らさず裁いている犯罪者を、つい漏らしてしまった』としても……さほどおかしくはない」
海砂「! じゃあ」
月「そう。僕と竜崎が『僕からキラの能力を奪った者』――つまり『今のキラ』として特定している人物――は、765プロダクション所属のアイドル」
海砂・清美「!」
月「そして今現在、僕と竜崎が直接接触して探りを入れている人物だ」
清美「! それって……」
月「そう。―――星井美希および天海春香の二名だ」
海砂「!」
清美「嘘……」
月「この二人はいずれもキラの能力を持っており、今は互いに連携してキラの裁きを行っている」
月「つまり僕達が君達二人に頼みたいことは……この二人からキラの能力を取り返すことに対する協力だ」
海砂・清美「! …………」
588:以下、
海砂「な……何でこの二人がキラって分かったの?」
L「詳しい方法は明かせませんが……私が月くんをキラだと特定したときと大体同じようなやり方です」
清美「ということは……天海さん達も、夜神くんのように能力を試すために犯罪者以外の人間を殺した……ということですか?」
L「ご想像にお任せします」
海砂・清美「…………」
月「とにかく、二人をキラとして特定した竜崎の推理は僕を納得させるに足るものだったし……何より竜崎自身、僕をキラとして特定して突き止めていたわけだから信用しない理由は無かった」
清美「じゃあ今、夜神くんと竜崎さんは……キラとして特定した上であの二人と接触し、直に探りを入れている状況……ということ?」
月「そうだ」
海砂「あ、じゃあ……」
月「何だ? ミサ」
海砂「確か、ライトって……私達と知り合うより前に、春香ちゃんの家庭教師を始めてたんだよね? それももしかして……」
月「いや、それは完全に偶然だよ。あれはあくまでも粧裕経由で頼まれた話だったし、その時はまだキラの能力を奪ったのが誰かは分かっていなかったからね」
海砂「そうなんだ」
清美「じゃああの日……学祭の日に、海砂さんのステージに夜神くんと竜崎さんが来ていたのは? そこで結果的に夜神くん達は私達や天海さん達と知り合ったわけだけど……それも偶然だったの?」
月「あの場で星井美希・天海春香と出会ったのは偶然だ。もちろん高田さんもね。……だが、僕達がミサのステージに来ていたこと自体は偶然ではない」
海砂「えっ。じゃあもしかして……ライトって元々私のファンだったの?」
月「違う」
海砂「そんなバッサリ」
月「僕と竜崎がミサのステージを観に来ていたのは……星井美希と親しい友人であるミサと接触するためだ」
海砂「!」
清美「海砂さんと……?」
589:以下、
月「そうだ。僕達は星井美希と天海春香が現在キラの能力を保有していることの証拠をずっと探していた。そして遂に……その手がかりとなりうる物を一つだけ見つけた」
月「さらにその後、僕達は、二人のうち星井美希だけが『それ』をほとんど常に肌身離さず持ち歩いているということまで突き止めることができた」
月「つまり『それ』を押さえることで、星井美希と天海春香がキラであることの証拠を掴む……それが僕達の策」
月「だが見ず知らずの他人が肌身離さず持ち歩いている物を押さえるというのは容易な事ではない。ましてや相手は現キラだ。下手な動きを見せれば即殺される」
月「そこで……ミサ。僕達は君に協力を頼むことを思いついた」
海砂「! …………」
月「君と星井美希との間に交友関係があることについては既に竜崎が調べていた。そして星井美希と親しい友人である君なら、彼女が常に持ち歩いている『それ』を押さえることも容易だろうと考えたんだ」
月「それがあの日、僕と竜崎が君のステージを観ていた理由だ」
海砂「…………」
清美「で、でもそれ……海砂さんが殺されてしまう危険があるんじゃ……」
月「ああ。そうだ。いくら星井美希と親しい友人のミサといえど、絶対に殺されないという保証までは無い」
清美「!」
海砂「…………」
月「でもそれは……あくまで星井美希をキラとして捕まえようとするのであれば、の話だ」
清美「え?」
月「僕はさっき『二人からキラの能力を取り返す』と言った。その目的は、僕の手でもう一度犯罪者裁きを行えるようにするため……ただそれだけだ」
月「つまり僕は二人をキラとして捕まえようとか、警察に突き出そうなどとは微塵も考えていない」
月「そもそも形はどうあれ、今、あの二人がしていることはかつて僕がしていたことの模倣だ。よって彼女達もまた、僕……キラの理念や価値観に共感して行動しているものと考えられる」
月「君達と同じようにね」
海砂・清美「…………」
月「だから僕は……あの二人が今キラの力を行使していることの確証を得た後は、彼女達に接触して能力を僕に戻すよう働きかけ……それが叶った暁には、彼女達も僕の協力者として迎え入れようと思っている」
清美「! ということは……星井さんと天海さんも私達の仲間に……?」
月「ああ。そういうことになる」
海砂「…………」
590:以下、
月「だがそれはあくまでも能力を全部僕に戻させてからの話だ。二人に接触するにしても、彼女達が能力を持っている状況下ではこちらの正体は絶対に明かせない」
月「もし彼女達が『自分達こそが真のキラだ』と考え、能力を『前のキラ』に戻す意思など微塵も持っていなければ……自分達の障害になると判断した場合、たとえそれが『前のキラ』であっても躊躇無く排除するものと考えられるからだ」
清美「じゃああくまでも夜神くんに完全に能力が戻るまでは……星井さん達の前ではこれまで通り、私達はキラの事など何も関係していないように振る舞うということね」
月「そうだ。それまでは絶対に、能力を取り返そうとしているのが僕達であるということを知られてはならない。二人に接触し能力を戻すよう働き掛ける際も、絶対に発信元が特定されないような手段を使って連絡を取る」
清美「できるの? そんなことが」
L「はい。できます」
清美「そ、それならいいですけど……」
海砂「…………」
月「ミサ」
海砂「ライト」
月「……どうだ? やっぱり怖いか?」
海砂「……ううん」
海砂「ミサ、やるよ。言ったでしょ。ミサはキラ……ライトの為なら何でもするって」
月「ミサ」
海砂「それに美希ちゃんは、ミサにとっても大事な友達だから……もしこれで美希ちゃんがキラの仲間になってくれるんなら、ますますミサが協力しない理由は無いよ」
月「……ミサ。ありがとう」
月「君が絶対に危険な目に遭うことが無いよう……僕達も全力でサポートするよ」
海砂「えへへ……ありがとう。ライト。心配してもらえてうれしい」
清美(海砂さん、本当に嬉しそう……。流石にちょっと罪悪感を覚えるわね……)
591:以下、
海砂「ところで、ライト」
月「何だ? ミサ」
海砂「その……美希ちゃんがいつも持ち歩いている物っていうのは一体何なの? キラが裁きをするのに必要な道具ってこと?」
月「ああ、そういえばまだ説明していなかったな。星井美希と天海春香の二人が連絡用に使っているノートだよ」
海砂「ノート? 連絡用の?」
月「ああ。そこには二人がキラとして裁きを行ってきたことに関する秘密の連絡内容が記されている。これまでの調査の結果から考えて間違いない」
海砂「じゃあ、そのノートさえ押さえてしまえば……それがそのまま二人がキラであることの証拠になるってこと?」
月「そうだ」
清美「そしてそれを押さえた上で、二人にキラとして特定していることを匿名で伝え、『前のキラ』に能力を戻すよう要求する……ということね」
月「そういうことだ。もし抵抗するようなら、『キラの正体をその証拠とともに世間に公表する』とでも言って脅せばいい」
海砂「なるほど……」
月「ということなので、要は二人がキラであることの証拠さえ押さえてしまえば後はどうとでもなるということだ」
月「能力を全部僕に返させ、こちらが殺される危険をゼロにした上で―――僕達も正体を明かし、二人を正式にキラの仲間として迎え入れればいい」
海砂「でも……具体的にどうやって美希ちゃんからそのノートを押さえるの? 美希ちゃんの家に侵入するの?」
月「ミサにそんな危ない橋を渡らせるわけないだろ。心配しなくてももっと安全な策を考えてある」
海砂「ライト……」
清美「ではどうするの?」
L「ミサさん。直近で星井美希と共演する仕事はありますか?」
海砂「? 美希ちゃんと? 今の所は別に無いけど」
L「じゃあ作りましょう」
海砂「えっ」
L「ミサさんの所属事務所に手を回し、星井美希と共演する仕事の場を作ってもらいます」
海砂「うちの事務所に手を回すって……そんなことできるの?」
L「できます。こう見えても私は芸能界にも顔が利くので」
海砂「マジで?」
L「マジです」
月「さっき言っただろ? 竜崎は様々な業界に広く通じている、って」
海砂「でもうちは良くても、美希ちゃんの事務所の方がオーケーするかどうかわかんないわよ。あっちは今や、うちなんかとは比べものにならないくらいの超人気アイドル事務所だし……」
L「それも大丈夫です」
海砂「マジで?」
L「マジです。ミサさんは何も心配せず、担当マネージャーから新しい仕事の話を聞くのを待っていて下さい」
海砂「まあそれなら任せるけど……じゃあミサは、そのお仕事のときに美希ちゃんの持っているノートを押さえればいいってことね?」
L「そういうことです。よろしくお願いします。作戦の詳細はまたおってご説明します」
海砂「分かった」
592:以下、
清美「夜神くん。私は特に何もしなくていいのかしら?」
月「いや、高田さんには……ミサが星井美希からノートを押さえるときに天海春香を見張っておいてほしい」
清美「天海さんを?」
月「ああ。天海春香もまたキラの力を持っている。ミサの動きに気付いた星井美希が咄嗟に天海春香に連絡を入れないとも限らない……動きを押さえておけるなら押さえておくに越したことは無い。やってくれるかい?」
清美「ええ、それは勿論。でも単に見張っておくだけでいいの?」
月「無論、可能であれば直接相対してほしいところではあるが……高田さんはまだそこまで天海春香と親しい間柄じゃないだろう? いきなり呼び出したりしてかえって怪しまれるのも良くないしね」
清美「それなら大丈夫よ。夜神くん。ついこの前、天海さんの家でお菓子作りを教えてもらったところだから」
月「えっ。そうなのか?」
清美「ええ」
海砂「えー何それ楽しそう! 私も呼んでくれたらよかったのに」
清美「では次は是非海砂さんもご一緒に」
海砂「やった」
月「でも、何でまたお菓子作りを?」
清美「特に深い理由は無いけど……前々から、趣味でも何でも、色んな分野に挑戦することで自分自身の幅を広げたいと思っていたの」
月「なるほど。流石は高田さん。向上心があるね」
清美(本当は夜神くんにお菓子を手作りしてあげたかったからだけど)
L「では、高田さんは既に天海春香とある程度親しくなっているということですか?」
清美「そうですね。お互いに下の名前で呼び合うほどには」
L「そうですか。ではこれで天海春香の動きも問題無く押さえられそうですね。どうかよろしくお願いします」
清美「分かりました」
593:以下、
海砂「でもこれで上手くいったら、美希ちゃんと春香ちゃんも晴れてミサ達キラ一味への仲間入りを果たすのね。まあ二人とも元々『竜ユカ』のメンバーだからあんまり新鮮さは無いけど……」
清美(キラ一味って……)
月「ああ、そのことなんだが……ミサ」
海砂「何? ライト」
月「そろそろまた会合の招集を頼んでもいいか?」
海砂「会合って……『竜ユカ』の?」
月「ああ。前に『765プロの合宿後にまた集まろう』という話になっていたからね。二人から不審に思われないためにも集まっておいた方が良い」
海砂「オッケー。じゃあ行き先はどうする? 確か、次はピクニックか遊園地か……って話だったと思うけど」
月「そうだな……あくまでカムフラージュのようなものだから、なんでもいいともいえるが……」
L「遊園地で良いんじゃないでしょうか」
月「竜崎?」
L「遊園地だと乗り物などで二人一組になったりしやすいですので……常に全員でまとまって行動するより、星井美希・天海春香の様子を観察しやすくなります」
月「なるほど……確かに」
L「まあ観察したからといって、その場でどうこうするということは無いですが……ただ、情報は少しでも多くあった方が良いですので」
月「それもそうだな。じゃあ具体的にどこの遊園地にするかは僕と竜崎の方で考えよう。決まったらミサに連絡するよ」
海砂「分かった。じゃあミサはそのライトからの連絡を受けて全員宛てにメールすればいいのね」
月「ああ、頼む。……では二人とも、僕達から指示があるまでは今までと変わりなく生活してくれ。星井美希・天海春香とも普通に連絡を取ってもらって構わない」
月「特にミサは……まあ今更心配は無いだろうが、星井美希と今まで通り良好な友人関係を維持しておいてくれ」
海砂「うん。それは大丈夫。ミサと美希ちゃん、本当に仲良しだからね」
月「そうか。助かるよ。ミサ」
海砂「えへへ……」
594:以下、
清美「でもあの二人もキラの理念に共感していたなんて……今まで全然気付かなかったわ」
海砂「あー、それはミサも思った」
L「まあ考えてみれば別に不思議でも何でもないですけどね……今やネット上じゃキラ支持派の方が圧倒的に多いですし」
海砂「でも共感や支持だけならともかく、あの二人が実際にキラとして裁きをやってたなんてね。本当に驚いちゃった。……あ、ていうか今更なんだけど……ライト」
月「? 何だ? ミサ」
海砂「結局の所……キラの能力ってどんななの?」
月「!」
海砂「しかも美希ちゃん達はそれをどうやってライトから奪ったの? それも全部じゃなくて一部だけ残してって……一体どうやって?」
月「……それは……」
海砂「なーんて、ね」
月「? ミサ?」
海砂「秘密なんでしょ? そのへんのことは」
月「……ああ。悪いが、いくら君達にでも教えられない」
海砂「だよねー。さっきライト、例の四人の犯罪者を裁く時、ミサ達に見えないようにしてたし」
清美「まあ仕方無いでしょうね。むしろ秘密を知る人間の数は必要最低限にしておいた方が良いと思います。どこから秘密が漏れるか分かりませんから」
海砂「一応言っておくけど、ミサはもしキラの秘密を知っても絶対に誰にも言わないよ。たとえ死んでも」
清美「それは私も同じ気持ちですけど……でも自白剤とかもあるでしょう?」
海砂「あー……確かに」
L「ポリグラフ……いわゆる嘘発見器などもありますしね。高田さんの仰るとおり、万が一の時に備えてリスクを極小化しておくための措置です」
月「そういうことだ。すまないが、どうか分かってほしい」
海砂「うん。大丈夫だよ。ミサは何があっても……ライトの事、信じてるから」
清美「私もです」
月「二人とも、ありがとう」
L「あの、一応私もいるんですが……」
海砂「うん。竜崎さんの事も信じてるよ。一応」
清美「私もです。一応」
L「……どうも」
595:以下、
海砂「あ、でも……竜崎さんが実は春香ちゃんのファンじゃなかった、っていうのは地味にショックだったなー。ミサ、あの話結構感動してたのに」
清美「確かに。私も同感です」
L「それはすみませんでした」
海砂「……っていうかさ、別にわざわざ『春香ちゃんのファン』なんて言う必要無かったんじゃないの? 竜崎さんの見た目的にも、単に引きこもりってことさえ言っておけば、実はキラの正体を探っている探偵だった、なんてまず疑われないと思うんだけど」
清美(見た目的にもって……)
L「……念の為です。もし何らかのきっかけにより私の素性を疑われかねないような状況が生じても、とりあえずファンだということにしておけば最悪殺されることはないだろうと考えました」
海砂「あー……まあアイドルにとってファンは一番大事にしないといけない存在だもんね」
L「はい。そういうことです」
海砂「あ、じゃあ美希ちゃんじゃなくて春香ちゃんのファンってことにしたのは何で? 単なる好み?」
L「いえ。単に天海春香が既に月くんと接点を持っていたため、信憑性のある話を捏造し易かったからです」
海砂「あー……なるほど」
清美「でもあの日、夜神くんと竜崎さんが天海さん達に出会ったのが偶然だったということは……あの竜崎さんの一連の身の上話は、全てあの場で……即興で作ったものだったということですか?」
L「はい。完全に即興……アドリブです。さっき月くんも言っていましたが、あの日はあくまでもミサさんへの接触が目的でしたので……まさか星井美希・天海春香の二人と一気に直接接触することになろうとは思いもしていませんでした」
海砂「それであのアドリブかあ。すごいよね。……あっ。でもさ、あの時の話が全部嘘なら、何でお面着けてたの?」
L「あれも念の為です。キラの殺しの条件は『顔』と『名前』ですから。いくら『名前』を知られない限りは殺されないといっても、キラがどこにいるか分からない以上、隠せるのであれば『顔』も隠しておいた方がいいだろうと思いました」
海砂「へー、随分慎重なのね」
L「ただ、とある事故の所為でキラ容疑者の前で素顔を晒す羽目になりましたので……その後はもう着けていませんが」
海砂「……その節は本当に申し訳ありませんでした」
L「いえ。そのことはもういいです。むしろ結果的に星井美希・天海春香の両名により近付くことができましたし……どのみち『名前』が知られない限りは殺されませんので」
海砂「あ、じゃあやっぱり『竜崎ルエ』は偽名なのね」
L「はい。あの日私がした話の中で、その名前が偽名だったということだけは本当です」
清美(ややこしい……)
L「そもそも殺される殺されない以前に……現状、私があの二人から何か疑われているということも無いでしょうから、特に心配はしていません」
海砂「それもそうね。さっきも言ったけど、ぶっちゃけた話、あなたはただの引きこもりにしか見えないし」
L「…………」
597:以下、
海砂「あっ」
月「? どうした? ミサ」
海砂「もしライトにキラの力が戻って、美希ちゃんと春香ちゃんも正式にキラの仲間としてメンバーに加わったら……」
清美「加わったら?」
海砂「このサークルの名前も変えないといけないわね! 『竜崎と愉快な仲間達』から『キラと愉快な仲間達』に!」
月・L・清美「…………」
海砂「あ、あれ? もしかして『キラキラの会』とかの方が良かった?」
月「いや、別に何でもいいが……」
L「とりあえずミサさんのセンスは相変わらず壊滅的であるということを再認識しました」
清美「同感です」
海砂「皆ひどい!」
月「まあ二人を仲間に入れるためにも、まずは彼女達がキラであることの証拠を押さえる事が先決だ」
海砂「うん。ノートね。ミサがんばる」
清美「そして私は天海さんの動きを見張っておく……」
月「そうだ。二人とも、大変かもしれないがよろしく頼む。そして今後、くれぐれも彼女達に勘付かれたりすることのないよう、慎重に行動してくれ」
海砂「大丈夫だよ。ライト。ミサ、こう見えて女優路線も狙ってるから」
清美「私はあまり演技には自信が無いけど……やれるだけのことはやってみるわ」
月「ああ。出来る範囲で構わない。そして出来ない部分はお互いに補い合っていこう」
L「チームワーク第一、ということですね」
月「そうだ。では今日はこのへんで。キラの理想の新世界……その実現の為に、皆で力を合わせて頑張ろう」
海砂・清美「はい!」
598:以下、
【翌日・キラ対策捜査本部(都内のホテルの一室)】
【アリーナライブまで、あと36日】
L「皆さんにもご覧になって頂いていたとおりですが、昨日、無事に弥海砂および高田清美の協力を取り付けることに成功しました」
L「これをもって、『計画』は第二段階……星井美希の持つノートを弥に押さえさせるためのシチュエーション作りに入ります」
松田「あの……竜崎。ちょっといいですか?」
L「はい。何ですか? 松田さん」
松田「ミサミサも高田清美も、二人とも月くんに惚れているのみならずキラの崇拝者でもある……こんな二人にあんな報道操作までして月くんがキラって信じさせたんですから、協力を得られたのはある意味当然だと思いますけど……でもこれ、作戦としては結構危ないっすよね?」
L「そうですか?」
松田「え、だってミサミサに殺人の道具とおぼしきノートを押さえさせるわけじゃないっすか。直前になって『やっぱり怖い』って言い出したりとか……十分ありえる事だと思いますけど」
L「それは大丈夫です。そういう事態を防ぐために『ノートは連絡用の道具です』と説明したわけですから」
松田「あ、そういえばそうでしたね……。いや、でもやっぱりいざっていう段になると……」
L「もちろん100%の保証まではできないですが、それでも私は、シチュエーションさえ用意できれば弥がノートを押さえることはほぼ問題無く可能だろうと考えています」
L「理由として、まず第一に彼女は心底月くんに惚れています。つまり月くんの力になれることなら何だってする」
月「…………」
L「第二に、彼女は知っての通りのキラ崇拝者でもあります。今回はあくまでも『自分が崇拝していたキラである月くんにキラの能力を取り戻させるため』という目的の下での行動ですから、彼女がそれを躊躇する理由はありません」
L「逆に『キラである星井美希と天海春香を捕まえるため』という本来の目的を明かしていたら、いくら月くんの頼みといえど、松田さんの言うように、実行直前になって躊躇してしまっていた可能性はあったでしょうね。あの二人……特に星井美希は、弥にとって相当親しい友人ですから」
総一郎「しかしだからこそ、その親密な関係を利用して、星井美希に自然とノートから離れるほどの隙を作らせることができる……か」
L「その通りです。夜神さん。以前にも言いましたが……星井美希はほとんど常に肌身離さずノートを持ち歩いているほどの警戒心を持っているにもかかわらず……自身の家族や同じ事務所の仲間など、真に信頼している者達に対しては堂々と隙を見せています」
星井父「…………」
L「この点、星井美希と弥との間には、765プロダクションのアイドル同士の間におけるほどの強固な信頼関係まではまだ無いと考えられますが……それでも十分、互いに信頼し合っている友人同士と言っていい関係だと思います。またこれは私と月くんが例の会合の際に自らの目で確かめたことでもあります」
月「そうだな。その点については僕も異論は無い。よく二人で会っているようだしね」
L「はい。なので後は、自然と星井美希がノートを置いて場を離れることができるようなシチュエーションを作ることです。そしてそこを弥に押さえさせる」
599:以下、
相沢「だが……竜崎」
L「はい。何でしょう? 相沢さん」
相沢「我々の……というより、竜崎と月くんの推理通りなら……天海春香もまた、星井美希とは別に『黒いノート』を所持している……ということになるんだよな?」
L「そうですね」
相沢「そして星井美希とは違って、天海春香には常にノートを持ち歩いているような気配は無い。だとすれば、ノートは基本的に家に置きっぱなしにしてあるはず……押さえるなら、こちらの方が簡単なのでは?」
L「確かにその手もあります。ただその場合はこちらで隠し場所を捜さないといけないですし……必ずしも家にあるとも限りません」
相沢「? 家じゃないとすればどこに?」
L「それは分かりません。ただ、犯罪者裁き自体はノートが一冊あれば足りるでしょうから……極端な話、実際に裁きに使っているのは星井美希のノートのみで、天海春香のノートはどこかの山にでも埋めている可能性すらあります。もしそうならそちらのノートを押さえるのは極めて困難です」
総一郎「確かに。他に何らかの物的証拠があるなら、逮捕した上でノートの隠し場所を自白させるという手もあるところだが……」
L「はい。流石に何の物的証拠も無い現段階での逮捕は不可能です。また一か八かで家宅捜索を強行するという手もありますが、発見に手間取り勘付かれた場合、星井美希に連携され、即座にここにいるメンバーの何名かが殺されてしまう危険があります」
相沢「もし殺されるとすれば、現時点でキラ事件の捜査に関与している事が知られている者……つまり局長と模木……か。後は……」
星井父「俺もだろうな。例のメールの件が疑われているとすれば、だが」
模木「係長……」
L「まあそうですね。そういう理由からも、そこにあるかどうかも分からない天海春香のノートを押さえるよりは、確実にそこにあると分かっている星井美希のノートを押さえる方が簡単ですし、何より安全です」
相沢「ふむ……確かに状況さえ作り出せればその方が確実か……」
総一郎「また同じタイミングで高田清美に天海春香を見張らせておくから、仮に星井美希から連携がなされても天海春香がすぐに何らかの行動を起こすことはできない。その場でノートを所持されでもしていたら話は別だが、天海春香ならその心配も少ない。そのような点からも、今の作戦の方が安全性としては高いといえるな」
松田「ただ、作戦自体の安全性は保証されても、月くんの安全性は全く保証されてないっすけどね……真面目な話、月くん、キラ事件が終わったらしばらくの間は外国に高飛びでもしといた方がいいんじゃないっすか? じゃなきゃ、キラは捕まえられてもミサミサか高田清美に殺されちゃいますよ……」
L「その点については心配無用です。キラ事件が解決した翌日から、月くんには半年間の海外留学に行ってもらいますので」
松田「えっ。そんな手筈になっていたんですか。流石竜崎」
月「いや、僕も知らなかったが……そうなのか? 竜崎」
L「はい。月くんは将来の日本警察を背負って立つ人物……そう簡単に死なれては困りますので。もちろん、必要であれば私もお供します」
月「いや、それは別にいいが……ありがとう。竜崎。そういうことなら、心置きなく行かせてもらうよ」
L「はい。ただもちろん、生きてキラ事件を解決することが大前提ですけどね」
月「ああ。分かっている」
600:以下、
総一郎「後はいつ、この作戦を実行に移すか……か」
L「そうですね。ただ率直に言って、もうあまり時間は無いと思っています」
L「現状、星井美希と天海春香がどの程度“L”の存在に近付いているのかは分かりません。ですが、やはり星井美希が私と星井さんを対面させた件から考えると、少なくとも星井美希は私の……“竜崎ルエ”の素性をある程度は疑っている可能性があると考えるのが自然です」
相沢「疑っているというのは……竜崎がキラ事件の捜査に関与しているのではないか、というレベルでの話か?」
L「はい。そうです」
一同「!」
L「理由としては……以前にも言いましたが、天海春香はともかく、少なくとも星井美希は、自分が“L”に疑われているということに気付いていると考えられるからです」
L「つまりもし星井美希が、何らかのきっかけにより私の素性を疑い始めたのだとすれば……“L”にキラではないかと疑われている自分――その身近にいる怪しい人間――であるところの私を、『“L”または“L”の関係者』……すなわち『キラ事件の捜査に関与している可能性のある者』ではないかと疑うのは自然な思考の流れです」
一同「…………」
L「また同時に、私の素性が疑われることは、必然的に、月くんに対する疑念にもつながります」
L「月くんは、『キラ事件の捜査に関与している可能性のある者』である私と常に話を合わせていたということになりますから……私と同様に『キラ事件の捜査に関与している可能性のある者』ではないかとの疑いを掛けられることになると考えられます」
L「さらに、もし天海春香がこちらの推理通り、『顔を見れば名前が分かる能力』を持っていたと仮定した場合、彼女は事務所に聞き取り調査に来た夜神さんの顔を見ているため……夜神さんの本名を知っているということになります」
L「このことから、天海春香と星井美希の二人は、『あの時事務所に来た刑事は夜神月の父親だった』ということには既に気付いているということになります。『夜神』という珍しい名字の刑事がそう何人もいるとは通常考えにくいですから」
総一郎「うむ……」
L「この事実は、月くんが将来警察志望であるということもあわせて考えると、月くんが『キラ事件の捜査に関与している可能性のある者』ではないかという疑惑をさらに強めることとなる事情といえます」
L「なので現状、私と月くんはキラ事件の捜査関係者ではないかと……いえ、むしろ、私達のいずれかが“L”なのではないかとすら……疑われていたとしてもおかしくはありません」
月「もしそうなら、僕と竜崎が殺される候補の筆頭として一気に躍り出ることになるな」
L「そうですね。あまり名誉な事ではありませんが」
月「はは。まったくだ」
松田「いや、月くん。笑ってる場合じゃ……」
601:以下、
L「…………」
L(それにもし、天海春香の持つ能力が私の推理通りなら……私の本名も二人に知られているということになる)
L(それも情報として加味すれば……現状、“L”である可能性を最も強く疑われているのは私だろう)
L(にもかかわらず、まだ私が殺されていないのは……今殺すことで足がつくことを恐れているのか……)
L(あるいは……星井美希と天海春香との間では、まだ“L”の正体についての最終的な意見の一致はみられていない……?)
L(ありうる一つの可能性として、現在、私は二人の前では天海春香のファン――それも熱狂的な――を演じている)
L(星井美希が私を“L”ではないかと疑っているとしても……天海春香がまだ私の嘘を何ら疑わずに信じており、その点で二人の考えが相違している、とすれば……)
L(いや、だが仮にそうだとしても、その状態がいつまで続くかなど分からない……結局、少しでも早く決着をつけなければならないということに変わりはない)
L「…………」
相沢「竜崎? どうかしたか?」
L「ああ、いえ……何でもありません。後は……先ほどご自身でも言われていましたが、合宿中のメールの件が疑われているとすれば……星井さんも、『キラ事件の捜査に関与している可能性のある者』として疑われていてもおかしくないでしょうね」
星井父「…………」
松田「じゃあ結局、安全そうなのは僕と相沢さんだけってことですか」
相沢「俺達だって分からんさ。いくら尾行時にはマスクとサングラスを着けているとはいえ、絶対の保証ってもんでもないからな」
松田「それはまあ……そうっすね」
L「……以上のような状況ですので、あまり長く時間を掛けるのは危険です」
L「少しでも早くキラとしての証拠を挙げ、キラを捕まえる事……それが、私達が全員揃って生き残ることのできる唯一の策です」
602:以下、
松田「で……そのためにミキミキとミサミサが共演できる仕事の場を作るってことですね」
L「そういうことです。裏で我々が動いていることには絶対に気付かれないように作ります」
総一郎「しかし今回もまた我々が警察として動き、弥の所属事務所と765プロのそれぞれに捜査協力を要請するのだとすれば……前の空港の時のように、『犯罪の一般予防』という理由で通すのは難しいだろうな。絶対に極秘とすることを条件として、ある程度の事情は話さねば……」
相沢「そうですね。特定の個人の所持品を捜索するための協力を求めるわけですから……」
松田「でもミサミサの事務所……ヨシダプロはそれで良くても、765プロにそれをするのは危なくないっすか? 完全に身内なわけですし……情報が事前に本人達に伝わってしまう可能性も十分……」
相沢「確かに……いや、待てよ。ならヨシダプロにだけ事情を明かし、765プロにはヨシダプロから、あくまでも普通に仕事の話として持ち掛けてもらえばいいんじゃないか? それならあえて765プロ側に事情を伝える必要も無いだろう」
松田「でもその場合、ミサミサも言ってましたけど……765プロ側が仕事を受けないかもしれないじゃないすか。今や、ヨシダプロと765プロとじゃ所属アイドルの人気も売れ方も比べものになりませんし、ましてや765プロはアリーナライブも近い時期ですからね。ここでいきなり新規の仕事って言っても受けてくれるかどうかは……」
相沢「なるほど……それは確かにそうか……」
総一郎「そのあたりは一体どう考えているんだ? 竜崎」
L「……そういえば、まだ皆さんにはこのあたりの具体的な方法については説明していませんでしたね。月くんとは話していたのですが」
総一郎「ということは、もう何か具体的な策があるのか?」
L「はい。まず今回は皆さんに警察として動いてもらおうとは思っていません」
相沢「? じゃあ誰が動くんだ?」
L「私が直接“L”として動きます」
総一郎「! 竜崎が直接?」
L「はい。ただそれでも、今松田さんが仰ったように、ヨシダプロダクション側はともかく……765プロダクション側に事情を伝えるのは極めて危険です。星井美希達本人に伝えられてしまえばそれで終わりですから」
L「しかし、かといって事情を誰にも伝えなければ……これも松田さんの仰ったとおり、今度は765プロダクション側に普通に仕事を断られてしまう可能性があります」
L「さらにいえば、仮に仕事自体は受けてもらえたとしても、765プロダクション側の誰にも事情を伝えていなければ、いざという時の対処が困難となる場合がありえます。たとえば弥が星井美希の所持品を捜索している間は、当然、星井美希本人はその場から遠ざけておかなければなりませんが、それを確実に担保できる状況が作れなければリスクとして高過ぎます」
相沢「じゃあ……一体どうするんだ? その前提だと、どうやっても何らかのリスクが残るように思えるが……」
L「いえ。大丈夫です」
970: 以下、
L「要は、765プロダクション側に事情を伝えても、そのことが星井美希や天海春香に伝わらなければいいわけです」
L「ただそうは言っても、765プロダクションは極めて強固な絆に支えられている組織体です。それはアイドル同士のみならず、社長その他従業員についても基本的には同じです。もしこの中の誰か一人にでも『星井美希と天海春香がキラとして疑われており、その捜査を目的とした仕事が入った』という情報が伝われば、その内容は即、星井美希および天海春香本人に伝わる可能性があるといえます」
松田「それじゃあ、結局無理ってことじゃないっすか。要は誰に伝えてもミキミキやはるるんに伝わっちゃうっていう……」
月「いや……一人だけ『例外』がいる」
松田「? 『例外』?」
L「はい。今私は『アイドル同士のみならず、社長その他従業員についても基本的には同じ』と言いましたが……文字通りそれは『基本的には』です」
L「月くんの言うとおり、ただ一人だけ……『例外』にあたる人物がいます」
相沢「? 一体誰なんだ? それは……」
L「それは……極めて強固な絆に支えられている765プロダクション……その組織体の中にいて唯一、『こちら側』に引き込むことのできる可能性のある者」
L「もちろん、その者も765プロダクションの絆の一つを構成しているであろうことは間違いありませんが……説得の仕方次第では十分『こちら側』に引き込めます」
総一郎「! ……そうか。『彼』か」
L「はい。キラ事件の開始当初から登場していながら、これまでその出自・属性ゆえにほとんど我々が着目することのなかった―――『彼』です」
【二日後・961プロダクション本社ビル前】
【アリーナライブまで、あと34日】
P「それにしても、随分久しぶりだな」
P「―――ここに来るのも」
608:以下、
【961プロダクション本社ビル内】
P「しかしあんま変わってないな……」
P「まあ俺が移籍してからまだ一年も経ってないし、そんなもんかもな」
961社員「……あれ? ○○さん?」
P「ん? おお。久しぶり」
961社員「な、何でこんなとこに……? あっ。もしかしてまたうちに戻って……?」
P「違う違う。一昨日、急に黒井社長に呼ばれたんだよ。何の用かは知らんけど」
961社員「えっ! それってもしかして……『もう一度私の下で働いてくれないか』的なやつっすか?」
P「いや、それは無いよ。俺の765への移籍自体、黒井社長が決めたんだから」
961社員「あー、それって確か、765プロのプロデューサーが急死しちゃったから○○さんを急遽移籍させることにしたっていう……」
P「そうそう。高木社長は黒井社長の昔馴染みだったからな。困ってるのを放っておけなかったんだろう」
961社員「でも……それって本当にそういう理由だったんすかね?」
P「? どういう意味だ?」
961社員「だって黒井社長、ずっと765プロの事目の敵にしてたじゃないすか。それなのに急に助けるって……なんか違和感ありますけど」
P「そりゃまあ昔は色々あったんだろうよ。でもやっぱりいざっていう時には見捨てられなかったって事だろ」
961社員「そういうもんなんすかねぇ」
P「あとアイドル業界全体を活性化させるため、っていう理由もあったんだろ。実際、俺が社長から直に言われた理由はそっちだったし」
961社員「あー、ありましたね。アイドル事務所の関係者ばかりが事故や自殺で次々と死んでいった怪事件」
P「そうそう。轡儀さんも亡くなったしな」
961社員「あの時の黒井社長の落ち込みっぷりったらなかったっすよね」
P「独立する前からずっと一緒に働いてたらしいからなぁ。うち……いや、961プロでも事実上の右腕だったし」
961社員「でも轡儀さんが亡くなった後も業績には影響出さなかったあたり流石っすよね。黒井社長」
P「ああ。961プロって一見社長のワンマンに見えるし、外でもよくそういう風に言ってるけど……実際は轡儀さんのサポート無くして今の地位は無かっただろうからなあ」
P「だから轡儀さんが亡くなった後も業績を維持してたのは……黒井社長がそれこそ死に物狂いで頑張ったからなんだろうな。多分」
961社員「多分って……○○さん、その頃まだうちにいましたよね?」
P「ああ。でもほら、俺はジュピターの活動報告の時くらいしか社長と話す機会無かったからさ」
961社員「そうなんすか。……あ、そういえば知ってます? ○○さんの後任のプロデューサー、××さんになったんすよ」
P「へー、あいつに。そうなのか。知らなかった」
961社員「あれ? もしかして○○さん、ジュピターのメンバーとはあんまり連絡とか取ってない感じすか?」
P「ああ。俺が移籍して以来、仕事でもかぶってないしな」
961社員「そうなんすか。なんか意外だなあ」
P「? そうか?」
961社員「ええ。だって○○さんとジュピターの三人って、すごく強い絆で結ばれてるように見えてましたから」
P「あー……まあ、な」
961社員「? なんかワケありな感じっすか?」
P「いや、別に何も無いよ。ただ中途半端な所でプロデュースやめちまったのと、急な話で碌に挨拶もできないまま別れちまったから……正直、後ろめたい気持ちはあるかな」
961社員「あー、なるほど。じゃあ折角ですし、会っていったらどうです? 今日は三人とも社内にいると思いますよ」
P「そうだな……まあ時間があればそうするよ」
961社員「今、結構忙しい感じすか?」
P「まあな。今日の黒井社長の件も『できるだけ早く来てほしい』って言うからスケジュール無理矢理割いて来たようなもんだし」
961社員「ははは。それはお疲れ様です」
609:以下、
961社員「ところで、○○さんが移籍してもう半年以上になりますけど……実際どんな感じなんすか? 765プロって」
P「あー……まあ色んな意味で961とは全然違う感じかなあ。事務所の規模にしても社風にしても」
961社員「へー、やっぱそうなんすか」
P「ああ。あと社長の性格も全然違う」
961社員「はは。でも765プロのアイドルの躍進ぶりって半端無いっすよね。今やジュピターに勝るとも劣らない人気ぶり……」
961社員「それってやっぱり○○さんの功績っすよね?」
P「……別に俺は何もしてないさ。俺が入った時点であいつらはもうかなりの人気アイドルになってたからな」
961社員「いやいや、そんなことないっすよ。そりゃ元々の人気もあったでしょうけど、○○さんが入ってから、一層その勢いに拍車が掛かったっていうか……たとえばほら、765プロのアイドル二名が主役と準主役を務めた舞台『春の嵐』の大ヒットとか。あれって確か全国公演もやってましたよね?」
P「ああ。ちなみに夏からの追加公演も決まったよ。今日ちょうどここに来る前、そのインタビュー記事の取材があったから出演する二人に付き添ってきたところだ」
961社員「えぇ! またやるんすか? すごいなあ……」
P「まあでも今度は東京公演だけだけどな。8月頭にあるアリーナライブが終わった後、秋には美希……星井美希がハリウッドに行っちまうから、その間だけだ」
961社員「そうそう、それらもっすよ! アリーナライブにハリウッドって……本当、すごいっすよ○○さん」
P「いや、だからそれも別に俺の力じゃ……」
961社員「あとその『春の嵐』主演の天海春香のアイドルアワード受賞なんてのもありましたし……“歌姫”如月千早の二度にわたる海外レコーディングなんかも」
961社員「その他のアイドルもテレビや舞台に引っ張りだこ……今や街を歩いていて765のアイドルの顔を見ない日は無いっすからね」
961社員「それもこれも、やっぱり全部○○さんの功績っすよ! いやあ、本当にすごいなあ」
P「いや、だから」
961社員「っと! いっけね、もう会議の時間だ。じゃあ○○さん、また今度ゆっくり聞かせて下さいね。○○さんの武勇伝! それじゃ」ダッ
P「あ、おい……」
P「……言うだけ言って行っちまいやがった。まったく……」
610:以下、
P「まあいいか。さっさと社長の所に……」
ドンッ
P「わっ」
「っと」
P「すみません」ペコリ
冬馬「ああ、こちらこそ……ん?」
P「?」
冬馬「あ……あんた!」
P「! 冬馬」
冬馬「…………」
P「…………」
翔太「わぁ、びっくりした。○○ちゃん。なんでこんなとこにいんの?」
北斗「これはこれは……御無沙汰してます」
P「翔太。北斗。……何、ちょっと野暮用でな」
冬馬「…………」
翔太「? 冬馬君?」
北斗「おい、冬馬。久しぶりにお会いしたんだ。挨拶くらい……」
冬馬「――――!」
(突然、プロデューサーの頬を殴りつける冬馬)
P「ッ!」
翔太「ちょっ!」
北斗「冬馬!?」
P「……って……」
冬馬「…………」
翔太「何してんのさ冬馬君!」
北斗「お前!」
P「……いいよ。翔太。北斗」
翔太「! ○○ちゃん」
北斗「しかし……」
冬馬「…………」
P「いいんだ。これくらい……俺がお前らにした仕打ちを思えば当然の事だ」
P「お前らのプロデュース、まだ途中だったのに……いきなり辞めちまって悪かった」ペコリ
翔太「いや、でもそれは○○ちゃんのせいじゃ……」
北斗「そうですよ。黒井社長の指示でしょう?」
冬馬「…………」
P「だが最終的に決めたのは俺の意思だ。だから責任は全部俺にある」
翔太「○○ちゃん」
北斗「おい。冬馬。何か……」
冬馬「…………」
971: 以下、
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