軍人たちの艦隊コレクションback

軍人たちの艦隊コレクション


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1:
 「……っ」
 不意に目を覚ます 
 
 閉じていた瞼を薄く開き、外の光を取り込む
 黒く塗りつぶされていた視界がひらけ、ぼんやりと揺らめくものに変わっていく
 ゴポ ゴポ ゴポ ゴポ 
 揺らめく視界に目を細めながら、耳は何かを捉える
 心臓が脈打つ音にまぎれて、何か水の流れるような音が聞こえてくる
 
 (……水の音)
 その音に首をかしげながらも覚醒は進む
 次第にぼやけた視界の焦点が合い、辺りの光景が目に入ってきた
 (ここは……?)
 明らかになった自分の状態に戸惑う
 何故か横倒しになった状態で水槽のようなものに入れらており、全身は水槽に満たされた水のような液体に浸かっていた
 先ほどの音は水の流れる音ではなく、水に反響した自分の体の動きだったようだ
 (息は?)
 全身が水に浸かっていることを理解し、水中で呼吸が出来ないことを思い出す
 咄嗟に息を止めようとするが、そうするまでもなく呼吸は出来ていた
 視線を落とすと、口元は覆いのようなもので覆われている
 どうやら、この覆いによって呼吸は保たれているようだった
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・(´・ω・`)「あ、停電だ」
2:
 「おい! ……を……ろ!」
 自分の状況を確認し、辺りに目を向ける余裕が生まれてくる
 水槽の向こう側へ目を凝らすと、何か白いものを身に着けた人影が確認できた
 何か言っているようだが、水音にかき消され聞き取れない 
 「………確認! 急げ!」
 その影に目を凝らすと、隣にもう1人いる様だった
 先ほどの人影が何か指示を与えているが、やはり良く聞こえない
 改めてその影たちが何者であるのか目を凝らして確認する
 しかし、薄暗い水と曇ったガラスに阻まれ、着ている衣服が白衣だとしか分からなかった
 「…………正常!」
 「しかし、麻酔……が弱………す」
 「………は、意識が……………!」
 目の前の影たちはしきりに何かを確認し、口々に何かを言い合っていた
 「吸入……、濃度……に上げろ」
 「こ………覚めさ……」
 だが、水の反響と自らの鼓動が邪魔をして何と言っているのか聞き取れない
3:
 (どうして、こんなところへ)
 影の正体を探ることを諦めて、再び自分の状況について思考を巡らせる
 しかし、いくら考えたところで何も浮かんでは来ない
 ここはどこで、どうして水槽なんかに入っているのか、全く分からなかった
 「しかし………では」
 「構わん、やれ」
 自分が覚えている限りの記憶を必死に掘り起こす
 眠りに付く前に、自分はどこに居たのか
 なぜ、気を失ってしまったのか 
 目を覚ます前の、自分の行動1つひとつを子細に思い返した
 「麻酔濃度………上昇」
 「数秒……意識が落……す」
 船に乗っていたこと、仲間といたこと、戦争の最中だったこと、色々なことが頭を駆け巡る
 そこから、自分の身に起こったことを思いだそうとしたとき
 シュュュウウウウ
 何かが噴き出すような音が聞こえ、異臭のする気体を吸い込む
 本能的に危機を感じるが、もう遅い
 視界は徐々に暗くなり、意識も遠のいていく
 そして、息を止めようとした頃には、完全に気を失ってしまっていた 
4:
 (ここは……?)
 (病室、のように見えるが……)
 コン コン コン
 「失礼する」ガラガラガラ
 (何だ!?)
 「おっと……」
 「目が覚めていたようだな」
 「……っ」
 「無理に動かさない方がいい」
 「思っている以上に体に負担となっているはずだ」
 「どういう……ことだ?」
 「長い間眠っていた」
 「筋力は衰えてはいないが、頭の動きに体が付いていかないのだろう」
 「時間をかけて徐々に慣らしていった方が良い」
 「お前は、何者だ?」
 「日本人みたいだが……味方なのか」
 「おっと、紹介が遅れてしまったな」
 「私は帝国海軍情報局特殊情報対策室の室林大佐」
 「貴官、君嶋大悟一等水兵の世話を任された者だ」
5:
君嶋(海軍大佐が自分の世話役……)
君嶋(どういうことだ?)
室林「やはり、腑に落ちないという顔をしているな」
君嶋「……信じられません」
君嶋「一介の兵卒に大佐殿が世話役になるなど」
室林「確かに君にしてみればおかしな話だろう」
室林「だが、貴官にはそれほどの価値がある」
室林「私はともかく、海軍本部はそう考えている」
君嶋「それは……どういう」
室林「単刀直入に言おう」
室林「我々海軍は、君の体を利用させてもらった」
室林「新たな敵に対抗するためにな」
君嶋「敵……アメリカですか?」
室林「いや、そうではない」
室林「米国はすでに東太平洋上での戦闘能力を殆ど失っている」
室林「虎の子の第7艦隊を喪失してな」
君嶋「アメリカが!?」
君嶋「日本がやったのでありますか!」
6:
室林「いいや、我が国も同じだ」
室林「全艦艇の8割を喪失し、聯合艦隊も壊滅した」
君嶋「そんな……まさか!」
君嶋「信じられない」
室林「ヤツらが現れたのだ」
室林「軍艦、商船、輸送船……洋上に浮かぶ全てを攻撃し、海の底へと沈める」
室林「深海より現れる怪物が」
君嶋「……深海の怪物」
君嶋「そんなもの、聞いたこともない」
君嶋「あったとしても質の悪い噂です」
君嶋「自分が眠っている間にそんなことがあったなんて信じられません」
室林「君の立場にしてみれば、その反応もやむを得ないものだろう」
室林「だが、これは歴然たる事実だ」
室林「現実に米第七艦隊と聯合艦隊は壊滅し、世界の海は寸断された」
室林「数十年前に突如として現れた深海棲艦によって」
君嶋「何を言っておられるのですか?」
君嶋「私はそんな怪物の話なんて知りません」
君嶋「まさか、眠っている間に何十年も経ったとでもおっしゃるのですか?」
7:
室林「ああ、その通りだ」
室林「貴官が気を失ってから何十年もの月日が流れている」
室林「その証拠に……」ピッ
 『……本日の天気は、晴れ時々くもり』
 
君嶋「な、なんだ……これは」
室林「テレビだ」
室林「古いブラウン管だが」
室林「君とっては初めて目にする物だろう」
君嶋「しかし……」
室林「なら、これならどうだ?」
室林「今日付の新聞だ」
室林「ロビーから取ってきたもので、下手な細工はしていない」
君嶋(これは……)
君嶋(日付が未来になっている)
君嶋(だが、そんな……そんなはずは)
室林「納得してもらえたどうかは分からないが」
室林「そのうち嫌でも現実を知ることになるだろう」
室林「それよりも、君に確認しなければならないことがある」
君嶋「……何でしょうか?」
8:
室林「先ほど、深海棲艦など知らないと言っていたが」
室林「それは本当か?」
室林「君の記録からして、接触していなければおかしいのだが」
君嶋「いえ、私は怪物なんて」
君嶋「最後の記憶に……」
室林「どうした? 何か思い出しか」
君嶋「ま、まさか……あれが怪物だと言うのか」
君嶋「でも、だとしたら辻褄は合う」
君嶋「それじゃあ、あいつ等は……!」
室林「落ち着くんだ」
室林「ここで取り乱しても何も始まらない」
室林「ゆっくりで構わないから、何があったか話してみてくれ」
君嶋「……申し訳ありません」
君嶋「自分は嘘を付いていたようです」
室林「嘘? それは」
君嶋「自分は、確かに会ったことがあります」
君嶋「その深海の怪物……深海棲艦というものに」
室林「話してはくれないか?」
室林「話によっては、君の身に起こったことが分かるかもしれない」
君嶋「ええ、構いません」
君嶋「海兵団を修了して……」
君嶋「何度目かの任務に就いた時の事です」
9:
補足など
・「艦隊これくしょん」の設定を流用したオリジナル
・一部に地の文表記アリ
・Wikiも編集する予定
・基本的に女子の出番はないので注意
11:
<洋上 駆逐艦 甲板>
 『開戦から暫く、連合国が反攻を強め始めた頃』
 『自分は支那の東の洋上に居ました』
 『任務は南方への物資輸送でした』
 ザッ ザッ ザッ ザッ
君嶋「はぁ……」
君嶋(もう十分キレイだろうに)
君嶋(これ以上やっても何も変わらないぞ)
 「貴様ッ! 何をサボっている!!」
君嶋(げっ、不味い)
 「はっ! 申し訳ありません」
 「謝って済むと思ったか!」
 「根性が足らん! その場になおれ」
君嶋(俺じゃなかったみたいだな)
君嶋(あれは……下山田の奴か)
君嶋(あいつ、またあの兵曹に目を付けられたな)
12:
兵曹「オラッ!」ブンッ
 パシンッ
下山田「……っ!」
君嶋(相変わらず容赦がないな)
君嶋(兵曹殿も兵曹殿だが……下山田も下山田だ)
君嶋(あんなに開けっ広げにサボらなくてもいいものを)
兵曹「おい! 感謝はどうした」
下山田「あ、ありがとうごさいました!」
兵曹「気持ちがこもっとらん!」
兵曹「もう一度だ!」ブンッ
 『そう言って、上官が同期の下山田を殴ろうとしたとき』
 『大きな爆発音とともに、自分の乗っている船が大きく揺れました』 
君嶋「!?」
君嶋(なっ、なんだ?)
13:
兵曹「な、何が起こった?」
下山田「いやぁ……自分に聞かれましても」
兵曹「貴様に聞いているのではない!」
 カン カン カン カン カン
 「本艦に被弾アリ!」
 「敵艦の砲撃と思われる!」
 「総員、直ちに戦闘配備に付け!!」
君嶋(……来たか!)
兵曹「とにかく、今回のところはこれで勘弁してやる」
兵曹「今すぐ戦闘配置につくのだ!」
下山田「はい! 了解しました」
下山田「行くぞ、君嶋」
君嶋「ああ、分かってる!」
 『こうして、自分にとって初めてでは無い実戦が始まりました』
 『しかし、今にしてみれば……もう少し疑うべきだったのです』
 『甲板に居たのに、敵の艦影はおろか哨戒機も発見できなかったことを』
14:
<駆逐艦 弾薬庫>
君嶋「君嶋一等水兵、ただいま戻りました!」
下山田「同じく下山田、戻りました!」
兵長「遅い! 何をやっていた」
下山田「いや、すみません」
下山田「兵曹殿に捕まっておりまして……」
兵長「また、兵曹殿の気を損ねたのか」
兵長「いい加減にしないと背中の皮が剥がれてしまうぞ」
 
君嶋「そんなことより、兵長」
君嶋「我々にご指示を」
兵長「分かっている」
兵長「君嶋はここで弾薬の積み込み、下山田は移動の邪魔になる輸送物資の投棄」
兵長「やることは訓練通り、後はその場の指示に従え」
兵長「以上、いいな?」
君嶋&下山田「「了解しました!」」
 『自分に与えられた任務は、砲塔への弾薬の積み込みでした』
 『弾薬室にこもって砲弾を昇降機まで運ぶ』
 『誘爆や浸水さえなければ安全な場所で、そこに居たから生き延びられたのかも知れません』
15:
 『戦闘開始から1時間』
 『艦内のいたる所から被弾の知らせが届くにも関わらず』
 『未だに敵発見の報告すら受けていませんでした』
君嶋「兵長! これはどうなってるのですか?」
君嶋「さっきから黙って攻撃を受けてるだけで」
君嶋「どうして反撃しないのです!?」
兵長「そんな事を私に聞かれても困る」
兵長「だが、敵の艦影すら見つからないのだ」
兵長「闇雲に砲撃をして、弾を無駄にするわけにはいかない」
君嶋「ですが、このままではやられてしまいます!」
君嶋「艦橋からの連絡は無いのですか?」
君嶋「あそこからなら敵の姿を見つけられるはずです」
兵長「それが合ったら、もっとマシなことを言っている!」
兵長「何度も連絡をしているが、応答がまるでないのだ」
16:
君嶋「そんな……」
君嶋(艦橋がやられた?)
君嶋(だったら、下山田は……)
兵長「しかし、そんなことを言っても始まらん」
兵長「私も信じたくないが……」
君嶋「クソッ……」
 ダダダッ
兵長「待て! 何処へ……」
 『弾薬庫から飛び出した直後、背後から爆発音がしました』
 『それは言うまでもなく敵の砲撃による爆発で……』
 『船体を貫いた砲弾が、兵長もろとも弾薬庫を破壊した音でした』
18:
<駆逐艦 舷梯>
 『爆風で吹き飛ばされながらも軽い裂傷程度で済みました』
 『所々に流血はありましたが、痛いという記憶はありません』
 『それよりも、同期の……甲板で物資の投棄を命じられた下山田の方が気になっていました』
君嶋「クソっ……兵長」
君嶋「一体、どうなってるんだよ」
 『気が付けば、甲板にいるはずの友人のもとへと歩き出していました』
 『敵の砲撃が飛び交う甲板へ出るなんて自殺行為ですが』
 『そんなことを考えている余裕などありませんでした』
君嶋(……下山田、お前は)
君嶋(お前は大丈夫だよな)
 カン カン カン
 『ふらつきながらも舷梯を伝って甲板を目指しました』
 『出口から差す光が視界を真っ白にしますが、構わずに外へと出ます』
 『しばらく目を細めて、辺りの明るさに目を慣らすと』
 『一面に広がる……地獄のような光景が飛び込んできました』
19:
<駆逐艦 甲板>
君嶋「な、なんだよ! これ」
君嶋「どうなってんだよ!?」
 『砲身がひしゃげた主砲、ガラスの割れ目から炎がチラつく艦橋』
 『つい1時間前に綺麗にしたはずの甲板は赤黒く変色し』
 『人だったかも良く分からないモノが……そこらじゅうに、転がっていました』
君嶋「お、おい! 下山田!!」
君嶋「どこだ!? 返事をしろ」
君嶋「下山田ッ!」
 
 『甲板で親友の名前を叫び続けました』
 『ほとんど絶望的でも、もしかしたら無事かもしれない』
 『そんな些細な望みにかけて叫び続けました』
 『しかし、そんな自分が見つけたのは……』
君嶋「何処だ! 何処に……」ザクッ
君嶋「これ……」
君嶋「……なんだ、これ」
 『木端微塵になったあいつの体と……その頭、でした』
20:
君嶋「し、下山田……」
君嶋「……うっ、おぇぇ」
 『バラバラになった友人を見て、堪らずおう吐しました』
 『それまで感じてこなかった不安と恐怖が一気に押し寄せてきたんです』
君嶋「うっ……ぐっ」
 
 『そのままおう吐を繰り返し、目の前が吐瀉物で一杯になった頃』
 『遂に胃の中の物が無くなって、胃液も出てこなくなってきます』
 『すると、さっきまで自分を包み込んでいた恐怖感や不安感が嘘のように消え失せ』
君嶋「何故、どうして」
君嶋「どうして……どうしてこんな」
 『その代わりに、抑え込まれていた敵への憎悪が湧きあがってきました』
 『こんなことをした奴は何が何でも許さない、と心の奥底から思いました』
君嶋「一体、何処のどいつだよ」
君嶋「どいつがこんなことを……!」
  ザバッ
 『そうして敵への憎悪を確信した時、海面に何かが移動するのが見えました』
21:
君嶋「そこか? そこにいるのか!」
 『反射的にそいつがやったんだと理解して』
 『近くにあった銃座へと飛び乗りました』
君嶋「皆の仇だッ!」
 『そして、そのまま引き金へと指を掛けると』
 『狙いも定めずに機銃の引き金を引きました』
君嶋「死ねェぇええ!!」
 ズダダダダダダダダダ
 『正直、ここからは良く覚えていません』
 『ただ……自分の挑発に乗ってか』
 『アイツもこっちに向かって来たのを覚えています』
君嶋「喰らえぇぇぇッ!」
 ズダダダダダダダダダ
 『それでも構わずに引き金を引き続けました』
 『もう自分でも何が何だか覚えていません』
 『残されている最後の記憶は、人ではないの悲鳴と何か生温かいものを被った感触だけです』
22:
室林「そうか……」
室林「話してくれてありがとう」
君嶋「今の話で、何か分かりましたか?」
室林「ああ、ひとつ思い当たる節がある」
室林「私も専門でないから詳しいことは言えないが、最後に君が浴びた物」
室林「それはおそらく、深海棲艦の体液だろう」
君嶋「体液……ですか」
室林「技本の研究員が言っていた」
室林「君が年を取ることなく眠っていたのは深海棲艦の細胞の影響だと」
室林「何かしらの理由で未知の細胞と接触、融合し、それと適合するために君の体細胞が活動を休止した」
室林「一種のコールドスリープのような状態に陥っていたと」
君嶋「コールド……?」
室林「まぁ、とにかく」
室林「数十年後の未来に来てしまったということだけ分かれば良いさ」
君嶋「そう……ですか」
室林「どうした? 何か腑に落ちなかったか」
23:
君嶋「いえ、今の話に関しては問題ありません」
君嶋「詳しくは分かりませんが、そういうことにしておきます」
君嶋「ただ……ひとつ疑問があります」
君嶋「大佐の話が本当なら、その怪物によって内地は大きな被害を受けているはず」
君嶋「ですが、先ほどの新聞にはそれらしい記事は載っていませんでした」
君嶋「これはどういうことでしょう?」
室林「それなら話は単純だ」
室林「奴らは洋上の物を無差別に攻撃するが、陸上の物にはあまり関心を示さない」
室林「初めて現れた時も帝国海軍を壊滅させこそしたが、陸には上がってこなかった」
室林「つまり、陸に居る限り脅威は少ないという訳だ」
君嶋「しかし……それでは逃げているだけではありませんか」
君嶋「そのまま後手に回ってばかりでは」
君嶋「それこそ、鉄も油も無くなって」
君嶋「奴らの言いなりになるだけだ」
室林「無論、そんなことは我々も分かっている」
室林「だからこそ、海軍は新たな兵器を開発した」
室林「永い眠りに就いていた君の生体情報を利用して」
君嶋「自分の情報を……?」
24:
室林「君には謝らなければならないと思っている」
室林「しかし、そうするしか方法がなかったのだ」
室林「あの怪物に対応するには、奴らの細胞を取り込んだ君の体を使うしかなかった」
室林「軍を代表して私から謝罪する」
室林「本当に……申し訳なかった」
君嶋「顔を上げてください、大佐殿」
君嶋「あなたが頭を下げることはありません」
君嶋「海軍に志願した時から、この身は国に捧げました」
君嶋「自分の力で国を守ることが出来るなら、本望です」
室林「……流石は帝国軍人と言ったところか」
室林「その心意気、他の士官たちにも見せてやりたいところだ」
君嶋「滅相もありません」
君嶋「故郷を出てから、お国のために捧げた体です」
室林「そう言って貰えると、こちらとしても気が軽い」
室林「それで、君の処遇なんだが……」
室林「君はどうしたい?」
君嶋「もちろん、軍務を全うしたいであります」
君嶋「あれから数十年の月日が流れたとはいえ、軍役を終了していません」
君嶋「このままでは帝国軍人の名折れです」
25:
室林「そうか……それが貴官の希望か」
君嶋「何か、不都合でしたか?」
室林「いや、君が軍に復帰する分には問題ない」
室林「というより、その方が楽だ」
室林「もし軍籍を抜けると言うならば、私は君を説得せねばならなかったからな」
君嶋「では、何を渋っておられるのですか」
君嶋「復帰に問題がないなら、何も気にすることはないではありませんか」
室林「いや……そういう訳にも行かない」
室林「先ほど言った通り、君が眠りについてから数十年」
室林「海軍内部で大規模な制度改革や体質改善が行われた」
室林「その結果……いま現在、帝国海軍の軍役についている艦艇で」
室林「作戦行動に従事している艦……ほぼゼロだ」
君嶋(作戦行動に参加している艦がゼロ……)
君嶋(まさか、すべて沈められてしまったとでもいうのか?)
室林「一応、訂正しておくが……」
室林「稼働艦艇がゼロというのは、君が思っているのは違う」
室林「先ほど話した新兵器が原因なのだ」
26:
君嶋「しかし、新兵器と言えども船の上で使うものでしょう?」
君嶋「それとも……航空機のように空襲用の兵器なのでしょうか」
室林「残念ながら、どちらでもない」
室林「それは艦艇を利用せずに、高火力の武装を装備、運用でき」
室林「非常に小型かつ、俊敏な深海棲艦に対応できるスピードを兼ね備えた」
室林「次世代型の生体兵器なのだ」
君嶋「……生体兵器?」
君嶋「馬や犬などを戦闘に利用するのは陸軍がやっていましたが」
君嶋「それがどうして海軍に……」
室林「この生体兵器の素体は人間だ」
室林「素体となる人間に、君から得た敵の生体組織」
室林「それを培養したものを組み込むことで」
室林「砲撃の爆炎に耐えることができ、水上を滑らかに移動することも可能とした」
室林「まさに、深海棲艦の天敵と呼べるものを作り出すことが出来た」
君嶋「凄い……そのようなものが」
君嶋「それがあれば深海の怪物などひとたまりもない」
室林「いや、そう上手くも行かない」
室林「敵も黙ってやられているだけではない」
室林「アレを導入してから、新しい個体が次々と発見され」
室林「遂には、陸上まで活動範囲を延ばす個体まで現れ始めた」
27:
君嶋「そんな奴らが陸上に……」
君嶋「大丈夫なのですか?」
室林「大丈夫だ、彼女らは良くやっている」
室林「そうなる前に海上で撃退してくれるだろう」
君嶋「しかし……その新兵器と自分の処遇に何の関係が?」
君嶋「稼働している艦艇がゼロでも、軍に従事している軍人はいるはずです」
君嶋「自分もそこで働けばいいだけの話では」
室林「それは、また……」
室林「説明が必要だな」
君嶋「説明?」
室林「ああ、さっきも言った通り」
室林「海軍内部で大きな制度改革があったのだ」
君嶋「ですが……それは新兵器を使うための制度づくりでは?」
室林「確かに、その内容も含んではいるが……」
室林「主題におかれたのは、実質的な予備役と化してしまう現役軍人の処理だ」
君嶋「現役が予備役?」
君嶋「それはどういった……」
28:
室林「新兵器はその特性上、素体となった人間1人単位で運用される」
室林「つまり、巨大な船が役立たずになった深海棲艦との戦いは」
室林「君の知っている戦艦同士の艦隊戦より遥かに少ない人数で行われる」
室林「それに加えて、新兵器の素体となるには適性が必要でな」
室林「現職の軍人にはその条件を満たすことが出来なかった」
室林「したがって、現代ではほぼ全ての軍人が後方勤務を余儀なくされる」
室林「だから……」
君嶋「あぶれた現役軍人をどうにかしようとした?」
室林「まぁ、そういうことになる」
室林「そして……海軍としての決定はこうなった」
室林「敵深海棲艦に対し有効な攻撃手段を持つ者及び、それを統括する者のみを各拠点に配備し」
室林「これを新たな帝国海軍の核とする」
室林「他方、その基準に満たない士官、兵卒はそれを補佐するものとするとして」
室林「帝国守備防衛隊海軍部を新設する、と」
君嶋「つまり……自分のような一般の兵卒は帝国海軍ですらないと?」
室林「いや、組織の上では防衛隊も帝国海軍だ」
室林「軍令部に隷属する一部署という扱いではあるがな」
29:
室林「それと……君については少々扱いが複雑だ」
君嶋「と、言いますと?」
室林「君は次世代兵器開発のために利用された検体」
室林「謂わば、実験に使われたモルモットのようなものなのだ」
室林「このことは軍の最高機密であり、世間に出回れば帝国海軍の威信は失墜する」
室林「そのため、私たちとしては君を手の届かない場所へはやりたくない」
室林「だが、君は元一般水兵だ」
室林「各拠点で司令官の任に就くのは肌に合わないだろう」
室林「そこで、帝国海軍に籍を置いたまま、出向という形で防衛隊に所属する」
室林「そうすれば我々は君を手放さず、君も馴染みやすい場所で軍務を全うできる」
室林「これが、今考えている君の処遇だが……」
室林「どうだろうか?」
君嶋「それは……命令ですか?」
室林「いや、命令ではない」
室林「ただ……海軍部の総意はそういうことになっている」
30:
室林「今すぐに決断できないというなら、それでいい」
室林「また後で答えを聞こう」
君嶋「いえ、その条件で構いません」
君嶋「自分は望んで海軍へ志願した身であります」
君嶋「今更、軍を離れるという選択肢はありません」
室林「そうか……それは良かった」
室林「今はゆっくりと静養してくれ」
室林「後日、正式な辞令と必要な物を送る」
君嶋「ハッ、承知しました!」
室林「では、失礼する」
 ガラガラガラガラ
君嶋(目が覚めたら見知らぬ未来へにいる)
君嶋(こんなことが……自分の身に降りかかるとはな)
君嶋(空想小説もいいところだが、あれこれ考えても仕方ない)
君嶋(……なるようになるしかないか)
32:
<横須賀 車両乗降場>
君嶋「ここが、横須賀か……」
君嶋(海兵団も横須賀鎮守府だったが、随分と様変わりしているな)
君嶋(まぁ、眠っている間に相当な時が流れてしまったんだ)
君嶋(当然と言えば当然か)
君嶋(しかし、それはいいとしても……)
  カン カン カン カン カン
 ガタンゴトン ガタンゴトン
君嶋「……迎えが来ないな」
君嶋(約束の時間はとうに過ぎているし)
君嶋(まさか、場所でも間違えたか?)
 プー プップー
君嶋「ん? なんだ」
君嶋(車がこっちに向かって……)
 キュルキュルキュル
  キィィィィイイイッ
君嶋「なっ、うわっ!」
 キィィイッ ガタン
33:
君嶋「……と、止まった」
 バタンッ タッタッタッ
 「あー……大丈夫ですか?」
 「ケガとかしてません?」
君嶋「あ、ああ……大丈夫だ」
君嶋「それより、その車……」
 「ああ、大丈夫ですよ」
 「見た目オンボロですけど」
 「これでも軍用車なんで、これぐらいじゃ壊れません」
君嶋「いや、そういうことではなくて」
 「それより、その恰好」
 「君嶋特務少尉ですか?」
君嶋「一応……そういうことになる」
君嶋(しかし、今更ながら……特務少尉とはな)
君嶋(室林大佐は建前の問題だとは言っていたが、大出世も良いところだ)
君嶋(両親が居れば、赤飯でも炊いて大騒ぎしているな)
34:
 「いやぁ、遅れて申し訳ないっす」
 「コイツのエンジンの調子が悪くって」
 「なかなか動いてくれないんですもん」
君嶋「……買い替えたりはしないのか?」
君嶋「今の時代、車だってそれほど高価なものではないんだろ」
 「それが出来たら良いんですけど」
 「軍の予算がこっちまで回ってこないんで」
 「ウチは万年、火の車なんすよ」
君嶋「それは……大変だな」
君嶋(いつの時代も、金策は重要か)
君嶋(こういうところは変わらないんだな)
 「ああっと、申し遅れましたね」
 「自分は日下部雄一等水兵であります」
 「この度は、少尉殿のお世話することになりました」
君嶋「君嶋大悟だ、よろしく」
君嶋(この浮ついた感じ……下山田を思い出すな)
日下部「じゃあ、好きなとこ乗ってください」
日下部「コイツで基地まで案内しますよ」
君嶋「えっ?」
35:
日下部「なに、呆けた顔してるんですか」
日下部「こんなとこで突っ立ってても、日が暮れるだけですよ」
君嶋「それは分かってるが……」
君嶋「これに乗るのか?」
日下部「何か問題でもありますか?」
君嶋「…」
君嶋(さっきの運転を見せられて、問題が無い方がおかしい)
君嶋(こんなところで死にたくないぞ)
日下部「ささっ、出発しましょう」
日下部「工場長も待ってるっすから」
君嶋(……腹をくくるしかないようだな)
君嶋(大丈夫、俺はあの戦いを生き残ったんだ)
君嶋(この程度で死ぬはずないさ)
日下部「あと、ベルトはちゃんと締めて下さいね」
日下部「色々と厳しくなってるんで」
日下部「気を抜くと直ぐに切符を切られちゃうんす」
君嶋(それはお前に原因があるんじゃ……)
日下部「じゃ、早行きましょう」
君嶋(大丈夫……なのか?)
36:
<防衛隊基地 正門>
 キィィイイイッ ガタン
日下部「よし、無事到着」
日下部「君嶋少……大丈夫っすか?」
君嶋「あ……ああ」
君嶋(これは……大シケの海よりだいぶ酷い)
君嶋(こいつの車には、出来るだけ乗らないようにしよう)
 バタン
   バタンッ
日下部「じゃあ、自分は車を戻し……!」
日下部「ああっ!?」
 
 シュゥゥウウウッ
君嶋「……どうした」
日下部「いやー……やっちまったっす」
日下部「また技術部の連中にどやされる」
 「日下部……またやらかしたのか?」
37:
日下部「その声は、野田!」
日下部「丁度いいところに来てくれた」
日下部「この車を……」
野田「無茶苦茶言うなよ、こっちにそんなスキルはない」
野田「大人しく技術部の連中に直してもらえ」
君嶋(日下部の知り合いか?)
君嶋(階級章は上等水兵を示しているな)
君嶋(多分、アイツの同期か何かだろう)
日下部「そんな、殺生な……」
日下部「俺がどんな扱い受けてるか知ってるだろ」
野田「それは、お前が悪い」
野田「アイツらが丹精込めて作った機械を攻でぶっ壊すんだ」
野田「目の敵にされても文句は言えないだろ」
君嶋(アイツ……機械音痴だったのか)
君嶋(それでよく海軍に入ろうと思ったな)
野田「それに、こんなところで何してるんだ」
野田「新海軍からやってくるお偉いさんを迎えに行ったんじゃなかったのか?」
38:
君嶋「それなら……」
君嶋「たった今、送り届けてもらったところだ」
野田「あなたが?」
君嶋「君嶋大悟特務少尉だ」
君嶋「今日からここに赴任することになった」
君嶋「よろしく頼む」
野田「……野田公彦上等水兵です」
野田「日下部には車の修理に行かせるんで」
野田「ここからは、自分が案内を務めます」
君嶋「なら、ここの責任者に挨拶がしたい」
君嶋「そこまで案内してくれ」
野田「自分の後に着いて来てください」
野田「荷物の方は、そいつに部屋まで運ばせるんで大丈夫です」
君嶋「了解した」
君嶋「日下部一等水兵、あとは頼んだぞ」
日下部「はい、任せてください!」
野田「では少尉、こちらです」
39:
<防衛隊基地 工場長執務室>
野田「失礼します、工場長」
野田「今日付で赴任した、君嶋少尉をお連れしました」
 「ん? 日下部一等水兵はどうした」
野田「また車をダメにしたんで」
野田「技術部の方に直しに行かせています」
 「またか……アイツを迎えに遣ったのは失敗だったか?」
野田「まぁ、肝心の少尉殿はここに居るので」
野田「失敗までは行かなかったと思いますよ」
 「ああ、ソイツがそうか」
君嶋「君嶋特務少尉であります!」
君嶋「本日より、こちらでの勤務となりました」
君嶋「ご指導のほど、何卒よろしくお願いいたします」
 「この基地の管理を任さている五十嵐中佐だ」
 「よろしく頼む」
君嶋「はい! こちらこそ」
五十嵐「後は俺の方で担当する」
五十嵐「お前は職務に戻れ」
野田「了解しました、失礼します」
 ガチャッ バタンッ
40:
五十嵐「…」
君嶋(これがここの責任者)
君嶋(だが、工場長というのは聞き違いか?)
君嶋(まさか……本当に工場へ送られたわけではないよな)
五十嵐「……君嶋特務少尉」
君嶋「はい! 何でしょう」
五十嵐「そんなところで畏まってても疲れるだろ」
五十嵐「そこらの椅子にでもに座っててくれ」
君嶋「いえ、中佐殿を差し置いて自分が座るわけには行きません」
五十嵐「しかし、立ちっぱなしは辛いだろ」
君嶋「これぐらい、自分は何ともないであります」
五十嵐「だが……」
君嶋「お心遣い感謝します」
君嶋「しかし、軍人たる者」
君嶋「上官の前で休むなどは言語道断であります」
41:
五十嵐「……筋金入りだな」
五十嵐「ウチの連中とも新海軍のエリートとも気色が違う」
五十嵐「室林の話も、口から出たでまかせって訳じゃなさそうだ」
君嶋「室林大佐?」
君嶋「大佐殿の事を知っておられるのですか」
五十嵐「まぁ……そういう話はゆっくり話そう」
五十嵐「そんなに堅苦しくしても、肩がこるだけだろ」
君嶋「しかし、それでは……」
五十嵐「全く、強情な奴だな」
五十嵐「こういうことはしたくなかったが、仕方ない」
五十嵐「上官命令だ、そこの椅子に座れ」
君嶋「なっ、何を?」
五十嵐「命令に逆らうと?」
君嶋「……了解しました」
五十嵐「よし、この方が俺もやり易い」
五十嵐「それで、君嶋少尉」
五十嵐「……紅茶は好きか?」
君嶋「紅茶……ですか」
42:
五十嵐「ああ、そうだ」
五十嵐「好みがあるなら言ってくれ」
君嶋「いえ、そんなものは特に……」
君嶋(あるわけないぞ)
君嶋(そんな高級品、目にしたことすらないのだから)
五十嵐「なら、丁度良かった」
五十嵐「ちょうど試作品の特製ブレンドがあるんだ」
五十嵐「一杯飲んでみてくれ」
君嶋「ですが、中佐殿……」
五十嵐「気にしなくていいぞ」
五十嵐「ウチの連中はどうにも、不気味だとか何とか言って」
五十嵐「俺の紅茶に手を付けようとしないからな」
五十嵐「久々に他人へふるまう機会がやって来て、嬉しいぐらいなんだ」
君嶋「それは……大変ですね」
43:
五十嵐「しかし、話の分かる人間で良かった」
五十嵐「すぐに持って来てやる」
君嶋「いえ、それなら自分が」
君嶋「中佐殿はそこで……」
五十嵐「いいから気にするな」
五十嵐「俺が自分で淹れなきゃ意味がないんだ」
五十嵐「黙ってそこで待っていろ」
君嶋「わ、分かりました」
君嶋「ここでお待ちしております」
五十嵐「1分ほど時間をくれ」
五十嵐「湯は沸いてるから、後は茶葉を用意するだけなんだ」
君嶋「…」
君嶋(仮にも一拠点の長が、部下に茶を淹れて良いのか?)
君嶋(いや、むしろ……この方が今は一般的なのか?)
君嶋(今更ながら、とんでもない時代に来てしまったのかも知れない)
44:
五十嵐「ほら、俺の特製ブレンドだ」
五十嵐「存分に味わってくれ」
君嶋「はい……頂きます」グイッ
君嶋「ん? これは……」
五十嵐「どうだ? 感想は」
君嶋「……うまい」
君嶋「紅茶は良く分かりませんが」
君嶋「これは美味いです」
五十嵐「そうか、美味いか……」
五十嵐「いやぁ……ウチの連中は誘いにすらのってこないからな」
五十嵐「分かる人間が来てくれて良かった」
君嶋「自分はそんな大仰な者ではありません」
君嶋「率直な感想を述べたまでです」
五十嵐「そう謙遜するな」
五十嵐「俺のブレンドが不味いみたいだろ」
君嶋「それは……失礼しました」
45:
五十嵐「で、そろそろ本題に戻るか」
五十嵐「色々と聞きたいことがあるんだろ?」
君嶋「ええ、大いにあります」
君嶋「まずは室林大佐について」
君嶋「大佐からは、大佐本人のことも含めて素性は明かさないように釘を刺されましたが」
君嶋「どうしてあの人の名前を知っているのですか?」
五十嵐「一から話すと長くなるが……」
五十嵐「平たく言えば、奴は同じ海軍兵学校の同期なんだ」
五十嵐「その腐れ縁で奴からお前の話を聞いていたってことだ」
五十嵐「まぁ、新海軍の中枢に食らいつくエリートと、窓際旧海軍の一長官が裏で繋がってるなんて」
五十嵐「普通は思いつかないけどな」
君嶋「その……中佐殿」
君嶋「新海軍と旧海軍というのは?」
五十嵐「ん? 室林の奴から話を聞いてないのか」
君嶋「ええ、軍内部で制度改革があったのは聞きましたが」
君嶋「詳しい事情は直接見た方が早いと」
五十嵐「アイツ……説明役を俺に丸投げしたな」
46:
君嶋「何か、おかしなことでも言ってしまいましたか?」
五十嵐「いいや……何でもない」
五十嵐「それより、新海軍と旧海軍についてだったな」
五十嵐「確かに初めて聞くと分かり辛いかもしれないが」
五十嵐「言ってしまえばただの俗称だ」
五十嵐「帝国海軍本体の方を新海軍、守備防衛隊の方を旧海軍という具合ににな」
君嶋「しかし、新と旧が逆では?」
君嶋「守備防衛隊の方が後に出来たなら」
君嶋「そちらの方に『新』と付けるのが普通ではないのでしょうか」
五十嵐「それは……まぁ、色々と事情があってだな」
五十嵐「さっき、制度改革の話を聞いたと言ったが」
五十嵐「どこまで知っている?」
君嶋「どこまで、と聞かれると難しいものがありますが……」
君嶋「理解している範囲で答えるなら」
君嶋「新兵器への適性がない軍人に対処するために防衛隊を新設したと」
五十嵐「だったら話が早い」
五十嵐「今、適性がない軍人がどうこうと言ったが……そいつは嘘だ」
五十嵐「俺達みたいな普通の軍人には適性なんて欠片もない」
五十嵐「適性アリとされたのは、軍にも入隊してないようなのだった」
五十嵐「だからこそ、深海棲艦に対抗しようとした海軍は内部改革を余儀なくされた」
47:
五十嵐「その結果として、名前は元のままだが中身がまっさらな帝国海軍と」
五十嵐「組織は新しいが中身は殆ど変らない防衛隊が生まれた」
五十嵐「そういう訳で帝国海軍が新海軍、防衛隊が旧海軍と呼ばれているんだ」
君嶋「つまり……帝国防衛隊こそが正統な帝国海軍の後継組織であると?」
五十嵐「まぁ、組織の変遷史としてはそうなってくるな」
君嶋(しかし……どうにも引っかかる)
君嶋(中佐殿の話が本当なら、ここは正統な軍の拠点になるはずだが)
君嶋(ざっと見た印象では常駐している軍人の数が異様に少ないように思える)
君嶋(それに、工場とか工場長とかいう単語が飛び交っている)
君嶋(これではまるで、工場で働く工員ではないか)
五十嵐「……なんだ?」
五十嵐「納得がいかないことでもあったか」
君嶋「いえ、少し気になっていることがありまして」
君嶋「先ほどから、工場とか工場長とかいう言葉が出ているのですが」
君嶋「その意味は……?」
五十嵐「そんな風に聞くってことは……」
五十嵐「室林からは聞いてないのか」
君嶋「はい、何も」
君嶋「受け取ったのは、横須賀に赴任せよという辞令だけです」
48:
五十嵐「はぁ……全く」
五十嵐「アイツもとんだ面倒事を押し付けてくれたな」
五十嵐「この状況を一から説明しろと言われても難しいものがあるが」
五十嵐「取りあえず、まずは……」
 コン コン コン
 「失礼します」
五十嵐「……来客みたいだな」
五十嵐「出てもいいか?」
君嶋「お気になさらず」
君嶋「聞かれて困るお話なら、席を外します」
五十嵐「そんな重要な話は来ないと思うが……」
五十嵐「いいぞ、入ってこい」
 ガチャリ
日下部「どうも、失礼します」
49:
五十嵐「お、日下部一等か」
五十嵐「こっちまで来てどうしたんだ?」
五十嵐「また車を壊して、技術部にこってり絞られてるって話だが」
日下部「……勘弁してくださいよ」
日下部「親の仇かってぐらい睨まれた後に、散々どやされたんですから」
日下部「しばらく軍用車には触らせてもらえそうにないっす」
五十嵐「まぁ、その方が安全だろう」
五十嵐「お前を車に乗らせると、スクラップになって返ってきそうだしな」
日下部「そこまで酷くないですよ」
日下部「緩んだねじが2、3本抜けるだけで」
日下部「形まで変わることはないっす」
君嶋(そういう問題ではないと思うが……)
五十嵐「ま、その話は置いておいてだ」
五十嵐「一体何の要件だ?」
日下部「ああっと、少尉に伝えたいことがあって来ました」
君嶋「ん? 自分にか」 
50:
日下部「はい、そうです」
日下部「今日は工場を見てもらうと思うんですけど」
日下部「今さっき、遠征から帰ってきた艦隊の装備品が届きまして」
日下部「工場全体が殺気立ってて、作業区画への立ち入りは控えてくれって話です」
君嶋「……それなら仕方ないが」
君嶋「一体、どうしてそんな状況に?」
五十嵐「この基地には新海軍で使用した武装のリサイクル設備があるんだ」
五十嵐「最近は弾薬を補充して使う武器より、マガジン組み込み式の武装の方が主流らしくてな」
五十嵐「使い終えた武装はこっちで回収して新しく作り直すんだ」
君嶋「使い終えた武装を作り直すとは」
君嶋「まるで、ここが工場みたいな言い方ですが」
日下部「工場みたいも、何も……ここは工場ですよ」
日下部「新海軍の艦隊が使った武器を作り直したり」
日下部「あっちがいつでも使える汎用装備を製造したり」
日下部「とにかく、向こうの艦隊が万全な状態で動けるようにする」
日下部「それが自分たちの仕事っすよ」
君嶋「本気で言っているのか?」
君嶋「自分が工員だと言ってるようなものだぞ」
51:
日下部「いや、自分もれっきとした軍人ですよ」
日下部「工場の仕事とは別にはちゃんと訓練もしてします」
日下部「たまの演習には、護衛艦にだって乗り込みますからね」
君嶋「いや……演習でなくても」
君嶋「船は乗る機会はある、というか」
君嶋「任務で降りたくても降りられない、なんてことは無いのか?」
日下部「そりゃあ、新海軍は予算が豊富っすからね」
日下部「ウチで何かあったら直ぐに予算が減らされるんで」
日下部「燃料費が馬鹿にならない船は、おいそれと動かせないんすよ」
君嶋「あ、ああ……」
君嶋(薄々、感じ取ってはいたが……)
君嶋(想像以上にまずいかも知れないぞ、これは)
日下部「じゃあ、報告も終わったんで」
日下部「自分はこれで失礼します」
 ガチャ バタン
52:
君嶋「…」
五十嵐「……大丈夫か?」
君嶋「は、はい」
五十嵐「まぁ……色々と思うこともあるだろうが」
五十嵐「赴任してまだ一日も経っていないんだ」
五十嵐「今日はゆっくりと休んで、頭を整理するといい」
五十嵐「ちょうど、工場見学もできなくなったみたいだしな」
君嶋「しかし……」
五十嵐「上官の進言には素直に従っておけ」
五十嵐「昔がどうだか知らんが、今は軍でも無理せずに働く時代なんだ」
五十嵐「そんなんじゃ、何かと生きにくいぞ?」
君嶋「……分かりました」
君嶋「今日のところは自室に戻り」
君嶋「明日に備えることにします」
53:
五十嵐「よし、それでいい」
五十嵐「じゃあ……就任祝いもかねて」
五十嵐「俺からプレゼントだ」
君嶋「プレゼント?」
五十嵐「ああ、特製ブレンドの茶葉をやる」
五十嵐「疲れているときは紅茶に限るからな」
五十嵐「こいつを飲んで今日は休め」
君嶋「そんな、自分にはもったいないです」
五十嵐「いいから、黙って持って行け」
五十嵐「俺が作ってため込むより」
五十嵐「美味いと言ってくれる人間に飲まれる方が、コイツも幸せだ」
君嶋「……分かりました」
君嶋「ありがたく頂戴します」
五十嵐「じゃあ、また少し時間をくれ」
五十嵐「小分けにする袋を戸棚の奥から引っ張り出してくるからな」
54:
-翌日-
<防衛隊基地 士官執務室>
 コン コン コン
 「失礼します」
君嶋「ん? 誰だ」
 「日下部一等水兵であります」
君嶋「そうか、入っていいぞ」
日下部「はい、失礼します」
 ガチャ バタン
日下部「おはようございます、君嶋少尉」
日下部「昨日はよく眠れましたか?」
君嶋「ああ……それなりにな」
君嶋(正直、疲れが取れたかどうかは微妙だが)
君嶋(士官用のベッドだけあって、寝心地は抜群だった)
日下部「それは良かったっす」
日下部「昨日は工場の視察もできなかったんで」
日下部「ホント申し訳ない限りです」
55:
君嶋「いや、それはもういい」
君嶋「それで……こんな朝早くから何の用だ?」
君嶋「まさか、挨拶をしに来ただけってことはないだろう」
日下部「それはそうですけど」
日下部「一応、朝の挨拶も含まれてますよ」
君嶋「俺付きの秘書でもないだろうに」
君嶋「挨拶なんぞ、一々やらなくても良いぞ」
日下部「そういえば言ってませんでしたっけ?」
日下部「自分、昨日付で少尉殿の世話役兼付き人になったんです」
君嶋「俺に付き人?」
君嶋「何かの間違いじゃないのか」
日下部「いや、そんなことありませんって」
日下部「ちゃんと辞令ももらいましたし」
日下部「新海軍が来るときは、ウチの誰かが必ず一人は付き人になるっす」
日下部「まぁ、君嶋少尉みたいなのは初めてっすけど」
君嶋「そうか……」
君嶋(室林大佐の話の通り、自分は扱いが異なると言う訳か)
日下部「とにかく、ここに居る限りは自分が付いて回ることになります」
日下部「鬱陶しいかも知れないっすけど、宜しくお願いします」
56:
君嶋「いや、こちらこそよろしく頼む」
君嶋「何も知らないペーペーだからな」
君嶋「頼りにさせて貰うぞ、日下部」
日下部「はい、ありがとうございます」
君嶋「……なんだか、少しぎこちないな」
君嶋「昨日のを見る限り、上官の前で緊張する質でもないだろうし」
君嶋「無理して俺に合わせてるのか?」
日下部「いやぁ……そういうんじゃなくてですね」
日下部「少尉が意外にフランクと言うか……」
君嶋「俺がどうした?」
日下部「自分の勝手な思い過ごしだったんですけど」
日下部「新海軍の士官ってのは、全員が全員エリート意識が強くてツンケンしてるもんだと思ってて」
日下部「実際に会ったことのある士官も皆そんな感じだったんで」
日下部「てっきり……君嶋少尉もそういう感じかと思ってたんです」
日下部「それが、話してみると思ってたのとは違ったんで」
日下部「ちょっと面食らってたんす」
君嶋「ああ……そうか」
君嶋(確かに、士官候補生の連中はやけに選抜意識が強かったな)
君嶋(こういうところは変わってないのか)
57:
日下部「でも、少尉が話の分かる人で良かったです」
日下部「自分としても、防衛隊を役立たずの穀つぶしなんて思ってる人のお付きは嫌っすから」
君嶋「……防衛隊が役立たず」
君嶋「そんなの風に見る奴らが居るのか?」
日下部「多くは無いですけど……居るにはいます」
日下部「特に、少尉みたいな青年将校に多いっす」
日下部「まぁ……現実問題、旧海軍は新海軍のサポートに徹してますから」
日下部「第一線で戦ってる人たちにしてみれば、そう思われても仕方ない面はありますね」
君嶋「…」
君嶋(コイツの話、口調からして嘘はついていないだろう)
君嶋(しかし、ここまで海軍を変えてしまう兵器とは一体……)
日下部「ちょっと、話が脱線しすぎましたね」
日下部「そろそろ本題へ戻りたいと思います」
日下部「朝っぱらから少尉に愚痴を聞かせるわけにも行かないっすから」
君嶋「それで、その本題というのは?」
君嶋「昨日の話じゃ、工場の視察はできないんだろ」
君嶋「何か他の場所でも見せてくれるのか?」
58:
日下部「見せると言うか……見に行くって感じに近いですかね」
日下部「鎮守府への武装の納入が今日の昼に決まったんで」
日下部「視察がてらに、少尉殿も一緒に行きましょうって話っす」
君嶋「鎮守府、ということは……新海軍か?」
日下部「はい、そうです」
日下部「帝国海軍の横須賀鎮守府っすね」
日下部「ま……ここも鎮守府の一部ではあるんですけど」
日下部「拠点は向こうにあるんで、大体は工場とか基地って呼んでるっす」
君嶋「……そうなのか」
君嶋「それじゃあ、例の新兵器とやらも向こうにあるのか?」
日下部「新兵器って、アレのことですか?」
日下部「それなら有るというか……」
日下部「行けば会えると思いますよ」
君嶋(会える……? 随分と妙な言い方をするな)
君嶋「しかし、突然の話だな」
君嶋「まだ具体的な任務は与えれていないし」
君嶋「昨日も、中佐殿は何も言っていなかったんだが」
日下部「それが……昨日の夜になって急に連絡があったんす」
日下部「他所で受けてた護衛任務が向こうの鎮守府に舞い込んできたらしくて」
日下部「それに使う武装を今日中に納品しろ、だそうです」
59:
君嶋「昨日の今日でか?」
君嶋「さすがに、それは無理じゃないか」
日下部「まぁ、こういう無茶は良くあるんで」
日下部「まとめて出せる数の在庫は用意してるんす」
日下部「ただ……一度ストックを放出すると」
日下部「生産ラインのフル稼働が待ってるんで、後が怖いっすけど」
君嶋「それは何というか……」
君嶋「大変だな、色々と」
日下部「こういうのはもう慣れっこなんで、今更です」
日下部「それより、鎮守府行きの件はどうします?」
日下部「急な話なんで、無理ならそう伝えますけど」
君嶋「いや、行くことにする」
君嶋(今の新海軍の様子も知りたいし)
君嶋(あわよくば、噂の新兵器とやらも拝見したいからな)
日下部「了解しました」
日下部「また迎えに来るんで、適当に時間を潰しておいてください」
日下部「ただ、作業区画は例のごとく殺気立ってるんで」
日下部「特別な用がない限りは、近づかない方が無難っす」
君嶋「了解した」
君嶋「ご苦労だったな、日下部」
60:
<防衛隊基地 発着場>
君嶋「こいつは……?」
日下部「新海軍の鎮守府まで直通の貨物列車ですよ」
日下部「防衛隊ができた頃にはトラックかなんかで運んでたみたいっすけど」
日下部「とてもそれだけじゃ回らくなって」
日下部「こうして線路を引いて、列車で運んでるんです」
君嶋「船は使わないのか?」
君嶋「ここにも港と船はあるんだろ」
日下部「それは、まぁ……そうですけど」
 「無理して船で運んでも、コスト的に釣り合わないんです」
日下部「あっ、大門兵長」
日下部「もう来てたんですか」
君嶋「あなたは……」
大門「申し遅れました」
大門「私は技術部の大門技術兵長です」
大門「本日は、横須賀鎮守府まで同行することとなりました」
君嶋「君嶋特務少尉だ」
君嶋「こちらこそ、よろしく頼む」
61:
君嶋「それで、大門兵長」
君嶋「今のはどういう意味なんだ?」
大門「そのままの意味ですよ」
大門「今でこそ、新海軍のおかげで海上の輸送はだいぶやり易くなりました」
大門「ですが……それでも、船が沈められるリスクや迅な輸送が出来ないという欠点が残っています」
大門「何より、原油が取れない我が国では、船に使う燃料費が馬鹿にならないんです」
大門「ですから、安全性と利益性、一度に送れる輸送量などを考えた結果」
大門「今の機関車による陸上輸送に落ち着いたのです」
君嶋「なるほどな」
君嶋(輸送と言えば海上輸送の認識だったが)
君嶋(深海棲艦とやらの出現で、そうもいかなくなったという訳か)
大門「では、さっそく乗り込みましょう」
大門「2両目の一部が客車になっているので、そこまで案内します」
日下部「すいませんっす、大門兵長」
日下部「案内は自分の役目なのに」
大門「いや……ウチの技術部長からの命令だよ」
大門「『日下部の奴に列車を触らせるな、アレまで壊されたら堪らない』って」
62:
日下部「……幾らなんでもそれは酷いっす」
日下部「触っただけで壊れるなんて、あり得ないっす」
大門「そう言われても……どうしようも出来ないな」
大門「技術部じゃ、君は技本と納期の次ぐらいに恨まれてるんだ」
日下部「そ、そんなぁ……」
君嶋「ま、仕方ないな」
君嶋「日ごろの行いが悪かったんだ、諦めろ」
日下部「少尉殿まで!」
日下部「周りがそう言うからって、自分の事を誤解してますよ」
君嶋「なら、目の前で車をオシャカにしたのは」
君嶋「……何処の誰だっただろうな?」
日下部「うっ……それは」
大門「まぁ、からかうのはそこら辺にしましょう」
大門「彼だって、好きでやってるわけではないでしょうから」
君嶋「そうだな……」
君嶋「悪かった、日下部」
君嶋「気を悪くしたなら謝ろう」
日下部「いや……大丈夫っす」
日下部「どうにかしなきゃいけないってのは、自分でも良く分かってますから」
日下部「そんなことより、早く列車に乗り込みましょう」
日下部「出発までそんなに時間もないっす」
君嶋「じゃあ、大門兵長」
君嶋「客車まで案内を頼む」
大門「分かりました」
大門「私の後に着いてきてください」
64:
<輸送列車 車内>
 ガタン ゴトン
  ガタン ゴトン
君嶋「…」
君嶋(船影が全く見えない……)
君嶋(これが、今の横須賀の海)
大門「どうかしましたか? 少尉」
大門「窓の外を睨みつけて」
君嶋「いや……船の姿が全く見えないと思ってな」
君嶋「これも深海棲艦とやらの所為なのか」
日下部「そう言うってことは……」
日下部「もしかして、横須賀は初めてっすか?」
君嶋「まぁ、そうなるな」
君嶋(まさか本当のことを言う訳にはいかない)
君嶋(……ここはそういうことにしておくか)
日下部「やっぱり、そうですか」
日下部「いやぁ……よく勘違いされるんすよね」
日下部「横須賀は防御が厚いから、船の出入りが多いとか」
日下部「あそこの防衛隊は防衛用の艦隊を持ってるとか」
65:
君嶋「でも、船は持っているんだろ?」
君嶋「だったら……」
大門「いえ、とても艦隊なんて運用できるレベルではありません」
大門「頭数は揃っては居るんですか……」
大門「予算の都合で廃棄できないスクラップ同然の船だったり」
大門「誰も動かし方を知らないような旧式の軍艦だったり」
大門「とても戦闘で使えるような状態でないのが殆どなんですよ」
君嶋「だからこそ、例の兵器か」
君嶋「しかし……それだけに頼っていていいのか?」
君嶋「なにも、敵は化け物だけじゃないんだろ」
日下部「そうとも言い切れないっす」
日下部「今日日、ちょっと沖へ出たら直ぐに深海棲艦とかち合う時代なんで」
日下部「護衛も付けずに沖へ出たら最後、仲良く海の藻屑です」
日下部「そんなもんで、世界中の国は協定を結んでる上に」
日下部「日本は対深海棲艦の第一人者です」
日下部「だから……」
君嶋「協力を求めはしても敵対はしない、か」
君嶋(……戦争などやってる場合では無いということか)
66:
大門「まぁ、そういう事情もあって輸送船以外の艦艇は廃れる一方」
大門「軍艦なんかは、新しくても製造から20年単位の老朽艦がザラで」
大門「製造中止になった部品なんかは工場で手作りしている有様です」
君嶋(軍艦がそんな扱いとは……)
君嶋(あの時の上官が知ったら、卒倒しそうな内容だ)
日下部「あっ! 見えてきました」
日下部「アレが新海軍の鎮守府っす」
君嶋「……あれか」
君嶋(あのレンガ造りの建物、見覚えがあるな)
君嶋(確か、鎮守府の庁舎だったか)
君嶋(他にも海兵団に居た時のままの建物がいくつか見える)
君嶋(まさか……こんな形でここへ戻ってくるとは)
君嶋(人生、意外と分からないものだな)
日下部「どうしたんですか? 黙りこくって」
君嶋「いや、何でもない」
君嶋「それより、降りる準備だ」
67:
<横須賀鎮守府 発着場>
大門「では、荷降ろしの監督があるので」
大門「私はここで失礼します」
君嶋「そうか、分かった」
君嶋「ここまでの案内、助かったよ」
大門「ありがとうございます」
大門「また、会う機会があると思うので」
大門「その時は宜しくお願いします」
 カツ カツ カツ カツ
君嶋「荷降ろしの監督か」
君嶋「お前の見張り以外にもちゃんとした仕事があったみたいだな」
日下部「当然ですよ」
日下部「昨日の今日で、タダでさえ工場は大忙しです」
日下部「こっちに仕事でもなきゃ、兵長が来るはずないっす」
君嶋「なら、どうしてお前はこっちに?」
君嶋「無理して俺についてこなくても良かったのに」
日下部「そいつは……」
 「ほう、貴様が海軍から左遷された少尉か」
68:
君嶋「……はい、君嶋特務少尉であります」
君嶋(いきなり左遷とは随分な言い草だな)
君嶋(だが、階級章は海軍大尉……)
君嶋(ここの提督が寄こしたのだろうか?)
 「そうか……」
 「で、そっちのは?」
日下部「ハッ! 日下部一等水兵であります」
日下部「本日は、君嶋特務少尉のお付きとして同行しました」
 「フンッ……お付きとは」
 「防衛隊はさぞかし居心地のいいところみたいだな」
君嶋「失礼ですが……そちらは?」
君嶋「お出迎えがあるという話は聞いていませんでしたが」
 「なんだ、聞いてなかったのか」
 「私は横須賀鎮守府付きの本条誠海軍大尉だ」
 「そちらの中佐殿から話があり、貴様らの案内役となった」
君嶋「大尉殿が自ら、ですか?」
君嶋「僭越ながら……大尉殿には役不足であると存じますが」
69:
本条「ああ、全くだ」
本条「司令長官の命といえども、困ったものだ」
本条「私にも艦娘どもの育成というものがあるのに」
君嶋(艦、娘……?)
本条「ただ、司令の言い分も分からなくはないがな」
本条「聞いたところ、前線基地に来るのは初めてらしいし」
本条「アイツらに任せていては帝国海軍の品位が問われる」
本条「全く……これだから婦女子のお守は嫌なんだ」
君嶋(おい、日下部)
君嶋(これはどういうことなんだ?)
日下部(いや、自分にも分からないっす)
日下部(工場長が根回ししてくれたみたいですけど……)
本条「まぁ……そんなことはどうでもいい」
本条「とにかく、私が鎮守府を案内することとなった」
本条「説明はその都度行う、私の後についてこい」
70:
<鎮守府 埠頭>
君嶋(……どういうことだ)
君嶋(何なんだ? ここは、一体)
本条「ここが我が鎮守府の港だ」
本条「例のごとく、本来の艦船の発着には使用されていないが……」
君嶋(年端のいかない子供から、年頃の娘まで)
君嶋(右も左も女子ばかり)
君嶋(鎮守府付きの軍人はどこにいる?)
本条「……君嶋特務少尉」
本条「私の話を聞いているのか?」
君嶋(待て……冷静に考えてみろ)
君嶋(海軍が分裂した理由は何だ?)
君嶋(それは、次世代型の生体兵器が開発されたから)
日下部「少尉、呼ばれてますよ」
君嶋(深海棲艦とかいう化け物に対抗するための生体兵器)
君嶋(……素体となるのは人間)
君嶋(帝国海軍の軍人にはその適性は無かった)
71:
本条「おい、返事をしろ」
本条「聞いているのか?」
君嶋(適性があったのは……軍人でない)
君嶋(だとしたら、まさか……)
本条「君嶋特務少尉!」
君嶋「!」
本条「全く、貴様のために案内をしているのだ」
本条「肝心のお前が聞いていないようでは困る」
君嶋「申し訳ありません、大尉殿」
君嶋「ですが、ひとつだけ……お伺いしたいことがあります」
本条「何だ?」
君嶋「この鎮守府、我々の他に男子が居ないように見えますが」
君嶋「それは一体……」
本条「ここは帝国海軍横須賀鎮守府だ」
本条「深海棲艦との決戦のため、艦娘たちを養成する場所である」
本条「当然、私と司令以外はみな女子だ」
君嶋「と、いうことは……まさか」
君嶋「海軍の新兵器というのは……」
72:
本条「もちろん貴様がここで見た女子たち全てだ」
本条「さもなければ、この鎮守府に軍属の者以外が居ることになる」
本条「そもそも、貴様も海軍士官であるなら知っているはずだ」
本条「何故そんなことを今更……」
君嶋「何故です!?」
君嶋「どうして、こんなことになっているのですか!」
本条「……どうした、いきなり」
君嶋「化け物に対抗するために新兵器を造り上げたはいいが」
君嶋「その兵器の素体に海軍の軍人はなることはできない」
君嶋「ならば、適性のある婦女子たちを使おう、だと?」
君嶋「そんなことが許されて堪まるものか」
日下部「少尉殿! 落ち着いてくださいっす」
君嶋「これが落ち着いていられるか!」
君嶋「海軍は軍艦を棄て、軍人を飼い殺しにしているどころか」
君嶋「あまつさえ、戦場に彼女たちを引っ張り出して」
君嶋「深海棲艦とかいう化け物と戦わせているのだぞ?」
日下部「でも、深海棲艦と戦うには仕方が……」
君嶋「仕方がないで済まされるか!」
73:
君嶋「相手が何であれ、戦っているのは年頃の娘や年端もいかない子供だ」
君嶋「そんなことがまかり通るというのか!?」
本条「彼女たちは艦娘だ」
本条「見た目こそ人間のそれに近いが、中身はもはや別物だ」
本条「実際に、実在の戦闘艦では……」
君嶋「御託なら必要ありません」
君嶋「彼女たちが何者であれ、女子供を戦わせているのは事実です」
君嶋「それでも、仕方がないで済ますと言うなら」
君嶋「あなたの話は卑怯者の言い訳だ!」
本条「……卑怯者だと?」
本条「貴様! 上官に向かって何という口の利き方だ」
本条「身の程をわきまえろ!」
君嶋「帝国海軍の誇りを忘れた人間に言われたくありません」
君嶋「自分たちは戦場に立たずに婦女子を戦場に出している」
君嶋「これを卑怯者と言わず、何というのですか!」
本条「何を……ッ!」
本条「貴様ら旧海軍の連中が役立たずだから、彼女たちを使っているのだ」
本条「補助組織の癖に、食ったような口を利くんじゃない!」
74:
君嶋「大尉殿は何とも思わないのですか!?」
君嶋「自分が守るべき人を戦場に送り出しているのですよ」
君嶋「軍人として、こんなことを許していいはずがありません」
本条「出来もしないことを言うな!」
本条「海軍は敵に打ち勝つために新しい兵器を作成した」
本条「それがどんなモノであれ、国を守るのが海軍軍人の使命だ」
本条「そんな綺麗事で戦に勝てるなら、いくらでも言ってやる!」
君嶋「綺麗事ではありません!」
君嶋「これは軍人として最低限の矜持です」
君嶋「それすら守れないと言うのなら、貴方たちは軍人ではない」
君嶋「女子供の陰に隠れる卑怯者だ!」
本条「口で吠えるのなら誰にだって出来る」
本条「だが、そんなまやかしでは奴らに勝てん」
本条「だからこそ、彼女たちを使って敵を滅ぼす」
本条「これを否定すると言うなら」
本条「今の海軍、その全てを否定するということだぞ!」
君嶋「今の海軍を否定しようが知った事ではありません!」
君嶋「彼女たちを戦場へ引っ張り出していることが許せないです」
君嶋「俺たちは誰も海軍のために入隊を決めたわけじゃなかった」
君嶋「家族や友人、彼女たちみたいな子供を守る為に志願したんだ」
君嶋「それが……守りたいと願った人たちを前線に立たせるのが未来の海軍と言うなら」
君嶋「一体何のために戦ってきたと言うのですか!」
75:
本条「貴様が何と思おうが現状は変えられない」
本条「どんな手段をもってしても、来たるべき危機を排す」
本条「それが帝国海軍のやり方だ」
君嶋「……これ以上はお話になりません」
君嶋「提督の居場所を教えてください」
君嶋「直接行って、話をしてきます」
本条「貴様が司令に?」
本条「何を馬鹿なことを……」
本条「どうせ、門前払いが関の山だ」
君嶋「自分は本気です」
君嶋「提督に話を聞かなければ納得できません」
本条「……司令部の執務室だ」
本条「そこまで言うなら、行ってみるがいい」
本条「ただ、どちらにしても貴様の評価が下がるだけだがな」
君嶋「評価など気にしません」
君嶋「自分は自分の思った通りのことをするまでです」
君嶋「では、失礼します」
77:
<鎮守府 司令部 廊下>
 コン コン コン
 コン コン コン コン
君嶋「提督! 提督はおられますか!?」
 ガチャリ 
 「あの、何ですか?」
君嶋「帝国海軍君嶋大悟特務少尉だ」
君嶋「提督に話があって、やって来た」
君嶋「お目通り願う」
 「君嶋特務少尉……ですか?」
 「そんな話は聞いていませんが」
君嶋「いきなり押しかけて申し訳ない」
君嶋「だが、どうしても提督に話を聞かなければならない事情がある」
君嶋「そこを通してくれ」
78:
 「残念ですが、提督はお忙しいので」
 「今、お会いできる時間はありません」
君嶋「そこを何とか頼む」
君嶋「ここで引き下がるわけには行かないんだ」
 「しかし……今は」
 「……通してやりなさい」
 「提督?」
 「でも、いきなり押しかけて来たんですよ」
 「いいから、通してやれ」
 「分かりました……」
 「どうぞ、お通り下さい」
君嶋「ああ……ありがとう」
79:
<鎮守府 司令部 執務室>
君嶋「君嶋特務少尉であります」
君嶋「突然の来訪をお許しください」
君嶋「どうしてもお話ししたいことがあって、やってまいりました」
 
 「美津島海軍大将だ」
 「この鎮守府の管理および艦隊の指揮を任されている」
君嶋「それで、提督」
君嶋「単刀直入に聞きますが……」
美津島「まぁ、待ちなさい」
美津島「その話の前に……」
 「はい? 何でしょうか」
美津島「少し、席を外してくれ」
美津島「彼と2人で話をしたいんだ」
 「しかし……」
美津島「上官命令だ」
 「……分かりました」
 ガチャ バタンッ
80:
君嶋「今のは……」
美津島「彼女も艦娘なのだ」
美津島「それも、自分の戦いに誇りを持っている」
美津島「そんな彼女に、これからする話を聞かせるわけには行かないだろう?」
君嶋(これから話す事が分かっているかのような口ぶり……)
君嶋(何なんだ? この人は)
美津島「……合点がいかないという顔だな」
美津島「まるで、これから話す内容が分かっているようで気味が悪い」
美津島「そう思っているんだろう?」
君嶋「それは……」
美津島「答えは簡単だ」
美津島「私も君の素性を知っているのだよ」
美津島「だから、君が取りそうな行動はあらかじめ分かっていた」
君嶋「提督が自分を?」
君嶋「本条大尉は、何も知らないようなことを言ってましたが」
美津島「ここは帝国海軍横須賀鎮守府であり、艦娘の運用拠点」
美津島「軍令部の復権派とは相容れない派閥の拠点と言ってもいい」
美津島「本来なら、私には君の素性を知らされるはずがないのだ」
81:
君嶋「ならば、何故?」
美津島「室林と五十嵐から聞いたのだ」
美津島「過去からやってきた男がこの鎮守府に来ると」
君嶋「室林大佐と五十嵐中佐が?」
君嶋「一体、どのような関係で……」
美津島「昔の教え子だ」
美津島「ずっと昔の……まだ、艦娘の計画が軌道に乗り始める前の」
美津島「あの頃は良かった」
美津島「軍艦と艦娘とが互いの欠点を補い合って」
美津島「私も洋上で指揮を執ることが出来た」
美津島「本当に、良い時代だった」
君嶋「お言葉ですが、美津島提督」
君嶋「自分は昔話を聞きに来たのではありません」
君嶋「貴方に聞きたいことがあってやってきたのであります」
美津島「……聞きたいことか」
美津島「君が言わなくとも分かっている」
美津島「現状をどう思っているか、だろう?」
君嶋「ええ……そうです」
82:
美津島「正直に言えば、良くは思っていない」
美津島「孫ほどの娘子を戦場に送り出して、自分は後ろに控えている」
美津島「昔の教えからすれば……卑怯者なんだろうな」
君嶋「そうであるなら、なぜ反対しないのですか」
君嶋「貴方なら分かるはずです」
君嶋「この状況がどれほど歪んでいるかが」
美津島「確かに、君にしてみれば」
美津島「今の海軍はさぞかし歪んだものに見えるだろう」
美津島「だが……他に方法がないのだよ」
美津島「未知の敵には未知の力を、軍艦で適わない相手には艦娘の力を」
美津島「そうしなければ、国は守れない」
美津島「そんな時代になってしまったのだ」
君嶋「しかし、納得できません」
君嶋「それでは逃げているだけです」
君嶋「守るべき者たちの後ろに隠れて、何が軍ですか?」
美津島「では、君嶋特務少尉」
美津島「逆に聞かせてもらうが……」
美津島「君はどう思うんだ?」
君嶋「自分が……ですか?」
83:
美津島「何があったかは室林から聞いている」
美津島「ならば、誰よりも深く、敵の強さを知っているはずだ」
美津島「奴らに襲撃を受けた船に乗り合わせていたのだから」
美津島「だからこそ、聞いてみたい」
美津島「本当に我々だけの力で奴らを撃退できると思っているのかを」
君嶋(……俺達はやられた)
君嶋(深海の怪物に手も足も出ず)
君嶋(一方的な砲撃を浴びせかけられ、下山田や兵長、多くの仲間たちは散っていった)
君嶋(そして、俺は……)
美津島「……答えられないだろう」
美津島「つまりは、そういうことなのだよ」
美津島「もう軍艦の時代は終わってしまった」
美津島「幾ら望んでも、あの時代は帰ってこない」
美津島「だから、少しでも彼女たちの負担を少なくする」
美津島「それが……今の我々に出来るたった1つのことだ」
君嶋(俺は助かった)
君嶋(それは怪物を傷つけ、その体液を浴びたから)
君嶋(あのとき、奴を傷つけたのは……)
美津島「君が激昂するのも無理のないことだ」
美津島「私とて憤りを感じたこともある」
84:
美津島「だが、今日のところは帰りたまえ」
美津島「これ以上、ここに居ても君にとっても良い事はない」
君嶋(だとしたら、俺でも)
君嶋(いや……防衛隊の軍人でも)
君嶋(あの怪物を倒すことができる!)
美津島「心配せずとも、ここであったことは全て不問にしておく」
美津島「本条大尉にも私の方から言い聞かせておこう」
美津島「だから、今日は……」
君嶋「待ってください」
君嶋「先ほどの質問の答えが分かりました」
美津島「今更、取り繕わなくてもいい」
美津島「意地の悪い質問をしてしまったのは私だ」
君嶋「いえ、自分たちは戦えます」
君嶋「軍艦でも深海棲艦を倒すことが可能です」
美津島「……そんなことは不可能だ」
美津島「多くの人間が奴らに立ち向かい、幾百もの軍艦が沈められた」
美津島「何の根拠があって、そんなことを」
君嶋「証拠ならあります」
君嶋「今ここで、自分が提督と話をしているのが何よりの証拠です」
85:
美津島「それは……どういう意味だ?」
君嶋「自分は深海棲艦と戦い、生き残りました」
君嶋「しかし、ただ生き残ったのでありません」
君嶋「奴の身体に傷を付け、その体液を浴びました」
君嶋「つまり……艦娘でなくとも奴らに傷をつけることは可能」
君嶋「自分がこの場にいることこそが、軍人にも深海棲艦を倒すことが出来る証拠であります」
美津島「…」
君嶋(さぁ、どうだ……)
君嶋(どう仕掛けてくる?)
美津島「フフフ……」
君嶋「!」
美津島「あッはっはっはっ!!」
君嶋「美津島、提督……?」
美津島「……いや、済まない」
美津島「そんな単純なことに気が付けなかったのが馬鹿らしくてな」
美津島「頭の固い老人などクソくらえと思っていたくせに」
美津島「自分自身、随分と歳を食ってしまったみたいだ」
86:
美津島「だが、気づかされたよ」
美津島「変わってしまったのは時代ではなく、私自身だったようだ」
美津島「いつの間にか、誰かが何かを変えてくれるのを待っていたようだ」
君嶋「…」
美津島「君嶋特務少尉、今一度問う」
美津島「君は、今の海軍を変えることが出来るか」
美津島「艦娘に頼りきりではなく、自分たちの力で深海棲艦と戦う」
美津島「あの頃の海軍へ……戻れると思うか?」
君嶋「変えられる変えられないではなく、変えるのです」
君嶋「守るべき人を盾にしても、国を守った事にはならない」
君嶋「未来を信じて散っていった仲間のためにも」
君嶋「……この命を捧げる覚悟です」
美津島「そうか、いい返事だ」
美津島「室林が君にこだわる理由が分かった気がするよ」
君嶋「室林大佐がどうかしましたか?」
美津島「いや、なんでもない」
美津島「それより、そろそろ執務に戻ってもいいかね?」
美津島「遠征組が戻ってきたばかりで、雑務が溜まっているのだよ」
君嶋「ハッ、申し訳ありません!」
君嶋「本日は自分のために時間を割いて頂き、感謝のしようもありません」
美津島「また、何かあったら私を訪ねると良い」
美津島「助けになれるかは分からんが、力になろう」
君嶋「ありがとうございます!」
君嶋「では、失礼いたします」
 
 ガチャリ バタン
87:
美津島「君嶋特務少尉か……どう思う?」
 「!?」
美津島「下手な小細工はよせ」
美津島「外で聞き耳を立ていたことぐらい、分かっている」
美津島「入ってきなさい」
 ガチャリ
 「……失礼します」
美津島「それで……どう思った?」
 「もちろん、納得いきません」
 「私たちが戦った方が確実なのに」
 「それを……軍艦で戦うだなんて」
美津島「そう言うとは思っていたよ」
美津島「だが、私たちにも譲れないものがある」
美津島「それが男という生き物なのだ」
 「……よく分かりません」
美津島「まぁ……理解できなくても仕方ない」
美津島「私たちでさえ、よく分かっていないのだから」
 「そう……なんですか」
美津島「さぁ、仕事に戻ろうか」
美津島「目を通さなければならない書類が山積している」
95:
-3日後-
<防衛隊基地 工場長執務室>
君嶋「君嶋特務少尉です」
君嶋「失礼します」
五十嵐「おっ、来たか」
室林「待ってたぞ」
君嶋「室林大佐?」
君嶋「どうして、ここに」
室林「いや、君に用事があって来たんだが」
室林「話すと長くなるからな、五十嵐の要件から先に聞いてくれ」
君嶋「五十嵐中佐もですか?」
五十嵐「まぁ、大したことじゃない」
五十嵐「今夜やろうと思ってるお前の歓迎会の事だ」
五十嵐「本当は日下部一等あたりを使って伝えるつもりだったんだが」
五十嵐「室林の奴が来たからな、ついでに俺の部屋まで来てもらったという訳だ」
君嶋「歓迎会?」
君嶋「そんなもの、どうして」
96:
室林「実感はないだろうが」
室林「君も一応、肩書の上では新海軍の士官なんだ」
室林「だから……」
五十嵐「歓迎会の1つでも開かないと、俺達のメンツが立たないってことだ」
五十嵐「普通なら前もって連絡かなんなりするんだろうが」
五十嵐「突然の大仕事が舞い込んできたりしてな」
五十嵐「結局、話しそびれちまってたという訳だ」
君嶋「しかし、歓迎会というからには」
君嶋「何か壇上で話す必要がありますでしょうか?」
五十嵐「察しが良くて助かる」
五十嵐「ま、よくある就任の挨拶ってヤツだ」
五十嵐「簡単でいいから、何とか言ってくれ」
君嶋「……どのような内容でも良いのですか?」
五十嵐「話す内容はそっちに任せる」
五十嵐「これからの抱負でも、俺の紅茶の感想でも……」
五十嵐「何でも好きに話してくれ」
五十嵐「どうせ、仲間内でやる懇談会みたいなもんだからな」
97:
君嶋「了解しました」
君嶋「ご期待に添えるかどうかは分かりませんが」
君嶋「思っていることを率直に話したいと思います」
五十嵐「俺からはこれでお終いだ」
五十嵐「室林、後は頼んだ」
室林「それじゃあ、私の番だな」
室林「ま、君にとってはこっちの方が重要だろう」
室林「なにせ、君の任務についてだからな」
君嶋「任務……ですか?」
室林「辞令は渡したが、詳しい説明は無かっただろう」
室林「今日はそれを伝えにたんだ」
君嶋「わざわざ、大佐殿が足を運ばなくても」
君嶋「書面で充分でしたのに」
五十嵐「それがそうも行かないんだよ」
五十嵐「お前が就任早々、やらかしてくれたからな」
君嶋「自分が?」
五十嵐「忘れたわけじゃねぇよな」
五十嵐「美津島提督に向かって、啖呵を切っただろ」
五十嵐「海軍を変えてやるだとか、なんとか」
98:
君嶋「それは……」
君嶋「出過ぎた真似でしたが、抑えきれませんでした」
君嶋「処分を受けろと言うなら甘んじて受け入れます」
君嶋「ですが、取り消すつもりはありません」
五十嵐「いや、そういう問題じゃ無くてな」
五十嵐「そんな啖呵を切ったおかげで……」
室林「任務を変更せざるを得なくなった」
君嶋「上官に対する不敬……ですか」
室林「そういう訳ではない」
室林「美津島提督から、君の待遇について要請があってな」
室林「君の任務に追加事項が生まれた」
君嶋「追加事項……と言いますと?」
君嶋「現在の任務は工場の管理、統括の補佐となっておりますが」
君嶋「一体、何が加わるのでしょうか」
室林「横須賀防衛基地における戦闘部隊の編成」
室林「要は、深海棲艦と戦う軍艦と人員の確保だ」
君嶋「……部隊の編成を?」
99:
室林「ああ、そうだ」
室林「元々あった私の意見を美津島提督が後押ししてくれた」
室林「君にとっても悪い話ではないかと思うが」
君嶋「しかし……」
五十嵐「自分で啖呵を切った割には、随分と面食らった顔をしてるな」
五十嵐「もう少し喜んだらどうだ?」
五十嵐「お望みどおり、自分の手で奴らと戦えるんだぞ」
君嶋「……自分にそんなことが出来るのでしょうか?」
室林「出来る……と私は信じている」
室林「私も全力でサポートするつもりだ」
室林「もちろん、ここの長官の五十嵐中佐もな」
五十嵐「……ああ」
五十嵐「上からの命令に逆らうわけにも行かないしな」
五十嵐「まぁ、ウチにある船でも隊員でも好きに使ってくれ」
五十嵐「どうせ技術部以外は暇しているような基地だ」
五十嵐「奴らのためににも、そういう刺激があった方がいいだろう」
100:
室林「それで、どうだ?」
室林「引き受けてくれるか」
室林「どうしてもと言うなら、今回の話は無かったことにするが」
君嶋「いえ……その必要はありません」
君嶋「美津島提督のご期待に沿うためにも」
君嶋「その大命、謹んで受けさせて頂きます」
室林「……そうか、ありがとう」
室林「私からはこれで終わりだ」
室林「五十嵐、他に何かあるか?」
五十嵐「いや……ないな」
五十嵐「君嶋少尉、ご苦労だった」
五十嵐「下がって良いぞ」
君嶋「ハッ、失礼いたします」
 
 ガチャ バタン
101:
五十嵐「……お望みどおりの展開か? 室林」
室林「何のことだ」
五十嵐「とぼけなくても良い」
五十嵐「古い仲だ、お前が考えていることぐらい分かる」
室林「…」
五十嵐「しらばっくれてやり過ごすつもりか」
五十嵐「だがな、こんなところでも情報だけは入ってくるんだ」
五十嵐「軍令部の海軍復権派……奴らにどこまで入れ込むつもりだ?」
室林「別に、入れ込んでいるつもりは無い」
室林「目指している方向が似ているだけだ」
五十嵐「……どうだかな」
五十嵐「俺にはどっちも似たようなもんにしか見えないな」
室林「そうか……」
五十嵐「それより、どっから仕組んでた?」
五十嵐「鎮守府への武装の納品が早まったり、就任間もないのに後出しの任務が決まったり」
五十嵐「十中八九お前の仕業だろ」
102:
室林「……私は舞台を整えたに過ぎない」
室林「美津島先生が協力してくれたのは、彼自身の力さ」
五十嵐「ハッ……どうだかな」
五十嵐「あの人だって、もう年だ」
五十嵐「耳当たりのいい若い考えにほだされても仕方ない」
五十嵐「特に、どこぞの誰かの後ろ盾があればな」
室林「私には先生の考えは分からない」
室林「だが、決定を下したのはあの人だ」
五十嵐「……そうかい」
室林「そう言うお前も、反対はしないんだろう?」
室林「ここまで分かっていて決定に従うのだから」
五十嵐「お上に逆らうと面倒くさいからな」
五十嵐「下手に逆らって、これ以上左遷でもさせられたら堪らない」
室林「そうか」
103:
<防衛隊基地 ホール>
五十嵐「さて、こうして皆に集まって貰ったわけだが」
五十嵐「何をするかは分かってるよな?」
 「前口上は良いから、早くしてくださいよ」
 
 
 「そんな風に話してたら」
 「いくら時間があっても足らないですって」
五十嵐「……ったく、これでも上官だぞ?」
五十嵐「もう少し敬ったらどうなんだ」
 「中佐を敬っても、紅茶ぐらいしか出ないじゃないですか?」
五十嵐「なんだ? 飲みたいのか」
 「勘弁してくださいよ」
 「工場長が淹れるのは怖くて飲めないっす」
五十嵐「全く……酷い言いぐさだ」
五十嵐「アレのどこがダメだっていうんだ」
 「そりゃあ、中佐自身ですよ」
 「そんな見てくれで紅茶なんて……」
五十嵐「お前ら、なぁ……」
104:
五十嵐「まぁ、いい」
五十嵐「今日の主役は俺じゃないんだ」
五十嵐「君嶋特務少尉、後は頼む」
君嶋「はい?」
五十嵐「なにスッとぼけた返事をしてるんだ」
五十嵐「挨拶だ、あいさつ」
君嶋「ああ……そうですね」
五十嵐「変に肩肘を張らなくても良いいぞ」
五十嵐「聞いてもらった通り、この場は無礼講みたいなもんだ」
五十嵐「もっと気楽にしていろ」
君嶋(そうは言われても)
君嶋(今からやろうとしていることを考えたら)
君嶋(とても、そんな気にはなれないな)
五十嵐「ほら、どうした?」
五十嵐「何も思いつかなかった訳でもないだろ」
君嶋「ええ、それでは……」
105:
君嶋「既に知っている顔ぶれもいるが」
君嶋「この基地に配属となった、君嶋大悟特務少尉だ」
君嶋「ここでの任務は工場の管理、統括の補佐」
君嶋「簡単に言えば、五十嵐中佐の補助だ」
君嶋「防衛隊のことは何も知らない文、至らぬところもあるとおもうが」
君嶋「自分も、皆と同じ軍人として精一杯を尽くすつもりだ」
君嶋「皆、よろしく頼む」
 「おお! よろしくな」
五十嵐「じゃあ、君嶋から挨拶も終わ……」
君嶋「……と、普通ならここで終わるが」
君嶋「俺が本当に言いたいのはこんなことではない」
五十嵐「お、おい……」
君嶋「俺は見てきたんだ、新海軍の鎮守府に行って」
君嶋「艦娘だなんだと言って、女子供を戦闘へ引っ張り出している海軍の現状を」
君嶋「女の陰に隠れて、国を守ると言っている人間を」
 「おい、どうなってんだ?」
 「何だ? いきなり」
106:
君嶋「お前達、こんな状況はおかしいと思わないか?」
君嶋「帝国海軍の使命は、身命を賭して臣民の命を守ること」
君嶋「それがどうだ? 陸に上がった軍人が、婦女子を海へと駆り出している」
君嶋「これが軍のあるべき姿なのか?」
 「そ、それは……」
 「…」
君嶋「俺はそうは思わない」
君嶋「たとえ、未知の敵に抵抗できるとしても」
君嶋「彼女たちも俺達と同じ人間であり、守るべき臣民だ」
君嶋「だから、俺は海軍を変える」
君嶋「艦娘に頼らない、軍人が軍人でいられる軍に」
君嶋「そのための大命も授かっている」
君嶋「今ここに宣言する!」
君嶋「必ずや、この手で深海棲艦を打倒してみせると」
 「…」
君嶋「……以上で、挨拶は終わりだ」
君嶋「皆が何と思おうとも俺は構わない」
君嶋「ただ、これが俺の言いたかったことだ」
107:
五十嵐「おい、馬鹿」
五十嵐「挨拶って言っただろうが!」
君嶋「済みません、五十嵐中佐」
君嶋「折角の歓迎会を壊してしまって」
君嶋「ですが、どうしても言っておかなければと思ったのです」
五十嵐「だがなぁ……」
君嶋「……今日のところは失礼します」
君嶋「これ以上、この場に居ても」
君嶋「良い影響は与えないでしょうから」
五十嵐「あ、おい! ちょっと待て」
五十嵐「全く……室林の奴もとんだ問題児を寄こしやがって」
 「あの、工場長……」
五十嵐「うるせぇ! 今から茶会だ」
五十嵐「お前ら全員、俺の紅茶を飲んでけ」
五十嵐「さもなきゃ酒だ! 倉庫から有りっ丈持ってこい」
108:
<防衛隊基地 士官執務室>
日下部「いやぁ……昨日は凄かったっすよ」
日下部「工場長が珍しく酒盛りを始めて……」
日下部「あんな騒ぎになったのは、いつ以来ですかね」
君嶋(中佐には悪いことをしてしまったな)
君嶋(……後でしっかりと謝っておこう)
日下部「しかし、昨日の演説は驚きましたよ」
日下部「いきなり『海軍を変える』なんて言うんすもん」
君嶋「流石に言い過ぎたとは思っている」
君嶋「五十嵐中佐には迷惑をかけたし」
君嶋「いきなりあんなことを言われても困るだろう」
日下部「自分は応援しますよ? 少尉の事」
日下部「ここに入った自分が言うのも難ですけど」
日下部「一生新海軍にこき使われるってのも癪ですから」
君嶋「その言葉はありがたいが」
君嶋「……先はまだまだ長そうだ」
君嶋「2人だけじゃ、戦闘部隊なんて名乗れないしな」
109:
日下部「たぶん自分だけじゃないです」
日下部「みんな心のどこかでは思ってるっす」
日下部「艦娘に頼ってばかりじゃいられない、俺達も何かしたいって」
君嶋「本当か?」
君嶋「昨日の様子を見る限りだと、そんな風に思えなかったが」
日下部「みんな警戒してるんです」
日下部「職業軍人の復権だとか、海軍を取り戻せだとか……」
日下部「そんなことを言ってるのは少尉1人だけじゃないっす」
日下部「今の体制になってから体制派と復権派に分かれて言い争ってるんです」
日下部「でも、復権派の活動家は口先だけの理想家ばかりなもんで」
日下部「似たようなことを言ってる少尉を疑ってるんですよ」
君嶋「口先だけであんなことが言えるか」
君嶋「俺は本気だぞ」
君嶋「本気で奴らと軍艦でやり合うつもりだ」
日下部「分かってますよ」
日下部「さもなきゃ、提督に直訴なんて普通できないです」
日下部「それに……自分は少尉のお付きですからね」
日下部「少尉がやると言うなら、付いていくだけっす」
君嶋「……そうか」
110:
 コン コン コン
日下部「あ、来客みたいですね」
日下部「さっそく、話を聞きに来たのかもしれませんよ」
君嶋「それなら嬉しい限りだが」
君嶋「そうそう上手くも行かないさ」
君嶋「……入っていいぞ」
 ガチャ
 「失礼します」
日下部「おお、野田」
日下部「まさかお前が来るとは思ってなかった」
野田「……勘違いするな、そんなつもりで来たわけじゃない」
野田「伝言を伝えるように頼まれただけだ」
君嶋「五十嵐中佐からか?」
野田「いえ、違います」
野田「宗方兵曹長からです」
君嶋「宗方……知らない名前だな」
君嶋「誰だか分かるか? 日下部」
111:
日下部「もちろん知ってます」
日下部「というか、この基地で知らない人間は居ないっすよ」
日下部「なんたって技術部のまとめ役なんすから」
君嶋「技術部のまとめ役」
君嶋「そんなに凄いものなのか?」
日下部「当り前ですよ」
日下部「ウチは半分武器工場みたいなもんなんで」
日下部「現場のトップみたいな人っすから」
君嶋「そう言われてもな」
君嶋「あまり、実感がわかないな」
野田「……あなたは分からなくても仕方ないでしょう」
君嶋「どういう意味だ?」
野田「ここの仕事は武装の整備や資材の確保がメイン」
野田「だから、技術部が強いのは当たり前」
野田「兵科はいつでも技術部の使い走りです」
君嶋「なるほど……」
君嶋「そういえば、技術部の大門兵長も鎮守府まで同行してきたな」
君嶋「そういう面でも技術部の力が強いという訳か」
112:
野田「ここでは兵隊よりも技師の方が重宝される」
野田「……そういう事ですよ」
君嶋(要は、前線と後方支援の重度が反転しているということか)
君嶋(まぁ……軍艦が使い古しの老朽艦らしいからな)
君嶋(こういう状況は推して知るべしか)
日下部「それより、野田」
日下部「伝言っていうのは?」
野田「ああ、それは……」
野田「君嶋特務少尉、宗方兵曹長より伝言です」
野田「『現場が落ち着いた、見たいなら来い』」
野田「……だそうです」
君嶋「現場が落ち着いた、ということは」
君嶋「工場の見学に行ってもいいということか?」
日下部「多分、そうですね」
日下部「この前の遠征でやってきた武装の解体が終わったみたいですし」
日下部「これでようやく、落ち着けるっすよ」
113:
君嶋「お前は兵科だろ」
君嶋「工場の現場は関係ないんじゃないのか?」
日下部「普段はそうですけど」
日下部「人手が足りなくなると、自分たちも動員されるんです」
日下部「外部委託は機密上の問題があるからって」
君嶋(兵隊は戦ってさえいればいい、という時代ではないか)
日下部「まぁ、個人的には技術部の機嫌の方が大きいですけどね」
日下部「色々あって技術部からの評判は良くないんで」
日下部「向こうが殺気立ってると、こっちが巻き添えくらうんす」
君嶋「無闇やたらに機械を壊さなければいいものを」
日下部「それが出来たら苦労しないっす」
野田「……確かに伝言を伝えました」
野田「自分はこれで失礼します」
114:
君嶋「ああ、ご苦労」
君嶋「助かったよ」
野田「それでは……」
日下部「ちょっと待った」
日下部「もう少し話してかないか?」
野田「よしてくれ、俺だって暇じゃない」
日下部「いや、すぐ終わるからさ」
日下部「1分……2分でいいから」
野田「お前が言いたいことなら分かってる」
野田「どうせ……君嶋少尉に協力しろ、とでも言うんだろ?」
日下部「でも、お前……」
野田「今の俺にそんな気はない」
野田「あの時みたいに、馬鹿じゃないからな」
日下部「……野田」
野田「失礼します」
 ガチャ バタン
115:
君嶋「……勧誘失敗だな」
日下部「ま、そう上手くは行かないっすね」
君嶋「しかし、あの時がどうこうと言っていたが」
君嶋「前に何かあったのか?」
日下部「いや……昔にちょっと」
日下部「ほら、少尉と同じようなことを言った人が居るって言いましたよね」
君嶋「口先だけの理想家、ってヤツか」
日下部「アイツ、新任の基地でその復権派に乗せられちゃたらしくて」
日下部「自分が防衛隊を変えるって息巻いてた時期があったみたいなんすよ」
日下部「ただ……そこで何かあったみたいで」
君嶋「結局は何も変えられなかった、か」
日下部「こっちに来て、もう忘れたと思ってたんですけど」
日下部「思ったより根が深かったみたいっす」
君嶋「ま、気長にやっていくさ」
君嶋「そのうちアイツにも受け入れられるようにな」
日下部「……そうっすね」
日下部「野田だって現状をどうにかしたいって思いはあるはずですから」
君嶋「さて、工場まで行くとしよう」
君嶋「呼び出されたまま、放置するわけにも行かないからな」
116:
<防衛隊基地 作業区画>
君嶋「ここが工場の中心部……」
君嶋「当然だが、機械だらけだな」
日下部「何と言っても、横須賀鎮守府付きの工場ですからね」
日下部「ラインの数もそれなりじゃないと間に合わないっす」
君嶋「しかし、この設備で手一杯となると」
君嶋「そろそろ危ないかも知れないな」
 「ええ、全くです」
 「鎮守府の要求は増える一方で、設備の更新は無し」
 「ここの容量を超えるのも時間の問題です」
君嶋「大門兵長」
君嶋「貴方もここに居たのか」
大門「もちろん、私も技術部の人間ですから」
大門「普段はここで一日中、機械に向かっていますよ」
日下部「大門兵長は技術部でも指折りの腕利きっすからね」
日下部「特別な用事でもないと、工場の外に出てこないんですよ」
君嶋「技術部もなかなか大変なんだな」
大門「慣れてしまいましたからね」
大門「今はそんなに苦労は感じませんよ」
117:
大門「それより、君嶋少尉」
大門「私は忙しくて参加できませんでしたが、昨日の歓迎会」
大門「何やら凄かったみたいじゃありませんか」
君嶋「ああ……俺も後から知ったが」
君嶋「五十嵐中佐が酒盛りを始めたみたいだな」
大門「いえ、少尉の就任あいさつですよ」
大門「堂々と『軍艦で深海棲艦を倒す』と言ってのけたそうじゃありませんか」
君嶋「まぁ……勢いというやつで」
君嶋「折角だから、思いの丈を全部ぶちまけてやろうと思ったのだ」
君嶋「尤も、そのせいで皆に悪いことをしてしまったけどな」
君嶋「俺の話が無ければ、中佐が暴走することもなかった」
大門「偶にはそういうのも良いですよ」
大門「納期遅れや無茶な注文ぐらいでしか騒ぎが起こらない基地なので」
大門「それぐらいは良い清涼剤です」
君嶋「……そう言って貰えると助かる」
日下部「それで……大門兵長」
日下部「宗方兵曹長は居ないんですか?」
日下部「自分たち、あの人の伝言でここに来たんすけど」
大門「ん? 技術部長に」
大門「そんな話は聞いてないが」
 「ああ、当然だ」
 「誰にも話してないからな」
君嶋「貴方は……」
 「ここの技術主任をしてる、宗方だ」
119:
君嶋「君嶋特務少尉です」
君嶋「よろしくお願いします」
宗方「……噂通りの若さだな」
宗方「それでオオカミ少年とは」
宗方「新海軍に帰れなくなるぞ」
君嶋「何を……言っているのでしょうか?」
宗方「分からないか?」
宗方「こんなところでホラを吹いてちゃ」
宗方「出世コースにゃ戻れないって言ってるんだ」
大門「兵曹長、一体何を……」
宗方「悪いがこいつと俺の話だ」
宗方「少し黙っていてくれ」
大門「しかし……」
君嶋「大丈夫だ、大門兵長」
君嶋「この人の言う通りにしてくれ」
大門「……分かりました」
120:
君嶋「それで、宗方兵曹長」
君嶋「貴方にひとつ言いたいことがあります」
宗方「なんだ?」
宗方「反論でもあるしてくれるのか」
君嶋「初対面で、そんな言い方をされる謂れはありませんが」
君嶋「回りくどい言い方はよして下さい」
君嶋「文句があるなら、ハッキリ言ってください」
宗方「ハンッ……そういうことかい」
宗方「じゃあ、言わせてもらおうか」
君嶋「ええ、どうぞ」
宗方「俺はお前が気に食わない」
宗方「今日はそいつをはっきりさせるために呼び出したんだ」
宗方「若造のくせして、出来もしない大口を叩く」
宗方「現場を知りもしないで、無茶な宣言をする」
宗方「若い奴らはほだされてるかも知れないが、俺は違う」
宗方「正直に言って、目障りだ」
君嶋「目障り……ですか」
宗方「ああ、そうさ」
121:
日下部「待ってください、兵曹長」
日下部「自分に……言いたいことがあります」
宗方「ほう……日下部一等か」
宗方「俺に何を言いたいことがあるんだ?」
日下部「兵曹長が何を思っているのかは分かりませんが」
日下部「少尉の事を知りもしないで悪口を言うのは間違っています」
日下部「気に食わないと言うなら、その行動を見てから批判するべきです」
宗方「まだ、赴任して一週間も経ってない」
宗方「そんな奴にどうして肩入れできる?」
日下部「確かに、まだ日は浅いですけど」
日下部「この人の行動を直ぐ近くで見てました」
日下部「新海軍の上官に本気で掴みかかったり、鎮守府の提督に直訴しに行ったり」
日下部「普通じゃ到底できないことをやってくれました」
日下部「だから、自分は少尉に協力したいと思います」
日下部「何と言っても、この人のお付きを任された身ですから」
宗方「……もう少し利口になれ、日下部一等」
宗方「そんなのは、どうせタダのパフォーマンスだ」
宗方「あと数ヶ月もすれば何事もなかったかのように新海軍へ逃げ出すさ」
宗方「俺はコイツみたいに大口を叩く奴を何人も見てきた」
宗方「海軍復権だがなんだが知らないが、結局誰も何も変えられはしなかった」
宗方「こいつが違うなんて保証はどこにある?」
122:
日下部「それは……」
宗方「言えないだろ?」
宗方「つまりは……」
君嶋「宗方兵曹長!」
宗方「お前が何を言っても無駄だ」
宗方「今のお前じゃ」
宗方「ホラの上塗りにしかならないからな」
君嶋「確かに、今の自分には何も言えません」
君嶋「ここで何かを言ったところで」
君嶋「兵曹長を納得させることは出来ないでしょう」
宗方「だったら……」
君嶋「しかし、彼の覚悟を否定するのは許さない」
君嶋「貴方の言う通り、口先だけと言われても仕方ない」
君嶋「実績のない者に賛同できないのは当然だ」
君嶋「だが、それでも日下部は協力してくれると言いました」
君嶋「こんな俺でも信用して、俺に付いて来る覚悟を決めてくれました」
君嶋「だから、貴方がこいつの覚悟を否定すると言うなら」
君嶋「何度でも自分は反論します」
123:
宗方「そうは言ってもな」
宗方「所詮はオオカミ少年がオオカミが居ると叫んでることに変わりはない」
宗方「お前が何も出来なきゃ、それで終わりだ」
君嶋「貴方に何を言われようが、自分の決心は揺らがない」
君嶋「軍人たちの手で深海棲艦を打倒する」
君嶋「それが俺がここへ来た使命」
君嶋「少なくとも、そう思っています」
宗方「口でなら何とでも言える」
宗方「まぁ……せいぜい頑張るんだな」
宗方「どうせ、ここは通過点なんだろうが」
君嶋「そうです……通過点ですよ」
君嶋「自分の目標も、何もかも」
君嶋「目指すべきものは、まだ雲の上の話です」
宗方「……おい」
大門「はい? 何でしょう」
宗方「俺は作業に戻る」
宗方「お前は、そいつにここの現状を見せてやれ」
大門「は、はい! 了解しました」
宗方「じゃあな……君嶋特務少尉殿」
124:
君嶋「宗方兵曹長か……」
君嶋「随分と嫌われたようだな」
大門「済みません、君嶋少尉」
大門「どうも復権派的な考えが気に食わないらしくて」
大門「前も、何度か突っかかってたことがあったんです」
日下部「本当ですか? 兵長」
日下部「自分、初耳だったんすけど」
大門「ここまで露骨な態度を見たのは初めてで」
大門「普段は部内の連中に愚痴る程度で収まっていたんだが」
大門「それが、まさか……自分から少尉を呼んで物申すとは」
君嶋「終わってしまったのは仕方がない」
君嶋「それより、大門兵長」
君嶋「兵曹長が最後に言っていたことは?」
大門「あれは、多分……」
大門「ここを見せて回れという意味だと思います」
大門「呼び出した以上は見学ぐらいはさせろ、ということですね?」
日下部「そういえば、元々は見学のつもりで来たんでしたっけ」
日下部「今更って感じもしますけど」
日下部「見学しますか?」
君嶋「もちろんだ」
君嶋「こんなところで引き下がっても何もないしな」
大門「分かりました」
大門「見るものがあるかは微妙なところですが」
大門「取りあえず、私に付いてきてください」
125:
<防衛隊基地 ドック>
大門「さて、最後になりましたが」
大門「ここが……」
君嶋「船渠だな」
大門「流石に分かりますか」
大門「まぁ、見たまんまですからね」
君嶋「しかし、見たところ……」
君嶋「随分と閑散としているが」
君嶋「本当にここを使っているのか?」
大門「正直なところ、あまり使っていないというのが実状ですね」
大門「元々は造船用のドックなんですが、今は補修用としてしか使っていません」
大門「それも殆どは数年に一度の定期検査だけで」
大門「余程の事でもない限りはあまり使われません」
日下部「少尉が来るちょっと前に、久々の全船検査が終わっちゃったんで」
日下部「次にドックが使われるのはしばらく先っす」
大門「そうですね」
大門「大規模な改修や新造艦を作るなんて話が出ない限りは」
大門「次にここが使われるのは半年ぐらい先です」
126:
君嶋「半年……」
君嶋「随分と間が空くな」
君嶋「そんなに船が少ないのか?」
大門「多いか少ないかで聞かれたら、余所よりは多いですが」
大門「それでも、配備されている艦は4隻」
大門「実際に稼働しているのは3隻といったところですね」
君嶋「残りの1隻は?」
君嶋「鎮守府の方にでも回しているのか」
大門「この近くの埠頭に繋がれたままですよ」
大門「一応使えなくもないんですが、かなりのパーツが製造中止になってしまって」
大門「壊れると修繕がかなり面倒くさいことになるので、使われていないんです」
大門「どうにかしたいとは思っているのですが」
大門「廃棄や解体にも費用が掛かって、どうしようもなく放置されているという状況です」
君嶋(……時代は変わったな)
君嶋(戦時中はどこも船渠が足りないぐらいだったらしいが)
君嶋(そいつがこうなるとは)
日下部「でも、整備してることはしてるんで」
日下部「一応は、動くには動くんすよね?」
127:
大門「動く……と言っても、本当に動くだけだ」
大門「機関部の図面が紛失しているような代物だし」
大門「うちの軍艦マニアが気まぐれに整備してるに過ぎないからな」
君嶋「軍艦マニア?」
君嶋「何だ、それは」
大門「一種の愛好家みたいなものです」
大門「ウチも技術屋なので、大なり小なりマニア気質なんですが」
大門「どこにも一部には極端な者が居るので」
大門「アレぐらい古い方が想像を掻き立てられて良い、などと言う隊員が居まして」
大門「まぁ……基本的には害は無いので、宗方兵曹長も見て見ぬふりをしてますが」
君嶋「マニアねぇ……」
君嶋「どうも、他にも種類がある言い方だな」
日下部「種類って言ったら、難ですけど」
日下部「兵科のウチにもいますよ」
日下部「マニアというか……オタク気質の奴が」
128:
君嶋「オタク?」
日下部「えーっと、マニアの亜種みたいなもんです」
日下部「特に、ある年代の女子を対象にして……」
日下部「まぁ……とにかく、似たようなもんっすよ」
君嶋「よく分からないが」
君嶋「女子と言えば……」
君嶋「例えば、鎮守府の艦娘のその対象になるのか?」
日下部「と、いうより大抵が彼女たち狙いっす」
日下部「理解者が多いって訳じゃないっすけど」
日下部「どこにでも、一定人数はそういうのが居るって話です」
君嶋「そうか……そんな奴らが」
君嶋「そのうち会う機会もあるかもしれないな」
大門「それでは、そろそろ戻りましょうか」
大門「これ以上は何もありませんし」
大門「外で立ち話も難でしょう」
君嶋「そうだな」
130:
-1週間後-
<防衛隊基地 士官執務室>
日下部「少尉が来てから今日で2週間ぐらいですね」
日下部「どうです? 少しは慣れましたか」
君嶋「……大体はな」
君嶋「正直、まだまだ慣れないところは沢山あるが」
君嶋「初日よりは、この部屋も見慣れたな」
日下部「それは良かったっす」
日下部「慣れないままだと心労も溜まりますもんね」
君嶋(それでも、軍艦の中よりはだいぶマシだけどな)
君嶋(あのタコ部屋と比べたら、ここは楽園だ)
日下部「ま、少尉の生活如何はともかく」
日下部「そろそろ勧誘活動もやらないとマズイくないっすか?」
君嶋「……そうだな」
君嶋「歓迎会で大見得切ったはいいが」
君嶋「現状としては、あまりよくない」
君嶋「むしろ悪い方だ」
131:
日下部「何人かはそれなりに考えてるって返事は貰えましたけど……」
日下部「これだけじゃ船を動かすなんて到底無理っす」
日下部「せいぜい手漕ぎボートが何艘か漕ぎ出せるかってぐらいっす」
君嶋「当然だが、そんな舟で勝てるはずもない」
君嶋「良くて港の漂着物……」
君嶋「最悪、海の藻屑というところか」
君嶋「……もっと頭数を増やさなければならないな」
日下部「そうは言っても難しいですよ?」
日下部「兵科は野田みたいに疑心暗鬼になってる奴やそもそも興味がないってのが多くて」
日下部「全体的に少尉の意見に消極的っす」
日下部「逆に技術部の方は、大門兵長みたいに好意的な人も居ますけど」
日下部「肝心の宗方兵曹長があの態度なんで……」
日下部「やっぱり、協力してくれる人は少ないです」
君嶋「……思ったよりも面倒な状況だな」
君嶋「兵科は個人単位でそれぞれ反感を持っていて」
君嶋「技術部は技術部長が強く反対している」
君嶋「どうしたものか」
日下部「やっぱり、地道に説得していく以外にないですね」
日下部「実際に船に乗って、深海棲艦を撃退できれば早いんですけど」
日下部「それには最低限、船を動かせる人員が必要なわけで」
日下部「兵科の連中を無視できないっす」
132:
君嶋「と、いうことは……」
君嶋「まずは兵科の一般兵の勧誘を中心にするか」
君嶋「実際に船が動かせる人間が居ないとなると」
君嶋「どんなに人を集めても無駄だからな」
日下部「それはいい考えだと思うんですけど」
日下部「……どうするんです?」
日下部「野田の奴は話を聞いてくれそうにないし」
日下部「協力してくれそうな奴には、一通りは話をしましたよ?」
君嶋「とにかく探すしかないな」
君嶋「兵科の人間で俺達に反感を持っていない者」
君嶋「もしくは、この話に興味がありそうな者」
君嶋「自分の足で歩いて説得してまわるしかない」
日下部「それ……滅茶苦茶大変ですよ」
日下部「ここも基地ですから、それなりの敷地を持ってますし」
日下部「兵科は大抵自分の時間で動いてますから、誰が何処にいるかなんて確証はないです」
君嶋「それでも、やるしかない」
君嶋「もっと大変なことをやらかそうとしているんだ」
君嶋「これぐらいで弱音を吐いていたら始まらないぞ?」
日下部「そりゃあ……そうですけど」
君嶋「ほら、行くぞ」
君嶋「まだここの地図が頭に入っていないんだ」
君嶋「お前が来ないと、勧誘にもならん」
日下部「……了解っす」
133:
<防衛隊基地 運動場>
君嶋「ここは?」
君嶋「他の施設と比べると妙に新しいが」
日下部「運動場です」
日下部「防衛隊が出来たときに作られた施設なんで」
日下部「この基地では一番新しい場所っす」
君嶋「運動場、というと……訓練用の施設か?」
日下部「そうですね」
日下部「訓練のために鎮守府を真似て作った場所みたいっす」
日下部「体力作りは兵隊の基本ですから」
君嶋「確かに走ってるのや鍛えてるのが何人かいるな」
君嶋「ただ、あまり多くは居ないようだが……」
日下部「こんな待遇ですからね」
日下部「毎日毎日、トレーニングに励んでるのは少数」
日下部「……取りあえず外に出てるって連中も少なくないんすよ」
日下部「兵科は宗方兵曹長みたいに取り仕切ってくれる上官が居るわけでもないんで」
日下部「自分たちの裁量で動く人間が多いんです」
君嶋「お前もその1人か?」
日下部「自分は違いますよ」
日下部「ちゃんと工場長から命令を受けてます」
日下部「君嶋少尉の任務を補佐せよって」
日下部「そんな趣味で付き合ってるみたいなことを言わないでください」
君嶋「それは悪かったな」
君嶋「じゃあ、片っ端からあたってみるか」
134:
君嶋「ん? あれは……」
日下部「どうかしたっすか?」
 「今日は?」
 「僕の方はこれぐらいだな」
 「オレは……こいつだ」
 「おおっ! 凄いな」
 「狙ってたけど、撮れなかったんだ」
君嶋「訓練してる」
君嶋「……訳じゃないみたいだな」
君嶋「何をしてるんだ?」
日下部「げっ、アイツら」
君嶋「知り合いか?」
135:
日下部「そりゃあ……」
日下部「あの2人も兵科の一員っすから」
日下部「顔ぐらいは知ってますよ」
君嶋「ほう……兵科の人間か」
君嶋「だったら、話が早い」
君嶋「行くぞ」
日下部「……本気っすか?」
日下部「アイツら、ウチの科の中でもトップクラスの変わり種ですよ」
君嶋「それを言うなら」
君嶋「俺達なんか、帝国海軍の鼻つまみ者だ」
君嶋「ただでさえ厳しい目標なんだ」
君嶋「贅沢なんか言っていられないだろ?」
日下部「いや、そうかもしれませんけど……」
君嶋「じゃあ、行くぞ」
日下部「あっ、ちょっと!」
日下部「待ってくださいって」
136:
 「この角度……たまらないね」
 「流石は稀代の天才写真家だ」
 「そっちこそ、この構図」
 「彼女たちの行動パターンを把握していなくちゃできない」
 「待ち伏せの鬼と言われるだけはある」
君嶋「何が『待ち伏せの鬼』だ?」
 「えっ……」
 「な、なんだよ」
君嶋「ああ、邪魔して悪かった」
君嶋「ちょっと気になってな」
 「だ、誰だよ……アンタ」
 「オレたちは何もしてないぞ!」
日下部「何もしてないって……」
日下部「思いっきり、写真の品評会を開いてただろ」
137:
 「日下部!? お前……」
 「どうして、こんなとこに」
 「上からきた少尉はどうしたんだよ」
日下部「だから、一緒に居るだろ?」
日下部「この人が噂の君嶋特務少尉だ」
日下部「まぁ……お前達の事だから、知らなかったかも知れないけどな」 
 「い、いや……」
 「……そんなことはない」 
日下部「紹介するっす」
日下部「こっちのメガネをかけてる方が一之瀬」
日下部「もう1人のカメラをぶら下げてるのが仙田」
日下部「2人とも、自分と同じ一等水兵です」
一之瀬「……一之瀬伸一です」
仙田「仙田史郎です」
君嶋「君嶋大悟特務少尉だ」
君嶋「よろしく頼む」
仙田「……はい」
一之瀬「お願い、します」
139:
君嶋「それで、何をしてたんだ?」
一之瀬「それは……」
仙田「あなたには関係ない」
君嶋「そうは言ってもな」
君嶋「俺の任務にはこの基地の管理も入っている」
君嶋「一般兵が何をしているのかぐらい聞いてもいいだろう?」
一之瀬「…」
仙田「…っ」
日下部「それなら自分から説明しますよ」
日下部「こいつらは……」
君嶋「いや、直接話を聞きたい」
日下部「でも、そんなこと言ったって」
君嶋「いいから」
君嶋「ここは俺の好きなようにやらせてくれ」
日下部「……分かりました」
日下部「余計な口出しはしないっす」
君嶋「済まないな」
140:
君嶋「それで……お前達」
君嶋「何をしてたのか話してくれるか?」
一之瀬「それは……」
仙田「断る」
君嶋「何故?」
仙田「言ったらどうせ、止めさせられる」
仙田「オレたちの口から自白させて」
仙田「それを証拠にするんだろ」
一之瀬「お、おい」
君嶋「一体、何のことを言ってる」
仙田「とぼけたって無駄だ」
仙田「オレには分かってる」
仙田「新海軍の人間なら、こう言うに決まってる」
仙田「『お前のやっていることは情報漏洩だ、それなりの処罰は受けてもらう』ってな」
君嶋(よく分からんが、随分と敵視されているな)
君嶋(直接何をしていたのかを聞くのは得策ではないらしい)
君嶋(……別の方面から揺さぶってみるか)
141:
一之瀬「やめろよ、仙田」
一之瀬「それ以上はマズイって」
仙田「じゃあ、話すのかよ」
仙田「お前だって捕まりたくないだろ」
一之瀬「でも……」
仙田「だったら、黙っていろ」
仙田「こうするしかないんだから」
君嶋「ところで、2人とも」
君嶋「……これは何なんだ?」
一之瀬「あっ、それは……」
仙田「……アンタには関係ない」
君嶋「悪いが地面に置いてあったのを拾わせてもらった」
君嶋「見たところ、写真みたいだが……」
仙田「そんなのどうでもいい」
仙田「いいから、返せ」
君嶋「直ぐに返すさ」
君嶋「幾つか質問に答えてくれればな」
142:
仙田「どこで撮ったか聞くつもりか?」
仙田「だったら、聞いても無駄だぞ」
仙田「オレは何も喋らないからな」
一之瀬「そんなこと言っても、仙田」
一之瀬「相手は新海軍の士官なんだぞ?」
一之瀬「ここで答えなきゃマズイって」
仙田「そんなのは脅しだ」
仙田「オレたちが認めなきゃ何もできない」
仙田「ここで話したら、それこそ終わりだ」
君嶋「別にお前達をどうこうしようという訳じゃない」
君嶋「純粋にこの写真について聞いたみたいだけだ」
君嶋「風変わりな格好をしている女子が映っているが……これは?」
仙田「なっ……」
一之瀬「分からない、んですか?」
君嶋「おかしな事を聞くな」
君嶋「分からないから質問しているんだ」
君嶋「知ってることを聞いても意味がないだろ」
143:
仙田「そんな、嘘だ」
仙田「それは艦娘の写真だぞ!」
仙田「新海軍の少尉が知らないなんて」
仙田「そんなことあるもんか」
一之瀬「お、おい!」
一之瀬「仙田……」
君嶋「そうか……これも彼女たちの一員か」
君嶋「言われてみれば、この服装」
君嶋「鎮守府にも似たような格好の女子が居たな」
君嶋「だが、お前達」
君嶋「こんな写真を撮って……」
仙田「…っ、クソッ!」ダダッ
一之瀬「仙田!?」
日下部「おい! 待てって」
一之瀬「えっと……その」
一之瀬「すみません!」
一之瀬「自分もこれで」
144:
君嶋「……逃げられてしまったな」
日下部「まぁ、妥当な結果ですよ」
日下部「元から人付き合いがいい奴らじゃないんで、こうなってもおかしくはないっす」
日下部「それに……少尉も少し強引過ぎたんじゃないですか?」
君嶋「なかなかに冷静な判断だな」
君嶋「耳が痛くなってくる」
日下部「それで、その写真はどうします?」
日下部「そんなの持ってるのがバレたら、色々面倒くさいっすよ」
日下部「少尉もアイツと同類に見られるかもしれませんし」
君嶋「同類?」
日下部「ほら、前に話題に上ったじゃないですか」
日下部「兵科にオタク気質の奴が居るって」
君嶋「ああ、そういえばあったな」
君嶋「……彼らがそうなのか?」
日下部「ええ、まぁ……」
日下部「鎮守府の艦娘たちを追ってるみたいで」
日下部「ああして2人で隠し撮りした写真を見せ合ったりして」
日下部「情報交換会をしてるみたいっす」
日下部「下手すると軍紀に触れる趣味なんで、周りの連中は関わろうとしないんですけどね」
145:
君嶋「それで妙に警戒されていたのか」
君嶋「口を割るために任務の事を口にしたが」
君嶋「逆効果になってしまったか」
日下部「いや、そうとも言えないっすよ」
日下部「趣味が趣味なんで、新海軍の軍人を嫌ってるみたいですから」
日下部「どっちみち、少尉の立場だとまともに取り合ってくれなかったんじゃないっすかね」
君嶋「相手が悪かったと言うことか」
日下部「けど、芽が無いってわけでもないです」
日下部「色々と目を瞑りたい部分はありますけど、基本的には艦娘第一な思考なんで」
日下部「今の体制については、ある意味で少尉と同じ意見だと思います」
日下部「まぁ……どこまで賛成かって聞かれたら微妙ですけど」
君嶋「辛辣な割には随分と詳しいな」
君嶋「彼らと仲がいいのか?」
日下部「仲がいいって訳じゃないですけど」
日下部「あれでも数少ない兵科の同僚ですから」
日下部「普通にしてれば、情報は入ってくるっす」
君嶋「そうか」
146:
日下部「でも、少尉……本当にアイツらを仲間に引き込むつもりですか?」
日下部「確かに野田みたいに変な嫌疑は持ってないみたいですけど」
日下部「相手はかなりの変わり種っすよ」
日下部「引き込むにはそれなりの覚悟がいるかと……」
君嶋「それでも、今の俺達は1人でも仲間が欲しい」
君嶋「実際に船を動かせる兵科となればなおさらだ」
日下部「でも、それなら」
君嶋「他の人間をあたっても結果は同じかもしれない」
君嶋「だが、この写真を見てみろ」
日下部「アイツらが撮った写真っすか?」
日下部「どうも、普通の写真にしか見えないっすけど」
君嶋「ああ、そうさ」
君嶋「何て事の無い風景に女子が映っている」
君嶋「これと言って特に面白味もない、ただの写真だ」
君嶋「だが、この娘が艦娘という海軍の生体兵器で」
君嶋「背景にあるのは帝都防衛の要衝、横須賀鎮守府」
君嶋「この意味が分かるか?」
日下部「いや、自分にはさっぱり……」
147:
君嶋「写真でも絵画でも、人の手掛けた作品にはその作者の想いがこもると聞く」
君嶋「だから、この鎮守府の前で屈託のない顔で笑う少女」
君嶋「それが彼らの求めている物のひとつなのだと俺は思う」
日下部「そう……ですかね?」
君嶋「まぁ、俺の勝手な思い込みかも知れないが」
君嶋「どんな思いを抱いていようとも、彼らも軍人で、同じ男だ」
君嶋「俺が思ったように、彼らもきっと彼女たちを……艦娘を守ってやりたいと思っているはずだと信じている」
君嶋「だから俺は、あの2人を仲間に引き入れる」
君嶋「作戦が軌道に乗れば、今よりずっと彼女たちに近づけるんだ」
君嶋「奴らにとっても悪くない条件だろう」
日下部「それで乗ってくるかは分かりませんけど」
日下部「面白味が無いなんて言うと怒られますよ」
日下部「あの2人、自分の写真に妙な自信を持ってますから」
君嶋「注意しておこう」
君嶋「変に怒らせて、耳を貸してくれなくなると困るしな」
君嶋「当然だが、他言は無用だぞ?」
日下部「心配しないでも大丈夫です」
日下部「言いふらしたりしませんって」
君嶋「ああ、信用しておく」
日下部「それより……そろそろいい時間です」
日下部「今日は戻りましょう」
150:
-数日後-
<防衛隊基地 食堂>
仙田「……味気ない」
仙田「そこの塩を取ってくれ」
一之瀬「もう三度目だぞ」
一之瀬「いい加減にかけ過ぎじゃないか?」
仙田「いいから」
一之瀬「……分かった」
仙田「悪いな」
一之瀬「なぁ……仙田」
一之瀬「やっぱり、謝った方がいいと思う」
一之瀬「逃げたままなのはマズイって」
仙田「今更謝ったって同じだ」
仙田「どうせ、今頃は報告書にもまとめられてる」
一之瀬「だったら尚の事」
一之瀬「クビになったらどうするんだよ」
151:
仙田「なら、お前だけ行って来いよ」
仙田「オレは行かないからな」
一之瀬「やっぱり、お前おかしいって」
一之瀬「何時もだったら、直ぐに謝りに行って終わりにするのに」
一之瀬「……相手があの少尉だからか?」
仙田「そんなのは関係ない」
仙田「オレはしたいようにしてるだけだ」
仙田「アイツがどうだなんて……」
 「俺がどうだって?」
仙田「なっ……!」
一之瀬「君嶋少尉!」
一之瀬「どうして、ここに?」
君嶋「どうしたも、何も」
君嶋「腹が減ったから、昼を食べに来ただけだ」
君嶋「何もおかしいことは無い」
君嶋「それとも、俺は食堂に来ちゃいけないのか?」
一之瀬「いえ、そんなことは……」
152:
仙田「……それで、何しに来たんですか?」
仙田「ワザワザこんなことろで食べなくても」
仙田「海軍の少尉さんなら、部屋まで持ってこさせればいいのに」
君嶋「日下部も似たようなことは言っていたが」
君嶋「どうにも落ち着かなくてな」
君嶋「やはり、こうして食堂で食べる方が性に合ってるみたいなんだ」
仙田「だったら、わざわざオレ達のところへ来なくても」
仙田「空いてるテーブルなら他にも沢山ありますよ」
一之瀬「おい、馬鹿」
一之瀬「相手は新海軍の少尉だぞ」
仙田「ふんっ……どうせ処分が下るんだ」
仙田「言いたいこと言って何が悪い」
一之瀬「仙田……!」
君嶋「俺も随分と嫌われたものだな」
君嶋「だが、何度も言っているように」
君嶋「お前達に処分を下そうなんて微塵も考えちゃいないぞ」
君嶋「そもそも、個人の懲罰如何は五十嵐中佐の領分だしな」
153:
仙田「そんな嘘を付かなくてもいいですよ」
仙田「報告が上へ行ったら、上から処分が下る」
仙田「そう言えばいいじゃないですか?」
君嶋「……相当ひねくれた考えをしているな」
君嶋「もう少し素直に受け止めたらどうだ?」
君嶋「処分なんてするつもりは無いと言ってるんだぞ」
仙田「アンタの言うことは信用できない」
仙田「復権派だか何だが知らないが、できもしない大嘘を吐くような人間だ」
仙田「そんな奴の言うことなんか聞けるかよ」
一之瀬「おい、いい加減にしろって!」
一之瀬「本当に処分が下ったらどうするんだよ」
仙田「オレは本当の事を言っただけだ」
仙田「お前も処分が嫌なら黙ってろよ!」
一之瀬「何が本当の事だよ」
一之瀬「人の話を聞きもしないで」
一之瀬「もしかしたら、許してくれるかもしれないじゃないか?」
仙田「……新海軍なんか信用できるか」
仙田「あの娘たちを兵器としか思ってない冷血漢どもだぞ?」
仙田「どうして、そんな奴の口か出たことを信じられる」
一之瀬「でも……!」
仙田「もう知るかッ!」ダダッ
154:
君嶋「逃がした、みたいだな」
君嶋「ここまで意固地になるとは思ってなかった」
君嶋「日下部が止めるだけはあるか」
一之瀬「あのバカ……」
君嶋「お前はいいのか?」
君嶋「あいつを放っておいて」
一之瀬「……いいんですよ」
一之瀬「ああなったら、どうしようもないんですから」
君嶋「そうか」
一之瀬「それより、君嶋少尉」
一之瀬「処分の話なんですが……」
君嶋「ああ、心配するな」
君嶋「端から処分など下すつもりは無い」
君嶋「上官に好き放題言うのは俺だって大して変わらないからな」
君嶋「今日は、忘れ物を届けに来たんだ」
一之瀬「忘れ物?」
君嶋「こいつだ」
155:
一之瀬「仙田の撮った写真……」
一之瀬「どうして、わざわざ」
君嶋「返しそびれたままになっていたからな」
君嶋「元の持ち主に返しておこうと思って」
一之瀬「そうなんですか」
君嶋「芸術はよく分からないが」
君嶋「なかなか良い一枚だと思うぞ」
君嶋「少なくとも、俺は好きだ」
一之瀬「……嘘はついてないみたいですね」
一之瀬「だとしたら、やっぱりアイツは本物です」
君嶋「それは?」
一之瀬「パッと見た写真が良いと言える理由」
一之瀬「少尉には分かりますか?」
君嶋「さぁ……分からないな」
一之瀬「単純な事です」
一之瀬「ただ、その写真が本当に良い作品だからなんです」
一之瀬「……少尉はどう思いましたか? その写真」
君嶋「あまり得意でないから、批評はできないが……」
君嶋「彼女たち自身を撮ろうとしている」
君嶋「そんな気にさせる写真だと思った」
156:
一之瀬「だったら、それを仙田の奴に言ってやって下さい」
一之瀬「そうすれば、アイツも協力してくれるかもしれません」
君嶋「……良いのか? そんな事を言って」
君嶋「後で恨み節を言われるかもしれないぞ」
一之瀬「それを正当に評価してくれる貴方なら信用できます」
一之瀬「周りからは下らないオタク趣味だと散々に言われていますけど」
一之瀬「そんな半端な気持ちじゃ、こんな写真を撮ることは出来ません」
一之瀬「この一枚にも彼女の表情や何気ないしぐさの一瞬にその人格が透けて見える」
一之瀬「個人が持つ特性を判断して、それが最も発揮される瞬間を収めることが出来なければこんな写真は生まれない」
一之瀬「本当に彼女たちの事を想っていなければ、これを撮ることは出来ない」
一之瀬「それが分かると言うなら、貴方も悪い人じゃありません」
君嶋「俺が嘘を付いていることは考えないのか?」
一之瀬「そんな嘘、わざわざ誰も付きませんよ」
一之瀬「皆、オタク野郎が撮った下品な写真だと言いますから」
君嶋「……そうか」
君嶋「だが、お前は?」
一之瀬「自分は、仙田の友人です」
一之瀬「アイツが行くと言うなら、一緒に付いていきます」
一之瀬「1人で行かせるには心配な奴ですから」
君嶋「分かった、恩に着る」
君嶋「それじゃあ、アイツを探してくる」
157:
-数時間後-
<防衛隊基地 埠頭>
仙田「くっ……」
君嶋「とうとう追い詰めたぞ」
君嶋「散々逃げ回られたが、ここなら逃げ場はない」
君嶋「観念するんだな」
仙田「…っ」チラリ
君嶋「止めておけ」
君嶋「海に飛び込んでも風邪を引くだけだぞ」
仙田「クソっ……何なんだよ」
仙田「散々オレを追い回して」
仙田「一体、何するって言うんだよ」
君嶋「ようやく話を聞く気になったか」
君嶋「もう少し早ければ、こんな追いかけっこをしなくても済んだのにな」
仙田「……で、何だよ」
仙田「こんなところまでオレを追い回した理由は」
君嶋「これだ」ペラッ
158:
仙田「しゃ、写真?」
君嶋「ああ、そうだ」
君嶋「こいつを返すために追いかけていた」
仙田「そんな……バカな」
仙田「それだけの為に?」
君嶋「もちろん、そうだ」
君嶋「本当はこんなに時間を食う予定は無かったんだがな」
君嶋「お前が話を聞かないおかげで」
君嶋「基地中を駆け回る羽目になった」
仙田「……ありえない」
仙田「どうしてそんなこと」
君嶋「人の物を預かったままなのは気味が悪いからな」
君嶋「さっさと返しておこうと思っただけだ」
仙田「でも、アンタは新海軍の士官だろ」
仙田「そんな奴がどうして?」
仙田「オレの知ってる奴らは……」
159:
君嶋「お前が何を知っているのかは分からんが」
君嶋「俺はお前に写真を返しに来た」
君嶋「ただ、それだけだ」
仙田「…」
君嶋「それより、ほら」
君嶋「さっさとコイツを引き取ってくれ」
仙田「あ、ああ……」
君嶋「その写真、俺は良いと思うぞ」
君嶋「巧拙はよく分からないが」
君嶋「お前の想いが込められてるのは感じる」
仙田「ハッ……何を」
君嶋「ひっそりと隠れるように撮った日常の風景」
君嶋「何て事の無い背景に映る1人の少女」
君嶋「ここには艦娘も鎮守府も海軍もなく、1人の人間の生きている姿が収めれている」
君嶋「お前が求めているのは、そんな彼女たちの姿なんじゃないのか?」
君嶋「兵器としてでなく、人として生きる彼女たちを……」
君嶋「強いられた戦いから解放され、自由に生きる彼女たちの姿を望んでいるんじゃないのか?」
仙田「そいつは……」
160:
君嶋「もし、そうだとしたら……」
君嶋「それは俺も同じ考えだ」
君嶋「俺達軍人は、彼女たちのような人を守るために戦うはずなんだ」
君嶋「しかし、今の海軍はそんなことをお構いなしに彼女たちを戦場へ立たせている」
君嶋「それがまかり通っているのが今の海軍だ」
仙田「…」
君嶋「だから、俺は深海棲艦と戦う」
君嶋「艦娘ばかりを未知の敵と戦わせるわけにはいかない」
君嶋「俺達の力だけで奴らとやり合うことが出来ると証明して、彼女たちを戦場から退かせる」
君嶋「それが俺の目的だ」
君嶋「そのために、お前の力が必要なんだ」
仙田「アンタ……バカだ」
仙田「それも底抜けのバカだ」
仙田「一日中オレを付け回したあげくにそんなこと言うなんて」
仙田「正直言って、マトモだとは思えない」
君嶋「そうかもな」
君嶋「こんなこと言うために、何時間も鬼ごっこをするなんて」
君嶋「俺はどこかおかしいに違いない」
161:
仙田「でも……アンタの言ってることは正解だ」
仙田「痛いぐらいにオレの本音を突いてくる」
仙田「正直言って、完敗だ」
君嶋「よければ話してくれないか?」
君嶋「本当はお前がどう思っているのか」
仙田「そんな大したことは思ってない」
仙田「思ってたとしても、殆どアンタに言われた」
仙田「ただ……あの娘たちを兵器と呼ばせたくないだけだ」
仙田「泣いたり、笑ったり、悲しんだり……あんな表情が出来る子たちが兵器な訳がない」
仙田「新海軍の連中が物みたい扱うのが許せなかった」
君嶋「そうか……」
仙田「多分、オレは彼女たちに魅せられたんだ」
仙田「普通の生活で見せる笑顔や、ふとした表情……そして、危険を顧みずに戦う高潔な精神に」
仙田「だから、その一枚一枚を記録に残したいとカメラを手に取った」
仙田「でも……同時に、心のどこかでこう思っていた」
仙田「こんな子ばかりに戦わせて、オレ達は何をやってる」
仙田「どうしてオレ達が引きこもっていて、彼女たちが出撃するんだと」
162:
仙田「要するに……考えてることはアンタと一緒だったんだよ」
仙田「だだ、オレには行動は移す勇気なんて無かったってだけだ」
仙田「その心の隙間を埋めるように、彼女たちの日常をファインダーに収めて」
仙田「いつしか基地の連中からも、艦娘に恋慕しているオタクだと言われ始めた」
仙田「一之瀬には悪いが……それも仕方ないとは思った」
仙田「実際に、傍から見れば女子の尻を追っかけている写真オタクだしな」
君嶋「……仙田」
仙田「だけど、彼女たちの写真を撮って満足して」
仙田「いつのころから、そんな自分に心底嫌気がさしてた」
仙田「結局、アンタを邪険に扱ったのは、自己嫌悪の裏返しだったんだよ」
仙田「彼女たちの代わりに戦うと言うアンタに対して、何もできない自分が酷く惨めに見えた」
仙田「オレにできなかったことしている人間に、今の自分を見られたくなかったから」
仙田「だから、アンタと関わらないようにしたんだ」
仙田「そうすることで、何もしない自分を肯定してやり過ごそうとしてた」
君嶋「…」
仙田「ははっ……一体何を話してるんだか」
仙田「一之瀬にもこんな話したことない」
仙田「オレもアンタのバカが移ったみたいだ」
163:
君嶋「悪いな」
君嶋「それについては補償しかねる」
仙田「だったら、アンタに勝手に働いてもらうだけだ」
仙田「話を聞いたからには」
仙田「キッチリ深海棲艦に勝ってもらうぞ」
君嶋「……お前」
仙田「言っておくが、新海軍の連中は嫌いだ」
仙田「アンタだって本当のところは信用できない」
仙田「だが、写真を届けてくれた恩もある」
仙田「どうせ……嫌だと言っても引き返さないんだろ?」
君嶋「脈がありそうだったからな」
君嶋「協力してくれるまで付きまとうつもりだった」
仙田「やっぱりな」
君嶋「そういう訳で、よろしく頼む」
君嶋「仙田一等水兵」
仙田「ふんっ……」
167:
<防衛隊基地 士官執務室>
君嶋(なんだかんだ、ここへ来て一月以上)
君嶋(慣れなかったこの部屋も、すっかり居心地が良くなった)
君嶋(まさか、こんなことになるとは……)
君嶋(昔の自分に言っても、信じてもらえないだろうな)
 コン コン コン
君嶋(日下部か?)
君嶋(今日は随分早いが……)
君嶋(まぁ、とにかく入れてやるか)
君嶋「どうぞ」
 バタンッ
 「失礼します!」
君嶋(……知らない顔が4人)
 
君嶋(何だ? いきなり)
 「君嶋特務少尉とお見受けしますが」
 「間違いありませんでしょうか?」
君嶋「確かに……間違いないが」
君嶋「一体、何の用だ?」
168:
 「朝早くから申し訳ありません」
 「僭越ながら、本日は異動のご挨拶に参りました」
君嶋「異動?」
君嶋「そんな話は聞いていないが」
 「五十嵐中佐よりお聞きしていないでしょうか?」
 「呉海軍鎮守府の井上、以下3名が君嶋隊の所属となることを」
君嶋「いや……全く聞いていない」
君嶋「そもそも、お前達は何者だ?」
 「申し遅れました」
 
 「私は呉海軍鎮守府所属、井上正司上等水兵」
 「同じく、大久保正弘一等水兵」
 
 「小林正一朗一等水兵です」
君嶋「そこのお前は?」
 「えー……自分は」
 「横須賀海軍鎮守府所属、森辰巳上等技術兵です」
169:
君嶋「それで何の用だ?」
君嶋「俺の隊の所属になると言っていたが……」
君嶋「それは、俺が編成する部隊の一員となるという意味か?」
井上「はい、その通りです」
井上「我々3人は貴方の指揮下に入るべく転属を願い出ました」
君嶋「転属……この鎮守府の所属になるのか?」
大久保「近日中に横須賀鎮守府の所属となります」
大久保「本日は、配属前にご挨拶へ伺った次第であります」
君嶋「で、俺の指揮下に入ると言う訳か」
君嶋「しかし……どうして呉からここへ?」
小林「君嶋少尉の噂はかねがね」
小林「横須賀にあの深海棲艦と戦う部隊が編成されると聞きました」
井上「周りの上官や同僚のほとんどは、小馬鹿にしたように言っていましたが」
井上「自分たちは違います」
大久保「少尉の志に共感し、行動を共にしたいと思いました」
大久保「そこで呉の鎮守府へ転属願いを出し」
大久保「遥々この横須賀鎮守府までやってきた次第であります」
170:
君嶋「それは喜ばしい限りだな」
井上「少尉に喜んで頂けるなら、光栄です」
井上「転属願いを出した自分たちも報われます」
君嶋(ここまで直接的に言われるのも、何だか気恥ずかしいが)
君嶋(これが日下部の言っていた同志という訳か)
小林「思えば、入隊してから数年」
小林「兵科に任される仕事は、技術部の補佐や施設整備の名目の掃除が殆ど」
小林「全くといって兵隊の仕事をした実感はありませんでした」
小林「水兵として軍に所属しているのに関わらず、やっているのは雑務ばかり」
小林「ほとほと嫌になっていたところ、少尉の話を聞いたのです」
君嶋「俺の話か……」
君嶋「そんな大層なものでもないだろう」
井上「そんなことはありません」
井上「口先だけが殆どの復権派で、少尉は行動を起こしました」
井上「新海軍の人間と言えども、鎮守府の司令官に直訴など並大抵の覚悟ではできる事ではありません」
君嶋(舞台が整ったのは、室林大佐の力に因るところが大きいのだが)
君嶋(どうやら、全部が俺の手柄みたいに話が伝わっているようだ)
君嶋(まぁ……無理もないか)
君嶋(派手に動いた事には変わらないし、あの人がわざわざ表に出てくるとも思えないからな)
171:
井上「自分たちは少尉の考えに賛同します」
井上「やはり……軍艦あっての海軍」
井上「船乗りが乗った船で敵を倒さねばなりません」
井上「彼女たちが居なくても我々は戦える」
井上「それを見せつけてやりたいのです」
君嶋「そうか……分かった」
君嶋「そこまでの覚悟あるなら十分だ」
君嶋「俺の下についてくれると言うなら、喜んで迎え入れよう」
井上「ありがとうございます!」
君嶋「だが、言いたいことがひとつだけある」
大久保「何でしょうか?」
大久保「自分たちに出来ることなら、何でも」
君嶋「いや、何かをやって欲しいという訳じゃない」
君嶋「ただ……1つだけ勘違いしないで欲しいことがある」
君嶋「俺は艦娘を押しのけて、軍人の力を見せつけたいんじゃない」
君嶋「彼女たちを守るために立ち上がったんだ」
小林「艦娘を守りたい?」
172:
君嶋「彼女たちも、俺たち軍人が守るべき者の1人である」
君嶋「それを証明するために深海棲艦を倒すんだ」
君嶋「だから、敵を倒すが目的じゃない」
君嶋「それだけは分かってくれ」
小林「……分かりました」
小林「その考え、胸に刻み付けておきます」
君嶋「俺からは以上だ」
君嶋「君たちの協力を感謝する」
君嶋「これから、よろしく頼むぞ」
井上&大久保&小林「「「ハッ!」」」」
森「は、はい」
井上「では、失礼します」
大久保「失礼します!」
小林「失礼します!」
 ガチャ バタン
173:
君嶋(で、1人残ったわけだが……)
君嶋(こいつは何なんだ?)
君嶋(横須賀所属で、今の3人と知り合いという訳でもないみたいだが)
森「あの……」
君嶋「どうした?」
森「もしかして、どうして自分が居るのか気になってますか?」
君嶋「まぁ、不思議ではあったな」
君嶋「横須賀の技術部所属で、あいつらの知り合いでもなさそうだったから」
君嶋「それについて色々と考えていたところだ」
森「自分は彼らの道案内をしただけです」
森「それで、軍艦の話になって」
森「自分も使われなくなった旧式艦を整備してるって言ったら、ここまで一緒に」
君嶋「旧式艦というと……埠頭に繋がれたままというヤツか?」
森「ええ、まぁ」
森「子供の頃からああいうのが好きだったんで」
森「宗方兵曹長に断って、触らせてもらってるんです」
君嶋(もしかして、こいつが例の軍艦マニアか?)
174:
君嶋「それは、そんなに良いものなのか?」
森「もちろん!」
森「アレをいじる為に働いてるようなものです」
森「自分で動かしたり、整備したりするのも良いですが」
森「長年染みついたオイルの匂いとか、ところどころに付いたサビの色合いだとか」
森「最早、一種の芸術品ですね」
君嶋「……そこまで言い切るのか」
森「ええ、そうです」
森「古臭いタコメーターから、大きく露出している駆動部まで」
森「『そんなもの無駄でしかない』とか、『もっと効率が良くできる』と言う技術者もいますが」
森「そんなことはありません、アレはアレで完成しているんです」
森「あの洗練された機能美が理解できないなんて……」
森「同じ技術者として、悲しい限りです」
君嶋「そ、そうなのか」
森「むしろ僕は思うんです」
森「そういう連中が言う、効率なんて大したことないって」
森「やれ効率がいい、やれ燃費がいい、やれ環境に優しいと言ったって」
森「結局は数字の上の出来事に過ぎないんです」
君嶋(……話がおわらない)
君嶋(これは、不味いかもしれないぞ)
175:
森「よく『技術者は数字で勝負しろ』なんて言われますが」
森「僕はそんなの下らないとおもうんですよ」
森「少尉も、そう思いませんか?」
君嶋「あ、ああ」
君嶋(正直、何を言っているのかまるで分からない)
森「やっぱりそう思いますよね」
森「机の上で議論するより、実際に動かしてみた方が良いに決まってる」
森「確かに、機械は無理に動かせば壊れます」
森「何をするにしても何かしらの制御が必要なのは分かっています」
森「ですが、だからと言って全てを機械にやらせるのは間違っていると思うんです」
森「それが如何に効率が良く、便利であったとしても、最後に動かすのは人間です」
森「その人間が管理する部分が多いモノほど、ツールとしての機械のあるべき姿だとは思いませんか?」
君嶋「いや……それは」
君嶋(後悔先に立たずとは言うが……)
君嶋(何故、こんな話題を振ってしまったんだ)
森「もちろん、僕にもあの船には改善の余地があることぐらい分かります」
森「でも、それはあくまで改善です」
森「周りみたいに駆動制御を全部電気式にしろとは言いません」
176:
森「そもそも最初から機械式制御を想定して設計されたモノを無理に変えていいはずがありません」
森「ここ最近、艦娘関連のオートマ技術を船舶に流用するみたいな話が流行っていますけど」
森「自分はそれにはあまり賛成できませんね」
君嶋(この様子……)
君嶋(どうやら、俺一人では対処できそうにないな)
森「確かに、一見関係ないような技術でも、結びつければ新たな使い方が見つかる事もあります」
森「ですが……このふたつに関しては別です」
森「同じ対深海棲艦でも、明確に違うアプローチを踏んでいるんです」
森「そういう訳で、思想的に相容れない面がかなり多いんです」
森「それを安易に持ち出してもどうこうしたところで上手く行きっこありません」
森「技本が本格的に舶用装備の研究に乗り出したという話は聞いたことがありますが、それも噂にすぎませんし」
森「結局のところ、皆目先のことの囚われて本質が見えていないんだと思います」
森「第一、今の海軍の体制だと、船が活躍する場面が少なすぎるのも大きな問題です」
森「これじゃあ、船舶の技術が遅れても当然と言う訳で」
森「さっきの技術流用の話が持ち上がるわけです」
森「僕が思うには……」
君嶋(……早く来てくれ、日下部)
180:
<防衛隊基地 工場長執務室>
 コン コン コン
五十嵐「入って良いぞ」
 ガチャッ
君嶋「……失礼します」
五十嵐「おっ、来たか」
五十嵐「急に呼び出して悪かったな」
五十嵐「ちょっと伝えておきたいことがあったんだ」
君嶋「いえ、滅相もありません」
君嶋「むしろ呼ばれて助かったぐらいです」
五十嵐「少し顔色が悪いな」
五十嵐「朝に押しかけてきた連中に生気でも吸われたか?」
君嶋「あの3人の事、知っておられるのですか?」
五十嵐「そりゃあ、俺はここの責任者だからな」
五十嵐「配置転換でやってきた奴らの事ぐらい知ってる」
五十嵐「操船系の人員が居て困ることは無いからな」
五十嵐「軍令部から打診されて、二つ返事で引き入れてやった」
181:
五十嵐「どうして話してくれなったのか、って顔しているな」
五十嵐「まぁ……これについては悪かった」
五十嵐「単に俺の方の手違いだ」
五十嵐「まさか、この時期に直接挨拶に来るなんて想定していなかったからな」
五十嵐「お前に話すのを忘れてた」
君嶋「いえ、大丈夫です」
君嶋「自分としても同志が増えるのは喜ばしいことです」
君嶋「それに……これは彼らが原因ではありませんから」
五十嵐「ん? 違うのか」
五十嵐「じゃあ……何だ」
五十嵐「最近懐柔したって噂の仙田に振りまわされでもしてたのか?」
君嶋「そうではありません」
君嶋「……森の長話に付き合わされたんです」
五十嵐「森と言うと……」
五十嵐「まさか、技術部の森上等技術兵のことか?」
君嶋「ええ……はい」
182:
五十嵐「そりゃあ、災難だったな」
五十嵐「アイツも仙田たちとは違った意味で有名だからな」
五十嵐「あの宗方でさえ、手を焼いている程の軍艦マニアだ」
五十嵐「相当絡まれただろう?」
君嶋「ええ……今回の事で学びました」
君嶋「マニアと呼ばれる人種には口を出すな、と」
君嶋「仙田や一之瀬が避けられていた理由も分かりました」
君嶋「自分は軽く話すだけのつもりでしたが」
君嶋「向こうはその気で無かったようで」
君嶋「一方的に長話を聞かされる羽目になったのです」
五十嵐「ま、愛好家ってのはそういうもんだからな」
五十嵐「俺だって紅茶の茶葉やら淹れ方なら2日は語れるぞ」
五十嵐「良ければ、今からでも話してやろうか?」
君嶋「……遠慮して頂きます」
五十嵐「冗談だ、そう本気にするな」
五十嵐「俺だってそこまで暇じゃない」
君嶋「本当ですか?」
君嶋「冗談には聞こえませんでしたよ」
183:
五十嵐「悪かった、許してくれ」
五十嵐「ここじゃあ、こんな話を出来る相手も限られてくるんでな」
君嶋「分かりました」
君嶋「そういうことにしておきます」
五十嵐「で、話は変わるが……」
五十嵐「そのマニアの話はどうだった?」
五十嵐「何か面白い話でもあったか」
君嶋「マニアが避けられる理由は良く分かりました」
君嶋「ハッキリ言って、2度目は御免です」
君嶋「面白い面白くない以前に、内容が理解できませんでしたから」
五十嵐「……随分と辛辣だな」
五十嵐「そんなんで、良く仙田たちを引き入れようと思ったな」
五十嵐「アイツらも似たようなもんだろう」
君嶋「確かに……あの手の人間と付き合うにはそれなりの覚悟が必要なことが分かりました」
君嶋「ですが、それほどまでに語れるということは」
君嶋「好きなものについて、誰にも負けない情熱を持っていることでもあります」
君嶋「これは誰が何と言おうと捻じ曲げることはできません」
君嶋「だからこそ、目指すものが同じであれば力強い味方になるはずです」
君嶋「まぁ、何より仲間を選り好みできる立場でもないですからね」
184:
五十嵐「言われてみれば、アイツらの情熱は人並み以上だしな」
五十嵐「その点に関して言えば妥協は無いだろう」
五十嵐「それで、森の奴も勧誘してみたのか?」
君嶋「いえ……」
君嶋「気づけば、軍艦の話になってしまったので」
五十嵐「……そんな隙は無かったと」
五十嵐「前途多難だな、それは」
君嶋「それだけ、やりがいがあるというものです」
君嶋「室林大佐から任された以上」
君嶋「誠心誠意やり尽くすつもりであります」
五十嵐「そいつは頼もしい限りだ」
五十嵐「奴のほくそ笑む顔が目に浮かぶ」
君嶋「?」
君嶋「それは、どういう……」
五十嵐「あー、いや……大した意味は無い」
五十嵐「何と言うか、アイツもお前の任務が大変だってのは分かってるからな」
五十嵐「命令を下した本人として、思うところがあるみたいだろうし」
五十嵐「お前がやる気に満ち溢れてるようで安心するだろうな、ってことだ」
185:
君嶋「そうでしたか」
君嶋「では、室林大佐にも宜しくお願いします」
五十嵐「で、話は戻るが」
五十嵐「お前を呼び出した理由についてだ」
君嶋「はい、何でしょうか?」
君嶋「任務の方ならば問題なく進めていると思いますが」
五十嵐「いや、単なる演習の知らせだ」
五十嵐「今度やることになった鎮守府の合同演習について」
五十嵐「ちょっと、伝えておきたいことがあってな」
君嶋「鎮守府の合同演習……」
君嶋「日下部からそれらしいことは聞いていましたが、詳しいことは何も」
君嶋「一体、どこの部隊との演習なんですか?」
五十嵐「佐世保の第二艦隊だか第三艦隊だったか」
五十嵐「とにかく、そこら辺のが来るらしい」
五十嵐「重要拠点の一線級だからな」
五十嵐「それなりに強いみたいだぞ」
君嶋「一線級の相手……」
君嶋「それは、ここの部隊で対応できるのですか?」
君嶋「実動艦が3隻しかないと聞きましたが」
186:
五十嵐「多分、お前が思っているのとは違う」
五十嵐「演習と言っても新海軍の方の演習だ」
五十嵐「鎮守府の新兵器、海軍でいうところの艦娘同士の演習だ」
君嶋「防衛隊は演習をやらないのですか?」
五十嵐「そりゃあ、俺だって出来るならやりたいさ」
五十嵐「だが、予算の関係でな」
五十嵐「合同演習なんてする予算は周ってこない」
五十嵐「出来ても、図上演習やら仮想標的の的あてぐらいだな」
君嶋「しかし、どうして新海軍の演習の話を?」
君嶋「防衛隊が出ないのなら、自分には無関係のように思えるのですが」
五十嵐「いいや、そういう訳にも行かない」
五十嵐「当日の海上封鎖やら周辺警備やらはウチの仕事だからな」
五十嵐「合同演習をするとなると、防衛隊から艦隊が派遣されると言う訳だ」
君嶋(道理でおかしいわけだ)
君嶋(日下部の奴は他人事のように話してたからな)
君嶋(その理由がこれと言う訳か)
187:
五十嵐「それで、お前を呼び出した理由なんだが」
五十嵐「簡単に言えば、お前にも海上封鎖に参加してもらおうってことだ」
五十嵐「軍艦で深海棲艦を倒すにしても」
五十嵐「今の鎮守府の戦力を見ておくに越したころは無いだろ?」
君嶋「…」
五十嵐「どうした?」
五十嵐「もっと喜ぶと思ってたが」
君嶋「いえ、今まで散々と艦娘を戦わせないと言っていましたが」
君嶋「実際にどういう風に戦っているかは考えたことが無かったので」
五十嵐「それなら、良い参考になるだろうな」
五十嵐「美津島先生も目をかけているんだ」
五十嵐「何か掴んでくれよ」
君嶋「はい、ありがとうございます」
188:
五十嵐「俺からはこれだけだな」
五十嵐「後は、話すようなこともないし……」
五十嵐「茶でも飲んでいくか?」
君嶋「また……例のアレですか?」
五十嵐「ああ、そうだ」
五十嵐「ちょうど届いたばかりの茶葉があるんだ」
五十嵐「こいつをブレンドに試してみたくてな」
五十嵐「時間は大丈夫か?」
君嶋「ええ、問題ありません」
君嶋「どうせ仕事は帳面整理が殆どですから」
五十嵐「よし、分かった」
五十嵐「じゃあちょっと待っていてくれ」
五十嵐「直ぐに準備してくる」
君嶋(これも半分習慣になってしまっているが……)
君嶋(こんなので本当に良いのだろうか?)
191:
<防衛隊基地 士官執務室>
君嶋「…」ペラペラペラ
日下部「…」カリカリカリ
君嶋「…」ペラペラペラ
日下部「…」カリカリカリ
君嶋「なぁ……」ペラペラ
日下部「どうかしましたか?」
君嶋「俺達は何をしてるんだ」
日下部「何って、書類整理じゃないですか?」
日下部「指示通りに資料を整理しているんですから」
君嶋「そうは言ってもな」
君嶋「……これが書類の内に入るか?」
日下部「一応写真も付いてるし」
日下部「資料なんじゃないですか、多分」
192:
君嶋「これを見てもか?」
日下部「まぁ、名前と所属ぐらいはどこの資料にもありますよ」
君嶋「なら……こいつは?」
日下部「好きな食べ物に性格、趣味……ですか」
日下部「あっても良いんじゃないですか?」
日下部「女子の機敏は男には分かりにくいですし」
君嶋「そういう問題じゃ無くてな」
君嶋「これはもうアレだ」
君嶋「早い話が、艦娘のブロマイドだろう」
日下部「まぁ、確かに」
日下部「何も知らない人間に見せたらそう言うっすね」
君嶋「全く……どうしてこんな仕事を頼まれて来たんだ」
君嶋「事務仕事と言えば聞こえはいいが」
君嶋「これじゃあ、ただのブロマイド整理じゃないか」
日下部「そんなこと言われても」
日下部「仙田に頼まれたのがこれだから仕方ないじゃないですか」
193:
日下部「アイツらが付けた艦娘のデータ整理とか」
日下部「まさか、こんなことやらされるとは思ってなかったっす」
日下部「理由はどうあれ仲間になったんだから」
日下部「何というか……交友を深めようと思った結果がこれです」
君嶋「あいつらを甘く見ていたという訳か」
日下部「友好の証って感じで渡してきたんすけど」
日下部「こんな量があるとは思ってなかったっす」
日下部「正直、安請け合いは否めないっすね」
君嶋「まぁ……受けてしまったものは仕方ない」
君嶋「黙ってやるしかないな」
君嶋「丁度、艦娘について知るいい機会だ」
君嶋「折角だから教材として使わせてもらおう」
日下部「それはいいですけど」
日下部「……教材になるんすかね? これ」
君嶋「無いよりはマシだろ」
君嶋「それとも、本条大尉や美津島提督にでも聞きに行くか?」
日下部「いや……これで充分っす」
194:
君嶋「だったら、終わりまでやるぞ」
君嶋「これで仙田たちに逃げられた、なんて事になったら」
君嶋「今までの苦労が水の泡だからな」
日下部「そうっすね」
日下部「じゃあ、見終わった書類を片しておきます」
日下部「少尉は……」
 コン コン コン コン
君嶋「ん? 来客か」
君嶋「誰かが来るなんて聞いてないが……」
君嶋「また、呉の3人組みたいなのは勘弁してほしいぞ」
日下部「そう言われても、自分にも分からないっす」
日下部「今日の予定に来客は無かったですから」
君嶋「とにかく、無視するわけにも行かない」
君嶋「開けてやれ」
日下部「はい」
195:
 ガチャッ
 「失礼する」
日下部「あ、貴方は……」
君嶋「……本条大尉」
本条「鎮守府の一件以来だな」
本条「君嶋特務少尉」
君嶋「ええ、こちらこそ」
本条「…」チラッ
日下部「な、何か?」
本条「……相変わらず、お付きが居るみたいだが」
本条「ここの生活にもすっかり馴染んだようだな」
君嶋「お蔭さまで」
君嶋「ようやく、この部屋にも慣れてきました」
君嶋「今では我が家の様です」
本条「なら、そのまま居つかぬようにな」
本条「ここは庭に建てられた東屋も同然」
本条「決して母屋ではない」
196:
君嶋「ですが、風通しはいい」
君嶋「柱が隠れる邸宅とは違って……」
君嶋「腐った柱は直ぐに見つかりますから」
本条「……減らず口を」
本条「その口で美津島提督も誑かしたのか?」
君嶋「そんなことはしていません」
君嶋「自分は自分の思ったことを率直に言ったまでで」
君嶋「それに提督が同意なされただけです」
本条「まぁ、どちらでもいい」
本条「事実として、貴様の言い分が受け入れられたのだ」
本条「私はそれに従わなければならない」
君嶋「それで……本日はどのようなご用件でしょうか?」
君嶋「大尉殿が来るなど聞いておりませんでしたが」
本条「今度の合同演習の挨拶に来た」
本条「その件で、五十嵐中佐との折衝が終わったついでにな」
君嶋「合同演習の挨拶?」
君嶋「話が見えませんが」
197:
本条「中佐殿から聞いていないのか」
本条「今度の演習で、私が貴様らの船に乗り込むと」
君嶋「それは……」
本条「聞かされていないようだな」
本条「仕方がない、説明してやろう」
本条「良く聞いておけ、一度しか言わないからな」
君嶋「はい」
本条「まず、今回の演習は佐世保の第二艦隊と行う」
本条「知っての通り、佐世保は帝国海軍の要衝」
本条「当然、演習相手は海軍きっての精鋭部隊となる」
本条「そうとなれば、演習と言えどもそれなりの規模となる」
本条「旧海軍のように軍艦が2隻、3隻といった話ではないからな」
君嶋「…」
本条「そういう理由で、当日は周辺海域の封鎖と深海棲艦へ最大級の警戒が必須となる」
本条「国家防衛の主翼を担う精鋭同士が実働演習を行うのだ」
本条「もし仮に、その戦力を喪失するようなことあれば」
本条「国の国運に関わる重大事となる」
198:
本条「……ここまではいいな?」
君嶋「ええ、ですが」
君嶋「海上封鎖と周辺警備は防衛隊の仕事の筈です」
君嶋「わざわざ大尉が同乗する理由は無いように感じますが?」
本条「私としても……防衛隊の船など頼りたくはない」
本条「だが、そういう訳にもいかないのだ」
本条「洋上演習を行う以上は、私か美津島提督がその評価を下さねばならない」
本条「そのためには、実際に洋上に赴き、艦娘たちの行動を観察する必要がある」
本条「だから……」
君嶋「防衛隊の船に乗船すると?」
本条「そういうことだ」
本条「美津島提督が出るまでもない以上、私が行くしかない」
本条「貴様の世話になりたくはなかったのだが」
本条「決まりは決まりだ、拒否するわけにはいかない」
君嶋「それは……」
君嶋「どういうことでしょうか?」
本条「そのままの意味だ」
本条「防衛隊など無くとも、今の海軍だけで充分に対処できると思っている」
本条「だから、貴様らの手は借りたくないということだ」
199:
君嶋「しかし、だからと言って」
君嶋「彼女たちに全てを委ねるのはまかり間違っている」
君嶋「大尉殿には、軍人としての矜持は無いのですか?」
本条「貴様こそ、軍人の矜持が何だと言っているが」
本条「それで本当に深海棲艦を倒せると思っているのか?」
本条「在りし日の栄光を見ているだけでは、奴らには勝てない」
本条「そんな夢を見るのは詩人の仕事だ」
本条「軍人の職務は国家を脅かす敵と戦い、臣民を守ること」
本条「それがどんな形であったとしても、その任務を遂行することこそが至上命題だ」
君嶋「それは……そうですが」
君嶋「それでも自分は」
本条「フンッ……これ以上は無駄だな」
本条「この場で話したところで水掛け論だ」
本条「本当にできるかどうか、実際に彼女たちの動きを見て確かめてみるがいい」
君嶋「…」
本条「まぁ、私には無理だと思うがな」
本条「とにかく……今日はこれで失礼する」
本条「当日は私も防衛隊の艦に乗り込み、実質的な指揮を執ることとなる」
本条「感想はその時にでも聞かせてもらおうか」
本条「では、失礼する」
 ガチャッ バタン
200:
君嶋「…」
日下部「……大丈夫ですか? 少尉」
君嶋「ああ、大丈夫だ」
君嶋「悪かったな、二度もこんなところを見せて」
日下部「気にしないで良いっすよ」
日下部「むしろ、自分たちじゃ逆らえない相手なんで」
日下部「少尉が反発してくれて嬉しいぐらいです」
君嶋「そうか」
日下部「まぁ、ああは言ってましたけど」
日下部「本条大尉だって演習は失敗させるわけには行かないんで」
日下部「直接どうこうってことは無いと思います」
日下部「ただ……同じ船になったら気まずいっすけどね」
君嶋「そうだな」
君嶋「深く考えても仕方ない」
君嶋「今は、とにかく……作業に戻るか」
201:
日下部「作業って、あのプロマイド整理っすか?」
君嶋「受けた仕事は最後までやる」
君嶋「常識だろ?」
日下部「そりゃあ、そうっすけど」
日下部「あんな話の後じゃ……」
君嶋「なら、この空気のまましばらく黙っているか?」
日下部「そ、それは……」
君嶋「じゃあ、手を動かせ」
君嶋「そうすれば、嫌な気分も忘れるさ」
日下部「はぁ……分かりました」
日下部「やるからにはやりますよ」
日下部「絶対に今日中に終わらせてやるっす」
君嶋「その意気だ」
君嶋「それじゃあ、始めるぞ」
203:
<護衛艦 甲板>
 ザバッ サバッ
 艇体に打ち付ける波がはじけ、子気味良い音を立てている
 波を切って進む船には海風がそよぎ、甲板に立っている自分の顔を撫でていた
 「良い風だ」
 風に混じった潮の香りを感じながら、久々の船出に想いを馳せる
 思えば、体感時間でふた月、実際の時間で数十年は海に出ていなかったことになる
 海軍に入隊してから船に乗らない日が無かったことを考えると、何ともおかしな話である
 (……懐かしいな)
 風で押し進められた波が船体を押し、体が揺さぶられる
 船酔いの原因になるそれは訓練生時代から体に覚え込まされたものであり、旧い知り合いにあったような懐かしさを覚える
 だが、それは同時に、抑えていたはずの記憶を揺さぶり起こす
 (下山田、みんな……)
 瞼の裏に焼きついたあの光景が蘇る
 滅茶苦茶に破壊された主砲、割れ窓から赤い火を覗かせる艦橋、バラバラに吹き飛ばされた戦友
 その光景の1つひとつが、この船の甲板に被って見えた
204:
 「アンタは見ないのか?」
 突然、隣から声を掛けられる
 驚いて顔を上げると、欄干から身を乗り出したままこちらへ首を向ける仙田の姿があった
 先ほどのフラッシュバックもあり、とっさに返答を見失ってしまう
 「どうしたんだよ? そんな顔して」
 そんな姿を不審に思ったのか、仙田にしては珍しく心配そうな声を掛けてきた
 「いや……何でもない」
 「ちょっと考え事をしていただけだ」
 しかし、それに無難な理由を付けて何でもない事のように取り繕う
 思いがけず心の中を見透かされたような気がしてドキリとしたが、それを悟られる訳には行かない
 室林大佐の話にも合った通り、簡単に自分の過去を知られる訳には行かないのだ
 
 「良いのか? そんなんで」
 「あんなに近くにあの娘たちが居るのに」
 「こんなチャンス、滅多にないんだぞ」
 味気ない返答に興味を失くしたのか、仙田は別の話題を振ってくる 
 何時もなら一緒に居る一之瀬が相手を引き受けてくれるのだが、生憎と今日は居ない
 配置の都合で自分たちとは別の艦になってしまっていた
 同じく、砲撃主の日下部も旗艦の砲塔付きとなったため、この船には乗船していない
 今日ばかりは、こいつの話し相手は自分が引き受けるしかなさそうだ
205:
 「そうは言ってもな……」
 そんなことを頭の隅で考えながら、仙田への返答に言葉を濁す
 正直に言って、彼女たちの戦いを見てもピンとこなかった
 演習の始まりと同時に甲板へ赴き、その戦いぶりを目に焼き付けようと勇んでいたのだが、
 それは想像していたよりもずっと不思議で、自分の知っている海戦とは似ても似つかないものだった
 「演習と言うよりは、踊りを見ている気分だ」
 仙田に向けていた視線を上げて、洋上で演習をしている艦娘たちに目を向ける
 水上を舞い、肩や腰に備え付けた武装で攻撃を浴びせるのが目に入った
 明確な意思を持って互いを攻撃しているはずなのに、傍目からはとてもそうは見えない
 甲板から見る彼女たちは、正しく踊りを踊っているようだった
 「アンタも面白いこと言うよな」
 「演習を指さして、踊りだなんて」
 「新海軍の少尉がそれでいいのかよ」
 「いや……」
 仙田の軽口に一瞬ヒヤッとする
 今の発言は、現代の海軍士官なら普通は出てこない発言だ
 感傷に浸ってボロが出やすくなっている自分を再確認し、気を引き締める
206:
 「それより……演習はどっちが勝ってるんだ?」
 「ボーっとしていて見てなかったんだ」
 動揺を悟られないように注意して、別の話題へ話を逸らすように仕向ける
 「……そうだな」
 「接戦だけど横須賀の方が勝ってる」
 「ほら、戦闘不能になった娘も少ないしな」
 自分に向けていた視線を戻して、仙田が答える
 その指さす方には、戦列を離れて静止している艦娘の姿があった
 「そうか……」
 「だが、彼女たちの被弾の処理はどうやっているんだ?」
 「これでは戦闘不能かそうでないかぐらいしか見分けられないぞ」
 「ああ、それなら……」
 「彼女たちの装備が処理しているんです」
 仙田が質問に答えよう口を開く
 しかし、彼が始めるよりも早く、その先の説明を背後からの声が奪ってしまう
 2人して声のした方向に振り向くと、キッチリと軍服を着こんだ野田の姿があった
207:
 「お前……」
 野田の姿を確認した仙田が文句を言おうと一歩踏み出す
 しかし、野田はそれを一瞥しただけで特に返答もせず、
 「あそこには特殊な弾頭が仕込んであって」
 「一定のダメージを受けたら、装備の方が勝手に使用不可になるんです」
 こちらへ向き直って説明を続ける
 仙田は明らかに不愉快な顔をしているが、それとこれとは話が別だ
 特に何も言わずに野田の話へ耳を傾けた
 「一応、傍目からも分かるようになっています」
 「破損状況によって色の違う旗を掲げると定められているので」
 
 「まぁ……ここからでは双眼鏡でも使わないと見えないかもしれませんが」
 話を終えた野田は軽く顎を上げると海の方を眺める
 確かに戦列から離れた者は白い旗を上げてたな、と1人で納得していると
 「……なんだよ、人の話を遮って」
 「お前は艦橋付近の警備担当じゃないのかよ?」 
 隣から不機嫌な仙田の声が聞こえてくる
 話を遮られたのがよっぽど癪だったのか、言外に『消えろ』と言っているのが丸分かりだった
208:
 「別に、ここに長居はするつもりは無い」
 「少尉に話があって来ただけだ」
 「すぐに持ち場に戻る」
 だが、野田も野田で、そんなことなど知らないといった風に自分の要件を話して終わる
 知ってか知らずか、仙田の言い分が無視されるという形になった
 相手をするだけ無駄だと気付いたのか、舌打ちをした仙田はそっぽを向いて観戦へと戻っていった
 
 「それで、何の用だ? 野田」
 「ワザワザここまで来たってことは」
 「それなりに重要な事なんだろう」
 野田と2人になったところで要件を尋ねる
 この男の性格からして、わざわざ茶化すために持ち場を離れることは無いはずだ
 「ブリッジからの伝言です」
 「他に手が空いている者が居なかったので、自分が来ました」
 案の定、思った通りだった
 艦橋から自分宛ての伝言があり、それを野田が言付かったらしい
 
 「伝言? 誰からだ」
 「……本条大尉は別の艦に乗船していたはずだが」
209:
 先日のやり取りを思い出し、自分を呼び出しそうな上官の名前を出す
 しかし、今日の演習では別の艦に乗っており、直接呼び出すことはできないはずだ
 ならば無線か何かで説教でも垂れるのだろうか、と邪推をするが
 「違います」
 「呉から来た新入りから」
 「ブリッジの様子を見に来ませんか、だそうです」
 次の野田の言葉によって否定される
 どうやら、艦橋で操船を行っている井上達が自分を誘っているらしい
 船に乗って戦いが為に呉からやってきた連中だ
 自分を囲んで、実戦の話でもしたいところなのだろうか
 「しかし、良いのか?」
 「演習の警備とはいえ、作戦行動中の船の艦橋だぞ」
 こんな伝言を頼む時点で恐らく大丈夫だとは思うが、一応確認を入れておく
 当然だが、一般の兵卒は艦橋に配置されでもしない限り、無断で侵入などできない
 今は海軍の中でも上位組織の士官ではあるが、そればかりはなあなあに済ませるわけには行かない
 「……問題ありませんよ」
 「少尉の立場なら、ブリッジの出入りは許されます」
210:
 「それに、ウチはただの海上警備隊です」
 「戦闘行動を取ることも無いので、無用な心配ですよ」
 その問いかけに対して、抑揚のない野田の返事が返ってくる
 淡々とした答えではあるが、節々に落胆ような印象も受ける
 特に最後の言葉は、ある種の諦観にも近いものを感じだ
 日下部の話していた通り、野田が今の防衛隊の実状に満足できていないのは明らかなようだ
 「それで、どうしますか?」
 「行かないのであれば、自分の方から伝えておきますが」
 「そうだな……」
 艦橋からの誘いに頭を悩ませる
 士官としてどういう顔をして艦橋に居ればいいのか、あいつらと付き合って気力が持つのか、などと色々なことが頭をよぎる
 だが、そんなことを考えるのは形式だけであって、腹の中では決まっていた
 折角の艦橋に行ける機会なのだ、断る試しはない
 ただ……その決断を下す前に、もう少しだけ目の前の男の出方を見たかっただけだった
 「よし、行こう」
 「折角の誘いだ、断る理由もないからな」
 十数秒ほど沈黙し、全く顔色を変えない野田の反応を諦め、艦橋へ行くことを伝える
211:
 「分かりました」
 「ブリッジまで案内するので、付いてきてください」
 答えを聞いた野田は事務的な返事を返すと、役目は終わったとばかりに歩き出す
 いちいち返事など待っていられないと言うのだろうか、スタスタと艦橋の方へ向かって行ってしまった
 
 「悪いな」
 「ちょっと行ってくる」
 さっさと先へ進む野田を横目に、隣の仙田に挨拶をする
 「別にいい」
 「観察なら1人の方がやり易いからな」
 仙田の興味も演習の方へ移ったのだろうか、欄干に身を乗り出したまま生返事を返してくる
 「おい、少し待て」
 踵を返して艦橋の方へ振り向くと、先行する野田へ声を掛ける
 呼びかけに応じて立ち止まった野田の姿にほっとし、小さくなった背中を追いかけようとしたとき、
 ズドォオン
 何かが弾けるような重低音が耳をつんざいた
215:
 ザバァァァアン
 右舷前方、ちょうど彼女たちが演習を繰り広げていた海域にそり立つ水柱が現れる
 立ち上った水しぶきは天高く、太陽まで覆い隠さんとしていた
 「なっ……」
 突然の出来事に言葉を失くし、艦橋へ向かおうとしていた体を硬直させる
 欄干に身を乗り出していた仙田もその水柱に釘付けとなっていた
 ザーッ パラパラパラ
 砕けた飛沫が風に流され、立ち上った水柱は霧散していく
 太陽の光が散らばったしずくに反射し、虹を作っていた
 パラパラパラ 
   パラパラパラ
 洋上に現れた虹は、幻想的な輝きを放ちながら鮮やかに浮かび上がる
 白い雲と青い海のキャンバスに描かれたアーチは、光の加減によってその彩度を増す
 その光景はどこか現実感を失くさせ、白昼の夢のように目の前に広がっていた
216:
 気づけば、虹が消えてなくなるまで、その場で固まったままであった
 水柱に釘付けとなっていた仙田も静止している
 皆、目の前の光景に見入っているのだろうか、息遣いより他の音は耳に入らない
 「あの方向は……」
 甲板が奇妙な静寂に支配されるなか、水柱が立ち上った方向を睨む
 あの方向は間違いなく、今し方まで艦娘たちが演習をやっていた海域だ
 安全上の問題から、彼女たちの装備していている兵器に火薬は仕込まれていない
 例外として護衛として配備されている艦娘たちは通常の装備をしている 
 だが、それでも余程の事が無い限り、砲撃をすることはないはずだ
 つまり、今のは……
 「……奴らだ」
 不意に仙田の声が聞こえた
 欄干から乗り出した格好のまま、今度は双眼鏡で何かを探るように爆心地を眺めている
 おそらく考えていることは同じだろう
 この状況で砲撃があったとすれば、深海棲艦が出て来たに違いない 
 
 
 ズドォオン
 
  ドゴォオン
 再び、砲撃音鳴り響き、鼓膜が揺さぶられる
217:
 今度は2発が撃ち出され、対角線上に離れて着弾、
 ザバァァアン 
  ザッバァァァアン
  
  
 それぞれ大きな水柱を立ち上った
 もはや疑う余地は無い
 深海棲艦が出現し、戦闘状態へ突入したのだ
 カン カン カン カン
 最初の砲撃から数十秒、ようやく異常を知らせる警鐘が鳴り始めた
 何があったかは説明されるまでもない、行動あるのみだ
 すぐさま双眼鏡に食いついている仙田のもとへ駆け寄り、肩を叩いた
 「待ってくれ……まだ」
 しかし、その合図を受けても仙田は動こうとしない
 敵の正体を探ろうとでもしているのだろうか、砲火のあった辺りを必死で探している
 
 「そんなのは後だ」
 「とにかく持ち場へ急げ!」
 非常時には戦闘配置について貰わなければ困る
 仙田を叱咤し、半ば強引に欄干から引き離すと、持ち場へ就くよう命令する
218:
 「……分かりました」
 
 苦々しく返事を返した仙田は、踵を返して自分の持ち場へと急ぐ
 その後ろ姿を眺めながら、自身の次に取るべき行動について考える
 今の自分は一種の観戦武官のような立場で乗船しており、戦闘配備に組み込まれていない
 要するに、決められた持ち場が無く、誰かに指示を飛ばすことも出来ないのだ
 だが、このまま何もせずに見ているのは、あまりにも無責任な話だ
 ドガァアン
   
   ドゴォオン
 
 放火はどんどん激しくなり、砲撃の重低音が臓物に響く
 繰り出される砲撃と風に混ざる炸薬の臭いがあの戦闘を思い起こさせる
 攻撃を受けいるはずなのに確認できないない艦影、そして時折チラチラと波のはざまを移動する黒い影
 これは間違いなくあの時のあいつ、自分たちの船を沈めた深海棲艦に違いない
 
 「クソっ……!」
 腹の底から言いようのない怒りが湧きあがる
 奴らが……奴らさえいなければ、下山田もみんな死なずにすんだのに
 もう二度とあんな思いはしたくない、そんな思いが胸いっぱいに広がってきた
 気が付けば、近くの銃座に駆け寄って機銃の安全装置を外していた
 この距離で奴らに命中させることは難しいだろうが、何もせずには居られなかった
219:
 砲撃と目視を頼り敵へと狙いをつけ、いざ引き金を引こうとしたとき、
 『総員、衝撃に備えよ!』
 突然、船外の拡声器から警告が流れる
 次の瞬間、ディーゼルのけたたましい音と共に船が急加、同時に左舷側へ回頭をはじめた
 「なっ……!」
 いきなりの加に体が大きく揺さぶられる
 反動で銃座から転げ落ち、船の欄干に激突した
 「……痛っ」
 ぶつけた拍子に思わず声が漏れるが、
 ガッ グィイイイン
 そんなことなどお構いなしに船は急旋回を始める
 船体が大きく右へと沈み込み、船首が左舷側に振れた
 強烈な遠心力に振られ、ぶつかった態勢のまま舷側に押し付けられる
 柵の向こうには青い海が直ぐそこまで迫り、艇体で弾ける波が飛沫となって降りかかる
220:
 回頭が終わり、押し潰されそうになった身体を引き起こす
 先ほど強打した肩をかばいながら、立ち上がって辺りを確認する
 船の進行方向には、おだやかな青い海が広がっているだけで何もない
 砲撃の喧騒は船尾の後ろまで置き去りにされていた
 (……どうなっているんだ?)
 遠くなった砲撃の炸裂音を耳にしながら、船首の方向を眺める
 目の前には何もない静かな海が広がっており、硝煙が混ざった風が頬を撫でていた
 戦場から遠ざかってく船の甲板で、ある疑問が心を埋め尽くす
 (逃げているのか?)
 突如として深海棲艦が現れ、演習をしていた艦娘たちを襲っている
 演習に参加している彼女たちは殺傷能力を持つ武器を装備していない
 警備の艦娘が応戦をしてはいるが、敵の数は未知数な上に、その正体も分かっていない
 ならば、防衛隊の艦船も彼女たちの応援に入るのが普通だ
 だが、今のこの船の取っている行動は逃走
 急回頭で戦線を離脱し、全力で戦場から遠ざかろうとしている
 艦娘をおとりに敵から逃げていると言っても過言ではない状況だ
221:
 「君嶋少尉!」
 そんなこと頭の中で巡らせていると、背後から声をかけられる
 振り向くと、顔を強張らせた野田が立っていた
 彼も同じ目に遭ったのだろうか、軍服の真新しい水の跳ね跡が目に付いた
 
 「ここは危険です」
 「早く船内へ避難してください」
 非常時のためか、いつもとは違った緊張感で避難を勧めてくる
 それは有無を言わせぬ、断固とした調子のものだった
 しかし、彼の勧めに乗るつもりは無かった
 今のこの状況、これを黙って見過ごすわけには行かない
 幾ら艦娘とはいえ年端もいかないような少女たちをおとりにして、生き延びるなど言語道断
 そう心に決めると、黙って首を振り、その気がないことを野田に伝える
 
 「何を言っているんですか」
 「ここも、いつ砲撃が飛んでくるか分からないんですよ!」
 
 その答えに対して、野田は激しく反発する
 あまり感情を表に出さない彼にしては、怒りを前面に押し出し、怒鳴るような口調だった
 しかし、それでも答えは変わらない
 何も言わずにまっすぐに彼の目を見つめ返した
222:
 「……どうしてですか? 少尉」
 「貴方も死ぬかもしれないんですよ」
 こちらの不退転の覚悟を読み取ったのか、気勢のそがれた野田は語気を弱める
 「それでも、逃げる訳には行かない」
 「俺達が逃げたら誰が彼女たちを守るというんだ?」
 「何を馬鹿なことを……!」
 「ただの軍艦で艦娘を守るなんて無理だ」
 「逃げなきゃ、俺達までやられるんですよ」
 「無理かどうかはやってみなくちゃ分からない」
 「それに、何時かは倒さなければいけない相手だ」
 「こんなところで逃げるわけには行かない」 
 「逃げなかったとしても、死んだらそれでおしまいです」
 自分を連れてくるように命ぜられためか、野田も反駁をやめない
 だが、説得が出来そうにないことを悟り始めたのか、次第に口調は弱々しくなっていった
 口数が少なくなってきた頃合いを見計らい、最後の台詞を叩き付ける
 「とにかく、俺は逃げるつもりは無い」
 「彼女たちをおとりにして逃げるなど、帝国軍人の名折れだ」
 
 「これから艦橋へ行って艦長と話を付けてくる」
 野田は反論するでもなく、下を向いて押し黙っていた
 こちらの意見を肯定したのか、それとも否定することをあきらめたのか、それだけでは分からない
 だが、こうしている間にも、後方で戦っている艦娘たちはその身を危険に晒している
 彼女たちに加勢するなら、無駄な時間を割く訳にはいかなった
 棒立ちになっている野田をその場に、艦橋へと乗り込むことにした
226:
<護衛艦 艦橋>
 艦橋へと続く舷梯を駆け上がり、勢いよく扉を開ける
 勢いが付いた扉は蝶番が稼働する限界まで開いて、大きな音を響かせた
 突然の事に驚いたのか、操船を任されていた船員たちがこちらを振り向く
 「君嶋少尉!?」
 「どうして、ここに……」
 舵輪の前に立っていた井上と通信機の前に座っていた小林が自分の存在に気づく
 小林はヘッドホンを抑えていた左手をそのままに、首を回してこちらを向く
 井上も舵輪を握っていた手の片方を外し、上半身を捻って注意を向ける
 「何をしている! 持ち場から目を放すな」
 「ハ、ハイッ!」
 「了解しました」 
 しかし、すぐさま後ろに控えていた男に嗜まれて、向きを正す
 自分の事が気になる様子であったが、それぞれの仕事へと戻っていく
 操艦を任されている身として注意を疎かにするわけには行かない
 それは2人も分かっているようで、聞き耳を立てつつも再び振り返ることはしなかった
227:
 「……君嶋特務少尉」
 「今は作戦行動中だ」
 「新海軍の少尉といえども、操艦の邪魔はしないで貰いたい」
 井上たちに喝を入れた男が静かに口を開く
 襟元の階級章は、現場の叩き上げとしては最高位の兵曹長を表す
 肩章には4条の線が引いてあり、この船の艦長であることを示していた
 「このままでは、作戦海域から離脱してしまいます」
 「今すぐ引き返してください」
 単刀直入に引き返すように要求する
 こうなる事はある程度予想していたのだろうか、艦長は眉を細めて苦い顔する
 そのまましばらく黙った後、『その必要はない』と口を開き、
 「私の命令だ」
 と言い捨てる
 「何故ですか?」
 「その理由を教えてください」
 しかし、それで納得できるはずもない
 すぐにその決断に至った理由を尋ねる 
228:
 「こうなっては致し方ない」
 「戦闘が始まった場合は、即座に戦域から離脱する」
 「……それがルールだ」
 問い詰められた艦長は、決まり悪そうに返答する
 その視線は帽子のツバで遮らており、どこを向いているかは分からない
 「ルール、ですか」
 そんな彼を目に、先ほどの台詞を繰り返す
 艦長はそう言い張るが、そのような決まりは軍規にはない
 あったとしても撤退時における行動規範および自沈に際しての手引き程度しかなかったはずだ
 彼が言っているのは軍の中で暗黙の了解と目されていた慣習法、必ずしも守る必要はないものだ
 そう反論すると、艦長は被っていた帽子のツバを摘んで目深にかぶる
 『これ以上は聞いてくれるな』という態度であった
 「どうしてですか!」
 「このまま彼女たちを見捨てると言うのですか!?」
 だが、ここで食い下がるわけには行かない
 沈黙を決め込もうとする艦長を恫喝するように詰め寄る
229:
 「君の言いたいことは分かる」
 「だが、艦を任された身として」
 「この船をみすみす沈めるような真似は出来ない」
 少しの間を置いて呟くように答える
 俯きざまにそっぽを向いているため、顔の半分以上が帽子で隠れ、表情が読み取れない
 「だからと言って見て見ぬふりをして逃げられません!」
 「現に敵が現れて、彼女たちは戦っている」
 「演習に参加した者は戦うための武器すら持っていない」
 「この状況で自分たちが逃げたら……」
 「一体、誰が彼女たちを助けるのですか!?」
 殆ど怒鳴り声に近い、抗議の声を上げる
 本当はもっと別の上手い言い方があるのだろうが、そんなものは今の自分には思いつかなかった
 ただ、磯の香りによって呼び起こされたあの時の感覚が自分を焦らせる
 酸化した血のサビ臭い臭い、生気を失った肉体の重み、光を失った瞳の虚ろな視線
 それらが幼い少女たちの身に降りかかろうとしている現実が、己から理論的な思考を奪っていく
230:
 どれくらいの間声を張り上げていたのか分からない
 気が付けば、空気で満たされていた肺は萎み、荒い呼吸で酸素を取り込んでいた
 その間も艦長は微動だにせず、俯いたまま一点を見つめている
 艦橋の他の船員たちも聞き耳を立てながら、じっとそのその様子を窺っている 
 船外の喧騒とは対照的に、艦橋には奇妙な沈黙が垂れ込める
 「艦長」
 だが、それも束の間、艦長の名を呼ぶ声によって沈黙は破られた
 艦橋の皆の視線が一斉にその声のした方向へと移る
 「自分は引き返すべきだと思います」
 そこには舵輪を片手で操り、こちらを振り向く井上の姿があった
 
 「井上、何を……」
 突然の申し出に驚いた艦長は俯いていた顔を上げ、彼の名を呼ぶ
 露わになった顔には驚愕の色が見て取れた
 「君嶋少尉の言うとおりです」
 「自分たちだけ逃げられません」
 そんな様子の艦長には目もくれず、井上は先を続ける
 彼の目には、何者にも侵されない確固たる意志の煌めきが灯っていた 
231:
 「しかし、そうは言っても……」
 その光に目がくらんだように顔をそむける艦長
 何とか平静を保って場を収めようとするが、もはや流れは変えられない
 「自分もそう思います」
 操舵手の井上に続いて、通信手の小林も声を上げた
 「ここで逃げ出したら、呉からやって来た意味がありません」
 「それじゃあ、ただ場所が変わっただけです」
 「自分がここに居るのは敵から逃げるためじゃないんです」
 口をつぐんだままの艦長へ向かって小林は続けた 
 それに畳み掛けるように井上も口火を切る
 「俺たちがここまで来た理由はただひとつ」
 「自分たちの力で深海棲艦と戦って打ち勝つためです」
 「そのために、君嶋少尉の下までやってきたんです」
 自分を含めて3対1という構図に勝ち目がないと悟ったのか、艦長は一文字に口を結んだまま閉口する 
 これなら押し切れるかもしれない
 井上達が作ってくれた機会を逸せずに追い打ちをかけようとしたとき、
  ズガァァアン
 
 爆撃音が鳴り響き、船体が大きく揺れた
232:
 突然の衝撃に激しく体が揺さぶられ、体の平衡間感覚が狂う
 よろけて倒れそうになるが、すんでの所で両足を踏ん張り、転倒は回避する 
 初め数回の大きな揺れを乗り越えると、次第に船は安定を取り戻し、揺れも小さくなる
 やがて、揺れは完全に収まり、艦橋に元の静けさが戻ってくる
 「な、なんだ」
 「何が起こった?」
 今の揺れでバランスを崩したのだろうか、片膝をついていた艦長が立ち上がりざまに問いかける
 しかし、聞かれるまでもなく、全員がそれを理解していた
 自分たちが置かれた状況を考えれば、敵深海棲艦の攻撃、それ以外にはあり得なかった
 「レ、レーダーに反応アリ」
 「後方に高で移動する艦影が……」
 すこし遅れて、観測手の報告が艦橋に響き渡る
 十分な実戦経験を積んでいないためだろうか、その声は不安に満ち、指示を仰ぐように艦長の事を見つめていた
 だが、艦長であってもその限りではなかった
 予期していない攻撃に咄嗟の判断を下せず、苦い顔のまま立ち尽くしている
 「後方甲板より入電です!」
 続けざまに、通信手の小林が入電を伝える
233:
 「……繋いでくれ」
 茫然としていながらも艦長は命令を下す
 指示を受けた小林は慣れた手つきで通信機を操作する
 彼にも実戦経験は無いらしいが、訓練で培った技能は体が覚えているようだった
 
 『こ、こちら……甲板!』
 『敵弾が直撃、被害は……甚大です』
 小林が内線を繋ぐと、通信機を介して鬼気迫った声が艦橋へと響く
 その声は震え、一語一語を絞り出すように繰り出される言葉の合間には、何度も息継ぎの音が聞こえる
 『後部砲門は……多分ダメです』
 『負傷者も多数……』
 『甲板から、火も出ています』
 小林が男に被害状況を確認させる 
 しかし、彼の話は要領を得ず、具体的な状況は分からなかった
 だだ、そのただならぬ気配から、大変な被害が出ていることが容易に想像できた 
 『艦長、ご指示を!』
 男は懇願するように艦長へ指示を仰ぐ
 もはや自分ではどうすればいいのか分からない、といった感じであった
234:
 「砲撃が直撃だと……」
 「戦闘海域からは完全に離脱したはずだ」
 「それがどうして」
 だが、助けを求められた艦長も冷静さを欠いていた
 目の前で起こっていることが理解できないという風に自問自答しており、返答を返す余裕は無かった
 そんな艦長に痺れを切らしたのか、電話口の男がもう一度指示を仰ごうとしたとき、
 ズドォオオン
 再び、艦全体に大きな衝撃が走る
 通信機から短い悲鳴が流れ、すぐさまザーッという雑音に塗りつぶされる
 「通信……切れました」
 小林が押し殺したような声で通信の断絶を伝え、通電を終わらせる
 先ほどの揺れと比較しても、今のは直撃だった
 これから何が起こるかを肌で理解したのか、艦橋の空気が張り詰める
 「ぜ、前方に……艦影」
 「……深海棲艦です」 
 揺れが収まったころ、双眼鏡を手にしていた観測手が声を上げる
 もう誰一人としてその存在を疑う者はいない
 艦橋の全ての耳目が、自分たちを死へ追いやるであろう怪物へと集まっていた
235:
 「あれが……」
 進路前方には人類の敵である深海棲艦
 付近に他の艦や艦娘などは無く、船と怪物が向かい合うだけだった
 
 「……信じられん」
 目の前の光景を受け入れられず、思考停止に陥るかのように艦長は呟く
 さっきまで勇み節を述べていたはずの自分も固まっている
 だが、それでも考えることは止めなかった
 本当にあんな怪物と戦うことが出来るのか? あの時の二の舞ではないのか? また仲間を失うかもしれないぞ?
 頭の中にに色々な考えが巡るが、今の状況で自分が出来る選択は1つだけ
 臆せず戦う、それが唯一生き延びる可能性がある選択肢だ
 「今こそ戦うときです」
 「戦って、勝つしか生き残る道はありません」
 再度、艦長に向かって詰め寄る
 「何をバカなことを言っている」
 「この状況を見て、分からないのか!」
 そう言って艦長は軽く両腕を広げて反論する
 今の状況を見て判断しろというパフォーマンスなのだろうが、そんなものは通用しない
 むしろ現状を考えるなら、逃げるという選択こそあり得ない
236:
 「迷っている時間はありません!」
 「敵は攻撃を止めてはくれないんですよ!?」 
 提案をのもうとしない艦長へ、語気を強めて意見する
 それを助けるかのように敵の砲が火を噴き、海面に大きな水柱を何本も立てている
 井上の操艦技術で直撃は免れてたが、それにも限界がある
 こちらは全長百メートル以上はある艦艇であるのに対して、敵は小型舟艇よりも小さい人間の大きさだ
 機動力だけを切り取っても天と地ほどの差がある
 「だが、しかし……」
 艦長もそれは理解しているのだろう
 だが、それ以上に勝ち目のない戦いをするわけには行かない
 そんな感情を吐露するように口ごもって黙り込む
 『こちら、船倉!』
 『損傷による浸水アリ』
 『ケガ人の搬送、間に合いません!』
 『ブリッジ、応答願います!』 
 ある種の膠着状態である艦橋を余所に、いたる所から混乱した現場を伝える入電が相次ぐ
 このままでは十分も待たずに戦闘能力はおろか、航行能力すら失ってしまう
 逃げるにしろ、戦うにしろ、行動を起こさなければ事態はどんどん悪くなっていく
 これ以上待つことは出来ない、そう思い至ると強行手段に出る覚悟を決めた
237:
 「もう我慢の限界です、艦長」
 「今から自分がこの艦の指揮を執ります」
 そう言い放ち、艦長の前へ2、3歩足を踏み出す 
 「な、何を……」
 突然の出来事に艦長は言葉を失う
 事の成り行きを見守っていた艦橋の船員たちも同じように固まり、こちらへと視線を向ける
 
 「新海軍は防衛隊に対して指揮の掌握が出来る」
 「それを今ここで使わせてもらう」
 「今から自分が艦の司令官です」
 最終手段として、指揮権の掌握を行使した
 これは新海軍の軍人が非常時に防衛隊を直接指揮出来るように作られたもので、軍規にも成文化されている
 本当ならもっと早い段階で行使したかったのが、この作戦において自分は戦闘配備に組み込まれていない
 したがって、この状況における権利行使は厳密には規定違反となるため、出来れば使いたくは無かった
 しかし、これ以上艦長の心変わりを待っていれば、自分もこの船と共に海の藻屑へと消える
 皆の命と己の処分、天秤にかければどちらが重いかは一目瞭然だった
238:
 「……分かった」
 「後は好きにしろ」
 
 指揮権を奪われた艦長は深くため息を付くと、投げやりに移譲を認める
 取りあえず収束した現場に、固唾を飲んで見守っていた船員たちは張りつめた緊張を緩めるが、
 ズガァァアン
 すぐさま敵深海棲艦の攻撃によって現実に戻される
 「小林、全線に回線を繋げ」
 「はい! 了解しました」
 攻撃を受けた直後、早小林に向かって命令を飛ばす
 接続完了の報告を受けると、艦長席の通信機を手に取る
 そして、この船に乗船する全ての船員に向かって、
 「これより本艦は深海棲艦との戦闘に入る」
 「総員、戦闘配置に就け!」
 戦闘開始を告げた
239:
アツいねぇ!
241:
どうなる君嶋隊!?
242:
 受話器を元の位置に戻すと、艦橋に束の間の静寂が訪れる
 引っ切り無しに掛かっていた指示を仰ぐ通信もパッタリと途絶えていた
 艦橋の船員たちも集中力を取り戻し、訓練を思い出すかのように計器を確認している
 それは自分においても例外ではない
 規格外の怪物とどのように戦うか、これから取るべき行動に考えを巡らせていた
 ズダダダダ
  ズダダダダダ
 程なくして、機銃の発砲音が聞こえてくる
 「機銃隊、攻撃を開始しました!」
 攻撃部隊が攻撃を開始したらしい、船員の1人がそれを告げる
 その報告に艦橋がにわかに活気づいた
 勿論、これで敵を沈められるわけでなく、あくまでも主砲や副砲の発射準備が整うまでの牽制でしかない
 それでも、自分たちが放った銃弾に深海棲艦が動揺する姿は彼らの自尊心を満たすには十分だった
 「敵深海棲艦、急後退」
 「機銃の射程外へと退避するようです」
 双眼鏡を覗く観測手が敵の挙動を報告する
 こちらの攻撃を察知した敵はすぐさま後退、機銃の射程外へと避難するつもりらしい
243:
 『こちら砲塔、発射準備が完了しました』
 『砲撃許可をお願いします』
 だが、それはこちらの思う壺だ
 深海棲艦が距離を取り始めたと同時に砲塔から通信が入る
 主砲が発射できるまでの時間稼ぎ、それを機銃隊はしっかりとこなしてくれた
 これも防衛隊を舐め切って、至近距離まで近づいてきた罰だ
 「ああ、後悔させてやれ」 
 砲撃主に返答を返す
 拒む理由など無い、有りっ丈を撃ち込むように伝えた
 『了解!』
 返答と同時に主砲の二連装砲が火を噴く
 撃ち出された2つの砲弾は緩い弧を描いて空中を飛翔、深海棲艦へ向かっていく
 艦橋の船員たちは熱いまなざしで、その行く末を見守った
 だが、敵も伊達に何艘も軍艦を沈めている怪物ではない 
 「主砲、敵深海棲艦付近に着弾」
 「損傷は見られません! 回避された模様」
 有り余る機動力で主砲を回避し、その体に傷を負わせることを許さなかった
244:
 「第二射、用意! 急げ」
 すぐさま砲撃主に第二射の準備をさせる
 彼我の機動力の差が歴然である以上、こちらが戦闘不能になる前に決着を付けねばならない 
 「敵、移動を開始!」
 「後方に回り込もうとしています」
 正面は危険だと察知したのか、敵は後方に回り込む機動を取り始めた
 後部砲門は先ほどの攻撃で既に喪失している
 このまま回り込むことを許せば、奴にとっては恰好の的だ
 「クソッ……アイツ」
 「少尉! 右に回頭を」
 井上も同じことを考えたのだろう、自分に指示を仰いでくる
 「全回頭、面舵一杯!」
 「奴に背後を取らせるな」
 彼の申し出に応じて、全力での急回頭を命じた
 「了解!」
 「全回頭、面舵一杯」
 指示を受けた井上は命令を復唱し、船の舵輪を大きく右へと回す
245:
 舵輪の回転に従って、船体は大きく左へ沈み、船首は右側へ振れた
 同時に、艦橋には主砲の旋回に伴う鈍い機械音も伝わってくる
 正面の窓から窺える砲身は右舷側へ大きく旋回し、正面に深海棲艦を捉える
 ズドォオオン
 腹の底から震えるような重低音が鳴り響く
 その衝撃に船全体が揺さぶられ、視界が軽くふらつく
 「第二射、発射されました!」
 船員の1人が主砲の発射を報告する 
 だが、敵も甘くは無い
 ザッ バァアアン
 発射された砲弾は後数メートルのところで回避され、水面高くに巨大な水柱を発生させる
 しかし、こちらの主砲は二連装砲だ
 1発目がダメでも、それで終わるわけではない
 初弾よりも数刻遅れて発射された2発目が着水する
 先ほどの水煙で敵の姿は見えないが、十分に直撃コースだ
246:
 (……どうだ)
 爆炎に覆われて黙視できない相手
 その被害を判断するために固唾をのんで見守っていると、
 ズガァァアン
 張り裂けんばかりの爆音と嘗てない衝撃が走った
 衝撃は凄まじく、立っていた者は例外なく薙ぎ倒される
 誰かが上げた悲鳴のような叫び声も幾つか聞こえた
 二、三度の突発的な揺れが収まった後、急に辺りは静かになる
 「うっ……」
 船が安定を取り戻したのを確認して、上体を引き起こす
 左の肩口が燃えるように熱い
 確認すると、左腕の上部がパックリと裂け軍服が赤く染まっていた
 傷口を見たせいか急に痛みが押し寄せる、それを誤魔化すように右手で押さえ、周囲を確認する
 艦橋への直撃は免れたのか、艦橋内部には目立った損傷はない
 爆風でガラス窓が吹き飛び、自分を含めて、その破片でケガをした者が数名いるようだった
 しかし、外の光景は艦橋の無事を喜べるほど生易しい物ではなかった
 (そんな……馬鹿な)
 最高の火力を生み出す主砲は砲身から滅茶苦茶に破壊され、使い物にならない
 甲板も、捲れあがった床がチラチラと赤い炎を覗かせ、多くの船員が犠牲になったことが見て取れる
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