【モバマス】輝子「三つ編みのこと」back

【モバマス】輝子「三つ編みのこと」


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1:
冷え込みが強くなってきましたね。
こんな時はキノコ鍋でもして温まりましょう。
輝子の三つ編みリボンについての妄想話です。
こんな出会いがあったら面白いかな、と思ったりしながら書きました。
誰と出会ったかは……想像にお任せします。
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2:
「輝子ちゃん、三つ編み、いつもしてるね」
「うん?」
 レッスンが終わって一息ついた頃。
 次の予定までの時間を潰す間、休憩室で何となく自身の三つ編みをもてあそんでいた輝子を見て、小梅が言った。輝子の腰まで伸びた美しい銀髪は基本的にほとんど手入れされておらず、あちらこちらに跳ね放題跳ねているが、左耳の前に垂らされた一房だけは丁寧に編み込まれ、ピンクのリボンで飾られている。
 輝子は小梅の指摘に恥ずかしそうに頬を染めると、くるくると三つ編みに指を絡めた。
「これはね……昔ある人から教わって、それからずっとしてるんだ……。あ、ぷ、プロデューサーじゃ、ないよ」
 慌てたように付け足す輝子に思わず笑いながら、小梅はわくわくした様子で言う。
「三つ編みの秘密、聞きたい、な。お話、してくれる……?」
「ふひ……良いよ。別に、秘密ってほどの話でも無いんだけど、ね……」
 輝子の快い返事に「わぁ」と嬉しそうな表情の小梅。「ちょっと長くなるから……」と輝子は休憩室備え付けの自販機で缶のドリンクを二つ買うと、小梅に片方を渡しながら話し始めた。
「昔……っていっても、中学に入ってすぐくらいだから、二年半くらい前の事なんだけど……」
*****
3:
「往来で座り込まれると邪魔なんだけど?」
「……?」
 春頃……だったかな。あんまり人の来ないいつもの公園でトモダチ達を観察していたら、声をかけられたんだ。かけられた、と言うか、私が日傘を差したまま公園外周の道端に座ってたから、邪魔だって怒られたんだけど。
 高校生のお姉さんだったな。だいぶアレンジしてたけど、あの制服は確か、私立のお嬢様学校だったと思う。ゆるいウェーブのかかったキレイな金髪で、そう、あの人も、髪を編み込んでリボンをつけてた。今の私なんかより、ずっと上手くまとまってたけど。
「あ、ご、ごめん……すぐに移動するから……」
「気をつけろよ」
 私が急いで移動したら、その人はそれだけ言ってさっさと行ってしまった。風みたいな人だなって思ったのを覚えてる。凄い美人さんだったけど、なんて言うか、せかせかしてて、歩く度もいから、余計に。
 その次の日も、私は公園に行って、前日のトモダチ達を観察してた。今度は日傘が邪魔にならないように、道と反対側に傾けて。
 けど、どうもあの人にとっては道端に座ってるのが気に入らなかったみたいで。
「あのさ。傘を避けても邪魔なモノは邪魔だから」
「だ、ダメなのか……ご、ごめんよ……」
「ちっとは学習しろよ? じゃあな」
 結局、怒られちゃった。あの人はその日も急いでたみたいで、それだけ言うとまた風みたいに去って行った。歩く度が、本当にいんだ。あっという間に角を曲がって見えなくなっちゃう。私はぽかんとそれを見送ると、少しだけトモダチの観察をして場所を移動した。その日は多分もう来ないだろうけど、何となく怖くて。
 それで、また次の日。今度はあの人が通る道から横手に入った所の、ちょっと細めの小道に座ることにしたんだけど。
「……二度言っても分からないヤツは本物のバカだな」
「ご……ごめんなさい……」
 運悪く、その日はそっちの小道からあの人が出てきたんだ。流石にそれは読めなかったから、私はもう恐縮するしか無かった。
 いつもなら、あの人はそのまま凄いスピードで去って行くはずだけど、今日は何故かそのままそこに立って、じっと私の方を見てた。あんまり何度も邪魔するから、もしかしたらこれから更に怒られるのかも、と身構えてたら、あの人はため息をついて言ったんだ。
「で? 三度もアタシの邪魔をするくらい、何をそんなに熱心に見てんだ。教えなよ」
 そんなの訊かれるなんて初めてだったから、ちょっと驚いた。道の隅っこでゴソゴソしてる私の事なんて、誰も気にしたこと無かったから、ね。
「き、キノコの成長を、ね、見てたんだ」
 頑張ったけど、言葉がうまく出てこなくって、ちょっと裏返っちゃった。でも、そんなこと気にした様子も無く、あの人は軽く小首を傾げてまた訊いてきた。
「キノコ……?」
「ほら、これ……」
 私が植え込みの所でニョキニョキ生えてるトモダチを指さすと、あの人はやっぱりまた小首を傾げた。
「何処にでも生えそうなキノコだな」
「そ、そうなんだ。シバフタケって言って、名前の通り、芝生のあるところに良く生えるんだ。この前たくさん雨が降ったから、きっと生えてくると思ってずっと観察してたんだけど……」
 キノコのことを訊かれて、つい嬉しくなって長く話しちゃってから、私はちょっと気まずい顔をした。だいたい、こうしてキノコトークをするとひかれるんだ。これまでも、それで何度か失敗してるのに。
 でも、あの人はひくどころか、更に訊いてきたんだ。
「生えんのは日本だけか?」
「う、ううん、何処でも生えるよ。アメリカとか、ヨーロッパとか、暖かいところだと、いつでも見れるみたい。形がスコットランドの帽子に似てるから、英語だとスコッチ・ボンネットって呼ばれてるって」
 そう説明すると、あの人はちょっぴり表情を和らげた。
「へぇ、良く知ってるじゃん」
「き、キノコはトモダチ、だからね……フヒ」
 またちょっとキモい事を言ってしまったと思ったけど、あの人は妙に納得したように頷いた。
「トモダチになるまで向き合うってか。そりゃ知識もパねーわ」
 そう言って、あの人はシバフタケを指さした。
「で、食えんの? これ」
「ヒッ!? トモダチを食べるなんて、なんてことを……! た……食べれるよ。軸は不味いけど。味噌汁に入れても良い……」
「ナメコみたいなもんか」
「だ、大分違うけど……」
 何故か、あの人としばらくキノコトークをすることになった。誰かとそんなに長くキノコトークするの初めてだったから、私もマイタケみたいにちょっと舞い上がっちゃって。それでも、あの人は頷いたり質問したりを繰り返して、結局二十分くらい話し込んでたと思う。
4:
 話が一段落したら、あの人はなんだか感心したみたいな顔で私に言ったんだ。
「お前、スゲーわ。売れんじゃね?」
「え、き、キノコを?」
 言葉の意味がよく分からなくて聞き返したら、あの人は初めて笑った。笑うと、なんだか今までのイメージと全然違って、凄く可愛い人だったな。
「違ぇよ。売れんのは、お前自身だ」
「わ、私……?」
 なんだか人身売買みたい話になって戦々恐々としたけど、あの人はちょっとだけ真剣な顔に戻ってこう言ったんだ。
「売れんのは、何もモノだけじゃねぇし。知識、情報、なんなら雰囲気だって売れる。そんで、そう言った形のないものの方がむしろ高く売れんだよ」
「ふ、雰囲気……? そ、そんなものまで」
 驚く私に、あの人は事も無げに言った。
「パーティーとかな。あんなもん、食事やら景品やらは単なるオマケだし。客はそこの雰囲気に金を払う。そんなもんよ」
「な、なるほど……」
 何となく納得する私に、あの人は満足そうに頷いてから、何故か私の頭の先からつま先まで舐めるように眺めた。視線がくすぐったくてモジモジしてたら、あの人はまたため息をついて言ったんだ。
「素材は悪くねぇのに、残念なくらいダセぇ。売り込むんなら一から全部プロデュースし直さねぇと」
「え……えと……なんか、ごめん……」
 急にダメ出しされて、私は何となく謝った。いや、別に謝る必要は無かったんだけど、あの人に何か悪く言われると、謝らなくちゃいけない気分になるんだ。なんだか不思議な気分だけど。
 あの人はそんな私を見て、ハッとしたように目を見開くと、何となくバツの悪そうな顔をした。
「……いや、まぁアタシが売るわけじゃないんで。職業病みたいなもん。良い、忘れて」
「う、うん……」
 高校生なのに職業病ってなんだろうって思ったけど、なんだか訊きづらい雰囲気だったから、私は返事だけして黙っておいた。多分、色々とやってるんじゃないかな、その、バイトとか。
 そうこうしてるうちに、あの人の制服の胸ポケットから小さな電子音が響いた。スマホのアラームだったみたい。時間を見て、あの人は「もう時間か」って呟いてこっちを見た。
「じゃあな。思わぬ有意義な時間だったし、キノコ売りたくなったらお前に訊くわ」
「え、あ、うん……」
 私の返事を聞くか聞かないのうちに、あの人はまた風みたいに去って行った。私の住所も知らないのにどうするんだろうって思ったけど、社交辞令みたいなものだったのかなって思い直して、私はそこからまた移動した。道端にいると、また何処からかあの人がやってきて怒られそうだったからね。
 その後も、毎日じゃ無いけど、よくあの人を見かけるようになった。流石に道端には座らなくなったから怒られることは無くなったけど、相変わらず一方的に話しかけてきては去って行くみたいな感じだった。でも、私の長いキノコトークにも付き合ってくれたりして、実は割といい人だったのかも知れない。
5:
「ヒカゲシビレタケ?」
「これは、あんまり大きな声で言えないけど……マジック・マッシュルームの一種なんだ。いわゆる、毒キノコ……」
「法に触れるヤツじゃん。そんなんが普通に生えんの?」
「キノコに境界は無いから、ね。胞子が飛ぶ範囲だったら、何処へでも行けるし、何処ででも生える。キノコに法律は無いからね、フヒ」
「そりゃそうだ。でもやべーんじゃねぇの? 間違って食ったら」
「多分、大丈夫……だと思う。凄くマズいから」
「……もしかして、食った?」
「い、いくら私でも食べたりはしないよ……有名だから、図鑑に載ってるんだ。キノコは毒を持ってるのも多いから、下調べは大事……」
「確かに、当然のことだったな。アタシとしたことが」
「中には、触れるだけでも危ないキノコもいるから、ね。カエンタケって言うんだけど」
「そっちのがやべーな。つーか、お前のその知識がやべー」
「え、そ、そう?」
「悪用すんなよ」
「し、しないって……」
6:
 そんな感じで、その時に観察してたトモダチについて色々と訊かれたり、答えたり。そう言えば、一度「ぬか漬けに出来るキノコ」について聞かれたこともあった、な。そっちはあんまり詳しくなかったから、たいして答えられなかったら、ちょっと残念そうな顔をしてたけど。
 そうやって一ヶ月くらい経った頃かな。いつもみたいにやってきたあの人が、いつもとちょっと違う雰囲気で私に訊いたんだ。
「お前、もうちょっと自分を売り込もうと思わねぇの?」
「え?」
 何を言われたのか分からなくて、私は思わず聞き返した。売り込む? 自分を?
「ど、どゆこと?」
「つまり、その知識を生かせる場所を作んねーのかってこと」
「?」
 ますます分からない。キノコについての知識なら、確かに私は普通の人より多く持ってると思う。トモダチの事、だからな。でも、私よりも広くて深い知識を持ってる人なんて、探せばいくらでもいる。わざわざ私の知識を借りに来る人はいない。なにより、ボッチだし。
 そんなことを考えてたら、あの人は苦笑した。
「その顔は理解出来てねぇな。アタシのプレゼンもまだまだだな」
 そう言って、今度はカバンの中から小さな手鏡を取り出した。
「お前のキノコの知識、聞かせてもらった分だけでもすげー深かった。正直ナメてた。最初は次のビズまでのほんの暇つぶし程度に考えてたんで。話聞いて、コイツは売れるって思ったの、アレ本当」
 確かに、最初のキノコトークの後にそんなことを言ってたのを私は思い出した。売れるのはモノだけじゃ無い。知識や情報、雰囲気みたいな形のないものも売れる。そんな話をしてた。
 でも、さっきも言ったけど、私のキノコの知識なんて大したことないんだ。とても売れるようなものとは思えない。そんなことを考えてると、あの人は手にした手鏡を私の方に向けた。
「ただし、知識や情報単体で切り売りすんのは生半可じゃ通用しない。だから、トータルで売り込む」
 あの人が向ける鏡の中には、未だに話が良く飲み込めずにぼんやりしてる私の姿が映ってた。髪はぼさぼさで、シャツの襟は伸びきった、だらしない私の姿。今もあんまり変わらないけど、ね。でも、あの時はまだアイドルでも何でもなかったし、今以上にそういうの気にしてなかったから、もっとだらしなかった。
 そんな自分の姿を私に見せながら、あの人は少しだけ私に顔を近づけた。
「大学教授やお偉いさんが知識をひけらかしたところで、商売にはなんない。ところが、それを現役JCに置き換えただけで需要が出る」
「じぇ、じぇーしー?」
「女子中学生の略だよ。しかもそれがカワイイ系JCならなおさらアピれる。知識は武器だけど無骨なだけの武器は売れねー。盛って、飾って、光らせる。それが出来ねーなら、宝の持ち腐れっつーこと」
 そう言って、今度は私の頭を手鏡を持たない方の手でくしゃりと撫でつけた。ぼさぼさの髪がもっとぼさぼさになったけど、すぐに手櫛で元よりもキレイにしてくれた。
 そして、あの人は言ったんだ。
「お前、アタシのプロデュースで売り込まねぇか?」
「え、えぇ……!?」
*****
7:
「ぷ、プロデューサーさんに出会う前に、スカウトされてたんだ……」
「スカウトって言うか、なんて言うか……新しいビジネスになる、って言ってたな。未だに私もどういうことか、よく分からないんだけど……」
 小梅の言葉に、輝子は苦笑しながら答えた。当時の輝子も、彼女の言葉を全然理解出来ていなかったし、結局戸惑うだけでまともな返事は出来なかった。
 ただ、彼女の言葉が、輝子の意識をほんの少しだけ変えたのは事実。
「それで、どうなったの……?」
「えっと……結局、あの人には『また今度返事を聞かせてくれ』って言われて、そのまま別れたんだけど、その後、ちょっとした事件があって……」
 その時のことを思い出しながら、輝子は続きを話し始めた。
 輝子が初めて髪を編んだ時のこと。
 そして。
 輝子と彼女の、不思議な縁が導いた顛末を。
*****
8:
「……かわいく、って、どうすれば良いんだ……」
 あの人には、「売り込むかどうかは別にして、お前の外見はなってない」って言われた。「外見は内面の一番外側だから、そこがショボいと中身もショボく見られる」とか、「人を見た目で判断するカスに不当に値踏みされる」とか、結構酷いことを言われたような気がする。言ってることは、何となくは分かるんだけど、ね。
 素材を生かせとも言われたけど、私には何をすれば良いのか全然分からなかったんだ。別に見た目が良いわけでもないし、当時は今より背も低かったし。服装のセンスも無いから、いつも同じような服を着てたしね。
 そこで、あの人の髪型のことを思い出したんだ。あの人は、ウェービーヘアの一房だけ編み込んでリボンを付けてた。私も、髪はあの人と同じくらい長さがあるし、あんなにキレイなウェーブは付いてないけど、銀色の髪は珍しくて褒められたこともある。だから、ちょっと真似してみようなって。
 でも、それがなかなか上手く行かなくて、ね。髪を結うのも初めてだし、本を見ながら何とか形にしようと頑張ったんだけど。
「……なんか、全然違うぞ……」
 あの人の編み込みは頭のてっぺんからキレイに編み込まれてたんだけど、私がやると、どうしても下の方だけになっちゃってね。そう、今みたいな感じ。それに、リボンなんて持ってなかったから、学校の帰りに初めて近所のお店で買ったんだ。何がかわいいかなんて分からなかったから、本当に適当なリボンを買って。それで、あの人みたいに編み込んだ髪にくくりつけたら……まぁ、お世辞にもかわいいとは言えなくて。
「こ……これは……絶対かわいくない、ぞ……」
 何回かやり直してみたんだけど、結局どうにもならなかった。仕方が無いから、またあの人に会ったときにやり方を聞いてみようと思って、しばらくそれで過ごすことにしたんだ。
 ちょっとした事件が起きたのは、その三日くらい後、だったかな。
 いつもの公園には、小さな滑り台があるんだけど、その下がドームみたいになっててね。その中は誰も使ってなかったから、私の秘密基地になってたんだ。シイタケの原木栽培に挑戦してて、そのドームの中に原木を立てかけて育ててた。近くに水道もあるし、水を撒いておいたらずっとジメジメしてるから、キノコ栽培には最適だったんだ。
 それに、あそこは音も通りにくいから、小さなCDプレイヤーを持ち込んでメタルを聴いたりもしてたんだ。流石に大きな音を出すと近所迷惑になるから、小さい音だけどね、フヒ。
9:
 その日は……確か、ちょっと曇ってた。そろそろまた別のトモダチが何処かに姿を現すかも知れないと思って、そわそわしながらドームの中でシイタケの原木に霧吹きしてたんだけど。
 しばらくして、何処からか言い争うような声が聞こえてきたんだ。
「しつこい。お前んとことは取引しないって言ったろ?」
「まぁまぁ社長、そう仰らずに」
 一人は、いつものあの人の声。もう一人は、ちょっと甲高い感じの男の人の声。何となく良い雰囲気じゃ無かったから、ドームからちょっとだけ顔を出して、声のする方を覗いてみた。
 あの人は、遠目に見てもいつも以上に渋い顔だった。目の前には、灰色のスーツを着た中年くらいの背の高い男の人がいて、なんだかぺこぺこしてた。あの人の事を「社長」って呼んでたけど、愛称か何かだったのかな。
「うちと組んで頂ければ優先的に商品を回させて頂きますし、広告費用も」
「アタシにはアタシのポリシーがあるんで。話題性だけで乗っかるバカは要らねぇの」
 相変わらずの口ぶりだけど、あの人の声にはいつもと違う怒りみたいなのが滲んでた。きっと、かなりしつこかったんだと思う。それでも、男の人は人形みたいにぺこぺこしながら、ちょっと気味悪いくらいの猫なで声で話を続けた。
「話題性だけなんてそんな……ただうちは少しでも社長のお力になれればと」
「なら本気の仕事を見せろよ。あんなチャチい仕様書書いて来るトコが、アタシの力になる? 寝言は寝て言えって。死ぬ気でやらねぇヤツと心中とか、趣味じゃないんで」
 それに対する反論は、こっちが聞いててハラハラするくらい辛辣で、私はドームからそれ以上顔を出せなかった。二人からはちょうど死角になるような位置だったから、こっちには気付いてないみたいだったけど。
 あの人はそれ以上話すことは無いとばかりに、いつもの調子で歩いて行こうとしたけど、男の人が先回りして道を塞いだ。あの人が舌打ちすると、男の人はぺこぺこするのをやめて、目を細めて笑顔を作った。
 ぞっとした。よく分からないけど、その笑顔はとても危険なにおいがしたんだ。なんて言うか、猛毒のキノコみたいな、そんなにおい。
「……でしたら、死ぬ気で説得させていただきましょう」
「ハァ? お前何言って……!?」
 一瞬だった。男の人の右手が、あの人の左手首を掴んだ。あの人は咄嗟に振り払おうとするけど、男の人の力が強いのかびくともしない。あの人を掴んだまま、男の人は一歩近づいた。私のいる、ドームの方に向けて。私はすぐに隠れた。マズい、絶対にマズい。見つかったら、私も酷い目に遭うかも知れない!
10:
 ドームの中で息を潜めながら、私は会話を聞いていた。
「お時間は取らせませんよ、社長。頷いて契約書にサインさえしていただければ、すぐに解放して差し上げます」
「……お前、自分が何してんのか分かってんのか」
「えぇ、勿論。社長に死ぬ気で考えて頂くために、選択肢をご用意させて頂きました」
「強迫して締結された契約は民法96条で取り消せる。オマケに、アタシに対する暴力行為で刑法第222条も適用される。お前、もうビジネスどころじゃねーよ」
「そうですか? 社長はご自身の商品価値についてもう少し理解していらっしゃると思っていましたが」
「何のことだよ」
「《キズモノ》の商品では、価値が下がるでしょう?」
「……!!」
「うちも、社長には出来る限り綺麗でいて頂きたいのですが、他所と契約されるとこちらとしても立場がございませんので」
「お前んとこの事情なんてアタシが知るかよ!」
「ですから、今から死ぬ気でご理解頂こうと思っておりまして……そういうのが、お好きなのでしょう?」
「正気じゃねぇよ、お前……!!」
 私は、ただドームの中で震えてたんだ。怖かった。怖くて怖くて、仕方無かった。何が起こってるのか見えないけど、声だけで分かるんだ。絶対に良くないことが起こってる。だから、怖くて。
 走って誰か助けを呼ぶ? でも、見つかったら私も襲われるかもしれない。二対一なら勝てるかも……でも、怪我するかも知れないし、痛いのはイヤだし。そう考えると、ここでじっとしてるのが一番良い気がしてくる。誰かが通りかかって助けてくれるかも……でも、この公園は昼間でも人がほとんど来ないんだ。もし、誰も通りかからなかったら。そしたら、あの人はどうなってしまうんだ?
 色んな考えがグルグル回るだけで、私は動けなかった。何を考えても失敗する未来しか見えなくて、動けなかったんだ。私にはどうしようもないんだ。どうすることも出来ないんだって、諦めかけてた。
 その時、ふとドームの中に作った棚の上にあったあるものに気付いた。それを見た時、頭の中に、あの人の言葉が浮かんだんだ。
 知識は武器。盛って、飾って、光らせる。
 私は、棚の上のそれを手に取った。これがあれば、行けるかも知れない。後は、踏み出す勇気が欲しい。棚の上には、もう一つ、小さな箱があった。金属で出来た、小さな箱。私に勇気とパワーをくれる音を鳴らす、頼もしい箱が。
 箱の中身は、私の持ってる中で一番凶悪なものに入れ替えた。いつもは絞ってあるつまみも、最大まで開放した。そして最後に、運命のボタンを押した。
 そこから先のことは、朧気にしか覚えてないんだけど、ね。
11:
*****
「ヒィィィィヤッハァァァァッッッッ!!!!」
 突然響き渡った嵐のような爆音と獣のような咆哮に、男は思わず手を緩めた。その隙に、社長と呼ばれていた女子高生は掴まれていた手を振り払って距離を取る。どこからともなく流れてくる地鳴りのような音楽に舌打ちしながら、男は再び彼女を捕まえようと足を踏み出そうとし──そこに現れた影を見て思わず足を止めた。
 無人だと思っていた滑り台下のドームから、一人の少女が現れた。少女、と辛うじて認識出来たのは、その胸が僅かに膨らんでいたからだ。しかし、その姿は異様を極めていた。目をひく銀髪は生物のように怪しく揺らめき、見開かれた両目は極端なまでに縮瞳して光を拒むように混濁している。伸びきったシャツに磨り減ったハーフパンツ姿の奇怪な少女は、両手に植木鉢を抱えて男と女子高生の間に割って入った。
 その姿を見て、女子高生は「まさか」と呟く。
「お前……あのキノコJCか……?」
 彼女の呼びかけに、少女──輝子は少しだけ振り返った。女子高生の姿を見て僅かに目を細めると、今度は男の方に向き直ってニタリと笑う。
 そして、絶叫が、轟いた。
「この人に手ェ出すんじゃねェェェェッッッッ!!」
「!?」
 雑然と響く音楽をも上回る声量に、男も、そして女子高生も硬直した。この小さな体の何処から出てくるのかという程の、圧倒的な迫力。男は気圧されたように体を反らしたが、ややあって落ち着きを取り戻すと先程の笑みを浮かべながら言った。
「君は社長の知り合いですか? 今は仕事の話をしているから、向こうへ……」
「アァン? 人を脅すのが仕事だってェ……?」
「脅しなんて……私はただ社長に……」
 そう言って近づこうとする男の目の前に、輝子の手に持った植木鉢が差し出された。そこに生えているのは、まるで人間の指のような形をした奇妙な植物。風に乗って妖しく揺らめく深紅のそれは、生理的なおぞましさを惹起するに足る代物だ。
「な、なんだい、これは」
 再び足を止める男に、輝子は口角を吊り上げた。
「お利口さんだな、オマエェ……コイツは私のトモダチの中でも最強の猛毒キノコ、カエンタケだ」
「カエンタケ……?」
 訝しげにオウム返しする男。植木鉢を左右にゆっくりと揺らしながら、輝子は歌うように続ける。
「学術名トリコデルマ・コルヌ・ダマ。触れれば皮膚は爛(ただ)れ、名前の通り火炎に晒されたような痛みにもがき苦しむ……小指の先程も口に入れば、十分もしないうちにあの世に行けるぜェ……フヒ……フヒヒ……フヒヒヒ……!!」
 まるで悪霊にでも取り付かれたかのような輝子の狂気じみた表情に、男の顔が歪んだ。
「そ、そんな危険な代物を、君のような子供が持っているはずが」
「なら……試してみるかい? 地獄の扉が開いちまうかも知れないけどなァッ!!」
 そう言って勢いよく突き出された植木鉢に、男は「ヒッ」と思わず悲鳴を上げながらのけぞった。例えそれが欺瞞だと疑っても、確信が得られない限り触れるリスクは大きい。何よりも輝子の言葉の端々から溢れる自信が、彼に警鐘を鳴らし続けている。
 ここから先は、踏み込んではいけない。
 男は後ずさりながらも姿勢を正すと、輝子の肩越しにこちらを睨み付ける女子高生に向けて言った。
「社長。また日を改めて伺います。その時には良いお返事を聞かせて頂けるよう……」
「おォととい来やがれェェェェッッッッ!!」
「ぐッ!! ……で、ではこれで」
 締めのセリフまで中断させられた男は、そのまま逃げるようにして去って行った。男が逃げ去る様を、輝子は哄笑しながら見送る。彼の姿が見えなくなり、暴虐の重低音が予定されていた一曲にピリオドを打つまで続き──最後の音とともに、輝子はがくりと地面に膝をついた。
*****
12:
「フ……フヒ……はぁぁぁぁ……」
「お、おい、お前! 大丈夫か!」
 荒い息を吐きながら、私はぼんやりとした頭で声のする方を向いた。目の前には、心配そうな表情をするあの人の顔。そのまま周りを見渡したけど、男の人はもういなくなってて、私はすっかり安心した。
 どうやら、上手くいったみたいだね。そう言って気が抜けたみたいに笑うと、あの人はちょっと怒ったような顔で私に言ったんだ。
「バカ! なんて無茶すんだよお前は!」
「ふひひ……ご、ごめんよ……どうしても、じっとしてられなくて……」
「こんなに汗かいて震えて……お前も怖かっただろうになんで……」
 今度は、一転して心配そうな顔で。よく見たら、あの人の手も、ちょっとだけ震えてた。きっと、あの人も怖かったんだ。一人であんな男の人に立ち向かって。だから、私はやっぱり飛び出して良かったって思った。
 だって。
「だって……私のキノコトーク、いっぱい聞いてくれたから……」
 もう一回、何とか笑顔で言ったら、あの人は目を丸くして、それからやっぱり怒ったみたいな顔で。
「……やっぱりバカだよ、お前」
 そう言って、ちょっと乱暴に頭を撫でてくれた。私はそういうの慣れてないから、くすぐったくて、ちょっと恥ずかしくて、撫でられてる間ずっとニヤニヤとキモい笑顔を浮かべてた。
 そうやってしばらくして、あの人が気付いてくれたんだ。
「お前、その髪……もしかして、アタシの真似、か?」
「……あ、そうだ。これ、やり方を聞こうと思って……」
 何度やっても上手くいかなかった、私の編み込んだ髪。さっきのごたごたでなんだかグシャグシャになって、リボンも取れて何処かへ行っちゃってた。それを見て、あの人は笑った。
「形だけでも、ってか。いいね、それも向上心だし。ちょっと貸してみ」
 あの人は前みたいに手鏡を出すと、それを私に持たせて後ろに回った。鏡の角度を私に指示しながら、グシャグシャの編み込みをほどいて櫛で綺麗に伸ばしてくれた。それから、もう一度髪を束にしてまとめて、自分でやったときよりも低いところで結び始めた。
「基本は両端の束を交互にクロスさせる三つ編みだな。これが出来りゃ、後はアレンジで遊べる。紐か何かで試したか?」
「う、ううん……本を見て、鏡を見ながら何とか……」
「なら家で試しなよ。練習は基本。OK?」
「わ、分かった」
13:
 話してる間にも、三つ編みはどんどん進んで、毛先まで辿り着いた。私がやったときよりもずっと綺麗で、鏡で見たときに感動したな。おおって思わず声が出ちゃった。
 それから、あの人はカバンの中をゴソゴソと探って、小さな袋を取り出した。
「アタシんとこのサンプルで悪ぃけど……お前の髪には合うんじゃないか」
 そう言って三つ編みの髪に結わえ付けられたのは、ピンク色のリボン。シンプルだけど、私が選んだやつよりもかわいくて、なんだかしっくりきた。
「も、もらっちゃって、良いのか……?」
 私が言うと、あの人は満足そうに頷きながら言った。
「助けてもらった礼にしちゃショボいけど、今はこれで許してくれ」
「そ、そんなの気にしないでよ。私も、嬉しかったから……」
 本当に嬉しかったんだ。あんなにも私に構ってくれる人なんて、今までいなかったから。
 私がまたニヤニヤしてると、あの人は私がさっき地面に置いた植木鉢を指さして言った。
「それにしても、それ、前に言ってたキノコだろ。そんな猛毒のキノコ、大丈夫なのか? 鉢植えって事はお前が育ててんだよな?」
 私が男に向けて突きつけた、真っ赤なトモダチ。でも、それの名前は実はカエンタケじゃなかったんだ。
「実はね……これはカエンタケに似てるけど、全然別のキノコなんだ。こっちはベニナギナタタケっていう、安全なキノコ……」
「はったりだったのか!?」
 驚いたように言うあの人に、私は頷いた。
「ほら、前に言ってたでしょ。知識は武器だって」
「……大したヤツだよ、お前。あの時の強烈なシャウトといい、今のアタシに扱いきれる商品じゃねぇな、これは」
 そう言うと、あの人は私から手鏡を受け取ってカバンに仕舞い、ふぅっとため息をついた。ちょっとだけ、愉快そうに。
「アタシは、明日から通学路を変えてしばらく引っ込む。またあのバカが来るかも知れないからな」
「あ、そ、そうだね……」
 あの人の言葉に、私は少し寂しい気持ちで頷いた。もう会えないかもしれないって思ったら、やっぱり悲しくて、ね。でも、あの男の人にまた襲われるかも知れないと思ったら、もうここには来ない方が良いのも確かだから、引き留めることは出来なかった。
 そんな私に向けて、あの人は少しだけ優しい声で言ったんだ。
「もう会うことも無いかも知れねぇと思ったけど、ちょっと考え変わった。お前とは、また会う。多分、次はもっと別の場所で」
「別の……場所?」
 あの人の言葉の意味が分からなくて、私は聞き返した。でも、あの人はそれには答えずに、しっかりと背筋を伸ばして続けた。
「だから、お前の名前は今聞かねぇし、アタシも名乗らねぇ。ビジネスじゃあり得ねぇ事だけど」
「あ……」
 そう言えば、ここまで私もあの人も、一度も名前を名乗らなかった。いつも一方的に話しかけてくるし、私もそれに返すだけだったから、名前なんて必要無かったんだ。
 そして、あの人は言った。まるで、挑むように。
「お前は、きっとまたアタシの通る道を邪魔する。これ、確信」
「え、えぇ……」
 自信たっぷりのあの人の言葉に、私はちょっと困惑した。一番最初に会った時の事を思い出す。道に座って傘を開いて、邪魔だって怒られた時のこと。でも、多分あの人の言っているのはそう言う意味じゃ無い、そう思った。何となく、だけど。
 最後に、あの人はにやりと笑った。
「お互いが名乗んのは、その時だ。じゃあな」
 そう言って、あの人は颯爽と去って行った。いつもみたいに、風のように。
 そして、あの人の名前を、私はまだ知らない。
*****
14:
「それから、一度も会えてないんだね……」
「うん……あの後も、ずっと同じ公園にいたんだけど、結局それからは一度も見てない……」
 その時のことを思い出して、輝子は少しうなだれた。あれ以来彼女が公園を通ることは無く、あの男も一度ちらりと見かけた以外は二度と来ることは無かった。
 小梅は輝子の三つ編みに付いているリボンに視線を向ける。少しくすんで端が僅かにほつれた、ピンクのリボン。
「これ、その時にもらったもの……?」
「そ、そう。もういい加減日焼けしちゃって色も変わってるんだけど、捨てられなくて」
「三つ編みも、それからずっとしてるんだね」
「うん。他にも色々やってみたんだけど、これが一番落ち着くから……」
 そう言って、輝子はまた三つ編みをもてあそんだ。ぼさぼさの髪の中で唯一の、ほんの少しの気遣い。それは、彼女が初めて自分の可能性を意識した象徴であり、同時に名前も知らないあの人を忘れないための碑(いしぶみ)でもある。
 お前は、きっとまたアタシの通る道を邪魔する。彼女はそう言った。そんな日が本当に来るかどうかはまだ分からないけれど、と思いながら、輝子はそれでも少しだけ期待していた。自分の中に風をもたらしてくれた、あの人との再会を。
「……あ、もうそろそろ、プロジェクトルームに戻らないと」
「きょ、今日は、プロデューサーさんの車で送って貰える日、だね」
 休憩室で付けっぱなしのテレビが、ちょうど良い時間を告げている。輝子と小梅は慌ててドリンクを飲み干すと、缶をゴミ箱に捨てて休憩室を後にした。
 空っぽになった部屋に、テレビからバラエティ番組が垂れ流される。
 拍手の音に埋もれまいとする司会の声が、話題の人物を紹介すべく原稿を読み上げた。
「さぁ、今日のゲストは、衝撃のアイドルデビュー宣言で話題の、現役JK社長──」
(了)
15:
ありがとうございました。
もしかしたら、過去の色んなところで縁が繋がっているかも知れない……そう言う話が好きです。
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