絵里「か、かか怪談話ぃ?」ダイヤ「夢の共演、ですわ!」back

絵里「か、かか怪談話ぃ?」ダイヤ「夢の共演、ですわ!」


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千歌(……はっ! あれ、今私意識失ってた!?)
千歌(いやでも、それ位の衝撃だよ……だって!)
善子「ちょっと、私じゃなくてズラ丸の所にくっつきなさいよ!」
ルビィ「あう……ごめん、ルビィ当分無理かも……ピギィ!」
花陽「?」
 
ダイヤ「あああ、あの、絢瀬絵里さんですよね? その……私、ファンで!」
絵里「え、ええ、ありがとう。とっても嬉しいわ」
果南(あんなにテンション高いダイヤも久しぶりだなぁ……)
雪穂「わっ、お姉ちゃん何やってんの!?」
穂乃果「ふゅひほほ……ぷはぁ、雪穂も食べる? このパン、すっごく美味しいの!」
花丸「のっぽパン、いつ食べても美味しいずら?」
千歌(あの、本物の! ミューズの皆さんが、ここ内浦に来てくれるなんて!)
千歌(ほんっとーに奇跡だよ! 生きてて良かったぁ……!)
2:
ワシッ
千歌「ひゃんっ!?」
希「ふむふむ……顔に似合わず結構立派なものを持っとるね」ワシワシ
千歌「のぞ……東條さん!? あっ、やめっ」
希「おっと、ごめんね。つい癖で」パッ
千歌「いやいや、癖でセクハラするってどうな……んですか」
希「ありゃ、ほぐしてあげたはずなのにまだちょっと堅いかな?」
千歌「ほぐすって……だって皆さん、あの!伝説の! ミューズですよね?
   やっぱり、こうして実際にお会いすると、畏れ多いというか……」
希「そうは言うけど、ウチらも所詮はただの人。
 別に千歌ちゃんたちが変にかしこまる必要なんてないやんな?」
千歌「え、それじゃあ……希、ちゃん? でいいのかな?」
希「もちろん! そっちの方がウチらも気楽に話せるしね」
千歌「希ちゃん、希ちゃんかぁ。えへへ、何だか恥ずかし……ってあれ?
 そういえばなんで希ちゃんが私の名前を!?」
希「ふふ、スピリチュアルやろ?」
3:
曜「おーい、千歌ちゃーん!」
千歌「あれ、曜ちゃんに梨子ちゃん? どうしたのー?」
梨子「どうしたのって……私たちで準備やるんじゃないの?」
千歌「あっ、そうだった! ごめんごめん、すっかり忘れてたよ」
梨子「もう……」
希「準備ならウチらも手伝うよ?」
千歌「ううん、大丈夫。それに希ちゃんたち、ここまで来て疲れてるんじゃ……」
希「平気平気。会場を使わせてもらう訳やし、これ位はしないと。
 みんなでやった方が、早く終わるしね」
千歌「本当? それならお言葉に甘えて、お願いします!」ペコリ
希「うん、任せとき!」
曜(何か千歌ちゃん、すごく仲良くなってる……?)
……

4:

……
ダイヤ「えー、ミューズの皆さん、それに高坂雪穂さんと絢瀬亜里沙さん。
  本日は貴重なお時間を割き、わざわざ内浦まで出向いて下さり……」
鞠莉「ダイヤー、もうちょっと硬度落としてソフトに行きましょうよ」
ダイヤ「ミューズの皆さんの前で礼節を欠かす真似など出来る訳ないでしょう!?」
穂乃果「あ、あはは……なんだかあの子、海未ちゃんよりもおカタい感じだねぇ」
海未「私、そんなに堅苦しいイメージがありますかね?」
千歌「普段はもっと柔らかい人なんですけど、緊張してるんですよ」
ダイヤ「そこ! おだまらっしゃい!」ビシッ
千歌「は、はい!」
ダイヤ「……こほん。お見苦しい所を失礼いたしました」
にこ(あー……あの子、地の性格は絵里に似てそうね。何となくだけど)
ダイヤ「それでは挨拶も手短にしまして、説明に参りましょうか」
ダイヤ「合同怪談大会――百物語ならぬ、二十物語について」
5:
ダイヤ「今回の企画は、ミューズとAquorsの交流、親睦を深める為の言わばレクリエーション。
  立案や準備に関しては、主に穂乃果さんと希さんのお二方にご協力頂きました」
絵里(本当にいつの間にここまで計画してたのよ、希ぃ……)カタカタ
希(ふっふーん。まず外堀を埋めとかんと、えりちは逃げてまうからね)
雪穂「あのー、私たちも参加して良かったんですかね?」
ダイヤ「勿論ですわ。結果的にですが、人数的にもキリが良くなりましたし」
ダイヤ「それで内容ですが……まあ、簡単ですわね。今から皆さんには怪談を語って頂きます」
ダイヤ「怪談を語り終えた方は、この部屋から二つ隣の部屋に向かって下さい。
  そこに、蝋燭の入った行灯が人数分ありますので、その内一つを吹き消して貰いますわ」
凛「ねえねえ、行燈って?」
ことり「うーん、和風のランタンみたいなものだよ」
曜「スカイランタンを改造して作ったから、みたいじゃなくて本当にランタンなんだけどね」
6:
ダイヤ「そうして話を続けていって、蝋燭が全部消えた所で終わりにします」
真姫「三つ続きの和室に、行灯の用意まで。これまた随分本格的ね」
海未「その、水を差すようで悪いのですが、火事などの心配は……」
ダイヤ「その点も抜かりはありませんわ。万一に備えて、然るべき準備はしてあります」
希「今更やけど本当にありがとうね、ダイヤちゃん。
  こんな風に三つもお座敷を借りて、ご家族の方たちに申し訳ないというか……」
ダイヤ「いえ、ミューズの皆さんの為ならば問題などございませんわ!!」
鞠莉(いつにも増して、ダイヤのミューズラブが強い……まあ、当然といえば当然だけど)
花陽「そういえば、話す順番はどうするの?」
希「くじを持ってきたから、これで決めよっか」
にこ「相変わらず準備良いわね……」
8:
梨子「ふう。行燈の方の蝋燭、準備できました」
希「よっと。こっちも準備オッケーやん!」
千歌「こっちの部屋にも、蝋燭を立てるんですか?」
希「うん、一本だけやけど。あんまり視界が悪いと危ないし、それに……」チラッ
絵里「……!」
千歌「それに?」
希「どこかの誰かさんが、真っ暗闇になるんは嫌やって言い張ってね」
千歌「へえ、そうなんですか……?」
希「まあ、だからみんなこの蝋燭を中心に集まる感じになるかな」
9:
ダイヤ「さて、準備も出来た様ですし……電気を消しますわよ」
 
パチッ    
善子「ふふふ……火が揺らめいてて幻想的ね、まるで悪魔のぎし」
花丸「善子ちゃん、そこでストップずら」
絵里「お、思ったよりも暗くないわね……」ビクビク
真姫「多分向こうの部屋の明かりも、こちらの部屋まで届いているからでしょうね」
凛「ふぅん……蝋燭の明かりって意外とすごいんだねぇ」
ダイヤ「さて、では早語ってもらいましょうか。一番最初に話すのは確か……」
10:
第一話 『ホテルの絵の裏には』 (高海千歌)
はいっ。それでは一番手、高海千歌が参りますっ!
……え、怖い話が出来るのかって? 梨子ちゃんひどーい!
これでも私、旅館の娘なんだよ。怖い話の一つや二つ、知ってて当然だよ。
はい? あ、そうなんです! 私の家、「十千万」っていう旅館をやってて。
お料理と温泉が自慢の旅館ですから、ミューズの皆さんもぜひいらっしゃって……っとと。
危ない危ない、宣伝モードになっちゃう所だったよー。ええっと、怖い話だよね、怖い話。
じゃあこんな話はどうかな。旅館やホテルにまつわる話。
もしかしたら鞠莉さんと被るかもしれないけど……その時はごめんなさい。
11:
旅館やホテルっていうのは、人の往来が結構激しいんだよね。
うち……はおいといて、鞠莉さんの家の経営してる淡島ホテルとか。
少し離れるけど、熱海や伊東、江の浦なんかの観光名所とかは人が大勢泊まったりするし。
だからか、結構多いんだ。怪談話。
一部屋だけ空気が違うー、とか。障子に変な影が映ったー、とか。
そういう不思議な経験、したことがある人って結構いるんじゃないかな。
今回私が話すのは、その中でもよく聞く、「ホテルの絵の裏」の話。
ちなみに今のは観光名所の江の浦とホテルに飾ってある絵の……あ、はい。続きを話します。
12:
『ホテルや旅館の部屋の内、幽霊が出る部屋には大抵絵の裏にお札が貼ってある』
こういう話、みんな一度は聞いたことない? あ、やっぱりあるんだ。
そうそう。度胸のある人が確認して……なんだ、お札なんてないじゃないか、ってオチになったり。
部屋に違和感があるから、絵の裏に何かないか見てみた、っていう人なんかもいる。
実際、私もそういうお客さんに会ったことあるしね。
……でもね、よくよく考えてみると、これっておかしいと思わない?
だってそういうのって、畳の裏とか天井裏とか、普通気付かない所に貼りそうだもん。
何よりお客さんに見つかったら、イメージダウンは避けられないわけだし。
それなのに、どうしてわざわざ目につきやすい絵の裏なんかに貼るんだろう。
他にお札を貼る所なんていくらでもあるのにね。
13:
……これは私の考えだから、本当は違うかもしれないけどさ。
この怪談ってホテルや旅館の人たちが意図的に広めたのかも、って思うんだ。
なんで、って……それはお客さんたちを安心させるためだよ。
お札がある部屋は幽霊がいる、怪奇現象が起きる。
それなら裏を返せば、お札がない部屋は安全だって分かるでしょ?
それで、怪談を流してるんだよ。「ウチには幽霊なんかいません」って。
……逆にお札がなくても変なモノを感じたら、その部屋は止めた方がいいかもね。
例えば空気が淀んでたりだとか、誰かの視線を感じるとか、そういうの。
お札なんかよりも自分の感覚を信じた方が、ずうっとマシだし納得しやすいと思うから。
これで私の話は終わり。ロウソク、消してくるよ。
14:
千歌(……)
千歌(間に一部屋挟んでると、意外と遠くに感じるなぁ)
千歌(暗くて距離感が分からなくなってるのもあるかも)
 
千歌「行灯からロウソクを引き抜いて……」フーッ
千歌(こうやって近くで見てると、PV作りの時を思い出すなー)
千歌(……さて、戻らないと。みんな待たせちゃってるし)
 
千歌「高海千歌、ただいま戻りましたっ!」
希「ふふ、おかえり。それじゃ、次の話に行こか」
15:
第二話 『魂の重さ』 (小泉花陽)
ええと、次は私が話す番でしたよね……うーん。
希ちゃん、その、お話って怖い話じゃなくても大丈夫?
あ、ううん。ちゃんと話は準備してあるんだけど、怖いというよりは不思議な話だから。
本当? 良かったぁ……それでは、話します。
今回私が話すのは、おばあちゃまから聞いたお話です。
16:
みんなは魂の重さって聞いたことあるかな? 
うん、そう。多少のずれこそあれ、人から抜け出る魂の重さは21グラムなんだそうです。
1円玉なら21枚分。とんぼ玉なら一個分。飲み物ならたった一口。
お米なら、お茶碗でいうと三分の一のご飯が炊けるほど。辛子明太子ならちょうど一かけら。
その量の明太子をほかほかのご飯にこうやって乗せて、そのまま頂くと……はぁ、たまりません!
……あ。ご、ごめんなさい! ついついお米の話に……はい、魂の話でしたよね。
17:
このお話を聞いたのは、花陽が中学に入学する少し前の事でした。
あの頃は……はい、おばあちゃまのお友達だとか、恩師の先生だとか。
そういう人たちが続けてお亡くなりになっていた時期だったんです。
それでおばあちゃまも最後のご挨拶をしに、よくお葬式に行っていたんですけれど。
お葬式から帰ってくるたびにおばあちゃまは、思い出話に織り交ぜて、こんなことを言うのです。
『先生は余計なものは持たない性格だったし、きっと魂も身軽なんじゃないかしら』
『あの子も最期まで幸せだったから、魂が重くて仕方ない、なんて言ってるでしょうね』
当時の私にとっては、その言葉がすごく気になったの。
魂に重い軽いがあるなんて、思いもよらなかったから。
18:
だからある日、思い切って聞いてみたんです。「おばあちゃま、魂に重さってあるの?」って。
そうしたら……『ああ、魂自体には重さはないのよ』だって! 
思わずびっくりしちゃいました。
今の言葉が本当なら、これまでおばあちゃまが言ってたことは説明がつかなくなっちゃう。
そんな花陽の様子に気付いたのか、おばあちゃまは微笑んでこう続けたんです。
『人間はね、魂になってあの世に行くことになっても、手放せないものがあったりするの』
『例えばそれは記憶だったり、思い出だったり。未練なんてのもあるかもしれないわね』
『そういった、あちらに持っていこうとするものの重さが加わって、人の魂は重くなるのよ』
だから人によって抜け出る魂の重さには違いがあるんだって、おばあちゃまは語ってくれました。
19:
大事な想いの多さが魂の重さになるって、素敵な話だよね。
……いつになるかは分からないし、あまり考えたこともないけれど。
花陽の魂が重くて身体から抜けなくなるくらい、いっぱいいっぱい思い出を作っていきたい。
ぼんやりとだけど、そんな風に思います。
こんな感じで良い、のかな?
これで花陽の話は終わりです。ロウソク、消してきますね。
20:
第三話 『みえるひと、みえないひと』 (星空凛)
次は凛の番だよね? よーし、頑張るにゃー!
うーんとね、これは凛が中学生の頃の話。まだ陸上部に入っていた時の話なんだ。
これは陸上部だけじゃなくて、運動部によくあると思うんだけどさ。
学校から帰る時って、よく部活仲間で一緒に連れ立って帰ったりしない?
先輩と一緒にコンビニへと寄り道したり、公園で一休みしておしゃべりしたり……
あれ? これってミューズに入ってからも同じことをしてる様な……まあ、いっか。
21:
そうやって部活の先輩と並んで帰っていると、いつもの帰り道とは違う道を通ることになるんだけど。
その道にいつも、スーツを着たお姉さんがいるんだよね。
眼鏡をかけてて、いかにも仕事が出来るOLです、って感じの格好の人。
他の特徴といえば……顔が青白くて、ぷかぷか浮いてるくらいかな。
え? うん、丁度肩が凛たちの顔の辺りに来るくらい。それくらいの位置に浮かんでるの。
もうみんな分かってると思うけれど。幽霊だったんだ、その人。
そこの道以外では見かけなかったから、ええと……あ、それそれ! ジバク霊ってやつなんだろうね。
22:
どうやらその人が見えるのは凛だけみたいで、先輩たちは気にせずにその道を歩いてた。
今はもう慣れっこだけど、一番最初に見た時は驚いたよー。あやうく腰が抜けちゃうかと思ったもん。
先輩たちはそんな凛を見て、何ビビッてんの? なんてからかってきたけど、説明のしようもないし。
だから、その時は仕方なく先輩の後ろをおっかなびっくり着いていったんだ。
そうして先輩たちの話に相槌を打ちながら、びくびく歩いていたんだけど。
ある先輩の身体がね。するり、って。そのジバク霊さんの身体をすり抜けたの。
……先輩たちの前だから我慢できたけど、下手してたら叫んでたんじゃないかって思う。
23:
でもね、すり抜けた先輩は何も気にしてなかった。
それどころか、他の先輩の話した冗談で笑ってたくらいだった。
だけど、ジバク霊さんの方はそうじゃなかったみたいで。
びくんっ! って、身体を震わせたあとに、辺りをきょろきょろ見回してたの。
表情はあまり覚えてないけれど……強張ってたというか、怯えていたというか。
あれはまるで……うん。自分に見えてない何かが身体を通過したような、そんなリアクションだった。
そこを過ぎるとすぐに曲がり角だったから、あまり長くは観察できなかったけれど。
凛が見ている限りは、ずっと自分の身体を通り抜けた”何か”を探していた感じだった。
24:
凛はお化けとか幽霊のこととか、あんまりわかんないけど。
人によってお化けが見えたり見えなかったりするみたいに、お化けも人が見えたり見えなかったりするのかな。
それであのジバク霊さんには、凛や先輩たちが見えてなかったんだと思う。
……だったら、あの人は何が見えるんだろう。 同じお化けや幽霊だったら見れるのかな。
もしかしたら、それすらも見えてないのかも。
なんにも見えないまま、時々見えない何かが身体を通り抜けたりする……うう、想像しただけで嫌だなぁ。
だからあの道を通る時は、あのジバク霊さんにあたらないように気を付けてるんだ。
お互いに気持ちの悪い思いはしたくないもんね。
……ふぅ、これで凛の話は終わりっ! じゃあ、ロウソク消しに行ってくるにゃ! 
36:
第四話 『カベドン』 (小原鞠莉)
次は私ね……ん? 梨子、どうしたの?
ノープロブレム? 本当に? そう……じゃあ、そういうことにしておきましょうか。
最初のチカっちの話にもあったように、私のパパは、リゾートホテルチェーンを経営しているの。
ここから見える位置にある淡島ホテルもそのうちの一つ。
そんな風に世界中にホテルがあるものだから……不可解な出来事や、怪談なんかを聞くのも珍しくはないのよね。
そういえば、この前も淡島ホテルで何か事件が起きたらしいわね。ねえ、ダイヤ?
……ふふっ、イッツジョーク☆ その件に関してはもう気にしてないわ。
ああ、だけど。『この由緒正しいホテルで事件なんて起きるわけない』、だったかしら。
その言葉はちょっといただけないわね。
この淡島ホテルでも事件が起きたことはあるのよ。内容が内容だから、大っぴらにはされてないけれど。
37:
……何でもその事件の始まりは、フロントに二人の宿泊客が駆け込んできたことらしいの。
二人の宿泊客といっても、別に同室に泊まっているわけじゃなかったみたいで。
互いに一人で宿泊していたお客さんだった。接点といえば、提供していたルームが隣同士だったくらい。
だからホテルマンも最初は、喧嘩か何かが原因で二人ともフロントまで飛び出してきたと思ったらしいの。
けれども、どうやらそういう訳ではなさそうだった。
顔面蒼白の男が二人、肩を寄せ合ってやってくる姿を見て、誰も喧嘩してるなんて思わないでしょ?
それで状況を把握するために、ホテルマンは二人の男に、何が起きたかを聞いたの。
38:
彼らの説明はこんな感じだったらしいわ。
酩酊した状態で自室に戻り、ベッドに倒れ込むと、隣の部屋からドン! と音がする。
何かがぶつかったんだろう、そう思っていると、続けて二回、三回と壁が先程の調子で叩かれた。
こいつ、わざとやっていやがるな。そう思うが早いか、次の瞬間には手が動いてしまっていたらしく。
酒が入っていたこともあって、強く壁を殴り返してしまって。そこからは壁ドンバトルのスタートよ。
それで最後には、二人とも部屋を飛び出し廊下でご対面。
やれ何をする、いやお前が先にやったんだろう。しらばっくれるな、何をお前こそ。
二人の喧嘩はますますヒートアップ。互いにファイティングポーズをとった所で。
39:
 『ドン! ドンドン!』
彼らの泊まる部屋の方から、壁を殴る音がしたの。
初めの方に言った通り、彼らはめいめい一人で宿泊している。
部屋に人なんて、いるはずがない。
 
 『ドンドン!』 
    『ドン!』
  『ドンッ!』
    『ドンドン!』
なのに、部屋の方からは、相変わらず壁を殴る音がする。
それも、二人分。
……こうなったら、もう喧嘩どころじゃあないわよね。
たまらず、二人ともフロントに駆けだしていたそうよ。
40:
二人の宿泊客は、そのままロビーで一緒に語らいながら、朝が来るまで震えてたんですって。
これで私の話はおしまい……オゥ?
今もまだその現象は続いているのかどうかが知りたい?
ああ、それなら大丈夫よ。だってもう無いんですもの、その壁。クラッシュされちゃった。
何でも話を聞いたパパが、その壁を取り払って部屋をスイートルームにリフォームさせたようなの。
でも、それ以来同じような事件は起きていないらしいから……結果オーライじゃないかしら?
さて、今度こそ話はおしまい。ロウソク、消しに行ってくるわ。
それじゃあ、あとは任せたわよ。
42:
第五話 『本の紡ぐ夢』 (国木田花丸)
次はマルの番ずらよね? ああ、良かった。
実はマル、怖いのがあまり得意じゃなくて……早めに順番が回ってきてほっとしました。
だから今回話す話も、怖いというよりは不思議な話になると思うずら。
マルは図書委員で本が好きなのもあって、よく図書室にいます。
アクアの活動が始まってからは、その頻度も少し減っちゃったけど……
それでも、週の半分くらいは図書室にいる気がするずら。えへへ。
図書室は本が集まる場所。言い換えれば、人の知恵や想いが集積した場所。
それが原因なのか、時々、説明のつかない現象が起きたりしやすい場所でもあるんだ。
今回話すのは、浦の星女学院の図書室にある、一冊の『魔本』のお話。
わっと……落ち着くずら、善子ちゃん! 多分、善子ちゃんの言ってる『魔本』とは関係ないずらよ。
44:
その本を見つけたのは、書架整理をしている時。
……そういえば、あの本を持ってきたのは善子ちゃんだったずらね。
覚えてない? ほら、常盤色のハードカバーの本だよ。
『ずら丸。この本、分類コードが付いてないけど大丈夫なの?』って善子ちゃんが言ってた本。
うん、そうそう。やっと思い出したずらか。
あの後、分類コードを付けるためにその本の中身を確認してたんだけど。
実はあの本ね……すっごく面白い小説だったんだぁ。弱気な竜と強気な小人が冒険するファンタジーでね。
マル、普段は教養小説とかばかり読んでるから、あまりそういう種類の小説は読んだことがなくって。
でも、そんなマルでもついつい夢中になっちゃうくらい面白かったんだ。
45:
それで、その日の内に本は読み切ってしまったんだけど……丁度下校時刻になっちゃって。
分類コードを貼る時間はすっかり無くなっちゃったずら。
だから、その日はカウンターの引き出しの中にその本を閉まって帰ることにしました。
別に急いでいるわけでもないし、分類コードを貼るのは明日でもいいかな、って。
そうして次の日。少しだけ朝早く学校に行ってその仕事をしに図書室に行ったずら。
本を机の中から出して、汚れてないか確認して。一応念のためページをパラパラめくって確認して……
その時、なんか変だなって思ったんです。もう一度確認して……間違いない。
本の内容が、変わってるんです。
46:
本の装丁や質感は変わってなくて、それなのに中身だけがすり替わっている。
昨日までは確かにファンタジーだったのに……それが、散文調の短編集に変わっていたずら。
おまけに、その短編集も昨日のお話に負けず劣らず面白くて。
まるでその本を書いた人が、すっかり中身だけを書き換えてしまったかのようなそんな感じ。
でも、そんな事が出来る人なんてそうそういないと思うんです。
だからマル、検証することにしました。
もう一日、本を机の中に入れておいて、内容が変わるかどうか。
もしそれで内容が変わってなかったら、マルの記憶違いなのかもしれない。
胡蝶の夢ではないけれど、うっかり白昼夢でも見ていたのかもしれない、って。
そんなことを思いながら一日を過ごして。次の日、また引き出しを開けてみると。
……今度は、本自体が無くなってて。結局その日はそれっきり見つからなかったずら。
47:
あ、でも。完全に消えちゃったわけではないんです。その日に見つからなかっただけで。
返本作業とか探し物とかをしていると、常盤色の本が他の本に紛れているのをたまに見かけるずら。
それで毎回気になって読んでみるんだけど……やっぱり、その度に内容は違ってる。
ある時は時代小説、ある時はホラー、私小説や伝奇物だったりも。
そして……そのどれもが素敵で、きらきら光ってるお話なんだ。
だからマル、思うんです。あの本って、生きている魔本なんじゃないかって。
自分でお話を書いて、他の人に読んでもらって、また新しい作品を書く。
そういう力を持った本なんだと、マルは思うずら。
48:
すぐにいなくなっちゃうのは……これもマルの推測ずらけど。
自分の作品が読まれて気恥ずかしくなっちゃうから、なのかも。
もしまた出会えたら……今度は感想を挟んでおこうかな。
いつも面白い話をありがとうございます、楽しんで読んでいます、って。
そうすれば、魔本さんもきっと喜んでくれる気がするずら。
みんなも図書室で分類コードがない常盤色の本があったら、是非一回読んでみてね。
きっと面白くって、気に入る事受け合いずら!
マルの話はこれでおしまい。ロウソク、消してくるずらよ。
49:
第六話 『地下アイドル』 (矢澤にこ)
にっこにっこにー! あなたのハートににこにこ……ちょ、ちょっと! 何よ!
せっかくミューズ以外の子たちもいるんだから、アピールさせてくれたっていいじゃない!
え? 早く話せ? あとでいくらでも時間はあげるから? そ、そう? 
まったく、しょうがないわねー。それじゃあ、話すわよ。
あれは確か、この前のオフの日だったかしら。
特に予定もなくて、花陽と一緒にアイドルショップめぐりでもしようかと思ってたのよ。
まあ、でも結局花陽は家の用事だったかで捕まらなくてね。
他に呼ぶあてもいないけど、休日を無下にするのも勿体無いじゃない?
それで散歩がてら、一人で秋葉原をぶらぶら歩くことに決めたの。
そうしてれば、何か面白いことがにこの方に飛んでくるかもしれないじゃない。
51:
大通りを突っ切って、アイドルショップやメイドカフェへ。
そのまま神田明神に寄り道しつつ、裏道の雑貨店に顔を出したり。
そんな感じで秋葉原をぐるっと一周する形で回ってみたけれど、どうにも外れだった。
特にめぼしいイベントや出来事は何にもないみたいで、せいぜい希とお喋りしたのが収穫になるくらいで。
ああ、こりゃ駄目ね。ちょっとがっかりして、とぼとぼ帰ろうと思った矢先。
ぴくり。にこの耳が何かを捉えたの。
音? いや、違う。これは声。
ちゃんと意識しないと聞こえないくらいの声が、どこからか聞こえてくる。
52:
……何かあってほしい、そうすがる気持ちがあったのかもしれないわね。
自然と足はそちらの方向に向かっていたの。少し歩いては声を聴いて、の繰り返し。
そうして最後に着いたのが……階段を下った先にある、地下にある扉。
扉の近くには黒地に白文字で「ライブハウス なんちゃら」みたいな看板がかけてあってね。
声は、どうもその扉の隙間から聞こえてくるみたいだった。
ここでにこはピーンと来たわけ。
ははぁん、もしやここは知る人ぞ知る地下アイドルのハコなんじゃないか、って。
何せ、秋葉原を庭みたいにして育ったこの私ですら知らないスポットよ? もう期待と興奮でバックバクよ。
こんな発見があるなんてラッキー! 今度花陽にも教えてあげようっと。
そう思いながら、空いてた扉を通って中に入ったの。
53:
中の通路はむわっとしていて、少しだけかび臭かった。
でもそんなこと気にならなかった。何なら、雰囲気があっていいわねとさえ思っていたわ。
そして声が聞こえる方、ステージに続いてそうな扉を開けると……
目に入ってきたのは、ステージ上で歌っている女の人と、観客席に突っ立ってる三人くらいの人たち。
女の人は、いかにもアイドルって感じで。もうほんと、ふりっふりの衣装で歌って踊って飛び跳ねてる。
何でしょうね……必死だけど、必死さよりも先に楽しさが伝わってくる。そんな感じかしら。
声量もあるし、アピールも上場。最近見た中じゃ五本の指に入るくらいの子だった。贔屓とかなしでね。
54:
それとは対照的だったのは観客席の人たち。
コールするでもなくノってるわけでもなく腕組みしてるだけで……
って所で気付いちゃったのよ。あの人たち、観客じゃなくてもしかしてスタッフ?
それじゃあにこは、リハーサルの現場に忍び込んじゃったことになってて……
マズいなんてもんじゃないわ。もしばれたら……ぞぞぞ。
もうあんな目には遭いたくないって、急いで観客席から離れようとしたわけ。
あんな目って? ……まあ、今ここじゃあ言いたくないけど、昔おっそろしいことがあったのよ。
でね。こっそり観客席から抜け出そうとした時に、なんだけど。
何かね、アイドルの子と目があっちゃった気がするの。
ヤバい、バレた! それでもう、後は一目散。後ろなんて気にせず走って外まで逃げたわ。
55:
何よ。自分でもなんか情けないってのは分かってるわよ。
まあ、そうは言っても新しいハコを見つけたのは事実。何なら私の知らない、原石みたいな子もセット。
十分元は取れてると思ったのよ、私としては。
それでこの前、花陽を連れてそのライブハウスに行ってみたんだけどね。
……看板は貼られていた形跡すらなかった。扉はあったけど、そこには大きな「テナント募集」の張り紙。
しかもその張り紙もホコリまみれで、いつから空き物件なのか分からない状態。
じゃあ、私が聞いたのは? 私が見た、あの子は? 一体何だったんでしょうね。
もしかしたら、あそこに未練があるユーレイの子だったりして……ひいぃ!
そうだったら、もうあんなとこには怖くて行けないにこー! ……ちょっと穂乃果、後で覚えときなさいよ。
こほん。これでにこの話は終わり! ロウソクだけ消してくるわね。
56:
第七話 『海に還るもの』 (桜内梨子)
ええっと、次は私が話す番ですよね。
私、海が好きなんです。ここ、内浦の海が。
転校してきたばかりの頃から、綺麗な海だなぁって思ってて。
学校が始まってからも、休日になるたびスケッチブックを持って絵を描いてみたり。
アクアの曲を作っていて調子が出ない時に、気分転換に散歩してみたり。
そうやって海で過ごす時間が増えていくうちに……今ではすっかり、お気に入りの場所になってるんです。
57:
その日も私は、海岸に座り込んでスケッチをしていました。
たまには趣向を変えて、違う角度から海を見てみたい。
そう思って、いつもの所から少し離れた場所で、シートと画材を広げて絵を描いていたの。
実際、少し場所を変えるだけでも景色って随分と変わってくるものなんですよね。
普段は見えない建物や海岸線が見えてきたり、淡島だってまったく違う島みたいで。
こうして場所を変えてスケッチしてみるのも悪くない。そう思いました。
それで……お昼を少し回った頃だったかな。
少し休憩しようと思ってお昼ご飯を食べていたんですけど。
その時、小さい子たちが何人か集まって遊んでるのが目に入ってきたんです。
58:
子供は風の子って言うけれど、本当にぴったりの言葉ですよね。
その子たちも追いかけっこをしていたんですけれど、すごく元気で。
転んでもまたすぐに起き上がって、他の子を追いかけてわいわい遊んでいる。
ああいう様子っていいな。人を描くのは得意じゃないけれど、良い構図になりそう。
そう思って絵筆をとって、子供たちがいた方向に目を向けると。
いつの間にかその子たちが目の前に集まって来てて、じーっとこっちを見てきているんです。
どうしたの、と聞くと。一人の子がこちらに手を差し伸べて。
『お姉ちゃんも、一緒に遊ぼうよ』
そう言ってくるんです。
59:
ええっ、私も? おろおろ、戸惑っていると他の子たちも口々に。
『遊ぼう』『一緒に遊ぼうよ』『楽しいよ』
輪唱のようにがやがやと、私に呼びかけてきたんです。
慣れてないっていうのもあるかもですけど……子供の押しの強さってすごいんですね。
まあ、それならちょっとだけ。ほんの少し付き合うくらいならいいかな。
彼らの訴えを聞いているうちに私もその気になっちゃって。
それで、さっきの子が差し出した手を掴みかけた瞬間。
ワオン!
後ろから大きな声……ううん、鳴き声ね。
肩がビクンとなって。思わず後ろを振り返りました。その声は、まさか。
60:
……ええ、そうよ。しいたけちゃんが、すぐ後ろまで来てたの。
もう、本当に怖かったのよ? だけど、それだけじゃないんです。
本当に怖かったのは、しいたけちゃんから逃げようと、また前に向き直った時。
さっきまで遊ぼうとせがんでいたあの子たちが、いない。
目を離していたのは、一瞬なのに。まるで風みたいに、綺麗に姿が消えちゃってて。
え、なんで? 思わず口からそんな言葉が出ていました。
……その後はしいたけちゃんが突進してきて、それどころじゃなかったけどね。
61:
後から聞いた話だけど……私の移動したあの辺りって、昔水難事故が多かったらしいんです。
気を付けてれば大丈夫だし、地元の子たちは平気みたいなんだけど。
内浦の外から来た海水浴客――特に水に慣れてない子供たちが深みにはまって、とか。
そういう事故が何回もあったみたい。
だからあの子たちも……そういう子たちなのかなって。
もしあそこで手を掴んでたら私はどうなってたか。それは分かりません。
平気だったかもしれないし……もしかしたら、海に還るその子たちに連れられて、なんてことも。
そういう意味では、しいたけちゃんのファインプレーだったかもしれないわね。不本意だけど!
……今度、絵を一枚書いて、コンビニで買った卒塔婆と一緒にあそこへ持っていくつもりです。
遊べなくてごめんなさい。でも変わりに君たちの絵を描いたから、プレゼントするね、って。
これで私の話は終わりです。ご清聴ありがとうございました。
じゃあ、ロウソク消してくるわね。
66:
第八話 『夢枕』 (南ことり)
次は私の番だね。あんまり怖い話は得意じゃないけれど……良かったら聞いて下さい。
私、学校では保健委員をしているんです。穂乃果ちゃんたちは知ってるよね。
それで保健室には委員会のお仕事とかで、よく行ったりするんだ。
保健室ってみんな、近寄り辛いイメージってあるんじゃないかな。
確かに怪我や病気の人が来る場所だから、あまり近付くのはよくないけど……
でも案外楽しいところなんですよ? 綺麗だし、ふかふかのベッドはあるし。
校医の先生も気さくな人で、暇なときは色んなことを話してくれるの。
これは、その先生に聞いた話。
67:
校医の先生ってね、私たちの学校――音ノ木坂学院の卒業生なんだ。
だから時々、学生時代の思い出話なんかも話してくれるんだよね。
それで……あれは夏休みに入る前くらいだったかな。
何だかむわっとした日で、普段は元気な穂乃果ちゃんもぐったりしてたのを覚えてる。
そんな暑い日だからなのか、先生からこんなお誘いがあったの。
どう、南さん。折角だし、涼しくなる怪談でもお一ついかが、って。
特に断る理由も無かったから、私は聞くことにしたの。
気休め程度でも暑さが和らげばいいかなって、そんな軽い気持ちでね。
68:
そのお話は、先生が生徒だった頃の話らしいから……今から十数年前のお話になるのかな。
保健室にね、不思議な枕があったんだって。
なんでもその枕を使って寝ると、前に見た夢の続きが見られるとか。
最初の内は単なる噂だったんだろうけど、そのうち実際に使ったという人が現れたの。
噂は本当だった。ちゃんと夢の続きが見られた、って。
そういう人が何人もいたものだから、生徒の間ではよく話題になってたみたい。
興味本位で保健室に行く人が余りに多かったから、一回全校集会で注意までされたんだとか。
69:
だけど、そんな中でも保健室に足しげく通う生徒は結構いたらしくて。
先生の友達で……Sちゃん、っていう子もその一人だったの。
二日か三日に一回、ふらっと保健室にいっては戻ってきて。
『今回はこんな所まで見れた』
『今日はまさかの展開でどきどきした』
そういったことを、先生に対して嬉しそうに話していたんだって。
元々妄想だとか好きな子だったから、きっと夢の世界が楽しかったんだろうな。
先生は懐かしむかのように、Sちゃんのことを語ってくれました。
70:
Sちゃんが保健室で夢を見て、先生の所に報告に来る。
そんな日常は、しばらくの間続いてたそうなの。
先生もSちゃんの話は嫌じゃなかったから、よく付き合って聞いてたらしいんだ。
でもある日を境に、夢の話はぱったり無くなっちゃった。
……Sちゃんがね、目を覚まさなくなったの。
保健室の例の枕に頭を被せて、気持ちよさそうに目を閉じて。
それきり、起きなくなっちゃったんだって。
71:
……件の枕は、その後すぐに別の枕と取り換えられたそうです。
Sちゃんは病院に運ばれたらしいんだけど……今はどうなっちゃったかは、分からない。
というのも、専門の病院に移されるとかで、別の県の病院に転院しちゃったらしくて。
家族の人もその時一緒に引っ越しちゃったから、連絡の取りようもなかったみたい。
ただ……先生が言うには、今もどこかの病院で眠り続けているんじゃないか、って。
なんでも、Sちゃんが起きなくなる何日か前に、こんな話をされたらしいんです。
『今日の夢は、前に一度見た所まで戻って来ている気がする』って。
……不思議ですよね。
夢の続きが見られるのに、また同じ場面を見るなんておかしくありませんか?
72:
先生が言うには、あの枕は夢の続きを見せる枕ではなくて、おそらく同じ夢を見せ続ける枕で。
メビウスの輪みたいに、循環した夢を私たちに見せていたようなんです。
それで、私たちはその夢の一部しか覚えていないから、夢が続いていると錯覚していたんじゃないか。
Sちゃんは、その循環した夢の輪の中に、閉じ込められてしまったんじゃないか、って。
……それと一緒に。もう少し早くこの事に気づいてあげられたら。
Sちゃんを止められたかもしれないのに、なんて。
そんな懺悔の言葉をぽそりと漏らして、先生の話は終わりました。
73:
先生の体験談以来、保健室ではこんな事件は起きてないみたいだけど。
……みんなは最近、夢って見てる? 
どんな夢かちゃんと思い出せる? それは初めて見た夢かな?
もしそれが前に見た夢の続きなら……気を付けた方がいいですよ?
Sちゃんみたいに、延々と続く夢の世界に閉じ込められちゃうかもしれませんから。
……ことりの話はこれで終わりだけど、大丈夫かな? 
それじゃあ、ロウソク消してきますね。
74:
第九話 『祝菓祭』 (絢瀬亜里沙)
ことりさんのお話、すっごくハラショーでした。今日の夜はお布団で眠れなくなっちゃいそうです。
それじゃあ、負けないように頑張りますっ! 亜里沙が話すのは、ロシア民話の一つです。
ただ民話と言っても、実際の行事が元になっていて……うん、お姉ちゃんならすぐ分かったでしょ。
ロシアのある地方では、毎年クリスマスの三週間くらい前に小さなお祭りをやるんです。
日本語で言うなら……祝菓祭? で良いのかな。
『конфея』――カンフィエーヤ、っていうお菓子の妖精がいるんですけど。
その妖精に扮した人々がみんなの家を回っては、子供たちにお菓子を配ってくれるんです。
綺麗なラッピングがされた袋には、ボンボンやシローク、プリャーニクなんかが詰まってて。
私もお姉ちゃんも、毎年祝菓祭を楽しみにしていたんですよ。
75:
ただ、このお祭りで一つだけ気を付けなければいけないことがあるんです。
お菓子を貰う時に、カンフィエーヤは一つだけ質問をしてくるの。
『まだまだお菓子は籠一杯。余ったお菓子はどうしましょう?』
そうしたら子供たちは、『残りは欲張りアレクセイに』と答えないとダメ。
こう答えないと、あなたもアレクセイみたいになっちゃうわよ、なんて大人たちにおどかされるんです。
なんでこんな決まりが出来たのか……それは昔々に遡ります。
まだその頃は、人々に本物のカンフィエーヤが見えていて。
そしてカンフィエーヤもすべての人にお菓子を配ってあげていた時代。
そんな時代に、アレクセイという一人の若者がおりました。
76:
彼は優秀な猟師でしたが、一方で村一番の強欲者でもありました。
村周辺の生き物たちは、彼の手によってその殆どが狩り尽くされ。
持ち前の力と粗暴さによって村の若衆を支配するまでになり。
果ては、村の酒造庫を抑えて、お酒を独占する始末。
しかしそれでも、彼の欲望は留まるところを知りません。
祝菓祭の時期に訪ねてきたカンフィエーヤに対しても、アレクセイは食ってかかります。
77:
『これっぽちの菓子で満足できると思ったか。もっとよこせ』
それを聞いたカンフィエーヤは、たくさんのお菓子を作りだしてみせます。
キャンディーやタフィー、ヴァレニエやクリーチが、彼の背丈ほどの山になって現われました。
ですが、それを見てもアレクセイは、まだ足りないと言い張ります。
『もっとだ、もっと菓子をよこせ』
このカンフィエーヤと彼の問答は、祝菓祭の夜じゅう、繰り返されました。
……さて、次の日の朝。あれからアレクセイはどうなったのか。
一部始終を見ていた村人たちは次の日の朝、彼の家を訪ねました。
78:
彼の家は一面お菓子がうず高く積まれていて、まるで城壁のよう。
そして、その中心には。ベッドに横たわるアレクセイの姿がありました。
ただ、その目はキャンディに成り代わり。皮膚は所々、糖蜜漬けに。
だらんと垂れた右の手足は、ジャムのかかったクッキーにすげかえられており。
そして極めつけは、パイ生地のお腹に裂けんばかりに詰め込まれたウイスキーボンボン。
そう、アレクセイは……お菓子になってしまったのです。
可哀想なアレクセイは、カンフィエーヤの手によってお菓子に作り変えられてしまったのです……
……ここまでが亜里沙の聞いたお話です。
『欲張りすぎると身を滅ぼすから気を付けなさい』という教訓を、子供たちに学ばせる。
そのために、この様な民話が生まれたと思うんです。表向きは。
79:
……はい。だって、日本では昔から言いますよね?
火のないフトコロにケムリは立たず、って。
民話も同じだと思うんです。語り継がれるには、それだけの理由がある。
きっとアレクセイという人は、本当にいたんです。強欲さや粗暴さも同じく持っていて。
それで耐え切れなかった村人たちが、我慢できずに……そっちの方が自然じゃありませんか?
だから、当時の村人たちはそれを隠して。セイトーカしたんじゃないでしょうか。
甘いお菓子を使って、子供たちの口を塞いでしまうことで……
……ふうっ。どうでした? 亜里沙、怖く語れたでしょうか?
ロウソク、消してきますね。
83:
第十話 『こっくりさん』 (津島善子)
ふふふ。ついにこの堕天的主役の出番ってわけね!
いいでしょう、迷えるリトルデーモンたちの為に特別に召喚術の話を……ちょっとぉ!
誰よ今善子って言ったの!? 何度も言うけど、善子じゃなくてヨ・ハ・ネ!
まったく……分かってるわよ、始めれば良いんでしょ。
さっきので気分が削がれたから、あんまり話したくはないんだけど……
これは思い出したくもない、中学の頃の話。
当時の私は、堕天使としてその力を発揮していたのだけれど。
どうも他の生徒には魅力がいまいち伝わらなかったのよね。
84:
でも、その中にも私のチャームが効く生徒が何人かいたのよ。
同じ属性というか……闇に憧れて、それを手中に収めんとする探究者たちね。
ヨハネみたいに黒魔術専門って子はいなかったから、あんまり私も話しかけはしなかったの。
練度の異なる闇が重なると、魔力の暴走に繋がりやすい。これは堕天使の間では常識よ。
だから、しばらくの間はそんなに深いかかわりも無かったの。
ある日、彼女たちの一人に誘いを受けるまではね。
『ヨハネちゃんって召喚術や降霊術に長けているのよね。大丈夫、言わなくても分かってるわ』
『今度みんなで集まって本式の降霊術を執り行うから是非参加してほしいの』
誘いの内容はこんな感じだった。勿論ヨハネはOKしたわ。
だって初めてで嬉し……ごほん! 魔術が正当に行使されているか確認する必要があったから。
85:
件の降霊術は放課後の学校で、私を含めた五人で行われたんだけど。
その降霊術っていうのが……いわゆる『こっくりさん』だったの。 
確かに降霊術だけれど、私一度もやったことはないし! というか和風の術式は専門外だし!
だけど、その集まりの中心になっていた子が詳しく調べていたのは本当らしく。
七日七晩清めた十円玉を使ったりとか、和紙に血液を混ぜた墨を用いて字を書いたりだとか。
仕込みが色々工夫されてたわ。流石の私でも少し引くくらいのレベルでね。
でも、始まってみれば案外普通だった。
適当に誰かが質問して、当たり外れが入りまじった解答が返ってくる。
よく話に聞く感じのこっくりさんで……まあ正直言って、半分くらい拍子抜けしたわね。
86:
そうして、最後に終わらせようと思って。ありきたりの質問をしたのよ。
『ありがとうございました。こっくりさん、お帰り下さい』って。
返ってきた答えは……『いいえ』だった。それが一回くらいなら笑い話で済んだんだけど。
何回質問しても、十円玉が指し示すのは『いいえ』だけ。
もうこの時点で何人かの子はダメそうだったわね。
ちょっと、やめてよ。何ふざけてんの。そんな風に、企画した子や私に向かって叫び始めたの。
勿論私は何もやってないし、企画した子も右に同じ、って感じだった。
じゃあ十円玉から指を外そう、って誰かが言い出したのだけれど。
それも無理。まるで磁石か何かみたいに、指が吸い付いて離れない。
87:
その内、十円玉がめちゃくちゃに動き始めた。
その動きに合わせて、紙に書かれた墨の文字が擦れて……できたのは逆向きの五芒星。
ここまでくると、もうみんなパニックで。
謝る子、笑い始める子、よく分からない呪文をもごもご唱える子。
もし誰か見てたら、この子達は気が触れた、って疑いそうな光景だった。
だけど、私は……なんかそれ見て逆にすん、と気持ちが落ち着いちゃって。
何というのかしら。怒りとか呆れとかが混ざったような感じ、とでも言えばいいのかしら。
まあ、ともかく。冷静になった私は、動く左手を使って準備を始めたのよ。
88:
制服のポケットに入っていたメモ帳をちぎって。十円玉を引っ張り出して。
ぱぱっと最低限の文字を書いて……私は左利きじゃないから、今思えば大分適当だったわね。
それで、詠唱を始めたのよ。
『こっくりさん、こっくりさん、お越しください』
そうしたら途端に右手がふっ、と楽になって。ええ、成功したのよね。
こっくりさんの移し替え。
89:
あとはメモに移ったこっくりさんに、ひたすら文句をぶつけてたわ。
あんたも狐の一種なら、もっと大掛かりなことが出来るでしょう!
何なのよ、紙に絵を描くだけって! 何かあるでしょ、窓割ったりとか!
それに逆向きの五芒星って、それは西洋の悪魔の紋様じゃないの!
あんた日本の霊なんだから、もっとそういうことちゃんと勉強してから出直しなさいよ!
……こんな感じで、三十分くらい説教してたら、何も言い返さずに帰っていったわ。こっくりさん。
あ。もしかしたら私が適当に書きすぎたせいで、何も言い返せなかったのかも。
90:
他の子たち? ああ、みんな無事だったわよ。
ただ、ね……こっくりさんを追い払う一部始終を見てたわけで。
『あのこっくりさんにダメだしするなんてただ物じゃない』、って認識が生まれちゃってね。
オカルトに対するトラウマも出来たせいか、その子たちにも避けられる様になったの。
……分かったでしょ。それであんまり中学時代を思い出したくないわけ。
もうこっくりさんはこりごりだけど……もしどうしてもやらなきゃいけなくなったら。
その時はその分の恨みも乗せて、ねちねち言ってやりたいわ。
これでヨハネの話は終わり。 ロウソク、消しに行ってくるわね。
91:
……

穂乃果「あれ? 今何話目だっけ?」
千歌「えっと、さっきの善子ちゃんので十話目だったと思うよ」
雪穂「もう……お姉ちゃんたら、しっかりしてよ」
希「いやぁ、それにしてもみんな色んな話を知っとるね。
 聞いてて興味が尽きない、って言うのは楽しいやんな」
絵里「そうね」
ルビィ「お姉ちゃん……ルビィ、怖いよぉ……」
海未「あの……私は海未ですが……」
ルビィ「ピッ!? ご、ごめんなさい! 抱き付いちゃって迷惑でしたよね!?」
92:
海未「ああ、いえ。それで落ち着くのなら構いませんが……」
ダイヤ(ルビィ……くうぅ、さりげなく海未さんに抱き付くとは……!)
ダイヤ(……はっ! 私も同じようにすればエリーチカと触れ合えるのでは!?)
真姫「そんなわけないでしょ。もっと現実を見なさいよ」
ダイヤ「!? 真姫さん、あなた、人の考えを!?」
真姫「そうじゃなくて……あなたも誰かさんと同じで、顔に出すぎなのよ」
希「さて、そろそろ後半戦といこか」
曜「……」
果南「? 曜ちゃん、どうしたの?」
曜「あ、ううん。何でもないよ。ちょっと考え事してただけ」
果南「そう? ならいいけど」
93:
第十一話 『話半分』 (東條希)
それじゃあ次は、ウチが話す番やね。
話す番手がぴったり半分ということで、それに見合った話でもしようかな。
『話半分に聞け』っていう言い回し、みんなはこれまでに一度は耳にしたことがあるはずやん。
人の話は半分くらいは誇張や嘘だから、聞き流すくらいでちょうどよいってことやね。
実はこれ、元々は呪術に関する言葉なんよ。
呪い――のろいでも、まじないでもいいんやけど。
そういうのに携わる人たちの、基本的な考え方の一つだったみたい。
94:
呪いっていうのは色々な術式がある。
その中でも一番使われるのが、言霊を使うものでな?
強力で準備に手間がかからない。しかも会話に術式を組み込んだりも出来るから、応用も聞く。
よく呪詛や呪言が本にまとめられていたりするのも、こういう理由があるからなん。
もっとも、強力な分もろい部分も大きい。それがさっきの言葉に繋がってくるんやね。
つまり、呪いの一部を聞き流す……たったこれだけで、言霊を用いた呪いの多くは無効化されるんや。
呪いは一部が欠けただけでも、がくんとその効力は落ちる。
それで、日ごろから話半分に聞くことを心がけることで、呪いを予防できるという寸法なんよ。
これは現代でも使えるから、覚えておくと役に立つかもね。
95:
その一方で。実はこの言葉は、かける側にとっても重要になってくる。
術式をちゃんと理解せずに生半可に用いると、それは回りまわって自分にかえってくる。
例えば、誰かの話や術式をそのまま鵜呑みにして用いたら大惨事に繋がった、なんてのはよくあること。
ちょっと考えれば分かることなのに、それを怠って大火傷を負う。
そんなことになりたくないなら、話半分で置いておかずにしっかり術式を学ぶべし。
そういう意味で、術者側の戒めにもなってるんやね。
96:
ああ、そうそう。
さっきの善子ちゃんの話も、一歩間違えれば危なかったかもしれへんよ?
多分話の中の子が用いていたのは、こっくりさんの中でも亜流の方法なんよ。
あえて術式を不完全にすることで、そのエネルギーの増幅を狙う。
そうやって編み出された方法なんやけど……暴走の危険もあるし、あまりオススメしないなぁ。
それでな、そうやって出来た不完全な術式に、不完全な術式が上書きされた。
これだけで危険は相当跳ね上がってる。うっかりそのまま暴走しようものなら。
……まず間違いなく、全員無事では済まなかったやろね。
まあ、そうは言っても。切迫した状況やったからウチもとやかくは言わないけど。
終わりよければすべてよし。何事もそれが大事やんな?
97:
少しごちゃごちゃしてしまったけど、ウチが言いたいのはこの二つ。
呪いを受ける側になったら、話半分に聞けばある程度は問題ない。
呪いをかける側になったら、話半分にせずにちゃんと呪いを完結させること。
この二つさえ守っていれば、滅多なことは起きないからね。
うん? 呪いをかけたり受けたりする機会なんて普通にしてればまずないって?
まあまあ、そんなこと言わんといて。こういうのは知っておくことが大事なん。
それにね、案外そういう機会はすぐ目の前に来てるかもしれへんよ? なんてな。
ウチの話はここまで。ロウソク、消してくるよ。
98:
第十二話 『人を呼ぶ松』 (松浦果南)
あれ? 次って私だっけ? あ、そうなんだ。
怪談、怪談ねぇ……。ああ、あの話ならいいかな。
沼津の方にね、千本松原っていう松林があるんだ。
沼津港の辺りから海岸に沿って、確かお隣の富士市まで続いてるんじゃなかったかな。
松の木の多さは、千本松原の名前の通り……いや、その名前以上かも。
それで、中には散策用のコースなんかがあったりして。
晴れた日には富士山も眺められるから、ピクニックなんかには丁度良いんだよね。
確か前に、チカたちもピクニックに行ってなかったっけ?
99:
そうやって地域の人たちに親しまれている所なんだけど……
木がたくさん生えてて、うっそうとしている部分も多いんだよね。
手入れは十分やっているとは思うんだけど、松林だから、仕方のない部分もある。
だからかさ、たまに出るんだ。何って……自殺する人が。
首をくくっちゃう人が年に二、三人くらい。
大抵早朝に犬の散歩をしている人がよく見つけて、地方ニュースになったりしてる。
……事情は人それぞれだと思うんだけどさ、なんか勿体無いよね。
死ぬのは勝手だけど。その前にやれることって結構あるんじゃないかな。
100:
まあ、その話はおいといて。
それでね、自殺する人なんだけどさ……どうもみんな、同じ木で首を吊ってるみたいなんだよねぇ。
数キロも続いてる松林の中で、松が無数にある中でだよ? 
まるで引き寄せられたかのように、その木の周りで遺体が発見されることが多いんだ。
不思議じゃない? うん、そうだよね。
だからさ、この前その松を見に行ってきたよ。
あ、もちろん一人でじゃないよ。おじいも一緒。
こういう不思議なことは、何よりうちのおじいが詳しいからね。
101:
事前に場所の目星はついていたから、メモを見い見い行ったんだけど。
何というか、本当に普通の松だったよ。
散策用のコースからちょっと外れた所に生えているくらいで、あとは他の松と同じ。
地面から3メートル位に生えてる枝に、ロープが垂れ下がっていたのはちょっとびっくりしたけど。
多分、警察の人たちが残していっただけで特に問題は無さそうだったよ。
おじいに聞いても、『ちぃとばかし、いきゃぁけんど。ただの松だよ』って言われちゃって。
うちのおじいに分からないなら多分そういうのが原因じゃないんだよね。
じゃあ、何でだろう。とりあえずその枝にぶら下がって、ぼーっと考えてた。
102:
そしたらね、何か分かった気がするんだ。
あそこの松の枝から海を眺めるとね……丁度ね、海岸が綺麗に見えるんだ。
多分夕暮れ時だったら、夕陽の光もあってもっと良い感じになるんだと思う。
それだけか、って? うん、それだけ。
でもね、あまりにも綺麗で……吸い込まれそうだったよ。
死ぬ間際に見たら、後悔しないってくらいにはね。
103:
あれはね、多分……松が悪いんじゃなくて、人の本能のせいかな。
死ぬときには出来るだけ良い景色を見て死にたい。
そんな人間の本能と、あの松が絶妙にマッチングして。
それであそこの松で首をくくる人が多いんだろうね。
まあ、良ければチカたちも一回見てみてよ。
死体と一緒に見るのは流石に勘弁だけど……単純に綺麗だったからさ。
地元にこんな美しい景色があるって、知っといて損はないと思うんだ。
こんな感じだったけど良かったかな。
向こうに行って、ロウソク消せばいいんだよね。了解了解。
124:
第十三話 『誘い水』 (高坂雪穂)
次は私の番ですよね……うーん。
ええっと……今から話すのは、私の実体験なんですけど。あんまり話したくないというか。
話したら笑われそうっていうか。特にお姉ちゃんに。
……本当に? 絶対笑わないでよ? 約束だからね。
プラスチックのカップってありますよね?
ほら、透明の。スタバやドトールで、コーヒーを注文すると出てくる、あの容器です。
最近はコンビニでも似たようなのを見かけるようになりましたけど。
実はですね……私、ここ最近追いかけられてる気がするんです。そのプラカップに。
……あーっ! やっぱり笑った! だから嫌だったの、この話するの!
ふーんだ、もう謝っても絶対許さないからね。 
125:
まったく……まあ、他に話も用意してないですし、このまま話を続けます。
最初にそのプラカップが目についたのは、二週間くらい前でした。
お母さんに頼まれて、おつかいに行った帰りだったかな。
中身が半分くらい残ってる、透明のプラカップ。
色から考えると……多分お茶か、だいぶ薄まったコーヒーでも入っていたのかも。
それが、通り道にある駐車場の端っこに、ポツンって置いてあったんです。
それもゴミ箱に入れるんじゃなくって、いかにも飲みかけですよって感じで。
ああ……もったいないことをする人もいるんだなぁ。
捨てるなら捨てるで、こんな所においとかなくてもいいのに。
その時はそう思ったくらいでした。そりゃあ、光景自体は珍しくもないですしね。
126:
その次は…一週間前。近所にある喫茶店の近くでしたね。
お姉ちゃんや絵里さんなら知ってるでしょ? あの、セットのチーズケーキが美味しい……
そうそう! 最近は期間限定のモンブランも……って、脱線しちゃいましたね。
あそこの喫茶店の目の前。歩道の縁石の上に、プラカップはありました。
よりによってこれ見よがしに喫茶店の前に置かなくても。
その時も私はちょっとカチンときて、家に持って帰って捨てましたよ。
127:
そして三日前。亜里沙と二人で遊びに行った日なんですけど。
新しく出来たクレープ屋さんに寄って、それから映画館に行こうって約束してたんです。
ああうん、本屋さんの横のお店。 結構美味しかったし、お客さんも多かったかな。
ただ、その店を出ようとした時に……扉が中途半端に開いたままで。
どうも何かがつっかい棒になって、ちゃんと閉まらなかったみたいなんですよね。
そのつっかい棒が……ええ、例のプラカップでした。ご丁寧に中身付きで。
まあ、またかってくらいで。あんまり気にせず映画館で二人で映画を見に行ったんですけど。
……そこでもまたご対面。映画館の外、ベンチの上に置いてあったんです。
マナーのなってない人もいるね、って亜里沙とそう話したっけ。
128:
何故か今日はよくあのプラカップを見るなぁ、そう思っていたけど声には出さず。
亜里沙と近くの公園まで行ったんですよね。映画の感想とか話したかったし。
ベンチに座って、一時間くらいですか。お喋りの合間、ふっと視線を公園の中に向けると。
……また、あるんですよ。あのプラカップ。
ただこれまでと少し違ってて、氷が浮いてて。
ついさっきまで誰かが飲んでいた、そんな感じなんです。
カップに水滴がついてて、いかにも冷えてます、って様子で。
ぼーっと見ているうちに、何だかとても美味しそうに見えてきて……
129:
いや、飲んではいないからね!? いやしんぼのお姉ちゃんじゃあるまいし!
『どうしたの、雪穂?』って亜里沙が声をかけてきて。
その後、そのカップの近くに遊んでた小さな子が近づいていってたから、急いで駆け寄って。
危ないよ、って中身を捨てて、それで終わり。
……ただ、一日に三回も。行く先行く先、まるで先回りしているかのように。
いくら何でも、ここ最近であんなに置き去りのカップを見るなんて、おかしい気がします。
しかも最後の一回は、一瞬ですけど、危うく飲んでしまいそうな気持ちになって。
……まあ、気にするから意識がそっちに向かうようになってて。
それで変になってた、なんて言われればそれまでなんですけど。
130:
それからですか? あのプラカップは見てませんよ。
流石にあれだけ一日で見ちゃうと、もう中々出会わないみたいですね。
ただ、あのプラカップ。誰が置いているかは分からないんですけど。
もし中身が腐っていたら? あるいは、洗剤や、他の薬品なんかが混ざっていたら?
そして小さい子とか、酔っ払っている人とか。
あるいはお姉ちゃんみたいないやしんぼな人が……いーっ、仕返しですよーだ。
"たまたま"喉が渇いている時に、あのプラカップがあったらと思うと。
少し、怖いですよね。そういう誰かの悪意が潜んでいたりして。
131:
まあ、全部私の杞憂だと思うんですけどね。
プラカップをここ最近よく見ていたのだって、単なる偶然の重なり合いってだけかもしれません。
でもそういう、日常に置かれている恐怖、って結構あると思うんですよ。
それこそ私たちが偶然に、目を逸らし続けているだけで。
意外とそういうものって、多いのかもしれません。
これで私の話は終わりです。
132:
はーっ、疲れたぁ! いえ、長々と話したから、すっかり喉がからからで。
少しこれ頂きますね……ぷはっ。
あー潤う……!? あ、あああっ!? 
す、すみません! 他の人の飲み物、うっかり飲んじゃいました!
ついつい、美味しくって……本当にごめんなさい! 後でお代は支払いますから! 
……ところで、このプラカップって、誰のでしたっけ?
 
え、えーと、あはは……ろ、ロウソク消してきますっ!!
133:
第十四話 『他人の夢』 (西木野真姫)
……雪穂ちゃん、大丈夫だといいんだけど。
ええ、じゃあ次は私が話す番ね。
私の家は病院をやっているの……って、何だかこの紹介も今更感があるわね。
普通の診療所じゃなくて、大きな総合病院だから色んな疾患を持った人がいるの。
内臓が悪い人もいれば、目に病気を抱えた人も。
身体だけじゃなくて精神に疾患を抱えている人だってもちろんいる。
患者さんによって症状は千差万別なんだけど。ごく稀に変わった症状を訴えてくる患者さんもいて。
今回はその人の話をするわ。
守秘義務? ああ、ちゃんと許可は本人にとってあるわよ。
もっとも名前を明かすのだけはNGだって断られているけれど。
134:
その人は、精神科を受診していた患者で……まあ、私の同級生だった子。
今は違う高校にいっちゃって、連絡もほとんど取ってないわ。
でも、私が医者の娘で、病院内で鉢合わせちゃったのが大きいわね。
自分の症状を話しても、ただの変な夢だって一蹴される。そう言って泣きついて来たの。
そうは言っても私に何か出来る訳じゃない。医学的な知識なんて殆どないし。
かと言って、大分思い詰めていそうだったし、精神的には危うそうだった。
だから、話を聞いてあげることにしたのよ。
そうやって吐き出させて変に刺激もしなければ、多少は落ち着くだろうと思って、ね。
135:
彼女の見ていた夢は、こんな夢だった。
最初は真っ白な空間の中に彼女が一人椅子に座っている。
その向かいにはもう一脚同じ椅子があって。
暫くすると、誰かがやってきて、その椅子に座るらしいの。
そこに座る誰かは見る日ごとに違っているようで。
男の人、女の人、小さい子、老人……まあ色々ね。
共通点と言えば、みんな揃って顔がぼやけてることくらい。
なんでも擦りガラスを通したかのようで、はっきりとは見えてこないみたいなの。
136:
それでね、彼女はその誰かさんが夢を語るのを聞いているらしいの。
ただ、その夢っていうのが幸せなのかどうなのかは彼女には分からない。
例えば、世界中の車椅子を解体して回りたい少女。
ライオンと決闘して死にたいと豪語するスーツ姿の男性。
孫娘の髪の色を黒髪にしてあげたい老婆だとか。
そういう人たちが、彼女の夢に出てくるみたいなの。
それで、何故そんなことをしたいのか、って彼女はいつも聞くらしいんだけど。
『君にはきっと分からない』 そう呟いたきり。その誰かさんは消えてしまう。
そこで目が覚めるんですって。
……自分の理想が夢に出る、とはよく聞くけど。誰かの理想が夢に出るのは私も初めて聞いたケースね。
137:
かといって、そこで語る人たちが実在するとは限らないし。
偶然同じ夢を連続で見ている可能性もある。
それはそれで危険だって、さっきことりが言っていたけど……
それにしたって私にはどうしようもなかった。
話を聞いて、一緒に悩んであげるくらいが関の山。
まあ、何もしないのも癪だから対策自体は講じようと思っていたのだけれど。
一週間くらい経った頃かしら。彼女、こう言ったの。
多分もう、あの夢は見ないと思う、って。
138:
何でも昨日の夢は普段と少し違ったらしいの。
誰かの理想を聞く部分までは同じ。
年老いて誰かに迷惑が掛かる前に、存在自体を消してしまいたい。
そう語る少年の夢を聞いて。何故そう言うかを問いかけると、
『君にはきっと分からない』っていうお決まりの答えが返って来る。
ただ、この日だけは続きがあって。
『だからこそ、話すことができた』という言葉が続いたみたい。
夢の変化に彼女が驚いていると、最後に一言何か残して消えちゃったんですって。
そこで彼女は目を覚ましたらしいわ。
139:
事実、その夢が最後だったみたいね。
また話す機会があったんだけど、もうその夢は見てないって言ってたわ。
元気そうだったし、多分嘘はついてないんじゃないかしら。
ただ、夢に出てきた人たちのことは何も分からない。
本当に実在しているのか、それとも彼女が作りだした思念体なのか。
彼らの語った夢や理想は、本当に理想なのか、はたまた懺悔か、後悔か。
それすらも分からないの。
まあ、でも分からないままでもいいんじゃないかしら。
医学的には『彼女の精神が回復した』それだけで十分なんですもの。
夢が何とどうリンクしてたか……なんて今の技術じゃ解析も不可能だしね。
140:
最後に残した一言? ああ、私も分からないの。
でもきっと、彼女を見る限りは変な言葉じゃなかったんだと思う。
多分月並みに、『ありがとう』とかじゃないの? 
私としても気が楽になるから、そんな言葉だったと信じてるわ。
これで私の話は終わり。不思議な話で終わっちゃったわね。
ま、いいわ。ロウソク、消してくるわよ。
141:
第十五話 『ほうたる、こい』 (園田海未)
先程の真姫の話、中々に奇妙で、素敵な話でした。
では私も、とっておきの話をしましょうか。
ミューズのみんななら存じているとは思いますが……私は登山が趣味なのです。
爽やかな空気の清涼感。自然の中を、身体全体を用いて進んでいく解放感。
そして何より、登り切って山頂に立った時の達成感。あの感覚は何物にも代えがたいものです。
最近は一人で登山に行っていますが、幼い頃はよく父と一緒に行っていましたね。
時にはキャンプ場に泊まりこみで行くこともありまして……ふふ、良き思い出です。
これはそんな時に体験したお話です。
142:
確かあれは小学二年生の春、五月も半ばを過ぎたあたりでしょうか。
父が長野の方のキャンプ場へと、連れて行ってくれたのですよ。
滅多にない父との旅行。キャンプ。勿論登山も日程に組み込まれていて。
これで心が躍らないはずがありません。
前日は興奮しすぎて、よく眠れなかったのを覚えています。
キャンプ場についてからも、その興奮は中々覚めませんでした。
周囲を散策すれば、図鑑でしか見たことのない鳥や草花が溢れていて。
泊まり込みの準備もテントの設営や、飯盒での炊事など、慣れていない体験の数々。
新しいことの連続で、一日中目を輝かせていた様に思います。
143:
極めつけは、辺りが暗くなり始めた頃でしょうか。
ぽつり、ぽつり。紫色の空を、飛び交う光が現れ始めたのですよ。
……ええ。ちょうど蛍の時期だったのです。
もしかしたら父はこのことを知っていて、この旅行を計画したのかもしれません。
ともかく私は、初めて見る蛍に感動していました。
葉の上にいる蛍を、じっと見たり。夜空を舞う蛍の群れの方に走っていったり。
今まで図鑑でしか見たことのない蛍。
それに直に触れてみて、あまりの美しさに圧倒されていましたよ、ええ。
144:
夜もすっかり更けた頃。父はとうに床に就き、私もうとうとしていた時分。
何故だか花摘みに行きたくなった私は、テントを抜け出しました。
キャンプ場に設えられたトイレは、私たちのテントから少し離れていまして。
ですから、点々と存在する電灯を頼りに、トイレへと向かったのですよ。
その帰路も道半ば、といった所でしょうか。ふっ、と一筋の光が視界の端をかすめました。
目を向ければ、一匹の蛍。ふらふら、覚束ない様子で宙に浮かんでいます。
それを見て……助けたいと思ったか、はたまた捕まえて父に褒められたいと思ったか。
はっきり覚えていないので、どちらが定かだったかは分かりません。
ですが、蛍を捕まえよう、そう思ったのだけは間違いないのです。
145:
あちらこちらへよろめきながら空を飛ぶ蛍。
今なら造作もないでしょうが、当時の私には捕まえるのは困難でした。
あともう少しの所で手をすり抜ける蛍に、悔しさが募り。その悔しさが深追いをさせる。
精神的にも、肉体的にも相当未熟だった。そう自省すべきでしょうね。
しかし、その未熟さが――最終的には身を助けたのかもしれません。
林を抜け、草を踏み分けながら蛍を躍起になって追いかけ回していたのですが。
木の根にでも足を引っ掛けたのでしょうか、転んでしまいまして。
そうして、初めて気付いたのです。
自分の目の前に――断崖絶壁が広がっていることに。
146:
九死に一生とは、まさにこのことを言うのでしょうね。
何かに躓いていなければ……おそらくは蛍を追ったまま、崖から転落してしまっていたでしょう。
あの蛍は、私の目の前をゆらゆら漂った後、向こう側の空に消えて行きました。
後に残ったのは倒れた私と、遠くに見えるキャンプ場の電灯らしきかすかな光だけ。
……その光が動かないのを確認してから、私はそちらへ駆け戻り。
自分のテントに戻って父に抱き付く形で、一夜を明かしたのです。
翌日は登山に向かい、そのまま帰宅したので、あのキャンプ場に戻ることはありませんでした。
ですが、心底良かったと思っています。
147:

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