従姉に恋をした。そんな俺の恋物語を聞いてくれback

従姉に恋をした。そんな俺の恋物語を聞いてくれ


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1:
従姉に恋をした。
信じられないほど心が痛い。
彼女に会ってから今日まで、一年一年、一日一日、その痛みは
蓄積されていき、今は極限だと思う。それはもう彼女との未来
など有り得ないのだと実感してしまったからだ。
二ヶ月前のあの日に。
5年前、母が再婚した。嫁いで間もない冬のはじめ、嫁ぎ先の
お姑さんが亡くなった。その葬式の最中、彼女と初めて出会った。
彼女は母の再婚相手の姪っ子。歳は俺よりも2つ上。しかし小さ
な風貌のせいか幼く見え、またバタバタした葬式の最中でもあっ
たため、俺は紹介を受けていたにも関わらず彼女の年齢など頭に
なく、高校生だと思い込んでいた。
だから別段、彼女に意識を払
っていたわけでもなく、ましてや当時の俺には結婚を約束してい
た彼女もいたため、そのファースト・コンタクトはなんてことな
く終わった。
2:
俺は母の連れ子ではない。今現在も離婚した父(今も健在)の戸籍に属している。
だから厳密に言えば彼女とは血のつながりどころか戸籍上も従姉
弟関係にあるわけではない。
「君さえよければ私や私の子供たち、そして
私の親戚たちのことを家族だと思ってほしい。でも重く考えないでね。気
を遣わなければならない人間などいないし、みんな君のことをすでに家族
だと思っているから」
母が嫁ぐ時、再婚相手の男性が俺に言ってくれた言
葉だ。俺は彼の一言がすごく嬉しかった。俺が育った家庭環境は親戚付き
合いなど希薄だった。父も母も親類縁者と付き合うことを避けて生きてい
る人間だったから。
だから彼の子供たち(一男一女)や親戚の人たち(彼
は6人兄妹だったから一族の数はものすごく多い)がいっぺんに自分の家
族になったことが嬉しくてしようがなかった。そして事実、彼の言ったと
おりみんなあったかい人たちだった。
3:
俺はなんの衒も抵抗もなく、彼のことを「お父さん」と呼んだ。お父さん
の育った家庭環境も複雑だった。お父さんの姓は「太田」だったが、親戚
の人たちは「田中」姓だった。それは田中の6人兄妹のうち、お父さんだ
けが太田家に養子に出されていたからだった。
しかし両家の交際が深かったため、6人兄妹はほとんど離れ離れになることなく大人になったという。
その話を聞いた俺はますます、この一族の一員になれたことを嬉しく思いこんな素敵な人たちのところに嫁いでくれた母に感謝すらしていた。
しかしそんな俺の気持ちが、後々自分の障害になるなんて、当時は思いもしな
かったんだ。
4:
待ってる
9:
その年、2000年のクリスマスに、俺は付き合っていた彼女にプロポーズした。
この街では数少ない小洒落た店を予約し(俺は地方都市で育った)、大枚を
はたいて買ったエンゲージ・リングを彼女の薬指にはめた。
18の頃に両親が離婚し、間近で見せられた彼らの修羅場がトラウマとなっていた俺は、「結婚」なんてものになんの幻想も夢も抱いていなかった。その俺が結婚する。結婚できる。俺のトラウマは癒されたんだと思った。満面の笑顔で彼女が言う。
「ウチのお父さんの説得、ふたりでがんばろうね」
彼女は3人姉妹の真ん中で、上・下の姉妹はすでに嫁いでいた。それゆえにいつも「お前の結婚
相手は婿入りできる人間でないと認めない」と、彼女は父親から釘を刺されていた。俺はプロポーズの前に彼女に言っていた。
「俺の母親は再婚してるから安心だけど、親父はずっと一人身で暮らしている。彼に再婚する意思はないし、この先も独身でいるだろう。だから俺は君の家に婿入りするわけにはいかないんだ」
彼女は俺の気持ちを快く汲み取ってくれた。「お義父さん
も一緒に幸せになろうね」そんなことも言ってくれた。幸せだった。この幸
せな気持ちさえあれば、彼女のオヤジさんもきっと説得できると、自信を持
っていた。
10:
それからまもなくのある日、俺は彼女の実家に挨拶に行った。オヤジさんは
渋い顔つきをしていた。すでに彼女から俺が婿入りの意思のないことを聞か
されていたからだろう。座布団も茶も出なかった。まあ当然だろう、と俺は
気合を入れてオヤジさんと話し始めた。
「はじめまして。大塚と申します」
「話は聞いてる。認めない」
呆気にとられた。
「私たち夫婦に残されたのはこの娘だけだ。この娘までとられたらこの先、
私たちの面倒は誰が見る?」
俺はめげない。
「私が婿入りしないとしても、それはお義父さんたちの世話をしないという
ことではありません。ただ一緒に暮らせないというだけであって、お義父さ
んたちから彼女を奪うつもりはないのです。私を家族として認めていただき
たいのです」
ここまで理路整然と話ができたかはおぼえていない。オヤジさんは聞く耳を
持ってくれなかった。
「家族になりたかったら、戸籍上でも正式になりなさい」
太田のお父さんのことが頭に浮かんだ。血のつながりや戸籍についての考え
方、それは人によってこうまで違うものなのか。そんなことを考えたり聞い
たりしたことがなかった人生だった俺だから、二の句が出てこなかった。情
けないが彼女に目を向けた。ヘルプミーだった。しかし彼女はずっと目を伏
せたまま、とうとう最後まで一言も口を開くことはなかった。
11:
とりあえず、また今度お伺いしますと辞去した。彼女が車で送ってくれた。
車中は静かなものだった。俺は戸惑いやら怒りやらで混乱した頭を押さえつ
け、精一杯、虚勢をはった。
「まあ、時間をかけてがんばる…か!」
その俺の言葉も彼女は聞いていないかのように、ポツリと言った。
「無理かも…」
俺は爆発した。
「なんでだよ!?まだ一回目だぞ!ふたりでがんばろうって言っただろ!?」
彼女はすっかり怖気づいていた。すぐに冷静さを取り戻した俺は、やんわり
と、なだめすかしながら、しかし結論も出せずにこの日は彼女と別れた。
翌日は彼女とのデートだった。うまく事がすすんでいたら、本当は俺の両親
(もちろん太田のお父さんも含め)に挨拶に行くはずだった日。甘かったな
〜と苦笑しつつ、彼女との待ち合わせ場所である喫茶店へと入る。いつもの
席に彼女がいた。彼女はいつもと変わらなかった。俺もいつもと変わらない
ように装った。俺のバカ話にケタケタと笑う彼女に安心し、昨日の話を切り
出した。
「昨日は情けない終わり方になっちゃってごめん。甘かったよ俺」
下げた頭を戻すと彼女の強張った顔があった。…ん?なんだ?? 話を続けた。
「早いうちにリベンジしたいから、お義父さんたちの都合を確認しといてくれるかい?」
「うん。わかった」
彼女の顔がいつもの顔に戻った。また安心した。
「ゆっくりと、時間をかけてがんばろうな」
むしろ自分に言い聞かせるように言った。
そして彼女に会ったのはこれが最後になった。
12:
オヤジさんたちの予定を確認するため、俺は何度も彼女に電話をした。
仕事が忙しくもあったので、直接彼女に会えなかったからだ。
しかしいつ聞いても、都合が悪いらしい、の一言だけ。オヤジさんは観光バスの運転手
だったから、そりゃ仕方ないかと始めのうちは納得してた。
しかし3週間、4週間先の予定を聞いても同じ返事が返ってくる。ああ…まだ彼女は怖気づいているんだな、と感じ、俺は少し彼女に時間を与えようと思った。その話が終わると、電話口の彼女の声はうってかわって明るくなった。次のデートはあそこに行こうよ、ホワイトデー期待してるゾ、etc.etc…。ちょっとムッとした。そんな目先の楽しみで誤魔化したって仕方ないんだぞ。優先すべきことから逃げるなよ、と。
今度いつ会える?と聞いてきた彼女に、俺は仕事を理由に「ちょっとしばらく難しいな〜」などと意地悪をした。会えないほどの忙しさではなかったけれど、彼女がオヤジさんたちの都合を取り付けてくるまで会うまい、と俺は決めてしまった。
…今思うと、なんて度量の小さいヤツなんだ俺は。
13:
そんなこんなしているうちにゴールデン・ウィークを迎えた。彼女の返事
に変化はない。業を煮やした俺は、GWの予定を立てようと楽しげに話す
彼女を突き放した。「出張があるから遊べない」非常に残念がったが、彼
女は渋々納得した。実際、出張の予定などなかったが、この野郎、GWを
ひとりで過ごして反省しやがれ、などと俺の心は最低だった。
自分もひとりでGWを過ごすことになるのに馬鹿だよねコイツ。
GW初日の朝、しっかりと仕事も休みだった俺は、生まれて初めての一人
旅を思いついた。手早く荷物をまとめて駅へ行った俺は、その場で行き当
たりばったりに行き先を決めた。広島。なんで広島??
とりあえず新幹線で東京へ。車内で何度となく彼女のことを考えたが、無
理矢理に心を浮き足立たせる。ハメはずしてやる。東海道新幹線はグリー
ン車に乗ってやるぞ。座席にゃテレビが付いてて、美人のアテンダントが
おしぼりやらコーヒーやら持ってくるんだ。
浮かれた俺の頭に、飛行機を使う考えなど浮かばなかった。
14:
広島は良かった。
初めての一人旅ということもあったが、何もかもが楽しかった。気分も晴れ
かかっていた。2泊目の夜、地元で有名なジャズバーへと足を運んだ。ほろ
酔いの頭をベースの音にのせて躍らせていた時、地元OLと思しき2人組が
俺に声をかけてきた。
「おひとりですか?」
「ええ」ウホ、逆ナンかい。
「一緒に飲みません?でも彼女に怒られちゃうかな?」
「んなもん、いませんいません。どぞどぞ」
うっとりと曲に耳を傾けつつ酒を飲む。会話も弾んだ。そしていつしか(な
ぜか)、話題は男女の恋愛心理になっていた。
A「このコ、今彼氏とのことで悩んでるんですよ」
B「聞いてもいいですか?」
俺「ん?なぁに?」相当酔ってた。
B「結婚しようってことになって、この間ふたりで実家に挨拶に行ったんで
 す。そしたら父が『認めん』て言い出して。彼は一生懸命説得しようと
 がんばってたんですけど、私は父の剣幕にびっくりしちゃって…何も言
 えなくなって…涙出てきたんです。そしたら彼と父がケンカになっちゃ
 って…」
…あんた方、もしかして俺のこと知ってます????酔いが醒めた。
B「帰り道、彼に謝ったんです。何も言えなくてごめんて。そしたら彼『泣
 いてるお前見てたら、なんだかお義父さんに腹がたっちゃってさ。なん
 でだろ?ごめんな』って。嬉しかったけど、なんだか気まずくなっちゃ
 って、それ以来彼とこの話題に触れてないんです。もう彼、結婚する気
 なくなっちゃったんでしょうか?」
俺、なーんも言えんかった。多分ぽけーっとした顔してたんじゃないだろうか。
「その彼氏なら大丈夫。多分、君から言ってくるのを待ってると思うよ」
なんとかそんな言葉を捻り出した。
15:
2軒目に行く気にはなれなかった。誘ってはくれたけど、大したことも言
えない俺に彼女らも肩透かしをくらっていただろうし。それよりも早く地
元に帰りたかった。会いたかった、彼女に。ちゃんと会って、ちゃんと話
をしようと思った。翌朝、予定していたもう1泊をキャンセルしてホテル
を出た俺は、開店と同時にみやげ物屋を物色した。彼女の実家へのおみや
げを買い足した。
地元に帰った俺はすぐさま彼女に電話した。
「おかえり!出張、無事済んだの?」
「(後ろめたい気持ち全開)…うん。なんとか」
気を取り直して俺は言った。
「おみやげ買ってきたよ。お義父さんたちの分も。これ持ってまた挨拶に
行きたい。GW終わってからなら、お義父さんの仕事も一段落するだろ?」
彼女が言った。耳で聞いた最後の生声だった。
「…う〜ん…まだしばらく無理っぽいみたい」
限界がきた。
「なんなんだよ!!逃げんなよ!!俺は○△□●▲■○△□●▲■!!!」
もう今となっては何を言ったのか、何を言えてたのかはわからない。
とにかくなじりまくってた気がする。押し黙る彼女。それが尚、ムカついた。
「俺、間違ったこと言ってるか!?もういいよ!!」
こうして俺の結婚話は終わった。トラウマが蘇ってきた。
今、しみじみ思う。ここで彼女と別れなければ、俺が短気でなかったならば、
従姉のあのコに恋することもなかったと。
16:
その年の秋口の頃だったか。田中一族の娘さんの結婚式があった。
当然のように、お父さんが披露宴への招待状をくれた。まだ傷も癒えてい
ない俺に他人の結婚の祝福などきつかったが、その好意が嬉しかったので
参列することにした。当日、式は田中一族が住んでいる土地で行われた。
その土地は俺やお父さんたちが住んでいるところからはかなり離れた田舎
で、同じ県内ではあるものの風景が全く違っていた。快晴の下の田畑がな
んだかきれいだ。披露宴までの待ち時間は一族の長兄の家でつぶすことに
なった。すでに何人か親族が待機していたところに俺が顔を出す。
よく来たと迎えてくれる親族たち。みんな方言丸出しだが、それがあったかくて
俺は好きだった。そこに従姉のあのコ・恵子ちゃんがいた。軽く挨拶を交
わす。お互いなんとなく見たことあるな〜という表情。あ、あのコか。あ
っちも俺のことをそう思っただろうな。
お姉さんの赤ちゃんをあやしている彼女を、することがない俺は見るともなしに見ていた。なんだろう?や
けにオバサンくさい、いやいや、落ち着いている。別段美人というわけで
はないのだが、顔立ちに落ち着きが備わっている。今時の高校生ってのは
こんなに大人っぽいものなのか?確かにそこいらのギャル然としたケバケ
バしい女子高生とは違い、見た目は清楚でパーティドレスもしっくりきて
いる。それにしても、なぁ。
17:
披露宴が始まった。俺と恵子ちゃんの席は同じテーブルにセッティングさ
れていた。待ち時間の間にそこそこ会話を交わしていたので、俺はおもい
きって恵子ちゃんに歳を尋ねた。…31歳。2コ年上だった。だよなぁ。な
んだか会話しててもギャップを感じなかったし、いやむしろ話が合うなぁ
と思っていたくらいだ。
「やべぇ…俺、高校生と意気投合してる…」
なんてなことを考えてたから安心した。それからは披露宴そっちのけで彼女と
の会話に盛り上がった。彼女は方言と標準語の使い分けができていた。わ
ざと織り交ぜて会話する彼女は楽しく、決して嫌味な感じもしない。それ
もそのはずで、彼女も俺と同じく、県の都市部で働いていたからだ。他の
田中一族の人間よりも都会的な感覚が感じられた。
間違っても春江伯母さんのように
「健吾君(俺の名前だ)いいオドゴだなぁ〜鼻高いし。鼻おっぎぃオドゴはアレもデカイって知ってっか?ひゃひゃひゃ。だがら見ろ、ウヂのとーちゃんなんて鼻ちっちぇべ?ひゃひゃ」
なんてことは言わない
(俺はこの、女だてらに下ネタを連発する春江伯母さんが大好きで、これ
だからこの一族との付き合いはやめられない、などと思っている。ちなみ
に春江伯母さんは花嫁の母だ)。
そしてお互いの会社が意外に近い場所であることもわかった。
19:
披露宴が終わった。
俺はお父さんたち太田家の連中と一緒に帰ることになったが、恵子ちゃん
は2次会に参加するようだった。なんとなく恵子ちゃんと話し足りない感
じがした俺は、別れ際に彼女と電話番号の交換をした。会社も近いことだ
し、今度晩飯でも一緒に食おう、と。
帰りの車中、ふと母が言った。
「アンタ、結婚もダメになったんだから次考えなさいよ。恵子ちゃんなん
かいいじゃない!アタシ、あのコ好きだわぁ」
言い方は悪いが本人に悪気はない。するとお父さんも
「そうだなぁ。歳も近いしいいかもしれんなぁ」
義弟や義妹もノリ気で言う。
「うん!健吾君と恵子ちゃん、合うんじゃないの?」
いきなりくっついちゃえコールの嵐だ。
俺は「そーねー、いいかもねー」と適当に軽く流した。まだこの段階では、
俺は彼女に異性を求めてはいなかった。会話は楽しかったし電話番号だっ
て交換したが、あくまで「血縁関係のない従姉=女友達」の図式でしかな
かったのだ。
30:
1ヶ月ほど経った時だった。
俺は部屋の片隅にほっぽり投げていた物が気になりだした。
それは別れた彼女から借りていた本やCD。律儀な性格というわけではない
が、ちゃんと返さなければと思った。きちんと別離の言葉を口にして別れた
わけではなかったため、なんとなくケジメが欲しかったのだと思う。でもと
てもじゃないが、また会って手渡しする気はない。宅配便で送るため、彼女
のマンションの住所を教えてもらおうと数ヶ月ぶりにメールをした。返事は
すぐに返ってきた。
「私も借りていた物を送りますので貴方の住所を教えてください」
ハッとした。俺たちは互いの住所すら知らないでいたんだと。些細なことだ
が、妙にさびしくて、やるせない気持ちになった。彼女からの事務的なメー
ルの文面を見つめながら、すぐに住所を送信した。そして荷物を送る手筈を
整え、俺は今まで彼女と送受信したメールと、彼女のアドレスを抹消した。
だが期待していた解放感は得られなかった。
31:
翌日の昼下がり、冴えない気持ちで仕事をしながらふと恵子ちゃんの顔が
頭に浮かんだ。人と話したくてしようが無かった。俺のプライベートを知
らない相手と。俺は恵子ちゃんに電話をした。なぜかドキドキする。
恵子ちゃんが電話に出た時、思わずビクッとなって脇腹を攣った。脇腹を押さ
えながら、俺は恵子ちゃんを食事に誘った。それなら今晩どう?と彼女。
即日となるとは思ってなかったが、是が非でも行きたかった俺は、普通な
ら残業コースとなる仕事を終業時間30分前には片付けた。この仕事は穴
だらけになっていて、翌日ひどい思いをすることになったのだが、俺は空
いた30分でネットをつっついた。食事の場所選びだ。知ってる店は全て
別れた彼女と共に行っている。それらの店は避けたかった。久しぶりの店
探しは楽しかった。
32:
待ち合わせぴったりに彼女と会った。
よっ、という感じで彼女が敬礼する。俺も返す。それだけなのに心が弾んだ。
店まで彼女を案内する道中、「歩くの早いね〜」と言われた。俺の足はもう
スキップに近かった。選んだ店はモニターで見るよりも印象が良くて安心した。
席につく時、俺は言った。
「今日は『どうぞマダム』って、椅子は引かないけどいいよね?」
もちろんジョークだ。笑いながら彼女が言う。
「じゃあ、いつもは引いてんのかいっ!」
これだ。これがいいんだ。打てば響く鐘、とでもいおうか。
こちらが差し出した話題にすかさず乗ってくる。披露宴の時に彼女と話して
いて好印象を持った原因はこれだった。別に芸人のようにツッコミ役を探し
ていたわけではないが。
食事は美味しかった。もともと美味しい店だったのだろうけど、女の子と一
緒に食事することで更に美味しくなった気がする。異性が食事のテイストを
上げるってこと、久しく忘れてたよ。しかし…彼女は酒が強い!俺は人並み
程度だったから、会話に夢中になるあまりついついいつもの酒量を超えてし
まっていた。ギブだ。名残り惜しかったが店を後にし、彼女を送るためにタ
クシーに乗り込んだ。ひどい酔いでクラクラ。車体の揺れが拍車をかける。
だが彼女のテンションは高く、俺は搾り出した笑顔でそれに応じた。
彼女のマンションは俺のアパートに近かった。車で10分といったところ。
また一緒に晩飯をと手を振り、彼女は車外へ。走り出すタクシーをじっと見
送る彼女。俺はリアウインドウから最後の笑顔を振り絞ってそれに応えた。
300mほど走ったところでタクシーが門を曲がった。運転手さんストップ
してください。蚊の鳴いてるような声で車を止め、俺は外に走り出た。何年
ぶりだろう、吐いたのは。滝のようにゲーゲーしながら、俺は辛いんだか嬉
しいんだかわからなかった。
33:
それから彼女との付き合いが始まった。といっても単なる飲み友達のレベル。
でもウマが合うとはこのことを言うのだと、彼女に会うたびに実感した。い
ろいろな話をした。彼女の仕事の話、彼女が趣味としている旅行の話、アジ
アが特に大好きだということ、彼女が「書」を嗜むということ…彼女の話の
全てが新鮮で面白かった。
大抵は馬鹿話に花を咲かせていたが、時に真面目な話にもなった。
そんな時、彼女の考え方が自分と同じだったりすることも
あり、俺はますます引き込まれた。その上彼女は聞き上手でもあった。俺の
話を真剣に聞き、そして真剣な意見をくれた。その意見のどれもが的を射た
内容であり、俺はいつも感嘆とさせられた。
思えばそれまでの俺は女性というものを馬鹿にしてきたのかもしれない。
口には出さず心のどこかで。それまで付き合ってきた女性にいつも
「イエスマンは嫌いだから。自分の意見をちゃんと言ってよ」
などと言いながら、
「どうせ俺の意見のほうが正しい」
と聞き上手になれず、自分の考えで相手をねじ伏せてきた。
34:
いつものように恵子ちゃんとさよならし、ひとりアパートに帰った時、俺は
考えた。結婚まで考えたあのコも、そうした自分の利己の犠牲にしてしまっ
たんじゃないのか。ようやく見つけた宝石だったかもしれないのに。今更遅
いが、俺は反省した。生まれて初めて、別れた女性にすまないと思った。
何回目かに恵子ちゃんに会った時、俺は言った。
「君と話してると楽しい」
女性に対して初めて言った言葉だった。大した台詞でもないのにね。
「私も。健吾君の話は面白いし、会うのが嬉しいよ」
彼女がそう応えてくれた時、俺の気持ちは決まった。
この宝石を失いたくない。
35:
もはやいつ告白をしようかと、その頃の俺はタイミングを計っていた。
悶々としてはいたが、そんなことを考えるのは本当に楽しい。
そんなある日のこと。
当時、俺はよく週末に太田家で夕食をごちそうになっていた。お父さんや
母、一つ下の義弟や3つ下の義妹と団欒を楽しんだ。そろそろ30にもな
ろうかという独身男に、アパートでのひとりの食事は味気なさ過ぎる。俺
にとって大事なひとときだった。その日もアハハオホホと宴もたけなわに
なってきた頃、お父さんが言った。
お父「最近、恵子とよく飲みに行ってるんだって?」
俺 「ええ。なんか気が合うんですよ」
義弟「付き合ってるの?」
俺 「いや、そういうんじゃないよー」
義妹「付き合っちゃえばいいじゃないですか〜」
母 「そういう気、あるの?」
俺は黙ってニコニコしてた。
そこで母が真顔になって言った。
母 「…でもねぇ。もしも、もしもよ?アンタと恵子ちゃんが結婚なんてこ
 とになったら、アタシとアンタのお父さん、親戚ってことになっちゃ
 うのよねぇ…」
頭が冷たくなった。俺、なんでそのことに気づかなかったんだろう。
母 「アタシもあの時、恵子ちゃんなんかいいんじゃない、なんて焚きつけ
 たけど、後から冷静になって考えるとそういうことになるのよねぇ」
義妹「それじゃ、結婚式はお父さんたちと健吾君のお父さんが同席!?花束
 贈呈の時なんか、健吾君側にはお父さんが2人並ぶの?」
お父「いや、もしそうなったら私が並ぶわけにはいかないだろう」
俺は慌てて取り繕った。
俺 「ちょっ、ちょっと!何勝手に盛り上がってんだよー。そんなことには
 ならんから!ただの飲み友達。安心しろって。…でもそーなったら、
 ちとオモロイねぇ…ふふ」
母 「やめてよねーあはは」
なんとか冗談で済ますことができたが、もう俺は酒も食事も味を失っていた。
37:
>>1
乙。見てるぞ。ガムバレ。
55:
従姉弟同士は結婚できる。そう聞いたことがある。
ましてや俺と恵子ちゃんは血のつながりのない赤の他人。
彼女が俺に対して恋愛感情を持ってくれているのかはわからなかったが、
もし交際の申し込みにOKしてくれたならば、その先の展開も期待できると
思っていた。
だが親父の存在が、俺の淡い期待に影を落とした。
親父は心に傷を負っていた。母との離婚で生じた傷だった。
56:
親父と母が離婚したのは俺が18の時だった。
高校3年の夏休みのある夜、母が俺の部屋に来て言った。
「お父さんと別れようかと思って」
その当時、親父と母の様子がおかしいことは気づいていた。
親父は大工で、典型的な頑固オヤジ。もともと気難しい人ではあったのだが、
最近とみにひどくなり、ほんの些細なことでも怒り出すようになっていた。
幼き頃から拳で物事を教育されてきた俺も、さすがにこの頃の理不尽な親父の
態度には我慢がならず、よく反発するようになっていた。
母は母で、仕事から帰ってきても上の空、心ここにあらずといった感じ。そして
親父同様、ピリピリしていた。
そんな俺たちの姿に当時、中3の妹(俺には実妹もいる)は心を痛めていた。
そしてこの晩、両親がおかしくなった原因について母から聞かされた。
57:
ウチは借金を背負っていた。
春先、母は勤め先の金を落としてしまったという。大金だった。
だがそんな金はウチにはない。職場にバレては…ということで、母は親父と
相談し、親父名義でサラ金から金を借り、なんとか補填したそうだ。
これで合点がいった。
それから一週間ほどした晩。家族の間で話し合いがもたれた。
親父が言った。自分たち夫婦は離婚すること、ただし俺たち兄妹が学校を卒業
した後に。そして借金があること、だからこれからの生活が変わること。
いやだ、別れないでと妹が泣き喚いた。実の妹ながら常々クールなヤツだと
思っていたから意外だった。でもたかだか15歳の女の子だったんだから当然の
反応だったのだ。
58:
しかし何より驚いたのは親父の姿だった。泣き出したのだ。
それはもう嗚咽に近かった。本当は別れたくないと、顔をクシャクシャにしていた。
それから離婚までは1年が流れたのだが、俺にとってあの一年はトラウマになった。
実のところ両親が離婚してしまうことにさほどのショックはなかったのだが、
それからの親父の態度にショックを受けた。
あれだけ亭主関白で威張り散らしていた人が、夜6時過ぎには帰宅し、晩飯を作って
家族を待った。その頃母は少しでも金を作ろうと残業する毎日で、俺や妹は受験のた
めに課外授業を受けていて帰宅は遅かった。そんな俺たちを、親父は精一杯の笑顔で
迎えた。なんとか母に考え直してもらいたかったのだろう。その姿は憐れで痛々しか
った。子供が親を、ましてや息子が親父を憐れむことほど悲しいものはないと思う。
俺は親父にしょっちゅう殴られながら育ったが、それは今でいう虐待などではなく、
星一徹と飛馬、あんな感じ。殴られて畜生!と思うことはあっても、筋の通った説教
をする親父を恨んだことはなかった。それだけに豹変した親父の姿がやるせなくて、
嫌で嫌で、家に帰ることが苦痛になっていった。
しかしそんな俺たちの姿を見ても、母の気持ちが変わることはなく、そればかりか
親父に対する態度はどんどん冷たくなっていった。
一年後、離婚は成立し、親父が家を出た。
名門女子高への受験に失敗した妹はひどい精神状態になっていたため、女親のほうが
いいだろうと、母の手許に残ることになった。そして母と妹を精神的にも経済的にも
支えるため、同じく大学受験を失敗した俺はフリーターとなり、彼女らと生活を続けた。
そして妹の私立高校入学費をプラスした借金返済は、全て親父が背負った。
親父に残ったのは多額の借金だけとなった。
59:
時は俺たちの傷を徐々に癒していったが、親父の傷だけは癒えなかった。
就職してサラリーマンとなっていた俺は、ある時、親父を飲みに誘った。
その頃の親父は寂しさからか、頻繁に俺に連絡をしてきた。
いつまでもトラウマから抜け切れないでいた俺はそれを疎ましく思い、
大抵、忙しさに託けてあまり会おうとはしなかった。
それだけに親父は大いに喜んでくれた。
俺が親父を誘ったのには理由があった。
「親父、付き合ってる人いないのかい?」
これが聞きたかったのだ。
当時、俺は件の彼女と付き合い始めていた頃で、母親も太田のお父さんと交際を
していたし、妹も仕事先の男性と結婚秒読みの段階だった。
母と妹がめでたく嫁いでくれれば俺は解放される。自分で稼いだ金を自分のため
だけに使うことができる。この上親父にも幸せが訪れてくれていたら…俺の心配
事は全てなくなる。
俺は浮かれていた。
「いる」
期待していた答えが返ってきた。俺は更に浮かれた。
「おっ!どんな人なんだい?」
「お前と同い年」
愕然とした。
「さ、再婚する気なの?」
「それは絶対ない」
酒が入ればだらしない顔になるはずの親父の顔は、
生まれて初めて見る険しさに満ちていた。
60:
親父は言った。「もう二度と結婚はしない」
「相手が若くたっていいじゃない。親父だってまだまだこれからなんだから」
俺は自分でも余計なお世話だと思えるほどに、一生懸命、親父を説得した。
自分本位な理由で。そして更に、馬鹿な俺は親父に言ってしまった。
「母ちゃんだって、相手を見つけたぜ?」
俺はなんという残酷な男だったんだろう。
親父は静かに言った。
「もう、母さんのことは口に出すな。知りたくもない。関わりたくもない」
やっと俺は親父の傷に気づいた。
そして親父は、今付き合っている娘も単なる遊びだ、とも言った。
事実、その後親父は何人もの女性と付き合ったり別れたりを繰り返した。
その内の何人かと実際に会ったこともある。
「遊び」だと言われている女性に引き合わされるのはたまったものでは
なかったが、いつか親父の心に変化が現れるのではないかという期待もあった。
だがその期待は今日に至るまで裏切られ続けることとなる。
61:
太田家での晩餐を終え、アパートに帰った俺は思案に暮れた。
俺が恵子ちゃんと結婚などということになったらどうなるだろう。
恵子ちゃんが母の再婚相手の姪だと親父が知ったらどう思うだろう。
まだ恵子ちゃんとそんな関係になってもいないのに、
あれこれと脳内シミュレーションを繰り返す俺。
理屈でしか動けない、情けない男だった。
俺は決して親孝行な男ではない。
ただ親不孝なことはしたくないだけ。
そしてその思いは親父に対して尚、強い。
これ以上、親父から奪いたくはなかった。
65:
1◆さんは、連日仕事とのことで、大変だな。
土日関係なく、、、何の仕事だろ?
早く続きを、と言いたいところだが、健康にはくれぐれも注意してくれ。
たぶん、今日も深夜再開の予感ww??
>>65
お気遣いありがとうございます。
私の仕事はコンピューター関係です。
ユーザー先で修理をする作業員のサポートが主な仕事です。
24時間サポートの会社ですので、勤務も不規則になってしまいます。
明日は午後からの勤務ですので、
今日は朝までにもう一回くらいアップできるよう、
がんばりたいと思います。
66:
また続きを載せさせていただきます。
前回は下げて載せたのですが、
これまでこのスレッドを読んでくださっている方が見つけ易いよう、
今回は上げて載せたいと思います。
目障りだと思う方は仰ってください。以後、下げます。
67:
従姉弟というつながりがある以上、完全に接触を断つことはできないが、
俺は恵子ちゃんへの想いを消すために距離をおくことにした。
幸い気持ちを彼女に伝える前だったし、今ならまだ抑制がきく。
俺は徐々に電話やメールの数を減らしていった。
2001年も最後の月を迎えた。
会社までの道すがら、クリスマス色の街を眺めながらふと思う。
(ウキウキしてたな、去年は)
しかしこの夜、そんな感傷も吹っ飛ぶような事件が、俺の身に起こった。
69:
その日は多忙を極め、俺は残業のためにひとり会社に残っていた。
と、突然激しい痛みが胸を襲った。
息は荒くなり、鼓動は早鐘のように加する。
(やばい…きた。また、きちまった)
俺はその痛みを憶えていた。
俺は昔、心臓を患っていた。
病名は“移動性ペースメーカー”。不整脈の一種だ。
心臓を機能させる心拍(鼓動)は、ある一点から規則的に発信される
電気信号によって正常に紡ぎだされる。
移動性ペースメーカーとは、その電気信号が心臓のあらゆる箇所から
デタラメに発信され鼓動が乱れる症状を言う。
多くは過労・心労から発症するらしく、
俺の場合も不規則な生活が祟った結果であった。
70:
高校卒業後の俺はコンビニの夜勤で一年間アルバイトをした後、
知り合いのツテで出版業界に就職した。
今はどうかわからないが、当時のその世界は凄まじい労働環境下にあった。
朝から朝まで働き、家に帰ってもシャワーを浴びてまた会社にトンボ帰り。
俺の職種はライターだったから、原稿が煮詰まればタバコやコーヒーの量が
増える。原稿が上がれば上がったで、夜中でも初校のために印刷会社を
駆けずり回る。クライアントとの打ち合わせ、取材、資料集め…やることが
多すぎて24時間では一日が終わらない。
それでも文章を書くことが好きだった俺にとってその職は天職だと思っていたし、
また家にもあまり居たくなかったから仕事に対する意欲は持続できた。しかし身体が悲鳴を上げた。
71:
ある時、俺は発作を起こし気絶した。潮時だった。
まだまだ俺は家計を支えなくてはいけない。こんなんで死ねない。
俺はその世界を去り、現在の会社に入って普通のサラリーマンとなった。
医者からもらった薬を服用しながら、お日様と共に生活する毎日。
社会人になってから初めて経験する“当たり前”の生活は効果覿面で、
俺はいつしか薬を必要としなくなった。
それが突然、再発した。なぜ???
それからは日を負うごとに発作の回数が増えた。なんだ?怖い。
一度、寝ている時に発作が起きてからは、夜眠るのも怖くなった。
そうして2001年は幕を閉じた。
72:
親にとっては、子供が最も望む幸せな結婚をすることを願っていると思うんだがな。
>>1にとっては親父のためか。
まぁ、恵子さんも反対なら仕方ないかもしれないが。
後悔する人生は歩みたくないものだ。
自分が幸せになれる道を選んでくれ。
pickup
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74:
年明け。
いよいよ危険だと感じた俺は大きな病院へと足を運んだ。
様々な検査で一日が暮れた。
検査のひとつにルームランナーみたいな機械で走らされるものがあった。
俺は検査の途中で死んじゃうんじゃないかと思った。
数日後、診断結果を説明しながら若い医者は言った。
「危なかったですよ」
めでたく手術入院が決定した。
入院の前日、俺はお父さんにお願いした。
「きっと気を遣うだろうから親戚の人たちには言わないで」
お父さんは約束してくれた。
病状は深刻だったが手術そのものはあまり難しくはないらしく、
1週間ほどで退院できるとのことだった。
手術は3日後で間があったが、友人や同僚がエロ本やらうなぎパイやらを
見舞いの品に携えて押し寄せたので、退屈はしなかった。
だがそこに期待した顔はなかった。
約束守り過ぎですよ、お父さん。ちょっとそう思った。
75:
手術方法は胸をメスでかっさばいて…というものではなく、カテーテルという方法だった。
足の付け根から極細の電熱線を血管伝いに心臓まで通し、
心臓に散らばった不必要な電気信号発信点を電気で焼く、というものだ。
足の付け根って…えっ、股間!?部分麻酔をするから痛みはないですよと
医者は言ったが、いや、そうじゃなくて。…ということは、剃るんでしょ…。
屈辱的なプレイを経て手術が始まった。
76:
手術はつつがなく…というわけにはいかなかった。
まず尿道に通されていたビニールチューブがはずれ、俺は尿まみれで手術を受け続けた。
1時間ほどで終わると言われていたので我慢していたが、2時間経ってもまだ終わる気配がない。
暇だから寝ちゃおうかと思ったが医者が寝るなと注意する。
もっとも寝ようにも手術台の横のモニターには俺の心臓が映し出されていて、
蠢くその心臓に無数の電線が絡み付いた不気味な映像が、俺の眠気を木っ端微塵にした。
手術は難航している。どうやら予想を上回る数の発信点が、後から後から現れるらしい。
それらを電気で焼くたびに、じわっと胸が熱くなる。もう発信点がないかどうかを調べるために、
わざと心臓マッサージで鼓動を激しくして不整脈を起こさせる。それが延々繰り返される。
仕舞いには胸の熱が耐えられない苦痛を伴ってきた。先生、ギブです。
「じゃあ、全身麻酔に切り替えますね。目をつぶって数を数えて〜」
ガスを吸わされながら「端っからこうしろよ」と毒づきつつ、俺は10まで数えないうちに眠りに落ちた。
77:
目覚めたら夜だった。結局手術は7時間かかったらしい。
身体は動かしてはいけないが食事は構わないということで、手術のために昨晩から
絶食させられていた俺は3食平らげた。付き添いの母が俺の口に食事を運びながら言った。
「よかった」
俺は食事に夢中で母の顔は見ていなかった。
78:
退院の前日、俺は喫煙所で予想もしていない人と会った。
田中一族の肇さんだった。お父さんの従兄にあたる人だ。
「びっくりしたな〜。健吾君が入院してるなんて聞いてなかったぞ?」
「ええ。大袈裟にしたくなかったんで、お父さんに口止めしてたんです。
 それより肇さんこそ、入院してるなんて知りませんでしたよ?」
「恥ずかしくてあんまり公言したくない病気だからね〜私も家族に口止めし てたんだよ」
肇さんは泌尿器科に掛かっていた。
「肇さん、俺のこと黙っててくださいね、みなさんには」
「わかったよ〜私のことも内緒だぞ?」
明くる日俺は無事退院し、長年の厄介者と決別した。
81:
自分は健康だと自覚できるのは本当に素晴らしいことだと思う。
物事を見る目が変わる。いろんなことに感謝する。気持ちも前向きになる。
実際、会社の上司や同僚、お父さんや母から言われた。
「なんだか雰囲気変わったねぇ。角がとれたというか、いい感じだよ」
そんなに以前の俺はツンケンピリピリしたヤツに見られていたのかと
ちょっとショックだったが、半面、嬉しくもあった。
それからの毎日、すがすがしい気持ちで生活できた俺は、
これなら恵子ちゃんのことを忘れられると確信した。
新しい恋を探すぞ。
82:
退院から一ヶ月。
週末、いつものように夕食をごちそうになりに太田家を訪れた俺はドッキリとした。
恵子ちゃんがいた。
家も近いから恵子ちゃんも俺同様、太田家にちょくちょく顔を出していたので
別段びっくりすることではない。
だが恵子ちゃんを忘れようと決めた日から、恵子ちゃんが太田家に来る日は避けてきていた。
83:
久しぶり〜と変わらぬ態度の彼女に俺も平静を装う。
意識しつつも酒が入れば酔いも手伝い、次第にドキドキ感はなくなっていった。
楽しい宴が進行していく。
酒を噴出しそうになったのはそれからまもなくの彼女の一言だった。
「そういえば健吾君、入院してたんだって?」
んなっ!?なんで知ってんの!?
俺は家族の顔を見回した。だが家族もキョトンとしている。
「肇さんに聞いたの。なんで教えてくれなかったの〜。水くさいな〜みんな」
…肇さぁぁぁぁん!
「い、いやぁあんまり大袈裟にしちゃうとさ、ほら、アレだよ。
 俺って人気者じゃん?田中一族が大挙して見舞いに来ちゃったら病院に迷惑かけちゃうしさー」
「なるほど〜、ってオイ!頭は治してもらわなかったんかいっ」
皆、俺と恵子ちゃんの漫才に笑った。ふええ、焦ったぜ。
84:
宴も終わり、みんなで後片付けが始まった時、
ふと俺と恵子ちゃんは居間でふたりきりになった。
ほろ酔い気分でおどけている俺に、ツツツと恵子ちゃんが寄ってきた。
「なんで言ってくれなかったの?」
軽く袖をひっぱられた俺は、口をあんぐりとしたまま呆けた。
86:
支援〜
87:
俺も支援
88:
私も支援。ゆっくりでいいので、続きまってます!
80:
>長年の厄介者
病気のこと?
>>80
そうです。病気のことです。
95:
仕事から帰ってまいりました。
先日アップできなかった続きをアップいたします。
まだ長くなりそうなのですが、
みなさんの支援のお言葉に甘えさせていただき、
続けさせていただきます。
本当にありがとう。
ただ今後は下げていこうと思います。
自分で読み返しても暗い話だなと感じますし、
それで不快に思う方もいらっしゃると思います。
お許しください。
97:
アパートまで恵子ちゃんが車で送ってくれた。
なんだか車内の空気が重く感じる。
「たかだか1週間の入院だったから、あんまり話を広めたくなかったんだよ。ただそれだけ」
なんだコレ。これじゃ彼氏が彼女に言い訳してるみたいじゃないか。
「ふーん」
そう言ったきり彼女は黙っていた。
98:
翌日、会社帰りのバスの中で昨日の恵子ちゃんの態度を考えてみた。
あれは…そういうことなんだろうか?
彼女も俺に好意(異性としての)を持ってくれてると?
おそらく車窓に映っている俺の顔はニヤけていたに違いない。
一瞬、親父のことも忘れていた。
だがすぐに別の考えが頭を占める。
あれだけ仲良く飲み歩いた仲だ。
本当に言葉通り、単に水臭いヤツと思われているだけなんじゃないかと。
バスを降りた時には、俺の頭は結論に達していた。
やはり恵子ちゃんのことは忘れよう。
99:
季節が夏を迎えた頃、他県に嫁いでいる妹が家族と共に里帰りした。
妹たちは帰ってきた際、いつも太田家に滞在する。
親父のアパートは1Rだったため、子供がふたりいる妹たちが寝泊りするには狭すぎた。
親父も納得していた。悲しく寂しく思っていたとは思う。
お父さんは妹たちも暖かく迎えてくれていた。
妹やその旦那を娘・息子と接してくれ、子供たち(姉妹)も孫だと喜んであやしてくれた。
俺はその光景を見るにつけ、親父の丸まった後姿を思い浮かべた。
100:
妹たちが去る前日、みんなで外で食事をすることになった。
俺、お父さんと母、義弟と義妹、妹と旦那、姪っ子ふたり、大勢での食事。
絵に描いたような団欒を、俺はとても大切に感じていた。
なにが火種になったのかはよく憶えていない。些細なことだったと思う。
その食事の最中、俺と母は口論になった。
義弟や義妹、妹夫婦が母に味方する。お父さんは黙っていた。
母が言った。
「入院して変わったと思ってたのに。結局アンタの短気な性格は治ってないね。
 そんなんだから結婚相手にも逃げられるんだよ!」
カーッと熱くなった。
(そんなこと…!俺に言えるのかアンタは!!)
それまで母に抱いていた感情が爆発した。
102:
数年前から俺は母に金を貸していた。
「旦那(お父さん)があまり家にお金を入れてくれなくて…」
母が俺に借金をお願いしてきたときの理由だ。
母は嫁いでからも働いていたし、お父さんは一流会社の重役で社会的地位のある人だったから、
なぜ金に困るのかとはじめは思った。しかし部下想いで面倒見の良いお父さんの
金離れのよさは知っていたし、親戚が多い環境だから友好費も並々ならぬものがあると
母に聞かされていたから、そういうものだろう、とその時の俺はそれ以上深く詮索せず金を貸した。
それ以降もちょくちょく金を貸し続けていたが、返済は滞り、ほとんど戻ってはこなかった。
しかし独身男の身軽さゆえにゆとりのあった俺は苦も無く金を工面してきた。
金に苦労してきた母だったから、なるべく負担を減らしてあげたいという気持ちもあった。
前の彼女と別れた後、母が言った。
「アンタが結婚してなくて助かった」
この人に人の心はあるのか、そう俺は思ったが口には出さなかった。
103:
そんな想いや、親父のこと、そしてなぜか恵子ちゃんのことまでが一度に噴出し、
俺の心は煮えくり返った。
お父さんが引き止めるのも聞かず、俺は食事の席から飛び出した。
明くる日の晩、仕事帰りのお父さんが俺のアパートを訪ねてきた。
俺は家に上げようとはせず、玄関先でお父さんと相対した。
「いくら君が短気だったとしても、あんなことくらいであれほど君が怒るとは、私には思えない。
 なにか想うことがあるのなら話してくれないか?」
視界が滲んだが、俺はそっぽを向いて黙りこくった。
「…私の目を見ないんだね。わかった。帰るよ」
それから俺は太田家に寄り付かなくなった。
104:
秋、俺に転機が訪れた。
東京本社への転勤を言い渡されたのだ。
恵子ちゃんのことも、母のことも、全てを清算したい気持ちでいっぱいだった俺は、
初めて体験することになる大都会での生活に希望を抱いた。
引越しまで一ヶ月となったある日、恵子ちゃんからメールがきた。
それは彼女が子供の頃から続けている書道の展覧会への誘いだった。
俺は仕事を理由にその誘いを断った。
「じゃあ、また今度ね」とメールが返ってくる。
これから先も「今度」はない、俺は思った。
105:
日曜日。展覧会の最終日。
いつもなら昼過ぎまで寝ている俺がなぜか早くに目覚めた。
(今日が最終日だったな)
そう思うとソワソワしてきた。
夕方、とうとう我慢ができなくなった俺は展覧会場へと出かけた。
(どうせもうオサラバなんだ。作品を観ることぐらい問題ない)
自分に言い訳をしていた。
閉会まで30分と迫った会場へ着き、彼女の作品を探す。
…見つけた!
俺はてっきり莫山先生のようなワケのわからないミミズ文字を想像していたのだが、
そこにあった彼女の作品は普通の人が読める字だった。
俺は目を見張った。
題材は工藤直子という詩人の「花」という詩。
 わたしはわたしの人生から出ていくことはできない。
 ならばここに花を植えよう。
帰りのバスの中で、俺は太田家のみんなが恋しくなって、途中下車した。
106:
太田家を訪ねた俺を、お父さんは黙って迎えてくれた。笑顔だった。
母は申し訳なさそうにモジモジとしていた。
俺はいつものように「ゴチになるぜ!」と母に笑いかけた。
母は泣き笑いのような表情で台所へと向かった。
食事になり、俺は転勤のことを話した。
みんなは一様に驚き、さみしがり、そして祝ってくれた。
もう二度と家族のことを切り捨てまいと、俺は心に誓った。
107:
その晩、俺は恵子ちゃんに電話をした。
気持ちを伝えることはやはり出来ないが、お別れの言葉だけは言いたい。
感謝の言葉も言いたかった。
しかし「さよなら」は言えても、
「ありがとう」は恥ずかしくて言えなかった。
恵子ちゃんは「いってらっしゃい」と言ってくれた。
これで本当に終わったのだと、俺は思った。
108:
1さん乙です
ってかめちゃくちゃ続きが気になりますよう。続きも期待してます、頑張って下さい!
111:
続きです。
ようやく昨日から仕事が休みになりました。
しかし不規則な生活が身に染み込んでいるため、
アップするのはやはりこんな時間になってしまいます。
週末まで束の間の休みですが、
出来るところまでがんばります。
支援してくださっている方、ありがとうございます。
何回でもお礼が言いたいです。
112:
それから一週間後。
俺は親父に電話し、食事に誘い出した。
すでに転勤のことは話していたので、やけに親父が寂しそうに見えた。
特に話すこともなかったのだが、なんだか別れ難かった。
親父はこれからの俺の生活に、
ただ「がんばれ、がんばれ」とだけ言い続けた。
別れ際、親父が祝儀袋を俺の手に握らせた。
掴んだだけで中身の厚さがわかった。
当時、親父は長年勤めていた建設会社を辞め、フリーの大工(変な言い方だが)として
全国を駆け回っていた。何人か若い人間も雇っていた。決して生活は楽じゃなかっただろう。
俺は黙って受け取った。
113:
転勤2日前、会社の同僚や上司、取引先の人たちが壮行会を開いてくれた。
会には50人もの人たちが出席してくれ、俺はひとりひとりへの挨拶に追われた。
一通り挨拶も終わった頃、俺は皆の目を盗んで店の外に出、タバコに火をつけた。
そこへ女性がひとり近づいてきた。
取引先の秘書、野田 芽衣子さんだった。
取引先の窓口だった彼女とは仕事での付き合いも深く、また会社同士の飲み会でも
よく顔を合わせていた。
「大変ですね」
「ええ。でもこれが最後だから」
「この後、2次会も行くんですか?」
「アイツら(同僚)帰してくれませんよ(笑)」
「私もお邪魔していいですか?」
「もちろん。アイツら喜びますよ」
彼女はウチの会社でも評判の美人で、内外問わず狙っている者も多かった。
それに大抵彼女は、こういった会では一次会だけで帰ってしまう人だったので、
彼女の参加表明に俺は満更でもなかった。
114:
2次会は同僚や取引先の若手だけでカラオケに行くことになった。
飲み会などでの俺はいつも盛り上げ役に徹していたので、この時も俺はカラオケ部屋を
縦横に走り回ってはしゃぎまくった。
小一時間も経った頃、さすがに疲れて端っこの席に座り込んだ俺の隣に、芽衣子さんが
移動してきた。手にはジンライムのグラスを持っていた。それを「はい」と俺に渡す。
「ああ、ありがたい。喉カラカラでした」
「少しゆっくりしたらいいじゃないですか」
「最後だと思うとどうにも落ち着かなくて。性格ですね」
「あんまり最後、最後って言わないでください」
いつもはおっとり喋る彼女の口調が変わった。
「今日は…今日ぐらいはちゃんとお話したいです」
115:
一瞬ぼーっとなったが、俺はすぐに我に返って芽衣子さんを部屋の外に連れ出した。
「あの…俺と付き合いませんか?」
我ながらあまりにも唐突であっさりだったと思う。
でもこの雰囲気は…そういうことなんじゃないかと思った。
「はい」
彼女の返事もあっさりだった。
116:
明くる日、とうとうこの土地での最後の日を迎えた。
別に感慨深いとかそういうのはなく、それよりも昨晩の芽衣子さんとのことが気に掛かった。
(俺…付き合おうって言ったんだよな?)
彼女の「はい」という返事も憶えていたが、なんだか夢見心地で自信が持てない。
昨日は結局3次会まで行ってしまったし、俺も相当に酔ってしまった。
芽衣子さんも最後まで付き合ってくれていたが、ベロンベロンになってた俺は
携帯番号やメアドすら聞かず、彼女を送ることさえしていなかった。
午後、俺は芽衣子さんの会社に電話した。
「あの、もしもし大塚です。昨日は…」
「あ、ごめんなさい。今取り込み中なのでまた連絡します」
ええええええーっ!?やっぱアレ夢だったんか!?!?
30分後、会社にFAXがきた。芽衣子さんからだった。
「憶えててくれたんですね。よかったー!
 私、夢でも見てたのかと思って心配してたんです。
 携帯番号とアドレス書いておきます。後で連絡ください。
 最後のお仕事、がんばってくださいね!! 芽衣子」
ほっとして、彼女の字がいとおしくなった。
始まりこそなんであれ、芽衣子さんはきっと俺の大切な人になると思った。
117:
その日は残務整理だけだったので早目に会社を出た。
すぐに芽衣子さんの携帯に電話する。
(あ、いけね。彼女はまだ仕事中じゃないか)
あわてて切ろうとしたら芽衣子さんが出た。
「ごめんね。仕事中だったよね」
「いえいえ(笑)大塚さんは?」
「もうおしまい。会社出たところ」
「じゃあ…」
彼女の声が小声になった。
「私、早退しますね。ちょっと待っててください」
「あ、ちょっ、ちょっと!」
電話が切れた。
118:
30分後、喫茶店で芽衣子さんと会った。
「そんな無理することないのに…」
「いいえ!いいんです(笑)」
笑顔が可愛かった。
それから2時間あまり、色々なことを喋った。
これまで仕事上か飲み会でしか話す機会がなかったから新鮮だった。
俺は気になっていたことを聞いた。
「昨日は突然あんなこと言って…びっくりしたでしょ?」
「はい(笑)でも私も告白するつもりだったんです」
「そ、そうなの?」
「ええ(笑)でも大塚さん、みんなに囲まれててなかなかふたりになれなかったからもどかしかったです」
恥ずかしそうにしている彼女がなんとも可愛い。久しぶりの感情だった。
119:
すでに家財道具は引越先に送っていたので、この日は太田家で最後の夜を過ごすことになっていた。
でも芽衣子さんともう少し一緒にいたい。彼女が俺の心を見透かすように言った。
「今日はもうお家に帰ってあげてください。これからも一緒でしょ?私たち」
たまらなくなって、彼女の手を握った。
「明日、見送りに行きますね」
彼女が握り返してきた。
120:
翌朝、俺はお父さんの車に乗って駅に向かった。母たちも一緒だ。
と、お父さんの携帯に電話が掛かってきた。
お父さんの話しぶりで相手が誰だかわかった。
「恵子ちゃん…ですね」
「うん。これから健吾君の見送りに来るって」
芽衣子さんとの待ち合わせの時間までにはまだ間がある。
それに…大丈夫。俺にはもう芽衣子さんがいる。
すでに駅に着いていた恵子ちゃんと合流し、みんなで喫茶店に入った。
いつもだったらすぐに馬鹿騒ぎになる彼らも、この時は口数が少なかった。
笑顔で餞別をくれる彼ら。
その気持ちが伝わってきて、俺は胸がいっぱいになった。
121:
ふと喫茶店の窓がコンコンと鳴った。
!!
振り向くと芽衣子さんが笑顔で立っていた。
芽衣子さん、早い。
「だれ〜?」
母や義妹が冷やかしの視線を向ける。
「ん。今付き合ってる人」
「ひゅーひゅー」
義弟も冷やかす。古い表現だなオイ。
お父さんが窓越しに「おいでおいで」と芽衣子さんを手招いた。
小走りに芽衣子さんが店に入ってきた。
芽衣子さんをみんなに紹介し、みんなを芽衣子さんに紹介した。
さすがに一昨日から付き合い始めたとは言えなかった。
少しの間、芽衣子さんを交えて話をした。
「それじゃ、お邪魔にならない内に我々は帰りますか。元気でね、健吾君!」
恵子ちゃんが笑顔で俺の腕を叩いた。
122:
新幹線の発車時刻まではまだ時間があった。
俺と芽衣子さんはホームのベンチで手を繋ぎながら話をした。
「なるべくマメに帰ってくるよ」
「無理しないでね。遠距離だからって気負わないで。私は大丈夫!」
もっと早くこんな展開になってたらなぁ。行きたくないな、東京。
新幹線がホームに入ってきた。
手を放し、デッキから芽衣子さんを見つめる。
芽衣子さんが何か言いたそうにしていた。俺も…したかった。
ドアが閉まった。
俺はおどけて、窓越しに芽衣子さんに投げキッスを贈った。
ホントにやりゃよかったのに。馬鹿。
123:
職場は東京だったが、俺は住まいを横浜に決めていた。
田舎モノの俺にいきなり東京暮らしはハードルが高いとビビッていたのと、
俺の生まれは川崎市だったので生まれ故郷に近いところを選んだからだ。
しかし横浜もとんでもなく都会だった。
新しい職場での仕事は思ったよりもすんなりと入っていけた。
順調な滑り出しに心に余裕が持てた俺は、暇を見つけては色々な場所へと出かけ、
遊び、観て、食べた。
124:
そして東京に来て2週間後、俺は芽衣子さんに会いに地元に帰った。
さすがに早っ!とは思ったが、遠距離恋愛なんて初めての経験だったし、
こういうことは男側が努力しなければいけないと思っていた。
なにより芽衣子さんに会いたい。なんの苦もなかった。
芽衣子さんはホームまで出迎えに来ていた。
降り立った俺に芽衣子さんが抱きついてきた。
背の高い彼女の顎が俺の肩に乗っている。俺は彼女の頭を撫でた。
あの早退の時もそうだが、芽衣子さんは俺が思っていた以上に積極的で行動派だった。
付き合い始めてから知る相手の意外な一面というものは良いことも悪いこともあるが、
芽衣子さんのそれは俺を喜ばせることばかりだった。
125:
楽しすぎたデートはほんの一瞬に感じた。
帰りもまた、彼女はホームまで一緒に来てくれた。
朝から今まで、ずっとふたりは喋り続けていたが、
新幹線がホームに入ってくると彼女は黙りこんでしまった。
はぁ、行くか…と、ベンチを立つ俺の手を彼女が放さない。
座ったまま、芽衣子さんがじっと俺を見る。
上目遣いをする女性は確信犯だと思う。
俺は彼女の顔に俺の顔を重ねた。
それからも俺は2週間置きに芽衣子さんに会いに行った。
いつのまにかクリスマスがまた近づいていた。
126:
クリスマス・イブ。
彼女がいない時の俺は
「ヘン!俄かクリスチャンどもめ!!」
と街行くカップルを妬ましく見つめるが、芽衣子さんがいる今は
「なんて素敵な日なんでしょう」
と穏やかな心でいる。(単純だなぁ)
新幹線の中で苦笑しながら、彼女へのプレゼントが入ったカバンを一撫でした。
127:
いつものようにホームまで出迎えにきていた彼女の手をとり、街へと連れ出す。
昼食をとり、映画を観て、お揃いの来年の手帳を買った。
すっかり陽も落ち、街路樹を覆っているイルミネーションがライトアップされた。
抜かりなく予約しておいた店に彼女をエスコート。前菜が出た時、買っておいたプレゼントを
彼女に渡した。指輪。今思えば恥ずかしいほど定番のクリスマスを演出していたが、
舞い上がっていた俺にそんな意識はない。
彼女からのプレゼントはライターだった。高価なブランド物だ。裏に文字が彫ってあった。
“Do not smoke too much”(吸い過ぎないでね)
「ライターをプレゼントしといてなんだけど…」
恥ずかしそうに俯く彼女。可愛い人だよ、ほんと。
デザートを食べている時、彼女が言った。
「今日は帰らないよね?」
照れたが「うん」と頷いた。
彼女も照れながら微笑んだ。
128:
初めて彼女と朝を迎える。もちろん緊張しっぱなしだった。
キラキラした並木道をホテルに向かって歩いていた時、彼女が立ち止まり、ベンチに腰掛けた。
もう少しイルミネーションを見てるのもいい。俺も隣に座った。
彼女がじっと俺を見ながら言った。
「あのね、健吾君に聞きたいことがあるの」
「ん?」
「健吾君、好きな人がいるでしょ?」
へっ?
予期しない言葉に俺はうろたえた。
「い、いるよ。芽衣子さん」なんとか取り繕う。
129:
しかし俺の一瞬の動揺を彼女は見逃してくれなかった。
「…今の健吾君の顔ではっきりしちゃった…」
何が起きてるんだ、今。彼女は何を言ってるんだ。
しかし更に彼女が言った一言が、俺をより混乱に陥れた。
「あの従姉の人じゃない?健吾君の好きな人」
もう何がなんだか。
俺は彼女の次の言葉を待つしかなかった。
「見送りに行った時感じたの。あの人に対する健吾君の態度が違う気がしたの。
 何が、というのはうまく言えないけど。あと、目。あの時あの人を見る健吾君の目。
 今、私を見る目と同じだった」
そんな馬鹿な。
あんなちょっとの時間で、芽衣子さんは俺の気持ちがわかったと?
いや、現に当たっているけど、でも、今は!
130:
俺は芽衣子さんと付き合うことになった日までのことを正直に話した。
芽衣子さんは黙って聞いてくれた。
冗談じゃない。あれは終わったことなんだ。俺の気持ちはもう…。
俺は懸命になって芽衣子さんに説明した。
なんてこと言うんだ。やめてくれ。たのむよ。
全てぶちまけた俺を見て、芽衣子さんが言った。
「ごめん。今日は帰らせて」
俺は彼女を引き止められなかった。
138:
今追いついた。
ここでお預けかよ、芽衣子さん。
続き楽しみにしています。
142:
家まで送るという俺の申し出は断られた。
突然ひとりぼっちになった俺は、頭の整理がつかないまま、
今夜泊まる予定になっていたホテルへと向かった。
「お連れ様は?」フロント係りが憎たらしい。
「…後から来ます」
さっさとキーを受け取り、部屋へ。
広いなぁ、ダブルって。
一ヶ月前、知り合いのコネを使って無理してとったこの部屋も、今は何の意味もない。
だったら泊まらなければよかったのだが、知り合いの顔を潰すわけにはいかなかった。
眼下にはさっきのベンチが見えた。こんなに惨めなクリスマスは初めてだ。
ルームサービスで頼んだワインボトルを空けた時、
フラフラに酔った俺は我慢できなくなって芽衣子さんに電話した。
出ない。
諦めて切った5分後、芽衣子さんからメールがきた。
「まだ冷静になれません。ごめんなさい。明日連絡します」
携帯を投げつけ、俺は寝た。
143:
翌朝、フロント係りの顔を見ないようにしながら清算を済ませ、俺はホテルを後にした。
外は快晴。幸せな夜を過ごしたであろうカップルたちが、楽しげに歩いている。
気が滅入る。本当なら俺も仲間だったのに。
ファーストフードの店に入り、俺は芽衣子さんからの連絡を待った。
俺も芽衣子さんも今日は休みをとっていたから、連絡は必ずくる。
そう信じ、俺は携帯と芽衣子さんからもらったライターを両手に握り締めた。
144:
一時間後、芽衣子さんからメールがきた。
「電話だと冷静に話せないと思うのでメールで許してください。
 昨日は本当にごめんなさい。健吾君の気持ちを台無しにしてしまったと反省しています。
 でもずっと気になっていたんです。あの従姉さんのこと。
 あの日は健吾君の目が何を意味しているのかわかっていませんでした。
 でも付き合っていくうちに私を見る健吾君の目があの日と同じ目になっていると感じてきました。
 健吾君の目は優しくて、私を大切に想ってくれていることが伝わってきました。うれしかったです。
 でも同時に、私は従姉さんに対して嫉妬するようになりました」
145:
すぐに2つ目のメールがきた。
「私は自分でも嫌になるほど独占欲の強い人間です。
 健吾君が100%、私だけを見てくれていると思えなければ安心できないのです。
 健吾君は昨日、もう従姉さんに気持ちはないと言っていたけど、私はどうしても疑ってしまいます。
 健吾君はあの人とは付き合ったわけじゃないし、何もなかったという言葉も信じているけど、
 でもだからこそ、まだ未練がありませんか?
 今、健吾君があの人を見る目と、私を見る目が同じかどうかはわかりません。
 私は健吾君が大好きです。
 だから、本当の健吾君の気持ちを教えてください」
146:
ため息が出た。何なんだよ一体。
恵子ちゃんを見る目と芽衣子さんを見る目が同じ?
そんなこと俺にはわからない。自覚無い。
ただ恵子ちゃんを見るといつも辛かっただけだ。
でも芽衣子さんを見るといつも暖かい気持ちになれたんだよ?
確かに芽衣子さんとは受身で始まったし、
その時の俺の心の中にはまだ恵子ちゃんへの想いが残っていたとは思う。
でも今の俺は君との「これから」ばかりを考えてる。
付き合っていけばそれはもっともっと大きくなって、
いつか恵子ちゃんは俺の心からいなくなる。
そのためにも君に側にいてほしい。
それじゃダメなのか?
勝手な言い分なのか?
俺は店を出てひと気の少ない公園に行った。
そして芽衣子さんに電話をしてありのままの気持ちを伝えた。
芽衣子さんは言った。
「少し時間が欲しい」
もう何だかわからなくなった俺は、東京行きの新幹線に飛び乗った。
147:
一週間が過ぎた。大晦日。今日は俺の誕生日だ。
俺の仕事は365日、平日と休日の別ない仕事だったが、
転勤してまもないということで職場の先輩が気を遣ってくれ、
この年末年始はまるまる休みとなっていた。
しかしその休みも今は恨めしい。
この間、俺は芽衣子さんに連絡をしなかった。
彼女からも一切連絡はなかった。
夜も昼も、芽衣子さんに言われたことをひとつひとつ考えてみた。
彼女の言うとおり、恵子ちゃんへの想いが顔に出ていたのだろうか。
感情が顔に現れやすい人間だと、自覚はしていた。
怒れば口がとんがり、嬉しければ目尻が下がりっぱなしになる。
しかしそれがこんな結果を招くとは。
なんだかなぁ。このまま年越しかよぉ…。
148:
そうやって腐っていたら、午後、宅急便が届いた。
芽衣子さんからだった。
中にはマフラーと手紙が入っていた。
一呼吸して手紙を開ける。
「誕生日おめでとう。
 編み方を勉強する時間がなかったので、マフラーは買ってきたものです。
 でも一生懸命選びました。よかったら使ってね。
 大切な日なのに健吾君の横にいられなくて残念です。
 健吾君が私に側にいてほしいと言った言葉。
 うれしかったけど、私には無理です。
 健吾君が忘れようと努力すればするほど、
 きっと私の従姉さんへの嫉妬心は大きくなります。
 そして嫌な姿をいっぱい健吾君に見せてしまう。私はそれが怖いのです。
 勝手な言い分ですが、健吾君が従姉さんを忘れられる日まで、
 距離を置いて待っていてはダメですか?
 来年は手編みのものをプレゼントしたいです。  芽衣子」
149:
読み終えた俺の頭に疑問が湧いた。
芽衣子さんがまだ俺を想ってくれているのはわかった。
独占欲というコンプレックスがあって、嫌な姿を俺に見せたくないという気持ちも理解できる。
過去に何かあったのかな。そんな姿は見たことなかったから相当抑えていたのだろう。
気づいてやれなかった俺が鈍感だったんだ。
でもね芽衣子さん。
俺が恵子ちゃんのことを完全に忘れたと、誰が、どう判断するの?
君の勘が鋭いことはよくわかった。
俺が口先だけで「忘れた」と言ってもすぐに看破されるだろうことも。
かと言って本当に忘れたとしても、そのことは君に伝わるのだろうか?
君の勘は、それを受け入れてくれるのかい?
2002年も笑顔で終われなかった。
150:
年が明けても、相変わらず俺は悶々としていた。
(一生の間に、俺は何回「悶々」とするんだろう)
笑いたくなった。
どうしてよいものかわからなかったから、芽衣子さんへの連絡はずっと出来ないでいた。
この頃の俺は仕事も忙しくて精神的にも参っていた。
追い詰められた心と頭が、芽衣子さんへの不満を生み出す。
忘れようが忘れまいが、今の俺たちには一緒にいることこそ必要なんじゃないの?
芽衣子さんは考えすぎだ!
…自分こそ、いつも理屈で恋愛を考えていたくせに。
151:
その頃、俺は会社の女の子とよく飲みに行っていた。
そのコ・新藤 明日香さんは別の会社から俺の職場に出向していた人で、
同じ部署の仕事仲間だった。
仕事も優秀で、サバサバとした性格は付き合いやすく、
また住まいも俺と同じ横浜だったので、よく帰りがけに一杯やった。
男女ふたりが飲みに…とは言っても話す内容はいつも仕事のことばかりで
色気のある会話は別段無かった。
しかし回数を経るごとに彼女の態度が変わってきた。
俺に気があるような態度、仕草が目立ってきた。
俺も芽衣子さんと膠着状態にあったので、そんな彼女のアプローチを甘受した。
だが決定的な言葉は言わせず、言わずのノラリクラリ。
芽衣子さんの存在も新藤さんには言わなかった。
いい気になっていた。
今思い出すに、実にいやらしいヤツだったと思う。
152:
2月に入ってまもなく、仕事中、新藤さんが俺に小声で言った。
「来週の金曜日、帰りに食事しません?」
その日はバレンタイン・デー。
「大塚さんに予定がなければですけど…」
俺はOKした。
153:
バレンタイン・デー当日。
会社から少し離れた喫茶店で待ち合わせした俺と新藤さんは、
地元のほうが終電を気にしなくていいからと、横浜に移動した。
「明日はふたりともお休みだから、朝まで飲みましょうね(笑)」
丁度いいウサ晴らしになると、俺も「望むところさ〜」と軽く返した。
彼女のお気に入りだという店に案内された。
店内はカップルだらけ。
ここに来て突然、俺は自分に動揺した。
なにしてんだ俺!? いや、なにしようとしてんだよ、俺!?
乾杯の後、新藤さんがチョコの包みを出しながら言った。
「付き合ってくれますか?」
その言葉を遮るかのように俺は言った。慌てふためいていた。
「ごめん新藤さん、ごめん!
 ここまで来ておいて、こんなこと言うのはおかしいし矛盾してるけど、
 ごめん、俺、付き合っている人、いるんです!ごめんなさい!」
ワッ、と彼女が泣き出した。
154:
もう俺の視線は彼女に釘付けで、周囲の視線は感じたけれど、
それを恥ずかしがる余裕など全く無かった。
彼女は言葉もなく泣き続ける。
自分のしたことに居た堪れなかった。
ようやく彼女が泣き終えた顔を上げた。
俺はひたすら謝った。ごめんと言うばかりで他の言葉は浮かばない。
彼女が言った。
「いいんです、いいんです…言ってくれてよかったです。ごめんなさい」
謝るのは俺のほうです。本当にごめんなさい!
「大塚さんの言葉だけに泣いてしまったんじゃないんです…
 最近別れた彼氏のこと、思い出して…」
155:
彼女がその彼氏のことを話し始めた。
俺は黙ってその話を聞いた。
聞くことで俺のしたことが少しでも償えるなら…そんな身勝手な気持ちだった。
その彼氏とは去年の11月に別れたという。
理由は彼氏の浮気。
というよりも、新藤さんと付き合い始めた当初から、同時進行で別の女性がいたらしい。
結婚を誓い、双方の親にも挨拶を済ませた頃、それが発覚したそうだ。
責める彼女に対して、彼氏は開き直るばかりか、暴力まで振るったという。
踏ん切りをつけて彼氏と別れ、気持ちはボロボロになって何もかも嫌になった。
もう会社も辞めてしまおうかと思った頃、俺が転勤してきた。
いつも飄々としていて、明るく自分に接してくれる俺の姿に、彼女は救われたという。
責められるどころか、そんな風に俺のことを話す彼女に、ますます申し訳なく思った。
156:
その後も彼女の話を聞き続けた。
話しながら彼女は杯を重ね、店が閉店時間を迎える頃には、彼女はヘベレケになっていた。
俺の酒量もとっくにリミットを越えていたが、とてもじゃないが酔えなかった。
酔い潰れた彼女を引きずるようにして店を出、タクシーを拾う。
彼女をタクシーに押し込み、自分は別のタクシーをと思ったが、
いくらなんでもそれは酷いと思い直し、俺も一緒に乗り込んだ。
正体をなくした彼女から住所を聞き出すのは骨が折れたが、
それでもなんとか彼女のマンションまでたどり着くことが出来た。
しかし揺さぶったりホッペを叩いても彼女は起きない。
タクシーの運転手が苛立った声で言う。
「一緒に降りてくれませんか?彼氏でしょう?」
口論する気力も無かったので、彼女を抱えて降りた。
157:
酔っ払いは重い。
俺は彼女を背負い、ひぃひぃ言いながらドアの前まで歩いた。
と、彼女が目を開けた。
「よかった。もう大丈夫だね?」
「はい。すみませんでした」
「じゃ、降ろすよ」
だが彼女は降りようとしない。
「どした?まだ立てないかい?」
「大塚さん」
「ん?」
「今日は一緒にいて」
耳元で囁かれたその言葉にクラクラとした。
俺は泊まった。
158:
なんともバツの悪い朝を迎えた。
のそのそとベッドから出た俺に新藤さんが日本茶を差し出した。
「コーヒーよりこっちのほうが、大塚さん、いいでしょ?」
笑顔だ。
なんで笑顔になれるんだ?
俺は苦笑いすら出来なかった。
あまりまともに会話も出来ず、俺は帰ろうと身支度を整えた。
「私も出掛けるので、駅まで一緒に行きましょう」
早くひとりになりたかったが、俺は何も言えなかった。
道すがら、彼女が言った。
「何も考えないでください。私、これきりだと思ってますから」
彼女はいつもの職場での顔になっていた。
159:
家に帰ると、郵便受けに宅急便の不在票が入っていた。
芽衣子さんからだ。
宅配会社に連絡すると、1時間後に荷物が再配達された。
中には手作りと思しきチョコと、ブランド物のネクタイが入っていた。
今回は手紙は無かった。
それが何か無言の圧力に感じた。
いろんな感情に塗れながら食べたチョコは、味がしなかった。
160:
翌週、職場で会った新藤さんはいたって普通だった。
ありがたいというか、なんというか。
自分が卑怯な男に思えたが、俺も努めて平静を装い、彼女に接した。
以後、彼女は全くあの日のことに触れず、俺も口に出さず、
ふたりで飲みに行くこともなくなった。
161:
一ヶ月後のホワイト・デー。
芽衣子さんにお返しを送った。ちょっとだけ値の張る小物入れ。
メッセージの類は入れなかった。
何か事務的で、虚しさを感じた。
162:
それから一ヶ月、二ヶ月、三ヶ月。季節は春を迎えた。
相変わらず芽衣子さんとのやりとりはない。
飽きもせず俺は考え続けていた。
しかも今までは恵子ちゃんや芽衣子さんのことだけだったのに、
なぜか新藤さんのことまで悩みの数に入れた。
なんともはや俺という男は小心者で、ナルシストで、くだらない人間なのか。
163:
ある日、同僚と飲みに行った。
いい加減酔い、終電に飛び乗った時、俺は衝動に駆られた。
芽衣子さんに電話しよう。
横浜駅はまだ先だったが俺は途中下車した。
改札を出てすぐに電話する。
2、3コールで芽衣子さんが出た。
164:
「お仕事ご苦労様!」
芽衣子さんの言葉を聞いたらたまらなくなった。
俺は芽衣子さんが口を挟む隙さえ与えぬほど、捲くし立てた。
たのむよ!俺の側にいてくれよ!恵子ちゃんのことなんて関係ないだろ!
忘れたかなんてわかんないよ!忘れたって言ったって信用してくれるのか!
芽衣子さんが必要だってことだけわかってるんだ!
嫉妬なんて構わないよ!嬉しいよ!嫌になんて絶対ならない!
俺の話が終わるのを待って、芽衣子さんが言った。泣いてた。
「健吾君の気持ちはうれしいの。でも私は、自分が嫌な女になるのが嫌なの!」
初めて聞く彼女の泣き声に、俺は少し冷静さを取り戻した。
「一体なんで、そこまでこだわるんだい?」
165:
俺の問いに泣きながら彼女は答えた。
昔、結婚を考えた彼氏がいたこと。
でも自分はいつも彼を疑ってしまったこと。
そしてとうとう、彼は「わずらわしい」と言って去っていったこと。
自分は病気だと、芽衣子さんは言った。
俺は胸がいっぱいになった。
「じゃあ、俺が本当に恵子ちゃんのことを忘れたと、芽衣子さんが確信を
 持てるまで芽衣子さんは待つの?そんなの芽衣子さん次第であって、
 いつになるかわからないじゃない!」
ほんの少し無言になった後、芽衣子さんが言った。
「それでも私は待ちたいの」
ああ、理屈じゃないんだな、と思った。
堂々巡りに疲れた。もう、いいや。
俺は電話を切った。
166:
家までのタクシー代は2万円近かった。
こんなことならカプセルホテルにでも泊まりゃよかった。
自宅のベッドで横になりながら、
そんなことを冷静に考える自分を冷たいと思った。
167:
夏。初めて体験する東京の暑さは俺を一層、滅入らせた。
ある日、出勤すると新藤さんが職場のみんなに挨拶回りをしていた。
俺の姿を見つけ、彼女が深々と頭を下げる。
「このたび、会社を辞めることになりまして…」
俺とのことが原因!? 動揺した。
「今晩、飲みに行きません?」
小声で言った彼女は笑顔だった。
168:
その晩、飲み屋に入り席に着いた彼女が、開口一番言った。
「私の退職は、大塚さんとのことと全く関係ありませんから」
きっぱりとしていた。
話を聞いた。
彼女は彫金を趣味としていたのだが、
最近、知り合いの彫金師にこれまで作ったアクセサリーを見せたところ、
強くプロになることを薦められたそうだ。
でもまだまだ自分は勉強不足だと感じるため、
会社を辞め、その知り合いのもとで修行をしようと決めたらしい。
169:
生き生きと話す彼女がなんだか羨ましい。
その時の俺はどういう精神構造をしていたのか。
こともあろうに俺はとんでもないことを口にした。
「俺と付き合ってください」
はぁ?
そうは彼女は言わなかったが、
一瞬真顔になった後、すぐに笑顔でこう言った。
「そんなこと言わないで。
 残酷だけど、私の中では終わったことなんです。
 それって『今更』、ですよ?」
穴があったら入りたい、なんて言葉じゃ生温い。
今思い出しても、恥ずかしさで腹の辺りに空洞を感じる。
自業自得。また俺はひとりになった。
172:
1さん乙です。
ってか何かあまりにも悲しいですね…。見てると切なくなってきますよ。
続き期待してます。マイペースで頑張って下さい。
173:
悪いけど芽衣子さんは、本当に腹が立つ!!
読んでいてこんな気持ちになるんだから、
当事者の大塚の気持ちを考えるとたまらないな。
174:
芽衣子さんは本当に精神病ではないだろうか?
そんな芽衣子さんのどこが、1◆はよかったの?
175:
>>173
>>174
付き合い始めてからクリスマスを迎えるまで、
彼女にそんな性癖があるなんて思いもしませんでした。
その頃の彼女は本当に心優しくて、可愛くて、私は大好きでした。
彼女の極度の嫉妬心が病気といえるレベルだったのかはわかりませんが、
私次第で解決できると思っていました。
お気持ち、ありがとうございます。
176:
プライベートがうまくいってないと、仕事までうまくいかないのだろうか。
毎日なにかしらやらかし、何をしても空回りする日々がしばらく続いた。
社会に出て10年余、
どんなに辛いことがあっても仕事に影響するなんてことはなかった。
それが、色恋沙汰で我を失っている。
これじゃアカンがなと思う反面、案外俺も普通の人間だったんだなと実感した。
177:
秋になった。
大きな失敗こそしなくなったが、相変わらず仕事はパッとしない。
ある日、見かねた先輩が俺を飲みに誘った。
「どうしたんだ、ここんとこ?何かあったか?」
「いえ、別に。何もないですよ」
「そうか?お前はそういうことあんまり話さないからなぁ。彼女と何かあったのか?」
彼は俺が転勤する際、本社から残務整理の手伝いのために来ていた人だったので、
俺と芽衣子さんが付き合っていることは知っていた。
「彼女とは…終わったんですよ」
「…そか。まぁ、どうせ話さんだろうから深くは聞かんけど」
そう言って、先輩はそれ以上クドクド説教することはしなかった。
飲んでいる間、先輩がさりげなく気を遣ってくれているのがよくわかった。
ありがたかった。
こんなところで駄目になっちゃだめだ。
たった1年かそこらで都落ちなんてしてられっか!
俺は少し前向きになれた。
そろそろお開きにするかというところで先輩が言った。
「パーッと合コンでもすっか?俺、セッティングしたる」
それもいいか。
「レベル高いの、たのんますよ!(笑)」
カラ元気で言った。
178:
2週間後、六本木で合コンとなった。
こちらは先輩と俺、相手はOLふたり。
とても綺麗な人たちだった。
丸の内で働いているというふたりはさすがに垢抜けていて、会話も洗練されている。
話していて楽しかったが、当たり障りのない会話に虚しさも感じた。
「ダメですよ!故郷のこと、そんな悪く言っちゃ!」
OLのひとり、関口さんが真剣な顔で言った。
会話の流れで俺の田舎の話になっていた時だった。
「○○なんて、いいところに住んでたんですね〜」
「いや、大したトコじゃないですよ。田舎だし」
「ええ〜?都会じゃないですか〜」
「中途半端にね。あんまり面白いところじゃないです」
横で聞いていた関口さんが俺を叱り付けた。
場が一瞬凍った。
「大塚〜!関口さんがもっと訛っていいってよ!(笑)」
先輩、ナイスフォローです。
また和気藹々とした雰囲気に戻ったが、
関口さんは恥ずかしそうに俯いていた。
179:
2軒目はどうするかということになった。
俺は関口さんのさっきの態度が気にかかり、先輩に誘ってもいいかと尋ねた。
先輩は意外そうな顔をしていたが、
もうひとりのOLさんを連れてさっさと行ってしまった。
「もう少し、飲みません?」
「ええ」
関口さんを伴い、落ち着いて話せそうな店に入った。
1軒目よりも静かな会話だったが、お互い打ち解けた感じになった。
関口さんも
「こうして落ち着いて話せるほうが好きです」
と言っていた。
まったりとした時間を楽しみつつ、俺は気になっていたことを口にした。
「さっき、俺叱られちゃいましたね、関口さんに(笑)
 なんか悪いコト、言っちゃったかなぁ?」
彼女が目を丸くした。
「ごめんなさい!あんな大声出すつもりなかったんですけど…なんか…」
「なんか?」
「故郷の話をしてた時の大塚さん、辛そうな顔してた気がして…」
180:
黙って話を聞いた。
「私はずっと東京で生まれ育ったから故郷がある人の感覚はよくわからないんですけど、
 普通、故郷の悪口を言う人って、それが冗談だったり、口ぶりに愛着が感じられたりして、
 本心で言ってるようには感じられないんです。でもさっきの大塚さんはとても辛そうに見えました」
真剣に話す関口さんが恵子ちゃんとダブって見えた。
お互いのメアドを交換し、関口さんと別れた。
なんだか無性に恵子ちゃんと話したくなった。
携帯のアドレス帳を開いたが、やっぱりやめた。
181:
俺の気持ちが通じたのか。
数日後、携帯に恵子ちゃんから電話が入った。
その日はタイミング悪く夜勤中で、着信に気づいたのは翌日だった。
電話しようかしまいか夜まで迷った挙句、メールを送った。
「久しぶり〜!元気だった?昨日はごめんよー。夜勤中だったから」
返信はすぐに来た。
「ごめんね、突然電話して。夜勤だったんだ。ごめんなさい」
また送る。
「どしたん?何かあったのかい?」
また返信が来る。チャットのようなメールのやりとり。
「うん。最近落ち込んでて…ちょっと健吾君の声が聞きたかっただけ」
こんなに弱い感じの恵子ちゃんは初めてだ。
思い切って電話した。
182:
メールほど暗い声音ではなかったけれど、
恵子ちゃんが無理して明るく振舞っている感じがした。
「悩みがあるなら話してみなよ。大したことは言えないだろうけど」
「ありがとう。あのね…」
よっぽど我慢していたのだろう。どっと恵子ちゃんの言葉が溢れ出た。
ずっと仕事のことで悩んでいたこと。
精神状態が影響したのか、三半規管をおかしくして耳の病気になったこと。
仕事を続けられなくなり、とうとう会社を辞めてしまったこと。
お母さんが更年期障害で倒れたこと。
次の仕事も決まらず、またお母さんのことも考え、
マンションを引き払って実家に戻ったこと。
そんな状態だから、次の書展に出す作品も煮詰まってしまっていること。
気丈に話していたが、言葉は泣いているように感じた。
俺は通り一遍の慰めしか言えなかったが、
彼女は何度もありがとうと言ってくれた。声が震えていた。
「健吾君と飲みに行ってた頃が恋しいよ。
 あれって、私にとって大事な時間だった」
深い意味は無い。彼女は気弱になってるだけ。
落ち着きを取り戻した彼女がおやすみと言った。
183:
翌日、俺は開き直った。
恵子ちゃんと、このままで行けないだろうか。
もう恵子ちゃんを無理に忘れなきゃいけない理由は何もない。
俺と彼女の道が交差することは絶対に無いし、そんなことは出来ないけど、
せめて平行に歩いていくことは許されないか。
それは辛さを伴うし、
いつかこの先、もっと大きな辛い結末を迎えるかもしれないけど、
その時まで、ほんのちょっとでも幸せな気分を味わいたい。
俺の気持ちさえ誰にも悟られなければ、なんの問題もないはずだ。
ナルシシズムな考えに、俺の気持ちは軽くなった。
184:
それからは頻繁に電話とメールのやりとりをした。
決して気持ちを気取られぬよう、細心の注意を払いながら、
真面目な話、馬鹿な話、楽しい話をした。
恵子ちゃんも明るさを取り戻してきた。
185:
12月。
いつものように送られてきた恵子ちゃんのメールは沈んでいた。
秋に仕上げた書の作品が落選したという。
彼女の書道歴は年季が入っており、
階位で言えば「師範」の腕前を持っていた。
それだけに周囲から受けるプレッシャーも相当なものだったろう。
加えてあの頃の彼女のプライベートはボロボロだったし。
無鑑査で出展はされるが、見に行く気力がないと言っていた。
拠り所とするものが上手くいかない。
きっとそれはものすごく辛いことなんだろうな。
186:
すぐさま慰めたくて俺は携帯を手にとったが、
口にできる言葉なんて高が知れている。
俺はメールを送ることにした。
「ひとつの作品を生み出したというコト、
 それを多くの人が見にくるというコト、
 それが恵子ちゃんへのご褒美だと思う。
 だから、おめでとう」
返事はすぐ来た。
「ありがとう。
 まだまだ私は未熟だけれど、でも何かを表現したくて、
 それをいろんな人に見てもらいたくて、
 だから、それを形に出来て、そういう場を持てているということは、
 有難くて、幸せなことなんだよね。目が覚めました。
 とっても素敵な言葉を、ありがとう」
おかげで展覧会に行く気になれたと彼女は言った。
上野の美術館で来年2月。
ぜひ一緒に観てほしいという彼女に、俺は「もちろん!」と約束した。
今年もひとりの年末だったが、心は少しあったかかった。
187:
2004年。
年が明け、俺は2月を心待ちにした。遠足を待つ小学生の気分。
仕事はますます不規則になり大変だったが、張り合いがあるから苦にもならない。
現金なものだ。
そして当日がきた。
上野駅に降り立つとすでに恵子ちゃんはいた。
なんか痩せたな。ちゃんと食べてんのか?
「恵子ちゃんもお母さんも、身体は大丈夫?」
ふたりとも快方に向かっているとのことだった。
しかも彼女は地元で職に就き、順調な生活を送っていると。ほっとした。
一年半ぶりに会う恵子ちゃんの笑顔は変わってなかった。
188:
彼女の案内で美術館へ。
「初めて見せるね、私の作品。これが賞を逃した傑作です(笑)」
彼女の指の先に、懐かしい字があった。
今回の作品は俵 万智の歌だった。
 朝市はにんげんの市。
 食べる買う歩く語らう
 手にふれてみる。
この歌は俵のバリ旅行記の歌だそうだ。
昔、恵子ちゃんもバリを旅行したそうで、
その時感じたバリという国が持つ生命力が、あのとき無性に懐かしくなったという。
きっと彼女は自分の作品に癒されようとしたんだろう。
あんな精神状態の中でこんな力強い文字が書けるなんて。
しかもそれを書いたのは、今俺の横にいる小さな女性なのだ。
「この人です!この人がコレ書いたんですよぉ!」
俺は叫び出したくなった。
189:
その後、2時間以上もかけて会場を観て回った俺たちは、
彼女の「ベタな観光地に連れてって(笑)」という要望を叶えるべく、
汐留の有名な店でランチをとり、お台場の某TV局を巡った。
「なんだか垢抜けたね、健吾君。いろいろあったんだろうね」
TV局の「球」から夕暮れの海を眺めていたら、
恵子ちゃんがまじまじと俺の顔を見て言った。
ドキンとしたが、
「もともと持ってた俺の都会的な一面が、ハマで開花したんだよん(笑)」
とかわした。
恵子ちゃんはツッコミもせず、ただ微笑んでいた。
190:
帰りの新幹線の時間を気にしなくてもいいように、
俺たちは東京駅で晩飯を食べることにした。
酒も食もすすんだ。
ふと、恵子ちゃんが言った。
「あのね。私、今付き合ってる人いるの」
鼻の奥がツーンとした。
191:
その彼は友人から紹介された人だと言う。
年は30代後半。大人の人だ。
「おお!おめでとさーん!」
やめろ馬鹿。
「どんな人?照れんなよぉ!教えろって(笑)」
口が止まらない。
「ん。やさしい人。私が大変な時も助けてくれた」
「いいじゃん、いいじゃん!…で、結婚とか考えてるの?」
「まだわかんない。そういう話はまだしてない」
「しちゃえばいいじゃん!恵子ちゃんに気持ちはあるんだろ?」
「うん…でも考えること、いろいろあって」
「なにを考えるってのさ?こういうのってタイミング大事だぞぉ(笑)」
お前はそのタイミングをいつも逃してるだろ…。
恵子ちゃんが真顔になった。
「なんか…結婚させたがってない?」
「そ、そりゃ従姉が幸せになるってのは嬉しいことだもの!」
「ありがと」と言う恵子ちゃんとは目が合わせられなかった。
改札口まで恵子ちゃんを送った。
早く帰したいような、引き止めたいような。
改札の向こうに行ってしまった恵子ちゃんは、何度も振り返って手を振った。
姿が見えなくなるまで俺も手を振った。
192:
また、“大好きな”悶々とした時間が訪れた。
開き直ってわずか3、4ヶ月。
これが結末か…早いなちょっと。もう少し時間があると思っていた。
一ヶ月後、結婚式の招待状が届いた。
送り主の名は…田中…。
きた!!!!!!!
…ん、いや、違う。恵子ちゃんのお父さんの名じゃない。
それは田中一族の別の従兄さんからの招待状だった。
脱力して安心し、安心したことに憮然となった。
(もう覚悟決めろよ、俺)
しかし覚悟を決める材料は、
いつまで経っても恵子ちゃんから届かなかった。
193:
6月。
従兄さんの結婚式に出席するため俺は帰郷した。
2月以来、一切連絡を取り合っていなかった恵子ちゃんと顔を合わせる。
いたって普通。元気そうだ。変に意識していたのは俺だけだった。
きっと彼氏とうまくいってるんだろうな。チクリとした。
またも席は同じテーブルだった。
しかも今回は隣。まぁ、意識する必要はないんだけど。
披露宴もたけなわを迎えた頃、恵子ちゃんが俺の肩を叩いた。
「終わったらすぐ帰るの?」
「いや。この後親戚だけで軽く飲むんでしょ?顔出してくつもりだよ」
「そう。だったら後で時間くれる?話があるの」
きた。今度こそきた。はぁ。
「んん〜?彼氏のことかい?(笑)」
おどけた俺の言葉は、なぜか無視された。
「???」
194:
田中の家に移ってからは、時間がやたら長く感じた。
酒の味もよくわからない。
やだなぁ。ああ、いやだ。
このまま恵子ちゃんのスキを見て、逃げちゃおっかな。
本気で考えた。
帰りの新幹線の時間が迫ってきた。
恵子ちゃんは台所に行ってる。
チャンスだ。
俺は中腰になって「そろそろお暇しますね」と親戚一同に挨拶した。
従兄のひとりが「駅まで送るよ」と言った時、背後から声がした。
「私、送るよ。飲んでないし」
…恵子ちゃん。
つかまってしまった。
195:
みんなの手厚い見送りを受け、恵子ちゃんの車に乗り込んだ。
走り出すと恵子ちゃんが言った。
「話があるって言ったじゃない」
「ご、ごめんごめん。酔ってて…」
彼女は怒ってた。ちょっと怖い。
駅前のロータリーに車が止められた。
俺は覚悟を決めた。でもまた口が動いた。
「とうとう彼氏と結婚する気になったん?」
「黙って聞いて」
ぴしゃりと遮られた。
「あのね」
「健吾君のことが、好きなの、ね。
 付き合ってほしいな、って」
今までで一番色気のない告白だったが、
俺を一番動揺させた告白だった。
197:
>>195
キタ━━━(゚∀゚)━━━!!!!!
恵子ちゃんからの告白
キタ━━━(゚∀゚)━━━!!!!!
つかの間のしあわせ、かな?
1◆さんは文章表現がうまいですね〜。内容もあり、抜群のうまさです。
早朝からのカキコがスタイルになりつつありますが(たぶん1◆さんのお仕事の関係か!?)、
このスタイルも好きです。最近は、日々の私の仕事場での最初の仕事が、1◆さんのスレのチェック
になってきましたよ〜 。やばっ!orz...
無理せず、けれど、着実に、書いて下さい。おーえんしまくりー!!!
198:
毎朝チェックしてます。
頑張ってください!
>>197
>>198
朝、チェックしてくださっているとのこと、ありがとうございます。
変な時間になってしまいすみません。
201:
親のしがらみで自分を抑え付けてるのは、ただの弱さでしかないわな。
芽衣子さんがそんなにやばいとは思えない。
>>201
どきんとしました。仰るとおりです。
208:
恵子ちゃんの告白がきてしまったが、
俺は、合コンで出会った関口さんがなぜか気になる!?
何か、ひと悶着なかったのかな?メアド交換もしていたようだし、
何もなかったはずない!?って思うのは、俺だけ?
だって、1◆さんは、知り合った女の子が次々と(?)好きになってしまう程の
人柄と容姿を合わせ持っているイケメンと思われ〜るから。
1◆さん、実際はどうっだったんですか?
214:
1さん乙です。
告白も気になるけど、>>208さんと同様に今までの流れからすると、
関口さんとこれだけで終わるとは思えない希ガス。
>>208
>>214
続きを読んでいただけると幸いです。
215:
続きです。
毎回応援・支援の言葉をいただき、ありがとうございます。
今日は夜勤明けのため、少し寝たいと思います。
216:
もう1コ、脳が欲しかった。
とてもじゃないが混乱しすぎて整理できない。
また病気が再発したんじゃないかと思えるほど鼓動もひどい。
ようやく、半開きになった口から言葉を出した。
「かかか、彼氏は?彼氏のことは?」
「別れたの」
恵子ちゃんはずっとそっぽを向いたまま、こちらを見ようとしない。
「別れたって…どうして!?」
恵子ちゃんが上ずった声を上げた。
「理由なんかない!」
「健吾君が、好きなんだもん」
もうこの場に居るのが耐えられなかった。
「ごめん。考えさせて」
俺は逃げた。
最後まで恵子ちゃんはこちらを見なかった。
217:
いつもなら爆睡する新幹線。でも今日は寝れるわけがない。
うれしかった。正直に。
本当に好きで好きでたまらない相手から告白された。
初めての経験。
恵子ちゃんの顔が浮かぶ。
思考が短絡化する。
もう何も考えないで、恵子ちゃんの気持ちに応えてしまおうか。
「俺も好きです」と、ぶちまけてしまおうか。
きっと最高の日々が始まる。
笑顔の俺の顔が頭に浮かんだ。
…いけね。また口、開いてら。
乾いた口の中を舐めた時、親父の顔も浮かんできた。
218:
我に返ると横浜に着いていた。
あんなに考え事をしていたのに乗り換えミスも乗り過ごしもしていない。
習性ってすごいなと、くだらないことを考えて気を紛らわそうとした。
引き出物を床に広げ、もらった折り詰めに箸をつける。
普段食べてるコンビニ弁当よりも格段に豪華な食事。
なのに食がすすまない。
恨むよ、恵子ちゃん。
せめて夕食後に告白してくれれば。
いや、だからといってどうというわけじゃないんだけど。
愚にもつかないことを考えながら、食べ残した折り詰めを冷蔵庫にしまう。
ダメだ。今日は何も考えられない。
車の中での風景がリピートされる。
「考えさせて」
馬鹿な台詞を吐いたもんだ。考える余地なんて、そもそもないだろ?
もうずっと昔から、答えなんて決まってただろうに。
もう寝よう。夢を見よう。いい夢たのむ。
219:
0時頃、メールの着信音で目を覚ました。
恵子ちゃんからだった。
立て続けに3通。
俺はメールを開かずにまた目を閉じた。
………。
着信ランプが瞼越しにチラつく。
わかった。わかったよ。見りゃいいんだろ。
薄目でメールを開いた。
220:
「こんな夜中にごめんなさい。
 無事、お家に帰れたでしょうか。
 さっきは聞いてくれてありがとう。
 でも恥ずかしくて伝えられなかったことがあって…メールしました。
 私は、健吾君と話をしたり、一緒にいると楽しいの、ね。
 健吾君の話は、
 色んなところに話が広がっていったり、色んなことが出てきたりして、
 頭の中いっぱい引出しがあるんだなぁって、すごいなぁって、
 いつも思ってた。
 気楽でお馬鹿な話題が多かったけど(ごめんね)、
 健吾君がする真面目な話も好きだった。
 その中で、健吾君の言葉で前向きになれたり、
 「あ、そうか」って気付かされたりしたことがいっぱいあったの。
 それも、とっても素直に。
 落選した時にもらったメールでは、
 とっても素敵な言葉の使い方をする人なんだなって思ったし、
 忘れかけてたことを思い出させてもらいました」
221:
「それと健吾君って、最初に会った頃から変わったような気がするのね。
 良い意味で。(どこが?って言われると上手に説明できないけど)
 その、変わっていけるというか、変われる力を持っているというか、
 そういうのがとてもすごいなぁと、かっこいいなぁと、思ったの。
 そして他にもいろいろ…。
 だから、好きになりました」
222:
「好きって気持ちに気付いたのは、東京で会った時。
 今まで色々あったから、無意識に気付かないようにしてた気がする。
 でも気付いてしまったから、色々考えたけど、伝えようって決めました。
 従姉弟だから、だからこそ言いました。
 言わないでこの気持ちのまま見ていくほうが、嫌だなって思ったの。
 上手く伝えられているかわからないけど、
 どんなでもいいから、
 健吾君の気持ちを教えてほしいな、です。
 長くなってしまってごめんね。
 おやすみなさい」
223:
翌日は夜勤だったから、出勤時間まで時間があり過ぎた。
起きて洗濯に取り掛かった。
チンした折り詰めを無理矢理、腹に入れた。
未開封のDVDを観た。
それでも時間はなくならない。
早く職場に行きたかった。
仕事が始まれば、考えることは仕事のことだけになる。
出勤前に少し寝ておこうとベッドに入った。
…寝れない。
何度も寝返りを打つ。
…ダメだ。
寝酒を飲んだ。
具合悪くなった。
224:
結局一睡も出来ずに時間は経った。
必死に歯磨きして酒の臭いを消し、会社に行った。
こういう時に限って仕事は暇。
逃げても無駄。眺めていた天井がそう言った気がした。
225:
考えよう。
みんなが笑顔でいられる方法を。
シミュレーションが始まった。
1.恵子ちゃんと付き合う。
 ↓
2.円満に交際が進み、お互い結婚の意志をもつ。
 ↓
3.彼女を親父に会わせる前に、親父と母のこれまでの経緯を話し、
 母(太田家)と親戚関係にあることを親父に言わないよう口止めする。
 ↓
4.結婚。披露宴はガーデンパーティ。
………アホか。
4の前には「両家顔合わせ」があるじゃないか。
その時に恵子ちゃん側の誰かが口を滑らしたらバレるだろ。
なら、
4.田中、太田の両家の人間全てに口止めする。
 ↓
5.結…
………無理だそんなの。
226:
大体、
結婚式なんてことになったら親父か母、どちらかは参列できなくなる。
親父は妹の結婚式の時、参列を辞退した。
母に「花嫁の親」としての権利を譲ったのだ。
結果、妹はバージンロードをお父さんと歩いた。
この上、息子の晴れ姿まで見せられないなんて。
いや、俺が誰と結婚しようが、
ふたりが揃って参列することはないんだろうけど。
ええい、もう。
それに口止めが成功したって。
一生、恵子ちゃんにウソをつかせるのか?
田中や太田の人たちに、ワケのわからない約束をずっと守ってもらうのか?
そして親父を、一生だまくらかすのか?
みんなが笑顔でいられる方法?
そんなのありゃしない。
二ヶ月後、俺は恵子ちゃんにメールを送った。
227:
「こんばんは。
 元気に過ごしてますか?
 まずはお返事が遅くなってしまったことをお詫びします。
 そして、ごめんなさい。
 俺は恵子ちゃんとお付き合い出来ません。
 あれから色々と考え込んでいました。
 正直な話、俺も恵子ちゃんと会っていると楽しいです。
 俺の一方的な感覚かもしれませんが、
 恵子ちゃんとはウマが合うと感じています。
 打てば響く会話、
 同調し合える価値観、
 何より恵子ちゃんの誠実さにはいつも感嘆していました。
 (いつも馬鹿なことばっかり言って、
 その気持ちは表に出ていなかったかもしれませんが)
 ですから、
 これまでの恵子ちゃんとの関係を恋愛に発展させるのは、
 俺にとって非常に良いことだと思えます。
 しかし俺は、恵子ちゃんを恋愛対象として見ていません。
 女性として見ていないわけではないのです。
 ただ今まであまりにも近いところで接していたから、
 親友としての気持ちしか持てないのです。
 残酷な言い方になって、本当にごめんなさい。
 どうかお身体をお大事に」
228:
送信ボタンを押した時、吐き気がした。
二ヶ月も待たせた挙句、なんて返事だ。
こんなに残酷な言い方をする必要があったのだろうか?
だけど親父のことは出せない。
恵子ちゃんに「じゃあ、そのことがなかったら…」なんて思わせるわけにはいかないのだ。
これでいい。
こんな男を美化させる必要はない。
恵子ちゃんとの付き合いはこれで終わってしまうだろう。
それに耐えられるように、俺は強くならねば。
229:
一週間後、恵子ちゃんからメールがきた。
「メールありがとう。
 正直、お返事は諦めていました。
 結果は残念ではあったけど、
 でも、健吾君が二ヶ月考えてくれたこと、
 そしてちゃんとお返事をくれたことに、
 今は感謝しています。
 本当にありがとう。
 気持ちを伝えることが出来て良かった。
 言わないときっと私は後悔してた。
 まだちゃんと気持ちの整理がついたとはいえないけど、
 でも、好きになれたことは、うれしかったよ。
 最後にお願いがひとつ。
 これからも健吾君とは今までどおりのお付き合いがしたいです。
 それだけでいいから。
 次に会う時は、従姉として普通に会えるようにするから」
230:
複雑な気持ちだった。
嫌われなかったことに「ほっとした」、なんてことはない。
むしろ避けられるほどに嫌われたかった。
物理的な距離は遠いのだから、会おうと算段しなければ、会わないで済む。
一年に一回会うか会わぬかの関係なら、忘れられる日もきっと早く来る。
だが、彼女の言う「今までどおりの付き合い」
それはこれからも一緒に書展に行ったり、一緒に食事したり、
そんなことを意味するのだろう。
「こちらこそ。これからもよろしく!」
返信したメールとは裏腹に、
これからはもっと意識的に彼女を避けなければ、と思った。
彼女を傷つけないように。
彼女に悟られないように。
“意識した無意識”で。
231:
秋の始め、俺はとりそびれていた夏休みを利用し帰省した。
折り良く、
他県に住んでる妹一家や、妹たちと同じ県で住み働いている義弟も
遅めの夏休みで里帰りしていた。
みんなが揃うのは久しぶりだった。
帰省最終日、みんなで食事に出た。
お父さんの行きつけの店だった。
姪っ子たちにいじられながら、合間合間で酒食を楽しむ。
忙しないが落ち着く。東京では得られない安らぎ。
と、義妹が厨房から男性を連れてきた。
「健吾君は初めて会うよね。今、付き合ってる人です」
聞けばその人とは結婚を前提に同棲も始めており、
お父さんも公認の男性だった。
「はじめまして。これからよろしくお願いします、お兄さん」
俺よりも年上なのに深々と頭を下げる彼。
こそばゆかったが、ふたりの幸せそうな顔に俺の顔も綻んだ。
232:
すると義弟が口を開いた。
「俺も結婚します」
彼も同棲している彼女がいた。
会ったことはまだなかったが話だけは聞いていた。
しかも、
「子供、できちゃって(笑)」
とまで言った。
あらら。お兄ちゃん、ちょっとショックよ。
数年前には結婚一番手だったのに、いつのまにやらドンケツだ。
いや、相手もいないんだからスタートラインにすら立ててないじゃないの。
笑顔で動揺してた俺の心中を見透かしたかのように、母が言った。
「とうとう、アンタひとりだね(笑)」
ズッシーン。それを言っちゃあ、おしめぇだよ母ちゃん。
「アレでしょ?おにぃ、結婚する気ないでしょ?」と妹。
「なぜ?」
「なんか、独身で遊んでるのが楽しいって感じ」
「だね。アンタ今、結構充実してるでしょ?」
…お前ら何年、俺の母親と妹やってんだよ。
身内に遊び人と思われてるとは。
その後、みんなが俺の結婚観を代弁してくれた。
ひとっつも当たってなかったが。
233:
東京に戻った俺は仕事に打ち込んだ。
というか、打ち込むしかなかった。
張り合いはなかったがヤル気は出した。
ある日、先輩(合コンに誘ってくれた人)に飲みに誘われた。
「お前に会わせたい人がいるんだ」
生ビールで乾杯した後、意味深な目つきで先輩が言った。
「誰です?女のコでも紹介してくれるんですか?(笑)」
「んふふ」
いたずらっ子のような目で先輩は笑った。
234:
一時間ほど経った時、先輩の「会わせたい人」が来た。
関口さん、だった。
関口さんとは合コンの後、2〜3ヶ月ほど一緒に飲みに行った。
先輩と一緒だったり、ふたりだけで行ったこともあった。
しかしいつしかお互いに連絡もしなくなり、ここずっと疎遠になっていた。
先輩の隣に座った彼女が、眉を落として挨拶した。頬が赤い。
「お久しぶりです」
「ほんと、久しぶりだね〜」
「あのな」
先輩が俺のジョッキに自分のジョッキをぶつけながら言った。
「俺ら、結婚するんだ」
はぁ、そうですか。
235:
おいおい。会社でも俺ひとりかい。
会社での独身男性もとうとう俺だけとなった。
帰りの電車の中、吊革にもたれながら外の暗闇をじっと見る。
無性にこみ上げてくる孤独感。酔ってるから尚更。
(まぁ、焦っても仕方ないのはわかってるけどさぁ)
(でも焦らないと、お前、次のコト考えないんじゃないの?)
(そうは言っても、こんな不規則な生活じゃ出会いも無いし)
(仕事のせいにすんなよ。気の持ちようだろ)
頭の中で一人で会話しながら、乗り換えのために地下鉄ホームへ。
(出会いなんて、その辺にころがってんじゃないの?)
ちょっとだけ、カッコつけてホームに立ってみた。
238:
>>1さん乙です
切ないよ、切なすぎる
何か泣けてきちゃった
本当にお疲れさまです
300:
11月。夜勤明け。
携帯の留守電をチェックしたら親父からメッセージが入っていた。
「母さんのことで話がある。連絡をくれ」
大抵は忙しさに託けて電話を返さない俺だったが、
この時のメッセージはなんだか親父が普通じゃない気がした。
しかも親父の口から母のことが出るなんて。
夜、親父に電話した。
「あのな。お前には言ってなかったんだが」
前置きした親父が語った話はひどく俺を動揺させた。
301:
「母さんな、俺名義のキャッシュカード持ってるんだ」
「母さん、ブラックリストに引っかかっててな。
 離婚後、母さんに頼まれて、信用金庫のやつ作ったんだ」
「目的は?理由は?」
「亜矢(妹の名だ)の私立高校の学費で生活が苦しいって」
「苦しい?待てよ、あの時は俺も母ちゃんも働いてたから、
 亜矢の学費だってなんとかなってたはずだぞ?
 借金は親父が背負ってくれてたし…」
「俺もそう思った。
 だけど私立は部活の寄付金だのなんやかんやで金がかかるって言われたんだ。
 それに、借金を背負う代わりに、亜矢の養育費はいらないって言われてたから、
 せめてカードぐらいはと思って、な。
 返済は母さんが責任持ってやるって言ってたし、
 現に返済が遅れて俺に督促の連絡が来ることもなかった。
 それにその後、亜矢は私立の短大にも入ったろ。
 だから、亜矢が短大を卒業したらカードも解約するって約束で、
 そのまま持たせてたんだ」
302:
釈然としない。嫌な予感もする。
「…それで?」
「ところがな、カードが解約されてなかったんだ」
「この間、俺のアパートに督促状が来てな。二ヶ月分たまってた。
 俺も『まだ解約しないで使い続けてたのか!』って思ったら頭がカーッとなってな。
 でも母さんに連絡してアチラの家に迷惑かけるわけにもいかんから、
 直接、信用金庫に電話したんだ。別れた女房が使ってるって言っちまってな」
「それで…親父もブラックリストに入ってしまったのか?」
「いや、きちんと払って解約してくれればそこまでの処置はしないって、
 信用金庫の担当者が約束してくれた。
 それで…悪いがお前に頼みがあるんだ。
 母さんや信用金庫と連絡とって、後の処理をしてくれないか?
 俺は母さんに連絡なんてしたくないし、出来ないし、
 それに今、仕事で名古屋に来てるんだよ。
 抜けられん仕事だから、信用金庫に出向くことが出来ないんだ」
仕方ないか、としか思えなかった。夜勤明けで疲れていたせいもあると思う。
303:
「わかった。やっとく」
「本当にすまん。昔からお前に頼ってばかりで…」
そこで電話が終わればよかった。
「大体、アイツは、」
親父が母に対する愚痴を言い始めた。
離婚から今に至るまで、親父が母のことを悪く言うことはなかった。
初めて聞く、親父の心情。溜め込んでいたのだ。
だが俺にそれを聞いてあげられる余裕なんてなかった。
「やめてくれよ!
 俺は親父と母ちゃんの息子だぞ!?
 そんなこと、聞かせることじゃないだろ!?」
荒々しく携帯の電源を切り、ぶん投げた。
304:
翌日、信用金庫に連絡をとった。
既に親父が俺を代理人とする旨を連絡していたため話は早かった。
解約には俺の身分証と、
俺と親父が血縁であることの証明書があれば問題ないとのことだった。
夕方、役所に戸籍抄本をとりに行き、そのまま仕事に向かった。
職場に着くと、仕事を始める前に母に電話した。
夕飯の準備をしていたという母に、すぐ本題を切り出した。
「どういうことだよ?」
努めて口調は抑えた。
「ちょっと待って」
母は慌てた声を出した。別室に移ったようだった。
「お父さんから聞いたの?あれはちょっと振込みを忘れただけ。大丈夫」
「…そういう問題じゃない!!」
305:
「別れた旦那のカードを、
 再婚してからも使ってる神経がわからないって、言ってんだよ!!!!」
「………」
「俺もだいぶ貸したよな?あんまり返してもらえてないけど。
 お父さんが家にあんまり金を入れてくれないから、なんて言ってたけど、本当にそうか?
 そこにお父さん、いるんだろ?俺、お父さんに聞いてもいいか?」
もちろん、そんなことはするつもりは無い。
「それは…やめて。お願い」
母の振り絞った声が、いつも思っていた疑問の答えになった。
「…つまり…そういうことなんだな。
 お父さんが原因じゃなく、自分で勝手に作った借金なんだろ?」
「…うん」
「あんた、病気だよ」
母は黙っていた。
信用金庫に返す金を準備するよう母に言い、電話を切った。
その日の仕事はやたら長く感じた。
306:
翌朝、職場を出てすぐに信用金庫に電話した。
これから訪ねる旨を伝え、次に母に待ち合わせの時間をメールする。
その足で新幹線に乗り、今までで一番、気乗りしない帰郷をした。
駅の改札口にいた母が目にとまった。
その姿にますますムカムカした。
母が何か言いかけたが、
俺は黙って母の手から金の入った封筒をひったくった。
信用金庫では責任者らしき年配の男性が俺の応対にあたった。
つつがなく手続きが済んだ後、男性が言った。
「大変ですね。お察しします」
仕事上の言葉だったと思うが、少しありがたかった。
307:
また12月がきた。
いつもなら、年末年始に帰郷するのか母から連絡が来るところだが、今年はない。
当然か、と思っていたら、恵子ちゃんからメールがきた。
「今年は帰ってくるの?久しぶりに健吾君と会ってお酒でも飲みたいな」
避けようと決めてからは俺からメールを送ることはなかった。
恵子ちゃんから来ても、当たり障りのない言葉で2、3行のメールを返すだけ。
この時も、仕事が忙しくて帰れないな〜、風邪ひかないようにね、とだけ返した。
実際、恵子ちゃんのことを抜きにしても、今年は帰りたくない。
わざとスケジュールに仕事を入れ、職場のTVで除夜の鐘を聞いた。
308:
2005年。
1月の中頃のことだった。
母と恵子ちゃんからほとんど同時にメールがきた。
母の内容はこうだった。
「お元気ですか?
 去年はひどい思いをさせて、本当にごめんなさい。
 とても反省しています。
 まだ怒っていることでしょう。当然です。
 だけど、それを承知の上でお願いがあるのです。
 2月に英治君(義弟の名)が彼女を連れて帰ってきます。
 彼女の家族とウチの家族の顔合わせをするのです。
 当人たちは結婚式をしないつもりだそうで、
 だからこの顔合わせはとても大事なものです。
 みんな、貴方も同席してくれるのを望んでいます。
 どうか一時だけでもいいので、私への怒りを我慢してもらえませんか?
 勝手なことを言ってごめんなさい」
気持ちは大分落ち着いていたが、まだ母への怒りが消えたとは言い難かった。
もちろん英治君たちは祝ってあげたい。
でも…母の顔を見たらきっと俺は…。
309:
悩んでいたら恵子ちゃんからメールが。
「元気?
 2月にまた上野で書展があります。
 今回は入賞しました!
 もちろん今年も行く予定。
 一緒に行ける?
 またこのおのぼりさんを東京見物に連れてってほしいな」
入賞したのか。
よかったなぁ。
うれしくて仕方ないだろうな、恵子ちゃん。
一緒に祝ってあげたいなぁ。
でも。
すぐに返事のメールを送った。
「ごめん。
 その日は仕事なんだよね。
 忙しい時期だから抜けられないんだ。
 入賞おめでとう。
 君はやればできる子だと思ってたぞ(笑)」
仕事は暇だった。スケジュールのやりくりはいくらでも出来た。
310:
恵子ちゃんからもすぐに返事が来た。
「そっか〜残念。
 私は健吾君の感想が一番好き。
 偉い先生とか書をやっている人とかから色んな感想や意見をもらうけど、
 書をやっていない健吾君からもらえる感想はとっても素直で、
 ストレートに私に入ってくるの。
 私の作品が書をやっていない人の心に残って、
 書って良いね〜って思ってもらえてる、そんな気持ちになれるの。
 だから本当に残念。
 お仕事がんばってね。
 無理して身体壊さないようにね!」
311:
10分後に2通目が来た。
「話は変わりますが、工藤 直子って憶えてる?
 健吾君は観てないけど、
 健吾君が転勤するちょっと前の書展で
 私が作品の題材にした「花」という詩を書いた人。
 その人の本で私のお気に入りのがあるのね。
 それ、ぜひ健吾君に読んでほしいので送るね。プレゼント。
 本当は会って直接渡したかったけど。
 気に入ってもらえるといいな」
312:
「花」
本当は俺、あの作品観たんだよ、恵子ちゃん。
あれを観て、俺は母との喧嘩別れを思い直し、
家族を二度と切り捨てないって、誓ったんだ。
恥ずかしくて、そんなこと君には話してないけど。
恵子ちゃんの字が頭に蘇ってきた。
どんなことがあっても家族は家族なのだ。
俺は母に「出席する」とメールをした。
313:
ホテルで食事をしながら、両家の顔合わせが執り行われた。
こちらは亜矢の家族も同席し、ちょっとした大人数だったが、
彼女側もおじいちゃんやおばあちゃん、兄姉の家族などが揃い、
大変な賑わいとなった。
(こうして、家族ってのは増えていくんだな)
みんなに酌をしながら、そう思った。
314:
会もお開きになり、お父さんが俺を駅まで車で送ってくれた。
母も同乗していた。
駅で一旦、俺と母を下ろし、お父さんは車を駐車場に置きに行った。
母が口を開いた。
「今日は本当にありがとう。ごめんね」
今日は会ってからあまり会話をしてなかった。
足元を見ながら話す母に、俺も言った。
「ひとつだけ、本当のことを話してよ」
「うん」
「もう、借金は無いんだね?大丈夫なんだね?」
「うん。大丈夫」
「その言葉、信じるからね?」
「うん。本当にごめんなさい」
「ならいいよ。忘れようぜい(笑)」
本心から笑えたわけではなかったが、それでも少しは軽くなった。
母は相変わらず下を見ながら、また「ごめんね」と言った。
315:
数日後、恵子ちゃんから荷物が届いた。
中にはチョコと本が入っていた。
本来の意味として受け取りたかったチョコを頬張りながら、本を読み始めた。
工藤 直子 「ともだちは海のにおい」
それはイルカとクジラの友情物語だった。
どこかほのぼのとさせる挿絵と、飾らない文章がとてもいい。
(確かに恵子ちゃんが好みそうだ)
読んでいたら恵子ちゃんの顔が浮かんできた。
読み進めたら、ますますその顔が増えた。
だめだ。
1/3も読まないうちに、本を閉じた。
そしてそれ以来、一度もこの本を開いたことはない。
316:
2,3日後、
ホワイトデーの意味で俺も本を贈った。
大森 裕子というイラストレーターの書いた絵本。
「よこしまくん」と「よこしまくんとピンクちゃん」という2冊。
見栄っ張りで、ヘソ曲がりで、ぶっきら棒で、格好つけなフェレットが主人公で、
ピンクちゃんというガールフレンドがいる。
大人が読んで思わず「くすっ」となる絵本だ。
「ともだちは〜」ほど深いものはないが、俺はとても気に入っていた。
317:
恵子ちゃんからのお礼のメールは喜んでいた。
「本、ありがとー!
 よこしまくん、すごくいい!
 かわいくて、ほんわかしてて。
 『けっ』とか『ふんっ』とか言ってるひねくれモノなんだけど、
 素直じゃないな〜コイツ♪って感じで、どこか憎めない。
 こんな人、いるよねぇ…あ、いたいた!横浜にひとり(笑)
 ピンクちゃんとのコンビもいいね!
 なんだかんだピンクちゃんに言っても、
 ちゃーんとピンクちゃんのこと大事に思ってて、
 ピンクちゃんも、よこしまくんのことすごいなーって思ってて。
 なんか微笑ましい。
 ホントにありがとう!大事にします」
ああ…そういや俺、似てるかもな。
よこしまくんほど、ハッピーじゃないけど。
318:
それは3月に入ってすぐの、日曜日の朝のことだった。
夜勤明けでマンションに帰ると、
エントランスホールの郵便受けの前に、
長髪のデカい男が立っていた。
そいつの足元には大きな旅行用トランク。
なにやら携帯で話していた。
(マンションの住人じゃないな)
俺の住んでるマンションは、
エントランスホールにあるインターフォンの操作盤に鍵をささないと
エレベーターが動かないようになっていた。
部外者が2階以上に上がるには、インターフォンで住人に呼びかけ、
エレベーターを動かしてもらわなければいけない。
(邪魔くせーな)
そいつをすり抜けるようにして郵便受けに手を伸ばしたら、
そいつが声を上げた。
「あ」
319:
なんだ?と思い、そいつを見た。目が合った。
「来た。帰ってきた」
電話の相手に言っているようだった。帰ってきた?俺のことか?
「おお、大塚!」
声を聞いてようやくわかった。
高校時代の友人、辻田 大だった。
「大か!?…なんで、ここに」
「おお!ほれっ」
大が携帯を俺に差し出した。
「大塚、おひさ〜!」
電話の相手は三浦 勝だった。こいつも高校の時の友人だ。
すぐに俺から携帯を取り返した大は、
「ありがとな!じゃな!」
と三浦に言い、電話を切ってしまった。
あまりに突然で二の句が告げずにいる俺に、大が言った。
「とにかく部屋に入れろ。話はそれからそれから」
言われるまま部屋に案内した。
320:
不思議な風景だ。大が横浜の、俺の部屋にいる。
俺はコイツが大好きだった。
高校時代、
俺は大と三浦、そして木島 周平、河相 真子という友人たちとバンドを組んでいた。
世は空前のバンドブームで、
河相 真子以外の4人は女の子にモテたいがための結成だった。
俺以外の4人は同じ高校で、
中学の時から大と友達だった俺が後から誘われた格好だった。
高1の終わりから2年間バンドは続いたが、高校卒業と同時に解散した。
卒業後、俺と三浦は社会に出、周平と真子は東京の大学に進学し、
大は「ビッグになるぜい(笑)」と笑いながら、
なんとイギリスに行ってしまった。
ベーシストだった彼は、その道でメシを食っていこうとしていたのだ。
それ以来の再会だった。
321:
断りもせずに冷蔵庫を開け、缶ビールを取り出す大。
俺にも差し出し、缶をぶつけてきた。
「ほい、おひさしぶり」
相変わらずなヤツだ。
中学の国語の授業で「豪放磊落」という言葉を習った時、コイツの顔が浮かんだ。
今も変わっていない。なんだかうれしかった。
「おい、飲みに行こうぜ」
ビールも飲み干していないうちから、大が言った。
「アホか。まだ11時だぞ。それに俺、夜勤明けなんだ。少し寝かせろ」
「なんだ、仕事明けか。私服だから、てっきり朝帰りかと思った」
「(笑)土日はスーツ着ていかなくていいんだ」
「あ、そ。
 なぁ行こうぜ、飲み。
 横浜なら、昼間からやってるトコあるだろ?まして日曜日だし」
「勘弁しろって。行ったら潰れちまうよ。俺が酒弱いの、憶えてるだろ?」
高校の時、大とはよく飲んでいた。
「OKOK。んじゃ俺も寝るわ」
「それはそうと、どうして帰ってきたんだ?なんで俺んとこに来た?」
聞きたいことは山ほどあった。
「話は夜な。寝ろ寝ろ」
こうしてコイツに振り回されるのも高校以来だった。悪い気はしない。
322:
夜7時。寝すぎた。
しかし大はまだイビキをかいていた。
「おい、起きろ」
大を叩き起こし、外に連れ出した。地下鉄に乗る。
吊革が大の胸元で揺れていた。
190cmあるコイツと並ぶとまるで大人と子供だ。
「地元にいた時、三浦からお前の様子は聞いてたけど、仕事は順調なのか?」
「当然」
いつでも自信家なコイツが本当に羨ましい。
しかし現に大の言ってることは真実で、
4年ほど前、イギリスでは割とメジャーなバックバンドに入ったと、
三浦から聞かされていた。
俺もそのCDは何枚か持っている。
323:
「それで、今度は日本で活動するのか?」
「いや、用があって帰ってきたんだ。すぐまたあっちに戻る」
「用って?」
「俺のばあちゃん、憶えてるか?こないだ死んだんだ」
大は幼い頃に両親を亡くし、祖母と二人暮しの生活を送っていた。
こんな豪気な大も、日本を離れる時、祖母の心配だけはしていたが、
祖母は元気に大を見送った。
俺たちバンドメンバーも一緒に空港まで見送りに行ったのだが、
大がいなくなることよりも、その祖母の姿に涙が出てしまった。
324:
「そか。大変だったな」
「位牌持ってきてるから、後で拝んでやってくれ(笑)」
「位牌を持ってきてる…?」
「実家、処分するんだ。
 もう誰も住むやついないしな。手続きは済ませてきた。
 ついでにお前や三浦に会っていこうと思ってさ。
 お前の住んでたアパートに行ったけど、もう別の人間が住んでてよ。
 んで、三浦のところに行って聞いたんだ。お前がこっちにいるって。
 横浜なんて来たことなかったから、だいぶ迷ったわ(笑)」
「それで朝、三浦と話してたのか(笑)」
「うん。つーか三浦に電話するのも四苦八苦だったんだぜ(笑)。
 日本の携帯電話の使い方って、イギリスと微妙に違うんだよ。
 これ空港で借りてきたやつだからさ」
「なるほどな。なら三浦に悪いことしたな。
 こっち来てから初めてアイツと喋ったのに、誰かさんに電話切られちまって(笑)」
「三浦なんてどうでもいいんだよ(笑)
 お前は会おうと思えばいつでも会えるんだから。
 それより俺との再会、大事にしろよ?(笑)
 もう一生会えないかもしれないぞ」
「お前、もう日本に帰ってくる気はないんか?」
「ん。それに今度、アメリカに移るんだ。今のバンド抜けて」
「? 今のバンド、あんまり良くないのか?
 仕事の依頼もバンバン来てるらしいって、三浦も言ってたぞ。
 勿体ないじゃん」
325:
大が俺の言葉を遮った。
「それはそうと…
 おい、お前まさかハードロックカフェに連れてくつもりじゃないだろな?
 知ってんぞ、横浜にもあるって。
 やめてくれよ、アッチで行き飽きてんだ(笑)」
まさにそのつもりだったからドキッとした。
「違うわい。ほら、降りるぞ」
慌てて関内で降り、行き着けの店に行き先を変更した。
326:
和食の店に連れてった。
「それほど、日本食に飢えてるワケじゃないんだがな(笑)」
「うるさい。文句言うな」
そうは言っても刺身や日本酒に、大は喜んでいた。
「さっきの話。アメリカって、なんでだ?」
「もっかい勉強し直そうと思ってさ。アングラから再スタートだ(笑)」
「メジャーCDにもなってるってのに、なぁ。惜しくねーか?」
「まだまだよ、俺の腕は」
「ん?イギリス人に『謙虚』って言葉を学んだんか?(笑)」
「(笑)たまたま以前のライブで知り合ったプロモーターにアメリカ行きを勧められてさ。
 費用から住むところから、全て面倒見てくれるってんだ。
 少し行き詰まってたところだったから、世話になることにした」
目をキラキラ輝かせて未来を語る、
なんてことはこの三十路を越えた男にはなかったが、
忙しく箸とお猪口を動かしながら話すその声は弾んでいた。
327:
「あ、それでな。木曜日まで泊まるからな」
事も無げに言いやがった。
「すぐ帰らなくていいのか?つーか、帰れ(笑)」
「(笑)見納めしときたいんだよ、日本の」
「仕方ねぇなぁ」
「宿泊費は出さんぞ」
「出せバカ(笑)」
ふたりともグデングデンになって家に帰り、
それでも祖母の位牌の前ではふたり並んで手を合わせ、寝た。
328:
翌朝8時。
起きると大が床に寝ていた。
ふたりとも昨日の服のまま。
たしかふたり揃ってベッドに倒れこんだはず。
俺はかろうじてベッドに寝ていた。
(ズリ落ちたか、大)
なんだかニヤけてしまった。
この図体のデカい男とこれからちょっとの間、一緒に暮らすのだ。
俺は3日間だけの同居人に毛布と合鍵を被せ、
静かに身支度を整えて会社に向かった。
電車の中でふと思った。
(10年以上会ってなかったのに、昨日はすんなり話せたな)
高校時代の友人は一生モンだと、誰かが言っていた。
こういうことを言うのだろうか。
329:
その日の仕事は日勤だけだったので、夜8時には家に帰り着いた。
(なにワクワクしてんだ(笑)新婚さんかよ)
ドアを開ける時、やたら可笑しくなった。
そしてドアを開けたら、笑い転げてしまった。
エプロン姿の大が立っていた。
「なんだよ!?その姿!!」
「メシぐらい作ってやろうかと思ってよ。あ、この姿はウケ狙いだ(笑)」
190cmの長身にまるで合っていないサイズだった。
「それよか、お前んち最低!包丁もフライパンもねーじゃねーか!」
「仕事から帰ってきたら作る気力なんかないんだよ。
 一人暮らしだから作る量も難しいし」
「俺はあっちでも自炊してたぞ。ちゃんと全部平らげてたしな」
「お前とは食える量が違うんだよ」
台所に行ってみると、
包丁やらまな板やら鍋やらが、出来上がった料理と一緒に並んでいた。
「宿泊費だ。とっとけ」
料理は美味かった。見事なもんだ。味噌汁まで出された。
330:
食い終わると待ってましたとばかりに大が言った。
「おい、カラオケ行こうぜ。久しぶりに歌聴かせろよ」
バンド時代、俺はボーカルを担当していた。
楽器なんてひとつも出来なかったから。
「すげぇな、今時のカラオケって」
近所のカラオケ屋に連れて行った。大は大はしゃぎだった。
イギリスにもカラオケはあるそうだが、機材がまるで違うらしい。
採点システムに感動していた。
大は黙って俺の歌を聴いていた。
冷やかしもしなければ合いの手すら入れない。
およそ同僚と来る時とは雰囲気が違う。なんだか照れた。
「相変わらず聴かせるじゃねぇか」
「プロに言われるとうれしいな(笑)
 世話になってるからって、世辞を言う必要はねぇぞ(笑)」
「いや、上手いよ」
大の顔は真剣だった。
普段はふざけたヤツだが、こと音楽のことになると顔つきが変わるようだ。
これがプロってものかと感心した。
大の選曲は洋楽オンリーだった。
あまり上手くはない。
ベースを持つと天下一品なんだけどなぁ。
ギャップに笑った。
331:
2時間コースが終了し、俺たちは軽く飲んでから帰ることにした。
行き着けのバーに案内した。
軽く、のつもりが昔話に花が咲き過ぎた。
お互い酔っているのがすぐわかるほどだった。
でも酒が美味くてやめられない。
今度コイツと飲める日なんて来ないかもしれない。
そう思うと今日という日が惜しくなり、潰れる覚悟でおかわりし続けた。
「そういえば、さ。お前、真子とはあの後どうなったん?」
グラスにしな垂れかかりながら大が言った。
「真子って、バンドの時の真子か?」
「他にいねぇだろ」
「あの後って、なんだよ?どうなったってのは?」
「周平が死んだ後だよ。お前、真子のこと好きだったんだろが」
332:
ドラムを担当していた周平とキーボードの真子は付き合っていた。
俺は真子のことが好きだったが、仲の良いふたりを見続けるだけだった。
高校卒業後、ふたりは東京の大学に進み、俺は地元に残った。
そこでバンドは終わり、俺の想いも終わった。
20歳の時、周平が亡くなった。車を運転中の事故だった。
大は仕事で戻ってこれなかったが、俺と三浦は周平の葬式に参列した。
同じく参列していた真子は痛々しいほどに悲しみに暮れていた。
葬式の時もその後も、俺は慰めの言葉をかけてあげることが出来なかった。
それから3年ほど経った時、彼女から連絡があった。
大学を卒業した後、東京で就職したとのことだった。
その時の真子は、周平のことを引きずっている様子もなく、俺は安心した。
それ以降、彼女がどうしているかは知らない。
333:
今頃になって彼女の話が出るとは。
「気付かれてたのか(笑)」
「俺にはな。こう言っちゃなんだが、チャンスだったんじゃないか?」
「真子に言い寄るチャンス、か?」
「そうだよ」
「あの時はとっくに気持ちなんてなかったよ。
 お前も知ってるだろ?
 あの頃俺んち大変だったから、そんな余裕もなかったしな」
「そうか?家のせいにしてただけじゃないか?」
「お前、あの時いなかっただろが(笑)見てたようなこと言うな」
「まぁな。なんとなくそんな気がしただけだがな」
「甘酸っぱい思い出ってやつだ(笑)」
もう一杯だけ飲んで帰ることにした。
334:
「で、今は付き合ってる女とかいないのか?」
「いないねぇ」
「好きなやつは?」
「いないなぁ」
「つまんなくねぇか?好きな女すらいないなんて」
「別に」
「ふーん」
お互いリミットだと判断し、グラスを空けることなく店を出た。
「そういうお前はどうなんだよ?金髪のステディでもいるのか?(笑)」
「俺のことより、お前のほうが心配だよ」
大きな身体を俺に覆い被せながら、つぶやくように大が言った。
335:
翌日の二日酔いはひどかった。
ベッドでウンウン唸っていたら、
大がゼリーとミネラルウォーターをコンビニから買ってきてくれた。
「俺、観光に行ってくるわ。今日、夜勤だろ?合鍵くれ」
「おばあちゃんの位牌に、ご飯出したか?」
「なんだ、それ?」
「茶碗にご飯を盛って、箸差して位牌の前に出すんだよ。知らんのか?」
「知らね。イギリスにそんなん無かったもん」
「日本にゃあるんだよ」
「お前、ジジくさいこと知ってんな」
いそいそとご飯を位牌の前に置き、大は元気に出て行った。
ベッドでひとりで寝ていたら、無性に寂しくなった。
(気色わりぃ)
苦笑して、また眠りに落ちた。
336:
大の水が効いたのか、寝覚めは良かった。
大はまだ帰っていなかった。
家を出る時、「いってきまーす」と俺は部屋に声をかけた。
翌朝、家に帰ると大が俺のベッドで寝ていた。酒臭い。
(こんにゃろ)
と思ったが、俺もベッドの横で毛布にくるまった。
夜、目覚めるといい匂いがした。また味噌汁だ。
「起きたか。メシ食え」
「うれしいけど、なんだか気色悪いな(笑)」
「俺だって(笑)」
差し向かいでの夕飯。可笑しくなる。
337:
ふと大が聞いてきた。至極、真面目な顔だった。
「お前、仕事楽しいか?」
「? 別に…楽しくはないわな。女も出来んし」
「こんな不規則な生活じゃあな」
「おお!?お前に言われるとはな(笑)
 ミュージシャンなんて、不規則の代名詞だろうが」
「お前、マスコミに毒され過ぎ(笑)意外と真面目なもんだぜ?」
「そうかね」
「そうさ」
(?)
なんだ。何が言いたかったんだ?
「大塚」
答えはすぐにわかった。
「お前、俺と一緒にアメリカ行かねぇか?」
爪楊枝を口に加えながら大が言った。
338:
「おほ。なんだ?
 仕事の息抜きにアメリカ旅行でも連れてってくれるってのか?(笑)」
「違う。アッチで一緒にまたやろうって意味だよ」
コイツ、何言ってんだろ?
大が冗談を言ってるわけではないことは、その顔を見ればわかったが、
その真意が計りかねた。
「お前と一緒にバンド組むのか?」
「そう」
「俺にボーカルやれってか?」
「うん」
「アメリカで?」
「で」
「俺の歌、そんなに良かったかぁ?あんなカラオケごときで」
「いや、全然ダメだ。歌唱法も何も、基礎から全然なってない」
「なんだそりゃ」
「でもな、いいモン持ってると思ったんだよ」
「そんなのわかんのか?」
「わかる」
これは俺も真面目に話さなければいけないと思った。
339:
「あのな、大塚。俺、ここ数年悩んでたんだよ。
 雇われバンドじゃなくて、自分のバンドを持ちたいってな。
 確かにお前も知ってるとおり、
 雇われバンドとして俺はある程度成功したのかもしれない。
 仕事の依頼も多いしな。
 でもこのままじゃ、どこまで行ってもそれ止まりな気がするんだよ。
 所詮は雇われだ。
 CDのジャケットに俺の名前がドーンと載るわけじゃない。
 バンドの名前も俺が考えた物じゃない。
 全部、他人が創り出したモンなんだよ。
 それに俺は乗っかってるだけ。
 そんなこと考えてたら、
 こないだ話したプロモーターから今回の話を持ちかけられたんだ。
 心機一転、やってみろってな。
 今からアメリカに乗り込むんだから、
 当然、下積みからまた始めなきゃいけない。
 それは長い時間になるかもしれない。でもチャンスだと思ったね」
340:
「それはすごくいいことだと思うけど、
 その相棒が俺である必要はないだろ?」
「確かにな。
 お前より歌えるやつを俺はいっぱい見てきたよ。
 実のところ、
 カラオケに行くまではお前を誘う気なんてこれっぽっちもなかった。
 でもな。
 あの時、俺、思い出したんだよ。
 俺はお前の声が好きだったな、ってな。
 高校の時にお前をバンドに誘ったのもそれが理由だったんだよ。
 単にお前が友達だったからじゃないんだ」
「キーが高すぎるって、いつも文句言ってたじゃん」
「ガキだった俺に、お前の声好きだ、なんて言えると思うか?」
「………」
「どうせ再出発するんだったら、俺の好きなモノを集めたいと思ったんだ。
 俺の好きな声や好きな音を持ってるやつ。
 もうギタリストは見つけてあるし、
 そいつも俺と一緒にアメリカに行くことが決まってる」
「俺に会って、懐かしさが蘇っただけじゃないのか?」
「俺、プロだぜ?そんなことぐらいで、お前に人生賭けねぇよ」
「でもプロの世界って厳しいんだろ?そんな我侭が通じるのか?」
「甘い考えだとは思うよ。
 でも我侭ってのはちょっと違うと思う。
 俺にとって音楽は仕事でもあるけれど、でも俺の音は俺のものだからな」
言ってることは夢見がちな十代の台詞に思えたが、大の顔は大人の顔だった。
341:
「以上!お前の考えを聞かせてくれ」
大の真っ直ぐな視線が俺を射抜いている。
言葉を整理しながら、俺はゆっくりと話した。
「まず…結論から言うわ。ごめん、俺はアメリカには行けない」
やっぱり、という顔を大はしたが、黙って俺の話の続きを聞いてくれた。
「正直、お前の話は魅力だよ。
 俺、一瞬、アメリカに立ってる俺の姿を想像しちまった。
 ものすごくワクワクした。
 俺の声を好きだとも言ってくれた。うれしいよ。
 それに、打算的な考えになるけど、
 ちゃんとお前にはお前を認めてくれるスポンサーもいることだしな。
 例えアングラなフィールドから始まるにしても、
 お前が力強い気持ちでアメリカに行く気になれるのはよくわかるよ。
 現実を踏まえた上での夢なんだな。
 でもな。俺の中の現実は違うんだよ。
 俺には、お前が言うほど、俺に力があるとはどうしても思えない。
 それはアメリカに行ってからの俺次第でどうにかなるって、
 お前は言うだろうな。
 俺、お前たちの仕事は天分だと思うよ。
 お前にはそれがあって、俺にはない。
 これは努力とかでなんとかなるもんじゃないって気がする。
 どっかで聞いた台詞だなんて言うなよ?
 本当にそう思うんだ。
 それに、俺はビビッてる。
 お前の誘いほど、俺の今の仕事に魅力があるわけじゃないけど、
 でもそれを捨てて知らない世界に飛び込めるほどの勇気は、俺にはないんだよ。
 お前は昔のまんま、相変わらずすごいヤツだけど、俺だけ年とったんかな(笑)」
342:
プッと、加えていた爪楊枝を俺に飛ばしてきた。
ようやく大の視線がズレた。自分の茶碗を見つめていた。
「なんだよ、考えさせてくれ、の一言くらい言ってくれよなぁ(笑)
 …わかった。
 ただな、ひとつだけ言うぞ。
 俺がお前を誘ったのは、勘違いでも郷愁にかられたからでもない。
 俺の頭がお前だって言ったんだよ。
 …後で後悔すんなよぉ。俺の直感て、案外当たるんだぜ(笑)」
大は笑顔だった。
「よし!大塚!ビール飲むか!持ってくる」
「うん。俺の冷蔵庫から、俺のビールを持ってきてくれ(笑)」
「だけどなぁ…」大が両手にビールを持って戻ってきた。
「彼女もいないし、仕事もつまらんって言うから、
 日本に未練ナシってことでOKしてくれるかと思ったんだよなぁ。
 甘かったか。未練とかそういう問題じゃないんだな」
未練。
さっきの大の視線よりも鋭く、それは俺に突き刺さった。
343:
最後の夜ということで、その後は家でダラダラと飲んだ。
ふたりとも酔い潰れることもなく、1時過ぎには床に就いた。
すぐに大は寝息をたてた。
それを聞きながら、俺は寝付かれなかった。
1時間ほど経った頃、俺は大を揺り起こした。
「…んー?なんだぁ?」
「大、聞いてくれ。俺、未練ある。好きな女がいるんだ」
344:
再び電気を点け、大は冷蔵庫からミネラルウォーターを持ってきた。
それを脇に抱き、俺の目の前にドカッと座り込んだ。
「どれ、聞かせろや」
一時間、話した。
恵子ちゃんのこと。
家族のこと。
恵子ちゃんとのこれまでのこと。
全て話し終えた時、大が一時間ぶりに口を開いた。
345:
「大塚ぁ…さっきの話より、今の話のほうがよっぽど納得いくぞ。
 好きな女がいるってのは、それだけでなんだか、何よりも大事だしな」
大がタバコに火を点けた。
「しかし。お前…変わってねぇなぁ」
「スーツ姿も似合うようになって、
 すっかりオッサンになっちまったと思ってたけど、
 中身、高校の時と大差ねぇじゃん」
「今の話、お前、誰にも言ってねぇのか?」
黙って頷いた。
「…まぁ、恋の相談っつっても、
 今の話じゃあ、おいそれと誰にでも話せる内容じゃないわな。
 でも俺は明日、ここからいなくなる。
 話す相手としてはうってつけだったってワケか(笑)」
長くゆっくりと、大が煙を吐き出した。
「どうにもなんねぇな」
厳しい口調ではなかった。
「どうにかするんなら、何かぶっこわさないと、な。
 でもお前、それ、出来ないだろ?」
何も言えない。
「おい!ならよ。
 俺とアメリカ行ったほうが、キッパリスッキリするんじゃねぇか?ん?」
やっぱり何も言えず、大を見た。
「うわぁ…お前のそんな顔、初めて見た…。
 やめろよお前、そんな切ねぇツラ。
 なんか、母性本能くすぐられたぞ(笑)」
俺は俯いてしまった。
「ま、好きなだけ悩め。お前の気持ちだ。誰のモンでもねぇ」
もうお互い話すこともなくなり、今度はホントに寝た。
346:
翌日は休みだったので、大を空港まで見送ることにした。
便は午後で余裕があったから、
ゆっくりと大の作った朝飯を噛み締めることができた。
空港までの電車の中、話すことなく、ふたりとも爆睡した。
空港のロビーに着くと大が言った。
「もうここでいいや」
「まだ離陸まで時間あるだろ?付き合うよ」
「いいよ。俺、なんか言ってしまいそうだもん(笑)」
「あのよ」
「うん?」
「アメリカ生活が始まったら、住所連絡するわ」
「うん」
「ケリついたら、教えろ」
「うん」
「もうこれで、日本に帰ってくることはないと思う」
「そか」
「…あ、いや、帰ってくるな、俺」
「?」
「メジャーになったら凱旋帰国だ(笑)」
「じゃあ、一生帰ってこないってことじゃん(笑)」
笑いながら、大が俺の肩を小突いた。
「バイバイ」
大きく両手を振って、大が俺に「帰れ」と急かした。
デカい男が、一際大きく見えた。
668:
ご無沙汰しております。1です。
五ヶ月もの間このスレッドを放置してしまい、本当に申し訳ありませんでした。
非常に遅れ馳せながら、続きをアップさせていただきます。
これが最後になります。
とても長い文章となっておりますがどうかご容赦ください。
また、最後に文章をアップした昨年11月から本日に至るまでの経緯を
後ほどお話しさせていただきます。
今更ですみません。
669:
大が去って3週間。
3月も終わりを告げた時だった。
俺は故郷への出張を命じられた。
仕事の内容は新入社員への研修。日程は一週間。
研修開始日の前日夜、俺は故郷に先乗りした。
前もって太田家には出張のことを連絡していたので
お父さんは太田家への滞在を勧めてくれたが、
連日、同僚との飲み会が予想されたため、
俺は迷惑をかけまいとお父さんの申し出を辞退していた。
会社のとってくれたホテルに、俺は苦笑した。
そこは三年前のクリスマスイブに、芽衣子さんと泊まるはずだったホテル。
さすがに同じ部屋ではなかったけれど、窓から見える夜景は変わらなかった。
一瞬よぎるほろ苦い思い出。
(思い出…になったなぁ)
缶ビール片手に、しばらく夜景を眺めた。
翌日。
古巣である事務所に出勤すると、懐かしい顔が俺を出迎えた。
転勤前によくパートナーを組んでいた後輩・友枝だった。
「お久しぶりです!
今日は俺が大塚さんのアシスタントですよぉ。凸凹コンビ復活!!(笑)」
ずんぐりむっくりとした体躯に、人懐っこい笑顔。
男の俺から見ても可愛らしく感じる友枝は、少しも変わっていなかった。
いや、少しお洒落になったかな。
趣味の良いワイシャツとネクタイが似合っていた。
670:
研修は午後から始まった。
みんなお揃いかと思えるような、
色も形も定番のリクルートスーツに身を包んだ初々しい新入社員たち。
中途採用で入社した俺の目に、彼らがとても眩しかった。
研修はとにかく忙しかった。
しかし友枝のサポートでそつ無く進行することができた。
昔はちょっと頼りない男だったが、この三年で見違えるように成長していた。
所作の全てに自信が覗える。
頼もしくもあり、ちょっとだけさみしくもあった。
無事に初日を終え、後片付けをしていると友枝が言った。
「大塚さん。今日この後、どうします?」
「んー。さすがに疲れたよ。帰る」
「ちょっと付き合っていただけませんか?」
「飲むのかぁ?やだよお前、うわばみなんだもん(笑)」
「そんなこと言わず(笑)お話、というかご報告があるんです」
「なんだ?」
エヘヘ、と意味深な笑みで友枝は俺の問いをかわした。
妙に気になった俺は、彼の誘いに応じた。
671:
連れて行かれたのはとても洒落た店だった。
赤ちょうちんがステータスだった友枝だけに、意外で驚いた。
「こんな店ができたんだなぁ。というかお前、よく知ってたな(笑)」
「エヘヘ」
またあの意味深な笑いだ。
「この店、彼女から教えてもらったんです」
驚きの連続だった。
三年前まで『彼女いない歴=年齢』だった友枝。
とても嬉しそうだ。俺も嬉しかった。
「やったなおい!彼女できたんかぁ」
「はい!しかも俺、結婚します!!」
おいおい、まだ驚かす気か、友枝。
「うわぁ、おめでと!…で、相手は?」
「大塚さん、おぼえてますかね?○×社の野田 芽衣子」
驚くにもほどがあった。
672:
「式の日取りとか最近決まったばかりで、まだ会社の誰にも言ってないんです。
それにまず、大塚さんに報告したくて」
前置きをした友枝が、こぼれる笑顔で話を続けた。
俺と芽衣子さんの関係を知っていたのは社内では東京の先輩だけ。
先輩は口の堅い人だったから、友枝は知らないはず。
俺は平静を装った。
付き合い始めたのは去年の6月だという。
以来、順調に時を重ね、半年後のクリスマスにプロポーズしたそうだ。
はしゃぎながら芽衣子さんとの惚気話に夢中になる友枝。
いちいち頷きながら友枝の話に耳を傾ける俺。
ふたりとも、頼んだ酒や料理にほとんど手をつけなかった。
早くホテルに帰って頭を整理したかったが、
無邪気な友枝の顔を見ていたらいつしか帰る気も失せ、
俺は誘われるまま2軒目の店へとついて行った。
転勤前によく友枝と通ったバーだった。
673:
俺のことを覚えていてくれたバーテンは、
あの頃いつも飲んでいた酒を用意してくれた。
「あらためて…おめでとう」
友枝のグラスにカチンと当てると、なんと友枝が泣き出した。
「な、なんだ!?どした??」
狼狽し、友枝の背中を摩る。
「い、いや、すんません。うれしいんス。うれしいんス」
ワイシャツの袖で、友枝は何度も目を擦った。
「大塚さんのっ、“ありがとう”がっ、うれしいんスっ」
可愛いヤツ。
こんなに無垢なヤツもいまどきいないだろう。
674:
2杯目を注文した時は友枝も落ち着きを取り戻していた。
仕事でも見たことのない、至極真面目な表情で友枝が語り出す。
「実は彼女と付き合うことになる前、俺、一回告白したことがあるんです」
「…いつ?」
「一昨年の7月くらいでしたかね」
俺と芽衣子さんの交際が終わった頃だ。
「そん時は『好きな人がいるから』って、断られたんです」
「………」
「でも俺、彼女のことが、初めて会った時から好きだったから、
 諦められなくて、ずっと、想い続けてたんです」
知らなかった。
そんなにも深く、長く、友枝が芽衣子さんのことを想っていたなんて。
「彼女はいつも寂しそうでした。
 その顔を見るたび、
 好きな人とうまくいってないんだなって、俺は悲しくなりました」
胸にチクリと、何かが刺さる

「だから俺、彼女の相談役になろうって、思って…
 …あ、でも俺っ、別に変な下心は無かったっスよ!?
 そんなんじゃなくて、あの、」
…なんていいヤツなんだろう、こいつは。
あさっての方向を見ているバーテンが、ウンウンと頷いている。
俺たち以外に客はない。
アンタもそう感じたんだね、バーテンさん。
675:
「それから一ヶ月に一回、彼女を食事に誘ったんです。
 俺、見た目こんなだし、嫌がられるかなって、
ビクビクしながら彼女を誘ったんですけど、彼女は笑顔で応じてくれました。
 ただ…俺、店のことなんて詳しくなかったから、
いつも彼女に店を選んでもらってましたけど(笑)
 …食事に誘ってるのは俺なのに…かっこわるかったなぁ(笑)」
みるみる友枝のグラスが空になっていく。
俺はまだ一杯目だった。
「相談役って言っても、彼女はいつも多くは語ってくれませんでした。
 でも帰る時はいつでも『ありがとう』って、すごく綺麗な笑顔で言ってくれて。
毎回ドキドキしてました」
初めて友枝の口から聞けた“女性の話”。
始めはその相手が芽衣子さんであることに驚きと戸惑いをおぼえたけれど、
友枝の素直な言葉にいつしか俺は引き込まれていた。
「そしたら去年の6月、
 彼女のほうから『付き合ってください』って、言われたんス。
 俺ビックリして、『いいの?』って何回も聞いてしまいました」
よかったなぁ。
素直にそう思えた。
67

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