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曜「恋ができない吸血鬼」


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どうして吸血鬼になったのか。
それは一年半経った今でもわからない。
これからも、わかる日が来るのかな?
理由は置いといたとしても、吸血鬼になった日のことを思い出していた。
吸血鬼としての能力に目覚めたというか、気が付いたというか。
それは高校に上がるのと、ほぼ同時期だった。
幼馴染の千歌ちゃんが指先を怪我したとき、ぷっくりと膨れ上がる血の玉を見て、思わず舌なめずりしてしまい、そのまま、指を口に咥えていたの。
その時の衝撃をなんと言葉にすればいいのかわからないけど、これだ! という感じがした。
それと同時に、自分自身に寒気もした。
親友の血を吸っておいて、これだ! はないだろう。
血を吸って美味しいと感じるなんて、度が過ぎる変態だ。
……なんか、ヤだ。
5:
ポケーっとしている千歌ちゃんを起こして、急いで家に帰って、布団にもぐりこんだ。
お腹がすいたけど、なぜか食欲がない。
きっと寝て起きれば、こんな気持ちはなくなるんだ。 
血が吸いたいだなんて気持ちは、何かの迷いなんだ。 お腹すいた。
眠れ。
眠って忘れてしまえ。 お腹すいた。
全部リセットするんだ。
眠れ、お腹すいた、眠れ、お腹すいた、眠れ、お腹すいた、お腹……
??「そのままでは眠れないのではなくて?」
曜「っ! 誰!?」
月明りを受ける窓辺にたたずむ、黒髪の女の人がいた。
古風というよりは和風という姿をしていたその人は、寄りかかっていた窓から離れて、ゆっくりと口を開いた。
6:
ダイヤ「黒澤ダイヤと申します。 ……普通、名乗らせる前に名乗るのが常識ではありませんこと?」
曜「あ、ごめんなさい。 私は、」
ダイヤ「渡辺曜さん、ですわね」
ダイヤ「吸血鬼の、ね」
曜「きゅう、けつき……?」
ダイヤ「ええ。 血を吸う鬼と書いて、吸血鬼。 貴女のことですわよ?」
曜「ちょっと……どういうことですか?」
ダイヤ「知らないのも無理はありませんわ」
ダイヤ「黒澤家の治める内浦に、吸血鬼は存在しないことになっていますので」
『ことになっている。』
つまりそれは、誰かが意図的に存在をもみ消したってこと?
話から察すると、黒澤家の人が、ってことかな。 お腹すいた。
でも、なんのために?
どうやって?
7:
曜「あの……いろいろ、わからないんですけど」
ダイヤ「理解する必要はありませんし、理解されてしまっては困ることも多いんですの」
曜「黒澤家、って、聞いたことあります」
曜「内浦の網元にして、多くの闇を抱えている……かもしれない、って」
ダイヤ「まぁ、その程度の認識でしたら構いませんわ。 概ね間違いではありませんし」
曜「その多くの闇の一つが、私みたいな吸血鬼の存在ってこと?」
ダイヤ「理解が早いところを見るに、お馬鹿さんではありませんわね」
ダイヤ「では、お馬鹿さんではない曜さん」
曜「は、はい?」
ダイヤ「絶対に、貴女が吸血鬼であることは他言無用でお願いいたしますわ」
曜「……もし、しゃべっちゃったら?」
ダイヤ「私にはどうなるかわかりませんわ」
ダイヤ「ただ、以前に我が一族について知りすぎてしまった者は、魚たちのパーティに招待されたようですが」
一瞬だけ、「あ、なんか水族館みたいで楽しそう」って思っちゃうけど、すぐにそれは隠喩だと気が付いちゃった。
魚しかいないパーティって、それはつまり、海の底なわけで……
そこに招待される、ってことは……
9:
曜「……なんとなく、想像しちゃうんですけど」
ダイヤ「あら、楽しそうではありませんか?」
曜「でも、わかりました。 絶対に喋りません」
ダイヤ「あ、でも、例外がありましたわ」
曜「例外? 親はOKとか?」
ダイヤ「いえ、親も基本はNGですわ」
ダイヤ「例外というのは……」
ダイヤ「貴女と一生寄り添い生きる相手になら、打ち明けても構いません」
曜「つまり、それって……」
ダイヤ「言葉の通り、貴女にとっての生涯の伴侶ですわ」
曜「ちょ……! そ、そんなのまだ早いって!」
ダイヤ「早いとか、そんな問題でしょうか……?」
ダイヤ「それなら、その相手が見つかるまでは黙っておけばいいではありませんか」
曜「でも、それまで誰にも言えないのか……うー、辛いなぁ」
曜「あ、でも。 ダイヤさんは知ってるけど、大丈夫なの?」
ダイヤ「私は管理者ですのよ? 知らないわけがありませんわ」
曜「ですよねー……」
10:
曜「ところで、いくつか質問してもいいですか?」
ダイヤ「すでにいくつも質問されていると思うのですが……まぁ、秘密事項に該当しなければ、お答えしますわ」
曜「私って、いわゆる『吸血鬼』ってやつになっちゃったんですよね?」
ダイヤ「ええ、そうですわ」
曜「でも吸血鬼って、結構弱点多いじゃないですか」
曜「日光がダメだったり、ニンニクがダメだったり、十字架がダメだったり……」
ダイヤ「それはいったい、どこからの情報ですの?」
曜「ホラ、漫画とかだったらそういう弱点あるじゃないですか。 あ、あと銀にも弱いですよね」
ダイヤ「はぁ。 おとぎ話のヴァンパイヤと、生きている吸血鬼を一緒にしないでいただきたいですわ」
ダイヤ「吸血鬼に弱点なんて、ありませんわ」
曜「ってことは、普通に日光の下でも行動できるし、銀のロザリオも下げられるし、ニンニクマシマシのラーメンも食べられるんですね!?」
ダイヤ「ラーメンについては個人の嗜好でしょうが……可能ですわ」
曜「じゃあ棺桶で寝る必要もないんですよね!?」
ダイヤ「だから、おとぎ話と一緒にしてほしくないですわ!」
曜「だって吸血鬼なんて、そういうファンタジーでしか知らないんですもん」
曜「それと、なんで私が吸血鬼だってわかったんですか?」
ダイヤ「黒澤家の情報網を甘く見ないことですわ」
曜「その詳細が秘密事項ってヤツなのかなー……」
ダイヤ「不要な詮索をしていると、プカプカしちゃいますわよ?」
曜「脅し方が本物だから怖すぎる!」
11:
曜「ええと、これから私は普通の食事ができるんですか?」
ダイヤ「もちろん、可能ですわね」
ダイヤ「ただし、定期的に血を吸わなければ、飢餓状態に陥ります」
ダイヤ「その飢餓感は、普通の食事では払拭できず、眠ることもできず、血を求めて彷徨うことになります」
曜「……もし、そうなったら?」
ダイヤ「そうなる前に、我が家の者が貴女を『処置』いたします」
つまり、吸血ゾンビみたいな状態になることは絶対にない、ってことみたい。
さっきも言ってた情報網っていうのが本物なら、きっと他の人もそうなる前に『処置』とやらをされたのかな……
ダイヤ「そして、飢餓感を覚えると体に異変が生じます」
曜「異変、って?」
ダイヤ「……はぁ。 気が付いていませんでしたか。 鏡をご覧なさいな」
曜「鏡?」
恐る恐る、姿見の前に立つと……
尋常じゃないほどに発達した犬歯が、唇の隙間から見えていた。
餓えた野犬のような、敵意むき出しの猿のような、威嚇する鰐のような……
鋭く尖った犬歯が、自分の口に生えていたんだ。
13:
曜「う、うわああぁぁ!?」
ダイヤ「お分かりですか? そのように、犬歯がやたらと発達するんですの」
ダイヤ「ちょうど今の曜さんのように、ですわ」
つまり私は今、飢餓状態にあるってこと!?
さっきまで言われていた『処置』されちゃうってこと!?
処置の内容は具体的にわからないけど、多分それって……
なんて最悪の事態を想像していると、着ていた服の袖を肘の上まで捲り上げて、月明りを受けた白い肌を見せつけてくる。
その白い肌にうっすらと走る、青白い静脈……
ゴクリ。
自分の呼吸が荒くなるのがわかる。
動悸が早いんだ。
お腹が、すいた。
ダイヤ「さぁ、召し上がれ」
曜「召し、上がれ、って……」
曜「しょち、されるってわけ、じゃ、ないの?」
ダイヤ「何も知らない人を……吸血鬼を処置するなんて、あまりにも可哀そうではなくて?」
ダイヤ「それに、吸血鬼として覚醒後、お食事はまだなのでしょう? これも黒澤家の務めですわ」
曜「いや、でも……」
ダイヤ「そんなに牙を伸ばしておきながら、何をいまさらためらうんですの?」
曜「だけど、それは……」
14:
それをしてしまっては、人間としての何かを捨ててしまうようで。
でも、自分は人間じゃなかったって言われて。
ダイヤ「はぁ、仕方ありませんわね……」
そういってダイヤさんは、自分の腕をナイフで切り付けた。
なんのためらいもなく、仕事だからやっている、と言わんばかりの無表情で。
痛みに耐えるような表情すら浮かべず、しかし果物を切るかのように繊細に。
ダイヤ「さぁ、召し上がれ」
さっきと同じセリフと同じポーズなのに、そこに宿る魅力が違いすぎた。
いわば、料理する前の食材と、手が加えられた料理。
グゥ、と腹の虫が騒ぎ出す。
心臓が早鐘を打っている。
喉が焼けるように熱い。
視線が、ダイヤさんの傷口から……滴る赤い血から、視線が離せない。
あぁ、喉が渇く。
あぁ、お腹がすいた。
15:
ダイヤ「さぁ」
曜「……ごめん、な、さい……!!」
誰に対する謝罪だったのか、わからない。
人間だった自分へなのか、産んでくれた両親へなのか、わざわざ傷までこしらえたダイヤさんに対してなのか。
わからないけど、ダイヤさんの血は極上の美味に思えた。
夢中でむさぼった。
ナイフに残った血でさえもったいなく、口が傷ついても舐めつくした。
血が喉を通るたび、泣きそうになるほどの幸福感が私を包んだ。
16:
---
ダイヤ「……ふぅ」
曜「その、ええと、なんていえばいいんだろ……」
ダイヤ「言葉はいりませんわ。 黒澤家としての務めですもの」
ダイヤ「ですが、今後はご自分で『食事』をなさってくださいな? いつでも吸わせるほど、私の血は安くありませんのよ?」
曜「あ、はい。 わかりました」
ダイヤ「最後になりましたが、これだけは教えておきましょうか」
曜「はい、なんですか?」
ダイヤ「吸血鬼の持っている能力について、ですわ」
曜「能力……?」
ダイヤ「能力といっても、『食事』くらいにしか使わないでしょうけど」
ダイヤ「相手の記憶を混濁させ、幻覚を見せるする能力。 我が家では『魅了』と呼んでいますわ」
曜「それって、どんな意味が……?」
ダイヤ「魅了することによって、『食事』前後の記憶があいまいになり、吸血されたことすらあやふやになります」
ダイヤ「それに魅了中は、相手は貴女のことを意中の方と錯覚するため、仮に記憶が戻ったとしても曜さんだと特定されません」
曜「なるほど、それで吸血鬼って存在が隠され続けてきたわけですね」
ダイヤ「ですが、悪用は厳禁ですわよ? 下手を打てば、吸血鬼という存在が露見してしまうかもしれません」
ダイヤ「万が一にでもそうなった場合は……」
曜「わ、わかってますよ……」
ダイヤ「よろしいですわ」
17:
ダイヤ「それでは、私は戻りますわね」
曜「はい。 いろいろと教えてもらって、ありがとうございました」
曜「あと、血のことも……」
ダイヤ「それでは、良い吸血鬼人生をお送りくださいませ」
曜「ダイヤさんも、『お仕事』がんばってください」
ダイヤ「これ以上、私の手を煩わせることがないことを祈っていますわ」
ダイヤさんに吸血鬼になった、って教えてもらえなかったら、私どうなっていたんだろう?
知らない内に吸血ゾンビみたいになって、『処置』されてたりするのかな……
そんなことを考えながら布団に潜り込むと、満足感というか、幸福感というか……
満ち足りている。
今なら、眠れそうだ……
ああ、そっか。
さっきまで、飢餓感があったから眠れなかったんだ……
なんて思いながらゆっくりと眠りに落ちていった。
18:
---
これが、私が吸血鬼になった時の、一年前半の出来事。
週一くらいのペースで吸血を続けて、一年間半が経った。
『魅了』の能力も、遠目でも魅了させることができるくらいには上達した。
だけど、いまだに誰にも私が吸血鬼だってことを打ち明けられていない。
人生の伴侶、だなんて……そんな風に思える相手なんて、簡単に出会えないよ……
そんな風に、ちょっと血を飲むのが好きなんて変態ちっくな趣味を持っているだけの普通の女の子として過ごせるかと思っていた、ある日。
一人の女の子が私の前に現れた。
ヘリコプターに乗って砂浜に着陸するなんていう、派手な演出で。
私の通っている浦女の理事長だなんていう立場で。
一緒のアイドルグループに入って。
私の悩みを聞いてくれて。
優しい笑みでもって、全部解決してくれた。
その笑顔に、目を奪われた。
透き通る白い肌にも、当然そこに浮かび上がる青白い血管にも、目が奪われた。
19:
美味しそう。
つい一昨日に『食事』をしたばかりだけど、別にいいよね?
別に太るわけでもないし。
さて、どんなタイミングで誘ってみようかな……
そんな風に考えているとき、相手からメールが来た。
『今日の放課後、空いてる? 曜ってばまた浮かない顔してるし、なにか考えごと?』
『私でよければまた話聞くから、放課後、理事長室にいらっしゃいな』
相手からお誘いがあるだなんて、願ってもないことだった。
『ありがとう。 また話に乗ってくれるかな? そんなに大したことじゃないと思ってるんだけどさ』
二つ返事で了解するメールを返信して、放課後。
さぁて、楽しみだな。
どんな味がするのかな……鞠莉ちゃんの血の味は。
20:
---
コンコン
鞠莉「どうぞ」
曜「失礼しまーす」
鞠莉「いらっしゃい。 急に呼び出しちゃって、ごめんね?」
曜「ううん、暇だったし大丈夫だよ」
鞠莉「それじゃあ、ってすぐ本題に入るのもなんだし、ちょっとコーヒーでも飲む?」
鞠莉「マリーの淹れるコーヒーはちょっとしたものなのよ?」
曜「あはは、それじゃあ遠慮なくいただこうかな」
鞠莉「Sure! ちょっとだけ待っててね?」
コーヒーの粉をペーパーフィルターにセットして、ポッドから口の細いヤカンにお湯を注ぎ、コーヒーを淹れる準備は着々と進んでいる。
その姿を後ろから眺めて、どこからいただこうかな、なんて考えちゃう。
いつもの食事は、手首から吸うことが多いんだ。
だって一番手っ取り早い場所だし。
それに首筋って……なんかイヤらしい気分になっちゃいそう。
21:
鞠莉ちゃんの手首を見てみると、細くて白くて、とても綺麗な手をしていると思う。
自然と、その視線がやや下のほうへ行き、鞠莉ちゃんが動くたびにヒラヒラと揺れるスカートの裾に目が行って……
なんでか、ドキリとした。
たぶんこれはあれだ。
そのスカートの裾とニーソックスの間に白い肌が輝く、絶対領域にドキリとしたのかな。
太ももって太い動脈が通っているみたいだし、ほら、吸血鬼としての本能というか、うん。
なんて自分に言い聞かせるように言い訳していると、理事長室の中がコーヒーの香りで満たされていた。
オシャレなカフェとかに入ったときに鼻孔をくすぐる、あの香り。
鞠莉「おまたせ。 熱いから気を付けてね?」
曜「ありがと。 ……んー、いい香り」
鞠莉「でしょ? アンティグアっていう豆なんだけど、独特な香りと透明感のある酸味が特徴なの」
曜「んー……うん、苦みが少ないし、ちょっぴり甘い?」
鞠莉「あら、アンティグアのフルシティローストなのに、甘みを感じられるなんて、なかなか良い舌を持っているわね」
曜「そうなの? 感じたそのまんまの感想だったんだけど」
鞠莉「その甘さが感じられることが、すごいことなのよ」
そう言って窓辺から外を眺めて、眩しそうに目を細める。
そっか、もう夕方か……
23:
鞠莉「秋の日は釣瓶落としって言ってね、日が傾いてきたなーって思ったら、すぐに真っ暗になっちゃうの」
鞠莉「だから、秋の夕日はとっても短いのよ」
曜「でも、一番きれいな夕日が見れるのは秋だと思うな」
鞠莉「ええ。 私も、秋の夕日が一番好きよ」
鞠莉「そういえば、もうじきハロウィンじゃない? 曜は、なにかコスプレしないの?」
曜「うーん、内浦近辺でそういうハロウィンイベントとかあれば、なんかやってみてもいいと思うんだけどなぁ」
鞠莉「それじゃあ、今度の文化祭で仮装イベントねじ込んじゃうわ!」
曜「ええ!? 今からイベントねじ込むって、先生方からの反発がすごそうな……」
鞠莉「ノープロブレム! 私は理事長よ、この学校の最高権限よ!」
曜「あはは、それ、ただの職権濫用じゃないかな……」
鞠莉「使える権利は全て、使い切れるだけ使うわ」
曜「あくまでも権利の範囲内だってこと?」
鞠莉「Sure! 曜は頭が切れるわね」
鞠莉「そんなわけで仮装イベントコンテストするので、曜」
鞠莉「貴女は、ドラキュラのコスプレでもしない?」
24:
ハッとした。
ハロウィンで数ある仮装の中でも、確かにドラキュラの仮装はかなりメジャーだと思う。
だけど。
本物の吸血鬼である私が、ドラキュラの仮装……?
……いや、だめだ。 落ち着こう。
ここで焦っちゃったら、鞠莉ちゃんに何か感づかれちゃう。
いや、違う。
もしかして、何かに感づかれたから、こうやって話を持ち掛けてきた……としたら?
鞠莉ちゃんは、知りすぎちゃったってこと……?
……考えすぎかもしれない。
普通にしよう、普通に。
曜「……どうして、ドラキュラ? ほかにも選択肢はあるのに」
鞠莉「んー、どうしてって、そりゃ似合いそうだから?」
曜「似合いそうって……そんなこと言われたの、初めてだよ」
なんだ、考えすぎだったみたい。
コーヒーカップに手をかけ、一口含む。
うん、美味しい。
こんなに美味しいコーヒーを淹れてくれる人がいなくなるなんて、想像したくないもんね。
25:
鞠莉「それと……ホンモノがやったほうがいいでしょう?」
ゾワッ、とした。
やっぱり、鞠莉ちゃんは知っている。
どうしよう。
ダイヤさんに言ったほうが……
いや、言っちゃうと、きっと鞠莉ちゃんは……
ごまかす?
どうやって?
考える前に、早くごまかすんだ。
曜「ほ、本物って? なんのこと?」
鞠莉「ブラム・ストーカー原作のドラキュラや、シェリダン・レ・ファニュのカーミラなどの創作」
鞠莉「あるいは、ワラキア公ヴラド3世やペーター・キュルテンのような実在の人物」
鞠莉「銀製品やニンニクが苦手で、心臓に杭を打ち込まれると灰になる」
曜「ちょ、鞠莉ちゃん、」
鞠莉「生と死を超えた者、あるいは生と死の狭間に存在する者、不死者の王」
鞠莉「そういった、伝説や伝承上の存在、吸血鬼」
鞠莉「せっかくドラキュラのコスプレするなら、おとぎ話や伝説じゃない『ホンモノ』である曜がやったほうが、貫禄あるんじゃない?」
曜「…………ぁ」
26:
バレてる。
鞠莉ちゃんに、知られている。
私の正体。
ダイヤさんがひた隠しにしたかったこと。
曜「……ち、違うよ。 私は、」
鞠莉「いいえ、違わないわ。 貴女は吸血鬼よ」
鞠莉「そのキバを見て、確信したわ」
うそ!? なんで出てるの!?
思わず口元に手を当てると……なにもない。
いつも通りの犬歯で、キバはない。
鞠莉「普通、こんな手に引っかかる?」
曜「……! 嘘、ついたの?」
鞠莉「ごめんなさい。 でも、今の行動で今度こそ確信したの」
鞠莉「一年半前から内浦で、死者こそ出していないものの、吸血行為に及んでいる吸血鬼」
鞠莉「その吸血鬼が、曜。 貴女だってね」
27:
ダイヤさんに報告しようか?
でも、報告したら鞠莉ちゃんだけじゃなくて、もしかしたら情報漏洩につながった私も危険だとみなされるかもしれない。
そしたら、きっと私も処置されちゃうんだろうな。
私も、鞠莉ちゃんも、『処置』される。
……そんなの、絶対にイヤだ。
鞠莉ちゃんはただの巻き添えなんだから、せめて鞠莉ちゃんだけはどこか、ダイヤさんの手の届かないところに逃がさないと……
鞠莉「そして、それを誰にも相談できずに困っているんじゃないか、って思って、今日は呼び出したのよ」
曜「……鞠莉、ちゃん……」
鞠莉「誰にも言えない理由って、ダイヤでしょ?」
曜「え、あ、っと……」
鞠莉「まぁ、そうだろうと思ってたのよ」
鞠莉「小原家が吸血鬼事件に関して捜索しても、噂程度のことしか拾ってこれないなんて、あの家が介入してる以外ありえないもの」
曜「……どうやって、私だって特定できたの?」
鞠莉「ダイヤん家ほどじゃなくても、私の家の情報収集もそれなりにすごいのよ?」
鞠莉「すっごいいっぱいある噂から、ある程度信頼できるものとそうじゃないのを選別したりして、数人に絞り込んだの」
鞠莉「それで、一番身近にいる曜からカマかけてみたら、一発シャイニー☆ってワケ!」
曜「じゃあ、ほとんど当てずっぽうだったってこと!?」
28:
鞠莉「失礼ねぇ。 ある程度絞り込んだ上での当てずっぽうよ!」
曜「あ、あはは……やっぱり当てずっぽうかぁ……」
鞠莉「あと、この部屋にはダイヤの監視カメラや盗聴器はないわ」
鞠莉「だから、この理事長室は曜にとって、一番安全な場所よ」
曜「この部屋は、ってことは、そういうのが仕込まれている部屋があるってこと?」
鞠莉「私が赴任した時に学校中を調べさせたんだけど、もう盗聴器と小型カメラの見本市よ?」
曜「えぇ……生徒のプライバシーないようなもんじゃん……」
鞠莉「でも、そのくらいしなくちゃいけないのよ、この学校は」
曜「それって……」
鞠莉「まぁ、ダイヤん家のことなんて、知りすぎてもロクなことないわよ」
鞠莉「特にダイヤの妹。 その件については、絶対に触れないこと」
曜「え? ルビィちゃん?」
鞠莉「……口が滑ったわね。 気にしないで、いいわね?」
曜「……じゃあ、あまり気にしないことにしておくよ」
鞠莉「うん、それが賢明よ♪」
30:
話をしていると、気が楽になる。
なんでだろう。
私は、自分の正体がバレるのが怖かったのに。
でも鞠莉ちゃんは、私みたいなバケモノを前にしても、物怖じ一つない。
曜「でも……鞠莉ちゃんは、怖くないの?」
鞠莉「ん? 何が?」
曜「私、吸血鬼なんだよ?」
鞠莉「そうね、私のかわいい後輩で、同じAqoursのメンバーよ」
曜「血とか吸っちゃうんだよ?」
鞠莉「困った性癖よねぇ」
曜「キバだって、すごいんだよ?」
鞠莉「カッコいいじゃない?」
曜「人とか、襲っちゃうんだよ!?」
鞠莉「だったら、これからは私だけを襲いなさい」
31:
曜「……え?」
鞠莉「曜はきっと、吸血鬼になるには優しすぎたのね」
曜「そんなこと……ない、よ」
鞠莉「そんなことあるのよ」
鞠莉「だって、伝説にあるみたいに怖い吸血鬼だったら、私に正体がバレた時点で私のことを殺そうとか、そういう風に考えるはずよ」
曜「それは……! 関係なかったのに、巻き添えだったし……」
鞠莉「それに、吸血鬼を追っているときにね、気が付いたことがあるの」
鞠莉「被害者は全員、一回献血に行った程度の血しか失血してない」
鞠莉「それと、全員……一回しか、被害にあってないの」
曜「…………」
鞠莉「血がなくなりすぎると、当然失血死するわ」
鞠莉「自分のせいで、誰かを死なせたくない」
鞠莉「だから、一人につき一回しか吸血しない」
鞠莉「そんな風に、自分で決めていたんじゃない?」
曜「…………」
鞠莉「沈黙は肯定よ?」
曜「……たまたま、だよ」
鞠莉「強情なのねぇ……まぁ、それならそういうことにしといてもいいわ」
鞠莉「だけど、今後は私から吸血してちょうだい」
曜「どうして? どうして鞠莉ちゃんは、私に優しくできるの?」
鞠莉「小原家としても、町に吸血鬼がいるってことが知れると、観光業界に大きなダメージなの」
鞠莉「当然、被害はホテルの収益だけではなくて、周囲の漁港や観光施設にも影響はあるの」
鞠莉「だから、その吸血鬼の被害を、私だけにする」
32:
ああ、やっぱり……
大きな家柄の人っていうのは、こういうことを考えて行動するんだ。
ダイヤさんも、鞠莉ちゃんも……
鞠莉「というのは建前で」
曜「……え?」
鞠莉「貴女に興味があるのよ、曜」
曜「吸血鬼の、私に?」
鞠莉「いいえ。 私のかわいい後輩の、曜に」
曜「興味、って……」
鞠莉「この前、曜の悩みを全部吐き出してもらったじゃない?」
鞠莉「こんなにも思ってもらえるなんて、きっと幸せなんだろうな……って」
鞠莉「そう思ったら、なんだか曜に興味が出てきたの」
鞠莉「曜は、どういう風に人と仲良くなるのかしら」
鞠莉「どういう風に人と接していくのかしら」
鞠莉「どういう風に人を好きになるのかしら」
鞠莉「どういう風に……人を愛するのかしら」
鞠莉「そんな風に、興味があるのよ」
曜「鞠莉、ちゃん……」
33:
そんなことを打ち明ける鞠莉ちゃんの顔が、徐々に赤くなっていく。
それと同時に、自分の鼓動が早鐘を打つのがわかっちゃう。
でも喉は熱くないし、お腹も空いていない。
つまり、吸血衝動じゃないってこと。
じゃあ、この早鐘はなに?
なんでさっきからずっと、ドキドキが止まらないんだろう。
なんでこんなに顔が熱いんだろう。
なんで胸が苦しくなるんだろう。
鞠莉「どう? 吸血するのは、私だけにしてほしいの……」
曜「……きっと、苦しいよ」
鞠莉「そのくらい、ガマンできるわ」
曜「たぶん、痛いよ」
鞠莉「その痛みも欲しいわ」
曜「おそらく、大変だよ」
鞠莉「一緒なら、大丈夫」
曜「もしかしたら、イヤになるかも」
鞠莉「そんな無責任なことはしないわ」
34:
曜「……それじゃあ、」
鞠莉「うん。 ……あ、待って」
曜「え、どうしたの?」
鞠莉「吸血って、どれくらいの頻度ですることなの?」
曜「今までだったら、だいたい一週間に一回くらいかな」
鞠莉「週一かぁ……ちょっとキツいかもしれないわね」
曜「だから、体に負担かけるから無理だったら無理って、」
鞠莉「でも無理って言ったら、曜はほかの人から吸うんでしょ?」
曜「……まぁ、そうなるけどさ」
鞠莉「それなら、大丈夫よ」
鞠莉「なんとしてでも、曜のために頑張るから」
曜「鞠莉、ちゃん……!」
36:
もう、誤魔化すのはやめよう。
気が付かないフリもやめよう。
きっと最初は、外見が気に入ったんだと思う。
すごく可愛らしいのに、大人の色気もあって。
かと思ったら、その内面はすっごく頼れるお姉さんみたいな存在で。
それでいて、私の全部を包んでくれるようなやさしさがあって。
そんな相手が、体を張って私の凶行を止めようと言ってきた。
これで鞠莉ちゃんを好きにならないほうが、どうかしてるんじゃない?
鞠莉「それじゃあ、改めて……」
そう言ってソファに深く座り、制服の首元を緩めて、髪を後ろにかきあげる。
その仕草も色っぽくて、心臓がさらにうるさいくらいの早鐘を打っている。
手が震えて、指先が少し冷える。
きっと私、緊張してるんだと思う。
だって、好きになった相手から血を吸うなんて、初めてで……
37:
鞠莉「ええと、どうぞ? でいいのかしら?」
曜「……鞠莉ちゃん」
こういうとき、なんてい言ったらいいのかな。
いただきます、っていうのは何となく下品だし……
ありがとう、って言うのもなんか違くない?
無言ってのはもってのほかだし。
結局、出てきた言葉は。
曜「ごめん、ね」
38:
鞠莉ちゃんへの謝罪の言葉。
なんで謝ったのか、わからないけど。
なんとなく、ごめんって言わなきゃいけないような気がした。
ソファで待っている鞠莉ちゃんに覆いかぶさるようにして、顔を近づける。
私の背中に回された鞠莉ちゃんの手はかすかに震えていて、これから私が鞠莉ちゃんにすることに対しての恐怖があるということを知らせてくれた。
痛みもほしいなんて言って強がっていた鞠莉ちゃんだけど、半分は鞠莉ちゃん自身に言い聞かせていたのかな。
曜「大丈夫だよ。 痛くはしない、つもりだから」
そう言うと、手の震えは多少抑えられたけど、代わりに強く抱きしめられた。
その一挙手一投足の全部が愛おしくて。
ゆっくりと、可能な限り優しく、鞠莉ちゃんの柔らかい首筋にキバを立てた。
ギュッっと、抱きしめる力がちょっと強くなって、
ほんの少しだけキバが首筋に入ったとき、
鞠莉「――――ッ!!」
鞠莉ちゃんの体がビクン、と小さく跳ねた。
39:
それから一瞬遅れて、血がこぼれてくる。
舌先でちょっと舐めると……
筆舌しがたい、極上の味がした。
甘いとか、苦いとか、そういう今までの味じゃ表現できないくらい、美味。
舌先を転がる香りと、口に含んだ時の味わいと、飲み込んだ時の後味。
後から来る余韻も含めて、全部が美味しい。
私はこの血を吸うために生まれてきた、なんて言葉が過剰な表現じゃないくらい。
鞠莉「……っ、はぁっ」
一口、また一口と吸ううちに、さっきまでは気が付かなかった香りに気が付く。
鞠莉ちゃん本人からの香り。
首筋に顔をうずめているので、鞠莉ちゃんが身じろぎするたびに髪や胸元から鞠莉ちゃんの香りがする。
それが極上の血の味と相まって、この世のものとは思えないほど、天上の味へと変貌している。
鞠莉「ふっ……っん……っ」
40:
抱きしめる力が強くなるほど、鞠莉ちゃんの温もりが強く感じられる。
声を押し殺す吐息も煽情的で、女の子同士でいけないことをしているような、そんなやましい気分にもなっちゃう。
天上の味とは言え、ちょっと吸いすぎたかもしれない。
鞠莉ちゃんには無理をしてほしくないから、このあたりで……
と思って身体を鞠莉ちゃんから離そうとしても、抱きしめられたままで、離してくれない。
曜「鞠莉ちゃん、もう……」
鞠莉「まって……」
息も絶え絶えに、鞠莉ちゃんが何かを訴えてくる。
鞠莉「もう少しだけ……このままで……」
曜「……うん」
42:
---
どのくらいそうしていたのか、よく分からない。
窓から外を見てみると、あたりはすっかり暗くなっていた。
ずっと無言で抱き合ったままなので、なんだかちょっと恥ずかしくなっちゃった。
曜「鞠莉ちゃん、大丈夫だった?」
鞠莉「全然、大丈夫じゃなかったわよ……」
曜「う……ごめん」
鞠莉「まったく、腰が抜けるかと思ったじゃない……」
曜「ご、ごめん……そろそろ立てる?」
鞠莉「ええ、多分……」
曜「ごめんね、次からは、もうちょっと優しくできたらいいんだけど」
鞠莉「なーに言ってるの! 曜は、充分優しくしてくれてたじゃない」
鞠莉「私は、その優しさに溺れていただけよ」
曜「あ、あはは。 それだったらいいんだけど」
鞠莉「さて、約束は覚えているわよね?」
曜「鞠莉ちゃんからだけ吸血するってことでしょ。 覚えてるよ」
鞠莉「私が出張とかでいないからって、ほかの人から吸っちゃダメよ?」
曜「うん、大丈夫……だと思う」
43:
鞠莉「えー? なんか自信なさそうねぇ」
曜「こればっかりは、吸血鬼としての本能っていうか、そんな感じだから」
鞠莉「まぁ、私も極力出張とかしないようにするわ」
鞠莉「だから……約束は、守ってね?」
曜「う……ま、前向きに善処します、というか……」
鞠莉「もう、しっかりしてよね!」
鞠莉「まったく……それじゃあ、また明日ね」
曜「え、鞠莉ちゃん、もう帰るの?」
鞠莉「もうって、20時よ?」
曜「……あ、ほんとだ」
鞠莉「私、理事長室の鍵返してから帰るから、曜は先に帰ってていいわ」
曜「えっとさ、途中まで一緒に帰らない? ほら、夜道はいろいろ物騒だし」
鞠莉「ふふっ。 吸血鬼さんが物騒だって言っちゃう?」
曜「う……そうだけどさぁ」
鞠莉「ありがと、気持ちだけ受け取っておくわ。 ちょっと急いで家に帰らないといけないの」
曜「あ、そうなの?」
鞠莉「ええ。 だから、明日は一緒に帰りましょう?」
曜「うん! それじゃ、また明日!」
曜「……あ」
44:
これだけは言っとかないと。
きっと後回しにしたら、後悔する気がした。
それに、鞠莉ちゃんの気持ちも……確かめたかった。
鞠莉「? どうしたの?」
曜「鞠莉ちゃん」
鞠莉「はい?」
曜「私ね、鞠莉ちゃんのこと、好き」
鞠莉「……このタイミングで言うの?」
曜「ほら、さっきまで何となく言うタイミングがなくて……」
鞠莉「……ありがとう」
鞠莉「私も、曜のことが大好きよ……あの日からずっと、ね」
曜「……えへへ」
そう言って、鞠莉ちゃんのことをギュッと抱きしめる。
さっきも抱きしめてたはずだけど、さっきとはなんか違う。
もっと幸福感にあふれた、愛情のこもった、愛を言葉じゃない方法で伝える手段。
私よりもちょっと背が高くて、抱きしめてるつもりが、抱きしめられてるような感覚になる。
……幸せ、だよ。
45:
---
それからの毎日は、鞠莉ちゃんと一緒に過ごす日々だった。
ちょっとした相談に乗ってもらったり、一緒に夜の校舎の屋上でコーヒー飲んだり、将来は一緒にカフェとか開きたいね、なんて語り合ってみたり。
休日も一緒にお出かけしたりして……
決まって水曜日の放課後に、鞠莉ちゃんから血をもらうようになった。
毎回吸いすぎないように気を付けるけど、いつ飲んでも極上、天上の味。
なぜか吸血した日は、一緒に帰らせてくれなかった。
どんな事情があるのか、わからないけど……
本当に、心の底から、幸せな時間だったと思う。
一か月経ったけど、その幸せは長くは続かなくて……
曜「明日から出張!?」
鞠莉「ええ、2週間くらいね」
曜「……極力出張しない、って言ってたのにー」
鞠莉「そうやってむくれないの。 今回は、地方への学校説明会回りだし、仕方ないじゃない」
曜「そんなぁ……2週間も鞠莉ちゃんに会えないなんて……!」
鞠莉「そんなに会えなかったら、顔忘れちゃう?」
曜「そんな猫みたいな記憶力していないよっ!」
鞠莉「ふふっ、ジョーダンよ」
46:
鞠莉「それより、約束……忘れてないわよね?」
曜「うん、もちろん。 だから、鞠莉ちゃんが帰ってくるまでガマンしてるよ」
鞠莉「それじゃあ、……今のうちに、吸っとく?」
曜「2週間分、頂いちゃっていいの?」
鞠莉「過激なの、期待しちゃうわよ?」
曜「そうやって挑発しちゃって……腰抜けても知らないからねっ!」
鞠莉「そうなっても、優しく起こしてくれるんでしょう?」
曜「う……そうだろう、けど」
鞠莉「それなら、どれだけ腰抜かされたって、私は構わないわ」
鞠莉「さ、曜……おいで?」
曜「うん……」
血をもらったあと。
いつも通り、鞠莉ちゃんは先に帰れという。
でも明日から2週間くらい会えないとなると、寂しくなっちゃって……
一緒に帰ってくれるって言うまで帰らない、なんて、子供みたいな意地を張っちゃった。
でもダメだって言われる。
……鞠莉ちゃん、ちょっと怒った顔してる。
もしかして、私にも知られたくないようなこと、かな?
47:
曜「……ごめん。 なんか、子供みたいな意地張っちゃって」
鞠莉「ううん、こっちのほうこそごめん。 ちょっと、血を吸われた後ってキツのよ」
曜「あ、もしかして吸いすぎちゃった!?」
鞠莉「大丈夫よ。 部屋でちょっとゆっくりしてれば、歩けるようになるから」
鞠莉「それに、いつも家の者に迎えに来させてるから、一緒に帰れても校門までよ?」
曜「気が付かなかった……そんなにキツかったって、気づけなくてごめん」
鞠莉「いいのよ。 気づかれないようにしてたんだもの、むしろバレてなくて、良かったと思ってるわ」
鞠莉「……いま、バレちゃったけどね?」
そう言って小さく舌を出す鞠莉ちゃんがあまりに愛おしくて、
壊れ物を扱うように、優しく抱きしめた。
力を込めず、腕で包むだけ。
私が鈍感なばっかりに、鞠莉ちゃんに負担ばっかりかけて……
48:
曜「ねぇ、鞠莉ちゃん?」
曜「血をもらうの……別な人からももらっていい?」
鞠莉「あら……彼女に面と向かって浮気宣言? いい度胸してるじゃない」
曜「ち、違うよ! そんなんじゃなくて……」
鞠莉「ふふ、わかってる。 ジョーダンよ」
鞠莉「曜は優しいから、私の負担を軽くしたいとか思っているんでしょ?」
曜「……うん、その通り。 ダメ、かな?」
鞠莉「ええ、ダメよ」
鞠莉「私だけから、吸血して」
曜「……どうして、そこまでしてくれるの? そんなに、ふらふらになっちゃうのに」
鞠莉「どうして、って……そうね」
いつも白い肌だけど、それ以上に白くなった肌。
その肌だからこそ、浮いてしまう真っ赤な唇に指を当てて考える素振りをする。
そんな仕草ですら……どこか、壊れてしまいそうで。
49:
鞠莉「私の命をかけてでも、貴女を愛したいのよ」
曜「……!」
鞠莉「重い、かしらね?」
曜「……大丈夫、大丈夫だから」
曜「絶対に……絶対に、鞠莉ちゃんを死なせたりしないから」
鞠莉「いいのよ、曜。 貴女が生きるためなら私、命もいとわない覚悟をしてるわ」
きっと鞠莉ちゃんは、本当に私のために死ぬくらいの覚悟を決めているんだと思う。
それなら、私が鞠莉ちゃんにできることは……やっぱり、負担を軽くすること。
これしかないんだよ。
うん、決めた。
鞠莉ちゃんを死なせないため……私は、鞠莉ちゃんをちょっとだけ、裏切ろう。
鞠莉ちゃんを傷つけない程度に、バレない程度に。
他の人から、血をもらおう。
50:
2/3くらい終わり
一旦休憩します
58: >>50 1/3の間違いでした(やわらか銀行)@\(^o^)/ 2016/12/03(土) 21:22:28.39 ID:TL+BzD0i.net
鞠莉ちゃんが出張へ行って、一週間。
来週には帰ってくるはずだけど……
でも私は、吸血鬼。
血を吸う、人ではない存在。
私は血を吸わなければ、生きていけない。
そのために鞠莉ちゃんから定期的にもらっていたけど、その鞠莉ちゃんが遠くに行ってしまっている、今。
鞠莉ちゃん以外の人から、血を分けてもらわないといけない。
思えば、鞠莉ちゃんを好きになる前は、こうやって夜の町中で物色していたよね。
血色のよさそうな子を選んで、魅了して、手首からちょっとだけ血をもらって、すぐにバイバイ。
……こうやって端的に表現すると、なんかすっごいチャラい人みたい。
でも、決して浮気とか、そんなんじゃないんだから!
そんな風に自分と、バレちゃったときの鞠莉ちゃんに言い訳して、待ちゆく人を眺めている。
細身の子、背の高い子、ちょっと丸い子、ゴスロリの子……
よし。 あのゴスロリの子、よさそう。
ゴシック衣装なのにちょっとだけ日焼けしちゃって、せっかく可愛いのに残念な感じ。
あと、もう少しメイクすればもっと可愛くなると思うのに……
って! 浮気じゃない浮気じゃない……
気づかれないように後ろからついて行って、人通りの少ない場所に入ったら、声をかける。
59:
曜「こんばんわ、お嬢様」
ゴス「……え、誰?」
曜「巷で噂の吸血鬼……って言ったら、どうしますか?」
ゴス「……ヒッ!」
曜「すぐに終わりますから」
目に力を入れて、相手と目線を合わせる。
私、吸血鬼の持つ能力、魅了。
というか、これしかないけど。
怯えていたゴスロリの子から、徐々に緊張が解けていくのがわかる。
きっと、彼女の眼には、別な人が映っているんだろうな。
いつも思うけど、この能力……他人の心の隙間を利用しているようで、なんかちょっぴりイヤな気分。
彼女には悪いし、すぐに終わらせよう……
健康的に日焼けした顔とは対照的に、その手は白くて細かった。
柔らかそうな部分をめがけて、キバを立てた。
ゆっくりと、血が滴ってくる。
61:
曜「……!!」
美味しくない。
いや、はっきり言ってマズい。
泥水でも口に入れられたような、そんな気分だ。
曜「……おえっ」
あまりのマズさに、吐き気すら感じる。
……もしかして、鞠莉ちゃんの美味しい血に慣れすぎちゃったのかな。
ゴスロリの子は返してあげて、別な子を探す。
さっきは極力鞠莉ちゃんとは違う子を探したけど、もしかして鞠莉ちゃんと同じような子のほうがいいのかな?
そっちのほうが、血が美味しかったりして。
また町に戻り、あたりをキョロキョロと見渡す。
外国の人、じゃなきゃ胸の大きい子……もしくはその両方!
なんて人を探しても、夜の内浦にそんな人がいたら目立ってしかたないよね。
そんな風に半ばあきらめ気味に探していたら、ビンゴ。
62:
綺麗なブロンドヘアーの子。
きっと、生粋の外人さん。
内浦には観光で来たのかな。
ごめんね、でも大丈夫。
怖い思いは、絶対にさせないから……
すれ違うように、魅了する。
人気のない場所まで一緒に来てもらって、また腕にキバを立てて……
曜「!?!?」
腕から出てきたのは血じゃなくて、血みたいな色をした下水かと思った。
それほどに、マズい。
血特有のドロッとした感覚が口に、喉に残っている。
マズい。
マズい。
おえっ。
きれいな水で、口をゆすぎたい……
63:
---
それから、2人に吸血を試した。
どっちも、すごいマズかった。
生きるためとは言え、アレを飲み続けて生きるくらいなら、いっそ死んだほうがマシじゃないかって思えるほど。
家に帰って、急いで口をゆすいだ。
鏡を見ると、キバが戻っていない……
ヤバイ。
もしかして、飢餓状態……?
血が飲めないのに、どうしよう……鞠莉ちゃん……
ううん。
これは私の問題だ。
鞠莉ちゃんには迷惑かけない範囲で、なんとか片付けよう。
こういう時、多分ダイヤさんなら相談に乗ってくれるはず……
スマホを取り出してダイヤさんに電話して、呼び出し音が鳴るけど、
着信音は、すぐそばで聞こえた。
64:
曜「だ、ダイヤさん!?」
ダイヤ「……どういう、つもりですの?」
曜「助けて! 血が、血が美味しくないの! すっごいマズいの!」
ダイヤ「そんなことより、今の状況を説明なさい」
曜「誰の血も飲めなくて、キバが戻らなくて、血が、飲めなくて……」
ダイヤ「私の質問にお答えなさい!!」
曜「…!」
ダイヤ「きっと貴女は今、とても困惑していることだと思いますわ」
ダイヤ「だからこそ、一度落ち着きなさい」
ダイヤ「落ち着いて、なぜ今日のようなことをしたのか、ちゃんと説明なさい」
曜「あ……はい……」
ダイヤ「まず、何があったんですの? 血が飲めないとか、なんとか」
曜「今日……食事をしようとしたんです。 いつも通りの場所で、いつも通り人を選んで」
ダイヤ「ええ」
曜「そ、そしたら、女の子から出てきた血が、全然美味しくなくて……!」
ダイヤ「貴女が……?」
65:
曜「もしかしたら、たまたまその子だったから美味しくなかったのかも、って思って、別な子の血を吸ってみて」
曜「その子も、すっごいマズくて……」
ダイヤ「なるほど、血を飲むに飲めないんですのね」
ダイヤ「それで4人も試した、と?」
曜「……は、はい」
ダイヤ「はぁ……あきれた。 それで一晩でこんなにも被害者が出たんですのね」
曜「ご、ごめんなさい……」
ダイヤ「いえ、謝ることではありませんわ。 その事後処理が私たちの仕事ですし」
曜「お手数かけます……」
ダイヤ「ところで」
ダイヤ「最近1か月くらいは、全く吸わなかったんですの?」
曜「それは……」
思わず、口ごもってしまう。
素直に「鞠莉ちゃんからもらってました」なんて言ったら、いろいろと突っ込まれそうな……
だったらここは、沈黙が金。
だんまりを決め込もう。
66:
ダイヤ「いつまで黙っているおつもりですか?」
曜「……この話題から逸れるまで、です」
ダイヤ「はぁ……」
ダイヤ「鞠莉さんから、ですわよね?」
曜「……!」
曜「な、んで、そこで鞠莉ちゃんの名前が出てくるんですか……」
ダイヤ「何度も言いますが、黒澤家の情報網を甘くみないことですわ」
曜「……っ」
ここでまだ沈黙を続けることは、たぶん無意味かも。
認めるしか、ないのかな……
曜「だって、鞠莉ちゃんからもらうときはいつも理事長室だし、あそこは安全だって……」
ダイヤ「ええ、『安全な時』もありましたわ。 鞠莉さんを安心させるために、ね」
曜「……まさか、ダイヤさん……!」
ダイヤ「鞠莉さんは、ああ見えてなかなか用心深い人ですから、安心させるのに苦労しましたわ」
曜「騙したんですか……!」
67:
ダイヤ「騙すなんて、人聞きが悪いですわ」
ダイヤ「鞠莉さんが校内を調査する日に、『たまたま』我が家の監視システムから、『たまたま』理事長室が外れていた……」
ダイヤ「偶然が重なっただけですわ」
曜「……ひどい」
ダイヤ「酷い? それは鞠莉さんや貴女のことではなくて?」
ダイヤ「黒澤家の秘密の一端を勝手に触れただけではなく、貴女に口外するなんて……」
曜「秘密って……」
ダイヤ「……いえ、今のことは忘れなさい」
ダイヤ「それよりも、私は限りなくあなたたちの味方ですわよ?」
曜「……勝手に盗聴する人を、味方なんて思いたくありません」
ダイヤ「いいえ、味方ですわ」
ダイヤ「だって貴女……いえ、貴女たちがまだ『処置』されていないのは、誰の配慮だと思っていますの?」
曜「……!」
ダイヤ「すぐにでも『処置』しろという声もありますが、それを抑えるのがどれだけ大変か……」
曜「それは……違いますよ」
ダイヤ「ほう? 違う、というのは?」
曜「例外がある、って言ってたじゃないですか」
ダイヤ「……貴女が生涯寄り添う相手が、鞠莉さんだと?」
曜「はい。 私は、そのつもりでいます!」
ダイヤ「はぁ……」
68:
何度目かの、深い深いため息。
私に送ってくるその視線は、残念がるというか、何も知らない他人の子供に向けるそれのような。
ひどく冷たく、突き放したような視線。
ダイヤ「……鞠莉さん。 貴女は、この子にどこまで明かしていますの……?」
曜「知っていますよ! 私が吸血した後、貧血になっちゃうってことくらい……!」
曜「だから、いつも校門から家の車で帰ってる、って」
ダイヤ「ブッブー、ですわ」
ダイヤ「貧血? 鞠莉さんは、そんな生半可なものではありませんわ」
曜「……え?」
ダイヤ「私の口から伝えるのは、少々心苦しいのですが……」
ダイヤ「鞠莉さんは貴女に血を与えた後、うちの直系病院で輸血を受けていますのよ?」
曜「……なん、で……」
69:
ダイヤ「仮に、貴女の一回の吸血が200mlだったとしますわね?」
ダイヤ「鞠莉さんの体重を知りませんが、おそらく50kg未満でしょう」
ダイヤ「50kg未満の女性が200mlの献血をしたとします」
ダイヤ「次に200ml献血ができるようになるのは、4週間後ですのよ?」
曜「…………っ」
ダイヤ「少なめに200mlといいましたが……おそらく、貴女の吸血量はもっと多いはずです」
ダイヤ「それを毎週ですって? 貧血どころではなく、失血ですわ」
ダイヤ「貴女は、鞠莉さんの優しさの上にあぐらをかいているのですわ」
曜「……聞いて、ないよ」
ダイヤ「そんな気を遣わせるだけのこと、わざわざ鞠莉さんが言う必要ありませんわ」
そんな。
鞠莉ちゃん。
私に嘘ついてまで、わざわざ輸血してまで、私に血をくれたの……?
命をかけるって言ってたのは、本気だったとしても。
私といたら……確実に、死んじゃうじゃん。
70:
ダイヤ「それと、もう一つ」
曜「……まだ、あるんですか?」
ダイヤ「まだあるどころか、貴女の問題は、何も解決していませんわよ?」
曜「問題、って」
ダイヤ「貴女が他人の血を飲めなくなった理由、ですわ」
曜「それ、理由あるんですか!?」
ダイヤ「ええ、もちろんですわ」
ダイヤ「それに、また他人の血を飲むこともできるかもしれません」
曜「おしえて、ください……」
ダイヤ「論より証拠、と申しますし」
そう言って、着ていた服の袖を肘の上まで捲り上げて、私のほうに突き出してくる。
以前も見たことのある光景。
……私が吸血鬼になった、初めの日と、同じ光景。
ダイヤ「さぁ。 召し上がれ」
曜「こうやってダイヤさんから血をもらうのは、久しぶりですよね……」
71:
違うのは、私はあの頃と違って、もうためらわない。
生きるためだ。
血を吸わなきゃ、死んじゃう。
だから、ダイヤさんの白い腕にキバを立てて、ゆっくりとキバを差し込み……
血を、いただく。
直後。
曜「!?」
吐き気がするほどに醜悪な液体が、口に入れられた。
……いや、血だった。
私の口に入ってきた液体は。
一年半前は涙が出るほど美味しかったはずの。
ダイヤさんの、血……だった。
72:
曜「どういう……こと?」
ダイヤ「その反応が見られて、ホッとしましたわ」
ダイヤ「曜さん。 貴女は間違いなく、鞠莉さんだけに好意を向けているようですのね」
曜「ダイヤさん! どういうことですか、説明してください!」
ダイヤ「もちろんですわ。 そのために、安くはない私の血を流したのですから」
すぅ、と少し深く息を吸い込み、まくし立てるように一気に喋る。
ダイヤ「恋をした吸血鬼という存在は、恋した相手からしか血をいただくことができませんの」
73:
曜「……は?」
ダイヤ「他人の血が美味しくなかったのは、その影響ですわ」
ダイヤ「それと、恋した相手への吸血衝動は日毎に強くなっていきますわ」
ダイヤ「今は週に1回とのことでしたが……今後は、その間隔が短くなっていくことでしょうね」
ダイヤ「その間隔が短くなっていって、最後は……相手から、搾り取るようになってしまいます」
曜「……なに、それ。 ダイヤさんの作り話、だよね?」
ダイヤ「私の創作であるならば、私は網元を他の方に譲って、小説家でも目指しますわ」
ダイヤ「ですが、私がこうして黒澤家の当主としているということは、本当のお話ですのよ」
曜「……つまり、それってさ」
今のが本当に本当ならば。
吸血鬼は恋をした相手から血を吸い続けて、いつかは殺してしまう。
恋した相手から血をもらわないように、他の人から血をもらうってこともできない。
相手を思いやるなら、自分が死ぬしかない。
それなら。
曜「吸血鬼って、恋しちゃいけないんじゃん」
74:
---
そのあと。
ダイヤさんは私に何も声をかけることなく、誰かに電話した。
自失茫然としていた私は、ただ隣でその会話を聞くことしかできなかった。
ダイヤ「私ですわ」
ダイヤ「話は全部聞かせてもらいました」
ダイヤ「貴女の隠していることを全部、ですわ」
ダイヤ「小原家の独自判断で『黒澤家甲種の秘密』を匿っていたことも含めて、全部」
……小原、って。
電話の相手、もしかして鞠莉ちゃん?
75:
ダイヤ「……ああもう、電話越しでやかましいですわ!」
ダイヤ「貴女のかわいい彼女に妙な手出しはしていませんから、そこだけは誤解しないように!」
ダイヤ「……ふぅ、落ち着きましたわね?」
ダイヤ「可及的やかに戻ってきなさい」
ダイヤ「そしてさっさと血を与えなさい」
ダイヤ「……これ以上は、いくら親友といえども庇いきれませんのよ」
ダイヤ「はぁ!? 1時間!?」
ダイヤ「鞠莉さん、自家用ジェットでもお持ちなの!?」
ダイヤ「というか、この時間にあまり騒音の大きな……あ」
ダイヤ「勝手に切りやがりましたわ、あの女!!」
スマホをしまい、ゆっくりと近づいてくる。
……めちゃくちゃ怒った顔してるけど。
76:
ダイヤ「1時間後、鞠莉さんが到着します」
曜「…………」
ダイヤ「交通手段はわかりませんが、おそらく一般人の常識からかけ離れた方法で来るでしょうね」
曜「……はい」
ダイヤ「私は家に」
そう言ってから、ダイヤさんのスマホが鳴った。
どうやらメールだったみたいで、顔をしかめながら携帯をしまった。
その反応から、この内浦で『黒澤家』に絡むなにかが起こったのかな、程度には予想できるけど……
はぁ、とひときわ大きなため息をついて、
ダイヤ「次の場所に向かいますが……鞠莉さんと、ちゃんと話をしておくことですわ」
ダイヤ「今後のことを、ね」
曜「……わかって、います」
ダイヤ「これ以上、私の手を煩わすことのないように、って言ってしまっては皮肉ですわね」
ダイヤ「……二人にとって、どうか悔いなき選択を」
77:
そう言ってダイヤさんは私の家を出て行った。
どうしてよう。
今後のこと……って言っても。
私は、今後も鞠莉ちゃんと一緒にいたい。
でも私が鞠莉ちゃんと一緒にいると、いつかは殺してしまう。
それなら、血を吸わずに私が餓死を迎える、とか……
私が死んだらきっと、鞠莉ちゃんは吸血させなかった自分のことを責めるんだろうな……
それに私が死んじゃったら、一緒に生きる未来はない。
鞠莉ちゃんが生きて、私も生きる選択は……
……私が、鞠莉ちゃん以外の人を……
馬鹿か。
そんなのは選択肢にあっちゃいけないんだ。
私と鞠莉ちゃんが一緒にいるのが前提で、二人とも未来を生きる手段を探さなきゃ。
きっとあるはずなんだ。
ダイヤさんだってきっと、まだ試していない方法があるよね。
どんなに苦しい過程を超えてもいい。
苦しくても、痛くても、つらくても。
その先に私たちが一緒になれる未来があるなら、なんでも試すよ。
だから、ダイヤさん。
なにか、なにか……
78:
鞠莉「曜!!!」
考え事をしていたら、いつの間にか時間が経っていたみたい。
ダイヤさんが帰ってからほぼ一時間。
堂々巡りの考え事を、一時間もしていんだ……
呆けた頭でそんなことを考えていると、鞠莉ちゃんが胸に飛び込んできた。
その頬に、涙の跡をつけたままで。
曜「鞠莉、ちゃ……」
鞠莉「ごめん、ごめんなさい……私、知ってたのに……!」
鞠莉「曜のこと、吸血鬼の体質のこと、知ってたのに……」
鞠莉「……曜がそれを知らないってことも知ってた……なのに」
曜「どうして……」
鞠莉「でも! 曜のことが! 私は、曜に愛されたくて……」
曜「鞠莉ちゃん、ちょっと、落ち着いて」
鞠莉「落ち着けるはず、ないで……!?」
79:
キスをした。
落ち着いてもらうには、鞠莉ちゃんのマシンガントークを物理的に止めなきゃ、って思ったから。
きつく抱きしめてくる鞠莉ちゃんの腕を優しくほどいて、涙が伝った頬を撫でて。
よほど焦っていたのか、乱れた髪を手櫛ですいて。
呼吸も忘れるほど、長いキス。
曜「……っぷは」
曜「落ち着いて、話を聞かせて?」
鞠莉「……ごめん、なさい」
鞠莉「話の前に、まずは……」
曜「ううん、大丈夫」
大丈夫じゃないけど。
本当は、喉から手が出るほどに鞠莉ちゃんの血がほしい。
喉がヒリヒリと、焼けるように熱い。
血を飲みたいと、本能が叫んでいる。
だけど話をする前に血をもらうのは、私が鞠莉ちゃんのことを「血をくれる人」としか見てないような気がして、頭がクラクラするほど芳醇な血の匂いを前に、ガマンする。
80:
曜「吸血鬼の体質を知ってた、って言ってたけど、それは?」
鞠莉「……吸血鬼は、恋した相手からじゃないと血が飲めなくなるでしょ」
曜「うん、それを今痛感してるところだよ」
鞠莉「そのこと……ダイヤん家から聞いていたの」
曜「そう、だったんだ」
鞠莉「だから、吸血鬼と下手に関わって好かれたりすると、死ぬまで血を吸われるぞ、って」
鞠莉「他の人たちはみんな怖がったわ」
鞠莉「でも私は、それでもいいかもって思えたの」
それは、とても刹那的な感情で。
曜「どうして?」
鞠莉「だって」
鞠莉「愛した相手のために死ねるなんて、本望じゃない?」
それは、きっと後悔することすら許されないような、そんな気持ちだよ。
そう続けた鞠莉ちゃんの瞳はどこか暗くて、いつものようにキラキラ輝いてはいなかった。
こう言うしかない、って思いこんでいるかのように。
自分に暗示をかけるように、自分に言い聞かせるように。
鞠莉ちゃんの選択が正しいんだ、って鞠莉ちゃん自身に思いこませているように聞こえた。
81:
曜「私は……私は、鞠莉ちゃんを殺したくなんてない」
鞠莉「それは、曜が優しいからでしょ?」
曜「優しくなんかないよ」
曜「たぶん、愛する人を殺したくないって言うのは、すごく普通のこと」
鞠莉「でも曜は! 私の血を吸わなきゃ生きていけないんでしょ!?」
曜「そうだけれど! 鞠莉ちゃんを死なせるくらいなら、私が死ぬよ」
鞠莉「それは私が許さないわ!」
曜「鞠莉ちゃんが死んで、その上で生きるなんて私、できないよっ!」
鞠莉「曜が生き続けることが、私が生きた証明でしょう!?」
曜「そんなのいらないよ! 私は鞠莉ちゃんと一緒に生きたいよ!」
鞠莉「誰しもいつかは死ぬの、それは私も、曜も!」
鞠莉「早いか遅いかって違いはあるかもしれないけれど、」
曜「それなら、死ぬときは一緒がいい!」
鞠莉「私だって、曜と一緒に生きて、一緒に死にたいわよ!」
鞠莉「でも無理なんだもの! だったら曜に生きてほしいって願うのは、間違っているの!?」
82:
それを間違っているって否定するのは、私の考えも否定することになっちゃう。
かと言って肯定してしまうと、鞠莉ちゃんの命の上に私がいることも含めて肯定しちゃう。
だから。
曜「……っ!」
なにも言えなくなって、黙り込んじゃう。
鞠莉「お願い、……吸って?」
曜「……ぁ」
潤んだ金色の瞳と、夜風になびく金色の髪。
透き通るほど白い首筋にうっすら浮かぶ、青白い血管。
鼻先をくすぐる、極上の血の匂い。
血に餓えている私。
目の間に至上の美味が待っている。
一切の抵抗なく、私のキバを受け入れてくれるだろう。
でも。
だけど。
…………ダメ、だよ。
83:
曜「間違ってる、よ。 鞠莉ちゃんの考えも、私の考えも」
鞠莉「……曜。 じゃあどうすればいいの?」
曜「鞠莉ちゃんもさ、一瞬考えたりしたんじゃない?」
曜「でもそれじゃダメだって、すぐに考えないことにして」
曜「それでも次の対策が出てこなくなって、堂々巡りしちゃって、また考える」
曜「そんな風に、思っちゃってるんじゃない?」
鞠莉「……なんのこと? 私は、解決策なんてなにも、」
曜「それなら、教えてあげるね」
これを言ってしまっていいのかな。
ううん、いいわけがない。
ない、けど。
でもこれしかない。
ない、けど。
……これしか言えなくて、悔しくて、辛くて、涙が頬を伝う。
曜「別れよう、鞠莉ちゃん」
84:
別れれば、私は鞠莉ちゃんを好きじゃなくなる。
そうすれば、鞠莉ちゃんから以外も血をもらえる。
それなら鞠莉ちゃんは私に吸血されすぎて死ぬこともなく、私もガマンして餓死することもない。
いままで通り、同じ人からの吸血をしなければ、誰も死ぬことはない。
これ以上、誰も悲しまないんだよ。
きっとこれが、最善なんだよ。
鞠莉ちゃんには悪いことしたなって思うけど、鞠莉ちゃんほどの人なら、すぐにいい人見つかるよ。
私のことなんて綺麗さっぱり忘れてもらって、新しい恋をして……
悔しい。
こんな選択しか思いつかないなんて。
悔しいよ。
でもこれしかないんだよ!
悔しいけど、別れなきゃいけないんだよっ!
85:
曜「鞠莉ちゃんと私が生きるには、それしかないんだよ」
鞠莉「わ、私は、」
曜「ごめんね、鞠莉ちゃん」
曜「私は鞠莉ちゃんが大好きだから、付き合ってほしかったんだよ」
曜「でも鞠莉ちゃんを愛しちゃったから、別れてほしいんだ」
鞠莉「……無茶苦茶、じゃない」
曜「うん、自分でもそう思うよ」
曜「でもこれ以上、鞠莉ちゃんを苦しめたくない」
鞠莉「ねぇ、お願い。 考え直して?」
曜「……ごめん、無理かも」
曜「これ以上鞠莉ちゃんと一緒にいると、決心が鈍っちゃいそうだよ」
悔し涙がとめどなく流れているせいで、うまく笑顔が作れそうにない。
告白するときよりも緊張したかもしれないその決意が、鈍ってしまう前に。
遠くに、行かなきゃ。
88:
鞠莉「……曜、」
曜「ごめん」
曜「バイバイ、鞠莉ちゃん」
曜「大好き、だったよ」
鞠莉「待って! 待ってよ!!」
くしゃくしゃでへたっぴな笑顔を見せて。
自分の家に背を向け、勢いよく走り出す。
遠く、遠く背中で私のことを呼ぶ、愛しい声を振り切って。
どこまで行こうか。
とりあえずは北を目指そう。
木を隠すなら森の中、人を隠すなら人ごみの中、って言うけどさ。
それなら、吸血鬼の私はどこに隠れればいいの?
でも、今は内浦に……鞠莉ちゃんのいるところに、居たくない。
忘れたい。
鞠莉ちゃんを忘れて、普通の吸血鬼になりたい。
……お腹、空いた。
90: 鞠莉さん視点(やわらか銀行)@\(^o^)/ 2016/12/03(土) 21:47:07.19 ID:TL+BzD0i.net
---
曜が去っていったあと。
曜から告げられた言葉の意味が理解できず……ううん、理解したくなくて、放心してたの。
追いかける気力がなくて、ただ床を見つめていた。
だって、愛しい人にフられるなんて……
それに曜は、1週間も血を飲んでいないはず。
きっと餓えているのに、私はなにもできないなんて。
私、どうすれば……
……たぶん、どうしようもないのよね。
だって私、もう彼女じゃない……から。
もう他人で、これからの人生で曜と会うこともなくて……
……いや。
いやよ。
曜と離れるのは、いや。
それなら、考えなきゃ。
どうすれば曜とやり直すことができるのか。
パチン、と頬をたたき、自分で自分に喝を入れる。
……ダメよ、マリー。 弱気になっちゃダメ。
きっと私や曜が知らないだけで、何かしらの方法があるはず。
92:
曜が吸血鬼じゃなくなる方法?
あったとしたら、あの家が頑なに隠そうとせず、吸血鬼から人間に戻せばいいだけ。
たぶん、この方法はないわね。
吸血鬼が恋をしても他人の血を飲む方法?
あるんだとしたら、きっとさっきのタイミングで曜が聞いているはずよ。
それがないから、私も曜も極端な結論に行ってしまったんだわ。
それとも、私が輸血しながら曜に吸血させてあげる方法?
そんなことしたら、私に流れる血のほとんどが輸血された血液になるから、飲めないのかもしれない。
でも、わからない。
私も曜もその結果を知らない。
それを一番知っているのは……いえ、知っていそうなのは、ダイヤ。
あの硬い硬いお嬢様の口をなんとかして割らせなきゃ。
ぶん殴ってでも、何を差し出してでも、答えを知らなきゃいけない。
そして私と曜が一緒に生きて、一緒に死ぬ未来を掴まなきゃいけない。
だって私って、あきらめが悪いオンナなのよ?
座り込んでいた床からお尻を上げ、空を見上げる。
……とってもきれいな下弦の三日月が昇っているわ。
待ってて、曜。
絶対に、迎えに行くから。
握りしめていた携帯から、ダイヤの番号を呼び出す。
93:
鞠莉「……」prrrr prrrr
鞠莉「…………」prrrr prrrr
鞠莉「…………………」prrrr prr ガチャ
鞠莉「さっさと出なさいよ、このオバサン!」
ダイヤ『鞠莉さん!? 今滅茶苦茶忙しいので、また後に……』
鞠莉「小原家は、黒澤家を全面的に支援するわ」
ダイヤ『……貴方たちはこのまま追いなさい、私は重要な話があります』
ダイヤ『こほん、失礼しました。……それは、どういう意味ですの?』
鞠莉「言葉通りの意味よ」
鞠莉「小原家は、黒澤家が隠匿したい事案や操作したい情報に対して、全面バックアップする」
鞠莉「当然、資金や物資の援助も含めるわ」
ダイヤ『……その心をお伺いしても?』
鞠莉「曜の……吸血鬼の秘密について、全部教えなさい」
鞠莉「すべてが解決したら全面バックアップを約束するわ」
ダイヤ『ちょっ! ……この電話、暗号化されていますの!?』
鞠莉「あら? 甲種秘密、って言ったほうがよかったの?」
ダイヤ『……ということは、普通の電話ではありませんか!』
94:
鞠莉「ええ、そうよ」
ダイヤ『はぁ……仮に漏話していた場合、始末は小原家でお願いいたしますわ』
鞠莉「わかっているわ」
ダイヤ『それなら、15分……いえ、30分後に、私の家へ来てくださいますか?』
ダイヤ『客間にお通しいたしますわ』
鞠莉「ありがとう、ダイヤ。 持つべきは親友ね?」
ダイヤ『どちらかというと、今は悪友といったほうがいいかもしれませんわね』
鞠莉「ふふっ、そうね。 じゃあまた後で」
ダイヤが何かを追っていたのかは、きっと気にしたらダメなことよね。
また変な事件かなにかなんでしょうけど……
とりあえずダイヤん家に行って、全てを聞いてからじゃないと。
私がダイヤに協力するのは、曜との話が全部終わってからよ。
95:
---
家の前に着くと、内浦では見慣れない黒服の女性たちが数名いた。
揃いも揃って、黒のスーツに白いシャツに黒髪を一つに束ねただけ、といった『いかにも』な姿。
とどめが夜中だというのにサングラスをかけていること。
どっからどう見ても『仕事人』だけれども、彼女たちは黒澤家に仕えている『使用人』らしいわ。
まったく、どこが使用人なのやら……メイド服でも着せればかわいくなるのに。
そんな風に内心でボヤキながら、一人に声をかける。
鞠莉「ダイヤの親友よ、通して」
黒服「……失礼ですが」
鞠莉「小原家よ、今日は当主と交渉にきたわ」
黒服「お嬢様のご友人に対し失礼とは思いますが、ボディチェックさせていただいても?」
鞠莉「まぁ、疑われても仕方ないわよね……どうぞ」
黒服「失礼いたします」
黒服「…………」
黒服「問題ございません。 客間にて、お嬢様がお待ちです」
鞠莉「案内、お願いできるかしら?」
黒服「承ります」
96:
私の知らないところで、この内浦で何かが起こっているのね。
今日みたいな日は客間に着くまでに、こういったやり取りを何人もしなきゃいけないのよね。
それだったら、一人捕まえて案内させたほうが、手っ取り早いもの。
先導する黒服に着いて行くこと5分ほど。
黒服「……こちらです」
鞠莉「手間かけたわね」
黒服「お嬢様。 小原様がいらっしゃいました」
ダイヤ『通しなさい』
黒服「では、ごゆっくり」
鞠莉「……Goodevening、ダイヤ」
ダイヤ「こんばんわ、鞠莉さん。 さっきの通話は漏れていないそうですわよ?」
鞠莉「さすがはダイヤ、もう調べがついたのね」
ダイヤ「当然ですわ」
97:
ダイヤ「さて、お茶でも飲みますか?」
鞠莉「コーヒーがいいわね、とびっきり苦くて酸味の強いの」
ダイヤ「あいにく、とびっきり熱くて渋めの緑茶しかございませんの」
鞠莉「知ってたわ。 ジョーダンじゃない」
ダイヤ「……鞠莉さんの冗談は、わかりづらい時がありますわ」
ダイヤ「それで、協力していただける件ですが……」
鞠莉「あら、ずいぶんと焦っているじゃない? ダイヤにしては珍しいけど、なにかあったの?」
ダイヤ「いえ、黒澤家は平常運転ですわ」
鞠莉「へぇ、黒澤家は、ねぇ……」
鞠莉「それじゃ、『内浦は』平常運転なワケ?」
ダイヤ「……相変わらず、勘が鋭いですわね。 それとも、鞠莉さん独特の嗅覚?」
鞠莉「勘でいいわ」
鞠莉「協力の話の前に、甲種秘密のことよ」
ダイヤ「ここでは、吸血鬼と言っても構いませんわ」
鞠莉「……吸血鬼のことで、ダイヤが知っている限りの情報をすべて吐いてもらうわ」
ダイヤ「構いませんが……私は、聞かれたことにのみお答えいたしますわ。 あまり変な情報を与えても、今後に差し障りますので」
鞠莉「それで結構よ」
98:
コンコン、と控えめなノックと、お茶が入りました、とさらに控えめな声が聞こえた。
ダイヤ「入りなさい」
黒服「……失礼します」
お茶とお茶請けを置いていくなり、そそくさと出てっちゃう黒服さん。
さっき案内してくれた人と同じ人……かしら?
外見がほとんど同じように統一されているから、ほとんど見分けが付かないわ。
早持ってきてもらったお茶に手を付ける、私とダイヤ。
ダイヤ「……鞠莉さん相手に、この茶葉は失礼ではなくて?」
鞠莉「あら、そんなに悪いお茶なの? 十分美味しいわよ?」
ダイヤ「いえ、茶葉の香りがわからない人にはもったいない、という意味ですわ」
鞠莉「ふーん、だいぶ最低なこと言うのね、ダイヤは」
ダイヤ「ふふふ、私なりの冗談ですわ?」
鞠莉「アンタのジョーダンこそわかりづらいわよ……」
ダイヤ「さて」
コトッ、と音を立てて茶器を置く。
乱れつつあった場の空気が、それだけで張りつめていく。
ダイヤ「お話を伺いますわ」
99:
交渉というのは、いかに少ないコストでいかに大きなメリットを出すか、ということにあると思っているわ。
今回の交渉の成功条件は、曜とヨリを戻すための情報を引き出すこと。
失敗条件こそあるものの妥協点はなく、こちらの支払えるコストは小原家のバックアップという、ワイルドカードまで切っている状態。
普段であれば、最初から最大コストを支払った状態のテーブルに着く気なんてサラサラないわ。
だって、上乗せするコストがないから、相手が情報を出し渋ることだって考えられるもの。
それでも私がこのテーブルに着いた理由は二つある。
一つ目は、支払ったコストがあまりに大きすぎること。
最初からワイルドカードを切っているので、ダイヤは変に情報を出し渋ったりしないわ。
理由として、変に私の気を損ねてバックアップの『条件付け』をされては、ダイヤにとってはメリットが減ってしまうからね。
だからダイヤとしては、素直に答えるしかないのよ。
二つ目は、曜とヨリを戻すため。
絶対必須の成功条件にして、不可避命題。
そのために吸血鬼に関する情報を、ダイヤの知っている限り絞りつくす予定。
成功の裏にいつだって存在している、失敗するリスクだってある。
失敗条件は、吸血鬼の情報をすべて聞いた上で、本当にどうしようもなかった場合。
その場合、ダイヤに支払ったコストはそのままで、曜とはヨリを戻せなくなる、最悪なケースよ。
だけど、それはきっとない。
もし本当にダメだったら、私の知りたい部分が秘匿されている理由がわからないもの。
だから、その核心に触れるための外堀埋めから、交渉を始めましょうか。
100:
鞠莉「それじゃ初めに、吸血鬼化した人を元の戻す方法はあるの?」
ダイヤ「ありませんわ」
ダイヤ「あるんだったら、こんなに苦労して隠したりしませんもの」
鞠莉「まぁ、そうよね。 予想通りだわ」
ダイヤ「そもそも、なぜ突然健常な人が吸血鬼化してしまうのか、その理由もわかっていませんのに」
ダイヤ「解明できたとしても、健常者に戻せるようになるのは何年後のことやら、わかったものではありませんのよ」
鞠莉「そういうことなら次の質問するわ」
鞠莉「曜みたいな状態になった人……吸血鬼が、別な人から血を飲めるようになる方法はあるの?」
ダイヤ「それもありませんわね」
ダイヤ「こちらも、なぜ恋をした吸血鬼が特定の相手からしか血を受け付けなくなってしまうのか、それすら解明できていませんもの」
鞠莉「アンタん家の真っ黒な部分で、そういった実験してないの?」
ダイヤ「……貴女、我が家をなんだと思っていますの?」
鞠莉「悪の秘密結社じゃないの?」
ダイヤ「鞠莉さん。 今は冗談を言っている場合ではありませんわよ」
鞠莉「……そうよね、悪ふざけが過ぎたわ、反省する」
102:
鞠莉「それじゃあ次、その状態で、輸血を続けながら吸血され続けるってのは可能?」
ダイヤ「そういった実験もしておりませんので、可否は不明ですが……」
ダイヤ「吸血鬼側の可否はともかくとして、現実的ではありません」
鞠莉「どうして? 輸血用パックなら、いくらでも仕入れることができるわ!」
ダイヤ「いくらでも……ですか?」
ダイヤ「確かに、A型やO型なら入手しやすいでしょうけど、貴女、ご自身の血液型の希少さにお気づきですの?」
鞠莉「……AB型は、確かに少ないって聞くわね」
ダイヤ「入手の問題だけではなく、鞠莉さん本人の負担もありますわ」
ダイヤ「曜さんがその状態に陥ったとき、昼夜問わず吸血され続けるわけですが、」
ダイヤ「……鞠莉さんが寝る時間は? お仕事をされる時間は? お食事やお風呂といった生活は?」
鞠莉「……輸血しながらは生活できない、ってことね」
ダイヤ「その通りですわ。 ですので、現実的ではないという回答になります」
鞠莉「一番現実的かと思ったんだけど、一番非現実的だったとはね」
103:
鞠莉「じゃあ、次」
鞠莉「ダイヤん家が『処分』した吸血鬼は何人いるの?」
ダイヤ「おかしなことを聞きますのね。 あたかも黒澤家が暗殺集団とでも言いたげなくらいに」
鞠莉「管理してるのはアンタのところでしょ? だったら、なにか問題が起こる前に処分するはずよ」
鞠莉「教えなさい、何人くらい処分したの?」
ダイヤ「一切合切、ゼロですわ」
鞠莉「そう。 なら質問に付け加えるわ」
鞠莉「直接、間接を問わず、処分したのは何人?」
ダイヤ「ですから、ゼロですわ」
鞠莉「嘘や偽りやごまかしはないわね?」
ダイヤ「もちろんですわ。 吸血鬼を救済こそするものの、それに手をかけるだなんて、あり得ませんわ」
104:
鞠莉「……それなら、次よ」
鞠莉「吸血鬼の主な死因は?」
ダイヤ「また、ずいぶんと難しいことを聞きますのね……」
ダイヤ「おそらく、吸血鬼の自殺や他殺を疑っているんでしょうが、それは極稀ですわ」
ダイヤ「比率で言えば、普通の人間の割合とほぼ同じか、わずかに高いくらいでしょうか」
鞠莉「それを疑っていたのも事実だけど、今は主な死因を聞いているの。 たまには素直に受け取ってほしいものね」
ダイヤ「死因と言われると、人間の死因とほぼ同じですわ」
ダイヤ「伝説やら伝承やらでは不老不死などと言われていますが、現実はそんなものあり得ませんわ」
ダイヤ「不老不死なら、世の中は吸血鬼で溢れかえっている頃でしょうし」
鞠莉「じゃあ次よ」
鞠莉「吸血鬼の平均寿命は何歳くらい?」
ダイヤ「……鞠莉さん、何を聞きたいんですの?」
鞠莉「何をって、平均寿命を知りたいのよ?」
ダイヤ「そうではなく、本命の質問に備えての外堀を埋めているような……」
鞠莉「鋭いわね。 さすが私の親友よ」
ダイヤ「……沼津市の平均寿命は、男性77.3歳、女性84.0歳ですわ」
鞠莉「そういう数字がすぐに出てくるあたりも、さすが私の親友ね」
105:
鞠莉「それで、『吸血鬼』の平均寿命は?」
ダイヤ「……先ほどの数字よりも、男女とも3年ほど短いくらいですわ」
鞠莉「へぇ……案外、長生きするのね」
ダイヤ「このくらいでよろしいですか?」
鞠莉「まだよ」
鞠莉「吸血鬼が他人と一緒になる……結婚したような例はあるの? あるとしたら、全体の何割くらい?」
ダイヤ「……」
鞠莉「どうしたの? そんなに答えづらい質問かしら?」
ダイヤ「はぁ。 そういった前例はありますわ。 ですが同性を愛する人……吸血鬼もいましたので、割合についてはお答えできませんが」
鞠莉「なるほどね……うん、わかってきたわ」
ダイヤ「鞠莉さん、いよいよ質問の核となる部分が見えてこないのですが、どういった意味があるのですか?」
鞠莉「それじゃ、勘のいい親友に免じて、最後の質問にするわ」
鞠莉「曜が私を殺すほどの吸血衝動に駆られるのは、いつ?」
106: 曜ちゃん視点(やわらか銀行)@\(^o^)/ 2016/12/03(土) 22:01:39.17 ID:TL+BzD0i.net
---
月明りもまばらな薄暗い廃屋の、埃っぽいベッドの上。
体中を駆け巡る餓えに耐え、襲い来る吸血衝動を抑えて。
強引に押さえつけるために体を力強く抱きしめるけど、指先が食い込むばっかりで、衝動は止まらない。
喉が熱くてヒリヒリする。
水を飲んでもそれは収まらず、むしろ血が飲みたい衝動が強くなる。
そういえばダイヤさん、飢餓状態になったら処分しにくるって言ってたけど……
このままだったら、もしかして私……処分、されちゃうのかな。
……それはイヤだな。
人を好きになっちゃうのは、仕方ないことじゃん。
なのに、吸血鬼が人を好きになるってだけで、殺すか殺されるか、そんなことになるなんて。
……鞠莉、ちゃん。
名前を思い出しただけなのに、涙があふれてくる。
口を開くと鞠莉ちゃんと大声で呼んでしまいそうで、強く歯を食いしばる。
目を開くと鞠莉ちゃんの姿を幻視してしまいそうで、固く目を閉じる。
耳があるから鞠莉ちゃんの声を幻聴してしまいそうで、両の手でふさぐ。
鼻があるから鞠莉ちゃんの匂いを思い出してしまいそうだけど、鼻をつまむための手はすでに耳を塞いでいる。
107:
……血の匂いを思い出しただけで、吸血衝動がさらに強くなってくる。
喉の渇きが最高潮に達して、ヒリヒリするどころか痛みを伴ってきた。
息が浅く、回数が多くなる。
ヤバイ、これはヤバイ。
このまま飢餓状態が続くとどうなるんだろう。
自我をなくして町中の人を襲うとか、そんなパニック映画みたいなことになっちゃうのかな。
そしたら、私は敵役っていうか、襲う方の役じゃん。
まぁ、事実なんだろうけど。
……気を紛らわそうとしても、血のことが頭から離れない。
もう、なんで私が吸血鬼なんかに……
そう思っていると。
口の中に血が落ちてきた。
それも天上の味をもって。
……ああ。
やっぱり、血って美味しい。
そう思ってしまう内は、きっと私は紛れもなく吸血鬼なんだろうな。
でも、こんなに美味しい血、一体だれが……
そう思って目を開くと、自分の腕を傷つける鞠莉ちゃんが見えた。
綺麗な顔をクシャクシャにして、泣きながら私の顔を覗き込んでいる。
108:
鞠莉「曜……お願い、死なないで……」
鞠莉「血なら、いくらでも上げるから……だから……っ!」
曜「……あ」
鞠莉「! 曜、気づいた!?」
曜「鞠莉、ちゃ、ごめ、」
我慢の限界だった。
飢餓の限界だった。
力の入らなかった腕は嘘みたいに鞠莉ちゃんの肩を強く掴んで、そのまま鞠莉ちゃんを引き寄せた。
押し倒すというよりは、寝ている状態から倒したから引き倒すような格好になっちゃったけど。
私の顔、というか口のすぐそばに鞠莉ちゃんの首筋。
何もためらわず、その首を噛んだ。
鞠莉「……っ、はぁ」
傷つけないように、慎重にキバを立てていたのは過去の話。
鞠莉「ガマンしてたのね……」
今はただ、ご飯を前にして「ヨシ」と号令を出された犬のように、綺麗な首筋にがっつく。
鞠莉「いいのよ、曜の好きにして」
109:
噛み、啜り、舐め、ひたすらに血を求める。
呼吸も忘れるほど貪欲に、血の一滴も零さないように。
乱暴にしているというのに鞠莉ちゃんの対応はというと、まるで子供でもあやすかのように、頭を撫でてくれる。
頑張ったね、よく我慢したね、と声もかけてくれる。
私はその仕草が、その声が、その言葉の全部がうれしくて、とっても嬉しくて。
お腹がいっぱいになるまで、泣きながら血を啜っていた。
111:
---
どれほど血をもらったんだろう。
さっきまで私を支配していた飢餓感は綺麗さっぱりなくなり、逆に満足感で充足していた。
好きなだけ、というか無我夢中で鞠莉ちゃんの血を貪っていたから気が付かなかったけど、鞠莉ちゃんが私の上でぐったりとしていた。
それだけ血をもらって、ようやく気が付く。
やっぱり私、鞠莉ちゃんが好きだ。
どうしようもないくらい、大好きなんだ。
優しい声も、気遣ってくれる言葉も、柔らかな手のひらも、深い金色の瞳も。
真っ白い肌も、真っ青な血管も、真っ赤な血も。
たれ目でほんわかしているけど厳しい時は厳しくて、なにも考えてなさそうな表情の裏では全部を見透されていて。
鞠莉ちゃんの姿、命、血の一滴に至るまで全部が好きなんだ、と思う。
きっと私が死ぬ時は、鞠莉ちゃんに嫌われてしまった時じゃないかな。
精神的にも、物理的にも……
112:
曜「ごめん、鞠莉ちゃん」
鞠莉「……どうして、曜が謝るの?」
曜「私、どうしようもないくらい、鞠莉ちゃんのことが好き」
曜「鞠莉ちゃんが生きるために別れようって言ったのに、私が鞠莉ちゃんのことを忘れられないんだ……」
曜「これじゃ結局、なにも変わってないよ……」
鞠莉「ねぇ曜?」
鞠莉「私たち、変わらなくてもいいんじゃないかしら」
曜「ダメだよ、それじゃ鞠莉ちゃんが死んじゃうじゃん……」
鞠莉「曜のためなら死んでもいい……って思ってたけど、曜はそれじゃ納得しないものね?」
曜「そりゃそうだよ。 鞠莉ちゃんが死ぬくらいなら、私が死んで……!」
鞠莉「曜に先立たれるくらいなら、曜に殺されるほうがよっぽど幸せよ」
曜「……ほら、堂々巡りだよ」
鞠莉「ところが、よ?」
鞠莉「それを解決する方法があるとしたら?」
曜「それ……別れるってこと以外で?」
鞠莉「もちろんよ」
114:
曜「その方法、鞠莉ちゃんが考えたの?」
鞠莉「そうだったらよかったんだけど、知らないことを思いつくのは困難よね」
鞠莉「あの後、ダイヤに教えてもらったのよ」
曜「ダイヤさんから? ……秘密のことだったはずなのに……」
曜「もしかして鞠莉ちゃん、ダイヤさんとなんか取引とかあったの?」
鞠莉「まぁ、ちょっとはね?」
曜「ごめん……私なんかのために」
鞠莉「あら、それは違うわよ?」
曜「……え?」
鞠莉「だって私、あきらめの悪いオンナなのよ?」
鞠莉「好きになった相手を逃がすほど、ヌルい性格はしてないわ」
曜「……鞠莉ちゃん、ありがとう……」
曜「えっと、その方法っていうのは、どういう方法?」
鞠莉「そうね……ちょっとお話をしましょうか」
鞠莉「私がダイヤにね、『曜が私を殺すほどの吸血衝動に駆られるのはいつ?』って尋ねたのよ」
116: 鞠莉さん視点(やわらか銀行)@\(^o^)/ 2016/12/03(土) 22:08:21.70 ID:TL+BzD0i.net
---
鞠莉「曜が私を殺すほどの吸血衝動に駆られるのは、いつ?」
ダイヤ「…………」
鞠莉「アンタには答える義務があるわ、ダイヤ」
鞠莉「曜が私を殺すのは、何日後、何か月後、何年後なの?」
ダイヤ「……本当に、貴女と親友でよかったと思いますわ」
鞠莉「そりゃドーモ。 早く答えなさい」
ダイヤ「質問を質問で返すようで心苦しいのですが、それを知った鞠莉さんはどうするつもりですか?」
鞠莉「曜を説得する材料にする」
ダイヤ「吸血衝動が来るのが明日だとしても、ですの?」
鞠莉「きっとそれはないわ」
鞠莉「だって、ダイヤん家は吸血鬼を処分しない」
鞠莉「吸血鬼のほとんどは寿命を全うする」
ダイヤ「……」
鞠莉「結婚した吸血鬼もいるくらいなのよね」
鞠莉「それなら、特定の相手の血を吸い尽くすほどの吸血衝動がくるのはいつなのかしら?」
鞠莉「その時期を知って、曜を説得するわ」
117: 鞠莉さん視点(やわらか銀行)@\(^o^)/ 2016/12/03(土) 22:09:48.97 ID:TL+BzD0i.net
ダイヤ「…………」
鞠莉「ダイヤの質問には答えたわ」
鞠莉「恋した吸血鬼は、その相手からしか吸血できないってことが嘘じゃないなら、ダイヤ」
鞠莉「曜はいつ私を殺すのか。 さあ、答えなさい」
ダイヤ「……もう、鞠莉さんは答えに至っていますわ」
鞠莉「近いところまではいっているはずなのに、具体的な時期がわからないわ。 いつなの?」
ダイヤ「何年何月何日、とは言うことができません」
ダイヤ「何年後か、それすらも個人差があります」
ダイヤ「それに、私が……黒澤家が知っている範囲だけですので、お答えすることがすべてとは思わないことですわ」
鞠莉「回りくどいわ、ダイヤ。 知っていることを話せばいいのよ」
ダイヤ「いいえ、鞠莉さんは早とちりしてしまう傾向がありますので、前提はきちんと押さえておきますわ」
ダイヤ「特定の相手を吸血で亡くしてしまった吸血鬼には、共通している点があります」
鞠莉「……ええ」
ダイヤ「それは……」
ダイヤ「その吸血鬼は皆、還暦……60歳を迎えた後のことでしたわ」
118: 鞠莉さん視点(やわらか銀行)@\(^o^)/ 2016/12/03(土) 22:10:32.63 ID:TL+BzD0i.net
鞠莉「……」
ダイヤ「仮説ではありますが、還暦を迎えなければその吸血衝動はないかと推測されます」
ダイヤ「故に、曜さんが鞠莉さんのことを吸血し尽くすには、あと40年以上の時間がありますわ」
やっぱり、そうだった。
小原家が収集した情報には、相手を殺すかもしれない、程度にしか触れられていなかった。
しかし相手を殺してしまう時期が不明確だったの。
それなら、問題を解決する糸口は時期、年齢じゃないかって勘ぐってみたけど、Bingoだったなんてね。
そんな重要な情報が遮断されているなんて、誰かの作為を感じるのも当然よ。
その誰かさんはわかるとしても、わからないことが一つだけ残るわね。
どうしてなの、という点。
119:
鞠莉「……最後って言ったけど、もう一個だけ質問するわ」
鞠莉「どうしてそんな重要なことを黙っていたの? 私に知られないように、情報を操作していたの?」
ダイヤ「その質問は……お答えしてもよろしいのでしょうか?」
鞠莉「? どういう意味よ?」
ダイヤ「例えば、私が貴女と曜さんの仲を引き裂くために意図的に隠していたとしたら?」
鞠莉「アンタとはゼッコーよ、もう一生口きいてあげないんだから」
ダイヤ「絶交って、小学生じゃないんですから……」
鞠莉「それで、その真っ黒な腹の内は?」
ダイヤ「……いえ、やっぱり教えられませんわ」
鞠莉「それなら、全面バックアップの話はなかったことになるわ」
ダイヤ「早とちりしないでくださいます? 教えられないのは、鞠莉さんのことを慮ってのことですわよ」
鞠莉「それはどういう、……ああ、なんとなくわかったわ」
鞠莉「私と曜は、何かしらの実験だった、とか?」
ダイヤ「……首を斜めに振る政治家の気持ちが、今ならわかりますわ」
鞠莉「ぶっちゃけ興味はあるけど、全部を言わないのがアンタの優しさだってことにしとくわ」
自然と、ダイヤのほうに手が伸びた。
ダイヤ「気遣い、感謝しますわ」
ダイヤも私の手を取り、固く握手を交わす。
交渉成立の意味と、これからも親友でいてね、って意味を込めて。
120:
鞠莉「それで、曜の居場所なんだけど」
ダイヤ「もちろん、把握していますわ」
鞠莉「さすがは私の悪友ね」
ダイヤ「親友ではなかったんですの? それに、物のついでですわ」
鞠莉「ついで?」
ダイヤ「ええ、女子高生一人追いかけるなんて、ほんの片手間のことですわ」
鞠莉「そっちじゃなくて、なんのついでなのかしら?」
ダイヤ「……それについては、鞠莉さんは知る必要はありませんわ」
ダイヤ「報告によれば、走り出した直後は一目散に東京方面へ向かっていたそうですが……」
ダイヤ「現在は、地図で言えばこのあたりにある廃屋に入って行って、まだ出てきていないみたいですわ」
ダイヤ「ここで鞠莉さんへの気持ちを整理した後、食事をなさるつもりなんでしょうね」
鞠莉「ホント、バカなんだから……!」
鞠莉「ダイヤ、足貸してちょうだい」
ダイヤ「お急ぎのところ申し訳ないのですが、鞠莉さん」
鞠莉「申し訳ないって思っているなら、急がせてほしいところだけど?」
ダイヤ「全面バックアップの件についてですわ」
鞠莉「念書とかいる? 拇印でも押す? 血判がいい?」
ダイヤ「いえ、鞠莉さんの言葉を疑っているわけではありませんわ」
121:
ダイヤ「その全面、という部分についてもう少し明白にしておきたいのですが……そうですね、後日にいたしましょうか」
鞠莉「そうね、今は時間がないから、口約束で信じてくれると嬉しいわ」
ダイヤ「鞠莉さんの信頼する物に誓えますか?」
鞠莉「約束は必ず守ると、愛する曜に誓うわ」
ダイヤ「……こんな時でも惚気ですか? はぁ、わかりましたわ。 今はそれでよしとしましょう」
ダイヤ「誰か、鞠莉さんを曜さんの元へ案内しなさい」
鞠莉「感謝するわ、ダイヤ」
ダイヤ「いいから、まずはさっさと仲直りしてきなさいな」
鞠莉「お礼に、たまにノロケに来てもいい?」
ダイヤ「それは勘弁願いますわ」
鞠莉「ジョーダンよ♪」
鞠莉「それじゃ、行ってくるわね」
ダイヤ「ええ、いい結果を期待していますわ」
122: 曜ちゃん視点(やわらか銀行)@\(^o^)/ 2016/12/03(土) 22:14:34.81 ID:TL+BzD0i.net
---
鞠莉「とまぁ、こんなカンジでカターいカターいダイヤの口を割って、情報を引き出して」
鞠莉「……今、こうして曜の前にいるのよ」
どう、すごいでしょ? とでも言いたげにウィンクをしてくるけど、私の頭はパンク寸前だった。
えっと、鞠莉ちゃんの話を総合すると、
・私が鞠莉ちゃんを殺してしまう可能性があるのは、60歳以降。
・その情報の対価として、鞠莉ちゃんはダイヤさんにすっごい貸しができた。
・たまにダイヤさんにノロケ話を聞かせなきゃいけない。
とまぁ、こんなところ。
最後のはきっと鞠莉ちゃんが勝手にやるだろうからいいとしても。
123:
曜「私、鞠莉ちゃんを殺しちゃうことはないの?」
鞠莉「60歳から先はわからないけどね」
曜「鞠莉ちゃんは私に殺されたがっていないの?」
鞠莉「できるなら、一緒に生きていきたいわ」
曜「私、鞠莉ちゃんからまだ血をもらってもいいの?」
鞠莉「まぁ、ほどほどにってところかしら」
曜「私、鞠莉ちゃんを好きでいてもいいの?」
鞠莉「ええ、ずっと私のことを愛してちょうだい」
ポロッ、と涙がこぼれた。
さっきと違い悔し涙じゃなくて、うれしくて、感極まった涙。
曜「……私、鞠莉ちゃんと一緒にいてもいいの?」
鞠莉「一緒にいてほしいって、こっちからもお願いするわ」
曜「私っ、鞠莉ちゃんと一緒に生きていけるの!?」
鞠莉「もちろん、死ぬまで一緒よ!」
曜「ホント? 嘘じゃないよね?」
鞠莉「ホントのホントよ!」
曜「……よか、った……っ!」
124:
ポロポロとこぼれていた涙は、いつの間にかボロボロとこぼれていて。
これからも一緒にいられるという安心感と、鞠莉ちゃんに抱きしめられているという、二つの安心感に包まれて。
その上に今日一日分とは思えないほどの疲労が襲ってきて。
曜「鞠莉、ちゃん……」
曜「お願い、このまま、で……」
鞠莉「うん、このまま、朝まで……」
鞠莉「おやすみなさい、曜」
閉じた瞼はとても重くて。
夢も見ないほど、深い眠りについた。
125:
---
ダイヤ「私ですわ」
ダイヤ「曜さんと鞠莉さんに、毛布を一枚よこしなさい」
ダイヤ「……別に、こんなことを貸しにするつもりはありませんわ」
ダイヤ「あんな格好で寝ているのを知って、風邪なんてひかれても目覚めが悪いではありませんか」
ダイヤ「それに、ほら……」
ダイヤ「親友なわけですし?」
ダイヤ「なっ……! やかましい! ですわ!」
ダイヤ「減俸されたくなかったら、さっさと仕事なさい!」
126:
---
朝と呼べる時間はとっくに過ぎて、秋の太陽は天辺をやや西に傾いた時間。
寝ぼけた頭で、もぞもぞと毛布を抜け出そうとすると。
……あれ、私、毛布なんて被ってたっけ?
鞠莉「おはよ、曜。 よく眠ってたわね」
曜「あー、おはよ、鞠莉ちゃん……うん、なんかすっごいよく寝たー……」
あー、ゆっくり思い出してきた。
そうだ、昨晩。
私、鞠莉ちゃんと一緒にいられるってわかって、ボロボロ泣いて、安心して。
抱き着いたままで寝て。
曜『私っ、鞠莉ちゃんと一緒に生きていけるの!?』
鞠莉『もちろん、死ぬまで一緒よ!』
うわぁ……ハズい。
めっちゃハズい。
なにこれ。
プロポーズみたいなもんだよ。
っていうか、鞠莉ちゃんOKしちゃってるよ。
うわぁ! すっごい恥ずかしい!!
127:
鞠莉「曜? 顔赤いけど、どうかした?」
曜「……な、なんでも、ない、よ?」
鞠莉「? ふふっ、ヘンな曜ね」
鞠莉「さて、そろそろここ、出る?」
曜「へ? あー、そういえば、廃屋なんだっけ……」
曜「ところで、この毛布って?」
鞠莉「どっかの世話焼き大好きな人じゃないかしら?」
曜「……それ、ダイヤさんのこと?」
鞠莉「さぁね? どうかしら?」
曜「また、借りできちゃったかなぁ」
鞠莉「大丈夫よ、これっぽっちで貸しだの借りだの言うほど、ちっぽけじゃないわよ」
曜「あはは、ほら、やっぱりダイヤさんじゃん!」
鞠莉「Oh...mistake!」
曜「貸し借りないって言っても、お礼は言っとかなきゃね」
鞠莉「そうね、二人で一緒にいく?」
鞠莉「……私たち、一緒に生きていくことにしました、って♪」
128:
曜「なっ!? ちょ、そういう話をしに行くんじゃなくて……!」
鞠莉「うふふ、曜ったら、顔真っ赤よ?」
鞠莉「さっきとおんなじくらい、ね?」
曜「……うぅ、鞠莉ちゃんには敵わないなぁ」
鞠莉「姐さんニョーボーってヤツかしら?」
曜「そうは言っても、そんなに歳変わらないじゃん!」
鞠莉「私のが一つ上よ?」
曜「私があと3週間くらい早く生まれてれば、同じ学年じゃん!」
鞠莉「それでも、数え歳で1歳差よ?」
曜「今どき数えなんて、厄年とかくらいでしか使わないよっ!」
鞠莉「もう、ああ言えばこう言うわねぇ」
曜「それは鞠莉ちゃんも同じだよっ」
鞠莉「……むー」
曜「……むー」
鞠莉「……ふふっ、あれだけ寝ただけあってか、さすがに元気ね?」
曜「うん、鞠莉ちゃんいい匂いするし、柔らかいし、すっごいよく寝れたよ」
鞠莉「……少し、汗臭くないかしら? 大丈夫?」
129:

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