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【モバマス短編集】「貴方との時間」


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1:
地の文注意。
凛と卯月の二本立てです。
ラブデス5000と2000逃して悔しかったので立てました。
前スレ
【モバマス短編集】「貴方がくれたもの」
2:
【渋谷凛】
思い返せば、アレは春のことだったかな。
難なく受験を終えて、特にしたいこともなく高校生になったあの頃。
不思議と入学式にもワクワクしなかったあの頃。
『アイドルとか、興味ありませんか?』だなんて話しかけられたっけ。
散りかけた桜の樹の下で、あの人が私に声をかけた。
その時は特に何も思ってなかったんだけど、うん、人の心は変わるものだ。
出会ったことも、そこから先のことも、何一つ後悔していない。
でも。
私は今、確かに苦しんでいる。
3:
「お疲れ様です」
今日は特に仕事はない。ただレッスンのために事務所に寄っただけだ。
レッスンは楽しい。自分が成長している感じがするから。
身体の操作とは裏腹に、私の心は幼稚なままだ。
『凛ちゃんは凄いです!』、卯月はそう言ってくれるけど、言われる度に胸がチクリと痛む。
「……本当に凄いなら、こんなに苦しまないのにな」
「んー? どした。調子でも悪いか?」
……聞かれてた。むしろ、聞いて欲しかった?
「ううん。何でもない。プロデューサーこそ大丈夫?」
椅子の背もたれに身体を預けて私のほうを見てくれるけど、私はぷいっと目をそらす。
恥ずかしいんだ。プロデューサーが嫌いってわけじゃない。
「もち。アイドルに気遣ってもらうなんて、俺もまだまだだなー」
優しげに笑う彼に悪意はない。だからこそ、私の胸はまたチクリと痛む。
「そっか。じゃあ、レッスン行ってくる」
「おうよ。がんばー」
汗を流せば気分も晴れるだろう。
そんなことあるはずもないのに、今日も私は自分に嘘をつく。
4:
レッスン室までの廊下を歩いて行くと、あの日のことを思い出す。
私が初めてここに来た日。社長に挨拶をして、契約をしたあの日だ。
『キミはこれからアイドルになる。ファンに夢を売るんだ。決して悪夢なんか売ってはならないよ』
社長に言われたあの言葉。その言葉がうるさいくらいに頭のなかでリピートされる。
アイドル。
アイドルってなんだろう。
私はファンのみんなに夢を売れているのかな。
人気も知名度も順調に上がってる。
どれだけ知らんぷりをしていても、数字は明確に現実を教えてくれる。
私にも一定数のファンがいるんだ。
私はアイドル。もう、渋谷凛ではいられない。
アイドルをしなくてはいけない。渋谷凛に戻ってはいけないんだ。
プロデューサーの顔が思い浮かぶ。
またチクリと、胸が痛んだ。
5:
「よし、終了! 渋谷はあがっていいぞ!」
「ありがとうございました。失礼します」
ふぅと小さく息を吐く。
うん。身体の調子はいい。相変わらずモヤモヤとした気持ちは晴れないけど。
「み、みくは……」
「お前はまだだ前川ァ! シャキッとしろッ!」
「そんにゃ……」
竹刀を持ったベテトレさんにしごかれるみくを後目に、レッスン室を後にする。
……汗臭い。
シャワーで汗を洗い流す。大丈夫かな。臭ってないかな。
着替えは一応持ってきたし……うん、大丈夫。
またふぅっと息を吐く。さっきとは違う、別なため息。
きっと今日も何もないんだろう。でも、期待している自分がいる。
「よし」
逸る気持ちを抑えて、事務所に向かう。
ふと、ライブの歓声が鮮明に再生される。
楽しそうなファンのみんなの顔。
私の成長に涙してくれるファンの顔。
ダメだね、私は。
やっぱりアイドル失格だ。
6:
窓から夕焼けが差し込む。ほんのり朱色に染まった廊下が綺麗に見えた。
「お、お疲れ凛。忘れ物か? 鍵締めちゃったよ」
扉の前でばったりプロデューサーと会った。
夕映えプレゼント。ちょっぴりイイコトあったよ、なんてね。
「もう帰るの? 早いね」
「この後用事があってな。ちひろさんも居ないし、早上がりってやつだ」
「そっか」
「大事なアイドルに心配されちゃったしな」
「……もう」
そう言って楽しげに彼は笑う。からかわれてもあまり嫌な気はしない。
「で、どうしたんだ?」
「別に。誰か居るかなって思っただけ。忘れ物もないよ」
「おう。今日は送っていけないから、気をつけて帰れよ」
「飲み会?」
「そんなとこ。川島さんとか早苗さんの目が痛くて……。最近付き合ってなかったからなぁ」
私も行きたい。声が出かかったけど抑えた。
未成年のアイドルが居酒屋なんかに出入りしてたら、それこそアイドル失格だ。
酒タバコ男。アイドルにとっての三禁。
7:
平静を装って会話を続ける。
「そっか。あんまり飲み過ぎないでね」
「俺じゃなくて二人に言ってくれ。凛、明日は撮影だからな。夕方迎えに行くか?」
その申し出の意味を考えてしまう。
私を迎えに来てくれるの?
それとも、アイドルを迎えに来るだけ?
「……ううん。たまには一人で行くよ。現地で合流しよう」
くだらない意地が、そんなことを言わせた。
「そうか。遅刻だけは勘弁な。じゃあまた明日」
自分がバカみたい。
泣けちゃう気持ちは一緒だけど、心の中は真っ暗だった。
8:
次の日。
撮影は滞り無く終わり、今はスタジオの前でプロデューサーを待ってる。
見渡す限りの人、人、人。
みんな揃って仏頂面をしてる。
きっと、この中に私のファンも居るんだろう。
私のライブでは、キラキラの笑顔になる人も居るんだろう。
そう思うと、頭が重くなる。
私はもう渋谷凛では居られなくなる。
ただの少女では居られなくなる。
年頃の女の子が当たり前にしている事でさえもできなくなるのだ。
引き返せない。
私は夢を売ってるんだ。
重い。
「りーん、早く乗れー」
気づいたら目の前に車が停まっていた。考え込んでいたらしい。
何となく助手席に乗れなくて、後ろの席に乗り込んだ。
9:
「着いたぞ」
山奥を進んで頂上。東京から少し外れても、街の明かりは衰えた気がしない。
上から見下ろす夜景はキラキラで、本当に綺麗だった。
「うーん、疲れた。凛は疲れてないか? ほれ」
「ありがとう。ちょっとだけ眠いかな」
プロデューサーから冷たいお茶をもらう。
夜の山は涼しくて気持ちがいい。
「さて、と。凛」
真剣な眼差しのプロデューサーが向き直った。
「どうした?」
「……どうしたって? 私は別に……」
「話したくないってならいいんだが、正直、今の凛は見てられない」
「見てられないって……」
「何か悩んでるだろ?」
鈍感プロデューサーはこういう時だけ鋭い。
10:
「……なんで?」
漏れでたのは疑問の言葉。
「なんでって、見てれば分かるさ」
「最近ずっと表情を作ってる。声もそうだ。凛が思ってる渋谷凛を必死に演技してる」
「自信満々だね」
「どんだけ一緒に居ると思ってるんだ」
そうだった。この人は私のプロデューサー。
プロデューサーなら担当アイドルのことをしっかり管理しなくちゃね。
アイドルのことを、管理しなくちゃ。
「プロデューサーは、ううん、モバPさんは優しい人なの?」
もう、いいや。
全部吐き出しちゃおう。
11:
「さぁ? ただ親しい人が悩んでるのは放っておけないだけだ」
「じゃあさ、」
下顎が少し震えてる。心のなかの私は覚悟を決めたみたい。
「……私がアイドルじゃなくても、優しくしてくれたの?」
辛くて。
「プロ、デューサー、アイドルって何?」
アイドルが辛くて。
「私は、ちゃん、とできてる?」
苦しくて。
「……プ、ロデューサーと、いると、嬉しくて、」
その優しさが大好きで。
「でも、ファンのみ、んなのこと……、辛くて」
嬉しくなっちゃう自分が、ファンのみんなに申し訳なくて。
「……私、も、う」
恋してる自分が許せなくて、もうどうしようもなくて。
「……ぐすっ、うぐっ、ぐっ」
嗚咽が止まらない。
気づかなかった。
こんなことになるほど、私はプロデューサーのことが好きだったんだ。
私はアイドルが大好きだったんだ。
12:
ぎゅっと、温かさを感じる。
私の好きな匂い。大好きな匂い。
「凛」
気持ちがいい。大きな手が私の頭を撫でる。
「頑張ったな。偉いぞ」
その言葉は鳥肌が立つほど嬉しくて。
もう、涙が抑えられなかった。
深夜の山奥。一面の夜景。
ドラマチックな風景は涙の味がした。
13:
……最悪だ。
人前でベソかくのなんて生まれて初めてだった。
その相手がよりにもよって好きな人。
……はぁ。
「凛、機嫌直せよー。なんか食べにでも行くか?」
「……いらない」
帰りの車の中。私の片思いは嫌な気持ちと一緒に山奥へ置いてきた。
心の中を吐き出したからか、それとも大泣きしたからか。
みっともない姿を晒した割に、気分は悪くなかった。
「プロデューサー、恥ずかしい話してよ」
「そういうの、無茶ぶりっていうんだぞ」
「知らない」
頬杖をつきながら、流れる景色を眺める。
この景色と一緒に、さっきのことも早く流れていってしまえばいいのに。
14:
「……そうだなぁ」
運転しながらプロデューサーが呟く。
「来るべき日のためにいろんな事考えてたのに、」
「セリフとか、場所とか、シチュエーションとか考えてたのに、」
「それが台無しにされちゃった話なら、ないこともないんだが」
驚いた顔をして振り向くと、意地悪な笑顔のプロデューサーと目が合った。
……もう。
「プロデューサー」
忘れ物しちゃったじゃん。
「私がさ、しっかりお仕事してさ、シンデレラガールになってさ、引退したらさ」
「またあの場所に連れてってくれる?」
言葉はない。大好きなあの優しい笑顔が応えてくれた。
15:
いいんだ。今はいいんだ。
ファンのみんなのために、私はアイドルになろう。
アイドルで在り続けよう。
確かに今は苦しいけれど、でも苦しさには理由がある。
その理由を、ずっと抱きしめていたい。
プロデューサー、待っててね。
私はきっと、あの場所へ辿り着けるようにするから。
終わり
19:
【島村卯月】
「はーい、カット! 全行程終了です! お疲れ様でした!」
「お疲れ様でしたー!」
監督さんの一声に呼応して、スタッフの皆さんが大合唱します。
終わった。疲れたぁー。
「卯月、お疲れ。悪女の役、結構ハマってたぞ?」
「プロデューサーさん、お疲れ様です! それ、褒めてるんですか……?」
「褒めてる褒めてる。軽く卯月の笑顔を信じられなくなったくらいには」
「もう!」
ごめんごめんだなんて笑いながら言いますけど、最近のプロデューサーさんは意地悪です。
全く、私を何だと思ってるんでしょうか。
20:
今回のお仕事は今放送している土曜9時の学園ドラマのお仕事でした。
私の役はヒロインの女の子をいじめる女の子役で、
一応やんわり断ったんですが、プロデューサーさんがお話を聞いてくれなくて……。
ファンの皆さんに嫌われたらどうしようとか思ってたんですけど、結局それは杞憂でした。
逆にファンが増えたみたいです……。
私、本当にどう思われてるんでしょうか……。
でも、高校生らしいことができたのは素直に嬉しかったです。
お仕事が大変であんまり学校には行けてなかったけど、
私はもう、卒業ですから。
21:
「あおげば?」
帰りの車の中で、プロデューサーさんから謎の呪文を唱えられちゃいました。
「そ、仰げば。知らないのか?」
「何ですか、それ?」
「言っても、俺も歌ってないからなー。俺らの時は旅立ちの日にだったしな。無理もないか」
「それがどうしたんですか?」
「ん? ほら、卯月の卒業式の日に、ライブがあるだろ。卒業ライブ」
アイドルはまだまだ続けますが、高校卒業ということで記念ライブをすることになったんです。
そのお話でしょうか。
「はい。それでその、あおげば? を歌うんですか?」
「って思ってたんだけどな。まー、アイドルのライブには合わないな。やっぱやめだ」
そういって自己完結してしまいました。一体何だったんでしょう。
卒業……か。
プロデューサーさんが気を遣って頂いたみたいで、明日から一週間ずっとオフです。
今は3月の初め。
私って、ちゃんと高校生できてたんでしょうか。
22:
「あ、卯月ちゃん! おはよう!」
明るく笑いかけてくれるクラスメイト。
この子とは一年生の頃からずっと仲良くしてもらっていて、ずっとお友達です。
「えへへ。おはようございまーす」
久しぶりの学校です。もう授業もほとんどなくて、午前中だけの登校です。
ちなみに私はこの春から大学生。受験勉強は大変でしたが、受かって良かったです。
「来週の卒業ライブでアイドルも引退しちゃうの?」
「あー、違うんです。卒業記念ってだけで……」
「良かった! 卯月ちゃんの歌って、なんかジーンとくるんだよね」
卒業ライブと聞いて、他の子達も集まってきました。
「わかる! なんか秘訣とかあるの?」
ひ、秘訣でしょうか。そんなこと言われても……。
23:
「うーん……私は歌が苦手なので、歌詞の意味を考えて歌うようにしてるだけで……」
「えー!? 嘘でしょ!? 卯月ちゃん、歌苦手なの!?」
「あ、でも、ドラマ見たよ! 5話良かった?」
「私も見たー。あれってもう撮影とかは終わってるの?」
「はい。ちょうど昨日終わったところです!」
クラスのみんなにも、見ていただいているようです。
うう……変なイメージがつかないといいんですが……。
その後すぐ先生が来られて、ホームルームが始まりました。
後何回、ホームルームを受けられるんでしょうか。
なーんて、私らしくなかったですね。
湿っぽいのはナシナシです!
24:
昔から卒業式ってちょっぴり苦手でした。
なんだか大事なものがなくなってしまうような、そんな気持ちになっちゃって。
懐かしいなぁ。
たのしかったーうんどーかい!
本当に楽しかったなぁ……。
高校の運動会は一年生の頃しか出られなくて、
二、三年生はお仕事で欠席でした。
結局修学旅行も出られませんでしたし。
『卯月ちゃんは撮影で色んな所行ってるんでしょ? いいな?』
クラスの子からそんなことを言われた時、ちょっぴり悲しくなっちゃいました。
確かにロケのお仕事も楽しいですけど、私だって、私だって。
……行きたかったなぁ。
25:
「お疲れ様でーす」
学校が終わったので事務所に顔を出すことにしました。
今日はレッスンもお仕事もありませんが、なんとなく、です。
「卯月? 遊びに来たのか?」
カタカタとキーボードを叩きながら、プロデューサーさんが声をかけてくれました。
「はい! えへへ。迷惑でしたか?」
「とんでもない。心なしか空気が変わった気がする。俄然やる気出てきた」
なんだかむず痒いです。でも、受け入れてもらえるって嬉しいな。
やっぱり、私の居場所は事務所なんでしょうか。
そんなことを思っていると、プロデューサーさんの後ろに見慣れた人影が。
「正直、ちっひとずっと一緒だったし、あれでテンション上げろとか言われても……」
あ、ぷ、プロデューサーさん?
「ずっと黄緑色だよ? ちっひだよ? もう無理だよー。瑞々しさがないよー」
その辺にしておいたほうが……。
「まぁ、ゆっくりしてけよ。あ、コーヒー飲むか?」
「ええ。ちょっと胃がムカムカするのでミルクもお願いしますね」
「……なるほど」
私はしーらないっと。
「ごめんなさいね瑞々しくなくて。ごめんなさいね空気が悪くて」
「た、助けて卯月……」
ご、ごめんなさーい!
26:
プロデューサーさんとちひろさんを残して事務所をお散歩です。
あ、薫ちゃんたちです。元気だなぁ。薫ちゃんたちも午前授業だったんでしょうか。
そんな時。
「お、しまむー発見!」
「未央ちゃん!」
「久しぶり! 今日は? 学校じゃないの?」
「えへへ。もう終わっちゃったので遊びに来ちゃいました!」
「ねぇねぇ、この後遊びに行かない? 私もレッスン終わったとこだしさ」
「いいですね! ご飯でも行きましょう!」
「そうと決まればしゅっぱーつ! しまむー隊員、遅れるなッ!」
明るくて、あったかくて、楽しい未央ちゃん。
やっぱり事務所は楽しいです。
27:
「うーん、遊んだ遊んだ。疲れたね?」
未央ちゃんとショッピングに行って、そのままファミレスです!
久しぶりにこんなに遊びました!
「えへへっ」
「どうしたの、しまむー」
「なんだかこういうの懐かしくて。最近は未央ちゃんと遊び時間もなかったし……」
卒業記念ライブはNGのライブじゃなくて、私のソロライブ。
レッスンも必然的に一人が多いです。
そのちょっと前は受験勉強で私が忙しかったし……。
「だね。でも来年はこの未央ちゃんも忙しくなるのかー。もう卒業シーズンだもんね」
未央ちゃんはそういいながらムムっと難しい顔をしてます。
あれ、なんでしょう?
ちょっと胸がざらつきました。
28:
「あ、そういえばさ、しまむーのドラマ見たよ! お主も中々の悪よのう」
「やめてくださいよ?」
「なんちって。でもさー、実際にあんないじめとかあるのかな? ウチの学校は割りと平和だし……」
そういって未央ちゃんは明後日の方向を見ます。
また少し胸がざらつきました。
なんでしょう。胸の奥がきゅーっとなります。
「どうでしょう? でも、撮影現場は楽しかったですよ! なんかみんなが本当のクラスメイトみたいで」
「分かる! なんか、こう、仲間意識みたいなのが生まれるっていうか」
「でもさ、」
私はこの時、どんな顔をしていたんでしょうか。
「学校に行くとさ、『ああ、やっぱこっちだなぁ』って思うんだよねー」
29:
「卯月? なんかお前最近元気ないぞ?」
事務所でポーッとしてるとプロデューサーさんが話しかけてくれました。
そんなつもりはないんですが、うーん、どうでしょう。
「そうですか?」
「心配だなー。体調崩すなよ? あ、それと、俺卯月の卒業式行くから」
「わかりました」
わかりました?
「えー!?」
「びっくりした。なんだよいきなり」
「なんだよじゃないですよ! プロデューサーさん、来られるんですか?」
「おー。ライブの関係者から『せっかくですから出席されてはどうですか?』って言われてな」
「打ち合わせとかで忙しいんじゃ……」
「前倒して済ませてるから問題なし。あと、これ」
そういってCDを差し出されました。
なんでしょう。ライブ以外で、歌うお仕事はなかったはずですが……。
「これ、聞いときな。意外と……っていうと、失礼か。でもいい曲だぞ」
「あ、はい。わかりました……」
「明日は大事な日なんだから、今日はもう帰れ。俺ももう帰るしな」
「はい。お疲れ様でした」
「あい、お疲れー」
30:
次の日です。
今日は卒業式。朝学校に行くと、教室がざわざわしてました。
みんな、落ち着かないんでしょうか。
「卯月ちゃんおはよー。今日頑張ってね!」
「おはようございます。頑張る?」
「とぼけちゃってー。あ、もう整列するみたいだよ? 行こっか」
おしゃべりはそこでおしまいです。
でも、少し引っかかることがあります。
頑張る。
私、何かするんでしょうか?
31:
着々と式が進行していきます。
紅白幕が体育館を彩って、行事の重要性を強調されます。
昔からこの雰囲気が苦手でした。
少し冷えた体育館。
吐き出しようのない複雑な感情。
終わってしまいます。終わってしまうんです。
あんまり高校生活は満喫できなかったけど、色んな事がありました。
所属事務所が決まったこと。
プロデューサーさんに出会ったこと。
みんなに出会ったこと。
デビューが決まったこと。
初めてのCD。初めてのライブ。
どれもみんな、キラキラしてる大事な思い出。
でも、でも。
まだなんか足りない気がして。
32:
「――をお祈りし、答辞と致します。卒業生代表」
送辞と答辞が終わって、校歌も歌って。
もう式も終盤で、あとは退場するだけ。
本当にあっけないんだなぁ。
「ここで346プロダクション様のご協力により、卒業生、島村卯月さんに『仰げば尊し』を独唱していただきます」
……はい?
「島村卯月さん、お願いします」
示し合わせたかのように、一斉の拍手が巻き起こりました。
えぇ?!? 聞いてないですよ!
わけもわからぬまま登壇している時に、プロデューサーさんと目が会いました。
例のように、意地悪く笑っています。
プロデューサーさん、恨みますよ!
33:
ステージの中央に立つと、全校生徒が丸見えでした。
ライブは緊張しなくなってきたけど、それとこれとは話が別です。
あーっ、卒業式に来るっていうのはこういうことだったんですね……。
目の前にマイクスタンドが用意されて、歌詞カードを手にして心を落ち着けます。
ふぅっとため息。
一歩前に出てお辞儀をすると、また拍手に迎えられました。
ここまできたら、もういいです。
アイドルじゃなくて、島村卯月として。
しっかり歌い切ります!
34:
「仰げば尊し 我が師の恩」
『よっし、よろしくな島村さん。目指せトップアイドル! え、卯月でいい? よろしく卯月!』
「教えの庭にも はや幾年」
『渋谷凛。り、凛ちゃん? ……嫌じゃないけど。 ……うん。よろしく……卯月』
『島村卯月……。うーん、しまむーでいい? えへへ。よろしく!』
「思えばいと疾し この年月」
『CDデビュー?』
『やったね、卯月! わわっ、くっつかないで!』
『初ライブ? ホントに!? 私達が!?』
『しまむー! 私達、キラキラしてたよね!?』
『頑張ったな卯月。上出来だ!』
『卯月』
『しまむー!』
『卯月ちゃん!』
『卯月!』
『アイドルって、楽しいね!』
35:
「今 こそ……」
あれ、声が出ない。
ほっぺたが熱いです。前もぐしゃぐしゃで。
あれ、あれ?
涙が止まらなくて。
息ができなくて。
終わっちゃう。
私の高校生活が終わっちゃう。
何一つ高校生らしいことなんてできなかった。
ずっとずっと、アイドルだった。
アイドルは大好きだけど、でも、でも。
もっともっと、高校生したかった。
お友達とお喋りしたり、
放課後一緒に遊びに行ったり、
お休みの日には部活に行って、
テスト前には一緒に勉強して。
そんな生活を、もっともっとしたかった。
ここに私の居場所はあるの?
そう思うと、涙が止まらなくて。
こんな姿、みんなに見せられないです……。
ダメです。もう、歌えない……。
36:
「卯月ちゃん!」
張り裂けそうな声を上げて、私の名前が呼ばれました。
顔を上げるとぼやけた視界にもはっきり見えます。
一年生の頃からずっとお友達だった、クラスメイトの子です。
「卯月ちゃん! 頑張って!」
一人、また一人と声をかけてくれます。
みんな泣いてました。
心のなかがポカポカしてきました。
……良かった。
ここにもちゃんと、私の居場所はあった。
私のお友達は、私のことをちゃんとお友達だと思ってくれていた。
ダメですね。頑張るのは私なのに。
泣いてなんかいられない。
37:
涙を拭って、伴奏の先生に視線を送ります。
ひとつ前の節から、もう一度。
「今こそ 別れめ」
ここから先も、ずっと、ずぅっと。
私は頑張りますから。
いろんな場所からキラキラをみんなに届けますから。
だから。
ここできちんと、お別れしましょう。
「いざ さらば」
割れんばかりの拍手が頭のなかに響きます。
「ありがとうございました!」
プロデューサーさん、恨みますよ。
こんな素敵な式、忘れられないじゃないですか。
38:
「もー! なんてことしてくれたんですか! プロデューサーさんのバカバカ!」
涙でぐちゃぐちゃになりながらも、無事に式は終わりました。
しっかりと卒業しました。もう高校生活に未練なんてありません。
穏やかな気持ちです。本当に久しぶりに。
「ごめんごめん」
口はそう言っても全く悪びれる様子がありません。
本当に! この人は!
「でも、ちゃんと分かっただろ?」
「何がですか!」
「卯月も立派に高校生できてたってことだ」
「……もう」
「まー、最後だ。ライブまで少し時間もあるし、みんなとお喋りしてこい。車は表に出しとくよ」
「あ、プロデューサーさん!」
行っちゃった。
酷いですよ。私に黙って歌わせるなんて。
はぁ、最近プロデューサーさんにいいように扱われてる気がします……。
39:
「卯月ちゃん! 良かったよー!」
クラスメイトのお友達です。
「ごめんなさい。私、しっかり歌えなくて……」
「ううん。ううん!」
そういってぎゅっと抱きしめられました。
あったかい。心のなかがポカポカして、幸せな気分になります。
「あの、なんていうか、その、」
ちょっぴり照れくさいけど、言わなきゃいけない大事なコトバ。
「ありがとうございました」
視界が少し歪みます。
今日の私は泣き虫みたいです。
「わわっ、泣かないでよ!」
慌てる様子がおかしくて、思わず吹き出してしまいました。
それを見てその子も吹き出します。
二人揃って大笑い。
うん。やっぱりそうです。
私の居場所は、ここにもきちんとあったんです。
「私達、ずっと友達だよ」
「はい、……はい!」
最後に堅くハグをして、私はプロデューサーさんの車に乗り込みます。
心のなかでもう一度御礼の言葉。
ありがとう。
貴方のおかげで、私は高校生になれました。
40:
私の高校生活。
素敵なことが、キラキラなことがたくさんあって、充実した時間でした。
もう迷うことなんかありません。
私はしっかり高校生でした。
きちんと卒業できたんです。
さぁ、あとは卒業ライブだけです。
大丈夫かなぁ。また泣いちゃわないかな。
でも、泣いちゃってもいいや。
今日は意地悪な魔法使いさんに魔法をかけられたから。
涙が止まらない魔法をかけられたから。
だから今日ぐらいは。
魔法使いさんのせいにしちゃっても、いいですよね?
終わり
4

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