寿命を買い取ってもらった。一年につき、一万円で。back

寿命を買い取ってもらった。一年につき、一万円で。


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1:
「自分の人生には、何円くらいの価値があるか?」
そんな質問をされたことがあったな。
確か、小学四年生の道徳の授業だったか。
大半の生徒は、きょろきょろ周りを見ながら、
最終的には、数千万から数億という結論を出してさ。
「お金では買えない」って考えを譲らない生徒もいたね。
大人に聞いても、似たような答えが返ってくるだろうな。
少なくとも俺は、実際に寿命を売るその日までは、
自分の人生は二、三億くらいの価値があると思ってた。
だから十年か二十年くらい寿命を売って数千万得て、
残りの人生を楽に生きるのが利口だと考えてたんだよ。
幸せな六十年とそうでもない八十年だったら、
前者の方が絶対いいに決まってるからな。
査定結果を見た時はひっくり返りそうになったぜ。
どうやら俺の一生、百万円にも満たないらしいんだよ。
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3:
1年1万なら100年売っても100万だものな
4:
二十歳の七月くらいの時の話なんだが、
その頃、俺はとにかく金に困ってた。
白米とみそ汁以外のものを口にしてなくてさ、
数日前、ウェイターのバイト中に三回ぶっ倒れて、
そろそろ栄養のあるものを食べないとまずいと思った。
金になるものといったら、家具、数十枚のCD、
それに数百冊の蔵書の他には考えられなかったな。
ほとんど中古品で、たいした価値はないんだが、
それでも一か月の食費くらいにはなるかと思って、
できるだけ新品に近付けようと入念に掃除して、
行きつけの古書店や楽器屋に売りに行ったわけだ。
7:
古書店の爺さんは、俺が本を大量に売りにきたのを見て、
「一体何があったんだ?」って心配してくれた。
普段はそっけない爺さんだったから、意外だったな。
「紙はおいしくありませんからね」って俺が遠回しに答えると、
爺さんは心底同情したような目で俺を見つめた。
でも金はくれなかったな。向こうも貧乏だから仕方ないけど。
はした金を受け取って店を出ようとすると、
爺さんは「なあ、ひとつ話がある」と俺を引きとめた。
金くれんのかなーと思って「はい?」と戻ると、
言われたんだよ、「寿命、売る気ねえか?」って。
8:
老いの恐怖でついにボケちまったかと思いつつ、
俺は話半分に爺さんの説明を聞くことにした。
つまりは、こういうことらしい。
ここからそう離れていないとこにあるビルに、
寿命の買い取りを行っている店が入ってるらしい。
そこでは時間や健康さえも売れるんだが、
寿命は特に高値で取引されてるんだそうだ。
爺さんは震える手で地図と電話番号まで書いてくれたが、
俺でなくたって、そんな話、爺さんの願望が作り上げた
空想に過ぎないって思ってしまうだろう。
ちょっとかわいそうに思ったね。死ぬの怖えんだろうな、って。
11:
だが結局、俺はそのビルに向かうことになった。
CDも本も家具も、まったく金にならなかったからだ。
寿命を売るなんて話を信じたわけじゃない。
しかし、俺はこういう可能性を考えたんだよ。
爺さんや兄ちゃんが言っていたことは何かの比喩で、
実はものすごく割のいいバイトがあるんじゃないかって。
寿命を縮めるようなリスクを負う代わりに、
一か月で百万くらい稼げたりするとか、そういうの。
ところが、うす暗い階段を上がってドアを開け、
目が合った店員らしき女が、俺の顔を見るなり
「時間ですか? 健康ですか? 寿命ですか?」
なんて言ってくるもんだから、笑っちゃうよな。
12:
一連の出来事で神経がまいっていたのか、
俺はもう考えるのが面倒になって、「寿命」と答えた。
「二時間ほどお時間をいただきます」と女は言い、
すでに両手はPCのキーボードをかたかた叩いていた。
おいおい、人の価値って二時間程度で分かっちゃうのかよ?
俺はあらためて店内を見回した。
なんていうんだろうな、眼鏡のない眼鏡屋、
宝石のない宝石店みたいな空間とでもいうか。
でも俺の目に見えないだけで、本当はそこら中に
寿命とか健康とか時間が飾ってあるのかもしれない。
なんてな。いつまでこの笑えない冗談は続くんだ?
13:
駅前の広場に行って、煙草に火を点け、
最後の一本を時間をかけて味わった。
煙草もそろそろやめなきゃな、と思う。
金食い虫だし、健康にもよくねえからな。
近くで鳩に餌をやっている老人がいたんだが、
それで食欲が湧いてしまう自分が情けなかったな。
もうちょっとで鳩と一緒に地面をつっつくとこだったぞ。
寿命、高く売れるといいなあ、と思った。
駅で時間を潰した後、俺は少し早めに店に戻り、
ソファでうたた寝しながら査定結果が出るのを待った。
二十分ほどして、俺の名前が呼ばれた。
妙だよな。俺、一度も名乗った覚えはないんだよ。
15:
査定結果を見て、俺は変な声をあげちまった。
一年につき一万円? 余命三十年?
ブックオフだってもう少しまともな値段をつけるぞ。
カメか何かの結果と取り違えたんじゃないのか?
でも、そこには確かに俺の名前が書いてある。
「これ、何を基準に決められてるんですか?」
俺はそう言いつつ査定表を女店員に見せた。
「色々です」と彼女は面倒そうに答えた。
「幸福度とか、実現度とか、貢献度とか、色々」
多分、こういう質問に飽き飽きしているんだろうな。
16:
女店員はシステムの詳細を教えてくれた。
本当は教えちゃいけないらしいんだが、
あんまりにも俺がしつこかったんだろうな。
特にショッキングだった情報は、一万円というのが、
寿命一年あたりの最低買取価格だったってこと。
ようするに、俺の人生は限りなく無価値に近いってことだ。
幸せになれず、また誰一人幸せにできず、
何一つ達成できず、何一つ得られないらしい。
「問題がなければ、こちらにサインをお願いします」
女店員がしびれを切らしたように言うが、
これを見て問題がないって言うやつがいたら、
そいつは脳の病院に行った方がいいと思うぜ。
だがその頃には俺の感覚は麻痺しちまっててさ、
自分の物や時間を安売りするのに慣れ過ぎてた。
で、ヤケになって、こう答えちまったんだ。
「三か月だけ残して、あとは全部売ります」
18:
三十万入った封筒を持って、俺は店を出た。
引きつった感じの笑いがこみあげてきたな。
何が悲しいって、俺の寿命の安さの理由、
俺自身、なんとなく分かる気がするんだよ。
だがそれについては考えたくなかったから、
帰り道に酒屋によって大量にビールを買いこんで、
俺はそれを飲みながら夜道をゆっくり歩いた。
酒なんて飲むのは本当に久しぶりだったね。
だからすっかりアルコール耐性もなくなってて、
俺は帰宅して二時間後には吐いてた。
余命三か月、最低のスタートを切ったわけだ。
22:
眠りにつけたのは朝四時くらいだったなんだが、
こういう日に限って、幸せな夢を見ちまうんだよな。
小学生の頃の夢だった。なんでもない夏休みの夢。
親の車で、幼馴染とキャンプにいった時の夢。
ああ、泣いたね。寝ながら泣いてたね。
無慈悲に幸福な夢から俺を救出したのは、呼び鈴の音だった。
無視し続けてると、俺の名を呼ぶ声がした。
ドアを開けると、見慣れない女が立っていた。
なんか条件反射的に喜んじまったけど、
その目つきを見て、俺は思い出した。
そいつは俺の寿命の査定をした女だったんだ。
「今日から監視員を務めさせていただくミヤギです」
そう言うと、ミヤギと名乗る女は俺に軽く会釈した。
監視員。そういえば、そんな話もあったっけ。
二日酔いの頭で昨日の記憶を探りつつ、
俺はトイレに駆け込んでもう一回吐いた。
23:
げっそりした気分でトイレから出ると、
監視員がドアの正面に立っていた。
最前席で聞きたかったのかな、俺の吐く音。
うがいをして水をコップ三杯飲みほすと、
俺は再びベッドに戻って横になった。
「昨日も説明しましたけど」と横でミヤギが言う、
「あなたの余命は一年を切りましたので、
今日からは常時、監視がつくことになります」
「その話、後じゃ駄目か?」と俺はミヤギをにらんだ。
ミヤギは「わかりました。じゃあ、後で」と言うと、
部屋のすみっこに行って、三角座りをした。
以後、ミヤギはそこから俺を定点観測し続けることになる。
似たような経験のある人には分かると思うが、
これをやられると生活のペースはすっかり狂う。
ほら、人に見られてるとできないことって沢山あるだろ?
24:
寿命が一年を切った客には監視員が付くってのは、
確かにあらかじめ聞いていた話ではあったんだ。
ミヤギの説明によると、寿命が半年を切った客が、
ヤケになって問題を起こすことがあまりに多いから、
それを未然に防ぐために監視員が導入されたそうだ。
もし俺が他人に多大な迷惑をかけそうになったら、
監視員が本部に連絡して、俺の寿命を尽きさせるらしい。
トラヴィス・ビックルにはなれないってこった。
ただ、最後の三日間だけは、監視員も外れて、
純粋な自分の時間を満喫できるそうだ。
統計的に、そこまでくると人は悪さをしなくなるとか。
27:
夕方には、吐き気も頭痛も消えていた。
俺はようやく物をまともに考えられるようになってきた。
昨日、衝動的に寿命の大半を売ったことについては、
自分でも意外なほど後悔していなかったな。
むしろ、三か月も残さなきゃよかった、とさえ思った。
監視されっ放しの三か月なんてごめんだからな。
三日くらいしかいらなかったんじゃないのか?
さて。自分の価値の低さを今さら悩んでも仕方ない。
問題は、これから何をするかだろう。三か月で。
俺はルーズリーフを一枚取り出し、ペンを手に取り、
そこに「やりたいことリスト」を作成した。
いよいよそれらしくなってきたな。
28:
やりたいことリスト。たとえば、こんな感じだ。
 ・幼馴染に会って礼を言う
 ・親友と会って馬鹿話をする
 ・なるべく多くの時間を家族と過ごす
 ・知人全員に向けて遺書を書く
 ・大学には行かない
 ・アルバイトにも行かない
まあ、全体的に平凡な発想だ。
誰に書かせても似たような感じになるだろうな。
32:
いつの間にか真後ろにミヤギがいて、
俺の書いたリストを眺めていた。
「それ、やめた方がいいですよ」
一つ目の項目を指差して、彼女は言った。
“幼馴染に会って礼を言う”。
「なぜ?」と俺はミヤギに訊ねた。
――幼馴染について、ちょっと説明するか。
夢にも出てきたその子と俺は、四歳からの仲でさ。
彼女が転校するまでは、どこにいくにも一緒だったんだ。
33:
中学に入って新しい環境に馴染めず、
クラスで孤立した俺に唯一毎日話しかけきて、
「どうしたの?」って聞いてくれたのも幼馴染だった。
離れ離れになった後も、辛いことがあったとき、
俺が思い浮かべるのは幼馴染のことだった。
彼女がいなきゃ、今の俺は無かっただろうな。
まあ、無いなら無いでいいんだけどな。
とにかく俺は彼女に感謝していたんだ。
ここ数年まったく連絡はとっていなかったが、
もし彼女に何かあったら、真っ先に駆けつけようと思ってた。
どんな形でもいいから、彼女に恩返ししたいと思ってたんだ。
34:
「その幼馴染さんですけど」とミヤギは告げる。
「十七歳で出産してるんです。で、高校を退学。
十八歳で結婚しますが、十九歳で離婚してます。
二十歳の現在は、一人で子育てしてますね。
ちなみに二年後、首吊り自殺することになってます。
いま会いにいくと、多分『お金貸せ』とか言われますよ。
あなたのこと、ほとんど覚えてませんし」
35:
俺がどんな反応を示したかって?
そりゃ、がっつり傷ついたさ。がっつりな。
一番大切な記憶を台無しにされたんだからな。
情けない話なんだが、二十歳になっても、
俺の根っこの部分はどこまでもピュアと言うか
ナイーヴというかセンシティヴというか、
ようするに子供の頃から成長していなかったんだな。
何かが変わったり、何かが終わっていく、
そういうことが、いまだに耐えらないんだよ。
成人男性のくせにカナリヤ並に敏感なんだ。
36:
それでも俺は極力気にしていないふりをして、
「ふうん」と言いながら煙草に火を点けた。
三本くらい吸うと、体調が悪いせいか、
嫌な感じに頭が痛くなってきてたな。
でも吸い続けた。色んなことを忘れるために。
ミヤギは部屋のすみに戻っていった。
で、ノートにさらさらと何かを書いてたな。
気が付くと、いつの間にか日が落ちていた。
俺は自分の書いたリストに目を落とし、
幼馴染の項に取り消し線を引いた。
それからもう一度リストをじっくり眺めて、
電話を手に取り、ゆっくりボタンを押した。
38:
『どうしたの? 珍しいね、あんたからかけてくるなんて』
お袋の声を聞くのは、本当に久しぶりだった。
バイトと勉強が忙しくて電話をする暇がなかったからな。
「急で悪いけど、今から実家に帰っていいかな」。
俺はお袋にそう聞くつもりだったんだ。
で、家族の無償の愛とやらに包まれながら、
余生を穏やかに過ごそうと思ってたんだよ。
だが、こっちが何か言う前に、お袋はべらべらと喋り出した。
それは俺の二つ下の、弟の話だった。
お袋はことあるごとにあいつの話をしたがるんだよ。
というのも俺の弟、ちょっとした有名人なんだ。
野球をするために生まれてきたような男でさ、
一年の時から甲子園で投げてるんだよ。
テレビにもしょっちゅう出てるんだ。自慢の弟さ。
39:
弟の相変わらずの大活躍については勿論のこと、
お袋は、弟が連れてきた恋人の話までし始めた。
「とにかく美人なのよ」とお袋は二十回くらい言った。
「同じ人間とは思えないほど美人でね、その上性格も……」
まるでもう孫ができましたみたいな話ぶりでさ。
俺の話なんて全く聞こうとはしてねえんだよな。
実家に帰ろうという気持ちは、段々としぼんでいった。
最近では、その弟の素敵な恋人さんってのを、
しょっちゅう家に招いて夕食を一緒にするらしい。
その場に俺が混ざるのを想像しただけで死にたくなったね。
俺は適当なところで電話を切った。実家に帰るのは、やめた。
41:
今日は何をしても駄目な日なんだ、と俺は決めつけた。
好きなことでもして気分を紛らそうじゃないか。
それで明日になったら、また何をするか考えよう。
というわけで、欲望の赴くままに過ごそうと決めた俺だったが、
その上で、どうしても邪魔になるやつが部屋のすみにいるんだよな。
「私のことはいないと思ってくださって結構ですよ」
俺の気持ちを察したのか、ミヤギはそう言う。
だが、本人がいくらそう言っても、気になるものは気になる。
自分で言うのもなんだが、俺はかなり神経質なんだ。
同世代の女の子に見られてるのを意識しだすと、
行動のひとつひとつがおかしくなるんだよ。
「自然体っぽい格好よさ」を出そうとしちまうんだな。
気付くと髪を触ってるんだ。完全に自意識過剰だ。
43:
しばらくは、手元に残ってた本の中でも一番難解な
「フィネガンズ・ウェイク」を読んで格好つけてた。
当然、内容はさっぱり頭に入ってこなかった。
余命三ヶ月だってのに、何をやってるんだろな。
読書に飽きた俺は近所のスーパーに行って、
グラス付きのウイスキーと氷を買った。
ミヤギも菓子パンやら何やらを買いこんでた。
それを見た俺は、なんか幸せな錯覚に陥ってさ。
実を言うと、俺には昔から憧れがあったんだよ。
同居してる子と部屋着のままスーパーに行って、
食材とかお酒を買って帰ってくる、って行為に。
羨ましいなー、って思いながらいつも見てた。
だから、たとえ監視が目的だろうと、若い女の子と
夜中のスーパーで買物するってのは楽しかったんだ。
むなしい幸せだろ? でも本当だから仕方ない。
44:
家に帰って、ウイスキーをちびちび飲んでいるうちに、
俺は久しぶりに良い気分になってきた。
こういうとき、アルコールってのは偉大だな。
部屋のすみでノートに何かを書いているミヤギに
俺は近づき、「一緒に飲まない?」と誘ってみた。
「結構です。仕事中なので」
ミヤギはノートから顔も上げずに断った。
「それ、何書いてんだ?」と俺は聞いた。
「行動観察記録です。あなたの」
「そうか。いま俺は、酔っ払ってるよ」
「そうでしょうね。そう見えます」
ミヤギはめんどくさそうにうなずいた。
実際めんくせーんだろうな、俺。
45:
完全に酔いが回った俺は、なんだか自分が
悲劇の主人公になったような気がしてきた。
で、落胆の反動っていうか、双極性っていうかさ。
急にポジティブになったんだよ。
得体のしれない活力が溢れてきたわけ。
俺はミヤギに向かって、高らかに宣言した。
「俺は、この三十万円で、何かを変えてみせる」
「はあ」とミヤギは興味なさそうに言った。
「たった三十万円だろうと、これは俺の命だ。
三百万や三億より価値のある三十万にしてやる」
俺としては、かなり格好良いことを言ったつもりだったね。
46:
でもミヤギはしらけっぱなしだった。「皆、同じことを言うんですよ」
「どういうことだ?」と俺は聞いた。
「死を前にした人は、皆、極端なことを言うようになるんです。
……でもですよ、クスノキさん。よーく考えてください」
ミヤギは感情のない目で俺を見すえて言った。
「三十年で何一つ成し遂げられないような人が、
たった三か月で何を変えられるっていうんですか?」
「……やってみなきゃわかんないさ」と俺は言い返したが、
実際、彼女の言ってることは、どこまでも正しいんだよな。
48:
俺はそこであることに気付いて、ミヤギに聞いた。
「なあ、あんた、もしかして、この先三十年かけて
俺の人生に起こるはずだったこと、全部知ってんのか?」
「大体は知ってますよ。もう意味のないことですけどね」
「俺に取っちゃ相変わらず有意味だよ。教えてくれ」
「そうですねえ」とミヤギは足を崩しながら言う。
「まず一つ言えるのは、あなたが売った三十年の中で、
あなたが誰かに好かれることはありません」
「それって悲しいことだよな」と俺は他人事のように言った。
49:
「あなたは誰のことも好きになることができず、
そんなあなたを周りの人間が好きになるはずもなく、
相互作用でどんどんあなたと他人の距離は開いて、
最終的に、あなたは世界に愛想を尽かされるんです」
ミヤギはそこでちらっと俺の目を見た。
「『それでも、いつかいいことがあるかもしれない』。
そんな言葉を胸にあなたは五十歳まで生き続けますが、
結局、何一つ得られないまま、一人で死んでいきます。
最後まで、『ここは俺の場所じゃない』って嘆きながら」
「それって悲しいことだよな」と俺は機械的に繰り返した。
でも内心、やっぱりしっかり傷ついていた。
ただ、かなり納得できる話でもあったな。
50:
さらにミヤギが続けた話によれば、
俺は四十歳でバイク事故を起こすらしい。
その事故で顔の半分を失い、歩けなくなるとか。
かなり気のめいる話だったが、一方で、
それを経験する前に死ねることを考えると、
案外俺はラッキーなのかもしれないと思った。
そうなんだよな、半ば期待する余地があるから、
五十年も無意味な人生を送ったりしちまうんだ。
完全に良いことが何もないって分かってれば、
逆に何の未練もなく逝けるってもんだ。
51:
俺は気を紛らそうとして、テレビをつけた。
番組ではスポーツ特集をやっているらしかった。
まずいと思ってチャンネルを変えようとした頃には、
弟の顔と名前がしっかり画面上に出ていた。
俺は反射的にグラスを投げつけてたね。
テレビが倒れて床に落ち、グラスの破片が飛び散る。
俺はふっと我に返り、ミヤギの方を見る。
彼女は明らかに警戒した様子で俺のことを見ている。
「弟なんだよ」と俺は努めて明るく言ったんだが、
それが逆に本格的にイカれてる人っぽくて笑えたな。
「……弟さんのこと、あんまり好きじゃないんですね?」
ミヤギは軽蔑するような調子で言った。
「あんまりね」と俺はうなずいた。
隣の部屋から壁を殴る音がした。
52:
割れたグラスを片付けたりなんかしていると、
俺の酔いはまずい感じに醒めてきた。
このまま完全にアルコールが抜ければ、
最悪の精神状態になるのが目に見えてた。
だから俺はある人に電話をかけたんだ。
思うに、これもまた最悪の選択だったな。
俺ってやつは、自分で自分の人生を
悪い方向に転がすことにかけては一流なんだ。
電話の相手は、高校の頃の一番の友人だった。
数か月間一度も連絡をとってなかったのに、
「今から会えないか」なんて無茶なことを言う俺に、
友人は「今からそっちにいくよ」と快く応じてくれた。
その時は、ちょっと救われた気でいたな。
まだ俺のことを気に掛けてくれている人がいるんだ、って思った。
53:
この上なく情けない話なんだけどさ、
友人と会うにあたって、俺にはちょっとした下心があった。
このミヤギって子、見てくれはそれなりなんだよ。
愛想はないけど、ふるまいがかわいいんだ。
その子が俺の後ろをずっとついてくるわけ。
そりゃ、それが監視員の仕事だからな。
でさ、スーパーを歩いてる最中、俺は思ったんだよ。
周りには、俺たち恋人同士に見えてるんじゃないか、って。
むしろそれ以外の何に見えるって言うんだろうな?
俺は、友人がそういった勘違いをしてくれることを期待してたんだ。
かわいい子を連れてることを自慢したかったのさ。
聞いてる方が恥ずかしくなるような動機だろ?
だが俺にとっては切実だったんだ。
54:
レストランのテーブルにつくと、ミヤギは俺の隣に座った。
俺は満足して、早く友人が来ないかとうずうずしてたね。
時計を見る。ちょっと着くのが早すぎたらしい。
友人が来るまでコーヒーでも飲んで待つことにした。
ウェイトレスが来ると、俺は自分の注文を言った後、
ミヤギに向かって、「あんたはいいのか?」と聞いた。
すると彼女は気まずそうな顔をした。
「……あの、最初に言いませんでしたっけ?」
「何を?」と俺は聞きかえした。
「私、あなた以外には見えてないんですよ。
声も聞こえてないし、触っても気付かないんです」
ミヤギはウェイトレスの脇腹を突っついた。たしかに、無反応だった。
55:
俺は目線を上げてウェイトレスの顔を見た。
「うわあ……」って目で俺のことを見てたね。
これはやっちまったな、と思った。
しばらく恥ずかしさで顔が真っ赤だった。
こうなると、友人に女の子を自慢するという
ささやかな夢も叶わなくなったわけだ。
二重にも三重にも惨めだったな。
俺の場合、寿命や健康や時間なんかより、
惨めさを売った方がよっぽど金になりそうだ。
もう帰っちまおうかとも思ったけど、
そこにちょうど友人が現れちまったんだ。
俺たちは大袈裟に再会の喜びを分かち合った。
半分ヤケだったな。もう正直どうでもよかったんだよ。
56:
高校時代、俺たちは不満の塊だった。
ことあるごとに二人でマクドナルドに居座って、
何時間でも愚痴を言い合ったもんだった。
多分、当時の俺たちが本当に言いたかったのは、
「幸せになりてえなあ」の一言だったんだろう。
でもそれを口にするのが怖くて、俺たちは、
何時間も呪詛を吐いてうさ晴らししてたんだ。
しかし、久しぶりに顔を合わせた友人は、
たしかに愚痴こそ言うものの、あの頃とは
何かが根本的に変わってしまっていた。
なんていうか、それは現実的で妥当な愚痴なんだな。
あの頃の理不尽で非現実的で的外れな愚痴とは違う。
今の彼が口にするのは、バイト先の愚痴とか、
彼女の愚痴とか、そういうのなんだ。
57:
俺は耐えられなくなってきてさ。
友人の話は露骨な自慢話になっていくし、
隣ではミヤギがぼそぼそ俺に話しかけてくる。
俺は二人に同時に話しかけられるのが大嫌いで、
そういうことをされると、頭が破裂しそうになるんだ。
で、あっさりと限界を迎えた。
まあ、ただでさえ余裕がなかったのもあったんだろうな。
気が付くと、俺はミヤギに「黙ってろ!」って怒鳴ってたんだ。
店内が静まり返ったな。数秒後、一気に血の気が引いて行った。
友人に何か言われる前に、俺は金を置いて席を立った。
いよいよ精神異常者みたいになってきてたな。
こりゃ三十万しかもらえないわけだ。
58:
俺は夜道を歩いて帰った。酔いはすっかり醒め、
体調は悪いくせに、目は冴えまくっていた。
ちっとも眠れそうになくて、俺はテレビを見ようと思ったが、
そういえば自分でグラスをぶつけて破壊したんだった。
幸い音だけは出るみたいだったから、
俺はそれを巨大で不親切なラジオだと思うことにした。
缶ビールを開けて、プリッツをつまみに飲む。
ミヤギは俺の観察記録を書いているようだった。
俺のレストランでの愚行について書いてるんだろうな。
60:
「なあ、さっきは怒鳴って悪かった」と俺は言った。
「確かに、あんたの言う通りだったんだ。
俺は適当な嘘でもついて、さっさと店を出るべきだった」
「そうですね」とミヤギはこっちを見ずに答えた。
「それを書き終えたら、一緒に飲まないか?」
「飲んで欲しいんですか?」と彼女は聞きかえしてきた。
「そりゃもうな。寂しいから」と正直に答えると、
「悪いですけど、仕事中なんで無理です」と断られた。
じゃあ最初からそう言えよって話だよな。
夜が明けてきて、小鳥のさえずりが聞こえ始める。
ミヤギは一分寝て五分起きるみたいなサイクルで
俺のことを監視しているようだった。
なんつうか、タフだよな。俺にはとてもできそうもない。
61:
夕暮れになって、俺は目を覚ました。
にわかには信じられないかもしれないが、
もともと俺はかなり真面目な性格なんだ。
十二時に寝て六時に起きるのが基本でさ。
夕焼けに照らされて目覚めるってのは、新鮮な感じだった。
部屋のすみを見ると、ミヤギは変わらずそこにいた。
いつの間にかシャワーを浴びたらしく、
近くを通った時にせっけんの匂いがした。
同じ俺の部屋なのに、ミヤギのいる周辺だけは
まったく異質の空間みたいな感じがしたな。
俺は例のリストを眺め、今日は遺書を書くことに決めた。
近所の商店で便箋を買ってくると、俺は万年筆を手に取った。
62:
手紙なんて書くのは久しぶりだな、と思った。
最後にまともな手紙を書いたのはいつだろう?
俺は記憶を探る。おそらくそれは、小六の夏。
あの夏、クラスの皆でタイムカプセルを埋めたんだ。
銀色の球形のカプセルに、当時の宝物ひとつと、
未来の自分への手紙を入れたんだよな。
皆、一生懸命書いてたな。案外面白いんだよ、あれ。
二十歳になったらそれを掘り出そうって決めてたけど、
今のところ、何の連絡もきていなかった。
俺だけに連絡がきてないってことも考えられるが、
十中八九、係のやつが忘れちまったんだろう。
63:
そこで俺は思ったんだよ。どうせ誰も掘り出さないなら、
俺一人でタイムカプセルを掘り出してやろう、ってさ。
そういうノスタルジックでロマンチックで、
甘い感傷に浸らせてくれるものを俺は求めていた。
夜中になると、俺は電車で小学校に向かった。
スコップを納屋から拝借してくると、
俺は体育館の裏に行って、穴を掘りはじめた。
すぐに見つかるもんだと思ってたんだけど、
案外埋めた場所って覚えてないもんでさ。
ミヤギは、穴を掘り続ける俺を、
近くに座ってぼうっと眺めてた。
なんとも奇妙な光景だっただろうな。
64:
結局タイムカプセルが見つかったのは、
穴を掘りはじめてから三時間後くらいで、
その頃にはスコップを握る両手はマメだらけ、
身体は汗まみれ、靴は泥だらけだった。
街灯の下に行って、俺はタイムカプセルを開けた。
自分の手紙だけ取りだそうと思ってたんだが、
ここまで苦労したんだし、いっそのこと、
全部に目を通しちまおうって俺は考えた。
顔も覚えてないようなクラスメイトの手紙を開く。
その瞬間まで俺は完全に忘れてたんだが、
手紙には、最後に、こういう欄があったんだよ。
「一番のお友達は誰ですか」っていう欄がさ。
65:
これまでの流れからいって予想はつくけど、
そこに俺の名前を書いてる奴は、一人もいなかった。
なるほどね、と俺は妙に納得してしまった。
一番輝いて見えた小学時代さえ、この有様だ。
ただ、ひとつだけ救いはあった。
例の幼馴染だけどさ、あの子だけは、
「一番のお友達」にこそ指名しなかったけど、
手紙の文中で俺の名前を出してくれてたんだ。
いや、これを救いと捉えるのも相当むなしい話だが。
自分の手紙と幼馴染の手紙だけ抜きとると、
俺はタイムカプセルを元あった場所に埋め直した。
去り際、ミヤギがタイムカプセルを埋めた場所の上に立って、
地面を足でとんとんと均していたことを覚えてる。
66:
終電は数時間前に駅を通過していた。
俺は駅の硬い椅子に寝そべって始発を待った。
異様に明るいし虫も多くて、寝るには最悪の環境だったな。
一方、ミヤギは全然平気そうでさ。
スケッチブックを取りだして、構内の様子を描いていた。
仕事の一環かな、と考えながら俺は眠りについた。
始発の数時間前に目を覚ました俺は、
外に出て自販機でアイスコーヒーを買った。
変な場所で寝たせいで、体中があちこち痛んだ。
まだ辺りは薄暗かった。
構内に戻ると、ミヤギが伸びをしていた。
なんか、人間らしい一面をようやく見た気がしたな。
ああ、この子も伸びとかするんだ、って感心した。
70:
感心ついでに、俺の中に、妙な感情が芽生えた。
余命三ヶ月っていう状況のせいかもしれない。
たび重なる失望のせいかもしれないし、
連続した緊張、疲労や痛みのせいかもしれない。
起きたばかりで寝ぼけてたのかもしれないし、
単にミヤギという子が好みだったからかもしれない。
まあ何でもいい。とにかくその時、不意に俺は、
ミヤギに「酷いこと」をしてやりたくなったんだ。
自暴自棄の手本って感じだよな。どうしようもない。
71:
ミヤギに詰め寄って、俺は聞いた。「なあ監視員さん」
「なんでしょうか」とミヤギは顔をあげた。
「たとえば今ここで、俺があんたに乱暴なんかしたら、
本部とやらが俺を殺すまで、どれくらいかかる?」
彼女は特に驚かなかった。さめた目で俺を見て、
「一時間もかからないでしょうね」とだけ答えた。
「じゃあ、数十分は自由にできるってわけか?」
そう俺が聞くと、彼女は俺から目を逸らして、
「誰もそんなこと言ってませんよ」と言った。
しばらく沈黙が続いた。
不思議なことに、ミヤギは逃げ出そうとはしなかった。
ただじーっと、自分を膝を見つめてた。
72:
「……危険な仕事なんだな」
そう言って、俺はミヤギの二つ隣に座った。
彼女は俺から目を逸らしたまま、
「ご理解いただけたようで何よりです」と言った。
俺の神経の昂りはすっかり収まっていた。
ミヤギの諦めきったような目を見ていたら、
こっちまで悲しくなってきたんだよ。
「俺みたいなやつ、少なくないんだろう?
死を前にして頭をおかしくしちまって、
監視員に怒りの矛先を向けるようなやつ」
ミヤギは首をゆっくり振った。
「あなたは、どちらかと言えば楽なケースですよ。
もっと極端な行動に出る人、たくさんいましたから」
75:
「……何で、そんな危ない仕事を、
あんたみたいな若い子がやってるんだ?」
俺がそう聞くと、ミヤギはぽつぽつと話し始めた。
話によると、彼女には借金があるらしかった。
原因は彼女の母親にあるのだという。
なんでも、たいした人生でもないくせに、
借金までして寿命を買いあさったらしい。
それなのに病気であっさり死んでしまって、
そのツケをこの子が払うことになったんだとか。
清々しいくらい胸糞悪い話だったな。
76:
「借金ですが、私の寿命を全部売って、
ようやく返しきれるかどうかって額なんです。
あとちょっとで勝手に寿命を売られるところだったんですが、
諦めかけた時、この監視員の仕事を紹介されたんですよ。
この仕事、大変ですが、稼ぎはすごくいいんです。
このまま続けていれば、私が五十歳になる頃には、
全額返しきれてるんじゃないかと思います」
“五十歳になる頃には”、か。
これもまた、げんなりさせられる話だった。
彼女はまるでそれを救いのように話してたが、
自分が何かしたわけでもないのに、あと数十年、
俺みたいなやつの相手をし続けなきゃいけないわけだろ?
78:
「そんな人生、全部売っちまえばいいじゃねえか。
五十まで生き残れる保証なんてないんだろ?」
俺がそう言うと、彼女は少し困ったような顔をした。
「たしかに、実際、監視員の仕事をしてる中で
監視対象に殺されてる人も、たくさんいますね。
でも……ほら、簡単には割り切れませんよ。
いつかいいことあるかもしれないじゃないですか」
「そう言ってて、五十年間何一つ得られないまま
死んでいった男のことを、俺は一人知ってるぜ」
「それ、私も知ってます」とミヤギはちょっとだけ微笑んだ。
なんだか嬉しかったな。俺の冗談で彼女が笑ってくれたことが。
82:
始発電車に乗り、スーツや制服に囲まれた中、
俺は周りの目も気にせずミヤギに話しかけた。
「タイムカプセルの中でさ、『一番のお友達』に
俺を選んでくれてる人はいなかったけど、
それでもやっぱり幼馴染のあの子だけは、
俺の名前を手紙の中で出してくれてたんだよ」
もちろん、周りにはミヤギの姿が見えていないから、
ひとりごとを言っているように見える。完全に不審者だ。
ミヤギは心配そうな顔で言う。
「あの、皆見てますよ。変な人だと思われてますよ」
「いいよ。思わせとけよ。実際、変な人なんだから。
……それでさ、あらためて駅で考えたんだけど、
やっぱり俺にとっては、たとえどんなに変わり果てようと、
幼馴染のあの子は、俺の人生そのものなんだよ」
83:
「それで、どうしようっていうんですか?」
「最後に一度だけ、彼女に会って話がしたい。
そしてさ、俺に人生を与えてくれた恩返しに、
俺の寿命を売って得た三十万を、彼女に渡したいんだ。
多分あんたは反対するだろうけど、別にいいだろ、
俺の寿命を売って稼いだ俺の金なんだから」
「……そこまで言うなら、別に反対しませんよ。
でも電車内で話すのは、もうやめましょう。
見てるこっちが恥ずかしいですよ」
とは言いつつも、ミヤギは妙に楽しそうだった。
家には帰らず、俺はそのまま街へ向かった。
トーストとゆで卵をコーヒーで胃に流し込むと、
俺は深呼吸して、幼馴染に電話をかけた。
89:
夜だったら会える、と幼馴染は言ってくれた。
好都合だった。こちらも色々と準備があるからな。
俺はミヤギの手を取って、ぶんぶん振りながら歩いた。
道行く人には一人でそうやってるように見えただろうけど、
俺は気分がハイになってたから、どうでもよかった。
ミヤギは困ったような顔で俺に引っ張られるままにしてたな。
まず美容室へ向かい、二時間後に予約を入れた俺は、
ショップに行って服と靴を買い、その場で着替えた。
新品の服を買うのなんて数年ぶりだった。
新しい服に着替えて髪を切った俺の姿は、
なんだか俺じゃない誰かみたいだった。
ミヤギもまったく同じ感想をくれた。
「なんか、まるで別の人みたいですね」
正直言って嬉しかったな。俺、悪くないじゃん!
91:
待ち合わせまで暇だったから、俺はミヤギに頼んで、
幼馴染と会ったときの予行演習をすることにした。
昨日友人と会った時のレストランに入り、訓練を始める。
正面に座ったミヤギに向かって俺は微笑み、
「どうだミヤギ、感じ良く見えるか?」と聞く。
周りから見れば、壁に向かって微笑みかける変人だ。
ミヤギはサンドイッチをもそもそ食べながら答える。
「んー、ちょっと笑顔がこわばってますね。
普段笑わないから、表情筋が弱ってるんですよ」
「そうか。なら、夜までに鍛え上げてみせるさ」
俺は何度も笑ったり真顔になったりを繰り返す。
「……あなた、なんていうか、おもしろいですね」
「ああ。魅力的だろ? 惚れないように気をつけろよ?」
「気を付けます。しかし、浮き沈みの激しい人ですね」
実際、かなり浮かれてたんだよ、その時は。
92:
電話してから幼馴染に会うまで
大体八時間くらい間があったんけど、
俺には二十七時間くらいに感じられたね。
五秒に一回くらい腕時計を見てた気がする。
ぎりぎりまで俺は、ミヤギで訓練してた。
どうすりゃ相手に良い印象を与えられるか、
カフェのすみで、二人で試行錯誤してたな。
――そうして、ついに待ち合わせの時間が来た。
待ち合わせ場所にやってきてくれた幼馴染を見て、
俺はその外見や口調の変化にとまどいつつも、
笑い方や仕草が変わっていないのに気づいて、
それだけで、本当に電話してよかったと思った。
「ひさしぶり」と彼女は言った。「元気にしてた?」
「元気にしてたよ、そっちは?」と俺は答えたが、
余命三か月の俺が元気だって言うのも笑えるよな。
93:
外見にそれなりに金をかけたおかげか、
幼馴染は俺のことを気に入ってくれたみたいだった。
「ずいぶん変わったね」と言いながらべたべたしてくる。
なんていうかさ、いける感じの雰囲気だったんだよ。
訓練の成果と、未来を知ってるがゆえの余裕もあって、
俺はかなりの好印象を幼馴染に与えることに成功してた。
しかし俺ってやつはさ、本当に物事を
台無しにしないと気が済まないらしいんだよな。
近況を語りたがる幼馴染の話をさえぎって、
何と俺は、寿命を売った件について話し始めたんだよ。
「あのさ、俺、余命三か月しかないんだよ」って
同情を引くような調子で語りはじめたんだ。
94:
心のどこかで俺は、この幼馴染なら、
俺の話を真面目に聞いてくれる、俺に深く同情し、
慰めてくれるって信じてたんだろうな。
でも話が始まって五分とたたずに、
幼馴染は退屈そうな反応を示し出した。
馬鹿にしたような顔で、「ふーん?」とか言うのな。
もちろん間違ってるのは俺で、悪いのは俺なんだ。
俺だって突然、寿命を買い取る店がどうだの
監視員がこうだの言われても、信じないだろう。
大笑いされなかっただけマシだと思う。
幼馴染は「ちょっと失礼」と言って立ち上がった。
トイレにでも行くんだろう、と俺は思ってた。
その直後に、注文した料理が二人分届いた。
俺は早く続きを話したくて仕方なかったな。
でも幼馴染は戻ってこなかった。
料理が冷めるまで待ったけど、戻ってこなかった。
また俺は”やっちまった”わけだ。
95:
俺は冷めたパスタをゆっくり食べた。
しばらくすると、ミヤギが正面に座って、
幼馴染の分のパスタをぱくぱく食べ始めた。
「冷めてもおいしいですね」とミヤギは言った。
俺は何も言わなかった。
店を出ると、俺は駅前の橋に向かった。
そしてそこで、幼馴染に渡すはずだった
三十万円の入った封筒を胸から取り出し、
道行く人に、一枚ずつ配って歩いた。
「やめましょうよ、こんなこと」とミヤギが言う。
「別に人に迷惑はかけてないだろ」と俺は返す。
どいつもこいつも、渡されたのが金だと分かると、
薄っぺらい礼を言うか、怪訝そうな顔をした。
断る奴もたくさんいたし、もっとよこせと言う奴もいた。
96:
三十万はあっという間になくなった。
俺は勢い余って、財布の金にまで手を出した。
きっと俺は、誰かに構って欲しかったんだろうな。
「何かあったんですか?」とか聞いて欲しかったんだろう。
三十三万円配り終えると、俺は道の真ん中で立ち尽くした。
道行く人が不快そうに俺のことを眺めていた。
タクシー代も残っていなかったので、
俺は建物の陰になっているベンチで寝た。
真上に傾いた街灯があって、しょっちゅう点滅していた。
ミヤギも正面のベンチで寝るようだった。
女の子にひどいことさせんてなあ。
「先に帰っていいんだぞ?」
俺がミヤギにそう言うと、彼女は首をふった。
「そしたらあなた、自殺とかしそうですから」
97:
眠りにつくまで、俺は真上に広がる星空を眺めていた。
最近、夜空を見る機会が増えた。七月の月は、綺麗だ。
俺が見逃していただけで、五月も六月もそうだったのかもしれない。
俺はいつものように、眠りにつく前の習慣を始めた。
頭の中に、いちばんいい景色を思い浮かべる。
俺が本来住みたかった世界について、一から考える。
五歳くらいから、ずっとやってる習慣だった。
ひょっとしたら、この少女的な習慣が原因で、
俺はこの世界に馴染めなくなったのかもな。
98:
六時ごろに目を覚まして、俺は歩いてアパートまで帰った。
街の外れでは朝市をやっていて、早朝から騒がしかった。
四時間くらい歩いて、ようやくアパートについた。
一昨日の件もあって、両腕両足が悲鳴を上げてたな。
もっと安らかに生きることはできないのかね、俺は。
シャワーを浴びて着替えると、寝なおした。
ベッドだけは俺を裏切らない。俺はベッドが大好きだ。
さすがのミヤギもそれなりに疲れたらしく、
監視もほどほどに、すぐシャワーを浴びて、
部屋のすみっこでうつらうつらしていた。
99:
机の上には、書きかけの遺書があった。
だが、続きを書くのは何だか馬鹿らしかった。
誰も俺の言葉なんて気にしちゃいないんだ。
会いたい人もいないし、そうなると、
いよいよすることがなくなってしまった。
散財しようにも金は昨日配りきってしまったし。
「何か他に好きなことはないんですか?」
ミヤギは俺にを励ますように、そう訊ねた。
「やりたかったけど、我慢してたこととか」
そこで割と真剣に考えてみたんだけど、
俺、どうやら好きなことがあんまりないらしい。
あれ、今まで何を楽しみに生きたんだっけ?
100:
かつて趣味だった読書も音楽鑑賞も、
あくまで「生きていくため」のものだったんだよな。
人生に折り合いをつけるために音楽や本を用いてたんだ。
いざ余命三か月となると、何もしたいことがなかった。
薄々感づいてはいたけど、俺って生き甲斐がないんだ。
寝る前の空想だけを楽しみに生きてたとこがあるな。
監視員は言う、「別に無意味なことだっていいんですよ。
私が担当した人の中には、余命二か月すべてを、
走行中の軽トラックの荷台に寝そべって
空を見上げることに費やした人もいるんです」
「のどかだな、そりゃ」と俺は笑った。
101:
さらにミヤギは、こう言った。
「考える時は、外に出て歩くのが一番です。
お気に入りの服に着替えて、外に出ましょう」
いいこと言うじゃないか、と俺は思った。
段々とこの子は、俺に優しくなってきているように見える。
もしかすると、監視員は監視対象との接し方が決まっていて、
彼女はそれに従っているだけなのかもしれないが。
俺はミヤギのアドバイスに従って外を歩いた。
ものすごい日差しが強い日だったな。髪が焦げそうだった。
すぐに喉が渇いてきて、俺は自販機でコーラを買った。
「あ」、と俺は小さく声を漏らした。
102:
「どうしました?」
「……いや、実にくだらない事なんだけどさ。
好きなもの、一つだけあったことを思いだした」
「言ってみてください」
「俺、自動販売機が大好きなんだよ」
「はあ。……どこら辺が好きなんですか?」
「なんだろな。具体的には自分でも分からないんだが、
子供の頃、俺は自動販売機になりたかったんだ」
きょとんとした顔でミヤギは俺の顔を見つめる。
103:
「あの、確認ですけど、自動販売機って、
コーヒーとかコーラとか売ってるあれですよね?」
「ああ。それ以外も。焼きおにぎり、たこ焼き、
アイスクリーム、ハンバーガー、アメリカンドッグ、
フライドポテト、コンビーフサンド、カップヌードル……
自販機は実に様々なものを提供してくれる。
日本は自販機大国なんだよ。発祥も日本なんだ」
「んーと……個性的な趣味ですね」
なんとかミヤギはフォローを入れてくれる。
実際、くだらない趣味だ。見方によっては、
鉄道マニアを更に地味にしたような趣味。
くだらねー人生の象徴だよなあ、と自分で思う。
【激写】 オナニー中の女のレントゲン写真がこちらwwww (gif画像あり)
105:
「でも、なんとなく分かる気はします」
「自販機になりたい気持ちが?」
「いえ、さすがにそこまでは理解不能ですけど。
自販機って、いつでもそこにいてくれますから。
金さえ払えば、いつでも温かいものくれますし。
割り切った関係とか、不変性とか、永遠性とか、
なんかそういうものを感じさせてくれますよね」
俺はちょっと感動さえしてしまった。
「すげえな。俺の言いたいことを端的に表してるよ」
「どうも」と彼女は嬉しくもなさそうに言った。
106:
そういうわけで、俺の自販機巡りの日々が始まった。
原付に乗って、田舎道をとことこ走る。
自販機を見かけるたびに何か買って、
ついでに安物の銀塩カメラで撮影する。
別に現像する気はないんだけど、何となくな。
そんな無益な行為を数日間繰り返した。
こんなくだらない趣味一つをとっても、
俺よりもっと本格的にやっている人が沢山いて、
その人たちには敵わないってことも知っている。
でも俺は一向に構わなかった。なんか生きてる感じがした。
俺のカブ110は幸いタンデム仕様だったので、
ミヤギを後ろに乗せて、色んなところをまわれた。
ようやくやりたいことが見つかって、天気にも恵まれて、
俺の生活は一気にのどかなものに変わった。
110:
原っぱに腰を下ろして、俺は煙草を吸っていた。
隣では、ミヤギがスケッチブックに絵を描いていた。
「仕事しなくていいのか?」と声をかけると、
ミヤギは手を止めて俺の方を向いて、
「今のあなた、悪いことしなさそうですから」と言った。
「そうかねえ」と言うと、俺はミヤギのそばに行き、
彼女が線で画用紙を埋めていく様を眺めた。
なるほど、絵ってそうやって描くのか、と俺は感心していた。
「でも、そんなに上手くないな」と俺がからかうと、
「だから練習するんです」とミヤギは得意気に言った。
「今まで書いた奴、見せてくれ」と頼むと、
彼女はスケッチブックを閉じて鞄に入れ、
「さあ、そろそろ次に行きましょう」と俺を急かした。
111:
ある日、俺が目を覚まして部屋のすみを見ると、
そこにいつもの子の姿はなくて、代わりに、
見知らぬ男がかったるそうに座っていた。
「……いつもの子は?」と俺はたずねた。
「休日だよ」と男は答えた。「今日は、俺が代理だ」
そうか、監視員にも休日とかあるんだな。
「へえ」と俺は言い、あらためて男の姿を眺めた。
露天商とかにいそうな感じの、うさんくさい男だった。
すげえ遠慮のない感じで存在感を撒き散らしてたな。
112:
「お前の寿命、最安値だったらしいな?」
男は露骨に俺をからかうような調子で言う。
「すげえすげえ。そんなやついるんだな」
「すげえだろ? なり方を教えてやろうか?」
俺が淡々と返すと、男はちょっと驚いたような顔をした。
「……へえ、お前、結構余裕あるみたいだな?」
「いや、しっかり今ので傷ついてる。強がりさ」
男は俺の発言が気に入ったらしく、
「お前みたいな奴、嫌いじゃないよ」と笑った。
113:
監視員が男になったことによって、
俺はかなりリラックスできるようになった。
男はそんな俺の様子を見て、言う。
「女の子が傍にいると落ち着かねえだろ?
なんかキリっとしたくなるよな。分かるぜ」
「そうだな。あんたの傍は落ち着くよ。
あんたになら、どう思われようと構わないから」
俺は『ピーナッツ』を読みながらそう答えた。
ミヤギの前では恥ずかしくて読む気になれなかった本。
そう、実を言うと、俺はスヌーピーが大好きなんだ。
「そうだろうな。……ああそうだ、ところでお前、
結局、寿命を売った金は何に使ったんだ?」
そう言うと、男は一人でくっくっと笑った。
114:
「一枚ずつ配って歩いた」と俺は答えた。
「一枚ずつ?」と男はいぶかしげに言った。
「ああ。一万円を三十枚、三十人に一枚ずつ。
本当は人にあげるつもりだったが、考えが変わった」
すると男はタガが外れたように笑い出したんだ。
それから、俺にこんな質問をしてきたんだよ。
「なあ、お前――まさか、本当に自分の寿命が
三十万だって言われて信じちゃったのか?」
115:
「どういうことだ?」と俺は男に聞いた。
「どういうも何も、言葉そのままの意味だ。
本当に自分の寿命、三十万だと思ったのか?」
「そりゃ……最初は、安すぎると思ったが」
男は床を叩いて笑う。俺は不愉快になってきた。
「そうかそうか。俺からはちょっと何も言えないが、
まあ、今度あの子に会ったら、直接聞いてみな。
『俺の寿命、本当に三十万だったのか?』ってな」
118:
次の朝、アパートにやってきたミヤギに、
俺は男に言われた通りのことを訊ねてみた。
「もちろんですよ」と彼女は答えた。
「残念ですが、あなたの価値、そんなものなんですよ」
「ふうん」と俺が小馬鹿にしたような態度で言うと、
ミヤギは俺が何かに気付いていることを察したらしく、
「代理の人に、何か言われたんですか?」と俺に聞いた。
「俺はただ、もう一回確認してみろって言われただけさ」
「……そんなこと言っても、三十万は三十万ですよ」
あくまでしらを切り通すつもりらしいんだな。
130:
「最初は、あんたがネコババしてると思ったんだ」
ミヤギは、ちょっとだけ目を見開いてこちらを見た。
「俺の本来の値段は三千万とか三億なのに、
あんたがこっそり横領したんだと思ってた。
……でも、どうしても信じられなかったんだよな。
何か俺は根本的な勘違いをしてるんじゃないか、と思った。
それで一晩考え続けて、ふと気づいたんだ。
――そもそも俺は、前提から間違ってたんだな。
どうして寿命一年につき一万円という値段が、
最低買取価格だなんて信じてたんだろう?
どうして人の一生が本来数千万や数億で売れて
当たり前だなんて信じてたんだろう?
多分よけいな前知識がありすぎたんだな。
自分の勝手な常識に物事を当てはめ過ぎた。
俺はもっと、柔軟に考えるべきだったんだ」
俺は一呼吸おいて、それから言った。
「なあ、どうして見ず知らずの俺に、
あんたが三十万も出す気になったんだ?」
141:
ミヤギは俺の言葉の意味を分かっているみたいだったが、
「何を言ってるのかさっぱりわかりませんね」と言って、
いつものように部屋のすみに腰を下ろした。
俺はミヤギが座っている位置の
対角線上にある部屋のすみに移動して、
彼女と同じように三角座りをした。
ミヤギはそれを見て、ちょっとだけ微笑んだ。
「あんたがしらんぷりするなら、それでもいい。
でも一応言わせてもらうよ。ありがとう」
俺がそう言うと、ミヤギは首をふった。
「いいんですよ。こんな仕事ずっと続けてたら、
どうせ借金を返し終わる前に死んじゃうんです。
仮に払い終えて自由の身になったとしても、
楽しい人生が約束されてるわけでもないし。
だったらまだ、そういうことに使った方がいいんです」
146:
「実際のとこ、俺の価値っていくらだったんだ?」
ミヤギは「……三十円です」と小声で言った。
「電話三分程度の価値か」と俺は笑った。
「悪かったな、あんたの三十万、あんな形で使っちまって」
「そうですよ。もっと自分のために使って欲しかったです」
怒ったような言い方をしつつも、ミヤギの声は優しげだった。
「……でも、気持ちはすごくよくわかるんですよ。
私があなたに三十万円与えたのも、似たような理由からですから。
さみしくて、かなしくて、むなしくて、自棄になったんですよ。
それで、極端な利他行為に走ったりしたんです」
150:
「でも、落ち込むことなんてありませんよ。少なくとも私にとって、
今のあなたは三千万とか三億の価値がある人間なんです」
「変な慰めはよしてくれよ」と俺は苦笑いした。
「本当ですよ」とミヤギは真顔で言う。
「あんまり優しくされると、逆に惨めになるんだ。
あんたが優しいことは十分に知ってる。だから、もういい」
「うるさいですね、だまって慰められてくださいよ」
「……そんな風に言われたのは初めてだな」
「というか、これは慰めでも優しさでもないんです。
私が言いたいことを勝手に言ってるだけですよ」
157:
「……あなたにとっては、何でもないことでしょうけどね」
そう言うと、ミヤギはちょっと恥ずかしそうにうつむく。
「私、あなたが話しかけてくれることが、嬉しかったんですよ。
人前でも構わずに話しかけてくれることが、すごく嬉しかったんです。
私、ずっと透明人間だったから。無視されるのが、仕事だったから。
普通の店でお話しながら食事したり、一緒にショッピングしたり、
そんな些細なことが、私にとっては夢みたいでした。
場所も状況も選ばず、どんな時も一貫して私のことを
“いる”ものとして扱ってくれた人、あなたが初めてだったんですよ」
「あんなことでよけりゃ、いつでもやってやるよ」
そう俺が茶化すと、ミヤギはいじらしい笑顔を浮かべた。
「そうでしょうね。だから、好きなんです。あなたのこと」
いなくなる人のこと、好きになっても、仕方ないんですけどね。
そう言って、彼女はさみしそうに笑った。
158:
俺はしばらく口がきけなかったな。
ほとんど処理落ちしたみたいになっちまって。
気を抜いたらぼろぼろ泣いちまいそうだったな。
おいおい、このタイミングでそれは卑怯だろ、って。
この時、無意味で短い俺の余生に、ようやくひとつの目標ができる。
ミヤギの一言は、俺の中にすさまじい変革をもたらしたんだ。
俺は、どうにかして、ミヤギの借金を全部返してやりたいと思った。
一生が百円に満たないこの俺が、だ。
身の程知らずにもほどがあるよな。
235:
生活は一気に変わった。
俺は自分に言い聞かせた。考えろ、考えろ、考えろ。
どうすれば残り数ヶ月で彼女の借金を返せる?
どうすれば彼女が安全に暮らしていけるようになる?
こういうときに宝くじを買ったり賭け事をしても
うまくいかないってことは分かっていた。
いつだって、賭け事は金があまってるやつが勝つし、
宝くじは変化を望んでないやつが当たるんだよ。
俺はかつてのミヤギのアドバイスに従い、
ひたすら街を歩きながら考えたんだ。
次の日も、その次の日も、その次の日も。
どこかに、自分にぴったりな答えが転がってると期待して。
その間、口にはほとんど物を入れなかったな。
空腹がある一定のラインを越えると、
頭が冴え渡ることが分かったからだ。
237:
ミヤギはそんな俺のことを心配してか、
「ねえ、自販機めぐりに戻りましょうよ」と何度も言った。
「私も自販機見るの好きになっちゃったんです。
あなたの背中にしがみついてるのも、好きだし」
それでも俺は歩き続け、考え続けた。
視野はどんどん狭まって、思考も偏っていって、
とてもアイディアなんか思いつく状態じゃなかったな。
気が付くと、以前よく訪れていた古書店の前にいた。
俺は店長の爺さんの顔が恋しくなって、中に入った。
爺さんはいつも通り、野球中継を聞きながら本を読んでいた。
俺はこの数十日で起きた一連の出来事を彼に話したかったが、
そんなことしたら爺さんが罪悪感を覚えるかもしれないから、
結局あの店には行かなかったふりをすることにした。
238:
何気ない会話を、二十分くらい交わした。
会話は全然噛み合ってなかったんだが、
それでも俺は独特の安らぎを覚えたな。
去り際、俺はさりげなく爺さんに訊ねた。
「自分の価値を高めるには、どうすればいいと思います?」
爺さんはラジオのボリュームを落とした。
「そうさな。堅実にやる、しかねえんじゃないか。
それは俺には出来なかったことなんだけどな。
なんつうかな、結局、目の前にある『やれること』を、
一つ一つ堅実にこなしていくこと以上にうまいやり方はねえんだ。
――だが、それよりももっと大切なことがある。
それは『俺みたいな人間のアドバイスを信用しない』ってことだ。
成功したことがないくせに成功について語っちまうようなやつは、
自分の負けを認めたがらないクズばっかりだからな」
239:
古書店を出た俺は、その流れで、
いつも通っていたCDショップに足を運んだ。
店員の兄ちゃんには、爺さんについたのと同じ嘘をついた。
しばらく最近聴いたCDの話をした後、俺はこう聞いた。
「限られた期間で何かを成し遂げるには、どうすればいいんでしょうね?」
「人を頼るしか、ないんじゃないっすかね」と彼は言った。
「だって、自分一人の力じゃ、どうにもならないんでしょう?
と来たら、他人の力を借りるしかないじゃないですか。
俺、個人の力ってのをそこまで信用してないんすよ」
240:
参考になるんだかならないんだか分からないアドバイスだったな。
外ではいつの間にか、夏特有の大雨が降ってた。
俺が店を出ようとすると、さっきの兄ちゃんが傘を貸してくれた。
「よく分かんないけど、何か成し遂げたいなら、
まず健康は欠かせませんからね」とか言ってさ。
俺は傘をさして、ミヤギと並んで帰った。
小さい傘だったから、お互い肩がびしょ濡れになった。
傍から見たら俺は、見当違いな位置に
傘をさしてる馬鹿に見えただろうな。
242:
「こういうの、好きだなあ」とミヤギが笑う。
「どういうのが好きなんだ?」と俺は聞きかえす。
「周りには滑稽に見えるかもしれないけど、
あなたが左肩を濡らしてることには、
すっごく温かい意味がある、ってことです」
「そうか」と俺ははにかみながら言った。
「恥知らずの、照れ屋さん」とミヤギは俺の肩をつついた。
すれ違う人たちが俺のことを不審そうに見ていた。
そこで、俺はあえてミヤギと話し続けてやった。
ここまでくると異常者扱いされるのが逆に楽しかったし、
何より、こうすることでミヤギは喜んでくれるから。
俺が滑稽になればなるほど、ミヤギは笑ってくれるから。
243:
商店の軒先で雨宿りしていると、知った顔に出会った。
同じ学部の、挨拶程度は交わす中の男だ。
そいつは俺の顔を見ると、怒ったような顔で近づいてきた。
「お前、最近いったいどこで何してたんだ?」
俺はミヤギの肩に手をおいて、言った。
「この子と遊び回ってたんだよ。ミヤギっていうんだ」
「笑えねえよ」と彼は不快そうな顔をして言った。
「あのな、クスノキ。前から思ってたが、お前病んでるんだよ。
人と会わないで自分の殻にこもってるから、そういうことになるんだ」
「あんたがそう思うのも、無理はないよな。
俺があんたの立場だったら同じ反応を示したと思う。
でも、確かにミヤギはここにいるんだよ。その上、かわいいんだ」
俺はそう言って一人で大笑いした。
彼はあきれた顔をして去っていったな。
244:
通り雨だったらしく、雨はすぐにやみ始めた。
空には、うすぼんやりと虹が浮かんでいたな。
「あの、さっきの……ありがとうございます」
ミヤギはそう言って俺に肩を寄せた。
“堅実に”、か。
俺は古書店の爺さんのアドバイスを思い出していた。
考えてみれば、俺にはできる事があるんだよな。
『借金を返す』って考えに縛られてたけどさ、
こうやって俺が周りに不審者扱いされることだけでも、
彼女はずいぶん救われるらしいじゃないか。
そうなんだよ。俺は彼女に、確実な幸せを与えられるんだ。
目の前にやれることがあるのに、どうしてそれをやらない?
245:
バスに乗って、俺たちは湖に向かった。
そこで俺がやらかしたことを聞いたら、
大半の人間は眉をひそめるだろうな。
周りには一人客に見えているのを承知で、
俺は「あひるボート」に乗ってやったんだ。
係員の男が「一人で?」という顔をしたので、
俺は彼には見えていないミヤギに向かって、
「さあ、行こうぜ」とか声をかけてやった。
係員、半分怯えたような目をしてたな。
ミヤギはおかしくてしかたがないらしく、
ボートに乗っている間もずっと笑っていた。
「だって、成人男性一人であひるボートですよ?」
「なんか、一つの壁を越えた気がするね」と俺は言った。
246:
一人あひるボートの後も俺は、
一人観覧車、一人メリーゴーランド、一人水族館、
一人シーソー、一人プール、一人居酒屋、
とにかく一人でやるのが恥ずかしいことは大体やったな。
どれをやるにしても、俺は積極的にミヤギに話しかけた。
頻繁に彼女の名前を呼び、手をつないで歩いた。
段々と、俺は不名誉な感じの有名人になっていった。
俺の顔見るだけで指差して笑う人も、かなりいたな。
ただ、幸運なことに、俺はいつでも幸せそうな顔をしてたから、
俺を見て逆に楽しい気分になる人もそこそこいたらしいんだ。
248:
そして、俺の行為をパフォーマンスだと思い込む人も増え始めたんだな。
俺のこと、腕の立つパントマイマーだと褒めちぎるやつもいた。
逆に、「ミヤギさんは元気?」とかたずねてくる人も現れ始めてさ。
そう、徐々にだが、ミヤギの存在は受け入れられ始めたんだよ。
もちろん皆、透明人間の存在を本気で信じたわけじゃなくて、
なんつーか、俺のたわごとを、共通の”お約束”として扱い、
俺に話を合わせてくれるようになった、って感じ。
俺は「可哀想で面白い人」扱いを受けるようになったんだ。
この夏、俺はこの街で、一番のピエロだったんじゃねーかな。
良くも、悪くも。
249:
そうそう、居酒屋で一人乾杯をしてたとき、
俺は隣の席の男に声を掛けられたんだ。
「あのときの人ですよね?」とか言われた。
こっちは向こうに見覚えがなかったんだが、
そのいかにも音大生って感じの男は、どうやら、
あの日俺が一万円を配ったうちの一人らしかった。
「最近、あなたの噂をよく聞きますよ。
まるで隣に恋人がいるかのようにふるまう、
一人で幸せそうにしている男の人の噂」
「そんなやつがいるんですねえ」と俺は言い、
「聞いたことある?」とミヤギにふった。
ミヤギは「知りませんねー」と言って笑った。
男はそんな俺の様子を見て、苦笑いする。
「……あの、僕には何となく分かるんですよ。
あなたの一連の行動には、深いわけがあるんでしょう?
よかったら、僕に話してくれませんか?」
250:
そんな風に聞いてくれた人は初めてだったな。
俺は彼の手を取って、深く礼を言った。
それから話したんだよ、今までのこと。
貧乏だったこと。寿命を売ったこと。監視員のこと。
親のこと。友人のこと。タイムカプセルのこと。
未来のこと。幼馴染のこと。自販機のこと。
そして、ミヤギのこと。
話の途中、俺はつい口を滑らせて、こんなことを言った。
「本人に直接言ったことはないんですけどね、俺、ミヤギのこと、
自分でもどうしたらいいのか分からないくらい、深く愛してるんですよ」
隣にいた本人は酒をこぼしそうになってたな。
だってその通り、俺が直接ミヤギに対して
「愛してる」なんて言ったことは一度もなかったから。
ミヤギの反応が面白くて、俺は笑い転げたな。
251:
「だからこそ、三十万を無駄に使ってしまったこと、
そして彼女を疑ってしまったことへの償いがしたいし、
何より、彼女の借金を少しでも減らしてやりたいんです。
あの子には、こんな危ないことを続けさせたくないんですよ」
でも、俺が真面目になればなるほど、世界はしらけるんだ。
男はうさんくさそうな顔をしてたね。
俺の話なんて、ちっとも信じちゃいなかったんだ。
多分こいつは、話でも聞いてやれば、
また俺が金をくれるとでも思ってたんだろうな。
252:
男が去り、俺が帰り支度を始めると、
今度は後ろに座っていたおっさんに声を掛けられた。
「すみません。盗み聞きする気はなかったんですけど、
さっきの話、つい最後まで聞かせてもらっちゃいました」
安物のスーツを着たおっさんは、頭をかきながらそう言った。
「……で、率直に、どう思いました?」と俺は聞いた。
「その子、きっと、そこにいるんでしょう?」
おっさんはミヤギのいるあたりを見ながら言った。
「おお、よく分かりますね。そうなんですよ、かわいいんです」
俺はそう言ってミヤギの頭を撫でた。
ミヤギはくすぐったそうに目をつむっていた。
「やっぱりそうですよね。……あの、申しわけないんせんが、
少々お二人の時間をいただいてもよろしいでしょうか?」
“お二人”の箇所を強調して、おっさんは言った。
253:
おっさんは言う。
「自分語りになってしまいそうですから手短に済ませますが、
クスノキさん、私もあなたと似たような経験があります。
ちょうど私があなたくらいの歳だった頃、三歳上の兄が、
まさにミヤギさんがあなたにそうしてくれたような方法で、
どん底にいた私のことを救ってくれたんです。
やはり、私もあなたと同じように、決意しました。
どうにかして兄に恩返ししてやろう、ってね。
でも、それには時間が足りなかったんです。
兄は消えました。私は何もできないままでした」
そこまで言うと、おっさんはグラスの残りを飲み干した。
「もし私が、当時の自分に何かアドバイスをするとしたら。
私は、”限界まで耳を澄ませ”と言うと思います。
そう、限界まで耳を澄ますんですよ。限界までね。
――そして、あなたはまだ間に合うところにいるんです。
ぎりぎりですけど、まだきっと間に合うはずなんです」
254:
おっさんがいなくなった後も、俺はその言葉について考えた。
「限界まで耳を澄ます」。そりゃ、一体どういうことだろう?
本当にただ耳を澄ませってことなんだろうか?
あるいは、深い意味のある有名な格言なんだろうか?
それとも、特に意味はなく、口から出任せに言ったんだろうか?
アパートに着くと、俺はミヤギと一緒にベッドに潜った。
「あの男の人、いい人でしたね」と言って、ミヤギは眠った。
すうすう寝息を立てて、子供みたいに安らかな顔で。
それは何回見ても、慣れないし、飽きないんだ。
俺はミヤギを起こさないようにベッドから降り、
台所でコップ三杯の水を飲んだ後、
部屋のすみに落ちていたスケッチブックを手に取り、
ミヤギが起きていないのを確認すると、そっと開いた。
255:
スケッチブックの中には、色んなものが描かれてたな。
俺の部屋にある電話や壊れたテレビや酒瓶、
レストランやカフェや駅やスーパーの風景、
あひるボートや遊園地や噴水や観覧車、
カブ、ポカリスエットの空き缶、スヌーピー。
で、俺の寝顔。
俺はスケッチブックを一枚めくり、
仕返しにミヤギの寝顔を描きはじめた。
しょっちゅうミヤギが絵を描くのを横で見ているうちに、
絵の描き方ってのが大体わかるようになってたんだな。
俺の頭からはすっかり色んなものが削ぎ落とされてたから、
「上手く描こう」とか「あの画家のアプローチを真似よう」とか、
そういうよけいなことは一切考えずに絵に集中できた。
完成した絵を見て、俺は満足感を覚えると同時に、
ほんのちょっぴりだけ、違和感を覚えた。
256:
その違和感を見逃すのは、簡単だった。
ちょっと他のことに考えを移せば、
すぐにでも消えてしまうような、小さな違和感だった。
でも、俺の頭の中にはあの言葉があったんだ。
『限界まで、耳を澄ますんですよ』。
俺は集中力を全開にした。
全神経を研ぎ澄まして、違和感の正体を探った。
そしてふと、理解したんだ。
次の瞬間には、俺は何かに憑りつかれたかのように、
一心不乱にスケッチブックの上で鉛筆を動かしていた。
それは一晩中続いた。
257:
俺はミヤギを連れて花火を見に行った。
近所の小学校の校庭が会場の花火大会で、
それなりに手の込んだ打ち上げ花火が見れた。
屋台もたくさん出ていて、思ったより本格的だったな。
俺がミヤギと手を繋いで歩いているのを見ると、
すれちがう子供たちが「クスノキさんだー」と楽しそうに笑った。
変人ってのは子供に人気があるんだよ。
お好み焼きの屋台の列に並んでいると、
俺のことを噂で聞いたことがあるらしい
高校生くらいの男たちが近づいてきて、
「恋人さん、素敵っすね」とからかうように言った。
「いいだろ? 渡さないぞ」と言って俺はミヤギの肩を抱いた。
なんか嬉しかったな。たとえ信じてないにせよ、
「ミヤギがそこにいる」っていう俺のたわごとを、
皆、楽しんでくれてるみたいだった。
会場からの帰り道も、俺たちはずっと手を繋いでた。
それが最後の日になると知っているのは、俺だけだった。
258:
日曜になった。ミヤギは二週に一度の休日だった。
「よう、ひさしぶり」と代理の監視員が言った。
本来なら、余命はあと三十三日だった。
明日になれば、ミヤギはまた俺のところにきてくれるはずだった。
だが俺は、再び、例のビルへ向かったんだ。。
そう、俺がミヤギと初めて顔を合わせた場所だ。
そこで俺は、残りの三十日分の寿命を売り払ったんだ。
査定結果をみて、監視員の男は驚いてたな。
「あんた、これが分かってて、ここに来たのか?」
「そうだよ」と俺は言った。「すげえだろ?」
査定を担当した三十台の女は、困惑した様子で俺に言った。
「……正直、おすすめしないわ。あなた、残りの三十三日間、
きちんとした画材やら何やらを用意して描き続けるだけで、
将来、美術の教科書にちらっと載ることになるのよ?」
259:
『世界一通俗的な絵』。
俺の絵は、後にそう呼ばれ、一大議論を巻き起こしながらも、
最終的には絶大な評価を得ることになるはずだったらしい。
もっとも、三十日を売り払った今、それも夢の話だ。
俺が描いたのは、五歳頃からずっと続けていたあの習慣、
寝る前にいつも頭に浮かべていた景色たちだった。
自分でも知らないうちに、俺はずっと積み重ねてきてたんだよ。
それを表現する方法を教えてくれたのは、他でもないミヤギだった。
女によると、俺が失われた三十日で描くはずだった絵は、
『デ・キリコを極限まで甘ったるくしたような絵』だったらしい。
美術的史なことにはほとんど興味がなかったが、
一か月分の寿命を売っただけで大金が入ったことは嬉しかったな。
ミヤギの借金を返しきるには至らなかったが、それでも、
彼女はあと五年も働けば、晴れて自由の身になるらしかった。
「三十年より価値のある三十日、か」と監視員の男が笑った。
でも、そういうもんだよな。
260:
残り、三日。最初の朝だった。
ここからは、監視員の目は一切ない。純粋に俺だけの時間だ。
ミヤギは今頃、どっかの誰かを監視してるんだろうか。
そいつがヤケになってミヤギを襲ったりしないことを、俺は祈った。
ミヤギが順調に働き続け、借金を返し終わった後、
俺のことを忘れちまうくらいに幸せな毎日を過ごせるよう、俺は祈った。
三日間を何に費やすかは、最初から決めていた。
俺はかつてミヤギと一緒にめぐった場所を、今度は一人でめぐった。
思いつきで、俺はミヤギがいるふりをしてみることにした。
手を差し出して、「ほら」と言って、空想上のミヤギと手をつないだ。
周りから見れば、いつも通りの光景だったろうな。
ああ、またクスノキの馬鹿が架空の恋人と歩いてるよ、みたいな。
でも、俺にとっては大違いだったんだ。
俺はそれを自分からやっておきながら、
まともに立っていられないほどの悲しみに襲われた。
264:
噴水の縁に座ってうなだれていると、
中学生くらいの男女に声をかけられた。
男の方が俺に無邪気に話しかける。
「クスノキさん、今日はミヤギさん元気?」
「ミヤギはさ、もう、いないんだ」と俺は言う。
女の方が両手を口にあてて驚く。
「え、どうしたの? 喧嘩でもしたの?」
「そんな感じだな。お前たちは喧嘩するなよ」
二人は顔を見合わせ、同時に首をふる。
「いや、無理じゃないかな。だってさ、
クスノキさんとミヤギさんですら喧嘩するんでしょ?
あんなに仲良しの二人でさえそうなるなら、
俺たちが喧嘩しないわけがないじゃん」
265:
気付けば俺はぼろぼろ泣いていたな。
二人は、そんなみっともない俺をなぐさめてくれた。
で、驚いたことに、俺の想像している以上に
俺のことを知ってるやつは多いらしくてさ。
“またクスノキが新しいことやってるぞ”って感じで、
徐々に俺の周りには人が集まってきたんだ。
俺はミヤギとは喧嘩別れしたってことにしといた。
向こうが俺を見限って、捨てたってことにしたんだよ。
「ミヤギはクスノキの何が気に入らなかったんだろう?」
女子大生っぽい眼鏡の子が、怒ったように言う。
まるで本当にミヤギが存在したかのような口ぶりでさ。
「こんな良い人をおいて消えるなんて、
そのミヤギってやつは、本当ろくでもない女だな」
若いピアスの男はそう言って、俺の背中を叩いてくれた。
俺は何か言おうとして顔を上げて、
でもやっぱり言葉につまって、
――そのとき、背後から声がしたんだな。
「そうですよ、こんな良い人なのにねえ」って。
267:
その声に、俺は聞き覚えがあったんだよ。
一日や二日で忘れられるもんじゃない。
俺にその声を忘れさせたかったら、三百年は必要だね。
声のした方を向く。
俺は確信していたんだ。
聞き間違えるはずはなかった。
でも実際に見るまでは、信じられなかった。
「そのミヤギって人は、ろくでもない女ですね」
ミヤギはそう言うと、自分でくすくす笑った。
269:
「……すごいですよね、たった三十日で、
私の人生の大半を買い戻しちゃったんですから」
隣に座ったミヤギは、俺によりかかりながらそう言った。
周りの人間はあぜんとした顔でミヤギを見てたね。
そりゃまあ、実在してるとは思わなかっただろうなあ。
「あんた、もしかしてミヤギさん?」と一人の男が訊ねて、
「そうです。ろくでもないミヤギです」と彼女が答えると、
俺の手を取って「良かったな!」と祝ってくれた。
だが、当の俺はまだ事情を飲み込めずにいた。
なんでミヤギがここにいるんだ?
どうして周りの人の目にミヤギが映ってるんだ?
270:
ミヤギは俺の手を握り、説明してくれた。
「つまり、私もあなたと同じことをしたんですよ」
俺が寿命を三日だけ残して売った直後、
あの代理監視員の男が、彼女に連絡したらしい。
『クスノキとかいう男、自分の寿命をさらに削って、
お前の借金をほとんど返しちまったぜ』、ってさ。
それを聞いたミヤギは、すぐに決断したそうだ。
「三日残して、あとは全部売っちゃいました」とミヤギは言った。
「おかげで、借金を返しても、まだまだお金があまってます。
三日間だけじゃ、とっても使い切れないくらい」
273:
「さて、クスノキさん」
ミヤギは俺に微笑みかける。
「これから三日間、どう過ごしましょう?」
274:
多分、その三日間は、
俺が送るはずだった悲惨な三十年間よりも、
俺が送るはずだった有意義な三十日間よりも、
もっともっと、価値のあるものになるんだろう。
275:
おしまい。
279:
こうゆう終わりかたもいいな。ホント最高。また違う作品読みたい。ぜひ書いてくれ。
280:
面白かった。
ミヤギの寿命の価値ってどれくらいだったんだろうか?
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