絵里「3月9日」back

絵里「3月9日」


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1:
「続きまして、卒業生答辞」
はきはきとした声が講堂に響く。
負けないくらいはっきりと返事をして、立ち上がる。
背筋をピンと伸ばして一歩一歩確かめるようにゆっくりと歩く。
壇上に上がって講堂を見回してみると、見渡す限りの人、人、人。
生徒会長として何度も経験してきたことだけど、今日ばかりは心臓の音がうるさい。
普段の説明会や全校集会と違って、今日は来賓席も埋まっているので講堂は狭い。
ステージの真ん中にある机の前で深呼吸を一つ。
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2:
机の上のマイクをONにして、制服のポケットから答辞の言葉が書かれた紙を取り出す。
一字一字丁寧に書いてあるけれど、力が入り過ぎて所々文字が震えていた。
「本日は私たちのためにこのような盛大な式を開いていただき本当にありがとうございます。思えば・・・」
前日に何度も読みこんだ文章をゆっくりとした調子で読み進める。
水を打ったような静けさの中に私の声が溶け込んでいく。
反響して返ってくる自分の声を聞きながら裏返ったりつっかえたりしていないかチェックしているうちに最後の文を読み終える。
一礼をすると暖かい拍手が湧いた。
どうやらきちんと役割を果たすことが出来たらしい。
肩の荷が降りた思いで胸を撫で下ろす。
壇上へ上がる時よりいくらか軽い足取りで整然とした列の一つに戻る。
進行役の子の元気な声で、式は続いていく。
3:
気持ちが楽になった私はステージの上部に掛けられた垂れ幕に目をやった。
『国立音ノ木坂学院第○○回卒業証書授与式』
胸の中に色々な気持ちがこみ上げてきて、じっと座っていることに居心地の悪さのようなものを感じた。
4:
さっきまでとは打って変わって、講堂の中は凄い熱気に包まれていた。
煌びやかな衣装に身を包み、大音量の曲に合わせて踊って、歌う。カラフルなサイリウムと歓声とにそれが混ざり合い一つになる。
ライブはそれなりに経験してきたけど、今日のそれはこれから先絶対に忘れないものになったと思う。
全ての曲が終わり、舞台袖に引っ込んだ後でも歓声は鳴り止まなかった。
私の心の中は達成感で満たされていたけれど、卒業式の時に感じた妙な思いがどこかに引っかかっていた。
「え"り"ち"ゃ?ん!」
穂乃果がステージ衣装のまま抱きついてくる。涙で顔はくしゃくしゃになっていた。
全く・・・可愛い顔が台無しよ?
5:
「もう。今生の別れって訳じゃないんだから、そんなに泣かないの。少し距離が離れるだけなんだから、会おうと思えばいつだって会えるわ」
ぽんぽんと穂乃果の背中を叩く。
子供をあやす母親ってこんな気分なのかしら、なんて思ってしまいつい口元が緩んだ。
「でも、でもわたじ・・・もっどえりぢゃんたちとい"っしょに"・・・」
ますます穂乃果が泣いてしまう。
助けを求めて周りを見回すと、他のメンバーも似たような状況に陥っていた。
希は菩薩のような微笑みを浮かべて、声をあげて涙を流す凛と花陽を抱擁している。
にこは涙目の真姫とことりに抱きしめられていた。身長差のせいでサンドイッチされて顔が見えない。
海未は・・・
6:
「絵里・・・」
海未も、泣いていた。
「海未まで。もう、しっかりしなさい? あなたが毅然とした態度でいなきゃ誰がμ'sをまとめるの?」
きっと海未には色々な負担がかかるかもしれないけど、あなたしか出来ないと私は思う。お願いね、海未。
「はい・・・分かり、ました」
両手で顔を覆った海未を見て、私は空いている方の手で頭を撫でてあげた。
海未の髪は絹のようにサラサラとしていて、たまに羨ましく思っていたことを思い出す。
ついずっとこのままでいたいと夢想したが、今も絶えることなく響く歓声が私を現実に引き戻した。
「さぁ、いつまでも泣いてはいられないわ。まだこれで終わりじゃないわよ」
講堂全体を揺らすアンコールの声。
体の芯まで伝わる観客の思い。
やることは一つだった。
9:
「そうやね、これで本当の本当に最後なんや。ウチらにできること、全部ここに置いていこう」
希が凛と花陽の顔を交互に覗き込む。
二人とも目が赤く、どこかやりきれないような表情を浮かべていた。
「凛は・・・凛はもっと9人で歌いたいにゃ! ダンスだってまだまだ踊り足りないし、まだみんなでやりたいことがいっぱいいーっぱい残ってるにゃ! これで終わりなんて、そんなの、そんなの・・・やだよぉ"・・・」
「凛ちゃん・・・花陽も、ライブだけじゃなくてみんなでまた合宿とかしたいな。最初はたっぷり遊んで夜遅くまで話しこんで、でも次の日はちゃんと練習して・・・っ・・・あれ? これじゃあ今年の合宿と一緒になっちゃうね。えへへ」
再び二人の目からぽろぽろと涙がこぼれ落ちた。
まったく凛も花陽も泣き虫なんだから、あなたたちはこれから先輩になるんだから堂々と胸を張ってなきゃダメよ? 特に花陽はね。
「よしよし、二人とももう泣きやみ。そんな顔してちゃお客さんの前に立てないで? それとも、ウチが元気注入しようか?」
希の両手がいかがわしい形を作る。
それだけで凛と花陽はビシッと背筋を伸ばす。
まだ涙の後は残っているけど、二人とももう大丈夫そうだ。
・・・希、恐るべし。
10:
「だぁあぁ! あんた達いい加減離れなさいっての!」
ことりと真姫に挟まれたにこが顔を真っ赤にして叫んだ。
どうやら二人の胸に潰されて相当息苦しかったらしい。
「ぐすっ、にこちゃん・・・その衣装とっても似合ってるよ。ことりが今までに作った衣装の中で一番似合ってるよぉ!」
「娘の結婚式に出た父親みたいな台詞言うんじゃないわよ!」
にこが鋭いツッコミを入れる。
ことりは感極まって気が動転してしまってるみたい。
「はぁ・・・ほら、真姫ちゃんも。一回離れなさい」
真姫はにこに抱きついたままだった。
にこはゆっくりと真姫を引き離す。
「・・・」
真姫は何も言わずに静かに涙を流していた。
前に希が言ってたっけ。
『真姫ちゃんは絵里ちに似とるね』って。
最初に聞いた時はよく分からなかったけど、今ならその通りだなと思う。
この子も自分を表現することが下手なのよね。
「真姫、言いたいことがあったら全部言っちゃいなさい。こんな時まで心の内を明かさなかったら必ず後で後悔するわ」
「・・・エリー」
似た者どうしだから真姫の気持ちはよく分かる。
不器用な性格だから、自分をさらけ出すことが苦手だから。
そして、分かるからこそ私は真姫の背中を押してあげなくちゃいけない。
「大丈夫よ。みんなこんなに泣いてるんだもの、今更何を言ったって恥ずかしくも何ともないわ」
「・・・ふふっ、何よそれ」
真姫は小さく笑ってくれた。
11:
「私は、もっと曲を作りたいわ。この9人のための曲。誰か一人でも欠けたら成り立たない、そんな曲を・・・いや、それだけじゃないわね。作曲者としてじゃなくて」
一呼吸置いて真姫は言った。
「無理だって分かってても、西木野真姫として。にこちゃん達ともっと一緒にいたい」
にこの顔が少しゆがんだようにように見えた。
でも私もそうだったろうから本当はどうなのか分からない。
にこは一度顔を下に向けて、次に顔を上げた時にはいつも通りだった。
「無茶言うんじゃないわよ、にこたちに留年でもしろっての? アイドルとしての経歴に傷がついちゃうじゃない」
「にこちゃん・・・お願い!」
「しないわよ!」
「・・・ふふっ、でもにこちゃんよく卒業できたわね。テスト勉強の時散々希にわしわしされてたのに」
「あんたらねぇぇぇ!」
真姫は、自分の気持ちをはっきり伝えたことですっきりしたようだった。泣いてはいるけれど、表情は晴れやかだった。
ことりも落ちついてきたのだろう。いつも通りのほんわかとした笑顔が戻ってきていた。
あとは・・・
12:
「・・・」
「さ、顔を上げなさい穂乃果」
ずっと私にくっついたままの我らがセンター。
まっすぐ進みだしたら全然止められないのに、一度止まってしまうと全然動かなくなってしまう。
本当に両極端なのよね、この子は。
「穂乃果、μ'sのリーダーはあなたの他には誰にも務まらないわ。あなたはみんなのエンジン。あなたが進めばみんなも走り出せる。でもいなかったら一歩も進めないわ」
「・・・でも、このライブが終わっちゃったら全部終わっちゃうんだよ? 絵里ちゃん、にこちゃん、希ちゃんと一緒にやってきたことが、全部」
穂乃果は項垂れて顔を上げてくれない。私は穂乃果の肩に手を置いて、はっきりと言った。
「穂乃果、それは違うわ。確かに私たちは卒業する。一緒にはいられなくなるわ。でもね」
無意識に言葉に熱がこもる。
「私たちが一緒にやってきたことが終わるなんてそんなことは絶対にないわ。一緒に覚えた曲やダンスのステップ、それらはきっと色々な思い出と共に穂乃果達の中に残り続けるはずよ」
そうだ、忘れることなんて出来ない。
みんなと過ごした毎日はこれから先、何年経っても思い出せる。
「だから『終わる』じゃないの。私は『変わる』んだと思うの」
「変わる?」
やっと穂乃果が顔を上げてくれた。
13:
「そう、変わる。どんなに時間が経っても形を変えて残り続ける。このライブは終わりじゃなくて新しいスタートなのよ。変わることを恐れないで突き進む勇気、あなたが私に教えてくれたことじゃない」
「絵里ちゃん・・・」
穂乃果が私に教えてくれたこと、それを今度は私が穂乃果に。
これもつまりそういうことなんじゃないかしら。
「絵里ちが言うとおりやね。ウチの中にもちゃんと残っとるよ。穂乃果ちゃん達がくれた物がいーっぱい。これからは他の人にそれを分けてあげないといかんね。昔から貰った物を独り占めしたら罰が当たるって言うやん?」
「希ちゃん・・・」
「そうよ。だいたいにこ達はアイドルなのよ? 今すべきことは泣くことなんかじゃないわ。この大歓声に最高の笑顔と全力のパフォーマンスで応えることよ。そうすればまた何かが残るんじゃない?」
「にこちゃん・・・」
希とにこが微笑を浮かべる。
他のメンバーも涙の跡は残っていても笑顔に戻っていた。
14:
「みんな・・・」
「穂乃果、辛いのはみんな一緒です。絵里たちはいつも私たちを支えてくれていました。それが無くなってしまうことの怖さは計り知れません。
でも、支えてくれたからこそ私達はその恩返しをしなくてはなりません」
「そうだよ、穂乃果ちゃん。そのために私達ができることって最後まで全力でやることしかないと思う。それで、三年生みんなを気持ちよく送り出そうよ!」
海未、ことり。
穂乃果が二人の手を引っ張って走りだし、迷った時には二人が穂乃果の背中を押す。
この三人ならμ'sのことを安心して任せられる。
私達がいなくても、どんな困難も乗り越えていける。
「そうにゃ! にこちゃん達が卒業を取り消したくなるくらいに最後を飾って、終わったらみんなでパーティーするにゃ!」
「わぁ・・・凛ちゃんそれとっても素敵! それなら花陽は特製のおにぎりをいっぱい作っておくね!」
「いいわね、場所はやっぱり部室がいいかしら。私がとびっきり豪華に飾り付けしてあげるわ」
凛も、花陽も、真姫も。
それぞれに違った個性を持ってて。
だからこそμ'sってグループは人を惹きつけるのかもしれない。
いつまでもありのままのあなた達でいてね。
15:
「さて、それじゃあ改めていつものやつやってから行きましょうか、穂乃果?」
「え?」
ぽかんとした顔でクエスチョンマークを浮かべる穂乃果。
「ふふっ、いっつもやってるのに忘れちゃったん? 穂乃果ちゃんが最初って決まっとるやん」
「そうよ。まぁあんたがやらないなら・・・μ'sでいっちばんかわいい! このにこにーが代わりにやってあげてもいいにこ!」
「にこっち?」
「じょ、冗談よ! だからその手やめなさーい!」
「・・・ふふっ」
穂乃果が笑みをこぼした。
これで準備は整ったみたいね。
「・・・うん、分かったよ絵里ちゃん。先のことなんて今はもう考えない。絵里ちゃん達と今を全力で楽しむよ」
「・・・それでこそ私の知ってる穂乃果だわ。それじゃ、みんな集まって」
9人が円を作って、右手のVサインを繋ぎ合わせる。
そして・・・
「よーし、みんな! いっくよー!」
16:
いち!
に!
さん!
よん!
ご!
ろく!
なな!
はち!
きゅう!
17:
μ's! music start!
18:
時間って本当に不思議。
同じ一分でもその瞬間をどんな風に過ごしていたかで進むスピードが全く違う。
普段はゆったりと流れているように思えるのに、胸が躍るような体験をすれば時計の針は度をめる。
ずっとこうしていたいと思える瞬間もあっという間に過去へと追いやられてしまう。
19:
こうしてぼぅっと空を眺めていると、時間が止まってしまったように錯覚する。
のんびりと流れる雲を見つけて、そんなことはないと確認する。
春の陽気を思わせる暖かい風が頬を撫でる。
屋上の柵に寄りかかって五感に身を任せていると、空っぽになった頭の中に色々な思い出が流れ込んでくる。
高校生活の三年間。
特に最後の一年は私の中で大きな宝物になると思う。
学校が廃校になると知って、生徒会長としてそれを阻止しようとしたり。
同じ目的でスクールアイドルを始めた子に協力したり。
最初は素直になれなかったっけ。
でも希が伝えることのできなかった思いを穂乃果達に届けてくれて……。
20:
思い返せば希にはずいぶん助けてもらったなぁ……。
不器用な私を陰から見守って、いつもいつもフォローしてくれたっけ。
察しが良くて時々本当に心の中を読まれてるんじゃないかって、恐ろしくなったこともあったなぁ……。
希との思い出を反芻していると、屋上の扉がキィッと開いた。
やって来たのは正に希その人。
「絵里ち、教室にいないから何処かと思えばこんな所におったんやね。……どうしたん?」
私を見て希は首を傾げる。
どうやら私は笑ってしまっていたみたい。
「ふふっ、何でもないわ。希のこと考えてたらちょうど本人が来たから、何だかおかしくなっちゃって」
希の前だと私は少し素直になれる気がする。
希が醸し出す不思議な雰囲気はそんな効果があるのかもしれない。
21:
「おっ、絵里ちがウチのことを? いやーん、ウチら女の子同士やでー♪」
「ちょ、何を考えてると思ったのよ!? そんな変なことじゃなくてねぇ……!」
「あはは、冗談やって」
全くもう! 希にはからかわれてばかりだわ。
「そうじゃなくて……希には助けられてばっかりだったなって思ったの。だから…すごく感謝してるわ、ありがとう」
軽く頭を下げる。
いつもお世話になっていたけど、お礼を言えたのは今日が初めてかもしれない。
希は不意を突かれたように目を丸くした後、優しく微笑んだ。
「…ふふっ、どういたしまして」
希も軽く頭を下げて、お互いに笑いあった。
22:
それほど付き合いが長い訳じゃないのに、希とはもう何年も友達をやってきた気がする。
それだけウマが合っていたということかしら。
希が私の隣に来て、同じように柵にもたれかかった。
お互いに話しだすタイミングを計るように視線を辺りに泳がせてから話しだす。
「……ここにも随分お世話になったよね、ウチら」
「そうね、練習場所でもあるし、ライブ会場になったこともあったわね」
屋上の床に目を凝らすと、所々に表面の部分が擦れて色が落ちている箇所がある。
ダンスのステップ練習の際についたものだろう。
その一つ一つを見ると、脳裏に今までの練習の日々が思い起こされる。
23:
最初はついて来れないだろうと思っていたけど、みんな根性でついて来て……
気がつけば私のメニューも余裕を持って
こなせるようになっていたっけ。
もともと海未の練習メニューが厳しいものだったから、基礎体力はついていたのかもしれないわね。
「……そういえば、希は何で私を探してたの?」
希の隣で静かに物思いに耽るのも心地良かったけれど、気になっていたことを聞いてみる。
「ん、さっき穂乃果ちゃんから言伝を頼まれてな。絵里ちとにこっちに『講堂に集合するように伝えて!』 って」
「講堂に集合? さっきライブが終わったばかりじゃない。それなら解散する前に言ってくれればよかったのに」
卒業ライブが終わってからまだ1時間も経っていない。
ほんの数十分前に解散したばかりなのに。
「んー、ウチもよく分からんけど準備とかしてたんやない? ほら、サプライズ! とかあるかもしれんよ?」
「サプライズ、ねぇ。……ってそれは思っても言っちゃ駄目じゃない希」
先にその心構えが出来ていてしまったら驚くにも驚けなくなってしまう。
「あはは、それもそうやね。まぁとりあえずにこっち探そ。何やるのかは見てみんことには分からんし」
「あなたねぇ……。はぁ、まあいいわ。にこなら教室にいなかったならあとは部室しかないでしょ。合流して講堂にむかいましょ」
「ふふっ、了解」
屋上の扉をゆっくりと開けた。
同時に、今日という日はまだまだ短くなりそうな予感が胸をよぎった。
24:
案の定、にこは部室にいた。
部室にある一番奥の椅子に腰掛けて何か考え事をしていたようだ。
私たちが来たときの反応がいつもより鈍かった。
「……希、絵里。部室に何か用事?」
「やっほー、にこっち。穂乃果ちゃんが講堂に集合やって」
「解散したばっかじゃないの……」
私と同じリアクションをとるにこ。
でもやっぱり、どこか上の空だ。
「にこは部室で何してたの?」
「あーっ、と。あれよ。私物の整理よ。ほら、けっこうにこが持ち込んだ物多いじゃない、この部室」
言われてみればその通り。
棚にはアイドル関係の雑誌やDVDにグッズ。壁にはA-RISEのポスターが飾られている。よくこれだけ集めたものだと感心する。
多分私が知らないだけで他にも色々と置いてあるんだろう。
秋葉のカリスマメイド、ミナリンスキー……もとい、ことりのサイン入り色紙もある(本人は片付けたがっていた)。
「整理ってゆうても、ほとんどそのまま置きっ放しやん。でんでんでんとか持って帰らんでええの? にこっち、大事にしとったんやろ?」
「いいのよ、家にまだあるし。それにそれは保存用だから、花陽がいれば厳重に保管してくれるだろうし。ま、餞別みたいなもんよ」
でんでんでん、か。
前に気になって聞いてみたことがあったっけ。
そしたら花陽が凄い勢いで語りだして、それに驚いて内容が全然頭に入らなかった。
……あんなに熱い花陽を見たのは初めてだったわ。
「ふーん、餞別かぁ。……持って帰るのがめんどくさいだけやない?」
「ギクッ、そ、そんなことないわよー」
……バレバレよ、にこ。
「でも私物の整理はウチらはしといた方がいいかもしれんね。忘れ物が見つかるかもしれんし」
「そうね……と言っても私は特にない気がするわね」
あまり部室に私物を持ち込んだ覚えはない。
一応ざっと棚の中を見回してみると、ラーメン特集が組まれたグルメ雑誌、服飾についての教本、誰が置いていったのか分からない数学の教科書が目に入る。
どれも私の物ではない。
25:
「やっぱり私は無さそうね。希はどう?」
「ウチも無いかなぁ。タロットカードは常に持ち歩いとるし、あんまり部室に物は置かないから」
……部室に物は置かないことは当たり前だけど、タロットカードを肌身離さず持っているのはどうなのだろう?
……ん? 当たり前?
「あっ、そういえば……」
私は隣接したもう片方の部屋へ入って、個人用のロッカーを開けた。
中には少しくたびれた練習用のシューズが置いてあった。
危ない、危ない。
ここに入れておくのが習慣になっていたから持って帰るのを忘れる所だったわ。
「絵里ちはたまーにうっかり屋さんやね」
「きゃっ!」
思わず素っ頓狂な声を上げてしまう。
いつの間にか希が後ろからロッカーの中を覗き込んでいた。
「もう! 希!」
これで通算何回目だろう、希にからかわれるのは。
「ごめんごめん。……それ、やっぱり持っていくんやね」
希がシューズを指差した。
「ええ、履き慣れたシューズの方が良いだろうし。穴が空いたりしない限りは使い続けるつもり」
何よりこのシューズには愛着が湧いている。
傷や汚れの一つ一つに、みんなとの思い出が詰まっている大事な物だ。
「バレエを学びにロシアの大学に、ね。絵里も思い切ったことするわよね。いつから考えてたの?」
にこもこっちの部屋に移動してきた。
26:
「ラブライブの決勝進出が決まった頃かしら。勝っても負けても次で最後……そう思ったら考え出したのよ、スクールアイドルの他に私がやりたいことは何かって。そうしたら自然とね」
心の何処かに後悔があったとは思わない。
あの時の私は全力を出し切った。
結果がどうであろうと関係はない。
でも……もう一度やってみたいと思ったから。
「でも何でロシアまで? 有名な国っていうのは分かるけど、日本でもやれんことはないんやない?」
「おばあs……祖母に相談してみたのよ。そうしたら幼少の頃のコーチに連絡を取ってくれてね、こっちでやってみないかって」
ロシアに住んでいたとはいえ、勉強はなかなか大変だった。
でも、やりたいことのためだと思うと辛くはなかった。
「それにしても、にこがそれを言うの? プロのアイドルを目指すのも充分大胆なことだと思うけど」
まず間違いなく希少な進路と言えるだろう。
27:
「ふふん、にこにアイドル以外の道なんて必要ないわ! すぐにデビューして大ブレイク、日本、いや世界中の挨拶を『にっこにっこにー』にしてやるにこ!」
いつものポーズをとるにこ。
それを見て私は世界中の人々がにっこにっこにーしている姿を想像してみた。
……ハラショー、でもちょっと見てみたいかも。
ともかくにこならまっすぐに自分の道を進んでいくだろう。
次に会う時は芸能人かしら?
「ま、ラブライブに出場したグループの元メンバーってことで最初のうちは色眼鏡で見られるかもしれないけど、にこの実力を見せつけて考え方を改めさせてやるわ!」
「にこっちならきっと大丈夫やね。ウチもすぐにそうなるよう、希パワーを込めて毎日お祈りするで」
どこからともなく数珠を取り出して手を合わせる希。
28:
「本職の巫女さんのお祈りだもんね。とってもご利益がありそうだわ」
「希も希でびっくりよ。まさかお手伝い先の巫女さんにそのままなるなんて。ある意味にこ達より思い切ったわよね」
希ほど巫女さん姿が似合う人もそうはいないと思っていたけど、まさか本当になっちゃうなんてね。
「神社はスピリチュアルスポットやからね。ウチの気と共鳴して引かれあったんかもしれんね」
「……時々希の言うことが冗談なのかどうか分からなくなるわ」
「同感よ、にこ」
お陰で私はよくおちょくられたわ。
「ふふっ、μ'sのみんなのことも毎日お祈りしとかんとね。学校の廃校がひとまずなくなってもこれから先のことは分からん訳やし」
31:
「そうね、でもあの子達になら安心して任せられるわ」
「ま、にこ達の後輩だもの。何の心配もいらないわよ」
そうやね、と希が相槌を打つ。
そこで何となく話題が途切れ、少しの静寂が訪れる。
気まずさとかは全くなくてただただ心地よい沈黙。
気心の知れた人の間でしか流れない時間だ。
「……にこは」
にこがぽつりと言った。
「先輩らしくいられたかな……」
32:
「にこっち?」
「……廃校を阻止できて、ラブライブにも出場して、もうやり残したことなんて何もないわよね?」
「それは……そうね、部としてこれ以上ないくらいに成功したし、私たちも充分に楽しんだと思うわ」
本心からそう思う。
「……でもね、やっぱり心残りというか気に掛かっているのよ」
にこは真剣な眼差しで前を見据えた。
「にこは、先輩らしくいられた?」
にこのまっすぐな言葉が私の胸を突いた。
33:
「絵里がライブの時に言ってたじゃない。これで終わる訳じゃない、形を変えて何かが残るはずだって。
その後考えてたのよ、にこはあの子達の先輩として何かしてあげることができたのかなって。
今までずっとスクールアイドルとして楽しくやってきたけど、それが終わって気づいたのよ。にこは……そのきっかけを作ってくれたあの子達に、一人で何も出来ずにいたにこに手を差し伸べてくれたあの子達に……何か恩返しすることができたのかなって」
にこの言葉で私は自分が感じていた違和感のようなものの正体が分かりかけてきていた。
卒業式の時も卒業ライブの時も感じたあの感覚。
私は、私たちは……。
「その答えは」
希の言葉が私の思考を遮った。
「講堂に行ってみれば分かるんとちがう? 穂乃果ちゃん達の姿を見れば、きっと何か分かると思うんよ」
希の言葉は確信に満ちていた。
私とにこは顔を見合わせて頷いた。
きちんと後輩達に何かを残すことができたのか?
穂乃果達に教えてもらわなくちゃならない。
そして、それを知ることができるまで私は……。
34:
講堂の中は不気味なくらいに静かだ。
きっとさっきまでと比べてあまりに静かで、あまりに広く感じるから不気味に思えるのだと思う。
ここで本当にライブをしたのか疑ってしまうくらいに、講堂の中が別の世界のように思えた。
席には誰も座っていない。
人がいるのはステージの上、たったの6人だ。
そして多分準備の時間はこれを用意していたのだろう、ピアノが一台、ステージの中央に置かれていた。
椅子に座っているのはもちろん真姫だ。
照明の明かりが一人一人の顔を照らして、みんなの表情がよく見える。
涙の跡はもう消えていて、いつも通りの笑顔だった。
みんなの中心に立っている穂乃果がオホン、と咳払いをした。
35:
「絵里ちゃん、にこちゃん、希ちゃん! あらためて卒業おめでとう!」
威勢のいい声ががらんとした講堂に響き渡る。
私はファーストライブの時の光景を思い出していた。
あの頃はまだ三人しかいなかったわね。
「今日で三人は卒業して新しいスタートを切るんだよね……。まだ少し寂しいって気持ちが残ってるけど、最後に私たちからプレゼントがあります!」
「本当は後日に改めて披露する予定だったのですが、ライブが終わった後に穂乃果が今日やってしまおう、と」
「内緒でこっそり練習してたんだよー、きっと気に入ってくれると思うな♪」
「うん、花陽もすごくいい曲だと思う。だから一生懸命歌うね。三人が泣いちゃうくらいに!」
「そうにゃ! ライブの時も凛たちだけ泣いて不公平だったから、思いっきり泣いてもらうよ!」
「何よそれ……。ふふっ、ま、三年生組はなかなか本心を見せないから今日ぐらいはいいんじゃない?」
今では比べ物にならないくらいに成長したのよね、μ'sというグループも、そのメンバーも。
36:
「そう! 絵里ちゃん達、卒業式の時も卒業ライブの時も、何だか我慢してるみたいに見えたんだ。強がってるみたいに」
穂乃果の声が再び響く。
「でももう卒業式も卒業ライブも終わったよね。だから今は生徒会副会長でも、アイドル研究部部長でも、生徒会長でもない! それから、先輩も禁止!」
いつだか私が言った言葉じゃない、まったく。
「一人のお客さんとして、私たちの歌を聞いて下さい! 『愛してるばんざーい!』
穂乃果が真姫の方に目をやる。
真姫のピアノがリズムをとって6人の歌声がそれに重なり合う。
講堂は優しい歌声に包まれた。
37:
目の奥が熱い。
視界がぼやける。
分かるのはステージの上でみんなが歌っていることだけ。
目から溢れ出たものが頬を伝って下へ落ちる。
今まで我慢してきた分だろうか。
どれだけ流れ出ても止まろうとはしない。
永遠とも感じられるし、一瞬のようでもあった時間が流れてやがてピアノの音が止まる。
同時に講堂に静寂が戻ってきた。
そうして初めて私は希もにこも泣いていることに気づくことができた。
ステージ上のみんなが笑顔で一列に並んで、言った。
38:
「三年生の皆さん、今まで本当にありがとうございました!」
3

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