子供「ツブアンおじさーん!」 ツブアンおじさん「おう」back

子供「ツブアンおじさーん!」 ツブアンおじさん「おう」


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公園
子供「へへっ!おじさん、今日も来たよ!」
ツブアンおじさん「おう、坊主。おめぇ、学校はどうした」
子供「もう夏休みだよぅ」
ツブアンおじさん「そうか、夏休みか……どうりで暑いわけだぜ」
子供「僕ねぇ、もう宿題ぜーんぶ終らせちゃったんだ!すごいでしょ!」
ツブアンおじさん「ほう、今時のガキにしちゃあやるじゃねぇか。俺ん時ぁ夏休みの宿題なんてのは、見てみぬ振りするのがお約束さ」
子供「宿題はキチンとやらないといけないんだよ?」
ツブアンおじさん「おう、そうだな……その通りさ」
----------------------------------------------------------------------------
2: 以下、
子供「そんなことよりおじさん!今日こそおじさんのお話聞かせてよ!」
ツブアンおじさん「……言っただろ?俺の話が聞きたきゃタバコの1箱でもよこしてからだ」
子供「へへっ………ジャーン!」
ツブアンおじさん「おめぇ、それ………」
子供「これで文句ないでしょ?」
ツブアンおじさん「……どこからくすねてきやがった」
子供「へへへ……!」
ツブアンおじさん「……へっ、たいした悪ガキだぜ……ピースか……一番嫌いなタバコだ」
子供「せっかく持ってきてあげたのに文句?嫌ならそこのゴミ箱に捨てていくからいいよ…」
ツブアンおじさん「ああ、待て。吸うよ、吸う……火ぃあるか……ねぇよな…」
子供「ライターも持ってきたほうがよかった?」
ツブアンおじさん「いや、確かこのあたりに……あった、マッチ。湿気てなけりゃあいいが…」
子供「おじさん、その手でつけられる?」
ツブアンおじさん「おう……悪ぃけどつけてくれや」
子供「ん……はい」
ツブアンおじさん「………フゥー…………あんがとよ」
子供「ねえ、おじさん、お話早く!」
ツブアンおじさん「そう焦るな。焦ると碌なことがねえ。タバコの火の、爆ぜきらねえように、ゆっくりと煙で肺を満たし………フゥー………クソみてえな気分に浸る」
子供「タバコって身体に悪いんでしょ?なんで吸うの?」
ツブアンおじさん「タバコやアルコールってのはカッターを使わなねぇ自傷行為だ。くたばりてぇ時に吸うのさ」
子供「なんでそんなことするのさ」
ツブアンおじさん「そういう気分の時が来るのさ」
3: 以下、
ツブアンおじさん「ピース……手のひらの中の、20本きりの平和か……誰もンなもん欲しかぁねぇ……」
子供「おじさん、もういいでしょ?聞かせてよ」
ツブアンおじさん「わかったわかったよ……フゥー………さて、なにから話そうかな…」
4: 以下、
ツブアンおじさん「……そうだな、坊主、あの丘が見えるか」
子供「うん」
ツブアンおじさん「今はもう取り壊されちまったが、昔あそこには小さい工場があってな」
子供「工場?」
ツブアンおじさん「おう……その工場ではパンを作ってた。変わりモンのじじいと、住み込みで働いていた中国人の女がな。俺の実家だ」
子供「へぇー!おじさんはこの町の出身だったんだね!」
ツブアンおじさん「その変わりモンのじじいが俺の親父さ。母親は知らねぇ。写真の一枚すら見たことはなかった」
子供「………」
ツブアンおじさん「だから、住み込みの中国人の女が俺の母親がわりだった。あまり優しくされた記憶はないが、厳しくされた記憶もない」
ツブアンおじさん「親父はパンを作っては町まで降りてきて、みんなに無償で配ってた。変な奴だろ?」
子供「タダで配ってたの?じゃあ生活はどうやって…」
ツブアンおじさん「親父は元々、町の工場で働いていたらしくてな。その時に特許技術とかいうのをとって、それの使用料で俺達は生活してた」
子供「へぇー!」
6: 以下、
ツブアンおじさん「生まれた時の記憶は覚えてない。なんせ赤ん坊だったからな。だが、親父から聞いたところによると、俺は生まれつきこういう手だったらしい。事故とかじゃねえ。先天性ってやつだ」
子供「その手は開かないの?」
ツブアンおじさん「開かねぇな。親指がちょっと動くぐらいで、他の指は完全に手のひらとくっついちまってる」
子供「学校でいじめられたりしなかったの?」
ツブアンおじさん「お前くらいの年の頃まで、俺は学校に行ってなかった。行かせてもらえなかったんだ。俺が5つの時、親父が変なことを言うようになった。学校は悪魔の巣だってな。今にして思えば痴呆だったのかもな」
ツブアンおじさん「俺は工場の休憩室でテレビばっかりをみて過ごした。その頃だ、俺がこの手を意識するようになったのは。違うんだよ、俺の手は。テレビに映ってる他の奴の手はな」
7: 以下、
ツブアンおじさん「野球選手はボールを投げてた。映画俳優は腰のホルスターからリボルバーを取り出した。アナウンサーはマイクを持ち、コメディアンは観客を指差し、ロックスターはギターを弾き、画家は絵を描いてた。だが、俺にはできねぇ。その中のどれひとっつもできやしなかった」
ツブアンおじさん「ムカついたさ。世の中にはどうにもならねえものがあるとその時悟った。神は残酷だ。いや……神などいやしなかった。俺の周りには、日ごと妄言を増していく老いた男と、月に一度そいつの上でせっせとケツを振って遺産を狙うバカな女だけだ」
子供「……………」
ツブアンおじさん「………坊主、火だ」
子供「えっ……ああ、うん」
ツブアンおじさん「………フゥー………いいぞ、俺の肺の中はまさに地獄だ。細胞の阿鼻叫喚が聞こえるよ」
ツブアンおじさん「さてと、気づきたくないことに気づいてしまったガキの話の続きだ。気づいたからといって、哀れなガキにはどうしようもできねぇことだ。テレビは見たくなかったが、それ以外に暇を潰す方法がねえ。仕方なく、見続けていたわけだ」
ツブアンおじさん「だがある日、そんな日々にも終わりがきた。どんなことにも、始まりがあれば、終わりがある」
子供「終わり?」
ツブアンおじさん「ある日の晩のことだ。俺は親父と女と一緒に、テーブルの上の小さなチキンステーキに噛み付いていた。塩だけ振ってある、しょぼくれたチキンステーキさ。テレビはある試合を映していた。ボクシングさ。今じゃすっかりと寂れちまったが、俺がガキの頃は盛り上がりを見せてきたところで、深夜放送からゴールデンタイムへと移りつつあった」
8: 以下、
ツブアンおじさん「試合はまさに佳境といったところだった。小さな四角いリングの中で、男たちが顔中を血まみれにしながら睨み合っていた。男たちは怒りに満ちていた。目は血走り、拳はブルブルと震えている。ゴングが鳴る。一人が倒れる。一人が両手を挙げる。ゴングが鳴った直後のクロスカウンターだ。相手の顎の先をキレイに抉っていた」
ツブアンおじさん「その瞬間を俺は食い入るように見ていた。そして、悟った。俺のこの両手は、人を殴るためにあるのだと」
ツブアンおじさん「その日から俺は、裏庭の古いケヤキの木をサンドバッグにした。毎日殴った。朝に殴り、昼に殴り、夜に殴り、手は血まみれになった。でも、殴り続けた。俺の手はその為にあるんだ。それしかなかった」
子供「おじさんはボクサーを目指してたの?もしかして、元ボクサーだったりして」
ツブアンおじさん「いや、ボクサーにはならなかった。なりたくもなかったね。興味がなかった。俺は殴れればそれでよかった」
9: 以下、
ツブアンおじさん「13になった時、俺は中学校に行くことになった。役場の職員の児 童虐待の脅し文句に、ようやく親父が折れたわけだ」
子供「よかった、おじさんも学校に行けたんだね!」
ツブアンおじさん「よくねえさ……中学も結局のところは家と変わらねぇ。クソ溜めから、違うクソ溜めへと移っただけさ」
子供「えっ……」
ツブアンおじさん「ずっと一人で過ごしてきた俺は、他人との付き合い方が解らなかった。休み時間も、飯の時も、いつも一人で過ごした」
ツブアンおじさん「おまけに、当時の俺は毎日の運動のおかげでガリガリに痩せて見えて、顔中はにきびだらけだった。そのにきびが気になって弄ってばっかりいたもんだから、にきびは血豆のようになっていた。これじゃあ、誰も近づかねぇわな………火」
子供「うん……」
ツブアンおじさん「………フゥー………ある日、クラスのお調子者が来て俺にこう言った。お前の顔はまるで小豆がこびりついているようだ、頭の中にツブアンでも詰まっていて、それが顔面まで出てきているのだ」
子供「酷いや…」
ツブアンおじさん「お前はまるでアンパンのような男だ、やいアンパン野郎、アンパン野郎…………次の瞬間、俺はヤツの顎目掛けて右腕を振り切った。見事捉えた。ヤツは倒れた、口から血を吐いてな」
ツブアンおじさん「お調子者は上級生から気に入られてたみてぇだな。その日から、俺は学校のヤンチャな奴等から目をつけられるようになった」
10: 以下、
子供「大変……!」
ツブアンおじさん「毎日襲われた。ある時は教室で。ある時は体育館裏で。ある時は帰り道で。毎日襲われた。だが、俺はその度に殴った、殴り返してやった。ボコボコにしてやった」
ツブアンおじさん「連中も懲りねぇ奴等だ。そんなことをしていると、別の学校の奴等も呼びやがった。それを殴り返してはまた別の学校の奴等を。それの繰り返しだ」
子供「そんなに来られたら身が持たないよ!」
ツブアンおじさん「言ったろ、坊主。始まりがあれば終わりが来る」
子供「つまり…?」
ツブアンおじさん「俺はいつしか、周囲の学校の奴等を全員返り討ちにしていた。俺を襲ってこようなんてことをするヤツはいなくなったってわけだ」
子供「うっわー!すっごいね!じゃあ、学校でも人気者になれたんじゃない?」
ツブアンおじさん「そう上手くはいかねえ。中学三年生になっても俺は一人だった。暴力は暴力しか呼ばねぇ。ただ、恐れられるだけだ」
11: 以下、
子供「そっか……」
ツブアンおじさん「そうさ……火ぃ、つけてくれ。昔話をすると、ペースがくなる」
子供「ん………その後はどうなったの?」
ツブアンおじさん「……フゥー………高校は行かなかった。碌すっぽ勉強もしなかったしな。かわりに、親父の工場でパン作りの手伝いをした。手が開かなくても、生地を練るなりなんなり、出来ることは少なからずあったからな」
ツブアンおじさん「ある日、親父の配達の付き添いに町まで行った時だ。俺等がパンを配っている広場で大きな爆破テロがあった」
子供「爆破テロ!?」
ツブアンおじさん「当時はまだ核戦争の復興から30年ほどしか経っていなくて、国の政治が安定していなかった。政府ができてはクーデターやテロで崩壊し、また新しい政府ができた。酷い時は、半年持たなかった時もある。おめぇも中学に上がったら習うだろうよ」
子供「そうなんだ…」
ツブアンおじさん「その時の爆破テロは、いわゆる廃棄集団によるものだった」
子供「廃棄集団?」
ツブアンおじさん「核戦争のときに、敵がこの国の女達の腹の中に残していったガキ共のことさ。奴等は差別されていた」
14: 以下、
ツブアンおじさん「爆発は噴水のあたりで起こった。逃げ惑う群集の中、俺は黒く立ち上る煙の方へと駆け出した。なんでだろうな、何故だかその煙に惹かれるように走り出してたんだ。そこで俺は聞いた。ハヒフヘホー、と叫ぶ声を。そこで俺は見た。爆炎の中で高笑いをするヤツの姿を。俺とヤツとの出会いだ」
子供「…………」
ツブアンおじさん「ヤツと目が合った。どちらも動かない、動けない……そんな中、軍車両のサイレンが聞こえてきた。それを聞くや否や、ヤツは一目散に爆炎の中へと姿を消した……」
子供「そいつってもしかして…」
ツブアンおじさん「これくらいならおめぇでも知ってるか……本名は未だ不明。その乱暴な手段やカリスマ性から、『ダストキング』『死神』なんてあだ名がついた…『バイキング・マン』が一番有名かな。いつしか『バイキンマン』なんて呼び方になっちまったが」
子供「やっぱり…!」
15: 以下、
今日はここまでにしますー
18: 以下、
いいね期待
20: 以下、
ツブアンおじさん「俺は動かなかった。ヤツが消えていった先から目が離せなかった。何故かはわからねぇ、とにかく目が離せなかった。そのうち、軍が駆けつけてきた。俺は軍に連行された」
子供「えっ、どうして!?」
ツブアンおじさん「現場に居たからな。俺がやったんだと思ったんだ。間違えられて当然さ」
子供「…………」
ツブアンおじさん「軍の駐屯基地に連れていかれた。殴られ、水をぶっかけられ、質問される。爆薬はどこで仕入れた、仲間は何処に居る、肌の色が廃棄共とは違うが何故だ。色々質問された。答えようがねぇ。いっさい知らないからな。だが、知らないと答える度に、身体の傷は増えていく。結局、開放されたのは五日後だった。ぼろきれのようになりながら家へ帰ると、親父が心配そうに迎えてくれた。その晩はミートパイを食った。駐屯基地のメシに比べりゃあ上出来のご馳走だ」
21: 以下、
ツブアンおじさん「親父は俺に色々聞きたかったみたいだが、俺は早々にベッドに潜り込んだ。頭にはヤツのことだけが浮かんだ………っと、悪ぃな、ションベンしてくる」
子供「あ、うん……」
ツブアンおじさん「暑くてたまらねぇや……」
子供「……タバコか……美味しいのかな……」
子供「…………エホッ!…ゲホッゲホッ!………」
ツブアンおじさん「……どうだ、それが“平和”の味だ」
子供「ぺっ、ぺっ!こんなの吸ってたら死んじゃうよ…」
22: 以下、
ツブアンおじさん「……フゥー………それから数日経ったある日、工場に数人の男が押し入ってきた。廃棄の連中だ。俺と親父は町へ買出しに行っていたので出くわすことはなかったがな。だが、中国女がやられた。帰ってきた俺等の目に飛び込んできたものは、引っかき回された工場と、ぼろきれのような女だけ。別に女に対してどうは思わなかった。工場のこともどうでもいい。だが、俺は町へ引き返し、廃棄の連中を探した。とにかく、腹がたった。三等映画のチンピラのような所業に腹がたったのかもしれない。とにかく、腹がたった。廃棄の人間を見つけては、俺の家を荒らしたのはどいつだと聞いた。中には逃げ出すヤツもいたし、殴りかかってくるヤツもいた。皆平等に殴りつけてやった」
ツブアンおじさん「十三人目を締め上げた時、そいつは自分のジーンズを濡らしながら、過激派の廃棄の溜まり場になっているコーヒースタンドの場所を吐いた。俺がその店のドアを開けると、中では集会のようなものが行われていて、そのうちの一人が、アイツだ、アイツがボスの面を見た奴だと叫んだ」
ツブアンおじさん「襲い掛かってきた。数は七人。そのうち三人がナイフを持っていた」
子供「………ッ」
ツブアンおじさん「…フゥー……俺は全員を倒した」
子供「すっげー!」
ツブアンおじさん「ああ……みんなそう言った。廃棄共を軍に引渡し、工場へ戻ってから数日後、工場に客が来た。今まで、来客は見たことがなかったので、何事かと思ったね。そいつは町に一人で住む婆様で、夫と子供を廃棄共のテロで殺されていた。婆さんは俺の開かない手を両の手で握り、ありがとう、ありがとうと涙した。その後も、何人か家にやってきては、礼を言っていき、中には果物や花をくれる奴も居た。止めろと言っても聞かなかった」
ツブアンおじさん「町を歩いていると、廃棄に襲われるようになった。その度に殴り返した。そしてその度に、工場への客は増えていった。そのうち、町の町長から表彰された。勲章のメダルかなんかを貰ったんだが、一度、新聞記者の写真用に付けたっきりだ」
27: 以下、
ツブアンおじさん「町の奴等は俺のことを、ヒーローだ、正義のヒーローだと褒め称えた。以前の婆さんなんか、手作りの外套なんかをこさえてきやがって、これを着てまた頑張ってちょうだいね、などと言ってまた俺の手を握った。俺は無性に腹立たしかった。中学の時にやっていたことと何も変わりはしねぇのに、ちやほやされる状況が腹立たしかった。町の奴等は自分のことにしか感心がねぇんだ。自分に害をなす人間が俺によって痛めつけられてる。その状況に嬉々しているんだ。結局のところ、俺は町の便利屋ぐらいにしか思われてなかった」
ツブアンおじさん「町の新聞社は、正義の使者“アンパンマン”またお手柄、という記事をばら撒いていた。“アンパンマン”という名前は、中学の同級生からの取材で得た俺のあだ名をヒントに名づけたらしい。蔑称が敬称になるとはとんだ笑い話だ。なにが正義の使者だ。正義なんてのは結局のところ、暴力を許容するための都合のいい合言葉でしかねぇ」
ツブアンおじさん「その頃から、廃棄からの襲撃はいっそう激しくなった。完全に敵対意識を持たれたらしい。廃棄の奴等は俺を襲う際に、ハヒフヘホーと叫びながらくる。よく聞いてみると、“Hard hit fool  Hate Hope”と言っているらしい。奴等の合言葉だ」
ツブアンおじさん「なかなか激しかった。バットやナイフ、角材、鉄パイプ、なんでも有りだった。俺は……正直うんざりしていた。奴等を殴り返している間、俺はまたヤツに会いたいと思うようになった。あの爆炎の前で見たヤツは、こんな雑魚共とは違う。一目見て解ったんだ。ヤツのことをぶん殴ってやりたい。ヤツの鼻っ柱に俺の惨めな拳を叩き込んでやりたい。ヤツを殴りたい。ヤツを殴りたい」
子供「…………」
ツブアンおじさん「……火」
子供「吸いすぎじゃない…?」
ツブアンおじさん「火」
子供「うん…」
ツブアンおじさん「……フゥー……」
28: 以下、
ツブアンおじさん「ヤツとは意外と早く会うことができた」
子供「えっ?」
ツブアンおじさん「ある晩のことだ。俺は一人で公園のベンチでスコッチをちびちびと舐めていた。この公園だ。ベンチは……ほれ、そこの、あの木の下にあるベンチだ。月のない夜だった。なんとなしにあの木を見上げ、視線を戻した時、目の前にヤツが立っていた。黒い肌、特徴的な口元、爛々とした目。間違いねぇ、ヤツだ。ヤツが、よう、と一言。俺も、よう、と一言。ヤツが隣に腰掛ける。ヤツは安い服を着ていたが、決してみすぼらしくはなかった。むしろ、まるで上等なスーツを着ているようにも見えた。自分というものをちゃんと持っている人間は装飾がなくても煌びやかだ。ヤツがそうだ。俺は酷く羨ましかった」
ツブアンおじさん「お前を探していた。ヤツは言う、俺もだ。お前の鼻っ柱を叩き折ってやりたいと思っていたところだ。ヤツは言う、俺もだ。俺がスコッチを差し出す。お前の部下に困っている。ヤツは、みんな血の気が多いんだ、とひと口。瓶が返ってくる。お前は何処に行けば会える、とひと口。瓶を渡す。三日後に議事堂を爆破する、とひと口。瓶が返ってくる。そうか、と言うと、そうだ、と返ってきた。ヤツがマルボロをとりだして、俺に一本よこす。火をつけてもらい、煙を肺に入れ……フゥー……煙を肺に入れ、黙った。しばらく黙っていた。ヤツはニ、三回煙を吐き出すと、黙ったまま去っていった。俺も黙ったままその背中を見た」
子供「襲われなかったの?」
ツブアンおじさん「襲われなかったし、襲おうとも思わなかった。その時はな。変なもんだが、古い友人に再会したような気分だった。俺に友人なんていなかったのにな。何故だか、そう思った」
31: 以下、
ツブアンおじさん「帰ってベッドに潜り込むと、久しぶりに良く眠れた。泥のように寝た。夢は見なかった。朝になり起きた後も、俺はまだベッドに片足を突っ込んだようにして、呆けたままでいた。昼になり、親父の淹れたコーヒーを飲んでも呆けたままだ。そのまま久しぶりにテレビを見ながら、もう一度寝た」
子供「…………」
ツブアンおじさん「そんなことをしながら二日程過ごした。久しぶりにずっと工場で過ごした。そして、ヤツの言っていたテロ当日になった」
子供「………っ」
ツブアンおじさん「俺は議事堂へ向かった。その日、議事堂ではテロに対する会議が行われていたが、実際のところは軍部側と政府側の都合の押し合いでしかなかった。軍の警備があったが、入隊したばかりの新兵がほとんどであった。俺が議事堂前の酒屋でコーラを買って飲んでいたら、二人の兵士がやってきた。二人とも高校を出たばかりの志願兵で、どうにも新聞記事を読んで以来、俺のことを一方的に慕っているらしかった。俺は二人からタバコを一箱貰った。ラッキーストライク。マヌケなタバコだ。二人は廃棄共の悪口で盛り上がっている。模範的な頭の悪い右翼気取りだ。右翼も左翼も嫌いだ。奴等はただ、自分を語りたいだけだ。しばらくすると、議事堂で小さな爆発が起こった。二人の兵士が慌てて駆けていった後、また小さな爆発がニ、三起こった。その後、大きな爆発が起こり、議事堂は建物の原型を半分失った」
32: 以下、
ツブアンおじさん「俺はコーラを飲み干すと、瓶を瓶入れに捨て、ゆっくりと議事堂を目指した。途中、貰ったタバコを箱から一本取り出し、燃える壁から火を拝借して煙を灰に入れた。残りは捨てた。議事堂の中は既に散々な状態で、壁の崩れ落ちる音、あたりの火の燃え盛る音で煩かったんだが、ハヒフヘホー、という咆哮だけはうっすらと、だが俺の耳にははっきりと聞こえた。俺は声のする方向へ歩いた。ゆっくりと歩いた。焦ることはなかった。焦ると碌なことがねぇ」
ツブアンおじさん「議事堂の会議室の扉は既に片方が外れかけていて、中の様子が見れた。中にはヤツが一人でいた。当然だ、俺も一人、ヤツも一人だ、いつだって。まだ形を留めている方の扉を開けると、ヤツがこちらを見て、タバコを一本取り出した。俺が、よう、と言う。ヤツも、よう、と言った。俺達はしばらくタバコを吸った。先に俺が吸い終わる。ヤツも吸い終えた。ゆっくりと近づいて、ヤツの目の前で止まった。黒い肌、特徴的な口元、爛々とした目。俺達は待った。ゴングが鳴るのを待った。俺は、憎いのか、と聞いた。憎い、と一言。お前は、と聞かれたので、解らん、と一言。おそらくあと三秒だ。あと三秒したらゴングが鳴る。三……ニ……一………爆発音。ほらな、解るんだ、俺達は。理由は知らない。理屈も、道理も、愛も、希望も、友情も、勇気も、なにも知らない」
子供「……………」
ツブアンおじさん「一人が倒れる。一人が立ち尽くす。ゴングが鳴った直後のクロスカウンターだ………俺の右手はヤツの顎を綺麗に抉っていた」
ツブアンおじさん「しばらくして、ヤツは笑いながら立ち上がった。俺も笑った。そして、しばらく黙って互いを見ていた。俺がヤツに、名前はあるのか、と聞いた。ヤツはその特徴ある口元をにやりとさせ、いい質問だ、俺の名前を聞いてくれたのはお前だけだ、と。俺の名前は、とヤツが口を開いた瞬間、銃声が鳴った。ヤツの口から血が溢れ出て、ヤツは倒れた。俺がヤツの立っていた方を見ると、さっきの新兵の片割れが硝煙の立ち上る銃を構えて立ちすくんでいた」
子供「やっ…………」
ツブアンおじさん「……フゥー……」
33: 以下、
ツブアンおじさん「ヤツは即死だった。爛々とした目だけが虚空を見つめていた。新兵はこちらに駆け寄ってきて、やった、ざまあ見やがれ、この廃棄め、とヤツに唾を吐いて俺を嬉しそうに見つめた。俺はそいつの鼻っ柱にあらん限りの拳を叩き込んだ。一発、二発、三発、四発、倒れる新兵、五発、六発、七発、八発、顔中血まみれになる新兵、九発、十発、十一発、十二発、十三発、十四発、絶命する新兵、十五発、十六発、十七発、十八発………後は数えてない。俺は議事堂を去った」
子供「……それで、それでどうなったの」
ツブアンおじさん「……それで終わりさ。新聞社は新兵がヤツとの相打ちでバイキング・マンが死んだと報じた。相打ちなわけがねぇが、軍の介入だろう。廃棄のテロ組織は鎮圧され、今に至るまで表立った行動はねぇ。政府はようやく落ち着いた。町の奴等にも平穏が訪れた。俺も、暇になった。しばらくして、親父が癌でくたばり、そのしばらく後に俺は工場を売った。そして、今に至るってわけだ」
子供「そっか……」
ツブアンおじさん「そうだ……」
子供「…………」
ツブアンおじさん「……フゥー……」
子供「……ありがとう、おじさん、色々聞かせてくれて」
ツブアンおじさん「いいさ。タバコを貰ったしな」
子供「もうこんな時間だ……僕、もう帰るね!明日も来るよ!」
ツブアンおじさん「……おう」
34: 以下、
ツブアンおじさん「…………………」
ツブアンおじさん「…………………」
ツブアンおじさん「…………………」
ツブアンおじさん「………いつまでも見ていたって始まらねぇし、終わらねぇよ。アンタだ、アンタ……そう、そこでずっと見ていたアンタだ」
ツブアンおじさん「まあ待て。別に盗み聞きしていたのを怒鳴り散らしてやろうってンじゃねぇ。何を思って見ていたのかは知らねぇ。今の話を、美談として見るか、哀れな話として見るか、教訓にするか、反戦論にするか、愛の話とも怨みの話ととるも、俺の知ったこっちゃない。好きにしてくれ。言葉は口から漏れ出た瞬間に、他人のものになる。好きにしてくれ」
ツブアンおじさん「アンタ、歳はいくつだ……そうか。タバコは……そうか。もうすぐ雨が降る。早く帰れ。だが、帰る前に願いを聞いて欲しい」
ツブアンおじさん「ただひとつ……ただひとつだけ、俺の願いを聞いて欲しい。このタバコを吸い終えたら、聞いて欲しい。もう、この一本で沢山だ……フゥー……」
ツブアンおじさん「俺の名前を覚えておいてくれ。ただし、一度しか言わない。聞き漏らさないでくれ。決して忘れないでくれ。それを守ってくれるのなら、後は好きなように生きてくれ。何も言うな。黙って聞いてくれ」
ツブアンおじさん「俺の名前は……」
終劇
35: 以下、
これにて終了ですー
ちんぽー
36: 以下、
乙!
凄い作品に出会ってしまった。終始最高の空気感だった
ハーヒフーヘホーのこじつけも上手い。またなんか書いてくれ
37: 以下、
>>36
ありがとうございますー。でもこういうの疲れちゃうんで気が向いたら書きます
38: 以下、
雰囲気よかったよーおつおつ
元スレ
http://ex14.vip2ch.com/test/read.cgi/news4ssnip/1471306126/
君の名は。 Another Side:Earthbound (角川スニーカー文庫)
KADOKAWA/角川書店 加納 新太,田中 将賀,朝日川 日和,「君の名は。」製作委員会,新海 誠 2016-07-30
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ビーチガールセルフィ 玖渚美帆 1/5.5スケール PVC製 塗装済み 完成品 フィギュア
装甲悪鬼村正 Windows 10対応版
figma Fate/EXTRA キャスター
ハートキャッチプリキュア! Blu-ray BOX Vol.1(完全初回生産限定)
スクールカースト -School Caste- (GOT COMICS)
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みんなのいちおし!SS
よく耳にするとか、印象的なSS集ダンテ「学園都市か」"楽しすぎて狂っちまいそうだ!"
一方通行「なンでも屋さンでェす」可愛い一方通行をたくさん見よう
インデックス「ご飯くれるとうれしいな」一方通行「あァ?」"一方禁書"凄まじいクオリティ
フレンダ「麦野は今、恋をしているんだね」通称"麦恋"、有名なSS
キャーリサ「家出してきたし」上条「帰って下さい」珍しい魔術側メイン、見るといーの!
垣根「初春飾利…かぁ…」新ジャンル定温物質ウヒョオオ!!
美琴「……レベル5になった時の話ねえ………どうだったかしら」御坂美琴のレベル5に至る努力の経緯
上条「食蜂って可愛いよな」御坂「え?」ストレートに上食。読めて良かった
一方通行「もっと面白い事してモリモリ盛り上がろォぜ」こんなキャラが強い作者は初めて見た
美琴「週末は アイツの部屋で しっぽりと」超かみことを見てみんなで悶えましょう
ミサカ「たまにはMNWを使って親孝行しようぜ」御坂美琴のDNAは究極に可愛くて凄い
番外個体「  」番外通行SSの原点かな?
佐天「対象のアナルを敏感にする能力か……」ス、スタイリッシュアクションだった!
麦野「どうにかして浜面と付き合いたい」レベル5で楽しくやっていく
ミサカ「俺らのこと見分けつく奴なんていんの?」蒼の伝道師によるドタバタラブコメディ
一方通行「あァ!? 意味分からねェことほざいてンじゃねェ!!」黄泉川ァアアアアアアアアアア!!
さやか「さやかちゃんイージーモード」オナ禁中のリビドーで書かれた傑作
まどかパパ「百合少女はいいものだ……」君の心は百合ントロピーを凌駕した!
澪「徘徊後ティータイム」静かな夜の雰囲気が癖になるよね
とある暗部の軽音少女(バンドガールズ)【禁書×けいおん!】舞台は禁書、主役は放課後ティータイム
ルカ子「きょ、凶真さん……白いおしっこが出たんです」岡部「」これは無理だろ(抗う事が)
岡部「フゥーハッハッハッハ!」 しんのすけ「わっはっはっはっは!」ゲェーッハッハッハッハ!
紅莉栖「とある助手の1日ヽ(*゚д゚)ノ 」全編AAで構成。か、可愛い……
岡部「まゆりいいいいいいいいいいいいいいいいいい!!!!!」SUGEEEEEEEEEEEEEEEEE!!
遊星「またD-ホイールでオナニーしてしまった」……サティスファクション!!
遊星「どんなカードにも使い方はあるんだ」龍亞「本当に?」パワーカードだけがデュエルじゃないさ
ヲタ「初音ミクを嫁にしてみた」ただでさえ天使のミクが感情という翼を
アカギ「ククク・・・残念、きあいパンチだ」小僧・・・!
クラウド「……臭かったんだ」ライトニングさんのことかああああ!!
ハーマイオニー「大理石で柔道はマジやばい」ビターンビターン!wwwww
僧侶「ひのきのぼう……?」話題作
勇者「旅の間の性欲処理ってどうしたらいいんだろ……」いつまでも 使える 読めるSS
肛門「あの子だけずるい・・・・・・・・・・」まさにVIPの天才って感じだった
男「男同士の語らいでもしようじゃないか」女「何故私とするのだ」壁ドンが木霊するSS
ゾンビ「おおおおお・・・お?あれ?アレ?人間いなくね?」読み返したくなるほどの良作
犬「やべえwwwwwwなにあいつwwww」ライオン「……」面白いしかっこいいし可愛いし!
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あ:龍田「天龍ちゃんになって、提督にイタズラされる」
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高須院長が秋元集団の顔をボロカスに評価wwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwww

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