北上「離さない」back

北上「離さない」


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1:
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2:
「整備くーん、戻ったよー。」
「北上さん、ご無事で何よりです。戦果はどうでした?」
「敵は潰したよー、今回もM・V・P。
まー、こっちは艤装が少し喰らったぐらいかなぁ。前に出てたから。」
「お怪我がなくて良かったです。艤装はこれなら大した事ないですね、すぐ直しますから。」
「ふふー、アタシの魚雷は伊達じゃないからね。これも整備くんのおかげだよ、ありがとね。」
北上さんは、ここの古参の一人だ。
練度も撃沈数もトップ、間違いなくエースと言える存在。
そして志願組でまだ若輩な俺にとっては、数少ない話の分かる人と言えた。
3:
学生の頃に深海棲艦との戦争が始まり、俺も戦えないものかと思った。
しかしまだ17の小僧、司令官になるには時間が掛かりすぎる。
どうにかならないものかと思った時、海軍から朗報が届いたのだ。
それが艤装整備士の募集。
当時高校で機械工学を専攻していた俺は、これは呼ばれている!と、卒業後の進路をその道へと定めた。
そしていざ整備兵として配属され…艦娘達と接して最初に当たった壁は、何処か世代のズレを感じた事。
戦艦や空母勢は俺より4、5歳は違うし、駆逐艦達は俺よりずっと下だ。
俺もその頃は、社会に出たばかりの小僧。
まだ年齢差に不慣れだった故に、彼女達に対して必要以上に固く接してしまい、艤装の要望を上手く理解出来ているのか不安だった。
そんな時現れたのが、北上さんだった。
4:
「アタシは軽巡・北上、今日からここの所属だから。まーよろしく。」
「初めまして!自分は整備士の『 』と申します!北上殿、何卒よろしくお願い申し上げます!」
今思えば、我ながら何ともガチガチな挨拶だ。
俺の場合は初対面に限らず、一月を経ても誰にでもその調子だったのだから、周りと上手く打ち解けられるはずもない。
そうして悪い方にも気合が入りすぎていた俺を諭してくれたのは、他ならぬ彼女だった。
「まーまー、力抜きなよ整備さん。君いくつ?」
「自分ですか?今年19になりますが…」
「あー、てことは今18なんだ?アタシは今年でハタチだから、君の1コ上だね。
ここ軽巡少ないから、歳の近いコいなくてねぇ。仲良くしてねー。」
彼女の性格と世代の近さで雑談もしやすかったし、艤装に対しての要望も聞きやすかった。
まず彼女と打ち解けた事で、次第に他の艦娘とも打ち解けられるようになり、俺はより良い艤装を組めるようになった。
5:
気付けば配属から1年少々。ヒラの整備士に過ぎなかった俺は、その短期間で、ある程度工廠を任されるまでになれた。
今の俺がいるのは、間違いなく彼女のおかげだ。
「こないだ軍内の新聞に載ったらしいじゃん。
若き整備の星!なーんて言われちゃってさ。君も出世したねぇ。」
「まだまだですよ。異動した親方に言われたんです、お前はまだ人の倍ネジを回せ!って。
触れた数や図面を見た数だけ、血肉になりますからね。
艤装は皆を守る盾でもありますから、もっと良いものを組めるようにならないと。妖精達もやる気ですよ。」
「頑張るねぇ。ところでそんな君を見込んで頼みがあるんだけど。」
「何か壊れましたか?」
「最近ベスパが調子悪くてね、見て欲しいんだ。今度ご飯奢るから、どう?」
「お安い御用です。他の機械を触るのも勉強になりますし、持ってきてくださいよ。」
6:
北上さんの愛車は、90年代の125ccのベスパだ。
現代的な要素が増したモデルとは言え、20年前の車体はさすがにあちこちガタも見える。
なるほど、これは少し掛かるな……。
「北上さん、時間食いそうなんで、今日上がったらそのままやっちゃいます。」
「いやいやそれは悪いよー、せっかくのお仕事終わりに。ゆっくりでいいからさ。」
「良いですよ、明日非番なんで。機械弄りしてた方がまだ健全に過ごせますし。」
「そう?じゃあお願いしようかなぁ。ありがとね!」
そうそう。どうせ明日は暇なんだ。
地元を離れてる以上友達もいないし、ましてや彼女なんて…あれ、何だかオイルが目に沁みるや。
そして一度北上さんと別れて、次々やってくる艤装を倒した後。
俺はようやくベスパの修理に取り掛かり始めた。
マフラー内の掃除をしたり、電装のチェックをしたりで気付けば2時間は過ぎて、今は21時。
あー、食堂行きそびれた。売店も閉まっちまったろうし…まあ良いや、後でコンビニでも行くか。
7:
「やってるかーい。精が出るねえ。」
ノックもなく戸が開いたかと思えば、そこにいたのは北上さんだった。一体何の用だろう?
「どうしたんです?」
「いやー、食堂にいなかったからさ。そのままやっちゃってるのかなーって。
ほい、パンとエナドリ。どうせ食べてないっしょ?」
「お見通しでしたか…つい夢中になっちゃうんですよね。ありがとうございます。」
この時ばかりは、彼女が天使に見えたね。
いや、まあ頼んだのも彼女だけども。
「どんな感じ?」
「結構キテますね。フルの整備、最後にいつしました?」
「んー、確か最初の給料元手に買ったから…もう2年ぐらいはしてないね。
たまにオイルとブレーキ周り見てもらってたぐらい。」
「このクラスは車検無いからって、そりゃダメですよ。
今回は俺でもやれる範囲ですけど、これ以上ならバイク屋送りです。
メット被って道交法守ってりゃ安全って訳じゃないですよ?北上さん一人の体じゃないんですし。」
「ん?それは俺の北上サマでもあるって事かなぁ?」
「ここのメンバーとしての体でもあるって意味ですよ。」
「たはー、手厳しいなぁ。」
こんな軽口を叩き合えるぐらいには、随分と気の置けない関係になっていた。
彼女がこうやって俺をからかうのはいつもの事。さて、貰ったパンも食べたし、もうひと頑張りするか。
8:
そして1時間。
「…明日出撃じゃないんですか?」
「いや、明日は休みー。」
北上さんはと言えば、そのままにこにこと俺の修理の様子を眺めていた。
その間俺はと言えば、黙々と作業を進めるのみ。
まさに今放った言葉が、1時間振りに発した声な訳で。
「ねえねえ。整備くんってさ、何でこの仕事就いたの?」
随分唐突な質問だなぁ、と思うも、これも北上さん相手ならいつもの事。
彼女はちょっと掴み所がない所があって、たまに脈略のない事を言ってきたりする。
まあ、あんまり艦娘さんには話したくない事なのだけど…彼女なら、いいかな。
9:
「幼馴染ですかね。」
「好きな人が艦娘になったとか?」
「いや、違いますね。ガキの頃、近所に住んでた姉弟がいたんです。
その2人とは仲が良かったんですけど、ある時期を境に姉弟が引越しちゃって。
深海棲艦に、最初に襲われた街があったじゃないですか。2人の引越し先、そこだったんです。」
「……それで?」
「ニュースになった時、住民の生存は絶望的って報道されたんです。
もう顔もうまく思い出せないけど、あの2人の事を思い出して…俺も出来る事で戦わなきゃって思って。
すぐに参加したかったんですけど、この戦争は、実際に前線にいられるのは司令官クラス…目指すには、俺は若過ぎましたからね。士官学校だけで何年も過ぎちゃいますから。
で、そんな時、工業高校だったんで、進路の中に整備兵の募集があったんです。
だったら整備士として参加しようって、それで決めました。」
「そう、なんだ…。」
「だから、艤装は俺の魂なんですよ。俺の代わりに弾を撃ち、代わりに皆を守る。
弾1発、オイルの一差し。どれも手は抜けませんね。」
「うん…。」
この矜持に偽りはないけど、それを扱う人にとってはプレッシャーになる懸念があった。
だから今の話はせいぜい提督と、整備チームぐらいしか知らなかった事。
彼女に振り向かずに語りはしたけれど、何処となく、空気が冷たくなったのを背中に感じる。失敗だったかな…。
10:
「まぁ、でも気にしないでくださいね。ガンガンぶっ放してナンボですから。」
「ん。ありがと。」
背中越しに聞こえたのは、いつものトーンに戻った声だった。
でも無理をさせてるような気がして、ふと振り返ろうとした。その時の事。
「ねぇ…ふたりの時は、“ユウ”って呼んでよ。」
肩にしなだれ掛かる腕の重みと、甘い匂い。
耳許で囁かれたそれは。成人祝いに提督に飲まさせられた、高いウィスキーの様な。
クラクラと回る、甘さと危うさを孕んだ声だった。
「北上さん、それは…?」
「アタシの本名。アタシも整備くんの事、ケイちゃんって呼ぶからさ。お願い。」
「は、はい…。」
一瞬、陸奥さんにでも抱き付かれたのかと思った。
でもそれぐらいその時の彼女は、余りにいつもと違っていて、艶かしく見えて。
俺はその豹変ぶりに、興奮よりも、少しの恐怖感を覚えていた。
11:
「ふふー、ちょっとドキッとしたなー?愛いやつめー。」
「む。あんまりからかうもんじゃないですよ。」
「どーてー。いくじなしー。」
「あいにく工具が恋人なので。さて、続きやりましょう。」
自然といつものこんな掛け合いが出た時、内心ホッとしていた自分がいた。
さっきの彼女に感じた違和感を拭う様に、俺はまた、ベスパの整備に没頭していくのだった。
12:
“ん…寝てたか…。”
朝の肌寒さで目覚めると、また工廠で寝落ちていた事に気付く。
もう何度ここで寝てしまった事やら、寝起きの体感で工廠だって事ぐらいわかるのだ。
オイルの匂いに、いつもの固い床…ん?頭の下が柔らかいぞ?俺、何枕にしてたっけ……
「北上、さん…?」
霞む目をこじ開けると、ふよふよと揺れるいつもの三つ編みが顔に触れた。
丁度見上げる形で目に入るのは、座った彼女の姿……って、膝枕!?
「ふぁ…おはよ。よく寝てたねー。」
にひひと笑いながら、彼女はくしゃくしゃと俺の髪を撫でた。
北上さん、ドラム缶背にして寝てたのか…ああ、悪い事しちまったなぁ。
13:
「ケイちゃん、終わったー!って叫んでそのまま寝ちゃってたよ。さすがのアタシもびっくりしたねえ、こてんと倒れちゃってさ。
でもダメだよ?ちゃんと布団で寝なきゃ。」
「いや、いつもそんな調子なんで。でもすいません、背中固かったでしょう?」
「それはいいんだけどさー…今、北上さんって言ったでしょ?
ダメだよー、今はユウって呼んでくれなきゃ。」
「はぁ…。」
ああ、そうだった…でもそんな急に言えるかなぁ?
「ユ、ユウ、さん…おはようございます…。」
「んー!さん付け!敬語!70点!君とアタシの仲じゃないの、あたしゃ悲しいよ!
罰としてアタシとタンデムを命ずる!」
へ?そうだ!ベスパどこまでやったっけ!?
ほ……良かった、ちゃんと終わってる…。
「いやー、何とかなりましたね。徹夜した甲斐がありましたよ。
エンジン掛けてみましょうか…よし、OK!」
「んー、素晴らしいね。褒めて使わす。」
「ははー!殿!有難き幸せ!
……でも、今度からはマメにメンテして下さいねー。」
「善処しまーす。さ、行こっか?」
「へ?今からですか?」
「そ。ケイちゃんもバイク乗るでしょ?メット持ってきなよ、アタシ運転するからさー。」
14:
いや、確かに俺もバイクは乗るけども…それはさすがになぁ。
そしてジャンケンにて勝ち取った結論はと言えば。
「ひゅー!きもちーねぇ!」
流石に女の子の後ろは気が引けたので、テストがてら、北上さんを後ろに乗せて海岸を走っている。
ふむ、回転も安定してるし、排気も滞り無し。我ながらよく出来た。
この時間はまだ交通量も少ないし、秋の朝は冷たい風が心地良い。
海岸線は良い朝焼けだ、実に絶景かな。
「ケイちゃーん!見なよ!何と平和な朝焼け!」
「そりゃーあんたらが必死こいて守ってますからね!平和でなきゃおかしいってもんですよ!」
「でもさー!ケイちゃんだってー!守ってるんだよー!」
「ありがとうございまーす!」
でかい風切り音と早朝テンションの組み合わせは、何とよくわからない事か。
でも、悪くない。あー、冬になる前に、久々に愛車出そ。
15:
「ほい、コーヒー。」
「さんきゅです。」
一頻り走って、小さな海浜公園で一息。
いつもの休みは大体前日から朝までオイルに塗れて、起きても設計図ずーっと読んで……はぁ、こんな休みは何ヶ月振りだっけな?
「ねえねえ。」
「何でしょう?」
「胸当たってたのわかったかい?」
「ぶー!?」
朝日に舞うは、黒褐色の毒霧哉。
素っ頓狂な一言に面食らった俺は、せっかくのコーヒーを盛大に噴出してしまった。
「あはは、吹いてやんのー。」
「朝っぱらから何言ってんですか!?」
「ふあー、なんか眠いよー。肩貸してー。」
「ちょっとユウさん!?」
嘘だろ…ほ、本当に寝やがった…!
はあ、まあいいや…この人のフリーダムは今に始まった事じゃないし。
しかし、“ユウ”か…。
16:
ぼーっと海岸を眺めていると、波の音や鳥の声が聞こえる。
戦争が始まって3年、海も随分平和になったよな…今では表向きは何事もなかったかのように、皆普通に暮らしてる。
でもあの街はもう、地図にしか無くて…あの子も、あいつも…。
思わず空き缶を握り潰して、それは予想より大きな音を立ててしまった。
ふと北上さんを起こしてしまっていないか横を向くと、何やら肩に冷たい感触がして。
ん?冷たい感触?
「めっちゃよだれー!?」
「んあ?ああ、ごめんごめん。」
17:
「さて、これで手続きは以上だ。
うちのは君と同い年でね。まだ若いんだが、事実上のここの整備長だ。
少しでも負担を減らしてやりたい、しっかり支えてやってくれ。」
「はい。お噂はかねがねお伺いしておりますので。開発、戦闘共に、頑張ります!」
「よろしい。では、来週より宜しく頼む。」
「はい!兵装実験軽巡・夕張!着任致します!」
18:
修正
二人が海辺へツーリングに出た、その日の事。
出張先へと赴いていた提督は、とある艦娘と面会していた。
今回の出張は、新たに赴任してくる艦娘との面談と挨拶が一番の目的。
そして事務手続きを終え、彼女は改めて提督と面談をしていた。
「さて、これで手続きは以上だ。
うちのは君と同い年でね。まだ若いんだが、事実上のここの整備長だ。
少しでも負担を減らしてやりたい、しっかり支えてやってくれ。」
「はい。お噂はかねがねお伺いしておりますので。
開発、戦闘共に、頑張ります!」
「よろしい。では、来週より宜しく頼む。」
「はい!兵装実験軽巡・夕張!着任致します!」
23:
お読みいただきありがとうございます。投下します。
24:
“ケイちゃーん!おいでよー!”
小さい頃、何度も見た世界に俺はいた。
あの頃はいつも3人で秘密の場所で遊んで、沢山笑って。
確か5歳の頃の記憶。名前だって覚えてる。
でも何故か、あの2人の顔だけはうまく思い出せなくて……
『プー!プー!プー!』
「………うるせえなぁ。」
パスコードの入力にイラつきながらスマホのアラームを止めれば、勝手知ったるいつもの部屋。
しかし画面には、こんな早くに緑色の通知が一つ。
誰だよ…げ、提督か。
あの人の個人連絡、大体ロクでもないんだよなぁ。
25:
「はぁ、来週から新人さんが着任ですか…。」
呼び出しを喰らって何事かと思えば、どうやら新しく艦娘さんが入るらしい。
でも何で、わざわざ俺一人を呼び出したんだろう?いつもは大体、全体で告知するのだけど。
「まずはケイに話しておこうと思ってな。来週から来るのは、兵装実験軽巡だ。
様々な兵器を数多く積める艦なんだが、当人は技術畑の出身でな。
そこで今回は、艦娘兼工廠メンバーとして着任してもらう。これでお前の負担も、少しは減るだろう。」
「つまり、人手が増えるんですね?」
これは朗報だった。
今の整備チームは、親方が異動して以降、俺と妖精達で回してきたのだ。
一応俺の代理が出来る妖精もいるのだが、もう一人人間の技術者が増えるのは、やはり心強い。
しかし艦娘兼任か…うーん、使用者当人でもある視点から、何かアイディアが取れるだろうか?
26:
「どんな人なんですか?」
「名門工科短大を、艦娘適正と本人の単位取得で、1年半で特例にて卒業だ。」
「エリートじゃないですか。」
「まぁ、な…喜べ、おまけにケイと同い年だ。
……いやー!おっさんとしてはな、お前も工具が恋人なんて言わずにだ!
少しは色の一つでも知ってほしいと思うんだよねー!はっはっはっ!」
「は、はぁ…分かりました、協力してより良い工廠にして行きますので。」
「ひゅー。言うようになったじゃねえか。その意気でよろしく頼むぞ。」
その後廊下を歩きながら、俺は新体制をどう整えて行くかを考えていた。
時折、人に「セルフブラック工廠」とからかわれるぐらい、俺は仕事に入り込んでしまう事があるらしい。
しかし、この時そっちにばかり気を取られていたのを、後に心底後悔する事になるのだ。
そうだ、この時の俺は失念していたのだ。
あの提督(ダメなおっさん)がニヤニヤ笑っている時は、大体ロクな事が起きない事を…!
27:
「へー、新しい子来るんだ?」
「ほぼ工廠メンバー扱いですけどね。まあ、これでもっと良くできれば最高ですけど。」
「はー…あんたねぇ…。
いいかいケイちゃん?そういう時はだねえ、“これで少しは楽出来る”って言うもんだよ?」
「そういうもんですかね?」
「そういうもんだよー、うん。」
週に何度か、俺が上がる時間になると、北上さんはお菓子片手に工廠にダベりにやってくる。
これも気付けば出来上がっていた、長い習慣だったりする。
艤装修理や開発の時は、ずっと気を張っている。
だからかいざ上がれば糸が切れてしまい、しばらく工廠の椅子に座ってぼーっとしている事が多かった。
そうして暫く休んでも、結局いるのは工廠に変わりはなく。
アイディアや研究意欲が湧いてきたりすれば、すぐに実験出来る環境にある訳で。
ましてや休んでちょっと元気になってしまえば、今度はプライベートと言う名の機械弄りの始まりだ。
結局そのまま工廠で寝落ちしてしまう事も多くて、確か床に転がってたのを彼女に見付かったのが、事の始まりだったか。
今はなるべく帰るようにしたけど、当時は風呂入る為だけに部屋戻ってたような時期だった。
いやー…あの時の北上さんの笑顔、すげえ怖かったよね。
28:
「休める時は休む。これは誰にとっても基本だよ。うん。」
「ですかねぇ。あ、北上さん、これうまいですね。」
「……今は“ユウ”、だかんね?」
まさかのいつぞやのデジャヴ再来。
はは…やっぱり怖いぞ、目の奥が笑ってない笑顔って……。
「話変わるけどさ…新しい子、いくつか聞いた?」
「俺とタメみたいですね。一応軽巡らしいですよ。」
「そうなの。写真とか見た?」
「いや、見てないですね。」
「ふーん…可愛いのかな。
あ、ぼちぼち戻るね。じゃあケイちゃん、まったねー。」
「また明日。」
そしてふと思い付いたように、彼女は足早に工廠を出て行ってしまった。
あら?でもいつもより全然早いな…まぁ、見たいテレビでもあるんだろう。俺もそろそろ帰るかなぁ。
……なんか今日、機嫌悪そうだったな。
29:
薄明かりがぽつりぽつりと繋がる廊下を、コツコツと歩く靴音だけが染めて行く。
照明が照らす床には、北上の三つ編みの影がゆらゆらと揺れていた。
今は大体の艦娘が、自室で思い思いに過ごす時間だ。
故にすれ違う者もおらず、誰もその姿を目にする者はいなかった。
一人歩く彼女は、その影を見つめるように歩を進めている。
“工廠の人が増えれば、ケイちゃんも少しは楽出来るもんね…。
でも今みたいには、遊びに行けなくなるかなぁ…。”
不意に工廠で彼と語らう、日常と化した光景が、彼女の頭の中で広がる。
シャッターを降ろした工廠は、彼と彼女、それ以外は誰もいない世界だ。
余計な音も無く、日々の中からも隔離されたひと時。
そしてそこで笑う北上の顔が。
彼女の脳裏で次々と黒く塗り潰され、まだ形も知らない顔の女に書き換えられて行く。
その思考を繰り返すうちに辿り着いたドアを開け、彼女は無言のまま自室へと入る。
少し動かせば、すぐに電気のスイッチへ手は届く。
しかし彼女は、窓からの月明かりに照らされた部屋でただ呆然と立ち尽くしていた。
そしてその手がぎゅっと握られている事には。
彼女自身も、未だに気付いていない。
“…そんなのつまんないなぁ…さびしいなぁ…。
ねぇ、ケイちゃん……せっかく…せっかく…!”
『ぎりぃ…ぶちっ……』
不意に汗とは違う滑りを手のひらに覚え、彼女はそっと、それを部屋の虚空へかざしてみた。
薄明かりに照らされるのは、ぽたりぽたりと伝う、彼女の赤い命。
不思議と痛みはない。
手のひらに幾つか出来た傷をそっと確かめ、そして。
「あーあ、しょっぱいねえ…。」
舐めあげたそれと、目元から口に入り込むそれは。
真逆の色をしながらも、似たような味を彼女の舌に与えていた。
そうして自らの命の味を確かめると。
彼女はひとり。
薄闇の中で、嗤った。
36:
投下します。
37:
「目的地 まで あと 2kmです。」
いやー、長旅だった。
一人車を走らせ数百km、ついにこの日がやってきた。
待っててねー、私の艦娘ライフ。ふふふ、ここならきっと…。
38:
「今日だねえ。」
「ですね。どんな人が来るのか…。」
とうとう噂の新人が着任する日がやって来た。
経歴を聞く限りだと、何だか霧島さんを軽巡にしたような人が来る気がする…殴られたくねえなぁ。
同い年か…いや、でも一応「立場はお前が上司ね」とか提督に言われてるしな。ここはシャキッとしないと。
今は北上さんと昼メシを食べている所だ。
さすがに定食程ガッツリなんて気分でも無く、今日は売店の微妙なサンドイッチ。
俺がガチガチなのを察してくれたのか、彼女もわざわざ付き合ってくれていた。
緊張を紛らわそうと、こうして駐車場のベンチで日向ぼっこなランチとしけ込んでいる。
「まーまー、気楽にしときなよ。
そんな時は人って書いて飲めばいいって、はいお茶。」
そうしてペットボトルを勧めてくる手には、かなり大きい絆創膏が貼られていた。
何でも部屋でコケた時にやっちゃったらしいけど…。
「手、まだ絆創膏取れないんですね…気を付けてくださいよ、入渠じゃ治らないんですから。」
「だいじょーぶ!ハイパー北上さまだから!」
入渠で治せる怪我は、あくまで『艤装装着時の怪我』のみだ。
根本原理はまだ妖精達しか扱えないものだが、修復剤は、艤装の核にあたる艦の魂が記憶した怪我にしか作用しない。
連携が外れている間の適合者の怪我は、効果にカウントされないのだ。
手の怪我は、実際結構始末が悪い。
危なっかしいなぁ、ベスパ乗る時も気を付けて貰わないと。
そして何をするでもなく駐車場を眺めると、当然様々な車が停められている。
艦娘や職員のマイカーに、鎮守府所有の車、後はどっかの出入り業者のトラックやら。
が、それら全部まとめても、3分の1も埋まっていない訳で。
ここみたいな片田舎にはありがちだけど、実際こんな広い駐車場要らないよなぁ…もうちょっと工廠に土地くれ。
入り口だってあんな遠くに……ん?
39:
「ケイちゃんどったの?」
「あれじゃないですかね、新人。」
甲高い排気音が聴こえたかと思えば、リフトアップされた何ともいかついジムニーが一台。
丁度俺たちからは顔が見えない位置に停めはしたけど、後ろ姿は確認出来た。
良かった、強そうではないな…。
「きっとかわいい子だねー、アレは。襲っちゃダメだよ?」
「俺を何だと思ってるんですか…。
でも確かに、後姿は美人っぽ……は?あ!?」
「ごめーん、手ぇ当たっちゃったー。」
「おおう…。」
耳削ぎ…耳削ぎはあかん……。
そして数時間が経過…が、ここで問題発生だ。
「何で今日に限って暇なんだよ……。」
今日はスケジュールの中に、出撃だけがすっぽり抜け落ちていた。
演習組と遠征班の帰着は、それぞれ明日と3日後。
おまけに今日は開発禁止と提督にお達しを喰らっている始末だ。
いつでも出迎えられるように待ってろって事なんだろうけど、それじゃ実験も出来ないしなぁ。
ん?通知?ああ、北上さんか。
“さっき全体挨拶終わったよー。
今提督が中案内してるから、そろそろそっち行くんじゃないかな。何あの子、ちょー可愛いじゃん。”
“いよいよおいでですか。部下とか初めてですからね、緊張しますわ。”
“ま、どーせすぐ慣れるっしょ。気張らずヤるのだ!若人よ!”
“ちょっとあんた、何でそこだけカタカナ。”
あの人、たまにオヤジ臭いよなぁ…。
まあ、そういうとこも、気取ってなくて良い所なんだけ…
「ケイー!たのもー!」
本物のおっさん来たー!?
提督…ノックはしましょうぜ…びっくりするなぁもう。
40:
「おーう、埴輪みたいなツラしてんじゃあないの。
ほれほれ、シャキッとしたまえよ。噂の彼女の登場だぞ。」
「初めまして!兵装実験軽巡・夕張です!
主にこちらにお世話になるかと思いますが、よろしくお願いします!」
「ああ、初めまして、整備担当の××です。
先輩として至らない点もあるかと思いますが、共に良い工廠を作っていきましょう。」
「はい!」
よーし、我ながら及第点な挨拶だ。
特にオラつくでも弱々しくでもなく、ちゃんと落ち着いた感じでやれたぞ。
まぁ、実務の参加は明日からだろう。
今日はさくっと帰ってもらって、後は仕事の中でちょっとずつ交流を深めれば新体制が……
「あ、ケイ。ごめん、俺書類残ってるから帰るわ。
じゃ、後は若い者同士でごゆっくりー。」
おっさーーーん!!!空気読んで!空気!!
ああもう、帰っちまったよあの人…やべぇよ、とりあえずお茶でも出すか?
「お茶、飲みます?」
「ありがとうございます。ところで××さん、私と同い年なんですよね?20歳だとお伺いしてまして。」
「ええ、まぁ…あと、ケイで良いですよ。下の名前、ケイタロウなんで。」
何だろう、この同い年に敬語使うむず痒さ。
まぁ、しばらくすれば慣れるか……ん?何でこの子震えて…
「……すっごーーーい!!」
「のわぁ!?」
「本当にハタチなんだ!?あなた私とタメで整備長クラスでしょ!?何作ったの!?どんな整備するの!?
短大でも有名だったのよ、海軍に凄腕の若手がいるって!一度会いたかったんだー!」
「待って!顔近い!」
耳がぶっ壊れるかと思った。
な、なんだこいつ、急にテンション上げて……。
ん?あれ、何か既視感あるぞ、この感じ。
ああ…これアレだ、変態技術を前にした俺らと同じテンションだ…。
なるほど、間違いなくこの子もこっち側の人間って事か…。
41:
「夕張さん、落ち着いて。とりあえずここの諸々は明日から見せるから。
大体どんな噂か知らないけど、そんな大それた奴じゃないし。普通に接してくれればいいから。」
「へ?ああ、ごめんなさい。つい…でも本当に同い年なのね?」
「ん?そうだけど…。」
「じゃあ私も呼び捨てでいいわよ。一応あなたの部下になるし。
これから長い付き合いになるし、何ならあだ名でも良いわ。」
あだ名かー、あんまり変なの付けてもなぁ。
仕事仲間だし、ここはシンプルに……。
「じゃあ、ユ……」
『ぞわ…………』
形容し難い寒気が俺を襲ったのは、その時の事だった。
なんだ…!?言い切ろうとしても、口が動かない。
嫌な汗が背中を伝い、まるでねっとりと舐められているかのような嫌な感覚が、ひたすらうなじを犯し続ける。
本能がこの先を口にするなと警鐘を鳴らし、脳はとにかくこの感覚から脱出しようと異常な度で回転する。
そうだ、違う言葉を紡がなきゃ…!
実際は3秒にも満たなかったであろうその間は、まるで何時間もあるかのように俺には感じられた。
早く、早く違うあだ名を言わなきゃ……!
「夕張だし……そうだね、じゃあ、バリさんで。」
我ながらこんなかわいらしい子に、何と男前なあだ名を付けたものか。
だけどそんな風に振り返れたのは、寒気から解放された後だった。
最後まで言葉を紡いだ瞬間、まるで悪夢から覚めたように、その感覚が抜けたのだ。
一体何だったんだ……あ、やべぇ。ちょっと失礼だったかしら…。
「んー、まあ良いわ。じゃあ私も、ケイちゃんって呼ぶね。
明日から、同じチームの仲間としてよろしく。」
「ああ、よろしく。バリさん。」
不思議な事はあったものの、こうして新人・夕張との挨拶は終わったのだ。
さて…明日から色々大変だぞー。頑張ろう。
42:
undefined
43:
遡る事数分前。
工廠の周りは植樹が多く、夜は人通りも多くはない。
夜間もぽつぽつと照明があるとは言えど、それこそ探照灯程の強い光でもなければ、人影などはわかりにくいものだった。
その闇に紛れ、ひっそりと息を殺す影が一つ。
工廠の勝手口から提督だけが出て行ったのを確認すると、その影はゆっくりと、シャッターの方へと近づいて行く。
シャッター一枚であれば、耳を澄ませば中の音がそれなりに漏れてくる。
そしてその影は、じっくりと中の会話に耳を傾け始めた。
その影の正体は、北上。
彼女がケイに取った連絡も、実は工廠のすぐそばから送られたものだった。
『……すっごーーーい!!』
先程の夕張の大声が、シャッター越しに彼女の耳に触れる。
それを感じた時、彼女の眉は一度だけピクリと動いた。
『じゃあ私も呼び捨てでいいわよ。一応あなたの部下になるし。
これから長い付き合いになるし、何ならあだ名でも良いわ。』
『じゃあ、ユ……』
無表情なまま会話に耳を傾け、その言葉が聞こえた時。
“ダメだよー?ケイちゃん…『それ』はね、アタシのなんだから……。”
北上の顔は、あの怪我をした晩と同じ笑みを形作っていた。
血走るほどに瞼を開き、見えるはずのないシャッターの隙間を、食い入るように見つめたままで。
金属に阻まれた、妄想の中の彼女の視線。
奇妙な事にその視線はちょうど、彼のうなじに突き刺さるような角度で注がれていた。
それが放たれた瞬間はまさに。
彼が得体の知れない感覚に襲われた時刻と、寸分の狂いもなく符合していたのであった。
44:
一通り会話を終え、勝手口から夕張が出て行くのを確かめ。
北上はずっと、姿が見えなくなるまでその背中を見つめ続けていた。
そして何事もなかったかのように、彼女はドアノブへと手を掛け…。
「ケイちゃーん、お疲れちゃん。夕張ちゃん、どだった?」
「ああ、ユウさん。まぁ悪い子じゃなさそうですよ。
しかし部下持つなんて初めてですからね、これから大変そうです。」
いつものように、工廠での団欒が始まる。
最初はユウと呼ぶ事にぎこちなかった彼も、今では二人の時は、自然と呼べるようになっていた。
そして彼が自身の本当の名を呼ぶ度に。
北上は、何度も優しく目を細めるのであった。
何度も何度も、嬉しそうに。
48:
投下します。
49:
「さて、今日から実際に仕事を覚えてもらう訳だけど。何をやると思う?」
今日から本格的にバリさんを招いての勤務だ。
まぁ、機械工学の基礎は心配していない。
今彼女に必要なのは、まず現場での実機に触れる事。
そこで今日に向けて、とある素材を集めておいた。
まずチームとして必要なのは、俺と彼女の兵装に対する思考の擦り合わせ。
それを実際に触りながらディスカッションして行こうと言う寸法だ。
「建造?」
「いや、違う。関係はあるけどね。
今日やってもらうのは、近代化改修だ。」
「ほんと!?」
建造工程に於ける妖精達の役割は、あくまで缶と呼ばれる、艤装の核を作るまでの工程だ。
それを軸に実機を組み上げるのが、俺たち艤装整備士の仕事の一つ。
50:
そして核そのものの建造はギャンブル的な要素が強い以上、被ってしまったり、目当てでない物ができてしまう事もある。
艦の魂は、残留思念から産み出されたクローン的な側面が強いらしく、時折戦地で妖精達がそれを回収してくる事もある。
(これが同型機が複数存在する理由だそうだ。隠語でドロップと言われている。)
しかし、そうしてあぶれてしまった缶も、一度完全な艤装に組み上げる義務がある。
他の適合者にあてがう為に他所へ送られたり、緊急時の予備として置いておくためだ。
そして、そこからもあぶれてしまう艤装も。
どちらも足りていたり、缶以外がダメになった、機械としての生命を終えた物がそれだ。
基本思想は、バイクのレストアと同じもの。
要は不要な艤装から生きているパーツを外し、現役の艤装をそれを使い強化する。それが近代化改修だ。
51:
「ここに実験用に組んだ、綾波型の艤装がある。
まずは一度、これをバリさんのアイディアで改装してみよう。
改装に回す艤装は専用倉庫にあるから、そこから自由に使ってくれ。」
「いいのね?よーし、やっちゃうわよー!」
横に付いていても良いのだけど、一度本人にフルに組ませた方が良い。
俺もそうして親方に育てられたっけな。
彼女のセンスや思考もだが、途中で口を出さない事で、現在のスキルと修正点がより浮き彫りになるのだ。
上からで嫌な感じだが、まずは何処までのものか見させてもらうとしよう。
52:
「で、新人ほっぽって、アタシとご飯を食べている…と。」
「今いいとこだから!だそうですよ。」
バリさんもやはり、こちら側の人間なようで。
スイッチが入ると寝食を忘れてしまうあたり、技術屋の特徴らしい。
昼の誘いを断られた俺は、一人うどんをすすっていたのだが…何故か余所行きの北上さんと鉢合わせ、同じテーブルを囲んでいた。
「今日はどうしたんです?そんなめかし込んで。」
「非番だからね。午後から大井っちと買い物ー。」
大井さんとは、北上さんが前にいた鎮守府の艦娘さんだ。
艦娘になった頃からの付き合いのようで、鎮守府同士が近いのもあり、今でも時折遊んでいるようだ。
メイクも服もばっちり、こうして見ると、なかなかいつもとイメージが違う。
元がいい人だから、何着ても大体似合うんだけども。
「夕張ちゃん、かわいいっしょ?目とかくりっとしててさー。」
「確かにルックスは良い方だと思いますけど、今はそれどころじゃないですよ。
仕上がったらチェックと話し合いが待ってるんで、今から胃が痛いです。」
「へー…お土産はデスソース?それともシュネッケン?」
「殺る気満々ですか。」
今日それ喰ったら、確実にトイレの守り神になるわ…。
北上さんと別れて工廠に戻れば、相変わらず夢中で作業するバリさんの姿が。
本当楽しそうにやるなー、良い事だ。
あんな悪そうな笑顔浮かべちゃって…俺も気を付けよう、うん。
53:
「ケイくん、出来たよ!」
そして終業時刻に差し掛かる頃、ようやく完成したようだ。
どれどれ、どんなもんでございま……。
…………はい?
「バリさん……何これ。」
「夕張スペシャル。どう?」
そうして出来上がったものは、まさにマッドサイエンスの天使の分け前な逸品であった。
その瞬間、俺の脳内で北斗の拳とマッドマックスが合体事故を起こしたのは言うまでもない。
明らかに厳ついタービン周りやら、謎に4発と化した主砲やら。
変更点は挙げたらキリがないのだが、例えるならこれだろう。
カブにハーレーのエンジンぶち込んだ。
……綾波型どこ行った!?
「PCに記録されてたデータ見てね。
まず装甲の数値強化と、それに耐えうるだけのタービンのパワーアップ。
それと靴の艤装も力を上げてみたわ。他にもね……」
「あー、うん…バリさん、ちょっといい?」
「なぁに?」
「そのデータ知ってるって事は、艤装関連フォルダ見たと思うんだけど。
その中にさ、各艦娘の身体測定と体力測定のデータ入ってなかった?見てない?」
「見てないけど……どうしたの?」
「マジか……」
大本営よ……まあ、艦娘研修メインじゃこんなもんなのか?
ある意味初日で良かったかもな…。
54:
「強化に対するスキルと探究心は素晴らしいが、君の場合、根本的な詰めがまだ甘い。
例えばこれを、うちの漣の艤装と仮定してみようか。
それで、これが漣の測定データ。
まぁ身長体重、骨密度、握力と100m走の記録と色々あるんだけど…原則、缶と使用者が連携してる時の強化は、実身体能力に対して大体4?6倍なんだ。
その数値も結局、使用者の素の能力や、その時々の体調と精神に対して変動する。
だから戦艦みたいな人達は、鍛えられてる人が多いんだ。
練度判定に対する基準は、判断や操舵、射撃スキル以外に、素体の身体操作も加味される。
ここまでは、さすがに習ってるよね?」
「うん…。」
「で、例えばこの主砲の重さを量ってみるけど…これを見てくれ。
元が弾薬抜きで18kgだったのに対し、今は24kgある。
ふむ、艤装は…プラス23kgか。
トータル装備の総重量を考えると、今のあいつの能力に対しては、ちょっと重すぎるね。
戦力としての強化以外に、使用者の負荷もある程度考えなきゃいけないものなんだ。
因みに研修時の君のデータも届いてるけど、これをうちの現役組と比較すると…実例としては、一番わかりやすいかな。」
「うそ…皆こんないんだ…。」
「夕張と言う艦種は、通常より積めるからね。大本営としてはフル装備での力を測ろうとしたんだろう。
だけど荷重が増えれば、当然力は落ちる。
それで靴の艤装だけを強化しても、今度は使用者の脚が持たない訳。
だから実戦上の艤装に於いて重要なのは、強化と使いやすさのバランスかな。
あくまで艤装の数値由来じゃなく、一人一人の素体データを基準に俺は艤装を組むんだ。
同じ艦の適合者でも、肉体は違う訳だからね。
そうだなぁ…これはマル秘のフォルダなんだけど、これを見てもらうとわかりやすい。」
一応ロックを掛けてあるフォルダなのだけど、この職務に就く以上、彼女にもこれは見せる必要がある。
これは俺がリサーチを重ねて組み上げた、各艦娘の艤装の使用感想と要望、そしてそれらの達成率のデータ。
率直な物を引き出すのには、なかなか骨が折れたっけな…。
55:
「俺が組んできた艤装は、これらを咀嚼・解釈し、実データと擦り合わせた上で組んできたものなんだ。
それで今こういう立場も貰えてるけど…何て事はない、俺はただ、なるべく艦娘の要望に応えようとしてただけなんだよ。」
「はー……。」
基本理念としては、これで伝わったろうか?
俺も最初は闇雲に強くしようとして、大分絞られたもんだった。
こればかりは、前線にいないとなかなか手応えのある物として掴めないんだよね。
艦娘でもあるバリさんなら、すぐ理解出来るだろうけど。
「バリさんの場合艦娘でもあるから、まずは自分のをカスタマイズすれば早いんじゃないかな?
実際の使用感の変化は、それだけ如実に出る。
艦戦の体は取ってるけど、どちらかと言えば、銃撃戦の概念の方がこの戦争は近いね。
それこそ手首が逝くような反動の銃なんて、誰も使いたがらないでしょ?撃つのはあくまで、素体だからさ。」
「………ま…。」
「ま?」
「負けたーーー!!完敗だわ!ごめんケイくん、正直ちょっとナメてた!」
あら、言いよるわこの子。
まぁ実際偉そうに言っても小僧だし、しょうがないけども……はぁ。
56:
「あはは…でもバリさんはすごいよ。
アイディア自体は豊富だし、この厳つさでも、組み付けはちゃんとしてる。
俺なんて組み付け叩き込むために、何回ここに泊まった事やら…。」
「私もそんな調子よ?夢中になり過ぎると、色々どうでもよくなっちゃう。
高校までは小太りで、短大で研究ばっかしてたらどんどん痩せちゃってさ。
まぁそれはラッキーだったんだけど…その、ね…提督から話聞いてない?」
ん?何の事だ?
せいぜい飛び級ならぬ飛び卒業ぐらいしか聞いてないけど…。
「本当は来年の春に艦娘になる予定だったんだけど…。
研究に夢中になりすぎて…まさに今日みたいな事やって…その…研究室、爆破、しちゃって…。」
「へ?……はぁ!?」
「で、艦娘になるのは決まってたから、学校的にはクビにも出来なくて…。
そ、卒業認定やるから出てけ!って追い出されたんだよねー!あはははは…。
で、でも大丈夫だよ!もうさすがに懲りたから。」
おいおい…もしかして今日ここが吹っ飛んでた可能性、あったのかよ…。
数時間前の俺よ、貴様は自分の命をベットしたギャンブルに勤しんでいたらしいぞ。
あのおっさん、さては全部知ってたな…今度ラーメン奢らせよう。
そうして俺は、新たな相方に眩暈を覚えつつも、より良い工廠が作れる確信を得たのだった。
もっともこの時は、後に自分の記憶力の悪さを呪う事になるとは、少しも気付かなかったのだけど。
57:
「……って事があったんですよ。いやー、なかなか爆弾娘ですね、バリさん。」
「あはは、面白い子だねぇ。でもさー、これで少しは任せられそうじゃない?」
その夜の事。
街から帰ってきた北上は、真っ先に工廠を訪れていた。
いつものテーブルを挟み、まったりと会話を楽しむ。
そして北上の座る椅子は、先程は夕張が腰掛けていたものだった。
ここからは、彼の顔がよく見える。
彼女が好んでこの位置に座るのは、そんな理由からだった。
「そうですね。少しは妖精たちを安心させてやれますよ…前は度々おやびんに閉め出されましたからね、休まなすぎて。」
「おやびんって、あのヒゲ生えた妖精ー?」
「そうそう。一応、彼が妖精たちの頭領なんで。」
「それだけ、皆ケイちゃんが頑張ってるの知ってるんだよ。
ねえねえ、今度休み合ったらさー、二人でツーリング行こうよ。ケイちゃんのバイクが良いなぁ。」
「俺のですか?結構デカいですけど。」
「だいじょーぶ!南の方の峠あるじゃん?あそこに足湯出来たんだって。
日々の疲れを忘れ、足湯でまったり…んー、侘び寂びよねー。」
そうして彼女は、コタツの猫のように笑ってみせた。
それは大井の前ですら見せない顔である事を、彼は知る由も無い。
そしてその視線は、再びテーブルの向こうの彼に注がれる。
彼の定位置は、丁度椅子を回転させればすぐPCデスクに向かえるよう配置されており。
今は北上の話を横で聞きながら、なにやら資料をまとめているようだった。
58:
彼の目は、今もモニターへと注がれている。
それは周囲の動作に気付かぬほどまっすぐに向けられていて、北上は音を立てぬようそっと立ち上がると、背後へと近づいて行く。
そして。
「ケイちゃん…寒いでしょ。」
ふわりとケイの肩に掛けられたのは、北上の腕だった。
今は10月も半ば、確かに冷える頃だ。
だがエアコンだって回っているし、取り立てて寒さを感じる理由はない。
耳元や首筋に吐息が掛かり、それは皮膚の泡立つ感覚を次々に与えていく。
ケイはむしろ、北上の突然の行動にこそ寒気を覚え、振り払う事など出来ずにいた。
59:
「ユウ…さん…?」
「ふふー…テンパってもちゃんと呼んでくれるんだー…いいねぇ♪嬉しいねえ♪」
健全な男子であれば、愛おしさ、あるいは性的興奮の類を覚える瞬間であっただろう。
しかしこの時ケイの中では、居心地の良さと、得体の知れない恐怖心が複雑に絡み合っていく。
そんな彼を敢えて無視したのか、北上はそっと彼の首筋へと顔を埋め。
『ちゅう……』
吸い付くようなキスをし、そして愛おしげにその跡を、ぺろりと舐め上げてみせた。
その強烈な感覚にケイの心身は凍り付き、動く事が出来ずにいた。
抱擁を強くする腕が、まるで蛇にでも絡みつかれているような感覚を彼に与え、北上がその顔を深く背中へと埋めた、その時。
60:
「ケイくーん、そこに私の手帳………
ご、ご、ご、ごゆっくりーーーー!?」
「バリさん!?ちょ、ちょっと待って!」
忘れ物を取りに来た夕張は、その光景を目の当たりにすると、顔を真っ赤にして走り去ってしまった。
その瞬間に硬直が溶けたケイも同じく、顔を真っ赤にして俯いてしまっている。
北上はその様子をみて、からからと楽しそうに笑っていた。
「あははー、見られちゃったねぇ。
ちょっとイタズラしただけなのにさー。これは大変。」
「ユウさーん…あんたさぁ、ちょっと度が過ぎるんじゃあねえっすかねぇ!?」
「へ?いや、ごめん、ごめんってば…。
あ、あたしゃー痛いのは嫌かなーって…あは、あはは…あばばばばばばばば!?」
こめかみぐりぐりの刑、発動である。
これにはさすがのケイも相当怒ったようで、北上はしばしこめかみを押さえて呻くのであった。
「全く…変な噂になったらどーすんですか!?
バリさんはそういう子じゃないとは思いますけど…これ青葉さんだったら、笑えないですよ。
あんまりイタズラするもんじゃないですよ、もう。」
「…………アタシは別に、いいけどね。」
「……?今何か言いました?」
「いや、何もー。」
夕張が部屋に入った時、北上の顔は背中に抱き付いていた事で隠れていた。
故に本人以外は、誰も知らない。
夕張を目にしたその瞬間。
北上の口元が、ぎらついた笑みを形作っていた事を。
首へのキスが意味するのは、欲望。
それを北上が知っていたのかは、もはや知る由もなかった。
61:
そして同時刻。
思わず工廠から逃げ出してしまった夕張は、息を切らして寮へと辿り着いていた。
どれだけ全力で走ったのか、もはや覚えていない。
彼女は激しく切れる息に従いロビーの自販機へと向かうと、迷わずにスポーツドリンクのボタンを押した。
そうしてジュースの冷たさと染み渡る感覚が心身を冷やした時、ようやく彼女は平静を取り戻す事が出来た。
飲みかけの缶を手にフラフラと自室へ辿り着くと、すぐさまベッドへと倒れ込んでしまう。
先程は予想外の光景にパニックに陥っていたが。
今はジワリジワリと、あの光景が、鮮明に彼女の中で再生されていた。
ふう、と一息を吐くと、彼女はベッドの側にある本棚へと手を伸ばす。
取り出されたのは一冊の、A4程のハードカバー。
それはアルバムのようで、彼女は食い入るように、とあるページを見つめていた。
そこにはとある学生達の集合写真と、それぞれの写真が記載されている。
端の方には厚い眼鏡を掛けた、少し顔の丸い少女の写真。
そしてその2列隣には、とある少年の写真があった。
アルバムのタイトルは、こう記されている。
『ーー年度ーー工業高校卒業アルバム』
“長くここにいれば、そんな事もあるわよね…”
夕張は一度微笑んでそのアルバムを閉じ。
“そう、そうよね……やっと、やっとまた会えたのに……。”
そして彼女の頬からは、一筋の水滴が落ちた。
64:
翌日の事。
艦娘達の雑談や休憩は、食堂ではなく談話室で行われる事が多い。
カップコーヒーの自販機やソファなどがあり、会話のみを目的とするには最適な環境である。
時には艦娘のみによる作戦の打ち合わせも行われており、多くの交流と情報が飛び交う場だ。
まだ新人の夕張は、提督からのそんな情報を頼りにここを訪れていた。
事実上の工廠所属とはいえ、やはり交流は不可欠と考えての行動だ。
先日ケイから諭された件もあるが、少し寂しさを紛らわせたいのも、彼女の本音であった。
そして今夕張の対面に座るのは、青葉。
北上以上にここの古参にあたり、情報通でもあると聞いた彼女と話していたのは、尋ねたい事があったからだ。
65:
「…工廠によくいる艦娘?あー、北上さんの事ですね。」
「北上…雷巡の方ですよね。」
「そうです。北上さんはうちのエースなんですよ!彼女について何か知りたいんですか?」
「昨日私が帰った後、工廠で話し込んでたんですよ。
私も来たばかりだから、どんな仲なのかなって。
今日聞きましたけど、ケイくんは先輩だよとしか言わないし…。」
「そうですねぇ、本当は交換条件と行きたい所ですが…。
からかいを超える誤解は、私も望みません。今回はサービスです。
あの二人、実はあれでも付き合ってませんよ。
ケイくんにとっては、一番仲の良い先輩兼艦娘と言ったところでしょうか。」
「付き合ってないんですか?いや、その…忘れ物取りに行ったら、ケイくんに後ろから抱きついてて…。」
「ああ、いつもの事ですね。」
青葉は食い付く事もなく、慣れたものだと言わんばかりにそう言って見せた。
一方夕張はと言えば、昨日の光景を思い出したのに加え、その言葉に一層肩を落とす。
66:
「ケイくんにその気がないって方が正しいでしょうけどね。
端から見てても仲が良すぎるんですよ。
だから逆に、お姉ちゃんみたいなものとしか思われてないんじゃないでしょうか。
弟分にじゃれて遊んでると言った具合に。」
「お姉ちゃん、ですか…。」
「まぁ、北上さんの方は分かりませんけど。
彼、艦娘の間じゃ結構人気なんですよ?うちの若手職員の中では。
あの歳で整備長クラスですから、言っちゃえば将来有望ですし。
例えばあるお昼に、彼が丁度一人でご飯を食べようとしてたみたいで。
それである艦娘が、ケイくんがフリーなのを知っててちょっかい掛けようとしたらしいんですよ。」
「何かあったんですか?」
「その時は普通に、隣に座って話してたらしいんですけどね。
それで後から来た北上さんが、いつものゆるい笑顔でご飯食べてたらしいんです。
ちょっと遠くの席にいたみたいですね。
まぁ、最初はその子も気にしなかったらしいんですよ。
でも、時折北上さんと目が合って……目の奥が、全然笑ってなかっみたいです。
段々プレッシャーに耐えられなくなって、早めに切り上げたそうですね。
北上さん、その後鎮守府内の演習で、その子を開幕魚雷でワンパン轟沈判定に……」
「ひっ…!」
「不思議な人なんですよね。
嫌われてる訳でもないけど、そんなに誰かと深入りする訳でもなく。
ただ、今言った通り…ケイくんに関してだけは、相当にご執心のようです。
まぁ、ちゃんと仕事の邪魔にならない時間に顔出してるみたいですし、特に心配は無いと思いますが。
でも、二人きりの時は、邪魔だけはしないようにした方がよろしいかと。」
青葉の話を聞く限り、なかなか手強い相手だと夕張は捉えた。
しかし自分には果たしたい事もあれば、艦娘としての夢もある。
付き合っていないのならば、まだ大丈夫だ。
そう考えた夕張は、青葉に礼を済ませ、一路工廠へと戻るのであった。
67:
「ただいま戻りました!」
「おかえりー。どこで休んでたの?」
工廠へ戻ると、ケイはコーヒーを片手に外でタバコを吸っていた。
どちらかと言えば童顔な彼が重めのタバコを吸う様は、何とも不釣り合いな光景を醸し出す。
一方夕張はタバコは好まないようで、それを見て渋い顔を浮かべていた。
「談話室よ。あなたタバコ吸うのね、止めるなら早い方がいいわよ?
ただでさえ、私達はオイルや薬品使う仕事なのに…。」
「せいぜい月に一度だよ。
いやー、久々に煮詰まっちゃってね…そんな時ぐらいしか吸わない。」
「どうしたの?」
「新兵器の開発がね。なかなか良い形にならなくて、どうしたもんかと。」
「なん…だと……?」
新兵器の開発と言うワードが出た瞬間、夕張の目はすき焼きの椎茸のごとくキラキラと輝き始めた。
一方ケイはと言うと、もはや心ここに在らずと言った具合に、魂を吐き出すかの如くタバコを吐き出す様。
そしてそんな彼のタバコを奪い、夕張は思いっきりそれを吸い上げると。
「ゲッホアアアア!!??」
何とも可愛げの無い咳を吐き、涙目になりながらもニヤリと笑って見せた。
「けほっ…ケイくん!魂吐いてる場合じゃ無いわよ!
一人より二人!アイディア出し合えば良いものできるかもしれないじゃない!ほら、戻ろ?」
「お、おい!」
ケイの手を引いて工廠へと飛び込めば、そこにはパーツと設計図が置かれていた。
それを見て何を作ろうとしているのか察した夕張は、ふふん、と得意顔を浮かべている。
これはいい、ここは相方として並ぶ良い契機になるではないか。
その予感を感じた彼女は、真っ先に愛用のツールボックスへと手を伸ばすのだった。
68:
「終わった、わね…」
「ああ、終わった……。」
「「よっしゃ出来たぞおおおお!!!」」
時刻は午前3時。
テーブルの上にはぴかぴかの完成品が置かれ、そして床にはオイルまみれの男女が二人転がっていた。
二人とも酷いクマを浮かべてこそいるが、実にやりきった顔をしている。
ここまで辿り着くのに、およそ10数時間。
時に激しく討論し、時に各々得意分野のコラボレーションを経て、ようやく全ての作業を終えた。
「長かった…いや、バリさんいなかったらこりゃ無理だったね。」
「何言ってるのよ、そもそもこんなの、私じゃ思い付かないわよ。」
起き上がる気力も果ててしまったが、互いの健闘を讃え合う二人。
隣を向いて笑い合うと、実に力強いシェイクハンドを交わしていた。
それはまさに、お互いこれから良い仕事が出来ると言う確信を持てた瞬間であった。
そしてどこからともなく妖精達が現れると、小さな拍手でそれを見守っている。
夕張が工廠メンバーの一員として、認められた瞬間であった。
「あー、無理…」
「私も…」
そしてどちらともなく、すうすうと寝息を立てて眠ってしまった。
妖精達は二人に毛布を掛け、寝入ったのを見守ると、彼らも各々寝床へと戻って行った。
二人の手は、先程のシェイクハンドのままで。
夢も見ないほどの深い眠りに、彼らはしばしの休息を味わうのであった。
69:
「くしゅんっ…!」
一方、その数時間前。
誰もが寝静まった頃、北上は自室で横になっていた。
少し風邪気味なのか、小さなくしゃみを一つ。
彼女は直後に身震いを覚えると、より深く布団を被る。
実は今日も、彼に会いに行こうと一度は工廠へ立ち寄っていた。
しかし中から聴こえる声と音に、ドアノブへと伸びた手を止め、しばし夕張が去るのを待っていたのだ。
だが、何時間待てども、一向に作業の音は止む気配もなく。
寒さに耐えかねた北上は、諦めて自室へと戻っていた。
開かれた携帯の画面には、ケイとのトーク画面が映し出されている。
そして打ち込まれたまま、今も送信ボタンを押せないままのメッセージがそこにはあった。
『ケイちゃん、会いたいよ。』
送信ボタンをタップしようとする指は、寸前で石のように硬直してしまい。
彼女はそのまま、アプリを閉じてしまう。
70:
そして開かれた画像フォルダには、今まで何枚も撮ってきた写真が収められていた。
からかっては困り笑いをする顔や、工廠の前で誇らしげに笑う顔の彼。
彼に送り付けようと撮った、私服姿で可愛く映ろうと工夫を重ねてみた写真。
そして何度となく二人で撮った、様々な場所や季節の写真。
その時々、二人は常に笑顔だった。
しかし今の北上は、それとは正反対の顔を浮かべている。
不意に不快な疼きを感じ、彼女は自身の胸へと手を伸ばす。
ちょうど肩から片方の乳房へと走るそれは、彼女にとっては、何よりも生々しく存在を示すもの。
起き上がり、Tシャツとブラジャーを脱いで鏡に向き合えば。
そこには先程の疼き通りに、痛々しく跡を残す傷が走っていた。
そして鏡の中の彼女の瞳は。
どこまでも暗く、生気のない目をして。
鏡の隣、中ぐらいのタンスの上。
視線をそこに合わせれば、その上にはとある写真。
そこに写るのは、まだあどけない少女と、誰かに似た面影を宿す少年と。
そしてもう一人、その中では最も幼い少年が写っていた。
写真の端は焦げ跡や破れが目立ち、所々、汚れもまだ残っている。
「…………………。」
疼きが収まると、無言のまま服を着替え直し、彼女は再びベッドへと潜った。
思わず手に取った猫のぬいぐるみを、その中で強く抱き締める。
しかし彼の肩を重ねるにはあまりに小さいそれは、却って彼女の孤独感を、より現実のものとして実感させるばかりだった。
震えが、止まらない。
堪らず手を伸ばしたイヤホンを耳にはめ、ポータブルプレイヤーの再生ボタンを押す。
流れてくる歌声と言葉に、気持ちを少し吐き出せたような気がして。
彼女はようやく、少しずつ眠気を手に入れる事が出来た。
音楽も止め、再び彼女の耳には空気の音だけが響く。
しかしまどろみとその音の中で思うのは、やはり彼の背中のぬくもりだった。
“ケイちゃん……明日は、話せるよね?”
一抹の寂しさと体の寒気に孤独を感じながら、彼女はようやく眠りへと落ちた。
その夜彼女が見た夢は。
決して、明るいものと呼ぶ事は出来なかった。
71:
投下します。
72:
街中に響く悲鳴や爆発音が、呻き声と燃える音に変わるまで。
一体、どれほどの時間しか掛からなかったのだろう。
肩も胸も、もうズタズタ。
痛みももう感じない、きっとアタシは助からないんだ。
お父さんだったもの。
お母さんだったもの。
それが壁にべったりとへばりついて、ふたりはひとつになっている。
そうだ、あいつは大丈夫?ちゃんと逃げられたのかなぁ?
部活だもん、きっと学校で、うまく逃げてるよね。
ごめんね、姉ちゃんもうダメみたい。
この化け物のご飯になる。
ほら、銃をこっちに向けて、アタシの頭は吹っ飛ぶんだ……
「待てよバケモノォ!!姉ちゃんを離せ!」
だめ…だめだよコウちゃん…こっちに来ちゃ……
ああ、ばけもののじゅうが、あたまをふっとばして
おおきなくちが、そのまま
73:
「いやああああああああ!!!」
北上が自身の悲鳴で目を覚ますと、そこは昨夜と違う天井だった。
真っ白な天井と、独特の匂い。
そこが医務室であると気付くと、不意に体の熱さとだるさが彼女を襲う。
そして視界の端に映る影に焦点を合わせると、そこには心配そうに彼女を見下ろす顔が一つ。
「ケイ…ちゃん……?」
彼女が昨夜待ち望んでいた人が、そこにはいた。
その存在に気付き、先程までの光景が夢であった事にようやく北上は気付いたのだ。
「随分うなされてましたね……。
点呼に来ないから様子見に行ったら、ひどい高熱だったみたいですよ?
それで、皆でここに運んだんです。」
どうやら自分は、ひどい風邪を引いてしまったらしい。
そこまで自覚出来た時、北上はやっと、自身の置かれていた状況を理解する事が出来た。
「ケイちゃん……怖かったよう…。」
そして痛む体を起こすと、彼女は縋り付くようにケイの胸へと抱き付いた。
ぽろぽろと涙が溢れ、彼の胸元が濡れようともお構いなしだ。
そうして子供のように泣きじゃくる北上の頭を、ケイは優しく撫でていた。
「落ち着きましたか?大丈夫です、怖い夢を見てたみたいですね。」
「うん……あ、今何時!?」
「ん?あー、11時半ですね。何か食べます?」
「そうじゃなくて、工廠は?ここにいて大丈夫なの?」
「いや、皆にお前が診てろ!って言われたんですよ。
今日は軽い仕事だけなんで、妖精達とバリさんで行けそうですし。」
「そう、なんだ……。」
昨夜、彼が徹夜で作業していた事を本当は知っている。
点呼は9時に始まる事が多い。
よく見れば心なしか疲労の色も見えるが、きっとそんな事はお構いなしに、報せを聞いて駆け付けてきたのだろう。
彼がそんな性格なのは、彼女が一番よく知っているのだから。
申し訳なさもあるが、北上は今日は、思い切ってそんな好意に甘える事とした。
74:
「ケイちゃーん、暇だねー。」
「大人しく寝ててくださいよ?さっきまで点滴打ってたんですし。
はい、うさぎさん。これ食べたら薬飲んで寝てください。」
「女子か君はー、アタシより上手く剥きやがってー。はい、ん。」
「どうしたんです?そんな硬直して。」
「いやー、まだ腕の関節痛くってさ、ちょっと落としそうで。食べさせて欲しいんだよねー。」
「あー、付かぬ事をお聞きしますがユウさん、あなた今年でお幾つになられやがりましたでしょうか?」
「21歳。大人の色気満載の北上様だよー。
まーまー、そういうプレイだと思ってさー。」
「はい、聞こえません。何も聞いておりません。
はぁ、人の親になる前に、21歳児の面倒見る事になろうとは……あーもう、わかりました。
口開けてください、ほら、あーん。」
「んぐ………んー、ほいひー。ありがとね♪」
こんな他愛もない軽口が、彼女にとって、今は何よりの薬だった。
見たくもない夢を見ていたのだ、少しでも、人の存在を感じていたくもなる。
そして熱と胸の暖かさの中で、次第に彼女の意識はぼやけ始めた。
そんな中で、彼女はちょっとしたいたずらを思い付いた。
「んー、ケイちゃん、眠くなってきた。」
「薬が効いてきたんでしょう。冷えピタ替えます?」
「お願いねー……ふぁ…すう…すう…」
眠ってしまったフリをして、彼が額に触れるのを待つ。
彼の事だ、寝ていても律儀に冷却シートを替えてくれる事だろう。
そして予想通り古いシートが剥がされ、新しいシートに替えられた時。
寝ぼけたフリをして、彼女はゆっくりとケイの手首を掴み。
「いただきまーふ…」
夢の中で何か食べているつもりで、その指を優しく咥えた。
今どんな顔をしているだろうか?
突然の事に狼狽えているだろうか?
手の震えからそんなリアクションを想像しながら、しばしその感触を楽しんでいた。その時。
75:
『ブー!ブー!ブー!』
小さなバイブ音が鳴り、それは彼の携帯のようだ。
がさりとポケットからそれを取り出す音が響くと、「もしもし」と応答の声が聞こえる。
そして次の瞬間、電話の相手が誰なのかを彼女は理解した。
「バリさん、どうした?」
その瞬間。北上の胸は、鉛を突っ込まれたような冷たさを覚えた。
薄く目を開けると、壁の方を見ながら通話に集中している姿が見える。
恐らくは仕事の話であろう、何やら専門用語が次々に彼の口からは飛び出していた。
“………ねー、ケイちゃん…。
今、誰が君の手を咥えてるのかなあ?そっちじゃないでしょ?
邪魔は嫌いだなー。
さっきのりんご、美味しかったなぁ…でもアタシ、メロンは嫌い……。”
不意に自身の顎に力が入っていくのを、彼女は抑えようとはせず。
そして。
「そのインパクトのビットなら、3番って振ってある引き出あーーーーーーーーっ!!!!????」
『ど、どうしたの!?』
「ワニワニパニックが起きた……。」
かり、と小さな音がしたかと思えば、北上の歯が指に食い込んでいた。
血が出るほどでは無いが、結構な痛みの咀嚼に、ケイは思わず叫び声を上げる。
そして北上はその声で起きたフリをして、じっと電話をする彼の姿を見つめていた。
76:
『まだ医務室でしょ、何かあったの!?』
「い、いや、ちょっとした事故だ…とりあえずそれで大丈夫そう?」
『うん!ありがとー!』
「了解!また何かあったら連絡ちょうだい、お疲れ様ー。
……さて、ユウさん。何か言う事あるんじゃないでしょうか?」
「んぁ…アタシ?美味しいお菓子を食べる夢を見てたけど……?」
「俺の手はポッキーじゃないんですよ…見てくださいよこれ、歯型クッキリですよ。」
「アタシはトッポ派だね。」
「これが最後までぎっしりなのは骨!肉もカリカリしてないから!」
「まー病人だもん、美味しいものに飢えてたんだよー、許してちょうだい。
あーあ、本当にクッキリだねぇ、ごめんごめん。」
そう優しく手を取り、北上は微笑みながら、じっとそれを見つめていた。
付いた歯型を優しく撫で、そして微笑みながら、そっと彼の手を自身の頬へ当てる。
「ケイちゃんの手、冷たくて気持ちーねぇ。」
その手に何度となく頬擦りしながら、幸せそうに北上は笑っていた。
とても高熱を出しているとは思えない程の、幸せな顔で。
77:
“自分の持ち物には名前書けって習ったけどさ……これ、立派なアタシのサインだよね?
アタシのだもん。誰にもお裾分けなんてしないから……。”
「ケーイちゃん♪」
「何です?ほら、また寝ないと。」
「撫でてくれたら寝る。」
「えー…全く、熱で幼児退行しちゃいましたか?しょうがないですね…。」
「ふふー。あ、でもちゃんと後でうがい手洗いしなよ?もらっちゃダメだかんね。」
「はいはい。」
そして髪を撫でる感触に目を細めながら、北上はようやく心地よい眠りへと落ちて行った。
うつらうつらと、今度は悪い夢を見ないままに。
78:
そして二日後。
「ぶえっくしょーーい!!」
「ケイくん、オヤジ臭い。」
北上ほど重症ではなかったものの、彼もまた、軽い風邪を貰ってしまったようだ。
今は寝込むほどでは無いが、悪化されると業務に支障が出る。
いつもはこれは趣味だから!と無理矢理居残りする事も多い彼だが、くしゃみに悶える様を見て、夕張は無理矢理にでも帰す事にした。
「ケイくん、もう定時だよ。さあ帰ろうねー。」
「へ?あーー!それここの鍵!何で!?」
「それは君の部下たちの気遣いだよ。」
足下を見ると、一人の妖精がしたり顔で彼を見上げていた。
どうやらこっそりと鍵をスり、帰すように夕張に渡していたようだ。
さすがにここまでやられると観念したのか、ケイは項垂れて帰り支度を始める。
それを見て、夕張と妖精は小さくハイタッチを決めるのであった。
79:
「で、なーんでついてくるんかなぁ?」
「そりゃもう、途中で戻ったりさせない為。」
夕張はちゃんと部屋に戻るか見張る為、彼の部屋までついてきていた。
旧来の大型寮を艦娘寮としてあてがっている為、こちらの職員寮は小さいが、まだ比較的新しい。
新品の匂いが残る廊下に羨ましさを感じつつ、彼の部屋の前に辿り着く。
そして鍵を開け、「じゃ、お疲れー。」と彼が扉を開けた瞬間。
「ダーッシュ!」
「あ!待て!」
するりと中に飛び込むと、見事に特徴の無い部屋が夕張の目には広がる。
本棚とPCとベッド、後目に付くのは、せいぜいバイク用品程度。
しかし彼女の目は、それに相反してキラキラとしていた。
「面白いもんなんて何も無いよ?大体寝に帰ってるだけだし。
ほら、ちゃんと寝るから。帰った帰った。」
「ん?卒アルはっけーん!」
「人の話を聞きなさい。全く、大したもん載ってないぞ?」
夕張がパラパラとアルバムを捲ると、彼女は迷いなく彼のクラスのページを開いてみせた。
そこには今より少しだけあどけなさの残る彼の写真以外、夕張の知るものは無いはず。
すぐに飽きるだろうとタカを括り、しばらく放っておいたその時。
「懐かしいね。あの先生どうしてるかなぁ。」
「………え?」
その言葉に、彼は自身の耳を疑った。
「君のクラスにさ、ちょっと太った地味な女の子いたよね?銀髪のさ。
地味子とか陰で言われてて、まあその通りな子だったよね。
……その子って、今何してると思う?」
「待て、何で君がそれを……。」
「研究に集中してても痩せたけど…それ以外も、ダイエット頑張ったんだ。
ケイくん、全然気付かないんだもん。逆に自信付いちゃった。」
ふとかつてのクラスメイトの記憶と、目の前の少女が重なり合う。
そうだ、確かに面影がある。
そうして驚愕に打ち震える彼を尻目に、夕張はいつもの明るい笑みを作り、こう言った。
「初めましてじゃ、なかったんだ……ここにいる夕張は、そこに写ってる私だよ。
久しぶりだね…ケイタロウくん。」
87:
投下します。
88:
「久しぶりだね…ケイタロウくん。」
余りにも予想外の事態に、ケイは驚愕を隠せずにいた。
そうだ、言われてみれば確かにうっすらと声は覚えがある。
だが、余りにも目の前の存在は、記憶の中のそれとは別人に思えた。
そもそも元の目付きも眼鏡に阻まれてわかりにくい物であったし、第一少し太めだった覚えがある。
目立たなかった彼女と言葉を交わしたのは、学生時代はそれこそ何度あったのか。
現実と過去が交互に入れ替わり、彼の中ではもはや何がどうなっているのかすら思考する事が出来ずにいた。
「本当に、__なのか…?」
「嘘じゃないわよ。
でも…そうね、苗字で呼ばれるのは好きじゃないの。“ミユ”で覚えておいて。それが下の名前よ。
今まで通りバリさんでもいいし。」
「あ、ああ…。」
「ふふ、驚いた?いつ気付くかなーって思ってたんだけど…あの頃は、あんまり絡み無かったもんね。
まあ、だからと言って何が変わるでもなし!今まで通りよろしくね!」
「そうだな…バリさん、改めてよろしく頼むよ。
…しかし驚いたなぁ、人って変わるもんだわ。だってあの時のバリさん、ぶっちゃけデb…」
「…ドラム缶でぶっ飛ばされたい?それともセメント風呂?ん?」
「…何も言っておりません。はい。」
意外すぎる事実に面食らいはしたものの、平静を取り戻したケイは、ようやく事実を受け入れられた。
昔は縁が薄かったとは言え、むしろこれは、より良い工廠を作るにはいい事ではないか。
同郷にして同世代だ、育ちが近い故に取れる連携もあるだろう。
そう考え、彼は特に何が変わるでも無いと捉える事とした。
一方夕張はと言えば、全く違う事を考えていたのだが。
89:
“ふふー、驚いてるわね。
あーあ、言っちゃったなぁ…北上さん寝込んでるから、今しか無いよね。
火事場泥棒みたいだけど、鬼の居ぬ間になんとやら。でも、これで少しぐらい…。”
思惑はすれ違いつつ、こうして同級生にして同僚と言う新たな関係が始まった。
一方その頃、北上はと言えば。
90:
“暇だねー…やっと37.3℃か。はーあ。”
医務官の指示により、最低3日は安静にとの通知を受けた彼女は、今は自室にて大人しく過ごしていた。
相当に重い風邪だったらしく、昨日やっと入浴許可が出た始末。
ほぼ完治に近いが、待機命令を喰らっている手前、こうして部屋で時間を潰すほか無い。
そんな彼女の現在の楽しみはと言えば…
“ケイちゃん、そろそろ仕事終わったかな…また居残りしてなきゃいいけど。よーし、連絡取ろー。”
携帯を手に取り、北上はいつものトーク画面を開く。
大型バイクがアイコンのそれは、ケイのアカウント。
毎日のように連絡を取っている為、いつでも履歴の一番上に表示されるそれを見ると、彼女はにんまりと笑みを浮かべる。
風邪を移したくないとの理由から見舞いは断っているが、こうして他愛もないやり取りをするのが、療養中の唯一の楽しみであった。
『お疲れ様、お仕事終わった?』
そうして10分、20分。
遂には30分と経つものの、未だ既読すら付かない。
定時はとっくに過ぎているし、居残りをしていても、いつもなら一息ついている間に返信ぐらいは返ってくるのだ。
それがふと気掛かりになり、彼女はベッド側にある小窓のブラインドを開けた。
普段このブラインドは降ろしているのだが、4階にある彼女の部屋は、実は職員寮が見下ろせる位置でもある。
よくある3階建てアパートのような作りのそれは、彼女の部屋に対して窓側を向けて作られており。
照明の点灯で、在宅の有無が確認出来るのだ。
そして現在、ケイの部屋の電気は点けられていた。
91:
“あんにゃろー。さては寝ちゃったかー?”
北上が積極的にこのブラインドを開けないのには、理由がある。
開いていれば、ついつい見てしまうからだ。
しかし彼女の部屋から見えるのはカーテンの掛かった窓か、開いていても、せいぜい床の一部が見えるぐらい。
元々彼は、あまり部屋にいないのだ。
まともに家主がいない部屋ををずっと眺めていたところで、彼女にとって意味は無い。
彼自身の存在を感じられなくては、大して価値のある事では無いのだから。
相変わらず消えない遮光カーテンの隙間から漏れる光に溜息をつき、再びブラインドを閉める。
そして不貞寝でもしようと横になり、数分後の事。
『お疲れ様です。俺も風邪気味みたいで、今日は定時で叩き出されちゃいましたよ。』
ようやく届いた返信の内容に、彼女は思わず眉をひそめた。
やはり移してしまったのだろうかと思い、少しの罪悪感に駆られながらも。
それでも嬉しさの方が勝ち、微笑みながら返信を打ち込んでいく。
『大丈夫?アタシの移ってたら相当重いから、無茶しないようにね。今部屋にいるの?』
『今は部屋です。今日はもう大人しくしとこうかと。
目え離したら戻るだろ!って、バリさんに部屋までついてこられましたからね。さすがに大人しくするっての。』
『ふーん、甲斐甲斐しいじゃん。
でもケイちゃん、いつもの行動じゃ説得力無いよー。』
92:
“そっか、部屋まで来ちゃったんだ…アタシでさえまだなのに。”
さすがに彼の自室を訪ねるのには、立場もあってか未だに気が引けていた。
しかし同じ部署の夕張であれば、周りも余り気にしないのだろう。
不意に布団を掴む手が強まったのを、彼女は気付かないフリをしていた。
『はは、返す言葉も無いですわ…あと、衝撃の事実判明です。』
『どったの?』
『バリさん、何と高校の同級生だったんですよ。
見た目もイメージも変わり過ぎてて、俺全然気付かなかったですよ。彼女、昔は太ってましたし。
いやー、何とも不思議なもんですわ。』
『マジで!?』
その瞬間、北上の中で全ての線が繋がった。
ふと冷静になった時、度々彼女自身もおかしいと思っていたのだ。
何故自分は、ケイにちょっかいをかけた訳でも無いたかが新人に、着任前からあそこまで嫉妬していたのかと。
寧ろ彼の負担を減らしてくれる、有り難い存在ですらあるのだ。
そうだ、確かに構ってもらえなくなる不安はあったが、それでも自分の行動は度を超えていた。
しかしそれらの物事の理由も、今なら北上には理解出来る。
それこそ着任の話を聞いた時から、今まであまり信じていなかった、女の勘と言うものが働いていたのだ。
“間違いなく、その女はケイを奪いにくる”と。
93:
“へー…そっかー。夕張ちゃん、やっぱりそうなんだー……。だからアタシ、あんなに…。
ふふー…気付いちゃったなー、気付いちゃったよー。あの子はアタシと…。
…でも、あげないから。”
まるで、戦闘時の様な獰猛な笑みを浮かべている事にすら気付かず。
彼女はその思考と感情に夢中になっていた。
ケイが夕張の話をする時に感じる寂しさと、好敵手をはっきりと捉えた喜びとで。
北上の心はまだら模様を描いていく。
やがてある程度その興奮も収まった時、再び微熱の気だるさが彼女を襲った。
一度冷えた頭の中は、今は部屋の孤独の寂しさで埋め尽くされている。
そして彼女の中にはある強い感情が芽生えた。
声が聞きたい、と。
北上の指先は、ひとひらの迷いもなく彼のアイコンを押し、通話ボタンをタップしていた。
程なくしてコール音が途切れ。
もしもし?と、聞き慣れた、しかし今は何よりも欲していた声が彼女の鼓膜に触れる。
それは北上にとっては、脳髄を蕩けさせるような安堵を与える声。
それに触れている間は、先程までの忙しない心の動きを忘れる事ができる。
それらの『殆ど』、僅かに残るもの以外は。
94:
『どうしました?』
「んー、ちょっと人の声聞きたくて。さすがに暇なんだよねー。
ねえねえ、ところで夕張ちゃんの話マジなの?」
『マジですよ。上がり込まれて卒アルバッチリ確認済み、免許も見せられましたよ。
同級生じゃなきゃ絶対知らない事、全部知ってましたし。』
「部屋入ったんだ?」
『もう帰らせましたけどね。
他の奴らに見られたらだるいんで、勘弁しろよって話なんですけどねー。』
「あー、あの資材科の子とか?」
『ああ、確かにあいつチャラいんで危ないかも…。』
「こないだ長門さんにシメられてたもんねー。ふふ、あの時さー…」
他愛も無い会話に、思わず北上は顔を綻ばせていた。
今は回線越しの、二人だけの世界。
他の誰にも邪魔しようの無い世界だ。
そこにあるのは笑い合う声だけ、それ以外は何も無い。
例えば今ここに、夕張が横槍を入れてくる事も。
会話に夢中になりながら、少しだけその事を考えた時。
思わず、再び自身の口角が吊り上がった事を。
北上自身も、気付かずにいたのであった。
96:
投下します
97:
「すげぇ匂いとハエだ…俺らが入れるようになってこれか…。」
「まだ見つかってない遺体が多いらしいな…いや、正確には一部が、か。」
高2の頃、深海棲艦の襲撃事件の1ヶ月後。
学校の休みを得て、俺はボランティアの一員として、瓦礫除去作業の一団に加わっていた。
深海棲艦と言う化け物が現れた。
街が一つ滅んだ。
そこに住む、殆どの人が殺された。
何もかもが現実味を帯びた言葉ではなかったが。
しかしその惨状を目の当たりにすれば、それは夢物語ではない事を思い知る。
「おい、遺体だ。こっちは軍の駐屯地の方が近かったよな?」
「ああ、すぐ連絡しよう。」
「誰か見付かったんですか!?う……!?」
「えらいな、よく吐かなかった。
触れると感染症の危険がある、ここは軍が来るのを待とう。」
ドロドロに腐って崩れていたそれは、『おそらく』人間の足であったもの。
込み上げる嫌悪感でやっと人間のものだと認識できたそれは、最早吐く事すらままならない衝撃を俺に与えた。
宅地の細い道路に飛び散った瓦礫をどかし、最低限の道を確保するのがこの一団の目的。
しかし道路に飛び散っていたのは、凡そここにあるべきものではなかった。
壁の板や、かつて使われていたはずの生活用品一式。
家々は弾丸によるものであろう穴が開き、燃えたものや崩れたものもあった。
98:
「リーダー、これって…。」
「……もう見るな。見ちまえば情が移り、手が止まる。
俺たちが今やるべき事は、この道を空ける事だ。
被害者のためにこそ、今は情を捨てて集中しよう。」
落ちていたのは、血に染まったウサギのぬいぐるみ。
焦げ落ちた片耳と血のつき方を見れば、何となく何が起きたのかは理解出来た。
きっと持ち主は恐怖に震えて抱えたまま、頭を撃たれたのだろう。
焦点が変わるはずのないプラスチックの目は、ずっとその光景を焼き付けているように見えた。
手袋の合皮が、ぎゅっと軋みを上げる。
この時俺が怒りをぶつける先など、せいぜい自分の手のひらぐらいしかなかった。
後続するダンプに積めるものはそちらへ、積めないものは道の端へ。
塀に瓦礫を寄せていると、度々家々の表札が目に入る。
ここは5人家族、ここは6人…。
散らばった皿や、とっくに土へ帰った食事の残骸を目にする度、俺はその瞬間まで団欒を楽しんでいたであろう光景に思いを馳せた。
そして所々、至る所に残る血痕が。
それらの命が理不尽に踏みにじられた事を、俺に伝えてくるのだ。
「ケイ君と言ったね、君はどうして今回ボランティアに?」
「……幼馴染の引越し先が、この街だったんです。もう絶望的でしょうけど、せめて何か出来ないかって。」
「そうか……すまない、出過ぎた事を訊いた。」
ボランティアチームには、親族や友人がこの街にいる人が多かった。
じっと破壊されたアパートを見つめる人や、表札を見て涙ながらに作業をする人もいた。
ユウ姉ちゃんも、コウタも…皆、死んじまったのかな…。
わからないや、死体も見てない以上、何もわからない。
うちは両親が忙しく、3人の写真は、いつもおじさんとおばさんが撮っていた。
故に写真を持っておらず、小さかった俺はあの二人の顔を正確には思い出せないし、今どんな風に変わったのかも知らない。
それでも、大切な思い出。
いや、思い出『だった』。
せめて、せめて何か……そう思いながら作業を進めていた時。
99:
「岩代……?」
忘れる筈もない名前を見付けたのは、その時の事だった。
おじさんとおばさんの名前は覚えていない。
だけどあの二人の名前だけは、忘れる筈も無い。
そこにあった表札は、二つ。
一つは、最初に見付けた塀に埋められた苗字だけのもの。
そしてもう一つは、違うスペースに貼られた家族全員の名が刻まれたもの。
気付けば俺の息は乱れ、目を逸らしたくなるのを必死で堪えながら、二つめの表札へ近付く。
『岩代トオル』…
『サヨコ』…
ああ、この並びは、夫妻の名前だ。
だけどその後も、まだ続いてる。きっと子供がいたはず。
固まりたがる首を必死に回し、次の欄へと、ガタガタと震える指を這わせた。
子供は二人……そこにあったのは。
『ユウ』
『コウタ』
それを目にした瞬間、俺は膝から崩れ落ちた。
そしてふと顔を上げた時、俺の目は門から家全体を俯瞰して視界に収める。
ドアにも縁側にも大きな穴が開き、家の中は丸見え。
不意にリビングの壁が目に入り、それは最初、『純粋な赤い壁紙の様に』見えた。
違う…あれは……血の…いや、小さい…そうだ、例えるなら人間が飛び散った…。
1人なんてもんじゃねえ……あの壁は、もっと…!
「うああああああああああっ!!!」
「ケイ君!?どうした!」
その時、俺は我を忘れ、半狂乱で叫ぶのみだった。
今もその時の表情筋の感覚は、よく覚えている。
それまでの人生の中で、最も怒りと悲しみを顔に出していた、その時の感覚は。
俺がどんな形でもこの戦争に参加すると決めたのは、その日の事だった。
100:
※修正
「岩代……?」
忘れる筈もない名前を見付けたのは、その時の事だった。
おじさんとおばさんの名前は覚えていない。
だけどあの二人の名前だけは、忘れる筈も無い。
そこにあった表札は、二つ。
一つは、最初に見付けた塀に埋められた苗字だけのもの。
そしてもう一つは、違うスペースに貼られた家族全員の名が刻まれたもの。
気付けば俺の息は乱れ、目を逸らしたくなるのを必死で堪えながら、二つめの表札へ近付く。
『岩代トオル』…
『サヨコ』…
ああ、この並びは、夫妻の名前だ。
だけどその後も、まだ続いてる。きっと子供がいたはず。
固まりたがる首を必死に回し、次の欄へと、ガタガタと震える指を這わせた。
子供は二人……そこにあったのは。
『ユウ』
『コウタ』
それを目にした瞬間、俺は膝から崩れ落ちた。
そしてふと顔を上げた時、俺の目は門から家全体を俯瞰して視界に収める。
ドアにも縁側にも大きな穴が開き、家の中は丸見え。
不意にリビングの壁が目に入り、それは最初、『純粋な赤い壁紙の様に』見えた。
違う…あれは……血の…いや、それならもっと小さい…そうだ、例えるなら人間が飛び散った…。
1人なんてもんじゃねえ……あの壁は、もっと…!
「うああああああああああっ!!!」
「ケイ君!?どうした!」
その時、俺は我を忘れ、半狂乱で叫ぶのみだった。
今もその時の表情筋の感覚は、よく覚えている。
それまでの人生の中で、最も怒りと悲しみを顔に出していた、その時の感覚は。
俺がどんな形でもこの戦争に参加すると決めたのは、その日の事だった。
101:
「………ゃん……イちゃん……」
“ん……誰だ……眠いや…無理……”
「起きろーー!!!」
「わぁ!?……いって?…ユウさん、耳引っ張んないでくださいよ…。」
うたた寝していたケイを起こしたのは、北上の大声だった。
ふと腕時計を見れば、20時。
そして夕張は休みで、今日は自分一人だった事を、彼はそこでようやく思い出したのだった。
「むしろ感謝しなよー、この北上様直々に悪夢から引っ張り出してあげたんだから。
……ケイちゃん、机で寝ながら泣いてたんだよ?」
「へ?ああ…そう言えば、ちょっと嫌な夢見てましたね。」
頭が覚醒し始めると、まずやたらとTシャツが張り付く居心地の悪さが襲う。
そして寝汗のせいか体温は上がっており、秋にも関わらず、彼は軽い暑さを感じていた。
「……どんな夢だったの?」
「んー…昔の夢ですね、嫌な思い出を少し。ユウさん、俺ちょっと外行ってきますわ。」
艦娘である彼女には、この話はしたくない。
それが彼の考えであり、ケイははぐらかす様な言葉を吐くと、デスクの引き出しを開ける。
そこにはたまに吸うタバコとライターがしまってあり、それを手に外へと出る。
工廠の横にある、あまり使っていない赤い吸い殻入れ。
そこでつなぎの上を脱いでTシャツだけになり、彼はようやくタバコに火を点けた。
夜風が汗で湿ったTシャツを通り抜け、フィルター越しに吸う空気は冷たい。
その冷気が、先程までの悪夢の熱をゆっくりと覚ましていく。
数日振りの11mgのタールは、ケイの頭をくらくらと酔わせ。
それがより、強張った心を虚脱させる。
魂を吐き出すように煙を吐けば、その目には月夜。
それらの冷たさと酩酊が、やっと現実に帰ってこれた事を彼に教えていた。
102:
「煮詰まった時だけじゃなかったっけー?ヤンキーだねぇ。」
「……まあ、気が沈んだ時に吸う事もありますよ。気分です。」
後から付いてきた北上は、ケイの横に座ると、いつものゆるい口調でそう話しかけた。
その声が彼に与えるのは、安心感。
いつでもそうだ。力が入りがちな時ほど、彼女はそうやって力を抜かせるように彼に接してくる。
しかしそれ以降は言葉は無く、夜空へ立ち上る煙を、二人は呆然と見つめていた。
「ケイちゃんさー、どんな夢見てたの?」
「喰いつきますね、随分。」
「手、震えてるもん。」
細かい所までは、悪夢の名残は隠せていなかったようだ。
消えかけのタバコを持つ手は、未だ少しの震えを見せていた。
それを誤魔化すかのように、ケイは2本目のタバコに火を点け、肺の底まで沈ませるようにそれを吸ってみせた。
溜息を誤魔化すように、深く、深く息を吐く。
そして白い煙を見送り、彼は座り込む北上の隣へへたり込んだ。
「……俺、実はあの街に行ったんですよ。ボランティアで。」
「……そう、なんだ…。」
「死の跡しか、無かったですね。
街もめちゃくちゃで、遺体の一部や血の跡もたくさん…何もかも冷たくて……ずっと、その時感じたものが取れないんです。
ああ、人の生活の跡も、人間だったものも、こんなに冷たくなるんだって……冷たいですよ、死んだ世界なんて。全部冷たい…。
…俺は、あいつらだけは絶対に許さないです。」
「そっか……。
ねえ、ケイちゃん。」
「どうしま……!?」
103:
その時彼は、初めてくちづけの感触を知った。
そして、永遠に感じられるような数秒が過ぎた直後。
少しだけの痛みが、彼の唇を襲う。
それは優しく、しかし傷を与えるように、彼女が唇へと噛み付いた痛みだった。
104:
「ユウ、さん……?」
「柔らかかった?痛かった?血の味、するでしょ?」
月明かりに照らされ、彼女は優しく微笑んでいた。
まだ残る、彼女の唇の柔らかさ。
そして痛みと、鉄の味。
先程とは別の形で心臓は早鐘を打ち、ありとあらゆる感覚がケイを襲う。
そして呆然とする彼を。
北上は、優しくその胸へと抱きしめていた。
「ふふ、ぬくいっしょー?
だいじょーぶ、ケイちゃんもアタシも、ちゃんと生きてる!ね?」
「…………。」
あの時感じた冷たさと絶望が、少しずつ溶かされて行くのをケイは感じていた。
時に殺意で自分を塗りつぶし、時に仕事に燃え、機械弄りを楽しむ事で自分を塗り潰し。
そうして彼が自分の中に封じ込めていたのは、癒える事なのない深い悲しみ。
不意に、熱を持った涙が彼の頬を伝う。
「……今アタシがした事はさ、全部忘れてもいいよ。
でも、これは忘れないでね。
アタシもケイちゃんも、こうして生きてたから出会えたんだ。
Bしかないけど、胸ならいくらでも貸したげるからさ。たまには泣いていーんだよ。ね?」
「はい…ありがとう、ございます……。」
嗚咽を堪えながら、彼はその胸で静かに泣いた。
そして北上は、微笑みながらその肩を抱きしめていた。
その微笑みが何を意図してかは、彼女以外は誰も知らないまま。
105:
“そうだよー、生きてたから、『また』出会えたんだ……。
ケイちゃん…かわいいかわいい、アタシのケイちゃん。
だからアタシの味も感触も、その傷もさ。
全部、全部覚えててね…?”
秋風に吹かれ、雲が通り抜けては月を隠し。
その明かりは、明滅を繰り返す。
そしてまた雲が晴れ、月明かりがその明るさを増した時。
それが照らした北上の笑顔がどのようなものであったのかは。
ギラギラと鈍く光る、月だけが知っていた。
111:
投下します。
112:
「ケイくん、唇どうしたの?」
朝、いつもの如く工廠に来た夕張は、真っ先にケイの唇が目に付いた。
意外に目立つその傷は、ぶつけたというには不自然な位置にあり、彼女はそれが気になったのだ。
「んー?ああ、ちょっとね。」
「そろそろ乾燥してくるし、癖になると結構引きずるわよ?リップ塗りなさい。」
「了解。」
いつもに比べればテンションも低く、目もどこか疲れている。
しかしそれ以外は特に様子が変わる事もなく、彼は淡々と仕事をこなしていた。
夕張は、ふと昨日の事が気になった。
彼女はまだ越してきたばかりであり、昨日の非番はそれに伴う用事が多く、工廠に顔を出す事が出来なかったのだ。
不意に、彼女の脳裏には北上の顔が浮かぶ。
何かあったのか、或いは何かをされたのか。
唇に傷と言う事実を前に想像を巡らせ、そして首を横に振って、彼女はすぐにそれらをかき消した。
“北上さんがじゃれてるだけだもんね…じゃあ、あの人が何かした?
むう、彼女ヅラしちゃって〜〜……!”
ゴミ箱を見れば、明らかにケイ一人分ではない空いた紙パックが捨てられていた。
おまけに片方はイチゴ牛乳、普段パックの緑茶かコーヒーばかり飲んでいるケイの趣味ではない。
誰の趣味かは、もはや一目瞭然だった。
昨日は恐らく、自分がいないのをいい事に、早めに訪ねていたのであろう。前の忘れ物の時の例もある。
そう考えると、夕張の嫉妬心はパチパチと火を上げ始めるのであった。
そして夕張は、おもむろに壁に貼られたホワイトボードに視線を送る。
いつも鎮守府の出撃スケジュールが書かれているそれは、今日は夜間出撃の部分が空欄となっていた。
本日の整備部門の退勤予定、17時。
それを確認すると、夕張はにんまりと笑みを浮かべる。
113:
「ケイくん、今日終わったら暇?」
「まぁ、居残りしなきゃ暇だな。」
「私こっち来たばっかりでさ、まだ美味しいお店とか知らないんだよね。
良いところ知ってたら、教えて欲しいなーって。」
「外食かー…確かに最近してないな。いいよ、何食いたい?」
「そうね、最近冷えるし…お蕎麦とか。」
「美味いところ知ってる。」
「ほんと?やった!」
そして仕事が終わり、一度私服に着替えた二人は、一路駐車場へと赴く。
この辺りの地理を覚えたいと言う夕張の希望により、彼女の愛車で出発する話となり、いざ車へと乗り込もうとした。その時のこと。
「ん?キーレス動かない。電池切れたかな…まぁいいや、後で替えよ。
アレ?ロックも連動もしないわね…今開けるね。」
「でけえなこれ、よっと…」
「ふふん、夕張スペシャルよ。さーて……ん?」
「……どうした?エンジン点かないの?」
「ケイくん…私、昨日やらかしちゃったかも……。」
青ざめる夕張の目線の先には、見事にオンになったままのライトのレバーが。
しかしライト本体は、何の光も放っている様子は無く、よく見れば、ドア開閉時もルームランプが点いていない。
エンジニアである二人がこの状況が詰みである事を理解するスピードは、もはや光のさであった事は言うまでもなく。
「大変申し上げにくいのですが…手遅れです。」
「ジムニーちゃああああん!!」
夕暮れの車内に、夕張の悲痛な叫びが響き渡るのであった。
そしてどうしたかというと……
114:
「うーん!気持ちいいねー!」
「あんまり動くなよー!危ねえ!」
シャフトドライブ特有の音を響かせつつ、巨大な鉄の塊が走り出す。
車での移動を諦めた二人は、ケイのバイクにて出かける事とした。
バイクの後ろ、それもアメリカンに初めて乗る夕張は、終始ご機嫌な様子だった。
「ケイくん!夕焼けやばい!」
「それがここのいい所!しっかり掴まんなさい!」
「うん!」
バイクは一路、目的地へ向け走る。
鎮守府最寄りのコンビニを目印に曲がれば、国道に入り、後はメインストリートへ向かうだけだ。
そのコンビニは、鎮守府の者も愛用する店である。
大体の者は自転車などでここへ来る為、鎮守府が1日を終えた現在、店頭には結構な数の乗り物が停められていた。
その中に、一回り大きいベスパが一台。
今日はとある雑誌の発売日。
鎮守府所属のある艦娘は、それを定期的に買っていた。
太めの三つ編みを揺らしながら、彼女は雑誌コーナーの前に立っている。
そして聞き覚えのある音に正面を見れば、右から左へ、窓の外を黒いバイクが駆け抜けて行った。
タンデムしているうちの一人は男性であろう、フルフェイスから覗く髪は見えない。
そして後ろに乗っているのは女性であろう、ヘルメットの裾からは、ミディアムロングの銀髪が見えていた。
その音が街の方へ消えて行くのを見届けると、彼女は会計を済ませて外へ出る。
楽しみにしていた雑誌を買った彼女は、非常に機嫌の良さそうな薄笑いを浮かべていた。
愛車を駆り、夕暮れに気持ち良さげな笑みを浮かべながら、先程のバイクと反対方向へと走っていく。
そんな日常の穏やかな風景の中。
彼女は、終始笑顔だった。
115:
「んー、おいひー。」
「ここは全職員の一押しだよ。あー、やっぱ天ぷらうめぇ…。」
鎮守府からバイクで20分、二人はとある蕎麦屋で夕食を摂っていた。
少し肌寒い今の季節、暖かい蕎麦は尚の事沁み入る。
ケイはその味に、昨日の心のめまぐるしさも、少しは癒されたように感じていた。
幾分柔らかさは取り戻しつつあるが、まだ顔に陰りがある。
夕張は彼のそんな様子を見て、むむ、とまたしても怪訝な顔を浮かべるのであった。
「今日元気ないわねー、どうしたの?」
「そう?いつも通りだけど。」
「顔疲れてるもん。昨日さ、何かあった?」
「何もないよ、どうした?」
「だってさ…目、腫れてるもん。」
しまった、とケイは思わず口を開けた。
こればかりは誤魔化しようが無い。観念した彼は、ある程度までは話す事にした。
「はぁ……高校の時さ、俺、公休ぶんどってボランティア行ったじゃん?
工廠でうたた寝してたら、その時の夢見ちまって…北上さんに慰められた。」
「あの街の時?そんな酷かったんだ…。」
「ひでぇなんてもんじゃ無かったね、アレは地獄だよ。
で、うなされてたのを叩き起こされてさ。
それで慰められて…何か、情けねえ所見せちまったなーってさ。」
彼のテンションが低かったのは、どうやら慰められた事に起因するらしい。
昔から無理をしがちなケイの事、恐らくそんな姿を北上に見せた事自体、落ち込む事なのであろう。
そして唇の傷の理由も、夕張には何となく察しが付いた。
恐らくそれは、当初の予想通りであろう事が。
しかし彼女は、それについては敢えて何も言わなかった。
116:
「ねえ…ケイくんにとってさ、北上さんってどういう人?」
不意に尋ねられた言葉に、ケイはすぐには言葉を返す事が出来なかった。
しばし思案し、そしてようやく返事を返す。
「んー…姉ちゃんみたいもんかなぁ…。
俺、最初は気合入りすぎて、結構空回っててさ。それを諭してくれたのが北上さんで。
あの人がいなかったら、今こんな立場じゃなかったと思う。
ずーっと仲良くしてくれてる人だよ。まあ、スキンシップ激しいのはご愛嬌だけど…。」
「お姉さんね…ふーん…。私さ、てっきり付き合ってるもんだと思ってた。」
「げほっ!!…つ、付き合ってないって!第一俺、あの人に釣り合うようなんじゃないし…。」
思わず咽せるケイを見て、夕張はにひひと笑った。
それは彼のその様を見てと、もう一つ。
付き合ってはいないと、彼の口から聞けた。その事も、彼女が安堵した要因だった。
「さーて、帰るか。」
「やっぱり大きいわねー、この子。ふふー、女の子乗せるつもりで買ったー?」
「俺の趣味ですー、これ乗る為にわざわざ大型取ったんだよ。いいでしょ?この渋いVツイン。」
「ねえねえ、この子いじっていい?」
「ダメ。こいつは俺の彼女だから。」
「人に恋をしなさいよ…ほんと機械馬鹿ねぇ。」
日はとっく落ち、すっかり肌寒さを感じる時刻。
バイクの風は冷たいが、しかし夕張の胸は、暖かさで満たされていた。
“…お姉さんかぁ。距離が近すぎてもダメなのかもね。
それならきっと、私の方が……どれだけマーキングされてても、そればかりはね。ケイくん次第だもん。
……私、負けませんから。北上さん。”
彼の腰に回す片手の暖かさに、夕張は複雑な溜息を吐いた。
でも、今はこれでいい。きっと空いたその場所に近づける。
そう自分に言い聞かせ、彼女はじっと、ハンドルを取る彼の背中を見つめていたのだった。
117:
Vツインの排気音と振動は、余計な情報を全てかき消して行く。
そしてケイのポケットにしまわれたものも、その存在をどれだけ主張しようとも、エンジンを止めない限り掻き消されるのだ。
『おーい。』
『ケイちゃん、お出かけー?』
帰り道の途中、彼の携帯には2件のメッセージが入った。
しかし運転中の彼は、それに気付くはずも無く。
そしてその送信された場所、北上の部屋。
テーブルの上には、夕方コンビニで買ってきたものが置かれていた。
そこには彼女が楽しみにしていた雑誌と、いつもの飲み物。
そしてもう一つ。
デザートのつもりで買っておいたのであろう、カットメロンの容器が一つ。
いつもこの時間なら来る返信を待ちわびながら、彼女はその一欠片に、深々とフォークを刺した。
口に運べば、じゅわりと滲み出る果汁の甘みが広がる。
しかし彼女の顔は、普段デザートを食べる時と違い、無表情なまま。
淡々と、そのメロンを口に運ぶのであった。
“もういい歳だし、好き嫌いどうにかしなきゃと思ったけどねぇ……何度食べても美味しくないねー、これ。
あーあ、アタシやっぱり『メロンは嫌い』…。
……本当に、大っ嫌い……!”
数分後の、彼女の部屋のゴミ箱。
そこには先ほど出たゴミも捨てられていた。
そして、空になったカットメロンの容器だけは。
白いラベルに血が滲むほど、粉々に握り潰されていたのであった。
124:
投下します。
125:
「ケイ、今度夕張を借りるぞ。」
「どうしたんです?」
「そろそろかと思ってな。」
とある日、執務室に呼び出されたケイは、提督からこの言葉を聞いた。
そしてそれを聞いた瞬間、彼は深く落胆の顔を浮かべる。
彼の脳内では、とある計算が次々に構築されていく。
そして解が出た瞬間、彼のげんなり具合は一層深くなるのであった。
「やるんですか、アレ…資材の飛び方やばいんですけど…。」
「資材課には話は付けてある、後はお前の承認だけだな。
ま、あいつも籍は艦娘、一度は通るべき道だ。整備に関わるなら尚の事。違うか?」
「ですねー……はぁ、わかりました。今回のメンバー誰ですか?」
「そうだな…今回は青葉、龍驤、霧島、長門……それと、北上だな。」
「了解しました、準備しておきます。」
簡素なやり取りだけで通じるほど、この行事は鎮守府での通過儀礼と化している。
そしていつもは意気揚々と仕事に臨むケイが、相当にテンションが低い。
これから夕張が体験するのは、そんなしきたりであった。
126:
「ケイくん、明日私初出撃だって!」
「もう知ってるよ…。」
それぞれの呼び出しを終え、工廠に出揃えば、対照的なテンションの者が一人ずつ。
片方は明日に備え急遽半休、そしてもう片割れは、明日使う艤装の整備に余念が無かった。
今彼が手を付けているのは、長門の艤装だ。
その様子をまじまじと見つめつつ、夕張は再び彼に話しかける。
「エース級のメンバーと一出撃だって!絶好のデータ取りのチャンスだわ!んー、上がるー!」
「楽しいピクニックだろうな、バリさんの中では…一応言っとくけど、遊びじゃないからね?
何が起きても受け入れる覚悟を決める事。いい?」
「う…ごめん……そんなに危ない海域なの?」
「敵ははっきり言って弱いよ。ただし…まあ、行けばわかるさ。
ここの通過儀礼って奴だよ。」
「うん…。」
失言だったかと夕張は我に返り、シュンとしてしまった。
一瞬だが、いつもの穏やかな彼とは違う目が見えたからだ。
艤装を組む時には魂を込めろ、とは彼の口癖だ。
直接では無いにしろ、ここにはここの戦いがある。
砲の一つ一つ、艦娘や人類だけでは無い。
弾丸の1発ずつが、彼の怒りも乗せて放たれるのだ。
ケイが不意に見せたギラついた目を見て、改めて襟を正さねばと彼女は思ったのであった。
「……生きて帰って来いよ、バリさん。」
「ちょ、ちょっとやめてよ…。」
「違う、メンタル的な意味でだ。俺達が何をする道具を作っているか、しっかり学んでくると良い。」
「う、うん……。」
一体何が始まるのだろうか?
彼女は不安に駆られながらも工廠を後にし。
そしてケイは明け方まで1人、いつも以上に真剣な面持ちで工具を握っていたのであった。
127:
「メロンちゃーん、おっそいなぁ。早よおいでー。」
「お、置いてかないでくださいよー。」
そして当日。
今回夕張の世話役を務めるのは、軽空母の龍驤だ。
見た目こそ幼く見えるが、今日のメンバーの中では最年長。
早夕張にメロンちゃんとアダ名を付け、手慣れた様子で引率をしていた。
他の面子も、見るからに歴戦の猛者だ。
そしてその中の一人、彼女にとっては意識せざるを得ない女がいた。
雷巡・北上
夕張にとってはケイを巡るライバルであり。
そして、未だに深い絡みの無い、謎多き女である。
“さっき挨拶した時も思ったけど、本当に読めない人よね…どんな戦いをするんだろう…。”
そうしているうちに、一同は目的の場所へと辿り着く。
まず龍驤が索敵と爆撃を行い、それが開戦の合図となった。
立ち上る煙が、龍驤の爆撃の跡を知らせてくる。
もう直ぐ会敵、遂に初めての戦闘だ。
一体何が起こるのか…そう息を呑む夕張に、龍驤が声を掛けた。
「メロンちゃん、今回は援護だけな。」
「え…。」
「うちの鎮守府流の、歓迎会や…終わったら焼肉な!北上ぃ!」
「あいさー。」
北上のゆるい返事と共に、ばしゅ、と小さな音が一つ。
そしてその直後。
夕張の視界の先で、『紫の水しぶき』が上がった。
“敵…?えっ…アレ、敵よね……?”
視認できたそれは、白い腕の生えた、紫がかった液体を撒き散らす塊。
それを全員が確認すると、一斉に戦闘が始まる。
激しい爆発音と、視界の先を覆う硝煙。
一歩引くように待機させられた夕張は、その先で何が起きているのかを、まだ知らなかった。
128:
「おし、やったな……メロンちゃん、おいでや。今から煙晴れた後のもん、よう見とき。」
そして硝煙が引き、再び視界が晴れた時。
夕張は、思わず自身の口を覆わずにはいられなかった。
それは、肉の塊だ。
ただし一様に紫がかった体液を垂らし、所々、病的に白い肌の一部や手足の名残が見て取れる。
下顎のみを残す頭部。
逆に下半身がちぎれた敵。
敵の艤装の特徴である大きな歯はちぎれ飛び、無数に海面へと浮かんでいる。
「ユルサナイ…ミン、ナ…シズ…メ…」
上半身だけとなった敵の一人は、まだ息があった。
致命傷を負いながらも戦意は衰えず、殺気立った目でその顔は一同を睨む。
「ほんま、七代先まで祟るとはよう言うたもんや……せやけど、人を呪わば穴二つ、やで?」
そして龍驤は小型の機銃を取り出すと、躊躇いなくその頭を吹き飛ばした。
それは正しく、吹き飛ばしたという表現以外無い光景。
漫画や映画でよくあるような、額に穴が開くだけの光景では無い。
肉片がビチャビチャと音を立て海面に飛び散り、遂に夕張は耐え切れず、その場に嘔吐してしまう。
それを見て、龍驤は諭すように夕張に語り掛ける。
「メロンちゃん。敵さんブチ殺すっちゅうんは、こういう事や……キミやケイ坊の作ったもんは、この為にある。
自分らが作ったもんがどんな光景作るか、それをよう覚えとき。
これは人同士ドンパチやるんとは訳が違う、バケモンと人の、生き残り賭けた戦いやねん。
吐くっちゅう事はな、それでもまだ抵抗ある言う事や。
それを忘れてもらう為に、まずはザコしかおらんとこ探して、新人一人と強いメンバー出す。どう言う事をやるか見せる為にな。
で、後でたんまり焼肉かモツ鍋喰うまでが提督の作った新人歓迎のルールや。
この後は打ち上げや。
今日の店な、美味いホルモンやハツ、ぎょうさん置いとるで……はー、早よビール飲みたい。」
そう笑う龍驤は、夕張の目には狂気の沙汰にしか映らなかった。
思い返せば、先ほどの硝煙の中、皆一様に獰猛な笑みを浮かべて戦闘に臨んでいた。
そしてとある事実を思い出し、夕張はより一層戦慄を深める。
北上だ。
彼女だけは、何一つ表情を変えず、淡々とその虐殺に参加していた。
戦意も殺意も感じさせず、無感情に敵を殺す。
それは寧ろ、あの中では一際異様な物に夕張には感じられた。
その姿を一度思い出すと、夕張の脳裏からは、ずっとそれがへばりついて離れないままだ。
そしてちらりと北上を見れば、変わらずゆるい雰囲気で談笑している。
戦闘の興奮も勝利の喜びも無く、ただいつも通りにだ。
その姿を見た時、改めて夕張の背筋には、冷たいものが走ったのだった。
129:
「かんぱーい!」
一度鎮守府へと戻り、一同は打ち上げ会場に移動していた。
龍驤イチオシの焼肉屋へと連れてこられた彼女の前には、色とりどりの肉が並べられている。
これが普段なら喜ばしい光景なのだが、しかし先程の光景がまだ生々しく残る今では、拷問に等しい。
そして壺漬けで出された牛ホルモンを見た辺りで、耐え切れなくなった彼女は、一度トイレに行くと席を立った。
用を足すフリをして個室に篭り、前日ケイの言っていた言葉を思い返す。
“俺達が何をする道具を作っているか、しっかり学んでくると良い。”
昼間の光景とその言葉が、交互に彼女の脳内でフラッシュバックする。
夕張が艦娘となった経緯。
それはケイにもう一度会いたいと言う事もあったが、それ以外にも、彼女にはとある夢があるからだ。
それを果たす為には、まずこの戦争を終わらせなければならない。
そしてその為にこそ、終わるまであの光景を繰り返す必要がある。
改めて現実を目の当たりし、彼女は自身の甘さに溜息を吐く。
しかし、負ける訳にはいかない。
まずはちゃんと肉を食べよう、と気を入れ直し個室を出た、その時だ。
「メロンちゃーん、待ってたでー。」
洗面台の前に仁王立ちで待ち構えていたのは、龍驤だった。
130:
「龍驤さん…?あ!ごめんなさい!トイレ待ってました?」
「ちゃう、キミを待っとったんや。ほぼ初対面みたいなんもんやし、少し二人で話したいなー思うてな。」
「は、はぁ……。」
龍驤は明るい姉御肌といった風だが、見た目に反し、実年齢歳相応にどこか底が見えない印象も夕張は抱いていた。
聞けば鎮守府の艦娘でも1.2を争う年長、そう意識すると、思わず畏まってしまう。
するとそんな夕張を察してか、龍驤は優しく彼女の肩を叩いた。
「キミ、ケイ坊と同級生なんやて?提督から聞いたでー。」
「え、ええ、まぁ……。」
「カーッ、ええなぁ、青春やなぁ。で、工廠メインちゅう事は…北上の事、知っとるやろ?」
その名を聞いた時、夕張の目が物憂げな色を浮かべたのを、龍驤は見逃さなかった。
そして優しい眼差しを彼女に向けると、龍驤はある問いを投げ掛ける。
「ケイ坊ん事、好きなんやな…キミ、あいつ追って艦娘になったん?」
「それもありますね…私、高校の頃は最後まで告白できなかったので。でも、もう一つ夢があるんですよ。」
「夢?」
「世界中で、深海からの襲撃が起きたじゃないですか。
狙いすましたように、各国の街を一部ずつ滅茶苦茶にして…たくさんの人が亡くなって…。
今でこそ各国の戦いの末に、制海も日常も相当に取り戻したけど…襲われた場所は、未だに復興が進んでいない所が多いんです。
私はこの戦争を終わらせて、学んできた機械工学を、そこの復興の為に使いたいんです。
艦娘になったのは、実状を知り、それを後に活かす為で。
笑っちゃいますよね?さっきもゲーゲー吐いちゃってたのに。でも、本気なんです。」
そう語る夕張の目は、理想に燃える若者のそれだった。
龍驤はその横顔を見て優しく微笑むと、続けてこう語る。
「ええやないか、殊勝な心がけや。
うちの連中、結構無茶苦茶な理由でやっとる奴も多いさかい、キミは汚れんといてや。
しかしケイ坊かぁ…北上、手強いで?ほんまもう、ケイ坊に依存しきっとる。」
「依存、ですか…。」
「せや。付き合っとらん聞いた時、びっくりしたわ。それでも勝つ覚悟、ある?」
「……あります。」
「気に入った。まあこれも何かの縁や、仲ようしたってや。あ、ライン交換しよー。」
夕張にとっては、やっと同性の仲間を得たと思えた瞬間であった。
そうして談笑する声が響く洗面台の、その扉の向こう。
そこの壁に寄り掛かり、聞き耳を立てる影が一つ。
北上だ。
電話が来たと席を離れたフリをして、彼女は二人の会話を聞いていた。
察しと面倒見のいい龍驤の事、恐らくそう言う話も出るであろうと踏んでの行為。
そして彼女達が出てくる前に、彼女はアリバイ作りの為に入り口へと移動する。
その間、彼女はどこか楽しげだった。
“へー…夕張ちゃん、そんな夢があるんだ…。
でもアタシもさ、夢があるんだよ?
アタシは早くこの戦争を終わらせて、仇を取って……。
ああ、楽しみだなぁ。
そしたらケイちゃんと、ずっとずっと……。
その為にも、早くあいつら皆殺さなきゃ。”
その後携帯を耳に当て、彼女は5分ほど会話するフリをしていた。
それは演技とは思えないほどの自然な会話で、画面を見ない限りは、そうだとは思えない光景である。
そして架空の通話の相手。
それはやはり、ケイなのであった。
131:
翌日の事。
回復休業という名目で、この日夕張は強制休暇となった。
それも含め新人の通過儀礼と言う事は、何度か通った道故、ケイも理解している。
そして提督の気遣いにより、彼は代わりに後日連休との通知。
今は夕張がいる手前、休まない訳にもいかない。
どう過ごしたものかと事務作業を片付けていると、随分と元気の無いドアの音が聞こえた。
「は〜いケイくん…」
「バリさん…顔、死んでるぞ?」
「一応口頭でも昨日の報告しなきゃってね…あ、すっぴんで来ちゃった…あはは…。」
「その目すっぴんかよ!?」
一瞬濃いメイクかと見紛う程の深いクマが、その目の下には刻まれていた。
話を聞くと、どうやら出撃と焼肉のダメージに加え、龍驤達にしこたま飲まされた様子。
未だ若干漂うアルコールの匂いに、ケイには昨日の地獄が手に取るように想像できた。
「龍驤さん、飲ませ方やばいんだよなぁ……隼鷹さんが呑んべえなら、あの人、強すぎて酒神様って言われてるから。」
「そのデータ、先に欲しかったわ…ウーハイ怖い……。」
「はは…俺の成人祝いの時、提督とあの人のダブルパンチだったよ…でも、見るべきものは見たんじゃない?」
「うん…殺傷効果の資料写真は見てたけど、やっぱりいざ現場に行くとね……ケイくんも?」
「ああ。俺は護衛艦で同行した形だけどね。ただ、サンプル用の回収作業はしたな…なかなかエグかった。」
「吐かなかったの?」
「復旧ボランティアの時、アレよりひどいの見たからね。」
「そう、なんだ…。」
高校時代は交流が薄かったが故、ケイがその当時何を見たのか、夕張は詳しくは知らない。
ただ、その一言。それだけで、彼が一体何を見て来たのかを想像する事しか、彼女には出来なかった。
今回の出撃で使用された弾薬や艤装は、全てケイの手が入った物だった。
それらを実際に使用し、戦闘を見た夕張が感じ取ったものは、とある感情。
強い優しさと、強い殺意。
彼女の艤装は、支給された状態の物よりもずっと扱いやすくセットアップされ。
そして弾薬は、通常よりも少し威力が上げられているのが感じられた。
特に北上の魚雷。
北上自身の腕も大きいのであろうが、通常の物よりブレも殆どなく突き進む魚雷に、夕張は彼のスキルの高さと、兵器に込める感情を強く感じたのであった。
132:
「ケイくんの作るもの、やっぱりすごいね…あの魚雷、あれだけブレないなんて。」
「魚雷は一番得意だしね。俺は実際に戦える訳じゃないからこそ、装備そのものの精度を上げるのに命をかけるんだ。
……でなきゃ、1体でも多く奴らを殺せないから。」
「うん……ケイくんさ…。」
「どうした?」
「この戦いが終わったら、どうしたい?」
唐突な質問に、工廠の空気は張り詰めた。
ケイの内面を知るにつれて、夕張は彼の中にとある物を感じていた。
普段の優しさに隠した、激しい憎悪と危うさ。
それは、このまま彼自らを壊してしまいかねない程のエネルギーを抱えているように、彼女の目には感じられたのだ。
彼が何度も寝ずの番をしてでも整備にかける情熱には、その感情も強く根付いている事にも。
「私はね…この戦争を終結させたら、軍を辞めて復興事業に関わろうと思ってる。前線にいる事で経験を得る為に、艦娘になったんだ。
ケイくんは、どうしたい?」
「俺か……。」
その問いに対して、彼は考え込む様子を見せた。
そして少しの沈黙の後、こう言葉を返す。
133:
「そうだな…この戦いの後、軍がどう体制を変えるかわからないけど…一つだけ、決めてる事がある。」
「何?」
「子供の頃、あの街に仲の良かった幼馴染が引越したんだ。
俺がボランティアに行った時、たまたま家を見付けてね。
壁中が、明らかに人間が飛び散った跡で真っ赤で…皆殺されたって、そこで理解した。
写真でしか見れなかったけど、元は静かな海沿いの、綺麗な街さ。
だからいつかと同じ海を取り戻して…その時に、花を供えたい。
それを叶えられたら、後の事はその時考えるつもりだ。」
「そっか……うん、叶えなきゃね!」
この時夕張は、精一杯の笑顔で応える事しかできなかった。
そしてその内心は、切なさと悲しみで満たされていた。
北上の露骨な好意に気付かない理由も、その言葉で理解出来たのだから。
彼の心の内は、戦いの事でしか満たされていないのだ。
バイクといった趣味にも精を出しているようなそぶりこそ見せているが、実際の所、自身の人生そのものを復讐の為に捧げようとしている。
鈍感なのではない。
そもそも恋愛をしたいだとか、人としての幸福が欲しいと言った概念が、彼の心の目には映っていない。
夕張は、自身の気持ちが届かない事以上に、そんな彼の危うさが悲しかった。
この戦争を終えた時、彼は生きる意味を見失ってしまいそうな。そんな気がして。
「じゃあ部屋戻るね、まだちょっとキツいわ……。」
「ウコン飲む?後で買っとくけど。」
「大丈夫!それじゃまた明日ね!」
工廠を出れば、丁度夕日が通り道を包む。
そしてそれに目を細めながら、彼女は黙々と寮へと歩き始めた。
「ばーか……。」
ふとこぼしたつぶやきは、カラスの声に掻き消され。
とぼとぼと歩く彼女の目には、西日が少しだけ沁みたのであった。
137:
投下します。
138:
服を着替える時、いつも目に入るのは肩の傷。
もう痛みなんて無いはずだけど、たまにズキズキと疼くんだ。
痛むのは、皮膚の強張り?
いや、違う。きっとこれは……
独りの時、時折傷が疼くと、アタシはうまく息ができなくなる。
じっとうずくまって、まるで石にでもなったみたいに、床にへたり込んで。
そうして胸を押さえれば、心臓の鼓動が手に伝わる。
一個しかないリズム、ずっとずっとひとりぼっちの鼓動。
痛い。
はぁ、と深く息を吐いて、震える手をベッドの上の携帯に伸ばす。
この部屋にはいない、アタシの薬。
もしいなくなったのなら、アタシは一体どうなってしまうんだろう。
痛い。
例えば誰かに盗られたら?
例えばアタシ以外の手を取ったなら?
考えれば考える程、ズキズキズキズキズキズキと、肩の傷は強張りを増して行く。
イタイ。
ずっとずっとずっとずっと。
傷がふさがろうが、傷の疼きが実は大したものじゃないはずだろうが。
ずっとずっと、痛み続ける場所がある。
胸の奥なのか、はたまた脳みその奥なのか。
そいつはアタシのどこかで今も、パックリと開いたまま、だらだらと血を流し続けている。
イタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイサビシイクルシイコワイカナシイニクイコロシタイシニタイ。
イタイ。
生きてるって事は、痛いんだ。
だから絆創膏も包帯も、薬も。必要なんだ。
気だるい雰囲気と言う包帯を巻いて、ゆるい口調と言う絆創膏を貼って。
『ユウ』と言うアタシを隠して、ハイパーな北上様になる。
でも、そこに痛み止めは無い。
震える携帯に手を伸ばして。
それが誰からの連絡なのかを確かめて。
アタシの中の痛みは、ようやくうるさい口を閉じてくれた。
その向こうに、確かに彼がいる。
その事実だけで、少しだけ、息が出来る。
今は何時だろう。
あの子は帰ったろうか。
まだ大丈夫かな。
そうだ、お菓子でも持って行こう。
早く早く、会いに行かなくちゃ。
いっそ食べてしまいたいぐらい、愛しいひと。
会えば何もかも吹っ飛んでしまう、痛み止め。
かわいいかわいい、アタシだけの……
だからこそ、本当の事はまだ言わない。言えない。
139:
「連休ー!?こりゃ雹でも降るねー。」
ある日の夜、いつものようにケイと北上が工廠で話していると、随分驚く話が出た。
Mr.セルフブラックとからかわれる事さえある重度のワーカホリックなケイが、何と連休。
あまりに予想外な事態に、思わず北上も驚愕の顔を見せる。
「今はバリさんもいる手前、致し方なしですよ。
まぁ、最近大本営に睨まれてるって提督からも釘刺されましたし……しかしいざそんな話振られても、何したもんかなーって。」
「いつー?いつなのさー?」
「4日後からの3日間らしいです。
連休なんて、せいぜい帰省でしか取った事ないですよ…まぁ、1日ツーリングしてみて、後は設計書いて潰そうかなって。」
「ちょっと待ってねー……お、4日後アタシも休みだねー。
ねえねえ、前言った話覚えてる?」
「ツーリングですか?」
「そ。こないだ話した足湯ー。これは行くっきゃないっしょー。
もうすぐ冬だよ?バイク乗れなくなる前にさー。」
「そうですねぇ…まあ、どうせなら行っちゃいましょうか。走り納めに。」
「やた!ケイちゃんのバイク、初めて乗るなぁ。」
何度か頼んで愛車を見せてもらった事はあるが、実は北上が後ろに乗った事は一度も無かった。
せいぜい跨らせてもらったことがあるぐらいだ。
恐らく今まで女で後ろに乗った者は、以前彼女がたまたまタンデムしている姿を目撃した、夕張だけ。
その様に、より強い嫉妬と憧れを抱いていた。
今度こそ、そこに自分が乗れる。
しかも野暮用ではなく、ちゃんとした行楽としてだ。
そう考える程、北上の心はより一層弾んだ。
「ふふー、楽しみだなー。あ、ケイちゃん、前日居残りしちゃダメだかんね?」
「ふぐっ……!な、何の事でしょうか…?」
「はっはー、君の行動パターンなどお見通しなのだよ。」
夜更かししないよう釘を刺し、出発時刻もしっかりと決めた。
何を着て行こうか、晴れるといいな。そう考えながら、不意にあるメロディを口ずさむ。
「クツはわすれっぱーなーしーでも幸せだってー♪」
「何て曲です?」
「なぜか今日はって曲ー。今度貸したげる。」
北上は当日の事を想像しながら、上機嫌で鼻歌を歌っていた。
お気に入りの曲の歌詞を頭の中で反芻しながら、彼女はとても幸せそうだ。
快晴の秋空と紅葉、そして側にはケイがいる。
2人だけの穏やかな世界。
それは何て、幸せな事なのだろう、と。
「ケーイちゃーん♪」
「何するんすか、撫でないでくださいよー。」
「へへー、楽しみだねー。」
「…そうですねー。」
あの晩以来、ケイはどこか元気が無い様子だった。
夢に見た過去の事もあったのであろうが、それとはまた別の事も絡んでいる様子。
夕張が、何かを言ったのだろうか?
そんな事を考えつつ、少しだけ柔らかく笑った彼の顔を見て、彼女は釣られて嬉しそうに微笑むのであった。
140:
そして当日。
待ち合わせより早く駐車場にバイクを出し、ケイはエンジンを暖めていた。
久しぶりに袖を通したモッズコートに、いよいよ冬の訪れを感じる。
今年の走り納めを感じつつ、彼は愛車のタンクを優しく叩いた。
秋の朝は、鎮守府のある辺りは比較的冷える。
心地よい秋晴れを見上げつつ、エンジンから上る熱で暖を取りながら、待つ事数分。
「お待たせー。」
現れた北上も、色違いのモッズコートを着ていた。
今日はツーリングという事で、同じ事を考えていたのだろうか。
しかしそこはさすがに今時の女子。ちゃんとガチガチにならないよう、他の部分で可愛らしくコーディネートされている。
私服姿は見慣れた物だとばかり思っていたが、ケイはまじまじとその姿を見つめていた。
「そんなん持ってましたっけ?」
「こないだ買ったんだー。ほら、大井っちと遊んだ時。いいっしょー、ぬくぬくだよー。」
「お、確かにファーが俺のよりふかふか…良いなぁ。」
いつも通りな他愛も無い会話を交わしつつ、ヘルメットをかぶった二人はバイクへと乗り込む。
そして北上は頭を屈めて、ぎゅーっと彼の背中へと抱き付いた。
「ふふ、これで風防はばっちり。ぬくいねー。」
「ユウさん、それじゃ危ねえです。」
「こう乗るもんじゃないの?」
「こいつだとまた違うんですよ。こう、腰の辺りを……そうそう、その辺。
そこ掴んだら、後は流れに逆らわずで。」
「ありゃりゃ、これじゃおっぱい当たんないねー。」
「ぶっ!?あ、安全第一!ほら、出発しますよー!」
流れを遮るようにケイはギヤを入れ、アクセルを回す。遂に出発だ。
自分のベスパを駆る時とは違う感覚に、北上は思わず「おー?」と感嘆の声を上げる。
Vツインならではの重い排気音はあっという間に駐車場を抜け、いつもの道へ。
慣れ親しんだはずの道も、今日は随分キラキラして見える。
ふと視線を上げれば、秋晴れの空は爽やかさをより一層増していた。
今日は世間は平日。
駅へ向かう学生やサラリーマンの流れを見ながら、少しだけ贅沢な時間を過ごせている気がした。
そんな穏やかな休日の始まりに、彼女は思わずふふ、と幸せそうに笑ってみせたのだった。
141:
そして1時間半程過ぎた頃。
「ケイちゃーん、今どの辺?」
「もうちょっとしたら例の峠入りますね。ちょっと寄り道して、一息入れましょう。」
そうしてケイは、とある所にバイクを停めた。
道の駅と呼ばれる、観光地によくあるドライブインの一種だ。
休憩も目的だが、ケイの目当ては観光案内のパンフレット。
峠の観光地では、携帯では回線が弱い事もある。
こうした所にあるパンフレットの類は、ライダー達にとっては強い味方なのだ。
「お。ユウさん、足湯までの通り道、まさに紅葉スポットみたいですよ。」
「へー、いいじゃん。楽しみだなぁ。あ、ちょっと売店見てかない?」
「そうですね、お土産でもあれば。」
二人が売店へと入ると、よくあるお土産コーナーが広がる。
地域の名産を使った様々なお菓子や保存の効くつまみ、そしてとある一角を見て、北上はケイの肩を叩いた。
「へー、ご当地キャラだって。かわいいー。」
「確かにかわいい。結構ぶさいのも多いですからね。」
「ねえねえ。」
「どうしました?」
「このストラップ2個買ってこうよ。ケイちゃんとアタシの分でさ。」
購入したストラップを、北上は早自分のリュックに付けていた。
一方ケイはといえば、どこに付けたものかと思案中。そんな彼の顔を見て、北上はある提案をした。
「キーケースに付けたら?それならいつもカバンの中だしさ。」
「あー、その手がありますね。」
そしてキーケースからぶら下がる小さなぬいぐるみを見て、北上は満足そうに笑う。
互いが普段身に付ける道具に、お揃いのものが付いた。
それが彼女には、堪らなく嬉しかったのだ。
道の駅を出て、バイクは一路峠へと入る。
辺りが木陰に包まれるのに合わせて上を見上げれば、二人の視界には一面の紅葉が。
そして更に峠を登ると、今度は道路から、遠くに広がる海と、秋の色に染まる山々が見えた。
停車スペースにバイクを停め、二人はしばしその光景に見惚れていた。
各々普段は、硝煙とオイルに塗れる日々。
そんな騒がしい日々も、目の前の美しい光景に暫し忘れられたような。そんな気がしていた。
「はぁ、これぞツーリングの醍醐味かな。絶景ですね。」
「ねー。こんな良いところだなんて知らなかったよ。あ、そうだ。写真撮ろうよー。」
北上はケイの腕を掴むと、携帯のインカメラを立ち上げた。
ちゃんと周りの風景と二人が写るよう、彼女は体をグイッとケイに寄せる。
そして撮られた、満面の笑みで写る二人の写真。
それは彼女にとってまた新しく増えた、楽しい思い出となった。
142:
バイクは再び目的地へ向け舵を取り、ようやく目当ての場所へと辿り着く。
高台に作られた、真新しい建物。
ここが今日目当てとしていた足湯と、食事処を兼ねた施設だ。
「とうちゃーく。んー、空気がうまいねー。」
「へー、あれ見てくださいよ。」
「どったの?」
「あそこの一面ガラス張りになってますね。景色見れるように作ってるかも。」
そして建物へと入れば、まさに予想通り。
足湯の壁側に寄りかかれば、峠からの景色が一望出来る作りになっていた。
そして平日という事もあってか、なんと他に客がいない。
ほぼ貸切状態の光景に、思わずほー、と二人は声を上げていた。
「いいねー。じゃ、早。」
裾を捲って脚をつけると、先程までの冷えがじわじわと抜けて行くのがわかる。
その心地よい温度と絶景に、二人は暫し会話も忘れてまったりとしていた。
そして数分も過ぎた頃、ぽつりと北上が口を開く。
「夕張ちゃんと何かあったの?」
「…どうしたんです?」
「いや、何となく。最近テンション低かったからさー。」
「んー…何かあったと言うか、言われたんですよね。
この戦いが終わったら、どうしたい?って…。
バリさん、終わったら今度は復興に関わりたいって言ってましたよ。偉いなー、って思いましたね。ちゃんと考えてて。」
「ケイちゃんは?」
「無我夢中でしたからね。何となく、終わっても軍に残るんだろうなー、ぐらいしか考えた事無かったです。
戦争を終わらせて、前話した幼馴染の仇を討つ。それが何よりの目標ですし。」
現状として、今の戦争は数年をかけ、人類側の圧倒的優勢に持ち込まれている。
それは艦娘達や軍人達の決死の戦いの末に掴んだものであり、終結はそう遠くない未来に見え始めていた。
そして、それはいずれ、大きな環境の変化が彼らに訪れる事も示唆している。
「…花をね、供えに行きたいんですよ。」
「花?」
「ええ。幼馴染が最期に住んでた街は、海辺の綺麗な所で。それを取り戻せたら、行きたいなぁって。
この辺からは600kmぐらいありますし、ツーリングも兼ねてね。
それを果たしたら、戦争以降の事を考えたいって思ってます。」
「いいじゃん、その子達も喜ぶよ。ねえ、その旅さ……アタシもついてっていい?」
「そうですね…行きましょう!いい所ですよ。」
「やた!じゃあ約束ね!」
そうして北上は弾けるように笑い、ケイはそれを優しく見守っていた。
他愛もない話をするうちに、脚から来る暖かさに眠くなったのか。
彼女はいつの間にか、ケイの肩に頭を寄せて眠っていた。
耳元で聞こえる寝息を感じながら、彼の脳裏には様々な事が過っては消えて行く。
戦いの目的と信念。
まだ不確かな、その先の未来。
そしてもう一つ、彼の胸には去来するものがあった。
北上の寝顔を見て一度微笑むと、彼はガラス窓の景色を見て、ふぅ、と溜息をついた。
その目には少しだけ、安堵の色が増したように見えた。
143:
二人を乗せたバイクは、夕暮れの峠を下る。
夕焼けの色と紅葉は、昼のそれとは一味違う表情を見せていた。
西日に目を細めながら、北上は今日と言う日の満足感に、嬉しそうな顔を浮かべていた。
「ケイちゃーん。」
「どうしました?」
「また来ようね。ここ、桜もすごいんだって。」
「そりゃ是非とも。次は花見ですね。」
また増えた約束に、彼女はきゅっとケイの腰を掴んだ。
その胸に訪れるのは、一抹の幸福と、複雑な想い。
“今日も本当の事、言えなかったなぁ…。
言えないよ。そしたらケイちゃんは、きっとアタシの事……。”
不意に疼く古傷は、一瞬彼女の息を乱した。
しかし目の前には、特効薬がいる。
その背中を見つめて。彼女はすぐに、その疼きを忘れる事が出来たのであった。
144:
二人がツーリングへ出掛けた日の、昼下がりの事である。
提督とこの日の秘書艦である龍驤は、いつも通りに執務をこなしていた。
機密情報以外の雑務はPC作業にて行われており、二人の間に置かれたプリンターからは、時折各種資料やFAXが印刷されては吐き出される。
そして提督があるメールをプリントアウトし、龍驤へと手渡した。
それを見て、「あー、もうこの時期か。」と彼女も納得した様子。
「毎年2人はよこす義務とはいえなぁ…うちの18以上でまだ持ってへんの、おる?」
「こんな片田舎じゃ、車かバイク無いとキツいしな。
まぁ、希望制にしてみるか…大型の資格欲しい奴もいるかもしれないし。」
その書類には、こう書かれていた。
『秋の軍内自動車訓練合宿、受講者募集のお知らせ。』と。
147:
投下します。
148:
「おはようございます。提督、今日は何でしょう?」
「うーっす、連休はエンジョイしたか?少しはすっきりした顔してんじゃねえか。何?とうとうお店で一発抜いてもら…」
「ってませんから。ツーリング行って、後は設計書き放題でしたよ。その節はありがとうございました。」
「相変わらず冷てえなぁ…まあまあ、そんなお前にホットな話題だ。」
連休も終わり、ケイは早執務室へと呼び出されていた。
提督が彼一人を呼び出す時は、重要な用事か、無茶なお願いかである。
そしてそれを見極める手段は、至極単純。
提督が提督然とした猫を被っている時は重要案件、それ以外の素のキャラでいる時はお願いの類だ。
主に開発での無茶なリクエストや、何かしらロクでもない私用の時のモード。
よって今回の提督からの話は、お願いの方らしい。
ケイの提督に対する冷淡な態度は、二人の信頼関係と、提督の堅い雰囲気嫌いによる所である。
これまで様々な案件をこなして来た故の砕けた関係だが、主にケイが災難を被って来たのは言うまでもない。
今回はどんなワガママが来るのか。
ケイがこれから来るであろう35歳児・役職大佐の世話に、磯風の焼いたサンマのような目を浮かべ始めると、目の前にはプリントが一つ。
「秋の軍内自動車訓練合宿……ああ、ノルマ最低2人の。」
「そうなんだよぉ〜、でもうち、車社会の片田舎じゃん?皆免許あるからどうすっかてさ。大本営もうるさいし。
誰か大型欲しい奴とかいない?宿代以外タダだし。3トン半駆る女はモテるよ?男も狩って積み放題だよ?」
「21股とかどんだけ肉食ですか。
うちじゃせいぜい2トンしか使わないですしねー…ああ、でも欲しがりそうなのはいるかも。」
「マジで!?じゃあお願いしよっかなー。」
「…1人ならラーメン、2人なら北口の回転寿司。」
「くっ…!北口のってかなりするとこじゃねえか…よし、飲もう!頼んだぞ。」
「了解しました。」
そしてプリントを片手に廊下を歩くケイの脳裏には、真っ先に緑のリボンが浮かんでいた。
普通免許しかない夕張であれば恐らく喰いつくであろうが、あともう1人は、誰に話しを振ったものか。
それを決めあぐねつつ、彼は3日ぶりに工廠の扉を開けるのであった。
「行く!」
駆け付け三杯ならぬ、駆け付け3秒。
ケイの思惑通り、夕張は即決で参加を決めたようだ。
いない間は少し大変になるが、そこは慣れたものだ。
さて、これであと一人。誰に声を掛けようか…と考えた辺りで、彼の携帯が震えた。
『今日お昼一緒に行こーよ。』
その通知を目に収めた時、不意に一台のバイクが彼の脳裏を走り、そう言えば免許は免許でも…と彼の中では解答が出た。
149:
そして数日を経て、合宿当日。
迎えのバスは、隣の鎮守府から合同で発車する形となり。
夕張はそこに向かうべく、一人電車に揺られていた。
天気は快晴であり、実に爽やかな朝。
イヤホンからはお気に入りの音楽が流れ、彼女は大変ご機嫌な様子である。
「ねー♪そのてーをーたとーえ♪」
電車を降り、周りに人がいないと思った彼女は、調子っぱずれに歌を口ずさむ…が、不意に反対のホームにいたサラリーマンと目が合い、思い切り赤面してしまった。
これは恥ずかしい。同行者がいたら穴に入りたい程だ。
と、考えた辺りで、彼女はある事に気付く。
“そう言えば、今回他に誰かいたっけ……?”
隣の鎮守府へ現地集合と言われており、彼女は同行者の有無を確認していなかった。
上着に四つ折りして入れたのは、バス集合関連のプリントのみ。駅は出てしまったし、今からリュックとファイルを開けて資料を見直すのも手間だ。
余裕を持って到着したいと考えていた彼女は、ひとまず現地へと急ぐ事とした。
現地へ到着した夕張は手続きを済ませ、集合場所である駐車場にいた。
今回は艦娘のみの合宿のようで、見慣れない女性達がポツポツと集まり始めている。
「○○鎮守府、田中キヨミさーん。」
「はい。」
知らない名前が呼ばれたかと思えば、とある艦娘が係員に身分証を見せていた。
艦娘同士は艦名で呼び合うのが通例なのだが。
実は本名の秘匿義務は無く、一種のコードネーム兼役職名のようなものである。
立場も含め分かりやすくなるよう、一つの鎮守府内では通常、艦名で呼び合う事が推奨されている。
しかし今回は合同合宿の為、艦名が被らないよう本名で通す模様だ。
そう言えば、自分はまだあまり他の艦娘の本名を知らないな……と思っていた時、とある名前が呼ばれた。
「××鎮守府、川本ミユさーん。」
「あ、はーい!」
自分の名前が呼ばれ、夕張は首に下げた身分証を見せた。
一足先にバスに乗り込み時計を見ると、まだ出発まで30分はある。
外を見れば、また後続の人だかりが増えている様子だ。
そうして点呼の度に別の鎮守府の名が呼ばれていたのだが、10分ほど過ぎた辺りで、とある名前が呼ばれた。
「××鎮守府、岩代ユウさーん。」
聞こえてきたのは同じ鎮守府の、知らない名前だ。
誰だろうか?まあいい、これを機会に仲良くなれば良いではないか。と考えつつ入り口を眺めていると、まず一列目の座席越しに、黒髪が目に入る。
“黒髪……誰だろ?いや、まさかねぇ…え…?えーーーーーーっ!?”
そしてその影が段差を登り、フロアに現れた時。
夕張は、ぽかんと開いた口をごまかす事すら出来なかった。
「あれ、夕張ちゃんも来てたんだー?おはよ。」
「北上、さん……おはようございます…。」
彼女達にとって、それはそれは、実に濃厚な一週間が幕を開けた瞬間であった。
150:
一方その頃、こちらはケイの工廠。
この日は他鎮守府との演習が組まれており、会場はケイ達の鎮守府が選ばれていた。
午前の演習を終え、ケイは使用された艤装の事後点検に勤しんでいた。
通常演習の際は、後片付けは会場の工廠で行われる。
他の工廠で組まれた艤装は、大いに参考になる。彼は自分の組んだものとの違いを確かめつつ、丹念に双方の艤装を点検していた。
そんな時、シャッターを開け放たれた工廠に入り込む影が一つ。
「ケイくん、久しぶりね。」
「ん…?ああ、お久しぶりです。どうしましたか?」
「ふふ、終わって暇してたから、久々に顔でも見ようかなって。北上さんも元気にしてるかしら?」
そこに現れたのは、かつての北上の同僚。
重雷装巡洋艦・大井。その人であった。
「お茶どうぞ。」
「ありがとう。」
隣同士な手前、度々大井の鎮守府とは演習を行っていた。
ケイ自身も北上から紹介され、彼女とは何度も話をした事がある。
しかし思い返せば、こうしてサシで会う事は初めてだった。
いざこうなると、何を話したものかとケイが困り始めた頃、大井は静かにその口を開く。
「この前南の足湯行ったみたいね、北上さんから写真が来たわ。」
「良いところでしたよ。大井さんが北上さんに教えてくれたんでしたよね?」
「そうね。あそこはうちの方が近いから、タウン誌に載ってて。因みに途中にラブホ街あったと思うんだけど、寄ってないわよね…?」
「ぶっ!?よ、寄ってませんって!!」
不意に切られたメンチと素っ頓狂な質問に、ケイは思わず茶を吹きそうになってしまう。
同性愛疑惑が出るほど北上にべったりな彼女だ。
しかし、単に友情の表現が激しいだけだと言う事は、彼も理解はしていた。
“北上のスキンシップが激しいのは、大井の悪影響では無いか?”と言う疑念も、彼の中には湧いてはくるのだが。
「ふふ、冗談よ。ケイくんがそういう人じゃないの、私も知ってるもの。…でも北上さん、様子が変とかは無かった?」
「いえ、その日は特に…。」
「その日は…?じゃあ、他は何か変わった事があったの?」
「あ。いえ……そう、ですね。心当たりはあります。」
「やっぱり…よかったらで良いのだけど、話してもらっても、いい?」
ケイはある程度は伏せつつ、最近起きた気がかりな事を大井に話した。
彼女はと言えば、何かを考えながらその話を真剣に聞いている。
そして粗方話し終えた頃。
大井は頭を整理するように湯呑みに口を付け、ようやく言葉を発する。
「ケイくん、改めてちょっといいかしら?」
「はい。」
「あなたに本名を呼ばせるようになってから、余計スキンシップが激しくなったのよね?」
「そうです。契機はそこだった気がしますね…。」
「そう…。あの子はね…本当はとても怖がりで、繊細な子なの。
そう見えないとは思うけど、それだけあなたには心を開いてるって事。本当の弟のようにね。
だからケイくん…北上さんが何を抱えていても、出来るだけ受け入れてあげて。
あなたの話をする時は、ずっと嬉しそうだもの。全く、妬いちゃうわね。
ふふ…そうね、もし北上さんを深く傷つける事があったら、海に沈めるから…なんてね。嘘よ。」
「は、はい……。」
少しプレッシャーを掛けるつもりで、大井はそんな冗談を飛ばしてみせた。
そして彼女は北上の親友であるが故に、様々な事を知っている。
例えば嬉しそうではなく、彼の話をする姿も。
“北上さん、仕方ないわね…でもケイくん、あなたはいつか本当の事を知る日が来るわ。私すら知らない、彼女をね…。その時、あなたはどうするかしら?”
心配を表に出さぬよう、大井はなるべくいつもの顔で接するよう努めていた。
彼はまだ、北上の抱える物の殆どを知らないのだ。
それこそ、彼女の肩に刻まれたものすらも。
151:
「はい、こちら今回の部屋割りとなります。無くさないよう気を付けてくださいね。」
そして再び、北上と夕張のいる自動車訓練所。
初日は車両説明と学科のみで終わり、今は宿代わりの寮の説明を終えた所だ。
どのような規則性で部屋が振られているかは、特に説明はなかった。
常識で考えるならば同じ鎮守府で固める所だが、一縷の希望として、全体のあいうえお順であって欲しい。
夕張はそう考えつつプリントに目を通すが、その希望は、余りにもあっさりと打ち砕かれた。
「おー、夕張ちゃん一緒じゃん。良かった良かった。」
“どの口が言うか”と喉元まで出掛かったのを、夕張は必死に飲み込んだ。
移動までのバスの車内、北上は早々にイヤフォンを耳に入れて、自分の世界に入ってしまっていた。
勿論バスの中で会話はなく、漏れてくる音楽が絶妙に夕張の趣味に近いのが、却って気まずさを増すばかり。
余りにも妙な空気に、心がチアノーゼになりそうな気配を感じていた時、上の荷台からちゃり、と小さな音が一つ。
北上のリュックに付けられたぬいぐるみが、弾みで荷台から吊られた状態になってしまったようだ。
ん?見覚えがあるぞ、と夕張がそのぬいぐるみをよく見ると、工廠でも同じ物を見た記憶が蘇る。
そう言えば、ケイもキーケースに同じ物を付けていた。
確かこの前、ツーリングに出たと聞いたのを思い出した辺りで横を向くと…北上が夕張に視線を向けていた。
ふふん、と鼻息が聞こえてきそうなご機嫌な顔でだ。
ただし、目の奥が笑っていない。
それを目の当たりにした時、夕張の女の勘は全力でその存在を激しく主張した。
“ほぼ間違いなく、自分の気持ちは気付かれている”と。
そしておもむろにイヤフォンを外すと、北上は何事もなかったかのように夕張に話し掛ける。
152:
「それ、かわいいっしょ?○○市のゆるキャラなんだってー。こないだケイちゃんの後ろ乗っけてもらってさー。」
「え、ええ、今年最後のツーリングって言ってましたし。
あのバイク大きいですよね。私も前一緒にご飯行こうとしたら車壊しちゃって、代わりに乗せてもらって……。」
「うん、知ってる。コンビニで見たもん。」
見られていたと知り、夕張は驚愕を隠せずにいた。
件のコンビニは、鎮守府の者がよく使う店だ。ましてやあの時は夕方、見られていてもおかしくはない。
その中に北上がいる可能性も、充分に高かったのだ。
「夕張ちゃん、バッテリー上げちゃったんだって?ダメだよー、ちゃんとライト切らなきゃ。ま、車の免許ないアタシが言ってもだけどさー。」
「車の方は持ってないんですか?」
「バイクの小型しか無いよー。だから今回来たんだよね。
アタシも乗せてもらってばっかじゃなくて、乗せてあげないとなーって。ケイちゃんを。」
何故そこで恍惚とした笑みを浮かべる。
どこへ連れて行く気だ。何をする気だ。ナニをするのか。
ネオン輝く峠の城か。それとも無人の駐車場か。
思わず夕張はまくし立てるように突っ込みたくなるが、しかしこちらが何かされた訳では無い。
いつか漫画で見たように素数を数えて気を落ち着かせようとすると、またちょんちょんと肩をつつかれ、今度はスマートフォンの画面を見せられる。
「これこないだのー。ケイちゃんが休めたのも、夕張ちゃんのおかげだよ。ありがとね♪」
そうして見せられたのは、先日撮られた峠でのツーショット写真だ。
紅葉を背景とした実に楽しそうなツーショットであり、北上は上手く収まろうと、ケイに密着して写っていた。
それはもう、ぴったりとだ。
普通であれば、今の感謝の言葉でこんな感情を抱くのは被害妄想だ、と夕張は考えていた。
そう、普通であればだ。
その写真を見せてきた時の北上が、清々しい程のふんす、とした顔を晒していなければ、の話。
“ふふ…もうやだ、帰りたい……爆発しろー、ちくしょー。ばかやろー。”
人間とは、こうも本音を上手く隠せるものなのか。
と、愛想笑いを浮かべる自身の表情筋にドン引きしつつ、夕張は10秒にも及ぶ溜息を心の中でついていたのであった。
153:
「戻りましたー。」
「ん。おかえりー。」
そして時刻は戻り、現在。
食事を終えて宿舎に戻ると、先に北上が寛いでいた。
ベッドにごろりと横たわり、何やらゲームをしているようだ。
夕張はと言えば、その様子を気にしつつ、自分にあてがわれたベッドに腰掛け、イヤフォンを付ける。
せっかくのお気に入りの曲ではあるが、なかなかこの気まずい空気では頭に入ってこない。
そうしてアルバムも6曲目に入った辺りで、北上がちらりとこちらを見てきた。
何やら聴いているものが気になるらしく、夕張は一度プレイヤーを止めると、イヤフォンを外した。
「ごめんなさい、音大きかったですか?」
「いや、違う違う。夕張ちゃんもそのバンド好きなの?」
「北上さんもですか?」
「うん。もう切なくてさ、侘び寂びよねー。ところで夕張ちゃんさ…バッグから見えてるの、DS?」
「ええ、夜は暇になるかと思って。」
「ふふー…対戦やんない?」
そして二人は、互いのベッドに横になりつつ対戦を始める。
彼女達がプレイするのは、レースゲーム。
二人共やり慣れているらしく、CPUの車はほぼ空気と化した接戦を繰り広げていた。
「はい、赤甲羅。」
「えぐっ!?そこで仕掛けます!?」
「こういうのはギリギリがいいんだよー…のわっ!?もー、アイテム爆弾誰ー?」
「ふふー、私ですよー。はい、巻返しです。」
「やったねー……ーーー♪」
白熱した展開を繰り広げる中、不意に隣のベッドからは、小さなメロディが聞こえる。
どうやら北上はプレイしつつも、お気に入りの一曲を口ずさんでいるようだ。
「へー、その曲好きなんですね。」
「うん。言われてみたいもんじゃない?俺はどうしようもなく愛しい〜♪なんてさ。」
「意外とロマンチストなんですね、北上さん。」
お互い恋敵のはずだが、いざちゃんと話してみれば、存外趣味が合う。
ケイの事が無ければ、もしかしたら普通に仲良くなれていたかもしれないな、と夕張は思っていた。
しかし先ほど北上が口ずさんだフレーズを、『誰に言われたい』のか。
それについては、お互い触れる事は無く。
「よし!お風呂行くー!」
「あ!勝ち逃げ!待って下さいよー。」
そしてと共に浴場へと向かうと、まず北上は大きな三つ編みをほどく。
こうして見ると随分長いと夕張が思う間に、次に服に手が掛かり、そうして見えたものに、彼女は強い衝撃を受けた。
“えっ…この傷……。”
丁度右肩から乳房の外側へ走る、大きな傷跡。
肩の傷は特に、ショルダーバッグでも掛けているかのように大きい。
一体何で出来た傷なのか、夕張には到底想像が付かなかった。
154:
「あー、ごめんごめん、びっくりさせちゃった?昔事故っちゃってさー、その時のなんだよね。ケイちゃんには、内緒にしてくれると嬉しいな。」
「事故…ですか。は、はい、わかりました…。」
風呂から上がり部屋へ戻ると、北上は一足先に、備え付けのドライヤーで髪を乾かし始める。
そして自分の方が終わり交代するかと思いきや、彼女は夕張を、鏡台の前に座るように促した。
「夕張ちゃん、やったげるよー。おいで。」
促されるまま椅子に座ると、優しい手付きが髪を通って行く。
サラサラと風と手が水気を払い、夕張の髪は北上よりも早く乾いて行った。
そして慈しむように、すっ、すっ、と優しく仕上げの櫛が通って行く。
「綺麗な髪してんねー。目もくりっとしててさ…お人形さんみたい。アタシすっぴん薄いからねー、羨ましいもんだよ。」
「そうですか?北上さん、それだけ長くても全然傷んでないじゃないですか。」
「いや、結構大変なんだよー。爆発しちゃうから、いつも三つ編みだしさ。
ふふ…でもほんと、綺麗な髪だよねぇ…。」
それは、突然の感覚だった。
一度ぞわりと皮膚が泡立ったかと思えば、へばり付くような首元への違和感が夕張を襲う。
優しく髪を撫ぜる手が通り抜ける度、それは首筋や耳に触れ、その度形容し難い感覚が夕張を襲う。
夕張はあまりにも強烈なその感覚に、後ろを振り向く事が出来ずにいた。
そして彼女の肩には、北上の腕が優しくしなだれかかる。
「くす……ほんとかわいい…かわいいねぇ、夕張ちゃんは…。」
ふぅ、と首筋に息を吹きかけられ、遂に夕張の恐怖は臨界点に達した。
自身の肩に隠れ、鏡越しでも彼女に北上の表情を伺い知る事は出来ない。
ただ一つ、北上の口が、声を出さずに何かを語った事。
それだけは、鋭利になった首筋の感覚から理解出来た。
「さ!おしまい!明日も早いし、夕張ちゃんもそろそろ寝よー。」
そして北上がいつものテンションに戻った瞬間、夕張は、一気に悪夢の様な感覚から解放された。
当の本人はと言えば、そそくさと布団に潜り、寝の態勢に入ってしまっている。
夕張もおずおずと布団に潜りはしたが、壁を向いて布団を被り、北上の姿が目に入らないように努めていた。
少し打ち解けられた気がしたが、却って北上の得体の知れなさを覗いてしまった気がした。
『深淵を覗く時、深淵もまたこちらを覗いているのだ。』
昔見た海外の諺が不意に脳裏を過ぎり。
彼女は先程の事を忘れる様に、必死に眠りに就こうとするのであった。
こうして合宿は、まず1日目が終わった。
155:
夕張が寝静まった頃。
北上はふと目が覚めてしまい、部屋のトイレへと向かった。
その後ベッドに戻る時。
夕張の寝顔を見て一度くすりと笑うと、彼女はベッドのヘッドボードに置いた、自分の財布を手に取る。
よくある革の長財布には、カードや現金がそれぞれ区分けされて入っている。
そして財布の一番端、せいぜい薄いカード一枚しか入らないであろう区画。
彼女はそれを引っ張り出すと、今日一番の笑顔を浮かべる。
それはわざわざプリントアウトした、先日撮ったケイの写真だ。
写真の中の彼は愛車と共に笑顔で写っており、北上は、それに釣られるように一層笑みを深くしていた。
“ちゃんと受かれば、また一歩進む……アタシ頑張るよ。楽しみだねー、ケイちゃん…?”
丹念に味わう様に写真に唇を這わせ。
そして北上は、終始幸せそうに、再び眠りへと落ちて行った。
158:
投下します。
159:
「ユウちゃん、夏休みの予定決めた?」
「アタシー?そだねー、バイトと受験勉強かなぁ。」
「お、前行ってた旅の準備?」
「そうそう、バイクの資金にね。卒業したら、行きたい所あるんだよねー。子供の頃住んでた街があってさー…。」
7月3日。
夏休みを前に、アタシは友達とそんな話をしていた。
高校最後の夏休みは、程々に楽しく、程々に目標を持って。
そんな事を考えながら。
進路の勉強もしつつ、やりたい事の準備もして、友達とも遊んで。
充実した夏を過ごしたいって、そんな風に思ってた。
「ただいまー。」
「おかえりー、今日も暑かったわねえ。」
「コウちゃんは?」
「コウタはまだ部活でしょ?夏だからねー、今が一番激しいんじゃない?」
「あいつ本当好きだねー。」
家に帰ればお母さんがいて、それからお父さんが帰って来て。
あとはお父さんよりちょっと遅く、あいつが泥んこになって帰ってくる。
「うーっす、ただいまー。」
「コウちゃんおかえりー!はっはー、今日も泥んこだねー!」
「姉ちゃんやめろっての!俺もう高校だぞ!?」
アタシには、2つ下の弟がいる。
コウタって言って、いくつになっても可愛くて可愛くてしょうがない、自慢の弟なんだ。
子供の頃はさ、____ちゃんと3人でいつも遊んでねぇ、こーんなちっちゃかったけど。
小学生に上がってからずっとサッカーをやっていて、高校になってからは余計にお熱だ。
おかげで最近は、いつも練習漬けで帰りが遅い。
中学に上がってからは、くっつくと嫌がるようになっちゃって、すっかり思春期だ。
むう、弟が冷たくて姉ちゃんは寂しいよー。
でもいくつになっても、家族みんなでご飯を食べるこの時間が、アタシは大好き。
学校に行けば友達がいて、家には家族がいて。
部屋で好きな音楽を聴いて、楽しみな予定が目の前にあって。
欲を言えば大きくなったあの子に、もう一度会ってみたいな、なんてさ。
今年も良い夏になればいいなぁ、って。
山や谷があっても、何やかんやこんな幸せが続くんだろうなって。
そう思っていた。
しちがつよっか。
みんなしんだ。
160:
合宿二日目、時刻は0715。
朝食はスケジュール上一斉に行われる為、夕張と北上は、同じテーブルで食事を摂っていた。
昨夜北上に髪を乾かして貰った時に感じた、おぞましい感覚。
夕張はまだ若干それを引きずっていたが、北上はいつも通りだ。
あの時北上が、何らかの悪意を放っていた確証は、無い。
抱き着かれたのも、じゃれていただけとも捉えられる上、それこそ夕張の気のせいではないか、ともカタが付いてしまう案件である。
冷静に考えれば、確かにそうだ。
しかし夕張には、決して自分の被害妄想では無いような気がしていた。
「朝の味噌汁は生き返るねー。夕張ちゃんは別コースだっけ?」
「私は大型ですからね。でも教習車、ダンプかー…さすがにちょっと怖いですね。」
「大丈夫大丈夫、アタシなんか車初めてだよー?しかし一週間なだけあって、一日長いねー。」
今回行われる合同合宿は、艦娘向けに制定されたものだ。
退役後もある程度社会的に有利になるように、と言う配慮から始まったものだが、短期間での取得を目指す分、それなりにスケジュールは詰まっている。
夕張は大型研修、北上は小型車両を用いた基礎研修となる。
期間は個人によりおおよそ一週間?12日、それぞれ普通車と小型免許を所持する二人の学科は少なく、予定は一週間程だ。
まずはコースでの研修を経て、路上教習の開始を目指す。
配布された作業着を着た二人は、端から見れば立派に車を運転出来るように見えた。
「はっはー!遂にアタシの黄金の左足が火を噴くねー。」
「北上さん、アクセルは右足ですよ。バイクも右手でしょ。」
この人大丈夫か、と夕張は不安に駆られるが、こちらも初めて乗る大型車だ。
日頃運転には慣れているとは言え、車体は愛車の数倍。
だろうではなく、かもしれない。
教習所で習った事を改めて反芻しつつ、彼女達はいざ1限目へと向かって行くのであった。
161:
同日、時刻1855。
彼女達は夕食を囲んでいたが、明らかに朝よりペースが遅かった。
二人共、垂れた頭と共に垂れ下がった前髪で、目元はすっかり影が出来上がっている。
「いやー、ハンドル切る時さー…レバーに手ェ当たって、ウォッシャー液、プシューってさー……。」
「私、乗ろうとしたら、お尻から落ちましたよ…車高高すぎて。教官にすごい笑われました…。」
朝の勢いは、一体何処へ行ったのか。
二人は完全に意気消沈といった様子である。
特に夕張は運転には自信があったらしく、なかなかにへこんでいる模様だ。
ああも変わるなんて…と、彼女の目は今も高い運転席からの景色が見えているらしい。
「夕張ちゃんの乗ってたトラック、確かあのメーカーだよね…。」
「そうですよ……まるで巨乳に弾かれて落ちた気分でしたね…。」
「五十鈴だけに。」
「私達には。」
「手の届かないあの高い丘。」
「………やめましょう。」
「……うん。やめよう。」
互いの胸を見合い、彼女達はまた違う物悲しさに襲われていた。
そして二人の脳裏には、とあるオリーブ色のツナギを着た男が浮かぶ。
そういえばあの男、自ら女の好みや下ネタを語る場面を、誰も聞いた事が無いそうな……と思い出した辺りで、より一層深い溜息を彼女達は漏らした。
“いや、でもアタシの方が勝ってるし…!”
“作業着越しでも分かる薄さ……!ふふふ…私のが3は違うわね!”
尚、実際は1cm程度しか差は無いようである。
162:
他鎮守府の艦娘が、二人共風呂場で手を合わせ力んでいる姿を目撃した入浴後。
部屋に戻った二人は、前日と同じく、それぞれのベッドでまったりと過ごしていた。
前日と変わった事と言えば、疲労によりゲームをする余力が残っていなかった程度。
北上の方はと言えば、時折携帯をいじっている様子である。
ちらりと見えた壁紙には、緑色の通知。
時刻は2005。相手が誰であるかは、それだけで理解出来た。
そして北上はちらりと夕張の方を見ると、ふふ、と勝ち誇った笑みを浮かべた。
その瞬間、どこぞのローカル番組の如く、夕張の脳内でカチッと固い音が響く。
“あんにゃろー…私がいないからって寝泊まりしてるっぽいし〜〜!私とも仕事以外の話をしろー!”
夕張の方にも連絡は来るには来るのだが、そちらは完全に仕事の報告のみである。
今朝来ていた通知に至っては、試作品出来ましたの一言のみ。ログに残っていた時刻は、深夜を回った頃だった。
「ケイくんですか?」
「そー、昨日大変だったみたいだねー。演習組、大井っちに相当ボコられてたって。ケイちゃん、ちゃんと帰ってるかなー?」
「帰ってないと思いますよ?昨日1時とかにライン来てましたし。」
「へ、へー……そんな時間に何してたのかなぁ?」
「あれ?知りませんでした?また何か作ってたみたいですよ。」
「昨日、9時半にはおやすみですーって来てた……。」
北上に気を遣ったのと、久々にやりたい放題できる事にテンションが上がっていたのと。
恐らく両方ではあろうが、どうやらケイは、昨日は早々に北上との連絡を切り上げてしまったらしい。
しかし完成の報告は、夕張にはちゃんと来た。
ケイが勝手にやっているとは言え、仕事の一環なので、夕張に連絡が来るのはある意味当然なのだが。
北上は、どうやらそれが相当気に入らず。
一方夕張はと言うと、ほのかに顔が綻んでいる。
そして何やら笑顔になった北上はゲーム機を取り出すと、人差し指と中指を立て、夕張に向けてクイッと2回動かした。
「夕張ちゃーん…昨日の続きやろっかー……。」
「お?やります?今夜で勝ち逃げはストップですねー。」
「アタシのクッパは全てを吹っ飛ばす…!」
「赤いヘイホーに追い付ける奴は誰もいない…!」
結果は、破竹の勢いで夕張がボコボコにされて終了したとの事。
そして夜も更け、二人が寝静まった後の事だった。
163:
“ん……今何時ー…?げ、まだ2時かぁ…。”
目を覚ましたのは、夕張だった。
昨夜は逃げるように寝てしまったが、さすがに今夜はもう少し余裕を持って眠れる。
彼女はそうタカを括ってはいたものの、いざ気持ちに余裕が出来ると、今度は慣れない寝心地に目が覚めてしまったらしい。
アプリを開くと、案の定仕事の報告以外無し。
はぁ、と溜息を吐いて毛布を被ると、何やら妙な音が耳に触れる。
「…………あ……う…」
耳を澄ませると、それは人の呻き声だ。
幽霊の様な気配は無い。となると、当然発生源は一つに絞られる。
“えーーっ!?ここでまさか…嘘でしょ…!?”
何やら不埒な想像が浮かんでしまうが、それは思い過ごしだと言う事に、夕張はすぐに気付く事となる。
苦しそうな呻き声に紛れ、とある言葉が聞き取れたからだ。
「おとうさん…おかあさん………コウ、ちゃん……。」
北上の方を向くと、苦悶の表情を浮かべる彼女の姿が映る。
そのただならぬ様に心配になった夕張は、恐る恐る北上の方に近づき、彼女の肩を優しく揺らした。
しかしなかなか起きず、2度3度と肩を揺らし時、不意に北上の瞼から溢れるものが見えた。
その様に一瞬夕張は躊躇いを覚えるが、このままではきっと良くない。
そして4度目に肩を揺らした時、北上はようやく、うっすらと瞼を開けたのであった。
「ふぁ……夕張ちゃんなにー?眠いよ〜。」
「何じゃないですよ、大丈夫ですか?すごいうなされてましたけど……。」
「そうなの?全然覚えてないよー…うわ、ひどい汗。」
不機嫌そうに目を覚ましたかと思えば、北上は何事も無かったかのように、寝汗に苦笑いを浮かべている。
しかし彼女の手は右肩に置かれ、その手が微かに震えていたのに夕張は気付いている。
押さえられたTシャツの裾は乱れ、少し肩の古傷が見えている。
そんな北上の姿は、夕張には、普段よりも小さいものに見えていた。
164:
「んー…まあでも、確かに寝汗ひどいねー。また風邪引く所だったよ、ありがと。」
「何事かと思いましたよ…さて!もう一回寝ましょ!」
「ヘイホーに追われる夢でも見たかな…?」
「それをスターで粉砕しまくったのはあなたですー。今度は負けないんだから。」
そして今度こそ二人は床に就いたかと思われたが。
北上はこっそりと自分のリュックを漁り、底からある物を取り出していた。
それは、いつもは彼女の部屋にある猫のぬいぐるみ。
まだケイが新人の頃。
彼を無理矢理遊びに引っ張り出し、その時彼がゲームセンターで取ってくれた物だった。
北上はそれをぎゅっと抱き締めると、ここにはない温もりを想いながら、強引に瞼を閉じる。
少しでも温もりを求めるように、深く深く。
“ケイちゃん……もうアタシには、ケイちゃんだけなんだ…。
だから誰にも、渡さない……!”
固く閉ざされた瞼は、今度はまばたきを忘れる程、固く開かれ。
その視線は夕張を射抜く訳でもなく、ただ目の前に広がる暗闇を見つめていた。
彼女自身が抱えた闇を、じっと睨みつける様に。
165:
合宿三日目。
詰め込まれたスケジュールの中で次第に慣れ始め、各々昨日より遥かにマシな運転を出来るようになっていた。
夕張は日頃の成果か、打って変わり順調に実技をこなし。
学科免除とは言え、何とダメ元で受けた仮免実技試験の合格を果たす。
そして北上も。
昨日は車の不慣れな設備に悪戦苦闘していたが、運転自体は感覚があるため、慣れれば非常にスムーズであった。
彼女は明日、実技試験となる。
「いやー、慣れれば案外何とかなるもんだねぇ。」
「ですねー…ああ、でも運を使い果たした気分。本試験で後厄来ないといいなぁ。 」
「去年お祓い行ったの?」
「お正月に行きましたよ。あ、お正月と言えば、提督からメール来てたの見ました?正月休みのスケジュール。」
さすがに全員一斉にとは行かない手前、今年もローテーション式で正月休みを回すとの通知が届いていた。
季節はもう11月、そろそろ年の瀬も見えてくる頃だ。
「私は実家かなー、猫がいるんです。モモって言って、もうほんと可愛いんですよー。」
「いいねー、アタシも猫飼いたいや。ま、休みでも実家帰んないけど。」
「帰らないんですか?」
「親とソリ悪くてねー、今回は寝正月でもしようかなって。弟いるけど、思春期だしさ。」
「そう、ですか……あ、そういえば北上さんって、出身はどこなんですか?」
「アタシ?____県だよ。夕張ちゃんはケイちゃんと同じだもんね。」
「そうです。でも____県ですか…北上さんの所は、大丈夫だったんですか?」
「ああ、襲撃?アタシの所は全然違う地域だったからねー、でもすごい騒ぎだったよ。」
それは何とも他愛の無い会話だった。
そして二人が部屋に戻ると、各々好きなように時間を過ごしていた。
北上は音楽を聴いており、少々お疲れの様子。
一方夕張は、スマートフォンで何やらネットサーフィンをしている様子だ。
彼女が調べていたのは、とある事件に関するニュース記録。
ふと気掛かりとなり、当時リアルタイムのものとして書かれた情報を探していたのだ。
そしてある記事を見付け、夕張は食い入る様にそこに目を通す。
166:
『7月4日、____県__町にて発生した、未確認生物襲撃事件について続報が入った。
本日正午まで死者約1万8千名、行方不明者285名と発表されていたが、政府の記者会見によると、新たに3名の生存者を発見したとの発表があった。
この発表により、現在の行方不明者数は282名となった。
記者会見にて、__長官は生存者についての情報は一切開示出来ないと説明しており、生存者の容体や詳細は不明。
今後も捜索と遺体のDNA鑑定を進め、引き続き身元の確認を急ぐと表明した。
各国にて襲撃を行った未確認生物は、日本を襲撃したものも含め現在全て逃亡しており、捜索上の安全は確立された模様。
今後は各国の軍、警察、NPO法人により、捜索の拡大と生存者の救出を目指して行くとしている。
現在も尚親族等は立ち入り許可が出ておらず、引き続き捜索の進展が待たれる。』
“まさか、ね…考えすぎか…。”
ケイが整備の道に進んだ理由と過去。
北上の出身地と、肩の傷。
そして今見ている記事。
それらの情報は、ある可能性を夕張に提示しているが、それは余りに絵空事過ぎる。
「それは無いな」とすぐにその可能性を否定した夕張は、北上に声を掛け、ここ数日と同じように風呂場へと向かった。
しかし拭いきれない疑念は。
彼女の頭の片隅に、小さくこびり付いたままなのであった。
172:
投下します。
173:
合宿四日目、時刻1214。
「北上さん、おめでとうございます!」
「ありがとね。はっはー、アタシにかかればちょろいねー。」
北上、仮免試験無事合格。
と言う訳で、二人は実に晴れやかな顔でパスタを食べていた。
夕張に続き、午後からはいよいよ彼女も路上へと出られる。
ただし、あと1点足りなかったら不合格だった事は、夕張には黙っていたのだが。
「さーて、路上もギッタギタにしてあげましょうかねぇ!」
「これからこそ気を付けてくださいよ?車はバイクと勝手が違うんですから。」
「う……ま、まーねぇ。」
年齢は、北上の方が一つ上である。
しかしこの数日で夕張は、完全に北上の突っ込み兼保護者と化している感もある。
そして各々車両に乗り込み、後から出る夕張は、トラックの運転席から北上の様子を見守っていた。
北上の乗るパジェロは、ゆっくりと教習所の門へと向かって行く。
軍の教習所は道路より低い土地にあり、出口は短い登り坂となる。
教習車はマニュアル。左右の安全を確認し、ウインカーもOK。
いざ行かん!と魚雷を放つようにサイドブレーキに手を掛けた瞬間。
『ぼすん!』
エンジンが止まり無音となった車は、悲しげにブレーキランプのみを点けていたのであった。
174:
「路上って怖いねー…箱がでかくなるだけでああも脅威が増えるって…。
チャリとおばあさんは天敵だよ…蕎麦屋のおっちゃんは凶器だよ…。」
「はは…慣れですよ、慣れ。教官ブレーキ減らす所から始めましょうねー。」
「う……痛い所突くねぇ…。」
1日を終えて部屋に戻ると、朝とは真逆なテンションの北上がベッドに横たわっていた。
相当肝を冷やしたらしく、乾いた笑みと疲れた瞳に、夕張も思わず苦笑いを浮かべてしまう。
今回長く一緒に過ごしてみて夕張が思ったのは、北上は意外に感情表現が豊かで、少し子供っぽい所もあると言う事。
ケイが振り回されつつも長く仲良く出来ているのは、彼の面倒見と、北上の愛嬌にあるのかもしれないな、と考えていた。
そして彼が新人の頃からの付き合いだと言っていた事を思い出し、夕張はその当時の事を尋ねてみる事とした。
175:
「北上さんって、いつからうちにいたんですか?」
「去年の5月ー。
今の提督が、上に雷巡になれる奴くれ!ってねだったらしいんだよね。それでアタシが隣から異動したの。
向こうは大井っちも木曾っちもいるし。」
「へー、じゃあケイくんよりちょっと後に?」
「そ。でもケイちゃんさ、その時は取り付く島もない子でねー…夕張ちゃんなら、心当たりあると思うけど。」
「…作業中、たまに本当に怖い時ありますね。」
「そー、それ。その時も愛想良くも出来る子だったけど、態度堅いし、目だけはずっとそんなんでさ。親でも殺されたみたいな感じでね。」
「今とは想像付かないですね…」
「これでも心開かせるのに苦労したんだよー?アタシ以外にもそうだったしさ。そうだねー、あの頃は……」
176:
アタシが着任した時ね、まぁ各部署に挨拶回りしててさ。
それで工廠行った時にいたのがケイちゃんだったんだよね。
見るからに若そうで、春に来た新人かなーって思ってさ。
アタシも結構ナメた挨拶しちゃったんだ。
「新兵さん、今日君だけ?
アタシは軽巡・北上、今日からここの所属だから。まーよろしく。」
「初めまして!自分は整備士の笠木ケイタロウと申します!北上殿、何卒よろしくお願い申し上げます!」
何だこいつ?ってのが第一印象だったかな。
アタシも前いた所で新兵さんや新人なんかに会ったけど、ああもガチガチな挨拶する奴なんていなかったから。
で、ケイちゃんいつも帽子じゃん?
それでいざ頭上げて顔見たら、目だけはまさにさっき言った通りでねぇ。
一応愛想笑いしてるんだけど、親でも殺されたみたいな目でさ。
こっえー!って思ったよ。
「まーまー、力抜きなよ整備さん。君いくつ?」
「自分ですか?今年19になりますが…」
「あー、てことは今18なんだ?アタシは今年でハタチだから、君の1コ上だね。
ここ軽巡少ないから、歳の近いコいなくてねぇ。仲良くしてねー。
あ、ライン交換しよーよ。せっかくだしさー。」
なんかさ、ほっとけなかったんだよね。
それで無理矢理ライン交換して、その時はそのまま違う部署に行ったんだ。
で、食堂でお昼食べてたの。
アタシも新顔だったし、やっぱり色んな人が話しかけてくるっしょ?
その中にね、ある人がいたんだ。
177:
「あなたが北上さんね、さっき工廠に来てたでしょ?」
「はい。あの、あなたは…。」
「さっきはちょっと手が離せなかったんだけど、ここの整備長よ。
あなた、さっきケイと話してたでしょ?連絡先まで交換して…凄いわね。」
「へ?」
「いやー、あいつには手を焼いてるのよ…才能はあるんだけど、まあガチガチで。
お願い!仲良くしてあげてもらえないかしら!?」
「は、はぁ……。」
来たばっかりでそんな頼まれ方したらさ、断れないじゃん?
アタシも気がかりだったし、それで何となく連絡してみたんだ。
『お疲れー、さっきの北上だよー。』
『お疲れ様です。何かご用ですか?』
『一応ね。ちゃんとアカ合ってるかどうかさ。』
『こちらで間違いないです。北上殿、何卒宜しくお願い申し上げます。』
もうね、ラインすらガチガチ。
手に負えないわー、って思ったよ。
そんで最初は日に2.3回やりとりしてたのを、ちょっとずつ食い付いて長くしてったんだ。
で、週に何度かお昼誘って、話しようとしてみたりさ。
でもあいつ、最初は仕事の話ばっかでさー。
その頃から居残り癖酷くて、親方から鍵預かっちゃあ、ずーっと自分のデスクで何かやってる子だったんだよね。
178:
それである時、出撃があってね。
持ってった魚雷の中に、あいつの処女作も混じってたんだ。
「行っくよー…わぁっ!?」
これがもう、トンデモだったの。
反動凄いし、当たったんだけど何より威力上げすぎでさ…敵の肉片、アタシの所まで飛んできたもん。
それで一言言ってやろうと思って、工廠乗り込んだんだ。
「整備くーん、何アレー?強けりゃ良いってもんじゃな……」
それでいざ工廠開けたら、ケイちゃんがたんこぶ作って正座させられててさ。
アタシより先に、親方にこってり絞られた後だったんだよね。
「あ、北上さん。さっきはごめんねー、このバカがやらかしちゃって…。」
「は、はぁ……。」
「これに懲りたら使う人の事もしっかり考えなさい!あんたは人との関わりが足りないのよ、それじゃいくら素質があってもダメ!」
「はい…親方、すいませんでした……。」
それで親方が近付いてきてさ。
何かと思ったら、アタシに耳打ちしてきたんだ。
“北上さん、ごめんなさい。ちょっとこのバカ慰めてやってもらっても良い…?”
“えー!?アタシがですか!?”
“あなただからよ。”
「ほらケイ、北上さんも話あるみたいだし、今日は帰りなさい。今日の件はしっかり反省する事!いい?」
駐車場のベンチあるじゃん?
しょうがないからそこ連れてってさ、とりあえず座らせたんだよね。
漫画でキャラがへこんでる時さ、顔に影引いてあったりするっしょ?本当そんな感じでさ、目も当てらんない。
どうしたもんかなー、って思ったよ。
179:
「はい、コーヒー。全くもー、男の子がそんなへこんじゃダメっしょー?」
「ありがとうございます…。」
「まー、アタシの話したかった事、親方が全部言ってくれたとは思うけどさ…。
正直使ったアタシも、肩がすっぽ抜けるかと思ったよ、アレ。」
「う……すいませんでした……。」
「……整備くん、こっち向いて?」
「何です…ふがっ!?」
ほっぺたつかんで、ぐいーってやったんだよね。
それでアタシ、ケイちゃんに言ってやったんだ。
「君はねー、まず笑顔が足りない。ついでに人に壁張りすぎ。
アタシ達って人間が使ってる武器は、君たち整備って人間が作ってるんだよ?人から人へ渡すもん作ってる奴がそれでどーすんの?
整備くん!君次の休みいつ?」
「3日後ですが…。」
「ふーん、ほうほう……ああ、アタシも休みー。
じゃあ整備くん、今度買い物付き合ってよ。」
「し、しかし軍人たる者、自分は休日も研究に充てると決めておりますので…。」
「ん?今何て言った?先輩の言う事聞けないってーの?」
「う……わかりました。」
それで無理矢理、連れ出す事にしたんだ。
で、いざ当日。
とりあえずゲートの所で待ち合わせしてたんだけど、どうせあんな堅物だし、だっさい格好で来ると思ってたんだよねー。
180:
「北上殿、おはようございます。」
「おはよ……ん?整備くん…だよね?」
「そうですが…。」
いざケイちゃんが来たら、意外にちゃんとした格好でさ。
ああ、この子にも今時な時代があったんだ…って、あたしゃホロリときそうだったよ。
「意外とおしゃれだねー、芋ジャーとか着てくるかと思ってた。」
「学生の頃はまだ、気にしてましたからね。バイトして服買ったり。」
「ふーん。何?モテたい願望とかあったんだ?」
「戦争が始まるまでは、ですけどね。」
「ダメダメ。危ない仕事してるからこそ、プライベートも楽しまなきゃ。さ、行こっか。」
ここから○○市、近いっしょ?
あそこは栄えてるから、電車で連れてったんだ。
それでボックスシート座ってたんだけど、ケイちゃん、窓から海見て黄昏てたんだよね。
「なーにカッコつけてんのさー、お疲れ?」
「いえ、静かだなって。表向きは本当、世の中平和ですよね。」
「…最初の一年、世界中で相当やり合ったからね。その賜物だよ。
だからさ、たまには思いっきり遊ぶ!これ大事ね!」
馴染みの服屋連れてったり、ご飯連れてったりさ。とにかく町中ぶらぶらさせたんだ。
まー、街はいつも通りの休日だよ。
ケイちゃん、こっち来てからそうやって出掛けるの一度もしてなくてさ、すごい新鮮そうな顔してた。
それでお茶してた時かな?思い切って言ったんだ。
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